研究開発マネジメントノート

研究開発とそのマネジメントについてのいろいろ

多様性

「世界で最もイノベーティブな組織の作り方」(山口周著)より

イノベーションを実現するには、天才的な個人と、集団の協力のどちらがより重要なのか。そのどちらであっても、個人の能力をひきだし、その努力をまとめあげる組織の能力が優れていなければ大きなイノベーションの達成は難しいでしょう。では、どのような組織が望ましいのでしょうか。

この問いに対する答えはそう簡単に求まるものではないと思いますが、山口周著、「世界で最もイノベーティブな組織の作り方」[文献1]では、「『イノベーションを継続的に起こすことに成功している企業/組織』に共通して見られる特徴」と「それらの特徴がどのようにしてイノベーションの実現に寄与しているのか、それらの特徴をどのようにして獲得できるのか」[p.34]が述べられています。「本書は、その論考の基礎を、ヘイグループがフォーチュン社と共同で行っている『世界で最も称賛される企業=World’s Most Admired Companies』・・・に関する調査において、『最もイノベーティブな企業』として最上位にランキングされた企業への組織開発プロジェクトによって得られた定性的観察に置いています[p.34]」とのことで、それに加えて、著者のコンサルタントとしての経験や考察が織り込まれているのが特徴でしょう。特定の経営理論や特定の分野での研究事例から導かれる方法論とは異なり、実務家にとっても参考になる論考が多いと感じましたので、今回はその内容から興味深く感じた点をまとめてみたいと思います。

第1章、日本人はイノベーティブか?
・「日本企業でイノベーションの促進を阻害するボトルネックファクターは何なのか?それは『組織』です。歴史的に見て多くの領域において個人として発揮されている創造性が、最近の企業組織においてまったく発揮されていないという事実――。それは、組織が個人の創造性をうまく引き出せていないということを示唆しています。・・・事例を並べて考えてみるとわかるのは、日本人は『個人』になれば世界トップレベルの創造性を発揮するものの、『組織』になるとからっきしダメになるということなのです。[p.30-31]」
・「多くの企業が掲げる『どのようにして創造性を高めるか?』や『クリエイティブ思考をどう鍛えるか?』という論点は、そもそも問題設定のピントがずれているということになります。・・・様々な事例は、われわれ日本人が真に向き合うべきなのは『人材の創造性を阻害している組織要因は何なのか』『どのようにすれば個人の創造性を組織の創造性につなげられるのか?』という問題であることを示しているように思います。[p.32-33]」
・「エイブラハム・マズローは、その著書の中で、創造性は誰にでも備わっているものであり、問われるべきは『人間は、どのようにして創造的になれるのか?』ではなく『人間の創造性の発露を損なっているのは何か?』であると指摘しています。[p.33]」

第2章、イノベーションは「新参者」から生まれる
・「『最もイノベーティブな企業』に共通して見られる特徴のひとつに『多様性の重視』が挙げられます。・・・カギは『多様性がもたらす創造性への影響』にあります。[p.36]」
・「『これまでに誰も考えたことがない新しい要素の組み合わせがイノベーションの源泉だ』ということです。そして、この『新しい要素の組み合わせ』を実現するために、多様性が非常に重要な要件になってくる、ということです。[p.47]」
・「多様性が創造性に昇華されるには、組織内に『思考の多様性』や『感性の多様性』が生まれ、それが結果的に『意見の多様性』につながり、組織内に建設的な認知的不協和が発生する必要があります。つまり最終的に重要なのは『意見の多様性』であって『属性の多様性』ではない、ということです。・・・重要なのは、人と異なる考え方/感じ方をどれだけ組織成員ができるか、そして考えたこと/感じたことをどれだけオープンに話せるかという問題です。これは属性の問題というよりも『多様な意見を認める』という組織風土の問題であり、さらには『多様な意見を促す』という組織運営に関するリーダーシップの問題だと捉える必要があります。[p.51-53]」
・「イノベーションの芽となるアイデアを生み出す人と、そのアイデアに資源を注ぎ込んで育てるという意思決定権限を持つ権力者との間には、組織内で大きな距離が存在している・・・。イノベーティブとされる企業であればあるほど、上下間での情報流通が活発に行なわれているという結果が出ています。[p.54]」
・「『目上の人に対して反論したり意見具申したりする』行動に対する心理的抵抗の度合いをオランダの心理学者ヘールト・ホフステードは権力格差指標=PDI(Power Distance Index)と定義しました。・・・権力格差の大きい国では、人々の間に不平等があることはむしろ望ましいと考えられていて、権力弱者が支配者に依存する傾向が強まり、中央集権化が進みます。・・・端的にホフステードは『権力格差指標の小さいアメリカで開発された目標管理制度のような仕組みは、部下と上司が対等な立場で交渉の場を持てることを前提にして開発された技法であり、そのような場を上司も部下も居心地の悪いものと感じてしまう権力格差指標の大きな文化圏ではほとんど機能しないだろう』と指摘しています」。先進7カ国のなかでは権力格差指標の「日本のスコアは相対的に上位に位置しています。」[p.69-72
・「日本など権力格差指標の高い文化圏では、権力と対峙する形でのリーダーシップが生まれにくい」ことが示唆される。「われわれ日本人は、『権威』と『リーダーシップ』を一体のものとして認識してしまうという奇妙な性癖を持っています。しかし、リーダーシップは本来、権威によって生まれるものではありません。それは責任意識によって生まれるものです。[p.79-80]」
・「科学史家トーマス・クーンが指摘しているように、イノベーションは『年齢が非常に若い』か『その分野に入って日が浅いか』のどちらかの人材によって牽引されることがわかっています。・・・しかし、権力格差の大きい日本において『若造』と『新参者』は、最も声を圧殺されがちな人々と言えます。・・・つまり『日本人は、目上の人に対して意見したり反論したりするのに抵抗を感じやすい』という事実と、『多くのイノベーションは組織内の若手や新参者によって主導されてきた』という事実は、日本人が組織的なイノベーションにはそもそも向いていないということを示唆しています。・・・ここに、個人としては最高度に発揮される日本人の創造性が、組織になると必ずしも発揮されなくなってしまう大きな要因のひとつがあるのです。[p.82]」
・「1950年代という時期は、権威に対して媚びへつらう傾向が強い日本人の特性が例外的に希薄になった時期だったと言えるかもしれません。・・・『上が薄い人口構成』と『既存権威の失墜という社会状勢』が、高度経済成長期におけるイノベーションの加速要因になったということは十分に考えられることです。[p.84]」
・「重要になるのは、『指示・表明のリーダーシップ』ではなく、『聞き耳のリーダーシップ』ということになります。・・・リーダーは自分のアイデアをとりあえず伏せつつ、積極的に部下に対して本音の意見を表明させることが必要になります。これが聞き耳のリーダーシップです。[p.99]」「ヘイグループは、・・・『聞き耳のリーダーシップ』を発揮している程度は、組織成員のモチベーションやコミットメントと強い相関があることを把握しています。[p.97]」
・「教育心理学の世界では、・・・報酬、特に『予告された報酬』は、人間の創造的な問題解決能力を著しく毀損することがわかっています。・・・デシの研究からは、報酬を約束された被験者のパフォーマンスは低下し、予想しうる精神面での損失を最小限に抑えようとしたり、あるいは出来高払いの発想で行動するようになることがわかっています。[p.102-103]」「では一方の『ムチ』はどうなのでしょうか?結論からいえば、こちらも心理学の知見からはどうも分が悪いようです。・・・何かにチャレンジするというのは不確実な行為ですから、これとバランスを取るためには『確実な何か』が必要になる。ここで問題になってくるのが『セキュアスペース』という概念です。[p.108]」「つまり、人が創造性を発揮してリスクを冒すためには、『アメ』も『ムチ』も有効ではなく、そのような挑戦が許される風土が必要だということ。さらにそのような風土の中で、人があえてリスクを冒すのは『アメ』が欲しいからではなく、『ムチ』が怖いからでもなく、ただ単に『自分がそうしたいから』ということです。[p.109]」
・マクレランドの3つの社会性動機:1、達成動機(設定した水準や目標を達成したい)、2、親和動機(他者と親密で友好な関係を築き、これを維持したい)、3、パワー動機(自分の行為や存在によって組織や社会に影響を与えたい)[p.123
・「ヘイグループの研究からは、大型のイノベーションに向けて組織を動かす人材は、達成動機よりもむしろ高いパワー動機を持っている傾向が明らかになっています。しかし、こういった人たちは必ずしも『課題優先型のエリート』ではありません。むしろ、言われたことをやるよりも自分の興味や関心にドライブされて仕事をやっているため、上司や経営幹部からは『扱いづらい』という評価を受けていることも多い。・・・動機のプロファイルによって、活躍できる仕事の種類(課題優先型か好奇心駆動型かなど)は変わる・・・。社内で高い評価を継続的に受けてきた・・・『課題優先型のエリート』は、過去の歴史を見る限り、イノベーションの実現という文脈においては『好奇心駆動型のアントレプレナー』に敗れ去るケースが多い。であれば、われわれはイノベーションの実現を、それを自らやりたがる人に任せるべきだ、ということになります。・・・イノベーションの実現という文脈において『適材適所』は重要な論点として浮上してくる、ということです。[p.128]」

第3章、イノベーションの「目利き」
・「イノベーションがもたらす可能性の評価は非常に難しい。であればこそ、多様な視点で多数の人たちが評価することが必要で、そのためには『組織のネットワーク密度』が重要な論点になってくる・・・しかし、ことイノベーションに関連して組織ネットワークを考察する際、ネットワークが外部に対してどれだけ開いているかも重要な論点となってきます。なぜなら、過去の多くの事例において、イノベーションの核となるアイデアは組織の外部からもたらされているからです。[p.141]」
・「最適な構造のあり方は情報処理コストと通信コストのどちらが相対的に高いかによって決定されます。通信コストがプロセッシングのコストより相対的に高い場合、イノベーションのアイデアを生み育てるプロセッシングは一カ所で行ない、ネットワークを流通する情報の量をなるべく少なくして、そこで浮いたお金をプロセッシング(アイデアを出せる才能)に回すほうが全体の生産性は高まるでしょう。一方、プロセッシングのコストが通信コストよりも相対的に高い場合、つまりアイデアを生み出せる才能が希少で、通信コストが劇的に下がった現在の社会のような状況では、プロセッシングは分散処理で行い、分散処理された情報を世界中から集めるというシステムのほうが合理的です。・・・せっかく密度の高いネットワークを組織内に作ったとしても、そこを流通する情報の量が少なくては宝の持ち腐れになってしまいます。組織内における情報流通の質と量を高めようと考えた場合、組織内の『密度』と同時に、組織の外に向かった『広さ』にも目を配ることが必要です。[p.145-146]」
・「本当の意味で『頑張る』『創意工夫をこらす』ということは目の前の業務に粉骨砕身することではなく、むしろ戦略的に『遊び』を取り込むことでイノベーションの芽を育てることにあるはずです。[p.159]」
・「イノベーションという文脈でプロセスを議題に出すと、P&Gで実行されている、いわゆるステージゲート法(段階的に消費者テストにかけて、ある程度の成功確率が担保された段階で開発・販売にゴーサインを出すやり方)のような厳格な管理型プロセスを思い起こす方も多いでしょう。たしかに、こういった仕組みを導入することで商品開発には一定の規律が導入されることになり、結果的に野放図でギャンブル性の高い新商品開発・発売を抑止することが可能になります。しかし一方で、こういった管理型プロセスの導入によって可能になるのはせいぜい漸進型イノベーションであって、世の中の風景を一変させるラジカルなイノベーションを生み出すことは難しいと考えておいたほうがいいでしょう。・・・消費者は、往々にして大きな便益をもたらすイノベーションのアイデアを提示されても、その価値をすぐに理解することができないのです。[p.167-168]」
・「組織内で論理や客観的事実に基づいた合理的なコンセンサスが形成されるのを待っていたら、イノベーションがもたらす果実は『鳥に啄まれた残りかす』にしかならないということです。[p.176]」
・「組織が行う意思決定のクオリティは、必ずしもリーダーやその構成員の思考力やリテラシーに左右されない。むしろ、その組織がどういうメンバーで構成され、どういう前提でもって議論を行い、どのようなプロセスで議論を進めるか――要するに『決め方』によって左右される[p.202]」。
・「杓子定規にルールをあてはめてアルゴリズミックに撤退/継続の意思決定をしていたのではイノベーションの芽を摘んでしまう可能性がある一方で、撤退基準を明確化しなければ組織も構成員も結果的には傷つくことになるリスクが高まる。・・・リーダーは『ルールでは判断できない、論理だけでは整理できない例外事項について意思決定する』ために存在しているのです。[p.214-215]」
・「そもそも専門家の判断能力は過大評価されており、高度に複雑な問題に対する解は、しばしば情報劣位にある『不特定多数』のそれに劣る・・・。環境変化によって知的資産が急速に陳腐化しつつある中、上級管理職や経営管理者に組織の重要な意思決定を今後も任せるというのは、筆者にはどうにも非合理に思えてなりません。[p.233]」

第4章、イノベーションを起こせるリーダー、起こせないリーダー
・「多くのリーダーシップに関する論考が不毛な『青年の主張』になりがちなのは、それらの主張が、文脈=コンテキストからリーダーシップを分離し、どのような文脈でも通用する『普遍的な原理』としてそれを捉えているからです。リーダーシップというのは文脈=コンテキストに照らし合わせてみないと有効性の議論ができない大変相対的な概念で、・・・別の言い方をすれば、リーダーシップとは、『リーダーとフォロワーの関係性』あるいは『リーダーをとりまく周囲の環境との関係性』の中で成立する概念であって、『リーダーの属性』として独立する概念ではないということです。[p.236-237]」
・「コンテキストによって求められるリーダーシップのあり様は異なる、ということは、リーダーシップには複数の側面があり、それらの組み合わせをいわばポートフォリオのようにコンテキストによって使い分けられるのが最も有能なリーダーだということになります。・・・ヘイグループは『有能なリーダー=結果を残す人々』に共通して見られる行動特性を整理し、6つのリーダーシップスタイルが存在することを明らかにしています。[p.239
・6つのリーダーシップスタイル:指示命令(言ったとおりにやれ=即座の服従)、ビジョン(「なぜ」をわからせる=長期視点の提供)、関係重視(まず人、次に仕事=調和の形成)、民主(メンバーの参画=情報の吸い上げ)、率先垂範(先頭に立つ=模範の提示)、育成(長期的な育成=能力の拡大)[p.240
・「ヘイグループの調査によると、『フォーチュン500』の中でも『最もイノベーティブ』であると考えられる企業において発揮されているリーダーシップスタイルは、『ビジョン型』が63%と最も高く、『率先垂範型』が42%と最も低くなっています。[p.242]」
・「ビジョンに求められる最も重要なポイント――それは『共感できる』ということです。・・・歴史上、多くの人を巻きこんで牽引することに成功した営みには、ビジョンに関する3つの構成要素が存在しています。それはすなわち『Where』『Why』『How』という3つの要素です。『Where』とはつまり、『ここではないどこか』を明示的に見せるということ・・・。次の要件が、共感できる『Why』です。・・・『ここではないどこか』に移動するには、その移動を合理化し納得できる理由が必要です。・・・3つ目の要件が、『どのようにしてそれを実現するのか』を示す基本方針=『How』です。[p.248-261]」

第5章、イノベーティブな組織の作り方
・人材採用/育成/配置:多様性を重視した採用、若手に対しては自分の意見をもつこと、シニアに対しては人に意見を求めること、バックグラウンドの多様性を高める配置換え、コンピテンシーの違いに応じた業務配分[p.268-278
・評価/報酬システム:目標管理は弊害大、フレキシブルな評価、仕事そのものを報酬にする[p.279-282
・意思決定プロセス:撤退についての定量的基準を設けた上で、直観に基づいて判断、過度なコンセンサス重視からの脱却、集合知の活用、余計なアドバイスの排除[p.282-287
・価値観:多様性を尊重する風土[p.288-289
・リーダーシップ:聞き耳のリーダーシップ、サーバント・リーダーシップ、ビジョンの提示[p.289-292
―――

イノベーションと組織の問題に関しては、1995年刊行の野中郁次郎氏らの著書「知識創造企業」で述べられた「組織的知識創造」の概念が有名です。同書では、組織的知識創造に優れた日本企業によるイノベーション事例が多く取り上げられていますが、その後、日本企業のイノベーション能力が低下しているとすればそれはなぜなのでしょうか。山口氏が本書で指摘している「組織」およびイノベーションを取り巻く状況がこの20年で変わってしまったことがその原因なのかもしれません。

イノベーションにとって組織とそのマネジメントが重要であることは、私も全くその通りだと思います(だからこそ、このブログを続けているわけですが)。しかし、イノベーションを生むための方法論は確立されているとは言えません。イノベーションを生むには具体的にどうすればよいのか、組織のあり方に着目した著者の考え方は我々実務家にとっても大変に参考になるものだと思います。もちろん、細かな点では異論のある指摘もありますが(例えば、専門家が役にたたないという指摘は、単に専門家の「使い方」を間違えているだけのように思います・・・特にこの点は一技術者としてちょっと強調しておきたいと思いました)、そもそもイノベーションというものは千差万別ですので、その方法論もある程度異なっていて当然でしょう。読み手は、著者の指摘の根幹部分を重く受け止めた上で、各論部分は考える材料として受け止め、それぞれの状況に応じてそれぞれが活用していけばよいのだと思います。本書の指摘をはじめ、イノベーションの方法論については、実務に使えそうな考え方が多く発表されるようになってきました。そうなると、真に問われるのは、「どういうイノベーションをやりたいのか」という覚悟なのではないか、という気がしますが、いかがでしょうか。


文献1:山口周、「世界で最もイノベーティブな組織の作り方」、光文社、2013.

参考リンク



アンラーニングの重要性(杉野幹人著「使える経営学」より)

固定観念によって正しい意思決定が妨げられてしまう、という経験は多くの方がお持ちでしょう。しかし、固定観念を排し、あらゆる場合に十分な情報を集めて熟考した上で意思決定するということは現実的に不可能です。思考を節約するために固定観念や経験則、信念、勘といったものに頼らざるを得ない、というのが現実だと思います。では、どうしたらそうした思考の節約による悪影響を少なくすることができるのでしょうか。

杉野幹人著「使える経営学」[文献1]では、「アンラーニング」の重要性が述べられています。著者は、「アンラーニングとは、思考をリセットし、固定観念に囚われないで考えられるようにすること[p.2]」であり、それにより、「考え抜く力が高まります。そのように考え抜く力を『思考持久力』と呼ぶならば、誰もが思いつかないような問題の解決策に辿り着くためには思考持久力は不可欠です。[p.2]」と述べ、「アンラーニング」には経営学が役に立つと述べています。研究開発にとってもこのアンラーニングは重要だと思いますので、以下、本書に沿って、アンラーニングの重要性と、その方法論についてまとめてみたいと思います。

アンラーニングの重要性と経営学の意義(第1章~第3章)
・本書では、経営学を次のように位置付けています。「学術における経営に対する論理の集合を『経営学』、実務家が実践することで育んだ経営に対する論理の集合を『経営持論』と呼ぶことで区別します。[p.32]」。「論理という概念の捉え方はさまざまですが、本書では因果関係を指すものとして議論を進めます。[p.33]」
・「経営学における論理は、一般化することに重きが置かれているという特徴があります。・・・経営持論の論理は、その組織において経験的に得られたものです。このため、おのずと、その組織の周りの環境やその経営資源などに特化した、特殊なものであるという特徴があります。[p.38-39]」
・「新しい局面では、経営持論は役に立ちません。それどころか、これまでの局面での経営持論を持ち込むと、弊害が起こりかねません。・・・新しい局面で役に立つのが、経営学なのです。[p.61]」、「経営学の論理には一般性に限界があったとしても、新しい局面では、経営学の論理は『仮説』として役に立つのです。[p/62-63]」
・「経営コンサルタントの思考の障害となるのが、それまでの経営コンサルティングや、前職で培った自身の経営持論です。・・・経営コンサルタントは、新しい局面での問題解決のために、みずからの経営持論について、それらを必要に応じて使えるようにはしておきながらも、それに固執することなく、その局面にふさわしい論理を選ばなくてはいけない・・・それまで培ってきた経営持論の論理を上手に“忘れる”ことが求められます。[p.70-71]」
・「固執しがちな経営持論の論理に疑いの目を向けさせる対抗馬となる仮説が必要なのです。それが経営学の論理です。[p.74]」
・「新しい局面での問題解決で求められるのは、特定の仮説に飛びつくことではなく、そのような仮説が見えてもそれを冷静に脇に置いておきながら、その解がおぼろげにも見えない暗闇のさらに奥深くに向かって考え抜く力、つまり、思考持久力です。・・・この思考持久力を鍛えるためには、固定観念化しがちな経営持論をアンラーニングしておくことが不可欠です。[p.78]」

アンラーニングの4つの型
・「経営学の論理をいくら理解していったところで、なかなか身に付きませんし、アンラーニングできません。経営学の論理もさまざまなので、頭がパンクするだけです。・・・アンラーニングの型を理解し、その型に対応する形で頭の中に経営学の論理をしまっていくことが必要です。[p.83]」

・本書で説明されている、アンラーニングの4つの型は以下のとおり。
1、役割のアンラーニング(第4章)
・「ある目的だけの手段と固定観念的に信じていたものに対して、その手段がじつは他の目的をかなえる役割があるという論理を示すことで、自分の思考をリセットし、固定観念化した経営持論に囚われないで考えられるようにすることを、『役割』のアンラーニングと呼ぶこととします。[p.104]」
・例1:「研究開発などの事前知識を蓄積しているほど、その副産物として、吸収能力が高まる[p.96

」、「吸収能力は将来の環境変化を想定するためにも活用できる[p.107]」(コーエン、レビンサール)。研究開発の役割には、成果を出すことだけではなく、外部からの知識を効果的に吸収すること、環境変化を想定することもあると考えられる。
・例2:「出身地や国や人種などの表層レベルにせよ、価値観それ自体の深層レベルにせよ、カルチュラル・ダイバーシティを高めると組織のクリエイティビティが高まる傾向がある・・・が、組織の摩擦などマイナスの役割が高まり、結果としてトータルでは、組織のパフォーマンスへの影響はちょうど相殺されてなくなる傾向がある[p.113-114]」(INSEAD)。多様性にはプラスの役割とマイナスの役割がある。
・例3:物事の機能には顕在機能(意図された結果)と潜在機能(意図せざる結果)がある(マートン)。[p.123

2、選択肢のアンラーニング(第5章)
・「ある目的のための唯一の手段として信じられているものに対して、その目的をかなえることができる他の代替的な選択肢があるという論理を示すことで、経営持論に固執していた自分の思考をリセットするアンラーニングを、『選択肢』のアンラーニングと呼ぶこととします。[p.140]」
・例1:部門間での知識移転が困難な原因として「粘着する知識(sticky knowledge)」という考え方がある。知識移転を困難にする要因には、知識の受け手のモチベーション(一般の経営持論では、これが原因と考えられている)の他に、因果関係が曖昧な知識は移転が難しい、受け手の吸収能力の問題(価値を認識できるか)がある。組織の距離が近いよりも遠い方が知識移転が進む(距離が近いと背景が必要以上にわかってしまって移転が進まない)(スズランスキー)[p.133-136]。
・例2:「シュンペーターによって、企業のなかにいる企業者によって生み出されるとされていたイノベーションですが、ユーザーが起点となって起きることもある」(フォン・ヒッペル、小川進、クラウドソーシング事例)[p.146-155
・例3:ポーターの競争戦略論(外に目を向ける)と、バーニーのリソース・ベースト・ビュー(内に目を向ける)。[p.159-160

3、条件のアンラーニング(第6章)
・「ある目的を万事かなえることができると信じられている手段にたいして、それが成立するには条件があるという論理を提示することで、経営持論に固執していた自分の思考をリセットするアンラーニングを、条件のアンラーニングと呼ぶこととします。[p.178]」
・例1:個人のクリエイティビティはその人の能力や経験によるものと考えられがちだが、その人を取り巻く人的ネットワークも影響する(ソーシャルサイド・クリエイティビティ)[p.173]。外部とも社内ともつながりが多いことはよいと考えられがちだが、両方ともつながりが多い場合はクリエイティビティは下がる(ペリースミス)[p.174-176]。
・例2:探索系ラーニング(exploration)と改善系ラーニング(exploitation)(マーチ)の違い。探索系ラーニングではゴールの独立性、進め方の独立性の両方が高い方がよい。改善系ラーニングではどちらとも低い方がよい(マクグラス)[p.188-189]。
・例3:経営陣の仕事が相互依存している度合いが強いときには、経営陣のあいだのコミュニケーションはプラスの効果があるが、相互依存の度合いが弱いときには、経営陣のあいだのコミュニケーションの効果はないか、マイナス(バリック)。[p.193

4、関係性のアンラーニング(第7章)
・「ある目的と手段に因果関係があると信じられているものに対して、それは疑似相関であるという論理を提示することで、そのように経営持論に固執していた自分の思考をリセットするアンラーニングを、「関係性」のアンラーニングと呼ぶこととします。[p.209]」
・疑似相関の例:「多角化が業績を悪化させる(ケディア)」、「ロイヤリティプログラムの有効性」、「CSRは業績向上につながる」
―――

固定観念に囚われないようにすることは、技術開発においても重要です。著者の、「新しい局面での問題解決で求められるのは、特定の仮説に飛びつくことではなく、そのような仮説が見えてもそれを冷静に脇に置いておきながら、その解がおぼろげにも見えない暗闇のさらに奥深くに向かって考え抜く力、つまり、思考持久力です[p.78]」という見解は、まさに研究開発においても当てはまると言ってよいでしょう。研究開発では先は見えないことがほとんどです。計画立案、データのとり方、解釈、仮説の設定、他説や自説の評価など、様々な場面で、固定観念、思い込み、早合点、希望的観測などに惑わされる可能性がありますし、固定観念に固執していては新たな発見もできないでしょう。「アンラーニング」は、研究開発を行う技術者にとっても不可欠のスキルといってよいと思います。

しかし、アンラーニングしなければいけないとわかっていても、それが実行できているとは限りません。経営持論への固執と同様、技術開発においても固定観念を信じたくなる強い誘惑があります。その誘惑をはねのけるため、本書のようなアンラーニングの型の整理は非常に有効だと思いますが、さらにわかりやすく、技術者向けのチェックポイントのような形にすると、以下のようになると思います。

1、役割のアンラーニング:この技術やアイデアには他にも使い途があるのではないか?。想定とは異なる作用があるのではないか?(副作用や弊害も含めて)
2、選択肢のアンラーニング:他の方法でも同じような結果を得ることはできるのではないか?。
3、条件のアンラーニング:思ったような同じ結果がいつも得られるのか?。期待どおりの結果が得られるための前提は何か?。どういう条件なら思ったようになるのか。
4、関係性のアンラーニング:疑似相関ではないのか?。因果関係はあるのか?
これをさらに簡潔にすると、「本当にそうか?」、「本当だとしたらどうなるはずか?」という2つの問いに帰結できるように思います。実はこの2つの問いは、技術者として物事に接する場合の基本的な注意点として心すべきことだと思っているのですが、アンラーニングの型としてまとめると、そのチェックが格段にやりやすくなり、実効性が上がるように思われます。マネジメントの実践において不可欠の考え方として認識を新たにすべきだと感じました。

なお、著者は、経営学がアンラーニングにいかに役立つか、ということも詳しく述べていますが、その点についての説明は割愛させていただきました。科学技術の分野では、基礎科学研究の知見を応用に活かすことはごく普通のことですので、このブログ記事では、経営学の研究が経営の実践に役立つことはあえて強調する必要はないだろうと思ったためです。しかし、技術者出身の経営者でも、こと経営となると自らの経験や誰かの定説を盲信している人もいます。流行の経営手法を信じてしまいやすい人はおそらく経営理論の効果を過大評価している人(理論の限界を掴んでいない人)、自らの経験を重視しすぎる人はおそらく経験よりも有効な理論を知らない人(経験の限界を掴んでいない人)なのではないか、という気がします。どちらも、経営学の最新の考え方に触れる機会が少ないことが問題のようにも思いますが、科学に劣らず経営学も日々進歩していることを考えれば、経営学が使えるか使えないかを議論する前に、使う努力をしてみる価値があるのではないか、とも思いますがいかがでしょうか。


文献1:杉野幹人、「使える経営学」、東洋経済新報社、2014.

参考リンク



ピープルアナリティクスとマネジメント(ウェイバー著「職場の人間科学」より)

人間の行動を調べ、それをビジネスに活かそうという試みは数多くあります。研究開発の分野でも、顧客の行動やニーズを知り、それに合わせた製品やサービスを提供しようとすることは、もはや常套手段となりつつあるかもしれません。しかし、社員の行動データをどうマネジメントに活かすか、という点については、せいぜい個人や組織の業績を評価や処遇、人員配置に活かす程度しか行われていないように思います。その理由はいくつか考えられると思いますが、まずはそうしたデータを活かしたマネジメントが有効なのかどうかがわからないこと、加えて、実際にマネジメントに活かすためにどんなデータをどのようにとったらよいかがわからないことがあげられるように思います。

これに対して、近年グーグルでは、主に社員へのアンケートデータをもとに、よりよいマネジメントの方法を探ろうとする試みがなされていることを以前に紹介しました(データが語るよいマネジャーとは(ガービン著「グーグルは組織をデータで変える」より))。今回ご紹介する本(ウェイバー著「職場の人間科学 ビッグデータで考える『理想の働き方』」[文献1])も同様の考え方を述べたものと言えると思いますが、新たに開発されたセンサーから人間の行動に関するデータを得て、それに基づいてマネジメントを考えようとしている点が新たな方向を示唆しているように思います。なお、原著の表題である、「PEOPLE ANALYTICS: How Social Sensing Technology Will Transform Business and What It Tells Us about the Future of Work」(直訳すれば「ピープル・アナリティクス:ソーシャル・センサー技術はビジネスをどう変えるのか、そして仕事の未来について何を教えてくれるのか? [p.311訳者あとがき] 」)の「ピープル・アナリティクス」とは、グーグルで上記のアプローチを行っている人事部門の名前[p.244]に基づいた言葉のようですが、著者は本書のアプローチも含めた言葉として用いているようです。以下、その「ピープルアナリティクス」について、重要と思われる点と、そこから得られる示唆について考えてみたいと思います。

ピープルアナリティクスにおけるセンサーの意味
・「データ主導のアプローチは、企業の内部では日常的に実践されているわけではない。単純に、人々の働き方を測定するうまい方法がないからだ。[p.23]
・「誰でもアンケートには馴染みがあるだろう。・・・しかし、ごくふつうの顧客から回答を集めたとしても、バイアスが生まれる余地はある。・・・研究者は観測データを用いてこのバイアスの問題を修正しようとしている。高度な訓練を積んだ民族誌学者や人類学者が現場に行き、活動を観察しながら、バイアスのないデータを収集するのだ。しかし、この方法には大きな問題がふたつある。個人差と規模だ。観察者が異なれば当然、見方も異なる。何千時間という訓練を積んでも、『何をもって会話とみなすか?』という単純な問題でさえ、見方が分かれる。さらに、同じ場所に何十人も研究者を送り込むのは現実的でない。したがって、数千人や数百万人単位の行動を理解するのは、とうてい無理な話なのだ。[p.28-29]
・著者らがデータを集めるために開発した、「ソシオメトリック・バッジ」には、RFID(無線自動識別)や、マイクロホン、赤外線トランシーバー、加速度計、ブルートゥース無線などが搭載されていて、行動が記録できる。このとき「音声データをリアルタイムに処理し、会話の内容ではなく、声量、声の高さや強弱といった会話の特徴だけを1秒間に数回、抜き出して記録できる」。これにより「プライバシーの問題は解消した」。[p.39-40]

本書のアプローチで組織を考える上でのポイント
・「大きく分けて、組織の運営にはふたつの側面がある。公式なプロセスと非公式なプロセスだ。公式なプロセスとは、組織の運営方法や物事の実施方法について定められたすべてのものだ。公式なプロセスは明文化され、計画どおりに実施されるのが理想的だ。・・・公式なプロセスは昔から経営論や経営学者の大きなテーマである。非公式なプロセスとはその他のすべてだ。組織の内部にいる間に学ぶ(あるいは学ばない)物事だ。たとえば、企業文化、暗黙知、社会規範は非公式なプロセスの部類に入る。[p.76]
・「組織は人々を共同作業させる手段のひとつだ。・・・私たちは情報をやり取りすることで共同作業する。[p.101]
・凝集性と多様性:「凝集性の高いネットワークとは、人々が互いにたくさん会話をする集団だ。・・・凝集性の高いネットワークは、糸がぐちゃぐちゃに絡み合ったクモの巣のような格好をしている。」、「多様性の高いネットワークは、星のような形をしていて、中心にいる人物から多方面に線が伸びている。」[p.103]
・「凝集性の高いネットワークの大きなメリットは、集団内に高い信頼が生まれることだ。[p.109]」、「凝集性の高いネットワークにいる人々にとっては、特にストレスがぐっと少なくなる。また、仕事の満足度も大幅に向上する。[p.110]」、「人々が文脈を共有することの問題点のひとつは、根本的な前提が間違っている場合もあるという点だ。[p.115]」、「凝集性が高いといっても、あまりに行きすぎてしまうと、色々なデメリットも生じてくる。・・・閉鎖的なネットワークの中にいると、新しい情報を発見するのは信じられないくらい難しくなる。・・・凝集性の高いネットワークはきわめて内向きなので、さまざまな利害関係者と接触を取り、大きな変革をもたらすのは難しい[p.116-117]」。
・「多様性の高いネットワークは・・・凝集性の高いネットワークが苦手とする物事が得意だ。古い習慣を捨て、見方を変えるのに適している[p.117]」。
・「どちらにも長所と短所がある。ということは、会社ごとにふたつのバランスをどう取るべきかを理解しなければならない。状況が違えば、求められる交流のパターンも異なる。しかし、いつどのようにバランスを変えるかをアンケートで正確に定めるのは不可能だ。だが、ソシオメトリック・バッジならできる。[p.117]

ソシオメトリック・バッジで得られるデータからわかったことの例
・「会話の内容ではなく、話し方、つまり『社会的シグナル』」を計測することで、デートの相手選びが予測できたり、給与交渉の結果が予測できたりする。[p.34-38]
・コールセンターでの実験により、集団の凝集性は生産性と正の関係をもつこと、凝集性は経験よりも30倍も有効であることが確認された[p.140]。また、凝集性は、ストレス・レベルの軽減と強い関係があった。・・・高い凝集性を生み出していたのは、公式な会議でもなければ、デスクでのおしゃべりでもなかった。凝集性を高める交流の大部分は、デスクから遠く離れた場所で、同じチームの従業員の昼休みが重なるほんの短い時間に起こっていた。チーム全員の休憩タイミングを揃えるだけで凝集性は18%も上がった[p.140-143]。このとき、「メールによるコミュニケーションはまったく組織図どおり」で、「メールのコミュニケーション全般と業績に相関関係はなかった。[p.151]
・「デスク間の距離は交流の大きな要因のひとつになっているようだ。」、「距離とコミュニケーションに負の関係がある」[p.164]
IT企業での測定では、「業績ともっとも関係が強いのは従業員の会話の相手だと判明した」。コミュニケーション経路の「中心に近い人物と話した従業員ほど、タスクを完了するまでの時間が短かった。・・・バッジ・データのおかげで、隠れた専門家がわかったのだ」[p.186]。「非公式なアドバイスや学習は、業績に絶大な影響を及ぼす可能性がある[p.189]」。「ひとりだけではできる仕事の量に限りがあるが、専門家や知識の源泉をみつけて広めるのが上手な人は、グループ全体の機能にとって欠かせない。いわは、こういう人々は“メタ専門家”、つまり専門家探しの専門家なのである。メタ専門家は、新しい情報を絶えず見つけつづける手段や、情報をほかの人々に広める能力をもっている。[p.191]
・研究開発施設の研究者に関する調査では、「チーム・メンバーと交流したり身体を動かしたりすることに費やした時間と創造力の間には、強い正の相関関係が見られた[p.208]」。(ここで、創造力とは、研究者が、クリエイティブであったと認識している状態を指しているようで、これは、評価が難しい研究開発の成果の代わりに用いられた指標のようです。)

その他の研究やデータから得られる示唆
・在宅勤務は業績低下、精神的な負荷の増大の危険がある。「在宅勤務はたまに行なうぐらいが理想的だ。どうしても必要な場合は自宅で働けるが、ほとんどの日は職場に出勤するというのが、在宅勤務の原則だ。[p.150-151]
・「一般的に、バーチャルなチームは同じ場所で働くチームよりも、ずっと生産性が劣る。お互いの信頼も低いし、仕事を終えるのにも時間がかかる。[p.152]
・オフショアリングについて、「企業が組織の一部を別の場所に移転しても、部門内の共同作業は必ずしも問題にならない。むしろ、問題が起こるのは部門間の連携だ。もちろん、言語の問題も難点になりうる。・・・この問題に加えて、別々の場所を拠点とするグループ同士で、敵対的な関係が生まれることもある。[p.152-153]
・「企業のキャンパスは、組織のさまざまな部門が入居するいくつかの建物を、一カ所に集約したものだ。・・・こういったキャンパスは強い連帯感を生み出す。グーグルやフェイスブックで働く人々は、同じ食事をとり、同じジムに通い、同じゲームをする。この共有体験は、単なるうれしい特権ではなく、組織の異なる部門の人々が交流しやすい環境を作っているのだ。[p.156-157]
・「今日では、あらゆるものが昨日よりも複雑になっている。・・・なぜ物事はどんどん複雑化していくのか?それは、今までに獲得した知識が私たちの作るものに組み込まれていくからだ。・・・私たちは複雑さに対処するため、全員が一律に従える完璧な計画を立てようとする。・・・この方法は、・・・外的な懸念事項がほとんどなく、プロジェクト全体を通じて要件があまり変わらない場合にはうまくいっていた。今日では、状況は常に変化している。そして、複雑なシステムが思い通りに機能しないこともある。すると、チームはアプローチやシステムのパラメーターを変更することになる。互いに依存し合っているチーム同士がまったくコミュニケーションを取らなければ、どうしても不具合が生じてしまう。・・・もし、バッジ・データがあれば、普段誰と誰が会話しているかを調べ、不具合の発生しそうな場所を理解することができたはずだ。[p.243-253]
・「とりわけ重要なのは、フェイス・トゥ・フェイスのコミュニケーションだ。・・・非常に密なフェイス・トゥ・フェイスのつながりは、互いの信頼を高め、共通の言語を生み出す。どちらも今日の組織にとっては必須アイテムといえよう。一方、多様なつながりを持つことも、専門知識や創造力を養ううえで重要だ。・・・多様なつながりをはぐくむには、オフィスの物理的なレイアウトを変えたり、休憩のタイミングを見直したりして、人々を正しい方向に自然と促すのも手だ。・・・現代の重大な問題のひとつは、私たちは遠距離のコミュニケーションを求めている(必要としている)にもかかわらず、遠距離で協力し合うのが苦手だということだ。・・・将来的には、どんな遠距離でもスムーズに会議が行えるシステムが生まれるだろう。・・・しかし、人々の生産性を向上させるものは何なのか、確実に仕事が進む場所はどこなのか、考えてみてほしい。そのうちどれくらいを公式な会議が占めているだろう?・・・残念ながら、現在の技術では、フェイス・トゥ・フェイスのコミュニケーション効果を生み出す偶然の会話や会議後の雑談を促すのは難しい。・・・もちろん、どれだけ技術が進歩しても、時差は解消できない。・・・当面はフェイス・トゥ・フェイスのコミュニケーションが、経済の根幹である複雑な共同作業にとって欠かせない役割を果たしていると認めることが先決だ。・・・さらに、公式なコミュニケーションを重視するのをやめ、非公式なコミュニケーションに目を向ける必要もある。実際、非公式なコミュニケーションの方が、生産性と満足度の両面から見て、企業にとっては重要なのだ。・・・企業の本来の意義とは、人々が協力し合い、ひとりではできない仕事を実現することだ。・・・適切な相手と適切なタイミングで交流することは必要だと言いたいのだ。・・・生産性を個人的な視点でとらえるのをやめるだけでなく、『孤高の天才』という概念も捨てるべきだ。・・・現在、私たちには、複雑なプロジェクトに挑むための能力や創造力が求められている。・・・数十万の人々が、共通の目標に向かって協力し合わなければならない時代なのだ。そういう状況にあっては、もはや工場モデルは通用しない。・・・人間関係や信頼の構築といった昔ながらの習慣と、センサーやデジタル・データの世界がもたらす新時代のデータ収集とが融合した世界。それがわれわれの未来なのだ。」[第11章]
―――

著者は、センサーを用いたピープルアナリティクスをビジネスとする会社(ソシオメトリック・ソリューションズ)のCEOですので、もちろん本書には単なる研究成果を越えた著者の意図が含まれていると考えるべきでしょう。また、こうしたアプローチはまだ始まって日も浅いものでもあり、データの解釈についてもまだまだ議論が必要なところもあるでしょう。しかし、研究途上であることを割り引いても、センサーとそこから得られたデータの解析によって実証されたり見いだされたりした人間の行動に関する知見には多くの示唆が含まれているように思います。

研究開発の立場から見ても、今日では人々の「協力」抜きにはイノベーションを達成できない事例は増えているように思います。しかし、どうしたらうまく協力ができるのかの方法はそれほど明らかではありません。著者のアプローチにより、そのなかのいくつかの面についてだけでも、どのような方法が効果的で、どのようなやり方がダメなのかがわかる点は有意義だと思います。個人的には、以下の点が特に興味深く感じました。
・個人の行動データではなく、データから導かれる人間(集団)の行動パターンを知るだけでもかなりの成果が期待できそうなこと。
・著者は、行動を常時観測することによるフィードバックも考えているようですが、必ずしも常時自らのデータを取る必要はなく、例えば、ある条件のもとで実験的に得られた原理(たとえば、休憩時間をうまく調整することで、集団の凝集性があがり、ストレス軽減につながるなどの原理)を自職場に活かす、などの方法もありうるのではないか。
・人的交流と研究開発との関係について新たな視点が得られるかもしれないこと。例えば、メタ専門家の存在とその役割、研究活動における創造力についての自己認識の意味など。
もちろん、これからの時代の課題に立ち向かう手段として、著者の述べているやり方が唯一のものではないかもしれません。また、データ採取と利用に伴うプライバシーの問題の克服はかなりの難題であるようにも思います。しかし、今までよくわかっていなかったことを明らかにしてくれる新たな手法として、研究面でも実践面でも期待が持てるように思いますので、今後の展開に注目していきたいと思います。


文献1: Ben Waber, 2013、ベン・ウェイバー著、千葉敏生訳、「職場の人間科学 ビッグデータで考える『理想の働き方』」、早川書房、2014.

2014.9.13追記>ピープルアナリティクスの意義について重要なことを書き落していたので追記します。このアプローチの意義のひとつとして「定量性」が挙げられると思います。例えば、人々の交流によって創造性が向上したり、ストレスが軽減されたりすることは定性的には広く認識されていることと思いますが、では、定量的にそれがどの程度生産性に結び付くかというようなことはこうした解析を行なわなければわからないことだと思います。もちろん、その精度や妥当性には議論の余地があるとしても、ある施策の影響が定量的に評価できれば、それに何らかのモデルを組み合わせれば、その施策をとることによるメリットと必要な投資(あるいはリスク)を比較することができます(本書第7章の例では、病気にかかった時に休んだ方がよいか、無理しても出社した方がよいかが議論されているように)。こうした定量的な比較は、ある施策をとるべきかどうかについて迷ったり意見が割れたりした場合に、結論を導くための判断根拠を提供してくれるという意義がありますので、この点もピープルアナリティクスの利点のひとつと言ってよいのではないかと思います。

参考リンク<2015.3.8追加>



ノート11改訂版:研究組織運営におけるリーダーの役割

1、研究開発テーマ設定とテーマ設定における注意点→ノート1~6
2、研究の進め方についての検討課題
2.1
、研究を行なう人の問題
→ノート7~8
2.2
、研究組織の問題→ノート9~10

2.3
、研究組織営におけるリーダーの役割
ノート10
では、望ましい研究組織の特性とその運営について考えました。そうした運営を行なう上で、研究リーダーの果たす役割は大きいと考えられます。もちろん、そんなことよりもまずは責任者として組織を率いて与えられた課題を解決することがリーダーに求められる、という考え方もあるかもしれません。しかし、与えられた課題をこなしているだけでよいのか、組織の能力を発揮させるために具体的にどんな点に注意して運営すればよいのか、といったことも考えておく必要があるのではないでしょうか。そこでここでは、研究のリーダー、特に第一線に近い研究リーダーは組織運営にどう関わり、何を、どのようにしなければならないのかといった観点から、その役割を考えてみたいと思います。

研究開発リーダー役割の特徴
まず、「未知のことへの挑戦」といった創造性の発揮が求められる研究開発のリーダーと、一般的なリーダーとの違いついて考えてみましょう。開本はリーダーシップに関する諸研究をレビューしたうえで、研究グループを指揮する立場にあるリーダーのリーダーシップ行動について、以下のように述べています。「研究開発部門では、他の部門よりも管理職の技術的スキルの重要性が高い。つまり、研究開発技術者に対するリーダーシップを発揮するには、リーダー自身が技術的知識を持っており、フォロワーの仕事の内容を理解し、必要なアドバイスや情報を与えることが必要である。その際、ゲートキーパーの研究でも指摘されているが、単に情報を提供するのではなく、リーダーなりに必要な情報を加工した後、必要な情報をフォロワーに提供していくことが求められている。一方、人間関係スキルや管理スキルは、相対的に重要性が低い。(中略)研究開発のように不確実性の高い状況のもとでは、細かなスケジューリングやプランニングの有効性は低く、企業全体の方向性と両立する範囲での自律性を与える管理スタイルが求められる。また、研究開発技術者は、基本的に仕事そのものによって動機づけられる存在であるため、人間関係によって直接、成果が影響を受けることは少ないと考えられる。(中略)したがって、仕事を通じてモチベーションを引き出す、テクニカルスキルに基づくリーダーシップが、より重要となる。」[文献1、p.97-98]。このようなテクニカルスキルに基づくリーダーシップの重要性についての指摘は、一般の人材マネジメントとは異なる研究マネジメントならではの特徴と考えられますが、だからといって人間関係や管理のスキルが重要でない、ということにはなりません。特にHerzbergの言う「衛生要因」に分類される欲求、すなわち、それが満たされても動機付けにはならないが、満たされないと不満になるような欲求についてはそれを満たすことが大前提であり、その上で研究者に特徴的とされる「仕事そのもの」による動機付けを考えていく必要があるでしょう。(本ブログ参考記事:研究者の活性化(ノート7)研究の種類による評価指標やインセンティブ技術者にとっての内発的モチベーションの重要性

研究開発リーダーとして注意すべき点
研究リーダーがマネジメントを行う上での注意点としては、研究リーダーの役割と適性と、研究員のそれとの違いをまず挙げたいと思います。多くの場合、研究リーダーになるのは、研究員として何らかの業績を挙げた人である可能性が高いと思いますが、そうした一種の成功体験がリーダーとしての行動の問題点にならないように注意すべきでしょう。すべての「強み」は「弱み」になりうること、隠れていた弱みの存在、成功による傲慢、不運の処理などがリーダーのつまずく原因になるという指摘があります[文献2、本ブログ「リーダーがつまずく原因」]。リーダーというと、どうしても組織を率いることが主な役割と思いがちですが、例えばSASJim Goodnightが述べている「マネジャーは社員の『部下』となり、それぞれが高いモチベーションで働き、能力を発揮するよう努める」[文献3、本ブログ「働きがいのある会社とは」]、という考え方も状況に応じて必要と考えられます。

研究グループにおける多様性の確保
研究グループ内をどのようにコントロールするかについては、まずは多様性の確保を挙げたいと思います。多様性の重要性はノート10でも述べましたが、丹羽は、「異端児といわれる優れた技術者」について、その個人がイノベーションにおいて大きな役割を果たすとしても、『それを認めて採用する能力と決断力のあるマネージャーの存在が企業イノベーションの隠れた、いや、むしろ実質的な立役者』と述べています[文献4、p.31-32]。もちろん、どのような人材を部下に選ぶかはリーダーの自由にはならないかもしれませんが、研究グループ内での考え方の多様性、すなわち様々な発想を大切にし、異なる意見を受け入れる組織風土を作ることは可能ではないでしょうか。言い換えれば、多様な個性を認め、多様な人材の能力をひきだすことがリーダーの役割のひとつであると言えるように思います。

コミュニケーションの活性化
多様な意見を真に役立つものにするためには、コミュニケーションの活性化が必要でしょう。グループ内のコミュニケーションはもとより重要ですが、リーダーはグループ外とのコミュニケーションにおいて、ゲートキーパーの役割を担う必要があると言われています。ゲートキーパーは、情報をさまざまな情報源から収集し、それを最もうまく活用できるか、あるいはそれに最も大きな興味を持っている適切な人材に受け渡す役割を持つ[文献5、p.386]、とされますが、より具体的には、情報収集、グループ内部に理解される言語への翻訳、グループ内への伝達、という業務を担う[文献6、p.69]とされます。加えて、若い技術者にアドバイスを与える先輩の役割、研究開発活動への評価、市場調査などの役割も指摘されています [文献1、p.93]。グループ外からの情報に関しては、生の情報をそのままグループ内に流してもその意味するところが十分に伝わるとは限らないため、その情報の意義、解釈や付随する情報もあわせて伝えることが必要なのでしょう。技術のエキスパートとして、リーダーのコメントをつけることにより情報の価値を高めることができると言ってもよいでしょう。ただし、情報に加工を加えることがゲートキーパーの役割とは言っても、外部からの情報を一人占めしたり、制限したりするような行動は慎むべきと考えます。

グループ外との連携、調整
情報のゲートキーパーだけでなく、リーダーには外部との折衝や調整の役割もあります。特に、オープンイノベーションなど、様々な部署との連携や協力が求められる考え方の下では、自部署だけでイノベーションを完成させようとすることにはこだわらない方がよい場合も考えられます。Govindarajanらは、特に大企業において、収益源となる既存事業の「パフォーマンス・エンジン」とイノベーションチームの協力こそがイノベーションの原動力となりうる、という立場から、「イノベーション・リーダーは『パフォーマンス・エンジン』と相互に尊重し合う関係を築く努力をすべきである[文献7、p.52]」と述べ、「イノベーション・リーダーは自分たちが既存の体制と闘う反逆児だと思いこむ場合が多い。だが、官僚的な怪物に一人で立ち向かっても勝ち目はほとんどない[文献7、p.52]」と述べている点は心に留めておくべきだと思います。一方、「優れたボスは、“人間の盾”となることに誇りを感じ、社内外からのプレッシャーをみずから吸収するか、はねのける。そしておもしろみのない瑣事をみずから引き受けて、部下を働きにくくするような愚か者や余計な口出しと戦うのである。[文献8、(ただし、あらゆる場合に戦うべきだとはしていませんので、詳細は本ブログ「部下を守る?組織を守る?技術を守る?」を参照ください]」、という考え方のように、場合によってグループを守る行動も取れる必要があると思われます。

育成・指導
部下の育成・指導もリーダーの重要な役割でしょう。研究部隊の特徴として、技術的基盤の確保のための部下の育成は必須の業務と言えると思います。ただ、技術的な専門性に関しては、ある程度の時間をかければ日々の業務を通じて育成していくことはそれほど困難ではないでしょう(部下の学習に適した環境を作ることはもちろん重要ですが)。一方、マネジャーの育成については、様々な議論があり、McCallはリーダーの育成に関して、能力で選抜することの問題点を指摘し、経験から学ぶこと、経験によるリーダーシップ育成の重要性を述べています[文献2]Christensenも破壊的イノベーションの成功のためにはMcCallの方法が有効であると述べていますので[文献9、p.218]、効果的な経験を積ませることの重要性は認識しておく必要がありそうです。ただ、この時、リーダーがプレイングマネジャーとして実務にも関与する場合には、育成指導上の利点(やってみせること等)と、欠点(部下の経験のチャンスを奪うこと等)のバランスを考える必要があるように思います。

ロールモデル
部下と上司の関係でいえば、ロールモデルもリーダーの役割のひとつといえるのではないでしょうか。McCallは成長過程にあるマネジャーに対する上司の影響について最も重要なこととして、「ロールモデルとしての上司の行動とその行動結果を観察することで、組織が何を真に評価しているかについて学ぶ」[文献2、p.116]ことを挙げています。実際、グループメンバーにとって、経営トップがどのようなマネジメントのやり方を高く評価しているかを知る機会はそれほど多くないと思われますので、リーダーのどのようなやり方が効果的で、それが社内でどのように評価されるかを実例として示すことは重要だと思われます。その意味で、リーダーのマネジメントに対する考え方をグループのメンバーに説明しておくことは、将来のマネジャーを育成する上で非常に有益でしょう。

イノベーションリーダーの適性
最後に、イノベーションリーダーが持つべき能力に関するひとつの考え方をご紹介しておきたいと思います。Christensenらは、イノベータに特徴的な行動パターンを抽出しています[文献10、詳細は本ブログ「イノベーションのDNAをご参照下さい]。それは、1)関連づけ思考、2)質問力、3)観察力、4)ネットワーク力、5)実験力、であり、なかでも関連づけ思考が重要で、「誰でも行動を変えることで、創造的な影響力をますます発揮できる」[文献10、p.4]と述べています。研究開発業務において、どのような考え方をすべきか、どのような考え方ができるように育成指導すべきかを考える上で参考になるかもしれません。

以上、組織運営におけるリーダーの役割について考えてみました。研究開発のマネジメントといっても、トップの役割と第一線に近い研究グループのマネジャーの役割は自ずと異なっているでしょう。研究開発は全社的な活動であるため、トップマネジメントの重要性がよく指摘されますが、実務的には、研究グループのマネジメントの重要性もしっかり認識しておくことが必要と考えます。

考察:研究ミドルマネジャーへの注目?
研究開発、イノベーションを成功させるにはどうしたらよいか、この問いへのアプローチは近年かなり具体的になってきたように思います。以前は、研究者はどうすべきか、あるいは経営者はどうすべきか、という議論が多かったと思われるのに対して、イノベーション成功のためには、研究者の努力だけでも、あるいは経営者の戦略だけでも不足であることが認識され、イノベーションの進め方についてより具体的な提案がなされるようになるに従い、ミドルマネジャーの重要性への認識が高まっているように思います(個人的な感覚的意見で恐縮ですが)。もちろん、誰の役割がイノベーションの成功にとって重要なのかは、扱う対象によっても、状況によっても変わるでしょうが、トップから中間管理職を経て第一線に至るまで、すべての階層でそれぞれの役割に応じた努力と協力が求められるようになってきているような気がします。

ただし、研究ミドルマネジャー(リーダー)がどう動くべきかの方法論は、未確立と言わざるを得ないと思います。何をもって研究リーダーを評価すべきかの指標も未確立で、結局のところ、どんなプロジェクトが成功した(あるいは失敗した)のかに基づいて、その時のやり方が良かったのか、悪かったのかを評価することしかできないのが現状のようです。もちろん、今後この分野の知見は増えていくでしょうが、その時にも、研究者がどういう成果を挙げたのか、経営者がどういう戦略に基づいてどう判断したのかだけでなく、ミドルマネジャーがどう動き、どういう組織体制や組織運営が成功をもたらしたのか、という視点も併せて考察していくことが重要になるのではないかと思います。


文献1:開本浩矢、「研究開発の組織行動」、中央経済社、2006.
文献2:McCall, Jr. M.W.1998、モーガン・マッコール著、リクルートワークス研究所訳、「ハイ・フライヤー」、プレジデント社、2002.
文献3:James Goodnight(ジェームス・グッドナイト)、「クリエイティビティを引き出す」、Diamond Harvard Business ReviewSep., 2006, p.3.
文献4:丹羽清、「イノベーション実践論」、東京大学出版会、2010.
文献5:Tidd, J., Bessant, J., Pavitt, K., 2001、ジョー・ティッド、ジョン・ベサント、キース・バビット著、後藤晃、鈴木潤監訳、「イノベーションの経営学」、NTT出版、2004.
文献6:三崎秀央、「研究開発従事者のマネジメント」、中央経済社、2004.
文献7:Vijay Govindarajan, Chris Trimble, 2010、ビジャイ・ゴビンダラジャン、クリス・トリンブル著、吉田利子訳、「イノベーションを実行する 挑戦的アイデアを実現するマネジメント」、NTT出版、2012.
文献8:Robert I. Sutton、ロバート I サットン著、スコフィールド素子訳、「社内外のじゃま者と戦う 部下を守る『盾』となれるか」、Diamond Harvard Business Review, 2011, 2月号、p.86.
文献9:Christensen, C.M, Raynor, M.E, 2003、クレイトン・クリステンセン、マイケル・レイナー著、桜井祐子訳、「イノベーションへの解」、翔泳社、2003.
文献10:Dyer, J., Gregersen, H., Christensen, C. M.2011、クレイトン・クリステンセン、ジェフリー・ダイアー、ハル・グレガーセン著、櫻井祐子訳、「イノベーションのDNA 破壊的イノベータの5つのスキル」、翔泳社、2012.

参考リンク

ノート目次へのリンク



ノート10改訂版:研究組織の望ましい特性と運営

1、研究開発テーマ設定とテーマ設定における注意点→ノート1~6
2、研究の進め方についての検討課題
2.1
、研究を行なう人の問題
→ノート7~8
2.2
、研究組織の問題
①研究組織の構造→ノート9

②研究組織の望ましい特性と運営
ノート
では、研究組織の構造について、人や組織同士がどうつながっているかの観点から主に考えてみましたが、研究活動にとって望ましい組織形態というものを特定することはなかなか難しいようです。その理由はおそらく研究活動の特性によるものなのでしょう。もし研究組織の構成員が、業務を分担する部品のような存在であれば、その活動を管理できるような構造を考えればよいのでしょうが、事前に業務の内容や分担がはっきりとは決められず、臨機応変の対応や当初の計画にない創発的な対応が求められる研究活動は、計画的な分業や管理に向いているとは言えないように思います。すなわち、組織構造の形態的な面を検討するだけでは不十分で、組織にどのような人を集め、その組織をどのように運営して望ましい特性を発揮するようにするかも考慮しなければならないと言えるでしょう。

では、研究組織にはどのような機能・特性が求められるのでしょうか。ノート5で検討した研究部門に求められる活動のなかでも、最も重要なものは創造性の発揮、すなわち、答えが未知の課題に取り組み、課題解決の方法を創造することでしょう。加えて、単に成果を得るだけでなく、その成果が上位の組織(会社や社会)の方向性に合っていることや、研究成果の実現のために他の組織と協働することも求められるはずです。以下、このような要求に応えられる組織のあり方を考えてみたいと思います。

創造性を発揮できる組織
例えば野中郁次郎氏は「場」というコンセプトを提示しています。その考え方は次のようなものです。
対話と実践という人間の相互作用により、知識を継続的に創造していくためには、そうした相互作用が起こるための心理的・物理的・仮想的空間が必要であり、そうした空間を「場」と呼ぶ。そこでは、参加者の間で自他の感性、感覚、感情が共有される相互主観が生成し、個人は自己の思惑や利害などの自己中心的な考えから開放され、全人的に互いに向き合い受け容れあう。場は動的文脈であり、常に動いている。「よい場」の条件は、1)独自の意図、目的、方向性、使命などを持った自己組織化(=自律性が必要)された場所でなければならない、2)参加するメンバーの間に目的や文脈、感情や価値観を共有しているという感覚が生成されている必要がある、3)異質な知を持つ参加者が必要、4)浸透性のある境界が必要。文脈共有には一定の境界設定が必要だが、必要に応じて境界を開いて新しい文脈を取り入れ、あるいは必要に応じて境界を閉じて中の文脈を守る、というのが「浸透性のある境界」の考え方、5)参加者のコミットメントが必要。場において生成する「コト」に「自分のこととして」かかわることによって知識は形成される。こうしたコミットメントを得るためには、信頼、愛、安心感、共有された見方や積極的な共感などが必要。知識創造には内因的モチベーションが必要(外因的要因には暗黙知の表出化を推奨する効果は期待できない)。内因的モチベーションが有効に機能するには、仕事において創造性を要求されること、内容が広範囲で複雑で幅広い知識が必要とされること、暗黙知の移転と創造が不可欠であることのいずれかが含まれなければならない[文献1、p.59-79]。
もちろん、創造的な組織の特徴はこれに限られるものではなく、例えば、Tiddらは、イノベーティブな組織に関する先行研究に基づき、組織構造以外に、ビジョンの共有、リーダーシップ、イノベーションへの意欲、鍵となる個人、効果的なチームワーク、個人の能力向上の継続と拡充、豊富なコミュニケーション、イノベーションへの幅広い参画、顧客指向、創造性ある社風、学習する組織、といった要素が重要と認識されていると述べています[文献2、p.371]。いずれにしても、組織構造のみならず、こうした特性を考慮することも重要、ということでしょう。ここでは、野中氏の挙げた要素をもう少し深く考えてみることにします。

自律性
野中氏は「組織のメンバーには、事情が許すかぎり、個人のレベルで自由な行動を認めるようにすべきである。」と言い、そうすることによって、組織は思いがけない機会を取り込むチャンスを増やし、個人が新しい知識を創造するために自分を動機づけることが容易になる、と述べています[文献3、p.112]。このような自律性の重要性についての主張は、研究開発の成功例において、その組織が自律(自立)的であった例が多いと感じられることからも信頼に足るものと思われますが、トップダウンの組織では部下の自律性を許容することと、部下にトップダウンの命令を実行させることは相容れない可能性があるでしょう。このような状態で自律的であるためには、トップと部下の間での信頼を築くことが必須のように思います。例えば、ホンダでは、「自立(自律)、平等、信頼」が「人間尊重の哲学」として重視されている[文献4]そうです。また、KimMauborgneは「公正なプロセス」の重要性を指摘しています。公正なプロセスの要素は、関与、説明、明快な期待内容、という3つの要素で構成され、このプロセスをとることによって、自分の意見が重んじられているという信頼と関与が生まれ、自発的な協力が発生することによって、期待を超える水準の献身が期待できるということですが[文献5、p.226]、これは同時に自律性の高い組織の特徴とも言えるのではないでしょうか。このような考え方を明示することによって、自律と放縦の区別が可能になり、周囲からの信頼を得やすくなるのではないかと思われます。

目的・感情・価値観の共有
組織にとって、基本理念、ビジョンを持つことの有効性は、CollinsPorrasの指摘する通りと考えられますが[文献6]、特に研究活動においては守るべき基本理念、ビジョンを持つことによって、目的・感情・価値観の共有が実現され、これによって、メンバー相互の意思疎通が効果的になり、また、細かな管理をしなくても行動の方向性が統一されやすくなることが創造性の発揮によい影響を及ぼすと考えられます。不確実、予想外のことを取り扱う研究活動においては定型的な対応が困難な場合が多いので、守るべき基本理念がないと一貫した組織的な対応がとりにくくなったり、モチベーションが低下したりする場合もあるのではないでしょうか。さらに、Collinsは組織飛躍のためには、単純明快な概念(針鼠の概念)すなわち、世界一になれる部分、情熱をもって取り組めるもの、経済的原動力になるものの重なる部分を理解し、この概念を確立することが必要と述べていますが[文献7、p.130]、この考え方は研究開発活動の具体的な進め方を考える上で重要な示唆を与えるものと思われます。

多様性
野中氏らは、組織的知識創造を促進する要件として、組織の意図、自律性、ゆらぎと創造的なカオス、冗長性(当面必要としない仕事上の情報を重複共有すること)、最小有効多様性(複雑多様な環境に対応するためには、組織は同程度の多様性を内部に持っている必要があることを指す)を挙げています[文献3、p.118-123] [文献8、p.77]。また最近では、多様性によって問題解決や予測がうまく行えるようになりうることが、複雑系の研究者によって指摘されています[文献9]。ただし、「多様性を追求する際には、多様性と能力のバランスを取ることを忘れてはいけない。・・・能力は多様性と同じく重要だ[文献9、p.444]」、という指摘はよくわきまえておく必要があるでしょう。多くの研究組織は類似する技術分野の人から構成され、先輩から後輩への技術伝承が専門性の育成に重要とされることも多いため、発想の画一化による創造性の低下が懸念されるとはいっても、例えば、多様性を確保する目的で人事ローテーションを行なって個人に様々な経験をさせることは専門性育成の阻害につながる可能性もあります。専門性の充実と多様性の確保のバランスをとるためには、おそらく個人に様々な経験を積ませることよりも、様々な人材をひとつの組織に集めることで組織としての多様性を確保する方が効果的と思われます(もちろん、度が過ぎなければ個人にとって専門性の異なる経験は非常に重要ですが)。

浸透性のある境界、参加者のコミットメント
これらは、組織が閉鎖的になりすぎてはいけないこと、メンバーが目標達成に積極的に関わる組織にすべきであることを示唆していると思いますが、いずれもコミュニケーションに深く関係していると思います。組織に多様なメンバーを集めることができたとして、多様性を有効に活用するためには、コミュニケーションを活性化する必要がありますし、コミュニケーション不足でメンバーに適切な情報が与えられなければ業務への積極的な関与も期待できないでしょう。コミュニケーションのための仕組み(例えば頻繁なミーティングなど)と、異なる意見を受け入れる組織風土がなければ多様性の維持活用は不可能と思われます。組織内でのコミュニケーションに加え、組織外部とのコミュニケーションも重要です。ただし、基礎研究的な性格を持つプロジェクトについては外部とのコミュニケーションと研究成果の間に正の相関があるが、開発研究や技術サービスを行なう組織では負の関係があることを示す研究もあるようです[文献8、p.70]。野中氏も指摘するように、実際には必要に応じて境界を開けたり閉めたりするコントロールが必要とされるのでしょう。また、外部との結び付きの強さに関しては、Rogersはグラノベッターにより提唱された「弱い絆」の重要性を指摘しています[文献10、p.303]。これは重要な新しい情報は親密な関係の人よりも、それほど親しくない関係の人からもたらされるというもので、親しくない人との接触機会は少なくても、得られる情報は親密な人からの情報に比べて新しいことが多いことに基づいていると理解できます。誰とコミュニケーションすべきかについての重要な示唆を与えてくれる考え方だと思います。

組織の方向性・協働
組織の活動やアウトプットを、より上位の組織(会社全体)の方向性に合わせること、他の組織と協働することのためには、他の組織との間での目的・感情・価値観の共有、異なる意見を受け入れる組織風土、信頼関係、コミュニケーションなどが重要になるでしょう。イノベーションを担当するチームと社内既存組織とが協働してイノベーションをうまく進めるために、どのようなチームを作り、どのようにマネジメントを行うべきかについてはGovindarajanらによる提案[文献11]がありますが、基本的な考え方は上記のものと同様であるように思われます。

考察:なぜこういう考え方が必要とされるのか
以上、組織の特性と運営について、特に重要と思われる指摘をまとめてみました。研究グループのリーダーにとっては組織の形態は与えられているもので変更はできないことがほとんどでしょうから、その環境において最大の成果を挙げるために、組織の特性を理解し効果的に運営を行なう努力は重要であると考えられます。しかし、現実には、このような考え方は企業内部では一般的ではないかもしれません。研究開発や知識創造に関わりの少ない部署では、別のマネジメント思想があり得ますし、コミュニケーションや社内連携をしなくても仕事ができる部署はそうした必要性を認識していないかもしれません。また、多様性や冗長性は、ムダを排する効率優先の思想とは相容れない可能性もあります。

しかし、以下のような社会の変化を考慮すると、イノベーションの達成のためには、本稿に述べたような組織の運営を行なうことで、メンバーおよび組織の能力の発揮を狙うことは必要なことなのではないでしょうか。
・個々の技術が専門化して、個人の理解には限界があること
・技術が複雑化し、様々な要因がからみあって、未来の予測が困難になっていること
・技術の交流が活発化し、一旦確立した競争優位の維持が難しくなっていること
・技術的優位だけでは成功を得にくくなり、ビジネスモデルのイノベーションが求められること

要するに、これからの時代、イノベーションは天才的な一個人の活躍や、個人および研究部隊の努力だけでは実現しにくくなり、組織内外での協力、協働が不可欠になってきているのではないかと思います。しかし、個人や組織の高度な専門性がなければ、協力だけでは大きなイノベーションは期待できないでしょう。高度な専門性を確保しつつ、ここに述べたような点に注意して好ましい組織運営を行うことは、組織の構造によらず、イノベーション実現のために必要なことなのではないでしょうか。


文献1:野中郁次郎、遠山亮子、平田透、「流れを経営する――持続的イノベーション企業の動態理論」、東洋経済新報社、2010.
文献2:Tidd, J., Bessant, J., Pavitt, K., 2001、ジョー・ティッド、ジョン・ベサント、キース・バビット著、後藤晃、鈴木潤監訳、「イノベーションの経営学」、NTT出版、2004.
文献3:Nonaka, I., Takeuchi, H., 1995、野中郁次郎、竹内弘高著、梅本勝博訳、「知識創造企業」、東洋経済新報社、1996.
文献4:小林三郎、「ホンダイノベーション魂 第16回 自律、信頼、平等」、日経ものづくり、2011年7月号、p.103
文献5:Kim, W.C., Mauborgne, R., 2005W・チャン・キム、レネ・モボルニュ著有賀裕子訳、「ブルー・オーシャン戦略」、ランダムハウス講談社、2005.
文献6:Collins, J.C., Porras, J.I., 1994、ジェームズ・C・コリンズ、ジェリー・I・ポラス著、山岡洋一訳、「ビジョナリーカンパニー」、日経BP出版センター、1995.
文献7:Collins, J., 2001、ジェームズ・C・コリンズ著、山岡洋一訳、「ビジョナリーカンパニー②飛躍の法則」、日経BP社、2001.
文献8:三崎秀央、「研究開発従事者のマネジメント」、中央経済社、2004.
文献9:Scott E. Page, 2007、スコット・ペイジ著、水谷淳訳、「『多様な意見』はなぜ正しいのか 衆愚が集合知に変わるとき」、日経BP社、2009
文献10:Rogers, E.M., 2003、エベレット・ロジャーズ著、三藤利雄訳、「イノベーションの普及」、翔泳社、2007.
文献11:Vijay Govindarajan, Chris Trimble, 2010、ビジャイ・ゴビンダラジャン、クリス・トリンブル著、吉田利子訳、「イノベーションを実行する 挑戦的アイデアを実現するマネジメント」、NTT出版、2012.


参考リンク

ノート目次へのリンク



ノート8改訂版:研究者の適性と最適配置

1、研究開発テーマ設定とテーマ設定における注意点→ノート1~6
2、研究の進め方についての検討課題
2.1
、研究を行なう人の問題
①研究者の活性化
ノート7

②研究者の適性と最適配置
人の問題といっても、第一線で研究を行なう研究グループのリーダーにとっては、人的資源はそれほど自由になるものではありません。ある程度まで与えられた資源の中でよりよい成果をあげることが求められます。そうした制約の中では、ノート7で述べた研究者の活性化が最も有効だと思いますが、どういう仕事を誰に任せるか、すなわちある業務に適性のある研究者にその業務を担当させることによって成果をあげやすくすることも重要です。研究者の適性と最適配置は、チームを編成する場合にも考慮すべきことと考えられますので、この問題を検討してみます。

まず、研究者個人の特質、適性について考えたいと思います。ただし、「適性」を、単に研究成果を挙げるかどうかという総合的な研究能力の観点で評価することは、少なくとも企業においてはあまり効果的とは思われません。というのは、実際の研究業務には性格の異なる様々な業務が含まれますし、多くの場合業務は組織として遂行していますので、成果が個人の能力や適性を正しく評価しているとは限らないからです。また、「成果」という一面的な評価尺度による評価では、研究者の評価が画一化してしまう危険もあり、研究にとって必要とされる多様性の維持を阻害しかねないという問題もあります。研究における多様性の重要さについては、例えば、野中は組織的知識創造を促進する要件として、組織の意図、自律性、ゆらぎと創造的なカオス、冗長性(当面必要としない仕事上の情報を重複共有すること)、最小有効多様性(複雑多様な環境に対応するためには、組織は同程度の多様性を内部に持っている必要があることを指す)を挙げています[文献1、p.118-123] [文献2、p.77]。また、Leonardは創造的摩擦の重要性を指摘しています[文献3、p.93]。さらに、Belbinの<アポロ計画>のチームに関する研究では、高い能力を持った同質の人材からなるチームは、平均的な能力の異質な人材からなるチームよりも、一貫して低い成果しか出せなかった、との調査結果[文献4、p.395による]もあり、複雑系の研究者であるPageも、「認識的多様性が集団の出来を向上させるという結論に達せざるを得ない[文献8、p.412]」と述べているように、多様性の重要性は多く指摘されることのようです。

加えて現実的には、何でもできる能力の高い人材ばかりで研究グループを編成することは困難といわざるをえません。従って、いわゆる「能力」よりも、どのような仕事に向いているか、どのような仕事が性に合っているかに基づいて職務配置を考え、適性のある職務に従事させることで研究者のモチベーションを高く維持し、成果を得やすくすることも考える必要があるはずです。多様な研究者をその適性に応じて使いこなすことこそ、研究のミドルマネジャーに求められていることだと思います。

では、どんな点に着目して研究者の個性を測ればよいのでしょうか。Leonardは問題解決におけるパーソナルな違いを生み出す三つのソースとして、専門性、認知スタイルの選好、ツールや方法論の選好を挙げています[文献3p.89]。認知スタイルの選好については、事実や歴史や経験を好む「知覚」的な志向と、メタファーや比喩や推論を好む「直観」的な志向の存在、また、判断型(選択肢を広げないで決定しようとする)と、認知型(より多くの選択肢やデータを探し、その間問題が曖昧であることを受け入れる)の存在、選択肢を増やすタイプの「発見する人」と、選択肢を減らそうとする「論破する人」の存在、正しいことを行なうことに気を使う「ヒッピー」と、ものごとを正しく行なうことに気を使う「オタク」の存在を指摘しており、さらに具体的に用いる道具やアプローチにも好みがあると述べています[文献3、p.99]。また、丹羽は研究開発を行なう人間には、計画は不得意だが実施は得意(キャッチアップ時代に求められる)、計画も実施も両方得意(過渡期に求められる)、計画は得意だが実施は不得意(フロントランナーに求められる)の3つのタイプがあると述べています[文献5、p.195]

このような選好やパーソナリティーの類型化、タイプ分けについては、診断テストのような手段で決定することが可能といわれています。しかしその結果を明示してしまうことには、その人に対して先入観をいだいたり、反対する人を排除するために使われたりする危険があることも指摘され、こうした多様性について容認することこそが重要なのであって、実務的には性格テストを実施しなくとも、空間の使い方(機能的に整理された部屋、子供のように散らかった部屋など)を見れば認知スタイルの選好がかなりわかる、という意見もあります[文献3、p.115]。では、これらの選好がわかったとしてどのように仕事の分担と結びつければよいのでしょうか。そこで、上記の類型を参考に、ノート5において挙げた研究部隊に求められる仕事の分類に合わせて、認知スタイルの選好によってもたらされる行動のパターンを考えてみました。

ノート5では、業務に求められる要素を2つの次元を用いて分類しました。ここでは、その次元のどちらに興味があるかという選好が行動に現われるとどのような類型が可能かについて考えてみます。
研究者類型

その結果を上図に示しますが、上記の次元で分類された4つの行動類型は、いずれも日頃の仕事の進め方を観察したり、今の趣味や子供の頃の趣味(その選好が今も継続していれば)を聞いたりすることで情報を得ることが可能と思われますので、個人的選好と仕事とのマッチングを図る上でのヒントを与えてくれるのではないでしょうか。

もちろん、業務分担を考えるにあたっては、個人的選好のみで判断することには問題があるでしょう。特に、その人にとって新しい経験を積ませることで成長を促す場合、経験から学ぶことを身につけさせたい場合などは、あえて選好と異なる業務を担当させる必要があるかもしれません。しかし、そうした場合にも、なぜその業務を担当させるのかをその人に納得させるために、選好と業務分担の判断についてきちんとコメントしておくことは重要ではないでしょうか。こうしたことが、自分の仕事の意味についての理解を深め、成長機会を感じることによりエンパワーメントにつながり、活性化にもつながるのではないかと考えます。

こうした適性の考え方に対し、Kelleyはイノベーションに必要な種々のキャラクターを考察し、それらは性格やタイプとは異なる「役割」と認識すべきであって、そうした役割は演じることができる、と述べています[文献6、p.19]。自らの適性と業務に必要な役割を考慮した上で、選好や適性をも固定的なものとは考えずに積極的にコントロールすることも必要なのかもしれません。

なお、上記の議論は研究メンバーをどのように選ぶかという問題に関しても適用可能と思われますが、メンバーを選ぶ際には「目的に合った人を選ぶ」のではなく「人を選んでから目的を考える」つまり、目的の変化にも十分対応可能な適切な人材を揃えることの方が必要である、という指摘[文献7、p.65]もあります。Collinsは「適切な人材」とは専門知識、学歴、業務経験よりも性格と基礎的能力によって決まる、と述べていますが、この考え方は目的にマッチした人材を集めようとするあまり、性格などの人間的な側面を軽視することに警鐘を鳴らしているのだと思います。「適切な人材」を選ぶことで人を管理する負荷が軽減されることはこの考え方の重要な点だと思いますので、長期的視点から人を採用する場合にはこうした点にも注意が必要でしょう。

以上、研究者の適性と最適配置の問題について考えてみました。適性について安易に決め付けることはもちろん好ましくないことですが、適性と業務のマッチングができれば、与えられた人的資源の効率的な活用という意味での大きな効果が期待できると思われます。研究のミドルマネジャーにとっては重要な検討課題と言えるのではないでしょうか。

考察:研究への適性
上記では、研究者がどんな研究活動に適性があるか、という観点から考えました。しかし、その前に、どういう人が研究者に向いているのか、ということも考える必要があるかもしれません。企業における研究者の場合には、学問的な最高レベルを目指すわけではありませんので、専門性を支えるある程度の能力は必要だとしても、いわゆる勉強における「頭の良さ」「成績優秀」ということはそれほどこだわる必要はないような気がします。逆に「頭が良い」からといってどんな研究にも適性があるとはいえない、というのが私の印象です。特定の研究には適性があっても、別の種類の研究には向いていない、ということもあるでしょうし、「研究」には適性がなくても、研究活動をしない「技術者」や「研究マネジャー」には向いている場合もありうると思います。企業の場合、技術者の育成の段階で研究の経験をさせることは無駄なことではありませんので、やらせてみて適性を判断する、というのが現実的だと思いますが、その際の適性判断のポイントとしては以下のような項目があると思います。

・不確実性に耐えられること:研究者は不安に耐える必要があり、技術者は不満に耐える必要があるということはよく言われますが、不確実なことにフラストレーションを強く感じる性格の場合には研究者に向いていないかもしれません(本ブログ「研究開発とフラストレーション」)。
・他者と協力できること、うまくコミュニケーションできること:技術自体や、技術をビジネスにつなげる方法が、複雑化、高度化していますので、これからの研究は、一人の能力や努力だけで成功を掴むことは困難になると予想されます。従って、他者との協力やコミュニケーションが苦手な人は、少なくとも企業の研究者には向いていないかもしれません。例えば競争心の強い人には、その競争心が協働の妨げにならないように育成する必要があるように思います(本ブログ「競争心と研究開発」)。
・失敗から学べること(本ブログ「知的な失敗」)
・自律的であること(本ブログ「研究者の主体性」)
・新しいことへの意欲:少なくともひとつの分野での深い知識と、様々な分野への理解を併せ持つ「T型人間」が望ましいという考え方があります[例えば文献6、p.85]

実際には、最初に述べた適性も含めて、これらは教育や経験によって培っていける部分もありますし、チームとして個人の欠点を補うことも可能だと思われます。ミドルマネジャーには、日々の研究を実施しながら研究者を育成していくことも求められますが、「適性」を意識した人材の最適配置とともに、よりよい組織運営や、研究者をどの方向に育成するかを考える場合にも、「適性」についての理解は有用なヒントを与えてくれるのではないかと思います。


文献1:Nonaka, I., Takeuchi, H., 1995、梅本勝博訳、「知識創造企業」、東洋経済新報社、1996.

文献2:三崎秀央、「研究開発従事者のマネジメント」、中央経済社、2004.

文献3:Leonard-Barton, D., 1995、阿部孝太郎、田畑暁生訳、「知識の源泉」、ダイヤモンド社、2001.

文献4:Tidd, J., Bessant, J., Pavitt, K., 2001、後藤晃、鈴木潤監訳、「イノベーションの経営学」、NTT出版、2004.

文献5:丹羽清、「技術経営論」、東京大学出版会、2006.

文献6:Kelly, T., Littman, J., 2005、鈴木主税訳、「イノベーションの達人!」、早川書房、2006.

文献7:Collins, J., 2001、山岡洋一訳、「ビジョナリーカンパニー②飛躍の法則」、日経BP社、2001.

文献8:Scott E. Page, 2007、スコット・ペイジ著、水谷淳訳、「『多様な意見』はなぜ正しいのか 衆愚が集合知に変わるとき」、日経BP社、2009

参考リンク

ノート目次へのリンク



フューチャーセンターとは

近年の社会問題など、複雑な問題の解決やイノベーション実現の方法としてフューチャーセンターが注目されているようです。今回は、フューチャーセンターとは何か、その考え方からどんな示唆が得られるかについて、野村恭彦著「フューチャーセンターをつくろう」[文献1]に基づいて考えてみたいと思います。ちなみに、著者は、「本書は、フューチャーセンターの思想と、『場の主宰者としてのあり方』を理解し、その具体化のための『対話とイノベーションの方法論』を体得・実践していただくことを目的に書きました[p.14]」としていますので、マネジメントに役立ちそうな実践的方法論も併せてまとめてみます。

フューチャーセンターとは

・「フューチャーセンターという名前を最初に使ったのは、スウェーデンのレイフ・エドビンソン教授[p.18]」。エドビンソン教授は、「未来の知的資本を生み出す場」として「フューチャーセンター」を考え、今では、欧州を中心に40以上のフューチャーセンターが立ち上がっている[p.21]とのことです。ただ、世界各地のフューチャーセンターが主にパブリックセクターで広まったのに対し、日本では、企業を中心に拡がっている点、注目されているのだそうです[p.25]。

・より具体的には、「組織を超えて、多様なステークホルダーが集まり、未来志向で対話し、関係性をつくる。そこから創発されたアイデアに従い、協調的アクションを起こしていく。そのための「つねに開かれた場」が、フューチャーセンター[p.157]」。

・「フューチャーセンターは、『対話のための専用空間』でもあり、『人と人とのつながり』でもあり、『企業や社会の変革装置』でもあります。フューチャーセンターで行われる活動は、私たちが『人として』社会や市場経済と向き合い、協力し合って変化を起こしていくための、本質的な対話と協調です[p.11]」

・「知的資本経営では、『現在の収益は過去の知的資本が生み出したもの』と考えます。当然、長期的な成長を行うためには、『未来の知的資本を生み出す活動』が必要になります[p.19]」。「知的資本は、人的資本・構造的資本・関係性資本の三つからなるといわれています。未来の人的資本は、『人の成長』であり、未来の構造的資本は、『ビジネスモデルなどのアイデアの創出』、そして未来の関係性資本は、『新しい人と人とのつながり』を生み出すことになります。[p.22]」

・「フューチャーセンターは、未来の不確実性に立ち向かうための装置にほかならない[p.22]」

・企業がフューチャーセンターに取り組む理由

レベル1:企業の中に対話の文化を育みたい

レベル2:組織横断でスピーディに問題解決できるようにしたい

レベル3:社外ステークホルダーとともにイノベーションを起こしたい

「興味深いことに、どのレベルの問題意識から入っても、結局同じようにレベル1から順にレベル3まで辿っていくことになります。[p.34]」

・「イノベーションを起こすのは、容易ではありません。新たな価値の発見のみならず、それを提供できるように、社内変革も同時に実行しなければなりません。社会的価値の理想像を掲げ続けることで、社内の意識が変わります。これこそ、イノベーションをねらったプロジェクトを成功に導くための必要条件なのです。[p.49]」「フューチャーセンターは、『創造的(クリエイティブ)』な発想でセクターの壁を超え、『対話(ダイアログ)』によってセクター間の新たなつながりを生み出します。そのつながりのなかで、企業と社会起業家が手を取り合って、一緒に社会と市場を変革し、新たな産業を生み出していくのです。[p.51]」

フューチャーセンターでどうやってイノベーションを達成するか

・フューチャーセンターの6つの原則[p.60-66]

1)思いを持った人にとっての大切な問いから、すべてが始まる:情熱のない問いは、何の変化も起こさない。社会的な共通善が必要。問いの質を高めるためには、つねに社会全体のことを考えて行動する。

2)新たな可能性を描くために、多様な人たちの知恵が一つの場に集まる

3)集まった人たちの関係性を大切にすることで、効果的に自発性を引き出す:できるだけ少ない人数に分かれて「傾聴」することで確実に関係性が深まる。参加者全員が相互に話を聴くことで、全員のポジティブなパワーを引き出すことができる。

4)そこでの共通経験やアクティブな学習により、新たなよりよい実践が創発される:時には「実際にやってみること」が、思いもよらないグッド・アイデアを生み出してくれる。

5)あらゆるものをプロトタイピング(試作)する:仮説の段階でそのコンセプトの完成度を高めるよりも、とにかく目に見えるかたちに表現してみる。絵でも、コラージュでも、システム図でも、物語でも、何でもかまわない。

6)質の高い対話が、これからの方向性やステップ、効果的なアクションを明らかにする:アクションプランは「やらねばならないこと」であることが多く、往々にして、「なぜそれをやらねばならないのか」が共有されていない。質の高い対話が生みだすものは「一緒にやりたいこと」。お互いの状況を深く理解していれば、効果的なアクションをとることも難しくない。

フューチャーセンターの構成

・「フューチャーセンターには、ファシリテーター、方法論、空間、ホスピタリティの4つの要素が必要です。[p.160]」「ファシリテーターとしてのスキルを磨くには、通常の会議のファシリテーション、個人や組織の想いを引き出すコーチングなどの手法が役立ちます。[p.160-161]」、「フューチャーセンターを実現するうえでの切り札であり、またフューチャーセンターのユニークさでもあるのが、空間とホスピタリティです。創造的な空間、参加者をあたたかく迎える演出は、『いつもと違う対話とアクション』へと人を向かわせるパワーを持っています。[p.162]」

・フューチャーセンターの方法論[p.78-79]:

1)対話:相互理解・信頼の関係性を構築する、異質から気づきを得る、内省や志向を深める。たとえば、ワールドカフェ、OST、AI、フィッシュボウルなど。

2)未来思考:複数の未来シナリオを想定する、未来からバックキャストする。たとえば、未来スキャニング、シナリオプランニング、フューチャーサーチなど。

3)デザイン思考:体験から学ぶ、作りながら学ぶ、形にしてみることで改善し続ける。たとえば、ユーザー観察、ブレインストーミング、経験プロトタイピングなど。

・フューチャーセンター・ディレクター:「フューチャーセンター・ディレクターは、フューチャーセンターのミッション、扱う問題の領域を決めます[p.67]」。「フューチャーセンター・ディレクターは、強い『想い』を持っていなければなりませんし、また他人の『想い』を引き出し、『パワフルな問い』を立てられる人でなければなりません。・・・必要な特性をあげるならば、情熱、好奇心、共感力、それらを統合した人間的魅力でしょう[p.68]」。「あらゆるフューチャーセンター・ディレクターが、ファシリテーター、方法論、空間とホスピタリティのすべてに目を配り、調和された場づくりを指揮します[p.163]」

フューチャーセンター・セッションの実行

・フューチャーセンター・セッションとは、論理的分析だけでは解決できない複雑に絡み合った問題に対して、『対話』と『未来思考』と『デザイン思考』の力でブレークスルーする場[p.80]」

・フューチャーセンター・セッション設計の5ステップ[p.82]:

1)視野を広げてテーマを設定:従来の常識から離れる、過去、未来にスケールを広げて課題設定する。社会的なテーマに広げて課題設定する。

2)多様性を確保して人集め:ステークホルダー(専門家、生活者)に注目、専門性の違う人を選ぶ、横断的(企業、部門、チーム横断)に人を選ぶ。

3)非日常を演出:日常を持ちこまない、非日常の経験を演出する(目を見開かせる、思いがけないこと、くつろげる雰囲気、面白み・遊び)。

4)主体性を引き出す運営:テーマへの深い共感を得る、参加者が相互に認め合う雰囲気をつくる、一つの答えを出すことにこだわらない。

5)参加者全員の深い気づき:実行への期待を高める、議事録で感情を含めた物語を伝える、過去の対話に立ち戻れる仕掛けを用意する。

・「自らの視野と経験の拡大により、まったく異なる立場から発想できるようになります。異なる立場の人と共感し、異なる立場の人の行動を変えることで、イノベーションが生み出されます。[p.159]」

ファシリテーターに求められる能力

・「フューチャーセンター・セッションの成功のカギを握るのはファシリテーター[p.88]」

・求められる7つの仕掛け[p.90-92]:1)セッションに招待するゲストに「なぜあなたに来てほしいか」を事前に伝える、2)この人の情熱はすごい、この人の考え方に触れたいと思えるような、あこがれの人を招く、3)どんな参加者に対しても深い愛と傾聴で対応する、4)板書によるリ―タシップ、5)付箋を使って参加者の主体性を引き出す、6)セッション終盤に内容を整理して示す、7)セッション終了後、結果を整理してフィードバックし、参加者の貢献とセッションで得られた洞察の大きさを讃える。

・テンションのコントロール:「テンションはネガティブになると『緊張感』となり、ポジティブになると『張り』になります。」『緊張感』を下げ、『張り』を高めることに注意。[p.92-95]

フューチャーセンター設計ガイドライン

・設計ガイドラインは、フューチャーセンターの6原則に対応した、原則実現のためのノウハウやアイデアの方向性。[p.104-114]

1)信頼感:「テーマを提起する人が、この問題を語るにふさわしい人だと参加者の誰もが思えれば、セッションに対する信頼感は高まります。・・・もう一つの要素は、ファシリテーターの示す情熱です。ファシリテーター自身が『この場に集まった人たちには、この問題を解決する力がある』と信じ、そして『必ず創発を起こす』という強い意図を持っていることが、場に大きな影響を与えます。ファシリテーターの示す『場への信頼』が、参加者にとてつもなく大きな信頼感を与える」

2)多様性:「『多様であることをパワーに変えていく力』が必要」、「空間もファシリテーションも、『インクルーシブ(除外されてきた人々を包含する)』にデザインされている必要」がある。「『違いから学ぶ』ことを体感することも大事」、「階層を感じさせないこと、さらには階層間での学び合いを積極的に促すことが必要」

3)関係性:「関係性を大切にしていることを表現するためには、『お迎えの仕方』が大切」「問題解決より先に、人間関係を大切に」

4)全体性(共通体験、アクティブな学習):「そこに来た人たちが、お互いの間に壁を感じることなく、全体で一つの場をつくれるようデザインされるべき」、「少人数での対話の機会をつくることによって、逆に全体性が感じられる」

5)可視性(プロトタイピング):「一つの正しい答えを論理的に導くのではなく、たくさんの仮説を形にしていきます。」「現れたアイデア一つひとつをしっかりとつかみ取ることが大切」

6)安心感(質の高い会話):「自己との対話をしっかりと行うためには、安心な場が必要」、「他人が自分を攻めたり、揚げ足をとったりしない場なのだという安心感をしっかりと確認することに、大きな価値がある」

高質な「対話の場」(よい場)の条件[p.117-131]

・美しい場所、意味のある場所、外部に開かれている、おもてなし(ホスピタリティ)で参加者の期待感を高める、参加者全員を『唯一の特徴を持った人』として『主役』になってもらい、適切な『出番』を持ってもらう。

フューチャーセンターによる変革

・アクションにつながる要因[p.140-141]:1)課題提起者が本気であること、2)実行力を持った参加者がいること、3)ファシリテーターが強い意志を持って関わること

・日本企業のイノベーションプロセスの提案[p.144-145]:「未来シナリオは、日本企業に合ったやりかたです。なぜなら、シナリオプランニングは複数のシナリオを提示して、それらに備えるかたちでアクションを決める方法論なので、意思決定者にとっては、説明責任が果たせて安全だからです。」「つまり、日本企業のイノベーション・プロセスは、次のように考えればよいのです。まずデザイン思考のプロセスで洞察を得て、そこからたくさんのアイデアを出していきます。続いてそのアイデアをベースに、未来思考で複数のシナリオを作成して、全員のコンセンサスを得る。そしてさらに、対話の方法論によって意思決定者、協力者、顧客などを巻き込み、一緒にコンセプトをつくり上げていきます。合議制の日本型組織でも、これら3つの方法論を組み合わせれば、イノベーション・プロセスを回していくことができるでしょう。」

・「ビジョンや戦略で人を動かすのは難しいことですが、新しい人とのつながりは、一瞬にして人の行動を変えるのです。[p.156]」

―――

以上が、私が重要だと感じた点ですが、本書では必ずしも体系的にまとまった形で書かれているわけではないように思われました。おそらく、著者が「ぜひ一回、実際にご自分で開催してみてください。あるいは、他の人が主催するフューチャーセンター・セッションに参加してみてください[p.86]」と言っているように、体験してみることが必要なのかもしれません。また、フューチャーセンター活動はその歴史も浅いため、上記の方法で本当にうまくいくのかどうかが実績で証明されているわけでもなく、どんな場合に効果があるのかが明確になっているわけでもありません。しかし、現在の経営に行き詰まりを感じているのであれば、フューチャーセンターの不確実性を懸念して何もしないことよりも、可能性に賭けてみるという発想も必要ではないでしょうか。本書の考え方は確立された絶対的なものとしてではなく、一つのアプローチとしてまず使ってみることが重要なのだろうと思います。

加えて、マネジメント面での有意義な示唆も含んでいるように思います。特に、フューチャーセンターの考え方と、野中郁次郎氏らによる知識創造理論の関係が興味深く感じられました。フューチャーセンターには、「場」の創造、賢慮型リーダーシップ、共通善、組織的な知識創造、多様性の重視など、野中氏の理論でも重視される概念が活用されています。野中氏の理論は、使う立場からするとわかりにくい面がありますが、それに対して、本書に述べられたフューチャーセンターの考え方は、知識創造理論の一面を具体的に実践しやすい形に再創造しているとも考えられるように思います。

また、他者との協働によりイノベーションを達成する手法は、オープンイノベーションとも関連すると言えるでしょう。ただし、単に仕事の一部を他者に担当してもらう、というような相互補完的なオープンイノベーションでは、フューチャーセンターのような深いレベルでの協働はできないように思われます。オープンイノベーションの真価を発揮させるためには、単なる分業ではなく、フューチャーセンターの特徴である対話や信頼、主体性などを重視した協働を行う必要があるのかもしれません。

なお、本書では、フューチャーセンターの役割として、社会的な問題の解決が主眼となっているように思われます。企業にとっても、そうした社会的問題の解決に貢献することは意義深いことではありますが、企業の第一線の研究者、研究マネジャーにとっては、やや縁遠いようにも思われます。ただし、フューチャーセンターで用いられる手法は、企業内における研究マネジメントでも活用可能ですので、対話、多様性、信頼、主体的行動の促進、デザイン思考など、フューチャーセンターの考え方を支える基本思想の有効活用を心がけることは重要でしょう。

今後、フューチャーセンターの活動が活発になってくれば、様々な問題点も顕在化してくるかもしれません。実際には、本書に示されたフューチャーセンターの姿もひとつのプロトタイプとして考え、様々な場面でその方法論を進化、発展させていくことが必要になるのだと思います。しかしその過程では、当初想定していなかったようなフューチャーセンターの優れた点が創発してこないとも限りません。イノベーションに関わる一つの重要な動きとして今後も注目していきたいと思います。



文献1:野村恭彦、「フューチャーセンターをつくろう 対話をイノベーションにつなげる仕組み」、プレジデント社、2012.

(参考)野村恭彦、「フューチャーセンターをつくる!」、PRESIDENT Online2011.12.29-2012.4.19、全17回:本書のかなりの部分の内容が読めます。

http://president.jp/subcategory/%E3%83%95%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%83%81%E3%83%A3%E3%83%BC%E3%82%BB%E3%83%B3%E3%82%BF%E3%83%BC%E3%82%92%E3%81%A4%E3%81%8F%E3%82%8B%EF%BC%81


参考リンク<2013.8.18追加> 





 


 

多様性の意義(スコット・ペイジ著「『多様な意見』はなぜ正しいのか」より)

研究開発をはじめ創造的活動には、「多様性」が必要、とよく言われます。三人寄れば文殊の知恵ということわざを引くまでもなく、知識の組み合わせが問題解決に役立つこと、発想の源になりうることは多くの方が認めるところでしょう。加えて最近では、群衆の予測が専門家よりも正確である、ということからも多様性が注目されているようです。

しかし一方で、現実の企業経営や組織運営においては「均一性」の方が重要視される場合や、「選択と集中」という考え方により多様性が軽視される場合もあるように思います。そこで、今回は、スコット・ペイジ著「『多様な意見』はなぜ正しいのか」[文献1]に基づいて、多様性の意義や役割、多様性をどう使えばよいのかなどについて考えてみたいと思います。

著者は、「多様性はより良い結果をもたらす」という「多様性予想」について、「この予想が例外なく成り立つのでないことは明らかだ。」といい、「多様性を定義して、それが恩恵をもたらすと思われる課題を特定しなければならない。」として、「いつ、そしてなぜ多様性が恩恵をもたらすかを理解することが、本書の目的である」[p.26]としています。多様性について真剣に考えるなら、まさにこの点を知っておく必要があるでしょう。以下、特に上記の点について、本書の構成に沿って内容をまとめてみたいと思います。

パート1:ツールボックスを分析する

著者は「“多様性”という言葉を認識的な多様性という意味で使う[p.29]」とし、まず、第1~4章で述べられる4つの枠組みで多様性を分析して、これらをひとまとめにした「ツールボックス」の多様性がどのように恩恵を生むのかを説明しています。

第1章:多様な観点Perspective、世界を表現する方法[p.46])

観点とは、「状況や問題を表現する方法」[p.29]であって、「多様な観点を持つというのは、ありうる事柄の集合をそれぞれ異なる形で捉えている、あるいは心に描いている」という意味[p.29]。観点によって知識が体系づけられ、「正しい観点は、難しい問題を単純にしてくれる[p.78]」(当然、問題を難しくしてしまう観点もありうる)。

第2章:ヒューリスティックHeuristics、向上させるための手法やツール[p.46])

ヒューリスティック(発見的方法[p.30])とは、「問題の解を見つけるために使う思考ツール[p.82]」。「一つの観点が与えられたとして、ヒューリスティックは、新たな解をどこで探せばいいのか、どんな行動を取ればいいのかを教えてくれる[p.82]。例えば、トポロジカル・ヒューリスティック(観点の構造に基づいて近くの解を探索する)、グラジエント・ヒューリスティック(価値関数の傾きが最大の方向へ移動する)、エラー許容ヒューリスティック(ランダムにトライする、初めのうちはあまり大きくないエラーを受け入れて探索する)、ポピュレーション・ヒューリスティック(別の解の一部を流用する、進化のメカニズムのように複数の解を同時に探索してよいものを残す)などがある[p.91-104]。

第3章:解釈Interpretation、カテゴリーを作る方法[p.46])

「“解釈”は、人々が出来事や結果や状況を分類するときに使う、それぞれ異なるカテゴリーに重点を置いている[p.30]」。「一つの観点からいくつかの次元を無視したり(投影解釈)、観点を塊に分割(塊解釈:似たような物事、状況、問題、出来事のカテゴリーを作る)したりすることで我々は解釈を作る[p.118,126]」。「世界を同じ形で見ていても、その分け方が異なっていることがある。それがたくさんの多様性を生み出す。」「こうした多様な解釈のおかげでわれわれは、それぞれ異なる推論を導き、それぞれ異なる予測を立てることができる」[p.126-127]。

第4章:予測モデルPrediction Methods、相関と因果関係に関する推論[p.46])

「予測モデルはその解釈のもと、ある場面で起こると考えられる事柄を描き出す[p.129]」。「予測モデルとは、一つの解釈と、それによって作られる集合やカテゴリー一つ一つに対する予測を合わせたもの」。「予測モデルは思考で、ヒューリスティックは行動」[p.132

第5章:物差しとツールボックス

「観点、解釈、ヒューリスティック、予測モデルを組み合わせれば、”認識的なツールボックス”ができる[p.31]。「ツールボックスの枠組みは、知能を捉える上でIQのスコアに代わる解釈となる[p.170]。」

パート2:多様性の恩恵

第6章:多様性と問題解決

多様性が一様性に勝る定理:「集団に含まれるソルバーが多様、すなわちローカル・オプティマムに何らかの違いがあれば、平均すると多様なソルバーの集団が一様なソルバーの集団より良い出来を示す[p.204]」。「最初のソルバーがグローバル・オプティマムを見つけられなくても、他のソルバーがその解を向上させるかもしれない。向上させることが可能だというこの特徴が、多様性が一様性に勝る理由[p.201]」。「一様な集団はたった一人の人を含んでいるのと変わらない[p.200]」

多様性が能力に勝る定理:以下の「条件1から4が満たされれば、ランダムに選ばれたソルバーの集団は個人で最高のソルバーからなる集団より良い出来を示す。[p.206-211

条件1、問題が難しい:どのソルバーも個人で必ずグローバル・オプティマム(全体の最適解)を見つけられることはない。

条件2、微積分条件:すべてのソルバーのローカル・オプティマム(局所最適解)をリストに書き出すことができる。すなわち、すべてのソルバーが賢い。(微積分を知っている人ならピークを見つけることができる、という意味)

条件3、多様性条件:グローバル・オプティマム以外のすべての解が、最低一人のソルバーにとってローカル・オプティマムでない。(ローカル・オプティマムから向上法を見つけられるソルバーがいる、という意味。人々が多様でなければならない、ということ。)

条件4、大勢のソルバー候補からかなりの大きさの集団を選ぶ:ソルバーの母集団は大きくなければならず、一緒に取り組むソルバーの集団にはある程度の人数のソルバーが含まれていなければならない。

「この定理は・・・論理的な真実[p.211]。「問題解決においては多様性が個人の能力と同じく、あるいはそれ以上に重要」、「多様性の恩恵は個人の中にも当てはまる」、「ツールは多様でなければならないが、多様すぎて互いに組み合わせられないようではいけない」、「最もふさわしいのは、多様性が多様であること、すなわち多様な人もいれば専門化した人もいて、それでも全員が数多くのツールを持っていること」、「多様な観点とヒューリスティックは、楽しさの原動力にもなる」[p.224-225

第7章:情報寄せ集めモデル(集団による予測)

情報寄せ集めモデルでは、「人々は答えをある程度の確率で知っているか、答えの一部分を知っているか、あるいは答えのおおざっぱなシグナルを受け取ると仮定する。[p.233]」。しかし「予測モデルを寄せ集めるのは、情報を寄せ集めるのとは違う[p.33]」。

第8章:多様性と予測

多様性予測定理:予測モデルの集団において、集団的誤差=平均個人誤差-予測多様性[p.265]。

「個人の能力(右辺第1項)と集団の多様性(第2項)は、集団の予測能力に等しく寄与する。[p.266]」

群衆が平均を負かす則:多様な予測モデルの集まりがあるとして、その集団的予測は個人的予測の平均より正確である[p.267

「群衆が賢いためには、そのメンバー一人ひとりが賢いか、あるいは集団として多様でなければならない。[p.295]」。確実に群衆が専門家より高度な予測ができるのは「群衆が考慮して専門家が無視した属性や変数の一つが予想外の値を取った場合[p.295]。(それ以外の場合にも起こりうる)

パート3:多様な価値

第9章:多様な好み

「好みの多様性はツールボックスの多様性とは違う。[p.34]」「基本的好み(結果に関する好み)が多様だからといって、必ずしも手段的好み(行動や方針に関する好み)も多様とは限らない[p.300]」。好みの多様性が問題になるのは、基本的な好み。手段的好みは役に立つ[p.301

第10章:好みの寄せ集め

「多様な好みは、うんざりするほど多くの問題を生み出す。・・・”集団的な好みは存在しないかもしれない”、”強制的でない投票プロセスではどんな選択にも行き着きうる”、”人々は選択プロセスを操作しようとする動機を持つかもしれない”、”共通の資源(公共財)の供給が少なくなるかもしれない”」[p.320

第11章:ツールボックスと好みの相互作用

「多様な観点には影の面があって、考えうる選択肢を数多く発見させてしまう」。「考え得る選択肢が多いと合意する確率は低くなる」。一方、「多様な好みを持つ人々の集団は、意見を一つにした人々の集団よりも問題解決に優れていることが多い。意見の違いはつばぜり合いを生むだけでなく、ときに争いを好むものの効果的なチームを作る」[p.35

パート4:多様性は恩恵をもたらすか?

「本書が示す中心的な主張は3つある。(1)多様な観点とツールは、人々の集団により多くのすぐれた解を見つけさせ、全体的な生産性に寄与する。(2)多様な予測モデルは、人々の群衆に価値を正確に予測させる。(3)多様な基本的好みは、選択のプロセスをくじかせる。」「これら3つの主張を裏付ける大量の証拠がある。」[p.36

第12章:認識的な多様性の原因

何が認識的な多様性をもたらすか。「多様な訓練、経験、アイデンティティーによって、我々は違う風に考えるようになる。そして異なる認識的ツールを持つようになる。[p.383]」

第13章:経験的証拠

「多様性の正味の恩恵=多様なツールの恩恵の合計-多様性のコスト」[p.401]。

「アイデンティティーの多様なグループやチームは、グループのダイナミクスに伴う問題を起こして出来を損なうことも多い。・・・コミュニケーションの問題や基本的好みの多様性の持つ負の面が現れ、それが操作や偽りをもたらしうる場合、グループは生産的でなくなる[p.401]。」「多様なグループの方が出来のばらつきが大きい[p.401」]、「アイデンティティーの多様性が恩恵を生むのは、それが認識的な多様性と相関しているか、認識的な多様性を引き起こす場合だけ[p.403]」「多様なグループが良い出来を示すには、自分のアイデンティティーが認められていて、自分の寄与も受け入れられていると人々が感じなければならない[p.404]」、「人類の歴史を通じた経済成長、現在の国家や都市の生産性、小さなグループの出来、いずれを見ても認識的多様性が集団の出来を向上させるという結論に達せざるを得ない[p.412]」、「多様性の恩恵は確かに存在する。それは大きくはない。大きいと期待すべきではない。しかしそれは現実のもので、時とともに高めていけば、我々ははるかに幸せになれるだろう。」[p.413

パート5:積極的になる

第14章:実り多いロジック

「多様な観点と多様なヒューリスティックは、一つ一つ連続的に組み合わされて適用される。・・・1+1が2より大きくなることも多い。・・・多様性は超加算的[p.418]」。「(基本的好みの多様性が)問題を引き起こすのは選択においてだけである。グループが問題解決や予測をおこなっているときは、それが実際に恩恵をもたらすかもしれない[p.430]」。「多様性を追求する際には、多様性と能力のバランスを取ることを忘れてはいけない。・・・能力は多様性と同じく重要だ[p.444]」。

---

このように見てくると、どんな多様性が、どんな状況で、どのように重要なのかはがわかってくるように思います。例えば、研究開発については、問題が難しく、微積分条件が満足されている場合が多いでしょうから、問題解決のメカニズムから考えて、単独で解決に至るよりも多様なソルバーがいる方が好ましいと言えるでしょう。ただし、多様なグループでは出来のばらつきが大きいということは、マネジメントのやり方が重要、ということになるのではないかと思います。例えば、本書の指摘に基づけば、ツールの多様さを重視すること、独自性とメンバーの寄与を尊重し、コミュニケーションを大切にすることが必要と言えるのではないでしょうか。また、選択と集中については、目標を絞ることで本質的な好みは均一にし、手段的な多様性(ツールの多様性)を維持すべきなのだろうと思います。さらに、オープンイノベーションの進め方についても(本書でもイノセンティブ社の例が挙げられていますが)、どのようなパートナーとどのように協力するかについての示唆が得られるように思います。単なる下請けではなく、多様性をもたらすパートナーとしての関係をつくるべき、と言えるのではないでしょうか。

今後、研究開発が取り組むべき課題はますます複雑化し、一人の天才によって成し遂げられるような課題ではなくなるでしょう。好むと好まざるとにかかわらず、多様な環境が求められるようになっていくのではないでしょうか。多様性が効果を発揮するメカニズムをよく理解することで、複雑な課題に対する効果的なマネジメントが可能になるのではないかと思います。

 


文献1:Scott E. Page, 2007、スコット・ペイジ著、水谷淳訳、「『多様な意見』はなぜ正しいのか 衆愚が集合知に変わるとき」、日経BP社、2009

原著表題:”The Difference, How the Power of Diversity Creates Better Groups, Firms, Schools, and Societies

参考リンク

 


複雑系経営(?)の効果

「複雑系」という概念自体はそれほど目新しいものではありませんが、マネジメントの分野でも時々「複雑系」の考え方が議論されることがあるようです。残念ながら「複雑系経営(マネジメント)」といえるほどの確立された分野が構築されるまでには至っていないようですが、「複雑系」は、科学分野だけでなく社会問題を扱う上でも重要な考え方だといえるのではないでしょうか。今回は、複雑系経営を取り上げたサルガト、マグレイスによる記事[文献1]の内容をまとめておきたいと思います。

「複雑系」とは、ウィキペディアによれば、「相互に関連する複数の要因が合わさって全体としてなんらかの性質(あるいはそういった性質から導かれる振る舞い)を見せる系であって、しかしその全体としての挙動は個々の要因や部分からは明らかでないようなものをいう」とのことで、「これらは狭い範囲かつ短期の予測は経験的要素から不可能ではないが、その予測の裏付けをより基本的な法則に還元して理解する(還元主義)のは困難である。系の持つ複雑性には非組織的複雑性と組織的複雑性の二つの種類がある。これらの区別は本質的に、要因の多さに起因するものを「組織化されていない」(disorganized) といい、対象とする系が(場合によってはきわめて限定的な要因しか持たないかもしれないが)創発性を示すことを「組織化された」(organized) と言っているものである。」とのことです[文献2]。ちなみに、「創発」とは、「部分の性質の単純な総和にとどまらない性質が、全体として現れることである。」[文献3]とされています。

マネジメントが上記のような「複雑系」の性格を持つものであることは、言われてみれば当たり前のような気もするのですが、実際にはそうした認識を忘れやすいことも事実ではないでしょうか。文献1では、「複雑系」の観点から見たマネジメント上の注意点として以下のような内容が述べられています(原著題名は「Learning To Live with Complexity」なので実践的な面がより強調されているように思います)。

著者は、「現在の企業経営は、30年前のそれとは根本的に異なっている。その最大の違いは、対応すべき複雑性のレベルにある。」としており、IT革命に起因し「かつては個々に独立していたシステムがいまや相互に関連・依存して」いると述べています。そして、まずは「複雑(Complex)であること」と「入り組んで(Complicated)いること」の違いを認識すべきであると指摘しています。すなわち、入り組んだシステムでは動いている部分が多くてもシステムの振る舞いは正確に予測できるのに対し、複雑系は、1)多元性(相互作用を起こす可能性がある要素の数)、2)相互依存性(要素がどれくらい関連しているか)、3)多様性(要素の種類がどれくらい幅があるか)が高いため、最初の状態が同じでも、システム内の各要素の相互作用に応じて結果が異なる可能性があるため、両者は同じようには理解できないといいます。

こうした複雑系のシステムにおいてよく直面する問題として、著者らは、次の点を挙げています。

1、予期せぬ結果を生む。そうなりそうな状況は以下のとおり。

・だれにもそのような意図がないにもかかわらず、事象間で相互作用が起こる。

・単一の事象ではなく、個々の要素が結びついたことで予期せぬ出来事が招かれる。(要素の一部に気付くことができても組み合わせや全体に及ぼす影響が予測できない)

・なぜそうしたかの理由が時代遅れになっているにもかかわらず、当時の方針や手順がそのまま存続している。

2、状況把握の難しさ

・一人の意思決定者が複雑系全体を把握するのは、不可能ではないにしても、大変難しい。

・他人の行動や自分自身の行動の影響を理解するにも、我々には認知限界というものがある。(大半のビジネスリーダーが、研究が示す以上の情報を入手して理解できると考えている。また、何か一つに集中すると、それ以外が見えなくなることもわかっている。)

・めったに起こらない珍事は、繰り返し起こる頻度が少ないため、システムにどのような影響が及ぶのかを学習できない。

そして、複雑性に対応する方法として次の点を指摘しています。

1、予測手法の改善

・特定の予測ツールを捨てる:現象の観察結果は他の現象の影響を被ることはないという考え方は問題。また、多くの分析ツールで用いられている、平均値や中央値から全体を推定できるという仮説も問題。

・システムの振る舞いをシミュレーションする:その複雑系に関する知見や各構成要素の相互作用について教えてくれるモデルを探す。

・データを過去、現在、将来に分けて、過去の知識に頼り過ぎた予測をしないようにする。

2、リスク・マネジメントを改善する

・正確な予測の必要性を制限あるいは排除する。ユーザーに決定権を与えて推測の必要性を少なくする方法もある。

・分離と冗長性を用いる。システムのどこかに不具合が生じた場合に、その構成要素を切り離す(分離)、他の要素が代替し合うように設計する(冗長性)。

・物語やホワット・イフ分析を利用する。あまりなさそうだが無視できない可能性や予期せぬ因果関係をデータの制約を受けない物語で考え、ホワット・イフ分析で反事実的な条件を問う。

・多面的検討を試みる。さまざまな方法を使い、さまざまな前提条件を設定し、さまざまなデータを集め、あるいは一つのデータをさまざまな角度から眺めて、問題に取り組む。

3、賢いトレードオフをつくる

・リアルオプションの手法を用いる。後に追加投資する権利を与えたうえで、比較的小規模な投資を行う。

・思考の多様性を確保する。変化や偏りに対応できる多種多様な人材を社内に確保しておく。

以上が概要です。はっきり申し上げて、簡単に使えて効果を挙げるような手法が提示されているわけではなく、複雑性への対応の困難さがより明らかになってしまうような内容かもしれません。しかし、現代の経営課題そのものの複雑性が高まっているとするならば、まずは複雑性のもたらす影響を認識した上で、それへの対応を試みることが必要だと考えます。少なくとも、複雑性の影響を軽視した従来の方法に固執することによる失敗は避けなければならないのではないでしょうか。とするなら、結局は、複雑系の現象は基本的に予測できないものであると認識し、その前提で行動し、結果にもとづいて行動を修正していくアプローチが好ましいことになるのでしょう。その中で、少しでも確度の高い予測モデルを作るために、また、問題点を早期に発見して対応するために、上記の対応方法が生きてくるように思われます。未来を見通す計画を立てて実行することよりも、仮説に基づいて実行し、俊敏に行動を変えていくやり方が研究マネジメントの多くの場面で有効なのではないかということは、今までもたびたび述べてきましたが、「複雑系」の観点からも同じ対応が求められている、ということになるのだと思います。

ただ、上記のような複雑系への対応そのものは研究開発を行なっている人にとってはそれほど違和感がないようにも思います。研究開発が本来的に持っている「不確実性」の原因が複雑系であることはよくあることですので、上記の注意点、手法は、研究の実務やマネジメントにそのまま適用可能であると言ってもよいでしょう。注意すべきなのは、複雑系に属する課題を、安易な還元主義で処理しようとしないこと、還元主義の立場で効果があるマネジメント手法を複雑系に安易に適用しようとしないことだと思われます。ひょっとすると、研究活動が経営層に理解してもらえない原因にも、こうした「複雑性」に関する認識の違いがあるのかもしれません。

さらに研究開発活動に対する重要な示唆として、「複雑系」の概念により、研究開発が抱える「不確実性」についての理解が深まる点が挙げられるのではないでしょうか。研究開発は本質的に不確実なもの、として理解されることが多いですが、その「不確実性」の原因のひとつが「複雑系」であると認識することによって、不確実性のコントロールがしやすくなる可能性があると思います。さらに、環境変化を単に「世の中の流れ、変化」による所与のものと考えるのではなく、「世の中の複雑性の高まりによる変化」ととらえることによって、時代の変化の本質をよりよく捉えることができるようになるのではないでしょうか。「複雑系」については、その知見から直ちに実践に結び付く手法を導くことは現状では難しそうですが、研究開発マネジメントにおける一つの重要な要因として認識し、その発展に注目しておく価値は高いのではないかと思います。


文献1:Gökçe Sargut, Rita Gunther McGrath、ギョクセ・サルガト、リタ・ギュンター・マグレイス著、編集部訳、「ビジネスリーダーの新しい経営学 [入門]複雑系のマネジメント」、Diamond Harvard Business Review, 2012, 1月号、p.118.

原著:Harvard Business Review, Sep., 2011.

文献2:ウィキペディア「複雑系」(2012.5.6確認)

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A4%87%E9%9B%91%E7%B3%BB

文献3:ウィキペディア「創発」(2012.5.6確認)

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%89%B5%E7%99%BA



 


参考リンク<2012.7.8追加> 

 

正しい現場主義と研究開発

「現場主義」は、マネジメントにおいて重要なこととしてよく語られます。具体的には、三現主義すなわち、「現場で現物を手にとって現実を知ること」(ホンダの定義[文献1、p.33])あるいはもっと簡単に現場、現物、現実(現認、現状を知るとも言われます)、また、マネジャーや経営幹部が現場に出向いて現場の問題点を解決したり課題やニーズを把握したりすることを指しているようです。こうした現場主義の効果を指摘する人は多いですし、私もそれに疑問を持っているわけではないのですが、単にマネジャーが現場に行くだけで効果が現れるわけではないはずですし、「悪しき現場主義」というものがある、と指摘する人もいるようです。

そこで、なぜ「現場主義」が有効なのか、望ましい「現場主義」とはどのようなものなのかを考えてみたいと思います。まず、「現場主義」には次の2つの側面があることを確認しておきましょう。

1)現場にいる人たちに対して現実を知るよう促す側面

2)マネジャー、経営層が現場に行くことで、現実を知ろうとする側面

どちらの場合も、現場で現実の現象、市場、顧客に触れることで、事態の本質を掴み、問題解決や課題の発見がしやすくなることが「現場主義」の効果と言えるでしょう。上記1)の場合は、この効果が明白だと思いますが、2)のマネジャーにとっての「現場主義」が有効に作用する理由は、もう少し複雑で、以下のような効果も加わってくると思われます。

・マネジャーが与えた方針、目標、戦略がうまく機能しているかをマネジャー自身が検証し、それらの見直しを行うきっかけになる。(報告されるデータではうまくいっているように見えても、何か問題が発生している場合には、現場の人の様子に何らかの異変が感じられたりするものです。)

・マネジャーが、現場の人々とは違った新しい視点、俯瞰的な視点を提供できる。

・マネジャー自身の持つノウハウや、その分野、異分野で培った経験を生かすことができる。

・現場の権限を超える解決策を提示することができる。

・現場とのコミュニケーション促進、一体感醸成、現場のモチベーション向上に寄与する。

このようなメカニズムを考えてみると、現場主義を実践する場合の注意点も浮かびあがってくるように思います。上記1)の現場に対する働きかけにおいては、以下の点が挙げられるでしょう。

・経験主義に陥り、理論やデータの軽視、育成指導における実践偏重に陥っていないか。

また、2)のマネジャーが現場に行くことに関しては次の点に注意が必要と思われます。

・現場に行くだけで安心、自己満足していないか。現場から得た情報を自身の反省に役立てたり、現場の問題解決に寄与できているか。

・特に経営幹部が現場を訪問する場合、受け入れ側のお膳立てによって、受け入れ側が見せたいもの、見せてもよいと思っているもの(真実とは限らない)しか見られない場合がある。

・幹部を受け入れるお膳立てに必要以上に労力を使っていないか。

・マネジャーの視点や指示が、自らの経験や古い知識にとらわれたものになっていないか。

・マネジャーが助言、指示することで、現場の考える意欲、観察する意欲、自律性を阻害していないか。

・マネジャーがあまり細かな指示を与えると、現場の人が自分たちは信頼されていない(任されていない)と感じることがある。

・マネジャーの助言や指示が、現場の人でもできるレベルなのではないか。もし現場がそれをできていないのなら、できていない理由を見つける必要がある。

・現場で接したことは、たまたまその時だけのことである可能性がある。その時だけの経験にとらわれていないか。

・現場で接したことが、なぜそのようなことになっているか、本質を探る努力をしているか。

・現場で接した物理的現象、モノ、データだけにとらわれていないか。現場の「人」や「人の行動」もきちんと見ているか。

・マネジャーが見ているのに何の指摘もしない場合、その状態を承認したと受け取られることがある。

もちろん、マネジャーが現場に行くことの効果と注意点は、業種や現場の形態、規模などによって異なるでしょう。しかし、上述の点を考えると、マネジャーが現場に行ってただ現状を見るだけの現場主義では効果が上がらないだろうことは容易に想像できるのではないでしょうか。マネジャーが現場に行けるチャンスは限られているわけですから、そこで効果を挙げるためには上記の期待効果と注意点をよく認識する必要があると思います。

さて、研究開発における「現場主義」を考えてみましょう。現場で、現物にあたり、現実を知り本質を理解することの重要性は研究現場でもそれ以外の現場でも変わらないでしょう。ただ、研究現場の場合、マネジャーが注意しなければならないこととして、次の点が挙げられるように思います。

・研究開発における現実の対象は、多様性が高く、非定常的で繰り返して行なわれることが少ないため、たまたまマネジャーが現場を訪問した際に得た情報が本質なのかどうかわからない。

・課題の専門性が高く、その進歩も早い場合には、現場に対するマネジャーの指示が適切でない(素人判断、時代遅れ)である場合がある。

・マネジャーが現場に立ち会うチャンスが限られるため、現場での観察による「発見」のチャンスは多くない(現場での観察が重要な場合、第一線研究者の意識向上の方が効果的)。

・マネジャーが「発見」において能力を発揮しやすい場面は、課題を絞った問題解決や、報告されるデータとマネジャーの持つ知識や経験との融合、新たな視点に基づくデータの解釈によるような場合となる。

・報告される情報が直接観察できるものではなく「データ」の形で示されることが多い点にも注意が必要。データというのは多くの場合、調べる対象の現象の一面を観測し、何らかの加工を経て得られるので、報告されたデータには、生の情報以外に、データ加工に用いられる「思想」が含まれる。さらにデータをとるための実験計画、条件の選び方、用いる手法にも担当者の「思想」が入るので、現実を観察しているとはいっても、その結果は、担当者のフィルターを通して見た結果である可能性を認識しておく必要がある。(ちなみに、このようなデータの解釈にあたっては、極力「生」のデータを大切にし、そこから示唆される推論について、他のデータや理論に照らして妥当性を判断することで、研究者の思いこみや見落としを排し、より本質に迫りやすくなると考えます。)

もちろん課題や状況にもよりますが、このような状況を考えると、研究における現場主義の場合、他の分野に比べてさらに注意が必要なのではないかと思います。思うに、第一線の研究者に現場主義の大切さを認識させること(そうすればマネジャーが口出ししなくともよくなるかもしれません)、そして、研究者のモチベーションを高めること、マネジャーとして自らの方針、目標、戦略がうまく機能しているかどうかの「感覚」を掴むことなどが、まずは重要でしょう。研究の内容に部外者や上司の立場から関与するとすれば、現場から得られる知見や情報にマネジャーが何を付加できるか、違った視点、違ったノウハウ、他部署との連携も含めて、個々の研究者の能力を補完するような役割として何ができるかをよく考える必要があるでしょう。Collinsはその著書「ビジョナリーカンパニー」で、「時を告げるのではなく、時計をつくる」[文献2、p.35] べきであると指摘しています。現場主義はアイデアの源泉であり、本質を知る近道であることは間違いないように思いますが、マネジャーとして時を告げようとする(解決策を提示しようとする)ことがよいことなのか、ひょっとしたら「現場主義」という言葉が創造性のないマネジメントの隠れ蓑になっているのではないか、などとも思います。自戒も込めて注意したいところです。

 

文献1:野中郁次郎、遠山亮子、平田透、「流れを経営する――持続的イノベーション企業の動態理論」、東洋経済新報社、2010.

文献2:Collins, J.C., Porras, J.I., 1994、ジェームズ・C・コリンズ、ジェリー・I・ポラス著、山岡洋一訳、「ビジョナリーカンパニー」、日経BP出版センター、1995.

記事検索
最新記事
プロフィール

元研究者

QRコード
QRコード
  • ライブドアブログ