研究開発マネジメントノート

研究開発とそのマネジメントについてのいろいろ

不確実性

イノベーションの方法(ファー、ダイアー著、「成功するイノベーションは何が違うのか?」より)

研究開発やイノベーションの方法は、取り組む課題に応じて変える必要がある、ということは多くの方が指摘していますし、私の経験からもそう思います。しかし、どういう場合にどのようにすべきか、ということはあまり明確になっていないというのが実情でしょう。

ただ、最近では、イノベーションの具体的手法について、かなり多くのことがわかってきていると思います。今回は、そうした具体的手法のなかから、ネイサン・ファー、ジェフリー・ダイアー著「成功するイノベーションは何が違うのか?」[文献1]に書かれた考え方をまとめておきたいと思います。なお、原著の表題は「The Innovator’s Method: Bringing the Lean Start-up into Your Organization」であり、Christensen氏の推薦の言葉「本書はイノベーションのプロセスを初めから終わりまで詳しく解説した初めての本だ[p.iii]」からもわかるように、最近の考え方も入れて、著者らが考えるベストの手法が解説されていて、実務家にとってもかなり役立つ内容になっているのではないかと思います。

序章、はじめに
・「本書で伝えたいことは、あらゆる分野で、不確実性の高い野心的なアイデアを検証するための新しい手法や視点が登場してきているということだ。リーンスタートアップであれ、デザイン思考であれ、アジャイルソフトウェア開発であれ、このような新しい手法は、マネジャーが新しいアイデアを生み出し、洗練させ、市場に投入して成功させるための今までの方法を根底からくつがえすものだ。・・・本書では既存企業のマネジャーが新しい取り組みを採用しやすくするために、『イノベーション実現メソッド』と呼ぶイノベーションを管理するための新しい方法論を提唱する。[p.2]」
・「一言で言えば、『イノベーション実現メソッド』とは、成果を上げているイノベータが、イノベーションの不確実性をうまく扱う際に使っているプロセスである。本当は顧客が欲しくないような製品を開発し、市場に投入することでリソースを無駄にしてしまう前に、独創的なインサイトをテストし、検証するプロセスである。[p.9]」
・「本書で紹介する類書にはない重要な考え方は、不確実性に対処するためには、新しいマネジメント手法が必要になるというものである。伝統的なマネジメント手法は、比較的確実な状況における課題にはうまく機能していたが、不確実な状況での課題に対しては機能しなかった。[p.21]」

第1章、イノベーション実現メソッドThe Innovator’s Method
・「企業が顧客を創造する能力に影響を与える不確実性には2つの種類がある。需要の不確実性(顧客はそれを買うのか?)と技術の不確実性(理想的なソリューションを提案できるのか)である。[p.25]」
・「抱えている課題の不確実性率が低い場合、おそらくこれまで使われていたマネジメント手法を適用することができるだろう。一方、不確実性率が高い場合、イノベーション実現メソッドが指針となるだろう。[p.34]」
・イノベーション実現メソッドの4つのステップ[p.40-41

ステップ1、インサイト――サプライズを味わう:「解決する価値のある課題についてのインサイトを幅広く探す」
ステップ2、課題――片づけるべき用事の発見:「ソリューションから考えるのではなく、・・・片づけるべき用事を探すことから始める」
ステップ3、ソリューション――最小限の素晴らしい製品のプロトタイピング:「完全版の製品を開発する代わりに、・・・プロトタイピングを繰り返し行い、・・・最終的には最小限の素晴らしい製品を開発する」
ステップ4、ビジネスモデル――「ソリューションの核心をおさえると、ビジネスモデルの他の要素を検証する準備が整ったことになる」
「各ステップは挑戦の要となる仮説を実験するため、『仮説、実験、学習』のループを繰り返し行なう」
・「実際は、これらのステップはお互いに重複したり、時には少し違った順序で起きることもある。[p.57]」

第2章、不確実な時代のリーダーシップLeadership in the Age of Uncertainty
・「テイラーの科学的管理法の原則・・・つまり課業の専門化、作業の標準化、説明責任、分業などは、・・・これまで大きな効果を上げてきたが、問題が一つある。この原則は、イノベーションのマネジメントのためには完全に間違っているのだ。顧客を維持するためのタスクを効率的に実行する場合には優れた原則なのだが、顧客を『創造する』・・・ための作業の指針としては、うまく機能しない。[p.60-61]」
・リーダーの主な4つの役割:
1、トップの実験者となる:「最も重要なことは、リーダーがトップの意思決定者ではなく、トップの実験者にならなければならないということ[p.66]」。「トップの実験者は、次の3つに注力している。挑戦の要となる仮説をチームでまとめる、仮説実験を通して素早く検証する、データ(多くの場合、顧客から収集したもの)を使って意思決定を行なう[p.69]」
2、大きな課題を設定する:「リーダーはメンバーが機会を探すように駆り立てなければならない[p.72]」
3、イノベーション実現メソッドについて幅広く、深い専門知識を構築する:「不確実な状況をマネジメントするには、これまでとは別の手法が必要だと理解してもらう何らかのトレーニングを全員が受ける必要があると考えている。[p.76-77]」
4、障壁を取り除き、実験を支援する:「イノベーションのための時間を割く」。顧客と専門家、そしてツールを与える。組織の障壁を取り除く。[p.82-86

第3章、インサイト――サプライズを味わう(Insight: Savor Surprises
・「イノベーションは、解決する価値がある課題についてのインサイトを生み出すことから始まる。・・・調査の結果、インサイトを生み出すきっかけとなるものは『サプライズ』だということがわかった。[p.95]」
・「前著『イノベーションのDNA』では、優れたイノベータがサプライズを見つけ、新たなインサイトを生み出す方法を解説した。同書では、『関連づけ思考』を引き起こす4つの行動を紹介している。関連づけ思考とは、一見無関係の情報やアイデアを結び付け、それらを新しい方法でまとめる能力である。・・・関連づけ思考とは、質問力や観察力、ネットワーク力、そして実験力を駆使して収集した情報を統合し、意味づけをしようとする脳の働きによって起きるものなのだ。・・・質問をすることは、新しい連想やインサイトを促進する原動力となる。・・・観察力は新しい視点を生み出す。・・・ネットワーキングを行って単に情報を入手するのではなく、多様な人とやり取りをし、新しいアイデアを手に入れる。・・・インサイトは絶えず実験を行うことによって得ることができる。[p.96-99]」
・インサイトを選ぶ:「不確実性の高い状況下で、見込みがあるアイデアを選ぶのは極めて難しいことなのだ。それよりも実験を行って、追求すべき優れたアイデアを検証するほうがよいのだ。[p.114]」
・「究極的には、アイデアを突き詰めていくための時間と機会を与えることが、会社として提供できる最も重要なことである。[p.116

第4章、課題――片づけるべき用事の発見(Problem – Discover the Job-o-Be-Done
・「『課題』には顧客の苦悩と願望の両方の意味がある・・・片づけるべき用事とは、顧客が製品を購入する理由となるニーズのことである。[p.43]」「すべての用事には機能的、社会的、感情的という3つの側面があり、これらの要素の重要性は用事ごとに異なっている。[p.120]」
・「どの用事が解決する価値があるか・・・の判断には、『収益につながる用事』を探すとよい。収益につながる用事とは、(1)お金を持っていて、(2)用事を解決するためにはお金を払う顧客の多くが抱えている重要なニーズや課題のことである。・・・どのような用事にも最大で3種類の顧客が存在する。その3種類とは、経済顧客(用事の解決にお金を払う顧客)、技術顧客(ソリューションを導入する顧客)、最終顧客(ソリューションを利用する顧客)である。[p.122]」
・収益につながる用事を見つける3種類のツール:ペイン・ストーミング(課題に関する仮説-カスタマー・ジャーニー・マップ-最も困っている根本原因を分析-顧客にとって最も重要な根本原因を選ぶ-根本原因の背後にある前提を特定し、顧客と共に実験する)、エスノグラフィー、アドバイス・インタビュー(顧客にインタビューする際にアドバイスを求める)[p.126-137]」
・解決に値する課題を見つけられたかどうかを確認するための2つのテスト:飛び込みテスト(売り込み電話やメールに顧客が時間を割いてくれるか)、スモークテスト(ウェブ上の「詳しくはこちら」などの行動喚起に反応した顧客を調査するなど)[p.140-144

第5章、ソリューション――最小限の素晴らしい製品のプロトタイピング(Solution: Prototype the Minimum “Awesome” Product
・ソリューション・ストーミング:「顧客に対して実験をしてソリューションを一つに絞り込む前に、幅広くソリューションを調査」。ヒントは類似性(自分の業界に近いか遠いか)、要素(部分か全体か)、観察可能性(過去の事例から学べるか)。[p.156-160
・4種類のプロトタイプ:理論上のプロトタイプ(「自分の考えをきちんと整ったイメージとして表現することで、ソリューションの使用ではなく、全体像を示すことができる」)、バーチャルプロトタイプ(ソリューションを持っているふりをする、「本物に見えるようなもの」)、実用最小限のプロトタイプ(「最小限の機能を組み合わせた製品で、顧客が抱える『核となる』課題を解決するものの、単独で動作する最小限の機能を持つ製品」「エリック・リースが『リーン・スタートアップ』で使っていた『製品』という言葉ではなく『プロトタイプ』という言葉を使う」)、最小限の素晴らしい製品(「顧客があらがうことができず、強い関心を抱くような素晴らしいもの」)。[p.162-179]」
・プロトタイプが「正しい」ものかどうかを確認する3つのテスト:ワオ・テスト(顧客が熱狂しているような様子が見られるか、どの程度わくわくするかを回答してもらう)、NPSテスト(ネット・プロモーター・スコア、製品やサービスを同僚や友人に勧めるかを尋ねる)、支払いテスト(「実際に料金を徴収するかどうかは別として、自社のソリューションに対して顧客がお金を払ってくれるようにお願い」してフィードバックを得る)[p.182-187

第6章、ビジネスモデル――市場投入戦略の検証(Business Model – Validate the Go-to-Market Strategy
・「ビジネスモデル」という用語は、顧客に価値を届ける、そして顧客から価値を得るための企業の全体的な戦略を意味している。[p.196]」
・ビジネスモデル・スナップショット:ビジネスモデルキャンバスの部分集合として6つの要素を抽出。価値提案(提供するソリューション)、価格戦略(ソリューションの価格をどうするか)、顧客との関係(顧客獲得の方法)、チャネル(顧客がソリューションを手にいれる方法)、主要活動(コスト構造)、リソース。[p.196-198
・顧客影響ピラミッド:顧客への影響は、自社に近く、コントロールしやすいものから、ターゲット顧客に近く顧客への影響が大きいものまである。自社に近いものから、1、パートナー、2、広告、プロモーション、ソーシャルメディア、3、インフルエンサー(参照顧客、専門家、同僚、出版物、メディア)、4、直接の推薦や口込み、となる。[p.213-217
・コスト構造:「固定費は前払い資金が必要になり、量に左右されやすい。不確実な状況下では、このような投資は危険なのだ。[p.220-221]」
・「破壊的イノベーションを既存のビジネスモデルに持ち込もうとする場合は、ほぼ間違いなく、既存のビジネスモデルを破壊しなければならない。新しい事業部を設立したり、既存の事業部から分離させたり、ビジネスモデル自体を検討するための個別の事業部を作ることまでしながら、新しいビジネスモデルを実践していくための機会を作ることを恐れてはならない。[p.223]」

第7章、ピボットのマスターMaster the Pivot
・「成果を上げたイノベータを研究した結果わかったことは、不確実な状況下で実施するビジネスのほとんどの時間は間違っているのだと『覚悟しておく』べきだということだ。・・・自分が間違っていることを素早く学び損ねることが失敗なのだ。[p.231]」
・「自分が間違っていることに気づいた時には変更をする必要がある。その変更がピボットである。[p.231]」
・「実際に変更する際には、すべてを投げだすのではなく、その過程で学習したことを利用して、片足は地に着けつづけるのだ。ピボットを行う際は、アイデアの一つの側面を変更する。・・・変更をするといっても、『ピボット』という言葉は、ソリューションを最適化したり、流通経路を精緻なものにしたりといった小さな変更を意味しているわけではない。そのような変更はイテレーションと呼んでいる。[p.232]」
・ピボットのタイミング:仮説検証結果に基づく(そのためには仮説が明確であることが必要)。見直しのタイミングをあらかじめ設定しておくこともよい。[p.237-239
・「不確実な状況下で学習するという前提で考えると、3つのテスト手法がある。それは仮説的、帰納的、演繹的なものの3つである。『仮説的』学習というのは、推論をするプロセスで、通常、直観に基づいたものである。例えば、顧客が求めている製品やサービスについての仮説を作るために、顧客にとって必要かどうかと実験するのではなく、実際に製品を作ってしまうような方法である。次の『帰納的』学習というのは、理論を構築するプロセスで、通常、推論に基づいて構築するのだが、その際にエスノグラフィーやインタビューなどの定性的な手法を活用する。・・・最後の『演繹的』学習は、理論を実験するプロセスで、通常、定量的な手法を使い、理論が正しいかどうかを証明する。[p.238]」「調査では、あまり成果を上げられていないマネジャーはアイデアの検証に一つの手法しか使っていない傾向があり、なかでもアンケート調査のような定量的なツールしか使っていなかった。[p.239]」
・「不確実性が高い課題を解決する初期段階では、範囲を狭める前に幅広く眼を向ける必要がある。[p.240-241]」
・「ピボットサイクルは延々と続けるべきなのだろうか。・・・答えは『ピボットによる急成長』地点を探すことだ。ピボットによる急成長は、変更を行ったあと、顧客の関心の軌跡に大きな変化が見られた場合に起きる。・・・ピボットを行っても、それぞれの変更に対してわずかな改善しか見られなかったり、かえって悪い結果になってしまう場合、現在の手法によって実現できることの限界に達しているのかもしれない。・・・12~18ヵ月の間に6~7回の大きなピボットを行ってもピボットによる急成長が実現できない場合、現在考えている課題やソリューションをあきらめ、まったく新しいものを探すタイミングかもしれない。[p.243-244]」
・「ピボットによる急成長を実現したあとは、その成長を最大化することに注力すべきである。[p.247]」
・「比喩として景色について考えてみると、平地や谷は機会がない状態を、丘は小さな機会がある状態を、そして山は大きな機会がある状態を表している。研究者たちの長年の調査によれば、多くの企業が小さな丘にはまってしまい、近くのより大きな機会の山を見損ねてしまっている。[p.250]」「時には視線を上げ、自分のそばに見逃してしまっているような機会の山がないかどうか確認しなければならない。[p.253]」

第8章、拡大Scale It
・「イノベーション実現メソッドを適用することに熟練している場合、拡大フェーズに移行する際に大きな困難に直面するかもしれない。・・・拡大フェーズになると・・・優れたイノベータは成果を上げられないマネジャーを生み出してしまう可能性がある。[p.255]」
・「プロジェクトに潜んでいる不確実性を素早く解消するためにイノベーション実現メソッドを適用すると、仮説が事実になり、未知のものが既知のものになり、不確実なものが確実なものになる。・・・イノベーションを起こすことから実行することに移行する際に、そのプロジェクトは、起業家的なマネジメントでも伝統的なマネジメントだけでも十分ではない、移行フェーズを通過することになる。この期間は、成熟した成長するビジネスに移行するため、二つのマネジメント慣習を効果的に融合する方法を学ぶ時期である。[p.257]」「インサイトや課題、ソリューション、ビジネスモデルを特定するために使うプロセスは、ビジネスを拡大する際には役に立たないということだ。伝統的なマネジメントの原則を取り入れる必要がある。[p.281]」
・拡大するタイミング:「一般に同じ種類の課題が繰り返し発生する場合、転換点に達していることになる。・・・転換点に達し、拡大するタイミングであることを示す別の二つの指標がある。それがソリューションの標準化とチームの成長である。[p.260-262]」
・「スタートアップが拡大していく際、最初の成長のあとに停滞を経験する場合が多く、創業チームはこの状況に困惑する。・・・ロジャーズ・・・が『イノベータ』や『アーリー・アダプター』と呼んでいるグループは、リスク許容度が高く、最先端に居続けるために新しいものを試すことをいとわないので、いかなるイノベーションでも最初に採用する。結果、このような顧客は可能性のあるイノベーションの欠点を気にとめず、利点を探そうとする。一方、『アーリー・マジョリティ』や『レイト・マジョリティ』と呼ばれるグループは異なる好みを持っている。・・・この違いについては、後にジェフリー・ムーアによって、企業が直面する『キャズムを超える』際の大きな課題として取り上げられた。アーリー・マジョリティやレイト・マジョリティは実用最小限の製品は求めていない。彼らが求めているのは『ホールプロダクト』である。ホールプロダクトとは、すべての機能が搭載され、機能的で、不具合がまったくないソリューションである。[p.264]」

第9章、イノベーション実現メソッドを機能させるMaking the Innovator’s Method Work for You
・「トップマネジメントチームがイノベーション実現メソッドの考え方を支援しなかったり、知らないような場合、どのようにすべきなのだろうか。イノベーション実現メソッドを自分自身や自分のチーム、あるいは組織で機能させるには、どのようにすればよいのだろうか。答えはイノベーション実現メソッドを自分の環境に合わせて編集することだ。[p.283]」「状況に合わせて手を加えたとしても、基本的な原則に照らして忠実に行う部分は残しておかなければならない。基本的な原則とは、課題を特定し、それを解決するために必要な仮説を特定し、コストをかけずに実験を行い、仮説を検証し、できる限り時間をかけずに学習をするということだ。[p.311-312]」

まとめ、不確実性を機会に変えるTurn Uncertainty into Opportunity
・「不確実性の高い状況下では、消えずに残る唯一の優位性は不確実性をマネジメントする能力である。・・・この不確実な時代において、学習速度は新しい競争優位である。[p.321-325]」
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どういう場合にどのようなイノベーションの進め方をとるべきか。著者の主張のポイントは、不確実性の程度に応じて方法を変えるべきだとしている点だと思います。そして、様々に提案されている手法の中から、特に不確実性の高いイノベーションにおいて有効な方法を選び出してまとめているところが本書の特徴といえるでしょう。もちろん、本書の方法が唯一というものでもないでしょうし、これからよりよい方法が提案され、イノベーション手法はさらに発展していくでしょう。しかし、基本的な方向性は本書で十分に示されているように思います。特に実務家にとっては、現時点での最も使いやすい指針と言えるように思いますがいかがでしょうか。


文献1:Nathan Furr, Jeff Dyer, 2014、ネイサン・ファー、ジェフリー・ダイアー著、新井宏征訳、「成功するイノベーションは何が違うのか?」、翔泳社、2015.
原著表題:The Innovator’s Method: Bringing the Lean Start-up into Your Organization

参考リンク




失敗を知る(菅野寛著「経営の失敗学」より)

研究でも経営でも、先行事例から学ぶことは重要です。もちろん、成功事例からも失敗事例からも学ぶことができるはずですが、成功事例を取り上げた分析の方が注目を集めることが多いように思います。考えてみれば失敗の方がずっと数が多いはずなのに、なぜ失敗にはあまり着目されないのでしょうか。成功事例の方がストーリーがわかりやすいことがまずあげられるとは思いますが、失敗事例はあまり表に出てこないこともその原因かもしれません。

菅野寛著、「経営の失敗学」[文献1]では、経営における失敗事例の分析がまとめられています。本書では、著者の「経営コンサルタントとして、その後は経営学の教授として、・・・多くのビジネスの成功・失敗をインサイダーとして間近に観察する機会に恵まれました[p.3]」という経験が、失敗事例を考察する上で大きな力となっていて、それが本書の特色のひとつになっているように思います。実務家にとっても、本書にまとめられた「これをやってしまえばほぼ間違いなく失敗する。したがってこれをやってはいけない[p.4]」という内容は非常に有用だと思いますので、以下、そのポイントをまとめておきたいと思います。

I部、失敗から学ぶ
第1章、ビジネスは失敗の山

・「ビジネスとは、そもそも失敗する確率が圧倒的に高いものです。失敗したビジネスは枚挙に暇がありません。[p.16-17]」
・「アップルにせよ、ユニクロにせよ、どれほど名経営者が率いる企業でも失敗を免れません。・・・特に、製品レベルで見ると、どの企業も失敗を山ほど経験しているでしょう。ある巨大メーカーの研究所のコンサルティングをしたときのことです。過去数十年にさかのぼって研究開発に投じた資金、その成果として生まれた製品の売り上げ・利益、あるいは、研究成果を他企業に売って得たライセンス料について、財務的な観点でROI(投資利益率)を詳細に追跡しました。すると残念ながら、投資に見合うだけのリターンは全く得られていないという結論になりました。・・・もちろん、これは財務的側面だけで判断すべきことではありませんが、そのくらい新しい製品を成功させることは難しいのです。[p.20

第2章、ビジネスは本質的に失敗する運命にある
・「ビジネスにはそもそも、失敗しやすい構造的要因があると、私は考えています。一般論になりますが、ビジネスには2つのジレンマが存在します。
同質化による失敗:他社と同じこと、あるいは、今までの自社と同じことをやっていては成功しない。

異質化による失敗;他社と違うこと、あるいは、今までの自社と違うことをやれば成功しない。
要するに、同質化しても失敗しがちであり、異質化しても失敗しがちであるということです。すなわち、ビジネスではどちらに転んでも失敗すべく運命づけられているのです。ビジネスとは、この2つのジレンマの間を揺れ動きながら出口を探っていく行為と呼んでもいいかもしれません。[p.28-29]」
・「何とか成功する例外的な出口を見つけて実行するのが、ビジネスの命題です。すなわち、他社と同じことをやっていても泥沼の利益低減競争に陥らない出口、あるいは他社と違うこと、慣れないことにチャレンジし続けても企業としては失敗しない出口を、何とかして見つけるのです。[p.44]」

第3章、成功学の幻想
・「成功事例からの学習には、非常に注意が必要です。[p.46]」「成功事例の研究は『正しく』行えば有効なことも多いのですが、多くの企業は『間違った』成功事例研究をしていると私は感じています。他企業の成功を表面的にモノマネしても、成功する保証はありません。それどころか、かえって失敗する確率のほうがはるかに高いでしょう。[p.48]」
・成功事例を学ぶことができない第一の理由:「成功している企業が行っている『目に見える表面的なアクション』を単純にモノマネすると十中八九失敗するでしょう。なぜならば、『目に見える表面的なアクション』の裏にある『目に見えない要因』のほうが、はるかに重要な場合が多いからです。[p.48]」「成功の裏にある『目に見えない要因』は大きく、①企業の『価値観や文化』、②企業の『能力』、あるいは、③目に見える個々のアクションをつなぐ全体としての目に見えない『つながり・システム・仕組み』に分かれます。いずれも一朝一夕では真似はできないものばかりです。仮に真似できたとしても、自社の価値観や能力、仕組みを変えることによる副作用のほうが大きくなる可能性もあるため、本当に真似することが良いのかどうかは一概には言えないのです[p.50]」。真似しにくい事例として、リクルートの社内公募制度、トヨタ生産方式、セブン-イレブン・ジャパンの仮説検証アプローチが挙げられています。

第4章、成功は学べない
・「成功した企業のやり方が唯一絶対の正解ではありません。複数の解の一つを実行して、『たまたま』成功した他社の事象を『後付け』で分析し、成功要因を抽出することはできても、それが、本当に再現性があるかどうかは甚だ疑問です。特に、成功した企業の状況(コンテクスト)と自社独自の状況が違うため、同じことを実行しても、成功した企業と同じように 成功するとは考えにくいものです。[p.61-62]」
・「成功から学ぶ価値があるのは、『表面的な目に見えるアクション』(WHAT)ではなく『深層の成功・失敗要因』(WHY)です。成功あるいは失敗した企業がある意思決定やアクションを行ったという事実は、それ単体ではあまり意味がありません。[p.77]」
・「『こうすれば必ず成功する』という成功の十分条件(すなわち“必勝法”)は存在しない」、「そのような必勝法がない以上、経営者にできるのはいかに成功確率を上げていくかということです。できることをしっかりとやり、あとはリスクを管理するしかない。それがビジネスというゲームの本質です[p.78-79]」

第5章、失敗学の有用性
・「私が観察したところ、『結果として』成功しているのは、負けない戦略、他社を凌駕する努力、時の運という3つの条件がすべてそろった企業です。・・・ここで誤解してはいけないのが、この3つが揃うことは成功の必要条件であって、十分条件ではないことです。すなわち、3つのすべてが揃っても、必ず成功する保証があるわけではありません。一方、3つのうちどれか一つが欠ければ、高い確率で失敗します。正確に言えば、いずれかが欠けている場合、瞬間的にうまくいくことはあっても、長期的に持続可能な成功はあり得ないのです。[p.82]」
・「しかしながら、『これをやったらほぼ確実に失敗する』、すなわち『これをやってはいけない』という『DON’T』は存在します。別の言い方で言い換えると、『踏んではいけない地雷』は存在すると私は思っています。そして、成功の十分条件は存在しないにせよ、地雷を踏まないことが、少なくとも『成功の必要条件』となると考えることができます。[p.84]」
・「ビジネスでは・・・『成功パターンは様々で共通性・再現性はないが、失敗パターンはかなり共通性がある』というのが、これまで様々なビジネスに関わって私が実感するに至った観察結果です。[p.87]」

II部、陥りがちな失敗のパターン
第6章、考えるアプローチ、頭の使い方がずれている

・典型的な失敗パターン:「①教科書にある理論を何も考えずにそのまま使って意思決定してしまう、②意思決定の質とスピードのバランスを失っている(要するに、グズグズと調べすぎて意思決定しない、あるいは意思決定が遅れる)、③そもそもの出発点としての論点がずれている」[p.92-93
・「ビジネスの教科書に載っている理論は百パーセント正しい公式ではありません。教科書に載っているような考え方をすれば、頭の整理がしやすくなる、答えが出やすくなる『場合がある』というだけのことなのです。[p.95]」
・「どれほど時間とお金をかけて調査しても、知りたい情報が100%わかるということはまずあり得ません。・・・重要なのは、少ない情報、あるいは、不完全な情報であったとしても、そこからよく考えて、情報が足りない部分は自分なりの前提を置いて、仮説でもいいから意思決定する癖をつけることです。[p.102-103]」
・「ビジネスは、意思決定とそれに続くアクションによって『結果』を出す作業です。どのように良い意思決定をするのか、どのように良いアクションを取るのかという『HOW』の前にそもそも何に対して結果を出そうとしているのかという『WHAT』がずれていれば、出発の時点ですでに失敗していることになります。[p.104]」

ビジネスの立案における失敗のパターン
第7章、戦略の筋が通っていない

・「まずは戦略の筋が通る、通らない以前の問題として、そもそも戦略不在の企業もいまだに多く見受けられます。その理由として、高度成長期はとうの昔に終わったにもかかわらず、依然として高度成長期の『頑張りのみで突っ走る』という価値観を持っているトップがいるからでしょう。[p.112-113]」
・目的地、ルート、視点の3つの要素が必要。ロジックの因果関係に欠落があってはいけない。
・「自分では筋が通っていると思って自信を持って実行しても、実際にやってみると筋が通っていないことも多々あります。そのような場合は、十分な検討を行ったら、むしろさっさと実行してみて、結果を解析して、必要な軌道修正したほうがよいでしょう。[p.127]」

第8章、顧客が求めていない価値を提供してしまう
・「あなたのビジネスが顧客に提供している価値は何かということを、真剣に考え抜く必要がある[p.131]」「いつの間にか顧客の求める価値が変化し、気づくと劣勢に立たされていた、ということも少なくありません[p.140]」「表面的な調査で顧客の求めている価値はわかっていると思い込む[p.144]」こともある。「顧客が考える他の選択肢[p.147]」を考える必要あり。「自社の競争優位性を、『相対的』と『顧客の判断基準』という視点を入れず捉えているのだとしたら、顧客の見方とは大きく食い違ってしまう恐れがあります。[p.151]」

第9章、定性的なロジックの詰めだけで満足して、定量的な数字の詰めが甘い
・数字の詰めが甘い例:「市場の大きさ・事業の大きさを考えない[p.152]」「『市場全体』と『自社のビジネスが対象とできる市場セグメント(市場の一部)』との勘違い[p.155]」「楽観論だけでバラ色の戦略を立ててしまう[p.156]」「ダウンサイド・リスク(悲観ケースが起こった場合のリスク)を見極めない[p.158]」「数字を幅で捉えない[p.161]」「成功に大きなインパクトのある要素ではなく、瑣末な要素に目を奪われ、無駄にリソースを注力してしまう[p.162]」

第10章、リスクや不確実性に対処しない
・「リスクや不確実性をマネージしない典型的な失敗例としては、以下のようなものがあります。①予定調和を信じて一つのシナリオで突き進んでしまう、②いったん作ったプランに固執しすぎてタイミング良く軌道修正ができない、③成功しなかった場合の次の打ち手(プランB、撤退プラン、等)を考えずに突っ走る、④未来を『作る』のではなく『予測』して『追随』しようとする[p.166]」

第11章、「地雷排除」が行きすぎた結果、戦略が尖っていない
・「地雷排除作業をやればやるほど、これもやってはいけない、あれもやってはいけない、という『ダメ出し』になり、すべての『ダメ』を取った後に残った戦略が、全く差別性のない、つまらないものになってしまうことがあります。確かに地雷は排除したので『負けない』戦略のはずですが、同時に『勝てない』戦略にもなり得ます。というのは差別性のない普通の戦略であれば、同質化競争や泥沼の価格競争に陥って、利益が限りなくゼロに近づいていくからです。よく『経営とは矛盾のマネジメントである』と言われますが、まさに地雷を排除して角の取れた戦略になることと、戦略をとがらせることの矛盾をマネジメントしなければいけません。地雷を排除した結果、角が取れて丸くなってしまった戦略を、勝つためにもう一度見直して、あえてリスクを取って(もう一度地雷に近づいて)尖らせる必要があるわけです。では『戦略を尖らせる』ために何が必要でしょうか。私は次の二つだと思っています。①イノベーションを起こして『×』を『○』にする、②失敗しても立ち直れるだけの体力を残しておく[p.187-188]」。
・「イノベーションが必要とはいえ、あまりに革新的すぎてもいけないというのが、イノベーションをめぐる難しさの一つです。・・・あまりにも独創的な百歩先のイノベーションでは、誰にも理解できません。・・・ビジネスでは、そういう『百歩先』を行くようなものではなく、『半歩先』が重要です。[p.196]」

実行において陥りがちな失敗
第12章、実行に必要な徹底度が足りない

・「何事を実行するにしても、誰が(WHO)何を(WHAT)いつまでに(WHEN)達成するかという三つの要素が決まっていなければ、実行のしようがありません。[p.205]」
・「ビジネスを成功させるためには、『この能力がないと事業はうまくいかない』という能力要件があります。その能力要件を満たさない限りは、そもそも実行して成果を出すことができないため、その事業は失敗してしまいます。[p.210]」「新しいことをやるときには、必要な資源を過小評価しないことが重要です。ただでさえ慣れないことをやるのですから、予想外のことが起こります。その対処に、お金、人、時間などの資源が必要になります。しかも、不慣れなことなので余計に手間もかかるので、通常以上の資源がかかります。それを忘れてしまって、少ない資源でやろうとするのは、確実に失敗に至る道となります。[p.217]」「実行では、結果をモニターし、フィードバックし、必要なら軌道修正するというサイクルを頻繁にかつスピーディーに回していくことが大切です。しかし、実行してうまくいっているかどうかを、きちんと測定していないケースが案外多いのです。[p.218]」「スピードを上げていくには、単にお尻を叩けばいいという話ではありません。誰が、いつ、何をやるのか。必要な資源はどれぐらいか。意見が割れたときに、誰が意思決定をするか。このあたりの詰めが甘いと、実行の段階でつまずいてしまうのです。[p.225-226]」

第13章、実行者の意識・行動を変えていない
・「実行者のモチベーションが不十分であればまず間違いなくそのビジネスはうまくいきません。[p.231]」「人間が行動を変える際のハードルは3つあります。BCGでは『Ready』『Willing』『Able』という言い方をするのですが、私流の言い方にすると『頭』『心』『体』となります[p.234]」。

頭:「なぜ行動を変える必要があるのか、頭で理解しているか?」→対策は情報共有
心:「たとえ困難を伴っても、行動を変えようという強い意思を持つに至ったか?」→対策はモチベートすること、アメとムチ
体:「新しい行動を実際にやりきるだけの能力があるか?」→対策は組織能力を向上させるトレーニング、ツール提供、採用。[p.235
・「目に見える戦略や資源配分、組織形態ばかりに気を配って、それを実行する人間や組織の価値観に手を加えなかったため、失敗してしまうケースがあります。[p.238]」

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失敗に着目して、そこから学んだ結果に基づいてビジネスの手法を提案することは、考えてみれば非常に合理的な考え方だと思います。特に、これからの時代、未経験のことに挑戦しなければ長期的な成功は期待できない世の中になっていくだろうことを考えると、失敗をよく知り、できるだけ失敗を避けるようにしながら失敗の可能性のあることに大胆に挑戦してくことがますます求められるようになるのではないかと思います。

研究開発は、失敗の可能性のあることへの挑戦を主たる業務として分担していると言ってよいでしょう。当然、失敗に遭遇する確率は高いわけですが、失敗慣れして失敗することに甘んじていてはいけないはずです。失敗しやすいからこそ、避けうる失敗は回避できるよう、失敗についてもっとよく知る必要があるのではないでしょうか。もちろん、失敗事例は表面化しにくいですし、失敗の原因を論理的に分析し今後の教訓として活かすことは容易なことではないかもしれません。ともすると、失敗はその責任を誰かに取らせてそこから得られるはずの教訓は失敗の事実とともに闇に葬ってしまう、ということもあるかもしれませんが、本気で成功を望むなら失敗も価値ある知的資産として認識し、その内容や原因をきちんと理解、整理して対策を考えるべきではないでしょうか。本書のようなアプローチが、失敗と上手につきあい、失敗の可能性に果敢に挑戦するための方法論の基本となるような気がします。


文献1:菅野寛、「経営の失敗学 ビジネスの成功確率を上げる」、日本経済新聞出版社、2014.

参考リンク




「チームが機能するとはどういうことか」(エドモンドソン著)より

近年のイノベーションにおいては、協働(協力)と、試行からの学習が重要であると指摘されることが多いように思います。この背景には、多様なアイデアや専門性の結び付きが求められ、取り組む対象の不確実性も高くなり、時代の変化も激しくなっているという近年の傾向があるように思われますが、では、具体的にどう協力と学習を進めればよいのか、という方法論についてはそれほどはっきりしていないと思います。

今回は、その問題を議論した「チームが機能するとはどういうことか 『学習力』と『実行力』を高める実践アプローチ」(エドモンドソン著)[文献1]をとりあげたいと思います。原著の表題は、TEAMING: How Organization Learn, Innovate, and Compete in the Knowledge Economyで、主題は「チーミング」です。著者は、「チーミングは、協働するという『活動』を表す造語であり、組織が相互に絡み合った仕事を遂行するための、より柔軟な新しい方法を示している[p.12]」と述べており、単なる「チーム運営方法」よりは広く、これからの時代に有用な概念が議論されていると感じました。以下、本書の内容に沿って、重要と思われる指摘をまとめてみたいと思います。

第1部、チーミング
第1章、新しい働き方

・「今日のような複雑で不安定なビジネス環境では、組織や企業も、部分の総和に勝る全体を生み出せるかどうかで勝敗が左右される。激しい競争、予測不可能なことの数々、絶え間ないイノベーションの必要性、それらによって相互依存はいよいよ増え、結果として、かつてないレベルで協働とコミュニケーションが要求されるようになってきている[p.23]」。
・「マネジャーはなぜ、チーミングに心を配るべきなのか。答えは簡単だ。チーミングは組織学習の原動力なのである。組織が学習する必要があることは、今では誰もが知っている。変わり続ける世界の中で成功を収めるためである。[p.26]」
・「『実行するための組織づくり』が進展する可能性を見出したのは、ヘンリー・フォードが考案した組み立てラインだった。・・・フォードの成功は、従業員の業務に対し高いレベルの管理的統制を行うことを条件としていた。今日では指揮統制マネジメント、すなわちトップダウン・マネジメントとして知られるものである。・・・フォードが考案したような大量生産を行う状況においては、労働者が意思決定したり創造性を発揮したりする機会は存在しない。・・・マネジャーは労働者を支配し、怯えさせて、高い生産性を確実に生み出すことができた。・・・この伝説が今日マネジャーにもたらしている根本的な問題は、システムが経営実務において不安に依存しすぎていることだ。・・・社会として私たちは相変わらず不安に基づいた職場環境を当たり前のように受け容れてしまっている。不安によって支配力を増大できると、(多くの場合は誤って)信じてもいる。支配力は確実性や予測精度を高める、とも思っている。・・・組織づくりの伝統的なモデルでは、計画や詳細、役割、予算、スケジュールといった、確実性や予測のためのツールに力点が置かれている。めざす結果の達成に必要なものがよくわかっているときには、そうした伝統的なモデルはたいへん役に立つ。しかし、そういう環境は組み立てラインの労働者や会社人間には効果をもたらせたものの、今日のような知識ベースの経済においてはもはや競争上の強みにはならない。[p.27-32]」
・「成功するためには、実行のための組織づくりから、協働やイノベーションや組織学習を支持する新たな働き方へとシフトすることが不可欠なのである。・・・実行するための組織づくりという古い考え方は、一世紀をかけてつくり上げられた。そのため、習慣と訓練によって多くのリーダーがその考え方を持っていることに何の不思議もない。実行するための組織づくりには、とりわけ規律や効率性を重視する点に、多くの強みがあるのだ。しかしながら、リスクも多い。とくに多いのは、きわめて不確かな、あるいは複雑な状況でその考え方が使われるときである。そうした状況では、学習するための組織づくりこそ成功に不可欠だ。[p.37-42]」
・プロセス知識スペクトル:ルーチンの業務(不確実性が低い、成功とは効率性の改善)→複雑な業務(成熟している知識もあるが、よくわかっていない知識や変化する知識もある)→イノベーションの業務(不確実性が高い、成功は新奇なものの中にある)。「仕事や部署、あるいは組織全体がスペクトルのどこに位置しているかで、その仕事の性質と、それに合う学習の仕方とが決まる。[p.53]」

第2章、学習とイノベーションと競争のためのチーミング
・効果的なチーミングの4つの柱:率直に意見を言う(職場でそうであることは思うより少ない)、協働する、試みる(一度でうまくいくことを期待しない)、省察する(行動の成果を批判的に検討して、結果を評価したり新たなアイデアを見出したりする習慣)[p.70-76
・チーミングに対する社会的、認知的障壁:はっきり意見を言うより黙っているほうが楽である、序列の低い人がはっきり意見を述べることが困難、意見の不一致、素朴実在論(ほかの人たちも当然自分と同じ意見を持っているという誤解)、根本的な帰属の誤り(原因は個人の性質や能力にあるにちがいないと過度に思いすぎる、うまくいかないのは状況ではなく「人(他人)」のせいにする)、緊張と対立。[p.82-90
・熱い認知と冷たい認知:熱いシステム(人間に感情的で急な反応をさせる)、冷たいシステム(慎重で注意深い、効果的にチーミングをおこなうツールになる)。[p.91-92
・対立が激化する条件:複数の解釈ができる異論の多いあるいは限定されたデータ、高い不確実性、うまくいけば得られる素晴らしい結果[p.92]。
・対立を緩和し協調的な取り組みを行う戦略:対立の性質を見極める(人間関係における対立は非生産的)、優れたコミュニケーション(じっくり考えたり見直したりする)、共通の目標、難しい会話から逃げずに取り組む(感情的反応の原因を探る)[p.95-101
・チーミングを促進するリーダーシップ行動:学習するための骨組みをつくる(自然に生まれる自己防衛的なフレーム(ものごとの捉え方)を思慮深い学習志向のフレームへと再構成して変える)、心理的に安全な場をつくる(不安に思うことなく自由に考えや感情を表現できる雰囲気)、失敗から学ぶ、職業的、文化的な境界をつなぐ[p.101-105

第2部、学習するための組織づくり
第3章、フレーミングの力

・「フレームとは、ある状況についての一連の思い込みや信念のこと[p.112]」、「フレームとは解釈であり、これを使って人は環境を感じて理解する。[p.147]」
・「リフレーミングは、自分の行動を変えたり人々に変わってもらったりするための強力なリーダーシップ・ツールである。[p.147]」
・リーダーシップ:「リーダーは自分が相互依存していることをはっきりと述べ、自分も間違う場合があることと協働を必要としていることを伝えなければならない。」「リーダーはメンバーがプロジェクトの成功に不可欠な優れた人物として厳選されていることを強く伝える必要がある。」「リーダーは明確で説得力のある目標をはっきり伝えなければならない。」[p.148
・「学習フレームを強固にするためにすべきこと。まず、言葉と目を使った会話をする。期待される対人行動と協調的行動を、具体的な言葉を使って説明する。新たな手順がうまく進み、自信を高めやすくなるような行動を始める。さまざまな結果を使って、学習フレームの要素を視覚的に強固にする。」[p.148

第4章、心理的に安全な場をつくる
・「『心理的安全』とは、関連のある考えや感情について人々が気兼ねなく発言できる雰囲気をさす。[p.153]」、「心理的安全があれば、厳しいフィードバックを与えたり、真実を避けずに難しい話し合いをしたりできるようになる。心理的に安全な環境では、何かミスをしても、そのためにほかの人から罰せられたり評価を下げられたりすることはないと思える。手助けや情報を求めても、不快に思われたり恥をかかされたりすることはない、とも思える。そうした信念は、人々が互いに信頼し、尊敬し合っているときに生まれ、それによって、このチームでははっきり意見を言ってもばつの悪い思いをさせられたり拒否されたり罰せられたりすることはないという確信が生まれる。[p.154]」、「心理的安全は、メンバーがおのずと仲良くなるような居心地のよい状況を意味するものではない。プレッシャーや問題がないことを示唆するものでもない。・・・チームには結束力がなければならないということでも意見が一致しなければならないということでもないのである。[p.155]」
・「対人不安のせいで頻繁にまずい意思決定がなされたり実行すべきことが実行されなかったりしていることがわかっている。[p.153]」、「職場で直面する明確なイメージリスクとは、無知、無能、ネガティブ、あるいは邪魔をする人だと思われることである。[p.192]」
・「研究によって、心理的安全がイノベーションに不可欠であることもはっきりした。率直に発言する不安が取り除かれると、革新的な製品やサービスの開発に欠かせない、斬新なあるいは型破りなアイデアを提案できるようになるのだ。[p.167]」
・「心理的安全はグループの人間関係上の環境における一つの構成要素であり、責任もまたそうした構成要素の一つである。[p.169]」、心理的安全も責任も低いと無責任になりがち。心理的安全は高いが責任は低い場合は、快適だが、説得力ある理由がないと学習やイノベーションを発展させることは難しい。心理的安全が低く、責任が重いと不安になる。「パフォーマンスについて強いプレッシャーを与えることが優れた結果を確実に生む最良の方法だという誤った、しかし善意から生まれることの多い信念に従うマネジャーは、従業員が不安のあまりアイデアを提案したり、新しいプロセスを試したり、支援を求めたりできない環境を、知らぬ間に生み出してしまっているのだ。仕事が明確でかつ個人プレーであるなら、このやり方でもうまくいく。しかし不確実性や協働する必要性がある場合には、生み出されるものは成功ではなく不安である。[p.170-171]」。「心理的安全と責任のどちらもが高い場合は、人々はたやすく協働し、互いから学び、仕事をやり遂げることができる。[p.171]」
・「グループや部署内での地位が低い人は一般に、高い人に比べてあまり心理的に安全だと思っていないことが、研究によって明らかになっている。[p.171]」
・「心理的に安全な環境をつくるために、リーダーは、直接話のできる親しみやすい人になり、現在持っている知識の限界を認め、自分もよく間違うことを積極的に示し、参加を促し、失敗した人に制裁を科すのをやめ、具体的な言葉を使い、境界を設け、境界を超えたことについてメンバーに責任を負わせる必要がある。[p.193-194]」、境界とは、「どんな行為が非難に値するか[p.188]」ということ。「好ましい行動の境界を当てずっぽうに想像している場合よりも心理的安全を感じることができる。[p.188]」

第5章、上手に失敗して、早く成功する
・「人間というのは、・・・失敗すれば非難を受けるものだとどうしても思ってしまう。これによって処罰に対する反応が起き、多くの失敗が報告されなかったり誤った判断がされたりするようになる。[p.240]」
・「ルーチンの業務で失敗から学ぶカギは、人々がミスに気づき、報告し、修正できるような組織的システムをつくって維持することである。・・・失敗から学ぶことに関して、トヨタ生産方式(TPS)を超えるルーチンプロセス管理システムはない。[p.210]」、「複雑な組織のリーダーは、失敗が避けがたいものであることを認識し、問題を報告して話し合えるよう心理的に安全な環境を整え、日頃から注意力を働かせてすばやくミスに気づき対応できるようにすることによって、回復力を高めなければならない[p.212]」。「イノベーション業務での成功のカギは、大きく考え、冒険をし、試みる一方で、イノベーションへの途上では失敗したり行き詰ったりすることが必ずあることを絶えずよく意識していることだ[p.213]」。知的な失敗とは「意義ある実験の一部として起きるものであり、新しい貴重な情報やデータを提供する。[p.216]」
・「失敗に気づくこと、失敗を分析すること、意図的な試みを行うことは、失敗から学ぶのに不可欠である。失敗に気づくのを促進するためには、リーダーは、問題を報告した人を歓迎すること、データを集め、意見を求めること、失敗に気づいたらインセンティブを与えることが必要である。失敗を分析するのを後押しするためには、リーダーは、さまざまな専門分野から人材を集め、体系的にデータを分析しなければならない。意図的な試みを促進するためには、リーダーは、試みとそれに伴う失敗にインセンティブを与えること、失敗から学ぶことに対する心理的障壁を取り払うような言葉を使うこと、より多くの賢い失敗が生まれる知的な試みをデザインすることが必要である。[p.241]」

第6章、境界を超えたチーミング
・「境界とは、アイデンティティを同じくするグループ同士の間の区切りのことである。[p.252]」
・「多くの人が自分の側にある知識を当たり前のものと思い、境界線の向こうにいる人たちとコミュニケーションを図るのを難しくしてしまっている。[p.253]」
・3つの境界:物理的な距離(分離)、地位(格差)、知識(多様性)[p.258
・境界を超えたコミュニケーションをリードする方法:上位の共通目標を設定する(コミュニケーションの障壁を乗り越えようとする意欲を高める)、関心を持つ(偽りのない関心をみずから示し、同様の関心を持つことをメンバーにも促す)、プロセスの指針を示す(全員が従おうと思うプロセスの指針を確立する)[p.276-280
・「組織の多様性によって生まれた知識の境界を克服するために、グループは専門技術に基づく知識を共有し、集団的アイデンティティを確立し、図面、モデル、試作品のようなバウンダリー・オブジェクトを活用すべきである。[p.283]」

第3部、学習しながら実行する
第7章、チーミングと学習を仕事に生かす

・学習しながら実行する4つの基本的ステップ:診断(状況、チャレンジ、問題、どれくらいのことがわかっているかを診断する)、デザイン(行動計画をデザインする)、アクション(デザインに基づいて行動し、その行動を学習するための試みとして考える)、省察(プロセスと結果について省察する)[p.311-312]。

第8章、成功をもたらすリーダーシップ:3つの事例
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これからの時代、個人や組織が協働すること、失敗を含むあらゆることから学ぶことはますます重要になっていくと思います。しかし、「過去の組織の経営陣が効率を追求しながら実行する姿勢を生み出したのと同様、今日の組織がしのぎを削る知識経済は、専門知識のサイロ(貯蔵庫)を生み出し、地球規模の問題を解決するのに必要なチーミングを妨げてしまっている。・・・競争の古いモデルはだんだんそうした目的の役に立たなくなってきている[p.373]」という著者の見解に同意しつつも、協働と学習をうまく行なうことの困難さを感じておられる方も多いのではないでしょうか。では、どうすればよいのか。本書に述べられた方法論は、それに対する一つの提案と言えるでしょう。特に、業務を、プロセス知識スペクトル(すなわち、不確実性の度合いと言ってもよいと思います)で特徴づけて、それぞれの業務に適した方法を提案している点は実践的にも興味深く感じました。

研究開発のミドルマネジャーの立場からすると、本書に述べられた学習する組織をつくり上げていく必要性を痛感させられるとともに、「実行するための組織」の仕事の進め方と折り合いをつけていく難しさ(場合によっては戦わなければならない?)も感じました。本書の方法論や指摘を参考に、研究マネジメントにおいて試行(失敗)から学習していくことが求められているのだろうと思います。


文献1:Amy C. Edmondson, 2012、エイミー・C・エドモンドソン著、野津智子訳、「チームが機能するとはどういうことか」、英治出版、2014.
原著表題:TEAMING: How organization Learn, Innovate, and Compete in the Knowledge Economy

参考リンク




「ザ・ファーストマイル」(アンソニー著)より

イノベーションはアイデアだけで成功できるものではありません。もちろんアイデアは必要ですが、そのアイデアをビジネスに育てる「イノベーション実行」の過程も重要であることは、本ブログでもたびたび取り上げてきました(例えば、ノート1ノート12「イノベーションを実行する」など、どちらかというと「実行」の方が重要であるというのが最近の考え方のように思われます)。今回は、その実行の方法論に焦点をあてた、アンソニー(イノサイト社のマネージング・パートナー)著、「ザ・ファーストマイル」[文献1]をとりあげて、その内容のポイントをまとめてみたいと思います。

第1章、ファーストマイルに潜む問題
・「『ファーストマイル』という言葉は、1990年代に電気通信業界で使われていた用語『ラストマイル』にヒントを得たものだ。[p.13]」
・「これまで私がイノベーターや起業家と接した経験から言えば、・・・イノベーションを起こすときに大切なのは、アイデアそのものではなく、アイデアをビジネスに結び付けるために試行錯誤を繰り返すことなのだ。・・・問題は、そのアイデアを市場で花咲かせるまでの過程のはじめの一歩、つまりファーストマイルで致命的な失敗を犯すことにある。・・・つまり、ファーストマイルは・・・真っ先に問題を解決しなければならない場所あるいは時期を指している。[p.12-13]」
・「本書では、何らかの価値、特に、従来とは異なる方法で価値を生み出すことを『イノベーション』と呼ぶ。・・・世の中にある大きな誤解の一つとして、イノベーションというものは、少数の選ばれた人間が起こすものだという認識がある。・・・しかし・・・限られた人間だけがイノベーションを起こせるのではない。誰にでも起こせるのだ。[p.9-10]」
・「過去数十年の研究によって、イノベーションに対する世界の考え方が変わりつつある。・・・これまでは暗闇のなかで手さぐりによって探していたものが、徐々に輪郭を現し、運まかせではないものになりつつある。[p.18]」
・「本書の想定読者は、新規事業開発に責任を持っている人や、この激動の時代に組織を前に進める力を身に付けたいと考えている人たちだ。さらに、不確かな環境において物事を判断しなければならない人・・・が対象になる。つまり、アイデアを持っていて、そのアイデアを実現させたいと考えている人たちが想定読者だ。・・・この先の道には多くの落とし穴や障害物が待ち受けている。イノサイトの活動を通じて、私たちは(痛い思いをして)それらを目の当たりにしてきた。これからそれを見ていこう。[p.23]」

第1部、ファーストマイルで使うツールキット
・「ファーストマイルで使うツールキットは、・・・4つのプロセスに沿って使われ、その目的は『戦略上の主要仮説』をコントロールすることだ。1)アイデアを書き下ろして、気づいていなかった前提を表面化させる(Document)。2)そのアイデアをいろいろな角度から評価する(Evaluate)。3)戦略に影響を与える不確実性に焦点を当てる(Focus)。4)テストを繰り返し、速やかに軌道修正をする(Test)。ファーストマイルでは紆余曲折が予想されるが、そのようなときには、この4つの頭文字DEFTで表わされるプロセスを適宜実行することにより、難局を乗り越えていかねばならない。[p.26]」
第2章、アイデアを書き下ろす
・ファーストマイルにおける3つの要件:1)市場/顧客が求めているものがはっきりと見えている(「需要はあるか?」という問いにイエスと答えられる)、2)その需要に応える方法が明確になっている(「提供できるか?」という問いにイエスと答えられる)、3)その方法は、価値を創り出すものである(「取り組むべきか?」という問いにイエスと答えられる)[p.28-29
・イノベーションに関する27の質問:ターゲット顧客について(顧客は誰か?、片づけるべき用事は?、何によってわかるのか?)、重要な利害関係者について(購入決定にかかわる者がほかにいるか?、彼らの『片づけるべき用事』は?、彼らが支持する理由は?)、アイデアについて(本質は何か?、問題がどう解決されるか?、他の方法と異なる点は?、こちらが優れている点は?、顧客の目にどう映り、顧客はどう感じるか?)、経済基盤(現実的想定売上は?、費用はいくらか?)、必要な社会基盤は?、必要な設備投資は?)、事業化の道筋(最初の足掛かり市場は?、どのようにして市場を拡大していくか?、最も懸念される競合商品をどのようにして打ち負かすか?また、競争相手がこちらの存在を気にしないようにするには、どうすればよいか?)、企業運営(重要な活動項目は何か?、誰が何を担当するか?、自分は何をするか?、どのようなパートナーが必要か?、獲得すべきものは何か?)、チーム(参加するのは誰か?、この仕事に適していると考えられる過去の実績は何か?)、資金調達(必要な資金はどれほどか?、利益計上までに必要な期間は?)[p.30-33
・「これらの質問の答えを書き下ろすことの意味は、今まで『自分が知っていると思っていた』ことを、『現実に知っている』状態に変換することにあるからだ。また、仮定した条件を明確に書き下ろしておくことは、将来その仮定に変更が生じたときに、計画の修正を忘れずに行なうようにする効果をもたらす。[p.33]」、「アイデアについてしっかりと書き下ろすこと・・・によって、重要な仮定が浮き彫りにされる。アイデアをいろいろな角度から見ることが大切。特に、市場拡大の可能性やアイデアが創り出す価値に着目すること。資料作成のために多くの時間を費やさないこと。途中でアイデアに修正が加えられるのはよくあることだ。[p.46]」
・アイデアを書き下ろすときの4つの注意事項:間違いその1、アイデアとビジネスを区別できていない、間違いその2、初めか終わりの一方だけに注力する(初めと終わりの両方のイメージが重要)、間違いその3、一部の関係者の視点だけで物事を見る、間違いその4、理解は得たが、共感を得ていない。[p.40-44

第3章、評価
・「評価の目的は、アイデアを前に進めるか否かの決断を下すことではなく、アイデアに潜んでいる仮説を明らかにすることである。[p.47]」、「この時点では、目標達成に腐心するよりも前提の妥当性を確認することがはるかに大切なのだ。[p.48]」
・まず、イノベーションによって達成したい目標(「何を」と「どのように」)を明らかにする[p.47-48]。
・評価のための3つの作業:(1)パターンに基づく定性分析を行ない、戦略上の主要仮説を明らかにする(過去に成功したイノベーションのパターンと比較しながら、不確実性を含むイノベーションの戦略を考える)。[p.51-53、付録A]、(2)財務分析を行ない、ビジネスモデルと企業運営上の不確実性を明らかにする(アイデアの「4つのP(顧客の数Population、価格Price、購入の頻度Purchase、開拓しなければならない市場の大きさPenetration)」を計算する、2変数の「感度分析」を行なう、逆損益計算書(想定される利益または収入からその前提を分析して理解する)を作る、シミュレーションする)[p.53-66]、(3)ロールプレイを行ない、アイデアの弱点を発見する。[p.66-67

第4章、フォーカス
・「ファーストマイルの時期を素早く通り過ぎるために大切なことは、戦略上の主要仮説を明らかにすることだ。[p.69]」
・仮説を優先順位づけするには、確信の度合い[p.72-80]と、その想定が間違っていた場合の影響の大きさ[p.80-84]で判断する。影響の大きさについては、事業を根底から覆しかねない仮説(ディールキラー)と、これから先に選択する戦略に影響を与える仮説(パス・ディペンデンシー)に注意が必要。
・「各種の学術研究によれば、人間は往々にして、将来起こりそうな出来事やリスクについて、正しく評価できないことが明らかになっている。・・・DEFTのプロセスを進めるときに忘れてならないのは、事実と仮説(ときには願望)を冷静に区別することだ。[p.72-73]」

第5章、テストし学び、軌道修正
・テストの計画と実行を成功裏に終わらせるための6つの重要項目:1、少人数のチームにする(俊敏に動ける、「必要十分(グッドイナフ)」な機能を目指す)、2、テストを慎重に計画する(実験を進める上での仮説(Hypothesis)、実験の目的(Objectives)、予測される実験結果(Predictions)、実験をどのように行なうか(Execution)をまとめたHOPE実験テンプレートが役に立つ)、3、市場から学ぶ姿勢、4、高い柔軟性(「テストが複雑になるほど、予期せぬ事態が発生する可能性が高くなる。・・・ファーストマイルの段階では、素早く軌道修正を行なう体制が不可欠だ」、低コストの外部リソース活用も有効)、5、予期せぬ結果を生かす(「実験の最終目的は何かを立証することではなく、市場から学ぶことである」、「異常値のなかには、ときとして興味深い事実が隠されている」、予期せぬ結果を生かすには、実験結果を部外者に評価してもらう(先入観を排除する)ことが有効、自分の主体的な意志で実験を行なっている場合には、予期せぬ事態が発生した場合に、その本質を理解する可能性が高い)、6、学んだ結果に基づいて行動する(「イノベーターが最初に考えていた計画と本来的に正しい計画の間には大きな隔たりがあることが、各種の研究によって明らかになっている」、行動の選択肢は、加速、慎重に継続、ピボット(方向転換)、中止)。[p.88-108

第6章、実験マニュアル
・不確実な領域における信頼性を、少ないリソースで効果的に高める働きをするツール(イノサイトの実験マニュアル)[p.113-145]:1、机上検討を行なう、2、思考実験を行なう(マクドナルドがシュリンプサラダをメニューに加えるかどうかを検討する際に、シュリンプの供給能力を調査した事例にちなんで名づけられた「シュリンプ・ストレステスト」など)、3、概算4Pモデルを作る、4、電話をかける(自分の専門分野であれば、人は積極的に話をしてくれることが多い)、5、購買状況のロールプレイを行なう、6、マクガイバー・プロトタイプを作る(手近なもので作ったプロトタイプ、TVドラマの題名にちなむ)、7、見込み顧客と話をする、8、逆損益計算書を作る、9、目的を限定した実証試験を行なう、10、詳しい財務モデルを作る、11、購入経験のプロトタイプを作る、12、ビジネスモデルのプロトタイプを作る、13、小規模の利用テストを行なう、14、パイロット運用を行なう。
・「『風洞』――重要な未知の要素について効率よく学ぶ方法――がある[p.147]」。「風洞」というのは、ライト兄弟が飛行機の開発をするにあたって、風洞を作り実験を行なったことにちなむ。[p.112

第2部、ファーストマイルの課題を克服する
第7章、ファーストマイルの4つの課題を克服する
課題1、道を間違える:「イノベーターが道を間違える最大の理由は、みせかけのホワイトスペース(空白地帯)に魅了されてしまうことだ。[p.154]」、「まず自問してみるべきだ。これまで誰も実行しなかったのはなぜだろう?[p.158]」
課題2、燃料切れ:「イノベーターが警戒すべき強力な敵の一つは、人の(それが個人であれグループである)意思決定能力を低下させるようなバイアスの作用である[p.159,231-235]」、「ファーストマイルにおいて特に致命的となり得る障害は、心理学者が言うところの計画錯誤によって引き起こされる[p.159]」、

計画錯誤とは、「タスクの日程とコストを予測する際に、組織の内部の人間は不正確な予測をしがちである[p.231]」ということ。「計画錯誤が原因でイノベーションのファーストマイルで燃料切れとなり、目的地に到達できないというケースがよくある。[p.159]」、「スタートアップビジネスに対して私はいつも、『必ず予定より長くかかり、必ず予定より多くの資金が必要となる』と考えている。[p.161]」
課題3、ドライバーの選定を間違える:「イノベーションを起こすということはきわめて人間的な営みであるため、その車を運転するための才能を持っていることがきわめて重要だ。理想とされるドライバーに求められる資質が2つある。一つはターゲット市場に共感できること。二つめは関連分野での経験を有しており、イノベーションのファーストマイルに対処できることだ。[p.164-165]」、「理想的なチームとは、選りすぐった社内の人間とひと握りの外部の人間を注意深くバランスさせたものである。[p.172]」
課題4、スピンしてコントロールを失う:「『スタートアップ・ゲノム』リポートによれば、新しい企業が失敗する最大の理由は規模の拡大を急ぎすぎたことだという。要するに、実現性のあるビジネスモデルを構築する前に規模の拡大を図ったために、プロジェクトが崩壊してしまったのだ。イノベーションのファーストマイルでスピードを出しすぎると、スピンしてコントロールを失い、クラッシュすることになる。[p.173]」、「顧客による熱烈な共感が得られないかぎりビジネスの規模拡大は望めない。[p.176]」

第8章、戦略的な実験を支える体制
・「企業のなかでイノベーションを起こそうとするときにまず苦労するのは、基幹システムが、明日のビジネスモデルではなく、今日のビジネスモデルを支援するために最適化されていることだ。これらのシステムは、企業にとって抗体のような役割を果たしており、戦略的な実験を破壊させるように作用する。[p.183]」
・「イノベーションの霧」を突き抜ける意思決定システム:「不確実性に立ち向かうチームを縛るようないかなる力も働いてはならない、と言いたくなるかもしれない。・・・しかし・・・往々にして、アイデアは試行錯誤の結果として生み出される。チームを縛る力が働かないと、必要以上に長く活動するという誤った戦略をとるおそれがある。チームを縛る力が弱いと、人材を最も有望なアイデアに再配置したり、アイデア同士を合体させたりする機会を企業が失うことにもなりかねない。ファーストマイルでアイデアをうまく育てていくためには、それなりの規律が必要だ。しかしこの規律は、失敗の可能性を極力排除するという、コアビジネスにかかわる規律とは一線を画するものである。[p.187]」、「実験を奨励する体制が必ずしも失敗を最小化する体制より優れているわけではない。現実問題として、企業は両方の考え方を並行して持たなければならない。失敗の可能性を最小化する体制はコアビジネスにおけるリソース効率を最大化し、実験を奨励する体制は新規事業についての学習事項を最大化するのだ。[p.190]」
・南カリフォルニア大学の「ジェラルド・テリス教授は、報酬体系は『非対称』でなければならないと言う。イノベーションを成功させるために強いインセンティブが必要だが、逆に、失敗に対するペナルティは寛容でなければならないということだ。[p.193]」
・「私は・・・失敗したプロジェクトのことをゾンビプロジェクトと呼んでいる。完全に死んでいない身体で、少ない可能性を求めてあちこち歩き回っているからだ。[p.194]」、「イノベーションを、ただ単に創造するだけの行為と考えている人が多いが、創造するために破壊しなければならないものもある。ゾンビプロジェクトを中止し、そこから教訓を学び、その教訓を最大限に生かすことは、イノベーションを成功させるために欠かせないプロセスだ。[p.199]」
・「過去60年の間、『ブレークスルー思考』の起源について多くの学者が研究を行なってきた。それらの研究成果のなかで一つ共通していることがある。ブレークスルー、すなわち魔法は交差点――異なる背景、異なる考え方同士が衝突する場所――で起きるということだ。ブレークスルーを起こすために企業は三種類の相手との連携を促す体制を構築しなければならない。その相手とは、外部専門家、顧客、幅広い層の社員だ。[p.199]」

第9章、ファーストマイルでのリーダーシップ
・「ファーストマイルで指導力を発揮するためには、きわめて不明瞭な、そしてときには矛盾する問題(パラドックス)をうまく処理する能力が求められる。カオスを追求する、人脈を多様化する、仕事に関係のないスキルを身に付けることにより、リーダーは前項の問題に対処する能力を高めることができる。[p.219]」
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本書を読んでまず感じることは、イノベーションの成功確率を上げるための方法論がかなり明確になってきた、ということです。以下は私見になりますが、その背景には、イノベーションに関する経営学上の知見の蓄積、進歩があるように思います。イノベーションは不確実なものであり、アイデアだけでは成功にたどりつけないこと、事前に入念な戦略や計画を立ててそれを実行するというアプローチは、革新的なイノベーションを起こすためには必ずしも適していないこと(既存事業の効率化や、改善改良による持続的イノベーションには有効であったとしても)、人間の判断にはバイアスが入り込む余地があるため完全に合理的な判断は不可能であること、などの知見は、いずれもイノベーションの実行段階への着目を促し、実験からいかに学ぶかを重視した方法論が提案されるようになったのではないでしょうか。本書は、そうしたアプローチの現時点での集大成と見ることもできるでしょう。本書に述べられた方法論は、個別に見ると当たり前と思われるようなものもあると思いますが、何が取り上げられていないか、すなわちイノベーションに適さない経営ノウハウ、方法論が排除されていることにも意味があると思います。イノベーションの方法論は今後もさらに進歩していくでしょう。しかし、ここまでやり方がわかったなら、あとは大胆に[p.223]挑戦することこそが求められているのかもしれません。


文献1:Scott D. Anthony, 2014、スコット・D・アンソニー著、川又政治訳、津嶋辰郎、津田真吾、山田竜也監修、「ザ・ファーストマイル」、翔泳社、2014.
原著表題:”The First Mile: A Launch Manual for Getting Great Ideas into the Market”

参考リンク



「イノベーション戦略の論理」(原田勉著)より

研究開発を成功させるにはどうしたらよいのか。すでに様々な経営戦略、組織運営の方法が提案されていますが、研究開発に関する限り、誰もが納得できる方法論は未確立のように思います。それはなぜなのか。おそらく最も大きな障害は、研究開発につきものの不確実性のせいで未来予測が困難なことなのではないか、という気がします。

未来の予測が困難であるなら、無理に予測しようとするのではなく、不確実性を前提として受け入れた上でどうすべきかを考える、というのもひとつの方法でしょう。原田勉著、「イノベーション戦略の論理 確率の経営とは何か」[文献1]では、不確実性を前提とするイノベーション戦略のポイントがまとめられており、実務家にとっても参考になる指摘が多いと感じましたので、以下にその内容のうち重要と感じた点をまとめたいと思います。

第1章、確率の経営――イノベーション確率最大化基準
・「短期効率性の追求には、不確実性はほとんど存在しない。・・・しかしながら、長期効率性の追求には、まだ実現していない不確実なイノベーションが付いて回るため、大きなリスクを伴うものになる。リスクのあるなかで、不確実な未来に向けてどのように決断すべきなのだろうか。この問題に何らかの決着をつけないかぎり、短期効率性と長期効率性との矛盾は解消せず、短期効率性を重視するがゆえに、長期的な適応力が低下するという結果になりがちだ。[p.8]」
・「不確実性の前では、合理性は無力である。戦略的思考や戦略的意思決定と呼ばれるものは、確実性のマネジメントにすぎない。[p.9]」
・「不確実性のなかでの意思決定では、結果そのものよりも、それを生み出すプロセスの合理性自体が問われなければならない。・・・プロセス合理性を追求しなければ、長期的には効率性は低下する。・・・プロセス合理性とは、より具体的にはイノベーションの成功確率を不断に高めていくということを意味する。・・・そこで必要なのは、結果が出る前に、イノベーション確率最大化基準によって経営のあり方を評価することだ。つまり、与えられた制約条件の下で、事前に想定されるイノベーション確率を最大化する取り組み、仕組み、制度になっているかどうかという基準で経営の合理性を判断するのである。[p.14-15]」
・「標準的な経営戦略論で論じられている戦略とは、・・・『組織能力活用型戦略』である。そこでは、いまある組織能力を所与として、効率的に活用することにより、利益を最大化することが目的となる。・・・この組織能力活用型戦略の問題点は、短期業績を上げることには効果がある一方、中長期的な企業の適応力を高めることには必ずしもつながらないという点にある。そこで必要なのは、いま所与としている組織能力自体をさらに高めていくことである。すなわち、『組織能力構築型戦略』である。本書のイノベーション戦略とは、この組織能力構築型戦略のことを指す。[p.17-18]」
・「イノベーション戦略は、既存の組織能力を最も効率的に活用するものではなく、将来を見越した先行投資を伴う。そのため、現在の競争優位にとっては必ずしもプラスにはならない活動が含まれることになる。すなわち、短期的な効率性はある程度までは犠牲にしなければならない。・・・重要なのは、どちらか一方だけを選択するというのではなく、組織能力の活用と構築の適切なバランスをとることだ。企業が成長するためには、この両方が必要なのである。[p.19]」

第2章、イノベーション確率とは
・「イノベーション経営にとって重要なのは、マクロでイノベーション確率を管理するという視点である。・・・ミクロのレベルで不確実なことも、マクロのレベルでは確実性が高くなる。これは、いわゆる大数の法則による結果である。・・・マクロ・レベルでの確率をできるだけ高めるためのマネジメントをここでは『確率管理』と呼ぶことにする。・・・その要諦は、個々の試行の立場に身をおかないという点にある。[p.29-31]」
・「効率的なイノベーション確率の管理には、①探索・試行の領域(イノベーション・ドメイン)を設定すること、②試行回数をできるだけ多くすること、③各試行の精度を高めること、の3つのプロセスが求められる・・・それに加え、④探索、試行の方向性を規定するメカニズムの是正(焦点化装置)も重要な課題になる。[p.36]」
・「もちろん、イノベーション確率は主観的確率であり、それは評価する者によって大きく異なることもある。イノベーション確率自体もまた実は不確実であり、サイコロの目の確率のように、客観的で確実な確率を事前に算出することはほぼ不可能に近い。それでも、組織のなかで知恵を絞って算出されたイノベーション確率を最大化する制度選択やそのための資源配分を実行すべきである。それが与えられた情報のなかでできる最善の方法なのである。[p.42]」
・「重要なのは、類似のプロジェクトが複数実施され、それによってナイト流不確実性が量的に代替されるという点[p.47]」。「ナイト流不確実性に対処するためのもう一つの方法は、決定を遅らせることだ。決定を遅らせることで新たな情報を獲得することができ、それによって不確実性を削減することができる。[p.48]」
・「主観的なイノベーション確率評価こそが、イノベーション遂行の鍵となる[p.52]」。「多数決は決断の根拠にはならない。多数決が有効なのは、大数の法則により、多数決が真実の確率をかなり正確に反映する場合のみである[p.54]」。「特に重要なのは、目利き能力をもった人材を選別し、彼らの評価を尊重するということである。・・・目利き能力のある人の多くに共通するのが、深く広い体験を重ねているという点にある[p.54]」。「多人数の多様な『井の中の蛙』を育成することで組織的に目利き能力を維持しようとする[p.58]」方法が考えられる。

第3章、イノベーション・ドメインの設定――探索領域を決定する
・要素技術は、「組織能力構築という観点からすると、①技術優位へのインパクト、②競争優位へのインパクト、の2つの軸で分類することが有益だ。[p.65]」
・「コア技術とは、技術優位、競争優位へのインパクトがともに大きい要素技術を指す。[p.66]」「コア技術以外の要素技術開発に予算を割り当てることが、大企業の場合、制度的に困難なのである。その結果、コア技術への投資のみが正当化され、コア以外の要素技術は硬直化することになる。・・・このことを回避するためには、あらかじめ研究開発における資源配分の枠を設定する必要がある。当然ながらコアへの資源配分は最も大きくなる。けれども、補完技術や周辺技術、場合によっては未利用技術への投資にも戦略的に一定の枠を確保しなければならない。そうでなければ、コア事業が立ち行かなくなったときに、次世代のコアの種がまったく育っていないという状況になってしまう。[p.82-83]」
・「『知識の地図』を明確に把握し、関係者の間で共有化することが、イノベーション・ドメインの設定には決定的に重要である。[p.88]」

第4章、探索のデザイン――探索の頻度と精度を高める
・「ジェームズ・マーチ・・・は、学習に伴う探索として、狭い領域での探索に特化した『深耕型探索』(exploitation)と、幅広い領域での探索を行う『拡散型探索』(exploration)という2種類に分類している。[p.91]」
・「拡散型探索は、深耕型探索と比べて不確実であり、努力が成果に結び付くとはかぎらない。・・・具体的にどこを探索すれば最善解を発見することができるのかについてまったく見当がつかない場合、組織メンバーをいかに動機づけ、イノベーション確率を高めていくのかが問題となる。・・・そこで重要なのは、『戦略的曖昧さ』を導入することであり、さらには失敗を許容する文化を構築することである。[p.96]」
・「戦略的曖昧さとは、不確実な領域にかぎっては、入口と出口のみを管理し、中間プロセスについては、細かな報告義務を課さないということである。[p.99]」
・「組織の長期的な成否が分かれるのは、・・・失敗をどのように評価するのかという点にある。減点主義の人事評価を実施している企業では、・・・加点よりも失点を避けることが重視され、幅広い探索を行うというインセンティブは失われてしまう。・・・本当にチャレンジを奨励したいのであれば、失敗をどのように評価するのかについて、明確な指針を示さなければならない。[p.100]」
・「ある領域での探索精度を高めるためには、それとトレード・オフの関係にある不確実性に対する探索頻度を量的に増加させることが鍵になる」。「下位レベルでの探索頻度を上げることで、上位レベルでの探索精度を高めることができる。」[p.106
・「探索モードの決定に際しては、結果の予測可能性と手続きの反復性という2つの次元によって評価し判断するのが有益であると思われる。[p.107]」予測可能性が高く、反復性も高い場合は、「組織メンバー間で協調し、分業しながら活動していくほうが効率的[p.108]」。予測可能性が低く、反復性が高い場合は、「拡散型探索に特化した組織メンバーによる協調的な探索活動が必要になる[p.110]。・・・そのためには、どこにどのような技術があるのかが明確でなければならない[p.113]」。3Mのテクノロジープラットフォームのような「見える化」が重要。予測可能性と反復性がともに低い場合は、「探索の重複によるコスト増を覚悟したうえで、並行して複数の組織メンバーに探索を行わせ、結果を競わせる[p.115]」。予測可能性が高く、反復性が低い場合、「探索は外部の業者に委託するほうが効率的[p.119]」。

第5章、探索の焦点を管理する
・要素技術の相互依存関係が掛け算の形になっている場合、ボトルネックの改善が重要[p.132]。
・要素技術の相互依存関係が足し算の形になっている場合、構成要素間の相互依存度は低く、強みの追求が重要[p.134]。
・知識の分類:リテラシー知識(技術を使いこなす知識)、専門知識、枠組み知識(知識が組織内のどこに存在しているかの知識)[p.142-143
・経営者に求められるのは、枠組み知識。「『現場を知らないことを知っている』経営者は、現場を知っている部下を信頼し、彼らの言うことに耳を傾けることで現場情報を把握する。なかには、本当のことを報告しない部下もいるため、嘘かどうかを見抜く観察力・洞察力も必要になる。また、部下の報告と数字との整合性のチェックも怠らない。・・・現場を知らないがゆえに現場を尊重し、自分の考えを押し付けることもしない。結果として、これがサーバント・リーダーシップといわれるものになっているのである。[p.144-145]」
・顧客情報については、営業情報(いつ、どれだけ買ったか、頻度といった情報)と、開発情報(用途および問題状況)を集めることが重要。[p.146
・「何を開発すべきかが明確ではない場合、トップダウンは機能しない。トップの技術的無知を押し付けることほど開発現場での弊害の大きなことはない。・・・したがって、トップダウンよりも、インフォーマルで自主的な情報交換のほうが効率的になる。それには、開発メンバーの自発的な行為によって開発の焦点が明確化されていくためのインフォーマルな仕組みづくりがポイントとなる。[p.149-150]」。情報交換会や技術展示会によるフェース・ツー・フェースのやり取りを促進させる仕組みが有効。

第6章、イノベーション戦略の実行――活用から構築へ
・「本書で対象としているイノベーション戦略は、不確実性のなかでの探索から構成されるため、短期効率性をある程度まで犠牲にすることによってはじめて成立する。したがって、このイノベーション戦略は、組織能力活用型戦略とトレード・オフの関係にある。・・・両者の間で適切なバランスを見出さなければならないということである。[p.162]」
・「組織能力の底上げなくして持続的競争優位を達成することは、何らかの法的保護がないかぎり不可能である。すなわち、競争戦略の愚直な実行は、競争優位の持続性を喪失させる大きな要因となる。[p.164
・「変化し続けることで、持続的または断続的競争優位は可能になる。これが、いわゆるリジリエント・カンパニーである。したがって、経営者は組織能力活用型戦略を実行することにより、一定水準以上の業績を達成しつつ、同時に、イノベーション戦略を遂行し、長期的な適応力の向上にも配慮しなければならない。[p.166]」
・「有限責任で長期的コミットメントのない株主は、企業の長期的適応力などには関心がない。・・・株主利益を重視したガバナンスを整備すればするほど、イノベーション戦略ではなく、組織能力活用型戦略のみを重視するという傾向が強くなる。・・・米国流のコーポレート・ガバナンスを取り入れること自体の誤りに気づかなければならない」。イノベーション戦略を、「買収ではなく内部開発の手法で・・・実行するためには、コーポレート・ガバナンスから隔離されたエリアをつくり出す以外に道はない。・・・短期業績への圧力が強い場合、実行可能な唯一のイノベーション戦略とは、間接イノベーション戦略である。『間接』というのは、自社で自らイノベーション戦略を実行し、探索していくのではなく、それを外部の企業に委託し、場合によってはその支援を行うというものである。[p.168-170]」
・「イノベーション戦略の実行には多様なかたちがありうるということだ。直接イノベーション戦略には、組織能力活用型戦略とのトレード・オフが必然的に伴い、実行には、イノベーション戦略への長期的なコミットメントが必要になる。そのためには、企業に対して長期的なコミットメントをする利害関係者の協力がなくてはならない。・・・イノベーション戦略の実行は、経営者がイノベーション戦略の重要性を認識し、それに対して長期的なコミットメントを決断していることが前提となる。経営者がイノベーション戦略に対して無責任であれば、イノベーション戦略を実行することはできない。そして、株主の場合とは異なり、経営者の無責任を回避する実行性の高い直接的な方法はない。[p.183-184]」
・「リスクを伴う高度な経営判断のよりどころは、それによってどれだけ儲かるのか、売上げが獲得できるのか、という財務的尺度であってはならない。そうではなくて、企業の掲げる理念にどれだけ寄与できるのか、という尺度から決断されなければならない。[p.187]」
・「理念とは掛け声ではなく、組織メンバー一人ひとりの行動を意識的、無意識的に規定する最も重要な組織能力としてとらえなければならない。[p.189]」
―――

イノベーションが不確実なものであるからとって、イノベーションを行う努力を避けていたのではその企業の将来は暗い、というのは多くの人が認めるところではないかと思います。しかし、不確実なことを実行することがいかに難しいか、ということもまた多くの人が実感されているのではないでしょうか。本書は、不確実性を前提として、では、何ができるのか、何が難しいのかが議論されている点、極めて示唆に富んでいるように思われました。もちろん、安易な解決策などあるはずもないのですが、地に足がついた議論をしたいと思えば、著者のアプローチは決して無視できるものではないと思います。

個人的には、本書に述べられた経営戦略の議論に加えて、第一線で技術開発を行う人々への動機づけもイノベーション確率の向上に果たす役割は大きいと思っています。本書では実務者の動機づけの問題については詳しくは議論されていませんが、著者が指摘する戦略上の問題と、動機付けの問題は、本質的な部分ではつながっているようにも思いました。イノベーションの実現というのは、本書の要素技術の相互依存関係の分析に従えば、各要素が掛け算の形になっている場合が多いように思います。そのボトルネックはどこにあるのか、どう改善すべきなのかは、実務者もよく考えておくべきでしょう。


文献1:原田勉著、「イノベーション戦略の論理 確率の経営とは何か」、中央公論新社、2014.

参考リンク



ノート改訂版・補遺2:研究マネジメントの実践に役立つ知識

ノート改訂版・補遺1では、研究マネジメントにおいて特に重要だと思うこと、知っておいて折に触れてチェックすべきこと、知らないと大きな判断ミスを冒す可能性があると思われることをまとめました。ただ、補遺1では内容をかなり絞りましたので、今回は「補遺2」として、実践に役立つ具体的知識をまとめたいと思います。前回同様、内容の選定と記載は個人的な見解に基づいていますので、ひとつの意見として見ていただければ幸いです。詳細は、本ブログ記事へのリンク先をご参照下さい。

研究の不確実性にどう対応すればよいか
・不確実性に対処するには、計画主導ではなく創発的戦略をとることが好ましいとされています。「創発的戦略」をうまく進める方法としてAnthonyらは次の3つのステップからなる方法を提唱しています。(本ブログ:ノート12
1、重要な不確実性の領域を識別する:最初の戦略は間違っている。正確な予測の数字は無意味。
2、効率的な実験を行なう:投資を控えて多くを学ぶ。スピードを上げることは重要ではない。
3、実験の結果に基づいた調整と方向転換を行なう:計画に固執しない。評価指標にとらわれすぎない。
・言い換えれば、当初想定が外れるかもしれない前提で準備すること、試行錯誤をうまく行い多くを学んで成功確率を上げることを狙う、ということと考えます。

人間の思考・予測の限界に注意するには
・まずは、以下の点で人間の思考には限界や誤りの可能性があることを認識すべきと考えます。(本ブログ:意思決定の罠
1、無意識の思考特性に依存する誤り(プライミング、係留と調整のヒューリスティックなど)
2、現象や事実に対する知識や認識不足、認識の誤り(平均への回帰の軽視、ハロー効果、状況の軽視、相関関係と因果関係の混同など)
3、対象自体の予測不可能性(複雑系の現象、創発、発散現象やその原因と発生タイミングの予測、確率的な現象など)
・人間の思考の誤りを理解するための二重過程理論(Kahnemanによるシステム1(速い思考)とシステム2(遅い思考)についての説明):「システム1」は自動的に高速で働き、努力はまったく不要か、必要であってもわずかである。・・・「システム2」は、複雑な計算など頭を使わなければできない困難な知的活動にしかるべき注意を割り当てる。考えたり行動したりすることの大半は、システム1から発している。だがものごとがややこしくなってくると、システム2が主導権を握る。システム2に困難な要求を強いる活動は、セルフコントロールを必要とする。そしてセルフコントロールを発揮すれば、消耗し不快になる。→こうした傾向により、システム2で対応できない(できなくなった)課題に対してシステム1で対応しようとする時、認識や判断の誤りが発生しやすくなるのだと考えられます(本ブログ:ファスト&スロー、判断の誤りやバイアスの事例については、意思決定理論入門も参照ください)。

競争相手の動きを読むには
Porterの5つの力の枠組みは競争戦略立案に有効とされていますが、最近ではこの枠組みによる検討だけでは持続的競争優位を確立することは難しいという意見が多いようです(本ブログ:持続的競争優位をもたらす戦略とは世界の経営学者はいま何を考えているのか)。しかし、1、サプライヤーとの関係、2、買い手との関係、3、新規参入者、4、代替製品、5、既存企業間の競争状況からなる5つの力の枠組みは、自社および競争相手の置かれた状況を考察するためのチェックポイントとして、いまだ有効なように思います(本ブログ:ノート3)。競争相手の立場に立って状況を整理し、競争相手が保有する資源(技術力も含む)も考え合わせれば、ある程度競争相手の動きは読めると思います。

どんなイノベーションに取り組むべきか
・「補遺1」では、大きな成功をもたらしやすい重要なイノベーションとしてChristensenの「破壊的イノベーション」をあげました。しかしChristensenらも、すでに事業を行っている企業では持続的イノベーションも重要であり、イノベーション資源の少なくとも80%を持続的な改良に配分することを推奨しています。重要なことは、破壊的イノベーションのメカニズムを考慮して、企業の環境や取り組むイノベーションにとって適正な進め方を行うことでしょう。なかでも次の点が重要と考えられます。(本ブログ:ノート4
技術進歩は消費者のニーズを越えて進みやすいため、既存企業はオーバースペック製品を生みやすい。
消費者は本当のニーズを知らないことがある。

既存企業にとっては、参入してきたばかりの後発企業と競争する必要性が感じられにくい(不均等の意欲)。
既存企業には、生まれたばかりの破壊的技術を重要視しにくい社内のバイアスがある。
破壊的イノベーションには、ローエンド型破壊と新市場型破壊がある。
DARPA(アメリカ国防総省国防高等研究計画局)で重視されている研究評価の基準は以下のとおり(これはハイルマイヤー(Heilmeier)の基準と呼ばれ、研究マネジャーがしっかり回答することが求められる質問とのことです)。
1、何を達成しようとしているのか?専門用語を一切利用せずに当該プロジェクトの目的を説明せよ
2、今日どのような方法で実践されているのか、また現在の実践の限界は何か?
3、当該アプローチの何が新しいのか、どうしてそれが成功すると思うのか?
4、誰のためになるか?
5、成功した場合、どういった変化を期待できるのか?
6、リスクとリターンは何か?
7、どの位のコストがかかるか?
8、どれほどの期間が必要か?
9、成功に向けた進展を確認するための中間及び最終の評価方法は何か?

アイデア創造や技術開発以外に取り組むべきこと
・ビジネスモデルの構築:ビジネスモデルを考えるための枠組みとして使いやすそうな方法に「Canvas」があります。Canvasでは、顧客セグメント、価値提案、チャネル、顧客との関係、収益の流れ、リソース、主要活動、パートナー、コスト構造の9要素を図にまとめて関係が視覚化できます(本ブログ:ビジネスモデル・ジェネレーション)。
・関係者との協働、調整:少数の関係者のみでイノベーションを完成することは困難になりつつあるようです。利害関係を見極めて調整し、協働するための手法は未確立だと思いますが、エコシステムを構築するという観点は重要だと考えます(本ブログ:ワイドレンズ)。
・イノベーションを使ってもらう:よいイノベーションであっても、利用者はすぐにはそれを採用しません。「イノベーション普及学」という分野では、この受け入れのプロセスに関わる様々な因子が検討されており、その知見は実践面でも重要な基礎になる考え方だと思います。Rogersは、普及速度に影響するイノベーションの特性として次の5つをあげています(本ブログ:ノート13)。
1、相対的優位性(そのイノベーションが既存のアイデアよりよいと知覚される度合い)
2、両立可能性(そのイノベーションが採用者の既存の価値観、過去の体験、必要性と相反しないと知覚される度合い)
3、複雑性(イノベーションを理解したり使用したりするのが困難であると知覚される度合い)
4、試行可能性(イノベーションを経験しうる度合い)
5、観察可能性(イノベーションの結果が採用者以外の人たちの目に触れる度合い)
・イノベーションの方法論の中で、イノベーションプロセスの比較的広い範囲が考慮されているものとして、次のものが重要と思われます。ラフリーとマーティンによる戦略(本ブログ:P&G式勝つために戦う戦略)、ゴビンダラジャンとトリンブルによる社内既存部署との協働を重視した進め方(本ブログ:イノベーションを実行する)、SRIのカールソンとウィルモットによる進め方(本ブログ:イノベーション5つの原則)、ジョンソンによる破壊的イノベーションを念頭においた進め方(本ブログ:ホワイトスペース戦略)。ただし、あらゆる場合に有効な考え方というものは未確立なようですので、状況に応じてこうした考え方を参考にすべきと考えます。

イノベーションプロセスの比較的狭い範囲における進め方の提案と得失
・オープンイノベーション:協働の進め方としてすでに成功事例が報告されていますが、自社と他社(組織)のアイデアを融合させる、という理想部分が過大評価され、アイデアや技術の移転、仕事の線引きと競争力の問題、インターフェース設計の問題、収益の分配の問題などの課題もあるとされています(本ブログ:技術経営の常識のウソオープン・イノベーションは使えるか)。
・ステージゲート法:プロジェクトの中止がしやすい、研究者にとってやるべきことが明確になり収益意識が高まる、研究テーマとプロセスの見える化により研究部門と事業部門のつながりが強化される、製品化目前になってプロジェクトを中止するようなケースが減る、ということがメリットとされていますが、テーマを『育てる』という側面よりも、想定通りに育たなかったテーマを『切る』という側面に比重がおかれていることには注意が必要と思われます。(本ブログ:技術経営の常識のウソ
・プロジェクトマネジメント:有限期間内に特定の目的の成果物を生み出すために時限的に人が集まって進める活動をきちんと行なうための手法や思想であって、担当者の業務経験を狭くする、コミュニケーションを阻害する、仕事の継続性が失われることで仕事からの学習を阻害する、技術を蓄積しようとするモチベーションを阻害する、組織全体としても技術蓄積を大切なものとして考える意識を希薄化する点が問題とされています。(本ブログ:技術経営の常識のウソ
・このような手法は、得失を理解した上で、状況に応じて使い分けることが必要でしょう。

形式知と暗黙知の違いを考慮した知識創造の進め方
・野中氏らが提唱した組織的知識創造のプロセス(SECIプロセス)をシンプルにまとめると以下のようになるでしょう。この4つの知識変換プロセスを繰り返すことによって組織的知識創造が進むとされています。(本ブログ:創造性を引き出すしくみ、より詳しくは、流れを経営するを読む
1、共同化:個人の暗黙知からグループの暗黙知を創造する
2、表出化:暗黙知から形式知を創造する
3、連結化:個別の形式知から体系的な形式知を創造する
4、内面化:形式知から暗黙知を創造する
ポイントは、暗黙知をどう組織内で相互作用させて新たな知を創造するか、それを個人の知識の充実にどう活かすか、という点だと思います。そのためには、知識の交流を活発化させるための「場」(環境)をうまく作ることが重要になると思われます。

研究者(イノベーションを推進する人)のやる気を引き出すには
・補遺1では、やる気に関わる重要な因子として、Herzbergによる動機付け要因と衛生要因、Maslowの欲求階層理論、Deciによる外発的動機づけと内発的動機づけの考え方を指摘しましたが、この他にも動機づけ、やる気に関わる因子は様々に議論されています。やる気を引き出す具体的な施策を検討する際には、以下の金井氏による整理が参考になると思います。(本ブログ:ノート7モチベーション再考
1、緊張感・危機感・欠乏・心配・不安がやる気を起こす(ズレ・緊張系)
2、夢・希望・目標を持つことで、やる気が起こる(希望・元気印系)
3、その人それぞれの考えで、やる気が起こる(持論(自論)系)
4、コミューナルな関係性、共感がやる気を起こす(関係系)
・上記にも関連する点がありますが、エンパワーメントの観点からは次の要素が重要だと思われます。(本ブログ:モチベーションは管理できる?
有能感(自分の能力を信じ、やればできるという意味での自信のある心理的状態)
自律性(自分自身の行動を自分自身で決定できる状況にある場合に増大する感情)
心理的無力感(がんばろうと努力しているにも拘らずうまく結果が出せなかったり、成果を出したのに周りから評価されなかったりした場合に増大する感情)
成長機会(仕事をこなすことで自分を高めていける、能力を発揮できるような環境かどうか)
権限委譲(自分自身の仕事に関する意志決定が職場の状況としてできるか)
支援(協力してくれる上司やその他の人たちがいる場合に増大する)
状況的無力感(自分にとって不利な職場かどうか、苦手な仕事や、周りから好ましい反応がなかった場合に増大する)

研究リーダーはどうすべきか
・補遺1では、リーダーの役割として、多様性の確保、コミュニケーションの活性化、組織外部との連携調整、部下の育成指導、ロールモデルをあげました。
・グーグルが社内の調査によって明らかにした、評価の高いマネジャーに共通する行動の特性は次のとおり。(本ブログ:データが語るよいマネジャーとは
1、優れたコーチである
2、チームを力づけ、こと細かく管理しない
3、チーム・メンバーの仕事上の成功と私的な幸福に関心を示し、心を配る
4、建設的で、結果を重視する
5、コミュニケーション能力が高く、人から情報を得るし、また情報を人に伝える
6、キャリア開発を支援する
7、チームのために明確なビジョンと戦略を持つ
8、チームに的確な助言をするために、主要な専門的スキルを持ち合わせている

これらは、理想のマネジメントを行うための処方箋と言えるようなものではないと思いますが、実践の際の貴重なヒントを与えてくれる考え方としてひとつの手がかりになるのではないかと思います。


ノート目次へのリンク



ノート改訂版・補遺:これだけは知っておきたい研究マネジメント知識

2013年3月に始めた「ノート:研究マネジャー基礎知識」の改訂も、全14回分の改訂を終えました。「ノート」の記事は、研究マネジメントに関する基本的な知識をまとめたいという意図で書いてきましたが、実践の際に常に意識すべき内容としては全14回の内容では多すぎるのではないか、とも感じます。そこで、今回は、研究マネジメントの実践において特に重要だと思うこと、知っておいて折に触れてチェックすべきこと、知らないと大きな判断ミスを冒す可能性があると思われることを選んでまとめることにしました。もちろん、選んだ内容には個人的な見解が入っていますので、ひとつの意見として見ていただければ幸いです。ご参考までに関連する本ブログの記事へのリンクを入れていますので、詳しい内容はリンク先をご参照願います。

研究は不確実なもの
結果が予測できれば研究は不要です。つまり研究しなければならないのは結果がわからないからであって、わからないことに挑んでいるわけですから成功するかどうかは不確実です。思ったとおりに、あるいは計画のとおりに研究が進むとは限りません。予想外の障害が現れた時には、想定したシナリオにこだわって単に努力を積み重ねるのではなく、異なる発想が必要になるかもしれないことも考えてみる価値があるでしょう。一方、思っていた以上にうまくいくことや、当初の狙いとは違っていても面白い結果に行きあたるかもしれません(セレンディピティ)。そうしたチャンスも見逃さないようにしたいものです。

人間の思考・予測には限界がある
物事の原因や未来に起こるだろうことについてよく考えることは重要です。しかし、よく考えたからといって真実がわかる、あるいは未来予測ができるとは限りません。人間の無意識の思考特性によって判断を誤ることもありますし、知識や認識の不足に気づかないこともあります。また、原理的に予測ができない対象もあり得ます(例えば複雑系の現象にはそういう例があることが知られています)。不確実性とともに思考の限界も認識しておく必要があるでしょう。

競争相手の存在
よいアイデアを思いつくと、それは自分たちしか知らないことだと思ってしまうことがあります。しかし、たいていの場合、どこかで誰かが似たようなことを考えているものです。少なくともそういう競争相手がいる可能性があることは忘れてはいけないと思います。研究を進めるにあたっても、自分たちの望むシナリオだけでなく、競争相手がどう考え、どう動くかも考慮すべきでしょう。

しかし、成功しやすいイノベーションはあるらしい
研究やイノベーションは不確実であるとはいっても、成功しやすいイノベーションのパターンはあるようです。なかでも大きな成功をもたらしやすいという意味で重要なのはChristensenの「破壊的イノベーション」の考え方ではないかと思われます。(もちろん、破壊的イノベーションだけが成功するということではありません)

アイデアや技術だけでは不十分
優れたアイデア(研究テーマ、課題)や、優れた技術だけではイノベーションの成功は保証されないのが普通です。どう実行するか、どう収益をあげるしくみ(ビジネスモデル)を構築するか、どう関係者を取り込み、社内外の協力関係(エコシステム)を構築するか、どうやって顧客に受け入れてもらうのか(普及)なども成功のための重要な要因になります。

ニーズは簡単にはわからない
研究テーマを考える際や、アイデアの源として、どんなニーズがあるかを知ることは重要です。しかし、真のニーズを知ることはそれほど容易ではありません。顧客(消費者)の要求と真のニーズは必ずしも一致しないことは認識しておくべきでしょう。真のニーズを知るためには、行動観察(エスノグラフィー)や、Christensenによる「片づけるべき用事」の考え方は重要と思われます。

形式知と暗黙知
は違う
知識には、形式知(形式的・論理的言語によって伝達できる知識)と暗黙知(特定状況における個人的な知識で、形式化したり他人に伝えたりするのが難しい知識)があると言われています。新たな知識は、異なる知識の出会いから生まれることが多いとされていますが、形式知だけでなく暗黙知の重要性も忘れてはならないと思います。

研究者(イノベーションを推進する人)のやる気を引き出すには
人(特に研究者)はお金や地位だけでは動かない(場合が多い)と言われます。Herzbergは高次な欲求を刺激するものを動機付け要因(motivators)、低次な欲求を刺激するものを衛生要因(hygienic factors)とし、衛生要因を改善しても不満がなくなるだけで動機付けることはできないとしています(お金は衛生要因)。Maslowの欲求階層理論では、人間の欲求は低次なものから、生理的欲求、安全欲求、所属と愛の欲求、承認の欲求、自己実現欲求の5段階の階層をなし、人間は低次欲求がある程度満たされると、より高次の欲求によって動機付けられるようになり、その際、低次の欲求は人を動機付ける欲求としては機能しない、とされます。また、Deciは、給与や人間関係など人を動機付ける要因が個人の外部にある場合の「外発的動機づけ」よりも、自らの有能さの確認や自己決定などに関わる「内発的動機づけ」が重要と述べています。

研究組織の望ましい特性
研究組織の望ましい特性としては、自律性、目的・感情・価値観の共有、多様性、閉鎖的になりすぎずメンバーが目標達成に積極的に関わること、他の組織との協働、があげられることが多いようです。どんな研究組織の構造であっても、こうした特性を持つように運営することが必要でしょう。

研究リーダーの役割
研究リーダーには、多様性の確保、コミュニケーションの活性化、組織外部との連携調整、部下の育成指導、ロールモデルという役割が求められるようです。働きがいのある会社ランキング常連のSASCEOJim Goodnightによれば「マネジャーは社員の『部下』となり、それぞれが高いモチベーションで働き、能力を発揮するよう努める」ことが望ましいとされているようですが、それもひとつの考え方かもしれません。

研究の進め方はそれぞれ
一口に研究、イノベーションとはいっても、内容は様々です。技術分野も違えば、企業におけるイノベーションの意味も、顧客にとっての意味も様々ですし、イノベーションの段階(例えば、技術的検討段階、製品化段階、市場投入、改善など)も様々でしょう。当然その進め方も異なるはずで、結局、どんな場合にも適用可能な成功の処方箋のようなハウツーは存在しないのではないか、と思われます。従って、本稿に述べたような注意点を常に考慮しつつ、状況に応じたマネジメントを工夫していくことがマネジャーには求められているのでしょう。ただ、最も重要なマネジメント上のポイントは何か、と問われたら、私は、イノベーションに携わる人の「意欲の管理」だと答えたいと思っています。

以上が、現在私が考えている「これだけは知っておきたい研究マネジメント知識」です。何らかのヒントになれば幸いです。


ノート目次へのリンク



「意思決定理論入門」(ギルボア著)より

誰しも正しい意思決定を行いたいという気持ちはあるでしょう。しかし、正しい意思決定とは何なのでしょうか。本ブログでも、人間は様々な状況で、誤った判断や無意識的判断、非合理的判断をすることを紹介してきました(「ファスト&スロー」(カーネマン著)より意思決定の罠(モーブッサン著「まさか!?」より)、など)。もちろん、誤った判断が「正しい判断ではない」ということは言えるでしょうが、誤りがなければ正しい判断なのか、非合理的かもしれないが誤っているとは言えない場合や、誤っているかどうかがはっきりしない場合にはどうすればよいのかなど、正しい意思決定をするために考えておくべきことは多いように思います。

ギルボア著「意思決定理論入門」[文献1]では、判断におけるバイアスやヒューリスティクスの問題も考慮した上で、意思決定において考慮すべきポイントが述べられています。以下、その中から重要と思われる点をまとめておきたいと思います。

第1章、基礎概念
・「何が『より良い選択』なのか?・・・その答えは自明ではない。わたしは、意思決定の結果がどうであったかは、分析の最終段階においては、意思決定者自身の判断によって決められるべきであるという見方を採用している[p.1]」。「本書の主要な目的は、読者であるあなた自身がより良い意思決定をできるよう手助けすることである[p.8]」
・記述的理論:「現実を記述することを目指す理論のこと[p.3]」。「その原理はそれに対応する現実と照らし合わせて検証される。・・・良い記述的理論とは、あなたの周囲の人々がどのように行動しているかをあなたに告げるもの[p.4]」。
・規範的理論:「意思決定者に忠告を与える理論、つまり、意思決定者がどのように意思決定すべきかという指図を与える理論のこと[p.3]」。「その原理は現実に適合する必要はない。・・・良い規範的理論とは、あなたが採用したくなるような理論であり、あなた自身の目で見て良い意思決定を可能にするような理論[p.4]」。

第2章、判断と選択におけるバイアス
・フレーミング効果:「問題文の設定や表現方法が意思決定に与える効果のこと[p.15]」。(例えば死亡率で表現するか、生存率で表現するか、など)。「われわれ消費者に商品を売ろうという仕事に従事している人々はたいてい、どの表現方法が別のものよりも客を引きつけるかについて良いセンスを持っている[p.20]」。形式的なモデルによってフレーミング効果は消すことができる[p.21]。
・賦存効果:「自分が持っているものに持っていないものよりも高い価値をつける傾向だと定義できる。・・・現状維持バイアスと呼ばれる一般原則から導かれる効果と見ることができる。[p.23]」保有しているものについて情報を持っていること、頻繁な選択の変更を防止できること、習慣形成など、現状維持が合理的と考えられる場合もある[p.25-26]。
・サンクコスト(埋没費用):「支払った金額は、回収することができないサンクコストである。多くの合理的な指南によれば、サンクコストは無視すべきである[p.29]」。しかし、サンクコストへのこだわりが正当化されるケースとして、現状維持バイアスが意味をもつ場合、他人を困惑させる可能性、自分の選択を後で後悔する可能性、未完のプロジェクトをだめにしてしまう可能性がある場合などが挙げられる[p.30-31]。サンクコストを無視したい場合には、問題を決定木としてモデル化することが有効。[p.31
・代表性ヒューリスティック:代表的、典型的な表現に影響される。「矛盾のない長い証言は短い証言よりもより信用をもたらす[p.37-38]。
・利用可能性ヒューリスティック:事例の思いだしやすさに影響される。
・係留効果(アンカリング効果):「関係がないかほとんど関係がない情報が持つ影響力・・・、十分なデータがない場合には、人の評価は、関連性が乏しいような情報に影響を受けるかもしれない[p.47]」。「係留のヒューリスティックとは、『アンカー』として機能するある推定値を基準としてそこから推定値を修正していくこと[p.47]」。ただし、「誰かによってもたらされる評価値は、情報量としては乏しいが、評価値であることには変わりはない。[p.48]」
・メンタル・アカウンティング(心の会計):「お金が代替可能なものであっても、・・・あなたのお金は支出の種類ごとに配分される[p.51-53]」。
・動学的非整合性:「あなたが将来の行動についてある選択をし、やがてそれを実行する時が来ると、あなたはそれを実行しようとはしない[p.55]」。

・「人間の心というのは、長い期間にわたって進化してきた、むしろ洗練された推論の道具なのであり、また、恐らくはその目的にとってそれほど悪い道具ではない・・・実質上ほとんどすべての思考様式にとって、良い推論を見いだすことができ、またそれが最適であるようなさまざまな環境を見いだすことができる[p.61]」。

第3章、統計データを理解する
・条件付き確率:「ある側面に関する条件付き確率から別の側面に関する条件付き確率を導き出すのは一般的に難しい[p.67]」。「一般に、2つの事象の条件付き確率が同一になることはない。それでも人々は2つの条件付き確率を同一視してしまう傾向がある[p.74]」。(基礎比率の無視)
・ギャンブラーの錯誤:独立の事象に対して過去の事例から過剰に学んでしまう、大数の法則を誤って適用する、条件付き確率と条件なし確率を混同するなどの誤りをする。[p.77-83
・悪い(偏った)サンプルに要注意
・平均への回帰:「何かをその極端な過去の結果(良いものにせよ、悪いものにせよ)に従って選ぶなら、将来的にはその結果は平均的なものに戻ってくることを期待すべき」[p.86-87]。
・相関関係と因果関係:「単なる相関関係から因果関係を見いだす助けとなる洗練された統計的手法が存在するが、それには限界がある。特に、株式市場の暴落や戦争などといった一回限りの出来事の原因を特定化することは非常に難しい。・・・相関関係は因果関係を意味しないということを覚えておくとよい。[p.90]」
・統計的有意性:帰無仮説が棄却できないことは、それが真であることの証明にはならない。[p.91
・ベイジアン統計学と古典統計学:「古典統計学とベイジアン統計学は非常に異なった種類の問題に用いられるべき統計手法であるということが大事なのである。もしあなたが何かを立証したい、つまり、『客観的に(統計的に)証明された』ものとして受け入られる結論を主張できるようになりたいなら、用いるべき手法は古典統計学である。もしあなたが自分にとって最善の選択となるような判断や決定を行いたいのなら、誰かを説得することなどに顧慮する必要はないので、選ぶべき手法はベイジアン統計学になるだろう。[p.100]」

第4章、リスク下の意思決定(「リスク、すなわち既知の確率を伴う状況における意思決定」)
・「確率変数の期待値とは対照的に、期待効用はより多くの意味を持つ。・・・フォン・ノイマン=モルゲンシュテルンの定理は、あなたはある効用関数の期待値を最大化するかのように振る舞うという非常に緩やかな想定をしている[p.124]」
・プロスペクト理論の「1つの特徴は、人々は提示された確率に対して非線形的に反応すると主張している点である[p.133]」。もう一つの要素は、「人々は富の絶対的な水準ではなくその変化に反応すると考えている点[p.134-135]」。

第5章、不確実性下の意思決定
・「われわれの人生における多くの重要な意思決定は、同じような仕方で繰り返されるような事象には依存しておらず、i.i.d(「identically and independently distributed、同一で独立の分布[p.77]」)の事象であるという仮定は成り立たない[p.149]」。
・「パスカルは既に確率論という道具を用いて、客観的な確率が存在しない不確実性の状況についての直観と論理を分離していた。その考えは、たとえ事象に割り振る確率が客観的に、あるいは科学的に推定されないとしても、不確実性を数量化することによって課される規則そのものが有用であるかもしれないというものだった。科学的・客観的査定を引きだすための情報がほとんど十分に手に入らないので、あなたが手にする確率は主観的なものに限られる。しかし、確率論という道具を主観的確率に用いれば、あなたの信念は内的には整合的なものであることが保証される。人があなたの査定を実際のデータと比較すると、あなたの査定は正しくないかもしれないが、少なくともあなた自身は自分の信念の間で矛盾するような愚かな結果にはならないはずである。[p.150]」
・「解くべき問題に対して正しいモデルを用いることがとてつもなく重要である。・・・不適切なモデルによって分析を始めると、間違った問題に対する数学的に正しい解を得ることになってしまう。・・・モデル形成において暗黙的になされている隠れた仮定に気をつけるべきである。・・・あなたが情報を知る仕方は、それ自体で、またそれ自身について、参考になる情報をもたらすかもしれない。時には、あなたが何かについて知っている、あるいは知らないという事実そのものが、何か新しいことを伝えてくれるものである。[p.173-174]」
・第3章では「因果関係を確証することは困難であり、しばしばそのために十分なデータが手に入らないことが確認された。しかし、意思決定問題の分析においては、たとえ小さな主観的確率を割り当てるだけに終わるとしても、潜在的な因果関係に注意しておくことが要求されるのである。[p.178]」
・確実性原理(sure thing principle):「エルズバーグがその実験で発見した現象とは、多くの人々が不確実性回避的であるということである。つまり、他の事情が一定であるならば、人々は既知の確率を未知の確率より好む、あるいはリスクを不確実性より好むということである。リスク回避性の場合と同様に、不確実性回避性は損失が出る局面よりも利益が出る局面においてはるかに良く見られ、また、恐らく・・・損失回避性の場合と同じ効果によって、人々は損失が出る局面では不確実性愛好になるかもしれないという証拠がある。[p.180]」
―――

結局のところ、著者が「あなたにとって何が良い決定であるか決めるのはあなた自身であるという見方を強調してきた[p.201]」と述べているとおり、「正しい」意思決定のための決まった方法などはない、ということなのでしょう。しかし、意思決定にあたって明らかに間違った判断や、望んでいない判断、首尾一貫せず自分自身が混乱してしまうような判断をしないために、さらに納得感の高い意思決定を可能にするために意思決定理論は活用可能だということは言えるように思います。

研究を行う上では、意思決定の考え方は以下の2つのケースで特に重要になると考えられます。
1、情報に基づいてどのような行動をとるべきかを決定する(一般の意思決定と同じ)。

2、データに基づいて、より真実に近い情報を明らかにする。
上記1については、研究に限らず重要なことですので、特に議論は不要でしょう。2は、自分の行動を決める際の選択、意思決定とは異なりますが、未来予測のための根拠となる理論を打ち立てたり、データを集め、解釈することにより、ある事象が起こる確率の推定精度を向上させるために、意思決定論の考え方は特に重要だと思います。集めたデータがバイアスによって歪められていないか、ヒューリスティックによって誤った結論が導かれていないか、統計的に誤ったデータ解釈をしていないか、等の点には常に注意が必要ですし、精度の高い結論を得るためにはどのようにデータをとるべきかという研究計画立案の問題を考える場合にも、本書に述べられた注意点は活かせると思います。

結局のところ、研究活動とは、不確実性の高い現象を検討対象として意思決定を繰り返し、その不確実性をリスク(成功確率を評価できるもの)に転換し、さらにそのリスク(失敗確率)をできるだけ下げていくプロセスと考えられます。その検討対象の中に人間の行動が含まれているならば、意思決定に関わる記述的知識も必要でしょう。また、場合によってはヒューリスティックを積極的に活用して、判断のスピードを上げることも求められるかもしれません。意思決定の方法を学ぶだけではなく、意思決定のメカニズムや原理もよく理解した上で、創造的に意思決定理論を活用していくことが研究者には求められているような気がします。


文献1:Itzhak Gilboa, 2011、イツァーク・ギルボア著、川越敏司+佐々木俊一郎訳、「意思決定理論入門」、NTT出版、2013.
原著表題:Making Better Decisions: Decision Theory in Practice

参考リンク<2014.9.28追加>



ノート12改訂版:研究プロジェクトの運営管理

1、研究開発テーマ設定とテーマ設定における注意点→ノート1~6
2、研究の進め方についての検討課題
2.1
、研究を行なう人の問題
→ノート7~8
2.2
、研究組織の問題→ノート9~10
2.3
、研究組織営におけるリーダーの役割→ノート11

2.4
、研究プロジェクトの運営管理
ここまでは、研究組織および組織を構成する人の力を引き出すためにどんな点に注意すべきかを中心に考えてきましたが、今回は具体的に研究プロジェクトをどう進めるかを考えてみます。

工事プロジェクトなどのいわゆる工程管理に比較して、研究プロジェクトの運営管理は従来あまり重要視されてこなかったように思います。例えば今野は1993年出版の本で、研究開発管理は、計画の作成→事前評価→実行と中間レビュー→最終評価、という流れをとり、この中で最も大切なステップが研究テーマの事前評価だとしていて[文献1、p.86,93,97]、実行過程での途中評価については、目標成果の達成度、周辺技術情勢との対比、研究内容や資源配分などの変更、遂行上の問題点等を検討する必要があると述べるにとどまり、実行過程の意義や、研究をいかに進めるべきかについては、あまり言及がありません。ところが、最近は研究の実行段階の進め方が注目されるようになり、具体的な提案もいくつか現れているようです。おそらくその背景には、研究活動をとりまく環境が変わってきたこと、すなわち、変化が速く、大きく、複雑になり、アイデアの事前検討をしっかり行うだけでは、研究を事業として成功させることが困難になりつつあることが認識されるようになってきたことがあると考えられます。

例えば、Collinsらは、卓越した企業の特徴を調査した結果、「大きく成功している企業は、綿密で複雑な戦略を立てて、最善の動きをとる」という神話が崩れたと述べ、それよりも、「大量のものを試し、うまくいったものを残す」という方針の方が重要である、と述べています[文献2、p.14]。また、Christensenは「成功する事業と失敗する事業の最大の違いは、一般に、当初の計画の正確さではない」[文献3、p.216]、「過去に成功したすべての新事業の90%以上で、創業者が意図的に追求した戦略が、最終的に企業の成功を導いた戦略と同じではなかったという研究報告がある。起業家が最初から正しい戦略を持っていることはめったにない。」と述べ[文献4、p.268]、さらにAnthonyらは「最初の戦略は必ず間違っている」[文献5、p.373]と述べています。ChristensenAnthonyらは破壊的イノベーションを念頭にこのように述べていると考えられますが、最初の計画が正しくないなら、どうしたらよいかということについて「不確実性が極めて高い環境におけるイノベーターは『創発的戦略』に従うべきことを示唆している。正しい戦略を知っているかのように意図的に行動するのではなく、正しい戦略が市場から『わき出る』、つまり創発するようなアプローチを採用すべきということだ。」[文献5、p.236]と述べています。これらの指摘は、少なくともある種の研究においては、戦略を練り、計画を立ててそれに沿って実行する、というアプローチが有効とは限らない、ということを示していると考えられます。

では、具体的にどのように研究を進めるべきなのでしょうか。まず、従来の方法について考えてみましょう。プロジェクトマネジメントの手法は、その研究が、明確な要求、達成可能な目標を持ち、計画や業務の分担が可能で、数値による管理ができる、といった課題である場合には有効と考えられます。反面、探索性の高い研究開発や暗黙知の扱いには向かないように思われます。また、プロジェクトチームのように時限的に人が集まって活動する場合には、担当者の業務経験を狭くする、コミュニケーションを阻害する、仕事の継続性が失われることで仕事からの学習を阻害する、技術を蓄積しようとするモチベーションを阻害する、組織全体としても技術蓄積を大切なものとして考える意識を希薄化するなどの問題点が指摘されています[文献6、p.68-69]。「研究から開発に至る活動をいくつかの『ステージ』に区切り、ステージの間に『ゲート』(関所)を設けて研究テーマをふるいにかけて、有望なテーマを絞り込んでいく」[文献6、p.85]ステージゲート法については、1)プロジェクトの中止がしやすい、2)研究者にとってやるべきことが明確になり収益意識が高まる、3)研究テーマとプロセスの見える化により研究部門と事業部門のつながりが強化される、4)製品化目前になってプロジェクトを中止するようなケースが減る、というメリットがあるとされていますが [文献6、p.94-95]、「ステージゲートは、テーマを『育てる』という側面よりも、想定通りに育たなかったテーマを『切る』という側面に比重がおかれている」、時間を要する夢のあるテーマが排除される、その結果研究の視野が狭くなる、ゲートでの審査で真実が報告されなくなる、失敗からの学習の機会が減る、責任の所在があいまいになる、などの問題点があるとされています[文献6、p.98-106]。いずれも、不確実性が高く創発的な戦略が求められる課題を扱う場合には向いていない方法のように思われます。

これに対して、Anthonyらは「創発的戦略」は次の3つのステップに従えばうまく進められると述べています。すなわち、1、重要な不確実性の領域を識別する、2、効率的な実験を行なう、3、実験の結果に基づき、調整と方向性の転換を行なう、です[文献5、p.233-、第7]。これだけみれば至極当然のことを言っているようですが、具体的な進め方については示唆に富む指摘が多く含まれているので、以下にまとめてみましょう。

不確実性の重要度の識別に関しては、「ほとんどのインプットが確実でないときに予測の正確性に関して厳密な議論を行なうことは、はっきりいって時間の浪費でしかない」「数字を作り出す作業にはあまり意味はない」[文献5、p.237]「多くの企業が、機会の正味現在価値やプロジェクトの総収益などの厳密な定量的基準を用いて意思決定を行なってしまう。まだ存在していない市場を評価したり分析したりするのは困難だ。数字だけにこだわった意思決定を行なってしまうと、最初は小さく始まる爆発的な成長機会を見失ってしまうことはほぼ確実だ。」[文献5、p.261]などの指摘があります。効率的な実験に関しては、「投資を控えて多くを学ぶ」[文献5、p.254]、「過剰な投資は害になり得る。チームが間違った方向に全速力で走ることになる可能性がある」[文献5、p.324]、プロジェクトは小さく始め、「検討するプロジェクトの数を増やすことで、イノベーション・プロセスの全体的スピードを向上させることができる」[文献5、p.261](つまり、個々の段階のスピードを上げることが重要なのではない)、などの指摘があります。調整と方向転換に関しては、「戦略の方向転換を行なうのは心情的にはつらいものだ。ある方向性を目指して時間とエネルギーを費やしてきたマネージャーは、明らかな問題点の証拠があるにもかかわらず、その道に固執してしまいがち」「成功のためには謙虚さ(最善を尽くしたにもかかわらず最初のアプローチは間違っていたと認めること)と自信(失望させる結果が出ても途中であきらめないこと)をうまく混ぜ合わせることが必要」「単に実験を行なうことだけでなく、実験をやめることも必要」、「棚上げ(明確な将来性がない場合、条件が変わってアプローチが有望に思えるようになるまで他のプロジェクトを追求する)を検討すべき」[文献5、p.257]、「多くの企業がイノベーションの測定のために使用している評価指標が、実際には企業を誤った方向に導く可能性が高い。」「企業は測定における3つの罠に注意すべきだ。評価指標の数が少なすぎること、低リスク(そして得られる効果も小さい)活動を重視してしまう評価指標を採用すること、アウトプットよりもインプットを優先してしまうこと」[文献5、p.334]「万能の評価指標というものはまず存在しない」[文献5、p.346]と述べています。

このような、研究の計画や固定的な目標設定、スピード重視の考え方、評価制度の問題については、他にも類似の指摘が多くあります。例えば、開本によれば、Leavittは「今日の経営者は、より創造的で、ビジョンの策定者として行動すべきであり、量的な経営指標ばかりに捕われてしまうことに警鐘を鳴らしている」[文献7、p.84]と述べています。スピード重視の考え方に対しては、Leonardは「スピードは学習を妨げる」「いまや情報伝達の速度は、人間の自然な学習のペースを上回っている」[文献8、p.299-300]と述べ、新たなイノベーションについていくために消耗する心のエネルギーを補給するために変化の速度を制御する必要がある[文献9、p.159]とも述べています。研究の評価に関しては、丹羽は、事前評価の本来の目的は「テーマの決定」、中間評価の本来の目的はプロジェクトの継続、修正、中止判断、事後評価の本来の目的は成果の確認と反省を次のプロジェクトに活かすこと、とした上で、こうした評価が本来の目的を忘れて形式的に実施される危険性をはらむ、と述べています。さらに、「評価を強調しすぎると、良い評価結果を受けやすい2番手研究開発テーマが多くなる危険性が高くなる」ため、「革新的テーマと改善型(2番手)テーマには、別の評価法の構築が必要」と述べています [文献10、p.185-187] Tiddらも、様々な経営評価手法に基づいた分析の結果、「すべての状況に適合する事前評価に利用可能な単純なアプローチは存在していない」「イノベーションには、さまざまな成果とさまざまな段階があり、それぞれ異なる評価手法が必要」「評価に用いる変数の多くは、公式に入れることができるような信頼性のある一連の数字に集約することはできず、専門性の高い判断に依拠する」[文献11、p.176-177]と述べています。

こうした問題点の指摘に対して、最近、具体的な取り組みの方法が提案されてきています。例えばGovindarajanらは、「規律ある実験」として、実験を行いそこから学ぶことを重視した進め方を提案し、事前の計画は、実験結果の解釈の目安、仮説と位置づけています。具体的には、「実験開始前に、何をしようとしているのか、何を期待しているのか、その理由は何かを書き出しておく。そして起こると考えたことと実際に起こったことの違いを分析して、教訓を引き出す。それから学習に基づいて、プランを練り直す。[文献12、p.176]」という科学的手法を採用すべき、としており、「大規模な実験を開始する前に、もっと小型の実験でも同じ情報が得られるのではないかと問いかけたほうがいい。[文献12、p.186]」、「イノベーション・イニシアチブの評価の場合、・・・黒白がはっきりしていない。目を向けるべきは結果ではなくて、趨勢(トレンド)なのだ。[文献12、p.189]」、「当初の予想はほとんどの場合、間違っている。さらに、学習プロセスは予想改善のプロセスである。したがって予想が変更不能であれば、学習は不可能になる。」ただし、「予想の見直しは厳密な学習プロセスを経てのみ、行われるべきだ。学習された結果に対する関係者たちの同意が必要」[文献12、p.191]、「イノベーション・リーダーに説明責任を求めることは、いくつかの悪影響を及ぼす。」予想を低めに設定する、努力を放棄してあっさりあきらめる、情報を隠す、プランどおりに運ぼうとして、不必要なリスクを冒す、等が考えられる。数値ではなく、「学習し適応する能力で評価」すべき。[文献12、p.191-193]、といった指摘をしています。また、Riesは、リーン・スタートアップという手法を提案しており、「計画というのは長期にわたり安定した運用実績があってはじめて効果を発揮するツールである[文献13、p.10]」ため計画には頼るべきでなく、「まず、何が起きるかを予測する仮説を組みたてる。次に、予測と実測とを比較する。科学的実験が理論に基づくように、スタートアップの実験はビジョンに基づいて進める。ビジョンを中心に持続可能な事業を構築する方法を明らかにすることが実験の目標である。[文献13、p.81]」、「要となる仮説の段階をクリアしたら、最初のステップである構築フェーズに入り、できるだけ早く実用最小限の製品(minimum viable product)を作る。」[文献13、p.107]。「従来の製品開発は長い時間をかけてじっくりと開発し、完璧な製品をめざすが、MVPは目的が学びのプロセスを始めることであってそれを終えることではない。プロトタイプやコンセプト検証と違い、MVPは製品デザインや技術的な問題を解決するためのものではない。基礎となる事業仮説を検証するためのものなのだ。[文献13、p.128]」、というような提案をしています。

もちろん、こうした考え方に対し計画を重視する立場として、「イノベーションで多くの成果を継続的に得るためには、評価とインセンティブが必要である」とし、「イノベーションの実践は、製造管理や財務管理などと同様、原理原則に則したマネジメント活動として学ぶことができる」という考え方もあります(代表例として[文献14、p.17-25]から引用しました)。また、イノベーションが差別化を作り出すかどうかや、市場カテゴリー(成長市場か、成熟市場か、衰退市場か)、提供される製品やサービスの種類(コンサルティング要素が大きい個別ソリューションか、標準化された大量販売ビジネスか)によりイノベーションの進め方と管理の方法を細かく変えるべきである[文献15]、という考え方もあります。

要するに重要なことは、研究プロジェクトの内容によって、進め方を変えるべきだということでしょう。詳細な計画と進捗管理が効果的な場合もあるでしょうし、創発的戦略が必要な場合もあるでしょう。様々な手法の特徴が明らかになってきていますので、課題に応じたフレキシブルな対応が求められるということだと思います。

考察:実行段階で注意すべきポイントは何か?
研究の実行に関する近年の考え方を見ると、そのポイントとなっているのは「不確実性にどう対応するか」ということのように思われます。ただし、現実には、「不確実性が高い」ことが「悪」であるかのように考え、不確実性が高いこと自体を嫌う考え方はまだまだ存在していると思いますので、まず我々自身が現実世界の不確実性を受け入れる必要があることは言うまでもありません。その上で、その研究がどの程度不確実なものかを基準に、進め方を考えればよいのではないかと思われます。

不確実性の高い課題に対応するための基本的な考え方は以下の2点に集約できるように思います。
・当初の想定が外れるかもしれない前提で対策を準備する:計画どおりにならなかった場合の次の手(プランB)を準備する、多くのことを試す、低コストで試行する、環境変化がありうることを想定しておく
・成功確率を上げる:試行した結果から学習してその結果を対策に反映させる、戦略をフレキシブルに見直す、学ぶことを狙いとする実験を行う、よりうまい試行錯誤を行う
このような考え方は、従来の「管理」という考え方とは相容れないかもしれません。フレキシブルな対応をするということは、混乱の原因にもなり得ますので、譲れない基本方針を示す長期的なビジョンのようなものも明確にする必要があるかもしれません。そうした前提の下で、従来の「計画」や「管理」に対する考え方を改めることこそが研究をうまく進めるためにまず必要なことのように思います。


文献1:今野浩一郎、「研究開発マネジメント入門」、日本経済新聞出版社、1993.
文献2:Collins, J.C., Porras, J.I., 1994、ジェームズ・C・コリンズ、ジェリー・I・ポラス著、山岡洋一訳、「ビジョナリーカンパニー」、日経BP出版センター、1995.
文献3:Christensen, C.M, 1997、クレイトン・クリステンセン著、伊豆原弓訳、「イノベーションのジレンマ」、翔泳社、2000.
文献4:Christensen, C.M, Raynor, M.E, 2003、クレイトン・クリステンセン、マイケル・レイナー著、桜井祐子訳、「イノベーションへの解」、翔泳社、2003.
文献5:Anthony, S.D., Johnson, M.W., Sinfield, J.V., Altman, E.J., 2008、スコット・アンソニー、マーク・ジョンソン、ジョセフ・シンフィールド、エリザベス・アルトマン著、栗原潔訳、「イノベーションへの解実践編」、翔泳社、2008.
文献6:伊丹敬之、東京理科大学MOT研究会編著、「技術経営の常識のウソ」、日本経済新聞社出版社、2010.
文献7:開本浩矢、「研究開発の組織行動」、中央経済社、2006.
文献8:Leonard, D., Swap, W., 2005、池村千秋訳、「『経験知』を伝える技術」、ランダムハウス講談社、2005.
文献9:Leonard-Barton, D., 1995、阿部孝太郎、田畑暁生訳、「知識の源泉」、ダイヤモンド社、2001.
文献10:丹羽清、「技術経営論」、東京大学出版会、2006.
文献11:Tidd, J., Bessant, J., Pavitt, K., 2001、ジョー・ティッド、ジョン・ベサント、キース・バビット著、後藤晃、鈴木潤監訳、「イノベーションの経営学」、NTT出版、2004.
文献12:Vijay Govindarajan, Chris Trimble, 2010、ビジャイ・ゴビンダラジャン、クリス・トリンブル著、吉田利子訳、「イノベーションを実行する 挑戦的アイデアを実現するマネジメント」、NTT出版、2012.
文献13:Eric Ries, 2011、エリック・リース著、井口耕二訳、「リーン・スタートアップムダのない起業プロセスでイノベーションを生みだす」、日経BP社、2012.
文献14:Davila, T., Epstein, M.J., Shelton, R., 2006、スカイライトコンサルティング訳、「イノベーションマネジメント」、英治出版、2007.
文献15:Moore, G.A., 2005、ジェフリー・ムーア著、栗原潔訳、「ライフサイクルイノベーション」、翔泳社、2006.


参考リンク

ノート目次へのリンク



不確実な状況に対処する方法(ケイ著「想定外」より)

研究開発は不確実なものであること、従って、不確実性の存在を前提としたマネジメントが求められることについては本ブログでもたびたび取り上げてきました(ノート2試行錯誤のプロ、など)。しかし、明確な目標を設定し、その目標を達成するための方法を熟考して周到な計画を立て、計画どおり実行して当初の目標を達成しようとするマネジメントはいまだに人気があるように思います。

ジョン・ケイ著「想定外 なぜ物事は思わぬところでうまくいくのか」[文献1]では、目標が当初の目論見どおりの方法で達成されるとは限らないこと、目標の設定によっては破滅的な結果に至る場合もあることなど、一般に「合理的」と言われるアプローチの問題点が指摘され、回り道的なアプローチの重要性が述べられています。ちなみに、本書の原題は、「Obliquity, Why Our Goals Are Best Achieved Indirectly」であり、「想定外」とはややニュアンスが異なるように思いますが、Obliquity(回り道)についての厳密な議論をすることが目的ではないでしょうから、本書の主題は「簡単には思いつかない方法、試行錯誤的方法、そこからの学習を活かす方法」と考えておけばよいのではないかと思います。以下、3つの部分に分かれた本書の構成に従い、内容をまとめます。

第1部:回り道の世界

第1部では「回り道」の役割について述べられています。
第2章、幸福:なぜ、幸福を追求しない人のほうが幸福になるのか?(原著では、Happiness(米版はFulfillment - How the Happiest People Do Not Pursue Happinessなので少しニュアンスが違うと思います)
・「幸福は幸福の追求によっては達成されない。[原著p.12]、」「幸福とは、そこにあることに気づく類のものであり、どこかへ探しに行くものではない。[p.41]」。
第3章、利益追求のパラドクス:なぜ、利益を追求しない会社のほうが利益をあげるのか?The Profit Seeking Paradox - How the Most Profitable Companies Are Not the Most Profit Oriented
・「最も利益の出るビジネスは、最も利益を求めたわけではない[原著p.12]」。例えばICIでは「『社会的責任を持って化学を製品に取り入れる』という、回り道的なミッションのほうが、(「市場牽引」「世界最高のコスト体質」を目指す)新しい直接的なミッション以上に株主価値を創造していた[p.45]」。
第4章、ビジネスは芸術である:なぜ、お金を追求しない人のほうがお金持ちになるのか?The Art of the Deal - How the Wealthiest People Are Not the Most Materialistic
・「最も豊かな人は、富の追求を最も重要と考える人ではない[原著p.12]」。「ビジネスを成功へ導く動機は仕事に対する情熱であり、金銭に対する執着とはまったく別のものである[p.76]」。「金銭はステータスを表わすもの、賢明に働いてきた証明、あるいは権力やビジネスに対する情熱の副産物に過ぎない[p.77]」

・「利益を追うだけの企業文化では、従業員が経営方針に必ず従うとは限らないし、業績が悪化した場合には社会の共感が得られないのだ。[p.76]」。「富の獲得も幸福の実現と同じように、回り道をたどるものであり、極端に直接的なアプローチに走れば、その行き着く先は破産裁判所、もしくは刑事裁判所ということになる[p.78]」として、利益追求が破滅的な結果を招いたとされる例をあげています。
第5章、目的、目標、行動:なぜ、目的より先に手段がわかることがあるのか?Objectives, Goals and Actions – How the Means Help Us Discover the End
・「目標は多面性を持ち、ひと言では言い表せない。そして、目的、目標、行動は相互に関係しながら変化する。さらに、第三者や外部組織との接触により、世界は思いもかけない影響を蒙る。複雑過ぎて正確な分析も計測も不可能であり、問題が起きても、この不確実な世界ではその内容も完全には把握できない。したがってビジネスの環境において・・・、目的を明確に定義し、分析し、それを目標に置き換え、さらに具体的な行動に分解したうえで意思決定をするなど土台無理な話である。・・・正確な把握が不可能なこの世界で高い次元の目的を実現したければ、互いに矛盾し、同じ基準で測れない要素のバランスを図り続けるしかないのだ。それは、まさに回り道的なやり方である。[p.88-89]」
第6章、回り道のユビキタス:なぜ、生活のあらゆる面に回り道があるのか?The Ubiquity of Obliquity – How Obliquity is relevant to Many Aspects of Our Lives
・回り道的なやり方が有効な例をあげ、「回り道による解決は、一見問題を複雑にするが、結果としては単純化することになる[p.98]」。「答えが突然姿を現すという恩恵に浴せるのは、長い間、回り道をたどりながら考え続けた人間だけだろう[p.105]」、と述べています。

第2部、回り道の必要性:なぜ問題が直接的に解決できないことがよく起きるのか?
第2部では、多くの問題において、直接的アプローチが現実的でないことが述べられています。
第7章、「ごちゃまぜ検討」:なぜ、回り道のアプローチが成功するのか?Muddling Through – Why Oblique Approaches Succeed、注)Muddling Throughは「計画もなくなんとか切り抜ける」という意味ではないかと思います。本文中でリンドブロムが引用されていますので、インクリメンタリズム(漸増主義)に関係する考え方とすると「ごちゃまぜ検討」という言葉はそのように理解したほうがよいと思います。)
・「計画としても、ガイドラインとしても、根本から考えるやり方が『最良』ではある。しかし、このやり方は複雑な課題を解決する場合には使いものにならない。当事者は限られた範囲内での比較をくり返すしかないのである(リンドブロム)[p.109]」。これは「『回り道』と言ったほうが適切かと思う。回り道は、検証と発見のプロセスであり、その過程における失敗や成功、知識の獲得により、目標や目的、そして行動が再評価されていくことになる[p.114]」。「目的が単純明快で方針と実行計画が簡単に区別できる、他者の影響は限られ、予想が可能、オプションやリスクを特定する能力がある、課題の内容が理解できる、そして、理論化に自信を持っている。こんな場合なら直接的なアプローチが有効だろう[p.120]」。
第8章、多元論:なぜ、一つの問題に複数の回答が存在するのか?Pluralism – Why There Is Usually More Than One Answer to a Problem
・バーリンは「社会的、政治的な目標は多元的であり、どの目標も相容れず、同じ次元では測れないとした。・・・こうしたバーリンの考え方は、多元論であり、その骨子は『一つの問題に対し、複数の答えがあるという概念』に基づいている。・・・多元論は、その性格からして回り道を取らざるを得ず、その反対の一元論は直線的に進むことになる。[p.134-135]」
第9章、相互作用:なぜ、行動の成果がやり方に左右されるのか?Interaction – Why the Outcome of What We Do Depends on How We Do It
・「日常の課題では目的が曖昧であり、当事者が置かれる状況も複雑である。問題の把握が完璧になることはないし、環境の変化もとらえにくい。さらに重要なのは、当事者が動いた結果が問題の本質まで変えてしまうということだ。[p.152]」
・設定した目標が、必要なデータをねじ曲げてしまうことがある(グッドハートの法則)[p.152]。
第10章、複雑性:なぜ、直接的なやり方が複雑すぎるのか?Complexity – How the World Is Too Complex for Directness to be Direct
・「我々はその構造を不完全にしか理解できない複雑系を扱う。[原著p.13]」
・フランクリンの言い訳:「一度決めた内容がどんなものであれ、そこにそれなりの理由を後付けすることができる[p.163]」。正確な値を出すのが難しく可能な限りの推定値を出す場合、それは上層部の聞きたい数値に向けてゆがめられることがある。
第11章、不完全性:なぜ、われわれは問題の本質がわからないのか?Incompleteness – How We Rarely Know Enough About the Nature of Our Problems
・「将来、何が大切になるか。それはわれわれの知識の届く範囲の外にあり、未来にしか存在し得ない。直接的なアプローチは未来を予想する力を必要とするものであり、それはわれわれが保持する能力を超えたものである[p.187]」
12章、抽象化:なぜ抽象化は完璧にできないのか?Abstraction – Why Models are Imperfect Description of Reality
・「抽象化とは、説明の難しい複雑な問題を解決できそうな単純なものに置き換えるプロセスのことである。ただし、どの程度の単純化がよいかを決めるには、適切な判断力と経験を要する。われわれが行う抽象化には特殊なものが多いが、通常はどうしても当人の主観が反映されたものにならざるを得ない[p.188]」

第3部、回り道とつきあう:複雑な世界で問題を解決する方法
第3部では、問題解決と意思決定への回り道的アプローチについて述べられます。
第13章、歴史の揺らめく光:なぜ、結果から誤った意図を推測してしまうのか?The Flickering Lamp of History – How We Mistakenly Infer Design rom Outcome
・「ビジネスチャンスは偶然の産物なのだ。しかし、われわれはそこに経営者の強靭な意志や周到な計画の存在を考えたがる。つまり、回り道をたどっていたのに、直進路を進んで来たという理解をしたがる[p.205-206]」。「原因から結果に至る過程がわからない、あるいは理解できないという場合、結果と仮定の関係に誤った推測が入り込みやすい[p.211]」。「課題への対応は常にどちらか一方ということではなく、直接的なやり方から回り道なやり方に至るまで、・・・意思決定にもバラエティがある。[p.213]」
第14章、ストックデールの逆説:なぜ、われわれの選択肢は思ったより少ないのか?The Stockdale Paradox – How We Have Less Freedom of Choice Than We Think
・目的の曖昧さや環境の複雑さを知り、第三者の反応は予測が難しい状況では、「限られた範囲の選択肢しか持ち得ない[p.225]」
第15章、ハリネズミとキツネ:なぜ、優れた意思決定者は知識の限界を悟れるのか?The Hedgehog and The Fox – How Good Decision Makers Recognize the Limit of Their Knowledge
・「人間は大事を深く知るハリネズミか、小事を多く知るキツネかに大別できる。ハリネズミはゆっくりと直接的に動き、キツネは素早く、そして回り道的に動く。・・・(テトロックによれば)判断の正確さではキツネに軍配があがるが、大衆の人気はハリネズミに集まる。[230-231]」
第16章、盲目の時計職人:なぜ、環境に適応することが知能を超えた行為なのか?The Blind Watchmaker – How Adaptation Is Smarter Than We Are
・「意図のない進化、すなわちリチャード・ドーキンス・・・の言葉を借りれば『盲目の時計職人』が、人類の理解を超えた複雑なものを創りだすことができる[p.238]」。
・「ビジネスや政治、あるいは個人の生活においても、直接的には解決できない問題が存在する。目的は常に唯一ということはなく多様であり、同じ次元では比較できない目的や矛盾する目的が共存している。行動の結果は自然現象であれ、人為的なものであれ、相手の反応次第であり、予測もできない。われわれを取り巻くシステムは、複雑過ぎて人間の理解の範囲を超えているのだ。さらに、そうした問題、そしてその将来について必要な情報を手に入れることも不可能である。そんな環境下で満足のいく対応をするには、単に行動するしかない。『計画を実行する』では無理だろう。ベストな結果とは回り道によって得られるものであり、結局は同じことの繰り返しや環境への適応、つまり、実験と発見の連続するプロセスの帰結である[p.244]」。
第17章、ベッカムのようにボールを曲げろ!:なぜわれわれは語るより多くを知っているのか?Bend It Like Beckham – How We Know More Than We Can Tell
・「われわれは語る以上に知っている(ポランニー)。本能も直感も・・・研ぎ澄まされた技術と言うしかない[p.255]」。
第18章、デザインのない秩序:なぜ、目的を把握せずに複雑な結果が出せるのか?Order Without Design – How complex Outcomes Are Achieved Without Knowledge of an Overall Purpose
・「社会組織は環境適合のくり返しにより発生するもので、明確な精神の産物ではない[p.262]」

・「ビジネスは常に社会のニーズに応える必要があり、その前提において、短期的には遵法性、長期的には存在の継続が必要なのだ。つまり、利益の追求のみが企業の目的にはなり得ない[p.264]」
第19章、「いいだろう。自己矛盾をしようではないか」:なぜ、考えが不変であることより正しいことのほうが重要なのか?Very Well Then, I Contradict Myself – How It Is More Important To Be Right Than To Be Consistent
・「合理性の証明としての判断の不変性は、われわれが暮らすこの世界より、はるかに確実性のある世界の産物であるはずだ。・・・不確実な環境下では、常に一定なものなど結局は想像の産物[p.277]」。
第20章、大量破壊兵器はあったのか:なぜ、偽の合理性がすぐれた意思決定と混同されるのか?(Dodgy Dossiers – How Spurious Rationality Is Often Confused With Good Decision Making
・「合理性についての誤った理解があるために、優れた知見や技術が見過ごされ、われわれの日常は非合理性と誤った意思決定で埋まっているように思える[p.289]」

結論
第21章、回り道の実践:回り道的な意思決定のアドバンテージ

・「大概のケースにおいて、われわれは回り道的なやり方で問題を解決している。試行錯誤をくり返し、その都度学んだことを吸収して先に進む。・・・選択肢は限られ、関連情報は少ないどころか、どこで得られるかの指針もない。・・・世の中は、当然のことながら一定の変化をせず、最善とされた意思決定がそのままよい結果につながるとは限らないのだ。よい結果を招いた原因が、優れた決断や有能な意思決定者の存在を示唆するものでもない。最善の解決策が前もって存在するという考えには、大きな誤解があると言ってよいだろう。」[p.295
・「問題を解決する能力は、高い次元の目的について、さまざまな角度から何度も考えてみるところにある[p.296]」。「とにかく何かに手をつけてみることだ。目的や目標に関わる小さな課題を選んでみればよい。『取りかかる前に計画を作る』という言葉は順当に聞こえるが、そんなことはまずできないだろう。目的が定義されてはいないし、問題の内容も変化する。事態は複雑極まりないし、情報も不十分というのが実情ではないだろうか。[p.300]」。「回り道的なアプローチには、単純な事例一つではなく、複数のモデルや事象が判断の道具として活用されている。世界を単一モデルや事象に当てはめてしまい、実在する不確実性や複雑さが見落とされることなどはあってはならない。[p.301]」。「われわれの判断力は、訓練によって向上する[p.303]」。「高い次元の目的が明確で、実現に必要なシステムについても熟知しているなら、直接的なやり方で課題に取り組むとよいだろう。しかし、目的が明確なことはまずないし、それに関わる要因の相関性は予知しがたく、状況は複雑という場合が多いはずだ。さらに、問題が正確に把握されているとは限らず、環境の変化も読めないというのが実情ではないだろうか。そこで、回り道的なやり方が必要になるのである。[p.304]」
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著者が指摘する、不確実な状況における回り道的、試行錯誤的アプローチの重要性については、研究者は比較的こうしたアプローチに慣れていると思います。直接的なアプローチの問題点を感じている人も多いと思いますが、不確実なプロセスを深く理解することで、確実なプロセスつまり直接的アプローチが有効な状態にもっていきたいという願望も同時に持っているかもしれません。そうした願望を持つこと自体には問題はないと思いますが、直接的なアプローチを理想的なものとしてあらゆる場合に適用しようとすることには危険が伴う、ということはよく認識しておかなければならないでしょう。一元論的な世界観の危うさについての著者の指摘は重要だと思います。

とは言うものの、本書の議論は事例中心で、異なる解釈の余地もあるように思います。著者が自分の考えに合う事例を恣意的に列挙しているという反論もありうるでしょう。議論にもやや乱暴なところもあり、直ちにそのまま受け入れにくいという印象を持つ方もいると思います。しかし、確実でないからという理由だけで否定してしまうには、あまりに重要な指摘が含まれているように思いますがいかがでしょうか。実務的にも、どんな場合、どんな課題に対して直接的または回り道的アプローチが有効なのか、何を目的、目標にすべきか、などが提示されていて、よりよいマネジメントや意思決定を実現する上で参考になると思います。研究開発には試行錯誤的、回り道的アプローチが重要だと考えるなら、直接的なアプローチを重視する人に対しては、その問題点をきちんと指摘して納得してもらう必要があります。そうした議論の第一歩として、今後こうした議論が広まり、深まっていくことを期待したいと思います。


文献1:John Kay, 2010、青木高夫訳、「想定外 なぜ物事は思わぬところでうまくいくのか」、ディスカヴァー・トゥエンティワン、2012.
原著表題:Obliquity, Why Our Goals Are Best Achieved Indirectly

参考リンク<2014.2.23追加>



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