破壊的イノベーションという言葉が様々に使われ、混乱を招いているのではないかということについては別稿(「日本のイノベーションのジレンマ」(玉田俊平太著)より)でも述べました。この点について、この概念の提唱者であるChristensen氏がどう考えているのかを知りたいと思っていたところ、最近「What Is Disruptive Innovation?」[文献1]という論文(ChristensenRaynorMcDonald氏の共著)がHBR誌に発表されました。この論文で著者らは、破壊的イノベーションの概念を正しく理解することの重要性を述べるとともにあらためて著者の考えを提示し、さらに発表後約20年を経たこの概念がどう発展、検証されているかについても述べています。実務家にとっても非常に参考になる内容だと感じましたので、今回はその中の重要と思われるポイントをまとめておきたいと思います。(なお、本稿には、原文に比較的沿って訳した部分(「 」で表示)と、かなり省略したり意訳したりしている部分があります。全体の構成は原文に沿っていますが、本記事は筆者の理解をまとめたものとご解釈いただければ幸いです。)

破壊的イノベーションの概念を正しく理解することの意味
・「破壊的イノベーション理論の中心的概念の誤解は広く見られ、基本的な考え方はしばしば誤って用いられている。」
・「多くの人はこの言葉を自分に都合のよいようにいい加減に使っている。多くの研究者、ライター、コンサルタントも、状況を問わずある業界が大きく変化し、従来成功してきた既存企業がつまずいてしまうことを説明するために『破壊的イノベーション』を使っている。これは広すぎる使い方である。」
・「異なるタイプのイノベーションには異なる戦略が必要であり、破壊的イノベーションを、業界の競争環境を変えてしまうブレークスルーと混同することは問題である。言い換えれば、成功した破壊者や破壊を斥けるのに成功した事例から学べることは変化する市場の中の全ての企業に適用可能なものではない。」

破壊的イノベーションの要点
・「『破壊(Disruption)』というのは、少ない資源しかもたない小さな会社が、確立された既存企業にうまく挑戦するプロセスである。既存企業はその最も要求の高い(多くは最も利益の出る)顧客のために製品やサービスを改良していくと、いくつかのセグメントのニーズを越えてしまい、その他のニーズを無視するようになる。新規参入者はそうした見過ごされたセグメントを対象に、よりサステイナブルな機能やしばしば低価格で足がかりを作る。要求の高いセグメントを追っている既存企業は激しくは抵抗しない。参入者は初期のアドバンテージを維持したまま上位の市場に移動し、既存企業の主要顧客の要求に応える。主要顧客が参入者が提供するものを大量に採用するようになった時、破壊が起こる。」

Uber
は破壊的イノベーションか?
・「2009年に創業したUberは、モバイルアプリケーションを活用して大きな成長を遂げている。Uberは明らかにタクシー業界を変えつつあるが、これはタクシー業界を破壊しているのだろうか?。理論に従えば答えは『ノー』だ。」その理由は以下の2つ。
破壊的イノベーションは、ローエンドか、新市場を足がかりに生まれる
・「破壊的イノベーションは、既存企業が見過ごす2種類の市場からスタートすることで起こる。ローエンドは、既存企業が要求も収益性も高い顧客に対して、製品やサービスの品質を上げ、要求の低い顧客にあまり注意を払わないために生まれる。既存企業の提供する価値は、しばしは要求の低い顧客の要求を越えてしまい、破壊者は『十分によい(good enough)製品で破壊を始める。

・「新市場では、破壊者は今までに存在しない市場を創造する。非消費者を顧客に変える方法を見出す。」例えば、パーソナルコピー機は、1970年代、Xeroxが見過ごしていた個人顧客向けに製品を提供することで、個人や小企業向けの新市場を創造した。
・「Uberはどちらでもない。タクシー業界の品質が過剰だったわけでもないし、非消費者をターゲットにしたわけでもない。」破壊者はローエンドか非消費者へのアピールでスタートし、メインストリームへ移動していくが、Uberはまずメインストリームで地位を築き、続いて見過ごされたセグメントにアピールしている。
破壊的イノベーションは、その品質がメインストリーム顧客の基準に達するまでは、メインストリーム顧客に採用されない
・「破壊の理論では、破壊的イノベーションと持続的イノベーションを区別する。後者は、既存企業の顧客の立場からみてよい製品をよりよくする。」「進歩は段階的なこともあれば、大きなブレークスルーのこともあるが、最も収益性の高い顧客により多くの製品を売ることを可能にするものだ。」「破壊的イノベーションはほとんどの既存顧客にとって、劣ったものとみなされる。通常、顧客は安いからといって新しいものを採用するわけではなく、その品質が満足できる水準に達するまで待っている。それが起こって初めて、彼らは新しい製品の安い価格を受け入れる。」
・「Uberの戦略のほとんどの要素は、持続的イノベーションのように思われる。Uberのサービスは既存のタクシーより劣っていることはまずない。」「さらに、通常、既存企業が持続的イノベーションの脅威に直面したときと同様、多くのタクシー会社は対抗しようとしている。」

正しい理解の必要性
・「理論を正しく適用することは、その利益を享受するために不可欠だ。」例えば、あなたのビジネスの周辺に小さな競合企業が食いこんできたとしよう。それが破壊的軌道に乗っているのでない限り、無視してよい。しかし破壊的であれば致命的な脅威となりうる。

破壊的イノベーションについて見過ごされたり誤解されたりする4つの点
1、破壊はプロセスである

・「『破壊的イノベーション』は、特定の時点での製品やサービスについて言う場合に誤解を受けやすい。」「最初のミニコンピュータが破壊的なのは、登場したときにローエンドだったからではなく、後にメインフレームを凌駕するようになったからでもない。破壊的だったのは、周辺からメインストリームへという過程をたどったことだ。」
・「周辺からメインストリームに至る過程には時間を要するので、既存企業は既得権を守ることもできるが、しばしば破壊者を見逃してしまう。」

2、破壊者はしばしば既存企業とは大きく異なるビジネスモデルをつくりあげる
・「アップルのiPhoneは、最初はスマートフォン市場における持続的イノベーションだった。」その後のiPhoneの成長は、スマートフォンの破壊ではなく、インターネットのアクセスポイントとしてのラップトップの破壊として説明できる。これは単なる製品の改良ではなく、新しいビジネスモデルの導入である。iPhoneはインターネットアクセスにおける新市場を創造した。

3、成功する破壊者もそうでない破壊者もいる
・「成功したかどうかで破壊的かどうかを判断するのはよくある誤りである。すべての破壊的過程が成功するわけではないし、すべての成功した参入者が破壊的過程に従ったわけではない。」
・破壊の理論は、足がかりの市場でどうしたら勝てるかについて、可能性の予測と、資源豊富な既存企業との正面衝突を避ける方法以外のことはほとんど何も言っていない。

4、「破壊するか破壊されるか」という考え方は誤解を招く
・「破壊が起こっているなら、既存企業はそれに対応しなければならない。しかし、利益をあげているビジネスをやめてしまうような過剰反応をすべきではない。既存企業は持続的イノベーションに投資しつつ、破壊から生まれる新たな成長機会に焦点をあてた新たな部門をつくることができる。時には、この2つの大きく異なる運営をおこなうことになるだろう。破壊的ビジネスが成長すればコア事業から顧客を奪うかもしれない。しかし、リーダーは、その問題が現実のものとなるまでは、その問題を解決しようとすべきではない。」

破壊的イノベーションの視点が明らかにすること
・「ある技術や製品が本来的に破壊的か持続的かであることは稀である。また新技術が開発された時、破壊の理論はマネジャーがどうするべきかを指示してはくれない。そうではなく、持続的な道か破壊的な道かを選ぶヒントを与えてくれる。」

破壊の概念の進化

・破壊的イノベーションの理論は、持続的イノベーションの環境では既存企業が新規参入企業より好成績を収め、破壊的イノベーションの環境では好成績をあげられないという単純な相関関係だった。その背景には、既存企業が既存顧客に目を向け、破壊的イノベーションに投資しにくいことがある。当初、破壊的イノベーションは最下層の段階から起こると考えていたが、その後、ローエンドと新市場の区別に気づいた。破壊的イノベーションのこの2種類の足がかりを仮定することで、この理論はより強力で実際的なものとなった。
・一方、高等教育においては破壊はあまり進んでいない。その原因は既存企業も新規参入者も同じゲームプランに従っているためのようだ。現在の疑問は、新規参入者が既存企業の高コスト体質から離れて上位市場に移ることを可能にするような新技術やビジネスモデルが存在するのかどうか、ということだ。どうやらその答えはイエスのようだ。
・破壊的技術の向上速度を決めるのは、それを可能にする技術改善の速度だ。破壊の速度を支配する原因を理解することは、結果を予測するのには役立つが、破壊の速度は違っても、どう破壊をマネジメントすべきかは変わらない。

もっと学ばなければならない
・「破壊的イノベーションの理論を拡張し、精緻なものとするためにはまだ研究すべきことは多い。例えば、破壊的脅威への一般的、効果的な対応は不明確なままだ。今のところ、上級幹部の保護のもと、破壊的モデルを追求する独立した部門を設けるべきだと考えているが、これはうまくいく場合もいかない場合もある。既存企業が同時に参入者となることによる困難に対処する方法はまだ見つかっていない。」
・「破壊的理論は、イノベーションやビジネスの成功の全てを説明するものではないし、将来もできないだろう。」「しかし、破壊の理論は、どんな新しいビジネスが成功するかをより正確に予測してくれる。」破壊の理論の進化によって、企業のイノベーションを成功させるのに何が役立つかをよりよく理解できるようになるだろう。
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破壊的イノベーションの概念を正しく理解することの重要性は著者の指摘するとおりだと思います。誤解しやすい点もたしかにあると思いますが、何よりその有効性は、提唱依頼20年の検証を経てもその概念が生き残っており、発展しつつあることで証明されているように思います。従来の経営理論や経営思想の中には単なる流行に過ぎなかったり、時代の変化に耐えられず消えてしまったものも多いと思いますが、破壊的イノベーションの考え方は、より信頼性の高い理論であるような気がします。

本論文を読んで、破壊的イノベーションのメカニズムにおいて特に重要なのは以下の2点だと感じました。
・既存企業が破壊者を見過ごしたり、対応を怠ってしまうこと
・技術の進歩の速度は、顧客の要求が高まる速度を超えてしまいがちなこと
既存企業が破壊者を見過ごしてしまうことは、競争を考える上で重要なことだと思いますし、技術進歩の速度についての傾向は、競争優位を得るために忘れてはならないことのように思います。また、この論文では破壊的イノベーションにおける技術の役割が指摘されていることも興味深く感じました。「イノベーションのジレンマ」とそれに続く一連の著作では、破壊的イノベーションにおける技術の役割はあまり強調されておらず、ビジネスモデルの方が重視されているような印象でしたが、その後の研究によって技術の役割が見直されてきているのか、あるいは、時代が変化しているのか、興味のある点です。破壊的イノベーションについてその本質がより明らかになり、その理論が実務家にとってより使いやすくなることをこれからも期待したいと思います。


文献1:Clayton M. Christensen, Michael E. Raynor, Rory McDonald, “What Is Disruptive Innovation?”, Harvard Business Review, December 2015, p.44.
https://hbr.org/2015/12/what-is-disruptive-innovation

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