研究開発マネジメントノート

研究開発とそのマネジメントについてのいろいろ

モチベーション

「イノベーションは日々の仕事のなかに」(ミラー、ウェデルスボルグ著)より

イノベーションを実行するのは誰なのか。アイデア出しからイノベーションの完成までトップが深く関与する場合ももちろんあるでしょうが、最先端の現場から出てくるアイデアを現場主導で育てていくイノベーションも重要であるという指摘は多いと思います。最先端の現場から次々と新しいアイデアが出てきて、それがイノベーションの形に実を結ぶ、そんな組織はどうやったら作れるのか、その組織を導くにはどうしたらよいのでしょうか。

パディ・ミラー、トーマス・ウェデル=ウェデルスボルグ著「イノベーションは日々の仕事のなかに」[文献1]では、そうした視点でのイノベーションの進め方が議論されています。著者らは、「本書は、最高経営責任者(CEO)や最高イノベーション責任者(CIO)、研究開発(R&D)部門や社内ベンチャーチームといったイノベーション専門部隊ではなく、組織の最前線で日々闘いつづけるリーダー、限られた時間と予算と既存の人材で業務を遂行するリーダーに向けて書かれている。リーダーの支援によって、財務やマーケティング、セールス、オペレーションに従事する一般社員が、日々の仕事のなかでイノベーションを起こせるようになること。これが本書のねらいだ。[p.9]」と述べていますが、その指摘はそうした組織だけでなく、研究開発を担当する者にとっても役に立つ点が多いと感じましたので、以下に本書の議論の中から重要だと感じたことをまとめておきたいと思います

序章、日々の仕事のなかでイノベーションを起こすには
・「リーダーの仕事は、イノベーションを起こすことではない。リーダーの仕事。それは、イノベーションの設計者(アーキテクト)となること。そして部下のために、日常業務の一環として革新的な行動を実践できる職場環境を整えることだ。本書はこの考え方に基づいている。[p.11]」
・「心理学者クルト・レヴィンは、行動科学の研究初期に社会科学で最も有名な方程式を発明した。人の行動=個人の特性×環境。・・・しかしリーダーシップに関する多くの文献では、この方程式において作用するのは『個人の特性』だけだとされている。・・・多くのチェンジメーカーは人々の『考え方』を変えることに重点を置きがちだ。・・・本書ではこのようなアプローチを『物の見方を変える手法』と呼んでいる。・・・だが・・・、物の見方を変えるだけでは行動は変わらない。革新的な行動が部下に欠けているようなら、リーダーは振り返ってみる必要がある。変えるべきは彼らの物の見方なのか、それともシステムなのか、と。[p.15-16
・「マネジャーは部下の優れたアイデアの実現を助ける際、彼らにさまざまな行動の変化を促す必要がある。しかしどの行動も等しく重要なわけではない。そこで私たちは、真に重要な行動を特定し、それらを『日常のイノベーションのための5つの行動+1』と名づけた。[p.22]」それは、1、ビジネスに直結するアイデアにフォーカス、2、独自のアイデアを探すために、外の世界とつながる、3、当初のアイデアを見直し、必要に応じてひねる、4、最も優れたアイデアを選ぶ、それ以外は捨てる、5、社内政治をかいくぐり、ひそかに進める、+1、あきらめない[p.23

第1章、フォーカス[真に重要なことに焦点を絞るには?]
・「私たちは、イノベーションは自由に何でもできる人の専売特許だと考えがちだ。しかし日常業務においてはそうとは限らない。むしろ組織内で何でも自由にできる人は、業務とは無関係なアイデアに手当たり次第に焦点を当て、結果的にいくつもの小さなサイドプロジェクトを抱えることになり、成果を出せずに終わるものだ。[p.22]」
・「米国の心理学者JP・ギルフォードが1950年の講演で非公式発表した創造性に関する研究以後、創造プロセスの研究成果は何度となく、『オリジナリティあふれる優れたアイデアは、完璧な自由を与えるよりも、ある種の制約を設けたほうが生まれやすい』ことを明らかにしてきた。[p.53]」
・「もしも上司から、具体的な説明もないままに『イノベーションを起こせ』と命じられたら? いつもの道筋を離れて未踏の領域へと足を踏み入れた途端、彼らは幾通りもの選択肢に直面することになる。・・・選択のプロセスには3つの落とし穴が待ち構えている。1つめは意思決定に関する著書のなかでバリー・シュワルツが『選択肢の矛盾』と名づけた、選択肢が多いために判断が鈍るという落とし穴だ。・・・2つめは、方向性の欠如のために人々がてんでばらばらのゴールを目指してしまい、成功を勝ち取れないという落とし穴。3つめの落とし穴は、上司の指示どおりに行動した部下が大胆なイノベーションを追求するも、それは会社にとって何の価値ももたらさない領域だった、という落とし穴だ。[p.57-58]」
・「自由は絶対悪なわけではない。完璧な自由を部下に与えることで、真に個性的なアイデアをまったく思いがけない角度から見つけるチャンスが増す場合もある。しかし自由を得た部下が会社に(適切なタイミングで)価値をもたらさないアイデアに無駄なエネルギーを注いでしまう可能性も劇的に増す(・・・大部分のアイデアはただのゴミだ)。われわれの経験から言って、これらのメリットとデメリットを相殺するのは難しい。イノベーションにおいては、たいてい短期間で成果を上げることが求められるからだ。従って完璧な自由を与えるのは、R&Dなどのハイリスク・ハイリターンなプロジェクトも可能な現場により適したアプローチだと言える。[p.61]」
・焦点を絞り込む3つのアプローチ:1、目標を明らかにする(何を達成しなければならないのか)、制約を明らかにする(「制約があれば、どうやってそこに向かえばいいのかがわかる」)、3、追求領域を見直す(どの領域に目を向けるべきか、「会社にとって新しい領域や未開拓の分野に目を向ける」)[p.61-71

第2章、外の世界とつながる[影響力のあるアイデアを生み出すには?]
・「2つめの重要行動は、未知の世界と『つながる』ことだ。・・・アイデアの多くは一から新たに発明されたものではなく、カリフォルニア大学のアンドリュー・ハーガドンが『再結合イノベーション』と呼ぶものの一例にすぎない。つまり、既存の知識を新たな方法で結合させたのがアイデアだ。イノベーションはパズルのようなもので、そのピースは世界中に散らばっている。これらのイノベーションの基本要素に部下が触れられるよう、リーダーは彼らが外部の情報源とつながるのをサポートしなければならないのである。企業にとっては既存の顧客もそうした知識の宝庫だが、情報源は顧客だけではない。他部門の同僚とつながることでも、業務とは無関係な分野の誰かとつながることでも、新しいアイデアを見つけることができる。[p.26-27]」
・顧客とのつながり:「顧客からオリジナリティあふれるアイデアが出てくることはまずない。・・・市場ですぐに注目されるアイデアを生み出す最善の方法は、満たされないニーズや問題を特定することなのである。・・・企業は顧客と直接、個人的かつ継続的なつながりを持つ必要がある。満たされないニーズは、メールなどの『消極的な』チャネルで問い合わせてもまず特定できない。・・・フォーカスグループよりも『観察』のほうが適していると言える。[p.83-90
・同僚とのつながり:「『インサイト創出の場』を構築したいリーダーにとって、社員同士をつなげるのは初めの一歩として最適だ。・・・スタッフ間のつながりを促したいなら、たとえばパーティションなど、職場の物理的な環境から見直すといいだろう[p.92]」。他にもチームや会議に部外者を招くなど。
・関連性のない新たな世界とのつながり:ソーシャルメディアなど

第3章、アイデアをひねる[アイデアに磨きをかけるには?]
・「生まれたてのアイデアは完全ではない。それどころか欠点だらけだ。従って優れたイノベーションほど、生まれたての状態から最終的に実践されるまでの間に微調整が繰り返されていることが多い。試行と分析を迅速に行って、『ひねり』を加えてあるのだ。[p.29]」
・問題を見直す:「優れたイノベーターは、解決策の発見者ではない。『問題の発見者』なのだ。彼らにとって、解決策は二次的なものにすぎない。答えは問題のなかに潜んでいて、問題を100%理解できれば、たいては答えも見えてくるのである。[p.106]」
・解決策を試す:「リーダーの役割は、アイデアがすっかり熟す前に試行し、共有するよう部下に促すこと[p.121]」。ラピッド・プロトタイピング、定期的なフィードバックが有効。「イノベーションを目指す時、人はしばしば自己満足の落とし穴に陥るものだ。この穴が深くなると、イノベーションは常に楽しく追求しなくてはいけない、辛い体験であってはならないと思い込んでしまう。そうしてゲーム感覚の楽しさばかりを追い求め、批判や意見の対立は創造性を損なうものとして退けるようになる。・・・批判的な意見など避けるに越したことはないと思うかもしれないが、それは間違いだ。過酷なイノベーション・プロセスは多くの見返りをもたらすが、ゲーム感覚でいれば見返りなど得られない。・・・批判はイノベーション・プロセスを頓挫させるものではなく、アイデアをひねるのを助けるツールの1つだ。[p.125]」「未完成のアイデアを常に共有し、気軽にフィードバックを行えるようなルーチンを構築する。・・・アイデアの発案者は、必ずしもフィードバックを取り入れる必要はない。参考にするだけでいいのである。[p.131]」

第4章、アイデアを選ぶ[本当に価値あるアイデアを選別するには?]
・「あらゆるアイデアは、それを生み出した当人にとっては至宝である。しかし現実には、大部分のアイデアは残念ながらただのゴミだ。だからこそ組織はアイデアをふるいに掛け、投資対象になるものと、ゴミ箱行きになるものを選別しなければならない。けれども実は、アイデアを選別するプロセスそのものにも落とし穴が待ち構えている。・・・組織が新しいアイデアを評価する時、単独の評価チームだけに判断を委ねると認知バイアスや構造的バイアスの影響を受けやすくなり、誤った判断を下しがちになるのである。だから組織は、アイデアの選別環境を最適化し、堅固なサポートシステムを構築して、『ゲートキーバー』たる評価チームがより良い判断を下せるよう支援しなければならない。[p.31-32]」
・「ゲートキーピング」というプロセスは、イノベーション・チーム内で行うアイデアの評価プロセスとは異なるので注意してほしい。[p.135]」
・破壊的なアイデアには別ルートを用意する、ゲートキーパーにアイデアを体験させる、「定期的にレビュープロセスを見直して、それが正しく機能しているかどうかを評価[p.155]」することなどが重要。[p.136-158

第5章、ひそかに進める(ステルスストーミング)[社内政治をかいくぐるには?]
・「組織で働く人にとって社内政治はつきものだ。・・・イノベーションの設計者には、イノベーションを追求しやすい社内政治環境を整え、部下のために道を切り開くことも求められる。[p.34-35]」
・「多くの人は、社内政治を嫌っているはずだ。創造的な人ならとりわけそうだろう。優れたアイデアであればそれにふさわしい価値を認めてもらえるはずだと安心しきって、組織内の政治を無視したり、拒絶したりするイノベーターも中にはいる。このやり方は望ましくない。イノベーションは、優れたアイデアであると同時に政治にも配慮してこそ成功できるからだ。・・・残念ながら、社内政治をかいくぐるためのさまざまな手法を一語で言い表せる言葉はない。さんざん考えた挙句、われわれは独自にこのような言葉を作ることにした――『ステルスストーミング』である。ブレーンストーミングにヒントを得た言葉だが、ブレーンストーミングよりもさりげなく、秘密裏にイノベーションを追求するアプローチである。[p.159-160]」
・ステルスストーミングの5つのアプローチ:1、影の実力者とつながる、2、アイデアの「ストーリーづくり」をサポートする、3、早い段階でアイデアの価値を証明させる、4、より多くのリソースを獲得できるようサポートする、5、パーソナルブランド管理(企業風土にあわせて創造性を売りにするかどうかなど)をサポートする。
・大多数の人と同じことをしようとする「社会的証明」の原理を使う、プロジェクトにひそかに着手し改良を進めることで注目を集めるタイミングを遅らせる、外部から資金調達するなどの方法も使える。[p.168-170

第6章、あきらめない[イノベーション追求のモチベーションを高めるには?]
・「イノベーションというパズルの最後の1ピースは、『モチベーション』である。部下のモチベーションを上げ、彼らの好奇心や社内の報賞制度を利用して、逆境に遭ってもあきらめずにイノベーションを追求することを促さなければならない。なぜなら、創造性は選択するものだからだ。イノベーションの設計者はイノベーション追求の手法を絶えず改良して、部下が5つの行動を『あきらめずに継続』できるよう努めなければならないのである。[p.38
・内因性モチベーションの活用:専門分野、関心領域でのイノベーションを促す。さらに、明確な目的や自主性の尊重、仲間の存在によって、あきらめない追求が可能になる。「自主性とは、革新的なアイデアを追求する際にいま以上の自由を部下に与え、彼らのモチベーションを高めることを意味する。ただし調査が示しているように、ゴールに関する自主性は必ずしも与える必要はない。他者によって定められたゴールであっても、それが合理的なゴールであれば、人はそれを達成するための努力をいとわない。大切なのは、ゴールを達成するための『方法』を部下に決めさせること。そして、彼らがアイデアを実現するまでのプロセスをこと細かに管理しないことである。[p.187]」
・外因性の報酬を軽んじない:「創造性やイノベーションの追求における外因性モチベーションの役割は激しい論争の的となっている。[p.193]」「こう結論づけることができないだろうか。イノベーターはプロセスの初期段階では外因性の報賞をほとんど重視しないかもしれないが、プロセスが進み、何かを実践したり、管理したりといった仕事が主体になってくるにつれ、報賞を重視するようになる。[p.195]」「外因性モチベーションには、大部分の人が賛同する1つの側面がある。初期のマネジメントの研究者であるフレデリック・ハーツバーグが提唱した、『動機づけの衛生要因』という側面だ。雇用の安定、給与、手当といった衛生要因は、それ自体が積極的に動機を与えることはないものの、一定のレベルを下回ると不満を引き起こしたり、同僚と比較した時の甚だしい不公平感をもたらしたりする。[p.197-198]」
・「マネジャーは、許容できる失敗と許容できない失敗を明確に定義し、両者の区別の仕方を部下に明示しなければならない[p.199]」。「失敗に対する処罰がさほど厳しいものでさえなければ、イノベーションを起こそうとする部下に多少のリスクを負わせるのは妥当だと言える。従って部下にイノベーション追求の選択肢を与える時には、それがいつものやり方に比べてハイリスクで、ハイリターンなキャリアパスであることを明示するのが望ましい。リスクとリターンのバランスが適切なら、少なくとも一部の部下はイノベーションの追求を選択してくれるはずだ。[p.200]」

日常のイノベーションを追求するべき4つの個人的な理由
・「イノベーションは組織の成長の主要因である」というのは組織にとっての教訓。「真の質問は『なぜ組織にとってイノベーションは重要なのか』ではなく、『なぜ彼ら(部下)にとってイノベーションは重要なのか』[p.222]」ということ。
・「日常のイノベーションを追求するべき個人的な理由は、少なくとも4つある。[p.222-225
1、イノベーションは、目標を達成し、さらには超えるのを助ける。
2、イノベーションは、仕事に対する満足度を高める。
3、イノベーションを主導する能力は、人事考課において重要性を増しつつある。
4、イノベーションは、世界をより良い場所にする。
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本書に述べられたれに5つの行動+1は、「未来のイノベーターが最も道を誤りやすいのはどこか?[p.42]」に基づいて選び出された、とのことです。本書の議論の対象は、イノベーション専門部隊ではない組織で日常的に行なわれるイノベーションとされていますが、私はこの議論は、研究部隊におけるイノベーションでも有効なように感じました。研究部隊でも第一線と同じような業務を行う場合はありますし、なにより、どちらのイノベーションでも同じようなところで失敗する可能性がありますので、本書の指摘はイノベーション全般について興味深い示唆を与えてくれると思います。実務的にも、現実に則した指摘が多く(社内政治の克服などは他ではあまり議論されていないと思います)、とかく技術にばかり目が向きがちな研究者にとっても有益だと感じました。

加えて印象的なのが、個人にとってのイノベーションに取り組むことの意義を述べている点です。私は、ハイリスクなイノベーションに取り組む(取り組ませる)ためには、個人としての意義を重視する必要があるのではないか、と感じるところがあったのですが、その点からも本書の視点は大変興味深く感じました。どんな業務でも日常的にイノベーションが生み出せるようなマネジメントができたら理想だな、と思います。


文献1:Paddy Miller, Thomas Wedell-Wedellsborg, 2013、パディ・ミラー、トーマス・ウェデル=ウェデルスボルグ著、平林祥訳、「イノベーションは日々の仕事のなかに 価値ある変化のしかけ方」、英治出版、2014.
原著表題:Innovation as Usual: How to Help Your People Bring Great Ideas to Life

参考リンク



「ゲーミフィケーション集中講義」(ワーバック、ハンター著)より

ゲームは楽しいものです。遊びですから楽しいのは当たり前かもしれませんが、なぜ楽しいのでしょうか。楽しい理由がわかれば、それを仕事に応用すれば仕事も楽しくなるのでしょうか。最近、ゲームの持つ魅力や作用をビジネスに活かそうとする「ゲーミフィケーション」という考え方が注目されているようですので、今回は、ワーバック、ハンター著、「ウォートン・スクール ゲーミフィケーション集中講義」[文献1]に基づいて、その考え方をまとめてみたいと思います。

ゲーミフィケーションとは
・著者らによる定義:「非ゲーム的文脈でゲーム要素やゲームデザイン技術を用いること」[p.51
・非ゲーム的文脈で用いるとは:「通常はゲームの世界の中で行われる要素を取り出して、現実の世界で効果的に用いること[p.58]」。
・ゲーム要素:ゲームのルール、ポイントシステム、リーダーボードなどのゲームを構成する小さな部分。
・ゲームデザイン技術:「どのゲーム要素をどの部分にどんな形で付与[p.56]」するか。「知識を蓄積し、良いゲームデザインのテクニックをきちんと評価しない限り、失敗する確率ははるかに大きくなる[p.57]」
・ゲーミフィケーションが有効な非ゲーム的文脈:内部ゲーミフィケーション(企業が組織内部で・・・生産性の向上、イノベーションの促進、仲間意識の強化、あるいは従業員の業績向上に取り組む)、外部ゲーミフィケーション(「企業が顧客との関係を改善するための方法となり、さらなる関与、製品との一体感、より強いロイヤルティを生み出し、最終的には売上増加につながる[p.44]」)、行動変容ゲーミフィケーション(「人々に新しい有益な習慣を身につけさせる[p.46]」、企業の便益とは限らない)。「継続的な行動変容にはモチベーションが核心となり、ゲームは最強のモチベーション促進ツールのひとつ[p.49]」。
・ゲーミフィケーションを検討してみたほうがよい理由:関与(エンゲージメント、「顧客や従業員に本質的で意味のある関与をさせる強力なツールセットとなり得る。関与は、それ自体にビジネス上の価値がある。消費者が関与するようになれば、取引につながっていく。また、研究によれば、アメリカの労働者の約70%が自分の仕事に十分に取り組んでいないという[p.61-62]」)、実験(「新しいやり方をあれこれ試しては、より良い解決策を見つけようとする[p.63]」)、結果(「ゲーム要素をビジネスプロセスに導入することでかなり良好な結果が出ており、単なる変わった取り組みではないことを多数の企業が認めている[p.66]」)。

ゲームシンキング:ゲームデザイナーの考え方
・ゲームシンキング:「楽しさが人々にモチベーションを与えるということは、驚きでも何でもない[p.70]」。「ゲームシンキングとは、かき集められる資源をすべて使って魅力的な経験を創り出し、人々に望ましい行動をとるようなモチベーションを持たせることを意味する。[p.78]」
・「ゲームがすべて楽しいわけでも、楽しいことがすべてゲームというわけでもない。・・・ゲームの基本的な特徴を定義するのは不可能に近い[p.72]」。
・ゲームの重要な側面:自発的なものであること、選択をするプレーヤーが必要なこと(プレーヤーは自分がコントロールしているという感覚を持つ、自律性)[p.73]。「ゲーム経験がワクワクするのは、ひとつには、・・・プレーヤーが自律性を持っていると感じるからなのだ[p.83]」。「カスタマイズできるオプションを増やすことで、顧客に権限があるという感覚を持たせている[p.82]」。
・ゲームが得意とすること:「問題解決を促す、初心者から専門家や熟練者まで興味が持てるようにする、プレーヤーにコントロールの感覚を持たせる、参加者それぞれが個人的な経験をする、独創的な考え方に報いる、革新的な実験を阻む失敗への恐怖を減らす、多様な興味やスキルセットを支援する、自信を持たせる、楽観的な態度、など[p.78]」。
・自社のビジネスに適しているかを見るポイント[p.83-93]:モチベーション(どの部分で行動を促せば価値を引き出せるか)、意味のある選択肢(プレーヤーに自律性を持たせる、プレーヤーにいくつかの選択の自由を与える選択肢と、その意思決定から生じる顕著な成果を指す。報酬は設けても選択肢は与えない、といった仕組みであれば、ほとんどのプレーヤーは権限がないことを感じ取り、すぐに退屈してしまうだろう。[p.88])、構造(一定のアルゴリズムで望ましい行動をモデル化できるか、アクティビティを測定し対応するためのアルゴリズムが欠かせない)、対立の可能性(既存の仕組みとの対立を避けられるか)。
・「理想的なゲーミフィケーションとは、モチベーションにつながるような興味深い課題を与え、ルールを簡単にコード化できり、なおかつ既存の報酬精度を補強するようなプロセスである[p.91]」

モチベーションとの関連
・自己決定理論(エドワード・デシ、リチャード・ライアン):「人は内発的な積極性を持ち、成長への強い内発的欲求を持っているが、それらは外部環境によって支える必要があり、そうしないと内発的動機づけは阻害される、と考える。・・・人は外的な強化策に反応するだけだと仮定するのではなく、自己決定理論では、人間が生まれつき持っている成長と幸福への欲求(ニーズ)を開花させる必要性に注目する。[p.105]」
・「自己決定理論が示唆しているのは、こうしたニーズがコンピテンス、関連性、自律性の3つに分かれることだ。『コンピテンス』もしくは熟達(マスタリー)は、・・・外部環境にうまく対処することを意味する。『関連性』は、・・・社会的なつながりや普遍的な願望だ。より高い目的である『変化を起こす』ことへの欲求として表れることもある。・・・『自律性』は、自分の人生を司っていると感じたい、有意義で自分の価値観に合ったことをしたいという、生まれながらのニーズである。・・・こうした人間の生まれつきのニーズがひとつ以上ある活動は、内発的動機付けとなる傾向がある。[p.105-106]」
・「自己決定理論の教訓をまさに具現しているのが、ゲームである。なぜ人々は遊ぶのだろうか。・・・誰も強制しているわけではない。『数独』のような単純なゲームでさえ、自律性(どのパズルを解くか、どんな方法で解くかは完全に自分次第である)、コンピテンス(解けた!)、関連性(解けたことを友達に話せる)という内発的ニーズに効果がある。同じようにゲーミフィケーションは、強力な結果を生み出すために、3つの内発的動機づけを用いる。レベルやポイントを貯める行為はすべて、コンピテンスや熟達の目印になる。プレーヤーは進歩するにつれて選択肢や経験の幅が広がり、自律性あるいは行為主体性(エージェンシー)への欲求が膨らんでいく。[p.108-109]」
・注意点:「外発的動機づけは内発的動機づけを締め出す(crowd out)傾向がある・・・心理学者はこれを『クラウディングアウト』と呼んでいる。興味深い活動に対して、具体的で、予測可能な、条件付きの外因性の報酬があると、内発的動機づけは消え失せてしまう[p.112]」。「ある人にお金を払って何かをやってもらうことは、それが本質的に楽しくない、価値がない、重要ではないことを意味している・・・。人々はやがて報酬を当然のものと思い始める。予想できる報酬はある種の埋没便益となり、受け取っても喜びは徐々に小さくなる。・・・安易に内発的な基準でモチベーションが湧くかもしれないアクティビティに、外発的動機づけを付与してはいけない、ということだ[p.114]」。「外発的動機づけがすべて悪いわけではない。・・・外発的報酬システムは、内発的ではない形でアクティビティに関与させるうえで効果があるということだ[p.116-118]」。
・「ゲーミフィケーションを使った仕組みにおけるフィードバックは、効果的なモチベーションの要となり得る。・・・常に自分の業績をチェックすることができる・・・自分がどのように評価されているかも把握できる。・・・成功する仕組みを構築する際には、素早く頻繁なフィードバックが必要だが、それだけでは十分ではない。」「予期しない情報のフィードバックは、自律性と自分で決めて行う内発的動機づけを高める。・・・条件付きの報酬が人のやる気を殺ぐのとは違って、予想外のバッジやトロフィーをもらうと、ユーザーは前向きな気持ちになる。」「ユーザーは自分の成績を知りたがる。・・・自分が目標に向かって前進しているというフィードバックを与えると、プレーヤーにとって励みとなり、やり遂げるのに必要な他のステップを行うモチベーションになり得る。」「ユーザーは与えられた基準に沿って自分の行動を変える。」[p.119-122
・「顧客や従業員をはじめとする他者からもっと搾取するための隠れたツールとして、ゲーミフィケーションを捉えてはならない。[p.126]」

ゲーム要素、ツールキット
・「ゲーミフィケーションに関連するゲーム要素は、ダイナミクス(原動力、仕組みの包括的側面、制約や物語など[p.145-146])、メカニクス(プレーヤーの行動を前進させ、ゲームに関与させる基本的プロセス、チャレンジや競争など[p.146-148])、コンポーネント(具体的構成要素、リーダーボード、レベル、ポイントなど[p.146-150])の3つのカテゴリーに分けられ、この順に抽象度が下がっていく。[p.144]」
・ポイント(P)、バッジ(B)、リーダーボード(L):「PBLはゲーミフィケーションではとても一般的なので、PBLがゲーミフィケーションであるかのように説明されることも多い」が、「実際には違う」。[p.132
・ポイントの使い方:1)スコア記録、2)勝敗がある場合、勝った状態を表す、3)外的報酬との結びつけ、4)フィードバック提供、5)進捗を対外的に示す、6)デザイナーへのデータ提供[p.133-136
・バッジ:「バッジは、ポイントをより大きな塊にしたもの」。「様々な種類のバッジがあれば、・・・ひとつのポイントシステムでは対応できない形でユーザーの興味に訴求することが可能になる。」[p.137-141
・リーダーボード:「リーダーボードは、・・・ユーザーに自分が進歩していることを知らせる。・・・適切な状況であれば、リーダーボードは強力な動機づけとなり得る。・・・その一方で、リーダーボードはモチベーションをことごとく殺いでしまう恐れがある。・・・ビジネス環境でリーダーボードだけを導入すると、業績の強化よりも後退につながることが多いとする調査結果もいくつかある。」[p.141-142

ゲームをデザインする6つのステップ
1、ビジネス目標を定義する:ゲーミフィケーションを使う理由
2、対象とする行動を具体的に考える:プレーヤーに何をやってもらいたいか、それをどう測定するか
3、プレーヤーを細かく設定する:「ユーザーは皆が皆、同じでない」。「ゲームやゲーミフィケーションの仕組みは、通常プレーヤーに様々な選択肢を提供するので、ひとつのセグメントだけに絞らなくてもよい」。[p.164-166
4、アクティビティサイクルを作る:エンゲージメントループ(プレーヤーが何をするか、なぜそれをするのか、それに応じた仕組みづくりでは何をすべきか)、進捗ステップ(プレーヤーが進んでいく道のり)を考える。進捗ステップでは、「初めのステップは非常にシンプルかつ誘導的にしておき、プレーヤーをゲームに招き入れる」(オンボーディング)。一休みとチャレンジを組み合わせることで、熟達しているという満足感と、達成感をもたらす。[p.171-172
5、楽しさを忘れない!:「誰もが同じ種類の楽しさを求めている、あるいは、参加者の好みは変わらないなどと思い込んではいけない。」、「その仕組みが楽しいかどうかを見分ける最善の方法は、厳格なデザインプロセスを通じて開発、試験、改良していくことである。」[p.175-178
6、適切なツールを活用する

失敗やリスクを避ける
・ポインティフィケーションの罠:「どのようなビジネスプロセスでもゲーミフィケーションになり、ただポイントを加えるだけで改善され、ユーザーはポイント集めが好きだからモチベーションを持つ、という浅薄な前提に基づいている場合に[p.190]」ゲーミフィケーションの可能性が台なしになる。「報酬そのものがモチベーションの根本になっている限り、外発的動機づけだ。・・・報酬を本質的に楽しい経験に置き換える方法を常に探したほうがよい。[p.191]」
・法的リスク:プライバシー、知的財産権、仮想資産の財産権、懸賞とギャンブル規制、不正行為、広告規制、労働者保護、報酬を伴う投稿、仮想通貨規制、搾取の仕組みとなる危険性(エクスプロイテーション)、ユーザーによる予期せぬ行動、などに注意が必要。

ゲーミフィケーションの将来
・「よく考え抜かれたデザインを用いる限り、ゲーミフィケーションは効果があり、現代のビジネスパーソンのツールキットのひとつと見なされるようになるだろう。・・・少なくとも、ゲーミフィケーションによって、ビジネスはもっと楽しいものになる。」[p.228-229
―――

楽しく仕事をしたいと思うなら、「楽しい活動」の本質を理解してその要素を仕事に適用してはどうか、というのが著者らのゲーミフィケーションの考え方の根本だと思います。楽しい活動自体は太古の昔から人間が行ってきたはずですが、最近こうした視点が注目されているのは、外発的動機づけだけでは期待どおりの成果が得られにくくなり、より強力な動機づけとして内発的な(楽しい)方法が求められている事情と、コンピューターを用いたゲームの流行により、多種多様な楽しさが提案され、設計されて試されるようになってきたという技術的な背景があるように思います。モチベーションについては別稿でも簡単なまとめを試みましたが、従来は、「遊び」をするモチベーションについてはあまり考察されていなかったかもしれません。しかし、ゲームをすることによって人間の脳内で「喜びに関係する脳内物質ドーパミンが活性化される[p.61]」ということが起きているなら、仕事に関する動機づけでも似たようなメカニズムが作用していることも考えられます。ゲームの魅力の分析によってモチベーションについての理解が深まるのではないか、と思います。

加えて、ゲーミフィケーションは、内発的動機づけを可能にする具体的な手法についての示唆を与えてくれる点も興味深いと思います。もちろん、監訳者も述べているように「『ゲーミフィケーション』はまだ始まったばかりであり、理論体系はこれから補強されていくだろう」[p.11]という状況ですので、汎用的な手法の確立にはまだ時間が必要でしょうが、現在までの知見だけでも、例えばやみくもにポイントシステムを導入するといった手法の危うさが示唆されるなど、実践的にも意味のある考え方だと思います。

研究開発では、内発的動機づけが重要であり、自律性を重視したマネジメントが求められていると言われます。この点で、ゲーミフィケーション手法は、研究開発に向いた手法と言えるかもしれません。実際、本ブログでも取り上げた「シチズンサイエンス」では、ゲームの手法が取り入れられ、効果を挙げていることを考えると、研究マネジメントにとってゲーミフィケーションの考え方は無視できないと思います。そもそも、研究という仕事は、本来的にゲームと似たような楽しさを内包している仕事なのではないでしょうか。研究開発において、外発的動機づけが重要なのか、それともゲーミフィケーションが示唆するような内発的動機づけが重要なのか、という点は議論があるところでしょうが、「楽しさ」という視点も含めたモチベーションの理解によって、研究開発マネジメントについての理解も深まるでしょう。企業における研究開発業務にゲーミフィケーションが適用できるかどうかは、今後の検討課題だと思います。しかし、本来的に楽しい要素を含む研究開発に、成果主義のような管理を持ちこむことが望ましいことなのか、目的志向や計画重視、細かな指示により自律性を損なうようなことをしていないかは、ゲーミフィケーションの考え方を参考にふり返ってみる必要があるように思います。研究者に「あなたの研究の楽しいところはどこですか?」と聞いたらどんな答えが返ってくるでしょうか。


文献1:Kevin Werbach, Dan Hunter, 2012、ケビン・ワーバック、ダン・ハンター著、三ツ橋新監訳、渡部典子訳、「ウォートン・スクール ゲーミフィケーション集中講義」、阪急コミュニケーションズ、2013.
原著表題:For the Win: How Game Thinking Can Revolutionize Your Business

参考リンク<2015.3.8追加>




「イノベーション・オブ・ライフ」(クリステンセン著)とマネジメント理論

人の行動や思考を知り、予測することはマネジメントにとって重要です。従って、経営学でも人に関わる問題は様々に検討され、多くの知見が蓄積されていると言ってよいでしょう。でも、それは経営分野だけにしか使えない知見なのでしょうか。

クリステンセン、アルワース、ディロン著「イノベーション・オブ・ライフ」[文献1]では人生における様々な場面において、経営学の理論がよりよい人生を送るうえで役立つことが述べられています。もちろん、本書に示された考え方だけでよい人生が保証されるわけではありませんし、よりよい人生のためのハウツーを伝授するという類の本ではありませんが、経営学における人間理解を人生に活かすとしたらどんな点が役にたつのかという視点で考えてみることは無駄なことではないでしょうし、人生というケーススタディをとおして経営理論が身近なものとして理解しやすくなるという意味も感じられる本だと思いますので、今回はその内容をまとめてみたいと思います。

なお、筆頭著者のクリステンセン氏は、本ブログでもたびたび取り上げている「破壊的イノベーション」理論の提唱者です。邦訳表題に「イノベーション」が含まれているのもそのためでしょうが、原著の表題である「How Will You Measure Your Life?」は、「自分の人生を評価するものさしは何か?[p.8]」という問いかけであり、本書はそうした問題提起のための本としての意味があるように思われました。以下、本書の構成に沿ってポイントをまとめます。

序講:第1講
・理論とは:「人生の状況に応じて賢明な選択をする手助けとなるツール[p.11]」、「『何が、何を、なぜ引き起こすのか』を説明する、一般的な言明[p.14]」。
・「過去からはできる限りのことを学ぶべきだ。・・・だがそれでは、未来へ向けて船出するとき、どの情報や助言を受け入れ、どれを聞き流すべきかという、根本的な問題の解決にはならない。これに対して、確かな理論を使ってこれから起きることを予測できれば、成功するチャンスを格段に高められる。[p.19]」

第1部:幸せなキャリアを歩む
第2講:私たちを動かすもの
・誘因(インセンティブ)理論:エージェンシー理論とも呼ばれる。仕事に取り組ませるには例えば金銭的な報酬を与えればよい、という考え方。ただし、この理論には、お金で動機づけられない人々の存在といった強力なアノマリー(理論で説明できない事象)がある。
・二要因理論、別名動機づけ理論(モチベーション理論):「誘因は動機づけとは違う。真の動機づけとは、人に本心から何かをしたいと思わせること」。ハーズバーグの理論では、衛生要因(少しでも欠ければ不満につながる要因)と動機づけ要因(仕事への愛情を生み出す要因)を区別する。金銭的報酬は衛生要因。「問題が起きるのは、金銭がほかのどの要素よりも優先されるとき、つまり衛生要因は満たされているのに、さらに多くの金銭を得ることだけが目的になるとき」。「動機づけ理論は、ふだん自分に問いかけないような問題について考えよと、わたしたちを諭している。この仕事は、自分にとって意味があるだろうか?、成長する機会を与えてくれるだろうか?、何か新しいことを学べるだろうか?、だれかに評価され、何かを成し遂げる機械を与えてくれるだろうか?、責任を任されるだろうか?、これらがあなたを本当の意味で動機づける要因だ。これを正しく理解すれば、仕事の数値化しやすい側面にはそれほど意味を感じなくなるだろう。」[p.35-45
第3講
・意図的戦略(予期された機会から生まれる)と創発的戦略(予期されない機会から生まれる):ミンツバーグによる考え方。「的を絞った計画は、実は特定の状況でしか意味をなさない。・・・戦略がこの2つの異なる要素からできていること、そして状況によってどちらを選ぶべきかが決まることを、しっかり理解しよう。」[p.51-54
・発見志向計画法:マクミラン、マグラスによる。「意図的戦略や新たな創発的戦略が有効かどうかを考える際に、役に立つ」。「『これが成り立つためには、何が言えればいいのか?』と考えるとわかりやすい。」「プロジェクトが失敗する原因は、ほぼ例外なく、予測や決定のもとになった重要な仮定の一つ以上が間違っていることにある。」[p.59-61
・「創発的戦略と意図的戦略の概念を理解すれば、自分のキャリアでこれという仕事がまだ見つかっていない状況で、人生の向かう先がはっきり見えるようになるのをただ漫然と待っているのは、時間の無駄だとわかる。いやそれどころか、予期されない機会に心を閉ざしてしまうおそれがある。自分のキャリアについてまだ考えがまとまらないうちは、人生の窓を開け放しておこう。状況に応じて、さまざまな機会を試し、方向転換し、戦略を調整し続ければ、いつか衛生要因を満たすとともに動機づけ要因を与えてくれる仕事が見つかるはずだ。このときようやく、意図的戦略が意味をもってくる。[p.67-68]」
第4講
・「実際の戦略は、限られた資源を何に費やすかという、日々の無数の決定から生まれる。・・・資源配分の方法が、自分の決めた戦略を支えていなければ、その戦略をまったく実行していないのと同じだ。」[p.70
・「資源配分プロセスは、意識して管理しなければ、脳と心にもともと備わった『デフォルト』基準に沿って、勝手に資源をふり分けてしまう。」「達成動機の高い人たちが陥りやすい危険は、いますぐ目に見える成果を生む活動に、無意識のうちに資源を配分してしまうことだ。」[p.80-81

第2部、幸せな関係を築く
第5講

・「良い金、悪い金」の理論:「新規事業の初期段階では、投資家からの『良い金』は、『成長は気長に、しかし利益は性急に』、・・・間違った戦略を推進して多額の資金を無駄にしないよう、できるだけ早くできるだけ少ない資金で、実行可能な戦略をみつけることを要求する。」「初期段階の企業に・・・『早く大きく』成長することを求める資本は、ほぼ例外なく企業を崖に突っ込ませる」(『悪い金』)。「いったん実行可能な戦略が見つかれば、『成長は性急に、利益は気長に』だ。」[p.96-97
・既存企業の成長事業への投資で失敗する事例:「当初の計画がうまくいかない可能性がとても高いため、投資家は既存事業がまだ力強く成長している間に、次の成長の波に投資しなくてはならない。」、しかし、投資は先延ばしにされる。主力事業が成熟するとあわてて新規事業を始め「早く大きく」成長するように大きな資金を投入するが、間違った戦略を無謀かつ強引に推進して失敗する。[p.96-98]」
・「時間と労力の投資を、必要性に気づくまで後回しにしていたら、おそらくもう手遅れだろう」[p.108
第6講
・片づけるべき用事の理論:「製品・サービスを購入する直接の動機となるのは、実は自分の用事を片づけるために、その製品・サービスを雇いたいという思い[p.112]」。「間違った観点に立って開発されたせいで、失敗する製品が多い。顧客が本当に必要としているものではなく、顧客に売りたいものにしか目を向けないのだ。ここで欠けているのは共感、つまり顧客が解決しようとしている問題への深い理解だ。[p.110]」
・人生においても例えば「伴侶がどんな用事を片づけようとしているかを理解しようと心を砕く代わりに、伴侶が求めているものを、こうだと勝手に決めつけがちだ。[p.126]」
第7講
・企業の能力を決める要因:資源、プロセス、優先事項[p.141]。効率や利益を追うためのアウトソーシン
グで能力を失う場合がある。必要な能力を社内に残しておかなければ「未来を手放すことになる[p.144-145]」。
・子どもに資源を与えることで、プロセスを養う機会を損なっていないか?[p.147-150
第8講
・経験の学校のモデル(マッコール):「生まれつきの才能の有無は、仕事での成功を占う確実な指標ではないことがわかっている[p.162]。」「能力は、人生のさまざまな経験をとおして開発され、形成されていく。困難な仕事、指揮したプロジェクトの失敗、新規分野での任務――こうしたことのすべてが、経験の学校の『講座』になる。[p.164]」「マッコールのモデルはプロセス能力を測ろうとするものだ[p.164]。」(知識やスキルといった資源ではなく)
・「世の親は、よい学業成績やスポーツの実績など、子どもの経験を積み上げることにこだわる傾向がある。だが子どもが生きていくのに必要な力を養う講座をおろそかにするのは間違っている[p.178]」
第9講
・組織文化(シャイン):「文化とは、共通の目標に向かって力を合わせて取り組む方法である。その方法はきわめて頻繁に用いられ、きわめて高い成果を生むため、だれもそれ以外の方法で行おうとは思わなくなる。文化が形成されると、従業員は成功するために必要なことを、自律的に行うようになる。[p.185]」
・「文化は、自動操縦装置のようなものだ。文化が効果的に機能するには、自動操縦装置を適切にプログラミングする必要があることを、けっして忘れてはいけない。つまり家庭に求める文化を、自ら構築するということだ。[p.198]」

第3部、罪人にならない
第10講

・限界的思考の罠:「ファイナンスと経済学の基礎講座で教えられる原則」に、「投資の選択肢を評価するとき、埋没費用や固定費(すでに発生していて、どの選択肢を選んでも変化しない費用)は考慮に入れず、それぞれの投資に伴う限界費用と限界収入(新たに発生する追加費用と収入)をもとに意思決定」するという考え方がある[p.205]。「だがこれは危険な考え方だ。このような分析ではほぼ必ず、総費用よりも限界費用が低く、限界利益が高いことが導かれる。この原則は、将来必要となる能力を新たに構築するよりも、過去に成功するために構築した既存能力を活用するよう、企業にバイアスをかけるのだ。未来が過去とまったく同じになるとわかっていれば、このやり方で問題ない。だがいまとは違う未来が来るなら――ほぼ必ずそうなるのだが――このやり方は間違っている。[p.206]」「既存企業がこの理論に従って既存資産の活用を進めると、総費用をはるかに上回る代償を支払うことになる。なぜなら競争力を失う羽目に陥るからだ。[p.210]」
・「何かを『この一度だけ』行うことの限界費用は、ないに等しいように思われるが、必ずと言っていいほど、それをはるかに上回る総費用がかかる。[p.211]」「倫理的妥協が招く厄介な影響を免れる方法はひとつだけある。そもそも妥協を始めないことだ。[p.217]」
終講
・企業の目的が意味をもつためには、「自画像」(企業がいま進みつつある道を最後まで行ったとき、こんな企業になっていてほしいと思い描くイメージ)、「献身」(実現しようとしている自画像に対しての深い献身)、「尺度」(進捗を測るために用いる、一つまたは少数の尺度で、仕事と尺度を照らし合わせることで企業全体が一貫した方向に進む)が必要。「目的は、明確な意図をもって構想、選択し、追求するものだ。だが企業がいったん目的をもてば、そこに行き着くまでの方法は、一般に創発的であることが多い。[p.221-222]」
・「じっくり時間をかけて人生の目的について考えれば、あとでふり返ったとき、それが人生で発見した一番大切なことだったと必ず思うはずだ。[p.231]」
―――

人生に対するアドバイスとしての本書の価値は、読者それぞれで異なるでしょう。内容についても著者の宗教的信念に関わる部分も多いように思われますし、本書の主張をどう受け取るかは、個人のお考えに任せたいと思いますが、一点だけ、こういう考え方もありうることだけは、知っておいて無駄なことではないと思います。

マネジメントの観点からは、以下の点が重要だと思います。
・著者が選んだ経営理論:とりあげられている経営理論は、よりよい人生を築くために役立つということを主眼に選ばれているのかもしれませんが、数多くの経営理論のなかから、特に重要で、応用範囲が広い理論が選ばれているように思われます。例えばモチベーションの問題や戦略論などでも、本書で取り上げられた以外にも様々な考え方があります。その中からクリステンセンという経営学者のフィルターによって選び出された考え方が本書に述べられ、その活用のしかたのヒントも添えられているという点は、経営(や人間、組織の問題)を学ぼうとする上で、ひとつの道しるべになるように感じました。
・理論の使い方:「理論」というものの捉え方は人それぞれかもしれませんが、本書では、理論とは、未来予測、賢明な選択の助けとなるツールであって、何が、何を、なぜ引き起こしたかを説明するもの、という位置づけになっています。一般に理論には、その理論が導かれた前提、適用可能な前提というものが存在しますので、経営理論を人生の問題に安易に適用することには慎重であるべきで、本書の試みには無理があると考える人もいるでしょう(実際、経営理論と人生の問題との関係がわかりにくく感じられる部分もありました)。しかし、経営も人生も、人間の行動の予測という点では似たようなものだと考えれば、全く無効な考え方とは言えないのではないでしょうか。人生における賢明な選択の助けになることを優先して、厳密な論考ではなく理論からの暗示をあえて大胆に用いようとしている、ということなのかもしれません。経営においてはまだまだ経験主義に頼る人が多いように思いますので、こんな形でも「理論」を知り、使ってみることにもう少し積極的であってよいのかもしれないと感じました。

著者は、本書の読者として企業のマネジャーではなく、こらから社会で活躍を始める若い人々を想定していると思います。その点、若い人に薦められる本だということは間違いないと思うのですが、では、年輩者はどう読めばよいのでしょうか。おそらく、マネジャーとして若い人を指導し、若い人々を含むグループをリードしていく上で、若い人にどんなアドバイスができるのか、クリステンセン氏には及びもつかないとしても本書を参考に考えてみること、それが必要なのではないかと思います。


文献1:Clayton M. Christensen, James Allworth, Karen Dillon, 2012、クレイトン・M・クリステンセン、ジェームズ・アルワース、カレン・ディロン著、櫻井祐子訳、「イノベーション・オブ・ライフ ハーバード・ビジネススクールを巣立つ君たちへ」、翔泳社、2012.
原著表題:How Will You Measure Your Life?
原著webページ:http://www.measureyourlife.com/

参考リンク<2014.2.23追加>




ノート7改訂版:研究者の活性化

1、研究開発テーマ設定とテーマ設定における注意点→ノート1~6

2、研究の進め方についての検討課題
ここからは具体的な研究の進め方を検討したいと思います。研究の分野やタイプによって研究の進め方は異なるのが普通ですが、多くの場合に共通する注意点や知っておくべき知識はあるでしょう。研究にまつわる人の問題、組織の問題、運営管理の問題などは、いずれも経営学上の大問題でしょうが、研究グループのマネージャーとして研究者を率いて研究を行なう立場と、経営者の立場とではその重要性は若干異なると思われます。以下では、研究グループのマネージャーとして、与えられた資源を有効に使い、どのようにマネジメントを行なうべきかという視点から、重要と考えられる課題についてまとめてみたいと思います。

2.1
、研究を行なう人の問題
まず研究を行なう人々をどのようにマネジメントしていくかについて考えます。研究者個人のマネジメントと研究者集団のマネジメントの2つの側面を検討する必要がありますが、野中らも指摘するとおり、「厳密にいえば、知識を創造するのは個人だけである。組織は個人を抜きにして知識を創り出すことはできない。組織の役割は創造性豊かな個人を助け、知識創造のためのより良い条件を作り出すことである」[文献1、p.87]と考えられますので、ここでは、まず研究者個人に焦点を当てて考え、研究者の集団としてのマネジメントは後ほど、組織運営に関する話題を取り上げる際に考えてみたいと思います。

①研究者の活性化
研究成果を高めることを研究マネジメントのひとつの目標とする場合、個々の研究者を活性化し、持っている力を十分に発揮させることは重要です。もちろん、それだけで研究成果が上がるわけではないですが、外的環境(研究組織、マネジメント体制、資源など)が同じ条件であれば、研究者が活性化されている方が成果が期待できるはずです。

従業員からより多くの成果を引き出す方法として、古くは伝統的管理論、すなわち従業員を命令を受けて作業を行なう機械のようにみなす考え方(機能人仮説)や、経済的刺激によって意欲が高まるという考え方(経済人仮説)に基づく方法が効果的という考え方がありました。しかし、その後の人間関係論の発展とともに、従業員の人間性が重視され、動機付け要因が注目されるようになります。実務的には、その後提唱されたコンティンジェンシー理論に基づいて、状況に応じた管理をすべきであるという考え方が最も受け入れやすいように思いますが、現在に至ってもまだ伝統的管理論に基づいたマネジメントを信奉する人がかなりいるのではないでしょうか。

現代の多くの研究課題は、結果の予測が困難な不確実な課題であり、臨機応変の対応が迫られることを考えると、伝統的管理論に基づくマネジメントでは限界があるように思われます。そこで、ここでは、研究者の活性化、モチベーションに関わる基本的な事項を、三崎[文献2]、開本[文献3]の著作に基づいて概括してみたいと思います。

人間がどんな欲求に基づいて行動するのかについては、Maslowの欲求階層理論が有名です。これは、「人間の欲求は生理的欲求、安全欲求、所属と愛の欲求、承認の欲求、自己実現欲求の5段階の階層をなし」、「人間は原則的に、まず低次の基本的欲求によって動機付けられ、低次欲求がある程度満たされると、より高次の欲求によって動機付けられるようになり、その際、低次の欲求は人を動機付ける欲求としては機能しない」「ただし、最上位の自己実現欲求は際限なく追い求められる」というもので、非常に理解、納得しやすく実践的にも有用なモデルです。このような欲求についての考え方はその後さらに発展し、例えば、McGregorは、上記の低次の欲求を強く持つ組織成員のモデルをX理論、高次欲求を強く持つ組織成員のモデルをY理論とし、Y理論に基づいた管理の重要性を指摘しています。また、Herzbergは高次な欲求を刺激するものを動機付け要因(motivators)、低次な欲求を刺激するものを衛生要因(hygienic factors)とし、衛生要因を改善しても不満がなくなるだけで動機付けることはできないとしています。さらに、Deciは、給与や人間関係など人を動機付ける要因が個人の外部にある場合の「外発的動機づけ」よりも、自らの有能さの確認や自己決定などに関わる「内発的動機づけ」が重要と述べています[主に文献2、p.111-114]

上記の動機づけに関する考え方は欲求説(need theory)と呼ばれますが、これに対して、モチベーションが生じる心理的メカニズムに着目した過程説(process theory)と呼ばれる考え方があります。これはLawlerの期待理論に代表されるもので、「人の行動は、その行動が報酬につながる期待と報酬の魅力度によって規定される」というものです。ここでは欲求と密接に結びついた報酬の魅力度(誘意性Valence)に加えて、それが得られる期待も考慮に入れているわけですが、この期待については、努力が業績に結びつく期待(EP期待)と業績が報酬に結びつく期待(PO期待)に分けて考えることができるとされています。Lawlerは、これらの積としてモチベーションをモデル化しており、単純な積の形に表現するのはやや乱暴なモデルだと思われるものの、例えば、成果から得られる報酬が期待でき、それが魅力的であっても、成果が得られる可能性が低ければモチベーションがあがらないだろう、という心理的側面をうまく表現できているように思います。ただし、研究者のモチベーションに関しては、成果が得られる期待(EP期待)が高すぎても(つまり、課題が簡単すぎても)モチベーションは上がらないという考え方(Atkinsonの達成動機理論)のように達成感が重要な因子として作用するという考え方もあるようです[主に文献3、p.39-41]。(なお、達成動機の研究にはMcClellandも多方面からアプローチしています[文献4、p.154]。)

さらにエンパワーメントという考え方があります。これは開本によれば、「高いエネルギーに関わる心的活力」「モチベーションが短期的な、瞬間的な概念であるのに対し、エンパワーメントは、より長期的なスパンでとらえるべき概念」[文献3p.57,59]とのことです。欲求や期待以外に人間の行動に影響を与える因子、特に周囲の状況や感情的な側面、モチベーションの維持に影響を与える因子も考慮の対象になっている点が特徴のように思われます。エンパワーメントに影響する項目としては、個人の目標の集団にとっての意味、集団にとって必要な人材であることの認識、自分が有能であるという認識、自信、影響力、自己の適性や嗜好との合致、無力感、情報へのアクセス、行動に際しての自律性、権限委譲、自己決定、仕事自体の組織や社会への貢献、上司の能力と態度、メンター、支援、周囲の反応、チームとしての能力、成長機会、などが挙げられています[文献3p.57-75171]

このように、人の動機については様々な要因が影響することが示されており、上記以外にも、Lockeの目標設定理論、Snyderの希望の心理学、Csikszentmihalyiのフロー経験、Seligmanのポジティブ心理学なども重要な考え方と言えると思います[文献4]。ただし、すべてを統一的に理解でき、かつ実践の役にも立つような包括的な理論は未確立のようですので、結局のところ、人を思い通りに動機づけ活性化する簡便な方法はない、と考えるべきだと思われます。

そんな中で、金井は、やる気を生み、育てる要因を次の4つの系統に整理しています[文献4、p.22]。
1、緊張感・危機感・欠乏・心配・不安がやる気を起こす(ズレ・緊張系)
2、夢・希望・目標を持つことで、やる気が起こる(希望・元気印系)
3、その人それぞれの考えで、やる気が起こる(持論(自論)系)
4、コミューナルな関係性、共感がやる気を起こす(関係系)
そして、それぞれの系統の役割として、やらなければという緊張感(ズレ・緊張系)で、やる気が起こりアクションを開始→希望や期待、ビジョン(希望・元気印系)を持ってアクションを持続→ただし、やる気にはアップダウンがあり、それを自己調節するのに必要なのが持論(自論)、という流れを示しています。さらに、こうしたやる気を支えるための土台(心身の健康状態、プライベートの充実など)も必要であって、加えて、他者から受ける影響(関係系)によってやる気が影響を受けることも指摘しています。この考え方は単なる動機づけだけではなく、やる気の持続や調節への影響も考慮されている点で、様々な動機づけ理論を状況に応じて使う上で参考になる考え方だと思います。

以上、研究者の活性化に関わる因子について、おおまかにまとめました。動機づけややる気の研究には多くの蓄積があり、実用的には、それらからの重要な示唆を認識した上で、状況に応じて使いこなしていくことが求められる、ということでしょう。
―――

考察:研究者の活性化における注意点
不確実な課題に挑戦し、予想外の発見に至るために決められた課題を逸脱しなければならないこともある研究開発活動において、以上のモチベーション理論に基づいて「研究者はこうマネジメントすべきだ」という実務的な回答を得ることは不可能のように思われます。しかし、少なくとも以下の点には留意するべきでしょう。
・欲求には低次のものと高次のものがあり、低次の欲求は満たされることによって動機付けの力を失うことがあるが、高次の欲求は動機付けの力を失いにくいと考えられる。
・欲求には、それが充足されないと不満を感じる種類のもの(衛生要因)と、動機付け要因となりうるものがある。
このことに加え、結果が予想しにくく努力が報われない可能性のある研究開発活動の特徴を考慮すると、強い動機づけが継続的に確保されるようなマネジメントが効果的なのではないかと考えられます。すなわち、衛生要因となりうる待遇などの外的要因は確保した上で、低次の欲求を刺激することよりも、高次の欲求しかも内発的な動機に焦点をあてたマネジメントを行なう必要があるということになるのでしょう。さらに、研究者の個性、考え方や欲求、取り組むべき課題の多様性を考えると、特定の動機づけの考え方にあまり固執せずに柔軟なマネジメントを行う必要があると思われます。加えて、これからの時代には、個人の活性化を主対象とした上記のようなモチベーションの議論だけでなく、コラボレーションを推進するために、個人の意欲を維持しながら組織としての能力を最大限発揮するような活性化の方法を考えていかなければならないかもしれません。

このノートの改訂版「はじめに」では、研究マネジメントにおいて最も重視すべきこととして「研究開発やイノベーションに携わる人が継続的に意欲を持ちつづけられること」をあげました。そのための基礎として、動機づけ、モチベーションの知識はひとつの拠りどころとなると思います。どんな場合にでも役立つ人材活性化の方法のようなものはないかもしれませんが、モチベーションに影響する様々な因子を理解した上で、研究者のモチベーションの状態を見ながら(例えば、本ブログ別稿「モチベーション管理る?」に書いた試案のような方法はどうでしょうか)、臨機応変かつ総合的に活性化のためのマネジメントを行なっていくことが求められるように思います。


文献1:Nonaka, I., Takeuchi, H., 1995、野中郁次郎著、竹内弘高著、梅本勝博訳、「知識創造企業」、東洋経済新報社、1996.
文献2:三崎秀央、「研究開発従事者のマネジメント」、中央経済社、2004.
文献3:開本浩矢、「研究開発の組織行動」、中央経済社、2006.
文献4:金井壽宏、「危機の時代の[やる気]学」、ソフトバンククリエイティブ、2009.
 →文献4については本ブログ別稿「モチベーション再考」で少し詳しく取り上げています。

参考リンク

ノート目次リンク



エキスパートになる、育てる(金井壽宏/楠見孝編、「実践知」より)

エキスパートといえば、「専門家」、「達人」ということになるでしょうが、その意味には少し違いがあるでしょう。どちらも、ある人が特定の分野についての有用な知識やスキルを持っていることを意味している点では同じとしても、専門家は職業として成立するようなある一定レベル以上の能力を持つことを指すのに対し、達人となるとある分野における能力が卓越していることを意味しているように思われます。

では、どうやれば達人になれるのでしょうか。研究者でいえば、初学者の段階から知識と経験を蓄え、やがて一人前の専門家になり、そのうちの一部の方が達人の領域にまで達する(研究の分野では「第一人者、権威」と言われることが多いと思いますが)、という成長の過程をたどります。もし、少しでも速く、簡単に達人になれるとすれば悪くない話ですし、逆に育成がうまくいかなければ問題を引き起こすかもしれません。今回は、専門的能力の熟達過程と、成長の方法について、金井壽宏/楠見孝編、「実践知」[文献1]に基づいて考えてみたいと思います。

本書は3部構成になっています。以下、その中の重要と思われるポイントをまとめます。

I部、実践知――獲得と継承のしくみ1~3章)

第1章、実践知と熟達者とは(楠見孝)

・「実践知(practical intelligence)とは、熟達者(expert、エキスパート)がもつ実践に関する知性である。熟達者とは、ある領域の長い経験を通して、高いレベルのパフォーマンスを発揮できる段階に達した人をさす。・・・本書では・・・実践知を獲得する学習過程を『熟達化』と定義し、熟達者を熟達化の過程を経た人というより広い意味でとらえる。[p.4]」

・「学校知とは学業に関わる知能、学校の秀才がもつ知能である[p.5]」

・「知能検査で測定される知能は、実践知というより学校知を予測するものである。知能検査の限界として、よく指摘されるのは、知能検査の成績は、学校を終えてからの職場での実績についての予測力が低い点である。こうした知能検査の限界に基づいて、仕事をはじめとする実践場面における知能を説明・予測するために提唱されたものが、実践知なのである」[p.6-7

・「実践知は、経験から実践の中に埋め込まれた暗黙知(tacit knowledge)を獲得し、仕事における課題解決にその知識を適用する能力を支えている。[p.12-13

・「熟達者は、・・・実践知あるいはスキルを経験から獲得することで、高いレベルのパフォーマンスを発揮している」[p.17]。熟達者の特徴は次の9点にまとめられる。1)実践知、とりわけ事実に関する詳細な知識、さらに言語化、意識化されにくい知(暗黙知)を多くもっている。2)最高のパフォーマンスを、素早く正確に実行できる。3)初心者がわからないような重要な特徴に気づく検出、それが何であるかがわかる認識、さらにそれを他のものと弁別できる知覚的スキルをもつ。4)すぐれた質的分析ができる。5)正確な自己モニタリングを行い、自分のエラーや理解の状態を把握できる。6)適切な方略を選ぶことができる。7)その場の状況の情報をリソースとして適切に活用できる。8)不確実性に対応できる広範な方略をもつため、不測の事態にも対応できる。9)短い時間と労力での実行を可能にする効率よく状況を動かすポイントを見つける。

・仕事の実践知を支える4つのスキルと暗黙知:1)テクニカルスキル(タスク管理)、2)ヒューマンスキル(他者管理)、3)メタ認知スキル(自己管理)、4)コンセプチュアルスキル。[p.28

第2章、実践知の獲得(楠見孝)

・「エリクソン(Ericsson)は、仕事に限らず熟達化における高いレベルの知識やスキルの獲得のために、およそ10年にわたる練習や経験が必要であるとして、『10年ルール』を提起している。」[p.34

・熟達化の段階:1)初心者(指導者からコーチングを受けながら、仕事の一般的手順やルールのような手続き的知識を学習し、それを実行する手続き的熟達化が行われる)、2)一人前における定型的熟達化(指導者なしで自律的に日々の仕事が実行できる段階)、3)中堅者における適応的熟達化(柔軟な手続き的熟達化によって、状況に応じて、規則が適用できる。さらに、文脈を越えた類似性認識(類推)ができるようになり、類似的な状況において、過去の経験や獲得したスキルを使えるようになる)、4)熟達者における創造的熟達化(高いレベルの完璧なパフォーマンスを効率良く、正確に発揮でき、事態の予測や状況の直観的な分析と判断は正確で信頼できる)、5)叡智(仕事場を含む幅広い人生経験に基づく深く広い知識と理解に支えられた知性)[p.35-39

・実践知獲得のための学習:1)観察学習、2)他者との相互作用(対話、情報のやりとり)、3)経験の反復、4)経験からの機能と類推、5)メディアによる学習(書物、研修など)[p.41-45

・経験から実践知をどれだけ多く獲得できるか:経験から学習する態度(挑戦性、柔軟性、状況への注意とフィードバック、類推)、省察(過去の体験に意義や意味を解釈して深い洞察を得る、実践の可能性について考えを深める)、批判的思考(基準に基づく合理的(理性的・論理的)で偏りのない思考)による。[p.45-51

・実践知獲得を促進する組織特性や職場環境:異動、責任、負担、障害、コミュニティ、批判的思考ができるクリティカルコミュニティ[p.51-53

第3章、実践知の組織的継承とリーダーシップ(金井壽宏・谷口智彦):

・リーダーを育て、育成の仕組みをつくるのはリーダーの役割のひとつ、薫陶を受けながら学ぶ、リーダーシップの持論を言語化し、それと言行一致した行動をとるときに最も促進される、研修以上に経験と薫陶が大事。[p.61-62

・「持論の特徴は、暗黙知であること、経験と経験の物語に根づいていることであり、加えて、それ自体が暗黙知で物語に支えられているなら、持論そのものが言語化されることが不可欠となる[p.68]」

・リーダーシップエンジン、リーダーシップパイプライン:リーダーが次世代リーダーを生み出すリーダーシップ育成の連鎖の仕組み[p.97

II部、エキスパートの仕事場から(第4~6章)

II部に述べられた事例から特徴的と感じたものを抜き出しておきます。

第4章、組織の中で働くエキスパート:営業職(松尾睦)、管理職(元山年弘、金井壽宏、谷口智彦)、IT技術者(平田謙次)

・目標達成志向の信念(自身の売上目標を達成することを重視)は、目の前の販売業績を高める力がある。顧客志向の信念(顧客を満足させ、顧客から信頼されることを重視)は、現在の販売業績を高める力はないものの、経験から学習する能力を高め、将来の販売業績を高める力をもつ[p.117-118

・管理職が持つ実践知:1)タスク管理、2)他者管理、3)自己管理[p.125,28

・参照実践知:体系化された実践知(知識、基本スキル)[p.150

・遂行実践知:タスクプライオリティ知(実践の仕事場でタスクを選択したりタスクの優先順位をつけたりする)、資源配分知(適切な認知資源を投入する)、状況知(参照実践知を状況において実働可能にする)[p.153

第5章、人を相手とする専門職:教師(坂本篤史、秋田喜代美)、看護師(勝原裕美子)

・「教師の仕事は、時々刻々と進まざるをえないために、複雑な状況を無視したルーティン化の危険性がある。とくに、個人で省察を行っていると、個人的な信念を強固にしていく可能性がある。したがって、他者に開かれた省察を行う必要がある。→教師のコミュニティの中での学習[p.184

・看護師においては、各レベルにおいて到達すべき目標が具体的に決められ(クリニカルラダー)、自分のレベル確認、次レベルへの目標につなげられる[p.215]。また、新人をチーム全体で育てる仕組みがある[p.211]。

第6章、アートに関わるエキスパート:デザイナー(松本雄一)、芸舞妓(西尾久美子)、芸術家(横地早和子、岡田猛)

・正統的周辺参加:「学習者は熟達者の所属する実践共同体に所属し、最初は共同体の周辺から、その中で熟達に応じた役割を果たしながら、共同体への参加を深めていく」[p.236]。新人が雑用を引き受けることにはそうした意義もある。

・芸舞妓の世界では、教育システム、メンターシステム、顧客を含む実践コミュニティが形成され、実践知がひきつがれている。

・「芸術家が熟達するためには、作品を発表する場、適切な評価を受けられる場、鑑賞者からのフィードバックを得られる場などが必要」[p.291

終章、熟達化領域の実践知を見つけ活かすために(金井壽宏)

・主体性(agency)と共同性(communion):「どんなに卓越した熟達者(エキスパート)であっても、『おれが、おれが』で通している人は、その意味で発達不全であり、その領域で人を育てる意志と、その領域で切磋琢磨する人々をうまく導くリーダーシップが、望まれるようになる」[p.298

・熟達化への動機づけ要因(モティベータ):有能感(その領域で有能で、効果的に環境に働きかけることができ、その領域をうまくマスターしているという実感[p.304])、用具性(熟達することがポジティブな諸結果(広義の報酬)をもたらす主観的確率)、自己決定と自己イメージ(自分で決めること、才能や有能さの自己イメージ)が重要。

・熟達化へのモティベーションの自己調整:熟達に必要な長期間、熟達へのモティベーションを維持する必要がある。その自己調整のための方法として、1)緊張系(未達成だと気づくと人は動く、欠乏動機、ハングリー精神、危機意識)、2)希望系(希望、達成感、達成に対する承認や賞賛、報酬への期待、成長感、楽しみや熱中)、3)持論(自分自身を自分で動機づけるためのモティベーションの持論)、4)関係系(他者との関係性の中で人は動機づけられる、親和動機、親密動機)[p.311-317

・「孤高にエージェンティックに自分を研ぎ澄まそうとするだけでなく、師匠、仲間との切磋琢磨と相互刺激の源泉となるコミューナルな関係性の中で、熟達のレベルを挙げ、十分に腕を挙げて、究極には、外的技術からうまい!といわれるレベルを越えた、自分のスタイルに達する。そういう創造的熟達者(エキスパート)への道を、仕事の世界でも歩みたいものである。」[p.340

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研究者にとっての熟達のひとつの形は自分の専門分野で高い能力を発揮することです。そのためには、まず高いスキルを持つ必要があります。科学技術分野では、そうしたスキルは学校知の範囲に入ることも多いため、育成や継承を考える際に実践知が軽視されてしまうことがありますが、暗黙知を始め経験に基づく実践知は、特に未知の領域、不確実な領域、人間がかかわる領域では無視できるものではないはずです。さらに、研究者は競争的環境に置かれることも多く、孤高になりがちだとすれば、「共同性」や組織としての育成ということにもう少し目を向けるべきでしょう。研究組織、研究のエキスパートが保有する実践知について、どういう点に注意してその熟達と継承を行わなければならないのか、本書は多くの示唆を含んでいるように思われます。

さらに、研究者としての熟達と研究マネジャーとしての熟達の違いについても注意が必要だと思います。多くの研究マネジャーは研究者としてキャリアを始め、研究者としてのスキルを磨くことになりますが、やがて、他者との協働プロジェクトに参加したり、後輩を指導したりし、やがては管理職という業務につく場合もあるでしょう。その時、今まで積み上げてきた研究者としての専門的スキルの熟達の成果が通用しない場合もあることは自覚しておく必要があるはずです。本書の第II部では、ひとつの分野での熟達の事例が多くとりあげられていますが、専門分野のスキルの熟達から管理職としての熟達化を目指す方向に志向を切り替える方法についても考えておく必要があると思いました。おそらくは、「共同性」を重視した熟達のプロセス、組織的なサポートをうまく利用する必要があるのではないかと思いますがいかがでしょうか。組織としても個人としても求められる熟達レベルが高まっている現在、研究者として、研究マネジャーとしての熟達のあり方、進め方についてしっかり考えておく必要があると思います。



文献1:金井壽宏、楠見孝編、「実践知 エキスパートの知性」、有斐閣、2012.


参考リンク<2013.8.18追加>

 


 

シチズンサイエンス考

シチズンサイエンスとは、アマチュアまたは非職業的な科学者によって、その一部または全部が行なわれる科学研究のこととされています(wikipedia[文献1])。具体的には、データの系統的収集や分析、技術開発、自然現象のテスト、これらの活動の普及などが行なわれていて、近年のインターネット環境の発展とともにこうした活動は活発化しているとのことです。今回は、シチズンサイエンスについて考えてみたいと思います。

シチズンサイエンスの形態[文献1](文献1の「Citizen scientist」=「市民科学者」としています)

・プロの研究者が解析するためのデータ集めに市民科学者が協力する。

・プロの研究者が集めたデータを市民科学者が解析する。

・市民科学者が研究センターにおける支援をしたり探検に同行したりする。

・市民科学者同士がコンペで成果を競い合う。

・市民科学者が装置を作ってデータを取ったり、大きなプロジェクトの一部を担ったりする。

・市民科学者が、プロの研究者が訪れないような分野を探検する。

こうした市民科学者の活動は古くからありました(そもそも職業科学者が生まれる20世紀より前の科学研究の担い手は市民科学者であったと考えることもできます)。ただ、近年のネット環境の発展と普及が、科学研究への市民科学者の新たな参加方法を編み出していることも指摘されています。例えば、個人所有のコンピュータの余剰能力を活用してデータ解析を手伝うRosetta@home(タンパク質の折りたたみ構造を解析する)や、SETI@home(地球外生命体からの信号を探索する)など、分散コンピューティングやボランティアコンピューティングと呼ばれる活動があります。また、Stardust@homeNASAの探査機が彗星の尾から採取を試みた粒子を発見する)やGalaxy Zoo(銀河の写真を見てその形態を分類する)、oldweather(第一次世界大戦中の英海軍船舶の航海日誌から当時の天気を抽出する)など、参加者の判断や技能が問われるようなプロジェクトもあります。[文献2、文献3]

このようなシチズンサイエンスの活動は、今までのやり方では作業にかかる負荷が大きくて実施できなかった研究対象について、その制約を緩和できる手法として重要な意義を持つと言えるでしょう。特に、比較的単純ではあるが処理に手間のかかるデータ採取、解析が必要な研究においては、今後適用例が増えていくのではないでしょうか。

研究マネジメント面の意義

シチズンサイエンスを研究やビジネスのマネジメントの観点から見ると、いくつかのビジネス手法との共通点があることがわかります。外部との協働で研究を進めることはオープンイノベーションにほかなりませんし、作業の一部をネット経由で外注することはクラウドソーシングとして知られた手法です。実際に、アマゾンのmturkなどは、単純な作業を安価に外注することが可能な仕組みを提供しており、パターン認識など、機械では困難だが人間にとっては単純な作業でデータを作ったり集めたりすることが効率的にできることが知られています[例えば文献4、p.110]。


しかし、シチズンサイエンスの場合、参加者は金銭的報酬を求めているわけではなく、参加者の作業への動機づけは金銭的報酬以外のインセンティブによってなされている点がひとつの特徴になっていると思います。参加者は、自分の保有している資源(人間としての能力、コンピュータなど)を社会に有用な目的のために役立てたいという気持ちはもちろんのこと、自分の楽しみ(ひまつぶし、ゲーム感覚の遊び、発見の喜び、最先端の科学やきれいな銀河の写真、昔の航海日誌などに触れる楽しみなど)によっても動機づけられています。例えば、遊びの要素として、こなした作業の量や、成果の質に応じてプロジェクト内でのステータスが上がったり、成績優秀者として順位づけられて称賛されたりする仕組みが作られているものもあります。また、プロジェクト内で同じ興味を持つ人同士や専門の研究者との交流ができるフォーラムが設けられているものもあり、ネット環境の利用による非物質的な魅力が参加者のモチベーションを高める一要素になっていると思います。

このような「遊び」の要素の導入は、プロジェクト運営上のテクニックという面もあるかもしれませんが、実は研究の本質にもつながるものだと思います。未知のことを知る、同じ興味(専門)を持つ人同士で議論や交流をする、成果を挙げたことが社会から評価される、などのことは通常の研究活動においても行なわれていることであって、それが研究者のモチベーションの維持に貢献している側面は無視できません。シチズンサイエンスでもそうした体験をネット上で提供していると考えられます。専門的な知識を要する研究活動は市民には困難であっても、研究の手伝いをすることで充実感や達成感を得られる仕組みが構築できている点は、研究活動における金銭的報酬以外のインセンティブの重要性を示す例として示唆に富んでいると思われます。

さらにシチズンサイエンスにおける協力の仕組みは、オープンイノベーションの進め方についての示唆も与えてくれています。オープンイノベーションの場合、協働する研究者(組織)の間での作業の分担と成果の配分を調整する必要がある点が運営上の課題であるという意見があります。これに対し、シチズンサイエンスでは、市民科学者が行なう作業の範囲を限定的に設定し、その作業に与えられる報酬(成果配分)も金銭的なものではなく「楽しみ」とすることで、協力者も納得した上で意欲的に作業に取り組んでもらえるようになっており、上記のオープンイノベーションの課題をうまく解決していると言えるのではないでしょうか。ビジネスにおいては金銭的報酬抜きの協力関係を構築することは難しいかもしれませんが、少なくともモチベーションが金銭的報酬によるものだけではないことはオープンイノベーションを考える上でも認識しておくべきことであると思われます。

科学と社会の関わりにおける意義

シチズンサイエンスは、科学コミュニケーション、STS(科学技術社会論)の面でも以下のような示唆を含んでいると思います。

・シチズンサイエンスは、市民にとって科学を身近なものとして感じるきっかけになる。

・その活動を通じて、市民が科学者の活動に触れることができる。

・その活動において、市民がデータの扱い方、データの重要性を体験、実感できる。

つまり、科学者との共同作業を通じて、科学者の考え方、仕事の実態に触れるきっかけになるのではないか、ということです。市民を科学と対峙する存在としてとらえるのではなく、お互いに理解し、協働していくきっかけとしての意義がシチズンサイエンスにはあるのではないでしょうか。科学者が市民を啓蒙するのではなく、科学者が市民を重要なパートナーとして見ること、市民の側からも楽しみとしての協働を通じて科学的な考え方に触れることは、科学コミュニケーションの促進に役立つのではないかと考えます。楽しみながら交流することを特徴とし、その作業には遊びに近い要素が含まれているものであっても、そのデータを使う研究は遊びではありません。このようなシチズンサイエンスを進めることは、市民が本物の研究を身近に体験し、学ぶよい機会となり、社会と科学の垣根を低くすることにつながるのではないかと思います。

技術者の立場からみてもシチズンサイエンスが取り上げているテーマにはなかなか興味深いものがあります。加えて、シチズンサイエンスには、単なる研究補助や市民の趣味以上の意義もあるように思いますがいかがでしょうか。


文献1:Wikipedia, “Citizen science”, 2012.7.1アクセス

http://en.wikipedia.org/wiki/Citizen_science

文献2:Eric Hand, “People power”, Nature, vol.466, No.7307, 2010.8.5, p.685.

http://www.nature.com/news/2010/100804/pdf/466685a.pdf

文献3:Kalee Thompson(K.トンプソン)、編集部訳、「ネットでシチズン・サイエンス」、日経サイエンス、2012年5月号、p.98.

文献4:新井紀子、「コンピュータが仕事を奪う」、日本経済新聞出版社、2010.

参考リンク


 

 

報連相と研究開発

仕事を進める上で、「報連相」すなわち「報告・連絡・相談」が大切である、ということはよく言われます。報告・連絡・相談をセットにして強調するのは日本独自の考え方のようですが、この3つは仕事を進める上でどんな組織においても必要な行動といってよいと思われます。研究開発を行なう際にも、当然報連相は必要なのですが、研究において報連相がどうあるべきか、といった実務的なことは研究マネジメントの世界ではあまり話題にならないように思われます。そこで、今回は、研究開発という仕事の特性をふまえた上で、報連相はどうあるべきかを考えてみたいと思います。

一般的には報連相をうまく行なうことで以下のような効果が期待できると考えられます。

・第一線の情報がマネジャーに伝わりやすくなる。

・問題点に対する素早い対応、戦略変更が可能になる。

・チームワークが機能しやすくなる。総合力の発揮が促進される。

・相談を通じてタイムリーな指導、教育が可能になる。

・情報の共有化が進む→異なる見解の融合によって新たなアイデアが生まれる。

・報連相するためにデータをまとめたり、考えたりする機会となる。

・組織内の信頼関係が強化される。

しかし、やり方を誤ると次のような問題が発生することも指摘されます。

・報告(資料作成)に時間をとられ生産性が低下する。

・権限委譲が進まない。

・問題を報告した後、問題解決の責任の所在が不明確。

・報告に対して対応策が指示されると、報告者が自主的に起きたことの原因を探ったり、問題解決策を考えたりしなくなる。指示待ち思考になってしまう。

・報告内容にとらわれて観察にバイアスがかかる。

・報告を求めすぎると信頼関係が損なわれる。モチベーション低下を招く。

・報告を受ける上司がオーバーフローすると機能しなくなる。

・必ずしも能力に問題があるわけではないのに、報告を嫌う人がいる。

つまり、報連相はすればよいというものではなく、状況に応じてうまく行なうことが必要、ということになるはずです。大雑把に言って、報連相が有効に機能するのは、第一線のデータを中央に集めてそこで判断や指示を行なう場合、プロジェクトのように目標や工程がはっきりしていてそれを実行するような場合、急ぎの対応が必要な場合、各々が分担した業務間の調整が必要な場合、報連相を通じて上司が部下を教育する場合、情報共有を進めたい場合など、ということになるでしょう。こうした場合に、上記の効果と問題点のバランスを考慮して、問題が発生しないようなやり方をしなければいけないわけです。

研究開発の場合はどうでしょうか。納期の決まった開発プロジェクトなどの場合には、多少のリスクを負っても報連相を強化することが必要でしょう。しかし、未知への挑戦、急を要さない長期的なテーマ、探索的なテーマ、基礎研究に近いテーマなどを行なう場合には頻繁な報連相は不要と言えるのではないでしょうか。また、企業における研究開発の場合、部下の能力は様々です。特定の分野に限れば若くても研究マネジャーより詳しい研究員もいるでしょうし、専門職制度を設けている場合にはマネジャー以上の能力を持った第一線研究者がいる場合もあるでしょう。こうした専門家に対しては、過度の報連相の要求は信頼を損ないモチベーション低下につながりかねません。かといって、権限委譲して報告を受ける機会を減らせば、その業務に無関心と受け取られてモチベーションが下がることもあり、得失のバランスをうまく取ることが難しい場合があると思われます。これに対して、仕事を通じた教育を行なう場合には報連相は必須と言っていいでしょう。専門性の育成には時間がかかります(10年ルール-ノート5参照)ので、報連相が指導のための重要な機会であることに疑う余地はないと思われます。(この点、大学での研究では「指導」という要素が強いですから報連相は極めて重要なのではないかと考えられます。)

つまり、基本的には報連相は悪いことではないとしても、上述のような場合には、やり方の工夫が必要になるということでしょう。例えば、情報共有を活性化したいならば、部下から上司への直接報告ではなく、ミーティングなどでグループ全員に報告してもらうようなやり方がよいかもしれません。教育的要素を考慮するなら、メンターや教育係を決めて、マネジャーよりも先にまずそこに報告させることも有効でしょう。報告の頻度も、低すぎれば関心が低いと思われてしまいますし、報告間隔が空けばマネジャー側が以前の細かな経緯を忘れてしまったりします。逆に、頻度が高すぎれば部下の負荷が増え、マネジャー側も消化不良を起こす危険があります。さらには、マネジャーの対応にも配慮が必要でしょう。報告を受けても、それに対する反応が悪ければ報告する意欲は失われるでしょうし、報告を受ける側の反応によって報告内容が偏ってしまう恐れもあります(例えば、失敗やミスの報告に対して厳しく問い詰めれば、悪い事実の報告は上がってこなくなるでしょう)。報告を受け方にしても、報告されるのを待つのではなく、情報が必要ならば積極的に担当者に聞くようにしてもよいはずです。

結局のところ、研究開発における報連相は、業務の内容、報告者やマネジャーの状況、報連相に何を期待するかを考慮しないといけないということになります。プロジェクト進捗管理や分担業務間の調整が必要な場合などでは報連相が明らかに重要と考えられますので、そうではない状況での報連相の進め方、注意点などについて、以下に私の考えをまとめておきたいと思います。

創発のための報連相のあり方(私案)

・報連相の役割は、「情報共有」「創発」「教育」が特に重要。

・報告はマネジャーに個別に行なうよりも、グループ全体で内容を共有することが重要(とは言っても10人以上のグループでは難しいかも)。

 →組織的知識創造(共同化、表出化、連結化、内面化を通じた暗黙知と形式知の変換による知識創造-SECIモデル-「創造性を引き出すしくみ」参照)の機会となる。

 →議論を通じた教育の場となる。

 →研究者間の協力と競争のきっかけとなる。

・単なる進捗報告よりも、予想外の結果、問題のある結果の報告を強く求めるべき。

 →研究の方向の修正、異なる知識や考え方の結合による新たな発想、創発の源となる。

 →グループ全体で「考える」ことが促される。マネジャーによる解決策の提示は慎重に行なうべき。

 →マネジャーは、問題のある結果の報告が隠されがちになることを認識し、共に考える姿勢をとり、叱責は慎む。

・報告(ミーティング)頻度は、13週間に1回程度。それ以上では負荷が多いし、それ以下だと経緯を忘れてしまう。もし、それ以上の頻度で情報が必要であればマネジャーが個別にヒヤリングすればよい。

・報告(ミーティング)では、考える時間、議論する時間も十分確保するようにすべき。

といったところがポイントではないかと思います。もちろん、取り組む研究課題、状況によって効果的な方法は変わってくるはずですので、上記の方法はあくまで一例にしかすぎません。しかし、よい事実も悪い事実も含めて、極力一次情報に近いデータを集めて多面的に考えるようにすることは、新たな発見のための力になるはずです。報連相は業務の効率化、問題点の早期発見の観点から推奨されることが多いように思いますが、研究開発の場面では少し工夫が必要だと思っています。

 

ポジティブ心理学の可能性

仕事に対するモチベーションを高め、なるべくよい成果を得るためにはどうしたらよいか、という観点からポジティブ心理学の活用が注目されているようです。ポジティブ心理学とは、「よい人生」について科学的に探究し、その実現に向けて心理学的介入を試みていく学問[文献1]、とのことですが、「よい人生」には仕事における充実と成果の獲得も含まれると考えると、マネジメントにとっても重要な考え方ではないかと思われます。

そもそも、ポジティブ心理学という概念は、1998年にアメリカの心理学者セリグマンによって提唱されたもので、従来の心理学が精神的な病理や組織のネガティブな面(不健全、非効率、摩擦、硬直など)に注目していたのに対して、普通に健全である状態から生き生きとした生き方、組織であれば繁栄を目指す心理学とのことです。心理学の一分野として科学的なアプローチにより研究されているものですが、歴史が浅いこともあって、「幸せの心理学」や「ポジティブシンキング」のような皮相的な捉え方や、自己啓発との混同、安易な商業主義的利用など、本質から逸脱した受け止められ方をされることもあるようです[文献1]。そこで本稿では、ポジティブ心理学の権威とされるピーターソンによる「ポジティブ・サイコロジー」[文献2]に主に基づいて、概略のまとめを試みてみます。

まず、ポジティブな感情すなわち、喜び、興味、満足感、愛情などの感情がよい結果につながることから確認しておきたいと思います。ポジティブ感情には人間の注意力、認識力、行動力の幅を拡げる効果があるのに加え、身体的、知的、社会的資源を形成する力があるという「拡張-形成理論」はフレデリクソンにより導かれたとされ、実際にポジティブ感情が年収や寿命も延ばすという報告もなされているそうです[文献1]。つまり、「ポジティブ心理学において関心対象となっているテーマが、人々をよりよい気分にするためだけではなく、より創造的で健康にするためにも重要である」[文献2p.409]わけで、ポジティブ感情には単なる「幸せ」(この言葉自体広い意味がありますが)につながるもの以上の力があると考えてよいのでしょう。なぜそうなのでしょうか。心理学者たちは、「より高次の感情が安全信号を出し、後々によい結果を生むために利用できる心理的スキルを構築し、強固にする機会を与える可能性があるから」[文献2p.63]としています。つまり、後々役立つ感情こそがポジティブ感情なのであって、人はそれを好ましいと感じるようになっている(進化した)ということでしょう。そうであれば、ポジティブ感情がよい人生に結び付いたとしても不思議はないと考えられます。

心理学者たちは、次のことを、よい人生を構成する要素として認めています[文献2p.402-404]

・ネガティブ感情よりもポジティブ感情を多く持っている

・現在の生き方に満足している

・未来に対して希望を持っている

・過去に対して感謝している

・自分が得意なことが分かっている

・自分の才能や強みを生かして、充実感ややりがいのあることを追求している

・他人との密接な関係を持っている

・集団や組織に対して意味のある関わり方をしている

・安全と健康はよい人生を送るのに必要な環境を整えるもの

しかし、反面、「いい人であること」が人生において何かを達成することの障壁となる可能性があることも指摘しています。いくつかの構成要素には最適な度合いがある、ということかもしれません[文献2p.403-404]

上に挙げたよい人生を構成する要素はポジティブ心理学の課題や成果のリストとも言えるわけで、ピーターソンはポジティブ心理学を以下の3つの関連するテーマに分類し、それぞれについて関連する事項とともに解説しています。[文献2p.24]

a)ポジティブな主観的経験(幸福感、快感、満足感、充足感)

b)ポジティブな個人的特性(強みとしての徳性、才能、興味、価値観)

c)ポジティブな制度(家族、学校、職場、共同体、社会)

ここで「ポジティブな制度はポジティブな特性の発達および発現を促進し、それがまた同様にポジティブな主観的経験を促進する」という関係があるとされます。以下、この分類にしたがって重要と思われる記載をまとめます。

a)のポジティブな主観的経験については、第3章、第4章で述べられています。

・快感には質的な因子と量的な因子がある。[文献2p.64]

・過去の快感について考えるとき、人間の記憶は直接の経験における強烈さに加えて、その経験がどう完結したかによって左右される(ピーク・エンド理論)[文献2p.65]

・快感の予測は不正確(経済学者が言う期待効用も含めて)である。その原因としては、単純接触効果(頻繁に接触することで好きになる)、所有効果(当初は欲しいものでもなかったのに、自分に与えられたものを好きになる)、不安な気持ち、よい気持ちともに自分たちが予期していたほど長くは続かない、などによる。[文献2p.67-70]

・ポジティブ感情は瞬間的な気持ちのよさに比べて持続性があり、複雑[文献2p.62]

・ポジティブ情動は、ポジティブな気持ちを経験する能力(ミールの快楽的能力)であり遺伝的な影響がある[文献2p.80-84]

・フローとは、高度に没頭する活動に伴う精神的な状態を表し(チクセントミハイによる)、最大限の能力で機能するときの経験である。フローが起こりやすいのは、スキルとチャレンジする課題とが最適な均衡状態にあるとき[文献2p.86-89]。フローを生み出す活動に従事することがエンゲージメント[文献2p.106]

・エウダイモニア(アリストテレスによる)とは、内なる自己(ダイモン)に忠実であることであり、真の幸せとは、自分の美徳を見つけ、それを育み、その美徳に従って生きることで生み出される。人生の満足度を予測するものとしてエウダイモニアは快感に勝る[文献2p.104-105]

・主観的ウェル・ビーイングとは、ポジティブ感情の比較的高いレベルのもの、ネガティブ感情の比較的低いレベルのもの、自分の人生がよい人生であるという全体的な判断[文献2p.114]

・幸せに関する決定因子のなかで頑健(ロバスト)なものは、たくさんの友人、結婚、外向性、感謝などの社会的または対人的因子。良好な社会的関係が究極の幸せのための必要条件らしい。[文献2p.121-122]

・幸せ=セットポイント(遺伝的に決定されたそれ以上向上することができない値)+生活環境+意思に基づく活動[文献2p.127-128]、と考えられている。

b)のポジティブな個人的特性については、第5章~第9章で述べられています。

・ポリアンナの原則とは、思考において広範囲にわたってポジティブなものを選択する性向。気持ちのよさが思考において優位を占めるということ。[文献2p.147-148]

・選択的注意とは、うまくいっていることよりもうまくいっていないこと、またはうまくいかなかったかもしれないことを、より強く意識すること[文献2p.149]

・楽観性とは、望ましい未来、好都合な未来、または喜ばしい未来が訪れるとする期待感と結びついた気分や態度。ただし、非現実的な楽観性には問題があり、「悲観的な見方が役立つときには、それに耐えうるだけの勇気を持つ必要がある」。また、「もろもろの出来事を統制しようとして、その実現のための手段も持たずに絶えず努力を続ける人は、どんなに一生懸命でも、ものごとを達成するには客観的に見て限界がある」「楽観性が社会的美徳として存続するのであれば、世間の人々はこうした見解が価値ある報酬を生み出せるようにするための因果関係の仕組みを作るべき」。[文献2p.160-163175]

・スナイダーの考え方による希望とは、目標は達成できる、という人々の期待感である。発動因子(目標は達成できるという誰かの決意)と通路因子(目標を達成するのに効を奏する手段を見つけることができるという個人の信念)からなる。[文献2p.156]

・強みとしての特性は、知恵(創造性、好奇心、向学心、柔軟性、大局観)、勇気(誠実さ、勇敢さ、忍耐力、熱意)、人間性(親切心、愛情、社会的知能-他人や自分の気持ちに神経が行き届き、何をすべきか、何が人を動かすかを知っている)、正義(公平さ、リーダーシップ、チームワーク)、節制(寛容さ、謙虚さ、思慮深さ、自己調整-自分の気持ちや行為を統制できる)、超越性(審美眼、感謝、希望、ユーモア、宗教性)が普遍的な認識として挙げられる。[文献2p.183-190]

・強みをどう発揮するかは価値観に影響される。「よい行いかどうかを決定するのはその行いの目的」であって、価値観とは「ある目標が他の目標よりも好ましいという揺るぎない信念」[文献2p.208-213]。価値観を形成するものは、報酬と罰、社会的な学習、影響力を持つ他者の言動の模倣(モデリング)、何が正しいかを自分に問いそれに対する答えを選ぶこと、などの考え方がある[文献2p.232]

・シュワルツによれば次のような異なる価値観が区別される。達成(例:野心、個人的成功)、慈善(例:ゆるし、他人の福祉)、適合(例:礼儀正しさ、社会規範への服従)、快楽主義(例:食べ物、セックス、余暇)、権力(例:地位、富)、治安(例:法と秩序、社会の安定)、自己主導性(例:自由、自立した思考と行動)、刺激(例:多様性、興奮、新規なもの)、伝統(例:信仰心、文化への敬意)、普遍性(例:社会的正義、平等、環境保全)。異なる価値観はトレードオフの関係にあることがある[文献2p.227-232]

・選択のパラドックスとは、「人が何かを欲するとき、もっと多くのものがあるともっといいわけだが、増大した選択肢は必ずしも人をもっと幸せにはしてくれない」こと。選択に伴う報酬を最大限に得ようとする人をマキシマイザー、適当に満足できる程度の選択をする人をサティスファイサーと呼び、マキシマイザーは自分の決断にあまり満足しない。[文献2p.209-213]

・自分が興味を持っている仕事、自分が得意とする仕事には最善をつくしやすく、成果も得られ、向上も望める、というのは極めて常識的なことであるが、これは、「弱点を修正する」アプローチとは相容れない[文献2p.247]

・興味と能力は達成のための重要な要素である。達成者の調査から浮かび上がった達成に必要な特徴は次のとおり。博学(ただし、2つ以上の分野で卓越している例は極めて珍しい)、勤勉さ(長い時間を費やす)、良き助言者、適切な時に適切な場所に居合わせること、卓越性(自分がやっていることの重要性および自分自身の自律性を信じること)、である[文献2p.276-277]

・楽観主義者が悲観主義者よりも健康であるという事実は、楽観主義者は自分がもっと健康になれるようなことを行なうから[文献2p.294]

・精神的健康の観点からは、心的外傷やストレスからの回復力、復元力(レジリエンス)の強い人とポジティブな傾向との間に相関がある[文献2p.298-300]

・「最も有用なポジティブ心理学的介入は、特定の課題を個々人の特徴と適合させる介入である可能性がある」[文献2p.408]

c)のポジティブな制度については第10章、第11章で述べられます。

・ポジティブ心理学にとって「他者は大切」である。[文献2p.312]

・ポジティブな対人関係はウェル・ビーイングに強力な影響を及ぼすことがわかりつつある。人間関係によって得られるものと費やすもののバランスで関係の維持を判断する公平理論には限界があり、愛着による結びつきの重要性が指摘されている。[文献2p.321-324]

・遺伝学者とジャーナリストを対象とした調査から次のことが示唆される。職業における抽象的価値観と人々が実際に仕事で行なっていることとが緊密に連携しているとき(連携一致)、各専門家たちは自分の最高の状態で自由に機能することができ、士気が高まり、その専門領域が活気づく。こうした連携一致を妨げる要因としては、例えば遺伝子工学のような技術が予期しなかった問題を生む場合や、利益動機が侵入する場合、職業が担う課題のレベルを下げる場合、が指摘される。[文献2p.390-392]

・「よい組織というのは、成員たちを現状よりも元気にすることのできる場所なのではないか。目覚めていない強みとしての特性を前面に打ち出すか、さもなければ新しい強みを作って、組織にとって重要とみなされる局面でそのような力を発揮できるようにするのだ。ポジティブ心理学が目指すべき未来の価値ある目標とは、制度的慣行をどのようにしたらうまく進められるかに注目することによって、組織の全成員たちが自分の道徳的な強みを発揮して、個人の充実感を図ることを可能にすることであろう。」[文献2p.389]

以上、羅列的になってしまいましたが、「よい成果」に結び付くと思われることについてのポジティブ心理学からの示唆をまとめてみました(すべてをまとめきれていない点はご容赦ください)。ポジティブ心理学の可能性については、金井氏も指摘していますが[文献4p.66]、マネジメントの世界で議論されるモチベーションの基礎をなす理論として非常に重要なものではないかと思われます。特に、研究開発のように、不確実で心理的負荷の大きい仕事をうまく進めるためには有意義な考え方であると感じましたし、実用的にも役に立ちそうな指摘が多いと思われました。

ただ、ポジティブ心理学自体は、まだ確立された理論体系ではなく、今後も新たな知見や考え方が提出され、変容していくものと考えられます。セリグマンも最近では、従来の「Authentic Happiness理論」を捨て、positive emotion, engagement, positive relationships, meaning, accomplishmentを増やすことでflourishing(元気でいること、活躍すること、繁栄すること、という理解でいいでしょうか?)を増大させるという「Well-Being理論」に変わってきているようですが[文献3]、その可能性には大きな期待ができるのではないでしょうか。今後の展開に注目していきたいと思います。



文献1:宇野カオリ、「世界が沸騰!年収が増える『ポジティブ心理学』入門」、PRESIDENT online2009.11.2

http://www.president.co.jp/pre/backnumber/2009/20091102/12570/12576/

文献2Peterson, C., 2006、クリストファー・ピーターソン著、宇野カオリ訳、「実践入門 ポジティブ・サイコロジー 『よい生き方』を科学的に考える方法」、春秋社、2010.

文献3 Seligman, M.E.P.、「What is Well-Being?」、ペンシルバニア大学ポジティブ・サイコロジーセンターwebページより、April 2011<2014.8.3現在リンク切れです>

http://www.authentichappiness.sas.upenn.edu/newsletter.aspx?id=1533

文献4:金井壽宏、「危機の時代の[やる気]学」、ソフトバンククリエイティブ、2009.

参考リンク

 

苦しいときの技術開発頼み

現在日本が直面している経済的な閉塞状況、エネルギーや地球環境といった問題の解決のために、技術開発に期待する声をよく耳にします。もちろん技術開発、イノベーションは必要でしょう。しかし、「これからの時代、技術開発しかない」、という言い方には技術者として危ういものを感じることがあります。「神頼み」されているような。そこで今回は、「神頼み」ではない技術への期待のしかたについて考えてみたいと思います。

「神頼み」も技術開発への期待も、現在実現できていない願望を実現してほしい(したい)、という点では同じでしょう。しかし、「神頼み」には以下の特徴があります。

・頼む側はほとんどリスクをとらない

・頼む側の関与がほとんどない、つまり丸投げ

・実現できるという根拠がない

・実現への道筋を問わない、つまり結果だけに関心がある

・他の選択肢を考慮することを自ら放棄することがある(もう後は神に祈るしかない)

これは、技術に関する頼む側の以下の心理が影響していると考えられます。

・技術のことはよくわからないから自分は何もできないので頼むしかない。

・技術を使ってどんなことが可能なのか正確にはわからないのでとりあえず願望を述べる。

・日本には技術力がある、ものづくり力がある、現場の能力が優れている、改善が得意などと言われているし、今までに様々な社会問題を解決し新市場を開発してきた実績があるので、課題を与えれば解決できるに違いない。

たしかに、このような考え方にはやむを得ない面もあります。しかし、その陰には、希望実現を他人まかせにして積極的に関わろうとせず、自らは責任を逃れ、ひどい場合には技術者に責任を押し付ける、といった気持もあるのではないでしょうか。「技術開発しかない」という発想にはそのような危うさが感じられるのです。もちろん、技術者とて頼られて悪い気はしませんし、技術者には与えられた役割を責任をもって実行する責任があります。しかし、どちらがよいとか悪いとかではなく、頼む側も引き受ける側も目的に向かって協力するような進め方でなければ、現実問題として望みを達成できる確率は大きくできないのではないかと思われます。

つまり、本当に技術開発に期待をするというなら、最低限、次の点を考えておく必要があるのではないでしょうか。

・目標を掲げるだけでなく、どう実行するかも考える

・実行に必要な資源を確保する

・実行する上で何が障害になるかを想定して、障害を取り除く、リスクを下げる努力をする

・実行に必要な体制をつくる

・技術開発を担当する者にモチベーションを与え、阻害要因を取り除く

要するに、頼む側も何らかの関与が必要だということです。いずれも当たり前のことと思われるかもしれませんが、実際にはできていないことの方が多いのではないでしょうか。もちろん、これらを頼む側で考えて準備をすべきとまでは言いません。しかし、頼む側と頼まれる技術者側がきちんと議論をして、ある程度双方の考え方の方向性を合わせておいた方が、成果が得られる確率が上がるのではないかと思うのです。

例えば、日本の技術力を日本の経済発展に生かしたいと言うなら、技術力を持った企業や個人が日本で活躍、成功できるような体制づくりが必要でしょう。掛け声だけで、あとは他人任せでは、結局は任された人の判断になってしまいます。日本での技術開発が有利でなければ外国に出ていくなり、日本での開発を減速させるなり、といった判断をする人が現われてもどうすることもできないでしょう。これは、日本が持っているといわれる「技術力」を活かすことについても同じで、いくら「技術力を生かして」と言われても、暗黙知という形で蓄積された技術力を維持する価値と意欲を技術者自身が見いだせなければその技術は廃れていくか、どこかに流出していくことになるでしょう。

自然エネルギーの普及が必要なのであれば、今まで普及を妨げてきた要因は何なのか、企業が開発に積極的に取り組むようにするためにはどうすべきなのか、いつごろまでに何をしたいのか、といった点を明確にし、希望の実現に向けたお膳立てをする必要があります。夢や希望を語ることとそれを実現させようとすることの違いは、夢や希望を実現可能と思われる課題にいかに分解して実行させられるかにあるでしょう。実際にはその過程で試行錯誤が必要な場合もあるでしょうし、具体的な進め方を技術者に丸投げせざるをえない場合もあるかもしれませんが、丸投げしたリスクを頼む側がしっかり認識し責任を持つように関与しなければ、プロジェクトの軌道修正などが行なえず、一か八かの本当の神頼みになってしまうのではないでしょうか。


こうした頼む側と受ける側の関係は、企業の戦略に関しても同じです。競争の激化や市場の変化によって利益が出にくくなっている時、起死回生の新製品、高収益品を狙って技術開発に賭けたくなる気持ちはよくわかります。しかし、こうした狙いが気持ちだけのものであれば、成功は危ういと言わざるをえないでしょう。例えば、Collins著「ビジョナリーカンパニー3、衰退の五段階」では、企業の衰退がかなり進行した第4段階において、「一発逆転の追求」にすがろうとする傾向が見られるが、その効果はあまり期待できないことを述べています[文献1]。また、Christensenは技術開発による製品の品質向上自体が、その企業の地位を脅かす場合があることをイノベーションのジレンマとして指摘しました[文献2ノート4で紹介しました]。つまり、技術開発に期待するだけではなく、それをどう成功させて、収益に結びつけるかといった戦略が重要であると言えるでしょう。その戦略が「技術開発は研究所の仕事なんだから頑張れ」というだけだとしたら、神頼みに近いと言わざるを得ないのではないでしょうか。確かに、企業の場合、仕事や給料の確保、社内での承認、愛社精神といったモチベーションの基本(マズローの欠乏動機に相当-拙稿「モチベーション再考」ご参照ください)はすでに確保されている場合が多いと思われますし、社内での分業や協力、暗黙知の継承といった体制もできているでしょう。その点では、企業内においてはある程度の「丸投げ」は許されると考えられます。しかし、課題が困難であるほど、これらの基本だけに頼る進め方では心もとないはずです。

さらにもう一つの問題は、「技術開発しかない」の「しか」という考え方です。この言葉によって、自ら発想を制限してしまい、思考停止に陥る場合があるのではないでしょうか。他の手段が思いつかないということと、他の手段がないことは異なることは言うまでもありません。技術についてはよくわからないから任せる「しか」ない、と考えるのは、他の選択肢を探る努力を怠けて楽をしたいという気持ちの表れかもしれず、場合によっては問題の解決を技術に押し付けているだけかもしれません。もし、問題の本質が技術にないとしたら、「しか」という発想をすることで、他の手段を考える可能性を自ら否定し、問題の解決を不可能にしていることになるでしょう。

このような思考停止は、実は、日本の技術力の過大評価にもつながります。今まで成功してきたやり方が今後も通用する、という保証はありません。高い目標を掲げることは技術の進歩によい影響を与える場合が多いことは事実でしょうが、その目標がいつも達成できるとは限りません。技術力で劣っていた日本が、技術先進国に追いつけた(あるいは追い越せた)ことも事実かもしれませんが、そういう事実がある以上、今後他国に追いつかれない、という保証はありません。過去の成功体験が今後も続くことを無批判に信じているとすれば、これはやはり思考停止と言わざるをえないでしょう。

技術者にとって、「技術開発に期待する」と言われること自体は嬉しいものです。それでモチベーションが上がることも事実です。しかし、「期待している」という裏付けが感じられない場合にはそのモチベーションを維持することは容易なことではありません。そうしたモチベーションが裏切り続けられれば、何をやっても無駄だという感覚(学習性無力感)が生まれてしまう可能性もあります。研究開発が未知のことへの挑戦であり、未来のことは神のみぞ知る、であったとしても、やっていることの実態が神頼みと思考停止であるならば、成果を得られる確率は高くはならないでしょう。結局のところ、過去の実績を大切にし、情報収集を怠らず、うまく実行して改善を積み重ね、時に大きな進歩を達成すること全体をきちんと考え、成功する可能性の高い方向への行動を促すことが、苦しい時にこそ求められる神頼みではない技術への期待の方法、ということなのだと思います。



文献1Collins, J., 2009、ジェームズ・C・コリンズ著、山岡洋一訳、「ビジョナリーカンパニー③衰退の五段階」、日経BP社、2010.

文献2Christensen, C.M, 1997、クレイトン・クリステンセン著、伊豆原弓訳、「イノベーションのジレンマ」、翔泳社、2000.

 

 

モチベーション再考

研究者のみならず、高いモチベーションを持ち、やる気に満ち溢れて仕事に取り組めば多くの成果が得られるだろうことは想像に難くありません。しかし、実際には、研究者をこのように「活性化」された状態にし、その状態を維持することはそれほど容易なことではありません。ノート7で、モチベーションに関わる基本的な事項をまとめましたが、多くの研究のごく一部の紹介しかできませんでしたし、こうした理論を実際に使うにはさらなる整理が必要と感じていました。

そこで、今回は、金井壽宏著、「危機の時代の[やる気]学」[文献1]に基づいて、モチベーションに関わる重要な考え方の追加整理を試みたいと思います。この本については、著者が「自分のモティベーションの持論を書いてみるということを主眼に、理論の紹介はやめて、ひたすらわかりやすさをめざした書籍にしました」[文献2]と述べている通り、モチベーションに関する学術的な本ではありませんが、実用的な面から示唆に富む点が多々あると感じましたので、本書の内容の重要ポイントをまとめてみることにしました。なお、筆者はモチベーションという言葉のかわりに「やる気」という言葉を使われていますが、ここでは厳密な定義にこだわることはせずに、同じような概念を指す言葉と理解しておきます。

筆者はまず、「やる気を生み、育てる要因は4つの系統に分かれる」と述べています。その4つとは、

1、緊張感・危機感・欠乏・心配・不安がやる気を起こす(ズレ・緊張系)

2、夢・希望・目標を持つことで、やる気が起こる(希望・元気印系)

3、その人それぞれの考えで、やる気が起こる(持論(自論)系)

4、コミューナルな関係性、共感がやる気を起こす(関係系)

です[文献1p.22]。そして、それぞれの系統の役割として、やらなければという緊張感(ズレ・緊張系)で、やる気が起こりアクションを開始→希望や期待、ビジョン(希望・元気印系)を持ってアクションを持続→ただし、やる気にはアップダウンがあり、それを自己調節するのに必要なのが持論(自論)、という流れを示しています。さらに、こうしたやる気を支えるための土台(心身の健康状態、プライベートの充実など)も必要であって、加えて、他者から受ける影響(関係系)によってやる気が影響を受けることを指摘しています。

何がやる気に影響するかについてはいろいろな要因が考えられるでしょう。危機感も、夢と希望も、個人の考え方もやる気の醸成に重要、ということは経験的にわかるのですが、そのどれが支配的なのか、それだけで万能なのか、といったことにはなかなか確信が持てないと思います。そこを整理するために、上記のようにそれぞれの因子と役割を関連づけることはひとつの考え方として面白いと思いました(人によっては、危機感だけで、あるいは夢や持論だけでやる気を生み、持続できている場合もあるようにも思いますが)。さらに、この考え方には「時間」の概念が含まれていることも重要だと思われます。モチベーションを持ち始めることと、それを持続させることは同じ因子の作用の結果ではない、というのは説得力に富む考え方ではないかと思いました。

その上で、筆者は主要な9つのモチベーション理論を上記の1と2に区分して、それをベースに自分に役立つ持論を作ることを推奨しています。その9つとは、以下の通りです[文献1p.157]

1)心配・欠乏系

・緊張感と未達成感-K.レビンの「ツァイガルニーク効果」

・ハングリー精神-A.H.マズローの欠乏動機

2)希望・元気印系

・目標-E.A.ロックの目標設定理論

・意味-V.フランクルの「ロゴセラピー」

・夢-生涯発達の心理学と中年齢で有名でD.レビンソンの理論

・希望-C.R.スナイダーの「希望尺度」

・楽しみ-M.チクセントミハイの「フロー経験」

・達成感-D.マクレランドの達成動機

・自己実現や個性化-A.H.マズローの自己実現の欲求と、C.G.ユングの個性化

さらに、1)と2)の系統をつなぐ概念として、2)から生じる「ズレ」や「乖離」が1)の緊張を生むこともあるとしています。

この中で著者が詳しく解説しているのが、マズローの自己実現と欠乏動機、マクレランドの達成動機、ロックの目標設定理論、スナイダーの希望尺度です。ノート7の内容と重なるところもありますが、興味深いコメントも書かれていますのでそれぞれを簡単にまとめます。

マズローの欲求階層説についてはノート7でも概要を述べましたが、著者は欠乏動機とされる生理的欲求、安全の欲求、所属と愛の欲求、他者からの承認と自尊心の4つの欲求と、存在欲求とされる自己実現の欲求の間には大きな断絶があることを強調しています。そしてマズローの「自己実現は、動機づけの問題ではなく発達の問題だ」という言葉を引用し、下位の基本的な欲求が満たされている社会でないと自己実現の欲求までたどり着かないとして、自己実現が生じるためには、社会も相当よくないといけない、と述べています[文献1p.160-169]

マクレランドの達成動機の研究は、マレーの達成欲求(動機)の考え方に基づいており、その定義は「難しいことを成し遂げること、自然物、人間、思想に精通し、それらを処理し、組織化すること。これをできるだけ速やかに、できるだけ独力でやること。障害を克服し高い標準に達すること。自己を超克する、他人と競争し他人をしのぐこと。才能をうまく使って自尊心を高めること。」ということです。そしてマクレランドは達成動機が喚起されやすい状況の特徴として、

・成功裡に達成できるかどうかは、(運ではなく)努力と能力次第

・課題の困難度、あるいはリスクが中程度

・努力の結果、うまく目的が達成できたかどうかについて、曖昧さなく明瞭なフィードバックがある

・革新的で新規の解決が要求されそう

・未来志向で、将来の可能性を予想して先を見越した計画を立てることが要請される

を挙げています。しかし、マクレランドはそれだけではなく親和動機(他の人々と一緒に何かを成し遂げた、達成したときに感じる喜び、人と一緒に頑張ること、夢を育むこと、ときに依存すること、親密になれること)と、勢力動機(他の人々を通じてことを成し遂げたり、また、大きな絵(大義)を描いて人々を巻き込んでいく、影響力やパワーを求める)にも注目していることが重要としています[文献1、p.170-183]

目標を持つことがやる気を起こさせるために重要であることは、経験的にも理解しやすいものす。ロックはその目標のどのような点に注意すべきかを明らかにしたとされています。すなわち、

・目標の困難度:高い目標の方がよく、やりがいの基準ともなるが、納得のいかない目標を他者が設定する場合などは目標が高ければよいというものでもない。

・目標の具体性:具体的な目標の方が一般に効果が高い。

・目標へのコミットメントと目標の受容:特に他人が目標を設定する場合には、本人がそれを自分のものとしてかかわるかどうかが重要。

・集団目標と個人目標:集団の力を引き出すためには集団への目標設定が効果的だが、その場合でも個人の寄与の測定は必要。

が挙げられています。そしてこうした目標を設定することにより、実際に生産性向上などの効果が認められていると言います。加えて、先に挙げたやる気を生み、育てる4つの要因のすべてに関わる目標設定理論は、これらの要因の統合に寄与するのではないかと著者は期待しているようです[文献1、p.184-202]

スナイダーの希望の心理学について、希望のもたらすエネルギーは、目標を抱くこと、目標に向かう意志力を強めること、目標に至る経路が描けていることから生まれるパワーを活用することの相乗効果として説明されると述べています。この概念には、目標設定アプローチを超える視点も含まれているとのことです[文献1、p.203-205]

さらに、従来の理論に対する次のような興味深い指摘もあります。

Deciによる内発的動機づけと外発的動機づけの考え方に対し、その実態が相互に絡み合う場合が多いので、両者を対立的、二律背反的にとらえすぎることはよくないという批判が近年出てきているそうです[文献1、p.218-220]

・外発的報酬が悪影響をもたらす理由として、報酬が罰になること、人間関係を破壊すること、理由を無視すること、冒険に水をさすこと、興味を損なうこと、を挙げているコーンの説を紹介しています[文献1、p.238-253]

以上の筆者の指摘は研究開発におけるモチベーションの問題を考える上でも重要でしょう。ただし、研究開発には様々な職務、プロジェクトの形態が存在しますので、筆者の指摘だけですべての問題が解決できるとは言えないと思います。少なくとも研究の特性に合わせてやる気を出させる方法も工夫しないと効果が期待できないでしょう。例えば、開発目標やスケジュールがしっかりと与えられている場合や仕事の内容がはっきりしている場合には、多くのルーチンに近い業務と同様に、ほぼ上記のモチベーション理論は適用可能と思われます。しかし、不確実性の高い分野において容易に目標が決められず仕事が曖昧であったり、フレキシブルな対応が必要な場合には、上記の方法ではモチベーションを上げることは困難ではないでしょうか。ところが皮肉なことに、モチベーションが下がりやすい困難な研究テーマほど、研究員の高いコミットメントが求められ、高いモチベーションが求められます。では、どうすればよいのか、研究の特質に応じて著者の考え方からどんな示唆が得られるのかを考えてみます。

・長期的視点からの研究開発の場合、緊急性、危機感が得られにくいことがある→やる気を起こさせることが難しいことになる。

・研究開発期間が長期にわたる場合がある→やる気の維持に必要な、希望・元気印系、持論系、関係系の要因を考慮することが特に重要になると考えられる。

・研究課題への深いコミットが要求される場合→欠乏動機よりは自己実現を重視する必要がある。

・特に基礎的な研究の分野では達成動機によって動機づけられている場合が多いように思われる→その世界で意欲をさらに高めようとすれば、達成動機の要因のうち、課題の困難度、努力の効果、成果の認識しやすさといった点においてマネジメント上の配慮が必要と考えられる。

・目標設定については注意が必要→特に、研究部門に対して外部から目標が与えられる場合には、その目標が研究員に受容されるように、目標の内容の調整と、与え方の調整が必要になると考えられる。例えば、目標を与える人よりも与えられる研究員の方が技術に詳しいことは往々にしてあり、そのような状況では、いい加減な目標設定では到底本人が目標を受容することは不可能になる。本人ですら結果のわからないことに挑戦する仕事であれば、不用意な目標設定は、逆効果になる場合もあると思われる。

・目標に至る経路が明確にできない場合がある→希望の心理学の観点からは、やる気の低下を招く可能性があるので何らかの対応が必要。

つまり、研究開発の場合には、職務の性質上、外から動機づけることが困難な場合が多く、さらに、やる気を長期にわたって維持することが必要と言えるでしょう。別に、研究開発は難しいことをやっているから、あるいは研究者は専門性の高い仕事をしている人だからやる気の管理が難しいというつもりはありません。ただ、単に仕事の性質のせいで動機づけが難しいということが、モチベーション理論から必然的に導かれるように思えるのです。では、どうしたらよいのか、おそらく解決策も理論の中にあるのではないでしょうか。金井氏の考え方に従えば、夢・希望系の要因を総動員し、持論に働きかけて自分自身でやる気を調整できるようにもっていくべきだというのが一つの答えのように思います(やる気を起こさせる場合にも夢・希望系からのズレをきっかけとすべきかもしれません)。もちろん、この考え方は一つの仮説であって、これが常に正しいということではないかもしれません。しかし、やる気を生み、育てる4つの要因とその作用についての考え方を前提とし、さらに金井氏の重要視するモチベーションをコントロールする要因を考慮すると、研究者のやる気を引き出すための実践的指針が得られるように思いますが、いかがでしょうか。

文献1:金井壽宏著、「危機の時代の[やる気]学」、ソフトバンククリエイティブ、2009.

文献2:神戸大学大学院経営学研究科、教員の著書紹介のページより「危機の時代の「やる気」学」

http://www.b.kobe-u.ac.jp/resource/books/2009/crisis.html


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