研究開発マネジメントノート

研究開発とそのマネジメントについてのいろいろ

コミュニケーション

誤解を生む原因は何か(垂水雄二著「科学はなぜ誤解されるのか」より)

コミュニケーションにおける誤解は、様々なトラブルや不快の種になります。特に、科学技術の話題の場合、誤解を受けたり、理解してもらえなかったりすることはよくあります。専門外の人には話の内容がわかりにくいためもあるとは思いますが、はたしてそれだけが原因なのでしょうか。

垂水雄二著、「科学はなぜ誤解されるのか わかりにくさの理由を探る」[文献1]では、特に科学の分野で、どんなことが誤解の原因になるのかがが述べられています。単に、ていねいに説明すれば誤解が防げる、という類のものではない誤解の原因とは何か、本書の指摘はコミュニケーションを実践する上でも役に立つと感じましたので、今回はそのポイントをまとめておきたいと思います。

第1章、科学的コミュニケーションを損なう要因
1、科学者の側の誤った情報発信

・捏造:「ほとんどの不正行為には、研究者自身の学問上の利益がかかわっている。学問上の利益は、研究費の獲得と学者としての業績(名声)に大別される。[p.17]」
・信念や思いこみ:「捏造という意識のないまま、自らの信念を裏づける実験結果をつくりだしてしまうこともありうる。[p.18-19]」
・悪意のない捏造:「データのねつ造はあってはならないことだが、データの取捨選択というのは、ある程度ならば、ほとんどの研究者がおこなっているといえるだろう。[p.24]」
・パラダイムの違いがもたらす誤謬

・「さまざまな理由で研究者は誤りを犯し、まちがった情報を発してしまうことがある。しかし、科学の最大の特徴は、その成果が累積され、つねに追試によって、誤りが正されていくところにある。[p.29]」
2、受け手の問題
・「受け手の側は、正しい情報と誤った情報を区別する必要があるのだが、学者でない一般人にとって見分けるのは容易ではない。多くの人は、科学的な根拠を考えるよりも、自分の考えに都合のいい発言だけを見つけ出して、それをよりどころにしがちである。[p.30]」
・正しい情報を知るためのヒント:「情報の発信者の信頼性」、「従来メディアの情報は、仕事の粗密はあるにせよ基本的に複数の人間による編集(エディション)・校閲という作業を経ており、それを通じて最低限の正しさが保証されている」、「一次情報に当たること」、「出典の明示」[p.31-33
・メディアによる歪曲:「記者が自分の偏見や思想のために、科学的に許容される以上の意味を読み取って誇張する」
・医学的効果は単純でない:「病気の原因と発症が単純な因果関係で結ばれていることはまずない。[p.38]」
・集団心理:「人間の心には騙しに弱いという性向が備わっている。[p.40]」

第2章、騙されやすさは人間の本質――知覚の落とし穴
1、比喩的表現の功罪
・「あらゆる感覚について、他人がどう感じているかは外からうかがい知ることはできない。・・・感情がどういうものかは、自分の感情を基本にして類推するしかない。[p.44]」
・擬人主義・比喩的表現:「科学啓蒙において、むずかしい概念をやさしく説明するために、擬人的な表現は時として必要である。しかし、たやすい理解には必ず誤解がつきまとう。・・・科学的に難解な概念や事柄を比喩的な表現によって理解するのは、自分の腑に落ちる部分だけをわかったつもりになるということでもある。[p.47-48]」
・科学用語:「研究者は厳密に定義して使うのだが、その言葉を受け取る側はその用語がもつ他の意味、つまり言葉が本来もっている『定義に含まれない』意味を読み取り、書き手の方もそれを暗黙の前提としていることがある。ここに、知の欺瞞への誘惑がある。[p.50]」
2、感じたことが事実とは限らない
・「知覚はあくまで脳が感じるものであり、どれほど知覚がリアルであっても、それが現実の世界とはかならずしも対応していない場合がある[p.56]」
・「補正能力」や「感覚順応」のため、「あるがままに感知するというのは至難のわざ[p.61]」
・記憶、体験談もあてにならない。[p.62-65

第3章、複雑な現象の理解は簡単ではない
1、条件反射的思考の弱点
・「生物が生き残っていくためには、不都合な状態を察知して逃れ、所定の目的をとどこおりなく果たすことができなければならない。進化の歴史を通じて、動物にはそういう能力として、反射行動を含めた生得的行動パターン、いわゆる本能が備わっている。」、「Aという出来事のあとにBという出来事が一定の割合で起これば、ABのあいだには相関(前後)関係があるといえるが、この相関関係を因果関係とみなして神経回路に組み込むのが条件反射である。[p.67-68
2、確率的事象の世界
・「確率論的な事象における因果関係を知るためには、統計学的手法が必要である。[p.77]」
・「集団の確率的事象と個人の事象は次元の異なるものであるという事実は、人間にはなかなか呑み込みにくい[p.95]」
3、統計の嘘
・「ある集団の性質について統計的な結論を得るためには、まず基本となる標本データが正しくなければならない。統計学的に言えば、無作為に抽出された標本でなければならない[p.97]」
・「統計でいちばん大事なことの一つは標本(サンプル)の数である。[p.99]」
・対照実験が必要[p.100
・「どの回帰曲線が妥当であるかの判断は、統計学的な精度だけでは決まらない。その式を成り立たせるような因果関係の推定こそが決め手になる。見ている現象の背後にあるメカニズムを考える研究者の想像力が問われるのである。[p.104]」
・「統計は見えないものをわからせてくれる強力な科学的武器ではある反面、数字を出すことによって、さしたる根拠のない推測を、まるで科学的な裏付けのある真理のごとく思わせる力がある。統計はあくまで手段でしかないことを肝に銘じておくべきである。[p.112]」

つづく、第4章と第5章では、ダーウィンの進化論における誤解と、ドーキンスの利己的な遺伝にかかわる誤解の例が取り上げられています。以下は、その中から他の分野にも有用な示唆を与えると思われる指摘を拾っておきたいと思います。
・「進化論が社会学にも使えることをいち早く理解したのが、ハーバート・スペンサーだった。スペンサーは生物界の現象である進化を人間の社会や文化にも適用できるものとし、社会進化論を提唱した。このとき彼が使った二つの造語が進化論の普及に大きく貢献するのだが、そこにも言葉のイメージによる誤解と歪曲の道が待ち受けていた。・・・『進化』を表す造語としてのevolutionは、それがあらかじめ定められた目的に向かっての展開であるかのような錯覚を抱かせる。・・・スペンサーが自然淘汰をsurvival of the fittestと言い換えたのも、進化が殺し合いによる生き残り競争であるかのようなイメージを与えた。[p.140-141]」
・「環境により適応したものがより多くの子孫を残すという自然淘汰の穏やかな作用は、血まみれの弱肉強食の闘いへと姿を変えてしまった。そして、強いものが弱いものを打ち負かしていいという資本主義・植民地主義擁護の論理へと転換していく。[p.142]」
・「優生学の創設者ゴルトンは、イギリス国民の劣化を憂い、それを防ぐために、才能ある人が多くの子孫を残し、能力の劣る人の繁殖を抑制する必要があると考えた。いってみれば自然淘汰がおこなう劣悪者の除去を人為淘汰によっておこなうという発想だった。・・・ドイツにおいては、・・・ヒトラーが登場し、米国における優生政策を手本に、・・・最優秀民族たるドイツ国民、アーリア系民族の繁栄という目的達成のためにユダヤ人の撲滅(ホロコースト)を画策した。[p.144-145
・「ダーウィンの進化論と社会ダーウィン主義との間には根本的な違いがある。後者には自然淘汰による形質の分岐、種分化という視点がまったく欠落していることである。具体的にはまず、<野蛮→未開→文明>、あるいは<黒人→黄色人種→白人>という風に、進化の系列を下等なものから高等なものへと直線的な序列と考えていることである。ダーウィンの進化はそれに対して樹状パターンをなすもので、単純にどれが下等でどれが高等とか言えるものではない。第二に、社会ダーウィン主義は、進化を進歩と同一視したことで、ダーウィンのように環境に対する適応が自然淘汰によって促進されるとは考えなかった。進化のメカニズムとして内在的な傾向を仮定していたのである。[p.146-147]」
・「『利己的な遺伝子』がいい意味も悪い意味も含めて多くの人の注目を集めたのは比喩の力だった。[p.178]」
・「『利己的』という・・・擬人的な言葉の使い方によって、一般の読者が・・・この本が人間の利己心や利己主義を擁護していると誤解してしまう・・・。・・・『利己的な』遺伝子という誤解を招きやすい擬人的な表現をあえて使わなければならなかった理由は何だったのか。それは自然淘汰の原理にかかわっている。自然淘汰は単位が生物個体であれなんであれ生存競争を通じて実現されるが、それはつまり、単位のそれぞれが利己的に振る舞うことを前提にしている。ダーウィンは自然淘汰の単位は生物個体であると考えたが、集団遺伝学に依拠する進化の総合説では、遺伝子が単位であると考える。利己的行動の進化にその違いをあてはめれば、利己的に振る舞う単位は個体なのか、それとも遺伝子なのかという問いになる。つまり、『利己的な遺伝子』というのはこの自然淘汰の単位のことをいっているのである。したがって『遺伝子が利己的だ』と言っているわけではなく、『利己的なのは(個体ではなく)遺伝子なのだ』と言っているのである。まことに逆説的なのだが、こういう観点は動物の『利他的な』行動の進化を説明するために生まれてきたのである。[p.171]」
―――


もちろん、本書に述べられた原因が誤解のすべての原因である、とは言えないと思います。しかし、大雑把に言えば、故意にせよ過失にせよ怠慢にせよ科学者の側の発信に問題がある場合、内容や意味が難しくて理解できないことや意識的ないし無意識的曲解などの受け手の問題、さらに伝え方の問題があり、誤解や内容が伝わりきらないことが発生する、ということなのではないかと思います。そしてそれが原因となって信頼感が損なわれ、ますますコミュニケーションが損なわれていくのではないでしょうか。科学的な内容の伝えにくさに問題の一端があることは確かかもしれませんが、本書の特徴は、言葉の選択という伝え方の問題によっても誤解が発生しうることを指摘している点でだと思います。著者は、「一般大衆へのひろい理解をひろめるためには、より魅力的な言葉遣いが必要だが、同時にそこには、誤解を招く要因も含まれることになるのである。本書は、科学コミュニケーションという側面から、科学用語の魅力と危うさについて論じたものである。[p.209]」と述べています。科学書の翻訳もされている著者ならではの重要な指摘だと思います。確かに比喩は説明スキルとして強力ですし、比喩的理解から新たな発想が生まれることもあるとは思います。しかし、比喩によるリスクもよく認識しておく必要があるといえるでしょう。

ビジネスの世界でも、コミュニケーションにおける誤解はよく起こります。自分の意見を述べるだけなら問題は少ないですが、自分の意見をサポートする「根拠、理屈」を説明したい場合には、それがどう理解されるかという点には注意が必要でしょう。自分が「根拠」だと思っていることが、受け手にとっては何の意味も持たないこともあるかもしれません。また、その「根拠」から新たな疑いが生まれてしまうこともあるかもしれません。マネジメントにおいても、動機づけのためには単にインセンティブを与えて命令するだけではなく、指示を受ける人が納得感を得られるようにすることが重要だと言われます。自分の意図が正しく伝わっているか、妙な誤解を生んでいないかは、折に触れて確認しておく必要があるでしょう。そんな時、自分が発信する情報がより正確で説得力のあるものになるように努力すると同時に、情報とその意味を正しく受け取れているか、コミュニケーションにおいて誤解されないような伝え方ができているかも再確認すべきなのだろうと思います。


文献1:垂水雄二、「科学はなぜ誤解されるのか わかりにくさの理由を探る」、平凡社、2014.

参考リンク



「誤解学」(西成活裕著)感想

人間である以上、思考や行動には間違いがつきものでしょう。物事の解釈や理解において間違えることが、「誤解」の普通の意味だと思いますが、場合によってその誤解が人間の活動の大きな障害になることもよくあります。誤解のもたらす不利益を避けるには、まずは「誤解」をよく知ることが必要ではないでしょうか。

西成活裕著「誤解学」[文献1]では、誤解とは何か(どういうことか)、その原因や対応などについて、数理的手法も用いた著者の考えがまとめられています。人間の思考に関わる問題に数理的モデルを使うこと自体興味深いですし、そこから得られる示唆も、マネジメントを考える上で役に立つ気がしますので、今回は、その内容のなかから興味深く感じた点をまとめたいと思います。

コミュニケーションのモデル化(IMV分析)による誤解の定義
・I(intention、真意・意図)、M(message、情報)、V(view、見解・解釈)
・伝え手Aは、その真意Iに基づいて、メッセージMを発し、受け手Bは、Mに基づいてAの意図を解釈Vする。(ミニマムモデル:I→M→V)[p.46
・M(情報)→V(解釈)を詳しくみると、M→U(understand、理解)→V(解釈)となる。M→UはMそのものの言葉の理解、U→Vは言葉からその意味を理解するプロセス。[p.53
・受け手Bが理解した伝え手Aの真意Iが、実際のAの真意と一致すれば、誤解のない状態と考えられるが、実際に一致したかどうかは、AもBにもわからない(相手の心の中はわからないので)。[p.63
・コミュニケーションのモデル:伝え手Aの真意IAがメッセージMAによって受け手Bの心に解釈VB(IAはこうであろう、というBの解釈VB)を生み、BはVBに基づいて考えたBの更新された真意IBに基づいてメッセージMBを発し、そのメッセージを受けたAは、BがIAについてどのように考えているかを解釈する(VA)。IA=VAならAはBが誤解していないと感じ、IA≠VAならAはBが誤解していると感じることになる[p.66-70
・上記の細分化したプロセスのそれぞれが一致しているかどうかを検討することで誤解の原因がわかる。

合意とは
・表面合意(MA=MB)、解釈合意(VA=VB)、真意合意(IA=IB)。「客観的に決めることができるのは表面合意」[p.74]。「表面合意はやや強引な合意形成[p.183]」。解釈合意は、「両者でお互いについて想像していることが一致している。・・・これは表面合意よりも好ましい状況である[p.182-183]」
・相手のメッセージにより自分の真意Iを変える割合を頑固度Kと置くと、最終的な合意点が予言できる(実際には、Kの変化等の複雑な要因が関与する)。[p.81
・VとIがどれぐらいズレるかの指標として伝達度Gを導入することによって、コミュニケーションのミニマムモデルが完成する。二者の特性として、それぞれの頑固度と伝達度をパラメーターとして決めると、「モデルを用いて初めの意見がどのように変化していくのかを理論的に調べることができる[p.88]」。

誤解の原因
・伝え手の問題:伝える力の問題、メッセージそのものが持つ限界。省略、暗黙の了解の程度、受け手に関する情報、受け手の理解のスピード、言葉の語感、外延、ノンバーバルメッセージ[p.95-113]。
・受け手の問題:受け手の理解力、注意のメカニズム(重要でないと認識された情報は捨てられる)、先入観、一般化、二者間の信頼関係、思考体力、盲信。[p.114-130

誤解への対応
・収束型:二者がメッセージのやりとりをすることで誤解が解けていく。「この誤解を解消しようとする行為は、それなりに時間を割かなければならないため、コストがかかる[p.136]」。「真意で合意することと、誤解を解消することは異なる・・・一般に真意合意に達するのは不可能・・・。それでも誤解を感じないIA=VAとなるコミュニケーションは可能なのである。つまり、我々は真意での合意を望むのではなく、お互いが誤解していると感じないように努力することこそが正解なのだ。[p.142]」
・発散型:「どちらか一方でも誤解の解消は不可能と考えた時になりやすい[p.143]。ケンカ分かれ、威嚇、逃避など。誤解はストレス。
・中立型:「誤解の解消を目指すというよりも、むしろこれ以上広がらないようにしようとする・・・簡単に言えば『気にしない戦略』[p.145-146]」。「最も大切だと考えているのが、あきらめの境地である。それによる中立型こそが、本当に誤解で悩んでしまったときに私たちを助けてくれるものであると私は信じている・・・。こうあるべきだ、あの考えは間違っている、みな私を誤解している、といった考えのすべては自分の心が作り出したものである。[p.153-154]」

真実誤解
・真実誤解:コミュニケーションによって発生した誤解ではなく、・・・誤った知識や先入観[p.71]」
・「『真実誤解』はコミュニケーションによって社会に広まっていく可能性が高い。私はこれこそ誤解が社会に与える影響として深刻なものの一つであると考えている[p.156]」。
・誤解しやすい真実の例:平均や分散という指標は意味のない値かもしれない、相関と因果の誤解、世界は無限というのは誤解、ゆとりをとることが無駄に思える、科学技術と便利さの誤解、渋滞における誤解
―――

自分の意思を様々な人に正しく理解してもらうこと、相手の意思を正しく理解することは、マネジメントをはじめとして人間関係を実りあるものにする上で重要でしょう。しかし、本書にも説明されているとおり、誤解を完全になくすことは不可能です。であれば、誤解のメカニズムを良く知り、誤解に基づく不利益をできるだけ小さくするように心掛ける、というのが現実的なあるべき姿、なのだろうと思います。

本書では、コミュニケーションに基づく誤解についての議論が主ですが、技術者としては、真実誤解についても興味のあるところです。というのは、技術者にとっては、例えば「実験事実を誤解してしまった」とか、「事実を良く調べると、現象を誤解していたことに気づいた」というような誤解を経験することも多いので、そうした誤解をどう考えるかも重要なように思います。試みに、そのような誤解を本書のモデルを使ってどう説明できるかを考えてみました。

研究などにおいてデータを解釈する場合を考えます。本書のコミュニケーションのモデルを使うと、情報の送り手Aを自然界などの研究対象とし、我々が知りたいことは、自然界における真理(IA)とすると、対象から得られたデータ(M)を、受け手である研究者Bが解釈(VB)して、自然界の真理IAはこうではないかという説(IB)を考える(あるいは、データを得る以前に持っていた古い仮説IB0を更新する)、ということになると思います。この時、自然が相手だと自然界の真理IAは変えようがないものと考えられます。すると、修正可能な(つまり、誤解が発生しうる)のはIBのみとなるところが、人間のコミュニケーションとの大きな違いでしょう。つまり、Bにとっての、VBとIB0の比較は、自らの仮説が誤解だと感じるかどうか、という情報を与えてくれるプロセスということになります。この時、重要なのは、自らの仮説が誤解だと感じない(VB=IB0)場合でも、そのIB0が真理IAと一致しているとは限らない、という点でしょう。つまり、VBとIB0の比較はVB≠IB0の場合に、自らの仮説が誤解であったことに気づかせてくれる可能性のあるプロセス、ということになります。自然に対して様々な働きかけ(実験、調査)を行って、様々なデータMを得て(あるいは、第三者CからのデータMやVCも参考になるかもしれません)、それを適切に解釈し(VB)、IBと比較して、IBを更新し、未知のIAに迫ろうとすること(より誤解の可能性の少ないIBを考えること)が、自然とのコミュニケーションとしての研究開発、ということなのかもしれません。人間のコミュニケーションの場合は、情報の伝え手、受け手の真意はわからないので、その比較はあまり意味のないことかもしれませんが、科学研究の場合は、自然の真意がわからないとしても、誤解を繰り返しながらその真意を探る努力が必要なのでしょう(もちろん、収束型だけではなく、中立型の対応が必要な場合もあると思いますが、発散型は望ましくないと思います)。本書に解説された、誤解を生む様々な要因(特に受け手の問題)をよく考えることは、人間同士のコミュニケーションだけでなく、自然とのコミュニケーションにも有意義なのではないでしょうか。


文献1:西成活裕著、「誤解学」、新潮社、2014.

参考リンク<2015.4.5追加>



ピープルアナリティクスとマネジメント(ウェイバー著「職場の人間科学」より)

人間の行動を調べ、それをビジネスに活かそうという試みは数多くあります。研究開発の分野でも、顧客の行動やニーズを知り、それに合わせた製品やサービスを提供しようとすることは、もはや常套手段となりつつあるかもしれません。しかし、社員の行動データをどうマネジメントに活かすか、という点については、せいぜい個人や組織の業績を評価や処遇、人員配置に活かす程度しか行われていないように思います。その理由はいくつか考えられると思いますが、まずはそうしたデータを活かしたマネジメントが有効なのかどうかがわからないこと、加えて、実際にマネジメントに活かすためにどんなデータをどのようにとったらよいかがわからないことがあげられるように思います。

これに対して、近年グーグルでは、主に社員へのアンケートデータをもとに、よりよいマネジメントの方法を探ろうとする試みがなされていることを以前に紹介しました(データが語るよいマネジャーとは(ガービン著「グーグルは組織をデータで変える」より))。今回ご紹介する本(ウェイバー著「職場の人間科学 ビッグデータで考える『理想の働き方』」[文献1])も同様の考え方を述べたものと言えると思いますが、新たに開発されたセンサーから人間の行動に関するデータを得て、それに基づいてマネジメントを考えようとしている点が新たな方向を示唆しているように思います。なお、原著の表題である、「PEOPLE ANALYTICS: How Social Sensing Technology Will Transform Business and What It Tells Us about the Future of Work」(直訳すれば「ピープル・アナリティクス:ソーシャル・センサー技術はビジネスをどう変えるのか、そして仕事の未来について何を教えてくれるのか? [p.311訳者あとがき] 」)の「ピープル・アナリティクス」とは、グーグルで上記のアプローチを行っている人事部門の名前[p.244]に基づいた言葉のようですが、著者は本書のアプローチも含めた言葉として用いているようです。以下、その「ピープルアナリティクス」について、重要と思われる点と、そこから得られる示唆について考えてみたいと思います。

ピープルアナリティクスにおけるセンサーの意味
・「データ主導のアプローチは、企業の内部では日常的に実践されているわけではない。単純に、人々の働き方を測定するうまい方法がないからだ。[p.23]
・「誰でもアンケートには馴染みがあるだろう。・・・しかし、ごくふつうの顧客から回答を集めたとしても、バイアスが生まれる余地はある。・・・研究者は観測データを用いてこのバイアスの問題を修正しようとしている。高度な訓練を積んだ民族誌学者や人類学者が現場に行き、活動を観察しながら、バイアスのないデータを収集するのだ。しかし、この方法には大きな問題がふたつある。個人差と規模だ。観察者が異なれば当然、見方も異なる。何千時間という訓練を積んでも、『何をもって会話とみなすか?』という単純な問題でさえ、見方が分かれる。さらに、同じ場所に何十人も研究者を送り込むのは現実的でない。したがって、数千人や数百万人単位の行動を理解するのは、とうてい無理な話なのだ。[p.28-29]
・著者らがデータを集めるために開発した、「ソシオメトリック・バッジ」には、RFID(無線自動識別)や、マイクロホン、赤外線トランシーバー、加速度計、ブルートゥース無線などが搭載されていて、行動が記録できる。このとき「音声データをリアルタイムに処理し、会話の内容ではなく、声量、声の高さや強弱といった会話の特徴だけを1秒間に数回、抜き出して記録できる」。これにより「プライバシーの問題は解消した」。[p.39-40]

本書のアプローチで組織を考える上でのポイント
・「大きく分けて、組織の運営にはふたつの側面がある。公式なプロセスと非公式なプロセスだ。公式なプロセスとは、組織の運営方法や物事の実施方法について定められたすべてのものだ。公式なプロセスは明文化され、計画どおりに実施されるのが理想的だ。・・・公式なプロセスは昔から経営論や経営学者の大きなテーマである。非公式なプロセスとはその他のすべてだ。組織の内部にいる間に学ぶ(あるいは学ばない)物事だ。たとえば、企業文化、暗黙知、社会規範は非公式なプロセスの部類に入る。[p.76]
・「組織は人々を共同作業させる手段のひとつだ。・・・私たちは情報をやり取りすることで共同作業する。[p.101]
・凝集性と多様性:「凝集性の高いネットワークとは、人々が互いにたくさん会話をする集団だ。・・・凝集性の高いネットワークは、糸がぐちゃぐちゃに絡み合ったクモの巣のような格好をしている。」、「多様性の高いネットワークは、星のような形をしていて、中心にいる人物から多方面に線が伸びている。」[p.103]
・「凝集性の高いネットワークの大きなメリットは、集団内に高い信頼が生まれることだ。[p.109]」、「凝集性の高いネットワークにいる人々にとっては、特にストレスがぐっと少なくなる。また、仕事の満足度も大幅に向上する。[p.110]」、「人々が文脈を共有することの問題点のひとつは、根本的な前提が間違っている場合もあるという点だ。[p.115]」、「凝集性が高いといっても、あまりに行きすぎてしまうと、色々なデメリットも生じてくる。・・・閉鎖的なネットワークの中にいると、新しい情報を発見するのは信じられないくらい難しくなる。・・・凝集性の高いネットワークはきわめて内向きなので、さまざまな利害関係者と接触を取り、大きな変革をもたらすのは難しい[p.116-117]」。
・「多様性の高いネットワークは・・・凝集性の高いネットワークが苦手とする物事が得意だ。古い習慣を捨て、見方を変えるのに適している[p.117]」。
・「どちらにも長所と短所がある。ということは、会社ごとにふたつのバランスをどう取るべきかを理解しなければならない。状況が違えば、求められる交流のパターンも異なる。しかし、いつどのようにバランスを変えるかをアンケートで正確に定めるのは不可能だ。だが、ソシオメトリック・バッジならできる。[p.117]

ソシオメトリック・バッジで得られるデータからわかったことの例
・「会話の内容ではなく、話し方、つまり『社会的シグナル』」を計測することで、デートの相手選びが予測できたり、給与交渉の結果が予測できたりする。[p.34-38]
・コールセンターでの実験により、集団の凝集性は生産性と正の関係をもつこと、凝集性は経験よりも30倍も有効であることが確認された[p.140]。また、凝集性は、ストレス・レベルの軽減と強い関係があった。・・・高い凝集性を生み出していたのは、公式な会議でもなければ、デスクでのおしゃべりでもなかった。凝集性を高める交流の大部分は、デスクから遠く離れた場所で、同じチームの従業員の昼休みが重なるほんの短い時間に起こっていた。チーム全員の休憩タイミングを揃えるだけで凝集性は18%も上がった[p.140-143]。このとき、「メールによるコミュニケーションはまったく組織図どおり」で、「メールのコミュニケーション全般と業績に相関関係はなかった。[p.151]
・「デスク間の距離は交流の大きな要因のひとつになっているようだ。」、「距離とコミュニケーションに負の関係がある」[p.164]
IT企業での測定では、「業績ともっとも関係が強いのは従業員の会話の相手だと判明した」。コミュニケーション経路の「中心に近い人物と話した従業員ほど、タスクを完了するまでの時間が短かった。・・・バッジ・データのおかげで、隠れた専門家がわかったのだ」[p.186]。「非公式なアドバイスや学習は、業績に絶大な影響を及ぼす可能性がある[p.189]」。「ひとりだけではできる仕事の量に限りがあるが、専門家や知識の源泉をみつけて広めるのが上手な人は、グループ全体の機能にとって欠かせない。いわは、こういう人々は“メタ専門家”、つまり専門家探しの専門家なのである。メタ専門家は、新しい情報を絶えず見つけつづける手段や、情報をほかの人々に広める能力をもっている。[p.191]
・研究開発施設の研究者に関する調査では、「チーム・メンバーと交流したり身体を動かしたりすることに費やした時間と創造力の間には、強い正の相関関係が見られた[p.208]」。(ここで、創造力とは、研究者が、クリエイティブであったと認識している状態を指しているようで、これは、評価が難しい研究開発の成果の代わりに用いられた指標のようです。)

その他の研究やデータから得られる示唆
・在宅勤務は業績低下、精神的な負荷の増大の危険がある。「在宅勤務はたまに行なうぐらいが理想的だ。どうしても必要な場合は自宅で働けるが、ほとんどの日は職場に出勤するというのが、在宅勤務の原則だ。[p.150-151]
・「一般的に、バーチャルなチームは同じ場所で働くチームよりも、ずっと生産性が劣る。お互いの信頼も低いし、仕事を終えるのにも時間がかかる。[p.152]
・オフショアリングについて、「企業が組織の一部を別の場所に移転しても、部門内の共同作業は必ずしも問題にならない。むしろ、問題が起こるのは部門間の連携だ。もちろん、言語の問題も難点になりうる。・・・この問題に加えて、別々の場所を拠点とするグループ同士で、敵対的な関係が生まれることもある。[p.152-153]
・「企業のキャンパスは、組織のさまざまな部門が入居するいくつかの建物を、一カ所に集約したものだ。・・・こういったキャンパスは強い連帯感を生み出す。グーグルやフェイスブックで働く人々は、同じ食事をとり、同じジムに通い、同じゲームをする。この共有体験は、単なるうれしい特権ではなく、組織の異なる部門の人々が交流しやすい環境を作っているのだ。[p.156-157]
・「今日では、あらゆるものが昨日よりも複雑になっている。・・・なぜ物事はどんどん複雑化していくのか?それは、今までに獲得した知識が私たちの作るものに組み込まれていくからだ。・・・私たちは複雑さに対処するため、全員が一律に従える完璧な計画を立てようとする。・・・この方法は、・・・外的な懸念事項がほとんどなく、プロジェクト全体を通じて要件があまり変わらない場合にはうまくいっていた。今日では、状況は常に変化している。そして、複雑なシステムが思い通りに機能しないこともある。すると、チームはアプローチやシステムのパラメーターを変更することになる。互いに依存し合っているチーム同士がまったくコミュニケーションを取らなければ、どうしても不具合が生じてしまう。・・・もし、バッジ・データがあれば、普段誰と誰が会話しているかを調べ、不具合の発生しそうな場所を理解することができたはずだ。[p.243-253]
・「とりわけ重要なのは、フェイス・トゥ・フェイスのコミュニケーションだ。・・・非常に密なフェイス・トゥ・フェイスのつながりは、互いの信頼を高め、共通の言語を生み出す。どちらも今日の組織にとっては必須アイテムといえよう。一方、多様なつながりを持つことも、専門知識や創造力を養ううえで重要だ。・・・多様なつながりをはぐくむには、オフィスの物理的なレイアウトを変えたり、休憩のタイミングを見直したりして、人々を正しい方向に自然と促すのも手だ。・・・現代の重大な問題のひとつは、私たちは遠距離のコミュニケーションを求めている(必要としている)にもかかわらず、遠距離で協力し合うのが苦手だということだ。・・・将来的には、どんな遠距離でもスムーズに会議が行えるシステムが生まれるだろう。・・・しかし、人々の生産性を向上させるものは何なのか、確実に仕事が進む場所はどこなのか、考えてみてほしい。そのうちどれくらいを公式な会議が占めているだろう?・・・残念ながら、現在の技術では、フェイス・トゥ・フェイスのコミュニケーション効果を生み出す偶然の会話や会議後の雑談を促すのは難しい。・・・もちろん、どれだけ技術が進歩しても、時差は解消できない。・・・当面はフェイス・トゥ・フェイスのコミュニケーションが、経済の根幹である複雑な共同作業にとって欠かせない役割を果たしていると認めることが先決だ。・・・さらに、公式なコミュニケーションを重視するのをやめ、非公式なコミュニケーションに目を向ける必要もある。実際、非公式なコミュニケーションの方が、生産性と満足度の両面から見て、企業にとっては重要なのだ。・・・企業の本来の意義とは、人々が協力し合い、ひとりではできない仕事を実現することだ。・・・適切な相手と適切なタイミングで交流することは必要だと言いたいのだ。・・・生産性を個人的な視点でとらえるのをやめるだけでなく、『孤高の天才』という概念も捨てるべきだ。・・・現在、私たちには、複雑なプロジェクトに挑むための能力や創造力が求められている。・・・数十万の人々が、共通の目標に向かって協力し合わなければならない時代なのだ。そういう状況にあっては、もはや工場モデルは通用しない。・・・人間関係や信頼の構築といった昔ながらの習慣と、センサーやデジタル・データの世界がもたらす新時代のデータ収集とが融合した世界。それがわれわれの未来なのだ。」[第11章]
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著者は、センサーを用いたピープルアナリティクスをビジネスとする会社(ソシオメトリック・ソリューションズ)のCEOですので、もちろん本書には単なる研究成果を越えた著者の意図が含まれていると考えるべきでしょう。また、こうしたアプローチはまだ始まって日も浅いものでもあり、データの解釈についてもまだまだ議論が必要なところもあるでしょう。しかし、研究途上であることを割り引いても、センサーとそこから得られたデータの解析によって実証されたり見いだされたりした人間の行動に関する知見には多くの示唆が含まれているように思います。

研究開発の立場から見ても、今日では人々の「協力」抜きにはイノベーションを達成できない事例は増えているように思います。しかし、どうしたらうまく協力ができるのかの方法はそれほど明らかではありません。著者のアプローチにより、そのなかのいくつかの面についてだけでも、どのような方法が効果的で、どのようなやり方がダメなのかがわかる点は有意義だと思います。個人的には、以下の点が特に興味深く感じました。
・個人の行動データではなく、データから導かれる人間(集団)の行動パターンを知るだけでもかなりの成果が期待できそうなこと。
・著者は、行動を常時観測することによるフィードバックも考えているようですが、必ずしも常時自らのデータを取る必要はなく、例えば、ある条件のもとで実験的に得られた原理(たとえば、休憩時間をうまく調整することで、集団の凝集性があがり、ストレス軽減につながるなどの原理)を自職場に活かす、などの方法もありうるのではないか。
・人的交流と研究開発との関係について新たな視点が得られるかもしれないこと。例えば、メタ専門家の存在とその役割、研究活動における創造力についての自己認識の意味など。
もちろん、これからの時代の課題に立ち向かう手段として、著者の述べているやり方が唯一のものではないかもしれません。また、データ採取と利用に伴うプライバシーの問題の克服はかなりの難題であるようにも思います。しかし、今までよくわかっていなかったことを明らかにしてくれる新たな手法として、研究面でも実践面でも期待が持てるように思いますので、今後の展開に注目していきたいと思います。


文献1: Ben Waber, 2013、ベン・ウェイバー著、千葉敏生訳、「職場の人間科学 ビッグデータで考える『理想の働き方』」、早川書房、2014.

2014.9.13追記>ピープルアナリティクスの意義について重要なことを書き落していたので追記します。このアプローチの意義のひとつとして「定量性」が挙げられると思います。例えば、人々の交流によって創造性が向上したり、ストレスが軽減されたりすることは定性的には広く認識されていることと思いますが、では、定量的にそれがどの程度生産性に結び付くかというようなことはこうした解析を行なわなければわからないことだと思います。もちろん、その精度や妥当性には議論の余地があるとしても、ある施策の影響が定量的に評価できれば、それに何らかのモデルを組み合わせれば、その施策をとることによるメリットと必要な投資(あるいはリスク)を比較することができます(本書第7章の例では、病気にかかった時に休んだ方がよいか、無理しても出社した方がよいかが議論されているように)。こうした定量的な比較は、ある施策をとるべきかどうかについて迷ったり意見が割れたりした場合に、結論を導くための判断根拠を提供してくれるという意義がありますので、この点もピープルアナリティクスの利点のひとつと言ってよいのではないかと思います。

参考リンク<2015.3.8追加>



科学的な考え方をシンプルに理解する(小飼弾著「『中卒』でもわかる科学入門」感想)

技術者として時に経験することなのですが、科学的な(と私が思っている)考え方がうまく他人に伝わらないことがあります。科学に詳しくない人、科学的な考え方に慣れていない人を相手にする場合に特に起こりやすいのですが、相手が技術者や科学者であっても実は、それぞれが「科学的」と考えている見方には違いがあり、また、実生活上のことにどこまでそうした「科学的」な考え方を適用しようとするかにも個人差があって、予想外のところで話が通じない、議論がかみあわないことはよくあります。

技術者の話が経営者や顧客に伝わらないのであればイノベーション実現の障害ともなりかねません。また、科学的な考え方になじんでいるはずの人でもビジネスの場面では科学的に考えない人もいて、社内における意思疎通でも問題が発生することがあります。このように、科学に関するコミュニケーションは、技術経営を考える上で重要な問題ですが、社会全体としても、3.11震災と原発事故を契機として科学者とそれ以外の人がお互いをどう理解し、コミュニケーションすればよいかが注目されているように思います。ではその難しさの原因は何でしょうか。まず、科学的な議論をしようとすると科学的な知識がネックになってコミュニケーションのための基盤ができにくいことが挙げられるでしょう。加えて、一般の人にとって科学者という職業そのものや、科学者はどう考えるのかの実態が正しく認識されていないこと、さらに、身の回りの問題に対して科学的な考え方を適用することのメリットを一般の人があまり理解していないことも挙げられるでしょう。また、科学者側が科学的な考え方の正当性を押しつけようとし過ぎる(と一般の人が感じる)ことなどもあるかもしれません。

こうしたコミュニケーションの溝を埋めるべく、様々な一般向けの科学解説書が出版されていますが、今回は、小飼弾著「『中卒』でもわかる科学入門」[文献1]の内容をご紹介したいと思います。他の科学の解説書が、科学的知識、考え方や科学の実態(問題点も含めて)を伝えよう、科学に興味を持ってもらおう、という立場で書かれたものが多いのに対して、本書は、一般の人々が科学者とコミュニケーションするために、あるいは科学者や科学の成果をうまく利用するためにはどうしたらよいのかという点を、極力シンプルな形で提示しようとしているところに特徴があるように思います。著者は、「『どうしてみんな科学を学ぶ必要があるのか?』その問いに対する答えは簡単で、話をするためです。・・・『キミもボクも共通の指標、共通の物差しを使って話をしよう』、それことが科学です[p.97]」、「なぜ、サイエンティストでない人々にもサイエンスが必要なのか。わたしがわかったことをあなたに伝えるため、あなたがわかったことをわたしに伝えるため。あなたが何者なのか、わたしが何者なのか、全く知らなくても、発見と発明の喜びを分かち合える。[p.201]」、「科学は論理と実証を積み重ねていく学問ですが、科学者自身は正義の味方ではなく、しばしば間違いを犯します。非専門家が科学者よりも賢明な判断を下した例は少なくありません。[p.190]」、「科学者は一番偉い人ではなく、一番偉い人が参考意見を聞くための人なんですね。[p.192]」と述べています。著書では、科学者と一般の人々とのコミュニケーションの問題の他に、現在の科学の状況(問題点)、現在の課題への対処法についての著者の見解も述べられていますが、ここでは、科学コミュニケーションに関連する著者の考え方のうち、興味深く感じた点をまとめておきたいと思います。

専門家に話を聞くための「三種の神器」
著者は、「現代の科学は、非常に高度化し、一見すると素人には何をやっているのかさっぱりわからなくなっています。しかし、素人が研究の詳細をすべて理解する必要はありません。要は、専門家が出してくる数値がいったい何を意味しているのか、どういう理屈で結論が導き出されたのかがわかればよいのです[p.55]」として、以下の3点が重要だとしています[p.80]。
・四則演算ができること:四則演算をきちんと理解して使いこなせること[p.55
・単位の違いを理解すること[p.62
・論理的思考ができること:例えば、三段論法と背理法[p.75
さらに、これらに加えて、保存則(特にエネルギー保存の法則[p.84])を理解する重要性を指摘しています。まずは、これだけできればよいということをシンプルに提示しているのが本書の特徴だと思います。

科学に対する姿勢、科学や科学者の実態
著者は上記の主張に加え、科学の実態はどうなっているか、なぜコミュニケーションや科学的な考え方の理解が必要かを中心に、以下のような考え方を述べています。
・3.11震災で壊されたもののひとつが「科学に対する信頼性」[p.16
・「日本の問題は、科学や科学者をありがたがりすぎることにありました[p.17]」
・「科学者は、科学についてなら何でも正しい答えを知っているというわけではありません[p.18]」
・「優秀な科学者ほど感情や欲望が強いように、私には見えます。この欲望とは、権勢欲や金銭欲だけではなく、知的好奇心も含みます[p.39]」
・「人間が本来備えている五感は、科学的な事柄を扱うにはまったく不十分です[p.50]」
・「信用できる科学者はどう見分けていけばいいのでしょうか?一番単純で手っ取り早い手法は、経済的な利益を判断するということです。要は、ある主張があった場合、それを皆が認めると誰の財布にお金が流れるのかということ[p.100]」
・「何を言ったかではなく、誰が言ったかで物事を判断する。これを権威主義といいます。・・・なぜ権威主義とは正反対であるはずの科学者が、権威になってしまうのか?・・・私たちには、全ての主張を検証するだけの手間もなければ暇もないのです。・・・私たちのそれぞれが検証できるのは、それぞれが興味を持つ分野、得意な分野で精一杯。残りは権威に頼るしかないのです。[p.104-105]」
・「本物は『私のことを疑ってください』と言い、偽物は『私を信用してください』と言うものです。[p.111]」
・「科学とは定量的、論理的に考えることであり、その本質はごくシンプルです。これに対して、疑似科学はわからないからこそ、人を惹きつける。[p.116]」

・「ただし、アインシュタインは『シンプルすぎてはいけない』とも警告しています。[p.121]」
・「科学的な観点からすると原発はとても『筋の悪い』技術・・・。それは、事故を積み重ねていくことができないから。事故を積み重ねていくことで進歩していった代表的な例は、飛行機でしょう。・・・特に米国の事故調査においては、故意でない限り操縦者や整備担当者の刑事責任や民事責任を問わないことが原則になっており、情報の隠蔽を防いでいます。[p.122-123]」
・「巨大プロジェクトはうまくいくことが前提ではなく、『うまくいかないこと』を前提に進めるべきなのです。・・・よい意味で、アメリカ人は失敗慣れしているのです。・・・たんに手順をマニュアル化するのみならず、失敗を改善していくインセンティブを保ち続ける組織作り、こうしたノウハウについてアメリカには一日、や一日半の長があるように思えます。日本は高度成長期の状態に合わせて、組織体制や個人の働き方を最適化しすぎたのかもしれません。その状況下においては最適であっても、状況が変わると適応できなくなってしまいます。[p.151-153]」
・「私が見るところ、日本にはプロジェクト関係者のキャリアに『傷』が付くことを極端に恐れる文化があります。関係者とは、計画を承認した政治家、予算をつけた官僚、開発に関わったエンジニアなど、あらゆる人間を含みます。血税を投入した以上、絶対に失敗は許されない。少なくとも『これは失敗ではありませんでした』という口実がみつかるまではいつまでも続く・・・・・・。その意味で、日本は失敗者にとても厳しい国だと言えるでしょう。[p.173]」
・「私たちは、何が役に立つのかを事前に知ることはできません。・・・科学が役に立つことを要求され、役に立つとされたプロジェクトが補助金を国から受け取るようになると、そこから抜け出せなくなってしまいます。・・・国からの補助金を受けた事業は、採算を度外視できてしまうため、失敗した時の撤退が難しい。・・・国から補助金をもらうにせよ、民間企業で利益を上げるにせよ、現在の科学は役に立つことを強制されています。そして、そこで働く科学者は、科学を使ってカネを稼がないといけない立場になってしまいました。これが科学者のポジショントークを生むことにつながっています。・・・暴論だと思われるかもしれませんが、科学とは人類の『趣味』であるべきではないか。私はそう考えています。[p.158-163]」
・「先に私は『科学は趣味であるべき』と述べました。趣味でない場合、人には他人を騙すインセンティブが働き、簡単に邪な方向へと流れて行ってしまいます。・・・現代の科学者は常に誘惑に晒されています。補助金をくれる人に都合のよい嘘をつく、手っ取り早く評価されるためにデータを捏造するなど、私から見ていても論文の1つや2つでっち上げでもしないとやっていられないのではと思うほどです。だからこそ、科学者を使う立場の私たちは、科学者自身を疑うところまで踏み込まざるを得ません。[p.192]」
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こうした著者の主張は、もちろんひとつの見解にすぎません。科学的な議論をするために必要な考え方として著者の提示した「三種の神器」以上のものが必要だとする意見も当然あり得るでしょう。しかし、科学を扱っていない人に対して、科学者と対話し、科学に見せかけた論理に惑わされないようにしながら科学の実りを受け取るために必要なことは何か、それをできるだけシンプルにまとめた著者の考え方は重要だと思います。科学的な考え方に慣れ親しんでいるはずの科学者、技術者にとっても、著者の主張は、一般の人とのコミュニケーションを上手く行うためだけでなく、自らを戒める指針としても心に留めておくべきなのではないか、という気がしました。

もう一点、重要だと思うのが、シンプルな原則を提示しようとすることだと思います。科学に限らず、マネジメントの分野でも、いろいろな考え方を知るほど、その中のどれがとりわけ重要で、まず知っておくべき考え方は何なのかがわかりにくくなることがあります。その結果、枝葉末節にとらわれて本質を見失ってしまうこともあるでしょう。私自身、自分の専門分野についてはついつい話が細かくなってしまうことに気づくこともあります。著者は科学者ではなく、かといって科学の素人でもない、そういう立場の人だからこそ、科学者とそれ以外の人々をつなぐ方法をシンプルに提示できているのかもしれません。翻って、マネジメントをシンプルに理解するために必要なことは何なのか、著者のような視点でマネジメントを捉えなおすことも有意義なのではないか、と感じます。人間はあらゆることの専門家にはなりようがありません。だとすれば、少数のシンプルな原則を知ること、それは人間活動の様々な場面で役に立つことなのではないかと思います。


文献1:小飼弾、「『中卒』でもわかる科学入門――“+-×÷”で科学のウソは見ぬける!」、角川書店、2013.

参考リンク<2014.9.28追加>


ノート11改訂版:研究組織運営におけるリーダーの役割

1、研究開発テーマ設定とテーマ設定における注意点→ノート1~6
2、研究の進め方についての検討課題
2.1
、研究を行なう人の問題
→ノート7~8
2.2
、研究組織の問題→ノート9~10

2.3
、研究組織営におけるリーダーの役割
ノート10
では、望ましい研究組織の特性とその運営について考えました。そうした運営を行なう上で、研究リーダーの果たす役割は大きいと考えられます。もちろん、そんなことよりもまずは責任者として組織を率いて与えられた課題を解決することがリーダーに求められる、という考え方もあるかもしれません。しかし、与えられた課題をこなしているだけでよいのか、組織の能力を発揮させるために具体的にどんな点に注意して運営すればよいのか、といったことも考えておく必要があるのではないでしょうか。そこでここでは、研究のリーダー、特に第一線に近い研究リーダーは組織運営にどう関わり、何を、どのようにしなければならないのかといった観点から、その役割を考えてみたいと思います。

研究開発リーダー役割の特徴
まず、「未知のことへの挑戦」といった創造性の発揮が求められる研究開発のリーダーと、一般的なリーダーとの違いついて考えてみましょう。開本はリーダーシップに関する諸研究をレビューしたうえで、研究グループを指揮する立場にあるリーダーのリーダーシップ行動について、以下のように述べています。「研究開発部門では、他の部門よりも管理職の技術的スキルの重要性が高い。つまり、研究開発技術者に対するリーダーシップを発揮するには、リーダー自身が技術的知識を持っており、フォロワーの仕事の内容を理解し、必要なアドバイスや情報を与えることが必要である。その際、ゲートキーパーの研究でも指摘されているが、単に情報を提供するのではなく、リーダーなりに必要な情報を加工した後、必要な情報をフォロワーに提供していくことが求められている。一方、人間関係スキルや管理スキルは、相対的に重要性が低い。(中略)研究開発のように不確実性の高い状況のもとでは、細かなスケジューリングやプランニングの有効性は低く、企業全体の方向性と両立する範囲での自律性を与える管理スタイルが求められる。また、研究開発技術者は、基本的に仕事そのものによって動機づけられる存在であるため、人間関係によって直接、成果が影響を受けることは少ないと考えられる。(中略)したがって、仕事を通じてモチベーションを引き出す、テクニカルスキルに基づくリーダーシップが、より重要となる。」[文献1、p.97-98]。このようなテクニカルスキルに基づくリーダーシップの重要性についての指摘は、一般の人材マネジメントとは異なる研究マネジメントならではの特徴と考えられますが、だからといって人間関係や管理のスキルが重要でない、ということにはなりません。特にHerzbergの言う「衛生要因」に分類される欲求、すなわち、それが満たされても動機付けにはならないが、満たされないと不満になるような欲求についてはそれを満たすことが大前提であり、その上で研究者に特徴的とされる「仕事そのもの」による動機付けを考えていく必要があるでしょう。(本ブログ参考記事:研究者の活性化(ノート7)研究の種類による評価指標やインセンティブ技術者にとっての内発的モチベーションの重要性

研究開発リーダーとして注意すべき点
研究リーダーがマネジメントを行う上での注意点としては、研究リーダーの役割と適性と、研究員のそれとの違いをまず挙げたいと思います。多くの場合、研究リーダーになるのは、研究員として何らかの業績を挙げた人である可能性が高いと思いますが、そうした一種の成功体験がリーダーとしての行動の問題点にならないように注意すべきでしょう。すべての「強み」は「弱み」になりうること、隠れていた弱みの存在、成功による傲慢、不運の処理などがリーダーのつまずく原因になるという指摘があります[文献2、本ブログ「リーダーがつまずく原因」]。リーダーというと、どうしても組織を率いることが主な役割と思いがちですが、例えばSASJim Goodnightが述べている「マネジャーは社員の『部下』となり、それぞれが高いモチベーションで働き、能力を発揮するよう努める」[文献3、本ブログ「働きがいのある会社とは」]、という考え方も状況に応じて必要と考えられます。

研究グループにおける多様性の確保
研究グループ内をどのようにコントロールするかについては、まずは多様性の確保を挙げたいと思います。多様性の重要性はノート10でも述べましたが、丹羽は、「異端児といわれる優れた技術者」について、その個人がイノベーションにおいて大きな役割を果たすとしても、『それを認めて採用する能力と決断力のあるマネージャーの存在が企業イノベーションの隠れた、いや、むしろ実質的な立役者』と述べています[文献4、p.31-32]。もちろん、どのような人材を部下に選ぶかはリーダーの自由にはならないかもしれませんが、研究グループ内での考え方の多様性、すなわち様々な発想を大切にし、異なる意見を受け入れる組織風土を作ることは可能ではないでしょうか。言い換えれば、多様な個性を認め、多様な人材の能力をひきだすことがリーダーの役割のひとつであると言えるように思います。

コミュニケーションの活性化
多様な意見を真に役立つものにするためには、コミュニケーションの活性化が必要でしょう。グループ内のコミュニケーションはもとより重要ですが、リーダーはグループ外とのコミュニケーションにおいて、ゲートキーパーの役割を担う必要があると言われています。ゲートキーパーは、情報をさまざまな情報源から収集し、それを最もうまく活用できるか、あるいはそれに最も大きな興味を持っている適切な人材に受け渡す役割を持つ[文献5、p.386]、とされますが、より具体的には、情報収集、グループ内部に理解される言語への翻訳、グループ内への伝達、という業務を担う[文献6、p.69]とされます。加えて、若い技術者にアドバイスを与える先輩の役割、研究開発活動への評価、市場調査などの役割も指摘されています [文献1、p.93]。グループ外からの情報に関しては、生の情報をそのままグループ内に流してもその意味するところが十分に伝わるとは限らないため、その情報の意義、解釈や付随する情報もあわせて伝えることが必要なのでしょう。技術のエキスパートとして、リーダーのコメントをつけることにより情報の価値を高めることができると言ってもよいでしょう。ただし、情報に加工を加えることがゲートキーパーの役割とは言っても、外部からの情報を一人占めしたり、制限したりするような行動は慎むべきと考えます。

グループ外との連携、調整
情報のゲートキーパーだけでなく、リーダーには外部との折衝や調整の役割もあります。特に、オープンイノベーションなど、様々な部署との連携や協力が求められる考え方の下では、自部署だけでイノベーションを完成させようとすることにはこだわらない方がよい場合も考えられます。Govindarajanらは、特に大企業において、収益源となる既存事業の「パフォーマンス・エンジン」とイノベーションチームの協力こそがイノベーションの原動力となりうる、という立場から、「イノベーション・リーダーは『パフォーマンス・エンジン』と相互に尊重し合う関係を築く努力をすべきである[文献7、p.52]」と述べ、「イノベーション・リーダーは自分たちが既存の体制と闘う反逆児だと思いこむ場合が多い。だが、官僚的な怪物に一人で立ち向かっても勝ち目はほとんどない[文献7、p.52]」と述べている点は心に留めておくべきだと思います。一方、「優れたボスは、“人間の盾”となることに誇りを感じ、社内外からのプレッシャーをみずから吸収するか、はねのける。そしておもしろみのない瑣事をみずから引き受けて、部下を働きにくくするような愚か者や余計な口出しと戦うのである。[文献8、(ただし、あらゆる場合に戦うべきだとはしていませんので、詳細は本ブログ「部下を守る?組織を守る?技術を守る?」を参照ください]」、という考え方のように、場合によってグループを守る行動も取れる必要があると思われます。

育成・指導
部下の育成・指導もリーダーの重要な役割でしょう。研究部隊の特徴として、技術的基盤の確保のための部下の育成は必須の業務と言えると思います。ただ、技術的な専門性に関しては、ある程度の時間をかければ日々の業務を通じて育成していくことはそれほど困難ではないでしょう(部下の学習に適した環境を作ることはもちろん重要ですが)。一方、マネジャーの育成については、様々な議論があり、McCallはリーダーの育成に関して、能力で選抜することの問題点を指摘し、経験から学ぶこと、経験によるリーダーシップ育成の重要性を述べています[文献2]Christensenも破壊的イノベーションの成功のためにはMcCallの方法が有効であると述べていますので[文献9、p.218]、効果的な経験を積ませることの重要性は認識しておく必要がありそうです。ただ、この時、リーダーがプレイングマネジャーとして実務にも関与する場合には、育成指導上の利点(やってみせること等)と、欠点(部下の経験のチャンスを奪うこと等)のバランスを考える必要があるように思います。

ロールモデル
部下と上司の関係でいえば、ロールモデルもリーダーの役割のひとつといえるのではないでしょうか。McCallは成長過程にあるマネジャーに対する上司の影響について最も重要なこととして、「ロールモデルとしての上司の行動とその行動結果を観察することで、組織が何を真に評価しているかについて学ぶ」[文献2、p.116]ことを挙げています。実際、グループメンバーにとって、経営トップがどのようなマネジメントのやり方を高く評価しているかを知る機会はそれほど多くないと思われますので、リーダーのどのようなやり方が効果的で、それが社内でどのように評価されるかを実例として示すことは重要だと思われます。その意味で、リーダーのマネジメントに対する考え方をグループのメンバーに説明しておくことは、将来のマネジャーを育成する上で非常に有益でしょう。

イノベーションリーダーの適性
最後に、イノベーションリーダーが持つべき能力に関するひとつの考え方をご紹介しておきたいと思います。Christensenらは、イノベータに特徴的な行動パターンを抽出しています[文献10、詳細は本ブログ「イノベーションのDNAをご参照下さい]。それは、1)関連づけ思考、2)質問力、3)観察力、4)ネットワーク力、5)実験力、であり、なかでも関連づけ思考が重要で、「誰でも行動を変えることで、創造的な影響力をますます発揮できる」[文献10、p.4]と述べています。研究開発業務において、どのような考え方をすべきか、どのような考え方ができるように育成指導すべきかを考える上で参考になるかもしれません。

以上、組織運営におけるリーダーの役割について考えてみました。研究開発のマネジメントといっても、トップの役割と第一線に近い研究グループのマネジャーの役割は自ずと異なっているでしょう。研究開発は全社的な活動であるため、トップマネジメントの重要性がよく指摘されますが、実務的には、研究グループのマネジメントの重要性もしっかり認識しておくことが必要と考えます。

考察:研究ミドルマネジャーへの注目?
研究開発、イノベーションを成功させるにはどうしたらよいか、この問いへのアプローチは近年かなり具体的になってきたように思います。以前は、研究者はどうすべきか、あるいは経営者はどうすべきか、という議論が多かったと思われるのに対して、イノベーション成功のためには、研究者の努力だけでも、あるいは経営者の戦略だけでも不足であることが認識され、イノベーションの進め方についてより具体的な提案がなされるようになるに従い、ミドルマネジャーの重要性への認識が高まっているように思います(個人的な感覚的意見で恐縮ですが)。もちろん、誰の役割がイノベーションの成功にとって重要なのかは、扱う対象によっても、状況によっても変わるでしょうが、トップから中間管理職を経て第一線に至るまで、すべての階層でそれぞれの役割に応じた努力と協力が求められるようになってきているような気がします。

ただし、研究ミドルマネジャー(リーダー)がどう動くべきかの方法論は、未確立と言わざるを得ないと思います。何をもって研究リーダーを評価すべきかの指標も未確立で、結局のところ、どんなプロジェクトが成功した(あるいは失敗した)のかに基づいて、その時のやり方が良かったのか、悪かったのかを評価することしかできないのが現状のようです。もちろん、今後この分野の知見は増えていくでしょうが、その時にも、研究者がどういう成果を挙げたのか、経営者がどういう戦略に基づいてどう判断したのかだけでなく、ミドルマネジャーがどう動き、どういう組織体制や組織運営が成功をもたらしたのか、という視点も併せて考察していくことが重要になるのではないかと思います。


文献1:開本浩矢、「研究開発の組織行動」、中央経済社、2006.
文献2:McCall, Jr. M.W.1998、モーガン・マッコール著、リクルートワークス研究所訳、「ハイ・フライヤー」、プレジデント社、2002.
文献3:James Goodnight(ジェームス・グッドナイト)、「クリエイティビティを引き出す」、Diamond Harvard Business ReviewSep., 2006, p.3.
文献4:丹羽清、「イノベーション実践論」、東京大学出版会、2010.
文献5:Tidd, J., Bessant, J., Pavitt, K., 2001、ジョー・ティッド、ジョン・ベサント、キース・バビット著、後藤晃、鈴木潤監訳、「イノベーションの経営学」、NTT出版、2004.
文献6:三崎秀央、「研究開発従事者のマネジメント」、中央経済社、2004.
文献7:Vijay Govindarajan, Chris Trimble, 2010、ビジャイ・ゴビンダラジャン、クリス・トリンブル著、吉田利子訳、「イノベーションを実行する 挑戦的アイデアを実現するマネジメント」、NTT出版、2012.
文献8:Robert I. Sutton、ロバート I サットン著、スコフィールド素子訳、「社内外のじゃま者と戦う 部下を守る『盾』となれるか」、Diamond Harvard Business Review, 2011, 2月号、p.86.
文献9:Christensen, C.M, Raynor, M.E, 2003、クレイトン・クリステンセン、マイケル・レイナー著、桜井祐子訳、「イノベーションへの解」、翔泳社、2003.
文献10:Dyer, J., Gregersen, H., Christensen, C. M.2011、クレイトン・クリステンセン、ジェフリー・ダイアー、ハル・グレガーセン著、櫻井祐子訳、「イノベーションのDNA 破壊的イノベータの5つのスキル」、翔泳社、2012.

参考リンク

ノート目次へのリンク



アジャイル、スクラム、研究開発

ソフトウェア開発の分野に「アジャイル」という手法があります。複雑性の高いソフト開発において、使い物になる製品をいかにうまく生み出すか、という視点から編み出された手法とのことですが、複雑性、不確実性を克服しようとする考え方は、研究開発の進め方とも大いに関わる内容を含んでいるのではないかと思われます。そこで、今回は研究開発マネジメントの視点から、「アジャイル」を考えてみたいと思います。

「アジャイル(agile)」とは、辞書には「機敏な」というような意味が出ていますが、ソフト開発においては適応的開発手法として、計画重視の開発手法の対極に位置づけられ[文献1]、その考え方は以下の「アジャイルソフトウェア開発宣言」にまとめられています。すなわち、「プロセスやツールよりも個人との対話を、包括的なドキュメントよりも動くソフトウェアを、契約交渉よりも顧客との協調を、計画に従うことよりも変化への対応を、価値とする。」という内容です[文献2、p.291]。なお、アジャイル開発手法のひとつである「スクラム」は、ラグビーのスクラムが語源で、野中郁次郎氏らの論文[文献3]からヒントを得たものとされています。

まずは、アジャイル開発の特徴を、アジャイルソフトウェア開発の12の原則[文献2、p.292]に従って見てみましょう。

1、顧客満足を最優先し、価値のあるソフトウェアを早く継続的に提供します。

2、要求の変更はたとえ開発の後期であっても歓迎します。変化を味方につけることによって、お客様の競争力を引き上げます。

3、動くソフトウェアを、2-3週間から2-3ヶ月というできるだけ短い時間間隔でリリースします。

4、ビジネス側の人と開発者は、プロジェクトを通して日々一緒に働かなければなりません。

5、意欲に満ちた人々を集めてプロジェクトを構成します。環境と支援を与え仕事が無事終わるまで彼らを信頼します。

6、情報を伝える最も効率的で効果的な方法はフェイス・トゥ・フェイスで話をすることです。

7、動くソフトウェアこそが進捗の最も重要な尺度です。

8、アジャイル・プロセスは持続可能な開発を促進します。一定のペースを継続的に維持できるようにしなければなりません。

9、技術的卓越性と優れた設計に対する不断の注意が機敏さを高めます。

10、シンプルさ(ムダなく作れる量を最大限にすること)が本質です。

11、最良のアーキテクチャ・要求・設計は、自己組織的なチームから生み出されます。

12、チームがもっと効率を高めることができるかを定期的に振り返り、それに基づいて自分たちのやり方を最適に調整します。

この考え方の特徴は以下のようになると思われます。

・プロジェクト開始時に、実施すべきことをすべて計画することは不可能(複雑、不確実)。変更を受け入れることが顧客に価値のあるものを提供することにつながる。

・投入できる資源は限られており、その中で最も良いものを提供することに価値がある。

・やることとやらないことをはっきりさせておく。変更は受け入れるが、そのトレードオフも明確にする。

・問題を小さくシンプルにし、短い間隔で(優先度の高いものから部分的に)完成された製品(テスト済みの動くソフト)を提供することを繰り返して、全体を完成していく。この短い間隔の作業単位をイテレーション、スプリント、と呼ぶ。

・顧客とのコンタクトを密にし、部分的な完成品に対する顧客のフィードバックを歓迎し、計画変更は次の

作業単位の内容に取り入れる。

・作業の進捗と、作業のスピードは可視化され、顧客および作業チームに公開される。

・作業チームは、分業を前提とした狭い専門分野を担当するメンバーからなるのではなく、状況に応じて必要な作業をフレキシブルに分担したり手伝ったりできる構成にする。

・作業チームは、コミュニケーションを重視して、比較的少人数のメンバーで構成し、なるべく同じ仕事場、垣根のない仕事場で作業するようにする。

・作業内容はチームが決定し、作業単位毎の納入製品にもチームが責任を持つ。作業単位における作業内容には外部の者は口出しできない。すなわち、自己組織的なチームで作業を行なう。

具体的な進め方は、例えば「スクラム」では次のようになります[文献4]。

・チームは5~9人。

・スクラムマスターがプロジェクトの実施に責任を持つ。

・作業単位(スプリント)は30日。

・スプリントの開始時に1日かけて、プロジェクト要件と優先順位がつけられた「プロダクトバックログ」の説明と理解を行ない、スプリントで行なわれる作業を決めた「スプリントバックログ」を作成する。

・以後、毎日15分間の「日次スクラム」が全員参加で行なわれ、進捗と予定が報告され、調整が行なわれる。進捗状況は残作業量を可視化した「バーンダウンチャート」で行なわれる。

・各スプリントの終わりに、「スプリントレビューミーティング」が開催され、開発完了した成果物が発表され、顧客からのフィードバックを受ける。

・スプリント終了時にはチームで「スプリントレトロスペクティブミーティング」が行なわれ、前回のスプリントの反省と、次回への改善を議論する。

具体的な進め方はアジャイルの手法それぞれによって多少の違いがあるようですが、状況の変化を前提としてなるべくよい成果を得ようとすること、そのために顧客との連携を密にすること(頻度を多く、状況を可視化して真実を伝える)、内部の意思疎通が十分にとれた自己組織的なチームで作業にあたることが特徴と言えるでしょう。一般に、「プロセス運用の基盤となるメカニズムが広く知られている場合は、定義済みの(理論的な)モデリング手法を採用するのが一般的である。プロセスがその定義済みの手法にとって複雑すぎる場合は、経験的な手法を選択するのが適切である(Ogunnaike, Ray)」[文献4、p.3]と言われており、アジャイルの手法は、こうした経験的プロセス制御方法の実践法だと言えると思います。

研究開発においても、不確実性の克服は重要課題です。研究開始前には、すべてのことが明らかになっているわけではなく、結果や状況の変化によって研究計画は変更を強いられます。従って、アジャイル開発のような、変更に対して適応可能な手法は示唆に富むものと言えるでしょう。特に次の点は重要ではないでしょうか。

・最初からすべてを計画しようとせず、優先順位の高いものから取り組む。

・顧客(利害関係者)との連携と、合意形成。

・タスクを小さく分解する。

・頻繁な現状把握と可視化を行なう。

・計画の見直しを行なう。

・自己組織的なチーム(作業をチームが決める、自律性を持つ)により作業を進め、部外者はチームを信頼して邪魔をしない。

・そのかわり、コミュニケーションと報告(成果の提出も含めて)は頻繁に行ない、ありのままを報告することで利害関係者との信頼関係を構築し、計画修正の機会を持つ。

もちろんソフト開発とは異なり、作業単位を短い期間で区切り、その期間の終わりには完成された製品を作り上げることは、一般の研究開発のタイムスケジュールとは合わない場合があるかもしれません。しかし、研究課題をなるべく小さいタスクにブレークダウンし、重要なタスクから実施して、なるべく早い時期に製品に近い形の試作品を製造してみることは有効な場合が多いのではないでしょうか。研究開発におけるプロトタイピングの有効性はIDEOi.schoolでも強調されていますし(拙稿「東大式 世界を変えるイノベーションのつくりかた」参照)、多くの工程を含む研究開発では、ともかく最終製品まで作ってみることが非常に重要であることは私自身の経験に照らしてもそう思います。

アジャイル開発も、その他の研究開発も、複雑性や不確実性をマネジメントして成果を挙げようとする狙いは同じでしょう。有効な手法も、上記のように共通するものが多いと思われます。もちろん、異なる点はあるでしょうが、ソフト開発の分野でアジャイル開発の手法がそれなりに効果を挙げていることも事実のようです(もちろん、計画的なプロジェクト管理が必要ないというわけではなく、アジャイルの問題点の指摘や批判もありますが)。野中氏の知識創造理論から生まれた手法であるならなおのこと、複雑性、不確実性のマネジメント手法として、アジャイルから得られる示唆を真剣に考えてみてもよいように思います。



文献1:ウィキペディア、「アジャイルソフトウェア開発」、(2012.5.27確認)

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%82%B8%E3%83%A3%E3%82%A4%E3%83%AB%E3%82%BD%E3%83%95%E3%83%88%E3%82%A6%E3%82%A7%E3%82%A2%E9%96%8B%E7%99%BA

文献2:Jonathan Rasmusson著(2010)、西村直人、角谷信太郎監訳、近藤修平、角掛拓未訳、「アジャイルサムライ――達人開発者への道」、オーム社、2011.

文献3:野中郁次郎、竹内弘高、"The New Product Development Game"Harvard Business Review 19861-2.

文献4:Ken Schwaber著(2004)、テクノロジックアート訳、長瀬嘉秀監修、「スクラム入門 アジャイルプロジェクトマネジメント」、日経BPソフトプレス、2004.

参考リンク<2012.7.8>



 


 

研究組織におけるコミュニケーションの難しさ

研究開発活動においては、様々な場面での情報交換が必要です。例えば、野中らが提唱する知識創造に必要な「場」という概念も、情報交換をつうじてそこから何かを生み出す一種の組織と考えることができるでしょう(拙稿ノート10)。しかし、研究組織内での情報交換、その基礎となるコミュニケーションの促進はそれほど容易ではありません。そこで、今回は、研究組織内でのコミュニケーションの難しさと、コミュニケーションの活性化について考えてみたいと思います。

そもそも、コミュニケーションは同類性の高い人の間で効果的になると言われています[文献1p.359]。つまり、同じようなタイプ(知識、考え方、行動など)の人とは「話が通じやすい」ということで、これは経験的にも納得しやすいと思いますが、これは裏を返せば、違うタイプの人とは話が通じにくいということです。では、コミュニケーションを活発にしたいとき、同類性を高めることだけを考えていればよいのでしょうか。組織やしくみのマネジメントによって同類性を超えるコミュニケーションを促進することはできないのでしょうか。

以下では、特に研究組織におけるコミュニケーションの問題について、コミュニケーションを2種類のパターン、すなわち、「ヨコ」のコミュニケーション(研究者間)と、「タテ」のコミュニケーション(上司-部下間)に分けて、その問題点と対処法について考えてみたいと思います。

ます、どのような異類性が問題となるかを考えてみます。研究者のコミュニケーションを考える場合、以下の4つのポイントが重要と思われます。

・専門的知識(知識の深さの違い、分野の違い)

・話題への興味の違い(関わりの深さ、問題意識の違い)

・利害関係

・相手に関する情報(日頃の接触度合、相手がどんな人か知っているか)

専門的知識の違いというのは、研究開発部門に特徴的な要素でしょう。要するに、専門的な話(専門用語、概念)が特別の説明なしに通じるかどうかが問題となります。基本的には話題に対する専門知識の深さの違いが影響するわけですが、専門分野が違えば基礎的な知識が違いますので、一口に研究者といってもその間のコミュニケーションは容易でない場合があります。さらに、知識の深さの程度は業務経験の長さとは必ずしも一致しません。研究の場合、専門分野の狭い範囲に関しては担当する研究員自身が最も知識が多いことが普通ですので、相手が同僚であっても上司であっても部下であっても、知識の深さが異なる相手とコミュニケーションしなければならないという、大変骨の折れる状況が生じるわけで、どうしてもコミュニケーション不足に陥りやすいでしょう(特に研究手法や背景について理解不十分な相手への説明は非常に大変です)。この問題は、上述の「タテ」「ヨコ」いずれのコミュニケーションでも起こり得ます。

話題への興味の深さに関しては、「タテ」の場合は、上司が多数のプロジェクトを管理する場合に問題になります。仮に上司が十分な専門的知識を持っていたとしても、1つのプロジェクトに割く時間が少ないと、すべてのプロジェクトには十分な対応が行なえず、上司の興味が薄い話題に関しては部下のコミュニケーションの意欲が阻害されてしまうでしょう。これは単純に上司の時間的制約の問題だけではなく、個々のプロジェクトに対する期待の軽重が興味の差に現れてしまうことにも注意しなければなりません。さらに、上司には上司としての立場上の問題意識がありますので、それが第一線の意識とは異なる場合も当然あるでしょう。「ヨコ」コミュニケーションの場合には、いわゆるタコツボ化、他人のやっていることに興味を持たないために情報交流が阻害される場合が考えられます。この傾向は、仕事に没入するタイプの研究者の場合に特に顕著ですが、セクショナリズムや過度の目的指向、成果主義によって他の業務に興味を示す雰囲気、余裕がない場合のような、組織運営に基づく問題もあります。

利害関係を異にする場合、正直な情報の交換が阻害される可能性があります。「ヨコ」の場合では、例えば、個人間、部署間の競争状態がある場合、交換される情報が自分と他者のどちらを利するかによって、伝わる情報にバイアスがかかる可能性があります。「タテ」の場合には、一般に、上司は部下の評価を行なう任務を持っていることが普通でしょうから、部下自身が悪い評価を受けると予想されるような情報は上司には伝わりにくくなるでしょう。

相手に関する情報については、そもそも知らない人とは用事以外の情報交流が行ないにくいことは容易に想像できます。

実際にはコミュニケーションの阻害は上記のような要因が総合されて起こると考えられますが、組織の構造に依存している可能性にも注意が必要でしょう。おおざっぱな経験的感覚ですが、「タテ」の情報伝達に関しては、本音のコミュニケーションが自然に可能なのは、自分より2階層上、または下が限度のように思います。それ以上に階層が開くと、評価に伴う利害、知識や興味の共通性、相手の情報のどれをとってもコミュニケーションを阻害する方向に作用するのではないでしょうか。「ヨコ」の情報伝達に関しては、日ごろの協力関係(多くの場合、利害が一致する)を超えた範囲(部署の区切りで考えると、業務上の交流のない部署)とは情報伝達が難しくなることが予想されます。

セクショナリズムのような悪習はもちろん論外ですが、そうした問題のない組織でも何も手を打たなければ上述のような構造的なコミュニケーション阻害が発生する可能性があるのではないでしょうか。従って、時にはこうした観点から研究組織の形態と運営を見直すべきと考えます。例えば、組織のフラット化や、組織の垣根を低くするような制度(大部屋制など)などは検討に値すると思われますが、それだけで十分とは思われません。組織のフラット化などは「ヨコ」のコミュニケーションは促進するでしょうが、「タテ」のコミュニケーションについては必ずしもうまくいくとは限らない点に注意が必要だと思われます。これは、「タテ」制度が持つ機能(部下を評価する、多くのプロジェクト、メンバーを統括する)そのものがコミュニケーションの阻害要因となっていると考えられるからです。このような状況を打破できる可能性があるとすれば、ネットワーク組織の活用、フラット化の極限までの追求、部下の評価の放棄(例えば、拙稿「研究者の金銭的報奨」で述べたような方法)があると思われますが、いずれも最適な解決策とはなりえないように思います。野中らは、ホンダで行なわれている「ワイガヤ」の効果を述べていますが、こうした非定常的な活動も有効なのかもしれません。

このように定常的な組織にはコミュニケーション阻害の問題(特に「タテ」の問題)が存在するとなると、その問題を軽減する方法としては、その問題があることを認識した上で、個々のマネジャーが努力する必要があることになるでしょう。「タテ」のコミュニケーションの問題は、上司から部下へのコミュニケーションよりも部下から上司へのコミュニケーションの方が難しいと考えられますので、その分、上司が部下から情報を引き出す工夫が必要になると考えられます。まずは前提として、背景となるビジョンや目的を共有し、お互いに相手を知る努力をし、その上で、上司は知識をできるだけ身につけ(完璧に部下と同じ知識を身につけることは困難だと認識し、せめてポイントが理解できるよう、さらに、上司ならではの立場からの情報提供も効果的と思われます-これはコミュニケーションをつうじた協力関係と言えるでしょう)、話の内容には興味を示し(もし、上司にとってもはや興味のないプロジェクトであれば中止も考慮すべき)、利害を共有する(少なくとも上司は部下を評価する態度で接しない)ようなマネジメントが重要と考えます。

その上で、コーチングのノウハウが活用できるのではないかと思います。例えば、COACH Aはコーチングを活用したマネジメントスタイルのポイントとして次の4つを挙げています[文献2]

・コミュニケーションの量と質を変える:例えば、詰問ではなく安心して答えられる質問、部下自ら考え、問題解決を促進させるような質問、タイムリーなフィードバック、提案後のフォロー、部下のやり方・強みを認める、など。

・個別対応する:例えば、自分と部下が好むコミュニケーションスタイル、自分と部下のストレッサーは何か、自分と部下がどんなときにモチベーションが上がるかを知っておく。

・答えでなく問いを共有する:「問い」の共有により、メンバーの思考を刺激し、新たなアイディアや状況にあった行動を引き出すことが可能になる。

・「部下が自ら動き、目標達成すること」をゴールにする:上司がティーチングによって目標を達成させるのではなく、上司がいなくとも部下が目標達成できるようにする。

コーチングスキルそのものは、組織構造とは関わりなく、様々な個人対個人のコミュニケーションにおいて活用できると思われますが、組織構造が生みだすコミュニケーション阻害の問題点をコーチングスキルの活用によって補いながら解決していくことが有効であるように思います([文献2]では上記の他にも示唆に富むスキルが数多く紹介されています)。研究組織というのは、専門性の問題や研究者個人の特性によって、コミュニケーション阻害を招きやすいものです。様々な情報の出会いがイノベーションを生むことは多くの人の認めるところですが、情報の出会いづくりをイノベーター個人の能力に頼るのではなく、組織的、効率的におこなうために、コミュニケーションの活性化は不可欠だと思います。コミュニケーションの阻害要因を知り、環境を整え、マネジメントスキルを磨くことはイノベーションの実現の必要条件であるように思うのですが、いかがでしょうか。


文献1Rogers, E.M., 2003、エベレット・ロジャーズ著、三藤利雄訳、「イノベーションの普及」、翔泳社、2007.

文献2COACH A webページより

「今日から変わるコミュニケーション」:スキル集http://www.coach.co.jp/coaching/change/
<2013.8.18現在、上記リンクはなくなってしまいました。>

 

ノート11:研究組織運営におけるリーダーの役割

今回は、研究の進め方に関する考察のつづきとして、研究グループ運営におけるリーダーの役割について考えてみたいと思います。

 

研究リーダーの役割

ノート10では、望ましい研究組織の特性とその運営について考えました。そうした運営を行なう上で、研究リーダーの果たす役割は大きいと考えられますが、ノート10で述べたような組織運営は研究リーダーでなければできない業務というわけではないと思います。そこでここでは、研究のリーダーは何ができて、どうあるべきかといった観点から、特に第一線に近い研究リーダーの組織運営への関わり方、リーダーの役割を中心に考えてみたいと思います。

 

まず、リーダー自身はどうあるべきかについて考えてみましょう。「未知のことへの挑戦」といった創造性の発揮が求められる場面で、研究グループを指揮する立場にあるリーダーのリーダーシップ行動について、開本はリーダーシップに関する諸研究をレビューしたうえで、以下のように述べています。「研究開発部門では、他の部門よりも管理職の技術的スキルの重要性が高い。つまり、研究開発技術者に対するリーダーシップを発揮するには、リーダー自身が技術的知識を持っており、フォロワーの仕事の内容を理解し、必要なアドバイスや情報を与えることが必要である。その際、ゲートキーパーの研究でも指摘されているが、単に情報を提供するのではなく、リーダーなりに必要な情報を加工した後、必要な情報をフォロワーに提供していくことが求められている。一方、人間関係スキルや管理スキルは、相対的に重要性が低い。(中略)研究開発のように不確実性の高い状況のもとでは、細かなスケジューリングやプランニングの有効性は低く、企業全体の方向性と両立する範囲での自律性を与える管理スタイルが求められる。また、研究開発技術者は、基本的に仕事そのものによって動機づけられる存在であるため、人間関係によって直接、成果が影響を受けることは少ないと考えられる。(中略)したがって、仕事を通じてモチベーションを引き出す、テクニカルスキルに基づくリーダーシップが、より重要となる。」[文献1p.97-98]。テクニカルスキルに基づくリーダーシップの重要性についてのこのような指摘は、一般の人材マネジメントとは異なる研究マネジメントならではの特徴と理解できますが、だからといって人間関係や管理のスキルが重要でない、ということにはならないと考えます。特にHerzbergの言う「衛生要因」に分類される欲求、すなわち、それが満たされても動機付けにはならないが、満たされないと不満になるような欲求については慎重に管理しないと、研究者に特徴的とされる「仕事そのもの」による動機付けを阻害してしまう可能性があると思われます。従って、リーダーとしては待遇や仕事の環境が悪化しないように慎重に管理した上で、仕事による動機付けを行なう必要がある、ということになるのでしょう。

 

研究組織において重要とされる多様性を研究グループの運営において確保することもリーダーの重要な役割のひとつと考えられます。多様性に富む環境を整え、多様性を維持するために、様々な発想を大切にし、異なる意見を受け入れる組織風土を作ること、コミュニケーションを活性化することは重要でしょう。丹羽は、「異端児といわれる優れた技術者」について、その個人がイノベーションにおいて大きな役割を果たすとしても、「それを認めて採用する能力と決断力のあるマネージャーの存在が企業イノベーションの隠れた、いや、むしろ実質的な立役者」と述べています[文献2p.31-32]。研究リーダーはこのような役割を認識し、多様な人材の能力をひきだすことに力を注がなければならないと思われます。

 

コミュニケーションについては、グループ内のコミュニケーションの活性化とともに、グループ外とのコミュニケーションにおけるゲートキーパーの役割を研究グループのリーダーが担う必要があると思われます。ゲートキーパーは、情報をさまざまな情報源から収集し、それを最もうまく活用できるか、あるいはそれに最も大きな興味を持っている適切な人材に受け渡す役割を持つ[文献3p.386]、とされますが、より具体的には、情報収集、グループ内部に理解されるような言語への翻訳、グループ内への伝達、という業務を担う[文献4p.69]とされて、さらには、若い技術者にアドバイスを与える先輩の役割、研究開発活動への評価、市場調査などの役割を指摘する考え方もあるようです[文献1p.93]。グループ外からの情報に関しては、おそらく生の情報をそのままグループ内に流してもその意味するところが十分に伝わるとは限らないため、その情報の意義、解釈や付随する情報もあわせて伝えることが必要なのではないでしょうか。技術のエキスパートとして、グループリーダーのコメントをつけることにより情報の価値を高めることができると言ってもよいでしょう。ただし、情報に加工を加えることがゲートキーパーの役割とは言っても、外部からの情報を制限するような行動は慎むべきと考えます。

 

リーダーの役割としては、若手の育成も重要でしょう。専門分野については、ある程度の時間をかければ日々の業務を通じて育成していくことはそれほど困難ではないと思われます(時間をかけられる環境を作ることはもちろん重要ですが)。ただし、マネージャーとしての育成については、いろいろな考え方があるようです。McCallはリーダーの育成に関して、能力で選抜することの問題点を指摘し、経験から学ぶこと、経験によるリーダーシップ育成の重要性を述べています[文献5]。また、Christensenは破壊的イノベーションの成功のためにMcCallの方法が有効であると述べており[文献6p.218]、効果的な経験を積ませることの重要性は認識しておく必要があるものと考えられます。

 

最後に挙げておきたいリーダーの役割は、ロールモデルです。McCallは成長過程にあるマネージャーに対する上司の影響について、最も重要なこととして「ロールモデルとしての上司の行動とその行動結果を観察することで、組織が何を真に評価しているかについて学ぶ」[文献5p.116]ことを挙げています。実際、グループメンバーにとって、トップがどのようなマネジメントのやり方を評価しているかを知る機会はそれほど多くないと思われるので、どのようなやり方が効果的で、それが社内でどのように評価されるかを実例として示すことは重要だと思われます。その意味で、リーダーのマネジメントに対する考え方をグループのメンバーに説明しておくことは、将来のマネージャーを育成する上でも非常に有益でしょう。

 

以上、組織運営におけるリーダーの役割について焦点を絞って考えてみました。研究開発のマネジメントといっても、トップの役割と第一線に近い研究グループのマネージャーの役割は自ずと異なっているでしょう。研究開発は全社的な活動であるため、トップマネジメントの重要性がよく指摘されますが、実務的には、研究グループのマネジメントの重要性もしっかり認識しておくことが必要と考えます。

 

 

文献1:開本浩矢、「研究開発の組織行動」、中央経済社、2006.

文献2:丹羽清、「イノベーション実践論」、東京大学出版会、2010.

文献3Tidd, J., Bessant, J., Pavitt, K., 2001、後藤晃、鈴木潤監訳、「イノベーションの経営学」、NTT出版、2004.

文献4:三崎秀央、「研究開発従事者のマネジメント」、中央経済社、2004.

文献5McCall, Jr. M.W.1998、リクルートワークス研究所訳、「ハイ・フライヤー」、プレジデント社、2002.

文献6Christensen, C.M, Raynor, M.E, 2003、桜井祐子訳、「イノベーションへの解」、翔泳社、2003.


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