研究開発マネジメントノート

研究開発とそのマネジメントについてのいろいろ

リスク

「イノベーション戦略の論理」(原田勉著)より

研究開発を成功させるにはどうしたらよいのか。すでに様々な経営戦略、組織運営の方法が提案されていますが、研究開発に関する限り、誰もが納得できる方法論は未確立のように思います。それはなぜなのか。おそらく最も大きな障害は、研究開発につきものの不確実性のせいで未来予測が困難なことなのではないか、という気がします。

未来の予測が困難であるなら、無理に予測しようとするのではなく、不確実性を前提として受け入れた上でどうすべきかを考える、というのもひとつの方法でしょう。原田勉著、「イノベーション戦略の論理 確率の経営とは何か」[文献1]では、不確実性を前提とするイノベーション戦略のポイントがまとめられており、実務家にとっても参考になる指摘が多いと感じましたので、以下にその内容のうち重要と感じた点をまとめたいと思います。

第1章、確率の経営――イノベーション確率最大化基準
・「短期効率性の追求には、不確実性はほとんど存在しない。・・・しかしながら、長期効率性の追求には、まだ実現していない不確実なイノベーションが付いて回るため、大きなリスクを伴うものになる。リスクのあるなかで、不確実な未来に向けてどのように決断すべきなのだろうか。この問題に何らかの決着をつけないかぎり、短期効率性と長期効率性との矛盾は解消せず、短期効率性を重視するがゆえに、長期的な適応力が低下するという結果になりがちだ。[p.8]」
・「不確実性の前では、合理性は無力である。戦略的思考や戦略的意思決定と呼ばれるものは、確実性のマネジメントにすぎない。[p.9]」
・「不確実性のなかでの意思決定では、結果そのものよりも、それを生み出すプロセスの合理性自体が問われなければならない。・・・プロセス合理性を追求しなければ、長期的には効率性は低下する。・・・プロセス合理性とは、より具体的にはイノベーションの成功確率を不断に高めていくということを意味する。・・・そこで必要なのは、結果が出る前に、イノベーション確率最大化基準によって経営のあり方を評価することだ。つまり、与えられた制約条件の下で、事前に想定されるイノベーション確率を最大化する取り組み、仕組み、制度になっているかどうかという基準で経営の合理性を判断するのである。[p.14-15]」
・「標準的な経営戦略論で論じられている戦略とは、・・・『組織能力活用型戦略』である。そこでは、いまある組織能力を所与として、効率的に活用することにより、利益を最大化することが目的となる。・・・この組織能力活用型戦略の問題点は、短期業績を上げることには効果がある一方、中長期的な企業の適応力を高めることには必ずしもつながらないという点にある。そこで必要なのは、いま所与としている組織能力自体をさらに高めていくことである。すなわち、『組織能力構築型戦略』である。本書のイノベーション戦略とは、この組織能力構築型戦略のことを指す。[p.17-18]」
・「イノベーション戦略は、既存の組織能力を最も効率的に活用するものではなく、将来を見越した先行投資を伴う。そのため、現在の競争優位にとっては必ずしもプラスにはならない活動が含まれることになる。すなわち、短期的な効率性はある程度までは犠牲にしなければならない。・・・重要なのは、どちらか一方だけを選択するというのではなく、組織能力の活用と構築の適切なバランスをとることだ。企業が成長するためには、この両方が必要なのである。[p.19]」

第2章、イノベーション確率とは
・「イノベーション経営にとって重要なのは、マクロでイノベーション確率を管理するという視点である。・・・ミクロのレベルで不確実なことも、マクロのレベルでは確実性が高くなる。これは、いわゆる大数の法則による結果である。・・・マクロ・レベルでの確率をできるだけ高めるためのマネジメントをここでは『確率管理』と呼ぶことにする。・・・その要諦は、個々の試行の立場に身をおかないという点にある。[p.29-31]」
・「効率的なイノベーション確率の管理には、①探索・試行の領域(イノベーション・ドメイン)を設定すること、②試行回数をできるだけ多くすること、③各試行の精度を高めること、の3つのプロセスが求められる・・・それに加え、④探索、試行の方向性を規定するメカニズムの是正(焦点化装置)も重要な課題になる。[p.36]」
・「もちろん、イノベーション確率は主観的確率であり、それは評価する者によって大きく異なることもある。イノベーション確率自体もまた実は不確実であり、サイコロの目の確率のように、客観的で確実な確率を事前に算出することはほぼ不可能に近い。それでも、組織のなかで知恵を絞って算出されたイノベーション確率を最大化する制度選択やそのための資源配分を実行すべきである。それが与えられた情報のなかでできる最善の方法なのである。[p.42]」
・「重要なのは、類似のプロジェクトが複数実施され、それによってナイト流不確実性が量的に代替されるという点[p.47]」。「ナイト流不確実性に対処するためのもう一つの方法は、決定を遅らせることだ。決定を遅らせることで新たな情報を獲得することができ、それによって不確実性を削減することができる。[p.48]」
・「主観的なイノベーション確率評価こそが、イノベーション遂行の鍵となる[p.52]」。「多数決は決断の根拠にはならない。多数決が有効なのは、大数の法則により、多数決が真実の確率をかなり正確に反映する場合のみである[p.54]」。「特に重要なのは、目利き能力をもった人材を選別し、彼らの評価を尊重するということである。・・・目利き能力のある人の多くに共通するのが、深く広い体験を重ねているという点にある[p.54]」。「多人数の多様な『井の中の蛙』を育成することで組織的に目利き能力を維持しようとする[p.58]」方法が考えられる。

第3章、イノベーション・ドメインの設定――探索領域を決定する
・要素技術は、「組織能力構築という観点からすると、①技術優位へのインパクト、②競争優位へのインパクト、の2つの軸で分類することが有益だ。[p.65]」
・「コア技術とは、技術優位、競争優位へのインパクトがともに大きい要素技術を指す。[p.66]」「コア技術以外の要素技術開発に予算を割り当てることが、大企業の場合、制度的に困難なのである。その結果、コア技術への投資のみが正当化され、コア以外の要素技術は硬直化することになる。・・・このことを回避するためには、あらかじめ研究開発における資源配分の枠を設定する必要がある。当然ながらコアへの資源配分は最も大きくなる。けれども、補完技術や周辺技術、場合によっては未利用技術への投資にも戦略的に一定の枠を確保しなければならない。そうでなければ、コア事業が立ち行かなくなったときに、次世代のコアの種がまったく育っていないという状況になってしまう。[p.82-83]」
・「『知識の地図』を明確に把握し、関係者の間で共有化することが、イノベーション・ドメインの設定には決定的に重要である。[p.88]」

第4章、探索のデザイン――探索の頻度と精度を高める
・「ジェームズ・マーチ・・・は、学習に伴う探索として、狭い領域での探索に特化した『深耕型探索』(exploitation)と、幅広い領域での探索を行う『拡散型探索』(exploration)という2種類に分類している。[p.91]」
・「拡散型探索は、深耕型探索と比べて不確実であり、努力が成果に結び付くとはかぎらない。・・・具体的にどこを探索すれば最善解を発見することができるのかについてまったく見当がつかない場合、組織メンバーをいかに動機づけ、イノベーション確率を高めていくのかが問題となる。・・・そこで重要なのは、『戦略的曖昧さ』を導入することであり、さらには失敗を許容する文化を構築することである。[p.96]」
・「戦略的曖昧さとは、不確実な領域にかぎっては、入口と出口のみを管理し、中間プロセスについては、細かな報告義務を課さないということである。[p.99]」
・「組織の長期的な成否が分かれるのは、・・・失敗をどのように評価するのかという点にある。減点主義の人事評価を実施している企業では、・・・加点よりも失点を避けることが重視され、幅広い探索を行うというインセンティブは失われてしまう。・・・本当にチャレンジを奨励したいのであれば、失敗をどのように評価するのかについて、明確な指針を示さなければならない。[p.100]」
・「ある領域での探索精度を高めるためには、それとトレード・オフの関係にある不確実性に対する探索頻度を量的に増加させることが鍵になる」。「下位レベルでの探索頻度を上げることで、上位レベルでの探索精度を高めることができる。」[p.106
・「探索モードの決定に際しては、結果の予測可能性と手続きの反復性という2つの次元によって評価し判断するのが有益であると思われる。[p.107]」予測可能性が高く、反復性も高い場合は、「組織メンバー間で協調し、分業しながら活動していくほうが効率的[p.108]」。予測可能性が低く、反復性が高い場合は、「拡散型探索に特化した組織メンバーによる協調的な探索活動が必要になる[p.110]。・・・そのためには、どこにどのような技術があるのかが明確でなければならない[p.113]」。3Mのテクノロジープラットフォームのような「見える化」が重要。予測可能性と反復性がともに低い場合は、「探索の重複によるコスト増を覚悟したうえで、並行して複数の組織メンバーに探索を行わせ、結果を競わせる[p.115]」。予測可能性が高く、反復性が低い場合、「探索は外部の業者に委託するほうが効率的[p.119]」。

第5章、探索の焦点を管理する
・要素技術の相互依存関係が掛け算の形になっている場合、ボトルネックの改善が重要[p.132]。
・要素技術の相互依存関係が足し算の形になっている場合、構成要素間の相互依存度は低く、強みの追求が重要[p.134]。
・知識の分類:リテラシー知識(技術を使いこなす知識)、専門知識、枠組み知識(知識が組織内のどこに存在しているかの知識)[p.142-143
・経営者に求められるのは、枠組み知識。「『現場を知らないことを知っている』経営者は、現場を知っている部下を信頼し、彼らの言うことに耳を傾けることで現場情報を把握する。なかには、本当のことを報告しない部下もいるため、嘘かどうかを見抜く観察力・洞察力も必要になる。また、部下の報告と数字との整合性のチェックも怠らない。・・・現場を知らないがゆえに現場を尊重し、自分の考えを押し付けることもしない。結果として、これがサーバント・リーダーシップといわれるものになっているのである。[p.144-145]」
・顧客情報については、営業情報(いつ、どれだけ買ったか、頻度といった情報)と、開発情報(用途および問題状況)を集めることが重要。[p.146
・「何を開発すべきかが明確ではない場合、トップダウンは機能しない。トップの技術的無知を押し付けることほど開発現場での弊害の大きなことはない。・・・したがって、トップダウンよりも、インフォーマルで自主的な情報交換のほうが効率的になる。それには、開発メンバーの自発的な行為によって開発の焦点が明確化されていくためのインフォーマルな仕組みづくりがポイントとなる。[p.149-150]」。情報交換会や技術展示会によるフェース・ツー・フェースのやり取りを促進させる仕組みが有効。

第6章、イノベーション戦略の実行――活用から構築へ
・「本書で対象としているイノベーション戦略は、不確実性のなかでの探索から構成されるため、短期効率性をある程度まで犠牲にすることによってはじめて成立する。したがって、このイノベーション戦略は、組織能力活用型戦略とトレード・オフの関係にある。・・・両者の間で適切なバランスを見出さなければならないということである。[p.162]」
・「組織能力の底上げなくして持続的競争優位を達成することは、何らかの法的保護がないかぎり不可能である。すなわち、競争戦略の愚直な実行は、競争優位の持続性を喪失させる大きな要因となる。[p.164
・「変化し続けることで、持続的または断続的競争優位は可能になる。これが、いわゆるリジリエント・カンパニーである。したがって、経営者は組織能力活用型戦略を実行することにより、一定水準以上の業績を達成しつつ、同時に、イノベーション戦略を遂行し、長期的な適応力の向上にも配慮しなければならない。[p.166]」
・「有限責任で長期的コミットメントのない株主は、企業の長期的適応力などには関心がない。・・・株主利益を重視したガバナンスを整備すればするほど、イノベーション戦略ではなく、組織能力活用型戦略のみを重視するという傾向が強くなる。・・・米国流のコーポレート・ガバナンスを取り入れること自体の誤りに気づかなければならない」。イノベーション戦略を、「買収ではなく内部開発の手法で・・・実行するためには、コーポレート・ガバナンスから隔離されたエリアをつくり出す以外に道はない。・・・短期業績への圧力が強い場合、実行可能な唯一のイノベーション戦略とは、間接イノベーション戦略である。『間接』というのは、自社で自らイノベーション戦略を実行し、探索していくのではなく、それを外部の企業に委託し、場合によってはその支援を行うというものである。[p.168-170]」
・「イノベーション戦略の実行には多様なかたちがありうるということだ。直接イノベーション戦略には、組織能力活用型戦略とのトレード・オフが必然的に伴い、実行には、イノベーション戦略への長期的なコミットメントが必要になる。そのためには、企業に対して長期的なコミットメントをする利害関係者の協力がなくてはならない。・・・イノベーション戦略の実行は、経営者がイノベーション戦略の重要性を認識し、それに対して長期的なコミットメントを決断していることが前提となる。経営者がイノベーション戦略に対して無責任であれば、イノベーション戦略を実行することはできない。そして、株主の場合とは異なり、経営者の無責任を回避する実行性の高い直接的な方法はない。[p.183-184]」
・「リスクを伴う高度な経営判断のよりどころは、それによってどれだけ儲かるのか、売上げが獲得できるのか、という財務的尺度であってはならない。そうではなくて、企業の掲げる理念にどれだけ寄与できるのか、という尺度から決断されなければならない。[p.187]」
・「理念とは掛け声ではなく、組織メンバー一人ひとりの行動を意識的、無意識的に規定する最も重要な組織能力としてとらえなければならない。[p.189]」
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イノベーションが不確実なものであるからとって、イノベーションを行う努力を避けていたのではその企業の将来は暗い、というのは多くの人が認めるところではないかと思います。しかし、不確実なことを実行することがいかに難しいか、ということもまた多くの人が実感されているのではないでしょうか。本書は、不確実性を前提として、では、何ができるのか、何が難しいのかが議論されている点、極めて示唆に富んでいるように思われました。もちろん、安易な解決策などあるはずもないのですが、地に足がついた議論をしたいと思えば、著者のアプローチは決して無視できるものではないと思います。

個人的には、本書に述べられた経営戦略の議論に加えて、第一線で技術開発を行う人々への動機づけもイノベーション確率の向上に果たす役割は大きいと思っています。本書では実務者の動機づけの問題については詳しくは議論されていませんが、著者が指摘する戦略上の問題と、動機付けの問題は、本質的な部分ではつながっているようにも思いました。イノベーションの実現というのは、本書の要素技術の相互依存関係の分析に従えば、各要素が掛け算の形になっている場合が多いように思います。そのボトルネックはどこにあるのか、どう改善すべきなのかは、実務者もよく考えておくべきでしょう。


文献1:原田勉著、「イノベーション戦略の論理 確率の経営とは何か」、中央公論新社、2014.

参考リンク



「資本家のジレンマ」(クリステンセン、ビーバー著)より

既存企業は革新的なイノベーションが苦手、ということはChristensenの「イノベーションのジレンマ」での指摘で広く知られるようになったと言っていいでしょう。一方、近年では企業が利益を上げてもそれが雇用に結びつかない傾向も指摘されています(例えば、アメリカ企業の例が「機械との競争」(ブリニョルフソン、マカフィー著)で述べられています)。既存企業はイノベーションが苦手なせいで雇用を生みだすことができていないのか、それとも、イノベーションへの投資自体を渋るようになっているのかは興味のあるところです。

クリステンセン、ビーバーによる論文、「資本家のジレンマ なぜイノベーションへの投資を過小評価してしまうのか」[文献1]では、なぜ既存企業はイノベーションへの投資を渋る傾向があるのか、という問題が取り上げられています。述べられている内容はひとつの仮説と理解すべきものでしょうが、研究者にとっても投資を得やすくするために知っておいて損のないことが書かれている気がしましたので、以下にその内容をまとめておきたいと思います。

状況認識
・「2008年に景気が後退して以降、世界経済の回復の足取りは鈍い。」
・「金利が歴史的な低水準にあるにもかかわらず、企業が多額のキャッシュを溜め込み、成長に寄与しそうなイノベーションへの投資を怠る、という現象も見受けられる。」
・「幸いにも筆者たちは、経営者やマネジャーがなぜ、リスクを伴いそうなイノベーションの追求に尻込みし、手をこまねいているのか、その理由を探り当てることができた。」
・「問題の革新は、イノベーションの種類ごとに経済(そして企業)に及ぼす影響が大きく異なるにもかかわらず、投資可否を評価するに当たっては、共通の、しかも欠点のある尺度を用いている点にある。より具体的には、金融市場と個別企業は、雇用を創造するイノベーションよりも、雇用減につながるイノベーションに高評価を与える評価尺度を使っているのである。なぜこの種の尺度に頼るのかといえば、資本は『稀少な資源』(経済学者ジョージ・ギルダーによる表現)であるから何としてでも温存すべきだ、という時代遅れの前提を置いているからである。」

イノベーションの3形態(成長に及ぼす作用の違いによる分類)
・業績向上型イノベーション:「よりよい新製品を創造して旧来の製品を駆逐する。新製品を購入する顧客は一般に旧来製品の購入を止めるため、この種のイノベーションが引き起こすのは代替であり、通常は新規雇用の創出効果は小さい」。クリステンセンらは、「業績向上型イノベーションを持続的イノベーションとして扱い、高業績を保つ既存企業は皆、持続的イノベーションを安定的に繰り返すことに重点を置いたリソース配分を行う、と指摘している」。
・効率向上型イノベーション:「市場に定着して久しい成熟製品を低価格で製造し、従来と同じ顧客層に販売するうえで寄与する。いわゆるローエンド型破壊は効率向上型イノベーションの一種であり、新しいビジネスモデルの創造を伴う。・・・効率向上型イノベーションは2つの重要な役割を果たす。第一の役割である生産性向上は、競争力の維持に不可欠だが、雇用減少という痛みを伴う副作用がある。第二の役割として、資本をより生産的な用途に振り向けることを可能にする。」
・市場開拓型イノベーション:「複雑な製品や高コストの製品を大胆に革新し、新しい顧客層や市場を開拓する。・・・『専門技能を持った顧客や資金力のある顧客しか購入できない製品やサービスに関しては、市場開拓機会があると考えてまず間違いない』と述べてかまわないだろう。市場開拓型イノベーションには2つの重要な要素がある。一つは、生産量の拡大に伴って単位当たりのコストの低減を可能にする技術である。もう一つは、非顧客層(従来製品に手の届かなかった層など)を取り込むための新しいビジネスモデルである。効率向上型イノベーションに、非顧客層を取り込むよう適切な方向付けを行うと、市場開拓型イノベーションへと変質する、と考えればよい。・・・市場開拓型イノベーションを実践する企業は一般に、社内に新たな雇用を生み出す。・・・コストの低減を可能にする技術と、顧客層をとことん広げて新しい顧客に奉仕しようという野心。この2つが結びつくと革命的な作用が起きる可能性がある。・・・市場拡大型イノベーションには成長資金が欠かせず、時には巨額が必要となるが、多数の雇用創出という意図せざる好ましい副産物がある。」

なぜ企業は、雇用創造に寄与する市場開拓型イノベーションではなく、雇用削減につながる効率向上型イノベーションを、主な投資対象とするのか
・「稀少な資源の管理には細心の注意を払うべきだが、資本はもはや稀少ではない。・・・資本はあふれ返っているのだ」。にもかかわらず、「資本家は資本の効率を崇め奉るよう教育されているため、収益性を絶対値ではなく、RONA(純資産利益率)、ROIC(投下資本利益率)、IRR(内部収益率)などの比率で測るようになった。・・・RONAROICを向上させるには、当然ながら分子の利益を増やせばよかった。しかし、それが難しそうだったら、アウトソーシングの増加や資産の圧縮などによって分母を小さくすることに重点を置けばよい。・・・同様にIRRを押し上げるには、増益を通して分子を大きくするか、収益が実現するまでの期間を短縮して分母を小さくすればよい。投資回収期間の短いプロジェクトだけに案件を絞れば、IRRは向上するのである。これらの事情により、市場開拓型イノベーションの投資妙味が小さくなっている。一般に、効率向上型の投資回収期間が1~2年であるのに対して、市場開拓型では5年ないし10年を要する。・・・RONAROICIRRなどを基に投資案件を評価すると、どこからどう見ても、効率向上型のほうが常に魅力的に映るのだ」。「こうして、効率向上型イノベーションが最優先の選択肢、何もしないのが次善の策となり、成長や雇用創出に有効なイノベーションへの投資は、3番手に甘んじている。」
・「高収益と高成長が見込まれる新興市場での事業機会にリソースが回らず、既存顧客に重点を置いた予測可能性の高い投資案件が好まれる・・・。この状況は、たとえ競争が熾烈であっても、既存市場で少しでも市場シェアの獲得を目指すほうが容易に見える、という逆説を引き起こす。
・「こうして資本家のジレンマが生じる。つまり、投資判断ツールに従うなら、大多数の投資家にとっては長期的な繁栄につながる行いはすべきではないことになるのだ。資本収益率の最大化を目指していながら、狙いとは逆の結果を生んでしまう。」
・「もはや資本を節約すべきではない。資本は潤沢でコストも低いのだから、退蔵せずに活用すべきである。企業のリソース配分プロセスは、経済と資本市場の新たな現実を反映していない可能性が高い。ハードル・レート(必要とされる最低限の利回り)は絶対的なものではなく、資本コストの変化に合わせて変えればよいし、変えるべきである。」

探究に値する4つの解決策の提案
・「この問題に簡単な解があるかというとそうではない。探究に値する4つの解決策」は次のとおり。
1、資本の目的を修正する:「今日では資本のほとんどは『放浪者タイプ(migratory)』である。・・・何かに投下された後、できるだけ多くの追加資本を手にしてそこから脱出したいと願う。これとは別に、リスクを嫌う『臆病者タイプ(timid)』の資本もある。・・・失敗しそうな案件に投資するよりは温存しておいたほうがよい、というわけである。さらには、いったん企業に投じられたなら、いつまでもそこに留まっていたい、『冒険者タイプ(enterprise)』の資本もある。資本家のジレンマを解消するには、必然的に放浪者タイプと臆病者タイプの資本を『説得』して、冒険者タイプへと転換してもらうことになる。」
2、ビジネス・スクール改革:「資本家のジレンマを生み出した原因のかなりの部分は、HBSを含む一流ビジネス・スクールにある。・・・よく言えば表層的、悪く言えば有害な成功指標を開発してきた。大半のビジネス・スクールでは、ファイナンスを独立科目として教えている。戦略論も同様である。戦略はあたかも、資金調達や財務管理などとは無関係に立案、実行できるかのように扱われているのだ。ところが現実には、ファイナンスの論理をかざせばいつでも戦略上の至上命題を打ち破り、戦略を葬り去ることができる。これを防ぐには、企業の投資判断に対して各分野が最大限の貢献を果たすよう、手法やモデルを開発するほかない。・・・ビジネス・スクールでは、リソース配分プロセスの機微をまったく取り上げない例も多い。・・・成長可能性の高い長期投資の機会をうかがわせる状況は、どう見分ければよいのだろう。新規市場を対象とした投資案件を評価するには、将来キャッシュフローの予測の代わりに何を用いればよいのか。未開拓の顧客層の業務を支援するために、イノベーション機会を見つけて推進するには、どういった方法があるのか。IRRNPV(正味現在価値)など従来からの評価指標は、どのような場合に最も適し、どのような場合にやっかいを引き起こすのか・・・。企業の各職能は互いに依存関係にあるため、ビジネス・スクールの講義にもそれを反映させるべきである。」
3、戦略とリソース配分のベクトルをそろえる:例えば、「事業機会の評価にはリスク調整後の資本コストを用いる」とか、「R&D支出をガラス張りにする」、「イノベーション案件とそれによる事業成長見通しを分析するために、リーダー向けの社内ツールを用意すること」など。
4、マネジメントの自由度を高める:「出発点としては、表計算ソフトを、戦略上の意思決定を下すための有用なツールとして活かしながらも、意思決定を肩代わりさせるのは避けるのがよいだろう。・・・問題は、これら指標をどう理解、応用するかである。ピーター・ドラッカーやセオドア・レビットはかつて何十年にもわたり、『事業領域を製品や標準産業分類によって分けるのをやめ、事業の核心は顧客の創造にあることを思い起こすように』と説き続けたが、私たちは当時と比べてむしろ退化してしまった。」
―――


研究開発に限らず、投資判断は何らかの根拠に基づいて行われるのが普通でしょう。投資がどのように決定されるかはそれぞれの企業によって異なるでしょうが、多くの投資案件を抱えてその優先順位づけをしなければならない場合には、将来の収益見通しや投資とのバランスが数値化されて考慮されることが多いのではないでしょうか。しかし、判断の根拠としてその数値を採用することの妥当性はあまり問われることはないと思います(それを決定するのは経営者の仕事かもしれませんが)。資本コストが下がっている近年の状況においては、従来の評価のための数値が適正なものではない、という著者らの主張は、なるほどもっともだと思います。

適正でない数値なら改めればよい、はずなのですが、そう簡単ではないようです。人間には現状維持バイアスや損失回避バイアスがありますし、数値の持つ分かりやすさは、恣意的な判断を防ぐ歯止めとしても重要でしょう。ただし、経営判断を「省力化」するための手段として数値が使われているのだとすれば、まずはその点を反省しなければならないと思います。

著者らも述べているように、「資本家のジレンマ」を解決するための簡単な方法はまだないようです。研究開発の実務家の立場からは、まずは、投資に積極的になれない要因をよく理解し、その中で、なるべく投資してもらいやすい環境を作ることが重要だと思います。本論文から得られる示唆を、投資を受ける研究実務家の立場から整理すると以下のようになると思います。
資本家のジレンマの問題点
・リスクのある不確実なプロジェクトへの投資に消極的になってしまう。
・短期的な結果を重視しすぎる。
・評価軸が画一化され、ポートフォリオの発想が失われる。
このように理解すると、以下の対応策が思いつきます。これは投資家のジレンマを解決する方法とは言えませんが、投資家のジレンマがあることを前提として、少しでも事態を改善することにはつながるのではないでしょうか。
・うまくいかないリスクおよび、うまくいく可能性をなるべく定量化し、さらに、リスクを減らすことを考える。少なくとも、リスクを考慮対象とすることは必要でしょう。リスクの低減に寄与する研究開発の意義を強調することもよいかもしれません。
・リスクとして、何もしないことにで発生するリスクも評価する。
・なるべく小さい投資で多くのことを学ぶ(リスクおよびリターンの予測の精度を上げる)計画とする。進捗評価による計画見直しを前提として、その頻度を上げてもよいかもしれません。
・段階的投資、リアルオプション(「世界の経営学者はいま何を考えているのか」りあ記事で紹介しました(第12章))の考え方に基づく計画とする。
・研究プロジェクトのポートフォリオを考える。短期か長期か、リスクの高さ、リターンの大きさ、投資の大きさなど、さまざまな因子でプロジェクトを評価し、ポートフォリオに基づいた投資を行う。

こう考えると、研究開発行為によって情報を得て、リスクやリターンの予測の精度を上げること自体が、投資の獲得に寄与するのではないかと思えます。投資をした結果として設備が残るならまだ理解されやすいかもしれませんが、研究への投資から得られるのは情報という無形の資産が主だとなると、資本の無駄遣いという印象を与えてしまうかもしれません。それが原因でいよいよ投資意欲を殺いでしまう可能性もあると思います。投資に見合う無形資産を蓄積すること、その資産をうまく活用し経営者の先入観を変えさせることが、研究に対する投資の獲得に有効だと思うのですが、いかがでしょうか。


文献1:Clayton M. Christensen, Derek van Bever、クレイトン・M・クリステンセン、デレク・バン・ビーバー著、有賀裕子訳、「資本家のジレンマ なぜイノベーションへの投資を過小評価してしまうのか」、Diamond Harvard Business Review, December 2014, p.24.
原著:The Capitalist’s Dilemma, Harvard Business Review, June 2014.

参考リンク



「<科学ブーム>の構造」(五島綾子著)から学ぶこと

ある科学技術が社会から注目され、その分野の研究が活発になったり、その技術を利用した商品が世の中に出回ったりして、「ブーム」の様相を呈することはしばしば経験します。その中には、必ずしも科学的にしっかりとした裏付けがあるものばかりではなく、また、単なる一時の流行でいつの間にか消えてなくなってしまったり、多くの研究者の興味を引いたわりに目立った成果もなくブームが去ってしまうような場合もあるように思います。

なぜ、そのようなことが起こるのでしょうか。五島綾子著、「<科学ブーム>の構造 科学技術が神話を生みだすとき」[文献1]では、1940~60年代の殺虫剤DDTのブームと、1990~2000年代のナノテクノロジーブームについての多面的な検討に基づいて、「科学ブーム」のメカニズムが議論されています。もちろん、様々な「ブーム」にはそれぞれの事情があるはずですので、本書の分析だけであらゆる科学ブームが理解できることにはならないと思いますが、科学と社会の関わりを考える上での興味深い視点だと思いますので、その内容と、そこから得られる示唆を簡単にまとめてみたいと思います。

科学ブームとは
・「本書で言う<科学ブーム>とは、・・・特定の科学技術に対する社会的関心が急激に高まり、個人・企業・国や自治体に対して、その関連研究や関連商品への投資(購買)が煽られる現象を指す。[p.5]」
・「しかし盛り上がったブームは冷めていくものである。・・・冷める理由はざまざまだ。大言壮語のプロジェクトに対して世間が結果を拙速に求めてしまうことも原因になりうるし、社会の大きな期待に答えるような結果がだせそうもないことが実際に素人目にも明らかになってくる場合もある。こうしてブームを支えたはずの神話が崩れ、ときには幻滅と怒りが生まれ、期待感とはうらはらのリスクが新たな神話を携えて出現してくる場合もある。・・・一番問題なのは、ブームが冷めてしまったときに科学界からも議会からもマスコミからも、あの科学技術政策は実際にはどうなってしまったのかと問いただすチェック機能が働かない点である。そうした査定なしに、別のグループが立てた新たな巨大プロジェクトが科学技術政策の看板として登場するというパターンが繰り返されている。[p.6]」

DDT
ブームの経緯
・「スイスのガイギー社から1942年に市場にでたDDTを最初に評価したのは、・・・イギリスの公衆衛生の専門家たちであった。評判を知った米軍側がDDTを軍事テクノロジーとして採用し、大成功を収め、ここからブームが生まれていったのである。・・・ナポリから始まり、アフリカ、さらに東南アジアでの戦線でシラミ撲滅によるチフス制圧が成功し、戦勝気分と成功体験の中で、本国の市民の間にDDTへの賞賛が湧きあがっていた。[p.50-51]」
・「大戦後のDDTの評判の高まりとともに、各国の公衆衛生関係の機関により実施されるマラリア制御プログラムは、DDTによるマラリア根絶計画になだれをうって集中していった。・・・これらの活動は、マラリアの本質の理解やDDTの効果的な使用法への注意をやや欠いたままDDTの評価を決定的なものにした。・・・DDTはマラリアから何百万人もの命を救った。1955年には世界保健機関(WHO)が、DDTをマラリア根絶プロジェクトの中心に据えていた。[p.53]」
・「1957年には、米国農務省がマイマイガの森林における『根絶作戦』に乗りだした。これは大量スプレイ計画といわれたものである。森林害虫マイマイガの春から夏に現れる幼虫による森林の破壊は長く悩みの種であった。・・・地方行政関連の専門家は農薬の急性毒性のみに関心があり、野生動物やヒトへの慢性毒性、昆虫のDDTに対する耐性獲得にまで関心が及んでいなかったことが背景にあった。[p.57]」
・「1962年にレイチェル・カーソンの『沈黙の春』が出版されると、市民のDDTに対する見方は短期間のうちに一変した。すでに多くの市民が、大量のDDT散布による自然環境の異変にある程度まで気がついていたという素因もある。一方、科学者の大方はまだ、傍観者の姿勢をとっていた。[p.71]」、「大量散布されたDDTが動物の体内に食物連鎖により生物濃縮される様相を『沈黙の春』が伝えたことで、市民はますます、身近にその危険を感じ取ることになった。[p.76]」
・「ケネディ大統領が『沈黙の春』への関心の高まりを受けて調査を指示」、「このケネディレポートは、・・・DDTのような残留性の高い殺虫剤の段階的廃止と、そのリスクを最小にすることを国に求めた」[p.86
・「1972年には、殺虫・殺菌・殺鼠剤規制法の大幅な改正がおこなわれ、EPA長官がDDTの使用禁止を言明した[p.88]」。
・「1970年から1990年代前半までは、・・・環境運動の盛り上がりとともに生態系のDDTリスクが過大に見積もられていたというのが現在の評価である。・・・世界各地でのDDTの入手が不可能になった結果、南部アフリカを中心としたマラリアの感染被害の拡大は置き去りにされてしまった。2006年9月になってWHOは、アフリカや東南アジアにおけるマラリア対策の大きな変更を求め、DDTの再使用を認めて『マラリアをなくすために、DDTの室内残留噴霧を奨励する』と発表した。これは、DDTのリスクを慎重に管理しながら、ベネフィットを活かそうとする地球規模の試みであった[p.101]」。

ナノブーム
・「ナノブームは、DDTブームとはあきらかに異なる様相を呈している。・・・ナノテクノロジーに向かう科学者たちの多くは、研究が基礎段階にあって市場化ははるか先であることを十分承知していた。にもかかわらず社会的なブームが起きたのだが、それはまったくの見込みに依拠するブーム、むしろ『バブル』に近いものであったといえる。その過程にはフィクションと真実が混在していた。[p.108]」
・「現代は、世界各国がイノベーションを目指して研究開発で競い合う時代である。各国政府が科学技術政策に集中的に税金を投入していることもそれを裏付けている。しかし、科学技術政策の規模が大きくなればなるほど、各国政府は、納税者である市民とメディアの支持をとりつける必要がある。そのために、専門家や官僚の中でも『推進派』である一群の人々によって、新しいテクノロジーが現状を打開して将来大きな夢をかなえるという宣伝が行われ、ブームを盛り上げていく。これが科学技術政策とともに生まれるブームの典型的なパターンである。[p.109]」
・「歴史を振り返ると、私たちは新興テクノロジーの社会的および経済的影響を予想することの難しさをすでに経験している。・・・今日の社会は、科学技術の推進の帰結を予測できない。仮に近い将来普及する技術や既存の技術の代替となる技術を具体的に予測できたとしたら、現在の社会はそれらに集中し、すばやく実現したうえで、その先まで進んでしまう力を持っている。そのため、半世紀先の予測はあまり意味がないのである。[p.114]」
・「経済がひっ迫する昨今では、国も公的資金により助成するプロジェクトの選択と集中を強く迫られている。商用化までに何十年もの歳月がかかる研究開発に関しては、個々の企業にはもはやそれを支える余裕がないだけに、政府資金が一層重要な意味をもつようになっている。この『選択と集中』によって投資のリスクがますます膨れ上がっていることを考えれば、世紀の変わり目にアメリカが先陣を切って賭けにでたナノテクノロジーに乗ってみようという流れができていったのも不思議はなかった。[p.115]」
・「科学研究はここ50年、コストが急激に膨張している。実験科学者に高い知的好奇心や豊かなアイディアがあっても、もはや高価な機器や試料、最新の情報を即座に手にいれることができなければ、その研究に取り掛かることができない時代であるからだ。・・・論文の被引用数が影響力と同一視されるシステムの中では、皆で『勝ち馬に乗る』ことが評価点を高めるうえで有利に働くという、価値評価上の錯誤が生じてしまう。[p.116-117]」
・「2000年1月に、クリントン大統領はナノテクノロジーの輝かしい未来をアメリカ国民に約束すると、テレビを通して伝えた。それは従来にない新しい技術であり、経済成長と雇用に結び付くとクリントンは説いた。翌2001年、ナノテクノロジーに関するアメリカ政府の戦略の中枢は『国家ナノテクノロジー戦略推進(NNI)と銘打たれ、中央集権型組織として設立された。・・・そこからブームと呼ぶべき現象が盛り上がってきたのである。[p.123-124
・「ナノテクノロジーの定義はわかりにくく曖昧で、それは誰もがナノブームの分け前に与るという意味で好都合なことでもあった。[p.159]」
・「その実用化への道のりは遠く、・・・ナノブームは2005年ごろから冷めていった。日本においては期待されたカーボンナノチューブへの熱が冷め、後にアスベスト様のリスクも懸念されたため、メディアが一斉に消極的になりはじめた時期に近い。世界的なナノブームの後半は目の前の経済効果を期待するビジネス界が中心となって煽ったもので、経済効果が上がりそうもないとなると、ブームが静まるのは当然であった。[p.189]」
・「日本のナノブームは、まず政府主導で経済効果への期待を膨らませたメディア型ハイテクナノブームがあり、それに続いて『ナノ』の名称をつけた製品が市場にあふれる現象だった。しかし、このような科学的根拠のないナノ製品の氾濫は、時間の経過とともに大衆のナノテクに対する期待を失望に変え、ナノ推進派の科学者は研究資金が抑制されることへの危機感を抱くようになった。[p.216]」、「欧米では、このようなナノ商品は文献上ほとんど知られていないという。[p.215]」

科学者の対応
・科学者が傍観してしまう理由[p.80-81
1、「所属する組織に気兼ねする場合」
2、「不確実性の高い科学ゆえにはっきりものが言えない場合」。「盤石でない事実をここまで語ってよいものかという迷い」。
・「専門家たちの行動が指導力の高い政治家の決断にすこぶる左右されやすいことが見てとれる。そのうえ、新しい科学的証拠が次々発表され、科学の確実性が高まっていくと、専門家は前向きに行動し発言するようになる[p.87]」

まとめ
・「現代人の果てしない欲望、高まるニーズ、想定される多様なリスクなどに即応して、商品が次々と市場に送り出される。商品の背後に本物の革新的なテクノロジーがある場合ももちろんあるが、一方で特段の科学的根拠があるかどうか疑わしい商品が、ある時、突然のようにブームになる場合がある。このような科学ブームは、一見偶発的なように見えても、商品を市場に大量に送りだしたい企業と消費者の役割を担う市民の間の、ある種の親和的関係を土台にしている。また、自治体や国が支援するテクノロジーも科学ブームを巻き起こす場合がある。・・・こうした政策主導のブームの核心には、経済効果を生みだすはずの新興テクノロジーへの期待感がある」。「ブームの構造を支える要素は多彩であるが、科学ブームの構造をその拡大過程と終息過程に分けてみると、全体の輪郭が比較的わかりやすくなる。本書で見た2つのブームの拡大過程には、ブームの構造を支える複数のアクターがそれぞれ自身に都合のよい神話をテクノロジーのイメージに取り込みながら、位相を揃えて短期的な経済効果を求めていく。ブームの終息過程には科学の不確実性に起因する課題が浮上してきて、それをめぐるアクター間の対立や離反が見えてくる」。「科学は本質的に、不確実な要素を必ず内包しているものである。したがって、いずれ不確実性が広く顕在化することは必然であり、不確実性を科学技術の展望から除外したり隠すことでブームを永らえさせようとすることが、歴史的に見ればいかに虚しい試みであるか、ブームが不安定化し神話が崩壊した過程をつぶさにふり返ってきた本書の読者には明らかであろう。」[p.243-244
DDTブームは、「生態学の分野に新しい重要な研究領域を生みだした。」「その後のDDT論争はリスク学という新たな学問領域を生みだし、また、一方で環境思想を広めた。」産業界も「表向きはカーソンを非難しつつも、残留性の低い農薬の研究開発を始めていた」。「ナノブームの終焉後も、・・・ナノ材料を利用する形で実用化の動きはじわじわと拡がっている。」「ナノテクから分岐しバイオテクノロジーと融合したナノバイオ領域は、・・・近年その研究開発が勢いよく進んでいる。」「欧米ではナノテクをめぐる倫理学、哲学などのディシプリンの存在感も大きくなっている。」「ブームは結果として専門家コミュニティにとって刺激的な外的因子として働き、科学の世界の内的な進捗を促したといえるだろう。」[p.245-246
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科学技術の変化の過程からは様々なことを学ぶことができます。本書は科学における「ブーム」に焦点を当てて、そのメカニズムや背景を分析することによって、ブームから学ぶべきことを示している点が特に重要だと思いますが、企業人の立場からすると、「ブーム」が発生した時に、そのブームに乗れる状況にいればブームから距離を置いて傍観することは非常に困難です。本書の分析によれば、ブームと短期的な経済的利益は深い関係がありそうですので、短期的利益を無視することのできない企業としては、ブームに関わらざるを得ないのはいたしかたないと思いますが、ブームに巻き込まれることはどういうことなのか、その中で、いずれ終息するだろうブームから何を学ぼうとするかを考えておくことは非常に意義深いことなのではないかと思います。

本書を読んで、「科学ブーム」のメカニズムを一言で言うなら「やり過ぎ」ということなのではないかと感じました。DDTも使いすぎ、ナノテクも投資しすぎ、新技術に期待しすぎ、信用し過ぎ、急ぎ過ぎ、集中し過ぎ・・・、従っていずれは「過剰」が明らかになる、それが「ブーム」ということかもしれないと思いました。しかし、残念ながら、どのポイントを過ぎれば過剰なのかを事前に知ることは困難です。最適点を知るためには、その点を通り過ぎてみないとわからないのが普通でしょう。「ブーム」から学ぶ、ということは、すなわち最適点を通り過ぎてはじめてわかることから学ぶ、ということであり、そうすることによって、「最適」がより明確になる、ということなのではないかと思います。そうであれば、「ブーム」とは科学的活動の本質と不可分のものなのかもしれません。

本書では、「ブーム」から学ぶことについての専門家コミュニティの重要性を指摘しています。企業の研究者も、ブームに乗って利益を得ようとすることだけでなく、専門家コミュニティの一員としての自覚を持つべきだということは、本書からまず学ぶべきことのひとつだと思います。加えて興味深いのが、科学ブームの分析からは科学的知見だけでなく、研究マネジメントの知見も数多く得られるのではないかという点です(例えば、著者はナノブームにおける研究費集中配分の問題、経済性への期待の問題、成果評価の問題、目的志向と実用化の問題、連携の問題などを指摘しています)。「ブーム」というのは度の過ぎた一種の実験だと考えると、そこから学び、次に活かすことができるかどうかが、企業にとっても社会にとっても重要なことなのではないか、という気がします。


文献1:五島綾子、「<科学ブーム>の構造 科学技術が神話を生みだすとき」、みすず書房、2014.

参考リンク<2015.4.5追加>



「意思決定理論入門」(ギルボア著)より

誰しも正しい意思決定を行いたいという気持ちはあるでしょう。しかし、正しい意思決定とは何なのでしょうか。本ブログでも、人間は様々な状況で、誤った判断や無意識的判断、非合理的判断をすることを紹介してきました(「ファスト&スロー」(カーネマン著)より意思決定の罠(モーブッサン著「まさか!?」より)、など)。もちろん、誤った判断が「正しい判断ではない」ということは言えるでしょうが、誤りがなければ正しい判断なのか、非合理的かもしれないが誤っているとは言えない場合や、誤っているかどうかがはっきりしない場合にはどうすればよいのかなど、正しい意思決定をするために考えておくべきことは多いように思います。

ギルボア著「意思決定理論入門」[文献1]では、判断におけるバイアスやヒューリスティクスの問題も考慮した上で、意思決定において考慮すべきポイントが述べられています。以下、その中から重要と思われる点をまとめておきたいと思います。

第1章、基礎概念
・「何が『より良い選択』なのか?・・・その答えは自明ではない。わたしは、意思決定の結果がどうであったかは、分析の最終段階においては、意思決定者自身の判断によって決められるべきであるという見方を採用している[p.1]」。「本書の主要な目的は、読者であるあなた自身がより良い意思決定をできるよう手助けすることである[p.8]」
・記述的理論:「現実を記述することを目指す理論のこと[p.3]」。「その原理はそれに対応する現実と照らし合わせて検証される。・・・良い記述的理論とは、あなたの周囲の人々がどのように行動しているかをあなたに告げるもの[p.4]」。
・規範的理論:「意思決定者に忠告を与える理論、つまり、意思決定者がどのように意思決定すべきかという指図を与える理論のこと[p.3]」。「その原理は現実に適合する必要はない。・・・良い規範的理論とは、あなたが採用したくなるような理論であり、あなた自身の目で見て良い意思決定を可能にするような理論[p.4]」。

第2章、判断と選択におけるバイアス
・フレーミング効果:「問題文の設定や表現方法が意思決定に与える効果のこと[p.15]」。(例えば死亡率で表現するか、生存率で表現するか、など)。「われわれ消費者に商品を売ろうという仕事に従事している人々はたいてい、どの表現方法が別のものよりも客を引きつけるかについて良いセンスを持っている[p.20]」。形式的なモデルによってフレーミング効果は消すことができる[p.21]。
・賦存効果:「自分が持っているものに持っていないものよりも高い価値をつける傾向だと定義できる。・・・現状維持バイアスと呼ばれる一般原則から導かれる効果と見ることができる。[p.23]」保有しているものについて情報を持っていること、頻繁な選択の変更を防止できること、習慣形成など、現状維持が合理的と考えられる場合もある[p.25-26]。
・サンクコスト(埋没費用):「支払った金額は、回収することができないサンクコストである。多くの合理的な指南によれば、サンクコストは無視すべきである[p.29]」。しかし、サンクコストへのこだわりが正当化されるケースとして、現状維持バイアスが意味をもつ場合、他人を困惑させる可能性、自分の選択を後で後悔する可能性、未完のプロジェクトをだめにしてしまう可能性がある場合などが挙げられる[p.30-31]。サンクコストを無視したい場合には、問題を決定木としてモデル化することが有効。[p.31
・代表性ヒューリスティック:代表的、典型的な表現に影響される。「矛盾のない長い証言は短い証言よりもより信用をもたらす[p.37-38]。
・利用可能性ヒューリスティック:事例の思いだしやすさに影響される。
・係留効果(アンカリング効果):「関係がないかほとんど関係がない情報が持つ影響力・・・、十分なデータがない場合には、人の評価は、関連性が乏しいような情報に影響を受けるかもしれない[p.47]」。「係留のヒューリスティックとは、『アンカー』として機能するある推定値を基準としてそこから推定値を修正していくこと[p.47]」。ただし、「誰かによってもたらされる評価値は、情報量としては乏しいが、評価値であることには変わりはない。[p.48]」
・メンタル・アカウンティング(心の会計):「お金が代替可能なものであっても、・・・あなたのお金は支出の種類ごとに配分される[p.51-53]」。
・動学的非整合性:「あなたが将来の行動についてある選択をし、やがてそれを実行する時が来ると、あなたはそれを実行しようとはしない[p.55]」。

・「人間の心というのは、長い期間にわたって進化してきた、むしろ洗練された推論の道具なのであり、また、恐らくはその目的にとってそれほど悪い道具ではない・・・実質上ほとんどすべての思考様式にとって、良い推論を見いだすことができ、またそれが最適であるようなさまざまな環境を見いだすことができる[p.61]」。

第3章、統計データを理解する
・条件付き確率:「ある側面に関する条件付き確率から別の側面に関する条件付き確率を導き出すのは一般的に難しい[p.67]」。「一般に、2つの事象の条件付き確率が同一になることはない。それでも人々は2つの条件付き確率を同一視してしまう傾向がある[p.74]」。(基礎比率の無視)
・ギャンブラーの錯誤:独立の事象に対して過去の事例から過剰に学んでしまう、大数の法則を誤って適用する、条件付き確率と条件なし確率を混同するなどの誤りをする。[p.77-83
・悪い(偏った)サンプルに要注意
・平均への回帰:「何かをその極端な過去の結果(良いものにせよ、悪いものにせよ)に従って選ぶなら、将来的にはその結果は平均的なものに戻ってくることを期待すべき」[p.86-87]。
・相関関係と因果関係:「単なる相関関係から因果関係を見いだす助けとなる洗練された統計的手法が存在するが、それには限界がある。特に、株式市場の暴落や戦争などといった一回限りの出来事の原因を特定化することは非常に難しい。・・・相関関係は因果関係を意味しないということを覚えておくとよい。[p.90]」
・統計的有意性:帰無仮説が棄却できないことは、それが真であることの証明にはならない。[p.91
・ベイジアン統計学と古典統計学:「古典統計学とベイジアン統計学は非常に異なった種類の問題に用いられるべき統計手法であるということが大事なのである。もしあなたが何かを立証したい、つまり、『客観的に(統計的に)証明された』ものとして受け入られる結論を主張できるようになりたいなら、用いるべき手法は古典統計学である。もしあなたが自分にとって最善の選択となるような判断や決定を行いたいのなら、誰かを説得することなどに顧慮する必要はないので、選ぶべき手法はベイジアン統計学になるだろう。[p.100]」

第4章、リスク下の意思決定(「リスク、すなわち既知の確率を伴う状況における意思決定」)
・「確率変数の期待値とは対照的に、期待効用はより多くの意味を持つ。・・・フォン・ノイマン=モルゲンシュテルンの定理は、あなたはある効用関数の期待値を最大化するかのように振る舞うという非常に緩やかな想定をしている[p.124]」
・プロスペクト理論の「1つの特徴は、人々は提示された確率に対して非線形的に反応すると主張している点である[p.133]」。もう一つの要素は、「人々は富の絶対的な水準ではなくその変化に反応すると考えている点[p.134-135]」。

第5章、不確実性下の意思決定
・「われわれの人生における多くの重要な意思決定は、同じような仕方で繰り返されるような事象には依存しておらず、i.i.d(「identically and independently distributed、同一で独立の分布[p.77]」)の事象であるという仮定は成り立たない[p.149]」。
・「パスカルは既に確率論という道具を用いて、客観的な確率が存在しない不確実性の状況についての直観と論理を分離していた。その考えは、たとえ事象に割り振る確率が客観的に、あるいは科学的に推定されないとしても、不確実性を数量化することによって課される規則そのものが有用であるかもしれないというものだった。科学的・客観的査定を引きだすための情報がほとんど十分に手に入らないので、あなたが手にする確率は主観的なものに限られる。しかし、確率論という道具を主観的確率に用いれば、あなたの信念は内的には整合的なものであることが保証される。人があなたの査定を実際のデータと比較すると、あなたの査定は正しくないかもしれないが、少なくともあなた自身は自分の信念の間で矛盾するような愚かな結果にはならないはずである。[p.150]」
・「解くべき問題に対して正しいモデルを用いることがとてつもなく重要である。・・・不適切なモデルによって分析を始めると、間違った問題に対する数学的に正しい解を得ることになってしまう。・・・モデル形成において暗黙的になされている隠れた仮定に気をつけるべきである。・・・あなたが情報を知る仕方は、それ自体で、またそれ自身について、参考になる情報をもたらすかもしれない。時には、あなたが何かについて知っている、あるいは知らないという事実そのものが、何か新しいことを伝えてくれるものである。[p.173-174]」
・第3章では「因果関係を確証することは困難であり、しばしばそのために十分なデータが手に入らないことが確認された。しかし、意思決定問題の分析においては、たとえ小さな主観的確率を割り当てるだけに終わるとしても、潜在的な因果関係に注意しておくことが要求されるのである。[p.178]」
・確実性原理(sure thing principle):「エルズバーグがその実験で発見した現象とは、多くの人々が不確実性回避的であるということである。つまり、他の事情が一定であるならば、人々は既知の確率を未知の確率より好む、あるいはリスクを不確実性より好むということである。リスク回避性の場合と同様に、不確実性回避性は損失が出る局面よりも利益が出る局面においてはるかに良く見られ、また、恐らく・・・損失回避性の場合と同じ効果によって、人々は損失が出る局面では不確実性愛好になるかもしれないという証拠がある。[p.180]」
―――

結局のところ、著者が「あなたにとって何が良い決定であるか決めるのはあなた自身であるという見方を強調してきた[p.201]」と述べているとおり、「正しい」意思決定のための決まった方法などはない、ということなのでしょう。しかし、意思決定にあたって明らかに間違った判断や、望んでいない判断、首尾一貫せず自分自身が混乱してしまうような判断をしないために、さらに納得感の高い意思決定を可能にするために意思決定理論は活用可能だということは言えるように思います。

研究を行う上では、意思決定の考え方は以下の2つのケースで特に重要になると考えられます。
1、情報に基づいてどのような行動をとるべきかを決定する(一般の意思決定と同じ)。

2、データに基づいて、より真実に近い情報を明らかにする。
上記1については、研究に限らず重要なことですので、特に議論は不要でしょう。2は、自分の行動を決める際の選択、意思決定とは異なりますが、未来予測のための根拠となる理論を打ち立てたり、データを集め、解釈することにより、ある事象が起こる確率の推定精度を向上させるために、意思決定論の考え方は特に重要だと思います。集めたデータがバイアスによって歪められていないか、ヒューリスティックによって誤った結論が導かれていないか、統計的に誤ったデータ解釈をしていないか、等の点には常に注意が必要ですし、精度の高い結論を得るためにはどのようにデータをとるべきかという研究計画立案の問題を考える場合にも、本書に述べられた注意点は活かせると思います。

結局のところ、研究活動とは、不確実性の高い現象を検討対象として意思決定を繰り返し、その不確実性をリスク(成功確率を評価できるもの)に転換し、さらにそのリスク(失敗確率)をできるだけ下げていくプロセスと考えられます。その検討対象の中に人間の行動が含まれているならば、意思決定に関わる記述的知識も必要でしょう。また、場合によってはヒューリスティックを積極的に活用して、判断のスピードを上げることも求められるかもしれません。意思決定の方法を学ぶだけではなく、意思決定のメカニズムや原理もよく理解した上で、創造的に意思決定理論を活用していくことが研究者には求められているような気がします。


文献1:Itzhak Gilboa, 2011、イツァーク・ギルボア著、川越敏司+佐々木俊一郎訳、「意思決定理論入門」、NTT出版、2013.
原著表題:Making Better Decisions: Decision Theory in Practice

参考リンク<2014.9.28追加>



ノート2改訂版:研究の不確実性をどう考えるか

1、研究開発テーマ設定とテーマ設定における注意点

1.1研究活動における基本的な注意点

1)研究の必要性ノート1

2)研究の不確実性:すべての研究が克服しなければならない課題

研究を考える上で認識しておくべき基本的事項の2点目として、研究の不確実性を挙げたいと思います。

そもそも、人間がある目的を達成しようとして行動する場合、何らかの未来予測に基づいて行動することがほとんどでしょう。その予測の裏付けとなるのは、単なる勘のこともあるでしょうし、過去の経験や、他人の意見、多くの経験を体系化したり原理から導かれたりした理論のこともあるでしょうが、どんな場合も何らかの根拠に基づいて行為の結果を予測し、その予測に基づいて行動しているはずです。

このような行動とその結果の問題を扱うのに、意思決定理論では、次のような分類がなされるそうです。[文献1、p.17(文献2、p.255]

・確定性:ある行動について必ずある一定の結果が生じることが分かっている場合

・不確定性:ある行動について起こりうる結果が1つでない場合で、さらに2つのケースに分かれる。

 ①リスク:起こりうる結果の確率が分かっている場合。

 ②不確実性:起こりうる結果の確率が分からない場合。

このリスクと不確実性の区別はフランク・ナイトがその重要性を強調している考え方で、「リスクにおいては母集団における事象の分布が(事前確率の計算あるいは過去の経験で)わかっているのに対して、不確実性の場合にはわからない・・・。その理由は一般的には、扱う状況が高度にユニークであるため、母集団がわからないからである」とのことです[文献3、p.233(文献4、p.107)]。

企業活動について考えてみると、例えば工場での定常的な製品生産などは通常上記の確定性の場合に該当するでしょう。また、事故などの非定常な場合でも、過去の実績や情報、理論の蓄積があればその確率はある程度予測できますので上記のリスクの場合に該当する場合が多いと考えられます。これに対し、「イノベーションとは、従来とは違う新しく価値ある事業やサービスを起こすこと」(ノート1Druckerによる)ですから、イノベーションはユニークで、過去の情報や理論が十分であるとは限りません。従って、イノベーションを目指す研究開発活動は上記の「不確実性」の分野で扱うべき課題となるでしょう。

そうなると、研究開発を考える際には、まず、研究開発が「不確実」なもの、つまり期待どおりの結果が得られる確率がわからないものである、ということを認識することが重要ということになります。もちろん、不確実だからと言って目標や計画、管理の意味がないというわけではありません。マネジメントのやり方によって成功の確率は上がるはずです。しかし、どうやってもうまく行かない可能性もあることを理解し、その時にどのような「次の手」を打てるかを考えておくことが必要になるといってよいでしょう。

このような不確実性のマネジメントを考える場合、不確実性をもたらす要因を次の2種類に分けることが有効なように思います。すなわち、

1)期待している内容、目標についての不確実性

2)目標達成のために採用した手段に伴う不確実性

の2種類です。

例で考えてみましょう。「4、5、6と並んだ数字の後には何がくると期待されるか?」という問いに対して、最も素直には「7」と予想できると思います。しかし、この「4、5、6」が、普通のサイコロを振ってたまたま出た目の順番であった場合、「7」はありえません。サイコロなら「7」が出ないことに疑問の余地はありませんが、サイコロの仕組みや構造を知らない場合、すなわち起こりうる結果の確率がわからない(上述の「不確実性」に該当)場合には「7」を期待してしまうかもしれません。もし「7」を出したいなら、サイコロを振る回数を増やしたり、振り方や重さを変えたりする手段ではダメで、例えば普通のサイコロではなく12面体のサイコロを持ってくるというような手段が必要となります。あるいは、普通の6面体サイコロしか手段として使えない状況であれば、「7」を期待してはいけないわけで、目標を変更する必要があることになります。

意思決定においては、期待通りの結果が得られるかどうかを知ることができればよいので1)と2)をひとくくりにした確率を議論すれば問題はないかもしれません。しかし、イノベーションのように、起こりうる結果の確率がわからない「不確実」な課題に取り組み、なんとかして期待通りの結果を得たいという場合には、目標設定に基づく問題(「7」を期待してよいかという問題)と、手段や方法に基づく問題(「7」を出すにはどうしたらよいかと言う問題)に分けて考えた方がよいのではないかと思われます。例えば、研究開発を進めていて期待通りの成果が得られない場合、やり方が悪い(ということは、やり方を変えればうまくいく可能性がある)のか、そもそも目標が悪い(どういうやり方をしても不可能(原理的に成功確率がゼロだったり、与えられた資源の中での成功確率がゼロ))のかを理解できれば、それぞれの問題に応じた対応が可能になるのではないでしょうか。

往々にして、ある目標の実現を目指した研究開発においては、手段や方法の検討に主眼がおかれがちです。手段や方法の検討というのは、サイコロを何回も振ってみることに似て、目に見える努力が要求され、努力をしているのだという報告もできます。また、お金や人といった資源を投入することによって試行の回数やパターンを増やすことができます。しかし、そもそもの目標設定が誤っていると、こうした努力は実を結びません。科学は多くの夢の実現に寄与してきましたが、錬金術、永久機関、タイムマシンなど、実現できないことが証明された夢もまた存在します。さらに近年では、複雑系における現象のように、本質的に予測が不可能(あるいは限定的)だったり、現象を要素に還元して理解しえない場合もあることが明らかになっています(本ブログ「複雑系経営(?)の効果」「複雑系の可能性」)。自分たちが狙っているイノベーションの目標が、このような達成不可能な目標や制御不可能な目標になってしまっているかもしれないことには常に注意が必要でしょう。

もう一つ、目標設定の問題と手段や方法の問題を分けることによってわかりやすくなることがあります。それは、研究によって予想外の結果が得られた場合です。予想外ということは、期待通りの結果を得ようとする立場から見ると失敗になってしまうわけですが、セレンディピティーと呼ばれる能力(偶然に幸運な予想外の発見をする能力[文献5、p.198])によってなされた発見が科学技術における大きな進歩をもたらした例は数多くあります[文献5] [文献6]。このような予想外の結果も成果として生かしたいなら、当初の目標設定を見直す必要がでてきます。当初の目標に縛られて大きなチャンスを失わないためにも、目標自体の不確実性を認識し、目標を変更することで成功を掴むアプローチも考えてみることが必要でしょう。不確実な研究開発においては、このような目標見直しの余地を持つことは、メカニズムの解明や手段の改良で成功確率を高めようと努力することに劣らず重要なことと考えられます。

具体的な不確実性のマネジメントとしてはどのような方法が考えられるでしょうか。Christensenらは「将来を予見することが難しく、何が正しい戦略かはっきりしないような状況では創発的プロセス主導で戦略を策定することが望ましい」[文献7、p.260]と述べています。創発的戦略についてはノート12で議論しますが、ChristensenAnthonyらは、「不確実性が極めて高い環境におけるイノベーターは『創発的戦略』に従うべきことを示唆している。正しい戦略を知っているかのように意図的に行動するのではなく、正しい戦略が市場から『わき出る』、つまり創発するようなアプローチを採用すべきということだ。」[文献8、p.236]と述べています。

一瞬先は闇、ではないですが、そもそも100%の確率で未来を予測することは不可能なはずです。行動そのものが何らかの未来予測に基づいて行なわれる以上、企業活動においても期待通りの成果が得られる確率は0100%まで、いろいろな場合が存在することになります。もちろん、一見単純そうに見える事務的作業や工場の操業などはほとんど100%に近い確率で予測が当たるでしょう。これに対して、研究開発は、予測に適用できる理論や情報が限られているため、予測が当たる確率が低くなります。しかし、どちらの場合も程度の差こそあれ予測が100%当たることはありえません。そんな不確実なことは行なうべきではない、という考え方もあるとは思いますが、そういう不確実な場合こそ技術の重要性は増すのではないでしょうか。Rogersは「技術とは、こうあって欲しいと思う成果の達成に関わる因果関係に不確実性が内在するとき、これを減じる手段的な活動のための綿密な計画のことである」と述べています[文献9、p.17]。イノベーションという新しいことへの挑戦には不確実性が存在するため、成功の確率は事前には予測できず、場合によっては全くうまくいかなかったり当初の狙いとは異なる有益な結果が得られたりする場合があります。そのことへの注意をおろそかにすると、成果が得られない目標に向かって延々と無駄な努力を重ねる、という事態にもなりかねません。研究開発、イノベーションを考える上でこのような不確実性の影響は常に念頭におく必要があるでしょう。

考察:不確実性の高い研究の計画、管理について

様々な業務において、目標を立て、計画的に目標達成に向けた努力を行ない、進捗を管理するというマネジメント方法は有効な場合が多いでしょう。しかし、不確実性を考慮すると、そうした業務の進め方が好ましいのかどうかという疑問が湧いてきてしまいます。考えてみれば、そもそも明確な目標を設定して、その達成を管理する、というマネジメントは、不確実性の低い業務に対して有効な方法だったと言えるのではないでしょうか。研究開発においても、技術の導入や、最適化、技術改良(漸進的、インクリメンタル、持続的イノベーション)など、比較的不確実性が低い課題については目標を定め計画を立ててマネジメントする方法が効果的と考えられます。しかし、その方法を不確実性の高いイノベーションに適用して効果があがるかどうかは慎重な見極めが必要でしょう。少なくとも、細かな計画や管理は向かないのではないかと考えられますし、実際、発見を支援するマネジメントとしてはゆるやかな管理が効果的であるという報告があります[文献10、p.52](本ブログ「技術経営の実践的研究」(丹羽清編)より)。

今後は、研究課題の複雑化に伴い、不確実性の高い課題のマネジメントがますます求められるようになるでしょう。一方、不確実性の低い課題にも同時に対応することが求められるかもしれません。そのような場合には例えば、研究における目標や計画の設定にあたって、まず不確実性の程度を予測し、それに応じて、不確実性が高い課題であれば、大まかな目標と、柔軟に変更可能な計画を立て、不確実性が低い課題に対しては通常のプロジェクト管理のような計画を立てる方法が考えられるでしょう。ただし、その不確実性の予測を行ない、大まかな計画の進捗を管理し、必要に応じて軌道修正するという作業を誰がどのように行なうのか、という点が大きな問題になります。ひょっとすると意思決定のための組織構造のあり方自体も問われるようになるかもしれません。今までのように、管理者が目標を設定し、下からあがってくるデータを管理者、経営者が判断する、という方法が最適なのかどうかは考え直してみる必要があるように思われます。個人的には不確実性のマネジメントは、多様性(様々な考え方による評価と協力、知的相互作用)、自律性(現象に最も精通している人の判断を尊重して任せる)、リスク分散(最初から過大な投資をしない、協力による負荷軽減)、柔軟性(臨機応変の戦略変更)といった点が鍵になると思っていますので、このような観点を考慮して、研究開発マネジメント自体も創造的に行なっていくことが求められていくのではないでしょうか。



文献1:宮川公男、「意思決定の経済学」丸善、1968.

文献2:丹羽清、「技術経営論」、東京大学出版会、2006.

文献3:Knight, F.H., 1921, “Risk, Uncertainty, and Profit”.

文献4:池田信夫、「イノベーションとは何か」、東洋経済新報社、2011.

文献5:Roberts R.M., 1989、R・M・ロバーツ著、安藤喬志訳、「セレンディピティー」、化学同人、1993.

文献6:Shapiro, G., 1986、G・シャピロ著、新関暢一訳、「創造的発見と偶然」、東京化学同人、1993.

文献7:Christensen, C.M, Raynor, M.E, 2003、クレイトン・クリステンセン、マイケル・レイナー著、桜井祐子訳、「イノベーションへの解」、翔泳社、2003.

文献8:Anthony, S.D., Johnson, M.W., Sinfield, J.V., Altman, E.J., 2008、スコット・アンソニー、マーク・ジョンソン、ジョセフ・シンフィールド、エリザベス・アルトマン著、栗原潔訳、「イノベーションへの解実践編」、翔泳社、2008.

文献9:Rogers, E.M., 2003、エベレット・ロジャーズ著、三藤利雄訳、「イノベーションの普及」、翔泳社、2007.

文献10:丹羽清編、石黒周、板谷和彦、白肌邦生、清野武寿、手塚貞治著、「技術経営の実践的研究 イノベーション実現への突破口」、東京大学出版会、2013.

参考リンク

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「ビジョナリーカンパニー4」(コリンズ、ハンセン著)より

Collinsらによるビジョナリーカンパニーシリーズといえば、世界的に著名なベストセラーですが、今回はその最新刊(2012年邦訳刊行)の「ビジョナリーカンパニー4 自分の意思で偉大になる」(コリンズ、ハンセン著)[文献1]を取り上げたいと思います。著者らはこのシリーズで、「永続する偉大な企業を構築するという問題[p.317]」をテーマとして継続して取り上げていますが、本書では、「不確実な時代に突入しても躍進する企業が存在するのはなぜか。不確実な時代どころか、カオス(混沌・無秩序)の時代に直面しても成長し続ける企業が存在するのはなぜか。[p.19]」という疑問がテーマとしてとりあげられ、似たような環境にありながら、躍進した企業と躍進できなかった企業を分析することにより、上記の疑問に答えようとしています。

本書の特徴は不確実性や運などが考慮されていることでしょう。これらをどう扱うかは研究マネジメントにとって不可避的に重要ですし、加えて、「技術そのものが偉大な企業への飛躍や企業の没落の主因になることはない」[文献2、p.253]という著者の見解が、今回の研究によって変化するのかどうかも興味のある点でした。

本書で取り上げられている勝者は、次の3つの条件に当てはまる企業であり、著者らは、これらの企業が、業界の株価指数を少なくとも10倍以上上回る株価パフォーマンスを挙げたことに基づいて「10X(十倍)型企業(10X company)」と呼んでいます。その3つの条件とは、「(1)経営基盤が脆弱な状況でスタートした、(2)不安定な環境下で目覚ましい成長を遂げ、偉大な企業になった、(3)不安定な環境を特徴づけるのは、制御不能で猛スピード、しかも破壊的な威力を持って押し寄せる嵐[p.20]」です。そして、その企業をリードする人物を「10X型リーダー(10Xer、テンエクサー)」と呼んで、躍進できなかった企業(比較対象企業)との比較により浮かび上がった、10X型企業やリーダーの特徴が述べられています。以下、本書の内容に沿って、特に研究開発に関連しそうなところを中心に著者の主張をまとめたいと思います。

10X型リーダー[第2章]

・「生真面目で洞察力に優れる10X型リーダーは、不平を言わずに『不可抗力に必ず直面する』『正確に先行きを予測できない』『何事も確実ではない』という現実を受け入れる。しかしながら、運や混乱など外部要因によって成否が決まるという考えははなから否定する。[p.79]」

・以下の主要行動パターンを備えている。[p.79-80

1)狂信的規律(fanatic discipline):価値観、目標、評価基準、方法をはじめ、徹底した「行動の一貫性」を示す。この規律は、組織の統制や権力への追従、官僚的規制の順守とは異なり、精神的な独立性を求められる。

2)実証的創造力(empirical creativity):他人や社会通念、権威筋、職場の同僚ではなく、科学的に実証できる根拠を頼りにする。観察、実験を重ね具体的事実と向き合う。実証的なデータ分析をバネにして断固たる行動に出る。

3)建設的パラノイア(productive paranoia):最悪の状況を想定して日ごろから準備を怠らず、有事対応策を練り、衝撃緩和の仕組みをつくり、安全余裕率を高める。

・上記1)~3)を活性化させるのが、やる気を起こす原動力「レベルファイブ(第5水準)野心」。エゴを自己利益の拡大ではなく大義などの大目標達成に振り向ける。

20マイル行進[第3章][p.98-100,p.126-129

「10X型企業は、われわれが『20マイル行進』と呼ぶモデルを体現している。長期にわたって並外れた一貫性を保ちながら、工程表に従って着々と進むのだ。[p.93]」。これが狂信的規律の重要ポイント。(何があっても1日20マイル進む、というイメージ)

・良い20マイル行進の特徴は、1)明確な工程表(超えなければならない最低限のハードルを明示)、2)自制心(魅力的なチャンスや有利な状況が訪れたときにも行進の上限を定める)、3)企業ごとの独自仕様、4)自力達成型(他力本願、運まかせではない)、5)ゴールディロックス時間(無理がかからないほどゆっくり進むが、厳しさを伴うほど速く進む)、6)企業が自らに課す規律(自主的に考える)、7)並はずれた一貫性

・20マイル行進は自信を生み出す。20マイル行進を怠ると、無防備な状態で大混乱の状況に放り込まれかねない。

・成長の極大化追求と10X型成功は逆相関。10X型企業はいたずらに成長を追い求めない。

銃撃に続いて大砲発射[第4章][p.177-180

実証的創造力を支える考え方。

・「銃弾は『低コスト』『低リスク』『低ディストラクション(気の散ること)』の3条件を満たす実証的テスト(実験)。」「実証的な有効性を確認したうえで大砲を発射し、そこに経営資源を集中させる。このように大きな賭けに出ることで大きな成果を狙う。」

・「10X型企業は標的に命中しない銃弾を大量に撃つ。どの銃弾が命中するのか、命中した銃弾のうちどれが成功するのか、事前に分からないから」

・銃撃により命中精度を調整して大砲を放つ。大砲を放たなければ平凡な結果しか出せない。

・規律が創造力を阻害してはならないし、創造力が規律を阻害してもならない。創造力と規律を融合すると、並外れた一貫性を持ってイノベーションを展開できる。

イノベーションについて

・10X型企業は比較対象企業よりもイノベーション志向であるとは限らない。

・どんな環境下でも、脱落せずに競争し続けるために最低限達成しなければならない「イノベーションの閾値」がある。いったん閾値を超えれば、それ以上のイノベーションにこだわってもあまり意味がない。

・10X型リーダーが変化や出来事を予測できるわけではない。10X型リーダーは予言者ではなく、実証主義者。

死線を避けるリーダーシップ[第5章][p.216-220

建設的パラノイアを支える。

・前もって突発的出来事と悪運に備えるために、十分な手元資金を積み上げ「バッファー」を用意する。

・リスクを抑える。リスクには「死線リスク(企業をつぶすほど)」「非対称リスク(潜在的損失が潜在的利益よりも大きいリスク)」「制御不能リスク(自力で管理・抑制できない不可抗力)」がある。

・危機を察知すると直ちにズームアウトし、危機がやってくるスピード、計画変更の必要性を自問、続いてズームインし、目標達成を目指して全エネルギーを注ぎ込む。

・10X型リーダーは、状況悪化を常に心配する建設的パラノイア。一攫千金を狙って大きなリスクを取ろうとする起業家とはまったく異なる。

・10X型リーダーはスピードに特別な思い入れを持っていない。変化や脅威を早期に認識し、リスク許容度が変わるまでにどのぐらい時間があるか、に基づいて限られた時間内で用心深く厳格な判断を下す[p.199-200]。そうすることで性急に決断する場合よりも良い結果を出せる。

具体的で整然とした一貫レシピ[第6章][p.258-261

10X型企業は、狂信的規律で永続性のある実践法、業務改善法を守り容易には変更しない。著者らはこれを「SMaC(具体的でありSpecific、整然としてMethodicaland一貫しているConsistentの頭文字から)」と呼び、「確かなSMaCレシピは、戦略上の概念を現実の世界へ適用するための業務手順」であり、「SMaC実践法は何十年にもわたって有効であり、広範な状況下で適用できる[p.226]」「着実な成功を可能にする基盤になる[p.258]」としています。

・レシピ内容は明確・具体的。「何をやるべきか」「何をやってはならないのか」について明示しており、会社全体が業務改善に取り組めるように作られている。

・比較対象企業の多くも全盛期には確かなレシピを持っているものの、創造力を働かせて一貫してレシピを厳守する規律を欠く。荒々しい環境下に放り込まれると、しばしば衝動的に反応してレシピから外れる。10X型企業はレシピをたまにしか変更しない。

・レシピは一部材料だけを変更して残りはそのままにしておく形で修正できる。劇的に変化しながらも並はずれた一貫性を維持する。変更する正攻法は、実証的創造力(銃撃に続いて大砲発射)を働かせること、建設的パラノイア(ズームアウトに続くズームインを行なう)になること。

運の利益率[第7章]

・良い悪いにかかわらず、運は必ず訪れるが、10X型企業が比較対象企業よりも幸運に恵まれているわけではなく、同じように不運にも襲われている。1回だけの突出した「運スパイク」では10X型成功のすべてを説明できない。

・「10X型成功者は自分の運を最大限に生かす[p.289]」。つまりROL(リターン・オン・ラック、運の利益率)が高い。一方、比較対象企業ではROLが低い。「幸運不足で失敗したのではなく、やるべきことをきちんと遂行できずに失敗した[294]」。10X型リーダーのなかには、不運なのに、それを(教訓として)生かして高リターンを得たものがいる。

・運の非対称性:一度だけ途方もない幸運に恵まれたとしても、それだけで偉大な企業を築けるわけではない。しかし、一度だけ途方もない不運に遭遇し、死線へたたきつけられたら偉大な企業を目指す旅は終わる。[p.303

・本書で示された、リーダーシップ概念はすべて高いROL達成に直結する。

以上が、著者らの考え方のポイントですが、企業が置かれた経営環境も考慮した上での結論は、「偉大さを決定づけるのは環境ではなく、何にもまして自分自身の意志と規律である。[p.316]」、「企業が真に偉大になるかどうか決定づけるカギは人間の手の中にある。[p.317]」です。そして著者は、「(われわれには)自分の意志で偉大になる自由がある。[p.318]」という、本書の表題で本書を締めくくっています。

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以上のように、本書は経営全般についての示唆を与えてくれるものですが、今回は、不確実性や運の問題にも取り組んでおり、研究開発マネジメントの立場からも極めて示唆に富むものと言えるでしょう。以下、特に研究開発の視点から興味深く思われた点を書いておきたいと思います。

不確実性の取り扱いについて

研究開発は分野にもよりますが、ある程度の技術蓄積が求められるため、長期的な視野に立ったマネジメントが必要になると考えられます。従って、本書で示された長期にわたる運、不運を乗り越えた成功を目指すことは、特に研究にとって意義深いことなのではないでしょうか。本書に示された個別の指摘については、似たようなことがすでに指摘されていたりもしますが、10X企業において実際にその役割が確認された意味は大きいですし、独特な考え方も示されているように思いました。例えば、20マイル行進で述べられている、好調な時に進捗を自制する必要があるという考え方は興味深いと思います。銃撃に続いて大砲発射というやり方は比較的当たり前のように思われますが、飛躍のためにはその両者が必要なことは認識を新たにすべきでしょうし、人によってどちらかの視点が抜けていたり、志向が偏ってしまったりすることもあるかもしれませんので、このような整理は使えるのではないかと思いました。また、スピードが速ければよいとは限らないことを、リスク許容度の変化速度と関連づける視点も興味深いと思います。運の取り扱いについては、ROLの最大化、死線リスクの抑止が特に重要ではないかと思います。不確実性の取り扱いについて事前準備が有効であることはわかっていても、研究開発ではすべての準備をすることが不可能なため、ともすると準備を怠りがちになることがありますので、そういう視点も忘れてはいけないと思います。いずれにしろ、具体的なマネジメントの取り組み方については、使える指摘が多いと感じました。

イノベーションの役割について

企業の長期的な成功にとって、イノベーションが決定的な要因ではないことは、以前から著者が指摘していますが、本書によって、その理解が深められたと思います。まず、成功に必要な最低限のイノベーションレベル(閾値)があることが示され、イノベーションは不要である、という考え方ではないことが明確になりました。また、閾値以上のイノベーションにこだわる必要がない、というのはChristensenによるイノベーションのジレンマの指摘とも重なるところがあります。結局のところ、イノベーション自体ではなく、イノベーションをどう使うかが成功の決定的な要因、と考えれば偉大な企業におけるイノベーションの役割がはっきりするのではないでしょうか。

以前、著者の手法に対するRosenzweigの批判と、ビジョナリーカンパニー3における著者の反論を取り上げたことがありますが、著者の主張は完璧な理論、論証とは言えなくても、著者の手法を前提として理解すれば、実用的に十分に重要な示唆が得られると思います。さらに、実用的な意義もさることながら、不確実性の取り扱いと不確実性を伴う環境の企業業績への影響についての考え方が示され、イノベーションの本質の理解がさらに深まったという点で本書の意義は大きいと思います。



文献1:Collins, J., Hansen, M. T., 2011、ジム・コリンズ、モートン・T・ハンセン著、牧野洋訳、「ビジョナリーカンパニー4 自分の意志で偉大になる」、日経BP社、2012.

原著:Jim Collins, Morten T. Hansen, “Great by Choice: Uncertainty, Chaos, and Luck--Why Some Thrive Despite Them All”, HarperBusiness, 2011.

文献2:Collins, J., 2001、山岡洋一訳、「ビジョナリーカンパニー2 飛躍の法則」、日経BP社、2001.



(参考)

Jim Collinswebページ

http://www.jimcollins.com/

Morten T. Hansenwebページ

http://www.mortenhansen.com/

牧野洋、「コリンズとドラッカー 2人を取材した唯一の日本人が語るその思想と人物」、日経ビジネスオンライン、2012.8.24

http://business.nikkeibp.co.jp/article/opinion/20120822/235899/?mlp


参考リンク<2013.7.21追加>

 


 


 

科学技術と社会の関わり、これからのイノベーション

3.11震災は、科学技術と社会の関わり方について我々に大きな課題をつきつけたと言えるでしょう。科学技術の研究開発に携わってきた者として、やはり震災とその対応を巡る問題に背を向けるわけにはいかないと思います。反省すべきことは反省し、人々の考え方の変化を認識した上で、それをこれからに生かしていかなければならないと思います。

もちろんまだ進行中のことでもあり、技術にかかわる個別の問題についてコメントすることは私の能力を超えてもいますので、ここでは研究開発マネジメントの観点から重要と思われること、科学技術と社会の関わりについて認識を新たにしたことをまとめてみたいと思います。


今回の震災により露わになった問題のうち、次の点が特に重要であると思います。

1、科学技術の有効性に対する疑問と科学技術の危険性への認識が高まり、さらに科学技術と科学者に対する社会の信頼が大きく損なわれたこと

2、科学技術の採用の判断におけるリスクの重要性が増大したこと

3、そのような社会の変化に対応して、研究開発の進め方も見直す必要があると思われること

以下、これらの点について考えてみたいと思います。

1、科学技術の有効性に対する疑問と科学技術の危険性への認識が高まり、さらに科学技術と科学者に対する社会の信頼が大きく損なわれたことについては以下の点が重要と思われます。

1)純粋な科学技術レベルの問題として、起こりうる事象の想定が甘かったこと。そのため必要な対策が不十分だったこと。(科学技術自体の不完全さ、未熟さ)

2)科学技術と社会の関わりの問題として、上記の想定、対策に対して人為的に行なわれた判断に誤りや偏りがあったこと。(科学技術の使い方に対する判断、方針の誤り)

3)マネジメントの問題として、事故、被害後の対応の失敗により、被害拡大、二次被害を招いたこと。

これらは、それぞれ、以下の思い込みが裏切られたことに対応していると思われます。
1)科学と言うのは完全なもの

2)科学的な判断には人為的なバイアスがないはず

3)潜在的な危険がある科学技術を使うのであれば、それ相応の科学的な備え、訓練がなされているはず

もちろん、個別の技術に関する判断ミスや誤った判断に基づいて無理な決定を行なったことはもちろん反省しなければなりませんが、信頼を失う結果になっているのはそれだけが原因ではないと思います。科学を扱っている者にとっては、科学は完全なものではないこと、純粋に科学的な判断であっても諸説があって定説が確定していない場合もあること、さらに科学を利用する上では人為的な判断のバイアスが入り込む余地があることはわりと明らかなことなのですが、こうした認識は社会の多数の認識とは違っていたということ、つまり社会が科学に過剰な信頼を寄せていたことが問題のひとつのように思われます。もちろんこれはそのように考えておられる方を非難しているわけではなく、また開きなおりでもなく、科学技術者と社会一般の方の間に認識の隔たりがあったこと自体に対する認識が薄かったことを指摘しているつもりです(付け加えるなら、こうした思い込みを故意に悪用したとすればそれは批判されて然るべきことと思います)。危機対応のマネジメントの問題に関しては、具体的なことは部外者にはわからないことが多いのですが、政府の管理監督の下に置かれた技術であればもう少ししっかりした対応の準備がなされているだろうと思っていたこと自体、我々技術者にとってもそれが単なる希望的思いこみにしか過ぎなかったことが明らかになってしまったと言えると思います。

いずれも、科学を扱う者と、その外側にいる者との認識のミスマッチがあったことは否定できないでしょう。そしてその本質は、科学技術と社会のあり方に由来するもののようにも思われます。そこで、そうした問題を考察した、平川秀幸著「科学は誰のものか、社会の側から問い直す」[文献1]に基づいてそのミスマッチが生まれた原因を考えてみたいと思います。

平川氏は、「科学技術の進歩がそのまま幸せな未来に続く-そんな明るい希望を素朴に信じられた時代は過去となり、科学技術は『夢と希望』であると同時に(あるいはそれ以上に!)『社会問題』そのものでもある」[文献1p.10]と述べています。そして、「『科学技術が社会に影響し、社会を変える』というだけでなく、逆に『社会が科学技術に影響し、科学技術を変える』」[文献1p.126]という側面があり、「科学技術に社会のどんな-あるいは誰の-価値観やニーズ、利害が反映されているのか。そしてそれは、そもそも反映されるべきものなのかどうかを考える」[文献1p.133]ことが必要とも述べています。つまり、科学と社会との相互作用は存在するものであって、それが原因で社会問題が生まれる時代になってきている、としています。

言い換えれば、科学的事実や理論は社会とは切り離された中立なものだとしても、科学技術を人間が興味の対象として取り上げ、それを使って何かをしようとした時点で社会から影響を受け、社会に影響を与える存在になってしまうということでしょう。つまり、現実には科学は社会からの影響を受けるものであるにもかかわらず、科学を社会から隔離された絶対的なものと考えることによって、科学に絶対の信頼を置き、科学が社会から影響を受けることに対して科学の堕落のようなイメージを持ってしまう、ということがあるようにも思います。

こうした考え方の背景には、時代の変化も影響しているでしょう。おそらく、科学が社会に対して与える恩恵が大きく、科学によって発生する害が相対的に小さかった時代には、科学は「善いもの」と考えてよかったのだろうと思います。しかし、科学の恩恵がある程度行き渡ってしまうと、その科学技術から受ける恩恵が小さくなるか、恩恵を受ける範囲が小さくなってしまうことがありうるのではないでしょうか。ちょうど、Christensenイノベーションのジレンマとして指摘したような、ニーズを超えて科学技術が発展してしまうという面もあるかもしれません[文献2]。その結果、恩恵よりも悪影響の方が相対的に目立つケースが増え、科学技術自体あるいは科学と社会の相互作用によって社会問題が生まれやすくなっているということもあるのでしょう。そして、過去に科学技術が社会に恩恵を与えてきたという根強い認識が、過剰に好意的でありながら根拠のない科学への信頼につながっていたものと考えることもできるのではないでしょうか。だとすれば、こうした認識のミスマッチは科学の進歩に伴って自然発生的に生じることであるとも言えるように思います。科学が人間のニーズを超えても発展しつづけがちなものだとするならば、科学技術による社会問題が起こりやすくなる可能性とともに、科学への信頼についての認識のミスマッチが起こりうることも、科学を扱う者として理解しておくべきだと思われます。

平川氏の著書では、科学が原因で生まれる社会問題に対応するためには、科学に対するガバナンスが重要であって、「本当に問題となっているのは、科学では答えられない問題、答えてはいけない問題であり、答えを出すのは根本的には僕たち」「僕たちの力がその舵取りに関わることが必要とされる」[文献1p.194]という方向に議論が進められます。今回の震災でも、科学が原因で生まれた社会問題に対しては、現状の対応では不十分である、という認識は深まったのではないでしょうか。科学や科学者に対する信頼が失われたことの本質を考えてみると、科学技術は社会問題を生む可能性があることと同時に、今までの科学技術に対する信頼が過剰なものであったことが明らかになってくると思います。信頼されているにもかかわらず、科学は自らが生んだ社会問題を解決できなかった、つまり信頼に応える努力を怠ってきたのではないか、ということが言えると思います。

2、科学技術の採用判断におけるリスクの重要性が増大したこと:従来のように新しい科学技術の適用は無条件に「善いもの」とは言えないことが明らかになってしまった以上、科学技術を受け入れる判断材料としてリスクや不確実性を考慮する必要性が高まったことは間違いないでしょう。科学が善いものであった時代、つまり、科学技術の適用による利益の方が圧倒的に大きかった時代には、不確実性によって発生する不利益は相対的に小さく、期待通りの成果が上がらなくても害になることは少なかったものが、これからの時代には、不確実性は悪影響を生む可能性があるということに多くの人が気付いたのではないでしょうか。イノベーションの普及に影響する特性としてRogersが挙げた「相対的優位性」(あるイノベーションがこれまでのイノベーションよりも良いと知覚される度合い[文献3])を判断するためのひとつの因子として不確実性を考慮することが必要になってくるでしょう。

3、上述したような社会の変化に対して研究開発を推進する立場の人間としてどう対応すべきでしょうか。科学技術と社会の関わり方の方向修正という意味では、平川氏の主張するガバナンス強化もひとつの方向であろうと思います。しかし、科学が外部からのガバナンスを受け入れる必要があるとしても、科学の側にも自浄作用を持たせることができるのではないでしょうか。

平川氏のいう科学が社会から受けるガバナンスが、科学による害を軽減することに有効であるなら、科学の側で、自分自身をガバナンスするシステムを作ることは意味のあることと思います。原発のような社会に対する影響の大きな科学技術のハンドリングを失敗すれば、企業の経営に大きな影響があることが今回の震災によりはっきりしました。企業の側としてもそうしたリスクを軽減するために、自社で用いている科学技術を「善いもの」とするような社内での努力は、特に民間企業においては重要なことだと考えられます。社会からのガバナンスというと、技術の暴走にブレーキをかける役割が主になってしまうと思われますが、ガバナンスという考え方を技術の発展に生かすこともできるのではないかと思います。

具体的にはそれほど難しいことではないはずです(意識さえ変えられれば、ですが)。

・科学技術が引き起こす外部への影響について多面的に考えること

 多面的に考えるためには、望ましい方向への影響と望ましくないことが起こる可能性を考えること

 そのためには、推進派と、慎重派(否定派)の意見を議論の俎上に載せること

・科学技術の不確実性を前提として意思決定を行うこと

 特に、科学を単純に「善いもの」と捉えられなくなるこれからの時代、不確実性そのものが技術の普及過程に影響する可能性を考えること。

・これらの因子をリスクとして考え、必要な対策をとった(あるいは、退却も含めて対策をとる覚悟をした)上で科学技術の利用を推進すること。もちろん、事前に対策をとれることばかりではないはずです。そのような場合には、リスクが明らかになってきた時点で、対策をとるか、とってかわる技術を積極的に開発する、などの方向転換の検討を行なうべきでしょう。少なくともリスクの存在を無視するようなことは得策ではないことを認識すべきです(厳しいことではありますが)。こうしたことを社内で検討した上で、敢えてリスクをとる決断をすることがイノベーションを実行することになるのではないかと思います。

今回の震災で、科学技術とその取り扱い方についての多くの問題点が露わになりました。科学を捨てて昔の生活に戻るべきだという考え方ももちろんありうるとは思いますが、科学技術が我々の生活を豊かにしてくれたことも事実でしょう。科学技術の進歩によってその扱い方が難しくなり、リスクも大きくなっているとしても、リスクを無視して進めることと、リスクを認識しつつ進めることは意味が違うはずです。もちろん、リスクが大きすぎる科学は採用すべきではないでしょうが、リスクをとることはイノベーションの実現に不可欠でもあります。こうした教訓を生かせるかどうか、それがこれからのイノベーションの成功にも大きく関わってくる時代になっているのではないでしょうか。



文献1:平川秀幸、「科学は誰のものか 社会の側から問い直す」、日本放送出版協会、2010.



 


参考リンク
 

文献2Christensen, C.M, 1997、クレイトン・クリステンセン著、伊豆原弓訳、「イノベーションのジレンマ」、翔泳社、2000.
文献3Rogers, E.M., 2003、エベレット・ロジャーズ著、三藤利雄訳、「イノベーションの普及」、翔泳社、2007.

ノート2:研究の不確実性をどう考えるか

ノート1にひきつづき、研究活動において基本的に留意すべき事項について考えます。

 

2)研究の不確実性:すべての研究が克服しなければならない課題

研究を行なう場合に認識しておくべき基本的事項の2点目として、研究の不確実性について考えてみたいと思います。

 

そもそも、人間が何かの目的を達成しようとして行動する場合、ほとんどの場合、そこには未来予測が入ることになるでしょう。その予測の裏付けとなるのは、単なる勘のこともあるでしょうし、過去の経験や、他人からの指導、多くの経験を体系化したり原理から導かれたりした理論のこともあるでしょうが、いずれも何らかの根拠に基づいて行為の結果を予測し、その予測に基づいて行動しているはずです。

 

このような行動とその結果の問題を扱うのに、意思決定理論では、次のような分類がなされるそうです。[文献1p.17(文献2p.255]

・確定性:ある行動について必ずある一定の結果が生じることが分かっている場合

・不確定性:ある行動について起こりうる結果が1つでない場合で、さらに2つのケースに分かれる。

 ①リスク:起こりうる結果の確率が分かっている場合。

 ②不確実性:起こりうる結果の確率が分からない場合。

 

企業活動について考えてみると、例えば工場での定常的な製品生産などは通常上記の確定性の場合に該当するでしょう。また、事故などの非定常な場合を想定したとしても、その確率はある程度予測できるので上記のリスクの場合に該当すると考えられます。この場合、過去の実績や情報、理論の蓄積が十分にあるから予測できると言えるでしょう。これに対し、「イノベーションとは、従来とは違う新しく価値ある事業やサービスを起こすこと」(前回記事(2010.3.22「ノート1」)、Druckerによる)ですから、過去の情報や理論が十分であるとは限りません。従って、イノベーションを目指す研究開発活動は上記の「不確実性」の分野で扱うべき課題となるでしょう。

 

ここで、上記の不確実性について考えてみると、その中には2種類の不確実要因が含まれていることがわかります。すなわち、1)期待している内容、目標についての不確実性、2)目標達成のために採用した手段に伴う不確実性、の2点です。

 

例で考えてみましょう。「4、5、6と並んだ数字の後には何かくると期待されるか?」という問いに対して、最も素直には「7」と予想できるのではないかと思います。しかし、この「4、5、6」が、普通のサイコロを振ってたまたま出た目の順番であった場合、「7」はありえません。サイコロなら「7」が出ないことに疑問の余地はありませんが、サイコロの仕組みや構造を知らない場合、すなわち起こりうる結果の確率がわからない(上述の「不確実性」に該当)場合には「7」を期待してしまうかもしれません。「7」を出したいなら、サイコロの振る回数を増やしたり、振り方や重さを変えたりする手段ではダメで、例えば普通のサイコロではなく12面体のサイコロを持ってくるというような手段が必要となります。あるいは、普通の6面体サイコロしか手段として使えない状況であれば、「7」を期待してはいけないわけで、目標を変更する必要があることになります。

 

おそらく、意思決定においては、期待通りの結果が得られるかどうかを知ることができればよいので1)と2)をひとくくりにした確率を議論すれば問題はないのでしょう。しかし、イノベーションのように、起こりうる結果の確率がわからない「不確実」な課題に取り組む場合には、目標設定に基づく問題と、手段や方法に基づく問題に分けて考えた方がよいのではないかと思われます。例えば、研究開発を進めていて期待通りの成果が得られない場合、やり方が悪い(ということは、やり方を変えればうまくいく可能性がある)のか、そもそも目標が悪い(どういうやり方を用いても不可能(原理的に成功確率がゼロだったり、与えられた資源の中での成功確率がゼロ))のかを理解できれば、それぞれの問題に応じた対応が可能になるのではないでしょうか。

 

往々にして、ある目標の実現を目指した研究開発においては、手段や方法の検討に主眼がおかれがちです。手段や方法の検討というのは、サイコロを何回も振ってみることに似て、目に見える努力が要求され、努力をしているのだという報告もできます。また、お金や人といった資源を投入することによって試行の回数やパターンを増やすことができます。しかし、そもそもの目標の設定が誤っていると、こうした努力は実を結びません。科学は多くの夢の実現に寄与してきましたが、錬金術、永久機関、タイムマシンなど、実現できないことが証明された夢もまた存在します。自分たちが狙っているイノベーションの目標が、このような不可能な目標になっている可能性があることも常に認識しておくことが必要と思われます。

 

もう一つ、目標設定の問題と手段や方法の問題を分けることによってわかりやすくなることがあります。それは、研究によって予想外の結果が得られた場合です。予想外ということは、期待通りの結果を得ようとする立場から見ると失敗になってしまうわけですが、セレンディピティーと呼ばれる能力(偶然に幸運な予想外の発見をする能力[文献2p.198])によってなされた発見が科学技術における大きな進歩をもたらした例は数多くあるので[文献3] [文献4]、予想外の結果も有用なものとして取り扱う必要があると考えられます。このような予想外の結果を生かしたいなら、当初の目標設定を見直さなければなりません。そうすればある目標のためには失敗であっても、別の目標にとっては成功であるとして扱うことができるようになるでしょう。このような目標見直しの余地を持っておくことも、単に成功確率を知り、その確率を高めようと努力することに劣らず重要なことと考えられます。

 

上記のような不確実な状況に対応するマネジメント方法として、Christensenらは「将来を予見することが難しく、何が正しい戦略かはっきりしないような状況では創発的プロセス主導で戦略を策定することが望ましい」[文献5p.260]と述べています。創発的戦略については別の機会にまとめたいと思いますが、どんな方法にせよ不確実性をうまく取り扱う必要はあるでしょう。

 

一瞬先は闇、ではないですが、そもそも100%の確率で未来を予測することは不可能なはずです。行動そのものが何らかの未来予測に基づく以上、企業活動においても期待通りの成果が得られる確率は0100%まで、いろいろな場合が存在することになります。もちろん、一見単純そうに見える事務作業や工場の操業などはほとんど100%に近い確率で予測が当たるでしょう。これに対して、研究開発は、予測に適用できる理論や情報が限られているため、予測が当たる確率が低くなります。しかし、どちらの場合も程度の差こそあれ予測が100%当たることはありえません。そんな不確実なことは行なうべきではない、という考え方もあるとは思いますが、そういう不確実な場合こそ技術の重要性は増すのではないでしょうか。Rogersは「技術とは、こうあって欲しいと思う成果の達成に関わる因果関係に不確実性が内在するとき、これを減じる手段的な活動のための綿密な計画のことである」と述べています[文献6p.17]。要するに、イノベーションという新しいことへの挑戦には不確実性が存在するため、成功の確率は事前には予測できず、場合によっては全くうまくいかなかったり当初の狙いからは外れているが別の意味で有益な結果が得られたりする場合があるということになるでしょう。こうした点に関する注意をおろそかにすると、成果が得られない目標に向かって延々と無駄な努力を重ねる、という事態にもなりかねません。研究開発、イノベーションを考える上でこのような不確実性に伴う特性はしっかりと認識しておくべきものと思われます。

 

文献1:宮川公男、「意思決定の経済学」丸善、1968.

文献2:丹羽清、「技術経営論」、東京大学出版会、2006.

文献3Roberts R.M., 1989、安藤喬志訳、「セレンディピティー」、化学同人、1993.

文献4Shapiro, G., 1986、新関暢一訳、「創造的発見と偶然」、東京化学同人、1993.

文献5Christensen, C.M, Raynor, M.E, 2003、桜井祐子訳、「イノベーションへの解」、翔泳社、2003.

文献6Rogers, E.M., 2003、三藤利雄訳、「イノベーションの普及」、翔泳社、2007.

 

参考リンク 

改訂版ノート2(2013.5.19)へのリンク

 

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