研究開発マネジメントノート

研究開発とそのマネジメントについてのいろいろ

ネットワーク

ノート9改訂版:研究組織の構造

1、研究開発テーマ設定とテーマ設定における注意点→ノート1~6
2、研究の進め方についての検討課題
2.1
、研究を行なう人の問題
→ノート7~8
2.2
、研究組織の問題
研究開発を成功させ、イノベーションを実現するためには、研究組織とそのマネジメントはどうあるべきなのでしょうか。ノートにも引用しましたが、イノベーションにおいて、「組織の役割は創造性豊かな個人を助け、知識創造のためのより良い条件を作り出すことである」[文献1、p.87]と考えられていることからも、組織とその運営はイノベーションの成果に大きく関わってくると考えられます。そこで、ここではイノベーションに関わる研究組織や環境の問題について、まずは組織の構造について考えてみたいと思います(組織運営の問題は次回ノート10で考察します)。

①研究組織の構造
研究活動にとってどのような構造の組織が望ましいかについて、Tiddは「最適な組織の特性に単一の<ベストな>解などない」と述べ、「組織構造と、イノベーティブな行動ルーティンとの間に、基本的な調和が存在する」ことが重要と述べています[文献2、p.380]。実際のところ、ノート5に述べたように、研究部隊に求められる業務は様々であり、研究開発のフェーズによっても行うべきことは変わってきますので、理想的には、業務内容に応じた最適な組織構造をとるべきだと言えるでしょう。しかし、ほとんどの企業の組織は固定的で、業務に応じて臨機応変に組織構造を変更することは容易ではないと考えられます。そこで、最初に研究組織の構造とその特質の関係をまとめてみたいと思います。

研究組織は一般に、類似する技術分野の人が集められている組織(技術志向、機能組織)と、ある目的(製品、プロジェクト)のために人が集められている組織(事業志向、タスクフォース)に大別できます。それぞれ、技術志向組織ではその技術分野の専門的知識を体系的に理解、発展、蓄積させるのに適しており、事業志向組織では様々な技術を事業目的のために統合し、活用するのに適していると考えられます。しかし、現在の多くのイノベーションではその両方の機能が要求されますので、個々の技術者は技術志向組織に属したまま、達成すべき目的のために臨時的に作られるプロジェクトチームのような事業志向組織にも同時に加わり活動する、というマトリックス組織が多く採用されているようです。しかし、この組織形態では、技術者にとっては2人のボスが存在することになり、WeberFayolなどにより古くから重視されてきた管理の原則のひとつである、管理の統一性(各人は1人の管理者から命令を受け取るべき)が損なわれるという問題点を抱えることとなり、実際の運用は容易ではないと言われています。[文献3、p.205-220]

技術志向と事業志向の両方が求められる課題に対してどちらを重視した組織構造とすべきかについては、必要とされる技術の専門性の深さと、その専門性の習得、育成にどのぐらいの時間が必要かがひとつの判断基準になるように思われます。ある目的の実現に必要な技術を自社内で育成する必要があり、その育成に長時間が必要な場合には、技術志向の組織を保有することは不可欠でしょう。だたし、そのような必要性が高まるほど、セクショナリズムが生まれる危険性が高く、異分野協働による知識創造が行なわれにくくなる危険性もあるため、そのような環境で事業志向の組織をうまく運用するためには、過度な技術志向組織への依存をなくし、他部署との協働や事業志向組織を優先するインセンティブを工夫することが必要となるでしょう。

それぞれの組織の形態については、階層性の問題も考慮が必要です。官僚制に代表されるピラミッド型の組織と、階層の少ないフラットな組織がよく対比されますが、管理することが重要な業務には上司の管理範囲が狭いピラミッド型の組織の方が優れるのに対し、意思決定における機動性という点ではフラットな組織の方が優れていると考えられます。従って、比較的定常的な業務ではピラミッド型、臨機応変な対応が必要な非定常業務ではフラット型が向いていると考えられますが、フラットな組織では組織が大きくなるとマネジャーが管理すべき範囲が広がるため、マネジャーの権限を第一線に委譲して自律性に任せるような運用をしないとかえって効率が落ちたり判断を誤ったりする場合もあるでしょう。

また、階層性の問題に関連して、トップダウン型、ボトムアップ型という2種類の仕事の進め方の違いもよく議論されます。丹羽は「技術の研究開発には発明・発見という人間個人の創造的働きが重要となる。このような働きを行なうには自主性を重視するボトムアップ的組織が効果的」とする一方、「技術開発には戦略性が重要であり、これには広い立場からのトップダウン的なアプローチが重要となる」と述べ、両者のジレンマの克服の重要性が指摘されています[文献3、p.215]。これに対し野中は、トップダウン組織はピラミッドのような形であり、トップ・マネージャーだけが有能で知識を作ることを許され、組織の第一線での暗黙知の成長を無視していると述べ、ボトムアップ組織はフラットで、トップは命令や指示をほとんど出さず、企業家精神を持った第一線ロアー社員をサポートし、知識は一人ひとり自立的に働くのを好むロアー社員によって作られるが、自律性が重視される結果、暗黙知を組織全体に広めて共有することを難しくしている、と述べ、どちらの経営プロセスも知識変換がうまいとはいえないとして、「ミドル・アップダウン」マネジメントを提案しています[文献1、p.186-189]。これは、ミドル・マネジャーが中心に位置し、組織の上の方にいるマネジャーと下の方にいる第一線社員を巻き込みながら、組織的に知識を創造していく形態[文献1、p.25]で、これは、ミドル・マネジャーが、トップが創りたいと願っているものと現実世界にあるものとの矛盾を解決[文献1、p.193]できる立場にいることを活用したものと考えることができます。さらに野中は、組織的知識創造をひき起こすための組織として、ハイパーテキスト型組織を提案しています。これは、階層組織とフラットなタスクフォース組織をもち、この組織で作られた知識を知識ベースとしてビジョン、組織文化、技術の中に再構成する、というもの[文献1、p.286]ですが、実務的な立場から見ると組織形態や運用の具体的なイメージが描きにくいように思われます。

ここまで述べた組織の構造は、主に、ある組織内の個人がどうつながっているかに焦点が当てられていました。これに対し、近年、ネットワーク組織が注目されています。これは、ある程度独立して自律性を持った複数の組織が協力して業務を進める形態で、社外組織も含めた協力関係により効率を上げ、経営資源制約の解決に寄与するものと期待されており、上述の技術志向、事業志向のジレンマを改善する可能性も期待できると思われます。ただし、ネットワーク上での意思決定、対立解消、情報交流、知識蓄積、動機づけなどの調整に多大な努力が必要[文献2p.382]で、そうした調整をつうじて協力関係をいかにうまく築けるかが課題とされているようです。このようなネットワークの考え方は、組織間のつながりだけでなく、個人と個人の間のつながり方のパターンとしても考えることができますが、ネットワークの中を流れる情報の伝わり方がネットワークの構造の影響を受けることが指摘されている[文献6]点にも注意が必要でしょう。

このような組織と組織のつながりを考慮することは、社外の知識の有効利用を目指したオープンイノベーションや、企業内における新規事業分野と既存事業分野の共同作業[文献7]の重要性の指摘を背景に、近年注目されているように思われます。研究に関して言えば、研究組織を支えたり管理したりする組織の意義も指摘され、例えば、イノベーションの課題に応じて、諮問委員会、社内起業ファンド、インキュベーターなどの組織を設けて総合的にイノベーションを推進すべきであるとする考え方も提案されています[文献5、p.308]。イノベーション成功のためには、研究グループの組織構造だけでなく研究グループをとりまく組織も含めて考えなければいけない、ということのようです。

研究組織に関する別の視点としては、組織の大きさも重要と考えられます。Christensenは、破壊的イノベーションの進め方について「初期の破壊的技術によって生じるチャンスが動機づけになるほど小規模な組織に、プロジェクトを任せるべき」[文献4、p.192]と述べています。もちろん、あらゆるイノベーションにこの考え方があてはまるわけではありませんが、最初から資源を大量に投入して大きな組織を作ればよいというものではないことは認識しておくべきでしょう。一方、組織内の冗長性の確保や、技術継承の観点から、有効に機能する組織の大きさの下限があるようにも思われます。

以上、イノベーション組織の構造に関しては、あらゆる研究の機能に適したベストな形態が存在するとは考えないほうがよさそうです。研究の仕事の中には古典的なトップダウンの官僚的組織でうまく進められるものもあるでしょう。しかし、イノベーションを阻害する環境要因としてKanterが挙げている内容、すなわち、統制的な垂直的関係の蔓延、水平的コミュニケーションの欠乏、限られた手段と資源、トップダウンの命令、形式的で限定的な改革方法、劣等感を助長するような文化、焦点の定まらないイノベーション活動、望ましくない会計上の慣行 [文献2、p.397]を考慮すると、少なくともトップダウン、官僚的組織は研究の実行過程においては最適の組織とは言えないように思われます。ただし、これらの問題点は、組織の構造だけでなく、その運用にもかかわってくる問題であり、結局のところ、それぞれの組織構造がもつ得失を考慮し、活動の目的にあわせて運用しやすい組織にしていくことが必要、ということではないでしょうか。

考察:研究活動に適した組織
ここまでは、組織の構造の特性に焦点をあてて検討しました。以下では、視点を変えて、研究活動において必要な活動にはどのような組織が適しているのかを考えてみたいと思います。
・専門性の育成、技術の伝承:専門性を深めるという目的には、上述のとおり、同じ分野の技術者が集まる技術志向組織が適していると言ってよいでしょう。技術者の視野が狭くなるという問題があるとはいえ、育成、指導という活動に関しては、教える者、教わる者という一種の上下関係が必要と考えられます。もちろん、完全に形式知化された内容であれば、OffJTや自学自習も可能でしょうが、暗黙知や、職場特有のノウハウの学習を伴う経験学習、職場学習[文献8]では、ある程度閉鎖的で固定的な上下関係、同僚との関係が不可欠と思われます。ただし、専門性を深めることよりも、多くの経験をすることが重要な状況では、事業志向的な組織がふさわしいと考えられますので、結局は両者のバランスをとりつつ運用していくことが求められるということでしょう。
・新たなアイデアの発想:「イノベーションは他人からのインプットがなければめったに起こらない[文献6、p.211]」と言われます。野中氏の知識創造理論(SECIモデル)でも異なる知識が相互作用する場の重要性は指摘されています[例えば文献1、9]。こうした目的のための組織構造としては、ネットワーク組織や、組織の壁を越えた事業志向組織、フラットな組織が適しているように思われますが、どのような組織構造であれコミュニケーションを活発にすることがまず必要でしょう。アメリカの研究機関SRIでは「ウォータリング・ホール」という横断的かつ協力的なミーティングによる価値創出の方法が確立されているようですが[文献10]、発想を促進する分野横断的な仕組みは他にも様々に提案されています。
・イノベーションの事業化:今や、研究部隊が生み出す成果のみで事業化が可能なのは、製品の改良や持続的イノベーションの分野に限られるように思います。より大きなイノベーションを目指す場合には、多くの部署との協働が不可欠と言っていいでしょう。ただし、協働する場合に、作業を分割して分担する場合と、分割しにくい作業を共同で進める場合が考えられます。分割して分担できる場合には、それぞれが果たすべき役割を技術志向の組織がそれぞれ担当することが可能ですが、作業を分割しにくい場合には、組織間や担当者間での密なコミュニケーションが必要になると考えられますので、事業志向の組織で対応することがふさわしいでしょう。これからのイノベーションでは、あらかじめ計画を立てておくことが困難な創発的なプロジェクトが増えていくと予想されますので、どちらの構造の組織で対応するにしても、全体の状況をチェックし臨機応変の対応をとるマネジメントと、密なコミュニケーションが求められると思います。SRIでは、コラボレーションの3つの基本要素として、戦略ビジョンの共有、スキルの相互補完、報酬の共有をあげ、それらをまとめる役割を担うのは「敬意のこもった継続的なコミュニケーション」[文献10、第12章]であると認識されているそうですが、協働をうまく実現するためには、このような考え方をもち実践していくことが求められているのかもしれません。少なくとも課題を必要な作業に分解してそれを既存の組織に割り当てればよい、といった単純な考え方では、プロジェクト全体の運営は難しいのではないかと思われます。

これらをまとめると、研究組織の構造は、研究に関わる活動のしやすさに影響を与えるが、組織構造のみで、イノベーションが実現できるわけではない、ということになると思います。組織構造に加えて、それをどう運用するかも重要、ということでしょう。


文献1:Nonaka, I., Takeuchi, H., 1995、野中郁次郎、竹内弘高著、梅本勝博訳、「知識創造企業」、東洋経済新報社、1996.
文献2:Tidd, J., Bessant, J., Pavitt, K., 2001、ジョー・ティッド、ジョン・ベサント、キース・バビット著、後藤晃、鈴木潤監訳、「イノベーションの経営学」、NTT出版、2004.
文献3:丹羽清、「技術経営論」、東京大学出版会、2006.
文献4:Christensen, C.M, 1997、クレイトン・クリステンセン著、伊豆原弓訳、「イノベーションのジレンマ」、翔泳社、2000.
文献5:Anthony, S.D., Johnson, M.W., Sinfield, J.V., Altman, E.J., 2008、スコット・アンソニー、マーク・ジョンソン、ジョセフ・シンフィールド、エリザベス・アルトマン著、栗原潔訳、「イノベーションへの解実践編」、翔泳社、2008.
文献6:Nicholas A. Christakis, James H. Fowler, 2009, ニコラス・A・クリスタキス、ジェイムズ・H・ファウラー著、鬼澤忍訳、「つながり 社会的ネットワークの驚くべき力」、講談社、2010.
文献7:Vijay Govindarajan, Chris Trimble, 2010、ビジャイ・ゴビンダラジャン、クリス・トリンブル著、吉田利子訳、「イノベーションを実行する 挑戦的アイデアを実現するマネジメント」、NTT出版、2012.
文献8:中原淳、「経営学習論 人材育成を科学する」、東京大学出版会、2012.
文献9:野中郁次郎、遠山亮子、平田透、「流れを経営する――持続的イノベーション企業の動態理論」、東洋経済新報社、2010.
文献10:Carlosn, Curtis R., Wilmot, William W., 2006、カーティス・M・カールソン、ウィリアム・W・ウィルモット著、電通イノベーションプロジェクト訳、「イノベーション5つの原則 世界最高峰の研究機関SRIが生みだした実践理論」、ダイヤモンド社、2012.

参考リンク

ノート目次へのリンク



「世界の経営学者はいま何を考えているのか」(入山章栄著)より

何かを決めたい時、誰しもできるだけ確かな根拠に基づいて判断したいと思うでしょう。しかもなるべく最新の情報が欲しいと思うのではないでしょうか。しかし、最新の情報を集め、理解し、活用することは容易ではありません。特に、学問の世界では、分野が細分化され、深くなり、多くの情報が蓄積されるようになってきていることもあって、最新の考え方にたどりつき、その価値を見極めて、進歩についていくことは大変です。

経営学、マネジメントの分野でも、その事情は同じでしょうが、2012年末に発刊された入山章栄著「世界の経営学者はいま何を考えているのか」[文献1]では、研究マネジメントに関連する分野も含めて、最先端の経営学の話題がわかりやすく解説されていて、その内容も非常に示唆に富んでいると感じました。以下、本書の中で興味深く思われた点と、実務的な研究マネジメントに関して重要と感じた点を「感想」としてまとめてみたいと思います。

PART I、世界の経営学(第1章:経営学についての三つの勘違い、第2章:経営学は居酒屋トークと何が違うのか、第3章:なぜ経営学には教科書がないのか)
・世界の経営学は科学を目指している(ドラッカーの言葉は『名言であっても、科学ではない』)[p.15]。大学の経営学研究者は、「よい授業をしても出世などできない」、「昇格するために決定的に重要なのは、・・・『上位ランクの学術誌に何本論文を載せたか』がほぼすべて」、「経営学者たちにとって重要なことは、研究を通じて経営学の知のフロンティアを切り開き、発展させること」[p.22-23]。経営学の「科学性はまだかなり薄弱」[p.26]。「世界の学者が目指している経営学は発展途上の学問」[p.27]。
・「世界で進められている経営学の研究とは、・・・『経営の真理法則らしきもの』が本当にそうなのか、なぜそうなのか、それは他の多くの企業にも一般的にあてはまるのか、を科学的に解明することにある」[p.34]。「海外の、少なくとも欧米のトップクラスのビジネススクールにいる教授のあいだでは、『理論→統計分析』という演繹的なアプローチで研究を進めることが主流になっている。」[p.36
・経営学はミクロ分野(企業内部の組織設計や人間関係を分析する組織行動論)と、マクロ分野(経営戦略論、企業を一つの単位としてとらえ、その行動や、他企業との競争関係、協調関係、組織構造のあり方などを分析する)、に分けられる[p.44-45]。マクロ分野の経営学は主に3つの理論ディシプリンから構成されている。①経済学ディシプリン(ポーターなど、人は本質的に合理的な選択をするという仮定が置かれる)、②認知心理学ディシプリン(サイモン、マーチ、レビンサールなど、古典的な経済学が想定するほどには人や組織は情報を処理する能力がなく、それが組織の行動にも影響すると考える。イノベーション経営の分析に多大な貢献をしている。)、③社会学ディシプリン(人と人、あるいは組織と組織がどのように社会的に相互作用するか)[p.48-50]。「同じ『企業とは何か』というテーマでも、経済学的なディシプリンを好む学者は効率性を、社会学ディシプリンの学者は相互依存関係やパワーを、認知心理学ディシプリンの研究者は経営資源やアイデンティティを重視する傾向が強い[p.54]」。
・感想:科学を目指す経営学の方向は、技術者には理解しやすいアプローチです。ただし、科学においても研究のアプローチは一様ではありません。特に、その分野の理論や知見、手法がどの程度確立されているかによって、研究のアプローチや成果の解釈は大きく変わると思います。経営学が学際的で発展途上の分野であることを理解し、経営学者たちの考え方の背景を理解することは、経営学の知見を実践に活かす上で重要なことと思われます。

PART II、世界の経営学の知のフロンティア
第4章、ポーターの戦略だけでは、もう通用しない

・「ポーターの競争戦略論(SCPパラダイム)とはライバルとの競争を避けるための戦略、いわば守りの戦略」。「近年では競争優位は持続的でなくなってきている」。「ハイパー・コンペティション下では攻めの競争行動が有効になる可能性がある」。[p.81
・感想:実務的には、競争を避ける、つまり一種の独占を目指す戦略の効果が以前より小さくなっているのではないかという印象があります。競争優位を得られたとして、それを持続させる戦略も重要なのかもしれません。
第5章、組織の記憶力を高めるにはどうすればよいのか
・「組織が過去の経験から学習するものであるということは、経営学者のあいだでコンセンサスになっている[p.88]。」「トランザクティブ・メモリーとは、組織の記憶力に重要なことは、組織全体が何を覚えているかではなく、組織の各メンバーが他メンバーの『誰が何を知っているか』を知っておくことである[p.90]」。「組織全員が同じ知識を共有することは非効率であり、むしろ大事なことは『知のインデックスカード』を組織のメンバーが正確に把握すること[p.101]」
・感想:この話題は、組織内での知(暗黙知も含めた知)の交流伝承、協力、分業の仕組みづくりにも関わっていると思います。歪んだ成果主義は組織の記憶力に悪影響を及ぼしているのではないかと感じました。
第6章、「見せかけの経営効果」にだまされないためには
・経営効果に関する分析には、内生性(説明変数と誤差項に相関がある場合)やモデレーティング効果(ある変数から別の変数への効果の強さが、さらに別の変数に左右される場合)の考慮が不十分な場合があるので、結果の解釈には注意が必要。
・感想:上記の問題に加え、数値化された効果には、必ずモデル化の問題が入ってくると思います(基本的には同じことを言っているかもしれません)。しかし、ある程度コントロールされた実験が可能な科学の分野でも完璧な解析は困難なことがほとんどですので、分析結果の解釈には十分に注意した上で、その真偽、有効性は実践で証明してくしかないのかもしれないと感じました。
第7章、イノベーションに求められる「両利きの経営」とは
・「イノベーションの本質の一つは、知と知の組み合わせから新しい知を生み出すことである。そのために企業は知の幅をほどほどに広げる必要がある。」「企業組織は本質的に知の深化に傾斜しがちで、知の探索をなおざりにしやすい。事業が成功している企業ほどこの傾向が強く、これをコンピテンシー・トラップという」「イノベーションの停滞を避けるために、企業は組織として知の探索と深化のバランスを保ち、コンピテンシー・トラップを避ける戦略・体制・ルール作りを進めることが重要である。この点こそが『両利きの経営(Ambidexterity)の骨子。』[p.141]「オープン・イノベーションで『両利き』をどうとらえるかについての研究では、「企業間アライアンスにも『知の探索型』と『知の深化型』があり、企業はその両者をバランスよく配置する必要がある」というコンセンサスが得られている[p.142]」。
・感想:一時期流行した「コアへの集中」の誤った適用が問題を招くということでもあるように思います。実務的には、どこでバランスをとるか、どうとるかが重要なので、今後の研究の進展に期待したいと思います。
第8~9章、経営学の3つの「ソーシャル」とは何か
・ソーシャルを分析する枠組みはおおまかに3つ。①ソーシャル・キャピタル(社会関係資本、人と人とが関わり合うことで生まれる便益、強い結びつきからもたらされる)、②関係性のソーシャル・キャピタル(グラノベッターらによる弱い結びつきのネットワークが重要)、③構造的なソーシャル・キャピタル(ネットワーク構造に着目、ストラクチュアル・ホール(バートによる、ネットワークの構造的空隙)を持つ人が有利)。
・感想:おそらく、ネットワークの構造によって、どんな知の創造、交流、活用を行うのに効果的か、また、構成員の役割分担をどうしたらよいのかが変わってくるように思います。また、ネットワークの構造だけでなく、その中を何が流れているのかも重要だと思います。実務的には、組織の構造や運営方針を決める上で重要な考え方だと思いますので、今後の研究の進展に期待したいと思います。
第10章、日本人は本当に集団主義なのか、それはビジネスにはプラスなのか
・「海外進出を検討する際に、市場規模や成長性のような『チャンス』要因と比べると、国民性の違いのような『リスク』要因はないがしろにされがちである。」国民性を指数化する試みとしてホフステッド指数とGLOBE指数がある。日本人はやや集団的であり、「それゆえに海外企業との協力関係を築くのがうまくない可能性がある」[p.202]。
・感想:集団的かどうか、だからどうなのかという議論はネットワークの考え方で将来的には理解できるようになるような気がしました。
第11章、アントレプレナーシップ活動が国際化しつつあるのはなぜか
・「アントレプレナーシップ活動は本質的に一定の地域に集積する傾向がある[p.221]」(経営資源や知識を得やすいため、ベンチャーキャピタルによる投資の容易さのため)。ところが、最近は、「深い知識や情報が、国境を頻繁に往復する人々で形成されたコミュニティ(超国家コミュニティTransnational Community)を通じて、国境を越えて『飛ぶ』ようになっている[p.216]」。
・感想:この議論もネットワークの問題に集約されてしまうかもしれないと思いました。
第12章、不確実性の時代に事業計画はどう立てるべきか
・経営戦略論の研究者はおおまかに、コンテンツ派(企業はどのような戦略をとるべきかを考える)と、プランニング派(どういうやり方で戦略や事業計画を立てるべきかを考える)に分けることができる[p.226]。プランニングの考え方には、計画主義と学習主義がある[p.227-230]。リアル・オプションのエッセンスは「『段階的な投資』を考えるというシンプルなもの[p.233]」。それにより、リスクをおさえ、機会を取り逃がさないですみ、学習することができる、というメリットがある[p.234-236]。「リアル・オプションは『不確実性が高いことはむしろチャンスである』ということを明示的に説明した[p.236]」。「不確実性の高い事業環境では、事業計画とは単に計画を練るためのものではなく、事前に不確実性を洗い出し、仮定は仮定としてつねに認識し、それを恒常的にチェックするために行うものである[p.243]」。不確実性には内生的(自ら行動を起こせば低下させることができる)なものと、外生的(コントロールできない)なものがある。例えば、「不確実性を事前にきちんと洗い出し、分類し、そして段階投資にもとづいた複数の投資シナリオをきちんと分析して計画に取り込んでおく[p.248]」というやり方で、「リアル・オプションの事業計画は、プランニング派の計画主義と学習主義の架け橋となりうるのではないか[p.247]」。
・感想:特に研究開発の分野では、第一線の実務的には学習主義が使いやすいのですが、管理者や経営者には計画主義を好む人も多いため、それらの人々の支援を得るのに苦労することがあります。リアル・オプションの基本的な考え方は、研究の実務では実際によく用いられており、その有効性を主張する意見も多いと思いますが、その考え方は計画主義の人々の協力を得ようとする場合の武器になりうるように思いました。
第13章、なぜ経営者は買収額を払い過ぎてしまうのか
・「①経営者の思い上がり、②自社をどうしても成長させたいというあせり、③国家を代表しているというプライドが、経営者に高い買収プレミアムを支払わせている[p.263]」
・感想:研究開発への投資額や期待値を考える場合にも、まさに上記のバイアスがかかっていると思います。それがプラスの方向に作用する場合もないとは言えないと思いますが、注意すべきポイントだと思います。
第14章、事業会社のベンチャー投資に求められることは何か
・コーポレートベンチャリングとは、「大企業の内部において、あたかもスタートアップ企業のように自立性をもった新しい事業部門を立ち上げること」。コーポレート・ベンチャーキャピタル(CVC)投資は、「一般の事業会社が、あたかもベンチャーキャピタル企業のように若いスタートアップ企業(ベンチャー企業)に投資をすること」[p.266-267]。CVCのメリットは、技術やビジネスモデル、事業の将来性に関する深い情報を得られること、スタートアップ側にとっては、事業会社の経営資源を活用できること、つまり知の探索の手段となり、リアル・オプションになること[p.274-276]。そのため、「オープン・イノベーション戦略の一手段となりうる。[p.282]」。ただし、スタートアップにとっては技術が事業会社に奪われる、事業会社の都合に振り回されるというリスクもある[p.278-279]」。「CVC投資はリスクも大きい。成功のために、事業会社は長期的に業界内での信用を築き上げることが重要[p.282]」
・感想:オープン・イノベーションが話題になることが多いですが、「信用」まで考えた進め方がどこまで理解されているのでしょうか。ひょっとするとそれがオープン・イノベーション成功の秘訣なのかもしれません。
第15章、リソース・ベースト・ビューは経営理論といえるのか
・リソース・ベースト・ビューを取り上げて、経営学の理論と実証研究のあり方について議論が交わされている。
・感想:実務上は、ある考え方に「理論」と名がついていようといまいと関係ありません(有名な先生の名前やもっともらしい理論の名前が議論に効果的なこともありますが)。科学分野では、実験結果によってある理論が否定されることも、適用範囲が限定されることもよくあることなので、「理論」という言葉自体にそれほど意味を期待する必要はないように思います。ただ、ある考え方が、「理論」の名のもとに覚えやすく使いやすくまとめられていることは非常にありがたいことですし、理論をめぐる議論を通じて経営学が深まるならば好ましいことであると思います。

PART III、経営学に未来はあるか(第16章:経営学は本当に役に立つのか、第17章:それでも経営学は進化しつづける)
・経営学の課題:「①経営学者の理論への偏重が、理論の乱立化を引き起こしている。②おもしろい理論への偏重が、重要な経営の事実・法則を分析することを妨げている。③平均にもとづく統計手法では、独創的な経営手法で成功している企業を分析できない可能性が残る。」[p.325-326
・経営学を科学的でありながら役に立つものにするための新しい試みとして、エビデンス・ベースト・マネジメント(定形化された事実法則を企業経営の実践にそのまま応用しようとする)、メタ・アナリシス(これまでに蓄積されてきた研究結果そのものをデータとして統計解析を行う)、定性的な手法(ケース・スタディー)に再注目する、ベイズ統計を使う、複雑系の考え方を導入する、などのアプローチがある[第17章]。
・感想:経営学に限らず、多くの学問分野において、その分野なりの課題はあると思います。多くの場合、課題が広く認識され、その解決のために努力がなされることで、その分野が発展していくのではないでしょうか。しかし、発展はある目標に向かって最短距離で進むとは限らず、例えば学会で評価され出世しようとすることが研究者のバイアスになることはどの分野でもありますし、また、ある手法や課題がある時期学会で人気となり(ということは注目されやすく出世の機会も増える)、そこばかりが注目され、真に必要な研究が疎かになる、という問題もどこにでもあると思います。実務家にとっては、ある理論(考え方)なり発見なりが自分の課題解決に使えるかどうか、あるいは、課題解決のヒントが得られるかどうかが重要ですので、ぜひ、様々なアイデアを提供していただくことを学者の皆さんには期待したいと思います。理論が統計的に実証されることも重要でしょうが、実務の世界で有効性が実証されることも意義のあることだと思います。実務家が経営学に貢献できるとしたらそういう点なのかもしれません。
―――

以上、本書の内容のまとめとそれぞれの話題についての感想を述べさせていただきましたが、本書に解説された最先端の経営学上の考え方は非常に興味深く、役立つものが多かったと思います。確かに、こうした情報に対するフォローが日本ではなかなかできていないことは著者の指摘の通りだと思いますし、我々もそうした努力を怠るべきではないのでしょう。ただ、科学の分野では、ある分野の最先端の研究の全体観を著者の見解も入れて解説した「研究総説」というものが発表されることが多く、教科書の内容を超える最先端の知見を学ぶ上で非常に参考になっています。経営学の単発の論文を読むことももちろん必要でしょうが、科学分野と同様、個々の論文は玉石混交でしょうから専門家以外の人がそれをフォローすることは効率的ではないようにも思います。本書のような情報は実務家にとっても非常に有用と感じましたので、このような情報が得やすくなることを期待したいと思います。

文献1:入山章栄、「世界の経営学者はいま何を考えているのか 知られざるビジネスの知のフロンティア」、英治出版、2012.

参考リンク<2014.1.26追加>


ネットワークの力(クリスタキス、ファウラー著「つながり」より)

科学技術の専門分野が深く、狭くなっていることはよく指摘されます。一方、求められる製品やサービスには、従来の延長線上にない特徴やカスタマイズが求められることが多いように思います。このような状況においてイノベーションを効果的に進めるためには、個人としての能力発揮だけでなく、多様な個人の協力や組織としての能力発揮が求められるのではないでしょうか。そこで、今回はChristakisFowler著、「つながり」[文献1]に基づいて、個人のつながりによって発生する社会的構造、ネットワークとその性質、重要性について考えてみたいと思います。

言うまでもなく、人は、ひとりでは生きていけません。従って人と人との関係が結ばれネットワークが発生します。しかし、それがどういうものかについては十分に理解されているとは言い難いのではないでしょうか。もちろんネットワークの科学は確立された理論ではありませんが、著者は序文「私たちはみんなつながっている」において、次のように述べています。「社会的ネットワークの形成と働きをともに律するいくつかの原理がある」、「ネットワークがどう機能するかを研究しようとすれば、それがどう組み立てられているかも理解する必要がある・・・たとえば、無条件にどんな人とも友人になることはできない。地理、社会経済的な地位、テクノロジー、さらには遺伝子によってさえ、人は一定の種類の社会関係を一定の数だけ持つよう制約されている。人びとを理解するためのカギは、彼らの間の絆を理解することである。」[p.5]。そうであれば、現状どこまでわかっているのか知っておくことも有意義でしょう。以下、その内容をまとめてみます。

第1章、真っ只中で

・「社会的ネットワークには2つの基本的性格がある」。「一つ目はつながり(Connection)である。・・・人びとをつなぐ絆には特定のパターン、つまりトポロジーが存在する」。「二つ目には、伝染(Contagion)が挙げられる。・・・(これは)絆を経て流れていくもの」[p.28-29]。

・「人間は絶え間なく、社会的ネットワークを念入りにつくったりつくり直したりしている[p.29]」。例えば、ホモフィリー(自分と似ている人びとと仲間になろうとする傾向)が認められる。また、「私たちは、ネットワーク上でどんな位置を占めるかによって影響を受ける[p.33]」。私たちの友人、友人の友人、友人の友人の友人が私たちに影響を及ぼす(三次の影響)[p.36-38,p.42-26]。「社会的ネットワークには、その内部の人びとにはコントロールも認識もされない特性や機能が備わっている」。「社会的ネットワークには創発性がある・・・創発性とは、部分が相互に作用し合いつながり合うことによって、全体が獲得する新しい特質のこと[p.41]」。

・「個人の行動や成果に社会的ネットワークが甚大な影響を及ぼす以上、人びとは自分自身の選択を完全にはコントロールしていないことになる[p.49]」。

第2章、あなたが笑えば世界も笑う

感情が伝染することがとりあげられています。

・「人びとは、数秒から数週間の時間枠で、他人が示す感情の状態に『感化』される[p.52]」。

・「人間の感情の発達、感情の表出、他人の感情を読み取る能力は、集団活動の円滑化に一役買ったが、それには3つの方法があった。つまり、個人間の絆を築きやすくすること、行動を一致させること、情報を伝えること[p.53-54]」。

・「長期的な幸福の50%は遺伝的な設定値に、10%は環境(たとえば、どこに住んでいるか、どれくらい金持ちか、どれくらい健康か)に、40%はどの人がどう考え、何をしようとするかに依存しているという[p.77]」。「友人の幸福は人に影響を及ぼすが、その影響は1年程度しか持たない[p.77]。

第3章、ともにいる者を愛す

パートナーの選択などを例に絆の形成、機能などが述べられます。

・「社会的ネットワークは2つの面から人間関係に重大な影響を及ぼす。第一に、社会的ネットワークのなかに占める私たちの位置の構造的特徴によって、私たちが他人の目に魅力的と映るかどうかが左右される。・・・第二に、社会的ネットワークは一定の認識を広め、魅力に対する姿勢を変化させることがある。[p.102

・「社会的ネットワークの主な機能は、ネットワーク内を流れているものを利用可能にしてくれること[p.119]」。

第4章、あなたも痛いが私も痛い

・「人から人に伝染するのは病原菌だけではない。行動も伝染する[p.136]」

・例えば肥満も伝染するが、「人から人へと広がるのは、社会科学者が規範と呼ぶもの、つまり、何が適切であるかに関して共有される期待値[p.144]」。

・「影響力を持つ人が力を発揮できるかどうかは、ひとえに、自分が属しているネットワークの正確な構造にかかっている[p.166]」。例えば、「健康体重を維持するよう働きかけるには、ネットワークの中心にいる人たちを標的にするのが有効な戦略と確認されている。この人たちが太り過ぎているかどうかは関係ない[p.167]。」

第5章、お金の行方

経済活動へのネットワークの影響が述べられます。

・「金融恐慌は感情や情報が人から人へと伝わった結果起こるのかもしれない」。「私たちはみな自分の頭で考えることができるのに、心が群衆から離れられず、ときにとんでもない事態に巻き込まれてしまう。社会的ネットワークのせいで事態がさらに悪化する恐れがあるのは、最初にパニックに陥った人が、ほかの多くの人に影響を及ぼす可能性があるから[p.176]」。

・「群衆の知恵が信頼できるかどうかは、人々が独立して同時に行動するのか、それとも相互に依存して連続的に行動するのかによって決まる[p.198]」。

・「ロジャーズの理論によると、テクノロジーが広がるスピードは最初のうちは遅いが、やがて速くなり、すべての人に行き渡る頃にはまた遅くなるという。だが、社会的ネットワークの構造を考慮に入れた最近の研究では、そう単純ではないことがわかっている[p.201]」。

・「イノベーションを普及させようとする際の基本的な考え方は、情報や影響力は密接で深いつながりを通じて広がる、というものだ。・・・しかし、この考え方は人間の社会的ネットワークの重要な特徴を見逃している」。強い絆に基づく構造は、「集団外の人と接触するには都合が悪い」[p.203

・「強い絆が集団内の人びとを結びつけるとすれば、弱い絆は集団同士を結びつけてより大きな共同体をつくりだす[p.203]」。「弱い絆は新しい情報の宝庫である。・・・弱い絆をたくさん持っている人は、情報やコネを与える代わりに、アドバイスやチャンスをもらえる場合が多いことになる[204-205]。」「強い絆と弱い絆を合わせ持つことが重要なのであり、最適なバランスを見つけるのがカギ[p.209]」

・スモールワールドネットワークの重要な特徴は、「平均的な経路が短いこと・・・と推移性(transitivity)が高いことだ(ある人の友人の大半はたがいに友人である)[p.210]」。「スモールワールドの特性を最大限に示したネットワークが、最高の成功を収めていた[p.210-211]。」

・「科学的発見に関する以前の見方では、すぐれた業績の説明として個人の天賦の才が協調されたものだった。だが、20世紀のあいだに発見やイノベーションは個人ではなくグループによる協力の賜物という側面が大きくなってきた。言うまでもなく、イノベーションは他人からのインプットがなければめったに起こらない[p.211]」。

・ユヌスによる「グラミン銀行はグループ内に強い絆を育て、メンバー間の信頼を確固たるものとする。それから、グループをほかのグループのメンバーともっと弱い絆で結びつける。これによって、問題が起きたときに創造的な解決策を見いだす能力を最大限に引き出す[p.218]」

第6章、政治的につながって

・人が投票する理由は、「人はつながっており、つながっているからこそ投票するのが合理的」だから。[p.245

・「オンラインの社会的ネットワークも似た者同士の集まりであり、・・・政治に関する情報は、異なる意見を交換するためではなく、既存の意見を強化するために使われている[p.261]」

第7章、人間が持って生まれたもの

・「人間は集団のなかで生きるのみならず、ネットワークの中で生きている」、「つながりを築きたいという願望には遺伝子がかかわる部分もある」[p.271]。

・ハウアートによれば、「フリーライダーの監視と処罰が可能で集団への帰属傾向が多様な世界では、協力関係が頻繁に築かれる」[p.277]。

・著者らが提案する「ホモ・ディクティアス(ラテン語で『人間』を意味するhomoと、ギリシャ語で『網』を意味するdictyからの造語)、すなわち『ネットワーク人』は人間の本質に関する一つの見方であり、利他精神と処罰感情、欲求と反感がどこから生まれるかを解き明かそうとするものだ。こうした視点をとれば、人間の動機を純粋な利己主義から切り離すことができる。私たちは他人とつながっているがゆえに、また他人を思いやるよう進化してきたがゆえに、行動を選択するにあたって他人の幸せを考慮するのだ[p.278-279]。

・「宗教の重要な機能は、社会的つながりを安定させること[p.307]」

第8章、おびただしいつながり

・「オンラインでの生活が現実の人間同士の交流を模倣し、拡張する[p.322]」。

・「インターネットによって、新たな社会形態が可能となる。それは次の4つの点で、既存の社会的ネットワークにおける人間の交流を根本から変えるものだ」。1大きさ、2連帯性(情報共有、協力)、3特殊性(絆の独自性)、4仮想性。[p.340

・「ネットワークは、人類全体を個々人の総和をはるかに超えたものとするのに役立つ。よって、新たなつながり方を発明すれば、自然の定めを実現する私たちの力が増すのは間違いない。[p.354

第9章、全体は偉大なり

・「人間がつくりだすネットワークは、それ自体、生命を持っている。成長し、変化し、再生し、生き延び、そして死ぬ。さまざまなものがそのなかを流れ、移動している。社会的ネットワークは、いわば人間のつくる超個体(superorganism)であり、独自の解剖学的形態と生理――構造と機能――を持っている。[p.357]」

・「社会の不平等に立ち向かうには、肌の色や懐具合よりもつながりが重要であると認識しなければならない。」「貧困を減らすには・・・困窮者が社会のほかの構成員と新たな関係を築くのを助けるべきなのだ。」[p.372

・「個人主義と全体主義は人間のあり方に光を当てたが、本質的なことを見過ごしている。・・・社会的ネットワークの科学は人間社会を理解するまったく新しい方法を提示する。なぜ新しいかといえば、この方法が個人と集団を対象とし、いかにして前者が後者になるかを解明しようとするからだ。人と人のつながりから生じる現象は、個人のなかには存在しないし、一人ひとりの欲求と行動に還元できないものだ。[p.374]」

――

研究開発やノベーションにおける協力の問題については今まで何回かとりあげてきましたが、人と人との関係を考える際には、本書に述べられたようなネットワークの視点は重要であると思います。例えば、研究組織のあるべき姿やあるべきマネジメントを考えるならば、組織を構成する研究者の間を情報や感情、行動がどう伝わっていくかを知っておく必要があるでしょう。つながりの構造という点では、組織内および外部とどのようにつながっているべきか、リーダーはどの位置を占め、個々の研究者とどうつながるべきか、などは考えておかなければならないと思います。さらに、そのつながりにどのような情報を流すのかも考えなければなりません。このようなつながりをマネジメントする立場からは、例えば不適切な成果主義やセクショナリズムに重要なつながりの一部を断ち切る作用があるかもしれないことは考慮しておくべきでしょう。また、上下のつながりを重視したピラミッド型組織や、単なる分野横断的プロジェクトチームで、目指すイノベーションが達成できるのかも考え直してみる必要がありそうです。

加えて、ネットワーク構造への考慮は、研究開発成果を社会、市場に適用、普及させる場合にも重要になると考えられます。顧客のネットワークのどの部分にアプローチすべきか、普及を早めるにはどのポイントにどのような情報をどうやって伝えればよいのか、など、ネットワーク科学の知見を生かせる場面があるのではないでしょうか。もちろん、ネットワークの特性については研究途上であり、直ちに成果を実践に適用できるものではないかもしれませんが、市場から得られる組織の動きや情報の流れを、ネットワークという視点で捉えてみる必要があるのではないかと思います。今後、どのような研究成果が得られるのか、期待して注目していきたいと思います。

 

文献1Nicholas A. Christakis, James H. Fowler, 2009, ニコラス・A・クリスタキス、ジェイムズ・H・ファウラー著、鬼澤忍訳、「つながり 社会的ネットワークの驚くべき力」、講談社、2010.

原著表題 Connected: The Surprising Power of Our Social Networks and How They Shape Our Lives -- How Your Friends' Friends' Friends Affect Everything You Feel, Think, and Do”

原著webページ:http://connectedthebook.com/

 

複雑系の可能性(ニール・ジョンソン著「複雑で単純な世界」より)

世の中で起こる複雑な現象をうまく取り扱うためには、まずは現象の複雑性を受け入れ、複雑性を前提とした判断を行なうことが重要だと思われます(拙稿「複雑系経営(?)の効果」)。しかし、複雑な現象の原因やその挙動が十分に理解できれば、複雑性を積極的に利用することも可能かもしれません。本稿では、ニール・ジョンソン著「複雑で単純な世界」[文献1]に基づいて、複雑系の特徴、本質、予測と制御などの問題について考えてみたいと思います。

本書は複雑性に関する一般向けの解説書ですが、著者は複雑系に関する現役の研究者であり、書かれている内容には現在進行形の研究成果も含まれています。そのため、結論がはっきりしないように感じられるところもありますが、反面、今後の発展への期待が強調されているところが特徴ともいえるでしょう。まずは、本書の要点を簡単にまとめてみたいと思います。

複雑性とは何か、複雑性の条件

著者によれば、「残念ながら複雑性は簡単に定義できるようなものではない」、「科学者たちのあいだですら、複雑性をどう定義するかに特段の決まりがあるわけではない」とのことです[文献1、p.18]。その代わり、複雑性の研究者たちの多くが認める以下の8つの条件を挙げ、複雑系と見なせるためにはこのすべて、ないしは大半を満たしていなければならないと述べています[文献1、p.33]。

1、その系に、相互作用をしている多数の要素が含まれている。

2、系の構成要素が記憶、すなわち「フィードバック」の影響を受けている。

3、系を構成する要素が過去の結果にもとづいて戦略を変更できる。

4、一般には、その系が周囲の影響を受ける「開いた」系である。

5、「生きている」ように見える系である(著しい進化、複雑な進化をすることも多い)。

6、創発現象が見られる。その創発現象は概して予想外のもので、極端なものになる場合がある。

7、創発現象が、全体を制御する中心的な存在なして生じる。系それ自体で複雑な進化をする。

8、秩序ある挙動と無秩序は挙動の複雑な組み合わせを示す。

つまり、複雑系とはわけのわからない系ではないということでしょう。偶然が支配するランダムな系とも異なり、予想外ではあるが何らかの秩序が制御なしに創発されることがある系(上記5~7)であって、そうした現象を生む前提にはある特徴(上記1~4)がある、というわけです。しかし、結果の予測は困難である場合が多く、少なくとも、ものごとを細かく分解して理解するような還元主義的アプローチが役に立たない、という面もあります。著者も、「複雑系科学の焦点は、何かをばらばらにしてその構成要素を明らかにすることではなく、比較的単純な要素の集団からどのような新奇な現象が生じるかにあてられている」「要素の集団の挙動を理解するのには、構成要素についての完璧な知識は必要ない」[文献1、p.39]と述べており、従来の科学や、合理的な考え方とのアプローチの違いは重要なポイントであると思います。

複雑な現象から生まれる秩序と、そのような秩序を生む条件の例

本書では、複雑でありながら秩序が生まれる以下の例が解説されています。

・秩序ポケット[文献1、第2章]:複雑系がなんの制約も受けずに、秩序ある状態(秩序ポケット)と無秩序な状態の間を行き来できる(例えば、交通渋滞、株の暴落など)。これにはフィードバックが影響する。また、外的条件のせいで構成要素の配置に偏りが生じる(フラストレーション)こともある。

・カオスとフラクタル[文献1、第3章]:一定の規則のもとに整理、理解できる複雑な現象が存在する(カオスやフラクタル)。(注:というのは、私なりの著者の意図の理解です。複雑性を予測、制御する可能性という視点から、カオスやフラクタルを定性的に解説している、という印象を受けました。)

・群衆の行動を予測する[文献1、第4章]:意思決定を行なう要素からなる集団が何らかの限られた資源をめぐって競争を繰り広げるとき、人間の集団はランダムな行動から離れて両極端の判断をする2つの集団に分かれる。また、多数の構成要素間の競争がある場合には、複雑系の挙動が予測可能になる場合(予測可能ポケット)があり、調整タイミングさえ考慮すれば、構成要素の一部を調整するだけで全体の制御が可能になるという。

・ネットワーク[文献1、第5章]:構成要素間の局所的な相互作用を考慮することで、ネットワークの影響を考慮できる。ネットワークは他の場所からもたらされる情報によるフィードバックのひとつともなり、系全体の挙動に影響する。

複雑性が関係する様々な問題についての予測の例

本書の第6章以降で挙げられている複雑系の例のうち、以下のものが興味深いと思いました。

・異なる株式市場でも値動きのランダムさの度合いは同程度。

・市場の暴落の際には無秩序状態から秩序が出現する傾向が見られる

・交通渋滞緩和のための道路ネットワークの考え方(組織内情報ネットワークにも応用できる)

・理想のパートナー選び、どんな要因が影響するか

・戦争やテロの類似性(犠牲者数と戦争頻度に相関がある)

・感染症の伝搬ネットワーク

以上、著者が主張したいことは、複雑系だからといって予測はお手上げというわけではなく、複雑系の特徴として無秩序状態から現れてくる秩序にはパターンがあり、少なくともその一部は予測、制御可能な場合があるということだと思われます。もちろん、複雑系を形成するための要因や、秩序ポケットの発生メカニズム、秩序のパターン、予測および制御の方法などは現在も研究中のようですので、ただちに実用の役に立つようなものではないかもしれません。しかし、まずは、自らの扱っている系が、複雑系の特徴を満たしているなら(最初に挙げた8つの条件の1~4、さらに、限られた資源をめぐる競争がある場合)、予測や制御の方法を考えてみる価値がある、ということではないでしょうか。

複雑性というと、とかくよくわからないものと考えてしまいがちで、マネジメントの場合には「不確実性」と関連づけられることが多いように思います。しかし、そういう理解は不正確なのかもしれません。複雑性においては「相互作用している多数の要素」と「フィードバック」が重要な役割を担うとされていますが、マネジメントにおける不確実性の根源はこうした要因とは関係の薄いものも存在します(例えば、単純な科学的知識の不足など)。本書の議論でも、不確実なできごとをすべて複雑系の考え方で予測できる、とは言っていないわけで、複雑系への理解が深まるに従い、不確実と複雑の区別をきちんとすることが求められるようになるような気がします。

一方、研究開発を行なう観点からは、次の点を検討する価値があると感じました。

・複雑性を示す要因を解析し、無秩序状態をうまく扱えるようにするか、あるいは秩序ポケットをうまく予測し制御できるようにする。特に複雑な系の理解のためには、系をうまくモデル化し、定量的に表現することが重要なように思われます。ただし、実際の系の中には、複雑性を持たない因子もあるかもしれませんので、その評価をきちんと行なうことによって、複雑系の特徴をより明確にできる可能性もあるでしょう。また、複雑系として理解できる現象であっても、その裏付けとして何らかの理論化が可能かどうかも考えてみる価値があると思います。

・複雑系からの脱却、複雑性の軽減を図る可能性を検討する。例えば、複雑性に影響を与える因子として、限られた資源をめぐる競争がよく登場しますが、この競争状態は研究開発によって取り除くことが可能かもしれません。技術やビジネスモデルによって競争を回避することができれば、複雑性の低減によって成功の確率を高めることができるように思います。

著者は「複雑性科学はあらゆる科学の根底をなす科学」[文献1、p.314]と言っています。確かに、多くの現象に複雑性が関係してくる可能性はあるでしょう。また、いろいろな分野の現象が、複雑性の観点からは似たような現象として関連づけられることも指摘されているようです(例えば、ネットワークにおける渋滞、菌類のネットワーク、癌への血管新生など)。科学技術の分野でも従来の要素還元的アプローチの限界が指摘され、ビジネスの世界でも複雑性の高い人間の行動が重視され、不確実な現象の効率的な取り扱いが要求される状況では、複雑系の本質と可能性を正しく理解し、マネジメントに反映させていく努力が必要なのではないかと思います。


文献1:Neil Johnson, 2007、ニール・ジョンソン著、阪本芳久訳、「複雑で単純な世界 不確実なできごとを複雑系で予測する」、インターシフト、2011.

原著表題は「Simply Complexity, A Clear Guide to Complexity Theory」です。

参考リンク<2012.9.2追加> 


 

 

記事検索
最新記事
プロフィール

元研究者

QRコード
QRコード
  • ライブドアブログ