研究開発マネジメントノート

研究開発とそのマネジメントについてのいろいろ

インセンティブ

「0ベース思考」(レヴィット、ダブナー著)より

これからの時代、従来の考え方にとらわれない新しい発想が重要だ、という意見はよく耳にします。特に研究開発こそそれが必要と言われることが多いのですが、実は研究者には新しい発想が求められる一方、ある分野の専門家として従来の知識や理論を蓄積、体系化して、その成果を問題解決に使う(つまり、従来の考え方に従って考える)ことも求められます。そんなこともあって、従来の考え方にとらわれないで考えるということはそれほど容易なことではありません。

しかし、いくら難しくても、従来の考え方では解決できない問題に対しては、従来とは異なる何かが必要なことは間違いないでしょう。そうであれば、どうしたらそういう新しい考え方ができるかを知っておくことは非常に重要なことなのではないでしょうか。スティーヴン・レヴィット、スティーヴン・ダブナー著「0ベース思考」[文献1]では、そうした従来とは異なる考え方を可能にするためのヒントが書かれていますので、今回はその内容をまとめてみたいと思います。なお、著書の原題は「Think Like a Freak」となっています。本書の訳者あとがきによれば、「『フリーク』とは世間の習慣や常識にとらわれない人を指す言葉[p.274]」とのことで、「0ベース思考」という邦題は、「先入観にとらわれず、問題の原点に立ち戻り、核心を鋭くとらえる、つまりゼロベースで考えることで解決できる問題はたくさんある[p.275]」という訳者による本書のまとめに基づいたものだと思います。

第1章、何でもゼロベースで考えるWhat Does It Mean o Think Like a Freak?
・「最近の風潮として、問題を解決する方法には『正しい』方法と『まちがった』方法があるという思い込みをもつ人が増えている。こういう考え方でいると、言い争いがどうしても増えるし、残念なことに、解決できるはずの問題も解決できなくなってしまう。・・・正しい方法とまちがった方法、かしこい方法とおろかな方法、青信号の方法と赤信号の方法があるなんて思い込みを、ぼくたちはこの本を書くことで葬りたい。現代社会ではもう少し建設的に、創造的に、合理的に考えることが必要だ。ちがう角度から、ちがう筋肉を使って、ちがう前提で考える。やみくもな楽観も、ひねくれた不信ももたずにすなおな心で考える。つまり、コホン、フリークみたいに考えるってことだ。[p.19]」
・根底にある考え方[p.19-21]:「インセンティブを正しく理解すること、読み解くことが、問題を理解して解決法を考えるためのカギになる。」「混乱と矛盾に凝り固まった問題を解きほぐす道具として、データほどパワフルなものはない。とくに感情や激論を呼び起こす問題には覿面だ。」「一般通念はたいていまちがっている」「相関関係と因果関係は別物だ」
・「脳を鍛え直して、大小問わずいろいろな問題を普通とはちがう方法で考えることができれば、ものすごく得るものが大きいと、ぼくたちは固く信じている。[p.31]」

第2章、世界でいちばん言いづらいことばThe Three Hardest Words in the English Language
・「昔から英語でいちばん言いづらい3つの言葉は『アイ・ラブ・ユー』だと言われてきた。でもそうじゃないと、心から叫びたい!『アイ・ドント・ノー』と言うほうが、ほとんどの人にとってはずっと難しいのだ。・・・自分が何を知らないかを認めないかぎり、必要なことを学べるはずがないのだから。[p.33]」
・「テトロックは、予測がとくに外れがちな人はどういう人かを聞かれると、ずばりひと言で答えた。『独断的』、つまり何かが本当かどうかを知らないのに、何が何でも本当だと思い込むような人だ。名の知れた識者を追跡したテトロックなどの研究によれば、識者らは予測が大外れに終わったときでさえ、『圧倒的に自信過剰』(テトロックの言葉)なことが多かったという。まちがったくせに高飛車とくれば、もう救いようがない。将来のことは意外にわからないものだとすなおに認めればいいのに。[p.40]」
・「知ったかぶりがこんなに悪影響をおよぼすなら、なぜみんなやめないんだろう?そんなのわかりきっている。少なくとも個人にとっては、『知りません』と白状したときのダメージのほうが、知ったかぶりをしてまちがいが判明したときのダメージより大きいからだ。・・・知ったかぶりをしたいというインセンティブは、とても強いのだ。[p.45]」
・「人が知ったかぶりをする理由は、もう一つ考えられる。・・・道徳の羅針盤(コンパス)だ。人は世の中を渡っていくうちに、誰もが自分なりの道徳的指針をもつようになる・・・だが問題を解決しようとするとき、真っ先にやったほうがいいのは、道徳のコンパスをしまいこむことだ。・・・問題が道徳的に正しいか誤っているかにとらわれると、本質が見えなくなることが多い。道徳のコンパスのせいで(本当はそうじゃないときでも)答えがすべてわかっていて、(本当はそうじゃないことが多いのに)善と悪がはっきり線引きされていると思い込んでしまう。そして最悪なことに、その問題について知るべきことは全部知っていると思い込んで、それ以上学ぼうとしなくなるのだ。[p.47-48]」
・「何かを学ぶためのカギは、フィードバックにある。ある行動の結果を参考にして、次の行動を修正するプロセスを経なければ、何も学べない。・・・でも問題が複雑になればなるほど、有益なフィードバックを得るのは難しくなる。・・・ときには進んで外へ飛び出し、実験をしてフィードバックを得ることも必要だ。・・・多くの人が実験を渋るのは、・・・誰かが『わかりません』と言わなくてはいけないからだ。[p.52-58]」

第3章、あなたが解決したい問題は何?What’s Your Problem
・「自分がすべての『答え』を知っているわけじゃないと認めるのにこれだけ勇気がいるんだから、正しい『問い』すら知らないと認めるのがどれだけ難しいかは、推して知るべしだ。でも見当違いな問いを立てたら見当違いな答えしか得られないのは、ほぼ確実だ。[p.71]」
・「どんな問題を解決しようとするときでも、たまたま目についた気になる部分だけにとりくんでいないかどうか、気をつけよう。[p.74]」
・問題の捉えなおしと、限界に対する思い込みを無視することが効果的。[p.86-90

第4章、真実はいつもルーツにあるLike a Bad Dye Job, the Truth is in the Roots
・「フリークみたいに考えるってことは、問題の根本原因をつきとめ、それをとり除けるよう、力のかぎりを尽くすってことだ。[p.92]」
・「根本原因に向き合っていれば、ありもしない幻影じゃなく、現実の問題と格闘しているっていう安心感だけは、少なくとももっていられる。[p.97]」

第5章、子どものように考えるThink Like a Child
・「アイデアをひねり出したり質問をしたりするとき、8歳児みたいな考え方をするのは、とても実り多いことがある。・・・子どもはあくなき好奇心をもっていて、それほどかたよった見方をしない。知っていることがとても少ないから、ものごとのありのままを隠してしまう先入観をもたない。問題を解決しようとするとき、これが大きな強みになるのだ。[p.118]」
・「フリークみないに考えるとは、大きくではなく、小さく考えることだ。・・・小さな問いは、小さいだけあって、目を向けたり調べたりする人が少ないか、まったくいないことがある。誰も手をつけていないまっさらの分野には、学習のタネがたくさん転がっている。大きな問題はたいてい、こんがらがった小さな問題がぎっしりつまったものだから、大きな問題の小さなかけらにとりくんだほうが、問題を一気に解決しようとしてあてもなく格闘するよりも大きく前進できる。何かを変えようとするのはつねに難しいが、大きな問題より小さな問題について変化を促すほうがずっと簡単だ。大きく考えるのはそもそも正確さを欠く行為だし、あてずっぽうってこともある。小さく考えるのはその分メリットも小さいが、少なくともたしかな証拠をよりどころにしていられる。[p.120-122]」

第6章、赤ちゃんにお菓子を与えるようにLike Giving Candy to a Baby
・「フリークが信条とする教えを一つあげるなら、『人はインセンティブに反応する』だ。・・・ある特定の状況に関わる全当事者のインセンティブを理解することが、問題解決の基本だ。[p.143]」
・「人間は・・・何かを口では言いながら、全然別の行動をとることも多い。・・・みんなによく思われるようなことを口では言いながら、こっそりと自分の本当にやりたいことをやるものだ。経済学ではそれぞれ『表明選好』と『顕示選好』という名前がついていて、2つのあいだには深い溝がぽっかり口を開けていることが多い。[p.149]」
・「重要なのは、模範的な人間の理想的な行動より、生身の人間が現実にどう行動するかを考えることだ。・・・じつのところ道徳的インセンティブは、一般に考えられているほど効果が高くないのだ。・・・人間は微妙な陰影のある本音と建前のインセンティブをもっている複雑な生き物で、状況に行動が大きく左右される・・・人がインセンティブに反応するときには心理状態がカギを握ることを知っていれば、いろいろと工夫して本当に有効なインセンティブを設計できる――自分の利益のため、なんだったらみんなの利益のために。[p.153-156]」
・「相手とやりとりをするとき、そのやりとりは次のどれかの枠組みにあてはまる。・・・『金銭的枠組み』・・・『敵対的枠組み』・・・『友好的枠組み』・・・『協調的枠組み』・・・たいていの人は、とくに境界を意識することなく、いろいろな種類の枠組みに気軽に出入りしている。またどの枠組みにいるかによって行動が変わったり、インセンティブのはたらき方がちがったりすることを、自然に理解している。・・・枠組みをごっちゃにするとトラブルになりかねない。でも誰かとの関係を、ある枠組みから別の枠組みに、ちょっとした後押しで移すことで、とても有意義な成果が得られることがある。[p.166-168]」
・「報奨が逆効果を呼ぶのは、残念ながらそう珍しい話じゃない。・・・利口な善意の人たちがつくったインセンティブでさえ、・・・逆効果を生むことがあるのはなぜだろう?少なくとも3つの理由が考えられる。どんなに利口な個人や政府も、インセンティブ制度の裏をかこうとする人たちに束になってこられるとかなわない。自分と似た考え方をする人についてなら、どうすれば行動を変えられるかをイメージしやすいが、行動を変えたい相手というものは得てして自分のような考え方をしないものだから、期待したような反応が得られない。相手の行動がいまこうだから、この先もそれが続くと思い込みがちだ。でもインセンティブというものの性質上、ルールが変われば行動も変わるし、・・・期待しているような方向に変わるとはかぎらない。それともう一点、人は『操られてる感』を覚えると反発したくなるという、あたりまえのことも指摘しておきたい。[p.176-178]」
・「適切なインセンティブのしくみを設計するのはラクじゃないけれど、これさえ守ればまちがったことにはならない、という簡単なルールを挙げておく。1、相手が関心があると言っていることを鵜呑みにせず、本当に関心をもっていることをつきとめよう。2、相手にとっては価値があるけれど、自分には安く提供できるような面で、インセンティブを提供しよう。3、相手の反応に注意を払おう。びっくりしたり、がっかりしたような反応が返ってきたら、それを参考にして別のことを試してみよう。4、相手との関係を、敵対的枠組みから協調的枠組みにシフトさせるようなインセンティブをできるかぎり考えよう。何かが『正しい』から相手がそれをしてくれるだなんで、ゆめゆめ思っちゃいけない。どんなことをしてでもシステムを悪用しようとする人が、必ず現れる。考えもしなかった方法で出し抜かれることもある。そんなときはカッとして相手の強欲を呪ったりせず、創意工夫に拍手を送ろう。[p.179-180]」

第7章、ソロモン王とデイビッド・リー・ロスの共通点は何か?What Do King Solomon and David Lee Roth Have in Common?
・「デイビッド・リー・ロスもソロモン王も、ゲーム理論を有意義に実践していた・・・ゲーム理論ってのは狭い意味で言うと、相手の次の動きを予測して、相手を打ち負かそうとする策略をいう。その昔、ゲーム理論が世界を制覇すると経済学者が信じていた時代があった。ゲーム理論は重要なものごとの結果に影響を与えたり、予測したりするのに役立つと期待されていた。でも、ああ残念、それほどは役に立たないし、おもしろくもないことがわかった。でも・・・ゲーム理論もシンプルに使えば驚くほどの効果を挙げられるのだ。・・・嘘をついている人やずるをしている人は、正直な人とはちがうインセンティブに反応することが多い。[p.188-189]」
・「『自分から正体をばらすよう促す仕掛け』は何かと役に立つし、ときにはべらぼうな利益が得られることもある。[p.203]」

第8章、聞く耳をもたない人を説得するには?How to Persuade People Who Don’t Want to be Persuaded
・「ナッジというのは、・・・何かの目標がどんなに大切かを懇々と諭すより、さり気ない後押しや新しい初期設定によって、相手をひじでそっとつつく〔=ナッジ〕ように誘導したほうがずっと効果が高いという考え方だ。・・・聞く耳をまったくもたない人を何としてでも説得したいとき、こういった考え方をどう役立てればいいだろう?第一歩として、相手の考えは事実や論理よりも、イデオロギーや群集心理に根ざしている場合が多いことを頭に叩き込んでおこう。これを面と向かって言っても、相手に否定されるだけだ。何しろ相手は、自分が気づいてもいないバイアスをもとに行動しているんだから。[p.223-224]」
・相手の意見を変えるための議論の組み立て[p.225-237]:1、主役は自分じゃなくて相手(「動かぬ事実や隙のない論理でどんなに主張を固めたって、相手の心に響かなきゃ何にもならない」)、2、自分の主張が完璧だというふりをしない(「万能の解決策なんてほぼ絶対に存在しない。自説の欠陥を隠そうとするのは、それ以外の部分も疑ってくださいと言っているようなものだ。・・・自分の主張を真剣に受けとめてほしいなら、マイナス面があることを認めたほうがいい。」)、3、相手の主張のよい点を認める(「反論には必ずといっていいほど利用価値がある・・・そこから何かしら学んで、自分の主張を強めるのに使うことができる。・・・それに、相手はないがしろにされたと感じたが最後、話なんか聞いてくれなくなる。」、4、罵詈雑言は胸にしまっておく(「相手を罵倒するのは最悪のまちがい・・・ほとんどの人は、批判をすんなり受け入れられない。」)、5、物語を語る(「聞く耳をもたない人をどうしても説得したいなら、物語を語るのがいちばんだ。・・・物語は、断片をつないで全体像を見せるものだ。・・・物語を語るべきいちばんの理由は、興味を引きやすいから、人に何かを教えるのにうってつけだという点にある。」)

第9章、やめるThe Upside of Quitting
・「やめることは正しくやればメリットがたくさんあるから、ぜひ試してみてほしい。[p.245]」
・「やめることをためらわせる力は、少なくとも3つある。1つめが、やめるのは失敗を認めることだと・・・散々聞かされてきたということ。2つめは『サンクコスト』(埋没費用)の考え方だ。・・・何かに投資すればするほど、いまさらやめるのはもったいないという心理がはたらきやすくなる。これをサンクコストの誤謬という。・・・3つめの力は目に見えるコストにとらわれて、『機会費用』(逸失利益)のことにまで頭が回らないという性向だ。機会費用というのは、・・・同じ資源をほかに費やす機会を放棄しているという考え方だ。[p.246-247]」
・「死前検証は、まだ手の施しようがあるうちに、うまくいかなくなりそうな要因をつきとめようとする。プロジェクトの関係者を全員集めて、『プロジェクトが実行に移されたが、目も当てられない大失敗に終わった』と想像してもらう。それから一人ひとりに失敗した原因を具体的に書き出してもらうのだ。死前検証なら、誰も自分からは言いたがらなかったプロジェクトの欠陥や疑問点を洗い出せることを、クラインは実証した。[p.256-257]」
・「やめることは、フリークのように考える方法の核心にある。『やめる』って言葉がおっかないなら、『捨て去る』と言いかえてもいい。自分を押しとどめている一般通念を捨て去る。自分を引き止めている人為的なバリアを捨て去る。自分が知らないということを恐れる気持ちを捨て去る。[p.271]」
―――

本書の示唆の特に重要な点は、ゼロベースでフリークのように、常識や先入観、バイアスにとらわれない考え方をすすめると同時に、そのような考え方、使い方の例を示しているところだと思います。特に以下の3つの場面で重要になるのではないでしょうか。

・現象、データの意味するところを解釈しようとする場合

・問題の核心、根本原因を推定する場合

・問題解決のための方法を発想する場合


研究開発という仕事では、先入観を持たずに現象を解釈することや、常識にとらわれないアイデアの発想が求められます。したがって、研究者であれば本書で指摘されたような考え方はある程度教育もされるし、理解しているかもしれません。しかし、それがきちんとできているかというと、自らの思考の問題点に気づいていないことも多いのではないかと思います。特に、自然現象を対象とした場合なら自由な発想ができていたとしても、人が相手の場合には状況が異なることもありそうです。今や、技術だけではイノベーションを成功させることが困難になりつつあることを考えると、人が関わる問題についても本書に述べられたような考え方ができるようになることは非常に重要なことなのではないかと思います。


文献1:Steven D. Levitt, Stephen J. Dubner, 2014、スティーヴン・レヴィット、スティーヴン・ダブナー著、櫻井祐子訳、「0ベース思考 どんな難問もシンプルに解決できる」、ダイヤモンド社、2015.
原著表題:Think Like a Freak: The Authors of Freakonomics Offer to Retrain Your Brain


ビジネスモデル改善のポイント(ジロトラ、ネテッシン著「ビジネスモデル・イノベーションに天才はいらない」DHBR誌2015年7月号より)

イノベーションでは、技術的な革新だけでなく、ビジネスモデルをどうするかも重要だという認識の高まりとともに、新たなビジネスモデルを構築する方法論の提案も増えてきています。しかし、新たなビジネスモデルの創造だけでなく、既存のビジネスモデルを見直して改善していくこともイノベーションへのアプローチの一つとなりうるかもしれません。

ジロトラ、ネテッシン著の論文、「ビジネスモデル・イノベーションに天才はいらない」[文献1]では、既存のビジネスモデルをどう改善したらよいか、という観点からのビジネスモデル・イノベーションの方法論が議論されています。もちろん、イノベーションを一から構築する場合においても役に立つ点があると思いますので、今回はその要点をまとめたいと思います。

ビジネスモデル・イノベーションの意義
・著者は、「我々は、ビジネスモデル・イノベーションとは『何を提供するか』『いつ決めるか』『誰が決めるか』『それはなぜか』を変える意思決定だと見なしている。これらの変革に成功した企業は、売上、費用、リスクのバランスを改善することができるのである。」と述べています。ここで、「変える」としているところ(「創造する」ではなく)が本論文のポイントのように思いますので、以下、上記4つの点をどのような視点で変えていけばよいのかについての著者らの主張を以下にまとめたいと思います。

どのような製品・サービスを組み合わせて提供すべきかWhat Mix of Products or Services Should You Offer?

・「リスクを低減する方法の一つは、製品・サービスの組み合わせ方を変えることだ。」
1、範囲を絞るFocus narrowly
・商品やサービスなどを絞り込むことで優位に立てる可能性がある。
・「範囲を絞るやり方が最も効果的なのは、明確に差別化されたニーズを持つ、異なる市場セグメントにアピールする時だ。」「範囲を絞ったビジネスの主な欠点は、単一の製品やサービス、または顧客セグメントに依存しなければならず、そこからは見えてこない重要な顧客ニーズを取りこぼしかねない点だ。」
2、製品の共通性を探すSearch for commonalities across products
・製品間での部品の共通化や、セグメントへの対応に必要な能力の共通化によりビジネスモデルの改善の可能性がある。
・「ただし、幅広いモデルや車種を対象に部品を設計しなければならない場合、共通化を実行するためには多大なコストがかかる。さらにこの戦略では、部品を共通化する全製品が同時に需要増、あるいは需要減になってはいけない。」
3、リスクヘッジしたポートフォリオを築くCreate a hedged portfolio
・「この方法が使えるのは主に、需要の変動がマイナスの相関を持つケースである。」

重要な意思決定をいつ下すべきかWhen Should You Make Your Key Decisions?
・「信頼に足る情報が不十分なのに、意思決定を下さなければならない局面は多い。我々は、状況に応じて意思決定のタイミングを変えるとビジネスモデルを改善できるような3つの戦略を見出した。」
1、意思決定を先延ばしにするPostpone the decision
・例えば、重要動向を見ながら価格決定する、収益性の予想によって対応を使い分けるなど。
2、意思決定の順番を変えるChange the order of your decisions
・例えば、インフラ投資をしてから契約を取るか、契約の後にそれに合わせる投資をするか。ソリューションの開発に投資するのではなく、外部に開発をさせて完成したソリューションを買い取るとか。「オープン・イノベーションの草分けであるイノセンティブやイピオス(Hypios)など多くの企業は、『パフォーマンスが先、投資は後』に順番を変えれば、R&Dに伴うリスクの大部分を他に転嫁できると気づき始めている。」
3、重要な意思決定を分割するSplit up the key decisions
・「かつては、リスクのあるベンチャー事業を立ち上げるには、ビジネスモデルの細部を網羅した事業計画書を作成し、計画をその通りに遂行する必要があった。あらゆる重要な意思決定が、一度に前もって下されていたのだ。リーン・スタートアップの手法では、重要な意思決定を分割する。まずは、どこに機会がありそうかという仮説を、かなり大まかに、限られた範囲でよいから立てる。その後、情報収集や『方向転換(ピボット)』の段階を重ねながらビジネスモデルを修正し、最終的に有効なモデルへと到達する。創業者は概して、事業が進行するにつれて仮説を大胆に変えるのだ。・・・事実上、ベンチャー設計の意思決定を小分けにしたわけだ。」

最良の意思決定者は誰かWho Are the Best Decision Makers?
・「決定を下す者を変えるだけで、企業はバリューチェーン内の意思決定を飛躍的に改善できる。」
1、事情に通じた意思決定者を任命するAppoint a better-informed decision maker
・「従業員への権限委譲とは、根本的に、最も事情に通じた個人または組織に決定権を与えることである。」「最適の事情通が社内にいるとは限らない。」
・「よりよい情報を用いた意思決定のメリットは明白だが、従業員やサプライヤー、顧客に権限を委譲し、広範なデータを収集するのは費用がかかるうえに、困難もつきまとう。」
2、意思決定のリスクを最適任者に負わせるPass the decision risk to the party that can best manage the consequences
・例えばアマゾンが売れ筋の本しか在庫を持たず、売れ筋以外は協業関係にある卸業者や出版に在庫管理させたような方法。
・「優位な情報を持つ意思決定者が明らかにいない場合、意思決定のリスクを最適任者に負わせるのは魅力的な戦略になりえる。」
・「この戦略を機能させるには、意思決定を代わりに担う者と自社のインセンティブが一致しなければならない。」
3、最も得るものが大きい意思決定者を選ぶSelect the decision maker with the most to gain
・例えば、製品やサービス導入に伴って顧客に発生するリスクを、製品やサービスの供給者が肩代わりするなど。
・「ただし難点もある。リスクを追加負担しても安全なのは、その技術の信頼性が高い時に限られるのだ。」

重要な意思決定者はなぜその決定を下すのかWhy Do Key Decision Makers Choose as They Do?
・「意思決定者の意欲をうまくコントロールすれば実行できるビジネスモデル・イノベーションは多い。」
1、収益源を変更するChange the revenue stream
・例えば、製品のメンテナンスが製品供給者の収益源になっている状況では、製品供給者は製品の信頼性を上げてメンテナンスを減らす動機は持たない。顧客にとってメンテナンスコストが問題なら、供給者にとっての収益源を変える必要がある。
・「収益源を変更して意思決定関係者の利害を一致させる方法は、パフォーマンスを十分かつ明確に定義できる場合だと成功しやすい。反対に、たとえば先端技術や材料を駆使した新型機は未知の要因が多すぎるため、合理的なパフォーマンス基準や適切な指標の設定が困難である。」
2、短期と長期のメリットを組み合わせるSynchronize the time horizons
・「従来の調達活動では、競争入札という『儀式』を通じて、低価格とほどほどの質を確保していた。・・・ところが、海外調達が増えると、このモデルに不具合が生じる。国外の業者が品質管理を怠り、材料の信頼性を軽んじたのだ。そればかりか、強制労働、製品の横流しや偽造といった問題も露見した。ほとんどの調達取引は一度限りなので、悪徳業者が制裁されることは稀だった。」
・例えば、調達者と業者の間を仲介し、仲介者と業者の長期的な関係を維持することをインセンティブにするビジネスモデルを構築している企業がある(利豊)。
3、インセンティブを統合するIntegrate the incentives
・「信頼の置ける仲介業がいない場合は、独立した各エージェントに対して、事前に取り決めた結果を最大化させるように契約や管理システム(有名なバランス・スコアカードなど)を作成・開発すればよい」
・例えば、患者の治療に携わる関係者すべてが、患者の治療結果をもとにパフォーマンス測定することに合意する医療制度改革など。
・「時にこうした契約は複雑になるので、単にオペレーションを統合するほうがが簡単な場合もある。・・・完全な統合の実現は一大事業のため、多くの組織がコア・コンピテンシーの範囲外にある活動に直接手を出したがらないのも無理はない。したがって、これは他のアプローチでは満足できない時だけに使う、最終手段と見なされる傾向にある。」
―――

ビジネスモデルの改善を考える際のポイントとしては、もちろん上記の項目に限られるものではないでしょう。しかし、上記の項目は、考える際の手がかり、有効なチェックポイントとして使えるように思います。既存のビジネスモデルを改善しようと考える時、あるいは、新たなビジネスモデルを構築しようとする時、まず上記の視点で考えてみることが有効なように思います。

著者の指摘の基本を挙げるとしたら、「暗黙の前提の見直し」、ということになるのではないでしょうか。「何を提供するか」に関しては、製品やサービスを独立した単体のものとして見るのではなく、プロダクトミックスとして見ることが重要のように思われますし、「いつ決めるか」に関しては、プロジェクトの初めに方針と計画を定めてその後にそれを実行していく、というやり方には見直すべき点があると指摘していると思います。また、「誰が決めるか」については、意思決定者を行う人を特定するという前提、「それはなぜか」に関しては、特定のインセンティブや従来の仕組みに依存しているという前提を見直す必要がある、ということのように思います。こうした暗黙の前提は隠れた問題の温床になってしまうこともありますし、暗黙の前提を見直すことで単なる品質や効率の改善以上の成果が期待できることも多いので、技術開発においても重要な検討課題ですが、ビジネスモデルやビジネス上の意思決定プロセスにおいても同様のアプローチが求められている、ということなのでしょう。イノベーションを進める上で、著者の指摘をそのまま適用することが難しい場合でも、暗黙の前提を見直すことは、折に触れて心がけるべきことのように思います。


文献1:Karan Girotra, Serguei Netessine、カラン・ジロトラ、セルゲイ・ネテッシン著、編集部訳、「ビジネスモデル・イノベーションに天才はいらない 4つの意思決定で体系的に変革を起こす」、Diamond Harvard Business Review, 2015 July, p.12.
原著:”Four Paths to Business Model Innovation”, Harvard Business Review, July-August 2014.

参考リンク



「クラウドストーミング」(エイブラハムソン、ライダー、ウンターベルグ著)より

イノベーションには様々な人々の協力が必要です。社内における協力はもちろんのことですが、最近では、イノベーションのアイデアを社外に求めること(オープンイノベーション)、社外との協力関係をうまく結ぶことの重要性(例えば、イノベーションエコシステム)についての認識も高まりつつあるように思います。一方、近年のIT技術の急速な発達がコミュニケーションのあり方に大きな影響を与えていることは改めて指摘するまでもないでしょう。当然、その影響は外部との連携によるイノベーションの進め方にも及び、オープンイノベーションの方法論にも変化が起きているようにも思われます。今回は、エイブラハムソン、ライダー、ウンターベルグ著、「クラウドストーミング 組織外の力をフルに活用したアイディアのつくり方」[文献1]に基づいて、外部との連携によるイノベーションの進め方についての最近の動きを考えてみたいと思います。

クラウドストーミングとは
・「業界を問わず、さまざまな組織が不特定多数の人々のアイディアを活用し始めている。オンライン上の群衆(クラウド)は大きな組織の内部のメンバーであることも珍しくないが、外部からの参加者であることのほうが多い。これまで、クラウドは協力して・・・さまざまな分野で数多くのことを成し遂げている。いわば、きわめて大きなスケールでのブレインストーミングだ。私たちはこれを『クラウドストーミング』と呼ぶことにする。[p.7]」
・「私たちは組織がクラウドストーミングを実行する際に必要な暗号をすべて解読したと請け合うことはできない。私たちにできるのは、あなたに外部の才能を利用してイノベーションを達成するための明快で実用的な手段を伝え、あなたがそれを実践できるよう手助けすることだ。[p.11]」

第1章、まずはコンテクストからFirst, Some Context
著者らによる状況・背景認識は以下のようなものです。
・「ジョン・ヘーゲルIII世とジョン・シーリー・ブラウン、ラング・デイヴソンは『PULLの哲学』において今日のビジネス環境を分析し、組織が外部の人材を活用するにあたり雛型となる理論を築きあげた。これまでの組織は、長期的な事業計画のもとでオペレーションの効率化を追求する経営手法に慣れ親しんできたが、いまや不確実性の高まったビジネス環境に敏感に適応することが至上命題となっている。そうなると組織は、学習能力を高め、変化する状況に応じて人員規模を素早く調整しながら卓越した成果をあげなければ生き残れない。・・・彼らの簡潔なメッセージは、学習とイノベーションは組織外の逸材との協調関係から生まれるというものだ。[p.19-20]」
・「一般的にクラウドソーシングとは、特定の仕事を成し遂げるために組織が不特定多数の人々と協働することをいう。・・・ジェフ・ハウが当初検討したクラウドソーシングの多くは労働力の提供を目的としていた。これは従来のアウトソーシングの概念の延長とも考えられる。しかし、組織間で行なわれるアウトソーシングとは異なり、クラウドソーシングにおける組織とクラウドの関係はより直接的なものとなる。シャーキーの言葉を借りれば、群衆が組織によらず組織化し、また組織されるのだ。[p.24]」
・「組織とクラウドを結びつけるモデルは珍しくない。」しかし、例えばメカニカル・ターク、マイクロタスクなどの「専門家を必要としないまでも人間による判断が必要なちょっとした作業」のような「協働モデルは本書の主たる関心事ではない。私たちが注目するのはある特定のタイプの仕事だ――つまり、アイディアの創出とその評価である。[p.26-27]」
・「インターネットの普及以前、『取引コスト』は組織のあり方を制約する要因であったが、現在、そのコストは大幅に低下している。・・・コスト構造の変化を好機ととらえ、組織外部の才能を基軸として組織を構成したらどれくらい可能性が開けるか[p.40]」

第2章、知的財産、機密保持、ブランド
知的財産、機密保持、ブランドに関わるリスクを正しく評価し、適切に管理する方法
・「ジェフリー・フィリップスは、『船と城』という喩えを用い、組織が対照的な戦略――組織内の資源の活用と保護に力を入れる戦略と、組織の境界線の先に目を向ける戦略――をどのように使い分けるべきかを論じた。・・・多くの組織がもつ従来の思考は、『城型メンタリティ』を基礎としていると述べる。従来型の組織は、組織内の機密情報や知的財産を保護することに重きをおいて設計されている。そのため、城壁の外側にあるチャンスをうまく活用できない[p.49-50]」。
・「クラウドストーミングからビジネス上の利益を得るには、知的財産、守秘義務、ブランドをめぐる実務的難題を乗りこえなければならない。・・・法的リスク管理の大部分は、募集要件をどう規定するか・・・にかかっている。クラウドに対して、いかにコンテストへの参加を呼びかけるかが、リスク管理においてひじょうに重要なのである。[p.66-67]」

第3章、適切な問いを投げかける
・「自社のビジネスのどの部分が、外部からもたらされる多様なアイディアを受け入れ、うまく活用できるか、それを探る効果的な方法のひとつがビジネスモデル・キャンバスだ。[p.73]」
・「クラウドストーミングのプロセスが価値を生みだすには、次の4つの要素が必要・・・。才能あるパートナー(発案者)、対話(アイディアをめぐるコミュニケーション)、アイディアの選別(フィードバックと評価に基づく精査)、関係の強化(顧客やサプライヤーといった利害関係者との連携)である。[p.78]」
・「効果的な呼びかけの特徴は次のとおりである。最終目標が明確に定義されていること。募集する回答に求める成熟度が示されていること。コミュニティと協調関係を築くために必要な情報開示のレベルが適切に設定されていること。評価基準について透明性が保たれていること。外部の有能な人材が参加して素晴らしい貢献をしてくれるように後押しするストーリーとビジョンが提示されていること。[p.94]」

第4章、意欲を高める公正なインセンティブ
クラウドを参加させるための適切なインセンティブ
・インセンティブの要素:1)善行(「伝統的な雇用関係の枠組みから飛び出した自由意志の働き手にとって、参加を決意する原動力は内なる欲求だ。社会的善行に結びつくと確信する活動の機会があれば、多くの人が金銭的な利益が期待できなくても挑戦したいと考える。」)、2)注目(「内なる欲求として、もうひとつ重要なのが他者からの承認である。」)、3)金銭(「金銭的利益は、外的なインセンティブ要因のうち代表的なもの」、賞金、ビジネス契約、収益分配、株式など)、4)経験(「難しい課題に挑戦する機会」、学習経験、社会経験)[p.105-110]、遊戯的要素。
・「もちろん、インセンティブがすべてではない。主催者は必ず約束を守るという参加者の信頼が重要だ。そのためには、契約条件を明確にし、透明性を維持しよう。また、コメント、投票、人材募集などの補助的な貢献は見過ごされやすい。だが、こういった貢献についてもタイプの異なる補助作業者ごとに貢献度を測定する必要がある。[p.124]」

第5章、パートナーシップを構築する
プロジェクト推進における主要な役割:1)メディアパートナー(「話題性のあるコンテンツを誰よりも早く入手することを望んでいる」、2)専門家(専門家の多くは良い指導者であり、専門分野で他人が成果をあげることを歓迎する)、3)資金パートナー(販売における協調も含む)、4)オンライン空間およびオーガナイザー(コミュニティが交流する場を技術的に支援し、コミュニティを組織する)、5)製造パートナー(製品化が決定されたときに直接的に利益を享受する)。[p.142-147

第6章、最良の人材を採用する
・3つの募集形態:1)サーチ型(「参加者に求められるのは、専門知識に基づいた問題解決能力」)、2)協調型(「参加者はアイディア、フィードバック、成果物の評価を共有し、互いに交流する」)、3)統合型(協調型を発展させた形態。アイデア創出、試作品作成、生産活動などを行う)[p.149-151
・参加者はどうやって参加するか(参加者の旅):1)認識(プロジェクトを認識する、募集方法と募集要件が重要)、2)検討(参加するかどうかの検討、インセンティブが鍵を握る)、3)参加(役割を引き受ける意思表示)、4)経験(どんな経験をするか、プラットフォームが鍵となる)、5)支持[p.156-159

第7章、優れた結果を得るためのコミュニティ管理
・コミュニティ管理者の役割:「コミュニティが期待される役割をうまく果たせるようにサポートすること」。主催者にコミュニティの要望を伝える、コミュニティにブランドの信念を伝える、コミュニティの観察[p.184-185]。
・コミュニティ管理を支える8本の柱(オストロムによる):1)モニタリング、2)サポート(対立の解消:ガイドライン周知、バランス感覚、盗用および誹謗中傷の管理、サポートセンター)、3)コミュニティの代弁者、4)価値の交換、5)制裁(規約、ガイドライン)、6)集団的選択(意思決定プロセスをオープンに)、7)メンバーシップ(参加資格を明確に定義)、8)多層化(コミュニティの拡大に伴い、管理の負荷を分散する)[p.192-200

第8章、参加者の貢献度を測る
・「例えば、参加者による貢献が過小評価され、そのせいで適切なサポートや十分なインセンティブが得られなかったり、あるいは、評価基準そのものが妥当でなかったりすれば、貢献者の意欲が低下するのは目に見えている。すると参加者は次第に貢献しなくなり、やがては去っていくだろう。[p.209]」
・「参加者の行動をカウントするのは簡単だが、そのなかでどれが本当に価値のある行動なのか判断するのは難しい。したがって、貢献を正確に理解するには、複数の指標を組み合わせて分析しなければならないケースが多い。[p.228-229]」

第9章、膨大な数のアイディアを手なずける
・評価手法のパターン:1)数値による評価、2)専門家による評価(アイディアの数が少ないか、絞り込みが可能であることが必要、3)参加者による評価、4)顧客(潜在顧客)によるテスト、5)ハイブリッド型(いくつかの異なる利害関係者による)[p.254-255

第10章、最適なオンライン空間を構築する
・「オンライン空間の選択肢は数多く存在する。企業向けのプラットフォームの開発はさらに加速することが予想される。サーチ型においては、・・・プロセスの大部分は人材募集を目的としているため、クラウドストーミングのスペースについてあまり複雑なことはない。ただし評価プロセスに関しては、予備選考を担当するチームがアイディアを精査し、候補リストを厳選する方法を確立しなければならない。・・・大勢の参加者の貢献を詳細に評価し、理解することは、協調型と統合型に共通する難しい課題といえる。[p.280]」

第11章、さらに先へ
・「思うに、クラウドソーシングでイノベーションを実現するアイディアは壮大な実験段階にある。(ティム・ブラウン(2010))[p.288]」
・「クラウドストーミングの最大の強みは、参加者もまたそのプロセスを向上させる力となれることだ。・・・クラウドストーミングのプロセスのなかでもっとも重要な点のひとつは、クラウドストーミングによってクラウドストーミングのプロセスそのものを改良できるということである。[p.292]」
―――

イノベーションに、組織外部の能力を活用しようというクラウドストーミングの考え方は、オープンイノベーションの考え方の流れに沿うものであり、その一部と言ってもよいでしょう。オープンイノベーションについては実行上の難しさについての指摘もありますし(例えばこちら)、別稿(オープンイノベーションは使えるか「技術経営の常識のウソ」感想)でもその課題を考えてみました。しかし、オープンイノベーションの考え方の提唱から10年以上が経過した現在、ネットワーク技術の発展もあいまって、その難しさのいくつかは回避や克服が可能になってきているように思われます。外部との連携によって効果が期待できるのは、どんな課題なのか、外部連携を進めるにあたって、どういう点に注意し、どういう対策を取るべきなのか、本書のクラウドストーミングの考え方が大きなヒントになるのではないでしょうか。さらに、外部との連携を進めるためのプラットフォームや、ノウハウを提供している企業も現れていますので、オープンイノベーションやクラウドストーミングをイノベーションのためのテクニックのひとつとして活用する上でのリスクはだいぶ下がってきているのではないかと思います。個人的には、クラウドストーミングを使わなければこれからの時代に生き残っていけない、とまでは思いませんが、企業戦略として一考の価値のある現実的選択肢になりつつあるように思いますが、いかがでしょうか。


文献1:Shaun Abrahamson, Peter Ryder, Bastian Unterberg, 2013、ショーン・エイブラハムソン、ピーター・ライダー、バスティアン・ウンターベルグ著、須川綾子訳、「クラウドストーミング 組織外の力をフルに活用したアイディアのつくり方」、阪急コミュニケーションズ、2014.
原著表題:Crowdstorm: The Future of Innovation, Idea, and Problem Solving

参考リンク<2015.3.8追加>


「『好き嫌い』と経営」(楠木建著)と研究開発

誰しも「好き嫌い」はお持ちでしょう。その「好き嫌い」が、様々な意思決定を行う際に影響したという経験もお持ちのことと思います。一方で、「好き嫌い」はよくないこと、判断に私情や個人的趣味をはさむのはよくない、といった価値観をお持ちの方も多いような気がします。

経営判断を行う「経営者」にも、当然「好き嫌い」はあるはずですので、それが経営にどう影響するのか、さらには「好き嫌い」は経営者の適性に関係するのか、そもそも「好き嫌い」とは何なのか、などは興味深い視点と言えると思います。楠木建著「『好き嫌い』と経営」[文献1]では、14人の経営者に対して著者が行った「好き嫌い」に関してのインタビューと、著者の「好き嫌い」に対する考え方がまとめられています。以下、その中から興味深く感じた点をまとめ、「好き嫌い」について考えてみたいと思います。

14人の経営者へのインタビュー
インタビューされている経営者は次のとおりです(肩書は本書記載によります)。永守重信(日本電産、代表取締役社長)、柳井正(ファーストリテイリング、代表取締役会長兼社長)、原田泳幸(日本マクドナルドホールディングス、取締役会長)、新浪剛史(ローソン、取締役会長)、佐山展生(インテグラル、代表取締役パートナー)、松本大(マネックス証券、代表取締役社長CEO)、藤田晋(サイバーエージェント、代表取締役社長)、重松理(ユナイテッドアローズ、名誉会長)、出口治明(ライフネット生命保険、代表取締役会長兼CEO)、石黒不二代(ネットイヤーグループ、代表取締役社長兼CEO)、江幡哲也(オールアバウト、代表取締役社長兼CEO)、前澤友作(スタートトゥデイ、代表取締役)、星野佳路(星野リゾート、代表)、大前研一(経営コンサルタント)。インタビューで明らかにされる経営者の皆さんの「好き嫌い」はなかなか興味深いのですが、より重要なのは、「好き嫌い」についての著者の考え方だと思いますので、ここではインタビュー全体を通じて著者が指摘している以下のポイントをもって、インタビューのまとめに代えさせていただきたいと思います。「お話をうかがっていくなかで痛感したのは、『好き嫌いというのは本当に千差万別だな』ということ。ご登場くださった皆さんはそれぞれに優れた経営者ですが、好き嫌いをうかがってみると、一口に経営者といっても全然違う。[p.374]」「読者の方々にも、良し悪しではなく、『この人のこういうところがイイな』『この人は合わないな』と、ご自身の好き嫌いを基準に読み進めていただけるとうれしいですね。そうすると、自分の仕事についての好き嫌いも見えてくると思います。読者にとって本書が、ご自身の好き嫌いについて、あらためて深く考えるきっかけになれば最高ですね。[p.376]」

好き嫌いとは何か、その意味
著者は「好き嫌い」を以下のように捉えています。

・「『うまくいくか、いかないか』は理性的な判断。でも、『うまくいきそうにないけれど、うまくいけば面白い』というのは、まさしく好き嫌いから出てくる[p.135]」
・「バダラッコ(ハーバード・ビジネススクール教授)さんが・・・言っているのはこういう話です。人は仕事上でいろいろな判断や決断を迫られる。一方が良いことで他方が悪いことの選択であれば話は簡単、『良いものを取りましょう』となります。ところが現実の仕事の上では、両方ともそれなりに理由がある『正しいこと』なのに、どちらを取るかの選択を迫られる場合が少なくない。・・・ポイントは、『正しいこと』と『正しいこと』の選択だということです。そういう決定的瞬間での判断を迫られたときに人間は自分の価値観を知る、というのがバダラッコさんの主張です。・・・『正しいこと』と『正しいこと』の選択である以上、客観的な良し悪しの基準では選択できない。・・・だとしたら、つまるところその人の価値観でとりあえずの選択をするしかない。・・・『価値観』というと良し悪しのように聞こえますが、個人のレベルまで下ろしていけば、良し悪しはほとんど好き嫌いと重なりますね。要するに、好き嫌いというのはその人にローカルな、『局所的な良し悪し』のこと。[p.349-352]」
・「良し悪しと好き嫌いは異なるものですが、連続したものです。いずれも価値観として捉えれば、ある連続軸の両極にあるだけ。一方の極がユニバーサルな価値、もう一方がローカルな価値。この軸上でどんどんユニバーサルなほうに寄っていくと、世の中で『善悪』『良し悪し』といわれている普遍的な価値になる。逆にどんどんローカルのほうに行くと、その人に固有の『好き嫌い』になる。[p.352]」
・「文明として受容されている普遍的な価値観をどんどん局所化していった先にあるのが個人の好き嫌いですね。国や地域といったわりと大きな範囲での文化はその中間で、良し悪しともいえるし好き嫌いだとも言える。・・・企業文化やその企業で共有されている価値観というのは・・・好き嫌いの色彩が強い。組織を率いる経営者の好き嫌いというのは、そこでの企業文化に相当強い影響を与えるはずです。[p.354-355]」
・「ある企業が他の会社が真似できない『何か』を保有しているとすれば、それは持続的な違いになり、競争優位の源泉になり、長期利益の源泉になる。ものすごくかいつまんでいいますと、これが組織能力(ケイパビリティ)です。ケイパビリティの研究にはいろいろあるのですが、その多くが共通していっているのは、『他の会社が真似できない組織能力の中核には、そこで共有されている文化がある』ということです[p.356]」
・「戦略というのは違いをつくること。だとすれば、組織能力に限らず、好き嫌いこそ独自性や差別化の源泉という言い方もできる。・・・ユニバーサルな価値観からは、定義からしてユニークな違いは生まれない。経営に限らず、昔と比べて社会全体が良し悪しを言い過ぎじゃないかと思うのです。[p.362]」
・「好き嫌いだけでは世の中は回らないし、自分の好き嫌いだけでは社会と折り合いがつかない。だから、刑法や言論の自由をはじめとして、一定の普遍的な価値観が世の中で共有されていることは大切です。しかし、だからといって良し悪しだけでも世の中は動かない。それぞれに異なった好き嫌いを持つ人々が、それを仕事や生活のなかでできるだけ全面に出していく。なおかつ、好き嫌いを異にする人々の間で対立もない。お互いに尊重し合い、共有し合って、世の中が回っていく。これが僕の考える成熟した良い社会です。[p.367]」
・「日々決断を迫られるのが経営者ですが、インタビューすると『判断は直観に基づく』と言い切る方が多い。・・・直観とは分析的な良し悪しの判断の積み重ねを超えたものの総称を指しています。この直観にしても、淵源はその人の好き嫌いにあるように思いますね。[p.368]」
・「経営という仕事はインセンティブだけでは決してできないものだと思います。インセンティブというのは誘因ですね。外在するものです。・・・経営者を動かすエンジンはインセンティブではなく、その人のなかから湧き上がってくる動因(ドライブ)です。インセンティブのように誰かが設計して、外側から与えられるものではない。動因となれば、これはもう好き嫌いそのもの。[p.373-374]」「動因はその人の内部から自然と湧き上がってくるものだ。内発的なモティベーションといってもよい。自分のなかに強い動因があれば、外的な誘因がなくとも、場合によっては負の誘因(ディスインセンティブ)があったとしても、人は動く。・・・いったん経営者のポジションまで上り詰めてしまえば、誘因の効き目は低減する。残された誘因は獲得した状態を保持することぐらいしかない。『これをやろう』という経営の動因がない。だから、経営者になっても今度は部下を動かすためのインセンティブの設計など、内向きの管理の仕事に明け暮れる。これではただの『管理者』だ。外に向かって価値をつくっていく本来の意味での経営者ではない。[p.v-vi]」
―――

要するに、好き嫌いは、良し悪しで判断できない場合の判断基準となる価値観や直観の源泉、差別化の源泉、動因(内発的動機づけ)の源泉として意義がある、ということになるのだろうと思います。動因としての意味をノート7で取り上げたモチベーションの考え方と関連づければ、好き嫌いは、Maslowの自己実現欲求、Herzbergの動機づけ要因、Deciの内発的動機づけ、金井氏の希望・元気印系、持論(自論)系の要因と関係すると言えるでしょう。

では、どのような好き嫌いが望ましいのでしょうか。著者の考え方では、インセンティブとして与えられるものを得ることが好き(例えば、金銭欲、収入や地位を目的とする出世欲、権力欲など)というのは経営者として好ましくない、ということのようですが、このインタビューだけでは、どのような好き嫌いが望ましいのかまでははっきりしたことは言えないように思います。ただ、自己主張としての好き嫌いがあまりないタイプ(例えば、周囲への同調が好き、自分で考えないことが好き)の人は、強い内発的動機づけが期待できないため、おそらく経営者には向いていない、とは言えるかもしれません。著者の表現を借りれば、「これだけ豊かになると、好きじゃなければもたないと思います。腹が減ったから仕事をするというわけではありませんから。[p.341]」ということがポイントでしょうか。

インタビューの内容は確かに「千差万別」ですが、一点、なんとなくですが、成功した経営者は、自分の好き嫌いに合わせた仕事を創り出しているか、状況に応じて自分の好き嫌いをある程度変えていっているのではないかと思いました(例えば、重松氏は「たとえば、好きなことしかやってこなくて、そこでコケたりするわけですよ。そこから学んで、1つに固まらないようバランスを取るのです。[p.203]」)。確かに好き嫌いを持つことは重要ですが、それを変えられることも重要なのではないかと思います。

研究者にとっても、好き嫌いは重要です。著者が指摘している、動因の源泉、差別化の源泉としての好き嫌いは研究者にとっても重要ですし、本ブログでも、研究者がどのような研究に向いているかを、頭を使うのが好きか手を動かすのが好きか、未知のことが好きか既存の応用が好きか、という「好き嫌い」で判断できるのではないか、という考え方をご紹介しました(ノートノート5)。ただし、研究者は、価値観や直観の源泉として好き嫌いを使うこと、そもそも価値観や直観で物事を判断することは嫌う傾向があると思います。なるべく物事を「正しいか正しくないか、良いか悪いか」で判断しようとするのは、研究者の「好み」(というより習性?)かもしれません。本書の指摘をふまえると、研究者がビジネスをしようとするときには、こうした判断上の好みが問題になるかもしれないことは、研究者としてよく認識しておくべきだと思います。例えば、石黒氏の、「エンジニアは開発を一生懸命にしますが、『ちょっとユーザー寄りにして売れるものにしよう』という姿勢が欠落しがちです。というより、ユーザーのことを語ってくれる人が少なすぎるからなんですけどね。[p.234]」という指摘は、研究者にとって耳の痛いものであると同時に、研究における好き嫌いを考える上で重要な指摘ではないでしょうか。好き嫌いの持つパワーをよく理解し、好き嫌いをもっと大切にし、好き嫌いをうまくコントロールできるようになれば、研究も含めて組織の能力をもっと発揮できるようになるのではないか、と感じましたがいかがでしょうか。


文献1:楠木建、「『好き嫌い』と経営」、東洋経済新報社、2014.

参考リンク<2015.3.8追加>

シチズンサイエンス考

シチズンサイエンスとは、アマチュアまたは非職業的な科学者によって、その一部または全部が行なわれる科学研究のこととされています(wikipedia[文献1])。具体的には、データの系統的収集や分析、技術開発、自然現象のテスト、これらの活動の普及などが行なわれていて、近年のインターネット環境の発展とともにこうした活動は活発化しているとのことです。今回は、シチズンサイエンスについて考えてみたいと思います。

シチズンサイエンスの形態[文献1](文献1の「Citizen scientist」=「市民科学者」としています)

・プロの研究者が解析するためのデータ集めに市民科学者が協力する。

・プロの研究者が集めたデータを市民科学者が解析する。

・市民科学者が研究センターにおける支援をしたり探検に同行したりする。

・市民科学者同士がコンペで成果を競い合う。

・市民科学者が装置を作ってデータを取ったり、大きなプロジェクトの一部を担ったりする。

・市民科学者が、プロの研究者が訪れないような分野を探検する。

こうした市民科学者の活動は古くからありました(そもそも職業科学者が生まれる20世紀より前の科学研究の担い手は市民科学者であったと考えることもできます)。ただ、近年のネット環境の発展と普及が、科学研究への市民科学者の新たな参加方法を編み出していることも指摘されています。例えば、個人所有のコンピュータの余剰能力を活用してデータ解析を手伝うRosetta@home(タンパク質の折りたたみ構造を解析する)や、SETI@home(地球外生命体からの信号を探索する)など、分散コンピューティングやボランティアコンピューティングと呼ばれる活動があります。また、Stardust@homeNASAの探査機が彗星の尾から採取を試みた粒子を発見する)やGalaxy Zoo(銀河の写真を見てその形態を分類する)、oldweather(第一次世界大戦中の英海軍船舶の航海日誌から当時の天気を抽出する)など、参加者の判断や技能が問われるようなプロジェクトもあります。[文献2、文献3]

このようなシチズンサイエンスの活動は、今までのやり方では作業にかかる負荷が大きくて実施できなかった研究対象について、その制約を緩和できる手法として重要な意義を持つと言えるでしょう。特に、比較的単純ではあるが処理に手間のかかるデータ採取、解析が必要な研究においては、今後適用例が増えていくのではないでしょうか。

研究マネジメント面の意義

シチズンサイエンスを研究やビジネスのマネジメントの観点から見ると、いくつかのビジネス手法との共通点があることがわかります。外部との協働で研究を進めることはオープンイノベーションにほかなりませんし、作業の一部をネット経由で外注することはクラウドソーシングとして知られた手法です。実際に、アマゾンのmturkなどは、単純な作業を安価に外注することが可能な仕組みを提供しており、パターン認識など、機械では困難だが人間にとっては単純な作業でデータを作ったり集めたりすることが効率的にできることが知られています[例えば文献4、p.110]。


しかし、シチズンサイエンスの場合、参加者は金銭的報酬を求めているわけではなく、参加者の作業への動機づけは金銭的報酬以外のインセンティブによってなされている点がひとつの特徴になっていると思います。参加者は、自分の保有している資源(人間としての能力、コンピュータなど)を社会に有用な目的のために役立てたいという気持ちはもちろんのこと、自分の楽しみ(ひまつぶし、ゲーム感覚の遊び、発見の喜び、最先端の科学やきれいな銀河の写真、昔の航海日誌などに触れる楽しみなど)によっても動機づけられています。例えば、遊びの要素として、こなした作業の量や、成果の質に応じてプロジェクト内でのステータスが上がったり、成績優秀者として順位づけられて称賛されたりする仕組みが作られているものもあります。また、プロジェクト内で同じ興味を持つ人同士や専門の研究者との交流ができるフォーラムが設けられているものもあり、ネット環境の利用による非物質的な魅力が参加者のモチベーションを高める一要素になっていると思います。

このような「遊び」の要素の導入は、プロジェクト運営上のテクニックという面もあるかもしれませんが、実は研究の本質にもつながるものだと思います。未知のことを知る、同じ興味(専門)を持つ人同士で議論や交流をする、成果を挙げたことが社会から評価される、などのことは通常の研究活動においても行なわれていることであって、それが研究者のモチベーションの維持に貢献している側面は無視できません。シチズンサイエンスでもそうした体験をネット上で提供していると考えられます。専門的な知識を要する研究活動は市民には困難であっても、研究の手伝いをすることで充実感や達成感を得られる仕組みが構築できている点は、研究活動における金銭的報酬以外のインセンティブの重要性を示す例として示唆に富んでいると思われます。

さらにシチズンサイエンスにおける協力の仕組みは、オープンイノベーションの進め方についての示唆も与えてくれています。オープンイノベーションの場合、協働する研究者(組織)の間での作業の分担と成果の配分を調整する必要がある点が運営上の課題であるという意見があります。これに対し、シチズンサイエンスでは、市民科学者が行なう作業の範囲を限定的に設定し、その作業に与えられる報酬(成果配分)も金銭的なものではなく「楽しみ」とすることで、協力者も納得した上で意欲的に作業に取り組んでもらえるようになっており、上記のオープンイノベーションの課題をうまく解決していると言えるのではないでしょうか。ビジネスにおいては金銭的報酬抜きの協力関係を構築することは難しいかもしれませんが、少なくともモチベーションが金銭的報酬によるものだけではないことはオープンイノベーションを考える上でも認識しておくべきことであると思われます。

科学と社会の関わりにおける意義

シチズンサイエンスは、科学コミュニケーション、STS(科学技術社会論)の面でも以下のような示唆を含んでいると思います。

・シチズンサイエンスは、市民にとって科学を身近なものとして感じるきっかけになる。

・その活動を通じて、市民が科学者の活動に触れることができる。

・その活動において、市民がデータの扱い方、データの重要性を体験、実感できる。

つまり、科学者との共同作業を通じて、科学者の考え方、仕事の実態に触れるきっかけになるのではないか、ということです。市民を科学と対峙する存在としてとらえるのではなく、お互いに理解し、協働していくきっかけとしての意義がシチズンサイエンスにはあるのではないでしょうか。科学者が市民を啓蒙するのではなく、科学者が市民を重要なパートナーとして見ること、市民の側からも楽しみとしての協働を通じて科学的な考え方に触れることは、科学コミュニケーションの促進に役立つのではないかと考えます。楽しみながら交流することを特徴とし、その作業には遊びに近い要素が含まれているものであっても、そのデータを使う研究は遊びではありません。このようなシチズンサイエンスを進めることは、市民が本物の研究を身近に体験し、学ぶよい機会となり、社会と科学の垣根を低くすることにつながるのではないかと思います。

技術者の立場からみてもシチズンサイエンスが取り上げているテーマにはなかなか興味深いものがあります。加えて、シチズンサイエンスには、単なる研究補助や市民の趣味以上の意義もあるように思いますがいかがでしょうか。


文献1:Wikipedia, “Citizen science”, 2012.7.1アクセス

http://en.wikipedia.org/wiki/Citizen_science

文献2:Eric Hand, “People power”, Nature, vol.466, No.7307, 2010.8.5, p.685.

http://www.nature.com/news/2010/100804/pdf/466685a.pdf

文献3:Kalee Thompson(K.トンプソン)、編集部訳、「ネットでシチズン・サイエンス」、日経サイエンス、2012年5月号、p.98.

文献4:新井紀子、「コンピュータが仕事を奪う」、日本経済新聞出版社、2010.

参考リンク


 

 

協力的環境と研究-「不機嫌な職場」に学ぶ

以前に研究における競争の重要性について書きましたが(競争心と研究開発)、競争の対極としてとらえられることの多い「協力」も研究にとっては重要です。異なる考え方との出会いによって新たな発想を得ることは言うまでもなく、多様性を創造につなげるためにも、組織的知識創造の基盤としても、また比較的単純な分業を行なううえでも、協力的な環境は研究の遂行に役立つはずです。

ただ実際には、競争と協力のバランスをとることはそれほど容易なことではないように思います。特に、外部に対して競争を行ない、社内でも競争的環境に置かれながら、研究グループ内では協力を維持することが求められるとき、何らかのマネジメント上の工夫が必要になるのではないかと思います。今回は高橋克徳、河合太介、永田稔、渡部幹著、「不機嫌な職場 なぜ社員同士で協力できないのか」[文献1]に基づいて、協力の問題について考えてみます。なお、今回は、オープンイノベーションで想定しているような外部との協力関係構築については除外し、組織(研究グループ)内での協力について考えます。

本書の著者らの問題認識は、近年日本の会社では協力行動が阻害されており、それが原因で職場環境が悪化、生産性や創造性が低下し、品質問題や不正、個人の疲弊が起こる等の問題が起きているというものです。著者らは協力行動阻害の原因について、個人の視点からではなく、組織の問題としての観点から、以下の3つのポイントを指摘しています [文献1p.37-66]

・役割構造:近年の成果主義重視と仕事の高度化は組織のタコツボ化をもたらし(他人がやっていることがわからない、興味を持つ余裕がない)、個人の力は高まったが個人間のつながりを弱める結果となった。

・評判情報:効率性の追求により仲間に関する評判情報の流通機能、情報共有、インフォーマルネットワークが弱体化し、協力関係を構築、発展させるきっかけが失われた。

・インセンティブ:従業員は、会社があてにならないものだということに気付き、協力行動よりも自らのスキル開発を考えるようになった。

成果主義については、効率向上、個人能力の向上という効果があることは著者らも認めていますが、それがもたらす協力関係の毀損は問題と言わざるを得ないと思います。著者らは、そうした協力行動阻害の背景には、協力の見返りとして何かが得られるという信頼関係が失われていることがあると指摘しており、確かにこうした傾向が日本企業の閉塞感につながっているのかもしれません。研究者に必要な専門性の育成は、組織のタコツボ化を促進する傾向があることを考えると、それが協力関係の阻害に繋がらないようにすることは研究マネジメントとしてまず必要なことだと思われます。

著者らは、グーグルやサイバーエージェントの事例などをもとに、問題を改善し協力を促すためには次のような点が重要だとしています [文献1p.91-201]

役割構造を改善する方策:

・個人の利益を越えた目標、価値観の共有化:ビジョン設定だけでなく、ビジョンや価値観を共有化するために努力する。

・発言や参加の壁をつくらない。

・特定の人しかわからない状況をつくらない。

・フラットな組織、流動的な組織により役割固定化を防ぐ(タコツボ化抑止)。

・考えられた異動による交流促進と、異動損しない仕組みづくり。

・他人と一緒に働けること、自分で動けることを重視して採用する。

・援助行動のルール化

評判情報の共有:

・出会い、交流の場を設ける(社員旅行など)

・個室を作らないオフィス

・メーリングリストによるコミュニティづくり

・ブログ活用、インフォーマルネットワーク支援

・インフォーマル活動自体を魅力あるものにする。

インセンティブ構造:

・感情を重視する。効力感(手ごたえ、まっとうな反応、感謝)を与える。

・社内での認知の促進、仕組みづくり。

・働きやすい環境、優秀な仲間、互いが認知される風土→エンジニアにとっての価値ある報酬となる。

・フラット、リスペクト、フェアという価値観の徹底(グーグル)。

・公私混同の職場環境→会社と個人の一体感醸成。

ただし、著者らは、これらの方法論について、何か一つの必殺技のボタンがあるわけではなく、多角的に仕掛けていくことが大切であり、またすぐに効果があらわれる類のものではない、と言っています[文献1p.144]。その意味では、確立された方法論と言えるものではないでしょう。しかし、おぼろげではありますが、協力行動を促すための方向は見えているのではないか、そしてそれは実現不可能な方法というわけではない気がします。おそらく、それは、社員がやりがいを持ち、安心して仕事に取り組み、十分な情報を持ち、お互いに協力したくなるような環境を整える、ということなのではないでしょうか。社員同士の協力行動をひとつの経営資源と考えるならば、このような取り組みを考えてみる価値はあると思われます。少なくとも、協力関係の喪失によって組織の能力が低下しているという著者らの警鐘には耳を傾ける必要があるでしょう。

ただし、気になる点としては、これらの方策のいずれも、仕事にある程度の余裕(つまりムダな部分)が必要なのではないか、ということです。成果主義など、個人の能力向上による効率化を求めた結果として協力関係が崩壊したということは、効率化と協力行動は相容れないものである可能性があることになります。そして単純に考えればそれはおそらく真実なのでしょう。そうなると、協力行動を犠牲にして効率化を追求すべきか、それとも効率を犠牲にして協力行動を獲得すべきか、という議論になってしまう可能性もあるわけです。著者らの結論は、協力行動を重視した方がよりメリットがある、というもののようですが、残念ながら本書に示された説明だけでは、効率追求派を納得させるだけの根拠にはなっていように思います。そうなると要は経営思想の問題、という考え方をする人もいるでしょう。しかし、協力行動が長い目でみればよい成果につながる、という著者らの意見には同意せざるをえないように思います。

もちろん、研究活動を他の企業活動と同じ基準で考える必要はありません。例えば、あるプロジェクトを分担して進めているような場合、その中にはいわば強制された協力関係があり、上述のような自発的な協力関係の構築とは異なる進め方が必要な場合もあるでしょう。また、一人のリーダーに率いられた研究プロジェクト(大学での研究などではよく見られる形態ですが)ではグループ内での協力関係よりは、中央集権的な指揮命令系統に従った運営の方がよい成果が得られることもあるでしょう。製品開発においても、一人のアイデアで全体を統一した方がよいのか、多くの人の協力によって製品をつくりあげたほうがよいのかは議論が分かれるかもしれません。しかし、協力が必要なときに、協力が得られない組織というのは、組織の機能として柔軟性が低いことは確かだと思います。これからの時代、画一的な研究の進め方では成果を得ることが難しくなっていくかもしれません。そんな時、協力行動を活用してイノベーションを進めることも必要になるのではないでしょうか。そもそも、研究活動には「ムダ」や多様性の要素が必要です。多少の非効率があったとしても、協力行動によって新たなアイデアが得られ、問題が解決できるのなら、また、多くの人のプロジェクトへの参画意識が高まるのなら、協力行動の促進は研究の成功率を高める作用があるかもしれません。また、協力行動が環境によって左右されるものであるのならば、効率を追求しながら協力的な環境を作る、ということも不可能ではないでしょう。上記の方策はそのヒントを与えてくれているように思います。

競争心の強い研究者がよい業績を挙げる、という例は数多くあります。しかし、普通の研究者が「機嫌のよい」職場で、やりがいをもって仕事をし、自らの力を十分に発揮して、組織として成果を挙げる、というのも望ましい研究の姿なのではないか、という気がします。企業における研究マネジメントの役割としては、後者の方が重要性が高いのかもしれません。


文献1:高橋克徳、河合太介、永田稔、渡部幹、「不機嫌な職場 なぜ社員同士で協力できないのか」、講談社、2008


(参考)

高橋克徳、河合太介、「『不機嫌な職場の治療法』の全記事一覧」、DIAMOND ONLINE2009.1.21-6.24

http://diamond.jp/category/s-unhappy

中野目純一、「“不機嫌な職場”は変えられる 永田稔ワトソンワイアットコンサルタントに聞く」、日経ビジネスON LINE2008.7.5

http://business.nikkeibp.co.jp/article/pba/20080702/164216/?P=1

参考リンク


 

 

 

研究者と金銭的報奨再考:処遇をどうすべきか

少し前に、研究者に対する金銭的報奨について考えてみました(こちら)。そこでは業績に対する金銭的報奨のあり方について述べましたが、金銭的報奨は他の報奨やインセンティブと結びついていることが多いため、それだけでモチベーションをコントロールできるとは限りません。そこで、ここでは金銭的報奨を活用するにあたって注意すべき点について考えてみたいと思います。

 

金銭的報奨を制度化し、活用するにあたって考えておくべき最も重要な点は、昇進(ポスト、職務)、資格とそれに伴う給与との関係でしょう。一般には、ポスト、役職と給与とは深く関係していますので、給与によって報奨を与えようとすると、同時にポストや役職を与えることになってしまう場合があります。しかし、「名選手かならずしも名監督ならず」という例えで広く認識されているとおり、実務適性とマネジメント適性は必ずしも一致しません。従って、成果への報奨としてポスト(そのポストに付随する高い給与)を与えることはあまり得策ではないはずです。

 

こうした問題に対し、職能と資格を分けて、資格によって給与を決め、資格とは別の基準でマネージャーなどの職能を決める人事体系をとる企業も多いようです。また、専門職制度により、マネージャー職務につかなくとも高い処遇を受けられるキャリアパスを設けることもよく行なわれています。しかし、実態としては、こうした制度があっても資格と職能が同じような基準で決められるようになってしまったり、暗黙のうちに専門職の地位が低く評価されるようになってしまったりで、その制度がモチベーションの向上に役立っていない場合も多いのではないでしょうか。結局のところ、成果を挙げればそれが評価され、その評価の結果としてマネージャーに昇進する、というキャリアパスになってしまい、マネージャー適性が成果を挙げられたかどうかで判断されてしまうことが多いように思います。

 

このような成果にもとづくマネージャー選抜は誤った方法であるという意見 [文献1]についてはノート11で紹介しました。それに加えて、研究者にとっては成果に対して昇進という報奨を与えることによってモチベーションやパフォーマンスが下がってしまう場合があることに注意が必要でしょう。

 

研究者がマネージャーへの昇進を望まない場合があることは、私の経験からもうなずけるところですし、様々な調査結果でも示されているようです。例えば、1996年の慶応義塾大学産業研究所による民間企業に働く研究者や技術者のアンケート調査では、研究管理職よりも高度研究専門職に就任したいという希望は多いとのことですし[文献2p.163]1988年~1990年に実施された日本生産性本部による技術者を対象とした調査でも、調査対象の64.7%が将来も研究開発の第一線で仕事を続けたいと回答し、研究開発管理者として仕事をしたいという回答(21.1%)を大きく上回っています[文献2p.244]

 

このように管理者への昇進を望まない理由としては、研究者のモチベーションに影響する因子に様々なものがあるためと考えられます。研究者のモチベーションに影響する因子を大きく分類すると、①研究自体に関する因子(テーマへの興味、知的好奇心、企業や社会への貢献の可能性、自らの能力開発への寄与、達成感、テーマに関する周囲の期待など)、②研究環境に関わる因子(自律性、自由度、予算、研究に集中できる度合い、給与外の待遇、人間関係、組織風土、自らの権限の範囲、身分保障、成果を挙げることへの周囲の期待、周囲のサポートなど)、③研究成果に基づく評価(金銭的報奨、給与、昇進昇格、社内での評価、名誉、学会やユーザーからの評価など)、のようになると思います。もちろんお金を貰って嫌がる人はいないと思いますし、職位が個人の成長を促すという側面もあると思いますが、研究者のインセンティブを考える場合には上記のような因子を考慮することが必要でしょう。

 

要するに注意すべきは、成果に対して給与を上げることを目的として研究者を安易に研究マネージャーに昇進させてはいけない、ということではないでしょうか。成果という過去の業績に対しては、金銭や名誉のみで報いる制度とし、マネージャーというポストを与えることは業績に報いるものではなく、あくまでマネージャーとしての将来の成果に期待して選考し、その給与は役職とは切り離して考えるべきではないか、ということです。

 

研究者は金銭的報酬だけで意欲を保っているわけではありません。しかし、金銭的報酬は衛生要因として作用しますし、現在の多くの評価制度では、評価されているかどうかが最もわかりやすい形で現れますのでその影響は大きく、重要視すべきであると考えられます。しかし、過去の成果に対する金銭的評価と、ある職位で成果を生み出すことへの期待とを混同してはいけない、ということは重要なポイントだと思います。マネージャーに対して与えられる報酬は、あくまで「期待料」であるべきであって、成果に対する報奨としてはいけないと思うのですが、いかがでしょうか。

 

 

文献1McCall, Jr. M.W.1998、モーガン・マッコール著、リクルートワークス研究所訳、「ハイ・フライヤー」、プレジデント社、2002.

文献2:福谷正信、「研究開発技術者の人事管理」、中央経済社、2007.

 

研究者と金銭的報奨

仕事で何らかの成果を挙げることができた場合、その成果が正当に評価され、見返りに何らかの報奨が与えられるべきだ、というのは多くの人が認めるところでしょう。成果に対して報奨が貰えて困る人はいないでしょうし、もし報奨を受け取りたくないならば返すなり、仲間で使ってしまうなりなんとかできます。

 

このような報奨を制度化して、「もし○○○の成果が得られれば、□□□の報奨を与える」ということが約束されれば、それがインセンティブとなってモチベーションが上がるだろう、ということは一般的には言えると思います。「成果主義」というのは大雑把にはこうした原理に基づくものでしょうから誤りではないはずなのですが、最近は成果主義に否定的な意見もよく耳にしますし、少なくとも単純な「成果主義」のやりかたでは利点よりも欠点の方が多いように私も思います。おそらく、難しい点は成果を正しく評価すること(負の成果、すなわち失敗も含めて)、および評価された成果に対してどの程度の報奨(負の報奨、すなわち罰も含めて)を与えれば組織全体として効果が最も大きくなるかを予測して報奨を決めるところではないでしょうか。そのシステムがうまくできていないと、「成果を挙げたのに評価してもらえない」「評価はされてもそれに見合った報奨がもらえない」「たいした成果でもないのに高い評価、報奨を受けている人がいる」などの不満が出てきたり、成果が出やすく評価されやすい課題を選んで実行しようとし、本当に必要な仕事、チャレンジングな仕事が敬遠されたり、ということが起きてしまうのだと思います。

 

特に、研究開発の場面では、こうした難しさは一層顕著になると思われます。成果を評価して、それに基づいた報奨として翌年の給与を決めようとしても、取り組む課題の不確実性のために研究の中途段階での成果判断が正しいという保証はありませんし、そもそも成果が出るまでに時間を要する課題もあるのでなかなか好ましい報奨システムをつくりあげることはできないのではないでしょうか。加えて、研究者は金銭的報奨のような外発的動機づけよりも、自己決定や自らの有能さの確認といった内発的動機づけの方を重要視する、という意見がありますし(「ノート7」参照)、外的報奨が内発的動機づけを低下させる(「研究の管理と評価再考」参照)、課題が簡単すぎてもモチベーションが上がらないとする達成動機理論(「ノート7」参照)、といったややこしい指摘もあります。

 

こうした問題に対処するため、自分が納得した目標を設定し、目標に対する達成度で成果を評価しようとする考え方もありますが、この方法でも非常に頻繁に目標の見直しを行なわない限り不確実性に対応することは不可能でしょう。また、目標の設定に恣意性があるので挑戦的な目標設定が行われにくくなる可能性もあると思われ、こうした方法も研究開発分野を対象とした評価、管理システムとしては問題があると考えます。

 

では、金銭的な報奨が不要なのか、というとそれもまた違うでしょう。おそらく、研究者にとって、金銭的報奨はHerzbergの言う「衛生要因」すなわち、それを改善しても不満がなくなるだけで、動機づけにはならない要因(「ノート7」参照)としての作用が強いのではないかと思います。つまり、研究者に不満を与えることのないような金銭的報奨授与システムは必要であるが、モチベーションを上げる効果は期待してはいけない、ということになるのではないでしょうか。

 

そうすると、必要とされる報奨システムとはどのようなものになるのでしょうか。以下は私案になりますが、成果の程度によってどのような報奨が与えられるべきかについて考えてみました。

 

まず、報奨は成果にどの程度依存したものとすべきでしょうか。これについてはDavilaによる興味深い調査結果がありますのでご紹介しておきます[文献1p.286]Davilaは医療機器メーカーの製品開発部門のマネージャーを対象に給与に占める変動給(業績給)の割合と得られた業績の印象との関係を調べ、変動給の割合が多すぎても少なすぎても業績は低下し、変動給の割合には最適値があるとしています(彼の調査では、15%程度が最適になっていますが、この値は業界やプロジェクトの種類、人のタイプなどによって変わるので、この値そのものは重要でないと述べています)。特に変動給の割合が大きすぎる場合に業績の低下が大きく、彼は「適度なインセンティブはプラスに働くが、過剰になると業績の低下を招く」と結論づけています。

 

業績給の割合が高いということは、収入が業績に影響される度合いが大きい、ということになりますので、インセンティブの大きさとほぼ同じと考えられると思います。このようにインセンティブが大きい場合には、おそらく業績が挙がっている場合には問題はないのでしょうが、業績が低かった場合には給与が減ってしまうことになるためモチベーションを下げる可能性があると考えられます。おそらく不確実性の高い研究への意欲も低下してしまうでしょう。しかし逆に、研究が成功した場合の報奨はもっと高くあるべきとの考えも無視できないと思われます。近年話題になることが多い、発明の成果に対して高額の報奨金を求める裁判などもそうした考え方の現れと見ることができるでしょう。そうすると、研究が大きな成果を挙げた場合には報奨は大きく、しかし、リスクをとりやすくするために成果が挙がらなかった場合の報奨減額の程度は小さくするというシステムがよいのではないかと思われます。

 

もちろん、このような制度としたところで、成果の評価方法に関する問題は残ります。そこで、いっそ、成果の細かな評価はあきらめてしまえばよいのではないでしょうか。つまり、小さな成果についてはその細かな優劣を評価することはやめにして、非常に大きな成果の場合のみ大きな評価をすることにするわけです。一般に非常に大きな成果というものは、誰が見ても異論が少ないものだと思いますので、こうした成果に対して大きな報奨が与えられることには異論が出にくいのではないでしょうか。

 

ただし、大きな成果に対する大きな報奨は非常に目立ちますので、社内の他部署にも納得してもらえるような評価体系とするために、研究者の平均的な報酬は他部署と合わせるべきであると思います。大きな成果に対する大きな報奨に加えて、成果があがらない場合に報酬の減額が少なくなるとすると、平均的な成果に対する報酬は、全社員平均よりは少なくなることになります。一般に研究員には自律的な環境が与えられることが多いですし、例えば成果の社外発表や学会での交流によって、社会的な活躍の機会や社会的評価を受けるチャンスが与えられていることを考慮すると、これは給与外の報酬とも考えられますので、給与面での多少の減額は研究者も納得できるのではないかと思います。また、大きな成果を挙げた研究に対する報奨は、特許実施補償などの名目で行なうことも考えられるでしょう(ただし、特許に基づく報奨は、開発成功から特許の権利化、収益化までに時間がかかるため、タイムリーな報奨が行なえないという欠点がありますし、特許にならないが重要な研究というものが存在することもあります)。

 

このような評価体系をイメージにまとめると以下の図のようになります。

 

 報奨イメージ500

 

もちろん、このような評価体系は研究開発の対象、不確実性の程度、目指す目標、業種などによっても変わってきますので、このようなシステムが最善であると言うつもりはありません。また、こういうイメージを決めたところで、成果の評価の難しさが軽減されるわけではなく、モチベーションの向上につなげるためには他のマネジメント手法との組み合わせなどのいろいろな手段をとる必要があると思われます。ただ、研究の成果を単純な評価にあてはめて、その評価結果に比例するような単純な報酬の決め方では、おそらく研究者のモチベーション向上にはつながらないように思いますので、このような案もあるのではないかと考えてみました。研究者の評価とインセンティブを考えるヒントにでもなれば幸いです。

 

 

文献1Davila, T., Epstein, M.J., Shelton, R., 2006、トニー・ダビラ、マーク・J・エプスタイン、ロバート・シェルトン著、スカイライトコンサルティング訳、「イノベーションマネジメント」、英治出版、2007.


参考リンク<2012.8.5追加>
 

研究の管理と評価再考

ノート12で研究の運営管理について述べましたが、そこでは研究の運営管理は定型的に考えず、創造的に取り組む必要がある、ということを結論のような形にしました。これは、私が読んだ文献の範囲では、独創性の高い研究分野では研究を細かく管理することは好ましくない、という意見に納得させられる点が多く、また、研究の管理、評価のために提案されている手法が私の実務経験に照らしてあまり有効とは思えなかったためです。しかし、もし、有効な研究の管理、評価手法が存在するなら、あるいは、そうした手法を開発することができるなら、それは非常に大きな価値をもつだろうと期待していることも事実です。

 

そこで、私が接した意見の中で、効果的な研究管理手法の確立に最も近づいているように思われたDavilaらの考え方をまとめておきたいと思います[文献1p.257-292]Davilaらは適切な目標と、評価、インセンティブによってイノベーションから多くの成果が得られるとしています。特に重要だと思われる点は、イノベーションの種類をインクリメンタル・イノベーション(既存の製品やビジネス・プロセスに小さな改善を加えるイノベーション)と、ラディカル・イノベーション(新しい商品やサービスをまったく新しい方法で提供するイノベーション)[文献1p.73]に区別し、それぞれに適した管理の方法を提案している点でしょう。イノベーションによって管理のしかたを変えるべきであることは多くの人が述べていることですが、イノベーションを細かく分類することは実用的とは思えません。その点、2種類ならなんとかなりそうに思いますし、本質的な指摘も多いように思いました。また、「評価指標やインセンティブがないと、組織の抵抗勢力が自由にイノベーションや組織の変革を阻害できてしまう」とも述べている点も興味深く感じられます。

 

Davilaらは、上記の2種のイノベーションについて、望ましい目標設定の方法が次のように異なると述べています。

インクリメンタル・イノベーション

・具体的

・定量的(スケジュール、製品パフォーマンスなどを目標とすべき)

・現実的(明らかに達成できる目標を設定すべき。ハードルが高すぎるとモチベーションが低下し、目標を無視するか過剰投資してまで達成しようとする問題が発生する。)

・予算やコストが一定の範囲に収まるようにするなどの、損失回避型目標を厳しく設定する(これは、プロジェクト立て直しのゆとりが少ないからとしています。)

ラディカル・イノベーション

・大まか(マネージャーたちが柔軟に動ける大まかな目標になっていないと試行錯誤、新しいアイデアの受容といった自由度の高い動きができない。大まかな目標の方がチーム内外での建設的な議論が活発になる。)

・定性的(定量的目標に偏るとイノベーション事業の範囲が狭まり、必要な実験の機会も奪われる。)

・期待しやすい目標よりやや高めを目指すストレッチ目標を設定すべき(成功へのやる気を起こさせる、心に何か訴えるものが必要。高めの目標の方が、人が議論や探索、実験、アイデアの交流促進が進む。)

・成功追求型目標とすべき(つまり、何を成功とするかは目標で決まるということ。これはラディカル・イノベーションは不確実性が高く、成功した時のリターンが多いからとしています。)

 

そして、その目標と実績を比較評価し、適切なインセンティブを与えるべきであるとしています。実績評価について注意すべき点としては以下のポイントを挙げています。

・主観的評価と客観的評価の使い分け:客観的評価のみでは、コントロール不可能な要因(自分たちの成功や失敗の結果とは言い切れない要因、例えば景気動向など)が増えて、結果が歪められる可能性があるので、主観的評価で補足が必要。ただし、評価者に公正な評価を下そうとする意欲があることが前提であり、評価者の判断能力が評価を左右するため、主観的評価は最良の方法にも最悪の方法にもなりうる、客観評価はそこそこの方法と言える。

・相対的評価と絶対的評価:社内外の他プロジェクトとの相対比較による評価は、破壊的競争(協力の欠如)を引き起こす可能性がある。

 

インセンティブについては以下のポイントを指摘しています。

インクリメンタル・イノベーション

・あらかじめインセンティブの内容を決めておき実績評価の結果を報奨につなげる制度化された報奨システムとし、目標と実績の比較から評価を算出することが効果的。

・特に、「短期間で結果が現れる」「組織全体に与える影響が少ない」「評価が簡単」「期待成果が記述しやすい」場合は、数式ベースの実績評価指標に基づいた現金支給式のインセンティブシステムが有効。

ラディカル・イノベーション

・プロジェクトの成果が出た後に功績を認定して報奨を与えるのが効果的。目標が明確でなく途中で頻繁に変わるため、功績を評価した方がよい。

・長期報酬と主観的評価を軸にしたインセンティブシステムにすべき。功績に対する周りからの評価が大きな意味をもつ。プロジェクトが成功しなくても、リスクテイク行動が報われたと思えることが必要。成功したときはプロジェクトが生んだ価値の応分の対価を受け取ったと実感できることが必要。

・ラディカル・イノベーションには内発的動機づけが重要とされるが、外的報奨が内発的動機づけを低下させることは1950年代に明らかにされている。目標を達成したら金銭的報奨を与えると約束しても、創造的活動にはあまり意味がない。それで仕事そのものが面白くなるわけではないし、場合によっては、エサで釣っているというネガティブな印象を生むこともある。

両方のイノベーションに関係して注意すべき点

・チームと個人の評価のバランスをとることが必要。例えば、数式ベースのチームインセンティブを設定し、個人の実績評価やインセンティブで補うのが一般的。

・間違った行動に報奨を与えてしまうことがしばしばある。金銭的報奨の力が強いと組織の目的に反した危険な力を活性化してしまう。業績給ばかりでは、マネージャーがリスクを避けるようになり、インクリメンタルな研究ばかりになる。

・スケジュール達成を目的とするプランニングと報奨は、実行ベースを加速する手段としては有効でない、という意見もある。

・失敗した際に経済的、社会的制裁が加えられることが予想されると、リスクをとることが敬遠される恐れがある。

 

Davilaらの著書においては、こうした評価やインセンティブ設定の具体的な方法についても述べられているのですが、残念ながらその方法は実用的には十分なものではないように思います。しかし、上記の指摘は、イノベーションの性格から考えてももっともな意見が多いと言えるのではないでしょうか。研究の管理、評価、インセンティブの問題は難しい問題ではありますが、研究開発活動の特性を多面的に考えていくことによって、少しずつ理想の方法に近付けるのではないかと思います。

 

 

文献1Davila, T., Epstein, M.J., Shelton, R., 2006、スカイライトコンサルティング訳、「イノベーションマネジメント」、英治出版、2007.


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