研究開発マネジメントノート

研究開発とそのマネジメントについてのいろいろ

オープンイノベーション

イノベーション・ファシリテーターの手法に学ぶ(野村恭彦著「イノベーション・ファシリテーター」より)

イノベーションの実現には協力が有効であるということが最近よく言われるようになりました。確かに、イノベーション課題の認識、アイデア出し、実行段階などの段階で、多くの人の知恵と活動をうまく使うことができればイノベーションの成功確率が高まるだろうことは疑う余地のないことのように思います。しかし、実際には協力の実現には様々な困難があると指摘する人もいますし、経験的にも、協力から期待したような成果が得られないことはままあるように思います。そうした困難さの原因のひとつとして、どういう場合に協力が必要とされ、協力をうまく進めるためにはどうしたらよいのか、といった方法論が未確立であることが挙げられるのではないかと思いますがいかがでしょうか。

野村恭彦著、「イノベーション・ファシリテーター」[文献1]では、協働してイノベーションを起こすための方法論が示されています。著者は、「1人では解決が難しかった社会的な課題に、対話の手法を通じて誰もが取り組める世の中にすることが、わたしたちの使命です[p.17]」と述べ、社会的な課題に焦点を当て、協働の具体的な手法を提案していますが、その方法論は社会的課題のみならず、様々な課題への適用の可能性も示唆しているように思います。今回は、その内容のポイントを本書の構成に沿ってまとめたいと思います。

第1部、イノベーション・ファシリテーターの思想
第1章、フューチャーセッションを開く前に

・「『ファシリテーション』は、“人々の活動が容易にできるよう支援し、うまくことが運ぶよう舵取りすること”であると、日本ファシリテーション協会が定義しています。[p.24]」「一般的に、『ファシリテーター』といえば、会議の進行役のイメージを持つ人が多いと思います。・・・一方、『イノベーション・ファシリテーター』は会議の進行役としてのファシリテーターとは異なるスタンスを持っています。[p.25]」
・「『イノベーション・ファシリテーター』とは、“新しいアイデアやプロダクトを新しい方法で世の中に提供して、社会に変革を起こそうとする人々を支援し、うまくことが運ぶよう舵取りする人[p.24]」。「イノベーション・ファシリテーターの目的は、会議で合意形成をつくることではありません。達成したい社会的な課題に対して、”課題の当事者およびその関係者“=”ステークホルダー“たちの関係に変容を生み出していくことが目的なのです。[p.25]」
・フューチャーセッションとは:「未来に向けた問いかけがあり、それに呼応して集まった多様な参加者が、対話を通じて相互理解と信頼関係を築き、新たな関係性と新たなアイデアを同時に生み出し、協調してアクションを起こしていく場。・・・フューチャーセッションは社会的な課題の達成のために開かれますが、そのはじまりにはいつも、社会問題に直面している当事者の想いがあります。・・・互いに異なる背景を持ったステークホルダーが対話を深めていくと、ステークホルダー同士に関係の変容が起こります。社会的な課題の解決に向けて、それぞれがどのように取り組んでいるかを理解し、協働する方法を模索しはじめるのです。フューチャーセッションの興味深い点は、イノベーション・ファシリテーターが上手に場の流れを進めるところではありません。当事者の想いに引き寄せられたステークホルダーたちが、互いの違いを理解し合いながら、目的の達成に向けて、その関係を変容させていくところにあります。・・・お互いの立場の違いから生まれた葛藤を乗り越え、ステークホルダーの関係に変容が起きると、それまで気がつかなかった新しい視点からのアイデアやプロジェクトが生まれ、協働関係が育まれます。それがイノベーションの引き金になるのです。[p.26-30]」
・「フューチャーセッションは、常に社会的な課題に直面する当事者の想いからはじまります。・・・当事者に出会ったイノベーション・ファシリテーターは、最初に当事者の想いに耳を傾けて、その想いの本質を引き出します。社会的な課題に対して、当事者がどのような想いを抱いていて、どうしてそのように感じるようになったのか、どんな社会になることを望んでいるのかなど、納得がいくまで当事者の想いを深堀りします。[p.30]」
・「単に、『自社の製品が売れて会社が儲かればいい』という想いなら、多くの人の共感を得ることはできません。・・・人々の共感を呼ぶことのできる価値観は、シェアードバリューと呼ばれています。[p.32]」
・「フューチャーセッションは、社会的な課題の解決を目指す活動です。自分ひとりでは、その社会的な課題を前にどうすることもできないから、ステークホルダーを集めて、フューチャーセッションを開くのです。つまり、次のような場合は、あえてフューチャーセッションを開く必要はありません。・課題に対する答えがすでに見つかっているとき、・課題に対する有効な取り組みがすでにあるとき[p.34]」
・「フューチャーセッションは、社会的な課題の達成に向けて、何度も重ねる探究のプロセスです。・・・社会的な課題は、そう簡単に解決できません。[p.36]」

第2章、問いを立てる
・「イノベーション・ファシリテーターは、当事者から本質的な想いを引き出します。そして引き出された本質的な想いを問いに変換するのです。・・・それは、想いをそのまま投げかけても、その当事者と同じ属性の人にしか届かないからです。・・・同一属性にあるステークホルダーが対話をすると、境遇が似ているだけに気持の共有はできるかもしれませんが、イノベーションは起こりにくいのです。想いを問いに変換すると、同じ属性のステークホルダーしか集まらないリスクを回避することができるようになるのです。[p.38]」
・「当事者の想いを傾聴し、想いの奥にある本質にたどり着いたら、問題解決に必要なステークホルダーを集めるステップに入ります。まずは、ステークホルダーの中から、コアメンバーの目星をつけて、その人たちのための小さなセッションを開きます。そのセッションで、コアメンバーになってもらいたい人たちの想いを引き出すのです。その後、企画と運営に加わってもらうとよいでしょう。・・・コアメンバーが話し合うことによって、問いは何度も磨かれていきます。[p.52-54]」
・「イノベーション・ファシリテーターが、自身の想いから、フューチャーセッションを開くことをわたしはあまりおすすめしていません。その理由は、イノベーション・ファシリテーターが想いを持った当事者である場合、想いが強すぎて、フューチャーセッションに対して冷静な立場を守りにくくなってしまうためです。・・・イノベーション・ファシリテーターの中立的な立ち位置は、そのセッションの参加者の多様性を担保するうえできわめて重要です。・・・自分自身の強い想いからフューチャーセッションを開いてしまうと、周囲に傲慢な印象を与えかねません。[p.54-55]」
・「気をつけたいのは、問いにはテーマを引き寄せる問いと、引き剥がす問いがあるということです。・・・引き寄せなくてはならないテーマとは、エネルギーの問題やグローバルな課題など、いままであまり自分ゴトとして考えたことがないものです。・・・身近な問題に焦点を当てるのです。・・・一方、あまりにも身近になりすぎているテーマの場合は、逆に自分ゴトから引き剥がす問いが必要です。・・・引き剥がす問いを用意して、発想の枠を取り外す必要があります。[p.56-57]」
・「企業に勤める人が、自社のためにフューチャーセッションを開こうとしても、なかなかうまくいきません。
・・・『フューチャーセッションという新しい手法を取り入れて会社にイノベーションを起こしましょう』という提案は、・・・『いままでのやり方を変えませんか』・・・と言っているようなものなのです。いままでのやり方でやってきた上司としては、気持ちよく受け入れられないのは当然です。[p.58]」「フューチャーセッションは特にどのような経営課題に向いているのでしょうか。それは、『新規商品・サービスの開発』と『次世代リーダーの育成』です。・・・企業がフューチャーセッションを開く場合は、ビジネスの根底にある企業の想いについて、きちんと掘り下げて問いをつくる必要があります。その企業が持つビジョンに注目して、誰もが共感できるパブリックな問いをつくり上げていく必要があるのです。[p.60-61]」

第3章、ゴールを見つめる
・「イノベーション・ファシリテーターであるみなさんには、ぜひ3段階ほどのゴールイメージを持っていただきたいのです。・・・最初のゴールはコアメンバーを集めることです。・・・2つ目のゴールは、大勢のステークホルダーを招いておこなうフューチャーセッションの開催です。・・・ステークホルダー同士の関係性に変容が起きること。これが2つ目のゴールとなります。3つ目はプロジェクト全体のゴールです。セクターを越えた関係性が生まれると、従来の関係性からは生まれてこなかったアイデアやプロジェクトが、ステークホルダーによって実行に移される必要があります。彼らを支援し、モチベーションに働きかけることで、社会的な課題の解決に向けて全体を後押しする。これがイノベーション・ファシリテーターにとっての3つ目のゴールとなります。[p.75-78]」
・「フューチャーセッションの本質的なゴールは、画期的な新商品のアイデアが出てくることではありません。もちろん、それも大切なのですが、本質的には、社会で活動しているそれぞれの人をつないでいくことで社会の仕組みそのものを変えていくことがゴールになります。[p.82]」

第4章、信頼関係を生み出す
・「ここからは、フューチャーセッション当日、イノベーション・ファシリテーターがどのような姿勢で臨むべきか・・・想いに共感し合って、対話をして、信頼関係を深めて、関係性をつくり変える。これがステークホルダーを集めたフューチャーセッションのゴールなのです。[p.83-86]」

第5章、参加者一人ひとりを主人公にする
・「フューチャーセッションには、さまざまな対話の手法を盛り込みます。これらの手法は、参加者にいままでとは違う課題の構造について、追体験をうながすために取り入れられるのです。[p.102]」
・「社会的な課題に想いが沸き上がってきて、話をしたいテーマが浮かび上がってきて、話したい人たちとのグループをつくる。フューチャーセッションで大切にしているのはこれらすべてを自分の意志で決めてもらうことなのです。[p.109]」

第6章、集まった人たちならではの意見をつくる
・「社会的な動物である人間は、指示に従って行動するよりも、意味自体を生み出そうとして行動するほうが高い満足度が得られます。・・・そうであれば、アイデア出しをする前に、『なぜこの問いを考えるのか』という想いの共有が必要です。また、『この問いについてどう考えるか』という参加者同士の意見の交換も外すことができません。フューチャーセッションから出てくるアイデアやプロジェクト自体は、これまでに見たことのないようなものでなくてもかまいません。平凡でも地味でもいいのです。大切なのは、その日、そこに集まった多様なステークホルダーが、アイデアを出す意味をちゃんと理解したうえで、つくりあげたかということなのです。飛んだアイデアよりも、みんなが自分ゴトで『大切だ』と思えるアイデアを出すようにしましょう。[p.115]」

第7章、デザイン思考と未来思考
・「フューチャーセッションでは、場のなかで生まれた新たなアイデアやプロジェクトを必ずプロトタイピング(試作)します。・・・大切なのは、アイデアやプロジェクトを可視化してみんなで客観的に眺められるようにすることです。このように、つくりながら考えるデザイナーの仕事のやり方をビジネス全般に適用した方法がデザイン思考です。[p.134]」
・「未来思考とは、物事を考える視点を未来に置いて、そこから現在を振り返ることによって、いま起こしたいアクションを決める思考方法のことを言います。・・・現在、もしくは過去のさまざまなデータから、『こんな世の中になるのではないか?』と未来を予測することをフォアキャスティングと言います。フォアキャスティングで未来を考えると、それはあくまで現在の諸要因から可能性の高い未来を浮かびあがらせるだけなので、そこに多様性はなく、社会的な目的の達成に向かう要素も見つけられません。創造力を働かせることのできる領域も小さくなります。これに対して、物事を考える視点を未来に置いて、そこから現在を振り返ることをバックキャスティングと言います。バックキャスティングでは、いきなり未来に視点を置いて、理想とする未来の姿を想い描きます。・・・未来のことですからなにが正解で、なにが不正解かはわかりません。だからこそ自由に想い描くことが可能であり、想像するとワクワクしてくるのです。[p.137-138]」
・「フューチャーセッションでは未来思考とデザイン思考を組み合わせて使います。・・・もちろん、未来思考とデザイン思考で考えた未来が簡単に手に入るわけではありません。でもそこにはフォアキャスティングでは浮かび上がってこない、素晴らしいけれど『何もしなければ実現しない未来』が広がっているのです。・・・社会的な課題に対して、イノベーションを起こしていくためにはこのワクワクするという気持ちがなによりも大切なのです。[p.140-141]」

第8章、関係性のつなぎ直しで課題解決
・「具体的なプランやアイデアではなくステークホルダーの関係性のつなぎ直しをゴールにする理由は、たとえよいアイデアがあっても、ステークホルダーの関係性ができていなければ実行されないからです。[p.143]」
・「関係者がお互いを理解することで関係性を改善すれば、より根源的な問題が解決されていく。こういった場面は会社のなかでもくらしのなかでも以外なほど多いものなのです。[p.145]」

第2部、フューチャーセッションの実践
第3部、不安、疑問に応えるQ&A

・セッション開催の準備から開催後のフォローまでのノウハウ、Q&Aがまとめられています。
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野村恭彦氏の著作は以前に「フューチャーセンターをつくろう 対話をイノベーションにつなげる仕組み」をご紹介しました。本書はそれを発展させたものと言えると思います。前著に比較して、対話を通じて変化を作るための思想、考え方のポイントがより詳細に解説されており、さらに実践のための各論では社会変革のためのイノベーションを起こすことに焦点をあてたノウハウがまとめられている点が本書の特徴だと思います。おそらく前著出版後に著者が蓄積したノウハウや洞察、より洗練された思想が述べられているといってよいだろうと思います。

本稿では、具体的な手法の部分は大幅に割愛し、考え方について主にまとめましたが、私が特に重要だと感じたのは以下の点です。
・協働することの意味:著者は、複雑な社会的課題の解決に焦点をあてて、そういう課題を解決するためのイノベーションこそ協力して行うべきであるとしています。しかし、対象は社会的課題である必要はないように思います。要するに、協働が効果を発揮するタイプのイノベーションがあり、それはすなわち、多くのステークホルダーが関わる難しい課題を解決するためのイノベーションということなのではないでしょうか。例えば、協働のしくみとしてオープンイノベーションがよく取り上げられますが、本当に協働が効果をあげるような対象に適用しているのかどうか。なぜ協働すべきなのかをしっかりと見極める必要があるということかもしれません。
・ステークホルダーの行動を促す仕組み:協働が必要なイノベーションの場合、それぞれのステークホルダーが確実に行動してくれなければ、全体としてイノベーションは実現できません。著者は、対話によって自発的にステークホルダーの考え方の変容を導き、それが行動の変容につながる、という手法を提案していますが、この考え方に従えば、協働と行動の変容を促す仕組みは表裏一体のものではないかと思います。協働をしたいと口で言ったとしても、行動の変容を促す仕組みがなければ協働はうまくいかないのではないか、協働したいなら、その計画とセットで行動を変容させる仕組みも用意しておかなければならない、ということなのではないかという気がしました。オープンイノベーションの例でいえば、単なるニーズとシーズのマッチングだけではなく、ステークホルダーの行動変容を促す仕組みをもっと重視すべきなのかもしれません。

おそらく、本書で提案されている手法はこれからも進化していくでしょう。現時点ではその成果はあまり目立ってはいないように思いますが、協働をうまく進めるメカニズムの理解によって、多くの優れたアイデアが生まれ、実行段階での失敗も減って、イノベーションの成功確率は高まるのではないかと思います。今後の発展に注目していきたいと思います。


文献1: 野村恭彦著、「イノベーション・ファシリテーター INNOVATION FACILITATOR 3カ月で社会を変えるための思想と実践」、プレジデント社、2015.

参考リンク



イノベーションのスタート段階とアイデア(ウルフェン著「スタート・イノベーション!」より)

イノベーションはどのように始めるのがよいのでしょうか。多くの場合、「これをやってみよう」というアイデアがまず必要になるでしょう。顧客や市場のニーズ、トレンドからアイデアが出てくることもあるでしょうし、すでにシーズ技術があってそれを何らかの形でビジネスに生かせるのではないか、というアイデアもあるでしょう。また、「とにかく何か新しいことを始めたい」という社内的必要性があって、アイデアを一から考える場合もあるかもしれません。

このような「アイデア」は、イノベーションの課題を選定するアイデアということになると思いますが、これは、何らかの問題を解決するための知恵や工夫という意味の「アイデア」とは少し異なる気がします。問題解決のためのアイデアの場合、そのアイデアの良し悪しは、問題解決に寄与するかという点で評価ができるのですが、問題も明確になっていないような場合や解決すべき問題の特定から始めなければいけない場合、アイデア出しやアイデア評価はどのようにすればよいのでしょうか。イノベーションを成功させる、ということが課題だとすれば、成功するようなアイデアというのはどのようにしたら出せるのでしょうか。

ウルフェン著、「スタート・イノベーション!」[文献1]では、イノベーションをどのように始めたらよいか、特に新たなビジネスを起こすためのアイデアをどうやって出し、成長させていけばよいのかについての著者の提案する手法が解説されています。著者は「イノベーションプロジェクトの80パーセントは途中で頓挫してしまう。多くがプロジェクトの序盤でつまずいてしまうのだ。本書『START INNOVATION!(スタート・イノベーション!)』は、アイデア創出のインスピレーション(ひらめき)を得るための実用ツールを提供し、プロジェクトの効果的なスタートの切り方を教えることを目的としている[p.6]」と述べていますが、インタビュー[資料2]では、「保守的な会社でイノベーションを起こす必要があり、内部のサポートも得られないなら本書が役に立つ」というようなことも述べていますので、その内容は多分に既存企業(スタートアップ企業ではなく)におけるイノベーションを念頭においているようです。そうした視点での手法は少し珍しいですし、イノベーションの方法全般においても役立つ指摘も含まれていると思いますので、以下にその内容の要点をまとめてみたいと思います。

1章、イノベーションを起こした偉大な探検家Famous Explorers Innovate

著者は、「この本では、イノベーションの起こし方を『探検の道筋』に見立てて解説するという、独自の方法を採用している[p.6]」とし、コロンブスの新大陸発見、マゼランの世界一周、アムンセンの南極探検、ヒラリーのエベレスト登頂、アームストロングの月面着陸の事例から、次の教訓が得られるとしています。
・イノベーションの10の教訓[p.47]:1情熱、2危機感、3目的、4チームワーク、5計画、6準備、7専念、8粘り強さ、9新技術、10共感。

2章、探検の出発前にInnovate the Expedition Way
・「探検に乗りだすべきでない21のシチュエーション[p.51]」:各項目は割愛しますが、イノベーションを始める段階の注意点を次のようにまとめています。「まずは視野を広げ、これまでの意見や、習慣や、やり方に疑問を持つことが大切だ。」「アイデアをひらめくのはひとりでもできるが、組織の中でのイノベーションは、ひとりでは起こせない」「スタートすべき適切なタイミングを待とう。いちどスタートしてしまえば、もう後戻りはきかないのだから。」
・「イノベーションをふいにする6つのパターン[p.52-53]」:1、必要ないのに始める、2、最初にイノベーターを選ぶ、3、あなたのアイデアを出発点にする(批判的な意見が出るのは「アイデアがあなたのものであって、彼らのものではないから」)、4、ひとつのアイデアに掛けてしまう、5、ブレーンストーミングから始めてしまう(ブレーンストーミングがうまくいかないのは古いものを捨てられないから)、6、顧客を無視して初めてしまう。
・「イノベーションのスタートで起こる10の問題[p.62-63]」:1、方向性の欠如、2、アイデアの固定化、3、常識への固執、4、仕切り屋の存在(参加者のあいだに力関係があるとよくない)、5、負のスパイラル(ネガティブ発言で黙ってしまう)、6、付せんはたまった、じゃあ次は?(どう活用したらいいかわからない)、7、アイデアのあいまいさ、8、上層部による封殺、9、開発チームによる改変(開発チームに受け渡された後)、10、生産ラインからの抵抗
・「アイデア創出の5つのジレンマ[p.64-65]」:1、いつ(「財政と文化の両面で、社内にイノベーションの機運が高まらない限り成功しない」、2、誰が(内部か外部か)、3、何を(革新的か発展的か)、4、どの基準を採用すべきか(クリアすべき明確な基準は?)、5、どうやって(自由に行くか理詰めでいくか)
・本書で提案するイノベーションメソッド「FORTH」の概要[p.69]:STEP1「全速前進でスタート」(専念すべき目標をはっきりさせる)、STEP2「観察と学び」(顧客の不満を発見し、理解する)、STEP3「アイデアを出す」(ブレーンストーミングでアイデアを出し、評価し、具体的コンセプトへ昇華させる)、STEP4「アイデアをテストする」(コンセプトを想定顧客がテストする)、STEP5「帰還」(上層部にいちばん有望なコンセプトを新ミニ・ビジネスケースとして提示する)。(なお、「FORTH」という名前は、STEP1~5(3章~7章)の頭文字をつなげたものです)

3章、全速前進でスタートFull Steam Ahead
・アクティビティー[p.83-84]:1、方針設定ワークショップ、2、中核メンバーによる事前ミーティング(最初から最後までかかわる中核メンバーと、通常上層部の人間が務める大枠メンバーからなる)、3、Kick-Offワークショップ
・「たった1つのアイデアからイノベーションをスタートさせるのは厳禁![p.90]」:「夢のようなアイデアではなく、ビジネスとしての目標を達成できるアイデアを持たなければならない」「チームみんなでアイデアを出そう。そうすれば、全員の心に『これは自分のアイデアだ』という愛着が生まれる。」「代替案はあるだろうか?」
・「すべてはタイミング次第![p.92]」:「上層部が本物のイノベーションにゴーサインを出すのは、リスクの低いコンセプトの成長が軒並み止まったときだけである」
・「使命をはっきりさせるには、上層部もターゲット顧客層を絞り、クリアすべき基準を具体的に設定しなければならない[p.96]」

4章、観察と学びObserve & Learn
・アクティビティー[p.105]:4、最終確認ワークショップ、5、トレンドとテクノロジーの調査、6、顧客の不満を見つけ出す、7、イノベーションの実例を調査する、8、観察と学びワークショップ(特に参考になる実例と、特に狙っていくべき顧客の不満を選定する)
・「不況の今、企業はオペレーショナル・エクセレンスの意味をコストカットにすり替えがちだ。コストを減らせば確かに利益は上がるが、それは一時的なことで、長期的には、コストカットだけでは事業は生き残れない。・・・オペレーショナル・エクセレンスではトレンドを逆転させることはできない。[p.108]」
・「デザイン・シンキングの5つのポイント[p.110-111]」:1、共感(デザイン・シンキングの達人は、他人が気づかないことに気づき、その情報をイノベーションのヒントにする)、2、統合的な思考(分析だけに頼らず、複雑な問題をさまざまな面から捉える)、3、楽観主義、4、試したがり(微調整だけではイノベーションは起こせないとわかっている)、5、コラボレーション(ひとりのクリエイティブな天才がひとりでイノベーションを起こすやり方は、過去のものになりつつある・・・一流のデザイン・シンカーの多くは、多分野の人間と協力するだけでなく、自らがさまざまなことに造詣が深い)
・「オープンイノベーションの文化を支える10の要素[p.114-115]」:1、顧客やパートナーとの関係構築がうまい人間、2、スマートな人材がすべて社内で揃う『わけがない』という認識、3、失敗は学習機会だという認識、4、社内教育(アイデアやテクノロジーをビジネスへ転換する方法)、5、『うちの発案じゃない』症候群の撲滅、6、内外の研究開発のバランス、7、リスクを避けるのではなく、取ろうとする意志、8、トラブルに対する覚悟(オープン・イノベーションほぼ必ず知的財産所有権の問題を引き起こす)、9、オープンなコミュニケーション(信頼に基づいた関係をつくり出し、秘密主義と知的財産の問題の克服に努めよう)、10、必ずしも、第一人者になる必要はないという心の余裕
・「顧客の不満の見つけ方[p.126-127]」:顧客層を特定する(イニシエーター、インフルエンサー、ディサイダー、バイヤー、ユーザー、使い方による分類)、顧客の不満をあぶり出す(個人インタビュー、フォーカスグループ)、不満を言葉で表現する。「何よりも大切なのは、あなたがイノベーションを起こしたい分野に、今どんな製品やサービスがあるかを知り、一般市場であればどう使われているか、B2B市場であれば生産工程でどんな役割を果たしているかを理解することだ。」

5章、アイデアを出すRaise Ideas
・アクティビティー[p.137]:9、新製品ブレーンストーミング(ブレーンストーミングで、500~750個の新しいアイデアを出し、それを30~40の異なる方向性にまとめ、12の方向性を選び新コンセプトをつくる)、10、コンセプト改善ワークショップ(1回目)。
・心理学者の科学的なデータによると「プレーンストーミングをするよりも、個々に取り組んだほうが、人はたくさんのアイデアを出せる[p.144]」。そこで、「FORTHではプレーンストーミングの手法に微調整を加えている。・・・チームのメンバーはまず、完璧に静かな環境で、アイデアを出す時間を与えられる。一斉にしゃべるのではなく、まずは付せんにアイデアを書きつけるのだ。それからメンバーは順番に、書いたアイデアをテンポよく読み上げる。[p.144-145]」

6章、アイデアをテストするTest Ideas
・アクティビティー[p.161]:11、コンセプトテスト(コンセプトの魅力度をターゲット顧客がテストする)、12コンセプト改善ワークショップ(コンセプトを改善し3~5個の有望なコンセプトを選ぶ)
・チェックのポイント[p.170]:1、顧客:顧客に気にいられるか?、2、ビジネスモデル:利益は出せるか?、3、技術:製品化は可能か?
・「顧客からのダメ出しこそが、アイデアをふるいにかける最高の手段なのだ。[p.170]」
・コンセプト検証のための実用チェックリスト[p.172]:1、顧客の不満と関係があるか?、2、顧客の不満の解決策になっているか?、3、コンセプトの特徴は顧客にとってわかりやすいか?、4、顧客にとって試してみやすいか?、5、新コンセプトへ切り替える際、顧客に何かリスクはないか?、6、売上・利益目標をクリアできる見込みはあるか?、7、その際、自社の現行製品、サービスの売上と利益を食いはしないか?、8、ブランドの立ち位置にフィットしているか?、9、自分たちで作れるか(パートナーの助けは必要か)?、10.大規模な投資をせずに作れるか?

7章、帰還Homecoming
・アクティビティー[p.183]:13、4回の新ミニ・ビジネスケース・ワークショップ(プレゼンのための資料としてビジネスケースを作る。ビジネスケースとは、イニシアティブや投資などの概要を商業面・技術面・財政面から明確にまとめた企画書を言う。)、14、最終プレゼンテーション(これまでのプロセスにさほど深く関わってこなかった上層部の人間を、新コンセプトのとりこにする)、15、コンセプト受け渡しワークショップ(次のステップである開発ステージへの受け渡し)
・「本当に大切なのは、無数に出たアイデアをどうまとめるかだ。・・・正しいアイデアを『選ぶ』ほうに少なくとも3分の2の時間をかけ、アイデアを『出す』ほうは3分の1にとどめる。[p.188]」

8章、その後の展開Get It Done
・「イノベーションプロセスにおいては、『あいまいな初期段階(ファジーフロントエンド。イノベーションのスタート段階ははっきり構造化するのが難しいことから、こう呼ばれている)』と『やっかいな後半段階(スティッキーバックエンド)』とのあいだには、大きな隔たりがあると言われている。[p.204]」
・「アイデアの具現化に役立つ便利な3Cp.204-205]」:Connect(つながり)→「FORTHでは、チームに中核メンバーだけでなく、大枠メンバーが加わる。そして大枠メンバーには必ず意志決定者、つまり会社のビジネス面を象徴する人物を選ぶ。・・・アイデア創出以後のステージでも上層部の人間が引き続きチームに加わるようにすれば、プロジェクトが生き残る確率はぐんと上がるはずだ。」、Customer(顧客)→「イノベーションでいちばん難しいのは、組織での生き残りだ。・・・顧客の声という『世論』を背景に、社内でのプロジェクトの優先順位を高め、より多くのリソースを勝ち取るのだ。」、Creativity(クリエイティビティー)→「フレキシビリティーとクリエイティビティーはプロセス全体を通して失ってはならない。・・・フロントエンドで使ったアイデア創出テクニックを、バックエンドでも活用していこう。」

9章、イノベーションのツールキット
ワークショップやブレーンストーミングなどで使えるツールの紹介
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本書で提案されているFORTHプロセスは、実現性の高そうなアイデアを上層部に承認させて、イノベーションのスタートを切る段階で終わっています。その後の実行段階にも様々な障害があることは多くの人が指摘しており、実行段階をうまく進めていく方法も様々に提案されていますが、著者の考え方は、まずはスタート段階をうまくくぐりぬける必要があるということ、そしてそのためにスタート段階で十分な検討と準備を行えば、実行段階での成功確率もあがるのではないか、ということのように思います。確かに、既存事業を運営している企業では、よさそうなアイデアを思いついたにもかかわらず、社内でその開発承認が得られず、みすみすチャンスを逃してしまうことがあります。今までのイノベーションの手法では、その段階へのうまい対処法はあまり提案されていなかったと思いますので、本書の手法は実務家にとって(特に、企業内で研究開発をしている人にとって)有用な示唆を与えてくれるのではないでしょうか。もちろん、この手法を用いて、社内承認を得てもその後がうまく進むとは限りません。懸念点をあげるとすれば、社内受けのよいアイデアが市場で受け入れられるとは限らないこと、上層部を大枠メンバーとして参加させて社内承認を通りやすくしたことで、実行段階での方針転換が難しくなる可能性が出てきたり、上層部の思い入れが強くなりすぎて現実に基づく正しい判断が行なわれなくなる可能性などが容易に想像できます。実務家としては、それぞれの状況に合わせて本書の手法の良いところをうまく使っていくことが必要なのだろうと思います。


文献1:Gijs van Wulfen, 2013、ハイス・ファン・ウルフェン著、高崎拓哉訳、「スタート・イノベーション! ビジネスイノベーションをはじめるための実践ビジュアルガイド&思考ツールキット START INNOVATION! with this visual toolkit.」、ビー・エヌ・エヌ新社、2015.
原著表題:The Innovation Expedition: a visual toolkit to start innovation
資料2:ビー・エヌ・エヌ新社webページより、「『START INNOVATION!』 著者ファン・ウルフェン氏来日記念イベント レポート」、2015.7.23
http://www.bnn.co.jp/articles/7707/

参考リンク


ハッカソンの可能性(大内孝子編著「ハッカソンの作り方」より)

これからのイノベーションにおいては、コラボレーションが重要であるという指摘はよく耳にします。しかし、どうしたらコラボレーションをうまく進められるのか、ということになるとまだまだ手探りの状態、というのが実際のところではないでしょうか。そこで、今回は最近注目されている「ハッカソン」というコラボレーションの進め方について、大内孝子編著「ハッカソンの作り方」[文献1]に基づいて考えてみたいと思います。

ハッカソンとは
・著者は次のように述べています。「Wikipediaによると、ハッカソンという言葉がはじめて使われたのは1999年頃、「ハック(Hack)」と「マラソン(Marathon)」の混成語といわれています。ITのソフトウェア文化から発祥し、提示された課題を一定の決められた時間の中で解く、成果物をプロトタイプとしてアウトプットするという、もともとは高度なスキルを持つプログラマーがプログラミング開発スキルを競う位置づけのものです。[p.4]」「ハッカソンはいわゆる参加型のイベントです。参加者は提示された課題に対し、決められた時間内で、自分たちのスキルを使って解決することを目指します[p.10]」。そして、そのハッカソンにはいろいろな形態があるとして、「もともとはソフトウェアをハックするイベントを指すもので、現在のハッカソンのようにハードウェアデバイスが絡んでくる場合に『メイカソン』と呼ぶこともあります。ちなみにIDEOが2012年に開いたMaker DIY+ハッカソンイベントをメイカソンと呼びました。また、ハッカソンの中のアイデア出しの部分を『アイデアソン』と呼びます。・・・さらに、ハッカソンがイベントとして認知されるに従って、テーマと『ソン』をつないで、・・・イベント名としてはさまざまな名称が使われるようになっています。[p.10-12]」とも書かれています。
・よりシンプルに理解するなら、IAMAS(情報科学芸術大学院大学)の小林茂教授が作成されたハッカソン/メイカソン参加同意書にある次の説明がわかりやすいかもしれません。「昨今、多様な参加者が参加して共にアイデアをつくる『アイデアソン』、それをソフトウェアとしてつくる『ハッカソン』、さらに見たり、触れたり、感じたりできるものも含めてつくる『メイカソン』が盛んに開催されるようになりました。そうしたイベントでは、多様なスキルや視点、経験を持つ人々が競争することで知的財産が創出され、事業化に向けて進めていこうという事例もでてきました。[p.170]」

どんなハッカソンがあるか
・「幅広い分野でハッカソンは活用されています。コミュニティベースで課題解決のために行うハッカソン、企業がコミュニティの協力で行うハッカソンもありますし、行政機関が企業と組んで事業開発を目指して開催するものもあります。[p.30]」「ロフトワークやEngadget日本版、GUGEN、リクルートのMashup Awardsなど、ものづくり系のハッカソン、さらにIntelauなど企業が主催あるいは協賛に入るハッカソン、Code for JapanArt Hack Dayのように、コミュニティベースで地域問題や大きな普遍的なテーマを扱うもの、富士通やオリンパス、ヤマハのようにオープンイノベーションを目指した動きの中でハッカソンを取り入れる場合など、さまざまです。[p.31]」「企業のコミットメントの度合い」と「ビジネス・事業指向の度合い」の2軸でマッピングするとわかりやすいことも紹介されています。[p.31
・「大きな特徴として、ゴールとして順位を付けるコンテスト形式のハッカソンと、順位を付けないハッカソンに分けられます。[p.32]」

ハッカソンの目的p.35-36
・主催者にとっての目的:「既存の問題を解決するアイデアを生み出す」「新しいアイデア、イノベーションを生み出す」「新技術、サービスを理解し、共有する」「新技術、サービスを告知する」
・参加者にとっての目的:「スキルを高める」「集中して迅速に開発するノウハウを習得する」「新しいアイデアを生み出す」「新技術、サービスを理解し、共有する」

・主催者、参加者の両者にとっての目的:「新しい人脈を作る」「新規事業開発」

企業が注目する理由
・「新技術(製品)のプロモーション、ユーザーコミュニティの開発など、企業がハッカソンに着目しているポイントはいくつかありますが、大きな要素にオープンイノベーションがあります。[p.37]」「クローズドな社内ハッカソンを開きチームビルディングを組織開発に活用する、アイデアソンの手法を取り入れてみる、あるいはオープンなハッカソンを開き、社外のさまざまな人・スキルを入れることで何か新しいアイデアを探る・・・、こうした動きは何とか現状を打破したいということからでしょう。[p.39]」
・現状の問題点:「従来の製品開発フロー(R&D→マーケティング・リサーチ→設計→製造)ではプロセスごとに部署が縦割りにされ、多様なアイデアが生まれにくくなっている、従来の製品開発のフローでは時間がかかり過ぎ、新しい製品を作り出すことが難しい[p.39]」。
・「技術の進化はこれまで、新しい機能、より便利な機能を製品の価値にしてきましたが、製品の価値はもう機能だけではありません。価値を探す、課題を探すところから始めなければならないという状況です。そこで、ハッカソンの持つ多様性が注目されているわけです。・・・課題解決を、まずその課題が本当に合っているのか、さまざまな視点で『探究』するところから始めることができます。[p.40]」

進める上での注意点
・「楽しいっていう雰囲気がなかったら絶対アイデアは生まれない。プレッシャーを感じながらでは生まれないんです[p.56]」。「なるべく快適な空間、比較的おなかも満腹で、リラックスできる空間を保つことにも気をつけている[p.58]」
・「参加者をうまく配分してチームビルディングを行う必要があります。[p.59]」「短時間で高い成果を上げるためには、チームメンバー同士のベクトルの一致、『目的の共有』が重要です。[p.62]」
・「オープンソースコミュニティが生んだハッカソンですが、オープンイノベーションを起こす要素として活用され、アウトプットが世の中に出てきている現在、従来のようにオープンのままではいられなくなり、さらに事業に進む成果物も見すえた知財の扱いのルールが必要になります。[p.65]」

本書で解説されている事例
Mashup Awards:リクルートによるアプリ開発コンテスト。[p.78-81][p.107-113
Engadget電子工作部:大人の部活動としてkonashiIntel Galileoなどの開発ボードを使ったスマホガジェット作り。[p.82-84][p.122-127
iBeaconハッカソン:Appleの位置情報サービスiBeaconの可能性を探る。[p.84-86
・ものアプリ:大阪市発のイベント。インターネットやスマートフォンと連携するデバイスのプロトタイピングにチャレンジする。[p.86-90
Medical×Securityハッカソン:Eyes, JAPANによる医療やセキュリティの問題解決を目指す競技としてのハッカソン。[p.91-95
・ヒャッカソン:100円ショップで手に入るものを材料にしてアイデアを形にする。[p.96-98
・3331αArt Hack Day:テクノロジーとアートが融合した作品を生み出す。[p.98-103
・さくらハッカソン:富士通が運営(あしたのコミュニティーラボ)、東北を訪れる人を増やすアイデアを探る。[p.104-106

期待
・オープンイノベーションの発展、エンジニアの地位(印象)の向上[p.110
・創造的なイノベーションのための「場」[p.112
・「粗いアイデアの素をまずは形にして、自然な環境で使い手の反応を見ることで、可能性の幅を広げる。得られた反応によっては元のアイデアを易々と変更し(ピボット)、次の発想を生み出す。[p.120]」
・オープンコラボレーション:「同じ組織内での議論や開発は、同質化の壁を越えづらい。何が制約で、何が機会なのか。状況を近しい視点から見てしまうため、従来の限界を超えられないことが多い。・・・予定調和を超えた、知恵とアイデアと情熱から生まれる新結合。それがハッカソンの醍醐味[p.121]」。
・大企業の中における多様な製品開発の方法としての位置付け。やりたいことを社内でやる方法。(社内ハッカソン)[p.152
・「実は、ハッカソンにはこの方法が正解というものは存在しません。ハッカソンはツールであって、目的のために使われるからです。まずは目的を明確にすることです。目的はもちろん自由でよいのですが、自分の利益だけではなく、来てくれた参加者にこのイベントを通し、何を持って帰ってもらえるかを考えておくとよいと思います。[p.166-167]」
―――

ハッカソンという名前で呼ぶかどうかは別として、多様な参加者が短期間集まって何かを作るというコラボレーションは、イノベーションのツールとしてこれからも活用されていくのではないでしょうか。その背景には、何よりも、コラボレーションの必要性が高まっていることがあると思います。技術の発展により専門分野が深くなると同時に狭くなる傾向があります。さらに、技術の深化だけからは顧客のニーズが予測しにくくなっていて、顧客とのコラボレーションが求められたり、課題解決のためにも幅広い技術の組み合わせが求められていることも要因としてあげられるでしょう。また、不確実性の大きな課題解決のためには短期間でまずはプロトタイプのようなものをつくってみる必要性も高まっているように思います。

企業も、ハッカソンのような動きをうまく活用することが求められていくでしょう。外部とのコラボレーションももちろんですが、大企業では社内でのコラボレーションにハッカソンの考え方を応用することも考える必要があるのではないでしょうか。もちろんそのためには、社内の縦割り組織間の壁や、計画重視、トップダウン重視の仕事の進め方などの障害も解決しなければならないかもしれませんし、専門家自身のマインドも部外者や素人と協業できるように変えていかなければならないかもしれません。ただ、そうした際にもハッカソンの「短期決戦」でとにかく何かを生む、というアプローチは可能性があるように感じました。大企業では、それぞれの仕事を抱えた専門家を集めるだけでも困難がありますが、短期ならなんとか集めることができるかもしれませんし、短期間でアウトプットが出せるということは計画重視の業務プロセスを変えていく力にもなるように思います。

おそらくハッカソンの形は、これからも様々に変化していくことでしょう。どんなコラボレーションの形態や運営の仕組みが考えだされていくのか、どんな成果が出てくるのか、今後も注目していきたいと思います。


文献1:大内孝子編著「ハッカソンの作り方」、ビー・エヌ・エヌ新社、2015.

参考リンク



小さなイノベーション(DHBR誌2015年6月号特集より)

研究開発を成功させたいなら、失敗を避けなければなりません。ですが、不確実性がつきものの研究開発では、思い通りにならないことが多々発生します。思い通りにならないことを「失敗」と呼ぶなら、失敗を避けることはほぼ不可能といってよいでしょう。とすると、失敗を避けようとするよりも、失敗による痛手をなるべく小さくし、失敗をも活用するという進め方が、研究開発の成功確率を上げるうえで重要になるはずだ、という主張が最近では多くなってきているように思います。

今回取り上げるダイヤモンドハーバードビジネスレビュー誌2015年6月号の特集「小さなイノベーション――より速く、より安く、より巧く」では、そうした流れに基づいた最近の考え方がいくつか取り上げられています。イノベーションをうまく進める上で参考になる点も多いと思いましたので、それぞれの記事で興味深く感じた点を以下にまとめます。

「ビジネスの仮説を高速で検証する」(ステファン・トムク、ジム・マンジィ著)[文献1]
原題:The Discipline of Business Experimentation
・「多くの企業は・・・実験を経ずに新しいビジネスモデルやコンセプトを本格展開する。・・・リスクを伴う改革や費用のかかる提案を、厳格にテストする企業がなぜもっと現れないのか。それはほとんどの企業が適切な実験に資金を出したがらず、実験するのも相当難しいからである。実験のプロセスは簡単そうに思えても、さまざまな組織的・技術的な課題のせいで、実行するのは驚くほど難しい。・・・ビジネス実験を費用や手間をかける価値があるものにするために、企業が自問すべき重要な問いがいくつかある。」
・実験の目的は明確か:「実験が必要かどうかを決めるにあたっては、まず何を知りたいかをはっきりさせなければならない。・・・仮説が曖昧であると・・・、具体的な独立変数が示されず、具体的な従属変数を検証できない。したがって仮説を肯定も否定もしづらくなる。」
・関係者は実験結果を受け入れることを約束したか:「おそらく最も重要なのは、データの裏づけが得られなかった場合のプロジェクトの断念を覚悟しておくことだ。・・・たとえば経営陣の仮説や直観と食い違うテスト結果が出たとしても、それが無視されないような仕組みをつくる必要がある。」
・実験は実行可能か:「事業環境の『因果密度』――すなわち変数とそれらの相互作用の複雑さ――によって、因果関係の判断がきわめて困難になることがある。・・・因果密度が高い環境下では、・・・大規模なサンプルを使えるかどうかを検討しなければならない。・・・必要なサンプルサイズは主に、期待される効果の大きさで決まる。原因・・・が大きな効果・・・を及ぼすことが期待される場合は、サンプルサイズは小さくてもかまわない。」
・結果の信頼性をどう担保するか:「結果の信頼性を高めるためには3つの方法がある。」「無作為化の役割は重要だ。・・・テスト要因以外の潜在的原因(未知のものかもしれない)を、実験群と対照群とに等しく分散させる。」「被験者は自分が実験に参加していることを知っていると、意識的または無意識的に行動を変える傾向があり、これはホーソン効果と呼ばれている。ブラインドテストはこのホーソン効果を防ぐのに役立つ。」「企業は厳格なテストの手順を踏めない場合でも、アナリストを活用して、特定のバイアスや無作為化の失敗といった実験上の不備を特定し修正できる。・・・ビッグデータをはじめ、『機械学習』などの高度なコンピュータ技術が役に立つ。」
・実験から最大の価値を引き出せたか:「問うべきは『何が有効か』ではなく、『何がどこで有効か』である。」「大切なのはROI(投資利益率)が魅力的な部分だけを実行することだ。」「ビジネス実験では、相関性に留まらず、因果関係を調べることもできる。・・・因果関係を十分に理解しなければ、企業は大きな誤りを犯しやすくなる。」
感想:実験と、実験から学ぶことの重要性が指摘されることは多いですが、実際にどう実験を進めたらよいかはそれほど明確に示されていないように思います。正しい実験を実施し、結果を正しく解釈し、正しく学ぶ上で、研究部門の果たす役割は大きいのではないかと思いますが、それとともにその成果を正しく活用することも重要でしょう。

「プロセスを変えればイノベーションは生まれる」(ネイサン・ファー、ジェフリー・H・ダイアー著)[文献2]
原題:Leading Your Team into the Unknown
・イノベーションの包括的なアプローチ:知見の獲得(解決すべき問題についての知見を引き出す)、重要な問題の特定(解決の機会を追求する価値があると思われる問題を見極める)、ソリューションの開発(最初から完成形を目指すのではなく、複数のソリューションの簡素なプロトタイプを手早く作成する)、ビジネスモデルの策定
・「このプロセス・・・は、効果的な企業経営プロセスと同様に、規律、忍耐、そして献身的で有能なリーダーシップを必要とする。・・・この種のリーダーシップは特殊なものであり、そこで必要とされるスキルや戦術を習得しているリーダーはまだ少ない。本稿ではそうした必須スキルについて解説するとともに、それらに特有の課題に対する洞察を提供する。」
・ビジョンを語るな 大胆な課題を設定せよ:「イノベーションとは、本質的に発見のプロセスである。そこでのリーダーの役割はメンバーに方向性を示すことであり、初めから結論を決めつけて最短距離を進ませることではない。イノベーションを推進したいからといって第二のジョブズになる必要はないし、未来を予言する必要もない。リーダーに求められるのは、イノベーションのプロセスを実行できる心的空間をつくり出すことである。」「まず、イノベーションで限界を押し広げることに対して期待感を持たせる。」つづいて「不確実性を受容し、管理する意欲を示すことである。たいていの人は不確実性によってキャリアに傷がつくことを恐れている。・・・不確実な状態は正常であり、不安があっても問題ないというメッセージを発信するとよい。同じくらい重要なのが、不確実性にある程度の限度を設定し、リスクを制限する姿勢を明らかにすることである。・・・ここで威力を発揮する簡単な戦術が二つある。一つ目は『タイムボックスの設置』、すなわち、イノベーションプロジェクトにまつわる基本的な不確実性を解消するために、一定の期間(通常は2~3カ月)をチームに与えることだ。二つめの『決定ポイントの管理』はやや複雑だ。実験したところ期待した結果が得られず、タイムリミットも近い場合にリーダーが果たすべき役割は、結果の率直な評価を支援し、必要に応じて方針を変え、時にはプロジェクトを打ち切って精神的・物理的なリソースを他のアプローチに振り向けることである。」「企業には、中核となる戦略を明確に伝え、旗艦商品の守護者となり、重要顧客に抜かりなくサービスを提供し続けられるリーダーが不可欠だ。しかしこれらは、イノベーションを率いるリーダーの仕事ではない。イノベーションを率いるならば、新しいものや従来とは違うものを擁護し、特異な状況(異常値、不満を抱えた顧客、例外など)に注目し、言葉よりも行動で大きな挑戦課題を設定し、コアビジネスの前提に果敢に疑問を投げかけ、標準からかけ離れた事柄に挑戦する意志を見せなければならない。」
・意思決定をするな 実験を企画せよ:「イノベーターの手法とは、難しい決断に役立つツールを通じて、イノベーションを市場に出す時のリスクを軽減するものだ。つまり、顧客の協力を得ながら重要な前提を系統立てて検証するプロセスである。このプロセスはリーダーシップのあり方にも大きく影響する。主要な意思決定者から主要な実験者へと、リーダーの役割を変化させる必要があるからだ。・・・イノベーションのリーダーに求められるのは、『そうかもしれない。それを確かめる実験をしよう』ということを巧みに伝える能力である。」
・発掘したアイデアを組織の言語に落とし込む:「斬新で不確実な製品の開発には、実績のある製品の開発に適した手法とは異なるアプローチが必要であることを認識しておくことが有効だ。・・・イノベーションリーダーは、・・・イノベーションの言葉を組織の言葉とマッチングさせることで、各部門から有志の要員を提供してもらうまではいかなくとも、拒絶反応を大いに和らげることはできる。」「我々の調査の結果、イノベーションに対する情熱を持つ人は多いということがわかっている。・・・彼らのポテンシャルを生かして深い専門知識を構築するには、イノベーションのプロセスをしっかりと植えつける必要がある。」
・アイデアを最速で市場に出すチームマネジメント:「イノベーションを実現するには、それに専念する一定の期間が必要である。・・・イノベーションリーダーは時間を割り当てるだけではなく、組織的なバリアを取り除いたり、リソースやツールを提供したりして、チームのイノベーションを加速させる必要がある。組織はリスクを察知すると往々にして、それに対抗するバリアを張ろうとする。したがって、障壁の除去はリスクの低減と深く関わっている。」
・「イノベーション競争で持続的優位の源泉となるのは、個々の卓越した発明ではなく、卓越したリーダーである。失敗から効率的かつ確実に教訓を得て、どこよりも早く次に進めるような組織をつくり上げるリーダーの力量ことが、物を言うのである」。
感想:この論文のポイントは、イノベーションのリーダーに求められる役割やスキルと、通常の組織におけるリーダーシップとの違いについて言及しているところだと思います。こうした観点も実務家にとっては役立つでしょう。

インタビュー「無印良品の『引き算のイノベーション』」(金井政明)[文献3]
・無印良品における商品開発の考え方が語られています。クリエイティブ、イノベーティブ、人間の論理といったことを考える上で興味深い考え方だと感じました。

「イノベーション体制をたった90日で構築する」(スコット・D・アンソニー、デイビッド・S・ダンカン、ポンタス・M・A・サイレン著)[文献4]
原題:Build an Innovation Engine in 90 Days
・「我々はこの10年間、世界各地の組織の革新性向上を支援してきた。そしてその経験から、場当たり的なイノベーションとも、綿密な計画に従って大規模なイノベーション向上を設ける方法とも異なる、いわば折衷案のような第3の道があると気づいた。必要最低限の実用的なイノベーション体制(MVIS:

Minimum Viable Innovation System)を設ける方法である。・・・MVISとは、戦略重視の信頼できるイノベーション機能を築くうえで不可欠な土台を意味する。・・・早期に成果を上げてイノベーション能力への信頼を得たなら、さらなる飛躍への基礎になるだろう。」
・第1日-第30日、推進すべきイノベーションの種類を決める:「戦略的な観点からは、あらゆるイノベーションは2つの種類のいずれかに当てはまる。一つは、製品の拡充や業務改善による、既存事業を基盤としたイノベーション。もう一つは、新規の顧客セグメントや市場に進出して次なる成長を実現しようとするもので、往々にして新しいビジネスモデルを拠り所とする。・・・我々は本稿の趣旨に沿って、『基幹事業型イノベーション』『新規成長型イノベーション』という呼称を用いたい。」「成長目標と現状との乖離が大きければ大きいほど、基幹事業からかけ離れた新規事業が必要となり、そこから多額の収益が上がるまでの期間は長くなるだろう。」
・第20日-第50日、少数の戦略的分野に照準を合わせる:「少なくとも10程度の顧客に会い、 新規成長型イノベーションの土台となりそうな未開拓のニーズを探り、業界内外の最新動向を調べるのである。あわせて、社内で持ち上がっている新規成長案件についても詳しく調べておこう。・・・次の段階として、・・・以下の尺度をもとに戦略的分野を3つ見つけ出す」。「多数の潜在顧客が必要としているにもかかわらず、どの企業もうまく対応できていない業務。その業務をこれまでよりはるかに簡単に、安く、便利にこなすためのテクノロジー。あるいはその業務の必要性を格段に高めるような経済、規制、社会の変化。その事業機会をつかみ取るための模倣困難な優位性を生み出す、自社が有する特別な強み。」
・第20日-第70日、少数精鋭のイノベーション専担チームを設ける:「必要最低限の実用的なイノベーション体制といえども、イノベーションの専任者が少なくとも一人(一般には二人以上)は必要である」。「ゾンビ・プロジェクトの一斉廃止を・・・一度行っただけでも、イノベーション・チームを指導させるのに十分な経営資源が確保できるだろう。」
・第45日-第90日、プロジェクトを指導する仕組みを築く:「まずはシニアリーダーたちを集めてチームをつくり、彼らに新規成長型イノベーション・プロジェクトの始動、中止、方向転換に関する裁量を与える」
・MVISの規模拡大:「MVISの仕組みのうち順調に機能しているものを、正式な仕組みとして定着させる」。「成功した場合の報奨よりも、失敗への対処のほうが重要である。失敗を隠したり恐れたりすると、ゾンビ・プロジェクトの放置を招き、イノベーションのための経営資源がそこに縛りつけられたままになってしまう。」
感想:著者も書いているとおりMVISは、リーンスタートアップの考え方におけるMVP(Minimum Viable Product)に倣ったものです。いわばイノベーション体制のプロトタイプという位置づけでしょう。こうしたプロトタイプ体制を素早く作り、その成果から学ぶことが重要ということだと思いますが、著者が指摘している個々の注意点は、プロジェクト運営のノウハウとしても役立つように感じました。

「オープン・イノベーションという新たな武器」(星野竜也著)[文献5]
・「チェスブロウ氏は、オープン・イノベーションを『企業内部と外部のアイデアを有機的に結合させ、価値を創造する』と定義した。この表現はさまざまな解釈がなされ、一部で混乱や誤解を招いているため、筆者はこれを次のように定義する。『モノづくり企業が、自社のみでは解決できないR&D上の課題に対して、既存のネットワークを超えて最適な解決策を探し出し、R&Dをスピードアップすること』。あくまでも主体はモノづくり企業(メーカー)であり、ゴールはR&Dのスピードアップにある。」
・「オープン・イノベーションという武器は、正しい使い方を習得することで初めて威力を発揮する・・・。オープン・イノベーションには、グローバルに認知されたフレームワークがある。1、Want、2、Find、3、Get、4、Manageという4つのステップで語られる。・・・Wantとは、外部に求める技術を明確化することである。Findは、探索する技術を確定したうえで、それをどのように探し出すのかを考える・・・Getでは、探し出した技術をどのように評価し、相手と交渉して、協業に結びつけるかを考える。・・・Manageとは、それを自分たちのものとして、いかに結果に結び付けるかという視点である。」
・「オープン・イノベーションの世界では、『相手から選ばれる企業になる』(Partner of choice)という言葉がよく使われる。・・・相手から見て『一緒に働きたい』と思われる企業にならなければいけないのである。・・・では、選ばれる企業となるためには何が必要なのか。日本企業が特に注意すべきポイントは3つある。それは1、意思決定のスピード、2、コミュニケーション方法、3、予算に対する考え方、である。」「たとえば、技術を提案してくれた研究者に対するフィードバックは、4週間以内に行うことが常識である。特に不採用の時ほど気を遣うべきだ。・・・礼儀正しく不採用の理由を説明するのは最低限のマナーである。」「海外組織との協業を前提にパートナーを探す時は、年間約1000万円規模の出費が前提になる。国内大学と協業する際の相場観とは大きな開きがあるが、人件費をコストと見なさない日本のやり方が世界標準ではないにすぎない。」
・「オープン・イノベーションの仕組みが実際に使われ始めてから、まだ十数年である。・・・どこの企業もトライ・アンド・エラーを繰り返している段階のため、確立された方法論は存在しない。実践しながら自分たちの使い方を習得していくものなのだ。」
感想:オープン・イノベーションについてはその難しさを指摘する意見もありますが、どういう時にどういうやり方が有効なのか、そのノウハウが蓄積されつつあるように思います。著者が述べているように、モノづくり企業のR&Dのスピードアップに有効ということであれば、そういう視点でやり方を考えてみるのもひとつのアプローチかもしれません。
―――

本特集の論文はいずれも、論文ひとつだけでイノベーションが急にうまくできるようになる、というようなものではないと思いますが、イノベーションや研究開発の実行の段階におけるノウハウが随分明らかになってきている気がします。個々の状況に合わせて、こうしたノウハウをうまく使っていけば、研究開発の成功確率を高められるのではないか、と思いますがいかがでしょうか。


文献1:Stefan Thomke, Jim Manzi、ステファン・トムク、ジム・マンジィ著、編集部訳、「ビジネスの仮説を高速で検証する 消費者ビジネスのイノベーションに不可欠」、Diamond Harvard Business Review, June 2015, p.30(原著:HBR Dec. 2014
文献2:Nathan Furr, Jeffrey H. Dyer、ネイサン・ファー、ジェフリー・H・ダイアー著、辻仁子訳、「プロセスを変えればイノベーションは生まれる チームを未知の領域に導くリーダーの役割」、Diamond Harvard Business Review, June 2015, p.44(原著:HBR Dec. 2014
文献3:金井政明(聞き手、編集部)「無印良品の『引き算のイノベーション』 コンセプトの追求あるのみ」、Diamond Harvard Business Review, June 2015, p.58
文献4:Scott D. Anthony, David S. Duncan, Pontus M. A. Siren、スコット・D・アンソニー、デイビッド・S・ダンカン、ポンタス・M・A・サイレン著、有賀裕子訳、「イノベーション体制をたった90日で構築する いま求められるのは、地に足のついた実行体制」Diamond Harvard Business Review, June 2015, p.68
文献5、星野竜也、「オープン・イノベーションという新たな武器 製造業復活を賭けて自前主義を脱却せよ」、Diamond Harvard Business Review, June 2015, p.84

参考リンク



Thinkers50「イノベーション」より

現代における重要な経営課題のひとつとしてイノベーションが注目を集めていることは、多くの方が認めておられることでしょう。しかし、イノベーションの考え方、捉え方は様々で、誰もが納得するような見解が確立されているようには思えません。とは言っても、ここ10~20年の進歩は大きく、イノベーションとは何か、どういうイノベーションが必要で、可能性があり、どういう進め方をすると成功しやすいのか、といった点に関して、様々な意見のなかでも多くの人が支持する有望そうな(人気のある)考え方というものも明らかになってきているように思います。

Thinkers50
は、本ブログでも何回か取り上げた経営思想家のランキングですが、近年はイノベーションを扱う思想家が上位にランクされる傾向があります。今回は、そのThinkers50の選定に深く関わっているクレイナーとディアラブが、経営思想家たちがイノベーションをどう考えているかについて、インタビューも交えてまとめた本(「Thinkers50 イノベーション」[文献1])の内容をご紹介しておきたいと思います。その内容には、本ブログですでに取り上げたものもありますが、思想家へのインタビューにより、その考え方のポイントがより明確になったり、その思想家とは違う角度からその考え方に光が当てられていたりする面もあるように思いました。以下、本書の構成に沿って、重要と感じた点をまとめておきたいと思います。

第1章、イノベーションの歴史How We Got Here
・「イノベーションとは、物事を変えるための新たな方法を見つけることなのだ。『新たな価値を創造する』と言い換えてもいい。このことがいつの時代にもまして今日、重要になったのは、わたしたち消費者が常にモノやサービスに新たな価値を要求するようになったからである。[p.11]」
・「今日のマネジャーが直面する最大の課題、それは非連続イノベーションを生む能力を組織としてどう構築するかということだ。それは本書が答えようとする問いの一つである[p.13]」。「本書では、近年イノベーションのあり方を大きく変え、また今後イノベーションをかたちづくるであろう、最も重要なアイデアや視点を取り上げる。[p.15]」
・「20世紀の大半は、優れた製品やサービスを有する企業の優位が何年も、時には何十年も続くことが期待できた。実際、規模の経済を利用してコストを下げ、高価格を維持するために競争優位を保つことが、大企業の一番の目的であり原理だった。大企業の成功は、イノベーション能力ではなく、規模の経済からくる効率性によって高い利潤を獲得できるかどうかで決まった[p.25]」。「イノベーションがビジネスに旋風を巻き起こし、産業全体の姿を変えるという現象は、新しいことではない。ただ、これまでと違うのは、イノベーションが定期的に競争優位を吹き飛ばし、産業全体を再構築するスピードだ。[p.26-27]」

第2章、破壊的イノベーションDisruptive Innovation
・破壊的イノベーションは、「既存市場を破壊し、新たな市場を創造する力を持つ、非連続的なイノベーション。既存技術を置き換えるような新たな技術が、破壊的イノベーションを生み出す。[p.28]」
・「顧客の要求に耳を傾けることは、一般的に優れた経営慣行と見なされているが、常に顧客に寄り添うことでもたらされる弊害もある。具体的には、顧客の意見に耳を傾けることで、最終的に自分たちの市場を破壊するような新しいテクノロジーを見過ごしたり、それに投資しなかったりすることである。[p.38]」
クリステンセンとの対話より
・「破壊的イノベーションは、よい製品をよりよくするような技術革新ではありません。この言葉には非常にはっきりとした定義があり、従来はかなり裕福でスキルを備えた一握りの人だけが手に入れることのできた高価で複雑な製品を、根本から一変するようなイノベーションを指しています。[p.44]」
・「未来を見通すただ一つの方法は、有効なモデルを使うことです。データはありませんから、有効な理論を持たなければなりません。考えなくても、理論が行動を予測してくれます。理論というレンズを通して未来を見ることをマネジャーに教えれば、未来がはっきりと見えるようになります。それが破壊理論の成果だと思います。[p.49]」
・「すでにそこにあるものを利用する限界費用と、まったく新しいものをゼロから生み出す総費用とを比べれば、必ず限界費用に軍配が上がります。そうやって、既存の大企業は、次第に未来から取り残されていくのです。[p.52

第3章、未来を共創するCo-creating the Future
・「現代のイノベーションはチームスポーツだ。これを確立した第一級の知識人の一人が、・・・プラハラードである。[p.53]」
・「プラハラードとラマスワミはこう論じている。『われわれは価値創造の新たなかたちへと向かいつつある。そこでは、企業が生み出した価値を顧客と交換するのではなく、消費者と企業が共に価値を創造する』。[p.54]」
・「MS・クリシュナンとの共著によるプラハラードの遺作となった『イノベーションの新時代(The New Age of Innovation)』で、プラハラードは共創の概念をさらに推し進め、二つの単純な原則に基づく新たな競争環境を描いた。その原則とは、N=1(対象顧客=1人、個人への対応)とR=G(資源=グローバル、グローバル資源の活用)である。[p.59-60]」
・「共創の源泉として最も見過ごされているのは、・・・顧客と従業員である。[p.68]」
プラハラードとの対話より
・リーダーのあり方への影響:「リーダーは人々を導かなければなりませんが、未来志向でなければ、人々を導くことはできません」。「リーダーとは、リーダー自身ではなく他者の最良の部分を引き出せる人物です」。「譲れない一線を明確にすることで、倫理的な拠り所が生まれます。」[p.66-68
バーンド・シュミット(コロンビア・ビジネス・スクール)との対話より
・顧客体験の今後:「消費者は企業とのより身近で、より強いつながり、しかも精神的なつながりを求めるようになるでしょう・・・。自分とは何の縁もない、倫理的に怪しそうな、顔の見えない巨大な複合企業とは付き合う気になれません。ですから、企業と顧客のかかわりは、より双方向でオープンなものになると思います。[p.71]」

第4章、オープン・イノベーションOpening Up Innovation
・チェスブロウは言う。『われわれは閉ざされたイノベーションから、新たなロジックに移行した。それがオープン・イノベーションだ。この新しいロジックは、役に立つ知識は、社会や非営利団体、大学、政府機関といったさまざまな規模や目的を持つ組織に広く分散されているという認識の上に成り立っている。それは、重複を避けてイノベーションを加速させる手法である』。「『膨大な知識が分散された世界で、テクノロジーを囲い込むことは自分に限界を設けるようなものだ。どんな組織も、たとえ最大手企業でも、社外に存在する膨大な知識の蓄積をもはや無視することはできない』[p.86-87]」。
・リスク:「企業がイノベーションを含むすべてを外部委託してしまえば、ブランド以外にどのような独自の価値が残るのだろう?[p.89]」。「イノベーションのパートナー間で、どうしたら価値を公平に交換できるかは、難しい課題だ」。「リスクは、テクノロジーの移転や漏洩、延々と長引き費用のかさむ訴訟などにとどまらない。こうしたリスクを管理する手段を見つけなければ、新しいイノベーションのモデルは単なる素晴らしいアイデアに留まり、ビジネスの現実とはならないかもしれない[p.90]」。
・「一方、競争優位を得られる点で、オープン・イノベーションには大きな可能性もある。[p.90]」
・「すべての産業がオープン・イノベーションに移行したというわけではないし、今後移行するわけでもない。たとえば、原子炉産業は、・・・オープン・イノベーションに移行するとは考えにくい。反対に、かなり以前から開かれている産業もある。たとえば、ハリウッドは、・・・専門家間でのパートナーシップや提携のネットワークを通してイノベーションを起こしてきた。[p.91-92]」
・「現実には、イノベーションの大部分は、堅苦しい官僚制が立ちはだかる大企業の内部で生まれる[p.93]」。
・セレンディピティーの科学:「イノベーションが起きるときの一見幸運な偶然、セレンディピティーは、私たちが思うほどランダムな現象ではないとキングドンは言う。どのようにセレンディピティーが起きるかのパターンをよりよく理解すれば、大企業に幸運な偶然が起きる確率を上げることができる。」
・素晴らしいアイデアを得るために必要な行動(5つの要因):「イノベーションの牽引者は組織を尊重するが、ガチガチに規則に縛られるほどには組織を盲信していない」、「発想を呼び起こすような刺激を注意深く探している」、「簡単な模型や試作品を使ってアイデアを具体的な形にし、素早く現実に近づける」、「異なるプロジェクトにつく人たちが偶然に顔を合わせアイデアを交換するような、物理的な環境を設計しなければならない」、「イノベーションを妨げる組織内政治にどう対処するかについて、キングドンは次のようにアドバイスをしている。『それは組織人生につきまとうものだ。受け入れて対処しろ』」[p.95]。

第5章、バック・トゥ・ザ・フューチャーBack to the Future
・「組織とは基本的に効率を追求するためのもので、イノベーションのためのものではない、とゴビンダラジャンは説いている[p.112]」。
ビジャイ・ゴビンダラジャンとの対話より
・「イノベーションの一面はアイデアの創出です。もう一つは実行で、わたしが重要だと思うのはそこなのです。[p.112]」
・大企業で真のイノベーションを可能にする原則:「コア事業とは別の専任チームをつくるべき」、「専任チームは・・・孤立させてはいけません。企業の原動力となるチーム、すなわち競争優位の源泉と協力しなければなりません」、「イノベーションとはすなわち実験だということ、そして実験には予想外の結果が伴うということです。ですから、イノベーションチームを結果で評価せず、学習能力で評価すべきです。[p.115]」
・「1970年代半ばにわたしたちが研究を始めた頃、マイケル・ポーターがファイブ・フォース分析で描いたように、戦略とは安定を意味していました。・・・戦略が流動的なものだと言われ始めたのは1990年代の半ばになってからです。それは変化を生み出すことであり、イノベーションを起こすことです。[p.118-119]」
・「歴史を振り返ると、グローバル企業は自国、つまり先進国でイノベーションを生み出し、開発した製品を途上国に持ち込んでいました。リバース・イノベーションはその反対です。新興国でイノベーションを起こし、それを先進国に持ち帰るのです。[p.123]」、「大組織でリバース・イノベーションの一番の妨げとなるのは、過去の成功です。[p.127]」

第6章、マネジメント・イノベーションInnovating Management
・ジュリアン・バーキンショーとゲイリー・ハメルは、「マネジメント・イノベーション、つまり、組織における人間の働き方に根本的な変革を起こす能力に焦点をあててきた」[p.132]。「二人は次のように主張している。・・・多くの組織において、物事のやり方にイノベーションを起こすことが、競争優位を確立するための鍵になっていた。また、マネジメント・イノベーションによって獲得した優位性は、きわめてライバルに模倣されにくく、時には模倣が不可能だった。[p.133]」、「人をやる気にさせ、組織し、計画し、配置し、それらを評価する手法の根本的な変革が、長期に持続する優位性を生み出すことが明らかになっている。[p.139]」
・21世紀の成功を妨げる2つの罠:経費削減と段階的改善。「ハメルは断言する。『ほとんどの企業は、経費削減以上の戦略を持っていない。経費削減は成長をもたらさず、未来につながらない。せいぜい時間稼ぎにしかならない』。段階的改善は前世紀の戦略だとハメルは言う。[p.135]」
ハメルとの対話より
・「経営は人間の成果を生み出すテクノロジーなのです。[p.142]」

第7章、イノベーションを導くLeading Innovation
・「いまではイノベーションが経営者の課題となり、イノベーションにかかわる人たちを導くことが経営陣の責任の一部になっている。だが問題は、イノベーションを起こすような人間は、しばしば伝統的なリーダーシップに反抗的であることだ。・・・かれらに際立った特徴が一つあるとすれば、それは指図されるのを嫌うということだ。・・・最も優秀な経営者なら知的なノウハウやそれを生み出す人材を上手に管理できなければ問題だということを理解している。[p.152]」
・ニーランズによる、イノベーションと創造性を育てるためのオープンスペースのコンセプト:「フロー」、「遊び心」、「一つにまとまること(アンサンブルの一員として働く)」[p.153-155
リンダ・ヒルとの対話より
・「リーダーシップとは、『目的地はこっちだから、みんなわたしについて来い』というようなものでもありません。というのも、どこへ行くのか、リーダーにもわからないのです。・・・リーダーシップとは、人々が自ら進んでイノベーティブな問題解決に取り組めるグループやチームをつくることです。[p.165-166]」

第8章、イノベーションと戦略Where Innovation Meets Strategy
レネ・モボルニュとの対話より
・「これまでにない価値を低コストで生み出すこと、トレードオフではなく、非凡な価値と低コストを両立させることが、バリュー・イノベーションです。[p.173]」
コンスタンチノス・マルキデスとの対話より
・「経済環境がよく、右肩上がりの時代には、戦略などなくても成長できます。ですが、ジャングルの中で危機に直面したときこそ、戦略が必要です。しかし、戦略を超えて、企業が一番にやらなければならないのが、イノベーションです。[p.182]」。「イノベーションにもいくつか異なる種類があり、それぞれに達成のメカニズムが異なります。[p.183]」、「ラジカルな製品イノベーションを起こすための処方箋は、ビジネスモデル・イノベーションを起こす手法とまったく違います。ですから、イノベーションを一般論として語り、マネジャーに一般的なイノベーションへの取り組みを教えるのは間違っていると思います。[p.184]」、「企業がイノベーティブであるかどうかは、実行の段階で決まると言ってもいいでしょう。[p.185]」、「わたしにとってイノベーターとは新しいアイデアを思いつき、それを実行することで新しい価値を生み出す人です。その前半はクリエイティブな思考です。後半は行動です。その両方が一つになってイノベーションが起きるのです。[p.189]」

第9章、社会を変えるイノベーションWhere Innovation Meets Society
・「社会問題もまた、人々に共通する進歩への欲求をとおして取り組むことができるという認識が高まりつつある。それが『社会的イノベーション』である。[p.196]」
・社会的イノベーションにおいて企業が犯しやすい2つの過ち(イオアノウ):効率性の罠(廃棄物処理、エネルギー管理、リサイクリングなどに力を注ぐ)、チェックマークの罠(付加価値を生み出すイノベーティブな活動よりも、正しいことをミスなく行うことにこだわる)。[p.199
ドン・タプスコットとの対話より
・「わたしたちの問題はますますグローバルになり、問題解決の主体として国家は必要ですが十分ではありません。[p.211]」。グローバルなネットワークは「地球の大きな問題の解決に役立つような、途轍もない可能性を持っています。[p.215]」
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本書にとりあげられたイノベーションについての考え方は様々ですが、その中には、似たようなことを言っている部分もあり、また対立するような主張も見受けられます。科学技術の分野でもそうですが、研究の最先端の状態というものは、混沌としている場合が多いものです。イノベーション論の現状もそういうことなのでしょう。実務家としては、まずは、イノベーションについての考え方は、様々な意見を含んだ未確立のものだということを認識し、議論の大まかな流れを理解してその中から本当らしく思えるような考え方を自ら選び出していくことが求められているのではないでしょうか。


文献1:Stuart Crainer, Des Dearlove, 2014、スチュアート・クレイナー、デス・ディアラブ著、関美和訳、「Thinkers50 イノベーション 創造的破壊と競争によって新たな価値を生む営み 最高の知性に学ぶ実践的イノベーション論」、プレジデント社、2014.

参考リンク



「クラウドストーミング」(エイブラハムソン、ライダー、ウンターベルグ著)より

イノベーションには様々な人々の協力が必要です。社内における協力はもちろんのことですが、最近では、イノベーションのアイデアを社外に求めること(オープンイノベーション)、社外との協力関係をうまく結ぶことの重要性(例えば、イノベーションエコシステム)についての認識も高まりつつあるように思います。一方、近年のIT技術の急速な発達がコミュニケーションのあり方に大きな影響を与えていることは改めて指摘するまでもないでしょう。当然、その影響は外部との連携によるイノベーションの進め方にも及び、オープンイノベーションの方法論にも変化が起きているようにも思われます。今回は、エイブラハムソン、ライダー、ウンターベルグ著、「クラウドストーミング 組織外の力をフルに活用したアイディアのつくり方」[文献1]に基づいて、外部との連携によるイノベーションの進め方についての最近の動きを考えてみたいと思います。

クラウドストーミングとは
・「業界を問わず、さまざまな組織が不特定多数の人々のアイディアを活用し始めている。オンライン上の群衆(クラウド)は大きな組織の内部のメンバーであることも珍しくないが、外部からの参加者であることのほうが多い。これまで、クラウドは協力して・・・さまざまな分野で数多くのことを成し遂げている。いわば、きわめて大きなスケールでのブレインストーミングだ。私たちはこれを『クラウドストーミング』と呼ぶことにする。[p.7]」
・「私たちは組織がクラウドストーミングを実行する際に必要な暗号をすべて解読したと請け合うことはできない。私たちにできるのは、あなたに外部の才能を利用してイノベーションを達成するための明快で実用的な手段を伝え、あなたがそれを実践できるよう手助けすることだ。[p.11]」

第1章、まずはコンテクストからFirst, Some Context
著者らによる状況・背景認識は以下のようなものです。
・「ジョン・ヘーゲルIII世とジョン・シーリー・ブラウン、ラング・デイヴソンは『PULLの哲学』において今日のビジネス環境を分析し、組織が外部の人材を活用するにあたり雛型となる理論を築きあげた。これまでの組織は、長期的な事業計画のもとでオペレーションの効率化を追求する経営手法に慣れ親しんできたが、いまや不確実性の高まったビジネス環境に敏感に適応することが至上命題となっている。そうなると組織は、学習能力を高め、変化する状況に応じて人員規模を素早く調整しながら卓越した成果をあげなければ生き残れない。・・・彼らの簡潔なメッセージは、学習とイノベーションは組織外の逸材との協調関係から生まれるというものだ。[p.19-20]」
・「一般的にクラウドソーシングとは、特定の仕事を成し遂げるために組織が不特定多数の人々と協働することをいう。・・・ジェフ・ハウが当初検討したクラウドソーシングの多くは労働力の提供を目的としていた。これは従来のアウトソーシングの概念の延長とも考えられる。しかし、組織間で行なわれるアウトソーシングとは異なり、クラウドソーシングにおける組織とクラウドの関係はより直接的なものとなる。シャーキーの言葉を借りれば、群衆が組織によらず組織化し、また組織されるのだ。[p.24]」
・「組織とクラウドを結びつけるモデルは珍しくない。」しかし、例えばメカニカル・ターク、マイクロタスクなどの「専門家を必要としないまでも人間による判断が必要なちょっとした作業」のような「協働モデルは本書の主たる関心事ではない。私たちが注目するのはある特定のタイプの仕事だ――つまり、アイディアの創出とその評価である。[p.26-27]」
・「インターネットの普及以前、『取引コスト』は組織のあり方を制約する要因であったが、現在、そのコストは大幅に低下している。・・・コスト構造の変化を好機ととらえ、組織外部の才能を基軸として組織を構成したらどれくらい可能性が開けるか[p.40]」

第2章、知的財産、機密保持、ブランド
知的財産、機密保持、ブランドに関わるリスクを正しく評価し、適切に管理する方法
・「ジェフリー・フィリップスは、『船と城』という喩えを用い、組織が対照的な戦略――組織内の資源の活用と保護に力を入れる戦略と、組織の境界線の先に目を向ける戦略――をどのように使い分けるべきかを論じた。・・・多くの組織がもつ従来の思考は、『城型メンタリティ』を基礎としていると述べる。従来型の組織は、組織内の機密情報や知的財産を保護することに重きをおいて設計されている。そのため、城壁の外側にあるチャンスをうまく活用できない[p.49-50]」。
・「クラウドストーミングからビジネス上の利益を得るには、知的財産、守秘義務、ブランドをめぐる実務的難題を乗りこえなければならない。・・・法的リスク管理の大部分は、募集要件をどう規定するか・・・にかかっている。クラウドに対して、いかにコンテストへの参加を呼びかけるかが、リスク管理においてひじょうに重要なのである。[p.66-67]」

第3章、適切な問いを投げかける
・「自社のビジネスのどの部分が、外部からもたらされる多様なアイディアを受け入れ、うまく活用できるか、それを探る効果的な方法のひとつがビジネスモデル・キャンバスだ。[p.73]」
・「クラウドストーミングのプロセスが価値を生みだすには、次の4つの要素が必要・・・。才能あるパートナー(発案者)、対話(アイディアをめぐるコミュニケーション)、アイディアの選別(フィードバックと評価に基づく精査)、関係の強化(顧客やサプライヤーといった利害関係者との連携)である。[p.78]」
・「効果的な呼びかけの特徴は次のとおりである。最終目標が明確に定義されていること。募集する回答に求める成熟度が示されていること。コミュニティと協調関係を築くために必要な情報開示のレベルが適切に設定されていること。評価基準について透明性が保たれていること。外部の有能な人材が参加して素晴らしい貢献をしてくれるように後押しするストーリーとビジョンが提示されていること。[p.94]」

第4章、意欲を高める公正なインセンティブ
クラウドを参加させるための適切なインセンティブ
・インセンティブの要素:1)善行(「伝統的な雇用関係の枠組みから飛び出した自由意志の働き手にとって、参加を決意する原動力は内なる欲求だ。社会的善行に結びつくと確信する活動の機会があれば、多くの人が金銭的な利益が期待できなくても挑戦したいと考える。」)、2)注目(「内なる欲求として、もうひとつ重要なのが他者からの承認である。」)、3)金銭(「金銭的利益は、外的なインセンティブ要因のうち代表的なもの」、賞金、ビジネス契約、収益分配、株式など)、4)経験(「難しい課題に挑戦する機会」、学習経験、社会経験)[p.105-110]、遊戯的要素。
・「もちろん、インセンティブがすべてではない。主催者は必ず約束を守るという参加者の信頼が重要だ。そのためには、契約条件を明確にし、透明性を維持しよう。また、コメント、投票、人材募集などの補助的な貢献は見過ごされやすい。だが、こういった貢献についてもタイプの異なる補助作業者ごとに貢献度を測定する必要がある。[p.124]」

第5章、パートナーシップを構築する
プロジェクト推進における主要な役割:1)メディアパートナー(「話題性のあるコンテンツを誰よりも早く入手することを望んでいる」、2)専門家(専門家の多くは良い指導者であり、専門分野で他人が成果をあげることを歓迎する)、3)資金パートナー(販売における協調も含む)、4)オンライン空間およびオーガナイザー(コミュニティが交流する場を技術的に支援し、コミュニティを組織する)、5)製造パートナー(製品化が決定されたときに直接的に利益を享受する)。[p.142-147

第6章、最良の人材を採用する
・3つの募集形態:1)サーチ型(「参加者に求められるのは、専門知識に基づいた問題解決能力」)、2)協調型(「参加者はアイディア、フィードバック、成果物の評価を共有し、互いに交流する」)、3)統合型(協調型を発展させた形態。アイデア創出、試作品作成、生産活動などを行う)[p.149-151
・参加者はどうやって参加するか(参加者の旅):1)認識(プロジェクトを認識する、募集方法と募集要件が重要)、2)検討(参加するかどうかの検討、インセンティブが鍵を握る)、3)参加(役割を引き受ける意思表示)、4)経験(どんな経験をするか、プラットフォームが鍵となる)、5)支持[p.156-159

第7章、優れた結果を得るためのコミュニティ管理
・コミュニティ管理者の役割:「コミュニティが期待される役割をうまく果たせるようにサポートすること」。主催者にコミュニティの要望を伝える、コミュニティにブランドの信念を伝える、コミュニティの観察[p.184-185]。
・コミュニティ管理を支える8本の柱(オストロムによる):1)モニタリング、2)サポート(対立の解消:ガイドライン周知、バランス感覚、盗用および誹謗中傷の管理、サポートセンター)、3)コミュニティの代弁者、4)価値の交換、5)制裁(規約、ガイドライン)、6)集団的選択(意思決定プロセスをオープンに)、7)メンバーシップ(参加資格を明確に定義)、8)多層化(コミュニティの拡大に伴い、管理の負荷を分散する)[p.192-200

第8章、参加者の貢献度を測る
・「例えば、参加者による貢献が過小評価され、そのせいで適切なサポートや十分なインセンティブが得られなかったり、あるいは、評価基準そのものが妥当でなかったりすれば、貢献者の意欲が低下するのは目に見えている。すると参加者は次第に貢献しなくなり、やがては去っていくだろう。[p.209]」
・「参加者の行動をカウントするのは簡単だが、そのなかでどれが本当に価値のある行動なのか判断するのは難しい。したがって、貢献を正確に理解するには、複数の指標を組み合わせて分析しなければならないケースが多い。[p.228-229]」

第9章、膨大な数のアイディアを手なずける
・評価手法のパターン:1)数値による評価、2)専門家による評価(アイディアの数が少ないか、絞り込みが可能であることが必要、3)参加者による評価、4)顧客(潜在顧客)によるテスト、5)ハイブリッド型(いくつかの異なる利害関係者による)[p.254-255

第10章、最適なオンライン空間を構築する
・「オンライン空間の選択肢は数多く存在する。企業向けのプラットフォームの開発はさらに加速することが予想される。サーチ型においては、・・・プロセスの大部分は人材募集を目的としているため、クラウドストーミングのスペースについてあまり複雑なことはない。ただし評価プロセスに関しては、予備選考を担当するチームがアイディアを精査し、候補リストを厳選する方法を確立しなければならない。・・・大勢の参加者の貢献を詳細に評価し、理解することは、協調型と統合型に共通する難しい課題といえる。[p.280]」

第11章、さらに先へ
・「思うに、クラウドソーシングでイノベーションを実現するアイディアは壮大な実験段階にある。(ティム・ブラウン(2010))[p.288]」
・「クラウドストーミングの最大の強みは、参加者もまたそのプロセスを向上させる力となれることだ。・・・クラウドストーミングのプロセスのなかでもっとも重要な点のひとつは、クラウドストーミングによってクラウドストーミングのプロセスそのものを改良できるということである。[p.292]」
―――

イノベーションに、組織外部の能力を活用しようというクラウドストーミングの考え方は、オープンイノベーションの考え方の流れに沿うものであり、その一部と言ってもよいでしょう。オープンイノベーションについては実行上の難しさについての指摘もありますし(例えばこちら)、別稿(オープンイノベーションは使えるか「技術経営の常識のウソ」感想)でもその課題を考えてみました。しかし、オープンイノベーションの考え方の提唱から10年以上が経過した現在、ネットワーク技術の発展もあいまって、その難しさのいくつかは回避や克服が可能になってきているように思われます。外部との連携によって効果が期待できるのは、どんな課題なのか、外部連携を進めるにあたって、どういう点に注意し、どういう対策を取るべきなのか、本書のクラウドストーミングの考え方が大きなヒントになるのではないでしょうか。さらに、外部との連携を進めるためのプラットフォームや、ノウハウを提供している企業も現れていますので、オープンイノベーションやクラウドストーミングをイノベーションのためのテクニックのひとつとして活用する上でのリスクはだいぶ下がってきているのではないかと思います。個人的には、クラウドストーミングを使わなければこれからの時代に生き残っていけない、とまでは思いませんが、企業戦略として一考の価値のある現実的選択肢になりつつあるように思いますが、いかがでしょうか。


文献1:Shaun Abrahamson, Peter Ryder, Bastian Unterberg, 2013、ショーン・エイブラハムソン、ピーター・ライダー、バスティアン・ウンターベルグ著、須川綾子訳、「クラウドストーミング 組織外の力をフルに活用したアイディアのつくり方」、阪急コミュニケーションズ、2014.
原著表題:Crowdstorm: The Future of Innovation, Idea, and Problem Solving

参考リンク<2015.3.8追加>


ノート改訂版・補遺2:研究マネジメントの実践に役立つ知識

ノート改訂版・補遺1では、研究マネジメントにおいて特に重要だと思うこと、知っておいて折に触れてチェックすべきこと、知らないと大きな判断ミスを冒す可能性があると思われることをまとめました。ただ、補遺1では内容をかなり絞りましたので、今回は「補遺2」として、実践に役立つ具体的知識をまとめたいと思います。前回同様、内容の選定と記載は個人的な見解に基づいていますので、ひとつの意見として見ていただければ幸いです。詳細は、本ブログ記事へのリンク先をご参照下さい。

研究の不確実性にどう対応すればよいか
・不確実性に対処するには、計画主導ではなく創発的戦略をとることが好ましいとされています。「創発的戦略」をうまく進める方法としてAnthonyらは次の3つのステップからなる方法を提唱しています。(本ブログ:ノート12
1、重要な不確実性の領域を識別する:最初の戦略は間違っている。正確な予測の数字は無意味。
2、効率的な実験を行なう:投資を控えて多くを学ぶ。スピードを上げることは重要ではない。
3、実験の結果に基づいた調整と方向転換を行なう:計画に固執しない。評価指標にとらわれすぎない。
・言い換えれば、当初想定が外れるかもしれない前提で準備すること、試行錯誤をうまく行い多くを学んで成功確率を上げることを狙う、ということと考えます。

人間の思考・予測の限界に注意するには
・まずは、以下の点で人間の思考には限界や誤りの可能性があることを認識すべきと考えます。(本ブログ:意思決定の罠
1、無意識の思考特性に依存する誤り(プライミング、係留と調整のヒューリスティックなど)
2、現象や事実に対する知識や認識不足、認識の誤り(平均への回帰の軽視、ハロー効果、状況の軽視、相関関係と因果関係の混同など)
3、対象自体の予測不可能性(複雑系の現象、創発、発散現象やその原因と発生タイミングの予測、確率的な現象など)
・人間の思考の誤りを理解するための二重過程理論(Kahnemanによるシステム1(速い思考)とシステム2(遅い思考)についての説明):「システム1」は自動的に高速で働き、努力はまったく不要か、必要であってもわずかである。・・・「システム2」は、複雑な計算など頭を使わなければできない困難な知的活動にしかるべき注意を割り当てる。考えたり行動したりすることの大半は、システム1から発している。だがものごとがややこしくなってくると、システム2が主導権を握る。システム2に困難な要求を強いる活動は、セルフコントロールを必要とする。そしてセルフコントロールを発揮すれば、消耗し不快になる。→こうした傾向により、システム2で対応できない(できなくなった)課題に対してシステム1で対応しようとする時、認識や判断の誤りが発生しやすくなるのだと考えられます(本ブログ:ファスト&スロー、判断の誤りやバイアスの事例については、意思決定理論入門も参照ください)。

競争相手の動きを読むには
Porterの5つの力の枠組みは競争戦略立案に有効とされていますが、最近ではこの枠組みによる検討だけでは持続的競争優位を確立することは難しいという意見が多いようです(本ブログ:持続的競争優位をもたらす戦略とは世界の経営学者はいま何を考えているのか)。しかし、1、サプライヤーとの関係、2、買い手との関係、3、新規参入者、4、代替製品、5、既存企業間の競争状況からなる5つの力の枠組みは、自社および競争相手の置かれた状況を考察するためのチェックポイントとして、いまだ有効なように思います(本ブログ:ノート3)。競争相手の立場に立って状況を整理し、競争相手が保有する資源(技術力も含む)も考え合わせれば、ある程度競争相手の動きは読めると思います。

どんなイノベーションに取り組むべきか
・「補遺1」では、大きな成功をもたらしやすい重要なイノベーションとしてChristensenの「破壊的イノベーション」をあげました。しかしChristensenらも、すでに事業を行っている企業では持続的イノベーションも重要であり、イノベーション資源の少なくとも80%を持続的な改良に配分することを推奨しています。重要なことは、破壊的イノベーションのメカニズムを考慮して、企業の環境や取り組むイノベーションにとって適正な進め方を行うことでしょう。なかでも次の点が重要と考えられます。(本ブログ:ノート4
技術進歩は消費者のニーズを越えて進みやすいため、既存企業はオーバースペック製品を生みやすい。
消費者は本当のニーズを知らないことがある。

既存企業にとっては、参入してきたばかりの後発企業と競争する必要性が感じられにくい(不均等の意欲)。
既存企業には、生まれたばかりの破壊的技術を重要視しにくい社内のバイアスがある。
破壊的イノベーションには、ローエンド型破壊と新市場型破壊がある。
DARPA(アメリカ国防総省国防高等研究計画局)で重視されている研究評価の基準は以下のとおり(これはハイルマイヤー(Heilmeier)の基準と呼ばれ、研究マネジャーがしっかり回答することが求められる質問とのことです)。
1、何を達成しようとしているのか?専門用語を一切利用せずに当該プロジェクトの目的を説明せよ
2、今日どのような方法で実践されているのか、また現在の実践の限界は何か?
3、当該アプローチの何が新しいのか、どうしてそれが成功すると思うのか?
4、誰のためになるか?
5、成功した場合、どういった変化を期待できるのか?
6、リスクとリターンは何か?
7、どの位のコストがかかるか?
8、どれほどの期間が必要か?
9、成功に向けた進展を確認するための中間及び最終の評価方法は何か?

アイデア創造や技術開発以外に取り組むべきこと
・ビジネスモデルの構築:ビジネスモデルを考えるための枠組みとして使いやすそうな方法に「Canvas」があります。Canvasでは、顧客セグメント、価値提案、チャネル、顧客との関係、収益の流れ、リソース、主要活動、パートナー、コスト構造の9要素を図にまとめて関係が視覚化できます(本ブログ:ビジネスモデル・ジェネレーション)。
・関係者との協働、調整:少数の関係者のみでイノベーションを完成することは困難になりつつあるようです。利害関係を見極めて調整し、協働するための手法は未確立だと思いますが、エコシステムを構築するという観点は重要だと考えます(本ブログ:ワイドレンズ)。
・イノベーションを使ってもらう:よいイノベーションであっても、利用者はすぐにはそれを採用しません。「イノベーション普及学」という分野では、この受け入れのプロセスに関わる様々な因子が検討されており、その知見は実践面でも重要な基礎になる考え方だと思います。Rogersは、普及速度に影響するイノベーションの特性として次の5つをあげています(本ブログ:ノート13)。
1、相対的優位性(そのイノベーションが既存のアイデアよりよいと知覚される度合い)
2、両立可能性(そのイノベーションが採用者の既存の価値観、過去の体験、必要性と相反しないと知覚される度合い)
3、複雑性(イノベーションを理解したり使用したりするのが困難であると知覚される度合い)
4、試行可能性(イノベーションを経験しうる度合い)
5、観察可能性(イノベーションの結果が採用者以外の人たちの目に触れる度合い)
・イノベーションの方法論の中で、イノベーションプロセスの比較的広い範囲が考慮されているものとして、次のものが重要と思われます。ラフリーとマーティンによる戦略(本ブログ:P&G式勝つために戦う戦略)、ゴビンダラジャンとトリンブルによる社内既存部署との協働を重視した進め方(本ブログ:イノベーションを実行する)、SRIのカールソンとウィルモットによる進め方(本ブログ:イノベーション5つの原則)、ジョンソンによる破壊的イノベーションを念頭においた進め方(本ブログ:ホワイトスペース戦略)。ただし、あらゆる場合に有効な考え方というものは未確立なようですので、状況に応じてこうした考え方を参考にすべきと考えます。

イノベーションプロセスの比較的狭い範囲における進め方の提案と得失
・オープンイノベーション:協働の進め方としてすでに成功事例が報告されていますが、自社と他社(組織)のアイデアを融合させる、という理想部分が過大評価され、アイデアや技術の移転、仕事の線引きと競争力の問題、インターフェース設計の問題、収益の分配の問題などの課題もあるとされています(本ブログ:技術経営の常識のウソオープン・イノベーションは使えるか)。
・ステージゲート法:プロジェクトの中止がしやすい、研究者にとってやるべきことが明確になり収益意識が高まる、研究テーマとプロセスの見える化により研究部門と事業部門のつながりが強化される、製品化目前になってプロジェクトを中止するようなケースが減る、ということがメリットとされていますが、テーマを『育てる』という側面よりも、想定通りに育たなかったテーマを『切る』という側面に比重がおかれていることには注意が必要と思われます。(本ブログ:技術経営の常識のウソ
・プロジェクトマネジメント:有限期間内に特定の目的の成果物を生み出すために時限的に人が集まって進める活動をきちんと行なうための手法や思想であって、担当者の業務経験を狭くする、コミュニケーションを阻害する、仕事の継続性が失われることで仕事からの学習を阻害する、技術を蓄積しようとするモチベーションを阻害する、組織全体としても技術蓄積を大切なものとして考える意識を希薄化する点が問題とされています。(本ブログ:技術経営の常識のウソ
・このような手法は、得失を理解した上で、状況に応じて使い分けることが必要でしょう。

形式知と暗黙知の違いを考慮した知識創造の進め方
・野中氏らが提唱した組織的知識創造のプロセス(SECIプロセス)をシンプルにまとめると以下のようになるでしょう。この4つの知識変換プロセスを繰り返すことによって組織的知識創造が進むとされています。(本ブログ:創造性を引き出すしくみ、より詳しくは、流れを経営するを読む
1、共同化:個人の暗黙知からグループの暗黙知を創造する
2、表出化:暗黙知から形式知を創造する
3、連結化:個別の形式知から体系的な形式知を創造する
4、内面化:形式知から暗黙知を創造する
ポイントは、暗黙知をどう組織内で相互作用させて新たな知を創造するか、それを個人の知識の充実にどう活かすか、という点だと思います。そのためには、知識の交流を活発化させるための「場」(環境)をうまく作ることが重要になると思われます。

研究者(イノベーションを推進する人)のやる気を引き出すには
・補遺1では、やる気に関わる重要な因子として、Herzbergによる動機付け要因と衛生要因、Maslowの欲求階層理論、Deciによる外発的動機づけと内発的動機づけの考え方を指摘しましたが、この他にも動機づけ、やる気に関わる因子は様々に議論されています。やる気を引き出す具体的な施策を検討する際には、以下の金井氏による整理が参考になると思います。(本ブログ:ノート7モチベーション再考
1、緊張感・危機感・欠乏・心配・不安がやる気を起こす(ズレ・緊張系)
2、夢・希望・目標を持つことで、やる気が起こる(希望・元気印系)
3、その人それぞれの考えで、やる気が起こる(持論(自論)系)
4、コミューナルな関係性、共感がやる気を起こす(関係系)
・上記にも関連する点がありますが、エンパワーメントの観点からは次の要素が重要だと思われます。(本ブログ:モチベーションは管理できる?
有能感(自分の能力を信じ、やればできるという意味での自信のある心理的状態)
自律性(自分自身の行動を自分自身で決定できる状況にある場合に増大する感情)
心理的無力感(がんばろうと努力しているにも拘らずうまく結果が出せなかったり、成果を出したのに周りから評価されなかったりした場合に増大する感情)
成長機会(仕事をこなすことで自分を高めていける、能力を発揮できるような環境かどうか)
権限委譲(自分自身の仕事に関する意志決定が職場の状況としてできるか)
支援(協力してくれる上司やその他の人たちがいる場合に増大する)
状況的無力感(自分にとって不利な職場かどうか、苦手な仕事や、周りから好ましい反応がなかった場合に増大する)

研究リーダーはどうすべきか
・補遺1では、リーダーの役割として、多様性の確保、コミュニケーションの活性化、組織外部との連携調整、部下の育成指導、ロールモデルをあげました。
・グーグルが社内の調査によって明らかにした、評価の高いマネジャーに共通する行動の特性は次のとおり。(本ブログ:データが語るよいマネジャーとは
1、優れたコーチである
2、チームを力づけ、こと細かく管理しない
3、チーム・メンバーの仕事上の成功と私的な幸福に関心を示し、心を配る
4、建設的で、結果を重視する
5、コミュニケーション能力が高く、人から情報を得るし、また情報を人に伝える
6、キャリア開発を支援する
7、チームのために明確なビジョンと戦略を持つ
8、チームに的確な助言をするために、主要な専門的スキルを持ち合わせている

これらは、理想のマネジメントを行うための処方箋と言えるようなものではないと思いますが、実践の際の貴重なヒントを与えてくれる考え方としてひとつの手がかりになるのではないかと思います。


ノート目次へのリンク



ノート5改訂版:研究部門に求められるテーマ

1、研究開発テーマ設定とテーマ設定における注意点
1.1
研究活動における基本的な注意点→ノート1~3

1.2
、研究テーマの設定
①企業収益に結び付くテーマ(事業的に成功が期待されるテーマ)→ノート4

②研究部門に求められるテーマ(企業が研究部門に求める活動と、それに付随する研究テーマ)
企業は研究部門にどのような役割を求めているのでしょうか。企業活動に貢献する研究を目指すならば、まずは企業が研究部門に期待している仕事を果たすことを考える必要があるでしょう。その中には、いわゆる研究活動すなわち、イノベーションにおける技術的要素の追究も含まれますが、実際には、イノベーションには直接結びつかない様々な仕事も研究部門には求められます。具体的には、生産現場の業務とは異質だが、ある程度の専門性を必要とする仕事が研究部門に任せられることが多く、こうした活動は研究者のマンパワーの中で無視できない比率を占めることがあります。研究活動への資源配分を考える上でも、このような活動を含めた、研究部門に求められている業務を整理しておきたいと思います。

研究部門に求められていることは業種や分野、さらには企業内における業務分担の考え方によって異なりますが、大きく分けると、頭を使うことと体を使うことに分けられます。さらに、取り組む課題によって、未知のこと(新規なこと、創造)と、既知のこと(応用など)とに分けられるでしょう。この視点に立って、業務を分類してみたものを下図に示します。

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一般的な研究開発とはイメージが異なる業務も含まれていると思いますが、現実にはこのような業務を要求されることは例外的なことではありません。いずれも技術に関する情報を扱う仕事であり、こうした業務が必要とされているならば、技術にかかわるどこかの部署が担当する必要があるわけです。

一般には、研究の役割としては図の右側、新規なことへの挑戦が注目されます。しかし、左側も無視することはできません。既存のことを知っておくことは、新たな創造のための基盤となるとともに、既存の事業を有する企業にとってはその技術的基盤を確保する意味でも重要と考えられます。Anthonyらは「安定した中核事業の存在がイノベーションの前提条件」と述べています[文献1、p.29]。彼らは主に収益面で中核事業が安定することの重要性を強調していますが、中核事業を支える技術の面でも安定が損なわれてしまってはイノベーションの成功はおぼつかないでしょう。例えば、既存技術分野での過度な人員削減により、育成指導の弱体化や、業界、社会動向の監視不足が生じたり、人員削減のための機械化や設備の高度化により製造技術がブラックボックス化し、さらにはトラブル(非定常)経験が不足するなど、既存事業の技術基盤の弱体化を招く要因は存在します。イノベーションに注力しようとして、経営資源を既存分野から新規分野に振り向けようとしたとしても、既存分野に問題が発生すればその問題への対応は誰かがやらなければなりません。結局そうした対応に研究部隊のマンパワーを割かれてしまう可能性があることには十分な注意が必要でしょう。

なお、これら研究部隊に求められる様々な業務の一部を外部との連携で処理しようとする考え方もあります。外部の知識の有効活用を狙ったオープンイノベーション[文献2]、他社に対する優位性を生み出さない業務のアウトソーシングにより優位性を生む分野に社内資源を再配分すべきとする考え方[文献3]もこうした考え方に含まれると思われます。しかし、図の左側の業務であっても研究者、技術者を育成するという側面があるため、その部分まで外部との連携やアウトソーシングに頼ってよいかどうかには議論の余地があるでしょう。例えば、「エリクソン(Ericsson[1996])は、仕事に限らず熟達化における高いレベルの知識やスキルの獲得のために、およそ10年にわたる練習や経験が必要であるとして『10年ルール』を提起している[文献4、p.34]」とのことです。一般の企業では、10年間、教育のためだけに時間を費やすことは不可能でしょうから、既知のことに関わる業務を行ないながら経験を積むことは有効な育成の方法と言えるのではないでしょうか。また、左側あるいは下側の業務には新たなアイデアを生み、その可能性を正しく評価するための基盤としての重要性もあると思われます。ノート2で少し触れた(ノート6でより詳しく触れます)「セレンディピティー」についてRobertsはパスツールの言葉を引用し、「観察の場では、幸運は待ち受ける心構え次第である」と言っていますが[文献5、p.viii]、「観察の場」は上述の図の下の部分に、「心構え」は既存知識の充実という意味で図の左側の部分に相当すると考えられます。このような既存知識を含む社内の技術力の充実の必要性は、丹羽によるChesbroughのオープンイノベーションへの批判においても述べられていて、「結局のところ、強い知識と技術やマネジメント力も兼ね備わった企業が、外部の知識や技術を効果的に活用することができる」[文献6、p.79]としています。Mooreの主張するアウトソーシングによる資源の創出[文献3]は、経験を積んだ人材を競争力の発揮に活用する、という意味ならば有益と思われますが、技術力の蓄積を損なうようなアウトソーシングでは意味がないように思われます。

また、図の左側の業務は、一般にその業務の必要性がわかりやすい(例えば、どこかからの問い合わせに対応するとか、顧客からのクレームに対応するとか)ことに加えて、計画しやすく成果が目に見える形で出やすいため(つまり不確実性が低い)、ともするとそうした業務を優先してしまいがちになる場合があることにも注意が必要と思われます。新規なことへの挑戦を重視するならば、図の右側の業務への動機づけ、評価とのバランスも重視しておくべきでしょう。

要するに、研究部隊に求められる仕事の内容を理解し、そうした業務への資源配分のバランスをとることが重要、ということに帰着してしまうわけですが、現実的には、それぞれのプロジェクトや、その企業の置かれた状況に応じて臨機応変に、しかし片寄り過ぎないように資源配分を調整することはそう容易なことではないと思われます。それぞれの企業のマネジメント力が問われるといってもよいかもしれません。

もうひとつ、表に示した分類には現れない研究の役割として「宣伝」が挙げられます。ノーベル賞を受賞した田中耕一氏が、彼の所属する島津製作所の企業イメージアップに大きく貢献したことは比較的記憶に新しいところですが、そこまでの業績ではなくとも研究成果の社会へのアピールがうまくできれば宣伝効果は十分に期待できるのではないでしょうか。Tiddらはアライアンスのマネジメントにおいて、「ある技術、もしくはその技術のソースが企業に与える信用度は、企業の技術取得方法に影響を与える重要な要素」と述べています[文献7、p.272]。「宣伝」という側面での研究活動の寄与はもう少し認識されてもよいのではないかと思われます。

以上、企業が研究部門に求めている課題として、イノベーションへの直接の寄与だけではなく、それ以外の役割もよく認識しておく必要があることを述べました。こうした業務の位置づけや進むべき方向性を明確にし、必要な業務全体を考慮したテーマ設定、業務分担、資源配分を行なうことはトップマネジメントの課題であるのと同時に、第一線の研究マネジャーにとっても重要なことと思われます。

考察:イノベーションと既存事業とのバランス

要するに、研究開発だからといって、新しいこと、未知のことばかりに気をとられすぎてはいけない、ということだと思います。これは、上述したような、企業が研究部隊に求めている役割からも明らかだと思うのですが、最近では、Govindarajanらにより、既存事業を「パフォーマンスエンジン」ととらえ、イノベーションと既存事業とのバランスを重視したイノベーションの進め方が提案されています[文献8]。ここで「パフォーマンスエンジン」とは、「成長して成熟していく企業は毎四半期に安定した利益を上げるというプレッシャーによってかたちづくられ、型にはめられる[文献8、p.30]」組織であって、これが既存事業において利益を生み出す原動力になっていると考えられるものです。パフォーマンスエンジン(既存事業)だけでは画期的なイノベーションは不可能だが、イノベーションとパフォーマンスエンジンとのバランスをとることにより、イノベーションを成功に導ける、というのがGovindarajanらの主張ですが、既存事業を運営する組織は、パフォーマンスエンジンに貢献するように形作られるということは忘れてはならないと思います。つまり、企業が研究部門に求めていることの一部は、既存事業に貢献するようにできている、ということで、イノベーションのためにそうした業務をどう扱うか、既存事業の一部としての活動と新規事業のためのイノベーション活動のバランスをどうとるかをよく考えなければならない、ということになるでしょう。本稿でとりあげた研究部門への様々な要求は、既存事業への貢献に主眼をおいたものか、あるいは新規事業のために必要な業務なのか、その比率は様々に異なると思います。とすれば、それらをひとまとめにして資源配分を考えるのではなく、研究部隊に対する様々な要求のそれぞれについて、何を重視するかを判断し、場合によっては、研究部隊を分割することも含めて考えなければならないのだと思います。そのためにも、研究部隊に要求される日々の業務について、まずはその意味と位置づけを研究員、研究マネジャーがしっかりと認識することが、イノベーションと既存事業のバランスをとるために役立つのではないかと思います。


文献1:Anthony, S.D., Johnson, M.W., Sinfield, J.V., Altman, E.J., 2008、スコット・アンソニー、マーク・ジョンソン、ジョセフ・シンフィールド、エリザベス・アルトマン著、栗原潔訳、「イノベーションへの解実践編」、翔泳社、2008.
文献2:Chesbrough, H., 2003、ヘンリー・チェスブロウ著、大前恵一朗訳、「Open Innovation」、産業能率大学出版部、2004.
文献3:Moore, G.A., 2005、ジェフリー・ムーア著、栗原潔訳、「ライフサイクルイノベーション」、翔泳社、2006.
文献4:金井壽宏、楠見孝編、「実践知 エキスパートの知性」、有斐閣、2012.
文献5:Roberts R.M., 1989、R・M・ロバーツ安藤喬志訳、「セレンディピティー」、化学同人、1993.
文献6:丹羽清、「イノベーション実践論」、東京大学出版会、2010.
文献7:Tidd, J., Bessant, J., Pavitt, K., 2001、ジョー・ティッド、ジョン・ベサント、キース・パビット著、後藤晃、鈴木潤監訳、「イノベーションの経営学」、NTT出版、2004.
文献8:Govindarajan, V., Trimble, C.、ビジャイ・ゴビンダラジャン、クリス・トリンブル著、吉田利子訳、「イノベーションを実行する 挑戦的アイデアを実現するマネジメント」、NTT出版、2012.

参考リンク

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技術者流出考

最近の日本企業の苦戦の一因として、日本企業を退職した技術者が新興国のライバル企業に転職し、ライバル企業の技術力を向上させるという、いわゆる「技術者流出」の問題が取り上げられることが増えているように思います。これを産業スパイのように見なしたり、技術者個人の愛社精神の欠如、自らを育ててくれた企業への恩を忘れた行為、果ては愛国心の欠如のように考える見方もあるようですが、はたしてそんな単純な問題なのでしょうか。

技術者の視点からみた技術者流出

このようなセンセーショナルな取り上げ方に対して、その実態はどうなっているかのきちんとしたデータは不足しているようです。残念ながら私自身にこのような経験はないのですが、先輩技術者の中には現役引退後に新興国で技術指導に携わっている人がいる、という話は聞いたことがありますので、それほど稀な事例ではないのだと思います。以下、推測の部分もありますが、技術者の立場から、新興国の競合企業への転職について考えてみたいと思います。

まず、どのような事情で転職に至るのかを考えてみましょう。次のようなパターンがあると思います。

1)自分のステップアップ、自分の希望の実現のために、自ら職を辞して転職する。

2)新興国の企業からの引き抜き、移籍の誘いに応じて転職する。

3)勤めていた企業からの退職(リストラに伴う早期退職を含む)をきっかけに転職する。

このうち、1)の自らの意思による転職例は従来から存在しています。この場合、ステップアップを目指した先進的な企業への転職か、現在の業務とのミスマッチが原因であることが多く、技術者流出の問題とはあまり関係がないように思います。これに対し、近年問題にされているのは、主に2)と3)だと思われますが、その背景には、日本企業に勤めることの魅力が低下し、相対的に移籍先の方が魅力的に見える状況とともに、特に3)については、技術者の意思に反して退職させられる場合や、自らの技術が評価されない部署に異動させられる場合などが転職のきっかけになっていることが多いように思われます。3)の事例については、企業が自社にとって不要と判断した人材が転職しているわけで、退職者の職業選択の自由を考えれば、正当な秘密保持契約や競業禁止契約のもとでは、放出した企業の責任をさしおいて技術者に技術流出のすべての責任を負わせることには無理があるように思います。また、例えば、日本にA社、B社という競合メーカーがあったとき、A社がある事業から撤退して放出した技術者が新興国企業に移ったとしても、A社に対して不利益を与えたことにはならないという状況もありうるでしょう。B社の競争力を低下させることにより、「日本」というくくりで見れば不利益になるとしても、もはやこれは一技術者の問題ではないはずです。

技術者とて、愛社精神や愛国心がないわけではありません。ですから、技術者の自制心や好意に訴えて転職を思いとどまらせようとすることが無力だとは思いませんが、それだけで技術流出を抑止できると考えることには無理があると思われます。自分を育ててくれた会社に恩義を感じていても、その会社にとって不要と判断されリストラや異動されたような場合には、自らを必要としている新興国企業から誘いがあれば心を動かされるのは自然な感情ではないでしょうか。特に、他社から誘いを受けるほどの優れた能力を持つ人材であれば、自らの育成にかかったコスト以上の成果を会社に還元した(つまり、恩には報いた)という自負もあるでしょう。また、専門技術者の中には自らの立場についてプロのスポーツ選手のような感覚を持っている人もいます。他企業への転職も、所属チームの移籍のようにとらえる人もいるでしょう。あるいは、スポーツの世界ではよく見られる、コーチや監督として他国チームの指導にあたるイメージの方が近いかもしれません。こうした環境では、好条件のオファーを断ること自体思い上がりと感じる人もいるでしょうし、そうしたオファーを受けることが技術者全体のステイタスを上げ、後輩のためになると考える人もいるでしょう。そもそも、技術流出というものは、その技術をもった人の大多数の転職を思いとどまらせたとしても、少数の誰かが技術を流出させてしまえば流出抑止の意味がなくなるという性格のものです。自分が行かなくでも他の誰かが行けば同じこと、と思えば、それも転職に応じる気持ちに影響するでしょう。技術者の気持ちに関する私の推測はこのあたりなのですが、実際にどれぐらいの人がどういう状況で新興国企業に移り、その技術力向上にどのぐらい貢献したのか、という具体的な状況がわからないのが残念です。少数の事例だけで作られた単なるイメージに踊らされているような気もしますので、やはりきちんとした調査を期待したいところです。そのためには、他社に転職した人や、転職後日本に戻ってきた人からの情報収集は必須でしょう。そういう人たちに報復的な行動をとったり、愛国心がないと非難したりするようでは、転職者の実態に目をつぶることにしかならない点で、問題の解決にはつながらないように思います。

技術者流出の背景

上記のように、技術者流出については技術者個人の行動が注目されがちですが、以下のような時代背景の影響による技術流出の増加も無視できないと思います。

・人材の流動化:転職への心理的バリアの低下

・実力主義、成果主義の普及:お金で意思決定することへの抵抗感の希薄化、例えば経営不振などで給料が下がった場合にそれが自分への低い評価と感じてしまうこと、評価されにくい要因(組織力、協力環境など)の軽視

・グローバリゼーション:企業の多国籍化(国単位での発想の希薄化)、国境を越えた人材の流動化、日本企業の新興国への進出と現地人材の採用、日本企業への外国企業の資本参加、日本企業における外国人の採用、外国企業の日本での合弁会社や研究所の設立と日本人技術者の雇用

・日本人技術者へのニーズの高まり:転職市場の活性化、求人増に伴いヘッドハンティングビジネスによる勧誘が活発化

・オープンイノベーション:社内外の協力によるイノベーションの活発化を通じた技術流出機会増

・暗黙知の重要性認知:新興企業では個人が持つ暗黙知の重要性への認識の高まり、日本企業では効率化重視による個人の暗黙知の軽視(マニュアル化、形式知化)

こうした背景の影響を認めるならば、技術者流出を食い止めようとすることは世の中の流れに逆らうことのようにも思われます。

技術者流出抑止の本質

もちろん、自社の優位を守るために技術流出を避けることは非常に重要です。退職者との秘密保持契約や競業禁止契約を確実に締結する意義があることには異論はありません。しかし、退職者への制約強化とその効果には限界があることに加え、時代の流れを考えると、技術流出は避けらないと理解すべきなのではないでしょうか。さらに、技術の特質として、最先端の技術を開発するよりも、既存技術に追いつくこと、すなわち、すでにできるとわかっていることを実現することのほうが容易です。この時、先行他社の技術を入手できれば追いつくことはさらに容易になりますが、それができなくても、うまくやりさえすればいずれ先行技術に追いつくことはまず間違いなく可能と言っていいでしょう。すなわち、技術流出を完全に抑止できたとしてもいずれ追い付かれる可能性があるわけです。とすると、技術流出を防ぐことの本質は、他社に追いつかれるまでの時間をできるだけひきのばすこと、すなわち時間稼ぎをすることである、ということになると考えられます。つまり、先行企業が本来考えるべきことは、その時間稼ぎをしている間に、優位を維持するために何ができるかを考えることではないでしょうか。

技術者流出対策

技術流出が避けられないものであれば、技術者流出対策として行なうべきことは、i)技術流出を極力遅らせ、優位維持のための時間稼ぎをする、ii)技術流出を前提にそれを利用した戦略を立てる、iii)時間稼ぎをしている間に優位構築のための行動を起こす、ことであると考えられます。

i)まず、技術者流出を遅らせる方法について考えてみましょう。もちろん、契約などで流出に制約を加えることは必要ですが、それに加えて以下のような方法が考えられます。

・技術者の安易なリストラを避ける:技術者のリストラが技術者流出を加速していることは間違いのないところだと思われます。従って、技術者のリストラをすることは自社の技術的優位の喪失につながりかねないことをまず認識すべきでしょう。加えて日本の他社のリストラが新興国企業を利する可能性についても注意しなければなりません。人員削減は経営上の必要に迫られて実施するわけですが、技術流出まで考慮すると、短期的な業績回復には効果があっても、長期的にはより困難な状況に陥る可能性があることも覚悟すべきです。やむなく人員削減が必要な場合には、自社におけるその人材の必要性とともに、競合他社にとっての必要性も加味して判断すべきでしょう。

・技術者の待遇改善:技術者の退職や転職に対する意欲を減ずる意味で重要です。日本では技術者に対する報酬がまだ低いという意見もありますので、報酬を上げることも当然考慮すべきでしょうが、それができればリストラの苦労はありませんし、金銭的報酬は、スカウト先がそれ以上の待遇を提示してきた場合には容易に無力化されてしまいます。金銭的報酬以外の報酬(名誉や、仕事のやりがい、仕事上の裁量、自由度、将来性なども含めて)も考慮する価値があると考えます。

・仕事環境の改善:仕事しやすい環境を与えることも重要です。一般に技術者は全く独力で仕事をしているわけではないので、技術者をサポートする環境が整っているかどうかは成果を上げる上で重要です。

・業務の分散:集団で協力して仕事を進める体制になっていれば、その中の少数の人が引き抜かれたとしても、その人が直ちに競合企業において力を発揮できる可能性が低くなります。また、協力的環境を作ることによって、転職した後でも元の仲間と敵対しなくない、という感情が生まれることも期待できます。なお、これに関連して、技術者の担当する業務を狭く限定することも考えられますが、その場合でも少数の重要人物には技術が集中しますし、個人の技術を限定することで全体の技術の社内伝承が難しくなる可能性がありますので、注意が必要です。

ii)次に考えるべきことは、技術流出を利用する戦略でしょう。

・戦略的技術開示:技術を出さないというだけでなく、分野によっては早いうちからの競合企業との連携を探り、自社および連携先に有利な方向に積極的な技術開示を行なうことが考えられます。

・コンサルタントビジネス:技術流出が避けられないものであるならば、積極的にそれを売り物にする戦略もあり得るでしょう。これも提携が前提となるかもしれませんが、コンサルタントにより余剰技術者の活用も図れますし、何より、出す情報をコントロールし、技術提供先のレベルを確認できる利点もあるのではないでしょうか。

iii)そして、最後には、こうした時間稼ぎを行なった上で、技術的に追いつかれるまでの間に何をするか、を考えておく必要があります。自社の技術をさらに高める努力をすることも選択肢でしょうが、その場合には技術レベルがニーズを超えた意味のないものになっていないか(いわゆるイノベーションのジレンマの状態)に十分な注意が必要です。新興国企業に対し、流出技術と同じ分野の高度化でリードを保とうとしてもそれには限界があります。となると、いままでの技術蓄積や残した経営資源を利用して、技術流出が起きた分野以外に注力する、ということが基本になるのでしょう。イノベーションにおいて技術は重要な役割を担うことが多いわけですが、技術的優位だけでビジネスが成功できるわけではないことは多くの事例で指摘されています。技術流出は脅威として警戒しつつも、他の技術やノウハウと組み合わせて総合的な優位を確立することを狙う価値はあるように思います。

結局、技術者流出に対抗するためには、自社の保有している技術の意味をよく理解し、何を極力秘匿し、何は開示してもよいのか(あるいは追随されると想定するのか)をはっきりと認識することがまず必要でしょう。重要な技術に対する国内企業の動向、新興国競合会社が何を求めているのかについて情報収集を怠らず、その将来を予測し、さらに、社内で有用な暗黙知を保有しているのは誰なのか、そして、技術者の考え方をよく理解することが重要でしょう。例えば、オープンイノベーションを活用したいなら、アイデア段階は広く外部の援助を求めたとしても、生産段階や他社との差別化を図る段階では極力自社にノウハウを蓄積するようにすべきかもしれません。さらにその上で、他社の追随を少しでも遅らせ、その間に何をするのかを考え、行動していく、ということになるのだと思います。本稿では「技術」について考えてみましたが、狭義の「技術」だけではなく「ノウハウ」全般の流出までを考えるべきことは明白だと思います。今まで以上に技術やノウハウの本質を知り、それを欲しがっている人、持っている人のことを理解し、うまくマネジメントすることが技術流出への本質的対策として求められているのだと思います。


参考資料

宇賀神幸司、吉野次郎、蛯谷敏、「特集 今どきの産業スパイ なぜ日本は技術を守れないのか」、日経ビジネス2012.7.9号、p.24.

伊藤正倫 、中川雅之、「『技術流出』 特効薬なきジレンマ」、日経ビジネスONLINE, 2012.5.23

http://business.nikkeibp.co.jp/article/topics/20120518/232279/

山本雅暁、「日経記事;"()日本の人材 どう守る 電機の技術流出 教訓に"考察」、All About プロファイル、2012.5.13

http://profile.allabout.co.jp/w/c-74296/

熊野信一郎、「見えないノウハウ流出、帰国したがらない技術者」、日経ビジネスONLINE, 2012.8.6

http://business.nikkeibp.co.jp/article/world/20120803/235307/

白木真紀、「韓国サムスンが日本人技術者引き抜き加速、人材戦略弱い国内勢」、ロイター、2012.4.23

http://jp.reuters.com/article/jpMobile/idJPTYE83M01520120423?pageNumber=3&virtualBrandChannel=0

テリー伊藤、「“日の丸”家電ピンチ!技術者の流出防げ」、zakzak, 2012.5.8

http://www.zakzak.co.jp/entertainment/ent-news/news/20120508/enn1205080728002-n1.htm

NHK「追跡!AtoZ」取材班、「技術立国・ニッポンに赤信号? リストラされた日本人技術者が作る『高品質のメイド・イン・チャイナ』」、Diamond Online, 2010.11.19

http://diamond.jp/articles/-/10139



参考リンク<2013.2.11追加> 

 

シチズンサイエンス考

シチズンサイエンスとは、アマチュアまたは非職業的な科学者によって、その一部または全部が行なわれる科学研究のこととされています(wikipedia[文献1])。具体的には、データの系統的収集や分析、技術開発、自然現象のテスト、これらの活動の普及などが行なわれていて、近年のインターネット環境の発展とともにこうした活動は活発化しているとのことです。今回は、シチズンサイエンスについて考えてみたいと思います。

シチズンサイエンスの形態[文献1](文献1の「Citizen scientist」=「市民科学者」としています)

・プロの研究者が解析するためのデータ集めに市民科学者が協力する。

・プロの研究者が集めたデータを市民科学者が解析する。

・市民科学者が研究センターにおける支援をしたり探検に同行したりする。

・市民科学者同士がコンペで成果を競い合う。

・市民科学者が装置を作ってデータを取ったり、大きなプロジェクトの一部を担ったりする。

・市民科学者が、プロの研究者が訪れないような分野を探検する。

こうした市民科学者の活動は古くからありました(そもそも職業科学者が生まれる20世紀より前の科学研究の担い手は市民科学者であったと考えることもできます)。ただ、近年のネット環境の発展と普及が、科学研究への市民科学者の新たな参加方法を編み出していることも指摘されています。例えば、個人所有のコンピュータの余剰能力を活用してデータ解析を手伝うRosetta@home(タンパク質の折りたたみ構造を解析する)や、SETI@home(地球外生命体からの信号を探索する)など、分散コンピューティングやボランティアコンピューティングと呼ばれる活動があります。また、Stardust@homeNASAの探査機が彗星の尾から採取を試みた粒子を発見する)やGalaxy Zoo(銀河の写真を見てその形態を分類する)、oldweather(第一次世界大戦中の英海軍船舶の航海日誌から当時の天気を抽出する)など、参加者の判断や技能が問われるようなプロジェクトもあります。[文献2、文献3]

このようなシチズンサイエンスの活動は、今までのやり方では作業にかかる負荷が大きくて実施できなかった研究対象について、その制約を緩和できる手法として重要な意義を持つと言えるでしょう。特に、比較的単純ではあるが処理に手間のかかるデータ採取、解析が必要な研究においては、今後適用例が増えていくのではないでしょうか。

研究マネジメント面の意義

シチズンサイエンスを研究やビジネスのマネジメントの観点から見ると、いくつかのビジネス手法との共通点があることがわかります。外部との協働で研究を進めることはオープンイノベーションにほかなりませんし、作業の一部をネット経由で外注することはクラウドソーシングとして知られた手法です。実際に、アマゾンのmturkなどは、単純な作業を安価に外注することが可能な仕組みを提供しており、パターン認識など、機械では困難だが人間にとっては単純な作業でデータを作ったり集めたりすることが効率的にできることが知られています[例えば文献4、p.110]。


しかし、シチズンサイエンスの場合、参加者は金銭的報酬を求めているわけではなく、参加者の作業への動機づけは金銭的報酬以外のインセンティブによってなされている点がひとつの特徴になっていると思います。参加者は、自分の保有している資源(人間としての能力、コンピュータなど)を社会に有用な目的のために役立てたいという気持ちはもちろんのこと、自分の楽しみ(ひまつぶし、ゲーム感覚の遊び、発見の喜び、最先端の科学やきれいな銀河の写真、昔の航海日誌などに触れる楽しみなど)によっても動機づけられています。例えば、遊びの要素として、こなした作業の量や、成果の質に応じてプロジェクト内でのステータスが上がったり、成績優秀者として順位づけられて称賛されたりする仕組みが作られているものもあります。また、プロジェクト内で同じ興味を持つ人同士や専門の研究者との交流ができるフォーラムが設けられているものもあり、ネット環境の利用による非物質的な魅力が参加者のモチベーションを高める一要素になっていると思います。

このような「遊び」の要素の導入は、プロジェクト運営上のテクニックという面もあるかもしれませんが、実は研究の本質にもつながるものだと思います。未知のことを知る、同じ興味(専門)を持つ人同士で議論や交流をする、成果を挙げたことが社会から評価される、などのことは通常の研究活動においても行なわれていることであって、それが研究者のモチベーションの維持に貢献している側面は無視できません。シチズンサイエンスでもそうした体験をネット上で提供していると考えられます。専門的な知識を要する研究活動は市民には困難であっても、研究の手伝いをすることで充実感や達成感を得られる仕組みが構築できている点は、研究活動における金銭的報酬以外のインセンティブの重要性を示す例として示唆に富んでいると思われます。

さらにシチズンサイエンスにおける協力の仕組みは、オープンイノベーションの進め方についての示唆も与えてくれています。オープンイノベーションの場合、協働する研究者(組織)の間での作業の分担と成果の配分を調整する必要がある点が運営上の課題であるという意見があります。これに対し、シチズンサイエンスでは、市民科学者が行なう作業の範囲を限定的に設定し、その作業に与えられる報酬(成果配分)も金銭的なものではなく「楽しみ」とすることで、協力者も納得した上で意欲的に作業に取り組んでもらえるようになっており、上記のオープンイノベーションの課題をうまく解決していると言えるのではないでしょうか。ビジネスにおいては金銭的報酬抜きの協力関係を構築することは難しいかもしれませんが、少なくともモチベーションが金銭的報酬によるものだけではないことはオープンイノベーションを考える上でも認識しておくべきことであると思われます。

科学と社会の関わりにおける意義

シチズンサイエンスは、科学コミュニケーション、STS(科学技術社会論)の面でも以下のような示唆を含んでいると思います。

・シチズンサイエンスは、市民にとって科学を身近なものとして感じるきっかけになる。

・その活動を通じて、市民が科学者の活動に触れることができる。

・その活動において、市民がデータの扱い方、データの重要性を体験、実感できる。

つまり、科学者との共同作業を通じて、科学者の考え方、仕事の実態に触れるきっかけになるのではないか、ということです。市民を科学と対峙する存在としてとらえるのではなく、お互いに理解し、協働していくきっかけとしての意義がシチズンサイエンスにはあるのではないでしょうか。科学者が市民を啓蒙するのではなく、科学者が市民を重要なパートナーとして見ること、市民の側からも楽しみとしての協働を通じて科学的な考え方に触れることは、科学コミュニケーションの促進に役立つのではないかと考えます。楽しみながら交流することを特徴とし、その作業には遊びに近い要素が含まれているものであっても、そのデータを使う研究は遊びではありません。このようなシチズンサイエンスを進めることは、市民が本物の研究を身近に体験し、学ぶよい機会となり、社会と科学の垣根を低くすることにつながるのではないかと思います。

技術者の立場からみてもシチズンサイエンスが取り上げているテーマにはなかなか興味深いものがあります。加えて、シチズンサイエンスには、単なる研究補助や市民の趣味以上の意義もあるように思いますがいかがでしょうか。


文献1:Wikipedia, “Citizen science”, 2012.7.1アクセス

http://en.wikipedia.org/wiki/Citizen_science

文献2:Eric Hand, “People power”, Nature, vol.466, No.7307, 2010.8.5, p.685.

http://www.nature.com/news/2010/100804/pdf/466685a.pdf

文献3:Kalee Thompson(K.トンプソン)、編集部訳、「ネットでシチズン・サイエンス」、日経サイエンス、2012年5月号、p.98.

文献4:新井紀子、「コンピュータが仕事を奪う」、日本経済新聞出版社、2010.

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