研究開発マネジメントノート

研究開発とそのマネジメントについてのいろいろ

競争優位

「競争優位の終焉」(マグレイス著)より

研究開発(さらに広くはイノベーションを行うこと)の目的のひとつに、新たな技術(やビジネスモデル)で競争相手と差別化し、ビジネスにおいて優位に立つことがあります。自らの研究開発がうまくいけば、他者が持つ競争上の優位性を無力化し自社が優位に立てることになるわけで、言い換えれば研究開発(イノベーション)とは、従来の競争環境を変えて既存の競争優位の状況を終わらせるための行為ということになるでしょう。

従って、競争優位というものは固定的ではない、というのは研究者にとっては当たり前の前提とも言えるわけですが、一方、経営戦略論では「持続的競争優位」をどう作るかがよく議論されています。もちろん「持続的」とは言っても未来永劫不変という意味ではないはずなので、「持続的競争優位」という考え方が正しいかどうかという議論はあまり生産的とは思えませんが、近年この競争優位確立のための戦略という考え方が少し変わってきているようには思います。今回は、リタ・マグレイス著「競争優位の終焉」[文献1]をとりあげて、競争優位の考え方についての最近の変化と、イノベーションへの関連性について考えてみたいと思います。

著者は、「現在用いられている戦略のフレームワークやツールはほぼすべて、ある一つの考え方に支配されている。つまり、戦略の目的は持続する競争優位の確立だというものである。・・・本書で私は、この『持続する競争優位』という概念に立ち向かい、経営陣はそれに基づく戦略論を放棄する必要があると訴える。かわって、『一時的な競争優位』に基づく戦略について展望する。不安定で不確実な環境で勝つためには、経営陣はつかのまの好機を迅速につかみ、かつ確実に利用する方法を学ばなければならない。競争優位から最大の価値を引き出そうと、経営陣が頼りにし、組織に深く根づいた思考の枠組みとシステムは、今日の変化の激しい競争環境においては時代遅れであるばかりか危険な負債だと論じる。[p.iii-iv]」と述べています。要は、「持続的競争優位」に基づく従来の戦略論は、間違っているというより時代に合っていない、だから新しい「一時的な競争優位」つまり、競争優位の状態が長期に維持できないことを前提とした考え方が重要なのだ、ということでしょう。以下、その内容の中から重要と感じた点をまとめたいと思います。

第1章、競争優位の終焉
・「持続する優位性という想定が生み出す安定重視の姿勢は、命取りになりかねない。・・・熾烈な競争環境では、変化ではなく安定こそがもっとも危険な状態なのである。・・・安定という仮定はあらゆる間違った反応を引き起こす。既存のビジネスモデルに沿おうとする惰性と力を強める。人々の精神を型にはめ、習慣に従わせる。縄張り争いや組織の硬直化を招きやすい状況をつくる。イノベーションを妨げる。[p.8-9]」
・「私たちは何より、業界内の競争が最大の脅威だという想定を変えなければならない。・・・業界を基準に分析すると、往々にしてきめ細かさが足りないため、意思決定を下す必要のあるレベルで実際に何が起きているのかを判断できないということなのだ。市場セグメント、価格、詳細な地理的位置などの関係を反映した新基準の分析が求められている。私はこれを『競技場(アリーナ)』と呼ぶ。[p.10-11]」
・「既存の優位性がよい結果を出していても、リーダーはそこから資産と資源を引き揚げ、新たな優位性のために資源を確保する必要がある。・・・優位性はつかのまのものにすぎないから、既存のモデルは絶えずプレッシャーを受け、優位性の再構成・再構築や更新(基本的には新たな波を起こすこと)が必要になる。一時的優位性の環境では、『再構成』のプロセスは成功への重要なカギだ。というのも、再構成を通じて、資産、人員、能力がある優位性から別の優位性に移行するからである。[p.15-16]」
・2000年から2009年までに堅実でむらのない成長をなしとげた(純利益を一貫して5%以上増やした)企業を「例外的成長企業」として調査した。(調査の詳細は[p.17-19]参照)

第2章、継続的に変わりつづける――安定性とアジリティーの両立
・「一時的優位性の環境をうまく生き抜いてきた企業に見られるのは、古い優位性から絶えず資源を引き揚げ、新たな優位性の開発に投資するというパターンだ。(極端なリストラよりも継続的な変貌)[p.32]」
・「例外的成長企業は、とりわけビジネスモデルに関して、途方もない内部の安定性を保つ一方で、途方もない対外的なアジリティーを発揮する方法を見出して実行していた[p.39]」「私たちはきわめて不確実な事態に直面すると、どうしていいかわからずに立ちすくんでしまいがちだ。それゆえ例外的成長企業は、ソーシャル・アーキテクチャーを生み出し、社員が不確実性と変化になるたけ直面しないですむようにしてきた。実際、例外的成長企業の社員は、多くの典型的な組織の社員とくらべ、組織上の役割や構造に気を揉んだりして時間を無駄にすることはない。[p.39
・安定性の5つの源泉[p.39-48]:1、野望(「大きすぎるくらいの野望は長期的な変革にとって重要な意味を持つ・・・企業が独りよがりに陥って過去の優位性の追求で満足してしまわないためにも、それは欠かせない。[p.41-42]」)、2、アイデンティティーと文化(「文化および共有された価値観の創造が他社との差別化要因になる[p.42]」、3、人員配置、そう、だが人材開発も(「従業員があちこちに移動できる能力を身につけるための投資は、変革に対する巨大な障害を取り除くとともに、単なる人員の配置から移動能力の養成へ重心を移すことにほかならない[p.44]」、4、戦略とリーダーシップ(「上級幹部の多くは生え抜き[p.45]」)、5、安定した関係(「クライアント、エコシステムパートナーのあいだの関係もきわめて安定している[p.46]」)
・アジリティーの5つの源泉[p.48-58]:1、痛みを伴わない小さな変革を重ねる、2、予算編成で資源の抱え込みを許さない、3、柔軟性(「大規模な年度予算作成のプロセスや効率重視の価値観よりも、柔軟性の強化に投資する[p.52]」)、4、イノベーションを本業としてとらえる、5、オプション志向で市場を開拓する(「小さな初期投資をして好機を探り、うまくいきそうなものが見つかればその後もっと本格的に投資をする[p.55]」)

第3章、衰退の前兆をつかみ、うまく撤退する
・「持続する競争優位という想定と、よりダイナミックな戦略との最大の違いは、撤退――利用しつくされたビジネスチャンスから離れるプロセス――がイノベーション、成長、活用と同じく事業の中核をなすということだ。・・・撤退は失われた栄光の落胆すべき印というよりも、価値ある資源を解放し、ふたたび目的をもたせる手段とみなされる。[p.24]」
・衰退の早期警報[p.63-66]:イノベーションに対する収穫逓減、コモディティー化の進展、資産運用に対する収穫逓減、など
・6つの撤退戦略[p.69-88]:能力の価値(と、撤退実行にあたっての時間的制約によって判断。
・効率的な撤退のための2つの原則[p.85]:1、事業が終わったからといって重要な技術力を捨てない、2、何かをやめるという自社の決定によって悪影響をこうむる利害関係者を守る

第4章、資源配分を見直し、効率性を高める
・「一般的な企業では、資源配分は既存の有力事業によって決められ、前世代の競争優位を支配していた人々が力をもっている。・・・一時的優位を志向する企業では、資産の競争力はその会計上の価値と一致しないことが周知徹底されており、もはや競争力を失った資産は土壇場を迎える前に処分策が講じられる。こうした企業では、正味現在価値(NPV)から導かれた『残存価値』という概念とは異なり、企業が所有するものは『資産負債』――全資産の競争力を業界最高のレベルに維持するために必要な投資――であることが理解されている。・・・一般的な企業では資産を所有することがきわめて重要とみなされる。過去には資産の所有が参入障壁を生み出したからだ。一時的優位性をうまく管理できる企業は、現在では資産の所有ではなく資産へのアクセスのほうが、ある特定の方向にとらわれない柔軟性や拡張性をもたらすことを、また資産をすぐに利用できる能力が、実際に資産を所有する利点を失わせるケースが多いことを認識している[p.90-91]」
・「既存の大組織は、新たなアイデアに過剰な資金を投じてしまいがちだ。・・・その残念な帰結の一つに、事態が計画どおりに進まないときでも事業の継続に頑なに固執してしまうことが挙げられる。・・・不確実な環境でのもっと効率的なアプローチは、不確実性が減少した場合に限って資源を投じることだ。これは、オプション推論の基本原則である。[p.107]」「一時的優位に適応した企業では、資源を徹底して倹約しつづける行動規律が広く浸透している。肝心なのは、キャッシュフローが黒字になるだけの売り上げを確保できるまで、投資を最低限に抑えておくことだ。[p.110]」
・「消滅しつつある優位性から資源を引き揚げたら、今度は新たな優位性を生み出すためにそれを活用する番だ。[p.121

第5章、イノベーションに習熟する
・「一時的優位性の世界では、イノベーションは継続的で、中核的で、管理の行き届いたプロセスでなければならず、多くの企業でおなじみの気まぐれに満ちた試験的なプロセスであってはならない。試行錯誤や思いがけない失敗に対して寛容な実験志向、イノベーションの各段階を管理する明確なプロセス、イノベーターのためのキャリアパスなどが確立される可能性が高い。[p.25-26
・アイデア形成:「アイデア先行型アプローチでは、往々にして直観的な思考によってイノベーション・プロジェクトが生み出されるのに対し、『解決すべき課題』という視点は顧客が実現したいと願いながらできない課題を出発点にするのだ。言うまでもなく、顧客は自分のニーズがいかにして満たされるかが示されるまで、自分のニーズをはっきり表現できないことはよく知られている。例外的成長企業は、自社の戦略にふさわしいアイデアの種類を明確にしている。[p.130]」
・仮説:「アイデアの種を手に入れたら、・・・次なる段階は仮説プロセスである。この過程でコンセプトが具体化され、細部の計画が立てられる。・・・ここでの目標は、できるだけ迅速かつ安価に仮説を確かな知識へと転換することだ。[p.131-132]」
・育成:「イノベーションの育成プロセスを通じて、実際の事業のあるべき姿が学習される。この段階では、テストケースやプロトタイプが開発され、市場テストが実施され、膨大な数の仮説が検証される。[p.133
・加速:「イノベーション・プロセスの最終段階は、アイデアが実際に市場に投入され、商品化へ向けて規模を拡大するときだ。[p.134]」
・イノベーションに習熟する6つのステップ
1、現状を分析し、成長ギャップを明確にする:ビジネスチャンスのポートフォリオ分析は、「市場の不確実性」と、「能力や技術の不確実性」に基づいて分析する。中核事業では市場の不確実性も技術の不確実性も比較的低い。2つの不確実性が中程度の場合は、通常イノベーション・プロセスの規模拡大の段階。ポジショニング・オプションは「需要があることはわかっていても、それを満たすために必要な技術や能力の組み合わせはわからない」。スカウティング・オプションでは、「使い途が明確な能力や技術をもっていて、それを新たなアリーナへ拡大しようとしている状況」。足がかりとは「需要が生じ、やがてはそれに対応できるところまで技術が進歩すると考えられるが、その時期はまだまだ先という状況」。[p.142-145
2、上級幹部から支持と資源配分を受ける:「イノベーション・システムが機能するには、上層部の意思決定者の参加が欠かせない[p.146]。
3、イノベーション管理プロセスをつくりあげる:「お定まりのアプローチは、上級幹部で構成されるイノベーション委員会の設置である。[p.148]」
4、システムの構築と組織への導入に着手する:「重要な点は、従業員にまず、イノベーション向けの共通言語をもってもらうことと、日常業務に役立つこともイノベーションには役立たないと認識してもらうことだ。[p.149]」
5、具体的かつ現実的なことから始める:「顧客需要の見極め、市場規模の判定、プロトタイプの製作、ビジネスモデルの設計、仮説指向計画法、さらには、イノベーションに特有のその他あらゆるコンセプトが、ここで実践の段階を迎える。[p.130]」
6、イノベーションのサポート体制を築く
・「一時的優位性の世界では、イノベーションはやってもやらなくてもよいものではない。イノベーションは副業ではない。・・・イノベーションは、専門的に構築され管理されなければならない能力なのだ。[p.163]」

第6章、リーダーシップとマインドセットを変える
・「かつての成功モデルを変える必要性を率直に認め、進んで受け入れる姿勢は、一時的な競争優位を志向する企業のリーダーシップに欠かせないものだ。[p.168]」
・「変化の激しい優位性という難題に対処するには、より安定した時代とは異なる組織の想定とリーダーのマインドセットが必要だ。本当の情報を探し出し、悪いニュースに対峙し、適切な対策をとる能力と意欲がきわめて重要になる。[p.193

第7章、あなた個人への影響について考える
・「一時的優位性という概念は個人にもあてはまる。・・・個人も、ある時点で価値のあったスキルがいつまでも豊かで上質な人生を保証してくれると思ってはならない。[p.196]」
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昨今、競争優位がなかなか持続しにくくなっていることは多くの方が実感されているのではないでしょうか。その原因には、環境変化が速く、大きくなっているということが関係しているだろうことも多くの方が考えておられるとおりだと思います。では、それに対応して戦略を考え、行動しているかということになるとどうでしょうか。私が重要だと感じたのは次の点です。
・競争優位は持続しないことをまず(再)認識しなければならない。
・その状況において、変化の少ない環境を前提とした戦略手法に頼ることのリスクは大きい。
・競争優位を維持したければ、優位性のないものを捨て、優位性のあるものを次々と作っていかなければならない。
・新たな競争優位の獲得とイノベーションをうまく行うことは不可分といってもよい関係にある。
なお、著者は衰退の前兆をつかみ、変化することの重要性を指摘していますが、衰退の前兆はつかみにくいことが多いように思いますので、衰退しているかどうかは気にせず(衰退しているものと想定して)、積極的に変わることを心掛けるべきなのかもしれないと思いました。

もちろん、競争優位がどの程度持続するかは状況によって変わるでしょうから、本書の指摘はただちにすべての分野で重要になるというわけではないかもしれません。また、従来の戦略論も、全く無意味なものになってしまうわけでもないと思います。しかし、少なくとも研究開発やイノベーションに関わる実務者は、著者の考え方をよく認識しておく必要があるでしょう。イノベーションの進め方に関する著者の指摘も、なかなか示唆に富んでいると思いましたが、いかがでしょうか。よく言われることではありますが、「世の中で変わらないのは、常に変わり続けているということだけ」という言葉の意味を肝に銘ずべき時代になったということと思います。


文献1:Rita Gunther McGrath2013、リタ・マグレイス著、鬼澤忍訳、「競争優位の終焉 市場の変化に合わせて、戦略を動かし続ける」、日本経済新聞出版社、2013.
原著表題:The End of Competitive Advantage: How to keep your strategy moving as fast as your business

参考リンク



ノート改訂版・補遺3:研究マネジメントにおいて気をつけるべきこと(問題点、弊害・・・)

マネジメントはよい結果を生むものばかりではありません。思わぬ副作用により失敗することもありますし、一旦は成功したものの、それが持続できなかったり、環境の変化によってうまくいかなくなったりすることもあります。マネジメントをうまく進める方法を学び、考えることはもちろん重要ですが、実は失敗事例からも学ぶべきことは多いのではないでしょうか。今回は、研究マネジメントにおいて気をつけるべき、様々な問題点の指摘を取り上げてまとめておきたいと思います。(ポイントのみをまとめていますので、詳細はリンク先の本ブログ記事をご参照ください)

イノベーション戦略
持続的競争優位の構築において業務遂行の流儀を変えられない固定観念
(7つの危険な罠)(McGrath
1)先手必勝の罠(「ほとんどの業界では、先発優位は長続きしない」)
2)優勢の罠(現時点で優勢な「すでに確立された製品・サービスについては、それを改善するための投資が必要だとは考えない」)
3)品質追求の罠(「活用フェーズに該当するビジネスは、多くの場合、顧客が買いたいと考えるレベルを上回る品質を提供することに固執している」)
4)リソース囲い込みの罠(「新たなベンチャー事業にリソースを移そうというインセンティブが働かない」)
5)空白地帯の罠(「チャンスが到来しても、それが組織体制にフィットしなかった場合、組織を再編しようとせずに見送るだけ」)
6)帝国化の罠(「多くの企業では、マネジメントする資産や従業員が多ければ多いほど優れたリーダーだという図式が成立する・・・部下の囲い込みや官僚主義が助長され、現状維持への圧力が非常に強くなる」
7)散発的イノベーションの罠(組織的に新たな優位性を次々に生み出す仕組みを持たない・・・結果、イノベーションが個人主導で行われる散発的なプロセスとなる)
・イノベーションへの集中の弊害イノベーションの負の側面:ラバーメイドの衰退の例)
ラバーメイドはイノベーションによる成長を目指し、1日あたり1つの新製品発売を行ない、1年から1年半に一分野のペースで新しい製品分野に進出することを目標にしていたといいます。そしてそれを実行した結果、3年間で1000点近い新製品で窒息状態となり、原料コストの上昇による打撃も受けた結果、野心的な成長目標に追いまくられて、コスト管理や納期管理といった基本的な部分で失敗が目立つようになったといいます。Collinsはこうした例から「イノベーションは成長の原動力になるものの、イノベーションに熱狂していると、成長が速すぎて戦術面の卓越性を維持できなくなり、簡単に衰退の段階を下る」と結論づけています。
・コンピテンシー・トラップ「世界の経営学者はいま何を考えているのか」より)
「企業組織は本質的に知の深化に傾斜しがちで、知の探索をなおざりにしやすい。事業が成功している企業ほどこの傾向が強く、これをコンピテンシー・トラップという」「イノベーションの停滞を避けるために、企業は組織として知の探索と深化のバランスを保ち、コンピテンシー・トラップを避ける戦略・体制・ルール作りを進めることが重要である。」
製品開発をめぐる6つの誤解Thomke, Reinertsen
誤解1、リソースの稼働率を上げれば成果が上がる(→余裕が必要)
誤解2、バッチ・サイズを大きくすると費用対効果が向上する(→リーン生産ではバッチサイズを下げる)
誤解3、我々のプランには問題はない このままやり通そう(→プランは絶えず手直しすべき)
誤解4、プロジェクトは早く始めれば完了も早い(→早く始めても注力できなければ完了は遅れる)
誤解5、製品の機能を増やした方が顧客は喜ぶ(→顧客にとっての価値を考える)
誤解6、一発でうまくいけばより成果が上がる(→一度の失敗も許されない状況はよくない)
・イノベーション・エコシステムに伴うリスクAdner「ワイドレンズ」より)
企業とエンドユーザーとの間には、多くのパートナーが存在する。コーイノベーション・リスクとは、自身のイノベーションの商業的成功が他のイノベーションの商業化に依存するリスク。成功がパートナーに依存してしまい、その結果、協力、協働に伴って、遅延や妥協が発生しやすくなる。アダプションチェーン・リスクとは、パートナーがまずイノベーションを受け入れなければ、顧客が最終提供価値を評価することすらできないリスクで、価値提供がエンドユーザーにたけではなく、パートナーが自分たちにとっても有益だと考えるかどうかが問題となる。
・先進国企業の戦略の問題点Radjou「ジュガードイノベーション」より)
体系化されたイノベーションの問題点として、あまりに多くの資金と資源を必要とすること、柔軟性に欠けること(「シックス・シグマのような、安定した予測可能なプロセスを中心にする改革プログラムは、企業が求める急激な変化を実現できない」、3Mでシックス・シグマの導入によって3Mのイノベーション能力が損なわれた事例もある)、排他的でエリート主義(「ソーシャルメディアの力で強く結びつき合う世界では、金銭で買える知的財産だけが新たなアイデアの源ではない」)を挙げています。また、欧米企業が柔軟に動けない理由として、自己満足(成功体験、硬直した考え方や古い行動から抜け出せない)、二元的な思考(すべてが予測可能で白か黒かに分けられると考えてしまうが、灰色が増えつつある)、リスク回避(既存製品との共食いを恐れる)、意欲のない社員(従業員の柔軟な発想が正当に評価されず、安全な選択をすることで、集団思考に陥り、変化を求めなくなる)、厳格で時間がかかる生産・開発プロセス(市場調査や、企画開発に時間をかけすぎる)を挙げています。

成功は失敗の元?
・偉大な企業が衰退する5つの段階Collins「ビジョナリーカンパニー③」より
第1段階、成功から生まれる傲慢:成功により現実の厳しさから隔離され、真の成功要因を見失い、成功を当然視する。成功した理由が通用しなくなる条件を理解しなくなったり、運が良かっただけで成功したという可能性を認識せず、自分たちの長所と能力を過大評価する傲慢に陥る。
第2段階、規律なき拡大路線:当初に偉大さをもたらしてきた規律ある創造性から逸脱し、偉大な実績をあげられない分野に規律なき形で進出するか、卓越性を維持しながら達成できる以上のペースでの成長を目指す。
第3段階、リスクと問題の否認:内部では警戒信号が積み重なってくるが、外見的には業績が十分に力強いため、悪いデータを小さく見せ、良いデータを強調し、曖昧なデータを良く解釈する、ということが起きる。
第4段階、一発逆転策の追求:問題点と失敗が表面化し、衰退が明らかとなり、一発逆転狙いの救済策にすがろうとする。カリスマ的指導者、大胆だが実績のない戦略、抜本的な改革、大ヒット狙いの新製品、ゲームを変える買収などに頼る。しかし、こうした策による効果は一旦業績を好転させても長続きしない。
第5段階、屈服と凡庸な企業への転落か消滅:後退を繰り返し、巨費を投じた再建策が失敗に終わったことで、財務力が衰え、士気が低下し衰退、消滅、身売りなどに至る。
コア・リジディティLeonard-Bartonによる)
コア・ケイパビリティがコア・リジディティに変質すると、次のような現象が見られるようになる。
暗黙のうちに未来は現在と同じようなものであると仮定されてしまう。
問題解決において、慣れ親しんだ過去のアプローチや発想に従ってしまう。
従業員は何も考えずに過去に執着するように訓練される(革新的な雰囲気を壊す)。
新しいツールと方法論を軽視する。
多くのルールに拘束される。
現在おこなっていることをもっとよくすることに主眼がおかれる。
実験が限定的になる。
新技術の評価にバイアスがかかる(新技術の悪い面が強調される、など)。
顧客の声に耳を傾けすぎる。
脱線した経営幹部のパターンMcCallによる)
すべての「強み」は「弱み」になりうる:たとえ周囲の状況が変わったとしても、昔役立った「強み」を捨てることは難しく、成功に導いた「強み」が問題になる。
表面に現れていなかった弱みが、最終的に問題になる:以前は問題とならなかった、あるいは、「強み」や業績に隠れていた「弱み」や欠点は、新たな状況では重要な問題となる。
次々に成功を重ねると傲慢になる:自分は絶対であり、他の人の助けを必要としないという誤った信念が生まれる。
「不運」が生じたとき、つまり、物事が悪い方向に動いたとき、どのような行動をとるかが決定要因になる:「不運」を「私の失敗ではない」と解釈することで、「不運」の原因として自分が関与しているという事実を隠してしまうことがある。

具体的なマネジメントの方法に関する問題
・成果主義の問題点
成果主義重視と仕事の高度化は組織のタコツボ化をもたらし(他人がやっていることがわからない、興味を持つ余裕がない)、個人の力は高まったが個人間のつながりを弱める結果となった。(高橋克徳ら、「不機嫌な職場」より
「成果主義を背景に、個人が個人の業績だけを追求する風潮が生まれた結果(仕事の私事化)、職場の個人が他のメンバーの発達支援を担うという、いわゆる組織市民行動を担おうとしなくなった、・・・職場としての成果を出さなければならないために、個人の成長につながるような業務経験の付与に偏りが生じ、成長機会が阻害された」。(「経営学習論」(中原淳著)より
加速の罠
Bruch
Mengesは、スピードや仕事の負荷を上げることによる社員の消耗について、「加速の罠」と呼び、会社業績の悪化につながるものとしています。過度に加速している企業の3つのパターンとしては、多すぎる仕事を抱えて社員に過度な負荷がかかる(時間も資源も不十分)、多業務負荷(仕事の種類が多すぎる→仕事の焦点が絞れなくなる)、常に変化を求める習慣(恒常的負荷がかかることで一息つける希望がなくなり手抜きするようになる)、を挙げています。
・イノベーションチームを結成するときのよくある7つの間違いGovindarajanら「イノベーションを実行する」より)
第1の罠、インサイダー重視のバイアス:プライド、なじみ、気楽さ、便利さ、報酬規定、社内の人間にチャンスを与えたいという思いなどから内部の人間をチームに入れたくなるが、スキル不足のリスク、組織の記憶(古いやり方、慣れ親しんだやり方、習慣やバイアス、行動パターン、思考パターンなど)に妨げられて失敗するリスクがある。
第2の罠、役割や責任について、それまでの規定を援用する→新しい肩書、過去の知識を一掃する業務分担、専用スペースなどが効果的。
第3の罠、パフォーマンス・エンジン(既存事業の安定的な収益を生み出す仕組み)のパワーセンターの支配を再強化する→力を持っている部署の影響力を変化させるために、外に見える形式的な手段などを用いるとよい。
第4の罠、それまでどおりの数値目標で業績評価を行う:「パフォーマンス・エンジンではとても意義のある数値目標でも、専任チームにも同じように意義があるという場合はごく少ない」。
第5の罠、異なる社風の創造に失敗する:「イノベーション・リーダーは新たな価値観を表現する新しいストーリーを創造し、広めたほうがいい。」「専任チームは自分たちだけにイノベーションの気風があると主張してはいけない。」
第6の罠、できあがったプロセスを使う:「専任チームがパフォーマンス・エンジンをコピーすべきだという状況はありえない。」
第7の罠、同質化圧力に負ける:「あらゆる手段で効率を最大化しようとするサポート機能のリーダーがいると、専任チームは組織の記憶を克服することがほぼ不可能になるだろう。」
プレッシャーがチームに与える悪影響Gardnerによる「成果プレッシャーのパラドックス(performance pressure paradox)」
1)仕事の完了を急ぐうちに、チームは重要な情報を締め出す方向でコンセンサスを形成する:リスクの少ないオプションを選び、プロジェクトをつつがなく進めようとする。
2)皆が無意識のうちに権威に寄り添う
3)専門的知識に基づくユニークな意見よりも共通の知識を重んじる

ここに挙げた考察は、もちろん、あらゆる場合に成り立つことではないかもしれません。しかし、実際に起きた失敗や起こり得る失敗の可能性を知っておくことは決して無駄なことではないでしょう。何らかの成功を勝ち得たとされる方法はとかく注目を集めやすく、失敗を避ける方法は目立たないことが多いですが、実務家にとってはその両方をしっかり認識して行動することが実際には求められているのではないでしょうか。


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ノート14改訂版:研究成果の転用

1、研究開発テーマ設定とテーマ設定における注意点→ノート1~6
2、研究の進め方についての検討課題→ノート7~12
3、研究成果の活用・発展
3.1
、研究成果の活用
→ノート13

3.2
、研究成果の転用(競争優位の維持と新たな競争優位の獲得)
研究開発の重要な目的のひとつに、競争優位の獲得が挙げられます。これまで本稿では、どのようにすれば、研究開発を成功させ、競争優位を獲得できるかについて様々な側面を考察してきました。今回は、得られた成果の「転用」と題して、成果が得られた後(あるいは失敗した研究から学習した後)その成果をどう使うべきかを考えてみたいと思います。これは言い換えれば、イノベーションから得られた競争優位性を維持するためにはどうすればよいか、得られた知識を新たな競争優位性の獲得につなげるためにはどうすればよいか、ということでもあり、イノベーションを一瞬の成功に終わらせないために、そして成功や失敗から学んだことを将来に活かすために重要なことであると考えます。

競争優位の維持
研究によって得られた競争優位を維持するための重要なポイントとしては、特許の問題と、ノウハウ(知識、ステークホルダーとの関係なども含む)の問題が挙げられると思います。まず、特許の問題について考えます。

・特許
研究によって有用な知識が得られた場合、それを特許化しておくのは、通常は当然のことと考えられます。これは、特許化によりその知識の独占的使用が可能になり、競争相手との技術的差別化につながるためですが、残念ながら特許さえあれば万全というわけではありません。特許に関しては、以下の点に注意が必要でしょう。
・技術を公開しなければならないこと:真似されたり改良されたりする危険性がある
・技術を独占しようとすると技術の普及の障害となること
・有期の権利(出願後20年)であること:権利保護のタイミングと実用化のタイミングが合わないことがある
・それぞれの国ごとに特許を取得する必要があること
・コスト構造の異なる国では、実施者からライセンス料をとっても競争力確保にならない場合があること
・技術のすべてを特許で押さえることは困難な場合が多く、回避技術が開発されたり、改良技術が特許化されてしまう可能性があること
・特許の本来の目的である「発明を奨励し、産業の発達に寄与させる」という趣旨に反し、他社の業務の妨害や、訴訟や回避技術の検討などによる労力の浪費につながる可能性があること
したがって、丹羽は、「結局のところ、技術的なアイデア(発明)が付加価値の源泉であって、特許はそれを保護する1つの方策である」と述べ、「技術的なアイデア(発明)を競争上いかに有利に展開するかには、多くの方策がある」と述べています。具体的には、特許取得による独占、ライセンス収入、クロスライセンス以外に以下のような方策を挙げています[文献1、p.52]
・自社技術の延長上に業界の標準規格を定める
・技術を無償公開しデファクトスタンダードにする
・自社のビジネスモデルが対象としているバリューチェーンの価値を高める
・技術を秘密にしておく

もちろん、特許取得の効果は、業種や業界によって異なりますので画一的な議論はできませんが、特許はイノベーションによって競争優位を維持する上でのひとつの手段と認識しておくべきでしょう。なお、こうした特性を考えると、特許の出願数や権利化数を技術力や研究成果の評価の指標として用いることには議論の余地があると思われます(単に数を指標とすることは、技術の質を考慮していないという問題もありますが)。

・ノウハウ
イノベーションには、特許や論文に書かれた知識だけでなく、いわゆるノウハウも必要とされます。例えば、ビジネスを進める上での知識や経験、様々なステークホルダー(顧客、パートナー、規制当局なども含む)についての情報やそれらとの関係自体(これをエコシステムと呼ぶ人もいます)もノウハウに含めてよいでしょう。こうしたノウハウには他者には容易に模倣できないものがあり、特に、文書化されずに個人の頭の中に存在する暗黙知は他者に伝えることが困難なため、競争優位を維持するためには、こうした知識資産を構築し、模倣されないようにすることも重要となるでしょう。

将来の競争優位の構築
情報技術の進歩、産業構造の変化により、近年では、従来よりも技術やビジネスモデルの模倣が容易になっているという指摘があります。イノベーションを成功させて競争優位を得たとしても、イノベーションの内容をより進歩したものに発展させていかなければ、他者の追随や逆転を許すことになりかねません。保有する知識資産を有効に活用して、新たな競争優位の源泉となるイノベーションを創りつづけていくことが必要と考えられます。もちろん、こうした知識資産の活用は、他者に追随する場合にも重要であることは言うまでもありません。

・知識資産の活用
どのような知識がイノベーションに役立つかについて、野中らは、「組織的知識創造」の概念を提示しています[文献2]。この理論では、個人と組織における暗黙知(言葉や文章で表わすことの難しい主観的、経験的知識)と形式知(言葉や文章で表現できる客観的な知識)の相互作用が重視されており、暗黙知や知識変換、知識移転が重視されているところなど研究者の実感とも無理なく調和がとれていて、イノベーション成功のメカニズムについて重要な示唆を与えてくれます。しかし、この理論に基づいて展開が試みられたナレッジマネジメントは、一時期活発に検討されたものの現在は「行き詰まり」[文献1、p.327]の状況にあるようで、ナレッジマネジメントと言っても実体はIT化による業務効率化の提案にとどまるなど、実用面での有効な方策の提示には至っていない点が課題と言えるようです [文献1、p.317,328]。野中らは、その原因として、「知識を情報と同列視し、ナレッジ・マネジメントとは、単に情報を効率的に蓄積・伝達・使用することであるとの誤解に基づいてIT投資を進めたものの、結局期待した成果をあげることができなかった企業も多かった。知識の本質的な性質を理解しないままでは、その共有や活用を進めても効果をあげることはできない[文献8、p.4]」と指摘しています。

例えば、知識の有効活用を狙って、知識やノウハウをデータベース化することが試みられることがありますが、単に知識を蓄積し検索できるようにすればうまくいくというものではないでしょう。Dixonは、データベースへの知識の蓄積がうまくいかない理由について、「自分と関係なく,連絡することもなさそうな人たちがアクセスするデータベースに入力することで得られる個人的な利益はほとんどない」、「情報を共有するのは、そうすることによって個人的な利益を得るからだ。その個人的な利益とは、他人に自分の専門知を認めてもらうとか'ほほ笑みが返ってくるぐらいだったかもしれないが」と述べています[文献6、p.12]IT技術を使うにしても、なぜ人間は自分の持つ知識を他人に伝えたくなることがあるのかを理解した上での仕組み作りが必要ではないでしょうか。また、知識を組み合わせて新しいアイデアを創造する過程にも工夫が必要でしょう。丹羽は、単なる寄せ集めの状態から総合力を発揮するまでの方法を段階を追って提案しています[文献7p.84]。それに倣って言えば、知識を化合させるための仕組みづくりが重要ということになるのでしょう。もちろん、ビッグデータの活用などのIT技術の進歩が知識創造に貢献する可能性もあり、新たなナレッジマネジメントの方法が提案されるかもしれませんが、知識を扱う人間の思考や行動も含めた知識創造の本質の理解なしには、単なるツールの開発にとどまってしまう可能性もあると思われます。

・知識資産の拡大
上述のような知識資産の活用方法の検討とともに、知識資産自体の拡大も考えるべきことと思われます。例えば、従来、あまり顧みられることのなかった失敗に関する知識[例えば文献1、p.210](これには、「失敗学」という分野も提案されています[文献3])や、すでに却下された古いアイデア[例えば文献4、p.195]、知識のある人との人脈[文献5、p.117]、少数意見や反対意見[文献5p.173]の有効活用の可能性も考えるべきでしょう。知識の組み合わせが知識創造の源泉になりうるという指摘は数多くあります。成功したイノベーションが多くの注目を集めることはしかたがない面もありますが、活用できる知識が多いほど、組み合わせの可能性は増えるはずです。個人の能力の限界を、他者との協力(機械との協力も含めてもいいかもしれません)によって補い、組み合わせの可能性を増やすことは意味のあることと考えられます(おそらく、数多くの組み合わせが提案されると、それらから絞り込んでいく過程のスキルもより重要になってくると考えられます)。

考察:知識マネジメントと研究マネジメント
以上、競争優位の維持、新たな競争優位の獲得という観点から、イノベーション自体やその過程で獲得した知識資産をどう活用、転用すべきかを考えてみました。近年、競争優位の持続については、「本当に持続する優位性を築ける企業は稀である。競合他社や消費者の動向はあまりにも予測が難しく、業界も刻々と変化しているためだ」。「実際には、戦略はいまでも役に立つ。・・・ただし、昔ながらの戦法に固執していてはだめだ。・・・先頭を走り続けるためには、常に新しい戦略的取り組みを打ち出すことで、多くの『一時的な競争優位』を同時並行的に確立し活用していく必要がある」。「現状維持の戦略はもう通用しない」、という考え方が主流になりつつあるようです[文献9]。現在のところ、知識を効果的に競争優位の獲得につなげる具体的方法は未確立かもしれませんが、効果的な知識資産のマネジメントを行うことは、競争優位獲得のためのひとつの手段になるはずです。結局のところ、「厳密にいえば、知識を創造するのは個人だけである。組織は個人を抜きにして知識を創り出すことはできない。組織の役割は創造性豊かな個人を助け、知識創造のためのより良い条件を作り出すことである」[文献2、p.87]と考えると、しっかりした研究マネジメント(人と組織のマネジメント)の基盤を確立した上で、知識マネジメントを考えるべきなのだと思います。


文献1:丹羽清、「技術経営論」、東京大学出版会、2006.
文献2:Nonaka, I., Takeuchi, H., 1995、梅本勝博訳、「知識創造企業」、東洋経済新報社、1996.
文献3:畑村洋太郎、「失敗学のすすめ」、講談社、2000.
文献4:Anthony, S.D., Johnson, M.W., Sinfield, J.V., Altman, E.J., 2008、栗原潔訳、「イノベーションへの解実践編」、翔泳社、2008.
文献5:Leonard, D., Swap, W., 2005、池村千秋訳、「『経験知』を伝える技術」、ランダムハウス講談社、2005.
文献6:Dixon, N.M., 2000、梅本勝博、遠藤温、末永聡訳、「ナレッジ・マナジメント5つの方法」、生産性出版、2003.
文献7:丹羽清、「イノベーション実践論」、東京大学出版会、2010.
文献8:野中郁次郎、遠山亮子、平田透、「流れを経営する――持続的イノベーション企業の動態理論」、東洋経済新報社、2010.
文献9:Rita Gunther McGrathリタ・ギュンター・マグレイス著、辻仁子訳、「一時的競争優位こそ新たな常識 事業運営の手法を変える8つのポイント」、Diamond Harvard Business Review, November 2013, p.32.

参考リンク

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「P&G式『勝つために戦う』戦略」(ラフリー、マーティン著)より

アラン・ラフリー氏がCEOとして率いるP&Gのマネジメントについては、今までにも2回取り上げました(P&Gのすごさ-ニュー・グロース・ファクトリー戦略策定の科学的アプローチ)。今回は、近著「P&G式『勝つために戦う』戦略」(アラン・ラフリー、ロジャー・マーティン著)[文献1]に基づいて、P&Gの近年の躍進を支えた戦略について考えてみたいと思います。

戦略とは
著者らは、「手短に言えば、戦略とは選択である。もう少し具体的に言えば、戦略とはある企業を業界において独自のポジションに位置付け、それによって、競争相手に対して、持続可能な優位性やより優れた価値を生み出すもの[p.14]」と述べ、「本当に重要なことは勝つことである。偉大な組織・・・は、・・・勝利を選択している[p.16]」と述べています。しかし、「選択をするのは苦しい・・・明確で、選り抜かれた、敢然とした勝利の戦略を持っている企業は少なすぎると思う。・・・行動重視の組織の場合、えてして思考は二の次になる[p.14]」とし、その結果、取捨選択のできないビジョンを戦略としたり、競争優位性が強まるわけではない単なる計画を戦略としてしまったり、世の中の変化が急速だからといって戦略を立てられないとしてしまったり、単なる改善を戦略としたり、ベンチマーキングによって競争相手と同じことを戦略にしてしまったり、という過ちを犯すと述べています[p.14-16]。

著者らの戦略
・「戦略の核心は勝利であるべきだ。私たちの表現によれば、戦略とは調和し統合された5つの選択である。勝利のアスピレーション(憧れ)、戦場選択、戦法選択、中核的能力、そして経営システムである。・・・この5つの選択は戦略的選択カスケード(滝)を構成する[p.17]」。これに、戦略的選択を生むための枠組み「戦略的論理フロー」と、相容れない戦略的選択に折り合いをつけるための「リバース・エンジニアリング」と呼ばれるプロセスが一緒になって、「どんな組織にも通用する戦略の組み立てのプレーブック(兵法)を構成している[p.17]」。
・「一貫性ある選択の積み重ねが、業界内の独特のポジションと競争相手への持続的な優位性、より優れた価値を持たせてくれる[p.28]」。
・「戦略を決するには、何をし、何をしないのかを選べ」、「5つの選択をまとめてやれ。・・・実行可能で行動的で持続的な戦略を作るには、5つの選択全てにまとめて答えなければならない」、「戦略を双方向のプロセスと考えよ。カスケードのある段階で知見を得るごとに、他の段階の選択を考えなおさなければならないかもしれない」、「唯一完璧な戦略などないと知れ。自分にとって有効な明らかな選択を見いだせ」[p.50-51

以下、それぞれの要素についてまとめます。
勝利のアスピレーション(第2章)
・「アスピレーション(憧れ)は、組織の目標を導く[p/54]」。「どんな勝利を望んでいるのか?――は他のすべての枠組みをもたらす。・・・有用だが抽象的でもある勝利というコンセプトは、アスピレーションとしてしっかりと定義されなければならない。[p.33]」
・「ある業界の価値創造の不釣り合いなほどの大部分は、業界のリーダーが得る」。「企業が勝利のためにではなく、漫然と参戦した場合には、厳しい選択と膨大な投資を強いられ、勝利の可能性はますます低くなる。穏やか過ぎる目標は、高すぎる目標よりもずっと危険なのである。」[p.55
・「大半のリーダーは選択を好まない・・・選択肢を温存したがるのだ。選択は任意の行動を強い、それに拘束され、嫌と言うほど個人的なリスクを生み出すからだ。・・・選択をする代わりに選択肢を考え、勝利を定義する苦しみを避けることによって、こうしたリーダーは勝利よりも単なる参戦を選んでいる。これではせいぜい業界平均並みの業績を上げることしか望めない[p.69]」

・「従業員や消費者にとって意味のあるアスピレーションを描け・・・組織が何のために存在するかについての、より深い意味につながるものだ」、「製品ではなく消費者からスタートせよ」、「ここで立ち止まるな。アスピレーションは戦略ではない。単にカスケードの第一段階に過ぎない」[p.68-69

戦場(第3章)、どこで戦うか
・「どこで戦うかと、どうやって戦うか・・・は、互いに緊密に結び付いており、戦略のまさに中核を成す」。「戦場とは、競争の場を絞り込む一連の選択を意味している」。「どの戦場を選べば最も確実に勝てそうかを理解しなければならない」[p.34-35]。「どこで戦うかを選ぶとは、どこで戦わないかを選ぶことでもある[p.81]」。「P&Gでは、戦場選択は消費者の実像を探ることから始まる[p.82]」。「戦場選択には、ユーザー、競争環境、自身の能力に対する深い理解が必要[p..96]」
・戦場選択のドメイン:地理(国や地域)、製品タイプ(どんな製品やタイプを提供するのか)、消費者セグメント(消費者グループ、価格帯、消費者ニーズ)、流通チャネル(消費者にどうやってリーチするか、チャネル)、製品の垂直的段階(製品製造のどの段階か、バリューチェーンのどの位置か、広くあるいは狭く)[p.80-81
・3つの危険な誘惑:1)選択を拒み、すべての戦場で同時に戦おうとすること、2)避けられないつらい選択から逃れようとすること、3)現在の選択を、不可避で不変とすること。「これら3つの誘惑のいずれに屈しても、戦略的選択が弱まる。」[P.84-85
・「完全撤退してしまう前に、じっくりと考え抜け」、「戦場がしっかり決まるまで戦略を実施するな」、「奇襲につながり、最も抵抗の少ない戦場を探せ」、「相手の反応を数手先まで読んでおけ」、「えてして、未開拓地と思った場所には手強い敵が潜んでいる。単に見落としていただけだ。」[p.97-98

戦法(第4章)、どうやって勝つか
・「勝利とは、顧客や消費者に対して競争相手よりもよい価値を生み出し続けることである。・・・そのための一般的な方法はたった2つしかない。コストでリーダーシップを取ること、そして差異化である[p.106]」。「コスト・リーダーになるなら、調達、設計、製造、流通、など様々な段階で強みを生み出せる。差異化プレーヤーなら、ブランド、品質、特定のサービスなどの点で大きなプレミアム価格を取れる。だが、どんな会社にとっても、これなら勝てるという唯一の戦法などない。・・・戦法選択とは、戦場を背景に、広くも深くも考えることだ。[p.121]」
・「未知の戦法を編み出せ」、「どんなに探しても戦法が見いだせないのなら、新たな戦場を探すか、降伏すべきだ」、「戦法を戦場と同時に考えよ」、「業界の習慣は固定的で不可変だと思うな」、「上げ潮に乗っているのなら、ゲームのルールを自分で決めるか、よりうまく戦え。もしそうでなければ、ゲームのルールを変えてしまえ。」[p.122

能力(第5章)、強みを生かす
・「組織の中核的能力群を最大限に発揮すると戦場選択や戦法選択に命が吹き込まれる。これは企業活動を補強するシステムであると考えるとわかりやすい[p.137]」。「企業は様々な力を持ち得るが、強みになる能力、戦場と戦法の選択を下支えする能力は限られている」、「要するに問題は、参入している競争領域において勝つために持たなければならない能力とは何か」[p.139]。「それによって企業は、能力維持のための投資を続けられ、他の能力を培え、戦略に必須ではない能力への投資を止められるようになる[p.138]」。
P&Gの場合、中核的能力は、消費者知見、イノベーション、ブランド・ビルディング、市場攻略能力(流通チャネルや消費者との関係づくりの能力)、グローバルな規模。[p.43-44
・「目標は、戦場や戦法の選択を下支えする、統合的で、相乗的で、実行性があり、独自で、防御性のある能力を開発すること[p.144]」。「競争相手が、瓜二つの能力群やそれを支える活動を持っていたなら、相手はあなたの戦場や戦法に進出し、競争優位性に食い込んでくる[p.143]」。「システム全体を簡単にまねできたり、容易に覆されてしまうようなら、・・・有意義な競争優位性を生まない[p.144]」。
・「事業間にも全社と事業の間にも、中核的な活動群に共通性がなければならない。様々な事業間や全社を串刺しにするこうした共通の能力が・・・社を一体にする」。(相互補強的な柱)[p.146]」
・「活動システム立案は容易ではなく、数回ほどの試行錯誤は優にあり得る」、「自分の選択に合った独自の能力群を開発せよ」、「不可分活動段階から手をつけよ。それよりも上位の全てのシステムは、勝つために必要な能力を支援するものでなければならない」[p.153-154]。

経営システム(第6章)、能力を実現し、選択を支援するシステムと手段
・「選択と能力をしっかりと支援する経営システムを持たない限り、大敗を喫することがある。・・・真の勝利は、戦略を立案し、レビュー(検証)し、伝達してこそ得られる。そして戦略の効果を得るには、具体的な経営システムが必要だ。[p.156]」
P&Gにおける支援システムは、新しい消費者調査手法、イノベーション(イノサイトと共に創造的破壊によるイノベーション・プロセスを研究、コネクト+デベロップというオープン・イノベーション事業を創設)、ブランド・ビルディングの枠組みを公式化、小売店との戦略的パートナーシップ、スケールメリットのための大型投資[p.169-170]。
・「戦略的ディスカッションを常に継続し、重要な選択から目をそむけない風潮を社内に生み出せ」、「組織内に重要な戦略的選択を伝えるに当たっては、明確さと簡潔さを旨とせよ」、「必要な中核的能力を全社横断的と事業ごとに生み出し、それを支援するシステムと方法を作り出せ」、「戦略的選択の達成度を測定する短期的・長期的な指標を定義せよ」[p.180-181

戦略的論理フロー(第7章)、戦略を考える枠組み
・4つの局面(分析)をめぐる7つの問いからなる[p.185-204
業界分析-セグメンテーション:戦略的に明瞭に識別できるセグメントはどこか?
業界分析-セグメントの魅力:そのセグメントは構造的にどう魅力的なのか?
顧客価値分析-流通チャネル:どんな属性が流通チャネルにとって価値を生むのか?
顧客価値分析-最終消費者:どんな属性が最終消費者にとって価値を生むのか?
相対的ポジション分析-中核的能力:自社の能力蓄積は競争相手に比べてどうか?
相対的ポジション分析-コスト:自社のコストは競争相手に比べてどうか?
競争他社分析―予測:競争相手は投射の行動にどう反応するか?

リバースエンジニアリング(第8章)、勝機を高める選択の方法
1)選択の案を出す:「選択肢がわからないと、問題をしっかり認識できないか、進むべき方向感がつかめない[p.214]」
2)選択肢を広げる:「創造的で型破りな案を組み込むチャンスだ。選択肢は目標に至るまでの幸福な物語の形で表現する[p.215]」
3)前提条件を特定する:「条件を決めつけるのではなく、一丸となって仕事を進めるためにはどんな条件が揃わなければならないのかの論理を整理する[p.216]」
4)選択肢の障害をはっきりさせる:「まとめた案に批判的な目を向け、実現の難しい条件を整理する[p.221]」
5)実現性の検証方法立案:「検証方法は、それらに最も懐疑的な人物に設計させるべき[p.223]」
6)検証の実施:「まず、最も得がたい条件を検証してみる[p.223]」
7)選択する


なお、戦略的論理フロー戦略を考える枠組みとリバースエンジニアリングの方法については、本ブログで以前に取り上げた(戦略策定の科学的アプローチ)論文にも書かれています。表現や説明のしかたが多少異なっていますが、両方をあわせると著者らの主張がよくわかると思います(ただ、以前の論文だけでは多少わかりにくく、本書を読んで理解が深まった点も多く感じました)。
―――

以上が、本書の概要です。一般に、企業における戦略策定の考え方が外部に発表されることは少ないので、他の企業との正確な比較は困難ですが、P&Gほど論理的に戦略を構築してマネジメントを成功させている企業は少ないように思います。本書のような形でその考え方を公開しているのもその自信の表れとも考えられますが、少なくとも戦略策定と実行の方法を明確化していることは、P&Gでは経営トップのみならず各部署においてもこうした方法が実行されやすくなっていると考えられ、それが成果につながっている可能性もあると思います。経営には暗黙知的な部分があるとしても、それをなるべく形式知化して多くの人が実行できるようにしておくことは、特に大きな組織においては重要なことなのではないでしょうか。

ただ、著者のラフリー氏は、2010年にP&GのCEOを引退してこの本を書いた後、2013年5月に再びCEOに復帰していますので、ラフリー氏抜きでは本書の方法がうまく機能しなかった、という可能性もあるかもしれません(もちろん、別の理由かもしれませんが)。今後の動向には注目していきたいと思います。

研究マネジメントの立場から見ても、本書の考え方は興味深いものです。私の経験に照らしても、本書の方法は様々な部署において活用できる、汎用性の高いものだと思われますが、例えば、勝つための「研究戦略」を考えるとしたら、以下のような示唆が得られるのではないでしょうか。
・研究テーマのアスピレーションでメンバーを鼓舞し、成果を企業的勝利に結びつけやすくすべき。
・競争相手の少ない独創的な分野を戦場として考えることも有効かもしれない。
・未知の手法、独創的な考え方は戦法として有効かもしれない。
・独自の(得意な)手法は研究を有利に進める材料となりうる。
・創造的な研究活動を支えるシステムも重要。
こう考えるだけでも、焦点の絞りにくい研究戦略についてのヒントが得られる点は興味深いと思います。

本書の考え方の原点が、P&Gの事業分野に基づいたものであるとしても、「競争において勝つ」ための汎用的な考え方を示している可能性もあり、P&Gでの実績に基づいて磨き上げられた方法として、戦略を考える際には一考の価値は十分にあると思います。


文献1: A.G. Lafley, Roger L. Martin, 2013、A・G・ラフリー、ロジャー・L・マーティン著、酒井泰介訳、「P&G式『勝つために戦う』戦略」、朝日新聞出版、2013.
原著表題:Playing to Win – How Strategy Really Works


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