研究開発マネジメントノート

研究開発とそのマネジメントについてのいろいろ

デザイン

「人と『機械』をつなぐデザイン」(佐倉統編)より

人間の生活の向上に科学技術が大きな役割を果たしてきたことを疑う人はいないでしょう。しかし、技術が災厄をもたらす場合があることも事実です。どんな研究開発にどのように取り組むべきかを考える際には、技術と人との関わりの視点からも、技術を社会に適用することの影響をよく考えておくことが必要だと思います。

佐倉統編、「人と『機械』をつなぐデザイン」[文献1]では、この問題に関するいくつかの考え方が紹介されています。この本は、「2011年度-2013年度におこなわれた、オムロン・グループの人文社会系シンクタンク、ヒューマンルネッサンス研究所(HRI)と、東京大学の学際的教育研究部局である大学院情報学環の佐倉研究室との共同研究≪人と機械が理想的に調和する社会≫[p.iii]」の成果をもとにまとめられたとのことで、トピックス的な議論が中心の本ですが、今回はその内容から個人的に興味深く感じた点を抜き出させていただきたいと思います。書かれていることをまとめるように抜き出しているわけではありませんので、実際に述べられている内容、議論については本書をご参照ください。

第1部、人と「機械」の行方

01、日常生活とテクノロジーの行方(歴本純一氏へのインタビュー)
・「不便とチャレンジに関係する大きな領域があります。それはゲームです。ゲームはわざわざ面倒な問題を解こうとしますよね。・・・『便利なゲーム』は概念的に存在しえないものです。・・・チャレンジを達成する喜びみたいなものが『不便のインターフェース』だと思うのです。・・・不便の先に達成したときの充足感のような快感が巧みにデザインされていなければならないというわけです。[p.9]」
・「『面倒くさい』ことと機械にやってほしいこととが必ずしも一致しないということもあります。[p.12]」
・「本当にいい道具はその存在自体が意識から消え、意識を拡張させる。それが一体感であり、僕の考える人と機械の理想的な関係です。[p.20]」

02、コンピュータと脳の関係の行方(金井良太)
・「個人の脳構造の特徴は、遺伝子によって生まれつきに決まっている部分もあるが、環境の違いやトレーニングの効果によってもMRI画像で確認できるほどの脳構造の大きな変化が生じることが明らかになっている。[p.25]」
・「インターネットが脳に与える影響は、論者によってポジティブにもネガティブにも捉えられている。・・・ポジティブな意見もネガティブな意見も現時点では未検証の仮説[p.28-29]」。

03、サイエンス・エンジニアリング・デザイン・アートの行方(八谷和彦×川端裕人)
・「やっぱり科学的なアプローチだけじゃ説得されない部分があって、当事者ではない小説家とかアーティストみたいに科学との利害関係があまりない人の言葉のほうが、すんなり頭に入ることもありますよね。特に科学者の信用がなくなっているときには、そういう利害関係のない人たちが科学コミュニケーションをやったほうがいい局面もあるのかもしれない。[p.52-53、八谷氏]
・「人が物事の善悪を判断するときって、そのものの性能だけから合理的に判断するというよりも、誰がつくったかで判断している部分もあると思うんです。・・・対象に応じて対応を変える必要があるんじゃないかと思います。[p.62、八谷氏]
・「自分の興味のあるものをとことん追究したい人もいますが、それとは別に『地図を描きたい』人もいると思うんです。[p.64、川端氏]

04、身体との調和に向かう義足の行方(渡部麻衣子、大野祐介、臼井二美男)
05、義足とポスト近代的モノづくりの行方(臼井二美男×大野祐介×梅澤慎吾×山中俊治)
・具体的事例としての義足
・「人と機械の『調和』が、機械の側の発展や、機械を作る人の技能の発達によって達成される事象としてのみならず、作る人と使う人の相互行為によって生成されていく現象として読み解くことができる。[p.92-93]」
・「近代産業が合理的になればなるほどそこから振り落とされるマイノリティがいることがはっきりしてきたので、それに対する補償や補完作業の必要性をデザイナーたちが感じはじめた[p.108、山中氏]」
・「人と技術の『調和』というものが、社会における人に対するパースペクティブの変容を必要とする、ということが示唆される。これは、具体的には、技術的合理主義に基づいて標準化された『人』の理念型から離れて、人を、一人一人固有で変容し続ける存在として捉え直すということを意味する。[p.119-120、渡部氏]

第2部、技術と環境をつなぐデザインの行方
06、センサーと生活環境の行方
(森武俊氏へのインタビュー)
・「技術的に自動化はどこまでも進むだろうと考えていて、むしろ社会的にどこまで進む『べきか』については、その時代に応じた判断が必要なのでとても難しいと感じますね。むしろ自動化がどこまで進む・進まないは、『自分に対してポジティブなフィードバックが返ってくるのが早いこと』を一つの判断基準として決まると思います。[p.137]」

07、歩きやすさと都市環境の行方(山田育穂)
・「歩くことを促進するウォーカブルな都市は、自動車依存度を低下させエネルギー消費を抑えるエコロジカルな都市でもある。・・・住民の健康だけでなく、資源・環境問題にも貢献できる可能性を秘めたウォーカブルな都市環境は、それぞれの面で弱点を抱える日本の都市にとって大きな希望となるだろう。[p.135]」

08、デジタル・ネットワークと読み書きの行方(中村雄祐)
・「研究者も実務者も、そして受益者である住民も、それぞれの立ち位置でICT(Information and Communication Technology)を使っていかざるをえない・・・そして、20世紀的な『文系対理系』、『基礎対応用』といった棲み分けでは歯が立たなくなることは覚悟しておきたい。[p.179]」

09、デジタルファブリケーションとコミュニティの行方(田中浩也×渡辺ゆうか)
・「ファブラボとは、3Dプリンターやレーザーカッターなどのデジタル工作機械の普及によって実現される『新しいものづくり』の可能性を、そこに集う多様な方々と共同で開拓していくための実験工房だ。[p.183]」
・「公文俊平先生・・・のお話ですが、コンピューテーションとコミュニケーションという二つの流れ――産業のデジタル化の流れ(第三次産業革命)と、コミュニケーションがソーシャルになっていく流れ(第一次情報革命)――とがあるんです。このソーシャルな流れがファブラボになっていて、メイカーズムーブメントみたいなものが産業のほうになっているんだと考えています。[p.189-190、田中氏]」

10、イノベーションとデザイン思考の行方(澤田美奈子)
・「本来は人間のための技術だったはずが、次第に技術の要求が社会を変容させ、人間側が技術に順応せざるをえないといった倒錯や葛藤を引き起こしているのではないか。ものづくりを今一度、人間中心の発想に戻す必要がある。[p.201-202]」
・「人々のありのままの姿を実際の生活世界の中で観察し、問題解決のための道具のプロトタイプを制作して実験を繰り返しながらデザインを行っていくことでイノベーションを目指すというのが『デザイン思考』に基本プロセスだ。・・・『デザイン思考』の方法論の大きな柱が『エスノグラフィー』による踏み込んだ人間理解および、つくりながら考える『プロトタイプ』発想法である。[p.203]」
・「統計分析や平均的な人間観・機械観、現状の延長線上的思考回路を飛び越えたところにイノベーションは存在するのだ。人間視点のイノベーションを実現するためには、イノベーションの担い手が主体的な創造力を発揮できる、組織・社会への転換も必要なのではないか[p.216]」。

11、科学技術とイノベーションの行方(網盛一郎)
・「社会が未成熟で社会ニーズが豊富にあり、科学技術の進歩が社会ニーズに応えやすかった時代は、技術シーズを社会ニーズに転換させやすかったのでリニアモデルが適用でき、従来型のイノベーションを起こしやすかった。ところが社会が成熟すると、生活が満たされ、人のニーズが多様化する。社会ニーズがなくなったわけではないが、科学技術の進歩で応えられるものがだんだん少なくなり、問題解決型はどんどん難しくなっていった。一方でニーズの多様化により重要度が高まってきたのが職人型イノベーションである。職人型イノベーションでは、きっかけは誰のニーズであってもよい。・・・職人型では既存市場はなく、市場規模はおろかそこに市場があるかすら直感に頼ることになる。・・・ヴィジョン(Vision)がそれを後押しする。つまり問題解決型はMission-orientedであり、職人型はVision-orientedである。・・・Vision-orientedな職人型イノベーションを目指してはどうだろうか。・・・研究開発と市場の間には『ダーウィンの海』、すなわち成功の予測が困難な淘汰のプロセスがあるという考え方があり、いわゆる『選択と集中』ではなく『多産多死』こそ、経営あるいは科学技術政策の観点で有効な戦略である。[p.232-234]」

第3部、身体と技術的環境の行方
12、ロボットと心/身体の行方
(石原孝二)
・「情報が価値を持つためには、あるいはそもそも情報が情報として成り立つためには、情報を利用する利用者の関心体系に位置づけられ、『関連性(relevance)』を持つ必要がある。[p.245]」
・「機械やコンピュータによって支えられた環境の中で、またそれらに媒介されながら発揮される人間の『本来の能力』とは一体何なのかという問題に関する議論を進めていくことが現在の課題となっている。[p.249]」

13、身体-環境系の行方(佐々木正人×佐倉統)
・「ドーキンスは生物の身体は遺伝子の乗り物だということを言っているんだけど、遺伝子から見たときの表現型はその個体の身体に限ったことではないと主張しています。たとえばビーバーがつくるダム。ダムがうまくできたかできないかによって遺伝子が子孫を残せる確率が変わってくるわけだから、その個体が獲物をうまく狩ることができるかできないかという個体の能力と同じだと。・・・それを『延長された表現型』と呼んでいます。[p.263-264、佐倉]」
・「最近、ロボティクスとか建築とか、それから身体運動に関する研究でキーワードになっている一つに『テンセグリティ(tensegrity)』があります。引っ張る力、張力“tense”と、それに抵抗して突っ張る力、圧縮力との『統合』。“integrity”をくっつけた造語です。20世紀の半ばにアメリカのバックミンスター・フラーが言いだした。・・・1970年代にハーヴァード大学の細胞生物学者が一個の細胞の構造にもテンセグリティ構造が見られることを発見してから、俄然からだの構造を見直す原理として脚光を浴びている。[p.265、佐々木]」

14、科学技術と人間の行方(佐倉統)
・「生物は周囲の環境を自分たちに都合の良いように改変し、それによってみずからのニッチを作りだしていく。そうして改変された環境が次の生物の進化に影響を与えていくこの機能をニッチ構築(niche construction)という。・・・ぼくたち人類は、機械という強力な延長された表現型を発展させ、さらなるニッチ構築を続けてきた生きものだ。[p.289-290]」
・「通常の生物が次の世代に伝える情報は遺伝情報だけだが、人間はそれに加えて文化情報も伝えていく(遺伝子と文化の二重伝承モデル)。[p.291]」
・「機械を含む人工物の進化について、進化理論で扱えるような地ならしをしたのが、ドーキンスのミーム理論である。彼は、生物進化の情報の最小単位が遺伝子であるのになぞらえて、文化進化の情報の最小単位をミーム(meme)と名づけた。・・・ミームの考え方をそのまま適用すれば、要するに機械を含む人工物もある種の生命体のように振る舞う、ということになる。[p.292]」
・「機械を含む人工物システムが、独立した生命系のように進化していくのだとすれば、ぼくたちにてきるのは、そのメリットを少しばかり大きくする(あるいはデメリットを少しばかり小さくする)ための、ちょっとした工夫や心構えの仕方を考えることぐらいだ。[p.299]」
・「機械は、人間個人も、社会も、大きく変える力をもっている。であれば、その変化の幅は、できるだけ小さくするような社会的規範を設けておくべきなのだ。急激な規範や理念の変化は、社会を不安定にする。不幸になる人間が続出するかも知れない。新しい規範についていけない人たちも出てくる。格差が広がる。これは良くないことなのだ。一方で、新しい技術に習熟している人々からすれば、技術革新の進み型が遅すぎて、進歩的な人たちが苛立ちながら舌打ちをしている、それぐらいの変化がちょうどいいのだと思う。[p.300]」

おわりに(近藤泰史)
・人と機械の関係の進化:機械が人の担っていたことを「代替」→人と機械が互いの適性を発揮して「協働」→人が機械の支援を得て、自らの可能性や能力を「創発」[p.306
―――

本書に述べられた機械と人間の関係についての議論は、もちろん定説として理解すべきものではないでしょう。しかし、これからの時代における技術の方向性を考える上では重要な視点を含むものと言えると思います。実務者としては、これらの指摘を頭に入れて自らの行動を考えることがよりよい技術開発や判断につながることを認識すべきだ、ということになるのでしょう。不確実な未来に対応するための羅針盤となるとまでは言えないかもしれませんが、未来を考えるヒントとして実践的にも有用なのではないか、という気がします。


文献1:佐倉統編、「人と『機械』をつなぐデザイン」、東京大学出版会、2015.

参考リンク



「ビジネスモデルイノベーション」(野中郁次郎、徳岡晃一郎編著)より

イノベーション実現のためには、ビジネスモデルを考慮する必要があることについては、本ブログでも何回か取り上げました(2012.1.92013.3.17)。ただ、ビジネスモデルについては、新しい事業の仕組みづくりや儲けのからくり構築、といった観点から議論される場合が多いようにも思います。今回は、野中郁次郎、徳岡晃一郎編著「ビジネスモデルイノベーション」[文献1]に基づいて、やや広い観点からビジネスモデルについて考えてみたいと思います。

編著者らは、「暗黙知をベースにして創造される高質な知を単にモノづくりに終わらせることなく、新たなやり方で価値に変える経営モデルに衣替えしないといけない。すなわち、それが本書の主題であるビジネスモデル・イノベーション(BMI)だ。・・・共通善をベースにしたビジョンをもとに、組織的知識創造の枠組みを築き、既存の産業の固定観念や企業内のしがらみを取り払ったうえで、世界の再創造のためのビジネスモデルに作り替える組織能力を構築しなくてはならないのである。それが知識ベースのビジネスモデルの変革であり、われわれが提唱する『事業創生モデル』である。[p.4]」としています。そして、「事業創生モデルをさまざまな角度から明確にするべく、編集する形でまとめた[p.5]」ものが本書、とのことです。以下、各章の内容の興味深い点をまとめてみたいと思います。

序章:賢慮の戦略論への転換(野中郁次郎)

・「2008年のリーマンショック以降、ビジネスを貫く戦略観は急速に変わりつつある。大きな変化は2つある。第一は、共通善への思いだ。・・・第二は主観を排除した論理思考偏重の破綻だ。[p.17-18]」

・「これまで二律背反してきた収益性と社会性に関するわれわれの暗黙の了解を覆し、両者の二律創生を共通感覚として組み込んだ新しい次元の競争で、われわれは世界の発展、未来の創造をめざすべきなのだ。その中核にあって高次元のバランスを図るのが賢慮である。・・・賢慮の戦略を具現化することはすなわち、本質的に真善美を追求する『知』を『価値』に変えるダイナミックプロセスを実践することであり、そのビジネスモデルがわれわれの提唱する知識創造理論を組み込んだ『事業創生モデル』(Business Creating Model)なのである。[p.20]」

第1章:事業創生モデルの提言――知を価値に変える(野中郁次郎・徳岡晃一郎)

・ビジネスモデルを革新していくために新たに重要となる知的姿勢は、1)未来探索(未来を探り当てていく仮説思考や漸進的・実験的な態度が重要になる)、2)試行錯誤、3)共創(多くの関係者とのコラボレーションで進める)。[p.35-37

・実践知プロセスとは、1)自分なりの将来の仮説の下での自分のビジョンを創出する、2)そのビジョンをめざして、当面の目標を仮説的に設定する、3)その実現へと現場主義の強みを活かしてまず行動する、4)実践から学び、次なる目標をより正しい方向で設定する、5)ビジョンやビッグピクチャーを意識し、そこに意識的に近づくための漸進的なアブダクティブな知的意図を忘れない、6)このような作法を通じて毎日の業務を振り返り、こなしていくことで、本質が見え目の前に徐々に未来が像を結び始める、7)より鮮明になってきたビジョンに目がけ、次の実行目標は、よりクリアな方向感を持って設定することが可能になる、8)ビジョンと実践の往還運動から導かれる高い志と透徹したリアリズムのプロセスによって、仮説検証を行ない、より高質な目標設定につなげていく。[p.38-39

・事業創生モデルのフレームワーク(オスターワルダーらのモデルを知識創造の視点で発展させたもの):4層構造からなる。第1層は存在次元(ビジョン)、第2層は事業次元(共通善に根差した『価値命題』、知を創造する『場』、賢慮を生み出す『実践知リーダー』)、第3層は収益次元(コスト構造、市場価値、利潤)、第4層は社会次元(より成熟した社会の創造への貢献)。[p.45-54

・「ムーンショットという言葉がある。月に向かって打つような大胆なプランのことをいう。世の中を変えるような夢を持ち、それを達成する大きなビジョンを描き、ビジネスプランに落とし込んで実験しながら、夢に近づいていくのが事業創生モデルなのである[p.58]」

・事業創生モデルを起動させる3つのカギ:1)価値命題の刷新、2)関係性の刷新、3)実践知プロセスの高速回転。[p.59

第2章:ビジネスモデル・イノベーション競争――ビジネスモデルの多様な展開事例(根来達之・浜屋敏)

・オスターワルダー=ピニュールの「ビジネスモデル・キャンバス」が利用可能。核心は価値命題。[p.88

第3章:日産のグローバル・ビジネスモデル・イノベーション――対談、カルロス・ゴーン×野中郁次郎

・BMIを成功させるための土台は「ビジョン」(個々人が働き方を決めるための大きなピクチャー)[p.128

・「共通善のための行いは、必ずリターンを生む・・・重要なことは『将来の共通善』を探究すること」[p.134

・日産の危機管理:1)アセス(状況評価)、2)プラン(何をすべきか)、3)エンパワー(権限委譲)、4)トップの覚悟とコミットメント、5)ラーン(学ぶこと)[p.143-146

第4章:政府レベルのビジネスモデル・イノベーション――知識創造国家をめざすシンガポール政府の挑戦(大屋智浩)

・「シンガポールでは2000年頃から急速に知識創造型経済への転換を進めており、持続的な世界のイノベーションセンターの一角となるべく政策を打ち出している。」「ビジネスモデル・イノベーション(BMI)をまさに国家レベルで進めている」「土地も天然資源も限られたシンガポールにとって、自らを常に世界中から魅力あるイノベーション創出の『場』として、プロデュースし、内外の人材・企業から『場』として利用されていくことが、シンガポールの発展にとって不可欠である。」「シンガポール政府は、まさにそのプロデューサーとしての役割を発揮している。」[p.149-151

・シンガポールではITコンテンツ開発、水資源開発、バイオメディカル・サイエンスを成長の柱と位置づけ、集中的な投資を進めている。[p.154

・知の交流拠点を作ること、次世代育成、海外からの人材引き抜き、などをはじめとして、「研究者の嗜好に合致するような政策が総合的に展開され」「さまざまな政策が連携して、知識創造型経済を創り出すために相乗効果が出るように運営がなされている[p.162]。

・行政の仕組みとしても、柔軟な予算編成、上下の情報の流れをスムーズにする、省庁間の摩擦や組織の壁をなくす、優秀な官僚を育て集める、プラグマティズム(実用主義)、メリトクラシー(能力主義)、インテグリティー(反腐敗、高潔)という風土を定着させるなどの環境が整えられている。[p.163-178

第5章:社会インフラ事業モデルの構造と戦略展開――ナレッジエンジニアリングの視点(旭岡叡峻)

・「情報ネットワーク技術の進展、ソフトやサービス技術の進化、また各種機能材、センサー、ナノテクノロジー、バイオテクノロジーなどの新技術のブレークスルーによって、数年前からそれらの新しい技術を応用した社会インフラ整備事業(メガソーラー開発、環境循環都市)、未来産業の集積を意図した未来都市開発事業(研究都市、デザイン都市)、先進国のスマートシティ開発、持続可能な社会づくりのための都市システムの再構築など、新たな『社会インフラ事業』が展開され始めている。[p.183]」

・「社会インフラ事業の経営には、社会課題を解決するための的確な判断とめざすべき社会条件を形成する合意形成プロセスが不可欠であり、さまざまな試行錯誤と実践を通じて生まれる実践知の方法論が重視されなければならない。[p.212]」

第6章:ビジネスモデルとデザイン思考――ビジネスモデル・イノベーションの実践知(紺野登)

・「ビジネスモデル・イノベーション(BMI)の本質は、顧客や現場の視点で関連する要素をいったん破壊し、新たな関係性を生み出す『知識のデザイン』である。[p.215]」

・「顧客の現場観察や社会トレンドなどから顧客価値を洞察し、それに沿ってできるだけ数多くのプロトタイプを創り出し(プロトタイピング)、試行錯誤を通じて事業を具現化する。その後も、変化の余地を残しながら、試行錯誤を続けていかなければならない。これがデザインアプローチ、デザイン思考(design thinking)の基本である。論理分析的に最初に計画を立てるアプローチやPDCAとは異なる視点である。[p.229]」

・「具体的には、まず顧客の現場から顧客価値を感知する(エスノグラフィーデザイン)、事業を取り巻く変化要因を(非決定論的に)認識する(シナリオ・ベースド・デザイン)、次に、顧客価値を提供するための資産・能力の関係性を生み出す(ビジネスモデル、パタンランゲージによるデザイン)といったツールを用いながらデザインアプローチをとるのが望ましい。[p.229-130]」

第7章:ビジネスモデル・イノベーションを阻む「しがらみ」からの脱却――ハードルを越える実践アプローチ(木村雄治)

・「しがらみとは、利益を生まずに負債化した関係性と定義できる。[p.255]」これは、BMIが失敗する大きな原因のひとつとして明らかになった。「企業経営において問題となる『しがらみ』に共通して言えることは、1)その関係性自体が不採算である一方で、2)その関係性がなければ現状の事業が成立しなくなるリスクがあり(または、そう思われており)、さらに3)永く過去から継続してしまっていて、半ば社内常識化している、という特徴である。[p.256]」

・しがらみにとらわれている理由は、「その企業が『自らの創造する価値を見失っているから』であろう。[p.259]」

・「つまり、企業が自らの本来的な価値よりも、諸々の関係性に依存するようになることで、徐々にしがらみにとらわれ、さらに自らの経済的価値を棄損してしまうというネガティブスパイラルに陥っていくのである。しがらみに陥らないためには、自社の企業ビジョンと価値命題を明確にして、さらに強い信念でそれを推進する勇気を持つことである。[p.261]」

第8章:事業創生モデルを推進するイノベーターシップ――知を価値に変える新たなリーダーシップ(徳岡晃一郎)

・「ビジネスモデルを創造していくリーダーには、金儲け以上のことが求められる。それは共通善を視野に実践知のプロセスを執拗に回し、困難を乗り越え、社員やパートナーを奮い立たせ、顧客、社会、世界を明るくしていく能力だ。そのようなリーダーたちの持つ最も重要な資質が実践知(practical wisdom)である。[p.279]」「その能力には6つの要素があるとされる。1)『善い』目的をつくる能力、2)場をタイムリーにつくる能力、3)ありのままの現実を直観する能力、4)直観の本質を概念に変換する能力、5)概念を実現する能力、6)実践知を組織化する能力。[p.280-281]」

・「事業創生モデルを引っ張り、社会を変えるために知を創造し価値に転換していくコアになる活動を野中郁次郎教授と筆者は『イノベーターシップ(innovatorship)』と名付けている。[p.287]」その条件は、「一見矛盾する共通善を希求する高い志とビジネス嗅覚の二律共存、同時追求」、それを支える原動力は、「強烈な原体験と自分でもできそうだという達成イメージからくる自信」であり、「自らのコンセプトを明確にし、発信力を鍛え、影響力を行使していくスキルが重要」、「集団としてのやり抜く実行力を醸成するイノベーターシップの源泉は、人の気持ちを察する人間理解と感謝の念に根差した人間力である。場の形成の根幹には信頼関係が必要だからだ。」[p.287-294

・「成果主義を象徴する仕組みとしてのMBOを超えて、事業創生モデルの時代の人事制度のあり方としてまとめたのがMBB(Management by Belief、思いのマネジメント)[p.303]」

終章:賢慮のビジネスモデル・イノベーションへ向けて――統合型事業創生モデル(野中郁次郎・徳岡晃一郎)

・「事業創生モデルにはさらなる発展段階がある。それは、世界の諸課題へと視線を跳ばし、より良く共通善を達成していくために、個別ビジネスモデルを統合し、世界を巻き込むダイナミズムの中核になることだ。われわれ人類が乗り越えなければならない地球規模の課題へ挑戦するための知の結集である。それを『統合型事業創生モデル』(iBCM: integrated Business Creating Model)として提示してみたい。

・「今の日本の企業は、事業モデルの再創造が決定的に不足しているが、それはひとえに事業創生モデルを担う人材の不足にある。そういう人材を学校教育の段階から育ててこないばかりでなく、組織人になってからはモノのように酷使し、知の創造の主体とはとてもいえない扱いをしてきたつけが回ってきたものだ。知を創造する探究心や好奇心にあふれる姿勢、豊かな暗黙知を蓄える原体験や知的経験、そこからスパイラルアップする問題意識の深さなど、知の創造にとって不可欠なすべての要素において貧困な社員を作り上げてしまった。知的貧困化の悪循環に入り込んでしまっているのだ。スリム化でますます人材が減り、かつ雇用が流動化する中で、ストレッチターゲットに対しての意味づけ能力を欠いた管理職が成果主義のツールを振り回し、社員に対して目標を垂れ流している。知を創造するために不可欠なシャドーワークや部門間の連携の余地を、単年度利益をひねり出すための効率化により、絞り込んでしまい、仕事から面白みを削ぎ、知を創造する体力と気力を奪ってきてしまった。[p.344-345]」

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以上が私なりのまとめですが、本書は、副題にあるとおり、「戦略論」が主題であることには少し注意が必要だと思います。本書では、どうしたら儲かる(うまくいく)ビジネスモデルが作れるか、というようなハウツーはあまり述べられていませんし、例えば「共通善」についてもそれを重視すれば競合に勝てるとも言っていません(共通善の有効性の証明がなされているわけでもなく、例えばシンガポールの事例では共通善の位置づけは不明です)。従って、本書では多様なビジネスモデルの特性が示され、著者らの考える「あるべき姿」が提示されていると考えるべきでしょう。

しかも本書の指摘は、かなりトップレベルのマネジメント層を念頭に置いたものであるように思います。そのため、第一線の研究マネジャーにとっては、具体性に欠け、納得しにくく物足りない点もあるように思います。しかし、これからのイノベーションにおいて個別の技術ではなくビジネスモデルを考慮しなければならないこと、ビジネスモデルの考え方にはある程度のハウツーや知見が蓄積されつつあること、短絡的な成果主義よりは共通善や賢慮といった概念がこれからより重要になってくるだろうこと、などの著者らの洞察は時代の流れとしてすべての技術者やマネジャーがよく認識しておくべきことのように思いますがいかがでしょうか。


文献1:野中郁次郎、徳岡晃一郎編著、「ビジネスモデルイノベーション 知を価値に転換する賢慮の戦略論」、東洋経済新報社、2012.

参考リンク<2013.7.21追加>


 

 

デザインとイノベーション(エスリンガー著「デザインイノベーション」より)

イノベーションにおけるデザインの重要性がよく指摘されます。いわゆる機能や外見といったデザインが製品やイノベーションの価値に影響することは容易に想像できるのですが、では、デザインとは何か、その真の役割や意味は何か、ということになると様々な捉え方があるように思います。そこで今回は、エスリンガー著「デザインイノベーション」[文献1]に基づいて、イノベーションにおけるデザインの役割について考えてみたいと思います。

著者はフロッグデザインの創始者としてアップルやソニーをはじめとする様々な企業でのイノベーションにデザイナーとして深く関わってきた実績を持つ方とのことです。この本では、著者自身の経験に基づく考え方が述べられており、デザインについての様々な考え方を系統的に総括したような内容ではありませんが、今後ますますデザインの考え方は重要になると予想する著者によりなされている、経営とデザインの関わりについての提言は有意義な示唆を含んでいるように思われました。ちなみに、原著表題は「A Fine Line: How Design Strategies Are Shaping the Future of Business」(「紙一重:デザイン戦略が形作るビジネスの未来」[文献2])です。著者は、「本書では、現代の物質文化を見渡して、『すごい』ものと『いい』ものとを、独創的な戦略と二番煎じの戦略とを、傑作と凡作とを区別し、両者を隔てている紙一重の差を吟味していきたい[p.xiv]」としています。以下、興味深く思われた点をまとめてみます。

デザイン主導戦略の意義

・「見ためをよくすることだけがデザインではない。デザインとは、画期的なコンセプトを提案することによって、人々の生活を豊かにしようとするものである[p.xi]」。

・「長続きするビジネスを築くためには、デザイナーとビジネスリーダーが協力するのがいちばんいいと、わたしは強く信じている[p.xv]」。

・「デザインとは優れたビジネス戦略の一部であって、芸術ではない。・・・自己陶酔型の芸術家のひらめきでは、持続可能なビジネスモデルは築けない。フロッグ流のビジネスデザインとは、まず一流の人間を惹きつけて、ひとつの場所に集めること、そして、みんなが協力することで互いの力を引き出し合えるよう、必要な環境やリーダーシップを提供すること[p.11]」。

・「世界は多様な文化のからみあった『球体』であり、それぞれの文化にはそれぞれにちがったニーズや要望がある。・・・複雑な輪郭線を持った現実の世界では、とうていワンサイズではビジネスをフィットさせることはできない。だから、創造的なビジネス戦略においてはデザインが重要になってくる[p.15]。」

・「製造業でもサービス業でも、効率と規模が限界に達していることは、もはや否定できない。・・・あえて危険に挑むような戦略・・・でなければ、変化する経済の中で勝つことはできない[p.17]」。

イノベーションにおけるリーダーシップの役割

・「どんなにすばらしい戦略であっても、それを支え、引っぱっていく有能なリーダーがいなかったら、すぐにつまずくだろう。戦略を立案し、実行することは、そのこと自体が創造的な行為だ。だからリーダーには、デザインの役割を理解し、社内にイノベーションの文化を浸透させる能力が求められる[p.20]」。

・「長期的な成功のためにはリーダーに、戦略的なビジョンと、従業員や社会に仕えようとする倫理観と、新しい道を切りひらく勇気と、夢を現実のものにする能力が必要だ[p.45]」。

創造的なビジネス戦略

・「イノベーションが成功するかどうかは、事業の初期段階・・・の前の段階で、どういう戦略を立てるかにかかっている[p.48]」。

・創造的な戦略に共通の要素に、戦略的に予備を持つことがある[p.51]。

・「利益にばかり目を向ける分析では、競争力を正しく把握できない。成功の指標として信頼できるのは、相対市場シェア――自社のシェアを業界トップ企業のシェアで割った値――だ。[p.54]」

・フロッグの4原則:1)「スイートスポット」を見つける(自分が得意にしていて、他人が得意にしていない分野)、2)ビジネス意識を持ち、クライアントのためになる仕事をする。そしてそれがひいては、自分の会社のためにもなるようにする(クライアントの財務状況に応じたデザインを考える、自分たちのデザインをプロフェッショナルなやりかたで売り込む、など)、3)トップになりたがっている貪欲なクライアントを見つける(壮大な構想を持つグローバル企業で、テクノロジー分野に大きな可能性を秘め、世界一になっているか、なろうとしている。そして、商業的な面でも野心があり、なおかつそれを実現する手段を持っている)、4)一番になることで有名になる(その過程で、自分を支えてくれる人への感謝を忘れてはならない、名声を保つためには不断の努力が必要である)

・「フロッグは常に、新しいことを学んだり、試したりするよう努めている。・・・過去の成功を単純に繰り返すのでなく、クライアントにいちばん必要なものを作り出そうとする発想の戦略だ。・・・勝つためには適応しなくてはならない[p.66]」。

・「戦略的な適応を果たそうとする過程では、」「ビジネス戦略のもたらす観念的な興奮と、独創性を追求するデザイナーの本能的な欲求の食いちがいに、どう対処するかという問題」にぶつかる。「理想を言えば、そのどちらもできる人間を見つけて、育てるのがいい。」[p.72

・「ビジネスでもデザインでも、創造的な戦略家とは、自分のため、会社のため、世界のためによりよい未来を築けるよう、パートナーと力を合わせられる者のこと[p.82]」。

イノベーションプロセスの3つのステップ、頼りになるのは金より人間

・ステップ1:基礎作業。能力(ビジネスの目標と、それを達成するためのデザインの役割を知り、両方とも大切であることを忘れない)と選択(適切なチームや、パートナーや、クライアントや、事業を選ぶ)が必要[p.86]。「ビジョンの倫理性を重んじ、顧客に有意義なエクスペリエンスを提供し、人間の幸せのためにテクノロジーを役立て、品質の高さを頑固に守る[p,88]」。「イノベーションが成功するかどうかは、人的な要因に大きく左右される[p.91]」。「創造性を軽視したり、理解できなかったりする人間を、デザイナーとの共同作業に加えるべきではない[p.92]」。

・ステップ2:創造的なコラボレーション。明確な目標のもとに、一致団結しているチームには、儀式(ブレインストーミングやアイデア作りセッションなど)がある。それから展望(全員が、自分たちのイノベーションによって会社や消費者や世界がどう変わるかを思い描く)。そしてマネジメント(グループ内の意見をまとめ、イノベーションの実現に向けた計画を立てる)[p.86]。アイデア出しのためのフロッグの「THINK」プロセスは、代替案または自由連想、ランダム発想、挑発や拒絶により極端な結論へ導く、の3つのステップで行なう。

・ステップ3:マーケティング。イノベーションのもたらす恩恵について、改善と証明が行われ、ビジネスモデルにおけるイノベーションの役割が最適化され、商品化に必要なリーダーシップのツールが提供される[p.86]。

・「イノベーションのデザインやマーケティングにおいては、必ず、頼りになるのは金より人間ということだ。創造的な人間のコラボレーションや、先見の明のある強力なリーダーシップがなければ、イノベーションのプロセスはうまくいかない[p.124]」

これからのビジネスデザイン

・「デザイナーの仕事とは、人間と、科学や技術やビジネスとのあいだのインターフェースを作ることだ。デザイナーには、これからの『グリーン経済』の推進役になる義務とチャンスがある[p.127]。」

・「デザインはマーケティング同様に、大量消費を加速させる。そしてどんな商品でも大量に生産されれば、環境汚染や地球温暖化につながる。・・・持続可能なビジネスを築こうとするときのデザインの役割は、個々の企業の利益を超越したものである[p.126]」。

・「人間の活動による環境破壊は、ついに体感できるレベルまで達してしまった。もはや小手先の対策だけでは、壊滅的な事態は避けられない。これはつまり、ビジネスやテクノロジーや科学と関係の深い仕事をするわたしたちにとっては、環境問題に取り組む以外に道はないことを意味する[p.164]」

よりよいビジネス、よりよい世界のためのデザイン主導戦略

・融合製品:さまざまなテクノロジーがひとつのパッケージに統合されていて、多様な用途に使える製品のこと[p.170

・オープンソースデザイン:どうしたら効果的にコラボレーションを進められるか。「共通の目標に向かって努力しようという気持ちが、自分の創造意欲を満たしたいという自己中心的な気持ちより、優先されなくてはならない。・・・そういうデザインのしかたを、わたしは『オープンソースデザイン』と呼んでいる[p.180]」。鍵となるのはツールの共有[p.181]。「オープンソースデザインでは、知的所有権が妨げになることがある[p.191]」

・ソーシャルネットワークを通じた共同デザイン:「製品デザインはエリートの職業であり、これからもそれは変わらないだろう。・・・本物のデザインのクオリティは、民主的に決定されるものにはならない・・・。ここで提案したいのは、デザイナーと製造業者が力を合わせて、『消費者にも参加してもらう、ソーシャルネットワークを使った共同デザイン』というコンセプトだ[p.193]」。

製造とデザイン

・「デザイナーは工場の持っている可能性よりも、限界のほうに目を向けがちだ。」「デザイナーが製造者に対して、ただ単に『わたしたちの』製品を作るよう要求するだけでは、いい結果は期待できない。こちらも製造のプロセスに加わって、手を貸す必要がある。[p.204-205

・誤ったオフショアリング、アウトソーシングの問題点:「外部に製造を任せれば、やがては自分たちの製品知識やスキルが失われる可能性もある[p.211]」。「イノベーションのチャンスが失われる[p.213]」。「ODM(他社ブランドの製品を設計製造するメーカー)の能力がほとんどむだにされる[p.324]」。「経済的な安定性が失われる[p.219]」。「オフショアリングやアウトソーシングによってコストの節減を図っても、たいていは思ったほどコストを節減できていない[p.222]」。

・スマート-ソーシングは上記の問題解決のための提案。「プロセスの初期段階から企業間でコラボレーションが行われる」。「企業間のコラボレーションに先行投資をすることで、独創的でなおかつ長期的に売れる強力な商品を開発しようとする。」「すべての関係者が積極的に参加し、協力する」[p.224-226

・ホーム-ソーシング:「地元の人材や能力と、グローバルな部品調達網の両方を生かそうとする戦略」「地元の顧客を誰よりもよく知るのは、地元の企業」[p.229-230

・個人生産:「製造業界の『振り子』は、現在、ローカル生産のほうへ戻りつつある。ときには、ローカルどころか、個人での生産さえ可能になってきた」[p.233]。

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技術者にとって、よい製品をより効率的に生産することは重要な課題です。しかし、技術者が思うよい製品ができたとしても、ビジネスとしてうまくいかないことは多々あります。その原因としては、ビジネスモデルがよくないことに加えて、技術者が考える「よい」という尺度と、ユーザーが考える「よい」という尺度が乖離している場合があげられるように思います。これはつまり、製品の持つ特性について技術者が考慮している範囲が狭い、ということなのでしょう。言い換えれば、従来技術者が気にかけていた特性以上の様々な特性を制御することが求められる時代になったと言ってもよいでしょう。

しかし、従来型の技術者では、そこまでの広い範囲の特性は制御できない。そこで、「デザイナー」と呼ばれる専門家の協力を仰ぐことが必要になります。本書では、そのようなコラボレーションをどのように進めればよいかの示唆が述べられている点が参考になると思うのですが、特に興味深く思われたのは、顧客によいエクスペリエンスを与えるデザインの有効性とともに、次のような示唆です。

・デザイナーとビジネスリーダーが互いの価値をよく理解し協力する必要があること

・デザイナーの才能、ビジネスリーダーのリーダーシップといった個人の能力や資質が重視され、ビジネスの組織や仕組みはあまり重視されていないように思われること(ただし、環境やコラボレーションは重要であるとの指摘はありますが)

技術者にとっては、デザイナーの重要性は理解しつつも、実際どう協力していけばよいのかがわかりにくいのではないでしょうか。その点で本書の指摘は非常に参考になります。ただ、本書は著者の経験や思想に基づいた考え方が主ですので、汎用性があるのか、著者の主張を支える根拠は万全なのか、といった問題はあり、ひとつの仮説としてしか受け入れにくいような議論もなされていると思います。しかし、デザインという考え方が、これからのイノベーションの進め方を考える際の重要なポイントになる可能性はあるのではないでしょうか。研究者もデザイナーのような思考、デザインの能力、デザインを活用できる能力を身につける(少なくとも理解する)必要があるのかもしれません。


文献1:Hartmut Esslinger, 2009、ハルトムット・エスリンガー著、黒輪篤嗣訳、「デザインイノベーション デザイン戦略の次の一手」、翔泳社、2010.

原著webページ:http://www.afinelinebook.com/

文献2:小飼弾氏ブログ、404 Blog Not Found、「Redesigning the Design Itself - 書評 - デザインイノベーション」、2010.5.18, http://blog.livedoor.jp/dankogai/archives/51448663.html



参考リンク<2013.8.18追加> 

 

ビジネスモデル・ジェネレーション(オスターワルダー、ピニュール著)より

イノベーションの実現のためには技術だけでなく(場合によっては特異な技術がなくても)、収益を生み出すビジネスモデルが必要という認識はかなり広まってきたように思います。では、どうしたらよいビジネスモデルを生みだせるのでしょうか。今回はオスターワルダー、ピニュール著、「ビジネスモデル・ジェネレーション」[文献1]に基づいてその方法をまとめたいと思います。

本書によれば、「ビジネルモデルイノベーションとは、企業、顧客、そして社会のために、価値を生み出すこと」[p.5]とされ、著者らは「ビジネスモデルのイノベーションについてビジョナリー、イノベーター、挑戦者のために、実用的なガイドを作ろうと考えた」[p.5]としています。そのため本書は、テクニック紹介や事例が中心の内容となっていますが、本書に示された方法は、様々なビジネスモデルの事例分析にも裏付けられた応用範囲の広い方法のように思われました。以下、本書の構成にそって内容の要点をまとめます。

1、Canvasキャンバス:ビジネスモデルを記述、分析、デザインするツール

以下の9つの構築ブロックからなり、それぞれの要素を図にまとめて関係を視覚化することが推奨されています。

・顧客セグメント(Customer Segments: CS):誰のために価値を創造するのか、最も重要な顧客は誰かを決める。

・価値提案(Value Propositions: VP):どんな価値を提供するか、どんな問題解決を手助けするか、どんなニーズを満たすか、どんな製品とサービスを提供するか。

・チャネル(Channels: CH):顧客とどのようにコミュニケーションし、価値を届けるか。製品やサービスの、認知、評価、購入、提供、アフターサービスの方法も含めて考える。

・顧客との関係(Customer Relationships: CR):顧客はどんな関係を期待しているか。顧客とのどんな関係(獲得、維持、販売拡大)を期待するか。

・収益の流れ(Revenue Streams: R$):顧客はどんな価値にお金を払うか。どのように払うか。一見客による取引収益か、既存顧客の継続支払いか。価格メカニズムは。

・リソース(Key Resources: KR):価値を提案するのに必要なリソースは何か。

・主要活動(Key Activities: KA):価値提案に必要な主要活動は何か。

・パートナー(Key Partners: KP):主要なパートナー、サプライヤー。役割分担。

・コスト構造(Cost Structures: C$):運営にかかるすべてのコスト。コスト主導か価値主導か。

2、Patternsパターン:重要な5つのビジネスモデルパターンを取り上げて分析。パターンはこれに限られず、他のコンセプトに基づく新しいパターンも当然生まれてくると予想。

・アンバンドルビジネスモデル(Un-Bundling Business Models):3つの異なるビジネスタイプ(製品イノベーション、カスタマーリレーションシップマネジメント、インフラ管理)は異なる要素で動くため、対立やトレードオフが発生する。それをバラバラにするビジネスモデル。

・ロングテール(The Long Tail):他品種少量販売モデル。低い在庫コストとしっかりとしたプラットフォームが必要。

・マルチサイドプラットフォーム(Multi-Sided Platforms):複数の顧客グループをつなぎあわせる。他の顧客グループが同時に存在する場合にのみ価値が生まれる。例えば広告に基づくフリービジネスモデルなど。

・ビジネスモデルとしてのフリー戦略(FREE as a Business Model):少なくともひとつの顧客セグメントは無料オファーの恩恵を継続的に受けられる。広告に基づくフリー、フリーミアム(高度なサービスが有料、有料ユーザーが無料ユーザーを支える)、オープンソース(Linux活用など)、保険モデル、エサと釣り針(低価格や無料の導入提案による関連商品やサービスの継続購入)など。

・オープンビジネスモデル(Open Business Model):パートナーとの組織的コラボレーションにより価値を創造。P&Gのコネクトアンドディベロップメント、グラクソ・スミスクラインのパテントプール、コネクターとしてのInnoCentiveなど。

3、Designデザイン:ビジネスモデルをデザインするのに役立つテクニックを紹介。

・顧客インサイト:顧客の深い理解が必要。顧客の分類、環境や行動、関心、願望を理解するのに役立つ「共感マップ」(顧客が見るもの、聞くもの、感じること、行動、顧客の得るもの、痛みを分析)が有効。

・アイデア創造:ビジネスモデルのオプションを作る。一般的アプローチは、1)多様なメンバーによるチームづくり、2)顧客や技術、既存モデルの調査分析においてプロジェクトに熱中する、3)ビジネスモデルのアイデア出し(ブレインストーミングなど)、4)基準に基づくアイデアの絞り込み、5)プロトタイピング。

・ビジュアルシンキング:ビジネスモデルは様々な構築ブロックの相互関係によって成り立つため、図解しないと理解が難しい。ポストイットや絵を活用。

・プロトタイピング:ビジネスモデルを単に表現するものとしてだけではなく、ビジネスモデルの別の方向を探るのに役立つ思考ツールとして重要。ラフなアイデアを検討し、短時間のうちに破棄し、さまざまな可能性を試してみることがデザイン精神の特徴。

・ストーリーテリング:人はなじみのないモデルには抵抗を示すのが普通なので、具体的にわかりやすくビジネスモデルを説明するストーリーテリングによって、見慣れないものへの不信感を一時留保させる。アイデアを刺激したり、変化を正当化する効果もある。

・シナリオ:異なる顧客設定によるシナリオや、未来の競争環境を説明するシナリオを活用する。

4、Strategy戦略:ビジネスモデルのレンズを通じた戦略の再解釈。ビジネスモデルに対して建設的な質問を投げかけ、ビジネスモデルが機能する環境なのかを戦略的に調査する。以下の4つの戦略領域を検討。

・ビジネスモデル環境:1)市場における圧力(市場分析)、2)産業における圧力(競争分析)、3)重要なトレンド(未来予測)、4)マクロ経済の圧力を検討。

・ビジネスモデル評価:大局的な観点からのビジネスモデル評価と、SWOT分析による各構築ブロックの評価(それぞれの構築ブロック(Canvasの9つのブロック)についての、強み、弱み、機会、脅威の評価)を行なう。

・ブルーオーシャン戦略におけるビジネスモデル:1)どの要素を取り除くか、2)どの要素を減らすか、3)どの要素を増やすか、4)どの要素を付け加えるか、の視点で検討する。

・複数のビジネスモデル運営:特に既存のビジネスモデルを持つ企業において、新しいモデルをどう実行するかが問題になる。統合するか、分離するかは、1)衝突の深刻さ、2)戦略的類似性、3)リスクに基づいて考慮すべき。

5、Processプロセス:汎用的なビジネスモデルデザインのプロセスを提示。ビジネスモデルイノベーションの目的は、1)未解決のニーズを満たす、2)新技術、製品、サービスを導入する、3)市場を改善、変革する、4)新しい市場を作り出す。既存企業に特有の動機は、1)既存ビジネスモデルの危機、2)環境変化に対応した調整、改善、防御、3)新技術、製品、サービス導入、4)未来に備えたビジネスモデルの模索、テスト。デザインのプロセスは次の5つのフェーズからなる。

・リソースの結集:目的を決め、初期アイデアのテスト、計画立案、チーム結成を行なう。初期アイデアの過剰評価、既得権益との調整に注意。トップマネジメントの関与が望ましい。

・理解:環境調査、顧客の研究、専門家へのインタビュー、先行例の調査、アイデアと選択肢の収集を行なう。調査しすぎによる「分析への麻痺」に注意(進捗報告を怠らないように)。

・デザイン:ブレインストーミング、プロトタイプ、テストによりビジネスモデルの選択肢を考え、評価し、最善のものを選択する。大胆なアイデアを排除、抑圧しないように、アイデアに簡単に惚れこまないように、短期的な視野にならないよう注意。

・実行する:プロトタイプを実際に実行する。不確実性の管理、スポンサーの支援、新しいビジネスモデルに適した組織構造、コミュニケーション(社内キャンペーンなどが有効)に注意。

・管理する:ビジネスモデルを市場の反応に合わせて調整する。既存モデルの再考は継続的な活動となる。ビジネスモデルの寿命が急速に短くなっている現在の傾向、ビジネスモデルの連携、ポートフォリオ管理、環境変化、初心に帰ることを忘れないように注意。

なお、著者は、ビジネスモデルに合わせた報酬体系や、起業家メカニズム(裁量権の増大と、積極的で信頼のおける、前例にとらわれない人の活用)も指摘しています。

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おそらく本書の意義の第一は、上記のような考え方の枠組みを提示したことだと思います。もちろん、この方法が新たなビジネスモデルの創造のための唯一絶対のアプローチとは言えませんが、ビジネスモデルを考える際に考慮すべきポイントをまとめている点は実務家にとって非常に役立つのではないでしょうか。例えば本ブログでとりあげたジョンソンのビジネスモデルの考え方とも重なる部分があり、比較的偏りのない考え方がまとめられているように思います。さらに、現時点での重要なビジネスの考え方も考慮されていますし、最近話題の新しいビジネスモデルの分析が事例として取り上げられている点も考えるヒントとなるでしょう。まずは、議論や検討の出発点として本書の方法を取り入れてみる意義は大きいのではないでしょうか。

本書の9つの構築ブロックのうち、研究開発に特に関係が深いのは、価値提案(VP)とコスト構造(C$)でしょう。技術者としてはとかくイノベーションの技術的側面ばかりに注目しがちですが、本来は他の構築ブロックとの関係も意識して研究を進めるべきであるはずです。本書の方法によるビジネスモデルの整理により、業務の位置づけと連携のポイントがはっきりするのではないでしょうか。ビジネスモデルの要素間の相互関係を認識しやすくするツールとして、研究者にとってもCanvasは有用なように思います。さらに、このようなビジネスモデルの整理は、社内外の様々な部署やトップマネジメントとの意思疎通の際のプラットフォームとしても重要でしょう。ビジネスモデルというものを、単なる業務の進め方としてではなく、イノベーションの源としてとらえ、よりよいビジネスモデルを生み出せるようになることが今後実務家に求められていくことのように思います。実務家がこれをうまく使えるかどうかが、ビジネスモデルイノベーションの成功のカギなのかもしれません。


文献1:Alexander Osterwalder, Yves Pigneur、アレックス・オスターワルダー、イヴ・ピニュール著、小山龍介訳、「ビジネスモデル・ジェネレーション ビジネスモデル設計書 ビジョナリー、イノベーターと挑戦者のためのハンドブック」、翔泳社、2012.

本書webページ:http://www.shoeisha.co.jp/biz/bmg/

原著表題”Business Model Generation, A Handbook for Visionaries, Game Changers, and Challenters”

(参考)

ビジネスモデルジェネレーションwebページ(Canvasのシートがあります)

http://www.businessmodelgeneration.com/

小山龍介氏(訳者)による解説

http://www.shoeisha.co.jp/biz/bmg/detail/37

参考リンク<2013.7.21追加>



 

 

 

「社会技術論」(堀井秀之著)より

企業における技術やイノベーションの位置づけはまず収益源、というのが普通でしょう。しかし、社会に対する影響も当然考慮する必要があります。できれば技術で社会をよりよくしたいですし、社会に対して損害を与えるような技術は使うわけにはいきません。今回は、社会をよくするためにどう技術を用いるべきなのか、『社会技術』による社会問題の解決とはどういうことなのか、堀井秀之著「社会技術論」[文献1]に基づいて考えてみたいと思います。

著者は、「『社会技術』とは社会問題を解決し、社会を円滑に運営するための広い意味での技術」とし、「ここで技術とは、工学的な技術だけでなく、法・経済制度、教育、社会規範など、すべての社会システムを含んだものを意味する[p.1]」として、社会問題に対する解決策のデザインや、問題解決策の立案を支援する手法を解説しています。イノベーションは技術だけではないということはよく指摘されますし、問題解決手法は企業の研究開発にとっても役立つと考えられますので、本稿では、その手法の要点をまとめ、さらにイノベーション教育事例として本書で取り上げられている東大i.school(著者がエグゼクティブディレクターを務める教育活動)の最近の成果についてもあわせて考えたいと思います。

社会技術の特徴

・「社会技術の特長は、科学技術と社会制度をうまく組み合わせて社会問題を解決する点にある。・・・科学技術の成果を社会問題の解決に活用することは、革新的な問題解決を生み出す可能性につながる。しかし、科学技術のみで社会問題を解決できるわけではない。」[p.27

・「社会技術研究の特徴の1つは俯瞰的アプローチ」にあり、「詳しくみてみると問題解決に有効な3つの観点に分けることができる」[p.16-18

1)問題を全体的にとらえる:問題の政治的、経済的側面など特定の視点に限らない。

2)問題解決に用いる知識として、活用できる知識を総動員する:特定の学問領域における知識に限らない。

3)問題解決策として、特定の問題分野における対策に限ることなく、分野を超えた知を活用する。

問題解決策の設計

「思いつきで問題解決策を生み出すのではなく、体系的に有効な問題解決策をつくり出すためには、問題解決策の設計方法を確立することが必要」[p.27]。なお、この時、原問題と既存の解決策の問題とを区別する必要があることが指摘されています[p.60]。具体的には以下のように進めることになります。

1)問題の分析:「問題解決策の設計プロセスにおいて、最初に行うことは、問題の分析である。対象とする社会問題は・・・複雑であり、さまざまな観点からの分析が必要」[p.55]。具体的には以下の順で分析が行われます。

1-1)問題の全体像の把握:対象となる問題にかかわる情報を収集、分類して情報を構造化する。KJ法が活用できる。[p.61

1-2)価値分析:人により問題とするポイントが異なることがある。「問題認識にかかわる個々の主張を分析し、その元となっている価値基準を明確にしたうえで、問題にかかわるすべての価値基準をリストアップして整理する」[p.58]。「根拠が正しいかどうか、論拠が妥当であるかどうか、根拠・論拠・主張のつながりが妥当であるかどうか」について慎重に吟味する。[p.66

1-3)因果分析:「問題にかかわる事象をリストアップし、その因果関係を明らかにする。[p.72]」

1-4)着目すべき問題点の抽出:「『着目すべき』というのは、問題解決策を立案する者の主観的な価値判断」。「問題にかかわる価値基準が複数ある場合、どの価値基準を重視するかによって、何が問題であるかは変わりうる」。「『着目すべき問題点』に正解はない。可能な限り情報を網羅し、その情報から着目すべき問題点を抽出するプロセスを明示化し、誰にでもその過程を検証できるようにすることが重要」[p.77]。

2)問題解決策の立案:次の手法を活用できる。

・システム設計:「まず、システムが果たすべき機能(目標)を明確にする。その機能を分解し、それらのサブシステムが果たすべき機能をリストアップする。・・・次に、分解された機能を果たす要素を決定する。最後に、システム全体が機能するように要素、サブシステムの統合方法を決定する。」[p.81

・解決策発想支援:アブダクションを活用する。「アブダクションとは、与えられた結果に対して、その結果をもたらす原因を明らかにする推論[p.45]」。「与えられた目的を達成する手段を求める推論もアブダクション[p.45]」。「既存の問題解決策の分析を行い、その結果を分類・整理」して、「手段に関する情報を活用可能な形にする」。「アナロジーと分野を超えた知の活用が重要なポイント」[p.87]。そのためには、個別知識の上位概念化によって類似性を見いだせるようにするとよい[p.48]。具体的な発想支援法としては、解決策診断カルテ(既存の解決策を、上位概念化した原因と解決手段に基づいて整理したもの[p.97])と、問題解決マトリクス(多数の事例の原因と手段の関係をまとめたもの[p.105])が挙げられており、これにより、類似事例を見つけ、アナロジーを機能しやすくする。

3)問題解決策の影響分析:「立案された解決策によってどのような変化が生まれるのか、そしてその変化は問題の解決につながっているのか、新たな問題が発生していないか、といった検討を行う。[p.112]」そのための手法としては、シナリオとして記述すること、関係者へのインタビューなどがある。そしてその結果は、解決策の修正にフィードバックされる。

つまり、解決すべき問題点の本質を見極め、様々な知識を活用して解決策を発案すること、これが社会技術における問題解決策の設計(デザイン)、ということになるでしょう。一見すると当たり前の方法のようにも思われますが、では具体的に、例えば問題点の本質を見極めるにはどうすればよいか、と考えてみると、著者の具体策の提案の意味が理解できるように思います。著者自身、これが絶対的に正しい方法といっているわけではなく、例えば問題の分析についても、「問題分析には『こうしなければならない』というような決定的な方法が存在するわけではない。問題の特性に応じて有効となる分析方法は異なるため、問題ごとに最適な分析方法を選ぶことが必要となる。」「しかし、容易ではない問題分析も、適切なプロセスに従い、しかるべき方法に則って行えば、比較的妥当な分析となる」[p.57]と述べ、また、問題解決策の立案については、「問題解決策の立案は元来創造的な活動である。創造的な活動自身を方法論化することは難しいが、それを支援する方法論を構築することは可能である。」[p.79]としていますが、まさにその通りでしょう。著者の手法はひとつの例として受け取り、あとは各自でそれを磨き上げていけばよいのではないかと思います。ただ、上記の手法には、考慮すべき重要なポイントがまとめられていますので、検討に抜けがないかをチェックする目的にはすぐにでも使えるのではないでしょうか。また、設計の考え方やその根拠を整理して形にすることは、プロジェクトや解決策の内容を周囲に説明して合意を得る上で有効だと思います。大きな社会問題への対応となれば、多くの関係者を説得し協力を得ることは不可避でしょう。その時に、整理された設計書があれば大きな力になると思われます。

ただ、企業における研究開発に活用する観点からは、以下の点が若干気になりました。

・本書の前提として、問題はすでに想定されている?:本書の狙いは社会問題の解決であるためか、ある問題が存在することが前提になっているように思われます。一般のイノベーションにおいては、問題の認識からスタートしないイノベーションもあるでしょう。いわゆるシーズ指向のイノベーションや、創発やセレンディピティーに基づくイノベーションもありますし、新市場創造型のイノベーションの一部も、問題点の解決以外のところが起点になっているように思われます。

・設計の段階での想定外にどう対応するか:人間の特性を考えると、分析における見落としやヒューマンエラーのために想定の誤りが発生する可能性があるでしょうし、外部要因の想定外の変化によって状況が変化することもあるでしょう。そんな場合の対応も考えておく必要があるように思われます。問題を全体的に捉えることが必要としても、すべてのことを考えるのは現実的ではありませんし、複雑系の関与する現象については、本質的に因果関係を明確にできない場合があるかもしれません。さらに人間の行動には理性的でない場合もあることにも注意が必要と思われます。

・実行段階の問題:本書は「設計」に主眼がおかれていますので、実行段階の問題についてはあまり言及されていないようですが、設計どおりに実行しても期待した成果が得られない場合もあると思われます。完璧な設計を目指すより、試行錯誤しながら漸進的に研究を進める戦略もあり得ますので、そのような課題にはこの手法は向いていないかもしれません(ただし、検討すべきことをわかったうえであえて検討しないで進めることと、検討すべきことを自覚せずに無謀な挑戦をすることとは異なりますので、本書の指摘の重要性は変わらないと思います)。

・時間やマンパワーの制約:多くの事象を検討すればよいことはわかっていてもそれができない制約がある場合もあります。どこまで検討すべきかの指針も考えるべきかもしれません。

・実際にこの手法が有効であるという検証は可能なのか?

おそらく、今後の手法の改善によりこのような点は解決されていくのではないかと思いますが、改善のヒントがi.schoolのアプローチに含まれているように思います。著者は、イノベーション教育の一環としてi.schoolを推進しており、その内容については別稿でも紹介しましたが、その後の進展について興味深い指摘がありましたので、以下にその内容をまとめておきたいと思います。i.schoolでどんな教育が行われているのかについては別稿をご参照いただければ幸いです。

i.schoolの進展

i.schoolの目的として、著者は「1)創造性を求められる課題を与えられたとき、最適なワークショッププロセスを設計できるようになること、2)新しくてインパクトを生み出すモノやコトを創る成功体験を積み重ねること」[p.172]を挙げています。i.schoolは問題点の認識から解決策の策定までをイノベーションワークショップという形で実習するという教育プログラムが基本のようですが、ある課題に対し、1)理解(Understanding、調査、観察、分析)、2)創出(Creating、課題解決、アイディア出し)、3)実現(Realizing、例えば事業計画にするなど)、というプロセスで検討が進められていきます。2009年以来様々なワークショップが開催され、その中からイノベーションの進め方、アイディアの抽出過程についていくつかの知見が得られているようです。

例えば、新しさを生み出す有効なメカニズムとして1)他者を理解する、2)未来を洞察する、3)概念を明確にする、4)思考パターンをシフトさせる、5)価値基準をシフトさせる、6)新しい組み合わせを見つける、7)想定外の使い途から目的を発見する、8)ちゃぶ台返し(一旦白紙にもどしてやり直す)が挙げられています。[p.186-187]。また、アイディア出しに有効な方法として1)グループワークのなかで他者との会話を禁止して個人の思考に集中させる機会をつくること、2)目的と手段をある程度一緒に考えること、3)生みだされるアイディアに関連した情況を心的イメージとして思い描くこと、4)自分に対する問いを明確化させること(何を考えようとしているかを見失うことを防ぐ)、が挙げられています。このような知見は、企業における実際の研究の場面でも経験的に有効だと思われるものもあり、i.schoolのプロジェクトの中から、イノベーションの効果的な進め方に関するこのような知見が得られてくることは非常に貴重だと思います。

個人的には、i.schoolの教育としての最も重要な意義は、学生にイノベーションを体験させること(著者が挙げたワークショップの目的で言えば、「参加者が新しいアイディアを生み出すことができるという自信をもてるようにすること」[p.191])であると考えます。しかしそれ以上に、研究の進め方の実験を行い、有効な進め方に関する知見が得られるならば、それを社会技術の設計に反映させることも期待できるのではないでしょうか。著者も「イノベーションの生まれる確率を高めるために、ワークショッププロセスの方法論を精緻化することが重要である。」[p.207]と指摘していますので、より広範なイノベーションの場面に有効な社会技術の設計方法の進化に資するようなアイディアが生まれてくることを期待したいと思います。社会技術に限らず、イノベーションを生む方法論、デザインについて、社会全体としてもっと検討していく必要があるように思いますがいかがでしょうか。


文献1:堀井秀之、「社会技術論 問題解決のデザイン」、東京大学出版会、2012.

参考リンク<2013.7.21追加>


 

 

「技術経営の常識のウソ」感想

伊丹敬之、東京理科大学MOT研究会編著による「技術経営の常識のウソ」[文献1]のポイントのまとめと感想です。題名はやや刺激的ですが、技術経営の分野でよく言われることや手法が批判的に検証されており、本書の目的のひとつは、「技術経営の『常識』の中には、じつは正しくないこと、一面的なものがかなりあり、(中略)それを鵜のみにして信じないほうがいいという警告を発すること」とされていて[文献1p.1]、重要な指摘も含まれているように思いました。

 

どのような「常識」がやり玉に上がっているのか、以下で見てみましょう。各章でおおむねひとつの「常識」がとりあげられています。カッコ内はその章の執筆者です。

総論:「日本の技術経営の常識のウソ」(伊丹敬之)

必ずしも正しいとは言えない「常識」が信じられてしまう原因は、表面の一面的な真実にとらわれて、それ以外の多面的な影響について目がいかないためではないか、さらに、そのような多様な現実を考えられない原因には、1)特に外国からの理論や指摘について論理的なチェックをせずについ真似てしまうという途上国メンタリティ、2)手際のよい解決策を求めたがること、3)組織の中の人間の力学(理論どおりにかならずしも行かないなど)についての理解が不足していること、があるのではないかと述べています。

I部:アメリカ信仰からの脱却

1章:「クローズド・オープン・イノベーションのすすめ」(西野和美)

オープン・イノベーションの考え方の問題点が述べられています。自社と他社(組織)のアイデアを融合させる、という理想部分が過大評価され、「アイデアや技術の移転、仕事の線引きと競争力の問題、インターフェース設計の問題、収益の分配の問題」が考慮すべき重要な点だとしています[文献1p.38]。そして、ある程度限定されたメンバーとの間で協働するクローズド・オープン・イノベーションが提案されています。

2章:「プロジェクト型組織マネジメントが技術蓄積を妨げる」(土田憲司)

プロジェクトマネジメントすなわち、「有限期間内に特定の目的の成果物を生み出すために時限的に人が集まって行なう活動」をきちんと行なうための手法や思想を、企業組織のマネジメントにまで拡大適用する問題点として、技術蓄積を妨げることが指摘されています。具体的には、担当者の業務経験を狭くする、コミュニケーションを阻害する、仕事の継続性が失われることで仕事からの学習を阻害する、技術を蓄積しようとするモチベーションを阻害する、組織全体としても技術蓄積を大切なものとして考える意識を希薄化する点が問題とされています[文献1p.68-69]

3章:「ステージゲート・プロセスの作用と反作用」(金子浩明)

「研究から開発に至る活動をいくつかの『ステージ』に区切り、ステージの間に『ゲート』(関所)を設けて研究テーマをふるいにかけて、有望なテーマを絞り込んでいく」[文献1p.85]というステージゲート法の問題点が指摘されます。この方法には、時間を要する夢のあるテーマが排除される、その結果研究の視野が狭くなる、ゲートでの審査で真実が報告されなくなる、失敗からの学習の機会が減る、責任の所在があいまいになる、などの問題点があるとされています[文献1p.98-106]

II部:日本の強みを正当に評価する

4章:「三つのデザイン・ドリブン・イノベーション」(佐々木圭吾・近藤禎男)

デザインが社会を魅了してイノベーションが生まれるという常識に対して、デザインが駆動力となるイノベーションも存在するという指摘です[文献1p.3]

5章:「IT分野の日本発ラディカル・イノベーション」(石谷康人)

日本は革新的なラディカル・イノベーションに弱く、インクレメンタル・イノベーションの国である[文献1p.146]という常識に対し、日本におけるラディカル・イノベーションの事例を挙げて反論がなされています。

6章:「技術ベース経営による飛び石事業展開」(石原正彦)

日本企業は既存事業から距離のある事業展開が苦手である、という常識に対して、多角化、買収をうまく進めている日本企業の例が紹介され、技術的強みを正しく認識することの重要性が述べられます。

III部:生産関連の技術蓄積を活かす

7章:「バイオ医薬品産業の競争構造の転換」(片岡之郎)

日本は創薬力がなくバイオ医薬の競合で劣位に甘んじている[文献1p.238]という常識に対して、そういわれる原因を考察し、生産技術の活用で競争力が回復できる可能性について述べられます。

8章:「磨き抜かれた生産技術こそ、先端市場進出には必要」(渡邊惠子)

先端技術がイノベーションのカギである、という常識に対し、生産技術あってこそ先端技術が実用化可能である、という反論がなされています。コア技術とは、やっている技術分野のことではなく、何ができるか、という視点で考えるべきだ、生産技術とは単なるアイデアではなく蓄積が重要ということと理解しました。

9章:「間欠的に必要な技術の伝承」(石村英治・後藤泰彦)

間欠的にしか必要とされない業務を取り上げ、アウトソーシングにより効率化が行えるという常識に対して、その弊害を指摘し、技術蓄積を維持することの重要性が指摘されています。

 

以上のような内容ですが、13章が具体的なマネジメント手法の批判的評価、49章が日本企業の特質や技術経営に関する考え方に対して別の観点を提示するもの、という構成になっています。研究開発をどのように進めればよいか、という観点から特に13章の内容が興味深く感じられましたので、以下で少し考察してみます。

 

オープン・イノベーションについては、別稿でも考えてみましたが、この考え方を単に適用するだけで研究がうまく進められる、というものではない、という指摘については私も同感です。他社(部外者)とのうまい協働関係を構築してイノベーションを起こすことの効果と重要性については異論はありませんが、具体的にどう進めるかの工夫が必要ということでしょう。オープン・イノベーションというお題目だけで研究がうまく進められるわけでもないはずですので、それをひとつの手法、考え方として、あとはどう上手く実行するかが企業には求められているのだと思います。

 

プロジェクトマネジメントの技術経営への適用については、研究の内容によってはそれが適している場合もあると思います。しかし、明確な要求、達成可能な目標、計画が可能、業務の分担が可能、数値による管理ができる、などプロジェクトマネジメントに適した課題に取り組んでいることが前提となるでしょう。それ以外の場合や暗黙知を取り扱う場合には適用が困難であることを認識する必要があるのではないでしょうか。基本的には探索性の高い研究開発には向いていない方法のはずです。

 

ステージゲート法については、似たような管理手法はどの会社でも採用していると思うのですが、私自身、その有効性について確信が持てていませんでした。もちろん、メリットもあり、本書では、1)プロジェクトの中止がしやすい、2)研究者にとってやるべきことが明確になり収益意識が高まる、3)研究テーマとプロセスの見える化により研究部門と事業部門のつながりが強化される、4)製品化目前になってプロジェクトを中止するようなケースが減る、ということを挙げています[文献1p.94-95]。しかし「ステージゲートは、テーマを『育てる』という側面よりも、想定通りに育たなかったテーマを『切る』という側面に比重がおかれている」[文献1p.101]、というのは重要な指摘だと思われます。

 

私にとっては以上のような指摘は非常に理解しやすいものなのですが、現実にはこうした手法の持つ落とし穴にはまってしまう場合もあるように思います。ある手法の持つ得失を明らかにし、どういう場合に適しているのかを明確にすることは、一見もっともらしいこうした手法が見境なくはびこることを防ぐ上で非常に意義のあることでしょう。もちろん、実際の研究の場面においては、とりあえずその理論を信じて行動してみるということも必要ですので、欠点があるからといってその手法の適用をためらうことも生産的とは思われません。手法の適用限界は常に認識し、試行は試行として条件つきで採用し、悪影響の発生については注意深く検証することが本来必要なのではないでしょうか。そうした行動は困難を伴うでしょうが、本書のような批判的なアプローチから得られる指摘を認識しておくことで悪影響の発生が未然に予測できるので、手法の効果的な適用が可能になるのではないかと思います。

 

なお、この本にはどうしたらよいか、という提言も数多く含まれています。ひとつの仮説として受け止めればそれもまた参考になるかもしれません。

 

若干気になったのは、こうした手法はアメリカ発であることがそもそも問題である、と受け取れるような記載がある点でした。総論では「たしかに、どこの国の企業経営であれ、いいものからは学ぶべきである」[文献1p.9]と述べられていますので、単純に国の違いを好悪の判断根拠にしているとは思われませんが、環境の違いを考慮するのに「国」という単位を用いることはそれほど重要なことではないように思います。日本であれ、アメリカであれ、ほかのどの国であれ、ある手法がうまく適用できている場合とそうでない場合があり、どの国にも事業をうまく行なえている組織とそうでない組織がある、というのは当然のことではないでしょうか。環境や文化の違いは当然考慮すべきことであって、国の違いをこえてそこに存在する本質を理解しようとすることこそが真に重要なことなのではないかと思います。また、こうした「常識」を信じてしまう背景に途上国メンタリティがあるという意見もその通りなのかもしれませんが、単なるヒューリスティクスの結果ではないか、とも思いました。

 

以上、私が興味を持った部分の紹介が主になってしまいましたが、個人的には、取り上げられている「常識」についてのモヤモヤが少し晴れたかな、と思えた点、読んでみて有意義でした。

 

 

文献1:伊丹敬之、東京理科大学MOT研究会編著、「技術経営の常識のウソ」、日本経済新聞社出版社、2010.

http://www.amazon.co.jp/%E6%8A%80%E8%A1%93%E7%B5%8C%E5%96%B6%E3%81%AE%E5%B8%B8%E8%AD%98%E3%81%AE%E3%82%A6%E3%82%BD-%E4%BC%8A%E4%B8%B9-%E6%95%AC%E4%B9%8B/dp/453213398X


参考リンク<2011.8.14追加> 

理科大MOT、西野氏インタビューなど。 

 

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