研究開発マネジメントノート

研究開発とそのマネジメントについてのいろいろ

創発的戦略

ノート改訂版・補遺2:研究マネジメントの実践に役立つ知識

ノート改訂版・補遺1では、研究マネジメントにおいて特に重要だと思うこと、知っておいて折に触れてチェックすべきこと、知らないと大きな判断ミスを冒す可能性があると思われることをまとめました。ただ、補遺1では内容をかなり絞りましたので、今回は「補遺2」として、実践に役立つ具体的知識をまとめたいと思います。前回同様、内容の選定と記載は個人的な見解に基づいていますので、ひとつの意見として見ていただければ幸いです。詳細は、本ブログ記事へのリンク先をご参照下さい。

研究の不確実性にどう対応すればよいか
・不確実性に対処するには、計画主導ではなく創発的戦略をとることが好ましいとされています。「創発的戦略」をうまく進める方法としてAnthonyらは次の3つのステップからなる方法を提唱しています。(本ブログ:ノート12
1、重要な不確実性の領域を識別する:最初の戦略は間違っている。正確な予測の数字は無意味。
2、効率的な実験を行なう:投資を控えて多くを学ぶ。スピードを上げることは重要ではない。
3、実験の結果に基づいた調整と方向転換を行なう:計画に固執しない。評価指標にとらわれすぎない。
・言い換えれば、当初想定が外れるかもしれない前提で準備すること、試行錯誤をうまく行い多くを学んで成功確率を上げることを狙う、ということと考えます。

人間の思考・予測の限界に注意するには
・まずは、以下の点で人間の思考には限界や誤りの可能性があることを認識すべきと考えます。(本ブログ:意思決定の罠
1、無意識の思考特性に依存する誤り(プライミング、係留と調整のヒューリスティックなど)
2、現象や事実に対する知識や認識不足、認識の誤り(平均への回帰の軽視、ハロー効果、状況の軽視、相関関係と因果関係の混同など)
3、対象自体の予測不可能性(複雑系の現象、創発、発散現象やその原因と発生タイミングの予測、確率的な現象など)
・人間の思考の誤りを理解するための二重過程理論(Kahnemanによるシステム1(速い思考)とシステム2(遅い思考)についての説明):「システム1」は自動的に高速で働き、努力はまったく不要か、必要であってもわずかである。・・・「システム2」は、複雑な計算など頭を使わなければできない困難な知的活動にしかるべき注意を割り当てる。考えたり行動したりすることの大半は、システム1から発している。だがものごとがややこしくなってくると、システム2が主導権を握る。システム2に困難な要求を強いる活動は、セルフコントロールを必要とする。そしてセルフコントロールを発揮すれば、消耗し不快になる。→こうした傾向により、システム2で対応できない(できなくなった)課題に対してシステム1で対応しようとする時、認識や判断の誤りが発生しやすくなるのだと考えられます(本ブログ:ファスト&スロー、判断の誤りやバイアスの事例については、意思決定理論入門も参照ください)。

競争相手の動きを読むには
Porterの5つの力の枠組みは競争戦略立案に有効とされていますが、最近ではこの枠組みによる検討だけでは持続的競争優位を確立することは難しいという意見が多いようです(本ブログ:持続的競争優位をもたらす戦略とは世界の経営学者はいま何を考えているのか)。しかし、1、サプライヤーとの関係、2、買い手との関係、3、新規参入者、4、代替製品、5、既存企業間の競争状況からなる5つの力の枠組みは、自社および競争相手の置かれた状況を考察するためのチェックポイントとして、いまだ有効なように思います(本ブログ:ノート3)。競争相手の立場に立って状況を整理し、競争相手が保有する資源(技術力も含む)も考え合わせれば、ある程度競争相手の動きは読めると思います。

どんなイノベーションに取り組むべきか
・「補遺1」では、大きな成功をもたらしやすい重要なイノベーションとしてChristensenの「破壊的イノベーション」をあげました。しかしChristensenらも、すでに事業を行っている企業では持続的イノベーションも重要であり、イノベーション資源の少なくとも80%を持続的な改良に配分することを推奨しています。重要なことは、破壊的イノベーションのメカニズムを考慮して、企業の環境や取り組むイノベーションにとって適正な進め方を行うことでしょう。なかでも次の点が重要と考えられます。(本ブログ:ノート4
技術進歩は消費者のニーズを越えて進みやすいため、既存企業はオーバースペック製品を生みやすい。
消費者は本当のニーズを知らないことがある。

既存企業にとっては、参入してきたばかりの後発企業と競争する必要性が感じられにくい(不均等の意欲)。
既存企業には、生まれたばかりの破壊的技術を重要視しにくい社内のバイアスがある。
破壊的イノベーションには、ローエンド型破壊と新市場型破壊がある。
DARPA(アメリカ国防総省国防高等研究計画局)で重視されている研究評価の基準は以下のとおり(これはハイルマイヤー(Heilmeier)の基準と呼ばれ、研究マネジャーがしっかり回答することが求められる質問とのことです)。
1、何を達成しようとしているのか?専門用語を一切利用せずに当該プロジェクトの目的を説明せよ
2、今日どのような方法で実践されているのか、また現在の実践の限界は何か?
3、当該アプローチの何が新しいのか、どうしてそれが成功すると思うのか?
4、誰のためになるか?
5、成功した場合、どういった変化を期待できるのか?
6、リスクとリターンは何か?
7、どの位のコストがかかるか?
8、どれほどの期間が必要か?
9、成功に向けた進展を確認するための中間及び最終の評価方法は何か?

アイデア創造や技術開発以外に取り組むべきこと
・ビジネスモデルの構築:ビジネスモデルを考えるための枠組みとして使いやすそうな方法に「Canvas」があります。Canvasでは、顧客セグメント、価値提案、チャネル、顧客との関係、収益の流れ、リソース、主要活動、パートナー、コスト構造の9要素を図にまとめて関係が視覚化できます(本ブログ:ビジネスモデル・ジェネレーション)。
・関係者との協働、調整:少数の関係者のみでイノベーションを完成することは困難になりつつあるようです。利害関係を見極めて調整し、協働するための手法は未確立だと思いますが、エコシステムを構築するという観点は重要だと考えます(本ブログ:ワイドレンズ)。
・イノベーションを使ってもらう:よいイノベーションであっても、利用者はすぐにはそれを採用しません。「イノベーション普及学」という分野では、この受け入れのプロセスに関わる様々な因子が検討されており、その知見は実践面でも重要な基礎になる考え方だと思います。Rogersは、普及速度に影響するイノベーションの特性として次の5つをあげています(本ブログ:ノート13)。
1、相対的優位性(そのイノベーションが既存のアイデアよりよいと知覚される度合い)
2、両立可能性(そのイノベーションが採用者の既存の価値観、過去の体験、必要性と相反しないと知覚される度合い)
3、複雑性(イノベーションを理解したり使用したりするのが困難であると知覚される度合い)
4、試行可能性(イノベーションを経験しうる度合い)
5、観察可能性(イノベーションの結果が採用者以外の人たちの目に触れる度合い)
・イノベーションの方法論の中で、イノベーションプロセスの比較的広い範囲が考慮されているものとして、次のものが重要と思われます。ラフリーとマーティンによる戦略(本ブログ:P&G式勝つために戦う戦略)、ゴビンダラジャンとトリンブルによる社内既存部署との協働を重視した進め方(本ブログ:イノベーションを実行する)、SRIのカールソンとウィルモットによる進め方(本ブログ:イノベーション5つの原則)、ジョンソンによる破壊的イノベーションを念頭においた進め方(本ブログ:ホワイトスペース戦略)。ただし、あらゆる場合に有効な考え方というものは未確立なようですので、状況に応じてこうした考え方を参考にすべきと考えます。

イノベーションプロセスの比較的狭い範囲における進め方の提案と得失
・オープンイノベーション:協働の進め方としてすでに成功事例が報告されていますが、自社と他社(組織)のアイデアを融合させる、という理想部分が過大評価され、アイデアや技術の移転、仕事の線引きと競争力の問題、インターフェース設計の問題、収益の分配の問題などの課題もあるとされています(本ブログ:技術経営の常識のウソオープン・イノベーションは使えるか)。
・ステージゲート法:プロジェクトの中止がしやすい、研究者にとってやるべきことが明確になり収益意識が高まる、研究テーマとプロセスの見える化により研究部門と事業部門のつながりが強化される、製品化目前になってプロジェクトを中止するようなケースが減る、ということがメリットとされていますが、テーマを『育てる』という側面よりも、想定通りに育たなかったテーマを『切る』という側面に比重がおかれていることには注意が必要と思われます。(本ブログ:技術経営の常識のウソ
・プロジェクトマネジメント:有限期間内に特定の目的の成果物を生み出すために時限的に人が集まって進める活動をきちんと行なうための手法や思想であって、担当者の業務経験を狭くする、コミュニケーションを阻害する、仕事の継続性が失われることで仕事からの学習を阻害する、技術を蓄積しようとするモチベーションを阻害する、組織全体としても技術蓄積を大切なものとして考える意識を希薄化する点が問題とされています。(本ブログ:技術経営の常識のウソ
・このような手法は、得失を理解した上で、状況に応じて使い分けることが必要でしょう。

形式知と暗黙知の違いを考慮した知識創造の進め方
・野中氏らが提唱した組織的知識創造のプロセス(SECIプロセス)をシンプルにまとめると以下のようになるでしょう。この4つの知識変換プロセスを繰り返すことによって組織的知識創造が進むとされています。(本ブログ:創造性を引き出すしくみ、より詳しくは、流れを経営するを読む
1、共同化:個人の暗黙知からグループの暗黙知を創造する
2、表出化:暗黙知から形式知を創造する
3、連結化:個別の形式知から体系的な形式知を創造する
4、内面化:形式知から暗黙知を創造する
ポイントは、暗黙知をどう組織内で相互作用させて新たな知を創造するか、それを個人の知識の充実にどう活かすか、という点だと思います。そのためには、知識の交流を活発化させるための「場」(環境)をうまく作ることが重要になると思われます。

研究者(イノベーションを推進する人)のやる気を引き出すには
・補遺1では、やる気に関わる重要な因子として、Herzbergによる動機付け要因と衛生要因、Maslowの欲求階層理論、Deciによる外発的動機づけと内発的動機づけの考え方を指摘しましたが、この他にも動機づけ、やる気に関わる因子は様々に議論されています。やる気を引き出す具体的な施策を検討する際には、以下の金井氏による整理が参考になると思います。(本ブログ:ノート7モチベーション再考
1、緊張感・危機感・欠乏・心配・不安がやる気を起こす(ズレ・緊張系)
2、夢・希望・目標を持つことで、やる気が起こる(希望・元気印系)
3、その人それぞれの考えで、やる気が起こる(持論(自論)系)
4、コミューナルな関係性、共感がやる気を起こす(関係系)
・上記にも関連する点がありますが、エンパワーメントの観点からは次の要素が重要だと思われます。(本ブログ:モチベーションは管理できる?
有能感(自分の能力を信じ、やればできるという意味での自信のある心理的状態)
自律性(自分自身の行動を自分自身で決定できる状況にある場合に増大する感情)
心理的無力感(がんばろうと努力しているにも拘らずうまく結果が出せなかったり、成果を出したのに周りから評価されなかったりした場合に増大する感情)
成長機会(仕事をこなすことで自分を高めていける、能力を発揮できるような環境かどうか)
権限委譲(自分自身の仕事に関する意志決定が職場の状況としてできるか)
支援(協力してくれる上司やその他の人たちがいる場合に増大する)
状況的無力感(自分にとって不利な職場かどうか、苦手な仕事や、周りから好ましい反応がなかった場合に増大する)

研究リーダーはどうすべきか
・補遺1では、リーダーの役割として、多様性の確保、コミュニケーションの活性化、組織外部との連携調整、部下の育成指導、ロールモデルをあげました。
・グーグルが社内の調査によって明らかにした、評価の高いマネジャーに共通する行動の特性は次のとおり。(本ブログ:データが語るよいマネジャーとは
1、優れたコーチである
2、チームを力づけ、こと細かく管理しない
3、チーム・メンバーの仕事上の成功と私的な幸福に関心を示し、心を配る
4、建設的で、結果を重視する
5、コミュニケーション能力が高く、人から情報を得るし、また情報を人に伝える
6、キャリア開発を支援する
7、チームのために明確なビジョンと戦略を持つ
8、チームに的確な助言をするために、主要な専門的スキルを持ち合わせている

これらは、理想のマネジメントを行うための処方箋と言えるようなものではないと思いますが、実践の際の貴重なヒントを与えてくれる考え方としてひとつの手がかりになるのではないかと思います。


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ノート12改訂版:研究プロジェクトの運営管理

1、研究開発テーマ設定とテーマ設定における注意点→ノート1~6
2、研究の進め方についての検討課題
2.1
、研究を行なう人の問題
→ノート7~8
2.2
、研究組織の問題→ノート9~10
2.3
、研究組織営におけるリーダーの役割→ノート11

2.4
、研究プロジェクトの運営管理
ここまでは、研究組織および組織を構成する人の力を引き出すためにどんな点に注意すべきかを中心に考えてきましたが、今回は具体的に研究プロジェクトをどう進めるかを考えてみます。

工事プロジェクトなどのいわゆる工程管理に比較して、研究プロジェクトの運営管理は従来あまり重要視されてこなかったように思います。例えば今野は1993年出版の本で、研究開発管理は、計画の作成→事前評価→実行と中間レビュー→最終評価、という流れをとり、この中で最も大切なステップが研究テーマの事前評価だとしていて[文献1、p.86,93,97]、実行過程での途中評価については、目標成果の達成度、周辺技術情勢との対比、研究内容や資源配分などの変更、遂行上の問題点等を検討する必要があると述べるにとどまり、実行過程の意義や、研究をいかに進めるべきかについては、あまり言及がありません。ところが、最近は研究の実行段階の進め方が注目されるようになり、具体的な提案もいくつか現れているようです。おそらくその背景には、研究活動をとりまく環境が変わってきたこと、すなわち、変化が速く、大きく、複雑になり、アイデアの事前検討をしっかり行うだけでは、研究を事業として成功させることが困難になりつつあることが認識されるようになってきたことがあると考えられます。

例えば、Collinsらは、卓越した企業の特徴を調査した結果、「大きく成功している企業は、綿密で複雑な戦略を立てて、最善の動きをとる」という神話が崩れたと述べ、それよりも、「大量のものを試し、うまくいったものを残す」という方針の方が重要である、と述べています[文献2、p.14]。また、Christensenは「成功する事業と失敗する事業の最大の違いは、一般に、当初の計画の正確さではない」[文献3、p.216]、「過去に成功したすべての新事業の90%以上で、創業者が意図的に追求した戦略が、最終的に企業の成功を導いた戦略と同じではなかったという研究報告がある。起業家が最初から正しい戦略を持っていることはめったにない。」と述べ[文献4、p.268]、さらにAnthonyらは「最初の戦略は必ず間違っている」[文献5、p.373]と述べています。ChristensenAnthonyらは破壊的イノベーションを念頭にこのように述べていると考えられますが、最初の計画が正しくないなら、どうしたらよいかということについて「不確実性が極めて高い環境におけるイノベーターは『創発的戦略』に従うべきことを示唆している。正しい戦略を知っているかのように意図的に行動するのではなく、正しい戦略が市場から『わき出る』、つまり創発するようなアプローチを採用すべきということだ。」[文献5、p.236]と述べています。これらの指摘は、少なくともある種の研究においては、戦略を練り、計画を立ててそれに沿って実行する、というアプローチが有効とは限らない、ということを示していると考えられます。

では、具体的にどのように研究を進めるべきなのでしょうか。まず、従来の方法について考えてみましょう。プロジェクトマネジメントの手法は、その研究が、明確な要求、達成可能な目標を持ち、計画や業務の分担が可能で、数値による管理ができる、といった課題である場合には有効と考えられます。反面、探索性の高い研究開発や暗黙知の扱いには向かないように思われます。また、プロジェクトチームのように時限的に人が集まって活動する場合には、担当者の業務経験を狭くする、コミュニケーションを阻害する、仕事の継続性が失われることで仕事からの学習を阻害する、技術を蓄積しようとするモチベーションを阻害する、組織全体としても技術蓄積を大切なものとして考える意識を希薄化するなどの問題点が指摘されています[文献6、p.68-69]。「研究から開発に至る活動をいくつかの『ステージ』に区切り、ステージの間に『ゲート』(関所)を設けて研究テーマをふるいにかけて、有望なテーマを絞り込んでいく」[文献6、p.85]ステージゲート法については、1)プロジェクトの中止がしやすい、2)研究者にとってやるべきことが明確になり収益意識が高まる、3)研究テーマとプロセスの見える化により研究部門と事業部門のつながりが強化される、4)製品化目前になってプロジェクトを中止するようなケースが減る、というメリットがあるとされていますが [文献6、p.94-95]、「ステージゲートは、テーマを『育てる』という側面よりも、想定通りに育たなかったテーマを『切る』という側面に比重がおかれている」、時間を要する夢のあるテーマが排除される、その結果研究の視野が狭くなる、ゲートでの審査で真実が報告されなくなる、失敗からの学習の機会が減る、責任の所在があいまいになる、などの問題点があるとされています[文献6、p.98-106]。いずれも、不確実性が高く創発的な戦略が求められる課題を扱う場合には向いていない方法のように思われます。

これに対して、Anthonyらは「創発的戦略」は次の3つのステップに従えばうまく進められると述べています。すなわち、1、重要な不確実性の領域を識別する、2、効率的な実験を行なう、3、実験の結果に基づき、調整と方向性の転換を行なう、です[文献5、p.233-、第7]。これだけみれば至極当然のことを言っているようですが、具体的な進め方については示唆に富む指摘が多く含まれているので、以下にまとめてみましょう。

不確実性の重要度の識別に関しては、「ほとんどのインプットが確実でないときに予測の正確性に関して厳密な議論を行なうことは、はっきりいって時間の浪費でしかない」「数字を作り出す作業にはあまり意味はない」[文献5、p.237]「多くの企業が、機会の正味現在価値やプロジェクトの総収益などの厳密な定量的基準を用いて意思決定を行なってしまう。まだ存在していない市場を評価したり分析したりするのは困難だ。数字だけにこだわった意思決定を行なってしまうと、最初は小さく始まる爆発的な成長機会を見失ってしまうことはほぼ確実だ。」[文献5、p.261]などの指摘があります。効率的な実験に関しては、「投資を控えて多くを学ぶ」[文献5、p.254]、「過剰な投資は害になり得る。チームが間違った方向に全速力で走ることになる可能性がある」[文献5、p.324]、プロジェクトは小さく始め、「検討するプロジェクトの数を増やすことで、イノベーション・プロセスの全体的スピードを向上させることができる」[文献5、p.261](つまり、個々の段階のスピードを上げることが重要なのではない)、などの指摘があります。調整と方向転換に関しては、「戦略の方向転換を行なうのは心情的にはつらいものだ。ある方向性を目指して時間とエネルギーを費やしてきたマネージャーは、明らかな問題点の証拠があるにもかかわらず、その道に固執してしまいがち」「成功のためには謙虚さ(最善を尽くしたにもかかわらず最初のアプローチは間違っていたと認めること)と自信(失望させる結果が出ても途中であきらめないこと)をうまく混ぜ合わせることが必要」「単に実験を行なうことだけでなく、実験をやめることも必要」、「棚上げ(明確な将来性がない場合、条件が変わってアプローチが有望に思えるようになるまで他のプロジェクトを追求する)を検討すべき」[文献5、p.257]、「多くの企業がイノベーションの測定のために使用している評価指標が、実際には企業を誤った方向に導く可能性が高い。」「企業は測定における3つの罠に注意すべきだ。評価指標の数が少なすぎること、低リスク(そして得られる効果も小さい)活動を重視してしまう評価指標を採用すること、アウトプットよりもインプットを優先してしまうこと」[文献5、p.334]「万能の評価指標というものはまず存在しない」[文献5、p.346]と述べています。

このような、研究の計画や固定的な目標設定、スピード重視の考え方、評価制度の問題については、他にも類似の指摘が多くあります。例えば、開本によれば、Leavittは「今日の経営者は、より創造的で、ビジョンの策定者として行動すべきであり、量的な経営指標ばかりに捕われてしまうことに警鐘を鳴らしている」[文献7、p.84]と述べています。スピード重視の考え方に対しては、Leonardは「スピードは学習を妨げる」「いまや情報伝達の速度は、人間の自然な学習のペースを上回っている」[文献8、p.299-300]と述べ、新たなイノベーションについていくために消耗する心のエネルギーを補給するために変化の速度を制御する必要がある[文献9、p.159]とも述べています。研究の評価に関しては、丹羽は、事前評価の本来の目的は「テーマの決定」、中間評価の本来の目的はプロジェクトの継続、修正、中止判断、事後評価の本来の目的は成果の確認と反省を次のプロジェクトに活かすこと、とした上で、こうした評価が本来の目的を忘れて形式的に実施される危険性をはらむ、と述べています。さらに、「評価を強調しすぎると、良い評価結果を受けやすい2番手研究開発テーマが多くなる危険性が高くなる」ため、「革新的テーマと改善型(2番手)テーマには、別の評価法の構築が必要」と述べています [文献10、p.185-187] Tiddらも、様々な経営評価手法に基づいた分析の結果、「すべての状況に適合する事前評価に利用可能な単純なアプローチは存在していない」「イノベーションには、さまざまな成果とさまざまな段階があり、それぞれ異なる評価手法が必要」「評価に用いる変数の多くは、公式に入れることができるような信頼性のある一連の数字に集約することはできず、専門性の高い判断に依拠する」[文献11、p.176-177]と述べています。

こうした問題点の指摘に対して、最近、具体的な取り組みの方法が提案されてきています。例えばGovindarajanらは、「規律ある実験」として、実験を行いそこから学ぶことを重視した進め方を提案し、事前の計画は、実験結果の解釈の目安、仮説と位置づけています。具体的には、「実験開始前に、何をしようとしているのか、何を期待しているのか、その理由は何かを書き出しておく。そして起こると考えたことと実際に起こったことの違いを分析して、教訓を引き出す。それから学習に基づいて、プランを練り直す。[文献12、p.176]」という科学的手法を採用すべき、としており、「大規模な実験を開始する前に、もっと小型の実験でも同じ情報が得られるのではないかと問いかけたほうがいい。[文献12、p.186]」、「イノベーション・イニシアチブの評価の場合、・・・黒白がはっきりしていない。目を向けるべきは結果ではなくて、趨勢(トレンド)なのだ。[文献12、p.189]」、「当初の予想はほとんどの場合、間違っている。さらに、学習プロセスは予想改善のプロセスである。したがって予想が変更不能であれば、学習は不可能になる。」ただし、「予想の見直しは厳密な学習プロセスを経てのみ、行われるべきだ。学習された結果に対する関係者たちの同意が必要」[文献12、p.191]、「イノベーション・リーダーに説明責任を求めることは、いくつかの悪影響を及ぼす。」予想を低めに設定する、努力を放棄してあっさりあきらめる、情報を隠す、プランどおりに運ぼうとして、不必要なリスクを冒す、等が考えられる。数値ではなく、「学習し適応する能力で評価」すべき。[文献12、p.191-193]、といった指摘をしています。また、Riesは、リーン・スタートアップという手法を提案しており、「計画というのは長期にわたり安定した運用実績があってはじめて効果を発揮するツールである[文献13、p.10]」ため計画には頼るべきでなく、「まず、何が起きるかを予測する仮説を組みたてる。次に、予測と実測とを比較する。科学的実験が理論に基づくように、スタートアップの実験はビジョンに基づいて進める。ビジョンを中心に持続可能な事業を構築する方法を明らかにすることが実験の目標である。[文献13、p.81]」、「要となる仮説の段階をクリアしたら、最初のステップである構築フェーズに入り、できるだけ早く実用最小限の製品(minimum viable product)を作る。」[文献13、p.107]。「従来の製品開発は長い時間をかけてじっくりと開発し、完璧な製品をめざすが、MVPは目的が学びのプロセスを始めることであってそれを終えることではない。プロトタイプやコンセプト検証と違い、MVPは製品デザインや技術的な問題を解決するためのものではない。基礎となる事業仮説を検証するためのものなのだ。[文献13、p.128]」、というような提案をしています。

もちろん、こうした考え方に対し計画を重視する立場として、「イノベーションで多くの成果を継続的に得るためには、評価とインセンティブが必要である」とし、「イノベーションの実践は、製造管理や財務管理などと同様、原理原則に則したマネジメント活動として学ぶことができる」という考え方もあります(代表例として[文献14、p.17-25]から引用しました)。また、イノベーションが差別化を作り出すかどうかや、市場カテゴリー(成長市場か、成熟市場か、衰退市場か)、提供される製品やサービスの種類(コンサルティング要素が大きい個別ソリューションか、標準化された大量販売ビジネスか)によりイノベーションの進め方と管理の方法を細かく変えるべきである[文献15]、という考え方もあります。

要するに重要なことは、研究プロジェクトの内容によって、進め方を変えるべきだということでしょう。詳細な計画と進捗管理が効果的な場合もあるでしょうし、創発的戦略が必要な場合もあるでしょう。様々な手法の特徴が明らかになってきていますので、課題に応じたフレキシブルな対応が求められるということだと思います。

考察:実行段階で注意すべきポイントは何か?
研究の実行に関する近年の考え方を見ると、そのポイントとなっているのは「不確実性にどう対応するか」ということのように思われます。ただし、現実には、「不確実性が高い」ことが「悪」であるかのように考え、不確実性が高いこと自体を嫌う考え方はまだまだ存在していると思いますので、まず我々自身が現実世界の不確実性を受け入れる必要があることは言うまでもありません。その上で、その研究がどの程度不確実なものかを基準に、進め方を考えればよいのではないかと思われます。

不確実性の高い課題に対応するための基本的な考え方は以下の2点に集約できるように思います。
・当初の想定が外れるかもしれない前提で対策を準備する:計画どおりにならなかった場合の次の手(プランB)を準備する、多くのことを試す、低コストで試行する、環境変化がありうることを想定しておく
・成功確率を上げる:試行した結果から学習してその結果を対策に反映させる、戦略をフレキシブルに見直す、学ぶことを狙いとする実験を行う、よりうまい試行錯誤を行う
このような考え方は、従来の「管理」という考え方とは相容れないかもしれません。フレキシブルな対応をするということは、混乱の原因にもなり得ますので、譲れない基本方針を示す長期的なビジョンのようなものも明確にする必要があるかもしれません。そうした前提の下で、従来の「計画」や「管理」に対する考え方を改めることこそが研究をうまく進めるためにまず必要なことのように思います。


文献1:今野浩一郎、「研究開発マネジメント入門」、日本経済新聞出版社、1993.
文献2:Collins, J.C., Porras, J.I., 1994、ジェームズ・C・コリンズ、ジェリー・I・ポラス著、山岡洋一訳、「ビジョナリーカンパニー」、日経BP出版センター、1995.
文献3:Christensen, C.M, 1997、クレイトン・クリステンセン著、伊豆原弓訳、「イノベーションのジレンマ」、翔泳社、2000.
文献4:Christensen, C.M, Raynor, M.E, 2003、クレイトン・クリステンセン、マイケル・レイナー著、桜井祐子訳、「イノベーションへの解」、翔泳社、2003.
文献5:Anthony, S.D., Johnson, M.W., Sinfield, J.V., Altman, E.J., 2008、スコット・アンソニー、マーク・ジョンソン、ジョセフ・シンフィールド、エリザベス・アルトマン著、栗原潔訳、「イノベーションへの解実践編」、翔泳社、2008.
文献6:伊丹敬之、東京理科大学MOT研究会編著、「技術経営の常識のウソ」、日本経済新聞社出版社、2010.
文献7:開本浩矢、「研究開発の組織行動」、中央経済社、2006.
文献8:Leonard, D., Swap, W., 2005、池村千秋訳、「『経験知』を伝える技術」、ランダムハウス講談社、2005.
文献9:Leonard-Barton, D., 1995、阿部孝太郎、田畑暁生訳、「知識の源泉」、ダイヤモンド社、2001.
文献10:丹羽清、「技術経営論」、東京大学出版会、2006.
文献11:Tidd, J., Bessant, J., Pavitt, K., 2001、ジョー・ティッド、ジョン・ベサント、キース・バビット著、後藤晃、鈴木潤監訳、「イノベーションの経営学」、NTT出版、2004.
文献12:Vijay Govindarajan, Chris Trimble, 2010、ビジャイ・ゴビンダラジャン、クリス・トリンブル著、吉田利子訳、「イノベーションを実行する 挑戦的アイデアを実現するマネジメント」、NTT出版、2012.
文献13:Eric Ries, 2011、エリック・リース著、井口耕二訳、「リーン・スタートアップムダのない起業プロセスでイノベーションを生みだす」、日経BP社、2012.
文献14:Davila, T., Epstein, M.J., Shelton, R., 2006、スカイライトコンサルティング訳、「イノベーションマネジメント」、英治出版、2007.
文献15:Moore, G.A., 2005、ジェフリー・ムーア著、栗原潔訳、「ライフサイクルイノベーション」、翔泳社、2006.


参考リンク

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「イノベーション・オブ・ライフ」(クリステンセン著)とマネジメント理論

人の行動や思考を知り、予測することはマネジメントにとって重要です。従って、経営学でも人に関わる問題は様々に検討され、多くの知見が蓄積されていると言ってよいでしょう。でも、それは経営分野だけにしか使えない知見なのでしょうか。

クリステンセン、アルワース、ディロン著「イノベーション・オブ・ライフ」[文献1]では人生における様々な場面において、経営学の理論がよりよい人生を送るうえで役立つことが述べられています。もちろん、本書に示された考え方だけでよい人生が保証されるわけではありませんし、よりよい人生のためのハウツーを伝授するという類の本ではありませんが、経営学における人間理解を人生に活かすとしたらどんな点が役にたつのかという視点で考えてみることは無駄なことではないでしょうし、人生というケーススタディをとおして経営理論が身近なものとして理解しやすくなるという意味も感じられる本だと思いますので、今回はその内容をまとめてみたいと思います。

なお、筆頭著者のクリステンセン氏は、本ブログでもたびたび取り上げている「破壊的イノベーション」理論の提唱者です。邦訳表題に「イノベーション」が含まれているのもそのためでしょうが、原著の表題である「How Will You Measure Your Life?」は、「自分の人生を評価するものさしは何か?[p.8]」という問いかけであり、本書はそうした問題提起のための本としての意味があるように思われました。以下、本書の構成に沿ってポイントをまとめます。

序講:第1講
・理論とは:「人生の状況に応じて賢明な選択をする手助けとなるツール[p.11]」、「『何が、何を、なぜ引き起こすのか』を説明する、一般的な言明[p.14]」。
・「過去からはできる限りのことを学ぶべきだ。・・・だがそれでは、未来へ向けて船出するとき、どの情報や助言を受け入れ、どれを聞き流すべきかという、根本的な問題の解決にはならない。これに対して、確かな理論を使ってこれから起きることを予測できれば、成功するチャンスを格段に高められる。[p.19]」

第1部:幸せなキャリアを歩む
第2講:私たちを動かすもの
・誘因(インセンティブ)理論:エージェンシー理論とも呼ばれる。仕事に取り組ませるには例えば金銭的な報酬を与えればよい、という考え方。ただし、この理論には、お金で動機づけられない人々の存在といった強力なアノマリー(理論で説明できない事象)がある。
・二要因理論、別名動機づけ理論(モチベーション理論):「誘因は動機づけとは違う。真の動機づけとは、人に本心から何かをしたいと思わせること」。ハーズバーグの理論では、衛生要因(少しでも欠ければ不満につながる要因)と動機づけ要因(仕事への愛情を生み出す要因)を区別する。金銭的報酬は衛生要因。「問題が起きるのは、金銭がほかのどの要素よりも優先されるとき、つまり衛生要因は満たされているのに、さらに多くの金銭を得ることだけが目的になるとき」。「動機づけ理論は、ふだん自分に問いかけないような問題について考えよと、わたしたちを諭している。この仕事は、自分にとって意味があるだろうか?、成長する機会を与えてくれるだろうか?、何か新しいことを学べるだろうか?、だれかに評価され、何かを成し遂げる機械を与えてくれるだろうか?、責任を任されるだろうか?、これらがあなたを本当の意味で動機づける要因だ。これを正しく理解すれば、仕事の数値化しやすい側面にはそれほど意味を感じなくなるだろう。」[p.35-45
第3講
・意図的戦略(予期された機会から生まれる)と創発的戦略(予期されない機会から生まれる):ミンツバーグによる考え方。「的を絞った計画は、実は特定の状況でしか意味をなさない。・・・戦略がこの2つの異なる要素からできていること、そして状況によってどちらを選ぶべきかが決まることを、しっかり理解しよう。」[p.51-54
・発見志向計画法:マクミラン、マグラスによる。「意図的戦略や新たな創発的戦略が有効かどうかを考える際に、役に立つ」。「『これが成り立つためには、何が言えればいいのか?』と考えるとわかりやすい。」「プロジェクトが失敗する原因は、ほぼ例外なく、予測や決定のもとになった重要な仮定の一つ以上が間違っていることにある。」[p.59-61
・「創発的戦略と意図的戦略の概念を理解すれば、自分のキャリアでこれという仕事がまだ見つかっていない状況で、人生の向かう先がはっきり見えるようになるのをただ漫然と待っているのは、時間の無駄だとわかる。いやそれどころか、予期されない機会に心を閉ざしてしまうおそれがある。自分のキャリアについてまだ考えがまとまらないうちは、人生の窓を開け放しておこう。状況に応じて、さまざまな機会を試し、方向転換し、戦略を調整し続ければ、いつか衛生要因を満たすとともに動機づけ要因を与えてくれる仕事が見つかるはずだ。このときようやく、意図的戦略が意味をもってくる。[p.67-68]」
第4講
・「実際の戦略は、限られた資源を何に費やすかという、日々の無数の決定から生まれる。・・・資源配分の方法が、自分の決めた戦略を支えていなければ、その戦略をまったく実行していないのと同じだ。」[p.70
・「資源配分プロセスは、意識して管理しなければ、脳と心にもともと備わった『デフォルト』基準に沿って、勝手に資源をふり分けてしまう。」「達成動機の高い人たちが陥りやすい危険は、いますぐ目に見える成果を生む活動に、無意識のうちに資源を配分してしまうことだ。」[p.80-81

第2部、幸せな関係を築く
第5講

・「良い金、悪い金」の理論:「新規事業の初期段階では、投資家からの『良い金』は、『成長は気長に、しかし利益は性急に』、・・・間違った戦略を推進して多額の資金を無駄にしないよう、できるだけ早くできるだけ少ない資金で、実行可能な戦略をみつけることを要求する。」「初期段階の企業に・・・『早く大きく』成長することを求める資本は、ほぼ例外なく企業を崖に突っ込ませる」(『悪い金』)。「いったん実行可能な戦略が見つかれば、『成長は性急に、利益は気長に』だ。」[p.96-97
・既存企業の成長事業への投資で失敗する事例:「当初の計画がうまくいかない可能性がとても高いため、投資家は既存事業がまだ力強く成長している間に、次の成長の波に投資しなくてはならない。」、しかし、投資は先延ばしにされる。主力事業が成熟するとあわてて新規事業を始め「早く大きく」成長するように大きな資金を投入するが、間違った戦略を無謀かつ強引に推進して失敗する。[p.96-98]」
・「時間と労力の投資を、必要性に気づくまで後回しにしていたら、おそらくもう手遅れだろう」[p.108
第6講
・片づけるべき用事の理論:「製品・サービスを購入する直接の動機となるのは、実は自分の用事を片づけるために、その製品・サービスを雇いたいという思い[p.112]」。「間違った観点に立って開発されたせいで、失敗する製品が多い。顧客が本当に必要としているものではなく、顧客に売りたいものにしか目を向けないのだ。ここで欠けているのは共感、つまり顧客が解決しようとしている問題への深い理解だ。[p.110]」
・人生においても例えば「伴侶がどんな用事を片づけようとしているかを理解しようと心を砕く代わりに、伴侶が求めているものを、こうだと勝手に決めつけがちだ。[p.126]」
第7講
・企業の能力を決める要因:資源、プロセス、優先事項[p.141]。効率や利益を追うためのアウトソーシン
グで能力を失う場合がある。必要な能力を社内に残しておかなければ「未来を手放すことになる[p.144-145]」。
・子どもに資源を与えることで、プロセスを養う機会を損なっていないか?[p.147-150
第8講
・経験の学校のモデル(マッコール):「生まれつきの才能の有無は、仕事での成功を占う確実な指標ではないことがわかっている[p.162]。」「能力は、人生のさまざまな経験をとおして開発され、形成されていく。困難な仕事、指揮したプロジェクトの失敗、新規分野での任務――こうしたことのすべてが、経験の学校の『講座』になる。[p.164]」「マッコールのモデルはプロセス能力を測ろうとするものだ[p.164]。」(知識やスキルといった資源ではなく)
・「世の親は、よい学業成績やスポーツの実績など、子どもの経験を積み上げることにこだわる傾向がある。だが子どもが生きていくのに必要な力を養う講座をおろそかにするのは間違っている[p.178]」
第9講
・組織文化(シャイン):「文化とは、共通の目標に向かって力を合わせて取り組む方法である。その方法はきわめて頻繁に用いられ、きわめて高い成果を生むため、だれもそれ以外の方法で行おうとは思わなくなる。文化が形成されると、従業員は成功するために必要なことを、自律的に行うようになる。[p.185]」
・「文化は、自動操縦装置のようなものだ。文化が効果的に機能するには、自動操縦装置を適切にプログラミングする必要があることを、けっして忘れてはいけない。つまり家庭に求める文化を、自ら構築するということだ。[p.198]」

第3部、罪人にならない
第10講

・限界的思考の罠:「ファイナンスと経済学の基礎講座で教えられる原則」に、「投資の選択肢を評価するとき、埋没費用や固定費(すでに発生していて、どの選択肢を選んでも変化しない費用)は考慮に入れず、それぞれの投資に伴う限界費用と限界収入(新たに発生する追加費用と収入)をもとに意思決定」するという考え方がある[p.205]。「だがこれは危険な考え方だ。このような分析ではほぼ必ず、総費用よりも限界費用が低く、限界利益が高いことが導かれる。この原則は、将来必要となる能力を新たに構築するよりも、過去に成功するために構築した既存能力を活用するよう、企業にバイアスをかけるのだ。未来が過去とまったく同じになるとわかっていれば、このやり方で問題ない。だがいまとは違う未来が来るなら――ほぼ必ずそうなるのだが――このやり方は間違っている。[p.206]」「既存企業がこの理論に従って既存資産の活用を進めると、総費用をはるかに上回る代償を支払うことになる。なぜなら競争力を失う羽目に陥るからだ。[p.210]」
・「何かを『この一度だけ』行うことの限界費用は、ないに等しいように思われるが、必ずと言っていいほど、それをはるかに上回る総費用がかかる。[p.211]」「倫理的妥協が招く厄介な影響を免れる方法はひとつだけある。そもそも妥協を始めないことだ。[p.217]」
終講
・企業の目的が意味をもつためには、「自画像」(企業がいま進みつつある道を最後まで行ったとき、こんな企業になっていてほしいと思い描くイメージ)、「献身」(実現しようとしている自画像に対しての深い献身)、「尺度」(進捗を測るために用いる、一つまたは少数の尺度で、仕事と尺度を照らし合わせることで企業全体が一貫した方向に進む)が必要。「目的は、明確な意図をもって構想、選択し、追求するものだ。だが企業がいったん目的をもてば、そこに行き着くまでの方法は、一般に創発的であることが多い。[p.221-222]」
・「じっくり時間をかけて人生の目的について考えれば、あとでふり返ったとき、それが人生で発見した一番大切なことだったと必ず思うはずだ。[p.231]」
―――

人生に対するアドバイスとしての本書の価値は、読者それぞれで異なるでしょう。内容についても著者の宗教的信念に関わる部分も多いように思われますし、本書の主張をどう受け取るかは、個人のお考えに任せたいと思いますが、一点だけ、こういう考え方もありうることだけは、知っておいて無駄なことではないと思います。

マネジメントの観点からは、以下の点が重要だと思います。
・著者が選んだ経営理論:とりあげられている経営理論は、よりよい人生を築くために役立つということを主眼に選ばれているのかもしれませんが、数多くの経営理論のなかから、特に重要で、応用範囲が広い理論が選ばれているように思われます。例えばモチベーションの問題や戦略論などでも、本書で取り上げられた以外にも様々な考え方があります。その中からクリステンセンという経営学者のフィルターによって選び出された考え方が本書に述べられ、その活用のしかたのヒントも添えられているという点は、経営(や人間、組織の問題)を学ぼうとする上で、ひとつの道しるべになるように感じました。
・理論の使い方:「理論」というものの捉え方は人それぞれかもしれませんが、本書では、理論とは、未来予測、賢明な選択の助けとなるツールであって、何が、何を、なぜ引き起こしたかを説明するもの、という位置づけになっています。一般に理論には、その理論が導かれた前提、適用可能な前提というものが存在しますので、経営理論を人生の問題に安易に適用することには慎重であるべきで、本書の試みには無理があると考える人もいるでしょう(実際、経営理論と人生の問題との関係がわかりにくく感じられる部分もありました)。しかし、経営も人生も、人間の行動の予測という点では似たようなものだと考えれば、全く無効な考え方とは言えないのではないでしょうか。人生における賢明な選択の助けになることを優先して、厳密な論考ではなく理論からの暗示をあえて大胆に用いようとしている、ということなのかもしれません。経営においてはまだまだ経験主義に頼る人が多いように思いますので、こんな形でも「理論」を知り、使ってみることにもう少し積極的であってよいのかもしれないと感じました。

著者は、本書の読者として企業のマネジャーではなく、こらから社会で活躍を始める若い人々を想定していると思います。その点、若い人に薦められる本だということは間違いないと思うのですが、では、年輩者はどう読めばよいのでしょうか。おそらく、マネジャーとして若い人を指導し、若い人々を含むグループをリードしていく上で、若い人にどんなアドバイスができるのか、クリステンセン氏には及びもつかないとしても本書を参考に考えてみること、それが必要なのではないかと思います。


文献1:Clayton M. Christensen, James Allworth, Karen Dillon, 2012、クレイトン・M・クリステンセン、ジェームズ・アルワース、カレン・ディロン著、櫻井祐子訳、「イノベーション・オブ・ライフ ハーバード・ビジネススクールを巣立つ君たちへ」、翔泳社、2012.
原著表題:How Will You Measure Your Life?
原著webページ:http://www.measureyourlife.com/

参考リンク<2014.2.23追加>




スタートアップ企業と既存企業におけるイノベーションの方法(ダイヤモンドハーバードビジネスレビュー2013年8月号特集「起業に学ぶ」より)

既存企業と、いわゆるベンチャー企業やスタートアップ企業とでは、研究開発や新規事業立上のやり方は異なる、という一般的なイメージがあると思います。本ブログでは、主に既存企業における研究開発部門のミドルマネジャーにとって役に立ちそうなことを取り上げたいと思っていますので、今までベンチャーやスタートアップといった、いわゆる起業活動についてはあまり触れてきませんでした。しかし、最近は既存企業にとってもスタートアップから学ぶべきことがある、という見方があるようです。

今回は、ダイヤモンドハーバードビジネスレビュー2013年8月号特集「起業に学ぶ」の中から興味深く感じられた3つの記事を取り上げて、スタートアップ企業と既存企業のイノベーションの方法について考えてみたいと思います。

「スタートアップ4.0 再び大企業の時代へ」(アンソニー、原題The New Corporate Garage)[文献1]
・イノベーションの世界における最近の変化とその背景:1)「若い企業は成功の手応えを感じるや否や、何十もの模倣者を相手に競争を強いられている」、2)「大企業は・・・起業家的行動を既存の能力に組み込もうとしている」、3)「大企業独自の強みを活かしたビジネスモデルを生み出すケースが増えている」。
・「大企業のなかの起業家精神を持つ個人が『カタリスト』(触媒)となって、自社のリソース、規模、強化された機動力を利用しつつ、少数の企業にしかできないやり方でグローバルな課題の解決策を開発している」。
・イノベーションの変遷
第1期:発明家が単独で発明する時代(1915年以前)
第2期:1970年ごろまで。「イノベーションが複雑化しコストがかさむようになると個人では手に負えなくなり、企業主導の取り組みが進められるようになった。・・・現在ほど企業内の官僚主義が厳格でなかったため、実験的な取り組みを喜んで受け入れる企業が多かった。・・・第2期の英雄たちは企業内研究所で働き、企業はイノベーションを利用する存在から生み出す存在へと進化した。」
第3期:1950年代末から60年代に種が蒔かれ最盛期は70年代、その後最近まで。「企業の大規模化と官僚化が進み、主流を外れた研究に取り組みにくくなり・・・イノベーターは会社を去り、志を同じくする『反逆児』たちと手を結んで、新しい会社を設立するようになった。・・・ベンチャー・キャピタルの支援を受けたスタートアップ企業が登場・・・資本市場が短期的な業績への期待を高めていくにつれ、大企業内のイノベーターは生きるのがますます難しくなった。この時代に生まれたテクノロジーと世界市場のグローバル化によって、変化のスピードは劇的に加速してきた。ある指標によると、過去50年間に企業の寿命は半分ほどになった。」
第4期:「息もつかせぬスピードと、それを可能にする状況や手段は、・・・企業内のカタリストが変革へのインパクトを持つ時代へと駆り立てた。第1期から第3期を代表する発明は技術的なブレークスルーが(すべてではないが)一般的だったが、第4期のイノベーションはビジネスモデルに関連している可能性が高い。・・・今日では、イノベーションがいままでになく容易になっている。・・・イノベーションの容易さとスピードがいまや起業家の助けとなるのと同時に、妨げにもなりうる。・・・現在、若い企業が成功を謳歌するのは驚くほど短期間であり、その後は模倣者よりも多くの資金を投じて、人材獲得競争を始めなければならない。・・・苛烈な競争環境の上に開発サイクルの短期化が重なり、スタートアップ企業が長続きする競争優位をつくり出すことはこれまでになく困難になっている。つまり、大企業を悩ませている資本市場の圧力を、同じように受けやすくなっているのだ。」
・第4期のイノベーションの(ひとつの)特徴:「第3期に見られたベンチャー・キャピタルの支援を受けたスタートアップ企業の起業家的アプローチを、第2期の企業内の研究所がかつて持っていた独自能力と組み合わせた。」
・大企業の優位性:グローバルなインフラ、ブランドの評判の高さ、パートナーとの関係、科学的知識、規制当局への対応経験、卓越したプロセス
・カタリストとは:「ミッションを重視するリーダーであり、従来なら自分の統制範囲外にある企業のリソースを手に入れて、目の前の課題に対処しようとする。彼らは社内外でネットワークや連携をつくり、大きな問題、多くの場合グローバルな問題を解決したいという願望に突き動かされる。」「今日では、イノベーションを柔軟性に富んだものにすれば、大規模な予算や部隊を持たなくとも、カタリストは大きな影響を及ぼすことができる。」「彼らは典型的なガレージ発の起業家に自分をだぶらせている。彼らのガレージには、たまたま素晴らしい道具が完備されていただけなのだ。」「カタリストに活躍してもらうには、企業はオープン・イノベーションを受け入れ、体系的にイノベーションに取り組み、意思決定の仕組みの簡素化や分散を図り、学習重視で失敗に寛容な環境をつくらなければならない。」「クリエイティブな人々をやる気にさせる方法は、自律性を持たせ、熟達度を高める機会を提供し、仕事に目的意識を植えつけることだとピンクは主張する。(注:ダニエル・ピンク「モチベーション3.0」)」
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感想:イノベーションのやり方が近年変わりつつあるという著者の主張は、まだ広く認められた考え方ではないかもしれませんが、ひとつの可能性を示した意見として傾聴に値するように思います。近年既存企業のイノベーションが苦戦し、ベンチャー企業が活躍しているのはなぜなのか、それを認識して、既存企業も改めるべきところを改め、自らの強みを活かすことで既存企業でもイノベーションが実現しやすくなるなら、その可能性を検討する価値はあると思います。

「リーン・スタートアップ:大企業での活かし方 GEも活用する事業開発の新たな手法」(ブランク、原題:Why the Lean Start-Up Changes Everything)[文献2]
・リーン・スタートアップ手法:「起業リスクの低減を可能にする」。「入念なプランニングよりも試行錯誤を、直観よりも顧客からのフィードバックを、さらには、最初に全体を設計する伝統的な手法よりも反復設計を重視する。」「『リーン』(贅肉が少ない)という呼称とは裏腹に、この手法により長期的に最も大きな恩恵を得るのは大企業だと考えられる。」
・従来の起業のやり方からの教訓:1)「大多数の事業計画は、顧客と最初に接点を持った時点で無用だと判明する」。2)「まったく未知数のものに5年間の予想を要求するのは、ベンチャー・キャピタリストと旧ソビエト連邦くらいである。そのような計画は普通は虚構であり、・・・頭をひねるだけ時間の無駄である」。3)スタートアップは大企業の小型版ではない。基本計画に沿って事業を展開していくわけではないのである。最終的に成功を手にするスタートアップは、失敗を次々と経験し、たえず顧客から学びながら、当初のアイデアの修正、開発サイクルの反復、改善を重ねていく」。
・リーン・スタートアップ手法の基本原則:
1、「計画立案と調査に何カ月も費やすのではなく、まずは未検証の仮説、要は『鋭い読み』をいくつも挙げればそれでよしとする。このため、複雑な事業計画を作成する代わりに、仮説の概略を『ビジネスモデル・キャンバス』というフレームワークにまとめる。一言で述べるなら、自社と顧客のためにどう価値を創造するかを図式化する」。(注:「ビジネスモデル・キャンバス」については本ブログ別稿「ビジネスモデル・ジェネレーション」をご参照ください。)
2、「リーン・スタートアップ手法を用いる起業は、仮説を検証するために、オフィスにこもらず積極的に街へ出ていく。これを『顧客開拓(カスタマー・ディベロップメント)』と呼ぶ。」「顧客開発をしながら有効なビジネスモデルを探す」。実用最小限の製品(MVP: minimum viable product)をつくり、顧客の反応をうかがう。顧客のフィードバックから、事業上の仮説が誤っていたと判明した場合、仮説を改めるか、もしくは新たな仮説を設けて軌道修正(ピボット:pivots)を行う。ビジネスモデルの有効性を検証できたら、実行段階に移り、製品を改良し、会社としての組織体制を整える。
3、「リーン・スタートアップ手法では、ソフトウェア業界に由来する『アジャイル開発』を、顧客開発と歩調を合わせながら進める。・・・開発サイクルを短い間隔で反復(イテレーション)しながら製品を少しずつ完成に近づけていくことにより、無駄な時間やリソースを省く」(注:「アジャイル開発」については本ブログ別稿「アジャイル、スクラム、研究開発」をご参照ください。)
・「リーン・スタートアップ手法が若いテクノロジー系ベンチャーだけのものではないことは、すでに明確になりつつある。企業はコスト低減による効率向上に過去20年を費やしてきた。だが、既存のビジネスモデルの改善に力を入れるだけでは、もはや十分ではない。ほとんどの大企業は、増大する一方の外的脅威に、たゆみないイノベーションによって対処する必要がある。生き残りと成長を確実にするには、新しいビジネスモデルを考案し続けることが欠かせない。そのためにはまったく新しい組織構造と技能が求められる。」「ここ3年間でゼネラル・エレクトリック(GE)、クアルコム、インテュイットなどの大企業が、リーン・スタートアップ手法の実践に乗り出した。」
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感想:スタートアップ企業には大企業とは異なる事業立上の方法が求められることは、当然だと思います。しかし、スタートアップで有効な方法の一部を取り入れて活用することは、既存企業にとっても無意味なことではないことは、この記事からも明らかなように思われます。複雑で不確実な市場に対応するために、創発的プロセスや試行錯誤が重視されることは、時代の流れではないでしょうか。それに対応した手法として、こうした考え方を知っておくことは重要でしょう。

BOP市場で社会起業を成功させる方法 想定外のリスクにどう対応するか」(トンプソン、マクミラン、原題:Making Social Ventures Work)[文献3]
・社会起業プロジェクトから得られた5つの教訓:
新興国、BOPなど不確実性の高い市場においては、「仮説志向計画法(discovery-driven planning)が必要であるが、それだけでは十分でない。アメリカとアフリカの数カ国で、社会の最下層向けベンチャーを興そうとするプロジェクトから得られた教訓を5つのガイドラインにまとめた。

1、大まかな活動範囲を決める:起業の障害、許容できる水準、事業の行動規則を想定し、「最低限許容できる成果に達するベンチャーのみに稀少な資源を配分する」。
2、社会的な力関係に注意を払う:「重要な利害関係者とそれぞれの役割、彼らが提供できる資源について詳しく把握」する。
3、仮説志向計画法を徹底させる:「当初から進化していく性質のプロジェクトであることを認識しておく。・・・最初のビジネスモデル、流通の仕組み、顧客に対する提供価値を詳しく定義しておかなければならない。・・・しかし、おそらくそれは間違いであることがわかるだろう。そこで、最初にそのベンチャー事業の仮説モデルを明確にし、可能な限り低コストでそれを立上げ、得られた事業データを使って継続的に前提を改め、最終的な解決策に至る方法を体系的に学習するという考え方を取る。・・・必ず仮説を文書化し、それを検証するための一連のチェックポイントを書き出しておかなくてはならない。」
4、撤退計画を立てる
5、意図せぬ結果を予測してみる:「よい意味でも悪い意味でも意図しなかった二次的影響が生じることを織り込んでおく」。
・「5つのガイドラインをまとめると、起業家や社会的事業だけでなく、画期的で収益性の高い市場を求めるあらゆる組織にとって、有効なフレームワークとなる」。「このガイドラインは事業の進化に伴い何度も立ち返る必要があるが、そこから規律が生まれ、目標の追求に際して限りある資源を確実に最大活用できるようになるだろう。」
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感想:ここでは、BOPにおける社会起業が取り上げられていますが、不確実なプロジェクトを扱うやり方として、仮説に基づいて実行した結果から学ぶ方法の有効性が示されていると思います。著者らによる仮説志向計画法は1995年にHBR誌で発表されていますが、それが広がり、洗練され、現在その真価を発揮しつつあるように思われます。

不確実性に対応するためには、事前に綿密な計画を立てるよりも、仮説に基づいて実行する過程から学んだことに基づいて計画を修正していくアプローチ、いわゆる創発的戦略が好ましいことは、広く認識されるようになってきていると思います。上記のマクミランの他にも、ミンツバーグやクリステンセン、ンダラジャンもそのように指摘していますし、実務家でもその考えに同意する人も多いのではないでしょうか。しかし、企業においては、なかなかそのような考え方が活用されているとは言えないように思います。おそらく、既存企業における「管理」の考え方になじみにくい、ルーチン化しにくい、定量化しにくい、不確実性を認めることは自らの能力不足を認める気がする、不安である、などの理由で容易には受け入れにくいのでしょう。しかし、上記のアンソニーの指摘にあるように、イノベーションの変遷に目を向け、最近の成功事例を真摯に分析すれば、創発的戦略の必要性は明白なものになりつつあるのではないでしょうか。ただ、実務的には、具体的な手法が未確立で利用しにくかったということはあったでしょう。これに対し、上記のブランクの記事にあるような具体的な手法が提案されているとすれば、使い難さも緩和されてきたと言えるかもしれません。既存企業のイノベーションの進め方にスタートアップのノウハウが取り入れられるようになり、起業家とのコラボレーションの可能性も高まるとすれば、最早、創発的戦略を実行する上での悩みは少なくなってきたように思います。あとは、既存企業が従来のやり方の呪縛から逃れ、新しいやり方を取り入れられるかどうかが、大きな課題になりつつあるのかもしれません。それができるかどうかが、これからの時代の企業の盛衰を決めるような気がしますが、いかがでしょうか。


文献1:Scott D. Anthony、スコット・D・アンソニー著、編集部訳、「スタートアップ4.0 再び大企業の時代へ」、Diamond Harvard Business Review, Aug. 2013, p.62.
文献2:Steve Blank、スティーブ・ブランク著、有賀裕子訳、「リーン・スタートアップ:大企業での活かし方 GEも活用する事業開発の新たな手法」、Diamond Harvard Business Review, Aug. 2013, p.40.
文献3:James D. Thompson, Ian C. MacMillan、ジェームズ・D・トンプソン、イアン・C・マクミラン著、スコフィールド素子訳、「BOP市場で社会起業を成功させる方法 想定外のリスクにどう対応するか」、Diamond Harvard Business Review, Aug. 2013, p.122.




ノート12:研究プロジェクトの運営管理

研究の進め方について、これまでに研究者の活性化研究者の適性組織構造組織の特性リーダーの役割について考えてきました。これらはプロジェクトを実施するための基盤として重要なポイントと言えるでしょうが、研究開発の第一線にいる者にとっては目の前の研究プロジェクトをどのように運営、管理するかが大きな課題となります。そこで、今回はプロジェクトの運営管理の問題について考えてみたいと思います。

 

研究プロジェクトの運営管理

プロジェクトの運営というと、工事プロジェクトなどの工程管理がまず頭に浮かぶかもしれません。これに対して、研究プロジェクトの運営管理についてはあまり取り上げられることがないように思います。研究マネジメントの議論においてもあまり重視しない考え方があるようで、例えば今野によれば、研究開発管理は、計画の作成→事前評価→実行と中間レビュー→最終評価、という流れをとり、この中で最も大切なステップが研究テーマの事前評価だとしており[文献1p.86,93,97]、実行過程での途中評価については、目標成果の達成度、周辺技術情勢との対比、研究内容や資源配分などの変更、遂行上の問題点等を検討する必要があると述べるにとどまり、実行過程の意義や、研究をいかに行なうべきかということについてはあまり重要視されてこなかったように思われます。

 

一方、Collinsらは、卓越した企業の特徴を調査した結果、「大きく成功している企業は、綿密で複雑な戦略を立てて、最善の動きをとる」という神話が崩れたと述べ、それよりも、「大量のものを試し、うまくいったものを残す」という方針の方が重要である、と述べています[文献2p.14]。また、Christensenは「成功する事業と失敗する事業の最大の違いは、一般に、当初の計画の正確さではない」[文献3p.216]、「過去に成功したすべての新事業の90%以上で、創業者が意図的に追求した戦略が、最終的に企業の成功を導いた戦略と同じではなかったという研究報告がある。起業家が最初から正しい戦略を持っていることはめったにない。」と述べ[文献4p.268]、さらにAnthonyらは「最初の戦略は必ず間違っている」[文献5p.373]と述べています。ChristensenAnthonyらは破壊的イノベーションを念頭にこのように述べていると考えられますが、最初の計画が正しくないなら、どうしたらよいかということについて「不確実性が極めて高い環境におけるイノベーターは『創発的戦略』に従うべきことを示唆している。正しい戦略を知っているかのように意図的に行動するのではなく、正しい戦略が市場から『わき出る』、つまり創発するようなアプローチを採用すべきということだ。」[文献5p.236]と述べています。これらの指摘は、少なくともある種の研究においては、戦略を練り、計画を立ててそれに沿って実行する、というアプローチが有効とは限らない、ということを示していると考えられます。すなわち、研究の性質によっては、計画や戦略段階をどう立てるかよりも、いかに実行するかの方が重要となる場合もある、ということになるのでしょう。結局のところ、研究担当者は自らの研究が比較的予定の立てやすい研究(例えば持続的技術)なのか、あるいは、不確実性が高く戦略を立てにくい研究(例えば破壊的技術)なのかを考慮に入れた上で、実際の研究の進め方を決めなければいけない、ということと考えられます。

 

このように書くと、不確実性の高い研究では計画や目標が無意味なことのように思えてしまうかもしれませんが、そういうことではないと思います。計画や目標を設定すること自体はプロジェクトをうまく進める上で効果的なことには疑いの余地はないと思いますが、臨機応変の計画変更が可能なような進め方にすべきということなのでしょう。例えば、変える必要のないビジョンのような目標(たとえば、人類社会に貢献する、とか人の幸福を実現するとかでもよいと思います)は持つべきだし、それ以外の目標は場合によって変えてもかまわないとし、間違っても無駄な目標に縛られることのないように十分注意すべき、ということなのではないでしょうか。

 

そうは言っても、計画や目標を変える、ということは取り扱う内容の幅を増やす、ということに他ならないですから、実行の上での困難さは増してしまうと思われます。上記の「創発的戦略」について、Anthonyらは次の3つのステップに従えばうまく進められると述べています。すなわち、1、重要な不確実性の領域を識別する、2、効率的な実験を行なう、3、実験の結果に基づき、調整と方向性の転換を行なう、です[文献5p.233-、第7]。これだけみれば至極当然のことを言っているようですが、具体的な進め方については示唆に富む指摘が多く含まれているので、以下にまとめてみましょう。

 

不確実性の重要度の識別に関しては、「ほとんどのインプットが確実でないときに予測の正確性に関して厳密な議論を行なうことは、はっきりいって時間の浪費でしかない」「数字を作り出す作業にはあまり意味はない」[文献5p.237]「多くの企業が、機会の正味現在価値やプロジェクトの総収益などの厳密な定量的基準を用いて意思決定を行なってしまう。まだ存在していない市場を評価したり分析したりするのは困難だ。数字だけにこだわった意思決定を行なってしまうと、最初は小さく始まる爆発的な成長機会を見失ってしまうことはほぼ確実だ。」[文献5p.261]などの指摘があります。効率的な実験に関しては、「投資を控えて多くを学ぶ」[文献5p.254]、「過剰な投資は害になり得る。チームが間違った方向に全速力で走ることになる可能性がある」[文献5p.324]、プロジェクトは小さく始め、「検討するプロジェクトの数を増やすことで、イノベーション・プロセスの全体的スピードを向上させることができる」[文献5p.261](つまり、個々の段階のスピードを上げることが重要なのではない)、などの指摘があります。調整と方向転換に関しては、「戦略の方向転換を行なうのは心情的にはつらいものだ。ある方向性を目指して時間とエネルギーを費やしてきたマネージャーは、明らかな問題点の証拠があるにもかかわらず、その道に固執してしまいがち」「成功のためには謙虚さ(最善を尽くしたにもかかわらず最初のアプローチは間違っていたと認めること)と自信(失望させる結果が出ても途中であきらめないこと)をうまく混ぜ合わせることが必要」「単に実験を行なうことだけでなく、実験をやめることも必要」、「棚上げ(明確な将来性がない場合、条件が変わってアプローチが有望に思えるようになるまで他のプロジェクトを追求する)を検討すべき」[文献5p.257]、「多くの企業がイノベーションの測定のために使用している評価指標が、実際には企業を誤った方向に導く可能性が高い。」「企業は測定における3つの罠に注意すべきだ。評価指標の数が少なすぎること、低リスク(そして得られる効果も小さい)活動を重視してしまう評価指標を採用すること、アウトプットよりもインプットを優先してしまうこと」[文献5p.334]「万能の評価指標というものはまず存在しない」[文献5p.346]と述べています。

 

このように、研究の計画や固定的な目標設定、スピード重視の考え方、評価制度の問題については、創発的戦略を目指す場合以外にも類似の指摘が多くあります。その中から興味あるものを以下にまとめてみたいと思います。開本によれば、Leavittは「今日の経営者は、より創造的で、ビジョンの策定者として行動すべきであり、量的な経営指標ばかりに捕われてしまうことに警鐘を鳴らしている」[文献6p.84]と述べています。スピード重視の考え方に対しては、Leonardは「スピードは学習を妨げる」「いまや情報伝達の速度は、人間の自然な学習のペースを上回っている」[文献7p.299-300]と述べ、新たなイノベーションについていくために消耗する心のエネルギーを補給するために変化の速度を制御する必要がある[文献8p.159]とも述べています。研究の評価に関しては、丹羽は、事前評価の本来の目的は「テーマの決定」、中間評価の本来の目的はプロジェクトの継続、修正、中止判断、事後評価の本来の目的は成果の確認と反省を次のプロジェクトに活かすこと、とした上で、こうした評価が本来の目的を忘れて形式的に実施される危険性をはらむ、と述べています。さらに、「評価を強調しすぎると、良い評価結果を受けやすい2番手研究開発テーマが多くなる危険性が高くなる」ため、「革新的テーマと改善型(2番手)テーマには、別の評価法の構築が必要」と述べています [文献9p.185-187] Tiddらも、様々な経営評価手法に基づいた分析の結果、「すべての状況に適合する事前評価に利用可能な単純なアプローチは存在していない」「イノベーションには、さまざまな成果とさまざまな段階があり、それぞれ異なる評価手法が必要」「評価に用いる変数の多くは、公式に入れることができるような信頼性のある一連の数字に集約することはできず、専門性の高い判断に依拠する」[文献10p.176-177]と述べています。

 

もちろん、こうした考え方に対し、「イノベーションで多くの成果を継続的に得るためには、評価とインセンティブが必要である」とし、「イノベーションの実践は、製造管理や財務管理などと同様、原理原則に則したマネジメント活動として学ぶことができる」という考え方もあります(代表例として[文献11p.17-25]から引用しました)。また、イノベーションが差別化を作り出すかどうかや、市場カテゴリー(成長市場か、成熟市場か、衰退市場か)、提供される製品やサービスの種類(コンサルティング要素が大きい個別ソリューションか、標準化された大量販売ビジネスか)によりイノベーションの進め方と管理の方法を細かく変えるべきである[文献12]、という考え方もあります。これらは、イノベーションを管理できるものとしてとらえようとしていると考えられますが、そのような場合でも、画一的な方法では管理できないということは一般に認められていることのようです。イノベーションの管理の問題点を指摘する論者であっても、管理ができないとか管理が不要であるとかと言っているわけではないので、究極的には、双方の意見は同じ点を目指しているようにも思われます。

 

結局のところこれまで述べてきた様々な考え方は、研究プロジェクトの運営管理は、定型的に考えてはいけない、ということを示唆しているのではないかと思われます。しかし、だからといって出会う場面ごとにその都度運営方法を考えるべき、というわけではないでしょう。すでに、運営管理におけるいくつかの「罠」、すなわち、こういう運営管理は望ましくない、ということは明確になってきているようですので、それらを考慮しながら研究の運営自体に創造的に取り組むことが必要であるということではないでしょうか。もし、研究における運営管理上の確固とした目標を設定したいとすれば、細かな目標ではなく、状況によって変わることのないビジョンのようなものを目標とすべきなのかもしれません。

 

 

文献1:今野浩一郎、「研究開発マネジメント入門」、日本経済新聞出版社、1993.

文献2Collins, J.C., Porras, J.I., 1994、山岡洋一訳、「ビジョナリーカンパニー」、日経BP出版センター、1995.

文献3Christensen, C.M, 1997、伊豆原弓訳、「イノベーションのジレンマ」、翔泳社、2000.

文献4Christensen, C.M, Raynor, M.E, 2003、桜井祐子訳、「イノベーションへの解」、翔泳社、2003.

文献5Anthony, S.D., Johnson, M.W., Sinfield, J.V., Altman, E.J., 2008、栗原潔訳、「イノベーションへの解実践編」、翔泳社、2008.

文献6:開本浩矢、「研究開発の組織行動」、中央経済社、2006.

文献7Leonard, D., Swap, W., 2005、池村千秋訳、「『経験知』を伝える技術」、ランダムハウス講談社、2005.

文献8Leonard-Barton, D., 1995、阿部孝太郎、田畑暁生訳、「知識の源泉」、ダイヤモンド社、2001.

文献9:丹羽清、「技術経営論」、東京大学出版会、2006.

文献10Tidd, J., Bessant, J., Pavitt, K., 2001、後藤晃、鈴木潤監訳、「イノベーションの経営学」、NTT出版、2004.

文献11Davila, T., Epstein, M.J., Shelton, R., 2006、スカイライトコンサルティング訳、「イノベーションマネジメント」、英治出版、2007.

文献12Moore, G.A., 2005、栗原潔訳、「ライフサイクルイノベーション」、翔泳社、2006.


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