研究開発マネジメントノート

研究開発とそのマネジメントについてのいろいろ

コラボレーション

ハッカソンの可能性(大内孝子編著「ハッカソンの作り方」より)

これからのイノベーションにおいては、コラボレーションが重要であるという指摘はよく耳にします。しかし、どうしたらコラボレーションをうまく進められるのか、ということになるとまだまだ手探りの状態、というのが実際のところではないでしょうか。そこで、今回は最近注目されている「ハッカソン」というコラボレーションの進め方について、大内孝子編著「ハッカソンの作り方」[文献1]に基づいて考えてみたいと思います。

ハッカソンとは
・著者は次のように述べています。「Wikipediaによると、ハッカソンという言葉がはじめて使われたのは1999年頃、「ハック(Hack)」と「マラソン(Marathon)」の混成語といわれています。ITのソフトウェア文化から発祥し、提示された課題を一定の決められた時間の中で解く、成果物をプロトタイプとしてアウトプットするという、もともとは高度なスキルを持つプログラマーがプログラミング開発スキルを競う位置づけのものです。[p.4]」「ハッカソンはいわゆる参加型のイベントです。参加者は提示された課題に対し、決められた時間内で、自分たちのスキルを使って解決することを目指します[p.10]」。そして、そのハッカソンにはいろいろな形態があるとして、「もともとはソフトウェアをハックするイベントを指すもので、現在のハッカソンのようにハードウェアデバイスが絡んでくる場合に『メイカソン』と呼ぶこともあります。ちなみにIDEOが2012年に開いたMaker DIY+ハッカソンイベントをメイカソンと呼びました。また、ハッカソンの中のアイデア出しの部分を『アイデアソン』と呼びます。・・・さらに、ハッカソンがイベントとして認知されるに従って、テーマと『ソン』をつないで、・・・イベント名としてはさまざまな名称が使われるようになっています。[p.10-12]」とも書かれています。
・よりシンプルに理解するなら、IAMAS(情報科学芸術大学院大学)の小林茂教授が作成されたハッカソン/メイカソン参加同意書にある次の説明がわかりやすいかもしれません。「昨今、多様な参加者が参加して共にアイデアをつくる『アイデアソン』、それをソフトウェアとしてつくる『ハッカソン』、さらに見たり、触れたり、感じたりできるものも含めてつくる『メイカソン』が盛んに開催されるようになりました。そうしたイベントでは、多様なスキルや視点、経験を持つ人々が競争することで知的財産が創出され、事業化に向けて進めていこうという事例もでてきました。[p.170]」

どんなハッカソンがあるか
・「幅広い分野でハッカソンは活用されています。コミュニティベースで課題解決のために行うハッカソン、企業がコミュニティの協力で行うハッカソンもありますし、行政機関が企業と組んで事業開発を目指して開催するものもあります。[p.30]」「ロフトワークやEngadget日本版、GUGEN、リクルートのMashup Awardsなど、ものづくり系のハッカソン、さらにIntelauなど企業が主催あるいは協賛に入るハッカソン、Code for JapanArt Hack Dayのように、コミュニティベースで地域問題や大きな普遍的なテーマを扱うもの、富士通やオリンパス、ヤマハのようにオープンイノベーションを目指した動きの中でハッカソンを取り入れる場合など、さまざまです。[p.31]」「企業のコミットメントの度合い」と「ビジネス・事業指向の度合い」の2軸でマッピングするとわかりやすいことも紹介されています。[p.31
・「大きな特徴として、ゴールとして順位を付けるコンテスト形式のハッカソンと、順位を付けないハッカソンに分けられます。[p.32]」

ハッカソンの目的p.35-36
・主催者にとっての目的:「既存の問題を解決するアイデアを生み出す」「新しいアイデア、イノベーションを生み出す」「新技術、サービスを理解し、共有する」「新技術、サービスを告知する」
・参加者にとっての目的:「スキルを高める」「集中して迅速に開発するノウハウを習得する」「新しいアイデアを生み出す」「新技術、サービスを理解し、共有する」

・主催者、参加者の両者にとっての目的:「新しい人脈を作る」「新規事業開発」

企業が注目する理由
・「新技術(製品)のプロモーション、ユーザーコミュニティの開発など、企業がハッカソンに着目しているポイントはいくつかありますが、大きな要素にオープンイノベーションがあります。[p.37]」「クローズドな社内ハッカソンを開きチームビルディングを組織開発に活用する、アイデアソンの手法を取り入れてみる、あるいはオープンなハッカソンを開き、社外のさまざまな人・スキルを入れることで何か新しいアイデアを探る・・・、こうした動きは何とか現状を打破したいということからでしょう。[p.39]」
・現状の問題点:「従来の製品開発フロー(R&D→マーケティング・リサーチ→設計→製造)ではプロセスごとに部署が縦割りにされ、多様なアイデアが生まれにくくなっている、従来の製品開発のフローでは時間がかかり過ぎ、新しい製品を作り出すことが難しい[p.39]」。
・「技術の進化はこれまで、新しい機能、より便利な機能を製品の価値にしてきましたが、製品の価値はもう機能だけではありません。価値を探す、課題を探すところから始めなければならないという状況です。そこで、ハッカソンの持つ多様性が注目されているわけです。・・・課題解決を、まずその課題が本当に合っているのか、さまざまな視点で『探究』するところから始めることができます。[p.40]」

進める上での注意点
・「楽しいっていう雰囲気がなかったら絶対アイデアは生まれない。プレッシャーを感じながらでは生まれないんです[p.56]」。「なるべく快適な空間、比較的おなかも満腹で、リラックスできる空間を保つことにも気をつけている[p.58]」
・「参加者をうまく配分してチームビルディングを行う必要があります。[p.59]」「短時間で高い成果を上げるためには、チームメンバー同士のベクトルの一致、『目的の共有』が重要です。[p.62]」
・「オープンソースコミュニティが生んだハッカソンですが、オープンイノベーションを起こす要素として活用され、アウトプットが世の中に出てきている現在、従来のようにオープンのままではいられなくなり、さらに事業に進む成果物も見すえた知財の扱いのルールが必要になります。[p.65]」

本書で解説されている事例
Mashup Awards:リクルートによるアプリ開発コンテスト。[p.78-81][p.107-113
Engadget電子工作部:大人の部活動としてkonashiIntel Galileoなどの開発ボードを使ったスマホガジェット作り。[p.82-84][p.122-127
iBeaconハッカソン:Appleの位置情報サービスiBeaconの可能性を探る。[p.84-86
・ものアプリ:大阪市発のイベント。インターネットやスマートフォンと連携するデバイスのプロトタイピングにチャレンジする。[p.86-90
Medical×Securityハッカソン:Eyes, JAPANによる医療やセキュリティの問題解決を目指す競技としてのハッカソン。[p.91-95
・ヒャッカソン:100円ショップで手に入るものを材料にしてアイデアを形にする。[p.96-98
・3331αArt Hack Day:テクノロジーとアートが融合した作品を生み出す。[p.98-103
・さくらハッカソン:富士通が運営(あしたのコミュニティーラボ)、東北を訪れる人を増やすアイデアを探る。[p.104-106

期待
・オープンイノベーションの発展、エンジニアの地位(印象)の向上[p.110
・創造的なイノベーションのための「場」[p.112
・「粗いアイデアの素をまずは形にして、自然な環境で使い手の反応を見ることで、可能性の幅を広げる。得られた反応によっては元のアイデアを易々と変更し(ピボット)、次の発想を生み出す。[p.120]」
・オープンコラボレーション:「同じ組織内での議論や開発は、同質化の壁を越えづらい。何が制約で、何が機会なのか。状況を近しい視点から見てしまうため、従来の限界を超えられないことが多い。・・・予定調和を超えた、知恵とアイデアと情熱から生まれる新結合。それがハッカソンの醍醐味[p.121]」。
・大企業の中における多様な製品開発の方法としての位置付け。やりたいことを社内でやる方法。(社内ハッカソン)[p.152
・「実は、ハッカソンにはこの方法が正解というものは存在しません。ハッカソンはツールであって、目的のために使われるからです。まずは目的を明確にすることです。目的はもちろん自由でよいのですが、自分の利益だけではなく、来てくれた参加者にこのイベントを通し、何を持って帰ってもらえるかを考えておくとよいと思います。[p.166-167]」
―――

ハッカソンという名前で呼ぶかどうかは別として、多様な参加者が短期間集まって何かを作るというコラボレーションは、イノベーションのツールとしてこれからも活用されていくのではないでしょうか。その背景には、何よりも、コラボレーションの必要性が高まっていることがあると思います。技術の発展により専門分野が深くなると同時に狭くなる傾向があります。さらに、技術の深化だけからは顧客のニーズが予測しにくくなっていて、顧客とのコラボレーションが求められたり、課題解決のためにも幅広い技術の組み合わせが求められていることも要因としてあげられるでしょう。また、不確実性の大きな課題解決のためには短期間でまずはプロトタイプのようなものをつくってみる必要性も高まっているように思います。

企業も、ハッカソンのような動きをうまく活用することが求められていくでしょう。外部とのコラボレーションももちろんですが、大企業では社内でのコラボレーションにハッカソンの考え方を応用することも考える必要があるのではないでしょうか。もちろんそのためには、社内の縦割り組織間の壁や、計画重視、トップダウン重視の仕事の進め方などの障害も解決しなければならないかもしれませんし、専門家自身のマインドも部外者や素人と協業できるように変えていかなければならないかもしれません。ただ、そうした際にもハッカソンの「短期決戦」でとにかく何かを生む、というアプローチは可能性があるように感じました。大企業では、それぞれの仕事を抱えた専門家を集めるだけでも困難がありますが、短期ならなんとか集めることができるかもしれませんし、短期間でアウトプットが出せるということは計画重視の業務プロセスを変えていく力にもなるように思います。

おそらくハッカソンの形は、これからも様々に変化していくことでしょう。どんなコラボレーションの形態や運営の仕組みが考えだされていくのか、どんな成果が出てくるのか、今後も注目していきたいと思います。


文献1:大内孝子編著「ハッカソンの作り方」、ビー・エヌ・エヌ新社、2015.

参考リンク



目的工学とは

「目的工学」という考え方が提唱されています。その背景には、企業経営や社会において「目的」という概念をもっと重視すべきだという考え方があるようです。この考え方はイノベーションにも深く関わるようですので、今回は、紺野登著、「利益や売り上げばかり考える人は、なぜ失敗してしまうのか」[文献1]に基づいて、本書で説明される目的工学(Purpose Engineering)の考え方について考察してみたいと思います。

著者は、「はじめに――『目的工学研究所設立趣意書』に代えて」において、「21世紀は『目的(パーパス)の時代』になる。[p.1]」と予言しています。そして、「目的工学研究所の信じるところ」として、よい目的は、知識社会、知識経済を動かす触媒である、共通善に向けて進化・深化する、失望や諦めを希望に変えることができる。目的工学は、そのための方法論である、目的群と手段の調整、試行錯誤によって最大の効果を生み出す、現状打破や改革を起こす手段である、究極の目的である『幸福』に貢献することを目的とする、と述べています。[p.7-8

本書では、第1章~第7章で、「目的」の重要性と関連する要素が事例に基づいて考察され、最後の第8章が目的工学の具体的な実践の方法を述べた総括編となっています。以下、その要点をまとめます。

第1章、利益や売り上げは「ビジネスの目的」ではありません

・「目的と目標は別物。・・・目標は目的ではなく、むしろ目的を実現するための手段であり、マイルストーン[p.25-26]」。「目的は大目的と小目的の2階建てになっています・・・小目的は、一般的に大目的を実現するうえでクリアすべきものであり、多くの場合、複数存在します[p.39]」。「売上げや利益、株主価値といった財務業績にかまけている企業より、顧客やコミュニティを第一に考えて行動している企業のほうが持続可能性が高いと報告する研究は少なくありません[p.39]」。
・「人間には、だれにでも『だれかの役に立ちたい』『社会に貢献したい』という欲求が存在する[p.33]」。
・「われわれ目的工学研究所の結論はこうです。よい目的が、よい会社、よい組織、よい事業、よりリーダー、よい人間関係をつくる。その結果、よりよい未来が生まれてくる[p.43]」。

第2章、イノベーションは「よい目的」から生まれてくる
・「共通善としての目的を追求することで、利益も生みだされる・・・顧客にとっての社会的価値を実現すること以上の高みを目指すものであり、資本主義の次なるあり方を示唆しています[p.53]」。
・「現実世界の戦略は、不測の事態、事業環境の変化、社内外の事情など、さまざまな出来事が錯綜するなか、試行錯誤を通じて、再発見・再検討・再創造(これを『創発』といいます)されるもの・・・このミンツバーグの考え方は、戦略プランニングに対して『戦略クラフティング』と呼ばれています。実は、よい目的づくりも、よい戦略同様、クラフティングを通じて練り上げられていきます。[p.59-60]」
・最近の途上国でのイノベーションでは、共通善に基づき、クラフティングのアプローチによって実現された例がある。
・「失われた10年、いや20年は、何も政治家や政府の無策だけが原因ではありません。企業本来の目的をないがしろにして、計画と統制によって人々を利潤の極大化に駆り立てたことも、あらためて冷静に省みるべき原因です。その第一歩が『企業の目的』『ビジネスの目的』を問い直すことなのです[p.87]」。

第3章、コラボレーション、コラボレーション、コラボレーション
・「マイケル・シュレーグ氏によれば、人間同士のコミュニケーションから生まれてくる創造性こそ、コラボレーションに期待されていることにほかならないそうです。これこそ、分業とコラボレーションの決定的な違いです[p.90]」。「現在のように、既存の秩序が緩み、新たな秩序とせめぎ合う転換期においては、・・・常識やアンシャン・レジームにとらわれない視点や発想が新たな道を拓きます。その際、重要になるのが、組織の枠や業種を超えてさまざまな人たちが集まる、学際的な異分野コラボレーションです。集合知やオープン・イノベーションが注目されていますが、つまるところ、一人の天才的ひらめきよりも、大人数で知恵や意見を持ち寄ったほうが、よりユニークで、よりインパクトの大きいアイデアやイノベーションを、より短い時間に生み出せるという認識です[p.91]」。
・「コラボレーションには、創造性やイノベーションが期待されているわけですが、その前提条件となるのが、さまざまな『目的群を調整する』ことです。すなわち、それぞれ中身や方向性の異なる目的の持ち主たちを、より上位の目的によって包み込み、大目的へと向かわせるのです[p.99]」。

第4章、「コトづくり」をデザインする
・最近は、「ある目的を実現するために、あるべきコトを構想し、これをビジネスモデルに具体化し、ここにふさわしいモノ(手段)・・・を探したり、時にはすでにある資産を再活用すること」が求められている。「既存の資産や外部の知を、新しい視点やビジネスモデルで組み替えていくこと。これもイノベーションと言えるのです。[p.130-131]」
・「異分野コラボレーションを実現し、イノベーションの確率を高めるには、・・・『デザイン思考』が欠かせません。・・・頭のなかで処理される思考プロセスにとどまらず、さまざまな人や場所、モノとの相互作用など、身体的で実践的なプロセスを通じて、ダイナミックに知を形成するというものです。[p.144]」

第5章、さまざまな人材をつなげる組織
・「真のコラボレーションを実現し、それによって、これまでとは一味違うアイデアやユニークなイノベーションを生み出すには、各人が拠って立つ専門領域やシステム、コミュニティにおいて、自分と他者を分かつ『境界線』を越えて行動したり、新たな関係性を見出したりする必要があります。このような行動や行為を後押しする仕掛け、言い換えれば、相互作用やイノベーションを創発させる媒介のことを、『バウンダリー・オブジェクト』と言います。・・・場所(環境や空間)を変えることは、必然的に境界線を越えることになるわけですから、バウンダリー・オブジェクトの一種といえます。」[p.164-165
・「日本では、長らくイノベーションとはまれに起きるような技術革新だととらえられてきました。しかし近年それは従来とは異なる新たなアイデアややり方であり、ビジネスモデルを含んだ、持続的な価値の創出として理解され始めています[p.174]」。

第6章、「アポロ計画」に目的工学を学ぶ
・「売上げや利益などの数値目標が、職種や価値観が異なる人たちを一つに束ねる求心力になりえないことは、だれもがうすうす気づいているはずです。そして、実際そうです。そのためには、こうした経済的利益を超えた、高次元の目的が必要になります。[p.203]」

・「大目的がいかに社会的あるいは利他的なものであっても、メンバーや関係者の小目的はたいていバラバラです。そして、このように異なる目的群の調整が成功のカギを握っている以上、こうしたオーケストレーションのスキルと能力が不可欠です。ところが、ひとたび走り始めると、肝心の目的は脇に置かれ、予算やスケジュールの管理や経済的成功にかまけてしまうという例が少なくありません[p.205-206]」。

第7章、目的第一のマネジメント
・「トリニトロンと新幹線、そしてアポロ計画――。これらのプロジェクトをなぜ再評価するのか、その理由は、現在のように、何が正解かがはっきりせず、ブレークスルーを起こさない限り、先に進めない状況において、どのようにチームをまとめ上げ、どのようにプロジェクトを成功に導くのか、そのためのヒントが多数隠されていることです。・・・『部分の総和以上の力』を生み出す・・・マネジメントやリーダーシップの手本なのです。そして、人々の力を最大限引き出し、組織力として発揮させるには、それぞれの目的をオーケストレーションすることが欠かせません。[p.227]」

第8章、目的工学はこうして実践する[総括編]
・目的工学の2つの側面:1)目的に基づく経営、2)目的のマネジメント[p.232-238
・目的工学の基本哲学:アリストテレスの目的論。世界が運動し変化する4つの原因は、1)質科因(素材となるもの)、2)形相因(あり方を定めるもの、たとえば基本的デザインやビジネスモデル)、3)作用因(現実に作用するもの、たとえば技術やツール)、4)目的因(存在理由、たとえば究極の顧客価値や目的)。

・目的の種類とレベル:大目的(最終的には共通善の追求につながる)、駆動目標(中目的)(プロジェクトを駆動させる具体的な概念やスローガン、ミッション)、小目的(参加者の思いが結びつけられる技術上の目的、個人的な目的など)、タスク目標(個別具体的な達成目標)[p.242-248
・目的群の調整:大目的(共通善に向けて調整、小目的を調整する不動の軸になる、末端のだれかの発見から生まれることもある、リソースを限定しないことが重要)、駆動目標(中目標)(人々を奮い立たせる深みとメッセージ性が求められる)、小目的(個々人の思いや背景に根差した目的、より大きな目標に引き上げる)、タスク目標(技術に目的を与えるのは人間なので、技術を一人歩きさせてはいけない)[p.248-255
・実践的三段論法:実践的推論とは、目的と目的を実現する手段に基づいて、この行為を行なうべきであると考えて、目的と手段の関係を追求していく。手段を出発点として目的を選択する方法もある。[p.255-263
・プロジェクトマネジメント:①利他的あるいは社会的な問題意識で、究極的には共通善を目指したビジョンや大目的につながる主観に基づいてプロジェクトを立ち上げる、②自由度の高い(自律的な)チームの結成、③大目的を掲げるプロジェクト・オーナー、手段(技術)を担うプロジェクト・マネジャー、駆動目標や小目的を調整する現場のプロジェクト・リーダー、進捗を評価しその結果をフィードバックするアセッサーが必要、④当事者間で物語(ナラティブ)を共有する、⑤調整のための「場」を意識する(様々なレベルの目的を調整する場を活用する、⑥デザイン思考(大目的を追求しながら、みんなが達成できる駆動目標(中目標)を決め、それを軸にして場をつくり、リソースを集め、状況に応じて柔軟にプロジェクトを運営していく)[p.263-271
・仮説→総合→分析のプロセスを繰り返しながらデザイン思考でプロジェクトをクラフティングする。最初に計画を決定して実行するPDCAとは異なる。プロジェクト・オーナーによるおおまかな方向づけ→プロジェクト・マネジャーやリーダーによる全体の調整→アセッサーによる進捗の評価というプロセスと言い換えられる。[p.271
・よい目的のつくりかた:これまでになかった状態を創造する、卓越した理想状態にする、美徳に関する目的を考える[p.282]。
・場のつくりかた:場とは、「共有された動的な文脈、あるいは意味空間」。経験共有、対話、体系構築、実践と身体知化が行なわれる。フューチャーセンター(企業、政府や自治体などが、未来に関わる戦略や政策の実践を目的に据え、当事者やステークホルダーが議論や対話を通じて、新しいアイデアや解決策を発見・共有し、相互協力の下に実践する場)に期待できる。[p.283-291
・オープンな関係性づくり:個人と社会、企業と社会などのよりオープンな関係性、必要な能力や有形・無形の資産、さまざまなパートナーが有機的に結び付いたビジネス生態系(エコシステム)をデザインする。[p.292
・成果の評価:目的と手段の関係は状況に応じて変化するというダイナミックな前提に基づき、プロジェクトの要所要所でフィードバックを行い、改善や向上、メンバーの成長を促すツールとして形成的評価(進行中に行う評価)を活用する。[p.296
・リーダーに求められる能力:世のなかや関係者の多様な小目的群を調整し、大目的に根差しながら中目的に向けて実践するための知力――。とりわけ不確実で複雑な環境にわれわれが置かれた時、仮説を立て、社会と関わりながら行動を起こしていく、最初の実践的ステップに挑戦する意志力――。世界と真摯に向き合う態度が不可欠であり、トライアル・アンド・エラーの行動力が重要になる。[p.302
―――

このような目的工学の考え方は、企業戦略が壁に突き当たり、新しいイノベーションが求められている日本の状況では極めて魅力的な考え方のように思われます。特に、事業環境の不確実性が高まっていること、個人の価値観が多様化するなか、コラボレーションが求められていることが背景のポイントなのでしょう。不確実性に対しては、ポーターの競争戦略論のような計画重視の取り組みではなく、ミンツバーグのような試行錯誤を許容した戦略クラフティングが必要であり、コラボレーション実現のためには、共通善に基づくよい目的(個々人の多様な目的を調整できる)が必要である、ということと理解しました。

ただ、そうした考え方がどこまで正しく、どこまで期待してよいのかは、本書からははっきりわかりませんでした。特に技術者は、ある考え方に接した時に、「本当にそうか?」「なぜそうなるのか?」と考える人が多いと思います。成功事例の分析から、本書でいう目的工学的な傾向が導かれ、それがアリストテレスやドラッカーの哲学に合致するものだったとしても、それが「都合のよいところだけをつなぎ合わせたものではないのか?」「成功した後からそれが良かったとわかるような後知恵的な考え方ではないのか?」といった疑問を感じてしまいます。例えば、よい目的に基づいて始めたプロジェクトなのに失敗に終わった例はないのか、よい目的に基づいていないのに成功した例はないのか、目的自体よりも目的の実現方法の巧拙の方が重要なのではないか、といった疑問がすぐに思い浮かぶでしょう。ソビエトの共産主義や、日本の大東亜共栄圏の発想も、その時代においてはよい目的であったのではないか(そうでなければ、あれだけ多くの人を動かす力はなかったと思います)、新幹線がよい目的を持ったプロジェクトだったとしても、移動時間を短縮する意味では同じような意義があったコンコルドはどこが悪かったと考えるべきなのか、興味がある点です。

現実問題として、企業には利益や売り上げを第一に考える人はまだ多くいます。また、試行錯誤を嫌う計画重視の人々もいます。アリストテレスやドラッカーよりも自らの経験や、英雄伝が好きな人もいますし、人間は経済合理性のみに従って行動すると信じている人もいます。こうした懐疑的な人々をいかに動かせるか、それが現在の目的工学の課題のひとつのように思います。本書の目的工学の考え方でも行動のための作業仮説の意義は大きいと思いますが、さらなる発展のためには多くの人に受け入れられるようにすることも必要ではないかと思います。

肝心の大目的の設定のしかたについても、共通善や社会的意義の重要性はわかりますが、実際には、「できそうだ」という見込みを発案者が感じることも必要だと思います。本書に述べられた実践方法の各論はなかなか示唆に富むものではありますが、まだ体系的な方法にはなっていないように思います。今後、真に有効な手法を確立していく必要もあるでしょう。もちろんこれは、著者が「今回の出版は、試論として目的工学の可能性を世に問うものです[p.308]」と述べていることに対して、過剰な要求だとは思いますが、これからの社会や企業経営を変える可能性が感じられる目的工学への期待を込めて、より説得力を持った思想に仕上げ、効果的な手法をクラフティングしていっていただければと思います。実務家としても目的工学の発展に寄与できるかもしれないことは考えておいてよいかもしれません。

文献1:紺野登+目的工学研究所著、「利益や売り上げばかり考える人は、なぜ失敗してしまうのか ドラッカー、松下幸之助、稲森和夫からサンデル、ユヌスまでが説く成功法則」、ダイヤモンド社、2013.

参考リンク<2014.2.23追加>



デザインとイノベーション(エスリンガー著「デザインイノベーション」より)

イノベーションにおけるデザインの重要性がよく指摘されます。いわゆる機能や外見といったデザインが製品やイノベーションの価値に影響することは容易に想像できるのですが、では、デザインとは何か、その真の役割や意味は何か、ということになると様々な捉え方があるように思います。そこで今回は、エスリンガー著「デザインイノベーション」[文献1]に基づいて、イノベーションにおけるデザインの役割について考えてみたいと思います。

著者はフロッグデザインの創始者としてアップルやソニーをはじめとする様々な企業でのイノベーションにデザイナーとして深く関わってきた実績を持つ方とのことです。この本では、著者自身の経験に基づく考え方が述べられており、デザインについての様々な考え方を系統的に総括したような内容ではありませんが、今後ますますデザインの考え方は重要になると予想する著者によりなされている、経営とデザインの関わりについての提言は有意義な示唆を含んでいるように思われました。ちなみに、原著表題は「A Fine Line: How Design Strategies Are Shaping the Future of Business」(「紙一重:デザイン戦略が形作るビジネスの未来」[文献2])です。著者は、「本書では、現代の物質文化を見渡して、『すごい』ものと『いい』ものとを、独創的な戦略と二番煎じの戦略とを、傑作と凡作とを区別し、両者を隔てている紙一重の差を吟味していきたい[p.xiv]」としています。以下、興味深く思われた点をまとめてみます。

デザイン主導戦略の意義

・「見ためをよくすることだけがデザインではない。デザインとは、画期的なコンセプトを提案することによって、人々の生活を豊かにしようとするものである[p.xi]」。

・「長続きするビジネスを築くためには、デザイナーとビジネスリーダーが協力するのがいちばんいいと、わたしは強く信じている[p.xv]」。

・「デザインとは優れたビジネス戦略の一部であって、芸術ではない。・・・自己陶酔型の芸術家のひらめきでは、持続可能なビジネスモデルは築けない。フロッグ流のビジネスデザインとは、まず一流の人間を惹きつけて、ひとつの場所に集めること、そして、みんなが協力することで互いの力を引き出し合えるよう、必要な環境やリーダーシップを提供すること[p.11]」。

・「世界は多様な文化のからみあった『球体』であり、それぞれの文化にはそれぞれにちがったニーズや要望がある。・・・複雑な輪郭線を持った現実の世界では、とうていワンサイズではビジネスをフィットさせることはできない。だから、創造的なビジネス戦略においてはデザインが重要になってくる[p.15]。」

・「製造業でもサービス業でも、効率と規模が限界に達していることは、もはや否定できない。・・・あえて危険に挑むような戦略・・・でなければ、変化する経済の中で勝つことはできない[p.17]」。

イノベーションにおけるリーダーシップの役割

・「どんなにすばらしい戦略であっても、それを支え、引っぱっていく有能なリーダーがいなかったら、すぐにつまずくだろう。戦略を立案し、実行することは、そのこと自体が創造的な行為だ。だからリーダーには、デザインの役割を理解し、社内にイノベーションの文化を浸透させる能力が求められる[p.20]」。

・「長期的な成功のためにはリーダーに、戦略的なビジョンと、従業員や社会に仕えようとする倫理観と、新しい道を切りひらく勇気と、夢を現実のものにする能力が必要だ[p.45]」。

創造的なビジネス戦略

・「イノベーションが成功するかどうかは、事業の初期段階・・・の前の段階で、どういう戦略を立てるかにかかっている[p.48]」。

・創造的な戦略に共通の要素に、戦略的に予備を持つことがある[p.51]。

・「利益にばかり目を向ける分析では、競争力を正しく把握できない。成功の指標として信頼できるのは、相対市場シェア――自社のシェアを業界トップ企業のシェアで割った値――だ。[p.54]」

・フロッグの4原則:1)「スイートスポット」を見つける(自分が得意にしていて、他人が得意にしていない分野)、2)ビジネス意識を持ち、クライアントのためになる仕事をする。そしてそれがひいては、自分の会社のためにもなるようにする(クライアントの財務状況に応じたデザインを考える、自分たちのデザインをプロフェッショナルなやりかたで売り込む、など)、3)トップになりたがっている貪欲なクライアントを見つける(壮大な構想を持つグローバル企業で、テクノロジー分野に大きな可能性を秘め、世界一になっているか、なろうとしている。そして、商業的な面でも野心があり、なおかつそれを実現する手段を持っている)、4)一番になることで有名になる(その過程で、自分を支えてくれる人への感謝を忘れてはならない、名声を保つためには不断の努力が必要である)

・「フロッグは常に、新しいことを学んだり、試したりするよう努めている。・・・過去の成功を単純に繰り返すのでなく、クライアントにいちばん必要なものを作り出そうとする発想の戦略だ。・・・勝つためには適応しなくてはならない[p.66]」。

・「戦略的な適応を果たそうとする過程では、」「ビジネス戦略のもたらす観念的な興奮と、独創性を追求するデザイナーの本能的な欲求の食いちがいに、どう対処するかという問題」にぶつかる。「理想を言えば、そのどちらもできる人間を見つけて、育てるのがいい。」[p.72

・「ビジネスでもデザインでも、創造的な戦略家とは、自分のため、会社のため、世界のためによりよい未来を築けるよう、パートナーと力を合わせられる者のこと[p.82]」。

イノベーションプロセスの3つのステップ、頼りになるのは金より人間

・ステップ1:基礎作業。能力(ビジネスの目標と、それを達成するためのデザインの役割を知り、両方とも大切であることを忘れない)と選択(適切なチームや、パートナーや、クライアントや、事業を選ぶ)が必要[p.86]。「ビジョンの倫理性を重んじ、顧客に有意義なエクスペリエンスを提供し、人間の幸せのためにテクノロジーを役立て、品質の高さを頑固に守る[p,88]」。「イノベーションが成功するかどうかは、人的な要因に大きく左右される[p.91]」。「創造性を軽視したり、理解できなかったりする人間を、デザイナーとの共同作業に加えるべきではない[p.92]」。

・ステップ2:創造的なコラボレーション。明確な目標のもとに、一致団結しているチームには、儀式(ブレインストーミングやアイデア作りセッションなど)がある。それから展望(全員が、自分たちのイノベーションによって会社や消費者や世界がどう変わるかを思い描く)。そしてマネジメント(グループ内の意見をまとめ、イノベーションの実現に向けた計画を立てる)[p.86]。アイデア出しのためのフロッグの「THINK」プロセスは、代替案または自由連想、ランダム発想、挑発や拒絶により極端な結論へ導く、の3つのステップで行なう。

・ステップ3:マーケティング。イノベーションのもたらす恩恵について、改善と証明が行われ、ビジネスモデルにおけるイノベーションの役割が最適化され、商品化に必要なリーダーシップのツールが提供される[p.86]。

・「イノベーションのデザインやマーケティングにおいては、必ず、頼りになるのは金より人間ということだ。創造的な人間のコラボレーションや、先見の明のある強力なリーダーシップがなければ、イノベーションのプロセスはうまくいかない[p.124]」

これからのビジネスデザイン

・「デザイナーの仕事とは、人間と、科学や技術やビジネスとのあいだのインターフェースを作ることだ。デザイナーには、これからの『グリーン経済』の推進役になる義務とチャンスがある[p.127]。」

・「デザインはマーケティング同様に、大量消費を加速させる。そしてどんな商品でも大量に生産されれば、環境汚染や地球温暖化につながる。・・・持続可能なビジネスを築こうとするときのデザインの役割は、個々の企業の利益を超越したものである[p.126]」。

・「人間の活動による環境破壊は、ついに体感できるレベルまで達してしまった。もはや小手先の対策だけでは、壊滅的な事態は避けられない。これはつまり、ビジネスやテクノロジーや科学と関係の深い仕事をするわたしたちにとっては、環境問題に取り組む以外に道はないことを意味する[p.164]」

よりよいビジネス、よりよい世界のためのデザイン主導戦略

・融合製品:さまざまなテクノロジーがひとつのパッケージに統合されていて、多様な用途に使える製品のこと[p.170

・オープンソースデザイン:どうしたら効果的にコラボレーションを進められるか。「共通の目標に向かって努力しようという気持ちが、自分の創造意欲を満たしたいという自己中心的な気持ちより、優先されなくてはならない。・・・そういうデザインのしかたを、わたしは『オープンソースデザイン』と呼んでいる[p.180]」。鍵となるのはツールの共有[p.181]。「オープンソースデザインでは、知的所有権が妨げになることがある[p.191]」

・ソーシャルネットワークを通じた共同デザイン:「製品デザインはエリートの職業であり、これからもそれは変わらないだろう。・・・本物のデザインのクオリティは、民主的に決定されるものにはならない・・・。ここで提案したいのは、デザイナーと製造業者が力を合わせて、『消費者にも参加してもらう、ソーシャルネットワークを使った共同デザイン』というコンセプトだ[p.193]」。

製造とデザイン

・「デザイナーは工場の持っている可能性よりも、限界のほうに目を向けがちだ。」「デザイナーが製造者に対して、ただ単に『わたしたちの』製品を作るよう要求するだけでは、いい結果は期待できない。こちらも製造のプロセスに加わって、手を貸す必要がある。[p.204-205

・誤ったオフショアリング、アウトソーシングの問題点:「外部に製造を任せれば、やがては自分たちの製品知識やスキルが失われる可能性もある[p.211]」。「イノベーションのチャンスが失われる[p.213]」。「ODM(他社ブランドの製品を設計製造するメーカー)の能力がほとんどむだにされる[p.324]」。「経済的な安定性が失われる[p.219]」。「オフショアリングやアウトソーシングによってコストの節減を図っても、たいていは思ったほどコストを節減できていない[p.222]」。

・スマート-ソーシングは上記の問題解決のための提案。「プロセスの初期段階から企業間でコラボレーションが行われる」。「企業間のコラボレーションに先行投資をすることで、独創的でなおかつ長期的に売れる強力な商品を開発しようとする。」「すべての関係者が積極的に参加し、協力する」[p.224-226

・ホーム-ソーシング:「地元の人材や能力と、グローバルな部品調達網の両方を生かそうとする戦略」「地元の顧客を誰よりもよく知るのは、地元の企業」[p.229-230

・個人生産:「製造業界の『振り子』は、現在、ローカル生産のほうへ戻りつつある。ときには、ローカルどころか、個人での生産さえ可能になってきた」[p.233]。

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技術者にとって、よい製品をより効率的に生産することは重要な課題です。しかし、技術者が思うよい製品ができたとしても、ビジネスとしてうまくいかないことは多々あります。その原因としては、ビジネスモデルがよくないことに加えて、技術者が考える「よい」という尺度と、ユーザーが考える「よい」という尺度が乖離している場合があげられるように思います。これはつまり、製品の持つ特性について技術者が考慮している範囲が狭い、ということなのでしょう。言い換えれば、従来技術者が気にかけていた特性以上の様々な特性を制御することが求められる時代になったと言ってもよいでしょう。

しかし、従来型の技術者では、そこまでの広い範囲の特性は制御できない。そこで、「デザイナー」と呼ばれる専門家の協力を仰ぐことが必要になります。本書では、そのようなコラボレーションをどのように進めればよいかの示唆が述べられている点が参考になると思うのですが、特に興味深く思われたのは、顧客によいエクスペリエンスを与えるデザインの有効性とともに、次のような示唆です。

・デザイナーとビジネスリーダーが互いの価値をよく理解し協力する必要があること

・デザイナーの才能、ビジネスリーダーのリーダーシップといった個人の能力や資質が重視され、ビジネスの組織や仕組みはあまり重視されていないように思われること(ただし、環境やコラボレーションは重要であるとの指摘はありますが)

技術者にとっては、デザイナーの重要性は理解しつつも、実際どう協力していけばよいのかがわかりにくいのではないでしょうか。その点で本書の指摘は非常に参考になります。ただ、本書は著者の経験や思想に基づいた考え方が主ですので、汎用性があるのか、著者の主張を支える根拠は万全なのか、といった問題はあり、ひとつの仮説としてしか受け入れにくいような議論もなされていると思います。しかし、デザインという考え方が、これからのイノベーションの進め方を考える際の重要なポイントになる可能性はあるのではないでしょうか。研究者もデザイナーのような思考、デザインの能力、デザインを活用できる能力を身につける(少なくとも理解する)必要があるのかもしれません。


文献1:Hartmut Esslinger, 2009、ハルトムット・エスリンガー著、黒輪篤嗣訳、「デザインイノベーション デザイン戦略の次の一手」、翔泳社、2010.

原著webページ:http://www.afinelinebook.com/

文献2:小飼弾氏ブログ、404 Blog Not Found、「Redesigning the Design Itself - 書評 - デザインイノベーション」、2010.5.18, http://blog.livedoor.jp/dankogai/archives/51448663.html



参考リンク<2013.8.18追加> 

 

研究における企画という仕事

研究開発組織に「企画」と名のつく部署を設けておられる企業は多いと思います。企業における研究開発では、研究者が行なう実際の研究活動の他に、様々な補助的業務が必要です。例えば、研究組織の運営、テーマやプロジェクトの選定と見直し、予算配分、人員配置、環境整備、制度(しくみ)整備、教育と育成、労務、安全、設備、法規制などへの対応、情報の管理と収集、資料整備、研究成果蓄積、市場や環境動向の調査、標準化(公的規格対応なども含む)、品質管理、外部対応(社内外)、対外交渉、宣伝広報、知的財産の管理と活用、等々の業務を行なう必要があります。これらは、「総務」、「管理」、「人事」などの部門が担当したり、一部は研究以外の製造部門や本社部門が担当したり、さらに外注したりして対応することもありますが、「研究に関して何かを企て計画する」ことに関わる業務の遂行は「企画」担当者の分担になることが多いと思います。

具体的には、研究グループを超えた研究部門全体の計画と管理、グループ間の調整、研究成果の公平な立場での評価や、経営層と研究グループの橋渡し(経営戦略の徹底、成果のPR、他部署との連携など)など、研究グループの外側の立場から研究活動に付随して発生する業務を担当することが求められるようです。もちろんこれらは必要な業務でしょうが、「企画」として行なうべき機能と担当者の能力を十分に発揮できているか、より多くの研究成果の獲得につなげられているかは考え直してみる価値があるのではないでしょうか。研究開発の成功事例ケーススタディーなどを見ても、研究リーダーや、経営者個人の研究成功への寄与が取り上げられることはあっても、「企画」という組織の活躍はあまり表に出てこないように思いますし、経営層の考えを最前線に伝える、あるいは最前線の情報を整理加工して経営層に伝えるだけの窓口的業務に終始している場合もあるように思います。そこで、本稿では、「企画」という部署にいる人々が研究の成功のために何ができるか、何を行なうべきなのかについて考えてみたいと思います。

私が「企画」部門に期待することを一言で述べれば、「研究者の能力を超える分野を分担することによって、研究を成功に導くこと」となります。現在の技術的課題の解決のためには、深い専門性が求められるにもかかわらず、研究の成功はひとつの分野の知識のみでは困難なことが多いでしょう。あるいは、広い分野にわたるある程度以上の深さの技術やアイデアが求められるようになっている場合もあると思います。いずれにしても個人の力に頼ることは無理になってきたといえるのではないでしょうか。つまり、研究者の能力を超える部分を誰かがうまく補うような体制で臨む必要がある時代になってきていると思います。その部分を担える部隊があるとすれば、それは「企画」ではないかと思うのです。

これは、研究の成功において、ひとつの技術の卓越性が競争要因になる時代から、技術の組み合わせ、あるいは技術を収益に結びつける力そのものが競争要因になる時代に変わってきているともいえるかもしれません。結局のところ、どんな技術もビジネスモデルとして完成させて初めて成功といえるわけで、技術も含むビジネスモデル全体としての優位性が競争要因になってきたというではないでしょうか。

イノベーションにコラボレーションが求められるようになっている背景には、このような状況が存在すると考えられます。コラボレーションの例としては、野中氏らによる組織的知識創造や、チェスブロウの提唱したオープンイノベーションが挙げられますが、組織的知識創造の場合には「場」という仕組みを作ることとその効果的運営手腕が求められますし、オープンイノベーションについても協働相手の情報収集からその能力の評価、協働の仕組みづくりと管理など、第一線の研究者にとっては本来の研究業務の傍らで実施するには荷が重い課題が存在すると言えるでしょう。さらにビジネスモデルの組上げ、ということになると経営上の知識も必要となり、研究者にとってはますます困難な課題になってしまうと思われます。

もちろん、こうしたことが得意な研究者もいるでしょう。また、研究者にこうした知識や考え方を教育してビジネスセンスをもった研究者を育成すべきだという考え方もあるでしょう。しかし、こうしたことが得意な人、興味がある人を研究の「企画」担当として、専任でそうした業務を行なわせることも有効ではないでしょうか。具体的には、次のような仕事の内容が考えられると思います。

・研究成果、要素技術の将来のビジネス展開の可能性評価

・研究をビジネスにつなげる仕組み(ビジネスモデル)構築と推進の支援

・社内外の保有技術や知識と活用可能性に関する情報収集と評価

・社内の各部署、社外との連携、協働の推進

・社内情報(ニーズ、シーズ)にもとづくイノベーションアイデアの抽出

・社内外技術、情報の融合によるイノベーションアイデアの提案

・協働、組織的知識創造のための「場」づくり

・研究環境の整備

このような業務に必要な資質としては次のようなものが挙げられるでしょう。

・技術内容についてのおよその理解ができること

・好奇心が旺盛で、様々な技術を受け入れることができること

・イノベーションの本質(どのように進み、成功あるいは失敗に至るか)についてのイメージを理解していること

・ビジネス実現のために柔軟な判断(妥協、変更も含めて)ができること

このような業務は、基本的にボトムアップのプロジェクトにおいて特に求められるでしょう。開発プロジェクトとして社内で承認されトップダウンのプロジェクトになったものは、しかるべきプロジェクトマネジャーが任命されて、そこに推進体制が形成されるでしょうから「企画」の出番はないかもしれません。しかしアイデアを抽出し、実現性のあるビジネスモデルの形に仕上げるまでの作業、そのための情報収集と環境整備を行なう必要がある場合、そうした作業を担当する部署が必要になってくると思います。

ただし注意しなければいけないのは、「企画」の担当者の立場です。基本的に研究者や第一線社員の立場に立ち、イノベーション実現を支援する立場から行動できることが特に重要だと思います。場合によっては黒子の役割に徹することも必要かもしれません。ボトムアップのアイデアを出させて、それを審査して合否を決定するような立場であってはアイデアの抽出と育成は困難でしょう。

このような研究を補助する仕事の役割については、今まであまり取り上げられていないように思います。実際には、このようなことに積極的な企業もあるのかもしれませんが、一般には「企画」の仕事というと、研究テーマの採否や予算配分の決定、進捗管理と中止や変更の判断、といった具合に経営側の下請けとして、研究者に対峙する立場になるのが普通であるように思われます。しかし、それでは研究者の能力や資質に研究の成否を押し付けているだけで、企画専門の立場として研究者の能力を補ってイノベーションの実現に向かって協力していくことは難しいのではないでしょうか。従来の企画の仕事が不要だとは言いませんが、いわゆる「管理」は「企画」の本質ではないと思います。まして、研究幹部と研究員の単なる橋渡しのような業務、さらに幹部の秘書のような業務は「企画」に本来求められている業務とは言えないでしょう。研究コーディネーター、メンターなどといった呼び名も考えられるかもしれませんが、創造力を発揮しながら研究を育てる専門職の確立が必要なのではないでしょうか。イノベーションの進め方が多様化している現在、研究者を支えるこのような役割から生み出されるイノベーションもあるように思うのですがいかがでしょう。

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