研究開発マネジメントノート

研究開発とそのマネジメントについてのいろいろ

ビジョン

「世界で最もイノベーティブな組織の作り方」(山口周著)より

イノベーションを実現するには、天才的な個人と、集団の協力のどちらがより重要なのか。そのどちらであっても、個人の能力をひきだし、その努力をまとめあげる組織の能力が優れていなければ大きなイノベーションの達成は難しいでしょう。では、どのような組織が望ましいのでしょうか。

この問いに対する答えはそう簡単に求まるものではないと思いますが、山口周著、「世界で最もイノベーティブな組織の作り方」[文献1]では、「『イノベーションを継続的に起こすことに成功している企業/組織』に共通して見られる特徴」と「それらの特徴がどのようにしてイノベーションの実現に寄与しているのか、それらの特徴をどのようにして獲得できるのか」[p.34]が述べられています。「本書は、その論考の基礎を、ヘイグループがフォーチュン社と共同で行っている『世界で最も称賛される企業=World’s Most Admired Companies』・・・に関する調査において、『最もイノベーティブな企業』として最上位にランキングされた企業への組織開発プロジェクトによって得られた定性的観察に置いています[p.34]」とのことで、それに加えて、著者のコンサルタントとしての経験や考察が織り込まれているのが特徴でしょう。特定の経営理論や特定の分野での研究事例から導かれる方法論とは異なり、実務家にとっても参考になる論考が多いと感じましたので、今回はその内容から興味深く感じた点をまとめてみたいと思います。

第1章、日本人はイノベーティブか?
・「日本企業でイノベーションの促進を阻害するボトルネックファクターは何なのか?それは『組織』です。歴史的に見て多くの領域において個人として発揮されている創造性が、最近の企業組織においてまったく発揮されていないという事実――。それは、組織が個人の創造性をうまく引き出せていないということを示唆しています。・・・事例を並べて考えてみるとわかるのは、日本人は『個人』になれば世界トップレベルの創造性を発揮するものの、『組織』になるとからっきしダメになるということなのです。[p.30-31]」
・「多くの企業が掲げる『どのようにして創造性を高めるか?』や『クリエイティブ思考をどう鍛えるか?』という論点は、そもそも問題設定のピントがずれているということになります。・・・様々な事例は、われわれ日本人が真に向き合うべきなのは『人材の創造性を阻害している組織要因は何なのか』『どのようにすれば個人の創造性を組織の創造性につなげられるのか?』という問題であることを示しているように思います。[p.32-33]」
・「エイブラハム・マズローは、その著書の中で、創造性は誰にでも備わっているものであり、問われるべきは『人間は、どのようにして創造的になれるのか?』ではなく『人間の創造性の発露を損なっているのは何か?』であると指摘しています。[p.33]」

第2章、イノベーションは「新参者」から生まれる
・「『最もイノベーティブな企業』に共通して見られる特徴のひとつに『多様性の重視』が挙げられます。・・・カギは『多様性がもたらす創造性への影響』にあります。[p.36]」
・「『これまでに誰も考えたことがない新しい要素の組み合わせがイノベーションの源泉だ』ということです。そして、この『新しい要素の組み合わせ』を実現するために、多様性が非常に重要な要件になってくる、ということです。[p.47]」
・「多様性が創造性に昇華されるには、組織内に『思考の多様性』や『感性の多様性』が生まれ、それが結果的に『意見の多様性』につながり、組織内に建設的な認知的不協和が発生する必要があります。つまり最終的に重要なのは『意見の多様性』であって『属性の多様性』ではない、ということです。・・・重要なのは、人と異なる考え方/感じ方をどれだけ組織成員ができるか、そして考えたこと/感じたことをどれだけオープンに話せるかという問題です。これは属性の問題というよりも『多様な意見を認める』という組織風土の問題であり、さらには『多様な意見を促す』という組織運営に関するリーダーシップの問題だと捉える必要があります。[p.51-53]」
・「イノベーションの芽となるアイデアを生み出す人と、そのアイデアに資源を注ぎ込んで育てるという意思決定権限を持つ権力者との間には、組織内で大きな距離が存在している・・・。イノベーティブとされる企業であればあるほど、上下間での情報流通が活発に行なわれているという結果が出ています。[p.54]」
・「『目上の人に対して反論したり意見具申したりする』行動に対する心理的抵抗の度合いをオランダの心理学者ヘールト・ホフステードは権力格差指標=PDI(Power Distance Index)と定義しました。・・・権力格差の大きい国では、人々の間に不平等があることはむしろ望ましいと考えられていて、権力弱者が支配者に依存する傾向が強まり、中央集権化が進みます。・・・端的にホフステードは『権力格差指標の小さいアメリカで開発された目標管理制度のような仕組みは、部下と上司が対等な立場で交渉の場を持てることを前提にして開発された技法であり、そのような場を上司も部下も居心地の悪いものと感じてしまう権力格差指標の大きな文化圏ではほとんど機能しないだろう』と指摘しています」。先進7カ国のなかでは権力格差指標の「日本のスコアは相対的に上位に位置しています。」[p.69-72
・「日本など権力格差指標の高い文化圏では、権力と対峙する形でのリーダーシップが生まれにくい」ことが示唆される。「われわれ日本人は、『権威』と『リーダーシップ』を一体のものとして認識してしまうという奇妙な性癖を持っています。しかし、リーダーシップは本来、権威によって生まれるものではありません。それは責任意識によって生まれるものです。[p.79-80]」
・「科学史家トーマス・クーンが指摘しているように、イノベーションは『年齢が非常に若い』か『その分野に入って日が浅いか』のどちらかの人材によって牽引されることがわかっています。・・・しかし、権力格差の大きい日本において『若造』と『新参者』は、最も声を圧殺されがちな人々と言えます。・・・つまり『日本人は、目上の人に対して意見したり反論したりするのに抵抗を感じやすい』という事実と、『多くのイノベーションは組織内の若手や新参者によって主導されてきた』という事実は、日本人が組織的なイノベーションにはそもそも向いていないということを示唆しています。・・・ここに、個人としては最高度に発揮される日本人の創造性が、組織になると必ずしも発揮されなくなってしまう大きな要因のひとつがあるのです。[p.82]」
・「1950年代という時期は、権威に対して媚びへつらう傾向が強い日本人の特性が例外的に希薄になった時期だったと言えるかもしれません。・・・『上が薄い人口構成』と『既存権威の失墜という社会状勢』が、高度経済成長期におけるイノベーションの加速要因になったということは十分に考えられることです。[p.84]」
・「重要になるのは、『指示・表明のリーダーシップ』ではなく、『聞き耳のリーダーシップ』ということになります。・・・リーダーは自分のアイデアをとりあえず伏せつつ、積極的に部下に対して本音の意見を表明させることが必要になります。これが聞き耳のリーダーシップです。[p.99]」「ヘイグループは、・・・『聞き耳のリーダーシップ』を発揮している程度は、組織成員のモチベーションやコミットメントと強い相関があることを把握しています。[p.97]」
・「教育心理学の世界では、・・・報酬、特に『予告された報酬』は、人間の創造的な問題解決能力を著しく毀損することがわかっています。・・・デシの研究からは、報酬を約束された被験者のパフォーマンスは低下し、予想しうる精神面での損失を最小限に抑えようとしたり、あるいは出来高払いの発想で行動するようになることがわかっています。[p.102-103]」「では一方の『ムチ』はどうなのでしょうか?結論からいえば、こちらも心理学の知見からはどうも分が悪いようです。・・・何かにチャレンジするというのは不確実な行為ですから、これとバランスを取るためには『確実な何か』が必要になる。ここで問題になってくるのが『セキュアスペース』という概念です。[p.108]」「つまり、人が創造性を発揮してリスクを冒すためには、『アメ』も『ムチ』も有効ではなく、そのような挑戦が許される風土が必要だということ。さらにそのような風土の中で、人があえてリスクを冒すのは『アメ』が欲しいからではなく、『ムチ』が怖いからでもなく、ただ単に『自分がそうしたいから』ということです。[p.109]」
・マクレランドの3つの社会性動機:1、達成動機(設定した水準や目標を達成したい)、2、親和動機(他者と親密で友好な関係を築き、これを維持したい)、3、パワー動機(自分の行為や存在によって組織や社会に影響を与えたい)[p.123
・「ヘイグループの研究からは、大型のイノベーションに向けて組織を動かす人材は、達成動機よりもむしろ高いパワー動機を持っている傾向が明らかになっています。しかし、こういった人たちは必ずしも『課題優先型のエリート』ではありません。むしろ、言われたことをやるよりも自分の興味や関心にドライブされて仕事をやっているため、上司や経営幹部からは『扱いづらい』という評価を受けていることも多い。・・・動機のプロファイルによって、活躍できる仕事の種類(課題優先型か好奇心駆動型かなど)は変わる・・・。社内で高い評価を継続的に受けてきた・・・『課題優先型のエリート』は、過去の歴史を見る限り、イノベーションの実現という文脈においては『好奇心駆動型のアントレプレナー』に敗れ去るケースが多い。であれば、われわれはイノベーションの実現を、それを自らやりたがる人に任せるべきだ、ということになります。・・・イノベーションの実現という文脈において『適材適所』は重要な論点として浮上してくる、ということです。[p.128]」

第3章、イノベーションの「目利き」
・「イノベーションがもたらす可能性の評価は非常に難しい。であればこそ、多様な視点で多数の人たちが評価することが必要で、そのためには『組織のネットワーク密度』が重要な論点になってくる・・・しかし、ことイノベーションに関連して組織ネットワークを考察する際、ネットワークが外部に対してどれだけ開いているかも重要な論点となってきます。なぜなら、過去の多くの事例において、イノベーションの核となるアイデアは組織の外部からもたらされているからです。[p.141]」
・「最適な構造のあり方は情報処理コストと通信コストのどちらが相対的に高いかによって決定されます。通信コストがプロセッシングのコストより相対的に高い場合、イノベーションのアイデアを生み育てるプロセッシングは一カ所で行ない、ネットワークを流通する情報の量をなるべく少なくして、そこで浮いたお金をプロセッシング(アイデアを出せる才能)に回すほうが全体の生産性は高まるでしょう。一方、プロセッシングのコストが通信コストよりも相対的に高い場合、つまりアイデアを生み出せる才能が希少で、通信コストが劇的に下がった現在の社会のような状況では、プロセッシングは分散処理で行い、分散処理された情報を世界中から集めるというシステムのほうが合理的です。・・・せっかく密度の高いネットワークを組織内に作ったとしても、そこを流通する情報の量が少なくては宝の持ち腐れになってしまいます。組織内における情報流通の質と量を高めようと考えた場合、組織内の『密度』と同時に、組織の外に向かった『広さ』にも目を配ることが必要です。[p.145-146]」
・「本当の意味で『頑張る』『創意工夫をこらす』ということは目の前の業務に粉骨砕身することではなく、むしろ戦略的に『遊び』を取り込むことでイノベーションの芽を育てることにあるはずです。[p.159]」
・「イノベーションという文脈でプロセスを議題に出すと、P&Gで実行されている、いわゆるステージゲート法(段階的に消費者テストにかけて、ある程度の成功確率が担保された段階で開発・販売にゴーサインを出すやり方)のような厳格な管理型プロセスを思い起こす方も多いでしょう。たしかに、こういった仕組みを導入することで商品開発には一定の規律が導入されることになり、結果的に野放図でギャンブル性の高い新商品開発・発売を抑止することが可能になります。しかし一方で、こういった管理型プロセスの導入によって可能になるのはせいぜい漸進型イノベーションであって、世の中の風景を一変させるラジカルなイノベーションを生み出すことは難しいと考えておいたほうがいいでしょう。・・・消費者は、往々にして大きな便益をもたらすイノベーションのアイデアを提示されても、その価値をすぐに理解することができないのです。[p.167-168]」
・「組織内で論理や客観的事実に基づいた合理的なコンセンサスが形成されるのを待っていたら、イノベーションがもたらす果実は『鳥に啄まれた残りかす』にしかならないということです。[p.176]」
・「組織が行う意思決定のクオリティは、必ずしもリーダーやその構成員の思考力やリテラシーに左右されない。むしろ、その組織がどういうメンバーで構成され、どういう前提でもって議論を行い、どのようなプロセスで議論を進めるか――要するに『決め方』によって左右される[p.202]」。
・「杓子定規にルールをあてはめてアルゴリズミックに撤退/継続の意思決定をしていたのではイノベーションの芽を摘んでしまう可能性がある一方で、撤退基準を明確化しなければ組織も構成員も結果的には傷つくことになるリスクが高まる。・・・リーダーは『ルールでは判断できない、論理だけでは整理できない例外事項について意思決定する』ために存在しているのです。[p.214-215]」
・「そもそも専門家の判断能力は過大評価されており、高度に複雑な問題に対する解は、しばしば情報劣位にある『不特定多数』のそれに劣る・・・。環境変化によって知的資産が急速に陳腐化しつつある中、上級管理職や経営管理者に組織の重要な意思決定を今後も任せるというのは、筆者にはどうにも非合理に思えてなりません。[p.233]」

第4章、イノベーションを起こせるリーダー、起こせないリーダー
・「多くのリーダーシップに関する論考が不毛な『青年の主張』になりがちなのは、それらの主張が、文脈=コンテキストからリーダーシップを分離し、どのような文脈でも通用する『普遍的な原理』としてそれを捉えているからです。リーダーシップというのは文脈=コンテキストに照らし合わせてみないと有効性の議論ができない大変相対的な概念で、・・・別の言い方をすれば、リーダーシップとは、『リーダーとフォロワーの関係性』あるいは『リーダーをとりまく周囲の環境との関係性』の中で成立する概念であって、『リーダーの属性』として独立する概念ではないということです。[p.236-237]」
・「コンテキストによって求められるリーダーシップのあり様は異なる、ということは、リーダーシップには複数の側面があり、それらの組み合わせをいわばポートフォリオのようにコンテキストによって使い分けられるのが最も有能なリーダーだということになります。・・・ヘイグループは『有能なリーダー=結果を残す人々』に共通して見られる行動特性を整理し、6つのリーダーシップスタイルが存在することを明らかにしています。[p.239
・6つのリーダーシップスタイル:指示命令(言ったとおりにやれ=即座の服従)、ビジョン(「なぜ」をわからせる=長期視点の提供)、関係重視(まず人、次に仕事=調和の形成)、民主(メンバーの参画=情報の吸い上げ)、率先垂範(先頭に立つ=模範の提示)、育成(長期的な育成=能力の拡大)[p.240
・「ヘイグループの調査によると、『フォーチュン500』の中でも『最もイノベーティブ』であると考えられる企業において発揮されているリーダーシップスタイルは、『ビジョン型』が63%と最も高く、『率先垂範型』が42%と最も低くなっています。[p.242]」
・「ビジョンに求められる最も重要なポイント――それは『共感できる』ということです。・・・歴史上、多くの人を巻きこんで牽引することに成功した営みには、ビジョンに関する3つの構成要素が存在しています。それはすなわち『Where』『Why』『How』という3つの要素です。『Where』とはつまり、『ここではないどこか』を明示的に見せるということ・・・。次の要件が、共感できる『Why』です。・・・『ここではないどこか』に移動するには、その移動を合理化し納得できる理由が必要です。・・・3つ目の要件が、『どのようにしてそれを実現するのか』を示す基本方針=『How』です。[p.248-261]」

第5章、イノベーティブな組織の作り方
・人材採用/育成/配置:多様性を重視した採用、若手に対しては自分の意見をもつこと、シニアに対しては人に意見を求めること、バックグラウンドの多様性を高める配置換え、コンピテンシーの違いに応じた業務配分[p.268-278
・評価/報酬システム:目標管理は弊害大、フレキシブルな評価、仕事そのものを報酬にする[p.279-282
・意思決定プロセス:撤退についての定量的基準を設けた上で、直観に基づいて判断、過度なコンセンサス重視からの脱却、集合知の活用、余計なアドバイスの排除[p.282-287
・価値観:多様性を尊重する風土[p.288-289
・リーダーシップ:聞き耳のリーダーシップ、サーバント・リーダーシップ、ビジョンの提示[p.289-292
―――

イノベーションと組織の問題に関しては、1995年刊行の野中郁次郎氏らの著書「知識創造企業」で述べられた「組織的知識創造」の概念が有名です。同書では、組織的知識創造に優れた日本企業によるイノベーション事例が多く取り上げられていますが、その後、日本企業のイノベーション能力が低下しているとすればそれはなぜなのでしょうか。山口氏が本書で指摘している「組織」およびイノベーションを取り巻く状況がこの20年で変わってしまったことがその原因なのかもしれません。

イノベーションにとって組織とそのマネジメントが重要であることは、私も全くその通りだと思います(だからこそ、このブログを続けているわけですが)。しかし、イノベーションを生むための方法論は確立されているとは言えません。イノベーションを生むには具体的にどうすればよいのか、組織のあり方に着目した著者の考え方は我々実務家にとっても大変に参考になるものだと思います。もちろん、細かな点では異論のある指摘もありますが(例えば、専門家が役にたたないという指摘は、単に専門家の「使い方」を間違えているだけのように思います・・・特にこの点は一技術者としてちょっと強調しておきたいと思いました)、そもそもイノベーションというものは千差万別ですので、その方法論もある程度異なっていて当然でしょう。読み手は、著者の指摘の根幹部分を重く受け止めた上で、各論部分は考える材料として受け止め、それぞれの状況に応じてそれぞれが活用していけばよいのだと思います。本書の指摘をはじめ、イノベーションの方法論については、実務に使えそうな考え方が多く発表されるようになってきました。そうなると、真に問われるのは、「どういうイノベーションをやりたいのか」という覚悟なのではないか、という気がしますが、いかがでしょうか。


文献1:山口周、「世界で最もイノベーティブな組織の作り方」、光文社、2013.

参考リンク



ノート10改訂版:研究組織の望ましい特性と運営

1、研究開発テーマ設定とテーマ設定における注意点→ノート1~6
2、研究の進め方についての検討課題
2.1
、研究を行なう人の問題
→ノート7~8
2.2
、研究組織の問題
①研究組織の構造→ノート9

②研究組織の望ましい特性と運営
ノート
では、研究組織の構造について、人や組織同士がどうつながっているかの観点から主に考えてみましたが、研究活動にとって望ましい組織形態というものを特定することはなかなか難しいようです。その理由はおそらく研究活動の特性によるものなのでしょう。もし研究組織の構成員が、業務を分担する部品のような存在であれば、その活動を管理できるような構造を考えればよいのでしょうが、事前に業務の内容や分担がはっきりとは決められず、臨機応変の対応や当初の計画にない創発的な対応が求められる研究活動は、計画的な分業や管理に向いているとは言えないように思います。すなわち、組織構造の形態的な面を検討するだけでは不十分で、組織にどのような人を集め、その組織をどのように運営して望ましい特性を発揮するようにするかも考慮しなければならないと言えるでしょう。

では、研究組織にはどのような機能・特性が求められるのでしょうか。ノート5で検討した研究部門に求められる活動のなかでも、最も重要なものは創造性の発揮、すなわち、答えが未知の課題に取り組み、課題解決の方法を創造することでしょう。加えて、単に成果を得るだけでなく、その成果が上位の組織(会社や社会)の方向性に合っていることや、研究成果の実現のために他の組織と協働することも求められるはずです。以下、このような要求に応えられる組織のあり方を考えてみたいと思います。

創造性を発揮できる組織
例えば野中郁次郎氏は「場」というコンセプトを提示しています。その考え方は次のようなものです。
対話と実践という人間の相互作用により、知識を継続的に創造していくためには、そうした相互作用が起こるための心理的・物理的・仮想的空間が必要であり、そうした空間を「場」と呼ぶ。そこでは、参加者の間で自他の感性、感覚、感情が共有される相互主観が生成し、個人は自己の思惑や利害などの自己中心的な考えから開放され、全人的に互いに向き合い受け容れあう。場は動的文脈であり、常に動いている。「よい場」の条件は、1)独自の意図、目的、方向性、使命などを持った自己組織化(=自律性が必要)された場所でなければならない、2)参加するメンバーの間に目的や文脈、感情や価値観を共有しているという感覚が生成されている必要がある、3)異質な知を持つ参加者が必要、4)浸透性のある境界が必要。文脈共有には一定の境界設定が必要だが、必要に応じて境界を開いて新しい文脈を取り入れ、あるいは必要に応じて境界を閉じて中の文脈を守る、というのが「浸透性のある境界」の考え方、5)参加者のコミットメントが必要。場において生成する「コト」に「自分のこととして」かかわることによって知識は形成される。こうしたコミットメントを得るためには、信頼、愛、安心感、共有された見方や積極的な共感などが必要。知識創造には内因的モチベーションが必要(外因的要因には暗黙知の表出化を推奨する効果は期待できない)。内因的モチベーションが有効に機能するには、仕事において創造性を要求されること、内容が広範囲で複雑で幅広い知識が必要とされること、暗黙知の移転と創造が不可欠であることのいずれかが含まれなければならない[文献1、p.59-79]。
もちろん、創造的な組織の特徴はこれに限られるものではなく、例えば、Tiddらは、イノベーティブな組織に関する先行研究に基づき、組織構造以外に、ビジョンの共有、リーダーシップ、イノベーションへの意欲、鍵となる個人、効果的なチームワーク、個人の能力向上の継続と拡充、豊富なコミュニケーション、イノベーションへの幅広い参画、顧客指向、創造性ある社風、学習する組織、といった要素が重要と認識されていると述べています[文献2、p.371]。いずれにしても、組織構造のみならず、こうした特性を考慮することも重要、ということでしょう。ここでは、野中氏の挙げた要素をもう少し深く考えてみることにします。

自律性
野中氏は「組織のメンバーには、事情が許すかぎり、個人のレベルで自由な行動を認めるようにすべきである。」と言い、そうすることによって、組織は思いがけない機会を取り込むチャンスを増やし、個人が新しい知識を創造するために自分を動機づけることが容易になる、と述べています[文献3、p.112]。このような自律性の重要性についての主張は、研究開発の成功例において、その組織が自律(自立)的であった例が多いと感じられることからも信頼に足るものと思われますが、トップダウンの組織では部下の自律性を許容することと、部下にトップダウンの命令を実行させることは相容れない可能性があるでしょう。このような状態で自律的であるためには、トップと部下の間での信頼を築くことが必須のように思います。例えば、ホンダでは、「自立(自律)、平等、信頼」が「人間尊重の哲学」として重視されている[文献4]そうです。また、KimMauborgneは「公正なプロセス」の重要性を指摘しています。公正なプロセスの要素は、関与、説明、明快な期待内容、という3つの要素で構成され、このプロセスをとることによって、自分の意見が重んじられているという信頼と関与が生まれ、自発的な協力が発生することによって、期待を超える水準の献身が期待できるということですが[文献5、p.226]、これは同時に自律性の高い組織の特徴とも言えるのではないでしょうか。このような考え方を明示することによって、自律と放縦の区別が可能になり、周囲からの信頼を得やすくなるのではないかと思われます。

目的・感情・価値観の共有
組織にとって、基本理念、ビジョンを持つことの有効性は、CollinsPorrasの指摘する通りと考えられますが[文献6]、特に研究活動においては守るべき基本理念、ビジョンを持つことによって、目的・感情・価値観の共有が実現され、これによって、メンバー相互の意思疎通が効果的になり、また、細かな管理をしなくても行動の方向性が統一されやすくなることが創造性の発揮によい影響を及ぼすと考えられます。不確実、予想外のことを取り扱う研究活動においては定型的な対応が困難な場合が多いので、守るべき基本理念がないと一貫した組織的な対応がとりにくくなったり、モチベーションが低下したりする場合もあるのではないでしょうか。さらに、Collinsは組織飛躍のためには、単純明快な概念(針鼠の概念)すなわち、世界一になれる部分、情熱をもって取り組めるもの、経済的原動力になるものの重なる部分を理解し、この概念を確立することが必要と述べていますが[文献7、p.130]、この考え方は研究開発活動の具体的な進め方を考える上で重要な示唆を与えるものと思われます。

多様性
野中氏らは、組織的知識創造を促進する要件として、組織の意図、自律性、ゆらぎと創造的なカオス、冗長性(当面必要としない仕事上の情報を重複共有すること)、最小有効多様性(複雑多様な環境に対応するためには、組織は同程度の多様性を内部に持っている必要があることを指す)を挙げています[文献3、p.118-123] [文献8、p.77]。また最近では、多様性によって問題解決や予測がうまく行えるようになりうることが、複雑系の研究者によって指摘されています[文献9]。ただし、「多様性を追求する際には、多様性と能力のバランスを取ることを忘れてはいけない。・・・能力は多様性と同じく重要だ[文献9、p.444]」、という指摘はよくわきまえておく必要があるでしょう。多くの研究組織は類似する技術分野の人から構成され、先輩から後輩への技術伝承が専門性の育成に重要とされることも多いため、発想の画一化による創造性の低下が懸念されるとはいっても、例えば、多様性を確保する目的で人事ローテーションを行なって個人に様々な経験をさせることは専門性育成の阻害につながる可能性もあります。専門性の充実と多様性の確保のバランスをとるためには、おそらく個人に様々な経験を積ませることよりも、様々な人材をひとつの組織に集めることで組織としての多様性を確保する方が効果的と思われます(もちろん、度が過ぎなければ個人にとって専門性の異なる経験は非常に重要ですが)。

浸透性のある境界、参加者のコミットメント
これらは、組織が閉鎖的になりすぎてはいけないこと、メンバーが目標達成に積極的に関わる組織にすべきであることを示唆していると思いますが、いずれもコミュニケーションに深く関係していると思います。組織に多様なメンバーを集めることができたとして、多様性を有効に活用するためには、コミュニケーションを活性化する必要がありますし、コミュニケーション不足でメンバーに適切な情報が与えられなければ業務への積極的な関与も期待できないでしょう。コミュニケーションのための仕組み(例えば頻繁なミーティングなど)と、異なる意見を受け入れる組織風土がなければ多様性の維持活用は不可能と思われます。組織内でのコミュニケーションに加え、組織外部とのコミュニケーションも重要です。ただし、基礎研究的な性格を持つプロジェクトについては外部とのコミュニケーションと研究成果の間に正の相関があるが、開発研究や技術サービスを行なう組織では負の関係があることを示す研究もあるようです[文献8、p.70]。野中氏も指摘するように、実際には必要に応じて境界を開けたり閉めたりするコントロールが必要とされるのでしょう。また、外部との結び付きの強さに関しては、Rogersはグラノベッターにより提唱された「弱い絆」の重要性を指摘しています[文献10、p.303]。これは重要な新しい情報は親密な関係の人よりも、それほど親しくない関係の人からもたらされるというもので、親しくない人との接触機会は少なくても、得られる情報は親密な人からの情報に比べて新しいことが多いことに基づいていると理解できます。誰とコミュニケーションすべきかについての重要な示唆を与えてくれる考え方だと思います。

組織の方向性・協働
組織の活動やアウトプットを、より上位の組織(会社全体)の方向性に合わせること、他の組織と協働することのためには、他の組織との間での目的・感情・価値観の共有、異なる意見を受け入れる組織風土、信頼関係、コミュニケーションなどが重要になるでしょう。イノベーションを担当するチームと社内既存組織とが協働してイノベーションをうまく進めるために、どのようなチームを作り、どのようにマネジメントを行うべきかについてはGovindarajanらによる提案[文献11]がありますが、基本的な考え方は上記のものと同様であるように思われます。

考察:なぜこういう考え方が必要とされるのか
以上、組織の特性と運営について、特に重要と思われる指摘をまとめてみました。研究グループのリーダーにとっては組織の形態は与えられているもので変更はできないことがほとんどでしょうから、その環境において最大の成果を挙げるために、組織の特性を理解し効果的に運営を行なう努力は重要であると考えられます。しかし、現実には、このような考え方は企業内部では一般的ではないかもしれません。研究開発や知識創造に関わりの少ない部署では、別のマネジメント思想があり得ますし、コミュニケーションや社内連携をしなくても仕事ができる部署はそうした必要性を認識していないかもしれません。また、多様性や冗長性は、ムダを排する効率優先の思想とは相容れない可能性もあります。

しかし、以下のような社会の変化を考慮すると、イノベーションの達成のためには、本稿に述べたような組織の運営を行なうことで、メンバーおよび組織の能力の発揮を狙うことは必要なことなのではないでしょうか。
・個々の技術が専門化して、個人の理解には限界があること
・技術が複雑化し、様々な要因がからみあって、未来の予測が困難になっていること
・技術の交流が活発化し、一旦確立した競争優位の維持が難しくなっていること
・技術的優位だけでは成功を得にくくなり、ビジネスモデルのイノベーションが求められること

要するに、これからの時代、イノベーションは天才的な一個人の活躍や、個人および研究部隊の努力だけでは実現しにくくなり、組織内外での協力、協働が不可欠になってきているのではないかと思います。しかし、個人や組織の高度な専門性がなければ、協力だけでは大きなイノベーションは期待できないでしょう。高度な専門性を確保しつつ、ここに述べたような点に注意して好ましい組織運営を行うことは、組織の構造によらず、イノベーション実現のために必要なことなのではないでしょうか。


文献1:野中郁次郎、遠山亮子、平田透、「流れを経営する――持続的イノベーション企業の動態理論」、東洋経済新報社、2010.
文献2:Tidd, J., Bessant, J., Pavitt, K., 2001、ジョー・ティッド、ジョン・ベサント、キース・バビット著、後藤晃、鈴木潤監訳、「イノベーションの経営学」、NTT出版、2004.
文献3:Nonaka, I., Takeuchi, H., 1995、野中郁次郎、竹内弘高著、梅本勝博訳、「知識創造企業」、東洋経済新報社、1996.
文献4:小林三郎、「ホンダイノベーション魂 第16回 自律、信頼、平等」、日経ものづくり、2011年7月号、p.103
文献5:Kim, W.C., Mauborgne, R., 2005W・チャン・キム、レネ・モボルニュ著有賀裕子訳、「ブルー・オーシャン戦略」、ランダムハウス講談社、2005.
文献6:Collins, J.C., Porras, J.I., 1994、ジェームズ・C・コリンズ、ジェリー・I・ポラス著、山岡洋一訳、「ビジョナリーカンパニー」、日経BP出版センター、1995.
文献7:Collins, J., 2001、ジェームズ・C・コリンズ著、山岡洋一訳、「ビジョナリーカンパニー②飛躍の法則」、日経BP社、2001.
文献8:三崎秀央、「研究開発従事者のマネジメント」、中央経済社、2004.
文献9:Scott E. Page, 2007、スコット・ペイジ著、水谷淳訳、「『多様な意見』はなぜ正しいのか 衆愚が集合知に変わるとき」、日経BP社、2009
文献10:Rogers, E.M., 2003、エベレット・ロジャーズ著、三藤利雄訳、「イノベーションの普及」、翔泳社、2007.
文献11:Vijay Govindarajan, Chris Trimble, 2010、ビジャイ・ゴビンダラジャン、クリス・トリンブル著、吉田利子訳、「イノベーションを実行する 挑戦的アイデアを実現するマネジメント」、NTT出版、2012.


参考リンク

ノート目次へのリンク



ファシリテーションの意義

イノベーションが個人の力だけでは達成しにくくなってきたのではないか、これからは多分野の協力や組織としての能力の発揮がますます求められるようになるのではないか、ということは今まで何度か述べてきました。しかし、組織としての力をひきだす具体的な方法についてはあまり取り上げていなかったように思います。今回は、森時彦著、「ファシリテーター養成講座」[文献1]に基づいて、ファシリテーションによる組織の能力発揮の具体的方法とその意義について考えてみたいと思います。

著者はファシリテーションを、「集団の知的相互作用を促進する働き[p.7]」と定義し、「本質は参加者を活性化し、人と人との相互作用を促すもの[p.210]」としています。ファシリテーションについては、会議をうまく進める方法ととらえられることもあるようですが、著者は「単なる会議術ではなく、組織の生産性を高めるインフラである[p.27]」と述べています。まさに研究開発を組織的に進め、多くの人の協力によってイノベーションをつくりあげていくために必要なスキルと言えるのではないでしょうか。以下、本書の流れに沿って、ファシリテーションの原理や特徴とツールについて、重要と思われる点をまとめてみます。

はじめに

・ファシリテーションの3つのパターン:1)全体像を考えさせる(人は、全体像を前にすると自分のやっていることを客観視できるようになる)、2)分解して考えさせる(要素に分解して分析的に考えられるようにする)、3)異なる視点を組み合わせて考えさせる(複数の要素が絡み合って判断を難しくしているときには、それらを整理してから組み立て直してみせる)[p.ix-x

・ファシリテーションにはIQ的側面(集団で思考するためにフレームワークを利用するなど)と、EQ(こころの知能指数)的側面がある。[p.x-xi

講座1、ファシリテーションとは何か?:解けない問題を「解けるカタチ」に変換する

・「いい議論をするためには、実はコンテンツ(中身)だけでなく、正しいプロセスで議論する必要がある。そのプロセスを管理するのがファシリテーターの役割」[p.16]。「ファシリテーターは、プロセスに集中することが大切だ。・・・コンテンツに関する思考をできるだけ抑制し、チームがどう思考しているかを詳細に観察し、どうすればより効果的にチームの力を引き出すことができるかを考えつづけなければならない。[p.17]」

・「私たちは自分で考えたことはやり遂げようとする。押しつけではなく、「これでできる」と自ら気づくこと。行動を変えていくためには、内発的な動機づけをいかに創り出すかが重要である[p.18-19]」。「課題を解決していくのは当事者たちである。・・・ファシリテーターは、当事者たちが本気になってやれるように、道筋を整える役割である[p.21]。

・ファシリテーションが注目される理由:1)従業員の意識の変化(「『やりたいことをやらせてくれる職場』を求める従業員に対して、納得感の少ない従来の指示命令型ではうまく機能しない[p.22]」、2)問題の複雑化(「異種専門家チームが協働するプロジェクト・・・では、職位や専門知識に頼った従来型のマネジメントは通用しない[p.23]」

・ファシリテーションのスキル:1)プロセスをデザインする、2)場をコントロールする、3)触発する、噛み合わせる、4)合意形成、行動の変化

・紹介されているツール:プロセスマッピング(業務プロセスを可視化しボトルネックを見いだす)、ファシリテーションの利用としてのワークアウト、チェンジアクセラレーションプログラム

講座2、プロセスをデザインする:集団思考の落とし穴に陥らないために

・会議をダメにする7大悪癖:1)目的がはっきりしない、2)アクションを決めない、3)コントロールできない、他部署のせいにする、4)過去の話の蒸し返し、5)部分最適の主張を繰り返す、6)堂々巡り、7)問題のすり替え[p.40-41

・プロセスデザインのポイント:1)目的は明確か?、スポンサーは合意しているか?、2)その日の会議のゴールは明確か?、3)メンバーが気兼ねなく発散できる場になっているか?、4)収束の方法にメンバーの納得性があるか?、5)シミュレーションし、メンバーの反応を予測したか?、6)メンバーのいろいろな反応に備えているか?、7)「集団思考の落とし穴」に陥らない工夫をしているか?[p.42-50

・発散させるだけでなく収束するためのプロセスデザインが必要。

・代表的な集団思考の落とし穴:1)社会的手抜き(自分はやらなくても支障ない)、2)感情的対立、3)声高少数者の影響、4)集団圧力・同調行動、5)集団愚考(極端な意見の競争や、万人受けする意見が採用されたりする)[p.50-52

講座3、共感を得る、場をコントロールする:ファシリテーションのEQ的側面

・「人が納得するには、情報(言葉)だけではなく、そのコンテクスト(背景)が必要だ。そしてその割合は文化によって異なる(エドワード・T・ホールによる)[p.82]」。「日本人は・・・より多くのコンテクスト(背景)を必要とする[p.83]。

・場をコントロールする方法:1)メンバーとの信頼関係を構築する(ファシリテーターの傾聴力、理解力、議論を整理する論理力、人間性(普段の言動)、実績による)、2)メンバーの活性度、率直度、集中度を高いレベルで保つ(会議のグランドルールを決める、締め切り効果、アイスブレークを利用する、活性度、率直度、集中度の自己評価により気分を変える、などの方法がある)、3)「集団思考の落とし穴」に的確に対処する[p.89

・紹介されているツール:リーダーズ・インテグレーション(リーダーとメンバーの信頼関係を築く手法、ジョセフ・ラフトとハリー・インガムによるジョハリの窓(対人関係における気づきの図解モデル-自分自身について私にわかっていることいないこと、他人にわかっていることいないことの2軸で考える)を活用)[p.62-78

講座4、クリスタルシンキング:ファシリテーションのIQ的側面

・クリスタルシンキングとは:「複雑に錯綜する問題を明解にとらえ、切り分けて定義できること。そのうえで、解決のためのロジカルパスを明示的に説明できる力[p.104]」であり、ファシリテーターに要求される能力。

・紹介されているツール:ゴールツリー(目的と手段を明確にしていくときに便利、目的→手段→アクションの順に整理する、自分の役割と組織の目標を一体として理解するのに役立つ)[p.110-118]、二分割法(例えば競合品との強みの比較、「いいところ」と「悪いところ」を分けて感情を整理する、「過去」と「未来」に分けて未来の議論に注力する、制御可能vs制御不能、など、リフレーミング(見方を変える)を促す作用もあり、視点を分け分析的に考えることで戦術面での行動の変化をもたらす)[p.120-129]、オポチュニティマッピング(市場機会マッピング、全体像を考えさせることで戦略的発想を促す)[p.129-136

講座5、ビジョンに向かって進む:力の場を分析する手法

・ビジョンとは:自分たちのありたい「未来の姿」[p.142]。

・ビジョンをつくるために、ファシリテーションは有力な武器になる[p.144]。

・紹介されているツール:二分割法、SWOT分析[p.154-163]、フォースフィールド・アナリシス(人の心に作用する見えない力を見える化し分析する(レビンによる手法)、例えば変革の推進力と抵抗力を二分割で分析するなど)

講座6、合意形成と危機への対応:日々の打合せの中でのファシリテーション

・「コンフリクトの少なすぎる組織は、環境の変化に適応できない。適度なコンフリクトは・・・必要なものである[p.183]」。コンフリクトには、競争的、回避的、協調的、受容的、妥協的という5つの対応モードがあり、これは自分の考えを表現する能力と他人を深いレベルで理解する能力の2軸でコンフリクトへの対応を分類したもの(トーマスとキルマンによる)。協調的モードは自己主張しつつ相手の考えも理解するモードで、win-winの関係を作りやすい。ただし、重要なのは最適なモードを使い分ける力。[p.182-189

・紹介されているツール:ペイオフマトリックス(選択肢を成果の大きさと対価の大きさ(困難さ)の2軸で評価する、合意を促す効果がある)[p.189-197]、TCASPL問題など危機への対応方法で、Triage(優先順位づけ、問題定義)→Contain(封じ込め、緊急対応)→Analyze(原因究明)→Solve(対策、再発防止)の順に対応すべき)[p.192-207]、リスクアセスメントテーブル(関係者の衆知を集めて優先順位をつける)[p.206-207]。

講座7、風土改革、組織変革のファシリテーション

・リーダーシップが指示命令型からファシリテーター型に変わってきている[p.213-214]。

・タックマンの組織変革モデル:組織変革に伴う組織行動(組織をつくっている人の集団の行動)は、新しい組織の形成(Forming)→すぐには機能せず混乱する(Storming)→新しい秩序が形成(Norming)→機能しはじめる(Performing)という経過をたどる。[p.215

・コッターによる組織変革の8つの落とし穴:1)緊急課題であるという認識が不徹底、2)推進チームの指導力不足、3)ビジョンの欠落、4)社内コミュニケーションが絶対的に不足、5)ビジョン実現の障害を放置、6)計画的な短期的成果の欠如、7)早すぎる勝利宣言、8)変革の成果が浸透不足。[p.217

・「危機感のない組織の変革プランは机上の空論」[p.220]。「危機感は情動の働きであることを理解し、個々の情動に働きかけるプロセスを工夫するしかない。ファシリテーションは、そのプロセスデザインやディスカッションの場で力を発揮する。[p.222]」

・紹介されているツール:4W1H(W)WhatWhoby Whenを明確化して行動を促す)[p.227-229]、ステークホルダー分析(キーマンを分析し、早期に成功事例をつくり変革の味方を増やす)[p.229-232

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研究開発にとってのファシリテーション

以上が本書に述べられた内容の私なりのまとめですが、研究組織の運営においても、組織の能力をよりよく発揮させるためにファシリテーションのスキルやツールは重要だと思われます。一般に研究者は知識(IQ的側面)に頼って議論しがちですので、自部署内あるいは他部署との協働を行なう場合には感情(EQ的側面)の影響を忘れてしまいがちです。また、研究者はある専門分野の考えに集中するあまり、周囲の状況の把握がおろそかになることがあり、場合によっては同じ研究グループの中にも意識の違いが生まれる可能性すらあります。そのような時には、ファシリテーションの考え方やツールを活用して組織として成果を生むように組織運営の軌道修正を行なう必要があるでしょう。意思疎通や協力体制に問題のある組織では、組織的知識創造や外部との協力によるオープンイノベーションも困難だと言わざるを得ませんので、ファシリテーションは様々なイノベーションの方法を支える基礎となるスキルであると言ってもよいように思われます。

ファシリテーターは誰が務めるべきでしょうか。研究者はつい、研究課題の議論には専門知識が不可欠だと思ってしまいがちですが、問題の本質が技術的専門以外のところにある場合もあるでしょう。また、研究者に限らず自分の状態は自分では認識しにくいものです。日常の研究グループの運営にファシリテーションの考え方を取り入れて組織の力を発揮させるようにすることは第一線の研究マネジャーの仕事でしょうが、ファシリテーターはコンテンツ(技術的内容)に深入りすべきでないことを考えると、技術の詳細を知らない人材こそファシリテーターにふさわしいのかもしれません。ファシリテーションを外部コンサルタントに依頼することも可能でしょうが、例えば、研究グループのリーダーのひとつ上のレベルのマネジャーや、研究部門全体のスタッフ、企画部門、人事部門の人材がファシリテーターとしてプロジェクトに関わることも考えてもよいと思います(もちろん上位のマネジャーが関わる場合には権威的な方法でプロジェクトをコントロールしないようにしなければなりませんが)。

経験的にも、研究プロジェクトが技術的要因以外のところで躓いたり、思わぬ反対にあって苦労したりすることは多いものです。もしそうした障害が感情的なものであったり、問題点の整理が不十分なために発生しているとすれば、大きな損失ではないでしょうか。問題の本質をすばやく見つけ、解決できる可能性があるファシリテーションのスキルやツールは組織運営の基礎としてもっと積極的に活用すべきなのではないかと思います。


文献1:森時彦著、「ファシリテーター養成講座 人と組織を動かす力が身につく!」、ダイヤモンド社、2007.


(参考)森時彦、「ファシリテーションの道具箱(全10回)」、DIAMOND online2007.10.18-2008.3.6

http://diamond.jp/articles/-/5384



参考リンク<2013.8.18追加> 

 

 

ノート10:研究組織の望ましい特性と運営

ノート9にひきつづき研究の進め方に関わる組織の問題について考えます。

 

組織の特性と運営

ノート9に述べたように、研究活動にとって望ましい組織形態というものを特定することはなかなか難しいようです。そうであれば、そうした形態的な面よりも、どのような特性を持つことが望ましく、その特性を維持、強化するためにどのような運営を行なうべきかという視点で考えることも一つのアプローチであろうと思われます。

 

例えば野中は「場」というコンセプトを提示し、「場とは物理的な空間として定義されるのではなく、意味あるいは内容をベースとした組織化として捉えられる」とし、「参加者が文脈を共有し、相互作用を通じて新しい意味を創造する実在的なもの」と述べ、よい場の条件として、テーマないし使命を持つ自己組織性(自律性の許容)、境界を持ちつつも相互浸透性を持つこと(個人の参入、退出の許容)、弁証法的対話の存在、自己超越性(外部に視点を移して自己をみる)を挙げているそうです[文献1p.78]。このような見方は、組織の形態よりも、その組織がどんな意味を持ち、どのような活動によって何を生み出すかの方が重要である、ということを示しているのではないでしょうか。

 

より具体的には、組織的知識創造を促進する要件として、組織の意図、自律性、ゆらぎと創造的なカオス、冗長性(当面必要としない仕事上の情報を重複共有すること)、最小有効多様性(複雑多様な環境に対応するためには、組織は同程度の多様性を内部に持っている必要があることを指す)が挙げられています[文献2p.118-123] [文献1p.77]。また、Tiddらも、イノベーティブな組織に関する先行研究に基づき、組織構造以外に、ビジョンの共有、リーダーシップ、イノベーションへの意欲、鍵となる個人、効果的なチームワーク、個人の能力向上の継続と拡充、豊富なコミュニケーション、イノベーションへの幅広い参画、顧客指向、創造性ある社風、学習する組織、といった要素が重要であると認識されていると述べており[文献3p.371]、組織構造のみならず、こうした特性を考慮することも重要、ということと考えられます。そこでここでは上記の因子のうち重要と思われる点に着目して、組織の特性と組織運営に関わる問題について考えてみたいと思います。

 

まずは最も基本的な問題として、ビジョンの重要性について考えておきたいと思います。組織にとって、基本理念、ビジョンを持つことの有効性は、CollinsPorrasの指摘する通りと考えられますが[文献4]、特に研究活動においては守るべき基本理念を明らかにし、それに従うことは特に重要と考えられます。これは、不確実、予想外のことを取り扱う研究活動においては定型的な対応が困難な場合が多いので、守るべき基本理念がないと一貫した組織的な対応がとりにくくなったり、モチベーションが低下したりする場合があると考えられるためです。さらに、Collinsは組織飛躍のためには、単純明快な概念(針鼠の概念)すなわち、世界一になれる部分、情熱をもって取り組めるもの、経済的原動力になるものの重なる部分を理解し、この概念を確立することが必要と述べており[文献5p.130]、この考え方は研究開発活動の具体的な進め方を考える上で重要な示唆を与えるものと思われます。

 

一方、創造性の発揮にとっては「多様性」が重要であるとの指摘は多くなされています[例えば、文献2p.118-123]。多くの研究組織は類似する技術分野の人から構成され、先輩から後輩への技術伝承が専門性の育成に重要とされることも多いため、発想の画一化による創造性の低下が起きないように多様性を維持すべきであることは理解しやすいものです。しかし、多様性を確保する目的で人事ローテーションを行なって個人に様々な経験をさせることは専門性育成の阻害につながる可能性もあると思われます。おそらく重要なことは、個人の中に多様性を持つこと(個人が多様な知識をもち、多様な発想ができること)と、組織の中に多様性を持つこと(組織の中に多様な人材がいること)を区別すべきであるということでしょう。個人に様々な経験を積ませることよりも、様々な人材をひとつの組織に集めることで組織としての多様性を確保し、その組織をうまく運営していくことの方が効果的なのではないかと思われます。すなわち、専門性の充実と多様性の確保のバランスをとることが必要ということになるのでしょう。

 

組織の中に多様性を持たせることができたとして、多様性を有効に活用するためには、コミュニケーションの活性化が重要になると考えられます。異なる意見を受け入れる組織風土づくりと、コミュニケーションのための仕組み作り(例えば頻繁なミーティングなど)がなければ多様性の維持活用は不可能でしょう。

 

コミュニケーションについては、組織内のコミュニケーションだけでなくグループ外とのコミュニケーションについても考えておく必要があるでしょう。外部とのコミュニケーションについては、基礎研究的な性格を持つプロジェクトについてはコミュニケーションと研究成果の間に正の相関があるが、開発研究や技術サービスを行なう組織では負の関係があることを示す研究もあるようです[文献1p.70]。コミュニケーションに関してRogersはグラノベッターにより提唱された「弱い絆」の重要性を指摘しています[文献6p.303]。これは重要な新しい情報は親密な関係の人よりも、それほど親しくない関係の人からもたらされるというもので、親しくない人との接触はその機会は少ないものの、得られる情報は親密な人からの情報に比べて新しいことが多いことに基づいている、と理解できます。

 

組織運営に関わる重要な特性として「自律性」についても多く指摘されています。野中は「組織のメンバーには、事情が許すかぎり、個人のレベルで自由な行動を認めるようにすべきである。」と言い、そうすることによって、組織は思いがけない機会を取り込むチャンスを増やし、個人が新しい知識を創造するために自分を動機づけることが容易になる、と述べています[文献2p.112]。このような自律性の重要性についての主張は、研究開発の成功例において、その組織が自律(自立)的であったという例が多いように思われることからも信頼に足るものと思われますが、トップダウンの管理を重視する組織や経営者はまだまだ多く、そうした組織においては自律性の重要性を力説したところでなかなかそうした環境は得られないようにも思います。そうしたトップダウンの組織では部下の自律性を許容することと、部下にトップダウンの命令を実行させることはおそらく相容れないことなのでしょう。このような状態に対処するためには、自律的とは言ってもトップの方針から外れるようなことを無断で行なうわけではないことが理解されるような信頼感の醸成が必須のように思います。そこで、現実的な対応として参考になるかもしれないと思うのが、KimMauborgneの言う「公正なプロセス」です。公正なプロセスの要素は、関与、説明、明快な期待内容、という3つの要素で構成され、このプロセスをとることによって、自分の意見が重んじられているという信頼と関与が生まれ、自発的な協力が発生することによって、期待を超える水準の献身が期待できるということですが[文献7p.226]、これは同時に自律性の高い組織において必要とされることにもなっていると思います。このような考え方を明示することによって、自律と放縦の区別が可能になり、周囲からの信頼を得やすくなるのではないかと思います。もちろん、トップの経営思想を変化させるのは容易なことではありませんが。

 

以上、組織の特性と運営について、特に重要と思われることをまとめてみました。研究グループのリーダーにとっては組織の形態は与えられているもので変更はできないことがほとんどでしょうから、その環境において最大の成果を挙げるために、組織の特性を理解し効果的に運営を行なう努力は重要であると考えられます。ここに述べたような点を常に念頭におくことは、好ましい組織運営を行なうための原点になるのではないでしょうか。

 

 

文献1:三崎秀央、「研究開発従事者のマネジメント」、中央経済社、2004.

文献2Nonaka, I., Takeuchi, H., 1995、梅本勝博訳、「知識創造企業」、東洋経済新報社、1996.

文献3Tidd, J., Bessant, J., Pavitt, K., 2001、後藤晃、鈴木潤監訳、「イノベーションの経営学」、NTT出版、2004.

文献4Collins, J.C., Porras, J.I., 1994、山岡洋一訳、「ビジョナリーカンパニー」、日経BP出版センター、1995.

文献5Collins, J., 2001、山岡洋一訳、「ビジョナリーカンパニー②飛躍の法則」、日経BP社、2001.

文献6Rogers, E.M., 2003、三藤利雄訳、「イノベーションの普及」、翔泳社、2007.

文献7Kim, W.C., Mauborgne, R., 2005、有賀裕子訳、「ブルー・オーシャン戦略」、ランダムハウス講談社、2005.


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