研究開発マネジメントノート

研究開発とそのマネジメントについてのいろいろ

戦略

失敗を知る(菅野寛著「経営の失敗学」より)

研究でも経営でも、先行事例から学ぶことは重要です。もちろん、成功事例からも失敗事例からも学ぶことができるはずですが、成功事例を取り上げた分析の方が注目を集めることが多いように思います。考えてみれば失敗の方がずっと数が多いはずなのに、なぜ失敗にはあまり着目されないのでしょうか。成功事例の方がストーリーがわかりやすいことがまずあげられるとは思いますが、失敗事例はあまり表に出てこないこともその原因かもしれません。

菅野寛著、「経営の失敗学」[文献1]では、経営における失敗事例の分析がまとめられています。本書では、著者の「経営コンサルタントとして、その後は経営学の教授として、・・・多くのビジネスの成功・失敗をインサイダーとして間近に観察する機会に恵まれました[p.3]」という経験が、失敗事例を考察する上で大きな力となっていて、それが本書の特色のひとつになっているように思います。実務家にとっても、本書にまとめられた「これをやってしまえばほぼ間違いなく失敗する。したがってこれをやってはいけない[p.4]」という内容は非常に有用だと思いますので、以下、そのポイントをまとめておきたいと思います。

I部、失敗から学ぶ
第1章、ビジネスは失敗の山

・「ビジネスとは、そもそも失敗する確率が圧倒的に高いものです。失敗したビジネスは枚挙に暇がありません。[p.16-17]」
・「アップルにせよ、ユニクロにせよ、どれほど名経営者が率いる企業でも失敗を免れません。・・・特に、製品レベルで見ると、どの企業も失敗を山ほど経験しているでしょう。ある巨大メーカーの研究所のコンサルティングをしたときのことです。過去数十年にさかのぼって研究開発に投じた資金、その成果として生まれた製品の売り上げ・利益、あるいは、研究成果を他企業に売って得たライセンス料について、財務的な観点でROI(投資利益率)を詳細に追跡しました。すると残念ながら、投資に見合うだけのリターンは全く得られていないという結論になりました。・・・もちろん、これは財務的側面だけで判断すべきことではありませんが、そのくらい新しい製品を成功させることは難しいのです。[p.20

第2章、ビジネスは本質的に失敗する運命にある
・「ビジネスにはそもそも、失敗しやすい構造的要因があると、私は考えています。一般論になりますが、ビジネスには2つのジレンマが存在します。
同質化による失敗:他社と同じこと、あるいは、今までの自社と同じことをやっていては成功しない。

異質化による失敗;他社と違うこと、あるいは、今までの自社と違うことをやれば成功しない。
要するに、同質化しても失敗しがちであり、異質化しても失敗しがちであるということです。すなわち、ビジネスではどちらに転んでも失敗すべく運命づけられているのです。ビジネスとは、この2つのジレンマの間を揺れ動きながら出口を探っていく行為と呼んでもいいかもしれません。[p.28-29]」
・「何とか成功する例外的な出口を見つけて実行するのが、ビジネスの命題です。すなわち、他社と同じことをやっていても泥沼の利益低減競争に陥らない出口、あるいは他社と違うこと、慣れないことにチャレンジし続けても企業としては失敗しない出口を、何とかして見つけるのです。[p.44]」

第3章、成功学の幻想
・「成功事例からの学習には、非常に注意が必要です。[p.46]」「成功事例の研究は『正しく』行えば有効なことも多いのですが、多くの企業は『間違った』成功事例研究をしていると私は感じています。他企業の成功を表面的にモノマネしても、成功する保証はありません。それどころか、かえって失敗する確率のほうがはるかに高いでしょう。[p.48]」
・成功事例を学ぶことができない第一の理由:「成功している企業が行っている『目に見える表面的なアクション』を単純にモノマネすると十中八九失敗するでしょう。なぜならば、『目に見える表面的なアクション』の裏にある『目に見えない要因』のほうが、はるかに重要な場合が多いからです。[p.48]」「成功の裏にある『目に見えない要因』は大きく、①企業の『価値観や文化』、②企業の『能力』、あるいは、③目に見える個々のアクションをつなぐ全体としての目に見えない『つながり・システム・仕組み』に分かれます。いずれも一朝一夕では真似はできないものばかりです。仮に真似できたとしても、自社の価値観や能力、仕組みを変えることによる副作用のほうが大きくなる可能性もあるため、本当に真似することが良いのかどうかは一概には言えないのです[p.50]」。真似しにくい事例として、リクルートの社内公募制度、トヨタ生産方式、セブン-イレブン・ジャパンの仮説検証アプローチが挙げられています。

第4章、成功は学べない
・「成功した企業のやり方が唯一絶対の正解ではありません。複数の解の一つを実行して、『たまたま』成功した他社の事象を『後付け』で分析し、成功要因を抽出することはできても、それが、本当に再現性があるかどうかは甚だ疑問です。特に、成功した企業の状況(コンテクスト)と自社独自の状況が違うため、同じことを実行しても、成功した企業と同じように 成功するとは考えにくいものです。[p.61-62]」
・「成功から学ぶ価値があるのは、『表面的な目に見えるアクション』(WHAT)ではなく『深層の成功・失敗要因』(WHY)です。成功あるいは失敗した企業がある意思決定やアクションを行ったという事実は、それ単体ではあまり意味がありません。[p.77]」
・「『こうすれば必ず成功する』という成功の十分条件(すなわち“必勝法”)は存在しない」、「そのような必勝法がない以上、経営者にできるのはいかに成功確率を上げていくかということです。できることをしっかりとやり、あとはリスクを管理するしかない。それがビジネスというゲームの本質です[p.78-79]」

第5章、失敗学の有用性
・「私が観察したところ、『結果として』成功しているのは、負けない戦略、他社を凌駕する努力、時の運という3つの条件がすべてそろった企業です。・・・ここで誤解してはいけないのが、この3つが揃うことは成功の必要条件であって、十分条件ではないことです。すなわち、3つのすべてが揃っても、必ず成功する保証があるわけではありません。一方、3つのうちどれか一つが欠ければ、高い確率で失敗します。正確に言えば、いずれかが欠けている場合、瞬間的にうまくいくことはあっても、長期的に持続可能な成功はあり得ないのです。[p.82]」
・「しかしながら、『これをやったらほぼ確実に失敗する』、すなわち『これをやってはいけない』という『DON’T』は存在します。別の言い方で言い換えると、『踏んではいけない地雷』は存在すると私は思っています。そして、成功の十分条件は存在しないにせよ、地雷を踏まないことが、少なくとも『成功の必要条件』となると考えることができます。[p.84]」
・「ビジネスでは・・・『成功パターンは様々で共通性・再現性はないが、失敗パターンはかなり共通性がある』というのが、これまで様々なビジネスに関わって私が実感するに至った観察結果です。[p.87]」

II部、陥りがちな失敗のパターン
第6章、考えるアプローチ、頭の使い方がずれている

・典型的な失敗パターン:「①教科書にある理論を何も考えずにそのまま使って意思決定してしまう、②意思決定の質とスピードのバランスを失っている(要するに、グズグズと調べすぎて意思決定しない、あるいは意思決定が遅れる)、③そもそもの出発点としての論点がずれている」[p.92-93
・「ビジネスの教科書に載っている理論は百パーセント正しい公式ではありません。教科書に載っているような考え方をすれば、頭の整理がしやすくなる、答えが出やすくなる『場合がある』というだけのことなのです。[p.95]」
・「どれほど時間とお金をかけて調査しても、知りたい情報が100%わかるということはまずあり得ません。・・・重要なのは、少ない情報、あるいは、不完全な情報であったとしても、そこからよく考えて、情報が足りない部分は自分なりの前提を置いて、仮説でもいいから意思決定する癖をつけることです。[p.102-103]」
・「ビジネスは、意思決定とそれに続くアクションによって『結果』を出す作業です。どのように良い意思決定をするのか、どのように良いアクションを取るのかという『HOW』の前にそもそも何に対して結果を出そうとしているのかという『WHAT』がずれていれば、出発の時点ですでに失敗していることになります。[p.104]」

ビジネスの立案における失敗のパターン
第7章、戦略の筋が通っていない

・「まずは戦略の筋が通る、通らない以前の問題として、そもそも戦略不在の企業もいまだに多く見受けられます。その理由として、高度成長期はとうの昔に終わったにもかかわらず、依然として高度成長期の『頑張りのみで突っ走る』という価値観を持っているトップがいるからでしょう。[p.112-113]」
・目的地、ルート、視点の3つの要素が必要。ロジックの因果関係に欠落があってはいけない。
・「自分では筋が通っていると思って自信を持って実行しても、実際にやってみると筋が通っていないことも多々あります。そのような場合は、十分な検討を行ったら、むしろさっさと実行してみて、結果を解析して、必要な軌道修正したほうがよいでしょう。[p.127]」

第8章、顧客が求めていない価値を提供してしまう
・「あなたのビジネスが顧客に提供している価値は何かということを、真剣に考え抜く必要がある[p.131]」「いつの間にか顧客の求める価値が変化し、気づくと劣勢に立たされていた、ということも少なくありません[p.140]」「表面的な調査で顧客の求めている価値はわかっていると思い込む[p.144]」こともある。「顧客が考える他の選択肢[p.147]」を考える必要あり。「自社の競争優位性を、『相対的』と『顧客の判断基準』という視点を入れず捉えているのだとしたら、顧客の見方とは大きく食い違ってしまう恐れがあります。[p.151]」

第9章、定性的なロジックの詰めだけで満足して、定量的な数字の詰めが甘い
・数字の詰めが甘い例:「市場の大きさ・事業の大きさを考えない[p.152]」「『市場全体』と『自社のビジネスが対象とできる市場セグメント(市場の一部)』との勘違い[p.155]」「楽観論だけでバラ色の戦略を立ててしまう[p.156]」「ダウンサイド・リスク(悲観ケースが起こった場合のリスク)を見極めない[p.158]」「数字を幅で捉えない[p.161]」「成功に大きなインパクトのある要素ではなく、瑣末な要素に目を奪われ、無駄にリソースを注力してしまう[p.162]」

第10章、リスクや不確実性に対処しない
・「リスクや不確実性をマネージしない典型的な失敗例としては、以下のようなものがあります。①予定調和を信じて一つのシナリオで突き進んでしまう、②いったん作ったプランに固執しすぎてタイミング良く軌道修正ができない、③成功しなかった場合の次の打ち手(プランB、撤退プラン、等)を考えずに突っ走る、④未来を『作る』のではなく『予測』して『追随』しようとする[p.166]」

第11章、「地雷排除」が行きすぎた結果、戦略が尖っていない
・「地雷排除作業をやればやるほど、これもやってはいけない、あれもやってはいけない、という『ダメ出し』になり、すべての『ダメ』を取った後に残った戦略が、全く差別性のない、つまらないものになってしまうことがあります。確かに地雷は排除したので『負けない』戦略のはずですが、同時に『勝てない』戦略にもなり得ます。というのは差別性のない普通の戦略であれば、同質化競争や泥沼の価格競争に陥って、利益が限りなくゼロに近づいていくからです。よく『経営とは矛盾のマネジメントである』と言われますが、まさに地雷を排除して角の取れた戦略になることと、戦略をとがらせることの矛盾をマネジメントしなければいけません。地雷を排除した結果、角が取れて丸くなってしまった戦略を、勝つためにもう一度見直して、あえてリスクを取って(もう一度地雷に近づいて)尖らせる必要があるわけです。では『戦略を尖らせる』ために何が必要でしょうか。私は次の二つだと思っています。①イノベーションを起こして『×』を『○』にする、②失敗しても立ち直れるだけの体力を残しておく[p.187-188]」。
・「イノベーションが必要とはいえ、あまりに革新的すぎてもいけないというのが、イノベーションをめぐる難しさの一つです。・・・あまりにも独創的な百歩先のイノベーションでは、誰にも理解できません。・・・ビジネスでは、そういう『百歩先』を行くようなものではなく、『半歩先』が重要です。[p.196]」

実行において陥りがちな失敗
第12章、実行に必要な徹底度が足りない

・「何事を実行するにしても、誰が(WHO)何を(WHAT)いつまでに(WHEN)達成するかという三つの要素が決まっていなければ、実行のしようがありません。[p.205]」
・「ビジネスを成功させるためには、『この能力がないと事業はうまくいかない』という能力要件があります。その能力要件を満たさない限りは、そもそも実行して成果を出すことができないため、その事業は失敗してしまいます。[p.210]」「新しいことをやるときには、必要な資源を過小評価しないことが重要です。ただでさえ慣れないことをやるのですから、予想外のことが起こります。その対処に、お金、人、時間などの資源が必要になります。しかも、不慣れなことなので余計に手間もかかるので、通常以上の資源がかかります。それを忘れてしまって、少ない資源でやろうとするのは、確実に失敗に至る道となります。[p.217]」「実行では、結果をモニターし、フィードバックし、必要なら軌道修正するというサイクルを頻繁にかつスピーディーに回していくことが大切です。しかし、実行してうまくいっているかどうかを、きちんと測定していないケースが案外多いのです。[p.218]」「スピードを上げていくには、単にお尻を叩けばいいという話ではありません。誰が、いつ、何をやるのか。必要な資源はどれぐらいか。意見が割れたときに、誰が意思決定をするか。このあたりの詰めが甘いと、実行の段階でつまずいてしまうのです。[p.225-226]」

第13章、実行者の意識・行動を変えていない
・「実行者のモチベーションが不十分であればまず間違いなくそのビジネスはうまくいきません。[p.231]」「人間が行動を変える際のハードルは3つあります。BCGでは『Ready』『Willing』『Able』という言い方をするのですが、私流の言い方にすると『頭』『心』『体』となります[p.234]」。

頭:「なぜ行動を変える必要があるのか、頭で理解しているか?」→対策は情報共有
心:「たとえ困難を伴っても、行動を変えようという強い意思を持つに至ったか?」→対策はモチベートすること、アメとムチ
体:「新しい行動を実際にやりきるだけの能力があるか?」→対策は組織能力を向上させるトレーニング、ツール提供、採用。[p.235
・「目に見える戦略や資源配分、組織形態ばかりに気を配って、それを実行する人間や組織の価値観に手を加えなかったため、失敗してしまうケースがあります。[p.238]」

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失敗に着目して、そこから学んだ結果に基づいてビジネスの手法を提案することは、考えてみれば非常に合理的な考え方だと思います。特に、これからの時代、未経験のことに挑戦しなければ長期的な成功は期待できない世の中になっていくだろうことを考えると、失敗をよく知り、できるだけ失敗を避けるようにしながら失敗の可能性のあることに大胆に挑戦してくことがますます求められるようになるのではないかと思います。

研究開発は、失敗の可能性のあることへの挑戦を主たる業務として分担していると言ってよいでしょう。当然、失敗に遭遇する確率は高いわけですが、失敗慣れして失敗することに甘んじていてはいけないはずです。失敗しやすいからこそ、避けうる失敗は回避できるよう、失敗についてもっとよく知る必要があるのではないでしょうか。もちろん、失敗事例は表面化しにくいですし、失敗の原因を論理的に分析し今後の教訓として活かすことは容易なことではないかもしれません。ともすると、失敗はその責任を誰かに取らせてそこから得られるはずの教訓は失敗の事実とともに闇に葬ってしまう、ということもあるかもしれませんが、本気で成功を望むなら失敗も価値ある知的資産として認識し、その内容や原因をきちんと理解、整理して対策を考えるべきではないでしょうか。本書のようなアプローチが、失敗と上手につきあい、失敗の可能性に果敢に挑戦するための方法論の基本となるような気がします。


文献1:菅野寛、「経営の失敗学 ビジネスの成功確率を上げる」、日本経済新聞出版社、2014.

参考リンク




Thinkers50「イノベーション」より

現代における重要な経営課題のひとつとしてイノベーションが注目を集めていることは、多くの方が認めておられることでしょう。しかし、イノベーションの考え方、捉え方は様々で、誰もが納得するような見解が確立されているようには思えません。とは言っても、ここ10~20年の進歩は大きく、イノベーションとは何か、どういうイノベーションが必要で、可能性があり、どういう進め方をすると成功しやすいのか、といった点に関して、様々な意見のなかでも多くの人が支持する有望そうな(人気のある)考え方というものも明らかになってきているように思います。

Thinkers50
は、本ブログでも何回か取り上げた経営思想家のランキングですが、近年はイノベーションを扱う思想家が上位にランクされる傾向があります。今回は、そのThinkers50の選定に深く関わっているクレイナーとディアラブが、経営思想家たちがイノベーションをどう考えているかについて、インタビューも交えてまとめた本(「Thinkers50 イノベーション」[文献1])の内容をご紹介しておきたいと思います。その内容には、本ブログですでに取り上げたものもありますが、思想家へのインタビューにより、その考え方のポイントがより明確になったり、その思想家とは違う角度からその考え方に光が当てられていたりする面もあるように思いました。以下、本書の構成に沿って、重要と感じた点をまとめておきたいと思います。

第1章、イノベーションの歴史How We Got Here
・「イノベーションとは、物事を変えるための新たな方法を見つけることなのだ。『新たな価値を創造する』と言い換えてもいい。このことがいつの時代にもまして今日、重要になったのは、わたしたち消費者が常にモノやサービスに新たな価値を要求するようになったからである。[p.11]」
・「今日のマネジャーが直面する最大の課題、それは非連続イノベーションを生む能力を組織としてどう構築するかということだ。それは本書が答えようとする問いの一つである[p.13]」。「本書では、近年イノベーションのあり方を大きく変え、また今後イノベーションをかたちづくるであろう、最も重要なアイデアや視点を取り上げる。[p.15]」
・「20世紀の大半は、優れた製品やサービスを有する企業の優位が何年も、時には何十年も続くことが期待できた。実際、規模の経済を利用してコストを下げ、高価格を維持するために競争優位を保つことが、大企業の一番の目的であり原理だった。大企業の成功は、イノベーション能力ではなく、規模の経済からくる効率性によって高い利潤を獲得できるかどうかで決まった[p.25]」。「イノベーションがビジネスに旋風を巻き起こし、産業全体の姿を変えるという現象は、新しいことではない。ただ、これまでと違うのは、イノベーションが定期的に競争優位を吹き飛ばし、産業全体を再構築するスピードだ。[p.26-27]」

第2章、破壊的イノベーションDisruptive Innovation
・破壊的イノベーションは、「既存市場を破壊し、新たな市場を創造する力を持つ、非連続的なイノベーション。既存技術を置き換えるような新たな技術が、破壊的イノベーションを生み出す。[p.28]」
・「顧客の要求に耳を傾けることは、一般的に優れた経営慣行と見なされているが、常に顧客に寄り添うことでもたらされる弊害もある。具体的には、顧客の意見に耳を傾けることで、最終的に自分たちの市場を破壊するような新しいテクノロジーを見過ごしたり、それに投資しなかったりすることである。[p.38]」
クリステンセンとの対話より
・「破壊的イノベーションは、よい製品をよりよくするような技術革新ではありません。この言葉には非常にはっきりとした定義があり、従来はかなり裕福でスキルを備えた一握りの人だけが手に入れることのできた高価で複雑な製品を、根本から一変するようなイノベーションを指しています。[p.44]」
・「未来を見通すただ一つの方法は、有効なモデルを使うことです。データはありませんから、有効な理論を持たなければなりません。考えなくても、理論が行動を予測してくれます。理論というレンズを通して未来を見ることをマネジャーに教えれば、未来がはっきりと見えるようになります。それが破壊理論の成果だと思います。[p.49]」
・「すでにそこにあるものを利用する限界費用と、まったく新しいものをゼロから生み出す総費用とを比べれば、必ず限界費用に軍配が上がります。そうやって、既存の大企業は、次第に未来から取り残されていくのです。[p.52

第3章、未来を共創するCo-creating the Future
・「現代のイノベーションはチームスポーツだ。これを確立した第一級の知識人の一人が、・・・プラハラードである。[p.53]」
・「プラハラードとラマスワミはこう論じている。『われわれは価値創造の新たなかたちへと向かいつつある。そこでは、企業が生み出した価値を顧客と交換するのではなく、消費者と企業が共に価値を創造する』。[p.54]」
・「MS・クリシュナンとの共著によるプラハラードの遺作となった『イノベーションの新時代(The New Age of Innovation)』で、プラハラードは共創の概念をさらに推し進め、二つの単純な原則に基づく新たな競争環境を描いた。その原則とは、N=1(対象顧客=1人、個人への対応)とR=G(資源=グローバル、グローバル資源の活用)である。[p.59-60]」
・「共創の源泉として最も見過ごされているのは、・・・顧客と従業員である。[p.68]」
プラハラードとの対話より
・リーダーのあり方への影響:「リーダーは人々を導かなければなりませんが、未来志向でなければ、人々を導くことはできません」。「リーダーとは、リーダー自身ではなく他者の最良の部分を引き出せる人物です」。「譲れない一線を明確にすることで、倫理的な拠り所が生まれます。」[p.66-68
バーンド・シュミット(コロンビア・ビジネス・スクール)との対話より
・顧客体験の今後:「消費者は企業とのより身近で、より強いつながり、しかも精神的なつながりを求めるようになるでしょう・・・。自分とは何の縁もない、倫理的に怪しそうな、顔の見えない巨大な複合企業とは付き合う気になれません。ですから、企業と顧客のかかわりは、より双方向でオープンなものになると思います。[p.71]」

第4章、オープン・イノベーションOpening Up Innovation
・チェスブロウは言う。『われわれは閉ざされたイノベーションから、新たなロジックに移行した。それがオープン・イノベーションだ。この新しいロジックは、役に立つ知識は、社会や非営利団体、大学、政府機関といったさまざまな規模や目的を持つ組織に広く分散されているという認識の上に成り立っている。それは、重複を避けてイノベーションを加速させる手法である』。「『膨大な知識が分散された世界で、テクノロジーを囲い込むことは自分に限界を設けるようなものだ。どんな組織も、たとえ最大手企業でも、社外に存在する膨大な知識の蓄積をもはや無視することはできない』[p.86-87]」。
・リスク:「企業がイノベーションを含むすべてを外部委託してしまえば、ブランド以外にどのような独自の価値が残るのだろう?[p.89]」。「イノベーションのパートナー間で、どうしたら価値を公平に交換できるかは、難しい課題だ」。「リスクは、テクノロジーの移転や漏洩、延々と長引き費用のかさむ訴訟などにとどまらない。こうしたリスクを管理する手段を見つけなければ、新しいイノベーションのモデルは単なる素晴らしいアイデアに留まり、ビジネスの現実とはならないかもしれない[p.90]」。
・「一方、競争優位を得られる点で、オープン・イノベーションには大きな可能性もある。[p.90]」
・「すべての産業がオープン・イノベーションに移行したというわけではないし、今後移行するわけでもない。たとえば、原子炉産業は、・・・オープン・イノベーションに移行するとは考えにくい。反対に、かなり以前から開かれている産業もある。たとえば、ハリウッドは、・・・専門家間でのパートナーシップや提携のネットワークを通してイノベーションを起こしてきた。[p.91-92]」
・「現実には、イノベーションの大部分は、堅苦しい官僚制が立ちはだかる大企業の内部で生まれる[p.93]」。
・セレンディピティーの科学:「イノベーションが起きるときの一見幸運な偶然、セレンディピティーは、私たちが思うほどランダムな現象ではないとキングドンは言う。どのようにセレンディピティーが起きるかのパターンをよりよく理解すれば、大企業に幸運な偶然が起きる確率を上げることができる。」
・素晴らしいアイデアを得るために必要な行動(5つの要因):「イノベーションの牽引者は組織を尊重するが、ガチガチに規則に縛られるほどには組織を盲信していない」、「発想を呼び起こすような刺激を注意深く探している」、「簡単な模型や試作品を使ってアイデアを具体的な形にし、素早く現実に近づける」、「異なるプロジェクトにつく人たちが偶然に顔を合わせアイデアを交換するような、物理的な環境を設計しなければならない」、「イノベーションを妨げる組織内政治にどう対処するかについて、キングドンは次のようにアドバイスをしている。『それは組織人生につきまとうものだ。受け入れて対処しろ』」[p.95]。

第5章、バック・トゥ・ザ・フューチャーBack to the Future
・「組織とは基本的に効率を追求するためのもので、イノベーションのためのものではない、とゴビンダラジャンは説いている[p.112]」。
ビジャイ・ゴビンダラジャンとの対話より
・「イノベーションの一面はアイデアの創出です。もう一つは実行で、わたしが重要だと思うのはそこなのです。[p.112]」
・大企業で真のイノベーションを可能にする原則:「コア事業とは別の専任チームをつくるべき」、「専任チームは・・・孤立させてはいけません。企業の原動力となるチーム、すなわち競争優位の源泉と協力しなければなりません」、「イノベーションとはすなわち実験だということ、そして実験には予想外の結果が伴うということです。ですから、イノベーションチームを結果で評価せず、学習能力で評価すべきです。[p.115]」
・「1970年代半ばにわたしたちが研究を始めた頃、マイケル・ポーターがファイブ・フォース分析で描いたように、戦略とは安定を意味していました。・・・戦略が流動的なものだと言われ始めたのは1990年代の半ばになってからです。それは変化を生み出すことであり、イノベーションを起こすことです。[p.118-119]」
・「歴史を振り返ると、グローバル企業は自国、つまり先進国でイノベーションを生み出し、開発した製品を途上国に持ち込んでいました。リバース・イノベーションはその反対です。新興国でイノベーションを起こし、それを先進国に持ち帰るのです。[p.123]」、「大組織でリバース・イノベーションの一番の妨げとなるのは、過去の成功です。[p.127]」

第6章、マネジメント・イノベーションInnovating Management
・ジュリアン・バーキンショーとゲイリー・ハメルは、「マネジメント・イノベーション、つまり、組織における人間の働き方に根本的な変革を起こす能力に焦点をあててきた」[p.132]。「二人は次のように主張している。・・・多くの組織において、物事のやり方にイノベーションを起こすことが、競争優位を確立するための鍵になっていた。また、マネジメント・イノベーションによって獲得した優位性は、きわめてライバルに模倣されにくく、時には模倣が不可能だった。[p.133]」、「人をやる気にさせ、組織し、計画し、配置し、それらを評価する手法の根本的な変革が、長期に持続する優位性を生み出すことが明らかになっている。[p.139]」
・21世紀の成功を妨げる2つの罠:経費削減と段階的改善。「ハメルは断言する。『ほとんどの企業は、経費削減以上の戦略を持っていない。経費削減は成長をもたらさず、未来につながらない。せいぜい時間稼ぎにしかならない』。段階的改善は前世紀の戦略だとハメルは言う。[p.135]」
ハメルとの対話より
・「経営は人間の成果を生み出すテクノロジーなのです。[p.142]」

第7章、イノベーションを導くLeading Innovation
・「いまではイノベーションが経営者の課題となり、イノベーションにかかわる人たちを導くことが経営陣の責任の一部になっている。だが問題は、イノベーションを起こすような人間は、しばしば伝統的なリーダーシップに反抗的であることだ。・・・かれらに際立った特徴が一つあるとすれば、それは指図されるのを嫌うということだ。・・・最も優秀な経営者なら知的なノウハウやそれを生み出す人材を上手に管理できなければ問題だということを理解している。[p.152]」
・ニーランズによる、イノベーションと創造性を育てるためのオープンスペースのコンセプト:「フロー」、「遊び心」、「一つにまとまること(アンサンブルの一員として働く)」[p.153-155
リンダ・ヒルとの対話より
・「リーダーシップとは、『目的地はこっちだから、みんなわたしについて来い』というようなものでもありません。というのも、どこへ行くのか、リーダーにもわからないのです。・・・リーダーシップとは、人々が自ら進んでイノベーティブな問題解決に取り組めるグループやチームをつくることです。[p.165-166]」

第8章、イノベーションと戦略Where Innovation Meets Strategy
レネ・モボルニュとの対話より
・「これまでにない価値を低コストで生み出すこと、トレードオフではなく、非凡な価値と低コストを両立させることが、バリュー・イノベーションです。[p.173]」
コンスタンチノス・マルキデスとの対話より
・「経済環境がよく、右肩上がりの時代には、戦略などなくても成長できます。ですが、ジャングルの中で危機に直面したときこそ、戦略が必要です。しかし、戦略を超えて、企業が一番にやらなければならないのが、イノベーションです。[p.182]」。「イノベーションにもいくつか異なる種類があり、それぞれに達成のメカニズムが異なります。[p.183]」、「ラジカルな製品イノベーションを起こすための処方箋は、ビジネスモデル・イノベーションを起こす手法とまったく違います。ですから、イノベーションを一般論として語り、マネジャーに一般的なイノベーションへの取り組みを教えるのは間違っていると思います。[p.184]」、「企業がイノベーティブであるかどうかは、実行の段階で決まると言ってもいいでしょう。[p.185]」、「わたしにとってイノベーターとは新しいアイデアを思いつき、それを実行することで新しい価値を生み出す人です。その前半はクリエイティブな思考です。後半は行動です。その両方が一つになってイノベーションが起きるのです。[p.189]」

第9章、社会を変えるイノベーションWhere Innovation Meets Society
・「社会問題もまた、人々に共通する進歩への欲求をとおして取り組むことができるという認識が高まりつつある。それが『社会的イノベーション』である。[p.196]」
・社会的イノベーションにおいて企業が犯しやすい2つの過ち(イオアノウ):効率性の罠(廃棄物処理、エネルギー管理、リサイクリングなどに力を注ぐ)、チェックマークの罠(付加価値を生み出すイノベーティブな活動よりも、正しいことをミスなく行うことにこだわる)。[p.199
ドン・タプスコットとの対話より
・「わたしたちの問題はますますグローバルになり、問題解決の主体として国家は必要ですが十分ではありません。[p.211]」。グローバルなネットワークは「地球の大きな問題の解決に役立つような、途轍もない可能性を持っています。[p.215]」
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本書にとりあげられたイノベーションについての考え方は様々ですが、その中には、似たようなことを言っている部分もあり、また対立するような主張も見受けられます。科学技術の分野でもそうですが、研究の最先端の状態というものは、混沌としている場合が多いものです。イノベーション論の現状もそういうことなのでしょう。実務家としては、まずは、イノベーションについての考え方は、様々な意見を含んだ未確立のものだということを認識し、議論の大まかな流れを理解してその中から本当らしく思えるような考え方を自ら選び出していくことが求められているのではないでしょうか。


文献1:Stuart Crainer, Des Dearlove, 2014、スチュアート・クレイナー、デス・ディアラブ著、関美和訳、「Thinkers50 イノベーション 創造的破壊と競争によって新たな価値を生む営み 最高の知性に学ぶ実践的イノベーション論」、プレジデント社、2014.

参考リンク



「『好き嫌い』と経営」(楠木建著)と研究開発

誰しも「好き嫌い」はお持ちでしょう。その「好き嫌い」が、様々な意思決定を行う際に影響したという経験もお持ちのことと思います。一方で、「好き嫌い」はよくないこと、判断に私情や個人的趣味をはさむのはよくない、といった価値観をお持ちの方も多いような気がします。

経営判断を行う「経営者」にも、当然「好き嫌い」はあるはずですので、それが経営にどう影響するのか、さらには「好き嫌い」は経営者の適性に関係するのか、そもそも「好き嫌い」とは何なのか、などは興味深い視点と言えると思います。楠木建著「『好き嫌い』と経営」[文献1]では、14人の経営者に対して著者が行った「好き嫌い」に関してのインタビューと、著者の「好き嫌い」に対する考え方がまとめられています。以下、その中から興味深く感じた点をまとめ、「好き嫌い」について考えてみたいと思います。

14人の経営者へのインタビュー
インタビューされている経営者は次のとおりです(肩書は本書記載によります)。永守重信(日本電産、代表取締役社長)、柳井正(ファーストリテイリング、代表取締役会長兼社長)、原田泳幸(日本マクドナルドホールディングス、取締役会長)、新浪剛史(ローソン、取締役会長)、佐山展生(インテグラル、代表取締役パートナー)、松本大(マネックス証券、代表取締役社長CEO)、藤田晋(サイバーエージェント、代表取締役社長)、重松理(ユナイテッドアローズ、名誉会長)、出口治明(ライフネット生命保険、代表取締役会長兼CEO)、石黒不二代(ネットイヤーグループ、代表取締役社長兼CEO)、江幡哲也(オールアバウト、代表取締役社長兼CEO)、前澤友作(スタートトゥデイ、代表取締役)、星野佳路(星野リゾート、代表)、大前研一(経営コンサルタント)。インタビューで明らかにされる経営者の皆さんの「好き嫌い」はなかなか興味深いのですが、より重要なのは、「好き嫌い」についての著者の考え方だと思いますので、ここではインタビュー全体を通じて著者が指摘している以下のポイントをもって、インタビューのまとめに代えさせていただきたいと思います。「お話をうかがっていくなかで痛感したのは、『好き嫌いというのは本当に千差万別だな』ということ。ご登場くださった皆さんはそれぞれに優れた経営者ですが、好き嫌いをうかがってみると、一口に経営者といっても全然違う。[p.374]」「読者の方々にも、良し悪しではなく、『この人のこういうところがイイな』『この人は合わないな』と、ご自身の好き嫌いを基準に読み進めていただけるとうれしいですね。そうすると、自分の仕事についての好き嫌いも見えてくると思います。読者にとって本書が、ご自身の好き嫌いについて、あらためて深く考えるきっかけになれば最高ですね。[p.376]」

好き嫌いとは何か、その意味
著者は「好き嫌い」を以下のように捉えています。

・「『うまくいくか、いかないか』は理性的な判断。でも、『うまくいきそうにないけれど、うまくいけば面白い』というのは、まさしく好き嫌いから出てくる[p.135]」
・「バダラッコ(ハーバード・ビジネススクール教授)さんが・・・言っているのはこういう話です。人は仕事上でいろいろな判断や決断を迫られる。一方が良いことで他方が悪いことの選択であれば話は簡単、『良いものを取りましょう』となります。ところが現実の仕事の上では、両方ともそれなりに理由がある『正しいこと』なのに、どちらを取るかの選択を迫られる場合が少なくない。・・・ポイントは、『正しいこと』と『正しいこと』の選択だということです。そういう決定的瞬間での判断を迫られたときに人間は自分の価値観を知る、というのがバダラッコさんの主張です。・・・『正しいこと』と『正しいこと』の選択である以上、客観的な良し悪しの基準では選択できない。・・・だとしたら、つまるところその人の価値観でとりあえずの選択をするしかない。・・・『価値観』というと良し悪しのように聞こえますが、個人のレベルまで下ろしていけば、良し悪しはほとんど好き嫌いと重なりますね。要するに、好き嫌いというのはその人にローカルな、『局所的な良し悪し』のこと。[p.349-352]」
・「良し悪しと好き嫌いは異なるものですが、連続したものです。いずれも価値観として捉えれば、ある連続軸の両極にあるだけ。一方の極がユニバーサルな価値、もう一方がローカルな価値。この軸上でどんどんユニバーサルなほうに寄っていくと、世の中で『善悪』『良し悪し』といわれている普遍的な価値になる。逆にどんどんローカルのほうに行くと、その人に固有の『好き嫌い』になる。[p.352]」
・「文明として受容されている普遍的な価値観をどんどん局所化していった先にあるのが個人の好き嫌いですね。国や地域といったわりと大きな範囲での文化はその中間で、良し悪しともいえるし好き嫌いだとも言える。・・・企業文化やその企業で共有されている価値観というのは・・・好き嫌いの色彩が強い。組織を率いる経営者の好き嫌いというのは、そこでの企業文化に相当強い影響を与えるはずです。[p.354-355]」
・「ある企業が他の会社が真似できない『何か』を保有しているとすれば、それは持続的な違いになり、競争優位の源泉になり、長期利益の源泉になる。ものすごくかいつまんでいいますと、これが組織能力(ケイパビリティ)です。ケイパビリティの研究にはいろいろあるのですが、その多くが共通していっているのは、『他の会社が真似できない組織能力の中核には、そこで共有されている文化がある』ということです[p.356]」
・「戦略というのは違いをつくること。だとすれば、組織能力に限らず、好き嫌いこそ独自性や差別化の源泉という言い方もできる。・・・ユニバーサルな価値観からは、定義からしてユニークな違いは生まれない。経営に限らず、昔と比べて社会全体が良し悪しを言い過ぎじゃないかと思うのです。[p.362]」
・「好き嫌いだけでは世の中は回らないし、自分の好き嫌いだけでは社会と折り合いがつかない。だから、刑法や言論の自由をはじめとして、一定の普遍的な価値観が世の中で共有されていることは大切です。しかし、だからといって良し悪しだけでも世の中は動かない。それぞれに異なった好き嫌いを持つ人々が、それを仕事や生活のなかでできるだけ全面に出していく。なおかつ、好き嫌いを異にする人々の間で対立もない。お互いに尊重し合い、共有し合って、世の中が回っていく。これが僕の考える成熟した良い社会です。[p.367]」
・「日々決断を迫られるのが経営者ですが、インタビューすると『判断は直観に基づく』と言い切る方が多い。・・・直観とは分析的な良し悪しの判断の積み重ねを超えたものの総称を指しています。この直観にしても、淵源はその人の好き嫌いにあるように思いますね。[p.368]」
・「経営という仕事はインセンティブだけでは決してできないものだと思います。インセンティブというのは誘因ですね。外在するものです。・・・経営者を動かすエンジンはインセンティブではなく、その人のなかから湧き上がってくる動因(ドライブ)です。インセンティブのように誰かが設計して、外側から与えられるものではない。動因となれば、これはもう好き嫌いそのもの。[p.373-374]」「動因はその人の内部から自然と湧き上がってくるものだ。内発的なモティベーションといってもよい。自分のなかに強い動因があれば、外的な誘因がなくとも、場合によっては負の誘因(ディスインセンティブ)があったとしても、人は動く。・・・いったん経営者のポジションまで上り詰めてしまえば、誘因の効き目は低減する。残された誘因は獲得した状態を保持することぐらいしかない。『これをやろう』という経営の動因がない。だから、経営者になっても今度は部下を動かすためのインセンティブの設計など、内向きの管理の仕事に明け暮れる。これではただの『管理者』だ。外に向かって価値をつくっていく本来の意味での経営者ではない。[p.v-vi]」
―――

要するに、好き嫌いは、良し悪しで判断できない場合の判断基準となる価値観や直観の源泉、差別化の源泉、動因(内発的動機づけ)の源泉として意義がある、ということになるのだろうと思います。動因としての意味をノート7で取り上げたモチベーションの考え方と関連づければ、好き嫌いは、Maslowの自己実現欲求、Herzbergの動機づけ要因、Deciの内発的動機づけ、金井氏の希望・元気印系、持論(自論)系の要因と関係すると言えるでしょう。

では、どのような好き嫌いが望ましいのでしょうか。著者の考え方では、インセンティブとして与えられるものを得ることが好き(例えば、金銭欲、収入や地位を目的とする出世欲、権力欲など)というのは経営者として好ましくない、ということのようですが、このインタビューだけでは、どのような好き嫌いが望ましいのかまでははっきりしたことは言えないように思います。ただ、自己主張としての好き嫌いがあまりないタイプ(例えば、周囲への同調が好き、自分で考えないことが好き)の人は、強い内発的動機づけが期待できないため、おそらく経営者には向いていない、とは言えるかもしれません。著者の表現を借りれば、「これだけ豊かになると、好きじゃなければもたないと思います。腹が減ったから仕事をするというわけではありませんから。[p.341]」ということがポイントでしょうか。

インタビューの内容は確かに「千差万別」ですが、一点、なんとなくですが、成功した経営者は、自分の好き嫌いに合わせた仕事を創り出しているか、状況に応じて自分の好き嫌いをある程度変えていっているのではないかと思いました(例えば、重松氏は「たとえば、好きなことしかやってこなくて、そこでコケたりするわけですよ。そこから学んで、1つに固まらないようバランスを取るのです。[p.203]」)。確かに好き嫌いを持つことは重要ですが、それを変えられることも重要なのではないかと思います。

研究者にとっても、好き嫌いは重要です。著者が指摘している、動因の源泉、差別化の源泉としての好き嫌いは研究者にとっても重要ですし、本ブログでも、研究者がどのような研究に向いているかを、頭を使うのが好きか手を動かすのが好きか、未知のことが好きか既存の応用が好きか、という「好き嫌い」で判断できるのではないか、という考え方をご紹介しました(ノートノート5)。ただし、研究者は、価値観や直観の源泉として好き嫌いを使うこと、そもそも価値観や直観で物事を判断することは嫌う傾向があると思います。なるべく物事を「正しいか正しくないか、良いか悪いか」で判断しようとするのは、研究者の「好み」(というより習性?)かもしれません。本書の指摘をふまえると、研究者がビジネスをしようとするときには、こうした判断上の好みが問題になるかもしれないことは、研究者としてよく認識しておくべきだと思います。例えば、石黒氏の、「エンジニアは開発を一生懸命にしますが、『ちょっとユーザー寄りにして売れるものにしよう』という姿勢が欠落しがちです。というより、ユーザーのことを語ってくれる人が少なすぎるからなんですけどね。[p.234]」という指摘は、研究者にとって耳の痛いものであると同時に、研究における好き嫌いを考える上で重要な指摘ではないでしょうか。好き嫌いの持つパワーをよく理解し、好き嫌いをもっと大切にし、好き嫌いをうまくコントロールできるようになれば、研究も含めて組織の能力をもっと発揮できるようになるのではないか、と感じましたがいかがでしょうか。


文献1:楠木建、「『好き嫌い』と経営」、東洋経済新報社、2014.

参考リンク<2015.3.8追加>

持続的競争優位をもたらす戦略とは(ダイヤモンドハーバードビジネスレビュー2013年11月号より)

技術面における持続的な競争優位を確保することは、研究開発の目的のひとつとしてよく挙げられますが、ただ漫然と研究をしているだけではその目的は達成できないでしょう。企業の戦略に沿った研究を行うことや、研究活動自体を戦略的に進めることが必要とされるはずだ、ということは容易に想像がつきます。

しかし、どんな戦略に従うべきか、その戦略はどう立案すればよいのかについては必ずしも明らかではなく、特に、環境変化の激しい現代の経営環境の下では、持続的な競争優位という考え方も見直されているようです(例えば、本ブログ「『世界の経営学者はいま何を考えているのか』(入山章栄著)より」でも少しご紹介しました)。そこで今回は、最近の競争優位に対する考え方について、ダイヤモンドハーバードビジネスレビュー201311月号の特集記事[文献1]に基づいて考えてみたいと思います。

「一時的競争優位こそ新たな常識 事業運営の手法を変える8つのポイント」、リタ・ギュンター・マグレイス著、辻仁子訳、p.32、(原題”Transient Advantage”, Rita Gunther McGrath, HBR June 2013
・「本当に持続する優位性を築ける企業は稀である。競合他社や消費者の動向はあまりにも予測が難しく、業界も刻々と変化しているためだ」。「実際には、戦略はいまでも役に立つ。・・・ただし、昔ながらの戦法に固執していてはだめだ。・・・先頭を走り続けるためには、常に新しい戦略的取り組みを打ち出すことで、多くの『一時的な競争優位』を同時並行的に確立し活用していく必要がある」。「どこで競争し、どのように勝利を目指し、いかに古い優位性を捨てて次の優位性へ移るのかが極めて重要になる」、「現状維持の戦略はもう通用しない」
・競争優位のライフサイクルは、開始、成長、活用、再構成、撤退の各段階からなる。競争優位の寿命が短い場合は、「ライフサイクルの初期と終末期のプロセスをより深く理解する必要がある」。
・7つの危険な罠(業務遂行の流儀を変えられない固定観念):1)先手必勝の罠(「ほとんどの業界では、先発優位は長続きしない」)、2)優勢の罠(現時点で優勢な「すでに確立された製品・サービスについては、それを改善するための投資が必要だとは考えない」)、3)品質追求の罠(「活用フェーズに該当するビジネスは、多くの場合、顧客が買いたいと考えるレベルを上回る品質を提供することに固執している」)、4)リソース囲い込みの罠(「新たなベンチャー事業にリソースを移そうというインセンティブが働かない」)、5)空白地帯の罠(「チャンスが到来しても、それが組織体制にフィットしなかった場合、組織を再編しようとせずに見送るだけ」)、6)帝国化の罠(「多くの企業では、マネジメントする資産や従業員が多ければ多いほど優れたリーダーだという図式が成立する・・・部下の囲い込みや官僚主義が助長され、現状維持への圧力が非常に強くなる」、7)散発的イノベーションの罠(組織的に新たな優位性を次々に生み出す仕組みを持たない・・・結果、イノベーションが個人主導で行われる散発的なプロセスとなる)
・一時的優位の戦略:1)業界ではなく競技場(市場)で考える(「業界レベルで分析しても全体像は見えてこない・・・顧客の『解決すべき課題』(jobs to be done)にその場で対応することを重視する」)、2)大きなテーマを設定して、実験を促す(「大きなテーマ・・・の範囲内で、さまざまなアプローチやビジネスモデルを組織内で自由に試させる」)、3)起業家精神の成長を促すような評価基準を採用する(例えば、正味現在価値(NPV)の代わりに、リアルオプション(将来本格的に関わる権利を得るための小規模な投資)の論理を使う)、4)エクスペリエンスとソリューションに焦点を当てる(「一時的優位の活用スキルが高い企業は、顧客の立場に立って、顧客が求めている結果を慮れる」)、5)強固な関係性とネットワークを構築する(「顧客との強固な関係を築くことが優位性の豊かな源泉になる」)、6)非情な業務再編を避け、健全な撤退策を学ぶ(「いかに混乱を最小にしつつ最大のメリットが得られる方法で撤退するか」)、7)初期段階のイノベーションに組織的に対応する(「最終的に優位性は消滅するという前提に立てば、次々と新たな優位性を生み出すプロセスを持たないのは賢明ではない」)、8)実験し、反復し、学習する(「新たな発見があるたびに針路変更したり重要度を変えたりするつもりでなければならない」)。

「戦略は価値観に従う 成功する企業セオリーが持つ3つの”sight”、トッド・ゼンガー著、倉田幸信訳、p.46、(原題”What Is the Theory of Your Firm?”, Todd Zenger, HBR June 2013
・「企業セオリーは価値創造をもたらす戦略行動の発生源なのである。企業セオリーは、地図なき領域へと踏み出す際に必要となるビジョンを提供し、不確かなものとならざるをえない戦略的実験の選別についてもガイド役となってくれる。」
・「自社のセオリーがどのくらい優れているかを判別するチェック項目:1)フォアサイト(フォアサイトが示唆するのは、予想される世界の将来像において、どのような資産買収や投資や戦略行動が価値をうみだすことになるか)、2)インサイト(組織の既存の資産と活動に対する深い理解に基づき、その企業だけに通用するもの)、3)クロスサイト(その企業だけが構築し、推進できる相互関係)。

「ケイパビリティこそ競争優位の源泉である 戦略の賞味期限が短くなった時代」、佐藤克宏著、p.60
・「企業が競合他社に対して持続可能な競争優位を実現していくためには、戦略それ自体も重要だが、事業環境の変化に合わせて機敏かつ柔軟に戦略をつくり変え、その戦略を確実に実行していく能力こそが重要となる。・・・ケイパビリティとは、競合他社に対する圧倒的な差別化による持続可能な競争優位を実現するために、企業それぞれが分野を特定して組織として構築するスキル」、「いわゆるスキルだけでなく、それを支える効果的な社内プロセスおよび各種ツールなども含まれる」。「スキルは、・・・暗黙知として構築してきたものである。それらを組織の形式知として定式化し、組織の各部門・各階層にわたる『共通言語』として定着させることによりケイパビリティとなる」。
・マッキンゼーにおけるケイパビリティの構築を成功させるための方法:1」自社の現状理解に基づく、独自のケイパビリティ構築プログラムの設計、2)実験的な導入によるプログラムの改良、3)改良されたプログラムの大規模な本格展開、4)展開の継続とプログラムの自己進化。

VCM:価値獲得モデルで戦略を考える 競争優位はエコシステムで決まる」、マイケル・D・リアル著、辻仁子訳、p.82、(原題”The New Dynamics of Competition”, Michael C. Ryall, HBR June 2013
・従来の戦略の考え方とは異なる新たな戦略のモデルとして提案されているVCMvalue capture model)とは、「立場の違い(企業、サプライヤー、顧客)にかかわらず、1つの業界に属するプレーヤーに働く競争要因はたった1つ」と考え、「その競争要因の強さは、あるプレーヤーが現在の当事者グループとともに生み出している価値と、別の当事者と組むことで生み出せるかもしれない価値との張力で決まる。実際に生み出した価値に対し、生み出せるかもしれない価値が大きければ大きいほど競争要因は強くなる。そして競争要因の相対的な強さに基づいて、各プレーヤーが獲得できる価値の大きさが決定する」、と考える。まだ完成された理論ではないが、戦略の影響の定量化が可能で、意思決定にも利用できると期待されている。

感想:VCMについてはこの論文だけではよくわからないところが多い、という印象です。現段階ではVCMの成果から何かを学べるというものではなさそうですが、経営戦略のモデル化がはたして有効なのか、今後の発展には注目が必要かもしれません。

GEの競争優位はなぜ持続するのか 戦略論の系譜から読み解く」、森本博行著、p.96
・「競争優位が持続できずに一過性で終わる多くの場合は、意思決定や経営劣化の問題に起因するが、組織として戦略を一貫性のある価値観の体系へ再編成し、意識的に構築した柔軟性によって創発された新たな形で導入できなければ、競争優位を持続させることはできない。有効な戦略策定プロセスのドライバーとなるのが基本理念である。」「GEは持続可能な競争優位を時代の変化に合わせて強化してきたのである。このシンプルで確かな基本理念こそ、持続可能な競争優位の源泉である」。
・「日本企業は総じて従来の競争優位を質的に転換強化させることができていない。その理由の第一は、日本企業におけるコンセンサス・マネジメントが経営劣化を招いていることにある。・・・組織内調整、株主価値を過剰に意識した数値分析過多の戦略計画の策定などによって事業部門も本社部門も柔軟性を失い、創発戦略で本来発揮すべき時間や精力を削がれている。」

「世界の同族企業からしたたかさを学ぶ」、ニコラス・カシャナー、ジョージ・ストーク、アラン・ブロック著、編集部訳、p.112、(原題”What You Can Learn From Family business”, Nicholas Kachaner, George Stalk, Alain Bloch, HBR Nov. 2012
・「好景気の時は、同族企業は株主構成が分散している非同族企業に比べ、業績がよくないことがわかった。しかし、不況になると、同族企業はそうでない企業よりもはるかに業績がよい。」「同族企業は業績よりも再起力(resilience)を重視する」「同族企業の経営者は、10年ないし20年先を見て投資することが多い。それは次世代に利するためにいま何ができるかを重んじるからだ。また、プラス面よりもマイナス面に何とか対処しようとする傾向がある。たいていのCEOが好業績を挙げて名を成したいと考えるのとは対照的である」
・同族企業には、好況時も不況時も質素倹約、設備投資のハードルが高い、負債がほとんどない、買収をあまりしない、多角化しているケースが多い、グローバル化が進んでいる、人材の定着率が高い、といった特徴がある。
・「『経営者はオーナーのように考えよ』といわれるようになってから久しい。同族企業の行動原則は、そうした思考をどのようにして実際の戦略に転じればよいかを教えてくれる」
―――

競争優位の戦略といえば、ポーターの枠組みが有名ですが、こうした論文を読むと、もはやその考え方だけでは不十分と思われます。実務的には、ポーターの枠組みはわかりやすく有効なものだと思いますが、おそらくその有効性は、その枠組みで有利な戦略を構築できるということから、戦略を考える上での基本(いわばチェックリストのようなもの)という位置づけに変わってきているのではないかと思います。時代が変われば、経営環境も変わる、従って、戦略も変えていかなければならない、ということが認識されつつあるということなのでしょう。従来の戦略の考え方に「時間」という要因を加えること、環境との相互作用や、不確実性への対処も戦略に求められるようになってきたということかもしれません。研究開発の進め方も「研究戦略」であるなら、研究戦略の枠組みとはどのようなものか、考えていく必要があるように思います。

文献1:「競争優位は持続するか」(各論文の表題、著者は上記記事をご参照ください)、Diamond Harvard Business Review, November 2013, p.32-118.


「P&G式『勝つために戦う』戦略」(ラフリー、マーティン著)より

アラン・ラフリー氏がCEOとして率いるP&Gのマネジメントについては、今までにも2回取り上げました(P&Gのすごさ-ニュー・グロース・ファクトリー戦略策定の科学的アプローチ)。今回は、近著「P&G式『勝つために戦う』戦略」(アラン・ラフリー、ロジャー・マーティン著)[文献1]に基づいて、P&Gの近年の躍進を支えた戦略について考えてみたいと思います。

戦略とは
著者らは、「手短に言えば、戦略とは選択である。もう少し具体的に言えば、戦略とはある企業を業界において独自のポジションに位置付け、それによって、競争相手に対して、持続可能な優位性やより優れた価値を生み出すもの[p.14]」と述べ、「本当に重要なことは勝つことである。偉大な組織・・・は、・・・勝利を選択している[p.16]」と述べています。しかし、「選択をするのは苦しい・・・明確で、選り抜かれた、敢然とした勝利の戦略を持っている企業は少なすぎると思う。・・・行動重視の組織の場合、えてして思考は二の次になる[p.14]」とし、その結果、取捨選択のできないビジョンを戦略としたり、競争優位性が強まるわけではない単なる計画を戦略としてしまったり、世の中の変化が急速だからといって戦略を立てられないとしてしまったり、単なる改善を戦略としたり、ベンチマーキングによって競争相手と同じことを戦略にしてしまったり、という過ちを犯すと述べています[p.14-16]。

著者らの戦略
・「戦略の核心は勝利であるべきだ。私たちの表現によれば、戦略とは調和し統合された5つの選択である。勝利のアスピレーション(憧れ)、戦場選択、戦法選択、中核的能力、そして経営システムである。・・・この5つの選択は戦略的選択カスケード(滝)を構成する[p.17]」。これに、戦略的選択を生むための枠組み「戦略的論理フロー」と、相容れない戦略的選択に折り合いをつけるための「リバース・エンジニアリング」と呼ばれるプロセスが一緒になって、「どんな組織にも通用する戦略の組み立てのプレーブック(兵法)を構成している[p.17]」。
・「一貫性ある選択の積み重ねが、業界内の独特のポジションと競争相手への持続的な優位性、より優れた価値を持たせてくれる[p.28]」。
・「戦略を決するには、何をし、何をしないのかを選べ」、「5つの選択をまとめてやれ。・・・実行可能で行動的で持続的な戦略を作るには、5つの選択全てにまとめて答えなければならない」、「戦略を双方向のプロセスと考えよ。カスケードのある段階で知見を得るごとに、他の段階の選択を考えなおさなければならないかもしれない」、「唯一完璧な戦略などないと知れ。自分にとって有効な明らかな選択を見いだせ」[p.50-51

以下、それぞれの要素についてまとめます。
勝利のアスピレーション(第2章)
・「アスピレーション(憧れ)は、組織の目標を導く[p/54]」。「どんな勝利を望んでいるのか?――は他のすべての枠組みをもたらす。・・・有用だが抽象的でもある勝利というコンセプトは、アスピレーションとしてしっかりと定義されなければならない。[p.33]」
・「ある業界の価値創造の不釣り合いなほどの大部分は、業界のリーダーが得る」。「企業が勝利のためにではなく、漫然と参戦した場合には、厳しい選択と膨大な投資を強いられ、勝利の可能性はますます低くなる。穏やか過ぎる目標は、高すぎる目標よりもずっと危険なのである。」[p.55
・「大半のリーダーは選択を好まない・・・選択肢を温存したがるのだ。選択は任意の行動を強い、それに拘束され、嫌と言うほど個人的なリスクを生み出すからだ。・・・選択をする代わりに選択肢を考え、勝利を定義する苦しみを避けることによって、こうしたリーダーは勝利よりも単なる参戦を選んでいる。これではせいぜい業界平均並みの業績を上げることしか望めない[p.69]」

・「従業員や消費者にとって意味のあるアスピレーションを描け・・・組織が何のために存在するかについての、より深い意味につながるものだ」、「製品ではなく消費者からスタートせよ」、「ここで立ち止まるな。アスピレーションは戦略ではない。単にカスケードの第一段階に過ぎない」[p.68-69

戦場(第3章)、どこで戦うか
・「どこで戦うかと、どうやって戦うか・・・は、互いに緊密に結び付いており、戦略のまさに中核を成す」。「戦場とは、競争の場を絞り込む一連の選択を意味している」。「どの戦場を選べば最も確実に勝てそうかを理解しなければならない」[p.34-35]。「どこで戦うかを選ぶとは、どこで戦わないかを選ぶことでもある[p.81]」。「P&Gでは、戦場選択は消費者の実像を探ることから始まる[p.82]」。「戦場選択には、ユーザー、競争環境、自身の能力に対する深い理解が必要[p..96]」
・戦場選択のドメイン:地理(国や地域)、製品タイプ(どんな製品やタイプを提供するのか)、消費者セグメント(消費者グループ、価格帯、消費者ニーズ)、流通チャネル(消費者にどうやってリーチするか、チャネル)、製品の垂直的段階(製品製造のどの段階か、バリューチェーンのどの位置か、広くあるいは狭く)[p.80-81
・3つの危険な誘惑:1)選択を拒み、すべての戦場で同時に戦おうとすること、2)避けられないつらい選択から逃れようとすること、3)現在の選択を、不可避で不変とすること。「これら3つの誘惑のいずれに屈しても、戦略的選択が弱まる。」[P.84-85
・「完全撤退してしまう前に、じっくりと考え抜け」、「戦場がしっかり決まるまで戦略を実施するな」、「奇襲につながり、最も抵抗の少ない戦場を探せ」、「相手の反応を数手先まで読んでおけ」、「えてして、未開拓地と思った場所には手強い敵が潜んでいる。単に見落としていただけだ。」[p.97-98

戦法(第4章)、どうやって勝つか
・「勝利とは、顧客や消費者に対して競争相手よりもよい価値を生み出し続けることである。・・・そのための一般的な方法はたった2つしかない。コストでリーダーシップを取ること、そして差異化である[p.106]」。「コスト・リーダーになるなら、調達、設計、製造、流通、など様々な段階で強みを生み出せる。差異化プレーヤーなら、ブランド、品質、特定のサービスなどの点で大きなプレミアム価格を取れる。だが、どんな会社にとっても、これなら勝てるという唯一の戦法などない。・・・戦法選択とは、戦場を背景に、広くも深くも考えることだ。[p.121]」
・「未知の戦法を編み出せ」、「どんなに探しても戦法が見いだせないのなら、新たな戦場を探すか、降伏すべきだ」、「戦法を戦場と同時に考えよ」、「業界の習慣は固定的で不可変だと思うな」、「上げ潮に乗っているのなら、ゲームのルールを自分で決めるか、よりうまく戦え。もしそうでなければ、ゲームのルールを変えてしまえ。」[p.122

能力(第5章)、強みを生かす
・「組織の中核的能力群を最大限に発揮すると戦場選択や戦法選択に命が吹き込まれる。これは企業活動を補強するシステムであると考えるとわかりやすい[p.137]」。「企業は様々な力を持ち得るが、強みになる能力、戦場と戦法の選択を下支えする能力は限られている」、「要するに問題は、参入している競争領域において勝つために持たなければならない能力とは何か」[p.139]。「それによって企業は、能力維持のための投資を続けられ、他の能力を培え、戦略に必須ではない能力への投資を止められるようになる[p.138]」。
P&Gの場合、中核的能力は、消費者知見、イノベーション、ブランド・ビルディング、市場攻略能力(流通チャネルや消費者との関係づくりの能力)、グローバルな規模。[p.43-44
・「目標は、戦場や戦法の選択を下支えする、統合的で、相乗的で、実行性があり、独自で、防御性のある能力を開発すること[p.144]」。「競争相手が、瓜二つの能力群やそれを支える活動を持っていたなら、相手はあなたの戦場や戦法に進出し、競争優位性に食い込んでくる[p.143]」。「システム全体を簡単にまねできたり、容易に覆されてしまうようなら、・・・有意義な競争優位性を生まない[p.144]」。
・「事業間にも全社と事業の間にも、中核的な活動群に共通性がなければならない。様々な事業間や全社を串刺しにするこうした共通の能力が・・・社を一体にする」。(相互補強的な柱)[p.146]」
・「活動システム立案は容易ではなく、数回ほどの試行錯誤は優にあり得る」、「自分の選択に合った独自の能力群を開発せよ」、「不可分活動段階から手をつけよ。それよりも上位の全てのシステムは、勝つために必要な能力を支援するものでなければならない」[p.153-154]。

経営システム(第6章)、能力を実現し、選択を支援するシステムと手段
・「選択と能力をしっかりと支援する経営システムを持たない限り、大敗を喫することがある。・・・真の勝利は、戦略を立案し、レビュー(検証)し、伝達してこそ得られる。そして戦略の効果を得るには、具体的な経営システムが必要だ。[p.156]」
P&Gにおける支援システムは、新しい消費者調査手法、イノベーション(イノサイトと共に創造的破壊によるイノベーション・プロセスを研究、コネクト+デベロップというオープン・イノベーション事業を創設)、ブランド・ビルディングの枠組みを公式化、小売店との戦略的パートナーシップ、スケールメリットのための大型投資[p.169-170]。
・「戦略的ディスカッションを常に継続し、重要な選択から目をそむけない風潮を社内に生み出せ」、「組織内に重要な戦略的選択を伝えるに当たっては、明確さと簡潔さを旨とせよ」、「必要な中核的能力を全社横断的と事業ごとに生み出し、それを支援するシステムと方法を作り出せ」、「戦略的選択の達成度を測定する短期的・長期的な指標を定義せよ」[p.180-181

戦略的論理フロー(第7章)、戦略を考える枠組み
・4つの局面(分析)をめぐる7つの問いからなる[p.185-204
業界分析-セグメンテーション:戦略的に明瞭に識別できるセグメントはどこか?
業界分析-セグメントの魅力:そのセグメントは構造的にどう魅力的なのか?
顧客価値分析-流通チャネル:どんな属性が流通チャネルにとって価値を生むのか?
顧客価値分析-最終消費者:どんな属性が最終消費者にとって価値を生むのか?
相対的ポジション分析-中核的能力:自社の能力蓄積は競争相手に比べてどうか?
相対的ポジション分析-コスト:自社のコストは競争相手に比べてどうか?
競争他社分析―予測:競争相手は投射の行動にどう反応するか?

リバースエンジニアリング(第8章)、勝機を高める選択の方法
1)選択の案を出す:「選択肢がわからないと、問題をしっかり認識できないか、進むべき方向感がつかめない[p.214]」
2)選択肢を広げる:「創造的で型破りな案を組み込むチャンスだ。選択肢は目標に至るまでの幸福な物語の形で表現する[p.215]」
3)前提条件を特定する:「条件を決めつけるのではなく、一丸となって仕事を進めるためにはどんな条件が揃わなければならないのかの論理を整理する[p.216]」
4)選択肢の障害をはっきりさせる:「まとめた案に批判的な目を向け、実現の難しい条件を整理する[p.221]」
5)実現性の検証方法立案:「検証方法は、それらに最も懐疑的な人物に設計させるべき[p.223]」
6)検証の実施:「まず、最も得がたい条件を検証してみる[p.223]」
7)選択する


なお、戦略的論理フロー戦略を考える枠組みとリバースエンジニアリングの方法については、本ブログで以前に取り上げた(戦略策定の科学的アプローチ)論文にも書かれています。表現や説明のしかたが多少異なっていますが、両方をあわせると著者らの主張がよくわかると思います(ただ、以前の論文だけでは多少わかりにくく、本書を読んで理解が深まった点も多く感じました)。
―――

以上が、本書の概要です。一般に、企業における戦略策定の考え方が外部に発表されることは少ないので、他の企業との正確な比較は困難ですが、P&Gほど論理的に戦略を構築してマネジメントを成功させている企業は少ないように思います。本書のような形でその考え方を公開しているのもその自信の表れとも考えられますが、少なくとも戦略策定と実行の方法を明確化していることは、P&Gでは経営トップのみならず各部署においてもこうした方法が実行されやすくなっていると考えられ、それが成果につながっている可能性もあると思います。経営には暗黙知的な部分があるとしても、それをなるべく形式知化して多くの人が実行できるようにしておくことは、特に大きな組織においては重要なことなのではないでしょうか。

ただ、著者のラフリー氏は、2010年にP&GのCEOを引退してこの本を書いた後、2013年5月に再びCEOに復帰していますので、ラフリー氏抜きでは本書の方法がうまく機能しなかった、という可能性もあるかもしれません(もちろん、別の理由かもしれませんが)。今後の動向には注目していきたいと思います。

研究マネジメントの立場から見ても、本書の考え方は興味深いものです。私の経験に照らしても、本書の方法は様々な部署において活用できる、汎用性の高いものだと思われますが、例えば、勝つための「研究戦略」を考えるとしたら、以下のような示唆が得られるのではないでしょうか。
・研究テーマのアスピレーションでメンバーを鼓舞し、成果を企業的勝利に結びつけやすくすべき。
・競争相手の少ない独創的な分野を戦場として考えることも有効かもしれない。
・未知の手法、独創的な考え方は戦法として有効かもしれない。
・独自の(得意な)手法は研究を有利に進める材料となりうる。
・創造的な研究活動を支えるシステムも重要。
こう考えるだけでも、焦点の絞りにくい研究戦略についてのヒントが得られる点は興味深いと思います。

本書の考え方の原点が、P&Gの事業分野に基づいたものであるとしても、「競争において勝つ」ための汎用的な考え方を示している可能性もあり、P&Gでの実績に基づいて磨き上げられた方法として、戦略を考える際には一考の価値は十分にあると思います。


文献1: A.G. Lafley, Roger L. Martin, 2013、A・G・ラフリー、ロジャー・L・マーティン著、酒井泰介訳、「P&G式『勝つために戦う』戦略」、朝日新聞出版、2013.
原著表題:Playing to Win – How Strategy Really Works


経営判断の頼りなさと経営学(ヴァーミューレン著「ヤバい経営学」より)

誰でも、自ら進んで誤った判断をしたい人はいないと思います。経営者も会社の成功のため、正しい判断をしようとしているはずだと思いたいところですが、本当にそうでしょうか。ヴァーミューレン著「ヤバい経営学」[文献1]では、「ビジネスで何が起きているかを明らかにする。経営者の正体を探り、ビジネスの世界に見られる誘惑、さまざまな仕組みによる影響、また、ときに無意味な仲間意識や、企業の戦略というものを細かく見ていく[p.4]」ことをつうじて、経営における様々な判断、行動がいかに頼りないものかが示されています。邦訳の書名からは世間受けを狙った本という印象を持たれてしまうかもしれませんが、そんなことはなく、原著の表題(Business Exposed: The Naked Truth about What Really Goes on in the World of Business)が示すとおり、知っておいて損はない様々な話題、特に「ビジネスにおけるおかしな点」が取り上げられていて興味深く感じました。

本書の特徴は、「説明することはすべて、厳格な研究と立証できるだけの事実にきちんと基づいている[p.5]」ということでしょう。実際、企業での実務で感じていた日頃の疑問が解消されたと思えるような話題もありました。以下では、特に興味深く思われた点を、私なりの分類で整理したいと思います。

経営者の意思決定には何が影響するか
・「競合他社もやっているから」、集団慣性(不思議な習慣)[p.9-12
・「多数の無知」:「自分たちが間違った方向に向かって進んでいることに気づいても、誰もそれを口に出さなければ、行き詰るまでみんなでその現状を維持してしまう[p.17]」。
・「最適弁別性理論」(「少し変わったことをしようとする[p.18-19]」
・成功の罠:「大きな変化が起きると、成功して油断していた企業は、新たな状況にうまく対応できない[p.44]」。
・視野狭窄(トンネルビジョン):「頭を支配しているエゴが、視覚をねじ曲げることで起きる[p.47]」。
・立場固定:状況がよくなくてもプロジェクトをやめられない[p.51]。
・集団思考:メンタルモデルに沿わない考え方を無視し、集団で非合理的な意思決定をしてしまう。[p.54
・「激しさや野心といった性質は、部族の長になるのに役立つものであっても、将来的に安定した組織を築くためには有益であるわけではない」「トップになる可能性の高い人の性格とは、部族をトラブルに巻き込むものでもある」[p.77]
・「買収経験豊富で自信過剰な経営者は、ほとんどの場合、自分の掘った穴に落ちてしまう[p.105]」。
・「会社が異なったり、時期が異なったりすれば、異なったリーダーが必要[p.120]」。
・利益の相反:コンサルティング会社などで企業内部で機密が漏れないようにする「チャイニーズウォール」は十分とはいえない[p.128-131]。「アナリストは利益の相反という問題を抱えている[p.131]」。
・「わたしたちは自分に似た人が好きだ。そして、自分に似た人こそ、他の人より優秀だと考える[p.151]」。
・「経営者がストックオプションを大量に持っているときは、経営者はリスクを積極的に取るようになる。」「ストックオプションを多く抱える経営者は、大勝よりも大敗することのほうが多い。」[p.158-159
・予言の自己実現:「人間は何がうまくいって、何がうまくいかないかについて先入観念を持っている。よって結果的に、その思い込みが正しいと信じ込んで無意識に頑張る。[p.178]」

情報解釈の誤り
・「選択バイアス」:「何らかの理由で選ばれた部分的な結果ばかりを見て、間違った結論を導く[p.21]」。
・「数字ばかりに目を向けていると、重要だが数値化できない視点が抜け落ちてしまう[p.24]」。
・フレーミング効果:「少し書き方が異なるだけで、同じ選択肢から選ぶ答えが変わってくる[p.61]」「問題が『チャンス』になるのか『脅威』になるのかは、結局は捉え方次第[p.63]」。
・「ビジネスやリスクを伴う場面では、『最優秀者』には注意をしよう。一番トップに来ている人は、ラッキーなだけのおバカさんであることが多いからだ。[p.112-113]」
・「対応バイアス」:「うまくいっていると、自分の手柄にする。うまくいかないと、他人のせいにする。」「競合他社の業績になると、このバイアスはさかさまになる。経営者は、競合他社の好業績を外部環境のせいにし、競合他社の不振はその会社の経営者の問題のせいにする。[p.113-114]」
・「私たちや投資家、アナリストなどは、企業が発表している内容について気にする反面、企業が実際に何をしているかについては、あまり気にしていない[p.176]」。
・「『関係があることと、因果関係があることは異なる』・・・成功企業がコアビジネスに集中し、強固な企業文化を持っているからといって、成功の原因だということにはならない。・・・そういう成功企業の特徴をただ真似ることは、逆に会社を成功から遠ざけてしまう可能性がある[p.182-183]」。

戦略に関する問題
・「大成功に導く戦略、または非常に革新的な戦略というものは、合理的なプロセス、もしくは経営トップの独断から生まれることはない[p.40]」。
・「対脅威萎縮効果」:苦しい会社はコアビジネスに集中し、自分たちが考える強みを、今まで以上に強化しようとする。それと同時に、コアビジネス以外のビジネスは切り離して、コストを切り詰め、嵐をなんとかやり過ごそうとする[p.64]
・「時間圧縮の不経済」:「組織が努力や成長を短期間に詰め込むのは、それを長い期間にわたって行うよりも非効率である(ディリックス、クール)[p.83]」。
・「ほとんどの買収は失敗する[p.102]」。
・経営合理化:「普通の会社は人員削減の恩恵を受けることはできない。もちろん、経営不振の企業は何か手を打たなければいけない。しかし、ただ人数を減らすだけでは、どうにもならない」「なぜ人員削減策がうまく機能しないのか。最初に言えるのは、・・・残った社員のモチベーションを下げるからだ。」[p.187
・流行りの経営手法(目標管理、ゼロベース予算、トレーニンググループ(Tグループ)、Y理論、Z理論、多角化、マトリックス組織、社員参加型経営、歩き回る経営、多能工化、QCサークル、BPR(ビジネスプロセス・リエンジニアリング)TQM(総合的品質管理)、チーム経営、シックスシグマ、ISO9000といったもの):「流行りの経営手法を導入した会社は、導入していない会社と比べて業績が良いわけではない」[p.190]。「経営手法は、組織の機能を改善させるためにある。しかし、実際はただ効果がないだけではなく、予想もしなかったマイナスの結果を生むこともある。この予想もしなかったマイナス結果は、表面化するまで時間がかかる。そのため、企業はこの長期的には全く効果がない手法を導入してしまう[p.193]」。
・「長期的な戦略に固執して、ただ着実に実行しようとすると、目の前に突然現れる障害物に素早く反応できない。[p.224]」
・「成功した会社は、長期的にはトラブルに巻き込まれることが多い。その理由は、視野が狭くなり、同じことをやり続けるようになるからだ。・・・定期的な組織再編は、このような硬直化を防ぐことができる[p.257]」。
・「多くの企業は間違った金銭ベースの理論に基づいて、間違ったやり方を実践している。それは、結果的に企業が望む結果を達成するどころか、むしろ阻害してしまっている。[p.277]」

・メジャーリーグチームの調査では、給与格差が大きいほどチームの成績は低迷する。[p.279-280

イノベーション・研究開発について
・活用が探索を追い出す:「組織は自分たちの得意なこと、成功し儲かっていることにますます集中しようとする。しかしこんなやり方は、今は儲からなくても、長期的には重要になる(もしくは、すでに重要な)ものを犠牲にしている[p.56]」。
・「会社が古く、そして金持ちになればなるほど、イノベーションが起きなくなる」「古い企業でも多くのイノベーションを生み出しているが、そのイノベーションはあまり重要ではなかったり、今までの研究の焼き直しだったりすることが多い」[p.59]。
・「うまくいっていないときは、イノベーションを起こすチャンスなのだ。嵐をやり過ごせるという、はかない希望にすがって、避けることができない未来をただ待ってはいけない。嵐で本当に死ぬかもしれない。そうではなく、手段があるうちに嵐から抜け出さなくてはいけないのだ。[p.68]
・「業績の悪化に直面しているときには、・・・オープンになることだ。新しいアイディアやイノベーションが起こるように、ボトムアップで試行錯誤してみるのだ[p.70]」。
・「企業がISO9000を導入すると、既存分野の発明が急激に増えていた。その反面、新しい革新的なイノベーションが犠牲になっていた。[p.194]」
・「社内文書データベースは、どんなに頑張ってもあまり役には立たない。・・・本当に重要なノウハウは、紙に書くことができないことが多い・・・そのノウハウとは、組織や競争力の源泉にもなっている、複雑な構造の一部だ。こういうものは、表現したり紙に印刷したりできない、大きな暗黙知の部分を持っている。つまり、このノウハウを得るには、直接やりとりしないといけないのだ[p.214-215]」。
・「研究開発に投資することには、2つのメリットがある。一つ目は新しいものの発明だ。二つ目は他社が発明したものを理解し、吸収し、適用する能力の獲得だ。[p.218]」
・中国の医薬品業界のイノベーションを調査した結果では、イノベーションは成長ももたらさず、存続率を長くする効果もない[p.226-228]。
・「イノベーションを生み出す革新的な組織であり続けることは簡単ではない・・・。業績が悪化するまでイノベーションに投資するのをやめたとしよう。業績が悪くなり、問題から抜け出すためにイノベーションを起こそうとしても、手遅れだ。意味のあるイノベーションを起こすには時間がかかる。[p.231]」
・「利益を出すのは良いことだ。多ければ多いほうがよい。しかし、イノベーションがあり続ければ長期的に安定できるし、イノベーションは従業員や顧客をエキサイティングにするだろう[p.233-234]。」
・「多くの会社が、自社だけで革新的になるのは難しいと気づいた。本当のイノベーションを起こすためには、当然さまざまな能力と知識、洞察力が必要だ。しかし一つの組織が、そのような多様性を持つ例は少ない。何か根本的に新しいものを見つけようとするならば、会社の外に目を向けたほうがよいだろう。・・・これは『イノベーションネットワーク』と呼ばれる。他社の知識にアクセスし、自分たちのリソースに加える。そして、自社だけではできなかったことをやろうとする。[p.259]」
――

本書に述べられた様々なトピックスから浮かび上がってくることは、我々が経営に関して持っている認識がいかに当てにならないか、ということではないかと思います。経営者は会社のためを思って様々な判断をしているだろうと思っている認識も危ういものですし、様々な経営手法や考え方も実態は怪しいものである、ということでしょう。経営者や企業経営に影響力のあるコンサルタント、アナリストの判断の危うさには、個人の判断の危うさが影響しているでしょうし、組織としての判断に個人の判断の要素が入り込んでくるという問題も考えられると思います。経営手法については、特定の課題の解決を目指した手法の適用限界という問題、長期的な影響という問題があることは十分に考慮する必要があるでしょう。

では、なぜこうしたことが今まで広く受け入れられてきたのでしょうか。恐らくは、その真偽を明らかにすることができていなかったためなのでしょう。調査と統計的解析に基づく近年の経営学研究によって、経営の実態と経営に関する様々な考え方の有効性が明らかになってきたとすれば、喜ぶべき進歩なのではないでしょうか。もちろん、それぞれの研究結果の適用限界には注意が必要ですし、すべての問題が統計的な手法で解析できるわけではないでしょうが、ある考え方の効果が検証できるようになり、使える考え方と単なる思い込みに過ぎない考え方が区別できるようになってきたとすれば、実務家にとっては非常に役に立ちます。そこまでいかなくても、実務上なんとなく不審に感じていたことの実態がわかったり、何がよくて、何がまずいのかに関して、注意すべき点や解決のヒントが得られたりするだけでも有用です(本書の話題のいくつかは実務的にも重要な示唆を含んでいると感じました)。最終的には問題点の解決策を提示しなければならないとしても、まずは問題点を正しく認識することが出発点になるでしょう。本書のようなアプローチはその意味からも重要だと言えるのではないでしょうか。

経営学が真に使える学問になるためにはまだまだ発展が必要でしょう。著者は「昔のヤブ医者は『血を出すこと』によってすべての病気を治せると言った[p.4]」ことを例えに出していますが、経営学で「当たり前」とされていることはまだヤブ医者のレベルなのかもしれません。人の意思を扱う経営学の研究は医学の研究よりも難しいとは思いますが、経営行動の本質に少しでも近づくことで、よりよい経営方法、イノベーションの進め方が明らかになるのではないか、と思いますし、いずれの日にか、こうした知見が体系化されることにも期待したいものです。


文献1:Freek Vermeulen, 2010、フリーク・ヴァーミューレン著、本木隆一郎、山形佳史訳、「ヤバい経営学 世界にビジネスで行われている不都合な真実」、東洋経済新報社、2013.

参考リンク<2014.2.23追加>




戦略策定の科学的アプローチ

どんな研究に取り組み、どう研究を進めるか、戦略的な考え方は研究マネジメントにおいても重要です。しかし、従来の戦略立案手法は、研究の実務においては必ずしも使いやすいとはいえないと思います。それは、戦略の議論が、研究の不確実性や試行錯誤的、創発的アプローチとなじまないように思われることが主な理由ですが、今回は、アラン・ラフリー、ロジャー・マーティンらによる論文「独創的な戦略を科学的に策定する」[文献1]で提示されている戦略構築の新しい考え方をまとめておきたいと思います。

著者らはまず、「従来型の戦略立案は、実は科学的でない」と述べています。従来型の手法では、科学的手法の特徴である「厳密な分析」は確かに行なわれているが、科学的手法で欠かせない「斬新な仮説を設け、独自の検証方法を慎重に検討すること」がたいていはなされていないためで、戦略立案にこのような科学的手法を取り入れることが必要としています。加えて、本論文では具体的な進め方についても述べられていて、実践的にも役立つ内容になっていると思いました。これは、共著者のラフリーが前プロクター・アンド・ギャンブルの会長兼CEOであることにも関係があるかもしれませんが、従来の戦略論への批判の意味も含まれているのでしょう。以下、本論文の内容である戦略立案の7つのステップをまとめます。

ステップ1:問題点より選択肢に目を向けるMove from Issues to Choice

「従来の戦略立案は・・・問題点に焦点を当てがちだった。このようなやり方をしている限りは、打開策の洗い出しよりも、問題点を取り巻いているデータ調査を優先させてしまうという罠に陥るだろう。この罠を避けるシンプルな方法は、問題点の打開につながりそうな、2つの異なる選択肢を考えることだ。何らかの選択肢に着目すると、問題点の説明や分析よりも『次に何をすべきか』という探究心や情熱が生まれる。」「我々が提唱するシナリオ・ベースの(possibilities-based)手法は、『自分たちの組織は選択を迫られており、選択には帰結が伴う』という気づきから出発する。」

ステップ2:戦略シナリオを導き出すGenerate Strategic Possibilities

「選択に迫られていることに気づくと、考慮すべき多様なシナリオに目が向く。」「シナリオとは要するに、自社の成功プロセスを描いたバラ色のストーリーである。」「それは一貫した論理に沿うべきだが、・・・『うまくいくのではないか』と思えさえすれば、それでよい」。「戦略立案チームは、以下の3点を詳しく説明すべきだと我々は考える。①どのような優位性を手に入れる(あるいは活かす)のか、その優位性をどの対象に当てはめるのか、③対象領域で狙い通りの優位性を実現するために、バリューチェーン上のどの活動をテコにするのか、である。」「1つ確かなことは、複数のシナリオを想定しなくてはいけないということだ。さもないと『選択を迫られている』という意識が芽生えず、戦略立案のプロセスが始動しない。1つのシナリオを分析しただけでは、最適な行動は引き出せない。いや、それどころか何の行動も生まれないのだ。」「シナリオを抜き出す際には、現状と規定路線も検討すべきだ。」

「戦略シナリオを導き出すために、チームは専門分野や経歴を多様な人材で構成すべきである。」「シナリオをひねり出すには何より創造性が物を言う。・・・以下の3つの問いを探究することが有効ではないかと考えている。」

1)内から外への問い:自社の資産や能力、次に外部環境を探る。得意分野、評価されている分野。

2)外から内への問い:市場の隙間を探す。

3)遠く離れている外から内への問い:類推による推論(analogical reasoning)。どうすれば、この市場でグーグル、アップル、ウォルマートのような存在になれるか。

「検討を深める価値のあるシナリオだと(よいシナリオ群を想定できたかを)判断するには、以下の2つの条件が成り立つことが確認できれば十分だ。」

1)現状がすばらしいものに思えてはいけない。

2)多くのチーム・メンバーが不安になる(現状との乖離、実現性の面で)ようなシナリオも欠かせない(少なくとも1つは)。

ステップ3:成功への条件を明確にするSpecify the Conditions for Success

「それぞれのシナリオが魅力的な選択肢であるためには、外せない条件とは何か、を明確にすること。」「何が真かを議論することではない。」「『どの条件が真か』に焦点を当ててしまうと、検討中のシナリオに強い疑いを持つメンバーが、何とかゴミ箱行きにしようと、激しい批判を展開するだろう。」

条件リストアップのためのフレームワークとしては、業界(セグメンテーション、業界構造)、顧客価値(販売チャネル、消費者)、ビジネスモデル(ケイパビリティ、コスト)、競合、に着目するものが挙げられます。

ステップ3は、条件のリストアップ、リストの中身の取捨選択の2段階の議論で進めます。この時、検討メンバーに、『もし以上の条件がすべて満たされたら、このシナリオに賛同しますか?』と問いかけ、「どのような条件が成り立てば、検討対象のシナリオに、チーム全員の頭とハートで賛同するのかを探り出す」ことが必要とされています。リストの中身の取捨選択の段階では、「あってもよい条件」ではなく「必須の条件」を選び出さなければなりません。

ステップ4:難条件を見極めるIdentify the Barriers to Choice

それぞれのシナリオについて「最も成り立ちそうもない条件を抜き出す。」「『成り立たないのではないか』と強く懸念されるものが、大きい順に2つか3つ並んだら、理想的なアウトプットができあがったといえる。」「懸念を持つ人が一人でもいる限りは、その条件をリストに載せておくべきである。さもないと、その条件に懸念を持つ人は、最終分析を軽く扱うことになる。一人ひとりの懸念を聞き出して真剣に受け止めれば、全員が検討プロセスとその結果を信頼するはずだ。」

ステップ5:難条件の検証を準備するDesign Tests for the Barrier Conditions

「次はその難条件を打破できるかどうかを個々に検証する」。このとき、「検証方法の検討と実行は、検証対象の難条件に最も強く懸念を抱くメンバーを中心に進めるのが望ましい。そのような人物は一般に、だれよりも判断基準が厳しいから、検証の末に『この難条件は突破できる』と見なせば、他の全員も納得するはずである。」

ステップ6:検証作業を行うConduct the Tests

「懸念の大きな順、つまり『突破できそうもない』という見方が最も強い難条件から検証していく。」「最初の難条件を通過したら、続いて、次に懸念の大きい難条件の検証に移り、以後もこの作業を繰り返していく。」「最初の難条件を検証したところで懸念が正しいと判明したら、他の難条件について検証するまでもなく、シナリオをお蔵入りにできる。」検証にはコストと時間がかかるため、このようにすれば経営資源を節約できる。また、検証の過程で、高い成果につながる奇抜な戦略を生む可能性もある。

ステップ7:戦略を決めるMake the Choice

「シナリオ・ベースの手法では、結論を出すのはあまりに簡単で拍子抜けするほどである。分析に基づく検証結果を振り返り、深刻な隘路が最も少ないシナリオを選べば、それで完了である。」

シナリオ・ベースの戦略策定に必要な根本的発想転換

1)「『どうすべきか』という問いを封印して、代わりに『何ができるだろうか』という表現を用いなくてはいけない。」

2)「『正しいのは何か』から『何を正しいと考えなくてはいけないか』への発想転換を迫られる。」

3)「マネジャーも『何が正しい答えか』ではなく、『何が正しい問いか。優れた判断を下すには、具体的に何がわかっている必要があるか』に意識を向けなくてはならない。

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本論文に述べられた手法の特徴を一言で言うなら、仮説を立ててそれを検証するというプロセス(これが「科学的手法」の意味)を戦略策定に導入している点と言えると思います。これに対し、従来の方法では多くの場合、企業の進むべき方向は、経営幹部が調査分析や論理的推論、直感を基に(あるいはボトムアップのアイデアであっても幹部が判断して)決め、その実現に向かって社員が実行していくというアプローチになるでしょう(もちろん、修正することはあるでしょうが)。本論文のアプローチでは、より多くの要因が考慮されるため、決定までには時間がかかるかもしれませんが、決定の精度は向上するはずです。また、決定のタイミングを遅らせることによって、状況の変化にも対応しやすくなっていると言えるのではないでしょうか。特に、不確実性の高い状況での戦略策定においては、このような方法が適していると思われます。

さらにこの方法の副次的な特徴として、社内の意思統一がしやすくなり、協力体制を構築する効果もあると思います。本論文の方法では、戦略策定のプロセスにおいて、検討グループからの意見を吸い上げてそれを検討させ、成功への条件がクリアされればプロジェクトに反対できないようにしていますが、この方法により、社内の意見の対立や社内折衝が減らせ、また分担や協力がうまく行えるのであれば、戦略の方向性の決定に時間がかかることを補っても余りある効果が得られるように思います。

研究の立場からは、今までのトップダウンの戦略策定よりは明らかに仕事がしやすくなると言えるでしょう。研究者にとっては、自らが扱う仕事が不確実なものであるにもかかわらず、研究提案や方針説明の際は、内容を明確にすることが求められ、それがジレンマになっていた面があります。もちろん事前の分析や推論によって不確実性が解消できればそれにこしたことはないのですが、必ずしもそれが可能とは限りません。そんな時に必要以上の明確性(多くは希望的願望にすぎません)が求められると、研究者にとっても戦略を立案する立場の経営陣にとっても十分な納得感が得られなくなる場合があります。それに対し、本論文の方法なら不確実な状況が扱い易くなると思われますので、こうした提案の意味は大きいのではないでしょうか。もちろん、今回述べられた方法が唯一絶対の方法ではなく、今後様々に改善されていくとは思いますが、将来的にはこうした考え方が、不確実性の高いイノベーションを達成していくための標準的な方法になることも考えられると思います。こうした方法の有効性が実証されることを期待し、今後の発展にも注目していきたいと思います。


文献1:A.G. Lafley, Roger L. Martin, Jan W. Rivkin, Nicolai Siggelkow、アラン・G・ラフリー、ロジャー・L・マーティン、ジャン・W・リブキン、ニコライ・シゲルコ著、有賀裕子訳、「独創的な戦略を科学的に策定する あらゆる選択肢から検証する7つのステップ」、Diamond Harvard Business Review, Jan. 2013, p.80.

原題:Bringing Science to the Art of Strategy, Harvard Business Review, Sep. 2012.

参考リンク<2013.7.21追加>



 

 

 

ノート12:研究プロジェクトの運営管理

研究の進め方について、これまでに研究者の活性化研究者の適性組織構造組織の特性リーダーの役割について考えてきました。これらはプロジェクトを実施するための基盤として重要なポイントと言えるでしょうが、研究開発の第一線にいる者にとっては目の前の研究プロジェクトをどのように運営、管理するかが大きな課題となります。そこで、今回はプロジェクトの運営管理の問題について考えてみたいと思います。

 

研究プロジェクトの運営管理

プロジェクトの運営というと、工事プロジェクトなどの工程管理がまず頭に浮かぶかもしれません。これに対して、研究プロジェクトの運営管理についてはあまり取り上げられることがないように思います。研究マネジメントの議論においてもあまり重視しない考え方があるようで、例えば今野によれば、研究開発管理は、計画の作成→事前評価→実行と中間レビュー→最終評価、という流れをとり、この中で最も大切なステップが研究テーマの事前評価だとしており[文献1p.86,93,97]、実行過程での途中評価については、目標成果の達成度、周辺技術情勢との対比、研究内容や資源配分などの変更、遂行上の問題点等を検討する必要があると述べるにとどまり、実行過程の意義や、研究をいかに行なうべきかということについてはあまり重要視されてこなかったように思われます。

 

一方、Collinsらは、卓越した企業の特徴を調査した結果、「大きく成功している企業は、綿密で複雑な戦略を立てて、最善の動きをとる」という神話が崩れたと述べ、それよりも、「大量のものを試し、うまくいったものを残す」という方針の方が重要である、と述べています[文献2p.14]。また、Christensenは「成功する事業と失敗する事業の最大の違いは、一般に、当初の計画の正確さではない」[文献3p.216]、「過去に成功したすべての新事業の90%以上で、創業者が意図的に追求した戦略が、最終的に企業の成功を導いた戦略と同じではなかったという研究報告がある。起業家が最初から正しい戦略を持っていることはめったにない。」と述べ[文献4p.268]、さらにAnthonyらは「最初の戦略は必ず間違っている」[文献5p.373]と述べています。ChristensenAnthonyらは破壊的イノベーションを念頭にこのように述べていると考えられますが、最初の計画が正しくないなら、どうしたらよいかということについて「不確実性が極めて高い環境におけるイノベーターは『創発的戦略』に従うべきことを示唆している。正しい戦略を知っているかのように意図的に行動するのではなく、正しい戦略が市場から『わき出る』、つまり創発するようなアプローチを採用すべきということだ。」[文献5p.236]と述べています。これらの指摘は、少なくともある種の研究においては、戦略を練り、計画を立ててそれに沿って実行する、というアプローチが有効とは限らない、ということを示していると考えられます。すなわち、研究の性質によっては、計画や戦略段階をどう立てるかよりも、いかに実行するかの方が重要となる場合もある、ということになるのでしょう。結局のところ、研究担当者は自らの研究が比較的予定の立てやすい研究(例えば持続的技術)なのか、あるいは、不確実性が高く戦略を立てにくい研究(例えば破壊的技術)なのかを考慮に入れた上で、実際の研究の進め方を決めなければいけない、ということと考えられます。

 

このように書くと、不確実性の高い研究では計画や目標が無意味なことのように思えてしまうかもしれませんが、そういうことではないと思います。計画や目標を設定すること自体はプロジェクトをうまく進める上で効果的なことには疑いの余地はないと思いますが、臨機応変の計画変更が可能なような進め方にすべきということなのでしょう。例えば、変える必要のないビジョンのような目標(たとえば、人類社会に貢献する、とか人の幸福を実現するとかでもよいと思います)は持つべきだし、それ以外の目標は場合によって変えてもかまわないとし、間違っても無駄な目標に縛られることのないように十分注意すべき、ということなのではないでしょうか。

 

そうは言っても、計画や目標を変える、ということは取り扱う内容の幅を増やす、ということに他ならないですから、実行の上での困難さは増してしまうと思われます。上記の「創発的戦略」について、Anthonyらは次の3つのステップに従えばうまく進められると述べています。すなわち、1、重要な不確実性の領域を識別する、2、効率的な実験を行なう、3、実験の結果に基づき、調整と方向性の転換を行なう、です[文献5p.233-、第7]。これだけみれば至極当然のことを言っているようですが、具体的な進め方については示唆に富む指摘が多く含まれているので、以下にまとめてみましょう。

 

不確実性の重要度の識別に関しては、「ほとんどのインプットが確実でないときに予測の正確性に関して厳密な議論を行なうことは、はっきりいって時間の浪費でしかない」「数字を作り出す作業にはあまり意味はない」[文献5p.237]「多くの企業が、機会の正味現在価値やプロジェクトの総収益などの厳密な定量的基準を用いて意思決定を行なってしまう。まだ存在していない市場を評価したり分析したりするのは困難だ。数字だけにこだわった意思決定を行なってしまうと、最初は小さく始まる爆発的な成長機会を見失ってしまうことはほぼ確実だ。」[文献5p.261]などの指摘があります。効率的な実験に関しては、「投資を控えて多くを学ぶ」[文献5p.254]、「過剰な投資は害になり得る。チームが間違った方向に全速力で走ることになる可能性がある」[文献5p.324]、プロジェクトは小さく始め、「検討するプロジェクトの数を増やすことで、イノベーション・プロセスの全体的スピードを向上させることができる」[文献5p.261](つまり、個々の段階のスピードを上げることが重要なのではない)、などの指摘があります。調整と方向転換に関しては、「戦略の方向転換を行なうのは心情的にはつらいものだ。ある方向性を目指して時間とエネルギーを費やしてきたマネージャーは、明らかな問題点の証拠があるにもかかわらず、その道に固執してしまいがち」「成功のためには謙虚さ(最善を尽くしたにもかかわらず最初のアプローチは間違っていたと認めること)と自信(失望させる結果が出ても途中であきらめないこと)をうまく混ぜ合わせることが必要」「単に実験を行なうことだけでなく、実験をやめることも必要」、「棚上げ(明確な将来性がない場合、条件が変わってアプローチが有望に思えるようになるまで他のプロジェクトを追求する)を検討すべき」[文献5p.257]、「多くの企業がイノベーションの測定のために使用している評価指標が、実際には企業を誤った方向に導く可能性が高い。」「企業は測定における3つの罠に注意すべきだ。評価指標の数が少なすぎること、低リスク(そして得られる効果も小さい)活動を重視してしまう評価指標を採用すること、アウトプットよりもインプットを優先してしまうこと」[文献5p.334]「万能の評価指標というものはまず存在しない」[文献5p.346]と述べています。

 

このように、研究の計画や固定的な目標設定、スピード重視の考え方、評価制度の問題については、創発的戦略を目指す場合以外にも類似の指摘が多くあります。その中から興味あるものを以下にまとめてみたいと思います。開本によれば、Leavittは「今日の経営者は、より創造的で、ビジョンの策定者として行動すべきであり、量的な経営指標ばかりに捕われてしまうことに警鐘を鳴らしている」[文献6p.84]と述べています。スピード重視の考え方に対しては、Leonardは「スピードは学習を妨げる」「いまや情報伝達の速度は、人間の自然な学習のペースを上回っている」[文献7p.299-300]と述べ、新たなイノベーションについていくために消耗する心のエネルギーを補給するために変化の速度を制御する必要がある[文献8p.159]とも述べています。研究の評価に関しては、丹羽は、事前評価の本来の目的は「テーマの決定」、中間評価の本来の目的はプロジェクトの継続、修正、中止判断、事後評価の本来の目的は成果の確認と反省を次のプロジェクトに活かすこと、とした上で、こうした評価が本来の目的を忘れて形式的に実施される危険性をはらむ、と述べています。さらに、「評価を強調しすぎると、良い評価結果を受けやすい2番手研究開発テーマが多くなる危険性が高くなる」ため、「革新的テーマと改善型(2番手)テーマには、別の評価法の構築が必要」と述べています [文献9p.185-187] Tiddらも、様々な経営評価手法に基づいた分析の結果、「すべての状況に適合する事前評価に利用可能な単純なアプローチは存在していない」「イノベーションには、さまざまな成果とさまざまな段階があり、それぞれ異なる評価手法が必要」「評価に用いる変数の多くは、公式に入れることができるような信頼性のある一連の数字に集約することはできず、専門性の高い判断に依拠する」[文献10p.176-177]と述べています。

 

もちろん、こうした考え方に対し、「イノベーションで多くの成果を継続的に得るためには、評価とインセンティブが必要である」とし、「イノベーションの実践は、製造管理や財務管理などと同様、原理原則に則したマネジメント活動として学ぶことができる」という考え方もあります(代表例として[文献11p.17-25]から引用しました)。また、イノベーションが差別化を作り出すかどうかや、市場カテゴリー(成長市場か、成熟市場か、衰退市場か)、提供される製品やサービスの種類(コンサルティング要素が大きい個別ソリューションか、標準化された大量販売ビジネスか)によりイノベーションの進め方と管理の方法を細かく変えるべきである[文献12]、という考え方もあります。これらは、イノベーションを管理できるものとしてとらえようとしていると考えられますが、そのような場合でも、画一的な方法では管理できないということは一般に認められていることのようです。イノベーションの管理の問題点を指摘する論者であっても、管理ができないとか管理が不要であるとかと言っているわけではないので、究極的には、双方の意見は同じ点を目指しているようにも思われます。

 

結局のところこれまで述べてきた様々な考え方は、研究プロジェクトの運営管理は、定型的に考えてはいけない、ということを示唆しているのではないかと思われます。しかし、だからといって出会う場面ごとにその都度運営方法を考えるべき、というわけではないでしょう。すでに、運営管理におけるいくつかの「罠」、すなわち、こういう運営管理は望ましくない、ということは明確になってきているようですので、それらを考慮しながら研究の運営自体に創造的に取り組むことが必要であるということではないでしょうか。もし、研究における運営管理上の確固とした目標を設定したいとすれば、細かな目標ではなく、状況によって変わることのないビジョンのようなものを目標とすべきなのかもしれません。

 

 

文献1:今野浩一郎、「研究開発マネジメント入門」、日本経済新聞出版社、1993.

文献2Collins, J.C., Porras, J.I., 1994、山岡洋一訳、「ビジョナリーカンパニー」、日経BP出版センター、1995.

文献3Christensen, C.M, 1997、伊豆原弓訳、「イノベーションのジレンマ」、翔泳社、2000.

文献4Christensen, C.M, Raynor, M.E, 2003、桜井祐子訳、「イノベーションへの解」、翔泳社、2003.

文献5Anthony, S.D., Johnson, M.W., Sinfield, J.V., Altman, E.J., 2008、栗原潔訳、「イノベーションへの解実践編」、翔泳社、2008.

文献6:開本浩矢、「研究開発の組織行動」、中央経済社、2006.

文献7Leonard, D., Swap, W., 2005、池村千秋訳、「『経験知』を伝える技術」、ランダムハウス講談社、2005.

文献8Leonard-Barton, D., 1995、阿部孝太郎、田畑暁生訳、「知識の源泉」、ダイヤモンド社、2001.

文献9:丹羽清、「技術経営論」、東京大学出版会、2006.

文献10Tidd, J., Bessant, J., Pavitt, K., 2001、後藤晃、鈴木潤監訳、「イノベーションの経営学」、NTT出版、2004.

文献11Davila, T., Epstein, M.J., Shelton, R., 2006、スカイライトコンサルティング訳、「イノベーションマネジメント」、英治出版、2007.

文献12Moore, G.A., 2005、栗原潔訳、「ライフサイクルイノベーション」、翔泳社、2006.


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