研究開発マネジメントノート

研究開発とそのマネジメントについてのいろいろ

意思決定

ビジネスモデル改善のポイント(ジロトラ、ネテッシン著「ビジネスモデル・イノベーションに天才はいらない」DHBR誌2015年7月号より)

イノベーションでは、技術的な革新だけでなく、ビジネスモデルをどうするかも重要だという認識の高まりとともに、新たなビジネスモデルを構築する方法論の提案も増えてきています。しかし、新たなビジネスモデルの創造だけでなく、既存のビジネスモデルを見直して改善していくこともイノベーションへのアプローチの一つとなりうるかもしれません。

ジロトラ、ネテッシン著の論文、「ビジネスモデル・イノベーションに天才はいらない」[文献1]では、既存のビジネスモデルをどう改善したらよいか、という観点からのビジネスモデル・イノベーションの方法論が議論されています。もちろん、イノベーションを一から構築する場合においても役に立つ点があると思いますので、今回はその要点をまとめたいと思います。

ビジネスモデル・イノベーションの意義
・著者は、「我々は、ビジネスモデル・イノベーションとは『何を提供するか』『いつ決めるか』『誰が決めるか』『それはなぜか』を変える意思決定だと見なしている。これらの変革に成功した企業は、売上、費用、リスクのバランスを改善することができるのである。」と述べています。ここで、「変える」としているところ(「創造する」ではなく)が本論文のポイントのように思いますので、以下、上記4つの点をどのような視点で変えていけばよいのかについての著者らの主張を以下にまとめたいと思います。

どのような製品・サービスを組み合わせて提供すべきかWhat Mix of Products or Services Should You Offer?

・「リスクを低減する方法の一つは、製品・サービスの組み合わせ方を変えることだ。」
1、範囲を絞るFocus narrowly
・商品やサービスなどを絞り込むことで優位に立てる可能性がある。
・「範囲を絞るやり方が最も効果的なのは、明確に差別化されたニーズを持つ、異なる市場セグメントにアピールする時だ。」「範囲を絞ったビジネスの主な欠点は、単一の製品やサービス、または顧客セグメントに依存しなければならず、そこからは見えてこない重要な顧客ニーズを取りこぼしかねない点だ。」
2、製品の共通性を探すSearch for commonalities across products
・製品間での部品の共通化や、セグメントへの対応に必要な能力の共通化によりビジネスモデルの改善の可能性がある。
・「ただし、幅広いモデルや車種を対象に部品を設計しなければならない場合、共通化を実行するためには多大なコストがかかる。さらにこの戦略では、部品を共通化する全製品が同時に需要増、あるいは需要減になってはいけない。」
3、リスクヘッジしたポートフォリオを築くCreate a hedged portfolio
・「この方法が使えるのは主に、需要の変動がマイナスの相関を持つケースである。」

重要な意思決定をいつ下すべきかWhen Should You Make Your Key Decisions?
・「信頼に足る情報が不十分なのに、意思決定を下さなければならない局面は多い。我々は、状況に応じて意思決定のタイミングを変えるとビジネスモデルを改善できるような3つの戦略を見出した。」
1、意思決定を先延ばしにするPostpone the decision
・例えば、重要動向を見ながら価格決定する、収益性の予想によって対応を使い分けるなど。
2、意思決定の順番を変えるChange the order of your decisions
・例えば、インフラ投資をしてから契約を取るか、契約の後にそれに合わせる投資をするか。ソリューションの開発に投資するのではなく、外部に開発をさせて完成したソリューションを買い取るとか。「オープン・イノベーションの草分けであるイノセンティブやイピオス(Hypios)など多くの企業は、『パフォーマンスが先、投資は後』に順番を変えれば、R&Dに伴うリスクの大部分を他に転嫁できると気づき始めている。」
3、重要な意思決定を分割するSplit up the key decisions
・「かつては、リスクのあるベンチャー事業を立ち上げるには、ビジネスモデルの細部を網羅した事業計画書を作成し、計画をその通りに遂行する必要があった。あらゆる重要な意思決定が、一度に前もって下されていたのだ。リーン・スタートアップの手法では、重要な意思決定を分割する。まずは、どこに機会がありそうかという仮説を、かなり大まかに、限られた範囲でよいから立てる。その後、情報収集や『方向転換(ピボット)』の段階を重ねながらビジネスモデルを修正し、最終的に有効なモデルへと到達する。創業者は概して、事業が進行するにつれて仮説を大胆に変えるのだ。・・・事実上、ベンチャー設計の意思決定を小分けにしたわけだ。」

最良の意思決定者は誰かWho Are the Best Decision Makers?
・「決定を下す者を変えるだけで、企業はバリューチェーン内の意思決定を飛躍的に改善できる。」
1、事情に通じた意思決定者を任命するAppoint a better-informed decision maker
・「従業員への権限委譲とは、根本的に、最も事情に通じた個人または組織に決定権を与えることである。」「最適の事情通が社内にいるとは限らない。」
・「よりよい情報を用いた意思決定のメリットは明白だが、従業員やサプライヤー、顧客に権限を委譲し、広範なデータを収集するのは費用がかかるうえに、困難もつきまとう。」
2、意思決定のリスクを最適任者に負わせるPass the decision risk to the party that can best manage the consequences
・例えばアマゾンが売れ筋の本しか在庫を持たず、売れ筋以外は協業関係にある卸業者や出版に在庫管理させたような方法。
・「優位な情報を持つ意思決定者が明らかにいない場合、意思決定のリスクを最適任者に負わせるのは魅力的な戦略になりえる。」
・「この戦略を機能させるには、意思決定を代わりに担う者と自社のインセンティブが一致しなければならない。」
3、最も得るものが大きい意思決定者を選ぶSelect the decision maker with the most to gain
・例えば、製品やサービス導入に伴って顧客に発生するリスクを、製品やサービスの供給者が肩代わりするなど。
・「ただし難点もある。リスクを追加負担しても安全なのは、その技術の信頼性が高い時に限られるのだ。」

重要な意思決定者はなぜその決定を下すのかWhy Do Key Decision Makers Choose as They Do?
・「意思決定者の意欲をうまくコントロールすれば実行できるビジネスモデル・イノベーションは多い。」
1、収益源を変更するChange the revenue stream
・例えば、製品のメンテナンスが製品供給者の収益源になっている状況では、製品供給者は製品の信頼性を上げてメンテナンスを減らす動機は持たない。顧客にとってメンテナンスコストが問題なら、供給者にとっての収益源を変える必要がある。
・「収益源を変更して意思決定関係者の利害を一致させる方法は、パフォーマンスを十分かつ明確に定義できる場合だと成功しやすい。反対に、たとえば先端技術や材料を駆使した新型機は未知の要因が多すぎるため、合理的なパフォーマンス基準や適切な指標の設定が困難である。」
2、短期と長期のメリットを組み合わせるSynchronize the time horizons
・「従来の調達活動では、競争入札という『儀式』を通じて、低価格とほどほどの質を確保していた。・・・ところが、海外調達が増えると、このモデルに不具合が生じる。国外の業者が品質管理を怠り、材料の信頼性を軽んじたのだ。そればかりか、強制労働、製品の横流しや偽造といった問題も露見した。ほとんどの調達取引は一度限りなので、悪徳業者が制裁されることは稀だった。」
・例えば、調達者と業者の間を仲介し、仲介者と業者の長期的な関係を維持することをインセンティブにするビジネスモデルを構築している企業がある(利豊)。
3、インセンティブを統合するIntegrate the incentives
・「信頼の置ける仲介業がいない場合は、独立した各エージェントに対して、事前に取り決めた結果を最大化させるように契約や管理システム(有名なバランス・スコアカードなど)を作成・開発すればよい」
・例えば、患者の治療に携わる関係者すべてが、患者の治療結果をもとにパフォーマンス測定することに合意する医療制度改革など。
・「時にこうした契約は複雑になるので、単にオペレーションを統合するほうがが簡単な場合もある。・・・完全な統合の実現は一大事業のため、多くの組織がコア・コンピテンシーの範囲外にある活動に直接手を出したがらないのも無理はない。したがって、これは他のアプローチでは満足できない時だけに使う、最終手段と見なされる傾向にある。」
―――

ビジネスモデルの改善を考える際のポイントとしては、もちろん上記の項目に限られるものではないでしょう。しかし、上記の項目は、考える際の手がかり、有効なチェックポイントとして使えるように思います。既存のビジネスモデルを改善しようと考える時、あるいは、新たなビジネスモデルを構築しようとする時、まず上記の視点で考えてみることが有効なように思います。

著者の指摘の基本を挙げるとしたら、「暗黙の前提の見直し」、ということになるのではないでしょうか。「何を提供するか」に関しては、製品やサービスを独立した単体のものとして見るのではなく、プロダクトミックスとして見ることが重要のように思われますし、「いつ決めるか」に関しては、プロジェクトの初めに方針と計画を定めてその後にそれを実行していく、というやり方には見直すべき点があると指摘していると思います。また、「誰が決めるか」については、意思決定者を行う人を特定するという前提、「それはなぜか」に関しては、特定のインセンティブや従来の仕組みに依存しているという前提を見直す必要がある、ということのように思います。こうした暗黙の前提は隠れた問題の温床になってしまうこともありますし、暗黙の前提を見直すことで単なる品質や効率の改善以上の成果が期待できることも多いので、技術開発においても重要な検討課題ですが、ビジネスモデルやビジネス上の意思決定プロセスにおいても同様のアプローチが求められている、ということなのでしょう。イノベーションを進める上で、著者の指摘をそのまま適用することが難しい場合でも、暗黙の前提を見直すことは、折に触れて心がけるべきことのように思います。


文献1:Karan Girotra, Serguei Netessine、カラン・ジロトラ、セルゲイ・ネテッシン著、編集部訳、「ビジネスモデル・イノベーションに天才はいらない 4つの意思決定で体系的に変革を起こす」、Diamond Harvard Business Review, 2015 July, p.12.
原著:”Four Paths to Business Model Innovation”, Harvard Business Review, July-August 2014.

参考リンク



失敗を知る(菅野寛著「経営の失敗学」より)

研究でも経営でも、先行事例から学ぶことは重要です。もちろん、成功事例からも失敗事例からも学ぶことができるはずですが、成功事例を取り上げた分析の方が注目を集めることが多いように思います。考えてみれば失敗の方がずっと数が多いはずなのに、なぜ失敗にはあまり着目されないのでしょうか。成功事例の方がストーリーがわかりやすいことがまずあげられるとは思いますが、失敗事例はあまり表に出てこないこともその原因かもしれません。

菅野寛著、「経営の失敗学」[文献1]では、経営における失敗事例の分析がまとめられています。本書では、著者の「経営コンサルタントとして、その後は経営学の教授として、・・・多くのビジネスの成功・失敗をインサイダーとして間近に観察する機会に恵まれました[p.3]」という経験が、失敗事例を考察する上で大きな力となっていて、それが本書の特色のひとつになっているように思います。実務家にとっても、本書にまとめられた「これをやってしまえばほぼ間違いなく失敗する。したがってこれをやってはいけない[p.4]」という内容は非常に有用だと思いますので、以下、そのポイントをまとめておきたいと思います。

I部、失敗から学ぶ
第1章、ビジネスは失敗の山

・「ビジネスとは、そもそも失敗する確率が圧倒的に高いものです。失敗したビジネスは枚挙に暇がありません。[p.16-17]」
・「アップルにせよ、ユニクロにせよ、どれほど名経営者が率いる企業でも失敗を免れません。・・・特に、製品レベルで見ると、どの企業も失敗を山ほど経験しているでしょう。ある巨大メーカーの研究所のコンサルティングをしたときのことです。過去数十年にさかのぼって研究開発に投じた資金、その成果として生まれた製品の売り上げ・利益、あるいは、研究成果を他企業に売って得たライセンス料について、財務的な観点でROI(投資利益率)を詳細に追跡しました。すると残念ながら、投資に見合うだけのリターンは全く得られていないという結論になりました。・・・もちろん、これは財務的側面だけで判断すべきことではありませんが、そのくらい新しい製品を成功させることは難しいのです。[p.20

第2章、ビジネスは本質的に失敗する運命にある
・「ビジネスにはそもそも、失敗しやすい構造的要因があると、私は考えています。一般論になりますが、ビジネスには2つのジレンマが存在します。
同質化による失敗:他社と同じこと、あるいは、今までの自社と同じことをやっていては成功しない。

異質化による失敗;他社と違うこと、あるいは、今までの自社と違うことをやれば成功しない。
要するに、同質化しても失敗しがちであり、異質化しても失敗しがちであるということです。すなわち、ビジネスではどちらに転んでも失敗すべく運命づけられているのです。ビジネスとは、この2つのジレンマの間を揺れ動きながら出口を探っていく行為と呼んでもいいかもしれません。[p.28-29]」
・「何とか成功する例外的な出口を見つけて実行するのが、ビジネスの命題です。すなわち、他社と同じことをやっていても泥沼の利益低減競争に陥らない出口、あるいは他社と違うこと、慣れないことにチャレンジし続けても企業としては失敗しない出口を、何とかして見つけるのです。[p.44]」

第3章、成功学の幻想
・「成功事例からの学習には、非常に注意が必要です。[p.46]」「成功事例の研究は『正しく』行えば有効なことも多いのですが、多くの企業は『間違った』成功事例研究をしていると私は感じています。他企業の成功を表面的にモノマネしても、成功する保証はありません。それどころか、かえって失敗する確率のほうがはるかに高いでしょう。[p.48]」
・成功事例を学ぶことができない第一の理由:「成功している企業が行っている『目に見える表面的なアクション』を単純にモノマネすると十中八九失敗するでしょう。なぜならば、『目に見える表面的なアクション』の裏にある『目に見えない要因』のほうが、はるかに重要な場合が多いからです。[p.48]」「成功の裏にある『目に見えない要因』は大きく、①企業の『価値観や文化』、②企業の『能力』、あるいは、③目に見える個々のアクションをつなぐ全体としての目に見えない『つながり・システム・仕組み』に分かれます。いずれも一朝一夕では真似はできないものばかりです。仮に真似できたとしても、自社の価値観や能力、仕組みを変えることによる副作用のほうが大きくなる可能性もあるため、本当に真似することが良いのかどうかは一概には言えないのです[p.50]」。真似しにくい事例として、リクルートの社内公募制度、トヨタ生産方式、セブン-イレブン・ジャパンの仮説検証アプローチが挙げられています。

第4章、成功は学べない
・「成功した企業のやり方が唯一絶対の正解ではありません。複数の解の一つを実行して、『たまたま』成功した他社の事象を『後付け』で分析し、成功要因を抽出することはできても、それが、本当に再現性があるかどうかは甚だ疑問です。特に、成功した企業の状況(コンテクスト)と自社独自の状況が違うため、同じことを実行しても、成功した企業と同じように 成功するとは考えにくいものです。[p.61-62]」
・「成功から学ぶ価値があるのは、『表面的な目に見えるアクション』(WHAT)ではなく『深層の成功・失敗要因』(WHY)です。成功あるいは失敗した企業がある意思決定やアクションを行ったという事実は、それ単体ではあまり意味がありません。[p.77]」
・「『こうすれば必ず成功する』という成功の十分条件(すなわち“必勝法”)は存在しない」、「そのような必勝法がない以上、経営者にできるのはいかに成功確率を上げていくかということです。できることをしっかりとやり、あとはリスクを管理するしかない。それがビジネスというゲームの本質です[p.78-79]」

第5章、失敗学の有用性
・「私が観察したところ、『結果として』成功しているのは、負けない戦略、他社を凌駕する努力、時の運という3つの条件がすべてそろった企業です。・・・ここで誤解してはいけないのが、この3つが揃うことは成功の必要条件であって、十分条件ではないことです。すなわち、3つのすべてが揃っても、必ず成功する保証があるわけではありません。一方、3つのうちどれか一つが欠ければ、高い確率で失敗します。正確に言えば、いずれかが欠けている場合、瞬間的にうまくいくことはあっても、長期的に持続可能な成功はあり得ないのです。[p.82]」
・「しかしながら、『これをやったらほぼ確実に失敗する』、すなわち『これをやってはいけない』という『DON’T』は存在します。別の言い方で言い換えると、『踏んではいけない地雷』は存在すると私は思っています。そして、成功の十分条件は存在しないにせよ、地雷を踏まないことが、少なくとも『成功の必要条件』となると考えることができます。[p.84]」
・「ビジネスでは・・・『成功パターンは様々で共通性・再現性はないが、失敗パターンはかなり共通性がある』というのが、これまで様々なビジネスに関わって私が実感するに至った観察結果です。[p.87]」

II部、陥りがちな失敗のパターン
第6章、考えるアプローチ、頭の使い方がずれている

・典型的な失敗パターン:「①教科書にある理論を何も考えずにそのまま使って意思決定してしまう、②意思決定の質とスピードのバランスを失っている(要するに、グズグズと調べすぎて意思決定しない、あるいは意思決定が遅れる)、③そもそもの出発点としての論点がずれている」[p.92-93
・「ビジネスの教科書に載っている理論は百パーセント正しい公式ではありません。教科書に載っているような考え方をすれば、頭の整理がしやすくなる、答えが出やすくなる『場合がある』というだけのことなのです。[p.95]」
・「どれほど時間とお金をかけて調査しても、知りたい情報が100%わかるということはまずあり得ません。・・・重要なのは、少ない情報、あるいは、不完全な情報であったとしても、そこからよく考えて、情報が足りない部分は自分なりの前提を置いて、仮説でもいいから意思決定する癖をつけることです。[p.102-103]」
・「ビジネスは、意思決定とそれに続くアクションによって『結果』を出す作業です。どのように良い意思決定をするのか、どのように良いアクションを取るのかという『HOW』の前にそもそも何に対して結果を出そうとしているのかという『WHAT』がずれていれば、出発の時点ですでに失敗していることになります。[p.104]」

ビジネスの立案における失敗のパターン
第7章、戦略の筋が通っていない

・「まずは戦略の筋が通る、通らない以前の問題として、そもそも戦略不在の企業もいまだに多く見受けられます。その理由として、高度成長期はとうの昔に終わったにもかかわらず、依然として高度成長期の『頑張りのみで突っ走る』という価値観を持っているトップがいるからでしょう。[p.112-113]」
・目的地、ルート、視点の3つの要素が必要。ロジックの因果関係に欠落があってはいけない。
・「自分では筋が通っていると思って自信を持って実行しても、実際にやってみると筋が通っていないことも多々あります。そのような場合は、十分な検討を行ったら、むしろさっさと実行してみて、結果を解析して、必要な軌道修正したほうがよいでしょう。[p.127]」

第8章、顧客が求めていない価値を提供してしまう
・「あなたのビジネスが顧客に提供している価値は何かということを、真剣に考え抜く必要がある[p.131]」「いつの間にか顧客の求める価値が変化し、気づくと劣勢に立たされていた、ということも少なくありません[p.140]」「表面的な調査で顧客の求めている価値はわかっていると思い込む[p.144]」こともある。「顧客が考える他の選択肢[p.147]」を考える必要あり。「自社の競争優位性を、『相対的』と『顧客の判断基準』という視点を入れず捉えているのだとしたら、顧客の見方とは大きく食い違ってしまう恐れがあります。[p.151]」

第9章、定性的なロジックの詰めだけで満足して、定量的な数字の詰めが甘い
・数字の詰めが甘い例:「市場の大きさ・事業の大きさを考えない[p.152]」「『市場全体』と『自社のビジネスが対象とできる市場セグメント(市場の一部)』との勘違い[p.155]」「楽観論だけでバラ色の戦略を立ててしまう[p.156]」「ダウンサイド・リスク(悲観ケースが起こった場合のリスク)を見極めない[p.158]」「数字を幅で捉えない[p.161]」「成功に大きなインパクトのある要素ではなく、瑣末な要素に目を奪われ、無駄にリソースを注力してしまう[p.162]」

第10章、リスクや不確実性に対処しない
・「リスクや不確実性をマネージしない典型的な失敗例としては、以下のようなものがあります。①予定調和を信じて一つのシナリオで突き進んでしまう、②いったん作ったプランに固執しすぎてタイミング良く軌道修正ができない、③成功しなかった場合の次の打ち手(プランB、撤退プラン、等)を考えずに突っ走る、④未来を『作る』のではなく『予測』して『追随』しようとする[p.166]」

第11章、「地雷排除」が行きすぎた結果、戦略が尖っていない
・「地雷排除作業をやればやるほど、これもやってはいけない、あれもやってはいけない、という『ダメ出し』になり、すべての『ダメ』を取った後に残った戦略が、全く差別性のない、つまらないものになってしまうことがあります。確かに地雷は排除したので『負けない』戦略のはずですが、同時に『勝てない』戦略にもなり得ます。というのは差別性のない普通の戦略であれば、同質化競争や泥沼の価格競争に陥って、利益が限りなくゼロに近づいていくからです。よく『経営とは矛盾のマネジメントである』と言われますが、まさに地雷を排除して角の取れた戦略になることと、戦略をとがらせることの矛盾をマネジメントしなければいけません。地雷を排除した結果、角が取れて丸くなってしまった戦略を、勝つためにもう一度見直して、あえてリスクを取って(もう一度地雷に近づいて)尖らせる必要があるわけです。では『戦略を尖らせる』ために何が必要でしょうか。私は次の二つだと思っています。①イノベーションを起こして『×』を『○』にする、②失敗しても立ち直れるだけの体力を残しておく[p.187-188]」。
・「イノベーションが必要とはいえ、あまりに革新的すぎてもいけないというのが、イノベーションをめぐる難しさの一つです。・・・あまりにも独創的な百歩先のイノベーションでは、誰にも理解できません。・・・ビジネスでは、そういう『百歩先』を行くようなものではなく、『半歩先』が重要です。[p.196]」

実行において陥りがちな失敗
第12章、実行に必要な徹底度が足りない

・「何事を実行するにしても、誰が(WHO)何を(WHAT)いつまでに(WHEN)達成するかという三つの要素が決まっていなければ、実行のしようがありません。[p.205]」
・「ビジネスを成功させるためには、『この能力がないと事業はうまくいかない』という能力要件があります。その能力要件を満たさない限りは、そもそも実行して成果を出すことができないため、その事業は失敗してしまいます。[p.210]」「新しいことをやるときには、必要な資源を過小評価しないことが重要です。ただでさえ慣れないことをやるのですから、予想外のことが起こります。その対処に、お金、人、時間などの資源が必要になります。しかも、不慣れなことなので余計に手間もかかるので、通常以上の資源がかかります。それを忘れてしまって、少ない資源でやろうとするのは、確実に失敗に至る道となります。[p.217]」「実行では、結果をモニターし、フィードバックし、必要なら軌道修正するというサイクルを頻繁にかつスピーディーに回していくことが大切です。しかし、実行してうまくいっているかどうかを、きちんと測定していないケースが案外多いのです。[p.218]」「スピードを上げていくには、単にお尻を叩けばいいという話ではありません。誰が、いつ、何をやるのか。必要な資源はどれぐらいか。意見が割れたときに、誰が意思決定をするか。このあたりの詰めが甘いと、実行の段階でつまずいてしまうのです。[p.225-226]」

第13章、実行者の意識・行動を変えていない
・「実行者のモチベーションが不十分であればまず間違いなくそのビジネスはうまくいきません。[p.231]」「人間が行動を変える際のハードルは3つあります。BCGでは『Ready』『Willing』『Able』という言い方をするのですが、私流の言い方にすると『頭』『心』『体』となります[p.234]」。

頭:「なぜ行動を変える必要があるのか、頭で理解しているか?」→対策は情報共有
心:「たとえ困難を伴っても、行動を変えようという強い意思を持つに至ったか?」→対策はモチベートすること、アメとムチ
体:「新しい行動を実際にやりきるだけの能力があるか?」→対策は組織能力を向上させるトレーニング、ツール提供、採用。[p.235
・「目に見える戦略や資源配分、組織形態ばかりに気を配って、それを実行する人間や組織の価値観に手を加えなかったため、失敗してしまうケースがあります。[p.238]」

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失敗に着目して、そこから学んだ結果に基づいてビジネスの手法を提案することは、考えてみれば非常に合理的な考え方だと思います。特に、これからの時代、未経験のことに挑戦しなければ長期的な成功は期待できない世の中になっていくだろうことを考えると、失敗をよく知り、できるだけ失敗を避けるようにしながら失敗の可能性のあることに大胆に挑戦してくことがますます求められるようになるのではないかと思います。

研究開発は、失敗の可能性のあることへの挑戦を主たる業務として分担していると言ってよいでしょう。当然、失敗に遭遇する確率は高いわけですが、失敗慣れして失敗することに甘んじていてはいけないはずです。失敗しやすいからこそ、避けうる失敗は回避できるよう、失敗についてもっとよく知る必要があるのではないでしょうか。もちろん、失敗事例は表面化しにくいですし、失敗の原因を論理的に分析し今後の教訓として活かすことは容易なことではないかもしれません。ともすると、失敗はその責任を誰かに取らせてそこから得られるはずの教訓は失敗の事実とともに闇に葬ってしまう、ということもあるかもしれませんが、本気で成功を望むなら失敗も価値ある知的資産として認識し、その内容や原因をきちんと理解、整理して対策を考えるべきではないでしょうか。本書のようなアプローチが、失敗と上手につきあい、失敗の可能性に果敢に挑戦するための方法論の基本となるような気がします。


文献1:菅野寛、「経営の失敗学 ビジネスの成功確率を上げる」、日本経済新聞出版社、2014.

参考リンク




情報の扱い方(ハーツ著「情報を捨てるセンス選ぶ技術」より)

情報を生み出すことは、研究開発の基本的役割のひとつだと思います(以前に、「製品開発は、情報を生み出す非定形の業務である」というThomkeらの考え方をご紹介しました)。しかし、すべての研究者が情報をうまく扱えているか、というと、自分自身も含めて実際は甚だ心もとない、という気がします。加えて、最近ではインターネットの発達により、情報の集め方や、集めうる情報の種類もどんどん変わってきていますので、情報を扱うスキルの重要性は以前よりも高まっているのではないかと思います。そこで今回は、情報の扱い方について述べた、ハーツ著「情報を捨てるセンス選ぶ技術」[文献1]から、興味深く感じた点をまとめておきたいと思います。

Chapter 1
、選択と決断が人生を変える
Step 1
、めまぐるしく変化する世界とどう取り組むか?

・「選択の達人になるとは、情報の収集、選別、調査分析をうまくこなし、誰を信じ、誰の助言に耳を傾けるべきかをしっかりと見定め、さまざまな選択肢をきちんと分析し、異なる意見を比較評価できるようになることだ。[p.19]」
・優れた判断や賢明な選択を邪魔する強力な環境要因:1、情報の洪水(信じるべき情報と排除すべき情報を見分ける必要がある)、2、中断という麻薬(例えばメールチェックによる作業の中断があると作業効率が大きく低下するが、自ら進んで中断してしまったりする)、3、無秩序な時代(過去は未来の道しるべにならず、何が信頼できるかを見極めることすら難しい)[p.20-28
・「自分の診断に絶対的な確信をもっている人にかぎって頻繁に間違っていることが、多くの調査で明らかになっている。[p.33]」
・「本書の目的は、みなさんにより自信をもって、他人に依存せず、自分の頭で考え、賢明な意思決定ができる力を身につけてもらうことだ。[p.34]」

Chapter 2
、目を見開いて世界を見る
Step 2
、正しい情報を見落としていないか?

・「もっとも目をひく情報が必ずしもいちばん役に立つとはかぎらない[p.43]」
・視界をさえぎるもの:1、非注意性盲目症(「人は何かに集中していると、・・・感覚範囲に入ってくる新たな事象を記録しない[p.44]」、2、パワーポイント(「要約した情報をもとに意志決定をする場合には、その過程において、カギとなる詳細事項や微妙なニュアンスを見落とす可能性がある[p.50]」、3、数字崇拝(「数字崇拝によって、実際には測定できないものにまで数値が付けられてしまうことがある[p.51]」
・「私たちの多くは、自分に直接影響のあることがらに関して悪い出来事が起こるとする情報は退け、よい情報だけに注意を向ける[p.57]」。「ある結論に飛びついてしまうと、人はそれを支持する情報に注目し、それを否定するものや、最初の判断と合致しないものはすべて無視してしまう[p.62]」。「過去の成功や失敗に固執しすぎて、まともな思考ができなくなったり、偏見のない客観的な心で現在の問題を評価できなくなってはいけない。私たちの環境とそれがもたらす結果の相互作用は絶え間なく変化するということを、強く意識しておこう[p.69-70]」。
・まず、「無意識のうちに視野が狭まっているかもしれないこと[p.73]」に気づくこと。他には、「スピードを落とし、認識誤りを回避すること[p.74]」、決断を遅らせること、柔軟性のある決断とすること、評価を継続的に行なうこと、「成功からも失敗からも学ぶ機会は得られること[p.81]」も考えるべき。

Chapter 3
、真実の管理人になる
Step 3
、言葉の力にあやつられていないか?
・「ものごとを伝える方法――使用する言葉、画像、比喩の選択――が、情報の処理のしかた、評価のしかた、さらには判断のしかたにも大きな影響を与えている[p.86]」。
・人は言葉だけでなく、「最初に与えられた情報にとらわれる“アンカリング効果”[p.95]」、数値の表現、色、音、接触、におい、環境などの影響を受ける。「もし・・・だったら」と自分に問いかける、反対の選択肢を考えてみる、情報を伝えているのは誰なのかを考えてみることなどが有効。[p.106-107

Step 4
、専門家に服従していないか?
・fMRIスキャナー実験によると、「専門家のアドバイスに向き合っているあいだ、被験者の脳の独立した意思決定を司る部分は、スイッチが切られたも同然の状態だった。専門家が話しだすと、人はまるで自分で考えることをやめたかのようになる[p.117-118]」。
・「専門家が私たちの世界や知識に大きく貢献してこなかったわけではないだろう。・・・長年積み上げてきた訓練やテクニカルスキル、あるいは特定の分野に没頭することが、何の価値もないなどと言うつもりはない。・・・私が言いたいのは、専門家がグルになり、誰も疑いを持たなくなってしまったり、経験だけで賞賛されたり、科学者が決まりきった方法ばかり用いるようになったり、『自分の仮説は正しい』とする主張が真実と一緒くたになったりすると、人々を危機的状況に陥れるということだ。[p.126]」、「もちろん例外だってあるが、専門家にも欠点はあり、偏見もあるということだ。[p.127]」
・「重大な“客観的”アドバイスを専門家に求めようと思っているなら、・・・どんな利益相反が起こり得るのかを調べるべきだ。[p.129]」
・「専門家というのは、彼らが信じるところの“真理”にいつまでもとらわれる傾向がある・・・たとえ、それが賞味期限の切れた真理であっても。[p.134]」
・「もしもその専門家が自分の意見を頑固なまでに変えようとしない、ほかの立場(見解)を知らない、あるいは人間の限界について受け入れようとしないといった態度を見せるようなら、信頼するに適した相手とはいえないだろう。[p.145]」
・「専門家のアドバイスは、適度に警戒しながら聴き入れよう。専門家だって人間だから、失敗をする可能性は充分にあることを覚えておこる。専門家とは、決定的な事実の管理人ではなく、せいぜいさまざまな主張を聞かせてくれる調査員ぐらいに考えておこう。[p.146]」

Step 5
、素人専門家(レイ・エキスパート)を見逃していないか?
・素人専門家とは、「ちゃんとしたステータスをもっているわけでも、従来の専門家の訓練を受けているわけでもないが、話題に関連する豊富な実体験をもっている人たちのこと[p.153]」。「科学に精通していない、ものごとがどうしてそのように機能するのか、あるいはどうしてそう見えるのかを恐らく説明できないが、それぞれのケースで、実体験や問題に没頭することによって彼らが得た洞察や知識は比類ないほど価値がある[p.156]」。「作業現場からの洞察がよい結果につながる可能性があるのは明らかだ。・・・多くの企業が社内の素人専門家の知識を著しく過小評価し続けている。[p.161]」
・予測市場(プレディクション・マーケット):「将来起こるだろうと思われる出来事について――実質的には賭事市場(ベッティング・マーケット)なるものをとおして――情報を集める方法[p.162-163]」。「市場の仕組みは・・・まず従業員に賭けの対象・・・が与えられる。彼らには予想が当たった場合、もしくはトップトレーダーから認知された場合に賞金が出る。・・・賭けに参加している人々の意見を集めることで、さまざまな結果に対する市場価格が決定する。それは、実質的に質問に対する答えを従業員がどう考えているかを反映した価格であり、賭けに参加している人たちがその予測を正しいと思っているか間違いだと思っているかによって上下する。[p.164]」
・限界と注意点:「素人専門家に、あなたの知りたい分野の実体験がなければ、彼らの情報はおそらく役に立たないだろう[p.169]」。「素人知識は本来ケーススタディであるため、必ずしも一般論として受け取ることはできない[p.170]」。

Step 6
、誰でも市民ジャーナリストになり得るのか?
・「すべての市民ジャーナリストの証言を総合すれば、これまで扱ってきた量を大幅に上回る情報量になる。・・・この情報革命は私たちにとてつもなく大きなチャンスも与えてくれている。現場や情報源から直接届く、フィルターがかかっていない、情報操作も編集もされていないリアルタイムな情報をもとに判断ができるのだ。[p.184-185]」
・他にも、ウェブの盗み聞き、グーグルトレンド(検索キーワードを照合できるサービス)も活用できる。[p.189-199

Step 7
、なりすましとやらせを選別する
・「ウェブ情報時代が与えてくれる、真実の管理人になれるチャンスは真摯に受けとめるべきだが、ウェブの世界はイデオロギー主義者、過激主義者、ウソつき、ペテン師、悪意のあるいたずら者などの温床でもあるという事実に警戒していなければいけない。[p.217-218]」
・少し掘り下げる、情報源は誰なのか確認する、どんな価値観で発言しているか、情報入手方法、検証できる資料はあるか、他の人が同じ主張をしていないか確認することが、情報選別に有効[p.240-242]。

Chapter 5
、情報を選ぶ技術を磨く
Step 8
、数学から逃げていないか?

・提示された数値情報を評価する注意点:何か特別な目的をもっていないか、数字は操作されていないか、オリジナル情報源は?、グラフは可視化段階で情報をねじ曲げられていないか、適切な文脈にあてはめてみたらありふれたことなのでは?、いいとこ取りのデータではないか、データの切り分けは適当か、見せられていないデータは?、サンプリングは適当か、他の説明はできないか、アンケート回答者は真実を答えているか、絶対リスクか相対リスクか、など。[p.292-295

Step 9
、“自分という受信機”をチェックしているか
・「激しいストレスは人間の判断を乱してしまうこともある。・・・不適切な数字にとらわれたり、別の行動を考えられなくなったり、慣れ親しんだものや習慣的なものから離れられなくなったりしがちなのだ。・・・慢性のストレスがあると、視野が非常に狭くなってしまう。[p.299-301]」
・「判断をゆがめるという意味では、・・・気分や感情はもっと広い意味で判断に影響を及ぼす[p.304]」。「自分の感情を見きわめ、分類し、理解することを学ぶのは、意思決定をするうえできわめて重要なことだ。それによって、自分の感情から切り離され、判断にバイアスをかけたりゆがめたりする感情を、正しい判断に不可欠な感情から切り離すことができる。[p.313]」
・「低血糖は被験者を一時の感情に駆られやすくし、誤った投資選択を起こしやすくする。・・・空腹は判断力を損なう場合があることを警告されている[p.316]」。「脳が睡眠時間を奪われていると、判断に伴う”Pros and cons(メリット/デメリット)“をきちんと推し量れない傾向がある。その代わりより衝動的になり、かつ慎重さがなくなるので、不要なリスクを取りがちになったり、自分の判断が大惨事を起こすかもしれないという想像力が働かなくなったりする。危険なほど自信過剰になってしまうわけだ。[p.321]」

Chapter 6
、いまこそ変革を起こす
Step 10
、”みんなの判断“に同調していないか?

・「私たちはまわりの人間が何を言うか、何を考えるか、何をするか、あるいは何をしないかにも、大きく影響を受けてしまう。[p.332]」
・「私たちは自分と似た人たちの真似をしたり、同調したり、そういう人たちと自分のまわりに集めたりする――これは明らかだ。・・・環境が仲よしグループ的であればあるほど、自発的な人間が異なる意見を口にしなくなる――その異なる意見こそ、意思決定の質を高めるために耳に入れておく必要があることも多いのだ。歴史を見れば、あまりにも周囲に従順すぎたり、あるいは意見の相違がほとんどなかったりしたせいで引き起こされたひどい判断や間違った予測がそこらじゅうに散らばっている。[p.338-339]」
・「私たちは自分と似た、あるいは同じ国籍や民族性、年齢の人を友人にしたがる――似たような格好をする人、外見が似ている人、出身校が同じ人。デジタル時代には心配な現象だ。今日、私たちは情報源から直接、生の情報を受け取ることができるものの、たいていは情報の洪水に対処しようとして、きわめて狭いグループ――友人――が好む情報に集中することになる。・・・もし友人が自分とよく似た人たちばかりなら、・・・まだ見つけていないたくさんの新しいアイデアや意見だけでなく、多様性や異なる意見のメリットもシャットアウトしてしまうわけだ。[p.352-353]」
・「”ナローキャスティング“とは、情報世界をあなたと似た人を通してのみフィルタリングすること。・・・違うレンズを通して世界をみることや、選択可能な観点を自分のまわりに置くことはとても重要なことだ。[p.364]」。「職場では意識的に多様性のあるチームを作ろう。[p.364]」

―――

本書を読むと、「情報を扱う」とはいっても様々な難しさがあることがわかります。その難しさを大きく3つに分類すると、情報自体の問題、情報の受け手である自分自身の問題、自分自身に影響をあたえる環境の問題、と切り分けることができるでしょう。情報を生むことが研究部隊の仕事であるならば、研究に携わる者は、このような情報の扱い方についてもよく理解し、よい情報をうまく集め、情報をうまく活用し、より正しい意思決定を行うことができなければならない、とも言えるのではないでしょうか。本書にも述べられているように、インターネット技術の発展は我々を取り巻く情報環境を大きく変えています。これからの時代、研究部隊には情報を扱うプロフェッショナルとしての役割も求められているようにも思いますが、いかがでしょうか。


文献1:Noreena Hertz, 2013、ノリーナ・ハーツ著、中西真雄美訳、「情報を捨てるセンス選ぶ技術」、講談社、2014.
原著表題:Eyes Wide Open: How to Make Smart Decisions in a Confusing World

参考リンク



「意思決定理論入門」(ギルボア著)より

誰しも正しい意思決定を行いたいという気持ちはあるでしょう。しかし、正しい意思決定とは何なのでしょうか。本ブログでも、人間は様々な状況で、誤った判断や無意識的判断、非合理的判断をすることを紹介してきました(「ファスト&スロー」(カーネマン著)より意思決定の罠(モーブッサン著「まさか!?」より)、など)。もちろん、誤った判断が「正しい判断ではない」ということは言えるでしょうが、誤りがなければ正しい判断なのか、非合理的かもしれないが誤っているとは言えない場合や、誤っているかどうかがはっきりしない場合にはどうすればよいのかなど、正しい意思決定をするために考えておくべきことは多いように思います。

ギルボア著「意思決定理論入門」[文献1]では、判断におけるバイアスやヒューリスティクスの問題も考慮した上で、意思決定において考慮すべきポイントが述べられています。以下、その中から重要と思われる点をまとめておきたいと思います。

第1章、基礎概念
・「何が『より良い選択』なのか?・・・その答えは自明ではない。わたしは、意思決定の結果がどうであったかは、分析の最終段階においては、意思決定者自身の判断によって決められるべきであるという見方を採用している[p.1]」。「本書の主要な目的は、読者であるあなた自身がより良い意思決定をできるよう手助けすることである[p.8]」
・記述的理論:「現実を記述することを目指す理論のこと[p.3]」。「その原理はそれに対応する現実と照らし合わせて検証される。・・・良い記述的理論とは、あなたの周囲の人々がどのように行動しているかをあなたに告げるもの[p.4]」。
・規範的理論:「意思決定者に忠告を与える理論、つまり、意思決定者がどのように意思決定すべきかという指図を与える理論のこと[p.3]」。「その原理は現実に適合する必要はない。・・・良い規範的理論とは、あなたが採用したくなるような理論であり、あなた自身の目で見て良い意思決定を可能にするような理論[p.4]」。

第2章、判断と選択におけるバイアス
・フレーミング効果:「問題文の設定や表現方法が意思決定に与える効果のこと[p.15]」。(例えば死亡率で表現するか、生存率で表現するか、など)。「われわれ消費者に商品を売ろうという仕事に従事している人々はたいてい、どの表現方法が別のものよりも客を引きつけるかについて良いセンスを持っている[p.20]」。形式的なモデルによってフレーミング効果は消すことができる[p.21]。
・賦存効果:「自分が持っているものに持っていないものよりも高い価値をつける傾向だと定義できる。・・・現状維持バイアスと呼ばれる一般原則から導かれる効果と見ることができる。[p.23]」保有しているものについて情報を持っていること、頻繁な選択の変更を防止できること、習慣形成など、現状維持が合理的と考えられる場合もある[p.25-26]。
・サンクコスト(埋没費用):「支払った金額は、回収することができないサンクコストである。多くの合理的な指南によれば、サンクコストは無視すべきである[p.29]」。しかし、サンクコストへのこだわりが正当化されるケースとして、現状維持バイアスが意味をもつ場合、他人を困惑させる可能性、自分の選択を後で後悔する可能性、未完のプロジェクトをだめにしてしまう可能性がある場合などが挙げられる[p.30-31]。サンクコストを無視したい場合には、問題を決定木としてモデル化することが有効。[p.31
・代表性ヒューリスティック:代表的、典型的な表現に影響される。「矛盾のない長い証言は短い証言よりもより信用をもたらす[p.37-38]。
・利用可能性ヒューリスティック:事例の思いだしやすさに影響される。
・係留効果(アンカリング効果):「関係がないかほとんど関係がない情報が持つ影響力・・・、十分なデータがない場合には、人の評価は、関連性が乏しいような情報に影響を受けるかもしれない[p.47]」。「係留のヒューリスティックとは、『アンカー』として機能するある推定値を基準としてそこから推定値を修正していくこと[p.47]」。ただし、「誰かによってもたらされる評価値は、情報量としては乏しいが、評価値であることには変わりはない。[p.48]」
・メンタル・アカウンティング(心の会計):「お金が代替可能なものであっても、・・・あなたのお金は支出の種類ごとに配分される[p.51-53]」。
・動学的非整合性:「あなたが将来の行動についてある選択をし、やがてそれを実行する時が来ると、あなたはそれを実行しようとはしない[p.55]」。

・「人間の心というのは、長い期間にわたって進化してきた、むしろ洗練された推論の道具なのであり、また、恐らくはその目的にとってそれほど悪い道具ではない・・・実質上ほとんどすべての思考様式にとって、良い推論を見いだすことができ、またそれが最適であるようなさまざまな環境を見いだすことができる[p.61]」。

第3章、統計データを理解する
・条件付き確率:「ある側面に関する条件付き確率から別の側面に関する条件付き確率を導き出すのは一般的に難しい[p.67]」。「一般に、2つの事象の条件付き確率が同一になることはない。それでも人々は2つの条件付き確率を同一視してしまう傾向がある[p.74]」。(基礎比率の無視)
・ギャンブラーの錯誤:独立の事象に対して過去の事例から過剰に学んでしまう、大数の法則を誤って適用する、条件付き確率と条件なし確率を混同するなどの誤りをする。[p.77-83
・悪い(偏った)サンプルに要注意
・平均への回帰:「何かをその極端な過去の結果(良いものにせよ、悪いものにせよ)に従って選ぶなら、将来的にはその結果は平均的なものに戻ってくることを期待すべき」[p.86-87]。
・相関関係と因果関係:「単なる相関関係から因果関係を見いだす助けとなる洗練された統計的手法が存在するが、それには限界がある。特に、株式市場の暴落や戦争などといった一回限りの出来事の原因を特定化することは非常に難しい。・・・相関関係は因果関係を意味しないということを覚えておくとよい。[p.90]」
・統計的有意性:帰無仮説が棄却できないことは、それが真であることの証明にはならない。[p.91
・ベイジアン統計学と古典統計学:「古典統計学とベイジアン統計学は非常に異なった種類の問題に用いられるべき統計手法であるということが大事なのである。もしあなたが何かを立証したい、つまり、『客観的に(統計的に)証明された』ものとして受け入られる結論を主張できるようになりたいなら、用いるべき手法は古典統計学である。もしあなたが自分にとって最善の選択となるような判断や決定を行いたいのなら、誰かを説得することなどに顧慮する必要はないので、選ぶべき手法はベイジアン統計学になるだろう。[p.100]」

第4章、リスク下の意思決定(「リスク、すなわち既知の確率を伴う状況における意思決定」)
・「確率変数の期待値とは対照的に、期待効用はより多くの意味を持つ。・・・フォン・ノイマン=モルゲンシュテルンの定理は、あなたはある効用関数の期待値を最大化するかのように振る舞うという非常に緩やかな想定をしている[p.124]」
・プロスペクト理論の「1つの特徴は、人々は提示された確率に対して非線形的に反応すると主張している点である[p.133]」。もう一つの要素は、「人々は富の絶対的な水準ではなくその変化に反応すると考えている点[p.134-135]」。

第5章、不確実性下の意思決定
・「われわれの人生における多くの重要な意思決定は、同じような仕方で繰り返されるような事象には依存しておらず、i.i.d(「identically and independently distributed、同一で独立の分布[p.77]」)の事象であるという仮定は成り立たない[p.149]」。
・「パスカルは既に確率論という道具を用いて、客観的な確率が存在しない不確実性の状況についての直観と論理を分離していた。その考えは、たとえ事象に割り振る確率が客観的に、あるいは科学的に推定されないとしても、不確実性を数量化することによって課される規則そのものが有用であるかもしれないというものだった。科学的・客観的査定を引きだすための情報がほとんど十分に手に入らないので、あなたが手にする確率は主観的なものに限られる。しかし、確率論という道具を主観的確率に用いれば、あなたの信念は内的には整合的なものであることが保証される。人があなたの査定を実際のデータと比較すると、あなたの査定は正しくないかもしれないが、少なくともあなた自身は自分の信念の間で矛盾するような愚かな結果にはならないはずである。[p.150]」
・「解くべき問題に対して正しいモデルを用いることがとてつもなく重要である。・・・不適切なモデルによって分析を始めると、間違った問題に対する数学的に正しい解を得ることになってしまう。・・・モデル形成において暗黙的になされている隠れた仮定に気をつけるべきである。・・・あなたが情報を知る仕方は、それ自体で、またそれ自身について、参考になる情報をもたらすかもしれない。時には、あなたが何かについて知っている、あるいは知らないという事実そのものが、何か新しいことを伝えてくれるものである。[p.173-174]」
・第3章では「因果関係を確証することは困難であり、しばしばそのために十分なデータが手に入らないことが確認された。しかし、意思決定問題の分析においては、たとえ小さな主観的確率を割り当てるだけに終わるとしても、潜在的な因果関係に注意しておくことが要求されるのである。[p.178]」
・確実性原理(sure thing principle):「エルズバーグがその実験で発見した現象とは、多くの人々が不確実性回避的であるということである。つまり、他の事情が一定であるならば、人々は既知の確率を未知の確率より好む、あるいはリスクを不確実性より好むということである。リスク回避性の場合と同様に、不確実性回避性は損失が出る局面よりも利益が出る局面においてはるかに良く見られ、また、恐らく・・・損失回避性の場合と同じ効果によって、人々は損失が出る局面では不確実性愛好になるかもしれないという証拠がある。[p.180]」
―――

結局のところ、著者が「あなたにとって何が良い決定であるか決めるのはあなた自身であるという見方を強調してきた[p.201]」と述べているとおり、「正しい」意思決定のための決まった方法などはない、ということなのでしょう。しかし、意思決定にあたって明らかに間違った判断や、望んでいない判断、首尾一貫せず自分自身が混乱してしまうような判断をしないために、さらに納得感の高い意思決定を可能にするために意思決定理論は活用可能だということは言えるように思います。

研究を行う上では、意思決定の考え方は以下の2つのケースで特に重要になると考えられます。
1、情報に基づいてどのような行動をとるべきかを決定する(一般の意思決定と同じ)。

2、データに基づいて、より真実に近い情報を明らかにする。
上記1については、研究に限らず重要なことですので、特に議論は不要でしょう。2は、自分の行動を決める際の選択、意思決定とは異なりますが、未来予測のための根拠となる理論を打ち立てたり、データを集め、解釈することにより、ある事象が起こる確率の推定精度を向上させるために、意思決定論の考え方は特に重要だと思います。集めたデータがバイアスによって歪められていないか、ヒューリスティックによって誤った結論が導かれていないか、統計的に誤ったデータ解釈をしていないか、等の点には常に注意が必要ですし、精度の高い結論を得るためにはどのようにデータをとるべきかという研究計画立案の問題を考える場合にも、本書に述べられた注意点は活かせると思います。

結局のところ、研究活動とは、不確実性の高い現象を検討対象として意思決定を繰り返し、その不確実性をリスク(成功確率を評価できるもの)に転換し、さらにそのリスク(失敗確率)をできるだけ下げていくプロセスと考えられます。その検討対象の中に人間の行動が含まれているならば、意思決定に関わる記述的知識も必要でしょう。また、場合によってはヒューリスティックを積極的に活用して、判断のスピードを上げることも求められるかもしれません。意思決定の方法を学ぶだけではなく、意思決定のメカニズムや原理もよく理解した上で、創造的に意思決定理論を活用していくことが研究者には求められているような気がします。


文献1:Itzhak Gilboa, 2011、イツァーク・ギルボア著、川越敏司+佐々木俊一郎訳、「意思決定理論入門」、NTT出版、2013.
原著表題:Making Better Decisions: Decision Theory in Practice

参考リンク<2014.9.28追加>



経営判断の頼りなさと経営学(ヴァーミューレン著「ヤバい経営学」より)

誰でも、自ら進んで誤った判断をしたい人はいないと思います。経営者も会社の成功のため、正しい判断をしようとしているはずだと思いたいところですが、本当にそうでしょうか。ヴァーミューレン著「ヤバい経営学」[文献1]では、「ビジネスで何が起きているかを明らかにする。経営者の正体を探り、ビジネスの世界に見られる誘惑、さまざまな仕組みによる影響、また、ときに無意味な仲間意識や、企業の戦略というものを細かく見ていく[p.4]」ことをつうじて、経営における様々な判断、行動がいかに頼りないものかが示されています。邦訳の書名からは世間受けを狙った本という印象を持たれてしまうかもしれませんが、そんなことはなく、原著の表題(Business Exposed: The Naked Truth about What Really Goes on in the World of Business)が示すとおり、知っておいて損はない様々な話題、特に「ビジネスにおけるおかしな点」が取り上げられていて興味深く感じました。

本書の特徴は、「説明することはすべて、厳格な研究と立証できるだけの事実にきちんと基づいている[p.5]」ということでしょう。実際、企業での実務で感じていた日頃の疑問が解消されたと思えるような話題もありました。以下では、特に興味深く思われた点を、私なりの分類で整理したいと思います。

経営者の意思決定には何が影響するか
・「競合他社もやっているから」、集団慣性(不思議な習慣)[p.9-12
・「多数の無知」:「自分たちが間違った方向に向かって進んでいることに気づいても、誰もそれを口に出さなければ、行き詰るまでみんなでその現状を維持してしまう[p.17]」。
・「最適弁別性理論」(「少し変わったことをしようとする[p.18-19]」
・成功の罠:「大きな変化が起きると、成功して油断していた企業は、新たな状況にうまく対応できない[p.44]」。
・視野狭窄(トンネルビジョン):「頭を支配しているエゴが、視覚をねじ曲げることで起きる[p.47]」。
・立場固定:状況がよくなくてもプロジェクトをやめられない[p.51]。
・集団思考:メンタルモデルに沿わない考え方を無視し、集団で非合理的な意思決定をしてしまう。[p.54
・「激しさや野心といった性質は、部族の長になるのに役立つものであっても、将来的に安定した組織を築くためには有益であるわけではない」「トップになる可能性の高い人の性格とは、部族をトラブルに巻き込むものでもある」[p.77]
・「買収経験豊富で自信過剰な経営者は、ほとんどの場合、自分の掘った穴に落ちてしまう[p.105]」。
・「会社が異なったり、時期が異なったりすれば、異なったリーダーが必要[p.120]」。
・利益の相反:コンサルティング会社などで企業内部で機密が漏れないようにする「チャイニーズウォール」は十分とはいえない[p.128-131]。「アナリストは利益の相反という問題を抱えている[p.131]」。
・「わたしたちは自分に似た人が好きだ。そして、自分に似た人こそ、他の人より優秀だと考える[p.151]」。
・「経営者がストックオプションを大量に持っているときは、経営者はリスクを積極的に取るようになる。」「ストックオプションを多く抱える経営者は、大勝よりも大敗することのほうが多い。」[p.158-159
・予言の自己実現:「人間は何がうまくいって、何がうまくいかないかについて先入観念を持っている。よって結果的に、その思い込みが正しいと信じ込んで無意識に頑張る。[p.178]」

情報解釈の誤り
・「選択バイアス」:「何らかの理由で選ばれた部分的な結果ばかりを見て、間違った結論を導く[p.21]」。
・「数字ばかりに目を向けていると、重要だが数値化できない視点が抜け落ちてしまう[p.24]」。
・フレーミング効果:「少し書き方が異なるだけで、同じ選択肢から選ぶ答えが変わってくる[p.61]」「問題が『チャンス』になるのか『脅威』になるのかは、結局は捉え方次第[p.63]」。
・「ビジネスやリスクを伴う場面では、『最優秀者』には注意をしよう。一番トップに来ている人は、ラッキーなだけのおバカさんであることが多いからだ。[p.112-113]」
・「対応バイアス」:「うまくいっていると、自分の手柄にする。うまくいかないと、他人のせいにする。」「競合他社の業績になると、このバイアスはさかさまになる。経営者は、競合他社の好業績を外部環境のせいにし、競合他社の不振はその会社の経営者の問題のせいにする。[p.113-114]」
・「私たちや投資家、アナリストなどは、企業が発表している内容について気にする反面、企業が実際に何をしているかについては、あまり気にしていない[p.176]」。
・「『関係があることと、因果関係があることは異なる』・・・成功企業がコアビジネスに集中し、強固な企業文化を持っているからといって、成功の原因だということにはならない。・・・そういう成功企業の特徴をただ真似ることは、逆に会社を成功から遠ざけてしまう可能性がある[p.182-183]」。

戦略に関する問題
・「大成功に導く戦略、または非常に革新的な戦略というものは、合理的なプロセス、もしくは経営トップの独断から生まれることはない[p.40]」。
・「対脅威萎縮効果」:苦しい会社はコアビジネスに集中し、自分たちが考える強みを、今まで以上に強化しようとする。それと同時に、コアビジネス以外のビジネスは切り離して、コストを切り詰め、嵐をなんとかやり過ごそうとする[p.64]
・「時間圧縮の不経済」:「組織が努力や成長を短期間に詰め込むのは、それを長い期間にわたって行うよりも非効率である(ディリックス、クール)[p.83]」。
・「ほとんどの買収は失敗する[p.102]」。
・経営合理化:「普通の会社は人員削減の恩恵を受けることはできない。もちろん、経営不振の企業は何か手を打たなければいけない。しかし、ただ人数を減らすだけでは、どうにもならない」「なぜ人員削減策がうまく機能しないのか。最初に言えるのは、・・・残った社員のモチベーションを下げるからだ。」[p.187
・流行りの経営手法(目標管理、ゼロベース予算、トレーニンググループ(Tグループ)、Y理論、Z理論、多角化、マトリックス組織、社員参加型経営、歩き回る経営、多能工化、QCサークル、BPR(ビジネスプロセス・リエンジニアリング)TQM(総合的品質管理)、チーム経営、シックスシグマ、ISO9000といったもの):「流行りの経営手法を導入した会社は、導入していない会社と比べて業績が良いわけではない」[p.190]。「経営手法は、組織の機能を改善させるためにある。しかし、実際はただ効果がないだけではなく、予想もしなかったマイナスの結果を生むこともある。この予想もしなかったマイナス結果は、表面化するまで時間がかかる。そのため、企業はこの長期的には全く効果がない手法を導入してしまう[p.193]」。
・「長期的な戦略に固執して、ただ着実に実行しようとすると、目の前に突然現れる障害物に素早く反応できない。[p.224]」
・「成功した会社は、長期的にはトラブルに巻き込まれることが多い。その理由は、視野が狭くなり、同じことをやり続けるようになるからだ。・・・定期的な組織再編は、このような硬直化を防ぐことができる[p.257]」。
・「多くの企業は間違った金銭ベースの理論に基づいて、間違ったやり方を実践している。それは、結果的に企業が望む結果を達成するどころか、むしろ阻害してしまっている。[p.277]」

・メジャーリーグチームの調査では、給与格差が大きいほどチームの成績は低迷する。[p.279-280

イノベーション・研究開発について
・活用が探索を追い出す:「組織は自分たちの得意なこと、成功し儲かっていることにますます集中しようとする。しかしこんなやり方は、今は儲からなくても、長期的には重要になる(もしくは、すでに重要な)ものを犠牲にしている[p.56]」。
・「会社が古く、そして金持ちになればなるほど、イノベーションが起きなくなる」「古い企業でも多くのイノベーションを生み出しているが、そのイノベーションはあまり重要ではなかったり、今までの研究の焼き直しだったりすることが多い」[p.59]。
・「うまくいっていないときは、イノベーションを起こすチャンスなのだ。嵐をやり過ごせるという、はかない希望にすがって、避けることができない未来をただ待ってはいけない。嵐で本当に死ぬかもしれない。そうではなく、手段があるうちに嵐から抜け出さなくてはいけないのだ。[p.68]
・「業績の悪化に直面しているときには、・・・オープンになることだ。新しいアイディアやイノベーションが起こるように、ボトムアップで試行錯誤してみるのだ[p.70]」。
・「企業がISO9000を導入すると、既存分野の発明が急激に増えていた。その反面、新しい革新的なイノベーションが犠牲になっていた。[p.194]」
・「社内文書データベースは、どんなに頑張ってもあまり役には立たない。・・・本当に重要なノウハウは、紙に書くことができないことが多い・・・そのノウハウとは、組織や競争力の源泉にもなっている、複雑な構造の一部だ。こういうものは、表現したり紙に印刷したりできない、大きな暗黙知の部分を持っている。つまり、このノウハウを得るには、直接やりとりしないといけないのだ[p.214-215]」。
・「研究開発に投資することには、2つのメリットがある。一つ目は新しいものの発明だ。二つ目は他社が発明したものを理解し、吸収し、適用する能力の獲得だ。[p.218]」
・中国の医薬品業界のイノベーションを調査した結果では、イノベーションは成長ももたらさず、存続率を長くする効果もない[p.226-228]。
・「イノベーションを生み出す革新的な組織であり続けることは簡単ではない・・・。業績が悪化するまでイノベーションに投資するのをやめたとしよう。業績が悪くなり、問題から抜け出すためにイノベーションを起こそうとしても、手遅れだ。意味のあるイノベーションを起こすには時間がかかる。[p.231]」
・「利益を出すのは良いことだ。多ければ多いほうがよい。しかし、イノベーションがあり続ければ長期的に安定できるし、イノベーションは従業員や顧客をエキサイティングにするだろう[p.233-234]。」
・「多くの会社が、自社だけで革新的になるのは難しいと気づいた。本当のイノベーションを起こすためには、当然さまざまな能力と知識、洞察力が必要だ。しかし一つの組織が、そのような多様性を持つ例は少ない。何か根本的に新しいものを見つけようとするならば、会社の外に目を向けたほうがよいだろう。・・・これは『イノベーションネットワーク』と呼ばれる。他社の知識にアクセスし、自分たちのリソースに加える。そして、自社だけではできなかったことをやろうとする。[p.259]」
――

本書に述べられた様々なトピックスから浮かび上がってくることは、我々が経営に関して持っている認識がいかに当てにならないか、ということではないかと思います。経営者は会社のためを思って様々な判断をしているだろうと思っている認識も危ういものですし、様々な経営手法や考え方も実態は怪しいものである、ということでしょう。経営者や企業経営に影響力のあるコンサルタント、アナリストの判断の危うさには、個人の判断の危うさが影響しているでしょうし、組織としての判断に個人の判断の要素が入り込んでくるという問題も考えられると思います。経営手法については、特定の課題の解決を目指した手法の適用限界という問題、長期的な影響という問題があることは十分に考慮する必要があるでしょう。

では、なぜこうしたことが今まで広く受け入れられてきたのでしょうか。恐らくは、その真偽を明らかにすることができていなかったためなのでしょう。調査と統計的解析に基づく近年の経営学研究によって、経営の実態と経営に関する様々な考え方の有効性が明らかになってきたとすれば、喜ぶべき進歩なのではないでしょうか。もちろん、それぞれの研究結果の適用限界には注意が必要ですし、すべての問題が統計的な手法で解析できるわけではないでしょうが、ある考え方の効果が検証できるようになり、使える考え方と単なる思い込みに過ぎない考え方が区別できるようになってきたとすれば、実務家にとっては非常に役に立ちます。そこまでいかなくても、実務上なんとなく不審に感じていたことの実態がわかったり、何がよくて、何がまずいのかに関して、注意すべき点や解決のヒントが得られたりするだけでも有用です(本書の話題のいくつかは実務的にも重要な示唆を含んでいると感じました)。最終的には問題点の解決策を提示しなければならないとしても、まずは問題点を正しく認識することが出発点になるでしょう。本書のようなアプローチはその意味からも重要だと言えるのではないでしょうか。

経営学が真に使える学問になるためにはまだまだ発展が必要でしょう。著者は「昔のヤブ医者は『血を出すこと』によってすべての病気を治せると言った[p.4]」ことを例えに出していますが、経営学で「当たり前」とされていることはまだヤブ医者のレベルなのかもしれません。人の意思を扱う経営学の研究は医学の研究よりも難しいとは思いますが、経営行動の本質に少しでも近づくことで、よりよい経営方法、イノベーションの進め方が明らかになるのではないか、と思いますし、いずれの日にか、こうした知見が体系化されることにも期待したいものです。


文献1:Freek Vermeulen, 2010、フリーク・ヴァーミューレン著、本木隆一郎、山形佳史訳、「ヤバい経営学 世界にビジネスで行われている不都合な真実」、東洋経済新報社、2013.

参考リンク<2014.2.23追加>




不確実な状況に対処する方法(ケイ著「想定外」より)

研究開発は不確実なものであること、従って、不確実性の存在を前提としたマネジメントが求められることについては本ブログでもたびたび取り上げてきました(ノート2試行錯誤のプロ、など)。しかし、明確な目標を設定し、その目標を達成するための方法を熟考して周到な計画を立て、計画どおり実行して当初の目標を達成しようとするマネジメントはいまだに人気があるように思います。

ジョン・ケイ著「想定外 なぜ物事は思わぬところでうまくいくのか」[文献1]では、目標が当初の目論見どおりの方法で達成されるとは限らないこと、目標の設定によっては破滅的な結果に至る場合もあることなど、一般に「合理的」と言われるアプローチの問題点が指摘され、回り道的なアプローチの重要性が述べられています。ちなみに、本書の原題は、「Obliquity, Why Our Goals Are Best Achieved Indirectly」であり、「想定外」とはややニュアンスが異なるように思いますが、Obliquity(回り道)についての厳密な議論をすることが目的ではないでしょうから、本書の主題は「簡単には思いつかない方法、試行錯誤的方法、そこからの学習を活かす方法」と考えておけばよいのではないかと思います。以下、3つの部分に分かれた本書の構成に従い、内容をまとめます。

第1部:回り道の世界

第1部では「回り道」の役割について述べられています。
第2章、幸福:なぜ、幸福を追求しない人のほうが幸福になるのか?(原著では、Happiness(米版はFulfillment - How the Happiest People Do Not Pursue Happinessなので少しニュアンスが違うと思います)
・「幸福は幸福の追求によっては達成されない。[原著p.12]、」「幸福とは、そこにあることに気づく類のものであり、どこかへ探しに行くものではない。[p.41]」。
第3章、利益追求のパラドクス:なぜ、利益を追求しない会社のほうが利益をあげるのか?The Profit Seeking Paradox - How the Most Profitable Companies Are Not the Most Profit Oriented
・「最も利益の出るビジネスは、最も利益を求めたわけではない[原著p.12]」。例えばICIでは「『社会的責任を持って化学を製品に取り入れる』という、回り道的なミッションのほうが、(「市場牽引」「世界最高のコスト体質」を目指す)新しい直接的なミッション以上に株主価値を創造していた[p.45]」。
第4章、ビジネスは芸術である:なぜ、お金を追求しない人のほうがお金持ちになるのか?The Art of the Deal - How the Wealthiest People Are Not the Most Materialistic
・「最も豊かな人は、富の追求を最も重要と考える人ではない[原著p.12]」。「ビジネスを成功へ導く動機は仕事に対する情熱であり、金銭に対する執着とはまったく別のものである[p.76]」。「金銭はステータスを表わすもの、賢明に働いてきた証明、あるいは権力やビジネスに対する情熱の副産物に過ぎない[p.77]」

・「利益を追うだけの企業文化では、従業員が経営方針に必ず従うとは限らないし、業績が悪化した場合には社会の共感が得られないのだ。[p.76]」。「富の獲得も幸福の実現と同じように、回り道をたどるものであり、極端に直接的なアプローチに走れば、その行き着く先は破産裁判所、もしくは刑事裁判所ということになる[p.78]」として、利益追求が破滅的な結果を招いたとされる例をあげています。
第5章、目的、目標、行動:なぜ、目的より先に手段がわかることがあるのか?Objectives, Goals and Actions – How the Means Help Us Discover the End
・「目標は多面性を持ち、ひと言では言い表せない。そして、目的、目標、行動は相互に関係しながら変化する。さらに、第三者や外部組織との接触により、世界は思いもかけない影響を蒙る。複雑過ぎて正確な分析も計測も不可能であり、問題が起きても、この不確実な世界ではその内容も完全には把握できない。したがってビジネスの環境において・・・、目的を明確に定義し、分析し、それを目標に置き換え、さらに具体的な行動に分解したうえで意思決定をするなど土台無理な話である。・・・正確な把握が不可能なこの世界で高い次元の目的を実現したければ、互いに矛盾し、同じ基準で測れない要素のバランスを図り続けるしかないのだ。それは、まさに回り道的なやり方である。[p.88-89]」
第6章、回り道のユビキタス:なぜ、生活のあらゆる面に回り道があるのか?The Ubiquity of Obliquity – How Obliquity is relevant to Many Aspects of Our Lives
・回り道的なやり方が有効な例をあげ、「回り道による解決は、一見問題を複雑にするが、結果としては単純化することになる[p.98]」。「答えが突然姿を現すという恩恵に浴せるのは、長い間、回り道をたどりながら考え続けた人間だけだろう[p.105]」、と述べています。

第2部、回り道の必要性:なぜ問題が直接的に解決できないことがよく起きるのか?
第2部では、多くの問題において、直接的アプローチが現実的でないことが述べられています。
第7章、「ごちゃまぜ検討」:なぜ、回り道のアプローチが成功するのか?Muddling Through – Why Oblique Approaches Succeed、注)Muddling Throughは「計画もなくなんとか切り抜ける」という意味ではないかと思います。本文中でリンドブロムが引用されていますので、インクリメンタリズム(漸増主義)に関係する考え方とすると「ごちゃまぜ検討」という言葉はそのように理解したほうがよいと思います。)
・「計画としても、ガイドラインとしても、根本から考えるやり方が『最良』ではある。しかし、このやり方は複雑な課題を解決する場合には使いものにならない。当事者は限られた範囲内での比較をくり返すしかないのである(リンドブロム)[p.109]」。これは「『回り道』と言ったほうが適切かと思う。回り道は、検証と発見のプロセスであり、その過程における失敗や成功、知識の獲得により、目標や目的、そして行動が再評価されていくことになる[p.114]」。「目的が単純明快で方針と実行計画が簡単に区別できる、他者の影響は限られ、予想が可能、オプションやリスクを特定する能力がある、課題の内容が理解できる、そして、理論化に自信を持っている。こんな場合なら直接的なアプローチが有効だろう[p.120]」。
第8章、多元論:なぜ、一つの問題に複数の回答が存在するのか?Pluralism – Why There Is Usually More Than One Answer to a Problem
・バーリンは「社会的、政治的な目標は多元的であり、どの目標も相容れず、同じ次元では測れないとした。・・・こうしたバーリンの考え方は、多元論であり、その骨子は『一つの問題に対し、複数の答えがあるという概念』に基づいている。・・・多元論は、その性格からして回り道を取らざるを得ず、その反対の一元論は直線的に進むことになる。[p.134-135]」
第9章、相互作用:なぜ、行動の成果がやり方に左右されるのか?Interaction – Why the Outcome of What We Do Depends on How We Do It
・「日常の課題では目的が曖昧であり、当事者が置かれる状況も複雑である。問題の把握が完璧になることはないし、環境の変化もとらえにくい。さらに重要なのは、当事者が動いた結果が問題の本質まで変えてしまうということだ。[p.152]」
・設定した目標が、必要なデータをねじ曲げてしまうことがある(グッドハートの法則)[p.152]。
第10章、複雑性:なぜ、直接的なやり方が複雑すぎるのか?Complexity – How the World Is Too Complex for Directness to be Direct
・「我々はその構造を不完全にしか理解できない複雑系を扱う。[原著p.13]」
・フランクリンの言い訳:「一度決めた内容がどんなものであれ、そこにそれなりの理由を後付けすることができる[p.163]」。正確な値を出すのが難しく可能な限りの推定値を出す場合、それは上層部の聞きたい数値に向けてゆがめられることがある。
第11章、不完全性:なぜ、われわれは問題の本質がわからないのか?Incompleteness – How We Rarely Know Enough About the Nature of Our Problems
・「将来、何が大切になるか。それはわれわれの知識の届く範囲の外にあり、未来にしか存在し得ない。直接的なアプローチは未来を予想する力を必要とするものであり、それはわれわれが保持する能力を超えたものである[p.187]」
12章、抽象化:なぜ抽象化は完璧にできないのか?Abstraction – Why Models are Imperfect Description of Reality
・「抽象化とは、説明の難しい複雑な問題を解決できそうな単純なものに置き換えるプロセスのことである。ただし、どの程度の単純化がよいかを決めるには、適切な判断力と経験を要する。われわれが行う抽象化には特殊なものが多いが、通常はどうしても当人の主観が反映されたものにならざるを得ない[p.188]」

第3部、回り道とつきあう:複雑な世界で問題を解決する方法
第3部では、問題解決と意思決定への回り道的アプローチについて述べられます。
第13章、歴史の揺らめく光:なぜ、結果から誤った意図を推測してしまうのか?The Flickering Lamp of History – How We Mistakenly Infer Design rom Outcome
・「ビジネスチャンスは偶然の産物なのだ。しかし、われわれはそこに経営者の強靭な意志や周到な計画の存在を考えたがる。つまり、回り道をたどっていたのに、直進路を進んで来たという理解をしたがる[p.205-206]」。「原因から結果に至る過程がわからない、あるいは理解できないという場合、結果と仮定の関係に誤った推測が入り込みやすい[p.211]」。「課題への対応は常にどちらか一方ということではなく、直接的なやり方から回り道なやり方に至るまで、・・・意思決定にもバラエティがある。[p.213]」
第14章、ストックデールの逆説:なぜ、われわれの選択肢は思ったより少ないのか?The Stockdale Paradox – How We Have Less Freedom of Choice Than We Think
・目的の曖昧さや環境の複雑さを知り、第三者の反応は予測が難しい状況では、「限られた範囲の選択肢しか持ち得ない[p.225]」
第15章、ハリネズミとキツネ:なぜ、優れた意思決定者は知識の限界を悟れるのか?The Hedgehog and The Fox – How Good Decision Makers Recognize the Limit of Their Knowledge
・「人間は大事を深く知るハリネズミか、小事を多く知るキツネかに大別できる。ハリネズミはゆっくりと直接的に動き、キツネは素早く、そして回り道的に動く。・・・(テトロックによれば)判断の正確さではキツネに軍配があがるが、大衆の人気はハリネズミに集まる。[230-231]」
第16章、盲目の時計職人:なぜ、環境に適応することが知能を超えた行為なのか?The Blind Watchmaker – How Adaptation Is Smarter Than We Are
・「意図のない進化、すなわちリチャード・ドーキンス・・・の言葉を借りれば『盲目の時計職人』が、人類の理解を超えた複雑なものを創りだすことができる[p.238]」。
・「ビジネスや政治、あるいは個人の生活においても、直接的には解決できない問題が存在する。目的は常に唯一ということはなく多様であり、同じ次元では比較できない目的や矛盾する目的が共存している。行動の結果は自然現象であれ、人為的なものであれ、相手の反応次第であり、予測もできない。われわれを取り巻くシステムは、複雑過ぎて人間の理解の範囲を超えているのだ。さらに、そうした問題、そしてその将来について必要な情報を手に入れることも不可能である。そんな環境下で満足のいく対応をするには、単に行動するしかない。『計画を実行する』では無理だろう。ベストな結果とは回り道によって得られるものであり、結局は同じことの繰り返しや環境への適応、つまり、実験と発見の連続するプロセスの帰結である[p.244]」。
第17章、ベッカムのようにボールを曲げろ!:なぜわれわれは語るより多くを知っているのか?Bend It Like Beckham – How We Know More Than We Can Tell
・「われわれは語る以上に知っている(ポランニー)。本能も直感も・・・研ぎ澄まされた技術と言うしかない[p.255]」。
第18章、デザインのない秩序:なぜ、目的を把握せずに複雑な結果が出せるのか?Order Without Design – How complex Outcomes Are Achieved Without Knowledge of an Overall Purpose
・「社会組織は環境適合のくり返しにより発生するもので、明確な精神の産物ではない[p.262]」

・「ビジネスは常に社会のニーズに応える必要があり、その前提において、短期的には遵法性、長期的には存在の継続が必要なのだ。つまり、利益の追求のみが企業の目的にはなり得ない[p.264]」
第19章、「いいだろう。自己矛盾をしようではないか」:なぜ、考えが不変であることより正しいことのほうが重要なのか?Very Well Then, I Contradict Myself – How It Is More Important To Be Right Than To Be Consistent
・「合理性の証明としての判断の不変性は、われわれが暮らすこの世界より、はるかに確実性のある世界の産物であるはずだ。・・・不確実な環境下では、常に一定なものなど結局は想像の産物[p.277]」。
第20章、大量破壊兵器はあったのか:なぜ、偽の合理性がすぐれた意思決定と混同されるのか?(Dodgy Dossiers – How Spurious Rationality Is Often Confused With Good Decision Making
・「合理性についての誤った理解があるために、優れた知見や技術が見過ごされ、われわれの日常は非合理性と誤った意思決定で埋まっているように思える[p.289]」

結論
第21章、回り道の実践:回り道的な意思決定のアドバンテージ

・「大概のケースにおいて、われわれは回り道的なやり方で問題を解決している。試行錯誤をくり返し、その都度学んだことを吸収して先に進む。・・・選択肢は限られ、関連情報は少ないどころか、どこで得られるかの指針もない。・・・世の中は、当然のことながら一定の変化をせず、最善とされた意思決定がそのままよい結果につながるとは限らないのだ。よい結果を招いた原因が、優れた決断や有能な意思決定者の存在を示唆するものでもない。最善の解決策が前もって存在するという考えには、大きな誤解があると言ってよいだろう。」[p.295
・「問題を解決する能力は、高い次元の目的について、さまざまな角度から何度も考えてみるところにある[p.296]」。「とにかく何かに手をつけてみることだ。目的や目標に関わる小さな課題を選んでみればよい。『取りかかる前に計画を作る』という言葉は順当に聞こえるが、そんなことはまずできないだろう。目的が定義されてはいないし、問題の内容も変化する。事態は複雑極まりないし、情報も不十分というのが実情ではないだろうか。[p.300]」。「回り道的なアプローチには、単純な事例一つではなく、複数のモデルや事象が判断の道具として活用されている。世界を単一モデルや事象に当てはめてしまい、実在する不確実性や複雑さが見落とされることなどはあってはならない。[p.301]」。「われわれの判断力は、訓練によって向上する[p.303]」。「高い次元の目的が明確で、実現に必要なシステムについても熟知しているなら、直接的なやり方で課題に取り組むとよいだろう。しかし、目的が明確なことはまずないし、それに関わる要因の相関性は予知しがたく、状況は複雑という場合が多いはずだ。さらに、問題が正確に把握されているとは限らず、環境の変化も読めないというのが実情ではないだろうか。そこで、回り道的なやり方が必要になるのである。[p.304]」
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著者が指摘する、不確実な状況における回り道的、試行錯誤的アプローチの重要性については、研究者は比較的こうしたアプローチに慣れていると思います。直接的なアプローチの問題点を感じている人も多いと思いますが、不確実なプロセスを深く理解することで、確実なプロセスつまり直接的アプローチが有効な状態にもっていきたいという願望も同時に持っているかもしれません。そうした願望を持つこと自体には問題はないと思いますが、直接的なアプローチを理想的なものとしてあらゆる場合に適用しようとすることには危険が伴う、ということはよく認識しておかなければならないでしょう。一元論的な世界観の危うさについての著者の指摘は重要だと思います。

とは言うものの、本書の議論は事例中心で、異なる解釈の余地もあるように思います。著者が自分の考えに合う事例を恣意的に列挙しているという反論もありうるでしょう。議論にもやや乱暴なところもあり、直ちにそのまま受け入れにくいという印象を持つ方もいると思います。しかし、確実でないからという理由だけで否定してしまうには、あまりに重要な指摘が含まれているように思いますがいかがでしょうか。実務的にも、どんな場合、どんな課題に対して直接的または回り道的アプローチが有効なのか、何を目的、目標にすべきか、などが提示されていて、よりよいマネジメントや意思決定を実現する上で参考になると思います。研究開発には試行錯誤的、回り道的アプローチが重要だと考えるなら、直接的なアプローチを重視する人に対しては、その問題点をきちんと指摘して納得してもらう必要があります。そうした議論の第一歩として、今後こうした議論が広まり、深まっていくことを期待したいと思います。


文献1:John Kay, 2010、青木高夫訳、「想定外 なぜ物事は思わぬところでうまくいくのか」、ディスカヴァー・トゥエンティワン、2012.
原著表題:Obliquity, Why Our Goals Are Best Achieved Indirectly

参考リンク<2014.2.23追加>



「ファスト&スロー」(カーネマン著)より

今回は、心理学者であり、ノーベル経済学賞受賞者のダニエル・カーネマンによる「ファスト&スロー」[文献1]についてとりあげたいと思います。本ブログでも、ヒューリスティクスやバイアス、意思決定感性限界の問題について触れてきましたが、行動経済学の創始者の一人とされ、心理学者としてこうした問題を研究してきたカーネマンによって述べられる内容は、この分野の基礎となりうるものだと思います。以下、各章の内容を簡単にまとめてみたいと思います。

第1部、2つのシステム:判断と選択を2つのシステムで説明する二重過程理論に基づくアプローチが取り上げられます。

第1章、登場するキャラクター――システム1(速い思考)とシステム2(遅い思考):「『システム1』は自動的に高速で働き、努力はまったく不要か、必要であってもわずかである。・・・『システム2』は、複雑な計算など頭を使わなければできない困難な知的活動にしかるべき注意を割り当てる。」「考えたり行動したりすることの大半は、システム1から発している。だがものごとがややこしくなってくると、システム2が主導権を握る。・・・システム1とシステム2の分担はきわめて効率的にできている。すなわち、努力を最小化し成果を最適化するようになっている」。思い違いという錯覚を『認知的錯覚(cognitive illusion)』と呼ぶ。

第2章、注意と努力――衝動的で直観的なシステム1:「システム2にしかできない重要な仕事は・・・努力や自制を要する仕事で、このようなタスクの実行中には、システム1の直感や衝動は押しのけられる。」

第3章、怠け者のコントローラー――論理思考能力を備えたシステム2:「システム2が忙殺されているときには、システム1が行動に大きな影響力を持つ」。「システム2に困難な要求を強いる活動は、セルフコントロールを必要とする。そしてセルフコントロールを発揮すれば、消耗し不快になる。」「システム2は論理思考能力を備えていて注意深い。しかし、少なくとも一部の人のシステム2は怠け者である」。システム1、システム2の名称を最初に提案したのは、スタノビッチとウェスト(最近ではタイプ1、タイプ2という表現)。

第4章、連想マシン――私たちを誘惑するプライム(先行刺激):システム1は状況をできるだけ筋道の通るものにしようと試み、因果関係に仕立てる。プライミング効果(priming effect)により、「自分では意識してもいなかった出来事がプライムとなって、行動や感情に影響を与える。」

第5章、認知容易性――慣れ親しんだものが好き:繰り返された経験、見やすい表示、プライムのあったアイデア、機嫌がいい状態などは認知容易性(cognitive ease)をもたらし、親しみ、信頼、快感、楽だという感じを引き起こす。慣れ親しんだものは好きになる、これが単純接触効果(mere exposure effect)。

第6章、基準、驚き、因果関係――システム1のすばらしさと限界:システム1は周囲の状況を連想によって関連づけ、世界を表すモデルを構築し、その予想に反することに驚く。システム1は手持ちの断片的な知識を結びつけて、つじつまの合う因果関係をこしらえる。

第7章、結論に飛びつくマシン――自分が見たものがすべて:「システム1はだまされやすく、信じたがるバイアスを備えている。」「自分の信念を肯定する証拠を意図的に探すことを確証方略と呼び、システム2はじつはこのやり方で仮説を検証する」(確証バイアスconfirmation bias)。「ある人のすべてを、自分の目で確かめてもいないことまで含めて好ましく思う(または全部を嫌いになる)傾向は、ハロー効果(Halo effect)として知られる。」システム1の形成する世界のモデルは現実以上に一貫性がある。「限られた手元情報に基づいて結論に飛びつく傾向は、・・・自分の見たものがすべて(what you see is all there is, WYSIATI)だと決めてかかり、見えないものは存在しないとばかり、探そうともしないことに由来する。」「情報の質にも量にもひどく無頓着」

第8章、判断はこう下される――サムの頭のよさを身長に換算したら?:「システム1は、とりたてて目的もなく、自分の頭の中と外で起きていることを常時モニターし、状況のさまざまな面を絶えず評価している。こうした日常モニタリングは、難しい問題の置き換えに威力を発揮し、直感的判断で重要な役割を果たす。これが、ヒューリスティックスとバイアスの基本である。」システム1は平均はうまく扱えるが、合計は苦手。含まれているものの数を無視しがち。システム1には、他に、次元の異なる価値を変換して比較する能力(レベル合わせ、intensity matching)、「状況のある面だけを評価しようとしても、そこに照準を合わせることができず、日常モニタリングも含めた他の情報処理が自動的に始まってしまう(メンタル・ショットガン、(mental shotgun)」傾向がある。

第9章、より簡単な質問に応える――ターゲット質問とヒューリスティック質問:「もともと答えるべき質問を『ターゲット質問』、代わりに答える簡単な質問を『ヒューリスティック質問』と呼ぶ」。「ヒューリスティックスの専門的な定義は、『困難な質問に対して、適切ではあるが往々にして不完全な答えをみつけるための単純な手続き』」。「スロビックは、好き嫌いによって判断が決まってしまう『感情ヒューリスティック(affect heuristic)』の存在を提唱している。」

第2部、ヒューリスティックスとバイアス

第10章、少数の法則――統計に関する直感を疑え:「少数の法則とは、大数の法則は小さな数にも当てはまるとする法則」(これは研究者に対する皮肉)。「小さい標本に対する過剰な信頼は、より一般的な錯覚の一例にすぎない。その錯覚とは、私たちはメッセージの内容に注意を奪われ、その信頼性を示す情報にはあまり注意しないことである。その結果、自分を取り巻く世界を、データが裏付ける以上に単純で一貫性のあるものとして捉えてしまう。」「連想マシンには、原因を探すという性質がある。」

第11章、アンカー――数字による暗示:「ある未知の数値を見積もる前に何らかの特定の数値を示されると、・・・見積もりはその特定の数値の近くにとどまったまま、どうしても離れることができない。」この現象が、アンカリング効果(anchoring effect)(または係留効果)。

第12章、利用可能性ヒューリスティック――手近な例には要注意:事例が頭に思い浮かぶたやすさ、予想していたほどたやすく思いだせるかどうかで頻度を判断するのが、利用可能性ヒューリスティック(availability heuristic)。

第13章、利用可能性、感情、リスク――専門家と一般市民の意見が対立したとき:感情ヒューリスティックは置き換えの一種であり、難しい質問(それについて自分はどう考えるか?)の代わりに、やさしい質問(自分はそれを好きか?)に答えている。「政策立案者は、市民を現実の危険から守るだけでなく、不安からも守るべく努力しなければならない。」

第14章、トム・Wの専攻――「代表性」と「基準率」:代表性(representativeness)とはステレオタイプとの類似性。基準率(base rate)とは、もともとの存在比率。「確率(可能性)を見積もるのは難しいが、類似性を判断するのはたやすい。」「ステレオタイプには一面の真実があり、それが代表性の判断を支配している。」「だが、ステレオタイプが誤解に基づいていて、代表性ヒューリスティックが判断を誤らせることもよくある。とりわけ基準率が代表性とはちがうことを示唆しているときに、基準率情報を無視するのは、誤判断につながりやすい。」

第15章、リンダ――「もっともらしさ」による錯誤:2つの事象が重なって起きることと単一の事象を直接比較したうえで、前者の確率が高いと判断する錯誤が『連言錯誤(conjunction fallacy)』。「つじつまの合うストーリーの大半は、必ずしも最も起こりやすいわけではないが、もっともらしくは見える。そしてよく注意していないと、一貫性、もっともらしさ、起こりやすさ(確率)の概念は簡単に混同してしまう。」

第16章、原因と統計――驚くべき事実と驚くべき事例:基準率には2種類ある。「一つは『統計的基準率』で、これは母集団に関する事実である。しかしこの数字は、個々の予測では無視されがちである。もう一つは『因果的基準率』で、こちらは個々の予測を変える効果がある。」因果的基準率とは因果関係を確率的に表現したようなもの。驚くべき個別の事例は強烈なインパクトを与える。

第17章、平均への回帰――誉めても叱っても結果は同じ:ランダムな値の変動に基づく平均への回帰(regression to the mean)は理解されにくい。「回帰が検出されると、ただちに理由づけが始まる。だがこれは誤りだ。平均回帰を説明することはできても、原因は存在しない。」「システム2がこれを理解困難と感じるのは、のべつ因果関係で解釈したがるシステム1の習性のせい」

第18章、直感的予測の修正――バイアスを取り除くには:「根拠薄弱な情報に基づいて極端に偏った予測やごく稀な事象を予測するのは、どちらもシステム1のなせる技である。・・・システム1は、手元情報がら作り出せるストーリーの筋が通っているときほど自信を持つので、ごく当然のように自信過剰な判断を下す。・・・直感は極端に偏った予測を立てやすいものだと肝に銘じ、直感的予測を過信しないよう気をつける」べき。

第3部、自信過剰

第19章、わかったつもり――後知恵とハロー効果:「人間の脳の一般的な限界として、過去における自分の理解の状態や過去に持っていた自分の意見を正確に再構築できない」。その結果、「必然的に、過去の事象に対して感じた驚きを後になって過小評価することになる。」これが後知恵バイアス(hindsight bias)。「企業の成功あるいは失敗の物語が読者の心を捉えて離さないのは、脳が欲しているものを与えてくれるからだ。・・・こうした物語は『わかったような気になる』錯覚を誘発し、あっという間に価値のなくなる教訓を読者に垂れる。」

第20章、妥当性の錯覚――自信は当てにならない:「自分たちの予測が当てずっぽうより少しましであることを知っていた。それでもなお、自分たちの評価は妥当だと感じていた。」これが妥当性の錯覚(illusion of validity)。「強い主観的な自信がいくらあっても、それは予測精度を保証するものではない」。「とはいえ、近い将来に関する限り、評論家の知見には価値がある。」

第21章、直感対アルゴリズム――専門家の判断は統計より劣る:予測困難な問題に関して、専門家の予測が単純なアルゴリズムに負けてしまうのは、いろいろな要因を複雑に組み合わせて予測を立てようとすること、複雑な情報をまとめて判断しようとすると一貫性が欠けてしまうことのため。

第22章、エキスパートの直感は信用できるか――直感とスキル:直感がスキルとして習得できる可能性が高いのは、「十分に予見可能な規則性を備えた環境であること、長期間にわたる訓練を通じてそうした規則性を学ぶ機会があること」。

第23章、外部情報に基づくアプローチ――なぜ予想ははずれるのか:「ベストケース・シナリオに非現実的なほど近い、類似のケースに関する統計データを参照すれば改善の余地がある」、ような計画や予測が「計画の錯誤」と呼ばれる。

第24章、資本主義の原動力――楽観的な起業家:楽観的な自信過剰が楽観バイアス。意思決定にあたっては、よい面も悪い面もあるが、「ものごとを実行する段になったら、楽観主義はプラスの効果の方が大きいだろう。」「学術研究も失敗率が高く、楽観主義が成功に必須の分野ではないかと私はつねづね考えている。」

第4部、選択

第25章、ベルヌーイの誤り――効用は「参照点」からの変化に左右される:「富の効用によって幸福の度合いが決まる」という「ベルヌーイの理論はまちがっている。」「感じるしあわせは、当初の富の状態に対する変化によって決まるのである。この当初の状態を参照点(reference point)と呼ぶ。

第26章、プロスペクト理論――「参照点」と「損失回避」という2つのツール:プロスペクト理論の3つの認知的特徴は、1)評価が参照点に対して行われること、2)感応度低減性(diminishing sensitivity)、3)損失回避性(loss aversion)。合理的経済人であるエコンに対し、ふつうの人であるヒューマンを想定している。

第27章、保有効果――使用目的の財と交換目的の財:持っているだけで価値が高まるような場合を「保有効果(endowment effect)」と呼ぶ。自分が使用する目的で保有する財と、交換する目的での財との違いが影響する。

第28章、悪い出来事――利益を得るより損失を避けたい:「損失回避は現状の変更を最小限にとどめようとする強い保守的な傾向であり、組織にも個人にも見受けられる。近所付き合いや結婚生活や職場で安定した状態が維持されるのは、こうした保守的な傾向が寄与しているといえよう。」

第29章、四分割パターン――私たちがリスクを追うとき:選好の四分割パターンは、1)高い確率で大きな利得を手にできる見込みを前にすると、人々はリスク回避的になる(確実な利得を選ぶ)。2)低い確率で大きな利得が得られる場合、リスク追求する(宝くじなど)、3)低い確率で大きな損失がある場合、リスク回避的になり平安を買う(保険など)、4)高い確率で大きな損失がある場合、リスク追求的になりなんとか損を防ごうとする。

第30章、めったにない出来事――「分母の無視」による過大な評価:「稀な事象の確率がよく過大評価されるのは、記憶の確証バイアスが働くから」。頭の中で現実のものとして思い描くと確率が過大評価され、それでない場合は一転して無視される(稀な事象を経験していないから)。

第31章、リスクポリシー――リスクを伴う決定を合理的に扱う:「私たちは『見たものがすべて』と考えやすく、頭を使うことを面倒くさがる傾向がある。・・・私たちは、自分の選好をつねに首尾一貫したものにしたいとも思っていないし、そのための知的資源も持ち合わせていない。私たちの選好は、合理的経済主体モデルで想定されているような美しい整合性にはほど遠い」。リスクポリシーを決め、広いフレーミングをすることはバイアスを打ち消す効果がある。

第32章、メンタル・アカウンティング――日々の生活を切り盛りする「心理会計」:投資家が銘柄ごとに勘定を設定し、その勘定を最後は黒字で締めたいと考えていることは、気質効果(disposition effect)と呼ばれる。「他にもっとよい投資先があるにもかかわらず、損を出している勘定に追加資金を投じる決断は、『サンクコストの錯誤(sunk-cost fallacy)』として知られる。後悔を避ける気持ち、あらゆるリスクの増加を認めないトレードオフのタブー視も意思決定に影響する。

第33章、選好の逆転――単独評価と並列評価の不一致:「単独評価の場合には、システム1の感情反応が強く反映されるため、一貫性を欠きやすい。」

第34章、フレームと客観的事実――エコンのように合理的にはなれない:問題の提示の仕方が考えや選好に不合理な影響をおよぼす現象がフレーミング効果。こうした場合には選好は問題のフレームの好き嫌いと解釈できる。「大事なのは、こうした認知的錯覚の存在を示す証拠は否定できないこと」。

第5部、二つの自己

第35章、二つの自己――「経験する自己」と「記憶する自己」:経験する自己(experiencing self)は今の状態を評価する。記憶する自己(remembering self)はそのうちの代表的な瞬間だけで代表させる(ピークと終了時(ピーク・エンド)を評価、持続時間は無視)。

第36章、人生は物語――エンディングがすべてを決める:人生におけるしあわせの評価もピーク・エンドに左右され、持続時間は無視される。

第37章、「経験する自己」の幸福感――しあわせはお金で買えますか?:「所得が多いほど生活満足度は高まる」が、「閾値を超えると所得に伴う幸福感の増え方は、平均してなんとゼロになる。」「人々の生活評価と実際の生活での経験は、関連性はあるとしても、やはり別物」。

第38章、人生について考える――幸福の感じ方:「私たちは、幸福の概念を複合的に捉える必要性を認め、二つの自己それぞれの幸福を考えるべきだろう。」そのとき注意が向けられていた生活の一要素が、総合評価において不相応に大きな位置を占めることを「焦点錯覚(focusing illusion)」と呼ぶ。

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以上が本書に述べられた概念のまとめです。できる限り短くまとめたかったので、多少無理しているところがありますが、ご容赦ください。ちなみに著者は、結論の章で、次のように述べています。「私たちは、自分自身の判断や意思決定をどうしたら向上させられるだろうか。・・・一言で言えば、よほど努力をしない限り、ほとんど成果は望めない。・・・システム1に起因するエラーを防ぐ方法は、原理的には簡単である。認知的な地雷原に自分が入り込んでいる徴候を見落とさず、思考をスローダウンさせ、システム2の応援を求めればよい。・・・だが残念ながら、最も必要なときに限って、こうした賢明な手段はめったに講じられないものである。・・・それに引き換え、他人が地雷原に迷い込もうとしているときにそれを指摘するのは、自分の場合よりはるかに簡単である。・・・ことエラーの防止に関する限り、組織のほうが個人よりすぐれている。組織は本来的に思考のペースが遅く、また規律をもって手続きに従うことを強制できるからだ。・・・一部なりとも明確な用語の定義を決めて共通の文化を浸透させ、地雷原に近づいたらお互いに警告を発することができるのも、組織の強みである。・・・建設的に批判するスキルには、的確な語彙が欠かせない・・・オフィスでの井戸端会議が質的に向上し語彙が的確になれば、よりよい意思決定に直結するだろう[下p.272-274]」。人間の認知、意思決定に存在する問題点を認識することがまず必要なことは言うまでもありませんが、問題への対処法として組織的な協力が示唆されている点が特に意義深いと感じました。人間の思考と行動を理解する上で、これからの基本的概念になりうるものだと思うのですが、いかがでしょうか。


文献1:Daniel Kahneman, 2011、ダニエル・カーネマン著、村井章子訳、「ファスト&スロー あなたの意思はどのように決まるか? 上、下」、早川書房、2012.

原著表題:Thinking, Fast and Slow

原著webページ:http://us.macmillan.com/thinkingfastandslow/DanielKahneman


 

 

ビッグデータ考

イノベーションの源泉として、最近「ビッグデータ」が注目されているようです。IT技術の進歩により、多量で複雑なデータ、すなわちビッグデータの解析が可能になり、それにより様々なイノベーションが生まれ、既存プロセスの改善が報告されるようになってきたことが契機のようですが、ビッグデータの取り扱いには従来にない手法や考え方も求められるようです。データの取り扱いには慣れているはずの研究者や技術者にとっても従来の考え方の延長で対応できるとは限らないようですので、今回は、ビッグデータとは何か、マネジメントにとってどのような意味を持つのかについて考えてみたいと思います。

ビッグデータについての記事や書籍はすでに様々なものが出版されていますが、全体観をつかむには特定の考え方に偏らない方がよいと思い、今回はDIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー誌20132月号の特集の中から興味深く思われた6編の記事をとりあげることにしました。まず、それぞれの記事の要点を簡単にまとめます(内容紹介は掲載順)。

「ビッグデータで経営はどう変わるか」(アンドリュー・マカフィー、エリック・ブリニョルフソン著)[文献1]

・これまでの「データ分析」との決定的な違い:データの量が多いこと。鮮度(いち早く知見を手にいれること)が重要なこと。多様性が大きいこと(メッセージ、画像、センサーからのデータなど様々なものが対象)。このため、従来の構造化データベースはビッグデータの記憶と処理に適さなくなっている。

・データを重視する企業は明らかに業績がよい:北米の株式公開企業330社の調査で、「データ重視を自任する企業ほど、財務・営業両面の客観的指標で優れていた。」

・意思決定と役割の変化:HiPPOthe highest-paid person’s opinion)に頼る直観的意思決定法が見直される。専門性を持った人材は、HiPPOに対して答えを示すからではなく、どのような問いと向き合うべきかを知っているからこそ重宝されるようになる。

・マネジメント上の5つの課題:1)リーダーシップ(明確な目標を掲げ、成功の定義を示し、適切な問いを抱くことが企業繁栄の条件)、2)人材マネジメント(大量の情報を扱えるデータ・サイエンティストが求められる)、3)テクノロジー(ビッグデータに対処するためのツールが必要)、4)意思決定(優れた組織は、情報とそれに関係する意思決定権を同じ場所に集める)、5)企業文化(直観だけを基に行動する性癖と決別しなければならない)

・「どの業界においても、事業についての専門性とデータ・サイエンスを結びつける方法を探り当てた企業が、競合他社に水をあけるだろう。」

「情報は物語をほしがっている」(松岡正剛著)[文献2]

・ビッグデータ神話:「SCM(サプライチェーン・マネジメント)で手詰まりになった壁を、ビッグデータを使ったCRM(カスタマー・リレーションシップ・マネジメント)によって超えられるに違いない。そういう幻想が広まっている」

・求められる編集技能:「販売業務のためのヒット率やリピート率を得る程度なら、そこそこの統計処理を駆使していれば手頃な指針を得られるだろうものの、そこからどんな製品や商品をつくるべきかという企業側がほしくなるような判断を導き出すには、私の見るところ最低でも次の7つの編集技能が試されなければならないはず」。1)データを見分ける技能、2)データを処理する技能、3)データを収納しておく技能、4)データを理解する技能、5)データから価値を取り出す技能、6)データ分析の結果を人に伝える技能、7)データ分析を物語にする技能、などなど。

・編集工学による「アブダクティブ・アプローチ」:ビッグデータにはそこからもたらされる意味を得るための仮説が先行して必要であり、このように仮説を先行させることが「アブダクティブ・アプローチ」。「この時、その仮説の仮構造には後に導き出したい物語回路をこっそり埋め込んでおくのがミソになる。」

・「ビッグデータにはリピート率やシェア率だけでなく、欲望とその解決のための物語が身を隠している」。「問題はそれをどこで取り出せるようにするのか、もしくはどこで物語として解釈できるようにするのかということ」。

「ビッグデータが日本企業に迫るもの」(ポール・マクナーニ、ジョシュア・ゴフ著)[文献3]

・「ビッグデータの今後の重要性には多くの企業が気づき始めているが、見落とされがちなのは、経営トップから現場までのさまざまな意思決定を、迅速かつ的確に行うために利用されてこそ有益」ということ。

・「ビッグデータの活用をマスターした企業は、業務のなかでどの意思決定をよりよく行いたいのかを特定し、それに必要なヒトやデータ、ツールやプロセスを検討するという、目的から逆算する形のアプローチを取っている。」

・「ビッグデータは意思決定プロセスをサポートする単なるツールの一つにすぎない。それを使いこなすのは、マネジャーや現場の従業員、顧客といった『ヒト』である。」

・「組織は、意思決定を直観に頼りがちなところがあり、これがデータ活用が根づかない原因となることが多々ある。」

「データ・サイエンティストほど素敵な仕事はない」(トーマス・H・ダベンポート、D.J.パティル著)[文献4]

・「データ・サイエンティストが何を置いても取り組むのは、山のようなデータをかき分けながら何かを見出すことである。・・・形のない大容量のデータに構造を与え、分析可能なものにする。情報がいっぱい詰まったデータ・ソースを特定し、それ以外の不完全かもしれないデータ・ソースを結びつけ、その結果として得られたデータセットを整理する。・・・意思決定者を助け、場当たり的な分析から継続的なデータ活用へと軸足を移せるようにする。・・・創造的なやり方で情報を視覚的に示し、見出したパターンをわかりやすく説得力のあるものにする。製品やプロセス、意思決定のためにそのデータが意味することを、経営幹部やプロダクト・マネジャーに助言する。」

・「データ・サイエンティストに見られる顕著な特徴は、好奇心の強さである。それは問題を深層まで掘り下げ、核心にある疑問を明らかにし、非常に明確で検証可能な一連の仮説に落とし込みたいという欲求である。これは分野を問わず、最も独創的な科学者の特徴である連想思考を伴うことが多い。」

・例えば、インテュイットのデータ・サイエンス・チームを率いるルメオリティスが求めるのは、数学や統計、確率、コンピュータ・サイエンスの確固たる土台と、ある一定の思考習慣の両方が備わっていること。ビジネスの問題がわかり、顧客を思いやれる人が望ましい、という。

・「データ・サイエンティストは、がんじがらめに管理されると、効果的に仕事を進めることができなくなる。社内外の「場」とつながっている必要がある。

「データ解析の真髄とは」(樋口知之氏へのインタビュー)[文献5]

・データ解析の重要な3つのステップ:1)データ・マイニング(なるべく多くのデータを集めて、相関などの事実を見出す)、2)モデリング(一般的な別の事例に適応できるようにモデルをつくる)、3)最適化(モデルを使って現実的かつ最善の方策を求める)

・「狭義の意味でのデータ・マイニングの特徴は『列挙』」。「データ解析においては、因果の情報が本質的に重要」だが、「膨大なデータを扱うに当たっては、単純な列挙だけだと難しい」

・ビッグデータの次元は自然に増えるので、データ量が多いほうが何かを正確に予測することが難しいということも起こり得る。

・「最近の新しいテクノロジーというのは、まったく違う分野の技術のアイデアを移植し、適用先の分野に合わせて解釈、発展させてイノベーションが生まれることが多い」。「このような分野を超える力とは何かと言えば、データが語りかけてくるものを自分の言葉でインタープリテーション(解釈)できる能力」。

・「モデリングやアルゴリズムというのは、それ独自で価値を生み出すものではありません。何かを実践したい、価値創造したいという、何らかの意識がないと、関係式も何も出てこないのです。プロセスを組み合わせて、つなげていくと初めて、価値になるのです。ですから、会社にとって本当に手に入れたい人材、それは、そのようなフローを俯瞰できる人」

・「ビッグデータ時代こそ、データ分析の結果を何に使うかというシナリオを明確にすることです。そして、そのうえで必要なデータ量、分析の精度などを決定していく目的志向と、そのためのデータ・リテラシーが、経営者に求められます。」

「ビッグデータ活用スキルをいかに育むか」(ドミニク・バートン、デイビッド・コート著)[文献6]

・データと解析ツールを十分に活用するには、相互に支え合う3つのケイパビリティ(組織能力)が必要なことが判明した。1)複数の情報源(社内外からデータを独創的に収集する)、2)成果を予測・最適化するモデル(高度さと使いやすさのバランスが取れたモデル構築)、3)組織改革(データとモデルを意思決定の改善に実際に結びつけるために、組織を変身させる腕力が経営陣に備わっていること)

・ケイパビリティ転換の3つのポイント:1)事業に即した実用的なツールを開発する、2)現場向けの簡単なツールに落とし込む、3)ケイパビリティを育てる(解析ツールが最も重要だとマネジャーが考えるようにしなければならない)

―――

ビッグデータに関しては、アマゾンやグーグルの成功事例がよく取り上げられていますので、その価値については広く認識されていることと思います。しかし、ビッグデータを使えば誰でも成功できるわけではないことは容易に想像がつきます。この状況は、研究開発において、萌芽的な技術が開発されて成果をあげはじめた段階とまさに同じ状況で、成功事例のインパクトがいかに大きくとも、それに目を奪われて単純に模倣するだけでは多くの場合うまくいきません。成功の要因を分析し、自らの状況に当てはめて考え、しかも時期を逸しないことが求められるわけですが、そのためには、さまざまな角度から新しい技術を評価することが必要になります。今回とりあげた記事を概括すると、まず、ビッグデータが技術として新しい面を持っていることとともに、その扱い方については他の萌芽的技術と同様に、多面的な検討が必要のように思われます。

中でも重要だと思われるのは、データを集め、解析し、示唆を得て意思決定する、という人間の思考や精神活動にビッグデータが影響を及ぼす可能性がある点ではないでしょうか。研究者は、通常の研究開発においてもデータを扱い、そこからの示唆により意思決定を行ないますので、データの数や種類が拡大したという違いはあってもスキルさえあれば従来と同じ考え方でビッグデータを取り扱えるように思えるかもしれません。しかし、思考や精神活動の観点からは、以下の点で他の物理的な新技術とは若干異なる要素があるように思います。

・通常の研究の場合、どういうデータをとるかをある仮説のもとに研究者が設計することが多いですが、ビッグデータの場合には先にデータありきで、そこから何かを引き出そうとするという状況もあるようです。このような状況からは有意義な示唆を得にくい可能性があることは、今回記事でも指摘されているわけですが、データというものをどう扱い、どう活用すればよいかについて、我々に十分な認識があるでしょうか。ビッグデータを契機として、データに関する考え方が問われているように思います。
・もう一点は、ビッグデータが意思決定のプロセスそのものに影響する可能性があるということです。特に、意思決定の根拠としての直観とデータ(論理)のバランスに影響するのではないか、という点に注意が必要だと思います。例えば、ビッグデータを用いて推定の精度が上がると、意思決定における直観の役割は当然低下していくでしょう。その時、その直観の役割の低下を我々が受け入れられるかどうかがまず問題になります。特に、ビッグデータの扱いが複雑なものとなる場合には、元のデータと得られた結果の関係が直観ではつかみにくくなるでしょう。そうなるとその結果は意思決定の根拠として受け入れにくくなってしまうのではないでしょうか。さらに、データハンドリングのプロセスがブラックボックス化してしまうと、データ採取、ハンドリング、モデル化などの過程に何らかの瑕疵があった場合に、その発見と修正が困難になってしまうかもしれません。今回の記事では、データに基づく意思決定が好ましいものである、という前提のものが多いように思われますが、それを人間が心理的に受け入れられるのか、よりよい意思決定を行なうにはどうすればよいのか、といった点も考える必要があるように思います。

何か新しい技術が現れた場合には、まずはとりあえずその可能性を考えてみることが必要です。ビッグデータの可能性についてはなんら疑うものではありませんので、チャンスがあれば積極的に活用を図るべきだと思いますが、そこから真に有効な成果を得るためにはそのコストやリスク、実現可能性、メリットなどを総合的に考えることが必要だと思います。特に人間の思考に及ぼす影響をよく考え、他の新技術と同様、ビッグデータを成果を生む魔法のように考えるべきではないという点はしっかりと認識すべきでしょう。その上でビッグデータが有効な場合、そうでない場合の見極めをうまく行ない、有効な成果がえられるようにうまく育てていくことが求められるようになるのではないでしょうか。そのためには、ビッグデータの本質と、人間の意思決定の本質をもっと理解しなければならないのだと思います。将来の発展に期待して注目していきたいと思います。

 

文献1Andrew McAfee, Erik Brynjolfsson、アンドリュー・マカフィー、エリック・ブリニョルフソン著、有賀裕子訳、「ビッグデータで経営はどう変わるか 測定できれば、マネジメントできる」、Diamond Harvard Business Review, Feb. 2013, p.42.(原題:Big Data: The Management Revolution

文献2:松岡正剛、「情報は物語をほしがっている ビッグデータ時代の編集工学」、Diamond Harvard Business Review, Feb. 2013, p.64.

文献3:Paul McInerney, Joshua Goff、ポール・マクナーニ、ジョシュア・ゴフ著、「ビッグデータが日本企業に迫るもの 意思決定が競争優位に直結する」、Diamond Harvard Business Review, Feb. 2013, p.72.(原題:Big Data: What It Means For Japan Inc.

文献4:Thomas H. Davenport, D.J. Patil、トーマス・H・ダベンポート、D.J.パティル著、編集部訳、「データ・サイエンティストほど素敵な仕事はない いま最も必要とされているプロフェッショナル」、Diamond Harvard Business Review, Feb. 2013, p.84.(原題:Data Scientist: The Sexiest Job Of the 21st Century

文献5:樋口知之(聞き手:編集部)、「データ解析の神髄とは インタビュー統計学の第一人者が語る」、Diamond Harvard Business Review, Feb. 2013, p.98.

文献6:Dominic Barton, David Court、ドミニク・バートン、デイビッド・コート著、編集部訳、「ビッグデータ活用スキルをいかに育むか 高度だが実用性の高いモデルを構築する」、Diamond Harvard Business Review, Feb. 2013, p.110.(原題:Making Advanced Analytics Work For You

 

イノベーションとあいまいな意思決定(判断の根拠は何か?、ヒューリスティクスの活用?)

他のビジネスプロセスと同様に、イノベーションにおいても意志決定は重要です。しかし、研究開発が本来的に持つ不確実性のため、その意志決定は、量的に不十分で、しかも正確とは限らない情報に基づいて行なわなければなりません。加えて、企業における研究開発では開発スピードを優先するため、純粋科学の研究のように正しいことを確認して確実な事実を積み重ねていくアプローチが採られないこともあります。そこで今回は、イノベーションにおける意志決定の特徴と注意すべき点、活用方法などについて考えてみたいと思います。

 

企業でのイノベーションにおける意志決定の特徴は、「限られた情報に基づく、素早い判断」+「素早い見直し」が必要とされていることではないでしょうか。つまり、十分な情報に基づいて、十分に吟味した上で判断することよりも、とにかくプロジェクトを前に進める判断を行ない、進めながら同時に確認や見直しも行なう、という判断が求められるのではないかと思います。

 

このような状況における判断については、ヒューリスティクスという考え方があります。ヒューリスティクスとは、「論理的に厳密な手続きに頼らず、確実ではないが効率よく問題を解決しようとする考え方」[文献1p.149]とのことです(実際には、いろいろな定義がある幅の広い概念のようですが、最大公約数的に「簡便な問題解決法」という説明が最も理解しやすいように思いました。様々な定義や例については記事末尾[参考文献]をご参照いただければと思います。)。この考え方は特に心理学や行動経済学の分野で、人間の意志決定に影響する要因として重視されているようで、心理学の分野では、簡便な意思決定による正確な判断からのずれ(心理バイアス)が問題にされることが多く、また、行動経済学の分野では、簡便な意思決定を行なうことによって経済合理性に従わなくなる人間の行動が検討の対象にされているようです。いずれも、簡便な意思決定を行なおうとする人間の考え方をしかたのないものと認めつつ、簡便な方法をとることによる誤りの可能性などの問題点が多く注目されているように思います。

 

しかし、研究を進めていく過程では結構あいまいな考え方をしているものです。これはひとえに、熟考できるだけの材料がない状況でも判断を効率的に行ない、少しでも早く物事を進めたいという意欲の表れと考えることができるでしょう。つまり、イノベーションにおけるヒューリスティクスは、発想を次の段階に発展させるために積極的に簡便な意思決定を使っている、とも言えるのではないかと思います。企業における研究の場合、最終目標は真理の探究ではなく、イノベーションを世の中に送り出すことですので、こうした考え方を認めざるを得ないのではないでしょうか。もちろん、ヒューリスティクス自体が持つ誤りの可能性については十分に注意しなければなりませんが、私はイノベーションにおける簡便な意思決定は、後でその考えの正当性が確認されることを前提として、有用なもの、不可欠なものとして肯定的に考えてもよいのではないかと思っています。

 

具体的にどんな判断がなされ、どんな点に注意すべきなのでしょうか。研究開発における簡便な意思決定の例として、ある情報(データ)に遭遇した時に、それを「正しい」と認識する過程を考えてみたいと思います。この過程は次のようなプロセスからなると考えられるでしょう。すなわち、

第一段階:情報を認識し解釈する

第二段階:その情報が正しいことを納得しようとする

です。ヒューリスティクスの議論では主にこの第一段階が注目されているようですが、私は第二段階も重要であると思います。研究開発のような場合、最初は得られる情報が少ないため第一段階の情報認識と解釈が十分には行なえず、必然的に第二段階の推論にも頼って判断しようとすることになるでしょう。

 

つまり、情報が少ない状況では、

・得られた情報をとりあえず信じる

・情報が得られた前提条件を十分に吟味できずに汎用化、拡大解釈する

ということが起こりやすい、あるいはそうせざるを得ないことになってしまうと思われます。このような状態で、ある情報を「正しい」と認識して問題がない場合もありうるとは思いますが、研究開発の場面においては、この段階だけの簡便な判断で結論を出すのは大胆すぎるでしょう。従って、そのような場合には、第二段階でその解釈の正当性が高いことを確認しようとするのが普通であると思います。つまり、「データは少ないが、データ以外の傍証があるのであれば、『正しい』と考えてもよいだろう」と思えるわけです。しかし、第一段階での情報が少なければ、第二段階での考えをサポートする情報も少ないはずですので、第二段階でも「簡便な判断」が使われることになるのではないでしょうか。

 

では、第一段階の推論をサポートしようとする第二段階での簡便な判断にはどのようなものが考えられるでしょうか。

 

まずは、間接的な証拠(第一段階の推論をサポートする別の情報)に着目する場合が考えられるでしょう。例えば、以下のような場合に第一段階の推論がサポートされると思うのではないでしょうか。

・偶然ではおこりそうもないこと(こんな結果が得られるのは偶然ではあり得ないと思う)

・再現性がよい(同じことを何度やってもいつもそうなる)

・反例がない(いろいろやってみても解釈に合わない例が出てこない)

・結果から推理したことが当たる(第一段階の判断が正しいとすれば、別のことをしたらこうなるはずだ、と推理し、それを試した結果が期待どおりとなる)

・第一段階での判断が正しいとすると多くの現象の辻褄が合うと思える

いずれも、きちんと考えれば第一段階での推論を証明するものにはなり得ないはずですし、ヒューリスティクスの議論でよく取り上げられる認知バイアスによって判断が歪められる可能性を持った考え方なのですが、このような間接的な結果であっても、第一段階での推論が正しいという根拠のひとつとして感じてしまうことがあります。

 

さらに、より不確かな方法として、自分の考え(先入観や予想)を根拠として第一段階の判断が正しいと思うことがあります。例えば、

・自分がうすうす思っていた仮説に一致する(やっぱりそうか)

・自分がそうなってほしいと期待していたことに一致する(自分の予定や計画どおりに結果が出る)

・自分の過去の記憶(経験)に一致する(そういえばそうだ)

・自分が正しいと思っていることから、自分が正しいと思っている論理に従って導けることに一致する

・第一段階の判断が誤っている、という論理を組み立てることができない(他にどんな説明が可能だというのか?)

このような、すでにもっている知識や態度、信念、仮説を保護・維持しようとする傾向は、「認知的保守性の原理」「認知的一貫性の原理」と呼ばれ[文献1p.183]、複数の認知が矛盾する状態(不協和)を避けようとする心理的作用が反映されていると考えられます。つまり、このような考え方を用いると心理的に楽になるために、ついそうしがちである、ということです。なお、自分の考えの中には、過去に誰かから聞いて、そのように聞いたことを忘れてしまって、さも自分が考えたように思いこんでいる場合(「スリーパー効果」というらしいです)も含まれるでしょう。

 

同様に、他人の意見を根拠として正しいと認識する場合もあり得ます。例えば、

・自分が偉いと思っている人(信頼している人)の意見に合っている(権威への服従、その人と同じ意見を持つことがうれしい)

・多数の人が言っている意見と同じである(同調の心理)

・世間で正しいとされていることから、正しいとされている論理に従って導ける結果に一致する

 

これよりもさらに不確かな方法としては、あるいは、自分自身でも間違っているかもしれないと思いつつも正しいことにしてしまう、あるいは、疑う心を故意に封じてしまう、ということも起こり得るでしょう。

・事前の予定や計画に沿ったデータである(それに反していると面倒なことになる)

・他人の意見との衝突を避けるため、他人の主張に従ってもよいと思ってしまう

・他人の意見に従っておくと、利益が得られるのでそれでよいことにしてしまう

・自説に固執すると、不利益が予想されたり、面倒なことになる可能性があるので、自説を曲げてしまう

・第一段階の判断が正しいとすると自分の評価が上がる、自己満足感が増す

・間違っていても大きな損失にならないと思う

・第一段階の情報は都合のよい解釈が可能で、違っていても後で言い訳ができる

このような判断は、判断した時点では間違っている可能性があることを覚えているものですが、時間がたつと、妥協的な判断をしたことや間違っている可能性を忘れてしまう場合もあるそうです。

 

このように、不十分な情報しかない状態での判断については、上記のような第二段階での追加的考察によって、自らの考えを正当化しようとするのではないかと考えられます。しかし、ここで見た第二段階の推論も簡便な判断であると言えるでしょう。より正しい判断を行なうためにはさらなる検証が必要であること、簡便な判断は間違っている可能性があることを認識して、その判断を改めることに躊躇しないことを心掛けなければならないと思います。

 

だたし、上記の点にさえ注意すれば、このような簡便な判断を有効に使うことによって、研究をとりあえず先に進めることができます。簡便な判断を用いることを避けようとすると「失敗や挑戦を恐れる」ということにつながり、恐らく未知なものへの挑戦やイノベーションの達成には逆効果となる可能性もあるのではないでしょうか。このような理由から私は簡便な判断であっても、十分な注意を払ったうえで有効に活用すべきであると考えています。

 

さらに、このような判断のパターンを認識することは、他者を説得する場合にも有効だと思われます。そもそも、簡便な方法で考える傾向があるのは、あることに対し熟慮する気持ち (motivation) がなかったり、情報処理する能力的余裕なかったりする場合に(あるいは年長者にありがちな傾向として)多くみられるということです[文献2]ので、例えば研究内容を十分に吟味する時間のない(年長の)経営層や、新しい成果にまだ興味を持っていない潜在的顧客は簡便な判断を行なう可能性があると思います。例えば、研究成果を経営層や他部署に納得させる場合、開発した製品を買ってもらうよう顧客を説得する場合など、データの解釈の正当性を主張するだけでなく、情報の受け手のその情報に対する正当化の手助けをしてやることによってその情報に対する信頼感を形成できるのではないかと考えられます。

 

もちろん、認知バイアスを悪用して他者の判断を誘導するようなことは厳に慎まなければなりませんし、誤った判断を正当化する情報を提供するようなことも行なうべきではないでしょう。しかし、簡便な判断を活用した大胆な仮説の構築や、判断の効率化については、そうした判断のメカニズムをきちんと認識しておけばイノベーションにとって有用な手法になりうるのではないかと思います。

 

(注)今回の話題については、心理学、行動経済学、リスク評価、科学哲学、計算機科学などの分野で様々に研究されているようです。この記事を書くにあたり、そうした成果を少し調べてみましたが、短時間ではとてもまとめきれるものではないと思いました。勉強不足、理解不十分の点も多いと思いますが、まずはとりあえずの考えをまとめたものとご理解いただければ幸いです。機会があればもう少し詳しいまとめを試みたいと思います。

 

 

文献1:菊池聡、「超常現象をなぜ信じるのか」、講談社、1998.

文献2:「消費者心理学とマーケティング -消費者心理学・消費者行動論の研究より-」ブログ記事より、「心理学のお勉強(社会心理学)No9:バイアスのかかった判断(Judgement heuristicsNo1

http://ameblo.jp/consumer-psychology/entry-10016073404.html#main

 

参考文献(上記「文献2」以外で見つけた参考になるweb上の資料です)

なお、英文表記の最後にsがあったりなかったり、日本語でもヒューリスティク、ヒューリスティックスなどの表記の揺れがあるようです。

・ウィキペディア:「ヒューリスティクス」

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%92%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%83%AA%E3%82%B9%E3%83%86%E3%82%A3%E3%82%AF%E3%82%B9

・原子力技術リスクC3研究ホームページ、「リスク認知とは」より、「ヒューリスティックスから生じる認知のバイアス」

http://tokaic3.fc2web.com/rc/rc2142.html
<2011.8.14追記:残念ながら現在このサイトにはつながりません>
同上サイトより、谷口武俊、「私たちが物事を判断するときに陥りやすい罠とは?」2004.5.25

http://tokaic3.fc2web.com/body/lesson/text02.pdf
<2011.8.14追記:残念ながら現在このサイトにはつながりません>

sapporokoyaさんブログ記事より、「心理学とヒューリスティックと科学コミュニケーション」2008.04.15

http://dole.moe-nifty.com/etc/2008/04/post_8746.html

Q-BPM.orgBPM -Business Process Management-に関する百科事典サイト)記事より、「心理バイアス」

http://ja.q-bpm.org/mediawiki/index.php/%E5%BF%83%E7%90%86%E3%83%90%E3%82%A4%E3%82%A2%E3%82%B9

・友野典男、「行動経済学—経済は『感情』で動いている」、ITmediaエグゼクティブ誌 2007929日号、早稲田大学IT戦略研究所webページより

http://www.waseda.jp/prj-riim/ITS-56.pdf

・大阪大学 社会経済研究所 附属行動経済学研究センターwebページより講義資料、多田洋介、「行動経済学のイントロダクションと応用可能性について」2004.8.25

http://www.iser.osaka-u.ac.jp/rcbe/event/tada.pdf

・「社会人の経済学お勉強ノート」webページより、「行動経済学入門/多田洋介,2003

http://jwiz.net/es/?no=t018&type=pdf&u=1184139561

・高尾義明さんwebページより、「意思決定とバイアス」

http://homepage1.nifty.com/~ytakao/MDMS05-03.pdf

・瀬戸口毅さんブログ記事より、「ヒューリスティクスとは/依田高典」

http://agarusagar.way-nifty.com/we_see/2010/12/index.html

(依田高典「行動経済学」岩波新書、が取り上げられています)

Web担当者Forumwebページより「選択肢は多い方が良い? アンカリング? 代表性バイアス? - 行動経済学の“選択アーキテクチャ”(中編)」

http://web-tan.forum.impressrd.jp/e/2009/08/20/6326

同上、「利益vs損失? プライミング効果? 測定作用? - 行動経済学の“選択アーキテクチャ”(後編)」

http://web-tan.forum.impressrd.jp/e/2009/08/21/6327

(リチャード・セイラー、キャス・サンスティーン著、「実践行動経済学 健康、富、幸福への聡明な選択」日経BP社、が取り上げられています)

・小林英二さんブログ記事より、「論理的な話が通じないワケ。行動経済学から学ぶ20のバイアス」

http://d.hatena.ne.jp/favre21/20090626

(柏木吉基「人は勘定より感情で決める 直感のワナを味方に変える行動経済学7つのフレームワーク」技術評論社、が取り上げられています)


参考リンク 

ノート2:研究の不確実性をどう考えるか

ノート1にひきつづき、研究活動において基本的に留意すべき事項について考えます。

 

2)研究の不確実性:すべての研究が克服しなければならない課題

研究を行なう場合に認識しておくべき基本的事項の2点目として、研究の不確実性について考えてみたいと思います。

 

そもそも、人間が何かの目的を達成しようとして行動する場合、ほとんどの場合、そこには未来予測が入ることになるでしょう。その予測の裏付けとなるのは、単なる勘のこともあるでしょうし、過去の経験や、他人からの指導、多くの経験を体系化したり原理から導かれたりした理論のこともあるでしょうが、いずれも何らかの根拠に基づいて行為の結果を予測し、その予測に基づいて行動しているはずです。

 

このような行動とその結果の問題を扱うのに、意思決定理論では、次のような分類がなされるそうです。[文献1p.17(文献2p.255]

・確定性:ある行動について必ずある一定の結果が生じることが分かっている場合

・不確定性:ある行動について起こりうる結果が1つでない場合で、さらに2つのケースに分かれる。

 ①リスク:起こりうる結果の確率が分かっている場合。

 ②不確実性:起こりうる結果の確率が分からない場合。

 

企業活動について考えてみると、例えば工場での定常的な製品生産などは通常上記の確定性の場合に該当するでしょう。また、事故などの非定常な場合を想定したとしても、その確率はある程度予測できるので上記のリスクの場合に該当すると考えられます。この場合、過去の実績や情報、理論の蓄積が十分にあるから予測できると言えるでしょう。これに対し、「イノベーションとは、従来とは違う新しく価値ある事業やサービスを起こすこと」(前回記事(2010.3.22「ノート1」)、Druckerによる)ですから、過去の情報や理論が十分であるとは限りません。従って、イノベーションを目指す研究開発活動は上記の「不確実性」の分野で扱うべき課題となるでしょう。

 

ここで、上記の不確実性について考えてみると、その中には2種類の不確実要因が含まれていることがわかります。すなわち、1)期待している内容、目標についての不確実性、2)目標達成のために採用した手段に伴う不確実性、の2点です。

 

例で考えてみましょう。「4、5、6と並んだ数字の後には何かくると期待されるか?」という問いに対して、最も素直には「7」と予想できるのではないかと思います。しかし、この「4、5、6」が、普通のサイコロを振ってたまたま出た目の順番であった場合、「7」はありえません。サイコロなら「7」が出ないことに疑問の余地はありませんが、サイコロの仕組みや構造を知らない場合、すなわち起こりうる結果の確率がわからない(上述の「不確実性」に該当)場合には「7」を期待してしまうかもしれません。「7」を出したいなら、サイコロの振る回数を増やしたり、振り方や重さを変えたりする手段ではダメで、例えば普通のサイコロではなく12面体のサイコロを持ってくるというような手段が必要となります。あるいは、普通の6面体サイコロしか手段として使えない状況であれば、「7」を期待してはいけないわけで、目標を変更する必要があることになります。

 

おそらく、意思決定においては、期待通りの結果が得られるかどうかを知ることができればよいので1)と2)をひとくくりにした確率を議論すれば問題はないのでしょう。しかし、イノベーションのように、起こりうる結果の確率がわからない「不確実」な課題に取り組む場合には、目標設定に基づく問題と、手段や方法に基づく問題に分けて考えた方がよいのではないかと思われます。例えば、研究開発を進めていて期待通りの成果が得られない場合、やり方が悪い(ということは、やり方を変えればうまくいく可能性がある)のか、そもそも目標が悪い(どういうやり方を用いても不可能(原理的に成功確率がゼロだったり、与えられた資源の中での成功確率がゼロ))のかを理解できれば、それぞれの問題に応じた対応が可能になるのではないでしょうか。

 

往々にして、ある目標の実現を目指した研究開発においては、手段や方法の検討に主眼がおかれがちです。手段や方法の検討というのは、サイコロを何回も振ってみることに似て、目に見える努力が要求され、努力をしているのだという報告もできます。また、お金や人といった資源を投入することによって試行の回数やパターンを増やすことができます。しかし、そもそもの目標の設定が誤っていると、こうした努力は実を結びません。科学は多くの夢の実現に寄与してきましたが、錬金術、永久機関、タイムマシンなど、実現できないことが証明された夢もまた存在します。自分たちが狙っているイノベーションの目標が、このような不可能な目標になっている可能性があることも常に認識しておくことが必要と思われます。

 

もう一つ、目標設定の問題と手段や方法の問題を分けることによってわかりやすくなることがあります。それは、研究によって予想外の結果が得られた場合です。予想外ということは、期待通りの結果を得ようとする立場から見ると失敗になってしまうわけですが、セレンディピティーと呼ばれる能力(偶然に幸運な予想外の発見をする能力[文献2p.198])によってなされた発見が科学技術における大きな進歩をもたらした例は数多くあるので[文献3] [文献4]、予想外の結果も有用なものとして取り扱う必要があると考えられます。このような予想外の結果を生かしたいなら、当初の目標設定を見直さなければなりません。そうすればある目標のためには失敗であっても、別の目標にとっては成功であるとして扱うことができるようになるでしょう。このような目標見直しの余地を持っておくことも、単に成功確率を知り、その確率を高めようと努力することに劣らず重要なことと考えられます。

 

上記のような不確実な状況に対応するマネジメント方法として、Christensenらは「将来を予見することが難しく、何が正しい戦略かはっきりしないような状況では創発的プロセス主導で戦略を策定することが望ましい」[文献5p.260]と述べています。創発的戦略については別の機会にまとめたいと思いますが、どんな方法にせよ不確実性をうまく取り扱う必要はあるでしょう。

 

一瞬先は闇、ではないですが、そもそも100%の確率で未来を予測することは不可能なはずです。行動そのものが何らかの未来予測に基づく以上、企業活動においても期待通りの成果が得られる確率は0100%まで、いろいろな場合が存在することになります。もちろん、一見単純そうに見える事務作業や工場の操業などはほとんど100%に近い確率で予測が当たるでしょう。これに対して、研究開発は、予測に適用できる理論や情報が限られているため、予測が当たる確率が低くなります。しかし、どちらの場合も程度の差こそあれ予測が100%当たることはありえません。そんな不確実なことは行なうべきではない、という考え方もあるとは思いますが、そういう不確実な場合こそ技術の重要性は増すのではないでしょうか。Rogersは「技術とは、こうあって欲しいと思う成果の達成に関わる因果関係に不確実性が内在するとき、これを減じる手段的な活動のための綿密な計画のことである」と述べています[文献6p.17]。要するに、イノベーションという新しいことへの挑戦には不確実性が存在するため、成功の確率は事前には予測できず、場合によっては全くうまくいかなかったり当初の狙いからは外れているが別の意味で有益な結果が得られたりする場合があるということになるでしょう。こうした点に関する注意をおろそかにすると、成果が得られない目標に向かって延々と無駄な努力を重ねる、という事態にもなりかねません。研究開発、イノベーションを考える上でこのような不確実性に伴う特性はしっかりと認識しておくべきものと思われます。

 

文献1:宮川公男、「意思決定の経済学」丸善、1968.

文献2:丹羽清、「技術経営論」、東京大学出版会、2006.

文献3Roberts R.M., 1989、安藤喬志訳、「セレンディピティー」、化学同人、1993.

文献4Shapiro, G., 1986、新関暢一訳、「創造的発見と偶然」、東京化学同人、1993.

文献5Christensen, C.M, Raynor, M.E, 2003、桜井祐子訳、「イノベーションへの解」、翔泳社、2003.

文献6Rogers, E.M., 2003、三藤利雄訳、「イノベーションの普及」、翔泳社、2007.

 

参考リンク 

改訂版ノート2(2013.5.19)へのリンク

 

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