研究開発マネジメントノート

研究開発とそのマネジメントについてのいろいろ

組織的知識創造

イノベーションに関わる人々(「イノベーターはどこにいる?」豊田義博著より)

イノベーションを起こす人はどんな人か。どのようにして起こすのか。イノベーターと呼ばれる人材がイノベーションをリードする場合が多いのは確かでしょうが、具体的にはどんな人なのか、どのようにしてイノベーションを進めるのか、といったことはそれほどわかっていないと思います。よく取り上げられる起業家的なイノベーター(例えばスティブ・ジョブズ氏など)が理解できれば、イノベーターがわかったことになるのでしょうか。その人たちのやり方は、一般の企業における研究開発にもそのまま役立つのでしょうか。

そうした疑問に答えるためには、様々なイノベーション事例を調べてみることが必要でしょう。今回は、リクルートワークス研究所によるレポート「イノベーターはどこにいる? Works誌連載『成功の本質』再分析による才能開花メカニズムの探究」(豊田義博、萩野進介、坂口祐子、長瀬宏美)[文献1]に基づいて、イノベーションに関わる人の問題について考えてみたいと思います。

このレポートでは、リクルートワークス研究所のWorks誌に掲載された野中郁次郎氏と勝見明氏による70を超えるイノベーション事例の記事から、「企業が主体となっている新事業・商品・サービス開発案件」を26例選び出して行った解析結果がまとめられています(この連載記事のいくつかは、本にもまとめられていて、このブログでも以前に「イノベーションの知恵」をとりあげました)。もちろん、ここで取り上げられた事例が世の中のイノベーションを偏りなく代表しているとは限りませんが、ある程度幅広いサンプルに基づいた解析は貴重と言えるでしょう。

このレポートの特徴は、イノベーションに関わる人々に焦点を当てていることだと思います。イノベーションのリーダーに関する分析は他の例もありますが(例えば「イノベーションのDNA」など)、イノベーションを主導するイノベーターの周囲にいてイノベーションに関わった人の役割まで分析の対象にしているところは本レポートの大きな特徴と言ってよいと思います。著者は、「実は、イノベーションには、いくつかのタイプがあり、それぞれで求められるイノベーターのスタイルが異なっているのではないだろうか。改めてイノベーションそのものを類型化し、そのうえで、イノベーターに求められる要素、才能開花メカニズムを整理する必要があるのではないだろうか。・・・プロジェクトメンバー以外の登場人物に、もっとフォーカスしてもいい。・・・イノベーターが引き起こしたイノベーションストーリー、彼らがイノベーションを起こすまでのキャリアストーリーに着目する・・・その調査分析結果をまとめたのが、本書である[p.3]」と述べています。イノベーターだけでなく、その周囲にいる人物にも注目することは、組織的なイノベーションの進め方を考える上で実務家にとってもきわめて意義のあることだと思いますので、以下、著者らの分析結果について考察してみたいと思います。

イノベーションストーリーのタイプ分類
・26件を何に主導されているかという視点で分類すると、「コンセプト主導型(新たな価値を創出しこれまでにない領域の市場開拓を実現)」15件、「ニーズ主導型(世の中の変化により社会的需要が高まった領域に対応)」7件、「技術主導型(技術革新がイノベーションの中核になる)」4件[p.4]、となる
・「イノベーションストーリーのタイプ分類においては、技術主導型、ニーズ主導型、コンセプト主導型それぞれで物語の構造が違うのではないか、という仮説を当初は持っていた。・・・しかし、技術主導型、ニーズ主導型、コンセプト主導型という区分けでは、大きな差異は見いだせなかった。[p.5]」
・イノベーションストーリーを分ける2つの軸[p.5]:以下の2つの軸で分類すると、イノベーションのストーリーに大きな差があることが見えてくる。
1、公式か非公式か:「そのイノベーションが、トップマネジメントなどから『ミッション付託』された公式的なプロジェクトから生まれたものなのか、いわゆる『闇研究』のような非公式な取り組みから生まれたものなのか」
2、個人主導か組織創発か:「主人公が中核的なポジションを占め、全体をドライブし、周囲が支えている『個人主導』なのか、主人公がプロジェクトリーダーのポジションにいながらも、プロジェクトメンバーそれぞれが連携したり相互乗り入れをしたりしてイノベーションを形にしていく『組織創発』なのか」

ストーリーを構成する8人の登場人物
A
、主人公:イノベーティブな商品・サービスを生み出す中心人物。
B
、師:主人公のスタンス、マインド、知識・技術に多大な影響を及ぼす。
C
、預言者:主人公の能力・資質・可能性を察知し、会社の未来につながる新たな市場創造の使命を主人公に託す。直属上司、上司の上司が該当する。
D
、庇護者:イノベーションの芽は、社内調整などのプロセスにおいて、幾度となく潰されそうになる。そうしたときに、主人公を守る存在。担当役員や部門長が該当する。
E
、官僚:自社のこれまでの実績や当面の業績、既存のシステム、知識・技術の維持を重視し、新たな試みを批判する。
F
、君主:過去の因襲や業界の常識をくつがえすような大胆な意思決定を行い、イノベーションの道を拓く。経営者、役員が該当する。
G
、同志:主人公のパートナー、部下。
H
、寄贈者:イノベーションにつながる新たな知提供や人材紹介をしてくれる。

イノベーションストーリーの3つの型とその特徴(上記の2つの軸による分類)
1、X:ミッション付託(公式)かつ組織創発、「組織的知識創造型」(13例)
・「ストーリーの発端は、君主(トップマネジメント)による新たなビジョンの提示から始まる。・・・企業が社会に提供していく新たな価値の方向性が緩やかに提示され、その中核を任された主人公(ミドル)とその同志であるプロジェクトメンバーが組織化される。それぞれの専門性をベースに集まりながらも、視界を1つにし、連携し、ある時には自身の持ち場以外のことにもどんどん“口出し”しながら、チームが一体となってプロジェクトが進んでいく。・・・これは野中氏の名著『知識創造企業』で、日本企業成功の最大要因と謳われた組織的知識創造そのものである。[p.7-8]」(事例:マツダロードスター)
・本業との関連が密接で、必要欠くべからざるイノベーションと認識され、リソースが大きい。[p.10
・イノベーター:「強いメンバーシップ意識を持ち、経営の型を身に付けた人材」[p.33
・カギとなる人物は、「自社ならびに従業員を深く理解する人徳ある君主」[p.33
2、Y:闇研究(非公式)かつ個人主導、「ハイパーイノベーター型」(4例)
・「強い信念を持った主人公が、極めて大きな存在を占めている。何らかのきっかけによって、自身がなすべきこと、成し遂げたいことを見出した主人公が、それを組織のなかで公式化しようと働きかけると同時に、同志を自らリクルートしていく。・・・上司、部門長のなかに庇護者が隠れているケースが多い。・・・寄贈者が現れることで、プロジェクトが前に進む、という点にも特徴がある。・・・このタイプの主人公は、突出した個性的な才能を持っている。[p.8]」(事例:ヤマト運輸まごころ宅急便、富士通プラズマディスプレイ)
・「本業と関連が薄い、あるいは関連が公式に認められていないがゆえに、イノベーションを推進する必要性をトップが感じていない。そのため、研究開発の初期段階では、闇研究、闇開発としてスタートせざるを得ません。[p.10]」
・イノベーター:「社会問題や特定テーマへの強い信念を持ち、傑出した個性を持った人材」[p.33
・カギとなる人物は、「官僚の圧力に屈せず、ヒト・モノ・カネを動かして主人公を支援する庇護者」[p.33
3、Z型:ミッション付託(公式)かつ個人主導、「ヒーロー誕生物語型」(9例)
・「主人公は、初期の仕事における刷り込みや失敗などから、仕事に望む基本姿勢、イノベーションにつながる知識・技術を学ぶ。他者の成功・失敗から学ぶことも多い。・・・後に、異動などにより、イノベーションを起こす舞台へと誘われる。そして、・・・自身が担うことになるイノベーションのビジョンを託される。・・・庇護者が前面に出ることでストーリーは前へと進み、混迷した状況を打開する君主の大胆かつ新しい意思決定により、道が拓けていく。」(事例:キリンフリー、ヤマハ光るギター、JR東日本エキュート、三菱自動車アイ・ミーブ、サントリー伊右衛門)
・「本業に関連するものの、そのレベルは組織型に比べると低いので、割けるリソースも組織型に比べると小さい。ただ、初めにトップのお墨付きを得ているため、闇研究の必要はありません[p.11]」
・イノベーター:「師から学び、高度なメタ学習力を持ち、常識に挑戦できる人材」[p.33
・カギとなる人物は、「主人公にふさわしい人物を見つける目利き能力を持った預言者、官僚の圧力から主人公を守る庇護者、錦の御旗を掲げ道を拓く君主」[p.33
(4)、闇研究(非公式)かつ組織創発は今回調査での事例なし。
・野中氏による分析では、「アメリカ企業の3Mやグーグルが目指すイノベーションはここに該当するでしょう。どちらも勤務時間の一定割合を自分の好きな活動や研究に使っていいという社内ルールがあり、現にそうやって生まれたイノベーションがたくさんあります。[p.10]」

それぞれの型に応じたイノベーション創発のための方法、課題
1、X型(組織的知識創造型):「これまで日本企業のなかで数多く生み出されてきた得意技だ。今後も、このタイプのイノベーションを継続させていくことが肝要である。しかし、多くの企業において、その前提となる『多くの従業員が強いメンバーシップ意識を持ち、自社の企業経営の型を身に付けている』という状態には、綻びが見られる。[p.31]」
2、Y型(ハイパーイノベーター型)のための処方箋:「傑出した個性の持ち主を潰さない、キャリアコースを多様化させる」[p.33
3、Z型(ヒーロー誕生物語型)のための処方箋:「目利き能力を持った預言者の発掘と要所への配置、トップマネジメントへの『庇護者』『君主』教育」[p.33
―――

私のような実務者にとって、このレポートの特に興味深いところは、それぞれのイノベーションのストーリーにおいて、イノベーターの特徴と、イノベーターの周囲の登場人物の役割が整理されている点です。イノベーションにイノベーターが必要だというのは当たり前のことでしょうが、イノベーターを発掘し、伸ばし、支援するのは周りの人や組織の仕事でしょう。それをどのように行えばよいか、著者らの分析は実務家にもヒントを与えてくれるように思いました。どのタイプのイノベーションにどのタイプの登場人物が出てくるのかは、著者も分析していますが、著者らの分析を定量的に整理すると以下のようになります[p.7の図表3を整理]。下の図は、XYZそれぞれのタイプのイノベーションのうち、師、預言書、庇護者、官僚、君主、寄贈者が現れる割合です(主人公と同志はすべての事例に現れますので除外しました)。

イノベーターはどこにいる図
X
型(組織的知識創造型)では、全12件(文献の図表3は図表1より1件減っています)のうち、10件の事例(83%)に君主が登場し、その他の登場人物は現れる頻度が低めです。これに対し、Y型(ハイパーイノベーター型)では君主はあまり登場せず、イノベーションを邪魔する官僚と、庇護者、寄贈者が顕著です。Z型(ヒーロー誕生物語型)では、やはり邪魔者の官僚が登場しますが、君主、庇護者、預言者、師の登場比率が高くなっています。

イノベーションタイプが個人主導(YZ)か組織創発(X)かで違いを見ると、個人主導の場合、官僚と庇護者が多く出願する点が顕著です。おそらくは、組織創発のケースでは、君主が指示し、豊富なリソースが確保されているため、反対者(官僚)が現れにくく、庇護者も必要としないのに対し、個人主導の場合には、官僚が現れやすいため、庇護者が必要になる、と考えることができると思います。イノベーションタイプが公式(ミッション付託XZ)か非公式(闇研究Y)かでの違いを見ると、寄贈者の違いが顕著です。寄贈者は、「新たな知提供や人材紹介」の役割を担っていますが、これは非公式(闇研究)型イノベーションプロセスにおける異質なもの、意外なものとの出会いの重要性を象徴しているのかもしれません。イノベーション組織は、「多様性」が重要と言われることが多いですが、この「多様性」は、おそらく、このような闇研究から発生したイノベーションに特に効果的と言えるのかもしれません。

このような傾向を参考にすると、イノベーションのためには、どのような点に注意すべきかについて次のような示唆が得られると思います。
・個人主導のイノベーションでは官僚が出てきやすい。官僚がいなければおそらく庇護者はいなくても大丈夫なので、官僚的な行動を抑える仕組み、組織風土ができれば、おそらくイノベーション成功の確率は上がるのではないか。
・個人主導の公式プロセス(Z型)では、師や預言者の役割が重要なように思われる。個人主導の公式プロセスは、リスクが高い、規模が小さい、本業から遠いなどの理由で組織主導の公式プロセスが採用しにくい場合に適したプロセスだと考えると、こうしたイノベーションを活性化したいならば、失敗を容認してイノベーター候補を育て(師)、候補者を見いだして使命を託せるマインドを持った人(預言者)を増やし、イノベーターを育てるような組織風土を作るとよいかもしれない。
・イノベーション組織には多様性が必要とよく言われるが、すべてのプロジェクトで多様性を確保することはリソース面、運営面から難しいかもしれない。多様性の資源は、非公式プロセスに積極的に振り向けるようにするとよいのではないか。

本論文で著者が提起した問題は、イノベーションを考える際には実行する人の観点も重要である、ということなのかもしれません。こうした視点は従来のイノベーションの整理の仕方とは異なるかもしれませんが、実務家にとっては重要な示唆を与えてくれるのではないでしょうか。組織的知識創造の考え方が日本企業の分析から導かれたように、日本企業のイノベーションの進め方を考える上でも興味深い考え方、分析なのではないか、とも感じましたがいかがでしょうか。


文献1:豊田義博、萩野進介、坂口祐子、長瀬宏美(「成功の本質」再分析プロジェクト)、「イノベーターはどこにいる? Works誌連載『成功の本質』再分析による才能開花メカニズムの探究」、Works Report 2014、リクルートワークス研究所
http://www.works-i.com/pdf/140603_inv.pdf

参考リンク<2015.2.8追加>




ノート14改訂版:研究成果の転用

1、研究開発テーマ設定とテーマ設定における注意点→ノート1~6
2、研究の進め方についての検討課題→ノート7~12
3、研究成果の活用・発展
3.1
、研究成果の活用
→ノート13

3.2
、研究成果の転用(競争優位の維持と新たな競争優位の獲得)
研究開発の重要な目的のひとつに、競争優位の獲得が挙げられます。これまで本稿では、どのようにすれば、研究開発を成功させ、競争優位を獲得できるかについて様々な側面を考察してきました。今回は、得られた成果の「転用」と題して、成果が得られた後(あるいは失敗した研究から学習した後)その成果をどう使うべきかを考えてみたいと思います。これは言い換えれば、イノベーションから得られた競争優位性を維持するためにはどうすればよいか、得られた知識を新たな競争優位性の獲得につなげるためにはどうすればよいか、ということでもあり、イノベーションを一瞬の成功に終わらせないために、そして成功や失敗から学んだことを将来に活かすために重要なことであると考えます。

競争優位の維持
研究によって得られた競争優位を維持するための重要なポイントとしては、特許の問題と、ノウハウ(知識、ステークホルダーとの関係なども含む)の問題が挙げられると思います。まず、特許の問題について考えます。

・特許
研究によって有用な知識が得られた場合、それを特許化しておくのは、通常は当然のことと考えられます。これは、特許化によりその知識の独占的使用が可能になり、競争相手との技術的差別化につながるためですが、残念ながら特許さえあれば万全というわけではありません。特許に関しては、以下の点に注意が必要でしょう。
・技術を公開しなければならないこと:真似されたり改良されたりする危険性がある
・技術を独占しようとすると技術の普及の障害となること
・有期の権利(出願後20年)であること:権利保護のタイミングと実用化のタイミングが合わないことがある
・それぞれの国ごとに特許を取得する必要があること
・コスト構造の異なる国では、実施者からライセンス料をとっても競争力確保にならない場合があること
・技術のすべてを特許で押さえることは困難な場合が多く、回避技術が開発されたり、改良技術が特許化されてしまう可能性があること
・特許の本来の目的である「発明を奨励し、産業の発達に寄与させる」という趣旨に反し、他社の業務の妨害や、訴訟や回避技術の検討などによる労力の浪費につながる可能性があること
したがって、丹羽は、「結局のところ、技術的なアイデア(発明)が付加価値の源泉であって、特許はそれを保護する1つの方策である」と述べ、「技術的なアイデア(発明)を競争上いかに有利に展開するかには、多くの方策がある」と述べています。具体的には、特許取得による独占、ライセンス収入、クロスライセンス以外に以下のような方策を挙げています[文献1、p.52]
・自社技術の延長上に業界の標準規格を定める
・技術を無償公開しデファクトスタンダードにする
・自社のビジネスモデルが対象としているバリューチェーンの価値を高める
・技術を秘密にしておく

もちろん、特許取得の効果は、業種や業界によって異なりますので画一的な議論はできませんが、特許はイノベーションによって競争優位を維持する上でのひとつの手段と認識しておくべきでしょう。なお、こうした特性を考えると、特許の出願数や権利化数を技術力や研究成果の評価の指標として用いることには議論の余地があると思われます(単に数を指標とすることは、技術の質を考慮していないという問題もありますが)。

・ノウハウ
イノベーションには、特許や論文に書かれた知識だけでなく、いわゆるノウハウも必要とされます。例えば、ビジネスを進める上での知識や経験、様々なステークホルダー(顧客、パートナー、規制当局なども含む)についての情報やそれらとの関係自体(これをエコシステムと呼ぶ人もいます)もノウハウに含めてよいでしょう。こうしたノウハウには他者には容易に模倣できないものがあり、特に、文書化されずに個人の頭の中に存在する暗黙知は他者に伝えることが困難なため、競争優位を維持するためには、こうした知識資産を構築し、模倣されないようにすることも重要となるでしょう。

将来の競争優位の構築
情報技術の進歩、産業構造の変化により、近年では、従来よりも技術やビジネスモデルの模倣が容易になっているという指摘があります。イノベーションを成功させて競争優位を得たとしても、イノベーションの内容をより進歩したものに発展させていかなければ、他者の追随や逆転を許すことになりかねません。保有する知識資産を有効に活用して、新たな競争優位の源泉となるイノベーションを創りつづけていくことが必要と考えられます。もちろん、こうした知識資産の活用は、他者に追随する場合にも重要であることは言うまでもありません。

・知識資産の活用
どのような知識がイノベーションに役立つかについて、野中らは、「組織的知識創造」の概念を提示しています[文献2]。この理論では、個人と組織における暗黙知(言葉や文章で表わすことの難しい主観的、経験的知識)と形式知(言葉や文章で表現できる客観的な知識)の相互作用が重視されており、暗黙知や知識変換、知識移転が重視されているところなど研究者の実感とも無理なく調和がとれていて、イノベーション成功のメカニズムについて重要な示唆を与えてくれます。しかし、この理論に基づいて展開が試みられたナレッジマネジメントは、一時期活発に検討されたものの現在は「行き詰まり」[文献1、p.327]の状況にあるようで、ナレッジマネジメントと言っても実体はIT化による業務効率化の提案にとどまるなど、実用面での有効な方策の提示には至っていない点が課題と言えるようです [文献1、p.317,328]。野中らは、その原因として、「知識を情報と同列視し、ナレッジ・マネジメントとは、単に情報を効率的に蓄積・伝達・使用することであるとの誤解に基づいてIT投資を進めたものの、結局期待した成果をあげることができなかった企業も多かった。知識の本質的な性質を理解しないままでは、その共有や活用を進めても効果をあげることはできない[文献8、p.4]」と指摘しています。

例えば、知識の有効活用を狙って、知識やノウハウをデータベース化することが試みられることがありますが、単に知識を蓄積し検索できるようにすればうまくいくというものではないでしょう。Dixonは、データベースへの知識の蓄積がうまくいかない理由について、「自分と関係なく,連絡することもなさそうな人たちがアクセスするデータベースに入力することで得られる個人的な利益はほとんどない」、「情報を共有するのは、そうすることによって個人的な利益を得るからだ。その個人的な利益とは、他人に自分の専門知を認めてもらうとか'ほほ笑みが返ってくるぐらいだったかもしれないが」と述べています[文献6、p.12]IT技術を使うにしても、なぜ人間は自分の持つ知識を他人に伝えたくなることがあるのかを理解した上での仕組み作りが必要ではないでしょうか。また、知識を組み合わせて新しいアイデアを創造する過程にも工夫が必要でしょう。丹羽は、単なる寄せ集めの状態から総合力を発揮するまでの方法を段階を追って提案しています[文献7p.84]。それに倣って言えば、知識を化合させるための仕組みづくりが重要ということになるのでしょう。もちろん、ビッグデータの活用などのIT技術の進歩が知識創造に貢献する可能性もあり、新たなナレッジマネジメントの方法が提案されるかもしれませんが、知識を扱う人間の思考や行動も含めた知識創造の本質の理解なしには、単なるツールの開発にとどまってしまう可能性もあると思われます。

・知識資産の拡大
上述のような知識資産の活用方法の検討とともに、知識資産自体の拡大も考えるべきことと思われます。例えば、従来、あまり顧みられることのなかった失敗に関する知識[例えば文献1、p.210](これには、「失敗学」という分野も提案されています[文献3])や、すでに却下された古いアイデア[例えば文献4、p.195]、知識のある人との人脈[文献5、p.117]、少数意見や反対意見[文献5p.173]の有効活用の可能性も考えるべきでしょう。知識の組み合わせが知識創造の源泉になりうるという指摘は数多くあります。成功したイノベーションが多くの注目を集めることはしかたがない面もありますが、活用できる知識が多いほど、組み合わせの可能性は増えるはずです。個人の能力の限界を、他者との協力(機械との協力も含めてもいいかもしれません)によって補い、組み合わせの可能性を増やすことは意味のあることと考えられます(おそらく、数多くの組み合わせが提案されると、それらから絞り込んでいく過程のスキルもより重要になってくると考えられます)。

考察:知識マネジメントと研究マネジメント
以上、競争優位の維持、新たな競争優位の獲得という観点から、イノベーション自体やその過程で獲得した知識資産をどう活用、転用すべきかを考えてみました。近年、競争優位の持続については、「本当に持続する優位性を築ける企業は稀である。競合他社や消費者の動向はあまりにも予測が難しく、業界も刻々と変化しているためだ」。「実際には、戦略はいまでも役に立つ。・・・ただし、昔ながらの戦法に固執していてはだめだ。・・・先頭を走り続けるためには、常に新しい戦略的取り組みを打ち出すことで、多くの『一時的な競争優位』を同時並行的に確立し活用していく必要がある」。「現状維持の戦略はもう通用しない」、という考え方が主流になりつつあるようです[文献9]。現在のところ、知識を効果的に競争優位の獲得につなげる具体的方法は未確立かもしれませんが、効果的な知識資産のマネジメントを行うことは、競争優位獲得のためのひとつの手段になるはずです。結局のところ、「厳密にいえば、知識を創造するのは個人だけである。組織は個人を抜きにして知識を創り出すことはできない。組織の役割は創造性豊かな個人を助け、知識創造のためのより良い条件を作り出すことである」[文献2、p.87]と考えると、しっかりした研究マネジメント(人と組織のマネジメント)の基盤を確立した上で、知識マネジメントを考えるべきなのだと思います。


文献1:丹羽清、「技術経営論」、東京大学出版会、2006.
文献2:Nonaka, I., Takeuchi, H., 1995、梅本勝博訳、「知識創造企業」、東洋経済新報社、1996.
文献3:畑村洋太郎、「失敗学のすすめ」、講談社、2000.
文献4:Anthony, S.D., Johnson, M.W., Sinfield, J.V., Altman, E.J., 2008、栗原潔訳、「イノベーションへの解実践編」、翔泳社、2008.
文献5:Leonard, D., Swap, W., 2005、池村千秋訳、「『経験知』を伝える技術」、ランダムハウス講談社、2005.
文献6:Dixon, N.M., 2000、梅本勝博、遠藤温、末永聡訳、「ナレッジ・マナジメント5つの方法」、生産性出版、2003.
文献7:丹羽清、「イノベーション実践論」、東京大学出版会、2010.
文献8:野中郁次郎、遠山亮子、平田透、「流れを経営する――持続的イノベーション企業の動態理論」、東洋経済新報社、2010.
文献9:Rita Gunther McGrathリタ・ギュンター・マグレイス著、辻仁子訳、「一時的競争優位こそ新たな常識 事業運営の手法を変える8つのポイント」、Diamond Harvard Business Review, November 2013, p.32.

参考リンク

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創造性を引き出すしくみ

研究開発には様々な段階があり、何もないところから何かを生み出すことが必要な段階もあれば、それを育てて製品化し収益を挙げるようにする過程での様々な問題解決が求められる段階もあると思います(大雑把すぎる区分ですが)。しかし、どちらの場合にも従来にないことを生み出していくこと、すなわち「創造性」が必要とされるというのは一般的に認識されていることでしょう。

 

どうしたらそのような「創造性」をひきだすことができるかについては、様々な提案がなされています。そうした提案について、個人の関わり方の観点から大きくわけると、

・個人レベルでの創造性発揮(発想法など)

・集団レベルでの創造性発揮(他人の知識との接触や交流、相互刺激による発想など)

となると思います。このうち、マネジメントに強く関係しているのが、後者でしょう。

 

集団レベルでの創造性発揮については、ブレーンストーミングやKJ法による集団でのアイデア抽出技法がまず思い起こされるでしょうが、マネジメントの観点からは野中らによる組織的知識創造が重要と思われます。これは、以下の4つの知識変換プロセスを繰り返すことによって組織的知識創造が進むとされているものです(SECIモデル)[文献1p.90-109]。(一部は、ノート14でも述べました)

1、共同化:個人の暗黙知からグループの暗黙知を創造する

2、表出化:暗黙知から形式知を創造する

3、連結化:個別の形式知から体系的な形式知を創造する

4、内面化:形式知から暗黙知を創造する

 

そして、この知識創造プロセスを促進するために、以下の役割を持つ人々で構成される「ナレッジ・クリエイティング・クルー」の設置が提案されています[文献1p.227-238]

・ナレッジ・プラクティショナー:暗黙知と形式知の両方を蓄積し創造する。ナレッジ・オペレーター(経験に基づいて体系化された技能の形で豊かな暗黙知を蓄積・創造する。ほとんどは第一線社員やラインマネジャー。)とナレッジ・スペシャリスト(伝達可能で量的なデータの形できちんと構造化された形式知を扱う。)からなる。

・ナレッジ・エンジニア:暗黙知を形式知に、形式知を暗黙知に変換し、上記4つの知識変換プロセスを促進する。一般に、ミドルマネジャーとして、トップと第一線をつなぐ。

・ナレッジ・オフィサー:企業全体レベルでの組織的知識創造プロセスのマネジメントを行なう。一般にはトップマネジャーで、会社の知識創造活動に方向性を与える。

 

このような集団の創造性を引き出すしくみは、知識創造の原理に基づいた方法として概念的には理解できるものの、実務的な立場からすると具体的にどうすればよいのかがわかりにくいように思われます。恐らくは、何らかの目標をもったプロジェクトを進めるためにそれなりの組織体制を構築する場合には有効だと言えるのでしょうが、萌芽段階の研究にとっては必要とされる組織が大きすぎるようにも思いますし、この方法が研究開発におけるあらゆる場面で有効なのかどうか、創発的戦略(ノート12)にもこの方法で対応できるのかどうかはよくわかりません。また、研究グループを率いるミドルマネジャーだけの力では実行しにくいと思われることも難しい点だと思います。

 

しかし、この理論を以下のように非常に単純化した形で捉えると、応用が開けてくるように思います。

・個人が持つ知識は、他の知識と出会うことによって、新たな知識を生み出す(=創造の)可能性がある

・組織的知識創造には、個人の知識と別の個人(あるいは組織)の知識が出会うことが効果的

・個人の暗黙知はそのままでは他の暗黙知と交流することが困難なので、形式知化する必要がある

・知識の出会いによって創造された新たな知識には、正しいものも正しくないものもあり、断片的でまとまりのないものだったりするので評価、整理を行なう必要がある(集団による多様なチェックを経て評価、整理し、体系的な形式知を創造することが必要)

・正しいことが確認され、まとめられた新たな知識は個人の頭のなかに蓄えられ、次の発想の原点となる

 

このように考えると、創造のためにまず重要なのは知識の出会いであると言えるのではないでしょうか。こうした知識の出会いを作ることが集団による創造性発揮の基本ではないかと思われます。しかし、知識の出会いの場を広げていくことは実際にはそう易しいことではありません。これは、情報の交流は同類性の高い人々の間では活発になるが、同類性の高い人々は同じような情報しか持っていないことが多く、イノベーションに役立つ異類的な情報を入手するのには困難が伴う[文献2p.334]ことがその理由ではないでしょうか。情報の交流を活発化させるため、例えば、アイデア提案制度や、失敗事例の収集、知識のデータベース化など、個人の暗黙知や経験を表出化して集団で活用できるようにしようとする試みはいろいろとなされているようですが、ノート14にも述べたとおり、こうした試みは必ずしもうまくいっていないのが現実のようです。

 

従って、情報の交流による創造性の発揮を期待するならば、情報交流を促進するための仕組みとともにその仕組みを活性化する努力が必要になるのではないかと思われます。野中らが述べている組織的知識創造の仕組みの中では、ある目的のためにチームが編成されたり、チーム同士の協力が奨励されたりすることが効果的に作用していると言えるでしょう。これは単なる仕組みだけでなくその中に仕組みを活性化させる要因(例えば、特定の目的を達成するためにいろいろな人が協力しようとする共通認識やそれを推進するマネジャーの存在)があったのではないかと思われます。これに対し、そのような目的が希薄である(例えばテーマ探索、アイデア出し段階など)場合には、情報の交流には特別な努力が必要なのではないでしょうか。つまり、知識やアイデアを表出化し、形式知として情報交換できるようにする体制を作るとともに、例えば組織のゲートキーパーを結びつけるような制度や、情報交流の媒介をする担当者を置くことなどの施策を設けて情報交流の努力を行ない、その仕組みを活性化することが必要と考えます。

 

創造性を引き出すことを狙った仕組みを作ることは、例えて言えば、コーヒーに砂糖を入れるようなものではないでしょうか。砂糖を入れただけではいくら待ってもコーヒーはほとんど甘くなりません。誰かがかき混ぜるという努力を行なわなければ目的は果たせないでしょう。もし、水と油の混合によって発生するイノベーションに期待するなら、かき混ぜる努力は継続的に行なう必要があるはずです。

 

多角的な経営を行なっている企業の中には、それぞれの専門分野の知識を融合して、相乗効果(シナジー)を期待することもあると思いますし、「総合力」という名目で多面的な能力をアピールし、その成果を期待することもあると思います。しかし、丹羽の指摘のように、総合力の発揮によって成果を得ることはかなり難しい、というのが現実のようです[文献3p.94]。おそらく原理的には、異なる知識の出会いによる新たなイノベーションの創出に期待することは間違っていないと思いますが、マネジメントの方法にはまだまだ工夫が必要ということではないでしょうか。創造性を引き出す仕組みづくりとともに、その仕組みを活性化し、創造性を発揮させる努力を継続することが求められているのだと思います。

 

 

文献1Nonaka, I., Takeuchi, H., 1995、野中郁次郎、竹内弘高著、梅本勝博訳、「知識創造企業」、東洋経済新報社、1996.

文献2Rogers, E.M., 2003、エベレット・ロジャーズ著、三藤利雄訳、「イノベーションの普及」、翔泳社、2007.

文献3:丹羽清、「イノベーション実践論」、東京大学出版会、2010.

 

関連記事:「『イノベーションの知恵』(野中郁次郎、勝見明著)感想」<2011.8.14リンク追加> 

ノート14:研究成果の転用

ノート13では研究開発の成果を研究実用化のために活用するプロセスについて考えました。これは研究の本来の目的に沿った成果活用の方法ですが、研究の成果というのは「知識」に他なりませんから、その知識は他の目的に使用することもできるはずです。そうした成果の活用を「転用」と表現してしまうのは乱暴ではありますが、ここで付随的な目的への研究成果(知識)の活用について考えてみたいと思います。

 

研究開発成果(知識)の転用

研究によって得られる知識の付随的目的への活用としては、まず特許について考えておくべきでしょう。研究によって有用な知識が得られた場合、それを特許化しておくのは、通常は当然のことと考えられます。これは、特許化によりその知識の独占的使用が可能になり、競争相手との技術的差別化につながるためですが、残念ながら特許さえあれば万全というわけではありません。特許に関しては、以下の点に注意が必要でしょう。

・技術を公開しなければならないこと:真似されたり改良されたりする可能性がある

・技術を独占しようとすると技術の普及の障害となること

・有期の権利(出願後20年)であること:権利保護のタイミングと実用化のタイミングが合わないことがある

・コスト構造の異なる国では、実施者からライセンス料をとっても競争力確保にならない場合があること

・多くの技術ではすべてを特許で押さえることは困難な場合が多く、回避技術が開発されてしまう可能性があること

・特許の本来の目的である「発明を奨励し、産業の発達に寄与させる」という趣旨に反し、他社の業務の妨害や、訴訟や回避技術の検討などによる労力の浪費につながる可能性があること

したがって、丹羽は、「結局のところ、技術的なアイデア(発明)が付加価値の源泉であって、特許はそれを保護する1つの方策である」と述べ、「技術的なアイデア(発明)を競争上いかに有利に展開するかには、多くの方策がある」と述べています。具体的には、特許取得による独占、ライセンス収入、クロスライセンス以外に以下のような方策を挙げています[文献1p.52]

・自社技術の延長上に業界の標準規格を定める

・技術を無償公開しデファクトスタンダードにする

・自社のビジネスモデルが対象としているバリューチェーンの価値を高める

・技術を秘密にしておく

 

もちろん、特許取得の効果は、業種や業界によって異なりますので画一的な議論はできませんが、特許はイノベーションを実施する上でのひとつの手段であって、それが直ちにイノベーションによる成果の獲得に結び付くものとは考えない方がよさそうです。なお、こうした特性を考えると、特許の出願数や権利化数を技術力や研究成果の評価の指標として用いることには慎重な判断が必要と思われます(単に数を指標とすることは、技術の質を考慮していないという問題もありますが)。

 

研究によって獲得された知識をさらに広くとらえ、外部から得られた情報や経験、失敗例なども含めて考えると、それを別の目的に転用する可能性も広がってくると考えられます。特に、既存の知識の組み合わせが新しいアイデアにつながる場合があることを考えると、こうした知識の活用も重要と思われます。

 

どのような知識がイノベーションに役立つかについて、野中らは、「組織的知識創造」の概念を提示しています[文献2]。この理論では、個人と組織における暗黙知(言葉や文章で表わすことの難しい主観的、経験的知識)と形式知(言葉や文章で表現できる客観的な知識)の相互作用が重視されており、暗黙知や知識変換、知識移転が重視されているところなど研究者の実感とも無理なく調和がとれていて、イノベーション成功のメカニズムについて重要な示唆に富むものと思われます。しかし、この理論に基づいて展開が試みられたナレッジマネジメントは、一時期活発に検討されたものの現在は「行き詰まり」[文献1p.327]の状況にあるようです。野中らにより提示された哲学的、理論的アプローチから実用性を重んじる方向への展開がうまくいかなかったことが停滞の原因になっているようで、結局職場の良き人間関係を作ることが知識創造につながる(von Krough)とか、ナレッジマネジメントと言っても実体はIT化による業務効率化の提案にとどまるなど、実用面での有効な方策の提示には至っていない点が課題と言えるようです [文献1p.317,328]

 

しかし、こうした知識変換や知識の移転がイノベーションの成功のために有効であることは疑いのないところではないでしょうか。結局のところ、重要な知識を持った人の活用とコミュニケーションの活性化に帰着してしまうのかもしれませんが、ナレッジマネジメントについても様々な改良の余地があるように思われます。例えば、従来、あまり顧みられることのなかった失敗に関する知識[例えば文献1p.210](これには、「失敗学」という分野も提案されています[文献3])や、すでに却下された古いアイデア[例えば文献4p.195]、知識のある人との人脈[文献5p.117]、少数意見や反対意見[文献5p.173]の有効活用の可能性も考えるべきでしょう。さらに、知識移転のための仕組みづくりとしてのIT技術は、現在はまだ有効に機能するレベルにはないとしても現在の技術発展の多様性とスピードを考慮すると、将来的な可能性はあると思われます。もちろん、単に知識のデータベースを構築すればよいというものではないはずで、Dixonは、データベースへの知識の蓄積がうまくいかない理由について、「自分と関係なく,連絡することもなさそうな人たちがアクセスするデータベースに入力することで得られる個人的な利益はほとんどない」「情報を共有するのは、そうすることによって個人的な利益を得るからだ。その個人的な利益とは、他人に自分の専門知を認めてもらうとか'ほほ笑みが返ってくるぐらいだったかもしれないが」と述べています[文献6p.12]IT技術を使うにしても、なぜ人間は自分の持つ知識を他人に伝えたくなることがあるのかを理解した上での仕組み作りが必要ではないでしょうか。また、知識を組み合わせて新しいアイデアを創造する過程にも工夫が必要でしょう。丹羽は、単なる寄せ集めの状態から総合力を発揮するまでの方法を段階を追って提案しています[文献7p.84]。それに倣って言えば、知識を化合させるための仕組みづくりが重要ということになるのでしょう。

 

知識の活用については、結局のところ、「厳密にいえば、知識を創造するのは個人だけである。組織は個人を抜きにして知識を創り出すことはできない。組織の役割は創造性豊かな個人を助け、知識創造のためのより良い条件を作り出すことである」[文献2p.87]に尽きると思います。現在のところ、知識を効果的にイノベーションにつなげる具体的方法はまだ模索中のようですが、この状態は、ちょうど研究開発目標に向かって様々な試行錯誤を行なっている状態に似ているような気もします。イノベーションの源泉として知識の活用を図るという基本的な方向はおそらく誤っていないと思われますので、まさにマネジメントのイノベーションが求められているのかもしれません。

 

 

文献1:丹羽清、「技術経営論」、東京大学出版会、2006.

文献2Nonaka, I., Takeuchi, H., 1995、梅本勝博訳、「知識創造企業」、東洋経済新報社、1996.

文献3:畑村洋太郎、「失敗学のすすめ」、講談社、2000.

文献4Anthony, S.D., Johnson, M.W., Sinfield, J.V., Altman, E.J., 2008、栗原潔訳、「イノベーションへの解実践編」、翔泳社、2008.

文献5Leonard, D., Swap, W., 2005、池村千秋訳、「『経験知』を伝える技術」、ランダムハウス講談社、2005.

文献6Dixon, N.M., 2000、梅本勝博、遠藤温、末永聡訳、「ナレッジ・マナジメント5つの方法」、生産性出版、2003.

文献7:丹羽清、「イノベーション実践論」、東京大学出版会、2010.


参考リンク 

ノート10:研究組織の望ましい特性と運営

ノート9にひきつづき研究の進め方に関わる組織の問題について考えます。

 

組織の特性と運営

ノート9に述べたように、研究活動にとって望ましい組織形態というものを特定することはなかなか難しいようです。そうであれば、そうした形態的な面よりも、どのような特性を持つことが望ましく、その特性を維持、強化するためにどのような運営を行なうべきかという視点で考えることも一つのアプローチであろうと思われます。

 

例えば野中は「場」というコンセプトを提示し、「場とは物理的な空間として定義されるのではなく、意味あるいは内容をベースとした組織化として捉えられる」とし、「参加者が文脈を共有し、相互作用を通じて新しい意味を創造する実在的なもの」と述べ、よい場の条件として、テーマないし使命を持つ自己組織性(自律性の許容)、境界を持ちつつも相互浸透性を持つこと(個人の参入、退出の許容)、弁証法的対話の存在、自己超越性(外部に視点を移して自己をみる)を挙げているそうです[文献1p.78]。このような見方は、組織の形態よりも、その組織がどんな意味を持ち、どのような活動によって何を生み出すかの方が重要である、ということを示しているのではないでしょうか。

 

より具体的には、組織的知識創造を促進する要件として、組織の意図、自律性、ゆらぎと創造的なカオス、冗長性(当面必要としない仕事上の情報を重複共有すること)、最小有効多様性(複雑多様な環境に対応するためには、組織は同程度の多様性を内部に持っている必要があることを指す)が挙げられています[文献2p.118-123] [文献1p.77]。また、Tiddらも、イノベーティブな組織に関する先行研究に基づき、組織構造以外に、ビジョンの共有、リーダーシップ、イノベーションへの意欲、鍵となる個人、効果的なチームワーク、個人の能力向上の継続と拡充、豊富なコミュニケーション、イノベーションへの幅広い参画、顧客指向、創造性ある社風、学習する組織、といった要素が重要であると認識されていると述べており[文献3p.371]、組織構造のみならず、こうした特性を考慮することも重要、ということと考えられます。そこでここでは上記の因子のうち重要と思われる点に着目して、組織の特性と組織運営に関わる問題について考えてみたいと思います。

 

まずは最も基本的な問題として、ビジョンの重要性について考えておきたいと思います。組織にとって、基本理念、ビジョンを持つことの有効性は、CollinsPorrasの指摘する通りと考えられますが[文献4]、特に研究活動においては守るべき基本理念を明らかにし、それに従うことは特に重要と考えられます。これは、不確実、予想外のことを取り扱う研究活動においては定型的な対応が困難な場合が多いので、守るべき基本理念がないと一貫した組織的な対応がとりにくくなったり、モチベーションが低下したりする場合があると考えられるためです。さらに、Collinsは組織飛躍のためには、単純明快な概念(針鼠の概念)すなわち、世界一になれる部分、情熱をもって取り組めるもの、経済的原動力になるものの重なる部分を理解し、この概念を確立することが必要と述べており[文献5p.130]、この考え方は研究開発活動の具体的な進め方を考える上で重要な示唆を与えるものと思われます。

 

一方、創造性の発揮にとっては「多様性」が重要であるとの指摘は多くなされています[例えば、文献2p.118-123]。多くの研究組織は類似する技術分野の人から構成され、先輩から後輩への技術伝承が専門性の育成に重要とされることも多いため、発想の画一化による創造性の低下が起きないように多様性を維持すべきであることは理解しやすいものです。しかし、多様性を確保する目的で人事ローテーションを行なって個人に様々な経験をさせることは専門性育成の阻害につながる可能性もあると思われます。おそらく重要なことは、個人の中に多様性を持つこと(個人が多様な知識をもち、多様な発想ができること)と、組織の中に多様性を持つこと(組織の中に多様な人材がいること)を区別すべきであるということでしょう。個人に様々な経験を積ませることよりも、様々な人材をひとつの組織に集めることで組織としての多様性を確保し、その組織をうまく運営していくことの方が効果的なのではないかと思われます。すなわち、専門性の充実と多様性の確保のバランスをとることが必要ということになるのでしょう。

 

組織の中に多様性を持たせることができたとして、多様性を有効に活用するためには、コミュニケーションの活性化が重要になると考えられます。異なる意見を受け入れる組織風土づくりと、コミュニケーションのための仕組み作り(例えば頻繁なミーティングなど)がなければ多様性の維持活用は不可能でしょう。

 

コミュニケーションについては、組織内のコミュニケーションだけでなくグループ外とのコミュニケーションについても考えておく必要があるでしょう。外部とのコミュニケーションについては、基礎研究的な性格を持つプロジェクトについてはコミュニケーションと研究成果の間に正の相関があるが、開発研究や技術サービスを行なう組織では負の関係があることを示す研究もあるようです[文献1p.70]。コミュニケーションに関してRogersはグラノベッターにより提唱された「弱い絆」の重要性を指摘しています[文献6p.303]。これは重要な新しい情報は親密な関係の人よりも、それほど親しくない関係の人からもたらされるというもので、親しくない人との接触はその機会は少ないものの、得られる情報は親密な人からの情報に比べて新しいことが多いことに基づいている、と理解できます。

 

組織運営に関わる重要な特性として「自律性」についても多く指摘されています。野中は「組織のメンバーには、事情が許すかぎり、個人のレベルで自由な行動を認めるようにすべきである。」と言い、そうすることによって、組織は思いがけない機会を取り込むチャンスを増やし、個人が新しい知識を創造するために自分を動機づけることが容易になる、と述べています[文献2p.112]。このような自律性の重要性についての主張は、研究開発の成功例において、その組織が自律(自立)的であったという例が多いように思われることからも信頼に足るものと思われますが、トップダウンの管理を重視する組織や経営者はまだまだ多く、そうした組織においては自律性の重要性を力説したところでなかなかそうした環境は得られないようにも思います。そうしたトップダウンの組織では部下の自律性を許容することと、部下にトップダウンの命令を実行させることはおそらく相容れないことなのでしょう。このような状態に対処するためには、自律的とは言ってもトップの方針から外れるようなことを無断で行なうわけではないことが理解されるような信頼感の醸成が必須のように思います。そこで、現実的な対応として参考になるかもしれないと思うのが、KimMauborgneの言う「公正なプロセス」です。公正なプロセスの要素は、関与、説明、明快な期待内容、という3つの要素で構成され、このプロセスをとることによって、自分の意見が重んじられているという信頼と関与が生まれ、自発的な協力が発生することによって、期待を超える水準の献身が期待できるということですが[文献7p.226]、これは同時に自律性の高い組織において必要とされることにもなっていると思います。このような考え方を明示することによって、自律と放縦の区別が可能になり、周囲からの信頼を得やすくなるのではないかと思います。もちろん、トップの経営思想を変化させるのは容易なことではありませんが。

 

以上、組織の特性と運営について、特に重要と思われることをまとめてみました。研究グループのリーダーにとっては組織の形態は与えられているもので変更はできないことがほとんどでしょうから、その環境において最大の成果を挙げるために、組織の特性を理解し効果的に運営を行なう努力は重要であると考えられます。ここに述べたような点を常に念頭におくことは、好ましい組織運営を行なうための原点になるのではないでしょうか。

 

 

文献1:三崎秀央、「研究開発従事者のマネジメント」、中央経済社、2004.

文献2Nonaka, I., Takeuchi, H., 1995、梅本勝博訳、「知識創造企業」、東洋経済新報社、1996.

文献3Tidd, J., Bessant, J., Pavitt, K., 2001、後藤晃、鈴木潤監訳、「イノベーションの経営学」、NTT出版、2004.

文献4Collins, J.C., Porras, J.I., 1994、山岡洋一訳、「ビジョナリーカンパニー」、日経BP出版センター、1995.

文献5Collins, J., 2001、山岡洋一訳、「ビジョナリーカンパニー②飛躍の法則」、日経BP社、2001.

文献6Rogers, E.M., 2003、三藤利雄訳、「イノベーションの普及」、翔泳社、2007.

文献7Kim, W.C., Mauborgne, R., 2005、有賀裕子訳、「ブルー・オーシャン戦略」、ランダムハウス講談社、2005.


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