研究開発マネジメントノート

研究開発とそのマネジメントについてのいろいろ

プロトタイプ

ハッカソンの可能性(大内孝子編著「ハッカソンの作り方」より)

これからのイノベーションにおいては、コラボレーションが重要であるという指摘はよく耳にします。しかし、どうしたらコラボレーションをうまく進められるのか、ということになるとまだまだ手探りの状態、というのが実際のところではないでしょうか。そこで、今回は最近注目されている「ハッカソン」というコラボレーションの進め方について、大内孝子編著「ハッカソンの作り方」[文献1]に基づいて考えてみたいと思います。

ハッカソンとは
・著者は次のように述べています。「Wikipediaによると、ハッカソンという言葉がはじめて使われたのは1999年頃、「ハック(Hack)」と「マラソン(Marathon)」の混成語といわれています。ITのソフトウェア文化から発祥し、提示された課題を一定の決められた時間の中で解く、成果物をプロトタイプとしてアウトプットするという、もともとは高度なスキルを持つプログラマーがプログラミング開発スキルを競う位置づけのものです。[p.4]」「ハッカソンはいわゆる参加型のイベントです。参加者は提示された課題に対し、決められた時間内で、自分たちのスキルを使って解決することを目指します[p.10]」。そして、そのハッカソンにはいろいろな形態があるとして、「もともとはソフトウェアをハックするイベントを指すもので、現在のハッカソンのようにハードウェアデバイスが絡んでくる場合に『メイカソン』と呼ぶこともあります。ちなみにIDEOが2012年に開いたMaker DIY+ハッカソンイベントをメイカソンと呼びました。また、ハッカソンの中のアイデア出しの部分を『アイデアソン』と呼びます。・・・さらに、ハッカソンがイベントとして認知されるに従って、テーマと『ソン』をつないで、・・・イベント名としてはさまざまな名称が使われるようになっています。[p.10-12]」とも書かれています。
・よりシンプルに理解するなら、IAMAS(情報科学芸術大学院大学)の小林茂教授が作成されたハッカソン/メイカソン参加同意書にある次の説明がわかりやすいかもしれません。「昨今、多様な参加者が参加して共にアイデアをつくる『アイデアソン』、それをソフトウェアとしてつくる『ハッカソン』、さらに見たり、触れたり、感じたりできるものも含めてつくる『メイカソン』が盛んに開催されるようになりました。そうしたイベントでは、多様なスキルや視点、経験を持つ人々が競争することで知的財産が創出され、事業化に向けて進めていこうという事例もでてきました。[p.170]」

どんなハッカソンがあるか
・「幅広い分野でハッカソンは活用されています。コミュニティベースで課題解決のために行うハッカソン、企業がコミュニティの協力で行うハッカソンもありますし、行政機関が企業と組んで事業開発を目指して開催するものもあります。[p.30]」「ロフトワークやEngadget日本版、GUGEN、リクルートのMashup Awardsなど、ものづくり系のハッカソン、さらにIntelauなど企業が主催あるいは協賛に入るハッカソン、Code for JapanArt Hack Dayのように、コミュニティベースで地域問題や大きな普遍的なテーマを扱うもの、富士通やオリンパス、ヤマハのようにオープンイノベーションを目指した動きの中でハッカソンを取り入れる場合など、さまざまです。[p.31]」「企業のコミットメントの度合い」と「ビジネス・事業指向の度合い」の2軸でマッピングするとわかりやすいことも紹介されています。[p.31
・「大きな特徴として、ゴールとして順位を付けるコンテスト形式のハッカソンと、順位を付けないハッカソンに分けられます。[p.32]」

ハッカソンの目的p.35-36
・主催者にとっての目的:「既存の問題を解決するアイデアを生み出す」「新しいアイデア、イノベーションを生み出す」「新技術、サービスを理解し、共有する」「新技術、サービスを告知する」
・参加者にとっての目的:「スキルを高める」「集中して迅速に開発するノウハウを習得する」「新しいアイデアを生み出す」「新技術、サービスを理解し、共有する」

・主催者、参加者の両者にとっての目的:「新しい人脈を作る」「新規事業開発」

企業が注目する理由
・「新技術(製品)のプロモーション、ユーザーコミュニティの開発など、企業がハッカソンに着目しているポイントはいくつかありますが、大きな要素にオープンイノベーションがあります。[p.37]」「クローズドな社内ハッカソンを開きチームビルディングを組織開発に活用する、アイデアソンの手法を取り入れてみる、あるいはオープンなハッカソンを開き、社外のさまざまな人・スキルを入れることで何か新しいアイデアを探る・・・、こうした動きは何とか現状を打破したいということからでしょう。[p.39]」
・現状の問題点:「従来の製品開発フロー(R&D→マーケティング・リサーチ→設計→製造)ではプロセスごとに部署が縦割りにされ、多様なアイデアが生まれにくくなっている、従来の製品開発のフローでは時間がかかり過ぎ、新しい製品を作り出すことが難しい[p.39]」。
・「技術の進化はこれまで、新しい機能、より便利な機能を製品の価値にしてきましたが、製品の価値はもう機能だけではありません。価値を探す、課題を探すところから始めなければならないという状況です。そこで、ハッカソンの持つ多様性が注目されているわけです。・・・課題解決を、まずその課題が本当に合っているのか、さまざまな視点で『探究』するところから始めることができます。[p.40]」

進める上での注意点
・「楽しいっていう雰囲気がなかったら絶対アイデアは生まれない。プレッシャーを感じながらでは生まれないんです[p.56]」。「なるべく快適な空間、比較的おなかも満腹で、リラックスできる空間を保つことにも気をつけている[p.58]」
・「参加者をうまく配分してチームビルディングを行う必要があります。[p.59]」「短時間で高い成果を上げるためには、チームメンバー同士のベクトルの一致、『目的の共有』が重要です。[p.62]」
・「オープンソースコミュニティが生んだハッカソンですが、オープンイノベーションを起こす要素として活用され、アウトプットが世の中に出てきている現在、従来のようにオープンのままではいられなくなり、さらに事業に進む成果物も見すえた知財の扱いのルールが必要になります。[p.65]」

本書で解説されている事例
Mashup Awards:リクルートによるアプリ開発コンテスト。[p.78-81][p.107-113
Engadget電子工作部:大人の部活動としてkonashiIntel Galileoなどの開発ボードを使ったスマホガジェット作り。[p.82-84][p.122-127
iBeaconハッカソン:Appleの位置情報サービスiBeaconの可能性を探る。[p.84-86
・ものアプリ:大阪市発のイベント。インターネットやスマートフォンと連携するデバイスのプロトタイピングにチャレンジする。[p.86-90
Medical×Securityハッカソン:Eyes, JAPANによる医療やセキュリティの問題解決を目指す競技としてのハッカソン。[p.91-95
・ヒャッカソン:100円ショップで手に入るものを材料にしてアイデアを形にする。[p.96-98
・3331αArt Hack Day:テクノロジーとアートが融合した作品を生み出す。[p.98-103
・さくらハッカソン:富士通が運営(あしたのコミュニティーラボ)、東北を訪れる人を増やすアイデアを探る。[p.104-106

期待
・オープンイノベーションの発展、エンジニアの地位(印象)の向上[p.110
・創造的なイノベーションのための「場」[p.112
・「粗いアイデアの素をまずは形にして、自然な環境で使い手の反応を見ることで、可能性の幅を広げる。得られた反応によっては元のアイデアを易々と変更し(ピボット)、次の発想を生み出す。[p.120]」
・オープンコラボレーション:「同じ組織内での議論や開発は、同質化の壁を越えづらい。何が制約で、何が機会なのか。状況を近しい視点から見てしまうため、従来の限界を超えられないことが多い。・・・予定調和を超えた、知恵とアイデアと情熱から生まれる新結合。それがハッカソンの醍醐味[p.121]」。
・大企業の中における多様な製品開発の方法としての位置付け。やりたいことを社内でやる方法。(社内ハッカソン)[p.152
・「実は、ハッカソンにはこの方法が正解というものは存在しません。ハッカソンはツールであって、目的のために使われるからです。まずは目的を明確にすることです。目的はもちろん自由でよいのですが、自分の利益だけではなく、来てくれた参加者にこのイベントを通し、何を持って帰ってもらえるかを考えておくとよいと思います。[p.166-167]」
―――

ハッカソンという名前で呼ぶかどうかは別として、多様な参加者が短期間集まって何かを作るというコラボレーションは、イノベーションのツールとしてこれからも活用されていくのではないでしょうか。その背景には、何よりも、コラボレーションの必要性が高まっていることがあると思います。技術の発展により専門分野が深くなると同時に狭くなる傾向があります。さらに、技術の深化だけからは顧客のニーズが予測しにくくなっていて、顧客とのコラボレーションが求められたり、課題解決のためにも幅広い技術の組み合わせが求められていることも要因としてあげられるでしょう。また、不確実性の大きな課題解決のためには短期間でまずはプロトタイプのようなものをつくってみる必要性も高まっているように思います。

企業も、ハッカソンのような動きをうまく活用することが求められていくでしょう。外部とのコラボレーションももちろんですが、大企業では社内でのコラボレーションにハッカソンの考え方を応用することも考える必要があるのではないでしょうか。もちろんそのためには、社内の縦割り組織間の壁や、計画重視、トップダウン重視の仕事の進め方などの障害も解決しなければならないかもしれませんし、専門家自身のマインドも部外者や素人と協業できるように変えていかなければならないかもしれません。ただ、そうした際にもハッカソンの「短期決戦」でとにかく何かを生む、というアプローチは可能性があるように感じました。大企業では、それぞれの仕事を抱えた専門家を集めるだけでも困難がありますが、短期ならなんとか集めることができるかもしれませんし、短期間でアウトプットが出せるということは計画重視の業務プロセスを変えていく力にもなるように思います。

おそらくハッカソンの形は、これからも様々に変化していくことでしょう。どんなコラボレーションの形態や運営の仕組みが考えだされていくのか、どんな成果が出てくるのか、今後も注目していきたいと思います。


文献1:大内孝子編著「ハッカソンの作り方」、ビー・エヌ・エヌ新社、2015.

参考リンク



「バリュー・プロポジション・デザイン」(オスターワルダー、ピニュール他著)より

よいビジネスモデルを構築するための具体的方法論の例として、以前にオスターワルダー、ピニュール著、「ビジネスモデル・ジェネレーション」をご紹介しました。そこに述べられた、ビジネスモデルを視覚的に記述、評価、変革するための枠組みであるビジネスモデルキャンバス(Business Model Canvas)は、その後、その有用性が広く認識されるようになってきたように思います。今回は、同書の続編とも言える、オスターワルダー、ピニュール、バーナーダ、スミス著、「バリュー・プロポジション・デザイン」[文献1]を取り上げます。

本書では、ビジネスモデルキャンバスを基礎としつつ、「顧客が欲しがる製品やサービスを創る」方法論やツールが解説されています。最近注目されているデザイン思考、リーンスタートアップ、顧客開発などの手法も取り入れられ、より具体的かつ実効性の高い方法が提案され、実務家にとっても使いやすくまとめられているように感じました。以下、特に興味深く感じた点を中心に内容をまとめておきたいと思います。

INTRO
・「バリュー・プロポジション・デザイン」の核心は、顧客の求める価値提案の面倒な探索に「ツール」を取り入れ、探索後にも価値提案と顧客の求めることとの方向性を一致させることです。[p.XV]」
・バリュー・プロポジション・デザインの役立つ点:「価値創造のパターンを理解する」→「はっきりとした見通し」が持てる。「仲間の経験とスキルを活用する」→「チームの方向性を一致」させられる。「うまくいかないアイデアに時間を浪費しない」→「失敗のリスクを出来る限り減ら」せる。[p.X-XI
・「この本の核になるツールがバリュー・プロポジションキャンバスです。価値提案を見える形にし、議論と管理を助けるのが、このツールです。バリュー・プロポジションキャンバスは、ビジネスモデルキャンバスの構築ブロックのうちの2つの要素をくわしく描いたものです。[p.XVI]」
・ビジネスモデル・ジェネレーションの議論との関係:「環境マップは、価値創造におけるコンテクスト(文脈)を理解することを助けます。ビジネスモデルキャンバスは、事業の価値創造を助けます。バリュー・プロポジションキャンバスは顧客の価値創造を助けます。[p.XVII]」

1、Canvas
・「価値創造キャンバスには2つの面があります。顧客プロフィールはお客様をよりはっきりと理解するためのもの。バリューマップは顧客のためにどう価値を創造するかを描くものです。その2つが重なり合うところにフィットが生まれます。[p.3]」
・顧客プロフィール(Customer Profile):「ビジネスモデルにおける特定の顧客セグメントを、より整理された形で詳しく描いたもの」。顧客の仕事(顧客が成し遂げたいこと)、ペイン(顧客の仕事に関係する悪い結果、リスク、障害)、ゲイン(顧客が求める具体的な恩恵)からなる。[p.9
顧客の仕事:機能的な仕事(顧客が果たそうとしている具体的な任務または解決したい特定の問題)、社会的な仕事(顧客がそれをすることで周囲からよく見られたり、権力やステータスを得られるようなこと)、個人的/感情的な仕事(顧客の気分が上向いたり安心したりするようなこと)、サポート的な仕事[p.12
顧客のペイン:機能不十分、感情を害する、気に入らない、妨げ遅らせる、リスク[p.14
顧客のゲイン:必要不可欠なもの、当たり前と期待されるもの、もしあればありがたいもの、顧客の期待や要望を超える予想外のもの[p.16
・バリュー(提案)マップ(Value Map):「ビジネスモデルの中の特定の価値提案を、より整理された形で細かく描いたもの」。価値提案を基に作られる製品とサービス、ペインリリーバー(顧客の悩みを取り除くもの)、ゲインクリエーター(顧客に恩恵をもたらすもの)からなる。[p.8
・「パリュー・プロポジション(価値提案)が顧客の大切な仕事に役立ち、深刻な悩みを和らげ、必要な恩恵を与えてくれることで顧客が喜べば、価値提案が顧客に『フィット』したことになります。・・・価値提案のデザインにおいて、フィットを探し続けることが欠かせません[p.42]」
・3種類のフィット:「フィットは3つの段階を経て起こります。まず最初は、あなたの価値提案によって解決できる顧客の仕事、ペイン、ゲインを見つける段階。次に、顧客があなたの価値提案に前向きに反応し、それが市場で人気を集める段階。そして最後に、規模と利益が拡大できるようなビジネスモデルを見つける段階です。[p.48]」
・「組織と顧客は異なる関係者から成り立っていて、それぞれが異なる仕事とペインとゲインを抱えています。それぞれにあてたバリュー・プロポジションキャンバスを作りましょう。[p.50]」例えば、影響者、推奨者、購買者、決定者、エンドユーザー、妨害者、仲介者など。

2、Design
・「出発点をもとにして、簡単なプロトタイプを作り、バリュー・プロポジション・デザインの第一歩を踏み出しましょう。顧客を理解してバリュー・プロポジション(価値提案)を形作り、その中からさらに開発を続けるものを選び、適切なビジネスモデルをみつけましょう。[p.67
・プロトタイピング:「手早く、お金をかけずに、粗い実験模型を作り、さまざまな価値提案とビジネスモデルの人気、実現可能性、実用性を探ること。[p.76]」
・出発点:「一般的な通念とは違い、優れたバリュー・プロポジション(価値提案)が顧客から始めるとは限りません。ですが、その終わりはかならず、顧客にとって重要な仕事、ペイン、ゲインに行きつかなければなりません。[p.88]」「『プッシュか、プルか』は、よく議論されるトピックです。プッシュとは、いまある技術やイノベーションから価値提案のデザインを考える手法で、プルとは、顧客の仕事、ペイン、ゲインを起点にする手法です。この2つの手法は出発点として一般的[p.94]」
顧客プロフィールからイノベーションを生み出す6つの方法:より包括的な仕事に対応する、従来の価値提案では対応できない仕事を助ける、社会的な仕事や感情的な仕事に対応する、より多くの顧客の複雑すぎる仕事、高価すぎる仕事を達成する、小さな改善により段階的に改善する、古い手法を劇的に上回る[p.102-103
・顧客を理解する:「顧客の視点を理解することは、優れたバリュー・プロポジション(価値提案)のデザインに欠かせません。[p.106
顧客インサイトを手に入れる6つのテクニック:データ探偵(既存の調査を分析)、ジャーナリスト(顧客と話す、ただし顧客が取材のとおりに行動するとは限らない)、人類学者(観察)、モノマネ(自分が顧客になりきる)、共創パートナー(顧客と共にアイデアを探る)、科学者(顧客に実験に参加してもらう)[p.106-107
・選択する:顧客の意見のシミュレーション、コンテクスト(重要な技術や規制や社会などのトレンド)、産業における圧力、市場における圧力、マクロ経済の圧力」、他社との差別化、周囲からのフィードバックなどに基づいて価値提案、プロトタイプを選択する[p.122-141
・正しいビジネスモデルを見つける:「ズームアウトして全体像を捉え、特定の顧客の価値提案の周りに、利益を生み出しながら価値を作り、届け、取り込むことができるかどうかを分析する。ズームインして詳細を見ることで、ビジネスモデルの中の価値提案が本当に顧客に価値を生み出しているかどうかを調べます。[p.145]」この反復プロセスによって適切なビジネスモデルを見つける。
・確立された組織におけるバリュー・プロポジション・デザイン:「既存組織は既存のバリュー・プロポジション(価値提案)を改善すると同時に、積極的に新しい価値提案をつくり出さなければなりません。プロジェクトのはじめに、自分たちが、発明から改善までの線上のどこにいるかを確認しましょう。その位置によって、必要とされる姿勢とプロセスが変わります。[p.160

3、Test
・「何を検証するかを正しく判断し、改善された新しいバリュー・プロポジション(価値提案)のリスクと不確実性を減らしましょう。そして段階を踏んでテストを進め、『実験資料室』を活用し、それらすべてを持ち寄って、進捗を測りましょう。[p.176]」
・「新しいアイデアを探し始める時点では、たいてい先が全く見えません。自分のアイデアがうまくいくかどうか、わからないのです。ビジネスプランを立ててアイデアを磨いたからといって、成功の確率が高まるわけではありません。お金をかけずにテストを行い、そこから学ぶことでシステマチックに不確実性を減らしましょう。確実性が高まってから、実験やプロトタイプやパイロットにかける費用を増やしましょう。バリュー・プロポジションキャンバスとビジネスモデルキャンバスのすべての側面を、顧客からパートナー(流通パートナー)まで、すべての相手に検証しましょう。[p.178]」
・何を検証するか:顧客プロフィール、価値提案、ビジネスモデルキャンバスを検証する。「顧客プロフィール、初期調査、初期観察、インタビューで得た知識が正しいかどうかを確認します。[p.190]」「あなたの解決策を顧客が果たして気に入るか、どのくらい気に入るかを確かめましょう。あなたの製品とサービスが顧客の悩みを取り除き恩恵を生むかどうかのエビデンスが得られるような実験をデザインしましょう。[p.192]」「あなたのビジネスモデルが成功し、収入がコストを上回り、顧客のためだけではなく自社のためにも価値を創造するというエビデンスを見つけましょう。[p.194]」
・段階を踏んで検証する:仮説を引き出す(うまくいくにはどの仮説が正しくなければならないか)→仮説に優先順位を付ける(ビジネスを殺すことになりかねない要因をみつける)→検証をデザインする(検証する仮説、検証方法、計測、評価基準を明示)→検証に優先順位を付ける→検証を行なう(得たデータと結果、結論とインサイト、取るべき行動を明示)→学習を取り入れる→改善する[p.198-199
・実験資料室:顧客は言葉通りに行動するとは限らないこと、あなたがいる時といない時では、顧客の行動は違うことを念頭に置く。顧客への行動要請(CTACall to Action)を行なってエビデンスを得る、広告トラッキング、専用リンクのトラッキング、MPV(実用最小限の製品)カタログ、仮想サイト、スプリットテスト(A/Bテスト)、イノベーション・ゲーム(顧客と協力しながらプレーすることで、よりよい価値提案のデザインを助ける)、架空品の販売、先行販売、といった手法がある。[p.214-237
・すべてを持ち寄る:「活動とその結果を追跡し、目標への進捗を測りましょう。[p.242]」

4、Evolve
・「バリュー・プロポジションキャンバスとビジネスモデルキャンバスを共通言語として使うことで、組織の隅々まで全員が方向性を一致させ、常に進化を続けましょう。バリュー・プロポジション(価値提案)とビジネスモデルの計測とモニターを続け、たゆまぬ改善と継続的な自己再生に努めましょう。[p.257]」
・「バリュー・プロポジション(価値提案)が市場に出たら、バリュー・プロポジションキャンバスとビジネスモデルキャンバスを使って効果測定の指標を作り、モニターしましょう。ビジネスモデル、価値提案、顧客満足度の成果を追跡しましょう。[p.262]」
・「今日の企業は迅速に動けなければなりませんし、コロンビアビジネススクールのリタ・マグレイス教授が『競争優位の終焉』で紹介した、『一時的な競争優位』を育てることが必要です。企業は長期的な競争優位を探し求めるよりも、新しいビジネスチャンスに素早く対応し続ける能力を育てなければならない、とマグレイス教授は言っています。この本のツールとプロセスを使って、絶え間なく自己を再構築し、新しい価値提案を優れたビジネスモデルに組み入れましょう。[p.266]」、「自分に問いかけ続けましょう。変わり続ける環境要因は何ですか?」「あなたのビジネスモデルは時代遅れになっていませんか?[p.267]」「価値提案とビジネスモデルをたゆまず再構築し続けましょう。市場環境に強いられてやむをえず改革していては間に合いません。それでは遅すぎます。既存の価値提案とビジネスモデルを改善し続け、同時に新しい価値提案を開発できるような組織構造を作りましょう。[p.272]」
―――

イノベーションの進め方について書かれた近年の本や論文では、事前に十分に計画を検討してその計画の実行をうまく管理するというアプローチよりも、実験を重視してその実験結果から学んで計画を柔軟に手直ししていくというアプローチのほうが注目されているように思います。本書もその考え方に基づいて書かれた本ですが、具体的な手法がかなり洗練され、使いやすくなってきたという印象を持ちました。例えば、顧客を重視するという考え方にしても、顧客の「何を」重視するのか、それに対してどうアクションすべきか、といったポイントが絞り込まれていながら、手法の汎用性も確保されているように思われる点が興味深く感じました。もちろん、これ以外のアプローチもあり得るとは思いますが、少なくとも本書のアプローチは決して無視できるものではないと思います。

そうなると、既存企業においては、このアプローチを採用しやすい組織体制になっているかどうか、という点が気になります。従来の計画重視のアプローチに合わせて最適化された研究開発の仕組みを持った企業では、本書のような新しいビジネスモデルの創造は困難なのではないか、とも思えますので、研究組織の構造、運営管理のあり方も、今後問われるようになるかもしれません。

例えば、本書では、高度の技術を持つこと自体は顧客価値創造における最優先課題とは限らないように思えます。そうであれば、従来のような「専門性を極める」という研究者の一つの役割も見直す必要が出てくるかもしれません。単に顧客の抱える問題の技術面での解決者であればよいのか、技術シーズの提供者であればよいのか、それとも高度な専門性はやはり必要とされているのか。さらに、研究者と顧客との関わり方も従来とは大きく変わってくるのではないか、という気がします。おそらく、どのような技術者であれ、本書のようなアプローチにも柔軟に対応できる能力が求められるようになるのは間違いないと思いますが、イノベーションを起こせる技術者をどう育成するかという問題も含めて、技術者にとってはマネジメントの面でも示唆に富んだ本だと感じました。


文献1:Alex Osterwalder, Yves Pigneur, Greg Bernarda, Alan Smith、アレックス・オスターワルダー、イヴ・ピニュール、グレッグ・バーナーダ、アラン・スミス著、関美和訳、「バリュー・プロポジション・デザイン 顧客が欲しがる製品やサービスを創る」、翔泳社、2015.
原著表題:Value Proposition Design: How to create products and services customers want

参考リンク




創造力に対する自信(トム&デイヴィッド・ケリー著「クリエイティブマインドセット」より)

イノベーションにはどのような創造性が求められるのでしょうか。創造性を引き出すにはどうすればよいのでしょうか。創造性の発揮の問題や「デザイン思考」について、近年注目を集めることが多い会社にIDEOがあります。今回は、そのIDEOを創設し率いてきたトム・ケリー、デイヴィッド・ケリー著、「クリエイティブマインドセット 創造力・好奇心・勇気が目覚める驚異の思考法」[文献1]に述べられている、創造性についての考え方をまとめてみたいと思います。ちなみに、原著の表題は、「Creative Confidence: Unleashing The Creative Potential Within Us All」(「直訳すると『創造力に対する自信:誰もが内に秘める潜在的な創造力を解き放つ』」[p.357、訳者あとがき]です。本書では、創造力を高め発揮するためのスキルも紹介されていますが、主題は、Creative Confidenceすなわち「創造力に対する自信」といえるでしょう。以下、本書の構成に沿って、興味深く感じた点をご紹介します。

序章、人間はみんなクリエイティブだ!
・「『クリエイティブである』というのは・・・一生変わらない性質だと思っているかもしれない。クリエイティブな遺伝子を持って生まれたか、そうでないかのどちらかなのだ、と。私たち兄弟は、・・・このような誤解を『創造性のウソ』と考えるようになった。このウソを信じている人は、あまりにも多い。だがそれは大きな間違いだ。[p.16]」
・「基本的に、創造力に対する自信とは、『自分には周囲の世界を変える力がある』という信念を指している。・・・自分の創造力を信じることこそ、イノベーションの『核心』をなすものなのだ。[p.17-18]」
・「私たちは、ちょっとした練習や励ましだけで、人々の創造力、好奇心、勇気がいとも簡単に目覚めることに驚いた。・・・私たちの経験からいえば、誰もがクリエイティブ系だ。一定期間、私たちの方法論に従ってもらえれば、誰でも最終的には驚くような成果を挙げられる。画期的なアイデアや提案を思いついたり、仲間とクリエイティブに協力し、本当に画期的なモノを生み出したりできるのだ。そして、自分自身、思っていたよりもずっとクリエイティブだったことに気づき、びっくりする。この最初の成功によって、自己イメージが変わり、もっと何かをやってみたくなるのだ。私たちが気づいたのは、創造性を一から生み出す必要はない、という点だ。人々がすでに持っているもの――世界にふたつとないアイデアを創造したり発展させたりする能力――を再発見する手助けをするだけでいいのだ。しかし、アイデアを実行に移す勇気を奮い起さないかぎり、創造性の真の価値は発揮されない。つまり、新しいアイデアを思いつく能力と、アイデアを実行に移す勇気――このふたつの組み合わせこそが、創造力に対する自信の特徴と言えるのだ。[p.21-22]」
・「デザイン思考とは、イノベーションを日常的に行なうための方法論のひとつだ。[p.20]」

第1章、デザイン思考で生まれ変わる
・イノベーションの3つの要因:1、技術的要因(技術的な実現性、「画期的な技術だけでは十分とはいえない」。2、経済的実現性(ビジネス要因、「技術は機能するだけでなく、経済的に実現可能な方法で生産・販売できなければならない」。3、人的要因(人間のニーズを深く理解すること)。「技術、ビジネス、人間という3つの要因の交わる点を見つけることが重要」[p.37-39
・「人的要因は必ずしも残りのふたつより重要というわけではない。しかし、技術的要因は世界じゅうの科学や工学のカリキュラムで詳しく教えられているし、ビジネス的要因は世界じゅうの企業が全力を注いでいる。とすれば、人的要因にこそ、イノベーションの最大のチャンスが潜んでいるかもしれない。だからこそ、私たちは常に人的要因を出発点にするのだ。・・・人間中心の考え方は、イノベーション・プロセスの基本だ。人々に深く共感することで、観察を強力なインスピレーション源にすることができる。[p.39]」
・「私たちが思うに、成功するイノベーションは、技術的要因とビジネス的要因のバランスを取るとともに、人間中心のデザインによる調査の要素を何かしら取り入れている。顧客の真のニーズや欲求を考慮しながら、技術的実現性、経済的実現性、人間にとっての有用性の交わる点を模索することこそ、IDEOやdスクールで『デザイン思考』と呼ばれている方法論の一部であり、創造性やイノベーションを生み出す私たちのプロセスなのだ。[p.40]」
・デザイン主導のイノベーションアプローチの概要:1、着想(inspiration、人間中心のイノベーションを促すうえで、何よりも頼りになるのは共感だ。生身の人間のニーズ、欲求、動機を理解すれば、斬新なアイデアを思いつくきっかけになる)。2、統合(synthesis、統合の段階では、スイート・スポットを探る。調査で明らかになった内容を、実行可能なフレームワークや原則へと変換する。問題の枠組みをとらえ直し(リフレーミング)、どこに力を注ぐかを決めるのだ)。3、アイデア創造と実験(ideation, experimentation、無数のアイデアを出し、多岐にわたる選択肢を次々と検討していく。中でも特に有望なアイデアは、迅速な試作(ラピッド・プロトタイピング)を繰り返し行なう段階へと進める。この段階では、アイデアをすばやくラフな形で表現する。この経験による学習のループは、既存のコンセプトを発展させ、新しいコンセプトを生み出すのに役立つ。エンド・ユーザーなどのフィードバックに基づき、適応、改良、方向転換を繰り返しながら、人間を第一に考える魅力的で有効な解決策を練り上げていく)。4、実現(implementation、デザインに磨きをかけ、市場に出るまでのロード・マップを準備する。どの業界でも学習してフィードバックを得るために新しい製品、サービス、事業をリリースする企業がますます増えつつある。市場の中でしばやく改良を繰り返し、商品やサービスに一層磨きをかけていく)。[p.41-45
・「デザイン思考では、直観的に物事をとらえ、パターンを認識し、機能的なだけでなく感情的にも意義のあるアイデアを組み立てる、人間の天性の能力をもちいる。・・・もちろん、感覚、直感、インスピレーションだけに基づいて、キャリアを築いたり組織を運営したりしなさいと言うつもりはない。ただ、論理や分析に頼り過ぎるのは、同じくらい危険なこともある。容易には分析できない問題や、確かな基準やデータが十分にない問題を抱えている場合、デザイン思考の共感やプロトタイピングを使うことで、前に進む足がかりになるかもしれない。画期的なイノベーションや創造の飛躍が必要な場合は、問題を深く掘り下げ、新しい洞察をみつけるのにデザイン思考の方法論が役立つだろう。[p.46]」
・「しなやかマインドセットの持ち主は、人間の真の潜在能力は未知(しかも不可知)であり、何年も努力、苦労、練習を積めば、予測も付かないようなことを成し遂げられると信じているという。・・・こちこちマインドセットの持ち主は、意識的または無意識のうちに、人間の生まれ持つ知能と才能の量は決まっていると心から信じている。創造力に対する自信を獲得するための旅に招待されると、こちこちマインドセットの持ち主は、自分の能力の限界がほかの人にバレるのを恐れて、安全な場所にとどまろうとするのだ。[p.53-54]」「まずはしなやかマインドセットを身に付けよう。自分には未知の潜在能力がある、今まで達成できなかったこともきっと達成できると、心から信じるのだ。[p.58]」

第2章、恐怖を克服する
・「失敗に対する恐怖は、あらゆるスキルを学んだり、リスクを冒したり、新しい課題に挑戦したりする妨げになる。創造力に対する自信を手に入れるには、失敗に対する恐怖を克服する必要がある。[p.73]」
・「失敗に対する最初の恐怖を克服し、創造力に対する自信を手に入れたとしても、引き続き自己の向上に励むことは必要だ。筋肉と同じで、創造力は鍛えれば鍛えるほど成長し、強くなっていく。そして、創造力を使いつづけることで、好調な状態をキープできるのだ。・・・ここで重要になってくるのが、経験と直感だ。[p.78-79]」
・「自分や周囲の人々にときどき間違いを犯す余裕を与えれば、もっといいアイデアをもっと早く思いつけるようになる。[p.80]」
・「失敗から教訓を学ぶには、失敗に責任を持つ必要がある。何がまずかったのか、次はどこをもっとうまくやるべきなのかを突き止めなければならない。・・・間違いを認めることは、前に進むためにも大事だ。そうすることで初めて、隠蔽、正当化、罪悪感という心の落とし穴を避けられる。[p.82]」
・「創造性を手に入れるには、人と比べるのをやめるのがひとつの方法」、「私たちは、・・・人は不安を抱えているとベストの力を発揮できないことに気づいた。同僚や上司に尊敬されていないと感じると、自己アピールで自分を良く見せようとするのだ。仕事に集中して自分の作るモノに満足する代わりに、他人にどう思われているかばかり気にするようになる。[p.91]」、「自分をさらけ出す能力、周囲の人々を信頼する能力こそ、創造的思考や建設的な行動を妨げている数々のハードルを乗り越えるきっかけになる[p.92]」。
・「創造性を発揮するのに、何千人にひとりの才能や技術など必要ない。大事なのは、自分が持っている才能と技術で何かができると信じることだ。[p.100]」

第3章、創造性の火花を散らせ!
・「クリエイティブな力は、繰り返し育てていかなければならないものだ。[p.111]」
・クリエイティブな力を伸ばすために日頃から心がけたい方法:1、クリエイティブになると決意する。2、旅行者のように考える(新しい視点で見てみる)。3、リラックスした注意を払う(ひらめきは、精神がリラックスしているときに訪れやすい)。4、エンド・ユーザーに共感する。5、現場に行って観察する(「共感とは、自分の先入観を疑い、自分が正しいと思うことをいったん脇にのけ、本当に正しいことを学ぶこと」)。6、「なぜ」で始まる質問をする。7、問題の枠組みをとらえ直す(例えば、明白な解決策から離れる、焦点や視点を変える、真の問題を突き止める、抵抗や心理的な否定を避ける方法を探す、逆を考える)。8、心を許せる仲間のネットワークを築く(他者のアイデアを土台にするには謙虚さが必要)。[p.111-153

第4章、計画するより行動しよう
・「多くの場合、クリエイティブになるための第一歩とは、傍観者でいるのをやめて、アイデアを行動に移すことなのだ。ほんの少しの創造力に対する自信があれば、世界じゅうで前向きな行動を起こせる。[p.169]」
・「すぐに“最高”の成果を出すのは難しい。だからこそ、すばやく改良を続けていくべきなのだ。・・・すばらしいものを作りたければ、まず作りはじめなければならない。創造プロセスの初期の段階では、完璧主義が邪魔になることもある。[p.176]」
・「プロジェクトで目標に向かって前進するベストの方法は・・・私たちの経験からいえば、プロトタイプ、つまり早い段階で実際に動くモデルを作ることだ。・・・プロトタイプを作る理由は、ずばり実験できることにある。[p.185]」

第5章、義務なんか忘れてしまえ
・「人生を単なる義務から真の情熱へと変えたいなら、まずは現状が唯一の選択肢ではないと認めることだ。生き方や働き方は変えられる。[p.236-237]」

第6章、みんなでクリエイティブになる
・「私たちひとりひとりが持つ潜在的な創造力を解き放てば、世界に良い影響を与えられるのは確かだが、テーマによっては、集団の力が必要なこともある。・・・チームで日常的にイノベーションを起こしたいなら、クリエイティブな文化を根付かせなければならない。[p.242]」
・企業が創造力に対する自信を獲得していく5段階:第1段階「純粋な否定」(「経営幹部や従業員が『われわれはクリエイティブではない』と口を揃える」)、第2段階「内心の拒絶」(「経営幹部のひとりが新しいイノベーションの方法論を熱心に勧め、応援する。ほかのマネジャーたちは口々に賛成するが、本気では実践しようとはしない。・・・『内心の拒絶』の段階を乗りこえるには、現場の従業員が創造力に対する自信の原則を自ら体験しなければならない。」)、第3段階「信頼」(「権力や影響力を持つ立場の人物が消費者を第一に考えるデザイン思考の価値を認め、プロジェクトを実現するための資源やサポートを与える」)、第4段階「自信の探究」(「組織が本格的にイノベーションに取り組み、企業目標を実現するためにクリエイティブな資源を活かす最善の方法を模索する」)、第5段階「総合的な認識と統合」(「チームは目の前の課題にクリエイティブなツールを日常的に活かすようになる。一言でいえば、組織レベルの創造力に対する自信だ」)。[p.248-251
・「多様な考えの持ち主を集めるという方法は、複雑で多次元的な課題に直面しているときに特に役立つ。[p.259]」、「どんな組織でも、分野の枠を超えたグループを築くことで、企業構造や企業階層の壁を乗り越え、新しいアイデアの画期的な融合を生み出すことができる。[p.261]」
・イノベーション・チームを育てる原則:1、お互いの強みを知る。2、多様性を活かす(異なる見方同士に生まれる緊張関係こそ、多様なチームを創造性の宝庫にする)。3、プライベートをさらけ出す(私生活を仕事と切り離すと、創造的思考に支障が出る)。4、「仕事上の関係」の「関係」の部分を重視する。5、チームの体験を構築する(どのように助け合うか、どのような原則に従うか、何を達成したいか)。6、楽しむ!(一緒に時間を過ごし、お互いをよく知ることを優先する)。[p.262-264
・「賢くクリエイティブなチームを築き、非凡な成果を成し遂げてもらいたいなら、平凡で冴えないスペースで働かせてはいけない。[p.269]」
・「考え方や行動を変えるには、まず言葉遣いを変えるのが有効[p.173]」。
・「消耗型リーダーとは、厳しい管理体制を敷き、チームの創造力を十分に活かしきれないリーダー。一方、増幅型リーダーとは、やりがいのある目標を定め、従業員に自分もできると思っていなかったような劇的な成果を生み出させるリーダー[p.277]」。増幅型リーダーになるコツ:有能な人材を引き寄せる“磁石”になる。やりがいのある挑戦や課題を見つけ、人々の思考を精一杯に働かせる。さまざまな意見を表明し、検討できるような活発な討論を奨励する。成果に対する当事者意識をチーム・メンバーに持たせ、彼らの成功に投資する。[p.278-279
・「創造力を秘めた人材であふれるこの世界では、名案を導き出すのはトップの人々だけだと決めつけるのは危険だ。・・・21世紀のもっとも革新的な企業は、従来の指揮統制型の組織から、コラボレーションやチームワークを重視する参加型のアプローチへと、変わってきた。こういう会社は、社内の全頭脳を結集させ、どこからでも最良のアイデアや洞察を集める。第一線で業務を行なう人々の声に積極的に耳を傾ける。アイデアが組織の上へと浸透していくよう、チーム・メンバー全員に対してイノベーション精神を植えつけるのだ。[p.287]」
・「組織の創造力に対する自信を育むには、まずイノベーション文化を築くことだ。分野の枠を超えたチームの力を活かし、他者のアイデアを土台にするようみんなに促し、組織全員の能力を増幅させるリーダーになろう。[p.288]」

第7章、チャレンジ
・「内に秘めた創造力を解き放つのは、ほかの色々な物事と何ら変わらない。そう、練習すればするほど上達していくのだ。[p.290]」
・練習に役立つツール:意識的に思考の幅を広げ、クリエイティブに考える(マインドマップ)、創造力のアウトプットを増やす(名案がひらめいたらその場で記録する)、アイデア創造セッションをジャンプ・スタート、人間の行動を観察して学ぶ(共感マップ)、建設的なフィードバックを促し、受け入れる、グループの雰囲気を盛り上げる、上下関係をなくして、アイデアの流れを活発化する、顧客、従業員、エンド・ユーザーに共感する(カスタマー・ジャーニー・マップ)、取り組む問題を定義する(夢と不満セッション)、グループにイノベーション思考を理解してもらう、ためのツールを紹介。[p.292-332

第8章、その先へ
・「自分自身の創造力に対する自信を手に入れるには、いちどに一歩ずつ、行動するのがいちばんだ。つまり小さな成功を積み重ねていくことが大切なのだ。[p.335]」
・「いったん創造力に対する自信を受け入れれば、努力、練習、継続的な学習を通じて、あなたも人生やキャリアを作り直すことができるのだ。[p.349]」
―――

本書のポイントは、デザイン思考の考え方の紹介と、すべての人が持つという創造力を開花させ、「創造力に対する自信(クリエイティブ・コンフィデンス)」を身に付け、活用しようと述べている点でしょう。デザイン思考、特に人間中心のアプローチは、純粋に技術的な開発課題にはあまり向いていない手法かもしれませんが、どんな課題に取り組むにせよ、第1章で述べられている、技術、ビジネス、人間の要素の交わる点を探す、という考え方は重要だと思いますし、その中の人間の要素を検討する際にデザイン思考は特に有効であることは認識しておくべきだと思います。

もう一点の、創造力に対する自信を身に付け、活用する、という点については、研究マネジメントの観点からも重要だと思います。多様性を活かし、試行から学び、協働する、という近年のイノベーションの進め方においては、多くの人々の創造力を活かすことは従来にも増して重要になってくると思われます。本書のアプローチは、研究組織運営のあり方を考える上でも非常に参考になると感じました。


文献1:Tom Kelley, David Kelley, 2013、トム・ケリー、デイヴィッド・ケリー著、千葉敏生訳、「クリエイティブマインドセット 創造力・好奇心・勇気が目覚める驚異の思考法」、日経BP社、2014.
原著表題:Creative Confidence: Unleashing The Creative Potential Within Us All

参考リンク



MITメディアラボの研究マネジメント考

MITメディアラボといえば、様々なイノベーションを提供していることで名高い研究機関ですが、その研究の進め方、研究マネジメントについて、フランク・モス著「MITメディアラボ」[文献1]に基づいて考えてみたいと思います。

原著の表題は「The Sorcerers and Their Apprentices, How the Digital Magicians of the MIT Media Lab Are Creating the Innovative Technologies That Will Transform Our Lives」、訳せば「魔法使いとその弟子、MITメディアラボのデジタルマジシャンたちは我々の生活を変えるイノベーティブな技術をいかに創造しているか」というところでしょうか。著者は2006年から2011年まで、MITメディアラボの第3代所長を務めた方で、本書では「メディアラボのユニークなイノベーション・スタイルの根底にある基本原理」(第1~4章)と「メディアラボで現在開発中のテクノロジー」(第5~8章)が紹介されています。メディアラボの扱う技術の分野は、いわゆる「デジタル」技術が中心ですが、そのマネジメントは他の分野でも効果が期待できると思いますので、本稿では本書の前半(第1~4章)に述べられたマネジメントの特徴(イノベーション・スタイルの基本原理)を中心にまとめてみます。

メディアラボの研究マネジメント

第1章:情熱のちから

・「研究者が情熱や好奇心のおもむくままに発明に没頭できる、(中略)『自由な創造環境』[p.30]」が特徴。

・「唯一のルールは『ルールがない』」こと[p.30]。」

・「メディアラボの教員たちは、常に学生にリスクを冒すよう説いている。[p.62]

・「リスキーなプロジェクトが数多く行なわれているメディアラボでは、“失敗”という概念はない[p.62]。」

・「モノ作りやプロトタイプ製作を重視する[p.38]

・「企業はメディアラボの運営資金を提供する見返りに、研究者たちが開発した知的財産の対等かつ非独占的な権利を、ほぼ無条件で得ることができる。[p.39]-『オープンIP制度』[p.52]

・少なくとも年2回、研究者とスポンサー企業の代表者は1週間のスポンサー会議に参加することになる。この会議では、学生たちが最新の発明を披露する。この儀式はたちまち『デモ・オア・ダイ(デモができないなら死んでしまえ)』と呼ばれるようになり、メディアラボはこのビッグ・イベントで一躍有名になった」[p.40-41]。」注)

・「教員や学生は好奇心や情熱のおもむくままに発明や創造を行なう自由がある(中略)。スポンサーは、メディアラボの研究内容に口出しするのではなく、研究者に市場の最新のニーズやトレンドを伝え、貴重な情報を提供する[p.53]

・「今日の企業研究の世界ではほとんど見られないこの自由な創造環境が、メディアラボに存在している理由はただひとつだ。メディアラボのスポンサー企業は、われわれに会社の特定の問題の解決を求めているわけでもなければ、次の四半期にさっそく商品化できるような知的財産を求めているわけでもない。彼らが求めているものは(中略)想像力豊かなアイデアや発明に次々と触れられる機会なのだ。[p.61-62]

・「スポンサー企業は何らかの問題の解決策を易々と手に入れるためにメディアラボと手を組んでいるわけではなく、巨大な利益につながりうる長期的な投資と考えている。[p.176]

この背景には、「メディアラボのような好奇心や情熱に頼る研究というのは、学会や産業界からは消えつつあった。(中略)イノベーションの“種”―-つまりクリエイティブで斬新なアイデアや発明――は、もはや今までのように植えられなくなってしまった。[p.54]」という環境変化があったようです。

第2章:学問の消えゆく境界

・「メディアラボを占めるのはMITのような場所で見かけるコンピュータ科学者やエンジニアだけではない。(中略)さまざまな分野で教育を受けた人々がいる。そしてその多くが、一見すると専門分野とはまったく関係のなさそうなプロジェクトに取り組んでいる。(中略)多彩な経歴や関心を持つ人々を、(中略)透明でオープンな知的環境に置く――それがメディアラボのアプローチにとって不可欠なのだ[p.75]

・ありとあらゆる経歴を持つ人が集まり、『何が実現可能か』『ソリューションはどうあるべきか』といった先入観にとらわれることなく、今までとはまったく違った角度から問題を見つめている。[p.30]

・反学問的(アンチディシプリナリー):「今日の問題は以前よりも複雑に絡み合っており、20世紀のような“サイロ”化した学問や研究ではとうてい解決できない。問題が複雑で多次元にわたる現代社会では、解決策もそうでなくてはならない。だからこそ、これまでの孤立した学問分野の壁を打ち破る必要があるのだ。(中略)問題を解決するために必要なものなら、どんな道具、知識、人々でも利用する」[p.76]

・「問題を別の角度から考える――それこそ、メディアラボの反学問的な精神のポイント[p.79]

・「世界を変えるイノベーションを考えだすコツは、既知の疑問に対して斬新な解決策を見つけることではなく、斬新な疑問を投げかけること」。「人工的な学問分野の壁を無視してこそ、(中略)その分野の“専門家”でさえ(いや専門家だからこそ)考え付かなかった疑問を投げかけられる[p.80]。」

・「同じ屋根のもとに数々の学問分野が共存している。そして、その学問同士の境界は(中略)“透明”なのだ。[p.105]

・「自身の研究室で発明したテクノロジーを“オープンソース”化することで――つまりどの研究室や研究者も彼のテクノロジーを自由に利用できるようにすることで――サイロを取り壊し、業界内の連携を高めるきっかけを作ろうとしている。[p.196-197]

第3章:難しい遊び

・「遊び心あふれる学習は、過去25年間にわたってメディアラボの精神の中核をなしている。[p.117]

・「難しいけど、面白い」が「難しい遊び(ハード・ファン)」[p.118]

・「メディアラボで最高の仕事をしているとき、“仕事”という言葉を使わない。私たちはそれを“難しい遊び”と呼ぶのだ[p.138]。」

・「想像力を解き放つには、(中略)実践的な学習やモノ作りを行なうのがいちばん[p.49]」。

・「学生たちはまず『ほとんど何でも作れる方法』を教師から教わる。[p.30]

・「“考えるな、作れ”」「メディアラボにおいては、“百聞は一プロトタイプにしかず”であり、提案とは簡単なプロトタイプを作ること」[p.109]

・「デモは初期のころからメディアラボの精神には欠かせない一部だった。(中略)デモがあるからこそ、それまでの経歴にかかわらず、驚くほど短期間で学生たちを発明家に変えることができる。」「人々にデモンストレーションを行ない、その反応を見るのは、方向性が正しいことを確かめる最善の方法」[p.110]

・「メディアラボは発明を夢想するだけの場所ではない(中略)。発明を実際に形にし、テストし、デモンストレーションしなければならない。[p.48]

・「デモは『反復的なプロトタイピング』のプロセスと密接に関わっている。[p.111]

・「最初からうまくいかなくても(たいていはうまくいかないのだが)、人々に見せ、想像を掻き立てることはできる。そうすれば、次のプロトタイプのすばらしいアイデアをたくさん得ることができる。[p.116]

・「人々はよく『発明(インベンション)』と『イノベーション』を同じ意味で使うが、実際にはまったく別のものだ。『発明』とはそれまでにない革命的なアイデアやテクノロジーを考え、生みだすことだが、『イノベーション』はそのアイデアを実行に移し、利用する方法を見出すことも含む。(中略)発明はたったひとりの想像力や手から生まれることもあるが(そして実際に多くの発明がそうして生まれているが)、今日の世界の複雑に絡み合った問題を解決できるほどの真のイノベーションを生み出すには、人々や組織の大規模な共同作業が必要だ。[p.131-132]

なお、デモの仕組みには、自己満足や必要以上に時間をかけた研究に陥りやすい基礎研究の弊害を抑止する効果もあるように思います。

第4章:必然の偶然

・「偶然のつながりは、メディアラボではしょっちゅう起こっており、メディアラボの研究が飛躍する大きなきっかけでもある。しかし、一見すると偶然に見える出来事も、実際には『必然の偶然(セレンディピティ・バイ・デザイン)』によって直接引き起こされている。この考え方は、メディアラボの発明スタイルやイノベーション・スタイルにおいて、もっとも中心的な原則のひとつといえよう。必然の偶然とは、純粋な“偶然の発見”なるものは存在しないことを意味している。つまり、こういった“偶然”が起こるのは、予想外のつながりが生まれざるをえないような環境を、メディアラボが意図的に作りだしているからなのだ。この環境では、『マスター・プランがないこと』こそが唯一のマスター・プランだ。(中略)メディアラボで、一見するとランダムに見える人間と人間、人間とアイデアのつながりが生まれるのは、研究者たちが新しいチャンスを見つけるたびに、それを自由に研究し、追求することが許されているからだ。[p.142-143]

・「研究所の研究プログラムは一般的に『基礎研究』と『応用研究』のふたつに分類される。(中略)メディアラボはその両方を取り入れながらも、独自の風味を付け加えている。それこそ、メディアラボが現代社会のイノベーションの強力な動力源であるゆえんなのだ。メディアラボの研究は、基礎研究と同じように大部分が研究者の情熱や好奇心によって支えられている。その目的は、商品化へのプレッシャーを受けることなく、基本原理の理解を深めることである。(中略)その一方で、応用研究と重なる部分もいくつかある。スポンサー企業のニーズや要求を手がかりにしているし(企業がそう強制するわけではないが)、研究者は実動プロトタイプを繰り返し製作し、実世界にいる生身の人間でテストする。また、これも応用研究と同じように、メディアラボのアプローチは学際的であり、ひとつの学問分野に特化しがちな基礎研究とは対照的だ。[p.175-176]

以上がメディアラボのイノベーション・スタイルの根底にある基本原理、ということですが、著者は「どんな個人、会社、機関でも、この4つの原則のいくつかを取り入れることで、イノベーション・プロセスを改善できると私は信じている[p.31]」と述べています。確かに、自由で自律的な創造的環境、多様な分野の融合、プロトタイピングや試行錯誤、創発的な研究の進め方の有効性は様々なところで指摘されていますので、このようなアプローチの効果についてはよく納得できます。ただ、一般にはそれを実行することは容易ではありません。著者が「メディアラボ自身も、実は一種のプロトタイプ」[p.38]と述べているように、イノベーションの有効な進め方を創造する壮大な実験のひとつ、とも考えられると思います。なお、本書ではこのようなマネジメントが効果を挙げた数多くの事例(主にデジタル技術を人間に役立てるイノベーションを中心とした分野ですが)も紹介されています。具体的な技術にご興味のある方は、ぜひ本書をご参照ください。

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本書に述べられたイノベーションの事例をみると、こうしたマネジメントが効果を発揮していることがよくわかるのですが、若干気になる点もありました。本書ではっきりと述べられているわけではないので、単なる私の思い込みである可能性もありますが、気になった点を以下に書きとめておきたいと思います。

・このやり方は優秀な人が揃っているメディアラボだからこそ?:本書では、例えば、複数の専門分野に精通した人材など、かなり高い能力と意欲を持った研究者がよく出てきます。メディアラボの自由で自律的な環境がイノベーションにとって重要なことは創造に難くないですが、優秀な人材がいればこそ、その環境がより有効に作用する面もあると思います。もちろん、普通の能力の研究者にとっても、よい環境の有効性には疑う余地はないと思いますが、例えば、マネジメント層にこのような考え方を受け入れられない人がいたような場合には、うまく機能するかどうかはわからないように思います。研究者の能力だけでなく、マネジャーの能力や考え方も問われる進め方なのかもしれません。

・基礎研究の新しい姿?:デモやプロトタイピングを重視するということは、論文発表の重要性は相対的に低いのではないかと思います。論文発表という、基礎研究では普通の評価方法をあえて重視しないように思われる点、従来の基礎研究のあり方を変えようとしているように思いました。また、企業との協力のしかた、研究費調達の考え方にしても従来の基礎研究とは異なると思います。企業の研究の弱点を補完する基礎研究を行ない、それで研究費を確保するという考え方は、企業と基礎研究機関との新たな協力のしかたを示唆しているのではないでしょうか。

・本書の取り上げ方によるのかもしれませんが、メディアラボの研究は、成果に貪欲、かつ楽観的であるように感じました。プロトタイピングによって少しずつ進んでいくやり方をすると、あるところまでできた成果をベースに次の目標を設定しやすくなるためにこのように感じられるかもしれません。マネジメントのやり方によって、挑戦する意欲を鼓舞することができるなら、これは興味深い手法だと思いますし、このような発想は研究を進める上で大切にすべきだと思います。

本書の副題には「魔法のイノベーション・パワー」とあります。英語の副題も魔法使いとその弟子、となっており、実際メディアラボの成果は魔法のように見えるかもしれません。しかし、成果を生む過程には魔法などあるわけもなく(もちろん容易なことではありませんが)、成果はきちんとしたマネジメントと努力の賜物であるはずです。マネジメントの実験としてのメディアラボから学べることは多いのではないかと思いますが、いかがでしょうか。


文献1:Moss, F., 2011、フランク・モス著、千葉敏生訳、「MITメディアラボ 魔法のイノベーション・パワー」、早川書房、2012.


注)今まで年に2回開催されていたメンバーミーティングは、2012年から年に1回の開催に変更になったようです。(loftwork林千晶さんのブログより、「MITメディアラボ 秋のリエゾンミーティング・レポート」、2012.10.29より)

<2013.3.10現在つながりません>http://www.loftwork.jp/blog/chiaki/2012/10/mit-2.html

参考リンク


 

 

 

アジャイル、スクラム、研究開発

ソフトウェア開発の分野に「アジャイル」という手法があります。複雑性の高いソフト開発において、使い物になる製品をいかにうまく生み出すか、という視点から編み出された手法とのことですが、複雑性、不確実性を克服しようとする考え方は、研究開発の進め方とも大いに関わる内容を含んでいるのではないかと思われます。そこで、今回は研究開発マネジメントの視点から、「アジャイル」を考えてみたいと思います。

「アジャイル(agile)」とは、辞書には「機敏な」というような意味が出ていますが、ソフト開発においては適応的開発手法として、計画重視の開発手法の対極に位置づけられ[文献1]、その考え方は以下の「アジャイルソフトウェア開発宣言」にまとめられています。すなわち、「プロセスやツールよりも個人との対話を、包括的なドキュメントよりも動くソフトウェアを、契約交渉よりも顧客との協調を、計画に従うことよりも変化への対応を、価値とする。」という内容です[文献2、p.291]。なお、アジャイル開発手法のひとつである「スクラム」は、ラグビーのスクラムが語源で、野中郁次郎氏らの論文[文献3]からヒントを得たものとされています。

まずは、アジャイル開発の特徴を、アジャイルソフトウェア開発の12の原則[文献2、p.292]に従って見てみましょう。

1、顧客満足を最優先し、価値のあるソフトウェアを早く継続的に提供します。

2、要求の変更はたとえ開発の後期であっても歓迎します。変化を味方につけることによって、お客様の競争力を引き上げます。

3、動くソフトウェアを、2-3週間から2-3ヶ月というできるだけ短い時間間隔でリリースします。

4、ビジネス側の人と開発者は、プロジェクトを通して日々一緒に働かなければなりません。

5、意欲に満ちた人々を集めてプロジェクトを構成します。環境と支援を与え仕事が無事終わるまで彼らを信頼します。

6、情報を伝える最も効率的で効果的な方法はフェイス・トゥ・フェイスで話をすることです。

7、動くソフトウェアこそが進捗の最も重要な尺度です。

8、アジャイル・プロセスは持続可能な開発を促進します。一定のペースを継続的に維持できるようにしなければなりません。

9、技術的卓越性と優れた設計に対する不断の注意が機敏さを高めます。

10、シンプルさ(ムダなく作れる量を最大限にすること)が本質です。

11、最良のアーキテクチャ・要求・設計は、自己組織的なチームから生み出されます。

12、チームがもっと効率を高めることができるかを定期的に振り返り、それに基づいて自分たちのやり方を最適に調整します。

この考え方の特徴は以下のようになると思われます。

・プロジェクト開始時に、実施すべきことをすべて計画することは不可能(複雑、不確実)。変更を受け入れることが顧客に価値のあるものを提供することにつながる。

・投入できる資源は限られており、その中で最も良いものを提供することに価値がある。

・やることとやらないことをはっきりさせておく。変更は受け入れるが、そのトレードオフも明確にする。

・問題を小さくシンプルにし、短い間隔で(優先度の高いものから部分的に)完成された製品(テスト済みの動くソフト)を提供することを繰り返して、全体を完成していく。この短い間隔の作業単位をイテレーション、スプリント、と呼ぶ。

・顧客とのコンタクトを密にし、部分的な完成品に対する顧客のフィードバックを歓迎し、計画変更は次の

作業単位の内容に取り入れる。

・作業の進捗と、作業のスピードは可視化され、顧客および作業チームに公開される。

・作業チームは、分業を前提とした狭い専門分野を担当するメンバーからなるのではなく、状況に応じて必要な作業をフレキシブルに分担したり手伝ったりできる構成にする。

・作業チームは、コミュニケーションを重視して、比較的少人数のメンバーで構成し、なるべく同じ仕事場、垣根のない仕事場で作業するようにする。

・作業内容はチームが決定し、作業単位毎の納入製品にもチームが責任を持つ。作業単位における作業内容には外部の者は口出しできない。すなわち、自己組織的なチームで作業を行なう。

具体的な進め方は、例えば「スクラム」では次のようになります[文献4]。

・チームは5~9人。

・スクラムマスターがプロジェクトの実施に責任を持つ。

・作業単位(スプリント)は30日。

・スプリントの開始時に1日かけて、プロジェクト要件と優先順位がつけられた「プロダクトバックログ」の説明と理解を行ない、スプリントで行なわれる作業を決めた「スプリントバックログ」を作成する。

・以後、毎日15分間の「日次スクラム」が全員参加で行なわれ、進捗と予定が報告され、調整が行なわれる。進捗状況は残作業量を可視化した「バーンダウンチャート」で行なわれる。

・各スプリントの終わりに、「スプリントレビューミーティング」が開催され、開発完了した成果物が発表され、顧客からのフィードバックを受ける。

・スプリント終了時にはチームで「スプリントレトロスペクティブミーティング」が行なわれ、前回のスプリントの反省と、次回への改善を議論する。

具体的な進め方はアジャイルの手法それぞれによって多少の違いがあるようですが、状況の変化を前提としてなるべくよい成果を得ようとすること、そのために顧客との連携を密にすること(頻度を多く、状況を可視化して真実を伝える)、内部の意思疎通が十分にとれた自己組織的なチームで作業にあたることが特徴と言えるでしょう。一般に、「プロセス運用の基盤となるメカニズムが広く知られている場合は、定義済みの(理論的な)モデリング手法を採用するのが一般的である。プロセスがその定義済みの手法にとって複雑すぎる場合は、経験的な手法を選択するのが適切である(Ogunnaike, Ray)」[文献4、p.3]と言われており、アジャイルの手法は、こうした経験的プロセス制御方法の実践法だと言えると思います。

研究開発においても、不確実性の克服は重要課題です。研究開始前には、すべてのことが明らかになっているわけではなく、結果や状況の変化によって研究計画は変更を強いられます。従って、アジャイル開発のような、変更に対して適応可能な手法は示唆に富むものと言えるでしょう。特に次の点は重要ではないでしょうか。

・最初からすべてを計画しようとせず、優先順位の高いものから取り組む。

・顧客(利害関係者)との連携と、合意形成。

・タスクを小さく分解する。

・頻繁な現状把握と可視化を行なう。

・計画の見直しを行なう。

・自己組織的なチーム(作業をチームが決める、自律性を持つ)により作業を進め、部外者はチームを信頼して邪魔をしない。

・そのかわり、コミュニケーションと報告(成果の提出も含めて)は頻繁に行ない、ありのままを報告することで利害関係者との信頼関係を構築し、計画修正の機会を持つ。

もちろんソフト開発とは異なり、作業単位を短い期間で区切り、その期間の終わりには完成された製品を作り上げることは、一般の研究開発のタイムスケジュールとは合わない場合があるかもしれません。しかし、研究課題をなるべく小さいタスクにブレークダウンし、重要なタスクから実施して、なるべく早い時期に製品に近い形の試作品を製造してみることは有効な場合が多いのではないでしょうか。研究開発におけるプロトタイピングの有効性はIDEOi.schoolでも強調されていますし(拙稿「東大式 世界を変えるイノベーションのつくりかた」参照)、多くの工程を含む研究開発では、ともかく最終製品まで作ってみることが非常に重要であることは私自身の経験に照らしてもそう思います。

アジャイル開発も、その他の研究開発も、複雑性や不確実性をマネジメントして成果を挙げようとする狙いは同じでしょう。有効な手法も、上記のように共通するものが多いと思われます。もちろん、異なる点はあるでしょうが、ソフト開発の分野でアジャイル開発の手法がそれなりに効果を挙げていることも事実のようです(もちろん、計画的なプロジェクト管理が必要ないというわけではなく、アジャイルの問題点の指摘や批判もありますが)。野中氏の知識創造理論から生まれた手法であるならなおのこと、複雑性、不確実性のマネジメント手法として、アジャイルから得られる示唆を真剣に考えてみてもよいように思います。



文献1:ウィキペディア、「アジャイルソフトウェア開発」、(2012.5.27確認)

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%82%B8%E3%83%A3%E3%82%A4%E3%83%AB%E3%82%BD%E3%83%95%E3%83%88%E3%82%A6%E3%82%A7%E3%82%A2%E9%96%8B%E7%99%BA

文献2:Jonathan Rasmusson著(2010)、西村直人、角谷信太郎監訳、近藤修平、角掛拓未訳、「アジャイルサムライ――達人開発者への道」、オーム社、2011.

文献3:野中郁次郎、竹内弘高、"The New Product Development Game"Harvard Business Review 19861-2.

文献4:Ken Schwaber著(2004)、テクノロジックアート訳、長瀬嘉秀監修、「スクラム入門 アジャイルプロジェクトマネジメント」、日経BPソフトプレス、2004.

参考リンク<2012.7.8>



 


 

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