研究開発マネジメントノート

研究開発とそのマネジメントについてのいろいろ

協力

イノベーション・ファシリテーターの手法に学ぶ(野村恭彦著「イノベーション・ファシリテーター」より)

イノベーションの実現には協力が有効であるということが最近よく言われるようになりました。確かに、イノベーション課題の認識、アイデア出し、実行段階などの段階で、多くの人の知恵と活動をうまく使うことができればイノベーションの成功確率が高まるだろうことは疑う余地のないことのように思います。しかし、実際には協力の実現には様々な困難があると指摘する人もいますし、経験的にも、協力から期待したような成果が得られないことはままあるように思います。そうした困難さの原因のひとつとして、どういう場合に協力が必要とされ、協力をうまく進めるためにはどうしたらよいのか、といった方法論が未確立であることが挙げられるのではないかと思いますがいかがでしょうか。

野村恭彦著、「イノベーション・ファシリテーター」[文献1]では、協働してイノベーションを起こすための方法論が示されています。著者は、「1人では解決が難しかった社会的な課題に、対話の手法を通じて誰もが取り組める世の中にすることが、わたしたちの使命です[p.17]」と述べ、社会的な課題に焦点を当て、協働の具体的な手法を提案していますが、その方法論は社会的課題のみならず、様々な課題への適用の可能性も示唆しているように思います。今回は、その内容のポイントを本書の構成に沿ってまとめたいと思います。

第1部、イノベーション・ファシリテーターの思想
第1章、フューチャーセッションを開く前に

・「『ファシリテーション』は、“人々の活動が容易にできるよう支援し、うまくことが運ぶよう舵取りすること”であると、日本ファシリテーション協会が定義しています。[p.24]」「一般的に、『ファシリテーター』といえば、会議の進行役のイメージを持つ人が多いと思います。・・・一方、『イノベーション・ファシリテーター』は会議の進行役としてのファシリテーターとは異なるスタンスを持っています。[p.25]」
・「『イノベーション・ファシリテーター』とは、“新しいアイデアやプロダクトを新しい方法で世の中に提供して、社会に変革を起こそうとする人々を支援し、うまくことが運ぶよう舵取りする人[p.24]」。「イノベーション・ファシリテーターの目的は、会議で合意形成をつくることではありません。達成したい社会的な課題に対して、”課題の当事者およびその関係者“=”ステークホルダー“たちの関係に変容を生み出していくことが目的なのです。[p.25]」
・フューチャーセッションとは:「未来に向けた問いかけがあり、それに呼応して集まった多様な参加者が、対話を通じて相互理解と信頼関係を築き、新たな関係性と新たなアイデアを同時に生み出し、協調してアクションを起こしていく場。・・・フューチャーセッションは社会的な課題の達成のために開かれますが、そのはじまりにはいつも、社会問題に直面している当事者の想いがあります。・・・互いに異なる背景を持ったステークホルダーが対話を深めていくと、ステークホルダー同士に関係の変容が起こります。社会的な課題の解決に向けて、それぞれがどのように取り組んでいるかを理解し、協働する方法を模索しはじめるのです。フューチャーセッションの興味深い点は、イノベーション・ファシリテーターが上手に場の流れを進めるところではありません。当事者の想いに引き寄せられたステークホルダーたちが、互いの違いを理解し合いながら、目的の達成に向けて、その関係を変容させていくところにあります。・・・お互いの立場の違いから生まれた葛藤を乗り越え、ステークホルダーの関係に変容が起きると、それまで気がつかなかった新しい視点からのアイデアやプロジェクトが生まれ、協働関係が育まれます。それがイノベーションの引き金になるのです。[p.26-30]」
・「フューチャーセッションは、常に社会的な課題に直面する当事者の想いからはじまります。・・・当事者に出会ったイノベーション・ファシリテーターは、最初に当事者の想いに耳を傾けて、その想いの本質を引き出します。社会的な課題に対して、当事者がどのような想いを抱いていて、どうしてそのように感じるようになったのか、どんな社会になることを望んでいるのかなど、納得がいくまで当事者の想いを深堀りします。[p.30]」
・「単に、『自社の製品が売れて会社が儲かればいい』という想いなら、多くの人の共感を得ることはできません。・・・人々の共感を呼ぶことのできる価値観は、シェアードバリューと呼ばれています。[p.32]」
・「フューチャーセッションは、社会的な課題の解決を目指す活動です。自分ひとりでは、その社会的な課題を前にどうすることもできないから、ステークホルダーを集めて、フューチャーセッションを開くのです。つまり、次のような場合は、あえてフューチャーセッションを開く必要はありません。・課題に対する答えがすでに見つかっているとき、・課題に対する有効な取り組みがすでにあるとき[p.34]」
・「フューチャーセッションは、社会的な課題の達成に向けて、何度も重ねる探究のプロセスです。・・・社会的な課題は、そう簡単に解決できません。[p.36]」

第2章、問いを立てる
・「イノベーション・ファシリテーターは、当事者から本質的な想いを引き出します。そして引き出された本質的な想いを問いに変換するのです。・・・それは、想いをそのまま投げかけても、その当事者と同じ属性の人にしか届かないからです。・・・同一属性にあるステークホルダーが対話をすると、境遇が似ているだけに気持の共有はできるかもしれませんが、イノベーションは起こりにくいのです。想いを問いに変換すると、同じ属性のステークホルダーしか集まらないリスクを回避することができるようになるのです。[p.38]」
・「当事者の想いを傾聴し、想いの奥にある本質にたどり着いたら、問題解決に必要なステークホルダーを集めるステップに入ります。まずは、ステークホルダーの中から、コアメンバーの目星をつけて、その人たちのための小さなセッションを開きます。そのセッションで、コアメンバーになってもらいたい人たちの想いを引き出すのです。その後、企画と運営に加わってもらうとよいでしょう。・・・コアメンバーが話し合うことによって、問いは何度も磨かれていきます。[p.52-54]」
・「イノベーション・ファシリテーターが、自身の想いから、フューチャーセッションを開くことをわたしはあまりおすすめしていません。その理由は、イノベーション・ファシリテーターが想いを持った当事者である場合、想いが強すぎて、フューチャーセッションに対して冷静な立場を守りにくくなってしまうためです。・・・イノベーション・ファシリテーターの中立的な立ち位置は、そのセッションの参加者の多様性を担保するうえできわめて重要です。・・・自分自身の強い想いからフューチャーセッションを開いてしまうと、周囲に傲慢な印象を与えかねません。[p.54-55]」
・「気をつけたいのは、問いにはテーマを引き寄せる問いと、引き剥がす問いがあるということです。・・・引き寄せなくてはならないテーマとは、エネルギーの問題やグローバルな課題など、いままであまり自分ゴトとして考えたことがないものです。・・・身近な問題に焦点を当てるのです。・・・一方、あまりにも身近になりすぎているテーマの場合は、逆に自分ゴトから引き剥がす問いが必要です。・・・引き剥がす問いを用意して、発想の枠を取り外す必要があります。[p.56-57]」
・「企業に勤める人が、自社のためにフューチャーセッションを開こうとしても、なかなかうまくいきません。
・・・『フューチャーセッションという新しい手法を取り入れて会社にイノベーションを起こしましょう』という提案は、・・・『いままでのやり方を変えませんか』・・・と言っているようなものなのです。いままでのやり方でやってきた上司としては、気持ちよく受け入れられないのは当然です。[p.58]」「フューチャーセッションは特にどのような経営課題に向いているのでしょうか。それは、『新規商品・サービスの開発』と『次世代リーダーの育成』です。・・・企業がフューチャーセッションを開く場合は、ビジネスの根底にある企業の想いについて、きちんと掘り下げて問いをつくる必要があります。その企業が持つビジョンに注目して、誰もが共感できるパブリックな問いをつくり上げていく必要があるのです。[p.60-61]」

第3章、ゴールを見つめる
・「イノベーション・ファシリテーターであるみなさんには、ぜひ3段階ほどのゴールイメージを持っていただきたいのです。・・・最初のゴールはコアメンバーを集めることです。・・・2つ目のゴールは、大勢のステークホルダーを招いておこなうフューチャーセッションの開催です。・・・ステークホルダー同士の関係性に変容が起きること。これが2つ目のゴールとなります。3つ目はプロジェクト全体のゴールです。セクターを越えた関係性が生まれると、従来の関係性からは生まれてこなかったアイデアやプロジェクトが、ステークホルダーによって実行に移される必要があります。彼らを支援し、モチベーションに働きかけることで、社会的な課題の解決に向けて全体を後押しする。これがイノベーション・ファシリテーターにとっての3つ目のゴールとなります。[p.75-78]」
・「フューチャーセッションの本質的なゴールは、画期的な新商品のアイデアが出てくることではありません。もちろん、それも大切なのですが、本質的には、社会で活動しているそれぞれの人をつないでいくことで社会の仕組みそのものを変えていくことがゴールになります。[p.82]」

第4章、信頼関係を生み出す
・「ここからは、フューチャーセッション当日、イノベーション・ファシリテーターがどのような姿勢で臨むべきか・・・想いに共感し合って、対話をして、信頼関係を深めて、関係性をつくり変える。これがステークホルダーを集めたフューチャーセッションのゴールなのです。[p.83-86]」

第5章、参加者一人ひとりを主人公にする
・「フューチャーセッションには、さまざまな対話の手法を盛り込みます。これらの手法は、参加者にいままでとは違う課題の構造について、追体験をうながすために取り入れられるのです。[p.102]」
・「社会的な課題に想いが沸き上がってきて、話をしたいテーマが浮かび上がってきて、話したい人たちとのグループをつくる。フューチャーセッションで大切にしているのはこれらすべてを自分の意志で決めてもらうことなのです。[p.109]」

第6章、集まった人たちならではの意見をつくる
・「社会的な動物である人間は、指示に従って行動するよりも、意味自体を生み出そうとして行動するほうが高い満足度が得られます。・・・そうであれば、アイデア出しをする前に、『なぜこの問いを考えるのか』という想いの共有が必要です。また、『この問いについてどう考えるか』という参加者同士の意見の交換も外すことができません。フューチャーセッションから出てくるアイデアやプロジェクト自体は、これまでに見たことのないようなものでなくてもかまいません。平凡でも地味でもいいのです。大切なのは、その日、そこに集まった多様なステークホルダーが、アイデアを出す意味をちゃんと理解したうえで、つくりあげたかということなのです。飛んだアイデアよりも、みんなが自分ゴトで『大切だ』と思えるアイデアを出すようにしましょう。[p.115]」

第7章、デザイン思考と未来思考
・「フューチャーセッションでは、場のなかで生まれた新たなアイデアやプロジェクトを必ずプロトタイピング(試作)します。・・・大切なのは、アイデアやプロジェクトを可視化してみんなで客観的に眺められるようにすることです。このように、つくりながら考えるデザイナーの仕事のやり方をビジネス全般に適用した方法がデザイン思考です。[p.134]」
・「未来思考とは、物事を考える視点を未来に置いて、そこから現在を振り返ることによって、いま起こしたいアクションを決める思考方法のことを言います。・・・現在、もしくは過去のさまざまなデータから、『こんな世の中になるのではないか?』と未来を予測することをフォアキャスティングと言います。フォアキャスティングで未来を考えると、それはあくまで現在の諸要因から可能性の高い未来を浮かびあがらせるだけなので、そこに多様性はなく、社会的な目的の達成に向かう要素も見つけられません。創造力を働かせることのできる領域も小さくなります。これに対して、物事を考える視点を未来に置いて、そこから現在を振り返ることをバックキャスティングと言います。バックキャスティングでは、いきなり未来に視点を置いて、理想とする未来の姿を想い描きます。・・・未来のことですからなにが正解で、なにが不正解かはわかりません。だからこそ自由に想い描くことが可能であり、想像するとワクワクしてくるのです。[p.137-138]」
・「フューチャーセッションでは未来思考とデザイン思考を組み合わせて使います。・・・もちろん、未来思考とデザイン思考で考えた未来が簡単に手に入るわけではありません。でもそこにはフォアキャスティングでは浮かび上がってこない、素晴らしいけれど『何もしなければ実現しない未来』が広がっているのです。・・・社会的な課題に対して、イノベーションを起こしていくためにはこのワクワクするという気持ちがなによりも大切なのです。[p.140-141]」

第8章、関係性のつなぎ直しで課題解決
・「具体的なプランやアイデアではなくステークホルダーの関係性のつなぎ直しをゴールにする理由は、たとえよいアイデアがあっても、ステークホルダーの関係性ができていなければ実行されないからです。[p.143]」
・「関係者がお互いを理解することで関係性を改善すれば、より根源的な問題が解決されていく。こういった場面は会社のなかでもくらしのなかでも以外なほど多いものなのです。[p.145]」

第2部、フューチャーセッションの実践
第3部、不安、疑問に応えるQ&A

・セッション開催の準備から開催後のフォローまでのノウハウ、Q&Aがまとめられています。
―――

野村恭彦氏の著作は以前に「フューチャーセンターをつくろう 対話をイノベーションにつなげる仕組み」をご紹介しました。本書はそれを発展させたものと言えると思います。前著に比較して、対話を通じて変化を作るための思想、考え方のポイントがより詳細に解説されており、さらに実践のための各論では社会変革のためのイノベーションを起こすことに焦点をあてたノウハウがまとめられている点が本書の特徴だと思います。おそらく前著出版後に著者が蓄積したノウハウや洞察、より洗練された思想が述べられているといってよいだろうと思います。

本稿では、具体的な手法の部分は大幅に割愛し、考え方について主にまとめましたが、私が特に重要だと感じたのは以下の点です。
・協働することの意味:著者は、複雑な社会的課題の解決に焦点をあてて、そういう課題を解決するためのイノベーションこそ協力して行うべきであるとしています。しかし、対象は社会的課題である必要はないように思います。要するに、協働が効果を発揮するタイプのイノベーションがあり、それはすなわち、多くのステークホルダーが関わる難しい課題を解決するためのイノベーションということなのではないでしょうか。例えば、協働のしくみとしてオープンイノベーションがよく取り上げられますが、本当に協働が効果をあげるような対象に適用しているのかどうか。なぜ協働すべきなのかをしっかりと見極める必要があるということかもしれません。
・ステークホルダーの行動を促す仕組み:協働が必要なイノベーションの場合、それぞれのステークホルダーが確実に行動してくれなければ、全体としてイノベーションは実現できません。著者は、対話によって自発的にステークホルダーの考え方の変容を導き、それが行動の変容につながる、という手法を提案していますが、この考え方に従えば、協働と行動の変容を促す仕組みは表裏一体のものではないかと思います。協働をしたいと口で言ったとしても、行動の変容を促す仕組みがなければ協働はうまくいかないのではないか、協働したいなら、その計画とセットで行動を変容させる仕組みも用意しておかなければならない、ということなのではないかという気がしました。オープンイノベーションの例でいえば、単なるニーズとシーズのマッチングだけではなく、ステークホルダーの行動変容を促す仕組みをもっと重視すべきなのかもしれません。

おそらく、本書で提案されている手法はこれからも進化していくでしょう。現時点ではその成果はあまり目立ってはいないように思いますが、協働をうまく進めるメカニズムの理解によって、多くの優れたアイデアが生まれ、実行段階での失敗も減って、イノベーションの成功確率は高まるのではないかと思います。今後の発展に注目していきたいと思います。


文献1: 野村恭彦著、「イノベーション・ファシリテーター INNOVATION FACILITATOR 3カ月で社会を変えるための思想と実践」、プレジデント社、2015.

参考リンク



「チームが機能するとはどういうことか」(エドモンドソン著)より

近年のイノベーションにおいては、協働(協力)と、試行からの学習が重要であると指摘されることが多いように思います。この背景には、多様なアイデアや専門性の結び付きが求められ、取り組む対象の不確実性も高くなり、時代の変化も激しくなっているという近年の傾向があるように思われますが、では、具体的にどう協力と学習を進めればよいのか、という方法論についてはそれほどはっきりしていないと思います。

今回は、その問題を議論した「チームが機能するとはどういうことか 『学習力』と『実行力』を高める実践アプローチ」(エドモンドソン著)[文献1]をとりあげたいと思います。原著の表題は、TEAMING: How Organization Learn, Innovate, and Compete in the Knowledge Economyで、主題は「チーミング」です。著者は、「チーミングは、協働するという『活動』を表す造語であり、組織が相互に絡み合った仕事を遂行するための、より柔軟な新しい方法を示している[p.12]」と述べており、単なる「チーム運営方法」よりは広く、これからの時代に有用な概念が議論されていると感じました。以下、本書の内容に沿って、重要と思われる指摘をまとめてみたいと思います。

第1部、チーミング
第1章、新しい働き方

・「今日のような複雑で不安定なビジネス環境では、組織や企業も、部分の総和に勝る全体を生み出せるかどうかで勝敗が左右される。激しい競争、予測不可能なことの数々、絶え間ないイノベーションの必要性、それらによって相互依存はいよいよ増え、結果として、かつてないレベルで協働とコミュニケーションが要求されるようになってきている[p.23]」。
・「マネジャーはなぜ、チーミングに心を配るべきなのか。答えは簡単だ。チーミングは組織学習の原動力なのである。組織が学習する必要があることは、今では誰もが知っている。変わり続ける世界の中で成功を収めるためである。[p.26]」
・「『実行するための組織づくり』が進展する可能性を見出したのは、ヘンリー・フォードが考案した組み立てラインだった。・・・フォードの成功は、従業員の業務に対し高いレベルの管理的統制を行うことを条件としていた。今日では指揮統制マネジメント、すなわちトップダウン・マネジメントとして知られるものである。・・・フォードが考案したような大量生産を行う状況においては、労働者が意思決定したり創造性を発揮したりする機会は存在しない。・・・マネジャーは労働者を支配し、怯えさせて、高い生産性を確実に生み出すことができた。・・・この伝説が今日マネジャーにもたらしている根本的な問題は、システムが経営実務において不安に依存しすぎていることだ。・・・社会として私たちは相変わらず不安に基づいた職場環境を当たり前のように受け容れてしまっている。不安によって支配力を増大できると、(多くの場合は誤って)信じてもいる。支配力は確実性や予測精度を高める、とも思っている。・・・組織づくりの伝統的なモデルでは、計画や詳細、役割、予算、スケジュールといった、確実性や予測のためのツールに力点が置かれている。めざす結果の達成に必要なものがよくわかっているときには、そうした伝統的なモデルはたいへん役に立つ。しかし、そういう環境は組み立てラインの労働者や会社人間には効果をもたらせたものの、今日のような知識ベースの経済においてはもはや競争上の強みにはならない。[p.27-32]」
・「成功するためには、実行のための組織づくりから、協働やイノベーションや組織学習を支持する新たな働き方へとシフトすることが不可欠なのである。・・・実行するための組織づくりという古い考え方は、一世紀をかけてつくり上げられた。そのため、習慣と訓練によって多くのリーダーがその考え方を持っていることに何の不思議もない。実行するための組織づくりには、とりわけ規律や効率性を重視する点に、多くの強みがあるのだ。しかしながら、リスクも多い。とくに多いのは、きわめて不確かな、あるいは複雑な状況でその考え方が使われるときである。そうした状況では、学習するための組織づくりこそ成功に不可欠だ。[p.37-42]」
・プロセス知識スペクトル:ルーチンの業務(不確実性が低い、成功とは効率性の改善)→複雑な業務(成熟している知識もあるが、よくわかっていない知識や変化する知識もある)→イノベーションの業務(不確実性が高い、成功は新奇なものの中にある)。「仕事や部署、あるいは組織全体がスペクトルのどこに位置しているかで、その仕事の性質と、それに合う学習の仕方とが決まる。[p.53]」

第2章、学習とイノベーションと競争のためのチーミング
・効果的なチーミングの4つの柱:率直に意見を言う(職場でそうであることは思うより少ない)、協働する、試みる(一度でうまくいくことを期待しない)、省察する(行動の成果を批判的に検討して、結果を評価したり新たなアイデアを見出したりする習慣)[p.70-76
・チーミングに対する社会的、認知的障壁:はっきり意見を言うより黙っているほうが楽である、序列の低い人がはっきり意見を述べることが困難、意見の不一致、素朴実在論(ほかの人たちも当然自分と同じ意見を持っているという誤解)、根本的な帰属の誤り(原因は個人の性質や能力にあるにちがいないと過度に思いすぎる、うまくいかないのは状況ではなく「人(他人)」のせいにする)、緊張と対立。[p.82-90
・熱い認知と冷たい認知:熱いシステム(人間に感情的で急な反応をさせる)、冷たいシステム(慎重で注意深い、効果的にチーミングをおこなうツールになる)。[p.91-92
・対立が激化する条件:複数の解釈ができる異論の多いあるいは限定されたデータ、高い不確実性、うまくいけば得られる素晴らしい結果[p.92]。
・対立を緩和し協調的な取り組みを行う戦略:対立の性質を見極める(人間関係における対立は非生産的)、優れたコミュニケーション(じっくり考えたり見直したりする)、共通の目標、難しい会話から逃げずに取り組む(感情的反応の原因を探る)[p.95-101
・チーミングを促進するリーダーシップ行動:学習するための骨組みをつくる(自然に生まれる自己防衛的なフレーム(ものごとの捉え方)を思慮深い学習志向のフレームへと再構成して変える)、心理的に安全な場をつくる(不安に思うことなく自由に考えや感情を表現できる雰囲気)、失敗から学ぶ、職業的、文化的な境界をつなぐ[p.101-105

第2部、学習するための組織づくり
第3章、フレーミングの力

・「フレームとは、ある状況についての一連の思い込みや信念のこと[p.112]」、「フレームとは解釈であり、これを使って人は環境を感じて理解する。[p.147]」
・「リフレーミングは、自分の行動を変えたり人々に変わってもらったりするための強力なリーダーシップ・ツールである。[p.147]」
・リーダーシップ:「リーダーは自分が相互依存していることをはっきりと述べ、自分も間違う場合があることと協働を必要としていることを伝えなければならない。」「リーダーはメンバーがプロジェクトの成功に不可欠な優れた人物として厳選されていることを強く伝える必要がある。」「リーダーは明確で説得力のある目標をはっきり伝えなければならない。」[p.148
・「学習フレームを強固にするためにすべきこと。まず、言葉と目を使った会話をする。期待される対人行動と協調的行動を、具体的な言葉を使って説明する。新たな手順がうまく進み、自信を高めやすくなるような行動を始める。さまざまな結果を使って、学習フレームの要素を視覚的に強固にする。」[p.148

第4章、心理的に安全な場をつくる
・「『心理的安全』とは、関連のある考えや感情について人々が気兼ねなく発言できる雰囲気をさす。[p.153]」、「心理的安全があれば、厳しいフィードバックを与えたり、真実を避けずに難しい話し合いをしたりできるようになる。心理的に安全な環境では、何かミスをしても、そのためにほかの人から罰せられたり評価を下げられたりすることはないと思える。手助けや情報を求めても、不快に思われたり恥をかかされたりすることはない、とも思える。そうした信念は、人々が互いに信頼し、尊敬し合っているときに生まれ、それによって、このチームでははっきり意見を言ってもばつの悪い思いをさせられたり拒否されたり罰せられたりすることはないという確信が生まれる。[p.154]」、「心理的安全は、メンバーがおのずと仲良くなるような居心地のよい状況を意味するものではない。プレッシャーや問題がないことを示唆するものでもない。・・・チームには結束力がなければならないということでも意見が一致しなければならないということでもないのである。[p.155]」
・「対人不安のせいで頻繁にまずい意思決定がなされたり実行すべきことが実行されなかったりしていることがわかっている。[p.153]」、「職場で直面する明確なイメージリスクとは、無知、無能、ネガティブ、あるいは邪魔をする人だと思われることである。[p.192]」
・「研究によって、心理的安全がイノベーションに不可欠であることもはっきりした。率直に発言する不安が取り除かれると、革新的な製品やサービスの開発に欠かせない、斬新なあるいは型破りなアイデアを提案できるようになるのだ。[p.167]」
・「心理的安全はグループの人間関係上の環境における一つの構成要素であり、責任もまたそうした構成要素の一つである。[p.169]」、心理的安全も責任も低いと無責任になりがち。心理的安全は高いが責任は低い場合は、快適だが、説得力ある理由がないと学習やイノベーションを発展させることは難しい。心理的安全が低く、責任が重いと不安になる。「パフォーマンスについて強いプレッシャーを与えることが優れた結果を確実に生む最良の方法だという誤った、しかし善意から生まれることの多い信念に従うマネジャーは、従業員が不安のあまりアイデアを提案したり、新しいプロセスを試したり、支援を求めたりできない環境を、知らぬ間に生み出してしまっているのだ。仕事が明確でかつ個人プレーであるなら、このやり方でもうまくいく。しかし不確実性や協働する必要性がある場合には、生み出されるものは成功ではなく不安である。[p.170-171]」。「心理的安全と責任のどちらもが高い場合は、人々はたやすく協働し、互いから学び、仕事をやり遂げることができる。[p.171]」
・「グループや部署内での地位が低い人は一般に、高い人に比べてあまり心理的に安全だと思っていないことが、研究によって明らかになっている。[p.171]」
・「心理的に安全な環境をつくるために、リーダーは、直接話のできる親しみやすい人になり、現在持っている知識の限界を認め、自分もよく間違うことを積極的に示し、参加を促し、失敗した人に制裁を科すのをやめ、具体的な言葉を使い、境界を設け、境界を超えたことについてメンバーに責任を負わせる必要がある。[p.193-194]」、境界とは、「どんな行為が非難に値するか[p.188]」ということ。「好ましい行動の境界を当てずっぽうに想像している場合よりも心理的安全を感じることができる。[p.188]」

第5章、上手に失敗して、早く成功する
・「人間というのは、・・・失敗すれば非難を受けるものだとどうしても思ってしまう。これによって処罰に対する反応が起き、多くの失敗が報告されなかったり誤った判断がされたりするようになる。[p.240]」
・「ルーチンの業務で失敗から学ぶカギは、人々がミスに気づき、報告し、修正できるような組織的システムをつくって維持することである。・・・失敗から学ぶことに関して、トヨタ生産方式(TPS)を超えるルーチンプロセス管理システムはない。[p.210]」、「複雑な組織のリーダーは、失敗が避けがたいものであることを認識し、問題を報告して話し合えるよう心理的に安全な環境を整え、日頃から注意力を働かせてすばやくミスに気づき対応できるようにすることによって、回復力を高めなければならない[p.212]」。「イノベーション業務での成功のカギは、大きく考え、冒険をし、試みる一方で、イノベーションへの途上では失敗したり行き詰ったりすることが必ずあることを絶えずよく意識していることだ[p.213]」。知的な失敗とは「意義ある実験の一部として起きるものであり、新しい貴重な情報やデータを提供する。[p.216]」
・「失敗に気づくこと、失敗を分析すること、意図的な試みを行うことは、失敗から学ぶのに不可欠である。失敗に気づくのを促進するためには、リーダーは、問題を報告した人を歓迎すること、データを集め、意見を求めること、失敗に気づいたらインセンティブを与えることが必要である。失敗を分析するのを後押しするためには、リーダーは、さまざまな専門分野から人材を集め、体系的にデータを分析しなければならない。意図的な試みを促進するためには、リーダーは、試みとそれに伴う失敗にインセンティブを与えること、失敗から学ぶことに対する心理的障壁を取り払うような言葉を使うこと、より多くの賢い失敗が生まれる知的な試みをデザインすることが必要である。[p.241]」

第6章、境界を超えたチーミング
・「境界とは、アイデンティティを同じくするグループ同士の間の区切りのことである。[p.252]」
・「多くの人が自分の側にある知識を当たり前のものと思い、境界線の向こうにいる人たちとコミュニケーションを図るのを難しくしてしまっている。[p.253]」
・3つの境界:物理的な距離(分離)、地位(格差)、知識(多様性)[p.258
・境界を超えたコミュニケーションをリードする方法:上位の共通目標を設定する(コミュニケーションの障壁を乗り越えようとする意欲を高める)、関心を持つ(偽りのない関心をみずから示し、同様の関心を持つことをメンバーにも促す)、プロセスの指針を示す(全員が従おうと思うプロセスの指針を確立する)[p.276-280
・「組織の多様性によって生まれた知識の境界を克服するために、グループは専門技術に基づく知識を共有し、集団的アイデンティティを確立し、図面、モデル、試作品のようなバウンダリー・オブジェクトを活用すべきである。[p.283]」

第3部、学習しながら実行する
第7章、チーミングと学習を仕事に生かす

・学習しながら実行する4つの基本的ステップ:診断(状況、チャレンジ、問題、どれくらいのことがわかっているかを診断する)、デザイン(行動計画をデザインする)、アクション(デザインに基づいて行動し、その行動を学習するための試みとして考える)、省察(プロセスと結果について省察する)[p.311-312]。

第8章、成功をもたらすリーダーシップ:3つの事例
―――

これからの時代、個人や組織が協働すること、失敗を含むあらゆることから学ぶことはますます重要になっていくと思います。しかし、「過去の組織の経営陣が効率を追求しながら実行する姿勢を生み出したのと同様、今日の組織がしのぎを削る知識経済は、専門知識のサイロ(貯蔵庫)を生み出し、地球規模の問題を解決するのに必要なチーミングを妨げてしまっている。・・・競争の古いモデルはだんだんそうした目的の役に立たなくなってきている[p.373]」という著者の見解に同意しつつも、協働と学習をうまく行なうことの困難さを感じておられる方も多いのではないでしょうか。では、どうすればよいのか。本書に述べられた方法論は、それに対する一つの提案と言えるでしょう。特に、業務を、プロセス知識スペクトル(すなわち、不確実性の度合いと言ってもよいと思います)で特徴づけて、それぞれの業務に適した方法を提案している点は実践的にも興味深く感じました。

研究開発のミドルマネジャーの立場からすると、本書に述べられた学習する組織をつくり上げていく必要性を痛感させられるとともに、「実行するための組織」の仕事の進め方と折り合いをつけていく難しさ(場合によっては戦わなければならない?)も感じました。本書の方法論や指摘を参考に、研究マネジメントにおいて試行(失敗)から学習していくことが求められているのだろうと思います。


文献1:Amy C. Edmondson, 2012、エイミー・C・エドモンドソン著、野津智子訳、「チームが機能するとはどういうことか」、英治出版、2014.
原著表題:TEAMING: How organization Learn, Innovate, and Compete in the Knowledge Economy

参考リンク




協力とフリーライダーと罰(大槻久著「協力と罰の生物学」より)

研究開発に限らず、組織の行動において協力は不可欠です。しかし、いつもうまく協力ができるとは限りません。協力の何が難しいのか、どうしたら協力をうまく引き出せるのか、協力は命令すればできるものなのかなど、協力のマネジメントは組織運営にとって重要なはずですが、その方法論は明確にはなっていないように思います。

本ブログでも協力の問題は何回か取り上げましたが(「不機嫌な職場」「利他学」「働かないアリに意義がある」利他性と協力)、今回は大槻久著、「協力と罰の生物学」[文献1]を取り上げます。この本では、協力行動自体の議論に加えて、進化の観点から見た協力行動、協力的環境で発生するフリーライダーと罰の問題が議論されている点が特徴的だと思いますので、以下、その中の興味深い点をまとめたいと思います。

自然界にあふれる協力のすがた
・「協力とは、ある個体が他の個体に対して利益を与えることをいいます。[p.3]」
・協力の種類:共生(異種の生物が協力し合う)、利他行動(自分の子の数を犠牲にして行う協力)、相利行動(協力行為が自分の利益にもなる)[p.21-22
・「生物の世界では、他者に利益を与える『協力』が、さまざまなところで行われている。[p.21]」

なぜ「ずるいやつら」ははびこらないのか
・フリーライダー(free-rider):「自らは協力をせず、協力の利益を搾取する個体のこと[p.41]」。「フリーライダーは周囲に協力をさせておきながら、自分は協力をせずに、その分のエネルギーや時間を繁殖に振り向けるので、協力する個体はその繁殖スピードに追いつけず、最終的に協力というシステムが破壊される原因となります。[p.29]」
・「にもかかわらず、自然界ではさまざまなところにフリーライダーが存在する。[p.41]」

協力の進化を説明せよ!
・「協力の進化はシンプルな自然淘汰説だけでは説明が困難です。なぜなら、協力的なシステムには、常にフリーライダーがつけ入る隙が存在するからです。[p.44]」
・群淘汰説(ウィン=エドワーズ):「有利な群れこそが生き残るはず[p.45]」。しかし、「いくら群れの利益になったとしても、自分の利益にはならない行動は進化できず、協力の進化を説明するためには、群淘汰ではない別の理論が必要(ウィリアムズ)[p.45-46]」。
・血縁淘汰理論(ハミルトン):「血縁者の間ならば協力行動が進化できる[p.47]」。協力は、「血縁関係を通して少しでも多く自分の遺伝子を残そうとする試みである、と説明することができる。[p.48]」
・直接互恵性理論(トリヴァーズ):「協力をした側は繁殖・生存上のコスト(負担)を負ってしまうものの、後で相手から協力をし返してもらえばそのコストを埋め合わせることができて、協力行動が進化する[p.49]」。この理論の示唆は、1)血縁と関係としない、2)「直接互恵性で進化する協力行動というのは、助ける側にとってはそれほどの負担にはならないものの、助けられた側にとっては大きな利益となるようなものでなければならない」、3)「フリーライダーに対する警戒心の進化を予測した」。「ヒトは自然淘汰を通して、裏切りを鋭く検知する能力を身につけたはずだと予測します」[p.49-50]。
・「協力の進化モデルとして最も有名な『囚人のジレンマゲーム』[p.50]」は、「裏切り、すなわちフリーライダーになる魅力と、互いが協力してもたらされるよい結果が決して両立しないことを教えてくれます。そして、個々が自らの利益を最大化しようとすると、協力が達成できないことを教えてくれる[p.53]」。囚人のジレンマのゲームで最も効果的なのは、「しっぺ返し戦略」(協力されたら協力し返すが、裏切られたら裏切り返す)。しっぺ返し戦略では、「相手がフリーライダーとみたら、断固として協力をやめるのです。・・・トリヴァーズの理論とともに、アクセルロッドとハミルトンの研究は、『もちつもたれつ』の達成のためにはいかにフリーライダーを検知し、協力を拒絶することが大切かを示しています。[p.55]」
・間接互恵性理論(アレキサンダー):「自分の評判などを通じて過去にした手助けが間接的に第三者から返ってくるメカニズム」。「アレキサンダーは、ヒトのもつ道徳性をこの間接互恵性として理解しようとしました。つまり、見知らぬ人を助けるのは、第三者からのお返しが期待できるからだ、という説明です[p.56]」。ただし、「間接互恵性の理論は、個々の行動の動機について説明するものではありませんし、その善悪判断をするものでもありません。あくまで、ヒトの祖先の環境(たとえば石器時代)においては、他者を手助けすると見返りが得られることが多かったはずだ、だから他者を助ける行動が自然淘汰で有利だったはずだ、という論理を述べているにすぎない[p.58]」。

自然界には罰がいっぱい
・「互恵性の理論から我々が学べることは、フリーライダーに対してはそれを検知するメカニズムが必要であること、そして、そのようなフリーライダーには協力しないなどの報復が必要であることの2点です。[p.60]」
・利己的な遺伝子:「生物の進化においては、個体だけでなく遺伝子までもが、自分のコピーを次世代に残すための巧みな方策をとっていることがわかります。まるで遺伝子が利己的に振る舞っているようにも見えるので、これを称して『利己的な遺伝子』とよびます。[p.64]」
・「フリーライダーによる協力の利益のただ乗りを防ぐ方法として、罰がある」。「生物の世界での罰は、相手を殺したり、追っ払ったり、仲間はずれにしたり、とさまざまな形をとる。」[p.75
・懲罰(punishment)と制裁(sanction):「懲罰というのは、・・・協力的に振る舞わなかった相手を懲らしめることで、次回から協力を引き出そうとする行動を指します。行ってみれば『反省』を期待したやり方です」。「自然界ではよく『相手を殺す』という懲らしめ方がとられます。これは制裁に対応します。」「フリーライダーを殺して、付き合いを強制的に終了させ、自らの協力が搾取されるのを止めるという働きがあります。」[p.75-76

ヒトはけっこう罰が好き?
・「単なる論理学の問題を、社会の文脈を与えることで『裏切り者検知』の問題へと置き換え」ると、正解率が上がる。「この実験結果は、ヒトが裏切り者検知の問題が得意であることを示している」(コスミデスによる実験)。[p.85
・「間接互恵性の理論は、『ヒトが協力的に振る舞うのは、自分の行動が他人に観察されている時である』と予測します」。写真の視線でも同じ反応をしてしまう(ベイトソンによる実験)[p.86-87]。
・「『協力しないと罰を受ける』という強い恐れがある場合、協力的に振る舞う」ので協力率は上昇する。[p.92
・「罰のコストを払わない人は、『二次のフリーライダー』とよばれます。[p.93]」
・他者に罰を与えることの利益:「罰を受けた個体が、その後協力的になる」ことに加え、「自分の厳格さに関する評判を広められる」利益がある[p.94]。
・ヒトは、「他者からの罰を警戒し、協力率を上げてしまう傾向」と「罰を与えてもその人自身にとって何の利益にもならないことをわかっているにもかかわらず、他者を罰してしまう傾向」(利他的罰)を持っている[p.96]」。
・「感情は、もともとは状況に対して即座に反応するための適応と考えられます。・・・理性的に判断した場合には損であっても、感情という回路が我々に利他的罰をとらせるのかもしれません[p.98]」。「罰を与えたときには、快感を引き起こす神経回路が活性化していた・・・。・・・ある行動に『快』の情動が伴っているということは、その行動をとることが進化の過程において有利であった有力な証拠です」。[p.104
・「罰の度合いには社会間で差がある[p.99]」。協力的な人への罰(非社会的罰)もある[p.100]。「集団主義的な社会では、他者との協調や団結が重視されます。集団主義的社会においては、『協力しすぎる人』は『協力しない人』と同じように、集団の和を乱す存在と考えられる可能性があります。実際、・・・集団主義社会のほうで、より強い非社会的罰が生じていました。[p.101]」
・「罰の代わりに報酬を用いても、協力は達成できた」。「報酬あるいは、罰のいずれかの機会があると、人はより協力的に振る舞うようになる」、「そして、報酬と罰が同時にある場合には、実際の報酬の回数が多いほど協力率は上昇するのですが、実際に罰が何回行われたかということは協力率の上昇には貢献しないのです。つまり、人は報酬という正の動機と罰という負の動機が混在するときには、正の動機に対してのみ反応し、負の動機には反応しないのです。この結果は、罰がいつも万能であるとは限らないことを示しています。[p.106-107]」
・「『報酬を与える人』は評価されるのだけれど、『罰を与える人』は特に評価はされないらしい」[p.107]。
・制度化された罰:習慣や道徳などの暗黙のルールに基づく個人レベルの罰の他に、「多くの社会には、罰の制度が法という形で存在しています」。コストがかかるにもかかわらず人が罰を制度化してきた理由としては、罰の効率の上昇と、二次のフリーライダーの排除効率が優れていることが考えられる。[p.109-111

ヒトと罰、その未来
・相手との関係を断ち切ってしまうような罰は、「自分の協力相手を選べる場合によく起こります」。相手の改心を狙って与える罰は、「相手に学習能力があるときに起こりやすいものです。また、パートナーを変えることがそれほど簡単でない場合にも、起こりやすいと言えます」。[p.113
・「罰は協力を促進するという点では効果的ですが、罰にかかるエネルギーや時間などは相当なものです。・・・罰は、もともと個体間の協力を促し、それによってそれぞれの個体が、独立に生きていくよりも高い効率を得ることが目的なので、罰自体がとても非効率ならば、そうやって得られた協力の価値というものは半減してしまうのです。[p.114]」
・「フリーライダーの出現はなかなか避けられず、むしろよくあることなのではないかと私は思っています。ですから、次善の策として、フリーライダーの出現に備えて罰をもっておくことは、協力というシステムを保つためのよい対策であると考えられます。しかし、この罰がしょっちゅう行使されているようでは、罰の非効率性が、協力することの利益に勝ってしまいます。・・・罰という制度を誰から見ても納得のいく公平なものとして設計し、その抑止効果をうまく利用して協力を達成することが、罰の優れた使い方なのではないかと思います。[p.115]」
―――

協力に限らず、人の行動を予測し、他者に自分の望みの行動をしてもらうためには、人がどのように考え、感じ、行動するかの傾向を知っておくことは重要でしょう。その時、単に経験から学ぶだけでなく、人はなぜある傾向を持つのかという視点で考えることも必要ではないかと思います。進化の観点は、このような「なぜ」についてのヒントを与えてくれるアプローチとして実践的にも役に立つのではないでしょうか。

本書の指摘の重要な点のひとつは、協力行動があるところにはフリーライダーの出現は避けられず、フリーライダーによる悪影響を抑止しようと思えば罰は不可欠であり、人は協力維持のために罰を用いることを進化の過程で身につけている、というところではないでしょうか。もちろん、人間には理性がありますので、進化によって身につけた本能だけに基づいて行動を決めるわけではありませんが、本能の影響を完全に排除できないことは本ブログでもたびたび取り上げてきました(例えば、「ファスト&スロー」など)。そう考えると、理性だけに頼ったマネジメントではなく、ヒトの本能を考慮したマネジメントも求められているのだと思います。

具体的に企業活動における協力の姿を考えてみると、人々が力を合わせて何かを実行するという協力の他に、ある人が別の人に指示や依頼をして労働の提供を受けるということも協力と考えていいのではないかと思います。例えば給料と労働の交換のような契約に基づくものであっても、「ある個体が他の個体に対して利益を与えること」という本書の協力の定義は満たしていることになるでしょう。つまり、企業内での人の活動の大部分は何らかの形で「協力」と関わっているといえるのではないかと思います。

協力におけるフリーライダーの発生が不可避だとして、では、企業におけるフリーライダーはどんな人なのでしょうか。協力しない(必要な仕事の分担をこなさない)人はもちろんフリーライダーですが、協力関係を壊す人(にもかかわらず報酬を得る人)、企業内に構築されている協力システムを使って不当に多くの利益を得ている利己的な人もフリーライダーと言ってよいのではないでしょうか。おそらくどんな企業にもそうしたフリーライダーはいるでしょう。そして、企業が好調なうちは、フリーライダーはその数を増やしていくはずです。しかし、フリーライダーが増えるに従い、仲間の中にフリーライダーを罰したいという感情が蓄積します。そしてある時、実際に協力関係が壊れて収益性に悪影響を及ぼすようになるかもしれません。そうして企業が寿命を迎える・・・。そんな場合もあるように思えてきます。

もちろん、企業の不調をすべてフリーライダーのせいにするわけにはいきませんが、マネジメントにおいてフリーライダーに注意を払う必要があることは間違いないでしょう。本書を参考にすると、フリーライダーと罰の問題に関して、以下のようなマネジメント上の注意点が挙げられると思います。
・フリーライダーはどこにでもいるはずです。従業員に注意を向けることももちろん必要でしょうが、マネジャーにもフリーライダーはいるかもしれません。直接互恵関係が成り立ちにくい過剰な協力を求めるマネジャーはいないでしょうか。高位のマネジャーや経営層の高待遇については、それにメリットがあるとする考え方もありますが、フリーライダーではないといい切れるでしょうか。過剰な利益を得ることに対する罰の制度は機能しているでしょうか。もしそれが機能していないとすると、協力している人のフリーライダーを罰したいという感情が、罰のコストを増やしてしまうことにもなりかねないでしょう。
・フリーライダーを罰するシステムはうまく設計されているでしょうか。その罰は、反省を促すことを意図したものか、関係を断ち切ることを意図したものか、どちらでしょうか。頻繁な罰は協力率の向上には寄与しない可能性があります。罰と報酬の関係は適正でしょうか。
・成果の評価システムは、利己的なフリーライダーを高く評価するような偏ったものになっていないでしょうか。個々の利益を最大化すると協力は達成できない可能性があることは認識されているでしょうか。
・本能的に罰に積極的な人、罰の力によって他者を自らに協力させようとする人もいるかもしれません。罰を加える人は周囲から評価されない傾向を認識しているでしょうか。
・組織に非社会的罰は存在しているでしょうか。組織の和を重視することで発生する非社会的罰は、かえって協力を抑制しているかもしれません。

このように考えると、フリーライダーと罰をめぐる問題は、科学の話題にとどまらず、生物としての人間のマネジメントの問題に深く関わっているように思われ、非常に興味深く感じます。


文献1:大槻久、「協力と罰の生物学」、岩波書店、2014.

参考リンク<2015.4.5追加>



ピープルアナリティクスとマネジメント(ウェイバー著「職場の人間科学」より)

人間の行動を調べ、それをビジネスに活かそうという試みは数多くあります。研究開発の分野でも、顧客の行動やニーズを知り、それに合わせた製品やサービスを提供しようとすることは、もはや常套手段となりつつあるかもしれません。しかし、社員の行動データをどうマネジメントに活かすか、という点については、せいぜい個人や組織の業績を評価や処遇、人員配置に活かす程度しか行われていないように思います。その理由はいくつか考えられると思いますが、まずはそうしたデータを活かしたマネジメントが有効なのかどうかがわからないこと、加えて、実際にマネジメントに活かすためにどんなデータをどのようにとったらよいかがわからないことがあげられるように思います。

これに対して、近年グーグルでは、主に社員へのアンケートデータをもとに、よりよいマネジメントの方法を探ろうとする試みがなされていることを以前に紹介しました(データが語るよいマネジャーとは(ガービン著「グーグルは組織をデータで変える」より))。今回ご紹介する本(ウェイバー著「職場の人間科学 ビッグデータで考える『理想の働き方』」[文献1])も同様の考え方を述べたものと言えると思いますが、新たに開発されたセンサーから人間の行動に関するデータを得て、それに基づいてマネジメントを考えようとしている点が新たな方向を示唆しているように思います。なお、原著の表題である、「PEOPLE ANALYTICS: How Social Sensing Technology Will Transform Business and What It Tells Us about the Future of Work」(直訳すれば「ピープル・アナリティクス:ソーシャル・センサー技術はビジネスをどう変えるのか、そして仕事の未来について何を教えてくれるのか? [p.311訳者あとがき] 」)の「ピープル・アナリティクス」とは、グーグルで上記のアプローチを行っている人事部門の名前[p.244]に基づいた言葉のようですが、著者は本書のアプローチも含めた言葉として用いているようです。以下、その「ピープルアナリティクス」について、重要と思われる点と、そこから得られる示唆について考えてみたいと思います。

ピープルアナリティクスにおけるセンサーの意味
・「データ主導のアプローチは、企業の内部では日常的に実践されているわけではない。単純に、人々の働き方を測定するうまい方法がないからだ。[p.23]
・「誰でもアンケートには馴染みがあるだろう。・・・しかし、ごくふつうの顧客から回答を集めたとしても、バイアスが生まれる余地はある。・・・研究者は観測データを用いてこのバイアスの問題を修正しようとしている。高度な訓練を積んだ民族誌学者や人類学者が現場に行き、活動を観察しながら、バイアスのないデータを収集するのだ。しかし、この方法には大きな問題がふたつある。個人差と規模だ。観察者が異なれば当然、見方も異なる。何千時間という訓練を積んでも、『何をもって会話とみなすか?』という単純な問題でさえ、見方が分かれる。さらに、同じ場所に何十人も研究者を送り込むのは現実的でない。したがって、数千人や数百万人単位の行動を理解するのは、とうてい無理な話なのだ。[p.28-29]
・著者らがデータを集めるために開発した、「ソシオメトリック・バッジ」には、RFID(無線自動識別)や、マイクロホン、赤外線トランシーバー、加速度計、ブルートゥース無線などが搭載されていて、行動が記録できる。このとき「音声データをリアルタイムに処理し、会話の内容ではなく、声量、声の高さや強弱といった会話の特徴だけを1秒間に数回、抜き出して記録できる」。これにより「プライバシーの問題は解消した」。[p.39-40]

本書のアプローチで組織を考える上でのポイント
・「大きく分けて、組織の運営にはふたつの側面がある。公式なプロセスと非公式なプロセスだ。公式なプロセスとは、組織の運営方法や物事の実施方法について定められたすべてのものだ。公式なプロセスは明文化され、計画どおりに実施されるのが理想的だ。・・・公式なプロセスは昔から経営論や経営学者の大きなテーマである。非公式なプロセスとはその他のすべてだ。組織の内部にいる間に学ぶ(あるいは学ばない)物事だ。たとえば、企業文化、暗黙知、社会規範は非公式なプロセスの部類に入る。[p.76]
・「組織は人々を共同作業させる手段のひとつだ。・・・私たちは情報をやり取りすることで共同作業する。[p.101]
・凝集性と多様性:「凝集性の高いネットワークとは、人々が互いにたくさん会話をする集団だ。・・・凝集性の高いネットワークは、糸がぐちゃぐちゃに絡み合ったクモの巣のような格好をしている。」、「多様性の高いネットワークは、星のような形をしていて、中心にいる人物から多方面に線が伸びている。」[p.103]
・「凝集性の高いネットワークの大きなメリットは、集団内に高い信頼が生まれることだ。[p.109]」、「凝集性の高いネットワークにいる人々にとっては、特にストレスがぐっと少なくなる。また、仕事の満足度も大幅に向上する。[p.110]」、「人々が文脈を共有することの問題点のひとつは、根本的な前提が間違っている場合もあるという点だ。[p.115]」、「凝集性が高いといっても、あまりに行きすぎてしまうと、色々なデメリットも生じてくる。・・・閉鎖的なネットワークの中にいると、新しい情報を発見するのは信じられないくらい難しくなる。・・・凝集性の高いネットワークはきわめて内向きなので、さまざまな利害関係者と接触を取り、大きな変革をもたらすのは難しい[p.116-117]」。
・「多様性の高いネットワークは・・・凝集性の高いネットワークが苦手とする物事が得意だ。古い習慣を捨て、見方を変えるのに適している[p.117]」。
・「どちらにも長所と短所がある。ということは、会社ごとにふたつのバランスをどう取るべきかを理解しなければならない。状況が違えば、求められる交流のパターンも異なる。しかし、いつどのようにバランスを変えるかをアンケートで正確に定めるのは不可能だ。だが、ソシオメトリック・バッジならできる。[p.117]

ソシオメトリック・バッジで得られるデータからわかったことの例
・「会話の内容ではなく、話し方、つまり『社会的シグナル』」を計測することで、デートの相手選びが予測できたり、給与交渉の結果が予測できたりする。[p.34-38]
・コールセンターでの実験により、集団の凝集性は生産性と正の関係をもつこと、凝集性は経験よりも30倍も有効であることが確認された[p.140]。また、凝集性は、ストレス・レベルの軽減と強い関係があった。・・・高い凝集性を生み出していたのは、公式な会議でもなければ、デスクでのおしゃべりでもなかった。凝集性を高める交流の大部分は、デスクから遠く離れた場所で、同じチームの従業員の昼休みが重なるほんの短い時間に起こっていた。チーム全員の休憩タイミングを揃えるだけで凝集性は18%も上がった[p.140-143]。このとき、「メールによるコミュニケーションはまったく組織図どおり」で、「メールのコミュニケーション全般と業績に相関関係はなかった。[p.151]
・「デスク間の距離は交流の大きな要因のひとつになっているようだ。」、「距離とコミュニケーションに負の関係がある」[p.164]
IT企業での測定では、「業績ともっとも関係が強いのは従業員の会話の相手だと判明した」。コミュニケーション経路の「中心に近い人物と話した従業員ほど、タスクを完了するまでの時間が短かった。・・・バッジ・データのおかげで、隠れた専門家がわかったのだ」[p.186]。「非公式なアドバイスや学習は、業績に絶大な影響を及ぼす可能性がある[p.189]」。「ひとりだけではできる仕事の量に限りがあるが、専門家や知識の源泉をみつけて広めるのが上手な人は、グループ全体の機能にとって欠かせない。いわは、こういう人々は“メタ専門家”、つまり専門家探しの専門家なのである。メタ専門家は、新しい情報を絶えず見つけつづける手段や、情報をほかの人々に広める能力をもっている。[p.191]
・研究開発施設の研究者に関する調査では、「チーム・メンバーと交流したり身体を動かしたりすることに費やした時間と創造力の間には、強い正の相関関係が見られた[p.208]」。(ここで、創造力とは、研究者が、クリエイティブであったと認識している状態を指しているようで、これは、評価が難しい研究開発の成果の代わりに用いられた指標のようです。)

その他の研究やデータから得られる示唆
・在宅勤務は業績低下、精神的な負荷の増大の危険がある。「在宅勤務はたまに行なうぐらいが理想的だ。どうしても必要な場合は自宅で働けるが、ほとんどの日は職場に出勤するというのが、在宅勤務の原則だ。[p.150-151]
・「一般的に、バーチャルなチームは同じ場所で働くチームよりも、ずっと生産性が劣る。お互いの信頼も低いし、仕事を終えるのにも時間がかかる。[p.152]
・オフショアリングについて、「企業が組織の一部を別の場所に移転しても、部門内の共同作業は必ずしも問題にならない。むしろ、問題が起こるのは部門間の連携だ。もちろん、言語の問題も難点になりうる。・・・この問題に加えて、別々の場所を拠点とするグループ同士で、敵対的な関係が生まれることもある。[p.152-153]
・「企業のキャンパスは、組織のさまざまな部門が入居するいくつかの建物を、一カ所に集約したものだ。・・・こういったキャンパスは強い連帯感を生み出す。グーグルやフェイスブックで働く人々は、同じ食事をとり、同じジムに通い、同じゲームをする。この共有体験は、単なるうれしい特権ではなく、組織の異なる部門の人々が交流しやすい環境を作っているのだ。[p.156-157]
・「今日では、あらゆるものが昨日よりも複雑になっている。・・・なぜ物事はどんどん複雑化していくのか?それは、今までに獲得した知識が私たちの作るものに組み込まれていくからだ。・・・私たちは複雑さに対処するため、全員が一律に従える完璧な計画を立てようとする。・・・この方法は、・・・外的な懸念事項がほとんどなく、プロジェクト全体を通じて要件があまり変わらない場合にはうまくいっていた。今日では、状況は常に変化している。そして、複雑なシステムが思い通りに機能しないこともある。すると、チームはアプローチやシステムのパラメーターを変更することになる。互いに依存し合っているチーム同士がまったくコミュニケーションを取らなければ、どうしても不具合が生じてしまう。・・・もし、バッジ・データがあれば、普段誰と誰が会話しているかを調べ、不具合の発生しそうな場所を理解することができたはずだ。[p.243-253]
・「とりわけ重要なのは、フェイス・トゥ・フェイスのコミュニケーションだ。・・・非常に密なフェイス・トゥ・フェイスのつながりは、互いの信頼を高め、共通の言語を生み出す。どちらも今日の組織にとっては必須アイテムといえよう。一方、多様なつながりを持つことも、専門知識や創造力を養ううえで重要だ。・・・多様なつながりをはぐくむには、オフィスの物理的なレイアウトを変えたり、休憩のタイミングを見直したりして、人々を正しい方向に自然と促すのも手だ。・・・現代の重大な問題のひとつは、私たちは遠距離のコミュニケーションを求めている(必要としている)にもかかわらず、遠距離で協力し合うのが苦手だということだ。・・・将来的には、どんな遠距離でもスムーズに会議が行えるシステムが生まれるだろう。・・・しかし、人々の生産性を向上させるものは何なのか、確実に仕事が進む場所はどこなのか、考えてみてほしい。そのうちどれくらいを公式な会議が占めているだろう?・・・残念ながら、現在の技術では、フェイス・トゥ・フェイスのコミュニケーション効果を生み出す偶然の会話や会議後の雑談を促すのは難しい。・・・もちろん、どれだけ技術が進歩しても、時差は解消できない。・・・当面はフェイス・トゥ・フェイスのコミュニケーションが、経済の根幹である複雑な共同作業にとって欠かせない役割を果たしていると認めることが先決だ。・・・さらに、公式なコミュニケーションを重視するのをやめ、非公式なコミュニケーションに目を向ける必要もある。実際、非公式なコミュニケーションの方が、生産性と満足度の両面から見て、企業にとっては重要なのだ。・・・企業の本来の意義とは、人々が協力し合い、ひとりではできない仕事を実現することだ。・・・適切な相手と適切なタイミングで交流することは必要だと言いたいのだ。・・・生産性を個人的な視点でとらえるのをやめるだけでなく、『孤高の天才』という概念も捨てるべきだ。・・・現在、私たちには、複雑なプロジェクトに挑むための能力や創造力が求められている。・・・数十万の人々が、共通の目標に向かって協力し合わなければならない時代なのだ。そういう状況にあっては、もはや工場モデルは通用しない。・・・人間関係や信頼の構築といった昔ながらの習慣と、センサーやデジタル・データの世界がもたらす新時代のデータ収集とが融合した世界。それがわれわれの未来なのだ。」[第11章]
―――

著者は、センサーを用いたピープルアナリティクスをビジネスとする会社(ソシオメトリック・ソリューションズ)のCEOですので、もちろん本書には単なる研究成果を越えた著者の意図が含まれていると考えるべきでしょう。また、こうしたアプローチはまだ始まって日も浅いものでもあり、データの解釈についてもまだまだ議論が必要なところもあるでしょう。しかし、研究途上であることを割り引いても、センサーとそこから得られたデータの解析によって実証されたり見いだされたりした人間の行動に関する知見には多くの示唆が含まれているように思います。

研究開発の立場から見ても、今日では人々の「協力」抜きにはイノベーションを達成できない事例は増えているように思います。しかし、どうしたらうまく協力ができるのかの方法はそれほど明らかではありません。著者のアプローチにより、そのなかのいくつかの面についてだけでも、どのような方法が効果的で、どのようなやり方がダメなのかがわかる点は有意義だと思います。個人的には、以下の点が特に興味深く感じました。
・個人の行動データではなく、データから導かれる人間(集団)の行動パターンを知るだけでもかなりの成果が期待できそうなこと。
・著者は、行動を常時観測することによるフィードバックも考えているようですが、必ずしも常時自らのデータを取る必要はなく、例えば、ある条件のもとで実験的に得られた原理(たとえば、休憩時間をうまく調整することで、集団の凝集性があがり、ストレス軽減につながるなどの原理)を自職場に活かす、などの方法もありうるのではないか。
・人的交流と研究開発との関係について新たな視点が得られるかもしれないこと。例えば、メタ専門家の存在とその役割、研究活動における創造力についての自己認識の意味など。
もちろん、これからの時代の課題に立ち向かう手段として、著者の述べているやり方が唯一のものではないかもしれません。また、データ採取と利用に伴うプライバシーの問題の克服はかなりの難題であるようにも思います。しかし、今までよくわかっていなかったことを明らかにしてくれる新たな手法として、研究面でも実践面でも期待が持てるように思いますので、今後の展開に注目していきたいと思います。


文献1: Ben Waber, 2013、ベン・ウェイバー著、千葉敏生訳、「職場の人間科学 ビッグデータで考える『理想の働き方』」、早川書房、2014.

2014.9.13追記>ピープルアナリティクスの意義について重要なことを書き落していたので追記します。このアプローチの意義のひとつとして「定量性」が挙げられると思います。例えば、人々の交流によって創造性が向上したり、ストレスが軽減されたりすることは定性的には広く認識されていることと思いますが、では、定量的にそれがどの程度生産性に結び付くかというようなことはこうした解析を行なわなければわからないことだと思います。もちろん、その精度や妥当性には議論の余地があるとしても、ある施策の影響が定量的に評価できれば、それに何らかのモデルを組み合わせれば、その施策をとることによるメリットと必要な投資(あるいはリスク)を比較することができます(本書第7章の例では、病気にかかった時に休んだ方がよいか、無理しても出社した方がよいかが議論されているように)。こうした定量的な比較は、ある施策をとるべきかどうかについて迷ったり意見が割れたりした場合に、結論を導くための判断根拠を提供してくれるという意義がありますので、この点もピープルアナリティクスの利点のひとつと言ってよいのではないかと思います。

参考リンク<2015.3.8追加>



戦略策定の科学的アプローチ

どんな研究に取り組み、どう研究を進めるか、戦略的な考え方は研究マネジメントにおいても重要です。しかし、従来の戦略立案手法は、研究の実務においては必ずしも使いやすいとはいえないと思います。それは、戦略の議論が、研究の不確実性や試行錯誤的、創発的アプローチとなじまないように思われることが主な理由ですが、今回は、アラン・ラフリー、ロジャー・マーティンらによる論文「独創的な戦略を科学的に策定する」[文献1]で提示されている戦略構築の新しい考え方をまとめておきたいと思います。

著者らはまず、「従来型の戦略立案は、実は科学的でない」と述べています。従来型の手法では、科学的手法の特徴である「厳密な分析」は確かに行なわれているが、科学的手法で欠かせない「斬新な仮説を設け、独自の検証方法を慎重に検討すること」がたいていはなされていないためで、戦略立案にこのような科学的手法を取り入れることが必要としています。加えて、本論文では具体的な進め方についても述べられていて、実践的にも役立つ内容になっていると思いました。これは、共著者のラフリーが前プロクター・アンド・ギャンブルの会長兼CEOであることにも関係があるかもしれませんが、従来の戦略論への批判の意味も含まれているのでしょう。以下、本論文の内容である戦略立案の7つのステップをまとめます。

ステップ1:問題点より選択肢に目を向けるMove from Issues to Choice

「従来の戦略立案は・・・問題点に焦点を当てがちだった。このようなやり方をしている限りは、打開策の洗い出しよりも、問題点を取り巻いているデータ調査を優先させてしまうという罠に陥るだろう。この罠を避けるシンプルな方法は、問題点の打開につながりそうな、2つの異なる選択肢を考えることだ。何らかの選択肢に着目すると、問題点の説明や分析よりも『次に何をすべきか』という探究心や情熱が生まれる。」「我々が提唱するシナリオ・ベースの(possibilities-based)手法は、『自分たちの組織は選択を迫られており、選択には帰結が伴う』という気づきから出発する。」

ステップ2:戦略シナリオを導き出すGenerate Strategic Possibilities

「選択に迫られていることに気づくと、考慮すべき多様なシナリオに目が向く。」「シナリオとは要するに、自社の成功プロセスを描いたバラ色のストーリーである。」「それは一貫した論理に沿うべきだが、・・・『うまくいくのではないか』と思えさえすれば、それでよい」。「戦略立案チームは、以下の3点を詳しく説明すべきだと我々は考える。①どのような優位性を手に入れる(あるいは活かす)のか、その優位性をどの対象に当てはめるのか、③対象領域で狙い通りの優位性を実現するために、バリューチェーン上のどの活動をテコにするのか、である。」「1つ確かなことは、複数のシナリオを想定しなくてはいけないということだ。さもないと『選択を迫られている』という意識が芽生えず、戦略立案のプロセスが始動しない。1つのシナリオを分析しただけでは、最適な行動は引き出せない。いや、それどころか何の行動も生まれないのだ。」「シナリオを抜き出す際には、現状と規定路線も検討すべきだ。」

「戦略シナリオを導き出すために、チームは専門分野や経歴を多様な人材で構成すべきである。」「シナリオをひねり出すには何より創造性が物を言う。・・・以下の3つの問いを探究することが有効ではないかと考えている。」

1)内から外への問い:自社の資産や能力、次に外部環境を探る。得意分野、評価されている分野。

2)外から内への問い:市場の隙間を探す。

3)遠く離れている外から内への問い:類推による推論(analogical reasoning)。どうすれば、この市場でグーグル、アップル、ウォルマートのような存在になれるか。

「検討を深める価値のあるシナリオだと(よいシナリオ群を想定できたかを)判断するには、以下の2つの条件が成り立つことが確認できれば十分だ。」

1)現状がすばらしいものに思えてはいけない。

2)多くのチーム・メンバーが不安になる(現状との乖離、実現性の面で)ようなシナリオも欠かせない(少なくとも1つは)。

ステップ3:成功への条件を明確にするSpecify the Conditions for Success

「それぞれのシナリオが魅力的な選択肢であるためには、外せない条件とは何か、を明確にすること。」「何が真かを議論することではない。」「『どの条件が真か』に焦点を当ててしまうと、検討中のシナリオに強い疑いを持つメンバーが、何とかゴミ箱行きにしようと、激しい批判を展開するだろう。」

条件リストアップのためのフレームワークとしては、業界(セグメンテーション、業界構造)、顧客価値(販売チャネル、消費者)、ビジネスモデル(ケイパビリティ、コスト)、競合、に着目するものが挙げられます。

ステップ3は、条件のリストアップ、リストの中身の取捨選択の2段階の議論で進めます。この時、検討メンバーに、『もし以上の条件がすべて満たされたら、このシナリオに賛同しますか?』と問いかけ、「どのような条件が成り立てば、検討対象のシナリオに、チーム全員の頭とハートで賛同するのかを探り出す」ことが必要とされています。リストの中身の取捨選択の段階では、「あってもよい条件」ではなく「必須の条件」を選び出さなければなりません。

ステップ4:難条件を見極めるIdentify the Barriers to Choice

それぞれのシナリオについて「最も成り立ちそうもない条件を抜き出す。」「『成り立たないのではないか』と強く懸念されるものが、大きい順に2つか3つ並んだら、理想的なアウトプットができあがったといえる。」「懸念を持つ人が一人でもいる限りは、その条件をリストに載せておくべきである。さもないと、その条件に懸念を持つ人は、最終分析を軽く扱うことになる。一人ひとりの懸念を聞き出して真剣に受け止めれば、全員が検討プロセスとその結果を信頼するはずだ。」

ステップ5:難条件の検証を準備するDesign Tests for the Barrier Conditions

「次はその難条件を打破できるかどうかを個々に検証する」。このとき、「検証方法の検討と実行は、検証対象の難条件に最も強く懸念を抱くメンバーを中心に進めるのが望ましい。そのような人物は一般に、だれよりも判断基準が厳しいから、検証の末に『この難条件は突破できる』と見なせば、他の全員も納得するはずである。」

ステップ6:検証作業を行うConduct the Tests

「懸念の大きな順、つまり『突破できそうもない』という見方が最も強い難条件から検証していく。」「最初の難条件を通過したら、続いて、次に懸念の大きい難条件の検証に移り、以後もこの作業を繰り返していく。」「最初の難条件を検証したところで懸念が正しいと判明したら、他の難条件について検証するまでもなく、シナリオをお蔵入りにできる。」検証にはコストと時間がかかるため、このようにすれば経営資源を節約できる。また、検証の過程で、高い成果につながる奇抜な戦略を生む可能性もある。

ステップ7:戦略を決めるMake the Choice

「シナリオ・ベースの手法では、結論を出すのはあまりに簡単で拍子抜けするほどである。分析に基づく検証結果を振り返り、深刻な隘路が最も少ないシナリオを選べば、それで完了である。」

シナリオ・ベースの戦略策定に必要な根本的発想転換

1)「『どうすべきか』という問いを封印して、代わりに『何ができるだろうか』という表現を用いなくてはいけない。」

2)「『正しいのは何か』から『何を正しいと考えなくてはいけないか』への発想転換を迫られる。」

3)「マネジャーも『何が正しい答えか』ではなく、『何が正しい問いか。優れた判断を下すには、具体的に何がわかっている必要があるか』に意識を向けなくてはならない。

---

本論文に述べられた手法の特徴を一言で言うなら、仮説を立ててそれを検証するというプロセス(これが「科学的手法」の意味)を戦略策定に導入している点と言えると思います。これに対し、従来の方法では多くの場合、企業の進むべき方向は、経営幹部が調査分析や論理的推論、直感を基に(あるいはボトムアップのアイデアであっても幹部が判断して)決め、その実現に向かって社員が実行していくというアプローチになるでしょう(もちろん、修正することはあるでしょうが)。本論文のアプローチでは、より多くの要因が考慮されるため、決定までには時間がかかるかもしれませんが、決定の精度は向上するはずです。また、決定のタイミングを遅らせることによって、状況の変化にも対応しやすくなっていると言えるのではないでしょうか。特に、不確実性の高い状況での戦略策定においては、このような方法が適していると思われます。

さらにこの方法の副次的な特徴として、社内の意思統一がしやすくなり、協力体制を構築する効果もあると思います。本論文の方法では、戦略策定のプロセスにおいて、検討グループからの意見を吸い上げてそれを検討させ、成功への条件がクリアされればプロジェクトに反対できないようにしていますが、この方法により、社内の意見の対立や社内折衝が減らせ、また分担や協力がうまく行えるのであれば、戦略の方向性の決定に時間がかかることを補っても余りある効果が得られるように思います。

研究の立場からは、今までのトップダウンの戦略策定よりは明らかに仕事がしやすくなると言えるでしょう。研究者にとっては、自らが扱う仕事が不確実なものであるにもかかわらず、研究提案や方針説明の際は、内容を明確にすることが求められ、それがジレンマになっていた面があります。もちろん事前の分析や推論によって不確実性が解消できればそれにこしたことはないのですが、必ずしもそれが可能とは限りません。そんな時に必要以上の明確性(多くは希望的願望にすぎません)が求められると、研究者にとっても戦略を立案する立場の経営陣にとっても十分な納得感が得られなくなる場合があります。それに対し、本論文の方法なら不確実な状況が扱い易くなると思われますので、こうした提案の意味は大きいのではないでしょうか。もちろん、今回述べられた方法が唯一絶対の方法ではなく、今後様々に改善されていくとは思いますが、将来的にはこうした考え方が、不確実性の高いイノベーションを達成していくための標準的な方法になることも考えられると思います。こうした方法の有効性が実証されることを期待し、今後の発展にも注目していきたいと思います。


文献1:A.G. Lafley, Roger L. Martin, Jan W. Rivkin, Nicolai Siggelkow、アラン・G・ラフリー、ロジャー・L・マーティン、ジャン・W・リブキン、ニコライ・シゲルコ著、有賀裕子訳、「独創的な戦略を科学的に策定する あらゆる選択肢から検証する7つのステップ」、Diamond Harvard Business Review, Jan. 2013, p.80.

原題:Bringing Science to the Art of Strategy, Harvard Business Review, Sep. 2012.

参考リンク<2013.7.21追加>



 

 

 

協力と支援(シャイン著「人を助けるとはどういうことか」より)

現代の研究開発においては、個人の能力のみならず、他者との「協力」が必要不可欠といってよいでしょう。しかし、そもそも「協力」とはどういう行為なのでしょうか。どうやったら協力がうまく進められるのでしょうか。一般には、「協力」とは、力を合わせて何かを行なうことなのでしょうが、その中には、自分ひとりではできないことを誰かに助けてもらうこと、すなわち「支援」という関係も含まれるように思います。そこで、今回は、「支援」について、シャイン著、「人を助けるとはどういうことか」[文献1]に基づいて考えてみたいと思います。

本書について著者は、「支援とは複雑な現象だ。役に立つ支援と、役に立たない支援とがある。本書はこの両者の違いを明らかにする目的で書かれている。[p.22]」として、支援に関係する感情的なダイナミクスや効果的な支援の方法を解説しています。著者によれば、「成果をあげるチームとは、各メンバーが自分の役割を適切に果たすことによって、ほかのメンバーを助けているチームだと定義できるだろう。・・・チームワークの本質とは、すべてのメンバーにおける相互の支援を発達させ、持続させるということだ。[p.177]」とのことですので、「支援」を考えることは「協力」や「チーム」を考えることにもつながるのではないでしょうか。以下、本書の構成に従って、その内容をまとめてみます。

1、人を助けるとはどういうことかWhat Is Help?

支援にはさまざまな形がある。支援に対する報酬のやりとりを含むもの(公式、準公式)や、「マナーや、礼儀正しい態度というルール、倫理や道徳にかなったと行動と考えるものの一部」(非公式)であることもある。いずれにせよ人間関係が関与し、文化的なルールも影響する。[p.22-33

2、経済と演劇Economics and Theater: The Essence of Relationships):人間関係における究極のルール

人生の早い時期に学ぶ2つの文化的原則として、1)相互関係を公平で適正なものにすること(「人はあらゆる人間関係で返礼を期待している[p.36]」、2)自分の役割を演じなければならないこと、がある。社会的経済学(「人間関係、集団などにおけるより広義の交換、たとえば、いたわりと感謝、貢献と面子の交換などを含む[p.253監訳者解説]」)の立場からは、支援もやりとりされるもののひとつと理解される。

3、成功する支援関係とは?(The Inequalities and Ambiguities of the Helping Relationship

「支援する状況とは本質的に不釣り合いで、役割が曖昧なものである。感情的、社会的に見れば、支援を求めた場合、人は『一段低い位置(One Down)』に身を置くことになる。[p.64]」。それにより、助けを求める側には「感情的な反応を引き起こす、落ち着かなくて不安な状況が生まれる[p.76]」。その結果、例えば不信(真の問題を隠すこともある)、安堵と過剰依存、支援の代わりに注目などを求める、憤慨したり防衛的になる、過去の経験に基づいて結果を判断する、などの問題が発生する。支援者の側には、一段高い位置にいることによって、時期尚早に知恵を与える、圧力をかける、依存に応えてしまう、権力を持つ、距離を置きすぎる、過去の経験に基づいて結果を判断する、などの問題が発生する。[p.70-85

4、支援の種類Helping as Theater: Three Kinds of Helping Roles

支援者が選べる役割は次の3つ[p.98]。

1)情報やサービスを提供する専門家

2)診断して、処方箋を出す医師

3)公平な関係を築き、どんな支援が必要か明らかにするプロセス・コンサルタント

「初めのうちはクライアントも支援者も、現状についてさまざまな点で無知であるし、互いの関係は不平衡な状態だ。・・・プロセス・コンサルタントの役割から始めれば、均衡した立場を実現するのがきわめて容易だろう。・・・ある程度の信頼が築かれて初めて、正確な情報が得られるようになり、その結果、専門家や医師の役割に移行できる[p.112-113]」。状況に内在する無知を取り除くこと、初期段階における立場上の格差を縮めること、認識された問題にとって、さらにどんな役割をとるのが最適かを見極めること、が実行されなければならない[p.113]。

5、控えめな問いかけHumble Inquiry: The Key to Building and Maintaining the Helping Relationship):支援関係を築き維持するための鍵

次のような控えめな質問のプロセスにより、支援関係における問題をはらんだダイナミクスを改善できる。1)クライアントに主導権を握らせ続け、自分のために問題を能動的に解決する立場を取り戻せるようにする、2)ある程度まで自分のジレンマを自力で解決できるという自信を与える、3)クライアントと支援者が協力できるように、なるべく多くのデータを明らかにする。次の4レベルの質問が可能。[p.141-142

1)純粋な問いかけ――クライアントの話だけに集中する

2)診断的な問いかけ――感情や、原因分析、行動の代替案を引き出す

3)対決的な問いかけ――現状について支援者自身の見解をもたらす

4)プロセス指向型の問いかけ――クライアントに支援者との即座の相互関係に専念させる

「重要なのは、その関係においてクライアントがもはや一段低い位置にいることを感じていないという、支援者の評価」

6、「問いかけ」を活用するApplying the Inquiry Process

6つの事例解説。

7、チームワークの本質とは?(Teamwork as Perpetual Reciprocal Helping

「チームワークの本質とは、すべてのメンバーにおける相互の支援を発展させ、持続させるということだ。[p.177]」。初めのうち、リーダーはプロセス・コンサルタントとして機能しなければならない。そしてメンバーが次の問題について安心感が得られるような状況を作りだすべきである。1)自分の役割は何か、自分はどんな人間になればよいのか、2)どれくらいのコントロール、影響を及ぼすことになるのか、3)自分の目標、要求を果たすことができるか、4)グループの人々はどれくらい親しくなるか[p.180]。「一般的にフィードバックは、求められたものでない場合は有益とは言えない[p.195]。」「フィードバックは次のような条件で、最良の状態で働くだろう。強要されるのではなく、自ら求めたもので、具体的かつ明確であり、共通の目的に適合していて、評価的なものというよりは説明的なものである場合、ということだ[p.198]。」「フィードバックを容易にする学習環境を作り出すため、控えめなリーダーシップが求められる。リーダーは地位や役割の問題を解決するためにグループからの助力を受け入れねばならない。このプロセスが機能し続けるように、正規のリーダーやグループの全メンバーは、互いの面目を保つという規範に敬意を払うべきである。[p.205]」

8、支援するリーダーと組織というクライアントHelping Leaders and Organizational Clients

「成果をあげるチームワークの核が支援であるように、変革のマネジメントでも支援は重要なプロセス[p.210]。」「リーダーシップの重要な側面は、支援を受け入れる能力と、組織のほかの人間に支援を与える能力である[p.228]」。「リーダーシップを定義する一つの方法は、目標設定のプロセスと、そうした目標を達成するために他人(部下)を支援することの両方だと言える[p.228]」。

9、支援関係における7つの原則とコツPrinciples and Tips

最後に、本書の副題にもある7つの原則をまとめておきます。

原則1、与える側も受け入れる側も用意ができているとき、効果的な支援が生じる:自分の感情と意図をよく調べる。相互依存についての文化的ルールは明確である。努力が受け入れられなくても腹を立てない。

原則2、支援関係が公平なものだと見なされたとき、効果的な支援が生まれる:支援を求める人は気まずい思いをしている。本当の望みは何か、どうすれば最高の支援ができるかを尋ねる。フィードバックの機会を探す。

原則3、支援者が適切な支援の役割を果たしているとき、支援は効果的に行われる:どんな形の支援か。演じている役割が役に立つか。

原則4、あなたの言動のすべてが、人間関係の将来を決定づける介入である:あらゆる行動がメッセージを伝えている。フィードバックは記述的に、判断は最小限に。励ましは最小限に。修正は最小限に。

原則5、効果的な支援は純粋な問いかけとともに始まる:経験に基づく偏見や予想、期待はできるだけ止める。鍵となるのは『自分の無知に気づく』こと。

原則6、問題を抱えている当事者(オーナー)はクライアントである:話の内容に惹かれないように(プロセス・コンサルタントが難しくなる)。クライアントに選択肢を与える。

原則7、すべての答えを得ることはできない:問題を分かち合うように。

なお、本書には監訳者の金井壽宏氏による詳細な解説がついています。「人を助けるにはどうしたらいいのか。プロセス・コンサルテーションと呼ばれる支援の方法は、この問いへのシャイン先生一流の持論[p.252]」ということであり、その思想の背景なども述べられていて、この方法が単に経験のみに基づくハウツーではないことがわかり参考になります。

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「支援する人」というと、企業の実務的には、コンサルタントなどが思い浮かびます。実際、本書もコンサルタントの活動を念頭に置いた部分が多いように思いますが、本書にも書かれているとおり、支援のプロセスは広い範囲の人間関係において発生していると考えるべきでしょう。研究開発においても、例えば、生産現場の支援を研究部隊が行なうこともあるでしょう。さらに、ラボでの研究成果を実機に展開しようとする場合にも、支援あるいは協力という関係が発生すると思います。研究ではなくても業務プロセスの改善なども、支援と言えるでしょう。しか実際には、そうした改善の実用化がうまく進まない事例(理屈で考えれば優れた方法であっても)はよく耳にします。また、導入したもののしばらくすると捨てられてしまうことも起こります。そんな時、支援(技術や情報の提供も含む)を行なう側、受ける側の心理的側面を重視した本書の視点はかなり役に立つと言えるのではないでしょうか。

技術者は、人ではなくモノや情報を扱うことが多い仕事ですし、また、論理に頼る判断を重視することが多いこともあって、本書の「4、支援の種類」で述べられた支援者のうち専門家や医師に近い役割をつい演じてしまいがちだと思います。確かに、少ない労力で支援しようとすれば、最初に結論を強制することが有効という考え方もあるでしょうが、それが受け入れられ継続的に使用されるのか、ということまで考えると著者の言うプロセス・コンサルテーションの意味をよく考える必要があるのではないでしょうか。技術も、一般の支援と同じく、それを受け入れて使うのは「人」ですし、使い続けることに意味があることも多いわけですから、研究の普及、技術移転という観点からも著者の言う「支援」の観点は重要でしょう。研究組織のマネジメントにおいて、協力やチームワークだけでなく、様々な状況に応用できる考え方であるような気がします。


文献1:Edgar H. Schein, 2009、エドガー・H・シャイン著、金井真弓訳、「人を助けるとはどういうことか 本当の協力関係をつくる7つの原則」、英治出版、20092011第2版、訳文一部修正)

原著表題”HELPING, How to Offer, Give, and Receive Help, Understanding Effective Dynamics in One-to-One, Group, and Organizational Relationships”


参考リンク<2013.8.18追加>

 

利他性と協力

人間は本来的に利己的なのか、利他的なのか。これは仕事や社会生活における「協力」を考える上で、興味深い問題だと思います。非常に大雑把な捉え方をすると、経済学や経営学では人間を損得で動く利己的な存在として考え、その行動を予測したり制御したりすることが一般的だと思いますが、一方で、組織運営には協力も必要で、そのためにはある程度の自己犠牲を伴う利他的な行動も必要と考えられます。人間の本来的な性質としてはどちらなのでしょうか。

人間は生物として本来的に利己的であるという考え方は、ドーキンスの「利己的な遺伝子」によって広まった認識かもしれません。実は、この考え方はドーキンスの真意とは異なっているらしいのですが[文献1、2]、経済学の考え方によく馴染み、生物の協力行動や人間の振る舞いの予測に好都合だったこともあって、便利に使われるようになったのでしょう。しかし、人間は必ずしも利己的ではなく、本来的に協力する性質を持っており、しかもそれは進化に有利に作用する、という科学的知見も増えてきているといいます[文献3]。

ベンクラーによる文献[文献3]には人間や生物の利他性を裏付ける次のような例が挙げられています。

・協力行動に関する実験では、利己的に行動する人は30%、予測しやすい形で協力的な行動をとる人は50%、予測不可能な人が20%。

・ゲームを行う心理学実験において、事前に「力を合わせて課題を解決するゲーム」と伝えられたグループと、「どれだけ儲けられるかを競うゲーム」と伝えられたグループの行動を比較すると、「力を合わせるゲーム」と説明されたグループでは70%が協力的であり、「競うゲーム」と説明されたグループでは逆に70%が協力せず、ゲームの趣旨に影響される人が多いことがわかった。また、「力を合わせるゲーム」と説明された場合でも30%は利己的に振る舞い、人によって行動に差があることもわかった。

・野生のコヨーテとアナグマが協力して獲物を捕まえることが観察されている(獲物にありつけるのはどちらかであるにもかかわらず、協力する)。

・選挙で投票するかしないかには遺伝的要素が強く働くという。性格は部分的に遺伝することがわかっているので、誠実さのような性格が社会的に評価されるなら遺伝的に有利になる可能性がある。つまり、自己に多少の不利益があっても正しいことをしようとする性向や協力の文化は遺伝的特性であるとも言える。

・だれかに協力することは脳内の報酬系を活性化する。気持ちがよいから協力するという人間は存在する。

・だれかを信じる時、人は報われた気持ちになる。

・ハタネズミの研究では、脳のオキシトシン摂取能力が高い動物同士のほうが、信頼できるパートナーシップを築きやすいことがわかった。

・ビジネスの世界でもウィキペディアやユーザー投稿による評価サイト、オープンソースソフトなど人間が利己的であるという前提と相容れない事例がある。

一方、「協力行動を引き起こすことのできる基盤となるような、何らかの好社会性そのものが、遺伝的に備わっている」[文献4]という考え方もあるようです。長谷川氏によれば、ヒト固有の能力として、他者の心の状態を推測する能力、因果関係を理解してあることの原因を推定し、次に起こることを想像する能力があるといい、これらを組み合わせて世界に対して働きかけができるようになる[文献4]、とのことです。この考え方に従えば、利他行動が遺伝的に備わっていると考えるよりも、ヒトは協力行動を可能にする能力を遺伝的に身につけ、その能力の自然な発揮として協力行動が導かれる、とも考えることができるように思います。

いずれにしてもベンクラーの言うように、「いくつかの分野で、人間は想定されていた以上に協力的で私心がない、あるいは自己中心的な行動を慎むという証拠が見つかっている。結局のところ、人間はそれほど利己的ではないのかもしれない。」ということだと思われます。とすると、「何らかの協力システムを設計しながら、それをわずか30%の(利己的な人の)ためだけに最適化を図ろうとしているとすれば、人間としての可能性をたいそう無駄にしている」ことになるのでしょう。

にもかかわらず、人間を利己的ととらえるモデルはいまだ優勢です。その理由としてベンクラーは、1)人間が利己的であるのは部分的には真実である、2)そう信じることは歴史的に魅力があった、3)単純であり、理解し記憶しやすかった、4)今までそう教えられ、そう考えてきたので協力的な行動を見ても自己利益というレンズで解釈してしまう、という点を挙げています。人間の本質がどうなのか、今一度考え直してもる必要があるのではないかと思います。

さらにベンクラーは協力のシステムを構築するための7つのアイデアを紹介しています。

1)コミュニケーション:共感や信頼を高め解決策を見出しやすくなる。

2)フレーミングとその信憑性:どこに注目するか(フレーミング)によって人の反応は変わる。しかし、言い分に信憑性がなければ長続きしない。

3)共感と仲間意識:ただし、これは部外者を排除する力を秘めていることにも注意。

4)公平と道徳:人は公平に扱われたいと思うが、公平と平等は異なる。協力のシステムでは、規則よりも社会規範に基づく行動規範を共有することが重要。

5)報酬と罰:協力を育むには、人々を監視し、行動に応じて報酬や罰を与えるシステムではなく、参加者の「内発的動機」に訴えるシステムが不可欠。

6)評判と相互関係:相互関係に依存するシステムは長続きが難しい。他者からの評判を活用することが有効。

7)多様性:人間は十人十色であるから協力のシステムは柔軟でなければならない。

協力的環境づくりについては以前に別稿(協力的環境と研究-「不機嫌な職場」に学ぶ)でも考えてみましたが、人間の本性を利己的とみるか利他的とみるかは制度設計に大きな影響を与えるでしょう。確かに、今までの利己的な人間を想定したインセンティブや報酬、罰則を中心としたシステムは、それなりに有効に機能していたかもしれません。しかし、どうやら人間は利己的なだけではない、とすると、今までは人間の利己的な性質のみ、あるいは利己的な人間のみしか有効に活用できていなかった可能性があることはベンクラーも指摘するとおりでしょう。利他的な性質、協力的な性質を生かすことで、どのような成果が達成できるのかは今後の課題かもしれませんが、利己心に基づく社会システムの限界が顕になっている可能性も考えると、これからは利他性の活用も試みる価値があるように思われます。

ただし、人間はすべて利己的、あるいは利他的であると考えるモデルは単純にすぎるでしょう。実際には、すべての人が利己的な側面と利他的な側面を併せ持ち、その利己性、利他性の程度も様々なのではないでしょうか。一方、仕事の側にも、利己的側面が有効に作用する仕事と、利他的な協力が必要な仕事があるでしょう。人間の本性がどのようなものであるのかについて、現段階で結論を出すことは早計でしょうが、様々な仕事に対して、どんな人をどう配置してどのように動機づければよいかを考える場合には、人間は利己的な人ばかりではない、ということは大きなヒントになるのではないかと思います。

 

文献1:ウィキペディア「利己的遺伝子」(2012.5.13確認)

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%88%A9%E5%B7%B1%E7%9A%84%E9%81%BA%E4%BC%9D%E5%AD%90

文献2:松岡正剛の千夜千冊、「リチャード・ドーキンス『利己的な遺伝子』」、2005.10.26

http://www.isis.ne.jp/mnn/senya/senya1069.html

文献3:Yochai Benkler、ヨハイ・ベンクラー著、編集部訳、「生物学、心理学、神経科学の知見が教える 利己的でない遺伝子」、Diamond Harvard Business Review, 2012, 2月号、p.8.

原著:”The Unselfish Gene”, Harvard Business Review, 2011, Jul-Aug.

文献4:長谷川眞理子、「利他の心の進化」、科学、vol.81, 2011, Jan., p.78.

 

 

協力的環境と研究-「不機嫌な職場」に学ぶ

以前に研究における競争の重要性について書きましたが(競争心と研究開発)、競争の対極としてとらえられることの多い「協力」も研究にとっては重要です。異なる考え方との出会いによって新たな発想を得ることは言うまでもなく、多様性を創造につなげるためにも、組織的知識創造の基盤としても、また比較的単純な分業を行なううえでも、協力的な環境は研究の遂行に役立つはずです。

ただ実際には、競争と協力のバランスをとることはそれほど容易なことではないように思います。特に、外部に対して競争を行ない、社内でも競争的環境に置かれながら、研究グループ内では協力を維持することが求められるとき、何らかのマネジメント上の工夫が必要になるのではないかと思います。今回は高橋克徳、河合太介、永田稔、渡部幹著、「不機嫌な職場 なぜ社員同士で協力できないのか」[文献1]に基づいて、協力の問題について考えてみます。なお、今回は、オープンイノベーションで想定しているような外部との協力関係構築については除外し、組織(研究グループ)内での協力について考えます。

本書の著者らの問題認識は、近年日本の会社では協力行動が阻害されており、それが原因で職場環境が悪化、生産性や創造性が低下し、品質問題や不正、個人の疲弊が起こる等の問題が起きているというものです。著者らは協力行動阻害の原因について、個人の視点からではなく、組織の問題としての観点から、以下の3つのポイントを指摘しています [文献1p.37-66]

・役割構造:近年の成果主義重視と仕事の高度化は組織のタコツボ化をもたらし(他人がやっていることがわからない、興味を持つ余裕がない)、個人の力は高まったが個人間のつながりを弱める結果となった。

・評判情報:効率性の追求により仲間に関する評判情報の流通機能、情報共有、インフォーマルネットワークが弱体化し、協力関係を構築、発展させるきっかけが失われた。

・インセンティブ:従業員は、会社があてにならないものだということに気付き、協力行動よりも自らのスキル開発を考えるようになった。

成果主義については、効率向上、個人能力の向上という効果があることは著者らも認めていますが、それがもたらす協力関係の毀損は問題と言わざるを得ないと思います。著者らは、そうした協力行動阻害の背景には、協力の見返りとして何かが得られるという信頼関係が失われていることがあると指摘しており、確かにこうした傾向が日本企業の閉塞感につながっているのかもしれません。研究者に必要な専門性の育成は、組織のタコツボ化を促進する傾向があることを考えると、それが協力関係の阻害に繋がらないようにすることは研究マネジメントとしてまず必要なことだと思われます。

著者らは、グーグルやサイバーエージェントの事例などをもとに、問題を改善し協力を促すためには次のような点が重要だとしています [文献1p.91-201]

役割構造を改善する方策:

・個人の利益を越えた目標、価値観の共有化:ビジョン設定だけでなく、ビジョンや価値観を共有化するために努力する。

・発言や参加の壁をつくらない。

・特定の人しかわからない状況をつくらない。

・フラットな組織、流動的な組織により役割固定化を防ぐ(タコツボ化抑止)。

・考えられた異動による交流促進と、異動損しない仕組みづくり。

・他人と一緒に働けること、自分で動けることを重視して採用する。

・援助行動のルール化

評判情報の共有:

・出会い、交流の場を設ける(社員旅行など)

・個室を作らないオフィス

・メーリングリストによるコミュニティづくり

・ブログ活用、インフォーマルネットワーク支援

・インフォーマル活動自体を魅力あるものにする。

インセンティブ構造:

・感情を重視する。効力感(手ごたえ、まっとうな反応、感謝)を与える。

・社内での認知の促進、仕組みづくり。

・働きやすい環境、優秀な仲間、互いが認知される風土→エンジニアにとっての価値ある報酬となる。

・フラット、リスペクト、フェアという価値観の徹底(グーグル)。

・公私混同の職場環境→会社と個人の一体感醸成。

ただし、著者らは、これらの方法論について、何か一つの必殺技のボタンがあるわけではなく、多角的に仕掛けていくことが大切であり、またすぐに効果があらわれる類のものではない、と言っています[文献1p.144]。その意味では、確立された方法論と言えるものではないでしょう。しかし、おぼろげではありますが、協力行動を促すための方向は見えているのではないか、そしてそれは実現不可能な方法というわけではない気がします。おそらく、それは、社員がやりがいを持ち、安心して仕事に取り組み、十分な情報を持ち、お互いに協力したくなるような環境を整える、ということなのではないでしょうか。社員同士の協力行動をひとつの経営資源と考えるならば、このような取り組みを考えてみる価値はあると思われます。少なくとも、協力関係の喪失によって組織の能力が低下しているという著者らの警鐘には耳を傾ける必要があるでしょう。

ただし、気になる点としては、これらの方策のいずれも、仕事にある程度の余裕(つまりムダな部分)が必要なのではないか、ということです。成果主義など、個人の能力向上による効率化を求めた結果として協力関係が崩壊したということは、効率化と協力行動は相容れないものである可能性があることになります。そして単純に考えればそれはおそらく真実なのでしょう。そうなると、協力行動を犠牲にして効率化を追求すべきか、それとも効率を犠牲にして協力行動を獲得すべきか、という議論になってしまう可能性もあるわけです。著者らの結論は、協力行動を重視した方がよりメリットがある、というもののようですが、残念ながら本書に示された説明だけでは、効率追求派を納得させるだけの根拠にはなっていように思います。そうなると要は経営思想の問題、という考え方をする人もいるでしょう。しかし、協力行動が長い目でみればよい成果につながる、という著者らの意見には同意せざるをえないように思います。

もちろん、研究活動を他の企業活動と同じ基準で考える必要はありません。例えば、あるプロジェクトを分担して進めているような場合、その中にはいわば強制された協力関係があり、上述のような自発的な協力関係の構築とは異なる進め方が必要な場合もあるでしょう。また、一人のリーダーに率いられた研究プロジェクト(大学での研究などではよく見られる形態ですが)ではグループ内での協力関係よりは、中央集権的な指揮命令系統に従った運営の方がよい成果が得られることもあるでしょう。製品開発においても、一人のアイデアで全体を統一した方がよいのか、多くの人の協力によって製品をつくりあげたほうがよいのかは議論が分かれるかもしれません。しかし、協力が必要なときに、協力が得られない組織というのは、組織の機能として柔軟性が低いことは確かだと思います。これからの時代、画一的な研究の進め方では成果を得ることが難しくなっていくかもしれません。そんな時、協力行動を活用してイノベーションを進めることも必要になるのではないでしょうか。そもそも、研究活動には「ムダ」や多様性の要素が必要です。多少の非効率があったとしても、協力行動によって新たなアイデアが得られ、問題が解決できるのなら、また、多くの人のプロジェクトへの参画意識が高まるのなら、協力行動の促進は研究の成功率を高める作用があるかもしれません。また、協力行動が環境によって左右されるものであるのならば、効率を追求しながら協力的な環境を作る、ということも不可能ではないでしょう。上記の方策はそのヒントを与えてくれているように思います。

競争心の強い研究者がよい業績を挙げる、という例は数多くあります。しかし、普通の研究者が「機嫌のよい」職場で、やりがいをもって仕事をし、自らの力を十分に発揮して、組織として成果を挙げる、というのも望ましい研究の姿なのではないか、という気がします。企業における研究マネジメントの役割としては、後者の方が重要性が高いのかもしれません。


文献1:高橋克徳、河合太介、永田稔、渡部幹、「不機嫌な職場 なぜ社員同士で協力できないのか」、講談社、2008


(参考)

高橋克徳、河合太介、「『不機嫌な職場の治療法』の全記事一覧」、DIAMOND ONLINE2009.1.21-6.24

http://diamond.jp/category/s-unhappy

中野目純一、「“不機嫌な職場”は変えられる 永田稔ワトソンワイアットコンサルタントに聞く」、日経ビジネスON LINE2008.7.5

http://business.nikkeibp.co.jp/article/pba/20080702/164216/?P=1

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