研究開発マネジメントノート

研究開発とそのマネジメントについてのいろいろ

利他性

ネットワークの力(クリスタキス、ファウラー著「つながり」より)

科学技術の専門分野が深く、狭くなっていることはよく指摘されます。一方、求められる製品やサービスには、従来の延長線上にない特徴やカスタマイズが求められることが多いように思います。このような状況においてイノベーションを効果的に進めるためには、個人としての能力発揮だけでなく、多様な個人の協力や組織としての能力発揮が求められるのではないでしょうか。そこで、今回はChristakisFowler著、「つながり」[文献1]に基づいて、個人のつながりによって発生する社会的構造、ネットワークとその性質、重要性について考えてみたいと思います。

言うまでもなく、人は、ひとりでは生きていけません。従って人と人との関係が結ばれネットワークが発生します。しかし、それがどういうものかについては十分に理解されているとは言い難いのではないでしょうか。もちろんネットワークの科学は確立された理論ではありませんが、著者は序文「私たちはみんなつながっている」において、次のように述べています。「社会的ネットワークの形成と働きをともに律するいくつかの原理がある」、「ネットワークがどう機能するかを研究しようとすれば、それがどう組み立てられているかも理解する必要がある・・・たとえば、無条件にどんな人とも友人になることはできない。地理、社会経済的な地位、テクノロジー、さらには遺伝子によってさえ、人は一定の種類の社会関係を一定の数だけ持つよう制約されている。人びとを理解するためのカギは、彼らの間の絆を理解することである。」[p.5]。そうであれば、現状どこまでわかっているのか知っておくことも有意義でしょう。以下、その内容をまとめてみます。

第1章、真っ只中で

・「社会的ネットワークには2つの基本的性格がある」。「一つ目はつながり(Connection)である。・・・人びとをつなぐ絆には特定のパターン、つまりトポロジーが存在する」。「二つ目には、伝染(Contagion)が挙げられる。・・・(これは)絆を経て流れていくもの」[p.28-29]。

・「人間は絶え間なく、社会的ネットワークを念入りにつくったりつくり直したりしている[p.29]」。例えば、ホモフィリー(自分と似ている人びとと仲間になろうとする傾向)が認められる。また、「私たちは、ネットワーク上でどんな位置を占めるかによって影響を受ける[p.33]」。私たちの友人、友人の友人、友人の友人の友人が私たちに影響を及ぼす(三次の影響)[p.36-38,p.42-26]。「社会的ネットワークには、その内部の人びとにはコントロールも認識もされない特性や機能が備わっている」。「社会的ネットワークには創発性がある・・・創発性とは、部分が相互に作用し合いつながり合うことによって、全体が獲得する新しい特質のこと[p.41]」。

・「個人の行動や成果に社会的ネットワークが甚大な影響を及ぼす以上、人びとは自分自身の選択を完全にはコントロールしていないことになる[p.49]」。

第2章、あなたが笑えば世界も笑う

感情が伝染することがとりあげられています。

・「人びとは、数秒から数週間の時間枠で、他人が示す感情の状態に『感化』される[p.52]」。

・「人間の感情の発達、感情の表出、他人の感情を読み取る能力は、集団活動の円滑化に一役買ったが、それには3つの方法があった。つまり、個人間の絆を築きやすくすること、行動を一致させること、情報を伝えること[p.53-54]」。

・「長期的な幸福の50%は遺伝的な設定値に、10%は環境(たとえば、どこに住んでいるか、どれくらい金持ちか、どれくらい健康か)に、40%はどの人がどう考え、何をしようとするかに依存しているという[p.77]」。「友人の幸福は人に影響を及ぼすが、その影響は1年程度しか持たない[p.77]。

第3章、ともにいる者を愛す

パートナーの選択などを例に絆の形成、機能などが述べられます。

・「社会的ネットワークは2つの面から人間関係に重大な影響を及ぼす。第一に、社会的ネットワークのなかに占める私たちの位置の構造的特徴によって、私たちが他人の目に魅力的と映るかどうかが左右される。・・・第二に、社会的ネットワークは一定の認識を広め、魅力に対する姿勢を変化させることがある。[p.102

・「社会的ネットワークの主な機能は、ネットワーク内を流れているものを利用可能にしてくれること[p.119]」。

第4章、あなたも痛いが私も痛い

・「人から人に伝染するのは病原菌だけではない。行動も伝染する[p.136]」

・例えば肥満も伝染するが、「人から人へと広がるのは、社会科学者が規範と呼ぶもの、つまり、何が適切であるかに関して共有される期待値[p.144]」。

・「影響力を持つ人が力を発揮できるかどうかは、ひとえに、自分が属しているネットワークの正確な構造にかかっている[p.166]」。例えば、「健康体重を維持するよう働きかけるには、ネットワークの中心にいる人たちを標的にするのが有効な戦略と確認されている。この人たちが太り過ぎているかどうかは関係ない[p.167]。」

第5章、お金の行方

経済活動へのネットワークの影響が述べられます。

・「金融恐慌は感情や情報が人から人へと伝わった結果起こるのかもしれない」。「私たちはみな自分の頭で考えることができるのに、心が群衆から離れられず、ときにとんでもない事態に巻き込まれてしまう。社会的ネットワークのせいで事態がさらに悪化する恐れがあるのは、最初にパニックに陥った人が、ほかの多くの人に影響を及ぼす可能性があるから[p.176]」。

・「群衆の知恵が信頼できるかどうかは、人々が独立して同時に行動するのか、それとも相互に依存して連続的に行動するのかによって決まる[p.198]」。

・「ロジャーズの理論によると、テクノロジーが広がるスピードは最初のうちは遅いが、やがて速くなり、すべての人に行き渡る頃にはまた遅くなるという。だが、社会的ネットワークの構造を考慮に入れた最近の研究では、そう単純ではないことがわかっている[p.201]」。

・「イノベーションを普及させようとする際の基本的な考え方は、情報や影響力は密接で深いつながりを通じて広がる、というものだ。・・・しかし、この考え方は人間の社会的ネットワークの重要な特徴を見逃している」。強い絆に基づく構造は、「集団外の人と接触するには都合が悪い」[p.203

・「強い絆が集団内の人びとを結びつけるとすれば、弱い絆は集団同士を結びつけてより大きな共同体をつくりだす[p.203]」。「弱い絆は新しい情報の宝庫である。・・・弱い絆をたくさん持っている人は、情報やコネを与える代わりに、アドバイスやチャンスをもらえる場合が多いことになる[204-205]。」「強い絆と弱い絆を合わせ持つことが重要なのであり、最適なバランスを見つけるのがカギ[p.209]」

・スモールワールドネットワークの重要な特徴は、「平均的な経路が短いこと・・・と推移性(transitivity)が高いことだ(ある人の友人の大半はたがいに友人である)[p.210]」。「スモールワールドの特性を最大限に示したネットワークが、最高の成功を収めていた[p.210-211]。」

・「科学的発見に関する以前の見方では、すぐれた業績の説明として個人の天賦の才が協調されたものだった。だが、20世紀のあいだに発見やイノベーションは個人ではなくグループによる協力の賜物という側面が大きくなってきた。言うまでもなく、イノベーションは他人からのインプットがなければめったに起こらない[p.211]」。

・ユヌスによる「グラミン銀行はグループ内に強い絆を育て、メンバー間の信頼を確固たるものとする。それから、グループをほかのグループのメンバーともっと弱い絆で結びつける。これによって、問題が起きたときに創造的な解決策を見いだす能力を最大限に引き出す[p.218]」

第6章、政治的につながって

・人が投票する理由は、「人はつながっており、つながっているからこそ投票するのが合理的」だから。[p.245

・「オンラインの社会的ネットワークも似た者同士の集まりであり、・・・政治に関する情報は、異なる意見を交換するためではなく、既存の意見を強化するために使われている[p.261]」

第7章、人間が持って生まれたもの

・「人間は集団のなかで生きるのみならず、ネットワークの中で生きている」、「つながりを築きたいという願望には遺伝子がかかわる部分もある」[p.271]。

・ハウアートによれば、「フリーライダーの監視と処罰が可能で集団への帰属傾向が多様な世界では、協力関係が頻繁に築かれる」[p.277]。

・著者らが提案する「ホモ・ディクティアス(ラテン語で『人間』を意味するhomoと、ギリシャ語で『網』を意味するdictyからの造語)、すなわち『ネットワーク人』は人間の本質に関する一つの見方であり、利他精神と処罰感情、欲求と反感がどこから生まれるかを解き明かそうとするものだ。こうした視点をとれば、人間の動機を純粋な利己主義から切り離すことができる。私たちは他人とつながっているがゆえに、また他人を思いやるよう進化してきたがゆえに、行動を選択するにあたって他人の幸せを考慮するのだ[p.278-279]。

・「宗教の重要な機能は、社会的つながりを安定させること[p.307]」

第8章、おびただしいつながり

・「オンラインでの生活が現実の人間同士の交流を模倣し、拡張する[p.322]」。

・「インターネットによって、新たな社会形態が可能となる。それは次の4つの点で、既存の社会的ネットワークにおける人間の交流を根本から変えるものだ」。1大きさ、2連帯性(情報共有、協力)、3特殊性(絆の独自性)、4仮想性。[p.340

・「ネットワークは、人類全体を個々人の総和をはるかに超えたものとするのに役立つ。よって、新たなつながり方を発明すれば、自然の定めを実現する私たちの力が増すのは間違いない。[p.354

第9章、全体は偉大なり

・「人間がつくりだすネットワークは、それ自体、生命を持っている。成長し、変化し、再生し、生き延び、そして死ぬ。さまざまなものがそのなかを流れ、移動している。社会的ネットワークは、いわば人間のつくる超個体(superorganism)であり、独自の解剖学的形態と生理――構造と機能――を持っている。[p.357]」

・「社会の不平等に立ち向かうには、肌の色や懐具合よりもつながりが重要であると認識しなければならない。」「貧困を減らすには・・・困窮者が社会のほかの構成員と新たな関係を築くのを助けるべきなのだ。」[p.372

・「個人主義と全体主義は人間のあり方に光を当てたが、本質的なことを見過ごしている。・・・社会的ネットワークの科学は人間社会を理解するまったく新しい方法を提示する。なぜ新しいかといえば、この方法が個人と集団を対象とし、いかにして前者が後者になるかを解明しようとするからだ。人と人のつながりから生じる現象は、個人のなかには存在しないし、一人ひとりの欲求と行動に還元できないものだ。[p.374]」

――

研究開発やノベーションにおける協力の問題については今まで何回かとりあげてきましたが、人と人との関係を考える際には、本書に述べられたようなネットワークの視点は重要であると思います。例えば、研究組織のあるべき姿やあるべきマネジメントを考えるならば、組織を構成する研究者の間を情報や感情、行動がどう伝わっていくかを知っておく必要があるでしょう。つながりの構造という点では、組織内および外部とどのようにつながっているべきか、リーダーはどの位置を占め、個々の研究者とどうつながるべきか、などは考えておかなければならないと思います。さらに、そのつながりにどのような情報を流すのかも考えなければなりません。このようなつながりをマネジメントする立場からは、例えば不適切な成果主義やセクショナリズムに重要なつながりの一部を断ち切る作用があるかもしれないことは考慮しておくべきでしょう。また、上下のつながりを重視したピラミッド型組織や、単なる分野横断的プロジェクトチームで、目指すイノベーションが達成できるのかも考え直してみる必要がありそうです。

加えて、ネットワーク構造への考慮は、研究開発成果を社会、市場に適用、普及させる場合にも重要になると考えられます。顧客のネットワークのどの部分にアプローチすべきか、普及を早めるにはどのポイントにどのような情報をどうやって伝えればよいのか、など、ネットワーク科学の知見を生かせる場面があるのではないでしょうか。もちろん、ネットワークの特性については研究途上であり、直ちに成果を実践に適用できるものではないかもしれませんが、市場から得られる組織の動きや情報の流れを、ネットワークという視点で捉えてみる必要があるのではないかと思います。今後、どのような研究成果が得られるのか、期待して注目していきたいと思います。

 

文献1Nicholas A. Christakis, James H. Fowler, 2009, ニコラス・A・クリスタキス、ジェイムズ・H・ファウラー著、鬼澤忍訳、「つながり 社会的ネットワークの驚くべき力」、講談社、2010.

原著表題 Connected: The Surprising Power of Our Social Networks and How They Shape Our Lives -- How Your Friends' Friends' Friends Affect Everything You Feel, Think, and Do”

原著webページ:http://connectedthebook.com/

 

「利他学」(小田亮著)より

イノベーション成功のためには、他者との協力が重要になります。その協力行動は利他行動と深い関係があると考えられますので、人間のもつ利他性について理解することは、よりよい協力関係を構築し、研究開発の成功確率を上げるうえで重要なことと言えるでしょう。小田亮著、「利他学」[文献1]では、人間の利他性、利他的行動はどのようなものか、なぜ人間はそのような行動や思考のパターンを持っているのかが解説されており、マネジメントを考える上でも示唆に富んだ指摘が多いと感じました。

本書の特徴は、利他性が進化の過程における淘汰によって人間に備わったもの、という観点から考察されていることでしょう。もちろん、進化の過程を厳密に証明することは不可能なのだと思いますが、なぜ人が利他性を持っているかについて考えることは、人間の性質をよりよく理解する助けになるでしょうし、その性質を考慮したマネジメントの有効性にもかかわってくると思います。以下、特に興味深いと感じた点、重要と感じた点をまとめます。

利他性とは

・「利他行動とは自分が何らかの損をして、相手が得をするという行動」[p.34]。

・「利他行動は自分の適応度を下げる」[p.40]。(「次世代にどの程度遺伝子を残したか、という度合いを『適応度』という[p.24]」。

・利他行動の「相手が血縁であれば、自分と同じ遺伝子を高い確率で共有しているので、相手の適応度の上昇を通じて自分の遺伝子が残っていく可能性がある[p.40-41](ハミルトンの法則)」

・「血縁関係にない相手を助けると、遺伝子が共有されていないので適応度は上がらない。しかし、後で相手から同じだけ返してもらえば、差し引きはゼロになり、どちらも損をしないうえに、お互い困っているときに助かるので、両方とも得をすることになる。このような場合には、非血縁個体に対する利他行動も進化しうる[p.41]」。(トリヴァースによる『互恵的利他行動』の理論)

・「助けてあげた相手から直接にではなく、全く別の人から間接的にお返しがあることがある。これを、『間接互恵性』と呼ぶ」[p.45]。

・評判の重要性:「誰かにした利他行動に対したとえ本人から直接的なお返しがなくても、それを見ていた第三者によって、『あの人は親切な人だ』という評判がたてば、その後のやりとりで利他的にふるまってもらえるだろう。(アレグザンダーによる)」[p.46

・群淘汰(自分が損をしても、自分の種や属する集団が存続すればよい)は基本的にありえない[p.35,47](その集団内での利他的個体は残れない)。(ただし、例外も示されています。)

・利他行動をする個体どうしで集団を形成する場合、「利他的な集団の方が利己的な集団よりも全体としての適応度を上げることができれば、集団のための行動が進化しうる[p.47]。(ウィルソンによる『マルチレベル淘汰』)

つまり、利他的であることにより進化上有利になる状況がありうるため、人間持つ利他性は、進化の過程で生物として獲得した性質である可能性がある、ということになります。

利他性の発揮

・目の効果:「目の絵や写真があることが利他性を高める[p.64]」。「目の絵が罰への恐れを喚起するのではなく、状況を互恵的なものだと誤解させることによって、利他性を高めているのではないか[p.75]」。

・性淘汰の影響:「美人に見られていた男性は、より他者に対して気前よく振る舞う[p.81]」。

・利他的な罰:「利他的ではない他者を、わざわざコストを払って罰する傾向がある[p.66]」。

・私的自意識とは「自分の内面・気分など、外からは見えない自己の側面に注意を向けること[p.76]」。私的自意識が強いと、「自分の信念を明確にもち、それに従って生きようとする傾向がある[p.214]」。そういう人にとっては「状況如何にかかわらず一貫して利他性を示すことが重要[p.216]」。

・脳内活動:寄付行為によって脳内の線条体(快の刺激を得たときに活動する報酬系の一部といわれている)が活発になり、「他者に対して親切にふるまうという、そのこと自体を報酬と感じるしくみがあることが、脳研究から明らかになっている[p.216-217]」。

こうした傾向をみると、人間の持つ利他性には、理性による判断以外の性質が反映しているように思われます。

利他性の維持

・「互恵的利他行動が維持されていくためには、他人からは助けてもらうが、自分は何もしない裏切り者が大きな問題になる。」[p.92

・裏切り者検知:「私たちには(中略)明らかな裏切り者を探すような『しくみ』が備わっているのではないか」[p.96]。(純粋な推論問題にするとあまり解けない問題も、表現を裏切り者を検知するというかたちにすると正解できる。)

・利他主義者検知:「私たちには(中略)利他主義者を見つけ出して微妙な裏切りを防ぐしくみ」[p.100]も備わっているようだ。例えば、微笑みの左右対称性で利他性を判断している[p.139]」。

・非利他主義者は記憶に残るが、利他主義者は記憶に残らない[p.114](非利他主義者を避ける傾向)。これは、裏切り者に罰を与えるほうが、利他主義者に報酬を与えるよりもコストがかからないことと関係するが影響しているかもしれない[p.117-118]。

・感情の影響:「道徳に関連するような感情は、互恵的利他行動への適応として進化してきたのではないか(トリヴァース)[p.120]」。例えば、他人に対する好き嫌い、友情、義憤、罪悪感(恩や親切に充分なお返しができなかったとき)、同情(相手を助けたいと思う感情)、感謝など。真面目な人に同情しやすいのは互恵的利他行動が期待できるからかもしれない。感謝は「逆行的利他行動(利他行動の受け手が第三者に利他行動を与えること)」の要因となる。これが間接互恵性を進化させた可能性がある。

自分の利他性を相手に伝える行動

・「利他的な人の方が周囲から利他行動をされやすいので、自分が利他的であることを実際よりも大げさに宣伝する方向に進化する」[p.132]。

・コミュニケーションとは:「平均すれば送り手が受け手の反応によって利益を得るような、ある動物から他の動物への信号の伝達」[p.139]。

・コストのかかる信号は正直な信号として機能する[p.146]。

・「信号の送り手は自分が利他的であることを宣伝するような信号を送るわけだが、受け手の方には、それが正直な信号であるかどうか見極める能力が進化する。[p.152]」

・相手を操作するための究極の信号が言語。[p.156

利他性の起源と進化

・利他性の起源としては、共同繁殖[p.178]、抽出食物(食べられるようにするには何らかの処理が必要な食物)への依存(シルク、ボイド)[p.185]、教育行動[p.186]が考えられる。

・利他主義のニッチ:「生態系のなかで、それぞれの種は周囲の別の生物種、気温や湿度、地形などの物理的条件といったものと関わり、影響を受けている。これらの関わりを『ニッチ』と呼ぶ。」ニッチの考えかたは社会的環境についても使え、「他者に対して利他的にふるまう人は、それが報われるような社会的ニッチにおいて生活しているのではないか。」[p.207

・「現代人が持っている大脳新皮質の割合に見合った集団サイズは、約150人」[p.221]。

・「私たちの利他性は、基本的には友人や知人のあいだでの互恵的な関係によって形成される『利他主義のニッチ』において育まれている。」「150人という認知的な限界を超えていくには、もうひとつ、人間がもつ大きな特徴が必要だ。それが、私たちがもつ道徳性である。」[p.223

・制度:「非血縁である他者への利他行動は、何らかのお返しがあるということによって成り立っている。私たちにはそのお返しを確実にするためのさまざまな認知的適応があるのだが、これが制度として確立されることにより、はるかに効率的に利他性を発揮できるようになる。」[p.228

・制度設計:「制度をうまく機能させたければ、単純に合理的なものにするのではなく、互恵性のような、私たちが進化によって身につけた性質をうまく引き出すようなかたちの設計にすることが考えられる。」[p.233

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以上、やや断片的な知識や考え方の羅列のような面もありますが、利他性についての詳細はまだ研究途上のようです。本書中の説明にしても「考えられる」とか「可能性がある」とかのような表現で書かれていることが多いように思いましたが、これはこの分野の現在までの発展状況から考えてしかたのないことのように思います。ただ、著者もいうように、「進化心理学がなぜ有用なのかというと、心のしくみについて一貫した説明を与えてくれるからである。進化心理学者は、思いつきで、あるいは単なる経験則でモデルをつくるのではなく、進化と適応の結果としてどう考えられるか、という視点からさまざまな実験や調査を行う。」[p.86]という点には大きな期待ができるのではないでしょうか。特に研究開発のマネジメントにおいては、人や組織の能力をできるだけ引き出すことが重要です。そのためには、人の考え方や行動を支配する要因について知り、マネジメントしていかなければなりませんが、その理解や理論が完璧でない場合には、何らかの仮説に従って進めるしかありません。その時に、その仮説が妥当かどうかの見込みを得るために、「進化」という視点から一貫した解釈が可能かどうかはひとつのチェックポイントになるのではないでしょうか。例えば、人間を経済合理性に基づいて利己的に判断する生物と理解することは、進化の視点からみるとおそらく人間の一面しか捉えていないことが考えられます。そのような前提にたったマネジメントが果たして有効なのかどうか、それを見直すヒントを与えてくれると思います。また本書の最後の方に指摘されている、利他性を引き出す「制度設計」は、特に研究開発においては重要になるでしょう。研究開発における「協力」を目指したしくみは様々に提案されていますが、人間が本来持つ利他性の観点からそれらのしくみをより実効あるものにできるのではないか、という期待も持ちました。利他性には、進化の結果人間が生まれながらにもっている部分と、周囲に影響されて形成されていく部分があると思います。研究開発組織を利他主義のニッチととらえ、その集団の利他性を高めることが「協力」の活発化につながるように思いますが、いかがでしょうか。


文献1:小田亮、「利他学」、新潮社、2011.


(参考)

「人はなぜ利他的行動を行うのか?進化的視点から人の心の行動の秘密を探る比較行動学の研究紹介:小田亮准教授」、名工大ラジオ

http://radio3.nitech.ac.jp/?p=3404

参考リンク


 

 

 

利他性と協力

人間は本来的に利己的なのか、利他的なのか。これは仕事や社会生活における「協力」を考える上で、興味深い問題だと思います。非常に大雑把な捉え方をすると、経済学や経営学では人間を損得で動く利己的な存在として考え、その行動を予測したり制御したりすることが一般的だと思いますが、一方で、組織運営には協力も必要で、そのためにはある程度の自己犠牲を伴う利他的な行動も必要と考えられます。人間の本来的な性質としてはどちらなのでしょうか。

人間は生物として本来的に利己的であるという考え方は、ドーキンスの「利己的な遺伝子」によって広まった認識かもしれません。実は、この考え方はドーキンスの真意とは異なっているらしいのですが[文献1、2]、経済学の考え方によく馴染み、生物の協力行動や人間の振る舞いの予測に好都合だったこともあって、便利に使われるようになったのでしょう。しかし、人間は必ずしも利己的ではなく、本来的に協力する性質を持っており、しかもそれは進化に有利に作用する、という科学的知見も増えてきているといいます[文献3]。

ベンクラーによる文献[文献3]には人間や生物の利他性を裏付ける次のような例が挙げられています。

・協力行動に関する実験では、利己的に行動する人は30%、予測しやすい形で協力的な行動をとる人は50%、予測不可能な人が20%。

・ゲームを行う心理学実験において、事前に「力を合わせて課題を解決するゲーム」と伝えられたグループと、「どれだけ儲けられるかを競うゲーム」と伝えられたグループの行動を比較すると、「力を合わせるゲーム」と説明されたグループでは70%が協力的であり、「競うゲーム」と説明されたグループでは逆に70%が協力せず、ゲームの趣旨に影響される人が多いことがわかった。また、「力を合わせるゲーム」と説明された場合でも30%は利己的に振る舞い、人によって行動に差があることもわかった。

・野生のコヨーテとアナグマが協力して獲物を捕まえることが観察されている(獲物にありつけるのはどちらかであるにもかかわらず、協力する)。

・選挙で投票するかしないかには遺伝的要素が強く働くという。性格は部分的に遺伝することがわかっているので、誠実さのような性格が社会的に評価されるなら遺伝的に有利になる可能性がある。つまり、自己に多少の不利益があっても正しいことをしようとする性向や協力の文化は遺伝的特性であるとも言える。

・だれかに協力することは脳内の報酬系を活性化する。気持ちがよいから協力するという人間は存在する。

・だれかを信じる時、人は報われた気持ちになる。

・ハタネズミの研究では、脳のオキシトシン摂取能力が高い動物同士のほうが、信頼できるパートナーシップを築きやすいことがわかった。

・ビジネスの世界でもウィキペディアやユーザー投稿による評価サイト、オープンソースソフトなど人間が利己的であるという前提と相容れない事例がある。

一方、「協力行動を引き起こすことのできる基盤となるような、何らかの好社会性そのものが、遺伝的に備わっている」[文献4]という考え方もあるようです。長谷川氏によれば、ヒト固有の能力として、他者の心の状態を推測する能力、因果関係を理解してあることの原因を推定し、次に起こることを想像する能力があるといい、これらを組み合わせて世界に対して働きかけができるようになる[文献4]、とのことです。この考え方に従えば、利他行動が遺伝的に備わっていると考えるよりも、ヒトは協力行動を可能にする能力を遺伝的に身につけ、その能力の自然な発揮として協力行動が導かれる、とも考えることができるように思います。

いずれにしてもベンクラーの言うように、「いくつかの分野で、人間は想定されていた以上に協力的で私心がない、あるいは自己中心的な行動を慎むという証拠が見つかっている。結局のところ、人間はそれほど利己的ではないのかもしれない。」ということだと思われます。とすると、「何らかの協力システムを設計しながら、それをわずか30%の(利己的な人の)ためだけに最適化を図ろうとしているとすれば、人間としての可能性をたいそう無駄にしている」ことになるのでしょう。

にもかかわらず、人間を利己的ととらえるモデルはいまだ優勢です。その理由としてベンクラーは、1)人間が利己的であるのは部分的には真実である、2)そう信じることは歴史的に魅力があった、3)単純であり、理解し記憶しやすかった、4)今までそう教えられ、そう考えてきたので協力的な行動を見ても自己利益というレンズで解釈してしまう、という点を挙げています。人間の本質がどうなのか、今一度考え直してもる必要があるのではないかと思います。

さらにベンクラーは協力のシステムを構築するための7つのアイデアを紹介しています。

1)コミュニケーション:共感や信頼を高め解決策を見出しやすくなる。

2)フレーミングとその信憑性:どこに注目するか(フレーミング)によって人の反応は変わる。しかし、言い分に信憑性がなければ長続きしない。

3)共感と仲間意識:ただし、これは部外者を排除する力を秘めていることにも注意。

4)公平と道徳:人は公平に扱われたいと思うが、公平と平等は異なる。協力のシステムでは、規則よりも社会規範に基づく行動規範を共有することが重要。

5)報酬と罰:協力を育むには、人々を監視し、行動に応じて報酬や罰を与えるシステムではなく、参加者の「内発的動機」に訴えるシステムが不可欠。

6)評判と相互関係:相互関係に依存するシステムは長続きが難しい。他者からの評判を活用することが有効。

7)多様性:人間は十人十色であるから協力のシステムは柔軟でなければならない。

協力的環境づくりについては以前に別稿(協力的環境と研究-「不機嫌な職場」に学ぶ)でも考えてみましたが、人間の本性を利己的とみるか利他的とみるかは制度設計に大きな影響を与えるでしょう。確かに、今までの利己的な人間を想定したインセンティブや報酬、罰則を中心としたシステムは、それなりに有効に機能していたかもしれません。しかし、どうやら人間は利己的なだけではない、とすると、今までは人間の利己的な性質のみ、あるいは利己的な人間のみしか有効に活用できていなかった可能性があることはベンクラーも指摘するとおりでしょう。利他的な性質、協力的な性質を生かすことで、どのような成果が達成できるのかは今後の課題かもしれませんが、利己心に基づく社会システムの限界が顕になっている可能性も考えると、これからは利他性の活用も試みる価値があるように思われます。

ただし、人間はすべて利己的、あるいは利他的であると考えるモデルは単純にすぎるでしょう。実際には、すべての人が利己的な側面と利他的な側面を併せ持ち、その利己性、利他性の程度も様々なのではないでしょうか。一方、仕事の側にも、利己的側面が有効に作用する仕事と、利他的な協力が必要な仕事があるでしょう。人間の本性がどのようなものであるのかについて、現段階で結論を出すことは早計でしょうが、様々な仕事に対して、どんな人をどう配置してどのように動機づければよいかを考える場合には、人間は利己的な人ばかりではない、ということは大きなヒントになるのではないかと思います。

 

文献1:ウィキペディア「利己的遺伝子」(2012.5.13確認)

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%88%A9%E5%B7%B1%E7%9A%84%E9%81%BA%E4%BC%9D%E5%AD%90

文献2:松岡正剛の千夜千冊、「リチャード・ドーキンス『利己的な遺伝子』」、2005.10.26

http://www.isis.ne.jp/mnn/senya/senya1069.html

文献3:Yochai Benkler、ヨハイ・ベンクラー著、編集部訳、「生物学、心理学、神経科学の知見が教える 利己的でない遺伝子」、Diamond Harvard Business Review, 2012, 2月号、p.8.

原著:”The Unselfish Gene”, Harvard Business Review, 2011, Jul-Aug.

文献4:長谷川眞理子、「利他の心の進化」、科学、vol.81, 2011, Jan., p.78.

 

 

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