研究開発マネジメントノート

研究開発とそのマネジメントについてのいろいろ

統計

データを使う前に(ファング著「ナンバーセンス」より)

判断や意志決定の根拠として数値データを使う状況は多いと思います。しかし、データや数字を解釈し使っていく際には注意が必要だということもしばしば指摘されます(本ブログでも以前に「数値目標」について考えてみました)。特に、最近では「ビッグデータ」が注目され、大量のデータから得られる示唆についての期待の高まりを受けて、統計的スキルやデータアナリストの仕事についてもその重要性が認識されつつあるように思いますが、ビッグデータであっても、データや数値を扱う上での注意は従来同様に必要でしょう。

カイザー・ファング著「ナンバーセンス」[文献1]では、事例に基づいて、数字を扱う上で注意すべき点が解説されています。事例ベースの解説ですので、注意点が網羅されているとは言えないと思いますが、日々データを扱っている技術者にとっても役に立つ点も多いと感じましたので、以下に、特に興味深く感じた点をまとめておきたいと思います。

ナンバーセンスとその意味
・「ビッグデータはすでに現実であり、今後も多大な影響を及ぼすだろう。少なくとも、私たちの誰もがデータ分析を消費している。だからこそ、より賢い消費者にならなければならない。そのためには統計のリテラシー、すなわち『ナンバーセンス』が必要なのだ。問題のあるデータやアナリストを見たときに、何かが違うと感じる。それがナンバーセンスだ。[p.26]」
・「ビッグデータをもてはやす人々は、データが多いほど的確な分析が増えると思い込みがちだ。しかし、より多くの人がより多くの分析をより迅速に行なえば、より多くの理論や視点が生まれ、複雑さや矛盾や混乱が増えて、明晰さや意見の一致や信頼度が薄れる。[p.22-23]」「変数の種類が増えれば増えるほど、もっともらしい分析が幾何級数的に増え、誤差や矛盾が生じる可能性もそれだけ増える。データの量が多ければ、議論や検証、調整、反復可能性の計測などに要する時間は必然的に増え、それだけ疑問や混同が生じる。ビッグデータは、私たちを前進させるのではなく後退させかねないのだ。問題のあるデータをかき集めれば、問題のある理論が裏づけられ、正しい理論がかき消されて――科学が暗黒の時代に逆戻りするかもしれない。[p.25-26]」
・「ナンバーセンスを従来の学校教育で教えるのは難しい。一般原則はあるが、詳しいマニュアルは存在しないのだ。公式では表せないし、教科書の事例を現実社会に当てはめることもできない。学校の授業は、現場のアナリストが時間を費やして分析する要素を切り離し、一般的な概念を抽出する。したがって、ナンバーセンスを育む最善の方法は、統計の現場に出て学ぶことだ。・・・データを分析する方法はひとつだけではない。あなたも自分なりの視点で捉えてほしい。そのような訓練を重ねて、ナンバーセンスは磨かれるのだから。[p.26-27]」

1、なぜロースクールの学長はジャンクメールを送り合うのか?
・アメリカのロースクールのランキングを上げるためにどんなデータ操作がなされているのかが解説されています。
・「ランキングは本来、主観的なものだ。・・・計算式やルールをつくる人の考えが反映される。[p.35]」「ロースクールのランキングも、ほかのあらゆる主観的なランキングも、正確である必要はない。世間の信頼を勝ち取ればいいのだ。[p.37]」「USニューズのランキングが参照するすべての要素は、何らかのかたちで操作できる。ランキングをつくること自体に抵抗しても意味はない。格付けは人間的な欲求を満たすからだ。あるランキングが廃止に追い込まれても、同じような欠陥を持つ別のランキングが取って代わる。そして、ビッグデータはランキングの危険性をさらに高める。ランキングの計算式が複雑になるほど、数字を着飾るチャンスが増える。データセットが大きくなるほど、監督は難しくなる。だからこそ、ナンバーセンスが必要なのだ。公表されているデータを額面どおりに受け取らず、適切な質問をぶつけ、細工された統計を嗅ぎ分ける。それがナンバーセンスだ。[p.56]」
・「有名大学の学長のように立派な肩書の人がさりげなく統計を持ち出しても、素直に信じてはいけない。ナンバーセンスは懐疑的な目であり、探索と検証をせずにいられない衝動だ。トリュフを探す豚の鼻で、数字の珍味を探り当てるのだ。ただし、ナンバーセンスは訓練と忍耐の賜物でもある。統計の基本的な概念も少々必要だ。平均値や中央値、パーセンタイルの意味も理解しなければならない。比率を構成要素ごとに分解すれば、思考が開けてくるだろう。比率を加重平均で説明することもできる。欠損値は慎重に吟味しなければならない。とくに、統計的な推測で補完されている場合は要注意だ。恥知らずな不正は巧妙でわかりにくいが、矛盾点から露呈していくものだ。[p.72]」

2、違う統計を使えばあなたの体重は減るだろうか?
・肥満の基準として従来使われてきたBMI(ボディマス指数)に代えて、新しい指標で肥満度を評価することの意味が議論されています。
・「何かを測るシステムは、つねに悪用される可能性がある。肥満の判定基準をめぐる議論は、基準と呼ばれるものの危うさを見せつける。[p.82]」「失敗を受け入れるのは難しいものだ。期待を裏切る結果を前にすると、・・・計測方法のどこが悪かったのかと思いがちだ。[p.83]」「計測基準の大半は強い相関関係がある。つまるところ、同じものを計っているのだ。[p.84]」「新しい基準は、ある程度の量のデータがたまるまで有用性を検証できない。[p.85]」「数式をいじりたくなる衝動は繰り返しやって来る。数式をいじれば、ほぼ確実に複雑になる。基準が複雑になるほど、基準の使い方は複雑になり、基準が改良されにくくなる。[p.86]」「私たちは肥満との戦いに追われ、本当に解決しようとしている問題を見失いかけている。倒すべき敵は、肥満ではない。糖尿病や脳卒中など、肥満に関連する病気が原因となる早すぎる死を撲滅しようとしているのだ。[p.88]」「『因果関係は相関関係を含意しない』というこの原則は、基本中の基本だ。[p.92]」「原因と結果をつなぐ橋は、理論の上に築かれる。[p.94]」

3、客が入りすぎて倒産するレストランはあるか?
・共同購入クーポンのグルーポンの事例をもとに、数値の意味の違いを解説。
・「『手にできたかもしれない』ものを統計学では『反事実』と呼ぶ。[p.107]」例えば、ソフトの不正コピーによる損害を算出する際に、「不正コピーされた数を推定し、そのソフトウェアの平均小売価格をかけて被害額を算出する[p.113]」やり方には批判がある。「海賊版ソフトウェアを使っていると見られる人の大半は、もし海賊版が撲滅されたらそのソフトウェアを使わないだろう。・・・したがって、ライセンス認証されていないソフトウェアの商業的価値のすべてが、業界の直接の損害になるわけではない。無料は過剰消費を招く。・・・不正コピーの損害を正確に評価するためには、不正コピーができない世界を想像しなければならない。ある程度の推測は混じるが、この想像の世界を無視すると、きっと間違った結論にたどり着く。疑問を感じたら、『もしもの世界』を考えてみよう。[p.113-114]」
・グルーポンの場合、「クーポンを利用する新規の客」と「クーポンを利用する常連客」という2つの顧客セグメントを考えると、「新規の客は、利幅は悲しいほど小さいけれど増分利益をもたらすのに対し、常連客は損失(正規料金との差)をもたらす。[p.115]」「クーポンの利益性は、新規の客と常連客という二つの顧客セグメントのバランスにかかっている。適切なバランスになる店は採算が取れるが、グルーポンがすべての店に幸せをもたらすわけではない。[p.119]」

4、クーポンのパーソナライズは店舗や消費者の役に立つか?
・グルーポンのターゲティングの試みで行われていることの意味を解説。
・「ナンバーセンスがある人は、数字を鵜呑みにしない。さまざまな数字を関連づけ、信頼できる数字と幻想の数字を見きわめようとする。科学と作り話の境界線を引くのだ。定量的思考を少々働かせれば、グルーポンのビジネスについて驚くような洞察が次々と見えてくる。まず、ウィン・ウィン・ウィンの公式には落とし穴がある。顧客は明らかに得をして、グルーポンも得をするが、提携店はすべてが得をするわけではない。・・・ターゲティングは、個人に関連性の高いクーポンを提示することとは、実はあまり関係がない。重要なのは利益をもたらす顧客セグメントに働きかけることで、店としては常連客を避けて新規の客にアプローチをしたい。しかし、グルーポンの二面性の市場は、典型的なビジネスモデルとは異なる動きをする。消費者が喜ぶほど、店は疲弊するのだ。[p.144]」

5、なぜマーケターは矛盾したメッセージを送るのか?
・ターゲティングを題材に、予測方法の問題点を解説。
・「アマゾンなどの小売業者は、あなたが次に何を買いそうか、二つの方法で推測する。あなたがお得意様なら、購入履歴から手がかりを探す。お得意様でなければ『代替データ』を参照して、あなたに『似ている』常連客と関連づける。この場合、年齢や収入、購読雑誌、ペットの有無などが代替データになる。[p.156]」「あるものをどうして買ったのか、本当の理由は残念ながら簡単には計測できない。・・・一般に社会科学の統計モデルは、人間の行動の理由ではなく相関関係をもとにしている。そのようなモデルが描く現実は、当然ながら現実を十分に捉えきれず、間違った陽性反応と間違った陰性反応が多すぎる。統計モデルは、ニュートンの重力のモデルとは違う。・・・現実世界の相関関係は、一貫性とはほど遠い。[p.164]」「さまざまな実験の結果を踏まえると、人間の意思決定を、確固たる論理的な因果関係によって説明できるとは考えにくい。統計学者は説明がない部分を因果関係のモデルに託そうとするが、そのような行為は本質的に誤りを生みやすく、大量のデータでもその誤りは治せない。・・・誰もあえて口にしないが、相関関係のモデルが導き出した予測の大半は間違っている。頭脳やスキルの問題ではない。人間の行動という万華鏡を、公式に押し込もうとしても無駄なだけだ。ビッグデータの到来は、理論の終焉ではない。あらゆる統計モデルに仮説が含まれていることは、次の2つの章で詳しく説明する。[p.166-167]」

6、失業率の増減をあなたが実感できないのはなぜか?

・失業率の計算方法から用いられている仮説、データ調整の意味を解説。
・「データの出所を知ることも、ナンバーセンスのひとつだ。[p.173-174]」
・「回答書が提出されないと欠損値が生じる。統計上よく使われる解決策は、データの空白をゼロで補完することだ。・・・データの空白を埋めるもうひとつの方法は、『平均値による補完』だ。[p.177]」
・「ナンバーセンスは、データをよく見ることから始まる。ただし、データをどのように収集したのか、複雑な詳細がわかるまで手を出してはいけない。調整も改ざんもされていない生のデータは、ほぼ間違いなく答えを生み出さないだろう。季節調整やバイアスの是正は、生データというサラダにかける応用統計学のドレッシングだ。[p.199]」

7、誰がどうやって物価の変動を見極めているのか?
・物価統計を題材に、平均的な指数と個人の感覚の差、データ集計の問題点を解説。
・「価格によって変動が異なることは、経済学者もわかっている。・・・このようなときに、統計学者は『非集計』の手法を使う。データを分解し、構成要素をひとつひとつ分析していくのだ。[p.218]」
・「非集計は集計のプロセスを解き明かすし、項目別の指数のほうが私たちは納得しやすい。データが豊富にあるときは、構成要素の多様性に注目するべきだ。平均化とフィルタリングは思わぬ反動を招きかねない。平均化は多様性を一掃し、フィルタリングは現実を覆い隠してしまう。[p.223]」

8、コーチとGMどちらが勝敗のカギを握るか?
・スポーツデータを利用して行うゲームの「ファンタジー・フットボール」を題材にデータ分析の方法を解説。
・「厄介なのは、複数の要因の関係を紐解くことだ。現実の世界では、複数の要因が絡み合ってひとつの結果をもたらす。しかし私たちは、『ほかの条件が等しければ(ceteris paribus)』という筋書きを検証しようとする。[p.234]」
・「『起きたかもしれないこと』に注目するのは、実際に起きたことを評価するためだ。[p.238]」
---

本書の示唆の重要な点を私なりにまとめると以下のようになります。
・データや、データから導かれた結論は鵜呑みにしてはいけない。
・データが評価に結び付く場合、評価が高くなるようにデータを集めたり操作したりする(あるいは、評価に関係しないデータは無視する)ことが起こりうる。それによって評価自体の意味も変わってくるかもしれない。
・新しいデータが用いられようとする場合、そのデータ意味、導入の背景には要注意。
・置かれた立場によって、同じ数値でも意味が異なる場合がある。数値をどう使えばよいかも変わってくる。
・いくらデータがあっても相関関係だけに頼ることは危うい。
・データ加工、推論には仮定やモデルが用いられている点に要注意。
・生データだからよいというものではない。どうやってデータを取ったのかをまず知ることが必要。適正な補正やデータの吟味は有益。ただし、データ加工には恣意的な修正が入り込む危険もある。

・集計データ、平均データに頼ることで見失うものがある。

ナンバーセンス、というのは要するにデータに対する感覚、のことでしょう。研究者、技術者は日常的にデータを扱っていますが、そのデータが現象の何と結びつき、どの程度現象を反映しているか、得られるデータのバラツキ、信頼性はどの程度か、どういう場合にミスや誤解が生じやすいのか、などの感覚を持っておくことは必要不可欠のことだと思っています。社会科学的データを扱う場合には、こうした点に加えて、人間の行動や意図に対する洞察も必要でしょう。データの由来、採取方法、加工方法、加工に用いる仮説を知っておくことは、ナンバーセンスを磨く上で非常に有益だと思いますので、著者の指摘は技術者にとっても非常に参考になると感じました。ビッグデータの可能性については、個人的には期待するところも多いのですが、データの背景がブラックボックス化されて見えなくなりやすいような気もしますので、ビッグデータの利用に関しては今まで以上のスキルと注意が求められる、ということかもしれません。これからの技術者には、統計リテラシーとともに、人間に対する理解、幅広い教養も求められるようになるような気もしますがいかがでしょうか。


文献1:Kaiser Fung, 2013、カイザー・ファング著、矢羽野薫訳、「ナンバーセンス ビッグデータの嘘を見ぬく『統計リテラシー』の身につけ方」、CCCメディアハウス、2015.
原著表題:Numbersense: How to Use Big Data to Your Advantage


データから言えること(ソーバー著「科学と証拠」より)

ある推論を行おうとする場合、何らかのデータや証拠に基づいて考えることはごく普通のことだと思います。しかし、例えば本ブログ「イノベーションとあいまいな意思決定」でヒューリスティクスについてとりあげたように、十分な証拠が得られない状況で推論しなければならない場合もありますし、証拠を正しく用いて正しい推論ができているかどうか怪しい場合もあるでしょう。今回は、証拠とその扱い方の問題について、科学哲学の観点からどのような実践的示唆が得られるかと考えてみたいと思います。

エリオット・ソーバー著、「科学と証拠」[文献1]では、証拠に基づく科学的推論について議論されています。ただし、著者によれば、「科学的推論の完全な把握というのは目標であって、既知のことがらではない。自然に対する現在の理解がそうであるように、科学的推論の本質についても、理解できていることがらは断片的であり、私たちはまだその探究の途上にある。・・・この本は、すでに十分な意見の一致を見たことがらについて、報告するものではない。統計的推論の本質に関して私がここで説く立場にはまだ多くの論争がある。[p.ii]」とのことであり、本書には科学哲学の立場からの推論の問題、確率や統計手法とその数理についての専門的な内容も含まれています。その内容は、私の理解の及ぶ範囲を超えているものもあり、また、マネジメントをテーマとした本ブログの範囲を超える部分もあると思われましたので、本稿では、実践において特に重要と感じた点についてまとめさせていただきたいと思います。

ロイヤルの3つの問い
1、現在の証拠から何がわかるか
2、何を信じるべきか
3、何をするべきか
・「合理的に考える人間であれば、いま手にした証拠をもとに自分の信念を形成し、また何をするべきか(どのような行為を行うべきか)を決めるときには、そうした信念を考慮に入れるはずである。[p.6]
・2、何を信じるべきかに関しては、現在の証拠と事前の信念の度合いが関わり、信念の度合いが更新される。[p.71]
・3、「何をするべきかを合理的に決めるには、あなたがもっている証拠以外のもの、あなたが抱く信念の度合い以外のものが必要となる。行為の選択には、価値のインプット(経済学者が効用と呼ぶもの)が必要である。」[p.12]

ベイズの定理と示唆
・ベイズの定理:Pr(H|O)=(Pr(O|H)Pr(H))/Pr(O)
ここで、Oが観察、Hが仮説。Pr(H|O)はOという条件の下でのHの確率(Hの事後確率)、Pr(O|H)はHという条件の下でのOの確率(Hの尤度)、Pr(H)は観察前にHがもつ確率(事前確率)、Pr(O)は観察の無条件確率。
・ベイズ主義では、「何か観察を行う前に、あなたは仮説Hに対して確率を割り当てる。・・・観察を行い、それによってある観察言明Oが真であることがわかったならば、その後、いまわかったことがらを考慮して、Hに割り当てていた確率を更新する。・・・ベイズの定理は事前確率と事後確率とが互いに関係づけられることを示している。[p.13-14]
・確率Pr(H|O)と尤度Pr(O|H)は異なることに注意が必要[p.15](一般的な注意点であって、ベイズの定理から導かれるものではない)。(以下本ブログ筆者による例)例えば、H=研究部隊が優秀である、とし、O=その企業の業績向上が観測される、としたとき、優秀な研究部隊の存在のもとで業績が上がる確率が高かった(Pr(O|H)が高い)としても、業績が向上したからといって研究部隊が優秀であった(Pr(H|O)が高い)したとは言えない(他の理由で業績が上がったかもしれない)。
・ある命題と、その否定の尤度の和は1でないかもしれない[p.16]Hの否定を¬Hと書くとき、Pr(O|H)+Pr(O|¬H)は1とは限らない。(以下本ブログ筆者による例)例えば、優秀な研究部隊の下で業績が向上したとしても、優秀な研究部隊がいなくても業績は向上するかもしれない。
・ベイズの定理から次の式が導かれる。
(Pr(H|O)/Pr(¬H|O))=((Pr(O|H)/(Pr(O|¬H))×(Pr(H)/Pr(¬H))
O
の結果が得られたことによって、事前に考えていたHであるかないかの比(Pr(H)/Pr(¬H))が(Pr(H|O)/Pr(¬H|O))に変化する度合いは、尤度の比((Pr(O|H)/(Pr(O|¬H))による。(以下本ブログ筆者による例)例えば、研究部隊が優秀かどうかの事前認識が、業績がよかったことによって高く変化するのは、研究部隊が優秀な時に業績が上がる確率が、研究部隊が優秀でない時に業績が上がる確率より大きい時。
・「ベイズ主義に従えば、観察だけでは事後確率を得ることができず、事前確率もまた必要である。[p.32]
・「頻度データ、および十分支持されている経験的理論は、事前確率を割り当てるための基礎を与える[p.40]」。
・このような考え方により、「2、何を信じるべきか」についての示唆が得られる。

ベイズ主義の限界と尤度主義
・「ベイズ主義には『キャッチオール仮説問題』(¬Hすなわち『Hでない仮説すべて』は確率的に評価できない場合があるという問題)と『事前確率問題』(事前確率は、主観的に与える以外に与えられない場合があるという問題。たとえば『一般相対論』の事前確率は客観的に決まらない)があり、客観性の基準をつねに満たすわけではない。[p.228訳者解説]
・「もし、事前確率が経験により正当化でき、また仮説の尤度、および仮説の否定の尤度に割り当てられる値も経験から正当化できるなら、あなたはベイズ主義者であって然るべきだろう。一方、事前確率や尤度がそのような特徴をもたないならば、・・・『あなたの信念の度合いがどうあるべきか』という問いから、『証拠から何がわかるか』という問いへとテーマを移すべきである。[p.48]
・「尤度の法則:観察Oが仮説H2よりも仮説H1を支持するのは、Pr(O|H1)>Pr(O|H2)のとき、かつその時に限る。そして、仮説H2よりも仮説H1を支持する度合いは、尤度の比((Pr(O|H1)/(Pr(O|H2))で与えられる)[p.49]
・「尤度主義によれば、Oが1つの仮説を裏付ける度合いといったものは存在しない。裏付けは本質的に対比的なのである[p.49]」。「明確な尤度をもつような仮説のみを互いに比較するのである。たとえば、一般相対性理論をそれ自身の否定と比べるのではなく、・・・一般相対性理論と特定の代替理論、つまりニュートン理論とを比べる。[p.48]
・このような考え方により、「1、現在の証拠から何がわかるか」についての示唆が得られる場合がある。
・尤度の法則は「単純仮説(確率変数の分布を1つの形に決める仮説。コインの表のでやすさを1つの確率で表わす仮説などのこと)には適用できても、複合仮説(分布に幅がある仮説)には適用できない」[p.230訳者解説]

頻度主義
・ネイマン-ピアソンの仮説検定、フィッシャーの有意検定に代表される頻度主義は、「3、何をするべきか」への「一応の答え(仮説を『受け入れる』、または『棄却する』という態度を導く)にはなっても、『1、証拠から何がわかるか』に答えるものではない。」[p.230訳者解説]
・「ところが、同じ頻度主義ではあってもAICは事情が異なる。・・・AICの妙技は、問いの大転換にある。仮説について考える際に、『真理とは?』という問い(ベイズ主義、フィッシャー、ネイマン-ピアソンの頻度主義、尤度主義のいずれも、ある部分ではこの問いに絡め取られていた)から『より正確な予測とは?』という問いに照準を大きく変えたのである。」[p.231訳者解説]。(注:AIC=赤池情報量規準)
・「ソーバーは・・・ネイマン-ピアソン流の頻度主義については徹底して批判」、「仮説検定の有意水準の恣意性(客観性の欠如)、有意水準に基づく尤度主義との不一致、停止規則の問題(実験計画の違いにより同じときに実験を停止してもテスト結果が異なる問題)、尤度比検定の『入れ子構造』に伴う問題[p.230訳者解説]」を指摘。

「証拠」に対するソーバーの規範的な確率・統計の戦略
・「(i)単純仮説について、もし事前確率が客観的に与えられるのであればベイズ主義に従い、(ii)そうでない場合は尤度主義に従い、(iii)複合仮説についてはAIC(もしくはそれを発展させたモデル選択規準)に従う、ということになるだろう[p.231訳者解説]」。
―――

証拠をもとに、自らの考え、態度をどう決めればよいか、という問いは、それほど簡単な問いではありませんが、本書は、そうした哲学がどこまでわかっていて、主要な考え方や手法の特徴や問題点、限界がどこにあるかについてのひとつの考え方を示している点で非常に興味深く感じました。本稿では細かな議論など割愛した部分も多いので、ご興味のある方はぜひ本書をご参照いただきたいと思います。

マネジメントを含め、日々の意思決定の実践においては、データや証拠をいかにうまくとり、うまく活かすかということが重要です。しかし、その取り扱いにおいては、多くの落とし穴があり、せっかくの証拠から誤った結論を導いてしまったり、役に立たないデータを取ってしまったりということもないとはいえないように思います。単純な理解不足や推論の錯誤もあり得ますし、手法自体、例えば、データ解析でよく用いられる統計的手法についても、場合によっては問題を含んでいる場合もあることをよく理解しておく必要があるでしょう。本稿で引用したベイズ主義と尤度主義に関する本書からの示唆は、言われてみれば当たり前のことかもしれませんが、日々の推論においてともすると注意がおろそかになることもあるように思います。せめて、そうした部分だけでも常に意識しながら、より正確な推論ができるようにしたいものだと思います。


文献1:Elliott Sober, 2008、エリオット・ソーバー著、松王政浩訳、「科学と証拠 統計の哲学入門」、名古屋大学出版会、2012.
原著表題:Evidence and Evolution: The Logic behind the Science, Chapter 1 “Evidence”

参考リンク<2014.9.28追加>





「意思決定理論入門」(ギルボア著)より

誰しも正しい意思決定を行いたいという気持ちはあるでしょう。しかし、正しい意思決定とは何なのでしょうか。本ブログでも、人間は様々な状況で、誤った判断や無意識的判断、非合理的判断をすることを紹介してきました(「ファスト&スロー」(カーネマン著)より意思決定の罠(モーブッサン著「まさか!?」より)、など)。もちろん、誤った判断が「正しい判断ではない」ということは言えるでしょうが、誤りがなければ正しい判断なのか、非合理的かもしれないが誤っているとは言えない場合や、誤っているかどうかがはっきりしない場合にはどうすればよいのかなど、正しい意思決定をするために考えておくべきことは多いように思います。

ギルボア著「意思決定理論入門」[文献1]では、判断におけるバイアスやヒューリスティクスの問題も考慮した上で、意思決定において考慮すべきポイントが述べられています。以下、その中から重要と思われる点をまとめておきたいと思います。

第1章、基礎概念
・「何が『より良い選択』なのか?・・・その答えは自明ではない。わたしは、意思決定の結果がどうであったかは、分析の最終段階においては、意思決定者自身の判断によって決められるべきであるという見方を採用している[p.1]」。「本書の主要な目的は、読者であるあなた自身がより良い意思決定をできるよう手助けすることである[p.8]」
・記述的理論:「現実を記述することを目指す理論のこと[p.3]」。「その原理はそれに対応する現実と照らし合わせて検証される。・・・良い記述的理論とは、あなたの周囲の人々がどのように行動しているかをあなたに告げるもの[p.4]」。
・規範的理論:「意思決定者に忠告を与える理論、つまり、意思決定者がどのように意思決定すべきかという指図を与える理論のこと[p.3]」。「その原理は現実に適合する必要はない。・・・良い規範的理論とは、あなたが採用したくなるような理論であり、あなた自身の目で見て良い意思決定を可能にするような理論[p.4]」。

第2章、判断と選択におけるバイアス
・フレーミング効果:「問題文の設定や表現方法が意思決定に与える効果のこと[p.15]」。(例えば死亡率で表現するか、生存率で表現するか、など)。「われわれ消費者に商品を売ろうという仕事に従事している人々はたいてい、どの表現方法が別のものよりも客を引きつけるかについて良いセンスを持っている[p.20]」。形式的なモデルによってフレーミング効果は消すことができる[p.21]。
・賦存効果:「自分が持っているものに持っていないものよりも高い価値をつける傾向だと定義できる。・・・現状維持バイアスと呼ばれる一般原則から導かれる効果と見ることができる。[p.23]」保有しているものについて情報を持っていること、頻繁な選択の変更を防止できること、習慣形成など、現状維持が合理的と考えられる場合もある[p.25-26]。
・サンクコスト(埋没費用):「支払った金額は、回収することができないサンクコストである。多くの合理的な指南によれば、サンクコストは無視すべきである[p.29]」。しかし、サンクコストへのこだわりが正当化されるケースとして、現状維持バイアスが意味をもつ場合、他人を困惑させる可能性、自分の選択を後で後悔する可能性、未完のプロジェクトをだめにしてしまう可能性がある場合などが挙げられる[p.30-31]。サンクコストを無視したい場合には、問題を決定木としてモデル化することが有効。[p.31
・代表性ヒューリスティック:代表的、典型的な表現に影響される。「矛盾のない長い証言は短い証言よりもより信用をもたらす[p.37-38]。
・利用可能性ヒューリスティック:事例の思いだしやすさに影響される。
・係留効果(アンカリング効果):「関係がないかほとんど関係がない情報が持つ影響力・・・、十分なデータがない場合には、人の評価は、関連性が乏しいような情報に影響を受けるかもしれない[p.47]」。「係留のヒューリスティックとは、『アンカー』として機能するある推定値を基準としてそこから推定値を修正していくこと[p.47]」。ただし、「誰かによってもたらされる評価値は、情報量としては乏しいが、評価値であることには変わりはない。[p.48]」
・メンタル・アカウンティング(心の会計):「お金が代替可能なものであっても、・・・あなたのお金は支出の種類ごとに配分される[p.51-53]」。
・動学的非整合性:「あなたが将来の行動についてある選択をし、やがてそれを実行する時が来ると、あなたはそれを実行しようとはしない[p.55]」。

・「人間の心というのは、長い期間にわたって進化してきた、むしろ洗練された推論の道具なのであり、また、恐らくはその目的にとってそれほど悪い道具ではない・・・実質上ほとんどすべての思考様式にとって、良い推論を見いだすことができ、またそれが最適であるようなさまざまな環境を見いだすことができる[p.61]」。

第3章、統計データを理解する
・条件付き確率:「ある側面に関する条件付き確率から別の側面に関する条件付き確率を導き出すのは一般的に難しい[p.67]」。「一般に、2つの事象の条件付き確率が同一になることはない。それでも人々は2つの条件付き確率を同一視してしまう傾向がある[p.74]」。(基礎比率の無視)
・ギャンブラーの錯誤:独立の事象に対して過去の事例から過剰に学んでしまう、大数の法則を誤って適用する、条件付き確率と条件なし確率を混同するなどの誤りをする。[p.77-83
・悪い(偏った)サンプルに要注意
・平均への回帰:「何かをその極端な過去の結果(良いものにせよ、悪いものにせよ)に従って選ぶなら、将来的にはその結果は平均的なものに戻ってくることを期待すべき」[p.86-87]。
・相関関係と因果関係:「単なる相関関係から因果関係を見いだす助けとなる洗練された統計的手法が存在するが、それには限界がある。特に、株式市場の暴落や戦争などといった一回限りの出来事の原因を特定化することは非常に難しい。・・・相関関係は因果関係を意味しないということを覚えておくとよい。[p.90]」
・統計的有意性:帰無仮説が棄却できないことは、それが真であることの証明にはならない。[p.91
・ベイジアン統計学と古典統計学:「古典統計学とベイジアン統計学は非常に異なった種類の問題に用いられるべき統計手法であるということが大事なのである。もしあなたが何かを立証したい、つまり、『客観的に(統計的に)証明された』ものとして受け入られる結論を主張できるようになりたいなら、用いるべき手法は古典統計学である。もしあなたが自分にとって最善の選択となるような判断や決定を行いたいのなら、誰かを説得することなどに顧慮する必要はないので、選ぶべき手法はベイジアン統計学になるだろう。[p.100]」

第4章、リスク下の意思決定(「リスク、すなわち既知の確率を伴う状況における意思決定」)
・「確率変数の期待値とは対照的に、期待効用はより多くの意味を持つ。・・・フォン・ノイマン=モルゲンシュテルンの定理は、あなたはある効用関数の期待値を最大化するかのように振る舞うという非常に緩やかな想定をしている[p.124]」
・プロスペクト理論の「1つの特徴は、人々は提示された確率に対して非線形的に反応すると主張している点である[p.133]」。もう一つの要素は、「人々は富の絶対的な水準ではなくその変化に反応すると考えている点[p.134-135]」。

第5章、不確実性下の意思決定
・「われわれの人生における多くの重要な意思決定は、同じような仕方で繰り返されるような事象には依存しておらず、i.i.d(「identically and independently distributed、同一で独立の分布[p.77]」)の事象であるという仮定は成り立たない[p.149]」。
・「パスカルは既に確率論という道具を用いて、客観的な確率が存在しない不確実性の状況についての直観と論理を分離していた。その考えは、たとえ事象に割り振る確率が客観的に、あるいは科学的に推定されないとしても、不確実性を数量化することによって課される規則そのものが有用であるかもしれないというものだった。科学的・客観的査定を引きだすための情報がほとんど十分に手に入らないので、あなたが手にする確率は主観的なものに限られる。しかし、確率論という道具を主観的確率に用いれば、あなたの信念は内的には整合的なものであることが保証される。人があなたの査定を実際のデータと比較すると、あなたの査定は正しくないかもしれないが、少なくともあなた自身は自分の信念の間で矛盾するような愚かな結果にはならないはずである。[p.150]」
・「解くべき問題に対して正しいモデルを用いることがとてつもなく重要である。・・・不適切なモデルによって分析を始めると、間違った問題に対する数学的に正しい解を得ることになってしまう。・・・モデル形成において暗黙的になされている隠れた仮定に気をつけるべきである。・・・あなたが情報を知る仕方は、それ自体で、またそれ自身について、参考になる情報をもたらすかもしれない。時には、あなたが何かについて知っている、あるいは知らないという事実そのものが、何か新しいことを伝えてくれるものである。[p.173-174]」
・第3章では「因果関係を確証することは困難であり、しばしばそのために十分なデータが手に入らないことが確認された。しかし、意思決定問題の分析においては、たとえ小さな主観的確率を割り当てるだけに終わるとしても、潜在的な因果関係に注意しておくことが要求されるのである。[p.178]」
・確実性原理(sure thing principle):「エルズバーグがその実験で発見した現象とは、多くの人々が不確実性回避的であるということである。つまり、他の事情が一定であるならば、人々は既知の確率を未知の確率より好む、あるいはリスクを不確実性より好むということである。リスク回避性の場合と同様に、不確実性回避性は損失が出る局面よりも利益が出る局面においてはるかに良く見られ、また、恐らく・・・損失回避性の場合と同じ効果によって、人々は損失が出る局面では不確実性愛好になるかもしれないという証拠がある。[p.180]」
―――

結局のところ、著者が「あなたにとって何が良い決定であるか決めるのはあなた自身であるという見方を強調してきた[p.201]」と述べているとおり、「正しい」意思決定のための決まった方法などはない、ということなのでしょう。しかし、意思決定にあたって明らかに間違った判断や、望んでいない判断、首尾一貫せず自分自身が混乱してしまうような判断をしないために、さらに納得感の高い意思決定を可能にするために意思決定理論は活用可能だということは言えるように思います。

研究を行う上では、意思決定の考え方は以下の2つのケースで特に重要になると考えられます。
1、情報に基づいてどのような行動をとるべきかを決定する(一般の意思決定と同じ)。

2、データに基づいて、より真実に近い情報を明らかにする。
上記1については、研究に限らず重要なことですので、特に議論は不要でしょう。2は、自分の行動を決める際の選択、意思決定とは異なりますが、未来予測のための根拠となる理論を打ち立てたり、データを集め、解釈することにより、ある事象が起こる確率の推定精度を向上させるために、意思決定論の考え方は特に重要だと思います。集めたデータがバイアスによって歪められていないか、ヒューリスティックによって誤った結論が導かれていないか、統計的に誤ったデータ解釈をしていないか、等の点には常に注意が必要ですし、精度の高い結論を得るためにはどのようにデータをとるべきかという研究計画立案の問題を考える場合にも、本書に述べられた注意点は活かせると思います。

結局のところ、研究活動とは、不確実性の高い現象を検討対象として意思決定を繰り返し、その不確実性をリスク(成功確率を評価できるもの)に転換し、さらにそのリスク(失敗確率)をできるだけ下げていくプロセスと考えられます。その検討対象の中に人間の行動が含まれているならば、意思決定に関わる記述的知識も必要でしょう。また、場合によってはヒューリスティックを積極的に活用して、判断のスピードを上げることも求められるかもしれません。意思決定の方法を学ぶだけではなく、意思決定のメカニズムや原理もよく理解した上で、創造的に意思決定理論を活用していくことが研究者には求められているような気がします。


文献1:Itzhak Gilboa, 2011、イツァーク・ギルボア著、川越敏司+佐々木俊一郎訳、「意思決定理論入門」、NTT出版、2013.
原著表題:Making Better Decisions: Decision Theory in Practice

参考リンク<2014.9.28追加>



「ファスト&スロー」(カーネマン著)より

今回は、心理学者であり、ノーベル経済学賞受賞者のダニエル・カーネマンによる「ファスト&スロー」[文献1]についてとりあげたいと思います。本ブログでも、ヒューリスティクスやバイアス、意思決定感性限界の問題について触れてきましたが、行動経済学の創始者の一人とされ、心理学者としてこうした問題を研究してきたカーネマンによって述べられる内容は、この分野の基礎となりうるものだと思います。以下、各章の内容を簡単にまとめてみたいと思います。

第1部、2つのシステム:判断と選択を2つのシステムで説明する二重過程理論に基づくアプローチが取り上げられます。

第1章、登場するキャラクター――システム1(速い思考)とシステム2(遅い思考):「『システム1』は自動的に高速で働き、努力はまったく不要か、必要であってもわずかである。・・・『システム2』は、複雑な計算など頭を使わなければできない困難な知的活動にしかるべき注意を割り当てる。」「考えたり行動したりすることの大半は、システム1から発している。だがものごとがややこしくなってくると、システム2が主導権を握る。・・・システム1とシステム2の分担はきわめて効率的にできている。すなわち、努力を最小化し成果を最適化するようになっている」。思い違いという錯覚を『認知的錯覚(cognitive illusion)』と呼ぶ。

第2章、注意と努力――衝動的で直観的なシステム1:「システム2にしかできない重要な仕事は・・・努力や自制を要する仕事で、このようなタスクの実行中には、システム1の直感や衝動は押しのけられる。」

第3章、怠け者のコントローラー――論理思考能力を備えたシステム2:「システム2が忙殺されているときには、システム1が行動に大きな影響力を持つ」。「システム2に困難な要求を強いる活動は、セルフコントロールを必要とする。そしてセルフコントロールを発揮すれば、消耗し不快になる。」「システム2は論理思考能力を備えていて注意深い。しかし、少なくとも一部の人のシステム2は怠け者である」。システム1、システム2の名称を最初に提案したのは、スタノビッチとウェスト(最近ではタイプ1、タイプ2という表現)。

第4章、連想マシン――私たちを誘惑するプライム(先行刺激):システム1は状況をできるだけ筋道の通るものにしようと試み、因果関係に仕立てる。プライミング効果(priming effect)により、「自分では意識してもいなかった出来事がプライムとなって、行動や感情に影響を与える。」

第5章、認知容易性――慣れ親しんだものが好き:繰り返された経験、見やすい表示、プライムのあったアイデア、機嫌がいい状態などは認知容易性(cognitive ease)をもたらし、親しみ、信頼、快感、楽だという感じを引き起こす。慣れ親しんだものは好きになる、これが単純接触効果(mere exposure effect)。

第6章、基準、驚き、因果関係――システム1のすばらしさと限界:システム1は周囲の状況を連想によって関連づけ、世界を表すモデルを構築し、その予想に反することに驚く。システム1は手持ちの断片的な知識を結びつけて、つじつまの合う因果関係をこしらえる。

第7章、結論に飛びつくマシン――自分が見たものがすべて:「システム1はだまされやすく、信じたがるバイアスを備えている。」「自分の信念を肯定する証拠を意図的に探すことを確証方略と呼び、システム2はじつはこのやり方で仮説を検証する」(確証バイアスconfirmation bias)。「ある人のすべてを、自分の目で確かめてもいないことまで含めて好ましく思う(または全部を嫌いになる)傾向は、ハロー効果(Halo effect)として知られる。」システム1の形成する世界のモデルは現実以上に一貫性がある。「限られた手元情報に基づいて結論に飛びつく傾向は、・・・自分の見たものがすべて(what you see is all there is, WYSIATI)だと決めてかかり、見えないものは存在しないとばかり、探そうともしないことに由来する。」「情報の質にも量にもひどく無頓着」

第8章、判断はこう下される――サムの頭のよさを身長に換算したら?:「システム1は、とりたてて目的もなく、自分の頭の中と外で起きていることを常時モニターし、状況のさまざまな面を絶えず評価している。こうした日常モニタリングは、難しい問題の置き換えに威力を発揮し、直感的判断で重要な役割を果たす。これが、ヒューリスティックスとバイアスの基本である。」システム1は平均はうまく扱えるが、合計は苦手。含まれているものの数を無視しがち。システム1には、他に、次元の異なる価値を変換して比較する能力(レベル合わせ、intensity matching)、「状況のある面だけを評価しようとしても、そこに照準を合わせることができず、日常モニタリングも含めた他の情報処理が自動的に始まってしまう(メンタル・ショットガン、(mental shotgun)」傾向がある。

第9章、より簡単な質問に応える――ターゲット質問とヒューリスティック質問:「もともと答えるべき質問を『ターゲット質問』、代わりに答える簡単な質問を『ヒューリスティック質問』と呼ぶ」。「ヒューリスティックスの専門的な定義は、『困難な質問に対して、適切ではあるが往々にして不完全な答えをみつけるための単純な手続き』」。「スロビックは、好き嫌いによって判断が決まってしまう『感情ヒューリスティック(affect heuristic)』の存在を提唱している。」

第2部、ヒューリスティックスとバイアス

第10章、少数の法則――統計に関する直感を疑え:「少数の法則とは、大数の法則は小さな数にも当てはまるとする法則」(これは研究者に対する皮肉)。「小さい標本に対する過剰な信頼は、より一般的な錯覚の一例にすぎない。その錯覚とは、私たちはメッセージの内容に注意を奪われ、その信頼性を示す情報にはあまり注意しないことである。その結果、自分を取り巻く世界を、データが裏付ける以上に単純で一貫性のあるものとして捉えてしまう。」「連想マシンには、原因を探すという性質がある。」

第11章、アンカー――数字による暗示:「ある未知の数値を見積もる前に何らかの特定の数値を示されると、・・・見積もりはその特定の数値の近くにとどまったまま、どうしても離れることができない。」この現象が、アンカリング効果(anchoring effect)(または係留効果)。

第12章、利用可能性ヒューリスティック――手近な例には要注意:事例が頭に思い浮かぶたやすさ、予想していたほどたやすく思いだせるかどうかで頻度を判断するのが、利用可能性ヒューリスティック(availability heuristic)。

第13章、利用可能性、感情、リスク――専門家と一般市民の意見が対立したとき:感情ヒューリスティックは置き換えの一種であり、難しい質問(それについて自分はどう考えるか?)の代わりに、やさしい質問(自分はそれを好きか?)に答えている。「政策立案者は、市民を現実の危険から守るだけでなく、不安からも守るべく努力しなければならない。」

第14章、トム・Wの専攻――「代表性」と「基準率」:代表性(representativeness)とはステレオタイプとの類似性。基準率(base rate)とは、もともとの存在比率。「確率(可能性)を見積もるのは難しいが、類似性を判断するのはたやすい。」「ステレオタイプには一面の真実があり、それが代表性の判断を支配している。」「だが、ステレオタイプが誤解に基づいていて、代表性ヒューリスティックが判断を誤らせることもよくある。とりわけ基準率が代表性とはちがうことを示唆しているときに、基準率情報を無視するのは、誤判断につながりやすい。」

第15章、リンダ――「もっともらしさ」による錯誤:2つの事象が重なって起きることと単一の事象を直接比較したうえで、前者の確率が高いと判断する錯誤が『連言錯誤(conjunction fallacy)』。「つじつまの合うストーリーの大半は、必ずしも最も起こりやすいわけではないが、もっともらしくは見える。そしてよく注意していないと、一貫性、もっともらしさ、起こりやすさ(確率)の概念は簡単に混同してしまう。」

第16章、原因と統計――驚くべき事実と驚くべき事例:基準率には2種類ある。「一つは『統計的基準率』で、これは母集団に関する事実である。しかしこの数字は、個々の予測では無視されがちである。もう一つは『因果的基準率』で、こちらは個々の予測を変える効果がある。」因果的基準率とは因果関係を確率的に表現したようなもの。驚くべき個別の事例は強烈なインパクトを与える。

第17章、平均への回帰――誉めても叱っても結果は同じ:ランダムな値の変動に基づく平均への回帰(regression to the mean)は理解されにくい。「回帰が検出されると、ただちに理由づけが始まる。だがこれは誤りだ。平均回帰を説明することはできても、原因は存在しない。」「システム2がこれを理解困難と感じるのは、のべつ因果関係で解釈したがるシステム1の習性のせい」

第18章、直感的予測の修正――バイアスを取り除くには:「根拠薄弱な情報に基づいて極端に偏った予測やごく稀な事象を予測するのは、どちらもシステム1のなせる技である。・・・システム1は、手元情報がら作り出せるストーリーの筋が通っているときほど自信を持つので、ごく当然のように自信過剰な判断を下す。・・・直感は極端に偏った予測を立てやすいものだと肝に銘じ、直感的予測を過信しないよう気をつける」べき。

第3部、自信過剰

第19章、わかったつもり――後知恵とハロー効果:「人間の脳の一般的な限界として、過去における自分の理解の状態や過去に持っていた自分の意見を正確に再構築できない」。その結果、「必然的に、過去の事象に対して感じた驚きを後になって過小評価することになる。」これが後知恵バイアス(hindsight bias)。「企業の成功あるいは失敗の物語が読者の心を捉えて離さないのは、脳が欲しているものを与えてくれるからだ。・・・こうした物語は『わかったような気になる』錯覚を誘発し、あっという間に価値のなくなる教訓を読者に垂れる。」

第20章、妥当性の錯覚――自信は当てにならない:「自分たちの予測が当てずっぽうより少しましであることを知っていた。それでもなお、自分たちの評価は妥当だと感じていた。」これが妥当性の錯覚(illusion of validity)。「強い主観的な自信がいくらあっても、それは予測精度を保証するものではない」。「とはいえ、近い将来に関する限り、評論家の知見には価値がある。」

第21章、直感対アルゴリズム――専門家の判断は統計より劣る:予測困難な問題に関して、専門家の予測が単純なアルゴリズムに負けてしまうのは、いろいろな要因を複雑に組み合わせて予測を立てようとすること、複雑な情報をまとめて判断しようとすると一貫性が欠けてしまうことのため。

第22章、エキスパートの直感は信用できるか――直感とスキル:直感がスキルとして習得できる可能性が高いのは、「十分に予見可能な規則性を備えた環境であること、長期間にわたる訓練を通じてそうした規則性を学ぶ機会があること」。

第23章、外部情報に基づくアプローチ――なぜ予想ははずれるのか:「ベストケース・シナリオに非現実的なほど近い、類似のケースに関する統計データを参照すれば改善の余地がある」、ような計画や予測が「計画の錯誤」と呼ばれる。

第24章、資本主義の原動力――楽観的な起業家:楽観的な自信過剰が楽観バイアス。意思決定にあたっては、よい面も悪い面もあるが、「ものごとを実行する段になったら、楽観主義はプラスの効果の方が大きいだろう。」「学術研究も失敗率が高く、楽観主義が成功に必須の分野ではないかと私はつねづね考えている。」

第4部、選択

第25章、ベルヌーイの誤り――効用は「参照点」からの変化に左右される:「富の効用によって幸福の度合いが決まる」という「ベルヌーイの理論はまちがっている。」「感じるしあわせは、当初の富の状態に対する変化によって決まるのである。この当初の状態を参照点(reference point)と呼ぶ。

第26章、プロスペクト理論――「参照点」と「損失回避」という2つのツール:プロスペクト理論の3つの認知的特徴は、1)評価が参照点に対して行われること、2)感応度低減性(diminishing sensitivity)、3)損失回避性(loss aversion)。合理的経済人であるエコンに対し、ふつうの人であるヒューマンを想定している。

第27章、保有効果――使用目的の財と交換目的の財:持っているだけで価値が高まるような場合を「保有効果(endowment effect)」と呼ぶ。自分が使用する目的で保有する財と、交換する目的での財との違いが影響する。

第28章、悪い出来事――利益を得るより損失を避けたい:「損失回避は現状の変更を最小限にとどめようとする強い保守的な傾向であり、組織にも個人にも見受けられる。近所付き合いや結婚生活や職場で安定した状態が維持されるのは、こうした保守的な傾向が寄与しているといえよう。」

第29章、四分割パターン――私たちがリスクを追うとき:選好の四分割パターンは、1)高い確率で大きな利得を手にできる見込みを前にすると、人々はリスク回避的になる(確実な利得を選ぶ)。2)低い確率で大きな利得が得られる場合、リスク追求する(宝くじなど)、3)低い確率で大きな損失がある場合、リスク回避的になり平安を買う(保険など)、4)高い確率で大きな損失がある場合、リスク追求的になりなんとか損を防ごうとする。

第30章、めったにない出来事――「分母の無視」による過大な評価:「稀な事象の確率がよく過大評価されるのは、記憶の確証バイアスが働くから」。頭の中で現実のものとして思い描くと確率が過大評価され、それでない場合は一転して無視される(稀な事象を経験していないから)。

第31章、リスクポリシー――リスクを伴う決定を合理的に扱う:「私たちは『見たものがすべて』と考えやすく、頭を使うことを面倒くさがる傾向がある。・・・私たちは、自分の選好をつねに首尾一貫したものにしたいとも思っていないし、そのための知的資源も持ち合わせていない。私たちの選好は、合理的経済主体モデルで想定されているような美しい整合性にはほど遠い」。リスクポリシーを決め、広いフレーミングをすることはバイアスを打ち消す効果がある。

第32章、メンタル・アカウンティング――日々の生活を切り盛りする「心理会計」:投資家が銘柄ごとに勘定を設定し、その勘定を最後は黒字で締めたいと考えていることは、気質効果(disposition effect)と呼ばれる。「他にもっとよい投資先があるにもかかわらず、損を出している勘定に追加資金を投じる決断は、『サンクコストの錯誤(sunk-cost fallacy)』として知られる。後悔を避ける気持ち、あらゆるリスクの増加を認めないトレードオフのタブー視も意思決定に影響する。

第33章、選好の逆転――単独評価と並列評価の不一致:「単独評価の場合には、システム1の感情反応が強く反映されるため、一貫性を欠きやすい。」

第34章、フレームと客観的事実――エコンのように合理的にはなれない:問題の提示の仕方が考えや選好に不合理な影響をおよぼす現象がフレーミング効果。こうした場合には選好は問題のフレームの好き嫌いと解釈できる。「大事なのは、こうした認知的錯覚の存在を示す証拠は否定できないこと」。

第5部、二つの自己

第35章、二つの自己――「経験する自己」と「記憶する自己」:経験する自己(experiencing self)は今の状態を評価する。記憶する自己(remembering self)はそのうちの代表的な瞬間だけで代表させる(ピークと終了時(ピーク・エンド)を評価、持続時間は無視)。

第36章、人生は物語――エンディングがすべてを決める:人生におけるしあわせの評価もピーク・エンドに左右され、持続時間は無視される。

第37章、「経験する自己」の幸福感――しあわせはお金で買えますか?:「所得が多いほど生活満足度は高まる」が、「閾値を超えると所得に伴う幸福感の増え方は、平均してなんとゼロになる。」「人々の生活評価と実際の生活での経験は、関連性はあるとしても、やはり別物」。

第38章、人生について考える――幸福の感じ方:「私たちは、幸福の概念を複合的に捉える必要性を認め、二つの自己それぞれの幸福を考えるべきだろう。」そのとき注意が向けられていた生活の一要素が、総合評価において不相応に大きな位置を占めることを「焦点錯覚(focusing illusion)」と呼ぶ。

---

以上が本書に述べられた概念のまとめです。できる限り短くまとめたかったので、多少無理しているところがありますが、ご容赦ください。ちなみに著者は、結論の章で、次のように述べています。「私たちは、自分自身の判断や意思決定をどうしたら向上させられるだろうか。・・・一言で言えば、よほど努力をしない限り、ほとんど成果は望めない。・・・システム1に起因するエラーを防ぐ方法は、原理的には簡単である。認知的な地雷原に自分が入り込んでいる徴候を見落とさず、思考をスローダウンさせ、システム2の応援を求めればよい。・・・だが残念ながら、最も必要なときに限って、こうした賢明な手段はめったに講じられないものである。・・・それに引き換え、他人が地雷原に迷い込もうとしているときにそれを指摘するのは、自分の場合よりはるかに簡単である。・・・ことエラーの防止に関する限り、組織のほうが個人よりすぐれている。組織は本来的に思考のペースが遅く、また規律をもって手続きに従うことを強制できるからだ。・・・一部なりとも明確な用語の定義を決めて共通の文化を浸透させ、地雷原に近づいたらお互いに警告を発することができるのも、組織の強みである。・・・建設的に批判するスキルには、的確な語彙が欠かせない・・・オフィスでの井戸端会議が質的に向上し語彙が的確になれば、よりよい意思決定に直結するだろう[下p.272-274]」。人間の認知、意思決定に存在する問題点を認識することがまず必要なことは言うまでもありませんが、問題への対処法として組織的な協力が示唆されている点が特に意義深いと感じました。人間の思考と行動を理解する上で、これからの基本的概念になりうるものだと思うのですが、いかがでしょうか。


文献1:Daniel Kahneman, 2011、ダニエル・カーネマン著、村井章子訳、「ファスト&スロー あなたの意思はどのように決まるか? 上、下」、早川書房、2012.

原著表題:Thinking, Fast and Slow

原著webページ:http://us.macmillan.com/thinkingfastandslow/DanielKahneman


 

 

記事検索
最新記事
プロフィール

元研究者

QRコード
QRコード
  • ライブドアブログ