研究開発マネジメントノート

研究開発とそのマネジメントについてのいろいろ

学習

「チームが機能するとはどういうことか」(エドモンドソン著)より

近年のイノベーションにおいては、協働(協力)と、試行からの学習が重要であると指摘されることが多いように思います。この背景には、多様なアイデアや専門性の結び付きが求められ、取り組む対象の不確実性も高くなり、時代の変化も激しくなっているという近年の傾向があるように思われますが、では、具体的にどう協力と学習を進めればよいのか、という方法論についてはそれほどはっきりしていないと思います。

今回は、その問題を議論した「チームが機能するとはどういうことか 『学習力』と『実行力』を高める実践アプローチ」(エドモンドソン著)[文献1]をとりあげたいと思います。原著の表題は、TEAMING: How Organization Learn, Innovate, and Compete in the Knowledge Economyで、主題は「チーミング」です。著者は、「チーミングは、協働するという『活動』を表す造語であり、組織が相互に絡み合った仕事を遂行するための、より柔軟な新しい方法を示している[p.12]」と述べており、単なる「チーム運営方法」よりは広く、これからの時代に有用な概念が議論されていると感じました。以下、本書の内容に沿って、重要と思われる指摘をまとめてみたいと思います。

第1部、チーミング
第1章、新しい働き方

・「今日のような複雑で不安定なビジネス環境では、組織や企業も、部分の総和に勝る全体を生み出せるかどうかで勝敗が左右される。激しい競争、予測不可能なことの数々、絶え間ないイノベーションの必要性、それらによって相互依存はいよいよ増え、結果として、かつてないレベルで協働とコミュニケーションが要求されるようになってきている[p.23]」。
・「マネジャーはなぜ、チーミングに心を配るべきなのか。答えは簡単だ。チーミングは組織学習の原動力なのである。組織が学習する必要があることは、今では誰もが知っている。変わり続ける世界の中で成功を収めるためである。[p.26]」
・「『実行するための組織づくり』が進展する可能性を見出したのは、ヘンリー・フォードが考案した組み立てラインだった。・・・フォードの成功は、従業員の業務に対し高いレベルの管理的統制を行うことを条件としていた。今日では指揮統制マネジメント、すなわちトップダウン・マネジメントとして知られるものである。・・・フォードが考案したような大量生産を行う状況においては、労働者が意思決定したり創造性を発揮したりする機会は存在しない。・・・マネジャーは労働者を支配し、怯えさせて、高い生産性を確実に生み出すことができた。・・・この伝説が今日マネジャーにもたらしている根本的な問題は、システムが経営実務において不安に依存しすぎていることだ。・・・社会として私たちは相変わらず不安に基づいた職場環境を当たり前のように受け容れてしまっている。不安によって支配力を増大できると、(多くの場合は誤って)信じてもいる。支配力は確実性や予測精度を高める、とも思っている。・・・組織づくりの伝統的なモデルでは、計画や詳細、役割、予算、スケジュールといった、確実性や予測のためのツールに力点が置かれている。めざす結果の達成に必要なものがよくわかっているときには、そうした伝統的なモデルはたいへん役に立つ。しかし、そういう環境は組み立てラインの労働者や会社人間には効果をもたらせたものの、今日のような知識ベースの経済においてはもはや競争上の強みにはならない。[p.27-32]」
・「成功するためには、実行のための組織づくりから、協働やイノベーションや組織学習を支持する新たな働き方へとシフトすることが不可欠なのである。・・・実行するための組織づくりという古い考え方は、一世紀をかけてつくり上げられた。そのため、習慣と訓練によって多くのリーダーがその考え方を持っていることに何の不思議もない。実行するための組織づくりには、とりわけ規律や効率性を重視する点に、多くの強みがあるのだ。しかしながら、リスクも多い。とくに多いのは、きわめて不確かな、あるいは複雑な状況でその考え方が使われるときである。そうした状況では、学習するための組織づくりこそ成功に不可欠だ。[p.37-42]」
・プロセス知識スペクトル:ルーチンの業務(不確実性が低い、成功とは効率性の改善)→複雑な業務(成熟している知識もあるが、よくわかっていない知識や変化する知識もある)→イノベーションの業務(不確実性が高い、成功は新奇なものの中にある)。「仕事や部署、あるいは組織全体がスペクトルのどこに位置しているかで、その仕事の性質と、それに合う学習の仕方とが決まる。[p.53]」

第2章、学習とイノベーションと競争のためのチーミング
・効果的なチーミングの4つの柱:率直に意見を言う(職場でそうであることは思うより少ない)、協働する、試みる(一度でうまくいくことを期待しない)、省察する(行動の成果を批判的に検討して、結果を評価したり新たなアイデアを見出したりする習慣)[p.70-76
・チーミングに対する社会的、認知的障壁:はっきり意見を言うより黙っているほうが楽である、序列の低い人がはっきり意見を述べることが困難、意見の不一致、素朴実在論(ほかの人たちも当然自分と同じ意見を持っているという誤解)、根本的な帰属の誤り(原因は個人の性質や能力にあるにちがいないと過度に思いすぎる、うまくいかないのは状況ではなく「人(他人)」のせいにする)、緊張と対立。[p.82-90
・熱い認知と冷たい認知:熱いシステム(人間に感情的で急な反応をさせる)、冷たいシステム(慎重で注意深い、効果的にチーミングをおこなうツールになる)。[p.91-92
・対立が激化する条件:複数の解釈ができる異論の多いあるいは限定されたデータ、高い不確実性、うまくいけば得られる素晴らしい結果[p.92]。
・対立を緩和し協調的な取り組みを行う戦略:対立の性質を見極める(人間関係における対立は非生産的)、優れたコミュニケーション(じっくり考えたり見直したりする)、共通の目標、難しい会話から逃げずに取り組む(感情的反応の原因を探る)[p.95-101
・チーミングを促進するリーダーシップ行動:学習するための骨組みをつくる(自然に生まれる自己防衛的なフレーム(ものごとの捉え方)を思慮深い学習志向のフレームへと再構成して変える)、心理的に安全な場をつくる(不安に思うことなく自由に考えや感情を表現できる雰囲気)、失敗から学ぶ、職業的、文化的な境界をつなぐ[p.101-105

第2部、学習するための組織づくり
第3章、フレーミングの力

・「フレームとは、ある状況についての一連の思い込みや信念のこと[p.112]」、「フレームとは解釈であり、これを使って人は環境を感じて理解する。[p.147]」
・「リフレーミングは、自分の行動を変えたり人々に変わってもらったりするための強力なリーダーシップ・ツールである。[p.147]」
・リーダーシップ:「リーダーは自分が相互依存していることをはっきりと述べ、自分も間違う場合があることと協働を必要としていることを伝えなければならない。」「リーダーはメンバーがプロジェクトの成功に不可欠な優れた人物として厳選されていることを強く伝える必要がある。」「リーダーは明確で説得力のある目標をはっきり伝えなければならない。」[p.148
・「学習フレームを強固にするためにすべきこと。まず、言葉と目を使った会話をする。期待される対人行動と協調的行動を、具体的な言葉を使って説明する。新たな手順がうまく進み、自信を高めやすくなるような行動を始める。さまざまな結果を使って、学習フレームの要素を視覚的に強固にする。」[p.148

第4章、心理的に安全な場をつくる
・「『心理的安全』とは、関連のある考えや感情について人々が気兼ねなく発言できる雰囲気をさす。[p.153]」、「心理的安全があれば、厳しいフィードバックを与えたり、真実を避けずに難しい話し合いをしたりできるようになる。心理的に安全な環境では、何かミスをしても、そのためにほかの人から罰せられたり評価を下げられたりすることはないと思える。手助けや情報を求めても、不快に思われたり恥をかかされたりすることはない、とも思える。そうした信念は、人々が互いに信頼し、尊敬し合っているときに生まれ、それによって、このチームでははっきり意見を言ってもばつの悪い思いをさせられたり拒否されたり罰せられたりすることはないという確信が生まれる。[p.154]」、「心理的安全は、メンバーがおのずと仲良くなるような居心地のよい状況を意味するものではない。プレッシャーや問題がないことを示唆するものでもない。・・・チームには結束力がなければならないということでも意見が一致しなければならないということでもないのである。[p.155]」
・「対人不安のせいで頻繁にまずい意思決定がなされたり実行すべきことが実行されなかったりしていることがわかっている。[p.153]」、「職場で直面する明確なイメージリスクとは、無知、無能、ネガティブ、あるいは邪魔をする人だと思われることである。[p.192]」
・「研究によって、心理的安全がイノベーションに不可欠であることもはっきりした。率直に発言する不安が取り除かれると、革新的な製品やサービスの開発に欠かせない、斬新なあるいは型破りなアイデアを提案できるようになるのだ。[p.167]」
・「心理的安全はグループの人間関係上の環境における一つの構成要素であり、責任もまたそうした構成要素の一つである。[p.169]」、心理的安全も責任も低いと無責任になりがち。心理的安全は高いが責任は低い場合は、快適だが、説得力ある理由がないと学習やイノベーションを発展させることは難しい。心理的安全が低く、責任が重いと不安になる。「パフォーマンスについて強いプレッシャーを与えることが優れた結果を確実に生む最良の方法だという誤った、しかし善意から生まれることの多い信念に従うマネジャーは、従業員が不安のあまりアイデアを提案したり、新しいプロセスを試したり、支援を求めたりできない環境を、知らぬ間に生み出してしまっているのだ。仕事が明確でかつ個人プレーであるなら、このやり方でもうまくいく。しかし不確実性や協働する必要性がある場合には、生み出されるものは成功ではなく不安である。[p.170-171]」。「心理的安全と責任のどちらもが高い場合は、人々はたやすく協働し、互いから学び、仕事をやり遂げることができる。[p.171]」
・「グループや部署内での地位が低い人は一般に、高い人に比べてあまり心理的に安全だと思っていないことが、研究によって明らかになっている。[p.171]」
・「心理的に安全な環境をつくるために、リーダーは、直接話のできる親しみやすい人になり、現在持っている知識の限界を認め、自分もよく間違うことを積極的に示し、参加を促し、失敗した人に制裁を科すのをやめ、具体的な言葉を使い、境界を設け、境界を超えたことについてメンバーに責任を負わせる必要がある。[p.193-194]」、境界とは、「どんな行為が非難に値するか[p.188]」ということ。「好ましい行動の境界を当てずっぽうに想像している場合よりも心理的安全を感じることができる。[p.188]」

第5章、上手に失敗して、早く成功する
・「人間というのは、・・・失敗すれば非難を受けるものだとどうしても思ってしまう。これによって処罰に対する反応が起き、多くの失敗が報告されなかったり誤った判断がされたりするようになる。[p.240]」
・「ルーチンの業務で失敗から学ぶカギは、人々がミスに気づき、報告し、修正できるような組織的システムをつくって維持することである。・・・失敗から学ぶことに関して、トヨタ生産方式(TPS)を超えるルーチンプロセス管理システムはない。[p.210]」、「複雑な組織のリーダーは、失敗が避けがたいものであることを認識し、問題を報告して話し合えるよう心理的に安全な環境を整え、日頃から注意力を働かせてすばやくミスに気づき対応できるようにすることによって、回復力を高めなければならない[p.212]」。「イノベーション業務での成功のカギは、大きく考え、冒険をし、試みる一方で、イノベーションへの途上では失敗したり行き詰ったりすることが必ずあることを絶えずよく意識していることだ[p.213]」。知的な失敗とは「意義ある実験の一部として起きるものであり、新しい貴重な情報やデータを提供する。[p.216]」
・「失敗に気づくこと、失敗を分析すること、意図的な試みを行うことは、失敗から学ぶのに不可欠である。失敗に気づくのを促進するためには、リーダーは、問題を報告した人を歓迎すること、データを集め、意見を求めること、失敗に気づいたらインセンティブを与えることが必要である。失敗を分析するのを後押しするためには、リーダーは、さまざまな専門分野から人材を集め、体系的にデータを分析しなければならない。意図的な試みを促進するためには、リーダーは、試みとそれに伴う失敗にインセンティブを与えること、失敗から学ぶことに対する心理的障壁を取り払うような言葉を使うこと、より多くの賢い失敗が生まれる知的な試みをデザインすることが必要である。[p.241]」

第6章、境界を超えたチーミング
・「境界とは、アイデンティティを同じくするグループ同士の間の区切りのことである。[p.252]」
・「多くの人が自分の側にある知識を当たり前のものと思い、境界線の向こうにいる人たちとコミュニケーションを図るのを難しくしてしまっている。[p.253]」
・3つの境界:物理的な距離(分離)、地位(格差)、知識(多様性)[p.258
・境界を超えたコミュニケーションをリードする方法:上位の共通目標を設定する(コミュニケーションの障壁を乗り越えようとする意欲を高める)、関心を持つ(偽りのない関心をみずから示し、同様の関心を持つことをメンバーにも促す)、プロセスの指針を示す(全員が従おうと思うプロセスの指針を確立する)[p.276-280
・「組織の多様性によって生まれた知識の境界を克服するために、グループは専門技術に基づく知識を共有し、集団的アイデンティティを確立し、図面、モデル、試作品のようなバウンダリー・オブジェクトを活用すべきである。[p.283]」

第3部、学習しながら実行する
第7章、チーミングと学習を仕事に生かす

・学習しながら実行する4つの基本的ステップ:診断(状況、チャレンジ、問題、どれくらいのことがわかっているかを診断する)、デザイン(行動計画をデザインする)、アクション(デザインに基づいて行動し、その行動を学習するための試みとして考える)、省察(プロセスと結果について省察する)[p.311-312]。

第8章、成功をもたらすリーダーシップ:3つの事例
―――

これからの時代、個人や組織が協働すること、失敗を含むあらゆることから学ぶことはますます重要になっていくと思います。しかし、「過去の組織の経営陣が効率を追求しながら実行する姿勢を生み出したのと同様、今日の組織がしのぎを削る知識経済は、専門知識のサイロ(貯蔵庫)を生み出し、地球規模の問題を解決するのに必要なチーミングを妨げてしまっている。・・・競争の古いモデルはだんだんそうした目的の役に立たなくなってきている[p.373]」という著者の見解に同意しつつも、協働と学習をうまく行なうことの困難さを感じておられる方も多いのではないでしょうか。では、どうすればよいのか。本書に述べられた方法論は、それに対する一つの提案と言えるでしょう。特に、業務を、プロセス知識スペクトル(すなわち、不確実性の度合いと言ってもよいと思います)で特徴づけて、それぞれの業務に適した方法を提案している点は実践的にも興味深く感じました。

研究開発のミドルマネジャーの立場からすると、本書に述べられた学習する組織をつくり上げていく必要性を痛感させられるとともに、「実行するための組織」の仕事の進め方と折り合いをつけていく難しさ(場合によっては戦わなければならない?)も感じました。本書の方法論や指摘を参考に、研究マネジメントにおいて試行(失敗)から学習していくことが求められているのだろうと思います。


文献1:Amy C. Edmondson, 2012、エイミー・C・エドモンドソン著、野津智子訳、「チームが機能するとはどういうことか」、英治出版、2014.
原著表題:TEAMING: How organization Learn, Innovate, and Compete in the Knowledge Economy

参考リンク




「技術を武器にする経営」(伊丹敬之、宮永博史著)より

経営学に、技術経営(MOTManagement of Technology)という分野があります。MOTが扱う中心的課題がイノベーションや、技術者、技術組織のマメジメントであることは容易に想像できますが、MOTによる具体的なマネジメントの方法論となると、体系的に確立されているとは言い難いのが現状でしょう。

今回取り上げる、伊丹敬之、宮永博史著、「技術を武器にする経営 日本企業に必要なMOTとは何か」[文献1]も、そうしたMOTを解説した本ですが、その目的は、技術経営とは何かを解説しながら、ノベーションを興すための経営のあり方を考えること[p.i,6]とされています。著者の考え方によるMOTのポイントがまとめられ、実務家にとっても示唆に富む指摘が多く述べられていると感じましたので、その内容をまとめておきたいと思います。

技術経営とは
・「技術経営は、技術を武器にする経営である。単に技術開発の方法論ではないし、技術ベースのマーケティングだけでもない。それらを含んだ、技術というものを経営のど真ん中に置き、それを武器に企業の発展のシナリオを考える、そんな経営である。[p.i]」
・「さまざまなイノベーションを興せるような経営の中心に技術経営がある。[p.i-ii]」
・「技術は、顧客の望むものを提供するための手段である。その平明な事実に立ち返り、技術を武器としてイノベーションを興すための経営のあり方を考える。それが、本書で解説しようとする技術経営(MOT)の最も簡単な定義である。[p.6]」
第1章、イノベーションを経営する
・「イノベーションが興されていくプロセスを経営するのが技術経営である、というのがこの章の、そして本書全体のメッセージである[p.8]」。
・「イノベーションとして結実するまでには、実は時間が長くかかる。そのプロセスは、次の3つのステップが段階を追って積み重なっていることが多い。1)筋のいい技術を育てる、2)市場への出口を作る、3)社会を動かす[p.10-11]」
・「魔の川とは、1つの研究開発プロジェクトが基礎的な研究(Research)から出発して、製品化を目指す開発(Development)段階へと進めるかどうかの関門のことである。・・・死の谷とは、開発段階へと進んだプロジェクトが、事業化段階へ進めるかどうかの関門である。・・・ダーウィンの海とは、事業化されて市場に出された製品やサービスが、他企業との競争や真の顧客の受容という荒波にもまれる関門を指す。[p.15-16]」
第2章、3つのレベルのMOTと現場の学習活動
・「プロジェクトリーダーのMOTは、1つの研究開発プロジェクトのマネジメントである。・・・外に向けてのマネジメント、内に向けてのマネジメント、上に向けてのマネジメント、3つのマネジメントが必要だろう。・・・研究所長のMOTを一言でいえば、他人であるプロジェクトリーダーにいかに研究プロジェクトをマネジメントしてもらうか、である。・・・CTOの仕事は、・・・第一は、企業全体の社内力学の中での、技術開発の位置づけの確保と資源の有効活用への布石である。・・・第二の仕事は、企業全体の技術開発の計画と管理の仕組みをどのように作るか、である。[p.28-33]」
・「どのレベルのMOTにせよ、変わらない本質が一つある。・・・それは『他人にいかに適切な学習活動をやってもらうか』がMOTの本質だ、ということである[p.35]」。「学習活動の本質は、それが自然からの学習であれ、顧客からの学習であれ、すべて『自学』なのである。・・・そこに、イノベーションプロセスのマネジメント、MOTのむつかしさの本質がある。学習活動とは、人が最終的には一人で行うもので、その自学のプロセスは誰にも『命令』できない。ふつうの仕事よりもはるかに、自由裁量の余地が大きい。成果も外からは測れないし、見えにくい。だからこそ、ロードマップ、ステージゲートなどと外的に定型化し、観察可能なかたちにするような経営の手法が、究極的には大きな意味を持ちにくいのである。[p.37]」
第3章、研究開発で技術を育てる
・「イノベーションの第一段階は『筋のいい技術』を育てることである[p.41]」。「研究と開発の違いをきちんと理解し、両者を使い分けることで技術が育つ[p.43]」。
第4章、日々の仕事の仕方で、技術が育つ
・「技術蓄積がきちんと行われるためには、・・・自分でする仕事と他人に任せる仕事の線引きが肝となる。自分でその仕事をすれば、自分がその仕事から生まれる学習をすることになる。他人に任せれば、他人が学習する。そして、その学習の成果が技術蓄積なのである。[p.60]」
・「ついつい、目に見える短期的な利益に引っ張られて、長期的なメリットに目をふさぎ、結果として自社の技術蓄積を削ぐような決定がなされがちなのが現実である。そこにアウトソーシングの危険がある。[p.63]」
第5章、技術の筋のよさを見きわめる
・筋のいい技術の条件:1)科学の原理に照らして、原理的深さを持つこと、2)社会のニーズの流れに照らして、人間の本質的ニーズに迫っていること、3)自社の戦略に合致し、事業として展開のポテンシャルが大きいこと、4)技術を担う人材が存在すること[p.69-70
第6章、技術の大きな流れを俯瞰する
・「リーダーは自分なりの『技術の俯瞰図』を持つとよいというのが、本書の基本的なメッセージである。」盛り込むべき視点は、1)科学の本質的動向を把握する、2)産業の技術進歩の大きな地図を描く(既存技術の進歩も忘れずに)、3)社会のニーズの大きなうねりを察知する、4)自社の発展方向のビジョンを構想する。[p.80-81
第7章、テーマ選択はポートフォリオ思考で
・テーマを見る3つの視角:1)成果(利益)、2)動機(誰にとって意味があるのか)、3)成功確率(現有技術からのジャンプの距離)[p.96-97
・「技術の目利きとは、決して純粋な技術蓄積が豊富にある人、という意味だけではない。その開発しようとしている技術の持つ社会的な意義、その技術を開発しようとしている人たちの人間模様、そうしたことも総合的に考えることのできる人が、真の技術の目利きなのである。それを別な言葉で表現すれが、3つの変数の見積もりを適切にできる人、ということになるのである。その適切さを担保するベースは、科学的知識の深さと人間心理の読みの深さの両方にある、と考えるべきであろう。[p.104]」
第8章、コンセプト創造からすべてが始まる
・いいコンセプトが持つべき条件:1)聞いて驚き、使って驚くという伝染効果があること、2)驚くだけの技術と仕組みの裏打ちがあること、3)許容範囲内の価格設定であること[p.110
・コンセプト創造の3つの条件:1)ニーズとシーズの相関構想力、2)簡潔な言葉で表現する言語表現能力、3)コンセプトを実現する技術力[p.113-115
第9章、製品開発は顧客との行ったり来たり
・製品開発の「プロセスはコンセプト創造から製品開発への一方通行ではない。顧客との間で『行ったり来たり』を繰り返すことによって、コンセプトそのものを磨いていかなければならない。[p.121]」
・「顧客から学び、顧客の立場に立って考えて、そこから学ぶ、それが市場への出口を作る際の基本スタンスである。・・・顧客に具体的な問いかけをし、その答えから学習するしかない。・・・問いかけには必ず、具体的な『モノ』が必要である。[p.122](著者らはその『モノ』を『伝達の連絡船』と表現していますが、プロトタイプと理解してよいと思います。)
第10章、技術を利益に変えるビジネスモデル
・ダーウィンの海で成功裏に生き残る条件:1)競合他社との差別化(製品そのものの魅力だけではなく、アフターサービスなどさまざまな工夫をする必要があることが多い)、2)利益をあげる工夫、3)上記条件を長期的に維持していけるような能力[p.136
・「その鍵を、ビジネスモデルの設計と実行が握っているというのが、この章の主張である。[p.137]」

・ビジネスモデル=ビジネスシステム+収益モデル
第11章、新事業への初動を工夫する
・初動段階で起こりやすいこと:1)開発成果を事業側が受け取りたがらない(新製品や新技術のリスク、既存事業との間のカニバリゼーション(共食い))、2)初期トラブル[p.151-152
・初動への工夫:1)追加的資源投入の余裕、2)問題を素早く技術陣が感知するための工夫[p.153
・共存のむつかしさ:カネ、情報、感情[p.158
第12章、最初のイノベーションの後が勝負
・イノベーションを継続するのがむつかしい理由:1)油断(最初の成功で一息ついてしまう)、2)誤解(技術のブレークスルーはあくまでも第一歩に過ぎないことを忘れてしまう)、3)硬直化する
第13章、技術外交に知的財産を使う
・「企業の利益をそれぞれに考えたうえで、どの顧客・競争相手・取引相手には友好の手を差し伸べるか。[p.180]」
・「知的財産は技術外交の有力な手段であることを忘れてはならない。この財産の使用を誰には認め、誰には認めないか、という判断は、結局は同盟関係形成の判断になるからである。[p.185]」
II部、技術者はどこで間違いやすいか
・「『間違い』の共通キーワードは、『視野の狭さ』である。[p.228]」
・技術者が陥りがちな思いこみ:1)技術がよければ売れるという思い込み、2)自社技術だけが進歩するという思い込み、3)社内では新技術、世間では二番煎じ[p.192-198
・構想なき繁忙に陥る要因:1)目の前の問題だけを解決しようとする(例:人海戦術に頼る)、2)意味のある問いを発することができない(正しい問題の設定ができない)、3)上位概念を構築できない[p.203-213
・技術の世界に引きこもる(タコツボ化)
エピローグ:技術者が技術経営者に変身するとき
MOTの本質:「イノベーションが生まれるまでの長い過程では、組織の内外でさまざまな人間社会の力学が生まれるため、その力学のマネジメントが技術経営の本質の一つである」、「技術を育て、市場への出口を作り、社会を動かしていくために、組織で働く人々による学習活動をマネジメントするのが、技術経営の本質の一つである」[p.229
・イノベーションを経営するために必要な2つのジャンプ:1)「自然の『理』の理解に加えて、人間社会の『情と理』の理解[p.229]」、2)他人の学習プロセスを導くのに必要な教育者の視点(「技術者・研究者の本質の一つである『他人を疑う』ことから、教育者の本質の一つである『他人を信じる』ことへ[p.235]」の視点の転換)
―――

以上の著者らの考え方は、私の考えと近い点も多く、全体として非常に納得しやすく感じました。なかでも特に重要と感じたのは、MOTにおける「学習」の意義についての指摘です。技術開発のプロセスは未知のことへの挑戦ですので、当初の計画どおりに物事が進まないことがほとんどです。そうした環境においては、周囲の情報から本質を学ぶこととともに、自ら実験、試行を行い、その結果からうまく学び、当初の計画を修正していくことが重要であるという指摘は多くなされています(例えば、創発的戦略(ノート12)イノベーションを実行する戦略策定の科学的アプローチ)。本書では、そうしたイノベーションを進める上での「学習」のみならず、学習した成果を技術蓄積として将来に活かすことまでを考慮している点、「学習」の意義を再認識させられました。「学習」を個人が行うもの、と捉えるならば、技術蓄積における個人の意義も必然的に大きくなると考えられます。とすると、人材の流動化の度合いが比較的低い日本企業こそ、技術蓄積の有効活用がしやすい環境にあるのではないか、技術蓄積を活かすことこそ、日本企業の独自性を発揮しやすいマネジメントなのではないか、とも感じました。また、研究テーマをポートフォリオとして考える視点も、研究という不確実な課題に対する有効なアプローチとして重要だと思います。さらに「技術外交」という考え方も興味深く感じました。オープンイノベーションや、イノベーション・エコシステムによる社外との協働や分業を考える場合に、学習による技術蓄積と技術外交の視点はよく認識しておく必要があると思われます。

一方、各論の部分では、従来の考え方と異なる点も見られます。例えば、既存事業部門の協力を得るために「新製品や新技術の技術的ポテンシャルを高めるのが、最大の説得材料であろう[p.152]」としている点は、上級役員の関与を重要視する「イノベーションを実行する」の考え方とは異なるアプローチと思われます。また、まずよいコンセプトを考えるアプローチも創発的戦略とは相容れない場合もあるように思いました。もちろん、本書の手法はあらゆるイノベーションに適用可能というわけではないと思いますので、各論の部分については、本書の考え方を参考にして、個々のイノベーションの特質に合わせて調整していくべきものなのでしょう。

もうひとつ、技術経営を行う人として技術者を主に考えていると思われる点が興味深く感じました。第II部、技術者はどこで間違いやすいか、での指摘は、技術者にとって非常に重要な内容を含んでいると思います。専門分野を極めれば満足、という技術者を目指すのであればいざ知らず、少なくとも企業内で経営に貢献する成果を挙げたいと願う技術者であれば、自分自身および技術者集団の欠点をよく認識しておく必要があるでしょう。しかし、MOTは技術者だけのものではないはずです。MOTを知らない人に、適任のCTOが選べるでしょうか。技術者がMOTを学ぶだけでなく、せめて本書の基本的な考え方だけでもすべてのマネジャーが身につけ、活用していただければ、今よりもイノベーションがうまくいきやすくなるのではないか、と思います。


文献1:伊丹敬之、宮永博史、「技術を武器にする経営 日本企業に必要なMOTとは何か」、日本経済新聞出版社、2014.
参考リンク:伊丹敬之、宮永博史、「技術を武器にする経営 日本企業に必要なMOTとは何か」、日経BizGate2014/5/9-6/17
http://bizgate.nikkei.co.jp/series/007299/index.html

参考リンク<2015.2.8追加>


「イノベーションを実行する」(ゴビンダラジャン、トリンブル著)より

イノベーションを成功させるためには、アイデアだけではなくそのアイデアをどのように事業化するかも重要です。しかし、事業化段階において、どんな点に注意してどのように実行すればよいのかについてはそれほど明確ではありません。今回は、事業化に向けてのイノベーションの実行段階に焦点を当て、どのようにすれば障害を乗り越えられるかを述べた、ゴビンダラジャン、トリンブル著、「イノベーションを実行する」[文献1]の内容をまとめておきたいと思います。

本書の原題は「The Other Side of Innovation, Solving the Execution Challenge」です。著者らは、「確かにアイデアなしではイノベーションは始まらないが、『ビッグアイデア探し』の重要性はあまりにも強調されすぎている。だからわたしたちは・・・イノベーションの向こう側、つまり『実行』を取り上げることにした。[p.284]」と述べています。原題にあるthe other sideは、もう一つの側面(向こう側)、すなわち「アイデア」とは異なる側面=「実行」の側面、でありこれが主題ということでしょう。

本書のもう一つの特徴は、著者らが、いわゆる起業家ではなく大企業におけるイノベーションを想定している点です。著者は、「現実問題としては、多くのイノベーションはゼロからの起業家の手には届かないところにある。しっかりと確立した大企業にしか、取り組めないのだ・・・。わたしたちは、大企業こそ、人類が直面している・・・最大の、そして複雑な問題解決に最も貢献できると考えている。[p.295]」と述べています。これは、Christensenがイノベーションのジレンマで指摘した「実績ある企業の成功のかぎとなる意思決定プロセスと資源配分プロセスこそが、・・・破壊的イノベーションに直面したときに優良企業がつまずき、失敗する理由である[文献2、p.139-140]」、「初期の破壊的技術によって生じるチャンスが動機づけになるほど小規模な組織に、プロジェクトを任せる方法を選ぶべきである[文献2、p.192-193]という考え方に逆らうもののように思われます。しかし、著者らは、破壊的であるかどうかにかかわらず大企業にイノベーション実行上の問題点があるなら、その問題点が取り除かれれば小規模な組織でなくてもイノベーションが可能になる、と主張しているようにも思われます。以下、本書の内容をまとめます。

はじめに:イノベーションを実行する
・「イノベーションのほんとうの課題はアイデアの先にある。そこには――創意から影響力をもつ現実への――長く厳しい道程がある。[p.51]」
・「『パフォーマンス・エンジン』は強力で有能だ。生産性と効率を実現し、成長に導く力があるし、ある程度のイノベーションの能力もある。継続的な改善のプロセスや過去と類似商品の開発イニシアチブには取り組むことができる[p.51]」。ここで「パフォーマンス・エンジン」とは、「成長し成熟していく企業は毎四半期に安定した利益を上げるというプレッシャーによってかたちづくられ、型にはめられる。組織は不可避的に、わたしたちが『パフォーマンス・エンジン』と呼ぶものに進化する[p.30]」、というものです。
・(パフォーマンス・エンジンの能力を)「超えた部分では、イノベーションと継続事業のあいだには基本的な矛盾があり、『パフォーマンス・エンジン』だけではイノベーションは不可能になる。[p.51]」
・「イノベーション・リーダーは自分たちが既存の体制と闘う反逆児だと思いこむ場合が多い。だが、官僚的な怪物に一人で立ち向かっても勝ち目はほとんどない[p.52]」
・「本書の基本的な処方箋:どのイノベーション・イニシアチブ(取り組み)にもそれ専用のモデルで編成されたチームと、綿密な学習プロセスを通じてのみ修正される計画が必要である。[p.52]」
・『パフォーマンス・エンジン』との緊張は避けられないにしても、イノベーション・リーダーは『パフォーマンス・エンジン』と相互に尊重し合う関係を築く努力をすべきである[p.52]」

第1部:チームづくり
第1章、分業
:専任チーム(フルタイムでイノベーション・イニシアチブの実行に専念する)と共通スタッフ(「パフォーマンス・エンジン」の一部で、パートタイムで一部のイノベーション・イニシアチブの実行や支援にあたる)のあいだで、イノベーション・イニシアチブ実行の責任をどう分担するかを決める。
・「業務上の関係から生じる限界は、個人のスキルの組み合わせから生じる限界よりもずっと厳しい[p.70]」。「問題は、『パフォーマンス・エンジン』が継続事業をうまく維持したうえで、何ができるかということだ。・・・『パフォーマンス・エンジン』内部の作業編成がイノベーション・イニシアチブのある部分の必要性と矛盾するなら、その部分は専任チームに任せなければならない[p.61]」。「イノベーション・イニシアチブを支援する『パフォーマンス・エンジン』が取り組む仕事は、継続事業と並行して流れるものでなければならない・・・。それならイノベーション・イニシアチブの支援が追加されても、『パフォーマンス・エンジン』を流れる仕事の量が変化するだけですむ。[p.72]」
・「パフォーマンス・エンジン」の作業編成がイノベーション・イニシアチブの要求に適合するかどうかは、作業編成の3つの基本的側面(深さ、パワーバランス、作業リズム)から判断する。深さとは、例えば同じ部品を担当するなどの場合に密接に協力するなど、業務上の関係の深さのこと。パワーバランスとは、例えば権威や主導権を持つなどのこと。作業リズムは、開発期間、予算規模などのこと。[p.62-88

第2章、専任チームの人材集め:誰を専任チームに入れるか、またその役割と責任を決める。
・専任チームを結成するときのアドバイス:1)必要なスキルを明確にする、2)可能な限り最高の人材を採用する、3)専任チームの組織モデルを仕事の内容に合致させる。[p.93
・よくある7つの間違い
第1の罠、インサイダー重視のバイアス:プライド、なじみ、気楽さ、便利さ、報酬規定、社内の人間にチャンスを与えたいという思いなどから内部の人間をチームに入れたくなるが、スキル不足のリスク、組織の記憶に妨げられて失敗するリスクがある。組織の記憶とは、いわゆる、古いやり方、慣れ親しんだやり方、習慣やバイアス、行動パターン、思考パターンなど。「専任チームには内部の人間と外部の人間の両方が必要だし、『パフォーマンス・エンジン』との健全な共同事業が必要[p.103]」。ゼロベースの組織デザイン(専任チーム独特の役割と結びつくもの)が必要。[p.95-106
第2の罠、役割や責任について、それまでの規定を援用する:これを防ぐには、新しい肩書、過去の知識を一掃する業務分担、専用スペースなどが効果的。[p.106-108
第3の罠、パフォーマンス・エンジンのパワーセンターの支配を再強化する:力を持っている部署の影響力を変化させるために、外に見える形式的な手段などを用いるとよい。[p.108-109
第4の罠、それまでどおりの数値目標で業績評価を行う:「パフォーマンス・エンジンではとても意義のある数値目標でも、専任チームにも同じように意義があるという場合はごく少ない[p.109-110]」。
第5の罠、異なる社風の創造に失敗する:「イノベーション・リーダーは新たな価値観を表現する新しいストーリーを創造し、広めたほうがいい。」「専任チームは自分たちだけにイノベーションの気風があると主張してはいけない。」[p.111
第6の罠、できあがったプロセスを使う:「専任チームがパフォーマンス・エンジンをコピーすべきだという状況はありえない。[p.112]」
第7の罠、同質化圧力に負ける:「あらゆる手段で効率を最大化しようとするサポート機能のリーダーがいると、専任チームは組織の記憶を克服することがほぼ不可能になるだろう。こういう面では自分たちを例外扱いしてもらいたい、と強く主張しなくてはいけない。[p.112-113]」

第3章、共同事業のマネジメント:求められるものを明確にし、必ず起こる対立を調整する。
第1の課題、稀少なリソースの取り合い:リソース配分は、1つのプラン、1つのプロセスを通じて行う、共通スタッフに十分な支払いをする、配分されたリソースに支払いをする、パフォーマンス・エンジンの業績評価を、不確実なイノベーション・イニシアチブとできる限り切り離す、事前に緊急事態に備えて対策を考えておくことなどで回避できる。
第2の課題、共通スタッフの関心の分裂:「専任チームにとってはイノベーション・イニシアチブがすべてだが、共通スタップにとってはたくさんのことのなかの一つにすぎない。[p.142]」「イノベーション・イニシアチブがパフォーマンス・エンジンの立場や生き残りを脅かすと感じる理由があれば、共通スタッフのエネルギーを向けてもらうのは非常に困難だろう。・・・いままでのアセットを弱体化させるか、継続中のオペレーションを食い荒らすのではないか、とパフォーマンス・エンジンが不安を感じているときには、とりわけ難しい[p.144]。」こうした場合には上級エグゼクティブの積極的な関与が重要。
第3の課題、パートナーの不調和:「パフォーマンス・エンジンと共通スタッフが専任チームに不満を抱くのにはさまざまな理由がある。要するに、『あなたがたはわれわれとは違うから、われわれに優越感を抱いているように見えるから、もっと楽しそうだから、あなたがたにばかり日が当たるから、特別待遇をされているから、何より、われわれの縄張りに侵入しているから、気に入らない』というわけだ。[p.149]」これに対しては、責任分担の明確化、共通の価値観の強化、共通スタップの積極的協力が欠かせない役割はインサイダーのメンバーに任せる、専任チームを共通スタップの重要メンバーの近くに置く、協力できることの重要性を強調する、などが役に立つ。[p.149-150

第2部、規律ある実験
第4章、実験の整理と形式化:
実験から学習するための基本原則
・「わたしたちの目的にとっての学習とは、憶測に基づく予想を信頼できる予測に変えていくプロセス[p.171]」
・実験の形式化:「実験開始前に、何をしようとしているのか、何を期待しているのか、その理由は何かを書き出しておく。そして起こると考えたことと実際に起こったことの違いを分析して、教訓を引き出す。それから学習に基づいて、プランを練り直す。[p.176]」という科学的手法を採用すべき。
・実験指針の10原則
原則1、プランニングへの重点投資:不確実性が増すほどプランニングの価値は減少すると考えがちだが、「予測の価値は正確性にあるのではなく、その後の結果の解釈の目安になれるかどうかにある。[p.181-182]。」
原則2、一から作り上げるプランとスコアカード:「イノベーション・イニシアチブは過去からの意図的な決別だ。標準的なプランニング・プロセスやコスト項目、業績評価の数値指標が当てはまることはめったにない。」[p.182-183
原則3、データと想定の議論:「大胆なイノベーション・イニシアチブは・・・10%がデータで90%は未知の世界かもしれない。このような状況でデータの話しかできないなら、大事なことの10%しか語れない。それよりも未知のことに目を向けて、予測のもとになっている想定の具体的な輪郭を明らかにして話し合う方がずっとうまくいくだろう[p.184]」
原則4、仮説を明確にし、文書化する:「土台となる仮説をきちんと明確な文書にしておかなくてはいけない。この原則を守っていないと、・・・何が起こったのか、それはなぜなのかについての説明をでっちあげてしまうかもしれない。・・・バイアスと政治的駆け引きが学習を排除してしまう。[p.185-186]」
原則5、わずかなコストで多くを学習する:「大規模な実験を開始する前に、もっと小型の実験でも同じ情報が得られるのではないかと問いかけたほうがいい。[p.186]」
原則6、結果の検討は別の会議で:「イノベーションの検討と継続事業の検討を同じ会議で行うのは難しい。検討すべき内容がまるで違っているからだ。[p.187-188]」
原則7、プランを頻繁に見直す:「頻繁に見直すことが重要なのは、学習のペースはプランを見直して改訂するペースに制約されるから[p.189]」
原則8、趨勢を分析する:「イノベーション・イニシアチブの評価の場合、・・・黒白がはっきりしていない。目を向けるべきは結果ではなくて、趨勢(トレンド)なのだ。[p.189]」
原則9、予想の正式な見直し:イノベーションの場合、「当初の予想はほとんどの場合、間違っている。さらに、学習プロセスは予想改善のプロセスである。したがって予想が変更不能であれば、学習は不可能になる。」ただし、「予想の見直しは厳密な学習プロセスを経てのみ、行われるべきだ。学習された結果に対する関係者たちの同意が必要」[p.191
原則10、イノベーション・リーダーの評価は主観的に:「イノベーション・リーダーに説明責任を求めることは、いくつかの悪影響を及ぼす。」予想を低めに設定する、努力を放棄してあっさりあきらめる、情報を隠す、プランどおりに運ぼうとして、不必要なリスクを冒す、等が考えられる。数値ではなく、「学習し適応する能力で評価」すべき。[p.191-193

第5章、仮説のブレークダウン:
・「イノベーションの土台となる仮説は、行動と結果、その後の結果の因果関係に関する想定からできあがっている[p.231]」。「因果関係のマップを作ったら、それぞれのつながりを検討しよう。それぞれの想定はどこまで不確実か?想定が違っていた場合、どんな結果になるか?最も重要な未知数は何であるかを明らかにして、スピーディーに低コストでその未知数をつきとめる方法を見つけること[p.232]」

第6章、真実を見つける:「結果を解釈する際には、分析的で客観的な解釈ではなく、心地よくて都合がよい解釈に向けて組織から無数の圧力がかかる。これらの圧力を理解し、克服しなくてはならない。[p.167]」
・判断に影響する7つのバイアス
バイアス1、予測の過信:「失敗は予測の間違いではなく実行の欠陥にあると説明したがる傾向は、イノベーションにとって普遍的な、そして最も危険な敵であるとわたしたちは考えている[p.238]。」GEのような「強烈な業績重視の社風がプラスに働くのは、信頼できる予測が可能な環境だけである。・・・パフォーマンス・エンジンでは予測は正しいとみなされる。イノベーションでは予測は間違っているとみなさなくてはならない。[p.240]」「わたしたちは長年、計画に対する責任を厳しく問うことがイノベーションを妨げると繰り返してきた。[p.241]」「因果関係をたどっていくと、前例がはっきりせず、予測が信頼できないところにぶつかるだろう。そうなれば、結果責任はもうリーズナブルでも効果的でもない。責任のモードを結果から学習へと変える必要がある。リーダーは結果に基づいて評価されるのではなく、厳密な学習プロセスに従ったかどうかで評価されなければならない[p.249]」「イノベーション・イニシアチブは・・・会社の賭けであり、リーダーの第一の仕事は制御実験を行うことである[p.258-259]」。
バイアス2、エゴ・バイアス:「人は実験に成功したときには計画して実行した行動のおかげだと考え、失敗すると外部の影響のせいと考える傾向がある[p.261]
バイアス3、新近性バイアス:「実験の結論を出すときには直前の出来事に注目してしまい、実験の最初から終わりまでの出来事をトータルに検討するのを怠るという過ちを犯す傾向がある。[p.262]
バイアス4、慣れのバイアス:「慣れ親しんだ説明に流れる[p.262]
バイアス5、サイズのバイアス:「大きな結果は大きな行動によって生まれると頭から思いこむ[p.262]

バイアス6、単純性バイアス:「いちばんよくある――そして危険でもある――拙速な評価方法は、単純にパフォーマンス・エンジンの数値指標と基準をイノベーション・イニシアチブに適用することだろう[p.263]
バイアス7、政治的バイアス:社内の競争に基づくバイアス。

結論:前進、そして上昇
・「監督役のエグゼクティブの責任は、四つに分類できる。まずイノベーション・イニシアチブに良いスタートを切らせること、パフォーマンス・エンジンとの関係を監視すること、厳密な学習プロセスを進行させること、そしてイノベーション・イニシアチブの幕引きをすることだ。[p.269]
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本書の第一の意義は、既存事業を持つ企業が、事業化に向けてイノベーションを実行しようとする際に、社内の資源を有効に活用する上での障害と、その障害を乗り越えるためにはどうしたらよいかがまとめられていることでしょう。既存事業を営む企業が、破壊的イノベーションに対してうまく対応できないこと、自ら破壊的イノベーションに乗り出し難いことは、Christensenの指摘のとおりだと思いますが、本書の著者らにより、具体的に既存企業の何がイノベーションの障害になりうるかが明らかにされたことにより、その障害への対応が取れる可能性が示されたのではないでしょうか。もちろん、既存企業の社風や社内力学に基づく障害を克服することは容易ではないでしょうが、うまく実行さえできれば、既存企業の強みを生かしたイノベーションを生み出す可能性が示唆されていると思います。既存企業の強みと弱み(障害)を認識することで、イノベーションの特性に合わせて様々な実行上の選択肢を検討することができるようになると思います。

著者らの述べているイノベーションの障害とその回避策については、私の個人的経験に照らしても理解しやすいものです。もちろん、イノベーションを進める上での困難は、これだけにとどまりませんし、その回避策も著者らの提示した方法以外のやり方もありうるでしょう。イノベーションの内容や、その企業の状況に応じて、変えていく必要がある場合もあるでしょう。例えば、著者らはイノベーションにおける上級経営陣の積極的な支援を重要視していますが、そうした支援が得られない場合には、どうしたらよいのか、という疑問もわいてくるわけですが、そのような疑問に対しては、そうした障害を生み出すメカニズムについての著者らの示唆に基づいて、個別に対応を考えることが可能だと思います。それは我々に与えられた課題なのでしょう。

イノベーション成功の方法を探ることは本ブログの主題でもあります。そのためにどのような実行の方法をすべきかについては様々に考えてきましたが、その視点は研究グループをどう運営するか、という点にやや偏っていたかもしれません。著者らの指摘するような、イノベーションを達成する手段としての社内連携についても、しっかりと考慮する必要があることを認識させられた点、その内容に加えて有意義だったと思います。

文献1:Vijay Govindarajan, Chris Trimble, 2010、ビジャイ・ゴビンダラジャン、クリス・トリンブル著、吉田利子訳、「イノベーションを実行する 挑戦的アイデアを実現するマネジメント」、NTT出版、2012.
文献2:Christensen, C.M, 1997、クレイトン・クリステンセン著、伊豆原弓訳、「イノベーションへのジレンマ」、翔泳社、2000.

参考リンク<2014.1.26追加>


成功体験の意味

成功体験は仕事を進める上で役に立つとよく言われます。その一方で、成功体験は新しいことに挑戦する際の障害になることもよく指摘されます。今回は成功体験の持つ意味とその扱い方について考えてみたいと思います。

成功体験の作用

まず、成功体験によってもたらされる作用を、好ましい効果と、起こり得る弊害や問題点に分けてまとめてみましょう。

・心理的側面

よい効果:成功を体験すること、難関を克服することによって自分の能力に自信が持てるようになる。

問題点:自分の能力を過信し、傲慢になったりアドバイスや現実を受け入れにくくなったりする。

・経験から得られる知識の側面

 よい効果:うまくいく(いった)やり方を学習でき、その経験や知識を次の機会に生かすことができる。

 問題点:経験から得た知識ややり方が、別の機会にも適用できると思いこんでしまう。

つまり、成功体験から得られる心理的効果と、経験や知識(ハウツー)のそれぞれに良い面と悪い面があるため、何かを行おうとする時に過去の成功体験が役に立ったり、逆効果を生んだりすることになるのだと思われます。

成功体験が生むよい効果があることについては、疑問の余地はないと思いますが、成功体験から生まれる傲慢は、リーダーがつまずく原因や、企業衰退の原因となることが指摘されています。また、成功体験がイノベーションを進める上での障害となることは、経験から得られた知識ややり方が別の場面で生かせるとは限らないことに基づくものと考えられます。実際、過去のやり方にしがみついて新しい考えを取り入れることが遅れたり、成功した経験だけを頼りに過去のやり方が将来にわたって正しいと思いこんでしまうことはよくあることではないでしょうか。そのため、成功体験の弊害が懸念される状況では、成功体験を捨てるべきであるということがよく言われるのでしょう。

このように考えると、成功体験の本質的作用は、その体験自体にではなく、そこから何を得て、何を次の機会に生かそうとするか、ということの中にあると考えられます。すなわち、心理的側面におけるよい作用について言えば、自らの能力や可能性に自信を持てるようになることであり、知識の側面については、役に立つやり方を身につけるということになるでしょう。しかし、これらの作用を得るために成功体験が必須である、ということにはならないはずです。自信を持つことは、自分が何かを達成できそうだという感覚を持つことにつながりますが、より広い意味では幸福感を身につけること、とも考えられます。知識の面では、成功体験からだろうと失敗体験からだろうと、経験から正しく教訓を学びとることができればよいはずです。すなわち、成功体験が持つよい作用は、必ずしも成功体験からもたらされる必要はなく、マネジメントによって同じ効果を引き出し、コントロールできる可能性もあるといえるのではないでしょうか。

成功体験の悪い面を防ぐことに関してはどうでしょうか。成功体験に悪い作用があるならば、その影響が出ないように、マネジメントによるコントロールを行なうことは必須でしょう。心理面では、成功者が傲慢にならないように、また、他人のアドバイスを受け入れられるようにコントロールすることが重要になるでしょう。一般に、成功した人物に対して批判やアドバイスをすることは、その成功自体の評価を貶めるように受け取られることが多いため、抵抗感があって難しいことかもしれませんが、であればこそマネジメントが必要でしょう。知識面については、成功という結果が注目されることで、そのプロセスや成功要因についての分析が不十分になる可能性があります。人は、失敗したことについてはその原因をあれこれ悩んだり考えたりすることが多いものですが、成功したことに関しては、結果よければすべてよし、ということで成功の原因をきちんと振り返らない傾向があるのではないでしょうか。本質的な成功の要因は他の人の能力や頑張りにあるかもしれません。自分ではコントロールできない環境要因、極端な場合には運により成功することもあるでしょう。成功によって自らの能力に自信を持つことはよいことだとしても、成功の原因を間違えて認識することは、間違ったやり方を学習してしまうことになりますので、何よりも、成功の原因を正しく理解した上で、同じやり方が次の課題にも有効かどうかを慎重に判断する必要があるはずです。もし、成功によって得た自信(過信)によって、異なる状況に対する情報収集や現状認識が疎かになったり、判断に歪みが生じたりするようなことがあれば、次回の成功は期待薄でしょう。マネジメント上のアドバイスとして「成功体験を捨てよ」という指摘がよくなされるのは、このような成功体験の危うさを懸念したものと考えられますが、成功体験の何を捨てなければならないかを判断し、よい面を次回に生かすためにはやはりマネジメントによるコントロール、仕組みの整備が必要ではないかと思います。

成功体験を生かすには

では、具体的なマネジメントはどのようになるでしょうか。要するに、上記のような成功体験の弊害を防げればよいわけですが、ひとつのアプローチは、同じような好ましい心理的効果を発揮するが、副作用のある成功体験重視とは異なるマネジメントを行なうことが考えられます。成功体験などなくても高い意欲が維持されるようなマネジメントができればよいと考えれば、成功体験という外部からの報酬に頼ることなく、内発的な意欲を刺激するような方法があるでしょう。この時、組織として、心理的なサポート、育成やコーチングを与えることも重要だと思われます。もう一つのアプローチとしては、成功体験が得られた場合にその体験がもたらす弊害を緩和するようなマネジメントがあり得るでしょう。まずは個人に対して、成功体験によって傲慢になったり、判断を誤ることがないように自覚を促すことが必要でしょうが、組織運営上のしくみで対応することもできると思います。例えば、成功したこと自体の過大な評価を控え、そのプロセスにおいて得られる、努力が報われる快感や、成功に至る挑戦ができたことの方を重視することで、傲慢な考え方に陥りにくくすることが考えられます。さらに、成功要因をしっかりと分析することも必要でしょう。個人の能力だけではなく、その能力が発揮できた環境(運も含めて)の影響をしっかりと認識することで、成功体験の適用限界を認識できるようになるかもしれません。また、成功者に対して、さらに高い目標や、違う分野の目標を与えることで、成功によって学習した(と錯覚した)やり方が別の状況では役に立つとは限らないという体験を促すこともできるでしょう。もちろん、この場合にもマネジメントによるサポートとフォローは必須でしょうし、成功体験による意欲向上の程度や、傲慢になるかどうかの傾向には個人差があることを考慮に入れたマネジメントとすることも必要でしょう。

個人的な感覚で恐縮ですが、成功体験の重要性を説く人には、成功体験が次の成功に結び付いた経験をお持ちの方が多いような気がします。しかし、その経験どおりにいつも成功が得られるとは限らないことは明らかです。成功事例から学べることが多いのも事実ですが、成功体験があってもなくても成功の本質を理解してマネジメントすれば成功の確率は上がるでしょうし、成功体験のマネジメントに失敗すれば足をすくわれて失敗することもある、ということではないでしょうか。成功、失敗を問わず高い意欲を持てるようにし、経験から正しく学び正しく判断できるようなマネジメントを行なうべきであるということが、成功体験の効果をめぐる見解の違いから導かれる本質的な教訓なのではないかと思います。


 

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