研究開発マネジメントノート

研究開発とそのマネジメントについてのいろいろ

環境

「イノベーションは日々の仕事のなかに」(ミラー、ウェデルスボルグ著)より

イノベーションを実行するのは誰なのか。アイデア出しからイノベーションの完成までトップが深く関与する場合ももちろんあるでしょうが、最先端の現場から出てくるアイデアを現場主導で育てていくイノベーションも重要であるという指摘は多いと思います。最先端の現場から次々と新しいアイデアが出てきて、それがイノベーションの形に実を結ぶ、そんな組織はどうやったら作れるのか、その組織を導くにはどうしたらよいのでしょうか。

パディ・ミラー、トーマス・ウェデル=ウェデルスボルグ著「イノベーションは日々の仕事のなかに」[文献1]では、そうした視点でのイノベーションの進め方が議論されています。著者らは、「本書は、最高経営責任者(CEO)や最高イノベーション責任者(CIO)、研究開発(R&D)部門や社内ベンチャーチームといったイノベーション専門部隊ではなく、組織の最前線で日々闘いつづけるリーダー、限られた時間と予算と既存の人材で業務を遂行するリーダーに向けて書かれている。リーダーの支援によって、財務やマーケティング、セールス、オペレーションに従事する一般社員が、日々の仕事のなかでイノベーションを起こせるようになること。これが本書のねらいだ。[p.9]」と述べていますが、その指摘はそうした組織だけでなく、研究開発を担当する者にとっても役に立つ点が多いと感じましたので、以下に本書の議論の中から重要だと感じたことをまとめておきたいと思います

序章、日々の仕事のなかでイノベーションを起こすには
・「リーダーの仕事は、イノベーションを起こすことではない。リーダーの仕事。それは、イノベーションの設計者(アーキテクト)となること。そして部下のために、日常業務の一環として革新的な行動を実践できる職場環境を整えることだ。本書はこの考え方に基づいている。[p.11]」
・「心理学者クルト・レヴィンは、行動科学の研究初期に社会科学で最も有名な方程式を発明した。人の行動=個人の特性×環境。・・・しかしリーダーシップに関する多くの文献では、この方程式において作用するのは『個人の特性』だけだとされている。・・・多くのチェンジメーカーは人々の『考え方』を変えることに重点を置きがちだ。・・・本書ではこのようなアプローチを『物の見方を変える手法』と呼んでいる。・・・だが・・・、物の見方を変えるだけでは行動は変わらない。革新的な行動が部下に欠けているようなら、リーダーは振り返ってみる必要がある。変えるべきは彼らの物の見方なのか、それともシステムなのか、と。[p.15-16
・「マネジャーは部下の優れたアイデアの実現を助ける際、彼らにさまざまな行動の変化を促す必要がある。しかしどの行動も等しく重要なわけではない。そこで私たちは、真に重要な行動を特定し、それらを『日常のイノベーションのための5つの行動+1』と名づけた。[p.22]」それは、1、ビジネスに直結するアイデアにフォーカス、2、独自のアイデアを探すために、外の世界とつながる、3、当初のアイデアを見直し、必要に応じてひねる、4、最も優れたアイデアを選ぶ、それ以外は捨てる、5、社内政治をかいくぐり、ひそかに進める、+1、あきらめない[p.23

第1章、フォーカス[真に重要なことに焦点を絞るには?]
・「私たちは、イノベーションは自由に何でもできる人の専売特許だと考えがちだ。しかし日常業務においてはそうとは限らない。むしろ組織内で何でも自由にできる人は、業務とは無関係なアイデアに手当たり次第に焦点を当て、結果的にいくつもの小さなサイドプロジェクトを抱えることになり、成果を出せずに終わるものだ。[p.22]」
・「米国の心理学者JP・ギルフォードが1950年の講演で非公式発表した創造性に関する研究以後、創造プロセスの研究成果は何度となく、『オリジナリティあふれる優れたアイデアは、完璧な自由を与えるよりも、ある種の制約を設けたほうが生まれやすい』ことを明らかにしてきた。[p.53]」
・「もしも上司から、具体的な説明もないままに『イノベーションを起こせ』と命じられたら? いつもの道筋を離れて未踏の領域へと足を踏み入れた途端、彼らは幾通りもの選択肢に直面することになる。・・・選択のプロセスには3つの落とし穴が待ち構えている。1つめは意思決定に関する著書のなかでバリー・シュワルツが『選択肢の矛盾』と名づけた、選択肢が多いために判断が鈍るという落とし穴だ。・・・2つめは、方向性の欠如のために人々がてんでばらばらのゴールを目指してしまい、成功を勝ち取れないという落とし穴。3つめの落とし穴は、上司の指示どおりに行動した部下が大胆なイノベーションを追求するも、それは会社にとって何の価値ももたらさない領域だった、という落とし穴だ。[p.57-58]」
・「自由は絶対悪なわけではない。完璧な自由を部下に与えることで、真に個性的なアイデアをまったく思いがけない角度から見つけるチャンスが増す場合もある。しかし自由を得た部下が会社に(適切なタイミングで)価値をもたらさないアイデアに無駄なエネルギーを注いでしまう可能性も劇的に増す(・・・大部分のアイデアはただのゴミだ)。われわれの経験から言って、これらのメリットとデメリットを相殺するのは難しい。イノベーションにおいては、たいてい短期間で成果を上げることが求められるからだ。従って完璧な自由を与えるのは、R&Dなどのハイリスク・ハイリターンなプロジェクトも可能な現場により適したアプローチだと言える。[p.61]」
・焦点を絞り込む3つのアプローチ:1、目標を明らかにする(何を達成しなければならないのか)、制約を明らかにする(「制約があれば、どうやってそこに向かえばいいのかがわかる」)、3、追求領域を見直す(どの領域に目を向けるべきか、「会社にとって新しい領域や未開拓の分野に目を向ける」)[p.61-71

第2章、外の世界とつながる[影響力のあるアイデアを生み出すには?]
・「2つめの重要行動は、未知の世界と『つながる』ことだ。・・・アイデアの多くは一から新たに発明されたものではなく、カリフォルニア大学のアンドリュー・ハーガドンが『再結合イノベーション』と呼ぶものの一例にすぎない。つまり、既存の知識を新たな方法で結合させたのがアイデアだ。イノベーションはパズルのようなもので、そのピースは世界中に散らばっている。これらのイノベーションの基本要素に部下が触れられるよう、リーダーは彼らが外部の情報源とつながるのをサポートしなければならないのである。企業にとっては既存の顧客もそうした知識の宝庫だが、情報源は顧客だけではない。他部門の同僚とつながることでも、業務とは無関係な分野の誰かとつながることでも、新しいアイデアを見つけることができる。[p.26-27]」
・顧客とのつながり:「顧客からオリジナリティあふれるアイデアが出てくることはまずない。・・・市場ですぐに注目されるアイデアを生み出す最善の方法は、満たされないニーズや問題を特定することなのである。・・・企業は顧客と直接、個人的かつ継続的なつながりを持つ必要がある。満たされないニーズは、メールなどの『消極的な』チャネルで問い合わせてもまず特定できない。・・・フォーカスグループよりも『観察』のほうが適していると言える。[p.83-90
・同僚とのつながり:「『インサイト創出の場』を構築したいリーダーにとって、社員同士をつなげるのは初めの一歩として最適だ。・・・スタッフ間のつながりを促したいなら、たとえばパーティションなど、職場の物理的な環境から見直すといいだろう[p.92]」。他にもチームや会議に部外者を招くなど。
・関連性のない新たな世界とのつながり:ソーシャルメディアなど

第3章、アイデアをひねる[アイデアに磨きをかけるには?]
・「生まれたてのアイデアは完全ではない。それどころか欠点だらけだ。従って優れたイノベーションほど、生まれたての状態から最終的に実践されるまでの間に微調整が繰り返されていることが多い。試行と分析を迅速に行って、『ひねり』を加えてあるのだ。[p.29]」
・問題を見直す:「優れたイノベーターは、解決策の発見者ではない。『問題の発見者』なのだ。彼らにとって、解決策は二次的なものにすぎない。答えは問題のなかに潜んでいて、問題を100%理解できれば、たいては答えも見えてくるのである。[p.106]」
・解決策を試す:「リーダーの役割は、アイデアがすっかり熟す前に試行し、共有するよう部下に促すこと[p.121]」。ラピッド・プロトタイピング、定期的なフィードバックが有効。「イノベーションを目指す時、人はしばしば自己満足の落とし穴に陥るものだ。この穴が深くなると、イノベーションは常に楽しく追求しなくてはいけない、辛い体験であってはならないと思い込んでしまう。そうしてゲーム感覚の楽しさばかりを追い求め、批判や意見の対立は創造性を損なうものとして退けるようになる。・・・批判的な意見など避けるに越したことはないと思うかもしれないが、それは間違いだ。過酷なイノベーション・プロセスは多くの見返りをもたらすが、ゲーム感覚でいれば見返りなど得られない。・・・批判はイノベーション・プロセスを頓挫させるものではなく、アイデアをひねるのを助けるツールの1つだ。[p.125]」「未完成のアイデアを常に共有し、気軽にフィードバックを行えるようなルーチンを構築する。・・・アイデアの発案者は、必ずしもフィードバックを取り入れる必要はない。参考にするだけでいいのである。[p.131]」

第4章、アイデアを選ぶ[本当に価値あるアイデアを選別するには?]
・「あらゆるアイデアは、それを生み出した当人にとっては至宝である。しかし現実には、大部分のアイデアは残念ながらただのゴミだ。だからこそ組織はアイデアをふるいに掛け、投資対象になるものと、ゴミ箱行きになるものを選別しなければならない。けれども実は、アイデアを選別するプロセスそのものにも落とし穴が待ち構えている。・・・組織が新しいアイデアを評価する時、単独の評価チームだけに判断を委ねると認知バイアスや構造的バイアスの影響を受けやすくなり、誤った判断を下しがちになるのである。だから組織は、アイデアの選別環境を最適化し、堅固なサポートシステムを構築して、『ゲートキーバー』たる評価チームがより良い判断を下せるよう支援しなければならない。[p.31-32]」
・「ゲートキーピング」というプロセスは、イノベーション・チーム内で行うアイデアの評価プロセスとは異なるので注意してほしい。[p.135]」
・破壊的なアイデアには別ルートを用意する、ゲートキーパーにアイデアを体験させる、「定期的にレビュープロセスを見直して、それが正しく機能しているかどうかを評価[p.155]」することなどが重要。[p.136-158

第5章、ひそかに進める(ステルスストーミング)[社内政治をかいくぐるには?]
・「組織で働く人にとって社内政治はつきものだ。・・・イノベーションの設計者には、イノベーションを追求しやすい社内政治環境を整え、部下のために道を切り開くことも求められる。[p.34-35]」
・「多くの人は、社内政治を嫌っているはずだ。創造的な人ならとりわけそうだろう。優れたアイデアであればそれにふさわしい価値を認めてもらえるはずだと安心しきって、組織内の政治を無視したり、拒絶したりするイノベーターも中にはいる。このやり方は望ましくない。イノベーションは、優れたアイデアであると同時に政治にも配慮してこそ成功できるからだ。・・・残念ながら、社内政治をかいくぐるためのさまざまな手法を一語で言い表せる言葉はない。さんざん考えた挙句、われわれは独自にこのような言葉を作ることにした――『ステルスストーミング』である。ブレーンストーミングにヒントを得た言葉だが、ブレーンストーミングよりもさりげなく、秘密裏にイノベーションを追求するアプローチである。[p.159-160]」
・ステルスストーミングの5つのアプローチ:1、影の実力者とつながる、2、アイデアの「ストーリーづくり」をサポートする、3、早い段階でアイデアの価値を証明させる、4、より多くのリソースを獲得できるようサポートする、5、パーソナルブランド管理(企業風土にあわせて創造性を売りにするかどうかなど)をサポートする。
・大多数の人と同じことをしようとする「社会的証明」の原理を使う、プロジェクトにひそかに着手し改良を進めることで注目を集めるタイミングを遅らせる、外部から資金調達するなどの方法も使える。[p.168-170

第6章、あきらめない[イノベーション追求のモチベーションを高めるには?]
・「イノベーションというパズルの最後の1ピースは、『モチベーション』である。部下のモチベーションを上げ、彼らの好奇心や社内の報賞制度を利用して、逆境に遭ってもあきらめずにイノベーションを追求することを促さなければならない。なぜなら、創造性は選択するものだからだ。イノベーションの設計者はイノベーション追求の手法を絶えず改良して、部下が5つの行動を『あきらめずに継続』できるよう努めなければならないのである。[p.38
・内因性モチベーションの活用:専門分野、関心領域でのイノベーションを促す。さらに、明確な目的や自主性の尊重、仲間の存在によって、あきらめない追求が可能になる。「自主性とは、革新的なアイデアを追求する際にいま以上の自由を部下に与え、彼らのモチベーションを高めることを意味する。ただし調査が示しているように、ゴールに関する自主性は必ずしも与える必要はない。他者によって定められたゴールであっても、それが合理的なゴールであれば、人はそれを達成するための努力をいとわない。大切なのは、ゴールを達成するための『方法』を部下に決めさせること。そして、彼らがアイデアを実現するまでのプロセスをこと細かに管理しないことである。[p.187]」
・外因性の報酬を軽んじない:「創造性やイノベーションの追求における外因性モチベーションの役割は激しい論争の的となっている。[p.193]」「こう結論づけることができないだろうか。イノベーターはプロセスの初期段階では外因性の報賞をほとんど重視しないかもしれないが、プロセスが進み、何かを実践したり、管理したりといった仕事が主体になってくるにつれ、報賞を重視するようになる。[p.195]」「外因性モチベーションには、大部分の人が賛同する1つの側面がある。初期のマネジメントの研究者であるフレデリック・ハーツバーグが提唱した、『動機づけの衛生要因』という側面だ。雇用の安定、給与、手当といった衛生要因は、それ自体が積極的に動機を与えることはないものの、一定のレベルを下回ると不満を引き起こしたり、同僚と比較した時の甚だしい不公平感をもたらしたりする。[p.197-198]」
・「マネジャーは、許容できる失敗と許容できない失敗を明確に定義し、両者の区別の仕方を部下に明示しなければならない[p.199]」。「失敗に対する処罰がさほど厳しいものでさえなければ、イノベーションを起こそうとする部下に多少のリスクを負わせるのは妥当だと言える。従って部下にイノベーション追求の選択肢を与える時には、それがいつものやり方に比べてハイリスクで、ハイリターンなキャリアパスであることを明示するのが望ましい。リスクとリターンのバランスが適切なら、少なくとも一部の部下はイノベーションの追求を選択してくれるはずだ。[p.200]」

日常のイノベーションを追求するべき4つの個人的な理由
・「イノベーションは組織の成長の主要因である」というのは組織にとっての教訓。「真の質問は『なぜ組織にとってイノベーションは重要なのか』ではなく、『なぜ彼ら(部下)にとってイノベーションは重要なのか』[p.222]」ということ。
・「日常のイノベーションを追求するべき個人的な理由は、少なくとも4つある。[p.222-225
1、イノベーションは、目標を達成し、さらには超えるのを助ける。
2、イノベーションは、仕事に対する満足度を高める。
3、イノベーションを主導する能力は、人事考課において重要性を増しつつある。
4、イノベーションは、世界をより良い場所にする。
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本書に述べられたれに5つの行動+1は、「未来のイノベーターが最も道を誤りやすいのはどこか?[p.42]」に基づいて選び出された、とのことです。本書の議論の対象は、イノベーション専門部隊ではない組織で日常的に行なわれるイノベーションとされていますが、私はこの議論は、研究部隊におけるイノベーションでも有効なように感じました。研究部隊でも第一線と同じような業務を行う場合はありますし、なにより、どちらのイノベーションでも同じようなところで失敗する可能性がありますので、本書の指摘はイノベーション全般について興味深い示唆を与えてくれると思います。実務的にも、現実に則した指摘が多く(社内政治の克服などは他ではあまり議論されていないと思います)、とかく技術にばかり目が向きがちな研究者にとっても有益だと感じました。

加えて印象的なのが、個人にとってのイノベーションに取り組むことの意義を述べている点です。私は、ハイリスクなイノベーションに取り組む(取り組ませる)ためには、個人としての意義を重視する必要があるのではないか、と感じるところがあったのですが、その点からも本書の視点は大変興味深く感じました。どんな業務でも日常的にイノベーションが生み出せるようなマネジメントができたら理想だな、と思います。


文献1:Paddy Miller, Thomas Wedell-Wedellsborg, 2013、パディ・ミラー、トーマス・ウェデル=ウェデルスボルグ著、平林祥訳、「イノベーションは日々の仕事のなかに 価値ある変化のしかけ方」、英治出版、2014.
原著表題:Innovation as Usual: How to Help Your People Bring Great Ideas to Life

参考リンク



「技術大国幻想の終わり」(畑村洋太郎著)より

優れた製品を生み出すことで高い評価を得ていた日本の企業のいくつかが、なぜ近年苦境に陥っているのか。その確かな原因を特定することは簡単ではないとしても、原因を探り、考えられる対策を講ずることは苦境の打開には必要なことでしょう。今回は、「失敗学」でも有名な畑村氏の近著(「技術大国幻想の終わり」[文献1])に基づいて、この問題について考えてみたいと思います。

まず著者は、「私が、日本の産業界が大きな壁にぶつかっていると感じるようになったのは、2000年代のはじめころからです。[p.8]」と述べています。そして、その背景として、次の点を指摘しています。
・「国内市場の飽和とグローバル化」:「1990年代後半以降のグローバルな変化は、多くの日本人が考えていた以上に大きな変化でした。・・・しかし、多くの日本企業は、従来の成功方程式をそのまま踏襲しているように見えました。そうした企業はえてして、うまくいっていない現状を為替のせいにしたり、法人税が高いせいにしています。[p.9-10]」
・「私たち日本人は、自らを『技術大国』と位置づけて、その上にずっとあぐらをかき続けてきたのではないか、そして、自分の頭で考えて努力するということを忘れていたのではないか。そうした傲慢さを真摯に反省しなければならない時期に来ているように思います。[p.11]」
・「なぜ日本は、このような傲慢な国になってしまったのでしょうか。・・・とくにいまの日本人のメンタリティに大きな影響を与えているのは、1945年から94年までに50年間の『成功体験』でしょう。・・・この50年間は本当に、日本にとって有史以来最もいい時期といっていいでしょう。・・・まさに『奇跡の50年間』といってもいいかもしれません。・・・『奇跡の50年間』はまた、目指すべき道や目標が明確な、ある意味『幸福』な時代でした。進むべき道が定まっていたので、だれもが迷うことなく信じる道を突き進むことができました。その道を進んで努力をしてさえいれば、そこそこの暮らしができるようになったのです。そしてそのことが、日本人のメンタリティに大きな影響を与えているように思えてなりません。[p.16-19]」
・「日本が自らを『技術大国』だと誇るようになったのは、1980年代以降のことです。・・・日本製のほうが優れているからアメリカの消費者にも受け入れられているという事実は、日本人に大きな自信を与えました。しかし、残念なのは、その自信が次の時代の変化を見ないことにつながったということです。・・・1995年以降は『奇跡の50年間』で存在していた条件が大きく変わった時代です。・・・かつてのように、答えが存在して道をはずさずに努力すれば成果が約束される時代ではなくなってしまったからです。・・・『奇跡の50年間』の中で多くの日本人は、いつの間にか、『努力をすれば報われるのは当たり前』『良いものをつくれば売れるのは当たり前』と考えるようになっていた・・・一言でいえば能天気な国民になってしまったのです。[p.20-21]」
以下、本書の構成に沿って、重要と感じた点をまとめます。

第1部、日本の状況
・「日本がこれからどうやって生きていくのかを考えていくうえで大切なのは、まずは自分たちが置かれている状況を大づかみでもいいから知ることです。[p.24]」
・「私たちが生きていくとき、そしてなんらかの活動を行うときには、必ず食糧やエネルギーが必要になります。日本はこれらを国内だけでまかなうことができず、海外からの輸入に頼っています。そのためには当然お金が必要で、つまり日本が生きていくためには、食糧やエネルギーをつくりだす化石燃料の購入費に充てる外貨をなんらかの方法で稼がなければならないわけです。[p.24]」「中国も日本と同じで、食糧やエネルギーの原料を海外に依存しないと生きていけないし、しかもその量は日本とはくらべものにならないくらいに膨大です。同じことを志向しているのですから、今後もあらゆるところでバッティングする可能性があるので、私たちはそのことをちゃんと意識しておかなければなりません。[p.35]」
・「想定に入れておかなければならないことに、自然環境の問題があります。これも変わらぬ与条件の一つです。とりわけ日本の場合、巨大地震は必ず起こるものとして考えていく必要があります。[p.35]」「日本では原発をメインに考えることはできなくなりました。かといっていまのように消えた分を火力発電で補う方法をいつまでも継続することはできないでしょう。最近ではこの件に関して、だれも強く主張することがなくなりましたが、地球温暖化の問題が変化した制約条件の一つとしてある[p.38]」。
・「日本の超高齢化と人口減少もまた、避けられない近未来になっています。・・・日本人が生きていくためには、たとえば前述の食糧やエネルギーが不可欠なものになりますが、そういうものを考慮すると単純に人口が多いからいいということはなく、・・すべての人に行き届く状態を維持できる人数が理想ということになります。あくまで直観ですが、私個人は、それはだいたい8000万人程度になるのではないかと見ています。[p.41-43]」「私は外国人を入れる前に考えるべきは、やはり高齢者と女性の雇用だと思います。[p.44]」「今後は日本でも、高所得者と低所得者に二極分化することになる可能性があります。格差が拡大すると、犯罪が増加して治安が悪くなり、社会不安が増大するのが世界的に見られる傾向です。・・・最もやらなければならないのは階層を固定させないことです。[p.49-50]」
・「2013年4月に日銀が発表した大胆な金融緩和策・・・によって、日本はそれまでの円高から一挙に円安に振れました。・・・しかし・・・これだけの円安の割に期待されたほどの効果は出ていないように見えます。これはすでに、以前のように原材料を海外から輸入し、それを使って国内で付加価値をあげて海外に売るという構造が崩れていることが大きな原因です。その主な原因は、いわゆるグローバル化です。・・・エレクトロニクス産業の敗因は、投資の方法をまちがえたことだと言われていますが、それだけではありません。グローバル市場で戦うには、投資の規模をそれまでの10倍にするとか、製品を企画してからのリードタイムを大幅に短縮するといった、従来と異なる戦略や戦術が必要でした。しかし多くの日本の企業は、周りの状況の変化に対応せず、それまで自分たちが慣れ親しんだやり方で戦っていました。そのことが結果的に、自分たちを追い詰めることになってしまったのです。[p.51-53]」
・品質幻想の3つの要因:1、「日本人がつくるものが優れているという幻想」、「職人の技幻想」(「実際の職人の仕事には、日本人でなくても3年くらいまじめに修行すればできるようになるという仕事が少なくありません」、「品質の良いものをつくれば売れるという誤解」。
・「結局こうしたことを考えていくと、日本企業の技術運営のおかしさという問題に行き着きます。日本の技術はたしかにまだ優れている部分はたくさんあります。基礎技術もそうですし、まさに品質の良さなどは、いまでの日本の技術のアドバンテージです。しかし一方で、その良さを生かし切れていないのは、多くの日本企業で見られる技術運営のおかしさゆえです。それはたとえば、過剰なまでの品質チェックを含め、形を整えることばかりを考えているという特徴に表れています。[p.67]」「優れているはずの基礎技術についても、日本は近年、本質的な進歩が停滞しているように見えます。[p.70]」「すり合わせ技術の強みが発揮されているのが日本の自動車産業だといわれてきました。しかしこの優位性がいつまでも続くとはかぎりません。パソコンや家電の開発は組み合わせ技術でできるので、この分野ではすでに日本は負けています。[p.71]」「最近の日本の企業を見ていて気になることがもう一つあります。それは危機管理ができていないことです。・・・危機を回避するために必要なのは、不測の事態に備えて・・・余裕があることです。[p.73-74]」

第2部、日本がこれから意識すること
・「産業の行き詰まりの要因としては、周りの環境が大きく変わってきたのに対し、過去の成功体験がジャマをして、社会も企業もなかなか変化できないということが、浮き彫りになってきました。[p.78]」「過去の成功体験から離れて、もう一度、新しい方向へと舵を切らなくてはいけないのです。・・・そのために意識することは2つあると思います。・・・一つは自分たちが『技術大国である』という『幻想』をいますぐ捨て去ることです。日本は自分たちが思っているほど、技術が優れているわけではないし、日本人にしかできないということはあまりありません。・・・もう一つは『価値』について目覚めるということです。[p.78-79]」
・「本書では、価値=値がつくものと考えましょう。[p.83]」「日本の企業が従来もっとも注力していたのは、・・・どういう構造のものをつくるか、どうつくるかというところです。・・・しかしそうした方法は、・・・先進例をキャッチアップしていた時代には有効でも、・・・新たなものをつくりだしていかなくてはいけない時代には通用しません。そのために必要なのは、・・・顧客・社会の要求を知ることで、どういった機能が求められているかを考え、次に制約条件は何かを考え、それらを商品企画に生かさなければなりません。[p.88-89]」

第3部、日本の生きる道
変わっていくのを前提とした戦略
・市場のあるところでつくる:「安いから海外でつくる時代は終わった[p.102]」「工業製品もいまは、地域で生産して地域で消費する『地産地消』が世界の趨勢になっている・・・必要となってくるのは、機能を充実させることよりも、その国の文化を知り、その国の文化にあった製品をつくることで、その国の消費者の圧倒的な支持を集めることなのです[p.105]」「日本人が海外に「出稼ぎ」に行く時代も終わった[p.105]」。
・それぞれの社会が求めている商品を売る:「サムスンは、『地域専門家』を各地域に送り込み、現地の人の文化、考え方を取り込んだ商品設計を行ってきました。過去の成功体験から『いいものをつくれば売れる』と、傲慢になっていた日本の企業は、こうした真のマーケティングが苦手でした。[p.110-111]」
・日本の経験を売る:「自分たちが長年積み重ねてきた潜在的な価値に目覚めるという方法・・・自分たちの社会でジタバタしてきた経験を武器に、社会が求める機能を売る[p.131]。製品と運用システム、保守サービスの一体化、公害対策、安心、高齢化、中古市場、など。
・日本が進む技術の方向:「技術と商品の関係を考えた場合、発想の新規性というヨコ軸と技術の先端性というタテ軸」で考える。どちらも高い先端市場、未知市場はリスク大。どちらも低いコモディティ、汎用品もリスク大。新規性と既存技術の組み合わせ、最先端の技術を追いながら、先端市場、未知市場で成功するための人材を育て、それを目指すべき。[p.149-150
・日本国内でやるべきこと:「未知の市場に投入すべき先端技術や、それを使った新たな製品の開発でしょう。そうしたことは、産業集積、技術集積、生産文化、学術の集積、人材、資本など、これらがすべて揃っているところのほうがやりやすいからです。・・・経験の蓄積があることや、政治を含む国内情勢が安定していることが有利に働きます。・・・生産技術の基本系もまた、日本国内でつくるのがいいでしょう。[p.160-161]」「市場要求に対応して既存技術の組み合わせで新たな商品を開発するのは、それぞれの市場で行うことになるでしょう。[p.162]」
・「昔から一連の技術を取り入れてきた先進国では、技術は坂道を登るように徐々に進化しています。しかし新興国は、先進国ですでにできあがった技術を取り入れるので、ところどころでジャンプをします。[p.163]」
・「日本の企業が技術で生きていくなら、技術の優位性を保ち続けることが大事です。そのためには、やはり技術全体がわかる人が不可欠になります。・・・さらにどこがその技術を持っているとか、それを使うにはいくらかかるかといった費用などのことまですべて把握していると、本当の意味で技術を武器にした商売ができます。・・・日本の企業にこのような人材がいるかというと、いまはおそらくいないだろうとしかいえません。だから日本の企業は本当の企画ができないというのが、いまのところの私の結論です。[p.171-172]」
・「どのような方向に進むにせよ、結果を出し続けるためには、常に進化し続けることが求められています。つまり、生きていくためには、永遠に努力し続けることが必要なのです。[p.172]」「私たちの先人は、いままで闇夜に浮かぶ灯台の微かな光を目指して努力し続けて結果を出してきました。その灯台すら見えないのがいまの時代ですが、そのときの一筋の道というのが、本書で述べた『価値』を追求していくことだと私は思っているのです。[p.173]」

エピローグ
・「これまでの考察を踏まえたうえで、私がたどり着いた答えは3つに集約されます。その3つというのは、『考え方を変える』『からくりを変える』『教育を変える』です。[p.174]」
・「私は、いまの日本の社会、企業を覆っているいちばん大きな問題は『考えの硬直化』だと考えています。[p.176]」
・「これから先、日本の人口が減っていくことは、必ずしも悪いことではないと私は考えています。・・・必要なのは、高齢化と少子化に対応するように社会のからくりを変えていくことです。[p.177-178]」
・「考え方を変えるにせよ、社会のからくりを変えるにせよ、最終的には人材の育成ということに行き着きます。・・・いまの日本の教育で問題になっているのは、次の2点だと思います。一つは親の所得で子どもが受けられる教育の程度が変わること。・・・もう一つは、すでに時代に合わなくなった教育カリキュラムの見直しです。・・・いまは環境の変化が著しい時代です。・・・そういうときに求められるのは、変化に応じて柔軟に対応することです。・・・残念ながらこういう人材は、従来の教育では育成できません。そもそも知識の詰め込みと、座学を中心とする明治以来の教育は、決まったことを正確に行う力を養うためのものでした。そういう知識重視、記憶力重視の人たちを数多く育成したことが、かつては日本の大きな力になりました。・・・しかしいま求められているのは、得た知識を使って自分の頭中に、目の前で起きている事象、これから起きる事象のモデルを組み立てることです。[p.181]」
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日本は技術大国だから強みがあるはずだ、という議論はよく聞きます。確かに、日本は技術でそれなりの地位を築いたというのは事実だと思いますが、本当にこれからも技術大国でいられるのか、技術大国である(あった)ことがこれからも強みになるのか、ということは改めて考え直す必要があると思います。著者はその点を「技術大国幻想」という言葉で指摘しているということなのでしょう。書かれている内容については、根拠や裏づけが詳細に説明されておらずそのまま受け取りにくいところもあり、異なる考え方もありうるのではないか、という印象を持ったところもありましたが、全体的には、同意できる指摘が多かったと思います。最も重要なことは「技術大国」という名のもとに、他力本願的な希望的観測を抱いたり、技術を維持強化するための努力をしなくなってしまうことなのではないか、と感じました。こうした視点は実務家にとって忘れてはいけないことだと思いますので、自戒をこめて肝に銘じたいと思います。


文献1:畑村洋太郎、「技術大国幻想の終わり これが日本の生きる道」、講談社、2015.

参考リンク



 

「人と『機械』をつなぐデザイン」(佐倉統編)より

人間の生活の向上に科学技術が大きな役割を果たしてきたことを疑う人はいないでしょう。しかし、技術が災厄をもたらす場合があることも事実です。どんな研究開発にどのように取り組むべきかを考える際には、技術と人との関わりの視点からも、技術を社会に適用することの影響をよく考えておくことが必要だと思います。

佐倉統編、「人と『機械』をつなぐデザイン」[文献1]では、この問題に関するいくつかの考え方が紹介されています。この本は、「2011年度-2013年度におこなわれた、オムロン・グループの人文社会系シンクタンク、ヒューマンルネッサンス研究所(HRI)と、東京大学の学際的教育研究部局である大学院情報学環の佐倉研究室との共同研究≪人と機械が理想的に調和する社会≫[p.iii]」の成果をもとにまとめられたとのことで、トピックス的な議論が中心の本ですが、今回はその内容から個人的に興味深く感じた点を抜き出させていただきたいと思います。書かれていることをまとめるように抜き出しているわけではありませんので、実際に述べられている内容、議論については本書をご参照ください。

第1部、人と「機械」の行方

01、日常生活とテクノロジーの行方(歴本純一氏へのインタビュー)
・「不便とチャレンジに関係する大きな領域があります。それはゲームです。ゲームはわざわざ面倒な問題を解こうとしますよね。・・・『便利なゲーム』は概念的に存在しえないものです。・・・チャレンジを達成する喜びみたいなものが『不便のインターフェース』だと思うのです。・・・不便の先に達成したときの充足感のような快感が巧みにデザインされていなければならないというわけです。[p.9]」
・「『面倒くさい』ことと機械にやってほしいこととが必ずしも一致しないということもあります。[p.12]」
・「本当にいい道具はその存在自体が意識から消え、意識を拡張させる。それが一体感であり、僕の考える人と機械の理想的な関係です。[p.20]」

02、コンピュータと脳の関係の行方(金井良太)
・「個人の脳構造の特徴は、遺伝子によって生まれつきに決まっている部分もあるが、環境の違いやトレーニングの効果によってもMRI画像で確認できるほどの脳構造の大きな変化が生じることが明らかになっている。[p.25]」
・「インターネットが脳に与える影響は、論者によってポジティブにもネガティブにも捉えられている。・・・ポジティブな意見もネガティブな意見も現時点では未検証の仮説[p.28-29]」。

03、サイエンス・エンジニアリング・デザイン・アートの行方(八谷和彦×川端裕人)
・「やっぱり科学的なアプローチだけじゃ説得されない部分があって、当事者ではない小説家とかアーティストみたいに科学との利害関係があまりない人の言葉のほうが、すんなり頭に入ることもありますよね。特に科学者の信用がなくなっているときには、そういう利害関係のない人たちが科学コミュニケーションをやったほうがいい局面もあるのかもしれない。[p.52-53、八谷氏]
・「人が物事の善悪を判断するときって、そのものの性能だけから合理的に判断するというよりも、誰がつくったかで判断している部分もあると思うんです。・・・対象に応じて対応を変える必要があるんじゃないかと思います。[p.62、八谷氏]
・「自分の興味のあるものをとことん追究したい人もいますが、それとは別に『地図を描きたい』人もいると思うんです。[p.64、川端氏]

04、身体との調和に向かう義足の行方(渡部麻衣子、大野祐介、臼井二美男)
05、義足とポスト近代的モノづくりの行方(臼井二美男×大野祐介×梅澤慎吾×山中俊治)
・具体的事例としての義足
・「人と機械の『調和』が、機械の側の発展や、機械を作る人の技能の発達によって達成される事象としてのみならず、作る人と使う人の相互行為によって生成されていく現象として読み解くことができる。[p.92-93]」
・「近代産業が合理的になればなるほどそこから振り落とされるマイノリティがいることがはっきりしてきたので、それに対する補償や補完作業の必要性をデザイナーたちが感じはじめた[p.108、山中氏]」
・「人と技術の『調和』というものが、社会における人に対するパースペクティブの変容を必要とする、ということが示唆される。これは、具体的には、技術的合理主義に基づいて標準化された『人』の理念型から離れて、人を、一人一人固有で変容し続ける存在として捉え直すということを意味する。[p.119-120、渡部氏]

第2部、技術と環境をつなぐデザインの行方
06、センサーと生活環境の行方
(森武俊氏へのインタビュー)
・「技術的に自動化はどこまでも進むだろうと考えていて、むしろ社会的にどこまで進む『べきか』については、その時代に応じた判断が必要なのでとても難しいと感じますね。むしろ自動化がどこまで進む・進まないは、『自分に対してポジティブなフィードバックが返ってくるのが早いこと』を一つの判断基準として決まると思います。[p.137]」

07、歩きやすさと都市環境の行方(山田育穂)
・「歩くことを促進するウォーカブルな都市は、自動車依存度を低下させエネルギー消費を抑えるエコロジカルな都市でもある。・・・住民の健康だけでなく、資源・環境問題にも貢献できる可能性を秘めたウォーカブルな都市環境は、それぞれの面で弱点を抱える日本の都市にとって大きな希望となるだろう。[p.135]」

08、デジタル・ネットワークと読み書きの行方(中村雄祐)
・「研究者も実務者も、そして受益者である住民も、それぞれの立ち位置でICT(Information and Communication Technology)を使っていかざるをえない・・・そして、20世紀的な『文系対理系』、『基礎対応用』といった棲み分けでは歯が立たなくなることは覚悟しておきたい。[p.179]」

09、デジタルファブリケーションとコミュニティの行方(田中浩也×渡辺ゆうか)
・「ファブラボとは、3Dプリンターやレーザーカッターなどのデジタル工作機械の普及によって実現される『新しいものづくり』の可能性を、そこに集う多様な方々と共同で開拓していくための実験工房だ。[p.183]」
・「公文俊平先生・・・のお話ですが、コンピューテーションとコミュニケーションという二つの流れ――産業のデジタル化の流れ(第三次産業革命)と、コミュニケーションがソーシャルになっていく流れ(第一次情報革命)――とがあるんです。このソーシャルな流れがファブラボになっていて、メイカーズムーブメントみたいなものが産業のほうになっているんだと考えています。[p.189-190、田中氏]」

10、イノベーションとデザイン思考の行方(澤田美奈子)
・「本来は人間のための技術だったはずが、次第に技術の要求が社会を変容させ、人間側が技術に順応せざるをえないといった倒錯や葛藤を引き起こしているのではないか。ものづくりを今一度、人間中心の発想に戻す必要がある。[p.201-202]」
・「人々のありのままの姿を実際の生活世界の中で観察し、問題解決のための道具のプロトタイプを制作して実験を繰り返しながらデザインを行っていくことでイノベーションを目指すというのが『デザイン思考』に基本プロセスだ。・・・『デザイン思考』の方法論の大きな柱が『エスノグラフィー』による踏み込んだ人間理解および、つくりながら考える『プロトタイプ』発想法である。[p.203]」
・「統計分析や平均的な人間観・機械観、現状の延長線上的思考回路を飛び越えたところにイノベーションは存在するのだ。人間視点のイノベーションを実現するためには、イノベーションの担い手が主体的な創造力を発揮できる、組織・社会への転換も必要なのではないか[p.216]」。

11、科学技術とイノベーションの行方(網盛一郎)
・「社会が未成熟で社会ニーズが豊富にあり、科学技術の進歩が社会ニーズに応えやすかった時代は、技術シーズを社会ニーズに転換させやすかったのでリニアモデルが適用でき、従来型のイノベーションを起こしやすかった。ところが社会が成熟すると、生活が満たされ、人のニーズが多様化する。社会ニーズがなくなったわけではないが、科学技術の進歩で応えられるものがだんだん少なくなり、問題解決型はどんどん難しくなっていった。一方でニーズの多様化により重要度が高まってきたのが職人型イノベーションである。職人型イノベーションでは、きっかけは誰のニーズであってもよい。・・・職人型では既存市場はなく、市場規模はおろかそこに市場があるかすら直感に頼ることになる。・・・ヴィジョン(Vision)がそれを後押しする。つまり問題解決型はMission-orientedであり、職人型はVision-orientedである。・・・Vision-orientedな職人型イノベーションを目指してはどうだろうか。・・・研究開発と市場の間には『ダーウィンの海』、すなわち成功の予測が困難な淘汰のプロセスがあるという考え方があり、いわゆる『選択と集中』ではなく『多産多死』こそ、経営あるいは科学技術政策の観点で有効な戦略である。[p.232-234]」

第3部、身体と技術的環境の行方
12、ロボットと心/身体の行方
(石原孝二)
・「情報が価値を持つためには、あるいはそもそも情報が情報として成り立つためには、情報を利用する利用者の関心体系に位置づけられ、『関連性(relevance)』を持つ必要がある。[p.245]」
・「機械やコンピュータによって支えられた環境の中で、またそれらに媒介されながら発揮される人間の『本来の能力』とは一体何なのかという問題に関する議論を進めていくことが現在の課題となっている。[p.249]」

13、身体-環境系の行方(佐々木正人×佐倉統)
・「ドーキンスは生物の身体は遺伝子の乗り物だということを言っているんだけど、遺伝子から見たときの表現型はその個体の身体に限ったことではないと主張しています。たとえばビーバーがつくるダム。ダムがうまくできたかできないかによって遺伝子が子孫を残せる確率が変わってくるわけだから、その個体が獲物をうまく狩ることができるかできないかという個体の能力と同じだと。・・・それを『延長された表現型』と呼んでいます。[p.263-264、佐倉]」
・「最近、ロボティクスとか建築とか、それから身体運動に関する研究でキーワードになっている一つに『テンセグリティ(tensegrity)』があります。引っ張る力、張力“tense”と、それに抵抗して突っ張る力、圧縮力との『統合』。“integrity”をくっつけた造語です。20世紀の半ばにアメリカのバックミンスター・フラーが言いだした。・・・1970年代にハーヴァード大学の細胞生物学者が一個の細胞の構造にもテンセグリティ構造が見られることを発見してから、俄然からだの構造を見直す原理として脚光を浴びている。[p.265、佐々木]」

14、科学技術と人間の行方(佐倉統)
・「生物は周囲の環境を自分たちに都合の良いように改変し、それによってみずからのニッチを作りだしていく。そうして改変された環境が次の生物の進化に影響を与えていくこの機能をニッチ構築(niche construction)という。・・・ぼくたち人類は、機械という強力な延長された表現型を発展させ、さらなるニッチ構築を続けてきた生きものだ。[p.289-290]」
・「通常の生物が次の世代に伝える情報は遺伝情報だけだが、人間はそれに加えて文化情報も伝えていく(遺伝子と文化の二重伝承モデル)。[p.291]」
・「機械を含む人工物の進化について、進化理論で扱えるような地ならしをしたのが、ドーキンスのミーム理論である。彼は、生物進化の情報の最小単位が遺伝子であるのになぞらえて、文化進化の情報の最小単位をミーム(meme)と名づけた。・・・ミームの考え方をそのまま適用すれば、要するに機械を含む人工物もある種の生命体のように振る舞う、ということになる。[p.292]」
・「機械を含む人工物システムが、独立した生命系のように進化していくのだとすれば、ぼくたちにてきるのは、そのメリットを少しばかり大きくする(あるいはデメリットを少しばかり小さくする)ための、ちょっとした工夫や心構えの仕方を考えることぐらいだ。[p.299]」
・「機械は、人間個人も、社会も、大きく変える力をもっている。であれば、その変化の幅は、できるだけ小さくするような社会的規範を設けておくべきなのだ。急激な規範や理念の変化は、社会を不安定にする。不幸になる人間が続出するかも知れない。新しい規範についていけない人たちも出てくる。格差が広がる。これは良くないことなのだ。一方で、新しい技術に習熟している人々からすれば、技術革新の進み型が遅すぎて、進歩的な人たちが苛立ちながら舌打ちをしている、それぐらいの変化がちょうどいいのだと思う。[p.300]」

おわりに(近藤泰史)
・人と機械の関係の進化:機械が人の担っていたことを「代替」→人と機械が互いの適性を発揮して「協働」→人が機械の支援を得て、自らの可能性や能力を「創発」[p.306
―――

本書に述べられた機械と人間の関係についての議論は、もちろん定説として理解すべきものではないでしょう。しかし、これからの時代における技術の方向性を考える上では重要な視点を含むものと言えると思います。実務者としては、これらの指摘を頭に入れて自らの行動を考えることがよりよい技術開発や判断につながることを認識すべきだ、ということになるのでしょう。不確実な未来に対応するための羅針盤となるとまでは言えないかもしれませんが、未来を考えるヒントとして実践的にも有用なのではないか、という気がします。


文献1:佐倉統編、「人と『機械』をつなぐデザイン」、東京大学出版会、2015.

参考リンク



変化の方法(チップ&ダン・ハース著「スイッチ!」より)


新年は何かを変える決意をするのによいきっかけになります。しかし、その決意のみで物事が変えられるほど世の中は甘くありません。イノベーションにおいても新しいことを実現するために社内外の人々に変化してもらわなければならないことが多いわけですが、それには困難がつきまといます。今回は、チップ・ハース、ダン・ハース著「スイッチ!」[文献1]に基づいて、変化を生み出す方法について考えてみたいと思います。

著者は、「何かを変えるには、行動を変えなければならない[p.11]」とし、「変化が成功するときには、一定のパターンがある(中略)。変化に成功する人は、明確な方向性を持ち、十分なやる気を持ち、それを支える環境がある。」[p.342]と言っています。これだけでは当たり前の話ですが、本書では、具体的にどうすれば変化できる(させられる)のか、なぜそうなのかがいくつもの事例や心理学上の知見に基づいて解説されています。特に、著者が「私たちは、権限や予算がそれほどない人にも役立つフレームワークを考案したつもりだ。[p.29]」として、CEOや政治家のように権力的な方法を用いることができない場合にも使える方法を提案している点、ふつうの研究者、技術者にとっても参考になる内容と感じました。

行動を変えるためのフレームワーク

著者はまず、「心理学の一般的な見解によると、脳ではつねにふたつのシステムが独立して働いている。ひとつ目は(中略)『感情』だ。苦痛や快楽を感じる人間の本能的な部分だ。ふたつ目は、『理性』だ。(中略)じっくりと考え、分析を行ない、未来に目を向ける部分だ。」[p.14]とし、ジョナサン・ハイトの著書に基づいて、感情を「象(エレファント)」、理性を「象使い(ライダー)」に喩えています[p.14]。そして、「何かを変えたいなら、象と象使いの両方に訴えかけるべきだ。(中略)象使いにだけ訴えかけて象に訴えかけなければ、チーム・メンバーは頭では理解できても、やる気を出さないだろう。象にだけ訴えかけて象使いに訴えかけなければ、熱意はあっても、方向性が定まらないだろう。[p.16]」とし、さらに人間の行動に影響する「環境」の要因を加えて、「理性(象使い)に訴えかけ、感情(象)を揺さぶり、環境(道筋)を整えるという3つのシンプルな条件を満たすだけで、誰もが思うよりも簡単に変化を引き起こすことができる[p.357、訳者あとがき]」という考え方をフレームワークにまとめています。

変化にまつわる心理的な要因

まずは、フレームワークの基礎となる人間の心理的傾向についてまとめておきたいと思います。著者は様々な心理的要因が行動の変化にどう影響するかを本書の全体にわたって解説していますが、ここではそのうちの主なものをピックアップしてまとめます。

・「自動化された行動を変えるには、象使いによる細心の管理が必要」、「自己管理が心身を消耗することが証明されている」、「セルフコントロールを消耗しているとき、(中略)大きな変化を引き起こすのに必要な心の筋肉そのものを消耗している」[p.20-21

・「象使いは頭でっかちで、分析好きで、頭を空回りさせがち」、「抵抗しているように見えても、実は戸惑っている場合が多い」[p.25

・「困難な状況に直面すると、象使いはそこかしこに問題を見つける。そして多くの場合は『分析麻痺(アナリシス・パラリシス)』に襲われてしまう。はっきりと方向が定まるまで、象使いはずっと頭を空回りさせつづけるのだ。変化を先に進めるには、象使いに方向を教える必要があるのはそのためだ。」[p.49

・「全般的に、私たちはもともとネガティブな面に着目する傾向にある。[p.67]」(「問題への注目」)

・「象使いは、問題を分析するとき、その大きさに見合う解決策を探そうとする。」「(実際には問題は)小さな解決策の積み重ねによって解決されることが多い。[p.64]」

・「象使いは選択肢を与えられるほど疲労していく。」「選択肢が増えると、それがどんなによい選択肢でも、私たちは凍りつき、最初の計画に戻ってしまう。『意志決定の麻痺(ディシジョン・パラリシス)』[p.72-73

・「変化に失敗するのは、たいてい理解不足が原因ではない」「変化すべき理由を非のうちどころがないくらい合理的に説明しても、人々は行動を変えない。」[p.155

・肯定的幻想:「人は誰でも自己評価が下手」「事実をもっとも楽観的に解釈する傾向がある」「人々はほかの人よりも正確に自己評価できると主張する」。しかし、この「肯定的幻想によって、自分がどこにいるのか、どう行動しているのかをきちんと理解しづらくなる」[p.156-158]。「自分は平均以上のリーダー、運転者、パートナー、チーム・プレーヤーだと思いこむのは、そういった単語を自分に都合よく解釈しているからだ。幻想を生み出しているのは、『リーダー』や「チーム・プレーヤー』といった単語のあいまいさだ。[p.162

・「恐怖は強力なやる気の源になる」「すばやく具体的な行動が必要なら、ネガティブな感情が役立つ場合もある」。「ネガティブな感情が思考を狭めるのとは対照的に、ポジティブな感情には思考や行動の幅を『広げて養う』効果がある(フレデリクソンによる)」「『興味』というポジティブな感情は、好奇心の幅を広げる。個人的な目標を実現したときにわき上がる『自信』というポジティブな感情は、将来の活動の幅を広げ、さらに大きな目標を追い求めるきっかけになる。」「大規模であいまいな問題を解決するには、柔軟な心、創造性、希望をはぐくむ必要がある。」[p.165-169

・「人は選択を下すとき、意思決定のふたつの基本モデルのいずれかに頼る傾向がある(マーチによる)。」「それは『結果』モデルと『アイデンティティ』モデル」、結果モデルは費用と便益を評価する合理的で分析的なアプローチ。アイデンティティモデルは1)自分は何者か、2)自分はどのような状況に置かれているか、3)自分と同じ状況にいる人々ならどう行動するか、に基づく。「アイデンティティは、人々の意思決定において中心的な役割を果たすので、アイデンティティをおびやかす変革活動はたいてい失敗に終わる(相手の行動を変えるために直観的に『見返り』をつけようとするのが愚かなのはそのためだ)」[p.207-208

・「こちこちマインドセット」の持ち主は、自分の能力が基本的に不変だと信じ、挑戦を避けようとする。「しなやかマインドセット」の持ち主は、能力は筋肉と同じで練習すれば鍛えられると信じている。「自分の可能性を最大限に引き出したいなら、しなやかマインドセットを持つべき」[p.220-222]。

・人は他者の行動のもとになる環境的要因を無視する傾向がある(ロスによる)『根本的な帰属の誤り』。人々の行動を『置かれている状況』ではなく『人間性』に帰属させる傾向がある」[p.242

行動を変えるフレームワーク

著者は以下の3つのステップと具体的なテクニックを示しています。

象使いに方向を教える(理性への働きかけ)

・ブライト・スポットを手本にする:「真実だが役に立たない」知識よりも、お手本となる成功例(ブライト・スポット)を探す[p.41-48]。「解決志向短期療法(SFBT)」では問題の根源を探るより問題の解決策に着目する[p.51-59]、「アプリシェイティブ・インクワイアリー(AI)」では、失敗ではなく成功の分析に力を注ぐ[p.378]。

・大事な一歩の台本を書く:「全体像で考えず、具体的な行動を考える[p.347]」。「変化を成功させるには、あいまいな目標を具体的な行動に置き換えることが必要[p.77]」。「あいまいさは象使いを疲れさせる[p.76]」。

・目的地を指し示す:「目的地はどこか、そこへ向かうメリットは何かを理解すれば、変化はラクになる。[p.347]」「目標には感情的な要素を盛り込むべき(コリンズ、ポラス)[p.105]」、「魅力的な目的地を描くことで、(中略)分析に迷い込んでしまうという弱点を正すことができる。[p.111]」、「SMART(具体的Specific、測定可能Measurable、実行可能Actionable、重要Relevant、適時的Timely)な目標が効果を発揮するのは、変化の場面というよりも安定した状況だ。(中略)心に響く目標を探す際には、SMARTな目標はあてにならない。(中略)経済的な目標はそれほど変革の成功にはつながらない。[p.112-113]」

象にやる気を与える(感情への働きかけ)

・感情を芽生えさせる:知識だけでは変化を引き起こすには不十分。[p.347]。「変化は『分析し、考えて、変化する』の順序ではなく『見て、感じて、変化する』の順序で起こる(コッター、コーエン)。」、「なんらかの感情を芽生えさせる証拠を突きつけられたとき、変化が起こる。感情のレベルであなたを揺さぶる何かだ。」[p.147

・変化を細かくする:「思っていたよりもゴールラインの近くにいると感じさせるのが、行動を促すひとつの手」[p.175]、「進歩の感覚は重要だ。象は簡単にやる気を失うからだ。」[p.177]、「象は短期的な見返りのないものごとをするのを嫌がる」[p.179]、「絶対に実現できるくらいまで変化を小さくしよう」[p.184]、「初期の成功をつくり上げるということは、実際には希望をつくりあげているということにほかならない」[p.193]、「小さな成功によって、困難が和らぎ(”これはどうってことない”)、要求が抑えられ(”これだけやればいい”)、能力レベルの認識が向上する(”これならできる”)(中略)この3つの要素すべてが変化をラクにし、持続的にする(ワイクによる)」[p.197

・人を育てる:アイデンティティを養い、しなやかマインドセットを育む[p.347]、「アイデンティティに従って生きたいという願いが、自分自身を変える意欲につながる」「新しいアイデンティティの向上心としなやかマインドセットの粘り強さを組み合わせれば、驚くべき偉業を実現できる」「やる気は感情から生まれる。」「やる気は自信からも生まれる。」[p.236-237]。「失敗が変化に必要な一部だとすれば、失敗のとらえ方は重要」「失敗を覚悟させる必要性」がある。「しなやかマインドセットは、失敗に目を向けさせ、さらには失敗を自分から求めるよう勧めている。これは究極の楽観主義だ。しなやかマインドセットは敗北主義を防ぐのだ。失敗を変化のプロセスの自然な要素と位置付けている。つまずくことを失敗ではなく学習ととらえてこそ、人はがんばりぬくことができる。」[p.227-229

道筋を定める(環境を整える)

・環境を変える:環境が変われば行動も変わる。[p.348]。「人間の根本的な性格を変えるよりは、状況を変える方が簡単」[p.243]、「環境を変えるというのは、適切な行動を取りやすくし、不適切な行動を取りにくくするということ」[p.246]、「自分自身の行動を変えるときは、自分にセルフコントロールを課すよりも、環境を変えるほうがかならずうまくいく」[p.258

・習慣を生み出す:行動が習慣になれば、象使いの負担はなくなる[p.348]。「環境は習慣を強化(阻害)することで、私たちに知らず知らずのうちに影響を与える」[p.278]、「要するに習慣が行動の自動運転だから」[p.278]。「自分がしなければと思っていることに関しては、アクション・トリガー(心理的な計画)はやる気を生み出す大きなパワーとなる」、「アクション・トリガーの価値は、意思決定の“事前装填(プリロード)”にある(ゴルヴィツァーによる)」[p.281]、「意思決定の事前装填により象使いのセルフコントロールを温存している」[p.282]「アクション・トリガーには『にわか習慣(インスタント・ハビット)』を生み出す役割がある(ゴルヴィツァーによる)[p.284]」。「チェックリストはいわば過信に対する保険」[p.298]、「チェックリストは、大失敗の確率を抑える。」[p.299

・仲間を集める:行動は伝染する[p.348]。「人は仲間がそうしているのを見て、同じことをする」[p.304]、「意識的がどうかにかかわらず、私たちが他人の行動をまねるのは明らかだ。不慣れな場面にいるときは、特に他人の行動を観察しようとする。そして、変化の場面とは、当然ながら不慣れなものだ。[p.305]」、「誰かに行動を変えてほしいが、相手は変化に抵抗している。そこで、変えようとしている人々に対して影響力を持つ他者の支持を集める。つまり文化を変えるということだ。そして、多くの場合、文化は組織の変化を成功させる要となる。」[p.324

以上が、著書による変化のためのフレームワークです。ただ、著者は、「フレームワークをシンプルで実用的にする[p.29]」ことを狙ったため、「このフレームワークは完全無比ではない[p.29]」と言っていますので、著者の意見を鵜呑みにするわけにはいきませんが、「私たちは変化をラクに起こせると約束するつもりはない。しかし、少なくともよりラクにすることはできる。本書の目的は、数十年間の科学研究に支えられたフレームワークをお教えすることだ。[p.30]」という著者の意図はうまくいっているのではないでしょうか。

研究開発の立場から考えると、例えば、研究部隊が獲得した成果を実用化する場合や、顧客に受け入れてもらう場合などに、関係者に変化を受け入れてもらう必要がありますが、それは容易ではありません。著者は「コッターとコーエンは、分析的手法が有効なのは、『変数が既知であり、想定条件が少なく、将来が不透明でない』場合だと述べている。しかし、大規模な変化の場面ではそうはいかない。変化の場面では、たいてい変数が不明で、将来は不透明だ。変化がもたらす不安のせいで、象はなかなか動こうとしない。そして、分析的な言葉をいくら並べても、象の腰を上げさせることはできない」[p.145-146]と述べています。この変化の場面はまさに研究開発の状況と一致しますので、変化することのメリットを研究者が力説して関係者を説得しようとしても、それは変化を促すには的外れであることは肝に銘ずるべきでしょう。研究者はつい理性に頼りがちですが、それでは変化は起こせないということです。周囲を変えたいと願うなら、本書に示されたフレームワークとその背景にある人間の心理的な傾向は心にとめておくべきなのではないでしょうか。


文献1:Chip Heath, Dan Heath, 2010、チップ・ハース、ダン・ハース著、千葉敏生訳、「スイッチ! 『変われない』を変える方法」、早川書房、2010.

原著表題「Switch, How to Change Things When Change Is Hard

http://www.heathbrothers.com/switch/

参考リンク



 

 

進化心理学からの示唆(「友達の数は何人?」ロビン・ダンバー著)より

人間の行動はどこまで予測できるのか。何に基づいて決まるのか。これは、組織をマネジメントする場合にも、市場動向を予測して製品を買ってもらおうとする場合にも、競争相手の行動を予測する場合にも重要なことでしょう。

人間は損得に基づいて合理的に判断するものだ、というのが従来の経済学や経営学における考え方だと思いますが、そうした人間観では不十分である、とする指摘が増えているように思います。行動経済学、ヒューリスティクス、心理バイアスの問題など、人間が合理的な判断を行なえない例や、そもそも合理的な判断とは何かを考え直さなければならないような例について本ブログでもいくつか紹介しました(ヒューリスティクスヒトは環境を壊す動物である利他性と協力人間の判断の問題)。

進化心理学は、人間がそうした合理的とは言えない判断をなぜするようになったのかについて、さらには生物としての人間の行動を予測、理解する上での重要な示唆を与えてくれるものだと思います。今回は、ロビン・ダンバー著「友達の数は何人? ダンバー数とつながりの進化心理学」[文献1]にもとづいて、人間の認知、判断の問題を考えてみたいと思います。

本書の主題は「つながり」ということになるでしょう。人間が集団で生活し、社会を構成するように進化してきたことは多くの人が認めるところだと思いますが、著者によれば「霊長類は大きな集団で生活する必要があり、そのため脳が大きく発達し」、「集団のサイズ(社会の複雑さと言いかえてもいい)と、脳のいちばん外側の層で、意識的な思考を主に担当する新皮質のサイズのあいだに見られる強い相関関係」に基づいて判断すると、「ひとりの人間が関係を結べるのは150人まで」[文献1、p.21-22]ということになる、といいます。この150人という数字が著者の名に由来して「ダンバー数」と呼ばれるもので、本書では、このことをはじめとして、人類の進化や個人のつながり、集団の形成、それに伴う社会との関わりなどについての様々なトピックスが紹介されています。ちなみに、原題は「How Many Friends Does One Person Need?, Dunbar’s Number and Other Evolutionary Quirks(訳せば、人には何人の友達が必要か?、ダンバー数やその他の進化のいたずら、でしょうか)」です。以下では、そのなかから、人間の判断に関わる話題をピックアップしてご紹介します(その他の話題も興味深いものが多いのですが)。

進化の結果としての人の判断に影響する要因

・オスとメスの違い:メスは社交性が重要、オスは戦い[p.14]。男性は女性より高リスクをとる[p.97]。「ほとんどの霊長類の場合、メスが無事に子どもを産んで育てられるかどうかは、ほかのメスの協力で決まる」ため、社交上手のメスほど多くの子孫を残す、とのこと。

・生物学的能力の違い:男性の目の錐体細胞(色を感じる細胞)は3種類、女性の中には4~5種類を持つ人がいる。すなわち、人により色の区別の精度が異なる[p.16]。これも社会性に役立つ顔色の判断に好都合なため?。

・血縁による相互の結びつきが強いと運命の波を乗り越えやすくなる[p.36]。血縁による結びつきは、強い安心感と満足感をもたらすため、とのこと。

・化学物質の作用:オキシトシンは人を信用しやすくする[p.59]。エンドルフィンは幸福感、満足感と深く関与(脳内鎮痛剤)し、集団の団結を促す[p.66, 218]。アンドロステノン、アンドロスタジエノンは異性に対する好みに影響[p.94]。

・遺伝子の有無により反応が異なることがある[p.110]。

・頭脳は連続性を扱うことが苦手。二分法に陥りやすい[p.185]。

もちろん、どの程度、これらの要因が理性的な判断に影響するかについては明確とは言えないと思います。しかし、人のすべての行動が理性に基づいたものではないこと、人が理性に基づいて判断していると思っていても実は理性とは関係ない生物としての特性に影響されている可能性があることは言えるのではないでしょうか。少なくとも、ダンバー数が、1人の人間が扱える集団の大きさに制限を加えているのと同様に、こうした要因も人間の理性的な判断に制限を加えていることは確かなように思います。すなわち、人間の行動を予測するためには、経済合理性に基づく行動だけでなく、このような因子の影響も考慮しなければならないということでしょう。

ただ、現状では、進化心理学の成果は人間行動の予測に使えるほどにはなっていないでしょう(本書で取り上げられている男女の問題に関しては使えるかもしれませんが――男女の問題は理性より本能ということかもしれません)。また、人間が平均としてそういう性質を持っていたとしても、平均から外れた人がどのくらいいて、そういう人たちが社会にどんな影響を与えるのかも考慮しなければならないでしょう。しかし、例えば経済合理性に基づく判断にしたところで、それによる予測の精度は似たりよったりかもしれない、といったら言い過ぎでしょうか。進化心理学が、人間の判断に関する従来の考え方を補完するものになるのか、それとも進化心理学の示唆の方が本質なのか、今後の発展に注目していきたいと思います。

ついでになりますが、著者は、進化研究の観点から、薬剤耐性菌の問題[p.125]、中国の一人っ子政策による男性過剰の問題[p.133]、世界の人口増加への懸念[p.149]にも言及しています。世界がかかえる問題に対して、著者は、「楽観論者は科学が何とかしてくれると言うだろう。」しかし、「科学はただ時間を稼いだだけだ。化石燃料の消費量が増えることや、廃棄物や余剰物をところかまわず捨てることがどうというより、とにかく人間が毎年どんどん増えていくことがまずいのである。伝統的な狩猟・採集社会は、むかしも今も自然にやさしかったという意見がある。残念ながらその主張は誤りであることが裏付けられている。そうした社会が自然を守っているように見えたのは、人間の数が少なくて、無茶をやっても環境が破壊されなかっただけだ。」[p.148-149]、と述べています。本稿の最初に書いた判断の問題とは離れますが、進化の観点というのは、このような人間の活動と考え方の本質を問い直すちからもあるのかもしれません。





文献1:Robin Dunbar, 2010、ロビン・ダンバー著、藤井留美訳、「友達の数は何人? ダンバー数とつながりの進化心理学」、インターシフト、2011


参考リンク

 


 


 

研究における企画という仕事

研究開発組織に「企画」と名のつく部署を設けておられる企業は多いと思います。企業における研究開発では、研究者が行なう実際の研究活動の他に、様々な補助的業務が必要です。例えば、研究組織の運営、テーマやプロジェクトの選定と見直し、予算配分、人員配置、環境整備、制度(しくみ)整備、教育と育成、労務、安全、設備、法規制などへの対応、情報の管理と収集、資料整備、研究成果蓄積、市場や環境動向の調査、標準化(公的規格対応なども含む)、品質管理、外部対応(社内外)、対外交渉、宣伝広報、知的財産の管理と活用、等々の業務を行なう必要があります。これらは、「総務」、「管理」、「人事」などの部門が担当したり、一部は研究以外の製造部門や本社部門が担当したり、さらに外注したりして対応することもありますが、「研究に関して何かを企て計画する」ことに関わる業務の遂行は「企画」担当者の分担になることが多いと思います。

具体的には、研究グループを超えた研究部門全体の計画と管理、グループ間の調整、研究成果の公平な立場での評価や、経営層と研究グループの橋渡し(経営戦略の徹底、成果のPR、他部署との連携など)など、研究グループの外側の立場から研究活動に付随して発生する業務を担当することが求められるようです。もちろんこれらは必要な業務でしょうが、「企画」として行なうべき機能と担当者の能力を十分に発揮できているか、より多くの研究成果の獲得につなげられているかは考え直してみる価値があるのではないでしょうか。研究開発の成功事例ケーススタディーなどを見ても、研究リーダーや、経営者個人の研究成功への寄与が取り上げられることはあっても、「企画」という組織の活躍はあまり表に出てこないように思いますし、経営層の考えを最前線に伝える、あるいは最前線の情報を整理加工して経営層に伝えるだけの窓口的業務に終始している場合もあるように思います。そこで、本稿では、「企画」という部署にいる人々が研究の成功のために何ができるか、何を行なうべきなのかについて考えてみたいと思います。

私が「企画」部門に期待することを一言で述べれば、「研究者の能力を超える分野を分担することによって、研究を成功に導くこと」となります。現在の技術的課題の解決のためには、深い専門性が求められるにもかかわらず、研究の成功はひとつの分野の知識のみでは困難なことが多いでしょう。あるいは、広い分野にわたるある程度以上の深さの技術やアイデアが求められるようになっている場合もあると思います。いずれにしても個人の力に頼ることは無理になってきたといえるのではないでしょうか。つまり、研究者の能力を超える部分を誰かがうまく補うような体制で臨む必要がある時代になってきていると思います。その部分を担える部隊があるとすれば、それは「企画」ではないかと思うのです。

これは、研究の成功において、ひとつの技術の卓越性が競争要因になる時代から、技術の組み合わせ、あるいは技術を収益に結びつける力そのものが競争要因になる時代に変わってきているともいえるかもしれません。結局のところ、どんな技術もビジネスモデルとして完成させて初めて成功といえるわけで、技術も含むビジネスモデル全体としての優位性が競争要因になってきたというではないでしょうか。

イノベーションにコラボレーションが求められるようになっている背景には、このような状況が存在すると考えられます。コラボレーションの例としては、野中氏らによる組織的知識創造や、チェスブロウの提唱したオープンイノベーションが挙げられますが、組織的知識創造の場合には「場」という仕組みを作ることとその効果的運営手腕が求められますし、オープンイノベーションについても協働相手の情報収集からその能力の評価、協働の仕組みづくりと管理など、第一線の研究者にとっては本来の研究業務の傍らで実施するには荷が重い課題が存在すると言えるでしょう。さらにビジネスモデルの組上げ、ということになると経営上の知識も必要となり、研究者にとってはますます困難な課題になってしまうと思われます。

もちろん、こうしたことが得意な研究者もいるでしょう。また、研究者にこうした知識や考え方を教育してビジネスセンスをもった研究者を育成すべきだという考え方もあるでしょう。しかし、こうしたことが得意な人、興味がある人を研究の「企画」担当として、専任でそうした業務を行なわせることも有効ではないでしょうか。具体的には、次のような仕事の内容が考えられると思います。

・研究成果、要素技術の将来のビジネス展開の可能性評価

・研究をビジネスにつなげる仕組み(ビジネスモデル)構築と推進の支援

・社内外の保有技術や知識と活用可能性に関する情報収集と評価

・社内の各部署、社外との連携、協働の推進

・社内情報(ニーズ、シーズ)にもとづくイノベーションアイデアの抽出

・社内外技術、情報の融合によるイノベーションアイデアの提案

・協働、組織的知識創造のための「場」づくり

・研究環境の整備

このような業務に必要な資質としては次のようなものが挙げられるでしょう。

・技術内容についてのおよその理解ができること

・好奇心が旺盛で、様々な技術を受け入れることができること

・イノベーションの本質(どのように進み、成功あるいは失敗に至るか)についてのイメージを理解していること

・ビジネス実現のために柔軟な判断(妥協、変更も含めて)ができること

このような業務は、基本的にボトムアップのプロジェクトにおいて特に求められるでしょう。開発プロジェクトとして社内で承認されトップダウンのプロジェクトになったものは、しかるべきプロジェクトマネジャーが任命されて、そこに推進体制が形成されるでしょうから「企画」の出番はないかもしれません。しかしアイデアを抽出し、実現性のあるビジネスモデルの形に仕上げるまでの作業、そのための情報収集と環境整備を行なう必要がある場合、そうした作業を担当する部署が必要になってくると思います。

ただし注意しなければいけないのは、「企画」の担当者の立場です。基本的に研究者や第一線社員の立場に立ち、イノベーション実現を支援する立場から行動できることが特に重要だと思います。場合によっては黒子の役割に徹することも必要かもしれません。ボトムアップのアイデアを出させて、それを審査して合否を決定するような立場であってはアイデアの抽出と育成は困難でしょう。

このような研究を補助する仕事の役割については、今まであまり取り上げられていないように思います。実際には、このようなことに積極的な企業もあるのかもしれませんが、一般には「企画」の仕事というと、研究テーマの採否や予算配分の決定、進捗管理と中止や変更の判断、といった具合に経営側の下請けとして、研究者に対峙する立場になるのが普通であるように思われます。しかし、それでは研究者の能力や資質に研究の成否を押し付けているだけで、企画専門の立場として研究者の能力を補ってイノベーションの実現に向かって協力していくことは難しいのではないでしょうか。従来の企画の仕事が不要だとは言いませんが、いわゆる「管理」は「企画」の本質ではないと思います。まして、研究幹部と研究員の単なる橋渡しのような業務、さらに幹部の秘書のような業務は「企画」に本来求められている業務とは言えないでしょう。研究コーディネーター、メンターなどといった呼び名も考えられるかもしれませんが、創造力を発揮しながら研究を育てる専門職の確立が必要なのではないでしょうか。イノベーションの進め方が多様化している現在、研究者を支えるこのような役割から生み出されるイノベーションもあるように思うのですがいかがでしょう。

「エコ企業」雑感 (ニューズウィーク日本版、2011.2.9号、エコ企業100より)

世界の大企業100社の「エコ度」を採点した結果が公表されました[文献1]。はっきり言って、この結果の順位を細かく議論する意味はあまりないでしょう。ただ、マスコミが何を評価しているかや、世界の中での日本の位置づけなどは窺い知ることができるように思います。環境問題への対応は、今後の研究開発にとっての大きな課題ではありますが、具体的にどう進めるべきなのかは手探りのところもあると思いますので、まずは現状を知る手がかりとして調査結果についての雑感を書いてみたいと思います。

 

調査対象は、売上高、株式時価総額、従業員数を基準にして選んだ、世界で最も規模の大きい上場企業とされる100社です(つまり、エコ度の高いベスト100ではありません)。そのエコ度の評価は、「環境影響スコア」(温室効果ガスの排出、水使用、廃棄物処理、酸性雨やスモッグ発生源排出など700以上の項目の評価と環境情報公開の評価)が45%、「グリーン政策スコア」(気候変動や有害排出物への取り組み、製品の環境影響、ローカル資源活用、環境リスク評価、管理など企業の環境政策に関する70以上の項目の評価)が45%、「評判スコア」(研究者、環境問題担当幹部、CEOなどに対する評判のアンケートによる評価)が10%という構成で点数化し、それを最高が100点、最低が1点になるように指数化したものを総合点として「グリーンスコア」とし、それで順位づけを行なっています[文献12]

 

以上のような評価ですので、残念ながらその妥当性はよくわからない点も多いです。ただ、調査項目は多いようですし(多ければよいというものではありませんが)、ある程度意味のあるデータが得られそうな気もしますので、早速、上位にランクされた企業を見てみましょう(なお、このランキングは英語版のNewsweekでは20101018日号に公開されているもののようです [文献3])。

 

以下では、記事で取り上げられている各企業の取り組みの内容も付記します。総合点である「グリーンスコア」は「グ」、「環境影響スコア」は「環」、「グリーン政策スコア」は「政」、「評判スコア」は「評」と略します(小数点以下四捨五入)。

1位:IBM(米)、グ100、環94、政91、評96、(省エネ、省エネプログラム開発)

2位:ヒューレット・パッカード(米)、グ99、環59、政96、評93、(CO2排出量公表、省エネ型製品開発)

3位:ジョンソン&ジョンソン(米)、グ99、環43、政100、評78、(CO2や廃棄物などの削減目標、太陽光発電の自社積極利用)

4位:ソニー(日)、グ96、環57、政97、評64、(2050年までに環境負荷ゼロ目標、省エネテレビ開発)

5位:グラクソ・スミスクライン(英)、グ94、環65、政91、評74、(水消費や廃棄物削減、取引業者に環境基準充足の制約設定)

6位:ノバルティス(スイス)、グ91、環54、政90、評67、(HSE(健康・安全・環境)に関する厳格なガイドライン設定と管理システム、エネルギー消費削減)

7位:ドイツテレコム(独)、グ91、環96、政84、評67、(紙使用削減、携帯電話リサイクル、電力削減に使えるデータ活用の計画)

8位:パナソニック(日)、グ91、環45、政91、評64、(環境計画策定、CO2排出削減、再生資源活用)

9位:HSBC(英)、グ90、環97、政79、評82、(CO2排出プロジェクトへの投資、気候変動の生活への影響抑制計画をNGOと開始)

10位:東芝(日)、グ88、環53、政87、評55、(環境ビジョン2050推進、環境効率向上、低炭素エネルギー供給)

 

ちなみに、ワースト3とされた企業は次のようになっています[文献1,3]

98位:中国石油化工(中)、グ22、環32、政1、評6

99位:アルセロールミッタル(ルクセンブルク・蘭)、グ12、環3、政33、評36

100位:リオティント(英・豪)、グ1、環1、政49、評89

(なお、これはあくまで調査対象100社の中でのワーストで、その最下位が1点になるようになっていますので、誤解されないようにお願いします)


一見して、業界や国による点数の差がありそうです。そこで、国別、業界別に以下の表に整理してみました。同じところに複数社が入る場合は平均をとっています。全体の平均は加重平均です。



グリーンスコア700

企業数680


同じ国の中でのデータをみると業種による差が各国で似ているところがあり、同じ業種でみると国による傾向があるようなので、業種と国によって差があるのはどうやら間違いなさそうです。そういう点は考慮しなければなりませんが、いわゆる先進国でポイントが高く、新興国ではポイントが低い、という予想通りの結果は窺えると思います。

 

評価の内訳[文献3]をみると実はもう少しよくわかることがあり、業種の違いについては「環境影響スコア」に大きな差が出ています。例えば、銀行・保険業の世界平均が80.3、テクノロジー企業のうち通信関連の平均が72.6、自動車製造の平均が36.9、石油・ガス業の平均が18.4となっていて、大雑把に、エネルギーを使って物を作ったり、そのエネルギーを供給している企業が低い評価になっています。

 

日本の特徴は、「グリーン政策スコア」にありそうです。グリーン政策スコアの国別平均は、日本81.3、イギリス70.3、アメリカ61.7、フランス58.5、ドイツ53.5、中国31.8です。これは上記トップ10の取り組み内容にも示されているとおり、日本の企業は環境対策について長期的な政策を掲げていることが大きいように思います。

 

「評判スコア」は全体評価に占める割合は小さいのですが、国別平均をみると、ドイツ69.0、イギリス64.1、フランス61.6、日本59.1、アメリカ59.0、中国19.7と、ヨーロッパ企業の評価が高く、日本はそれほどでもない、という傾向が見てとれます。これは単に調査がアメリカで行われていることを反映しているだけかもしれませんが、日本が掲げているような長期的なCO2排出削減のような取り組みが評判にはつながらない、ということなのかもしれません。

 

なお、研究開発の観点から気付いた点としては、トップ10企業での取り組みの中に省エネや省資源が多く、夢のような研究開発がほとんどない点が挙げられるでしょう。欧米企業では今まであまり積極的に省エネに取り組んでこなかったために省エネの余地があることはよく指摘されますが、近年のエネルギー価格の高騰によってコスト削減における省エネの重要度が増しているために省エネのメリットが増大していることも影響しているように思われます。さらに、「実現可能と予想できる」ことに取り組もうとしていることが現れているのかもしれません。もちろん、高い目標を掲げることは意義深いことではありますが、それが実現不可能に思われる場合には目標達成の意欲を持ち続けることは難しくなりますので、現実的な施策が重視されているのかもしれません。

 

しかし、省エネについていえば、銀行・保険業での10%省エネと、そもそもエネルギーを大量に使う業界での10%の省エネでは社会へのインパクトが大きく異なります。単に省エネしやすい企業が上位にランキングされているだけ、という解釈もできるかもしれません。そもそも、このようなランキングには、他社との比較を行なう材料を提供することの他に、努力をした企業を上位にランクして称え、下位の企業に対しては努力を促す(上位の企業に対しては地位を維持する努力を促す)、という意味があると思います。もし、単に表面的な環境に優しいイメージの企業が評価されているようであればやや問題でしょう。地球環境という見地からは、エネルギー消費の多い下位企業がエネルギー消費やCO2の排出削減に取り組まなければ十分な効果は期待できないでしょう。そのような取り組みが評価されるシステムになっているのかどうか、メーカーの立場としてはやや気になります。

 

そもそも、種々雑多、複雑な要因を含む特性を、ひとつの指標にまとめて評価することは容易なことではありません。このような評価を試みること自体は、評価対象についての認識を深め、社会に意義を認知される上で大きな意義のあることだとは思いますが、個々の順位や点数が独り歩きしたり、目的や前提を見失ったような使われ方をしたりすることには注意が必要だと思います。調査結果から意味のある指針を抽出することこそがデータの受け取り方として重要なのではないでしょうか。この記事とは直接関係ありませんが、物事を数字で評価することの難しさや注意すべき点などについても再認識させられました。

 

 

文献1:「世界最強ランキング エコ企業100」、ニューズウィーク日本版、2011.2.9号、p.40.

文献2:「Green Rankings2010 Full Methodology」、NewsweekOctober 18, 2010.

http://www.newsweek.com/2010/10/18/green-rankings-2010-full-methodology.html

文献3:「Green Rankings: Global Companies」、NewsweekOctober 18, 2010.

http://www.newsweek.com/content/newsweek/2010/10/18/green-rankings-global-companies.html

こちらには「環境影響スコア」、「グリーン政策スコア」、「評判スコア」、「グリーンスコア」のすべてが載っています(調査方法は世界100社の場合と少し異なるようですが、アメリカ500社の評価結果もあります)。
<2011.8.14追記:現在のリンク先はこちら>

http://www.thedailybeast.com/newsweek/2010/10/18/green-rankings-global-companies.html

参考リンク<2012.2.19追加>
2011ランキング(2011.10.16発表)へのリンクもあります(2010とはかなり順位が異なります)
→コメント欄に上位順位のみ簡単に書きました。


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