研究開発マネジメントノート

研究開発とそのマネジメントについてのいろいろ

創造性

タレントとイノベーション(「『タレント』の時代」(酒井崇男著)より)

スティーブ・ジョブズのような優れた才能を持った人によってイノベーションが成し遂げられる例は広く知られています。では、そうした才能を持った人がいればイノベーションは必ず成功するのでしょうか。また、才能ある人がいなければイノベーションは成功できないものなのでしょうか。この問いは、人の才能とは何なのか、人のマネジメントはどうあるべきなのかを考える上で重要な問題であるにもかかわらず、あまりよくわかっていないことのように思います。

そこで今回は、酒井崇男著「『タレント』の時代 世界で勝ち続ける企業の人材戦略論」[文献1]に基づいて、才能を持つ人のマネジメントについて考えてみたいと思います。本書では、イノベーションを起こす才能に特に焦点が当てられているわけではありませんが、人材を生かすマネジメントはますます重要になっていくはずです。著者は、「なぜアップルやグーグルやトヨタは成功し、なぜ日本の電機・半導体・通信・ITは完敗してしまったのか。それは、まさに、売れるモノやサービスを生み出す『タレント』とは何かを理解し、価値を生み、利益を生むとはどういうことかを理解していたか否かの違いだけである。・・・多くの日本企業と日本人が失敗したのは、人材とそのハタラキに対する『考え方』が時代から取り残されていたからである。[p.22]」と述べています。以下、本書の中から重要と感じた点をまとめたいと思います。

第1部、タレントの時代
・「現在ではトヨタ生産方式を導入し、日本の工場で高品質の製品を製造するだけでは、他国の製品と差別化できるほどの高い価値を生み出していることにならない。そうした手法は、現在では、世界中で当たり前のように取り入れられているからである。[p.35]」
・「トヨタ生産方式では、『売れるモノを売れる時に売れる数だけ』生産する。ということは、『売れるモノ』が完成していなければ、・・・量産工場すら建設されていてはいけないはずだ。[p.48]」
・「企業は、売れる商品・サービスを生み出せなければ個々の人材がいかに優秀であろうと意味がない。[p.53-54]」
・時代の変化1、市場の成熟化=製造技術の成熟化:「現在はモノがあふれている。その背景には、市場と生産技術の『成熟化』がある。・・・企業側から見れば、つくれば売れる時代はだいぶ以前に終わっている。[p.54-55]」「現在成功している企業は、『どう』つくるかは生産技術が確立されているので、『何を』つくるか、という工程に莫大な資金を使っている。そして、売れるモノができてからはじめてトヨタ生産方式で生産をするわけである。[p.59]」「成熟化した現在、経済では、質(ニーズがあるモノ)が確保されなければ、量(消費・生産・投資・雇用)は増えていかない。企業は、売れないモノはできる限り生産しないし、消費者はいらないものは買わない。[p.60]」
・時代の変化2、情報化・知識化・グローバル化:「設計情報とは、いわば、知識や才能の塊が情報となったものである。設計情報は調査、企画、開発、設計を経て生み出される成果物である。[p.69]」「『売れるモノ』に相当するのが『設計情報』なので、『売れる製品の設計情報が、売れるときに、売れる順番に工場で製品(実体)に変換される』ことが、トヨタ生産方式である。[p.70]」「グローバル化・デジタル化し、情報化した現在は、設計情報が世界中の工場で、『売れるときに売れる順番で実際の商品に変換されて』お客さんに届けられている。つまり、お客さんが買っている肝心の価値は、工場で生産する以前の、設計情報なのである。また、設計情報のような『価値をつくりだす』ことが、先進国では労働の多くを占めている。知識や情報を活用した、いわば『情報創造労働』が、先進国で働く人たちの実質的な労働なのだ。[p.70-71]」「利益の大半を生み出すのはこうした情報創造の工程(製品開発)であって、情報転写の工程(生産現場)ではない。[p.71]」
・「現在、こうした知識の塊、才能の塊である設計情報を創造することこそが、先進国企業の仕事であり、利益の源泉である。[p.77]」
・「情報視点で見ると、企業活動を通して私たちが生み出している価値とは、本質的には次の3つの情報資産である。・・・1、設計情報:『商品』に相当する情報資産、2、設計情報をつくりだし、生産(媒体に転写)するためのノウハウ、3、人材の頭脳に残っていく知識・経験の蓄積[p.80]」「最近のものつくりやサービス業の実態をより正確に把握するには、モノ(実体)の視点で見るよりも、『情報視点』もしくは『知識視点』で見たほうが本質的であるし、付加価値創造活動の実際を正確に理解できる。[p.81]」
・「一般的に、商品開発・製品開発は、強力なリーダーシップを持った少数の人たちを中心として進められる。設計情報の質を決めることに、決定的な役割を果たす少数の人たちがいるのである。・・・設計情報の質で稼ぐ先進国の企業では、こうした設計情報を生み出す能力を持った個人の能力と、彼らを生かすシステムが決定的に重要になっている。言い換えれば、そうした個人、すなわち『タレント(才能ある人材)』と、タレントを見出し、組織的に彼らを生かす仕組みをどうつくるのかが、現在の企業における最重要課題だということである。[p.83-84]」

第2部、タレントとは何か
・「新製品のコンセプトは、ある日突然頭の中でハタと思いついてつくられるものではない。世界中から集められた膨大な情報をもとに、さまざまな制約条件を踏まえた上で、商品計画・製品計画を担当する人たちがコンセプトを創造している。・・・研究開発・技術開発の方針・方向性に関しても、ある日ハタと思いついて決められているわけではない。ボトムアップで勝手に『創発』されているわけではない。・・・研究開発の成果も、将来の『情報資産』の形成に必要となる無形の『仕掛情報資産』のようなイメージでとらえてもよいということである。・・・『仕掛情報資産』の資産性を洞察できなければ、研究開発の方向を決めることは難しい。[p.106-107]」
・設計情報を創造するプロセスに関係する労働力で必要になるのがタレント・マネジメント。転写するプロセスに関係する労働力に関係するのがヒューマン・リソース。[p.108-110
・「人間の労働(付加価値を生む人間の活動)は情報視点で見れば、『情報を収集し』『情報を創造し』『情報を転写し』『情報を発信する』というビジネスプロセスのどこかに割りつけられている。[p.112-113]」
・「知的バックグラウンドが要求される仕事の場合でも、労働の観点で見たときには、・・・定型的知識労働と非定型的知識労働(あるいは転写型知識労働と創造的知識労働)に分かれる。[p.119]」「定型的知識労働と創造的知識労働の割合は人それぞれである。[p.123]」「『設計情報』と『ノウハウ』を生み出すのは、創造的知識労働のハタラキのほうである。[p.125]」「この創造的知識労働・非定型労働を引き出すことが、タレント・マネジメントだ、ということもできる。[p.127]」
・「仕事を通して、自分の頭を使い自分で経験してきた頭脳に残る蓄積が、その人間の財産でもある。・・・蓄積の質を見抜くことが、タレント・マネジメントの基本である。[p.132-133]」
・「組織的知識労働は、成功したら大きく報いるタイプの人事制度が有効である。[p.137]」
・「定型労働は、成果がリニア(線形)なのに対して、非定型、創造的労働は、ノンリニア(非線形)である。2倍入れたら成果が2倍出てくるわけではない。[p.148]」
・「例えば、アップルは自社内では、設計情報やノウハウ創造に関係する創造的知識労働に特化し、定型労働および転写型労働は、可能な限り社外で行うようにしている。[p.150]」
・タレントとプロフェッショナル・スペシャリストの違い[p.151
タレント:複数分野の知識あり、創造的知識労働、目的的・改革・改善・地頭・洞察・未知を既知に変える能力
プロフェッショナル:知識あり・定型労働、既知の事柄を確実にこなす
スペシャリスト:知識あり・定型労働、特定分野の知識に詳しい専門家
改善ワーカー:知識なし・定型労働+改善能力(非定型労働)
ワーカー:知識なし・定型労働
・「創造性や非定型性とは、目的的に『組み合わせる』力である。・・・目的を達成するためには、まずは、組み合わせる対象の知識を広げる能力が必須になる。『知識を獲得する力』の強さがタレントの必要条件なのである。[p.154-155
・「経営者がタレントであれば、タレントがわかるので、彼らは引き上げられ、活用される。しかし、必ずしもそうとばかりはいかない。タレントを組織の中で発見し生かすのは難しいからである。[p.176]」

第3部、タレントを生かす仕組み
・「創業者がたまたま優秀なタレントで、うまくいっていた間はよいが、彼らがいなくなったあとは往時の勢いが失われていく会社は多い。つまりトップがタレントである間はよいが、そのトップが退いたとき、社内に優秀なタレントがいるだけでは、きちんとしたアウトプットはできなくなる。日本の負け組大企業にも大勢タレントはいるが、タレントというものがどういうものかわかっていない人間がトップになると、彼らを生かすことは不可能になるのである。[p.179]」
・「平均的な能力の社員を経営者や上司にすると、貴重な経営資源であるタレントは確実に排除されてしまう。[p.186]」
・「企業経営の専門家が実際の企業経営に成功している例はわずかしかない。その場合も学校で学んだ経営学の知識で成功している人はまずいない。じつは、経営学やMBAが役立つ業種や企業は、最初から限られているからである。・・・MBAのプログラムでは、本書で述べてきたような設計情報の創造やノウハウ創造のような、知的資産をいかにしてつくりだすかというプロセスについては一切教えていない。[p.189]」「彼らの持っている知識では、持っている資産を削りとったり、交換したりといったことしかできない。知的資産を創造できないのである。あるいは、知的資産の『仕掛品』つまり、つくっている途中の情報資産と、それに取り組んでいるタレントのハタラキを洞察したり評価したりする能力がない。・・・扱う対象が、石油などの『天然資源』。バナナや小麦などの『食糧』、そして『金融商品』といった古典的な財のビジネスでは、元々人間の創造的知識労働やタレント性は、ほとんど関係ない。例えば、石油の油田を所有していれば、平均的な人材が経営者をつとめても大きな問題は起こらない。商品開発するまでもまく最初から『資産』も『権利』もあるからである。・・・資産の創造ではなく、資産の管理であれば、旧来の経営学でも、十分カバーできる。反対に、資産の創造が難しい分野の企業の経営は、経営のプロでは難しい。[p.194-196]」「結局、経営のプロを登用してよいビジネスは、次の場合である。1、あらかじめ商品の価値がわかっている、2、商品のつくり方もノウハウも成熟してわかっている、3、商品価値とつくり方を理解するために専門知識を必要としない。複雑ではない、4、労働者のほとんどが知識を伴わない情報転写型・定型労働者である[p.198]」
・「トヨタの主査制度(チーフエンジニア制度CE制度とも表記)は、タレントを見出し、活用する仕組みである。[p.209]」「買い手の真の要求を探り、設計情報を創成し、生産し、商品をプロモーションし、販売する、すべてのプロセスで責任を持っているのは、トヨタでは主査(CE)である。・・・主査制度は、期待される素質のある人材を見ぬき、選抜し、育て、商品に関わることすべてに責任を持つ一人のタレントと、その商品の構成要素を担当する、各専門分野のタレント・プロフェッショナル・スペシャリストを組み合わせて、優れた商品をつくりだす仕組みのことである。[p.214]」
・「主査(CE)は担当する製品に関する『すべての事柄』に責任を持つと言ってよい。豊田英二氏は、『主査は製品の社長であり、社長は主査の助っ人である』と述べている。・・・主査は、すべての中心となる司令塔のような役割である。・・・主査組織は、組織的にはラインではなく、スタッフ組織である。・・・組織の形を見ると、主査制度は普通のマトリックス型組織の横串機能ではないかと言う人がいる。一般的には、部門横断の横串機能というと各部署の連絡約を思い浮かべる人が多い。しかし、そのイメージは主査の実態とは正反対である。・・・メッセンジャーボーイや調整役などではなく開発リーダーである。[p.216-222]」
・「トヨタの主査制度による製品開発の仕組みは、米国でコピーされて使われている。じつはアップルやグーグルは、こうしたトヨタの発明した仕組みを導入しているから成功しているのである。[p.240]」
・「トヨタの主査制度は『タレント(才能ある人材)を中心として価値を生み出す仕組み』[p.262]」

・「タレントのハタラキは、誰でもできる種類のものではない。教育でつくれるわけでもない。アップルやトヨタがそうしているように、タレントを認め、応援する組織風土、地域風土、国の風土をつくっていかなければ未来はない。[p.281]」
―――

著者の主張は、イノベーションは才能ある少数のタレントによってもたらされる、ということだと思います。タレントに頼らなければイノベーションができないのか、という問いには残念ながら明確な答えは出ていないように思いますが、タレントがイノベーションの源になること、その上で、タレントを生かす仕組みが必要なことについては納得される方も多いのではないかと思います。もちろん、タレントに頼らないでイノベーションを実現する可能性はあるかもしれませんが、もし、タレントが身近にいるならそのタレントを生かさない手はない、といえるでしょう。タレントに活躍してもらうことで成果があがることはもちろん望ましいですし、衆人が認める有能なタレントが正しく評価され活躍できる風土を作ることは、他のメンバーの意欲向上(タレントを目指そうという人の努力を促したり、自分の役割を自覚してプロジェクトに協力しやすくなるという効果もあるように思います)も期待されるように思います。

ただし、優れた能力を持つ人を選び、育て、リーダーとしてプロジェクトを任せるというやり方に対しては、能力でリーダーを選抜することの問題点を指摘する考え方もあります(例えば、ノート11で、McCallChristensenによる、経験から学ぶことによるリーダー育成の考え方を紹介しました)。本書の議論だけでは明確な結論を導くことは困難だと思いますが、著者は、タレントには「知識を獲得する力」の強さが必要、と述べていますので、その能力は、McCallらのいう経験から学ぶ能力に通じるものがあるかもしれません。

タレントを生かす方法として、本書ではトヨタの主査制度が解説されている点については一つの方法論として重要な指摘だと思います。ただし、この制度は、トヨタ(やアップル、グーグル)の状況においてのみ有効なやり方なのではないか、という疑問を持たれる方もあると思いました。特に、設計情報を比較的初期の段階で明確にするトヨタ流のアプローチは、試行錯誤からの学習を重視するアプローチとは思想が異なるように思いますので、試行錯誤的な開発の場合には主査制度が最適なのかどうか興味のあるところです。さらに、タレントを選抜する仕組みについて、選抜する側の能力が重要だとすると、タレントを確実に選抜できるのか、たまたまタレントを見極める能力のない人が選抜する立場になってしまったら、それ以降、タレントをうまく選抜できなくなってしまうのではないか、という素朴な疑問も感じました。とはいえ、人材の能力をうまく引き出す方法は、仮にタレントが求められる状況であってもそうでなくても、マネジメント上の重要課題であることに変わりはありません。本書の指摘を参考に、よりよい方法を考えていくことが実務家には求められるのだと思います。


文献1:酒井崇男、「『タレント』の時代 世界で勝ち続ける企業の人材戦略論」、講談社、2015.

参考リンク


 


創造性考(「創造性と生産性」DHBR誌2014年11月号特集より)

新しいものを「創造」することは、研究開発の大きな役割のひとつです。従って、「創造性」をどう考え、どう扱うかは、研究開発マネジメントを考える上での重要な課題のひとつと言えるでしょう。今回は、DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー2014年11月号の特集「創造性vs.生産性」[文献1]の中の2編の論文に基づいて、「創造性」について考えてみたいと思います。

1編目は、琴坂将広著「企業は創造性と生産性を両立できるか」、2編目は、トム・ケリー、デイビッド・ケリー著「IDEO流創造性を取り戻す4つの方法」です。一口に「創造性」と言っても、その意味には幅がありますが、琴坂氏の論文では、企業の立場から、組織として新たなものを生みだす能力としての創造性が議論され、ケリー氏の論文では、個人が創造性を発揮するための条件が議論されているところが大きな違いでしょう。以下、それぞれの論文から興味深く感じた点をまとめたいと思います。

琴坂将広著「企業は創造性と生産性を両立できるか 組織の意味を再定義する時」
・「企業はいま、創造性と生産性を求められている。新しい技術やアイデアを基に市場を創造し、競争優位を築くために、創造性は不可欠である。一方、既存の事業やサービスの生産性をいっそう高めることは、永遠の課題でもある」。しかし、「創造性を高めることにより提供価値を高めながらも、生産性を高めることにより生産費用を低減させるという困難に、企業は直面している」。「新たな型を創り出すことと、見つけた型を磨き込むことは、技術的に見て相容れない努力を企業に求めるのである。」
・創造性と生産性を両立させ続けるための代表的な議論
1)独立した小さな組織群に創造性を発揮させる:バウワーとクリステンセンが提案。「より抽象化すれば、創造性を発揮する組織(独立した小さな組織群)を、生産性を追求する組織(成熟した既存の組織)から隔離するという打ち手」。「既存の資源を活用できないことにもつながりうる・・・、創造性を追求させるがあまり、逆に実用性に乏しい、利益を生まないアイデアが無作為に量産される危険を常にはらんでいる。したがって隔離するという打ち手は、広く用いられる一方で、万能の策ではない」。
2)製品やサービス自体を創造性と生産性が共存できるよう設計する:ギャルドとクマラスワミーがサン・マイクロシステムズの事例で論じた。「同社は、製品にモジュラー構造を用いることによって、同社が確立した技術的なプラットフォームに対する知見と、それを開発する能力を自社内に囲い込んだ。それとともに、多様な企業が製品革新に参加でき、特定の構成要素を常に新しい部品で置き換え、新たな商品群を投入していける柔軟性を担保した」。「しかし、この可能性が情報技術産業以外の他の産業や業務で、どの程度適用可能かは議論がある。そしていったん確立させた創造性と生産性を共存させる設計も、いわゆる『破壊的』な設計思想や商品コンセプトの登場により瓦解する可能性が常にある」。
3)創造性ある技術と人材は外部から購入する:「シスコシステムズ・・・は比較的小規模な企業を継続的に買収し続けている。これは単に技術や製品を手に入れるためだけではなく、新たな発想や創造性を持つ人材とそのチームを、社内に取り入れ続けるためでもある」。「しかしその獲得した人材が継続的に創造性を発揮する能力を失わないように、一定以上の自治を保証するという絶妙なバランスを取る必要がある。・・・こうした外部資源へのアクセスが限られる産業や業務分野では、継続的に創造性を外部から購入し続けるのは敷居が高い打ち手ともいえる」。
4)適切な評価指標と報酬制度を運用する:「ダブラらが述べるように、生産性を向上させていくような漸進的イノベーションと、創造性がカギとなるような破壊的イノベーションでは、その目標設定の特性や適切な報酬システムの傾向が異なるのは想像にかたくない」。「もし、異なる目的に対応した適切な評価指標と報酬制度を両立させることができるのであれば、創造性と生産性を両立させるインセンティブ設計が可能であろう」。「しかし、両者を共存させる目標の設定も、成果の計測も、報酬の算定も、こうすればよいという明確な手法は確立されておらず、いまだ試行錯誤の段階を突破できていない」。
5)組織的なシステムやプロセスを整備する:「クリステンセンは、意図的戦略策定プロセスと創発的戦略策定プロセスの2種類を効果的に使い分けることが戦略策定の成否を分けると言う」。「しかし彼も認めるように、この根本的に異なる両者を使い分けるのは難しい。なぜなら、そこには創造性と生産性の対立があり、一方に最適なプロセスが、他方には最適となりえないからである」。
・「現代では、これら5つの代表的な打ち手以外にも、無数の打ち手の可能性が主張され、検証されている。しかしこの課題が根源的であるがゆえに、我々はいま現在もこの問いに対する確たる答えを探し求めている。」
・著者は、この課題に対し、「自社の関わる価値連鎖全体に視野を広げるという考え方と、企業境界を複層的にとらえるという考え方」を仮説として提示しています。価値連鎖の戦略を磨き込むとは、「付加価値創造の連鎖構造全体を『企業体』として認識し、それ全体での創造性と生産性の共存を図る」ということであり、企業の境界を複層的にとらえるとは、「企業が所有権を保持する範囲である所有の境界、統治権を及ぼせる範囲である統治の境界、そして目的を共有し協業する範囲である協業の境界の3つの複層的な境界をとらえる」こととされています。
・著者は上記の仮説に基づいて、「自社と他社、社内と社外という二元論を捨て、複層的な組織の境界を明確に意識し、それを自社のビジョンや戦略に最適な形にデザインし直すことが、創造性と生産性を共存させるための近道なのではないだろうか」、と述べています。

トム・ケリー、デイビッド・ケリー著「IDEO流創造性を取り戻す4つの方法 恐れを克服し、自由な発想を生みだす」
・「創造性は天賦の才能だけではなく、修練するものである」。「創造性への自信を『再発見』するための支援が求められている。新しいアイデアを生み出す生得の能力と、それを試す勇気を引き出すのだ。そのために、ほとんどの人を尻込みさせる、やっかいな未知なるものへの恐れ、評価されることへの恐れ、第一歩を踏み出すことへの恐れ、制御できなくなることへの恐れという4つの恐れを克服する戦略を授けている。」
・やっかいな未知なるものへの恐れの克服:「ビジネスにおける創造的思考は、顧客(社内外を問わない)への共感とともに始まる。机に座っていては得ることはできない。たしかに、オフィスのなかは快適である。すべて安心感のある慣れ親しんだものばかりだ。ありきたりの情報源から情報を集め、矛盾するデータは排除され無視される。外の世界はもっと混沌としている。・・・そのような場所でこそ、インサイトや創造的なブレークスルーが見つかる。何かを学ぼうと思い切って足を踏み出せば、仮説を立てなくても、新たな情報に目を向けられるようになり、曖昧だったニーズを発見する助けを得られる。そうでなければ、既存のアイデアを追認するか、顧客や上司、あるいはライバルからすべきことを教えられるのを、ただ待つことになりかねない。」
・評価させることへの恐れの克服:「上司や同僚に失敗する姿を見られまいと、自分を曲げて、創造性を秘めたアイデアを押し殺す。『安全な』解決法や提案にしがみつくのである。そして後ろに下がって、他の人々がリスクを取るのを眺めている。しかし、常に自分を検閲しているようでは、創造的になれるはずがない。」、「頭に浮かんだ考えが消えていくままにせず、メモ帳に書き留めるなどして体系的にキャッチする。・・・評価は後回しにすれば、・・・自分がどれだけ多くのアイデアを持っているか、どれだけ気に入るアイデアがあるかに驚くことだろう。またフィードバックする場合も、月並みな言葉は使わないようにし、協働者にも同じことを勧めるとよい。・・・否定的評価をただ伝えるようなことはしない。・・・最初は肯定的なフィードバックで始め、次に一人称を使い、・・・聞き手がアイデアをより受け入れやすい形で提案するのである。」
・第一歩を踏み出すことへの恐れの克服:「これもまた、新たな道を示すことや、予想可能な作業の流れから抜け出すことへの恐れといえる。この惰性を克服するには、よいアイデアがあるだけでは十分ではない。計画を立てるのはやめて、ただちに始める必要がある。最善の方法は、大きな課題全体に照準を合わせるのではなく、すぐに取り組める小さな断片を見つけることだ。」、「ビジネスの文脈では、次のような問いかけで最初の一歩を踏み出せばよい。低コストの実験はどんなものか。より大きな目標に近づく最短かつ最も安価な方法はどれだろうか。」、「我々の合言葉は『準備などはやめで、始めよう!』だ。ごく小さな一歩にして、ただちに始めるようみずからに強いる。そうすれば、最初の一歩ははるかに恐ろしいものではなくなる。」
・制御できなくなることへの恐れの克服:「自信とは、単純に自分のアイデアがよいものだと信じることではない。うまくいかないアイデアは捨て去り、他者のよいアイデアを受け入れる謙虚さを持つということだ。現状維持を捨て去り、協力して取り組めば、自分の製品やチーム、事業のコントロールを断念することになる。しかし、それによって創造的な面で得るものは大きい。・・・主導権を譲って異なる視点を活用するチャンスを探すのである。」
―――

企業にとって、既存事業の効率を高めコストダウンを図ることと、新たな製品やサービスを創造して付加価値を高めることの両方が必要であることは、(特に先進国の企業にあっては)改めて言うまでもないでしょう。しかし、それを「創造性」と「生産性」の二者択一の問題であると捉えることが適当かどうかについては議論の余地があると思います。生産性の向上を、同じ作業の繰り返しによる習熟とスキルアップ、単なる努力や無駄の排除で達成するものととらえるならば、確かに生産性と創造性とは異なる要素が多いかもしれません。しかし実際には、方法やプロセスの改善によって生産性を向上させる場合には、創造的な解決策が求められることが多いものです。そう考えると、企業活動における創造性と生産性の問題とは、創造性をどの分野に活用するか、新規分野の創造に活用するのか、あるいは既存分野の改善に活用するのかという違い、とも考えられるのではないでしょうか。だとすれば、創造性を高めるにせよ、生産性を高めるにせよ、ケリー氏が示唆するような個人の創造性を高めることはどちらにも有効に作用するのではないかと思われます。

ただし、企業活動においては、資源配分の問題があります。資金をはじめとする経営資源を、既存事業の生産性向上に振り向けるのか、新規事業の創造に振り向けるのか。加えて、人的資源のうちの「創造的能力」をどちらに振り向けるのかによって、その企業の方針が決まるでしょう。さらに、振り向けた資源から、いかに効率良く創造的成果を得るか、という問題もあります。琴坂氏が指摘する創造性と生産性を共存させる環境づくりの難しさは、この資源配分の方法と、その資源を効率的に創造的成果に結び付ける方法(つまり、創造的成果の「生産性」を上げる方法)が未確立である、ということと考えます。

もちろん、この課題は容易に解決できるものではないと思いますが、ケリー氏の論文がヒントになるかもしれません。ケリー氏の指摘は、個人は、新しいことの実行に対する恐れがあると、「自分の時間」という資源を創造的な活動に振り向けにくくなることを示唆しているとも考えられるでしょう。そうした恐れを取り除くことで、個人が創造的活動に時間を使いやすくなるとすれば、企業レベルにおいても、同じような「恐れ」を取り除くことで、効果的な資源配分が可能になるかもしれません。加えて、個人のレベルで、自分の時間を創造的活動により多く注ぎ込めるとすれば、創造的成果の生産性が上がることへの寄与も期待できるでしょう。

つまり、創造的活動に注力する、ということは、企業における場合でも個人の活動を想定した場合でも、創造的活動に振り向ける資源を増やすことと、その資源から成果を得る効率を上げるということに帰着すると思います。琴坂氏の分析や提案をはじめとする様々な事例を参考に、ケリー氏が指摘する創造的活動への恐れを緩和するシステムを考え出すことができれば、創造性の高い組織の構築に近づけるのではないか、と思いますがいかがでしょうか。


文献1:特集「創造性vs.生産性」Diamond Harvard Business Review November 2014, p.27-82.
琴坂将広著、「企業は創造性と生産性を両立できるか 組織の意味を再定義する時」、Diamond Harvard Business Review November 2014, p.38-51.
Tom Kelley, David Kelley
、トム・ケリー、デイビッド・ケリー著、飯野由美子訳、「IDEO流創造性を取り戻す4つの方法 恐れを克服し、自由な発想を生みだす」、Diamond Harvard Business Review November 2014, p.62-71.(原著:”Reclaim Your Creative Confidence”, Harvard Business Review December 2012.

参考リンク<2015.3.8追加>


ノート10改訂版:研究組織の望ましい特性と運営

1、研究開発テーマ設定とテーマ設定における注意点→ノート1~6
2、研究の進め方についての検討課題
2.1
、研究を行なう人の問題
→ノート7~8
2.2
、研究組織の問題
①研究組織の構造→ノート9

②研究組織の望ましい特性と運営
ノート
では、研究組織の構造について、人や組織同士がどうつながっているかの観点から主に考えてみましたが、研究活動にとって望ましい組織形態というものを特定することはなかなか難しいようです。その理由はおそらく研究活動の特性によるものなのでしょう。もし研究組織の構成員が、業務を分担する部品のような存在であれば、その活動を管理できるような構造を考えればよいのでしょうが、事前に業務の内容や分担がはっきりとは決められず、臨機応変の対応や当初の計画にない創発的な対応が求められる研究活動は、計画的な分業や管理に向いているとは言えないように思います。すなわち、組織構造の形態的な面を検討するだけでは不十分で、組織にどのような人を集め、その組織をどのように運営して望ましい特性を発揮するようにするかも考慮しなければならないと言えるでしょう。

では、研究組織にはどのような機能・特性が求められるのでしょうか。ノート5で検討した研究部門に求められる活動のなかでも、最も重要なものは創造性の発揮、すなわち、答えが未知の課題に取り組み、課題解決の方法を創造することでしょう。加えて、単に成果を得るだけでなく、その成果が上位の組織(会社や社会)の方向性に合っていることや、研究成果の実現のために他の組織と協働することも求められるはずです。以下、このような要求に応えられる組織のあり方を考えてみたいと思います。

創造性を発揮できる組織
例えば野中郁次郎氏は「場」というコンセプトを提示しています。その考え方は次のようなものです。
対話と実践という人間の相互作用により、知識を継続的に創造していくためには、そうした相互作用が起こるための心理的・物理的・仮想的空間が必要であり、そうした空間を「場」と呼ぶ。そこでは、参加者の間で自他の感性、感覚、感情が共有される相互主観が生成し、個人は自己の思惑や利害などの自己中心的な考えから開放され、全人的に互いに向き合い受け容れあう。場は動的文脈であり、常に動いている。「よい場」の条件は、1)独自の意図、目的、方向性、使命などを持った自己組織化(=自律性が必要)された場所でなければならない、2)参加するメンバーの間に目的や文脈、感情や価値観を共有しているという感覚が生成されている必要がある、3)異質な知を持つ参加者が必要、4)浸透性のある境界が必要。文脈共有には一定の境界設定が必要だが、必要に応じて境界を開いて新しい文脈を取り入れ、あるいは必要に応じて境界を閉じて中の文脈を守る、というのが「浸透性のある境界」の考え方、5)参加者のコミットメントが必要。場において生成する「コト」に「自分のこととして」かかわることによって知識は形成される。こうしたコミットメントを得るためには、信頼、愛、安心感、共有された見方や積極的な共感などが必要。知識創造には内因的モチベーションが必要(外因的要因には暗黙知の表出化を推奨する効果は期待できない)。内因的モチベーションが有効に機能するには、仕事において創造性を要求されること、内容が広範囲で複雑で幅広い知識が必要とされること、暗黙知の移転と創造が不可欠であることのいずれかが含まれなければならない[文献1、p.59-79]。
もちろん、創造的な組織の特徴はこれに限られるものではなく、例えば、Tiddらは、イノベーティブな組織に関する先行研究に基づき、組織構造以外に、ビジョンの共有、リーダーシップ、イノベーションへの意欲、鍵となる個人、効果的なチームワーク、個人の能力向上の継続と拡充、豊富なコミュニケーション、イノベーションへの幅広い参画、顧客指向、創造性ある社風、学習する組織、といった要素が重要と認識されていると述べています[文献2、p.371]。いずれにしても、組織構造のみならず、こうした特性を考慮することも重要、ということでしょう。ここでは、野中氏の挙げた要素をもう少し深く考えてみることにします。

自律性
野中氏は「組織のメンバーには、事情が許すかぎり、個人のレベルで自由な行動を認めるようにすべきである。」と言い、そうすることによって、組織は思いがけない機会を取り込むチャンスを増やし、個人が新しい知識を創造するために自分を動機づけることが容易になる、と述べています[文献3、p.112]。このような自律性の重要性についての主張は、研究開発の成功例において、その組織が自律(自立)的であった例が多いと感じられることからも信頼に足るものと思われますが、トップダウンの組織では部下の自律性を許容することと、部下にトップダウンの命令を実行させることは相容れない可能性があるでしょう。このような状態で自律的であるためには、トップと部下の間での信頼を築くことが必須のように思います。例えば、ホンダでは、「自立(自律)、平等、信頼」が「人間尊重の哲学」として重視されている[文献4]そうです。また、KimMauborgneは「公正なプロセス」の重要性を指摘しています。公正なプロセスの要素は、関与、説明、明快な期待内容、という3つの要素で構成され、このプロセスをとることによって、自分の意見が重んじられているという信頼と関与が生まれ、自発的な協力が発生することによって、期待を超える水準の献身が期待できるということですが[文献5、p.226]、これは同時に自律性の高い組織の特徴とも言えるのではないでしょうか。このような考え方を明示することによって、自律と放縦の区別が可能になり、周囲からの信頼を得やすくなるのではないかと思われます。

目的・感情・価値観の共有
組織にとって、基本理念、ビジョンを持つことの有効性は、CollinsPorrasの指摘する通りと考えられますが[文献6]、特に研究活動においては守るべき基本理念、ビジョンを持つことによって、目的・感情・価値観の共有が実現され、これによって、メンバー相互の意思疎通が効果的になり、また、細かな管理をしなくても行動の方向性が統一されやすくなることが創造性の発揮によい影響を及ぼすと考えられます。不確実、予想外のことを取り扱う研究活動においては定型的な対応が困難な場合が多いので、守るべき基本理念がないと一貫した組織的な対応がとりにくくなったり、モチベーションが低下したりする場合もあるのではないでしょうか。さらに、Collinsは組織飛躍のためには、単純明快な概念(針鼠の概念)すなわち、世界一になれる部分、情熱をもって取り組めるもの、経済的原動力になるものの重なる部分を理解し、この概念を確立することが必要と述べていますが[文献7、p.130]、この考え方は研究開発活動の具体的な進め方を考える上で重要な示唆を与えるものと思われます。

多様性
野中氏らは、組織的知識創造を促進する要件として、組織の意図、自律性、ゆらぎと創造的なカオス、冗長性(当面必要としない仕事上の情報を重複共有すること)、最小有効多様性(複雑多様な環境に対応するためには、組織は同程度の多様性を内部に持っている必要があることを指す)を挙げています[文献3、p.118-123] [文献8、p.77]。また最近では、多様性によって問題解決や予測がうまく行えるようになりうることが、複雑系の研究者によって指摘されています[文献9]。ただし、「多様性を追求する際には、多様性と能力のバランスを取ることを忘れてはいけない。・・・能力は多様性と同じく重要だ[文献9、p.444]」、という指摘はよくわきまえておく必要があるでしょう。多くの研究組織は類似する技術分野の人から構成され、先輩から後輩への技術伝承が専門性の育成に重要とされることも多いため、発想の画一化による創造性の低下が懸念されるとはいっても、例えば、多様性を確保する目的で人事ローテーションを行なって個人に様々な経験をさせることは専門性育成の阻害につながる可能性もあります。専門性の充実と多様性の確保のバランスをとるためには、おそらく個人に様々な経験を積ませることよりも、様々な人材をひとつの組織に集めることで組織としての多様性を確保する方が効果的と思われます(もちろん、度が過ぎなければ個人にとって専門性の異なる経験は非常に重要ですが)。

浸透性のある境界、参加者のコミットメント
これらは、組織が閉鎖的になりすぎてはいけないこと、メンバーが目標達成に積極的に関わる組織にすべきであることを示唆していると思いますが、いずれもコミュニケーションに深く関係していると思います。組織に多様なメンバーを集めることができたとして、多様性を有効に活用するためには、コミュニケーションを活性化する必要がありますし、コミュニケーション不足でメンバーに適切な情報が与えられなければ業務への積極的な関与も期待できないでしょう。コミュニケーションのための仕組み(例えば頻繁なミーティングなど)と、異なる意見を受け入れる組織風土がなければ多様性の維持活用は不可能と思われます。組織内でのコミュニケーションに加え、組織外部とのコミュニケーションも重要です。ただし、基礎研究的な性格を持つプロジェクトについては外部とのコミュニケーションと研究成果の間に正の相関があるが、開発研究や技術サービスを行なう組織では負の関係があることを示す研究もあるようです[文献8、p.70]。野中氏も指摘するように、実際には必要に応じて境界を開けたり閉めたりするコントロールが必要とされるのでしょう。また、外部との結び付きの強さに関しては、Rogersはグラノベッターにより提唱された「弱い絆」の重要性を指摘しています[文献10、p.303]。これは重要な新しい情報は親密な関係の人よりも、それほど親しくない関係の人からもたらされるというもので、親しくない人との接触機会は少なくても、得られる情報は親密な人からの情報に比べて新しいことが多いことに基づいていると理解できます。誰とコミュニケーションすべきかについての重要な示唆を与えてくれる考え方だと思います。

組織の方向性・協働
組織の活動やアウトプットを、より上位の組織(会社全体)の方向性に合わせること、他の組織と協働することのためには、他の組織との間での目的・感情・価値観の共有、異なる意見を受け入れる組織風土、信頼関係、コミュニケーションなどが重要になるでしょう。イノベーションを担当するチームと社内既存組織とが協働してイノベーションをうまく進めるために、どのようなチームを作り、どのようにマネジメントを行うべきかについてはGovindarajanらによる提案[文献11]がありますが、基本的な考え方は上記のものと同様であるように思われます。

考察:なぜこういう考え方が必要とされるのか
以上、組織の特性と運営について、特に重要と思われる指摘をまとめてみました。研究グループのリーダーにとっては組織の形態は与えられているもので変更はできないことがほとんどでしょうから、その環境において最大の成果を挙げるために、組織の特性を理解し効果的に運営を行なう努力は重要であると考えられます。しかし、現実には、このような考え方は企業内部では一般的ではないかもしれません。研究開発や知識創造に関わりの少ない部署では、別のマネジメント思想があり得ますし、コミュニケーションや社内連携をしなくても仕事ができる部署はそうした必要性を認識していないかもしれません。また、多様性や冗長性は、ムダを排する効率優先の思想とは相容れない可能性もあります。

しかし、以下のような社会の変化を考慮すると、イノベーションの達成のためには、本稿に述べたような組織の運営を行なうことで、メンバーおよび組織の能力の発揮を狙うことは必要なことなのではないでしょうか。
・個々の技術が専門化して、個人の理解には限界があること
・技術が複雑化し、様々な要因がからみあって、未来の予測が困難になっていること
・技術の交流が活発化し、一旦確立した競争優位の維持が難しくなっていること
・技術的優位だけでは成功を得にくくなり、ビジネスモデルのイノベーションが求められること

要するに、これからの時代、イノベーションは天才的な一個人の活躍や、個人および研究部隊の努力だけでは実現しにくくなり、組織内外での協力、協働が不可欠になってきているのではないかと思います。しかし、個人や組織の高度な専門性がなければ、協力だけでは大きなイノベーションは期待できないでしょう。高度な専門性を確保しつつ、ここに述べたような点に注意して好ましい組織運営を行うことは、組織の構造によらず、イノベーション実現のために必要なことなのではないでしょうか。


文献1:野中郁次郎、遠山亮子、平田透、「流れを経営する――持続的イノベーション企業の動態理論」、東洋経済新報社、2010.
文献2:Tidd, J., Bessant, J., Pavitt, K., 2001、ジョー・ティッド、ジョン・ベサント、キース・バビット著、後藤晃、鈴木潤監訳、「イノベーションの経営学」、NTT出版、2004.
文献3:Nonaka, I., Takeuchi, H., 1995、野中郁次郎、竹内弘高著、梅本勝博訳、「知識創造企業」、東洋経済新報社、1996.
文献4:小林三郎、「ホンダイノベーション魂 第16回 自律、信頼、平等」、日経ものづくり、2011年7月号、p.103
文献5:Kim, W.C., Mauborgne, R., 2005W・チャン・キム、レネ・モボルニュ著有賀裕子訳、「ブルー・オーシャン戦略」、ランダムハウス講談社、2005.
文献6:Collins, J.C., Porras, J.I., 1994、ジェームズ・C・コリンズ、ジェリー・I・ポラス著、山岡洋一訳、「ビジョナリーカンパニー」、日経BP出版センター、1995.
文献7:Collins, J., 2001、ジェームズ・C・コリンズ著、山岡洋一訳、「ビジョナリーカンパニー②飛躍の法則」、日経BP社、2001.
文献8:三崎秀央、「研究開発従事者のマネジメント」、中央経済社、2004.
文献9:Scott E. Page, 2007、スコット・ペイジ著、水谷淳訳、「『多様な意見』はなぜ正しいのか 衆愚が集合知に変わるとき」、日経BP社、2009
文献10:Rogers, E.M., 2003、エベレット・ロジャーズ著、三藤利雄訳、「イノベーションの普及」、翔泳社、2007.
文献11:Vijay Govindarajan, Chris Trimble, 2010、ビジャイ・ゴビンダラジャン、クリス・トリンブル著、吉田利子訳、「イノベーションを実行する 挑戦的アイデアを実現するマネジメント」、NTT出版、2012.


参考リンク

ノート目次へのリンク



「ずる 嘘とごまかしの行動経済学」(ダン・アリエリー著)より

行動経済学の発展とともに、経済合理性だけで人間の意思決定と行動が理解できるものではないことは広く認識されるようになってきたと思います。本ブログでも、心理学と行動経済学の立場から意思決定について議論されているカーネマンの著書(「ファスト&スロー」)を紹介しましたが、今回はカーネマンがあまり議論していなかった「不正」の問題について、ダン・アリエリー著、「ずる 嘘とごまかしの行動経済学」[文献1]に基づいて考えてみたいと思います。

原著の表題は「The (Honest) Truth about Dishonesty, How We Lie to Everyone – Especially Ourselves」です。著者は序章で、次のように述べています。「この本の一番の目的は、不正行為を駆り立てると考えられているが・・・実はそうでないことが多い、合理的な費用便益の力と、重要でないと思われがちだが、実は重要なことの多い、不合理な力について調べることにある。・・・不正行為が起きるのは、一人の人が費用便益分析をして大金を盗むからとは限らない。むしろ多くの人が、現金や商品をちょっとだけくすねることを、心のなかでくり返し正当化する結果として起きることの方が多いのだ。この本では、わたしたちをこうしたずるに駆り立てる力について考えるとともに、正直さを保つためには何が必要かを、さらにくわしく調べていく。また何がきっかけで不正が醜い頭をもたげるのか、わたしたちが自分の利益のためにずるをしながら、自分に対する肯定的な見方をどうやって保つのかを説明する。わたしたちの行動のこの側面が、不正のほとんどを成り立たせているのだ[p.17]」。以下、その詳細を見ていきましょう。

第1章、シンプルな合理的犯罪モデル(SMORC)を検証する

SMORC (Simple Model of Rational Crime)とは、合理的経済学の立場からベッカーによって提唱された不正行為についての概念で、「3つの基本要素からなっている。(1)犯罪から得られる便益、(2)つかまる確率、そして(3)つかまった場合に予想される処罰だ。合理的な人間は、最初の要素(便益)と残りの2つの要素(費用)とを天秤にかけて、一つひとつの犯罪が実行に値するかしないかを判断できるというのだ。」[p.23

・不正が可能な状況において、不正を行なうかどうかを調べた実験によれば、多くの人がちょっとずつごまかしをする、ごまかしによる報酬が増えてもごまかしは増えない、ごまかしが見つかる確率が増えてもごまかしに大きな影響は与えない、という結果が得られた。すなわち、「不正が単に費用と便益を分析した結果行なわれるわけではない[p.36]」。「わたしたちは『そこそこ正直な人間』という自己イメージを保てる水準まで、ごまかしをするのだ。[p.32]」

・つじつま合わせ仮説:「わたしたちはほんのちょっとだけごまかしをする分には、ごまかしから利益を得ながら、自分をすばらしい人物だと思い続けることができるのだ。この両者のバランスをとろうとする行為こそが、自分を正当化するプロセスであり、わたしたちが『つじつま合わせ仮説』と名付けたものの根幹なのだ。[p.37]」

第2章、つじつま合わせ仮説Fun with the Fudge Factor):

・「『つじつま合わせ係数』と訳したfudge factorとは、科学で理論値と観測値との間にズレが見られるとき、つじつまを合わせるために導入される、補正項のこと[訳者あとがき、p.299]」。

・「不正の動機となるのは、主に個人のつじつま合わせ係数であって、SMORCではない・・・。犯罪を減らすには、人が自分の行動を正当化する、その方法を変えなくてはいけないことを、つじつま合わせ係数は教えてくれる。利己的な要求を正当化する能力が高まると、つじつま合わせ係数も大きくなり、その結果、不品行や不正行為をしても違和感を覚えにくくなる。また逆も言える。自分の行動を正当化する能力が低くなれば、つじつま合わせ係数は小さくなり、不品行やごまかしに違和感をもちやすくなる。[p.66]」

・不正をしやすいのは、例えば、不正行為とそれがもたらす結果の間の心理的距離が大きいとき。また、「鉛筆やトークンといった、金銭ではないものを前にすると、本物の現金を前にしたときより不正をしやすい[p.43]」。「道徳規範を思い出そうとするだけでも、道徳的な行動を促す効果があるようだ[p.51]」。「自分の行動が不正行為の実行から離れているときや、わかりにくいとき、また正当化しやすいとき、・・・不正をしやすいと感じる。・・・ルールに解釈の余地があるときや、判断があいまいなグレーな領域があるとき、自分の成績を自分で評価するときには、不正をしやすくなる[p.77-78]」。

第3章、自分の動機で目が曇るBlinded by Our Own Motivations):

・利益相反(conflicts of interests)は行動に影響を及ぼす。金銭的利益だけでなく、恩義を返したい、借りを返したいという感情も利益相反の原因となる。利益相反を避けるために行われる開示や公開主義は必ずしもよい結果を生むとは限らない。「わたしたちは自分の金銭的動機にどれほど目を曇らされているかを自覚する必要がある。利益相反のからむ状況には大きな不都合があることをわきまえ、また利益相反の費用が便益を上回るときには、慎重に排除しようとしなくてはならない。[p.108]」

第4章、なぜ疲れているとしくじるのかWhy We Blow It When We’re Tired):

・「消耗すると論理的思考力が多少低下すること、またそれとともに道徳的に行動する能力も衰えることがわかった。[p.121]」

第5章、なぜにせものを身につけるとごまかしをしたくなるのか(Why Wearing Fakes Makes Us Cheat More

・「にせものをそれと知りつつ身につけると、道徳的な抑制力がいくぶん弱まり、その結果不正の道に歩を進めやすくなる[p.142]」。「人は、偽造製品のせいで自分自身が不正直な行動をとるようになるだけでなく、他人のこともあまり正直でないと見なすようになる[p.151]」。「いったん自分の規範を破る(ダイエットでずるをしたり、金銭的報酬を得るためにごまかしをする)ようになると、自分の行動を抑えようという努力をずっと放棄しやすくなる[p.146]」、これが『どうにでもなれ』効果。「人は何かの『ふりをする』と、自分の行動と自己イメージ、それに周りの人たちに対する見方が変わる[p.152]」。

・「一つの反道徳的行為は、また別の行為につながる可能性が高く、一つの領域での反道徳的行為が、ほかの領域での道徳心に影響を与え得ることは明らかだ。これを踏まえて、不正行為の初期兆候に注目し、満開になる前、出芽期のうちに芽を摘むよう、全力を尽くさなくてはならない。[p.157]」

第6章、自分自身を欺くCheating Ourselves):

・「人は自分のはったりを自分で信じるようになることが多い[p.177]」。

・「自己欺瞞は、自信過剰や楽観主義に近いもので、・・・よい面もあれば悪い面もある。よい面としては、根拠のない自信のおかげで、ストレスにうまく対処できるようになり、全体的な健康感が高まる、困難な仕事や退屈な仕事にとりくむ根気がでてくる、まったく新しいことを試す意欲がわいてくる、といったことがあげられる。・・・悪い面としては、人生をあまりにも楽観視して甘い考えで行動していると、万事がうまくいくと誤って思いこみ、よりよい決定を積極的に下そうとしなくなるかもしれない。・・・過大な思いこみをもっていると、現実が押し寄せてきたとき、深く傷つくことになる。[p.179-180]」

第7章、創造性と不正――わたしたちはみな物語を語るCreativity and Dishonesty – We Are All Storytellers

・「創造性の高い人たちは不正をする度合いも高かった。だが知能と不正の間には、何の相関性もなかった[p.199]」。「創造性と不正の間の関連性は、自分が正しいことをしていなくても、『正しいことをしている』という物語を自分に言い聞かせる能力と関係があるように思われる。創造的な人ほど、自分の利己的な利益を正当化する、もっともらしい物語を考え出せるのだ。[p.194]」

・「わたしたちがいったん人やものに対していらだちを感じると、自分の反道徳的行動を正当化しやすくなる・・・この場合不正は、自分をいらだたせたそもそもの原因に対する代償を求める行為、つまり報復と化す[p.201]」。

第8章、感染症としての不正行為――不正菌に感染するしくみCheating as an Infection: How We Catch the Dishonesty Germ

・「ごまかしには感染性があり、周りの人の問題行動を目撃することで量が増える場合がある・・・ごまかしをする人が自分と同じ社会集団に属しているとき、わたしたちはその人を自分と重ね合わせ、ごまかしが社会的により受け入れられやすくなったと感じる。だがごまかしをする人がよそ者だと、自分の不品行を正当化しにくくなり、その不道徳な人物や、その人が属するほかの(ずっと道徳性の低い)外集団から距離を置きたいという願望から、かえって倫理性を高める[p.231-232]」。

第9章、協働して行なう不正行為――なぜ一人よりみんなの方がずるをしやすいのかCollaborative Cheating: Why Two Heads Aren’t Necessarily Better Than One):

・「利他性はごまかしを促し、直接の監視はごまかしを抑える効果があるが、協力者が交流を図る機会を与えられてから監視し合うような状況に置かれると、利他的なごまかしが監視効果を圧倒することがわかった[p.255]」。

・「協働は生活に欠かせない要素だ。しかし、協働が諸刃の剣だということもはっきりしている。協働は一方で楽しみや忠誠心、モチベーションを高める。だがその一方で、ごまかしの可能性も高めるのだ。・・・もちろん、集団で仕事をするのはやめ、協働を中止し、互いを思いやるべきでないなどとは言わない。だが協働と親近感の高まりに潜む代償は、肝に銘じる必要がある。[p.261]」

第10章、半・楽観的なエンディング――人はそれほどごまかしをしない!A Semioptimistic Ending: People Don’t Cheat Enough

・「ある種の要因(たとえば不正をして得られる金額や、つかまる確率など)が人におよぼす影響は、一般に考えられているよりずっと小さい。逆に、予想以上に大きな影響をおよぼす要因もある。道徳心を呼び起こすもの、現金からの距離、利益相反、消耗、偽造品、捏造した成績を思い出させるもの、創造性、他人の不正行為を目撃すること、チームメンバーへの思いやりなどがそうだ。[p.264-265]」

・「文化的文脈は、主に2つの方法で不正に影響をおよぼすことがある。一つは、特定の活動を道徳的領域のなかにひきずりこんだり、ひきずり出したりする方法。もう一つは、特定の領域で妥当と見なされているつじつま合わせ係数の大きさを変える方法だ。・・・一部の社会では眉をひそめられるごまかし(脱税や不倫、ソフトウェアの違法ダウンロード、車がいないときの信号無視など)が、ほかの文化では支障がないと思われていたり、武勇伝になることさえある。[p.270]」

・「自分の望ましいとは言えない行動が、本当は何によって引き起こされているのか、それをよりよく理解すれば、自分の行動をコントロールし、結果を改善する方法を見つけられるようになる。これが社会科学の真の目的なのだ。この探究の旅が今後ますます重要に、ますます興味深くなることを、わたしは確信している。[p.284]」

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本書で取り上げられた不正は、主に、だれもが手を染めてしまうようなちょっとした「ずる」であって、大きな不正ではありません(もちろん、ちょっとした不正が、大きな不正に繋がる可能性は大いにあるでしょうから、大きな不正に関係ない行動であるとは思いません)。企業における研究活動においても、このような「ずる」の可能性は日常的に発生します。例えば、本書にも指摘がありますが、実験データから異常値を除外する必要がある場合、あいまいな結果の解釈をする場合など、「ずる」をするつもりはなくても、恣意的な判断や、論証の手抜き(これは「ずる」と言えるでしょうが)が入り込んでくる可能性はあります(ヒューリスティックスはまさにそうした状況にあるともいえるかもしれません)。もちろん、そうした恣意的な判断の可能性をすべて考慮し検証した上で結論を導ければ理想的ですが、現実的には、ある程度の証拠に基づいて暫定的な結論を得て、それによって次のステップに進まなければならないこともあります。もちろん、そうした暫定的判断が後日覆されることはありえますので、誤りの可能性は推論に伴う「リスク」として、受け入れなければなりません。そんな時、どのような状況で、「ずる」をしがちになるのかがわかっていれば、暫定的な判断をし、それを評価し、結果を扱う上での誤りに気づきやすくなるわけで、それは実務的にも有用な知識と言えると思います。

本書の指摘で特に重要な点は、そのような「ずる」をするかしないかが、損得や、倫理観や論理以外の要因で決まることがある、ということではないでしょうか。おそらく、より心理的に本能に近い判断(カーネマンのいう「システム1」)に深く関わるものではないかという気がします。不正について深く考えることが倫理学の守備範囲だとすれば、論理的、哲学的に倫理を極めるアプローチに対して、人間の心理的作用を加味した本書のアプローチは、「行動倫理学」(経済学+心理学→行動経済学、というおおまかな理解のアナロジーによる思いつきの造語ですが)とでも呼べる考え方なのではないかと思います。道徳心が関わる意思決定のよりどころとなる理論が導かれるのではないか、という期待を込めて、今後の発展に注目していきたいと思います。

 

文献1:Dan Aariely, 2012、ダン・アリエリー著、櫻井祐子訳、「ずる 嘘とごまかしの行動経済学」、早川書房、2012.

 

(参考)著者webページ

http://danariely.com/

天才の創造性の源泉とその活用

イノベーションにおいては、天才的な能力を持った人の存在が重要であると指摘されることがあります。たしかに、常人には見られないほどの優れた成果を挙げる人、優れた発想やビジネスセンス、リーダーシップを持つ人がいることには疑う余地はありませんし、そうした能力がイノベーション実現の鍵になる場合があることは事実でしょう。しかし、そうした高度な能力を持つ人がいなければイノベーションはできないのでしょうか。普通の人をうまくマネジメントすることでは優れた成果は期待できないのでしょうか。また、天才的な人の才能を活かすためにはどのようなマネジメントが必要なのでしょうか。

今回は、天才の創造性の源泉に関する最近の考え方をとりあげた記事[文献1-3]に基づいて、天才的な能力の活用について考えてみたいと思います。この記事では、特殊な才能を発揮する人の脳の作用に関する研究成果が紹介されていますが、特に認知的脱抑制が人間の創造性発揮に関連するとされている点は興味深く、示唆に富んでいると思いました。以下、まずはそれぞれの記事を簡単にまとめてみます。

「天才と変人-解き放たれた知性」、S・カーソン[文献1]

・「創造性に富む人に統合失調型に関わる特質が見られるだけでなく、創造性と統合失調型の組み合わせが家系の中で受け継がれる傾向がある」(プレントキー、ブロートによる、1989,97

・「統合失調型の人は、・・・要するに『変わっている』」

・著者の研究によれば「統合失調型パーソナリティーの顕在化自体が創造性を高めることはないことを示唆している。しかし、奇抜さの根底にあると思われるある種の認知的メカニズムが創造的な思考を高めるとも考えられる。」

・「認知的脱抑制とは、目前の目標や自らの生存とは直接関係しない情報を無視することができない状態を指す。私たちの脳には、精神的なフィルターが備わっていて、おかげで脳での大半の情報処理を意識せずにすんでいる。脳にはとてつもない量の信号が感覚器官を介して入ってくるので、これらすべてに注意を払っていては訳がわからなくなってしまうだろう。・・・だが、認知的フィルターがあるおかげで、このインプットされる情報のほとんどは意識に上ってこない。」

・「統合失調症の人と統合失調症患者はいずれも、こうした認知的フィルターの1つで『潜在抑制』と呼ばれるものの機能が低下していることが明らかになっている。潜在抑制の低下は、フィルターを通り抜けて意識に上る刺激の量を増やすようだ。また、これは突飛な思考や幻覚と関わりがある。」

・「ひらめきの瞬間には、認知的フィルターが一時的に弛緩しており、脳の中で棚上げされていた考えが突然前に出てきて意識に上って認識される。」

・「認知的抑制が弱まって、データを意識に上らせることが可能になり、さらに、斬新かつ独創的なやり方でそうしたデータが再処理され、再び組み合わされて創造的な発想が生まれるのだと考えられる。」

・「エキセントリックな人がみな創造的であるとは限らないのは明らかだ。過剰な情報を、圧倒されることなく処理し、頭の中で操作できる人がいるが、それを可能にしているのは、IQの高さやワーキングメモリー(作業記憶)の容量が大きいことなど、他の認知的因子である」

「創造性の起源」、D・K・シモントン[文献2]

・「20世紀後半、心理学者たちは、創造的な天才は、専門的な知識を身につけることによってのみ生まれるとする極端な後天性の立場に移っていた。・・・しかし、こうした見方ですべてを説明することはできない。第一に、天才はしばしば、他の専門家と比べて短時間で知識を習得する。・・・第二に、天才は、異例に幅広い関心や趣味を持っていたり、けた外れの多才さを発揮したりして、しばしば複数の専門領域に貢献する。・・・専門知識の習得過程を重視する理論は、様々な認知能力や人格特性の根底にある遺伝要素を過小評価している面もある。私は、最近のメタ解析において、創造性の差異の少なくとも20%は遺伝的要因によることを明らかにした。」

・「1960年に心理学者のキャンベル(Donald Campbell)が唱えた理論によれば、創造的思考は、『盲目的変異と選択的保持(blind variation and selective retention: BVSR)』と名付けたプロセスないし手続きを通して出現する。・・・BVSRのいう『盲目性』とは、最終的に役立つかどうかを考えずにともかくいろいろなアイデアを出すことだ。創造者はそのアイデアの価値を判断するため、考えつくたびにチェックするという、試行錯誤に取り組まなければならない。BVSR思考を特徴づける2つの現象は、無駄骨と後戻りだ。」

「既成概念をオフ-サヴァンに学ぶ独創のヒント」、A・W・スナイダー、S・エルウッド、R・P・チー[文献3]

・「人間の脳は思考と感覚を常にフィルターにかけて選別している。環境から受けた刺激のうち、意識に上るのはごく一部だ。・・・サヴァン症候群の人は脳の左半球の機能が障害される一方で右半球の働きがすぐれているようで、特定の限られた分野について優れた超人的能力を持つ。左脳と右脳のこのバランス関係のため、精神のフィルター効果が通常の人よりも弱くなっているのだと私たちは考えている。」

・「脳は情報を受動的に受け止めているのではない。生の体験についてどう考えるかを、過去の知識に照らして能動的に解釈している。・・・こうした思考様式は重要だ。人間が不完全な情報に基づいておよその結果を予測し、日々の行動を効率的にこなせるのは、そうした思考様式のおかげだ。・・・創造的な卓見には2つの認知スタイルが必要だと私たちは考えている。思考様式によるものと、フィルターなしに周囲の世界をありのままにとらえるスタイルの2つだ。通常は意識に上らない知覚の詳細にアクセスできるようにすれば、私たちの誰もが内に持っている天才を解き放てるかもしれない。」

・(子供の時に左側頭葉に受けたケガなどで)「後天的サヴァン症候群で自閉症患者に見られる特異な認知能力が突然出現するということは、私たちは誰もがこうした能力を潜在的に持っているのだが意識的に引き出せずにいる可能性を示している。」

・「私たちの究極の目標は、独創を邪魔する精神的な要素を回避する装置の開発だ。」

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これらの記事によれば、創造性の発揮や、天才に見られる奇矯なふるまいは、認知的脱抑制すなわち脳のフィルターを緩めることの関与により説明できる可能性があり、その作用は程度の差こそあれ、普通の人々にも影響する可能性がある、ということのようです。

仮にこうした知見が正しいとすると、創造性のマネジメントについて次のような示唆が得られるのではないかと思います。まず、天才あるいは天才的な独創性をもつ人々が「変わっている」ことを容認しなければいけないということが言えるでしょう。天才に必要な認知的脱抑制が、その副作用として変わった行動を引き起こすのであれば、変わっているという理由だけでその人を排除することは損失かもしれないことになります(もちろん、変わっている人が天才、ということではありません)。この点については文献1でも「創造的な思考の市場価値が高まる中、世の中の方が、エキセントリックな人に合わせて、彼らを受容するよう軌道修正を続けるかもしれない。」と述べています。

第二には、認知的脱抑制とそれにより入ってくる大量の情報をハンドリングできるようにトレーニングする、ないしはマネジメントすることで、個人の創造性を開発することが可能になるかもしれないことが示唆されると思います。文献1によれば、「従業員に創造性研修プログラムを定期的に受けさせている」企業も多いようですので、その研修方法に理論的な裏付けが得られれば、効率的に創造性を開発することができるかもしれません。また、IT技術の進歩が人間のワーキングメモリーの少なさを補ってくれるとしたら、創造性が発揮しやすくなるかもしれません。

第三の示唆としては、集団に対して認知的脱抑制を行なうことで、集団として創造性を発揮できるのではないかという点が挙げられると思います。例えば、ブレインストーミングによって、様々なアイデアを実現性を問わず議論の場に出させることは、集団における認知的脱抑制と言えないでしょうか。また、創発的戦略やプロトタイピングによる試行錯誤も、天才の創造力発揮プロセスの一部を担っていると言えないでしょうか。天才の創造性発揮プロセスを、普通の人々の集団に適用することによって、集団として創造的な成果を得られる可能性もあるように思います。

もちろん、創造性を発揮するプロセスの研究はまだ発展途上ですので、今回とりあげた記事もその内容を鵜呑みにすることはできないかもしれません。しかし、こうした心理学や脳科学の成果をとりいれたマネジメント手法を開発し、それをイノベーションの実現に生かすことも夢ではないかもしれない、と思います。今後の研究の発展に注目していきたいと思います。

 

文献1:Shelly Carson、S・カーソン著、編集部訳、「天才と変人 解き放たれた知性」、日経サイエンス、2013年6月号、p.32. 原題”The Unleashed Mind”, Scientific American Mind May/June 2011.

文献2:Dean Keith Simonton、D・K・シモントン著、編集部訳、「創造性の起源」、日経サイエンス、2013年6月号、p.40. 原題”The Science of Genius”, Scientific American Mind November/December 2012.

文献3:Allan W. Snyder, Sophie Ellwood, Richard P. Chi、A・W・スナイダー、S・エルウッド、R・P・チー著、編集部訳、「既成概念をオフ サヴァンに学ぶ独創のヒント」、日経サイエンス、2013年6月号、p.54. 原題”Switching on Creativity”, Scientific American Mind November/December 2012.

(参考)日経サイエンス  20136月号 特集:天才脳の秘密

http://www.nikkei-science.com/201306_030.html

日本経済新聞webページ、「天才と変人の関係 脳の「フィルター装置」が独創性を左右?」、2013.4.25

http://www.nikkei.com/article/DGXBZO54282560T20C13A4000000/

 

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