研究開発マネジメントノート

研究開発とそのマネジメントについてのいろいろ

因果関係

「意思決定理論入門」(ギルボア著)より

誰しも正しい意思決定を行いたいという気持ちはあるでしょう。しかし、正しい意思決定とは何なのでしょうか。本ブログでも、人間は様々な状況で、誤った判断や無意識的判断、非合理的判断をすることを紹介してきました(「ファスト&スロー」(カーネマン著)より意思決定の罠(モーブッサン著「まさか!?」より)、など)。もちろん、誤った判断が「正しい判断ではない」ということは言えるでしょうが、誤りがなければ正しい判断なのか、非合理的かもしれないが誤っているとは言えない場合や、誤っているかどうかがはっきりしない場合にはどうすればよいのかなど、正しい意思決定をするために考えておくべきことは多いように思います。

ギルボア著「意思決定理論入門」[文献1]では、判断におけるバイアスやヒューリスティクスの問題も考慮した上で、意思決定において考慮すべきポイントが述べられています。以下、その中から重要と思われる点をまとめておきたいと思います。

第1章、基礎概念
・「何が『より良い選択』なのか?・・・その答えは自明ではない。わたしは、意思決定の結果がどうであったかは、分析の最終段階においては、意思決定者自身の判断によって決められるべきであるという見方を採用している[p.1]」。「本書の主要な目的は、読者であるあなた自身がより良い意思決定をできるよう手助けすることである[p.8]」
・記述的理論:「現実を記述することを目指す理論のこと[p.3]」。「その原理はそれに対応する現実と照らし合わせて検証される。・・・良い記述的理論とは、あなたの周囲の人々がどのように行動しているかをあなたに告げるもの[p.4]」。
・規範的理論:「意思決定者に忠告を与える理論、つまり、意思決定者がどのように意思決定すべきかという指図を与える理論のこと[p.3]」。「その原理は現実に適合する必要はない。・・・良い規範的理論とは、あなたが採用したくなるような理論であり、あなた自身の目で見て良い意思決定を可能にするような理論[p.4]」。

第2章、判断と選択におけるバイアス
・フレーミング効果:「問題文の設定や表現方法が意思決定に与える効果のこと[p.15]」。(例えば死亡率で表現するか、生存率で表現するか、など)。「われわれ消費者に商品を売ろうという仕事に従事している人々はたいてい、どの表現方法が別のものよりも客を引きつけるかについて良いセンスを持っている[p.20]」。形式的なモデルによってフレーミング効果は消すことができる[p.21]。
・賦存効果:「自分が持っているものに持っていないものよりも高い価値をつける傾向だと定義できる。・・・現状維持バイアスと呼ばれる一般原則から導かれる効果と見ることができる。[p.23]」保有しているものについて情報を持っていること、頻繁な選択の変更を防止できること、習慣形成など、現状維持が合理的と考えられる場合もある[p.25-26]。
・サンクコスト(埋没費用):「支払った金額は、回収することができないサンクコストである。多くの合理的な指南によれば、サンクコストは無視すべきである[p.29]」。しかし、サンクコストへのこだわりが正当化されるケースとして、現状維持バイアスが意味をもつ場合、他人を困惑させる可能性、自分の選択を後で後悔する可能性、未完のプロジェクトをだめにしてしまう可能性がある場合などが挙げられる[p.30-31]。サンクコストを無視したい場合には、問題を決定木としてモデル化することが有効。[p.31
・代表性ヒューリスティック:代表的、典型的な表現に影響される。「矛盾のない長い証言は短い証言よりもより信用をもたらす[p.37-38]。
・利用可能性ヒューリスティック:事例の思いだしやすさに影響される。
・係留効果(アンカリング効果):「関係がないかほとんど関係がない情報が持つ影響力・・・、十分なデータがない場合には、人の評価は、関連性が乏しいような情報に影響を受けるかもしれない[p.47]」。「係留のヒューリスティックとは、『アンカー』として機能するある推定値を基準としてそこから推定値を修正していくこと[p.47]」。ただし、「誰かによってもたらされる評価値は、情報量としては乏しいが、評価値であることには変わりはない。[p.48]」
・メンタル・アカウンティング(心の会計):「お金が代替可能なものであっても、・・・あなたのお金は支出の種類ごとに配分される[p.51-53]」。
・動学的非整合性:「あなたが将来の行動についてある選択をし、やがてそれを実行する時が来ると、あなたはそれを実行しようとはしない[p.55]」。

・「人間の心というのは、長い期間にわたって進化してきた、むしろ洗練された推論の道具なのであり、また、恐らくはその目的にとってそれほど悪い道具ではない・・・実質上ほとんどすべての思考様式にとって、良い推論を見いだすことができ、またそれが最適であるようなさまざまな環境を見いだすことができる[p.61]」。

第3章、統計データを理解する
・条件付き確率:「ある側面に関する条件付き確率から別の側面に関する条件付き確率を導き出すのは一般的に難しい[p.67]」。「一般に、2つの事象の条件付き確率が同一になることはない。それでも人々は2つの条件付き確率を同一視してしまう傾向がある[p.74]」。(基礎比率の無視)
・ギャンブラーの錯誤:独立の事象に対して過去の事例から過剰に学んでしまう、大数の法則を誤って適用する、条件付き確率と条件なし確率を混同するなどの誤りをする。[p.77-83
・悪い(偏った)サンプルに要注意
・平均への回帰:「何かをその極端な過去の結果(良いものにせよ、悪いものにせよ)に従って選ぶなら、将来的にはその結果は平均的なものに戻ってくることを期待すべき」[p.86-87]。
・相関関係と因果関係:「単なる相関関係から因果関係を見いだす助けとなる洗練された統計的手法が存在するが、それには限界がある。特に、株式市場の暴落や戦争などといった一回限りの出来事の原因を特定化することは非常に難しい。・・・相関関係は因果関係を意味しないということを覚えておくとよい。[p.90]」
・統計的有意性:帰無仮説が棄却できないことは、それが真であることの証明にはならない。[p.91
・ベイジアン統計学と古典統計学:「古典統計学とベイジアン統計学は非常に異なった種類の問題に用いられるべき統計手法であるということが大事なのである。もしあなたが何かを立証したい、つまり、『客観的に(統計的に)証明された』ものとして受け入られる結論を主張できるようになりたいなら、用いるべき手法は古典統計学である。もしあなたが自分にとって最善の選択となるような判断や決定を行いたいのなら、誰かを説得することなどに顧慮する必要はないので、選ぶべき手法はベイジアン統計学になるだろう。[p.100]」

第4章、リスク下の意思決定(「リスク、すなわち既知の確率を伴う状況における意思決定」)
・「確率変数の期待値とは対照的に、期待効用はより多くの意味を持つ。・・・フォン・ノイマン=モルゲンシュテルンの定理は、あなたはある効用関数の期待値を最大化するかのように振る舞うという非常に緩やかな想定をしている[p.124]」
・プロスペクト理論の「1つの特徴は、人々は提示された確率に対して非線形的に反応すると主張している点である[p.133]」。もう一つの要素は、「人々は富の絶対的な水準ではなくその変化に反応すると考えている点[p.134-135]」。

第5章、不確実性下の意思決定
・「われわれの人生における多くの重要な意思決定は、同じような仕方で繰り返されるような事象には依存しておらず、i.i.d(「identically and independently distributed、同一で独立の分布[p.77]」)の事象であるという仮定は成り立たない[p.149]」。
・「パスカルは既に確率論という道具を用いて、客観的な確率が存在しない不確実性の状況についての直観と論理を分離していた。その考えは、たとえ事象に割り振る確率が客観的に、あるいは科学的に推定されないとしても、不確実性を数量化することによって課される規則そのものが有用であるかもしれないというものだった。科学的・客観的査定を引きだすための情報がほとんど十分に手に入らないので、あなたが手にする確率は主観的なものに限られる。しかし、確率論という道具を主観的確率に用いれば、あなたの信念は内的には整合的なものであることが保証される。人があなたの査定を実際のデータと比較すると、あなたの査定は正しくないかもしれないが、少なくともあなた自身は自分の信念の間で矛盾するような愚かな結果にはならないはずである。[p.150]」
・「解くべき問題に対して正しいモデルを用いることがとてつもなく重要である。・・・不適切なモデルによって分析を始めると、間違った問題に対する数学的に正しい解を得ることになってしまう。・・・モデル形成において暗黙的になされている隠れた仮定に気をつけるべきである。・・・あなたが情報を知る仕方は、それ自体で、またそれ自身について、参考になる情報をもたらすかもしれない。時には、あなたが何かについて知っている、あるいは知らないという事実そのものが、何か新しいことを伝えてくれるものである。[p.173-174]」
・第3章では「因果関係を確証することは困難であり、しばしばそのために十分なデータが手に入らないことが確認された。しかし、意思決定問題の分析においては、たとえ小さな主観的確率を割り当てるだけに終わるとしても、潜在的な因果関係に注意しておくことが要求されるのである。[p.178]」
・確実性原理(sure thing principle):「エルズバーグがその実験で発見した現象とは、多くの人々が不確実性回避的であるということである。つまり、他の事情が一定であるならば、人々は既知の確率を未知の確率より好む、あるいはリスクを不確実性より好むということである。リスク回避性の場合と同様に、不確実性回避性は損失が出る局面よりも利益が出る局面においてはるかに良く見られ、また、恐らく・・・損失回避性の場合と同じ効果によって、人々は損失が出る局面では不確実性愛好になるかもしれないという証拠がある。[p.180]」
―――

結局のところ、著者が「あなたにとって何が良い決定であるか決めるのはあなた自身であるという見方を強調してきた[p.201]」と述べているとおり、「正しい」意思決定のための決まった方法などはない、ということなのでしょう。しかし、意思決定にあたって明らかに間違った判断や、望んでいない判断、首尾一貫せず自分自身が混乱してしまうような判断をしないために、さらに納得感の高い意思決定を可能にするために意思決定理論は活用可能だということは言えるように思います。

研究を行う上では、意思決定の考え方は以下の2つのケースで特に重要になると考えられます。
1、情報に基づいてどのような行動をとるべきかを決定する(一般の意思決定と同じ)。

2、データに基づいて、より真実に近い情報を明らかにする。
上記1については、研究に限らず重要なことですので、特に議論は不要でしょう。2は、自分の行動を決める際の選択、意思決定とは異なりますが、未来予測のための根拠となる理論を打ち立てたり、データを集め、解釈することにより、ある事象が起こる確率の推定精度を向上させるために、意思決定論の考え方は特に重要だと思います。集めたデータがバイアスによって歪められていないか、ヒューリスティックによって誤った結論が導かれていないか、統計的に誤ったデータ解釈をしていないか、等の点には常に注意が必要ですし、精度の高い結論を得るためにはどのようにデータをとるべきかという研究計画立案の問題を考える場合にも、本書に述べられた注意点は活かせると思います。

結局のところ、研究活動とは、不確実性の高い現象を検討対象として意思決定を繰り返し、その不確実性をリスク(成功確率を評価できるもの)に転換し、さらにそのリスク(失敗確率)をできるだけ下げていくプロセスと考えられます。その検討対象の中に人間の行動が含まれているならば、意思決定に関わる記述的知識も必要でしょう。また、場合によってはヒューリスティックを積極的に活用して、判断のスピードを上げることも求められるかもしれません。意思決定の方法を学ぶだけではなく、意思決定のメカニズムや原理もよく理解した上で、創造的に意思決定理論を活用していくことが研究者には求められているような気がします。


文献1:Itzhak Gilboa, 2011、イツァーク・ギルボア著、川越敏司+佐々木俊一郎訳、「意思決定理論入門」、NTT出版、2013.
原著表題:Making Better Decisions: Decision Theory in Practice

参考リンク<2014.9.28追加>



意思決定の罠(モーブッサン著「まさか!?」より)

人は誰しも「正しい判断、正しい意思決定」をしたい、と思っているでしょう。しかしそれが容易ではないことも確かです。研究開発における意思決定については以前にも書きましたが(イノベーションとあいまいな意思決定(判断の根拠は何か?、ヒューリスティクスの活用?))、今回は、意思決定において起こりやすい「間違い」に焦点を当てて考えてみたいと思います。

マイケル・モーブッサン著「まさか!? 自信がある人ほど陥る意思決定の8つの罠」[文献1]には、つい見過ごしてしまいがちな意思決定の危うさの例が述べられています。原題は「Think twice, harnessing the power of counterintuition」なので、「考えなおせ。直観に反する力を利用する」というところでしょうか。以下、本書の構成に沿って、意思決定上陥りやすい問題点について考えてみたいと思います(各章の要約はp.17-18による)。

第1章、自分だけはうまくいく?:人は他人の経験に目を向けず、個々の問題をそれぞれ独自の事象として考える傾向がある。

・「客観的な視点よりも、主観的な視点を優先させてしまう」[p.26]。これは、「自分は優秀であるとする幻想」、自分の未来は他人よりも明るいと考える「楽観主義の幻想」、本当はコントロールできないことをコントロールできるように考える「コントロールの幻想」による[p.27-29]。さらに、「自分の状況は特殊であると考える傾向、自分の考えに固執する傾向がある」[p.43]といいます。

第2章、他の選択肢が見えなくなる:代替案を用意しておくべき時に、私たちの心は選択肢を減らそうとする。

・係留(アンカリング)と調整のヒューリスティック(カーネマンによる)とは、「人が直感的に意思決定する際に、無意識に示唆された参照点を出発点とし、それに調整を加えて何らかの推定に至るプロセス」であり、「アンカリングは意思決定に影響する、印象に残っている特定の特徴や情報の断片」のこと[p.75]。

・「人は起こり得る可能性のある事柄を十分には考慮しない」、「トンネルビジョン(視野が狭くなること)になってしまう」[p.48]。「私たちは、可能性を考えるにあたってあらゆる知識を活用」し、「それぞれを自分の思考モデルに当てはめる」。「自分が導き出した一連の仮説から推論し、相互に矛盾しない選択肢だけを考慮の対象とする」。「思考モデルとは、外の世界の現実を自分の内側に描写したもので」、「細部よりもその情報がすばやく自分に到達することを重視した、不完全な描写」であって、「いったん思考モデルが形成されてしまえば、厄介な意思決定のプロセスはもう使わなくなる。」(ジョンソン-レアードによる)[p.48-59

・「アンカーに基づいて考えはじめ」、「いったん自分が妥当だと思う回答や許容範囲内の回答にたどり着いた時点で、調整をやめてしまう。」[p.51

・典型的ヒューリスティックとは、「外見の特徴など典型的と思われるものを基準に意思決定する」こと[p.75]。例えば、見かけで判断するなど。

・利用可能性ヒューリスティックとは、「思い浮かべやすい、想起しやすいものを基準に意思決定する」こと[p.75]。例えば、直近の経験や記憶に影響されるなど。

・「私たちは、無意識に物事にパターンを見出そうとする。」「ありもしないパターンを無理に見つけだそうとしてしまう」[p.56-57]。

・「認知的不協和とは、内に対しても外に対しても矛盾しない状態でありたいという人間の持って生まれた性質から来ている。」「この不快感を軽減させようと、自身の行動を正当化する。」[p.57-58

・「確証バイアスとは、個人が自分の都合のよいように、それに反する考え方や不利な証拠を除外する時に起こる。」「一貫性があると、人は問題を考えることを止めることができ、(中略)自分の行動を変えなくて済む」[p.61]。

・「一つのことに注意を払うということは、他の事柄に注意を払えないことであり、無分別な行動を引き起こす理由となる。」[p.63

・「ストレス反応があると短期的に得になることを追求できるが、長期的に何がいいのかを考えられない」(サポルスキーによる)[p.66]。

・「インセンティブによって、他の選択肢や可能性を考えられなくなってしまう」[p.67]。

第3章、専門家の意見は鵜呑みにするな:専門家は非常に狭い分野についてよく知っていて、自分たちの主張や予測を正当化するのが得意だが、現在ではコンピュータや集団の知恵により問題を効率的に解決できるようになっている。

・「ある程度法則に基づいて結果が限られた範囲に分布する」ような場合には「コンピュータのデータを使えばよい。」「確率によって、結果は幅広く取り得るものなら(中略)専門家よりも集合知の方が優位」。「専門家の機能が十分に果たされる領域は、法則に基づいていて、取り得る結果が広い範囲にわたるような問題」[p.83-85]。要するに専門家が常によい予測ができるとは限らないということでしょう。

・集合知により、群衆が当たる予測をするためには、多様性、情報の集約、インセンティブによる必要な人の参加が重要。「多様性があると、集団の間違いを減少させる。」[p.93

第4章、あなたも周りの状況に影響されている:私たちの意思決定は周囲の状況に大きく影響されている。

・「人間は周囲の答えに影響されてしまう」。周りに屈してしまう人の特徴は、判断力の屈折(自分が間違っていて、周りが正しいと決め込んでしまう)、行動の屈折(多数に迎合するために、自らの知識を抑え込んでしまう)、知覚の屈折(多数の意見によって、自分の視点が覆されてしまっていることに気がついていない)。(アッシュによる)[p.107-108

・プライミング効果とは、「論理的な意味においてまったく無関係に見えるようなものでも、私たちの知覚を通して入ってくる情報は関連づけられ、意思決定に影響する」こと(例えば、ドイツ音楽がかかっている売り場ではドイツワインの売り上げが上がるなど)。「プライミングが機能するためには、プライミング対象と、そこにいる人の目的がつながっていなければならない」[p.115-117

・「自分は最良の選択肢を自分で選んでいると思っているが、実際は選択肢がどう設定されるかに大きく影響されている。実際はほとんどの人が単に選択肢をデフォルトのままにしている」[p.118

・「多くの決断において、私たちが思う以上に感情が重要な役割を演じている(ザイアンスによる)[p.120]。「ある結果が強く感情的な意味を持たない時、人は確率に重きを置きすぎる傾向がある」「対照的に、結果が鮮烈である場合は、確率に対してはほとんど注意は払われず、結果に対してのみ注目が集まる。」[p.121

・「人は多くの場合、ある人の行動はその人の性質がもたらしたものだと考えてしまい、状況の影響力を考慮しない」(「根本的な帰属の誤り」)[p.123]。

・「規則に従うということで自分の行動を正当化する」「人は長い期間特定の配役を演じるように言われると、配役から抜け出せないような役者となってしまうリスクがある。」[p.124

・惰性、あるいは変化への抵抗によって、人は古い問題に対して新しい視点でみようとしなくなる。[p.125

第5章、“木を見て森を見ず”に陥らない:ミクロの行動を集めることで、マクロの行動を理解しようとすると失敗する。

・「複雑適応系では、部分を研究することでは全体を理解することなどできない」「本当はそこに因果関係がないにもかかわらず、因果関係を知りたいと思う気持ちだけで物事を見ると、因果関係を説明できないシステムを目の前にした時、とんでもないことが起こる。」[p.139]「複雑で高度にインタラクティブなシステムを前にして、人間の判断のプロセスや、直感そのものに頼ると意思決定を誤ってしまう(フォレスターによる)」[p.150

第6章、正解は、時と場合による:状況を把握せずに、システムの特徴(属性)をもとに因果関係を予測することには要注意。

・「人はよく一つの状況から得た教訓や経験を、異なる状況にも当てはめようとする。しかし、ある状況にあてはまる判断は、たいていの場合別の状況ではまったく当てはまらない」[p.158]。「『成功の鍵』や『勝利の方程式』などの言葉を目にしても鵜呑みにせず、それが果たして本質を突いているかどうか、まず検討すべき」[p.161

・相関関係と因果関係の違い:XYを引き起こすという主張をするためには、次の3条件が必要。Yの前にXが起こること、XYはそれぞれ2つ以上の側面がありXYは関数の関係でなければならない、XYの両方を引き起こす要因Zがあってはいけない[p.169]。

・「多面的な状況では『最善』のやり方がない」[p.174

・「私たちの大半は、一つの成功したやり方をその次の状況に適用することによって、また成功すると思いたい。」「しかし、多くの場合ではそうはいかない。なぜならば、状況を考慮せずに属性や性質だけで意思決定してしまうから。」「多くの場合の正解は『状況による』なのだ。」[p.176

第7章、突然、襲ってくる大規模な変化の危険性:相転移(フェーズの変化)が起こる時には因果関係を見出すことが難しいので、最終的な結果を予測することはほぼ不可能。

・突然襲ってくる大規模な変化としては、システムの変化を促進する正のフィードバック[p.180]による発散現象や、相転移[p.182]などのような現象が挙げられる。これらにはクリティカルポイントがあるが、その予測は非常に難しい[p.200]。

第8章、運と実力を見極める:運と実力の役割、「平均回帰」を考慮する必要がある。

・平均回帰性とは、「平均を逸脱する結果の後には、平均により近い結果がでる、というもの」[p.206]。「結果には、不変の実力による部分と、一次的な運による部分がある。ある期間での極端な結果は非常に幸運、もしくは不運であった結果であり、時間とともに運の影響が強くなくなってくることで、結果も極端ではなくなる傾向を見せる」[p.214

・ハロー効果とは「一般的な印象に基づいて特定のことを結論づけてしまうような人間の傾向のこと」[p.216]。

・「人は小さなサンプル・サイズから根拠のない結論を推測する傾向がある(カーネマン、トベルスキーによる)」[p.222

上記のような事例のそれぞれについて、著者は各章の終りに対策を述べていますが、全体のまとめとして、次の点をアドバイスしています[p.231-242]。ただし、「すべての意思決定に対して本書で述べた思考のプロセスを当てはめる必要はない。」「たいていの場合は何をしたらよいのかは明らかであることが多い。本書の価値は、その意思決定の影響が大きい場合や、自分にとって自然な意思決定プロセスが、最適とは言えない選択につながる時に発揮される。」とのことです。

・注意力を高める:意思決定の過ちはたくさんの人に共通に起こる。

・他人の立場に身を置いて考える

・運と実力の役割を理解すること

・フィードバックを得ること

・チェックリストを作成する

・決断する前にはよく検討しよう

・どんなに気をつけても、予測できないことがあることを知る

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本書に述べられた意思決定における罠を考えてみると、次のような要素があるのではないかと思います。

1、無意識の思考特性に依存するもの(プライミング、係留と調整のヒューリスティックなど)

2、現象や事実に対する知識や認識不足、認識の誤り(平均への回帰の軽視、ハロー効果、状況の軽視、相関関係と因果関係の混同など)

3、対象自体の予測不可能性(複雑系の現象、創発、発散現象やその原因と発生タイミングの予測、確率的な現象など)

中にはこれらが複合しているものもあると思いますが、それぞれの要素については対応の心構えが違うように思います。1、に対しては、人間がそういう思考をしやすいことを認識し、そうした兆候が見られたら考えを修正していくことが重要でしょう。2、については、論理的な思考方法を学ぶことで、正しい判断に近づく可能性があります。3、については人が予測できない課題があることを認識し、そうした場面に遭遇した時の悪影響を極力軽減するような準備が必要、ということではないでしょうか。ただし、このような点に注意し、様々な可能性を考えておくことには労力がかかりますので、これをどこまで実践するかは、その努力と意思決定の誤りによるリスクのバランスを考慮しなければなりません。研究開発のように不確実な課題に挑む場合には、十分な検討を行なうことができずに先に進まなければならない場合もありますし、時間的制約のためにあいまいな意思決定をしなければならないこともあると思います。なるべく正しい判断ができるよう心がけることはもちろん重要ですが、正しいという保証のない意思決定をする時こそ、そこにどんな罠がひそんでいるかを知っておくことは重要と考えます。


文献1:Mauboussin, Michael J, 2009、マイケル・J・モーブッサン著、関谷英里子訳、「まさか!? 自信がある人ほど陥る意思決定の8つの罠」、ダイヤモンド社、2010.


本ブログ関連記事

複雑系経営(?)の効果2012.5.6

複雑系の可能性(ニール・ジョンソン著「複雑で単純な世界」より)2012.6.10

いかに判断、予測するか(ダンカン・ワッツ著「偶然の科学」より)(2012.7.29

参考リンク


 

 

 

科学的判断の受け入れ(「代替医療のトリック」感想)

人は何を正しいと思い、何を受け入れるのか、人の判断には何が影響するのでしょうか。特に科学的な考え方が人の判断にどう影響するのかは、イノベーションや研究開発、科学と社会の関わりを考える上で重要なポイントになるでしょう。例えば、イノベーションを実用化する場面では、新しい技術や考え方を顧客(社会)に受け入れてもらわなければなりません。また、さらに広く考えれば、組織において人の行動をマネジメントするような場面でも、ある考え方を受け入れてもらうことは必要になるはずです。

しかし、人間の意思決定が必ずしも合理的に行なわれるものではないことは、今までにも取り上げてきたとおりです(イノベーションとあいまいな意思決定(判断の根拠は何か?、ヒューリスティクスの活用?)、いかに判断、予測するか(ダンカン・ワッツ著「偶然の科学」より))。実際、科学的な根拠に基づいていることすら合理的な判断がなされない場合もありますので、こうした人間の判断の傾向はきちんと理解しておくべきではないでしょうか。今回は、サイモン・シン、エツァート・エルンスト著「代替医療のトリック」[文献1]を参考に、科学的な考え方の受容と、人間の判断の問題について考えてみたいと思います。

著者は、代替医療を「主流派の医師の大半が受け入れていない治療法」と定義しています。つまり、「科学の観点からすると、『代替医療は、生物学的に効果があるとは考えにくい』と言うことになる。」[文献1、p.11]ということです。しかし、著者によれば、代替医療は「何十億という人びとに用いられている」そうですから、科学的な考え方がうまく受け入れられていない例としてその理由を考えてみる価値があるように思います。

本書では、鍼、ホメオパシー、カイロプラクティック、ハーブ療法についてかなり詳しく、またその他約30種類の代替医療について、その効果を主流派の医学で用いられている科学的評価法に基づいて評価した結果が解説されています。中には効果の認められた療法もあるものの、ほとんどが効果のない(プラセボ効果のみ)ものであり、好ましくない副作用を持つものすらあるとのことです。この結果は、私には説得力があるように思われるのですが、評価方法や結果に納得されない意見もあるということは非常に興味深く思いました。代替医療の効果に関する評価は本書をご参照いただくとして、本稿では、なぜそのような代替医療を受け入れる人が多いのか、科学的評価がなぜ容易に受け入れられないのか、という点にしぼって考えてみたいと思います。

代替医療に対する科学的評価が受け入れられない理由

著者はまず、「『代替医療はどれもこれもクズだ』という確固たる信念の持ち主もいるだろうし、逆に、『代替医療はあらゆる痛みや病気を癒やしてくれる万能薬だ』と言って譲らない人もいるだろう。」「すでに答えをもっているなら、たとえ何千件という研究から引き出された結果であろうと、今さら聞く意味はないだろう。」[p.16]と述べ、科学的な考え方を受け入れない人々の存在を認めています。その上で、物理学者のカール・セーガンの「提示された仮説は、とことん懐疑的に吟味すること。それと同時に、新しいアイディアに対しては、大きく心を開いておくこと。」という言葉を引用し[p.362]、このバランスを取ろうと努めた、と言っています。大きくまとめてしまえば、このバランスが取れないことが科学的評価が受け入れられない理由といえるのでしょう。

より具体的には、代替医療が支持される理由として次のような要因を指摘しています。「人々が代替医療に心惹かれるきっかけは、多くの代替医療の基礎となっている三つの中心原理であることが多い。代替医療は『自然(ナチュラル)』で、『伝統的(トラディショナル)』で、『全体論的(ホーリスティック)』な医療へのアプローチだと言われる。・・・代替医療の三つの中心原理は、誰もが陥りやすい罠なのだ」[p.285]。また、「治療法の効果をまのあたりにすれば、患者はそれを使ってみたくなるだろう。要するに、自分の経験こそは、何にもまさる証拠になるのだ。」しかし、「二つの出来事が立て続けに起こると、私たちはその二つに関係があるはずだと思ってしまう」[p.297]とも述べています。さらに、「確証バイアスとは、何が起こっても、先入観を強めるようなかたちでその出来事を解釈する傾向」[p.301]であり、代替医療の問題点が正しく認識できない原因にはこうした傾向の影響もあると考えられます。また、「世界中のどこで行なわれた調査でも、代替医療を使うきっかけの少なくとも一部は、通常医療への失望であることが示されている。」「調査によると、患者は、医師は自分のためにろくに時間を割いてくれず、思いやりも共感もないと感じている。それに対して、代替医療を受けている患者は、自分のために時間をかけ、理解と共感を示してくれることをセラピストに求め、セラピストはおおむねそれに応えている」[p.349-350]ということも、判断に影響を与えているのでしょう。加えて著者は、「イギリスで行なわれた調査からは、インフォームド・コンセントという、倫理的にも法的にもきわめて重要な基本方針に反しているカイロプラクターが、到底容認できないほど大勢いることが明らかになっている」[p.351-352]とも指摘しています。私見ですが、これは、実は患者の中にはインフォームド・コンセントを求めず、結果のみを求める人がいることと関係しているのではないでしょうか。なお、訳者は「科学に対する反感もまた、多くの人が代替医療に心惹かれる理由になっているようにみえる。」「代替医療にまつわる三つのキーワード(ナチュラル、トラディショナル、ホーリスティック)には、私たちの思考を停止させる強力な魅力があるらしい」[p.461]という指摘もしています。

以上が代替医療を使う側の考え方の問題といえる点です。このような要因により、代替医療を懐疑的に評価する視点が甘くなり、新しいアイデアの可能性ばかりが認識されていると考えることができると思います。さらに著者は、上記の要因に加え、人々をこれほどまでに代替医療に熱中させた責任者集団、つまり、環境の要因も指摘しています[p.322-364]。具体的には、以下の点です。

・代替医療の普及活動、支援(代替医療の導師、代替医療コースを持つ大学、代替医療を積極的にあるいは補完的に用いる医師)

・代替医療の信用を高める行為(代替医療を使ったり信じたりする著名人、一部の大学、医療関係者)

・代替医療に疑問を呈さない態度(医療関係者、一部の大学、代替医療の協会、政府と規制担当当局)

・代替医療に関する臨床試験情報の不足や誤解(関係者の告知不足、WHOによる誤解)

・代替医療および正統的医療に関する誤った、あるいは偏った報道(センセーショナルな報道をするメディア)

・代替医療を使おうとした患者に対して、採用を押しとどめる役割の不足

このような外部要因により、代替医療にかかろうとする側の判断がさらに歪められていると考えられるでしょう。

科学的な判断とその受け入れ

以上、代替医療を例に、データを科学的に認識し、科学的に判断を下し、それを受け入れることの難しさについて考えてみました。しかし、科学的な判断は代替医療の問題だけではありません。代替医療の問題は比較的わかりやすい事例だと思うのですが、科学と社会との関係、さらに広くは、何かの根拠に基づいて判断する場合にはすべて似たような問題がつきまとうのではないでしょうか。代替医療の問題にならって考えれば、科学的な判断に願望や感情が入ってしまうことには十分注意しなければならないでしょうし、判断にバイアスがかかる人間としての性質、環境に左右される可能性についても注意が必要でしょう。一般に技術者、研究者は一般の人よりは科学的なデータに基づく判断には慣れているはずなのですが、しかし、医療関係者であっても科学的根拠に基づく代替医療の評価に違いがあるということは、技術者にとっても判断の根拠は慎重に吟味する必要があるということを示していると考えられます。

さらに広げて、マネジメント上の判断についてはどうでしょうか。自分の経験や、有名人、権威者の経験ばかりにこだわっていないでしょうか。流行の概念に踊らされていないでしょうか。もちろん、マネジメントの世界では、医療の世界で用いられるような2重盲検試験や対照比較試験はできない場合がほとんどでしょう。また、判断の正しさを理論的に裏付けることも難しい場合がほとんどでしょう。加えて、人間の行動が関与する現象ですから、プラセボ効果を積極的に活用してもよいかもしれない点も科学的な判断とは違うと思います。しかし、代替医療の例で見たような人間の判断の危うさは常に念頭に置いておく必要はあるはずです。科学の世界でも、マネジメントの世界でも、仮説の懐疑的吟味と、新しいアイデアに対して大きく心を開くことのバランスをとることは重要なはずです。もし将来「科学的なマネジメント」と「代替マネジメント」の区別が生まれるなら、代替マネジメントには惑わされないようにしたいものです。



文献1:Simon Singh, Edzard Ernst, 2008、サイモン・シン、エツァート・エルンスト著、青木薫訳、「代替医療のトリック」、新潮社、2010.

 原著題名:”Trick or Treatment?, Alternative Medicine on Trial”

参考リンク



 


 

試行錯誤のプロ

研究開発は未知のことへの挑戦です。従って、思ったとおりにことが運ぶとは限りません。そんな時、試行錯誤が必要になることがあります。

試行錯誤とは、一般には、試みてみて、その結果に応じて対応を変化させ、最終的に目的達成を目指すプロセスであると理解されていると思います。研究の世界では、試行錯誤というと、行き当たりばったりとか、下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる、というようなあまり好意的でない印象を持たれることもありますが、実用的には成果を挙げる場合が多いことも事実でしょう。特に、最近ではロールプレイングゲームなどで試行錯誤に慣れ親しんだ世代が増えてきていることもあってか、手法として抵抗感が少なくなってきているようにも感じます。もちろん、正解があるかどうかもわからない研究の問題解決に試行錯誤を使うことと、ゲームのように設計者が決めた正解を試行錯誤を通じて見出していくこととは意味が異なりますが、今回は研究開発における試行錯誤について考えてみたいと思います。

試行錯誤の意義

試行錯誤というと、間違ってもいいからとにかく試行してみて対応する、という印象を持たれることが多いように思います。しかし、試行そのものは研究の本質です(試行しなくてもうまくいくとわかっていることは研究の対象にはなりません)。そして、その結果、うまくいくこともあればいかないこともある、というのも研究の本質でしょう。とすると、

1、試行を計画する

2、試行する

3、結果を得てフィードバックする

というステップは、最初に「間違ってもいいから、」と思っていてもいなくても同じことになるのではないでしょうか。事前に入念な計画をたてて試行しても失敗することもあるわけで、どう試行するかは、与えられた課題と試行の容易さ、効果に応じて決められるべきものでしょう。とすると、試行の計画自体が合理的であれば、周到な計画だろうと試行錯誤アプローチだろうと上記1~3の実態に違いはなく、試行錯誤(試行とフィードバックを組み合わせるアプローチ)こそが研究活動の実態であると言ってもよいように思います。以下、試行(錯誤)に関わる各段階について考えてみたいと思います。

1、試行計画段階:試行による問題解決に適した課題と条件の決定、注意

研究の本質に試行が深く関わっているとしても、試行主体の問題解決に適した課題とそうでない課題があるでしょう。基本的には、理論や経験による予測がしにくい課題は、試行で解決することが合理的ということになるでしょうが、無限に広い範囲の条件で試行を行なうことは困難ですから、試行の計画の段階で、なるべく条件を絞り込むことが必要になります。具体的には、ある条件を一定にコントロールしたり、ある条件は無視したり、あるいは現実の状態をモデル化して重要と思われる項目についてだけ試行することなどが必要で、こうしたことができる場合に試行が有効と言えると思います。もちろん、事前の予測が困難な場合には、計画自体も試行の結果を見ながら決定することも有効でしょう。ただし、特に人の意思が関わる問題については、試行することが状況に変化をもたらし、目標自体やあるべき解決策が変わってしまうこともあり得ますので、注意が必要です。

2、試行の段階

試行段階では、求める結果が確実に得られるような実験を設計する必要があります。試行によって得られるデータ自体がお粗末では、そこから導かれる結果も使えないものになってしまいますので、どんな方法でどんなデータをとるか、実験のテクニックも重要です。実験室での実験、現場試験、シミュレーション、データ採取方法などを、得られるデータの信頼性も考慮して決める必要があり、研究部隊の実力が試されることになると思われます。

3、結果とフィードバック

まず、試行した結果から何を学びとるか、ということが重要です。具体的には以下の点に注意する必要があるでしょう。

・試行の結果を正しく評価する:得られた結果には間違いがないのか、いつもそうなるのかも含めて、期待どおりの(あるいは予想外の)結果が得られたかどうかをまず判断する必要があります。場合によっては、統計的、確率論的な議論が必要になるでしょう。

・試行したことと結果の因果関係を検討する:確率的な事象、複雑系の関与する事象の場合、試行結果が何回か同じになっても、その次もまた同じ結果になる保証はありません。因果関係を検討し、そのメカニズム、すなわち、なぜそうなるのかが推定できれば、試行したことが結果を生んだことについてのサポートになります。

・結果を参考に次の試行条件を決める。仮説を修正する、新たな仮説を提案する。

・目的外の結果も重視する:試行錯誤は目的とする課題の解決のために行なうものであったとしても、試行の結果、それ以外の答えや、発展のヒントが得られることがあります。思ってもみなかった発見(真のセレンディピティ)が得られる場合もありますし、試行の結果から導かれる仮説を利用すると、当初考えていなかったアイデアに気付く場合があります。これらも試行から学べることといってよいでしょう。

試行錯誤を行ないやすい研究環境

このように、試行錯誤、試行することは研究開発において重要な役割を担いますが、試行錯誤を行ないやすい研究環境というものもあるでしょう。試行錯誤を促進するためには、次のポイントが重要と考えます。

・試行を問題解決のアプローチのひとつとして評価し、価値を認めること:理論的検討も重要ですが、試行の価値を認め、選択肢として考慮し、試行が効率的な場合には、積極的に試行することを促す。

・失敗を容認すること:試行に伴う失敗は責めない。

・試行しやすい環境をつくる:試行のための精神的障害を小さくする。

・試行のアイデアをいくつか用意する:ひとつ失敗しても次の手がある状態にする。

・過去の成功体験に縛られないようにする:試行の方法は、過去に成功した方法ばかりではない。

また、試行の結果から多くを学ぶためには次の点が重要でしょう。

・結果を記録し、将来の試行に生かす:目的とする結果の実現だけを目指す場合、うまくいかない結果は捨てられてしまいやすいものです。再度の失敗を避けるためにも、また、新たなアイデアを得るためにも記録は有意義です。

・計画の管理に余裕をもたせる(計画変更や逸脱を許容する):余裕がないと、目的外の結果が捨てられてしまいがちです。

試行に基づくアプローチは、コスト負担が大きくなる場合もあり、必ずしも容易な方法ではありません。しかし、試行を行ない、そこから有意義な結論やアイデアを引き出すことには研究部隊の力が反映されます。具体的には、試行をうまく計画して効果的に行ない、目的達成の役に立つデータをうまくとり、その結果を正しく評価しうまく活用することが求められる時、それが試行錯誤のプロとしての研究部隊の出番なのではないでしょうか。


 

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