研究開発マネジメントノート

研究開発とそのマネジメントについてのいろいろ

知識創造

ノート改訂版・補遺2:研究マネジメントの実践に役立つ知識

ノート改訂版・補遺1では、研究マネジメントにおいて特に重要だと思うこと、知っておいて折に触れてチェックすべきこと、知らないと大きな判断ミスを冒す可能性があると思われることをまとめました。ただ、補遺1では内容をかなり絞りましたので、今回は「補遺2」として、実践に役立つ具体的知識をまとめたいと思います。前回同様、内容の選定と記載は個人的な見解に基づいていますので、ひとつの意見として見ていただければ幸いです。詳細は、本ブログ記事へのリンク先をご参照下さい。

研究の不確実性にどう対応すればよいか
・不確実性に対処するには、計画主導ではなく創発的戦略をとることが好ましいとされています。「創発的戦略」をうまく進める方法としてAnthonyらは次の3つのステップからなる方法を提唱しています。(本ブログ:ノート12
1、重要な不確実性の領域を識別する:最初の戦略は間違っている。正確な予測の数字は無意味。
2、効率的な実験を行なう:投資を控えて多くを学ぶ。スピードを上げることは重要ではない。
3、実験の結果に基づいた調整と方向転換を行なう:計画に固執しない。評価指標にとらわれすぎない。
・言い換えれば、当初想定が外れるかもしれない前提で準備すること、試行錯誤をうまく行い多くを学んで成功確率を上げることを狙う、ということと考えます。

人間の思考・予測の限界に注意するには
・まずは、以下の点で人間の思考には限界や誤りの可能性があることを認識すべきと考えます。(本ブログ:意思決定の罠
1、無意識の思考特性に依存する誤り(プライミング、係留と調整のヒューリスティックなど)
2、現象や事実に対する知識や認識不足、認識の誤り(平均への回帰の軽視、ハロー効果、状況の軽視、相関関係と因果関係の混同など)
3、対象自体の予測不可能性(複雑系の現象、創発、発散現象やその原因と発生タイミングの予測、確率的な現象など)
・人間の思考の誤りを理解するための二重過程理論(Kahnemanによるシステム1(速い思考)とシステム2(遅い思考)についての説明):「システム1」は自動的に高速で働き、努力はまったく不要か、必要であってもわずかである。・・・「システム2」は、複雑な計算など頭を使わなければできない困難な知的活動にしかるべき注意を割り当てる。考えたり行動したりすることの大半は、システム1から発している。だがものごとがややこしくなってくると、システム2が主導権を握る。システム2に困難な要求を強いる活動は、セルフコントロールを必要とする。そしてセルフコントロールを発揮すれば、消耗し不快になる。→こうした傾向により、システム2で対応できない(できなくなった)課題に対してシステム1で対応しようとする時、認識や判断の誤りが発生しやすくなるのだと考えられます(本ブログ:ファスト&スロー、判断の誤りやバイアスの事例については、意思決定理論入門も参照ください)。

競争相手の動きを読むには
Porterの5つの力の枠組みは競争戦略立案に有効とされていますが、最近ではこの枠組みによる検討だけでは持続的競争優位を確立することは難しいという意見が多いようです(本ブログ:持続的競争優位をもたらす戦略とは世界の経営学者はいま何を考えているのか)。しかし、1、サプライヤーとの関係、2、買い手との関係、3、新規参入者、4、代替製品、5、既存企業間の競争状況からなる5つの力の枠組みは、自社および競争相手の置かれた状況を考察するためのチェックポイントとして、いまだ有効なように思います(本ブログ:ノート3)。競争相手の立場に立って状況を整理し、競争相手が保有する資源(技術力も含む)も考え合わせれば、ある程度競争相手の動きは読めると思います。

どんなイノベーションに取り組むべきか
・「補遺1」では、大きな成功をもたらしやすい重要なイノベーションとしてChristensenの「破壊的イノベーション」をあげました。しかしChristensenらも、すでに事業を行っている企業では持続的イノベーションも重要であり、イノベーション資源の少なくとも80%を持続的な改良に配分することを推奨しています。重要なことは、破壊的イノベーションのメカニズムを考慮して、企業の環境や取り組むイノベーションにとって適正な進め方を行うことでしょう。なかでも次の点が重要と考えられます。(本ブログ:ノート4
技術進歩は消費者のニーズを越えて進みやすいため、既存企業はオーバースペック製品を生みやすい。
消費者は本当のニーズを知らないことがある。

既存企業にとっては、参入してきたばかりの後発企業と競争する必要性が感じられにくい(不均等の意欲)。
既存企業には、生まれたばかりの破壊的技術を重要視しにくい社内のバイアスがある。
破壊的イノベーションには、ローエンド型破壊と新市場型破壊がある。
DARPA(アメリカ国防総省国防高等研究計画局)で重視されている研究評価の基準は以下のとおり(これはハイルマイヤー(Heilmeier)の基準と呼ばれ、研究マネジャーがしっかり回答することが求められる質問とのことです)。
1、何を達成しようとしているのか?専門用語を一切利用せずに当該プロジェクトの目的を説明せよ
2、今日どのような方法で実践されているのか、また現在の実践の限界は何か?
3、当該アプローチの何が新しいのか、どうしてそれが成功すると思うのか?
4、誰のためになるか?
5、成功した場合、どういった変化を期待できるのか?
6、リスクとリターンは何か?
7、どの位のコストがかかるか?
8、どれほどの期間が必要か?
9、成功に向けた進展を確認するための中間及び最終の評価方法は何か?

アイデア創造や技術開発以外に取り組むべきこと
・ビジネスモデルの構築:ビジネスモデルを考えるための枠組みとして使いやすそうな方法に「Canvas」があります。Canvasでは、顧客セグメント、価値提案、チャネル、顧客との関係、収益の流れ、リソース、主要活動、パートナー、コスト構造の9要素を図にまとめて関係が視覚化できます(本ブログ:ビジネスモデル・ジェネレーション)。
・関係者との協働、調整:少数の関係者のみでイノベーションを完成することは困難になりつつあるようです。利害関係を見極めて調整し、協働するための手法は未確立だと思いますが、エコシステムを構築するという観点は重要だと考えます(本ブログ:ワイドレンズ)。
・イノベーションを使ってもらう:よいイノベーションであっても、利用者はすぐにはそれを採用しません。「イノベーション普及学」という分野では、この受け入れのプロセスに関わる様々な因子が検討されており、その知見は実践面でも重要な基礎になる考え方だと思います。Rogersは、普及速度に影響するイノベーションの特性として次の5つをあげています(本ブログ:ノート13)。
1、相対的優位性(そのイノベーションが既存のアイデアよりよいと知覚される度合い)
2、両立可能性(そのイノベーションが採用者の既存の価値観、過去の体験、必要性と相反しないと知覚される度合い)
3、複雑性(イノベーションを理解したり使用したりするのが困難であると知覚される度合い)
4、試行可能性(イノベーションを経験しうる度合い)
5、観察可能性(イノベーションの結果が採用者以外の人たちの目に触れる度合い)
・イノベーションの方法論の中で、イノベーションプロセスの比較的広い範囲が考慮されているものとして、次のものが重要と思われます。ラフリーとマーティンによる戦略(本ブログ:P&G式勝つために戦う戦略)、ゴビンダラジャンとトリンブルによる社内既存部署との協働を重視した進め方(本ブログ:イノベーションを実行する)、SRIのカールソンとウィルモットによる進め方(本ブログ:イノベーション5つの原則)、ジョンソンによる破壊的イノベーションを念頭においた進め方(本ブログ:ホワイトスペース戦略)。ただし、あらゆる場合に有効な考え方というものは未確立なようですので、状況に応じてこうした考え方を参考にすべきと考えます。

イノベーションプロセスの比較的狭い範囲における進め方の提案と得失
・オープンイノベーション:協働の進め方としてすでに成功事例が報告されていますが、自社と他社(組織)のアイデアを融合させる、という理想部分が過大評価され、アイデアや技術の移転、仕事の線引きと競争力の問題、インターフェース設計の問題、収益の分配の問題などの課題もあるとされています(本ブログ:技術経営の常識のウソオープン・イノベーションは使えるか)。
・ステージゲート法:プロジェクトの中止がしやすい、研究者にとってやるべきことが明確になり収益意識が高まる、研究テーマとプロセスの見える化により研究部門と事業部門のつながりが強化される、製品化目前になってプロジェクトを中止するようなケースが減る、ということがメリットとされていますが、テーマを『育てる』という側面よりも、想定通りに育たなかったテーマを『切る』という側面に比重がおかれていることには注意が必要と思われます。(本ブログ:技術経営の常識のウソ
・プロジェクトマネジメント:有限期間内に特定の目的の成果物を生み出すために時限的に人が集まって進める活動をきちんと行なうための手法や思想であって、担当者の業務経験を狭くする、コミュニケーションを阻害する、仕事の継続性が失われることで仕事からの学習を阻害する、技術を蓄積しようとするモチベーションを阻害する、組織全体としても技術蓄積を大切なものとして考える意識を希薄化する点が問題とされています。(本ブログ:技術経営の常識のウソ
・このような手法は、得失を理解した上で、状況に応じて使い分けることが必要でしょう。

形式知と暗黙知の違いを考慮した知識創造の進め方
・野中氏らが提唱した組織的知識創造のプロセス(SECIプロセス)をシンプルにまとめると以下のようになるでしょう。この4つの知識変換プロセスを繰り返すことによって組織的知識創造が進むとされています。(本ブログ:創造性を引き出すしくみ、より詳しくは、流れを経営するを読む
1、共同化:個人の暗黙知からグループの暗黙知を創造する
2、表出化:暗黙知から形式知を創造する
3、連結化:個別の形式知から体系的な形式知を創造する
4、内面化:形式知から暗黙知を創造する
ポイントは、暗黙知をどう組織内で相互作用させて新たな知を創造するか、それを個人の知識の充実にどう活かすか、という点だと思います。そのためには、知識の交流を活発化させるための「場」(環境)をうまく作ることが重要になると思われます。

研究者(イノベーションを推進する人)のやる気を引き出すには
・補遺1では、やる気に関わる重要な因子として、Herzbergによる動機付け要因と衛生要因、Maslowの欲求階層理論、Deciによる外発的動機づけと内発的動機づけの考え方を指摘しましたが、この他にも動機づけ、やる気に関わる因子は様々に議論されています。やる気を引き出す具体的な施策を検討する際には、以下の金井氏による整理が参考になると思います。(本ブログ:ノート7モチベーション再考
1、緊張感・危機感・欠乏・心配・不安がやる気を起こす(ズレ・緊張系)
2、夢・希望・目標を持つことで、やる気が起こる(希望・元気印系)
3、その人それぞれの考えで、やる気が起こる(持論(自論)系)
4、コミューナルな関係性、共感がやる気を起こす(関係系)
・上記にも関連する点がありますが、エンパワーメントの観点からは次の要素が重要だと思われます。(本ブログ:モチベーションは管理できる?
有能感(自分の能力を信じ、やればできるという意味での自信のある心理的状態)
自律性(自分自身の行動を自分自身で決定できる状況にある場合に増大する感情)
心理的無力感(がんばろうと努力しているにも拘らずうまく結果が出せなかったり、成果を出したのに周りから評価されなかったりした場合に増大する感情)
成長機会(仕事をこなすことで自分を高めていける、能力を発揮できるような環境かどうか)
権限委譲(自分自身の仕事に関する意志決定が職場の状況としてできるか)
支援(協力してくれる上司やその他の人たちがいる場合に増大する)
状況的無力感(自分にとって不利な職場かどうか、苦手な仕事や、周りから好ましい反応がなかった場合に増大する)

研究リーダーはどうすべきか
・補遺1では、リーダーの役割として、多様性の確保、コミュニケーションの活性化、組織外部との連携調整、部下の育成指導、ロールモデルをあげました。
・グーグルが社内の調査によって明らかにした、評価の高いマネジャーに共通する行動の特性は次のとおり。(本ブログ:データが語るよいマネジャーとは
1、優れたコーチである
2、チームを力づけ、こと細かく管理しない
3、チーム・メンバーの仕事上の成功と私的な幸福に関心を示し、心を配る
4、建設的で、結果を重視する
5、コミュニケーション能力が高く、人から情報を得るし、また情報を人に伝える
6、キャリア開発を支援する
7、チームのために明確なビジョンと戦略を持つ
8、チームに的確な助言をするために、主要な専門的スキルを持ち合わせている

これらは、理想のマネジメントを行うための処方箋と言えるようなものではないと思いますが、実践の際の貴重なヒントを与えてくれる考え方としてひとつの手がかりになるのではないかと思います。


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一技術者からみた「源泉」(ジャウォースキー著)感想

今回は、ジャウォースキー著「源泉」[文献1]を取り上げます。ただし、正直、このブログで取り上げるべきかは少し迷いました。というのも、書かれている内容に理解できない(というよりは「受け入れ難い」)点が多かったためです。しかし、監訳者の金井壽宏氏や、帯にコメントを寄せられた野中郁次郎氏は、本書の内容の重要性をある程度認めておられるように思われましたし、ネットでもそれなりに評価されてもいるようで(私も、マネジメントの実践面では、ひとつの手法として意味がありそうに感じたところもありました)、なぜそれらの評価とは異なる印象を私が持ったのかを、考えてみることにしました。

著者の主張のポイントについての私の理解
著者が探究しようとしている基本的な疑問は次のようなもののようです。「知とつながって、まさにその瞬間に必要な行動をとれるようになる私たちの力の源泉は何なのか[p.31]」。リーダーシップの問題に関していえば、次のような経験、すなわち「私たちの小さなチームは、途中で放り出すことなく作業をやり抜いた。みなで力を合わせて作業している間、私はチームがエネルギー場に包まれているのをはっきり感じた。意識が研ぎすまされている。ふつうでは考えられないくらい頭が冴えて、ものごとの全体がわかるような感じがする。時間がゆっくりと進んでいく。私たちは、極めて難しい作業をまるで造作ないことであるかのようにこなすことができた。・・・チームのリーダーシップは必要に応じ、そのときそのときで切り替わった。私は意識することなく、また誰かに命じられたわけでもなく、行動していた。個人の判断で行動しているという感覚もなく、作業をしていた。私たちはまるで、達成すべきことを達成するために、道具として役立てられているかのようだった。しかし何より、私が衝撃を受けたのは、より深いレベルの知を自分が体現していることだった。これだ、と直観したことは常に正しかった。作業している間、私たちは必要な強さと、勇気と、辛抱強さと、精神力を持っていた。[p.18]」。確かにこのような「フロー」とも呼べるような状態が個人やチームに訪れることはあるでしょう。そうした状態が何によってもたらされるのか、人為的にそうした状態を作れるのかといった点は確かに興味のあるところです。

マネジメントの視点からは次のような問いになるでしょう。「企業家的な衝動の源泉は何か? 知とつながって、まさにその瞬間に必要な行動をとれるようになる私たちの力の源泉は何なのか?[p.23]」。「未来がどのように現れたいと思っているか、それをチームが感じられるようになるようなプロセスを開発すること、そして実際に現れさせることを。そのプロセスは、メンバーの意志と、あり方と、選択によって導かれるだろう。このプロセスの探究によって、どのような分野においても飛躍的な進歩となる変革が起き、今ある世界を変える知を創造することになるだろう[p.24]」。そして、著者らはその答えとして次のUプロセスに至ります。

U
プロセスのアイデアはブライアン・アーサーの考えに基づくとされ、「ひたすら観察する」(Uの左側)ことから始まり、「より深い知の場所に行く」(Uの底)を経て、流れに乗って素早く行動する(U右側)に至る、というものです[p.32]。それをさらに洗練して、Uの左側として、1)準備する(心のセルフマネジメントという規律ある道を歩み始める)、2)目標に向かって情熱を燃え上がらせる、3)観察し、集中する(判断を脇へ置き、存在するデータに集中する)、4)手放す(現在持っているメンタルモデルや、ものの見方や、世界観を手放す)を挙げ、Uの底として、5)内在とひらめき(その取り組みにどっぷり浸かり、その仕事に没頭し、その経験に夢中になる。・・・やがて啓示――新たな現実に対する知覚――を得て、隠された解決策を見出す)を挙げ、Uの右側として、6)結晶化とプロトタイピング(見出されるものを明らかにする)、7)テストと確認(新たな知を、有効な製品や決定や戦略へ変える)、というプラクティスとして提案されます[p.241-243]。

リーダーシップについては、以下の段階における第4段階のリーダーシップを目指すべきだとしています。[p.77-80
・第一段階、自分が中心になるリーダー:「信念がなく、自分の意思のほかにはおよそ何にも左右されない。しかもその意思とは、そのときそのときで変わる可能性があるため、彼らのあり方には誠実さが欠けている。中には、有利かどうかや自分自身の野心を第一に行動し、結果として高い名声や権力を持つ地位に就く人もいるかもしれない。
・第二段階、一定の水準に達しつつあるリーダー:「彼らは、公正さと礼儀とメンバーに対する敬意を何より大切にする。・・・その成功は、メンバーとともに、そしてメンバーを通して成し遂げられる」
・第三段階、サーバント・リーダー:「自分の権力や影響力を使って、メンバーの役に立ったりメンバーを成長させたりする。・・・『強い達成欲求』を示すが、組織のメンバーや社会の誰かを犠牲にすることはない。また、独立への欲求が強く、習慣に従わなければという気持ちはあまりない。さらには、適切にリスクをとろうとする傾向が強く、自己効力感が高く、曖昧さに対して寛容である。そのため、複雑で混乱した時代にあっても成功を収めることができる。」
・第四段階、新生のリーダー:「サーバント・リーダーの特徴と価値観を併せ持っているが、全体的なレベルが一段上がっている。・・・業績の中心には暗黙知を使う力があるが、この暗黙知を活かすと、私たちが望む組織や社会を思い描いて創り出すことを含め、画期的な考えや、戦略策定や、業務上の卓越性や、イノベーションを行うことが可能になる・・・。第四段階のリーダーは、宇宙には目に見えない知性があって、私たちを導き、創り出すべき未来に対して準備させてくれると確信している。

そして、Uプロセスは、「『4つの原理』に示される世界観を持って実践されると、最高の効果を発揮する[p.242]」とされます。4つの原理は次のとおり[p.10]。

(1)宇宙にはひらかれた、出現する性質がある。:一連のシンプルな構成要素が、新しい性質を持った新しい統一体として、自己組織化という、より高いレベルで突然ふたたび現れることがある。そうした出現する性質について原因も理由も見つけることはできないが、何度も経験するうちに、宇宙が無限の可能性を提供してくれることがわかるようになる。

(2)宇宙は、分割されていない全体性の世界である。物質世界も意識も両方ともが、分割されていない同じ全体の部分なのだ。:存在の全体――一つの物であれ、考えであれ、出来事であれ――は、空間と時間それぞれの断片の中に包まれている。そのため、宇宙にあるあらゆるものは、人間の意思やあり方を含め、ほかのあらゆるものに影響を及ぼす。なぜなら、あらゆるものは同じ完全なる全体の部分だからである。

(3)宇宙には、無限の可能性を持つ創造的な源泉(ソース)がある。:この源泉と結びつくと、新たな現実――発見、創造、再生、変革――が出現する。私たちと源泉は、宇宙が徐々に明らかになる中でパートナーになるのである。

(4)自己実現と愛(すなわち宇宙で最も強力なエネルギー)への規律ある道を歩むという選択をすることによって、人間は源泉の無限の可能性を引き出せるようになる。:その道では、数千年にわたって育まれてきた、いにしえの考えや、瞑想の実践や、豊かな自然の営みに直接触れることから、さまざまな教えを受けることになる。

どこが理解しにくい(受け入れにくい)のか
以上が、著者の考えについて議論するために抜き出しておくべきだと私が思った部分です。このうちUプロセスの具体的方法論は、知識創造や新たなアイデアを生み出し実現するプロセスのひとつのやり方として、考慮に値する考え方だと思います。また、リーダーシップの4段階についても、第一から第三段階までの進歩については異論がありません。しかし、Uプロセスの底である、ひらめきの段階で、宇宙にある源泉とつながることで発想を得るかのような説明、第四段階のリーダーシップにおいて宇宙の知性が導いてくれるというようなくだり、さらに、4つの原理の意味しているところは受け入れることができませんでした。

本書では、著者の主張の根拠とされる、様々なエピソードが登場します。量子もつれの話[p.98]が宇宙の全体性(あらゆるものがつながっているというような意味かと思われます)の根拠とされ、人の意思もつながりあっているという根拠とされているようですが、こうした考え方には論理の飛躍があると思いました。また、テレパシーやサイコキネシス[p.136]、遠隔透視[p.142]、予見的感覚[p.172]の例も、科学的な測定結果があることが述べられていますが、仮にそういうデータを認めたとしても、それが本書でいう「源泉」が存在することの根拠にはならないでしょうし、「源泉」と人がつながってこうした効果を発現させているということにもならないと思います。チームとしての一体感や精神的な高揚感、フローのような状態を理解するためにこのような事例を持ちだす必要もないのではないか、と感じました。さらに、ポランニーの暗黙知や知識創造プロセスについての考え方[p.192-200]も、著者の主張に合致するものとして取り上げられていますが、私にはその解釈はポランニーの意図とは異なる著者独自の解釈のように思えました。(他にもエピソードはありますが、いずれも著者の思想の正しさを裏付ける材料としては不十分だと感じました。)

このように、著者の主張は、受け入れられる部分と、受け入れ難い部分が混在している、というのが私の感想です。人の能力を引き出す方法、新しい発想を生む方法、知識創造の方法の各論的主張には、役に立ちそうな点もあるのに対し、その根拠とされている主張には、受け入れにくいものが多く、あえて述べる必要もないもののように思われます。もちろん、そうした「源泉」を探究しようとすること自体は意味のあることと思いますし、本書の主張を受け入れるかどうかは個人の自由だと思います。ただ、上記のような問題が感じられる結果、著者の主張は特に技術者や科学者には受け入れられにくいと思いますので、著者が考えるマネジメント手法の普及に意味があると考えるならば、もっと受け入れられやすい根拠に基づいて考察した方がよいのではないか、というのが正直なところです。

なぜ私にとって受け入れにくいのか
ある論理を受け入れられるかどうかは個人の考え方によります。著者の考え方が受け入れにくい理由を検討してみることで、私の考え方自体および、著者の主張を受け入れられる人との考え方の違いがはっきりするように思いましたので、私が受け入れ難く感じる根拠を考えてみました。

まず挙げられるのは、科学を扱っている者としてのバックグラウンドです。「『科学者たるもの根拠のない主張を受け入れてはならない』というのは、科学のエートスとして割と共有されている前提ではないかと思います[文献2、p.251]」という意見がありますが、私もそうした考えを持っています(もちろん、根拠があると認めるかどうかには個人の判断が関与しますが)。さらに、科学と非科学の境界として、ポパーによる反証可能性の基準、すなわち「そもそも反証があり得ないような仮説は科学としての最低限の条件を満たしていないだろう[例えば文献2、p.62]」という考え方は、多くのケースで有効だと思っています。こうした考え方に基づくと、本書に書かれた内容だけでは、著者の主張を科学的に根拠のあるものと受け入れることには躊躇せざるをえません。ただし、科学的に十分な根拠がないからといってその考え方を否定するつもりもありません。上記のエートスに従えば、反証可能でありながら否定的な根拠がない場合には、肯定も否定もできないものとして扱うべきでしょう。

こうした科学的判断に加えて、ビジネスとして科学、技術を扱う立場からの実用的な判断基準もあると思っています。実際、ビジネスとして成立している技術の中には、科学的に十分に解明されていないものもあると思いますので(例えば、ヒトや生物が関わる分野では経験に頼った技術というものも多いような気がします)、理由はよくわからないけれどうまくいく、というものもビジネスとしては可能性があるといってよいと思います。ただし、その場合でも次の条件は満たす必要があると思います。
1、技術的成果が再現できること(再現できる条件が明確なこと)
2、成果を再現できる条件が狭すぎないこと(ある程度技術に汎用性があること)
上記1の条件が満たされないと、顧客に対して製品やサービスの保証ができず、ビジネスとして成立しません。また、2の条件はビジネスとして必須ではないかもしれませんが、例えば、特定の人でしか実現できない技術(特定の人が持つ特殊な能力を前提とした技術)は、ビジネスの継続性や発展性の点で問題があるように思います。この基準は科学的な基準よりも甘いものですが、残念ながら本書に述べられた考え方は、上記2条件を満足しているとも考えられないため、やはり技術者としては受け入れ難いという印象になってしまうと思います。

もちろん、マネジメントや、技術の創造は一度でもうまくいけばそれで十分、仮に前提が正しくなくとも、終わりよければすべてよし、という考え方もありますので、そこまで否定するつもりは毛頭ありませんが、上述のような科学としての条件を満たさず、技術としての実用的な基準も満足できないような考え方では、少なくとも多くの技術者の理解や支援を得ることは困難なように思います。仮に本書の考え方でうまくいったとしても、次も同じ考え方でうまくいくという保証がなければ、技術者としてはそのリスクを容認しにくいですし、根拠の薄い考えを疑うことによる機会損失のリスクと、信じて失敗するリスクを比較すれば、その考え方に疑いを持つ方がやはり自然なように思われます。

以上、本書についての感想を述べましたが、確たる根拠のない考え方に基づいたマネジメント論は、実は本書以外にも多いのではないか、という気がします。例えば、経験至上の考え方、過去の特定の思想や事例に基づく考え方もその範疇に属するものかもしれません。また、科学的根拠を用いていたとしても、それが特定の分野にだけ偏ったり、考慮すべきことを無視したりすることも同じといえるかもしれません。こう考えると、何かに頼って正解を得ようとすること自体が危ういとも思えてきます。真実を知りたい、正解を得たいと思うのが人間の性であったとしても、実際には、「正解」ではなく、よりましな理解、よりましな選択を得ることしかできない、というのが実際のところなのかもしれません。


文献1:Jpseph Jaworski, 2012、ジョセフ・ジャウォースキー著、野津智子訳、「源泉 知を創造するリーダーシップ」、英治出版、2013.
原著表題:Source: The Inner Path of Knowledge Creation
文献2:須藤靖、伊勢田哲治著、「科学を語るとはどういうことか 科学者、哲学者にモノ申す」、河出書房新社、2013.


「流れを経営する」を読む

野中郁次郎、遠山亮子、平田透著、「流れを経営する」[文献1]を読みました。野中氏の知識創造理論に関連した話題については今までにも何度か取り上げていますが(創造性を引き出すしくみ、「イノベーションの知恵」感想フロネシスと研究開発)、多くの示唆に富むものの、難解で使いにくいというのが実感でした。しかし、その知識創造理論の集大成とも呼べる本書では、理論を構成する様々な概念が整理され、関連づけられてまとめられていて、今まで感じていたわかりにくさがかなり解消された気がします。知識創造理論について考えるなら、そしてその理論を使ってみたいなら、まず参照すべき一冊と言えるでしょう。

さて、本書は当初、2008年に英語で出版された同じ著者による「Managing Flow - A Process Theory of the Knowledge-Based Firm」の日本語版として着想されたもの、とのことですが、単なる翻訳ではなくかなり異なった内容になっている[文献1、p.ix]とのことです。本書の英語題名は「Managing Flow - The Dynamic Theory of the Knowledge-Based Firm」と、原著とは少し変わっており、本書の方が発展した内容となっていると考えてよいと思います。なお、本書では「持続的イノベーション企業の動態理論」という副題がついていますが、Christensenが「イノベーションのジレンマ」[文献2]で提示した「持続的イノベーション」の概念とは関係がないと思われます(持続的成長を可能にするイノベーション企業、といった意味かと思われます)。

本書の構成は次のとおりです。第1章が知識の定義と特性、第2章が暗黙知と形式知の相互変換により知識が創造されるプロセス、第3章が組織において知識が創造されるプロセスについてのモデル、第4章が知識創造を促進するために必要なリーダーシップ、第5~9章が日本企業の具体的な事例に基づく知識創造理論についての解説、終章が総括と提言[文献1、p.viii]、となっています。本稿では事例以外の部分(1~4章、終章)を中心に重要な知識創造理論の考え方をまとめてみたいと思います。

第1章:知識について

知識の定義は「個人の信念が真実へと正当化されるダイナミックな社会的プロセス」[文献1、p.7]とされます。これは「知識の重要な特性はその絶対的『真実性』よりむしろ対話と実践を通して『信念を正当化する』点にあるとの考えに基づく」とされています。そして、知識に関する重要なポイントとして、次の点を挙げています。

・主観性:排除不可能であるから主観を排除しないのではなく、むしろ価値観や信念などの主観的要因を積極的に組み入れる。客観を無視することではない。[文献1、p.8-12

・関係性:「世界は相互に関係するプロセスや出来事の連なりからなる有機的な網であり、すべては関係性の中にあると見る」プロセス哲学の視点に基づく。「世界は『モノ(thing/substance)』ではなく、生成消滅する『コト』すなわち『出来事(event)』によって構成される」のであって、知識を物体のように固定されたものとして扱うべきではない。「変化する態様を『動詞』、一定の形に固定された場合を『名詞』と表現するならば、動詞的知識を製品として名詞化し、さらにユーザーにより名詞が動詞化されるという『名詞(モノ)-動詞(コト)』の相互変換プロセスとなる。「人は常に未来の自分へと『成る(becoming)』状態にあり、現在の自分としての『ある(being)』状態は『成る』の一側面にすぎない」。「知識創造のプロセスとは、知識ビジョンなどの『どう成りたいか』という目的に動かされた成員が、互いに作用しながら自身の限界を超えて知識を創造することにより将来のビジョンを実現させるプロセス」。[文献1、p.12-16

・審美性、美学:「知識は人の信念から創造されるが、信念が知識となるには真実として正当化されなければならない」。「真は美によって価値あるものと見なされる」。「審美的な感性は、創造された知識についての判断をするために必要なだけでなく、どのような知識を創造すべきかを判断するためにも必要である。われわれは、自分の価値観や信念に基づいて知識を創造する。」[文献1、p.17-18

・実践:「知識ベースの経営論は、企業が置かれた個別具体の状況の中での実践から出発し、そうした実践の中から知識を創造するプロセスと、知識を創造する能力が形成されるプロセスを説明するための理論とフレームワークを確立しようとするものである。」[文献1、p.20

以上をまとめるならば、知識は「個人の主観的な思い・信念や価値観が、社会や環境との相互作用を通じて正当化され客観的な『真実』になるプロセス」[文献1、p.20]ということになるでしょう。

第2章:知識創造の理論

・「暗黙知とは、特定の状況に関する個人的・経験的な知識であり、具体的な形に表現して他人に伝えることが難しい」「と同時に、新たな経験を積み重ねることによって常に変化していく知」。「形式知とは明示的な知であり、言葉や文章や絵や数値などにより表現が可能で、他人にもわかりやすいような形式的・論理的言語によって伝達可能な知識」。「ダイナミックに動いている『動詞的』な暗黙知があり、それを具体的な形として『名詞化』(固定化)したのが形式知。[文献1、p.24

SECI(セキ)モデル:SECIモデルについては別稿でも簡単に紹介しましたが、著者の言葉でまとめておきます。[文献1、p.28-42

「暗黙知と形式知の継続的な相互変換は、『共同化』『表出化』『連結化』『内面化』という四つの変換モードからなる知識創造モデルによって表わされる。

共同化(Socialization):身体・五感を駆使、直接経験を通じた暗黙知の獲得、共有、創出(共有)。自然環境との相互作用や他人と共通の時間・空間を過ごす体験を通じ、個人の暗黙知が複数人の間で共有され、さらに異質な暗黙知が相互作用する中から新たな暗黙知が創発されていく。

表出化(Externalization):対話・思索・喩えによる概念・図像の創造(概念化)。表出化は個人知である暗黙知を形式知にすることにより、集団の知として発展させていく。

連結化(Combination):形式知の組み合わせによる情報活用と知識の体系化(分析・モデル化)。表出化によって集団の知になった言語や概念が具現化されるためには、概念と概念を関係づけてモデル化したり、概念を操作化・細分化するなどして、組織レベルの形式知に体系化する。

内面化(Internalization):形式知を行動を通じて具現化、新たな暗黙知として理解、体得(実践)。共有化された知識は、再度個人に取り込まれ、暗黙知化されて、もともと持っていた知識と結びついて新たな知となり、その個人の中に蓄積されていく。

スパイラル:知識創造の過程は、SECIプロセスの中で増幅され、拡大発展していくスパイラル。

第3章:プロセスモデルの構成要素

知識創造を行なっている企業の動態モデルは、SECIに方向性を与え、SECIを回す力の源泉となる「知識ビジョン」と「駆動目標」、「対話」と「実践」で表わされたSECIプロセス、現実にSECIプロセスが行なわれる実存空間としての「場」、SECIプロセスのインプットでありアウトプットである「知識資産」、そして場の重層的な集積であり、場の境界を規定する制度を含む知の生態系としての「環境」の7つの構成概念で表わされる。

・知識ビジョン:企業は何を「真・善・美」とするかについての一貫した価値基準を持たねばならない。知識ビジョンはこうした価値基準をもたらす。知識ビジョンは、組織の構成員の知的情熱を触発する。人はそれが自分を利するからというよりも、自分の仕事に社会的な意味を見出すときに強く動機づけられる。企業間の「競争に勝つ」という相対価値は、勝った時点で消える可能性があるが、「われわれは何のために存在するのか」という存在論から始まる知識ビジョンは、決して完全には達成されないかもしれない理想へと組織を向かわせる。何のために真・善・美を追究するのかという理想主義と同時に、それを実際に達成するための実践的なプラグマティズムが必要。[文献1、p.44-50

・駆動目標:組織がどのような価値を提供するか、あるいはどのように提供するかについての具体的かつ挑戦的な概念、数値目標、行動規範などが、知識創造プロセスに駆動力を与える駆動目標となる。駆動目標は矛盾をつくり出すことにより、矛盾に直面した組織成員が持てる知を総動員し、深く考え抜いて本質を追求し、矛盾を綜合して一段レベルの高い知識を創造する(困難や矛盾のあるところにこそ新たな発想の機会がある)。[文献1、p.50-52

・対話:対立を乗り越え、それまで存在しない新たな解にたどり着くには、本質追求の実存的質問により、自分とは異なる視点の存在を理解・受容し、それらの視点を自己の視点と綜合するための対話が不可欠。[文献1、p.53-57

・実践:「実践」とは、個人的で一次的な単純な行為である「動作」とは分けて考えられるべきもの。世界との関係性を踏まえたうえで、自己がいかに「ある」あるいは「成る」べきかを考えたうえでの行為が実践。行動する中でその行動と結果の本質的な意味を深く考え、そこからの反省を踏まえて行動を修正していくことが必要。[文献1、p.57-59

・場:対話と実践という人間の相互作用により、知識を継続的に創造していくためには、そうした相互作用が起こるための心理的・物理的・仮想的空間が必要であり、そうした空間を「場」と呼ぶ。そこでは、参加者の間で自他の感性、感覚、感情が共有される相互主観が生成し、個人は自己の思惑や利害などの自己中心的な考えから開放され、全人的に互いに向き合い受け容れあう。場は動的文脈であり、常に動いている。「よい場」の条件は以下の通り。

1)独自の意図、目的、方向性、使命などを持った自己組織化(=自律性が必要)された場所でなければならない。

2)参加するメンバーの間に目的や文脈、感情や価値観を共有しているという感覚が生成されている必要がある。

3)異質な知を持つ参加者が必要。

4)浸透性のある境界が必要。文脈共有には一定の境界設定が必要だが、必要に応じて境界を開いて新しい文脈を取り入れ、あるいは必要に応じて境界を閉じて中の文脈を守る、というのが「浸透性のある境界」の考え方。

5)参加者のコミットメントが必要。場において生成する「コト」に「自分のこととして」かかわることによって知識は形成される。こうしたコミットメントを得るためには、信頼、愛、安心感、共有された見方や積極的な共感などが必要。知識創造には内因的モチベーションが必要(外因的要因には暗黙知の表出化を推奨する効果は期待できない)。内因的モチベーションが有効に機能するには、仕事において創造性を要求されること、内容が広範囲で複雑で幅広い知識が必要とされること、暗黙知の移転と創造が不可欠であることのいずれかが含まれなければならない。

場は動詞的であるが、場と場同士の関係性が固定化することによって作られた組織構造は名詞的である。[文献1、p.59-79

・知識資産:特許やライセンス、データベース、文書、スキル、社会関係資本、ブランド、デザイン、組織構造や業務、文化などが含まれる。ルーティン知識資産(実践の中に埋め込まれて組織に共有・伝承されている暗黙知であって、業務ノウハウ、組織ルーティン、組織文化などが含まれる)の中でも「型」(状況の文脈を読み、統合し、判断し、行為につなげるために、個人や組織が持っている思考・行動様式のエッセンス)が重要で、「守・破・離」の三段階を経て学びとられる。「守」は指導者の言葉を守り指導者の技能や価値観を自分のものとする段階、「破」は自分なりの工夫を試す段階、「離」は試した方法を自分なりに発展させる段階である。[文献1、p.79-88

・環境(知の生態系):知は組織の内部だけでなく、組織をとりまくさまざまな存在の中に埋め込まれている。知の生態系とは、さまざまな場所に多様な形で存在する知識が、相互に有機的な関係を構成している状態をいい、組織が環境との相互作用の中で創造した知はまた環境を規定し、変えていく。[文献1、p.88-94

第4章:知識ベース企業のリーダーシップ[文献1、p.95-123

知識ベース企業において、リーダーは知識ビジョンを設定し、場を創設・結合・活性化し、SECIプロセスを促進し方向づけ、知識資産の開発と再定義を行う。リーダーシップの役割はまず、使命やビジョンを設定し、それを理解し一貫性を持たせることである。組織で創造される知識の質は、究極的には「何を真・善・美としたいか」というリーダーと、個々の組織成員の志の高さに依存する。リーダーに必要な能力として提案されているのがフロネシス。フロネシスとは、賢慮ないしは実践的知恵と訳される知的美徳というべきものと考えられ、企業におけるフロネシスとは、個別具体の状況でその企業の主観(価値観)に基づき、市場(顧客)が「良い」とする社会的価値を理解し、実現する能力であって、SECIプロセスの実践の練磨のなかで獲得されていく高度の実践知であると考えられる。具体的には以下の6つの能力からなる。

・善悪の判断基準を持つ能力:理想を抱くと同時に現実を見据える能力

・場をタイムリーに創発させる能力

・個別の本質を洞察する能力

・本質を表現する能力

・本質を共通善に向かって実現する政治力

・賢慮を育成する能力

(上記の点については後に発表された論文と大きな違いはありませんので、詳細はそれを取り上げた拙稿をご参照ください。)

終章:マネジメントの卓越性を求めて

著者が語る本書の目的は、「企業がどのように知識を組織的に創造し新しい価値を作り続けていくか、すなわち、企業のイノベーション生成のプロセスを明らかにすること」[文献1、p.385]であり、「知識ベース企業のプロセスモデルは、ビジョンの実現に向かって言語(対話)と行為(実践)の練磨を通じて、イノベーションを起こし続ける運動モデル」であって、「その動態理論を一語で表わすならば、『実践知経営(Phronetic Management)』である、とのことです[文献1、p.387]。しかし、「企業の状況が異なれば、おのずと方法論も異なる」ため、「現在の段階では『これを行えば確実に知識創造が可能である』という定型的で一般的な確立された方法はない」とされます。ただし、分析において明らかになった実践方法として以下の提示がなされており、実践を行なう者にとっての指針になると思われます。

・アクチュアリティを見て直観する

・実践的推論(「~すべし」「~が望ましい」)を磨く

・より大きな関係性で世界を捉える(それまでの視点を超える関係性で世界を把握する)

・生き生きとした場を構築する(間身体的な体験すなわち「共にいること」も重要)

・異文化超越によるグローバルな場の構築(無意識の前提を揺るがすことはイノベーションの好機)

・「型」により賢慮を育成する(保守的な暗黙知を自己革新するためには「破・離」が重要)

・知識を価値に変換するために、知識創造型ビジネスモデルが必要

以上が私なりのまとめです。野中氏の知識創造理論では、哲学的な背景に基づく様々な概念、用語が用いられており、それが複雑でわかりにくく感じられる原因のひとつではないかと思いますが、本書のような形でこうした概念が体系化され、あらためて定義、説明しなおされることによって、その意味が理解しやすくなり、概念の持つ意味の広がりも受け入れやすくなるように思います。知識創造理論は、いわゆるナレッジ・マネジメントとして捉えられることが多いと思いますが、本書でも「問題はまず、知識というものの特性や本質が、いまだ十分に理解されていないところにある。たとえば『ナレッジ・マネジメント』という言葉は、ビジネスの実践の世界においては主にITに対する重点的投資によって企業運営を効率化することと受け取られた。知識を情報と同列視し、ナレッジ・マネジメントとは、単に情報を効率的に蓄積・伝達・使用することであるとの誤解に基づいてIT投資を進めたものの、結局期待した成果をあげることができなかった企業も多かった。知識の本質的な性質を理解しないままでは、その共有や活用を進めても効果をあげることはできない。」[文献1、p.4]とされるように、知識創造理論はハウツー的な枠組みではなく、知識に基づくイノベーションの本質を追求するものであると理解すべきであると思われます。もちろんこの理論による個別の指摘の中には実証による裏付けに乏しい考え方もあると思われますが、理論の全体観を理解することによって、個別の指摘が納得しやすくなり、使いやすくなっているのではないでしょうか。知識創造理論の考え方を参考にした実践に基づいて、自分自身の暗黙知を高度化し、形式知としての理論の高度化を図る、というのが実践する者の務めなのかもしれないと思います。

 


文献1:野中郁次郎、遠山亮子、平田透、「流れを経営する――持続的イノベーション企業の動態理論」、東洋経済新報社、2010.

文献2:Christensen, C.M, 1997、クレイトン・クリステンセン著、伊豆原弓訳、「イノベーションのジレンマ」、翔泳社、2000.

参考リンク<2012.7.8追加>

 


 


 

フロネシス(賢慮)と研究開発

暗黙知、形式知の変換による知識創造理論を提唱した野中郁次郎氏、竹内弘高氏が最近取り上げているフロネシス(賢慮)という考え方について、両著者による論文「賢慮のリーダー」[文献1]に基づいて考えてみたいと思います。

この論文において著者らが目標としているのは、「企業が社会と衝突するのではなく、共生するために、どうすればリーダーが体系的な決定を下せるようになるのか」を探ることです。そして、その研究の結果、「形式知と暗黙知の概念を使うだけでは十分に説明できない」、「CEOは『実践知』という、忘れ去られることが多い第三の知識も利用しなければならない」という結論に至ったとしています。ここで、実践知とは、「経験から得られる暗黙知で、価値観や道徳についての思慮分別を持つことにより、現実の具体的な文脈や状況において最善の判断を下し、行動することを可能にする」もの、言い換えれば「実践知は、倫理的に健全な判断を可能にする経験的知識」であって、その実践知の起源が、アリストテレスが分類した三つの知識の一つ、フロネシス(賢慮とも訳される)という概念にある、と述べています。

つまり、知識を用いて何かを成し遂げようとする場合でもまずは正しく判断することが重要で、実践知はそれを可能にするものということでしょう。そして、こうした能力は特にリーダーに求められているというのが著者らの主張と考えられます。ということは、実践知とは、知識というより、能力や信念、思考や行動のパターンといったものに近く、しかし、学んだり育成したりすることができるという意味では知識とも言える、ということになると思います。著者らは、この実践知においては「共通善」が重要な役割を担うとしており、「未来の創造とは、企業の境界を超える、共通善の追求でなければならない」、「意思決定が自社だけでなく社会にも有益かどうか」、「企業は、経済価値と共に社会価値を創出しなければ、長く生き残れない」、「いかなる企業も、顧客に価値を提供し、ライバルが創造できない未来を創造し、共通善を維持することができなければ、長く生き残れないだろう」と述べています。つまり、知識創造を含めた企業活動の全体を統括するのが共通善に支えられた実践知である、と言っているように思います。

著者らは、その実践知を持つ賢慮のリーダーには次の6つの能力が必要であるとしています。

1、善を判断できる:著者らは「賢慮のリーダーは、何が善かという道徳的認識力を発揮し、どんな状況にあってもそれに基づいて行動する」「経営者は、利益や競争優位性のためではなく、共通善のために判断を下さなければならない」とし、基盤となる価値観を持つことが必要としています。そして、善いことの判断力を養う方法として次の4つを挙げています。すなわち、1)経験(特に逆境や失敗の経験)、2)日常の経験から得られた原則を書き留め、共有する、3)卓越性の追求、4)判断力は一般教養に精通することで養うことができる、です。

2、本質を把握できる:「賢慮のリーダーは判断を下す前に、状況の背後にある物事を素早く察知し、将来の展望や結果に対するビジョンを生き生きと示し、そのビジョンを実現するのに必要な行動を決定する。実践知によって、本質を見極め、人々、物事、出来事の性質や意義を直観的に理解する」とされます。そのためには、「細部への目配りと粘り強さが必要」で「細部から普遍的な真実を把握することも重要」「主観的な直観と客観的な知識との間のたえざる相互作用が必要」であり、問題の本質を把握する能力を養うため次の3つの行為を習慣化しなければならないとしています。それは、1)問題や状況の根本が何なのかを徹底的に問う、2)「木」と「森」を同時に見る、3)仮説を立てて検証する、です。

3、場をつくる:「賢慮のリーダーは、経営幹部や社員が互いに学び合う機会をたえず創出する」「フォーマルおよびインフォーマルな場(共有された文脈)をたえず創出する」。

4、本質を伝える:「賢慮のリーダーは、だれにでもわかる方法でコミュニケーションできなければならない」「ストーリーやメタファー(隠喩)など、比喩的な表現を使う必要がある」「それによって、ベースとなる文脈や体験の異なる人々同士でも、物事を直観的に把握できるようになる」。当然ですが、「レトリック(言語表現の技術)も大切」とのことです。

5、政治力を行使する:「賢慮のリーダーは人々を結束させ、行動に駆り立てなければならない」「人材を動員するためには、経営幹部は状況に応じたすべての手段を-マキャベリ的な権謀術数さえも-利用しなければならない」。さらに、「人間はもともと論理的であると同時に感情的でもある」などの「人間性のあらゆる矛盾を理解し、状況に応じてそれらを統合しようとする」「優れた知性とは二つの対立する概念を同時に抱きながら、その機能を十分に発揮できる能力(フィッツジェラルド)」という点も指摘しています。

6、実践知を育む:「実践知は組織内にできる限り分散させなければならないし、あらゆる層の社員が訓練によって使えるようにならなければならない」「自立分散型リーダーシップの育成は、賢慮のリーダーの最大の責務の一つ」。ソフトウェア開発で採用されているスクラムアプローチも構造的な選択肢の一つであり、また、手本となる人物から実践知を学ぶこと、メンターによる指導、徒弟制も有効であるとしています。

このようなリーダー像をまとめて、著者らは、「CEOは理想主義的な実用主義者(アイデアリスティック・プラグマティスト)にならなければならない」と述べています。「理想主義者でなければ、新しい未来は作れない」が、それと同時に、「現実を直視し、状況の本質をつかみ、それがもっと大きな文脈とどう関わるのかを思い巡らして、共通善を実現するために何をしなければならないかをその時その場ですぐに判断する」ことが求められる、としています。

リーダーに要求されるこのような能力の内容については、特に目新しいものではない、という意見もあるでしょう。しかし、最近の経営環境の変化を受けて、これからの時代のリーダーに必要な能力として、上記の点をことさら強調している点は重要であると思います。著者らは、こうした能力を持つ経営幹部の事例を挙げているのみですが、企業経営の困難度が増している現在において、こうした能力の欠如が原因で経営が失敗したと思われる例を探すことはそれほど難しくないように思います。例えば、次のような問いを考えてみると、上記の能力のどれが欠けても企業の永続には問題があるだろうことは容易に理解できるのではないでしょうか(それぞれ上記1~6に対応しています)。

1、不祥事を起こしたり社会の信頼を失ったりした企業に「共通善」の認識があったか

2、本質を軽視して目先の利益や指標にとらわれて失敗していないか

3、知識創造の基盤となる相互交流の制度(場)を整備、維持しているか

4、経営層の考え方が社員に浸透しているか

5、相反する目標を認識した上で、社員の行動を束ねられているか

6、知識、能力の育成はできているか

研究開発のリーダーについても同様のことが言えると思います。上記の考え方を研究の場面に適用すると以下のような示唆が得られるでしょう。

1、共通善に反する研究は、仮に研究自体がうまくいったとしても社会との関わりにおいて問題を起こす可能性がある。

2、本質(たとえば、Christensenの指摘する「片づけるべき用事」、エスノグラフィーでとらえようとする真のニーズなど)を考慮した研究が重要。本質を忘れた改良はオーバースペック製品や、使われない製品を生む。

3、知識創造の場を整備し維持する必要がある。

4、企業戦略の方向を理解して研究の方向を決定できているか。

5、社内の協力体制はできているか。矛盾するような目標に対して安易に妥協していないか。

6、技術やノウハウ、技術的優位性、よき伝統の継承はできているか。

こうしてみると、当たり前の指摘とはいいながら、重要なチェックポイントを示しているように思います。特に、科学技術への信頼が失われ、研究の不確実性が高まるなかで、新興国からの技術的な追い上げを受けている研究環境にあっては、研究開発にこそこうしたフロネシスにもとづく実践知が求められていると言えるのではないでしょうか。確かに著者らの主張は技術者の感覚からすれば実証性が不足していてそのまま受け入れにくいと思われるところもあり、観念的な概念はわかりにくい点もあるのは事実ですが、貴重なヒントを与えてくれていることは確かだと思います。

著者らは、「『断絶』が繰り返される時代にあって、組織を賢く統率する能力は消え失せたに等しい」「多くの経営者が、新しい技術、人口動態の変化、消費動向などに対応できるように自社を素早く改革するのは難しいと感じている」「人々は産業界に価値観や道徳が明らかに欠けていることに腹を立てている。ビジネス・スクールや企業、CEOの経営者育成法にはどこか誤りがある」という問題意識に基づいているようですが、これはそのまま科学の世界、研究開発の世界にも言えることなのではないでしょうか。何を読み取るかは我々次第なのでしょう。


文献1:野中郁次郎、竹内弘高、「『実践知』を身につけよ 賢慮のリーダー」、Diamond Harvard Business Review20119月号、p.10.

参考リンク<2012.7.8追加>

 

報連相と研究開発

仕事を進める上で、「報連相」すなわち「報告・連絡・相談」が大切である、ということはよく言われます。報告・連絡・相談をセットにして強調するのは日本独自の考え方のようですが、この3つは仕事を進める上でどんな組織においても必要な行動といってよいと思われます。研究開発を行なう際にも、当然報連相は必要なのですが、研究において報連相がどうあるべきか、といった実務的なことは研究マネジメントの世界ではあまり話題にならないように思われます。そこで、今回は、研究開発という仕事の特性をふまえた上で、報連相はどうあるべきかを考えてみたいと思います。

一般的には報連相をうまく行なうことで以下のような効果が期待できると考えられます。

・第一線の情報がマネジャーに伝わりやすくなる。

・問題点に対する素早い対応、戦略変更が可能になる。

・チームワークが機能しやすくなる。総合力の発揮が促進される。

・相談を通じてタイムリーな指導、教育が可能になる。

・情報の共有化が進む→異なる見解の融合によって新たなアイデアが生まれる。

・報連相するためにデータをまとめたり、考えたりする機会となる。

・組織内の信頼関係が強化される。

しかし、やり方を誤ると次のような問題が発生することも指摘されます。

・報告(資料作成)に時間をとられ生産性が低下する。

・権限委譲が進まない。

・問題を報告した後、問題解決の責任の所在が不明確。

・報告に対して対応策が指示されると、報告者が自主的に起きたことの原因を探ったり、問題解決策を考えたりしなくなる。指示待ち思考になってしまう。

・報告内容にとらわれて観察にバイアスがかかる。

・報告を求めすぎると信頼関係が損なわれる。モチベーション低下を招く。

・報告を受ける上司がオーバーフローすると機能しなくなる。

・必ずしも能力に問題があるわけではないのに、報告を嫌う人がいる。

つまり、報連相はすればよいというものではなく、状況に応じてうまく行なうことが必要、ということになるはずです。大雑把に言って、報連相が有効に機能するのは、第一線のデータを中央に集めてそこで判断や指示を行なう場合、プロジェクトのように目標や工程がはっきりしていてそれを実行するような場合、急ぎの対応が必要な場合、各々が分担した業務間の調整が必要な場合、報連相を通じて上司が部下を教育する場合、情報共有を進めたい場合など、ということになるでしょう。こうした場合に、上記の効果と問題点のバランスを考慮して、問題が発生しないようなやり方をしなければいけないわけです。

研究開発の場合はどうでしょうか。納期の決まった開発プロジェクトなどの場合には、多少のリスクを負っても報連相を強化することが必要でしょう。しかし、未知への挑戦、急を要さない長期的なテーマ、探索的なテーマ、基礎研究に近いテーマなどを行なう場合には頻繁な報連相は不要と言えるのではないでしょうか。また、企業における研究開発の場合、部下の能力は様々です。特定の分野に限れば若くても研究マネジャーより詳しい研究員もいるでしょうし、専門職制度を設けている場合にはマネジャー以上の能力を持った第一線研究者がいる場合もあるでしょう。こうした専門家に対しては、過度の報連相の要求は信頼を損ないモチベーション低下につながりかねません。かといって、権限委譲して報告を受ける機会を減らせば、その業務に無関心と受け取られてモチベーションが下がることもあり、得失のバランスをうまく取ることが難しい場合があると思われます。これに対して、仕事を通じた教育を行なう場合には報連相は必須と言っていいでしょう。専門性の育成には時間がかかります(10年ルール-ノート5参照)ので、報連相が指導のための重要な機会であることに疑う余地はないと思われます。(この点、大学での研究では「指導」という要素が強いですから報連相は極めて重要なのではないかと考えられます。)

つまり、基本的には報連相は悪いことではないとしても、上述のような場合には、やり方の工夫が必要になるということでしょう。例えば、情報共有を活性化したいならば、部下から上司への直接報告ではなく、ミーティングなどでグループ全員に報告してもらうようなやり方がよいかもしれません。教育的要素を考慮するなら、メンターや教育係を決めて、マネジャーよりも先にまずそこに報告させることも有効でしょう。報告の頻度も、低すぎれば関心が低いと思われてしまいますし、報告間隔が空けばマネジャー側が以前の細かな経緯を忘れてしまったりします。逆に、頻度が高すぎれば部下の負荷が増え、マネジャー側も消化不良を起こす危険があります。さらには、マネジャーの対応にも配慮が必要でしょう。報告を受けても、それに対する反応が悪ければ報告する意欲は失われるでしょうし、報告を受ける側の反応によって報告内容が偏ってしまう恐れもあります(例えば、失敗やミスの報告に対して厳しく問い詰めれば、悪い事実の報告は上がってこなくなるでしょう)。報告を受け方にしても、報告されるのを待つのではなく、情報が必要ならば積極的に担当者に聞くようにしてもよいはずです。

結局のところ、研究開発における報連相は、業務の内容、報告者やマネジャーの状況、報連相に何を期待するかを考慮しないといけないということになります。プロジェクト進捗管理や分担業務間の調整が必要な場合などでは報連相が明らかに重要と考えられますので、そうではない状況での報連相の進め方、注意点などについて、以下に私の考えをまとめておきたいと思います。

創発のための報連相のあり方(私案)

・報連相の役割は、「情報共有」「創発」「教育」が特に重要。

・報告はマネジャーに個別に行なうよりも、グループ全体で内容を共有することが重要(とは言っても10人以上のグループでは難しいかも)。

 →組織的知識創造(共同化、表出化、連結化、内面化を通じた暗黙知と形式知の変換による知識創造-SECIモデル-「創造性を引き出すしくみ」参照)の機会となる。

 →議論を通じた教育の場となる。

 →研究者間の協力と競争のきっかけとなる。

・単なる進捗報告よりも、予想外の結果、問題のある結果の報告を強く求めるべき。

 →研究の方向の修正、異なる知識や考え方の結合による新たな発想、創発の源となる。

 →グループ全体で「考える」ことが促される。マネジャーによる解決策の提示は慎重に行なうべき。

 →マネジャーは、問題のある結果の報告が隠されがちになることを認識し、共に考える姿勢をとり、叱責は慎む。

・報告(ミーティング)頻度は、13週間に1回程度。それ以上では負荷が多いし、それ以下だと経緯を忘れてしまう。もし、それ以上の頻度で情報が必要であればマネジャーが個別にヒヤリングすればよい。

・報告(ミーティング)では、考える時間、議論する時間も十分確保するようにすべき。

といったところがポイントではないかと思います。もちろん、取り組む研究課題、状況によって効果的な方法は変わってくるはずですので、上記の方法はあくまで一例にしかすぎません。しかし、よい事実も悪い事実も含めて、極力一次情報に近いデータを集めて多面的に考えるようにすることは、新たな発見のための力になるはずです。報連相は業務の効率化、問題点の早期発見の観点から推奨されることが多いように思いますが、研究開発の場面では少し工夫が必要だと思っています。

 

「イノベーションの知恵」(野中郁次郎、勝見明著)感想

本書では様々なイノベーションの事例を取り上げ、野中教授の知識創造理論をベースにその成功の要因が解説されています。さらに、それぞれの事例におけるリーダーの考え方と行動について詳しく述べられている点は、イノベーションにおけるリーダーシップについての示唆も多く含んでいると言えるでしょう。取り上げられた事例はいずれも従来の考え方や方法の革新が成し遂げられたもので、イノベーションによって世の中を変えることができる人間の能力とその成果を再認識できたことは、(特に震災の記憶が生々しいこの時期、)力づけられる気がしました。

 

取り上げられているのは、以下の9事例です。

ケース1、旭川市旭山動物園:動物の行動展示によって人気を得た有名な事例。

ケース2、京都市立堀川高校:自ら学ぶ教育を実現して大学受験と生きる力の教育を達成。

ケース3、JR東日本エキュート:これも有名ですが、駅構内のあり方を改革したエキナカの創造。

ケース4、トヨタiQ:「カイゼン」を超えた発想による小型車の開発。

ケース5、アサザプロジェクト:霞ヶ浦の自然を再生させるプロジェクト。

ケース6、社会福祉法人むそう:知的障害者の能力を地域再生に生かす福祉ビジネス。

ケース7、再春館製薬所:大部屋経営を通じて「監視」から「共創」を達成。

ケース8、いろどり:料理に添えるつまものをビジネスとして創造。

ケース9、銀座みつばちプロジェクト:都心で養蜂し、都市のあり方を変えた事例。

 

いずれも研究開発や技術が主役ではありません。しかし、技術があっても、それを成果に結び付けるための多くの技術以外の努力が必要であるというのは多くの方の認識が一致するところでしょう。技術的イノベーションを考える上でもこのような事例から学べることは多いのではないでしょうか。

 

野中教授はこの事例から、イノベーションを生むための方法、リーダーの行動として、次のような概念を示しています。

・「理論的三段論法」ではなく「実践的三段論法」(ケース1、2)

・「モノ的発想」から「コト的発想」への転換(ケース3、4)

・「考えて動く」ではなく「動きながら考え抜く」(ケース5、6)

・「名詞」ベースではなく「動詞ベース」で発想する(ケース7)

・「見えない文脈」を見抜く(ケース8)

・偶然を必然化する(ケース9)

そして、まとめとして

・リーダーにとって大切なのは「場のマネジメント」

・知を創発する場の条件は「チームの自己組織化」、「身体性の共有」による「相互主観性」

・リーダーとチームを支えるのは「共通善」

・経営は「サイエンス」ではなく「アート」

と述べています。

 

とまとめてみたものの、はっきり言ってこれらの概念は私には非常にわかりにくいものでした。もちろん、事例の解説を読めばなんとなくわかったような気にはなるのですが、例えばその概念を自分で使おうと思った時、あるいは、野中教授の知識創造理論を知らない人に伝えてその人を動かすことに使えるかというと、非常に心もとない感じがしてしまいます。

 

恐らくその原因のひとつは、「概念」の種類が多すぎることのような気がします。特に技術系の人は、新しい理論や概念に触れると、それが本当に正しいのか、どんな場合にでも正しいのか、なぜ正しいのか、何を根拠に正しいと言えるのか、などのことを考える習慣がついている人が多いので、一度に多くの概念に触れると混乱をもたらすことになるように思います。さらに、多くの概念があると、実際の場面においてどの考え方を使えばよいのかがはっきりせず、「使いにくい」という印象になってしまい、使いにくい概念をわざわざ受け入れる必要はない、と思ってしまうこともあると思います。

 

しかし、事例に基づいてよく考えてみれば、これらの概念には重要な示唆が多く含まれていると言えると思います。そこで、野中教授の概念を使う立場から私なりにわかりやすく言い換えてみようと思います。

・「実践的三段論法」とは、「目指すべき目的がある」「目的を実現するにはこんな手段がある」「ならば、実現に向けて行動を起こすべきである」と結論を導き出し、行動を起こすこと[文献1p.32]。さらにこのプロセスには「仮説→検証→修正」の反復が含まれており、経験から仮説を立てる段階ではアブダクションが活用されます[文献1p.73-74]。このように考えれば理解しやすいと思います。

・「モノ的発想」から「コト的発想」への転換については、まず「モノ」と「コト」の理解が必要でしょう。モノはsubstance、コトはevent[文献1p.82]、「モノはそこに人間がかかわろうとかかわるまいと存在するのに対し、コトはそこにかかわる人間との関係性のなかで成立し、人間の経験として生成される」 [文献1p.99]、だそうです。「モノ的発想」から「コト的発想」へということは、物を提供してそれをどう使うかは物の受け取り手に任せるということではなく、その物が受け取り手にどのような経験を与えるか、ということまで考える、ということではないかと思います。単なる物ではなく、その作用や、人がどんな作用を求めているかの着目しようとする人間中心のイノベーションなどと近い考え方だと思います。

・「考えて動く」ではなく「動きながら考え抜く」というのは比較的理解しやすいですが、最初に考えを立ててそれを実行し、改善点があればフィードバックする、という方法ではなく、動いて得られた経験を直ちに発想につなげる、という意味で従来よりもダイナミックなアプローチ重視している、ということと考えられます。

・「名詞」ベースではなく「動詞」ベース、というのは固定的な考え方(名詞ベース)ではなく、何かになる(become)とか変化するとかの流動的な考え方を重視すべき、ということであると思われます。「モノ」から「コト」へという考え方と本質的な違いはないように思います。

・「見えない文脈」を見抜く、については「一見、関係ないモノがジグソーパズルのように結び付くと、これまでなかった新しいコトが生まれ、変革がもたらされる」[文献1p.222]とのことですので、違うものを結びつける力だと言ってよいでしょう。そのきっかけにセレンディピティーが存在する場合もあり、イノベーションの原動力になりうることは経験的にも明らかだと思いますが、そのきっかけには「強い好奇心」と「強い目的意識」があるとされています[文献1p.239]

・偶然を必然化、については偶然により生まれたチャンスを大切にする、という意味ではないかと思います。偶然というのは誰にでも訪れるものではありませんので、偶然の力を活用すると他者との差別化が容易に行なえます。これは「真のセレンディピティー」(ノート6で取り上げました)に近い考え方のように思われます。

・場のマネジマントとは、組織や環境や人や知識を別個にマネジメントするのではなく、新たなイノベーションが起こるようそれらを総合的にマネジメントすること、という風に受け取りました。野中教授は「場は、人々が目的を共有し、価値観や感情を共鳴させ、互いに知を共振させ、信頼、愛、安心感などの社会関係資本を共有し合う時空間」[文献1p.51]としていますが、こうした場を作るためには総合的なマネジメントが必要なのだと思います。

・自己組織化とは、リーダーが引っ張るとか、管理者がこまかい調整を行なう、という方法ではなく、組織が自主的に全体として最適な行動をとれるように動き、個を超えた大きな主観(相互主観性)を確立するということのようです。そのためには「身体性の共有」つまり、「相手と身体的に時空間を共有し、触れ合うことによって、相手の視点に立ち、相手の経験を自分のなかで持つことができるようになる」[文献1p.287]ことが必要ということのようです。

・「共通善」とは「『世のため人のため』『よきことをする』という根源的な思い」[文献1p.5]ということです。このような思いが人を動かす大きな力を持つことについては疑う余地はないでしょう。

 

野中教授の考え方をこのように言い換えてしまうこと自体、私の理解不十分の可能性に加えて、野中教授の暗黙知を不十分な形の形式知として表出化してしまうという危険がありますので、適切なことではないかもしれません。また、野中教授が様々な概念を提示されていることも、暗黙知を単純な形で形式知化させないためなのかもしれないとも思います。しかし、このようなわかりやすい言い換えを行なわなければ野中教授の概念はそれを使う立場から眺めている私にとってはただのモノにしかすぎず、こうした考察によって初めてコトになりうるのではないか、とも思います。そんなわけで、あえてトライしてみました。野中教授の理論は受け取る側の知識が多いほど、深い内容を受け取れるようにも思いますので、さらにどのような解釈ができるかは私自身の今後の課題とも言えるかもしれません。

 

なお、本書には上述の概念の他にも多くの有用な示唆や興味深い概念が語られています(ここでは限られた点しか取り上げられず申し訳ありません。詳しくはぜひ本書をご参照下さい。)。しかし、それらの概念を単なる羅列ではなく、重要性を正しく判断して系統的に整理することは少なくとも私には困難だったので上記の点に絞らせていただきました。本書で述べられているように経営がサイエンスではなくアートである、という考え方に立てば、そうした概念の整理は必要ではないのかもしれませんが、アートであったとしてもその質を高めていくことは有益なことでしょう。本書では経営をサイエンスと位置付けるアメリカ流の考え方はあまり評価されていないようですが、私はアメリカ流の考え方であっても役に立つものもあると思っています(アメリカ流とひとまとめにしてしまう必要もないようにも思いますが)。本書で示された概念も含めてあらゆる考え方を総合していくことが経営の質の向上に役立つのではないかと思いますがいかがでしょうか。

 

 

文献1:野中郁次郎、勝見明著、「イノベーションの知恵」、日経BP社、2010.

http://www.amazon.co.jp/%E3%82%A4%E3%83%8E%E3%83%99%E3%83%BC%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%83%B3%E3%81%AE%E7%9F%A5%E6%81%B5-%E9%87%8E%E4%B8%AD-%E9%83%81%E6%AC%A1%E9%83%8E/dp/4822248291/ref=sr_1_1?s=books&ie=UTF8&qid=1300717571&sr=1-1


参考リンク<2011.8.14追加>
 

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