研究開発マネジメントノート

研究開発とそのマネジメントについてのいろいろ

リーダー

「競争優位の終焉」(マグレイス著)より

研究開発(さらに広くはイノベーションを行うこと)の目的のひとつに、新たな技術(やビジネスモデル)で競争相手と差別化し、ビジネスにおいて優位に立つことがあります。自らの研究開発がうまくいけば、他者が持つ競争上の優位性を無力化し自社が優位に立てることになるわけで、言い換えれば研究開発(イノベーション)とは、従来の競争環境を変えて既存の競争優位の状況を終わらせるための行為ということになるでしょう。

従って、競争優位というものは固定的ではない、というのは研究者にとっては当たり前の前提とも言えるわけですが、一方、経営戦略論では「持続的競争優位」をどう作るかがよく議論されています。もちろん「持続的」とは言っても未来永劫不変という意味ではないはずなので、「持続的競争優位」という考え方が正しいかどうかという議論はあまり生産的とは思えませんが、近年この競争優位確立のための戦略という考え方が少し変わってきているようには思います。今回は、リタ・マグレイス著「競争優位の終焉」[文献1]をとりあげて、競争優位の考え方についての最近の変化と、イノベーションへの関連性について考えてみたいと思います。

著者は、「現在用いられている戦略のフレームワークやツールはほぼすべて、ある一つの考え方に支配されている。つまり、戦略の目的は持続する競争優位の確立だというものである。・・・本書で私は、この『持続する競争優位』という概念に立ち向かい、経営陣はそれに基づく戦略論を放棄する必要があると訴える。かわって、『一時的な競争優位』に基づく戦略について展望する。不安定で不確実な環境で勝つためには、経営陣はつかのまの好機を迅速につかみ、かつ確実に利用する方法を学ばなければならない。競争優位から最大の価値を引き出そうと、経営陣が頼りにし、組織に深く根づいた思考の枠組みとシステムは、今日の変化の激しい競争環境においては時代遅れであるばかりか危険な負債だと論じる。[p.iii-iv]」と述べています。要は、「持続的競争優位」に基づく従来の戦略論は、間違っているというより時代に合っていない、だから新しい「一時的な競争優位」つまり、競争優位の状態が長期に維持できないことを前提とした考え方が重要なのだ、ということでしょう。以下、その内容の中から重要と感じた点をまとめたいと思います。

第1章、競争優位の終焉
・「持続する優位性という想定が生み出す安定重視の姿勢は、命取りになりかねない。・・・熾烈な競争環境では、変化ではなく安定こそがもっとも危険な状態なのである。・・・安定という仮定はあらゆる間違った反応を引き起こす。既存のビジネスモデルに沿おうとする惰性と力を強める。人々の精神を型にはめ、習慣に従わせる。縄張り争いや組織の硬直化を招きやすい状況をつくる。イノベーションを妨げる。[p.8-9]」
・「私たちは何より、業界内の競争が最大の脅威だという想定を変えなければならない。・・・業界を基準に分析すると、往々にしてきめ細かさが足りないため、意思決定を下す必要のあるレベルで実際に何が起きているのかを判断できないということなのだ。市場セグメント、価格、詳細な地理的位置などの関係を反映した新基準の分析が求められている。私はこれを『競技場(アリーナ)』と呼ぶ。[p.10-11]」
・「既存の優位性がよい結果を出していても、リーダーはそこから資産と資源を引き揚げ、新たな優位性のために資源を確保する必要がある。・・・優位性はつかのまのものにすぎないから、既存のモデルは絶えずプレッシャーを受け、優位性の再構成・再構築や更新(基本的には新たな波を起こすこと)が必要になる。一時的優位性の環境では、『再構成』のプロセスは成功への重要なカギだ。というのも、再構成を通じて、資産、人員、能力がある優位性から別の優位性に移行するからである。[p.15-16]」
・2000年から2009年までに堅実でむらのない成長をなしとげた(純利益を一貫して5%以上増やした)企業を「例外的成長企業」として調査した。(調査の詳細は[p.17-19]参照)

第2章、継続的に変わりつづける――安定性とアジリティーの両立
・「一時的優位性の環境をうまく生き抜いてきた企業に見られるのは、古い優位性から絶えず資源を引き揚げ、新たな優位性の開発に投資するというパターンだ。(極端なリストラよりも継続的な変貌)[p.32]」
・「例外的成長企業は、とりわけビジネスモデルに関して、途方もない内部の安定性を保つ一方で、途方もない対外的なアジリティーを発揮する方法を見出して実行していた[p.39]」「私たちはきわめて不確実な事態に直面すると、どうしていいかわからずに立ちすくんでしまいがちだ。それゆえ例外的成長企業は、ソーシャル・アーキテクチャーを生み出し、社員が不確実性と変化になるたけ直面しないですむようにしてきた。実際、例外的成長企業の社員は、多くの典型的な組織の社員とくらべ、組織上の役割や構造に気を揉んだりして時間を無駄にすることはない。[p.39
・安定性の5つの源泉[p.39-48]:1、野望(「大きすぎるくらいの野望は長期的な変革にとって重要な意味を持つ・・・企業が独りよがりに陥って過去の優位性の追求で満足してしまわないためにも、それは欠かせない。[p.41-42]」)、2、アイデンティティーと文化(「文化および共有された価値観の創造が他社との差別化要因になる[p.42]」、3、人員配置、そう、だが人材開発も(「従業員があちこちに移動できる能力を身につけるための投資は、変革に対する巨大な障害を取り除くとともに、単なる人員の配置から移動能力の養成へ重心を移すことにほかならない[p.44]」、4、戦略とリーダーシップ(「上級幹部の多くは生え抜き[p.45]」)、5、安定した関係(「クライアント、エコシステムパートナーのあいだの関係もきわめて安定している[p.46]」)
・アジリティーの5つの源泉[p.48-58]:1、痛みを伴わない小さな変革を重ねる、2、予算編成で資源の抱え込みを許さない、3、柔軟性(「大規模な年度予算作成のプロセスや効率重視の価値観よりも、柔軟性の強化に投資する[p.52]」)、4、イノベーションを本業としてとらえる、5、オプション志向で市場を開拓する(「小さな初期投資をして好機を探り、うまくいきそうなものが見つかればその後もっと本格的に投資をする[p.55]」)

第3章、衰退の前兆をつかみ、うまく撤退する
・「持続する競争優位という想定と、よりダイナミックな戦略との最大の違いは、撤退――利用しつくされたビジネスチャンスから離れるプロセス――がイノベーション、成長、活用と同じく事業の中核をなすということだ。・・・撤退は失われた栄光の落胆すべき印というよりも、価値ある資源を解放し、ふたたび目的をもたせる手段とみなされる。[p.24]」
・衰退の早期警報[p.63-66]:イノベーションに対する収穫逓減、コモディティー化の進展、資産運用に対する収穫逓減、など
・6つの撤退戦略[p.69-88]:能力の価値(と、撤退実行にあたっての時間的制約によって判断。
・効率的な撤退のための2つの原則[p.85]:1、事業が終わったからといって重要な技術力を捨てない、2、何かをやめるという自社の決定によって悪影響をこうむる利害関係者を守る

第4章、資源配分を見直し、効率性を高める
・「一般的な企業では、資源配分は既存の有力事業によって決められ、前世代の競争優位を支配していた人々が力をもっている。・・・一時的優位を志向する企業では、資産の競争力はその会計上の価値と一致しないことが周知徹底されており、もはや競争力を失った資産は土壇場を迎える前に処分策が講じられる。こうした企業では、正味現在価値(NPV)から導かれた『残存価値』という概念とは異なり、企業が所有するものは『資産負債』――全資産の競争力を業界最高のレベルに維持するために必要な投資――であることが理解されている。・・・一般的な企業では資産を所有することがきわめて重要とみなされる。過去には資産の所有が参入障壁を生み出したからだ。一時的優位性をうまく管理できる企業は、現在では資産の所有ではなく資産へのアクセスのほうが、ある特定の方向にとらわれない柔軟性や拡張性をもたらすことを、また資産をすぐに利用できる能力が、実際に資産を所有する利点を失わせるケースが多いことを認識している[p.90-91]」
・「既存の大組織は、新たなアイデアに過剰な資金を投じてしまいがちだ。・・・その残念な帰結の一つに、事態が計画どおりに進まないときでも事業の継続に頑なに固執してしまうことが挙げられる。・・・不確実な環境でのもっと効率的なアプローチは、不確実性が減少した場合に限って資源を投じることだ。これは、オプション推論の基本原則である。[p.107]」「一時的優位に適応した企業では、資源を徹底して倹約しつづける行動規律が広く浸透している。肝心なのは、キャッシュフローが黒字になるだけの売り上げを確保できるまで、投資を最低限に抑えておくことだ。[p.110]」
・「消滅しつつある優位性から資源を引き揚げたら、今度は新たな優位性を生み出すためにそれを活用する番だ。[p.121

第5章、イノベーションに習熟する
・「一時的優位性の世界では、イノベーションは継続的で、中核的で、管理の行き届いたプロセスでなければならず、多くの企業でおなじみの気まぐれに満ちた試験的なプロセスであってはならない。試行錯誤や思いがけない失敗に対して寛容な実験志向、イノベーションの各段階を管理する明確なプロセス、イノベーターのためのキャリアパスなどが確立される可能性が高い。[p.25-26
・アイデア形成:「アイデア先行型アプローチでは、往々にして直観的な思考によってイノベーション・プロジェクトが生み出されるのに対し、『解決すべき課題』という視点は顧客が実現したいと願いながらできない課題を出発点にするのだ。言うまでもなく、顧客は自分のニーズがいかにして満たされるかが示されるまで、自分のニーズをはっきり表現できないことはよく知られている。例外的成長企業は、自社の戦略にふさわしいアイデアの種類を明確にしている。[p.130]」
・仮説:「アイデアの種を手に入れたら、・・・次なる段階は仮説プロセスである。この過程でコンセプトが具体化され、細部の計画が立てられる。・・・ここでの目標は、できるだけ迅速かつ安価に仮説を確かな知識へと転換することだ。[p.131-132]」
・育成:「イノベーションの育成プロセスを通じて、実際の事業のあるべき姿が学習される。この段階では、テストケースやプロトタイプが開発され、市場テストが実施され、膨大な数の仮説が検証される。[p.133
・加速:「イノベーション・プロセスの最終段階は、アイデアが実際に市場に投入され、商品化へ向けて規模を拡大するときだ。[p.134]」
・イノベーションに習熟する6つのステップ
1、現状を分析し、成長ギャップを明確にする:ビジネスチャンスのポートフォリオ分析は、「市場の不確実性」と、「能力や技術の不確実性」に基づいて分析する。中核事業では市場の不確実性も技術の不確実性も比較的低い。2つの不確実性が中程度の場合は、通常イノベーション・プロセスの規模拡大の段階。ポジショニング・オプションは「需要があることはわかっていても、それを満たすために必要な技術や能力の組み合わせはわからない」。スカウティング・オプションでは、「使い途が明確な能力や技術をもっていて、それを新たなアリーナへ拡大しようとしている状況」。足がかりとは「需要が生じ、やがてはそれに対応できるところまで技術が進歩すると考えられるが、その時期はまだまだ先という状況」。[p.142-145
2、上級幹部から支持と資源配分を受ける:「イノベーション・システムが機能するには、上層部の意思決定者の参加が欠かせない[p.146]。
3、イノベーション管理プロセスをつくりあげる:「お定まりのアプローチは、上級幹部で構成されるイノベーション委員会の設置である。[p.148]」
4、システムの構築と組織への導入に着手する:「重要な点は、従業員にまず、イノベーション向けの共通言語をもってもらうことと、日常業務に役立つこともイノベーションには役立たないと認識してもらうことだ。[p.149]」
5、具体的かつ現実的なことから始める:「顧客需要の見極め、市場規模の判定、プロトタイプの製作、ビジネスモデルの設計、仮説指向計画法、さらには、イノベーションに特有のその他あらゆるコンセプトが、ここで実践の段階を迎える。[p.130]」
6、イノベーションのサポート体制を築く
・「一時的優位性の世界では、イノベーションはやってもやらなくてもよいものではない。イノベーションは副業ではない。・・・イノベーションは、専門的に構築され管理されなければならない能力なのだ。[p.163]」

第6章、リーダーシップとマインドセットを変える
・「かつての成功モデルを変える必要性を率直に認め、進んで受け入れる姿勢は、一時的な競争優位を志向する企業のリーダーシップに欠かせないものだ。[p.168]」
・「変化の激しい優位性という難題に対処するには、より安定した時代とは異なる組織の想定とリーダーのマインドセットが必要だ。本当の情報を探し出し、悪いニュースに対峙し、適切な対策をとる能力と意欲がきわめて重要になる。[p.193

第7章、あなた個人への影響について考える
・「一時的優位性という概念は個人にもあてはまる。・・・個人も、ある時点で価値のあったスキルがいつまでも豊かで上質な人生を保証してくれると思ってはならない。[p.196]」
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昨今、競争優位がなかなか持続しにくくなっていることは多くの方が実感されているのではないでしょうか。その原因には、環境変化が速く、大きくなっているということが関係しているだろうことも多くの方が考えておられるとおりだと思います。では、それに対応して戦略を考え、行動しているかということになるとどうでしょうか。私が重要だと感じたのは次の点です。
・競争優位は持続しないことをまず(再)認識しなければならない。
・その状況において、変化の少ない環境を前提とした戦略手法に頼ることのリスクは大きい。
・競争優位を維持したければ、優位性のないものを捨て、優位性のあるものを次々と作っていかなければならない。
・新たな競争優位の獲得とイノベーションをうまく行うことは不可分といってもよい関係にある。
なお、著者は衰退の前兆をつかみ、変化することの重要性を指摘していますが、衰退の前兆はつかみにくいことが多いように思いますので、衰退しているかどうかは気にせず(衰退しているものと想定して)、積極的に変わることを心掛けるべきなのかもしれないと思いました。

もちろん、競争優位がどの程度持続するかは状況によって変わるでしょうから、本書の指摘はただちにすべての分野で重要になるというわけではないかもしれません。また、従来の戦略論も、全く無意味なものになってしまうわけでもないと思います。しかし、少なくとも研究開発やイノベーションに関わる実務者は、著者の考え方をよく認識しておく必要があるでしょう。イノベーションの進め方に関する著者の指摘も、なかなか示唆に富んでいると思いましたが、いかがでしょうか。よく言われることではありますが、「世の中で変わらないのは、常に変わり続けているということだけ」という言葉の意味を肝に銘ずべき時代になったということと思います。


文献1:Rita Gunther McGrath2013、リタ・マグレイス著、鬼澤忍訳、「競争優位の終焉 市場の変化に合わせて、戦略を動かし続ける」、日本経済新聞出版社、2013.
原著表題:The End of Competitive Advantage: How to keep your strategy moving as fast as your business

参考リンク



「イノベーションは日々の仕事のなかに」(ミラー、ウェデルスボルグ著)より

イノベーションを実行するのは誰なのか。アイデア出しからイノベーションの完成までトップが深く関与する場合ももちろんあるでしょうが、最先端の現場から出てくるアイデアを現場主導で育てていくイノベーションも重要であるという指摘は多いと思います。最先端の現場から次々と新しいアイデアが出てきて、それがイノベーションの形に実を結ぶ、そんな組織はどうやったら作れるのか、その組織を導くにはどうしたらよいのでしょうか。

パディ・ミラー、トーマス・ウェデル=ウェデルスボルグ著「イノベーションは日々の仕事のなかに」[文献1]では、そうした視点でのイノベーションの進め方が議論されています。著者らは、「本書は、最高経営責任者(CEO)や最高イノベーション責任者(CIO)、研究開発(R&D)部門や社内ベンチャーチームといったイノベーション専門部隊ではなく、組織の最前線で日々闘いつづけるリーダー、限られた時間と予算と既存の人材で業務を遂行するリーダーに向けて書かれている。リーダーの支援によって、財務やマーケティング、セールス、オペレーションに従事する一般社員が、日々の仕事のなかでイノベーションを起こせるようになること。これが本書のねらいだ。[p.9]」と述べていますが、その指摘はそうした組織だけでなく、研究開発を担当する者にとっても役に立つ点が多いと感じましたので、以下に本書の議論の中から重要だと感じたことをまとめておきたいと思います

序章、日々の仕事のなかでイノベーションを起こすには
・「リーダーの仕事は、イノベーションを起こすことではない。リーダーの仕事。それは、イノベーションの設計者(アーキテクト)となること。そして部下のために、日常業務の一環として革新的な行動を実践できる職場環境を整えることだ。本書はこの考え方に基づいている。[p.11]」
・「心理学者クルト・レヴィンは、行動科学の研究初期に社会科学で最も有名な方程式を発明した。人の行動=個人の特性×環境。・・・しかしリーダーシップに関する多くの文献では、この方程式において作用するのは『個人の特性』だけだとされている。・・・多くのチェンジメーカーは人々の『考え方』を変えることに重点を置きがちだ。・・・本書ではこのようなアプローチを『物の見方を変える手法』と呼んでいる。・・・だが・・・、物の見方を変えるだけでは行動は変わらない。革新的な行動が部下に欠けているようなら、リーダーは振り返ってみる必要がある。変えるべきは彼らの物の見方なのか、それともシステムなのか、と。[p.15-16
・「マネジャーは部下の優れたアイデアの実現を助ける際、彼らにさまざまな行動の変化を促す必要がある。しかしどの行動も等しく重要なわけではない。そこで私たちは、真に重要な行動を特定し、それらを『日常のイノベーションのための5つの行動+1』と名づけた。[p.22]」それは、1、ビジネスに直結するアイデアにフォーカス、2、独自のアイデアを探すために、外の世界とつながる、3、当初のアイデアを見直し、必要に応じてひねる、4、最も優れたアイデアを選ぶ、それ以外は捨てる、5、社内政治をかいくぐり、ひそかに進める、+1、あきらめない[p.23

第1章、フォーカス[真に重要なことに焦点を絞るには?]
・「私たちは、イノベーションは自由に何でもできる人の専売特許だと考えがちだ。しかし日常業務においてはそうとは限らない。むしろ組織内で何でも自由にできる人は、業務とは無関係なアイデアに手当たり次第に焦点を当て、結果的にいくつもの小さなサイドプロジェクトを抱えることになり、成果を出せずに終わるものだ。[p.22]」
・「米国の心理学者JP・ギルフォードが1950年の講演で非公式発表した創造性に関する研究以後、創造プロセスの研究成果は何度となく、『オリジナリティあふれる優れたアイデアは、完璧な自由を与えるよりも、ある種の制約を設けたほうが生まれやすい』ことを明らかにしてきた。[p.53]」
・「もしも上司から、具体的な説明もないままに『イノベーションを起こせ』と命じられたら? いつもの道筋を離れて未踏の領域へと足を踏み入れた途端、彼らは幾通りもの選択肢に直面することになる。・・・選択のプロセスには3つの落とし穴が待ち構えている。1つめは意思決定に関する著書のなかでバリー・シュワルツが『選択肢の矛盾』と名づけた、選択肢が多いために判断が鈍るという落とし穴だ。・・・2つめは、方向性の欠如のために人々がてんでばらばらのゴールを目指してしまい、成功を勝ち取れないという落とし穴。3つめの落とし穴は、上司の指示どおりに行動した部下が大胆なイノベーションを追求するも、それは会社にとって何の価値ももたらさない領域だった、という落とし穴だ。[p.57-58]」
・「自由は絶対悪なわけではない。完璧な自由を部下に与えることで、真に個性的なアイデアをまったく思いがけない角度から見つけるチャンスが増す場合もある。しかし自由を得た部下が会社に(適切なタイミングで)価値をもたらさないアイデアに無駄なエネルギーを注いでしまう可能性も劇的に増す(・・・大部分のアイデアはただのゴミだ)。われわれの経験から言って、これらのメリットとデメリットを相殺するのは難しい。イノベーションにおいては、たいてい短期間で成果を上げることが求められるからだ。従って完璧な自由を与えるのは、R&Dなどのハイリスク・ハイリターンなプロジェクトも可能な現場により適したアプローチだと言える。[p.61]」
・焦点を絞り込む3つのアプローチ:1、目標を明らかにする(何を達成しなければならないのか)、制約を明らかにする(「制約があれば、どうやってそこに向かえばいいのかがわかる」)、3、追求領域を見直す(どの領域に目を向けるべきか、「会社にとって新しい領域や未開拓の分野に目を向ける」)[p.61-71

第2章、外の世界とつながる[影響力のあるアイデアを生み出すには?]
・「2つめの重要行動は、未知の世界と『つながる』ことだ。・・・アイデアの多くは一から新たに発明されたものではなく、カリフォルニア大学のアンドリュー・ハーガドンが『再結合イノベーション』と呼ぶものの一例にすぎない。つまり、既存の知識を新たな方法で結合させたのがアイデアだ。イノベーションはパズルのようなもので、そのピースは世界中に散らばっている。これらのイノベーションの基本要素に部下が触れられるよう、リーダーは彼らが外部の情報源とつながるのをサポートしなければならないのである。企業にとっては既存の顧客もそうした知識の宝庫だが、情報源は顧客だけではない。他部門の同僚とつながることでも、業務とは無関係な分野の誰かとつながることでも、新しいアイデアを見つけることができる。[p.26-27]」
・顧客とのつながり:「顧客からオリジナリティあふれるアイデアが出てくることはまずない。・・・市場ですぐに注目されるアイデアを生み出す最善の方法は、満たされないニーズや問題を特定することなのである。・・・企業は顧客と直接、個人的かつ継続的なつながりを持つ必要がある。満たされないニーズは、メールなどの『消極的な』チャネルで問い合わせてもまず特定できない。・・・フォーカスグループよりも『観察』のほうが適していると言える。[p.83-90
・同僚とのつながり:「『インサイト創出の場』を構築したいリーダーにとって、社員同士をつなげるのは初めの一歩として最適だ。・・・スタッフ間のつながりを促したいなら、たとえばパーティションなど、職場の物理的な環境から見直すといいだろう[p.92]」。他にもチームや会議に部外者を招くなど。
・関連性のない新たな世界とのつながり:ソーシャルメディアなど

第3章、アイデアをひねる[アイデアに磨きをかけるには?]
・「生まれたてのアイデアは完全ではない。それどころか欠点だらけだ。従って優れたイノベーションほど、生まれたての状態から最終的に実践されるまでの間に微調整が繰り返されていることが多い。試行と分析を迅速に行って、『ひねり』を加えてあるのだ。[p.29]」
・問題を見直す:「優れたイノベーターは、解決策の発見者ではない。『問題の発見者』なのだ。彼らにとって、解決策は二次的なものにすぎない。答えは問題のなかに潜んでいて、問題を100%理解できれば、たいては答えも見えてくるのである。[p.106]」
・解決策を試す:「リーダーの役割は、アイデアがすっかり熟す前に試行し、共有するよう部下に促すこと[p.121]」。ラピッド・プロトタイピング、定期的なフィードバックが有効。「イノベーションを目指す時、人はしばしば自己満足の落とし穴に陥るものだ。この穴が深くなると、イノベーションは常に楽しく追求しなくてはいけない、辛い体験であってはならないと思い込んでしまう。そうしてゲーム感覚の楽しさばかりを追い求め、批判や意見の対立は創造性を損なうものとして退けるようになる。・・・批判的な意見など避けるに越したことはないと思うかもしれないが、それは間違いだ。過酷なイノベーション・プロセスは多くの見返りをもたらすが、ゲーム感覚でいれば見返りなど得られない。・・・批判はイノベーション・プロセスを頓挫させるものではなく、アイデアをひねるのを助けるツールの1つだ。[p.125]」「未完成のアイデアを常に共有し、気軽にフィードバックを行えるようなルーチンを構築する。・・・アイデアの発案者は、必ずしもフィードバックを取り入れる必要はない。参考にするだけでいいのである。[p.131]」

第4章、アイデアを選ぶ[本当に価値あるアイデアを選別するには?]
・「あらゆるアイデアは、それを生み出した当人にとっては至宝である。しかし現実には、大部分のアイデアは残念ながらただのゴミだ。だからこそ組織はアイデアをふるいに掛け、投資対象になるものと、ゴミ箱行きになるものを選別しなければならない。けれども実は、アイデアを選別するプロセスそのものにも落とし穴が待ち構えている。・・・組織が新しいアイデアを評価する時、単独の評価チームだけに判断を委ねると認知バイアスや構造的バイアスの影響を受けやすくなり、誤った判断を下しがちになるのである。だから組織は、アイデアの選別環境を最適化し、堅固なサポートシステムを構築して、『ゲートキーバー』たる評価チームがより良い判断を下せるよう支援しなければならない。[p.31-32]」
・「ゲートキーピング」というプロセスは、イノベーション・チーム内で行うアイデアの評価プロセスとは異なるので注意してほしい。[p.135]」
・破壊的なアイデアには別ルートを用意する、ゲートキーパーにアイデアを体験させる、「定期的にレビュープロセスを見直して、それが正しく機能しているかどうかを評価[p.155]」することなどが重要。[p.136-158

第5章、ひそかに進める(ステルスストーミング)[社内政治をかいくぐるには?]
・「組織で働く人にとって社内政治はつきものだ。・・・イノベーションの設計者には、イノベーションを追求しやすい社内政治環境を整え、部下のために道を切り開くことも求められる。[p.34-35]」
・「多くの人は、社内政治を嫌っているはずだ。創造的な人ならとりわけそうだろう。優れたアイデアであればそれにふさわしい価値を認めてもらえるはずだと安心しきって、組織内の政治を無視したり、拒絶したりするイノベーターも中にはいる。このやり方は望ましくない。イノベーションは、優れたアイデアであると同時に政治にも配慮してこそ成功できるからだ。・・・残念ながら、社内政治をかいくぐるためのさまざまな手法を一語で言い表せる言葉はない。さんざん考えた挙句、われわれは独自にこのような言葉を作ることにした――『ステルスストーミング』である。ブレーンストーミングにヒントを得た言葉だが、ブレーンストーミングよりもさりげなく、秘密裏にイノベーションを追求するアプローチである。[p.159-160]」
・ステルスストーミングの5つのアプローチ:1、影の実力者とつながる、2、アイデアの「ストーリーづくり」をサポートする、3、早い段階でアイデアの価値を証明させる、4、より多くのリソースを獲得できるようサポートする、5、パーソナルブランド管理(企業風土にあわせて創造性を売りにするかどうかなど)をサポートする。
・大多数の人と同じことをしようとする「社会的証明」の原理を使う、プロジェクトにひそかに着手し改良を進めることで注目を集めるタイミングを遅らせる、外部から資金調達するなどの方法も使える。[p.168-170

第6章、あきらめない[イノベーション追求のモチベーションを高めるには?]
・「イノベーションというパズルの最後の1ピースは、『モチベーション』である。部下のモチベーションを上げ、彼らの好奇心や社内の報賞制度を利用して、逆境に遭ってもあきらめずにイノベーションを追求することを促さなければならない。なぜなら、創造性は選択するものだからだ。イノベーションの設計者はイノベーション追求の手法を絶えず改良して、部下が5つの行動を『あきらめずに継続』できるよう努めなければならないのである。[p.38
・内因性モチベーションの活用:専門分野、関心領域でのイノベーションを促す。さらに、明確な目的や自主性の尊重、仲間の存在によって、あきらめない追求が可能になる。「自主性とは、革新的なアイデアを追求する際にいま以上の自由を部下に与え、彼らのモチベーションを高めることを意味する。ただし調査が示しているように、ゴールに関する自主性は必ずしも与える必要はない。他者によって定められたゴールであっても、それが合理的なゴールであれば、人はそれを達成するための努力をいとわない。大切なのは、ゴールを達成するための『方法』を部下に決めさせること。そして、彼らがアイデアを実現するまでのプロセスをこと細かに管理しないことである。[p.187]」
・外因性の報酬を軽んじない:「創造性やイノベーションの追求における外因性モチベーションの役割は激しい論争の的となっている。[p.193]」「こう結論づけることができないだろうか。イノベーターはプロセスの初期段階では外因性の報賞をほとんど重視しないかもしれないが、プロセスが進み、何かを実践したり、管理したりといった仕事が主体になってくるにつれ、報賞を重視するようになる。[p.195]」「外因性モチベーションには、大部分の人が賛同する1つの側面がある。初期のマネジメントの研究者であるフレデリック・ハーツバーグが提唱した、『動機づけの衛生要因』という側面だ。雇用の安定、給与、手当といった衛生要因は、それ自体が積極的に動機を与えることはないものの、一定のレベルを下回ると不満を引き起こしたり、同僚と比較した時の甚だしい不公平感をもたらしたりする。[p.197-198]」
・「マネジャーは、許容できる失敗と許容できない失敗を明確に定義し、両者の区別の仕方を部下に明示しなければならない[p.199]」。「失敗に対する処罰がさほど厳しいものでさえなければ、イノベーションを起こそうとする部下に多少のリスクを負わせるのは妥当だと言える。従って部下にイノベーション追求の選択肢を与える時には、それがいつものやり方に比べてハイリスクで、ハイリターンなキャリアパスであることを明示するのが望ましい。リスクとリターンのバランスが適切なら、少なくとも一部の部下はイノベーションの追求を選択してくれるはずだ。[p.200]」

日常のイノベーションを追求するべき4つの個人的な理由
・「イノベーションは組織の成長の主要因である」というのは組織にとっての教訓。「真の質問は『なぜ組織にとってイノベーションは重要なのか』ではなく、『なぜ彼ら(部下)にとってイノベーションは重要なのか』[p.222]」ということ。
・「日常のイノベーションを追求するべき個人的な理由は、少なくとも4つある。[p.222-225
1、イノベーションは、目標を達成し、さらには超えるのを助ける。
2、イノベーションは、仕事に対する満足度を高める。
3、イノベーションを主導する能力は、人事考課において重要性を増しつつある。
4、イノベーションは、世界をより良い場所にする。
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本書に述べられたれに5つの行動+1は、「未来のイノベーターが最も道を誤りやすいのはどこか?[p.42]」に基づいて選び出された、とのことです。本書の議論の対象は、イノベーション専門部隊ではない組織で日常的に行なわれるイノベーションとされていますが、私はこの議論は、研究部隊におけるイノベーションでも有効なように感じました。研究部隊でも第一線と同じような業務を行う場合はありますし、なにより、どちらのイノベーションでも同じようなところで失敗する可能性がありますので、本書の指摘はイノベーション全般について興味深い示唆を与えてくれると思います。実務的にも、現実に則した指摘が多く(社内政治の克服などは他ではあまり議論されていないと思います)、とかく技術にばかり目が向きがちな研究者にとっても有益だと感じました。

加えて印象的なのが、個人にとってのイノベーションに取り組むことの意義を述べている点です。私は、ハイリスクなイノベーションに取り組む(取り組ませる)ためには、個人としての意義を重視する必要があるのではないか、と感じるところがあったのですが、その点からも本書の視点は大変興味深く感じました。どんな業務でも日常的にイノベーションが生み出せるようなマネジメントができたら理想だな、と思います。


文献1:Paddy Miller, Thomas Wedell-Wedellsborg, 2013、パディ・ミラー、トーマス・ウェデル=ウェデルスボルグ著、平林祥訳、「イノベーションは日々の仕事のなかに 価値ある変化のしかけ方」、英治出版、2014.
原著表題:Innovation as Usual: How to Help Your People Bring Great Ideas to Life

参考リンク



「ミンツバーグ マネジャー論」より

不確実性の高い研究開発をうまく進めるには、事前に周到な戦略を立てるよりも、戦略が市場からわき出てくるような「創発的戦略」をとることが好ましいという考え方を以前にご紹介しました。この創発的戦略は、実践家の立場から見て、大変重要な考え化tだと思っていますので、その提唱者であるMintzbergがマネジメントをどう捉えているかについても興味のあるところです。

そこで今回は、ミンツバーグ著「ミンツバーグ マネジャー論」[文献1](原著表題は、Simply Managing: What Managers Do – and Can Do Better)を取り上げます。創発的戦略同様、ある思想に基づいて具体的な方法論を演繹的に検討するというアプローチではなく、現実に基づいたマネジメント論として参考になる点が多いと感じましたので、特に興味深く感じた点をまとめたいと思います。

第1章、マネジャーにまつわる定説
・マネジメントをありのままに見ることをさまたげる3つの『定説』:
1、「リーダーは、正しいものごとをおこない、変化に対応するのが役割で、マネジャーは、ものごとを正しくおこない、日々の面倒な業務に対応するのが役割だと言われる」。「実際には、いま私たちが憂慮すべきなのは、マイクロマネジャーではなく、おおざっぱにリーダーシップを振るいすぎる『マクロリーダー』だ。組織の上層部の人間が現場を知ろうとせずに『大きなビジョン』だけを振りかざし、いわば遠隔操作でマネジメントをおこなおうとする風潮があるのだ。・・・リーダーとマネジャーを別物と考えるのではなく、両者を一体のものとみなし、リーダーシップとは成功しているマネジメントのことだと理解する必要がある。[p.12-13]」
2、「マネジメントは『サイエンス』でもなければ『専門技術』でもない。・・・マネジメントを成功させるためには、サイエンスだけでなく、アートとクラフト(=技)の要素が不可欠だ。・・・アートは、マネジメントに理念と一貫性を与える。クラフトは、現実の経験に基づいて、マネジメントを地に足のついたものにする。そしてサイエンスは、知識の体系的な分析を通じて、マネジメントに秩序をもたらす。・・・クラフトとアート、それにサイエンスの要素が合わさった仕事であるマネジメントは、実践の行為と呼ぶのがもっともふさわしいだろう[p.13-15]」。「工学や医学の場合、専門教育を受けた専門家はほぼ例外なく、素人より質の高い仕事をする。しかしマネジメントはそうとは限らない。・・・マネジャーが『いちばん知識があるのは自分だ』と思い込むと、マネジメントはうまくいかない。マネジメントとは、なによりも人々の背中を押す仕事だからだ。[p.16-17]」
3、「マネジメントは変わっていない。[p.18]」
・「私のねらいは、マネジメントについての人々の視野を広げ、考える背中を押すことにある。・・・著者である私と一緒に想像をめぐらし、自分の経験を振り返り、問いを発するきっかけにしてほしい。マネジャーの仕事は、どれだけ自分の頭で考えて行動できるかで決まるのだから。[p.20]」

第2章、時間に追われるマネジャーたち――プレッシャーにさらされ続ける仕事
・「マネジメントの質を大幅に改善するためには、マネジャーの仕事に関するイメージと実態のギャップを埋めなくてはならない。[p.26]」
・マネジャーの現実[p.26]:「いつも時間に追われている」、「さまざまな活動を短時間ずつ、細切れにおこなっている」、「ものごとをみずから実行するケースが多い」、「非公式で口頭のコミュニケーションを好む」「対人接触の多くをヨコの人間関係が占めている」、「しばしば目に見えない形でコントロールをおこなっている(「うまく新しい仕事をつくったり、既存の役割を利用したりしている[p.48]」)」。
・「組織の強さを決定づけるのは、コミュニティのメンバー同士の関係、とくに信頼と尊敬である。・・・インターネットはネットワークを強化するかもしれないが、コミュニティを弱体化させる危険がある。[p.51]」

第3章、情報、人間、行動をマネジメントする
・「マネジャーの仕事を、情報の次元、人間の次元、行動の次元という、3つの次元で構成されるものと考えたい。[p.56]」
・「マネジメントの最大の目的は、組織・部署が役割をはたせるようにすること。・・・目的を達成するためには、なんらかの行動が必要とされる。ときにはマネジャー自身が『行動』する場合もあるが、たいてい、みずからは行動から距離を置く。第一に、行動から一歩距離を置いて、メンバーのコーチングをおこない、モチベーションを高め、チームを築き、組織文化を強化するなどして、ほかの『人間』が行動する背中を押す。第二に、さらにもう一歩距離を置いて、セールスチームの販売目標を設定したり、顧客に関する情報を共有したりして、『情報』を使ってほかの人たちの行動を導くこともする。[p.60]」
・情報の次元のマネジメントの要素[p.64-69]:モニタリング(情報収集)、情報中枢(重要な情報がすべて通過する情報の交換台のような存在)、情報拡散、スポークスパーソン、文書以外の情報
・情報を利用した組織のコントロール[p.69-74]:「マネジャーの意思決定は、コントロールの手段という性格ももっている。意思決定を通じたコントロールとしては、『設計(プロジェクトや構造、システムなどの設計)』『委任(実行の委任)』『承認(メンバーからの提案を承認するか)』『分配(資源の分配)』『宣告(目標を課す)』という5種類の活動がおこなわれている。
・人間の次元のマネジメント[p.75-93]:組織内の人々を導く要素としては、『リーダーシップ(ただし、魔法の杖ではない)』、『メンバーのエネルギーを引き出す(「必要なのは、マネジャーが人々に対しておこなうエンパワーメントではなく、人々とともにおこなう『エンゲージメント(関わり合い)』」)』、『メンバーの成長を後押しする』こと、『チームを構築・維持する』こと、『組織文化を構築・強化する』ことがあげられる。組織外の人々と関わる要素としては、『人的ネットワークをつくる』、『組織を代表する』、『情報発信・説得をおこなう』、『情報を内部に伝達する』、『緩衝装置になる』がある。
・行動のマネジメント[p.95-108]:組織内での実行として、『プロジェクトに関わる』、『トラブルに対処する』、対外的な取引として、『同盟関係を築く(支持を集める)』、『同盟関係を活用して、交渉をおこなう』ことがある。
・「必要なのはこの3つの次元すべてで活動できるマネジャーだ。・・・マネジャーが実践するさまざまな役割は、すべてが合わさって一つの仕事を形づくっている。一連の役割を切り離して考えるべきではないのだ。[p.110]」

第4章、いろいろなマネジメント――マネジメントの知られざる多様性
・組織のタイプ[p.125-127]:新興企業型組織(一人のリーダーを中心とする中央集権型)、機械型組織(単純な反復業務)、専門家型組織(メンバーはおおむね自分の判断で仕事をする)、プロジェクト型組織(専門家たちのプロジェクトチームを中心とする)、ミッション型組織(協力な組織文化に支配されている)、政治型組織(トラブル対応に追われる)。
・個人的なマネジメントスタイル[p.138-145]:特に注目すべきだと思われる3つの側面は、行動志向の度合い、組織における立ち位置(トップか、真ん中か、いたるところで活動しているのか)、アートとクラフトとサイエンスのバランス。サイエンス偏重では分析過剰の『計算型』に、サイエンスによる体系的分析を欠けば支離滅裂な『無秩序型』に、アート偏重ではアートが自己目的化する『ナルシスト型』に、アートのビジョンを欠けば刺激のない『無気力型』に、クラフト偏重ではマネジャーが自分の経験の範囲内に閉じこもる『退屈型』に、クラフトの経験の要素を欠けば地に足のつかない『現実有利型』になりかねない。マネジメントを成功させるためには、アートとクラフトとサイエンスの3要素を何らかの形でブレンドさせることが不可欠[p.145-144]。
・マネジメントの基本姿勢[p.151-166]、マネジャー以外の人物によるマネジメントの度合い[p.166-175]によっても異なる形態のマネジメントがある。

第5章、マネジャーの綱渡り-マネジメントの避けられないジレンマ
・上っ面症候群[p.178-179]:「押し寄せてくる情報に対処するだけの人物になりがち」
・計画の落とし穴[p.181-185]:「あわただしさのなかで、指示を発し、意思決定を監督することは簡単でない」。必要なのは、戦略プランニングでなくて戦略クラフティング。「戦略は、正式なプロセスをへずに学習されるという形で出現する場合もある。[p.184]」
・分析の迷宮[p.185-190]:「分析によって細かく分解された世界を、どのようにして一つにまとめればいいのか。[p.185]」
・現場との関わりの難題[p.190-198]:「マネジメントという行為の性格上、マネジャーがマネジメントの対象から乖離することは避けられない。・・・現場と切り離される宿命にあるマネジャーが現場との結び付きを失わないためには、どうすればいいのか。」
・権限委譲の板ばさみ[p.198-200]:「マネジャーがほかのメンバーより情報をもっているために、他人に仕事を任せづらいケース」
・数値測定のミステリー[p.200-207]:「数値測定が当てにならないときに、どのようにマネジメントをおこなえばいいのか」
・秩序の謎[p.207-211]:「マネジメントという行為がそもそも無秩序なものなのに、マネジャーはどうすれば、組織のメンバーの仕事に秩序をもたらせるのか。」
・コントロールのパラドックス[p.211-214]:「自分より地位の高いマネジャーが秩序を求めて圧力をかけてくるとき、マネジャーはどうやって重要な『統制された無秩序』を維持すればいいのか」。「大組織では、目標の言い渡しによるマネジメントがますます幅を利かせているが、それはおうおうにして、シニアマネジャーの責任逃れでしかない」。
・自信のわな[p.214-217]:「どうすればマネジャーは傲慢への一線を越えることなく、適度の自信を保ち続けられるのか。」
・行動の曖昧さ[p.217-221]:「どういうときに、手遅れになるリスクを覚悟の上で行動することを待ち、どういうときに、想定外の結果に見舞われるリスクがともなっても迅速に行動すべきかを見極めることだ。」
・変化の不思議[p.221-225]:「マネジャーは、継続性を保つ一方で、どのようにして変化をマネジメントすればいいのか。」
・究極のジレンマ[p.225-227]:「本書では、マネジャーが直面するジレンマを解決することは不可能だということも繰り返し指摘してきた。・・・どのようにして、数々のジレンマに同時に対処すればいいのか」。
・私のジレンマ[p.227-228]:「マネジャーが直面する数々のジレンマは、すべて別々のものとして論じることができる半面、どれも根は同じに見える。この点をどう説明すればいいのか。」

第6章、有効なマネジメントとは――マネジメントの本質を明らかにする
・「成功するマネジャーも欠陥を抱えている。そもそも、欠陥のない人間など一人もいない。マネジャーとして成功する人は、欠陥が少なくともその環境では致命的な弊害を生まないのである。[p.232-233]」
・マネジメントの成功と失敗について考える枠組み:振り返り、分析、広い視野、協働、積極行動、個人的なエネルギー、社会的な統合[p.246-247]。
・エネルギー:「マネジメントの仕事に関して明らかなことが一つあるとすれば、それは、優れたマネジャーがきわめて精力的に活動しているということだ[p.248]」。「マネジャーが『現場との関わりの難題』と『変化の不思議』に対処するうえで大きな役割をはたす。[p.249]」
・振り返り:「優れたマネジャーは、振り返りを重んじているケースが多かった。自分の経験から学び、いろいろな選択肢を試し、ある選択肢がうまくいかなければ、別の選択肢を試してみるのだ[p.249]」。「優れたマネジャーは、自分の頭でものを考えるものなのだ。あわただしい毎日を送るマネジャーには、目の前の活動から一歩距離を置き、自分の経験を振り返る時間が必要だ。そういう時間は、『自信のわな』『計画の落とし穴』『上っ面症候群』『現場との関わりの難題』をやわらげる解毒剤になりうる。[p.251]」
・分析:「分析を過度に重んじればマネジメントが機能しなくなるが、軽視しすぎれば無秩序状態に陥りかねない。・・・適切なバランスをとるのが賢明だ。・・・分析偏重のマネジャーは、『分析の迷宮』と『数値測定のミステリー』に直面する危険があるのだ。しかしその反面、『秩序の謎』に対処するうえでは、混沌状態のなかに秩序を見いだすことも忘れてはならない。[p.251-252
・広い視野:マネジャーにとって大事なのは、「『ワールドリー』であること、すなわち広い視野をもつことだ。・・・『ワールドリー』とは、『人生の経験が豊富であること。世の中の事情に通じていること。実務処理能力が高いこと』。・・・第5章で論じたすべてのジレンマ――特に『行動の曖昧さ』のジレンマ――が浮き彫りにしているのは、マネジャーにとって微妙な細部を理解することがきわめて重要だということだ。そう考えると、ほかの世界を知ることによって自分の世界を真に理解し、広い視野を獲得した人物こそ、マネジメントのジレンマの数々にもっとも上手に対処できるのかもしれない[p.253-256]」。
・協働:「マネジャーに求められるのは、メンバーがみんなで一緒に仕事ができるように手助けをすることだ。・・・『関与型』のマネジャーは、ほかの人たちを関わらせるためにみずからが積極的に関わる。具体的には、敬意をもつこと、信頼すること、配慮すること、鼓舞すること、そして言うまでもなく聞くことが実践される。・・・この一世紀ほどの間、コントロール型のマネジメントに代わって、関与型のマネジメントの重要性が高まってきた。・・・協働志向の強いマネジャーがメンバーに情報を提供し続ければ、『権限委譲のジレンマ』は深刻なジレンマに発展しない。また、マネジャーが協働志向を発揮し、現場と結びつき、現場の情報を多く入手すれば、『現場との関わりの難題』もやわらぐだろう。[p.256-258]」
・積極行動:「優れたマネジャーは、受け身の犠牲者のようには振る舞わない。変化に翻弄されるのではなく、自分で変化を起こそうとする。『行動の曖昧さ』・・・に対処するうえでは、・・・カギを握るのは積極行動だ。・・・もう一つ、『変化の不思議』のジレンマも見落としてはならない。・・・安定を保つためには、変革を起こすときと同じぐらい、積極的な行動が必要とされる場合がある。[p.259-260]」
・統合:「マネジャーに要求されるのは、動的なバランスだ。情報の次元、行動の次元のバランスをとり、アートとサイエンスとクラフトの3つの要素に対するニーズに同時に折り合いをつけ、さらに『お手玉』をするように多くの課題に同時並行で対処する必要がある。[p.262]」
・「組織を得体の知れない階層の積み重なったものと考えるのではなく、積極的に関わり合う人々のコミュニティとみなすことほど、自然な発想はない[p.286]」。「いま私たちは、マネジメントと組織のあり方を再検討し、リーダーシップにとどまらず、コミュニティシップについても考える必要がある。これらのものはすべて、もっとシンプルで、自然で、健全であっていいはずだ。[p.289]」
―――

世の中にマネジメントを上手く行う処方箋や、マネジメントの要点を理解できるシンプルな理論があるならそれを知りたい、と思うのは誰しも同じだと思います。本ブログも望ましい研究開発マネジメントの方法を探ることをテーマにしているわけですが、マネジメントという行為が、少数の要素でシンプルに理解できないものだとすれば、無理な単純化では我々の求める答えは得られない可能性があるのではないでしょうか。

創発的戦略についても同様ですが、著者の考え方は、まず物事をありのままに捉え、現実から学ぼうとすること、そして、物事を理解しようとする我々自身の能力を過信せず、浅い理解で物事が理解できたことにしてしまわない、一種の謙虚さのようなものを感じます。マネジメントが本来複雑なものであるなら、複雑であると言うことをまず理解し、その前提にたって対応を考えるべきだ、ということなのではないかと思います。

実はこうした発想は、科学者の考え方と近いものがあります。実は我々は、複雑な世界のごく一部しか知らないのだということを理解した上で、少しでも真理に近づきたい、望むような結果を出したいという気持ちで研究開発を行っている人は多いのではないかと思います。マネジメントも科学と同様、わからないことだらけと理解すれば、著者の考え方は、技術者には受け入れやすい考え方のように思われます。ただし、わかっていないなりに、著者は様々な提案をしてくれていますし、実務家が陥りやすい誤りにも警告を発してくれているように思います。本書は、いわゆる成功の処方箋のような内容を説明した本ではないと思いますが、だからこそ、実務家にとっても有益な、ハウツーを越えた真理に近い内容を含んでいると感じました。


文献1:Henry Mintzberg, 2013、ヘンリー・ミンツバーグ著、池村千秋訳、「エッセンシャル版 ミンツバーグ マネジャー論」、日経BP社、2014.



ノート改訂版・補遺2:研究マネジメントの実践に役立つ知識

ノート改訂版・補遺1では、研究マネジメントにおいて特に重要だと思うこと、知っておいて折に触れてチェックすべきこと、知らないと大きな判断ミスを冒す可能性があると思われることをまとめました。ただ、補遺1では内容をかなり絞りましたので、今回は「補遺2」として、実践に役立つ具体的知識をまとめたいと思います。前回同様、内容の選定と記載は個人的な見解に基づいていますので、ひとつの意見として見ていただければ幸いです。詳細は、本ブログ記事へのリンク先をご参照下さい。

研究の不確実性にどう対応すればよいか
・不確実性に対処するには、計画主導ではなく創発的戦略をとることが好ましいとされています。「創発的戦略」をうまく進める方法としてAnthonyらは次の3つのステップからなる方法を提唱しています。(本ブログ:ノート12
1、重要な不確実性の領域を識別する:最初の戦略は間違っている。正確な予測の数字は無意味。
2、効率的な実験を行なう:投資を控えて多くを学ぶ。スピードを上げることは重要ではない。
3、実験の結果に基づいた調整と方向転換を行なう:計画に固執しない。評価指標にとらわれすぎない。
・言い換えれば、当初想定が外れるかもしれない前提で準備すること、試行錯誤をうまく行い多くを学んで成功確率を上げることを狙う、ということと考えます。

人間の思考・予測の限界に注意するには
・まずは、以下の点で人間の思考には限界や誤りの可能性があることを認識すべきと考えます。(本ブログ:意思決定の罠
1、無意識の思考特性に依存する誤り(プライミング、係留と調整のヒューリスティックなど)
2、現象や事実に対する知識や認識不足、認識の誤り(平均への回帰の軽視、ハロー効果、状況の軽視、相関関係と因果関係の混同など)
3、対象自体の予測不可能性(複雑系の現象、創発、発散現象やその原因と発生タイミングの予測、確率的な現象など)
・人間の思考の誤りを理解するための二重過程理論(Kahnemanによるシステム1(速い思考)とシステム2(遅い思考)についての説明):「システム1」は自動的に高速で働き、努力はまったく不要か、必要であってもわずかである。・・・「システム2」は、複雑な計算など頭を使わなければできない困難な知的活動にしかるべき注意を割り当てる。考えたり行動したりすることの大半は、システム1から発している。だがものごとがややこしくなってくると、システム2が主導権を握る。システム2に困難な要求を強いる活動は、セルフコントロールを必要とする。そしてセルフコントロールを発揮すれば、消耗し不快になる。→こうした傾向により、システム2で対応できない(できなくなった)課題に対してシステム1で対応しようとする時、認識や判断の誤りが発生しやすくなるのだと考えられます(本ブログ:ファスト&スロー、判断の誤りやバイアスの事例については、意思決定理論入門も参照ください)。

競争相手の動きを読むには
Porterの5つの力の枠組みは競争戦略立案に有効とされていますが、最近ではこの枠組みによる検討だけでは持続的競争優位を確立することは難しいという意見が多いようです(本ブログ:持続的競争優位をもたらす戦略とは世界の経営学者はいま何を考えているのか)。しかし、1、サプライヤーとの関係、2、買い手との関係、3、新規参入者、4、代替製品、5、既存企業間の競争状況からなる5つの力の枠組みは、自社および競争相手の置かれた状況を考察するためのチェックポイントとして、いまだ有効なように思います(本ブログ:ノート3)。競争相手の立場に立って状況を整理し、競争相手が保有する資源(技術力も含む)も考え合わせれば、ある程度競争相手の動きは読めると思います。

どんなイノベーションに取り組むべきか
・「補遺1」では、大きな成功をもたらしやすい重要なイノベーションとしてChristensenの「破壊的イノベーション」をあげました。しかしChristensenらも、すでに事業を行っている企業では持続的イノベーションも重要であり、イノベーション資源の少なくとも80%を持続的な改良に配分することを推奨しています。重要なことは、破壊的イノベーションのメカニズムを考慮して、企業の環境や取り組むイノベーションにとって適正な進め方を行うことでしょう。なかでも次の点が重要と考えられます。(本ブログ:ノート4
技術進歩は消費者のニーズを越えて進みやすいため、既存企業はオーバースペック製品を生みやすい。
消費者は本当のニーズを知らないことがある。

既存企業にとっては、参入してきたばかりの後発企業と競争する必要性が感じられにくい(不均等の意欲)。
既存企業には、生まれたばかりの破壊的技術を重要視しにくい社内のバイアスがある。
破壊的イノベーションには、ローエンド型破壊と新市場型破壊がある。
DARPA(アメリカ国防総省国防高等研究計画局)で重視されている研究評価の基準は以下のとおり(これはハイルマイヤー(Heilmeier)の基準と呼ばれ、研究マネジャーがしっかり回答することが求められる質問とのことです)。
1、何を達成しようとしているのか?専門用語を一切利用せずに当該プロジェクトの目的を説明せよ
2、今日どのような方法で実践されているのか、また現在の実践の限界は何か?
3、当該アプローチの何が新しいのか、どうしてそれが成功すると思うのか?
4、誰のためになるか?
5、成功した場合、どういった変化を期待できるのか?
6、リスクとリターンは何か?
7、どの位のコストがかかるか?
8、どれほどの期間が必要か?
9、成功に向けた進展を確認するための中間及び最終の評価方法は何か?

アイデア創造や技術開発以外に取り組むべきこと
・ビジネスモデルの構築:ビジネスモデルを考えるための枠組みとして使いやすそうな方法に「Canvas」があります。Canvasでは、顧客セグメント、価値提案、チャネル、顧客との関係、収益の流れ、リソース、主要活動、パートナー、コスト構造の9要素を図にまとめて関係が視覚化できます(本ブログ:ビジネスモデル・ジェネレーション)。
・関係者との協働、調整:少数の関係者のみでイノベーションを完成することは困難になりつつあるようです。利害関係を見極めて調整し、協働するための手法は未確立だと思いますが、エコシステムを構築するという観点は重要だと考えます(本ブログ:ワイドレンズ)。
・イノベーションを使ってもらう:よいイノベーションであっても、利用者はすぐにはそれを採用しません。「イノベーション普及学」という分野では、この受け入れのプロセスに関わる様々な因子が検討されており、その知見は実践面でも重要な基礎になる考え方だと思います。Rogersは、普及速度に影響するイノベーションの特性として次の5つをあげています(本ブログ:ノート13)。
1、相対的優位性(そのイノベーションが既存のアイデアよりよいと知覚される度合い)
2、両立可能性(そのイノベーションが採用者の既存の価値観、過去の体験、必要性と相反しないと知覚される度合い)
3、複雑性(イノベーションを理解したり使用したりするのが困難であると知覚される度合い)
4、試行可能性(イノベーションを経験しうる度合い)
5、観察可能性(イノベーションの結果が採用者以外の人たちの目に触れる度合い)
・イノベーションの方法論の中で、イノベーションプロセスの比較的広い範囲が考慮されているものとして、次のものが重要と思われます。ラフリーとマーティンによる戦略(本ブログ:P&G式勝つために戦う戦略)、ゴビンダラジャンとトリンブルによる社内既存部署との協働を重視した進め方(本ブログ:イノベーションを実行する)、SRIのカールソンとウィルモットによる進め方(本ブログ:イノベーション5つの原則)、ジョンソンによる破壊的イノベーションを念頭においた進め方(本ブログ:ホワイトスペース戦略)。ただし、あらゆる場合に有効な考え方というものは未確立なようですので、状況に応じてこうした考え方を参考にすべきと考えます。

イノベーションプロセスの比較的狭い範囲における進め方の提案と得失
・オープンイノベーション:協働の進め方としてすでに成功事例が報告されていますが、自社と他社(組織)のアイデアを融合させる、という理想部分が過大評価され、アイデアや技術の移転、仕事の線引きと競争力の問題、インターフェース設計の問題、収益の分配の問題などの課題もあるとされています(本ブログ:技術経営の常識のウソオープン・イノベーションは使えるか)。
・ステージゲート法:プロジェクトの中止がしやすい、研究者にとってやるべきことが明確になり収益意識が高まる、研究テーマとプロセスの見える化により研究部門と事業部門のつながりが強化される、製品化目前になってプロジェクトを中止するようなケースが減る、ということがメリットとされていますが、テーマを『育てる』という側面よりも、想定通りに育たなかったテーマを『切る』という側面に比重がおかれていることには注意が必要と思われます。(本ブログ:技術経営の常識のウソ
・プロジェクトマネジメント:有限期間内に特定の目的の成果物を生み出すために時限的に人が集まって進める活動をきちんと行なうための手法や思想であって、担当者の業務経験を狭くする、コミュニケーションを阻害する、仕事の継続性が失われることで仕事からの学習を阻害する、技術を蓄積しようとするモチベーションを阻害する、組織全体としても技術蓄積を大切なものとして考える意識を希薄化する点が問題とされています。(本ブログ:技術経営の常識のウソ
・このような手法は、得失を理解した上で、状況に応じて使い分けることが必要でしょう。

形式知と暗黙知の違いを考慮した知識創造の進め方
・野中氏らが提唱した組織的知識創造のプロセス(SECIプロセス)をシンプルにまとめると以下のようになるでしょう。この4つの知識変換プロセスを繰り返すことによって組織的知識創造が進むとされています。(本ブログ:創造性を引き出すしくみ、より詳しくは、流れを経営するを読む
1、共同化:個人の暗黙知からグループの暗黙知を創造する
2、表出化:暗黙知から形式知を創造する
3、連結化:個別の形式知から体系的な形式知を創造する
4、内面化:形式知から暗黙知を創造する
ポイントは、暗黙知をどう組織内で相互作用させて新たな知を創造するか、それを個人の知識の充実にどう活かすか、という点だと思います。そのためには、知識の交流を活発化させるための「場」(環境)をうまく作ることが重要になると思われます。

研究者(イノベーションを推進する人)のやる気を引き出すには
・補遺1では、やる気に関わる重要な因子として、Herzbergによる動機付け要因と衛生要因、Maslowの欲求階層理論、Deciによる外発的動機づけと内発的動機づけの考え方を指摘しましたが、この他にも動機づけ、やる気に関わる因子は様々に議論されています。やる気を引き出す具体的な施策を検討する際には、以下の金井氏による整理が参考になると思います。(本ブログ:ノート7モチベーション再考
1、緊張感・危機感・欠乏・心配・不安がやる気を起こす(ズレ・緊張系)
2、夢・希望・目標を持つことで、やる気が起こる(希望・元気印系)
3、その人それぞれの考えで、やる気が起こる(持論(自論)系)
4、コミューナルな関係性、共感がやる気を起こす(関係系)
・上記にも関連する点がありますが、エンパワーメントの観点からは次の要素が重要だと思われます。(本ブログ:モチベーションは管理できる?
有能感(自分の能力を信じ、やればできるという意味での自信のある心理的状態)
自律性(自分自身の行動を自分自身で決定できる状況にある場合に増大する感情)
心理的無力感(がんばろうと努力しているにも拘らずうまく結果が出せなかったり、成果を出したのに周りから評価されなかったりした場合に増大する感情)
成長機会(仕事をこなすことで自分を高めていける、能力を発揮できるような環境かどうか)
権限委譲(自分自身の仕事に関する意志決定が職場の状況としてできるか)
支援(協力してくれる上司やその他の人たちがいる場合に増大する)
状況的無力感(自分にとって不利な職場かどうか、苦手な仕事や、周りから好ましい反応がなかった場合に増大する)

研究リーダーはどうすべきか
・補遺1では、リーダーの役割として、多様性の確保、コミュニケーションの活性化、組織外部との連携調整、部下の育成指導、ロールモデルをあげました。
・グーグルが社内の調査によって明らかにした、評価の高いマネジャーに共通する行動の特性は次のとおり。(本ブログ:データが語るよいマネジャーとは
1、優れたコーチである
2、チームを力づけ、こと細かく管理しない
3、チーム・メンバーの仕事上の成功と私的な幸福に関心を示し、心を配る
4、建設的で、結果を重視する
5、コミュニケーション能力が高く、人から情報を得るし、また情報を人に伝える
6、キャリア開発を支援する
7、チームのために明確なビジョンと戦略を持つ
8、チームに的確な助言をするために、主要な専門的スキルを持ち合わせている

これらは、理想のマネジメントを行うための処方箋と言えるようなものではないと思いますが、実践の際の貴重なヒントを与えてくれる考え方としてひとつの手がかりになるのではないかと思います。


ノート目次へのリンク



ノート11改訂版:研究組織運営におけるリーダーの役割

1、研究開発テーマ設定とテーマ設定における注意点→ノート1~6
2、研究の進め方についての検討課題
2.1
、研究を行なう人の問題
→ノート7~8
2.2
、研究組織の問題→ノート9~10

2.3
、研究組織営におけるリーダーの役割
ノート10
では、望ましい研究組織の特性とその運営について考えました。そうした運営を行なう上で、研究リーダーの果たす役割は大きいと考えられます。もちろん、そんなことよりもまずは責任者として組織を率いて与えられた課題を解決することがリーダーに求められる、という考え方もあるかもしれません。しかし、与えられた課題をこなしているだけでよいのか、組織の能力を発揮させるために具体的にどんな点に注意して運営すればよいのか、といったことも考えておく必要があるのではないでしょうか。そこでここでは、研究のリーダー、特に第一線に近い研究リーダーは組織運営にどう関わり、何を、どのようにしなければならないのかといった観点から、その役割を考えてみたいと思います。

研究開発リーダー役割の特徴
まず、「未知のことへの挑戦」といった創造性の発揮が求められる研究開発のリーダーと、一般的なリーダーとの違いついて考えてみましょう。開本はリーダーシップに関する諸研究をレビューしたうえで、研究グループを指揮する立場にあるリーダーのリーダーシップ行動について、以下のように述べています。「研究開発部門では、他の部門よりも管理職の技術的スキルの重要性が高い。つまり、研究開発技術者に対するリーダーシップを発揮するには、リーダー自身が技術的知識を持っており、フォロワーの仕事の内容を理解し、必要なアドバイスや情報を与えることが必要である。その際、ゲートキーパーの研究でも指摘されているが、単に情報を提供するのではなく、リーダーなりに必要な情報を加工した後、必要な情報をフォロワーに提供していくことが求められている。一方、人間関係スキルや管理スキルは、相対的に重要性が低い。(中略)研究開発のように不確実性の高い状況のもとでは、細かなスケジューリングやプランニングの有効性は低く、企業全体の方向性と両立する範囲での自律性を与える管理スタイルが求められる。また、研究開発技術者は、基本的に仕事そのものによって動機づけられる存在であるため、人間関係によって直接、成果が影響を受けることは少ないと考えられる。(中略)したがって、仕事を通じてモチベーションを引き出す、テクニカルスキルに基づくリーダーシップが、より重要となる。」[文献1、p.97-98]。このようなテクニカルスキルに基づくリーダーシップの重要性についての指摘は、一般の人材マネジメントとは異なる研究マネジメントならではの特徴と考えられますが、だからといって人間関係や管理のスキルが重要でない、ということにはなりません。特にHerzbergの言う「衛生要因」に分類される欲求、すなわち、それが満たされても動機付けにはならないが、満たされないと不満になるような欲求についてはそれを満たすことが大前提であり、その上で研究者に特徴的とされる「仕事そのもの」による動機付けを考えていく必要があるでしょう。(本ブログ参考記事:研究者の活性化(ノート7)研究の種類による評価指標やインセンティブ技術者にとっての内発的モチベーションの重要性

研究開発リーダーとして注意すべき点
研究リーダーがマネジメントを行う上での注意点としては、研究リーダーの役割と適性と、研究員のそれとの違いをまず挙げたいと思います。多くの場合、研究リーダーになるのは、研究員として何らかの業績を挙げた人である可能性が高いと思いますが、そうした一種の成功体験がリーダーとしての行動の問題点にならないように注意すべきでしょう。すべての「強み」は「弱み」になりうること、隠れていた弱みの存在、成功による傲慢、不運の処理などがリーダーのつまずく原因になるという指摘があります[文献2、本ブログ「リーダーがつまずく原因」]。リーダーというと、どうしても組織を率いることが主な役割と思いがちですが、例えばSASJim Goodnightが述べている「マネジャーは社員の『部下』となり、それぞれが高いモチベーションで働き、能力を発揮するよう努める」[文献3、本ブログ「働きがいのある会社とは」]、という考え方も状況に応じて必要と考えられます。

研究グループにおける多様性の確保
研究グループ内をどのようにコントロールするかについては、まずは多様性の確保を挙げたいと思います。多様性の重要性はノート10でも述べましたが、丹羽は、「異端児といわれる優れた技術者」について、その個人がイノベーションにおいて大きな役割を果たすとしても、『それを認めて採用する能力と決断力のあるマネージャーの存在が企業イノベーションの隠れた、いや、むしろ実質的な立役者』と述べています[文献4、p.31-32]。もちろん、どのような人材を部下に選ぶかはリーダーの自由にはならないかもしれませんが、研究グループ内での考え方の多様性、すなわち様々な発想を大切にし、異なる意見を受け入れる組織風土を作ることは可能ではないでしょうか。言い換えれば、多様な個性を認め、多様な人材の能力をひきだすことがリーダーの役割のひとつであると言えるように思います。

コミュニケーションの活性化
多様な意見を真に役立つものにするためには、コミュニケーションの活性化が必要でしょう。グループ内のコミュニケーションはもとより重要ですが、リーダーはグループ外とのコミュニケーションにおいて、ゲートキーパーの役割を担う必要があると言われています。ゲートキーパーは、情報をさまざまな情報源から収集し、それを最もうまく活用できるか、あるいはそれに最も大きな興味を持っている適切な人材に受け渡す役割を持つ[文献5、p.386]、とされますが、より具体的には、情報収集、グループ内部に理解される言語への翻訳、グループ内への伝達、という業務を担う[文献6、p.69]とされます。加えて、若い技術者にアドバイスを与える先輩の役割、研究開発活動への評価、市場調査などの役割も指摘されています [文献1、p.93]。グループ外からの情報に関しては、生の情報をそのままグループ内に流してもその意味するところが十分に伝わるとは限らないため、その情報の意義、解釈や付随する情報もあわせて伝えることが必要なのでしょう。技術のエキスパートとして、リーダーのコメントをつけることにより情報の価値を高めることができると言ってもよいでしょう。ただし、情報に加工を加えることがゲートキーパーの役割とは言っても、外部からの情報を一人占めしたり、制限したりするような行動は慎むべきと考えます。

グループ外との連携、調整
情報のゲートキーパーだけでなく、リーダーには外部との折衝や調整の役割もあります。特に、オープンイノベーションなど、様々な部署との連携や協力が求められる考え方の下では、自部署だけでイノベーションを完成させようとすることにはこだわらない方がよい場合も考えられます。Govindarajanらは、特に大企業において、収益源となる既存事業の「パフォーマンス・エンジン」とイノベーションチームの協力こそがイノベーションの原動力となりうる、という立場から、「イノベーション・リーダーは『パフォーマンス・エンジン』と相互に尊重し合う関係を築く努力をすべきである[文献7、p.52]」と述べ、「イノベーション・リーダーは自分たちが既存の体制と闘う反逆児だと思いこむ場合が多い。だが、官僚的な怪物に一人で立ち向かっても勝ち目はほとんどない[文献7、p.52]」と述べている点は心に留めておくべきだと思います。一方、「優れたボスは、“人間の盾”となることに誇りを感じ、社内外からのプレッシャーをみずから吸収するか、はねのける。そしておもしろみのない瑣事をみずから引き受けて、部下を働きにくくするような愚か者や余計な口出しと戦うのである。[文献8、(ただし、あらゆる場合に戦うべきだとはしていませんので、詳細は本ブログ「部下を守る?組織を守る?技術を守る?」を参照ください]」、という考え方のように、場合によってグループを守る行動も取れる必要があると思われます。

育成・指導
部下の育成・指導もリーダーの重要な役割でしょう。研究部隊の特徴として、技術的基盤の確保のための部下の育成は必須の業務と言えると思います。ただ、技術的な専門性に関しては、ある程度の時間をかければ日々の業務を通じて育成していくことはそれほど困難ではないでしょう(部下の学習に適した環境を作ることはもちろん重要ですが)。一方、マネジャーの育成については、様々な議論があり、McCallはリーダーの育成に関して、能力で選抜することの問題点を指摘し、経験から学ぶこと、経験によるリーダーシップ育成の重要性を述べています[文献2]Christensenも破壊的イノベーションの成功のためにはMcCallの方法が有効であると述べていますので[文献9、p.218]、効果的な経験を積ませることの重要性は認識しておく必要がありそうです。ただ、この時、リーダーがプレイングマネジャーとして実務にも関与する場合には、育成指導上の利点(やってみせること等)と、欠点(部下の経験のチャンスを奪うこと等)のバランスを考える必要があるように思います。

ロールモデル
部下と上司の関係でいえば、ロールモデルもリーダーの役割のひとつといえるのではないでしょうか。McCallは成長過程にあるマネジャーに対する上司の影響について最も重要なこととして、「ロールモデルとしての上司の行動とその行動結果を観察することで、組織が何を真に評価しているかについて学ぶ」[文献2、p.116]ことを挙げています。実際、グループメンバーにとって、経営トップがどのようなマネジメントのやり方を高く評価しているかを知る機会はそれほど多くないと思われますので、リーダーのどのようなやり方が効果的で、それが社内でどのように評価されるかを実例として示すことは重要だと思われます。その意味で、リーダーのマネジメントに対する考え方をグループのメンバーに説明しておくことは、将来のマネジャーを育成する上で非常に有益でしょう。

イノベーションリーダーの適性
最後に、イノベーションリーダーが持つべき能力に関するひとつの考え方をご紹介しておきたいと思います。Christensenらは、イノベータに特徴的な行動パターンを抽出しています[文献10、詳細は本ブログ「イノベーションのDNAをご参照下さい]。それは、1)関連づけ思考、2)質問力、3)観察力、4)ネットワーク力、5)実験力、であり、なかでも関連づけ思考が重要で、「誰でも行動を変えることで、創造的な影響力をますます発揮できる」[文献10、p.4]と述べています。研究開発業務において、どのような考え方をすべきか、どのような考え方ができるように育成指導すべきかを考える上で参考になるかもしれません。

以上、組織運営におけるリーダーの役割について考えてみました。研究開発のマネジメントといっても、トップの役割と第一線に近い研究グループのマネジャーの役割は自ずと異なっているでしょう。研究開発は全社的な活動であるため、トップマネジメントの重要性がよく指摘されますが、実務的には、研究グループのマネジメントの重要性もしっかり認識しておくことが必要と考えます。

考察:研究ミドルマネジャーへの注目?
研究開発、イノベーションを成功させるにはどうしたらよいか、この問いへのアプローチは近年かなり具体的になってきたように思います。以前は、研究者はどうすべきか、あるいは経営者はどうすべきか、という議論が多かったと思われるのに対して、イノベーション成功のためには、研究者の努力だけでも、あるいは経営者の戦略だけでも不足であることが認識され、イノベーションの進め方についてより具体的な提案がなされるようになるに従い、ミドルマネジャーの重要性への認識が高まっているように思います(個人的な感覚的意見で恐縮ですが)。もちろん、誰の役割がイノベーションの成功にとって重要なのかは、扱う対象によっても、状況によっても変わるでしょうが、トップから中間管理職を経て第一線に至るまで、すべての階層でそれぞれの役割に応じた努力と協力が求められるようになってきているような気がします。

ただし、研究ミドルマネジャー(リーダー)がどう動くべきかの方法論は、未確立と言わざるを得ないと思います。何をもって研究リーダーを評価すべきかの指標も未確立で、結局のところ、どんなプロジェクトが成功した(あるいは失敗した)のかに基づいて、その時のやり方が良かったのか、悪かったのかを評価することしかできないのが現状のようです。もちろん、今後この分野の知見は増えていくでしょうが、その時にも、研究者がどういう成果を挙げたのか、経営者がどういう戦略に基づいてどう判断したのかだけでなく、ミドルマネジャーがどう動き、どういう組織体制や組織運営が成功をもたらしたのか、という視点も併せて考察していくことが重要になるのではないかと思います。


文献1:開本浩矢、「研究開発の組織行動」、中央経済社、2006.
文献2:McCall, Jr. M.W.1998、モーガン・マッコール著、リクルートワークス研究所訳、「ハイ・フライヤー」、プレジデント社、2002.
文献3:James Goodnight(ジェームス・グッドナイト)、「クリエイティビティを引き出す」、Diamond Harvard Business ReviewSep., 2006, p.3.
文献4:丹羽清、「イノベーション実践論」、東京大学出版会、2010.
文献5:Tidd, J., Bessant, J., Pavitt, K., 2001、ジョー・ティッド、ジョン・ベサント、キース・バビット著、後藤晃、鈴木潤監訳、「イノベーションの経営学」、NTT出版、2004.
文献6:三崎秀央、「研究開発従事者のマネジメント」、中央経済社、2004.
文献7:Vijay Govindarajan, Chris Trimble, 2010、ビジャイ・ゴビンダラジャン、クリス・トリンブル著、吉田利子訳、「イノベーションを実行する 挑戦的アイデアを実現するマネジメント」、NTT出版、2012.
文献8:Robert I. Sutton、ロバート I サットン著、スコフィールド素子訳、「社内外のじゃま者と戦う 部下を守る『盾』となれるか」、Diamond Harvard Business Review, 2011, 2月号、p.86.
文献9:Christensen, C.M, Raynor, M.E, 2003、クレイトン・クリステンセン、マイケル・レイナー著、桜井祐子訳、「イノベーションへの解」、翔泳社、2003.
文献10:Dyer, J., Gregersen, H., Christensen, C. M.2011、クレイトン・クリステンセン、ジェフリー・ダイアー、ハル・グレガーセン著、櫻井祐子訳、「イノベーションのDNA 破壊的イノベータの5つのスキル」、翔泳社、2012.

参考リンク

ノート目次へのリンク



リーダーがつまずく原因

ノート11で研究組織運営におけるリーダーの役割を考えました。ノートではミドルクラスの研究マネージャーについて考えることを主眼としましたのでそこでは触れませんでしたが、経営幹部クラスのリーダーが失敗する要因についての興味深い知見がありますので、簡単にまとめてみたいと思います。

 

McCallは「脱線した経営幹部」(キャリアの半ばでは非常に成功したけれども、企業が期待したその潜在能力を十分に発揮できなかった人物)についての研究を通じて、そうした脱線には一定のパターンがあると述べています[文献1p.50]。すなわち、

・すべての「強み」は「弱み」になりうる

・表面に現れていなかった弱みが、最終的に問題になる

・次々に成功を重ねると傲慢になる

・「不運」が生じたとき、つまり、物事が悪い方向に動いたとき、どのような行動をとるかが決定要因になる

が脱線のダイナミクスとして重要とのことです [文献1p.66]。以下にそれぞれの項目についてのMcCallの指摘を整理してみましょう。

 

「強み」が「弱み」になりうるという点について [文献1p.67-72]

・ある人物を成功に導いた「強み」は、ほかの「強み」のほうがより重要になると「弱み」になることがある。

・例えば、「革新的」であるという「強み」は潜在的には「非現実的」「非実践的」「時間とお金を無駄にする」といった「弱み」になりうる要素を持っている。

・たとえ周囲の状況が変わったとしても、昔役立った「強み」を捨てることは難しく、成功に導いた「強み」が問題になる。

・専門知識が「強み」である場合には、マネージャーがその優れた専門知識を使って、管理しすぎるようになると、部下に各自の方法で仕事をさせず、仕事のやり方を押しつけるようになり、その「強み」が「弱み」になる。

・遅かれ早かれ、成功した経営幹部は管理したがるようになり、自分の専門知識外の職務にも過剰な管理を持ち込む。特に、オーバーマネージャー(過剰に管理するマネージャー)は「自分が理解していない事柄に対して干渉する」、「自分が援助を必要とする人を遠ざける」、「専門家の意見を聞かなかったり、あるいは、専門家のほうにとっても助言する気にさせないことで多くの過ちを犯す」、「細かなことに陥ってしまって広い視野で考えることができなくなる」などの欠点がある。

・マイクロマネージャー(細かなことまで管理するマネージャー)は、他者の仕事に手を出してしまうために忙しくなり、自分の仕事に手が回らなくなってしまう、などの問題がある。

 

表面に現れていなかった弱みが、最終的に問題になる、という点について [文献1p.73-77]

・ほとんどの場合、のちに致命的になる欠点は前からずっと存在している。

・以前は問題とならなかった、あるいは、「強み」や業績に隠れていた「弱み」や欠点は、新たな状況では重要な問題となる。

・インセンシティビティ(無神経さ)は脱線した経営幹部に関して最もよく報告される欠点であり、脱線した経営幹部と成功した経営幹部の最も際立った相違のひとつ。

・ある人が結果だけで報酬を受けるならば、結果を達成する手段は(それが無神経さのような欠点であったとしても)容認あるいは称賛すべきことと判断されやすく、こうした「弱み」を無視したり称賛したりすることは将来の脱線の舞台を整えることになる。

・そのような「弱点」を正さない理由としては、自分の「弱点」によって災難に巻き込まれた経験がなかったり、成功によって自信ができ、明らかな「強み」を持つため潜在的「弱み」は重要ではない、あるいは存在しないものとして片づけることがあげられる。

 

次々に成功を重ねると傲慢になる、という点について [文献1p.78-83]

・自信は成功にとって非常に重要な要素であるが、成功に慢心して傲慢になってしまうことがある。

・成功によって人は天狗になり、自分は絶対であり、他の人の助けを必要としないという誤った信念が生まれる。それは、「傲慢になるなんて自分にはありえない」と思った瞬間に起こる。

・傲慢さは「強み」から発展した「弱み」である。

・傲慢さは成功して時間が経つにつれて増大する。傲慢さは時間とともに大きくなり、周りの人々はそれに我慢できなくなる。実際には自分が無敵であるという感情、他者の影響の無視とそれがもたらす結果によって、脱線を引き起こす。

・傲慢さが合理性をむしばんでしまうひとつの点は、傲慢な人は自分が一般のルールに従わなくてよいと思うことによって生じる。

 

「不運」とそれに対する行動については [文献1p.83-90]

・「不運」を「私の失敗ではない」と解釈することで、「不運」の原因として自分が関与しているという事実を隠してしまうことがある。

・成功する経営幹部はその成功を幸運のおかげであると答える。しかし、成果をあげる経営幹部は幸運を利用する準備ができているのだ。脱線者は環境がマイナス局面に移行するときにうまく対応することができず、さらにその結果を環境のせいにする。

・能力のある人や成功をおさめた人の多くは挫折経験があまりないため、それに対処する方法を学習する機会がなかったと考えられる。

・実績を残した人がうまくいかなくなると、トラブルをきっかけに周りからよく観察されるようになる。パフォーマンス低下の直接の原因がその人になくても、詮索することによって以前からその人にあったさまざまな欠点に注意が喚起される。

・一般になんらかのトラブルが原因で起こる脱線のほとんどは、ミスの結果というよりも、冒したミスに対処する方法の結果であることが多い。

 

McCallはこれらの知見に基づき、優秀なリーダーには特有の資質というものが存在するわけではなく、適切な経験からの学習によってリーダーを育成できる、という方向に議論を展開していくわけですが、成功体験が悪い方向に作用するメカニズムについて、上記の知見は有益な示唆を含むように思います。

 

 

文献1McCall, Jr. M.W.1998、リクルートワークス研究所訳、「ハイ・フライヤー」、プレジデント社、2002.


参考リンク<2011.8.14追加> 

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