研究開発マネジメントノート

研究開発とそのマネジメントについてのいろいろ

イノベーション

リ・インベンションとは(「リ・インベンション」三品和広+三品ゼミ著より)

どんなイノベーションの試みが成功するのか。どうやったら成功確率が上がるのか。この問いに対しては、様々な検討が行われ、実務家にとっても参考になる考え方が蓄積されつつあるように思います。今回は、三品氏らが提唱している「リ・インベンション」という考え方について、著書[文献1]に基づいて検討してみたいと思います。

著者は、「声高にイノベーションの重要性が叫ばれる割には、良い結果が出ていないのではないかという疑念があります」と述べ、「リ・インベンションをイノベーションに対置すべき概念と捉えています」[p.14]として、イノベーションではなく、リ・インベンションを目指すべきであるとしています。本稿では、その違いは何なのか、どうしたらリ・インベンションがうまく進められるのか、という点を中心に著者の考え方をまとめます。

イノベーションとリ・インベンション
・イノベーションの定義:「過去の競争の中で定められたパラメーター上で、技術的なブレークスルーにより、漸進的あるいは飛躍的な性能の向上、または多機能化を実現すること」[p.71-72
・リ・インベンションの定義:「ある製品について、いまとなっては解消できるようになったにもかかわらず放置されている不合理や、かつては合理だったもののなかに新たに芽生えた不合理を解消すべく、当該製品を特徴づけると長らく考えられてきた特性パラメーターを無視して、誰に、何を、どのように提供すべきものなのかにまで立ち返り、評価軸自体を作り替えること」[p.76

イノベーションの限界(日本企業が注力してきたイノベーションの現実)
・「イノベーションの供給過剰、もしくはコモディティ化」[p.35
・「イノベーションが論じられる文脈を分析してみると、実は苦しいときの神頼みに近いことがわかります。」「イノベーションとは日本の空洞化が顕著になった時期に、救世主の役割を期待された概念だったということがわかります。そこに期待はあっても、必ずしも解があるとは限りません。」[p.60-61
・高い技術力を活かした製品開発の努力が報われないパターン:1)製品が消費者に受け入れられない、2)好意的に受け入れられたものの企業側の利益には結びついていない[p.61-62
・「イノベーションの背後には汎用部材技術、または装置の進歩が控えているのが普通です。だから、同業他社や新規参入者もイノベーションの源泉にアクセスできてしまうのです。そうなると、いくら発売当初に最高スペックを誇っていようと、競合他社がキャッチアップしてくるのは時間の問題で、どうしても横並びの同質競争に陥ってしまいます。」「イノベーションと叫んでも、それを単独で成し遂げることのできる企業など皆無に近く、大方は部材メーカーや装置メーカーの力を借りることになっています。そしてイノベーションの源泉は往々にして部材や装置の方にあり、・・・成果を独り占めするわけにはいかないのです。」[p.68-69
・「技術者は『いいもの』をパラメーターに置き換えて数値競争を演じますが、本当に測りやすい数字を追いかけることが買い手のためにも企業のためにもなるのでしょうか」[p.70]。
・「イノベーションはいつ、いかなるときも等しく有効とは言えないことに気づきます。ライフサイクル上の成長期まではおおいに効力を発揮するものの、成熟期や衰退期にはいると、信用(使用実績)や価格を重視する購買行動が支配的となり、イノベーションの効力が落ちてしまうのです。成熟期に入っても、あたかも成長期のごとくイノベーションを追求すれば、むなしい結果に終わるのは仕方ありません。」[p.73

リ・インベンションの事例
・起業家の挑戦:ホヴディング(自転車用ヘルメット)、レボライツ(自転車灯火)、スマートペン(メモ入力)
・企業家の挑戦:OXO(キッチン用品)、エアマルチプライヤー(ダイソン)、アイパッド(アップル)
・大企業の挑戦:ベイブレード(対戦型コマ)、ネスプレッソ(ネッスル)、ウォークマン(ソニー)

イノベーションとリ・インベンションの違い

1)狙いの違い:「イノベーションは表面的には高付加価値化を狙いますが、その基準点は競合製品に置かれます。だから、競合製品と比べた相対的優位が争点になるわけです。それに対して、リ・インベンションは、従来製品では満たされていなかったニーズに応えるところに狙いがあります。これは相対尺度で測るものではありません。」[p.76
2)従来のパラメーターに対する態度の違い:「イノベーションは競合製品との差異化を狙うので、従来のパラメーターを肯定的に捉えます。肯定したうえで競わないと、競合製品より優れていることを証明できないためです。それに対してリ・インベンションは、従来のパラメーターを否定します。従来のパラメーターでは捉え切れていない不合理の解消に狙いがあるためです。」[p.76-77
3)必要とされる力の違い:「イノベーションの成否は技術的なブレークスルーを生み出せるかどうかにかかっています。そこでは組織的な技術力が問われます。一方、リ・インベンションの成否は誰に、何を、どのように提供するものなのかというコンセプトにかかっています。そこでは必ずしも技術力は必要なく、構想力が問われます。」[p.77

リ・インベンションの方法論
・「リ・インベンションが泥沼の競争から抜け出す手段となりうるのは、消費者の共感を生むからにほかなりません。そして共感は『インテグリティ』から生まれます。インテグリティとは『全体として一つにまとまった状態』を指す英語の言葉で、本書では『製品の隅から隅まで理想が貫かれた状態』と捉えることにしています。」[p.210
・インテグリティを実現する製品企画の3つの要点
1)標的探索:故きを温ねる(「消費者が見慣れてしまい、特段の期待を寄せることもなくなった製品、メディアが見向きもしないような製品、それがリ・インベンションの格好の対象になる」[p.213])、技術の変化を問う(「最新の技術を使うことで、ユーザビリティ(使い勝手)を劇的に引き上げる方法があるか[p.214]))、ニーズの変化を問う[p.216]。
2)創意工夫:取り残された人々を見つめてみる[p.219]、忘れ去られた機能を見つめてみる(本質機能から遠く離れた副次機能)[p.222]、あたりまえの売り方を変えてみる(リ・インベンションは一連のバリューチェーンにメスが入って、初めて本物になる[p.227])。
3)十分条件:インテグリティで共感を引き出す(開発者の本気度と連動する)[p.227]、捉えどころのない感覚にこだわり抜く(「一個人の主観を信じて時間と労力を注ぎ込み続けるのはリスキーに見えますが、リスキーに見えるからこそ競合他社は怖じ気づいてしまいます[p.232]」、旧習に妥協する発想をぬぐい去る[p.233

リ・インベンションの推進体制
・「リ・インベンションのケースでは<やりたいこと>を持った個人が先にいて、あとからプロジェクトが立ち上がるのが普通[p.241]」
・「リ・インベンションにとってマーケットリサーチは禁断の果実[p.241]」
・人材:社外に人を求める[p.243]、社内で人を育てる(『新卒』活用-新卒採用の複線化(契約制)[p.246])、逸材を選び出す[p.248
・マネジメント:少数精鋭チームを隔離する(インテグリティの確保)[p.251]、外人傭兵チームを制御する(気持ちよく挑戦できる就業環境を用意する[p.253]、管理は雑用を増やすだけ[p.255]、人選さえ間違えなければ管理は要りません[p.254])、成功の芽を内部に取り込む(事業化への道が見えてきたときの対応、チームの維持か、選手交代か[p.255])。

日本企業の改造
・「日本企業を際立たせる最大の特徴は『全員経営』に求めることができます[p.260]」。「変化がオペレーションを複雑にすると、ありとあらゆる事態をあらかじめ想定して作業標準やマニュアルに対処法を書き記しておくことが難しくなります。そうなると、科学的経営の威力は色褪せて、突発する問題に現場が臨機応変に対処する能力を備えた全員経営が優位に立つようになるわけです[p.262]」。「その集大成が合議による計画経営です[p.266]」。
・日本企業改造の3つの選択肢:1)全員経営によって「比較優位を発揮できるフィールドに事業立地を絞り込む[p.279]」、2)「うたかたのように消えては現れる事業機会をモノにしにいく臨機応変な経営スタイル[p.279]」にする(「普通の人に仕事をさせる工夫が計画経営の本質で、その次元にとどまる限り、日本はアジア勢に追いつかれてしまいます[p.281]」)、3)「高々半世紀にわたって栄華を極めたに過ぎない<日本的経営>を守りにいっては、末代まで禍根を残します。・・・日本の大企業が敢えて<訣別>の道を選ぶなら、まずは既存の組織を旧社として、新社を立ち上げるところからすべてが始まります。・・・ここでも障害は会議だらけの全員経営の発想です。[p.283-284]」
---

イノベーションと呼ばれる活動を分類して、どういうイノベーションがどういう時に成功する(あるいは失敗する)かを考察することはよく行われています。その代表的な例は、Christensenらによる破壊的イノベーションと持続的イノベーションの考え方でしょう。本書で提唱している「リ・インベンション」は、破壊的イノベーションに、また、本書の「イノベーション」は持続的イノベーションにかなり近い概念のように思われます。リ・インベンションの進め方についても、従来見過ごされていた点に着目することや、消費者の真のニーズを認識することの重要性を指摘している点など、破壊的イノベーションの具体的な進め方に近いものがあり、こうした考え方が近年のイノベーションを理解する上で無視できないものになりつつあることがよくわかります。もちろん、両者が全く同じ概念というわけではなく、例えば、本書でインテグリティを重視している点や、「リ・インベンション」を苦手とする日本企業の経営の問題点に関する指摘などは、興味深い示唆を含んでいると感じました。「リ・インベンション」のやり方で必ずうまくいくとは言えないかもしれませんが、成功のための有望な考え方のひとつであることは間違いないと思います。

ただ、本書の考え方はどちらかというとイノベーションの開始段階、アイデアの立上段階についての議論が主で、それをどうやって育てればよいか、どのように軌道修正していくべきか、という点についてあまり議論がなされていない点は、今後の課題のように思いました。「リ・インベンション」の条件を満たせば成功が保証されるというものではないと思いますし、例えば、同じような「リ・インベンション」の間での競争優位は何によって決まるのか、など、実践する上で気になる点は残っていると思います。しかし、イノベーションについてのこうした考察を積み重ねていくことによって、イノベーションの成功にとって何が好ましく、何が好ましくないのか、といった実践家にも役立つ考え方が具体的になっていくのではないかと思います。これからの展開に注目していきたいと思います。


文献1:三品和広+三品ゼミ著、「リ・インベンション 概念のブレークスルーをどう生み出すか」、東洋経済新報社、2013.


経営判断の頼りなさと経営学(ヴァーミューレン著「ヤバい経営学」より)

誰でも、自ら進んで誤った判断をしたい人はいないと思います。経営者も会社の成功のため、正しい判断をしようとしているはずだと思いたいところですが、本当にそうでしょうか。ヴァーミューレン著「ヤバい経営学」[文献1]では、「ビジネスで何が起きているかを明らかにする。経営者の正体を探り、ビジネスの世界に見られる誘惑、さまざまな仕組みによる影響、また、ときに無意味な仲間意識や、企業の戦略というものを細かく見ていく[p.4]」ことをつうじて、経営における様々な判断、行動がいかに頼りないものかが示されています。邦訳の書名からは世間受けを狙った本という印象を持たれてしまうかもしれませんが、そんなことはなく、原著の表題(Business Exposed: The Naked Truth about What Really Goes on in the World of Business)が示すとおり、知っておいて損はない様々な話題、特に「ビジネスにおけるおかしな点」が取り上げられていて興味深く感じました。

本書の特徴は、「説明することはすべて、厳格な研究と立証できるだけの事実にきちんと基づいている[p.5]」ということでしょう。実際、企業での実務で感じていた日頃の疑問が解消されたと思えるような話題もありました。以下では、特に興味深く思われた点を、私なりの分類で整理したいと思います。

経営者の意思決定には何が影響するか
・「競合他社もやっているから」、集団慣性(不思議な習慣)[p.9-12
・「多数の無知」:「自分たちが間違った方向に向かって進んでいることに気づいても、誰もそれを口に出さなければ、行き詰るまでみんなでその現状を維持してしまう[p.17]」。
・「最適弁別性理論」(「少し変わったことをしようとする[p.18-19]」
・成功の罠:「大きな変化が起きると、成功して油断していた企業は、新たな状況にうまく対応できない[p.44]」。
・視野狭窄(トンネルビジョン):「頭を支配しているエゴが、視覚をねじ曲げることで起きる[p.47]」。
・立場固定:状況がよくなくてもプロジェクトをやめられない[p.51]。
・集団思考:メンタルモデルに沿わない考え方を無視し、集団で非合理的な意思決定をしてしまう。[p.54
・「激しさや野心といった性質は、部族の長になるのに役立つものであっても、将来的に安定した組織を築くためには有益であるわけではない」「トップになる可能性の高い人の性格とは、部族をトラブルに巻き込むものでもある」[p.77]
・「買収経験豊富で自信過剰な経営者は、ほとんどの場合、自分の掘った穴に落ちてしまう[p.105]」。
・「会社が異なったり、時期が異なったりすれば、異なったリーダーが必要[p.120]」。
・利益の相反:コンサルティング会社などで企業内部で機密が漏れないようにする「チャイニーズウォール」は十分とはいえない[p.128-131]。「アナリストは利益の相反という問題を抱えている[p.131]」。
・「わたしたちは自分に似た人が好きだ。そして、自分に似た人こそ、他の人より優秀だと考える[p.151]」。
・「経営者がストックオプションを大量に持っているときは、経営者はリスクを積極的に取るようになる。」「ストックオプションを多く抱える経営者は、大勝よりも大敗することのほうが多い。」[p.158-159
・予言の自己実現:「人間は何がうまくいって、何がうまくいかないかについて先入観念を持っている。よって結果的に、その思い込みが正しいと信じ込んで無意識に頑張る。[p.178]」

情報解釈の誤り
・「選択バイアス」:「何らかの理由で選ばれた部分的な結果ばかりを見て、間違った結論を導く[p.21]」。
・「数字ばかりに目を向けていると、重要だが数値化できない視点が抜け落ちてしまう[p.24]」。
・フレーミング効果:「少し書き方が異なるだけで、同じ選択肢から選ぶ答えが変わってくる[p.61]」「問題が『チャンス』になるのか『脅威』になるのかは、結局は捉え方次第[p.63]」。
・「ビジネスやリスクを伴う場面では、『最優秀者』には注意をしよう。一番トップに来ている人は、ラッキーなだけのおバカさんであることが多いからだ。[p.112-113]」
・「対応バイアス」:「うまくいっていると、自分の手柄にする。うまくいかないと、他人のせいにする。」「競合他社の業績になると、このバイアスはさかさまになる。経営者は、競合他社の好業績を外部環境のせいにし、競合他社の不振はその会社の経営者の問題のせいにする。[p.113-114]」
・「私たちや投資家、アナリストなどは、企業が発表している内容について気にする反面、企業が実際に何をしているかについては、あまり気にしていない[p.176]」。
・「『関係があることと、因果関係があることは異なる』・・・成功企業がコアビジネスに集中し、強固な企業文化を持っているからといって、成功の原因だということにはならない。・・・そういう成功企業の特徴をただ真似ることは、逆に会社を成功から遠ざけてしまう可能性がある[p.182-183]」。

戦略に関する問題
・「大成功に導く戦略、または非常に革新的な戦略というものは、合理的なプロセス、もしくは経営トップの独断から生まれることはない[p.40]」。
・「対脅威萎縮効果」:苦しい会社はコアビジネスに集中し、自分たちが考える強みを、今まで以上に強化しようとする。それと同時に、コアビジネス以外のビジネスは切り離して、コストを切り詰め、嵐をなんとかやり過ごそうとする[p.64]
・「時間圧縮の不経済」:「組織が努力や成長を短期間に詰め込むのは、それを長い期間にわたって行うよりも非効率である(ディリックス、クール)[p.83]」。
・「ほとんどの買収は失敗する[p.102]」。
・経営合理化:「普通の会社は人員削減の恩恵を受けることはできない。もちろん、経営不振の企業は何か手を打たなければいけない。しかし、ただ人数を減らすだけでは、どうにもならない」「なぜ人員削減策がうまく機能しないのか。最初に言えるのは、・・・残った社員のモチベーションを下げるからだ。」[p.187
・流行りの経営手法(目標管理、ゼロベース予算、トレーニンググループ(Tグループ)、Y理論、Z理論、多角化、マトリックス組織、社員参加型経営、歩き回る経営、多能工化、QCサークル、BPR(ビジネスプロセス・リエンジニアリング)TQM(総合的品質管理)、チーム経営、シックスシグマ、ISO9000といったもの):「流行りの経営手法を導入した会社は、導入していない会社と比べて業績が良いわけではない」[p.190]。「経営手法は、組織の機能を改善させるためにある。しかし、実際はただ効果がないだけではなく、予想もしなかったマイナスの結果を生むこともある。この予想もしなかったマイナス結果は、表面化するまで時間がかかる。そのため、企業はこの長期的には全く効果がない手法を導入してしまう[p.193]」。
・「長期的な戦略に固執して、ただ着実に実行しようとすると、目の前に突然現れる障害物に素早く反応できない。[p.224]」
・「成功した会社は、長期的にはトラブルに巻き込まれることが多い。その理由は、視野が狭くなり、同じことをやり続けるようになるからだ。・・・定期的な組織再編は、このような硬直化を防ぐことができる[p.257]」。
・「多くの企業は間違った金銭ベースの理論に基づいて、間違ったやり方を実践している。それは、結果的に企業が望む結果を達成するどころか、むしろ阻害してしまっている。[p.277]」

・メジャーリーグチームの調査では、給与格差が大きいほどチームの成績は低迷する。[p.279-280

イノベーション・研究開発について
・活用が探索を追い出す:「組織は自分たちの得意なこと、成功し儲かっていることにますます集中しようとする。しかしこんなやり方は、今は儲からなくても、長期的には重要になる(もしくは、すでに重要な)ものを犠牲にしている[p.56]」。
・「会社が古く、そして金持ちになればなるほど、イノベーションが起きなくなる」「古い企業でも多くのイノベーションを生み出しているが、そのイノベーションはあまり重要ではなかったり、今までの研究の焼き直しだったりすることが多い」[p.59]。
・「うまくいっていないときは、イノベーションを起こすチャンスなのだ。嵐をやり過ごせるという、はかない希望にすがって、避けることができない未来をただ待ってはいけない。嵐で本当に死ぬかもしれない。そうではなく、手段があるうちに嵐から抜け出さなくてはいけないのだ。[p.68]
・「業績の悪化に直面しているときには、・・・オープンになることだ。新しいアイディアやイノベーションが起こるように、ボトムアップで試行錯誤してみるのだ[p.70]」。
・「企業がISO9000を導入すると、既存分野の発明が急激に増えていた。その反面、新しい革新的なイノベーションが犠牲になっていた。[p.194]」
・「社内文書データベースは、どんなに頑張ってもあまり役には立たない。・・・本当に重要なノウハウは、紙に書くことができないことが多い・・・そのノウハウとは、組織や競争力の源泉にもなっている、複雑な構造の一部だ。こういうものは、表現したり紙に印刷したりできない、大きな暗黙知の部分を持っている。つまり、このノウハウを得るには、直接やりとりしないといけないのだ[p.214-215]」。
・「研究開発に投資することには、2つのメリットがある。一つ目は新しいものの発明だ。二つ目は他社が発明したものを理解し、吸収し、適用する能力の獲得だ。[p.218]」
・中国の医薬品業界のイノベーションを調査した結果では、イノベーションは成長ももたらさず、存続率を長くする効果もない[p.226-228]。
・「イノベーションを生み出す革新的な組織であり続けることは簡単ではない・・・。業績が悪化するまでイノベーションに投資するのをやめたとしよう。業績が悪くなり、問題から抜け出すためにイノベーションを起こそうとしても、手遅れだ。意味のあるイノベーションを起こすには時間がかかる。[p.231]」
・「利益を出すのは良いことだ。多ければ多いほうがよい。しかし、イノベーションがあり続ければ長期的に安定できるし、イノベーションは従業員や顧客をエキサイティングにするだろう[p.233-234]。」
・「多くの会社が、自社だけで革新的になるのは難しいと気づいた。本当のイノベーションを起こすためには、当然さまざまな能力と知識、洞察力が必要だ。しかし一つの組織が、そのような多様性を持つ例は少ない。何か根本的に新しいものを見つけようとするならば、会社の外に目を向けたほうがよいだろう。・・・これは『イノベーションネットワーク』と呼ばれる。他社の知識にアクセスし、自分たちのリソースに加える。そして、自社だけではできなかったことをやろうとする。[p.259]」
――

本書に述べられた様々なトピックスから浮かび上がってくることは、我々が経営に関して持っている認識がいかに当てにならないか、ということではないかと思います。経営者は会社のためを思って様々な判断をしているだろうと思っている認識も危ういものですし、様々な経営手法や考え方も実態は怪しいものである、ということでしょう。経営者や企業経営に影響力のあるコンサルタント、アナリストの判断の危うさには、個人の判断の危うさが影響しているでしょうし、組織としての判断に個人の判断の要素が入り込んでくるという問題も考えられると思います。経営手法については、特定の課題の解決を目指した手法の適用限界という問題、長期的な影響という問題があることは十分に考慮する必要があるでしょう。

では、なぜこうしたことが今まで広く受け入れられてきたのでしょうか。恐らくは、その真偽を明らかにすることができていなかったためなのでしょう。調査と統計的解析に基づく近年の経営学研究によって、経営の実態と経営に関する様々な考え方の有効性が明らかになってきたとすれば、喜ぶべき進歩なのではないでしょうか。もちろん、それぞれの研究結果の適用限界には注意が必要ですし、すべての問題が統計的な手法で解析できるわけではないでしょうが、ある考え方の効果が検証できるようになり、使える考え方と単なる思い込みに過ぎない考え方が区別できるようになってきたとすれば、実務家にとっては非常に役に立ちます。そこまでいかなくても、実務上なんとなく不審に感じていたことの実態がわかったり、何がよくて、何がまずいのかに関して、注意すべき点や解決のヒントが得られたりするだけでも有用です(本書の話題のいくつかは実務的にも重要な示唆を含んでいると感じました)。最終的には問題点の解決策を提示しなければならないとしても、まずは問題点を正しく認識することが出発点になるでしょう。本書のようなアプローチはその意味からも重要だと言えるのではないでしょうか。

経営学が真に使える学問になるためにはまだまだ発展が必要でしょう。著者は「昔のヤブ医者は『血を出すこと』によってすべての病気を治せると言った[p.4]」ことを例えに出していますが、経営学で「当たり前」とされていることはまだヤブ医者のレベルなのかもしれません。人の意思を扱う経営学の研究は医学の研究よりも難しいとは思いますが、経営行動の本質に少しでも近づくことで、よりよい経営方法、イノベーションの進め方が明らかになるのではないか、と思いますし、いずれの日にか、こうした知見が体系化されることにも期待したいものです。


文献1:Freek Vermeulen, 2010、フリーク・ヴァーミューレン著、本木隆一郎、山形佳史訳、「ヤバい経営学 世界にビジネスで行われている不都合な真実」、東洋経済新報社、2013.

参考リンク<2014.2.23追加>




ノート5改訂版:研究部門に求められるテーマ

1、研究開発テーマ設定とテーマ設定における注意点
1.1
研究活動における基本的な注意点→ノート1~3

1.2
、研究テーマの設定
①企業収益に結び付くテーマ(事業的に成功が期待されるテーマ)→ノート4

②研究部門に求められるテーマ(企業が研究部門に求める活動と、それに付随する研究テーマ)
企業は研究部門にどのような役割を求めているのでしょうか。企業活動に貢献する研究を目指すならば、まずは企業が研究部門に期待している仕事を果たすことを考える必要があるでしょう。その中には、いわゆる研究活動すなわち、イノベーションにおける技術的要素の追究も含まれますが、実際には、イノベーションには直接結びつかない様々な仕事も研究部門には求められます。具体的には、生産現場の業務とは異質だが、ある程度の専門性を必要とする仕事が研究部門に任せられることが多く、こうした活動は研究者のマンパワーの中で無視できない比率を占めることがあります。研究活動への資源配分を考える上でも、このような活動を含めた、研究部門に求められている業務を整理しておきたいと思います。

研究部門に求められていることは業種や分野、さらには企業内における業務分担の考え方によって異なりますが、大きく分けると、頭を使うことと体を使うことに分けられます。さらに、取り組む課題によって、未知のこと(新規なこと、創造)と、既知のこと(応用など)とに分けられるでしょう。この視点に立って、業務を分類してみたものを下図に示します。

研究分類scan500


一般的な研究開発とはイメージが異なる業務も含まれていると思いますが、現実にはこのような業務を要求されることは例外的なことではありません。いずれも技術に関する情報を扱う仕事であり、こうした業務が必要とされているならば、技術にかかわるどこかの部署が担当する必要があるわけです。

一般には、研究の役割としては図の右側、新規なことへの挑戦が注目されます。しかし、左側も無視することはできません。既存のことを知っておくことは、新たな創造のための基盤となるとともに、既存の事業を有する企業にとってはその技術的基盤を確保する意味でも重要と考えられます。Anthonyらは「安定した中核事業の存在がイノベーションの前提条件」と述べています[文献1、p.29]。彼らは主に収益面で中核事業が安定することの重要性を強調していますが、中核事業を支える技術の面でも安定が損なわれてしまってはイノベーションの成功はおぼつかないでしょう。例えば、既存技術分野での過度な人員削減により、育成指導の弱体化や、業界、社会動向の監視不足が生じたり、人員削減のための機械化や設備の高度化により製造技術がブラックボックス化し、さらにはトラブル(非定常)経験が不足するなど、既存事業の技術基盤の弱体化を招く要因は存在します。イノベーションに注力しようとして、経営資源を既存分野から新規分野に振り向けようとしたとしても、既存分野に問題が発生すればその問題への対応は誰かがやらなければなりません。結局そうした対応に研究部隊のマンパワーを割かれてしまう可能性があることには十分な注意が必要でしょう。

なお、これら研究部隊に求められる様々な業務の一部を外部との連携で処理しようとする考え方もあります。外部の知識の有効活用を狙ったオープンイノベーション[文献2]、他社に対する優位性を生み出さない業務のアウトソーシングにより優位性を生む分野に社内資源を再配分すべきとする考え方[文献3]もこうした考え方に含まれると思われます。しかし、図の左側の業務であっても研究者、技術者を育成するという側面があるため、その部分まで外部との連携やアウトソーシングに頼ってよいかどうかには議論の余地があるでしょう。例えば、「エリクソン(Ericsson[1996])は、仕事に限らず熟達化における高いレベルの知識やスキルの獲得のために、およそ10年にわたる練習や経験が必要であるとして『10年ルール』を提起している[文献4、p.34]」とのことです。一般の企業では、10年間、教育のためだけに時間を費やすことは不可能でしょうから、既知のことに関わる業務を行ないながら経験を積むことは有効な育成の方法と言えるのではないでしょうか。また、左側あるいは下側の業務には新たなアイデアを生み、その可能性を正しく評価するための基盤としての重要性もあると思われます。ノート2で少し触れた(ノート6でより詳しく触れます)「セレンディピティー」についてRobertsはパスツールの言葉を引用し、「観察の場では、幸運は待ち受ける心構え次第である」と言っていますが[文献5、p.viii]、「観察の場」は上述の図の下の部分に、「心構え」は既存知識の充実という意味で図の左側の部分に相当すると考えられます。このような既存知識を含む社内の技術力の充実の必要性は、丹羽によるChesbroughのオープンイノベーションへの批判においても述べられていて、「結局のところ、強い知識と技術やマネジメント力も兼ね備わった企業が、外部の知識や技術を効果的に活用することができる」[文献6、p.79]としています。Mooreの主張するアウトソーシングによる資源の創出[文献3]は、経験を積んだ人材を競争力の発揮に活用する、という意味ならば有益と思われますが、技術力の蓄積を損なうようなアウトソーシングでは意味がないように思われます。

また、図の左側の業務は、一般にその業務の必要性がわかりやすい(例えば、どこかからの問い合わせに対応するとか、顧客からのクレームに対応するとか)ことに加えて、計画しやすく成果が目に見える形で出やすいため(つまり不確実性が低い)、ともするとそうした業務を優先してしまいがちになる場合があることにも注意が必要と思われます。新規なことへの挑戦を重視するならば、図の右側の業務への動機づけ、評価とのバランスも重視しておくべきでしょう。

要するに、研究部隊に求められる仕事の内容を理解し、そうした業務への資源配分のバランスをとることが重要、ということに帰着してしまうわけですが、現実的には、それぞれのプロジェクトや、その企業の置かれた状況に応じて臨機応変に、しかし片寄り過ぎないように資源配分を調整することはそう容易なことではないと思われます。それぞれの企業のマネジメント力が問われるといってもよいかもしれません。

もうひとつ、表に示した分類には現れない研究の役割として「宣伝」が挙げられます。ノーベル賞を受賞した田中耕一氏が、彼の所属する島津製作所の企業イメージアップに大きく貢献したことは比較的記憶に新しいところですが、そこまでの業績ではなくとも研究成果の社会へのアピールがうまくできれば宣伝効果は十分に期待できるのではないでしょうか。Tiddらはアライアンスのマネジメントにおいて、「ある技術、もしくはその技術のソースが企業に与える信用度は、企業の技術取得方法に影響を与える重要な要素」と述べています[文献7、p.272]。「宣伝」という側面での研究活動の寄与はもう少し認識されてもよいのではないかと思われます。

以上、企業が研究部門に求めている課題として、イノベーションへの直接の寄与だけではなく、それ以外の役割もよく認識しておく必要があることを述べました。こうした業務の位置づけや進むべき方向性を明確にし、必要な業務全体を考慮したテーマ設定、業務分担、資源配分を行なうことはトップマネジメントの課題であるのと同時に、第一線の研究マネジャーにとっても重要なことと思われます。

考察:イノベーションと既存事業とのバランス

要するに、研究開発だからといって、新しいこと、未知のことばかりに気をとられすぎてはいけない、ということだと思います。これは、上述したような、企業が研究部隊に求めている役割からも明らかだと思うのですが、最近では、Govindarajanらにより、既存事業を「パフォーマンスエンジン」ととらえ、イノベーションと既存事業とのバランスを重視したイノベーションの進め方が提案されています[文献8]。ここで「パフォーマンスエンジン」とは、「成長して成熟していく企業は毎四半期に安定した利益を上げるというプレッシャーによってかたちづくられ、型にはめられる[文献8、p.30]」組織であって、これが既存事業において利益を生み出す原動力になっていると考えられるものです。パフォーマンスエンジン(既存事業)だけでは画期的なイノベーションは不可能だが、イノベーションとパフォーマンスエンジンとのバランスをとることにより、イノベーションを成功に導ける、というのがGovindarajanらの主張ですが、既存事業を運営する組織は、パフォーマンスエンジンに貢献するように形作られるということは忘れてはならないと思います。つまり、企業が研究部門に求めていることの一部は、既存事業に貢献するようにできている、ということで、イノベーションのためにそうした業務をどう扱うか、既存事業の一部としての活動と新規事業のためのイノベーション活動のバランスをどうとるかをよく考えなければならない、ということになるでしょう。本稿でとりあげた研究部門への様々な要求は、既存事業への貢献に主眼をおいたものか、あるいは新規事業のために必要な業務なのか、その比率は様々に異なると思います。とすれば、それらをひとまとめにして資源配分を考えるのではなく、研究部隊に対する様々な要求のそれぞれについて、何を重視するかを判断し、場合によっては、研究部隊を分割することも含めて考えなければならないのだと思います。そのためにも、研究部隊に要求される日々の業務について、まずはその意味と位置づけを研究員、研究マネジャーがしっかりと認識することが、イノベーションと既存事業のバランスをとるために役立つのではないかと思います。


文献1:Anthony, S.D., Johnson, M.W., Sinfield, J.V., Altman, E.J., 2008、スコット・アンソニー、マーク・ジョンソン、ジョセフ・シンフィールド、エリザベス・アルトマン著、栗原潔訳、「イノベーションへの解実践編」、翔泳社、2008.
文献2:Chesbrough, H., 2003、ヘンリー・チェスブロウ著、大前恵一朗訳、「Open Innovation」、産業能率大学出版部、2004.
文献3:Moore, G.A., 2005、ジェフリー・ムーア著、栗原潔訳、「ライフサイクルイノベーション」、翔泳社、2006.
文献4:金井壽宏、楠見孝編、「実践知 エキスパートの知性」、有斐閣、2012.
文献5:Roberts R.M., 1989、R・M・ロバーツ安藤喬志訳、「セレンディピティー」、化学同人、1993.
文献6:丹羽清、「イノベーション実践論」、東京大学出版会、2010.
文献7:Tidd, J., Bessant, J., Pavitt, K., 2001、ジョー・ティッド、ジョン・ベサント、キース・パビット著、後藤晃、鈴木潤監訳、「イノベーションの経営学」、NTT出版、2004.
文献8:Govindarajan, V., Trimble, C.、ビジャイ・ゴビンダラジャン、クリス・トリンブル著、吉田利子訳、「イノベーションを実行する 挑戦的アイデアを実現するマネジメント」、NTT出版、2012.

参考リンク

ノート目次へのリンク


ノート1改訂版:どんな研究が必要なのか

1、研究開発テーマ設定とテーマ設定における注意点

研究開発は通常、「テーマの設定」、つまり、何に取り組むかを決めることから始まりますが、ここではまず、どんな研究を行なう場合にも認識しておくべき基本的な事項について考えたうえで、具体的なテーマの設定についての議論に移るようにしたいと思います。

1.1研究活動における基本的な注意点

基本的な事項として考えておきたいのは、以下のポイントです。

1)研究の必要性:なぜ研究をしなければならないのか、どんな研究が必要なのか

2)研究の不確実性:すべての研究が克服しなければならない課題

3)競争相手の存在:環境要因として忘れてはならないこと

1)はテーマ設定の方向を誤らないために、さらには研究に対する支援を受けるために、2)は成功率の高いテーマを設定し、実行段階での研究の成功率を高めるために、3)はアイデアを選択する上で特に重要と思われるポイントで、どんな研究行なうにしてもおろそかにできないことだと思っています。今回はまず1)について考えます。

1)研究の必要性:なぜ研究をしなければならないのか、どんな研究が必要なのか

民間企業における研究の場合、研究の目的は最終的には何らかの形で企業活動に貢献すること、と言ってよいでしょう。企業が保有する資源を用いて研究する以上、研究の結果はその企業にとって何らかの価値を生む必要があるはずです。ただし、ここで言う価値には、一般に期待される直接的な経済的利益だけではなく間接的利益、例えば社会への貢献もその企業の社会的地位を高める意味でその企業にとっての価値に含まれると考えられます。しかし、研究だけが企業活動に貢献しているわけではありません。極論を言えば、技術開発や研究を行なわなくても企業への貢献は達成できるかもしれません。となると、企業への貢献における技術や研究の存在意義はどうなるのでしょうか?。

Schumpeterは資本主義社会を発展させる源としてイノベーションを考察し、「経済活動の慣行軌道の変更、すなわち、非連続的変化が経済を発展させ」といい[文献1、上p.171-180(文献2p.112]、「非連続変化は新結合の遂行によって起き」[文献1、上p.180-184(文献2p.113]、「新結合が新しい軌道を確立していく過程を『創造的破壊』」[文献3、上p.130(文献2p.113]と呼んだといいます。また、Druckerは「イノベーションとは、従来とは違う新しく価値ある事業やサービスを起こすことであり、それを行なう企業家の責務はSchumpeterが明らかにしたように『創造的破壊』である」[文献4p.26-29(文献2p.116]とし、「企業の基本機能は、マーケティング(財やサービスを市場で売ること)とイノベーション(より優れた、より経済的な財やサービスを作ること)の2つだけである」[文献5p.37,39(文献2p.8]と言っているということです。

イノベーションが企業活動を通じて、企業と社会の発展に貢献する、ということは以上のように広く認められていることのようです。しかし、これらの活動と、技術や研究との結びつきは必ずしも自明のことではありません。技術者としては、経済や会社の発展に技術が深く関与していると信じたい面もありますが、現実には魅力的な技術を持った会社が必ずしも成功するわけではありませんし、パッとした技術もないように見えるのに、業績をあげる会社もあるのは事実のように思います。ということは、イノベーションと技術開発は同義ではない、ということをまず確認すべきでしょう。

実際、後藤は「イノベーションとは『新しい製品や生産の方法を成功裏に導入すること』を意味している」とし、「技術開発はそのなかの(重要な)一部分」とした上で、さらに「イノベーションには(中略)組織革新なども含まれる場合がある」「(上述の『製品』には)液晶ディスプレイのような財と、宅急便のようなサービスの両方が含まれる」と述べています[文献6p.22]。また、Tiddらは「技術のイノベーションのマネジメントは単なる生産や研究開発の効率性の改善といった次元を超え、技術を利益をあげる製品やサービスに変換するという技術開発の効率性の次元までをも含んでいる」と述べています[文献7p.ii]。また、丹羽は「激しい競争に勝ち、社会や顧客に貢献して生き続けるためには企業は何をすべきか、それは、他社にはまねのできない、従来とはまったく異なる新しい価値を生み出す製品やサービス、そして事業を提供することだ。これをイノベーション(革新)という。」[文献2p.111]と述べています。

大胆に要約してしまえば、企業活動に貢献するためにはイノベーションが重要であり、技術がイノベーションに貢献できる可能性がある(必須ではないかもしれない)、ということになると思います。このような考え方は、技術的な優秀性だけで成功が保証されるわけではないという経験からしても納得しやすいものではないでしょうか。さらに、技術と企業への貢献の関係について、Christensenらは、業界をリードしていた優良な企業がある種の市場や技術の変化に直面したとき、(特段の経営上の失敗もないのに)その地位を守ることに失敗した例の分析を通じて、「刺激的な成長事業に乗り出そうと奮闘する企業にとっての根本的な問題が、優れたアイデアの不足であることはほとんどない」[文献8p.19]、「成長を維持できなくなる恐れのある企業にとって、刺激的な成長を生み出すアイデアが不足していることが問題なのではない」[文献8p.338]と述べています。また、Collinsは、良い企業が偉大な企業に飛躍する過程を分析した結果に基づき、「技術そのものが偉大な企業への飛躍や企業の没落の主因になることはない」[文献9p.253]と述べ、さらに、不確実なできごとに遭遇しても躍進しつづける企業の分析においても、「どんな環境下でも、脱落せずに競争し続けるために最低限達成しなければならない『イノベーションの閾値』がある。閾値が低い業界もあれば、閾値が高い業界もある。だが、いったん閾値を超えれば、それ以上のイノベーションにこだわってもあまり意味がない[文献10p.179]」と述べています。技術的な成功を華々しく取り上げて企業の成功に結び付けようとする考え方はたしかにわかりやすいのですが、こうした事例を常に成り立つ真理であるかのごとく単純化して理解しまうことは危険なことと思います。つまり、技術者は技術の進歩のみに関わるだけではなく、技術を効果的に利用し製品やサービスを販売して社会に貢献するところまで視野に入れて活動する必要があり、イノベーションは研究部隊だけの仕事ではない、ということを認識すべきなのでしょう。その意味で「研究、技術開発」よりも広い意味での「イノベーション」を念頭におくことが企業への貢献を目指す上では必要になるものと考えられます。

技術者はとかく、自分の担当である技術の部分に集中するあまり回りが見えなくなることがよくあり、その結果「役に立たない研究」「興味本位の研究」「自己満足」などの批判を受けることがあります。実際、研究がこうした状態に陥ってしまうこともありますが、高度な技術の開発では回りが見えなくなるほど集中しなければ解決できない問題があるのも事実でしょう。企業における研究者として、研究の最終の目的は企業への貢献であることを忘れないようにすることはもちろん重要ですが、研究部門以外の方はイノベーションを技術陣だけに任せきりにしない、ということも現代におけるイノベーションの成功には必要なことではないかと思います。

考察:研究の必要性と役割を理解しておくべきもうひとつの理由

イノベーションや研究開発の必要性など、改めて考えなくても研究はできる、という意見もあるでしょう。実は私もそう思います。このブログでは実際に使う立場から研究マネジメントに関する知識をまとめようとしているわけですから、今回のような総論的な議論は不要と思われる方もあるかもしれません。しかし、現実にはイノベーションや研究開発に懐疑的な人々もいます。もちろん、イノベーションが不要だと声高にいう人は少数かもしれませんが、内心は必要だと思っていない人、あった方がよい程度にしか考えていない人もいるのではないでしょうか(例えば、研究は売り上げをあげていないとか、研究は利益処分の手段のひとつだと言う人はそういう気持ちを持っていると思います)。こうした懐疑論に立ち向かうため、研究の意義や必要性を考えておくことは実践的にも必要なことだと私は考えています。

考える際のポイントは2つ、第一は自らも懐疑的になって考えてみること、第二は懐疑論に対抗できるような研究の意義を考えておくことです。本稿でSchumpeterDruckerを取り上げ、研究開発よりも広い意味でのイノベーションを考える必要があると述べたのはそのためなのですが、SchumpeterDruckerを信じない人、イノベーションの必要性にすら懐疑的な人に対しては、十分ではないかもしれません。様々なイノベーション論においても、イノベーションの必要性は当たり前のこととされているものが多く(中には、「苦しいときの技術開発頼み」になっているものもあるように思います)、懐疑的な人々を説得するためには、もっと強くイノベーションの必要性を納得させる根拠が必要なのではないかと感じます。現時点ではSchumpeterDruckerに頼らなければならないところがイノベーション論の限界であり、より有効な理論の出現を待つしかないのかもしれませんが、実践的な立場からするとそう言ってはいられませんので、私はイノベーションの概念をより広げて、何らかの新しいことに取り組むこと自体が本質的に重要なことである、と考えるようにしています(これなら懐疑論は出にくいので)。

第二のポイントについては、研究が具体的に何を行ない、どう企業に貢献できるのかを明確にすることが必要と考えます。この点に関連して重要だと思うのは、「製品開発は、情報を生み出す非定形の業務」とするThomke、Reinertsenの考え方[文献11]で、その考え方に従えば、研究開発はモノやカネを生んでいるのではなく、判断の拠りどころとなる「情報」を生んでいるのだ、ということになります。具体的には、「こうしたら、こうなるはずだ」という未来予測のための情報を提供すること、そのために、アイデア出し、情報収集、理論の適用、試行錯誤など様々な手法を磨き、活用することが研究開発部隊の役割、存在意義と言えるのではないでしょうか。現場のちょっとした改善であっても、未知のことに関する新たな情報を生んでいるならそれは研究の一部、ただし、それを専門の研究部隊が行なうかどうかは、課題の困難さなどの状況に応じて決める、と考えれば、研究不要論には対抗できる(ただし、専門の研究部隊不要論に対しては、別の検討が必要ですが)と思います。

イノベーションを実現するためには、研究部隊だけでなく様々な人々との協力が必要です。懐疑的な人も含めた様々な人々とうまく協力していくために、研究者自身が研究の必要性と役割を認識しておくことは実務的に役立つのではないか、というのが私の考える、研究の必要性と役割を理解しておくべきもうひとつの理由です。



文献1Schumpeter, J.A., 1926、塩野谷祐一、中山伊知郎、東畑精一訳、「経済発展の理論」岩波書店、1977.

文献2:丹羽清、「技術経営論」、東京大学出版会、2006.

文献3Schumpeter, J.A., 1950、中山伊知郎、東畑精一訳、「資本主義・社会主義・民主主義」東洋経済新報社、1995.

文献4Drucker, P.F., 1985、上田惇生訳、「(新訳)イノベーションと企業家精神」、ダイヤモンド社、1997.

文献5Drucker, P.F., 1954、上田惇生訳、「(新訳)現代の経営」、ダイヤモンド社、1996.

文献6:後藤晃、「イノベーションと日本経済」、岩波書店、2000.

文献7Tidd, J., Bessant, J., Pavitt, K., 2001、後藤晃、鈴木潤監訳、「イノベーションの経営学」、NTT出版、2004.

文献8Christensen, C.M, Raynor, M.E, 2003、桜井祐子訳、「イノベーションへの解」、翔泳社、2003.

文献9Collins, J., 2001、山岡洋一訳、「ビジョナリーカンパニー②飛躍の法則」、日経BP社、2001.

文献10Collins, J., Hansen, M. T., 2011、牧野洋訳、「ビジョナリーカンパニー4 自分の意志で偉大になる」、日経BP社、2012.

文献11Thomke, S., Reinertsen, D.、有賀裕子訳、「製品開発をめぐる6つの誤解 製造プロセスでの効率性は通用しない」、Diamond Harvard Business Review, 2012, 8月号、p.76.

参考リンク

ノート目次へのリンク



 


 

ノート改訂版:はじめに

このブログを始めて3年が経ちました。ブログを始めた理由については最初の記事で書いたとおり、メーカーの研究所に勤務する私が研究チームを率いていくうえで、チームと研究プロセスのマネジメントをどのように行えばよいのかに興味を持ち、まずは研究マネジメントに関する基本的な知識をまとめてみようと思ったのがそもそものきっかけです。その後、仕事が変わり、直接研究マネジメントを行なう立場ではなくなりましたが、マネジメントに関する知識をまとめて発表することで、それを後輩に役立ててもらえるかもしれないという思いと、さらに、自分でも研究マネジメントについてより深く知りたいという気持ちもあって、このブログをつづけてきました。

3年の間に多少知識が増えたこともあって、マネジメントについての考え方も少し変わってきたように思います。そこで、この機に今までノートとして発表してきた、研究マネジメントの基礎知識に関する記事の改訂を行なうことにしました。書いた内容を見直し、新たに得られた重要な知識を古い記事に追加することが改訂の主目的ですが、従来の知識や理論のまとめに加えて、私なりの考察も書いてみたいと思います。企業において実際に使う立場から研究マネジメントに関する知識のまとめを試みるという本ブログの基本的な立場は変えませんので、考察も場合によっては偏った、不十分なものになってしまうかもしれませんが、ひとつの考え方としてお受け取りいただければありがたいです。

なお、前回書いた全14回の構成および各記事のテーマは変えません。他の話題の合間に月1回程度の頻度でノート改訂版記事を書いていきたいと思います。

ノート(研究マネージャー基礎知識)改訂版の全体構成

研究開発活動の流れに沿って、以下の3つの部分に分けます。

I、研究テーマ(どんな研究に取り組むか)を決めるには何に注意してどのように行なうべきか

II、具体的な研究の進め方はどうあるべきか:研究に携わる人をどう扱い、どのような組織で、どのように運営管理すればよいのか

III、研究成果をどう活用し、発展させ、事業につなげるか

なお、ノート記事では、科学と技術の違いや、基礎研究と応用研究の違い、科学的発見から応用研究を経て実機化に至るプロセスの議論は省略します。研究マネジメントを体系的に考えるなら、これらの議論は必要かもしれませんが、現代の企業において研究を実践する立場から見ると単なる分類や形式的なプロセスの知識はあまり役に立たないように思います。実践的な立場をはっきりさせる意味もあって、使えない(ように思われる)議論にはあえて触れないことにしました。

技術マネジメントについては、丹羽氏によれば、

・「技術戦略を効果的に構築しようと…(中略)…いろいろな領域で多大な努力が傾けられている。しかし、概してそれらはまだ手探りの試行錯誤の状態にある。」[文献1p.iii]

・「技術経営分野の個別の領域での議論や著作はあるものの、全体が見通せる体系を提示した書籍は見当たらない」[文献1、p.iv]

とのことであり、近著でも、

・「高度技術社会に入り技術経営学が新しい経営学として必要とされているのにもかかわらず、技術経営学はその確立が途上であり、また、そのためもあって企業での応用展開も十分に進んでいない」[文献2、p.6

と述べられています。であれば、形式にとらわれる必要もないだろう、というのが私の思いでもあります。従って、本ブログの記事でも、例えば、基礎研究と応用研究の違い、技術(者)と研究(者)との違いなどの細かい点にはあまりこだわらずに大雑把な意味で使うことにしたいと思います。

しかし、研究開発とイノベーションの違いについては区別しておきたいと思います。イノベーションとは、研究開発などによって得られる技術的、科学的成果や様々なアイデアを社会に適用して新たな変化をもたらすもの、というのが私の考えですが、現代においては、研究開発とイノベーションは異なる意味を持っていると思います。例えば、いわゆる漸進的なイノベーションにおいては、研究開発の成果が比較的容易に社会に変化をもたらすことが多いですが、破壊的イノベーションやラディカルイノベーションでは、研究開発の成果がただちに社会の変化に結び付くとは限らず、技術以外の要因が深く関わってくることが多いのではないでしょうか。極端な場合には、新たな技術を必要としないイノベーションもあり得るでしょう。従って、技術はイノベーションの一構成要素と認識すべきであり、いわゆる研究開発もイノベーションにおいて行われる行為のひとつと考えたほうがよいのではないかと思います。

次回以降、各トピックスについて以前のノート記事の改訂をしていきたいと思いますが、その前に、ノート全体の総括の意味も含めて、最初の「考察」として研究マネジメントにおいて最も重視すべきことについて考えておきたいと思います。

考察:研究マネジメントにおいて最も重視すべきことは?

研究マネジメントにおいて最も重視すべきことは何でしょうか。現時点では、私は

・研究開発やイノベーションに携わる人が継続的に意欲を持ち続けられること

がその答えなのではないかと考えています。

ここで、研究開発やイノベーションに携わる人とは、技術的な開発を行なう研究者はもとより、研究開発成果を活用して(あるいは、用いなくてもよいですが)社会に影響を与えるイノベーションを創出することや、イノベーションのビジネスモデルを支えるすべての人を意味します。例えば経営層や、開発品を生産する工場の技術者や管理者、製品を販売する人々なども含みます。イノベーションを推進していくべき人々の意欲が高まりその意欲が維持できれば、彼らのより多くの能力の発揮が期待できます。それによってイノベーション成功の確率が高まるのではないかと思うのです。

なぜこのように考えるか、の理由には、現代のイノベーションにおける次のような背景があります。

・単純な思いつきでは成功しにくくなり、長期にわたる関係者の努力が必要とされること。

・専門分野が深く、狭くなっていること、複数の要素を組み合わせて新しいものを生む傾向が強まっていること、技術やアイデアをビジネスモデルの形に総合しないと社会の変化をもたらし得ないことのため、イノベーション実現には多くの人の協力と協働が必要とされること。

・時代の変化が速く、激しくなっているため、当初の計画を実行するだけでは不十分な場合が多く、計画変更ができる体制でなければならないこと。

つまりは、単に既定の方針を遂行する以上に、個人や組織に対する要求が高まっていると言えるでしょう。こうした背景のため、多くの関係者の高度でかつ継続的な能力の発揮が望まれ、そのためには意欲の維持が必要である、と考えることもできます。

具体的に、そうした意欲維持のためには、例えば、

・関係者の意思(価値観)統一、目標共有によって、誤解や不信に基づく意欲低下を防ぐこと

・意欲をもって挑戦できる課題を設定すること

・継続的に能力を発揮できる環境、協力的な環境を整備して意欲低下を防ぐこと

などが重要な課題となるでしょう。もちろん場合によっては、短期的な収益目標やインセンティブによって意欲を高めることは可能かもしれませんが、意欲が長期的に維持されること、さらに、多くの人に有効な方法でなければおそらく複雑で高度な課題には対応できないのではないかと思われます。

研究開発をどのように進め、イノベーションにつなげていけばよいかの具体的な方法については、各論の部で考えていきたいと思いますが、あらゆる課題に適用可能な定式化されたハウツーのようなものは確立されていないと考えるべきでしょう。イノベーションの課題が時代とともに変化することを考えれば、ひょっとすると決定版のような方法はそもそもあり得ないのかもしれません。であれば、理想の研究マネジメントの方法を追い求めるよりも、様々な方法について、その方法により関係者の意欲が高まるかどうかを判断基準として好悪を判断し、状況に応じてマネジメントをおこなっていくことの方が現実的なのではないでしょうか。例えば、収益をあげることを目的とするなら、イノベーションに関わる人々の収益に対する意欲を高め、能力を発揮できる環境を作ることができればよいわけです。もしある方策が、収益に結び付かなかったとすれば、その活動への意欲が低下し、その結果その活動は淘汰され、収益が上がる方向に進むのではないでしょうか。同様に成功の見込みが薄く、意義も小さなテーマではそれに対する多くの意欲は期待できないでしょう。意欲を管理することでこうしたテーマの淘汰も行なえると思います。すなわち、意欲の維持を基本に運営管理することで、進むべき方向は自ずと明らかとなり、結果も自ずとついてくるように思います。そもそも意欲を高めることは、個人および集団の高度な能力の発揮につながることが期待できます。さらに意欲の発揮度を基準に様々な施策の有効性を評価すれば臨機応変な施策の取捨選択が可能になるのではないでしょうか。このような理由から、複雑かつ不確実性の高い研究のマネジメントにおいて、最も重視すべきは「意欲の管理」なのではないか、というのが現在の私の仮説です。



文献1:丹羽清、「技術経営論」、東京大学出版会、2006.

文献2:丹羽清(編)、「技術経営の実践的研究」、東京大学出版会、2013.

ノート目次へのリンク







 


 


 

「イノベーションとは何か」(池田信夫著)より

どうやったらイノベーションの成功確率を上げることができるのか。この問題は当ブログにおける重要なテーマのひとつです。イノベーションを成功に導く万能の処方箋などない、ということは残念ながらどうやら確からしいことのようですが、成功の確率を上げることならば可能ではないでしょうか。池田信夫著、「イノベーションとは何か」[文献1]では、イノベーショをどう捉えるべきかとともに、どう進めるべきかが議論されていますので、今回はその内容について考えてみます。

著者は「イノベーションは経営学では非常に多く言及されながら、理論は無に等しく、経済学では対象外にされたエアポケットのような状態にある。しかし、イノベーションが成長にとってもっとも重要だとすれば、その法則を理論的に分析することは経営者だけではなく政策担当者にとっても必要だろう」[文献1、p.2]と述べ、最近のイノベーション事例を中心に、イノベーションの本質やその進め方について議論を行なっています。中にはかなり大胆な説も含まれているように思いますが、仮説とわかった上でいろいろな考え方に触れることは実務上も決してマイナスにはならないと思いますので、以下に要点をまとめてみたいと思います。

著者は、本書の柱となる仮説として、以下の10項目を挙げています[文献1、p.3](著者ブログ[文献2]とは若干異なっています。)。(以下の引用ページは文献1)

1、技術革新はイノベーションの必要条件ではない

「重要なのは技術ではなくビジネスモデルである。」、「新しい事業を起こそうとする場合、まず何を売ればもうかるかというアイディアがあり、その上で収益を上げる方法を考え、技術はそれに適したものを選ぶ(あるいは開発する)。イノベーションの本質は技術ではなく、このビジネスモデルにある。」ちなみに、イノベーションを技術革新と訳したのは誤訳であって、innovateという英語は単に「新しくする」という意味でしかない、とのことです。[p.15-17

2、イノベーションは新しいフレーミングである

「顧客の要望を聞くマーケティングで成功した商品はほとんどない。[p.14]」、「重要なのは仮説を立て、市場の見方(フレーミング)を変えること[p.3]」、「必要なのは、既存の組織の中で『発想を転換する』ことではなく、まったく別のフレーミングをする変人が、最後まで自分の思い込みを実行できる環境をつくること[p.34]」、ただし「何がよいフレームかを決める論理はない[p.69]」。

3、どうすればイノベーションに成功するかはわからないが、失敗には法則性がある

「大企業が役員の合意でイノベーションを生み出すことはできない[p.3]」、「日本企業は、内部のコンセンサスには非常に時間をかけ、いったん合意すると一糸乱れず団結して行動するため、内部で合意しやすい持続的イノベーションには強いが、反対の多い破壊的イノベーションは苦手[p.70]」、「コンセンサスで決めると、リスクを避けて無難な製品ができることが多い[p.108]」、「大事なのは、大企業を呪縛しているコンセンサスを断ち切り、個が自立すること[p.215]」、「特許のノルマでイノベーションが生まれることもない。[p.3]」

4、プラットフォーム競争で勝つのは安くてよい商品とは限らない

「フレームは言語と同じく、多数派であるがゆえに多数派になるという同語反復的な性格をもつから、すぐれた技術が標準的なプラットフォームになるとは限らない[p.69]」、「ビジネスが成功するかどうかも、商品のよしあしではなく、多くの顧客の共感を得るかどうかで決まる。製造業においては、その手段はよいものを安くつくることだけだったが、サービス業では要素技術がすぐれていることは決定的な要因とはならない[p.70]」、「プラットフォーム競争で勝つために必要なのは、従来の製造業のようにいい商品を安くつくることではなく、決定的な多数派になること[p.70]」、「技術競争は「標準化」ではなく進化的な生存競争だから、すぐれた規格が競争に勝つとは限らない。むしろ新しい「突然変異」を拡大する多数派工作が重要[p.3]」、「新しい規格の性能がいいことをいくら宣伝しても、シェアに差がある限り既存の規格をくつがえすことは絶対的に難しい。このように局所最適に閉じ込められている状態を脱却して大域的最適化を実現する手法として、突然変異がある。少数派であっても強い支持者をもつ突然変異が生き残る確率が十分高ければ、すぐれた技術が長期的均衡になる。重要なのはイノベーションを起こすだけではなく、それを持続させて多数派になるまで頑張るコミットメントの強さ。製造業では突然変異を減らす品質管理が大事だが、情報産業ではイノベーションが大事なので、なるべくシステムを撹乱してノイズや突然変異を増やし、淘汰圧を弱める工夫が必要」[p.72-3

5、「ものづくり」にこだわる限り、イノベーションは生まれない

「イノベーションの意味も、製造業とソフトウェアではまったく違う。ソフトウェアのイノベーションのコストは低いが、多くの人々に共有されないと意味がないので、プラットフォーム競争が重要。製造業とソフトウェア産業は、まったく違う産業といってもよく、前者で高い効率性を発揮した日本の企業が後者で惨敗したのは不思議ではない。[p.102]」「ソフトウェア企業はハリウッドのスタジオや日本の芸能プロダクションのような専門家集団になる。その中心はエンジニアやプロデューサーのようなクリエイターで、ホワイトカラーはスターをサポートする芸能マネジャーのような存在[p.104]」

6、イノベーションにはオーナー企業が有利である

「事業部制のような複合型組織は、規模の経済の大きい製造業では有効だが、ソフトウェアを中心とする情報産業ではオーナー企業が有利である。[p.3]」、「これは最先端のビジネスでは、品質の高さよりデザインの独創性や統一性が重要になっているから[p.115]」、「重要なのは古典的意味での所有権ではなく、コンセプト」、「情報の非対称性を情報共有で解決することによってモラル・ハザードを防ぎ、モチベーションを高めることができる。[p.115-7]」

7、知的財産権の強化はイノベーションを阻害する

「特許や著作権がイノベーションに与える影響は、中立かマイナスという実証研究が多い。いま以上の権利強化は法務コストを増加させ、イノベーションを窒息させる[p.4]」、「『知的財産権』は累積的なイノベーションを阻害して新しい企業の参入を困難にする[p.183]」、「競争的な市場ほどイノベーションを刺激する[p.183]」

8、銀行の融資によってイノベーションは生まれない

「ハイリスクの事業を行なうには、株式などのエクイティによって資金調達する必要がある。銀行の融資や個人保証は危険である[p.4]」。「銀行による融資は、リスクの大きなベンチャーには向いていない。研究開発はすぐに成果が出ないので、キャッシュフローだけを見て融資すると、将来性のあるベンチャーが開発を終えないうちに会社を閉鎖する結果になる。このような場合には、目先の利益が出なくても長期的に投資できるエクイティ(株式や転換社債など自己資本になる資金)によるファイナンスが向いている。[p.140]」

9、政府がイノベーションを生み出すことはできないが、阻害する効果は大きい

「政府はターゲティング政策からは手を引き、インフラ輸出などの重商主義的な政策もやめるべきだ[p.4]」、「日本経済の長期的な成長力(潜在成長率)を引き上げるためには、企業の国際競争力や収益性を高める必要があるが、それを特定産業を保護するターゲティング政策によって実現することはできない。政府が補助金で『育成』しても、企業が自力で競争できる力をつけない限り、成長を長期的に維持することはできない。[p.199]」、「政府が大企業に補助金を出して技術開発を行なうメリットがあるのは、高度成長期の製造業のように市場や技術のフレームが長期にわたって安定していて設備投資にともなう規模だけが問題であるような場合に限られる[p.206]」、「情報産業では供給側の設備の規模よりも需要やイノベーションの不確実性が問題になる[p.206]」、「こういう場合には、あらかじめ特定の目標を設定して大規模な投資を行なうよりも、多くの『実験』に分散投資し、事後的に見直して失敗したプロジェクトから撤退するオプションを広げることが重要[p.206]」

10、過剰なコンセンサスを断ち切ることが重要だ

「イノベーションを高めるには、組織のガバナンスを改める必要がある。特に日本的コンセンサスを脱却し、突然変異を生み出すために、資本市場を利用して組織を再編することが役に立つ。[p.4]」、「大事なのは、大企業を呪縛しているコンセンサスを断ち切り、個が自立すること[p.215]」、「日本で企業やイノベーションが起こりにくい最大の原因は、資金ではない。ボトルネックは、資金ではなく人材である。[p.217]」、「変人が労働市場で生き延びる確率を高める必要がある[p.218]」、「どこの国でも、人々の中には安定を求める面と自由を求める面があり、特に若者の自由を求めるエネルギーを大事にする必要がある[p.221]」

以上、著者の主張を、引用を中心にまとめてみました。基本的な考え方は、イノベーションの方向性は衆議で決められるものではなく、予測しにくい不確実なものであり、特異的な人によって牽引されるものであって、技術の優秀さよりもビジネスモデルが重要、ということだと思います。もちろん、著者が考察している事例はその多くが、IT分野のものですので、あらゆる分野のイノベーションに適用できるものとは限らない点には注意が必要ですが、これからのイノベーションにおけるIT、ソフト技術、サービス業の重要性を考えると、著者の指摘を軽視するわけにはいかないでしょう。個人的には完全に同意できる意見ばかりではありませんでしたが(理解不足の点はさておいて、分野や状況が変われば評価が異なることはあって当然だと考えます)、興味深い指摘は多いと感じました。

おそらく、著者も確立された定説を講義しているつもりはなく、現状考えられうるなるべくベストな仮説に近づこうとしている面もあるのでしょう。そういう立場であっても、イノベーションの全体像につい取り上げ、現在におけるイノベーションの意味も含めて論じ、仮説を提示したことは十分に価値のあることだと思います。技術の世界でも、未知の領域に踏み込んでいく場合には、多少のリスクは覚悟の上で大胆な仮説を提示しなければならないこともありますので、著者の意見も仮説として一旦受け入れてみることは技術者としてそれほど違和感のあることではありません。何より、技術者の実感として、研究開発、イノベーションの進め方について、過去の方法が効果を挙げにくくなっていると感じることがあります。本書の内容を所与のものとして受け入れるのではなく、本書の内容から何を読み取るかを考え、今後にどう生かしていくかを考えることが、イノベーションとは何かを理解し、イノベーションを成功させるために必要なことなのではないかと感じました。



文献1:池田信夫、「イノベーションとは何か」、東洋経済新報社、2011.

文献2:池田信夫blog part2、「イノベーションとは何か」、2011.9.22

http://ikedanobuo.livedoor.biz/archives/51743471.html


参考リンク<2013.1.14追加>



 


 

「テクノロジーとイノベーション」感想

ブライアン・アーサー著「テクノロジーとイノベーション」[文献1]の感想です。日々の研究開発活動は、テクノロジーとは何か、技術とは、科学とは、といったことは考えなくても進められます。しかし、これらについての全体観(どういうものか、どう変化するのか、といったこと)を持っておくことは、自身が取り組む技術の性質を知り、将来の展開を考える上で役に立つこともあるように思います。今回は、テクノロジーについての総括的な議論を行なっている上記の本についてまとめておきたいと思います。

著者は、アメリカ、サンタフェ研究所招聘教授で、複雑系理論の開拓者のひとりとされる研究者です。原著は2009年刊、題名は「The Nature of Technology, What It Is and How It Evolves」なので、イノベーションというより、テクノロジーの本質とそれがどう発展するかについて議論している本です。新鮮味がないと感じられる方もあると思いますが、詳しい議論が丁寧になされていて技術者にも受け入れやすいのではないかと思いました。以下、著者の考え方に沿って、特に重要と感じた点をまとめます。

第1章~第4章では、テクノロジーの性質、原理、意味、テクノロジーの形成と働く枠組みについて述べられています。

第1章、疑問:基本的な問題意識は、次のとおりです。「現代の重要問題と変動を絶え間なく生み出しているのは、テクノロジーだ。」「機械が自然の力を手助けする時代から、(中略)自然を模倣し、代替するテクノロジーの時代へと移り変わっていく。」「その特質と仕組みは、私たちの将来と懸念を決定づけつつある」[文献1、p.18]。そして、「本書では、テクノロジーとは何なのか、そしてどのように進化するのか」について議論し、「テクノロジーの理論、つまり私たちがテクノロジーの働きを説明するときに利用できる『一般命題の矛盾のないまとまり』」を打ちたてようと試る、とされます。

第2章、組み合わせと構造:テクノロジーの3つの原理として、1)組み合わせ、2)再帰性、3)効果への依存が挙げられています。1)組み合わせについては、「テクノロジーはコンポーネントあるいはアセンブリを統合、あるいは組み合わせたもの」[文献1、p.46]として、それらが上位、下位の関係で、あるいは中核をなすものと支援するもの、という関係で全体としてのテクノロジーができあがる。この時、有効でよく使われるまとまりがモジュール化されて、組み立てや修理が簡単になるという効果を示す。2)再帰性とは、あるテクノロジーが「それ自体がテクノロジーである構成要素から成り立っており、その構成要素はやはりテクノロジーである下位のパーツから、その下位パーツもまたテクノロジーであり・・・という繰り返しのパターン」[文献1、p.54]。そして、このような特徴により「テクノロジーが固定化されていることはめったにない。常に構成が変更され、目的の変化に対応して再編成され、改良されている」と述べられます。

第3章、現象:上記テクノロジー3原理の、3)効果への依存とは、「テクノロジーは常に(物理)現象、つまり自然の理に依存しており、それを目的達成のために活用または利用できる。」[文献1、p.62]ということで、「テクノロジーとは、私たちが使うために現象を統合したもの」[文献1、p.71]。このとき、物質的な「現象」を非物質的な「効果」にまで拡張すれば、金融制度や契約、法制度なども「テクノロジーと見なせるようになる[文献1、p.74]。また、科学について、「テクノロジーは、主として科学によって明らかにされた現象を利用することで作られている。」そして科学は「テクノロジーが発達させた器具、方法論、実験を用いることで形づくられ」「互いに完全に依存している。」「科学は深く埋もれた現象を見つけ出し、理解するために必要であり、テクノロジーは科学を進歩させるために必要」であって、テクノロジーのない、思考と推測のみで成り立っている科学は「脆弱な科学」。すなわち、「科学はテクノロジーの一形態」[文献1、p84-.85]というのが著者の考え方です。

第4章、ドメイン―-目的を達成させる世界:「ドメイン」とは、効果の系統が共通していたり、共通の目的を持ったテクノロジーがグループとしてまとまったもので、「実践法と知識の収集、組み合わせのルール、関連した思考様式とともに、装置や手法を形作るために抽出されたもの」[文献1、p.90]です。そして「重要なイノベーションは新しいドメイン化によって行われていた」とされ、「新しいドメインの出現がもたらしたのは、ただそれができることだけでなく、潜在的な可能性だった。」[文献1、p.91]とされます。

第5章以下では、どのようにしてテクノロジーが生まれ、進化するかが述べられます。

第5章、エンジニアリングとその解決法:「テクノロジーは内部パーツを変えながら変化していく」「斬新な構造は新しい組み合わせを通じて生まれる」[文献1、p.114]。標準的なエンジニアリングとは「新しいプロジェクトを実行すること、既知であり認められた原理のもとで手法と装置を統合すること」[文献1、p.116]ですが、その中で行なわれる内部パーツの変化や新しい組み合わせは、役立つ問題解決法を生み出し、それが広まることでイノベーションやテクノロジーの進化に寄与するとされます。

第6章、テクノロジーの起源:ここでは根本的に新しいテクノロジーがいかにして生まれるかが議論されます。著者の定義によれば、「根本的に新しいテクノロジーとは、対象となる目標にとって、新しいかあるいはそれまでとは違う原理を元にしたもの」[文献1、p.139]。そして、発明は「目標あるいは必要性から始まって、それを達成する原理を見出す場合」と「現象または効果から始まって、その中に何かに役立つ原理を見出す」場合がある[文献1、p.142]。この時、「困難なのは、原理を適切に機能させることで、これにはときに何年もの努力を要する」[文献1、p.155]と述べ、新しい手段や方法を支えるのに「とりわけ重要なのが、時間をかけて蓄積された知識」[文献1、p.160]と述べています。

第7章、構造の深化:テクノロジーの発展の過程では、内部構造の交換と、コンポーネントやアセンブリの追加によって構造が深化していく。テクノロジーが成熟期を迎えると、性能が大幅に向上しない時期が訪れ、既存の原理が長期間安定した地位を確立するようになる。その原因としては、さらなる発展に必要な斬新な原理がすぐには得られないこと、経済的メリットや変化に対する心理的抵抗によって新テクノロジーの導入が遅れることが考えられる[文献1、p.171-180]、と述べられています。

第8章、変革とドメイン変更:単体のテクノロジーとドメインとは挙動が異なる。テクノロジーの進歩によってドメインは変形するが、「テクノロジーそのものが利用者に適応するまで本当の変革が訪れたとは言えない」。「ドメインを適応させるプロセスの期間は、(中略)新たなドメインを受け入れるために、既存の経済構造が再設計されるまでの時間で決まる。」「新しいテクノロジーよりも劣ると立証されていても、既存のテクノロジーは生き続ける」[文献1、p.200]。以上より、イノベーションには4通りのやや関連性のないメカニズムが存在する。1)一般工学にもたらされる新たな解決法に存在する。2)根源的に新しいテクノロジーに存在する。3)構造深化の過程で内部のパーツを交換し、また追加して発展するテクノロジーに存在する。4)テクノロジーの本体全体(ドメイン)に存在し、この全体は時間をかけて創発し、建ちあがり、その全体に遭遇した産業を創造的に変化させる[文献1、p.208]、と述べられています。

第9章、進化のメカニズム:「おおざっぱにテクノロジーは既存のテクノロジーから生じる」「人間の活動も一くくりにして考えるなら、テクノロジーの集合体は、“自己創出”する――それ自体から新たなテクノロジーを産出している」[文献1、p.213-215]。新たなテクノロジーの需要(テクノロジーが有益とみなされる機会のニッチ(適所))は、人間の繁栄を実現させるニーズの他に、個別のテクノロジーが以下の理由で直接生み出すこともある。すなわち、1)テクノロジーの存在自体が低コスト、高効率という目標を満たす機会を達成するためにあるため、機会が開かれている、2)テクノロジーには支援するテクノロジーが必要、3)テクノロジーは間接的にではあるがしばしば問題を引き起こす[文献1、p.222]。私見ですが、この3)は、忘れがちですが重要だと思います。

第10章、テクノロジーの進化に伴う経済の進化:「経済を“社会が自身のニーズを満たすための調整と活動の集合”と定義」すると、「広義のテクノロジーとも考えられる。」「“調整”をすべてテクノロジーの集合体に組み込むと、経済はテクノロジーの受け皿ではなく、テクノロジーをもとに組み上げた、意義のある存在とみなされるようになる。」すなわち、「経済とはテクノロジーの表現なのだ」[文献1、p.242-243]。

第11章、テクノロジー――この創造物とどう共存するか:この章では全体のまとめが述べられていますが、ここではマネジメントに関する指摘を取り上げたいと思います。「ハイテク経済における意思決定上の“問題”が明確に定義されていない。」「問題に対して最適な“解決策”もない。このような状況でマネジメントに課されるのは、問題を合理的に解決することではなく、定義されていない状況を理解できるようにする、つまり状況を“認識”すること、または状況を対処できる枠の中におさめることであり、同時にまた、状況に沿った形で提案を位置付けることなのである。」「ハイテク化が進むほど、処理業務の合理性はどんどん無くなっていく。」「テクノロジー思想家のジョン・シーリー・ブラウンは言う。『マネジメントは、もの作りからつじつま合わせに移行してきた』」。「マネジメントが競争優位を引き出すのは、蓄積した深い専門知識を新しい組み合わせ戦略へと転換する能力からなのである。」「現代テクノロジーの本質は一連の新たな変化を迎えつつある。ビジネス・マネジメントの分野では、生産過程の最適化から、新製品、新機能など、新たな組み合わせの創出へ、そして、合理化から意味形成へ、商品ベースの企業から技能ベースの企業へ、コンポーネントの購買から提携関係の形成へ、安定した運営から不断の適応へ。」[文献1、p.265-266]。さらに、人間とテクノロジーの関係について、次のように述べています。「人間は本来自然の中に存在するのであって、“信頼”しているのは自然であり、テクノロジーではない」。「本当はそれほど信頼してはいないのに期待だけは寄せている。」「テクノロジーの根底にあるのは自然である。」「だがテクノロジーが自然だとは感じられないのだ」。「大事なのは、テクノロジーを顔のない意思を削ぐ存在として受け入れるべきか、それとも、有機的で生活を豊かにするものとしてテクノロジーを所有するかだ。」「私たちは人間の感覚をなくすテクノロジーを受け入れるべきではないし、可能なものと望ましいものを同じだと考えてもいけない。」[文献1、p.271-274

以上が私なりのまとめです。著者の主張は特に目新しいものではない、当たり前の考え方である、と感じられる方もいると思います。また、異議のある方もいるでしょう。私もにわかには受け入れにくい考え方もありました。ただ、このような事例から導かれた考え方や解釈は、容易にその正否を決められるものではないと思います。少なくともかなり妥当な考え方が含まれているのではないかと思いますので、著者の主張に対する意見はさておき、一旦受け入れてみて、そこから何を引き出して自らの糧とするかが我々には問われるのではないかと思います。個人的には科学も経済もテクノロジーとして捉える考え方は面白いと思いましたし(この論理では人間活動は何でもテクノロジーだと強弁できそうにも思いましたが)、人間がテクノロジーに抱く不信感は、テクノロジーの変化の早さにヒトという生物が適応できていないと考えると納得できるものがあります。本書ではテクノロジーの本質や変化についてのマクロ的な考え方が述べられていますが、研究を実施する立場からは、ミクロ的に、個々の人間や企業が個々の問題をどう考え、対応し、その結果としてイノベーションの成功や失敗にどう結び付くのか、といった点にも興味があるのですが、研究の方向性を誤らないために、本書のようにテクノロジーを俯瞰的な立場から論ずることは有意義なのではないかと思いました。本書から得られる示唆をどう用いるかが我々の課題なのかもしれません。


文献1:Arthur, W. Brian, 2009、W・ブライアン・アーサー著、有賀裕二監修、日暮雅通訳、「テクノロジーとイノベーション 進化/生成の理論」、みすず書房、2011.

参考リンク<2012.9.2追加>


 

 

「イノベーションの知恵」(野中郁次郎、勝見明著)感想

本書では様々なイノベーションの事例を取り上げ、野中教授の知識創造理論をベースにその成功の要因が解説されています。さらに、それぞれの事例におけるリーダーの考え方と行動について詳しく述べられている点は、イノベーションにおけるリーダーシップについての示唆も多く含んでいると言えるでしょう。取り上げられた事例はいずれも従来の考え方や方法の革新が成し遂げられたもので、イノベーションによって世の中を変えることができる人間の能力とその成果を再認識できたことは、(特に震災の記憶が生々しいこの時期、)力づけられる気がしました。

 

取り上げられているのは、以下の9事例です。

ケース1、旭川市旭山動物園:動物の行動展示によって人気を得た有名な事例。

ケース2、京都市立堀川高校:自ら学ぶ教育を実現して大学受験と生きる力の教育を達成。

ケース3、JR東日本エキュート:これも有名ですが、駅構内のあり方を改革したエキナカの創造。

ケース4、トヨタiQ:「カイゼン」を超えた発想による小型車の開発。

ケース5、アサザプロジェクト:霞ヶ浦の自然を再生させるプロジェクト。

ケース6、社会福祉法人むそう:知的障害者の能力を地域再生に生かす福祉ビジネス。

ケース7、再春館製薬所:大部屋経営を通じて「監視」から「共創」を達成。

ケース8、いろどり:料理に添えるつまものをビジネスとして創造。

ケース9、銀座みつばちプロジェクト:都心で養蜂し、都市のあり方を変えた事例。

 

いずれも研究開発や技術が主役ではありません。しかし、技術があっても、それを成果に結び付けるための多くの技術以外の努力が必要であるというのは多くの方の認識が一致するところでしょう。技術的イノベーションを考える上でもこのような事例から学べることは多いのではないでしょうか。

 

野中教授はこの事例から、イノベーションを生むための方法、リーダーの行動として、次のような概念を示しています。

・「理論的三段論法」ではなく「実践的三段論法」(ケース1、2)

・「モノ的発想」から「コト的発想」への転換(ケース3、4)

・「考えて動く」ではなく「動きながら考え抜く」(ケース5、6)

・「名詞」ベースではなく「動詞ベース」で発想する(ケース7)

・「見えない文脈」を見抜く(ケース8)

・偶然を必然化する(ケース9)

そして、まとめとして

・リーダーにとって大切なのは「場のマネジメント」

・知を創発する場の条件は「チームの自己組織化」、「身体性の共有」による「相互主観性」

・リーダーとチームを支えるのは「共通善」

・経営は「サイエンス」ではなく「アート」

と述べています。

 

とまとめてみたものの、はっきり言ってこれらの概念は私には非常にわかりにくいものでした。もちろん、事例の解説を読めばなんとなくわかったような気にはなるのですが、例えばその概念を自分で使おうと思った時、あるいは、野中教授の知識創造理論を知らない人に伝えてその人を動かすことに使えるかというと、非常に心もとない感じがしてしまいます。

 

恐らくその原因のひとつは、「概念」の種類が多すぎることのような気がします。特に技術系の人は、新しい理論や概念に触れると、それが本当に正しいのか、どんな場合にでも正しいのか、なぜ正しいのか、何を根拠に正しいと言えるのか、などのことを考える習慣がついている人が多いので、一度に多くの概念に触れると混乱をもたらすことになるように思います。さらに、多くの概念があると、実際の場面においてどの考え方を使えばよいのかがはっきりせず、「使いにくい」という印象になってしまい、使いにくい概念をわざわざ受け入れる必要はない、と思ってしまうこともあると思います。

 

しかし、事例に基づいてよく考えてみれば、これらの概念には重要な示唆が多く含まれていると言えると思います。そこで、野中教授の概念を使う立場から私なりにわかりやすく言い換えてみようと思います。

・「実践的三段論法」とは、「目指すべき目的がある」「目的を実現するにはこんな手段がある」「ならば、実現に向けて行動を起こすべきである」と結論を導き出し、行動を起こすこと[文献1p.32]。さらにこのプロセスには「仮説→検証→修正」の反復が含まれており、経験から仮説を立てる段階ではアブダクションが活用されます[文献1p.73-74]。このように考えれば理解しやすいと思います。

・「モノ的発想」から「コト的発想」への転換については、まず「モノ」と「コト」の理解が必要でしょう。モノはsubstance、コトはevent[文献1p.82]、「モノはそこに人間がかかわろうとかかわるまいと存在するのに対し、コトはそこにかかわる人間との関係性のなかで成立し、人間の経験として生成される」 [文献1p.99]、だそうです。「モノ的発想」から「コト的発想」へということは、物を提供してそれをどう使うかは物の受け取り手に任せるということではなく、その物が受け取り手にどのような経験を与えるか、ということまで考える、ということではないかと思います。単なる物ではなく、その作用や、人がどんな作用を求めているかの着目しようとする人間中心のイノベーションなどと近い考え方だと思います。

・「考えて動く」ではなく「動きながら考え抜く」というのは比較的理解しやすいですが、最初に考えを立ててそれを実行し、改善点があればフィードバックする、という方法ではなく、動いて得られた経験を直ちに発想につなげる、という意味で従来よりもダイナミックなアプローチ重視している、ということと考えられます。

・「名詞」ベースではなく「動詞」ベース、というのは固定的な考え方(名詞ベース)ではなく、何かになる(become)とか変化するとかの流動的な考え方を重視すべき、ということであると思われます。「モノ」から「コト」へという考え方と本質的な違いはないように思います。

・「見えない文脈」を見抜く、については「一見、関係ないモノがジグソーパズルのように結び付くと、これまでなかった新しいコトが生まれ、変革がもたらされる」[文献1p.222]とのことですので、違うものを結びつける力だと言ってよいでしょう。そのきっかけにセレンディピティーが存在する場合もあり、イノベーションの原動力になりうることは経験的にも明らかだと思いますが、そのきっかけには「強い好奇心」と「強い目的意識」があるとされています[文献1p.239]

・偶然を必然化、については偶然により生まれたチャンスを大切にする、という意味ではないかと思います。偶然というのは誰にでも訪れるものではありませんので、偶然の力を活用すると他者との差別化が容易に行なえます。これは「真のセレンディピティー」(ノート6で取り上げました)に近い考え方のように思われます。

・場のマネジマントとは、組織や環境や人や知識を別個にマネジメントするのではなく、新たなイノベーションが起こるようそれらを総合的にマネジメントすること、という風に受け取りました。野中教授は「場は、人々が目的を共有し、価値観や感情を共鳴させ、互いに知を共振させ、信頼、愛、安心感などの社会関係資本を共有し合う時空間」[文献1p.51]としていますが、こうした場を作るためには総合的なマネジメントが必要なのだと思います。

・自己組織化とは、リーダーが引っ張るとか、管理者がこまかい調整を行なう、という方法ではなく、組織が自主的に全体として最適な行動をとれるように動き、個を超えた大きな主観(相互主観性)を確立するということのようです。そのためには「身体性の共有」つまり、「相手と身体的に時空間を共有し、触れ合うことによって、相手の視点に立ち、相手の経験を自分のなかで持つことができるようになる」[文献1p.287]ことが必要ということのようです。

・「共通善」とは「『世のため人のため』『よきことをする』という根源的な思い」[文献1p.5]ということです。このような思いが人を動かす大きな力を持つことについては疑う余地はないでしょう。

 

野中教授の考え方をこのように言い換えてしまうこと自体、私の理解不十分の可能性に加えて、野中教授の暗黙知を不十分な形の形式知として表出化してしまうという危険がありますので、適切なことではないかもしれません。また、野中教授が様々な概念を提示されていることも、暗黙知を単純な形で形式知化させないためなのかもしれないとも思います。しかし、このようなわかりやすい言い換えを行なわなければ野中教授の概念はそれを使う立場から眺めている私にとってはただのモノにしかすぎず、こうした考察によって初めてコトになりうるのではないか、とも思います。そんなわけで、あえてトライしてみました。野中教授の理論は受け取る側の知識が多いほど、深い内容を受け取れるようにも思いますので、さらにどのような解釈ができるかは私自身の今後の課題とも言えるかもしれません。

 

なお、本書には上述の概念の他にも多くの有用な示唆や興味深い概念が語られています(ここでは限られた点しか取り上げられず申し訳ありません。詳しくはぜひ本書をご参照下さい。)。しかし、それらの概念を単なる羅列ではなく、重要性を正しく判断して系統的に整理することは少なくとも私には困難だったので上記の点に絞らせていただきました。本書で述べられているように経営がサイエンスではなくアートである、という考え方に立てば、そうした概念の整理は必要ではないのかもしれませんが、アートであったとしてもその質を高めていくことは有益なことでしょう。本書では経営をサイエンスと位置付けるアメリカ流の考え方はあまり評価されていないようですが、私はアメリカ流の考え方であっても役に立つものもあると思っています(アメリカ流とひとまとめにしてしまう必要もないようにも思いますが)。本書で示された概念も含めてあらゆる考え方を総合していくことが経営の質の向上に役立つのではないかと思いますがいかがでしょうか。

 

 

文献1:野中郁次郎、勝見明著、「イノベーションの知恵」、日経BP社、2010.

http://www.amazon.co.jp/%E3%82%A4%E3%83%8E%E3%83%99%E3%83%BC%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%83%B3%E3%81%AE%E7%9F%A5%E6%81%B5-%E9%87%8E%E4%B8%AD-%E9%83%81%E6%AC%A1%E9%83%8E/dp/4822248291/ref=sr_1_1?s=books&ie=UTF8&qid=1300717571&sr=1-1


参考リンク<2011.8.14追加>
 

イノベーションとあいまいな意思決定(判断の根拠は何か?、ヒューリスティクスの活用?)

他のビジネスプロセスと同様に、イノベーションにおいても意志決定は重要です。しかし、研究開発が本来的に持つ不確実性のため、その意志決定は、量的に不十分で、しかも正確とは限らない情報に基づいて行なわなければなりません。加えて、企業における研究開発では開発スピードを優先するため、純粋科学の研究のように正しいことを確認して確実な事実を積み重ねていくアプローチが採られないこともあります。そこで今回は、イノベーションにおける意志決定の特徴と注意すべき点、活用方法などについて考えてみたいと思います。

 

企業でのイノベーションにおける意志決定の特徴は、「限られた情報に基づく、素早い判断」+「素早い見直し」が必要とされていることではないでしょうか。つまり、十分な情報に基づいて、十分に吟味した上で判断することよりも、とにかくプロジェクトを前に進める判断を行ない、進めながら同時に確認や見直しも行なう、という判断が求められるのではないかと思います。

 

このような状況における判断については、ヒューリスティクスという考え方があります。ヒューリスティクスとは、「論理的に厳密な手続きに頼らず、確実ではないが効率よく問題を解決しようとする考え方」[文献1p.149]とのことです(実際には、いろいろな定義がある幅の広い概念のようですが、最大公約数的に「簡便な問題解決法」という説明が最も理解しやすいように思いました。様々な定義や例については記事末尾[参考文献]をご参照いただければと思います。)。この考え方は特に心理学や行動経済学の分野で、人間の意志決定に影響する要因として重視されているようで、心理学の分野では、簡便な意思決定による正確な判断からのずれ(心理バイアス)が問題にされることが多く、また、行動経済学の分野では、簡便な意思決定を行なうことによって経済合理性に従わなくなる人間の行動が検討の対象にされているようです。いずれも、簡便な意思決定を行なおうとする人間の考え方をしかたのないものと認めつつ、簡便な方法をとることによる誤りの可能性などの問題点が多く注目されているように思います。

 

しかし、研究を進めていく過程では結構あいまいな考え方をしているものです。これはひとえに、熟考できるだけの材料がない状況でも判断を効率的に行ない、少しでも早く物事を進めたいという意欲の表れと考えることができるでしょう。つまり、イノベーションにおけるヒューリスティクスは、発想を次の段階に発展させるために積極的に簡便な意思決定を使っている、とも言えるのではないかと思います。企業における研究の場合、最終目標は真理の探究ではなく、イノベーションを世の中に送り出すことですので、こうした考え方を認めざるを得ないのではないでしょうか。もちろん、ヒューリスティクス自体が持つ誤りの可能性については十分に注意しなければなりませんが、私はイノベーションにおける簡便な意思決定は、後でその考えの正当性が確認されることを前提として、有用なもの、不可欠なものとして肯定的に考えてもよいのではないかと思っています。

 

具体的にどんな判断がなされ、どんな点に注意すべきなのでしょうか。研究開発における簡便な意思決定の例として、ある情報(データ)に遭遇した時に、それを「正しい」と認識する過程を考えてみたいと思います。この過程は次のようなプロセスからなると考えられるでしょう。すなわち、

第一段階:情報を認識し解釈する

第二段階:その情報が正しいことを納得しようとする

です。ヒューリスティクスの議論では主にこの第一段階が注目されているようですが、私は第二段階も重要であると思います。研究開発のような場合、最初は得られる情報が少ないため第一段階の情報認識と解釈が十分には行なえず、必然的に第二段階の推論にも頼って判断しようとすることになるでしょう。

 

つまり、情報が少ない状況では、

・得られた情報をとりあえず信じる

・情報が得られた前提条件を十分に吟味できずに汎用化、拡大解釈する

ということが起こりやすい、あるいはそうせざるを得ないことになってしまうと思われます。このような状態で、ある情報を「正しい」と認識して問題がない場合もありうるとは思いますが、研究開発の場面においては、この段階だけの簡便な判断で結論を出すのは大胆すぎるでしょう。従って、そのような場合には、第二段階でその解釈の正当性が高いことを確認しようとするのが普通であると思います。つまり、「データは少ないが、データ以外の傍証があるのであれば、『正しい』と考えてもよいだろう」と思えるわけです。しかし、第一段階での情報が少なければ、第二段階での考えをサポートする情報も少ないはずですので、第二段階でも「簡便な判断」が使われることになるのではないでしょうか。

 

では、第一段階の推論をサポートしようとする第二段階での簡便な判断にはどのようなものが考えられるでしょうか。

 

まずは、間接的な証拠(第一段階の推論をサポートする別の情報)に着目する場合が考えられるでしょう。例えば、以下のような場合に第一段階の推論がサポートされると思うのではないでしょうか。

・偶然ではおこりそうもないこと(こんな結果が得られるのは偶然ではあり得ないと思う)

・再現性がよい(同じことを何度やってもいつもそうなる)

・反例がない(いろいろやってみても解釈に合わない例が出てこない)

・結果から推理したことが当たる(第一段階の判断が正しいとすれば、別のことをしたらこうなるはずだ、と推理し、それを試した結果が期待どおりとなる)

・第一段階での判断が正しいとすると多くの現象の辻褄が合うと思える

いずれも、きちんと考えれば第一段階での推論を証明するものにはなり得ないはずですし、ヒューリスティクスの議論でよく取り上げられる認知バイアスによって判断が歪められる可能性を持った考え方なのですが、このような間接的な結果であっても、第一段階での推論が正しいという根拠のひとつとして感じてしまうことがあります。

 

さらに、より不確かな方法として、自分の考え(先入観や予想)を根拠として第一段階の判断が正しいと思うことがあります。例えば、

・自分がうすうす思っていた仮説に一致する(やっぱりそうか)

・自分がそうなってほしいと期待していたことに一致する(自分の予定や計画どおりに結果が出る)

・自分の過去の記憶(経験)に一致する(そういえばそうだ)

・自分が正しいと思っていることから、自分が正しいと思っている論理に従って導けることに一致する

・第一段階の判断が誤っている、という論理を組み立てることができない(他にどんな説明が可能だというのか?)

このような、すでにもっている知識や態度、信念、仮説を保護・維持しようとする傾向は、「認知的保守性の原理」「認知的一貫性の原理」と呼ばれ[文献1p.183]、複数の認知が矛盾する状態(不協和)を避けようとする心理的作用が反映されていると考えられます。つまり、このような考え方を用いると心理的に楽になるために、ついそうしがちである、ということです。なお、自分の考えの中には、過去に誰かから聞いて、そのように聞いたことを忘れてしまって、さも自分が考えたように思いこんでいる場合(「スリーパー効果」というらしいです)も含まれるでしょう。

 

同様に、他人の意見を根拠として正しいと認識する場合もあり得ます。例えば、

・自分が偉いと思っている人(信頼している人)の意見に合っている(権威への服従、その人と同じ意見を持つことがうれしい)

・多数の人が言っている意見と同じである(同調の心理)

・世間で正しいとされていることから、正しいとされている論理に従って導ける結果に一致する

 

これよりもさらに不確かな方法としては、あるいは、自分自身でも間違っているかもしれないと思いつつも正しいことにしてしまう、あるいは、疑う心を故意に封じてしまう、ということも起こり得るでしょう。

・事前の予定や計画に沿ったデータである(それに反していると面倒なことになる)

・他人の意見との衝突を避けるため、他人の主張に従ってもよいと思ってしまう

・他人の意見に従っておくと、利益が得られるのでそれでよいことにしてしまう

・自説に固執すると、不利益が予想されたり、面倒なことになる可能性があるので、自説を曲げてしまう

・第一段階の判断が正しいとすると自分の評価が上がる、自己満足感が増す

・間違っていても大きな損失にならないと思う

・第一段階の情報は都合のよい解釈が可能で、違っていても後で言い訳ができる

このような判断は、判断した時点では間違っている可能性があることを覚えているものですが、時間がたつと、妥協的な判断をしたことや間違っている可能性を忘れてしまう場合もあるそうです。

 

このように、不十分な情報しかない状態での判断については、上記のような第二段階での追加的考察によって、自らの考えを正当化しようとするのではないかと考えられます。しかし、ここで見た第二段階の推論も簡便な判断であると言えるでしょう。より正しい判断を行なうためにはさらなる検証が必要であること、簡便な判断は間違っている可能性があることを認識して、その判断を改めることに躊躇しないことを心掛けなければならないと思います。

 

だたし、上記の点にさえ注意すれば、このような簡便な判断を有効に使うことによって、研究をとりあえず先に進めることができます。簡便な判断を用いることを避けようとすると「失敗や挑戦を恐れる」ということにつながり、恐らく未知なものへの挑戦やイノベーションの達成には逆効果となる可能性もあるのではないでしょうか。このような理由から私は簡便な判断であっても、十分な注意を払ったうえで有効に活用すべきであると考えています。

 

さらに、このような判断のパターンを認識することは、他者を説得する場合にも有効だと思われます。そもそも、簡便な方法で考える傾向があるのは、あることに対し熟慮する気持ち (motivation) がなかったり、情報処理する能力的余裕なかったりする場合に(あるいは年長者にありがちな傾向として)多くみられるということです[文献2]ので、例えば研究内容を十分に吟味する時間のない(年長の)経営層や、新しい成果にまだ興味を持っていない潜在的顧客は簡便な判断を行なう可能性があると思います。例えば、研究成果を経営層や他部署に納得させる場合、開発した製品を買ってもらうよう顧客を説得する場合など、データの解釈の正当性を主張するだけでなく、情報の受け手のその情報に対する正当化の手助けをしてやることによってその情報に対する信頼感を形成できるのではないかと考えられます。

 

もちろん、認知バイアスを悪用して他者の判断を誘導するようなことは厳に慎まなければなりませんし、誤った判断を正当化する情報を提供するようなことも行なうべきではないでしょう。しかし、簡便な判断を活用した大胆な仮説の構築や、判断の効率化については、そうした判断のメカニズムをきちんと認識しておけばイノベーションにとって有用な手法になりうるのではないかと思います。

 

(注)今回の話題については、心理学、行動経済学、リスク評価、科学哲学、計算機科学などの分野で様々に研究されているようです。この記事を書くにあたり、そうした成果を少し調べてみましたが、短時間ではとてもまとめきれるものではないと思いました。勉強不足、理解不十分の点も多いと思いますが、まずはとりあえずの考えをまとめたものとご理解いただければ幸いです。機会があればもう少し詳しいまとめを試みたいと思います。

 

 

文献1:菊池聡、「超常現象をなぜ信じるのか」、講談社、1998.

文献2:「消費者心理学とマーケティング -消費者心理学・消費者行動論の研究より-」ブログ記事より、「心理学のお勉強(社会心理学)No9:バイアスのかかった判断(Judgement heuristicsNo1

http://ameblo.jp/consumer-psychology/entry-10016073404.html#main

 

参考文献(上記「文献2」以外で見つけた参考になるweb上の資料です)

なお、英文表記の最後にsがあったりなかったり、日本語でもヒューリスティク、ヒューリスティックスなどの表記の揺れがあるようです。

・ウィキペディア:「ヒューリスティクス」

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%92%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%83%AA%E3%82%B9%E3%83%86%E3%82%A3%E3%82%AF%E3%82%B9

・原子力技術リスクC3研究ホームページ、「リスク認知とは」より、「ヒューリスティックスから生じる認知のバイアス」

http://tokaic3.fc2web.com/rc/rc2142.html
<2011.8.14追記:残念ながら現在このサイトにはつながりません>
同上サイトより、谷口武俊、「私たちが物事を判断するときに陥りやすい罠とは?」2004.5.25

http://tokaic3.fc2web.com/body/lesson/text02.pdf
<2011.8.14追記:残念ながら現在このサイトにはつながりません>

sapporokoyaさんブログ記事より、「心理学とヒューリスティックと科学コミュニケーション」2008.04.15

http://dole.moe-nifty.com/etc/2008/04/post_8746.html

Q-BPM.orgBPM -Business Process Management-に関する百科事典サイト)記事より、「心理バイアス」

http://ja.q-bpm.org/mediawiki/index.php/%E5%BF%83%E7%90%86%E3%83%90%E3%82%A4%E3%82%A2%E3%82%B9

・友野典男、「行動経済学—経済は『感情』で動いている」、ITmediaエグゼクティブ誌 2007929日号、早稲田大学IT戦略研究所webページより

http://www.waseda.jp/prj-riim/ITS-56.pdf

・大阪大学 社会経済研究所 附属行動経済学研究センターwebページより講義資料、多田洋介、「行動経済学のイントロダクションと応用可能性について」2004.8.25

http://www.iser.osaka-u.ac.jp/rcbe/event/tada.pdf

・「社会人の経済学お勉強ノート」webページより、「行動経済学入門/多田洋介,2003

http://jwiz.net/es/?no=t018&type=pdf&u=1184139561

・高尾義明さんwebページより、「意思決定とバイアス」

http://homepage1.nifty.com/~ytakao/MDMS05-03.pdf

・瀬戸口毅さんブログ記事より、「ヒューリスティクスとは/依田高典」

http://agarusagar.way-nifty.com/we_see/2010/12/index.html

(依田高典「行動経済学」岩波新書、が取り上げられています)

Web担当者Forumwebページより「選択肢は多い方が良い? アンカリング? 代表性バイアス? - 行動経済学の“選択アーキテクチャ”(中編)」

http://web-tan.forum.impressrd.jp/e/2009/08/20/6326

同上、「利益vs損失? プライミング効果? 測定作用? - 行動経済学の“選択アーキテクチャ”(後編)」

http://web-tan.forum.impressrd.jp/e/2009/08/21/6327

(リチャード・セイラー、キャス・サンスティーン著、「実践行動経済学 健康、富、幸福への聡明な選択」日経BP社、が取り上げられています)

・小林英二さんブログ記事より、「論理的な話が通じないワケ。行動経済学から学ぶ20のバイアス」

http://d.hatena.ne.jp/favre21/20090626

(柏木吉基「人は勘定より感情で決める 直感のワナを味方に変える行動経済学7つのフレームワーク」技術評論社、が取り上げられています)


参考リンク 

技術を維持する-イノベーションの負の側面への抵抗

イノベーションが企業の成長にとって不可欠のものであるとしても、イノベーションには負の側面もあるように思います。そのひとつとして既存技術を軽視してしまうことがあるのではないでしょうか。研究開発部門の役割についてノート5で考えたときに、研究開発部門の本来の役割が新規なことへの挑戦だとしても既存の技術基盤の確保も重要なのではないか、ということを述べました。技術力で定評のあった日本製品が意外な品質トラブルを起こす事例に接すると、その陰には技術基盤の弱体化があるのではないか、原因な何なのだろうかと考えることがあります。

 

もし、こうしたことが、新技術の追求によって加速されているのだとすれば、これはイノベーションの負の側面と言えるのではないでしょうか。もちろん、単純に製品に対する期待が高くなりすぎたため、とか、企業が大きくなったことによる意識の変化や管理上の問題という解釈もあるでしょう。しかし、既存事業において大きな成長が見込めなくなった現在、新技術やイノベーションに期待が集まることで新技術ばかりが注目され、既存事業では高効率化を目指して過度な合理化や省力化、技術のブラックボックス化などが行なわれがちであるような気がします。特に新興国の追い上げを受けている分野でこのような傾向が著しいように思うのですが、これでは新技術がうまくいくより先に既存技術の崩壊により足元をすくわれるのではないか、と思うことがあります。

 

イノベーションが本当にこうした負の側面をもつかどうかは議論のあるところでしょうが、新技術の開発と既存技術の維持のバランスが崩れていることがあるように思います。もちろん、既存分野を持たず、新製品の開発のみを目指す企業ではこのようなバランスを考えることは不要なのかもしれません。しかし、新製品が市場に出た後、さらに成長を続ける場合にはこうしたバランスが必要となるはずです。イノベーションを積極的に追求するとしても、それだけに集中していてはいけないのではないか、そうだとすればどのようにマネジメントすべきなのかについて考えてみたいと思います。

 

まず、イノベーションに注力しすぎて失敗した例を確認しておきましょう。Collinsの「ビジョナリーカンパニー③」には、ラバーメイドの衰退の例が述べられています。ラバーメイドはイノベーションによる成長を目指し、1日あたり1つの新製品発売を行ない、1年から1年半に一分野のペースで新しい製品分野に進出することを目標にしていたといいます。そしてそれを実行した結果、3年間で1000点近い新製品で窒息状態となり、原料コストの上昇による打撃も受けた結果、野心的な成長目標に追いまくられて、コスト管理や納期管理といった基本的な部分で失敗が目立つようになったといいます。Collinsはこうした例から「イノベーションは成長の原動力になるものの、イノベーションに熱狂していると、成長が速すぎて戦術面の卓越性を維持できなくなり、簡単に衰退の段階を下る」と結論づけています[文献1p.89-91]Leonard-Bartonも「コア・ケイパビリティがコア・リジディティになってしまう最も一般的な理由は的を撃ちすぎることである。つまり、よいことはもっとたくさんすれば、もっとよいだろうという単純な考えに陥ってしまう」「それまで利益をもたらしていた活動もいきすぎると、成功の妨げになってしまう。」[文献2p.49]と述べていますので、イノベーションがよいものであっても、それに集中していれば問題ない、という考え方は単純すぎるように思われます。

 

もちろん業種によって事情は違うでしょうし、中には3Mのように、各部門において売上の30%を過去4年間に発売された新商品と新サービスであげるようにすることを目標[文献3p.263]にしてもうまく経営できている企業もありますから、こうした目標自体が問題であるとは言えないでしょう。要はバランスを考えることと、実力に応じてイノベーションの進め方をいかにうまくマネジメントするか、ということに帰結することになるのだと思います。

 

上記のような研究開発マネジメントの失敗を避けるためには、まず組織の面でイノベーション組織を過度に持ちあげすぎないことが重要だと思います。研究に対しては将来の収益源という観点から期待が大きいのも事実ですし、研究部隊は高度な専門性を持つことが多いものですが、現在の収益の点では研究段階での寄与は小さいのが普通でしょう。従って、研究への期待の大きさが強調されすぎると、実績をあげながら相対的に期待の小さな既存部署の意欲は下がりますし、既存分野では優秀な人材を集めにくくなる可能性もあります。また、研究部隊の中でも革新的で注目されやすい分野と、既存技術や補助的技術に近く注目されにくい分野とがありますので、そのバランスをとることも重要になるでしょう。ともすると、研究開発はその初期のアイデア段階が着目されがちですが、実際にはアイデアを収益に結び付けるために設計や製造、マーケティングなどの部署と協働することが不可欠です。そうした部署の協力を確実なものとするためにもバランスのとれたマネジメントは重要なはずです。研究に対する期待が過小なためにうまくいかない場合もあるでしょうが、いずれにしても企業の戦略に合わせて各部署で最高のパフォーマンスが発揮できるようなマネジメントが必要と言えるのではないでしょうか。

 

人の配置という観点からは、ある個人にどのような経験をどのように与えるか、という視点と、ある組織にどのような人を何人ぐらい置くべきか、という視点から考える必要があるでしょう。個人の観点から重要なことは、専門性の育成にはある時間がかかることだと思います。知識を学び、使用することで暗黙知を得るためには少なくとも10年程度はかかると言われていますので、そうした専門家となるべき人材については専門の部署において長期間の経験をさせ、それに加えて短期のプロジェクトや異動によって様々な経験を積ませるのが望ましいと考えます。一方、ゼネラリストを育成するためにいろいろな部署へのローテーションを行なうべきであるという考え方もありますが、私は技術者は基本的にはT型人間、つまり、少なくともひとつの分野での深い知識と、様々な分野への理解を併せ持つ人間であることが望ましいという意見[例えば文献5p.85]に賛成です。これは科学の発達とともに技術が深くなってきた結果、多くのことに精通することが困難になってきたため、なんでも屋のような人材の活躍の場が減ってきているように思われるためです。

 

ある分野の専門家を何人ぐらい確保すべきか、という点については、専門家の育成方法からその人数を決めることができると思います。専門を育成する、ということは書物や授業から得られる知識に加えて教師の暗黙知を生徒に伝え、実地に経験を積ませることと同義であると考えることができるでしょう。暗黙知を伝えるためにはどうしても人対人の接触が必要になりますので、ある専門分野には最低2人いないと技術が受け継がれていかないことになります。しかし、人対人であっても年齢や経験が離れすぎてしまうと、先生と生徒というより上司と部下という関係になってしまい、指導よりは指示になってしまいやすいですし、人数が少なすぎるとT型人間に育てるべく他部署での経験を積ませるための異動の自由度も下がってしまうと考えられます。したがって、同一専門分野で3人(10歳程度の年齢差で)、というのが最低限の人数と思われます。言い方を変えれば、同一分野で3人置くことができないような分野であれば、その技術を保有することはあきらめなければならないのではないかと思います。優れた暗黙知を持っていなければ、あるいはその継承ができなければ、その技術はその企業にとっていずれは消え去る運命にある、ということになるのでしょう。

 

専門的な技術というものは暗黙知という形で人に付随しているものだとすると、技術を担保するということは人を担保するということとも言えるでしょう。時代の変化とともに、ある企業にとって必要とされる技術は変わりますので、あらゆる既存の技術を伝承していく必要はありませんが、少なくとも、現在収益源になっている技術、強みとして保有している技術であればその暗黙知を伝承しないことは損失ではないでしょうか。「選択と集中」は重要な概念としてよくとりあげられますが、新技術か既存技術かという選択は得策であるとは思われません。それは、新技術であっても基盤が既存技術にあることが多いことに加えて、選択されずに一度放棄した技術はなかなか元に戻すことができないからです。社外の能力を活用して自社の技術を補うという考え方も当然ありますが、社外の技術が自社以上の暗黙知を保有しているのか、その暗黙知を自社内にうまく移転できるのか、と考えると、技術を捨てること、つまり、獲得が難しい暗黙知を捨てることについては慎重な判断が求められると思います。暗黙知と同様の概念としてディープスマートを定義しているLeonardは、次のように言っています。「ディープスマートは暗黙のものなので他人に移転するのが難しい。移転が困難だからこそ、ディープスマートは競争の武器になる」[文献4p.296]

 

以上、イノベーションの裏にかくれた技術の維持、伝承という問題について考えてみました。技術的なフロントランナーになろうとする努力だけでなく、その地位を維持しようとする努力もイノベーションには必須の要因ではないかと思います。

 

 

文献1Collins, J., 2009、ジェームズ・C・コリンズ著、山岡洋一訳、「ビジョナリーカンパニー③衰退の五段階」、日経BP社、2010.

文献2Leonard-Barton, D., 1995、ドロシー・レオナルド著、阿部孝太郎、田畑暁生訳、「知識の源泉」、ダイヤモンド社、2001.

文献3Collins, J.C., Porras, J.I., 1994、ジェームズ・C・コリンズ、ジェリー・I・ポラス著、山岡洋一訳、「ビジョナリーカンパニー」、日経BP出版センター、1995.

文献4Leonard, D., Swap, W., 2005、ドロシー・レナード、ウォルター・スワップ著、池村千秋訳、「『経験知』を伝える技術」、ランダムハウス講談社、2005.

文献5Tom Kelly, Jonathan Littman2005、トム・ケリー、ジョナサン・リットマン著、鈴木主税訳、「イノベーションの達人! 発想する会社をつくる10の人材」、早川書房、2006.

 

 

 

 

 

記事検索
最新記事
プロフィール

元研究者

QRコード
QRコード
  • ライブドアブログ