研究開発マネジメントノート

研究開発とそのマネジメントについてのいろいろ

組織

「世界で最もイノベーティブな組織の作り方」(山口周著)より

イノベーションを実現するには、天才的な個人と、集団の協力のどちらがより重要なのか。そのどちらであっても、個人の能力をひきだし、その努力をまとめあげる組織の能力が優れていなければ大きなイノベーションの達成は難しいでしょう。では、どのような組織が望ましいのでしょうか。

この問いに対する答えはそう簡単に求まるものではないと思いますが、山口周著、「世界で最もイノベーティブな組織の作り方」[文献1]では、「『イノベーションを継続的に起こすことに成功している企業/組織』に共通して見られる特徴」と「それらの特徴がどのようにしてイノベーションの実現に寄与しているのか、それらの特徴をどのようにして獲得できるのか」[p.34]が述べられています。「本書は、その論考の基礎を、ヘイグループがフォーチュン社と共同で行っている『世界で最も称賛される企業=World’s Most Admired Companies』・・・に関する調査において、『最もイノベーティブな企業』として最上位にランキングされた企業への組織開発プロジェクトによって得られた定性的観察に置いています[p.34]」とのことで、それに加えて、著者のコンサルタントとしての経験や考察が織り込まれているのが特徴でしょう。特定の経営理論や特定の分野での研究事例から導かれる方法論とは異なり、実務家にとっても参考になる論考が多いと感じましたので、今回はその内容から興味深く感じた点をまとめてみたいと思います。

第1章、日本人はイノベーティブか?
・「日本企業でイノベーションの促進を阻害するボトルネックファクターは何なのか?それは『組織』です。歴史的に見て多くの領域において個人として発揮されている創造性が、最近の企業組織においてまったく発揮されていないという事実――。それは、組織が個人の創造性をうまく引き出せていないということを示唆しています。・・・事例を並べて考えてみるとわかるのは、日本人は『個人』になれば世界トップレベルの創造性を発揮するものの、『組織』になるとからっきしダメになるということなのです。[p.30-31]」
・「多くの企業が掲げる『どのようにして創造性を高めるか?』や『クリエイティブ思考をどう鍛えるか?』という論点は、そもそも問題設定のピントがずれているということになります。・・・様々な事例は、われわれ日本人が真に向き合うべきなのは『人材の創造性を阻害している組織要因は何なのか』『どのようにすれば個人の創造性を組織の創造性につなげられるのか?』という問題であることを示しているように思います。[p.32-33]」
・「エイブラハム・マズローは、その著書の中で、創造性は誰にでも備わっているものであり、問われるべきは『人間は、どのようにして創造的になれるのか?』ではなく『人間の創造性の発露を損なっているのは何か?』であると指摘しています。[p.33]」

第2章、イノベーションは「新参者」から生まれる
・「『最もイノベーティブな企業』に共通して見られる特徴のひとつに『多様性の重視』が挙げられます。・・・カギは『多様性がもたらす創造性への影響』にあります。[p.36]」
・「『これまでに誰も考えたことがない新しい要素の組み合わせがイノベーションの源泉だ』ということです。そして、この『新しい要素の組み合わせ』を実現するために、多様性が非常に重要な要件になってくる、ということです。[p.47]」
・「多様性が創造性に昇華されるには、組織内に『思考の多様性』や『感性の多様性』が生まれ、それが結果的に『意見の多様性』につながり、組織内に建設的な認知的不協和が発生する必要があります。つまり最終的に重要なのは『意見の多様性』であって『属性の多様性』ではない、ということです。・・・重要なのは、人と異なる考え方/感じ方をどれだけ組織成員ができるか、そして考えたこと/感じたことをどれだけオープンに話せるかという問題です。これは属性の問題というよりも『多様な意見を認める』という組織風土の問題であり、さらには『多様な意見を促す』という組織運営に関するリーダーシップの問題だと捉える必要があります。[p.51-53]」
・「イノベーションの芽となるアイデアを生み出す人と、そのアイデアに資源を注ぎ込んで育てるという意思決定権限を持つ権力者との間には、組織内で大きな距離が存在している・・・。イノベーティブとされる企業であればあるほど、上下間での情報流通が活発に行なわれているという結果が出ています。[p.54]」
・「『目上の人に対して反論したり意見具申したりする』行動に対する心理的抵抗の度合いをオランダの心理学者ヘールト・ホフステードは権力格差指標=PDI(Power Distance Index)と定義しました。・・・権力格差の大きい国では、人々の間に不平等があることはむしろ望ましいと考えられていて、権力弱者が支配者に依存する傾向が強まり、中央集権化が進みます。・・・端的にホフステードは『権力格差指標の小さいアメリカで開発された目標管理制度のような仕組みは、部下と上司が対等な立場で交渉の場を持てることを前提にして開発された技法であり、そのような場を上司も部下も居心地の悪いものと感じてしまう権力格差指標の大きな文化圏ではほとんど機能しないだろう』と指摘しています」。先進7カ国のなかでは権力格差指標の「日本のスコアは相対的に上位に位置しています。」[p.69-72
・「日本など権力格差指標の高い文化圏では、権力と対峙する形でのリーダーシップが生まれにくい」ことが示唆される。「われわれ日本人は、『権威』と『リーダーシップ』を一体のものとして認識してしまうという奇妙な性癖を持っています。しかし、リーダーシップは本来、権威によって生まれるものではありません。それは責任意識によって生まれるものです。[p.79-80]」
・「科学史家トーマス・クーンが指摘しているように、イノベーションは『年齢が非常に若い』か『その分野に入って日が浅いか』のどちらかの人材によって牽引されることがわかっています。・・・しかし、権力格差の大きい日本において『若造』と『新参者』は、最も声を圧殺されがちな人々と言えます。・・・つまり『日本人は、目上の人に対して意見したり反論したりするのに抵抗を感じやすい』という事実と、『多くのイノベーションは組織内の若手や新参者によって主導されてきた』という事実は、日本人が組織的なイノベーションにはそもそも向いていないということを示唆しています。・・・ここに、個人としては最高度に発揮される日本人の創造性が、組織になると必ずしも発揮されなくなってしまう大きな要因のひとつがあるのです。[p.82]」
・「1950年代という時期は、権威に対して媚びへつらう傾向が強い日本人の特性が例外的に希薄になった時期だったと言えるかもしれません。・・・『上が薄い人口構成』と『既存権威の失墜という社会状勢』が、高度経済成長期におけるイノベーションの加速要因になったということは十分に考えられることです。[p.84]」
・「重要になるのは、『指示・表明のリーダーシップ』ではなく、『聞き耳のリーダーシップ』ということになります。・・・リーダーは自分のアイデアをとりあえず伏せつつ、積極的に部下に対して本音の意見を表明させることが必要になります。これが聞き耳のリーダーシップです。[p.99]」「ヘイグループは、・・・『聞き耳のリーダーシップ』を発揮している程度は、組織成員のモチベーションやコミットメントと強い相関があることを把握しています。[p.97]」
・「教育心理学の世界では、・・・報酬、特に『予告された報酬』は、人間の創造的な問題解決能力を著しく毀損することがわかっています。・・・デシの研究からは、報酬を約束された被験者のパフォーマンスは低下し、予想しうる精神面での損失を最小限に抑えようとしたり、あるいは出来高払いの発想で行動するようになることがわかっています。[p.102-103]」「では一方の『ムチ』はどうなのでしょうか?結論からいえば、こちらも心理学の知見からはどうも分が悪いようです。・・・何かにチャレンジするというのは不確実な行為ですから、これとバランスを取るためには『確実な何か』が必要になる。ここで問題になってくるのが『セキュアスペース』という概念です。[p.108]」「つまり、人が創造性を発揮してリスクを冒すためには、『アメ』も『ムチ』も有効ではなく、そのような挑戦が許される風土が必要だということ。さらにそのような風土の中で、人があえてリスクを冒すのは『アメ』が欲しいからではなく、『ムチ』が怖いからでもなく、ただ単に『自分がそうしたいから』ということです。[p.109]」
・マクレランドの3つの社会性動機:1、達成動機(設定した水準や目標を達成したい)、2、親和動機(他者と親密で友好な関係を築き、これを維持したい)、3、パワー動機(自分の行為や存在によって組織や社会に影響を与えたい)[p.123
・「ヘイグループの研究からは、大型のイノベーションに向けて組織を動かす人材は、達成動機よりもむしろ高いパワー動機を持っている傾向が明らかになっています。しかし、こういった人たちは必ずしも『課題優先型のエリート』ではありません。むしろ、言われたことをやるよりも自分の興味や関心にドライブされて仕事をやっているため、上司や経営幹部からは『扱いづらい』という評価を受けていることも多い。・・・動機のプロファイルによって、活躍できる仕事の種類(課題優先型か好奇心駆動型かなど)は変わる・・・。社内で高い評価を継続的に受けてきた・・・『課題優先型のエリート』は、過去の歴史を見る限り、イノベーションの実現という文脈においては『好奇心駆動型のアントレプレナー』に敗れ去るケースが多い。であれば、われわれはイノベーションの実現を、それを自らやりたがる人に任せるべきだ、ということになります。・・・イノベーションの実現という文脈において『適材適所』は重要な論点として浮上してくる、ということです。[p.128]」

第3章、イノベーションの「目利き」
・「イノベーションがもたらす可能性の評価は非常に難しい。であればこそ、多様な視点で多数の人たちが評価することが必要で、そのためには『組織のネットワーク密度』が重要な論点になってくる・・・しかし、ことイノベーションに関連して組織ネットワークを考察する際、ネットワークが外部に対してどれだけ開いているかも重要な論点となってきます。なぜなら、過去の多くの事例において、イノベーションの核となるアイデアは組織の外部からもたらされているからです。[p.141]」
・「最適な構造のあり方は情報処理コストと通信コストのどちらが相対的に高いかによって決定されます。通信コストがプロセッシングのコストより相対的に高い場合、イノベーションのアイデアを生み育てるプロセッシングは一カ所で行ない、ネットワークを流通する情報の量をなるべく少なくして、そこで浮いたお金をプロセッシング(アイデアを出せる才能)に回すほうが全体の生産性は高まるでしょう。一方、プロセッシングのコストが通信コストよりも相対的に高い場合、つまりアイデアを生み出せる才能が希少で、通信コストが劇的に下がった現在の社会のような状況では、プロセッシングは分散処理で行い、分散処理された情報を世界中から集めるというシステムのほうが合理的です。・・・せっかく密度の高いネットワークを組織内に作ったとしても、そこを流通する情報の量が少なくては宝の持ち腐れになってしまいます。組織内における情報流通の質と量を高めようと考えた場合、組織内の『密度』と同時に、組織の外に向かった『広さ』にも目を配ることが必要です。[p.145-146]」
・「本当の意味で『頑張る』『創意工夫をこらす』ということは目の前の業務に粉骨砕身することではなく、むしろ戦略的に『遊び』を取り込むことでイノベーションの芽を育てることにあるはずです。[p.159]」
・「イノベーションという文脈でプロセスを議題に出すと、P&Gで実行されている、いわゆるステージゲート法(段階的に消費者テストにかけて、ある程度の成功確率が担保された段階で開発・販売にゴーサインを出すやり方)のような厳格な管理型プロセスを思い起こす方も多いでしょう。たしかに、こういった仕組みを導入することで商品開発には一定の規律が導入されることになり、結果的に野放図でギャンブル性の高い新商品開発・発売を抑止することが可能になります。しかし一方で、こういった管理型プロセスの導入によって可能になるのはせいぜい漸進型イノベーションであって、世の中の風景を一変させるラジカルなイノベーションを生み出すことは難しいと考えておいたほうがいいでしょう。・・・消費者は、往々にして大きな便益をもたらすイノベーションのアイデアを提示されても、その価値をすぐに理解することができないのです。[p.167-168]」
・「組織内で論理や客観的事実に基づいた合理的なコンセンサスが形成されるのを待っていたら、イノベーションがもたらす果実は『鳥に啄まれた残りかす』にしかならないということです。[p.176]」
・「組織が行う意思決定のクオリティは、必ずしもリーダーやその構成員の思考力やリテラシーに左右されない。むしろ、その組織がどういうメンバーで構成され、どういう前提でもって議論を行い、どのようなプロセスで議論を進めるか――要するに『決め方』によって左右される[p.202]」。
・「杓子定規にルールをあてはめてアルゴリズミックに撤退/継続の意思決定をしていたのではイノベーションの芽を摘んでしまう可能性がある一方で、撤退基準を明確化しなければ組織も構成員も結果的には傷つくことになるリスクが高まる。・・・リーダーは『ルールでは判断できない、論理だけでは整理できない例外事項について意思決定する』ために存在しているのです。[p.214-215]」
・「そもそも専門家の判断能力は過大評価されており、高度に複雑な問題に対する解は、しばしば情報劣位にある『不特定多数』のそれに劣る・・・。環境変化によって知的資産が急速に陳腐化しつつある中、上級管理職や経営管理者に組織の重要な意思決定を今後も任せるというのは、筆者にはどうにも非合理に思えてなりません。[p.233]」

第4章、イノベーションを起こせるリーダー、起こせないリーダー
・「多くのリーダーシップに関する論考が不毛な『青年の主張』になりがちなのは、それらの主張が、文脈=コンテキストからリーダーシップを分離し、どのような文脈でも通用する『普遍的な原理』としてそれを捉えているからです。リーダーシップというのは文脈=コンテキストに照らし合わせてみないと有効性の議論ができない大変相対的な概念で、・・・別の言い方をすれば、リーダーシップとは、『リーダーとフォロワーの関係性』あるいは『リーダーをとりまく周囲の環境との関係性』の中で成立する概念であって、『リーダーの属性』として独立する概念ではないということです。[p.236-237]」
・「コンテキストによって求められるリーダーシップのあり様は異なる、ということは、リーダーシップには複数の側面があり、それらの組み合わせをいわばポートフォリオのようにコンテキストによって使い分けられるのが最も有能なリーダーだということになります。・・・ヘイグループは『有能なリーダー=結果を残す人々』に共通して見られる行動特性を整理し、6つのリーダーシップスタイルが存在することを明らかにしています。[p.239
・6つのリーダーシップスタイル:指示命令(言ったとおりにやれ=即座の服従)、ビジョン(「なぜ」をわからせる=長期視点の提供)、関係重視(まず人、次に仕事=調和の形成)、民主(メンバーの参画=情報の吸い上げ)、率先垂範(先頭に立つ=模範の提示)、育成(長期的な育成=能力の拡大)[p.240
・「ヘイグループの調査によると、『フォーチュン500』の中でも『最もイノベーティブ』であると考えられる企業において発揮されているリーダーシップスタイルは、『ビジョン型』が63%と最も高く、『率先垂範型』が42%と最も低くなっています。[p.242]」
・「ビジョンに求められる最も重要なポイント――それは『共感できる』ということです。・・・歴史上、多くの人を巻きこんで牽引することに成功した営みには、ビジョンに関する3つの構成要素が存在しています。それはすなわち『Where』『Why』『How』という3つの要素です。『Where』とはつまり、『ここではないどこか』を明示的に見せるということ・・・。次の要件が、共感できる『Why』です。・・・『ここではないどこか』に移動するには、その移動を合理化し納得できる理由が必要です。・・・3つ目の要件が、『どのようにしてそれを実現するのか』を示す基本方針=『How』です。[p.248-261]」

第5章、イノベーティブな組織の作り方
・人材採用/育成/配置:多様性を重視した採用、若手に対しては自分の意見をもつこと、シニアに対しては人に意見を求めること、バックグラウンドの多様性を高める配置換え、コンピテンシーの違いに応じた業務配分[p.268-278
・評価/報酬システム:目標管理は弊害大、フレキシブルな評価、仕事そのものを報酬にする[p.279-282
・意思決定プロセス:撤退についての定量的基準を設けた上で、直観に基づいて判断、過度なコンセンサス重視からの脱却、集合知の活用、余計なアドバイスの排除[p.282-287
・価値観:多様性を尊重する風土[p.288-289
・リーダーシップ:聞き耳のリーダーシップ、サーバント・リーダーシップ、ビジョンの提示[p.289-292
―――

イノベーションと組織の問題に関しては、1995年刊行の野中郁次郎氏らの著書「知識創造企業」で述べられた「組織的知識創造」の概念が有名です。同書では、組織的知識創造に優れた日本企業によるイノベーション事例が多く取り上げられていますが、その後、日本企業のイノベーション能力が低下しているとすればそれはなぜなのでしょうか。山口氏が本書で指摘している「組織」およびイノベーションを取り巻く状況がこの20年で変わってしまったことがその原因なのかもしれません。

イノベーションにとって組織とそのマネジメントが重要であることは、私も全くその通りだと思います(だからこそ、このブログを続けているわけですが)。しかし、イノベーションを生むための方法論は確立されているとは言えません。イノベーションを生むには具体的にどうすればよいのか、組織のあり方に着目した著者の考え方は我々実務家にとっても大変に参考になるものだと思います。もちろん、細かな点では異論のある指摘もありますが(例えば、専門家が役にたたないという指摘は、単に専門家の「使い方」を間違えているだけのように思います・・・特にこの点は一技術者としてちょっと強調しておきたいと思いました)、そもそもイノベーションというものは千差万別ですので、その方法論もある程度異なっていて当然でしょう。読み手は、著者の指摘の根幹部分を重く受け止めた上で、各論部分は考える材料として受け止め、それぞれの状況に応じてそれぞれが活用していけばよいのだと思います。本書の指摘をはじめ、イノベーションの方法論については、実務に使えそうな考え方が多く発表されるようになってきました。そうなると、真に問われるのは、「どういうイノベーションをやりたいのか」という覚悟なのではないか、という気がしますが、いかがでしょうか。


文献1:山口周、「世界で最もイノベーティブな組織の作り方」、光文社、2013.

参考リンク



集合天才を導く(ヒル他著、「グーグルを成功に導いた『集合天才』のリーダーシップ」DHBR2015年5月号より)

イノベーションは優れた能力を持つ天才によって導かれるのか。あるいは、天才は必ずしも必要ではなく、
多くの人の協力によって成し遂げられるのか。どちらの場合もありうる、というのが実際のところでしょうが、そのマネジメントの方法は自ずと異なるはずです。今回は、組織として多くの人の協力によってイノベーションを導く方法について考察した論文、ヒル、ブランドー、トゥルーラブ、ラインバック著「グーグルを成功に導いた『集合天才』のリーダーシップ」[文献1]に基づいて、イノベーションを生み出す組織のマネジメントについて考えてみたいと思います。

論文の題にある「集合天才」(原著では”Collective Genius”)という言葉は広く用いられている用語ではないと思いますので、まずはその意味を確認しておきましょう。「『集合天才』とは一人の天才の出現に頼らず、組織のメンバーの才能を集めることでよい結果を出そうという考え方だ。」とのことであり、「この言葉の起源はゼネラル・エレクトリックの組織運営にある。・・・集合天才として機能するためには、個々の才能や蓄積された情報が有機的に結びつくことが必要であり、そのための環境やプロセスの構築が必要とされている。」とのことです。邦訳論文の表題からは、グーグルの事例分析のように思われるかもしれませんが、原著論文の表題は単に”Collective Genius”なので、一般的な考察を意図した論文と考えるべきでしょう。以下、著者の主張のポイントをまとめておきたいと思います。

著者らの研究の意図は、「より革新的な組織をつくるうえでリーダーが果たす役割」とのことで、その背景には次のような認識があります。「方向性を定めるリーダーシップは、問題の解決法がすでにわかっており、単純な場合にはうまく機能する。しかし、本当に独創的な対応を必要とする問題の場合、どのように対応すべきかを前もって決められる者はいない。ならば当然、人々にビジョンを受け入れさせ、ともかく実行させるという方法でイノベーションを引っ張ることは不可能だ。・・・才能豊かな人材が集まる企業でリーダーとして行動し、組織をつくり上げていくうえで、リーダーはメンバーから『天才の片鱗』を引き出し、集合天才と呼ばれるイノベーションにまとめ上げることもできるだろう。問題は『いかにイノベーションを引き起こすか』ではなく、むしろ『イノベーションが起こる舞台をいかに設定するか』なのだ」。「イノベーションが生まれる時はたいてい、まず、さまざまな人間が協働して多岐にわたる多種多様なアイデアを生み出し、次いで意見交換やしばしば白熱する議論を通じてそれらを磨き、さらには新たなアイデアにまで進化させる。このような協働には、激しい意見の対立があるはずだ。・・・緊張やストレスが生まれることもある。・・・多様性を最低限に抑えるなど、抑制を試みる企業も多いが、それではイノベーションに必要な、アイデアの自由な発現と十分な討論を阻害するだけである。リーダーはこの緊張感をうまくコントロールして、メンバーが互いの天分をすすんで共有するほど協力的でありながら、アイデアを改善し新たな思考をもたらすような対立的な環境をつくり出さなければならない」。「イノベーションはまた、試行錯誤が必要である。・・・イノベーションリーダーは、臨機応変な対応と現実に上がっている成果との間でうまくバランスが保たれている環境をつくり出す。結局、新しいものや有用なものの創造においては、二者択一的思考法から両面的思考法に移行しなければならない」。「また、リーダーは、組織のあらゆる部署のメンバーから素晴らしいアイデアを生まれてくるまで、忍耐強く待たなければならない。それと同時に、社員に切迫感を持たせ、条件を明確に定めて、実際に統合的な意思決定が下せるようにしなければならない」。

集合天才のイノベーションを生み出す舞台をどう作り上げるかについて、著者は、イノベーションへの意欲を育むことと、組織のイノベーション能力を構築することが重要であるとしています。


イノベーションへの意欲を育む
・「意欲を育むために、リーダーは目的、価値、取り組みのルールを共有する共同体をつくる必要がある。」
・目的:「目的とは、『グループが何をするか』ではない。『グループのメンバーは誰か』、あるいは『なぜ存在するのか』ということだ。それは集団としてのアイデンティティの問題である。目的のためにこそ社員はすすんでリスクを取り、イノベーションにつきものの重労働もいとわない。」
・価値の共有:「共同体を形成するためには、何が重要かについてメンバーに合意がなければならない。グループの優先事項や選択肢をはっきりさせることで、価値が個人および集団の思考と行動に影響を与える。価値は共同体により異なるが、真に革新的な組織ならば必ず共有されている価値があるようだ。それは、大胆な野心、共同体に対する責任、協働、学習の4つである。」
・取り組みのルール:「取り組みのルールによってメンバーはすべきことに集中し、非生産的な行動を抑制して、イノベーションを育む活動が促されるようになる。・・・協働につきものの緊張感は、進捗を遅らせる可能性があるばかりか、創造的な共同体を分裂させてしまうおそれさえある。取り組みのルールはこれらの破壊的な力を制御するのに役立つ。たとえば、対立の焦点を人の問題ではなく、見解に置くことができる。研究対象となったいずれの組織でも、リーダーはルールを確立し守らせるために、必要とあれば強権的になることもいとわなかった。一般的に取り組みのルールは2つに分類される。第一のカテゴリーは交流の仕方に関するもので、相互が信頼し尊重し、影響を与えあうことを求めている。共同体の誰もが声を発することができ、経験の浅い者や入社して間もない者であっても決定に影響力を持つことが許されるべきだという考え方である。第二のカテゴリーは考え方に関するものであり、すべての者が何事に対しても疑問を持ち、データを根拠として全体を見ることを要求するルールである。」

イノベーションの能力を構築する
・「イノベーションを育むには意欲が必要であるが、それだけでは十分ではない。企業自体にもイノベーション能力が必要とされる。そのために『創造的摩擦』『創造的敏捷性』『創造的決断』という3つのケイパビリティを開発しなければならない。協働には『創造的摩擦』(対話や議論を通じてアイデアを生み出す能力)が必要である。発見主導型の学習には、『創造的敏捷性』(迅速な追求、見直し、調整を通じてテストし実験を行う能力)が必要である。統合的意思決定には、『創造的決断』(本質的に異なる、場合によっては正反対でさえあるアイデアを組み合わせるような意思決定の能力)が必要である。」
・創造的摩擦:「創造的摩擦には、知的多様性と知的対立という2つの要素が必要である」。例えば、「リーダーの言うことを何でも称賛し実行するだけの組織ではなく、リーダーと論争するような組織」。
・創造的敏捷性:創造的敏捷性の3段階は、「我々が研究したほぼすべてのリーダーが推奨するものである。第一段階では、新たなアイデアを迅速に追求し、積極的に多角的な実験を進める・・・ここでは多少の計画立案も行なわれたが、アイデアが実際どのように機能するか、データ収集のほうがはるかに重視された。第二段階では、これらの実験結果を熟考し、そこから学ぶことが期待された。第三段階では、その結果に基づいて計画とアクションを調整し、最終的に解決法が明らかとなるか、基本的アプローチがうまくいかないことが明確になるまで、この新しい知識の導入サイクルを繰り返すことを期待した。」

イノベーションにおける二項対立
・「これまでにない問題解決のために肝要なのは、各メンバーから『天才の片鱗』を引き出すこと、それらを集合天才にまとまるよう活用することの2つである。・・・我々の研究では、イノベーションにおける6つの二項対立が特定された。リーダーにとっての課題は、各対立項の間でたえず調整ができるよう、組織を支援することである。
・6つの二項対立
 「個人の肯定」と「グループの肯定」
 「支援」と「対決」
 「実験および学習の促進」と「業績」
 「即興性の奨励」と「制度」
 「忍耐」と「切迫感」
 「ボトムアップの取り組みの奨励」と「トップダウンの介入」
・「二項対立の後者側に偏るリーダーは社員の『天才』を完全に引き出すことはけっしてできない。・・・前者に偏るリーダーは、試すべきたくさんのアイデアや選択肢を得られるが、それらを有益な新しい解決法に変えることができず、チームは対立と混乱に支配されるだろう。・・・多くのリーダーにとって、一方の極をもう一方よりも好まずにいるのは難しい。たえず再調整していくには、絶妙な判断と勇気と粘り強さが必要である。真に新しく有用な解決法を発見することは簡単ではない。それは、イノベーションのプロセスが非常に複雑で、これら二項対立に内在する緊張に満ちているためでもある。」
―――

「集合天才」という概念は、「集合知」や、イノベーションにおける「協力」とも関係するものと考えられますが、特定の組織がメンバーの持つ天才の片鱗を組み合わせて新たなイノベーションを生み出す、という意味において、単なる「多数の意見」や「分業による協力」とは一線を画すものであると思います。「集合知」や「協力」という概念の中から、イノベーション実現にとって重要な要素を抽出してまとめたものが「集合天才」という概念と言えるかもしれません。そして、その集合天才を活用するための組織運営のあり方を整理し、提言しているところが本論文の特徴なのだろうと思います。野中郁次郎氏らによる「組織的知識創造」の考え方とも重なる部分があると思いますが、野中氏らは、知識が創造されるプロセスに注目しているのに対し、本論文では、知識創造のための組織やリーダーシップのあり方に言及している点で、実務家にとっても参考になる点が多いと感じました。

ただ、本論文だけでは、そこに述べられた方法論がどの程度の根拠に基づいているのかは残念ながらはっきりしません。なぜ著者らは数多くのマネジメントのポイントから上記の方法をまとめあげたのか、他にも注意すべき点があるのではないか、この議論の汎用性はどの程度あるのか、著者が提案している二項対立の調整をはじめとする具体的スキルはどのようなものなのか、なども知りたいところです。著者らによる本「Collective Genius」(2014年刊、未訳)があるようなので、恐らくそこにはもう少し詳しい著者らの研究成果がまとめられているのではないかと思います。

いずれにしても、イノベーションを生み出すためには、従来理想とされてきたような組織やリーダーシップでは不適当な場合があることは肝に銘じておくべきなのではないか思います。


文献1:Linda A. Hill, Greg Brandeau, Emily Truelove, Kent Lineback、リンダ・A・ヒル、グレッグ・ブランドー、エミリー・トゥルーラブ、ケント・ラインバック著、飯野由美子訳、「イノベーションを生み出し続ける組織 
グーグルを成功に導いた『集合天才』のリーダーシップ」、Diamond Harvard Business Review, 2015 5月号、p.98.
原著:”Collective Genius”, Harvard Business Review, 2014 June.

参考リンク



ピープルアナリティクスとマネジメント(ウェイバー著「職場の人間科学」より)

人間の行動を調べ、それをビジネスに活かそうという試みは数多くあります。研究開発の分野でも、顧客の行動やニーズを知り、それに合わせた製品やサービスを提供しようとすることは、もはや常套手段となりつつあるかもしれません。しかし、社員の行動データをどうマネジメントに活かすか、という点については、せいぜい個人や組織の業績を評価や処遇、人員配置に活かす程度しか行われていないように思います。その理由はいくつか考えられると思いますが、まずはそうしたデータを活かしたマネジメントが有効なのかどうかがわからないこと、加えて、実際にマネジメントに活かすためにどんなデータをどのようにとったらよいかがわからないことがあげられるように思います。

これに対して、近年グーグルでは、主に社員へのアンケートデータをもとに、よりよいマネジメントの方法を探ろうとする試みがなされていることを以前に紹介しました(データが語るよいマネジャーとは(ガービン著「グーグルは組織をデータで変える」より))。今回ご紹介する本(ウェイバー著「職場の人間科学 ビッグデータで考える『理想の働き方』」[文献1])も同様の考え方を述べたものと言えると思いますが、新たに開発されたセンサーから人間の行動に関するデータを得て、それに基づいてマネジメントを考えようとしている点が新たな方向を示唆しているように思います。なお、原著の表題である、「PEOPLE ANALYTICS: How Social Sensing Technology Will Transform Business and What It Tells Us about the Future of Work」(直訳すれば「ピープル・アナリティクス:ソーシャル・センサー技術はビジネスをどう変えるのか、そして仕事の未来について何を教えてくれるのか? [p.311訳者あとがき] 」)の「ピープル・アナリティクス」とは、グーグルで上記のアプローチを行っている人事部門の名前[p.244]に基づいた言葉のようですが、著者は本書のアプローチも含めた言葉として用いているようです。以下、その「ピープルアナリティクス」について、重要と思われる点と、そこから得られる示唆について考えてみたいと思います。

ピープルアナリティクスにおけるセンサーの意味
・「データ主導のアプローチは、企業の内部では日常的に実践されているわけではない。単純に、人々の働き方を測定するうまい方法がないからだ。[p.23]
・「誰でもアンケートには馴染みがあるだろう。・・・しかし、ごくふつうの顧客から回答を集めたとしても、バイアスが生まれる余地はある。・・・研究者は観測データを用いてこのバイアスの問題を修正しようとしている。高度な訓練を積んだ民族誌学者や人類学者が現場に行き、活動を観察しながら、バイアスのないデータを収集するのだ。しかし、この方法には大きな問題がふたつある。個人差と規模だ。観察者が異なれば当然、見方も異なる。何千時間という訓練を積んでも、『何をもって会話とみなすか?』という単純な問題でさえ、見方が分かれる。さらに、同じ場所に何十人も研究者を送り込むのは現実的でない。したがって、数千人や数百万人単位の行動を理解するのは、とうてい無理な話なのだ。[p.28-29]
・著者らがデータを集めるために開発した、「ソシオメトリック・バッジ」には、RFID(無線自動識別)や、マイクロホン、赤外線トランシーバー、加速度計、ブルートゥース無線などが搭載されていて、行動が記録できる。このとき「音声データをリアルタイムに処理し、会話の内容ではなく、声量、声の高さや強弱といった会話の特徴だけを1秒間に数回、抜き出して記録できる」。これにより「プライバシーの問題は解消した」。[p.39-40]

本書のアプローチで組織を考える上でのポイント
・「大きく分けて、組織の運営にはふたつの側面がある。公式なプロセスと非公式なプロセスだ。公式なプロセスとは、組織の運営方法や物事の実施方法について定められたすべてのものだ。公式なプロセスは明文化され、計画どおりに実施されるのが理想的だ。・・・公式なプロセスは昔から経営論や経営学者の大きなテーマである。非公式なプロセスとはその他のすべてだ。組織の内部にいる間に学ぶ(あるいは学ばない)物事だ。たとえば、企業文化、暗黙知、社会規範は非公式なプロセスの部類に入る。[p.76]
・「組織は人々を共同作業させる手段のひとつだ。・・・私たちは情報をやり取りすることで共同作業する。[p.101]
・凝集性と多様性:「凝集性の高いネットワークとは、人々が互いにたくさん会話をする集団だ。・・・凝集性の高いネットワークは、糸がぐちゃぐちゃに絡み合ったクモの巣のような格好をしている。」、「多様性の高いネットワークは、星のような形をしていて、中心にいる人物から多方面に線が伸びている。」[p.103]
・「凝集性の高いネットワークの大きなメリットは、集団内に高い信頼が生まれることだ。[p.109]」、「凝集性の高いネットワークにいる人々にとっては、特にストレスがぐっと少なくなる。また、仕事の満足度も大幅に向上する。[p.110]」、「人々が文脈を共有することの問題点のひとつは、根本的な前提が間違っている場合もあるという点だ。[p.115]」、「凝集性が高いといっても、あまりに行きすぎてしまうと、色々なデメリットも生じてくる。・・・閉鎖的なネットワークの中にいると、新しい情報を発見するのは信じられないくらい難しくなる。・・・凝集性の高いネットワークはきわめて内向きなので、さまざまな利害関係者と接触を取り、大きな変革をもたらすのは難しい[p.116-117]」。
・「多様性の高いネットワークは・・・凝集性の高いネットワークが苦手とする物事が得意だ。古い習慣を捨て、見方を変えるのに適している[p.117]」。
・「どちらにも長所と短所がある。ということは、会社ごとにふたつのバランスをどう取るべきかを理解しなければならない。状況が違えば、求められる交流のパターンも異なる。しかし、いつどのようにバランスを変えるかをアンケートで正確に定めるのは不可能だ。だが、ソシオメトリック・バッジならできる。[p.117]

ソシオメトリック・バッジで得られるデータからわかったことの例
・「会話の内容ではなく、話し方、つまり『社会的シグナル』」を計測することで、デートの相手選びが予測できたり、給与交渉の結果が予測できたりする。[p.34-38]
・コールセンターでの実験により、集団の凝集性は生産性と正の関係をもつこと、凝集性は経験よりも30倍も有効であることが確認された[p.140]。また、凝集性は、ストレス・レベルの軽減と強い関係があった。・・・高い凝集性を生み出していたのは、公式な会議でもなければ、デスクでのおしゃべりでもなかった。凝集性を高める交流の大部分は、デスクから遠く離れた場所で、同じチームの従業員の昼休みが重なるほんの短い時間に起こっていた。チーム全員の休憩タイミングを揃えるだけで凝集性は18%も上がった[p.140-143]。このとき、「メールによるコミュニケーションはまったく組織図どおり」で、「メールのコミュニケーション全般と業績に相関関係はなかった。[p.151]
・「デスク間の距離は交流の大きな要因のひとつになっているようだ。」、「距離とコミュニケーションに負の関係がある」[p.164]
IT企業での測定では、「業績ともっとも関係が強いのは従業員の会話の相手だと判明した」。コミュニケーション経路の「中心に近い人物と話した従業員ほど、タスクを完了するまでの時間が短かった。・・・バッジ・データのおかげで、隠れた専門家がわかったのだ」[p.186]。「非公式なアドバイスや学習は、業績に絶大な影響を及ぼす可能性がある[p.189]」。「ひとりだけではできる仕事の量に限りがあるが、専門家や知識の源泉をみつけて広めるのが上手な人は、グループ全体の機能にとって欠かせない。いわは、こういう人々は“メタ専門家”、つまり専門家探しの専門家なのである。メタ専門家は、新しい情報を絶えず見つけつづける手段や、情報をほかの人々に広める能力をもっている。[p.191]
・研究開発施設の研究者に関する調査では、「チーム・メンバーと交流したり身体を動かしたりすることに費やした時間と創造力の間には、強い正の相関関係が見られた[p.208]」。(ここで、創造力とは、研究者が、クリエイティブであったと認識している状態を指しているようで、これは、評価が難しい研究開発の成果の代わりに用いられた指標のようです。)

その他の研究やデータから得られる示唆
・在宅勤務は業績低下、精神的な負荷の増大の危険がある。「在宅勤務はたまに行なうぐらいが理想的だ。どうしても必要な場合は自宅で働けるが、ほとんどの日は職場に出勤するというのが、在宅勤務の原則だ。[p.150-151]
・「一般的に、バーチャルなチームは同じ場所で働くチームよりも、ずっと生産性が劣る。お互いの信頼も低いし、仕事を終えるのにも時間がかかる。[p.152]
・オフショアリングについて、「企業が組織の一部を別の場所に移転しても、部門内の共同作業は必ずしも問題にならない。むしろ、問題が起こるのは部門間の連携だ。もちろん、言語の問題も難点になりうる。・・・この問題に加えて、別々の場所を拠点とするグループ同士で、敵対的な関係が生まれることもある。[p.152-153]
・「企業のキャンパスは、組織のさまざまな部門が入居するいくつかの建物を、一カ所に集約したものだ。・・・こういったキャンパスは強い連帯感を生み出す。グーグルやフェイスブックで働く人々は、同じ食事をとり、同じジムに通い、同じゲームをする。この共有体験は、単なるうれしい特権ではなく、組織の異なる部門の人々が交流しやすい環境を作っているのだ。[p.156-157]
・「今日では、あらゆるものが昨日よりも複雑になっている。・・・なぜ物事はどんどん複雑化していくのか?それは、今までに獲得した知識が私たちの作るものに組み込まれていくからだ。・・・私たちは複雑さに対処するため、全員が一律に従える完璧な計画を立てようとする。・・・この方法は、・・・外的な懸念事項がほとんどなく、プロジェクト全体を通じて要件があまり変わらない場合にはうまくいっていた。今日では、状況は常に変化している。そして、複雑なシステムが思い通りに機能しないこともある。すると、チームはアプローチやシステムのパラメーターを変更することになる。互いに依存し合っているチーム同士がまったくコミュニケーションを取らなければ、どうしても不具合が生じてしまう。・・・もし、バッジ・データがあれば、普段誰と誰が会話しているかを調べ、不具合の発生しそうな場所を理解することができたはずだ。[p.243-253]
・「とりわけ重要なのは、フェイス・トゥ・フェイスのコミュニケーションだ。・・・非常に密なフェイス・トゥ・フェイスのつながりは、互いの信頼を高め、共通の言語を生み出す。どちらも今日の組織にとっては必須アイテムといえよう。一方、多様なつながりを持つことも、専門知識や創造力を養ううえで重要だ。・・・多様なつながりをはぐくむには、オフィスの物理的なレイアウトを変えたり、休憩のタイミングを見直したりして、人々を正しい方向に自然と促すのも手だ。・・・現代の重大な問題のひとつは、私たちは遠距離のコミュニケーションを求めている(必要としている)にもかかわらず、遠距離で協力し合うのが苦手だということだ。・・・将来的には、どんな遠距離でもスムーズに会議が行えるシステムが生まれるだろう。・・・しかし、人々の生産性を向上させるものは何なのか、確実に仕事が進む場所はどこなのか、考えてみてほしい。そのうちどれくらいを公式な会議が占めているだろう?・・・残念ながら、現在の技術では、フェイス・トゥ・フェイスのコミュニケーション効果を生み出す偶然の会話や会議後の雑談を促すのは難しい。・・・もちろん、どれだけ技術が進歩しても、時差は解消できない。・・・当面はフェイス・トゥ・フェイスのコミュニケーションが、経済の根幹である複雑な共同作業にとって欠かせない役割を果たしていると認めることが先決だ。・・・さらに、公式なコミュニケーションを重視するのをやめ、非公式なコミュニケーションに目を向ける必要もある。実際、非公式なコミュニケーションの方が、生産性と満足度の両面から見て、企業にとっては重要なのだ。・・・企業の本来の意義とは、人々が協力し合い、ひとりではできない仕事を実現することだ。・・・適切な相手と適切なタイミングで交流することは必要だと言いたいのだ。・・・生産性を個人的な視点でとらえるのをやめるだけでなく、『孤高の天才』という概念も捨てるべきだ。・・・現在、私たちには、複雑なプロジェクトに挑むための能力や創造力が求められている。・・・数十万の人々が、共通の目標に向かって協力し合わなければならない時代なのだ。そういう状況にあっては、もはや工場モデルは通用しない。・・・人間関係や信頼の構築といった昔ながらの習慣と、センサーやデジタル・データの世界がもたらす新時代のデータ収集とが融合した世界。それがわれわれの未来なのだ。」[第11章]
―――

著者は、センサーを用いたピープルアナリティクスをビジネスとする会社(ソシオメトリック・ソリューションズ)のCEOですので、もちろん本書には単なる研究成果を越えた著者の意図が含まれていると考えるべきでしょう。また、こうしたアプローチはまだ始まって日も浅いものでもあり、データの解釈についてもまだまだ議論が必要なところもあるでしょう。しかし、研究途上であることを割り引いても、センサーとそこから得られたデータの解析によって実証されたり見いだされたりした人間の行動に関する知見には多くの示唆が含まれているように思います。

研究開発の立場から見ても、今日では人々の「協力」抜きにはイノベーションを達成できない事例は増えているように思います。しかし、どうしたらうまく協力ができるのかの方法はそれほど明らかではありません。著者のアプローチにより、そのなかのいくつかの面についてだけでも、どのような方法が効果的で、どのようなやり方がダメなのかがわかる点は有意義だと思います。個人的には、以下の点が特に興味深く感じました。
・個人の行動データではなく、データから導かれる人間(集団)の行動パターンを知るだけでもかなりの成果が期待できそうなこと。
・著者は、行動を常時観測することによるフィードバックも考えているようですが、必ずしも常時自らのデータを取る必要はなく、例えば、ある条件のもとで実験的に得られた原理(たとえば、休憩時間をうまく調整することで、集団の凝集性があがり、ストレス軽減につながるなどの原理)を自職場に活かす、などの方法もありうるのではないか。
・人的交流と研究開発との関係について新たな視点が得られるかもしれないこと。例えば、メタ専門家の存在とその役割、研究活動における創造力についての自己認識の意味など。
もちろん、これからの時代の課題に立ち向かう手段として、著者の述べているやり方が唯一のものではないかもしれません。また、データ採取と利用に伴うプライバシーの問題の克服はかなりの難題であるようにも思います。しかし、今までよくわかっていなかったことを明らかにしてくれる新たな手法として、研究面でも実践面でも期待が持てるように思いますので、今後の展開に注目していきたいと思います。


文献1: Ben Waber, 2013、ベン・ウェイバー著、千葉敏生訳、「職場の人間科学 ビッグデータで考える『理想の働き方』」、早川書房、2014.

2014.9.13追記>ピープルアナリティクスの意義について重要なことを書き落していたので追記します。このアプローチの意義のひとつとして「定量性」が挙げられると思います。例えば、人々の交流によって創造性が向上したり、ストレスが軽減されたりすることは定性的には広く認識されていることと思いますが、では、定量的にそれがどの程度生産性に結び付くかというようなことはこうした解析を行なわなければわからないことだと思います。もちろん、その精度や妥当性には議論の余地があるとしても、ある施策の影響が定量的に評価できれば、それに何らかのモデルを組み合わせれば、その施策をとることによるメリットと必要な投資(あるいはリスク)を比較することができます(本書第7章の例では、病気にかかった時に休んだ方がよいか、無理しても出社した方がよいかが議論されているように)。こうした定量的な比較は、ある施策をとるべきかどうかについて迷ったり意見が割れたりした場合に、結論を導くための判断根拠を提供してくれるという意義がありますので、この点もピープルアナリティクスの利点のひとつと言ってよいのではないかと思います。

参考リンク<2015.3.8追加>



ノート10改訂版:研究組織の望ましい特性と運営

1、研究開発テーマ設定とテーマ設定における注意点→ノート1~6
2、研究の進め方についての検討課題
2.1
、研究を行なう人の問題
→ノート7~8
2.2
、研究組織の問題
①研究組織の構造→ノート9

②研究組織の望ましい特性と運営
ノート
では、研究組織の構造について、人や組織同士がどうつながっているかの観点から主に考えてみましたが、研究活動にとって望ましい組織形態というものを特定することはなかなか難しいようです。その理由はおそらく研究活動の特性によるものなのでしょう。もし研究組織の構成員が、業務を分担する部品のような存在であれば、その活動を管理できるような構造を考えればよいのでしょうが、事前に業務の内容や分担がはっきりとは決められず、臨機応変の対応や当初の計画にない創発的な対応が求められる研究活動は、計画的な分業や管理に向いているとは言えないように思います。すなわち、組織構造の形態的な面を検討するだけでは不十分で、組織にどのような人を集め、その組織をどのように運営して望ましい特性を発揮するようにするかも考慮しなければならないと言えるでしょう。

では、研究組織にはどのような機能・特性が求められるのでしょうか。ノート5で検討した研究部門に求められる活動のなかでも、最も重要なものは創造性の発揮、すなわち、答えが未知の課題に取り組み、課題解決の方法を創造することでしょう。加えて、単に成果を得るだけでなく、その成果が上位の組織(会社や社会)の方向性に合っていることや、研究成果の実現のために他の組織と協働することも求められるはずです。以下、このような要求に応えられる組織のあり方を考えてみたいと思います。

創造性を発揮できる組織
例えば野中郁次郎氏は「場」というコンセプトを提示しています。その考え方は次のようなものです。
対話と実践という人間の相互作用により、知識を継続的に創造していくためには、そうした相互作用が起こるための心理的・物理的・仮想的空間が必要であり、そうした空間を「場」と呼ぶ。そこでは、参加者の間で自他の感性、感覚、感情が共有される相互主観が生成し、個人は自己の思惑や利害などの自己中心的な考えから開放され、全人的に互いに向き合い受け容れあう。場は動的文脈であり、常に動いている。「よい場」の条件は、1)独自の意図、目的、方向性、使命などを持った自己組織化(=自律性が必要)された場所でなければならない、2)参加するメンバーの間に目的や文脈、感情や価値観を共有しているという感覚が生成されている必要がある、3)異質な知を持つ参加者が必要、4)浸透性のある境界が必要。文脈共有には一定の境界設定が必要だが、必要に応じて境界を開いて新しい文脈を取り入れ、あるいは必要に応じて境界を閉じて中の文脈を守る、というのが「浸透性のある境界」の考え方、5)参加者のコミットメントが必要。場において生成する「コト」に「自分のこととして」かかわることによって知識は形成される。こうしたコミットメントを得るためには、信頼、愛、安心感、共有された見方や積極的な共感などが必要。知識創造には内因的モチベーションが必要(外因的要因には暗黙知の表出化を推奨する効果は期待できない)。内因的モチベーションが有効に機能するには、仕事において創造性を要求されること、内容が広範囲で複雑で幅広い知識が必要とされること、暗黙知の移転と創造が不可欠であることのいずれかが含まれなければならない[文献1、p.59-79]。
もちろん、創造的な組織の特徴はこれに限られるものではなく、例えば、Tiddらは、イノベーティブな組織に関する先行研究に基づき、組織構造以外に、ビジョンの共有、リーダーシップ、イノベーションへの意欲、鍵となる個人、効果的なチームワーク、個人の能力向上の継続と拡充、豊富なコミュニケーション、イノベーションへの幅広い参画、顧客指向、創造性ある社風、学習する組織、といった要素が重要と認識されていると述べています[文献2、p.371]。いずれにしても、組織構造のみならず、こうした特性を考慮することも重要、ということでしょう。ここでは、野中氏の挙げた要素をもう少し深く考えてみることにします。

自律性
野中氏は「組織のメンバーには、事情が許すかぎり、個人のレベルで自由な行動を認めるようにすべきである。」と言い、そうすることによって、組織は思いがけない機会を取り込むチャンスを増やし、個人が新しい知識を創造するために自分を動機づけることが容易になる、と述べています[文献3、p.112]。このような自律性の重要性についての主張は、研究開発の成功例において、その組織が自律(自立)的であった例が多いと感じられることからも信頼に足るものと思われますが、トップダウンの組織では部下の自律性を許容することと、部下にトップダウンの命令を実行させることは相容れない可能性があるでしょう。このような状態で自律的であるためには、トップと部下の間での信頼を築くことが必須のように思います。例えば、ホンダでは、「自立(自律)、平等、信頼」が「人間尊重の哲学」として重視されている[文献4]そうです。また、KimMauborgneは「公正なプロセス」の重要性を指摘しています。公正なプロセスの要素は、関与、説明、明快な期待内容、という3つの要素で構成され、このプロセスをとることによって、自分の意見が重んじられているという信頼と関与が生まれ、自発的な協力が発生することによって、期待を超える水準の献身が期待できるということですが[文献5、p.226]、これは同時に自律性の高い組織の特徴とも言えるのではないでしょうか。このような考え方を明示することによって、自律と放縦の区別が可能になり、周囲からの信頼を得やすくなるのではないかと思われます。

目的・感情・価値観の共有
組織にとって、基本理念、ビジョンを持つことの有効性は、CollinsPorrasの指摘する通りと考えられますが[文献6]、特に研究活動においては守るべき基本理念、ビジョンを持つことによって、目的・感情・価値観の共有が実現され、これによって、メンバー相互の意思疎通が効果的になり、また、細かな管理をしなくても行動の方向性が統一されやすくなることが創造性の発揮によい影響を及ぼすと考えられます。不確実、予想外のことを取り扱う研究活動においては定型的な対応が困難な場合が多いので、守るべき基本理念がないと一貫した組織的な対応がとりにくくなったり、モチベーションが低下したりする場合もあるのではないでしょうか。さらに、Collinsは組織飛躍のためには、単純明快な概念(針鼠の概念)すなわち、世界一になれる部分、情熱をもって取り組めるもの、経済的原動力になるものの重なる部分を理解し、この概念を確立することが必要と述べていますが[文献7、p.130]、この考え方は研究開発活動の具体的な進め方を考える上で重要な示唆を与えるものと思われます。

多様性
野中氏らは、組織的知識創造を促進する要件として、組織の意図、自律性、ゆらぎと創造的なカオス、冗長性(当面必要としない仕事上の情報を重複共有すること)、最小有効多様性(複雑多様な環境に対応するためには、組織は同程度の多様性を内部に持っている必要があることを指す)を挙げています[文献3、p.118-123] [文献8、p.77]。また最近では、多様性によって問題解決や予測がうまく行えるようになりうることが、複雑系の研究者によって指摘されています[文献9]。ただし、「多様性を追求する際には、多様性と能力のバランスを取ることを忘れてはいけない。・・・能力は多様性と同じく重要だ[文献9、p.444]」、という指摘はよくわきまえておく必要があるでしょう。多くの研究組織は類似する技術分野の人から構成され、先輩から後輩への技術伝承が専門性の育成に重要とされることも多いため、発想の画一化による創造性の低下が懸念されるとはいっても、例えば、多様性を確保する目的で人事ローテーションを行なって個人に様々な経験をさせることは専門性育成の阻害につながる可能性もあります。専門性の充実と多様性の確保のバランスをとるためには、おそらく個人に様々な経験を積ませることよりも、様々な人材をひとつの組織に集めることで組織としての多様性を確保する方が効果的と思われます(もちろん、度が過ぎなければ個人にとって専門性の異なる経験は非常に重要ですが)。

浸透性のある境界、参加者のコミットメント
これらは、組織が閉鎖的になりすぎてはいけないこと、メンバーが目標達成に積極的に関わる組織にすべきであることを示唆していると思いますが、いずれもコミュニケーションに深く関係していると思います。組織に多様なメンバーを集めることができたとして、多様性を有効に活用するためには、コミュニケーションを活性化する必要がありますし、コミュニケーション不足でメンバーに適切な情報が与えられなければ業務への積極的な関与も期待できないでしょう。コミュニケーションのための仕組み(例えば頻繁なミーティングなど)と、異なる意見を受け入れる組織風土がなければ多様性の維持活用は不可能と思われます。組織内でのコミュニケーションに加え、組織外部とのコミュニケーションも重要です。ただし、基礎研究的な性格を持つプロジェクトについては外部とのコミュニケーションと研究成果の間に正の相関があるが、開発研究や技術サービスを行なう組織では負の関係があることを示す研究もあるようです[文献8、p.70]。野中氏も指摘するように、実際には必要に応じて境界を開けたり閉めたりするコントロールが必要とされるのでしょう。また、外部との結び付きの強さに関しては、Rogersはグラノベッターにより提唱された「弱い絆」の重要性を指摘しています[文献10、p.303]。これは重要な新しい情報は親密な関係の人よりも、それほど親しくない関係の人からもたらされるというもので、親しくない人との接触機会は少なくても、得られる情報は親密な人からの情報に比べて新しいことが多いことに基づいていると理解できます。誰とコミュニケーションすべきかについての重要な示唆を与えてくれる考え方だと思います。

組織の方向性・協働
組織の活動やアウトプットを、より上位の組織(会社全体)の方向性に合わせること、他の組織と協働することのためには、他の組織との間での目的・感情・価値観の共有、異なる意見を受け入れる組織風土、信頼関係、コミュニケーションなどが重要になるでしょう。イノベーションを担当するチームと社内既存組織とが協働してイノベーションをうまく進めるために、どのようなチームを作り、どのようにマネジメントを行うべきかについてはGovindarajanらによる提案[文献11]がありますが、基本的な考え方は上記のものと同様であるように思われます。

考察:なぜこういう考え方が必要とされるのか
以上、組織の特性と運営について、特に重要と思われる指摘をまとめてみました。研究グループのリーダーにとっては組織の形態は与えられているもので変更はできないことがほとんどでしょうから、その環境において最大の成果を挙げるために、組織の特性を理解し効果的に運営を行なう努力は重要であると考えられます。しかし、現実には、このような考え方は企業内部では一般的ではないかもしれません。研究開発や知識創造に関わりの少ない部署では、別のマネジメント思想があり得ますし、コミュニケーションや社内連携をしなくても仕事ができる部署はそうした必要性を認識していないかもしれません。また、多様性や冗長性は、ムダを排する効率優先の思想とは相容れない可能性もあります。

しかし、以下のような社会の変化を考慮すると、イノベーションの達成のためには、本稿に述べたような組織の運営を行なうことで、メンバーおよび組織の能力の発揮を狙うことは必要なことなのではないでしょうか。
・個々の技術が専門化して、個人の理解には限界があること
・技術が複雑化し、様々な要因がからみあって、未来の予測が困難になっていること
・技術の交流が活発化し、一旦確立した競争優位の維持が難しくなっていること
・技術的優位だけでは成功を得にくくなり、ビジネスモデルのイノベーションが求められること

要するに、これからの時代、イノベーションは天才的な一個人の活躍や、個人および研究部隊の努力だけでは実現しにくくなり、組織内外での協力、協働が不可欠になってきているのではないかと思います。しかし、個人や組織の高度な専門性がなければ、協力だけでは大きなイノベーションは期待できないでしょう。高度な専門性を確保しつつ、ここに述べたような点に注意して好ましい組織運営を行うことは、組織の構造によらず、イノベーション実現のために必要なことなのではないでしょうか。


文献1:野中郁次郎、遠山亮子、平田透、「流れを経営する――持続的イノベーション企業の動態理論」、東洋経済新報社、2010.
文献2:Tidd, J., Bessant, J., Pavitt, K., 2001、ジョー・ティッド、ジョン・ベサント、キース・バビット著、後藤晃、鈴木潤監訳、「イノベーションの経営学」、NTT出版、2004.
文献3:Nonaka, I., Takeuchi, H., 1995、野中郁次郎、竹内弘高著、梅本勝博訳、「知識創造企業」、東洋経済新報社、1996.
文献4:小林三郎、「ホンダイノベーション魂 第16回 自律、信頼、平等」、日経ものづくり、2011年7月号、p.103
文献5:Kim, W.C., Mauborgne, R., 2005W・チャン・キム、レネ・モボルニュ著有賀裕子訳、「ブルー・オーシャン戦略」、ランダムハウス講談社、2005.
文献6:Collins, J.C., Porras, J.I., 1994、ジェームズ・C・コリンズ、ジェリー・I・ポラス著、山岡洋一訳、「ビジョナリーカンパニー」、日経BP出版センター、1995.
文献7:Collins, J., 2001、ジェームズ・C・コリンズ著、山岡洋一訳、「ビジョナリーカンパニー②飛躍の法則」、日経BP社、2001.
文献8:三崎秀央、「研究開発従事者のマネジメント」、中央経済社、2004.
文献9:Scott E. Page, 2007、スコット・ペイジ著、水谷淳訳、「『多様な意見』はなぜ正しいのか 衆愚が集合知に変わるとき」、日経BP社、2009
文献10:Rogers, E.M., 2003、エベレット・ロジャーズ著、三藤利雄訳、「イノベーションの普及」、翔泳社、2007.
文献11:Vijay Govindarajan, Chris Trimble, 2010、ビジャイ・ゴビンダラジャン、クリス・トリンブル著、吉田利子訳、「イノベーションを実行する 挑戦的アイデアを実現するマネジメント」、NTT出版、2012.


参考リンク

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ノート9改訂版:研究組織の構造

1、研究開発テーマ設定とテーマ設定における注意点→ノート1~6
2、研究の進め方についての検討課題
2.1
、研究を行なう人の問題
→ノート7~8
2.2
、研究組織の問題
研究開発を成功させ、イノベーションを実現するためには、研究組織とそのマネジメントはどうあるべきなのでしょうか。ノートにも引用しましたが、イノベーションにおいて、「組織の役割は創造性豊かな個人を助け、知識創造のためのより良い条件を作り出すことである」[文献1、p.87]と考えられていることからも、組織とその運営はイノベーションの成果に大きく関わってくると考えられます。そこで、ここではイノベーションに関わる研究組織や環境の問題について、まずは組織の構造について考えてみたいと思います(組織運営の問題は次回ノート10で考察します)。

①研究組織の構造
研究活動にとってどのような構造の組織が望ましいかについて、Tiddは「最適な組織の特性に単一の<ベストな>解などない」と述べ、「組織構造と、イノベーティブな行動ルーティンとの間に、基本的な調和が存在する」ことが重要と述べています[文献2、p.380]。実際のところ、ノート5に述べたように、研究部隊に求められる業務は様々であり、研究開発のフェーズによっても行うべきことは変わってきますので、理想的には、業務内容に応じた最適な組織構造をとるべきだと言えるでしょう。しかし、ほとんどの企業の組織は固定的で、業務に応じて臨機応変に組織構造を変更することは容易ではないと考えられます。そこで、最初に研究組織の構造とその特質の関係をまとめてみたいと思います。

研究組織は一般に、類似する技術分野の人が集められている組織(技術志向、機能組織)と、ある目的(製品、プロジェクト)のために人が集められている組織(事業志向、タスクフォース)に大別できます。それぞれ、技術志向組織ではその技術分野の専門的知識を体系的に理解、発展、蓄積させるのに適しており、事業志向組織では様々な技術を事業目的のために統合し、活用するのに適していると考えられます。しかし、現在の多くのイノベーションではその両方の機能が要求されますので、個々の技術者は技術志向組織に属したまま、達成すべき目的のために臨時的に作られるプロジェクトチームのような事業志向組織にも同時に加わり活動する、というマトリックス組織が多く採用されているようです。しかし、この組織形態では、技術者にとっては2人のボスが存在することになり、WeberFayolなどにより古くから重視されてきた管理の原則のひとつである、管理の統一性(各人は1人の管理者から命令を受け取るべき)が損なわれるという問題点を抱えることとなり、実際の運用は容易ではないと言われています。[文献3、p.205-220]

技術志向と事業志向の両方が求められる課題に対してどちらを重視した組織構造とすべきかについては、必要とされる技術の専門性の深さと、その専門性の習得、育成にどのぐらいの時間が必要かがひとつの判断基準になるように思われます。ある目的の実現に必要な技術を自社内で育成する必要があり、その育成に長時間が必要な場合には、技術志向の組織を保有することは不可欠でしょう。だたし、そのような必要性が高まるほど、セクショナリズムが生まれる危険性が高く、異分野協働による知識創造が行なわれにくくなる危険性もあるため、そのような環境で事業志向の組織をうまく運用するためには、過度な技術志向組織への依存をなくし、他部署との協働や事業志向組織を優先するインセンティブを工夫することが必要となるでしょう。

それぞれの組織の形態については、階層性の問題も考慮が必要です。官僚制に代表されるピラミッド型の組織と、階層の少ないフラットな組織がよく対比されますが、管理することが重要な業務には上司の管理範囲が狭いピラミッド型の組織の方が優れるのに対し、意思決定における機動性という点ではフラットな組織の方が優れていると考えられます。従って、比較的定常的な業務ではピラミッド型、臨機応変な対応が必要な非定常業務ではフラット型が向いていると考えられますが、フラットな組織では組織が大きくなるとマネジャーが管理すべき範囲が広がるため、マネジャーの権限を第一線に委譲して自律性に任せるような運用をしないとかえって効率が落ちたり判断を誤ったりする場合もあるでしょう。

また、階層性の問題に関連して、トップダウン型、ボトムアップ型という2種類の仕事の進め方の違いもよく議論されます。丹羽は「技術の研究開発には発明・発見という人間個人の創造的働きが重要となる。このような働きを行なうには自主性を重視するボトムアップ的組織が効果的」とする一方、「技術開発には戦略性が重要であり、これには広い立場からのトップダウン的なアプローチが重要となる」と述べ、両者のジレンマの克服の重要性が指摘されています[文献3、p.215]。これに対し野中は、トップダウン組織はピラミッドのような形であり、トップ・マネージャーだけが有能で知識を作ることを許され、組織の第一線での暗黙知の成長を無視していると述べ、ボトムアップ組織はフラットで、トップは命令や指示をほとんど出さず、企業家精神を持った第一線ロアー社員をサポートし、知識は一人ひとり自立的に働くのを好むロアー社員によって作られるが、自律性が重視される結果、暗黙知を組織全体に広めて共有することを難しくしている、と述べ、どちらの経営プロセスも知識変換がうまいとはいえないとして、「ミドル・アップダウン」マネジメントを提案しています[文献1、p.186-189]。これは、ミドル・マネジャーが中心に位置し、組織の上の方にいるマネジャーと下の方にいる第一線社員を巻き込みながら、組織的に知識を創造していく形態[文献1、p.25]で、これは、ミドル・マネジャーが、トップが創りたいと願っているものと現実世界にあるものとの矛盾を解決[文献1、p.193]できる立場にいることを活用したものと考えることができます。さらに野中は、組織的知識創造をひき起こすための組織として、ハイパーテキスト型組織を提案しています。これは、階層組織とフラットなタスクフォース組織をもち、この組織で作られた知識を知識ベースとしてビジョン、組織文化、技術の中に再構成する、というもの[文献1、p.286]ですが、実務的な立場から見ると組織形態や運用の具体的なイメージが描きにくいように思われます。

ここまで述べた組織の構造は、主に、ある組織内の個人がどうつながっているかに焦点が当てられていました。これに対し、近年、ネットワーク組織が注目されています。これは、ある程度独立して自律性を持った複数の組織が協力して業務を進める形態で、社外組織も含めた協力関係により効率を上げ、経営資源制約の解決に寄与するものと期待されており、上述の技術志向、事業志向のジレンマを改善する可能性も期待できると思われます。ただし、ネットワーク上での意思決定、対立解消、情報交流、知識蓄積、動機づけなどの調整に多大な努力が必要[文献2p.382]で、そうした調整をつうじて協力関係をいかにうまく築けるかが課題とされているようです。このようなネットワークの考え方は、組織間のつながりだけでなく、個人と個人の間のつながり方のパターンとしても考えることができますが、ネットワークの中を流れる情報の伝わり方がネットワークの構造の影響を受けることが指摘されている[文献6]点にも注意が必要でしょう。

このような組織と組織のつながりを考慮することは、社外の知識の有効利用を目指したオープンイノベーションや、企業内における新規事業分野と既存事業分野の共同作業[文献7]の重要性の指摘を背景に、近年注目されているように思われます。研究に関して言えば、研究組織を支えたり管理したりする組織の意義も指摘され、例えば、イノベーションの課題に応じて、諮問委員会、社内起業ファンド、インキュベーターなどの組織を設けて総合的にイノベーションを推進すべきであるとする考え方も提案されています[文献5、p.308]。イノベーション成功のためには、研究グループの組織構造だけでなく研究グループをとりまく組織も含めて考えなければいけない、ということのようです。

研究組織に関する別の視点としては、組織の大きさも重要と考えられます。Christensenは、破壊的イノベーションの進め方について「初期の破壊的技術によって生じるチャンスが動機づけになるほど小規模な組織に、プロジェクトを任せるべき」[文献4、p.192]と述べています。もちろん、あらゆるイノベーションにこの考え方があてはまるわけではありませんが、最初から資源を大量に投入して大きな組織を作ればよいというものではないことは認識しておくべきでしょう。一方、組織内の冗長性の確保や、技術継承の観点から、有効に機能する組織の大きさの下限があるようにも思われます。

以上、イノベーション組織の構造に関しては、あらゆる研究の機能に適したベストな形態が存在するとは考えないほうがよさそうです。研究の仕事の中には古典的なトップダウンの官僚的組織でうまく進められるものもあるでしょう。しかし、イノベーションを阻害する環境要因としてKanterが挙げている内容、すなわち、統制的な垂直的関係の蔓延、水平的コミュニケーションの欠乏、限られた手段と資源、トップダウンの命令、形式的で限定的な改革方法、劣等感を助長するような文化、焦点の定まらないイノベーション活動、望ましくない会計上の慣行 [文献2、p.397]を考慮すると、少なくともトップダウン、官僚的組織は研究の実行過程においては最適の組織とは言えないように思われます。ただし、これらの問題点は、組織の構造だけでなく、その運用にもかかわってくる問題であり、結局のところ、それぞれの組織構造がもつ得失を考慮し、活動の目的にあわせて運用しやすい組織にしていくことが必要、ということではないでしょうか。

考察:研究活動に適した組織
ここまでは、組織の構造の特性に焦点をあてて検討しました。以下では、視点を変えて、研究活動において必要な活動にはどのような組織が適しているのかを考えてみたいと思います。
・専門性の育成、技術の伝承:専門性を深めるという目的には、上述のとおり、同じ分野の技術者が集まる技術志向組織が適していると言ってよいでしょう。技術者の視野が狭くなるという問題があるとはいえ、育成、指導という活動に関しては、教える者、教わる者という一種の上下関係が必要と考えられます。もちろん、完全に形式知化された内容であれば、OffJTや自学自習も可能でしょうが、暗黙知や、職場特有のノウハウの学習を伴う経験学習、職場学習[文献8]では、ある程度閉鎖的で固定的な上下関係、同僚との関係が不可欠と思われます。ただし、専門性を深めることよりも、多くの経験をすることが重要な状況では、事業志向的な組織がふさわしいと考えられますので、結局は両者のバランスをとりつつ運用していくことが求められるということでしょう。
・新たなアイデアの発想:「イノベーションは他人からのインプットがなければめったに起こらない[文献6、p.211]」と言われます。野中氏の知識創造理論(SECIモデル)でも異なる知識が相互作用する場の重要性は指摘されています[例えば文献1、9]。こうした目的のための組織構造としては、ネットワーク組織や、組織の壁を越えた事業志向組織、フラットな組織が適しているように思われますが、どのような組織構造であれコミュニケーションを活発にすることがまず必要でしょう。アメリカの研究機関SRIでは「ウォータリング・ホール」という横断的かつ協力的なミーティングによる価値創出の方法が確立されているようですが[文献10]、発想を促進する分野横断的な仕組みは他にも様々に提案されています。
・イノベーションの事業化:今や、研究部隊が生み出す成果のみで事業化が可能なのは、製品の改良や持続的イノベーションの分野に限られるように思います。より大きなイノベーションを目指す場合には、多くの部署との協働が不可欠と言っていいでしょう。ただし、協働する場合に、作業を分割して分担する場合と、分割しにくい作業を共同で進める場合が考えられます。分割して分担できる場合には、それぞれが果たすべき役割を技術志向の組織がそれぞれ担当することが可能ですが、作業を分割しにくい場合には、組織間や担当者間での密なコミュニケーションが必要になると考えられますので、事業志向の組織で対応することがふさわしいでしょう。これからのイノベーションでは、あらかじめ計画を立てておくことが困難な創発的なプロジェクトが増えていくと予想されますので、どちらの構造の組織で対応するにしても、全体の状況をチェックし臨機応変の対応をとるマネジメントと、密なコミュニケーションが求められると思います。SRIでは、コラボレーションの3つの基本要素として、戦略ビジョンの共有、スキルの相互補完、報酬の共有をあげ、それらをまとめる役割を担うのは「敬意のこもった継続的なコミュニケーション」[文献10、第12章]であると認識されているそうですが、協働をうまく実現するためには、このような考え方をもち実践していくことが求められているのかもしれません。少なくとも課題を必要な作業に分解してそれを既存の組織に割り当てればよい、といった単純な考え方では、プロジェクト全体の運営は難しいのではないかと思われます。

これらをまとめると、研究組織の構造は、研究に関わる活動のしやすさに影響を与えるが、組織構造のみで、イノベーションが実現できるわけではない、ということになると思います。組織構造に加えて、それをどう運用するかも重要、ということでしょう。


文献1:Nonaka, I., Takeuchi, H., 1995、野中郁次郎、竹内弘高著、梅本勝博訳、「知識創造企業」、東洋経済新報社、1996.
文献2:Tidd, J., Bessant, J., Pavitt, K., 2001、ジョー・ティッド、ジョン・ベサント、キース・バビット著、後藤晃、鈴木潤監訳、「イノベーションの経営学」、NTT出版、2004.
文献3:丹羽清、「技術経営論」、東京大学出版会、2006.
文献4:Christensen, C.M, 1997、クレイトン・クリステンセン著、伊豆原弓訳、「イノベーションのジレンマ」、翔泳社、2000.
文献5:Anthony, S.D., Johnson, M.W., Sinfield, J.V., Altman, E.J., 2008、スコット・アンソニー、マーク・ジョンソン、ジョセフ・シンフィールド、エリザベス・アルトマン著、栗原潔訳、「イノベーションへの解実践編」、翔泳社、2008.
文献6:Nicholas A. Christakis, James H. Fowler, 2009, ニコラス・A・クリスタキス、ジェイムズ・H・ファウラー著、鬼澤忍訳、「つながり 社会的ネットワークの驚くべき力」、講談社、2010.
文献7:Vijay Govindarajan, Chris Trimble, 2010、ビジャイ・ゴビンダラジャン、クリス・トリンブル著、吉田利子訳、「イノベーションを実行する 挑戦的アイデアを実現するマネジメント」、NTT出版、2012.
文献8:中原淳、「経営学習論 人材育成を科学する」、東京大学出版会、2012.
文献9:野中郁次郎、遠山亮子、平田透、「流れを経営する――持続的イノベーション企業の動態理論」、東洋経済新報社、2010.
文献10:Carlosn, Curtis R., Wilmot, William W., 2006、カーティス・M・カールソン、ウィリアム・W・ウィルモット著、電通イノベーションプロジェクト訳、「イノベーション5つの原則 世界最高峰の研究機関SRIが生みだした実践理論」、ダイヤモンド社、2012.

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部下を守る?組織を守る?技術を守る?

部下を守ることは上司の重要な役目のひとつであると言われます。今回は、サットンの論文「部下を守る『盾』となれるか」[文献1]をもとに、部下を守る意味、何を、何から、どのように守るべきなのか、について考えてみたいと思います。

サットンは、「管理職とは企業の中核業務を不確実性と外部の混乱から守る『緩衝材』であるという考え方は、昔から組織論にあるテーマ」とした上で、「優れたボスは、部下に仕事をさせることに全力で取り組む。」「優れたボスは、“人間の盾”となることに誇りを感じ、社内外からのプレッシャーをみずから吸収するか、はねのける。そしておもしろみのない瑣事をみずから引き受けて、部下を働きにくくするような愚か者や余計な口出しと戦うのである。」とし、部下を守るための7つの方法を示しています。

1、ボスの特権を振り回さない(Resist Your Worst Instincts):部下がやる気を失うような時間の浪費(無駄なミーティング、権力の誇示、自己満足など)をしないように、ボス自身が気をつける。

2、安心して戦える環境をつくる(Make It Safe to Fight Right):「互いに相手を尊重していれば、アイデアをめぐる論争(arguments)は生産的であり、かつ創造的」「たとえ相手がリーダーであっても自分の気持ちを正直に話しても大丈夫だと、部下が感じるようにする」。

3、外からのじゃまと時間浪費から部下を守る(Protect Them from External Intrusions and Time Sinks):「業務に集中する必要がある部下のためにじゃま者を追い払う」、定例業務や報告書作成負荷の軽減など。

4、上からの愚かな意見に待ったをかける(Defy Idiocy from On High):上司の愚かな考えに従うのか、抵抗、無視するかを、どちらが部下と自分にとって役に立つかにより選択する。上司の指令への抵抗の代償があまりに大きかったり、一見愚かに思えても実は的確な指令だったりすることもある。

5、「創造的無能」と「悪意に満ちた恭順」を実行する(Practice Creative Incompetence and Malicious Compliance):「さほど重要ではない用事を押し付けられ、しかも無視できない場合、最もよい方法はさっさと片付けて、より重要な課題へと進むこと」。「わざとずさんな仕事をする(ただし、ほどほどに、しかるべき予防策を講じたうえで)ことの価値」がある場合がある。「悪意に満ちた恭順」とは、上からの愚かな命令に逐一従い、それによってその仕事を失敗に終わらせることであり、最後の手段として役立つこともある。

6、敵を打ち倒す、あるいは足を鈍らせる(Slay—or Slow—Their Enemies):上司と直接戦うことも可能(「ただし、絶対クビにならない保証があるか、有力者を友だちに持っているか、あるいは別の会社から転職の打診を受けている必要がある」)。わがままな顧客は遠ざけるようにする。

7、批判の矢面に立つ(Take the Heat):部下のミスをかばう、上からのプレッシャーを部下に代わってかぶる。危険な場合もあるが、身をもって部下を守ることを示すことで部下の忠誠心の向上が期待できる。

これに対し、部下を守ることが現実的でない場合として以下の3つを挙げています。

1、政治力(Political Power):「自分の影響力や評判にどんな影響が及ぶかを考える前に、反射的に部下のために戦おうとするボスは、自分の力を弱めることになる。それは結果として、自分のためにもチームのためにもならない。」

2、腐ったリンゴ(Rotten Apples):「非力な人材や有害な人物が雇用されたり、押しつけられたりすることがある。それが組織の現実」。「そうした部下が学習し、成長するのを助けるのがボスの任務」。「しかし、彼ら彼女らが変わらない場合には、お引き取り願うのがベスト」。

3、自分自身の健康(Your Own Well-Being):「自分の心身の健康や家族からの要望、キャリアにまったく気を配らないボスは、失敗する運命にある。」「自分が呼吸困難に陥ってしまったら、他人を救うどころではない。」

部下を守る方法として挙げられているのは以上です。ちなみに、論文の原題は「Managing Yourself: The Boss as Human Shield」ですので、著者の意図は、単に「盾」となるだけでなく、部下が働きにくくなるようなことをボスとしてしないよう自己管理をすることも含んでいると考えられます。

著者の主張の要点をまとめると以下のようになるでしょう。

部下を守る意義

・部下(現場)の意欲を高める

・現場における非効率を抑止する

・現場からの提案や意見を活用しやすくする

ボスの心構え

・外部からの不合理な強制が往々にして上記の意義に反する結果を生む場合があることを認識する

・中間管理職であるボスは必要な場合には外部からの強制に抵抗する必要がある

・ボス自身不合理な強制をしないようにする

問題となりうる不合理な強制の源

・上司からの指示命令

・社内の制度やルール

・顧客等のステークホルダーからの要請

著者はこのような不合理な強制には従わないでよい場合があることを指摘し、うまく「従わない」ためのアイデアをこの論文で提示していると言えるでしょう。

では、なぜそのような不合理な強制が発生してしまうのでしょうか。上司の命令や、社内のルール、顧客の要望に従うことは一般的には好ましいはずです。例えは軍隊では上司の命令への服従は原則でしょう。しかし、会社においては上司の命令に従わない方がよい場合があるわけです。おそらくこれは上司の命令の「正しさ」の度合いが会社と軍隊とでは異なるためと思われます。軍隊では、現場で得られる作戦行動の情報は限られていますし、他の部隊との連携も必要です。しかし、部隊間での情報のやりとりはそれほど緊密には行なえないでしょう。従って、情報が集約される司令部で作戦を立て、そこからの命令に従って各部隊が行動することが、現場の判断で各部隊が行動することよりも「正しい」場合が多いと思われます。しかし、企業活動の場合、現場で得られる情報が複雑で、司令部でそれをすべて判断して細かい指示を与えることが困難なこと、部署間の緊密な連携がそれほど必要でない場合があること、現場の自律性にもとづく意欲が成果に結びつきやすいことのために、命令に従わない場合の方が「正しい」場合がある、ということだと思います。

こう考えると、企業においては中間管理職が上からの命令に従わない選択肢を持つことは合理的であると思われます。もちろん、「部下を守る」の名目のもとに、自分たちの判断だけで物事を実施してもよい、ということにはならないはずです。しかし、つい陥りがちな、上司の命令は「絶対」という狭い視野での物の見方を戒めることは必要でしょう。上司の命令に従わない選択肢を選ぶかどうかはその得失を考えて決めなければならないことは当然のことであり、その裁量が中間管理職に与えられているのだと思います。

とすると、「部下を守る」ことのデメリットも考えておく必要があります。著者も部下を守ることが現実的でない場合を3つ挙げていますが、それに加えて、「部下を守る」大義名分のもとに「組織を守る」、いわゆるセクショナリズムに陥ることも避けるべきこととして挙げられるのではないでしょうか。「部下を守る」ことと「組織を守る」ことがどう違うかを考えてみると、「組織を守る」場合には、最前線の効率向上とは無関係に、組織内で既得権を得ている人々(多くの場合、その組織のボス自身や上層部)の利益が優先されがちであることが大きな違いではないかと思います。もちろん、組織を守ることによって、より「正しい」決断が下せるのであればそれでかまわないわけですが、「部下を守る」目的は、あくまで最前線の個人の意欲を高め、ムダを省き、意思疎通を活発にするためであって、組織の既得権を守ることではないはずです。特に、組織を守ろうとするあまり、情報の流通までも制限する、いわゆる「鎖国」のような状態を作ることは、これからの時代、不利益がますます大きくなっていくことでしょう。

研究開発においては、特に最先端の情報は専門的すぎて経営層では十分に理解できないこともあるでしょうし、その情報がわかりやすく経営層に伝わらない可能性もあります。経営幹部が研究の内容に興味を持ち、積極的に関わることは研究を進める上で極めて効果的であることはよく指摘されることですが、ともすると上からの命令が「愚かなもの」になってしまう可能性があることもまた事実でしょう。加えて、研究活動には異なった考え方との接触、自由な発想と議論、自律性と多様性の維持が必要です。従って、上司の指示が的を射たものではなく、研究環境にマイナスの作用を及ぼすと判断される場合にはその指示に待ったをかけることは必須といえるのではないでしょうか。もちろん、研究部隊が独善的になったり、既得権を守ろうとしたりすることは避けなければなりませんが、愚かに見える指示を発する上層部との関係をうまくハンドリングして摩擦を軽減していくことは研究マネジャーに求められる重要な役割と言っていいでしょう。加えて、「部下を守る」ということは「技術を守る」ことにもつながるという認識を持つ必要があると思われます。研究者個人の持つ専門的知識の育成には長い時間がかかりますし、暗黙知は個人に蓄積されるものですので、「技術を守る」ことは、部下である研究者を守ることにほかならないこともあります。さらに、研究部隊には、組織に密着したノウハウや研究設備があります。また、独創性を大切にし、異なる意見を戦わせることができる研究風土も一朝一夕にできるものではありません。こうした研究部隊の能力を守ろうとすることは、一見既得権を守ろうとしているように見えるかもしれませんが、それは「技術を守る」ために必要なことなのではないでしょうか。人に付随したノウハウや技術、暗黙知がかけがえのないものであるならば、研究マネジャーは、部下を守りかつ技術を守るために外部と戦わなければならない場合があるはずです。著者は我々に、戦うべき時にはその覚悟を決めて戦うべきであること、戦うべきか戦わざるべきか、どちらが「正しい」か、どちらが部下と自分にとって役立つのかを考えて、いかに「うまく戦う」かが重要であること、上司の立場としては研究者をそういう苦境に追い込まないようにすべきことを示唆しているのではないでしょうか。


文献1:Robert I. Sutton、ロバート I サットン著、スコフィールド素子訳、「社内外のじゃま者と戦う 部下を守る『盾』となれるか」、Diamond Harvard Business Review, 2011, 2月号、p.86.

原著はHarvard Business Review, Sep. 2010.

参考リンク<2012.8.5追加>



 

 

 

技術を維持する-イノベーションの負の側面への抵抗

イノベーションが企業の成長にとって不可欠のものであるとしても、イノベーションには負の側面もあるように思います。そのひとつとして既存技術を軽視してしまうことがあるのではないでしょうか。研究開発部門の役割についてノート5で考えたときに、研究開発部門の本来の役割が新規なことへの挑戦だとしても既存の技術基盤の確保も重要なのではないか、ということを述べました。技術力で定評のあった日本製品が意外な品質トラブルを起こす事例に接すると、その陰には技術基盤の弱体化があるのではないか、原因な何なのだろうかと考えることがあります。

 

もし、こうしたことが、新技術の追求によって加速されているのだとすれば、これはイノベーションの負の側面と言えるのではないでしょうか。もちろん、単純に製品に対する期待が高くなりすぎたため、とか、企業が大きくなったことによる意識の変化や管理上の問題という解釈もあるでしょう。しかし、既存事業において大きな成長が見込めなくなった現在、新技術やイノベーションに期待が集まることで新技術ばかりが注目され、既存事業では高効率化を目指して過度な合理化や省力化、技術のブラックボックス化などが行なわれがちであるような気がします。特に新興国の追い上げを受けている分野でこのような傾向が著しいように思うのですが、これでは新技術がうまくいくより先に既存技術の崩壊により足元をすくわれるのではないか、と思うことがあります。

 

イノベーションが本当にこうした負の側面をもつかどうかは議論のあるところでしょうが、新技術の開発と既存技術の維持のバランスが崩れていることがあるように思います。もちろん、既存分野を持たず、新製品の開発のみを目指す企業ではこのようなバランスを考えることは不要なのかもしれません。しかし、新製品が市場に出た後、さらに成長を続ける場合にはこうしたバランスが必要となるはずです。イノベーションを積極的に追求するとしても、それだけに集中していてはいけないのではないか、そうだとすればどのようにマネジメントすべきなのかについて考えてみたいと思います。

 

まず、イノベーションに注力しすぎて失敗した例を確認しておきましょう。Collinsの「ビジョナリーカンパニー③」には、ラバーメイドの衰退の例が述べられています。ラバーメイドはイノベーションによる成長を目指し、1日あたり1つの新製品発売を行ない、1年から1年半に一分野のペースで新しい製品分野に進出することを目標にしていたといいます。そしてそれを実行した結果、3年間で1000点近い新製品で窒息状態となり、原料コストの上昇による打撃も受けた結果、野心的な成長目標に追いまくられて、コスト管理や納期管理といった基本的な部分で失敗が目立つようになったといいます。Collinsはこうした例から「イノベーションは成長の原動力になるものの、イノベーションに熱狂していると、成長が速すぎて戦術面の卓越性を維持できなくなり、簡単に衰退の段階を下る」と結論づけています[文献1p.89-91]Leonard-Bartonも「コア・ケイパビリティがコア・リジディティになってしまう最も一般的な理由は的を撃ちすぎることである。つまり、よいことはもっとたくさんすれば、もっとよいだろうという単純な考えに陥ってしまう」「それまで利益をもたらしていた活動もいきすぎると、成功の妨げになってしまう。」[文献2p.49]と述べていますので、イノベーションがよいものであっても、それに集中していれば問題ない、という考え方は単純すぎるように思われます。

 

もちろん業種によって事情は違うでしょうし、中には3Mのように、各部門において売上の30%を過去4年間に発売された新商品と新サービスであげるようにすることを目標[文献3p.263]にしてもうまく経営できている企業もありますから、こうした目標自体が問題であるとは言えないでしょう。要はバランスを考えることと、実力に応じてイノベーションの進め方をいかにうまくマネジメントするか、ということに帰結することになるのだと思います。

 

上記のような研究開発マネジメントの失敗を避けるためには、まず組織の面でイノベーション組織を過度に持ちあげすぎないことが重要だと思います。研究に対しては将来の収益源という観点から期待が大きいのも事実ですし、研究部隊は高度な専門性を持つことが多いものですが、現在の収益の点では研究段階での寄与は小さいのが普通でしょう。従って、研究への期待の大きさが強調されすぎると、実績をあげながら相対的に期待の小さな既存部署の意欲は下がりますし、既存分野では優秀な人材を集めにくくなる可能性もあります。また、研究部隊の中でも革新的で注目されやすい分野と、既存技術や補助的技術に近く注目されにくい分野とがありますので、そのバランスをとることも重要になるでしょう。ともすると、研究開発はその初期のアイデア段階が着目されがちですが、実際にはアイデアを収益に結び付けるために設計や製造、マーケティングなどの部署と協働することが不可欠です。そうした部署の協力を確実なものとするためにもバランスのとれたマネジメントは重要なはずです。研究に対する期待が過小なためにうまくいかない場合もあるでしょうが、いずれにしても企業の戦略に合わせて各部署で最高のパフォーマンスが発揮できるようなマネジメントが必要と言えるのではないでしょうか。

 

人の配置という観点からは、ある個人にどのような経験をどのように与えるか、という視点と、ある組織にどのような人を何人ぐらい置くべきか、という視点から考える必要があるでしょう。個人の観点から重要なことは、専門性の育成にはある時間がかかることだと思います。知識を学び、使用することで暗黙知を得るためには少なくとも10年程度はかかると言われていますので、そうした専門家となるべき人材については専門の部署において長期間の経験をさせ、それに加えて短期のプロジェクトや異動によって様々な経験を積ませるのが望ましいと考えます。一方、ゼネラリストを育成するためにいろいろな部署へのローテーションを行なうべきであるという考え方もありますが、私は技術者は基本的にはT型人間、つまり、少なくともひとつの分野での深い知識と、様々な分野への理解を併せ持つ人間であることが望ましいという意見[例えば文献5p.85]に賛成です。これは科学の発達とともに技術が深くなってきた結果、多くのことに精通することが困難になってきたため、なんでも屋のような人材の活躍の場が減ってきているように思われるためです。

 

ある分野の専門家を何人ぐらい確保すべきか、という点については、専門家の育成方法からその人数を決めることができると思います。専門を育成する、ということは書物や授業から得られる知識に加えて教師の暗黙知を生徒に伝え、実地に経験を積ませることと同義であると考えることができるでしょう。暗黙知を伝えるためにはどうしても人対人の接触が必要になりますので、ある専門分野には最低2人いないと技術が受け継がれていかないことになります。しかし、人対人であっても年齢や経験が離れすぎてしまうと、先生と生徒というより上司と部下という関係になってしまい、指導よりは指示になってしまいやすいですし、人数が少なすぎるとT型人間に育てるべく他部署での経験を積ませるための異動の自由度も下がってしまうと考えられます。したがって、同一専門分野で3人(10歳程度の年齢差で)、というのが最低限の人数と思われます。言い方を変えれば、同一分野で3人置くことができないような分野であれば、その技術を保有することはあきらめなければならないのではないかと思います。優れた暗黙知を持っていなければ、あるいはその継承ができなければ、その技術はその企業にとっていずれは消え去る運命にある、ということになるのでしょう。

 

専門的な技術というものは暗黙知という形で人に付随しているものだとすると、技術を担保するということは人を担保するということとも言えるでしょう。時代の変化とともに、ある企業にとって必要とされる技術は変わりますので、あらゆる既存の技術を伝承していく必要はありませんが、少なくとも、現在収益源になっている技術、強みとして保有している技術であればその暗黙知を伝承しないことは損失ではないでしょうか。「選択と集中」は重要な概念としてよくとりあげられますが、新技術か既存技術かという選択は得策であるとは思われません。それは、新技術であっても基盤が既存技術にあることが多いことに加えて、選択されずに一度放棄した技術はなかなか元に戻すことができないからです。社外の能力を活用して自社の技術を補うという考え方も当然ありますが、社外の技術が自社以上の暗黙知を保有しているのか、その暗黙知を自社内にうまく移転できるのか、と考えると、技術を捨てること、つまり、獲得が難しい暗黙知を捨てることについては慎重な判断が求められると思います。暗黙知と同様の概念としてディープスマートを定義しているLeonardは、次のように言っています。「ディープスマートは暗黙のものなので他人に移転するのが難しい。移転が困難だからこそ、ディープスマートは競争の武器になる」[文献4p.296]

 

以上、イノベーションの裏にかくれた技術の維持、伝承という問題について考えてみました。技術的なフロントランナーになろうとする努力だけでなく、その地位を維持しようとする努力もイノベーションには必須の要因ではないかと思います。

 

 

文献1Collins, J., 2009、ジェームズ・C・コリンズ著、山岡洋一訳、「ビジョナリーカンパニー③衰退の五段階」、日経BP社、2010.

文献2Leonard-Barton, D., 1995、ドロシー・レオナルド著、阿部孝太郎、田畑暁生訳、「知識の源泉」、ダイヤモンド社、2001.

文献3Collins, J.C., Porras, J.I., 1994、ジェームズ・C・コリンズ、ジェリー・I・ポラス著、山岡洋一訳、「ビジョナリーカンパニー」、日経BP出版センター、1995.

文献4Leonard, D., Swap, W., 2005、ドロシー・レナード、ウォルター・スワップ著、池村千秋訳、「『経験知』を伝える技術」、ランダムハウス講談社、2005.

文献5Tom Kelly, Jonathan Littman2005、トム・ケリー、ジョナサン・リットマン著、鈴木主税訳、「イノベーションの達人! 発想する会社をつくる10の人材」、早川書房、2006.

 

 

 

 

 

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