研究開発マネジメントノート

研究開発とそのマネジメントについてのいろいろ

破壊的イノベーション

破壊的イノベーションとは何か?(「What Is Disruptive Innovation?」(Christensen他著HBR2015Dec.)より

破壊的イノベーションという言葉が様々に使われ、混乱を招いているのではないかということについては別稿(「日本のイノベーションのジレンマ」(玉田俊平太著)より)でも述べました。この点について、この概念の提唱者であるChristensen氏がどう考えているのかを知りたいと思っていたところ、最近「What Is Disruptive Innovation?」[文献1]という論文(ChristensenRaynorMcDonald氏の共著)がHBR誌に発表されました。この論文で著者らは、破壊的イノベーションの概念を正しく理解することの重要性を述べるとともにあらためて著者の考えを提示し、さらに発表後約20年を経たこの概念がどう発展、検証されているかについても述べています。実務家にとっても非常に参考になる内容だと感じましたので、今回はその中の重要と思われるポイントをまとめておきたいと思います。(なお、本稿には、原文に比較的沿って訳した部分(「 」で表示)と、かなり省略したり意訳したりしている部分があります。全体の構成は原文に沿っていますが、本記事は筆者の理解をまとめたものとご解釈いただければ幸いです。)

破壊的イノベーションの概念を正しく理解することの意味
・「破壊的イノベーション理論の中心的概念の誤解は広く見られ、基本的な考え方はしばしば誤って用いられている。」
・「多くの人はこの言葉を自分に都合のよいようにいい加減に使っている。多くの研究者、ライター、コンサルタントも、状況を問わずある業界が大きく変化し、従来成功してきた既存企業がつまずいてしまうことを説明するために『破壊的イノベーション』を使っている。これは広すぎる使い方である。」
・「異なるタイプのイノベーションには異なる戦略が必要であり、破壊的イノベーションを、業界の競争環境を変えてしまうブレークスルーと混同することは問題である。言い換えれば、成功した破壊者や破壊を斥けるのに成功した事例から学べることは変化する市場の中の全ての企業に適用可能なものではない。」

破壊的イノベーションの要点
・「『破壊(Disruption)』というのは、少ない資源しかもたない小さな会社が、確立された既存企業にうまく挑戦するプロセスである。既存企業はその最も要求の高い(多くは最も利益の出る)顧客のために製品やサービスを改良していくと、いくつかのセグメントのニーズを越えてしまい、その他のニーズを無視するようになる。新規参入者はそうした見過ごされたセグメントを対象に、よりサステイナブルな機能やしばしば低価格で足がかりを作る。要求の高いセグメントを追っている既存企業は激しくは抵抗しない。参入者は初期のアドバンテージを維持したまま上位の市場に移動し、既存企業の主要顧客の要求に応える。主要顧客が参入者が提供するものを大量に採用するようになった時、破壊が起こる。」

Uber
は破壊的イノベーションか?
・「2009年に創業したUberは、モバイルアプリケーションを活用して大きな成長を遂げている。Uberは明らかにタクシー業界を変えつつあるが、これはタクシー業界を破壊しているのだろうか?。理論に従えば答えは『ノー』だ。」その理由は以下の2つ。
破壊的イノベーションは、ローエンドか、新市場を足がかりに生まれる
・「破壊的イノベーションは、既存企業が見過ごす2種類の市場からスタートすることで起こる。ローエンドは、既存企業が要求も収益性も高い顧客に対して、製品やサービスの品質を上げ、要求の低い顧客にあまり注意を払わないために生まれる。既存企業の提供する価値は、しばしは要求の低い顧客の要求を越えてしまい、破壊者は『十分によい(good enough)製品で破壊を始める。

・「新市場では、破壊者は今までに存在しない市場を創造する。非消費者を顧客に変える方法を見出す。」例えば、パーソナルコピー機は、1970年代、Xeroxが見過ごしていた個人顧客向けに製品を提供することで、個人や小企業向けの新市場を創造した。
・「Uberはどちらでもない。タクシー業界の品質が過剰だったわけでもないし、非消費者をターゲットにしたわけでもない。」破壊者はローエンドか非消費者へのアピールでスタートし、メインストリームへ移動していくが、Uberはまずメインストリームで地位を築き、続いて見過ごされたセグメントにアピールしている。
破壊的イノベーションは、その品質がメインストリーム顧客の基準に達するまでは、メインストリーム顧客に採用されない
・「破壊の理論では、破壊的イノベーションと持続的イノベーションを区別する。後者は、既存企業の顧客の立場からみてよい製品をよりよくする。」「進歩は段階的なこともあれば、大きなブレークスルーのこともあるが、最も収益性の高い顧客により多くの製品を売ることを可能にするものだ。」「破壊的イノベーションはほとんどの既存顧客にとって、劣ったものとみなされる。通常、顧客は安いからといって新しいものを採用するわけではなく、その品質が満足できる水準に達するまで待っている。それが起こって初めて、彼らは新しい製品の安い価格を受け入れる。」
・「Uberの戦略のほとんどの要素は、持続的イノベーションのように思われる。Uberのサービスは既存のタクシーより劣っていることはまずない。」「さらに、通常、既存企業が持続的イノベーションの脅威に直面したときと同様、多くのタクシー会社は対抗しようとしている。」

正しい理解の必要性
・「理論を正しく適用することは、その利益を享受するために不可欠だ。」例えば、あなたのビジネスの周辺に小さな競合企業が食いこんできたとしよう。それが破壊的軌道に乗っているのでない限り、無視してよい。しかし破壊的であれば致命的な脅威となりうる。

破壊的イノベーションについて見過ごされたり誤解されたりする4つの点
1、破壊はプロセスである

・「『破壊的イノベーション』は、特定の時点での製品やサービスについて言う場合に誤解を受けやすい。」「最初のミニコンピュータが破壊的なのは、登場したときにローエンドだったからではなく、後にメインフレームを凌駕するようになったからでもない。破壊的だったのは、周辺からメインストリームへという過程をたどったことだ。」
・「周辺からメインストリームに至る過程には時間を要するので、既存企業は既得権を守ることもできるが、しばしば破壊者を見逃してしまう。」

2、破壊者はしばしば既存企業とは大きく異なるビジネスモデルをつくりあげる
・「アップルのiPhoneは、最初はスマートフォン市場における持続的イノベーションだった。」その後のiPhoneの成長は、スマートフォンの破壊ではなく、インターネットのアクセスポイントとしてのラップトップの破壊として説明できる。これは単なる製品の改良ではなく、新しいビジネスモデルの導入である。iPhoneはインターネットアクセスにおける新市場を創造した。

3、成功する破壊者もそうでない破壊者もいる
・「成功したかどうかで破壊的かどうかを判断するのはよくある誤りである。すべての破壊的過程が成功するわけではないし、すべての成功した参入者が破壊的過程に従ったわけではない。」
・破壊の理論は、足がかりの市場でどうしたら勝てるかについて、可能性の予測と、資源豊富な既存企業との正面衝突を避ける方法以外のことはほとんど何も言っていない。

4、「破壊するか破壊されるか」という考え方は誤解を招く
・「破壊が起こっているなら、既存企業はそれに対応しなければならない。しかし、利益をあげているビジネスをやめてしまうような過剰反応をすべきではない。既存企業は持続的イノベーションに投資しつつ、破壊から生まれる新たな成長機会に焦点をあてた新たな部門をつくることができる。時には、この2つの大きく異なる運営をおこなうことになるだろう。破壊的ビジネスが成長すればコア事業から顧客を奪うかもしれない。しかし、リーダーは、その問題が現実のものとなるまでは、その問題を解決しようとすべきではない。」

破壊的イノベーションの視点が明らかにすること
・「ある技術や製品が本来的に破壊的か持続的かであることは稀である。また新技術が開発された時、破壊の理論はマネジャーがどうするべきかを指示してはくれない。そうではなく、持続的な道か破壊的な道かを選ぶヒントを与えてくれる。」

破壊の概念の進化

・破壊的イノベーションの理論は、持続的イノベーションの環境では既存企業が新規参入企業より好成績を収め、破壊的イノベーションの環境では好成績をあげられないという単純な相関関係だった。その背景には、既存企業が既存顧客に目を向け、破壊的イノベーションに投資しにくいことがある。当初、破壊的イノベーションは最下層の段階から起こると考えていたが、その後、ローエンドと新市場の区別に気づいた。破壊的イノベーションのこの2種類の足がかりを仮定することで、この理論はより強力で実際的なものとなった。
・一方、高等教育においては破壊はあまり進んでいない。その原因は既存企業も新規参入者も同じゲームプランに従っているためのようだ。現在の疑問は、新規参入者が既存企業の高コスト体質から離れて上位市場に移ることを可能にするような新技術やビジネスモデルが存在するのかどうか、ということだ。どうやらその答えはイエスのようだ。
・破壊的技術の向上速度を決めるのは、それを可能にする技術改善の速度だ。破壊の速度を支配する原因を理解することは、結果を予測するのには役立つが、破壊の速度は違っても、どう破壊をマネジメントすべきかは変わらない。

もっと学ばなければならない
・「破壊的イノベーションの理論を拡張し、精緻なものとするためにはまだ研究すべきことは多い。例えば、破壊的脅威への一般的、効果的な対応は不明確なままだ。今のところ、上級幹部の保護のもと、破壊的モデルを追求する独立した部門を設けるべきだと考えているが、これはうまくいく場合もいかない場合もある。既存企業が同時に参入者となることによる困難に対処する方法はまだ見つかっていない。」
・「破壊的理論は、イノベーションやビジネスの成功の全てを説明するものではないし、将来もできないだろう。」「しかし、破壊の理論は、どんな新しいビジネスが成功するかをより正確に予測してくれる。」破壊の理論の進化によって、企業のイノベーションを成功させるのに何が役立つかをよりよく理解できるようになるだろう。
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破壊的イノベーションの概念を正しく理解することの重要性は著者の指摘するとおりだと思います。誤解しやすい点もたしかにあると思いますが、何よりその有効性は、提唱依頼20年の検証を経てもその概念が生き残っており、発展しつつあることで証明されているように思います。従来の経営理論や経営思想の中には単なる流行に過ぎなかったり、時代の変化に耐えられず消えてしまったものも多いと思いますが、破壊的イノベーションの考え方は、より信頼性の高い理論であるような気がします。

本論文を読んで、破壊的イノベーションのメカニズムにおいて特に重要なのは以下の2点だと感じました。
・既存企業が破壊者を見過ごしたり、対応を怠ってしまうこと
・技術の進歩の速度は、顧客の要求が高まる速度を超えてしまいがちなこと
既存企業が破壊者を見過ごしてしまうことは、競争を考える上で重要なことだと思いますし、技術進歩の速度についての傾向は、競争優位を得るために忘れてはならないことのように思います。また、この論文では破壊的イノベーションにおける技術の役割が指摘されていることも興味深く感じました。「イノベーションのジレンマ」とそれに続く一連の著作では、破壊的イノベーションにおける技術の役割はあまり強調されておらず、ビジネスモデルの方が重視されているような印象でしたが、その後の研究によって技術の役割が見直されてきているのか、あるいは、時代が変化しているのか、興味のある点です。破壊的イノベーションについてその本質がより明らかになり、その理論が実務家にとってより使いやすくなることをこれからも期待したいと思います。


文献1:Clayton M. Christensen, Michael E. Raynor, Rory McDonald, “What Is Disruptive Innovation?”, Harvard Business Review, December 2015, p.44.
https://hbr.org/2015/12/what-is-disruptive-innovation

参考リンク



「日本のイノベーションのジレンマ」(玉田俊平太著)より

クレイトン・クリステンセン氏が提唱した破壊的イノベーションとイノベーションのジレンマの考え方の重要性については、本ブログでもたびたび取り上げてきました(ノート4破壊的イノベーションの現在、など)。ただ、「破壊的イノベーション」という言葉がクリステンセン氏の意図から離れた意味合いで使われているケースもあり、そのせいで混乱が生じている場合もあるように思います。

そこで、今回は、日本企業の事例を多く取り上げて破壊的イノベーションのポイントを解説している、玉田俊平太著「日本のイノベーションのジレンマ 破壊的イノベーターになるための7つのステップ」[文献1]を取り上げたいと思います。本書で著者は、「クリステンセン教授の『イノベーションのジレンマ』や『イノベーションへの解』などでは、事例が欧米企業中心で文章もやや難解であり、しかもメッセージが複数の書物にまたがっているため、破壊的イノベーションの理論とそのための戦略を多くの人にきちんと理解してもらうためのハードルが高かった。実際、私が接した人々の多くは、クリステンセン先生の一連の著作を読了しているにもかかわらず、破壊的イノベーションの理論を正しく理解していなかった[p.8-9]」と述べています。確かに、クリステンセン氏の理論には多くの示唆が含まれていてポイントが掴みにくいことはあるように思いますし、その結果「破壊」という言葉が単なる大きな変化や、既存の優位性や秩序の破壊という意味で使われてしまうこともあるように思います。ある考え方や理論についての理解を深めるためには、その理論をさまざまな角度から見直してみることも有効だと思いますので、イノベーションのジレンマと破壊的イノベーションの理論のポイントを再確認する意味も含めて、本書の重要と思われるところをまとめてみたいと思います。

PART
 I、破壊的イノベーションとは何か
1章、破壊的イノベーターだった日本企業

・事例:トランジスタラジオで真空管ラジオを破壊したソニー、業務用ゲームを家庭で遊べるようにした任天堂のファミコン、キャノンのバブルジェット方式インクジェットプリンタ

2章、イノベーションとはそもそも何か
・「現在、多くの学者の議論により、①アイディアが新しい(=発明)だけでなく、②それが広く社会に広く受け入れられる(=商業的に成功する)、という二つの条件が揃って初めてイノベーションと呼び得る、というのが定説となっている[p.41]」
・何が変わるかによるイノベーションの分類[p.43-45]:プロダクト・イノベーション(「製品やサービスが変わる」)、プロセス・イノベーション(「製品やサービスは変わらないが、それを作る方法や届ける方法が変化する」)、メンタルモデル・イノベーション(「顧客の『認識(メンタルモデル)』が変わる」「認識が変化したことで顧客が製品やサービスを消費した際に感じる『価値』が増大」)。

3章、破壊的イノベーションとは何か
・持続的イノベーション:「今ある製品・サービスをより良くする=従来よりも優れた性能を実現して、既存顧客のさらなる満足向上を狙う・・・徐々に性能を向上させる『漸進的なもの』もあれば、一気に性能を向上させてライバル企業を突き放す『画期的なもの』ものある。[p.52]」
・破壊的イノベーション:「既存の主要顧客には性能が低すぎて魅力的に映らないが、新しい顧客やそれほど要求が厳しくない顧客にアピールする、シンプルで使い勝手が良く、安上がりな製品やサービスをもたらす。[p.54]」「二つのパターンに分類できる。一つは、これまで製品やサービスをまったく使っていなかった顧客にアピールする・・・これは新市場型破壊と呼ばれる。そしてもう一つは、既存製品の主要性能が過剰なまでに進歩したために一般消費者が求める水準を超えてしまっている状況で、一部のローエンド顧客にアピールする・・・これはローエンド型破壊と呼ばれる。[p.55]」
・「無消費(nonconsumption)とは『顧客が何も持たない状態』のこと[p.56]」
・「破壊的イノベーションが起きている市場において、既存企業が陥るジレンマを、クリステンセン教授はイノベーターのジレンマと名づけた。既存顧客を満足させる持続的イノベーションでは無敵に近い大企業が、破壊的イノベーションには『なすすべもなく打ち負かされてしまう』ジレンマである。[p.70]」「企業は顧客と投資家に資源を依存している。企業は生き残るた顧客が必要とする製品やサービス、投資家が必要とする収益を提供しなければならない。そして、優れた企業には、顧客が求めないアイディアは切り捨てるシステムが整備されている[p.74]」。

4章、優良企業がジレンマに陥るメカニズム
・「顧客が製品に求める性能(ニーズ)には、生理的・物理的・制度的な理由などから利用可能な上限があり、その上限は時間が経っても変化しないか、ゆっくりとしか上昇しない[p.82]」。
・「既存の顧客が求める性能を向上させる持続的イノベーションにおいては、取り組むインセンティブやそのための資源を持つ既存大企業が圧倒的に有利だ。技術者は真面目なので、放っておくと今日よりは明日、明日よりは明後日と性能の向上にひた走る。そして、あるとき、供給している製品の性能が、顧客が『これ以上は要らない』と思う技術の需要曲線を超えてしまう。このようなときにしばしば、別の市場で使われていた技術や工夫、あるいは新しい技術や工夫によって低価格化を実現した製品・サービスが現れる。これらの製品・サービスの性能は、既存の主要顧客が求める性能よりもはるかに低いことが多く、当初、彼らには見向きもされない。・・・しかし、当初こそ性能が低いものの、こうした製品やサービスも持続的イノベーションの波に乗って徐々に性能を向上させ、市場をローエンドから浸食していく。[p.86]」
・「クリステンセン教授は、・・・企業の製品やサービスを取り巻く状況を持続的イノベーションの状況と破壊的イノベーションの状況の二つに分け、それぞれ異なる経営が必要だとしている。持続的イノベーションの状況とは、・・・自社の提供する製品の性能が、主要顧客の要求水準に追い付けていない状況だ。・・・この状況では、実績ある既存企業は積極的に競争に参加し、勝てるだけの資源も持っているため、ほぼ必ず勝つ。一方、破壊的イノベーションの状況とは、・・・自社が提供する製品の性能が、主要顧客の要求水準を超えてしまっている状況だ。この状況にある企業には、新規顧客や安価な製品を求める顧客をターゲットにした、シンプルで便利だが安くしか売れない製品やサービスの開発・提供が求められる。この状況では、新規参入者が既存企業を打ち負かす確率が高い。[p.88-89]」
・「要求の厳しいハイエンドの顧客獲得を狙う持続的イノベーションでは、既存企業がほとんど勝ち、既存の主要顧客には性能が低すぎて魅力的に映らない破壊的イノベーションでは、新規参入してきた破壊的イノベーターが勝つ[p.96]」。

PART II
、なぜ、日本の優良企業が破壊されてしまうのか
5章、テレビに見るイノベーションの歴史

・「据え置き型テレビの性能向上は、・・・普通の消費者にとって『十分以上に良い』性能に達してしまっている。・・・テレビを取り巻く環境は、2000年代半ば以降、『持続的イノベーションの状況』から『破壊的イノベーションの状況』へと変化してしまった[p.115-116]」

6章、ガラパゴスケータイを「破壊」したスマートフォン
・「欧米のシンプルな携帯電話を使っていた顧客から見ると、スマートフォンはこれまでの携帯電話より欲しい機能が増えた『持続的イノベーション』であると言える。[p.130]」「スマートフォンはそれまでの日本のガラケーよりも機能が低かった・・・ため、ガラケーの主要顧客には魅力的に映らなかった。・・・つまりスマートフォンは日本市場では破壊的イノベーションであったと言って差し支えないだろう。[p.134]」

7章、自らを破壊するものだけが生き残るデジタルカメラの世界
・「ミラーレス一眼は、コンパクトデジタルカメラしか作っていなかったパナソニックやオリンパス、富士フィルムなどのメーカーにとっては製品の性能が向上する『持続的イノベーション』だったが、一眼レフメーカーのニコンやキャノンにとっては『破壊的イノベーション』となる。[p.167]」

PART III
、破壊的イノベーターになるための7つのステップ
8章、破壊的イノベーション3つの基本戦略

・「クリステンセン教授が一番推奨するイノベーションは、これまでに何も使っていない『無消費』の顧客をターゲットにした新市場型破壊だ。[p.179]」
・「新市場型の破壊の機会が見出せない場合には、『ローエンド型の破壊のチャンスを探す』のが第二のアプローチだ。特に、現在供給されている製品やサービスの性能が、多くの消費者にとって十分以上に良い、『過剰満足』の状況にあるとき、この戦略は特に有効である。[p.180]」
・「最後に残る道が、あくまでハイエンドを目指す持続的イノベーションのアプローチだ。だが、単に製品の性能を向上させたり、機能を増やしたりするのはお勧めできない。なぜなら、前述のように顧客が受け入れ可能な性能には上限があるからだ。『客観的価値』が飽和状況であれば、顧客が製品やサービスを受けたときに感じる『メンタルモデル』を変化させることで『主観的価値』を向上させるのがよいだろう。[p.182]」

9章、アイディアを生み出す「苗床」とは
・「ヤングは、実際のアイディアが生み出されるプロセスは、次の5つの段階を経ると述べている。[p.192-193]」:①資料集め、②資料の咀嚼、③腑化段階(咀嚼したデータをいったん意識の外に出し、脳が無意識下でそれらを組み合わせるのに任せるのが良い)、④アイディアの誕生、⑤アイディアの具体化・展開
・「イノベーションは基本的にチームワークの産物だ。個人がまったく独力でイノベーションを成し遂げられたケースは少ない。[p.200]」
・「フレミングの論文によれば、非常に似通った学問分野の人々で構成されるチームから生まれるイノベーションは『平均値』こそ高いが、飛びぬけて価値の高い『ブレークスルー』は生まれにくい。[p.203]」

10章、「用事」と「制約」を探すニーズ・ファインディング
・「多様な人材で構成されるチームができたら、次は、『顧客がどんな用事を片付けたいか(ニーズ)』を見つけ、『それを妨げるものは何か』を洞察しよう。[p.205]」
・「ルーク・ウィリアムスは、すぐに見つかるペイン(痛い)ポイントよりも、小さくて一見支障がないテンション(緊張)ポイント、つまりイライラがたまっている点を探して改善することに、イノベーションの可能性が豊富に眠っていると述べている。[p.207]」
・「無消費者は、既存の製品やサービスがまったく使えないか、あるいは既存の製品やサービスをやりくりして『用事』を片付けている。これは、無消費者がフラストレーション(テンション)を感じている状況だ。[p.215]」「無消費の状況では、製品やサービスの消費が何らかの『制約』によって妨げられている。・・・クリステンセン教授は、『スキル』『資力』『アクセス』『時間』の4つをあげている。[p.216]」

11章、破壊的アイディアを生み出すブレインストーミング
IDEOによる7つのルール:1、価値判断は後回しに、2、ワイルドなアイディアを促す、3、他人のアイディアの尻馬に乗る、4、数を求める、5、一度に一人が話す、6、テーマに集中する、7、可視化する。

12章、破壊度、実現可能性による破壊的アイディアの選定
・「数百のアイディアの中から、『適切な』アイディアを『選ぶ』ことは極めて重要なプロセスだ。[p.240]」
・アイディアの破壊的イノベーションとしての可能性(アイディア・レジュメ[p.242-243]、チェックすべき項目[p.244-252]、破壊度評価[p.252-254]で評価)、自社の戦略との整合性、収益可能性、確信度に基づいて評価する。

13章、破壊的イノベーションを起こす組織とは
・「クリステンセン教授の理論から導かれる『定跡』のうち、最も重要なものの一つが破壊的イノベーションは独立した別組織に任せよというものだ。[p.257]」
・既存組織の価値基準との適合度、既存組織のプロセスとの適合度によりどのような組織で行われるべきかが決まる。[p.257-259

14章、破壊的買収4つのハードル
・破壊的買収の4つのハードル[p.269-283]:①資源を買うのかビジネスモデルを買うのかを明確にする、②買収先企業の価値を正確に見極める、③妥当な条件で買収契約を結ぶ、④買収した企業を適切にマネージする。
・「破壊的イノベーションに既存企業が対抗する手段は、『破壊的イノベーター企業を自ら外部に独立した組織として設立する』か、『破壊的イノベーター企業を買収する』の二つしかない。[p.284-285]」
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破壊的イノベーションの視点から日本企業の事例を見てみると、日本企業が新興企業だった時代に成功を収めた理由、現在既存企業として壁にぶつかっている理由のいくつかは破壊的イノベーションの理論で説明できるように思います。もちろん、すべてのイノベーションが成功するかしないかをこの理論で説明できるものではないでしょうし、あるイノベーションが破壊的なのかどうかを明確に特定できない場合もあるとは思いますが、少なくとも、典型的な例については、破壊的イノベーションが辿るだいたいの傾向というものはかなり明らかだと思います。

実務的には、おそらく、典型的な破壊的イノベーションと持続的イノベーションの特徴をおさえた上で、その背景にある既存企業におけるイノベーションのジレンマのメカニズムを認識しておくことが重要でしょう。そして、自らが取り組む課題について、破壊的イノベーションの理論から示唆される結果を予測するとともに、実際に起きている状況を観察してその課題が破壊的(あるいは持続的)イノベーションの特徴をどの程度備えているかをチェックし、将来予測の軌道修正を行うことが必要なのではないでしょうか。本書に示された破壊的イノベーションの考え方の要点は、そんな際の実務上の指針となりうるように思います。

著者は、クリステンセン氏が著書「イノベーションのジレンマ」において、「本書の理論から考えて、現在のシステムが続くなら、日本経済が勢いを取り戻すことは二度とないかもしれない[p.8]」と予想していることを紹介し、破壊的イノベーションの理論を理解することで、日本経済の再活性化につながることを期待しています。一技術者としては日本経済の先行きにまで貢献することは難しいかもしれませんが、少なくとも自分たちが取り組んでいる研究開発の成功確率を高めるために、破壊的イノベーションについての理解を深めることは意味のあることではないか、という気がします。


文献1:玉田俊平太、「日本のイノベーションのジレンマ 破壊的イノベーターになるための7つのステップ」、翔泳社、2015.


Thinkers50「イノベーション」より

現代における重要な経営課題のひとつとしてイノベーションが注目を集めていることは、多くの方が認めておられることでしょう。しかし、イノベーションの考え方、捉え方は様々で、誰もが納得するような見解が確立されているようには思えません。とは言っても、ここ10~20年の進歩は大きく、イノベーションとは何か、どういうイノベーションが必要で、可能性があり、どういう進め方をすると成功しやすいのか、といった点に関して、様々な意見のなかでも多くの人が支持する有望そうな(人気のある)考え方というものも明らかになってきているように思います。

Thinkers50
は、本ブログでも何回か取り上げた経営思想家のランキングですが、近年はイノベーションを扱う思想家が上位にランクされる傾向があります。今回は、そのThinkers50の選定に深く関わっているクレイナーとディアラブが、経営思想家たちがイノベーションをどう考えているかについて、インタビューも交えてまとめた本(「Thinkers50 イノベーション」[文献1])の内容をご紹介しておきたいと思います。その内容には、本ブログですでに取り上げたものもありますが、思想家へのインタビューにより、その考え方のポイントがより明確になったり、その思想家とは違う角度からその考え方に光が当てられていたりする面もあるように思いました。以下、本書の構成に沿って、重要と感じた点をまとめておきたいと思います。

第1章、イノベーションの歴史How We Got Here
・「イノベーションとは、物事を変えるための新たな方法を見つけることなのだ。『新たな価値を創造する』と言い換えてもいい。このことがいつの時代にもまして今日、重要になったのは、わたしたち消費者が常にモノやサービスに新たな価値を要求するようになったからである。[p.11]」
・「今日のマネジャーが直面する最大の課題、それは非連続イノベーションを生む能力を組織としてどう構築するかということだ。それは本書が答えようとする問いの一つである[p.13]」。「本書では、近年イノベーションのあり方を大きく変え、また今後イノベーションをかたちづくるであろう、最も重要なアイデアや視点を取り上げる。[p.15]」
・「20世紀の大半は、優れた製品やサービスを有する企業の優位が何年も、時には何十年も続くことが期待できた。実際、規模の経済を利用してコストを下げ、高価格を維持するために競争優位を保つことが、大企業の一番の目的であり原理だった。大企業の成功は、イノベーション能力ではなく、規模の経済からくる効率性によって高い利潤を獲得できるかどうかで決まった[p.25]」。「イノベーションがビジネスに旋風を巻き起こし、産業全体の姿を変えるという現象は、新しいことではない。ただ、これまでと違うのは、イノベーションが定期的に競争優位を吹き飛ばし、産業全体を再構築するスピードだ。[p.26-27]」

第2章、破壊的イノベーションDisruptive Innovation
・破壊的イノベーションは、「既存市場を破壊し、新たな市場を創造する力を持つ、非連続的なイノベーション。既存技術を置き換えるような新たな技術が、破壊的イノベーションを生み出す。[p.28]」
・「顧客の要求に耳を傾けることは、一般的に優れた経営慣行と見なされているが、常に顧客に寄り添うことでもたらされる弊害もある。具体的には、顧客の意見に耳を傾けることで、最終的に自分たちの市場を破壊するような新しいテクノロジーを見過ごしたり、それに投資しなかったりすることである。[p.38]」
クリステンセンとの対話より
・「破壊的イノベーションは、よい製品をよりよくするような技術革新ではありません。この言葉には非常にはっきりとした定義があり、従来はかなり裕福でスキルを備えた一握りの人だけが手に入れることのできた高価で複雑な製品を、根本から一変するようなイノベーションを指しています。[p.44]」
・「未来を見通すただ一つの方法は、有効なモデルを使うことです。データはありませんから、有効な理論を持たなければなりません。考えなくても、理論が行動を予測してくれます。理論というレンズを通して未来を見ることをマネジャーに教えれば、未来がはっきりと見えるようになります。それが破壊理論の成果だと思います。[p.49]」
・「すでにそこにあるものを利用する限界費用と、まったく新しいものをゼロから生み出す総費用とを比べれば、必ず限界費用に軍配が上がります。そうやって、既存の大企業は、次第に未来から取り残されていくのです。[p.52

第3章、未来を共創するCo-creating the Future
・「現代のイノベーションはチームスポーツだ。これを確立した第一級の知識人の一人が、・・・プラハラードである。[p.53]」
・「プラハラードとラマスワミはこう論じている。『われわれは価値創造の新たなかたちへと向かいつつある。そこでは、企業が生み出した価値を顧客と交換するのではなく、消費者と企業が共に価値を創造する』。[p.54]」
・「MS・クリシュナンとの共著によるプラハラードの遺作となった『イノベーションの新時代(The New Age of Innovation)』で、プラハラードは共創の概念をさらに推し進め、二つの単純な原則に基づく新たな競争環境を描いた。その原則とは、N=1(対象顧客=1人、個人への対応)とR=G(資源=グローバル、グローバル資源の活用)である。[p.59-60]」
・「共創の源泉として最も見過ごされているのは、・・・顧客と従業員である。[p.68]」
プラハラードとの対話より
・リーダーのあり方への影響:「リーダーは人々を導かなければなりませんが、未来志向でなければ、人々を導くことはできません」。「リーダーとは、リーダー自身ではなく他者の最良の部分を引き出せる人物です」。「譲れない一線を明確にすることで、倫理的な拠り所が生まれます。」[p.66-68
バーンド・シュミット(コロンビア・ビジネス・スクール)との対話より
・顧客体験の今後:「消費者は企業とのより身近で、より強いつながり、しかも精神的なつながりを求めるようになるでしょう・・・。自分とは何の縁もない、倫理的に怪しそうな、顔の見えない巨大な複合企業とは付き合う気になれません。ですから、企業と顧客のかかわりは、より双方向でオープンなものになると思います。[p.71]」

第4章、オープン・イノベーションOpening Up Innovation
・チェスブロウは言う。『われわれは閉ざされたイノベーションから、新たなロジックに移行した。それがオープン・イノベーションだ。この新しいロジックは、役に立つ知識は、社会や非営利団体、大学、政府機関といったさまざまな規模や目的を持つ組織に広く分散されているという認識の上に成り立っている。それは、重複を避けてイノベーションを加速させる手法である』。「『膨大な知識が分散された世界で、テクノロジーを囲い込むことは自分に限界を設けるようなものだ。どんな組織も、たとえ最大手企業でも、社外に存在する膨大な知識の蓄積をもはや無視することはできない』[p.86-87]」。
・リスク:「企業がイノベーションを含むすべてを外部委託してしまえば、ブランド以外にどのような独自の価値が残るのだろう?[p.89]」。「イノベーションのパートナー間で、どうしたら価値を公平に交換できるかは、難しい課題だ」。「リスクは、テクノロジーの移転や漏洩、延々と長引き費用のかさむ訴訟などにとどまらない。こうしたリスクを管理する手段を見つけなければ、新しいイノベーションのモデルは単なる素晴らしいアイデアに留まり、ビジネスの現実とはならないかもしれない[p.90]」。
・「一方、競争優位を得られる点で、オープン・イノベーションには大きな可能性もある。[p.90]」
・「すべての産業がオープン・イノベーションに移行したというわけではないし、今後移行するわけでもない。たとえば、原子炉産業は、・・・オープン・イノベーションに移行するとは考えにくい。反対に、かなり以前から開かれている産業もある。たとえば、ハリウッドは、・・・専門家間でのパートナーシップや提携のネットワークを通してイノベーションを起こしてきた。[p.91-92]」
・「現実には、イノベーションの大部分は、堅苦しい官僚制が立ちはだかる大企業の内部で生まれる[p.93]」。
・セレンディピティーの科学:「イノベーションが起きるときの一見幸運な偶然、セレンディピティーは、私たちが思うほどランダムな現象ではないとキングドンは言う。どのようにセレンディピティーが起きるかのパターンをよりよく理解すれば、大企業に幸運な偶然が起きる確率を上げることができる。」
・素晴らしいアイデアを得るために必要な行動(5つの要因):「イノベーションの牽引者は組織を尊重するが、ガチガチに規則に縛られるほどには組織を盲信していない」、「発想を呼び起こすような刺激を注意深く探している」、「簡単な模型や試作品を使ってアイデアを具体的な形にし、素早く現実に近づける」、「異なるプロジェクトにつく人たちが偶然に顔を合わせアイデアを交換するような、物理的な環境を設計しなければならない」、「イノベーションを妨げる組織内政治にどう対処するかについて、キングドンは次のようにアドバイスをしている。『それは組織人生につきまとうものだ。受け入れて対処しろ』」[p.95]。

第5章、バック・トゥ・ザ・フューチャーBack to the Future
・「組織とは基本的に効率を追求するためのもので、イノベーションのためのものではない、とゴビンダラジャンは説いている[p.112]」。
ビジャイ・ゴビンダラジャンとの対話より
・「イノベーションの一面はアイデアの創出です。もう一つは実行で、わたしが重要だと思うのはそこなのです。[p.112]」
・大企業で真のイノベーションを可能にする原則:「コア事業とは別の専任チームをつくるべき」、「専任チームは・・・孤立させてはいけません。企業の原動力となるチーム、すなわち競争優位の源泉と協力しなければなりません」、「イノベーションとはすなわち実験だということ、そして実験には予想外の結果が伴うということです。ですから、イノベーションチームを結果で評価せず、学習能力で評価すべきです。[p.115]」
・「1970年代半ばにわたしたちが研究を始めた頃、マイケル・ポーターがファイブ・フォース分析で描いたように、戦略とは安定を意味していました。・・・戦略が流動的なものだと言われ始めたのは1990年代の半ばになってからです。それは変化を生み出すことであり、イノベーションを起こすことです。[p.118-119]」
・「歴史を振り返ると、グローバル企業は自国、つまり先進国でイノベーションを生み出し、開発した製品を途上国に持ち込んでいました。リバース・イノベーションはその反対です。新興国でイノベーションを起こし、それを先進国に持ち帰るのです。[p.123]」、「大組織でリバース・イノベーションの一番の妨げとなるのは、過去の成功です。[p.127]」

第6章、マネジメント・イノベーションInnovating Management
・ジュリアン・バーキンショーとゲイリー・ハメルは、「マネジメント・イノベーション、つまり、組織における人間の働き方に根本的な変革を起こす能力に焦点をあててきた」[p.132]。「二人は次のように主張している。・・・多くの組織において、物事のやり方にイノベーションを起こすことが、競争優位を確立するための鍵になっていた。また、マネジメント・イノベーションによって獲得した優位性は、きわめてライバルに模倣されにくく、時には模倣が不可能だった。[p.133]」、「人をやる気にさせ、組織し、計画し、配置し、それらを評価する手法の根本的な変革が、長期に持続する優位性を生み出すことが明らかになっている。[p.139]」
・21世紀の成功を妨げる2つの罠:経費削減と段階的改善。「ハメルは断言する。『ほとんどの企業は、経費削減以上の戦略を持っていない。経費削減は成長をもたらさず、未来につながらない。せいぜい時間稼ぎにしかならない』。段階的改善は前世紀の戦略だとハメルは言う。[p.135]」
ハメルとの対話より
・「経営は人間の成果を生み出すテクノロジーなのです。[p.142]」

第7章、イノベーションを導くLeading Innovation
・「いまではイノベーションが経営者の課題となり、イノベーションにかかわる人たちを導くことが経営陣の責任の一部になっている。だが問題は、イノベーションを起こすような人間は、しばしば伝統的なリーダーシップに反抗的であることだ。・・・かれらに際立った特徴が一つあるとすれば、それは指図されるのを嫌うということだ。・・・最も優秀な経営者なら知的なノウハウやそれを生み出す人材を上手に管理できなければ問題だということを理解している。[p.152]」
・ニーランズによる、イノベーションと創造性を育てるためのオープンスペースのコンセプト:「フロー」、「遊び心」、「一つにまとまること(アンサンブルの一員として働く)」[p.153-155
リンダ・ヒルとの対話より
・「リーダーシップとは、『目的地はこっちだから、みんなわたしについて来い』というようなものでもありません。というのも、どこへ行くのか、リーダーにもわからないのです。・・・リーダーシップとは、人々が自ら進んでイノベーティブな問題解決に取り組めるグループやチームをつくることです。[p.165-166]」

第8章、イノベーションと戦略Where Innovation Meets Strategy
レネ・モボルニュとの対話より
・「これまでにない価値を低コストで生み出すこと、トレードオフではなく、非凡な価値と低コストを両立させることが、バリュー・イノベーションです。[p.173]」
コンスタンチノス・マルキデスとの対話より
・「経済環境がよく、右肩上がりの時代には、戦略などなくても成長できます。ですが、ジャングルの中で危機に直面したときこそ、戦略が必要です。しかし、戦略を超えて、企業が一番にやらなければならないのが、イノベーションです。[p.182]」。「イノベーションにもいくつか異なる種類があり、それぞれに達成のメカニズムが異なります。[p.183]」、「ラジカルな製品イノベーションを起こすための処方箋は、ビジネスモデル・イノベーションを起こす手法とまったく違います。ですから、イノベーションを一般論として語り、マネジャーに一般的なイノベーションへの取り組みを教えるのは間違っていると思います。[p.184]」、「企業がイノベーティブであるかどうかは、実行の段階で決まると言ってもいいでしょう。[p.185]」、「わたしにとってイノベーターとは新しいアイデアを思いつき、それを実行することで新しい価値を生み出す人です。その前半はクリエイティブな思考です。後半は行動です。その両方が一つになってイノベーションが起きるのです。[p.189]」

第9章、社会を変えるイノベーションWhere Innovation Meets Society
・「社会問題もまた、人々に共通する進歩への欲求をとおして取り組むことができるという認識が高まりつつある。それが『社会的イノベーション』である。[p.196]」
・社会的イノベーションにおいて企業が犯しやすい2つの過ち(イオアノウ):効率性の罠(廃棄物処理、エネルギー管理、リサイクリングなどに力を注ぐ)、チェックマークの罠(付加価値を生み出すイノベーティブな活動よりも、正しいことをミスなく行うことにこだわる)。[p.199
ドン・タプスコットとの対話より
・「わたしたちの問題はますますグローバルになり、問題解決の主体として国家は必要ですが十分ではありません。[p.211]」。グローバルなネットワークは「地球の大きな問題の解決に役立つような、途轍もない可能性を持っています。[p.215]」
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本書にとりあげられたイノベーションについての考え方は様々ですが、その中には、似たようなことを言っている部分もあり、また対立するような主張も見受けられます。科学技術の分野でもそうですが、研究の最先端の状態というものは、混沌としている場合が多いものです。イノベーション論の現状もそういうことなのでしょう。実務家としては、まずは、イノベーションについての考え方は、様々な意見を含んだ未確立のものだということを認識し、議論の大まかな流れを理解してその中から本当らしく思えるような考え方を自ら選び出していくことが求められているのではないでしょうか。


文献1:Stuart Crainer, Des Dearlove, 2014、スチュアート・クレイナー、デス・ディアラブ著、関美和訳、「Thinkers50 イノベーション 創造的破壊と競争によって新たな価値を生む営み 最高の知性に学ぶ実践的イノベーション論」、プレジデント社、2014.

参考リンク



ノート改訂版・補遺2:研究マネジメントの実践に役立つ知識

ノート改訂版・補遺1では、研究マネジメントにおいて特に重要だと思うこと、知っておいて折に触れてチェックすべきこと、知らないと大きな判断ミスを冒す可能性があると思われることをまとめました。ただ、補遺1では内容をかなり絞りましたので、今回は「補遺2」として、実践に役立つ具体的知識をまとめたいと思います。前回同様、内容の選定と記載は個人的な見解に基づいていますので、ひとつの意見として見ていただければ幸いです。詳細は、本ブログ記事へのリンク先をご参照下さい。

研究の不確実性にどう対応すればよいか
・不確実性に対処するには、計画主導ではなく創発的戦略をとることが好ましいとされています。「創発的戦略」をうまく進める方法としてAnthonyらは次の3つのステップからなる方法を提唱しています。(本ブログ:ノート12
1、重要な不確実性の領域を識別する:最初の戦略は間違っている。正確な予測の数字は無意味。
2、効率的な実験を行なう:投資を控えて多くを学ぶ。スピードを上げることは重要ではない。
3、実験の結果に基づいた調整と方向転換を行なう:計画に固執しない。評価指標にとらわれすぎない。
・言い換えれば、当初想定が外れるかもしれない前提で準備すること、試行錯誤をうまく行い多くを学んで成功確率を上げることを狙う、ということと考えます。

人間の思考・予測の限界に注意するには
・まずは、以下の点で人間の思考には限界や誤りの可能性があることを認識すべきと考えます。(本ブログ:意思決定の罠
1、無意識の思考特性に依存する誤り(プライミング、係留と調整のヒューリスティックなど)
2、現象や事実に対する知識や認識不足、認識の誤り(平均への回帰の軽視、ハロー効果、状況の軽視、相関関係と因果関係の混同など)
3、対象自体の予測不可能性(複雑系の現象、創発、発散現象やその原因と発生タイミングの予測、確率的な現象など)
・人間の思考の誤りを理解するための二重過程理論(Kahnemanによるシステム1(速い思考)とシステム2(遅い思考)についての説明):「システム1」は自動的に高速で働き、努力はまったく不要か、必要であってもわずかである。・・・「システム2」は、複雑な計算など頭を使わなければできない困難な知的活動にしかるべき注意を割り当てる。考えたり行動したりすることの大半は、システム1から発している。だがものごとがややこしくなってくると、システム2が主導権を握る。システム2に困難な要求を強いる活動は、セルフコントロールを必要とする。そしてセルフコントロールを発揮すれば、消耗し不快になる。→こうした傾向により、システム2で対応できない(できなくなった)課題に対してシステム1で対応しようとする時、認識や判断の誤りが発生しやすくなるのだと考えられます(本ブログ:ファスト&スロー、判断の誤りやバイアスの事例については、意思決定理論入門も参照ください)。

競争相手の動きを読むには
Porterの5つの力の枠組みは競争戦略立案に有効とされていますが、最近ではこの枠組みによる検討だけでは持続的競争優位を確立することは難しいという意見が多いようです(本ブログ:持続的競争優位をもたらす戦略とは世界の経営学者はいま何を考えているのか)。しかし、1、サプライヤーとの関係、2、買い手との関係、3、新規参入者、4、代替製品、5、既存企業間の競争状況からなる5つの力の枠組みは、自社および競争相手の置かれた状況を考察するためのチェックポイントとして、いまだ有効なように思います(本ブログ:ノート3)。競争相手の立場に立って状況を整理し、競争相手が保有する資源(技術力も含む)も考え合わせれば、ある程度競争相手の動きは読めると思います。

どんなイノベーションに取り組むべきか
・「補遺1」では、大きな成功をもたらしやすい重要なイノベーションとしてChristensenの「破壊的イノベーション」をあげました。しかしChristensenらも、すでに事業を行っている企業では持続的イノベーションも重要であり、イノベーション資源の少なくとも80%を持続的な改良に配分することを推奨しています。重要なことは、破壊的イノベーションのメカニズムを考慮して、企業の環境や取り組むイノベーションにとって適正な進め方を行うことでしょう。なかでも次の点が重要と考えられます。(本ブログ:ノート4
技術進歩は消費者のニーズを越えて進みやすいため、既存企業はオーバースペック製品を生みやすい。
消費者は本当のニーズを知らないことがある。

既存企業にとっては、参入してきたばかりの後発企業と競争する必要性が感じられにくい(不均等の意欲)。
既存企業には、生まれたばかりの破壊的技術を重要視しにくい社内のバイアスがある。
破壊的イノベーションには、ローエンド型破壊と新市場型破壊がある。
DARPA(アメリカ国防総省国防高等研究計画局)で重視されている研究評価の基準は以下のとおり(これはハイルマイヤー(Heilmeier)の基準と呼ばれ、研究マネジャーがしっかり回答することが求められる質問とのことです)。
1、何を達成しようとしているのか?専門用語を一切利用せずに当該プロジェクトの目的を説明せよ
2、今日どのような方法で実践されているのか、また現在の実践の限界は何か?
3、当該アプローチの何が新しいのか、どうしてそれが成功すると思うのか?
4、誰のためになるか?
5、成功した場合、どういった変化を期待できるのか?
6、リスクとリターンは何か?
7、どの位のコストがかかるか?
8、どれほどの期間が必要か?
9、成功に向けた進展を確認するための中間及び最終の評価方法は何か?

アイデア創造や技術開発以外に取り組むべきこと
・ビジネスモデルの構築:ビジネスモデルを考えるための枠組みとして使いやすそうな方法に「Canvas」があります。Canvasでは、顧客セグメント、価値提案、チャネル、顧客との関係、収益の流れ、リソース、主要活動、パートナー、コスト構造の9要素を図にまとめて関係が視覚化できます(本ブログ:ビジネスモデル・ジェネレーション)。
・関係者との協働、調整:少数の関係者のみでイノベーションを完成することは困難になりつつあるようです。利害関係を見極めて調整し、協働するための手法は未確立だと思いますが、エコシステムを構築するという観点は重要だと考えます(本ブログ:ワイドレンズ)。
・イノベーションを使ってもらう:よいイノベーションであっても、利用者はすぐにはそれを採用しません。「イノベーション普及学」という分野では、この受け入れのプロセスに関わる様々な因子が検討されており、その知見は実践面でも重要な基礎になる考え方だと思います。Rogersは、普及速度に影響するイノベーションの特性として次の5つをあげています(本ブログ:ノート13)。
1、相対的優位性(そのイノベーションが既存のアイデアよりよいと知覚される度合い)
2、両立可能性(そのイノベーションが採用者の既存の価値観、過去の体験、必要性と相反しないと知覚される度合い)
3、複雑性(イノベーションを理解したり使用したりするのが困難であると知覚される度合い)
4、試行可能性(イノベーションを経験しうる度合い)
5、観察可能性(イノベーションの結果が採用者以外の人たちの目に触れる度合い)
・イノベーションの方法論の中で、イノベーションプロセスの比較的広い範囲が考慮されているものとして、次のものが重要と思われます。ラフリーとマーティンによる戦略(本ブログ:P&G式勝つために戦う戦略)、ゴビンダラジャンとトリンブルによる社内既存部署との協働を重視した進め方(本ブログ:イノベーションを実行する)、SRIのカールソンとウィルモットによる進め方(本ブログ:イノベーション5つの原則)、ジョンソンによる破壊的イノベーションを念頭においた進め方(本ブログ:ホワイトスペース戦略)。ただし、あらゆる場合に有効な考え方というものは未確立なようですので、状況に応じてこうした考え方を参考にすべきと考えます。

イノベーションプロセスの比較的狭い範囲における進め方の提案と得失
・オープンイノベーション:協働の進め方としてすでに成功事例が報告されていますが、自社と他社(組織)のアイデアを融合させる、という理想部分が過大評価され、アイデアや技術の移転、仕事の線引きと競争力の問題、インターフェース設計の問題、収益の分配の問題などの課題もあるとされています(本ブログ:技術経営の常識のウソオープン・イノベーションは使えるか)。
・ステージゲート法:プロジェクトの中止がしやすい、研究者にとってやるべきことが明確になり収益意識が高まる、研究テーマとプロセスの見える化により研究部門と事業部門のつながりが強化される、製品化目前になってプロジェクトを中止するようなケースが減る、ということがメリットとされていますが、テーマを『育てる』という側面よりも、想定通りに育たなかったテーマを『切る』という側面に比重がおかれていることには注意が必要と思われます。(本ブログ:技術経営の常識のウソ
・プロジェクトマネジメント:有限期間内に特定の目的の成果物を生み出すために時限的に人が集まって進める活動をきちんと行なうための手法や思想であって、担当者の業務経験を狭くする、コミュニケーションを阻害する、仕事の継続性が失われることで仕事からの学習を阻害する、技術を蓄積しようとするモチベーションを阻害する、組織全体としても技術蓄積を大切なものとして考える意識を希薄化する点が問題とされています。(本ブログ:技術経営の常識のウソ
・このような手法は、得失を理解した上で、状況に応じて使い分けることが必要でしょう。

形式知と暗黙知の違いを考慮した知識創造の進め方
・野中氏らが提唱した組織的知識創造のプロセス(SECIプロセス)をシンプルにまとめると以下のようになるでしょう。この4つの知識変換プロセスを繰り返すことによって組織的知識創造が進むとされています。(本ブログ:創造性を引き出すしくみ、より詳しくは、流れを経営するを読む
1、共同化:個人の暗黙知からグループの暗黙知を創造する
2、表出化:暗黙知から形式知を創造する
3、連結化:個別の形式知から体系的な形式知を創造する
4、内面化:形式知から暗黙知を創造する
ポイントは、暗黙知をどう組織内で相互作用させて新たな知を創造するか、それを個人の知識の充実にどう活かすか、という点だと思います。そのためには、知識の交流を活発化させるための「場」(環境)をうまく作ることが重要になると思われます。

研究者(イノベーションを推進する人)のやる気を引き出すには
・補遺1では、やる気に関わる重要な因子として、Herzbergによる動機付け要因と衛生要因、Maslowの欲求階層理論、Deciによる外発的動機づけと内発的動機づけの考え方を指摘しましたが、この他にも動機づけ、やる気に関わる因子は様々に議論されています。やる気を引き出す具体的な施策を検討する際には、以下の金井氏による整理が参考になると思います。(本ブログ:ノート7モチベーション再考
1、緊張感・危機感・欠乏・心配・不安がやる気を起こす(ズレ・緊張系)
2、夢・希望・目標を持つことで、やる気が起こる(希望・元気印系)
3、その人それぞれの考えで、やる気が起こる(持論(自論)系)
4、コミューナルな関係性、共感がやる気を起こす(関係系)
・上記にも関連する点がありますが、エンパワーメントの観点からは次の要素が重要だと思われます。(本ブログ:モチベーションは管理できる?
有能感(自分の能力を信じ、やればできるという意味での自信のある心理的状態)
自律性(自分自身の行動を自分自身で決定できる状況にある場合に増大する感情)
心理的無力感(がんばろうと努力しているにも拘らずうまく結果が出せなかったり、成果を出したのに周りから評価されなかったりした場合に増大する感情)
成長機会(仕事をこなすことで自分を高めていける、能力を発揮できるような環境かどうか)
権限委譲(自分自身の仕事に関する意志決定が職場の状況としてできるか)
支援(協力してくれる上司やその他の人たちがいる場合に増大する)
状況的無力感(自分にとって不利な職場かどうか、苦手な仕事や、周りから好ましい反応がなかった場合に増大する)

研究リーダーはどうすべきか
・補遺1では、リーダーの役割として、多様性の確保、コミュニケーションの活性化、組織外部との連携調整、部下の育成指導、ロールモデルをあげました。
・グーグルが社内の調査によって明らかにした、評価の高いマネジャーに共通する行動の特性は次のとおり。(本ブログ:データが語るよいマネジャーとは
1、優れたコーチである
2、チームを力づけ、こと細かく管理しない
3、チーム・メンバーの仕事上の成功と私的な幸福に関心を示し、心を配る
4、建設的で、結果を重視する
5、コミュニケーション能力が高く、人から情報を得るし、また情報を人に伝える
6、キャリア開発を支援する
7、チームのために明確なビジョンと戦略を持つ
8、チームに的確な助言をするために、主要な専門的スキルを持ち合わせている

これらは、理想のマネジメントを行うための処方箋と言えるようなものではないと思いますが、実践の際の貴重なヒントを与えてくれる考え方としてひとつの手がかりになるのではないかと思います。


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ノート改訂版・補遺:これだけは知っておきたい研究マネジメント知識

2013年3月に始めた「ノート:研究マネジャー基礎知識」の改訂も、全14回分の改訂を終えました。「ノート」の記事は、研究マネジメントに関する基本的な知識をまとめたいという意図で書いてきましたが、実践の際に常に意識すべき内容としては全14回の内容では多すぎるのではないか、とも感じます。そこで、今回は、研究マネジメントの実践において特に重要だと思うこと、知っておいて折に触れてチェックすべきこと、知らないと大きな判断ミスを冒す可能性があると思われることを選んでまとめることにしました。もちろん、選んだ内容には個人的な見解が入っていますので、ひとつの意見として見ていただければ幸いです。ご参考までに関連する本ブログの記事へのリンクを入れていますので、詳しい内容はリンク先をご参照願います。

研究は不確実なもの
結果が予測できれば研究は不要です。つまり研究しなければならないのは結果がわからないからであって、わからないことに挑んでいるわけですから成功するかどうかは不確実です。思ったとおりに、あるいは計画のとおりに研究が進むとは限りません。予想外の障害が現れた時には、想定したシナリオにこだわって単に努力を積み重ねるのではなく、異なる発想が必要になるかもしれないことも考えてみる価値があるでしょう。一方、思っていた以上にうまくいくことや、当初の狙いとは違っていても面白い結果に行きあたるかもしれません(セレンディピティ)。そうしたチャンスも見逃さないようにしたいものです。

人間の思考・予測には限界がある
物事の原因や未来に起こるだろうことについてよく考えることは重要です。しかし、よく考えたからといって真実がわかる、あるいは未来予測ができるとは限りません。人間の無意識の思考特性によって判断を誤ることもありますし、知識や認識の不足に気づかないこともあります。また、原理的に予測ができない対象もあり得ます(例えば複雑系の現象にはそういう例があることが知られています)。不確実性とともに思考の限界も認識しておく必要があるでしょう。

競争相手の存在
よいアイデアを思いつくと、それは自分たちしか知らないことだと思ってしまうことがあります。しかし、たいていの場合、どこかで誰かが似たようなことを考えているものです。少なくともそういう競争相手がいる可能性があることは忘れてはいけないと思います。研究を進めるにあたっても、自分たちの望むシナリオだけでなく、競争相手がどう考え、どう動くかも考慮すべきでしょう。

しかし、成功しやすいイノベーションはあるらしい
研究やイノベーションは不確実であるとはいっても、成功しやすいイノベーションのパターンはあるようです。なかでも大きな成功をもたらしやすいという意味で重要なのはChristensenの「破壊的イノベーション」の考え方ではないかと思われます。(もちろん、破壊的イノベーションだけが成功するということではありません)

アイデアや技術だけでは不十分
優れたアイデア(研究テーマ、課題)や、優れた技術だけではイノベーションの成功は保証されないのが普通です。どう実行するか、どう収益をあげるしくみ(ビジネスモデル)を構築するか、どう関係者を取り込み、社内外の協力関係(エコシステム)を構築するか、どうやって顧客に受け入れてもらうのか(普及)なども成功のための重要な要因になります。

ニーズは簡単にはわからない
研究テーマを考える際や、アイデアの源として、どんなニーズがあるかを知ることは重要です。しかし、真のニーズを知ることはそれほど容易ではありません。顧客(消費者)の要求と真のニーズは必ずしも一致しないことは認識しておくべきでしょう。真のニーズを知るためには、行動観察(エスノグラフィー)や、Christensenによる「片づけるべき用事」の考え方は重要と思われます。

形式知と暗黙知
は違う
知識には、形式知(形式的・論理的言語によって伝達できる知識)と暗黙知(特定状況における個人的な知識で、形式化したり他人に伝えたりするのが難しい知識)があると言われています。新たな知識は、異なる知識の出会いから生まれることが多いとされていますが、形式知だけでなく暗黙知の重要性も忘れてはならないと思います。

研究者(イノベーションを推進する人)のやる気を引き出すには
人(特に研究者)はお金や地位だけでは動かない(場合が多い)と言われます。Herzbergは高次な欲求を刺激するものを動機付け要因(motivators)、低次な欲求を刺激するものを衛生要因(hygienic factors)とし、衛生要因を改善しても不満がなくなるだけで動機付けることはできないとしています(お金は衛生要因)。Maslowの欲求階層理論では、人間の欲求は低次なものから、生理的欲求、安全欲求、所属と愛の欲求、承認の欲求、自己実現欲求の5段階の階層をなし、人間は低次欲求がある程度満たされると、より高次の欲求によって動機付けられるようになり、その際、低次の欲求は人を動機付ける欲求としては機能しない、とされます。また、Deciは、給与や人間関係など人を動機付ける要因が個人の外部にある場合の「外発的動機づけ」よりも、自らの有能さの確認や自己決定などに関わる「内発的動機づけ」が重要と述べています。

研究組織の望ましい特性
研究組織の望ましい特性としては、自律性、目的・感情・価値観の共有、多様性、閉鎖的になりすぎずメンバーが目標達成に積極的に関わること、他の組織との協働、があげられることが多いようです。どんな研究組織の構造であっても、こうした特性を持つように運営することが必要でしょう。

研究リーダーの役割
研究リーダーには、多様性の確保、コミュニケーションの活性化、組織外部との連携調整、部下の育成指導、ロールモデルという役割が求められるようです。働きがいのある会社ランキング常連のSASCEOJim Goodnightによれば「マネジャーは社員の『部下』となり、それぞれが高いモチベーションで働き、能力を発揮するよう努める」ことが望ましいとされているようですが、それもひとつの考え方かもしれません。

研究の進め方はそれぞれ
一口に研究、イノベーションとはいっても、内容は様々です。技術分野も違えば、企業におけるイノベーションの意味も、顧客にとっての意味も様々ですし、イノベーションの段階(例えば、技術的検討段階、製品化段階、市場投入、改善など)も様々でしょう。当然その進め方も異なるはずで、結局、どんな場合にも適用可能な成功の処方箋のようなハウツーは存在しないのではないか、と思われます。従って、本稿に述べたような注意点を常に考慮しつつ、状況に応じたマネジメントを工夫していくことがマネジャーには求められているのでしょう。ただ、最も重要なマネジメント上のポイントは何か、と問われたら、私は、イノベーションに携わる人の「意欲の管理」だと答えたいと思っています。

以上が、現在私が考えている「これだけは知っておきたい研究マネジメント知識」です。何らかのヒントになれば幸いです。


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リ・インベンションとは(「リ・インベンション」三品和広+三品ゼミ著より)

どんなイノベーションの試みが成功するのか。どうやったら成功確率が上がるのか。この問いに対しては、様々な検討が行われ、実務家にとっても参考になる考え方が蓄積されつつあるように思います。今回は、三品氏らが提唱している「リ・インベンション」という考え方について、著書[文献1]に基づいて検討してみたいと思います。

著者は、「声高にイノベーションの重要性が叫ばれる割には、良い結果が出ていないのではないかという疑念があります」と述べ、「リ・インベンションをイノベーションに対置すべき概念と捉えています」[p.14]として、イノベーションではなく、リ・インベンションを目指すべきであるとしています。本稿では、その違いは何なのか、どうしたらリ・インベンションがうまく進められるのか、という点を中心に著者の考え方をまとめます。

イノベーションとリ・インベンション
・イノベーションの定義:「過去の競争の中で定められたパラメーター上で、技術的なブレークスルーにより、漸進的あるいは飛躍的な性能の向上、または多機能化を実現すること」[p.71-72
・リ・インベンションの定義:「ある製品について、いまとなっては解消できるようになったにもかかわらず放置されている不合理や、かつては合理だったもののなかに新たに芽生えた不合理を解消すべく、当該製品を特徴づけると長らく考えられてきた特性パラメーターを無視して、誰に、何を、どのように提供すべきものなのかにまで立ち返り、評価軸自体を作り替えること」[p.76

イノベーションの限界(日本企業が注力してきたイノベーションの現実)
・「イノベーションの供給過剰、もしくはコモディティ化」[p.35
・「イノベーションが論じられる文脈を分析してみると、実は苦しいときの神頼みに近いことがわかります。」「イノベーションとは日本の空洞化が顕著になった時期に、救世主の役割を期待された概念だったということがわかります。そこに期待はあっても、必ずしも解があるとは限りません。」[p.60-61
・高い技術力を活かした製品開発の努力が報われないパターン:1)製品が消費者に受け入れられない、2)好意的に受け入れられたものの企業側の利益には結びついていない[p.61-62
・「イノベーションの背後には汎用部材技術、または装置の進歩が控えているのが普通です。だから、同業他社や新規参入者もイノベーションの源泉にアクセスできてしまうのです。そうなると、いくら発売当初に最高スペックを誇っていようと、競合他社がキャッチアップしてくるのは時間の問題で、どうしても横並びの同質競争に陥ってしまいます。」「イノベーションと叫んでも、それを単独で成し遂げることのできる企業など皆無に近く、大方は部材メーカーや装置メーカーの力を借りることになっています。そしてイノベーションの源泉は往々にして部材や装置の方にあり、・・・成果を独り占めするわけにはいかないのです。」[p.68-69
・「技術者は『いいもの』をパラメーターに置き換えて数値競争を演じますが、本当に測りやすい数字を追いかけることが買い手のためにも企業のためにもなるのでしょうか」[p.70]。
・「イノベーションはいつ、いかなるときも等しく有効とは言えないことに気づきます。ライフサイクル上の成長期まではおおいに効力を発揮するものの、成熟期や衰退期にはいると、信用(使用実績)や価格を重視する購買行動が支配的となり、イノベーションの効力が落ちてしまうのです。成熟期に入っても、あたかも成長期のごとくイノベーションを追求すれば、むなしい結果に終わるのは仕方ありません。」[p.73

リ・インベンションの事例
・起業家の挑戦:ホヴディング(自転車用ヘルメット)、レボライツ(自転車灯火)、スマートペン(メモ入力)
・企業家の挑戦:OXO(キッチン用品)、エアマルチプライヤー(ダイソン)、アイパッド(アップル)
・大企業の挑戦:ベイブレード(対戦型コマ)、ネスプレッソ(ネッスル)、ウォークマン(ソニー)

イノベーションとリ・インベンションの違い

1)狙いの違い:「イノベーションは表面的には高付加価値化を狙いますが、その基準点は競合製品に置かれます。だから、競合製品と比べた相対的優位が争点になるわけです。それに対して、リ・インベンションは、従来製品では満たされていなかったニーズに応えるところに狙いがあります。これは相対尺度で測るものではありません。」[p.76
2)従来のパラメーターに対する態度の違い:「イノベーションは競合製品との差異化を狙うので、従来のパラメーターを肯定的に捉えます。肯定したうえで競わないと、競合製品より優れていることを証明できないためです。それに対してリ・インベンションは、従来のパラメーターを否定します。従来のパラメーターでは捉え切れていない不合理の解消に狙いがあるためです。」[p.76-77
3)必要とされる力の違い:「イノベーションの成否は技術的なブレークスルーを生み出せるかどうかにかかっています。そこでは組織的な技術力が問われます。一方、リ・インベンションの成否は誰に、何を、どのように提供するものなのかというコンセプトにかかっています。そこでは必ずしも技術力は必要なく、構想力が問われます。」[p.77

リ・インベンションの方法論
・「リ・インベンションが泥沼の競争から抜け出す手段となりうるのは、消費者の共感を生むからにほかなりません。そして共感は『インテグリティ』から生まれます。インテグリティとは『全体として一つにまとまった状態』を指す英語の言葉で、本書では『製品の隅から隅まで理想が貫かれた状態』と捉えることにしています。」[p.210
・インテグリティを実現する製品企画の3つの要点
1)標的探索:故きを温ねる(「消費者が見慣れてしまい、特段の期待を寄せることもなくなった製品、メディアが見向きもしないような製品、それがリ・インベンションの格好の対象になる」[p.213])、技術の変化を問う(「最新の技術を使うことで、ユーザビリティ(使い勝手)を劇的に引き上げる方法があるか[p.214]))、ニーズの変化を問う[p.216]。
2)創意工夫:取り残された人々を見つめてみる[p.219]、忘れ去られた機能を見つめてみる(本質機能から遠く離れた副次機能)[p.222]、あたりまえの売り方を変えてみる(リ・インベンションは一連のバリューチェーンにメスが入って、初めて本物になる[p.227])。
3)十分条件:インテグリティで共感を引き出す(開発者の本気度と連動する)[p.227]、捉えどころのない感覚にこだわり抜く(「一個人の主観を信じて時間と労力を注ぎ込み続けるのはリスキーに見えますが、リスキーに見えるからこそ競合他社は怖じ気づいてしまいます[p.232]」、旧習に妥協する発想をぬぐい去る[p.233

リ・インベンションの推進体制
・「リ・インベンションのケースでは<やりたいこと>を持った個人が先にいて、あとからプロジェクトが立ち上がるのが普通[p.241]」
・「リ・インベンションにとってマーケットリサーチは禁断の果実[p.241]」
・人材:社外に人を求める[p.243]、社内で人を育てる(『新卒』活用-新卒採用の複線化(契約制)[p.246])、逸材を選び出す[p.248
・マネジメント:少数精鋭チームを隔離する(インテグリティの確保)[p.251]、外人傭兵チームを制御する(気持ちよく挑戦できる就業環境を用意する[p.253]、管理は雑用を増やすだけ[p.255]、人選さえ間違えなければ管理は要りません[p.254])、成功の芽を内部に取り込む(事業化への道が見えてきたときの対応、チームの維持か、選手交代か[p.255])。

日本企業の改造
・「日本企業を際立たせる最大の特徴は『全員経営』に求めることができます[p.260]」。「変化がオペレーションを複雑にすると、ありとあらゆる事態をあらかじめ想定して作業標準やマニュアルに対処法を書き記しておくことが難しくなります。そうなると、科学的経営の威力は色褪せて、突発する問題に現場が臨機応変に対処する能力を備えた全員経営が優位に立つようになるわけです[p.262]」。「その集大成が合議による計画経営です[p.266]」。
・日本企業改造の3つの選択肢:1)全員経営によって「比較優位を発揮できるフィールドに事業立地を絞り込む[p.279]」、2)「うたかたのように消えては現れる事業機会をモノにしにいく臨機応変な経営スタイル[p.279]」にする(「普通の人に仕事をさせる工夫が計画経営の本質で、その次元にとどまる限り、日本はアジア勢に追いつかれてしまいます[p.281]」)、3)「高々半世紀にわたって栄華を極めたに過ぎない<日本的経営>を守りにいっては、末代まで禍根を残します。・・・日本の大企業が敢えて<訣別>の道を選ぶなら、まずは既存の組織を旧社として、新社を立ち上げるところからすべてが始まります。・・・ここでも障害は会議だらけの全員経営の発想です。[p.283-284]」
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イノベーションと呼ばれる活動を分類して、どういうイノベーションがどういう時に成功する(あるいは失敗する)かを考察することはよく行われています。その代表的な例は、Christensenらによる破壊的イノベーションと持続的イノベーションの考え方でしょう。本書で提唱している「リ・インベンション」は、破壊的イノベーションに、また、本書の「イノベーション」は持続的イノベーションにかなり近い概念のように思われます。リ・インベンションの進め方についても、従来見過ごされていた点に着目することや、消費者の真のニーズを認識することの重要性を指摘している点など、破壊的イノベーションの具体的な進め方に近いものがあり、こうした考え方が近年のイノベーションを理解する上で無視できないものになりつつあることがよくわかります。もちろん、両者が全く同じ概念というわけではなく、例えば、本書でインテグリティを重視している点や、「リ・インベンション」を苦手とする日本企業の経営の問題点に関する指摘などは、興味深い示唆を含んでいると感じました。「リ・インベンション」のやり方で必ずうまくいくとは言えないかもしれませんが、成功のための有望な考え方のひとつであることは間違いないと思います。

ただ、本書の考え方はどちらかというとイノベーションの開始段階、アイデアの立上段階についての議論が主で、それをどうやって育てればよいか、どのように軌道修正していくべきか、という点についてあまり議論がなされていない点は、今後の課題のように思いました。「リ・インベンション」の条件を満たせば成功が保証されるというものではないと思いますし、例えば、同じような「リ・インベンション」の間での競争優位は何によって決まるのか、など、実践する上で気になる点は残っていると思います。しかし、イノベーションについてのこうした考察を積み重ねていくことによって、イノベーションの成功にとって何が好ましく、何が好ましくないのか、といった実践家にも役立つ考え方が具体的になっていくのではないかと思います。これからの展開に注目していきたいと思います。


文献1:三品和広+三品ゼミ著、「リ・インベンション 概念のブレークスルーをどう生み出すか」、東洋経済新報社、2013.


破壊的イノベーションの現在(ダイヤモンド・ハーバード・ビジネス・レビュー2013年6月号より)

破壊的技術、破壊的イノベーションの概念は、1995年の発表以後、現在に至るまで、イノベーションを考える上で重要な地位を占め続けているといってよいでしょう。その概要は、本ブログでもノート4で紹介しましたが、どんなイノベーションをどのように進めれば成功しやすくなるかについての見通しを与えてくれる点は、実務家にとって特に重要な考え方だと思います。

発表以後、時の経過とともに、破壊的イノベーションの理論を裏づける事例が増えていることは感じられますが、その理論や実践手法には変化や新展開はないのでしょうか。今回は、ダイヤモンド・ハーバード・ビジネス・レビューの「破壊的イノベーション」特集(2013年6月号)に掲載された記事に基づいて、最近の破壊的イノベーションの考え方の動向を探ってみたいと思います。

「破壊的イノベーションの時代を生き抜く 『拡張可能な中核能力』を見極めよ」(ベッセル、クリステンセン、原題:Surviving Disruption)[文献1]

主に既存ビジネスの立場から破壊的イノベーションへの対処法が述べられています。

・「経営者は、自分たちの既存ビジネスを破壊するイノベーションを開発するだけではなく、旧来の事業――もしかすると今後数十年、もしくはそれ以上の期間にわたって収益を生み続ける可能性もある――についても、今後の運命を考えなければならないのだ。本稿では、破壊の起きる道筋とそのスピードを一覧するための体系的な方法を紹介する。」「こちらに向かって飛んでくるミサイルがあなたを直撃するのか、かすめるのか、それとも完全に外れるかを判断するためには、次の3つの作業を行う必要がある。」

1)破壊者のビジネスモデルの強みを見極める:「拡張可能な中核能力」(extendable core)すなわち、破壊者がさらなる顧客を求めて高級市場に忍び寄っていく際にもパフォーマンスの優位性を失わずに提供できる破壊者のビジネスモデルが判断基準となる。

2)破壊者と比較して、あなたの既存ビジネスが相対的に優位な点を見極める:人々があなたの既存ビジネスに果たしてほしいと考えているタスクは何か、そして破壊者が拡張可能な中核能力を用いて既存ビジネスよりも優れた結果を出せるタスクは何かについての理解が深まると、あなたのビジネスが持つ相対的な優位性がはっきりする。

3)破壊者が将来、あなたの既存ビジネスの優位な点を模倣しようとしたときに、容易となる条件、またはそれを妨げる条件は何か考えておく:破壊者がその欠点を将来どの程度容易に克服できるかを考える。破壊的イノベーションが直面する障壁は、克服が簡単なものから難しいものへと順に並べると、①慣性の障壁(顧客の慣れ)、②技術適用の障壁(既存技術の応用で克服できる可能性がある)、③ビジネス生態系の障壁(業界全体の環境を変化させる必要がある)、④新技術の障壁(必要な技術がまだ存在しない)、⑤ビジネスモデルの障壁、となり、「破壊者の直面する障壁が高ければ高いほど、あるいは障壁の数が多ければ多いほど、顧客は既存ビジネスから離れようとしないはずだ」。

・「破壊者に直面したマネジャーたちは、その破壊者に奪われる可能性がなさそうな顧客に対しても、通常のライバルと競争する時と同様の方法で(つまり価格を引き下げたり、ライバルと似たような商品を開発することで)つなぎ止めようと必死になる。しかし、この種の対応は、破壊者が本来持つ優位性を見逃しているだけではなく、そんな手を打たなくても問題なく守れたはずの既存事業の優位性をも無視している。」

・「既存ビジネスの経営者は、向う見ずな価格競争に手を染めたり、貴重な経営資源や努力を勝ち目のない戦いに浪費したりする前に、全体像をしっかり見積もったうえで包括的な対応をすべきだ。すなわち、みずからの破壊的イノベーションをもって破壊者と対峙するだけでなく、既存ビジネスがこの先もなるべく健全に生き残れるような舵取りをする。それが自社の株主、従業員、そして顧客に対する義務である。」

「クリステンセンが再発見したイノベーションの本質 イノベーションは技術進歩ではない」(楠木建)[文献2]

・「1911年の『経済発展の理論』においてジョゼフ・シュンペーターが示したオリジナルの議論に戻れば、イノベーションという現象を特徴づけるのは『非連続的な変化』である。これを受けて、ピーター・F・ドラッカーは『価値次元の転換』にイノベーションの非連続性の正体を求めた。」「クリステンセンが提唱した『破壊的イノベーション』の概念は、非連続性と価値次元の転換に注目しているという意味で、言葉の正確な意味でのイノベーションである(これに対して『持続的イノベーション』はむしろ『技術進歩』であり、本来の定義からすれば、『イノベーション』ではない)。別の言い方をすれば、破壊的イノベーションは、概念それ自体としてはイノベーションの古典的な議論に立ち戻るものであり、そこに新しさはない。」

・イノベーションを起こすためにやってはいけないこと:1)顧客の声を聞くこと(顧客の要求を忠実に実現しようとすればするほど、既存の文脈に固く縛りつけられ、イノベーションから遠ざかってしまう)、2)技術進歩(クリステンセンの言う『持続的イノベーション』)を追うこと、3)競合他社のベンチマーキング、4)コンセンサスを求めること。

・「戦略を立てる時に、まずは詳細なリサーチから入ろうとするような人はイノベーションに向いていない。」「個人の思いつきと失敗を許容することができない企業は、イノベーションなどという言葉を忘れて、技術進歩を成し遂げるためにがむしゃらにがんばったほうがいい。」

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感想:実務者にとっては、破壊的イノベーションの考え方がイノベーション実現に使えそうなことが特に重要と感じます。

「破壊的イノベーター:キバ・システムズ アマゾンも認める新興企業」(マウンツ、原題:Kiva the Disrupter)[文献3]

・物流センターのピッキング作業をロボットで効率化するイノベーションを達成したキバ・システムズは2012年5月にアマゾンに7億7500万ドルで買収されています。顧客リスクの低減、トータルソリューションの提供などがイノベーション成功の鍵のようです。

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感想:キバのイノベーションは必ずしも破壊的イノベーションの典型例ではないと思いますが、イノベーションの成功例として示唆に富んでいると思います。

「破壊的イノベーションを越えるビッグバン型破壊 常識を越えたスピードで市場に浸透する」(ダウンズ、ヌネシュ、原題:Big-Bang disruption)[文献4]

・「いまや、製品ライン全体、つまり市場全体が一夜にして創造されたり、破壊されたりしている。破壊者は彗星のように現れて、瞬く間に至るところへ勢力を広げる。この破壊的な動きがいったん始まると、対応するのは容易ではない。筆者たちは競争のルールを一新するこのような企業を『ビッグバン型破壊者』と呼ぶ。

・ビッグバン型破壊者の3つの特徴:1)自由奔放な開発(低コストの実験、試行)、2)とめどない成長(ロジャーズが提唱した製品ライフサイクルには従わない、極めて急速な普及)、3)枠にとらわれない戦略(従来の戦略論が通用しない)

・ビッグバン型破壊を生き抜く4つの戦略:1)予兆をとらえる、2)進行を遅らせ、時間稼ぎをして勝利をもぎ取る、3)すぐに撤退できる態勢を整えておく、4)新しい種類の多角化を試みる(拡張や実験が容易でしかも速やかに拡縮できるプラットフォームを基に戦略を築く)

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感想:ここでのビッグバン型破壊とは、変化の速度が速く大きいイノベーションのことを指しているようです。著者らは変化の速さを非常に重視しているようですが、この記事の内容からだけでは、時間軸の進み方の違い以外は、クリステンセンの破壊的イノベーションや、ロジャーズのイノベーション普及の考え方の範囲に含まれる議論のように思われます。

「相反する2つの変革を同時に進める法 既存事業のテコ入れと将来の糧づくり」(ギルバート、アイリング、フォスター、原題:Two Routes to Resilience)[文献5]

・「市場の変化、革新的な技術、“破壊的”な新興企業に対応するために、あなたの会社もおそらく遅かれ早かれ、変革する必要があるだろう。・・・しかし我々の経験では、既存市場に合わせて構築された組織がそれをやってのけることは稀である。」「本格的な変革には2つの異なる動きを並行して取っていく必要がある。」

変革A:コア事業のポジショニングを見直し、現在のビジネスモデル市場に合わせなくてはならない。「変革Aの目的は、現在のビジネスモデルが“破壊”後の市場で維持できる最強の競争優位を探り当てることである。」「顧客が依然として求めていることをどのように行うか」を考える。

変革B:別個の“破壊的”な事業を創り、将来の成長の源泉となるイノベーションを生み出していかなくてはならない。「今日の環境のなかで顧客の満たされないニーズは何か」を考える。

・「両方の変革を有効に働かせるためのカギは、『ケイパビリティ(組織的な能力)の交換』と我々が呼ぶ方法だ。これは新たな組織内のプロセスを確立し、ミッションやオペレーションを変えずに同時進行の2つの変革を実施して厳選されたリソースを共有できるようにすることである。」

・ケイパビリティの交換は5つのステップで進められる。1)リーダーシップを確立する(組織の最高レベルでリソースを配分する)、2)2つの組織が共有できる、もしくは共有する必要があるリソースを特定する、3)交換担当チームを編成する(2つの変革に取り組んでいるメンバーから何人かを指名してチームをつくり、それぞれのリソースの割り振りを担当させる)、4)境界線を守る(それぞれが自社の将来はみずからの肩にかかっていると信じて業務に当たる、両者を仲裁する責任はトップにあり、第一の責任は、既存事業の人々が破壊的な新規事業に首を突っ込もうとすることに待ったをかけること、コア事業からリソースを奪わないこと)、5)新規事業の規模を拡大し売り込む(2つの組織を平等に扱うべきではない。A組織が再ポジショニング後に単独で採算が成立し続けるようにする、破壊的事業は将来の成長の源泉)

「陳腐化した技術を延命させる戦略 『前向きな退却』を選ぶ」(アドナー、スノー、原題:Bold Retreat, A New Strategy for Old Technologies)[文献6]

・優れた新技術によってこれまで築いてきた事業が脅威にさらされている時、あまりにも多くの企業は、その新技術への移行に必要な力を実際には持ち合わせていないとみずから認めることができず、大敗を喫す。これに対し、従来の技術の改良に励む方法もある。「しかし、このような最後のあがきは、審判が下る日を先送りするだけに終わる場合が多い。」「我々は、・・・新しい技術の出現に対して成熟技術に依存する企業が取りえる第三の選択肢に気がついた。つまり、古い技術に優位性があるニッチ市場に退却し、そこを守り通せばいいのである。」この戦略が『大胆な退却(Bold Retreat)』。

・「軍隊はずいぶん以前から、退却を正当でしかも責任感のある戦略上の選択肢であると認識してきた。だが、ビジネス界はそうではない。」「退却を検討する系統だったプロセスを準備していない企業は、愚かにも戦略上取りうる貴重な選択肢を排除してしまっているのだ。」

・大胆な退却の方法には、1)ニッチ市場への『避難』(自社の創出する価値のうち、新技術が対応していない要素に対応)、2)新規市場への『移動』(従来の顧客層が新たに抱えることになった問題や、新しい顧客層が従来から抱えていた問題を旧来技術で解決する)、がある。

・「どんな場合にも、退却は大胆でなくてはならない。退却を決断すべきタイミングは、技術をめぐる戦いに負け、自社の経営資源を使い果たす前である。・・・先手を打って退却すれば、壊滅的打撃をかわすことができるはずだ。」

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以上が特集記事の概要です(この他に、クリステンセンのイノベーションのジレンマの原論文があります)。もちろん、これらの記事で破壊的イノベーションの最新の動向が網羅されているわけではありませんが、いくつかの示唆が得られると思います。まず、注意しなければならないのが、「破壊的イノベーション」、「破壊的技術」という言葉が、単に大きな変化、急激な変化、既存企業やプロセスを機能させなくする技術やイノベーションの意味で用いられる場合があることでしょう。実務的観点からは、言葉の定義はどうでも、起こりうる現象の理解と予測が可能jになればよいのですが、「破壊」という言葉が、クリステンセンの提示した破壊的イノベーションの概念とは異なって使われる場合には、その主張の理解には注意が必要だと思います。

その上で、クリステンセンの破壊的イノベーションの概念について考えるとき、まず、その概念が現在に至るまで大きな修正を受けることなく生き残ってきていることが重要であると思われます。破壊的イノベーションの概念が単なる一時の流行で終わらなかったと言ってもよいでしょう。このことは、今や破壊者も、その攻撃を受ける側も、破壊のメカニズムを考慮した上で、戦略を立案しているだろうことを考えるとより重要と考えられます。すなわち、破壊者も破壊から身を守る側も戦略が進歩しているはずなのに、相変わらず破壊的イノベーションの事例が観察されるということは、この理論の強力さ、既存企業側としては破壊への抵抗の難しさを示しているとも考えられるのではないでしょうか。

破壊的イノベーションの概念、活用の進歩という観点から、実務面において今回の記事の中で意義深く感じられたのは、ベッセルとクリステンセンの論文、ギルバートらの論文、アドナーらの論文でした。破壊的イノベーションのメカニズムが確固たるものになったことに基づいて、では、どうすべきなのか、という提言が行われている点が最近の進歩ということになるのだと思います。破壊的イノベーションの影響力が確実なものとなり、メカニズムが広く知られることとなった現在、この概念を無視しては、破壊者としては破壊者同士の競合に敗れ、既存企業の側ではこの概念が生まれる以前のように、やすやすと破壊者の餌食になってしまうのではないか、という気がしましたがいかがでしょうか。


文献1:Maxwell Wessel, Clayton M. Christensen、マックスウェル・ベッセル、クレイトン・M・クリステンセン著、鈴木立哉訳、「破壊的イノベーションの時代を生き抜く 『拡張可能な中核能力』を見極めよ」、Diamond Harvard Business Review, June 2013, p.32.

文献2:楠木建「クリステンセンが再発見したイノベーションの本質 イノベーションは技術進歩ではない」、Diamond Harvard Business Review, June 2013, p.48.

文献3:Mick Mounz、ミック・マウンツ著、辻仁子訳、「破壊的イノベーター:キバ・システムズ アマゾンも認める新興企業」、Diamond Harvard Business Review, June 2013, p.78.

文献4:Larry Downes, Paul F. Nunes、ラリー・ダウンズ、ポール・F・ヌネシュ著、有賀裕子訳、「破壊的イノベーションを越えるビッグバン型破壊 常識を越えたスピードで市場に浸透する」、Diamond Harvard Business Review, June 2013, p.90.

文献5:Clark Gilbert, Matthew Eyring, Richard N. Foster、クラーク・ギルバート、マシュー・アイリング、リチャード・N・フォスター著、スコフィールド素子訳、「相反する2つの変革を同時に進める法 既存事業のテコ入れと将来の糧づくり」、Diamond Harvard Business Review, June 2013, p.110.

文献6:Ron Adner, Daniel C. Snow、ロン・アドナー、ダニエル・C・スノー著、高橋由香理訳、「陳腐化した技術を延命させる戦略 『前向きな退却』を選ぶ」、Diamond Harvard Business Review, June 2013, p.124.


(参考)

ダイヤモンド・ハーバード・ビジネス・レビュー2013年6月号:

http://www.diamond.co.jp/magazine/059690613.html

The Clayton Christensen Institute: http://www.christenseninstitute.org/

Clayton Christensen web page: http://www.claytonchristensen.com/

参考リンク<2014.1.26追加>


 

 

 

ノート4改訂版:企業の収益源となる研究テーマの設定

1、研究開発テーマ設定とテーマ設定における注意点

1.1研究活動における基本的な注意点→ノート1~3

1.2、研究テーマの設定

ノート1~3で述べた基本的な注意点をふまえた上で、どのような研究テーマに取り組むべきかを考えてみたいと思います。ここでは、テーマ設定の考え方を以下の3つに分けて考えます。

①企業収益に結び付くテーマ(つまり、事業的に成功が期待されるテーマ)

②企業が研究部門に求めているテーマ

③研究部門が実施したいと考えるテーマ

これらは、企業活動に貢献するために、誰の、どんな望みを叶えようとするのかという観点に基づいた分類です。従来の研究テーマの分類方法、例えば、テーマの発生のしかたに基づく分類(トップダウン、ボトムアップ、ニーズ志向、シーズ志向など)とは異なりますが、企業で行われる研究テーマのほとんどはカバーできていると思います。ちなみに、①は企業全体として取り組み、成功を目指すことを念頭に置いた課題、②は企業(他部署)からの求めに応じて企業活動に貢献する課題(トップダウン、ニーズ志向と呼ばれるテーマなど)、③は研究部隊の判断によって企業活動に貢献しようとする課題(ボトムアップ、シーズ志向のテーマなど)、というイメージになりますが、それぞれについて研究の性格や注意すべきポイントが異なると思われますのでこのように分けて議論することにしました。今回は、まず①について考えてみます。

①企業の収益源となるテーマの設定

どのようなテーマに取り組めば企業活動に最も貢献できるのでしょうか。端的に言ってしまえば、研究がうまくいき、収益を挙げるテーマということになりますが、どんなテーマが成功しやすいかはそれほど明らかではありません。研究やイノベーションへの取り組み方、進め方については様々な意見が発表されていますが、なぜその方法が有効なのか、同じようなことに取り組んでいても成功と失敗が分かれるのはなぜか、といった点について実証的に十分納得できる理論は未確立といってよいのではないでしょうか。

そんな中で、Christensenの破壊的イノベーションの考え方は、研究開発・イノベーションの成功や失敗のメカニズムに関する、現状では最も有効性の高い考え方であると思います。Christensenは、業界をリードしていた優良な企業が、ある種の市場や技術の変化に直面したとき、特段の経営上の失敗もないのにその地位を守ることができなくなった事例の分析を行ない、次のようなメカニズムが存在することを示しています。[文献1に基づき要約]

・ある技術の改良の速度が技術的要求(ニーズ)の進歩の速度を上回ることがある。

・その結果、技術はオーバースペックになる。

・オーバースペック技術であっても、収益率は高いことが多いし、ハイスペックを求める顧客も存在するので、企業はその技術をさらに進歩させようとする。

・往々にして収益性の高さや、既存顧客の確保のために、オーバースペック技術の開発に資源を集中させる。

・その結果、ハイスペックを求めない市場への興味を失い、対応が手薄になる。

・ハイスペックを求めない市場に新たな企業が参入する。

その参入方法は、以下の2通りの場合があるとされます。[文献2、p.493500に基づき要約]

a)ハイスペックを求めない顧客(ローエンドにいる顧客)に対し、それまで以上の利便性か、低い価格を用意する場合

b)従来のスペックで重視される尺度から見れば限界はあるものの今までにない特性からすれば様々な恩恵を与えてくれる製品で新たなマーケットを創造する場合

・いずれの場合も既存企業から見れば利益率が低かったり、市場が小さかったりして魅力の薄い市場であるため、既存企業と新規参入企業間での競争は起こりにくく、新規参入企業の成長は妨げられない。

・新規参入企業の進歩により、既存企業は従来の市場を奪われ、限られた顧客向けのハイスペック市場に追いやられたり、新規参入企業が開拓した新たなマーケットに参入を試みても失敗したりする。

・その結果、既存企業は優位な地位を失う。

このメカニズムにおいて、新たに参入する企業が武器として活用する製品ないしビジネスモデルは「破壊的(disruptive)イノベーション」と呼ばれ、既存企業が狙うハイスペックな技術、製品、ビジネスモデルは「持続的(sustaining)イノベーション」([文献2]では「生き残りのイノベーション」と訳されています)と呼ばれます。さらに破壊的イノベーションのa)の場合が「ローエンド型破壊」、b)の場合が「新市場型破壊」と呼ばれています[文献3、p.55]

Christensenはこのメカニズムに基づき、「既存事業を成長させるためには持続的イノベーションが重要だが、新成長事業として成功する確率が高いのは破壊的戦略である」[文献3、p.125]と述べています。さらにChristensenの共同研究者らは「持続的イノベーションだけを行なっている企業は、破壊的イノベーションを行なう他社に市場奪回の機会を提供してしまったり、すばらしい成長機会が間近にあるにもかかわらずそれを逸してしまったりという結果になる」[文献4、p.9]、「学術的研究によれば、持続的イノベーションにおける戦いでは常に既存プレーヤーが勝利する」が、「破壊的イノベーションの戦いにおいては、ほとんどの既存のプレーヤーが敗れることを示唆する調査結果がある」[文献4、p.26]という見解も述べています。もちろん、破壊的イノベーションの考え方だけですべてのイノベーションの成功を予測することはできませんが、少なくとも上記のような競争の状況においては、破壊する側、破壊に対抗する側のどちらについても、その研究テーマの成功しやすさの予測はある程度可能であると思われます。

なお、破壊的イノベーションに近い考え方にリバースイノベーションがあります[文献5]。「リバース・イノベーションとは、簡単に言うと、途上国で最初に採用されたイノベーションのことだ[文献5、p.6]」とのことですが、リバースイノベーションと、ローエンドの市場に参入する破壊的イノベーションとの関連は深いと思われます。今後、破壊的イノベーションの具体的方法のひとつとして、実務的にも発展していくかもしれません。

一方、KimMauborgneはブルー・オーシャン戦略を提唱しています。これは血みどろの戦いが繰り広げられるレッド・オーシャンから抜け出して「競争のない市場空間を生み出して競争を無意味にする」ブルー・オーシャンを創造することが重要な戦略行為である、と説くものです[文献6、p.4]。破壊的イノベーションの成功の一要因は既存企業との競合が起こりにくいことであることを考えれば、両者が目指すものは近い(特に、新市場型破壊のイノベーションと近い)と言えると思います。ただし、完全に競争のない市場の確立と維持ができなければ、いずれ既存企業や競合企業との競争が発生しますので、上記のような既存企業との競争のメカニズムも念頭におくべきであると思います(その点、破壊的イノベーションの理論の方が具体的で使いやすいと思います)。

他社との競合を避ける(自然と競合が起こらない状況になる場合も含めて)ことによって成功の確率を高めようとする考え方は確かに魅力的ではありますが、すでにある事業分野でそれなりの成功を収めている企業にとっては持続的イノベーションも重要です。実際、破壊的イノベーションの提唱者らも、「一般に、地位を確立している企業であれば、イノベーション資源の少なくとも80%を持続的な改良に配分することを推奨する」[文献4、p.376]としており、持続的イノベーションの重要性もよく認識する必要があります。

どのようなイノベーションを狙い、どのようにイノベーションを進めるべきかについて、Mooreは企業、技術、市場などの状況に応じて進め方を変える必要があると述べています[文献7、8]。考慮すべき状況として挙げられているものは、イノベーションの発展段階、市場の成熟度、企業の型(コンプレックスシステム-複雑な問題を解決するコンサルティング的要素が大きい個別ソリューションが提供される、ボリュームオペレーション-標準化された製品と商取引により大量販売市場でビジネスを遂行する[文献7、p.37])、競合他社に対する長期的な優位性を企業にもたらしてくれる要素(コア)かそうでないか、ある要素がうまく稼働しなかった場合には企業に深刻な結果がもたらされる(ミッション・クリティカル)かどうか[文献7、p.268]、競合他社との競争や自社のしがらみからの脱出[文献8]といった点です。このような細かな場合分けによる戦略は実用的には煩雑にすぎると思われますが、特定の状況におけるイノベーション上の問題解決には使える可能性があるように思います。

結局のところ、企業活動に貢献可能な成功確率の高い研究テーマを設定するためには、その研究やイノベーションが企業活動にどう影響するかをしっかりと認識し、状況に応じたテーマ設定が必要になるということでしょう。破壊的イノベーションのもたらす影響は大きく、その理論による成功や失敗の予測は(少なくとも他の理論よりは)高いと思われますので、この理論を無視することは得策ではないと言えると思いますが、それだけで十分というほど、イノベーションは簡単な問題ではないと思います。Christensenも「一面的な技術戦略をとるのは賢明なことではない。企業は、破壊的技術と持続的技術のどちらに取り組むかによって、明確に異なる姿勢をとる必要がある」[文献1p.270]と述べているように、テーマの設定だけでなく、その内容や状況に応じて進め方を変えるということも必須です。そのためにも、どんなテーマを設定し、それをどのように進めれば成功に至る可能性が高まるのか、というイノベーションのメカニズムをできるだけ実証的に理解することが、イノベーションのあるべき姿の追求ととともに重要なことなのではないかと思います。

考察:破壊的イノベーション理論の意義と重要な示唆

どんな研究をどのように行なえばイノベーションがうまく実現できるのか、ということは研究者であれば誰もが考えることです。しかし、研究者はえてして技術的成功に気をとられることが多く、企業的成功まで考えが及ばないことがあります。その理由のひとつには、技術的成功と事業の成功の関係が明確になっていないことが影響しているでしょうが、イノベーションについて経営学上の検討がなされていないわけではなく、ドラッカーをはじめとして多くの重要な指摘があります。しかし、経営理念から演繹的に述べられた示唆は、それが理屈では非常に納得できるものであっても、その主張を裏付ける実績なり理論なりがなければ、技術者にとってはどうしても縁遠く感じてしまいます。そこに現れたのがChristensenによる破壊的イノベーションの理論でした。技術者にとっては、破壊的イノベーション理論で示された実証的な考え方は、従来の経営理論を補うものとして受け入れやすく感じられたものです。もちろん、実証的とは言っても、科学的な証明にはほど遠いものですが、それでも経営の世界でここまでもっともらしく思われる理論が提出されたことは大きな驚きでした。

破壊的イノベーションの理論には、上述した既存企業の地位を脅かすメカニズムの他にも、イノベーションの成否を予測する上で重要な示唆がありますので、以下にまとめておきたいと思います。

・技術進歩は消費者のニーズを越えて進みやすい→トップ企業はオーバースペック製品を生みやすい。後発企業がトップ企業に追いつくことよりも、ニーズに追いつくことの方が容易。

・消費者は自分の本当のニーズを知らないことがある。

・既存企業にとっては、参入してきたばかりの後発企業と競争する必要性が感じられにくい(不均等の意欲)

・既存企業にとっては、生まれたばかりの破壊的技術を重要視しにくい社内のバイアスがある。

これらの原理は、破壊的イノベーターの成功を説明する手がかりになっているわけですが、実際には、破壊的イノベーションに限らず既存企業の活動の様々な場面で現れてくる現象のように思います。イノベーションの成功の理由の分析は、ともすると勝った企業の成功譚に基づいて行われがちですが、実は負けた方にもそれなりの理由があること、いくつかの原理の積み重ねで成功や失敗が決まる可能性を示したことが、Christensenの貢献のひとつではないかと思います。破壊的イノベーションは、単なる事例ではなく、技術に関わる経営を支配する原則の一部かもしれないという気がしますが、いかがでしょうか。



文献1:Christensen, C.M, 1997、クレイトン・クリステンセン著、伊豆原弓訳、「イノベーションへのジレンマ」、翔泳社、2000.

文献2:Christensen, C.M, Anthony, S.D., Roth, E.A., 2004、クレイトン・M・クリステンセン、スコット・D・アンソニー、エリック・A・ロス著、宮本喜一訳、「明日は誰のものか」、ランダムハウス講談社、2005.

文献3:Christensen, C.M, Raynor, M.E, 2003、クレイトン・クリステンセン、マイケル・レイナー著、桜井祐子訳、「イノベーションへの解」、翔泳社、2003.

文献4:Anthony, S.D., Johnson, M.W., Sinfield, J.V., Altman, E.J., 2008、スコット・アンソニー、マーク・ジョンソン、ジョセフ・シンフィールド、エリザベス・アルトマン著、栗原潔訳、「イノベーションへの解実践編」、翔泳社、2008.

文献5:Govindarajan, V., Trimble, C., 2012、ビジャイ・ゴビンダラジャン、クリス・トリンブル著、渡部典子訳、「リバース・イノベーション 新興国の名もない企業が世界市場を支配するとき」、ダイヤモンド社、2012.

文献6:Kim, W.C., Mauborgne, R., 2005W・チャン・キム、レネ・モボルニュ著、有賀裕子訳、「ブルー・オーシャン戦略」、ランダムハウス講談社、2005.

文献7:Moore, G.A., 2005、ジェフリー・ムーア著、栗原潔訳、「ライフサイクルイノベーション」、翔泳社、2006.

文献8:Moore, G.A., 2011、ジェフリー・ムーア著、栗原潔訳、「エスケープ・ベロシティ キャズムを埋める成長戦略」、翔泳社、2011.



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ノート3改訂版:研究と競争相手

1、研究開発テーマ設定とテーマ設定における注意点

1.1研究活動における基本的な注意点

1)研究の必要性ノート1

2)研究の不確実性ノート2

3)研究と競争相手

研究を考える上で重要な基本的事項の3点目として、研究における競争相手の存在を挙げておきたいと思います。

企業活動においては他社との競争が日常的に発生しますので、本来は競争相手の動向に応じて自らの戦略を立てるべきであるはずです。しかし、研究開発を行なっているとつい競争相手への注意が疎かになることがあります。もちろんその結果として何ら問題が発生しなければかまわないわけですが、実際には不利益を生む場合もあります。

現代科学技術の特徴として丹羽は技術の普遍性を挙げています[文献1、p.11]。ここでいう普遍性とは、産業革命後、技術知識の体系化と公開化が進んだことにより、技術が広く世界中で高度に発展し普及するようになった[文献2、第3章(文献1、p.12]ことにより、技術が時間や空間の制約を超えて、世界万民に等しく開かれた状態となっていることを指しており、技術が普遍的であるということは、世界中の大学や企業研究所などで同じような技術の研究や開発が実施されている可能性が高いことを意味している[文献1p.12]、とされています。世界中で、というのはややおおげさなような気もしますが、少なくとも業界の先端に近い研究機関では、あちこちで同じような課題に取り組んでいることは実際によくあることで、似たような研究が似たような時期に独立に発表されるという例は、現代に限らず多く存在します。最近は世界全体の技術力の向上とともにコミュニケーションの発達もあって、このような競争状態はさらに起きやすくなっているのではないでしょうか。今回は、こうした状況下でイノベーションを進めるにあたってどのようなことに注意する必要があるかについて考えてみたいと思います。

例えば、何かのアイデアを思いついたとします。先行文献、特許を調べても同じアイデアは存在していないようです。この時、以下の3つの可能性が考えられるでしょう。

①今までにそのアイデアを思いついた人はいない(全く新規なアイデアである)

②今まさに他の研究グループで同じアイデアの研究が行なわれているが、まだ発表されていない。

③過去に同じアイデアを誰かが試してみたが、何らかの理由で発表されていない。

①の場合、非常に好ましいわけですが、残念ながら②と③でない、と断言することができないのが普通です。というのは、イノベーションが未知のことへの挑戦である以上、情報は十分には得られないのが普通だからです。(もちろん、①であったとしても、ノート2で述べたようにそれが好ましい結果につながるかどうかは不確実です。)

問題なのは②と③の場合で、②の場合には当然のことながら競争相手の動向に注意が必要になります(そのかわり、競争相手も狙っている、ということは①の場合よりも技術の成功確率は高いと考えられるかもしれません)。③の場合は、なぜ発表されていないかを考えてみる必要があります。可能性は2通り、誰かがそのアイデアを有効に活用しているがそれを秘密にしている場合と、試してみたがうまくいかなくてあきらめた場合となります。これらは至極当たり前のことなのですが、注意しなければならないのは、自分が思いついたアイデアについては、えてして①と思い込みがちなことで、その結果、開発に手をつけてから②か③であることがわかって開発戦略の見直しを迫られるということがあります。こうした見込み違いを完全に防止することは困難でしょうが、上記のような可能性があることを心がけておけば、的確な対応はしやすくなるものと思われます。

このような他社との「競争」の状態を理解するためには、ポーターの枠組みを利用するのが一般的な手法でしょう。競争を駆動する5つの力として、1、サプライヤーとの関係、2、買い手との関係、3、新規参入者、4、代替製品、5、既存企業間の競争状況を考え、それらに基づく機会と脅威を考慮して戦略を構築する[文献3、(文献4、p.93]という考え方は重要なものではありますが、こうした分析を実行しようとすると、各々の力に関する情報が必要となります。しかし、イノベーションを扱う場合、それ自身が不確定、流動的であったり、情報が公表されていない場合があるため、ポーターの枠組みが十分に利用できないこともあると思われます。イノベーションにおける競争を考える場合には、戦略構築のための外部の情報が少ない状況での判断が求められるわけです。

ただし、確かな情報はなくとも、競争相手の動向はある程度は推定できます。具体的には以下の2つのポイントを考えてみればよいと思われます。

・あるアイデアに必要な技術要素、資源が他社、あるいは過去において入手可能か

・あるアイデアを実現しようとするニーズが他社、あるいは過去において存在するか(したか)

もし、上記の両方ともがYesならば、他社も現在または過去に同じアイデアについて研究している可能性があると考えた方がよいでしょう。資源があり、ニーズがあるのに何もしていないということは考えにくいです。言い換えれば、他社(過去)にない要素技術、資源を用いているもの、他社(過去)にはないニーズに基づいたアイデアは自分たちのオリジナル(つまり上記の①)である可能性が比較的高い、と言えるのではないでしょうか。上記の2つのポイントの答えももちろん推定の域を出ないわけですが、他社におけるアイデア実行の有無そのものを推定するよりは易しいと思います。

このような競争相手の動向は、予測しにくいという意味でノート2で述べたイノベーションの不確実性の一部と考えることもできます。しかし、心がけてさえいれば、競争相手に伴う不確実性は、物や現象に伴う不確実性よりも予想しやすいのではないでしょうか。

以上のような競争相手の存在可能性について注意を払い、その動向を予測していれば、他社に出し抜かれる可能性について備えることができるし、他社と同じ失敗を繰り返すことによる痛手を軽いものにできると思われます。イノベーション実現という未来予測を当てる確率を高めるために、競争相手の存在を考えておくことは、重要なチェックポイントのひとつになると考えられます。

考察:競争を避けるには

上記の議論では、競争相手(実際に競争状態にあるかどうかに関わらず、同じようなことを考えているライバルも含めて)の存在を忘れないようにすること、その動向を予測することの重要性を述べました。しかし、競争を避けることができればより戦略的には有利です。

競争を避けようとする考え方としては「ブルー・オーシャン戦略」[文献5]が挙げられます。ブルー・オーシャン戦略は必ずしも研究開発を対象にしたものではありませんが、1)市場の境界を引き直す、2)細かい数字は忘れ、森を見る、3)新たな需要を掘り起こす、4)正しい順序で戦略を考える、5)組織面のハードルを乗り越える、6)実行を見すえて戦略を立てる、という6つの原則[文献5、p.43]により、競争のない未知の市場空間を開拓することによって、競争を無意味にする[文献5、p.31]ことを目指しています。もちろん、研究においてもこの概念は役に立つとは思いますが、この戦略も上記のポーターの枠組みと同様、情報が少ない場合には効果が活用しにくいと思われます。さらにこうした戦略の発想では競争相手の未知の考え方というものが反映されにくいという問題点もあるでしょう。

そこで、競争を避ける方法、競争の少ないアイデアを得る方法を考えてみました。次のような方法であれば可能性がありそうに思いますが、いかがでしょうか。

・上記の、競争相手の動向を推定する方法を活用する:想定される競争相手が保有していないと考えられる技術要素、資源、競争相手が気づきにくいと考えられるニーズに基づくアイデアを採用する。

・非対称的モチベーション[文献6、p.42](不均等の意欲[文献7、p.114,501])を活用する:Christensenらによる破壊的イノベーションの理論において、不均等の意欲とは、「ある企業が、別の企業にはその気のないことをするときの状態[文献7、p.501]」とされています。破壊的イノベーションは、既存企業にとって魅力のない市場、気づかない市場に新興企業が参入することによって起こる場合がありますが、この時、既存企業は新市場に参入する意欲がないことによって、新興企業にとっては競争のない市場が生まれます。

・セレンディピティーを活用する:偶然が、自らと競争相手に同じタイミングで訪れる可能性は低いでしょう。従って、偶然によるセレンディピティーを活かすことができれば、競争相手との差別化が可能です。もちろん、偶然をコントロールすることはできませんが、偶然によるチャンスを生かす能力を磨くことによって、競争相手が保有しない技術要素を身につけられる可能性があります。

研究が本来的に持つ不確実性と、競争相手の存在を考えると、論理的な思考に基づいて立てた戦略が必ずしも有効であるとは限りません。もちろん、論理的な分析と思考が有効な場合もあり、そうした思考が状況の理解を深め、専門性を高めることにつながり、また新たなアイデアのヒントになることを考えると無駄とはいえませんが、自分が考えることは、たいてい競争相手も同じように考えているとすれば、論理的思考だけで競争相手より優位に立つことは難しいかもしれません。イノベーションの成功のためには、単に狙った技術を実現するだけではなく、競争相手より優れた価値を提供することが必要なことを考えると、まずは、競争相手の存在を認識し、その競争相手がどう動くかを予想し、それに対応した戦略を立てることが必要なように思われます。



文献1:丹羽清、「技術経営論」、東京大学出版会、2006.

文献2:Drucker, P.F., 1961、上田惇生編訳、「テクノロジストの条件」、ダイヤモンド社、2005.

文献3:Porter, M.E., 1980、土岐坤、中辻萬治、服部照夫訳、「(新訂)競争の戦略」、ダイヤモンド社、1995.

文献4:Tidd, J., Bessant, J., Pavitt, K., 2001、ジョー・ティッド、ジョン・ベサント、キース・パビット著、後藤晃、鈴木潤監訳、「イノベーションの経営学」、NTT出版、2004.

文献5:Kim, W.C., Mauborgne, R., 2005W・チャン・キム、レネ・モボルニュ著、有賀裕子訳、「ブルー・オーシャン戦略」、ランダムハウス講談社、2005.

文献6:Christensen, C.M, Raynor, M.E, 2003、クレイトン・クリステンセン、マイケル・レイナー著、桜井祐子訳、「イノベーションへの解」、翔泳社、2003.

文献7:Christensen, C.M, Anthony, S.D., Roth, E.A., 2004、クレイトン・M・クリステンセン、スコット・D・アンソニー、エリック・A・ロス著、宮本喜一訳、「明日は誰のものか」、ランダムハウス講談社、2005.

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「リバース・イノベーション」(ゴビンダラジャン、トリンブル著)より

リバース・イノベーションについては、以前にHBR誌に発表された論文に基づいてご紹介させていただいたことがありますが、最近、その詳細が書籍[文献1]として出版されました。書籍でも基本的な考え方は同じなのですが、取り上げられている事例が増え、実践的な手法の整理も進んでいて、概念の深化や若干の変化もあるように感じられました。これからのイノベーションを考える上で、重要な考え方だと思いますので、再度取り上げておきたいと思います。

まず、リバース・イノベーションの定義ですが、本書では、「リバース・イノベーションとは、簡単に言うと、途上国で最初に採用されたイノベーションのことだ。こうしたイノベーションは意外にも、重力に逆らって川上へと逆流していくことがある。」[p.6]とし、論文での「新興国で製品開発し、これを先進国に展開する」という定義よりも、広い内容となっているように思います。原著の題名は「Reverse Innovation: Create Far from Home, Win Everywhere」(リバース・イノベーション:本拠地から遠く離れた場所で開発し、世界中で勝て、というところでしょうか)ですので、先進国から途上国へという従来の流れとは逆の意味でのリバースという視点とともに、どうやって新興国で世界的に展開可能なイノベーションを実現するか、という意味合いが濃くなっているように思います。

著者らは、リバース・イノベーションについて、「ベスト・プラクティスというよりもむしろ、新たな試みである。」[p.x]と述べています。しかし、グローカリゼーション(「富裕国の顧客向けに開発されたグローバル製品にわずかな修正を加え、主に機能を落とした低価格モデルを輸出するだけ」)で「新興国市場を開拓できると考えている」ことは「完全な誤り」とし、「富裕国で有効なものが自動的に、顧客ニーズがまったく異なる新興国市場でも幅広く受け入れられるわけではない。リバース・イノベーションが急速に勢いを増している理由はそこにあり、そうした動向は今後も続いていくだろう[以上p.7]」としています。「途上国の経済は大きく、とてつもないスピードで成長を遂げている[p.13]」、従って、「富裕国と有力な多国籍企業が成功を持続したければ、次世代のリーダーやイノベータは、(中略)途上国におけるニーズや機会にも関心を向けなければならない。」「未来は本国から遠く離れたところにある」[p.11]」、さらに、「いわゆる『新興国の巨人』と呼ばれる、途上国を本拠とする新世代の多国籍企業」との競争を考えるなら、「リバース・イノベーションを無視することは、(中略)海外での機会を逃すこと以上に高くつくおそれがある」、つまり「リバース・イノベーションは選択肢というよりも、酸素のように必要不可欠なもの」[以上p.12]、というのが著者らの基本的な考え方です。なお、著者は、「本書の読者には、富裕国を本拠とする多国籍企業のリーダーが多数含まれると想定しているので、本書では主に、そうした企業が強さを維持し、未来をかたちづくっていくための要件について取り上げていく」という立場で書き進めています。そのため、我々富裕国企業の実態に沿ったアドバイスが豊富に述べられていますが、「新興国の巨人はまた、本書の概念を用いて、世界進出の際にリバース・イノベーション戦略を活用できるだろう」[p.15]とも述べていますので、リバース・イノベーションをどちらかの視点に偏った考え方とは見ていないようです。以下、本稿では、本書前半で述べられているリバース・イノベーションの基礎理論、戦略策定と行動(実行方法)の内容を中心にまとめてみたいと思います(本書後半のケーススタディについては本書をご参照ください)。

富裕国と途上国の間にある5つのニーズのギャップ

以下のギャップが、リバース・イノベーションの機会を考える上での出発点。

・性能のギャップ:「途上国の人々は、私たちが富裕国で慣れ親しんできたような高いレベルの性能を求めることはできない。」「超割安なのにそこそこ良い性能を持つ画期的な新技術を待ち望んでいる」(わずか15%の価格で、50%のソリューションのような)[p.24-25

・インフラのギャップ:「富裕国ではインフラが広範に行き届いているが、途上国はそうではない」。ただし、富裕国には既存のインフラという制約がある。[p.26-27

・持続可能性のギャップ:新興国には環境に優しいソリューションを用いるニーズがある[p.28

・規制のギャップ:「規制による影響を受けない途上国のほうが、より早くイノベーションが進展する可能性がある。」[p.29

・好みのギャップ:「国ごとに存在する味覚、習慣、儀式などの豊かな多様性」[p.30

このような違いは、富裕国がいまだ解決したことのない問題であったり、富裕国が数十年前に似たようなニーズに対処した際にはまだ利用できなかった最新技術を用いて対応することになるため、「貧困国で機会をつかむことは、一から始めることを意味する。」(「白紙状態のイノベーション)。「イノベーションを行う企業が勝ち、輸出する企業は負ける」[p.32

川上へとさかのぼるパターン

富裕国でリバース・イノベーションが魅力を持つのは次の場合。

・今日の取り残された市場:「富裕国には、無視されたり、サービスが不十分だったりする『取り残された市場』がある。そうした市場でイノベーションが起きなかったのは、それが必要ないからではなく、市場が小さすぎて多額のイノベーション投資を正当化できないから」。[p.33

・明日の主流市場:富裕国と途上国の間のニーズの「ギャップがある間は、富裕国の主流市場では魅力を出せないイノベーションも、ひとたびギャップが解消傾向に転じれば、最終的には魅力的なものとなる。」[p.36

リバース・イノベーションのためのマインドセット

著者は、「リバース・イノベーションの規律を熟知するうえで、過去にとらわれることは唯一最大の弊害」[p.53]と述べています。貧困国のニーズを無視したり、貧困国がいずれは成長して富裕国と同じ製品を求めるようになるはず、という考え方が新興国での成功に結びつかないことは容易に想像できますが、グローバル企業の次のような思考がリバース・イノベーションの障害となると指摘しています。

・グローカリゼーション:「グローカリゼーションは富裕国間の違いには効果的」。しかし、「新興国市場の真の成長機会は大衆市場にある。そしてそれはグローカリゼーションが壁に突き当たるところ」。「グローカリゼーションが無効になったのではない。」「グローバル企業はリバース・イノベーションとグローカリゼーションを同時に実行することを学ばなければならない。」[p.62-63]。「グローカリゼーションとリバース・イノベーションは、ただ共存していればよいわけではなく、両者が協力しあう必要がある。[p.95]」

・思考の罠:1)貧困国の顧客は古い技術で満足というような、「貧困国の市場を斜陽技術のゴミ捨て場のごとく見ることは、重大な間違い」[p.64]。2)リバース・イノベーションでは、「必ずしも徹底的に低価格にしなくてはいけないわけでもない。」[p.65]。3)「リバース・イノベーションの可能性は、ただ製品設計をいじるだけの問題ではなく、(中略)多くはビジネスモデルのイノベーション」。[p.66

・妨げとなる不安:1)新興国では利益率が低いと考えがちだが、「たとえ、粗利益率が低かったとしても、新興国の固定費は比較的低く、潜在的なボリュームははるかに大きいので、営業利益率とROI(投資収益率)は同等かそれ以上になるかもしれない。」[p.68]。2)低価格市場での競争は自社の高級ブランドを危険にさらすか、自社製品に対するカニバリゼーション(共食い)をもたらす危険があるが、「何もしないことのリスクに比べれば、(中略)比べものにならないほど小さい。」[p.69]。3)技術リーダーとして優れているから超低価格とは相容れない、というのは間違い。

CEOのとるべきステップ:まずは、このような隠された前提、罠、不安を認識した上で、CEOは次の3つのステップをとる必要がある。1)組織の重心を新興国市場に移す。2)新興国市場の知識と専門性を深める。3)個人として象徴的な行動をとることで雰囲気を変える。[p.73-80

リバース・イノベーションのマネジメント

リバース・イノベーションを実行する部隊が取り組むべきこととして、著者は以下の指摘をしています。

・支配的論理を覆す:経営者や組織を支配しているリバース・イノベーションの障壁となる考え方を取り除く。

・ローカル・グロース・チーム(LGT)を組織する:「組織上の障壁を取り払うための方法は、リバース・イノベーションのために特別な組織単位を作ること」[p.92]。白紙の状態で組織を設計する(外部人材の活用も有効)。

・グローバル組織の資源を活用できるようにする:グローバル企業としての資産が、ローカルの競合企業に対する優位となる。ただし、「LGTと社内の他の組織との間で、健全な協力関係を進展させることはなかなか難しい[p.104]」。対立解決のためにはLGTを上級幹部の直轄とし、橋渡し役を有効活用する。

・統制のとれたやり方で実験を行なう:計画を達成することよりも、「将来について仮説を立て、テストを行い、不確実性を知識や情報に変換し、実行可能なビジネスモデルを開発するための教訓を導き出すほうが大切[p.110]」。具体的には、重要な未知の事柄の解明への集中、LGTに適した業績評価、頻繁な計画の修正、計画の実行結果ではなく学習結果について説明責任を負わせることが重要。[p.110-114

リバース・イノベーション戦略の「9つの重要ポイント」

以上の本書前半部のまとめとして、著者は以下の9つのポイントを挙げています。[p.125を要約]

戦略レベル

1、新興国市場の成長をつかむために、単なる輸出ではなく、イノベーションに取り組む。

2、イノベーションを他の貧困国、富裕国の取り残された市場、富裕国の主流市場へと移転させる。

3、いわゆる新興国の巨人を自社のレーダーで捕捉し続ける。

グローバル組織レベル

4、人材、権限、資金を、成長している場所である途上国に移す。

5、リバース・イノベーションのマインドセットを全社的に培う。新興国市場にスポットライトを当てる。

6、グローバルとは別の損益計算書をつくり、成長性に関する指標を重視した業績評価を設ける。

プロジェクト・レベル

7、LGTに権限を委譲する。白紙の状態でニーズを評価し、ソリューションを開発し、組織を設計する。

8、LGTが自社のグローバルな経営資源の基盤を活用できるようにする。

9、迅速かつ経済的に、重要な未知の事柄の解明に注力し、統制のとれた実験として管理する。

本書の後半では、9つのケーススタディが紹介されています。もともと著者は、GEのコンサルタントとしてリバース・イノベーションを推進していたため、GEのケースについてかなり詳しく説明されていますが、その他のケースにおいても、似たようなアプローチが取られている点は興味深いと思います。特に上記の、2、4、7(特に)、8、9のポイントが複数の事例で強調されていました。

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以上が本書のまとめですが、著者の主張は軽々しく無視できるようなものではないでしょう。本書の解説では、小林喜一郎慶応義塾大学教授が日本企業にとっての課題を挙げています[p.371-372]。内向きからの脱却、新興国を生産拠点ではなくイノベーション拠点ととらえること、経営システムのユニバーサル化、投資しないリスクの大きさ、新興国における社会との互恵関係を念頭に置いた事業創造、など、いずれも日本企業にとって容易ならざる課題と言えると思いますが、小林氏も指摘されているように、かつて、日本が新興国だった時代に日本で技術開発した製品が海外進出していった状況には、リバース・イノベーションとも似たような要素があったと思います(その頃には今日のような多国籍企業がなかった点は違いますが)。もちろん新興国の動向は予測が難しい面もありますが、リバース・イノベーションの流れを念頭におき、著者の指摘するように、貧困国に対して、慈善や援助ではなく、ビジネスを通じて貢献できる[p.336]可能性もよく認識した上で、グローバル戦略を考える必要があることは間違いなさそうに思われます。


研究開発マネジメントの観点からは、Christensenによる破壊的イノベーションとの関係が重要でしょう。著者は、「リバース・イノベーションと破壊的イノベーションは一対一の関係ではないが、重なり合う部分がある。すべてではないが、リバース・イノベーションの一部は破壊的イノベーションの事例でもある。」[p.360]と述べています。リバース・イノベーションと破壊的イノベーションの類似は、リバース・イノベーションの論文を取り上げた際にも述べましたが、起きている現象、考え方、進め方のノウハウなどにかなり共通の要素が認められます。ただ、Christensenの理論では、イノベーションや技術の進歩の傾向とそれによる企業の盛衰が破壊的イノベーションの考え方で理解、予測できる、という現象面の重要性が強調されていて、実際に、どうしたら破壊的イノベーションを起こせるのか、特に、その芽を見つけるにはどうしたらよいのか、という点についてはそれほど詳しい手法が提示されているわけではないと思います。「最初の戦略は必ず間違っている」「正しい戦略を知っているかのように意図的に行動するのではなく、正しい戦略が市場から『わき出る』、つまり創発するようなアプローチを採用すべき」[文献2、p.373,236]というのが基本的な考え方になっていて、ChristensenAnthonyもその具体的な方法を提案しているわけですが、本書に示された新興国発のリバース・イノベーションについて言えば、かなりの確率で計画的に破壊的イノベーションの芽をみつけ、育てることが可能なのではないかと思われます。その意味で、リバース・イノベーションが破壊的イノベーションを効率的に生む方法になりうることを示したことは、著者らの指摘の最も重要なポイントではないでしょうか。実践的な観点からは、リバース・イノベーションの中には、新興国の中だけのイノベーションにとどまり、破壊的にもリバースにもならないものもあるでしょうが、その可能性については十分に認識しておく必要があると言ってもよいと思います。著者は日本語版への序文で「必要なのは行動することである」[p.iii]と言っています。どう行動するかが問われているということでしょう。


文献1Govindarajan, V., Trimble, C., 2012、ビジャイ・ゴビンダラジャン、クリス・トリンブル著、渡部典子訳、「リバース・イノベーション 新興国の名もない企業が世界市場を支配するとき」、ダイヤモンド社、2012.

文献2:Anthony, S.D., Johnson, M.W., Sinfield, J.V., Altman, E.J., 2008、栗原潔訳、「イノベーションへの解実践編」、翔泳社、2008.


(参考)

原著のwebページ

http://www.tuck.dartmouth.edu/people/vg/reverse-innovation/

ビジャイ・ゴビンダラジャン、小林喜一郎、渡部典子、「リバース・イノベーション講座」、ダイヤモンド社書籍オンライン、2012.10.1から

(第1回)http://diamond.jp/articles/-/25138

他の回も上記URLからたどれます。

参考リンク<2013.1.14>


 

 

 

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