研究開発マネジメントノート

研究開発とそのマネジメントについてのいろいろ

情報

情報の扱い方(ハーツ著「情報を捨てるセンス選ぶ技術」より)

情報を生み出すことは、研究開発の基本的役割のひとつだと思います(以前に、「製品開発は、情報を生み出す非定形の業務である」というThomkeらの考え方をご紹介しました)。しかし、すべての研究者が情報をうまく扱えているか、というと、自分自身も含めて実際は甚だ心もとない、という気がします。加えて、最近ではインターネットの発達により、情報の集め方や、集めうる情報の種類もどんどん変わってきていますので、情報を扱うスキルの重要性は以前よりも高まっているのではないかと思います。そこで今回は、情報の扱い方について述べた、ハーツ著「情報を捨てるセンス選ぶ技術」[文献1]から、興味深く感じた点をまとめておきたいと思います。

Chapter 1
、選択と決断が人生を変える
Step 1
、めまぐるしく変化する世界とどう取り組むか?

・「選択の達人になるとは、情報の収集、選別、調査分析をうまくこなし、誰を信じ、誰の助言に耳を傾けるべきかをしっかりと見定め、さまざまな選択肢をきちんと分析し、異なる意見を比較評価できるようになることだ。[p.19]」
・優れた判断や賢明な選択を邪魔する強力な環境要因:1、情報の洪水(信じるべき情報と排除すべき情報を見分ける必要がある)、2、中断という麻薬(例えばメールチェックによる作業の中断があると作業効率が大きく低下するが、自ら進んで中断してしまったりする)、3、無秩序な時代(過去は未来の道しるべにならず、何が信頼できるかを見極めることすら難しい)[p.20-28
・「自分の診断に絶対的な確信をもっている人にかぎって頻繁に間違っていることが、多くの調査で明らかになっている。[p.33]」
・「本書の目的は、みなさんにより自信をもって、他人に依存せず、自分の頭で考え、賢明な意思決定ができる力を身につけてもらうことだ。[p.34]」

Chapter 2
、目を見開いて世界を見る
Step 2
、正しい情報を見落としていないか?

・「もっとも目をひく情報が必ずしもいちばん役に立つとはかぎらない[p.43]」
・視界をさえぎるもの:1、非注意性盲目症(「人は何かに集中していると、・・・感覚範囲に入ってくる新たな事象を記録しない[p.44]」、2、パワーポイント(「要約した情報をもとに意志決定をする場合には、その過程において、カギとなる詳細事項や微妙なニュアンスを見落とす可能性がある[p.50]」、3、数字崇拝(「数字崇拝によって、実際には測定できないものにまで数値が付けられてしまうことがある[p.51]」
・「私たちの多くは、自分に直接影響のあることがらに関して悪い出来事が起こるとする情報は退け、よい情報だけに注意を向ける[p.57]」。「ある結論に飛びついてしまうと、人はそれを支持する情報に注目し、それを否定するものや、最初の判断と合致しないものはすべて無視してしまう[p.62]」。「過去の成功や失敗に固執しすぎて、まともな思考ができなくなったり、偏見のない客観的な心で現在の問題を評価できなくなってはいけない。私たちの環境とそれがもたらす結果の相互作用は絶え間なく変化するということを、強く意識しておこう[p.69-70]」。
・まず、「無意識のうちに視野が狭まっているかもしれないこと[p.73]」に気づくこと。他には、「スピードを落とし、認識誤りを回避すること[p.74]」、決断を遅らせること、柔軟性のある決断とすること、評価を継続的に行なうこと、「成功からも失敗からも学ぶ機会は得られること[p.81]」も考えるべき。

Chapter 3
、真実の管理人になる
Step 3
、言葉の力にあやつられていないか?
・「ものごとを伝える方法――使用する言葉、画像、比喩の選択――が、情報の処理のしかた、評価のしかた、さらには判断のしかたにも大きな影響を与えている[p.86]」。
・人は言葉だけでなく、「最初に与えられた情報にとらわれる“アンカリング効果”[p.95]」、数値の表現、色、音、接触、におい、環境などの影響を受ける。「もし・・・だったら」と自分に問いかける、反対の選択肢を考えてみる、情報を伝えているのは誰なのかを考えてみることなどが有効。[p.106-107

Step 4
、専門家に服従していないか?
・fMRIスキャナー実験によると、「専門家のアドバイスに向き合っているあいだ、被験者の脳の独立した意思決定を司る部分は、スイッチが切られたも同然の状態だった。専門家が話しだすと、人はまるで自分で考えることをやめたかのようになる[p.117-118]」。
・「専門家が私たちの世界や知識に大きく貢献してこなかったわけではないだろう。・・・長年積み上げてきた訓練やテクニカルスキル、あるいは特定の分野に没頭することが、何の価値もないなどと言うつもりはない。・・・私が言いたいのは、専門家がグルになり、誰も疑いを持たなくなってしまったり、経験だけで賞賛されたり、科学者が決まりきった方法ばかり用いるようになったり、『自分の仮説は正しい』とする主張が真実と一緒くたになったりすると、人々を危機的状況に陥れるということだ。[p.126]」、「もちろん例外だってあるが、専門家にも欠点はあり、偏見もあるということだ。[p.127]」
・「重大な“客観的”アドバイスを専門家に求めようと思っているなら、・・・どんな利益相反が起こり得るのかを調べるべきだ。[p.129]」
・「専門家というのは、彼らが信じるところの“真理”にいつまでもとらわれる傾向がある・・・たとえ、それが賞味期限の切れた真理であっても。[p.134]」
・「もしもその専門家が自分の意見を頑固なまでに変えようとしない、ほかの立場(見解)を知らない、あるいは人間の限界について受け入れようとしないといった態度を見せるようなら、信頼するに適した相手とはいえないだろう。[p.145]」
・「専門家のアドバイスは、適度に警戒しながら聴き入れよう。専門家だって人間だから、失敗をする可能性は充分にあることを覚えておこる。専門家とは、決定的な事実の管理人ではなく、せいぜいさまざまな主張を聞かせてくれる調査員ぐらいに考えておこう。[p.146]」

Step 5
、素人専門家(レイ・エキスパート)を見逃していないか?
・素人専門家とは、「ちゃんとしたステータスをもっているわけでも、従来の専門家の訓練を受けているわけでもないが、話題に関連する豊富な実体験をもっている人たちのこと[p.153]」。「科学に精通していない、ものごとがどうしてそのように機能するのか、あるいはどうしてそう見えるのかを恐らく説明できないが、それぞれのケースで、実体験や問題に没頭することによって彼らが得た洞察や知識は比類ないほど価値がある[p.156]」。「作業現場からの洞察がよい結果につながる可能性があるのは明らかだ。・・・多くの企業が社内の素人専門家の知識を著しく過小評価し続けている。[p.161]」
・予測市場(プレディクション・マーケット):「将来起こるだろうと思われる出来事について――実質的には賭事市場(ベッティング・マーケット)なるものをとおして――情報を集める方法[p.162-163]」。「市場の仕組みは・・・まず従業員に賭けの対象・・・が与えられる。彼らには予想が当たった場合、もしくはトップトレーダーから認知された場合に賞金が出る。・・・賭けに参加している人々の意見を集めることで、さまざまな結果に対する市場価格が決定する。それは、実質的に質問に対する答えを従業員がどう考えているかを反映した価格であり、賭けに参加している人たちがその予測を正しいと思っているか間違いだと思っているかによって上下する。[p.164]」
・限界と注意点:「素人専門家に、あなたの知りたい分野の実体験がなければ、彼らの情報はおそらく役に立たないだろう[p.169]」。「素人知識は本来ケーススタディであるため、必ずしも一般論として受け取ることはできない[p.170]」。

Step 6
、誰でも市民ジャーナリストになり得るのか?
・「すべての市民ジャーナリストの証言を総合すれば、これまで扱ってきた量を大幅に上回る情報量になる。・・・この情報革命は私たちにとてつもなく大きなチャンスも与えてくれている。現場や情報源から直接届く、フィルターがかかっていない、情報操作も編集もされていないリアルタイムな情報をもとに判断ができるのだ。[p.184-185]」
・他にも、ウェブの盗み聞き、グーグルトレンド(検索キーワードを照合できるサービス)も活用できる。[p.189-199

Step 7
、なりすましとやらせを選別する
・「ウェブ情報時代が与えてくれる、真実の管理人になれるチャンスは真摯に受けとめるべきだが、ウェブの世界はイデオロギー主義者、過激主義者、ウソつき、ペテン師、悪意のあるいたずら者などの温床でもあるという事実に警戒していなければいけない。[p.217-218]」
・少し掘り下げる、情報源は誰なのか確認する、どんな価値観で発言しているか、情報入手方法、検証できる資料はあるか、他の人が同じ主張をしていないか確認することが、情報選別に有効[p.240-242]。

Chapter 5
、情報を選ぶ技術を磨く
Step 8
、数学から逃げていないか?

・提示された数値情報を評価する注意点:何か特別な目的をもっていないか、数字は操作されていないか、オリジナル情報源は?、グラフは可視化段階で情報をねじ曲げられていないか、適切な文脈にあてはめてみたらありふれたことなのでは?、いいとこ取りのデータではないか、データの切り分けは適当か、見せられていないデータは?、サンプリングは適当か、他の説明はできないか、アンケート回答者は真実を答えているか、絶対リスクか相対リスクか、など。[p.292-295

Step 9
、“自分という受信機”をチェックしているか
・「激しいストレスは人間の判断を乱してしまうこともある。・・・不適切な数字にとらわれたり、別の行動を考えられなくなったり、慣れ親しんだものや習慣的なものから離れられなくなったりしがちなのだ。・・・慢性のストレスがあると、視野が非常に狭くなってしまう。[p.299-301]」
・「判断をゆがめるという意味では、・・・気分や感情はもっと広い意味で判断に影響を及ぼす[p.304]」。「自分の感情を見きわめ、分類し、理解することを学ぶのは、意思決定をするうえできわめて重要なことだ。それによって、自分の感情から切り離され、判断にバイアスをかけたりゆがめたりする感情を、正しい判断に不可欠な感情から切り離すことができる。[p.313]」
・「低血糖は被験者を一時の感情に駆られやすくし、誤った投資選択を起こしやすくする。・・・空腹は判断力を損なう場合があることを警告されている[p.316]」。「脳が睡眠時間を奪われていると、判断に伴う”Pros and cons(メリット/デメリット)“をきちんと推し量れない傾向がある。その代わりより衝動的になり、かつ慎重さがなくなるので、不要なリスクを取りがちになったり、自分の判断が大惨事を起こすかもしれないという想像力が働かなくなったりする。危険なほど自信過剰になってしまうわけだ。[p.321]」

Chapter 6
、いまこそ変革を起こす
Step 10
、”みんなの判断“に同調していないか?

・「私たちはまわりの人間が何を言うか、何を考えるか、何をするか、あるいは何をしないかにも、大きく影響を受けてしまう。[p.332]」
・「私たちは自分と似た人たちの真似をしたり、同調したり、そういう人たちと自分のまわりに集めたりする――これは明らかだ。・・・環境が仲よしグループ的であればあるほど、自発的な人間が異なる意見を口にしなくなる――その異なる意見こそ、意思決定の質を高めるために耳に入れておく必要があることも多いのだ。歴史を見れば、あまりにも周囲に従順すぎたり、あるいは意見の相違がほとんどなかったりしたせいで引き起こされたひどい判断や間違った予測がそこらじゅうに散らばっている。[p.338-339]」
・「私たちは自分と似た、あるいは同じ国籍や民族性、年齢の人を友人にしたがる――似たような格好をする人、外見が似ている人、出身校が同じ人。デジタル時代には心配な現象だ。今日、私たちは情報源から直接、生の情報を受け取ることができるものの、たいていは情報の洪水に対処しようとして、きわめて狭いグループ――友人――が好む情報に集中することになる。・・・もし友人が自分とよく似た人たちばかりなら、・・・まだ見つけていないたくさんの新しいアイデアや意見だけでなく、多様性や異なる意見のメリットもシャットアウトしてしまうわけだ。[p.352-353]」
・「”ナローキャスティング“とは、情報世界をあなたと似た人を通してのみフィルタリングすること。・・・違うレンズを通して世界をみることや、選択可能な観点を自分のまわりに置くことはとても重要なことだ。[p.364]」。「職場では意識的に多様性のあるチームを作ろう。[p.364]」

―――

本書を読むと、「情報を扱う」とはいっても様々な難しさがあることがわかります。その難しさを大きく3つに分類すると、情報自体の問題、情報の受け手である自分自身の問題、自分自身に影響をあたえる環境の問題、と切り分けることができるでしょう。情報を生むことが研究部隊の仕事であるならば、研究に携わる者は、このような情報の扱い方についてもよく理解し、よい情報をうまく集め、情報をうまく活用し、より正しい意思決定を行うことができなければならない、とも言えるのではないでしょうか。本書にも述べられているように、インターネット技術の発展は我々を取り巻く情報環境を大きく変えています。これからの時代、研究部隊には情報を扱うプロフェッショナルとしての役割も求められているようにも思いますが、いかがでしょうか。


文献1:Noreena Hertz, 2013、ノリーナ・ハーツ著、中西真雄美訳、「情報を捨てるセンス選ぶ技術」、講談社、2014.
原著表題:Eyes Wide Open: How to Make Smart Decisions in a Confusing World

参考リンク



「ミンツバーグ マネジャー論」より

不確実性の高い研究開発をうまく進めるには、事前に周到な戦略を立てるよりも、戦略が市場からわき出てくるような「創発的戦略」をとることが好ましいという考え方を以前にご紹介しました。この創発的戦略は、実践家の立場から見て、大変重要な考え化tだと思っていますので、その提唱者であるMintzbergがマネジメントをどう捉えているかについても興味のあるところです。

そこで今回は、ミンツバーグ著「ミンツバーグ マネジャー論」[文献1](原著表題は、Simply Managing: What Managers Do – and Can Do Better)を取り上げます。創発的戦略同様、ある思想に基づいて具体的な方法論を演繹的に検討するというアプローチではなく、現実に基づいたマネジメント論として参考になる点が多いと感じましたので、特に興味深く感じた点をまとめたいと思います。

第1章、マネジャーにまつわる定説
・マネジメントをありのままに見ることをさまたげる3つの『定説』:
1、「リーダーは、正しいものごとをおこない、変化に対応するのが役割で、マネジャーは、ものごとを正しくおこない、日々の面倒な業務に対応するのが役割だと言われる」。「実際には、いま私たちが憂慮すべきなのは、マイクロマネジャーではなく、おおざっぱにリーダーシップを振るいすぎる『マクロリーダー』だ。組織の上層部の人間が現場を知ろうとせずに『大きなビジョン』だけを振りかざし、いわば遠隔操作でマネジメントをおこなおうとする風潮があるのだ。・・・リーダーとマネジャーを別物と考えるのではなく、両者を一体のものとみなし、リーダーシップとは成功しているマネジメントのことだと理解する必要がある。[p.12-13]」
2、「マネジメントは『サイエンス』でもなければ『専門技術』でもない。・・・マネジメントを成功させるためには、サイエンスだけでなく、アートとクラフト(=技)の要素が不可欠だ。・・・アートは、マネジメントに理念と一貫性を与える。クラフトは、現実の経験に基づいて、マネジメントを地に足のついたものにする。そしてサイエンスは、知識の体系的な分析を通じて、マネジメントに秩序をもたらす。・・・クラフトとアート、それにサイエンスの要素が合わさった仕事であるマネジメントは、実践の行為と呼ぶのがもっともふさわしいだろう[p.13-15]」。「工学や医学の場合、専門教育を受けた専門家はほぼ例外なく、素人より質の高い仕事をする。しかしマネジメントはそうとは限らない。・・・マネジャーが『いちばん知識があるのは自分だ』と思い込むと、マネジメントはうまくいかない。マネジメントとは、なによりも人々の背中を押す仕事だからだ。[p.16-17]」
3、「マネジメントは変わっていない。[p.18]」
・「私のねらいは、マネジメントについての人々の視野を広げ、考える背中を押すことにある。・・・著者である私と一緒に想像をめぐらし、自分の経験を振り返り、問いを発するきっかけにしてほしい。マネジャーの仕事は、どれだけ自分の頭で考えて行動できるかで決まるのだから。[p.20]」

第2章、時間に追われるマネジャーたち――プレッシャーにさらされ続ける仕事
・「マネジメントの質を大幅に改善するためには、マネジャーの仕事に関するイメージと実態のギャップを埋めなくてはならない。[p.26]」
・マネジャーの現実[p.26]:「いつも時間に追われている」、「さまざまな活動を短時間ずつ、細切れにおこなっている」、「ものごとをみずから実行するケースが多い」、「非公式で口頭のコミュニケーションを好む」「対人接触の多くをヨコの人間関係が占めている」、「しばしば目に見えない形でコントロールをおこなっている(「うまく新しい仕事をつくったり、既存の役割を利用したりしている[p.48]」)」。
・「組織の強さを決定づけるのは、コミュニティのメンバー同士の関係、とくに信頼と尊敬である。・・・インターネットはネットワークを強化するかもしれないが、コミュニティを弱体化させる危険がある。[p.51]」

第3章、情報、人間、行動をマネジメントする
・「マネジャーの仕事を、情報の次元、人間の次元、行動の次元という、3つの次元で構成されるものと考えたい。[p.56]」
・「マネジメントの最大の目的は、組織・部署が役割をはたせるようにすること。・・・目的を達成するためには、なんらかの行動が必要とされる。ときにはマネジャー自身が『行動』する場合もあるが、たいてい、みずからは行動から距離を置く。第一に、行動から一歩距離を置いて、メンバーのコーチングをおこない、モチベーションを高め、チームを築き、組織文化を強化するなどして、ほかの『人間』が行動する背中を押す。第二に、さらにもう一歩距離を置いて、セールスチームの販売目標を設定したり、顧客に関する情報を共有したりして、『情報』を使ってほかの人たちの行動を導くこともする。[p.60]」
・情報の次元のマネジメントの要素[p.64-69]:モニタリング(情報収集)、情報中枢(重要な情報がすべて通過する情報の交換台のような存在)、情報拡散、スポークスパーソン、文書以外の情報
・情報を利用した組織のコントロール[p.69-74]:「マネジャーの意思決定は、コントロールの手段という性格ももっている。意思決定を通じたコントロールとしては、『設計(プロジェクトや構造、システムなどの設計)』『委任(実行の委任)』『承認(メンバーからの提案を承認するか)』『分配(資源の分配)』『宣告(目標を課す)』という5種類の活動がおこなわれている。
・人間の次元のマネジメント[p.75-93]:組織内の人々を導く要素としては、『リーダーシップ(ただし、魔法の杖ではない)』、『メンバーのエネルギーを引き出す(「必要なのは、マネジャーが人々に対しておこなうエンパワーメントではなく、人々とともにおこなう『エンゲージメント(関わり合い)』」)』、『メンバーの成長を後押しする』こと、『チームを構築・維持する』こと、『組織文化を構築・強化する』ことがあげられる。組織外の人々と関わる要素としては、『人的ネットワークをつくる』、『組織を代表する』、『情報発信・説得をおこなう』、『情報を内部に伝達する』、『緩衝装置になる』がある。
・行動のマネジメント[p.95-108]:組織内での実行として、『プロジェクトに関わる』、『トラブルに対処する』、対外的な取引として、『同盟関係を築く(支持を集める)』、『同盟関係を活用して、交渉をおこなう』ことがある。
・「必要なのはこの3つの次元すべてで活動できるマネジャーだ。・・・マネジャーが実践するさまざまな役割は、すべてが合わさって一つの仕事を形づくっている。一連の役割を切り離して考えるべきではないのだ。[p.110]」

第4章、いろいろなマネジメント――マネジメントの知られざる多様性
・組織のタイプ[p.125-127]:新興企業型組織(一人のリーダーを中心とする中央集権型)、機械型組織(単純な反復業務)、専門家型組織(メンバーはおおむね自分の判断で仕事をする)、プロジェクト型組織(専門家たちのプロジェクトチームを中心とする)、ミッション型組織(協力な組織文化に支配されている)、政治型組織(トラブル対応に追われる)。
・個人的なマネジメントスタイル[p.138-145]:特に注目すべきだと思われる3つの側面は、行動志向の度合い、組織における立ち位置(トップか、真ん中か、いたるところで活動しているのか)、アートとクラフトとサイエンスのバランス。サイエンス偏重では分析過剰の『計算型』に、サイエンスによる体系的分析を欠けば支離滅裂な『無秩序型』に、アート偏重ではアートが自己目的化する『ナルシスト型』に、アートのビジョンを欠けば刺激のない『無気力型』に、クラフト偏重ではマネジャーが自分の経験の範囲内に閉じこもる『退屈型』に、クラフトの経験の要素を欠けば地に足のつかない『現実有利型』になりかねない。マネジメントを成功させるためには、アートとクラフトとサイエンスの3要素を何らかの形でブレンドさせることが不可欠[p.145-144]。
・マネジメントの基本姿勢[p.151-166]、マネジャー以外の人物によるマネジメントの度合い[p.166-175]によっても異なる形態のマネジメントがある。

第5章、マネジャーの綱渡り-マネジメントの避けられないジレンマ
・上っ面症候群[p.178-179]:「押し寄せてくる情報に対処するだけの人物になりがち」
・計画の落とし穴[p.181-185]:「あわただしさのなかで、指示を発し、意思決定を監督することは簡単でない」。必要なのは、戦略プランニングでなくて戦略クラフティング。「戦略は、正式なプロセスをへずに学習されるという形で出現する場合もある。[p.184]」
・分析の迷宮[p.185-190]:「分析によって細かく分解された世界を、どのようにして一つにまとめればいいのか。[p.185]」
・現場との関わりの難題[p.190-198]:「マネジメントという行為の性格上、マネジャーがマネジメントの対象から乖離することは避けられない。・・・現場と切り離される宿命にあるマネジャーが現場との結び付きを失わないためには、どうすればいいのか。」
・権限委譲の板ばさみ[p.198-200]:「マネジャーがほかのメンバーより情報をもっているために、他人に仕事を任せづらいケース」
・数値測定のミステリー[p.200-207]:「数値測定が当てにならないときに、どのようにマネジメントをおこなえばいいのか」
・秩序の謎[p.207-211]:「マネジメントという行為がそもそも無秩序なものなのに、マネジャーはどうすれば、組織のメンバーの仕事に秩序をもたらせるのか。」
・コントロールのパラドックス[p.211-214]:「自分より地位の高いマネジャーが秩序を求めて圧力をかけてくるとき、マネジャーはどうやって重要な『統制された無秩序』を維持すればいいのか」。「大組織では、目標の言い渡しによるマネジメントがますます幅を利かせているが、それはおうおうにして、シニアマネジャーの責任逃れでしかない」。
・自信のわな[p.214-217]:「どうすればマネジャーは傲慢への一線を越えることなく、適度の自信を保ち続けられるのか。」
・行動の曖昧さ[p.217-221]:「どういうときに、手遅れになるリスクを覚悟の上で行動することを待ち、どういうときに、想定外の結果に見舞われるリスクがともなっても迅速に行動すべきかを見極めることだ。」
・変化の不思議[p.221-225]:「マネジャーは、継続性を保つ一方で、どのようにして変化をマネジメントすればいいのか。」
・究極のジレンマ[p.225-227]:「本書では、マネジャーが直面するジレンマを解決することは不可能だということも繰り返し指摘してきた。・・・どのようにして、数々のジレンマに同時に対処すればいいのか」。
・私のジレンマ[p.227-228]:「マネジャーが直面する数々のジレンマは、すべて別々のものとして論じることができる半面、どれも根は同じに見える。この点をどう説明すればいいのか。」

第6章、有効なマネジメントとは――マネジメントの本質を明らかにする
・「成功するマネジャーも欠陥を抱えている。そもそも、欠陥のない人間など一人もいない。マネジャーとして成功する人は、欠陥が少なくともその環境では致命的な弊害を生まないのである。[p.232-233]」
・マネジメントの成功と失敗について考える枠組み:振り返り、分析、広い視野、協働、積極行動、個人的なエネルギー、社会的な統合[p.246-247]。
・エネルギー:「マネジメントの仕事に関して明らかなことが一つあるとすれば、それは、優れたマネジャーがきわめて精力的に活動しているということだ[p.248]」。「マネジャーが『現場との関わりの難題』と『変化の不思議』に対処するうえで大きな役割をはたす。[p.249]」
・振り返り:「優れたマネジャーは、振り返りを重んじているケースが多かった。自分の経験から学び、いろいろな選択肢を試し、ある選択肢がうまくいかなければ、別の選択肢を試してみるのだ[p.249]」。「優れたマネジャーは、自分の頭でものを考えるものなのだ。あわただしい毎日を送るマネジャーには、目の前の活動から一歩距離を置き、自分の経験を振り返る時間が必要だ。そういう時間は、『自信のわな』『計画の落とし穴』『上っ面症候群』『現場との関わりの難題』をやわらげる解毒剤になりうる。[p.251]」
・分析:「分析を過度に重んじればマネジメントが機能しなくなるが、軽視しすぎれば無秩序状態に陥りかねない。・・・適切なバランスをとるのが賢明だ。・・・分析偏重のマネジャーは、『分析の迷宮』と『数値測定のミステリー』に直面する危険があるのだ。しかしその反面、『秩序の謎』に対処するうえでは、混沌状態のなかに秩序を見いだすことも忘れてはならない。[p.251-252
・広い視野:マネジャーにとって大事なのは、「『ワールドリー』であること、すなわち広い視野をもつことだ。・・・『ワールドリー』とは、『人生の経験が豊富であること。世の中の事情に通じていること。実務処理能力が高いこと』。・・・第5章で論じたすべてのジレンマ――特に『行動の曖昧さ』のジレンマ――が浮き彫りにしているのは、マネジャーにとって微妙な細部を理解することがきわめて重要だということだ。そう考えると、ほかの世界を知ることによって自分の世界を真に理解し、広い視野を獲得した人物こそ、マネジメントのジレンマの数々にもっとも上手に対処できるのかもしれない[p.253-256]」。
・協働:「マネジャーに求められるのは、メンバーがみんなで一緒に仕事ができるように手助けをすることだ。・・・『関与型』のマネジャーは、ほかの人たちを関わらせるためにみずからが積極的に関わる。具体的には、敬意をもつこと、信頼すること、配慮すること、鼓舞すること、そして言うまでもなく聞くことが実践される。・・・この一世紀ほどの間、コントロール型のマネジメントに代わって、関与型のマネジメントの重要性が高まってきた。・・・協働志向の強いマネジャーがメンバーに情報を提供し続ければ、『権限委譲のジレンマ』は深刻なジレンマに発展しない。また、マネジャーが協働志向を発揮し、現場と結びつき、現場の情報を多く入手すれば、『現場との関わりの難題』もやわらぐだろう。[p.256-258]」
・積極行動:「優れたマネジャーは、受け身の犠牲者のようには振る舞わない。変化に翻弄されるのではなく、自分で変化を起こそうとする。『行動の曖昧さ』・・・に対処するうえでは、・・・カギを握るのは積極行動だ。・・・もう一つ、『変化の不思議』のジレンマも見落としてはならない。・・・安定を保つためには、変革を起こすときと同じぐらい、積極的な行動が必要とされる場合がある。[p.259-260]」
・統合:「マネジャーに要求されるのは、動的なバランスだ。情報の次元、行動の次元のバランスをとり、アートとサイエンスとクラフトの3つの要素に対するニーズに同時に折り合いをつけ、さらに『お手玉』をするように多くの課題に同時並行で対処する必要がある。[p.262]」
・「組織を得体の知れない階層の積み重なったものと考えるのではなく、積極的に関わり合う人々のコミュニティとみなすことほど、自然な発想はない[p.286]」。「いま私たちは、マネジメントと組織のあり方を再検討し、リーダーシップにとどまらず、コミュニティシップについても考える必要がある。これらのものはすべて、もっとシンプルで、自然で、健全であっていいはずだ。[p.289]」
―――

世の中にマネジメントを上手く行う処方箋や、マネジメントの要点を理解できるシンプルな理論があるならそれを知りたい、と思うのは誰しも同じだと思います。本ブログも望ましい研究開発マネジメントの方法を探ることをテーマにしているわけですが、マネジメントという行為が、少数の要素でシンプルに理解できないものだとすれば、無理な単純化では我々の求める答えは得られない可能性があるのではないでしょうか。

創発的戦略についても同様ですが、著者の考え方は、まず物事をありのままに捉え、現実から学ぼうとすること、そして、物事を理解しようとする我々自身の能力を過信せず、浅い理解で物事が理解できたことにしてしまわない、一種の謙虚さのようなものを感じます。マネジメントが本来複雑なものであるなら、複雑であると言うことをまず理解し、その前提にたって対応を考えるべきだ、ということなのではないかと思います。

実はこうした発想は、科学者の考え方と近いものがあります。実は我々は、複雑な世界のごく一部しか知らないのだということを理解した上で、少しでも真理に近づきたい、望むような結果を出したいという気持ちで研究開発を行っている人は多いのではないかと思います。マネジメントも科学と同様、わからないことだらけと理解すれば、著者の考え方は、技術者には受け入れやすい考え方のように思われます。ただし、わかっていないなりに、著者は様々な提案をしてくれていますし、実務家が陥りやすい誤りにも警告を発してくれているように思います。本書は、いわゆる成功の処方箋のような内容を説明した本ではないと思いますが、だからこそ、実務家にとっても有益な、ハウツーを越えた真理に近い内容を含んでいると感じました。


文献1:Henry Mintzberg, 2013、ヘンリー・ミンツバーグ著、池村千秋訳、「エッセンシャル版 ミンツバーグ マネジャー論」、日経BP社、2014.



「誤解学」(西成活裕著)感想

人間である以上、思考や行動には間違いがつきものでしょう。物事の解釈や理解において間違えることが、「誤解」の普通の意味だと思いますが、場合によってその誤解が人間の活動の大きな障害になることもよくあります。誤解のもたらす不利益を避けるには、まずは「誤解」をよく知ることが必要ではないでしょうか。

西成活裕著「誤解学」[文献1]では、誤解とは何か(どういうことか)、その原因や対応などについて、数理的手法も用いた著者の考えがまとめられています。人間の思考に関わる問題に数理的モデルを使うこと自体興味深いですし、そこから得られる示唆も、マネジメントを考える上で役に立つ気がしますので、今回は、その内容のなかから興味深く感じた点をまとめたいと思います。

コミュニケーションのモデル化(IMV分析)による誤解の定義
・I(intention、真意・意図)、M(message、情報)、V(view、見解・解釈)
・伝え手Aは、その真意Iに基づいて、メッセージMを発し、受け手Bは、Mに基づいてAの意図を解釈Vする。(ミニマムモデル:I→M→V)[p.46
・M(情報)→V(解釈)を詳しくみると、M→U(understand、理解)→V(解釈)となる。M→UはMそのものの言葉の理解、U→Vは言葉からその意味を理解するプロセス。[p.53
・受け手Bが理解した伝え手Aの真意Iが、実際のAの真意と一致すれば、誤解のない状態と考えられるが、実際に一致したかどうかは、AもBにもわからない(相手の心の中はわからないので)。[p.63
・コミュニケーションのモデル:伝え手Aの真意IAがメッセージMAによって受け手Bの心に解釈VB(IAはこうであろう、というBの解釈VB)を生み、BはVBに基づいて考えたBの更新された真意IBに基づいてメッセージMBを発し、そのメッセージを受けたAは、BがIAについてどのように考えているかを解釈する(VA)。IA=VAならAはBが誤解していないと感じ、IA≠VAならAはBが誤解していると感じることになる[p.66-70
・上記の細分化したプロセスのそれぞれが一致しているかどうかを検討することで誤解の原因がわかる。

合意とは
・表面合意(MA=MB)、解釈合意(VA=VB)、真意合意(IA=IB)。「客観的に決めることができるのは表面合意」[p.74]。「表面合意はやや強引な合意形成[p.183]」。解釈合意は、「両者でお互いについて想像していることが一致している。・・・これは表面合意よりも好ましい状況である[p.182-183]」
・相手のメッセージにより自分の真意Iを変える割合を頑固度Kと置くと、最終的な合意点が予言できる(実際には、Kの変化等の複雑な要因が関与する)。[p.81
・VとIがどれぐらいズレるかの指標として伝達度Gを導入することによって、コミュニケーションのミニマムモデルが完成する。二者の特性として、それぞれの頑固度と伝達度をパラメーターとして決めると、「モデルを用いて初めの意見がどのように変化していくのかを理論的に調べることができる[p.88]」。

誤解の原因
・伝え手の問題:伝える力の問題、メッセージそのものが持つ限界。省略、暗黙の了解の程度、受け手に関する情報、受け手の理解のスピード、言葉の語感、外延、ノンバーバルメッセージ[p.95-113]。
・受け手の問題:受け手の理解力、注意のメカニズム(重要でないと認識された情報は捨てられる)、先入観、一般化、二者間の信頼関係、思考体力、盲信。[p.114-130

誤解への対応
・収束型:二者がメッセージのやりとりをすることで誤解が解けていく。「この誤解を解消しようとする行為は、それなりに時間を割かなければならないため、コストがかかる[p.136]」。「真意で合意することと、誤解を解消することは異なる・・・一般に真意合意に達するのは不可能・・・。それでも誤解を感じないIA=VAとなるコミュニケーションは可能なのである。つまり、我々は真意での合意を望むのではなく、お互いが誤解していると感じないように努力することこそが正解なのだ。[p.142]」
・発散型:「どちらか一方でも誤解の解消は不可能と考えた時になりやすい[p.143]。ケンカ分かれ、威嚇、逃避など。誤解はストレス。
・中立型:「誤解の解消を目指すというよりも、むしろこれ以上広がらないようにしようとする・・・簡単に言えば『気にしない戦略』[p.145-146]」。「最も大切だと考えているのが、あきらめの境地である。それによる中立型こそが、本当に誤解で悩んでしまったときに私たちを助けてくれるものであると私は信じている・・・。こうあるべきだ、あの考えは間違っている、みな私を誤解している、といった考えのすべては自分の心が作り出したものである。[p.153-154]」

真実誤解
・真実誤解:コミュニケーションによって発生した誤解ではなく、・・・誤った知識や先入観[p.71]」
・「『真実誤解』はコミュニケーションによって社会に広まっていく可能性が高い。私はこれこそ誤解が社会に与える影響として深刻なものの一つであると考えている[p.156]」。
・誤解しやすい真実の例:平均や分散という指標は意味のない値かもしれない、相関と因果の誤解、世界は無限というのは誤解、ゆとりをとることが無駄に思える、科学技術と便利さの誤解、渋滞における誤解
―――

自分の意思を様々な人に正しく理解してもらうこと、相手の意思を正しく理解することは、マネジメントをはじめとして人間関係を実りあるものにする上で重要でしょう。しかし、本書にも説明されているとおり、誤解を完全になくすことは不可能です。であれば、誤解のメカニズムを良く知り、誤解に基づく不利益をできるだけ小さくするように心掛ける、というのが現実的なあるべき姿、なのだろうと思います。

本書では、コミュニケーションに基づく誤解についての議論が主ですが、技術者としては、真実誤解についても興味のあるところです。というのは、技術者にとっては、例えば「実験事実を誤解してしまった」とか、「事実を良く調べると、現象を誤解していたことに気づいた」というような誤解を経験することも多いので、そうした誤解をどう考えるかも重要なように思います。試みに、そのような誤解を本書のモデルを使ってどう説明できるかを考えてみました。

研究などにおいてデータを解釈する場合を考えます。本書のコミュニケーションのモデルを使うと、情報の送り手Aを自然界などの研究対象とし、我々が知りたいことは、自然界における真理(IA)とすると、対象から得られたデータ(M)を、受け手である研究者Bが解釈(VB)して、自然界の真理IAはこうではないかという説(IB)を考える(あるいは、データを得る以前に持っていた古い仮説IB0を更新する)、ということになると思います。この時、自然が相手だと自然界の真理IAは変えようがないものと考えられます。すると、修正可能な(つまり、誤解が発生しうる)のはIBのみとなるところが、人間のコミュニケーションとの大きな違いでしょう。つまり、Bにとっての、VBとIB0の比較は、自らの仮説が誤解だと感じるかどうか、という情報を与えてくれるプロセスということになります。この時、重要なのは、自らの仮説が誤解だと感じない(VB=IB0)場合でも、そのIB0が真理IAと一致しているとは限らない、という点でしょう。つまり、VBとIB0の比較はVB≠IB0の場合に、自らの仮説が誤解であったことに気づかせてくれる可能性のあるプロセス、ということになります。自然に対して様々な働きかけ(実験、調査)を行って、様々なデータMを得て(あるいは、第三者CからのデータMやVCも参考になるかもしれません)、それを適切に解釈し(VB)、IBと比較して、IBを更新し、未知のIAに迫ろうとすること(より誤解の可能性の少ないIBを考えること)が、自然とのコミュニケーションとしての研究開発、ということなのかもしれません。人間のコミュニケーションの場合は、情報の伝え手、受け手の真意はわからないので、その比較はあまり意味のないことかもしれませんが、科学研究の場合は、自然の真意がわからないとしても、誤解を繰り返しながらその真意を探る努力が必要なのでしょう(もちろん、収束型だけではなく、中立型の対応が必要な場合もあると思いますが、発散型は望ましくないと思います)。本書に解説された、誤解を生む様々な要因(特に受け手の問題)をよく考えることは、人間同士のコミュニケーションだけでなく、自然とのコミュニケーションにも有意義なのではないでしょうか。


文献1:西成活裕著、「誤解学」、新潮社、2014.

参考リンク<2015.4.5追加>



ノート1改訂版:どんな研究が必要なのか

1、研究開発テーマ設定とテーマ設定における注意点

研究開発は通常、「テーマの設定」、つまり、何に取り組むかを決めることから始まりますが、ここではまず、どんな研究を行なう場合にも認識しておくべき基本的な事項について考えたうえで、具体的なテーマの設定についての議論に移るようにしたいと思います。

1.1研究活動における基本的な注意点

基本的な事項として考えておきたいのは、以下のポイントです。

1)研究の必要性:なぜ研究をしなければならないのか、どんな研究が必要なのか

2)研究の不確実性:すべての研究が克服しなければならない課題

3)競争相手の存在:環境要因として忘れてはならないこと

1)はテーマ設定の方向を誤らないために、さらには研究に対する支援を受けるために、2)は成功率の高いテーマを設定し、実行段階での研究の成功率を高めるために、3)はアイデアを選択する上で特に重要と思われるポイントで、どんな研究行なうにしてもおろそかにできないことだと思っています。今回はまず1)について考えます。

1)研究の必要性:なぜ研究をしなければならないのか、どんな研究が必要なのか

民間企業における研究の場合、研究の目的は最終的には何らかの形で企業活動に貢献すること、と言ってよいでしょう。企業が保有する資源を用いて研究する以上、研究の結果はその企業にとって何らかの価値を生む必要があるはずです。ただし、ここで言う価値には、一般に期待される直接的な経済的利益だけではなく間接的利益、例えば社会への貢献もその企業の社会的地位を高める意味でその企業にとっての価値に含まれると考えられます。しかし、研究だけが企業活動に貢献しているわけではありません。極論を言えば、技術開発や研究を行なわなくても企業への貢献は達成できるかもしれません。となると、企業への貢献における技術や研究の存在意義はどうなるのでしょうか?。

Schumpeterは資本主義社会を発展させる源としてイノベーションを考察し、「経済活動の慣行軌道の変更、すなわち、非連続的変化が経済を発展させ」といい[文献1、上p.171-180(文献2p.112]、「非連続変化は新結合の遂行によって起き」[文献1、上p.180-184(文献2p.113]、「新結合が新しい軌道を確立していく過程を『創造的破壊』」[文献3、上p.130(文献2p.113]と呼んだといいます。また、Druckerは「イノベーションとは、従来とは違う新しく価値ある事業やサービスを起こすことであり、それを行なう企業家の責務はSchumpeterが明らかにしたように『創造的破壊』である」[文献4p.26-29(文献2p.116]とし、「企業の基本機能は、マーケティング(財やサービスを市場で売ること)とイノベーション(より優れた、より経済的な財やサービスを作ること)の2つだけである」[文献5p.37,39(文献2p.8]と言っているということです。

イノベーションが企業活動を通じて、企業と社会の発展に貢献する、ということは以上のように広く認められていることのようです。しかし、これらの活動と、技術や研究との結びつきは必ずしも自明のことではありません。技術者としては、経済や会社の発展に技術が深く関与していると信じたい面もありますが、現実には魅力的な技術を持った会社が必ずしも成功するわけではありませんし、パッとした技術もないように見えるのに、業績をあげる会社もあるのは事実のように思います。ということは、イノベーションと技術開発は同義ではない、ということをまず確認すべきでしょう。

実際、後藤は「イノベーションとは『新しい製品や生産の方法を成功裏に導入すること』を意味している」とし、「技術開発はそのなかの(重要な)一部分」とした上で、さらに「イノベーションには(中略)組織革新なども含まれる場合がある」「(上述の『製品』には)液晶ディスプレイのような財と、宅急便のようなサービスの両方が含まれる」と述べています[文献6p.22]。また、Tiddらは「技術のイノベーションのマネジメントは単なる生産や研究開発の効率性の改善といった次元を超え、技術を利益をあげる製品やサービスに変換するという技術開発の効率性の次元までをも含んでいる」と述べています[文献7p.ii]。また、丹羽は「激しい競争に勝ち、社会や顧客に貢献して生き続けるためには企業は何をすべきか、それは、他社にはまねのできない、従来とはまったく異なる新しい価値を生み出す製品やサービス、そして事業を提供することだ。これをイノベーション(革新)という。」[文献2p.111]と述べています。

大胆に要約してしまえば、企業活動に貢献するためにはイノベーションが重要であり、技術がイノベーションに貢献できる可能性がある(必須ではないかもしれない)、ということになると思います。このような考え方は、技術的な優秀性だけで成功が保証されるわけではないという経験からしても納得しやすいものではないでしょうか。さらに、技術と企業への貢献の関係について、Christensenらは、業界をリードしていた優良な企業がある種の市場や技術の変化に直面したとき、(特段の経営上の失敗もないのに)その地位を守ることに失敗した例の分析を通じて、「刺激的な成長事業に乗り出そうと奮闘する企業にとっての根本的な問題が、優れたアイデアの不足であることはほとんどない」[文献8p.19]、「成長を維持できなくなる恐れのある企業にとって、刺激的な成長を生み出すアイデアが不足していることが問題なのではない」[文献8p.338]と述べています。また、Collinsは、良い企業が偉大な企業に飛躍する過程を分析した結果に基づき、「技術そのものが偉大な企業への飛躍や企業の没落の主因になることはない」[文献9p.253]と述べ、さらに、不確実なできごとに遭遇しても躍進しつづける企業の分析においても、「どんな環境下でも、脱落せずに競争し続けるために最低限達成しなければならない『イノベーションの閾値』がある。閾値が低い業界もあれば、閾値が高い業界もある。だが、いったん閾値を超えれば、それ以上のイノベーションにこだわってもあまり意味がない[文献10p.179]」と述べています。技術的な成功を華々しく取り上げて企業の成功に結び付けようとする考え方はたしかにわかりやすいのですが、こうした事例を常に成り立つ真理であるかのごとく単純化して理解しまうことは危険なことと思います。つまり、技術者は技術の進歩のみに関わるだけではなく、技術を効果的に利用し製品やサービスを販売して社会に貢献するところまで視野に入れて活動する必要があり、イノベーションは研究部隊だけの仕事ではない、ということを認識すべきなのでしょう。その意味で「研究、技術開発」よりも広い意味での「イノベーション」を念頭におくことが企業への貢献を目指す上では必要になるものと考えられます。

技術者はとかく、自分の担当である技術の部分に集中するあまり回りが見えなくなることがよくあり、その結果「役に立たない研究」「興味本位の研究」「自己満足」などの批判を受けることがあります。実際、研究がこうした状態に陥ってしまうこともありますが、高度な技術の開発では回りが見えなくなるほど集中しなければ解決できない問題があるのも事実でしょう。企業における研究者として、研究の最終の目的は企業への貢献であることを忘れないようにすることはもちろん重要ですが、研究部門以外の方はイノベーションを技術陣だけに任せきりにしない、ということも現代におけるイノベーションの成功には必要なことではないかと思います。

考察:研究の必要性と役割を理解しておくべきもうひとつの理由

イノベーションや研究開発の必要性など、改めて考えなくても研究はできる、という意見もあるでしょう。実は私もそう思います。このブログでは実際に使う立場から研究マネジメントに関する知識をまとめようとしているわけですから、今回のような総論的な議論は不要と思われる方もあるかもしれません。しかし、現実にはイノベーションや研究開発に懐疑的な人々もいます。もちろん、イノベーションが不要だと声高にいう人は少数かもしれませんが、内心は必要だと思っていない人、あった方がよい程度にしか考えていない人もいるのではないでしょうか(例えば、研究は売り上げをあげていないとか、研究は利益処分の手段のひとつだと言う人はそういう気持ちを持っていると思います)。こうした懐疑論に立ち向かうため、研究の意義や必要性を考えておくことは実践的にも必要なことだと私は考えています。

考える際のポイントは2つ、第一は自らも懐疑的になって考えてみること、第二は懐疑論に対抗できるような研究の意義を考えておくことです。本稿でSchumpeterDruckerを取り上げ、研究開発よりも広い意味でのイノベーションを考える必要があると述べたのはそのためなのですが、SchumpeterDruckerを信じない人、イノベーションの必要性にすら懐疑的な人に対しては、十分ではないかもしれません。様々なイノベーション論においても、イノベーションの必要性は当たり前のこととされているものが多く(中には、「苦しいときの技術開発頼み」になっているものもあるように思います)、懐疑的な人々を説得するためには、もっと強くイノベーションの必要性を納得させる根拠が必要なのではないかと感じます。現時点ではSchumpeterDruckerに頼らなければならないところがイノベーション論の限界であり、より有効な理論の出現を待つしかないのかもしれませんが、実践的な立場からするとそう言ってはいられませんので、私はイノベーションの概念をより広げて、何らかの新しいことに取り組むこと自体が本質的に重要なことである、と考えるようにしています(これなら懐疑論は出にくいので)。

第二のポイントについては、研究が具体的に何を行ない、どう企業に貢献できるのかを明確にすることが必要と考えます。この点に関連して重要だと思うのは、「製品開発は、情報を生み出す非定形の業務」とするThomke、Reinertsenの考え方[文献11]で、その考え方に従えば、研究開発はモノやカネを生んでいるのではなく、判断の拠りどころとなる「情報」を生んでいるのだ、ということになります。具体的には、「こうしたら、こうなるはずだ」という未来予測のための情報を提供すること、そのために、アイデア出し、情報収集、理論の適用、試行錯誤など様々な手法を磨き、活用することが研究開発部隊の役割、存在意義と言えるのではないでしょうか。現場のちょっとした改善であっても、未知のことに関する新たな情報を生んでいるならそれは研究の一部、ただし、それを専門の研究部隊が行なうかどうかは、課題の困難さなどの状況に応じて決める、と考えれば、研究不要論には対抗できる(ただし、専門の研究部隊不要論に対しては、別の検討が必要ですが)と思います。

イノベーションを実現するためには、研究部隊だけでなく様々な人々との協力が必要です。懐疑的な人も含めた様々な人々とうまく協力していくために、研究者自身が研究の必要性と役割を認識しておくことは実務的に役立つのではないか、というのが私の考える、研究の必要性と役割を理解しておくべきもうひとつの理由です。



文献1Schumpeter, J.A., 1926、塩野谷祐一、中山伊知郎、東畑精一訳、「経済発展の理論」岩波書店、1977.

文献2:丹羽清、「技術経営論」、東京大学出版会、2006.

文献3Schumpeter, J.A., 1950、中山伊知郎、東畑精一訳、「資本主義・社会主義・民主主義」東洋経済新報社、1995.

文献4Drucker, P.F., 1985、上田惇生訳、「(新訳)イノベーションと企業家精神」、ダイヤモンド社、1997.

文献5Drucker, P.F., 1954、上田惇生訳、「(新訳)現代の経営」、ダイヤモンド社、1996.

文献6:後藤晃、「イノベーションと日本経済」、岩波書店、2000.

文献7Tidd, J., Bessant, J., Pavitt, K., 2001、後藤晃、鈴木潤監訳、「イノベーションの経営学」、NTT出版、2004.

文献8Christensen, C.M, Raynor, M.E, 2003、桜井祐子訳、「イノベーションへの解」、翔泳社、2003.

文献9Collins, J., 2001、山岡洋一訳、「ビジョナリーカンパニー②飛躍の法則」、日経BP社、2001.

文献10Collins, J., Hansen, M. T., 2011、牧野洋訳、「ビジョナリーカンパニー4 自分の意志で偉大になる」、日経BP社、2012.

文献11Thomke, S., Reinertsen, D.、有賀裕子訳、「製品開発をめぐる6つの誤解 製造プロセスでの効率性は通用しない」、Diamond Harvard Business Review, 2012, 8月号、p.76.

参考リンク

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「製品開発をめぐる6つの誤解」(トムク、ライナーセンの論文より)

研究開発の進め方は、その前提やおかれた状況に応じて変えるべきである、ということは本ブログでも何度か触れました。しかし、「状況に応じて変える」ということはそう易しいことではありません。「技術」といってもその意味する範囲は広いので、技術や研究開発のことをある程度わかっているマネジャーでも、自らの経験や信念、先入観にこだわって判断を誤ることがあります。ステファン・トムク、ドナルド・ライナーセン著、「製品開発をめぐる6つの誤解」[文献1]では、製品開発(product development)と製造(manufacturing)を同じように扱うことによる誤りが述べられており、技術を知っていることの落とし穴を自覚する上で役に立つように思いましたので、その内容をまとめてみたいと思います。

著者らはまず、製品開発と製造は「根本から異なる。モノの製造では繰り返し作業が多く、活動は適度に予測がつき、一つの仕掛品が同時にいくつもの場所に存在することはありえない。これに対して製品開発では、独特の作業が多く、製品仕様は猫の目のように変わる。くわえて、コンピュータを使った先進的な設計やシミュレーションが普及し、製品自体にソフトウェアを組み込む例が多いなどの事情により、成果物はモノではなく情報なので、同時に複数の場所に存在しうる」と述べ、そうした製品開発をめぐる誤解を6つ示しています。

製品開発をめぐる6つの誤解

誤解1、リソースの稼働率を上げれば成果が上がる(High utilization of resources will improve performance.

著者らはリソースとして人材を主に考えているようです。「製品開発要員を手いっぱいの状態にすると、開発のスピードと効率、成果物の品質はどうしても落ちてしまい、稼働率をぎりぎりまで高めると深刻な副作用が生まれる。」と指摘し、マネジャーが副作用を軽視する3つの理由を挙げています。

・製品開発に本来伴う非定形性を十分に考慮していない

特に、非定形業務では稼働率が向上するにつれて、所要時間が劇的に伸びてしまうことを待ち行列理論に基づいて指摘しています。

・処理待ち案件がどうコストに影響するかを理解していない

「処理待ちのコストとリソースを待機させておくコストを比べて、適正なバランスを探りだす必要がある。」

・製品開発では仕掛品はまず目に見えない

「製品開発プロセスの『在庫』は主として、設計資料、試験の手順と結果、試作品づくりの指示内容といった情報」であり、これらは目に見えにくく、「目視も測定もできない問題に対処するのは非常に難しい。」

そして、上記問題の解決策として「非定形な業務プロセスの稼働にゆとりを持たせる」ことを指摘し、例えば以下のような方策を提示しています。

・3Mの15%ルール、グーグルの20%ルールなどのようなゆとりをつくる(ただし、運用のハードルが高い)

・業績評価の仕組みを改める:稼働率ではなく迅速性重視

・一部のリソースを増強する

・進行中のプロジェクト数を一定以下に抑える:開発案件の厳選、優先順位づけ

・仕掛品の存在を見えやすくする

誤解2、バッチ・サイズを大きくすると費用対効果が向上する(Processing work in large batches improves the economics of the development process.

要するに、まとめて処理すれば効率が上がる、という考え方が問題というわけです。「バッチ・サイズの縮小はリーン生産の大原則」であり、「バッチ・サイズが小さいと仕掛品の数が減り、すぐにフィードバックが得られるため、サイクル・タイムの短縮、品質と効率の向上につながる」と述べています。

誤解3、我々のプランには問題はない このままやり通そう(Our development plan is great; we just need to stick to it.

「毎日のように新鮮なひらめきが生まれ、状況が休みなく変化する製品イノベーションの現場では」、「プランとのずれを最小限に抑えるために中間目標や進捗を守れているかどうかをステップごとに細かく把握しようとする」発想では、成果を損ないかねない。「絞り込みの過程でそれぞれの候補を検証、改善するなかでは、判断が二転三転する。」「顧客ニーズもまた、早い段階では見極めにくいおそれがある。」従って、「プランはあくまでも仮定に基づく叩き台と位置づけ、検証結果が生まれるたび、経済面の前提が変わるたび、事業機会の評価が改まるたびに、たえず手直ししていくべきである。」

誤解4、プロジェクトは早く始めれば完了も早い(The sooner the project is started, the sooner it will be finished.

「マネジャーは遊休時間を忌み嫌う。少しの時間も無駄にするまいとして新しいプロジェクトを立ち上げる風潮がある。」「このような発想の下、プロジェクトの数が多すぎて精力的に推進するのが無理な状態を生んでしまうと、リソースの効果を弱める」。つまり、早く始めてもそれに注力できない状況では、完了が早くなるとは限らないということでしょう。

誤解5、製品の機能を増やした方が顧客は喜ぶ(The more features we put into a product, the more customers will like it.

この項目は、製品開発と製造の違いに基づく誤解というより、製品開発者が陥りがちな誤解の指摘だと思います。イノベーションのジレンマでのChristensenの指摘と同様、「多くの企業は革新性を発揮しようとするあまり、顧客にとっての価値や使いやすさといった大切な点を十分に検討しないまま、余計な機能を可能な限り設けてしまう。」ということです。著者らは、実際には「機能は少ないほうがよい」にもかかわらず、それが難しいのは、以下の2つの点で特別な努力を要するためであるとしています。

・問題点を明らかにする:問題をどれだけ特定できるかが、本当に意味ある少数の機能に重点を絞れるかどうかを大きく左右する。

・見えなくしたり(隠したり)、省いたりすべきものを見極める:開発チームはともすると「注目を集めたいという誘惑にかられる。」「どの機能を省くべきかを判断するのは、どの機能を盛り込むかを決めるのとおなじくらい重要」。

著者らは、このような見極めのためには顧客についての洞察や試行が効果的としています。

誤解6、初回でうまくいけばより成果が上がる(We will be more successful if we get it right the first time.

「初回でうまくいくように」というより、「一発でうまくいくように」という方が技術者の感覚に近いと思います。著者は、「開発チームは一度の失敗も許されない状況で、・・・最もリスクの小さいソリューションを選びがち」になり、「失敗を避けようと・・・プロセスをひたすら前に進める」「予想外の結果が出ると、・・・落ち度と見なされる」と指摘しています。そして、「試行と改善を矢継ぎ早にこなして失敗からすぐに学べる限りは、『最初は失敗しても構わない』と考えるほうが、望ましい戦略かもしれない。」と述べ、「早いうちに失敗する」ことの価値を強調しています。ただし、「この種の環境を設けるのは容易ではない」とも述べています。もちろん、なるべく失敗を避けるような準備は必要ですが、失敗を恐れず、あるいは様子見、確認のために試行することが重要であるとしていることには私も同感です。

以上をまとめると「製品開発は、情報を生み出す非定形の業務であるのに、それを製造と同じように扱っている」ことが根本の誤りであるということになりそうです(ちなみに、製品開発は情報を生み出す業務、という考え方は研究の本質を考える上で重要な視点だと思います)。このような指摘は、言われてみれば当たり前と思えるところもあるのですが、取り上げられた6つの誤解が著者らの多くの経験から引き出されたもの、という点で価値があると思います。自分では技術に詳しいと思っている人でもこのような誤解に陥る例があることは、技術者自らの考え方をチェックする上で有効でしょうし、製造経験の豊かな人がこのような誤解に基づいて開発の足を引っ張っているような場合に、どのように反論すべきかのヒントも与えてくれるように思います。

状況に応じて進め方を変えるというマネジメントの重要性は理解していても、それを実行することはそれほど容易なことではないと思います。その原因としては、まず何を変え、何を変えるべきでないかがはっきりわからないことが挙げられるでしょう。極言すれば絶対に変えてはいけないという普遍の原理はないのかもしれませんが、少なくともあまりコロコロと変えない方がよいものはあるように思います。しかし、常に正しいとは言い切れない原理(例えば製造のノウハウが製品開発に有用であると考えてしまうことなど)に安易に依存しているとすれば、それが間違っている可能性があることも認識しておくべきでしょう。本論文で述べられた「誤解」は、製造や開発というものがどう捉えられがちであり、どこに誤りの可能性があるかが示されている点、状況に応じたマネジメントを考える上で、示唆に富むものだと思います。



文献1:Stefan Thomke, Donald Reinertsen、ステファン・トムク、ドナルド・ライナーセン著、有賀裕子訳、「製品開発をめぐる6つの誤解 製造プロセスでの効率性は通用しない」、Diamond Harvard Business Review, 2012, 8月号、p.76.

原題 Six Myths of Product Development”, Harvard Business Review, May, 2012.

参考リンク<2013.1.14>


 

「不完全な時代――科学と感情の間で」感想

最近の科学と社会の関係変化を考える上で、「情報」は重要な要因でしょう。さらに、3・11震災後は「感情」の問題も避けて通れないように思います。今回は、TRONで有名な情報工学者の坂村健氏による著書「不完全な時代――科学と感情の間で」[文献1]を参考に、科学と情報、感情の問題について考えてみたいと思います。

人が判断を行なうプロセスにおいては、何らかの「情報」を「解釈」し、「考える」ことが行なわれますが、この「解釈」あるいは「考える」というプロセスは、必ずしも公正に合理的に行なわれるものではないことは多くの方が経験されていると思います。同じ「情報」に接しても人により判断が異なるのは、そこに心理的バイアスや好き嫌い、価値観など、いわゆる「感情」と呼ばれるような(その定義は曖昧ですが)要素が入り込んでくることが原因となっている場合もあると思います。

坂村氏の著書には、そうしたプロセスに関わる「情報」や「感情」の問題についての意見が述べられていて興味深い点が多くありました。本書は、新聞等に発表された氏のエッセイ等に加筆してまとめられたものですので、上記の問題に関する系統だった主張というわけではありませんが、著書の中から参考になると感じた部分を選び出して考察させていただきたいと思います。

坂村氏の問題意識は、「科学と感情の間で揺れ動く不完全な時代――そういう現代に対してどう向き合うか」[文献1、p.12]です。著書では様々なトピックスが語られていますが、ここでは、現代における「情報」の問題、「考え方」の問題、そこに影響する「感情」の問題について考えてみます。

「情報」の問題は、コンピュータの急激な発達とともに、近年の我々の生活に大きな影響を与えている問題のひとつでしょう。著者は以下のような興味深い指摘をしています。

・情報の非対称性[文献1、p.67]:例えば売り手と買い手の持つ情報に偏りがある場合、「情報の非対称性」がある、とされます。こうした状態は「偽装」を生む温床となり、また情報の少ない側ではそれを見抜くことができないため不安を感じ、その結果、根拠に乏しい不完全な判断に頼ってしまう、といいます。このような状況で「偽装」を防ぐために、日本では「長いつきあいの中での信用」を重視してきましたが、近年では監査、検証、罰則による高コストの「明示的保障システム」(こちらがグローバル・スタンダード)に頼るようになってきているそうです。トレーサビリティ(製造の全過程で、いつ・どこで・だれが・どういう処理をしたかを記録しそれを最終製品に結び付ける)確保により問題の原因特定を容易にすることで情報の非対称性に対応できる可能性があると著者は述べています。

・ネットは不特定多数への情報流布力に優れるが、信頼性が低い。信頼性担保のためには、同定可能で、過去ログなどで過去も信頼性の高い行動をしている主体であることを示しブランド化する必要がある。企業にとってはその会社の姿勢を示しブランド化することが必要。[文献1、p.94

・インターネット接続が社会の標準になってしまうと、ネット接続できない情報弱者のサポートが必要。これはもはや国の仕事ではないか[文献1、p.148]。

・情報技術はリアルタイムに感動を共有することを可能にした[文献1、p.179]。

「考え方」の問題については以下のような指摘があります。

・科学技術に関する正確な知識は避けて通れない。加えて、健全な懐疑主義――知識の一方的な詰め込みではなく、お仕着せの結論を疑い積極的に情報を集め自分で考える姿勢が必要。[文献1、p.19

・データに基づく議論が重要[文献1、p.26]。

・社会は複雑な問題に溢れている。それを単純化してはいけない。難しい問題を難しいと理解し、なお咀嚼する知的体力が求められている[文献1、p.43]。

・白黒をつけないのが東洋の知恵[文献1、p.99]。

・技術も大事だが、それと同程度かそれ以上に、その技術を社会につなげるための制度設計が重要[文献1、p.135]。

・行政に想像力を[文献1、p.136]:ここでいう想像力とは、いろいろな状況によって起こる結果を想像する力、という意味合いのようです。要は考えの前提を広げ、様々な前提において起こることを予測する力、と言ってもよいかもしれません。この想像力が戦略の元になると言っています。

・コンピュータシステムを考えるとき重要なのは、それが本質的に技術設計半分・制度設計半分の存在だということだ。「制度」の部分の比重がどんどん重くなっている。[文献1、p.196

・ユーザーも含めて関係者皆で問題がないように最大限の努力はする――こういうシステムをベストエフォート(最大努力)型という。誰かが全体に責任も持ってくれて、お金さえ払えばお任せで完璧な保障をしてくれる――ギャランティ(性能保証)型とは、設計思想として対極。ベストエフォートの集合で実現されているのが現代のネットワーク社会。問題が起きた時点で判断しそれが慣習法になるという英米法の国の方がベストエフォートに適している。[文献1、p.204,216

・絶対安全(設計製造に間違いがなく劣化もしていない製品は100%安全という考え方)は存在しない。安全も「機能」として実装し、「安全度」で語るべきスペックのひとつ(機能安全)、という考え方に変わっている。こうすることによって他のコストと比較可能になる。[文献1、p.210

「感情」の問題については以下の指摘があります。

・日本には、やり方を変えたくないという強い社会的慣性力がある。コストを決めるのは、実は技術ではなく、やり方を変える「勇気」。[文献1、p.58

・(日本人が)一番恐れるのは、実際の「危険」ではなく「未知の危険」[文献1、p.110]。

・映像の3D技術などは感情移入を促すことができる[文献1、p.183]。

感情の問題と考え方の問題は共通する要素がありますし、著者はそれを厳密には区別していないようです。そして、まとめとして次のように述べています[文献1、p.220]。

・「正しさ」に向けて、少しでも近づこうというプロセスが科学の本質。

・技術以降は、リスクとベネフィット、市場、コストとプロフィット、感情(公正や道徳、習慣や文化、認知バイアスなど)という評価軸を持つ。

・感情に関する問題を科学者は軽視しがちであり、相手の感情に立って他人に語りかけられる科学・技術の側の人は非常に少ない。

・科学者でない側も身につけるべきは「科学力」というよりも「合理的に判断する力」、自分の判断が単なる「感情優先」でないかと疑う姿勢。

・人々が正しく情報を得て、さらに正しい情報が常に得られるわけではないという不安にも向き合いながら、その中で最も確からしい判断をする。そして、その結果について諦観する。それこそ「科学と感情の間で揺れ動く不完全な時代に対してどう向き合うか」という姿勢なのである。

3・11震災以後特に顕在化した科学と社会の関わりの問題については、様々な立場の方がコメントを述べられています。この著書もそのうちのひとつですが、著者の立場もあって、「情報」に関する洞察が特徴になっていると言えるでしょう。しかし、広い意味での科学コミュニケーションが重要であるという結論は、多くの論調(ただし、建設的なもの)と同じ方向だと思います。ただ、「情報技術」というのは実用面では人間の思考と深く関わっているだけに、多様な思考、価値観も含めた感情の側面、社会生活への影響を強調している点で純粋科学の立場よりは具体的な指摘が多いと思いました。

例えば、信頼を得るためのブランド化、感動の共有、戦略の元となる想像力、制度設計の重要性、ベストエフォートの考え方などが興味深いと思いました(企業の立場としては、ベストエフォートという考え方をすべての分野に適用することは現段階では難しいような気もしますが)。企業の研究者であれば、もはや技術だけで勝負することが難しい時代になっていることは認識している方が多いと思います。研究開発の進め方としても、ビジネスモデルのような形で社会(市場)との関わり、制度を設計することは有効でしょう。その際、「複雑な問題を過度に単純化しない」とか「白黒つけない」、「諦観」といった見識は仕事を進める上で重要です。これは不確実性の高い研究では、すべての段階で単純化して理解したり、白黒をつけていられない場合もあり(当然、後での検証は必要です)、また上手くいかない場合には諦めも必要なので、実際の研究の場面ではよく行なうことではありますが、これは一種、理性で感情をコントロールしているということなのではないでしょうか。もちろん、理性的に判断がつくような課題であれば感情の問題はないかもしれません。しかし、答えの不明確な課題や、能力的に判断できないような課題に対しては、「最も確からしい」判断をすることで感情に惑わされない技術も必要なのではないかと思います。科学と感情の間で揺れ動く不完全な時代に対しては、感情を抑え込んで対応するのか、感情の動きを理解して理性でコントロールするのか、という選択しかないのかもしれません。実はこれが「合理的に判断する」ということの本質ではないでしょうか。もちろん、状況によっては感情に基づく判断があってもよいと思います。しかし、理性的に判断すべき状況で感情に囚われて判断を誤っていないか、ということは常に心に留めておくべきでしょう。

なお、このような感情のコントロールは、自らの問題だけではなく、相手の感情に対しても言えます。もちろん、相手を自分の思い通りに動かす、というコントロールではなく、相手が自身の感情をコントロールできるように説明、説得する、ということになりますが、イノベーションの実現のためにはこうしたプロセスも必要なのではないかと思います。

科学技術コミュニケーションの場面でいえば、科学側からの知識の啓蒙だけではなく、合理的な考え方の啓蒙、すなわち科学的データを自身で解釈して自身で答えを出し、自身の感情をコントロールする方法の啓蒙も重要ということになると思います。科学者はどのような考え方をするのか、一般の人はどのような考え方をするのかを知るために、ひとつの問題について科学者と一般の方が一緒に考える、というアプローチもできるのではないでしょうか。科学では、白か黒かという見方だけではなく、白黒つけられない、あるいはあえて白黒つけない、という考え方をすることがあることをわかってもらえると相互理解に役立つと思います。ベストエフォートという考え方がこれに近いのかもしれませんが、理性的な考え方が社会に広まり、曖昧さを含む状況でも合理的な判断ができるように、科学の側も社会の側も徐々に歩み寄るような姿勢が求められているのかもしれません。文化や知識、考え方の異なる人々との相互理解は容易なことではないでしょうがその努力は必要でしょうし、それができれば現在の閉塞状況の打開につながるのではないか、という気もします。


文献1坂村健、「不完全な時代――科学と感情の間で」、角川書店、2011.

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