研究開発マネジメントノート

研究開発とそのマネジメントについてのいろいろ

リーダーシップ

「世界で最もイノベーティブな組織の作り方」(山口周著)より

イノベーションを実現するには、天才的な個人と、集団の協力のどちらがより重要なのか。そのどちらであっても、個人の能力をひきだし、その努力をまとめあげる組織の能力が優れていなければ大きなイノベーションの達成は難しいでしょう。では、どのような組織が望ましいのでしょうか。

この問いに対する答えはそう簡単に求まるものではないと思いますが、山口周著、「世界で最もイノベーティブな組織の作り方」[文献1]では、「『イノベーションを継続的に起こすことに成功している企業/組織』に共通して見られる特徴」と「それらの特徴がどのようにしてイノベーションの実現に寄与しているのか、それらの特徴をどのようにして獲得できるのか」[p.34]が述べられています。「本書は、その論考の基礎を、ヘイグループがフォーチュン社と共同で行っている『世界で最も称賛される企業=World’s Most Admired Companies』・・・に関する調査において、『最もイノベーティブな企業』として最上位にランキングされた企業への組織開発プロジェクトによって得られた定性的観察に置いています[p.34]」とのことで、それに加えて、著者のコンサルタントとしての経験や考察が織り込まれているのが特徴でしょう。特定の経営理論や特定の分野での研究事例から導かれる方法論とは異なり、実務家にとっても参考になる論考が多いと感じましたので、今回はその内容から興味深く感じた点をまとめてみたいと思います。

第1章、日本人はイノベーティブか?
・「日本企業でイノベーションの促進を阻害するボトルネックファクターは何なのか?それは『組織』です。歴史的に見て多くの領域において個人として発揮されている創造性が、最近の企業組織においてまったく発揮されていないという事実――。それは、組織が個人の創造性をうまく引き出せていないということを示唆しています。・・・事例を並べて考えてみるとわかるのは、日本人は『個人』になれば世界トップレベルの創造性を発揮するものの、『組織』になるとからっきしダメになるということなのです。[p.30-31]」
・「多くの企業が掲げる『どのようにして創造性を高めるか?』や『クリエイティブ思考をどう鍛えるか?』という論点は、そもそも問題設定のピントがずれているということになります。・・・様々な事例は、われわれ日本人が真に向き合うべきなのは『人材の創造性を阻害している組織要因は何なのか』『どのようにすれば個人の創造性を組織の創造性につなげられるのか?』という問題であることを示しているように思います。[p.32-33]」
・「エイブラハム・マズローは、その著書の中で、創造性は誰にでも備わっているものであり、問われるべきは『人間は、どのようにして創造的になれるのか?』ではなく『人間の創造性の発露を損なっているのは何か?』であると指摘しています。[p.33]」

第2章、イノベーションは「新参者」から生まれる
・「『最もイノベーティブな企業』に共通して見られる特徴のひとつに『多様性の重視』が挙げられます。・・・カギは『多様性がもたらす創造性への影響』にあります。[p.36]」
・「『これまでに誰も考えたことがない新しい要素の組み合わせがイノベーションの源泉だ』ということです。そして、この『新しい要素の組み合わせ』を実現するために、多様性が非常に重要な要件になってくる、ということです。[p.47]」
・「多様性が創造性に昇華されるには、組織内に『思考の多様性』や『感性の多様性』が生まれ、それが結果的に『意見の多様性』につながり、組織内に建設的な認知的不協和が発生する必要があります。つまり最終的に重要なのは『意見の多様性』であって『属性の多様性』ではない、ということです。・・・重要なのは、人と異なる考え方/感じ方をどれだけ組織成員ができるか、そして考えたこと/感じたことをどれだけオープンに話せるかという問題です。これは属性の問題というよりも『多様な意見を認める』という組織風土の問題であり、さらには『多様な意見を促す』という組織運営に関するリーダーシップの問題だと捉える必要があります。[p.51-53]」
・「イノベーションの芽となるアイデアを生み出す人と、そのアイデアに資源を注ぎ込んで育てるという意思決定権限を持つ権力者との間には、組織内で大きな距離が存在している・・・。イノベーティブとされる企業であればあるほど、上下間での情報流通が活発に行なわれているという結果が出ています。[p.54]」
・「『目上の人に対して反論したり意見具申したりする』行動に対する心理的抵抗の度合いをオランダの心理学者ヘールト・ホフステードは権力格差指標=PDI(Power Distance Index)と定義しました。・・・権力格差の大きい国では、人々の間に不平等があることはむしろ望ましいと考えられていて、権力弱者が支配者に依存する傾向が強まり、中央集権化が進みます。・・・端的にホフステードは『権力格差指標の小さいアメリカで開発された目標管理制度のような仕組みは、部下と上司が対等な立場で交渉の場を持てることを前提にして開発された技法であり、そのような場を上司も部下も居心地の悪いものと感じてしまう権力格差指標の大きな文化圏ではほとんど機能しないだろう』と指摘しています」。先進7カ国のなかでは権力格差指標の「日本のスコアは相対的に上位に位置しています。」[p.69-72
・「日本など権力格差指標の高い文化圏では、権力と対峙する形でのリーダーシップが生まれにくい」ことが示唆される。「われわれ日本人は、『権威』と『リーダーシップ』を一体のものとして認識してしまうという奇妙な性癖を持っています。しかし、リーダーシップは本来、権威によって生まれるものではありません。それは責任意識によって生まれるものです。[p.79-80]」
・「科学史家トーマス・クーンが指摘しているように、イノベーションは『年齢が非常に若い』か『その分野に入って日が浅いか』のどちらかの人材によって牽引されることがわかっています。・・・しかし、権力格差の大きい日本において『若造』と『新参者』は、最も声を圧殺されがちな人々と言えます。・・・つまり『日本人は、目上の人に対して意見したり反論したりするのに抵抗を感じやすい』という事実と、『多くのイノベーションは組織内の若手や新参者によって主導されてきた』という事実は、日本人が組織的なイノベーションにはそもそも向いていないということを示唆しています。・・・ここに、個人としては最高度に発揮される日本人の創造性が、組織になると必ずしも発揮されなくなってしまう大きな要因のひとつがあるのです。[p.82]」
・「1950年代という時期は、権威に対して媚びへつらう傾向が強い日本人の特性が例外的に希薄になった時期だったと言えるかもしれません。・・・『上が薄い人口構成』と『既存権威の失墜という社会状勢』が、高度経済成長期におけるイノベーションの加速要因になったということは十分に考えられることです。[p.84]」
・「重要になるのは、『指示・表明のリーダーシップ』ではなく、『聞き耳のリーダーシップ』ということになります。・・・リーダーは自分のアイデアをとりあえず伏せつつ、積極的に部下に対して本音の意見を表明させることが必要になります。これが聞き耳のリーダーシップです。[p.99]」「ヘイグループは、・・・『聞き耳のリーダーシップ』を発揮している程度は、組織成員のモチベーションやコミットメントと強い相関があることを把握しています。[p.97]」
・「教育心理学の世界では、・・・報酬、特に『予告された報酬』は、人間の創造的な問題解決能力を著しく毀損することがわかっています。・・・デシの研究からは、報酬を約束された被験者のパフォーマンスは低下し、予想しうる精神面での損失を最小限に抑えようとしたり、あるいは出来高払いの発想で行動するようになることがわかっています。[p.102-103]」「では一方の『ムチ』はどうなのでしょうか?結論からいえば、こちらも心理学の知見からはどうも分が悪いようです。・・・何かにチャレンジするというのは不確実な行為ですから、これとバランスを取るためには『確実な何か』が必要になる。ここで問題になってくるのが『セキュアスペース』という概念です。[p.108]」「つまり、人が創造性を発揮してリスクを冒すためには、『アメ』も『ムチ』も有効ではなく、そのような挑戦が許される風土が必要だということ。さらにそのような風土の中で、人があえてリスクを冒すのは『アメ』が欲しいからではなく、『ムチ』が怖いからでもなく、ただ単に『自分がそうしたいから』ということです。[p.109]」
・マクレランドの3つの社会性動機:1、達成動機(設定した水準や目標を達成したい)、2、親和動機(他者と親密で友好な関係を築き、これを維持したい)、3、パワー動機(自分の行為や存在によって組織や社会に影響を与えたい)[p.123
・「ヘイグループの研究からは、大型のイノベーションに向けて組織を動かす人材は、達成動機よりもむしろ高いパワー動機を持っている傾向が明らかになっています。しかし、こういった人たちは必ずしも『課題優先型のエリート』ではありません。むしろ、言われたことをやるよりも自分の興味や関心にドライブされて仕事をやっているため、上司や経営幹部からは『扱いづらい』という評価を受けていることも多い。・・・動機のプロファイルによって、活躍できる仕事の種類(課題優先型か好奇心駆動型かなど)は変わる・・・。社内で高い評価を継続的に受けてきた・・・『課題優先型のエリート』は、過去の歴史を見る限り、イノベーションの実現という文脈においては『好奇心駆動型のアントレプレナー』に敗れ去るケースが多い。であれば、われわれはイノベーションの実現を、それを自らやりたがる人に任せるべきだ、ということになります。・・・イノベーションの実現という文脈において『適材適所』は重要な論点として浮上してくる、ということです。[p.128]」

第3章、イノベーションの「目利き」
・「イノベーションがもたらす可能性の評価は非常に難しい。であればこそ、多様な視点で多数の人たちが評価することが必要で、そのためには『組織のネットワーク密度』が重要な論点になってくる・・・しかし、ことイノベーションに関連して組織ネットワークを考察する際、ネットワークが外部に対してどれだけ開いているかも重要な論点となってきます。なぜなら、過去の多くの事例において、イノベーションの核となるアイデアは組織の外部からもたらされているからです。[p.141]」
・「最適な構造のあり方は情報処理コストと通信コストのどちらが相対的に高いかによって決定されます。通信コストがプロセッシングのコストより相対的に高い場合、イノベーションのアイデアを生み育てるプロセッシングは一カ所で行ない、ネットワークを流通する情報の量をなるべく少なくして、そこで浮いたお金をプロセッシング(アイデアを出せる才能)に回すほうが全体の生産性は高まるでしょう。一方、プロセッシングのコストが通信コストよりも相対的に高い場合、つまりアイデアを生み出せる才能が希少で、通信コストが劇的に下がった現在の社会のような状況では、プロセッシングは分散処理で行い、分散処理された情報を世界中から集めるというシステムのほうが合理的です。・・・せっかく密度の高いネットワークを組織内に作ったとしても、そこを流通する情報の量が少なくては宝の持ち腐れになってしまいます。組織内における情報流通の質と量を高めようと考えた場合、組織内の『密度』と同時に、組織の外に向かった『広さ』にも目を配ることが必要です。[p.145-146]」
・「本当の意味で『頑張る』『創意工夫をこらす』ということは目の前の業務に粉骨砕身することではなく、むしろ戦略的に『遊び』を取り込むことでイノベーションの芽を育てることにあるはずです。[p.159]」
・「イノベーションという文脈でプロセスを議題に出すと、P&Gで実行されている、いわゆるステージゲート法(段階的に消費者テストにかけて、ある程度の成功確率が担保された段階で開発・販売にゴーサインを出すやり方)のような厳格な管理型プロセスを思い起こす方も多いでしょう。たしかに、こういった仕組みを導入することで商品開発には一定の規律が導入されることになり、結果的に野放図でギャンブル性の高い新商品開発・発売を抑止することが可能になります。しかし一方で、こういった管理型プロセスの導入によって可能になるのはせいぜい漸進型イノベーションであって、世の中の風景を一変させるラジカルなイノベーションを生み出すことは難しいと考えておいたほうがいいでしょう。・・・消費者は、往々にして大きな便益をもたらすイノベーションのアイデアを提示されても、その価値をすぐに理解することができないのです。[p.167-168]」
・「組織内で論理や客観的事実に基づいた合理的なコンセンサスが形成されるのを待っていたら、イノベーションがもたらす果実は『鳥に啄まれた残りかす』にしかならないということです。[p.176]」
・「組織が行う意思決定のクオリティは、必ずしもリーダーやその構成員の思考力やリテラシーに左右されない。むしろ、その組織がどういうメンバーで構成され、どういう前提でもって議論を行い、どのようなプロセスで議論を進めるか――要するに『決め方』によって左右される[p.202]」。
・「杓子定規にルールをあてはめてアルゴリズミックに撤退/継続の意思決定をしていたのではイノベーションの芽を摘んでしまう可能性がある一方で、撤退基準を明確化しなければ組織も構成員も結果的には傷つくことになるリスクが高まる。・・・リーダーは『ルールでは判断できない、論理だけでは整理できない例外事項について意思決定する』ために存在しているのです。[p.214-215]」
・「そもそも専門家の判断能力は過大評価されており、高度に複雑な問題に対する解は、しばしば情報劣位にある『不特定多数』のそれに劣る・・・。環境変化によって知的資産が急速に陳腐化しつつある中、上級管理職や経営管理者に組織の重要な意思決定を今後も任せるというのは、筆者にはどうにも非合理に思えてなりません。[p.233]」

第4章、イノベーションを起こせるリーダー、起こせないリーダー
・「多くのリーダーシップに関する論考が不毛な『青年の主張』になりがちなのは、それらの主張が、文脈=コンテキストからリーダーシップを分離し、どのような文脈でも通用する『普遍的な原理』としてそれを捉えているからです。リーダーシップというのは文脈=コンテキストに照らし合わせてみないと有効性の議論ができない大変相対的な概念で、・・・別の言い方をすれば、リーダーシップとは、『リーダーとフォロワーの関係性』あるいは『リーダーをとりまく周囲の環境との関係性』の中で成立する概念であって、『リーダーの属性』として独立する概念ではないということです。[p.236-237]」
・「コンテキストによって求められるリーダーシップのあり様は異なる、ということは、リーダーシップには複数の側面があり、それらの組み合わせをいわばポートフォリオのようにコンテキストによって使い分けられるのが最も有能なリーダーだということになります。・・・ヘイグループは『有能なリーダー=結果を残す人々』に共通して見られる行動特性を整理し、6つのリーダーシップスタイルが存在することを明らかにしています。[p.239
・6つのリーダーシップスタイル:指示命令(言ったとおりにやれ=即座の服従)、ビジョン(「なぜ」をわからせる=長期視点の提供)、関係重視(まず人、次に仕事=調和の形成)、民主(メンバーの参画=情報の吸い上げ)、率先垂範(先頭に立つ=模範の提示)、育成(長期的な育成=能力の拡大)[p.240
・「ヘイグループの調査によると、『フォーチュン500』の中でも『最もイノベーティブ』であると考えられる企業において発揮されているリーダーシップスタイルは、『ビジョン型』が63%と最も高く、『率先垂範型』が42%と最も低くなっています。[p.242]」
・「ビジョンに求められる最も重要なポイント――それは『共感できる』ということです。・・・歴史上、多くの人を巻きこんで牽引することに成功した営みには、ビジョンに関する3つの構成要素が存在しています。それはすなわち『Where』『Why』『How』という3つの要素です。『Where』とはつまり、『ここではないどこか』を明示的に見せるということ・・・。次の要件が、共感できる『Why』です。・・・『ここではないどこか』に移動するには、その移動を合理化し納得できる理由が必要です。・・・3つ目の要件が、『どのようにしてそれを実現するのか』を示す基本方針=『How』です。[p.248-261]」

第5章、イノベーティブな組織の作り方
・人材採用/育成/配置:多様性を重視した採用、若手に対しては自分の意見をもつこと、シニアに対しては人に意見を求めること、バックグラウンドの多様性を高める配置換え、コンピテンシーの違いに応じた業務配分[p.268-278
・評価/報酬システム:目標管理は弊害大、フレキシブルな評価、仕事そのものを報酬にする[p.279-282
・意思決定プロセス:撤退についての定量的基準を設けた上で、直観に基づいて判断、過度なコンセンサス重視からの脱却、集合知の活用、余計なアドバイスの排除[p.282-287
・価値観:多様性を尊重する風土[p.288-289
・リーダーシップ:聞き耳のリーダーシップ、サーバント・リーダーシップ、ビジョンの提示[p.289-292
―――

イノベーションと組織の問題に関しては、1995年刊行の野中郁次郎氏らの著書「知識創造企業」で述べられた「組織的知識創造」の概念が有名です。同書では、組織的知識創造に優れた日本企業によるイノベーション事例が多く取り上げられていますが、その後、日本企業のイノベーション能力が低下しているとすればそれはなぜなのでしょうか。山口氏が本書で指摘している「組織」およびイノベーションを取り巻く状況がこの20年で変わってしまったことがその原因なのかもしれません。

イノベーションにとって組織とそのマネジメントが重要であることは、私も全くその通りだと思います(だからこそ、このブログを続けているわけですが)。しかし、イノベーションを生むための方法論は確立されているとは言えません。イノベーションを生むには具体的にどうすればよいのか、組織のあり方に着目した著者の考え方は我々実務家にとっても大変に参考になるものだと思います。もちろん、細かな点では異論のある指摘もありますが(例えば、専門家が役にたたないという指摘は、単に専門家の「使い方」を間違えているだけのように思います・・・特にこの点は一技術者としてちょっと強調しておきたいと思いました)、そもそもイノベーションというものは千差万別ですので、その方法論もある程度異なっていて当然でしょう。読み手は、著者の指摘の根幹部分を重く受け止めた上で、各論部分は考える材料として受け止め、それぞれの状況に応じてそれぞれが活用していけばよいのだと思います。本書の指摘をはじめ、イノベーションの方法論については、実務に使えそうな考え方が多く発表されるようになってきました。そうなると、真に問われるのは、「どういうイノベーションをやりたいのか」という覚悟なのではないか、という気がしますが、いかがでしょうか。


文献1:山口周、「世界で最もイノベーティブな組織の作り方」、光文社、2013.

参考リンク



Thinkers50「イノベーション」より

現代における重要な経営課題のひとつとしてイノベーションが注目を集めていることは、多くの方が認めておられることでしょう。しかし、イノベーションの考え方、捉え方は様々で、誰もが納得するような見解が確立されているようには思えません。とは言っても、ここ10~20年の進歩は大きく、イノベーションとは何か、どういうイノベーションが必要で、可能性があり、どういう進め方をすると成功しやすいのか、といった点に関して、様々な意見のなかでも多くの人が支持する有望そうな(人気のある)考え方というものも明らかになってきているように思います。

Thinkers50
は、本ブログでも何回か取り上げた経営思想家のランキングですが、近年はイノベーションを扱う思想家が上位にランクされる傾向があります。今回は、そのThinkers50の選定に深く関わっているクレイナーとディアラブが、経営思想家たちがイノベーションをどう考えているかについて、インタビューも交えてまとめた本(「Thinkers50 イノベーション」[文献1])の内容をご紹介しておきたいと思います。その内容には、本ブログですでに取り上げたものもありますが、思想家へのインタビューにより、その考え方のポイントがより明確になったり、その思想家とは違う角度からその考え方に光が当てられていたりする面もあるように思いました。以下、本書の構成に沿って、重要と感じた点をまとめておきたいと思います。

第1章、イノベーションの歴史How We Got Here
・「イノベーションとは、物事を変えるための新たな方法を見つけることなのだ。『新たな価値を創造する』と言い換えてもいい。このことがいつの時代にもまして今日、重要になったのは、わたしたち消費者が常にモノやサービスに新たな価値を要求するようになったからである。[p.11]」
・「今日のマネジャーが直面する最大の課題、それは非連続イノベーションを生む能力を組織としてどう構築するかということだ。それは本書が答えようとする問いの一つである[p.13]」。「本書では、近年イノベーションのあり方を大きく変え、また今後イノベーションをかたちづくるであろう、最も重要なアイデアや視点を取り上げる。[p.15]」
・「20世紀の大半は、優れた製品やサービスを有する企業の優位が何年も、時には何十年も続くことが期待できた。実際、規模の経済を利用してコストを下げ、高価格を維持するために競争優位を保つことが、大企業の一番の目的であり原理だった。大企業の成功は、イノベーション能力ではなく、規模の経済からくる効率性によって高い利潤を獲得できるかどうかで決まった[p.25]」。「イノベーションがビジネスに旋風を巻き起こし、産業全体の姿を変えるという現象は、新しいことではない。ただ、これまでと違うのは、イノベーションが定期的に競争優位を吹き飛ばし、産業全体を再構築するスピードだ。[p.26-27]」

第2章、破壊的イノベーションDisruptive Innovation
・破壊的イノベーションは、「既存市場を破壊し、新たな市場を創造する力を持つ、非連続的なイノベーション。既存技術を置き換えるような新たな技術が、破壊的イノベーションを生み出す。[p.28]」
・「顧客の要求に耳を傾けることは、一般的に優れた経営慣行と見なされているが、常に顧客に寄り添うことでもたらされる弊害もある。具体的には、顧客の意見に耳を傾けることで、最終的に自分たちの市場を破壊するような新しいテクノロジーを見過ごしたり、それに投資しなかったりすることである。[p.38]」
クリステンセンとの対話より
・「破壊的イノベーションは、よい製品をよりよくするような技術革新ではありません。この言葉には非常にはっきりとした定義があり、従来はかなり裕福でスキルを備えた一握りの人だけが手に入れることのできた高価で複雑な製品を、根本から一変するようなイノベーションを指しています。[p.44]」
・「未来を見通すただ一つの方法は、有効なモデルを使うことです。データはありませんから、有効な理論を持たなければなりません。考えなくても、理論が行動を予測してくれます。理論というレンズを通して未来を見ることをマネジャーに教えれば、未来がはっきりと見えるようになります。それが破壊理論の成果だと思います。[p.49]」
・「すでにそこにあるものを利用する限界費用と、まったく新しいものをゼロから生み出す総費用とを比べれば、必ず限界費用に軍配が上がります。そうやって、既存の大企業は、次第に未来から取り残されていくのです。[p.52

第3章、未来を共創するCo-creating the Future
・「現代のイノベーションはチームスポーツだ。これを確立した第一級の知識人の一人が、・・・プラハラードである。[p.53]」
・「プラハラードとラマスワミはこう論じている。『われわれは価値創造の新たなかたちへと向かいつつある。そこでは、企業が生み出した価値を顧客と交換するのではなく、消費者と企業が共に価値を創造する』。[p.54]」
・「MS・クリシュナンとの共著によるプラハラードの遺作となった『イノベーションの新時代(The New Age of Innovation)』で、プラハラードは共創の概念をさらに推し進め、二つの単純な原則に基づく新たな競争環境を描いた。その原則とは、N=1(対象顧客=1人、個人への対応)とR=G(資源=グローバル、グローバル資源の活用)である。[p.59-60]」
・「共創の源泉として最も見過ごされているのは、・・・顧客と従業員である。[p.68]」
プラハラードとの対話より
・リーダーのあり方への影響:「リーダーは人々を導かなければなりませんが、未来志向でなければ、人々を導くことはできません」。「リーダーとは、リーダー自身ではなく他者の最良の部分を引き出せる人物です」。「譲れない一線を明確にすることで、倫理的な拠り所が生まれます。」[p.66-68
バーンド・シュミット(コロンビア・ビジネス・スクール)との対話より
・顧客体験の今後:「消費者は企業とのより身近で、より強いつながり、しかも精神的なつながりを求めるようになるでしょう・・・。自分とは何の縁もない、倫理的に怪しそうな、顔の見えない巨大な複合企業とは付き合う気になれません。ですから、企業と顧客のかかわりは、より双方向でオープンなものになると思います。[p.71]」

第4章、オープン・イノベーションOpening Up Innovation
・チェスブロウは言う。『われわれは閉ざされたイノベーションから、新たなロジックに移行した。それがオープン・イノベーションだ。この新しいロジックは、役に立つ知識は、社会や非営利団体、大学、政府機関といったさまざまな規模や目的を持つ組織に広く分散されているという認識の上に成り立っている。それは、重複を避けてイノベーションを加速させる手法である』。「『膨大な知識が分散された世界で、テクノロジーを囲い込むことは自分に限界を設けるようなものだ。どんな組織も、たとえ最大手企業でも、社外に存在する膨大な知識の蓄積をもはや無視することはできない』[p.86-87]」。
・リスク:「企業がイノベーションを含むすべてを外部委託してしまえば、ブランド以外にどのような独自の価値が残るのだろう?[p.89]」。「イノベーションのパートナー間で、どうしたら価値を公平に交換できるかは、難しい課題だ」。「リスクは、テクノロジーの移転や漏洩、延々と長引き費用のかさむ訴訟などにとどまらない。こうしたリスクを管理する手段を見つけなければ、新しいイノベーションのモデルは単なる素晴らしいアイデアに留まり、ビジネスの現実とはならないかもしれない[p.90]」。
・「一方、競争優位を得られる点で、オープン・イノベーションには大きな可能性もある。[p.90]」
・「すべての産業がオープン・イノベーションに移行したというわけではないし、今後移行するわけでもない。たとえば、原子炉産業は、・・・オープン・イノベーションに移行するとは考えにくい。反対に、かなり以前から開かれている産業もある。たとえば、ハリウッドは、・・・専門家間でのパートナーシップや提携のネットワークを通してイノベーションを起こしてきた。[p.91-92]」
・「現実には、イノベーションの大部分は、堅苦しい官僚制が立ちはだかる大企業の内部で生まれる[p.93]」。
・セレンディピティーの科学:「イノベーションが起きるときの一見幸運な偶然、セレンディピティーは、私たちが思うほどランダムな現象ではないとキングドンは言う。どのようにセレンディピティーが起きるかのパターンをよりよく理解すれば、大企業に幸運な偶然が起きる確率を上げることができる。」
・素晴らしいアイデアを得るために必要な行動(5つの要因):「イノベーションの牽引者は組織を尊重するが、ガチガチに規則に縛られるほどには組織を盲信していない」、「発想を呼び起こすような刺激を注意深く探している」、「簡単な模型や試作品を使ってアイデアを具体的な形にし、素早く現実に近づける」、「異なるプロジェクトにつく人たちが偶然に顔を合わせアイデアを交換するような、物理的な環境を設計しなければならない」、「イノベーションを妨げる組織内政治にどう対処するかについて、キングドンは次のようにアドバイスをしている。『それは組織人生につきまとうものだ。受け入れて対処しろ』」[p.95]。

第5章、バック・トゥ・ザ・フューチャーBack to the Future
・「組織とは基本的に効率を追求するためのもので、イノベーションのためのものではない、とゴビンダラジャンは説いている[p.112]」。
ビジャイ・ゴビンダラジャンとの対話より
・「イノベーションの一面はアイデアの創出です。もう一つは実行で、わたしが重要だと思うのはそこなのです。[p.112]」
・大企業で真のイノベーションを可能にする原則:「コア事業とは別の専任チームをつくるべき」、「専任チームは・・・孤立させてはいけません。企業の原動力となるチーム、すなわち競争優位の源泉と協力しなければなりません」、「イノベーションとはすなわち実験だということ、そして実験には予想外の結果が伴うということです。ですから、イノベーションチームを結果で評価せず、学習能力で評価すべきです。[p.115]」
・「1970年代半ばにわたしたちが研究を始めた頃、マイケル・ポーターがファイブ・フォース分析で描いたように、戦略とは安定を意味していました。・・・戦略が流動的なものだと言われ始めたのは1990年代の半ばになってからです。それは変化を生み出すことであり、イノベーションを起こすことです。[p.118-119]」
・「歴史を振り返ると、グローバル企業は自国、つまり先進国でイノベーションを生み出し、開発した製品を途上国に持ち込んでいました。リバース・イノベーションはその反対です。新興国でイノベーションを起こし、それを先進国に持ち帰るのです。[p.123]」、「大組織でリバース・イノベーションの一番の妨げとなるのは、過去の成功です。[p.127]」

第6章、マネジメント・イノベーションInnovating Management
・ジュリアン・バーキンショーとゲイリー・ハメルは、「マネジメント・イノベーション、つまり、組織における人間の働き方に根本的な変革を起こす能力に焦点をあててきた」[p.132]。「二人は次のように主張している。・・・多くの組織において、物事のやり方にイノベーションを起こすことが、競争優位を確立するための鍵になっていた。また、マネジメント・イノベーションによって獲得した優位性は、きわめてライバルに模倣されにくく、時には模倣が不可能だった。[p.133]」、「人をやる気にさせ、組織し、計画し、配置し、それらを評価する手法の根本的な変革が、長期に持続する優位性を生み出すことが明らかになっている。[p.139]」
・21世紀の成功を妨げる2つの罠:経費削減と段階的改善。「ハメルは断言する。『ほとんどの企業は、経費削減以上の戦略を持っていない。経費削減は成長をもたらさず、未来につながらない。せいぜい時間稼ぎにしかならない』。段階的改善は前世紀の戦略だとハメルは言う。[p.135]」
ハメルとの対話より
・「経営は人間の成果を生み出すテクノロジーなのです。[p.142]」

第7章、イノベーションを導くLeading Innovation
・「いまではイノベーションが経営者の課題となり、イノベーションにかかわる人たちを導くことが経営陣の責任の一部になっている。だが問題は、イノベーションを起こすような人間は、しばしば伝統的なリーダーシップに反抗的であることだ。・・・かれらに際立った特徴が一つあるとすれば、それは指図されるのを嫌うということだ。・・・最も優秀な経営者なら知的なノウハウやそれを生み出す人材を上手に管理できなければ問題だということを理解している。[p.152]」
・ニーランズによる、イノベーションと創造性を育てるためのオープンスペースのコンセプト:「フロー」、「遊び心」、「一つにまとまること(アンサンブルの一員として働く)」[p.153-155
リンダ・ヒルとの対話より
・「リーダーシップとは、『目的地はこっちだから、みんなわたしについて来い』というようなものでもありません。というのも、どこへ行くのか、リーダーにもわからないのです。・・・リーダーシップとは、人々が自ら進んでイノベーティブな問題解決に取り組めるグループやチームをつくることです。[p.165-166]」

第8章、イノベーションと戦略Where Innovation Meets Strategy
レネ・モボルニュとの対話より
・「これまでにない価値を低コストで生み出すこと、トレードオフではなく、非凡な価値と低コストを両立させることが、バリュー・イノベーションです。[p.173]」
コンスタンチノス・マルキデスとの対話より
・「経済環境がよく、右肩上がりの時代には、戦略などなくても成長できます。ですが、ジャングルの中で危機に直面したときこそ、戦略が必要です。しかし、戦略を超えて、企業が一番にやらなければならないのが、イノベーションです。[p.182]」。「イノベーションにもいくつか異なる種類があり、それぞれに達成のメカニズムが異なります。[p.183]」、「ラジカルな製品イノベーションを起こすための処方箋は、ビジネスモデル・イノベーションを起こす手法とまったく違います。ですから、イノベーションを一般論として語り、マネジャーに一般的なイノベーションへの取り組みを教えるのは間違っていると思います。[p.184]」、「企業がイノベーティブであるかどうかは、実行の段階で決まると言ってもいいでしょう。[p.185]」、「わたしにとってイノベーターとは新しいアイデアを思いつき、それを実行することで新しい価値を生み出す人です。その前半はクリエイティブな思考です。後半は行動です。その両方が一つになってイノベーションが起きるのです。[p.189]」

第9章、社会を変えるイノベーションWhere Innovation Meets Society
・「社会問題もまた、人々に共通する進歩への欲求をとおして取り組むことができるという認識が高まりつつある。それが『社会的イノベーション』である。[p.196]」
・社会的イノベーションにおいて企業が犯しやすい2つの過ち(イオアノウ):効率性の罠(廃棄物処理、エネルギー管理、リサイクリングなどに力を注ぐ)、チェックマークの罠(付加価値を生み出すイノベーティブな活動よりも、正しいことをミスなく行うことにこだわる)。[p.199
ドン・タプスコットとの対話より
・「わたしたちの問題はますますグローバルになり、問題解決の主体として国家は必要ですが十分ではありません。[p.211]」。グローバルなネットワークは「地球の大きな問題の解決に役立つような、途轍もない可能性を持っています。[p.215]」
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本書にとりあげられたイノベーションについての考え方は様々ですが、その中には、似たようなことを言っている部分もあり、また対立するような主張も見受けられます。科学技術の分野でもそうですが、研究の最先端の状態というものは、混沌としている場合が多いものです。イノベーション論の現状もそういうことなのでしょう。実務家としては、まずは、イノベーションについての考え方は、様々な意見を含んだ未確立のものだということを認識し、議論の大まかな流れを理解してその中から本当らしく思えるような考え方を自ら選び出していくことが求められているのではないでしょうか。


文献1:Stuart Crainer, Des Dearlove, 2014、スチュアート・クレイナー、デス・ディアラブ著、関美和訳、「Thinkers50 イノベーション 創造的破壊と競争によって新たな価値を生む営み 最高の知性に学ぶ実践的イノベーション論」、プレジデント社、2014.

参考リンク



「チームが機能するとはどういうことか」(エドモンドソン著)より

近年のイノベーションにおいては、協働(協力)と、試行からの学習が重要であると指摘されることが多いように思います。この背景には、多様なアイデアや専門性の結び付きが求められ、取り組む対象の不確実性も高くなり、時代の変化も激しくなっているという近年の傾向があるように思われますが、では、具体的にどう協力と学習を進めればよいのか、という方法論についてはそれほどはっきりしていないと思います。

今回は、その問題を議論した「チームが機能するとはどういうことか 『学習力』と『実行力』を高める実践アプローチ」(エドモンドソン著)[文献1]をとりあげたいと思います。原著の表題は、TEAMING: How Organization Learn, Innovate, and Compete in the Knowledge Economyで、主題は「チーミング」です。著者は、「チーミングは、協働するという『活動』を表す造語であり、組織が相互に絡み合った仕事を遂行するための、より柔軟な新しい方法を示している[p.12]」と述べており、単なる「チーム運営方法」よりは広く、これからの時代に有用な概念が議論されていると感じました。以下、本書の内容に沿って、重要と思われる指摘をまとめてみたいと思います。

第1部、チーミング
第1章、新しい働き方

・「今日のような複雑で不安定なビジネス環境では、組織や企業も、部分の総和に勝る全体を生み出せるかどうかで勝敗が左右される。激しい競争、予測不可能なことの数々、絶え間ないイノベーションの必要性、それらによって相互依存はいよいよ増え、結果として、かつてないレベルで協働とコミュニケーションが要求されるようになってきている[p.23]」。
・「マネジャーはなぜ、チーミングに心を配るべきなのか。答えは簡単だ。チーミングは組織学習の原動力なのである。組織が学習する必要があることは、今では誰もが知っている。変わり続ける世界の中で成功を収めるためである。[p.26]」
・「『実行するための組織づくり』が進展する可能性を見出したのは、ヘンリー・フォードが考案した組み立てラインだった。・・・フォードの成功は、従業員の業務に対し高いレベルの管理的統制を行うことを条件としていた。今日では指揮統制マネジメント、すなわちトップダウン・マネジメントとして知られるものである。・・・フォードが考案したような大量生産を行う状況においては、労働者が意思決定したり創造性を発揮したりする機会は存在しない。・・・マネジャーは労働者を支配し、怯えさせて、高い生産性を確実に生み出すことができた。・・・この伝説が今日マネジャーにもたらしている根本的な問題は、システムが経営実務において不安に依存しすぎていることだ。・・・社会として私たちは相変わらず不安に基づいた職場環境を当たり前のように受け容れてしまっている。不安によって支配力を増大できると、(多くの場合は誤って)信じてもいる。支配力は確実性や予測精度を高める、とも思っている。・・・組織づくりの伝統的なモデルでは、計画や詳細、役割、予算、スケジュールといった、確実性や予測のためのツールに力点が置かれている。めざす結果の達成に必要なものがよくわかっているときには、そうした伝統的なモデルはたいへん役に立つ。しかし、そういう環境は組み立てラインの労働者や会社人間には効果をもたらせたものの、今日のような知識ベースの経済においてはもはや競争上の強みにはならない。[p.27-32]」
・「成功するためには、実行のための組織づくりから、協働やイノベーションや組織学習を支持する新たな働き方へとシフトすることが不可欠なのである。・・・実行するための組織づくりという古い考え方は、一世紀をかけてつくり上げられた。そのため、習慣と訓練によって多くのリーダーがその考え方を持っていることに何の不思議もない。実行するための組織づくりには、とりわけ規律や効率性を重視する点に、多くの強みがあるのだ。しかしながら、リスクも多い。とくに多いのは、きわめて不確かな、あるいは複雑な状況でその考え方が使われるときである。そうした状況では、学習するための組織づくりこそ成功に不可欠だ。[p.37-42]」
・プロセス知識スペクトル:ルーチンの業務(不確実性が低い、成功とは効率性の改善)→複雑な業務(成熟している知識もあるが、よくわかっていない知識や変化する知識もある)→イノベーションの業務(不確実性が高い、成功は新奇なものの中にある)。「仕事や部署、あるいは組織全体がスペクトルのどこに位置しているかで、その仕事の性質と、それに合う学習の仕方とが決まる。[p.53]」

第2章、学習とイノベーションと競争のためのチーミング
・効果的なチーミングの4つの柱:率直に意見を言う(職場でそうであることは思うより少ない)、協働する、試みる(一度でうまくいくことを期待しない)、省察する(行動の成果を批判的に検討して、結果を評価したり新たなアイデアを見出したりする習慣)[p.70-76
・チーミングに対する社会的、認知的障壁:はっきり意見を言うより黙っているほうが楽である、序列の低い人がはっきり意見を述べることが困難、意見の不一致、素朴実在論(ほかの人たちも当然自分と同じ意見を持っているという誤解)、根本的な帰属の誤り(原因は個人の性質や能力にあるにちがいないと過度に思いすぎる、うまくいかないのは状況ではなく「人(他人)」のせいにする)、緊張と対立。[p.82-90
・熱い認知と冷たい認知:熱いシステム(人間に感情的で急な反応をさせる)、冷たいシステム(慎重で注意深い、効果的にチーミングをおこなうツールになる)。[p.91-92
・対立が激化する条件:複数の解釈ができる異論の多いあるいは限定されたデータ、高い不確実性、うまくいけば得られる素晴らしい結果[p.92]。
・対立を緩和し協調的な取り組みを行う戦略:対立の性質を見極める(人間関係における対立は非生産的)、優れたコミュニケーション(じっくり考えたり見直したりする)、共通の目標、難しい会話から逃げずに取り組む(感情的反応の原因を探る)[p.95-101
・チーミングを促進するリーダーシップ行動:学習するための骨組みをつくる(自然に生まれる自己防衛的なフレーム(ものごとの捉え方)を思慮深い学習志向のフレームへと再構成して変える)、心理的に安全な場をつくる(不安に思うことなく自由に考えや感情を表現できる雰囲気)、失敗から学ぶ、職業的、文化的な境界をつなぐ[p.101-105

第2部、学習するための組織づくり
第3章、フレーミングの力

・「フレームとは、ある状況についての一連の思い込みや信念のこと[p.112]」、「フレームとは解釈であり、これを使って人は環境を感じて理解する。[p.147]」
・「リフレーミングは、自分の行動を変えたり人々に変わってもらったりするための強力なリーダーシップ・ツールである。[p.147]」
・リーダーシップ:「リーダーは自分が相互依存していることをはっきりと述べ、自分も間違う場合があることと協働を必要としていることを伝えなければならない。」「リーダーはメンバーがプロジェクトの成功に不可欠な優れた人物として厳選されていることを強く伝える必要がある。」「リーダーは明確で説得力のある目標をはっきり伝えなければならない。」[p.148
・「学習フレームを強固にするためにすべきこと。まず、言葉と目を使った会話をする。期待される対人行動と協調的行動を、具体的な言葉を使って説明する。新たな手順がうまく進み、自信を高めやすくなるような行動を始める。さまざまな結果を使って、学習フレームの要素を視覚的に強固にする。」[p.148

第4章、心理的に安全な場をつくる
・「『心理的安全』とは、関連のある考えや感情について人々が気兼ねなく発言できる雰囲気をさす。[p.153]」、「心理的安全があれば、厳しいフィードバックを与えたり、真実を避けずに難しい話し合いをしたりできるようになる。心理的に安全な環境では、何かミスをしても、そのためにほかの人から罰せられたり評価を下げられたりすることはないと思える。手助けや情報を求めても、不快に思われたり恥をかかされたりすることはない、とも思える。そうした信念は、人々が互いに信頼し、尊敬し合っているときに生まれ、それによって、このチームでははっきり意見を言ってもばつの悪い思いをさせられたり拒否されたり罰せられたりすることはないという確信が生まれる。[p.154]」、「心理的安全は、メンバーがおのずと仲良くなるような居心地のよい状況を意味するものではない。プレッシャーや問題がないことを示唆するものでもない。・・・チームには結束力がなければならないということでも意見が一致しなければならないということでもないのである。[p.155]」
・「対人不安のせいで頻繁にまずい意思決定がなされたり実行すべきことが実行されなかったりしていることがわかっている。[p.153]」、「職場で直面する明確なイメージリスクとは、無知、無能、ネガティブ、あるいは邪魔をする人だと思われることである。[p.192]」
・「研究によって、心理的安全がイノベーションに不可欠であることもはっきりした。率直に発言する不安が取り除かれると、革新的な製品やサービスの開発に欠かせない、斬新なあるいは型破りなアイデアを提案できるようになるのだ。[p.167]」
・「心理的安全はグループの人間関係上の環境における一つの構成要素であり、責任もまたそうした構成要素の一つである。[p.169]」、心理的安全も責任も低いと無責任になりがち。心理的安全は高いが責任は低い場合は、快適だが、説得力ある理由がないと学習やイノベーションを発展させることは難しい。心理的安全が低く、責任が重いと不安になる。「パフォーマンスについて強いプレッシャーを与えることが優れた結果を確実に生む最良の方法だという誤った、しかし善意から生まれることの多い信念に従うマネジャーは、従業員が不安のあまりアイデアを提案したり、新しいプロセスを試したり、支援を求めたりできない環境を、知らぬ間に生み出してしまっているのだ。仕事が明確でかつ個人プレーであるなら、このやり方でもうまくいく。しかし不確実性や協働する必要性がある場合には、生み出されるものは成功ではなく不安である。[p.170-171]」。「心理的安全と責任のどちらもが高い場合は、人々はたやすく協働し、互いから学び、仕事をやり遂げることができる。[p.171]」
・「グループや部署内での地位が低い人は一般に、高い人に比べてあまり心理的に安全だと思っていないことが、研究によって明らかになっている。[p.171]」
・「心理的に安全な環境をつくるために、リーダーは、直接話のできる親しみやすい人になり、現在持っている知識の限界を認め、自分もよく間違うことを積極的に示し、参加を促し、失敗した人に制裁を科すのをやめ、具体的な言葉を使い、境界を設け、境界を超えたことについてメンバーに責任を負わせる必要がある。[p.193-194]」、境界とは、「どんな行為が非難に値するか[p.188]」ということ。「好ましい行動の境界を当てずっぽうに想像している場合よりも心理的安全を感じることができる。[p.188]」

第5章、上手に失敗して、早く成功する
・「人間というのは、・・・失敗すれば非難を受けるものだとどうしても思ってしまう。これによって処罰に対する反応が起き、多くの失敗が報告されなかったり誤った判断がされたりするようになる。[p.240]」
・「ルーチンの業務で失敗から学ぶカギは、人々がミスに気づき、報告し、修正できるような組織的システムをつくって維持することである。・・・失敗から学ぶことに関して、トヨタ生産方式(TPS)を超えるルーチンプロセス管理システムはない。[p.210]」、「複雑な組織のリーダーは、失敗が避けがたいものであることを認識し、問題を報告して話し合えるよう心理的に安全な環境を整え、日頃から注意力を働かせてすばやくミスに気づき対応できるようにすることによって、回復力を高めなければならない[p.212]」。「イノベーション業務での成功のカギは、大きく考え、冒険をし、試みる一方で、イノベーションへの途上では失敗したり行き詰ったりすることが必ずあることを絶えずよく意識していることだ[p.213]」。知的な失敗とは「意義ある実験の一部として起きるものであり、新しい貴重な情報やデータを提供する。[p.216]」
・「失敗に気づくこと、失敗を分析すること、意図的な試みを行うことは、失敗から学ぶのに不可欠である。失敗に気づくのを促進するためには、リーダーは、問題を報告した人を歓迎すること、データを集め、意見を求めること、失敗に気づいたらインセンティブを与えることが必要である。失敗を分析するのを後押しするためには、リーダーは、さまざまな専門分野から人材を集め、体系的にデータを分析しなければならない。意図的な試みを促進するためには、リーダーは、試みとそれに伴う失敗にインセンティブを与えること、失敗から学ぶことに対する心理的障壁を取り払うような言葉を使うこと、より多くの賢い失敗が生まれる知的な試みをデザインすることが必要である。[p.241]」

第6章、境界を超えたチーミング
・「境界とは、アイデンティティを同じくするグループ同士の間の区切りのことである。[p.252]」
・「多くの人が自分の側にある知識を当たり前のものと思い、境界線の向こうにいる人たちとコミュニケーションを図るのを難しくしてしまっている。[p.253]」
・3つの境界:物理的な距離(分離)、地位(格差)、知識(多様性)[p.258
・境界を超えたコミュニケーションをリードする方法:上位の共通目標を設定する(コミュニケーションの障壁を乗り越えようとする意欲を高める)、関心を持つ(偽りのない関心をみずから示し、同様の関心を持つことをメンバーにも促す)、プロセスの指針を示す(全員が従おうと思うプロセスの指針を確立する)[p.276-280
・「組織の多様性によって生まれた知識の境界を克服するために、グループは専門技術に基づく知識を共有し、集団的アイデンティティを確立し、図面、モデル、試作品のようなバウンダリー・オブジェクトを活用すべきである。[p.283]」

第3部、学習しながら実行する
第7章、チーミングと学習を仕事に生かす

・学習しながら実行する4つの基本的ステップ:診断(状況、チャレンジ、問題、どれくらいのことがわかっているかを診断する)、デザイン(行動計画をデザインする)、アクション(デザインに基づいて行動し、その行動を学習するための試みとして考える)、省察(プロセスと結果について省察する)[p.311-312]。

第8章、成功をもたらすリーダーシップ:3つの事例
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これからの時代、個人や組織が協働すること、失敗を含むあらゆることから学ぶことはますます重要になっていくと思います。しかし、「過去の組織の経営陣が効率を追求しながら実行する姿勢を生み出したのと同様、今日の組織がしのぎを削る知識経済は、専門知識のサイロ(貯蔵庫)を生み出し、地球規模の問題を解決するのに必要なチーミングを妨げてしまっている。・・・競争の古いモデルはだんだんそうした目的の役に立たなくなってきている[p.373]」という著者の見解に同意しつつも、協働と学習をうまく行なうことの困難さを感じておられる方も多いのではないでしょうか。では、どうすればよいのか。本書に述べられた方法論は、それに対する一つの提案と言えるでしょう。特に、業務を、プロセス知識スペクトル(すなわち、不確実性の度合いと言ってもよいと思います)で特徴づけて、それぞれの業務に適した方法を提案している点は実践的にも興味深く感じました。

研究開発のミドルマネジャーの立場からすると、本書に述べられた学習する組織をつくり上げていく必要性を痛感させられるとともに、「実行するための組織」の仕事の進め方と折り合いをつけていく難しさ(場合によっては戦わなければならない?)も感じました。本書の方法論や指摘を参考に、研究マネジメントにおいて試行(失敗)から学習していくことが求められているのだろうと思います。


文献1:Amy C. Edmondson, 2012、エイミー・C・エドモンドソン著、野津智子訳、「チームが機能するとはどういうことか」、英治出版、2014.
原著表題:TEAMING: How organization Learn, Innovate, and Compete in the Knowledge Economy

参考リンク




「なぜ人と組織は変われないのか」(キーガン、レイヒー著)にみる変革の方法

変わらなければいけないとわかっていても変わることは容易ではありません。これは多くの方が実感されているのではないかと思います。特に、性格や考え方、習慣、行動パターンに関することは、がんばって一時的に変えられたとしてもそれを継続させることはさらに難しく、つい「人間はそう簡単に変わらない」とあきらめてしまうこともあるように思います。

しかし、なぜ変わることは難しいのでしょうか。本当に変われないものなのでしょうか。キーガン、レイヒー著「なぜ人と組織は変われないのか」[文献1]では、心理学に基づく発達や学習の研究から、変われない理由を明らかにし、それにうまく対処すれば変わることは可能である、ということが示されています。今回は上記文献の内容をまとめたいと思います。

変化できない理由:「変革をはばむ免疫機能」
・免疫マップ:変革のプロセスに関する思考の地図というべきもの。1)改善目標、2)阻害行動(改善目標の達成を妨げる要因)、3)裏の目標(不安も含む)、4)強力な固定観念、からなる。
・裏の目標が阻害行動を後押しするため、改善目標が達成できない。「阻害行動は、意思の弱さが原因で起きる失態ではない。それは、自分のなかの別の部分が望んでいる結果を実現するうえで、きわめて理想的で有効な行動なのだ[p.57]」。「変革を実現できないのは、二つの相反する目標の両方を本気で達成したいからなのだ[p.57]」。
・「『変革をはばむ免疫機能』も本人にとって大切な財産であり、力の源にもなっている[p.54]」。「このメカニズム自体は悪いものではない[p.54]」。「不安管理システムこそが、『変革をはばむ免疫機能』の正体だ。・・・成功している人たちは、強力な不安管理システムを築き上げ、それが自然に作動する体制をつくっている。そのようなシステムができあがっているからこそ、きわめて多様な局面にうまく対処できるのである。しかし、このシステムの恩恵を受けるためには、代償を払わなくではならない。視野が狭くなり、新たな学習が阻害され、特定の行動が取れなくなってしまう。その結果、実現したいと本当に思っている自己変革が妨げられるケースがある。変革を成し遂げればもっと高いレベルの行動を取れるようになるとわかっていても、自分を変えられないのだ[p.68-69]」。「人に不安を感じさせるもの、それは、先に待ち受けている脅威の前に無防備で放り出されるという感覚だ。『変化をはばむ免疫機能』を克服しようとすればかならず、そういう脅威や危険に身をさらすことへの恐怖がこみ上げてくる。免疫システムは自分の命を救ってくれる仕組みだ。そんな大切な自己防衛のシステムをそうそう簡単に手放せるわけがない。しかし本書で述べるように、免疫機能を克服することは不可能ではない。あまりに厳しい不安管理システムを緩やかなものに変えればいい。・・・強力な免疫システムが作動していれば、不安から解放されるという恩恵がある反面、さまざまなことを自分には不可能だと思いこんでしまうという弊害もある。[p.71]」
・「阻害行動を改めることによって問題を解決しようというのは、・・・技術的なアプローチによって問題を解決しようとする行動の典型[p.52]」。「しかしほとんどの人は、このやり方ではうまくいかない[p.63]」。
「今日と明日の世界で直面する課題の多くは、既存の思考様式のままで新しい技術をいくらか身につけるだけでは対応できない。そうした課題をハイフェッツは『適応を要する課題』と呼ぶ。この種の課題に対応するためには、知性のレベルを高めることによって、思考様式を変容させなくてはならない。ハイフェッツに言わせれば、リーダーが犯す最も大きな過ちは、適応を要する課題を解決したいときに技術的手段を用いてしまうことだ[p.46]」。
・「裏の目標は、適応をともなう変化に踏み出すための最も強力な出発点だ。[p.62]」
・「強力な固定観念」は「思考モデルの土台をなし、免疫システム全体を支えている根本的な信念のこと[p.80]」。

大人の知性の発達と変化に必要な知性
・「人間の知性は、大人になってからも年齢を重ねるにつれて向上していく。そのプロセスは高齢になるまで続く。人間の知性の発達は、20歳代で終わるものではけっしてない[p.28]」。
・「「知性」は、mind(考え方、思考)です。Intelligence(知能)ではありません。つまり、情報をたくさん持っていたり、知識が豊富であったりすることを指すわけではありません。深く自分自身を内省すると同時に、自分を取り巻く世界を深く理解する能力を指します。視野の広さや、自分自身のことをよく分かって内省できる力、そんな知的能力を指します。[文献2]」
・大人の知性の3つの段階[p.31
環境順応型知性:「周囲からどのように見られ、どういう役割を期待されるかによって、自己が形成される。帰属意識をいだく対象に従い、その対象に忠実に行動することを通じて、一つの自我を形成する。順応する対象は、おもにほかの人間、もしくは考え化や価値観の流派、あるいはその両方である。」
自己主導型知性:「周囲の環境を客観的に見ることにより、内的な判断基準(自分自身の価値基準)を確立し、それに基づいて、まわりの期待について判断し、選択をおこなえる。自分自身の価値観やイデオロギー、行動規範に従い、自律的に行動し、自分の立場を鮮明にし、自分になにができるかを決め、自分の価値観に基づいて自戒の範囲を設定し、それを管理する。こうしたことを通じて、一つの自我を形成する。」
自己変容型知性:「自分自身のイデオロギーと価値基準を客観的に見て、その限界を検討できる。あらゆるシステムや秩序が断片的、ないし不完全なものだと理解している。これ以前の段階の知性の持ち主に比べて、矛盾や反対を受け入れることができ、一つのシステムをすべての場面に適用せずに複数のシステムを保持しようとする。一つの価値観だけいだくことを人間としての完全性とはき違えず、対立する考え方の一方にくみするのではなく両者を統合することを通じて、一つの自我を形成する。」
・「認識論という哲学の分野では、ものごとを知るという行為の土台にあるのは『主体客体関係』だと考える。その考え方によれば、『知る』という行為は、その人がなにを見るか(=その人が客観視できる『客体』であるもの)と、なにを通してみるか(=その人の認識を支配する『主体』であるもの。『フィルター』や『レンズ』と言ってもいい)の関係で説明できる。[p.72]」、「知性の3つの段階は、主体客体関係のあり方がそれぞれ明らかに異なる。段階が上がるごとに、それまで主体レベルにとどまっていたものを客体として認識できるようになる。[p.73]」
・「免疫マップは、・・・改善目標を達成する手立てになるだけでなく、もっと大きな成果をあげる土台にもなりうる。現在より高いレベルの知性に進歩する助けになる可能性がある。[p.82]」

変革の実践
・必要な要素
心の底[p.277-282]:やる気の源。「目標を成し遂げたいという強力な本能レベルの欲求」。「ほかに、自己変革の原動力になりうる要素としては、たとえば目標の達成に自信があり、そのための方法がわかっていること。」
頭脳とハート[p.282-287]:「『変革をはばむ免疫機能』は、特定の知性のレベルならではの思考と感情の両方を反映するものなので、適応を要する変化を本当に成し遂げようと思えばこの両方にはたらきかけなくてはならない。」
手[p.287-295]:「思考と行動を同時に変える」、「既存の免疫機能と衝突する行動を意識的に取ってはじめて・・・変革が可能になる。これを避けていては、既存の行動パターンの土台にある思考様式の妥当性を検証できないからだ。」
「学習のプロセスに周囲の人たちが関われば、自己変革モードから脱線せず、前に進み続けることが格段に容易になる。[p.196]」
・免疫マップの作成

第1枠、改善目標[p.304-306]:「目標が自分にとって重要なものであること」、「まわりの誰かにとって重要なものであること」、「目標を達成するために、主として自分自身の努力が必要だと認識できていること」
第2枠、阻害行動[p.307-309]:具体的な行動が好ましい。要素が多いほど、率直であるほど効果が高まる。「第1枠に記した目標を達成する足を引っ張るもの」、「どうしてそのような行動を取るのかは問題にしなくていい」
第3枠、裏の目標[p.309-322]:1)「不安ボックスに記入する」(不安を明らかにする)、2)「裏の目標の候補を明らかにする」(自己防衛という目的との関わりを明確に、裏の目標達成には第2枠の阻害行動のいずれかが必要、第2枠の行動を改めただけでは第1枠の改善目標が達成できない、2つの目標の間でジレンマに陥っていることが実感できる)
第4枠、強力な固定観念[p.322-329]:「私たちの自己認識と世界認識は一つの仮説にすぎない。それは真実の場合もあれば、そうでない場合もある。そのような仮説をあたかも確定的な真実であるかのように扱えば、それは強力な固定観念になる。」、「強力な固定観念は裏の目標と同様、普通の状況では死角になっていて目に見えない。それを見えるようにするためには、自分が固定観念と一体化していたり、それに支配されていたりする状態を脱し、固定観念と距離を置くこと、すなわち固定観念を『主体』から『客体』に転換することが必要とされる。それはとりもなおさず、知性のレベルを高めることを意味する。」、「その固定観念を表面に引っ張り出して検証しないかぎり、正しいか間違っているかを判断できない」。「強力な固定観念は、あなたが足を踏み入れずにきた広い世界の存在に気づかせてくれるものでなくてはならない。」
・固定観念の検証[p.334-355]:行動を取ること自体が実験の目的ではない。「行動の結果としてなにが起きたかという情報を収集し、その情報に照らして強力な固定観念を肯定するなり、改訂するなりすることが重要だ。」、よい実験はSMARTつまり、安全(Safe)、ささやか(Modest)、実行可能(Actionable)、リサーチの姿勢(Research)で臨むテスト(Test)であること。免疫機能から無意識に自由になれることを目指す。

成長を促すリーダーシップ
・「組織で人材が絶え間なく成長していくようにするためには、どうすればいいのか?・・・本当の変化と成長を促したければ、リーダー個人の姿勢と組織文化が発達志向である必要がある。・・・以下の7つの要素を満たしているべき」[p.400-418
1、大人になっても成長できるという前提に立つ:従来型の能力開発は、「働き手が新しいスキルを身につけ、技術的課題に立ち向かうのを助けるためには、非常に大きな効果を発揮する。しかし、この一つのアプローチであらゆる学習ニーズにこたえようとするのは時代遅れになるだろう。」
2、適切な学習方法を採用する:「教室での学習から職場グループ単位の学習へ」
3、誰もが内に秘めている成長への欲求をはぐくむ:「『よい問題』とは、その問題を解くこと自体が目的というより、それを通じて自分が成長できるような問題のことだ。課題を成し遂げようとする過程で、おのずと自分が成長していくのである。その課題には、なんらかの新しい技術を習得するだけでは対応できないからだ。」
4、本当の変革には時間がかかることを覚悟する:「せっかちになるのは、速く前に進むことが可能だと思うからだ。大人の知性の発達には時間がかかると理解している人は、すぐに結果が出なくても心配はいらないと思える。」
5、感情が重要な役割を担っていることを認識する:「職場で人間の感情にはたらきかける方法を見いだせないかぎり、重要なゴールには到達できない。」
6、考え方と行動のどちらも変えるべきだと理解する:「ただ自己内省を極めるだけでは、免疫マップが描き出した思考様式を抜け出せない。しかしその反面、いきなり行動を変えようと決意しても、免疫マップの第2枠に記された行動は改められない。必要なのは、『プラクシス(実践)』と呼ばれるタイプの活動だ。個人や組織がいだいている思考様式を改めることが可能かどうかを調べるために取る行動を計画し、それを実行に移すべきなのだ。」
7、メンバーにとって安全な場を用意する:「試練と支援――この二つはセットで取り入れることが重要だ。あなたは、チームの全員が不安を感じずに試練に向き合うために、どの面でもっと安全性を高めるべきかわかっているだろうか?」
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人間や組織がなぜ変われないのかの原因を探り、変わるための方法を示した本書のアプローチは、極めて重要な示唆を含んでいると思います。なかでも重要だと感じたのが、変革をはばむ免疫機能のもととなる強力な固定観念を、検証によって変化させようというアプローチです。研究開発行為は、うまくいくかどうかわからないという不安を常に抱えていますので、不安管理システムとしての変革をはばむ免疫機能への対処は特に重要となるでしょう。例えば、イノベーションが必要だと感じながら、それをうまく進められない場合、その背景にどんな固定観念が潜んでいるのかを考えてみると、不確実性の高いイノベーションに注力して失敗したら自らの立場が危うくなる、とか、今まで慣れ親しんできた方法が使えないとどうすればよいかがわからず自分が無能だと思われてしまう、過去に成功したやり方が通用しないと過去の成功が実力ではなかったと思われてしまう、などのようなことが考えられます。これに対して、成功へのインセンティブを強化するとか、競争原理を導入する、などの方法で対処することは、適応を要する課題の解決に技術的なアプローチを用いていることになり、十分な効果を上げ得ないのかもしれません。何かを改善したいと考える時、技術者は、つい技術的アプローチに頼る傾向があると思います。研究開発において、研究プロセスの効率化や管理強化、顧客志向、新しい手法(例えば、オープンイノベーションや行動観察などなど)に頼ろうとすることもその例かもしれません。もちろんそうした技術的アプローチも重要には違いありませんが、本当に変革が必要ならば、上記のような固定観念の部分に目を向けなければいけないのでしょう。

本書の手法は、リーダーにも変革へのかなりの関与が求められており、手軽で即効性のある方法ではないかもしれませんが、そのつもりになれば、本書に述べられた豊富な変革の事例を参考に実践してみることは大きな困難や副作用を伴うものでもないように思われます。本気で何かを変えたいなら試してみる価値はあると思いますが、いかがでしょうか。



文献1:Robert Kegan, Lisa Laskow Lahey, 2009、ロバート・キーガン、リサ・ラスコウ・レイヒー著、池村千秋訳、「なぜ人と組織は変われないのか ハーバード流自己変革の理論と実践」、英治出版、2013.
文献2:広野彩子(聞き手)、「いくら言っても、人や組織が変わらない理由 ロバート・キーガン米ハーバード大学教授に聞く」、2014.5.29、日経ビジネスONLINE
http://business.nikkeibp.co.jp/article/interview/20140523/265291/?P=1




一技術者からみた「源泉」(ジャウォースキー著)感想

今回は、ジャウォースキー著「源泉」[文献1]を取り上げます。ただし、正直、このブログで取り上げるべきかは少し迷いました。というのも、書かれている内容に理解できない(というよりは「受け入れ難い」)点が多かったためです。しかし、監訳者の金井壽宏氏や、帯にコメントを寄せられた野中郁次郎氏は、本書の内容の重要性をある程度認めておられるように思われましたし、ネットでもそれなりに評価されてもいるようで(私も、マネジメントの実践面では、ひとつの手法として意味がありそうに感じたところもありました)、なぜそれらの評価とは異なる印象を私が持ったのかを、考えてみることにしました。

著者の主張のポイントについての私の理解
著者が探究しようとしている基本的な疑問は次のようなもののようです。「知とつながって、まさにその瞬間に必要な行動をとれるようになる私たちの力の源泉は何なのか[p.31]」。リーダーシップの問題に関していえば、次のような経験、すなわち「私たちの小さなチームは、途中で放り出すことなく作業をやり抜いた。みなで力を合わせて作業している間、私はチームがエネルギー場に包まれているのをはっきり感じた。意識が研ぎすまされている。ふつうでは考えられないくらい頭が冴えて、ものごとの全体がわかるような感じがする。時間がゆっくりと進んでいく。私たちは、極めて難しい作業をまるで造作ないことであるかのようにこなすことができた。・・・チームのリーダーシップは必要に応じ、そのときそのときで切り替わった。私は意識することなく、また誰かに命じられたわけでもなく、行動していた。個人の判断で行動しているという感覚もなく、作業をしていた。私たちはまるで、達成すべきことを達成するために、道具として役立てられているかのようだった。しかし何より、私が衝撃を受けたのは、より深いレベルの知を自分が体現していることだった。これだ、と直観したことは常に正しかった。作業している間、私たちは必要な強さと、勇気と、辛抱強さと、精神力を持っていた。[p.18]」。確かにこのような「フロー」とも呼べるような状態が個人やチームに訪れることはあるでしょう。そうした状態が何によってもたらされるのか、人為的にそうした状態を作れるのかといった点は確かに興味のあるところです。

マネジメントの視点からは次のような問いになるでしょう。「企業家的な衝動の源泉は何か? 知とつながって、まさにその瞬間に必要な行動をとれるようになる私たちの力の源泉は何なのか?[p.23]」。「未来がどのように現れたいと思っているか、それをチームが感じられるようになるようなプロセスを開発すること、そして実際に現れさせることを。そのプロセスは、メンバーの意志と、あり方と、選択によって導かれるだろう。このプロセスの探究によって、どのような分野においても飛躍的な進歩となる変革が起き、今ある世界を変える知を創造することになるだろう[p.24]」。そして、著者らはその答えとして次のUプロセスに至ります。

U
プロセスのアイデアはブライアン・アーサーの考えに基づくとされ、「ひたすら観察する」(Uの左側)ことから始まり、「より深い知の場所に行く」(Uの底)を経て、流れに乗って素早く行動する(U右側)に至る、というものです[p.32]。それをさらに洗練して、Uの左側として、1)準備する(心のセルフマネジメントという規律ある道を歩み始める)、2)目標に向かって情熱を燃え上がらせる、3)観察し、集中する(判断を脇へ置き、存在するデータに集中する)、4)手放す(現在持っているメンタルモデルや、ものの見方や、世界観を手放す)を挙げ、Uの底として、5)内在とひらめき(その取り組みにどっぷり浸かり、その仕事に没頭し、その経験に夢中になる。・・・やがて啓示――新たな現実に対する知覚――を得て、隠された解決策を見出す)を挙げ、Uの右側として、6)結晶化とプロトタイピング(見出されるものを明らかにする)、7)テストと確認(新たな知を、有効な製品や決定や戦略へ変える)、というプラクティスとして提案されます[p.241-243]。

リーダーシップについては、以下の段階における第4段階のリーダーシップを目指すべきだとしています。[p.77-80
・第一段階、自分が中心になるリーダー:「信念がなく、自分の意思のほかにはおよそ何にも左右されない。しかもその意思とは、そのときそのときで変わる可能性があるため、彼らのあり方には誠実さが欠けている。中には、有利かどうかや自分自身の野心を第一に行動し、結果として高い名声や権力を持つ地位に就く人もいるかもしれない。
・第二段階、一定の水準に達しつつあるリーダー:「彼らは、公正さと礼儀とメンバーに対する敬意を何より大切にする。・・・その成功は、メンバーとともに、そしてメンバーを通して成し遂げられる」
・第三段階、サーバント・リーダー:「自分の権力や影響力を使って、メンバーの役に立ったりメンバーを成長させたりする。・・・『強い達成欲求』を示すが、組織のメンバーや社会の誰かを犠牲にすることはない。また、独立への欲求が強く、習慣に従わなければという気持ちはあまりない。さらには、適切にリスクをとろうとする傾向が強く、自己効力感が高く、曖昧さに対して寛容である。そのため、複雑で混乱した時代にあっても成功を収めることができる。」
・第四段階、新生のリーダー:「サーバント・リーダーの特徴と価値観を併せ持っているが、全体的なレベルが一段上がっている。・・・業績の中心には暗黙知を使う力があるが、この暗黙知を活かすと、私たちが望む組織や社会を思い描いて創り出すことを含め、画期的な考えや、戦略策定や、業務上の卓越性や、イノベーションを行うことが可能になる・・・。第四段階のリーダーは、宇宙には目に見えない知性があって、私たちを導き、創り出すべき未来に対して準備させてくれると確信している。

そして、Uプロセスは、「『4つの原理』に示される世界観を持って実践されると、最高の効果を発揮する[p.242]」とされます。4つの原理は次のとおり[p.10]。

(1)宇宙にはひらかれた、出現する性質がある。:一連のシンプルな構成要素が、新しい性質を持った新しい統一体として、自己組織化という、より高いレベルで突然ふたたび現れることがある。そうした出現する性質について原因も理由も見つけることはできないが、何度も経験するうちに、宇宙が無限の可能性を提供してくれることがわかるようになる。

(2)宇宙は、分割されていない全体性の世界である。物質世界も意識も両方ともが、分割されていない同じ全体の部分なのだ。:存在の全体――一つの物であれ、考えであれ、出来事であれ――は、空間と時間それぞれの断片の中に包まれている。そのため、宇宙にあるあらゆるものは、人間の意思やあり方を含め、ほかのあらゆるものに影響を及ぼす。なぜなら、あらゆるものは同じ完全なる全体の部分だからである。

(3)宇宙には、無限の可能性を持つ創造的な源泉(ソース)がある。:この源泉と結びつくと、新たな現実――発見、創造、再生、変革――が出現する。私たちと源泉は、宇宙が徐々に明らかになる中でパートナーになるのである。

(4)自己実現と愛(すなわち宇宙で最も強力なエネルギー)への規律ある道を歩むという選択をすることによって、人間は源泉の無限の可能性を引き出せるようになる。:その道では、数千年にわたって育まれてきた、いにしえの考えや、瞑想の実践や、豊かな自然の営みに直接触れることから、さまざまな教えを受けることになる。

どこが理解しにくい(受け入れにくい)のか
以上が、著者の考えについて議論するために抜き出しておくべきだと私が思った部分です。このうちUプロセスの具体的方法論は、知識創造や新たなアイデアを生み出し実現するプロセスのひとつのやり方として、考慮に値する考え方だと思います。また、リーダーシップの4段階についても、第一から第三段階までの進歩については異論がありません。しかし、Uプロセスの底である、ひらめきの段階で、宇宙にある源泉とつながることで発想を得るかのような説明、第四段階のリーダーシップにおいて宇宙の知性が導いてくれるというようなくだり、さらに、4つの原理の意味しているところは受け入れることができませんでした。

本書では、著者の主張の根拠とされる、様々なエピソードが登場します。量子もつれの話[p.98]が宇宙の全体性(あらゆるものがつながっているというような意味かと思われます)の根拠とされ、人の意思もつながりあっているという根拠とされているようですが、こうした考え方には論理の飛躍があると思いました。また、テレパシーやサイコキネシス[p.136]、遠隔透視[p.142]、予見的感覚[p.172]の例も、科学的な測定結果があることが述べられていますが、仮にそういうデータを認めたとしても、それが本書でいう「源泉」が存在することの根拠にはならないでしょうし、「源泉」と人がつながってこうした効果を発現させているということにもならないと思います。チームとしての一体感や精神的な高揚感、フローのような状態を理解するためにこのような事例を持ちだす必要もないのではないか、と感じました。さらに、ポランニーの暗黙知や知識創造プロセスについての考え方[p.192-200]も、著者の主張に合致するものとして取り上げられていますが、私にはその解釈はポランニーの意図とは異なる著者独自の解釈のように思えました。(他にもエピソードはありますが、いずれも著者の思想の正しさを裏付ける材料としては不十分だと感じました。)

このように、著者の主張は、受け入れられる部分と、受け入れ難い部分が混在している、というのが私の感想です。人の能力を引き出す方法、新しい発想を生む方法、知識創造の方法の各論的主張には、役に立ちそうな点もあるのに対し、その根拠とされている主張には、受け入れにくいものが多く、あえて述べる必要もないもののように思われます。もちろん、そうした「源泉」を探究しようとすること自体は意味のあることと思いますし、本書の主張を受け入れるかどうかは個人の自由だと思います。ただ、上記のような問題が感じられる結果、著者の主張は特に技術者や科学者には受け入れられにくいと思いますので、著者が考えるマネジメント手法の普及に意味があると考えるならば、もっと受け入れられやすい根拠に基づいて考察した方がよいのではないか、というのが正直なところです。

なぜ私にとって受け入れにくいのか
ある論理を受け入れられるかどうかは個人の考え方によります。著者の考え方が受け入れにくい理由を検討してみることで、私の考え方自体および、著者の主張を受け入れられる人との考え方の違いがはっきりするように思いましたので、私が受け入れ難く感じる根拠を考えてみました。

まず挙げられるのは、科学を扱っている者としてのバックグラウンドです。「『科学者たるもの根拠のない主張を受け入れてはならない』というのは、科学のエートスとして割と共有されている前提ではないかと思います[文献2、p.251]」という意見がありますが、私もそうした考えを持っています(もちろん、根拠があると認めるかどうかには個人の判断が関与しますが)。さらに、科学と非科学の境界として、ポパーによる反証可能性の基準、すなわち「そもそも反証があり得ないような仮説は科学としての最低限の条件を満たしていないだろう[例えば文献2、p.62]」という考え方は、多くのケースで有効だと思っています。こうした考え方に基づくと、本書に書かれた内容だけでは、著者の主張を科学的に根拠のあるものと受け入れることには躊躇せざるをえません。ただし、科学的に十分な根拠がないからといってその考え方を否定するつもりもありません。上記のエートスに従えば、反証可能でありながら否定的な根拠がない場合には、肯定も否定もできないものとして扱うべきでしょう。

こうした科学的判断に加えて、ビジネスとして科学、技術を扱う立場からの実用的な判断基準もあると思っています。実際、ビジネスとして成立している技術の中には、科学的に十分に解明されていないものもあると思いますので(例えば、ヒトや生物が関わる分野では経験に頼った技術というものも多いような気がします)、理由はよくわからないけれどうまくいく、というものもビジネスとしては可能性があるといってよいと思います。ただし、その場合でも次の条件は満たす必要があると思います。
1、技術的成果が再現できること(再現できる条件が明確なこと)
2、成果を再現できる条件が狭すぎないこと(ある程度技術に汎用性があること)
上記1の条件が満たされないと、顧客に対して製品やサービスの保証ができず、ビジネスとして成立しません。また、2の条件はビジネスとして必須ではないかもしれませんが、例えば、特定の人でしか実現できない技術(特定の人が持つ特殊な能力を前提とした技術)は、ビジネスの継続性や発展性の点で問題があるように思います。この基準は科学的な基準よりも甘いものですが、残念ながら本書に述べられた考え方は、上記2条件を満足しているとも考えられないため、やはり技術者としては受け入れ難いという印象になってしまうと思います。

もちろん、マネジメントや、技術の創造は一度でもうまくいけばそれで十分、仮に前提が正しくなくとも、終わりよければすべてよし、という考え方もありますので、そこまで否定するつもりは毛頭ありませんが、上述のような科学としての条件を満たさず、技術としての実用的な基準も満足できないような考え方では、少なくとも多くの技術者の理解や支援を得ることは困難なように思います。仮に本書の考え方でうまくいったとしても、次も同じ考え方でうまくいくという保証がなければ、技術者としてはそのリスクを容認しにくいですし、根拠の薄い考えを疑うことによる機会損失のリスクと、信じて失敗するリスクを比較すれば、その考え方に疑いを持つ方がやはり自然なように思われます。

以上、本書についての感想を述べましたが、確たる根拠のない考え方に基づいたマネジメント論は、実は本書以外にも多いのではないか、という気がします。例えば、経験至上の考え方、過去の特定の思想や事例に基づく考え方もその範疇に属するものかもしれません。また、科学的根拠を用いていたとしても、それが特定の分野にだけ偏ったり、考慮すべきことを無視したりすることも同じといえるかもしれません。こう考えると、何かに頼って正解を得ようとすること自体が危ういとも思えてきます。真実を知りたい、正解を得たいと思うのが人間の性であったとしても、実際には、「正解」ではなく、よりましな理解、よりましな選択を得ることしかできない、というのが実際のところなのかもしれません。


文献1:Jpseph Jaworski, 2012、ジョセフ・ジャウォースキー著、野津智子訳、「源泉 知を創造するリーダーシップ」、英治出版、2013.
原著表題:Source: The Inner Path of Knowledge Creation
文献2:須藤靖、伊勢田哲治著、「科学を語るとはどういうことか 科学者、哲学者にモノ申す」、河出書房新社、2013.


デザインとイノベーション(エスリンガー著「デザインイノベーション」より)

イノベーションにおけるデザインの重要性がよく指摘されます。いわゆる機能や外見といったデザインが製品やイノベーションの価値に影響することは容易に想像できるのですが、では、デザインとは何か、その真の役割や意味は何か、ということになると様々な捉え方があるように思います。そこで今回は、エスリンガー著「デザインイノベーション」[文献1]に基づいて、イノベーションにおけるデザインの役割について考えてみたいと思います。

著者はフロッグデザインの創始者としてアップルやソニーをはじめとする様々な企業でのイノベーションにデザイナーとして深く関わってきた実績を持つ方とのことです。この本では、著者自身の経験に基づく考え方が述べられており、デザインについての様々な考え方を系統的に総括したような内容ではありませんが、今後ますますデザインの考え方は重要になると予想する著者によりなされている、経営とデザインの関わりについての提言は有意義な示唆を含んでいるように思われました。ちなみに、原著表題は「A Fine Line: How Design Strategies Are Shaping the Future of Business」(「紙一重:デザイン戦略が形作るビジネスの未来」[文献2])です。著者は、「本書では、現代の物質文化を見渡して、『すごい』ものと『いい』ものとを、独創的な戦略と二番煎じの戦略とを、傑作と凡作とを区別し、両者を隔てている紙一重の差を吟味していきたい[p.xiv]」としています。以下、興味深く思われた点をまとめてみます。

デザイン主導戦略の意義

・「見ためをよくすることだけがデザインではない。デザインとは、画期的なコンセプトを提案することによって、人々の生活を豊かにしようとするものである[p.xi]」。

・「長続きするビジネスを築くためには、デザイナーとビジネスリーダーが協力するのがいちばんいいと、わたしは強く信じている[p.xv]」。

・「デザインとは優れたビジネス戦略の一部であって、芸術ではない。・・・自己陶酔型の芸術家のひらめきでは、持続可能なビジネスモデルは築けない。フロッグ流のビジネスデザインとは、まず一流の人間を惹きつけて、ひとつの場所に集めること、そして、みんなが協力することで互いの力を引き出し合えるよう、必要な環境やリーダーシップを提供すること[p.11]」。

・「世界は多様な文化のからみあった『球体』であり、それぞれの文化にはそれぞれにちがったニーズや要望がある。・・・複雑な輪郭線を持った現実の世界では、とうていワンサイズではビジネスをフィットさせることはできない。だから、創造的なビジネス戦略においてはデザインが重要になってくる[p.15]。」

・「製造業でもサービス業でも、効率と規模が限界に達していることは、もはや否定できない。・・・あえて危険に挑むような戦略・・・でなければ、変化する経済の中で勝つことはできない[p.17]」。

イノベーションにおけるリーダーシップの役割

・「どんなにすばらしい戦略であっても、それを支え、引っぱっていく有能なリーダーがいなかったら、すぐにつまずくだろう。戦略を立案し、実行することは、そのこと自体が創造的な行為だ。だからリーダーには、デザインの役割を理解し、社内にイノベーションの文化を浸透させる能力が求められる[p.20]」。

・「長期的な成功のためにはリーダーに、戦略的なビジョンと、従業員や社会に仕えようとする倫理観と、新しい道を切りひらく勇気と、夢を現実のものにする能力が必要だ[p.45]」。

創造的なビジネス戦略

・「イノベーションが成功するかどうかは、事業の初期段階・・・の前の段階で、どういう戦略を立てるかにかかっている[p.48]」。

・創造的な戦略に共通の要素に、戦略的に予備を持つことがある[p.51]。

・「利益にばかり目を向ける分析では、競争力を正しく把握できない。成功の指標として信頼できるのは、相対市場シェア――自社のシェアを業界トップ企業のシェアで割った値――だ。[p.54]」

・フロッグの4原則:1)「スイートスポット」を見つける(自分が得意にしていて、他人が得意にしていない分野)、2)ビジネス意識を持ち、クライアントのためになる仕事をする。そしてそれがひいては、自分の会社のためにもなるようにする(クライアントの財務状況に応じたデザインを考える、自分たちのデザインをプロフェッショナルなやりかたで売り込む、など)、3)トップになりたがっている貪欲なクライアントを見つける(壮大な構想を持つグローバル企業で、テクノロジー分野に大きな可能性を秘め、世界一になっているか、なろうとしている。そして、商業的な面でも野心があり、なおかつそれを実現する手段を持っている)、4)一番になることで有名になる(その過程で、自分を支えてくれる人への感謝を忘れてはならない、名声を保つためには不断の努力が必要である)

・「フロッグは常に、新しいことを学んだり、試したりするよう努めている。・・・過去の成功を単純に繰り返すのでなく、クライアントにいちばん必要なものを作り出そうとする発想の戦略だ。・・・勝つためには適応しなくてはならない[p.66]」。

・「戦略的な適応を果たそうとする過程では、」「ビジネス戦略のもたらす観念的な興奮と、独創性を追求するデザイナーの本能的な欲求の食いちがいに、どう対処するかという問題」にぶつかる。「理想を言えば、そのどちらもできる人間を見つけて、育てるのがいい。」[p.72

・「ビジネスでもデザインでも、創造的な戦略家とは、自分のため、会社のため、世界のためによりよい未来を築けるよう、パートナーと力を合わせられる者のこと[p.82]」。

イノベーションプロセスの3つのステップ、頼りになるのは金より人間

・ステップ1:基礎作業。能力(ビジネスの目標と、それを達成するためのデザインの役割を知り、両方とも大切であることを忘れない)と選択(適切なチームや、パートナーや、クライアントや、事業を選ぶ)が必要[p.86]。「ビジョンの倫理性を重んじ、顧客に有意義なエクスペリエンスを提供し、人間の幸せのためにテクノロジーを役立て、品質の高さを頑固に守る[p,88]」。「イノベーションが成功するかどうかは、人的な要因に大きく左右される[p.91]」。「創造性を軽視したり、理解できなかったりする人間を、デザイナーとの共同作業に加えるべきではない[p.92]」。

・ステップ2:創造的なコラボレーション。明確な目標のもとに、一致団結しているチームには、儀式(ブレインストーミングやアイデア作りセッションなど)がある。それから展望(全員が、自分たちのイノベーションによって会社や消費者や世界がどう変わるかを思い描く)。そしてマネジメント(グループ内の意見をまとめ、イノベーションの実現に向けた計画を立てる)[p.86]。アイデア出しのためのフロッグの「THINK」プロセスは、代替案または自由連想、ランダム発想、挑発や拒絶により極端な結論へ導く、の3つのステップで行なう。

・ステップ3:マーケティング。イノベーションのもたらす恩恵について、改善と証明が行われ、ビジネスモデルにおけるイノベーションの役割が最適化され、商品化に必要なリーダーシップのツールが提供される[p.86]。

・「イノベーションのデザインやマーケティングにおいては、必ず、頼りになるのは金より人間ということだ。創造的な人間のコラボレーションや、先見の明のある強力なリーダーシップがなければ、イノベーションのプロセスはうまくいかない[p.124]」

これからのビジネスデザイン

・「デザイナーの仕事とは、人間と、科学や技術やビジネスとのあいだのインターフェースを作ることだ。デザイナーには、これからの『グリーン経済』の推進役になる義務とチャンスがある[p.127]。」

・「デザインはマーケティング同様に、大量消費を加速させる。そしてどんな商品でも大量に生産されれば、環境汚染や地球温暖化につながる。・・・持続可能なビジネスを築こうとするときのデザインの役割は、個々の企業の利益を超越したものである[p.126]」。

・「人間の活動による環境破壊は、ついに体感できるレベルまで達してしまった。もはや小手先の対策だけでは、壊滅的な事態は避けられない。これはつまり、ビジネスやテクノロジーや科学と関係の深い仕事をするわたしたちにとっては、環境問題に取り組む以外に道はないことを意味する[p.164]」

よりよいビジネス、よりよい世界のためのデザイン主導戦略

・融合製品:さまざまなテクノロジーがひとつのパッケージに統合されていて、多様な用途に使える製品のこと[p.170

・オープンソースデザイン:どうしたら効果的にコラボレーションを進められるか。「共通の目標に向かって努力しようという気持ちが、自分の創造意欲を満たしたいという自己中心的な気持ちより、優先されなくてはならない。・・・そういうデザインのしかたを、わたしは『オープンソースデザイン』と呼んでいる[p.180]」。鍵となるのはツールの共有[p.181]。「オープンソースデザインでは、知的所有権が妨げになることがある[p.191]」

・ソーシャルネットワークを通じた共同デザイン:「製品デザインはエリートの職業であり、これからもそれは変わらないだろう。・・・本物のデザインのクオリティは、民主的に決定されるものにはならない・・・。ここで提案したいのは、デザイナーと製造業者が力を合わせて、『消費者にも参加してもらう、ソーシャルネットワークを使った共同デザイン』というコンセプトだ[p.193]」。

製造とデザイン

・「デザイナーは工場の持っている可能性よりも、限界のほうに目を向けがちだ。」「デザイナーが製造者に対して、ただ単に『わたしたちの』製品を作るよう要求するだけでは、いい結果は期待できない。こちらも製造のプロセスに加わって、手を貸す必要がある。[p.204-205

・誤ったオフショアリング、アウトソーシングの問題点:「外部に製造を任せれば、やがては自分たちの製品知識やスキルが失われる可能性もある[p.211]」。「イノベーションのチャンスが失われる[p.213]」。「ODM(他社ブランドの製品を設計製造するメーカー)の能力がほとんどむだにされる[p.324]」。「経済的な安定性が失われる[p.219]」。「オフショアリングやアウトソーシングによってコストの節減を図っても、たいていは思ったほどコストを節減できていない[p.222]」。

・スマート-ソーシングは上記の問題解決のための提案。「プロセスの初期段階から企業間でコラボレーションが行われる」。「企業間のコラボレーションに先行投資をすることで、独創的でなおかつ長期的に売れる強力な商品を開発しようとする。」「すべての関係者が積極的に参加し、協力する」[p.224-226

・ホーム-ソーシング:「地元の人材や能力と、グローバルな部品調達網の両方を生かそうとする戦略」「地元の顧客を誰よりもよく知るのは、地元の企業」[p.229-230

・個人生産:「製造業界の『振り子』は、現在、ローカル生産のほうへ戻りつつある。ときには、ローカルどころか、個人での生産さえ可能になってきた」[p.233]。

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技術者にとって、よい製品をより効率的に生産することは重要な課題です。しかし、技術者が思うよい製品ができたとしても、ビジネスとしてうまくいかないことは多々あります。その原因としては、ビジネスモデルがよくないことに加えて、技術者が考える「よい」という尺度と、ユーザーが考える「よい」という尺度が乖離している場合があげられるように思います。これはつまり、製品の持つ特性について技術者が考慮している範囲が狭い、ということなのでしょう。言い換えれば、従来技術者が気にかけていた特性以上の様々な特性を制御することが求められる時代になったと言ってもよいでしょう。

しかし、従来型の技術者では、そこまでの広い範囲の特性は制御できない。そこで、「デザイナー」と呼ばれる専門家の協力を仰ぐことが必要になります。本書では、そのようなコラボレーションをどのように進めればよいかの示唆が述べられている点が参考になると思うのですが、特に興味深く思われたのは、顧客によいエクスペリエンスを与えるデザインの有効性とともに、次のような示唆です。

・デザイナーとビジネスリーダーが互いの価値をよく理解し協力する必要があること

・デザイナーの才能、ビジネスリーダーのリーダーシップといった個人の能力や資質が重視され、ビジネスの組織や仕組みはあまり重視されていないように思われること(ただし、環境やコラボレーションは重要であるとの指摘はありますが)

技術者にとっては、デザイナーの重要性は理解しつつも、実際どう協力していけばよいのかがわかりにくいのではないでしょうか。その点で本書の指摘は非常に参考になります。ただ、本書は著者の経験や思想に基づいた考え方が主ですので、汎用性があるのか、著者の主張を支える根拠は万全なのか、といった問題はあり、ひとつの仮説としてしか受け入れにくいような議論もなされていると思います。しかし、デザインという考え方が、これからのイノベーションの進め方を考える際の重要なポイントになる可能性はあるのではないでしょうか。研究者もデザイナーのような思考、デザインの能力、デザインを活用できる能力を身につける(少なくとも理解する)必要があるのかもしれません。


文献1:Hartmut Esslinger, 2009、ハルトムット・エスリンガー著、黒輪篤嗣訳、「デザインイノベーション デザイン戦略の次の一手」、翔泳社、2010.

原著webページ:http://www.afinelinebook.com/

文献2:小飼弾氏ブログ、404 Blog Not Found、「Redesigning the Design Itself - 書評 - デザインイノベーション」、2010.5.18, http://blog.livedoor.jp/dankogai/archives/51448663.html



参考リンク<2013.8.18追加> 

 

協力と支援(シャイン著「人を助けるとはどういうことか」より)

現代の研究開発においては、個人の能力のみならず、他者との「協力」が必要不可欠といってよいでしょう。しかし、そもそも「協力」とはどういう行為なのでしょうか。どうやったら協力がうまく進められるのでしょうか。一般には、「協力」とは、力を合わせて何かを行なうことなのでしょうが、その中には、自分ひとりではできないことを誰かに助けてもらうこと、すなわち「支援」という関係も含まれるように思います。そこで、今回は、「支援」について、シャイン著、「人を助けるとはどういうことか」[文献1]に基づいて考えてみたいと思います。

本書について著者は、「支援とは複雑な現象だ。役に立つ支援と、役に立たない支援とがある。本書はこの両者の違いを明らかにする目的で書かれている。[p.22]」として、支援に関係する感情的なダイナミクスや効果的な支援の方法を解説しています。著者によれば、「成果をあげるチームとは、各メンバーが自分の役割を適切に果たすことによって、ほかのメンバーを助けているチームだと定義できるだろう。・・・チームワークの本質とは、すべてのメンバーにおける相互の支援を発達させ、持続させるということだ。[p.177]」とのことですので、「支援」を考えることは「協力」や「チーム」を考えることにもつながるのではないでしょうか。以下、本書の構成に従って、その内容をまとめてみます。

1、人を助けるとはどういうことかWhat Is Help?

支援にはさまざまな形がある。支援に対する報酬のやりとりを含むもの(公式、準公式)や、「マナーや、礼儀正しい態度というルール、倫理や道徳にかなったと行動と考えるものの一部」(非公式)であることもある。いずれにせよ人間関係が関与し、文化的なルールも影響する。[p.22-33

2、経済と演劇Economics and Theater: The Essence of Relationships):人間関係における究極のルール

人生の早い時期に学ぶ2つの文化的原則として、1)相互関係を公平で適正なものにすること(「人はあらゆる人間関係で返礼を期待している[p.36]」、2)自分の役割を演じなければならないこと、がある。社会的経済学(「人間関係、集団などにおけるより広義の交換、たとえば、いたわりと感謝、貢献と面子の交換などを含む[p.253監訳者解説]」)の立場からは、支援もやりとりされるもののひとつと理解される。

3、成功する支援関係とは?(The Inequalities and Ambiguities of the Helping Relationship

「支援する状況とは本質的に不釣り合いで、役割が曖昧なものである。感情的、社会的に見れば、支援を求めた場合、人は『一段低い位置(One Down)』に身を置くことになる。[p.64]」。それにより、助けを求める側には「感情的な反応を引き起こす、落ち着かなくて不安な状況が生まれる[p.76]」。その結果、例えば不信(真の問題を隠すこともある)、安堵と過剰依存、支援の代わりに注目などを求める、憤慨したり防衛的になる、過去の経験に基づいて結果を判断する、などの問題が発生する。支援者の側には、一段高い位置にいることによって、時期尚早に知恵を与える、圧力をかける、依存に応えてしまう、権力を持つ、距離を置きすぎる、過去の経験に基づいて結果を判断する、などの問題が発生する。[p.70-85

4、支援の種類Helping as Theater: Three Kinds of Helping Roles

支援者が選べる役割は次の3つ[p.98]。

1)情報やサービスを提供する専門家

2)診断して、処方箋を出す医師

3)公平な関係を築き、どんな支援が必要か明らかにするプロセス・コンサルタント

「初めのうちはクライアントも支援者も、現状についてさまざまな点で無知であるし、互いの関係は不平衡な状態だ。・・・プロセス・コンサルタントの役割から始めれば、均衡した立場を実現するのがきわめて容易だろう。・・・ある程度の信頼が築かれて初めて、正確な情報が得られるようになり、その結果、専門家や医師の役割に移行できる[p.112-113]」。状況に内在する無知を取り除くこと、初期段階における立場上の格差を縮めること、認識された問題にとって、さらにどんな役割をとるのが最適かを見極めること、が実行されなければならない[p.113]。

5、控えめな問いかけHumble Inquiry: The Key to Building and Maintaining the Helping Relationship):支援関係を築き維持するための鍵

次のような控えめな質問のプロセスにより、支援関係における問題をはらんだダイナミクスを改善できる。1)クライアントに主導権を握らせ続け、自分のために問題を能動的に解決する立場を取り戻せるようにする、2)ある程度まで自分のジレンマを自力で解決できるという自信を与える、3)クライアントと支援者が協力できるように、なるべく多くのデータを明らかにする。次の4レベルの質問が可能。[p.141-142

1)純粋な問いかけ――クライアントの話だけに集中する

2)診断的な問いかけ――感情や、原因分析、行動の代替案を引き出す

3)対決的な問いかけ――現状について支援者自身の見解をもたらす

4)プロセス指向型の問いかけ――クライアントに支援者との即座の相互関係に専念させる

「重要なのは、その関係においてクライアントがもはや一段低い位置にいることを感じていないという、支援者の評価」

6、「問いかけ」を活用するApplying the Inquiry Process

6つの事例解説。

7、チームワークの本質とは?(Teamwork as Perpetual Reciprocal Helping

「チームワークの本質とは、すべてのメンバーにおける相互の支援を発展させ、持続させるということだ。[p.177]」。初めのうち、リーダーはプロセス・コンサルタントとして機能しなければならない。そしてメンバーが次の問題について安心感が得られるような状況を作りだすべきである。1)自分の役割は何か、自分はどんな人間になればよいのか、2)どれくらいのコントロール、影響を及ぼすことになるのか、3)自分の目標、要求を果たすことができるか、4)グループの人々はどれくらい親しくなるか[p.180]。「一般的にフィードバックは、求められたものでない場合は有益とは言えない[p.195]。」「フィードバックは次のような条件で、最良の状態で働くだろう。強要されるのではなく、自ら求めたもので、具体的かつ明確であり、共通の目的に適合していて、評価的なものというよりは説明的なものである場合、ということだ[p.198]。」「フィードバックを容易にする学習環境を作り出すため、控えめなリーダーシップが求められる。リーダーは地位や役割の問題を解決するためにグループからの助力を受け入れねばならない。このプロセスが機能し続けるように、正規のリーダーやグループの全メンバーは、互いの面目を保つという規範に敬意を払うべきである。[p.205]」

8、支援するリーダーと組織というクライアントHelping Leaders and Organizational Clients

「成果をあげるチームワークの核が支援であるように、変革のマネジメントでも支援は重要なプロセス[p.210]。」「リーダーシップの重要な側面は、支援を受け入れる能力と、組織のほかの人間に支援を与える能力である[p.228]」。「リーダーシップを定義する一つの方法は、目標設定のプロセスと、そうした目標を達成するために他人(部下)を支援することの両方だと言える[p.228]」。

9、支援関係における7つの原則とコツPrinciples and Tips

最後に、本書の副題にもある7つの原則をまとめておきます。

原則1、与える側も受け入れる側も用意ができているとき、効果的な支援が生じる:自分の感情と意図をよく調べる。相互依存についての文化的ルールは明確である。努力が受け入れられなくても腹を立てない。

原則2、支援関係が公平なものだと見なされたとき、効果的な支援が生まれる:支援を求める人は気まずい思いをしている。本当の望みは何か、どうすれば最高の支援ができるかを尋ねる。フィードバックの機会を探す。

原則3、支援者が適切な支援の役割を果たしているとき、支援は効果的に行われる:どんな形の支援か。演じている役割が役に立つか。

原則4、あなたの言動のすべてが、人間関係の将来を決定づける介入である:あらゆる行動がメッセージを伝えている。フィードバックは記述的に、判断は最小限に。励ましは最小限に。修正は最小限に。

原則5、効果的な支援は純粋な問いかけとともに始まる:経験に基づく偏見や予想、期待はできるだけ止める。鍵となるのは『自分の無知に気づく』こと。

原則6、問題を抱えている当事者(オーナー)はクライアントである:話の内容に惹かれないように(プロセス・コンサルタントが難しくなる)。クライアントに選択肢を与える。

原則7、すべての答えを得ることはできない:問題を分かち合うように。

なお、本書には監訳者の金井壽宏氏による詳細な解説がついています。「人を助けるにはどうしたらいいのか。プロセス・コンサルテーションと呼ばれる支援の方法は、この問いへのシャイン先生一流の持論[p.252]」ということであり、その思想の背景なども述べられていて、この方法が単に経験のみに基づくハウツーではないことがわかり参考になります。

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「支援する人」というと、企業の実務的には、コンサルタントなどが思い浮かびます。実際、本書もコンサルタントの活動を念頭に置いた部分が多いように思いますが、本書にも書かれているとおり、支援のプロセスは広い範囲の人間関係において発生していると考えるべきでしょう。研究開発においても、例えば、生産現場の支援を研究部隊が行なうこともあるでしょう。さらに、ラボでの研究成果を実機に展開しようとする場合にも、支援あるいは協力という関係が発生すると思います。研究ではなくても業務プロセスの改善なども、支援と言えるでしょう。しか実際には、そうした改善の実用化がうまく進まない事例(理屈で考えれば優れた方法であっても)はよく耳にします。また、導入したもののしばらくすると捨てられてしまうことも起こります。そんな時、支援(技術や情報の提供も含む)を行なう側、受ける側の心理的側面を重視した本書の視点はかなり役に立つと言えるのではないでしょうか。

技術者は、人ではなくモノや情報を扱うことが多い仕事ですし、また、論理に頼る判断を重視することが多いこともあって、本書の「4、支援の種類」で述べられた支援者のうち専門家や医師に近い役割をつい演じてしまいがちだと思います。確かに、少ない労力で支援しようとすれば、最初に結論を強制することが有効という考え方もあるでしょうが、それが受け入れられ継続的に使用されるのか、ということまで考えると著者の言うプロセス・コンサルテーションの意味をよく考える必要があるのではないでしょうか。技術も、一般の支援と同じく、それを受け入れて使うのは「人」ですし、使い続けることに意味があることも多いわけですから、研究の普及、技術移転という観点からも著者の言う「支援」の観点は重要でしょう。研究組織のマネジメントにおいて、協力やチームワークだけでなく、様々な状況に応用できる考え方であるような気がします。


文献1:Edgar H. Schein, 2009、エドガー・H・シャイン著、金井真弓訳、「人を助けるとはどういうことか 本当の協力関係をつくる7つの原則」、英治出版、20092011第2版、訳文一部修正)

原著表題”HELPING, How to Offer, Give, and Receive Help, Understanding Effective Dynamics in One-to-One, Group, and Organizational Relationships”


参考リンク<2013.8.18追加>

 

「流れを経営する」を読む

野中郁次郎、遠山亮子、平田透著、「流れを経営する」[文献1]を読みました。野中氏の知識創造理論に関連した話題については今までにも何度か取り上げていますが(創造性を引き出すしくみ、「イノベーションの知恵」感想フロネシスと研究開発)、多くの示唆に富むものの、難解で使いにくいというのが実感でした。しかし、その知識創造理論の集大成とも呼べる本書では、理論を構成する様々な概念が整理され、関連づけられてまとめられていて、今まで感じていたわかりにくさがかなり解消された気がします。知識創造理論について考えるなら、そしてその理論を使ってみたいなら、まず参照すべき一冊と言えるでしょう。

さて、本書は当初、2008年に英語で出版された同じ著者による「Managing Flow - A Process Theory of the Knowledge-Based Firm」の日本語版として着想されたもの、とのことですが、単なる翻訳ではなくかなり異なった内容になっている[文献1、p.ix]とのことです。本書の英語題名は「Managing Flow - The Dynamic Theory of the Knowledge-Based Firm」と、原著とは少し変わっており、本書の方が発展した内容となっていると考えてよいと思います。なお、本書では「持続的イノベーション企業の動態理論」という副題がついていますが、Christensenが「イノベーションのジレンマ」[文献2]で提示した「持続的イノベーション」の概念とは関係がないと思われます(持続的成長を可能にするイノベーション企業、といった意味かと思われます)。

本書の構成は次のとおりです。第1章が知識の定義と特性、第2章が暗黙知と形式知の相互変換により知識が創造されるプロセス、第3章が組織において知識が創造されるプロセスについてのモデル、第4章が知識創造を促進するために必要なリーダーシップ、第5~9章が日本企業の具体的な事例に基づく知識創造理論についての解説、終章が総括と提言[文献1、p.viii]、となっています。本稿では事例以外の部分(1~4章、終章)を中心に重要な知識創造理論の考え方をまとめてみたいと思います。

第1章:知識について

知識の定義は「個人の信念が真実へと正当化されるダイナミックな社会的プロセス」[文献1、p.7]とされます。これは「知識の重要な特性はその絶対的『真実性』よりむしろ対話と実践を通して『信念を正当化する』点にあるとの考えに基づく」とされています。そして、知識に関する重要なポイントとして、次の点を挙げています。

・主観性:排除不可能であるから主観を排除しないのではなく、むしろ価値観や信念などの主観的要因を積極的に組み入れる。客観を無視することではない。[文献1、p.8-12

・関係性:「世界は相互に関係するプロセスや出来事の連なりからなる有機的な網であり、すべては関係性の中にあると見る」プロセス哲学の視点に基づく。「世界は『モノ(thing/substance)』ではなく、生成消滅する『コト』すなわち『出来事(event)』によって構成される」のであって、知識を物体のように固定されたものとして扱うべきではない。「変化する態様を『動詞』、一定の形に固定された場合を『名詞』と表現するならば、動詞的知識を製品として名詞化し、さらにユーザーにより名詞が動詞化されるという『名詞(モノ)-動詞(コト)』の相互変換プロセスとなる。「人は常に未来の自分へと『成る(becoming)』状態にあり、現在の自分としての『ある(being)』状態は『成る』の一側面にすぎない」。「知識創造のプロセスとは、知識ビジョンなどの『どう成りたいか』という目的に動かされた成員が、互いに作用しながら自身の限界を超えて知識を創造することにより将来のビジョンを実現させるプロセス」。[文献1、p.12-16

・審美性、美学:「知識は人の信念から創造されるが、信念が知識となるには真実として正当化されなければならない」。「真は美によって価値あるものと見なされる」。「審美的な感性は、創造された知識についての判断をするために必要なだけでなく、どのような知識を創造すべきかを判断するためにも必要である。われわれは、自分の価値観や信念に基づいて知識を創造する。」[文献1、p.17-18

・実践:「知識ベースの経営論は、企業が置かれた個別具体の状況の中での実践から出発し、そうした実践の中から知識を創造するプロセスと、知識を創造する能力が形成されるプロセスを説明するための理論とフレームワークを確立しようとするものである。」[文献1、p.20

以上をまとめるならば、知識は「個人の主観的な思い・信念や価値観が、社会や環境との相互作用を通じて正当化され客観的な『真実』になるプロセス」[文献1、p.20]ということになるでしょう。

第2章:知識創造の理論

・「暗黙知とは、特定の状況に関する個人的・経験的な知識であり、具体的な形に表現して他人に伝えることが難しい」「と同時に、新たな経験を積み重ねることによって常に変化していく知」。「形式知とは明示的な知であり、言葉や文章や絵や数値などにより表現が可能で、他人にもわかりやすいような形式的・論理的言語によって伝達可能な知識」。「ダイナミックに動いている『動詞的』な暗黙知があり、それを具体的な形として『名詞化』(固定化)したのが形式知。[文献1、p.24

SECI(セキ)モデル:SECIモデルについては別稿でも簡単に紹介しましたが、著者の言葉でまとめておきます。[文献1、p.28-42

「暗黙知と形式知の継続的な相互変換は、『共同化』『表出化』『連結化』『内面化』という四つの変換モードからなる知識創造モデルによって表わされる。

共同化(Socialization):身体・五感を駆使、直接経験を通じた暗黙知の獲得、共有、創出(共有)。自然環境との相互作用や他人と共通の時間・空間を過ごす体験を通じ、個人の暗黙知が複数人の間で共有され、さらに異質な暗黙知が相互作用する中から新たな暗黙知が創発されていく。

表出化(Externalization):対話・思索・喩えによる概念・図像の創造(概念化)。表出化は個人知である暗黙知を形式知にすることにより、集団の知として発展させていく。

連結化(Combination):形式知の組み合わせによる情報活用と知識の体系化(分析・モデル化)。表出化によって集団の知になった言語や概念が具現化されるためには、概念と概念を関係づけてモデル化したり、概念を操作化・細分化するなどして、組織レベルの形式知に体系化する。

内面化(Internalization):形式知を行動を通じて具現化、新たな暗黙知として理解、体得(実践)。共有化された知識は、再度個人に取り込まれ、暗黙知化されて、もともと持っていた知識と結びついて新たな知となり、その個人の中に蓄積されていく。

スパイラル:知識創造の過程は、SECIプロセスの中で増幅され、拡大発展していくスパイラル。

第3章:プロセスモデルの構成要素

知識創造を行なっている企業の動態モデルは、SECIに方向性を与え、SECIを回す力の源泉となる「知識ビジョン」と「駆動目標」、「対話」と「実践」で表わされたSECIプロセス、現実にSECIプロセスが行なわれる実存空間としての「場」、SECIプロセスのインプットでありアウトプットである「知識資産」、そして場の重層的な集積であり、場の境界を規定する制度を含む知の生態系としての「環境」の7つの構成概念で表わされる。

・知識ビジョン:企業は何を「真・善・美」とするかについての一貫した価値基準を持たねばならない。知識ビジョンはこうした価値基準をもたらす。知識ビジョンは、組織の構成員の知的情熱を触発する。人はそれが自分を利するからというよりも、自分の仕事に社会的な意味を見出すときに強く動機づけられる。企業間の「競争に勝つ」という相対価値は、勝った時点で消える可能性があるが、「われわれは何のために存在するのか」という存在論から始まる知識ビジョンは、決して完全には達成されないかもしれない理想へと組織を向かわせる。何のために真・善・美を追究するのかという理想主義と同時に、それを実際に達成するための実践的なプラグマティズムが必要。[文献1、p.44-50

・駆動目標:組織がどのような価値を提供するか、あるいはどのように提供するかについての具体的かつ挑戦的な概念、数値目標、行動規範などが、知識創造プロセスに駆動力を与える駆動目標となる。駆動目標は矛盾をつくり出すことにより、矛盾に直面した組織成員が持てる知を総動員し、深く考え抜いて本質を追求し、矛盾を綜合して一段レベルの高い知識を創造する(困難や矛盾のあるところにこそ新たな発想の機会がある)。[文献1、p.50-52

・対話:対立を乗り越え、それまで存在しない新たな解にたどり着くには、本質追求の実存的質問により、自分とは異なる視点の存在を理解・受容し、それらの視点を自己の視点と綜合するための対話が不可欠。[文献1、p.53-57

・実践:「実践」とは、個人的で一次的な単純な行為である「動作」とは分けて考えられるべきもの。世界との関係性を踏まえたうえで、自己がいかに「ある」あるいは「成る」べきかを考えたうえでの行為が実践。行動する中でその行動と結果の本質的な意味を深く考え、そこからの反省を踏まえて行動を修正していくことが必要。[文献1、p.57-59

・場:対話と実践という人間の相互作用により、知識を継続的に創造していくためには、そうした相互作用が起こるための心理的・物理的・仮想的空間が必要であり、そうした空間を「場」と呼ぶ。そこでは、参加者の間で自他の感性、感覚、感情が共有される相互主観が生成し、個人は自己の思惑や利害などの自己中心的な考えから開放され、全人的に互いに向き合い受け容れあう。場は動的文脈であり、常に動いている。「よい場」の条件は以下の通り。

1)独自の意図、目的、方向性、使命などを持った自己組織化(=自律性が必要)された場所でなければならない。

2)参加するメンバーの間に目的や文脈、感情や価値観を共有しているという感覚が生成されている必要がある。

3)異質な知を持つ参加者が必要。

4)浸透性のある境界が必要。文脈共有には一定の境界設定が必要だが、必要に応じて境界を開いて新しい文脈を取り入れ、あるいは必要に応じて境界を閉じて中の文脈を守る、というのが「浸透性のある境界」の考え方。

5)参加者のコミットメントが必要。場において生成する「コト」に「自分のこととして」かかわることによって知識は形成される。こうしたコミットメントを得るためには、信頼、愛、安心感、共有された見方や積極的な共感などが必要。知識創造には内因的モチベーションが必要(外因的要因には暗黙知の表出化を推奨する効果は期待できない)。内因的モチベーションが有効に機能するには、仕事において創造性を要求されること、内容が広範囲で複雑で幅広い知識が必要とされること、暗黙知の移転と創造が不可欠であることのいずれかが含まれなければならない。

場は動詞的であるが、場と場同士の関係性が固定化することによって作られた組織構造は名詞的である。[文献1、p.59-79

・知識資産:特許やライセンス、データベース、文書、スキル、社会関係資本、ブランド、デザイン、組織構造や業務、文化などが含まれる。ルーティン知識資産(実践の中に埋め込まれて組織に共有・伝承されている暗黙知であって、業務ノウハウ、組織ルーティン、組織文化などが含まれる)の中でも「型」(状況の文脈を読み、統合し、判断し、行為につなげるために、個人や組織が持っている思考・行動様式のエッセンス)が重要で、「守・破・離」の三段階を経て学びとられる。「守」は指導者の言葉を守り指導者の技能や価値観を自分のものとする段階、「破」は自分なりの工夫を試す段階、「離」は試した方法を自分なりに発展させる段階である。[文献1、p.79-88

・環境(知の生態系):知は組織の内部だけでなく、組織をとりまくさまざまな存在の中に埋め込まれている。知の生態系とは、さまざまな場所に多様な形で存在する知識が、相互に有機的な関係を構成している状態をいい、組織が環境との相互作用の中で創造した知はまた環境を規定し、変えていく。[文献1、p.88-94

第4章:知識ベース企業のリーダーシップ[文献1、p.95-123

知識ベース企業において、リーダーは知識ビジョンを設定し、場を創設・結合・活性化し、SECIプロセスを促進し方向づけ、知識資産の開発と再定義を行う。リーダーシップの役割はまず、使命やビジョンを設定し、それを理解し一貫性を持たせることである。組織で創造される知識の質は、究極的には「何を真・善・美としたいか」というリーダーと、個々の組織成員の志の高さに依存する。リーダーに必要な能力として提案されているのがフロネシス。フロネシスとは、賢慮ないしは実践的知恵と訳される知的美徳というべきものと考えられ、企業におけるフロネシスとは、個別具体の状況でその企業の主観(価値観)に基づき、市場(顧客)が「良い」とする社会的価値を理解し、実現する能力であって、SECIプロセスの実践の練磨のなかで獲得されていく高度の実践知であると考えられる。具体的には以下の6つの能力からなる。

・善悪の判断基準を持つ能力:理想を抱くと同時に現実を見据える能力

・場をタイムリーに創発させる能力

・個別の本質を洞察する能力

・本質を表現する能力

・本質を共通善に向かって実現する政治力

・賢慮を育成する能力

(上記の点については後に発表された論文と大きな違いはありませんので、詳細はそれを取り上げた拙稿をご参照ください。)

終章:マネジメントの卓越性を求めて

著者が語る本書の目的は、「企業がどのように知識を組織的に創造し新しい価値を作り続けていくか、すなわち、企業のイノベーション生成のプロセスを明らかにすること」[文献1、p.385]であり、「知識ベース企業のプロセスモデルは、ビジョンの実現に向かって言語(対話)と行為(実践)の練磨を通じて、イノベーションを起こし続ける運動モデル」であって、「その動態理論を一語で表わすならば、『実践知経営(Phronetic Management)』である、とのことです[文献1、p.387]。しかし、「企業の状況が異なれば、おのずと方法論も異なる」ため、「現在の段階では『これを行えば確実に知識創造が可能である』という定型的で一般的な確立された方法はない」とされます。ただし、分析において明らかになった実践方法として以下の提示がなされており、実践を行なう者にとっての指針になると思われます。

・アクチュアリティを見て直観する

・実践的推論(「~すべし」「~が望ましい」)を磨く

・より大きな関係性で世界を捉える(それまでの視点を超える関係性で世界を把握する)

・生き生きとした場を構築する(間身体的な体験すなわち「共にいること」も重要)

・異文化超越によるグローバルな場の構築(無意識の前提を揺るがすことはイノベーションの好機)

・「型」により賢慮を育成する(保守的な暗黙知を自己革新するためには「破・離」が重要)

・知識を価値に変換するために、知識創造型ビジネスモデルが必要

以上が私なりのまとめです。野中氏の知識創造理論では、哲学的な背景に基づく様々な概念、用語が用いられており、それが複雑でわかりにくく感じられる原因のひとつではないかと思いますが、本書のような形でこうした概念が体系化され、あらためて定義、説明しなおされることによって、その意味が理解しやすくなり、概念の持つ意味の広がりも受け入れやすくなるように思います。知識創造理論は、いわゆるナレッジ・マネジメントとして捉えられることが多いと思いますが、本書でも「問題はまず、知識というものの特性や本質が、いまだ十分に理解されていないところにある。たとえば『ナレッジ・マネジメント』という言葉は、ビジネスの実践の世界においては主にITに対する重点的投資によって企業運営を効率化することと受け取られた。知識を情報と同列視し、ナレッジ・マネジメントとは、単に情報を効率的に蓄積・伝達・使用することであるとの誤解に基づいてIT投資を進めたものの、結局期待した成果をあげることができなかった企業も多かった。知識の本質的な性質を理解しないままでは、その共有や活用を進めても効果をあげることはできない。」[文献1、p.4]とされるように、知識創造理論はハウツー的な枠組みではなく、知識に基づくイノベーションの本質を追求するものであると理解すべきであると思われます。もちろんこの理論による個別の指摘の中には実証による裏付けに乏しい考え方もあると思われますが、理論の全体観を理解することによって、個別の指摘が納得しやすくなり、使いやすくなっているのではないでしょうか。知識創造理論の考え方を参考にした実践に基づいて、自分自身の暗黙知を高度化し、形式知としての理論の高度化を図る、というのが実践する者の務めなのかもしれないと思います。

 


文献1:野中郁次郎、遠山亮子、平田透、「流れを経営する――持続的イノベーション企業の動態理論」、東洋経済新報社、2010.

文献2:Christensen, C.M, 1997、クレイトン・クリステンセン著、伊豆原弓訳、「イノベーションのジレンマ」、翔泳社、2000.

参考リンク<2012.7.8追加>

 


 


 

フロネシス(賢慮)と研究開発

暗黙知、形式知の変換による知識創造理論を提唱した野中郁次郎氏、竹内弘高氏が最近取り上げているフロネシス(賢慮)という考え方について、両著者による論文「賢慮のリーダー」[文献1]に基づいて考えてみたいと思います。

この論文において著者らが目標としているのは、「企業が社会と衝突するのではなく、共生するために、どうすればリーダーが体系的な決定を下せるようになるのか」を探ることです。そして、その研究の結果、「形式知と暗黙知の概念を使うだけでは十分に説明できない」、「CEOは『実践知』という、忘れ去られることが多い第三の知識も利用しなければならない」という結論に至ったとしています。ここで、実践知とは、「経験から得られる暗黙知で、価値観や道徳についての思慮分別を持つことにより、現実の具体的な文脈や状況において最善の判断を下し、行動することを可能にする」もの、言い換えれば「実践知は、倫理的に健全な判断を可能にする経験的知識」であって、その実践知の起源が、アリストテレスが分類した三つの知識の一つ、フロネシス(賢慮とも訳される)という概念にある、と述べています。

つまり、知識を用いて何かを成し遂げようとする場合でもまずは正しく判断することが重要で、実践知はそれを可能にするものということでしょう。そして、こうした能力は特にリーダーに求められているというのが著者らの主張と考えられます。ということは、実践知とは、知識というより、能力や信念、思考や行動のパターンといったものに近く、しかし、学んだり育成したりすることができるという意味では知識とも言える、ということになると思います。著者らは、この実践知においては「共通善」が重要な役割を担うとしており、「未来の創造とは、企業の境界を超える、共通善の追求でなければならない」、「意思決定が自社だけでなく社会にも有益かどうか」、「企業は、経済価値と共に社会価値を創出しなければ、長く生き残れない」、「いかなる企業も、顧客に価値を提供し、ライバルが創造できない未来を創造し、共通善を維持することができなければ、長く生き残れないだろう」と述べています。つまり、知識創造を含めた企業活動の全体を統括するのが共通善に支えられた実践知である、と言っているように思います。

著者らは、その実践知を持つ賢慮のリーダーには次の6つの能力が必要であるとしています。

1、善を判断できる:著者らは「賢慮のリーダーは、何が善かという道徳的認識力を発揮し、どんな状況にあってもそれに基づいて行動する」「経営者は、利益や競争優位性のためではなく、共通善のために判断を下さなければならない」とし、基盤となる価値観を持つことが必要としています。そして、善いことの判断力を養う方法として次の4つを挙げています。すなわち、1)経験(特に逆境や失敗の経験)、2)日常の経験から得られた原則を書き留め、共有する、3)卓越性の追求、4)判断力は一般教養に精通することで養うことができる、です。

2、本質を把握できる:「賢慮のリーダーは判断を下す前に、状況の背後にある物事を素早く察知し、将来の展望や結果に対するビジョンを生き生きと示し、そのビジョンを実現するのに必要な行動を決定する。実践知によって、本質を見極め、人々、物事、出来事の性質や意義を直観的に理解する」とされます。そのためには、「細部への目配りと粘り強さが必要」で「細部から普遍的な真実を把握することも重要」「主観的な直観と客観的な知識との間のたえざる相互作用が必要」であり、問題の本質を把握する能力を養うため次の3つの行為を習慣化しなければならないとしています。それは、1)問題や状況の根本が何なのかを徹底的に問う、2)「木」と「森」を同時に見る、3)仮説を立てて検証する、です。

3、場をつくる:「賢慮のリーダーは、経営幹部や社員が互いに学び合う機会をたえず創出する」「フォーマルおよびインフォーマルな場(共有された文脈)をたえず創出する」。

4、本質を伝える:「賢慮のリーダーは、だれにでもわかる方法でコミュニケーションできなければならない」「ストーリーやメタファー(隠喩)など、比喩的な表現を使う必要がある」「それによって、ベースとなる文脈や体験の異なる人々同士でも、物事を直観的に把握できるようになる」。当然ですが、「レトリック(言語表現の技術)も大切」とのことです。

5、政治力を行使する:「賢慮のリーダーは人々を結束させ、行動に駆り立てなければならない」「人材を動員するためには、経営幹部は状況に応じたすべての手段を-マキャベリ的な権謀術数さえも-利用しなければならない」。さらに、「人間はもともと論理的であると同時に感情的でもある」などの「人間性のあらゆる矛盾を理解し、状況に応じてそれらを統合しようとする」「優れた知性とは二つの対立する概念を同時に抱きながら、その機能を十分に発揮できる能力(フィッツジェラルド)」という点も指摘しています。

6、実践知を育む:「実践知は組織内にできる限り分散させなければならないし、あらゆる層の社員が訓練によって使えるようにならなければならない」「自立分散型リーダーシップの育成は、賢慮のリーダーの最大の責務の一つ」。ソフトウェア開発で採用されているスクラムアプローチも構造的な選択肢の一つであり、また、手本となる人物から実践知を学ぶこと、メンターによる指導、徒弟制も有効であるとしています。

このようなリーダー像をまとめて、著者らは、「CEOは理想主義的な実用主義者(アイデアリスティック・プラグマティスト)にならなければならない」と述べています。「理想主義者でなければ、新しい未来は作れない」が、それと同時に、「現実を直視し、状況の本質をつかみ、それがもっと大きな文脈とどう関わるのかを思い巡らして、共通善を実現するために何をしなければならないかをその時その場ですぐに判断する」ことが求められる、としています。

リーダーに要求されるこのような能力の内容については、特に目新しいものではない、という意見もあるでしょう。しかし、最近の経営環境の変化を受けて、これからの時代のリーダーに必要な能力として、上記の点をことさら強調している点は重要であると思います。著者らは、こうした能力を持つ経営幹部の事例を挙げているのみですが、企業経営の困難度が増している現在において、こうした能力の欠如が原因で経営が失敗したと思われる例を探すことはそれほど難しくないように思います。例えば、次のような問いを考えてみると、上記の能力のどれが欠けても企業の永続には問題があるだろうことは容易に理解できるのではないでしょうか(それぞれ上記1~6に対応しています)。

1、不祥事を起こしたり社会の信頼を失ったりした企業に「共通善」の認識があったか

2、本質を軽視して目先の利益や指標にとらわれて失敗していないか

3、知識創造の基盤となる相互交流の制度(場)を整備、維持しているか

4、経営層の考え方が社員に浸透しているか

5、相反する目標を認識した上で、社員の行動を束ねられているか

6、知識、能力の育成はできているか

研究開発のリーダーについても同様のことが言えると思います。上記の考え方を研究の場面に適用すると以下のような示唆が得られるでしょう。

1、共通善に反する研究は、仮に研究自体がうまくいったとしても社会との関わりにおいて問題を起こす可能性がある。

2、本質(たとえば、Christensenの指摘する「片づけるべき用事」、エスノグラフィーでとらえようとする真のニーズなど)を考慮した研究が重要。本質を忘れた改良はオーバースペック製品や、使われない製品を生む。

3、知識創造の場を整備し維持する必要がある。

4、企業戦略の方向を理解して研究の方向を決定できているか。

5、社内の協力体制はできているか。矛盾するような目標に対して安易に妥協していないか。

6、技術やノウハウ、技術的優位性、よき伝統の継承はできているか。

こうしてみると、当たり前の指摘とはいいながら、重要なチェックポイントを示しているように思います。特に、科学技術への信頼が失われ、研究の不確実性が高まるなかで、新興国からの技術的な追い上げを受けている研究環境にあっては、研究開発にこそこうしたフロネシスにもとづく実践知が求められていると言えるのではないでしょうか。確かに著者らの主張は技術者の感覚からすれば実証性が不足していてそのまま受け入れにくいと思われるところもあり、観念的な概念はわかりにくい点もあるのは事実ですが、貴重なヒントを与えてくれていることは確かだと思います。

著者らは、「『断絶』が繰り返される時代にあって、組織を賢く統率する能力は消え失せたに等しい」「多くの経営者が、新しい技術、人口動態の変化、消費動向などに対応できるように自社を素早く改革するのは難しいと感じている」「人々は産業界に価値観や道徳が明らかに欠けていることに腹を立てている。ビジネス・スクールや企業、CEOの経営者育成法にはどこか誤りがある」という問題意識に基づいているようですが、これはそのまま科学の世界、研究開発の世界にも言えることなのではないでしょうか。何を読み取るかは我々次第なのでしょう。


文献1:野中郁次郎、竹内弘高、「『実践知』を身につけよ 賢慮のリーダー」、Diamond Harvard Business Review20119月号、p.10.

参考リンク<2012.7.8追加>

 

事業創造人材とは

企業においてイノベーションをなしとげ、新しい事業を立ち上げる人々は、どんな人たちなのでしょうか。最近ネットで取り上げられているリクルートワークス研究所レポート「事業創造人材の創造」の内容について考えてみたいと思います[文献1-5]

このレポートでは、「事業創造人材」すなわち「その企業でこれまでになかったやり方で、新しい事業を立ち上げるか、海外への進出を主導した人物」を調査して見出された特徴がまとめられています。既存企業の中で新規事業を創造した人物が調査対象ですので、ベンチャー起業家は対象となっていません。また、この調査では、新規事業を「顧客・市場の変化を手掛かりに、新しく社会が求めている『価値』が何であるのかを定義しなおし、それを提供し続けるために、どのようなデリバリーの仕組みを構築するか(すなわちマネタイズの方法)を新しく考えだすこと」と定義しており、新たな技術開発や発明は必須のものとはしていません。つまり、いわゆるイノベーションの事業化の段階に特化した調査と言えるでしょう。調査は15 人の事業創造経験者に対して行なわれ、インタビューと、事業に関する資料、対象者の発言や著作をもとにして、事業創造人材の特性を明らかにすることを試みています。イノベーションの実用化のためには事業化段階の努力も重要ですし、新技術が大きな役割を担わないイノベーションも存在しますので、いわゆる研究者が対象ではなくてもこうした調査の意義は大きいと思います。

早速、調査結果を見てみましょう。まず、著者らは、事業創造には、世の中や社会をどのように変えるかを明らかにする「Social Story」を語る「青臭い」部分と、どうやってその製品やサービスから利益を得るのかを明らかにする「Business Story」を語る「腹黒い」部分を併せ持つことが必要と述べています。著者らはこれを「青黒い」人材と称しています。

そして事業創造人材の特徴は次の5つの思考特性と、6つの行動特性で説明できるとしています。

思考特性(思想レベル)

1、より良い社会への信念:変えたい、変えるべき。よりよい社会のため、より顧客のため。どうなっているべきか。

2、経験に裏打ちされた自負:誰よりも経験豊か、考えている。正しい「有能感」。

思考特性(行動規範レベル)

3、強烈なゴール志向:なんとしても事業を成立させたい。必要なものと不要なものを冷静に判断し獲得または排除のために行動する。納得したらこだわることなく方向転換。

4、高速前進志向:大小の到達目標をセットし周囲と自分自身がいまやるべきことを明瞭にする。リスクを承知の上でまずは歩みを進める。

5、粘り強さ:批判、反対、圧力、妨害に屈しない。成功するまで行動しつづける。

行動特性(思想レベル)

1、常識の枠を超える:既存の前提に縛られず方法を考える。通例の制約から進んで逸脱する。別の側面から再定義し新たな機会を想定する。

行動特性(行動規範レベル)

2、手に入れる:必要な人を説得し、納得させ、味方にする。上長の役割や機能をうまく活用する。自分の能力の不足する部分で他者の能力活用に躊躇がない。既存事業で培われた組織能力を使って成長スピードを上げる。事業成長のために周囲の人間を育てる。

3、捨てる:目的合理的でない行動は切り捨てる。大局に関係ないことはメンツやプライドにこだわらず譲る。不要な雑音を無視しぶれない。

4、決める:要件を早く決め他者の迷いを払拭し行動スピードを上げる。自分が行なうこと、他者に任せることを明確に区別し守る。

5、宣言する:すべての要素が明らかになる前に何を選ぶか意思決定する。自分にできないこと、やらないことを周囲に知らせておく。アイデアやプランを早い段階でオープンにして育てる。

6、やめない:途中であきらめずに続けていれば失敗ではないと考える。途中に失敗があることは織り込み済みでいちいちへこたれない。

そして、このような行動特性のうち、「常識の枠を超える」「手に入れる」「捨てる」「決める」の4 要素については経験によって獲得し強化されることが明らかになったとしています。加えて、パーソナリティーの観点から事業創造人材には以下の特徴があることも指摘しています。

・際立った学習能力:ありふれた経験からでも優れた行動を学べる。

 →これは、業務の本質を身につけ「自負」といえるレベルまで高める能力と言えるかもしれません。

・跳ねっ返りな性格:信念につながる。つぶされない条件にもなる。

著者らは、このような性格を持っていることが前提となるため事業創造人材の意図的な育成は困難であり、事業創造人材に育ちうる人材を見つけておくことと、その跳ねっ返りの強さをつぶさないようにすることが人事上のポイントと述べています。

なお、これらの特徴を持つ人は、すぐれたリーダーというわけではないとも指摘しています。リーダーに必要とされる要素のうち、目標達成に強い関心を持ち、よい組織づくりや部下のマネジメント、メンテナンスには関心を示さない場合もみられるという点は注意が必要でしょう。著者らは、こうした事業創造人材の特徴を持った人は組織の数パーセントでかまわないとしていますが、要するに企業における事業創造の機会に十分なだけの数がいればよく、組織のマネジメントや立ち上げた事業を継続的にうまく運営していくためには必ずしもこうした人材でなくともよい、ということと考えられます。

調査結果は以上のような内容ですが、ここで挙げられた事業創造ができる人材の特徴は、だいたい経験的に納得できるようなものだと思います。いわゆる「やり手」といわれる人に対して多くの人が抱いている印象と近いのではないでしょうか。しかし、単なる「やり手」を超えて、事業創造を可能にする人材の場合には、自分個人の成果を求めることよりも、「青臭い」、社会のためを考える視点が必要とされる、ということと思われます。

ただ、この調査分析自体には、著者も認めるとおり[文献5]、いくつかの注意点があります。まず、サンプル数が少ないこと、業種に偏りがあること(今回調査は、電機メーカー、ネット関連、商社、広告のみ[文献4])の点で安易な一般化はできない可能性があります。また、今回は「事業創造」に成功した人の特性を調べていますので、逆に、このような特性を持った人であれば事業創造に成功できる、とは言えないことにも注意が必要でしょう(このような特性を持っているのに事業創造に失敗した人がいる可能性が検証されていない)。また、すべての人がここで挙げられたすべての特徴を備えているということもないと思われます(レポートでは、少なくとも過半数で認められた特性を抽出しているとのことです[文献4])。さらに、こうした特性の相対的な重要度についても残念ながらはっきりしません。仕事の種類や環境によってはマイナス面が現れてしまうような特性もあるのではないかと思われます。これらの問題点については、今後の研究に期待したいと思いますが、挙げられた特性はひとつの仮説として示唆に富んだものと言えると思いました。

もうひとつ興味深いと思われるのが、Dyerらによる「イノベーターのDNA[文献6]との比較です。Dyerらは25人の著名なイノベーターをはじめ3500人のイノベーティブな企業を立ち上げた、あるいは新製品を開発した人々の調査にもとづいて、彼らに特有な5つの能力として「関連づける力」「質問力」「観察力」「実験力」「人脈力」を挙げています。この調査対象は技術者よりであると思われる点で、白石、石原のレポートとは異なりますが、簡単に比較しておきたいと思います。興味深いのは、調査の目的は似ていると思われるのに、表面的な共通点が少ないことです。視点が違う、と言ってしまえばそれまでかもしれませんが、Dyerによる5つの能力のうち、白石、石原のレポートで指摘されているのは、「質問力」として挙げられた「常識にあらがう質問」が「常識の枠を超える」に近いこと、「人脈力」が「手に入れる」に近いこと、「実験力」が「高速前進志向」ぐらいでしょうか。ただし、Dyerらは、5つの能力の説明で、イノベーターは現状を変えたいと強く願っている、リスク・テイキングをする、変化よりも安定を好む現状維持バイアスを回避する、と述べていますので、「より良い社会への信念」「高速前進志向」「捨てる」とは近い要素が含まれているのかもしれません。また、Dyerらが「きわめてイノベーティブな企業の経営陣は創造的な仕事を部下たちに任せたりしない。みずからやる。」としている点も類似の要素と言えるかもしれません。ただ、大きく違うのは、白石、石原のレポートで「腹黒い」とされるような点がDyerらの指摘にないことです。白石、石原のレポートでは結果的に成功したとは言っても、批判や圧力に屈しない、ルールや社内秩序を無視する、独断専行、使えない資源の切り捨て、うまく立ち回って意志を通す、など、目的のためには手段を選ばないともとれるような「腹黒い」行動の例も挙げられているように思います。「青臭い」部分はDyerでも白石・石原でも指摘されていますので、ひょっとすると、アメリカでは日本に比べて「腹黒く」なくても事業創造がやりやすい環境にある、ということかもしれません(あるいは、「腹黒い」ことは指摘するまでもない当たり前のことかもしれません)。ひょっとすると、日本ではチャレンジすること自体のハードルが高いため、「腹黒く」ないとそのハードルが越えにくいと考えることもできるのではないかとも思います。もし、そうだとすれば、チャレンジしやすい環境さえ整えれば、「腹黒い」特性は必要ない可能性もあるかもしれません。

研究開発から事業を興す場合には「モノ」の要素が入ってきますので、ここで挙げられたような「ヒト」の要素が強くかかわる事業創造とは状況が異なる場合があると思われます。研究開発の世界でもこうした事業創造人材は求められているのかもしれませんが、専門性の育成には長期的な視点が必要ですので、よい組織づくりや部下のマネジメント、メンテナンスといった観点も必要になるでしょう。従って、「青黒い」人材が技術的イノベーションでも力を発揮できるかどうかはわかりませんが、研究と事業化の間に横たわる死の谷やダーウィンの海を越えるためには、このような事業創造人材の手助けが必要になる場合はあると思います。研究の事業化の際には、研究者でなくともこうした「青黒い」人材に業務を任せるべきなのか、研究者の中にもおそらくいるであろう「青黒い」人材を探すべきなのか、それとも、イノベーションを後押しするようなシステムを作ることによって「青黒い」人材に頼らずとも事業化ができるようにすべきなのか、という点も考えてみる価値があるでしょう。また、事業創造人材の特徴は、事業化をどのように進めるべきかの指針やハウツーにもなるかもしれません。研究を研究で終わらせないためにどうしたらよいかの示唆も含んだレポートだったと思います。


文献1:白石久喜、石原直子編、「事業創造人材の創造」、リクルートワークス研究所、2011.6.1.

http://www.works-i.com/?action=pages_view_main&active_action=repository_view_main_item_detail&item_id=883&item_no=1&page_id=17&block_id=302

文献2:石原直子、「企業内イノベーションを起こす人々『事業創造人材』が持つ11特性とは」、DIAMOND Online2011.9.29.

http://diamond.jp/articles/-/14198

文献3:白石久喜、「事業創造人材=『青黒い人』を組織はいかにして創造するか」、DIAMOND Online2011.10.13.

http://diamond.jp/articles/-/14392

文献4:石原直子、白石久喜、「企業内事業創造人材の特性と成長(前編)―15 人の企業内事業創造者への定性的調査による―」、Works Review Vol.6, p.22、リクルートワークス研究所、2011.5.30.

http://www.works-i.com/?action=pages_view_main&active_action=repository_view_main_item_detail&item_id=854&item_no=1&page_id=17&block_id=302

文献5:白石久喜、石原直子、「企業内事業創造人材の特性と成長(後編)―15 人の企業内事業創造者への定性的調査による―」、Works Review Vol.6, p.34、リクルートワークス研究所、2011.5.30.

http://www.works-i.com/?action=pages_view_main&active_action=repository_view_main_item_detail&item_id=855&item_no=1&page_id=17&block_id=302

文献6:ジェフリー・H・ダイアー、ハル・B・グレガーセン、クレイトン・M・クリステンセン著、関美和訳、「イノベーターのDNA」、Diamond Harvard Business ReviewApr. 2010p.36.

文献1,4,5のリンクが変わっています。以下の参考リンクをご参照ください。<2014.8.3>
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