研究開発マネジメントノート

研究開発とそのマネジメントについてのいろいろ

経営学

タレントとイノベーション(「『タレント』の時代」(酒井崇男著)より)

スティーブ・ジョブズのような優れた才能を持った人によってイノベーションが成し遂げられる例は広く知られています。では、そうした才能を持った人がいればイノベーションは必ず成功するのでしょうか。また、才能ある人がいなければイノベーションは成功できないものなのでしょうか。この問いは、人の才能とは何なのか、人のマネジメントはどうあるべきなのかを考える上で重要な問題であるにもかかわらず、あまりよくわかっていないことのように思います。

そこで今回は、酒井崇男著「『タレント』の時代 世界で勝ち続ける企業の人材戦略論」[文献1]に基づいて、才能を持つ人のマネジメントについて考えてみたいと思います。本書では、イノベーションを起こす才能に特に焦点が当てられているわけではありませんが、人材を生かすマネジメントはますます重要になっていくはずです。著者は、「なぜアップルやグーグルやトヨタは成功し、なぜ日本の電機・半導体・通信・ITは完敗してしまったのか。それは、まさに、売れるモノやサービスを生み出す『タレント』とは何かを理解し、価値を生み、利益を生むとはどういうことかを理解していたか否かの違いだけである。・・・多くの日本企業と日本人が失敗したのは、人材とそのハタラキに対する『考え方』が時代から取り残されていたからである。[p.22]」と述べています。以下、本書の中から重要と感じた点をまとめたいと思います。

第1部、タレントの時代
・「現在ではトヨタ生産方式を導入し、日本の工場で高品質の製品を製造するだけでは、他国の製品と差別化できるほどの高い価値を生み出していることにならない。そうした手法は、現在では、世界中で当たり前のように取り入れられているからである。[p.35]」
・「トヨタ生産方式では、『売れるモノを売れる時に売れる数だけ』生産する。ということは、『売れるモノ』が完成していなければ、・・・量産工場すら建設されていてはいけないはずだ。[p.48]」
・「企業は、売れる商品・サービスを生み出せなければ個々の人材がいかに優秀であろうと意味がない。[p.53-54]」
・時代の変化1、市場の成熟化=製造技術の成熟化:「現在はモノがあふれている。その背景には、市場と生産技術の『成熟化』がある。・・・企業側から見れば、つくれば売れる時代はだいぶ以前に終わっている。[p.54-55]」「現在成功している企業は、『どう』つくるかは生産技術が確立されているので、『何を』つくるか、という工程に莫大な資金を使っている。そして、売れるモノができてからはじめてトヨタ生産方式で生産をするわけである。[p.59]」「成熟化した現在、経済では、質(ニーズがあるモノ)が確保されなければ、量(消費・生産・投資・雇用)は増えていかない。企業は、売れないモノはできる限り生産しないし、消費者はいらないものは買わない。[p.60]」
・時代の変化2、情報化・知識化・グローバル化:「設計情報とは、いわば、知識や才能の塊が情報となったものである。設計情報は調査、企画、開発、設計を経て生み出される成果物である。[p.69]」「『売れるモノ』に相当するのが『設計情報』なので、『売れる製品の設計情報が、売れるときに、売れる順番に工場で製品(実体)に変換される』ことが、トヨタ生産方式である。[p.70]」「グローバル化・デジタル化し、情報化した現在は、設計情報が世界中の工場で、『売れるときに売れる順番で実際の商品に変換されて』お客さんに届けられている。つまり、お客さんが買っている肝心の価値は、工場で生産する以前の、設計情報なのである。また、設計情報のような『価値をつくりだす』ことが、先進国では労働の多くを占めている。知識や情報を活用した、いわば『情報創造労働』が、先進国で働く人たちの実質的な労働なのだ。[p.70-71]」「利益の大半を生み出すのはこうした情報創造の工程(製品開発)であって、情報転写の工程(生産現場)ではない。[p.71]」
・「現在、こうした知識の塊、才能の塊である設計情報を創造することこそが、先進国企業の仕事であり、利益の源泉である。[p.77]」
・「情報視点で見ると、企業活動を通して私たちが生み出している価値とは、本質的には次の3つの情報資産である。・・・1、設計情報:『商品』に相当する情報資産、2、設計情報をつくりだし、生産(媒体に転写)するためのノウハウ、3、人材の頭脳に残っていく知識・経験の蓄積[p.80]」「最近のものつくりやサービス業の実態をより正確に把握するには、モノ(実体)の視点で見るよりも、『情報視点』もしくは『知識視点』で見たほうが本質的であるし、付加価値創造活動の実際を正確に理解できる。[p.81]」
・「一般的に、商品開発・製品開発は、強力なリーダーシップを持った少数の人たちを中心として進められる。設計情報の質を決めることに、決定的な役割を果たす少数の人たちがいるのである。・・・設計情報の質で稼ぐ先進国の企業では、こうした設計情報を生み出す能力を持った個人の能力と、彼らを生かすシステムが決定的に重要になっている。言い換えれば、そうした個人、すなわち『タレント(才能ある人材)』と、タレントを見出し、組織的に彼らを生かす仕組みをどうつくるのかが、現在の企業における最重要課題だということである。[p.83-84]」

第2部、タレントとは何か
・「新製品のコンセプトは、ある日突然頭の中でハタと思いついてつくられるものではない。世界中から集められた膨大な情報をもとに、さまざまな制約条件を踏まえた上で、商品計画・製品計画を担当する人たちがコンセプトを創造している。・・・研究開発・技術開発の方針・方向性に関しても、ある日ハタと思いついて決められているわけではない。ボトムアップで勝手に『創発』されているわけではない。・・・研究開発の成果も、将来の『情報資産』の形成に必要となる無形の『仕掛情報資産』のようなイメージでとらえてもよいということである。・・・『仕掛情報資産』の資産性を洞察できなければ、研究開発の方向を決めることは難しい。[p.106-107]」
・設計情報を創造するプロセスに関係する労働力で必要になるのがタレント・マネジメント。転写するプロセスに関係する労働力に関係するのがヒューマン・リソース。[p.108-110
・「人間の労働(付加価値を生む人間の活動)は情報視点で見れば、『情報を収集し』『情報を創造し』『情報を転写し』『情報を発信する』というビジネスプロセスのどこかに割りつけられている。[p.112-113]」
・「知的バックグラウンドが要求される仕事の場合でも、労働の観点で見たときには、・・・定型的知識労働と非定型的知識労働(あるいは転写型知識労働と創造的知識労働)に分かれる。[p.119]」「定型的知識労働と創造的知識労働の割合は人それぞれである。[p.123]」「『設計情報』と『ノウハウ』を生み出すのは、創造的知識労働のハタラキのほうである。[p.125]」「この創造的知識労働・非定型労働を引き出すことが、タレント・マネジメントだ、ということもできる。[p.127]」
・「仕事を通して、自分の頭を使い自分で経験してきた頭脳に残る蓄積が、その人間の財産でもある。・・・蓄積の質を見抜くことが、タレント・マネジメントの基本である。[p.132-133]」
・「組織的知識労働は、成功したら大きく報いるタイプの人事制度が有効である。[p.137]」
・「定型労働は、成果がリニア(線形)なのに対して、非定型、創造的労働は、ノンリニア(非線形)である。2倍入れたら成果が2倍出てくるわけではない。[p.148]」
・「例えば、アップルは自社内では、設計情報やノウハウ創造に関係する創造的知識労働に特化し、定型労働および転写型労働は、可能な限り社外で行うようにしている。[p.150]」
・タレントとプロフェッショナル・スペシャリストの違い[p.151
タレント:複数分野の知識あり、創造的知識労働、目的的・改革・改善・地頭・洞察・未知を既知に変える能力
プロフェッショナル:知識あり・定型労働、既知の事柄を確実にこなす
スペシャリスト:知識あり・定型労働、特定分野の知識に詳しい専門家
改善ワーカー:知識なし・定型労働+改善能力(非定型労働)
ワーカー:知識なし・定型労働
・「創造性や非定型性とは、目的的に『組み合わせる』力である。・・・目的を達成するためには、まずは、組み合わせる対象の知識を広げる能力が必須になる。『知識を獲得する力』の強さがタレントの必要条件なのである。[p.154-155
・「経営者がタレントであれば、タレントがわかるので、彼らは引き上げられ、活用される。しかし、必ずしもそうとばかりはいかない。タレントを組織の中で発見し生かすのは難しいからである。[p.176]」

第3部、タレントを生かす仕組み
・「創業者がたまたま優秀なタレントで、うまくいっていた間はよいが、彼らがいなくなったあとは往時の勢いが失われていく会社は多い。つまりトップがタレントである間はよいが、そのトップが退いたとき、社内に優秀なタレントがいるだけでは、きちんとしたアウトプットはできなくなる。日本の負け組大企業にも大勢タレントはいるが、タレントというものがどういうものかわかっていない人間がトップになると、彼らを生かすことは不可能になるのである。[p.179]」
・「平均的な能力の社員を経営者や上司にすると、貴重な経営資源であるタレントは確実に排除されてしまう。[p.186]」
・「企業経営の専門家が実際の企業経営に成功している例はわずかしかない。その場合も学校で学んだ経営学の知識で成功している人はまずいない。じつは、経営学やMBAが役立つ業種や企業は、最初から限られているからである。・・・MBAのプログラムでは、本書で述べてきたような設計情報の創造やノウハウ創造のような、知的資産をいかにしてつくりだすかというプロセスについては一切教えていない。[p.189]」「彼らの持っている知識では、持っている資産を削りとったり、交換したりといったことしかできない。知的資産を創造できないのである。あるいは、知的資産の『仕掛品』つまり、つくっている途中の情報資産と、それに取り組んでいるタレントのハタラキを洞察したり評価したりする能力がない。・・・扱う対象が、石油などの『天然資源』。バナナや小麦などの『食糧』、そして『金融商品』といった古典的な財のビジネスでは、元々人間の創造的知識労働やタレント性は、ほとんど関係ない。例えば、石油の油田を所有していれば、平均的な人材が経営者をつとめても大きな問題は起こらない。商品開発するまでもまく最初から『資産』も『権利』もあるからである。・・・資産の創造ではなく、資産の管理であれば、旧来の経営学でも、十分カバーできる。反対に、資産の創造が難しい分野の企業の経営は、経営のプロでは難しい。[p.194-196]」「結局、経営のプロを登用してよいビジネスは、次の場合である。1、あらかじめ商品の価値がわかっている、2、商品のつくり方もノウハウも成熟してわかっている、3、商品価値とつくり方を理解するために専門知識を必要としない。複雑ではない、4、労働者のほとんどが知識を伴わない情報転写型・定型労働者である[p.198]」
・「トヨタの主査制度(チーフエンジニア制度CE制度とも表記)は、タレントを見出し、活用する仕組みである。[p.209]」「買い手の真の要求を探り、設計情報を創成し、生産し、商品をプロモーションし、販売する、すべてのプロセスで責任を持っているのは、トヨタでは主査(CE)である。・・・主査制度は、期待される素質のある人材を見ぬき、選抜し、育て、商品に関わることすべてに責任を持つ一人のタレントと、その商品の構成要素を担当する、各専門分野のタレント・プロフェッショナル・スペシャリストを組み合わせて、優れた商品をつくりだす仕組みのことである。[p.214]」
・「主査(CE)は担当する製品に関する『すべての事柄』に責任を持つと言ってよい。豊田英二氏は、『主査は製品の社長であり、社長は主査の助っ人である』と述べている。・・・主査は、すべての中心となる司令塔のような役割である。・・・主査組織は、組織的にはラインではなく、スタッフ組織である。・・・組織の形を見ると、主査制度は普通のマトリックス型組織の横串機能ではないかと言う人がいる。一般的には、部門横断の横串機能というと各部署の連絡約を思い浮かべる人が多い。しかし、そのイメージは主査の実態とは正反対である。・・・メッセンジャーボーイや調整役などではなく開発リーダーである。[p.216-222]」
・「トヨタの主査制度による製品開発の仕組みは、米国でコピーされて使われている。じつはアップルやグーグルは、こうしたトヨタの発明した仕組みを導入しているから成功しているのである。[p.240]」
・「トヨタの主査制度は『タレント(才能ある人材)を中心として価値を生み出す仕組み』[p.262]」

・「タレントのハタラキは、誰でもできる種類のものではない。教育でつくれるわけでもない。アップルやトヨタがそうしているように、タレントを認め、応援する組織風土、地域風土、国の風土をつくっていかなければ未来はない。[p.281]」
―――

著者の主張は、イノベーションは才能ある少数のタレントによってもたらされる、ということだと思います。タレントに頼らなければイノベーションができないのか、という問いには残念ながら明確な答えは出ていないように思いますが、タレントがイノベーションの源になること、その上で、タレントを生かす仕組みが必要なことについては納得される方も多いのではないかと思います。もちろん、タレントに頼らないでイノベーションを実現する可能性はあるかもしれませんが、もし、タレントが身近にいるならそのタレントを生かさない手はない、といえるでしょう。タレントに活躍してもらうことで成果があがることはもちろん望ましいですし、衆人が認める有能なタレントが正しく評価され活躍できる風土を作ることは、他のメンバーの意欲向上(タレントを目指そうという人の努力を促したり、自分の役割を自覚してプロジェクトに協力しやすくなるという効果もあるように思います)も期待されるように思います。

ただし、優れた能力を持つ人を選び、育て、リーダーとしてプロジェクトを任せるというやり方に対しては、能力でリーダーを選抜することの問題点を指摘する考え方もあります(例えば、ノート11で、McCallChristensenによる、経験から学ぶことによるリーダー育成の考え方を紹介しました)。本書の議論だけでは明確な結論を導くことは困難だと思いますが、著者は、タレントには「知識を獲得する力」の強さが必要、と述べていますので、その能力は、McCallらのいう経験から学ぶ能力に通じるものがあるかもしれません。

タレントを生かす方法として、本書ではトヨタの主査制度が解説されている点については一つの方法論として重要な指摘だと思います。ただし、この制度は、トヨタ(やアップル、グーグル)の状況においてのみ有効なやり方なのではないか、という疑問を持たれる方もあると思いました。特に、設計情報を比較的初期の段階で明確にするトヨタ流のアプローチは、試行錯誤からの学習を重視するアプローチとは思想が異なるように思いますので、試行錯誤的な開発の場合には主査制度が最適なのかどうか興味のあるところです。さらに、タレントを選抜する仕組みについて、選抜する側の能力が重要だとすると、タレントを確実に選抜できるのか、たまたまタレントを見極める能力のない人が選抜する立場になってしまったら、それ以降、タレントをうまく選抜できなくなってしまうのではないか、という素朴な疑問も感じました。とはいえ、人材の能力をうまく引き出す方法は、仮にタレントが求められる状況であってもそうでなくても、マネジメント上の重要課題であることに変わりはありません。本書の指摘を参考に、よりよい方法を考えていくことが実務家には求められるのだと思います。


文献1:酒井崇男、「『タレント』の時代 世界で勝ち続ける企業の人材戦略論」、講談社、2015.

参考リンク


 


アンラーニングの重要性(杉野幹人著「使える経営学」より)

固定観念によって正しい意思決定が妨げられてしまう、という経験は多くの方がお持ちでしょう。しかし、固定観念を排し、あらゆる場合に十分な情報を集めて熟考した上で意思決定するということは現実的に不可能です。思考を節約するために固定観念や経験則、信念、勘といったものに頼らざるを得ない、というのが現実だと思います。では、どうしたらそうした思考の節約による悪影響を少なくすることができるのでしょうか。

杉野幹人著「使える経営学」[文献1]では、「アンラーニング」の重要性が述べられています。著者は、「アンラーニングとは、思考をリセットし、固定観念に囚われないで考えられるようにすること[p.2]」であり、それにより、「考え抜く力が高まります。そのように考え抜く力を『思考持久力』と呼ぶならば、誰もが思いつかないような問題の解決策に辿り着くためには思考持久力は不可欠です。[p.2]」と述べ、「アンラーニング」には経営学が役に立つと述べています。研究開発にとってもこのアンラーニングは重要だと思いますので、以下、本書に沿って、アンラーニングの重要性と、その方法論についてまとめてみたいと思います。

アンラーニングの重要性と経営学の意義(第1章~第3章)
・本書では、経営学を次のように位置付けています。「学術における経営に対する論理の集合を『経営学』、実務家が実践することで育んだ経営に対する論理の集合を『経営持論』と呼ぶことで区別します。[p.32]」。「論理という概念の捉え方はさまざまですが、本書では因果関係を指すものとして議論を進めます。[p.33]」
・「経営学における論理は、一般化することに重きが置かれているという特徴があります。・・・経営持論の論理は、その組織において経験的に得られたものです。このため、おのずと、その組織の周りの環境やその経営資源などに特化した、特殊なものであるという特徴があります。[p.38-39]」
・「新しい局面では、経営持論は役に立ちません。それどころか、これまでの局面での経営持論を持ち込むと、弊害が起こりかねません。・・・新しい局面で役に立つのが、経営学なのです。[p.61]」、「経営学の論理には一般性に限界があったとしても、新しい局面では、経営学の論理は『仮説』として役に立つのです。[p/62-63]」
・「経営コンサルタントの思考の障害となるのが、それまでの経営コンサルティングや、前職で培った自身の経営持論です。・・・経営コンサルタントは、新しい局面での問題解決のために、みずからの経営持論について、それらを必要に応じて使えるようにはしておきながらも、それに固執することなく、その局面にふさわしい論理を選ばなくてはいけない・・・それまで培ってきた経営持論の論理を上手に“忘れる”ことが求められます。[p.70-71]」
・「固執しがちな経営持論の論理に疑いの目を向けさせる対抗馬となる仮説が必要なのです。それが経営学の論理です。[p.74]」
・「新しい局面での問題解決で求められるのは、特定の仮説に飛びつくことではなく、そのような仮説が見えてもそれを冷静に脇に置いておきながら、その解がおぼろげにも見えない暗闇のさらに奥深くに向かって考え抜く力、つまり、思考持久力です。・・・この思考持久力を鍛えるためには、固定観念化しがちな経営持論をアンラーニングしておくことが不可欠です。[p.78]」

アンラーニングの4つの型
・「経営学の論理をいくら理解していったところで、なかなか身に付きませんし、アンラーニングできません。経営学の論理もさまざまなので、頭がパンクするだけです。・・・アンラーニングの型を理解し、その型に対応する形で頭の中に経営学の論理をしまっていくことが必要です。[p.83]」

・本書で説明されている、アンラーニングの4つの型は以下のとおり。
1、役割のアンラーニング(第4章)
・「ある目的だけの手段と固定観念的に信じていたものに対して、その手段がじつは他の目的をかなえる役割があるという論理を示すことで、自分の思考をリセットし、固定観念化した経営持論に囚われないで考えられるようにすることを、『役割』のアンラーニングと呼ぶこととします。[p.104]」
・例1:「研究開発などの事前知識を蓄積しているほど、その副産物として、吸収能力が高まる[p.96

」、「吸収能力は将来の環境変化を想定するためにも活用できる[p.107]」(コーエン、レビンサール)。研究開発の役割には、成果を出すことだけではなく、外部からの知識を効果的に吸収すること、環境変化を想定することもあると考えられる。
・例2:「出身地や国や人種などの表層レベルにせよ、価値観それ自体の深層レベルにせよ、カルチュラル・ダイバーシティを高めると組織のクリエイティビティが高まる傾向がある・・・が、組織の摩擦などマイナスの役割が高まり、結果としてトータルでは、組織のパフォーマンスへの影響はちょうど相殺されてなくなる傾向がある[p.113-114]」(INSEAD)。多様性にはプラスの役割とマイナスの役割がある。
・例3:物事の機能には顕在機能(意図された結果)と潜在機能(意図せざる結果)がある(マートン)。[p.123

2、選択肢のアンラーニング(第5章)
・「ある目的のための唯一の手段として信じられているものに対して、その目的をかなえることができる他の代替的な選択肢があるという論理を示すことで、経営持論に固執していた自分の思考をリセットするアンラーニングを、『選択肢』のアンラーニングと呼ぶこととします。[p.140]」
・例1:部門間での知識移転が困難な原因として「粘着する知識(sticky knowledge)」という考え方がある。知識移転を困難にする要因には、知識の受け手のモチベーション(一般の経営持論では、これが原因と考えられている)の他に、因果関係が曖昧な知識は移転が難しい、受け手の吸収能力の問題(価値を認識できるか)がある。組織の距離が近いよりも遠い方が知識移転が進む(距離が近いと背景が必要以上にわかってしまって移転が進まない)(スズランスキー)[p.133-136]。
・例2:「シュンペーターによって、企業のなかにいる企業者によって生み出されるとされていたイノベーションですが、ユーザーが起点となって起きることもある」(フォン・ヒッペル、小川進、クラウドソーシング事例)[p.146-155
・例3:ポーターの競争戦略論(外に目を向ける)と、バーニーのリソース・ベースト・ビュー(内に目を向ける)。[p.159-160

3、条件のアンラーニング(第6章)
・「ある目的を万事かなえることができると信じられている手段にたいして、それが成立するには条件があるという論理を提示することで、経営持論に固執していた自分の思考をリセットするアンラーニングを、条件のアンラーニングと呼ぶこととします。[p.178]」
・例1:個人のクリエイティビティはその人の能力や経験によるものと考えられがちだが、その人を取り巻く人的ネットワークも影響する(ソーシャルサイド・クリエイティビティ)[p.173]。外部とも社内ともつながりが多いことはよいと考えられがちだが、両方ともつながりが多い場合はクリエイティビティは下がる(ペリースミス)[p.174-176]。
・例2:探索系ラーニング(exploration)と改善系ラーニング(exploitation)(マーチ)の違い。探索系ラーニングではゴールの独立性、進め方の独立性の両方が高い方がよい。改善系ラーニングではどちらとも低い方がよい(マクグラス)[p.188-189]。
・例3:経営陣の仕事が相互依存している度合いが強いときには、経営陣のあいだのコミュニケーションはプラスの効果があるが、相互依存の度合いが弱いときには、経営陣のあいだのコミュニケーションの効果はないか、マイナス(バリック)。[p.193

4、関係性のアンラーニング(第7章)
・「ある目的と手段に因果関係があると信じられているものに対して、それは疑似相関であるという論理を提示することで、そのように経営持論に固執していた自分の思考をリセットするアンラーニングを、「関係性」のアンラーニングと呼ぶこととします。[p.209]」
・疑似相関の例:「多角化が業績を悪化させる(ケディア)」、「ロイヤリティプログラムの有効性」、「CSRは業績向上につながる」
―――

固定観念に囚われないようにすることは、技術開発においても重要です。著者の、「新しい局面での問題解決で求められるのは、特定の仮説に飛びつくことではなく、そのような仮説が見えてもそれを冷静に脇に置いておきながら、その解がおぼろげにも見えない暗闇のさらに奥深くに向かって考え抜く力、つまり、思考持久力です[p.78]」という見解は、まさに研究開発においても当てはまると言ってよいでしょう。研究開発では先は見えないことがほとんどです。計画立案、データのとり方、解釈、仮説の設定、他説や自説の評価など、様々な場面で、固定観念、思い込み、早合点、希望的観測などに惑わされる可能性がありますし、固定観念に固執していては新たな発見もできないでしょう。「アンラーニング」は、研究開発を行う技術者にとっても不可欠のスキルといってよいと思います。

しかし、アンラーニングしなければいけないとわかっていても、それが実行できているとは限りません。経営持論への固執と同様、技術開発においても固定観念を信じたくなる強い誘惑があります。その誘惑をはねのけるため、本書のようなアンラーニングの型の整理は非常に有効だと思いますが、さらにわかりやすく、技術者向けのチェックポイントのような形にすると、以下のようになると思います。

1、役割のアンラーニング:この技術やアイデアには他にも使い途があるのではないか?。想定とは異なる作用があるのではないか?(副作用や弊害も含めて)
2、選択肢のアンラーニング:他の方法でも同じような結果を得ることはできるのではないか?。
3、条件のアンラーニング:思ったような同じ結果がいつも得られるのか?。期待どおりの結果が得られるための前提は何か?。どういう条件なら思ったようになるのか。
4、関係性のアンラーニング:疑似相関ではないのか?。因果関係はあるのか?
これをさらに簡潔にすると、「本当にそうか?」、「本当だとしたらどうなるはずか?」という2つの問いに帰結できるように思います。実はこの2つの問いは、技術者として物事に接する場合の基本的な注意点として心すべきことだと思っているのですが、アンラーニングの型としてまとめると、そのチェックが格段にやりやすくなり、実効性が上がるように思われます。マネジメントの実践において不可欠の考え方として認識を新たにすべきだと感じました。

なお、著者は、経営学がアンラーニングにいかに役立つか、ということも詳しく述べていますが、その点についての説明は割愛させていただきました。科学技術の分野では、基礎科学研究の知見を応用に活かすことはごく普通のことですので、このブログ記事では、経営学の研究が経営の実践に役立つことはあえて強調する必要はないだろうと思ったためです。しかし、技術者出身の経営者でも、こと経営となると自らの経験や誰かの定説を盲信している人もいます。流行の経営手法を信じてしまいやすい人はおそらく経営理論の効果を過大評価している人(理論の限界を掴んでいない人)、自らの経験を重視しすぎる人はおそらく経験よりも有効な理論を知らない人(経験の限界を掴んでいない人)なのではないか、という気がします。どちらも、経営学の最新の考え方に触れる機会が少ないことが問題のようにも思いますが、科学に劣らず経営学も日々進歩していることを考えれば、経営学が使えるか使えないかを議論する前に、使う努力をしてみる価値があるのではないか、とも思いますがいかがでしょうか。


文献1:杉野幹人、「使える経営学」、東洋経済新報社、2014.

参考リンク



経営判断の頼りなさと経営学(ヴァーミューレン著「ヤバい経営学」より)

誰でも、自ら進んで誤った判断をしたい人はいないと思います。経営者も会社の成功のため、正しい判断をしようとしているはずだと思いたいところですが、本当にそうでしょうか。ヴァーミューレン著「ヤバい経営学」[文献1]では、「ビジネスで何が起きているかを明らかにする。経営者の正体を探り、ビジネスの世界に見られる誘惑、さまざまな仕組みによる影響、また、ときに無意味な仲間意識や、企業の戦略というものを細かく見ていく[p.4]」ことをつうじて、経営における様々な判断、行動がいかに頼りないものかが示されています。邦訳の書名からは世間受けを狙った本という印象を持たれてしまうかもしれませんが、そんなことはなく、原著の表題(Business Exposed: The Naked Truth about What Really Goes on in the World of Business)が示すとおり、知っておいて損はない様々な話題、特に「ビジネスにおけるおかしな点」が取り上げられていて興味深く感じました。

本書の特徴は、「説明することはすべて、厳格な研究と立証できるだけの事実にきちんと基づいている[p.5]」ということでしょう。実際、企業での実務で感じていた日頃の疑問が解消されたと思えるような話題もありました。以下では、特に興味深く思われた点を、私なりの分類で整理したいと思います。

経営者の意思決定には何が影響するか
・「競合他社もやっているから」、集団慣性(不思議な習慣)[p.9-12
・「多数の無知」:「自分たちが間違った方向に向かって進んでいることに気づいても、誰もそれを口に出さなければ、行き詰るまでみんなでその現状を維持してしまう[p.17]」。
・「最適弁別性理論」(「少し変わったことをしようとする[p.18-19]」
・成功の罠:「大きな変化が起きると、成功して油断していた企業は、新たな状況にうまく対応できない[p.44]」。
・視野狭窄(トンネルビジョン):「頭を支配しているエゴが、視覚をねじ曲げることで起きる[p.47]」。
・立場固定:状況がよくなくてもプロジェクトをやめられない[p.51]。
・集団思考:メンタルモデルに沿わない考え方を無視し、集団で非合理的な意思決定をしてしまう。[p.54
・「激しさや野心といった性質は、部族の長になるのに役立つものであっても、将来的に安定した組織を築くためには有益であるわけではない」「トップになる可能性の高い人の性格とは、部族をトラブルに巻き込むものでもある」[p.77]
・「買収経験豊富で自信過剰な経営者は、ほとんどの場合、自分の掘った穴に落ちてしまう[p.105]」。
・「会社が異なったり、時期が異なったりすれば、異なったリーダーが必要[p.120]」。
・利益の相反:コンサルティング会社などで企業内部で機密が漏れないようにする「チャイニーズウォール」は十分とはいえない[p.128-131]。「アナリストは利益の相反という問題を抱えている[p.131]」。
・「わたしたちは自分に似た人が好きだ。そして、自分に似た人こそ、他の人より優秀だと考える[p.151]」。
・「経営者がストックオプションを大量に持っているときは、経営者はリスクを積極的に取るようになる。」「ストックオプションを多く抱える経営者は、大勝よりも大敗することのほうが多い。」[p.158-159
・予言の自己実現:「人間は何がうまくいって、何がうまくいかないかについて先入観念を持っている。よって結果的に、その思い込みが正しいと信じ込んで無意識に頑張る。[p.178]」

情報解釈の誤り
・「選択バイアス」:「何らかの理由で選ばれた部分的な結果ばかりを見て、間違った結論を導く[p.21]」。
・「数字ばかりに目を向けていると、重要だが数値化できない視点が抜け落ちてしまう[p.24]」。
・フレーミング効果:「少し書き方が異なるだけで、同じ選択肢から選ぶ答えが変わってくる[p.61]」「問題が『チャンス』になるのか『脅威』になるのかは、結局は捉え方次第[p.63]」。
・「ビジネスやリスクを伴う場面では、『最優秀者』には注意をしよう。一番トップに来ている人は、ラッキーなだけのおバカさんであることが多いからだ。[p.112-113]」
・「対応バイアス」:「うまくいっていると、自分の手柄にする。うまくいかないと、他人のせいにする。」「競合他社の業績になると、このバイアスはさかさまになる。経営者は、競合他社の好業績を外部環境のせいにし、競合他社の不振はその会社の経営者の問題のせいにする。[p.113-114]」
・「私たちや投資家、アナリストなどは、企業が発表している内容について気にする反面、企業が実際に何をしているかについては、あまり気にしていない[p.176]」。
・「『関係があることと、因果関係があることは異なる』・・・成功企業がコアビジネスに集中し、強固な企業文化を持っているからといって、成功の原因だということにはならない。・・・そういう成功企業の特徴をただ真似ることは、逆に会社を成功から遠ざけてしまう可能性がある[p.182-183]」。

戦略に関する問題
・「大成功に導く戦略、または非常に革新的な戦略というものは、合理的なプロセス、もしくは経営トップの独断から生まれることはない[p.40]」。
・「対脅威萎縮効果」:苦しい会社はコアビジネスに集中し、自分たちが考える強みを、今まで以上に強化しようとする。それと同時に、コアビジネス以外のビジネスは切り離して、コストを切り詰め、嵐をなんとかやり過ごそうとする[p.64]
・「時間圧縮の不経済」:「組織が努力や成長を短期間に詰め込むのは、それを長い期間にわたって行うよりも非効率である(ディリックス、クール)[p.83]」。
・「ほとんどの買収は失敗する[p.102]」。
・経営合理化:「普通の会社は人員削減の恩恵を受けることはできない。もちろん、経営不振の企業は何か手を打たなければいけない。しかし、ただ人数を減らすだけでは、どうにもならない」「なぜ人員削減策がうまく機能しないのか。最初に言えるのは、・・・残った社員のモチベーションを下げるからだ。」[p.187
・流行りの経営手法(目標管理、ゼロベース予算、トレーニンググループ(Tグループ)、Y理論、Z理論、多角化、マトリックス組織、社員参加型経営、歩き回る経営、多能工化、QCサークル、BPR(ビジネスプロセス・リエンジニアリング)TQM(総合的品質管理)、チーム経営、シックスシグマ、ISO9000といったもの):「流行りの経営手法を導入した会社は、導入していない会社と比べて業績が良いわけではない」[p.190]。「経営手法は、組織の機能を改善させるためにある。しかし、実際はただ効果がないだけではなく、予想もしなかったマイナスの結果を生むこともある。この予想もしなかったマイナス結果は、表面化するまで時間がかかる。そのため、企業はこの長期的には全く効果がない手法を導入してしまう[p.193]」。
・「長期的な戦略に固執して、ただ着実に実行しようとすると、目の前に突然現れる障害物に素早く反応できない。[p.224]」
・「成功した会社は、長期的にはトラブルに巻き込まれることが多い。その理由は、視野が狭くなり、同じことをやり続けるようになるからだ。・・・定期的な組織再編は、このような硬直化を防ぐことができる[p.257]」。
・「多くの企業は間違った金銭ベースの理論に基づいて、間違ったやり方を実践している。それは、結果的に企業が望む結果を達成するどころか、むしろ阻害してしまっている。[p.277]」

・メジャーリーグチームの調査では、給与格差が大きいほどチームの成績は低迷する。[p.279-280

イノベーション・研究開発について
・活用が探索を追い出す:「組織は自分たちの得意なこと、成功し儲かっていることにますます集中しようとする。しかしこんなやり方は、今は儲からなくても、長期的には重要になる(もしくは、すでに重要な)ものを犠牲にしている[p.56]」。
・「会社が古く、そして金持ちになればなるほど、イノベーションが起きなくなる」「古い企業でも多くのイノベーションを生み出しているが、そのイノベーションはあまり重要ではなかったり、今までの研究の焼き直しだったりすることが多い」[p.59]。
・「うまくいっていないときは、イノベーションを起こすチャンスなのだ。嵐をやり過ごせるという、はかない希望にすがって、避けることができない未来をただ待ってはいけない。嵐で本当に死ぬかもしれない。そうではなく、手段があるうちに嵐から抜け出さなくてはいけないのだ。[p.68]
・「業績の悪化に直面しているときには、・・・オープンになることだ。新しいアイディアやイノベーションが起こるように、ボトムアップで試行錯誤してみるのだ[p.70]」。
・「企業がISO9000を導入すると、既存分野の発明が急激に増えていた。その反面、新しい革新的なイノベーションが犠牲になっていた。[p.194]」
・「社内文書データベースは、どんなに頑張ってもあまり役には立たない。・・・本当に重要なノウハウは、紙に書くことができないことが多い・・・そのノウハウとは、組織や競争力の源泉にもなっている、複雑な構造の一部だ。こういうものは、表現したり紙に印刷したりできない、大きな暗黙知の部分を持っている。つまり、このノウハウを得るには、直接やりとりしないといけないのだ[p.214-215]」。
・「研究開発に投資することには、2つのメリットがある。一つ目は新しいものの発明だ。二つ目は他社が発明したものを理解し、吸収し、適用する能力の獲得だ。[p.218]」
・中国の医薬品業界のイノベーションを調査した結果では、イノベーションは成長ももたらさず、存続率を長くする効果もない[p.226-228]。
・「イノベーションを生み出す革新的な組織であり続けることは簡単ではない・・・。業績が悪化するまでイノベーションに投資するのをやめたとしよう。業績が悪くなり、問題から抜け出すためにイノベーションを起こそうとしても、手遅れだ。意味のあるイノベーションを起こすには時間がかかる。[p.231]」
・「利益を出すのは良いことだ。多ければ多いほうがよい。しかし、イノベーションがあり続ければ長期的に安定できるし、イノベーションは従業員や顧客をエキサイティングにするだろう[p.233-234]。」
・「多くの会社が、自社だけで革新的になるのは難しいと気づいた。本当のイノベーションを起こすためには、当然さまざまな能力と知識、洞察力が必要だ。しかし一つの組織が、そのような多様性を持つ例は少ない。何か根本的に新しいものを見つけようとするならば、会社の外に目を向けたほうがよいだろう。・・・これは『イノベーションネットワーク』と呼ばれる。他社の知識にアクセスし、自分たちのリソースに加える。そして、自社だけではできなかったことをやろうとする。[p.259]」
――

本書に述べられた様々なトピックスから浮かび上がってくることは、我々が経営に関して持っている認識がいかに当てにならないか、ということではないかと思います。経営者は会社のためを思って様々な判断をしているだろうと思っている認識も危ういものですし、様々な経営手法や考え方も実態は怪しいものである、ということでしょう。経営者や企業経営に影響力のあるコンサルタント、アナリストの判断の危うさには、個人の判断の危うさが影響しているでしょうし、組織としての判断に個人の判断の要素が入り込んでくるという問題も考えられると思います。経営手法については、特定の課題の解決を目指した手法の適用限界という問題、長期的な影響という問題があることは十分に考慮する必要があるでしょう。

では、なぜこうしたことが今まで広く受け入れられてきたのでしょうか。恐らくは、その真偽を明らかにすることができていなかったためなのでしょう。調査と統計的解析に基づく近年の経営学研究によって、経営の実態と経営に関する様々な考え方の有効性が明らかになってきたとすれば、喜ぶべき進歩なのではないでしょうか。もちろん、それぞれの研究結果の適用限界には注意が必要ですし、すべての問題が統計的な手法で解析できるわけではないでしょうが、ある考え方の効果が検証できるようになり、使える考え方と単なる思い込みに過ぎない考え方が区別できるようになってきたとすれば、実務家にとっては非常に役に立ちます。そこまでいかなくても、実務上なんとなく不審に感じていたことの実態がわかったり、何がよくて、何がまずいのかに関して、注意すべき点や解決のヒントが得られたりするだけでも有用です(本書の話題のいくつかは実務的にも重要な示唆を含んでいると感じました)。最終的には問題点の解決策を提示しなければならないとしても、まずは問題点を正しく認識することが出発点になるでしょう。本書のようなアプローチはその意味からも重要だと言えるのではないでしょうか。

経営学が真に使える学問になるためにはまだまだ発展が必要でしょう。著者は「昔のヤブ医者は『血を出すこと』によってすべての病気を治せると言った[p.4]」ことを例えに出していますが、経営学で「当たり前」とされていることはまだヤブ医者のレベルなのかもしれません。人の意思を扱う経営学の研究は医学の研究よりも難しいとは思いますが、経営行動の本質に少しでも近づくことで、よりよい経営方法、イノベーションの進め方が明らかになるのではないか、と思いますし、いずれの日にか、こうした知見が体系化されることにも期待したいものです。


文献1:Freek Vermeulen, 2010、フリーク・ヴァーミューレン著、本木隆一郎、山形佳史訳、「ヤバい経営学 世界にビジネスで行われている不都合な真実」、東洋経済新報社、2013.

参考リンク<2014.2.23追加>




「世界の経営学者はいま何を考えているのか」(入山章栄著)より

何かを決めたい時、誰しもできるだけ確かな根拠に基づいて判断したいと思うでしょう。しかもなるべく最新の情報が欲しいと思うのではないでしょうか。しかし、最新の情報を集め、理解し、活用することは容易ではありません。特に、学問の世界では、分野が細分化され、深くなり、多くの情報が蓄積されるようになってきていることもあって、最新の考え方にたどりつき、その価値を見極めて、進歩についていくことは大変です。

経営学、マネジメントの分野でも、その事情は同じでしょうが、2012年末に発刊された入山章栄著「世界の経営学者はいま何を考えているのか」[文献1]では、研究マネジメントに関連する分野も含めて、最先端の経営学の話題がわかりやすく解説されていて、その内容も非常に示唆に富んでいると感じました。以下、本書の中で興味深く思われた点と、実務的な研究マネジメントに関して重要と感じた点を「感想」としてまとめてみたいと思います。

PART I、世界の経営学(第1章:経営学についての三つの勘違い、第2章:経営学は居酒屋トークと何が違うのか、第3章:なぜ経営学には教科書がないのか)
・世界の経営学は科学を目指している(ドラッカーの言葉は『名言であっても、科学ではない』)[p.15]。大学の経営学研究者は、「よい授業をしても出世などできない」、「昇格するために決定的に重要なのは、・・・『上位ランクの学術誌に何本論文を載せたか』がほぼすべて」、「経営学者たちにとって重要なことは、研究を通じて経営学の知のフロンティアを切り開き、発展させること」[p.22-23]。経営学の「科学性はまだかなり薄弱」[p.26]。「世界の学者が目指している経営学は発展途上の学問」[p.27]。
・「世界で進められている経営学の研究とは、・・・『経営の真理法則らしきもの』が本当にそうなのか、なぜそうなのか、それは他の多くの企業にも一般的にあてはまるのか、を科学的に解明することにある」[p.34]。「海外の、少なくとも欧米のトップクラスのビジネススクールにいる教授のあいだでは、『理論→統計分析』という演繹的なアプローチで研究を進めることが主流になっている。」[p.36
・経営学はミクロ分野(企業内部の組織設計や人間関係を分析する組織行動論)と、マクロ分野(経営戦略論、企業を一つの単位としてとらえ、その行動や、他企業との競争関係、協調関係、組織構造のあり方などを分析する)、に分けられる[p.44-45]。マクロ分野の経営学は主に3つの理論ディシプリンから構成されている。①経済学ディシプリン(ポーターなど、人は本質的に合理的な選択をするという仮定が置かれる)、②認知心理学ディシプリン(サイモン、マーチ、レビンサールなど、古典的な経済学が想定するほどには人や組織は情報を処理する能力がなく、それが組織の行動にも影響すると考える。イノベーション経営の分析に多大な貢献をしている。)、③社会学ディシプリン(人と人、あるいは組織と組織がどのように社会的に相互作用するか)[p.48-50]。「同じ『企業とは何か』というテーマでも、経済学的なディシプリンを好む学者は効率性を、社会学ディシプリンの学者は相互依存関係やパワーを、認知心理学ディシプリンの研究者は経営資源やアイデンティティを重視する傾向が強い[p.54]」。
・感想:科学を目指す経営学の方向は、技術者には理解しやすいアプローチです。ただし、科学においても研究のアプローチは一様ではありません。特に、その分野の理論や知見、手法がどの程度確立されているかによって、研究のアプローチや成果の解釈は大きく変わると思います。経営学が学際的で発展途上の分野であることを理解し、経営学者たちの考え方の背景を理解することは、経営学の知見を実践に活かす上で重要なことと思われます。

PART II、世界の経営学の知のフロンティア
第4章、ポーターの戦略だけでは、もう通用しない

・「ポーターの競争戦略論(SCPパラダイム)とはライバルとの競争を避けるための戦略、いわば守りの戦略」。「近年では競争優位は持続的でなくなってきている」。「ハイパー・コンペティション下では攻めの競争行動が有効になる可能性がある」。[p.81
・感想:実務的には、競争を避ける、つまり一種の独占を目指す戦略の効果が以前より小さくなっているのではないかという印象があります。競争優位を得られたとして、それを持続させる戦略も重要なのかもしれません。
第5章、組織の記憶力を高めるにはどうすればよいのか
・「組織が過去の経験から学習するものであるということは、経営学者のあいだでコンセンサスになっている[p.88]。」「トランザクティブ・メモリーとは、組織の記憶力に重要なことは、組織全体が何を覚えているかではなく、組織の各メンバーが他メンバーの『誰が何を知っているか』を知っておくことである[p.90]」。「組織全員が同じ知識を共有することは非効率であり、むしろ大事なことは『知のインデックスカード』を組織のメンバーが正確に把握すること[p.101]」
・感想:この話題は、組織内での知(暗黙知も含めた知)の交流伝承、協力、分業の仕組みづくりにも関わっていると思います。歪んだ成果主義は組織の記憶力に悪影響を及ぼしているのではないかと感じました。
第6章、「見せかけの経営効果」にだまされないためには
・経営効果に関する分析には、内生性(説明変数と誤差項に相関がある場合)やモデレーティング効果(ある変数から別の変数への効果の強さが、さらに別の変数に左右される場合)の考慮が不十分な場合があるので、結果の解釈には注意が必要。
・感想:上記の問題に加え、数値化された効果には、必ずモデル化の問題が入ってくると思います(基本的には同じことを言っているかもしれません)。しかし、ある程度コントロールされた実験が可能な科学の分野でも完璧な解析は困難なことがほとんどですので、分析結果の解釈には十分に注意した上で、その真偽、有効性は実践で証明してくしかないのかもしれないと感じました。
第7章、イノベーションに求められる「両利きの経営」とは
・「イノベーションの本質の一つは、知と知の組み合わせから新しい知を生み出すことである。そのために企業は知の幅をほどほどに広げる必要がある。」「企業組織は本質的に知の深化に傾斜しがちで、知の探索をなおざりにしやすい。事業が成功している企業ほどこの傾向が強く、これをコンピテンシー・トラップという」「イノベーションの停滞を避けるために、企業は組織として知の探索と深化のバランスを保ち、コンピテンシー・トラップを避ける戦略・体制・ルール作りを進めることが重要である。この点こそが『両利きの経営(Ambidexterity)の骨子。』[p.141]「オープン・イノベーションで『両利き』をどうとらえるかについての研究では、「企業間アライアンスにも『知の探索型』と『知の深化型』があり、企業はその両者をバランスよく配置する必要がある」というコンセンサスが得られている[p.142]」。
・感想:一時期流行した「コアへの集中」の誤った適用が問題を招くということでもあるように思います。実務的には、どこでバランスをとるか、どうとるかが重要なので、今後の研究の進展に期待したいと思います。
第8~9章、経営学の3つの「ソーシャル」とは何か
・ソーシャルを分析する枠組みはおおまかに3つ。①ソーシャル・キャピタル(社会関係資本、人と人とが関わり合うことで生まれる便益、強い結びつきからもたらされる)、②関係性のソーシャル・キャピタル(グラノベッターらによる弱い結びつきのネットワークが重要)、③構造的なソーシャル・キャピタル(ネットワーク構造に着目、ストラクチュアル・ホール(バートによる、ネットワークの構造的空隙)を持つ人が有利)。
・感想:おそらく、ネットワークの構造によって、どんな知の創造、交流、活用を行うのに効果的か、また、構成員の役割分担をどうしたらよいのかが変わってくるように思います。また、ネットワークの構造だけでなく、その中を何が流れているのかも重要だと思います。実務的には、組織の構造や運営方針を決める上で重要な考え方だと思いますので、今後の研究の進展に期待したいと思います。
第10章、日本人は本当に集団主義なのか、それはビジネスにはプラスなのか
・「海外進出を検討する際に、市場規模や成長性のような『チャンス』要因と比べると、国民性の違いのような『リスク』要因はないがしろにされがちである。」国民性を指数化する試みとしてホフステッド指数とGLOBE指数がある。日本人はやや集団的であり、「それゆえに海外企業との協力関係を築くのがうまくない可能性がある」[p.202]。
・感想:集団的かどうか、だからどうなのかという議論はネットワークの考え方で将来的には理解できるようになるような気がしました。
第11章、アントレプレナーシップ活動が国際化しつつあるのはなぜか
・「アントレプレナーシップ活動は本質的に一定の地域に集積する傾向がある[p.221]」(経営資源や知識を得やすいため、ベンチャーキャピタルによる投資の容易さのため)。ところが、最近は、「深い知識や情報が、国境を頻繁に往復する人々で形成されたコミュニティ(超国家コミュニティTransnational Community)を通じて、国境を越えて『飛ぶ』ようになっている[p.216]」。
・感想:この議論もネットワークの問題に集約されてしまうかもしれないと思いました。
第12章、不確実性の時代に事業計画はどう立てるべきか
・経営戦略論の研究者はおおまかに、コンテンツ派(企業はどのような戦略をとるべきかを考える)と、プランニング派(どういうやり方で戦略や事業計画を立てるべきかを考える)に分けることができる[p.226]。プランニングの考え方には、計画主義と学習主義がある[p.227-230]。リアル・オプションのエッセンスは「『段階的な投資』を考えるというシンプルなもの[p.233]」。それにより、リスクをおさえ、機会を取り逃がさないですみ、学習することができる、というメリットがある[p.234-236]。「リアル・オプションは『不確実性が高いことはむしろチャンスである』ということを明示的に説明した[p.236]」。「不確実性の高い事業環境では、事業計画とは単に計画を練るためのものではなく、事前に不確実性を洗い出し、仮定は仮定としてつねに認識し、それを恒常的にチェックするために行うものである[p.243]」。不確実性には内生的(自ら行動を起こせば低下させることができる)なものと、外生的(コントロールできない)なものがある。例えば、「不確実性を事前にきちんと洗い出し、分類し、そして段階投資にもとづいた複数の投資シナリオをきちんと分析して計画に取り込んでおく[p.248]」というやり方で、「リアル・オプションの事業計画は、プランニング派の計画主義と学習主義の架け橋となりうるのではないか[p.247]」。
・感想:特に研究開発の分野では、第一線の実務的には学習主義が使いやすいのですが、管理者や経営者には計画主義を好む人も多いため、それらの人々の支援を得るのに苦労することがあります。リアル・オプションの基本的な考え方は、研究の実務では実際によく用いられており、その有効性を主張する意見も多いと思いますが、その考え方は計画主義の人々の協力を得ようとする場合の武器になりうるように思いました。
第13章、なぜ経営者は買収額を払い過ぎてしまうのか
・「①経営者の思い上がり、②自社をどうしても成長させたいというあせり、③国家を代表しているというプライドが、経営者に高い買収プレミアムを支払わせている[p.263]」
・感想:研究開発への投資額や期待値を考える場合にも、まさに上記のバイアスがかかっていると思います。それがプラスの方向に作用する場合もないとは言えないと思いますが、注意すべきポイントだと思います。
第14章、事業会社のベンチャー投資に求められることは何か
・コーポレートベンチャリングとは、「大企業の内部において、あたかもスタートアップ企業のように自立性をもった新しい事業部門を立ち上げること」。コーポレート・ベンチャーキャピタル(CVC)投資は、「一般の事業会社が、あたかもベンチャーキャピタル企業のように若いスタートアップ企業(ベンチャー企業)に投資をすること」[p.266-267]。CVCのメリットは、技術やビジネスモデル、事業の将来性に関する深い情報を得られること、スタートアップ側にとっては、事業会社の経営資源を活用できること、つまり知の探索の手段となり、リアル・オプションになること[p.274-276]。そのため、「オープン・イノベーション戦略の一手段となりうる。[p.282]」。ただし、スタートアップにとっては技術が事業会社に奪われる、事業会社の都合に振り回されるというリスクもある[p.278-279]」。「CVC投資はリスクも大きい。成功のために、事業会社は長期的に業界内での信用を築き上げることが重要[p.282]」
・感想:オープン・イノベーションが話題になることが多いですが、「信用」まで考えた進め方がどこまで理解されているのでしょうか。ひょっとするとそれがオープン・イノベーション成功の秘訣なのかもしれません。
第15章、リソース・ベースト・ビューは経営理論といえるのか
・リソース・ベースト・ビューを取り上げて、経営学の理論と実証研究のあり方について議論が交わされている。
・感想:実務上は、ある考え方に「理論」と名がついていようといまいと関係ありません(有名な先生の名前やもっともらしい理論の名前が議論に効果的なこともありますが)。科学分野では、実験結果によってある理論が否定されることも、適用範囲が限定されることもよくあることなので、「理論」という言葉自体にそれほど意味を期待する必要はないように思います。ただ、ある考え方が、「理論」の名のもとに覚えやすく使いやすくまとめられていることは非常にありがたいことですし、理論をめぐる議論を通じて経営学が深まるならば好ましいことであると思います。

PART III、経営学に未来はあるか(第16章:経営学は本当に役に立つのか、第17章:それでも経営学は進化しつづける)
・経営学の課題:「①経営学者の理論への偏重が、理論の乱立化を引き起こしている。②おもしろい理論への偏重が、重要な経営の事実・法則を分析することを妨げている。③平均にもとづく統計手法では、独創的な経営手法で成功している企業を分析できない可能性が残る。」[p.325-326
・経営学を科学的でありながら役に立つものにするための新しい試みとして、エビデンス・ベースト・マネジメント(定形化された事実法則を企業経営の実践にそのまま応用しようとする)、メタ・アナリシス(これまでに蓄積されてきた研究結果そのものをデータとして統計解析を行う)、定性的な手法(ケース・スタディー)に再注目する、ベイズ統計を使う、複雑系の考え方を導入する、などのアプローチがある[第17章]。
・感想:経営学に限らず、多くの学問分野において、その分野なりの課題はあると思います。多くの場合、課題が広く認識され、その解決のために努力がなされることで、その分野が発展していくのではないでしょうか。しかし、発展はある目標に向かって最短距離で進むとは限らず、例えば学会で評価され出世しようとすることが研究者のバイアスになることはどの分野でもありますし、また、ある手法や課題がある時期学会で人気となり(ということは注目されやすく出世の機会も増える)、そこばかりが注目され、真に必要な研究が疎かになる、という問題もどこにでもあると思います。実務家にとっては、ある理論(考え方)なり発見なりが自分の課題解決に使えるかどうか、あるいは、課題解決のヒントが得られるかどうかが重要ですので、ぜひ、様々なアイデアを提供していただくことを学者の皆さんには期待したいと思います。理論が統計的に実証されることも重要でしょうが、実務の世界で有効性が実証されることも意義のあることだと思います。実務家が経営学に貢献できるとしたらそういう点なのかもしれません。
―――

以上、本書の内容のまとめとそれぞれの話題についての感想を述べさせていただきましたが、本書に解説された最先端の経営学上の考え方は非常に興味深く、役立つものが多かったと思います。確かに、こうした情報に対するフォローが日本ではなかなかできていないことは著者の指摘の通りだと思いますし、我々もそうした努力を怠るべきではないのでしょう。ただ、科学の分野では、ある分野の最先端の研究の全体観を著者の見解も入れて解説した「研究総説」というものが発表されることが多く、教科書の内容を超える最先端の知見を学ぶ上で非常に参考になっています。経営学の単発の論文を読むことももちろん必要でしょうが、科学分野と同様、個々の論文は玉石混交でしょうから専門家以外の人がそれをフォローすることは効率的ではないようにも思います。本書のような情報は実務家にとっても非常に有用と感じましたので、このような情報が得やすくなることを期待したいと思います。

文献1:入山章栄、「世界の経営学者はいま何を考えているのか 知られざるビジネスの知のフロンティア」、英治出版、2012.

参考リンク<2014.1.26追加>


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