研究開発マネジメントノート

研究開発とそのマネジメントについてのいろいろ

失敗

「偉大なる失敗」(リヴィオ著)より

研究開発というものは、思い通りにならないことが多いものです。思い通りにならないことを失敗というなら、失敗の山を築いているといってもよいかもしれません。一方、優れたリーダーやマネジャーには将来を見通す能力が必要、という意見もあります。将来起こることが予測できるなら失敗もしないのでしょうが、はたしてそのような能力を持つことは可能なのでしょうか?。

リヴィオ著、「偉大なる失敗」[文献1]では、5名の著名な科学者たち、チャールズ・ダーウィン、ウィリアム・トムソン(ケルヴィン卿)、ライナス・ポーリング、フレッド・ホイル、アルベルト・アインシュタインが犯してしまった失敗がとりあげられています。ただし、失敗とは言っても日常生活での失敗や、単純ミスの話ではなく(例えば、「アインシュタインのオリジナル論文の20パーセント以上には、何らかの間違いが含まれている[p.346]」とのことですがそうした間違いを議論しているわけではありません)、科学の発展に大きな影響を及ぼした失敗をとりあげて、その原因や科学の発展への影響が考察されています。失敗の意味、教訓を考える上で非常に示唆に富んだ内容だと思いますので、以下に本書の中から興味深く感じた点をまとめておきたいと思います。なお、科学的な解説の部分は大幅に省略させていただいていますので、ご興味のある方はぜひ本書をご参照ください。

ダーウィンの失敗(第2、3章)
業績:「ダーウィンの著書『種の起源』の初版は、1859年11月24日、ロンドンで出版された。その日を境に、生物学は永久にその姿を変えてしまった[p.29]」。「単純にいえば、ダーウィンの理論は、ひとつの驚異的なメカニズムによって支えられる4本の主な柱で成り立っている。その4本の柱とは、『進化』『漸進説』『共通祖先』『種分化』だ。そのすべての原動力であり、それぞれの要素を結びつけて連携させている重要なメカニズムというのが、『自然選択』である。[p.31]」
失敗:「ダーウィンの過ちの根源には、19世紀に流布していた遺伝理論に根本的な欠陥があるという事実があった。ダーウィン自身も既存の理論の欠点に気づいていたらしく、『種の起源』で素直にこう打ち明けている。遺伝を司る法則についてはまったくわかっていない。同種の別個体、あるいは別種の個体間に見られるまったく同じ特徴が遺伝したりしなかったりする理由は誰にもわかっていないのだ。・・・ダーウィンは、両親の特徴がペンキをまぜ合わせるように融合して子に伝えられるという、当時の一般的な考え方のもので教育を受けていた・・・。ダーウィンは当時の科学界で受け入れられていた遺伝理論以上のことを知らなかったわけだが、そのことで彼を責めることはできない。したがって、私は融合遺伝の考え方を採用したことがダーウィンの過ちだとは考えていない。ダーウィンの過ちとは、融合遺伝の仮定のもとでは、彼の自然選択のメカニズムは期待どおりに作用しえないという点を(少なくとも当初は)完全に見落としてしまったことにあるのだ。[p.53-55]」
・「ダーウィンの自然選択による進化論がうまく機能するためには、メンデル遺伝が必要だったのだ。[p.62]」「最終的に、彼は融合遺伝に業を煮やして、『パンゲン説』というまったく的外れな理論を提唱してしまった。ダーウィンのパンゲン説では、全身が生殖細胞に指令を出すとされた[p.69]」「ダーウィンはもどかしいくらいメンデルと同じ発見に迫っていたにもかかわらず、その発見があらゆるものを包括するほど一般的であり、自然選択にとってきわめて重要であることに気づかなかったのである。[p.72]」
・「ダーウィンは変異が生物の一部だけに影響を及ぼすという観点で考えたことがなかったし、メンデルの確率論的なアプローチを理解し、その価値を十分に認めるだけの数学力も持っていなかった。・・・ダーウィンが自身のパンゲン説を頑なに弁護したことからすると、彼は人生のある時点から、現代の心理学者のいう『自信の幻想(illusion of confidence)』、つまり自分の能力を過大評価している状態に陥っていたのかもしれない。[p.79]」

ケルヴィン卿の失敗(第4章、第5章)
失敗:「地球は冷却しているため、熱力学の法則を使えば、地球の有限の地質学的年齢、つまり固体の地殻が形成されてから現在の状態に至るまでの時間を計算できる[p.97]」というモデルにもとづき、地球の年齢を約1億年と推定[p.100]。
・「地球の年齢をめぐる論争について記したものを見てみると、すべてではないにしてもその大半が、ケルヴィンが年齢の推定を大きく誤った直接の原因は、あたかも放射性崩壊を無視した事実にあると思い込ませている。もしそれが事の全容だとすれば、ケルヴィンの犯した間違いは本書で紹介する『過ち(ブランダー)』には当てはまらなかっただろう。ケルヴィンには当時未発見のエネルギー源について考える余地はなかったからだ。しかし、年齢の算出ミスをすべて放射性崩壊のせいにするのは、実際問題として間違っている。・・・ケルヴィンの最大の過ちは、放射性崩壊に気づかなかったことではなく・・・、ペリーが提唱した地球のマントル内部の対流の可能性を始めのころ無視し、その後も否定しつづけたことなのだ。これこそ、地球の推定年齢が許容できないくらい低くなってしまった真の原因なのである。[p.128]」
・「人間はある意見に傾倒すればするほど、たとえその意見とは食い違う強力な証拠を突きつけられたとしても、意見を手放すのは難しくなる・・・。心理学者のレオン・フェスティンガーが最初に提唱した『認知的不協和』理論は、まさに人々が自分の信念と食い違う情報を突きつけられたときに体験する不快感を扱ったものだ。数々の研究結果によると、多くの場合、人々は認知的不協和を和らげるため、判断の誤りを認める代わりに、従来の意見を正当化するような新しい方法で、自身の見解を作り替えることがわかっている。[p.130]」
・「動機づけられた推論は、冷静な分析ではなく、感情によって制御されており、その目的は自我に対する脅威を最小限に抑えることなのである。[p.133]」
・「ケルヴィンの地球の年齢の計算が過ちだったのは事実だが、私はそれでも、彼の計算は実に見事だと思っている。ケルヴィンは、地質年代学をあいまいな憶測から、物理法則に基づくれっきとした科学への変えたのだ。[p.135-136]」

ポーリングの失敗(第6章、第7章)
業績:タンパク質構造のαヘリックスモデル

失敗:誤ったDNAの3重らせん構造モデルを提案。「ポーリングの核酸分子は、そもそもまったく酸とはいえない代物だったのだ。[p.182]」世界最高の化学者が、「化学のもっとも基本的な性質について、ありえないようなドジを踏んだ[p.183]」。
・「皮肉な話だが、αヘリックスでの大勝利が3重らせんでの大敗北に寄与したことは間違いない。ポーリングはαヘリックスの成功をもとに、3重らせんでも同じ成功を再現できると思い込んだのだ。そういう意味では、これは『帰納的推論』の典型例だった。・・・帰納的推論は確率論的な推測を含むので、間違ってしまうこともある。・・・ポーリングの構造に対する直感は、常に正しかった。彼はこの過去の経験に基づいて、近道ができると思い込んだ。DNAの場合、彼は自分自身の過去の輝きの犠牲になったわけだ。[p.187-188]」
・「ポーリングはなぜシャルガフの法則を忘れてしまったのか?」(シャルガフの法則:アデニンとチミン、グアニンとシトシンの量が等しい)。「なぜ自分がひらめいた遺伝システムの自己相補性を忘れてしまったのか?」「ポーリングは、ようやくDNA研究に本腰を入れると決めた時点でも、DNA分子が生命の神秘、つまり細胞分裂と遺伝のメカニズムを解明する鍵であると、完全に確信していなかった。[p.189]」「ポーリングはDNAの研究中、絶えず邪魔を入れられていたことを思い出してほしい。・・・そのため集中できる時間がほとんどなかったのである。[p.191]」
・ポーリングは次のような言葉を言ったそうです。「名案を思いついたと思ったら、とにかく発表しなさい! 間違いを恐れちゃいかん。科学では、間違いは何の害も及ぼさない。科学界には、すぐに間違いを見つけて訂正してくれるような優秀な人間がたくさんいるのだ。恥をかくかもしれんというだけで、害は何もない。プライドは傷つくがね。しかし、もし名案なのに発表しなければ、科学が損失をこうむるかもしれんのだ。[p.192]」

ホイルの失敗(第8章、第9章)
業績:恒星内元素合成理論(「大半の化学元素とその同位体が、巨大な恒星内部の原子核反応によって、水素とヘリウムから合成されたとする考え方[p.234]」)
失敗:定常宇宙論(「ホイルの説明によれば、・・・ビッグバン・シナリオでは、全物質が1回の爆発的な始まりによっていっせいに作られたと考えるのに対し、定常状態モデルでは、物質が無限の時間にわたって一定の速度で作られてきた(そして今も同じ速度で作られている)と考える[p.264]」。
・「ホイルの理論そのものは大胆で、きわめて巧妙であり、当時存在していたあらゆる観測的事実とも一致していた。ホイルの過ちとは、どれだけ自説と対立する証拠を積み上げられても、自分の理論の破綻を認めようとしない、腹立たしいくらいの頑固さと、ビッグバン理論に対しては厳しく定常理論に対しては甘い判断基準にあったといえよう。[p.280]」
・「イギリスの王室天文官のマーティン・リースは、ホイルがビッグバン理論に反抗した理由について、ふたつの興味深い仮説を立ててくれた。ひとつめに、彼は科学的な孤立がもたらした悪影響を強調した。彼の説明によると、1960年代半ばごろから、ホイルはほとんど親しい共同研究者としか科学の話をしなくなったという。・・・リースはもうひとつ、・・・面白い意見を述べている。彼の指摘によれば、科学者は、キャリアの終盤になると、長い科学研究に付きものの淡々とした一歩ずつの前進に興味を失い、まったく新しい科学分野、時には自分の専門分野からかけ離れた分野に目を向けることがあるのだという。ライナス・ポーリングが晩年、ビタミンCに異様なまでにこだわったのも、この現象の一例だというのだ。[p.282-283]」
・「リースの指摘したように、孤立はそれなりの代償を伴う。科学はAからBへの一直線に進歩していくわけではなく、批評的な再評価や誤りをみつける相互的な交流を通じて、ジグザグの道をたどりながら進歩していく。ホイルがあれほど忌み嫌った科学界による継続的な評価こそ、科学者が誤った方向に深く迷い込むのを防ぐ歯止めを生み出しているのだ。ホイルは学会内であえて孤立したことにより、こうした修正力を自ら否定してしまったのである。[p.284]」
・「ホイル自身は自分の間違いを否認しつづけたようだ。・・・当然ながら、科学者たちは否認を研究精神に反するものだととらえている。実験結果がそう求めるときには、古い理論は新しい理論に道を譲らなければならないものなのだ。・・・ジークムント・フロイトは、人間が自我を脅かすトラウマや外的現実に対する防衛機制のひとつとして、否認という行為を築き上げたのだと仮定した。・・・否認がホイルの過ちの一因になったと考えることもできるだろう。[p.286-287]」

アインシュタインの過ち(第10章、第11章)
失敗:一般相対性理論への宇宙定数(宇宙項、Λ)の導入と削除。
・「宇宙定数に関するアインシュタインの全記録を分析した結果、彼が宇宙定数を破棄した理由は次のふたつのみであることはどう見ても明らかだ。ひとつは美的観点からの簡潔さ。もうひとつは間違った動機で宇宙定数を導入したことへの後悔だ。[p.314]
・「宇宙定数によって静的宇宙が実現すると考えたのは悔やまれるミスに違いないが、本書で紹介するほど大きな“過ち”には当てはまらないだろう。アインシュタインの本当の過ちとは、宇宙定数を取り去ったことだったのである!・・・方程式から宇宙項を取り去るのは、Λにゼロという値を恣意的に代入するのと同じことだ。・・・これは最近になって宇宙の加速が発見される前でさえ、方程式の簡素化のために払った高い代償だったといえよう。簡潔さが美徳といえるのは、方程式の形式ではなく基本原理に当てはまる場合である。宇宙定数の場合、アインシュタインは表面的な美のために、誤って一般性を犠牲にしてしまった。[p.345
・「宇宙定数の歴史についての記述を読むと、必ずといっていいほど、アインシュタインが方程式に宇宙定数を導入したことを『最大の過ち』と悔やんだという話が出てくる。[p.303]」「結論を言えば、誰かが何かを言わなかったということを確実に証明するのは、まず不可能である。それでも、あらゆる証拠に基づく私の最善の推測からすると、アインシュタインは宇宙定数を導入したことに『良心の呵責』くらいは抱いていたかもしれない。特に、彼は宇宙の膨張を予言するチャンスを逃したからだ。しかし、彼はそれを『自身の犯した最大の過ち』とは呼んでいないと思う。この表現は、私のささやかな意見を言わせてもらえば、まず間違いなくガモフ自身の誇張だろう。・・・ガモフが実際に創作しただろう、というのが私の結論だ![p.317]

失敗の影響と評価
・「ダーウィンの過ちとジェンキンの批判は、もうひとつの予期せぬ結果をもたらした。言ってみれば、ロナルド・フィッシャー、JBS・ホールデン、シューアル・ライトが集団遺伝学の数学的理論を確立する道を切り開いたのだ。彼らの研究は、メンデルの遺伝学とダーウィンの自然選択が互いに補いあう、切っても切り離せないものであるという究極の証拠をもたらした。ダーウィンが遺伝学の初歩的な事実を誤解していたことを考えれば、彼の理論の大部分が正しかったことは、まさに驚きとしか言いようがない。[p.81]」
・「たとえ間違っていたにせよ、解決の必要な問題を浮き彫りにしたのがケルヴィンの計算だったというのは、紛れもない事実なのだ。[p.136
・「ポーリングの過ちに特に“輝かしい”面はないと主張することもできる。なんといっても、彼のモデルは内側と外側があべこべだったし、鎖の本数も間違っていたのだ。それでも、ポーリングの手法、考え方、そして複雑なタンパク質分子の研究で見せた過去の驚くべき成功が、ワトソンとクリックの刺激や知力の源になったことは確かである。[p.205]」
・「ホイルの理論は、たとえ結局は間違いだとわかったものであっても、常に刺激的であり、間違いなく分野全体を盛り上げ、新しい説の生まれる引き金になった。[p.287]」
・アインシュタイン「のような一流の科学者でも間違いを犯すという事実は、興味をそそると同時に、謙遜や科学の真の進歩の仕方に関して、貴重な教訓を教えてくれる。どんなにすばらしい頭脳の持ち主でも、完璧ではない。理解の次なる段階への道を切り開くことしかできないのである。[p.317-318]」
・「どんな科学理論にも、絶対的で永久不滅な価値などない。実験や観測の手法や道具が向上するにつれ、理論は論駁されることもあれば、従来の考えの一部を包含するような新しい形へと変身することもある。・・・『改良された新しい』理論への道のりは、決して平たんではないし、真実へと一直線に進んでいくようなものでもない。・・・しかし、本書で見てきたように、天才たちの犯す過ちは、事実、発見に通じる入口であることが多いのだ。[p.351]」
・「バートランド・ラッセルは、狂信を確実に避けたいと思っている人々に向けて、・・・コツを提案している。『何事にも絶対の確信を抱くなかれ』。・・・疑念は弱さの表われと見なされることも多いが、効果的な防御機構でもある。そして、科学にとっては欠かせない活動原理なのだ。[p.351]」
―――

本書に述べられた過ちの分析には、多分に人間的な要因が含まれていると言ってよいでしょう。であれば、その教訓は科学以外の分野にも役立つはずです。以下に私が興味深く感じたポイントをまとめておきたいと思います。
・本書に取り上げられた天才たちでも過ちを犯すことを考えると、すべての人は確実に過ちを犯すと考えておいたほうがよい。すなわち、どんな考え方にも誤りの可能性があることを認識し、過ちのない決断を求めたり、過ちを避けようとしてもそれは不可能であると認めるべき。
・しかし、その過ちは新たな発見、発展を導くきっかけ、刺激になりうる。
・過ちが避け得ないものであり、それに価値があるなら、過ちを恐れて慎重になりすぎることに大きな意味はないのではないか。過ちから正しく学ぶことのほうが重要なのではないか。
・しかし、避け得る過ちもある。本書にも指摘されている、過去の成功にとらわれることによる誤り、孤立による誤りは比較的避けやすいかもしれない。

このうち、過ちから正しく学ぶことについては、まず自らの過ちを謙虚に認めることが重要になってくると思われます。本書の事例では、ポーリングとアインシュタインは自らの過ちを認めていますが、ケルヴィンとホイルは自らの過ちを認めなかったようで、それぞれの後世の評価の違いを考えると興味深いものがあります。過ちは避け得ないものとして、本書で指摘されたような原因で起こる過ちはなるべく少なくし、過ちから正しく学ぶという姿勢は、科学のみならずマネジメントの世界でもきっと役立つのではないでしょうか。


文献1:Mario Livio, 2013、マリオ・リヴィオ著、千葉敏生訳、「偉大なる失敗 天才科学者たちはどう間違えたか」、早川書房、2015.
原著表題:Brilliant Blunders: From Darwin to Einstein – Colossal Mistakes by Great Scientists That Changed Our Understanding of Life and the Universe

参考リンク



「チームが機能するとはどういうことか」(エドモンドソン著)より

近年のイノベーションにおいては、協働(協力)と、試行からの学習が重要であると指摘されることが多いように思います。この背景には、多様なアイデアや専門性の結び付きが求められ、取り組む対象の不確実性も高くなり、時代の変化も激しくなっているという近年の傾向があるように思われますが、では、具体的にどう協力と学習を進めればよいのか、という方法論についてはそれほどはっきりしていないと思います。

今回は、その問題を議論した「チームが機能するとはどういうことか 『学習力』と『実行力』を高める実践アプローチ」(エドモンドソン著)[文献1]をとりあげたいと思います。原著の表題は、TEAMING: How Organization Learn, Innovate, and Compete in the Knowledge Economyで、主題は「チーミング」です。著者は、「チーミングは、協働するという『活動』を表す造語であり、組織が相互に絡み合った仕事を遂行するための、より柔軟な新しい方法を示している[p.12]」と述べており、単なる「チーム運営方法」よりは広く、これからの時代に有用な概念が議論されていると感じました。以下、本書の内容に沿って、重要と思われる指摘をまとめてみたいと思います。

第1部、チーミング
第1章、新しい働き方

・「今日のような複雑で不安定なビジネス環境では、組織や企業も、部分の総和に勝る全体を生み出せるかどうかで勝敗が左右される。激しい競争、予測不可能なことの数々、絶え間ないイノベーションの必要性、それらによって相互依存はいよいよ増え、結果として、かつてないレベルで協働とコミュニケーションが要求されるようになってきている[p.23]」。
・「マネジャーはなぜ、チーミングに心を配るべきなのか。答えは簡単だ。チーミングは組織学習の原動力なのである。組織が学習する必要があることは、今では誰もが知っている。変わり続ける世界の中で成功を収めるためである。[p.26]」
・「『実行するための組織づくり』が進展する可能性を見出したのは、ヘンリー・フォードが考案した組み立てラインだった。・・・フォードの成功は、従業員の業務に対し高いレベルの管理的統制を行うことを条件としていた。今日では指揮統制マネジメント、すなわちトップダウン・マネジメントとして知られるものである。・・・フォードが考案したような大量生産を行う状況においては、労働者が意思決定したり創造性を発揮したりする機会は存在しない。・・・マネジャーは労働者を支配し、怯えさせて、高い生産性を確実に生み出すことができた。・・・この伝説が今日マネジャーにもたらしている根本的な問題は、システムが経営実務において不安に依存しすぎていることだ。・・・社会として私たちは相変わらず不安に基づいた職場環境を当たり前のように受け容れてしまっている。不安によって支配力を増大できると、(多くの場合は誤って)信じてもいる。支配力は確実性や予測精度を高める、とも思っている。・・・組織づくりの伝統的なモデルでは、計画や詳細、役割、予算、スケジュールといった、確実性や予測のためのツールに力点が置かれている。めざす結果の達成に必要なものがよくわかっているときには、そうした伝統的なモデルはたいへん役に立つ。しかし、そういう環境は組み立てラインの労働者や会社人間には効果をもたらせたものの、今日のような知識ベースの経済においてはもはや競争上の強みにはならない。[p.27-32]」
・「成功するためには、実行のための組織づくりから、協働やイノベーションや組織学習を支持する新たな働き方へとシフトすることが不可欠なのである。・・・実行するための組織づくりという古い考え方は、一世紀をかけてつくり上げられた。そのため、習慣と訓練によって多くのリーダーがその考え方を持っていることに何の不思議もない。実行するための組織づくりには、とりわけ規律や効率性を重視する点に、多くの強みがあるのだ。しかしながら、リスクも多い。とくに多いのは、きわめて不確かな、あるいは複雑な状況でその考え方が使われるときである。そうした状況では、学習するための組織づくりこそ成功に不可欠だ。[p.37-42]」
・プロセス知識スペクトル:ルーチンの業務(不確実性が低い、成功とは効率性の改善)→複雑な業務(成熟している知識もあるが、よくわかっていない知識や変化する知識もある)→イノベーションの業務(不確実性が高い、成功は新奇なものの中にある)。「仕事や部署、あるいは組織全体がスペクトルのどこに位置しているかで、その仕事の性質と、それに合う学習の仕方とが決まる。[p.53]」

第2章、学習とイノベーションと競争のためのチーミング
・効果的なチーミングの4つの柱:率直に意見を言う(職場でそうであることは思うより少ない)、協働する、試みる(一度でうまくいくことを期待しない)、省察する(行動の成果を批判的に検討して、結果を評価したり新たなアイデアを見出したりする習慣)[p.70-76
・チーミングに対する社会的、認知的障壁:はっきり意見を言うより黙っているほうが楽である、序列の低い人がはっきり意見を述べることが困難、意見の不一致、素朴実在論(ほかの人たちも当然自分と同じ意見を持っているという誤解)、根本的な帰属の誤り(原因は個人の性質や能力にあるにちがいないと過度に思いすぎる、うまくいかないのは状況ではなく「人(他人)」のせいにする)、緊張と対立。[p.82-90
・熱い認知と冷たい認知:熱いシステム(人間に感情的で急な反応をさせる)、冷たいシステム(慎重で注意深い、効果的にチーミングをおこなうツールになる)。[p.91-92
・対立が激化する条件:複数の解釈ができる異論の多いあるいは限定されたデータ、高い不確実性、うまくいけば得られる素晴らしい結果[p.92]。
・対立を緩和し協調的な取り組みを行う戦略:対立の性質を見極める(人間関係における対立は非生産的)、優れたコミュニケーション(じっくり考えたり見直したりする)、共通の目標、難しい会話から逃げずに取り組む(感情的反応の原因を探る)[p.95-101
・チーミングを促進するリーダーシップ行動:学習するための骨組みをつくる(自然に生まれる自己防衛的なフレーム(ものごとの捉え方)を思慮深い学習志向のフレームへと再構成して変える)、心理的に安全な場をつくる(不安に思うことなく自由に考えや感情を表現できる雰囲気)、失敗から学ぶ、職業的、文化的な境界をつなぐ[p.101-105

第2部、学習するための組織づくり
第3章、フレーミングの力

・「フレームとは、ある状況についての一連の思い込みや信念のこと[p.112]」、「フレームとは解釈であり、これを使って人は環境を感じて理解する。[p.147]」
・「リフレーミングは、自分の行動を変えたり人々に変わってもらったりするための強力なリーダーシップ・ツールである。[p.147]」
・リーダーシップ:「リーダーは自分が相互依存していることをはっきりと述べ、自分も間違う場合があることと協働を必要としていることを伝えなければならない。」「リーダーはメンバーがプロジェクトの成功に不可欠な優れた人物として厳選されていることを強く伝える必要がある。」「リーダーは明確で説得力のある目標をはっきり伝えなければならない。」[p.148
・「学習フレームを強固にするためにすべきこと。まず、言葉と目を使った会話をする。期待される対人行動と協調的行動を、具体的な言葉を使って説明する。新たな手順がうまく進み、自信を高めやすくなるような行動を始める。さまざまな結果を使って、学習フレームの要素を視覚的に強固にする。」[p.148

第4章、心理的に安全な場をつくる
・「『心理的安全』とは、関連のある考えや感情について人々が気兼ねなく発言できる雰囲気をさす。[p.153]」、「心理的安全があれば、厳しいフィードバックを与えたり、真実を避けずに難しい話し合いをしたりできるようになる。心理的に安全な環境では、何かミスをしても、そのためにほかの人から罰せられたり評価を下げられたりすることはないと思える。手助けや情報を求めても、不快に思われたり恥をかかされたりすることはない、とも思える。そうした信念は、人々が互いに信頼し、尊敬し合っているときに生まれ、それによって、このチームでははっきり意見を言ってもばつの悪い思いをさせられたり拒否されたり罰せられたりすることはないという確信が生まれる。[p.154]」、「心理的安全は、メンバーがおのずと仲良くなるような居心地のよい状況を意味するものではない。プレッシャーや問題がないことを示唆するものでもない。・・・チームには結束力がなければならないということでも意見が一致しなければならないということでもないのである。[p.155]」
・「対人不安のせいで頻繁にまずい意思決定がなされたり実行すべきことが実行されなかったりしていることがわかっている。[p.153]」、「職場で直面する明確なイメージリスクとは、無知、無能、ネガティブ、あるいは邪魔をする人だと思われることである。[p.192]」
・「研究によって、心理的安全がイノベーションに不可欠であることもはっきりした。率直に発言する不安が取り除かれると、革新的な製品やサービスの開発に欠かせない、斬新なあるいは型破りなアイデアを提案できるようになるのだ。[p.167]」
・「心理的安全はグループの人間関係上の環境における一つの構成要素であり、責任もまたそうした構成要素の一つである。[p.169]」、心理的安全も責任も低いと無責任になりがち。心理的安全は高いが責任は低い場合は、快適だが、説得力ある理由がないと学習やイノベーションを発展させることは難しい。心理的安全が低く、責任が重いと不安になる。「パフォーマンスについて強いプレッシャーを与えることが優れた結果を確実に生む最良の方法だという誤った、しかし善意から生まれることの多い信念に従うマネジャーは、従業員が不安のあまりアイデアを提案したり、新しいプロセスを試したり、支援を求めたりできない環境を、知らぬ間に生み出してしまっているのだ。仕事が明確でかつ個人プレーであるなら、このやり方でもうまくいく。しかし不確実性や協働する必要性がある場合には、生み出されるものは成功ではなく不安である。[p.170-171]」。「心理的安全と責任のどちらもが高い場合は、人々はたやすく協働し、互いから学び、仕事をやり遂げることができる。[p.171]」
・「グループや部署内での地位が低い人は一般に、高い人に比べてあまり心理的に安全だと思っていないことが、研究によって明らかになっている。[p.171]」
・「心理的に安全な環境をつくるために、リーダーは、直接話のできる親しみやすい人になり、現在持っている知識の限界を認め、自分もよく間違うことを積極的に示し、参加を促し、失敗した人に制裁を科すのをやめ、具体的な言葉を使い、境界を設け、境界を超えたことについてメンバーに責任を負わせる必要がある。[p.193-194]」、境界とは、「どんな行為が非難に値するか[p.188]」ということ。「好ましい行動の境界を当てずっぽうに想像している場合よりも心理的安全を感じることができる。[p.188]」

第5章、上手に失敗して、早く成功する
・「人間というのは、・・・失敗すれば非難を受けるものだとどうしても思ってしまう。これによって処罰に対する反応が起き、多くの失敗が報告されなかったり誤った判断がされたりするようになる。[p.240]」
・「ルーチンの業務で失敗から学ぶカギは、人々がミスに気づき、報告し、修正できるような組織的システムをつくって維持することである。・・・失敗から学ぶことに関して、トヨタ生産方式(TPS)を超えるルーチンプロセス管理システムはない。[p.210]」、「複雑な組織のリーダーは、失敗が避けがたいものであることを認識し、問題を報告して話し合えるよう心理的に安全な環境を整え、日頃から注意力を働かせてすばやくミスに気づき対応できるようにすることによって、回復力を高めなければならない[p.212]」。「イノベーション業務での成功のカギは、大きく考え、冒険をし、試みる一方で、イノベーションへの途上では失敗したり行き詰ったりすることが必ずあることを絶えずよく意識していることだ[p.213]」。知的な失敗とは「意義ある実験の一部として起きるものであり、新しい貴重な情報やデータを提供する。[p.216]」
・「失敗に気づくこと、失敗を分析すること、意図的な試みを行うことは、失敗から学ぶのに不可欠である。失敗に気づくのを促進するためには、リーダーは、問題を報告した人を歓迎すること、データを集め、意見を求めること、失敗に気づいたらインセンティブを与えることが必要である。失敗を分析するのを後押しするためには、リーダーは、さまざまな専門分野から人材を集め、体系的にデータを分析しなければならない。意図的な試みを促進するためには、リーダーは、試みとそれに伴う失敗にインセンティブを与えること、失敗から学ぶことに対する心理的障壁を取り払うような言葉を使うこと、より多くの賢い失敗が生まれる知的な試みをデザインすることが必要である。[p.241]」

第6章、境界を超えたチーミング
・「境界とは、アイデンティティを同じくするグループ同士の間の区切りのことである。[p.252]」
・「多くの人が自分の側にある知識を当たり前のものと思い、境界線の向こうにいる人たちとコミュニケーションを図るのを難しくしてしまっている。[p.253]」
・3つの境界:物理的な距離(分離)、地位(格差)、知識(多様性)[p.258
・境界を超えたコミュニケーションをリードする方法:上位の共通目標を設定する(コミュニケーションの障壁を乗り越えようとする意欲を高める)、関心を持つ(偽りのない関心をみずから示し、同様の関心を持つことをメンバーにも促す)、プロセスの指針を示す(全員が従おうと思うプロセスの指針を確立する)[p.276-280
・「組織の多様性によって生まれた知識の境界を克服するために、グループは専門技術に基づく知識を共有し、集団的アイデンティティを確立し、図面、モデル、試作品のようなバウンダリー・オブジェクトを活用すべきである。[p.283]」

第3部、学習しながら実行する
第7章、チーミングと学習を仕事に生かす

・学習しながら実行する4つの基本的ステップ:診断(状況、チャレンジ、問題、どれくらいのことがわかっているかを診断する)、デザイン(行動計画をデザインする)、アクション(デザインに基づいて行動し、その行動を学習するための試みとして考える)、省察(プロセスと結果について省察する)[p.311-312]。

第8章、成功をもたらすリーダーシップ:3つの事例
―――

これからの時代、個人や組織が協働すること、失敗を含むあらゆることから学ぶことはますます重要になっていくと思います。しかし、「過去の組織の経営陣が効率を追求しながら実行する姿勢を生み出したのと同様、今日の組織がしのぎを削る知識経済は、専門知識のサイロ(貯蔵庫)を生み出し、地球規模の問題を解決するのに必要なチーミングを妨げてしまっている。・・・競争の古いモデルはだんだんそうした目的の役に立たなくなってきている[p.373]」という著者の見解に同意しつつも、協働と学習をうまく行なうことの困難さを感じておられる方も多いのではないでしょうか。では、どうすればよいのか。本書に述べられた方法論は、それに対する一つの提案と言えるでしょう。特に、業務を、プロセス知識スペクトル(すなわち、不確実性の度合いと言ってもよいと思います)で特徴づけて、それぞれの業務に適した方法を提案している点は実践的にも興味深く感じました。

研究開発のミドルマネジャーの立場からすると、本書に述べられた学習する組織をつくり上げていく必要性を痛感させられるとともに、「実行するための組織」の仕事の進め方と折り合いをつけていく難しさ(場合によっては戦わなければならない?)も感じました。本書の方法論や指摘を参考に、研究マネジメントにおいて試行(失敗)から学習していくことが求められているのだろうと思います。


文献1:Amy C. Edmondson, 2012、エイミー・C・エドモンドソン著、野津智子訳、「チームが機能するとはどういうことか」、英治出版、2014.
原著表題:TEAMING: How organization Learn, Innovate, and Compete in the Knowledge Economy

参考リンク




ノート14改訂版:研究成果の転用

1、研究開発テーマ設定とテーマ設定における注意点→ノート1~6
2、研究の進め方についての検討課題→ノート7~12
3、研究成果の活用・発展
3.1
、研究成果の活用
→ノート13

3.2
、研究成果の転用(競争優位の維持と新たな競争優位の獲得)
研究開発の重要な目的のひとつに、競争優位の獲得が挙げられます。これまで本稿では、どのようにすれば、研究開発を成功させ、競争優位を獲得できるかについて様々な側面を考察してきました。今回は、得られた成果の「転用」と題して、成果が得られた後(あるいは失敗した研究から学習した後)その成果をどう使うべきかを考えてみたいと思います。これは言い換えれば、イノベーションから得られた競争優位性を維持するためにはどうすればよいか、得られた知識を新たな競争優位性の獲得につなげるためにはどうすればよいか、ということでもあり、イノベーションを一瞬の成功に終わらせないために、そして成功や失敗から学んだことを将来に活かすために重要なことであると考えます。

競争優位の維持
研究によって得られた競争優位を維持するための重要なポイントとしては、特許の問題と、ノウハウ(知識、ステークホルダーとの関係なども含む)の問題が挙げられると思います。まず、特許の問題について考えます。

・特許
研究によって有用な知識が得られた場合、それを特許化しておくのは、通常は当然のことと考えられます。これは、特許化によりその知識の独占的使用が可能になり、競争相手との技術的差別化につながるためですが、残念ながら特許さえあれば万全というわけではありません。特許に関しては、以下の点に注意が必要でしょう。
・技術を公開しなければならないこと:真似されたり改良されたりする危険性がある
・技術を独占しようとすると技術の普及の障害となること
・有期の権利(出願後20年)であること:権利保護のタイミングと実用化のタイミングが合わないことがある
・それぞれの国ごとに特許を取得する必要があること
・コスト構造の異なる国では、実施者からライセンス料をとっても競争力確保にならない場合があること
・技術のすべてを特許で押さえることは困難な場合が多く、回避技術が開発されたり、改良技術が特許化されてしまう可能性があること
・特許の本来の目的である「発明を奨励し、産業の発達に寄与させる」という趣旨に反し、他社の業務の妨害や、訴訟や回避技術の検討などによる労力の浪費につながる可能性があること
したがって、丹羽は、「結局のところ、技術的なアイデア(発明)が付加価値の源泉であって、特許はそれを保護する1つの方策である」と述べ、「技術的なアイデア(発明)を競争上いかに有利に展開するかには、多くの方策がある」と述べています。具体的には、特許取得による独占、ライセンス収入、クロスライセンス以外に以下のような方策を挙げています[文献1、p.52]
・自社技術の延長上に業界の標準規格を定める
・技術を無償公開しデファクトスタンダードにする
・自社のビジネスモデルが対象としているバリューチェーンの価値を高める
・技術を秘密にしておく

もちろん、特許取得の効果は、業種や業界によって異なりますので画一的な議論はできませんが、特許はイノベーションによって競争優位を維持する上でのひとつの手段と認識しておくべきでしょう。なお、こうした特性を考えると、特許の出願数や権利化数を技術力や研究成果の評価の指標として用いることには議論の余地があると思われます(単に数を指標とすることは、技術の質を考慮していないという問題もありますが)。

・ノウハウ
イノベーションには、特許や論文に書かれた知識だけでなく、いわゆるノウハウも必要とされます。例えば、ビジネスを進める上での知識や経験、様々なステークホルダー(顧客、パートナー、規制当局なども含む)についての情報やそれらとの関係自体(これをエコシステムと呼ぶ人もいます)もノウハウに含めてよいでしょう。こうしたノウハウには他者には容易に模倣できないものがあり、特に、文書化されずに個人の頭の中に存在する暗黙知は他者に伝えることが困難なため、競争優位を維持するためには、こうした知識資産を構築し、模倣されないようにすることも重要となるでしょう。

将来の競争優位の構築
情報技術の進歩、産業構造の変化により、近年では、従来よりも技術やビジネスモデルの模倣が容易になっているという指摘があります。イノベーションを成功させて競争優位を得たとしても、イノベーションの内容をより進歩したものに発展させていかなければ、他者の追随や逆転を許すことになりかねません。保有する知識資産を有効に活用して、新たな競争優位の源泉となるイノベーションを創りつづけていくことが必要と考えられます。もちろん、こうした知識資産の活用は、他者に追随する場合にも重要であることは言うまでもありません。

・知識資産の活用
どのような知識がイノベーションに役立つかについて、野中らは、「組織的知識創造」の概念を提示しています[文献2]。この理論では、個人と組織における暗黙知(言葉や文章で表わすことの難しい主観的、経験的知識)と形式知(言葉や文章で表現できる客観的な知識)の相互作用が重視されており、暗黙知や知識変換、知識移転が重視されているところなど研究者の実感とも無理なく調和がとれていて、イノベーション成功のメカニズムについて重要な示唆を与えてくれます。しかし、この理論に基づいて展開が試みられたナレッジマネジメントは、一時期活発に検討されたものの現在は「行き詰まり」[文献1、p.327]の状況にあるようで、ナレッジマネジメントと言っても実体はIT化による業務効率化の提案にとどまるなど、実用面での有効な方策の提示には至っていない点が課題と言えるようです [文献1、p.317,328]。野中らは、その原因として、「知識を情報と同列視し、ナレッジ・マネジメントとは、単に情報を効率的に蓄積・伝達・使用することであるとの誤解に基づいてIT投資を進めたものの、結局期待した成果をあげることができなかった企業も多かった。知識の本質的な性質を理解しないままでは、その共有や活用を進めても効果をあげることはできない[文献8、p.4]」と指摘しています。

例えば、知識の有効活用を狙って、知識やノウハウをデータベース化することが試みられることがありますが、単に知識を蓄積し検索できるようにすればうまくいくというものではないでしょう。Dixonは、データベースへの知識の蓄積がうまくいかない理由について、「自分と関係なく,連絡することもなさそうな人たちがアクセスするデータベースに入力することで得られる個人的な利益はほとんどない」、「情報を共有するのは、そうすることによって個人的な利益を得るからだ。その個人的な利益とは、他人に自分の専門知を認めてもらうとか'ほほ笑みが返ってくるぐらいだったかもしれないが」と述べています[文献6、p.12]IT技術を使うにしても、なぜ人間は自分の持つ知識を他人に伝えたくなることがあるのかを理解した上での仕組み作りが必要ではないでしょうか。また、知識を組み合わせて新しいアイデアを創造する過程にも工夫が必要でしょう。丹羽は、単なる寄せ集めの状態から総合力を発揮するまでの方法を段階を追って提案しています[文献7p.84]。それに倣って言えば、知識を化合させるための仕組みづくりが重要ということになるのでしょう。もちろん、ビッグデータの活用などのIT技術の進歩が知識創造に貢献する可能性もあり、新たなナレッジマネジメントの方法が提案されるかもしれませんが、知識を扱う人間の思考や行動も含めた知識創造の本質の理解なしには、単なるツールの開発にとどまってしまう可能性もあると思われます。

・知識資産の拡大
上述のような知識資産の活用方法の検討とともに、知識資産自体の拡大も考えるべきことと思われます。例えば、従来、あまり顧みられることのなかった失敗に関する知識[例えば文献1、p.210](これには、「失敗学」という分野も提案されています[文献3])や、すでに却下された古いアイデア[例えば文献4、p.195]、知識のある人との人脈[文献5、p.117]、少数意見や反対意見[文献5p.173]の有効活用の可能性も考えるべきでしょう。知識の組み合わせが知識創造の源泉になりうるという指摘は数多くあります。成功したイノベーションが多くの注目を集めることはしかたがない面もありますが、活用できる知識が多いほど、組み合わせの可能性は増えるはずです。個人の能力の限界を、他者との協力(機械との協力も含めてもいいかもしれません)によって補い、組み合わせの可能性を増やすことは意味のあることと考えられます(おそらく、数多くの組み合わせが提案されると、それらから絞り込んでいく過程のスキルもより重要になってくると考えられます)。

考察:知識マネジメントと研究マネジメント
以上、競争優位の維持、新たな競争優位の獲得という観点から、イノベーション自体やその過程で獲得した知識資産をどう活用、転用すべきかを考えてみました。近年、競争優位の持続については、「本当に持続する優位性を築ける企業は稀である。競合他社や消費者の動向はあまりにも予測が難しく、業界も刻々と変化しているためだ」。「実際には、戦略はいまでも役に立つ。・・・ただし、昔ながらの戦法に固執していてはだめだ。・・・先頭を走り続けるためには、常に新しい戦略的取り組みを打ち出すことで、多くの『一時的な競争優位』を同時並行的に確立し活用していく必要がある」。「現状維持の戦略はもう通用しない」、という考え方が主流になりつつあるようです[文献9]。現在のところ、知識を効果的に競争優位の獲得につなげる具体的方法は未確立かもしれませんが、効果的な知識資産のマネジメントを行うことは、競争優位獲得のためのひとつの手段になるはずです。結局のところ、「厳密にいえば、知識を創造するのは個人だけである。組織は個人を抜きにして知識を創り出すことはできない。組織の役割は創造性豊かな個人を助け、知識創造のためのより良い条件を作り出すことである」[文献2、p.87]と考えると、しっかりした研究マネジメント(人と組織のマネジメント)の基盤を確立した上で、知識マネジメントを考えるべきなのだと思います。


文献1:丹羽清、「技術経営論」、東京大学出版会、2006.
文献2:Nonaka, I., Takeuchi, H., 1995、梅本勝博訳、「知識創造企業」、東洋経済新報社、1996.
文献3:畑村洋太郎、「失敗学のすすめ」、講談社、2000.
文献4:Anthony, S.D., Johnson, M.W., Sinfield, J.V., Altman, E.J., 2008、栗原潔訳、「イノベーションへの解実践編」、翔泳社、2008.
文献5:Leonard, D., Swap, W., 2005、池村千秋訳、「『経験知』を伝える技術」、ランダムハウス講談社、2005.
文献6:Dixon, N.M., 2000、梅本勝博、遠藤温、末永聡訳、「ナレッジ・マナジメント5つの方法」、生産性出版、2003.
文献7:丹羽清、「イノベーション実践論」、東京大学出版会、2010.
文献8:野中郁次郎、遠山亮子、平田透、「流れを経営する――持続的イノベーション企業の動態理論」、東洋経済新報社、2010.
文献9:Rita Gunther McGrathリタ・ギュンター・マグレイス著、辻仁子訳、「一時的競争優位こそ新たな常識 事業運営の手法を変える8つのポイント」、Diamond Harvard Business Review, November 2013, p.32.

参考リンク

ノート目次へのリンク



科学的な考え方をシンプルに理解する(小飼弾著「『中卒』でもわかる科学入門」感想)

技術者として時に経験することなのですが、科学的な(と私が思っている)考え方がうまく他人に伝わらないことがあります。科学に詳しくない人、科学的な考え方に慣れていない人を相手にする場合に特に起こりやすいのですが、相手が技術者や科学者であっても実は、それぞれが「科学的」と考えている見方には違いがあり、また、実生活上のことにどこまでそうした「科学的」な考え方を適用しようとするかにも個人差があって、予想外のところで話が通じない、議論がかみあわないことはよくあります。

技術者の話が経営者や顧客に伝わらないのであればイノベーション実現の障害ともなりかねません。また、科学的な考え方になじんでいるはずの人でもビジネスの場面では科学的に考えない人もいて、社内における意思疎通でも問題が発生することがあります。このように、科学に関するコミュニケーションは、技術経営を考える上で重要な問題ですが、社会全体としても、3.11震災と原発事故を契機として科学者とそれ以外の人がお互いをどう理解し、コミュニケーションすればよいかが注目されているように思います。ではその難しさの原因は何でしょうか。まず、科学的な議論をしようとすると科学的な知識がネックになってコミュニケーションのための基盤ができにくいことが挙げられるでしょう。加えて、一般の人にとって科学者という職業そのものや、科学者はどう考えるのかの実態が正しく認識されていないこと、さらに、身の回りの問題に対して科学的な考え方を適用することのメリットを一般の人があまり理解していないことも挙げられるでしょう。また、科学者側が科学的な考え方の正当性を押しつけようとし過ぎる(と一般の人が感じる)ことなどもあるかもしれません。

こうしたコミュニケーションの溝を埋めるべく、様々な一般向けの科学解説書が出版されていますが、今回は、小飼弾著「『中卒』でもわかる科学入門」[文献1]の内容をご紹介したいと思います。他の科学の解説書が、科学的知識、考え方や科学の実態(問題点も含めて)を伝えよう、科学に興味を持ってもらおう、という立場で書かれたものが多いのに対して、本書は、一般の人々が科学者とコミュニケーションするために、あるいは科学者や科学の成果をうまく利用するためにはどうしたらよいのかという点を、極力シンプルな形で提示しようとしているところに特徴があるように思います。著者は、「『どうしてみんな科学を学ぶ必要があるのか?』その問いに対する答えは簡単で、話をするためです。・・・『キミもボクも共通の指標、共通の物差しを使って話をしよう』、それことが科学です[p.97]」、「なぜ、サイエンティストでない人々にもサイエンスが必要なのか。わたしがわかったことをあなたに伝えるため、あなたがわかったことをわたしに伝えるため。あなたが何者なのか、わたしが何者なのか、全く知らなくても、発見と発明の喜びを分かち合える。[p.201]」、「科学は論理と実証を積み重ねていく学問ですが、科学者自身は正義の味方ではなく、しばしば間違いを犯します。非専門家が科学者よりも賢明な判断を下した例は少なくありません。[p.190]」、「科学者は一番偉い人ではなく、一番偉い人が参考意見を聞くための人なんですね。[p.192]」と述べています。著書では、科学者と一般の人々とのコミュニケーションの問題の他に、現在の科学の状況(問題点)、現在の課題への対処法についての著者の見解も述べられていますが、ここでは、科学コミュニケーションに関連する著者の考え方のうち、興味深く感じた点をまとめておきたいと思います。

専門家に話を聞くための「三種の神器」
著者は、「現代の科学は、非常に高度化し、一見すると素人には何をやっているのかさっぱりわからなくなっています。しかし、素人が研究の詳細をすべて理解する必要はありません。要は、専門家が出してくる数値がいったい何を意味しているのか、どういう理屈で結論が導き出されたのかがわかればよいのです[p.55]」として、以下の3点が重要だとしています[p.80]。
・四則演算ができること:四則演算をきちんと理解して使いこなせること[p.55
・単位の違いを理解すること[p.62
・論理的思考ができること:例えば、三段論法と背理法[p.75
さらに、これらに加えて、保存則(特にエネルギー保存の法則[p.84])を理解する重要性を指摘しています。まずは、これだけできればよいということをシンプルに提示しているのが本書の特徴だと思います。

科学に対する姿勢、科学や科学者の実態
著者は上記の主張に加え、科学の実態はどうなっているか、なぜコミュニケーションや科学的な考え方の理解が必要かを中心に、以下のような考え方を述べています。
・3.11震災で壊されたもののひとつが「科学に対する信頼性」[p.16
・「日本の問題は、科学や科学者をありがたがりすぎることにありました[p.17]」
・「科学者は、科学についてなら何でも正しい答えを知っているというわけではありません[p.18]」
・「優秀な科学者ほど感情や欲望が強いように、私には見えます。この欲望とは、権勢欲や金銭欲だけではなく、知的好奇心も含みます[p.39]」
・「人間が本来備えている五感は、科学的な事柄を扱うにはまったく不十分です[p.50]」
・「信用できる科学者はどう見分けていけばいいのでしょうか?一番単純で手っ取り早い手法は、経済的な利益を判断するということです。要は、ある主張があった場合、それを皆が認めると誰の財布にお金が流れるのかということ[p.100]」
・「何を言ったかではなく、誰が言ったかで物事を判断する。これを権威主義といいます。・・・なぜ権威主義とは正反対であるはずの科学者が、権威になってしまうのか?・・・私たちには、全ての主張を検証するだけの手間もなければ暇もないのです。・・・私たちのそれぞれが検証できるのは、それぞれが興味を持つ分野、得意な分野で精一杯。残りは権威に頼るしかないのです。[p.104-105]」
・「本物は『私のことを疑ってください』と言い、偽物は『私を信用してください』と言うものです。[p.111]」
・「科学とは定量的、論理的に考えることであり、その本質はごくシンプルです。これに対して、疑似科学はわからないからこそ、人を惹きつける。[p.116]」

・「ただし、アインシュタインは『シンプルすぎてはいけない』とも警告しています。[p.121]」
・「科学的な観点からすると原発はとても『筋の悪い』技術・・・。それは、事故を積み重ねていくことができないから。事故を積み重ねていくことで進歩していった代表的な例は、飛行機でしょう。・・・特に米国の事故調査においては、故意でない限り操縦者や整備担当者の刑事責任や民事責任を問わないことが原則になっており、情報の隠蔽を防いでいます。[p.122-123]」
・「巨大プロジェクトはうまくいくことが前提ではなく、『うまくいかないこと』を前提に進めるべきなのです。・・・よい意味で、アメリカ人は失敗慣れしているのです。・・・たんに手順をマニュアル化するのみならず、失敗を改善していくインセンティブを保ち続ける組織作り、こうしたノウハウについてアメリカには一日、や一日半の長があるように思えます。日本は高度成長期の状態に合わせて、組織体制や個人の働き方を最適化しすぎたのかもしれません。その状況下においては最適であっても、状況が変わると適応できなくなってしまいます。[p.151-153]」
・「私が見るところ、日本にはプロジェクト関係者のキャリアに『傷』が付くことを極端に恐れる文化があります。関係者とは、計画を承認した政治家、予算をつけた官僚、開発に関わったエンジニアなど、あらゆる人間を含みます。血税を投入した以上、絶対に失敗は許されない。少なくとも『これは失敗ではありませんでした』という口実がみつかるまではいつまでも続く・・・・・・。その意味で、日本は失敗者にとても厳しい国だと言えるでしょう。[p.173]」
・「私たちは、何が役に立つのかを事前に知ることはできません。・・・科学が役に立つことを要求され、役に立つとされたプロジェクトが補助金を国から受け取るようになると、そこから抜け出せなくなってしまいます。・・・国からの補助金を受けた事業は、採算を度外視できてしまうため、失敗した時の撤退が難しい。・・・国から補助金をもらうにせよ、民間企業で利益を上げるにせよ、現在の科学は役に立つことを強制されています。そして、そこで働く科学者は、科学を使ってカネを稼がないといけない立場になってしまいました。これが科学者のポジショントークを生むことにつながっています。・・・暴論だと思われるかもしれませんが、科学とは人類の『趣味』であるべきではないか。私はそう考えています。[p.158-163]」
・「先に私は『科学は趣味であるべき』と述べました。趣味でない場合、人には他人を騙すインセンティブが働き、簡単に邪な方向へと流れて行ってしまいます。・・・現代の科学者は常に誘惑に晒されています。補助金をくれる人に都合のよい嘘をつく、手っ取り早く評価されるためにデータを捏造するなど、私から見ていても論文の1つや2つでっち上げでもしないとやっていられないのではと思うほどです。だからこそ、科学者を使う立場の私たちは、科学者自身を疑うところまで踏み込まざるを得ません。[p.192]」
---

こうした著者の主張は、もちろんひとつの見解にすぎません。科学的な議論をするために必要な考え方として著者の提示した「三種の神器」以上のものが必要だとする意見も当然あり得るでしょう。しかし、科学を扱っていない人に対して、科学者と対話し、科学に見せかけた論理に惑わされないようにしながら科学の実りを受け取るために必要なことは何か、それをできるだけシンプルにまとめた著者の考え方は重要だと思います。科学的な考え方に慣れ親しんでいるはずの科学者、技術者にとっても、著者の主張は、一般の人とのコミュニケーションを上手く行うためだけでなく、自らを戒める指針としても心に留めておくべきなのではないか、という気がしました。

もう一点、重要だと思うのが、シンプルな原則を提示しようとすることだと思います。科学に限らず、マネジメントの分野でも、いろいろな考え方を知るほど、その中のどれがとりわけ重要で、まず知っておくべき考え方は何なのかがわかりにくくなることがあります。その結果、枝葉末節にとらわれて本質を見失ってしまうこともあるでしょう。私自身、自分の専門分野についてはついつい話が細かくなってしまうことに気づくこともあります。著者は科学者ではなく、かといって科学の素人でもない、そういう立場の人だからこそ、科学者とそれ以外の人々をつなぐ方法をシンプルに提示できているのかもしれません。翻って、マネジメントをシンプルに理解するために必要なことは何なのか、著者のような視点でマネジメントを捉えなおすことも有意義なのではないか、と感じます。人間はあらゆることの専門家にはなりようがありません。だとすれば、少数のシンプルな原則を知ること、それは人間活動の様々な場面で役に立つことなのではないかと思います。


文献1:小飼弾、「『中卒』でもわかる科学入門――“+-×÷”で科学のウソは見ぬける!」、角川書店、2013.

参考リンク<2014.9.28追加>


成功体験の意味

成功体験は仕事を進める上で役に立つとよく言われます。その一方で、成功体験は新しいことに挑戦する際の障害になることもよく指摘されます。今回は成功体験の持つ意味とその扱い方について考えてみたいと思います。

成功体験の作用

まず、成功体験によってもたらされる作用を、好ましい効果と、起こり得る弊害や問題点に分けてまとめてみましょう。

・心理的側面

よい効果:成功を体験すること、難関を克服することによって自分の能力に自信が持てるようになる。

問題点:自分の能力を過信し、傲慢になったりアドバイスや現実を受け入れにくくなったりする。

・経験から得られる知識の側面

 よい効果:うまくいく(いった)やり方を学習でき、その経験や知識を次の機会に生かすことができる。

 問題点:経験から得た知識ややり方が、別の機会にも適用できると思いこんでしまう。

つまり、成功体験から得られる心理的効果と、経験や知識(ハウツー)のそれぞれに良い面と悪い面があるため、何かを行おうとする時に過去の成功体験が役に立ったり、逆効果を生んだりすることになるのだと思われます。

成功体験が生むよい効果があることについては、疑問の余地はないと思いますが、成功体験から生まれる傲慢は、リーダーがつまずく原因や、企業衰退の原因となることが指摘されています。また、成功体験がイノベーションを進める上での障害となることは、経験から得られた知識ややり方が別の場面で生かせるとは限らないことに基づくものと考えられます。実際、過去のやり方にしがみついて新しい考えを取り入れることが遅れたり、成功した経験だけを頼りに過去のやり方が将来にわたって正しいと思いこんでしまうことはよくあることではないでしょうか。そのため、成功体験の弊害が懸念される状況では、成功体験を捨てるべきであるということがよく言われるのでしょう。

このように考えると、成功体験の本質的作用は、その体験自体にではなく、そこから何を得て、何を次の機会に生かそうとするか、ということの中にあると考えられます。すなわち、心理的側面におけるよい作用について言えば、自らの能力や可能性に自信を持てるようになることであり、知識の側面については、役に立つやり方を身につけるということになるでしょう。しかし、これらの作用を得るために成功体験が必須である、ということにはならないはずです。自信を持つことは、自分が何かを達成できそうだという感覚を持つことにつながりますが、より広い意味では幸福感を身につけること、とも考えられます。知識の面では、成功体験からだろうと失敗体験からだろうと、経験から正しく教訓を学びとることができればよいはずです。すなわち、成功体験が持つよい作用は、必ずしも成功体験からもたらされる必要はなく、マネジメントによって同じ効果を引き出し、コントロールできる可能性もあるといえるのではないでしょうか。

成功体験の悪い面を防ぐことに関してはどうでしょうか。成功体験に悪い作用があるならば、その影響が出ないように、マネジメントによるコントロールを行なうことは必須でしょう。心理面では、成功者が傲慢にならないように、また、他人のアドバイスを受け入れられるようにコントロールすることが重要になるでしょう。一般に、成功した人物に対して批判やアドバイスをすることは、その成功自体の評価を貶めるように受け取られることが多いため、抵抗感があって難しいことかもしれませんが、であればこそマネジメントが必要でしょう。知識面については、成功という結果が注目されることで、そのプロセスや成功要因についての分析が不十分になる可能性があります。人は、失敗したことについてはその原因をあれこれ悩んだり考えたりすることが多いものですが、成功したことに関しては、結果よければすべてよし、ということで成功の原因をきちんと振り返らない傾向があるのではないでしょうか。本質的な成功の要因は他の人の能力や頑張りにあるかもしれません。自分ではコントロールできない環境要因、極端な場合には運により成功することもあるでしょう。成功によって自らの能力に自信を持つことはよいことだとしても、成功の原因を間違えて認識することは、間違ったやり方を学習してしまうことになりますので、何よりも、成功の原因を正しく理解した上で、同じやり方が次の課題にも有効かどうかを慎重に判断する必要があるはずです。もし、成功によって得た自信(過信)によって、異なる状況に対する情報収集や現状認識が疎かになったり、判断に歪みが生じたりするようなことがあれば、次回の成功は期待薄でしょう。マネジメント上のアドバイスとして「成功体験を捨てよ」という指摘がよくなされるのは、このような成功体験の危うさを懸念したものと考えられますが、成功体験の何を捨てなければならないかを判断し、よい面を次回に生かすためにはやはりマネジメントによるコントロール、仕組みの整備が必要ではないかと思います。

成功体験を生かすには

では、具体的なマネジメントはどのようになるでしょうか。要するに、上記のような成功体験の弊害を防げればよいわけですが、ひとつのアプローチは、同じような好ましい心理的効果を発揮するが、副作用のある成功体験重視とは異なるマネジメントを行なうことが考えられます。成功体験などなくても高い意欲が維持されるようなマネジメントができればよいと考えれば、成功体験という外部からの報酬に頼ることなく、内発的な意欲を刺激するような方法があるでしょう。この時、組織として、心理的なサポート、育成やコーチングを与えることも重要だと思われます。もう一つのアプローチとしては、成功体験が得られた場合にその体験がもたらす弊害を緩和するようなマネジメントがあり得るでしょう。まずは個人に対して、成功体験によって傲慢になったり、判断を誤ることがないように自覚を促すことが必要でしょうが、組織運営上のしくみで対応することもできると思います。例えば、成功したこと自体の過大な評価を控え、そのプロセスにおいて得られる、努力が報われる快感や、成功に至る挑戦ができたことの方を重視することで、傲慢な考え方に陥りにくくすることが考えられます。さらに、成功要因をしっかりと分析することも必要でしょう。個人の能力だけではなく、その能力が発揮できた環境(運も含めて)の影響をしっかりと認識することで、成功体験の適用限界を認識できるようになるかもしれません。また、成功者に対して、さらに高い目標や、違う分野の目標を与えることで、成功によって学習した(と錯覚した)やり方が別の状況では役に立つとは限らないという体験を促すこともできるでしょう。もちろん、この場合にもマネジメントによるサポートとフォローは必須でしょうし、成功体験による意欲向上の程度や、傲慢になるかどうかの傾向には個人差があることを考慮に入れたマネジメントとすることも必要でしょう。

個人的な感覚で恐縮ですが、成功体験の重要性を説く人には、成功体験が次の成功に結び付いた経験をお持ちの方が多いような気がします。しかし、その経験どおりにいつも成功が得られるとは限らないことは明らかです。成功事例から学べることが多いのも事実ですが、成功体験があってもなくても成功の本質を理解してマネジメントすれば成功の確率は上がるでしょうし、成功体験のマネジメントに失敗すれば足をすくわれて失敗することもある、ということではないでしょうか。成功、失敗を問わず高い意欲を持てるようにし、経験から正しく学び正しく判断できるようなマネジメントを行なうべきであるということが、成功体験の効果をめぐる見解の違いから導かれる本質的な教訓なのではないかと思います。


 

「製品開発をめぐる6つの誤解」(トムク、ライナーセンの論文より)

研究開発の進め方は、その前提やおかれた状況に応じて変えるべきである、ということは本ブログでも何度か触れました。しかし、「状況に応じて変える」ということはそう易しいことではありません。「技術」といってもその意味する範囲は広いので、技術や研究開発のことをある程度わかっているマネジャーでも、自らの経験や信念、先入観にこだわって判断を誤ることがあります。ステファン・トムク、ドナルド・ライナーセン著、「製品開発をめぐる6つの誤解」[文献1]では、製品開発(product development)と製造(manufacturing)を同じように扱うことによる誤りが述べられており、技術を知っていることの落とし穴を自覚する上で役に立つように思いましたので、その内容をまとめてみたいと思います。

著者らはまず、製品開発と製造は「根本から異なる。モノの製造では繰り返し作業が多く、活動は適度に予測がつき、一つの仕掛品が同時にいくつもの場所に存在することはありえない。これに対して製品開発では、独特の作業が多く、製品仕様は猫の目のように変わる。くわえて、コンピュータを使った先進的な設計やシミュレーションが普及し、製品自体にソフトウェアを組み込む例が多いなどの事情により、成果物はモノではなく情報なので、同時に複数の場所に存在しうる」と述べ、そうした製品開発をめぐる誤解を6つ示しています。

製品開発をめぐる6つの誤解

誤解1、リソースの稼働率を上げれば成果が上がる(High utilization of resources will improve performance.

著者らはリソースとして人材を主に考えているようです。「製品開発要員を手いっぱいの状態にすると、開発のスピードと効率、成果物の品質はどうしても落ちてしまい、稼働率をぎりぎりまで高めると深刻な副作用が生まれる。」と指摘し、マネジャーが副作用を軽視する3つの理由を挙げています。

・製品開発に本来伴う非定形性を十分に考慮していない

特に、非定形業務では稼働率が向上するにつれて、所要時間が劇的に伸びてしまうことを待ち行列理論に基づいて指摘しています。

・処理待ち案件がどうコストに影響するかを理解していない

「処理待ちのコストとリソースを待機させておくコストを比べて、適正なバランスを探りだす必要がある。」

・製品開発では仕掛品はまず目に見えない

「製品開発プロセスの『在庫』は主として、設計資料、試験の手順と結果、試作品づくりの指示内容といった情報」であり、これらは目に見えにくく、「目視も測定もできない問題に対処するのは非常に難しい。」

そして、上記問題の解決策として「非定形な業務プロセスの稼働にゆとりを持たせる」ことを指摘し、例えば以下のような方策を提示しています。

・3Mの15%ルール、グーグルの20%ルールなどのようなゆとりをつくる(ただし、運用のハードルが高い)

・業績評価の仕組みを改める:稼働率ではなく迅速性重視

・一部のリソースを増強する

・進行中のプロジェクト数を一定以下に抑える:開発案件の厳選、優先順位づけ

・仕掛品の存在を見えやすくする

誤解2、バッチ・サイズを大きくすると費用対効果が向上する(Processing work in large batches improves the economics of the development process.

要するに、まとめて処理すれば効率が上がる、という考え方が問題というわけです。「バッチ・サイズの縮小はリーン生産の大原則」であり、「バッチ・サイズが小さいと仕掛品の数が減り、すぐにフィードバックが得られるため、サイクル・タイムの短縮、品質と効率の向上につながる」と述べています。

誤解3、我々のプランには問題はない このままやり通そう(Our development plan is great; we just need to stick to it.

「毎日のように新鮮なひらめきが生まれ、状況が休みなく変化する製品イノベーションの現場では」、「プランとのずれを最小限に抑えるために中間目標や進捗を守れているかどうかをステップごとに細かく把握しようとする」発想では、成果を損ないかねない。「絞り込みの過程でそれぞれの候補を検証、改善するなかでは、判断が二転三転する。」「顧客ニーズもまた、早い段階では見極めにくいおそれがある。」従って、「プランはあくまでも仮定に基づく叩き台と位置づけ、検証結果が生まれるたび、経済面の前提が変わるたび、事業機会の評価が改まるたびに、たえず手直ししていくべきである。」

誤解4、プロジェクトは早く始めれば完了も早い(The sooner the project is started, the sooner it will be finished.

「マネジャーは遊休時間を忌み嫌う。少しの時間も無駄にするまいとして新しいプロジェクトを立ち上げる風潮がある。」「このような発想の下、プロジェクトの数が多すぎて精力的に推進するのが無理な状態を生んでしまうと、リソースの効果を弱める」。つまり、早く始めてもそれに注力できない状況では、完了が早くなるとは限らないということでしょう。

誤解5、製品の機能を増やした方が顧客は喜ぶ(The more features we put into a product, the more customers will like it.

この項目は、製品開発と製造の違いに基づく誤解というより、製品開発者が陥りがちな誤解の指摘だと思います。イノベーションのジレンマでのChristensenの指摘と同様、「多くの企業は革新性を発揮しようとするあまり、顧客にとっての価値や使いやすさといった大切な点を十分に検討しないまま、余計な機能を可能な限り設けてしまう。」ということです。著者らは、実際には「機能は少ないほうがよい」にもかかわらず、それが難しいのは、以下の2つの点で特別な努力を要するためであるとしています。

・問題点を明らかにする:問題をどれだけ特定できるかが、本当に意味ある少数の機能に重点を絞れるかどうかを大きく左右する。

・見えなくしたり(隠したり)、省いたりすべきものを見極める:開発チームはともすると「注目を集めたいという誘惑にかられる。」「どの機能を省くべきかを判断するのは、どの機能を盛り込むかを決めるのとおなじくらい重要」。

著者らは、このような見極めのためには顧客についての洞察や試行が効果的としています。

誤解6、初回でうまくいけばより成果が上がる(We will be more successful if we get it right the first time.

「初回でうまくいくように」というより、「一発でうまくいくように」という方が技術者の感覚に近いと思います。著者は、「開発チームは一度の失敗も許されない状況で、・・・最もリスクの小さいソリューションを選びがち」になり、「失敗を避けようと・・・プロセスをひたすら前に進める」「予想外の結果が出ると、・・・落ち度と見なされる」と指摘しています。そして、「試行と改善を矢継ぎ早にこなして失敗からすぐに学べる限りは、『最初は失敗しても構わない』と考えるほうが、望ましい戦略かもしれない。」と述べ、「早いうちに失敗する」ことの価値を強調しています。ただし、「この種の環境を設けるのは容易ではない」とも述べています。もちろん、なるべく失敗を避けるような準備は必要ですが、失敗を恐れず、あるいは様子見、確認のために試行することが重要であるとしていることには私も同感です。

以上をまとめると「製品開発は、情報を生み出す非定形の業務であるのに、それを製造と同じように扱っている」ことが根本の誤りであるということになりそうです(ちなみに、製品開発は情報を生み出す業務、という考え方は研究の本質を考える上で重要な視点だと思います)。このような指摘は、言われてみれば当たり前と思えるところもあるのですが、取り上げられた6つの誤解が著者らの多くの経験から引き出されたもの、という点で価値があると思います。自分では技術に詳しいと思っている人でもこのような誤解に陥る例があることは、技術者自らの考え方をチェックする上で有効でしょうし、製造経験の豊かな人がこのような誤解に基づいて開発の足を引っ張っているような場合に、どのように反論すべきかのヒントも与えてくれるように思います。

状況に応じて進め方を変えるというマネジメントの重要性は理解していても、それを実行することはそれほど容易なことではないと思います。その原因としては、まず何を変え、何を変えるべきでないかがはっきりわからないことが挙げられるでしょう。極言すれば絶対に変えてはいけないという普遍の原理はないのかもしれませんが、少なくともあまりコロコロと変えない方がよいものはあるように思います。しかし、常に正しいとは言い切れない原理(例えば製造のノウハウが製品開発に有用であると考えてしまうことなど)に安易に依存しているとすれば、それが間違っている可能性があることも認識しておくべきでしょう。本論文で述べられた「誤解」は、製造や開発というものがどう捉えられがちであり、どこに誤りの可能性があるかが示されている点、状況に応じたマネジメントを考える上で、示唆に富むものだと思います。



文献1:Stefan Thomke, Donald Reinertsen、ステファン・トムク、ドナルド・ライナーセン著、有賀裕子訳、「製品開発をめぐる6つの誤解 製造プロセスでの効率性は通用しない」、Diamond Harvard Business Review, 2012, 8月号、p.76.

原題 Six Myths of Product Development”, Harvard Business Review, May, 2012.

参考リンク<2013.1.14>


 

試行錯誤のプロ

研究開発は未知のことへの挑戦です。従って、思ったとおりにことが運ぶとは限りません。そんな時、試行錯誤が必要になることがあります。

試行錯誤とは、一般には、試みてみて、その結果に応じて対応を変化させ、最終的に目的達成を目指すプロセスであると理解されていると思います。研究の世界では、試行錯誤というと、行き当たりばったりとか、下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる、というようなあまり好意的でない印象を持たれることもありますが、実用的には成果を挙げる場合が多いことも事実でしょう。特に、最近ではロールプレイングゲームなどで試行錯誤に慣れ親しんだ世代が増えてきていることもあってか、手法として抵抗感が少なくなってきているようにも感じます。もちろん、正解があるかどうかもわからない研究の問題解決に試行錯誤を使うことと、ゲームのように設計者が決めた正解を試行錯誤を通じて見出していくこととは意味が異なりますが、今回は研究開発における試行錯誤について考えてみたいと思います。

試行錯誤の意義

試行錯誤というと、間違ってもいいからとにかく試行してみて対応する、という印象を持たれることが多いように思います。しかし、試行そのものは研究の本質です(試行しなくてもうまくいくとわかっていることは研究の対象にはなりません)。そして、その結果、うまくいくこともあればいかないこともある、というのも研究の本質でしょう。とすると、

1、試行を計画する

2、試行する

3、結果を得てフィードバックする

というステップは、最初に「間違ってもいいから、」と思っていてもいなくても同じことになるのではないでしょうか。事前に入念な計画をたてて試行しても失敗することもあるわけで、どう試行するかは、与えられた課題と試行の容易さ、効果に応じて決められるべきものでしょう。とすると、試行の計画自体が合理的であれば、周到な計画だろうと試行錯誤アプローチだろうと上記1~3の実態に違いはなく、試行錯誤(試行とフィードバックを組み合わせるアプローチ)こそが研究活動の実態であると言ってもよいように思います。以下、試行(錯誤)に関わる各段階について考えてみたいと思います。

1、試行計画段階:試行による問題解決に適した課題と条件の決定、注意

研究の本質に試行が深く関わっているとしても、試行主体の問題解決に適した課題とそうでない課題があるでしょう。基本的には、理論や経験による予測がしにくい課題は、試行で解決することが合理的ということになるでしょうが、無限に広い範囲の条件で試行を行なうことは困難ですから、試行の計画の段階で、なるべく条件を絞り込むことが必要になります。具体的には、ある条件を一定にコントロールしたり、ある条件は無視したり、あるいは現実の状態をモデル化して重要と思われる項目についてだけ試行することなどが必要で、こうしたことができる場合に試行が有効と言えると思います。もちろん、事前の予測が困難な場合には、計画自体も試行の結果を見ながら決定することも有効でしょう。ただし、特に人の意思が関わる問題については、試行することが状況に変化をもたらし、目標自体やあるべき解決策が変わってしまうこともあり得ますので、注意が必要です。

2、試行の段階

試行段階では、求める結果が確実に得られるような実験を設計する必要があります。試行によって得られるデータ自体がお粗末では、そこから導かれる結果も使えないものになってしまいますので、どんな方法でどんなデータをとるか、実験のテクニックも重要です。実験室での実験、現場試験、シミュレーション、データ採取方法などを、得られるデータの信頼性も考慮して決める必要があり、研究部隊の実力が試されることになると思われます。

3、結果とフィードバック

まず、試行した結果から何を学びとるか、ということが重要です。具体的には以下の点に注意する必要があるでしょう。

・試行の結果を正しく評価する:得られた結果には間違いがないのか、いつもそうなるのかも含めて、期待どおりの(あるいは予想外の)結果が得られたかどうかをまず判断する必要があります。場合によっては、統計的、確率論的な議論が必要になるでしょう。

・試行したことと結果の因果関係を検討する:確率的な事象、複雑系の関与する事象の場合、試行結果が何回か同じになっても、その次もまた同じ結果になる保証はありません。因果関係を検討し、そのメカニズム、すなわち、なぜそうなるのかが推定できれば、試行したことが結果を生んだことについてのサポートになります。

・結果を参考に次の試行条件を決める。仮説を修正する、新たな仮説を提案する。

・目的外の結果も重視する:試行錯誤は目的とする課題の解決のために行なうものであったとしても、試行の結果、それ以外の答えや、発展のヒントが得られることがあります。思ってもみなかった発見(真のセレンディピティ)が得られる場合もありますし、試行の結果から導かれる仮説を利用すると、当初考えていなかったアイデアに気付く場合があります。これらも試行から学べることといってよいでしょう。

試行錯誤を行ないやすい研究環境

このように、試行錯誤、試行することは研究開発において重要な役割を担いますが、試行錯誤を行ないやすい研究環境というものもあるでしょう。試行錯誤を促進するためには、次のポイントが重要と考えます。

・試行を問題解決のアプローチのひとつとして評価し、価値を認めること:理論的検討も重要ですが、試行の価値を認め、選択肢として考慮し、試行が効率的な場合には、積極的に試行することを促す。

・失敗を容認すること:試行に伴う失敗は責めない。

・試行しやすい環境をつくる:試行のための精神的障害を小さくする。

・試行のアイデアをいくつか用意する:ひとつ失敗しても次の手がある状態にする。

・過去の成功体験に縛られないようにする:試行の方法は、過去に成功した方法ばかりではない。

また、試行の結果から多くを学ぶためには次の点が重要でしょう。

・結果を記録し、将来の試行に生かす:目的とする結果の実現だけを目指す場合、うまくいかない結果は捨てられてしまいやすいものです。再度の失敗を避けるためにも、また、新たなアイデアを得るためにも記録は有意義です。

・計画の管理に余裕をもたせる(計画変更や逸脱を許容する):余裕がないと、目的外の結果が捨てられてしまいがちです。

試行に基づくアプローチは、コスト負担が大きくなる場合もあり、必ずしも容易な方法ではありません。しかし、試行を行ない、そこから有意義な結論やアイデアを引き出すことには研究部隊の力が反映されます。具体的には、試行をうまく計画して効果的に行ない、目的達成の役に立つデータをうまくとり、その結果を正しく評価しうまく活用することが求められる時、それが試行錯誤のプロとしての研究部隊の出番なのではないでしょうか。


 

知的な失敗

不確実な対象を扱う研究開発(ノート2)では、「失敗」すなわち行動の結果が期待(予想)どおりにならないことがつきものです。今回は、マグレイス氏による論文「『知的失敗』の戦略」[文献1]に基づいて、「失敗」について考えてみたいと思います。

原著論文の題名は「Failing by Design」すなわち、「計画的に(by design)失敗する」、というような意味合いでしょうか。ちなみに、著者は「発見志向計画法」の提唱者であり、Christensenも取り上げている「創発的戦略」[文献2, p.277]についての研究も行なっている方です。著者はこの論文で、「不確実性の高い環境では、失敗は避けられないし、うまく管理すれば非常に役立つこともある」と述べ、「失敗から目をそらすのに代わる策は『知的な失敗(intelligent failure)』(Sitkinによる造語(1992))を設計することとしています。まずは論文のポイントをまとめてみます。

著者は、失敗は次のような点で役に立つと述べています。

・たくさん試せば成功する確率は上がる(当然、失敗も増えるはずですが、要は数多くの失敗をしないと成功できないということでしょう)。

・何が有効でないかを学べる(試行錯誤の結果として)。

・失敗により注目を集め対応の必要性をアピールできる結果、資源配分を受けやすくなる。

・不適格なリーダーの退任のきっかけになる。

・失敗経験により直観を磨きスキルを高めることができる。

やや皮肉っぽい項目もありますが、失敗が避けられないものだとすれば、失敗を気にして目をそらすだけでなく、できるだけうまく失敗し、失敗を利用するということも重要ということでしょう。

著者はそのために必要なこととして、以下に示す「失敗を生かすための7つの原則」を提示しています。

1、プロジェクトの開始前に成功と失敗を定義する。

プロジェクトに関わる人たちの間で、何をもって成功(失敗)とするか、何を期待(目的)とするかについての共通理解を持つことが必要。

2、前提を知識に変える。

先が読めない課題に取り組んでいる場合、最初に置いた前提(仮定-原著ではassumption)はほぼ確実に間違っていることを認識する必要があり、試行することが、よりよい前提を導き出す唯一の方法。

成功の基準となるものが、単なる期待なのか、ある前提のもとでの予想なのか、できるはずと思いこんでしまったことなのかははっきりさせておかないと、失敗から正しく教訓を学ぶことはできないでしょうし、チーム内での秩序が乱れることもある、ということのようです。

3、迅速であれ、失敗は早々にせよ。

早い段階や小さい段階での失敗には、試行の候補を絞り込む、退却が容易であるというメリットがある。失敗は人々のやる気を削いでしまうが、別のもっとおもしろみのあるプロジェクトに移るのであればポジティブに受け入れられる。

プロジェクトの要素のすべてを早い段階でチェックすること、プロトタイピングなども重要かもしれません。

4、被害を食い止め、損失を抑える

失敗がもたらす被害を小さく抑えるように試行を設計すべき。プロジェクトを中止する「撤退のステップ」を整備しておくことは有効。

5、不確定要素を制限する。

現在備わっている能力から遠く離れた分野では、試行から学ぶことは難しい。近い分野での試行の失敗からは学べることも多いし、成功の確率も高くなるはず。

6、知的な失敗を称える文化を育む。

失敗に終わっても罰しない環境をつくる。うまくいかないかもしれないことに取り組む意欲を大切にする(リスクをいとわない文化をつくる)。工場で効果を発揮するシックス・シグマなどの活動は研究所には向かないかもしれない。リーダーは失敗やそこから学んだことについて、進んで話をすべき。

7、学んだことを書きとめ、共有する。

どのような前提(仮説)が基になっているか、何が起こったのか、それは前提に対して何を意味しているのか、次回は何を行なうべきかを特定し、その教訓を共有することが重要。

以上が概要です。失敗を容認しなければならないこと、失敗した時の痛手は小さくなるようにすべきこと、失敗から学ぶ必要があることについて異論のある方はあまりいないと思いますが、上記の指摘は興味深い点があるものの個別の議論になっているようにも思われます。そこで、失敗への対応について私見もまじえて整理してみたいと思います。

失敗は研究開発にとって不可避のものであることは間違いないと言ってよいでしょう。ただし、研究活動を含む行動には、情報を得るための行動と、期待を実現させようとするための行動の2種類があることは認識しておく必要があります。前者は情報を得ることが目的ですから、期待通りの結果が得られなくても情報さえ得られれば成功ですが、後者は、期待通りにならなければ失敗ということになります。どんな場合でも行動をすれば何らかの情報が得られると考えると、問題になりやすいのは後者でしょう。となると、失敗しやすい行動において、期待することを実現させたい場合には、以下の2通りの対応が考えられると思います。

・失敗を少なくする(成功確率を上げる)

・失敗による損失を少なくする(あるいは、多くを学ぶようにする)

失敗を少なくするためには、予測の精度を上げるための情報を集めることが必要でしょう。その情報には当然、実際に行動して失敗することから得られる情報も含まれます。著者が指摘する、失敗を称えリスクテークを奨励する(上記6)、失敗から学んだことを伝える(上記7)は、行動を通じて情報を集め、生かすための方策と考えられます。また、失敗を未然に防ぐ(成功確率を上げる)ために、行動の目的が不明確であったり不統一なために起こる失敗を防止すること(上記1)や、不確定要素を制限する(上記5)という提案もなされています。

失敗による損失を少なくすることについては、著者らは、早い段階での失敗(上記3)と、被害を小さくすること(上記4)を提案しています。これは、言い換えれば小さい投資で早く結果がでるように行動(試行)をあらかじめ設計しておくことを奨励していると理解できるでしょう。さらに、プロジェクトからの撤退のステップを用意して撤退をしやすくしておくこと、多くのプロジェクトを用意して別のもっと面白いプロジェクトへの乗り換えを提案していることは重要ではないかと思います。要は、資源の投入を小さくし、失敗による損失を小さくすれば、相対的に失敗から得られるものの価値は高まるということです。

失敗から多くを学ぶことについて著者は、失敗から正しい教訓を導くために前提(仮定)を明確にしておくこと(上記2)、学びやすい分野に取り組むこと(上記5)を挙げています。エジソンは「私は失敗したことがない。うまくいかない10000通りの方法を見つけただけだ。」と言ったとされますが、うまくいかない方法を知識にするためにはただやみくもな試行をするだけではダメで、どういう前提でどういう仮定に基づいて試行(実行)したかをはじめとして、うまくいかない条件や原因を明確にして記録(記憶)しなければならない、ということも言っているように思います。著者が指摘する「前提を明確にする」ということは、正しい教訓を導き出す方法として重要ということなのではないでしょうか。実際に期待どおりのことが起こらなかった場合、その現実からつい目を背けたくなるものですが、その失敗を生かすためには前提や仮定のどれが違っていたのかを明確にする必要があるでしょう。そのためにはチェックすべき前提や仮定を最初から明確にしておくことは結果の迅速な判断、対処のために有効であると考えられます。こうした前提を整理しておけば、学ぶべきところの少ない単純ミスも早期に見分けられるかもしれません。ただし、最初の前提や仮定以外の因子が原因で失敗することも往々にしてありますので、最初に考えていた項目に囚われすぎてしまうことは問題だと思います。

なお、失敗から学ぶというと、次に同じような失敗をしないために失敗の原因を明確にし、教訓を得て将来に生かすという考え方がまず思い浮かぶのではないでしょうか。つまり

期待:Aという行動→Bという結果

失敗:Aという行動→Bという結果にならない

という失敗に対して、行動の中身や前提、考え方を見直してBという結果が得られるように行動を修正する、ということが行なわれると思います。しかし、実際には

失敗′:Aという行動→Cという結果

となる場合もあります。これも失敗には違いありませんが、こうした結果からは、単なる同じ失敗を繰り返さないための教訓以上のことが学べる場合があります。セレンディピティーによって失敗から新たな発見をする場合や、顧客の反応に学んで新たなマーケットを創造する場合(新市場型破壊的イノベーションなど)も、この種の失敗から学ぶことができる場合であって、こうした可能性も忘れてはいけないと思います。

いずれにしても、先が読めず変化が激しい世界では新たなことへの挑戦は必須です。この論文でも述べられていますが、まず失敗のリスクをとり、新しいことに挑戦することが必要です。Merckでは失敗した取り組みから早期に手を引いた研究者にストックオプションで報償する制度があるそうですし[文献3p.266,文献4]、「大失敗賞」という表彰を行なっている会社もあるそうです[文献5]。失敗に寛容であるためには、失敗というものの性質、失敗のもたらす影響、失敗から学べることについての理解が不可欠であるわけですが、失敗から得られるものの価値を高いものにすることで失敗に寛容なチャレンジングな環境が実現できるかもしれません。容易なことではないかもしれませんが、リスクをとることを促し、その結果として発生する失敗のマネジメントをうまく行なうことが、イノベーションの能力を高める上で重要なポイントのひとつなのではないかと思います。



文献1:リタ・ギュンター・マグレイス著、スコフィールド素子訳、「マイクロソフト、3Mが実践する『知的失敗』の戦略」、Diamond Harvard Business Review20117月号、p.24.

要約のみ:http://www.dhbr.net/magazine/article/201107_s02.html<2013.1.13リンク切れ>

原著は、Rita Gunther McGrath, “Failing by Design”, Harvard Business Review, Apr. 2011.

最初の部分のみ(登録すれば全文閲覧可):http://hbr.org/2011/04/failing-by-design/ar/1

文献2Christensen, C.M, Raynor, M.E, 2003、クレイトン・クリステンセン、マイケル・レイナー著、桜井祐子訳、「イノベーションへの解」、翔泳社、2003.

文献3Anthony, S.D., Johnson, M.W., Sinfield, J.V., Altman, E.J., 2008、スコット・アンソニー、マーク・ジョンソン、ジョセフ・シンフィールド、エリザベス・アルトマン著、栗原潔訳、「イノベーションへの解実践編」、翔泳社、2008.

文献4Arlene Weintraub, “Is Merck's Medicine Working?”, Businessweek, 2007.7.30.

http://www.businessweek.com/magazine/content/07_31/b4044063.htm

文献5:茂木俊輔、「太陽パーツ-大失敗賞 『前向きな大失敗に金一封』社員を明るくする表彰制度」、FoleAug.2010p.28.

https://www.forum-m.jp/ssldocs/members/fole/pdf/2010/1008/fole1008_7.pdf




参考リンク<2012.7.8追加>
 


 

記事検索
最新記事
プロフィール

元研究者

QRコード
QRコード
  • ライブドアブログ