研究をうまく進め、イノベーションを成功に導くためにはどうすればよいのか、どうすればその方法が見つけられるのでしょうか。技術的な課題に対してなら、過去の成果を調べる、理論を適用する、実験してみるといった手法を用いるわけですが、マネジメントについてはどうでしょうか。丹羽清編、石黒周、板谷和彦、白肌邦生、清野武寿、手塚貞治著「技術経営の実践的研究」[文献1]では、マネジメントにおいてこのような科学的な研究の方法に通じる「実践的研究」の重要性が主張され、その事例が述べられています。
丹羽氏は、「企業が現実に抱える複雑な課題に対して実際に解決法を提案しようとしたときに、基礎的な理論的研究や過去の事例を対象とする分析的研究などのアプローチでは歯が立たない[p.iv]」と述べ、「実践的研究」すなわち「企業で実際に直面する技術経営上の重要課題を扱い、その解決策を提案することを目的とする研究[p.iii]」の必要性を主張しています。本書では、5人の著者による実践的研究の試みと、そこから得られる示唆が述べられており、技術経営学の研究手法としてだけでなく、実用的な示唆としても重要な内容を含んでいるように思われました。このような、課題解決を目指して何かを試み、そこから何かを得る、というアプローチからどんなことが得られているのか、その内容をまとめておきたいと思います。
第1章、研究マネジメント――発見プロセスの支援(板谷和彦)
第1章では、「研究者の発見を志向する意識や行動を促すことを主目的とする、発見を支援するマネジメント方法を提案する[p.15]」ことが検討されています。著者が提案しているのは「発見の現場主導型マネジメント」というもので、発見を目指した活動が主体となる探索研究への適用を想定し、研究者の研究行動に対するマネジメントやリーダーによる干渉を可能な限り抑制することを特徴としています[p.27]。具体的には、階層的組織と成果主義型人事制度に基づくマネジメントの問題点を抑制するために、次の施策が提案されています[p.25-27]。
1、破格の実行権限の委譲(締め切りを設けずフォローもしない、計画段階から結果の解釈に至るまで拡大的に研究者に委譲し、報告義務を負わせない)
2、ビジョン的表現による目標の共有(リーダーと研究者が、目標達成の社会的インパクトや夢などをビジョン的表現による目標として共有する、目標を広く捉えて共有することにより、企業との価値貢献の道筋は共有しつつも微細な目標による束縛感や制約感は抑制する)
3、ゆるやかなコミュニケーション(階層構造上の上下関係に対する意識を感じさせないコミュニケーションを図る、階層構造がもたらす遠慮、義務感や躊躇を取り払った議論や情報交換を促進する)
4、臨機応変な既存組織との整合(成果評価、業績評価を発見のタイミングにあわせて行う、資源確保を臨機応変に行う、既存組織との不整合を臨機応変な対応で解決をはかる)
そしてこの施策を電機系大手メーカーの中央研究所で適用する実験を行ない、これらの施策が発見志向の傾向を高める効果があること、意義ある発見を創出する効果があることが確認されています[p.52]。
第2章、設計と生産の連携――製品開発活動の強化(清野武寿)
第2章では、「設計部門と生産部門とが新製品開発の実際の現場において連携を強化するための実践的なマネジメント方法を提案すること[p.61]」が研究目的とされています。日本の代表的な企業6社(機器、材料メーカー)の生産部門マネジャーへの調査により、こうした連携が不足する原因を推定し、24社へのアンケートで得られた解決事例に基づいて、1)データ・情報の伝達と有効活用(相互に相手が有効活用できる形態で伝達する)、2)機能・役割の置換(機能や役割を互いに代わって実行する)が解決方法になりうることを抽出しています[p.67-69]。この時、生産部門からの働きかけや提案で連携が開始されることが多い[p.83]、という点にも注目する必要があるでしょう。
第3章、技術人材のマネジメント――人材の活性化法(白肌邦生)
第3章の研究の目的は、「技術系企業における効果的な人材活性化マネジメント方法を提案すること[p.98]」とされています。特に技術人材については、「『将来にわたって自分を高めていきたい』という自己向上側面と、『自分の研究成果によって社会に影響を与えたい』という影響側面の、大きく2つのタイプの未来志向性が技術開発業務を推進するうえでの職務意欲の源泉となっているのではないか[p.100]」という洞察に基づいてアンケート調査を行ない、「意欲的に活動している人材は、将来にわたって自分を高めたいというキャリア向上の側面で、より先の将来を見据えていると推測できる[p.106]」という結果が得られたとされています。さらにこの結果から、「技術人材は自らの未来志向性(Vision)が、組織の技術開発目標と意味づけされることで、業務に動機づけられる(Motivation)。意欲的な活動は創意あるアイデア創出(Ideas)や目標達成行動(Actions)につながり、何らかの成果を生む。当該成果が他者に評価され、当人が仕事への成功実感(Success)を得ると、当初見いだしたビジョンと組織目標達成の関係性が個人の中で強化、あるいは新規のビジョン形成につながり、この流れは循環する[p.109]」という技術人材の活動モデルが提案されます。そして技術人材の上記5つのポイント(Vision, Motivation, Ideas, Actions, Success)の度合いが診断された上で、ミドルマネジャーによるフォーマルな人事面談により、個人ビジョンの創造および引き出し、個人ビジョンと組織目標のすりあわせ、アイデア創造促進および行動スタイルの変更、取り組みの評価が行われることによって[p.112]、能動的業務遂行意識が高まるという効果が得られた[p.126]としています。
第4章、研究開発型ベンチャー――企業間の知識連携(手塚貞治)
第4章では、組織間知能について検討されています。組織間知能とは、「組織集合体における集合的な知的問題処理能力」と定義され[p.145]、「企業間連携における提携共同体を一般化したものが組織集合体であり、その組織集合体における知識共有のあり方を『組織間知能』と位置づけることができる[p.145]」とのことです。これは、「ベンチャー企業の場合は、知識習得も外部との関係を頼ることとなる[p.139]」ため、「ベンチャー企業の成功可能性をさらに高めるには、この『知識』の習得こそが残された課題[p.138]」という認識に基づいています。研究の目的は、「イノベーションの担い手としての日本の研究開発型ベンチャー企業が企業間連携を通じて構築している組織間知能の構造を明らかにすること[p.172]」であり、著者は、社歴10年未満の研究開発型ベンチャー企業へのアンケートによって、この問題を検討し、基本構想立案能力(事業フローの最上流にあたる戦略構築や商品アイデア創出・コンセプト設定というプロセスにおける能力)が提携共同体で特に向上し、この能力が向上すれば提携成功とみなされ、この能力向上には長時間かかることが明らかにされています[p.172]。さらに、提携成功の要因として、情報伝達手段の整備、対等性の保持、個人間信頼、コスト負担ルールの設定、事前調査、ベンチャー側の自社技術優位性の保持が重要であり、これらのポイントは提携の形態により意義の重要性が異なることも明らかにされています[p.172-173]。この時、成果配分ルールを決めることは提携成功には負の作用を及ぼすとしている点は興味深いと言えるでしょう。
第5章、長期研究システム――NPO型分散研究システム(石黒周)
第5章の研究の第一の目的は、「従来の長期研究システムがもつ・・・問題点を生じさせない新たな研究システムを提案する[p.185]」ことであり、著者自身が運営・管理に携わったRoboCup(人工知能やロボティクスの研究を推進するために、日本の民間企業の研究所、大学、国立研究所の研究者らが1995年に研究ゴールを提案し、1997年に立ち上げた研究プロジェクト[p.187])という長期研究推進の仕組みを検討対象とすることで、「NPO型分散研究システム」という新たな長期研究システムを提案しています。その組織的特徴は、「ビジョンドリブン組織、NPO組織、ゆるやかな階層性組織、科学者共同体の4つ[p.216]」であり、組織特性として「ビジョンドリブン性(組織として達成することを目指しているゴールがあり、それを達成するためだけに組織が設立され、活動が推進される)、競争と淘汰性(参加者同士が互いに競い合う、価値を見出されないと活動が継続できなくなる)、オープン性(情報の公開性が高く、参入と退出の制約が少ない)、協働性(各セクターの組織がもつ欠陥を補い、相補的関係となり得る)、低制約性(組織立ち上げ条件や、他組織との兼務の可否に対する制度的制約が少ない)、自律分散性(個人あるいは単位組織が自律性をもつ)、サムシングニューイズム(他者に先んじて成果をあげ、それをその研究者の業績とする)、非専門家に対する閉鎖性(専門家集団とその固有の知識体を共有しない非専門家との間で研究に関する知識の共有がはかられない)の8つ[p.190-191]」があるといいます。ちなみに、この運営方法は今のところうまくいっているようで、新しい長期研究の進め方として有望のように思われます。
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以上が5つの実践的研究です。いずれも研究マネジメントの各論的検討ですが、それぞれは単なる思い付きや経験的実践ではなく、従来の研究マネジメントの問題を認識した上で試行、分析が行われており、企業において行なう研究マネジメントの方法についての示唆も大きいように思います。それぞれの成果の詳細については、適用事例以外の場合にも成立する汎用的なものなのかどうか等、今後の検討が必要なものもあると思いますが、各章で述べられた知見や各論は多くの示唆に富んでいて、例えば、第1章では、発見もマネジメントによって促進できること、第2章では、連携のために情報交流だけでなく機能や役割を置換することが有効なこと、第3章では、未来志向の考え方のマネジメントが活性化に有効であること、第4章では、企業提携において重視すべき項目が示唆されていること、第5章では、長期的で連携を必要とする研究プロジェクトの進め方において有効な方法が示唆されていることなどが個人的には興味深く思われました。もし、全体を通して鍵になる考え方をあげるとすれば「自律性」なのではないかと思いましたがいかがでしょうか。実際にこのような各論の議論を統合する考え方がありうるのか、それともこういう場合にはこうマネジメントすればよい、というような各論的議論がさらに必要なのかは興味のある点ですので、今後の発展に期待したいと思います。丹羽氏は研究マネジメントに対するこのアプローチを発展させ、企業で新規事業を行なおうとするには、「これまで経験のない新規事業の設定という課題を何度も試行錯誤しては検討し直すという学問的研究アプローチの採用が有効となる。本書ではこれを「『研究的』実践」と呼ぶ[p.227]」と述べています。企業にとっては、こうしたマネジメントを行なう余裕を持てるかどうかが問題かもしれませんが、研究の成果をあげたいならマネジメントにおいても古い考えにこだわらない「研究的」アプローチは必要なのではないかと思います。
文献1:丹羽清編、石黒周、板谷和彦、白肌邦生、清野武寿、手塚貞治著、「技術経営の実践的研究 イノベーション実現への突破口」、東京大学出版会、2013.
参考リンク<2013.7.21追加>