研究開発マネジメントノート

研究開発とそのマネジメントについてのいろいろ

コア

ノート4改訂版:企業の収益源となる研究テーマの設定

1、研究開発テーマ設定とテーマ設定における注意点

1.1研究活動における基本的な注意点→ノート1~3

1.2、研究テーマの設定

ノート1~3で述べた基本的な注意点をふまえた上で、どのような研究テーマに取り組むべきかを考えてみたいと思います。ここでは、テーマ設定の考え方を以下の3つに分けて考えます。

①企業収益に結び付くテーマ(つまり、事業的に成功が期待されるテーマ)

②企業が研究部門に求めているテーマ

③研究部門が実施したいと考えるテーマ

これらは、企業活動に貢献するために、誰の、どんな望みを叶えようとするのかという観点に基づいた分類です。従来の研究テーマの分類方法、例えば、テーマの発生のしかたに基づく分類(トップダウン、ボトムアップ、ニーズ志向、シーズ志向など)とは異なりますが、企業で行われる研究テーマのほとんどはカバーできていると思います。ちなみに、①は企業全体として取り組み、成功を目指すことを念頭に置いた課題、②は企業(他部署)からの求めに応じて企業活動に貢献する課題(トップダウン、ニーズ志向と呼ばれるテーマなど)、③は研究部隊の判断によって企業活動に貢献しようとする課題(ボトムアップ、シーズ志向のテーマなど)、というイメージになりますが、それぞれについて研究の性格や注意すべきポイントが異なると思われますのでこのように分けて議論することにしました。今回は、まず①について考えてみます。

①企業の収益源となるテーマの設定

どのようなテーマに取り組めば企業活動に最も貢献できるのでしょうか。端的に言ってしまえば、研究がうまくいき、収益を挙げるテーマということになりますが、どんなテーマが成功しやすいかはそれほど明らかではありません。研究やイノベーションへの取り組み方、進め方については様々な意見が発表されていますが、なぜその方法が有効なのか、同じようなことに取り組んでいても成功と失敗が分かれるのはなぜか、といった点について実証的に十分納得できる理論は未確立といってよいのではないでしょうか。

そんな中で、Christensenの破壊的イノベーションの考え方は、研究開発・イノベーションの成功や失敗のメカニズムに関する、現状では最も有効性の高い考え方であると思います。Christensenは、業界をリードしていた優良な企業が、ある種の市場や技術の変化に直面したとき、特段の経営上の失敗もないのにその地位を守ることができなくなった事例の分析を行ない、次のようなメカニズムが存在することを示しています。[文献1に基づき要約]

・ある技術の改良の速度が技術的要求(ニーズ)の進歩の速度を上回ることがある。

・その結果、技術はオーバースペックになる。

・オーバースペック技術であっても、収益率は高いことが多いし、ハイスペックを求める顧客も存在するので、企業はその技術をさらに進歩させようとする。

・往々にして収益性の高さや、既存顧客の確保のために、オーバースペック技術の開発に資源を集中させる。

・その結果、ハイスペックを求めない市場への興味を失い、対応が手薄になる。

・ハイスペックを求めない市場に新たな企業が参入する。

その参入方法は、以下の2通りの場合があるとされます。[文献2、p.493500に基づき要約]

a)ハイスペックを求めない顧客(ローエンドにいる顧客)に対し、それまで以上の利便性か、低い価格を用意する場合

b)従来のスペックで重視される尺度から見れば限界はあるものの今までにない特性からすれば様々な恩恵を与えてくれる製品で新たなマーケットを創造する場合

・いずれの場合も既存企業から見れば利益率が低かったり、市場が小さかったりして魅力の薄い市場であるため、既存企業と新規参入企業間での競争は起こりにくく、新規参入企業の成長は妨げられない。

・新規参入企業の進歩により、既存企業は従来の市場を奪われ、限られた顧客向けのハイスペック市場に追いやられたり、新規参入企業が開拓した新たなマーケットに参入を試みても失敗したりする。

・その結果、既存企業は優位な地位を失う。

このメカニズムにおいて、新たに参入する企業が武器として活用する製品ないしビジネスモデルは「破壊的(disruptive)イノベーション」と呼ばれ、既存企業が狙うハイスペックな技術、製品、ビジネスモデルは「持続的(sustaining)イノベーション」([文献2]では「生き残りのイノベーション」と訳されています)と呼ばれます。さらに破壊的イノベーションのa)の場合が「ローエンド型破壊」、b)の場合が「新市場型破壊」と呼ばれています[文献3、p.55]

Christensenはこのメカニズムに基づき、「既存事業を成長させるためには持続的イノベーションが重要だが、新成長事業として成功する確率が高いのは破壊的戦略である」[文献3、p.125]と述べています。さらにChristensenの共同研究者らは「持続的イノベーションだけを行なっている企業は、破壊的イノベーションを行なう他社に市場奪回の機会を提供してしまったり、すばらしい成長機会が間近にあるにもかかわらずそれを逸してしまったりという結果になる」[文献4、p.9]、「学術的研究によれば、持続的イノベーションにおける戦いでは常に既存プレーヤーが勝利する」が、「破壊的イノベーションの戦いにおいては、ほとんどの既存のプレーヤーが敗れることを示唆する調査結果がある」[文献4、p.26]という見解も述べています。もちろん、破壊的イノベーションの考え方だけですべてのイノベーションの成功を予測することはできませんが、少なくとも上記のような競争の状況においては、破壊する側、破壊に対抗する側のどちらについても、その研究テーマの成功しやすさの予測はある程度可能であると思われます。

なお、破壊的イノベーションに近い考え方にリバースイノベーションがあります[文献5]。「リバース・イノベーションとは、簡単に言うと、途上国で最初に採用されたイノベーションのことだ[文献5、p.6]」とのことですが、リバースイノベーションと、ローエンドの市場に参入する破壊的イノベーションとの関連は深いと思われます。今後、破壊的イノベーションの具体的方法のひとつとして、実務的にも発展していくかもしれません。

一方、KimMauborgneはブルー・オーシャン戦略を提唱しています。これは血みどろの戦いが繰り広げられるレッド・オーシャンから抜け出して「競争のない市場空間を生み出して競争を無意味にする」ブルー・オーシャンを創造することが重要な戦略行為である、と説くものです[文献6、p.4]。破壊的イノベーションの成功の一要因は既存企業との競合が起こりにくいことであることを考えれば、両者が目指すものは近い(特に、新市場型破壊のイノベーションと近い)と言えると思います。ただし、完全に競争のない市場の確立と維持ができなければ、いずれ既存企業や競合企業との競争が発生しますので、上記のような既存企業との競争のメカニズムも念頭におくべきであると思います(その点、破壊的イノベーションの理論の方が具体的で使いやすいと思います)。

他社との競合を避ける(自然と競合が起こらない状況になる場合も含めて)ことによって成功の確率を高めようとする考え方は確かに魅力的ではありますが、すでにある事業分野でそれなりの成功を収めている企業にとっては持続的イノベーションも重要です。実際、破壊的イノベーションの提唱者らも、「一般に、地位を確立している企業であれば、イノベーション資源の少なくとも80%を持続的な改良に配分することを推奨する」[文献4、p.376]としており、持続的イノベーションの重要性もよく認識する必要があります。

どのようなイノベーションを狙い、どのようにイノベーションを進めるべきかについて、Mooreは企業、技術、市場などの状況に応じて進め方を変える必要があると述べています[文献7、8]。考慮すべき状況として挙げられているものは、イノベーションの発展段階、市場の成熟度、企業の型(コンプレックスシステム-複雑な問題を解決するコンサルティング的要素が大きい個別ソリューションが提供される、ボリュームオペレーション-標準化された製品と商取引により大量販売市場でビジネスを遂行する[文献7、p.37])、競合他社に対する長期的な優位性を企業にもたらしてくれる要素(コア)かそうでないか、ある要素がうまく稼働しなかった場合には企業に深刻な結果がもたらされる(ミッション・クリティカル)かどうか[文献7、p.268]、競合他社との競争や自社のしがらみからの脱出[文献8]といった点です。このような細かな場合分けによる戦略は実用的には煩雑にすぎると思われますが、特定の状況におけるイノベーション上の問題解決には使える可能性があるように思います。

結局のところ、企業活動に貢献可能な成功確率の高い研究テーマを設定するためには、その研究やイノベーションが企業活動にどう影響するかをしっかりと認識し、状況に応じたテーマ設定が必要になるということでしょう。破壊的イノベーションのもたらす影響は大きく、その理論による成功や失敗の予測は(少なくとも他の理論よりは)高いと思われますので、この理論を無視することは得策ではないと言えると思いますが、それだけで十分というほど、イノベーションは簡単な問題ではないと思います。Christensenも「一面的な技術戦略をとるのは賢明なことではない。企業は、破壊的技術と持続的技術のどちらに取り組むかによって、明確に異なる姿勢をとる必要がある」[文献1p.270]と述べているように、テーマの設定だけでなく、その内容や状況に応じて進め方を変えるということも必須です。そのためにも、どんなテーマを設定し、それをどのように進めれば成功に至る可能性が高まるのか、というイノベーションのメカニズムをできるだけ実証的に理解することが、イノベーションのあるべき姿の追求ととともに重要なことなのではないかと思います。

考察:破壊的イノベーション理論の意義と重要な示唆

どんな研究をどのように行なえばイノベーションがうまく実現できるのか、ということは研究者であれば誰もが考えることです。しかし、研究者はえてして技術的成功に気をとられることが多く、企業的成功まで考えが及ばないことがあります。その理由のひとつには、技術的成功と事業の成功の関係が明確になっていないことが影響しているでしょうが、イノベーションについて経営学上の検討がなされていないわけではなく、ドラッカーをはじめとして多くの重要な指摘があります。しかし、経営理念から演繹的に述べられた示唆は、それが理屈では非常に納得できるものであっても、その主張を裏付ける実績なり理論なりがなければ、技術者にとってはどうしても縁遠く感じてしまいます。そこに現れたのがChristensenによる破壊的イノベーションの理論でした。技術者にとっては、破壊的イノベーション理論で示された実証的な考え方は、従来の経営理論を補うものとして受け入れやすく感じられたものです。もちろん、実証的とは言っても、科学的な証明にはほど遠いものですが、それでも経営の世界でここまでもっともらしく思われる理論が提出されたことは大きな驚きでした。

破壊的イノベーションの理論には、上述した既存企業の地位を脅かすメカニズムの他にも、イノベーションの成否を予測する上で重要な示唆がありますので、以下にまとめておきたいと思います。

・技術進歩は消費者のニーズを越えて進みやすい→トップ企業はオーバースペック製品を生みやすい。後発企業がトップ企業に追いつくことよりも、ニーズに追いつくことの方が容易。

・消費者は自分の本当のニーズを知らないことがある。

・既存企業にとっては、参入してきたばかりの後発企業と競争する必要性が感じられにくい(不均等の意欲)

・既存企業にとっては、生まれたばかりの破壊的技術を重要視しにくい社内のバイアスがある。

これらの原理は、破壊的イノベーターの成功を説明する手がかりになっているわけですが、実際には、破壊的イノベーションに限らず既存企業の活動の様々な場面で現れてくる現象のように思います。イノベーションの成功の理由の分析は、ともすると勝った企業の成功譚に基づいて行われがちですが、実は負けた方にもそれなりの理由があること、いくつかの原理の積み重ねで成功や失敗が決まる可能性を示したことが、Christensenの貢献のひとつではないかと思います。破壊的イノベーションは、単なる事例ではなく、技術に関わる経営を支配する原則の一部かもしれないという気がしますが、いかがでしょうか。



文献1:Christensen, C.M, 1997、クレイトン・クリステンセン著、伊豆原弓訳、「イノベーションへのジレンマ」、翔泳社、2000.

文献2:Christensen, C.M, Anthony, S.D., Roth, E.A., 2004、クレイトン・M・クリステンセン、スコット・D・アンソニー、エリック・A・ロス著、宮本喜一訳、「明日は誰のものか」、ランダムハウス講談社、2005.

文献3:Christensen, C.M, Raynor, M.E, 2003、クレイトン・クリステンセン、マイケル・レイナー著、桜井祐子訳、「イノベーションへの解」、翔泳社、2003.

文献4:Anthony, S.D., Johnson, M.W., Sinfield, J.V., Altman, E.J., 2008、スコット・アンソニー、マーク・ジョンソン、ジョセフ・シンフィールド、エリザベス・アルトマン著、栗原潔訳、「イノベーションへの解実践編」、翔泳社、2008.

文献5:Govindarajan, V., Trimble, C., 2012、ビジャイ・ゴビンダラジャン、クリス・トリンブル著、渡部典子訳、「リバース・イノベーション 新興国の名もない企業が世界市場を支配するとき」、ダイヤモンド社、2012.

文献6:Kim, W.C., Mauborgne, R., 2005W・チャン・キム、レネ・モボルニュ著、有賀裕子訳、「ブルー・オーシャン戦略」、ランダムハウス講談社、2005.

文献7:Moore, G.A., 2005、ジェフリー・ムーア著、栗原潔訳、「ライフサイクルイノベーション」、翔泳社、2006.

文献8:Moore, G.A., 2011、ジェフリー・ムーア著、栗原潔訳、「エスケープ・ベロシティ キャズムを埋める成長戦略」、翔泳社、2011.



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「エスケープ・ベロシティ」(ジェフリー・ムーア著)感想

イノベーションには数々の困難があるといわれます。なかでも、それなりの地位を築いた既存企業が、イノベーションをうまく進められなかったり環境の変化についていけなくなったりする場合があることは、研究に携わるものとして真剣に考えておかなければならない問題と言えるでしょう。

ジェフリー・ムーア氏は、著書「エスケープ・ベロシティ」のなかで、「本書の目的は企業を過去の引力から解き放つことだ。」[文献1p.1]と述べています。エスケープ・ベロシティ(脱出速度)とは、「ロケットが地球の重力圏を振り切って宇宙に飛び出して行くために必要な速度」[文献1(訳者あとがき)、p.255]ですから、著者はそのアナロジーを用いて、企業が既存のしがらみや障害(引力)を克服してイノベーションを起こす方法を述べようとしていると考えられます。この「脱出速度」という例えが面白いと思うのは、脱出速度の方向と大きさが適正でないと、いくら燃料を噴射しても重力圏から抜け出すことができず、努力が実を結ばない結果になるという点で、これが、ビジネスの世界において往々にして起こる「研究開発の投資が実を結ばない」という事態と似ていることでしょう。ちなみに、原著の表題は、「ESCAPE VELOCITY: Free Your Company’s Future From the Pull of the Past」であり、上記の本書の目的がそのまま副題になっています。本書の内容については、訳者による詳しいまとめがあります[文献2、3]ので、本稿では、研究開発を進める立場から特に重要と思われる点をまとめてみたいと思います。

本書では、「脱出」について、上述の「過去の引力から」の脱出と、「競合他社の重力圏から」の脱出[文献1、p.33]を想定しているようです。「過去の引力」、というのは、例えば、新規成長事業への資源配分が、過去のやり方にとらわれて効果的に行なわれないような事態を指していますが、これは既存企業が新たなイノベーションの機会に対応できない理由としてChristensenが「イノベーションのジレンマ」[文献4]で指摘していることと本質的に同じでしょう。「競合他社の重力圏からの脱出」というのは、例えば市場における地位(リーダーなのかどうか等)や、ブランド力、製品の魅力、競争の激しさなどの理由で、企業が収益を上げにくい環境にある場合、その状態からの脱出を意図しているものと考えられます。著者は、以下の5つの「力の階層」のフレームワークに基づいて、メリハリのある投資を行なうことがこうした引力からの脱出に必要、としています。以下にその重要ポイントをピックアップしてみます。

1、カテゴリー力Category Power: Reengineering Portfolio Management)[文献1、p.43-84

・カテゴリー成熟化ライフサイクル:カテゴリー力の中心をなしているのがカテゴリー成熟化ライフサイクルです。このライフサイクルには5つの状態、すなわち、A、新興カテゴリー(新しい富を生み出す原動力が生まれる時の混沌状態)、B、成長カテゴリー(市場が成長している状態であり多大な富が得られる)、C、成熟カテゴリー(市場が成熟して周期的成長の段階に至り、安定的な富が得られる)、D、衰退カテゴリー(定常的マイナス成長になる)、E、ライフサイクルの終わり、からなります。著者は、「望ましい状態は、ステージBでイノベーションのサイクルを継続的に回し、成熟化させたステージCで長期的な基盤を築き、ステージAに時折参入し、ステージDでの事業撤退から得た資産を活用し、ステージEには絶対関与しないようにすること」と述べています[文献1、p.52]。

・3つのホライゾンモデル:マッキンゼーのバグハイらによるモデル。ホライゾン1は、市場投入から12ヶ月までの間に相当のリターンを生む。ホライゾン2は高成長で多大なリターンが期待されるが、リターンまでに1236ヶ月を要する。ホライゾン3は、リターンは36ヶ月以降。

既存企業では、投資がステージC、ホライゾン1(安定的、短期収益)に行きがちで、本来投資が必要なステージB、ホライゾン2には経営資源が行き渡らず、脱出速度が達成できないことが多いとされています。

2、企業力Company Power: Making Asymmetrical Bets)[文献1、p.85-124

・競合差別化:競合他社との「どんぐりの背比べ」から脱却することが必要。メリハリのある経営資源配分を行なって、比類のない差別化された製品やサービスを提供する。

・ビジネス・アーキテクチャ:コンプレックスシステム(複雑な課題に対し、独自性が高いソリューションを提供する)か、ボリュームオペレーション(パッケージ化された製品やサービスを提供する)かを識別する。

・市場における3つの階層(ティア):市場におけるリーダー企業、他の有名ブランド、あまり著名でない企業の3つの階層。

・クラウン・ジュエル(Crown Jewels):差別化創出のための資産。テクノロジー、専門知識、プラットフォーム製品、熱心な顧客、規模、フランド、ビジネスモデル。

メリハリのある投資には「1にリーダーシップ、2にマネジメント」のアプローチが必要であり、上記の要因を識別しそれに応じた対応をすべきと考えられます。

3、市場力Market Power: Capitalizing on Market in Transition)[文献1、p.125-163

・特定の市場セグメントにおいて優位性を獲得するため、次の9つのポイントに着目する。1)ターゲット顧客、2)強力な購買理由、3)ホールオファー(当座の問題に対する解決策)、4)パートナー、5)販売戦略、6)価格戦略、7)競合、8)ポジショニング、9)次のターゲット。

4、製品力Offer Power: Breaking the Ties That Bind)[文献1、p.165-201

・イノベーションの経済的効果のモデル:差別化イノベーション(競合製品との差異を提供)、中立化イノベーション(競合他社の変化に追随し、素早く追いつき、競合の差別化因子を無力化する)、生産性イノベーション(生産性を向上させ、その資源を必要な分野に投入できるようにする)を区別する。それぞれの狙いと活用のしかたを混同してはならない。

・コア-コンテキスト・モデル:コア(差別化に寄与する要素)、コンテキスト(それ以外、例えば競合内にとどまるための活動)を区別する。

5、実行力Execution Power: Engineering the Escape)[文献1、p.203-234

・実行のアークのモデル:発明(差別化を実現するのに十分なイノベーションを行なう)-展開(差別化の基礎となる活動を制度化し、拡張可能にし、長期的に維持可能にする)-最適化(成熟市場において行なう)に移行するモデル。これらに加えて、その移行をスムーズに行なうことも重要。それぞれのフェーズに適した人材や組織も異なる。

以上、著者の基本的な考え方は、それぞれのフレームワークにより、現状を認識し状況によって場合分けして、最適なマネジメントのやり方を実行する、というものだと思います。なお、本書では、これ以外のフレームワークやモデルも提示されていますので、具体的な方法に興味のある方は原著をご参照ください。

研究を担当している者にとっても、自らの研究の性格や位置づけ(例えば、研究対象がどのカテゴリーに属しているのか、どんな経済的効果を狙ったものなのか、など)を理解して研究することは、研究の方向性を正しく維持し期待された成果を得るために重要なことだと思いますので、このようなフレームワークを活用する価値はあると思われます。ただ、著者の考え方は具体的データによる裏付けに乏しいため、どんな状況でも有効なのかどうかがわからず、ひとつの意見として受け取るしかないと感じられた点は少し残念でした。もちろん、著者のコンサルタントとしての実績を考慮すれば、仮説として一考以上の価値があると思いますし、実際、研究の実務の観点からも大きな違和感はありませんでしたので、少なくともかなり使えそうな考え方であるということは言ってもよいと思います。

もう一点、著者の指摘がトップマネジメント層に向けられているように思われる点は、一研究者としての限界を感じさせられるものでもありました。著者の言うとおり、脱出速度の達成がイノベーションにとって重要だとしても、経営層が過去の引力にとらわれていて、イノベーションの阻害要因になっている場合には、どうやって脱出速度を獲得すればよいのかが明確ではありません。研究者自身、既存のしがらみからの脱出が必須のことであることは感じている場合が多いと思うのですが、どうしたらよいのか、というところで悩むことも多いように思います。著者の指摘のポイントを認識すれば、脱出速度達成に向けてボトムアップで経営層を動かすことが可能なのかどうか。重要な素材は提供されていると思いますので、あとは読者の創意工夫と実行力の問題なのかもしれません。


文献1:Geoffrey A. Moore2011、ジェフリー・ムーア著、栗原潔訳、「エスケープ・ベロシティ キャズムを埋める成長戦略」、翔泳社、2011.

文献2:栗原潔、「ジェフリー・ムーア『エスケープ・ベロシティ』からみる脱出速度を超える経営とは?」、EnterpriseZine2012.7.2.

http://enterprisezine.jp/bizgene/detail/4033

文献3:栗原潔、「『エスケープ・ベロシティ』解説(全7回)」、TechVisor.JP 栗原潔のIT弁理士日記、2012.1.3-27.

(第1回はこちら) http://www.techvisor.jp/blog/archives/2094

文献4:Christensen, C.M, 1997、クレイトン・クリステンセン著、伊豆原弓訳、「イノベーションのジレンマ」、翔泳社、2000.

参考リンク<2013.1.14追加>



 

 

ノート4:企業の収益源となる研究テーマの設定

研究テーマの設定

今まで(ノート1~3)に述べた基本的な事柄について認識したうえで、どのような研究テーマに取り組むべきかを考えてみたいと思います。ノート1でも述べたように、研究の目的として何らかの形で企業活動に貢献しようとする前提で考える場合、以下の3つのアプローチによるテーマ設定が有効なのではないかと思われます。

①企業の収益源となるテーマ

②企業が研究部門に求めているテーマ

③研究部門が実施したいと考えるテーマ

なお、ここでは研究テーマが上記の3種類に分類できると言っているわけではありません。2つ以上のケースに該当する場合もあるでしょう。しかし、いずれの分類でも企業活動への何らかの貢献が期待できるのではないか、という視点で分類を考えてみたものです(このどれにもあてはまらない場合にはそのテーマを実施する意味はかなり低くなるように思っています)。従来の研究テーマの分類方法としては、テーマの発生のしかたに基づく分類(トップダウン、ボトムアップ、ニーズ志向、シーズ志向など)がよくなされると思いますが、それとは異なり、何らかの役に立つという視点での分類を試みた、ということです。なお、トップダウン、ニーズ志向と呼ばれるテーマはおよそ②の区分に、ボトムアップ、シーズ志向のテーマはおよそ③に分類されることになると思われますが、以下では上記分類に従って、研究テーマのアプローチやテーマの性格の違いからどのようなことが考えられるか、どのような進め方をすべきか、などを議論してみたいと思います。

 

①企業の収益源となるテーマの設定

どのようなテーマに取り組めば企業活動に最も貢献できるのでしょうか。この問題を考える上でChristensenの分析は無視することができないものと思われます。

Christensenは、業界をリードしていた優良な企業が、ある種の市場や技術の変化に直面したとき、特段の経営上の失敗もないのにその地位を守ることに失敗した例の分析を行ない、次のようなメカニズムが存在することを示しています。[文献1に基づき要約]

・ある技術の改良の速度が技術的要求(ニーズ)の進歩の速度を上回ることがある。

・その結果、技術はオーバースペックになる。

・オーバースペック技術であっても、収益率は高いことが多いし、ハイスペックを求める顧客も存在するので、企業はその技術をさらに進歩させようとする。

・往々にして収益性の高さや、既存顧客の確保のために、オーバースペック技術の開発に資源を集中させる。

・その結果、ハイスペックを求めない市場への興味を失い、対応が手薄になる。

・ハイスペックを求めない市場に新たな企業が参入する。

その参入方法は、以下の2通りの場合があるとされます。[文献2、p.493、500に基づき要約]

a)ハイスペックを求めない顧客(ローエンドにいる顧客)に対し、それまで以上の利便性か低い価格を用意する場合

b)従来のスペックで重視される尺度から見れば限界はあるものの今までにない特性からすれば様々な恩恵を与えてくれる製品で新たなマーケットを創造する場合

・いずれの場合も既存企業から見れば利益率が低かったり、市場が小さかったりして魅力の薄い市場であるため、既存企業と新規参入企業間での競争は起こりにくく、新規参入企業の成長は妨げられない。

・新規参入企業の進歩により、既存企業は従来の市場を奪われ、限られた顧客向けのハイスペック市場に追いやられたり、新規参入企業が開拓した新たなマーケットへの参入を試みても失敗したりする。

・その結果、既存企業は優位な地位を失う。

 

このメカニズムにおいて、新たに参入する企業が武器として活用する製品ないしビジネスモデルは「破壊的(disruptive)イノベーション」と呼ばれ、既存企業が狙うハイスペックな技術、製品、ビジネスモデルは「持続的(sustaining)イノベーション」([文献2]では「生き残りのイノベーション」と訳されています)と呼ばれ、さらに破壊的イノベーションのa)の場合が「ローエンド型破壊」、b)の場合が「新市場型破壊」と呼ばれています[文献3、p.55]。

 

Christensenはこのメカニズムに基づき「既存事業を成長させるためには持続的イノベーションが重要だが、新成長事業として成功する確率が高いのは破壊的戦略である」[文献3、p.125]と述べています。さらにChristensenの共同研究者らは「持続的イノベーションだけを行なっている企業は、破壊的イノベーションを行なう他社に市場奪回の機会を提供してしまったり、すばらしい成長機会が間近にあるにもかかわらずそれを逸してしまったりという結果になる」[文献4、p.9]、「学術的研究によれば、持続的イノベーションにおける戦いでは常に既存プレーヤーが勝利する」が、「破壊的イノベーションの戦いにおいては、ほとんどの既存のプレーヤーが敗れることを示唆する調査結果がある」[文献4、p.26]という見解も述べています。

 

一方、Kim、Mauborgneはブルー・オーシャン戦略を提唱しています。これは血みどろの戦いが繰り広げられるレッド・オーシャンから抜け出して「競争のない市場空間を生み出して競争を無意味にする」ブルー・オーシャンを創造することが重要な戦略行為である、と説くものです[文献5、p.4]。破壊的イノベーションの成功の一要因は既存企業との競合が起こりにくいことであることを考えれば、両者が目指すものは近い(特に、新市場型破壊のイノベーションと近い)と言えるのではないでしょうか。(ただ、理論を実践するという立場からは、破壊的イノベーションの理論の方が具体的で使いやすいように思えます)。

 

このような他社との競合を避ける(自然と競合が起こらない状況になる場合も含めて)ことがポイントのひとつであるという考え方は確かに魅力的ではありますが、すでにある事業分野でそれなりの成功を収めている企業にとっては持続的イノベーションが重要な場合もあるはずです。実際、破壊的イノベーションの提唱者らも、「一般に、地位を確立している企業であれば、イノベーション資源の少なくとも80%を持続的な改良に配分することを推奨する」[文献4、p.376]としており、持続的イノベーション自体は重要なものであるという認識は間違っていないのだと思われます。

 

こうした状況に対し、Mooreは企業、技術、市場などの状況に応じてどのようなイノベーションを狙い、どのようにイノベーションを進めるべきかについて論じています[文献6]。ここで考慮すべき状況として挙げられているものは、イノベーションの発展段階、市場の成熟度、企業の型(コンプレックスシステム-複雑な問題を解決するコンサルティング的要素が大きい個別ソリューションが提供される、ボリュームオペレーション-標準化された製品と商取引により大量販売市場でビジネスを遂行する[文献6、p.37])、競合他社に対する長期的な優位性を企業にもたらしてくれる要素(コア)かそうでないか、ある要素がうまく稼働しなかった場合には企業に深刻な結果がもたらされる(ミッション・クリティカル)かどうか[文献6、p.268]といった点ですが、それぞれの状況や要素に応じて、進め方を変える必要があると述べています。このような細かな場合分けは大局的な観点からは煩雑にすぎるかもしれませんが、実行時に考慮しておくべき状況のチェックリストとしては有用と思われます。

 

結局のところ、企業活動に貢献するテーマの設定のためには、イノベーションが企業活動にどのように影響するかをしっかりと認識することが必須と思われます。この点において、破壊的イノベーションの考え方は無視できないと思われますがそれだけで十分というわけではなく、企業や技術の状況に応じたテーマ設定が必要ということでしょう。加えて、Christensenも「一面的な技術戦略をとるのは賢明なことではない。企業は、破壊的技術と持続的技術のどちらに取り組むかによって、明確に異なる姿勢をとる必要がある」[文献1、p.270]と述べているように、設定されたテーマや状況に応じて進め方を変えるということが必須であると言えるでしょう。もし、業務の進め方が変えられないのであれば、できうる進め方の範囲でテーマを設定するしかないのかもしれません。もちろん、それで企業が長期的に存続できるかどうかはわかりませんが。

 

 

文献1:Christensen, C.M, 1997、伊豆原弓訳、「イノベーションのジレンマ」、翔泳社、2000.

文献2:Christensen, C.M, Anthony, S.D., Roth, E.A., 2004、宮本喜一訳、「明日は誰のものか」、ランダムハウス講談社、2005.

文献3:Christensen, C.M, Raynor, M.E, 2003、桜井祐子訳、「イノベーションへの解」、翔泳社、2003.

文献4:Anthony, S.D., Johnson, M.W., Sinfield, J.V., Altman, E.J., 2008、栗原潔訳、「イノベーションへの解実践編」、翔泳社、2008.

文献5:Kim, W.C., Mauborgne, R., 2005、有賀裕子訳、「ブルー・オーシャン戦略」、ランダムハウス講談社、2005.

文献6:Moore, G.A., 2005、栗原潔訳、「ライフサイクルイノベーション」、翔泳社、2006.


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ノート4改訂版(2013.7.28)
 

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