研究開発マネジメントノート

研究開発とそのマネジメントについてのいろいろ

内発的動機づけ

「『好き嫌い』と経営」(楠木建著)と研究開発

誰しも「好き嫌い」はお持ちでしょう。その「好き嫌い」が、様々な意思決定を行う際に影響したという経験もお持ちのことと思います。一方で、「好き嫌い」はよくないこと、判断に私情や個人的趣味をはさむのはよくない、といった価値観をお持ちの方も多いような気がします。

経営判断を行う「経営者」にも、当然「好き嫌い」はあるはずですので、それが経営にどう影響するのか、さらには「好き嫌い」は経営者の適性に関係するのか、そもそも「好き嫌い」とは何なのか、などは興味深い視点と言えると思います。楠木建著「『好き嫌い』と経営」[文献1]では、14人の経営者に対して著者が行った「好き嫌い」に関してのインタビューと、著者の「好き嫌い」に対する考え方がまとめられています。以下、その中から興味深く感じた点をまとめ、「好き嫌い」について考えてみたいと思います。

14人の経営者へのインタビュー
インタビューされている経営者は次のとおりです(肩書は本書記載によります)。永守重信(日本電産、代表取締役社長)、柳井正(ファーストリテイリング、代表取締役会長兼社長)、原田泳幸(日本マクドナルドホールディングス、取締役会長)、新浪剛史(ローソン、取締役会長)、佐山展生(インテグラル、代表取締役パートナー)、松本大(マネックス証券、代表取締役社長CEO)、藤田晋(サイバーエージェント、代表取締役社長)、重松理(ユナイテッドアローズ、名誉会長)、出口治明(ライフネット生命保険、代表取締役会長兼CEO)、石黒不二代(ネットイヤーグループ、代表取締役社長兼CEO)、江幡哲也(オールアバウト、代表取締役社長兼CEO)、前澤友作(スタートトゥデイ、代表取締役)、星野佳路(星野リゾート、代表)、大前研一(経営コンサルタント)。インタビューで明らかにされる経営者の皆さんの「好き嫌い」はなかなか興味深いのですが、より重要なのは、「好き嫌い」についての著者の考え方だと思いますので、ここではインタビュー全体を通じて著者が指摘している以下のポイントをもって、インタビューのまとめに代えさせていただきたいと思います。「お話をうかがっていくなかで痛感したのは、『好き嫌いというのは本当に千差万別だな』ということ。ご登場くださった皆さんはそれぞれに優れた経営者ですが、好き嫌いをうかがってみると、一口に経営者といっても全然違う。[p.374]」「読者の方々にも、良し悪しではなく、『この人のこういうところがイイな』『この人は合わないな』と、ご自身の好き嫌いを基準に読み進めていただけるとうれしいですね。そうすると、自分の仕事についての好き嫌いも見えてくると思います。読者にとって本書が、ご自身の好き嫌いについて、あらためて深く考えるきっかけになれば最高ですね。[p.376]」

好き嫌いとは何か、その意味
著者は「好き嫌い」を以下のように捉えています。

・「『うまくいくか、いかないか』は理性的な判断。でも、『うまくいきそうにないけれど、うまくいけば面白い』というのは、まさしく好き嫌いから出てくる[p.135]」
・「バダラッコ(ハーバード・ビジネススクール教授)さんが・・・言っているのはこういう話です。人は仕事上でいろいろな判断や決断を迫られる。一方が良いことで他方が悪いことの選択であれば話は簡単、『良いものを取りましょう』となります。ところが現実の仕事の上では、両方ともそれなりに理由がある『正しいこと』なのに、どちらを取るかの選択を迫られる場合が少なくない。・・・ポイントは、『正しいこと』と『正しいこと』の選択だということです。そういう決定的瞬間での判断を迫られたときに人間は自分の価値観を知る、というのがバダラッコさんの主張です。・・・『正しいこと』と『正しいこと』の選択である以上、客観的な良し悪しの基準では選択できない。・・・だとしたら、つまるところその人の価値観でとりあえずの選択をするしかない。・・・『価値観』というと良し悪しのように聞こえますが、個人のレベルまで下ろしていけば、良し悪しはほとんど好き嫌いと重なりますね。要するに、好き嫌いというのはその人にローカルな、『局所的な良し悪し』のこと。[p.349-352]」
・「良し悪しと好き嫌いは異なるものですが、連続したものです。いずれも価値観として捉えれば、ある連続軸の両極にあるだけ。一方の極がユニバーサルな価値、もう一方がローカルな価値。この軸上でどんどんユニバーサルなほうに寄っていくと、世の中で『善悪』『良し悪し』といわれている普遍的な価値になる。逆にどんどんローカルのほうに行くと、その人に固有の『好き嫌い』になる。[p.352]」
・「文明として受容されている普遍的な価値観をどんどん局所化していった先にあるのが個人の好き嫌いですね。国や地域といったわりと大きな範囲での文化はその中間で、良し悪しともいえるし好き嫌いだとも言える。・・・企業文化やその企業で共有されている価値観というのは・・・好き嫌いの色彩が強い。組織を率いる経営者の好き嫌いというのは、そこでの企業文化に相当強い影響を与えるはずです。[p.354-355]」
・「ある企業が他の会社が真似できない『何か』を保有しているとすれば、それは持続的な違いになり、競争優位の源泉になり、長期利益の源泉になる。ものすごくかいつまんでいいますと、これが組織能力(ケイパビリティ)です。ケイパビリティの研究にはいろいろあるのですが、その多くが共通していっているのは、『他の会社が真似できない組織能力の中核には、そこで共有されている文化がある』ということです[p.356]」
・「戦略というのは違いをつくること。だとすれば、組織能力に限らず、好き嫌いこそ独自性や差別化の源泉という言い方もできる。・・・ユニバーサルな価値観からは、定義からしてユニークな違いは生まれない。経営に限らず、昔と比べて社会全体が良し悪しを言い過ぎじゃないかと思うのです。[p.362]」
・「好き嫌いだけでは世の中は回らないし、自分の好き嫌いだけでは社会と折り合いがつかない。だから、刑法や言論の自由をはじめとして、一定の普遍的な価値観が世の中で共有されていることは大切です。しかし、だからといって良し悪しだけでも世の中は動かない。それぞれに異なった好き嫌いを持つ人々が、それを仕事や生活のなかでできるだけ全面に出していく。なおかつ、好き嫌いを異にする人々の間で対立もない。お互いに尊重し合い、共有し合って、世の中が回っていく。これが僕の考える成熟した良い社会です。[p.367]」
・「日々決断を迫られるのが経営者ですが、インタビューすると『判断は直観に基づく』と言い切る方が多い。・・・直観とは分析的な良し悪しの判断の積み重ねを超えたものの総称を指しています。この直観にしても、淵源はその人の好き嫌いにあるように思いますね。[p.368]」
・「経営という仕事はインセンティブだけでは決してできないものだと思います。インセンティブというのは誘因ですね。外在するものです。・・・経営者を動かすエンジンはインセンティブではなく、その人のなかから湧き上がってくる動因(ドライブ)です。インセンティブのように誰かが設計して、外側から与えられるものではない。動因となれば、これはもう好き嫌いそのもの。[p.373-374]」「動因はその人の内部から自然と湧き上がってくるものだ。内発的なモティベーションといってもよい。自分のなかに強い動因があれば、外的な誘因がなくとも、場合によっては負の誘因(ディスインセンティブ)があったとしても、人は動く。・・・いったん経営者のポジションまで上り詰めてしまえば、誘因の効き目は低減する。残された誘因は獲得した状態を保持することぐらいしかない。『これをやろう』という経営の動因がない。だから、経営者になっても今度は部下を動かすためのインセンティブの設計など、内向きの管理の仕事に明け暮れる。これではただの『管理者』だ。外に向かって価値をつくっていく本来の意味での経営者ではない。[p.v-vi]」
―――

要するに、好き嫌いは、良し悪しで判断できない場合の判断基準となる価値観や直観の源泉、差別化の源泉、動因(内発的動機づけ)の源泉として意義がある、ということになるのだろうと思います。動因としての意味をノート7で取り上げたモチベーションの考え方と関連づければ、好き嫌いは、Maslowの自己実現欲求、Herzbergの動機づけ要因、Deciの内発的動機づけ、金井氏の希望・元気印系、持論(自論)系の要因と関係すると言えるでしょう。

では、どのような好き嫌いが望ましいのでしょうか。著者の考え方では、インセンティブとして与えられるものを得ることが好き(例えば、金銭欲、収入や地位を目的とする出世欲、権力欲など)というのは経営者として好ましくない、ということのようですが、このインタビューだけでは、どのような好き嫌いが望ましいのかまでははっきりしたことは言えないように思います。ただ、自己主張としての好き嫌いがあまりないタイプ(例えば、周囲への同調が好き、自分で考えないことが好き)の人は、強い内発的動機づけが期待できないため、おそらく経営者には向いていない、とは言えるかもしれません。著者の表現を借りれば、「これだけ豊かになると、好きじゃなければもたないと思います。腹が減ったから仕事をするというわけではありませんから。[p.341]」ということがポイントでしょうか。

インタビューの内容は確かに「千差万別」ですが、一点、なんとなくですが、成功した経営者は、自分の好き嫌いに合わせた仕事を創り出しているか、状況に応じて自分の好き嫌いをある程度変えていっているのではないかと思いました(例えば、重松氏は「たとえば、好きなことしかやってこなくて、そこでコケたりするわけですよ。そこから学んで、1つに固まらないようバランスを取るのです。[p.203]」)。確かに好き嫌いを持つことは重要ですが、それを変えられることも重要なのではないかと思います。

研究者にとっても、好き嫌いは重要です。著者が指摘している、動因の源泉、差別化の源泉としての好き嫌いは研究者にとっても重要ですし、本ブログでも、研究者がどのような研究に向いているかを、頭を使うのが好きか手を動かすのが好きか、未知のことが好きか既存の応用が好きか、という「好き嫌い」で判断できるのではないか、という考え方をご紹介しました(ノートノート5)。ただし、研究者は、価値観や直観の源泉として好き嫌いを使うこと、そもそも価値観や直観で物事を判断することは嫌う傾向があると思います。なるべく物事を「正しいか正しくないか、良いか悪いか」で判断しようとするのは、研究者の「好み」(というより習性?)かもしれません。本書の指摘をふまえると、研究者がビジネスをしようとするときには、こうした判断上の好みが問題になるかもしれないことは、研究者としてよく認識しておくべきだと思います。例えば、石黒氏の、「エンジニアは開発を一生懸命にしますが、『ちょっとユーザー寄りにして売れるものにしよう』という姿勢が欠落しがちです。というより、ユーザーのことを語ってくれる人が少なすぎるからなんですけどね。[p.234]」という指摘は、研究者にとって耳の痛いものであると同時に、研究における好き嫌いを考える上で重要な指摘ではないでしょうか。好き嫌いの持つパワーをよく理解し、好き嫌いをもっと大切にし、好き嫌いをうまくコントロールできるようになれば、研究も含めて組織の能力をもっと発揮できるようになるのではないか、と感じましたがいかがでしょうか。


文献1:楠木建、「『好き嫌い』と経営」、東洋経済新報社、2014.

参考リンク<2015.3.8追加>

「ゲーミフィケーション集中講義」(ワーバック、ハンター著)より

ゲームは楽しいものです。遊びですから楽しいのは当たり前かもしれませんが、なぜ楽しいのでしょうか。楽しい理由がわかれば、それを仕事に応用すれば仕事も楽しくなるのでしょうか。最近、ゲームの持つ魅力や作用をビジネスに活かそうとする「ゲーミフィケーション」という考え方が注目されているようですので、今回は、ワーバック、ハンター著、「ウォートン・スクール ゲーミフィケーション集中講義」[文献1]に基づいて、その考え方をまとめてみたいと思います。

ゲーミフィケーションとは
・著者らによる定義:「非ゲーム的文脈でゲーム要素やゲームデザイン技術を用いること」[p.51
・非ゲーム的文脈で用いるとは:「通常はゲームの世界の中で行われる要素を取り出して、現実の世界で効果的に用いること[p.58]」。
・ゲーム要素:ゲームのルール、ポイントシステム、リーダーボードなどのゲームを構成する小さな部分。
・ゲームデザイン技術:「どのゲーム要素をどの部分にどんな形で付与[p.56]」するか。「知識を蓄積し、良いゲームデザインのテクニックをきちんと評価しない限り、失敗する確率ははるかに大きくなる[p.57]」
・ゲーミフィケーションが有効な非ゲーム的文脈:内部ゲーミフィケーション(企業が組織内部で・・・生産性の向上、イノベーションの促進、仲間意識の強化、あるいは従業員の業績向上に取り組む)、外部ゲーミフィケーション(「企業が顧客との関係を改善するための方法となり、さらなる関与、製品との一体感、より強いロイヤルティを生み出し、最終的には売上増加につながる[p.44]」)、行動変容ゲーミフィケーション(「人々に新しい有益な習慣を身につけさせる[p.46]」、企業の便益とは限らない)。「継続的な行動変容にはモチベーションが核心となり、ゲームは最強のモチベーション促進ツールのひとつ[p.49]」。
・ゲーミフィケーションを検討してみたほうがよい理由:関与(エンゲージメント、「顧客や従業員に本質的で意味のある関与をさせる強力なツールセットとなり得る。関与は、それ自体にビジネス上の価値がある。消費者が関与するようになれば、取引につながっていく。また、研究によれば、アメリカの労働者の約70%が自分の仕事に十分に取り組んでいないという[p.61-62]」)、実験(「新しいやり方をあれこれ試しては、より良い解決策を見つけようとする[p.63]」)、結果(「ゲーム要素をビジネスプロセスに導入することでかなり良好な結果が出ており、単なる変わった取り組みではないことを多数の企業が認めている[p.66]」)。

ゲームシンキング:ゲームデザイナーの考え方
・ゲームシンキング:「楽しさが人々にモチベーションを与えるということは、驚きでも何でもない[p.70]」。「ゲームシンキングとは、かき集められる資源をすべて使って魅力的な経験を創り出し、人々に望ましい行動をとるようなモチベーションを持たせることを意味する。[p.78]」
・「ゲームがすべて楽しいわけでも、楽しいことがすべてゲームというわけでもない。・・・ゲームの基本的な特徴を定義するのは不可能に近い[p.72]」。
・ゲームの重要な側面:自発的なものであること、選択をするプレーヤーが必要なこと(プレーヤーは自分がコントロールしているという感覚を持つ、自律性)[p.73]。「ゲーム経験がワクワクするのは、ひとつには、・・・プレーヤーが自律性を持っていると感じるからなのだ[p.83]」。「カスタマイズできるオプションを増やすことで、顧客に権限があるという感覚を持たせている[p.82]」。
・ゲームが得意とすること:「問題解決を促す、初心者から専門家や熟練者まで興味が持てるようにする、プレーヤーにコントロールの感覚を持たせる、参加者それぞれが個人的な経験をする、独創的な考え方に報いる、革新的な実験を阻む失敗への恐怖を減らす、多様な興味やスキルセットを支援する、自信を持たせる、楽観的な態度、など[p.78]」。
・自社のビジネスに適しているかを見るポイント[p.83-93]:モチベーション(どの部分で行動を促せば価値を引き出せるか)、意味のある選択肢(プレーヤーに自律性を持たせる、プレーヤーにいくつかの選択の自由を与える選択肢と、その意思決定から生じる顕著な成果を指す。報酬は設けても選択肢は与えない、といった仕組みであれば、ほとんどのプレーヤーは権限がないことを感じ取り、すぐに退屈してしまうだろう。[p.88])、構造(一定のアルゴリズムで望ましい行動をモデル化できるか、アクティビティを測定し対応するためのアルゴリズムが欠かせない)、対立の可能性(既存の仕組みとの対立を避けられるか)。
・「理想的なゲーミフィケーションとは、モチベーションにつながるような興味深い課題を与え、ルールを簡単にコード化できり、なおかつ既存の報酬精度を補強するようなプロセスである[p.91]」

モチベーションとの関連
・自己決定理論(エドワード・デシ、リチャード・ライアン):「人は内発的な積極性を持ち、成長への強い内発的欲求を持っているが、それらは外部環境によって支える必要があり、そうしないと内発的動機づけは阻害される、と考える。・・・人は外的な強化策に反応するだけだと仮定するのではなく、自己決定理論では、人間が生まれつき持っている成長と幸福への欲求(ニーズ)を開花させる必要性に注目する。[p.105]」
・「自己決定理論が示唆しているのは、こうしたニーズがコンピテンス、関連性、自律性の3つに分かれることだ。『コンピテンス』もしくは熟達(マスタリー)は、・・・外部環境にうまく対処することを意味する。『関連性』は、・・・社会的なつながりや普遍的な願望だ。より高い目的である『変化を起こす』ことへの欲求として表れることもある。・・・『自律性』は、自分の人生を司っていると感じたい、有意義で自分の価値観に合ったことをしたいという、生まれながらのニーズである。・・・こうした人間の生まれつきのニーズがひとつ以上ある活動は、内発的動機付けとなる傾向がある。[p.105-106]」
・「自己決定理論の教訓をまさに具現しているのが、ゲームである。なぜ人々は遊ぶのだろうか。・・・誰も強制しているわけではない。『数独』のような単純なゲームでさえ、自律性(どのパズルを解くか、どんな方法で解くかは完全に自分次第である)、コンピテンス(解けた!)、関連性(解けたことを友達に話せる)という内発的ニーズに効果がある。同じようにゲーミフィケーションは、強力な結果を生み出すために、3つの内発的動機づけを用いる。レベルやポイントを貯める行為はすべて、コンピテンスや熟達の目印になる。プレーヤーは進歩するにつれて選択肢や経験の幅が広がり、自律性あるいは行為主体性(エージェンシー)への欲求が膨らんでいく。[p.108-109]」
・注意点:「外発的動機づけは内発的動機づけを締め出す(crowd out)傾向がある・・・心理学者はこれを『クラウディングアウト』と呼んでいる。興味深い活動に対して、具体的で、予測可能な、条件付きの外因性の報酬があると、内発的動機づけは消え失せてしまう[p.112]」。「ある人にお金を払って何かをやってもらうことは、それが本質的に楽しくない、価値がない、重要ではないことを意味している・・・。人々はやがて報酬を当然のものと思い始める。予想できる報酬はある種の埋没便益となり、受け取っても喜びは徐々に小さくなる。・・・安易に内発的な基準でモチベーションが湧くかもしれないアクティビティに、外発的動機づけを付与してはいけない、ということだ[p.114]」。「外発的動機づけがすべて悪いわけではない。・・・外発的報酬システムは、内発的ではない形でアクティビティに関与させるうえで効果があるということだ[p.116-118]」。
・「ゲーミフィケーションを使った仕組みにおけるフィードバックは、効果的なモチベーションの要となり得る。・・・常に自分の業績をチェックすることができる・・・自分がどのように評価されているかも把握できる。・・・成功する仕組みを構築する際には、素早く頻繁なフィードバックが必要だが、それだけでは十分ではない。」「予期しない情報のフィードバックは、自律性と自分で決めて行う内発的動機づけを高める。・・・条件付きの報酬が人のやる気を殺ぐのとは違って、予想外のバッジやトロフィーをもらうと、ユーザーは前向きな気持ちになる。」「ユーザーは自分の成績を知りたがる。・・・自分が目標に向かって前進しているというフィードバックを与えると、プレーヤーにとって励みとなり、やり遂げるのに必要な他のステップを行うモチベーションになり得る。」「ユーザーは与えられた基準に沿って自分の行動を変える。」[p.119-122
・「顧客や従業員をはじめとする他者からもっと搾取するための隠れたツールとして、ゲーミフィケーションを捉えてはならない。[p.126]」

ゲーム要素、ツールキット
・「ゲーミフィケーションに関連するゲーム要素は、ダイナミクス(原動力、仕組みの包括的側面、制約や物語など[p.145-146])、メカニクス(プレーヤーの行動を前進させ、ゲームに関与させる基本的プロセス、チャレンジや競争など[p.146-148])、コンポーネント(具体的構成要素、リーダーボード、レベル、ポイントなど[p.146-150])の3つのカテゴリーに分けられ、この順に抽象度が下がっていく。[p.144]」
・ポイント(P)、バッジ(B)、リーダーボード(L):「PBLはゲーミフィケーションではとても一般的なので、PBLがゲーミフィケーションであるかのように説明されることも多い」が、「実際には違う」。[p.132
・ポイントの使い方:1)スコア記録、2)勝敗がある場合、勝った状態を表す、3)外的報酬との結びつけ、4)フィードバック提供、5)進捗を対外的に示す、6)デザイナーへのデータ提供[p.133-136
・バッジ:「バッジは、ポイントをより大きな塊にしたもの」。「様々な種類のバッジがあれば、・・・ひとつのポイントシステムでは対応できない形でユーザーの興味に訴求することが可能になる。」[p.137-141
・リーダーボード:「リーダーボードは、・・・ユーザーに自分が進歩していることを知らせる。・・・適切な状況であれば、リーダーボードは強力な動機づけとなり得る。・・・その一方で、リーダーボードはモチベーションをことごとく殺いでしまう恐れがある。・・・ビジネス環境でリーダーボードだけを導入すると、業績の強化よりも後退につながることが多いとする調査結果もいくつかある。」[p.141-142

ゲームをデザインする6つのステップ
1、ビジネス目標を定義する:ゲーミフィケーションを使う理由
2、対象とする行動を具体的に考える:プレーヤーに何をやってもらいたいか、それをどう測定するか
3、プレーヤーを細かく設定する:「ユーザーは皆が皆、同じでない」。「ゲームやゲーミフィケーションの仕組みは、通常プレーヤーに様々な選択肢を提供するので、ひとつのセグメントだけに絞らなくてもよい」。[p.164-166
4、アクティビティサイクルを作る:エンゲージメントループ(プレーヤーが何をするか、なぜそれをするのか、それに応じた仕組みづくりでは何をすべきか)、進捗ステップ(プレーヤーが進んでいく道のり)を考える。進捗ステップでは、「初めのステップは非常にシンプルかつ誘導的にしておき、プレーヤーをゲームに招き入れる」(オンボーディング)。一休みとチャレンジを組み合わせることで、熟達しているという満足感と、達成感をもたらす。[p.171-172
5、楽しさを忘れない!:「誰もが同じ種類の楽しさを求めている、あるいは、参加者の好みは変わらないなどと思い込んではいけない。」、「その仕組みが楽しいかどうかを見分ける最善の方法は、厳格なデザインプロセスを通じて開発、試験、改良していくことである。」[p.175-178
6、適切なツールを活用する

失敗やリスクを避ける
・ポインティフィケーションの罠:「どのようなビジネスプロセスでもゲーミフィケーションになり、ただポイントを加えるだけで改善され、ユーザーはポイント集めが好きだからモチベーションを持つ、という浅薄な前提に基づいている場合に[p.190]」ゲーミフィケーションの可能性が台なしになる。「報酬そのものがモチベーションの根本になっている限り、外発的動機づけだ。・・・報酬を本質的に楽しい経験に置き換える方法を常に探したほうがよい。[p.191]」
・法的リスク:プライバシー、知的財産権、仮想資産の財産権、懸賞とギャンブル規制、不正行為、広告規制、労働者保護、報酬を伴う投稿、仮想通貨規制、搾取の仕組みとなる危険性(エクスプロイテーション)、ユーザーによる予期せぬ行動、などに注意が必要。

ゲーミフィケーションの将来
・「よく考え抜かれたデザインを用いる限り、ゲーミフィケーションは効果があり、現代のビジネスパーソンのツールキットのひとつと見なされるようになるだろう。・・・少なくとも、ゲーミフィケーションによって、ビジネスはもっと楽しいものになる。」[p.228-229
―――

楽しく仕事をしたいと思うなら、「楽しい活動」の本質を理解してその要素を仕事に適用してはどうか、というのが著者らのゲーミフィケーションの考え方の根本だと思います。楽しい活動自体は太古の昔から人間が行ってきたはずですが、最近こうした視点が注目されているのは、外発的動機づけだけでは期待どおりの成果が得られにくくなり、より強力な動機づけとして内発的な(楽しい)方法が求められている事情と、コンピューターを用いたゲームの流行により、多種多様な楽しさが提案され、設計されて試されるようになってきたという技術的な背景があるように思います。モチベーションについては別稿でも簡単なまとめを試みましたが、従来は、「遊び」をするモチベーションについてはあまり考察されていなかったかもしれません。しかし、ゲームをすることによって人間の脳内で「喜びに関係する脳内物質ドーパミンが活性化される[p.61]」ということが起きているなら、仕事に関する動機づけでも似たようなメカニズムが作用していることも考えられます。ゲームの魅力の分析によってモチベーションについての理解が深まるのではないか、と思います。

加えて、ゲーミフィケーションは、内発的動機づけを可能にする具体的な手法についての示唆を与えてくれる点も興味深いと思います。もちろん、監訳者も述べているように「『ゲーミフィケーション』はまだ始まったばかりであり、理論体系はこれから補強されていくだろう」[p.11]という状況ですので、汎用的な手法の確立にはまだ時間が必要でしょうが、現在までの知見だけでも、例えばやみくもにポイントシステムを導入するといった手法の危うさが示唆されるなど、実践的にも意味のある考え方だと思います。

研究開発では、内発的動機づけが重要であり、自律性を重視したマネジメントが求められていると言われます。この点で、ゲーミフィケーション手法は、研究開発に向いた手法と言えるかもしれません。実際、本ブログでも取り上げた「シチズンサイエンス」では、ゲームの手法が取り入れられ、効果を挙げていることを考えると、研究マネジメントにとってゲーミフィケーションの考え方は無視できないと思います。そもそも、研究という仕事は、本来的にゲームと似たような楽しさを内包している仕事なのではないでしょうか。研究開発において、外発的動機づけが重要なのか、それともゲーミフィケーションが示唆するような内発的動機づけが重要なのか、という点は議論があるところでしょうが、「楽しさ」という視点も含めたモチベーションの理解によって、研究開発マネジメントについての理解も深まるでしょう。企業における研究開発業務にゲーミフィケーションが適用できるかどうかは、今後の検討課題だと思います。しかし、本来的に楽しい要素を含む研究開発に、成果主義のような管理を持ちこむことが望ましいことなのか、目的志向や計画重視、細かな指示により自律性を損なうようなことをしていないかは、ゲーミフィケーションの考え方を参考にふり返ってみる必要があるように思います。研究者に「あなたの研究の楽しいところはどこですか?」と聞いたらどんな答えが返ってくるでしょうか。


文献1:Kevin Werbach, Dan Hunter, 2012、ケビン・ワーバック、ダン・ハンター著、三ツ橋新監訳、渡部典子訳、「ウォートン・スクール ゲーミフィケーション集中講義」、阪急コミュニケーションズ、2013.
原著表題:For the Win: How Game Thinking Can Revolutionize Your Business

参考リンク<2015.3.8追加>




ノート7改訂版:研究者の活性化

1、研究開発テーマ設定とテーマ設定における注意点→ノート1~6

2、研究の進め方についての検討課題
ここからは具体的な研究の進め方を検討したいと思います。研究の分野やタイプによって研究の進め方は異なるのが普通ですが、多くの場合に共通する注意点や知っておくべき知識はあるでしょう。研究にまつわる人の問題、組織の問題、運営管理の問題などは、いずれも経営学上の大問題でしょうが、研究グループのマネージャーとして研究者を率いて研究を行なう立場と、経営者の立場とではその重要性は若干異なると思われます。以下では、研究グループのマネージャーとして、与えられた資源を有効に使い、どのようにマネジメントを行なうべきかという視点から、重要と考えられる課題についてまとめてみたいと思います。

2.1
、研究を行なう人の問題
まず研究を行なう人々をどのようにマネジメントしていくかについて考えます。研究者個人のマネジメントと研究者集団のマネジメントの2つの側面を検討する必要がありますが、野中らも指摘するとおり、「厳密にいえば、知識を創造するのは個人だけである。組織は個人を抜きにして知識を創り出すことはできない。組織の役割は創造性豊かな個人を助け、知識創造のためのより良い条件を作り出すことである」[文献1、p.87]と考えられますので、ここでは、まず研究者個人に焦点を当てて考え、研究者の集団としてのマネジメントは後ほど、組織運営に関する話題を取り上げる際に考えてみたいと思います。

①研究者の活性化
研究成果を高めることを研究マネジメントのひとつの目標とする場合、個々の研究者を活性化し、持っている力を十分に発揮させることは重要です。もちろん、それだけで研究成果が上がるわけではないですが、外的環境(研究組織、マネジメント体制、資源など)が同じ条件であれば、研究者が活性化されている方が成果が期待できるはずです。

従業員からより多くの成果を引き出す方法として、古くは伝統的管理論、すなわち従業員を命令を受けて作業を行なう機械のようにみなす考え方(機能人仮説)や、経済的刺激によって意欲が高まるという考え方(経済人仮説)に基づく方法が効果的という考え方がありました。しかし、その後の人間関係論の発展とともに、従業員の人間性が重視され、動機付け要因が注目されるようになります。実務的には、その後提唱されたコンティンジェンシー理論に基づいて、状況に応じた管理をすべきであるという考え方が最も受け入れやすいように思いますが、現在に至ってもまだ伝統的管理論に基づいたマネジメントを信奉する人がかなりいるのではないでしょうか。

現代の多くの研究課題は、結果の予測が困難な不確実な課題であり、臨機応変の対応が迫られることを考えると、伝統的管理論に基づくマネジメントでは限界があるように思われます。そこで、ここでは、研究者の活性化、モチベーションに関わる基本的な事項を、三崎[文献2]、開本[文献3]の著作に基づいて概括してみたいと思います。

人間がどんな欲求に基づいて行動するのかについては、Maslowの欲求階層理論が有名です。これは、「人間の欲求は生理的欲求、安全欲求、所属と愛の欲求、承認の欲求、自己実現欲求の5段階の階層をなし」、「人間は原則的に、まず低次の基本的欲求によって動機付けられ、低次欲求がある程度満たされると、より高次の欲求によって動機付けられるようになり、その際、低次の欲求は人を動機付ける欲求としては機能しない」「ただし、最上位の自己実現欲求は際限なく追い求められる」というもので、非常に理解、納得しやすく実践的にも有用なモデルです。このような欲求についての考え方はその後さらに発展し、例えば、McGregorは、上記の低次の欲求を強く持つ組織成員のモデルをX理論、高次欲求を強く持つ組織成員のモデルをY理論とし、Y理論に基づいた管理の重要性を指摘しています。また、Herzbergは高次な欲求を刺激するものを動機付け要因(motivators)、低次な欲求を刺激するものを衛生要因(hygienic factors)とし、衛生要因を改善しても不満がなくなるだけで動機付けることはできないとしています。さらに、Deciは、給与や人間関係など人を動機付ける要因が個人の外部にある場合の「外発的動機づけ」よりも、自らの有能さの確認や自己決定などに関わる「内発的動機づけ」が重要と述べています[主に文献2、p.111-114]

上記の動機づけに関する考え方は欲求説(need theory)と呼ばれますが、これに対して、モチベーションが生じる心理的メカニズムに着目した過程説(process theory)と呼ばれる考え方があります。これはLawlerの期待理論に代表されるもので、「人の行動は、その行動が報酬につながる期待と報酬の魅力度によって規定される」というものです。ここでは欲求と密接に結びついた報酬の魅力度(誘意性Valence)に加えて、それが得られる期待も考慮に入れているわけですが、この期待については、努力が業績に結びつく期待(EP期待)と業績が報酬に結びつく期待(PO期待)に分けて考えることができるとされています。Lawlerは、これらの積としてモチベーションをモデル化しており、単純な積の形に表現するのはやや乱暴なモデルだと思われるものの、例えば、成果から得られる報酬が期待でき、それが魅力的であっても、成果が得られる可能性が低ければモチベーションがあがらないだろう、という心理的側面をうまく表現できているように思います。ただし、研究者のモチベーションに関しては、成果が得られる期待(EP期待)が高すぎても(つまり、課題が簡単すぎても)モチベーションは上がらないという考え方(Atkinsonの達成動機理論)のように達成感が重要な因子として作用するという考え方もあるようです[主に文献3、p.39-41]。(なお、達成動機の研究にはMcClellandも多方面からアプローチしています[文献4、p.154]。)

さらにエンパワーメントという考え方があります。これは開本によれば、「高いエネルギーに関わる心的活力」「モチベーションが短期的な、瞬間的な概念であるのに対し、エンパワーメントは、より長期的なスパンでとらえるべき概念」[文献3p.57,59]とのことです。欲求や期待以外に人間の行動に影響を与える因子、特に周囲の状況や感情的な側面、モチベーションの維持に影響を与える因子も考慮の対象になっている点が特徴のように思われます。エンパワーメントに影響する項目としては、個人の目標の集団にとっての意味、集団にとって必要な人材であることの認識、自分が有能であるという認識、自信、影響力、自己の適性や嗜好との合致、無力感、情報へのアクセス、行動に際しての自律性、権限委譲、自己決定、仕事自体の組織や社会への貢献、上司の能力と態度、メンター、支援、周囲の反応、チームとしての能力、成長機会、などが挙げられています[文献3p.57-75171]

このように、人の動機については様々な要因が影響することが示されており、上記以外にも、Lockeの目標設定理論、Snyderの希望の心理学、Csikszentmihalyiのフロー経験、Seligmanのポジティブ心理学なども重要な考え方と言えると思います[文献4]。ただし、すべてを統一的に理解でき、かつ実践の役にも立つような包括的な理論は未確立のようですので、結局のところ、人を思い通りに動機づけ活性化する簡便な方法はない、と考えるべきだと思われます。

そんな中で、金井は、やる気を生み、育てる要因を次の4つの系統に整理しています[文献4、p.22]。
1、緊張感・危機感・欠乏・心配・不安がやる気を起こす(ズレ・緊張系)
2、夢・希望・目標を持つことで、やる気が起こる(希望・元気印系)
3、その人それぞれの考えで、やる気が起こる(持論(自論)系)
4、コミューナルな関係性、共感がやる気を起こす(関係系)
そして、それぞれの系統の役割として、やらなければという緊張感(ズレ・緊張系)で、やる気が起こりアクションを開始→希望や期待、ビジョン(希望・元気印系)を持ってアクションを持続→ただし、やる気にはアップダウンがあり、それを自己調節するのに必要なのが持論(自論)、という流れを示しています。さらに、こうしたやる気を支えるための土台(心身の健康状態、プライベートの充実など)も必要であって、加えて、他者から受ける影響(関係系)によってやる気が影響を受けることも指摘しています。この考え方は単なる動機づけだけではなく、やる気の持続や調節への影響も考慮されている点で、様々な動機づけ理論を状況に応じて使う上で参考になる考え方だと思います。

以上、研究者の活性化に関わる因子について、おおまかにまとめました。動機づけややる気の研究には多くの蓄積があり、実用的には、それらからの重要な示唆を認識した上で、状況に応じて使いこなしていくことが求められる、ということでしょう。
―――

考察:研究者の活性化における注意点
不確実な課題に挑戦し、予想外の発見に至るために決められた課題を逸脱しなければならないこともある研究開発活動において、以上のモチベーション理論に基づいて「研究者はこうマネジメントすべきだ」という実務的な回答を得ることは不可能のように思われます。しかし、少なくとも以下の点には留意するべきでしょう。
・欲求には低次のものと高次のものがあり、低次の欲求は満たされることによって動機付けの力を失うことがあるが、高次の欲求は動機付けの力を失いにくいと考えられる。
・欲求には、それが充足されないと不満を感じる種類のもの(衛生要因)と、動機付け要因となりうるものがある。
このことに加え、結果が予想しにくく努力が報われない可能性のある研究開発活動の特徴を考慮すると、強い動機づけが継続的に確保されるようなマネジメントが効果的なのではないかと考えられます。すなわち、衛生要因となりうる待遇などの外的要因は確保した上で、低次の欲求を刺激することよりも、高次の欲求しかも内発的な動機に焦点をあてたマネジメントを行なう必要があるということになるのでしょう。さらに、研究者の個性、考え方や欲求、取り組むべき課題の多様性を考えると、特定の動機づけの考え方にあまり固執せずに柔軟なマネジメントを行う必要があると思われます。加えて、これからの時代には、個人の活性化を主対象とした上記のようなモチベーションの議論だけでなく、コラボレーションを推進するために、個人の意欲を維持しながら組織としての能力を最大限発揮するような活性化の方法を考えていかなければならないかもしれません。

このノートの改訂版「はじめに」では、研究マネジメントにおいて最も重視すべきこととして「研究開発やイノベーションに携わる人が継続的に意欲を持ちつづけられること」をあげました。そのための基礎として、動機づけ、モチベーションの知識はひとつの拠りどころとなると思います。どんな場合にでも役立つ人材活性化の方法のようなものはないかもしれませんが、モチベーションに影響する様々な因子を理解した上で、研究者のモチベーションの状態を見ながら(例えば、本ブログ別稿「モチベーション管理る?」に書いた試案のような方法はどうでしょうか)、臨機応変かつ総合的に活性化のためのマネジメントを行なっていくことが求められるように思います。


文献1:Nonaka, I., Takeuchi, H., 1995、野中郁次郎著、竹内弘高著、梅本勝博訳、「知識創造企業」、東洋経済新報社、1996.
文献2:三崎秀央、「研究開発従事者のマネジメント」、中央経済社、2004.
文献3:開本浩矢、「研究開発の組織行動」、中央経済社、2006.
文献4:金井壽宏、「危機の時代の[やる気]学」、ソフトバンククリエイティブ、2009.
 →文献4については本ブログ別稿「モチベーション再考」で少し詳しく取り上げています。

参考リンク

ノート目次リンク



利他性と協力

人間は本来的に利己的なのか、利他的なのか。これは仕事や社会生活における「協力」を考える上で、興味深い問題だと思います。非常に大雑把な捉え方をすると、経済学や経営学では人間を損得で動く利己的な存在として考え、その行動を予測したり制御したりすることが一般的だと思いますが、一方で、組織運営には協力も必要で、そのためにはある程度の自己犠牲を伴う利他的な行動も必要と考えられます。人間の本来的な性質としてはどちらなのでしょうか。

人間は生物として本来的に利己的であるという考え方は、ドーキンスの「利己的な遺伝子」によって広まった認識かもしれません。実は、この考え方はドーキンスの真意とは異なっているらしいのですが[文献1、2]、経済学の考え方によく馴染み、生物の協力行動や人間の振る舞いの予測に好都合だったこともあって、便利に使われるようになったのでしょう。しかし、人間は必ずしも利己的ではなく、本来的に協力する性質を持っており、しかもそれは進化に有利に作用する、という科学的知見も増えてきているといいます[文献3]。

ベンクラーによる文献[文献3]には人間や生物の利他性を裏付ける次のような例が挙げられています。

・協力行動に関する実験では、利己的に行動する人は30%、予測しやすい形で協力的な行動をとる人は50%、予測不可能な人が20%。

・ゲームを行う心理学実験において、事前に「力を合わせて課題を解決するゲーム」と伝えられたグループと、「どれだけ儲けられるかを競うゲーム」と伝えられたグループの行動を比較すると、「力を合わせるゲーム」と説明されたグループでは70%が協力的であり、「競うゲーム」と説明されたグループでは逆に70%が協力せず、ゲームの趣旨に影響される人が多いことがわかった。また、「力を合わせるゲーム」と説明された場合でも30%は利己的に振る舞い、人によって行動に差があることもわかった。

・野生のコヨーテとアナグマが協力して獲物を捕まえることが観察されている(獲物にありつけるのはどちらかであるにもかかわらず、協力する)。

・選挙で投票するかしないかには遺伝的要素が強く働くという。性格は部分的に遺伝することがわかっているので、誠実さのような性格が社会的に評価されるなら遺伝的に有利になる可能性がある。つまり、自己に多少の不利益があっても正しいことをしようとする性向や協力の文化は遺伝的特性であるとも言える。

・だれかに協力することは脳内の報酬系を活性化する。気持ちがよいから協力するという人間は存在する。

・だれかを信じる時、人は報われた気持ちになる。

・ハタネズミの研究では、脳のオキシトシン摂取能力が高い動物同士のほうが、信頼できるパートナーシップを築きやすいことがわかった。

・ビジネスの世界でもウィキペディアやユーザー投稿による評価サイト、オープンソースソフトなど人間が利己的であるという前提と相容れない事例がある。

一方、「協力行動を引き起こすことのできる基盤となるような、何らかの好社会性そのものが、遺伝的に備わっている」[文献4]という考え方もあるようです。長谷川氏によれば、ヒト固有の能力として、他者の心の状態を推測する能力、因果関係を理解してあることの原因を推定し、次に起こることを想像する能力があるといい、これらを組み合わせて世界に対して働きかけができるようになる[文献4]、とのことです。この考え方に従えば、利他行動が遺伝的に備わっていると考えるよりも、ヒトは協力行動を可能にする能力を遺伝的に身につけ、その能力の自然な発揮として協力行動が導かれる、とも考えることができるように思います。

いずれにしてもベンクラーの言うように、「いくつかの分野で、人間は想定されていた以上に協力的で私心がない、あるいは自己中心的な行動を慎むという証拠が見つかっている。結局のところ、人間はそれほど利己的ではないのかもしれない。」ということだと思われます。とすると、「何らかの協力システムを設計しながら、それをわずか30%の(利己的な人の)ためだけに最適化を図ろうとしているとすれば、人間としての可能性をたいそう無駄にしている」ことになるのでしょう。

にもかかわらず、人間を利己的ととらえるモデルはいまだ優勢です。その理由としてベンクラーは、1)人間が利己的であるのは部分的には真実である、2)そう信じることは歴史的に魅力があった、3)単純であり、理解し記憶しやすかった、4)今までそう教えられ、そう考えてきたので協力的な行動を見ても自己利益というレンズで解釈してしまう、という点を挙げています。人間の本質がどうなのか、今一度考え直してもる必要があるのではないかと思います。

さらにベンクラーは協力のシステムを構築するための7つのアイデアを紹介しています。

1)コミュニケーション:共感や信頼を高め解決策を見出しやすくなる。

2)フレーミングとその信憑性:どこに注目するか(フレーミング)によって人の反応は変わる。しかし、言い分に信憑性がなければ長続きしない。

3)共感と仲間意識:ただし、これは部外者を排除する力を秘めていることにも注意。

4)公平と道徳:人は公平に扱われたいと思うが、公平と平等は異なる。協力のシステムでは、規則よりも社会規範に基づく行動規範を共有することが重要。

5)報酬と罰:協力を育むには、人々を監視し、行動に応じて報酬や罰を与えるシステムではなく、参加者の「内発的動機」に訴えるシステムが不可欠。

6)評判と相互関係:相互関係に依存するシステムは長続きが難しい。他者からの評判を活用することが有効。

7)多様性:人間は十人十色であるから協力のシステムは柔軟でなければならない。

協力的環境づくりについては以前に別稿(協力的環境と研究-「不機嫌な職場」に学ぶ)でも考えてみましたが、人間の本性を利己的とみるか利他的とみるかは制度設計に大きな影響を与えるでしょう。確かに、今までの利己的な人間を想定したインセンティブや報酬、罰則を中心としたシステムは、それなりに有効に機能していたかもしれません。しかし、どうやら人間は利己的なだけではない、とすると、今までは人間の利己的な性質のみ、あるいは利己的な人間のみしか有効に活用できていなかった可能性があることはベンクラーも指摘するとおりでしょう。利他的な性質、協力的な性質を生かすことで、どのような成果が達成できるのかは今後の課題かもしれませんが、利己心に基づく社会システムの限界が顕になっている可能性も考えると、これからは利他性の活用も試みる価値があるように思われます。

ただし、人間はすべて利己的、あるいは利他的であると考えるモデルは単純にすぎるでしょう。実際には、すべての人が利己的な側面と利他的な側面を併せ持ち、その利己性、利他性の程度も様々なのではないでしょうか。一方、仕事の側にも、利己的側面が有効に作用する仕事と、利他的な協力が必要な仕事があるでしょう。人間の本性がどのようなものであるのかについて、現段階で結論を出すことは早計でしょうが、様々な仕事に対して、どんな人をどう配置してどのように動機づければよいかを考える場合には、人間は利己的な人ばかりではない、ということは大きなヒントになるのではないかと思います。

 

文献1:ウィキペディア「利己的遺伝子」(2012.5.13確認)

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%88%A9%E5%B7%B1%E7%9A%84%E9%81%BA%E4%BC%9D%E5%AD%90

文献2:松岡正剛の千夜千冊、「リチャード・ドーキンス『利己的な遺伝子』」、2005.10.26

http://www.isis.ne.jp/mnn/senya/senya1069.html

文献3:Yochai Benkler、ヨハイ・ベンクラー著、編集部訳、「生物学、心理学、神経科学の知見が教える 利己的でない遺伝子」、Diamond Harvard Business Review, 2012, 2月号、p.8.

原著:”The Unselfish Gene”, Harvard Business Review, 2011, Jul-Aug.

文献4:長谷川眞理子、「利他の心の進化」、科学、vol.81, 2011, Jan., p.78.

 

 

技術者が問題社員になるとき

技術者は扱いにくい、ということはしばしば言われることのように思います。なぜそのように言われるのか、実際はどうか、どう対処すべきか、などについて今回は考えてみたいと思います。

Paul Glen
著「Leading Geeks」[文献1]にはギーク(Geek)と呼ばれる高度な技術知識を持つ従業員の管理・指導についての様々な示唆が述べられています。Glen氏は、専門的技術者はこれからの企業活動に不可欠であるとの立場から、ギークの能力をいかにうまく活用するかが重要と述べ、ギークの性格・行動の特徴、仕事の特徴、評価、管理指導のあり方をまとめています。おそらく欧米のギークを念頭に書かれているとは思いますが、Glen氏自身自らをギークと呼んでいるだけのことはあってギークに対する理解も深く、かなり本質を突いた指摘が多いように思いました。以下、簡単にその内容をまとめてみます。

ギークの性格・行動の特徴としては以下の点を指摘しています。

・論理性と理屈を大切に考え、正しく賢明な選択をするために論理的に考えようとする。従って、組織のミッション、ビジョン、価値、自分の役割などの点で考え方の筋道がしっかり通っていることが重要。

・問題点を探し出し、それを解決するというアプローチを好む。

・子供のような物の見方(強い好奇心、遊び心、未発達な社会能力、自己認識欠如)をする場合がある。これは、人生の早い段階で成功したことが原因である場合がある。

・好奇心旺盛、パズル(おそらく、複雑な問題、という意味と思われる)好き。

・コミュニケーションが得意でない。相手の反応に気付かず、人間関係の対立に繋がる行動や相手に失礼な態度をとってしまうこともある。直接的で無愛想、無神経な表現をすることがある。

・忠誠心は主にテクノロジーと彼らの情熱に向けられ、企業には向けられない。上層部から強いられる決定を嫌う。

・お金が主なモチベーション要因になることはないが、公正な報酬を得ていると感じたい。

・多くは内向的で1人で仕事をすることを好む傾向がある。しかし、チームに加わって学び、複雑な問題に取り組み、仲間から評価されたいとも思っている。

・ギークの仕事は非定形的であるため、通常の仕事のルールや習慣を軽視することがある。

ギークの仕事の特徴

・曖昧な部分、不安要素を持つ。

・判断したり、熟考したりする時間を長く必要とする場合がある。

・予算見積もりが難しい(仕事が明確になりにくいため)。

・ギークの生産性を評価することが難しい(仕事の難度が高いため)。

ギークを管理指導するためのリーダーシップ

・内発的モチベーションを重視すべき。

・リーダーはアイデアや活動が問題なく流れるようサポートする。業務の責任を担った個人ではなくファシリテーターとしての役割が重要。

・外部に対し、ギークの代理としての役割をつとめ、外部からの衝撃、政治的動きからギークを守る。

・業務上の曖昧性(役割、職務、評価)、構造上の曖昧性(仕事の構成方法)、環境上の曖昧性(組織目的、価値)をコントロールし、ギークの仕事の、組織での位置づけ、意義づけがギークに理解されるように手助けをする。

「子供のような物の見方」に関しては、日本では欧米ほど顕著ではないように思いますが、概ね私の実感とも合っています。このような傾向は、技術者となる過程で受けた専門教育やその環境にも依っていると思いますし、仕事本来の不確実性の結果としてもたらされる側面、社内での役職の序列とは関わりなく自分の専門分野に関しては自分が第一人者であるという自覚、社内での評価とは別に社外の学会や業界内で評価されることなどが原因で形作られるものと理解できるでしょう。組織への忠誠心の低さについては、技術者に特有の二重のロイヤリティ(所属組織に対するロイヤリティと専門家社会に対するロイヤリティ)として古くから指摘されていること[例えば文献2p.33-42]に基づいていると考えることもできると思います。以上のような技術者、ギークの特性が生まれる原因はどうであれ、こうした傾向のため、Glen氏によれば「彼らは高度な知識を有するが故に、企業側からすると管理が難しいと思われがち」になってしまう、と言うことでしょう。

しかし、このような技術者(ギーク)の特徴を認識した上でその能力を発揮させようとするマネジメントは残念ながらあまり一般的ではないように思われます。中には、会社の方針に従わない、組織の一員としての協調性に欠ける、態度が悪い、成果が挙がらない(課題の困難さは考慮されずに)、ルールを守らない(そのルールが理不尽であっても)、価値観が合わない(例えば金銭的インセンティブに冷淡)、として「問題社員」として扱われてしまったり、会社から評価されないことが原因で本当に意欲を失って「問題社員」になってしまう技術者もいるのではないでしょうか。

もちろん、「問題社員」にはさまざまな人がいます。しかし、「問題社員」の例としてギークの特徴を持った人が挙げられることがあるのも事実でしょう。例えば、Nicholsonは、専門知識が必要な複雑な仕事をやり遂げられるのに、成果の報告が遅く、手慣れた仕事以外はかたくなに拒否する、態度の悪い社員の例を挙げています[文献3p.65-99]。またDeLongVijayarahavanは「Bクラス社員」の例として、会社と異なる価値観(仕事と生活のバランスを重視する、プレッシャーを拒否するなど)を持つ人や「率直な人」の例を挙げています[文献3p.101-124]。また、Lorschと髙木は、傍流の仕事を担当させられたことによって評価されずに意欲を失ったマネジャーの例を挙げていますし[文献3p.125-148]、WaldroopButlerは有能にもかかわらず「悪癖」を持つ人物の例として、社内政治を無視してしまう実力主義の秀才、権威やしきたりに反射的に戦いを挑む人、自分の能力では手に負えないことをやろうとする人などを挙げ、それらの背景にある心理的な過程を分析しています[文献3p.149-182]。

こうしたある種の問題社員の特徴とギークの特徴とが一致しているということは、技術者特有の考え方や行動が多くの組織に受け入れられにくいということを示していると考えられます。ギーク自体に本当に問題がある場合もあるでしょうが、ギークには問題がなくとも、その考え方や行動が周囲にとっては「問題」と受け取られてしまうということもあると思います。いずれの場合でも、ギークは扱い方を誤れば問題社員に変身してしまう存在とも言えるのではないでしょうか。文献3ではこれらの「問題社員」への対処の方法が述べられていますが、問題社員を処理する、あるいは使いこなすことよりも、ギークが問題社員になってしまわないようにすることの方がより重要なのではないでしょうか。

専門技術の育成には時間がかかります。従って、そうした技術を持った人材は慎重に扱う必要があるでしょう。もちろん、技術者だからといって甘やかす必要はありません。しかし、単に言うことを聞かないから、価値観が違うから、といった理由や、マネジメントの失敗によって技術者を問題社員にしてしまうことがあるとすれば、その悪影響は長期に及ぶことになるでしょう。技術者の特質をよく理解し、画一的な管理を避けることが技術者のマネジメントの第一歩であるように思います。


文献1:鬼塚俊宏、先読み!人気のビジネス洋書、「卓越した知識・技術を持つ米国版「オタリーマン」を企業で活かす『ギークを指導すること~テクノロジーをもたらす従業員を管理・指導する方法~』 Leading Geeks : How to Manage and Lead People Who Deliver Technology――ポール・グレン著」、DIAMOND online2011.6.10

http://diamond.jp/articles/-/12644

登録すると要約のダウンロードもできます。このブログ記事は、この要約に基づいて書きました。

文献2:三崎秀央、「研究開発従事者のマネジメント」、中央経済社、2004.

文献3DIAMONDハーバードビジネスレビュー編集部編訳、「いかに『問題社員』を管理するか」、ダイヤモンド社、2005.


(参考)

原著:Paul Glen, “Leading Geeks: How to Manage and Lead the People Who Deliver Technology”, Jossey-Bass, 2003.

http://www.amazon.com/Leading-Geeks-Manage-Deliver-Technology/dp/0787961485

Paul Glen氏ホームページ

http://www.paulglen.com/index.html

Leading GeeksGlen氏がCEOのコンサルティング会社)

http://www.leadinggeeks.com/

Leading Geeksについてのプレゼン資料

http://www.slideshare.net/whatidiscover/leading-geeks-presentation
<2011.12.3現在上記資料は無くなってしまいました。>

 

 

研究者と金銭的報奨

仕事で何らかの成果を挙げることができた場合、その成果が正当に評価され、見返りに何らかの報奨が与えられるべきだ、というのは多くの人が認めるところでしょう。成果に対して報奨が貰えて困る人はいないでしょうし、もし報奨を受け取りたくないならば返すなり、仲間で使ってしまうなりなんとかできます。

 

このような報奨を制度化して、「もし○○○の成果が得られれば、□□□の報奨を与える」ということが約束されれば、それがインセンティブとなってモチベーションが上がるだろう、ということは一般的には言えると思います。「成果主義」というのは大雑把にはこうした原理に基づくものでしょうから誤りではないはずなのですが、最近は成果主義に否定的な意見もよく耳にしますし、少なくとも単純な「成果主義」のやりかたでは利点よりも欠点の方が多いように私も思います。おそらく、難しい点は成果を正しく評価すること(負の成果、すなわち失敗も含めて)、および評価された成果に対してどの程度の報奨(負の報奨、すなわち罰も含めて)を与えれば組織全体として効果が最も大きくなるかを予測して報奨を決めるところではないでしょうか。そのシステムがうまくできていないと、「成果を挙げたのに評価してもらえない」「評価はされてもそれに見合った報奨がもらえない」「たいした成果でもないのに高い評価、報奨を受けている人がいる」などの不満が出てきたり、成果が出やすく評価されやすい課題を選んで実行しようとし、本当に必要な仕事、チャレンジングな仕事が敬遠されたり、ということが起きてしまうのだと思います。

 

特に、研究開発の場面では、こうした難しさは一層顕著になると思われます。成果を評価して、それに基づいた報奨として翌年の給与を決めようとしても、取り組む課題の不確実性のために研究の中途段階での成果判断が正しいという保証はありませんし、そもそも成果が出るまでに時間を要する課題もあるのでなかなか好ましい報奨システムをつくりあげることはできないのではないでしょうか。加えて、研究者は金銭的報奨のような外発的動機づけよりも、自己決定や自らの有能さの確認といった内発的動機づけの方を重要視する、という意見がありますし(「ノート7」参照)、外的報奨が内発的動機づけを低下させる(「研究の管理と評価再考」参照)、課題が簡単すぎてもモチベーションが上がらないとする達成動機理論(「ノート7」参照)、といったややこしい指摘もあります。

 

こうした問題に対処するため、自分が納得した目標を設定し、目標に対する達成度で成果を評価しようとする考え方もありますが、この方法でも非常に頻繁に目標の見直しを行なわない限り不確実性に対応することは不可能でしょう。また、目標の設定に恣意性があるので挑戦的な目標設定が行われにくくなる可能性もあると思われ、こうした方法も研究開発分野を対象とした評価、管理システムとしては問題があると考えます。

 

では、金銭的な報奨が不要なのか、というとそれもまた違うでしょう。おそらく、研究者にとって、金銭的報奨はHerzbergの言う「衛生要因」すなわち、それを改善しても不満がなくなるだけで、動機づけにはならない要因(「ノート7」参照)としての作用が強いのではないかと思います。つまり、研究者に不満を与えることのないような金銭的報奨授与システムは必要であるが、モチベーションを上げる効果は期待してはいけない、ということになるのではないでしょうか。

 

そうすると、必要とされる報奨システムとはどのようなものになるのでしょうか。以下は私案になりますが、成果の程度によってどのような報奨が与えられるべきかについて考えてみました。

 

まず、報奨は成果にどの程度依存したものとすべきでしょうか。これについてはDavilaによる興味深い調査結果がありますのでご紹介しておきます[文献1p.286]Davilaは医療機器メーカーの製品開発部門のマネージャーを対象に給与に占める変動給(業績給)の割合と得られた業績の印象との関係を調べ、変動給の割合が多すぎても少なすぎても業績は低下し、変動給の割合には最適値があるとしています(彼の調査では、15%程度が最適になっていますが、この値は業界やプロジェクトの種類、人のタイプなどによって変わるので、この値そのものは重要でないと述べています)。特に変動給の割合が大きすぎる場合に業績の低下が大きく、彼は「適度なインセンティブはプラスに働くが、過剰になると業績の低下を招く」と結論づけています。

 

業績給の割合が高いということは、収入が業績に影響される度合いが大きい、ということになりますので、インセンティブの大きさとほぼ同じと考えられると思います。このようにインセンティブが大きい場合には、おそらく業績が挙がっている場合には問題はないのでしょうが、業績が低かった場合には給与が減ってしまうことになるためモチベーションを下げる可能性があると考えられます。おそらく不確実性の高い研究への意欲も低下してしまうでしょう。しかし逆に、研究が成功した場合の報奨はもっと高くあるべきとの考えも無視できないと思われます。近年話題になることが多い、発明の成果に対して高額の報奨金を求める裁判などもそうした考え方の現れと見ることができるでしょう。そうすると、研究が大きな成果を挙げた場合には報奨は大きく、しかし、リスクをとりやすくするために成果が挙がらなかった場合の報奨減額の程度は小さくするというシステムがよいのではないかと思われます。

 

もちろん、このような制度としたところで、成果の評価方法に関する問題は残ります。そこで、いっそ、成果の細かな評価はあきらめてしまえばよいのではないでしょうか。つまり、小さな成果についてはその細かな優劣を評価することはやめにして、非常に大きな成果の場合のみ大きな評価をすることにするわけです。一般に非常に大きな成果というものは、誰が見ても異論が少ないものだと思いますので、こうした成果に対して大きな報奨が与えられることには異論が出にくいのではないでしょうか。

 

ただし、大きな成果に対する大きな報奨は非常に目立ちますので、社内の他部署にも納得してもらえるような評価体系とするために、研究者の平均的な報酬は他部署と合わせるべきであると思います。大きな成果に対する大きな報奨に加えて、成果があがらない場合に報酬の減額が少なくなるとすると、平均的な成果に対する報酬は、全社員平均よりは少なくなることになります。一般に研究員には自律的な環境が与えられることが多いですし、例えば成果の社外発表や学会での交流によって、社会的な活躍の機会や社会的評価を受けるチャンスが与えられていることを考慮すると、これは給与外の報酬とも考えられますので、給与面での多少の減額は研究者も納得できるのではないかと思います。また、大きな成果を挙げた研究に対する報奨は、特許実施補償などの名目で行なうことも考えられるでしょう(ただし、特許に基づく報奨は、開発成功から特許の権利化、収益化までに時間がかかるため、タイムリーな報奨が行なえないという欠点がありますし、特許にならないが重要な研究というものが存在することもあります)。

 

このような評価体系をイメージにまとめると以下の図のようになります。

 

 報奨イメージ500

 

もちろん、このような評価体系は研究開発の対象、不確実性の程度、目指す目標、業種などによっても変わってきますので、このようなシステムが最善であると言うつもりはありません。また、こういうイメージを決めたところで、成果の評価の難しさが軽減されるわけではなく、モチベーションの向上につなげるためには他のマネジメント手法との組み合わせなどのいろいろな手段をとる必要があると思われます。ただ、研究の成果を単純な評価にあてはめて、その評価結果に比例するような単純な報酬の決め方では、おそらく研究者のモチベーション向上にはつながらないように思いますので、このような案もあるのではないかと考えてみました。研究者の評価とインセンティブを考えるヒントにでもなれば幸いです。

 

 

文献1Davila, T., Epstein, M.J., Shelton, R., 2006、トニー・ダビラ、マーク・J・エプスタイン、ロバート・シェルトン著、スカイライトコンサルティング訳、「イノベーションマネジメント」、英治出版、2007.


参考リンク<2012.8.5追加>
 

ノート7:研究者の活性化

ノート6までで、研究テーマの設定に関する議論を一区切りとし、具体的な研究の進め方を検討してみたいと思います。もちろん、研究開発の分野やタイプによっても進め方は違ってくるはずですが、なるべく汎用的かつ実用的な観点から注意すべき点を中心にまとめてみたいと思います。

 

研究の進め方についての検討課題

研究の進め方に関する主な検討課題としては次のようなものがあるでしょう。

・人

・組織

・運営管理

・研究投資

・外部連携

 

これらはいずれも経営学上の大問題でしょうが、研究グループのマネージャーとして研究者を率いて研究を行なう立場からの重要性と、経営者にとっての重要性は若干異なると思われます。ここでは、研究グループのマネージャーとして、与えられた資源を有効に使い、どのようにマネジメントを行なうべきかという視点から、実際に手を打てる内容を中心にできるだけ実践的に考えてみたいと思います。

 

人の問題

研究を行なう人々をどのようにマネジメントしていくかについては、研究者個人のマネジメントと研究者集団のマネジメントに分けられるでしょう。野中らも指摘するとおり、「厳密にいえば、知識を創造するのは個人だけである。組織は個人を抜きにして知識を創り出すことはできない。組織の役割は創造性豊かな個人を助け、知識創造のためのより良い条件を作り出すことである」[文献1p.87]と考えられますので、ここでは、まず研究者個人に焦点を当てて考え、研究者の集団としてのマネジメントは後ほど、組織運営に関する話題を取り上げる際に考えてみたいと思います。

 

研究者の活性化

研究成果を高めることを研究マネジメントのひとつの目標とする場合、個々の研究者を活性化し、持っている力を十分に発揮させることは重要でしょう。もちろん、それだけで研究成果が上がるわけではないですが、研究を行なう外的環境(研究組織、マネジメント体制、資源など)が同じ条件であれば、研究者が活性化されている方が成果が期待できると言ってしまってよいのではないでしょうか。

 

一般に従業員からより多くの成果を引き出す方法として、古くは伝統的管理論、すなわち従業員を命令を受けて作業を行なう機械のようにみなす考え方(機能人仮説)や、経済的刺激によって意欲が高まるという考え方(経済人仮説)に基づく方法が効果的という考え方がありましたが、その後の人間関係論の発展とともに、従業員の人間性が重視され動機付け要因が注目されてくることになります。その後提唱されたコンティンジェンシー理論に基づいて、状況に応じた管理をすべきである、という考え方が実務的には最も受け入れやすいように思いますが、現在に至ってもまだ伝統的な考え方に基づいたマネジメントを信奉する人が実際には多いような気もします。

 

研究マネジメントの分野でも、上記のようないろいろなタイプのマネジメントの可能性があるわけですが、とりわけ予測が困難な不確実な課題に挑戦し、臨機応変の対応が迫られる現代の多くの研究課題の解決のためには、伝統的管理論に基づくマネジメントでは限界があるように思われます。そこで、ここでは、研究者の活性化、モチベーションに関わる側面について、まず、三崎[文献2]、開本[文献3]の著作に基づいて基本的な事項を概括してみたいと思います。

 

まず、人間がどんな欲求に基づいて行動するのかについては、Maslowの欲求階層理論が有名です。これは、「人間の欲求は生理的欲求、安全欲求、所属と愛の欲求、承認の欲求、自己実現欲求の5段階の階層をなし」、「人間は原則的に、まず低次の基本的欲求によって動機付けられ、低次欲求がある程度満たされると、より高次の欲求によって動機付けられるようになり、その際、低次の欲求は人を動機付ける欲求としては機能しない」「ただし、最上位の自己実現欲求は際限なく追い求められる」というもので、非常に理解、納得しやすいモデルです。しかし、いろいろな状況における欲求をこの理論だけで説明するにはやや無理があるようで、このモデルの発展も図られています。例えば、McGregorは、上記の低次の欲求を強く持つ組織成員のモデルをX理論、高次欲求を強く持つ組織成員のモデルをY理論とし、Y理論に基づいた管理の重要性を指摘しています。また、Herzbergは高次な欲求を刺激するものを動機付け要因(motivators)、低次な欲求を刺激するものを衛生要因(hygienic factors)とし、衛生要因を改善しても不満がなくなるだけで動機付けることはできないとしています。さらに、Deciは、給与や人間関係など人を動機付ける要因が個人の外部にある場合の「外発的動機づけ」よりも、自らの有能さの確認や自己決定などに関わる「内発的動機づけ」が重要と述べています[主に文献2p.111-114]

 

以上の理論から、ただちに「研究者はこうマネジメントすべきだ」という実務的な回答を得ることは不可能のように思われます。しかし、少なくとも以下の点には留意すべきと考えられます。

・欲求には低次のものと高次のものがあり、低次の欲求は満たされることによって動機付けの力を失うことがあるが、高次の欲求は動機付けの力を失いにくいと考えられる。

・欲求には、それが充足されないと不満を感じる種類のもの(衛生要因)と、動機付け要因となりうるものがある。

このことに、結果が予想しにくく努力が報われない可能性のある研究開発活動の特徴を考慮すると、強い動機づけが継続的に確保されるようなマネジメントが効果的なのではないかと考えられます。すなわち、衛生要因となりうる待遇などの外的要因は確保した上で、低次の欲求を刺激することよりも、高次の欲求しかも内発的な動機に焦点をあてたマネジメントを行なう必要があるということになるのでしょう。

 

上記の動機づけに関する考え方は欲求説(need theory)と呼ばれますが、モチベーションが生じる心理的メカニズムに着目した過程説(process theory)と呼ばれる考え方があります。これはLawlerの期待理論に代表されるもので、「人の行動は、その行動が報酬につながる期待と報酬の魅力度によって規定される」というものです。要するに欲求と密接に結びついた報酬の魅力度(誘意性Valence)に加えて、それが得られる期待も考慮に入れているわけです。ここで、期待については、努力が業績に結びつく期待(EP期待)と業績が報酬に結びつく期待(PO期待)に分けて考えることができるとされています。Lawlerは、これらの積としてモチベーションをモデル化しているようですが、単純な積の形に表現するのはやや乱暴なモデルに思われるものの、例えば、成果から得られる報酬が期待でき、それが魅力的であっても、成果が得られる可能性が低ければモチベーションがあがらないだろう、という心理的側面をうまく表現できているように思います。ただ、研究者のモチベーションに関しては、成果が得られる期待(EP期待)が高すぎても(つまり、課題が簡単すぎても)モチベーションは上がらないという考え方(Atkinsonの達成動機理論)のように達成感が重要な因子として作用するという考え方もあるようです[主に文献3p.39-41]

 

さらにエンパワーメントという考え方があります。これは開本によれば、「高いエネルギーに関わる心的活力」「モチベーションが短期的な、瞬間的な概念であるのに対し、エンパワーメントは、より長期的なスパンでとらえるべき概念」[文献3p.57,59]とのことですが、欲求や期待以外に人間の行動に影響を与える因子、欲求や期待が具体的な行動に結びつく過程や、期待形成に影響を与える因子が考察の対象に加えられているように思います。欲求や期待には個人の価値観や論理的な判断が考慮されているわけですが、実際には環境や感情がそうした判断に影響を与えることもあるでしょう。時には「理屈では理解しているが、やる気がでない」とか「同じ程度の欲求や期待を持っていたとしても、状況によって起こす行動に違いがある」ということもあると思います。そうした作用について、欲求説、過程説を補うものとしてエンパワーメントを捉えることもできるように思います。具体的にエンパワーメントに影響する項目としては、個人の目標の集団にとっての意味、集団にとって必要な人材であることの認識、自分が有能であるという認識、自信、影響力、自己の適性や嗜好との合致、無力感、情報へのアクセス、行動に際しての自律性、権限委譲、自己決定、仕事自体の組織や社会への貢献、上司の能力と態度、メンター、支援、周囲の反応、チームとしての能力、成長機会、などが挙げられており[文献3p.57-75171]、これらの因子にも注意を払う必要があるように思われます。

 

以上、研究者の活性化に関わる因子についてのおおまかなまとめを試みましたが、多くの研究のある課題に対し強引すぎる要約をしてしまった気もします。しかし、理論はどうあれ、経験的に研究者の活性化は不可欠のものではないかと思います。不確実な課題に挑戦し、予想外の発見に至るために決められた課題を逸脱しなければならないような状況に置かれることもある研究開発活動において、上記のような因子を認識しておく意義は大きいのではないでしょうか。

 

 

文献1Nonaka, I., Takeuchi, H., 1995、梅本勝博訳、「知識創造企業」、東洋経済新報社、1996.

文献2:三崎秀央、「研究開発従事者のマネジメント」、中央経済社、2004.

文献3:開本浩矢、「研究開発の組織行動」、中央経済社、2006.


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