研究開発マネジメントノート

研究開発とそのマネジメントについてのいろいろ

リバースイノベーション

「[実践]リバース・イノベーション」(ウィンター、ゴビンダラジャン著、DHBR2015年12月号)に学ぶ

リバース・イノベーションは、「新興国で製品開発し、これを先進国に展開する」イノベーション(2009年発表のゴビンダラジャンによる論文の定義)として可能性が期待される手法だと思います(本ブログでも、最初の論文とその後2012年に出た本の内容をとりあげました)。ただ、その後の発展の状況や、どの程度の可能性があるのか、どうやったらリバース・イノベーションがうまく進められるのかについてはあまり取り上げられる機会がなかったように思います。

最近発表された、ウィンター、ゴビンダラジャンによる論文「[実践]リバース・イノベーション」(DHBR201512月号)[文献1]では、「リバース・イノベーションがなかなか浸透しない理由」として「妨げとなる観念的な落とし穴」を挙げ、その落とし穴を避けるための設計原則が紹介されており、最近の状況およびイノベーションにおける意味を知る上でも参考になる点が多いと感じましたので、今回はその内容のポイントをまとめておきたいと思います。

新興国市場における多国籍企業の失敗
・多国籍企業の「経営幹部たちは新興国市場の制約条件を克服する方法、もしくは、途上国ならではの自由な発想を巧みに活かす方法をなかなか見極められないでいる。彼らは前進させる方法を見いだせず、リバース・イノベーションを首尾よく展開するうえで妨げとなる観念的な落とし穴にはまる傾向がある」。
・「多国籍企業はたいてい、あらゆる製品について3つのバリエーションを設定している。最高性能でプレミアム価格の最高級品と、その80%の性能および価格の上級品、そして70%の性能および価格の良品である。非常に高い期待を抱きつつも極めて財力の乏しい消費者がいる新興国市場に食い込むために、多国籍企業は通常、先行投資リスクを最小化する設計哲学に従う。良品のバリュー・エンジニアリング(価値の最大化)に励み、50%の価格で50%の性能を提供する『適正な』製品へとダウングレードするのだ。これは十中八九うまくいかない。途上国では、『適正な』(十分なレベルの)製品は中間層にとって高すぎることが判明するばかりか、懐に余裕のある高所得層が好むのは最高級品なのである。それと同時に、規模の経済やサプライチェーンのグローバル化のおかげで、地元企業はいまや、高価値の製品を比較的安価に、以前よりも早いスピードで生み出しつつある。その結果、大半の多国籍企業はごくわずかなローカル市場しか獲得できていない。多国籍企業が途上国の消費者を取り込むには、既存の製品やサービスの性能と同等かそれを上回りつつ、コストを抑えなくてはならない。言い換えると、10%の価格で100%の性能を実現しなくてはならないのだ。」
・「前述の落とし穴のせいで、企業はこの難問に対処できずにいる。そのような落とし穴を避けるためには、次の5つの設計原則に従わなくではならない。」

落とし穴1、市場セグメントを既存製品に合わせようとする
・「多国籍企業が途上国向け製品をつくり始める際に、既存の製品やプロセスが大きな影響を及ぼしている。当初は、既存製品を適応させたほうが一から開発するよりも手っ取り早く、安価で、リスクも少ないように見える。・・・設計担当者は既存のテクノロジーから抜け出せずに苦労する。」
設計原則1、解決策から離れて、問題を定義する
・「あらかじめ考えていた解決策を捨て去れば、最初の落とし穴を避けられ、既存の製品ポートフォリオの外側にあるチャンスを見極めやすくなる。」「経営幹部は問題を明確にする際、はっきりと言葉には出さなかったもののニーズを示すような顧客の行動に目を向け、耳を澄まさなくてはならない。」

落とし穴2、機能を省いて価格を下げようとする
・「途上国の人々がより低い品質や旧式のテクノロジーに基づく製品を喜んで受け入れるというのは、議論を呼ぶ点である。このアプローチは往々にして間違った意志決定やお粗末な製品設計につながってしまう。」
設計原則2、新興国市場たから得られる自由度の高い設計を使って、骨抜きの解決策ではなく、最適な解決策を生み出す
・「新興国市場には制約条件が多いが、新興国ならではの自由度の高い設計も利用可能である。」(例えば、人件費の安さを活用するなど)
・「企業は利用者のニーズだけでなくウォンツにも訴求しなければならない」

落とし穴3、新興国市場における技術要件すべてについて熟慮することを忘れる
・「科学法則はどこでも共通だとしても、新興国市場の技術インフラはまったく異なる。・・・問題の背後にある技術的要因を理解し、厳密に分析し、取りうる解決策の実現可能性を判断しなくてはならない。」
設計原則3、消費者の問題の背後にある技術的状況を分析する
・「社会的、経済的な要因によって製品の技術要件が決まることも多い。」
・「エンジニアが技術的状況を研究することにより、周囲の創造的道筋だけでなく、ペインポイント(悩みの種)も確認することができる。エネルギー、力、熱伝導などの要件を理解すれば、それらを満たす斬新な方法が浮かび上がってくる。」

落とし穴4、利害関係を顧みない
・「消費者のニーズや要望について製品設計担当者を教育するには、・・・数日間、新興国市場に送り込み、いくつかの都市や村落、スラム街を車で回り、現地の様子を観察させればいいと思っている多国籍企業が多いようだ。・・・そんなことが真実であろうはずがない。」
設計原則4、なるべく多くの利害関係者を交えて製品をテストする
・「企業は設計プロセスの最初に、製品の成功を左右する一連の利害関係者をすべて洗い出すとよいだろう。誰がエンドユーザーか、どのようなニーズかと尋ねることに加えて、誰がその製品の生産、流通、販売、支払い、修理、廃棄をするかについても考慮しなくてはならない。これは製品のみならず、拡張可能なビジネスモデルの開発にも役立つだろう。利害関係者のためではなく、利害関係者と一緒に設計しているという態度を取るのがベストである。」
・「エンジニアがどれほど完璧主義だったとしても、ユーザーは使い手でなければ気づかない設計上の不備を明らかにしてくれる。」
・「設計は繰り返しであることを忘れてはいけない。最初から正しく理解するのは不可能なので、多くのプロトタイプをテストする準備をすることだ。」

落とし穴5、新興国市場向けの製品が、グローバルに訴求できる可能性を信じようとしない
・「欧米企業は先進国市場の消費者は・・・新興市場からの製品などけっしてほしがらないと思い込みがちだ。たとえそうした製品に人気があったとしても、高価格で高利益率の製品やサービスとのカニバライゼーションを起こすので危険ではないかと懸念する。」
設計原則5、新興国市場の制約条件を生かしてグローバルで勝てるものをつくり出す
・「企業は解決策を計画する前に、新製品やサービスに影響を及ぼす固有の制約条件を確認すべきである。・・・リストアップしていくと、価格、耐久性、素材など、新しい設計で満たさなくてはならない要件が確定する。途上国の制約条件によって通常、技術的ブレークスルーを迫られ、それがイノベーションでグローバル市場をこじ開けるのに役立つ。新製品がプラットフォームとなって、企業はそこに、世界中のさまざまなタイプの消費者が喜ぶ特徴や性能を追加することができるのだ。」


新興国市場の意味についての著者のコメント
・「欧米企業のほとんどは、過去15年でビジネスの世界が劇的に変化してきたことを知っているが、その重心が新興国市場にほぼシフトしていることにはまだ気づいていない。・・・市場リーダーの座を維持したいと思う企業であれば、そうした国々の消費者を重視する必要がある。経営陣にとって、新興国市場で製品開発に必要なインフラ、プロセス、人材への投資を始める以外に選択肢はない。投資により、多国籍企業も新興国ならではの『フルーガル・エンジニアリング』の恩恵にあずかることができる。こうした国々では熟練の人材(特にエンジニア)が豊富におり、比較的低賃金なので、先進国よりも製品をつくるコストを低く抑えられることが多いのだ。」
―――

この論文を読むと、リバース・イノベーションには次の2つの側面があるように感じられます。1つめは、新興国での新興国消費者向け製品開発であり、2つめは、新興国で開発された成果の先進国への展開です。もちろん、最初の新興国での製品開発がなければ、次の先進国への展開もありませんので、新興国での開発ノウハウが重要であることは言うまでもありませんが、それだけではイノベーションの成果が新興国内に留まってしまうでしょう。成果をさらに大きなものにするために重要なのが先進国への展開、と言えるのではないでしょうか。

著者は、多国籍企業がリバース・イノベーションを行うことの重要性を強調していますが、実際には新興国の企業が自国内で起こしたイノベーションの成果を先進国向けに改良して輸出してくる、そんなシナリオも考えられるように思います。多国籍企業にとってのリバース・イノベーションの意味は、単に新興国市場から利益を得ることだけではなく、新興国企業からの技術輸入をうまくコントロールする意味もあるのではないか、という気がしました。

この論文に述べられた5つの設計原則は、単に新興国での開発に特有の指針というわけではないように思います。5つの設計原則を、もう少し一般的な言葉で言い換えると以下のようになるのではないでしょうか。
1、既存製品や既存製品の改良にとらわれない発想が必要な場合がある。根本的な問題を認識し、解決策を提供することが必要。そのためには、想定顧客が欲していることは何か、既存の製品やサービスをどのように使っているのか、環境条件(使用環境、メンテナンス環境など)はどうか、などを参考に解決すべき問題を見直すことも必要。
2、制約条件はアイデアの源にもなり得る。環境上の条件を制約としてではなく資源として使う発想もできる。イノベーションを進める方法、ビジネスモデルを構築する方法にとっても、異なる環境は選択肢の幅を広げる上で役に立つ可能性がある。

3、イノベーションをとりまく様々な技術要件をできるだけ検討することが必要。先入観を捨て、当たり前と思っている前提を疑ってみることも必要。
4、イノベーションは、想定どおりには(特に先進国にいて考えた想定どおりには)進まない。様々な利害関係者の理解を得る努力と、テスト、フィードバックによる改良が必要。
5、開発された製品のアイデアは、当初の目的だけではなく異なる環境にも使える可能性があることを考えなければならない。
これらは、何か新しいイノベーションを起こそうとする時に考えるべき基本的なことのように思います。しかし、普通に研究開発をしていると気づきにくいこともあるでしょう。「新興国」という環境は、こうした点に気づかせてくれる刺激になっているのではないかと思うと、「リバース・イノベーション」の進め方を知る、ということは、新興国での研究開発を考えていない人にとっても、あらゆるイノベーションに必要な観点を再認識するよい機会でもあるといえるように思います。


文献1:Amos Winter, Vijay Govindarajan、エイモス・ウィンター、ビジャイ・ゴビンダラジャン著、渡部典子訳、「[実践]リバース・イノベーション 5つの設計原則が新興国での製品開発を促す」、Diamond Harvard Business Review, December 2015, p.98.
原著:”Engineering Reverse Innovations”, Harvard Business Review, July-August 2015.


ノート4改訂版:企業の収益源となる研究テーマの設定

1、研究開発テーマ設定とテーマ設定における注意点

1.1研究活動における基本的な注意点→ノート1~3

1.2、研究テーマの設定

ノート1~3で述べた基本的な注意点をふまえた上で、どのような研究テーマに取り組むべきかを考えてみたいと思います。ここでは、テーマ設定の考え方を以下の3つに分けて考えます。

①企業収益に結び付くテーマ(つまり、事業的に成功が期待されるテーマ)

②企業が研究部門に求めているテーマ

③研究部門が実施したいと考えるテーマ

これらは、企業活動に貢献するために、誰の、どんな望みを叶えようとするのかという観点に基づいた分類です。従来の研究テーマの分類方法、例えば、テーマの発生のしかたに基づく分類(トップダウン、ボトムアップ、ニーズ志向、シーズ志向など)とは異なりますが、企業で行われる研究テーマのほとんどはカバーできていると思います。ちなみに、①は企業全体として取り組み、成功を目指すことを念頭に置いた課題、②は企業(他部署)からの求めに応じて企業活動に貢献する課題(トップダウン、ニーズ志向と呼ばれるテーマなど)、③は研究部隊の判断によって企業活動に貢献しようとする課題(ボトムアップ、シーズ志向のテーマなど)、というイメージになりますが、それぞれについて研究の性格や注意すべきポイントが異なると思われますのでこのように分けて議論することにしました。今回は、まず①について考えてみます。

①企業の収益源となるテーマの設定

どのようなテーマに取り組めば企業活動に最も貢献できるのでしょうか。端的に言ってしまえば、研究がうまくいき、収益を挙げるテーマということになりますが、どんなテーマが成功しやすいかはそれほど明らかではありません。研究やイノベーションへの取り組み方、進め方については様々な意見が発表されていますが、なぜその方法が有効なのか、同じようなことに取り組んでいても成功と失敗が分かれるのはなぜか、といった点について実証的に十分納得できる理論は未確立といってよいのではないでしょうか。

そんな中で、Christensenの破壊的イノベーションの考え方は、研究開発・イノベーションの成功や失敗のメカニズムに関する、現状では最も有効性の高い考え方であると思います。Christensenは、業界をリードしていた優良な企業が、ある種の市場や技術の変化に直面したとき、特段の経営上の失敗もないのにその地位を守ることができなくなった事例の分析を行ない、次のようなメカニズムが存在することを示しています。[文献1に基づき要約]

・ある技術の改良の速度が技術的要求(ニーズ)の進歩の速度を上回ることがある。

・その結果、技術はオーバースペックになる。

・オーバースペック技術であっても、収益率は高いことが多いし、ハイスペックを求める顧客も存在するので、企業はその技術をさらに進歩させようとする。

・往々にして収益性の高さや、既存顧客の確保のために、オーバースペック技術の開発に資源を集中させる。

・その結果、ハイスペックを求めない市場への興味を失い、対応が手薄になる。

・ハイスペックを求めない市場に新たな企業が参入する。

その参入方法は、以下の2通りの場合があるとされます。[文献2、p.493500に基づき要約]

a)ハイスペックを求めない顧客(ローエンドにいる顧客)に対し、それまで以上の利便性か、低い価格を用意する場合

b)従来のスペックで重視される尺度から見れば限界はあるものの今までにない特性からすれば様々な恩恵を与えてくれる製品で新たなマーケットを創造する場合

・いずれの場合も既存企業から見れば利益率が低かったり、市場が小さかったりして魅力の薄い市場であるため、既存企業と新規参入企業間での競争は起こりにくく、新規参入企業の成長は妨げられない。

・新規参入企業の進歩により、既存企業は従来の市場を奪われ、限られた顧客向けのハイスペック市場に追いやられたり、新規参入企業が開拓した新たなマーケットに参入を試みても失敗したりする。

・その結果、既存企業は優位な地位を失う。

このメカニズムにおいて、新たに参入する企業が武器として活用する製品ないしビジネスモデルは「破壊的(disruptive)イノベーション」と呼ばれ、既存企業が狙うハイスペックな技術、製品、ビジネスモデルは「持続的(sustaining)イノベーション」([文献2]では「生き残りのイノベーション」と訳されています)と呼ばれます。さらに破壊的イノベーションのa)の場合が「ローエンド型破壊」、b)の場合が「新市場型破壊」と呼ばれています[文献3、p.55]

Christensenはこのメカニズムに基づき、「既存事業を成長させるためには持続的イノベーションが重要だが、新成長事業として成功する確率が高いのは破壊的戦略である」[文献3、p.125]と述べています。さらにChristensenの共同研究者らは「持続的イノベーションだけを行なっている企業は、破壊的イノベーションを行なう他社に市場奪回の機会を提供してしまったり、すばらしい成長機会が間近にあるにもかかわらずそれを逸してしまったりという結果になる」[文献4、p.9]、「学術的研究によれば、持続的イノベーションにおける戦いでは常に既存プレーヤーが勝利する」が、「破壊的イノベーションの戦いにおいては、ほとんどの既存のプレーヤーが敗れることを示唆する調査結果がある」[文献4、p.26]という見解も述べています。もちろん、破壊的イノベーションの考え方だけですべてのイノベーションの成功を予測することはできませんが、少なくとも上記のような競争の状況においては、破壊する側、破壊に対抗する側のどちらについても、その研究テーマの成功しやすさの予測はある程度可能であると思われます。

なお、破壊的イノベーションに近い考え方にリバースイノベーションがあります[文献5]。「リバース・イノベーションとは、簡単に言うと、途上国で最初に採用されたイノベーションのことだ[文献5、p.6]」とのことですが、リバースイノベーションと、ローエンドの市場に参入する破壊的イノベーションとの関連は深いと思われます。今後、破壊的イノベーションの具体的方法のひとつとして、実務的にも発展していくかもしれません。

一方、KimMauborgneはブルー・オーシャン戦略を提唱しています。これは血みどろの戦いが繰り広げられるレッド・オーシャンから抜け出して「競争のない市場空間を生み出して競争を無意味にする」ブルー・オーシャンを創造することが重要な戦略行為である、と説くものです[文献6、p.4]。破壊的イノベーションの成功の一要因は既存企業との競合が起こりにくいことであることを考えれば、両者が目指すものは近い(特に、新市場型破壊のイノベーションと近い)と言えると思います。ただし、完全に競争のない市場の確立と維持ができなければ、いずれ既存企業や競合企業との競争が発生しますので、上記のような既存企業との競争のメカニズムも念頭におくべきであると思います(その点、破壊的イノベーションの理論の方が具体的で使いやすいと思います)。

他社との競合を避ける(自然と競合が起こらない状況になる場合も含めて)ことによって成功の確率を高めようとする考え方は確かに魅力的ではありますが、すでにある事業分野でそれなりの成功を収めている企業にとっては持続的イノベーションも重要です。実際、破壊的イノベーションの提唱者らも、「一般に、地位を確立している企業であれば、イノベーション資源の少なくとも80%を持続的な改良に配分することを推奨する」[文献4、p.376]としており、持続的イノベーションの重要性もよく認識する必要があります。

どのようなイノベーションを狙い、どのようにイノベーションを進めるべきかについて、Mooreは企業、技術、市場などの状況に応じて進め方を変える必要があると述べています[文献7、8]。考慮すべき状況として挙げられているものは、イノベーションの発展段階、市場の成熟度、企業の型(コンプレックスシステム-複雑な問題を解決するコンサルティング的要素が大きい個別ソリューションが提供される、ボリュームオペレーション-標準化された製品と商取引により大量販売市場でビジネスを遂行する[文献7、p.37])、競合他社に対する長期的な優位性を企業にもたらしてくれる要素(コア)かそうでないか、ある要素がうまく稼働しなかった場合には企業に深刻な結果がもたらされる(ミッション・クリティカル)かどうか[文献7、p.268]、競合他社との競争や自社のしがらみからの脱出[文献8]といった点です。このような細かな場合分けによる戦略は実用的には煩雑にすぎると思われますが、特定の状況におけるイノベーション上の問題解決には使える可能性があるように思います。

結局のところ、企業活動に貢献可能な成功確率の高い研究テーマを設定するためには、その研究やイノベーションが企業活動にどう影響するかをしっかりと認識し、状況に応じたテーマ設定が必要になるということでしょう。破壊的イノベーションのもたらす影響は大きく、その理論による成功や失敗の予測は(少なくとも他の理論よりは)高いと思われますので、この理論を無視することは得策ではないと言えると思いますが、それだけで十分というほど、イノベーションは簡単な問題ではないと思います。Christensenも「一面的な技術戦略をとるのは賢明なことではない。企業は、破壊的技術と持続的技術のどちらに取り組むかによって、明確に異なる姿勢をとる必要がある」[文献1p.270]と述べているように、テーマの設定だけでなく、その内容や状況に応じて進め方を変えるということも必須です。そのためにも、どんなテーマを設定し、それをどのように進めれば成功に至る可能性が高まるのか、というイノベーションのメカニズムをできるだけ実証的に理解することが、イノベーションのあるべき姿の追求ととともに重要なことなのではないかと思います。

考察:破壊的イノベーション理論の意義と重要な示唆

どんな研究をどのように行なえばイノベーションがうまく実現できるのか、ということは研究者であれば誰もが考えることです。しかし、研究者はえてして技術的成功に気をとられることが多く、企業的成功まで考えが及ばないことがあります。その理由のひとつには、技術的成功と事業の成功の関係が明確になっていないことが影響しているでしょうが、イノベーションについて経営学上の検討がなされていないわけではなく、ドラッカーをはじめとして多くの重要な指摘があります。しかし、経営理念から演繹的に述べられた示唆は、それが理屈では非常に納得できるものであっても、その主張を裏付ける実績なり理論なりがなければ、技術者にとってはどうしても縁遠く感じてしまいます。そこに現れたのがChristensenによる破壊的イノベーションの理論でした。技術者にとっては、破壊的イノベーション理論で示された実証的な考え方は、従来の経営理論を補うものとして受け入れやすく感じられたものです。もちろん、実証的とは言っても、科学的な証明にはほど遠いものですが、それでも経営の世界でここまでもっともらしく思われる理論が提出されたことは大きな驚きでした。

破壊的イノベーションの理論には、上述した既存企業の地位を脅かすメカニズムの他にも、イノベーションの成否を予測する上で重要な示唆がありますので、以下にまとめておきたいと思います。

・技術進歩は消費者のニーズを越えて進みやすい→トップ企業はオーバースペック製品を生みやすい。後発企業がトップ企業に追いつくことよりも、ニーズに追いつくことの方が容易。

・消費者は自分の本当のニーズを知らないことがある。

・既存企業にとっては、参入してきたばかりの後発企業と競争する必要性が感じられにくい(不均等の意欲)

・既存企業にとっては、生まれたばかりの破壊的技術を重要視しにくい社内のバイアスがある。

これらの原理は、破壊的イノベーターの成功を説明する手がかりになっているわけですが、実際には、破壊的イノベーションに限らず既存企業の活動の様々な場面で現れてくる現象のように思います。イノベーションの成功の理由の分析は、ともすると勝った企業の成功譚に基づいて行われがちですが、実は負けた方にもそれなりの理由があること、いくつかの原理の積み重ねで成功や失敗が決まる可能性を示したことが、Christensenの貢献のひとつではないかと思います。破壊的イノベーションは、単なる事例ではなく、技術に関わる経営を支配する原則の一部かもしれないという気がしますが、いかがでしょうか。



文献1:Christensen, C.M, 1997、クレイトン・クリステンセン著、伊豆原弓訳、「イノベーションへのジレンマ」、翔泳社、2000.

文献2:Christensen, C.M, Anthony, S.D., Roth, E.A., 2004、クレイトン・M・クリステンセン、スコット・D・アンソニー、エリック・A・ロス著、宮本喜一訳、「明日は誰のものか」、ランダムハウス講談社、2005.

文献3:Christensen, C.M, Raynor, M.E, 2003、クレイトン・クリステンセン、マイケル・レイナー著、桜井祐子訳、「イノベーションへの解」、翔泳社、2003.

文献4:Anthony, S.D., Johnson, M.W., Sinfield, J.V., Altman, E.J., 2008、スコット・アンソニー、マーク・ジョンソン、ジョセフ・シンフィールド、エリザベス・アルトマン著、栗原潔訳、「イノベーションへの解実践編」、翔泳社、2008.

文献5:Govindarajan, V., Trimble, C., 2012、ビジャイ・ゴビンダラジャン、クリス・トリンブル著、渡部典子訳、「リバース・イノベーション 新興国の名もない企業が世界市場を支配するとき」、ダイヤモンド社、2012.

文献6:Kim, W.C., Mauborgne, R., 2005W・チャン・キム、レネ・モボルニュ著、有賀裕子訳、「ブルー・オーシャン戦略」、ランダムハウス講談社、2005.

文献7:Moore, G.A., 2005、ジェフリー・ムーア著、栗原潔訳、「ライフサイクルイノベーション」、翔泳社、2006.

文献8:Moore, G.A., 2011、ジェフリー・ムーア著、栗原潔訳、「エスケープ・ベロシティ キャズムを埋める成長戦略」、翔泳社、2011.



参考リンク



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「リバース・イノベーション」(ゴビンダラジャン、トリンブル著)より

リバース・イノベーションについては、以前にHBR誌に発表された論文に基づいてご紹介させていただいたことがありますが、最近、その詳細が書籍[文献1]として出版されました。書籍でも基本的な考え方は同じなのですが、取り上げられている事例が増え、実践的な手法の整理も進んでいて、概念の深化や若干の変化もあるように感じられました。これからのイノベーションを考える上で、重要な考え方だと思いますので、再度取り上げておきたいと思います。

まず、リバース・イノベーションの定義ですが、本書では、「リバース・イノベーションとは、簡単に言うと、途上国で最初に採用されたイノベーションのことだ。こうしたイノベーションは意外にも、重力に逆らって川上へと逆流していくことがある。」[p.6]とし、論文での「新興国で製品開発し、これを先進国に展開する」という定義よりも、広い内容となっているように思います。原著の題名は「Reverse Innovation: Create Far from Home, Win Everywhere」(リバース・イノベーション:本拠地から遠く離れた場所で開発し、世界中で勝て、というところでしょうか)ですので、先進国から途上国へという従来の流れとは逆の意味でのリバースという視点とともに、どうやって新興国で世界的に展開可能なイノベーションを実現するか、という意味合いが濃くなっているように思います。

著者らは、リバース・イノベーションについて、「ベスト・プラクティスというよりもむしろ、新たな試みである。」[p.x]と述べています。しかし、グローカリゼーション(「富裕国の顧客向けに開発されたグローバル製品にわずかな修正を加え、主に機能を落とした低価格モデルを輸出するだけ」)で「新興国市場を開拓できると考えている」ことは「完全な誤り」とし、「富裕国で有効なものが自動的に、顧客ニーズがまったく異なる新興国市場でも幅広く受け入れられるわけではない。リバース・イノベーションが急速に勢いを増している理由はそこにあり、そうした動向は今後も続いていくだろう[以上p.7]」としています。「途上国の経済は大きく、とてつもないスピードで成長を遂げている[p.13]」、従って、「富裕国と有力な多国籍企業が成功を持続したければ、次世代のリーダーやイノベータは、(中略)途上国におけるニーズや機会にも関心を向けなければならない。」「未来は本国から遠く離れたところにある」[p.11]」、さらに、「いわゆる『新興国の巨人』と呼ばれる、途上国を本拠とする新世代の多国籍企業」との競争を考えるなら、「リバース・イノベーションを無視することは、(中略)海外での機会を逃すこと以上に高くつくおそれがある」、つまり「リバース・イノベーションは選択肢というよりも、酸素のように必要不可欠なもの」[以上p.12]、というのが著者らの基本的な考え方です。なお、著者は、「本書の読者には、富裕国を本拠とする多国籍企業のリーダーが多数含まれると想定しているので、本書では主に、そうした企業が強さを維持し、未来をかたちづくっていくための要件について取り上げていく」という立場で書き進めています。そのため、我々富裕国企業の実態に沿ったアドバイスが豊富に述べられていますが、「新興国の巨人はまた、本書の概念を用いて、世界進出の際にリバース・イノベーション戦略を活用できるだろう」[p.15]とも述べていますので、リバース・イノベーションをどちらかの視点に偏った考え方とは見ていないようです。以下、本稿では、本書前半で述べられているリバース・イノベーションの基礎理論、戦略策定と行動(実行方法)の内容を中心にまとめてみたいと思います(本書後半のケーススタディについては本書をご参照ください)。

富裕国と途上国の間にある5つのニーズのギャップ

以下のギャップが、リバース・イノベーションの機会を考える上での出発点。

・性能のギャップ:「途上国の人々は、私たちが富裕国で慣れ親しんできたような高いレベルの性能を求めることはできない。」「超割安なのにそこそこ良い性能を持つ画期的な新技術を待ち望んでいる」(わずか15%の価格で、50%のソリューションのような)[p.24-25

・インフラのギャップ:「富裕国ではインフラが広範に行き届いているが、途上国はそうではない」。ただし、富裕国には既存のインフラという制約がある。[p.26-27

・持続可能性のギャップ:新興国には環境に優しいソリューションを用いるニーズがある[p.28

・規制のギャップ:「規制による影響を受けない途上国のほうが、より早くイノベーションが進展する可能性がある。」[p.29

・好みのギャップ:「国ごとに存在する味覚、習慣、儀式などの豊かな多様性」[p.30

このような違いは、富裕国がいまだ解決したことのない問題であったり、富裕国が数十年前に似たようなニーズに対処した際にはまだ利用できなかった最新技術を用いて対応することになるため、「貧困国で機会をつかむことは、一から始めることを意味する。」(「白紙状態のイノベーション)。「イノベーションを行う企業が勝ち、輸出する企業は負ける」[p.32

川上へとさかのぼるパターン

富裕国でリバース・イノベーションが魅力を持つのは次の場合。

・今日の取り残された市場:「富裕国には、無視されたり、サービスが不十分だったりする『取り残された市場』がある。そうした市場でイノベーションが起きなかったのは、それが必要ないからではなく、市場が小さすぎて多額のイノベーション投資を正当化できないから」。[p.33

・明日の主流市場:富裕国と途上国の間のニーズの「ギャップがある間は、富裕国の主流市場では魅力を出せないイノベーションも、ひとたびギャップが解消傾向に転じれば、最終的には魅力的なものとなる。」[p.36

リバース・イノベーションのためのマインドセット

著者は、「リバース・イノベーションの規律を熟知するうえで、過去にとらわれることは唯一最大の弊害」[p.53]と述べています。貧困国のニーズを無視したり、貧困国がいずれは成長して富裕国と同じ製品を求めるようになるはず、という考え方が新興国での成功に結びつかないことは容易に想像できますが、グローバル企業の次のような思考がリバース・イノベーションの障害となると指摘しています。

・グローカリゼーション:「グローカリゼーションは富裕国間の違いには効果的」。しかし、「新興国市場の真の成長機会は大衆市場にある。そしてそれはグローカリゼーションが壁に突き当たるところ」。「グローカリゼーションが無効になったのではない。」「グローバル企業はリバース・イノベーションとグローカリゼーションを同時に実行することを学ばなければならない。」[p.62-63]。「グローカリゼーションとリバース・イノベーションは、ただ共存していればよいわけではなく、両者が協力しあう必要がある。[p.95]」

・思考の罠:1)貧困国の顧客は古い技術で満足というような、「貧困国の市場を斜陽技術のゴミ捨て場のごとく見ることは、重大な間違い」[p.64]。2)リバース・イノベーションでは、「必ずしも徹底的に低価格にしなくてはいけないわけでもない。」[p.65]。3)「リバース・イノベーションの可能性は、ただ製品設計をいじるだけの問題ではなく、(中略)多くはビジネスモデルのイノベーション」。[p.66

・妨げとなる不安:1)新興国では利益率が低いと考えがちだが、「たとえ、粗利益率が低かったとしても、新興国の固定費は比較的低く、潜在的なボリュームははるかに大きいので、営業利益率とROI(投資収益率)は同等かそれ以上になるかもしれない。」[p.68]。2)低価格市場での競争は自社の高級ブランドを危険にさらすか、自社製品に対するカニバリゼーション(共食い)をもたらす危険があるが、「何もしないことのリスクに比べれば、(中略)比べものにならないほど小さい。」[p.69]。3)技術リーダーとして優れているから超低価格とは相容れない、というのは間違い。

CEOのとるべきステップ:まずは、このような隠された前提、罠、不安を認識した上で、CEOは次の3つのステップをとる必要がある。1)組織の重心を新興国市場に移す。2)新興国市場の知識と専門性を深める。3)個人として象徴的な行動をとることで雰囲気を変える。[p.73-80

リバース・イノベーションのマネジメント

リバース・イノベーションを実行する部隊が取り組むべきこととして、著者は以下の指摘をしています。

・支配的論理を覆す:経営者や組織を支配しているリバース・イノベーションの障壁となる考え方を取り除く。

・ローカル・グロース・チーム(LGT)を組織する:「組織上の障壁を取り払うための方法は、リバース・イノベーションのために特別な組織単位を作ること」[p.92]。白紙の状態で組織を設計する(外部人材の活用も有効)。

・グローバル組織の資源を活用できるようにする:グローバル企業としての資産が、ローカルの競合企業に対する優位となる。ただし、「LGTと社内の他の組織との間で、健全な協力関係を進展させることはなかなか難しい[p.104]」。対立解決のためにはLGTを上級幹部の直轄とし、橋渡し役を有効活用する。

・統制のとれたやり方で実験を行なう:計画を達成することよりも、「将来について仮説を立て、テストを行い、不確実性を知識や情報に変換し、実行可能なビジネスモデルを開発するための教訓を導き出すほうが大切[p.110]」。具体的には、重要な未知の事柄の解明への集中、LGTに適した業績評価、頻繁な計画の修正、計画の実行結果ではなく学習結果について説明責任を負わせることが重要。[p.110-114

リバース・イノベーション戦略の「9つの重要ポイント」

以上の本書前半部のまとめとして、著者は以下の9つのポイントを挙げています。[p.125を要約]

戦略レベル

1、新興国市場の成長をつかむために、単なる輸出ではなく、イノベーションに取り組む。

2、イノベーションを他の貧困国、富裕国の取り残された市場、富裕国の主流市場へと移転させる。

3、いわゆる新興国の巨人を自社のレーダーで捕捉し続ける。

グローバル組織レベル

4、人材、権限、資金を、成長している場所である途上国に移す。

5、リバース・イノベーションのマインドセットを全社的に培う。新興国市場にスポットライトを当てる。

6、グローバルとは別の損益計算書をつくり、成長性に関する指標を重視した業績評価を設ける。

プロジェクト・レベル

7、LGTに権限を委譲する。白紙の状態でニーズを評価し、ソリューションを開発し、組織を設計する。

8、LGTが自社のグローバルな経営資源の基盤を活用できるようにする。

9、迅速かつ経済的に、重要な未知の事柄の解明に注力し、統制のとれた実験として管理する。

本書の後半では、9つのケーススタディが紹介されています。もともと著者は、GEのコンサルタントとしてリバース・イノベーションを推進していたため、GEのケースについてかなり詳しく説明されていますが、その他のケースにおいても、似たようなアプローチが取られている点は興味深いと思います。特に上記の、2、4、7(特に)、8、9のポイントが複数の事例で強調されていました。

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以上が本書のまとめですが、著者の主張は軽々しく無視できるようなものではないでしょう。本書の解説では、小林喜一郎慶応義塾大学教授が日本企業にとっての課題を挙げています[p.371-372]。内向きからの脱却、新興国を生産拠点ではなくイノベーション拠点ととらえること、経営システムのユニバーサル化、投資しないリスクの大きさ、新興国における社会との互恵関係を念頭に置いた事業創造、など、いずれも日本企業にとって容易ならざる課題と言えると思いますが、小林氏も指摘されているように、かつて、日本が新興国だった時代に日本で技術開発した製品が海外進出していった状況には、リバース・イノベーションとも似たような要素があったと思います(その頃には今日のような多国籍企業がなかった点は違いますが)。もちろん新興国の動向は予測が難しい面もありますが、リバース・イノベーションの流れを念頭におき、著者の指摘するように、貧困国に対して、慈善や援助ではなく、ビジネスを通じて貢献できる[p.336]可能性もよく認識した上で、グローバル戦略を考える必要があることは間違いなさそうに思われます。


研究開発マネジメントの観点からは、Christensenによる破壊的イノベーションとの関係が重要でしょう。著者は、「リバース・イノベーションと破壊的イノベーションは一対一の関係ではないが、重なり合う部分がある。すべてではないが、リバース・イノベーションの一部は破壊的イノベーションの事例でもある。」[p.360]と述べています。リバース・イノベーションと破壊的イノベーションの類似は、リバース・イノベーションの論文を取り上げた際にも述べましたが、起きている現象、考え方、進め方のノウハウなどにかなり共通の要素が認められます。ただ、Christensenの理論では、イノベーションや技術の進歩の傾向とそれによる企業の盛衰が破壊的イノベーションの考え方で理解、予測できる、という現象面の重要性が強調されていて、実際に、どうしたら破壊的イノベーションを起こせるのか、特に、その芽を見つけるにはどうしたらよいのか、という点についてはそれほど詳しい手法が提示されているわけではないと思います。「最初の戦略は必ず間違っている」「正しい戦略を知っているかのように意図的に行動するのではなく、正しい戦略が市場から『わき出る』、つまり創発するようなアプローチを採用すべき」[文献2、p.373,236]というのが基本的な考え方になっていて、ChristensenAnthonyもその具体的な方法を提案しているわけですが、本書に示された新興国発のリバース・イノベーションについて言えば、かなりの確率で計画的に破壊的イノベーションの芽をみつけ、育てることが可能なのではないかと思われます。その意味で、リバース・イノベーションが破壊的イノベーションを効率的に生む方法になりうることを示したことは、著者らの指摘の最も重要なポイントではないでしょうか。実践的な観点からは、リバース・イノベーションの中には、新興国の中だけのイノベーションにとどまり、破壊的にもリバースにもならないものもあるでしょうが、その可能性については十分に認識しておく必要があると言ってもよいと思います。著者は日本語版への序文で「必要なのは行動することである」[p.iii]と言っています。どう行動するかが問われているということでしょう。


文献1Govindarajan, V., Trimble, C., 2012、ビジャイ・ゴビンダラジャン、クリス・トリンブル著、渡部典子訳、「リバース・イノベーション 新興国の名もない企業が世界市場を支配するとき」、ダイヤモンド社、2012.

文献2:Anthony, S.D., Johnson, M.W., Sinfield, J.V., Altman, E.J., 2008、栗原潔訳、「イノベーションへの解実践編」、翔泳社、2008.


(参考)

原著のwebページ

http://www.tuck.dartmouth.edu/people/vg/reverse-innovation/

ビジャイ・ゴビンダラジャン、小林喜一郎、渡部典子、「リバース・イノベーション講座」、ダイヤモンド社書籍オンライン、2012.10.1から

(第1回)http://diamond.jp/articles/-/25138

他の回も上記URLからたどれます。

参考リンク<2013.1.14>


 

 

 

橋渡し役の重要性

イノベーションを成功に導くためには、様々な役割を担う人が必要です。今回は、ワッシュバーン、ハンセイカー著の論文「新興国市場発のアイデアを橋渡しする 破壊的イノベーターの条件」[文献1]に基づいて、「橋渡し役」の意義について考えてみたいと思います。

この論文で取り上げられている「橋渡し役(Bridger)」とは、「新興国市場でイノベーションを見出し、アイデアを試し、それを本国へ持ち帰って世界的な製品・サービスにつなげる」ことができるマネジャーのことで、著者らは、新興国における多国籍企業のマネジャーを調査した結果に基づいて、その特徴をまとめています。まずはそのポイントを以下にご紹介しましょう。なお、論文の原題は「Finding Great Ideas in Emerging Markets」ですので、破壊的イノベーターに限った議論ではありません。どちらかというとリバースイノベーションをうまく進めるマネジャーについて述べられていると言ってよいでしょう(もちろん、破壊的イノベーションとリバースイノベーションは関係がありますが)。

すぐれた橋渡し役の特徴

1、信頼関係の維持:「地域の重要人物や、本社で自分のアイデアを支持してくれる経営幹部と関係を築く必要がある。」「ある研究によれば、人は親切で、有能で、誠実であると見なされた時、すなわち他者や組織の利益を最優先に考え、仕事をやり遂げる能力があり、合意した原則を必ず守ると思われた時に、信頼を築くことができる。」

2、新興国市場に対する理解:「成功する橋渡し役の多くは、海外でさまざまな任務についた経験がある。あるいは、新興国市場の重要性やグローバル・ビジネスに注力する教育機関で学んだことがある。途上国で生まれるアイデアに価値を見出そうとするなら、そうした準備や経験は欠かせない。」まずは、「新興国市場にイノベーションの潜在力があると考える」ことが必要と考えられます。

3、社歴の長さ:橋渡し役は「会社の競争優位性、歴史、ビジネスモデルに関する深い知識に大きく依存している。その知識ゆえ、彼らは有望なイノベーションを見極めるのに長けている。」

4、アイデアの売り込み:「橋渡し役はまたコミュニケーション能力にも優れ、自分のアイデアの正当性を他人に納得させるのが特にうまい。」

橋渡し役が果たすべき役割

このような特徴を持った橋渡し役がどうやって成果を挙げるのかについて、著者は以下の点を指摘しています。

1、アイデアを見出す:「『見たいものを見る』から『見るべきものを見る』へ」。「優れた橋渡し役は、顧客、サプライヤー、競争相手を意識的に観察し、これらの人たちの行動の基礎となる諸条件を理解しようとする。」

2、翻訳者を育てる:「現地国の環境を良く理解し、橋渡し役が注目しているものを説明できる人材の育成」。橋渡し役の同僚や部下のみならず、部外者(現地国の競争相手の戦略を把握しやすい)も翻訳者として活用できる。

3、実験する:「優秀な橋渡し役は、観察した結果をふるいにかけて価値が高いものを選り分け、みずからの力で、または翻訳者の助けを借りて、実験を行なう」

上記のポイントに加えて、「橋渡し役は自分たちのアイデアが会社の中枢に届くよう、多角的なアプローチを取る必要がある。本社の言葉で話し、実験に基づく証拠を提出し、アイデアを売り込み、他のエグゼクティブを支援者として味方につけなければならない。」という指摘がなされています。このとき支援者となるエグゼクティブは、「アイデアがこき下ろされるのを防ぎ、他の人にその価値を説得するために必要な会話を促し」、さらに「破壊的イノベーションに向けた組織体制を新たにつくらせる」など、「単なる助言や援助以上のことをする」べきであるとし、さらに、「橋渡し役にアイデアを製品化する責任を持たせる」ことも成功のカギだとしています。

橋渡し役の本質は?

以上が、新興国市場発のイノベーションを念頭においた著者の考え方ですが、上記の橋渡し役の役割は、新興国のみならず、様々な状況のイノベーションにおいても意味のあることではないでしょうか。橋渡し役の役割を言い換えると、現場と協力して情報収集し、アイデアを発見し、アイデアの有効性を認め、実験で確認し、社内に説明して支援・協力してもらう、ということになり、これらは他の様々な状況のイノベーションでも必要なことだと思われます。情報収集においては、信頼関係構築が有効でしょうし、情報ソースの確保(著者が翻訳者と言っている人の役割の一つ)も有意義なはずです。また、アイデアの発見においては新市場の理解が有効に作用するでしょう。自社にとってのアイデアの意味を判断し、それを会社にとって有意義で実現可能な形に仕上げていくには、社内事情を良く知らなければできないでしょうし、そのアイデアが社内で生き残り社内の資源を獲得するには、社内への説明と支援者の獲得がカギになるでしょう。つまり、本論文で述べられた「橋渡し役」の存在意義とその果たすべき役割は、イノベーション全般に一般化可能、すなわち、新興国に限らず市場の情報を集め、それに基づいてイノベーションを行なおうとする場合に有効となると考えることができると思います。

さらに、橋渡し役の意義は、上記の例のようなニーズ情報に基づいたイノベーションだけでなく、シーズ情報に基づくイノベーションにまで拡張できるのではないでしょうか。例えば、シーズ情報を保有している大学や研究機関、さらに社内の研究部隊からアイデアを得てイノベーションを進める場合にも橋渡し役は有効に機能すると考えられます。社内の研究部隊に関して言えば、本来そこが保有している情報は社内に知られているべきなのでしょうが、実態としてはあらゆる情報が社内に報告、周知されているわけではありません。報告されない知識は、研究員の頭の中に暗黙知の形で保有されることになるわけですが、それを知的資源として活用するには、何らかの表出化プロセスが必要になるでしょう。それを担うのが橋渡し役、という考え方もできると思います。橋渡し役と研究者との信頼関係が重要であることは上記の指摘と同じでしょうし、研究者が保有している生の情報の性質(その精度や、確実性まで含めて)を知っておくことは、「市場の理解」に通じるものだと思われます。その後の社内支援の獲得については、シーズ主導の研究でもニーズ主導の研究と同様に重要であることは言うまでもないと思います。

もちろん、従来でもこうした橋渡し役の意義は認識されていたかもしれません。多くの場合、橋渡し役の役割は暗黙のうちに研究員または研究マネジャーに求められていたのではないかと思います。しかし、橋渡し役がすべき仕事の内容と、橋渡し役の特性、その仕事への適性を考えてみると、その役割を第一線の研究員に期待することは必ずしも効率的とはいえないように思います。では、研究マネジャーの業務として橋渡し役の役割が認知されているのかというと、そうでもないでしょう(そもそも、研究マネジャーの仕事、あるべき姿というものが曖昧なことが多いのですが)。橋渡し役の機能を重視するなら、研究マネジャーに対しその業務を公式に認知してその遂行を求める、あるいは、研究マネジャーとは別にそうした役割を専門に担う担当者を置くことが必要なのではないでしょうか。研究開発、イノベーションを研究部隊だけに任せっきりにしてそれがうまく進むのかどうかを考えると、研究に付随して求められる橋渡し役の役割を明確化し、その役割に適した人材を選び、職務として与え、有効に活用する環境を整え、組織としてイノベーションを成功に導く方法と体制を整備することが今後ますます必要になってくるのではないかと考えます。


文献1:Nathan T. Washburn, B. Tom Hunsaker、ネイサン・T・ワッシュバーン、B・トム・ハンセイカー著、編集部訳、「新興国市場発のアイデアを橋渡しする 破壊的イノベーターの条件」、Diamond Harvard Business Review, 2012, 5月号、p.116.

原題”Finding Great Ideas in Emerging Markets”, Harvard Business Review, Sep., 2011.

参考リンク<2013.1.14追加>


 

 

「GEグローバル・イノベーション・バロメーター」世界調査2011より

2011126日に「GEグローバル・イノベーション・バロメーター」という調査結果が発表されました[文献12]。この調査は、イノベーションを推進する要素と妨げる要素を明らかにすること、および、イノベーションにまつわる課題がどのように認識されているのかを分析することを目的にGEStrategyOne社に委託して行なったもので、その結果は1/26-30に開催されたダボス会議(世界経済フォーラム年次総会)でも報告されたようです。

 

調査は、20101210日から2011114日にかけて、世界12カ国の総勢1000人の経営幹部(オーストラリア100人、ブラジル100人、中国100人、ドイツ100人、インド100人、イスラエル100人、日本50人、韓国50人、サウジアラビア50人、UAE50人、スウェーデン100人、米国100人)に対し、電話による聞き取り調査で行なわれています。

 

結果の詳細はGEのサイト[文献1-3]をご参照いただきたいと思いますが、この調査により明らかになったイノベーションに対する経営幹部の認識は以下の3点にまとめられています[文献1の記述を少し変えています]

・イノベーションの新たなフロンティアは、創造性(Creativity)、地域性(Localization)、連携(Integration)によって開拓されていく

・最も重要なイノベーションはヒューマンニーズへの取り組みになるだろう

・最も技術革新力のある(Innovativeな)国は、アメリカ、ドイツ、日本(この順で)

また、以下のことも指摘されています。

・回答者の95%が、国家経済の競争力強化にはイノベーションが最も重要であると認識

・回答者の88%が、国内で雇用を創出する最良の方法はイノベーションであると認識

 

以上の結果自体は、特に驚くような内容ではないでしょう。「地域性」というのは「リバース・イノベーション」、「連携」というのは「オープン・イノベーション」、「ヒューマンニーズ」というのは「人間中心のイノベーション」という、それぞれ今流行りのイノベーションの考え方に関連していると考えられますので、単にそうした流行に沿った考え方をする人が多いことが確認されただけ、と見ることもできるように思います。

 

しかし、公開されている多くのデータの中には、興味深いものもあります。特に、技術革新力が高いとされる国の順位と、イノベーション楽天主義(Innovation Optimism) のパラドックスとされた調査結果が面白いと思いました[文献4]。次のような内容です。

 

技術革新力の順位:

これはイノベーションの分野で世界をリードする国(leading innovation champions)を3つ挙げてもらう方法で調査されています。結果は次のとおりです。

1位:アメリカ(67%)、2位:ドイツ(44%)、3位:日本(43%)、4位:中国(35%)、5位:韓国(15%)、6位:インド(12%)、7位:スウェーデン(8%)、8位:イギリス(7%)、9位:イスラエル(6%)、10位:フランス(4%)などとなっています。上述のように調査対象の国と対象者の人数に偏りがありますので、その影響も受けた結果であることは考慮しなければなりませんが、上位3位までの評価は順当ではないかと思います。中国の評価が思ったより高い、という印象ですがいかがでしょうか。なお、「技術革新力」という訳はGE日本の発表に従っていますが、設問の「leading innovation champions」とは少し意味合いが違うかもしれません。

 

イノベーション楽天主義(Innovation Optimism):

これは、各国の回答者に対し、イノベーションが自国の市民生活の改善に寄与すると思うかを尋ねたものですが、調査対象12ヶ国で、そう思うとする回答の割合は以下の通りです。

1位:サウジアラビア(88%)、2位:UAE86%)、3位:フラジル(82%)、4位:インド(79%)、5位:アメリカ(77%)、6位:イスラエル(77%)、7位:オーストラリア(75%)、8位:スウェーデン(73%)、9位:ドイツ(72%)、10位:中国(68%)、11位:韓国(64%)、12位:日本(58%)

大雑把に、市民生活の改善の余地が大きいと考えられる国が上位に来ていることは理解しやすいですが、技術革新力が高いと外国から評価されている日本が最下位、ということは、日本の経営者たちは自分たちの技術が日本の生活改善に役立たない、と考えていることになります。

 

GE日本の分析では、イノベーションの効果に楽天的でない国にはイノベーションを妨げる障害があることを指摘しています[文献1]。また、GE日本のサイトでは、こうした評価について日本のデータも提供していますが[文献5]、このデータでは、イノベーションの国内環境について、世界平均と比較して日本では否定的な回答が多いことがはっきりと示されています。例えば以下のような結果があります。

・イノベーションに対する国の支援が効率的に行われていない:日本86%、世界平均54

・イノベーションを推進する企業の支援について、国や公的機関は適切な予算分配をしていない:日本80%、世界平均48

・イノベーションが日常生活に価値をもたらすと、国民が認めていない:日本74%、世界平均31

・社会全体がイノベーションの(技術革新を起こす)過程の一部としてリスクの存在を受け入れていない:日本74%、世界平均40

・社会全体がイノベーションに好意的でない;イノベーションに対する「欲」が若者世代に存在しない:日本62%、世界平均21

・産官学の連携がイノベーション支援に効果的だとは思えない:日本72%、世界平均24

(正確には以上の回答結果はすべて、肯定的な問い(例えば、「イノベーションに対する国の支援が効率的に行われている」)に対する否定的な回答「そう思わない」「どちらかと言えばそう思わない」の合計です)

 

つまり、技術的には十分に優れているのに、環境が悪いためにそれがうまく活用できていない、と経営者が考えている、というようなアンケート結果になっています。確かに、イノベーションの環境が整わないことでイノベーションに期待できないという要素もあるかもしれません。しかし、今以上に何の生活改善を望めばよいのか、とか、持てる技術をどう使えばよいのかわからない、技術はあってもそれを活用して売り上げを伸ばすことは困難、といったような無力感のようなものもあるのではないでしょうか。さらに、環境上の問題以上にChristensenがイノベーションのジレンマとして指摘したような技術進歩が本来的に持つ問題もあるのではないかと思います。Christensenは、技術の進歩が消費者のニーズを上回ってしまう場合があることを指摘していますが(ノート4)、そのような状況では現状以上の技術進歩は現在の延長線上での市民生活の向上には役立ちにくくなってしまうわけで、日本ではそのような状況が顕在化しているのかもしれません。それでもおそらく、アメリカやドイツにはまだ漠然とした技術への期待や夢のようなものが残っているのに対し、日本では自らのやり方に自信を失った結果、技術を活用しようという意欲を失い過度に悲観的になっているような気もします。

 

今回の調査結果についてGECMO(チーフ・マーケティング・オフィサー)兼シニア・バイス・プレジデント、ベス・コムストック氏は、「今までイノベーションは経済的な利益を生みだすものと思われていましたが、今回の調査では、それが、人々の暮らしを改善するものでもあるというように、優先順位が世界的に変化してきていることが明らかになりました」と述べています[文献1]。さらに、「今回の調査から、イノベーションにまつわるルールが変化しつつあること、また、企業が競争力を保ち、成長を継続して、経済に貢献するためには、その変化に合わせて戦略を進化させなければならないことが明らかになりました。」とも述べています[文献1]。本当にそうだとすれば、日本の経営者はイノベーションによって利益を出すという古いやり方にばかりにとらわれているために、さらに、イノベーションを企業の利益増大以外の目的に使うようなシステムや知恵が整っていないがために、技術があっても使い道を考えだすことができず、そうした考え方がイノベーションの将来を悲観的に捉える原因になっているのかもしれないと思います。

 

もちろん、この調査結果の解釈にはGEの意志が入っていると考えるべきであって、世界の真の姿を探ろうとする、あるいは真実を証明するための調査ではないと思います。しかし、少なくともGEはこのように考えてイノベーションを進めていこうとしている、ということは明確なのではないでしょうか。GEの意図の通りになるかどうかはわかりませんが、ひとつの仮説、意志表示として非常に興味深いと思います。

 

 

文献1GE日本のWebサイト、プレスリリースより、「日本の技術革新力、米独に次いで世界3位、『GEグローバル・イノベーション・バロメーター』世界調査」、2011.1.28

http://www.genewscenter.com/content/detailEmail.aspx?ReleaseID=11850&NewsAreaID=2&changeCurrentLocale=5

文献2GEWebサイト、Press Releasesより、「“GE Global Innovation Barometer” Identifies New Expectations and Parameters for Innovation in the 21st Century」、2011.1.26

http://www.genewscenter.com/Press-Releases/-GE-Global-Innovation-Barometer-Identifies-New-Expectations-and-Parameters-for-Innovation-in-the-21st-Century-2e34.aspx

(文献1の日本語プレスリリースには、文献2を元に作成された、と書かれていますが、単なる訳ではなく内容が少し異なります。上記サイト中には、関連情報、データへのリンクもあります。)

文献3GE ReportsWebサイトより、「GE Global Innovation Barometer: Partners & Localization Are Key

http://www.gereports.com/ge-global-innovation-barometer-partners-localization-are-key/

文献4GE ReportsWebサイトより、「WEF Survey: The Innovation Optimism Paradox

http://www.gereports.com/wef-survey-the-innovation-optimism-paradox/

文献5GE日本のWebサイトより、「GEグローバル・イノベーション・バロメーター世界調査、日本のデータ」

http://www.genewscenter.com/ImageLibrary/DownloadMedia.ashx?MediaDetailsID=3629


参考リンク
<2012.2.5表題修正:「2011」を追加しました>

 

リバース・イノベーション(DHBR2010年論文より)

 最近、リバース・イノベーションという考え方が話題になっているようです。今回は、ダイヤモンドハーバードビジネスレビュー20101月号に発表された「GEリバース・イノベーション戦略」という記事[文献1]に基づいてその意味を考えてみたいと思います。なお、原論文は200910月号に発表[文献2]されており、その記事の抄訳が村永氏のブログに紹介されています[文献3]

 

リバース・イノベーション戦略とはひとことで言えば「新興国で製品開発し、これを先進国に展開する」イノベーションのやり方です。これは、今までグローバル企業が行なってきた新製品の開発の方法、すなわち、「先進国で製品開発し、これを各地域仕様にマイナー修正を施して、グローバルに販売する」やり方とは正反対のアプローチということになります。GEは、「GEの各事業が今後10年を生き残り好業績を得る」ために、「新興国で成功することは先進国で勝ち残るための必要条件」と考えてリバース・イノベーションを推進しているとのことで、この記事ではその成功事例と考え方が述べられています。

 

「リバース・イノベーションとは何か」と題するGovindarajan教授(共著者)のblog記事[文献4]には、アメリカの多国籍企業の新興市場に対するアプローチの変化が以下のようにまとめられています。

フェーズ1:グローバリゼーション-自国で開発した商品を世界に販売する。

フェーズ2:グローカリゼーション-商品は自国開発だが、新興国の市場に合わせて製品を修正する。

フェーズ3:ローカルイノベーション(リバースイノベーションの前半)-ローカルマーケットのための製品をその国で開発する。多国籍企業はその開発を支援する。

フェーズ4:リバースイノベーション-新興国で開発された製品を世界に販売する。

この、フェーズ34の段階を合わせたものがリバース・イノベーション、というわけです。

 

このようなリバース・イノベーションがなぜ必要とされるかは以下の点に集約されます。

・新興市場は先進国と同じようには発展しない。進んだ技術を一気に導入することもあるし、所得が低いため、超低価格でそれなりの性能の製品でよい場合もある。また、インフラや課題が異なるためニーズも異なる。

・新興国のニーズに対応した製品を作っても先進国では売れないというのは思いこみで、技術は進歩するし、そうした製品でも先進国で独自の市場を築く可能性がある。

・新興国でイノベーションを行なわなければ、新興国のライバル企業に先を越される可能性がある。

 

このような認識のもと、GEGEヘルスケア)はインドと中国において、その国向けの新製品を開発するチーム(ローカル・グロース・チーム:LGT)を立ち上げました。例えば、中国では、大型の高性能超音波診断装置が高価で売れないため、ポータブルな超音波診断装置の開発が進められました。GEの世界ネットワークの支援のもと、ハイエンド品の15%の価格に抑えられた中国開発品は(もちろん高性能ではありませんが)中国の農村部の診療所にも普及していき、さらに、アメリカでも可搬性が欠かせない事故現場や狭い場所での利用を目的として新たな市場を開拓しているといいます。

 

このような成功は、新興国において開発に適した組織をつくり、適切にマネジメントを行なった結果としてもたらされたものと考えられます。開発にあたったローカル・グロース・チームのマネジメント5原則を見てみましょう。

1、成長が見込める地域に権限を移転する。独自の戦略、組織、製品を開発する権限を持たせる。

2、ゼロから新製品を開発する。先進国向け製品のカスタマイズではない(もちろん、これまでの研究成果の活用はなされている)。

3、ローカル・グロース・チームは新会社と同じくゼロから立ち上げる。従来グローカリゼーションを支えた組織にはこだわらずゼロから組織を設計する。

4、独自の目的、目標、評価基準を設定する。既存事業の基準に合わせるのではなく、地域の状況にあった基準にする。

5、経営陣はローカル・グロース・チームを直属に置く。ローカル・グロース・チーム(LGT)は経営陣の強力な支援がなければ成功しない。また、LGTを監督するビジネスリーダーには、LGTとグローバル事業の対立の仲裁、LGTがグローバルR&Dセンターなどの資源を使えるようにする、LGTが開発したイノベーションを先進国に導入する際に支援に回る、という役割が求められる。

 

ただ、GEでもこれらのローカル・グロース・チームがうまく機能して成果を挙げた例はまだ少ないようで、中国やインドにおける業務の中心は実際には先進国向けのプロジェクトが大部分だそうです。従って、こうしたイノベーションの進め方もまだ道半ばというところでしょうし、マネジメントの方法についても今後変わっていくのかもしれません。ただ、少なくともこうしたアプローチが成功を生んだ事例があるということは重要なことだと思われます。

 

以上が補足、感想を含めた記事の概要ですが、このリバース・イノベーションを考える上で、Christensenの「破壊的(disruptive)イノベーション」の考え方との関連は無視できないものと考えます。原著記事の題名も「How GE is disrupting itself(直訳すれば、「GEはいかに自身を破壊したか」、でしょうか)」と、disruptiveという言葉を使っていますし、Govindarajan教授もblogで「リバース・イノベーションは、常にではないが、破壊的イノベーションでありうる」[文献4]と述べていますので、著者もその関連を認識しているはずです。

 

破壊的イノベーションについてはノート4で紹介しましたが、ひとことで言えば、技術の進歩に伴い製品がオーバースペックになると、品質を落としてもその他の特性(安価、簡便、新たな応用など)に優れた製品が開発され、新興企業がその分野に進出すると既存企業が競争に負けてしまうことがある、というような種類のイノベーションと理解することができると思います。Christensenはこのようなイノベーションには、ローエンド型破壊(ハイスペックを求めない顧客に低価格製品を提供する)と、新市場型破壊(今までその製品を使っていなかった顧客に利便性や新たな特性を提供し新市場を創造する)の2種類があると述べていますが[文献5p.55]、この記事でとりあげられた事例はまさにこの両者にあてはまっているのではないでしょうか。

 

Christensenらは、このような破壊的イノベーションを進めるためには「破壊的技術はそれを求める顧客を持つ組織に任せる」[文献6p.143]、「企業が中核事業と異なる事業を成功裏に作り出すためには、十分な組織上の自立性が必要(単に独立したベンチャー企業を作ればよいというものではない)」[文献7p.288]、破壊的イノベーションを推進できる「価値基準」[文献5p.228]を持つこと、上級役員は、経営陣とチーム間のインターフェースおよびチームと他組織間のインターフェースを管理する必要があり[文献7p.288-295]、「破壊的事業を成功に導くために必要な資源のなかで、最も重要なものの一つが、上級役員が自ら行なう監督である」、「破壊的イノベーションは、実力のある上級役員が自ら直接関与しなければならない」、上級役員の役割は「持続的世界と破壊的世界の橋渡し」[文献5p.319-325]、と指摘していますが、これらはGEのローカル・グロース・チームの5原則と極めて類似していると思います。

 

このように考えると、GEのリバース・イノベーションは、破壊的イノベーションを起こすことを狙って計画的にマネジメントを行なったものなのかもしれません。だとすれば、研究開発の不確実性をいくぶんかでもコントロールして実績に結び付けたという点で、単なる成功事例以上の意味を含んでいるのではないかと思われます。言うまでもなく、この記事の共著者のImmelt氏はGEの会長兼CEOですので、村永氏も指摘するとおり[文献3]、この記事はGEの従業員に向けてのメッセージでもあると受け取れます。新たなイノベーションの方向に果敢に挑戦して成果を挙げつつあることのアピールとともに、今後のGEの研究開発のひとつの展開を宣言したものともいえるのでしょう。

 

 

文献1Immelt, J.R., Govindarajan, V., Trimble, C.、(ジェフリー・R・イメルト、ビジャイ・ゴビンダラジャン、クリス・トリンブル)、関美和/訳、「GEリバース・イノベーション戦略」、Diamond Harvard Business Review, Jan.2010, p.123, (2010).

文献2Immelt, J.R., Govindarajan, V., Trimble, C., “How GE is disrupting itself”, Harvard Business Review, Mar.2001, p.51, (2001). Oct.2009, p.56, (2009).なお、原文はGovindarajan教授のblog[文献4]で読めます(blogには要約とコメントもついています)。<注:文献の巻、号、頁を間違えているのに気付きましたので修正しました。2011.4.24>

文献3http://d.hatena.ne.jp/muranaga/20091017/p1

文献4http://www.vijaygovindarajan.com/2009/10/what_is_reverse_innovation.htm

文献5Christensen, C.M, Raynor, M.E, 2003、クレイトン・クリステンセン、マイケル・レイナー著、桜井祐子訳、「イノベーションへの解」、翔泳社、2003.

文献6Christensen, C.M, 1997、クレイトン・クリステンセン著、伊豆原弓訳、「イノベーションのジレンマ」、翔泳社、2000.

文献7Anthony, S.D., Johnson, M.W., Sinfield, J.V., Altman, E.J., 2008、スコット・アンソニー、マーク・ジョンソン、ジョセフ・シンフィールド、エリザベス・アルトマン著、栗原潔訳、「イノベーションへの解実践編」、翔泳社、2008.


参考リンク<2011.8.14追加>
上記文献へのリンクの他、イメルト氏インタビュー紹介、参考記事など。

<2012.11.25:「リバース・イノベーション」の本紹介の記事を書きましたので、この記事の題名に「(DHBR2010年論文より)」を追加しました。>

 

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