研究開発マネジメントノート

研究開発とそのマネジメントについてのいろいろ

競争相手

ノート改訂版・補遺:これだけは知っておきたい研究マネジメント知識

2013年3月に始めた「ノート:研究マネジャー基礎知識」の改訂も、全14回分の改訂を終えました。「ノート」の記事は、研究マネジメントに関する基本的な知識をまとめたいという意図で書いてきましたが、実践の際に常に意識すべき内容としては全14回の内容では多すぎるのではないか、とも感じます。そこで、今回は、研究マネジメントの実践において特に重要だと思うこと、知っておいて折に触れてチェックすべきこと、知らないと大きな判断ミスを冒す可能性があると思われることを選んでまとめることにしました。もちろん、選んだ内容には個人的な見解が入っていますので、ひとつの意見として見ていただければ幸いです。ご参考までに関連する本ブログの記事へのリンクを入れていますので、詳しい内容はリンク先をご参照願います。

研究は不確実なもの
結果が予測できれば研究は不要です。つまり研究しなければならないのは結果がわからないからであって、わからないことに挑んでいるわけですから成功するかどうかは不確実です。思ったとおりに、あるいは計画のとおりに研究が進むとは限りません。予想外の障害が現れた時には、想定したシナリオにこだわって単に努力を積み重ねるのではなく、異なる発想が必要になるかもしれないことも考えてみる価値があるでしょう。一方、思っていた以上にうまくいくことや、当初の狙いとは違っていても面白い結果に行きあたるかもしれません(セレンディピティ)。そうしたチャンスも見逃さないようにしたいものです。

人間の思考・予測には限界がある
物事の原因や未来に起こるだろうことについてよく考えることは重要です。しかし、よく考えたからといって真実がわかる、あるいは未来予測ができるとは限りません。人間の無意識の思考特性によって判断を誤ることもありますし、知識や認識の不足に気づかないこともあります。また、原理的に予測ができない対象もあり得ます(例えば複雑系の現象にはそういう例があることが知られています)。不確実性とともに思考の限界も認識しておく必要があるでしょう。

競争相手の存在
よいアイデアを思いつくと、それは自分たちしか知らないことだと思ってしまうことがあります。しかし、たいていの場合、どこかで誰かが似たようなことを考えているものです。少なくともそういう競争相手がいる可能性があることは忘れてはいけないと思います。研究を進めるにあたっても、自分たちの望むシナリオだけでなく、競争相手がどう考え、どう動くかも考慮すべきでしょう。

しかし、成功しやすいイノベーションはあるらしい
研究やイノベーションは不確実であるとはいっても、成功しやすいイノベーションのパターンはあるようです。なかでも大きな成功をもたらしやすいという意味で重要なのはChristensenの「破壊的イノベーション」の考え方ではないかと思われます。(もちろん、破壊的イノベーションだけが成功するということではありません)

アイデアや技術だけでは不十分
優れたアイデア(研究テーマ、課題)や、優れた技術だけではイノベーションの成功は保証されないのが普通です。どう実行するか、どう収益をあげるしくみ(ビジネスモデル)を構築するか、どう関係者を取り込み、社内外の協力関係(エコシステム)を構築するか、どうやって顧客に受け入れてもらうのか(普及)なども成功のための重要な要因になります。

ニーズは簡単にはわからない
研究テーマを考える際や、アイデアの源として、どんなニーズがあるかを知ることは重要です。しかし、真のニーズを知ることはそれほど容易ではありません。顧客(消費者)の要求と真のニーズは必ずしも一致しないことは認識しておくべきでしょう。真のニーズを知るためには、行動観察(エスノグラフィー)や、Christensenによる「片づけるべき用事」の考え方は重要と思われます。

形式知と暗黙知
は違う
知識には、形式知(形式的・論理的言語によって伝達できる知識)と暗黙知(特定状況における個人的な知識で、形式化したり他人に伝えたりするのが難しい知識)があると言われています。新たな知識は、異なる知識の出会いから生まれることが多いとされていますが、形式知だけでなく暗黙知の重要性も忘れてはならないと思います。

研究者(イノベーションを推進する人)のやる気を引き出すには
人(特に研究者)はお金や地位だけでは動かない(場合が多い)と言われます。Herzbergは高次な欲求を刺激するものを動機付け要因(motivators)、低次な欲求を刺激するものを衛生要因(hygienic factors)とし、衛生要因を改善しても不満がなくなるだけで動機付けることはできないとしています(お金は衛生要因)。Maslowの欲求階層理論では、人間の欲求は低次なものから、生理的欲求、安全欲求、所属と愛の欲求、承認の欲求、自己実現欲求の5段階の階層をなし、人間は低次欲求がある程度満たされると、より高次の欲求によって動機付けられるようになり、その際、低次の欲求は人を動機付ける欲求としては機能しない、とされます。また、Deciは、給与や人間関係など人を動機付ける要因が個人の外部にある場合の「外発的動機づけ」よりも、自らの有能さの確認や自己決定などに関わる「内発的動機づけ」が重要と述べています。

研究組織の望ましい特性
研究組織の望ましい特性としては、自律性、目的・感情・価値観の共有、多様性、閉鎖的になりすぎずメンバーが目標達成に積極的に関わること、他の組織との協働、があげられることが多いようです。どんな研究組織の構造であっても、こうした特性を持つように運営することが必要でしょう。

研究リーダーの役割
研究リーダーには、多様性の確保、コミュニケーションの活性化、組織外部との連携調整、部下の育成指導、ロールモデルという役割が求められるようです。働きがいのある会社ランキング常連のSASCEOJim Goodnightによれば「マネジャーは社員の『部下』となり、それぞれが高いモチベーションで働き、能力を発揮するよう努める」ことが望ましいとされているようですが、それもひとつの考え方かもしれません。

研究の進め方はそれぞれ
一口に研究、イノベーションとはいっても、内容は様々です。技術分野も違えば、企業におけるイノベーションの意味も、顧客にとっての意味も様々ですし、イノベーションの段階(例えば、技術的検討段階、製品化段階、市場投入、改善など)も様々でしょう。当然その進め方も異なるはずで、結局、どんな場合にも適用可能な成功の処方箋のようなハウツーは存在しないのではないか、と思われます。従って、本稿に述べたような注意点を常に考慮しつつ、状況に応じたマネジメントを工夫していくことがマネジャーには求められているのでしょう。ただ、最も重要なマネジメント上のポイントは何か、と問われたら、私は、イノベーションに携わる人の「意欲の管理」だと答えたいと思っています。

以上が、現在私が考えている「これだけは知っておきたい研究マネジメント知識」です。何らかのヒントになれば幸いです。


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iPS細胞研究に見る研究の進め方雑感

iPS細胞(induced pluripotent stem cell、人工多能性幹細胞)は、山中伸弥京都大学教授がその作成方法を開発したことで有名ですが、その多能性(あらゆる組織の細胞になる可能性を持つ性質)のゆえに多くの応用が期待されています。しかし、その実用化のためには解決しなければならない課題も多く、単なる学問的興味を越えた「使える」成果を獲得できるかどうかには、研究の進め方も関わってくるのではないかと思われます。

朝日新聞大阪本社科学医療グループ著、「iPS細胞とはなにか 万能細胞研究の現在」[文献1]という本では、iPS細胞の解説だけでなく、研究の進め方ついても触れられていました。そこで、本稿では研究の進め方、マネジメントの観点からの感想を述べさせていただきたいと思います。

iPS細胞の研究においては、研究マネジメント上次の点が重要だと考えます。まず、不確実性が高いこと、しかしその状態で実用化を目指していること、成果への期待が大きく(金銭的期待も含めて)競争相手が多いこと、生命倫理に関わる問題があり科学技術社会論(STS)の立場からの考慮が必要なことがポイントとして挙げられると思います。このうち不確実性については、成功するか失敗するかがわからないという不確実性とともに、予想していなかったような応用が開ける可能性も含めて考える必要があるでしょう。このような最先端技術の研究では技術的な成功がとかく注目されがちですが、企業における研究と同様、技術的な成功は実用化のひとつの前提条件にしかすぎません。報道などでは特許の問題もよく取り上げられますが、それも成功のためのひとつの条件であって、要するに実用化に必要なこと全体のマネジメントができなければ目的が達せられない性格を持っているといえるのではないでしょうか。

ES細胞(胚性幹細胞、受精卵を壊して作る万能細胞)など、他の幹細胞研究も含めてこの分野での競争は激しく、研究投資も活発なようです。これはひとえに再生医療や医薬品開発の効率化などへの期待に基づくものと考えられますが、最終的に成功に至るのは誰か、それがどのような形になるのかは現段階でははっきりしないと言えるでしょう。それでもこの不確実な段階で戦略を決め、投資を行なっている人々がいます。一方、現段階では研究の推移を見守り、もっと実用化の可能性がはっきりするまで参入の判断を待つという戦略をとる人たちもいるようです。研究マネジメントを考える上で、様々な人々が様々な戦略で課題に取り組み、最終的にどのような成功例が得られるのか、現在進行形のケースとして非常に興味深いと思っています。

文献1では、研究マネジメントについての細かい議論がなされているわけではありませんが、いくつかの興味深い戦略が取り上げられていますので、その内容をご紹介しておきたいと思います。

・京都大学iPS細胞研究所:20104月設立、所長は開発者の山中教授。研究者同士の情報交換や議論を活発にしたいという山中教授の要望で、仕切りを設けずにグループで共有するオープンラボ形式になっている[文献1p.12-13]。この研究所の前身は20081月に京都大学が設立したiPS細胞研究センターで、これは200711月の山中教授のヒトiPS細胞作製成功発表の直後のこと。この設立に続いて20084月には「産業応用懇話会」を開催、企業との連携を企画、20086月にはiPS細胞関連特許の管理活用を図る会社「iPSアカデミアジャパン」が設立された。文部科学省も研究の支援を強化、20082月には研究拠点を定め、3月には20を超す大学や研究機関が連携するネットワークが立ちあがった。iPS関連の研究予算も2007年度の2.7億円から、2011年度には60億円に届く勢いであるという[文献1p.73-82](この金額は京都大学だけが対象ではありません。実際には、文部科学省以外に厚生労働省、経済産業省などからの研究費支出もあるようです[文献2])。このような研究支援、体制整備の一方、政府がロードマップ(工程表)をつくり臨床応用を目指す進め方に対しては、そういう計画を立てること自体に対する疑問や、「日本政府はiPSに力点を置きすぎているように見える」という批判もあるようです[文献1p.146-147]iPS細胞が日本発の技術であることは、日本の研究者の意欲を高める上では重要なことですし、研究の重点を絞る意味でも重要ではありますが、それだけに集中しすぎてしまうことにはリスクもあることには注意が必要でしょう(おそらく研究者の皆さんはその点はわかっておられると思いますが、不確実なものを取り扱った経験の少ない研究者以外の方の反応には特に注意が必要と思います)。

・アイピエリアン社:アメリカのバイオ企業。バイエルが開発したヒトiPS細胞の特許をイギリスで権利化。京都大学との交渉により、アイピエリアン社の保有する特許を京都大学に無償で譲渡するとともに、アイピエリアン社は京都大学の保有する特許の使用許諾を受けるライセンス契約を結んだ。これによりアイピエリアン社はiPS細胞を使った創薬ビジネスが加速できるという。ベンチャー企業としてのこうしたアプローチは有効でしょう。アイピエリアン社が京都大学の技術を有効活用できるなら、有効な戦略だといえるように思います。

・ハーバード幹細胞研究所:2004年設立。ES細胞の研究実績が豊富だが、iPS細胞についても山中教授のマウスでの成功発表(20068月)以降、積極的に取り組み多くの成果を挙げている。設立にあたっての方針は3つ、1)多くの分野の研究者を集める、2)チームとして働きたい人を集める、3)若者に活躍してもらう、であるという。患者が必要だと思うことから考えて研究の方向性を定め、製薬会社がしていない研究を行なうという目標を明確に掲げる。研究所の副所長が研究者(ハーバード大学メルトン教授)で、所長はバイオ企業で働いていたビジネスマンであり、ビジネスモデルの確立までを視野に入れて研究を進めている。研究所には70人の独立研究者がいるがその多くは専任ではなく、様々な学部や病院、研究所の仕事と兼務、さらに学内外に協力研究者が100人いるという体制。新規採用の独立研究者に対してパッケージと呼ばれる研究資金(研究費、給料、研究者を雇う資金)を1億円~2億円(最初の35年分)与え、すぐにでも研究が開始できる条件で研究者を迎え入れることにより若手に活躍のチャンスが与えられている[文献1p.138-160]。ちなみに、同研究所の2011年度総支出は17.7百万ドル(約14億円)とのことです[文献3]。アメリカではiPS細胞以前にES細胞による研究の蓄積がありますが、それに加えてこうした柔軟な体制のおかげで、iPS細胞研究においてもすぐに日本に追いつくことが可能だった、ということかもしれません。なお、ここに書かれた組織の特徴は、著者(新聞記者)の見た目による日本との違いが強調されていると見ることもできると思いますが、このような研究の進め方は、アメリカにおける幹細胞研究の柔軟な取り組みを示す例ともいえるのではないかと思われます。

ハーバード幹細胞研究所のやり方は、研究者の流動性が高いアメリカならではの体制という面もあるでしょう。また、山中教授も指摘するように、アメリカでは基礎科学に対する関心が高いこと[文献1p.163]、研究分野の垣根が低いという文化、研究現場でのヒエラルキーがなく若手が力を発揮できること[文献1p.159]にもよっているでしょう。しかし、研究の目標に応じて、組織や体制を柔軟に作っている点は参考になる点があると思います。特に、リーダーやマネジャーが目的に応じて、組織の形態や運営方法までも最適と思われるものに作り上げていく点は、研究マネジメントにおける創造性の発揮ともいえるのではないでしょうか。既存の組織ややり方にとらわれることで研究に障害が発生しないよう、十分に注意して研究を進めていただきたいと思います。

iPS細胞の研究は、従来できなかったことが可能になる、従来のやり方をシンプルに行なうことができる(受精卵を壊すES細胞のような倫理的問題がなく、技術的にも易しい)、という破壊的イノベーションの特徴を備えていると思います(典型的な例とは言えませんが)。もし、この技術が破壊的な性格を持つのであれば、予測できない技術面や用途面の展開もありうると思われます。そうだとすると、技術の確立とともに、それをうまく実用化にもっていくためのマネジメントが非常に重要になるはずです。企業内でこの研究を行なうのであれば、小規模な投資で始めることが好ましいはずなので、大きな期待は持ちつつも小さな実用化を目指すアプローチも有効かもしれません。ちょうど今日、iPS細胞を用いた血小板製造技術開発成功のニュースが報道されましたが[文献4]、様々なアイデアが求められているのでしょう。現在のところ、「官」主導による大きな投資によって競争上優位に立つことが優先されているようですが、その成果を「産」に生かすにはどのようにマネジメントすべきか、試行錯誤的な取り組みも求められているように思います。

期待が大きいけれども不確実性の高いiPS細胞という技術が、どのようなアプローチによって花開くのか、やはり技術の開発、確立が重要なのか、それともそれに加えてマネジメントが重要になってくるのか、勝ち残るグループはどこなのか、どんなやり方をすれば勝ち残れるのか、何が成功のポイントになるのかなど、マネジメント上興味深い点は多くあります。この研究の進展をフォローすることによって、不確実性の高い研究をマネジメントする方法について重要な示唆が得られるのではないでしょうか。どんな形で花開かせることができるのか、大きな期待を持って見守っていきたいと思います。以上、傍観者としての感想なので、研究者の皆さんにはご不快の点もあるかもしれません。研究者の皆さんにはぜひ頑張っていただきたいと思って応援していますのでご不快の点はご容赦いただければ幸いです(援護射撃にでもなっていれば幸いです)。


文献1:朝日新聞大阪本社科学医療グループ著、「iPS細胞とはなにか 万能細胞研究の現在」、講談社、2011.

文献2:文部科学省、iPS細胞等研究ネットワークwebページより、「iPS細胞研究 再生医療への道 1. iPS細胞研究 過去最大の予算規模」、2010.4.8.

http://www.ips-network.mext.go.jp/column/regenerative_medicine/no01.html

文献3Harvard Stem Cell Institute Annual Report 2011よりFinancial Highlights

http://www.hsci.harvard.edu/2011AR/financials.php

文献4asahi.comより、「血小板、iPS細胞で限りなく増殖 京大グループ成功」、2011.12.11.

http://www.asahi.com/science/update/1211/OSK201112100166.html



参考リンク<2012.2.19追加>

 

ノート3:研究と競争相手

ノート1,2にひきつづき、研究活動において基本的に留意すべき事項について考えます。

 

3)競争相手の存在

研究を行なう場合に認識しておくべき基本的事項の3点目として、競争相手の存在について考えてみたいと思います。

 

現代科学技術の特徴として丹羽は技術の普遍性を挙げています[文献1p.11]。ここでいう普遍性とは、産業革命後、技術知識の体系化と公開化が進んだことにより、技術が広く世界中で高度に発展し普及するようになった[文献2、第3章(文献1p.12]ことにより、技術が時間や空間の制約を超えて、世界万民に等しく開かれた状態となっていることを指しており、技術が普遍的であるということは、世界中の大学や企業研究所などで同じような技術の研究や開発が実施されている可能性が高いことを意味している[文献1p.12]、とされています。世界中で、というのはややおおげさなような気もしますが、少なくとも業界の先端に近い研究機関では、あちこちで同じような課題に取り組んでいることは実際によくあることで、似たような研究が似たような時期に独立に発表されるという例は、現代に限らず多く存在します。最近は世界全体の技術力の向上とともにコミュニケーションの発達もあって、このような競争状態はさらに起きやすくなっているのではないでしょうか。今回は、こうした状況下でイノベーションを進めるにあたってどのようなことに注意する必要があるかについて考えてみたいと思います。

 

例えば、何かのアイデアを思いついたとします。先行文献、特許を調べても同じアイデアは存在していないようです。この時、以下の3つの可能性が考えられるでしょう。

①今までにそのアイデアを思いついた人はいない(全く新規なアイデアである)

②今まさに他の研究グループで同じアイデアの研究が行なわれているが、まだ発表されていない。

③過去に同じアイデアを誰かが試してみたが、何らかの理由で発表されていない。

 

①の場合、非常に好ましいわけですが、残念ながら②と③でない、と断言することができないのが普通です。というのは、イノベーションが未知のことへの挑戦である以上、情報は十分には得られないのが普通だからです。(もちろん、①であったとしても、ノート2で述べたようにそれが好ましい結果につながるかどうかは不確実です。最悪の場合、誰かが思いついたが、試してみる以前にダメだとわかって実行をあきらめたのかもしれません。)

 

問題なのは②と③の場合で、②の場合には当然のことながら競争相手の動向に注意が必要になります(そのかわり、競争相手も狙っている、ということは①の場合よりも技術自体の成功の確率は高いと考えられるかもしれません)。③の場合は、なぜ発表されていないかを考えてみる必要があります。可能性は2通り、誰かがそのアイデアを有効に活用しているがそれを秘密にしている場合と、試してみたがうまくいかなくてあきらめた場合となります。これらは至極当たり前のことなのですが、注意しなければならないのは、自分が思いついたアイデアについては、えてして①と思い込みがちなことで、その結果、開発に手をつけてから②か③であることがわかって開発戦略の見直しを迫られるということがあります。こうした見込み違いを完全に防止することは困難でしょうが、上記のような可能性があることを心がけておけば、的確な対応はしやすくなるものと思われます。

 

このような他社との「競争」の状態を理解するためには、ポーターの枠組みを利用するのが一般的な手法でしょう。競争を駆動する5つの力として、1、サプライヤーとの関係、2、買い手との関係、3、新規参入者、4、代替製品、5、既存企業間の競争状況を考え、それらに基づく機会と脅威を考慮して戦略を構築する[文献3、(文献4p.93]という考え方は重要なものではありますが、こうした分析を実行しようとすると、各々の力に関する情報が必要となります。しかし、イノベーションを扱う場合、それ自身が不確定、流動的であったり、情報が公表されていない場合があるため、ポーターの枠組みが十分に利用できないこともあると思われます。イノベーションにおいて競争相手の存在を考えるということは、戦略構築のための外部の情報が少ない状況で判断をしなければならない、ということを意味することになるでしょう。

 

ただし、確かな情報はないかもしれませんが、競争相手の動向はある程度は推定できます。具体的には以下の2つのポイントを考えてみればよいと思われます。

・あるアイデアに必要な技術要素、資源が他社、あるいは過去において入手可能か

・あるアイデアを実現しようとするニーズが他社、あるいは過去において存在するか(したか)

 

もし、上記の両方ともがYesならば、他社も今か過去に同じアイデアについて研究している可能性があると考えた方がよいでしょう。資源があり、ニーズがあるのに何もしていないということは考えにくいです。言い換えれば、他社(過去)にない要素技術、資源を用いているもの、他社(過去)にはないニーズに基づいたアイデアは自分たちのオリジナル(つまり上記の①)である可能性が比較的高い、と言えるのではないでしょうか。上記の2つのポイントの答えももちろん推定の域を出ないわけですが、他社におけるアイデア実行の有無そのものを推定するよりは易しいと思います。

 

このような競争相手の動向は、予測しにくいという意味でノート2で述べたイノベーションの不確実性の一部と考えることもできます。しかし、物や現象に伴う不確実性よりも、競争相手に伴う不確実性は予想しやすいと思われます。

 

以上のような競争相手の存在の可能性について注意を払っていれば、他社に出し抜かれる可能性について備えることができるし、他社と同じ失敗を繰り返すことによる痛手を軽いものにできると思われます。イノベーション実現という未来予測を当てる確率を高めるために、競争相手の存在を考えておくことは、重要なチェックポイントのひとつになると考えられます。

 

文献1:丹羽清、「技術経営論」、東京大学出版会、2006.

文献2Drucker, P.F., 1961、上田惇生編訳、「テクノロジストの条件」、ダイヤモンド社、2005.

文献3Porter, M.E., 1980、土岐坤、中辻萬治、服部照夫訳、「(新訂)競争の戦略」、ダイヤモンド社、1995.

文献4Tidd, J., Bessant, J., Pavitt, K., 2001、後藤晃、鈴木潤監訳、「イノベーションの経営学」、NTT出版、2004.


参考リンク

改訂版ノート3(2013.6.16)へのリンク
 

 

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