情報を生み出すことは、研究開発の基本的役割のひとつだと思います(以前に、「製品開発は、情報を生み出す非定形の業務である」というThomkeらの考え方をご紹介しました)。しかし、すべての研究者が情報をうまく扱えているか、というと、自分自身も含めて実際は甚だ心もとない、という気がします。加えて、最近ではインターネットの発達により、情報の集め方や、集めうる情報の種類もどんどん変わってきていますので、情報を扱うスキルの重要性は以前よりも高まっているのではないかと思います。そこで今回は、情報の扱い方について述べた、ハーツ著「情報を捨てるセンス選ぶ技術」[文献1]から、興味深く感じた点をまとめておきたいと思います。
Chapter 1、選択と決断が人生を変える
Step 1、めまぐるしく変化する世界とどう取り組むか?
・「選択の達人になるとは、情報の収集、選別、調査分析をうまくこなし、誰を信じ、誰の助言に耳を傾けるべきかをしっかりと見定め、さまざまな選択肢をきちんと分析し、異なる意見を比較評価できるようになることだ。[p.19]」
・優れた判断や賢明な選択を邪魔する強力な環境要因:1、情報の洪水(信じるべき情報と排除すべき情報を見分ける必要がある)、2、中断という麻薬(例えばメールチェックによる作業の中断があると作業効率が大きく低下するが、自ら進んで中断してしまったりする)、3、無秩序な時代(過去は未来の道しるべにならず、何が信頼できるかを見極めることすら難しい)[p.20-28]
・「自分の診断に絶対的な確信をもっている人にかぎって頻繁に間違っていることが、多くの調査で明らかになっている。[p.33]」
・「本書の目的は、みなさんにより自信をもって、他人に依存せず、自分の頭で考え、賢明な意思決定ができる力を身につけてもらうことだ。[p.34]」
Chapter 2、目を見開いて世界を見る
Step 2、正しい情報を見落としていないか?
・「もっとも目をひく情報が必ずしもいちばん役に立つとはかぎらない[p.43]」
・視界をさえぎるもの:1、非注意性盲目症(「人は何かに集中していると、・・・感覚範囲に入ってくる新たな事象を記録しない[p.44]」、2、パワーポイント(「要約した情報をもとに意志決定をする場合には、その過程において、カギとなる詳細事項や微妙なニュアンスを見落とす可能性がある[p.50]」、3、数字崇拝(「数字崇拝によって、実際には測定できないものにまで数値が付けられてしまうことがある[p.51]」
・「私たちの多くは、自分に直接影響のあることがらに関して悪い出来事が起こるとする情報は退け、よい情報だけに注意を向ける[p.57]」。「ある結論に飛びついてしまうと、人はそれを支持する情報に注目し、それを否定するものや、最初の判断と合致しないものはすべて無視してしまう[p.62]」。「過去の成功や失敗に固執しすぎて、まともな思考ができなくなったり、偏見のない客観的な心で現在の問題を評価できなくなってはいけない。私たちの環境とそれがもたらす結果の相互作用は絶え間なく変化するということを、強く意識しておこう[p.69-70]」。
・まず、「無意識のうちに視野が狭まっているかもしれないこと[p.73]」に気づくこと。他には、「スピードを落とし、認識誤りを回避すること[p.74]」、決断を遅らせること、柔軟性のある決断とすること、評価を継続的に行なうこと、「成功からも失敗からも学ぶ機会は得られること[p.81]」も考えるべき。
Chapter 3、真実の管理人になる
Step 3、言葉の力にあやつられていないか?
・「ものごとを伝える方法――使用する言葉、画像、比喩の選択――が、情報の処理のしかた、評価のしかた、さらには判断のしかたにも大きな影響を与えている[p.86]」。
・人は言葉だけでなく、「最初に与えられた情報にとらわれる“アンカリング効果”[p.95]」、数値の表現、色、音、接触、におい、環境などの影響を受ける。「もし・・・だったら」と自分に問いかける、反対の選択肢を考えてみる、情報を伝えているのは誰なのかを考えてみることなどが有効。[p.106-107]
Step 4、専門家に服従していないか?
・fMRIスキャナー実験によると、「専門家のアドバイスに向き合っているあいだ、被験者の脳の独立した意思決定を司る部分は、スイッチが切られたも同然の状態だった。専門家が話しだすと、人はまるで自分で考えることをやめたかのようになる[p.117-118]」。
・「専門家が私たちの世界や知識に大きく貢献してこなかったわけではないだろう。・・・長年積み上げてきた訓練やテクニカルスキル、あるいは特定の分野に没頭することが、何の価値もないなどと言うつもりはない。・・・私が言いたいのは、専門家がグルになり、誰も疑いを持たなくなってしまったり、経験だけで賞賛されたり、科学者が決まりきった方法ばかり用いるようになったり、『自分の仮説は正しい』とする主張が真実と一緒くたになったりすると、人々を危機的状況に陥れるということだ。[p.126]」、「もちろん例外だってあるが、専門家にも欠点はあり、偏見もあるということだ。[p.127]」
・「重大な“客観的”アドバイスを専門家に求めようと思っているなら、・・・どんな利益相反が起こり得るのかを調べるべきだ。[p.129]」
・「専門家というのは、彼らが信じるところの“真理”にいつまでもとらわれる傾向がある・・・たとえ、それが賞味期限の切れた真理であっても。[p.134]」
・「もしもその専門家が自分の意見を頑固なまでに変えようとしない、ほかの立場(見解)を知らない、あるいは人間の限界について受け入れようとしないといった態度を見せるようなら、信頼するに適した相手とはいえないだろう。[p.145]」
・「専門家のアドバイスは、適度に警戒しながら聴き入れよう。専門家だって人間だから、失敗をする可能性は充分にあることを覚えておこる。専門家とは、決定的な事実の管理人ではなく、せいぜいさまざまな主張を聞かせてくれる調査員ぐらいに考えておこう。[p.146]」
Step 5、素人専門家(レイ・エキスパート)を見逃していないか?
・素人専門家とは、「ちゃんとしたステータスをもっているわけでも、従来の専門家の訓練を受けているわけでもないが、話題に関連する豊富な実体験をもっている人たちのこと[p.153]」。「科学に精通していない、ものごとがどうしてそのように機能するのか、あるいはどうしてそう見えるのかを恐らく説明できないが、それぞれのケースで、実体験や問題に没頭することによって彼らが得た洞察や知識は比類ないほど価値がある[p.156]」。「作業現場からの洞察がよい結果につながる可能性があるのは明らかだ。・・・多くの企業が社内の素人専門家の知識を著しく過小評価し続けている。[p.161]」
・予測市場(プレディクション・マーケット):「将来起こるだろうと思われる出来事について――実質的には賭事市場(ベッティング・マーケット)なるものをとおして――情報を集める方法[p.162-163]」。「市場の仕組みは・・・まず従業員に賭けの対象・・・が与えられる。彼らには予想が当たった場合、もしくはトップトレーダーから認知された場合に賞金が出る。・・・賭けに参加している人々の意見を集めることで、さまざまな結果に対する市場価格が決定する。それは、実質的に質問に対する答えを従業員がどう考えているかを反映した価格であり、賭けに参加している人たちがその予測を正しいと思っているか間違いだと思っているかによって上下する。[p.164]」
・限界と注意点:「素人専門家に、あなたの知りたい分野の実体験がなければ、彼らの情報はおそらく役に立たないだろう[p.169]」。「素人知識は本来ケーススタディであるため、必ずしも一般論として受け取ることはできない[p.170]」。
Step 6、誰でも市民ジャーナリストになり得るのか?
・「すべての市民ジャーナリストの証言を総合すれば、これまで扱ってきた量を大幅に上回る情報量になる。・・・この情報革命は私たちにとてつもなく大きなチャンスも与えてくれている。現場や情報源から直接届く、フィルターがかかっていない、情報操作も編集もされていないリアルタイムな情報をもとに判断ができるのだ。[p.184-185]」
・他にも、ウェブの盗み聞き、グーグルトレンド(検索キーワードを照合できるサービス)も活用できる。[p.189-199]
Step 7、なりすましとやらせを選別する
・「ウェブ情報時代が与えてくれる、真実の管理人になれるチャンスは真摯に受けとめるべきだが、ウェブの世界はイデオロギー主義者、過激主義者、ウソつき、ペテン師、悪意のあるいたずら者などの温床でもあるという事実に警戒していなければいけない。[p.217-218]」
・少し掘り下げる、情報源は誰なのか確認する、どんな価値観で発言しているか、情報入手方法、検証できる資料はあるか、他の人が同じ主張をしていないか確認することが、情報選別に有効[p.240-242]。
Chapter 5、情報を選ぶ技術を磨く
Step 8、数学から逃げていないか?
・提示された数値情報を評価する注意点:何か特別な目的をもっていないか、数字は操作されていないか、オリジナル情報源は?、グラフは可視化段階で情報をねじ曲げられていないか、適切な文脈にあてはめてみたらありふれたことなのでは?、いいとこ取りのデータではないか、データの切り分けは適当か、見せられていないデータは?、サンプリングは適当か、他の説明はできないか、アンケート回答者は真実を答えているか、絶対リスクか相対リスクか、など。[p.292-295]
Step 9、“自分という受信機”をチェックしているか
・「激しいストレスは人間の判断を乱してしまうこともある。・・・不適切な数字にとらわれたり、別の行動を考えられなくなったり、慣れ親しんだものや習慣的なものから離れられなくなったりしがちなのだ。・・・慢性のストレスがあると、視野が非常に狭くなってしまう。[p.299-301]」
・「判断をゆがめるという意味では、・・・気分や感情はもっと広い意味で判断に影響を及ぼす[p.304]」。「自分の感情を見きわめ、分類し、理解することを学ぶのは、意思決定をするうえできわめて重要なことだ。それによって、自分の感情から切り離され、判断にバイアスをかけたりゆがめたりする感情を、正しい判断に不可欠な感情から切り離すことができる。[p.313]」
・「低血糖は被験者を一時の感情に駆られやすくし、誤った投資選択を起こしやすくする。・・・空腹は判断力を損なう場合があることを警告されている[p.316]」。「脳が睡眠時間を奪われていると、判断に伴う”Pros and cons(メリット/デメリット)“をきちんと推し量れない傾向がある。その代わりより衝動的になり、かつ慎重さがなくなるので、不要なリスクを取りがちになったり、自分の判断が大惨事を起こすかもしれないという想像力が働かなくなったりする。危険なほど自信過剰になってしまうわけだ。[p.321]」
Chapter 6、いまこそ変革を起こす
Step 10、”みんなの判断“に同調していないか?
・「私たちはまわりの人間が何を言うか、何を考えるか、何をするか、あるいは何をしないかにも、大きく影響を受けてしまう。[p.332]」
・「私たちは自分と似た人たちの真似をしたり、同調したり、そういう人たちと自分のまわりに集めたりする――これは明らかだ。・・・環境が仲よしグループ的であればあるほど、自発的な人間が異なる意見を口にしなくなる――その異なる意見こそ、意思決定の質を高めるために耳に入れておく必要があることも多いのだ。歴史を見れば、あまりにも周囲に従順すぎたり、あるいは意見の相違がほとんどなかったりしたせいで引き起こされたひどい判断や間違った予測がそこらじゅうに散らばっている。[p.338-339]」
・「私たちは自分と似た、あるいは同じ国籍や民族性、年齢の人を友人にしたがる――似たような格好をする人、外見が似ている人、出身校が同じ人。デジタル時代には心配な現象だ。今日、私たちは情報源から直接、生の情報を受け取ることができるものの、たいていは情報の洪水に対処しようとして、きわめて狭いグループ――友人――が好む情報に集中することになる。・・・もし友人が自分とよく似た人たちばかりなら、・・・まだ見つけていないたくさんの新しいアイデアや意見だけでなく、多様性や異なる意見のメリットもシャットアウトしてしまうわけだ。[p.352-353]」
・「”ナローキャスティング“とは、情報世界をあなたと似た人を通してのみフィルタリングすること。・・・違うレンズを通して世界をみることや、選択可能な観点を自分のまわりに置くことはとても重要なことだ。[p.364]」。「職場では意識的に多様性のあるチームを作ろう。[p.364]」
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本書を読むと、「情報を扱う」とはいっても様々な難しさがあることがわかります。その難しさを大きく3つに分類すると、情報自体の問題、情報の受け手である自分自身の問題、自分自身に影響をあたえる環境の問題、と切り分けることができるでしょう。情報を生むことが研究部隊の仕事であるならば、研究に携わる者は、このような情報の扱い方についてもよく理解し、よい情報をうまく集め、情報をうまく活用し、より正しい意思決定を行うことができなければならない、とも言えるのではないでしょうか。本書にも述べられているように、インターネット技術の発展は我々を取り巻く情報環境を大きく変えています。これからの時代、研究部隊には情報を扱うプロフェッショナルとしての役割も求められているようにも思いますが、いかがでしょうか。
文献1:Noreena Hertz, 2013、ノリーナ・ハーツ著、中西真雄美訳、「情報を捨てるセンス選ぶ技術」、講談社、2014.
原著表題:Eyes Wide Open: How to Make Smart Decisions in a Confusing World
参考リンク