研究開発マネジメントノート

研究開発とそのマネジメントについてのいろいろ

既存事業

「はじめる戦略」(ゴビンダラジャン、トリンブル著)に学ぶイノベーションの進め方

イノベーションを興す方法は、スタートアップ企業と、すでに何らかの事業を行っている既存企業とでは区別して考えなければならない、という指摘は近年多くなってきていると思います。しかし、どう違うか、という具体論になると、既存企業ではイノベーションは困難であるという考え方から、既存企業こそ保有するポテンシャルを有効に活用してイノベーションを興す可能性があるという考え方まで様々のように思われます。

本ブログでも以前に、ゴビンダラジャン、トリンブル著「イノベーションを実行する」に基づいて、既存企業においてイノベーションをうまく進める方法を考えました。今回は、同じ著者による「はじめる戦略 ビジネスで『新しいこと』をするために知っておくべきことのすべて」[文献1]を取り上げます。その主題は、前著「イノベーションを実行する」と同じですが、本書ではイノベーションを実行する過程が「寓話」という形で語られていて、前著の理解を補完し、異なる気づきも得られるように思われるところが興味深く感じました。

寓話は、動物が経営する農場の経営を改善するために、イノベーションに取り組む、という物語です。ストーリーの詳細は本書を読んでいただくとして、以下では、最低限の物語の内容と、その過程で起こることから得られる示唆や著者の指摘のうちで重要と思われる点をまとめます。

物語とポイント
第1章、小さい規模で闘う方法:規模の小さな動物ファームは、規模の拡大と機械化により経費を抑えるライバル(人間が経営するファーム)の影響で苦境に立たされている。「『効率性の追求』だけでは解決策にならない」、「創造力があって、勇気があって、ファームを新しい方向に導いていけるリーダーが」必要。
第2章、「カギ」となる存在を口説く:リーダーが交代する。後継者と目されていた、「より速く、より安定的に、より効率よく」をモットーとする従来のナンバー2にはCOOのポジションがオファーされる。
第3章、「時代の変化」に対応する:動物によるファーム経営を世界に先駆けて立ち上げた創業者の時代に比べて、ライバルの効率化が進んでいる。
第4章、あなたなら、どう改善する?:ファームのあらゆる生産物の価格が下がっている。マネジャーたちの提案は、効率化。
第5章、「まったく新しいこと」をはじめる:コストダウンはできているが、価格低下の方が大きい。新しい経営者は新しいビジネスのアイデアを募る。効率化を提案したマネジャーは新ビジネスに反対しており、プレッシャーを感じている。
第6章、すべては「ひらめき」からはじまる:様々な新ビジネスのアイデアが提案される。「一般に、アイデアを実際に製品や商売にすることよりも、アイデアコンテストへの参加にエネルギーを注ぐビジネスマンの方が多い。」
第7章、「決める」ことは簡単。ではその「次」は?:評価されたのは、投資額が少なく、限られたファームの資金で実現できる、高級ウールビジネス。ただし、リスクがあるとの指摘あり。「一番のリスクは何もしないこと」。「どんなに偉大なイノベーションも、アイデアはそのはじまりにすぎないのだ」。
第8章、「未知の仕事」を前に進める:新ビジネスに新マネジャーを選ぶ。「新ビジネスは前途有望だ。・・・将来的にはファームを支えてくれるようになるかもしれない。しかし、いまやっている仕事をおろそかにはできない。稼働中のビジネスのコスト削減はこれからも続けていく。」
第9章、なぜ「協力」が得られないのか?:「給与の差はトラブルのもと」。「『いまの仕事』という障壁」。「ビジネスを軌道に乗せるために、どこまでルールを破るつもりなのだ?」。
第10章、ゼロからチームをつくる:協力しないのは、「怠けているのでも、変化に抵抗を感じているのでもない。自分に課せられた仕事に真面目に取り組んでいるだけなのだ」。「彼らはみな、いま稼働しているビジネスの業績にもとづいて評価され、給料が支払われ、昇進する」。ビジネス書のどの著者も必ず、「新規ビジネスを立ち上げるときは、それに専念するチームをつくり、経営者はそのチームの『スポンサー』としてふるまう必要があると強調している」。「独創的なアイデアを前に進めるためには、『一人のリーダーに任せておけばいい』という態度では話にならない。」
第11章、「いまの仕事」と「これからの仕事」を同時に動かす:新しい「ビジネスを成長させるためには、ある程度の自由と時間を与えることが重要」。「新しい事業には新しい指揮系統をつくる」。新ビジネスチームは特別扱いされているという反感も。
第12章、必要なリソースを巻き込んでいく:新ビジネスのチームは、既存ビジネスから資源の協力を得られない。新チームは「ファームの他部門から独立した状態では機能しない」。「共有できるものを探す」。
第13章、「予見できなかった問題」に対応する:「共通点を意識」し互いに理解しあうことが効果的。予想外にうまくいくことも、うまくいかない(動き出してから見えてくる)問題もある。追加コストが発生することも。
第14章、これまでの「常識」を疑う:「誰もが『未経験』では乗り切れない」。「新規ビジネスの専任チームをつくるということは、ゼロから違う会社を新たに築くようなもの・・・チームに適したメンバーを巻き込んで、成功につながる状態をつくってやることしかできない」。「新しいことをはじめると必ず対立が起こる」。
第15章、急成長に追いつけない:「報酬は真の『解決策』にはならない」。「衝突が起きるのは避けられない。でも、・・・専任チームと既存部門とのあいだで、健全な協力体制を育むことが不可欠」、それが経営陣の役割。
第16章、「利益」より「学び」を優先する:「プランとの『差』を確認する」。「新規ビジネスは『実験』である」。「実験をするときは、秩序をもって行い、それを通じて学ぶことをいちばんに考えれば、的確な決断が下せるようになり、それに伴い利益もついてくる」。「実験からどうやって学べばいいのか、・・・1つ、まずは仮説を立てよ、2つ、何が起こるか予測せよ、3つ、結果を測定せよ、4つ、仮説と実際の結果を比較し、そこからわかったことを分析せよ」。
第17章、「小さな実験」を実行する:新ビジネスは「これまで使ってきたプラン作成の雛型は使えない」。「あらゆる結果を『動向』として書きだす・・・それを見れば、新たな兆候や学ぶべき教訓がすぐにわかる」。「大きな実験の中には小さな実験がいくつかある・・・その実験を通じて、活動の是非がわかる証拠を集める」。
第18章、「予測できること」と「予測できないこと」を分ける:「新規事業の評価は2つに分ける」。「十分に予測できる部分であれば、結果を出す責任を負わせればよい」。未知のことについては、「どの程度プランに忠実に実験を行っているかを確認」する。
第19章、成功を維持する唯一の方法:「成功を維持していくには、新しいことをやっていくしかない」ことを経営者が納得させる。

イノベーションを実現するための心得p.188
・はじめるにあたって:「どんな偉大なイノベーションでも、アイデアは単なるはじまりにすぎない。」「画期的なアイデアを実現するにあたり、1人のリーダーに任せきりにするのはとんでもない間違いである。」
・チームづくり:
1、「既存の枠に収まらないことを行うときは、どんなかつどうでも専任チームをつくる。」
2、「専任チームは、ゼロからまったく違う会社を新しく立ち上げるつもりでつくる。」
3、「専任チームとほかの部署とのあいだで対立が生じるのは避けられない。それでも、健全な協力関係を育まないといけない。」
・プランづくりと進捗評価:
4、「学ぶことを第一とし、プランに忠実に実験を行いながら学ぶ。そうすれば、よりよい決断が下せるようになり、利益が出る日も早まる。」
5、「大きな支出項目ごとに、検証する材料を集める。」
6、「新規ビジネスのリーダーを評価するときは、プランという秩序に従って“実験”を行っているかを評価する。」
・上記1~6の項目は、「イノベーションを実行する」の6つの章に準じている。
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寓話から何を学ぶかは人それぞれでしょう。著者にとって都合のよい作り話という解釈も可能ですし、論理的に構成されたものでもないため、その価値に疑問を持たれることもあると思います。しかし、本書の寓話は、著者が調査したイノベーションの事例を凝縮したものと考えれば、ケーススタディよりも示唆的な面もあるかもしれません。例えば、人間の本音の部分はインタビューではなかなか明らかにすることが難しいかもしれませんし、成功事例や失敗事例の調査には後付けの解釈がつきまとうことがよくあります。イノベーションの方法論については、成功事例の分析がよく行われますが、成功事例では語られることの少ない裏話にもスポットを当てることが可能な寓話には、従来の事例調査を補うという価値もあるように思います。

本書の寓話のエピソードは、前著「イノベーションを実行する」にほぼ基づいたものになっています。従って、本書の寓話からは示唆される著者の意図や、著者の考え方、イノベーション実践における具体的な対応策などは、前著と合わせて読めば理解が深まるでしょう。また、前著で著者が強調したかったことも寓話から推察できるのではないかと思います。

私が特に重要だと思う指摘は、上記「イノベーションを実現するための心得」に加えて次の点です。
・既存企業にとっては、既存事業の能力を活用したイノベーションが重要であり、その可能性は決して小さくない。
・イノベーションの過程では寓話で挙げられたことをはじめとして様々なことが起こる。
・イノベーションチームと既存部署の間で必然的に起こる対立をマネジメントする必要がある。対立の原因には、感情的な要因も含まれる。寓話では、ケーススタディでは見えにくい様々な関係者の「感情」が表現されており、このような対立が起こり得ることを覚悟し、他の予想外の出来事への対策とともに感情面での対策をとることはイノベーションの成功にとって意味のあることと考えられる。なお、この「感情」に関わるエピソードについては、私の個人的実務経験に照らしてもいいところを突いていると思います。ちなみに、イノベーションの過程で対立が起こることは、豊田義博らによるレポート「イノベーターはどこにいる?」でも、イノベーションストーリーにおいてイノベーションに反対する「官僚」が現れることが指摘されています。
・イノベーションの具体的進め方のうち、実験による学びを重視する考え方の有効性については、今後の課題のように思います(著者による一つの仮説と考えるべき内容と思われます)。ただし、未知の課題に挑戦する場合のやり方として、さまざまな思いつきを散発的に試行錯誤するのではなく、「実験」結果から(失敗に終わった結果からも)学ぶことが重要なこと、学ぶためには系統的に計画して評価することが必要である、という著者の考え方は、実務的にも有効と考えます(ただ、実際には、思いつきによる試行錯誤にのみ頼る、系統的に学ぼうとしないアプローチは未だによく行われているように思いますが)。

イノベーションのストーリーについて、このような寓話を書けるようになったこと自体、イノベーションのプロセスがかなりわかってきたことの証左かもしれません。イノベーションの研究自体にとっても有意義で面白く、かつ実用的なアプローチかもしれないと思いますが、いかがでしょうか。


文献1:Vijay Govindarajan, Chris Trimble, 2013、ビジャイ・ゴビンダラジャン、クリス・トリンブル著、花塚恵訳、「世界トップ3の経営思想家による 始める戦略 ビジネスで『新しいこと』をするために知っておくべきことのすべて」、大和書房、2014.
原著表題:How Stella Saved the Farm

参考リンク<2015.2.8追加>



「イノベーションを実行する」(ゴビンダラジャン、トリンブル著)より

イノベーションを成功させるためには、アイデアだけではなくそのアイデアをどのように事業化するかも重要です。しかし、事業化段階において、どんな点に注意してどのように実行すればよいのかについてはそれほど明確ではありません。今回は、事業化に向けてのイノベーションの実行段階に焦点を当て、どのようにすれば障害を乗り越えられるかを述べた、ゴビンダラジャン、トリンブル著、「イノベーションを実行する」[文献1]の内容をまとめておきたいと思います。

本書の原題は「The Other Side of Innovation, Solving the Execution Challenge」です。著者らは、「確かにアイデアなしではイノベーションは始まらないが、『ビッグアイデア探し』の重要性はあまりにも強調されすぎている。だからわたしたちは・・・イノベーションの向こう側、つまり『実行』を取り上げることにした。[p.284]」と述べています。原題にあるthe other sideは、もう一つの側面(向こう側)、すなわち「アイデア」とは異なる側面=「実行」の側面、でありこれが主題ということでしょう。

本書のもう一つの特徴は、著者らが、いわゆる起業家ではなく大企業におけるイノベーションを想定している点です。著者は、「現実問題としては、多くのイノベーションはゼロからの起業家の手には届かないところにある。しっかりと確立した大企業にしか、取り組めないのだ・・・。わたしたちは、大企業こそ、人類が直面している・・・最大の、そして複雑な問題解決に最も貢献できると考えている。[p.295]」と述べています。これは、Christensenがイノベーションのジレンマで指摘した「実績ある企業の成功のかぎとなる意思決定プロセスと資源配分プロセスこそが、・・・破壊的イノベーションに直面したときに優良企業がつまずき、失敗する理由である[文献2、p.139-140]」、「初期の破壊的技術によって生じるチャンスが動機づけになるほど小規模な組織に、プロジェクトを任せる方法を選ぶべきである[文献2、p.192-193]という考え方に逆らうもののように思われます。しかし、著者らは、破壊的であるかどうかにかかわらず大企業にイノベーション実行上の問題点があるなら、その問題点が取り除かれれば小規模な組織でなくてもイノベーションが可能になる、と主張しているようにも思われます。以下、本書の内容をまとめます。

はじめに:イノベーションを実行する
・「イノベーションのほんとうの課題はアイデアの先にある。そこには――創意から影響力をもつ現実への――長く厳しい道程がある。[p.51]」
・「『パフォーマンス・エンジン』は強力で有能だ。生産性と効率を実現し、成長に導く力があるし、ある程度のイノベーションの能力もある。継続的な改善のプロセスや過去と類似商品の開発イニシアチブには取り組むことができる[p.51]」。ここで「パフォーマンス・エンジン」とは、「成長し成熟していく企業は毎四半期に安定した利益を上げるというプレッシャーによってかたちづくられ、型にはめられる。組織は不可避的に、わたしたちが『パフォーマンス・エンジン』と呼ぶものに進化する[p.30]」、というものです。
・(パフォーマンス・エンジンの能力を)「超えた部分では、イノベーションと継続事業のあいだには基本的な矛盾があり、『パフォーマンス・エンジン』だけではイノベーションは不可能になる。[p.51]」
・「イノベーション・リーダーは自分たちが既存の体制と闘う反逆児だと思いこむ場合が多い。だが、官僚的な怪物に一人で立ち向かっても勝ち目はほとんどない[p.52]」
・「本書の基本的な処方箋:どのイノベーション・イニシアチブ(取り組み)にもそれ専用のモデルで編成されたチームと、綿密な学習プロセスを通じてのみ修正される計画が必要である。[p.52]」
・『パフォーマンス・エンジン』との緊張は避けられないにしても、イノベーション・リーダーは『パフォーマンス・エンジン』と相互に尊重し合う関係を築く努力をすべきである[p.52]」

第1部:チームづくり
第1章、分業
:専任チーム(フルタイムでイノベーション・イニシアチブの実行に専念する)と共通スタッフ(「パフォーマンス・エンジン」の一部で、パートタイムで一部のイノベーション・イニシアチブの実行や支援にあたる)のあいだで、イノベーション・イニシアチブ実行の責任をどう分担するかを決める。
・「業務上の関係から生じる限界は、個人のスキルの組み合わせから生じる限界よりもずっと厳しい[p.70]」。「問題は、『パフォーマンス・エンジン』が継続事業をうまく維持したうえで、何ができるかということだ。・・・『パフォーマンス・エンジン』内部の作業編成がイノベーション・イニシアチブのある部分の必要性と矛盾するなら、その部分は専任チームに任せなければならない[p.61]」。「イノベーション・イニシアチブを支援する『パフォーマンス・エンジン』が取り組む仕事は、継続事業と並行して流れるものでなければならない・・・。それならイノベーション・イニシアチブの支援が追加されても、『パフォーマンス・エンジン』を流れる仕事の量が変化するだけですむ。[p.72]」
・「パフォーマンス・エンジン」の作業編成がイノベーション・イニシアチブの要求に適合するかどうかは、作業編成の3つの基本的側面(深さ、パワーバランス、作業リズム)から判断する。深さとは、例えば同じ部品を担当するなどの場合に密接に協力するなど、業務上の関係の深さのこと。パワーバランスとは、例えば権威や主導権を持つなどのこと。作業リズムは、開発期間、予算規模などのこと。[p.62-88

第2章、専任チームの人材集め:誰を専任チームに入れるか、またその役割と責任を決める。
・専任チームを結成するときのアドバイス:1)必要なスキルを明確にする、2)可能な限り最高の人材を採用する、3)専任チームの組織モデルを仕事の内容に合致させる。[p.93
・よくある7つの間違い
第1の罠、インサイダー重視のバイアス:プライド、なじみ、気楽さ、便利さ、報酬規定、社内の人間にチャンスを与えたいという思いなどから内部の人間をチームに入れたくなるが、スキル不足のリスク、組織の記憶に妨げられて失敗するリスクがある。組織の記憶とは、いわゆる、古いやり方、慣れ親しんだやり方、習慣やバイアス、行動パターン、思考パターンなど。「専任チームには内部の人間と外部の人間の両方が必要だし、『パフォーマンス・エンジン』との健全な共同事業が必要[p.103]」。ゼロベースの組織デザイン(専任チーム独特の役割と結びつくもの)が必要。[p.95-106
第2の罠、役割や責任について、それまでの規定を援用する:これを防ぐには、新しい肩書、過去の知識を一掃する業務分担、専用スペースなどが効果的。[p.106-108
第3の罠、パフォーマンス・エンジンのパワーセンターの支配を再強化する:力を持っている部署の影響力を変化させるために、外に見える形式的な手段などを用いるとよい。[p.108-109
第4の罠、それまでどおりの数値目標で業績評価を行う:「パフォーマンス・エンジンではとても意義のある数値目標でも、専任チームにも同じように意義があるという場合はごく少ない[p.109-110]」。
第5の罠、異なる社風の創造に失敗する:「イノベーション・リーダーは新たな価値観を表現する新しいストーリーを創造し、広めたほうがいい。」「専任チームは自分たちだけにイノベーションの気風があると主張してはいけない。」[p.111
第6の罠、できあがったプロセスを使う:「専任チームがパフォーマンス・エンジンをコピーすべきだという状況はありえない。[p.112]」
第7の罠、同質化圧力に負ける:「あらゆる手段で効率を最大化しようとするサポート機能のリーダーがいると、専任チームは組織の記憶を克服することがほぼ不可能になるだろう。こういう面では自分たちを例外扱いしてもらいたい、と強く主張しなくてはいけない。[p.112-113]」

第3章、共同事業のマネジメント:求められるものを明確にし、必ず起こる対立を調整する。
第1の課題、稀少なリソースの取り合い:リソース配分は、1つのプラン、1つのプロセスを通じて行う、共通スタッフに十分な支払いをする、配分されたリソースに支払いをする、パフォーマンス・エンジンの業績評価を、不確実なイノベーション・イニシアチブとできる限り切り離す、事前に緊急事態に備えて対策を考えておくことなどで回避できる。
第2の課題、共通スタッフの関心の分裂:「専任チームにとってはイノベーション・イニシアチブがすべてだが、共通スタップにとってはたくさんのことのなかの一つにすぎない。[p.142]」「イノベーション・イニシアチブがパフォーマンス・エンジンの立場や生き残りを脅かすと感じる理由があれば、共通スタッフのエネルギーを向けてもらうのは非常に困難だろう。・・・いままでのアセットを弱体化させるか、継続中のオペレーションを食い荒らすのではないか、とパフォーマンス・エンジンが不安を感じているときには、とりわけ難しい[p.144]。」こうした場合には上級エグゼクティブの積極的な関与が重要。
第3の課題、パートナーの不調和:「パフォーマンス・エンジンと共通スタッフが専任チームに不満を抱くのにはさまざまな理由がある。要するに、『あなたがたはわれわれとは違うから、われわれに優越感を抱いているように見えるから、もっと楽しそうだから、あなたがたにばかり日が当たるから、特別待遇をされているから、何より、われわれの縄張りに侵入しているから、気に入らない』というわけだ。[p.149]」これに対しては、責任分担の明確化、共通の価値観の強化、共通スタップの積極的協力が欠かせない役割はインサイダーのメンバーに任せる、専任チームを共通スタップの重要メンバーの近くに置く、協力できることの重要性を強調する、などが役に立つ。[p.149-150

第2部、規律ある実験
第4章、実験の整理と形式化:
実験から学習するための基本原則
・「わたしたちの目的にとっての学習とは、憶測に基づく予想を信頼できる予測に変えていくプロセス[p.171]」
・実験の形式化:「実験開始前に、何をしようとしているのか、何を期待しているのか、その理由は何かを書き出しておく。そして起こると考えたことと実際に起こったことの違いを分析して、教訓を引き出す。それから学習に基づいて、プランを練り直す。[p.176]」という科学的手法を採用すべき。
・実験指針の10原則
原則1、プランニングへの重点投資:不確実性が増すほどプランニングの価値は減少すると考えがちだが、「予測の価値は正確性にあるのではなく、その後の結果の解釈の目安になれるかどうかにある。[p.181-182]。」
原則2、一から作り上げるプランとスコアカード:「イノベーション・イニシアチブは過去からの意図的な決別だ。標準的なプランニング・プロセスやコスト項目、業績評価の数値指標が当てはまることはめったにない。」[p.182-183
原則3、データと想定の議論:「大胆なイノベーション・イニシアチブは・・・10%がデータで90%は未知の世界かもしれない。このような状況でデータの話しかできないなら、大事なことの10%しか語れない。それよりも未知のことに目を向けて、予測のもとになっている想定の具体的な輪郭を明らかにして話し合う方がずっとうまくいくだろう[p.184]」
原則4、仮説を明確にし、文書化する:「土台となる仮説をきちんと明確な文書にしておかなくてはいけない。この原則を守っていないと、・・・何が起こったのか、それはなぜなのかについての説明をでっちあげてしまうかもしれない。・・・バイアスと政治的駆け引きが学習を排除してしまう。[p.185-186]」
原則5、わずかなコストで多くを学習する:「大規模な実験を開始する前に、もっと小型の実験でも同じ情報が得られるのではないかと問いかけたほうがいい。[p.186]」
原則6、結果の検討は別の会議で:「イノベーションの検討と継続事業の検討を同じ会議で行うのは難しい。検討すべき内容がまるで違っているからだ。[p.187-188]」
原則7、プランを頻繁に見直す:「頻繁に見直すことが重要なのは、学習のペースはプランを見直して改訂するペースに制約されるから[p.189]」
原則8、趨勢を分析する:「イノベーション・イニシアチブの評価の場合、・・・黒白がはっきりしていない。目を向けるべきは結果ではなくて、趨勢(トレンド)なのだ。[p.189]」
原則9、予想の正式な見直し:イノベーションの場合、「当初の予想はほとんどの場合、間違っている。さらに、学習プロセスは予想改善のプロセスである。したがって予想が変更不能であれば、学習は不可能になる。」ただし、「予想の見直しは厳密な学習プロセスを経てのみ、行われるべきだ。学習された結果に対する関係者たちの同意が必要」[p.191
原則10、イノベーション・リーダーの評価は主観的に:「イノベーション・リーダーに説明責任を求めることは、いくつかの悪影響を及ぼす。」予想を低めに設定する、努力を放棄してあっさりあきらめる、情報を隠す、プランどおりに運ぼうとして、不必要なリスクを冒す、等が考えられる。数値ではなく、「学習し適応する能力で評価」すべき。[p.191-193

第5章、仮説のブレークダウン:
・「イノベーションの土台となる仮説は、行動と結果、その後の結果の因果関係に関する想定からできあがっている[p.231]」。「因果関係のマップを作ったら、それぞれのつながりを検討しよう。それぞれの想定はどこまで不確実か?想定が違っていた場合、どんな結果になるか?最も重要な未知数は何であるかを明らかにして、スピーディーに低コストでその未知数をつきとめる方法を見つけること[p.232]」

第6章、真実を見つける:「結果を解釈する際には、分析的で客観的な解釈ではなく、心地よくて都合がよい解釈に向けて組織から無数の圧力がかかる。これらの圧力を理解し、克服しなくてはならない。[p.167]」
・判断に影響する7つのバイアス
バイアス1、予測の過信:「失敗は予測の間違いではなく実行の欠陥にあると説明したがる傾向は、イノベーションにとって普遍的な、そして最も危険な敵であるとわたしたちは考えている[p.238]。」GEのような「強烈な業績重視の社風がプラスに働くのは、信頼できる予測が可能な環境だけである。・・・パフォーマンス・エンジンでは予測は正しいとみなされる。イノベーションでは予測は間違っているとみなさなくてはならない。[p.240]」「わたしたちは長年、計画に対する責任を厳しく問うことがイノベーションを妨げると繰り返してきた。[p.241]」「因果関係をたどっていくと、前例がはっきりせず、予測が信頼できないところにぶつかるだろう。そうなれば、結果責任はもうリーズナブルでも効果的でもない。責任のモードを結果から学習へと変える必要がある。リーダーは結果に基づいて評価されるのではなく、厳密な学習プロセスに従ったかどうかで評価されなければならない[p.249]」「イノベーション・イニシアチブは・・・会社の賭けであり、リーダーの第一の仕事は制御実験を行うことである[p.258-259]」。
バイアス2、エゴ・バイアス:「人は実験に成功したときには計画して実行した行動のおかげだと考え、失敗すると外部の影響のせいと考える傾向がある[p.261]
バイアス3、新近性バイアス:「実験の結論を出すときには直前の出来事に注目してしまい、実験の最初から終わりまでの出来事をトータルに検討するのを怠るという過ちを犯す傾向がある。[p.262]
バイアス4、慣れのバイアス:「慣れ親しんだ説明に流れる[p.262]
バイアス5、サイズのバイアス:「大きな結果は大きな行動によって生まれると頭から思いこむ[p.262]

バイアス6、単純性バイアス:「いちばんよくある――そして危険でもある――拙速な評価方法は、単純にパフォーマンス・エンジンの数値指標と基準をイノベーション・イニシアチブに適用することだろう[p.263]
バイアス7、政治的バイアス:社内の競争に基づくバイアス。

結論:前進、そして上昇
・「監督役のエグゼクティブの責任は、四つに分類できる。まずイノベーション・イニシアチブに良いスタートを切らせること、パフォーマンス・エンジンとの関係を監視すること、厳密な学習プロセスを進行させること、そしてイノベーション・イニシアチブの幕引きをすることだ。[p.269]
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本書の第一の意義は、既存事業を持つ企業が、事業化に向けてイノベーションを実行しようとする際に、社内の資源を有効に活用する上での障害と、その障害を乗り越えるためにはどうしたらよいかがまとめられていることでしょう。既存事業を営む企業が、破壊的イノベーションに対してうまく対応できないこと、自ら破壊的イノベーションに乗り出し難いことは、Christensenの指摘のとおりだと思いますが、本書の著者らにより、具体的に既存企業の何がイノベーションの障害になりうるかが明らかにされたことにより、その障害への対応が取れる可能性が示されたのではないでしょうか。もちろん、既存企業の社風や社内力学に基づく障害を克服することは容易ではないでしょうが、うまく実行さえできれば、既存企業の強みを生かしたイノベーションを生み出す可能性が示唆されていると思います。既存企業の強みと弱み(障害)を認識することで、イノベーションの特性に合わせて様々な実行上の選択肢を検討することができるようになると思います。

著者らの述べているイノベーションの障害とその回避策については、私の個人的経験に照らしても理解しやすいものです。もちろん、イノベーションを進める上での困難は、これだけにとどまりませんし、その回避策も著者らの提示した方法以外のやり方もありうるでしょう。イノベーションの内容や、その企業の状況に応じて、変えていく必要がある場合もあるでしょう。例えば、著者らはイノベーションにおける上級経営陣の積極的な支援を重要視していますが、そうした支援が得られない場合には、どうしたらよいのか、という疑問もわいてくるわけですが、そのような疑問に対しては、そうした障害を生み出すメカニズムについての著者らの示唆に基づいて、個別に対応を考えることが可能だと思います。それは我々に与えられた課題なのでしょう。

イノベーション成功の方法を探ることは本ブログの主題でもあります。そのためにどのような実行の方法をすべきかについては様々に考えてきましたが、その視点は研究グループをどう運営するか、という点にやや偏っていたかもしれません。著者らの指摘するような、イノベーションを達成する手段としての社内連携についても、しっかりと考慮する必要があることを認識させられた点、その内容に加えて有意義だったと思います。

文献1:Vijay Govindarajan, Chris Trimble, 2010、ビジャイ・ゴビンダラジャン、クリス・トリンブル著、吉田利子訳、「イノベーションを実行する 挑戦的アイデアを実現するマネジメント」、NTT出版、2012.
文献2:Christensen, C.M, 1997、クレイトン・クリステンセン著、伊豆原弓訳、「イノベーションへのジレンマ」、翔泳社、2000.

参考リンク<2014.1.26追加>


ノート5改訂版:研究部門に求められるテーマ

1、研究開発テーマ設定とテーマ設定における注意点
1.1
研究活動における基本的な注意点→ノート1~3

1.2
、研究テーマの設定
①企業収益に結び付くテーマ(事業的に成功が期待されるテーマ)→ノート4

②研究部門に求められるテーマ(企業が研究部門に求める活動と、それに付随する研究テーマ)
企業は研究部門にどのような役割を求めているのでしょうか。企業活動に貢献する研究を目指すならば、まずは企業が研究部門に期待している仕事を果たすことを考える必要があるでしょう。その中には、いわゆる研究活動すなわち、イノベーションにおける技術的要素の追究も含まれますが、実際には、イノベーションには直接結びつかない様々な仕事も研究部門には求められます。具体的には、生産現場の業務とは異質だが、ある程度の専門性を必要とする仕事が研究部門に任せられることが多く、こうした活動は研究者のマンパワーの中で無視できない比率を占めることがあります。研究活動への資源配分を考える上でも、このような活動を含めた、研究部門に求められている業務を整理しておきたいと思います。

研究部門に求められていることは業種や分野、さらには企業内における業務分担の考え方によって異なりますが、大きく分けると、頭を使うことと体を使うことに分けられます。さらに、取り組む課題によって、未知のこと(新規なこと、創造)と、既知のこと(応用など)とに分けられるでしょう。この視点に立って、業務を分類してみたものを下図に示します。

研究分類scan500


一般的な研究開発とはイメージが異なる業務も含まれていると思いますが、現実にはこのような業務を要求されることは例外的なことではありません。いずれも技術に関する情報を扱う仕事であり、こうした業務が必要とされているならば、技術にかかわるどこかの部署が担当する必要があるわけです。

一般には、研究の役割としては図の右側、新規なことへの挑戦が注目されます。しかし、左側も無視することはできません。既存のことを知っておくことは、新たな創造のための基盤となるとともに、既存の事業を有する企業にとってはその技術的基盤を確保する意味でも重要と考えられます。Anthonyらは「安定した中核事業の存在がイノベーションの前提条件」と述べています[文献1、p.29]。彼らは主に収益面で中核事業が安定することの重要性を強調していますが、中核事業を支える技術の面でも安定が損なわれてしまってはイノベーションの成功はおぼつかないでしょう。例えば、既存技術分野での過度な人員削減により、育成指導の弱体化や、業界、社会動向の監視不足が生じたり、人員削減のための機械化や設備の高度化により製造技術がブラックボックス化し、さらにはトラブル(非定常)経験が不足するなど、既存事業の技術基盤の弱体化を招く要因は存在します。イノベーションに注力しようとして、経営資源を既存分野から新規分野に振り向けようとしたとしても、既存分野に問題が発生すればその問題への対応は誰かがやらなければなりません。結局そうした対応に研究部隊のマンパワーを割かれてしまう可能性があることには十分な注意が必要でしょう。

なお、これら研究部隊に求められる様々な業務の一部を外部との連携で処理しようとする考え方もあります。外部の知識の有効活用を狙ったオープンイノベーション[文献2]、他社に対する優位性を生み出さない業務のアウトソーシングにより優位性を生む分野に社内資源を再配分すべきとする考え方[文献3]もこうした考え方に含まれると思われます。しかし、図の左側の業務であっても研究者、技術者を育成するという側面があるため、その部分まで外部との連携やアウトソーシングに頼ってよいかどうかには議論の余地があるでしょう。例えば、「エリクソン(Ericsson[1996])は、仕事に限らず熟達化における高いレベルの知識やスキルの獲得のために、およそ10年にわたる練習や経験が必要であるとして『10年ルール』を提起している[文献4、p.34]」とのことです。一般の企業では、10年間、教育のためだけに時間を費やすことは不可能でしょうから、既知のことに関わる業務を行ないながら経験を積むことは有効な育成の方法と言えるのではないでしょうか。また、左側あるいは下側の業務には新たなアイデアを生み、その可能性を正しく評価するための基盤としての重要性もあると思われます。ノート2で少し触れた(ノート6でより詳しく触れます)「セレンディピティー」についてRobertsはパスツールの言葉を引用し、「観察の場では、幸運は待ち受ける心構え次第である」と言っていますが[文献5、p.viii]、「観察の場」は上述の図の下の部分に、「心構え」は既存知識の充実という意味で図の左側の部分に相当すると考えられます。このような既存知識を含む社内の技術力の充実の必要性は、丹羽によるChesbroughのオープンイノベーションへの批判においても述べられていて、「結局のところ、強い知識と技術やマネジメント力も兼ね備わった企業が、外部の知識や技術を効果的に活用することができる」[文献6、p.79]としています。Mooreの主張するアウトソーシングによる資源の創出[文献3]は、経験を積んだ人材を競争力の発揮に活用する、という意味ならば有益と思われますが、技術力の蓄積を損なうようなアウトソーシングでは意味がないように思われます。

また、図の左側の業務は、一般にその業務の必要性がわかりやすい(例えば、どこかからの問い合わせに対応するとか、顧客からのクレームに対応するとか)ことに加えて、計画しやすく成果が目に見える形で出やすいため(つまり不確実性が低い)、ともするとそうした業務を優先してしまいがちになる場合があることにも注意が必要と思われます。新規なことへの挑戦を重視するならば、図の右側の業務への動機づけ、評価とのバランスも重視しておくべきでしょう。

要するに、研究部隊に求められる仕事の内容を理解し、そうした業務への資源配分のバランスをとることが重要、ということに帰着してしまうわけですが、現実的には、それぞれのプロジェクトや、その企業の置かれた状況に応じて臨機応変に、しかし片寄り過ぎないように資源配分を調整することはそう容易なことではないと思われます。それぞれの企業のマネジメント力が問われるといってもよいかもしれません。

もうひとつ、表に示した分類には現れない研究の役割として「宣伝」が挙げられます。ノーベル賞を受賞した田中耕一氏が、彼の所属する島津製作所の企業イメージアップに大きく貢献したことは比較的記憶に新しいところですが、そこまでの業績ではなくとも研究成果の社会へのアピールがうまくできれば宣伝効果は十分に期待できるのではないでしょうか。Tiddらはアライアンスのマネジメントにおいて、「ある技術、もしくはその技術のソースが企業に与える信用度は、企業の技術取得方法に影響を与える重要な要素」と述べています[文献7、p.272]。「宣伝」という側面での研究活動の寄与はもう少し認識されてもよいのではないかと思われます。

以上、企業が研究部門に求めている課題として、イノベーションへの直接の寄与だけではなく、それ以外の役割もよく認識しておく必要があることを述べました。こうした業務の位置づけや進むべき方向性を明確にし、必要な業務全体を考慮したテーマ設定、業務分担、資源配分を行なうことはトップマネジメントの課題であるのと同時に、第一線の研究マネジャーにとっても重要なことと思われます。

考察:イノベーションと既存事業とのバランス

要するに、研究開発だからといって、新しいこと、未知のことばかりに気をとられすぎてはいけない、ということだと思います。これは、上述したような、企業が研究部隊に求めている役割からも明らかだと思うのですが、最近では、Govindarajanらにより、既存事業を「パフォーマンスエンジン」ととらえ、イノベーションと既存事業とのバランスを重視したイノベーションの進め方が提案されています[文献8]。ここで「パフォーマンスエンジン」とは、「成長して成熟していく企業は毎四半期に安定した利益を上げるというプレッシャーによってかたちづくられ、型にはめられる[文献8、p.30]」組織であって、これが既存事業において利益を生み出す原動力になっていると考えられるものです。パフォーマンスエンジン(既存事業)だけでは画期的なイノベーションは不可能だが、イノベーションとパフォーマンスエンジンとのバランスをとることにより、イノベーションを成功に導ける、というのがGovindarajanらの主張ですが、既存事業を運営する組織は、パフォーマンスエンジンに貢献するように形作られるということは忘れてはならないと思います。つまり、企業が研究部門に求めていることの一部は、既存事業に貢献するようにできている、ということで、イノベーションのためにそうした業務をどう扱うか、既存事業の一部としての活動と新規事業のためのイノベーション活動のバランスをどうとるかをよく考えなければならない、ということになるでしょう。本稿でとりあげた研究部門への様々な要求は、既存事業への貢献に主眼をおいたものか、あるいは新規事業のために必要な業務なのか、その比率は様々に異なると思います。とすれば、それらをひとまとめにして資源配分を考えるのではなく、研究部隊に対する様々な要求のそれぞれについて、何を重視するかを判断し、場合によっては、研究部隊を分割することも含めて考えなければならないのだと思います。そのためにも、研究部隊に要求される日々の業務について、まずはその意味と位置づけを研究員、研究マネジャーがしっかりと認識することが、イノベーションと既存事業のバランスをとるために役立つのではないかと思います。


文献1:Anthony, S.D., Johnson, M.W., Sinfield, J.V., Altman, E.J., 2008、スコット・アンソニー、マーク・ジョンソン、ジョセフ・シンフィールド、エリザベス・アルトマン著、栗原潔訳、「イノベーションへの解実践編」、翔泳社、2008.
文献2:Chesbrough, H., 2003、ヘンリー・チェスブロウ著、大前恵一朗訳、「Open Innovation」、産業能率大学出版部、2004.
文献3:Moore, G.A., 2005、ジェフリー・ムーア著、栗原潔訳、「ライフサイクルイノベーション」、翔泳社、2006.
文献4:金井壽宏、楠見孝編、「実践知 エキスパートの知性」、有斐閣、2012.
文献5:Roberts R.M., 1989、R・M・ロバーツ安藤喬志訳、「セレンディピティー」、化学同人、1993.
文献6:丹羽清、「イノベーション実践論」、東京大学出版会、2010.
文献7:Tidd, J., Bessant, J., Pavitt, K., 2001、ジョー・ティッド、ジョン・ベサント、キース・パビット著、後藤晃、鈴木潤監訳、「イノベーションの経営学」、NTT出版、2004.
文献8:Govindarajan, V., Trimble, C.、ビジャイ・ゴビンダラジャン、クリス・トリンブル著、吉田利子訳、「イノベーションを実行する 挑戦的アイデアを実現するマネジメント」、NTT出版、2012.

参考リンク

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技術を維持する-イノベーションの負の側面への抵抗

イノベーションが企業の成長にとって不可欠のものであるとしても、イノベーションには負の側面もあるように思います。そのひとつとして既存技術を軽視してしまうことがあるのではないでしょうか。研究開発部門の役割についてノート5で考えたときに、研究開発部門の本来の役割が新規なことへの挑戦だとしても既存の技術基盤の確保も重要なのではないか、ということを述べました。技術力で定評のあった日本製品が意外な品質トラブルを起こす事例に接すると、その陰には技術基盤の弱体化があるのではないか、原因な何なのだろうかと考えることがあります。

 

もし、こうしたことが、新技術の追求によって加速されているのだとすれば、これはイノベーションの負の側面と言えるのではないでしょうか。もちろん、単純に製品に対する期待が高くなりすぎたため、とか、企業が大きくなったことによる意識の変化や管理上の問題という解釈もあるでしょう。しかし、既存事業において大きな成長が見込めなくなった現在、新技術やイノベーションに期待が集まることで新技術ばかりが注目され、既存事業では高効率化を目指して過度な合理化や省力化、技術のブラックボックス化などが行なわれがちであるような気がします。特に新興国の追い上げを受けている分野でこのような傾向が著しいように思うのですが、これでは新技術がうまくいくより先に既存技術の崩壊により足元をすくわれるのではないか、と思うことがあります。

 

イノベーションが本当にこうした負の側面をもつかどうかは議論のあるところでしょうが、新技術の開発と既存技術の維持のバランスが崩れていることがあるように思います。もちろん、既存分野を持たず、新製品の開発のみを目指す企業ではこのようなバランスを考えることは不要なのかもしれません。しかし、新製品が市場に出た後、さらに成長を続ける場合にはこうしたバランスが必要となるはずです。イノベーションを積極的に追求するとしても、それだけに集中していてはいけないのではないか、そうだとすればどのようにマネジメントすべきなのかについて考えてみたいと思います。

 

まず、イノベーションに注力しすぎて失敗した例を確認しておきましょう。Collinsの「ビジョナリーカンパニー③」には、ラバーメイドの衰退の例が述べられています。ラバーメイドはイノベーションによる成長を目指し、1日あたり1つの新製品発売を行ない、1年から1年半に一分野のペースで新しい製品分野に進出することを目標にしていたといいます。そしてそれを実行した結果、3年間で1000点近い新製品で窒息状態となり、原料コストの上昇による打撃も受けた結果、野心的な成長目標に追いまくられて、コスト管理や納期管理といった基本的な部分で失敗が目立つようになったといいます。Collinsはこうした例から「イノベーションは成長の原動力になるものの、イノベーションに熱狂していると、成長が速すぎて戦術面の卓越性を維持できなくなり、簡単に衰退の段階を下る」と結論づけています[文献1p.89-91]Leonard-Bartonも「コア・ケイパビリティがコア・リジディティになってしまう最も一般的な理由は的を撃ちすぎることである。つまり、よいことはもっとたくさんすれば、もっとよいだろうという単純な考えに陥ってしまう」「それまで利益をもたらしていた活動もいきすぎると、成功の妨げになってしまう。」[文献2p.49]と述べていますので、イノベーションがよいものであっても、それに集中していれば問題ない、という考え方は単純すぎるように思われます。

 

もちろん業種によって事情は違うでしょうし、中には3Mのように、各部門において売上の30%を過去4年間に発売された新商品と新サービスであげるようにすることを目標[文献3p.263]にしてもうまく経営できている企業もありますから、こうした目標自体が問題であるとは言えないでしょう。要はバランスを考えることと、実力に応じてイノベーションの進め方をいかにうまくマネジメントするか、ということに帰結することになるのだと思います。

 

上記のような研究開発マネジメントの失敗を避けるためには、まず組織の面でイノベーション組織を過度に持ちあげすぎないことが重要だと思います。研究に対しては将来の収益源という観点から期待が大きいのも事実ですし、研究部隊は高度な専門性を持つことが多いものですが、現在の収益の点では研究段階での寄与は小さいのが普通でしょう。従って、研究への期待の大きさが強調されすぎると、実績をあげながら相対的に期待の小さな既存部署の意欲は下がりますし、既存分野では優秀な人材を集めにくくなる可能性もあります。また、研究部隊の中でも革新的で注目されやすい分野と、既存技術や補助的技術に近く注目されにくい分野とがありますので、そのバランスをとることも重要になるでしょう。ともすると、研究開発はその初期のアイデア段階が着目されがちですが、実際にはアイデアを収益に結び付けるために設計や製造、マーケティングなどの部署と協働することが不可欠です。そうした部署の協力を確実なものとするためにもバランスのとれたマネジメントは重要なはずです。研究に対する期待が過小なためにうまくいかない場合もあるでしょうが、いずれにしても企業の戦略に合わせて各部署で最高のパフォーマンスが発揮できるようなマネジメントが必要と言えるのではないでしょうか。

 

人の配置という観点からは、ある個人にどのような経験をどのように与えるか、という視点と、ある組織にどのような人を何人ぐらい置くべきか、という視点から考える必要があるでしょう。個人の観点から重要なことは、専門性の育成にはある時間がかかることだと思います。知識を学び、使用することで暗黙知を得るためには少なくとも10年程度はかかると言われていますので、そうした専門家となるべき人材については専門の部署において長期間の経験をさせ、それに加えて短期のプロジェクトや異動によって様々な経験を積ませるのが望ましいと考えます。一方、ゼネラリストを育成するためにいろいろな部署へのローテーションを行なうべきであるという考え方もありますが、私は技術者は基本的にはT型人間、つまり、少なくともひとつの分野での深い知識と、様々な分野への理解を併せ持つ人間であることが望ましいという意見[例えば文献5p.85]に賛成です。これは科学の発達とともに技術が深くなってきた結果、多くのことに精通することが困難になってきたため、なんでも屋のような人材の活躍の場が減ってきているように思われるためです。

 

ある分野の専門家を何人ぐらい確保すべきか、という点については、専門家の育成方法からその人数を決めることができると思います。専門を育成する、ということは書物や授業から得られる知識に加えて教師の暗黙知を生徒に伝え、実地に経験を積ませることと同義であると考えることができるでしょう。暗黙知を伝えるためにはどうしても人対人の接触が必要になりますので、ある専門分野には最低2人いないと技術が受け継がれていかないことになります。しかし、人対人であっても年齢や経験が離れすぎてしまうと、先生と生徒というより上司と部下という関係になってしまい、指導よりは指示になってしまいやすいですし、人数が少なすぎるとT型人間に育てるべく他部署での経験を積ませるための異動の自由度も下がってしまうと考えられます。したがって、同一専門分野で3人(10歳程度の年齢差で)、というのが最低限の人数と思われます。言い方を変えれば、同一分野で3人置くことができないような分野であれば、その技術を保有することはあきらめなければならないのではないかと思います。優れた暗黙知を持っていなければ、あるいはその継承ができなければ、その技術はその企業にとっていずれは消え去る運命にある、ということになるのでしょう。

 

専門的な技術というものは暗黙知という形で人に付随しているものだとすると、技術を担保するということは人を担保するということとも言えるでしょう。時代の変化とともに、ある企業にとって必要とされる技術は変わりますので、あらゆる既存の技術を伝承していく必要はありませんが、少なくとも、現在収益源になっている技術、強みとして保有している技術であればその暗黙知を伝承しないことは損失ではないでしょうか。「選択と集中」は重要な概念としてよくとりあげられますが、新技術か既存技術かという選択は得策であるとは思われません。それは、新技術であっても基盤が既存技術にあることが多いことに加えて、選択されずに一度放棄した技術はなかなか元に戻すことができないからです。社外の能力を活用して自社の技術を補うという考え方も当然ありますが、社外の技術が自社以上の暗黙知を保有しているのか、その暗黙知を自社内にうまく移転できるのか、と考えると、技術を捨てること、つまり、獲得が難しい暗黙知を捨てることについては慎重な判断が求められると思います。暗黙知と同様の概念としてディープスマートを定義しているLeonardは、次のように言っています。「ディープスマートは暗黙のものなので他人に移転するのが難しい。移転が困難だからこそ、ディープスマートは競争の武器になる」[文献4p.296]

 

以上、イノベーションの裏にかくれた技術の維持、伝承という問題について考えてみました。技術的なフロントランナーになろうとする努力だけでなく、その地位を維持しようとする努力もイノベーションには必須の要因ではないかと思います。

 

 

文献1Collins, J., 2009、ジェームズ・C・コリンズ著、山岡洋一訳、「ビジョナリーカンパニー③衰退の五段階」、日経BP社、2010.

文献2Leonard-Barton, D., 1995、ドロシー・レオナルド著、阿部孝太郎、田畑暁生訳、「知識の源泉」、ダイヤモンド社、2001.

文献3Collins, J.C., Porras, J.I., 1994、ジェームズ・C・コリンズ、ジェリー・I・ポラス著、山岡洋一訳、「ビジョナリーカンパニー」、日経BP出版センター、1995.

文献4Leonard, D., Swap, W., 2005、ドロシー・レナード、ウォルター・スワップ著、池村千秋訳、「『経験知』を伝える技術」、ランダムハウス講談社、2005.

文献5Tom Kelly, Jonathan Littman2005、トム・ケリー、ジョナサン・リットマン著、鈴木主税訳、「イノベーションの達人! 発想する会社をつくる10の人材」、早川書房、2006.

 

 

 

 

 

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