研究開発マネジメントノート

研究開発とそのマネジメントについてのいろいろ

自律性

「ゲーミフィケーション集中講義」(ワーバック、ハンター著)より

ゲームは楽しいものです。遊びですから楽しいのは当たり前かもしれませんが、なぜ楽しいのでしょうか。楽しい理由がわかれば、それを仕事に応用すれば仕事も楽しくなるのでしょうか。最近、ゲームの持つ魅力や作用をビジネスに活かそうとする「ゲーミフィケーション」という考え方が注目されているようですので、今回は、ワーバック、ハンター著、「ウォートン・スクール ゲーミフィケーション集中講義」[文献1]に基づいて、その考え方をまとめてみたいと思います。

ゲーミフィケーションとは
・著者らによる定義:「非ゲーム的文脈でゲーム要素やゲームデザイン技術を用いること」[p.51
・非ゲーム的文脈で用いるとは:「通常はゲームの世界の中で行われる要素を取り出して、現実の世界で効果的に用いること[p.58]」。
・ゲーム要素:ゲームのルール、ポイントシステム、リーダーボードなどのゲームを構成する小さな部分。
・ゲームデザイン技術:「どのゲーム要素をどの部分にどんな形で付与[p.56]」するか。「知識を蓄積し、良いゲームデザインのテクニックをきちんと評価しない限り、失敗する確率ははるかに大きくなる[p.57]」
・ゲーミフィケーションが有効な非ゲーム的文脈:内部ゲーミフィケーション(企業が組織内部で・・・生産性の向上、イノベーションの促進、仲間意識の強化、あるいは従業員の業績向上に取り組む)、外部ゲーミフィケーション(「企業が顧客との関係を改善するための方法となり、さらなる関与、製品との一体感、より強いロイヤルティを生み出し、最終的には売上増加につながる[p.44]」)、行動変容ゲーミフィケーション(「人々に新しい有益な習慣を身につけさせる[p.46]」、企業の便益とは限らない)。「継続的な行動変容にはモチベーションが核心となり、ゲームは最強のモチベーション促進ツールのひとつ[p.49]」。
・ゲーミフィケーションを検討してみたほうがよい理由:関与(エンゲージメント、「顧客や従業員に本質的で意味のある関与をさせる強力なツールセットとなり得る。関与は、それ自体にビジネス上の価値がある。消費者が関与するようになれば、取引につながっていく。また、研究によれば、アメリカの労働者の約70%が自分の仕事に十分に取り組んでいないという[p.61-62]」)、実験(「新しいやり方をあれこれ試しては、より良い解決策を見つけようとする[p.63]」)、結果(「ゲーム要素をビジネスプロセスに導入することでかなり良好な結果が出ており、単なる変わった取り組みではないことを多数の企業が認めている[p.66]」)。

ゲームシンキング:ゲームデザイナーの考え方
・ゲームシンキング:「楽しさが人々にモチベーションを与えるということは、驚きでも何でもない[p.70]」。「ゲームシンキングとは、かき集められる資源をすべて使って魅力的な経験を創り出し、人々に望ましい行動をとるようなモチベーションを持たせることを意味する。[p.78]」
・「ゲームがすべて楽しいわけでも、楽しいことがすべてゲームというわけでもない。・・・ゲームの基本的な特徴を定義するのは不可能に近い[p.72]」。
・ゲームの重要な側面:自発的なものであること、選択をするプレーヤーが必要なこと(プレーヤーは自分がコントロールしているという感覚を持つ、自律性)[p.73]。「ゲーム経験がワクワクするのは、ひとつには、・・・プレーヤーが自律性を持っていると感じるからなのだ[p.83]」。「カスタマイズできるオプションを増やすことで、顧客に権限があるという感覚を持たせている[p.82]」。
・ゲームが得意とすること:「問題解決を促す、初心者から専門家や熟練者まで興味が持てるようにする、プレーヤーにコントロールの感覚を持たせる、参加者それぞれが個人的な経験をする、独創的な考え方に報いる、革新的な実験を阻む失敗への恐怖を減らす、多様な興味やスキルセットを支援する、自信を持たせる、楽観的な態度、など[p.78]」。
・自社のビジネスに適しているかを見るポイント[p.83-93]:モチベーション(どの部分で行動を促せば価値を引き出せるか)、意味のある選択肢(プレーヤーに自律性を持たせる、プレーヤーにいくつかの選択の自由を与える選択肢と、その意思決定から生じる顕著な成果を指す。報酬は設けても選択肢は与えない、といった仕組みであれば、ほとんどのプレーヤーは権限がないことを感じ取り、すぐに退屈してしまうだろう。[p.88])、構造(一定のアルゴリズムで望ましい行動をモデル化できるか、アクティビティを測定し対応するためのアルゴリズムが欠かせない)、対立の可能性(既存の仕組みとの対立を避けられるか)。
・「理想的なゲーミフィケーションとは、モチベーションにつながるような興味深い課題を与え、ルールを簡単にコード化できり、なおかつ既存の報酬精度を補強するようなプロセスである[p.91]」

モチベーションとの関連
・自己決定理論(エドワード・デシ、リチャード・ライアン):「人は内発的な積極性を持ち、成長への強い内発的欲求を持っているが、それらは外部環境によって支える必要があり、そうしないと内発的動機づけは阻害される、と考える。・・・人は外的な強化策に反応するだけだと仮定するのではなく、自己決定理論では、人間が生まれつき持っている成長と幸福への欲求(ニーズ)を開花させる必要性に注目する。[p.105]」
・「自己決定理論が示唆しているのは、こうしたニーズがコンピテンス、関連性、自律性の3つに分かれることだ。『コンピテンス』もしくは熟達(マスタリー)は、・・・外部環境にうまく対処することを意味する。『関連性』は、・・・社会的なつながりや普遍的な願望だ。より高い目的である『変化を起こす』ことへの欲求として表れることもある。・・・『自律性』は、自分の人生を司っていると感じたい、有意義で自分の価値観に合ったことをしたいという、生まれながらのニーズである。・・・こうした人間の生まれつきのニーズがひとつ以上ある活動は、内発的動機付けとなる傾向がある。[p.105-106]」
・「自己決定理論の教訓をまさに具現しているのが、ゲームである。なぜ人々は遊ぶのだろうか。・・・誰も強制しているわけではない。『数独』のような単純なゲームでさえ、自律性(どのパズルを解くか、どんな方法で解くかは完全に自分次第である)、コンピテンス(解けた!)、関連性(解けたことを友達に話せる)という内発的ニーズに効果がある。同じようにゲーミフィケーションは、強力な結果を生み出すために、3つの内発的動機づけを用いる。レベルやポイントを貯める行為はすべて、コンピテンスや熟達の目印になる。プレーヤーは進歩するにつれて選択肢や経験の幅が広がり、自律性あるいは行為主体性(エージェンシー)への欲求が膨らんでいく。[p.108-109]」
・注意点:「外発的動機づけは内発的動機づけを締め出す(crowd out)傾向がある・・・心理学者はこれを『クラウディングアウト』と呼んでいる。興味深い活動に対して、具体的で、予測可能な、条件付きの外因性の報酬があると、内発的動機づけは消え失せてしまう[p.112]」。「ある人にお金を払って何かをやってもらうことは、それが本質的に楽しくない、価値がない、重要ではないことを意味している・・・。人々はやがて報酬を当然のものと思い始める。予想できる報酬はある種の埋没便益となり、受け取っても喜びは徐々に小さくなる。・・・安易に内発的な基準でモチベーションが湧くかもしれないアクティビティに、外発的動機づけを付与してはいけない、ということだ[p.114]」。「外発的動機づけがすべて悪いわけではない。・・・外発的報酬システムは、内発的ではない形でアクティビティに関与させるうえで効果があるということだ[p.116-118]」。
・「ゲーミフィケーションを使った仕組みにおけるフィードバックは、効果的なモチベーションの要となり得る。・・・常に自分の業績をチェックすることができる・・・自分がどのように評価されているかも把握できる。・・・成功する仕組みを構築する際には、素早く頻繁なフィードバックが必要だが、それだけでは十分ではない。」「予期しない情報のフィードバックは、自律性と自分で決めて行う内発的動機づけを高める。・・・条件付きの報酬が人のやる気を殺ぐのとは違って、予想外のバッジやトロフィーをもらうと、ユーザーは前向きな気持ちになる。」「ユーザーは自分の成績を知りたがる。・・・自分が目標に向かって前進しているというフィードバックを与えると、プレーヤーにとって励みとなり、やり遂げるのに必要な他のステップを行うモチベーションになり得る。」「ユーザーは与えられた基準に沿って自分の行動を変える。」[p.119-122
・「顧客や従業員をはじめとする他者からもっと搾取するための隠れたツールとして、ゲーミフィケーションを捉えてはならない。[p.126]」

ゲーム要素、ツールキット
・「ゲーミフィケーションに関連するゲーム要素は、ダイナミクス(原動力、仕組みの包括的側面、制約や物語など[p.145-146])、メカニクス(プレーヤーの行動を前進させ、ゲームに関与させる基本的プロセス、チャレンジや競争など[p.146-148])、コンポーネント(具体的構成要素、リーダーボード、レベル、ポイントなど[p.146-150])の3つのカテゴリーに分けられ、この順に抽象度が下がっていく。[p.144]」
・ポイント(P)、バッジ(B)、リーダーボード(L):「PBLはゲーミフィケーションではとても一般的なので、PBLがゲーミフィケーションであるかのように説明されることも多い」が、「実際には違う」。[p.132
・ポイントの使い方:1)スコア記録、2)勝敗がある場合、勝った状態を表す、3)外的報酬との結びつけ、4)フィードバック提供、5)進捗を対外的に示す、6)デザイナーへのデータ提供[p.133-136
・バッジ:「バッジは、ポイントをより大きな塊にしたもの」。「様々な種類のバッジがあれば、・・・ひとつのポイントシステムでは対応できない形でユーザーの興味に訴求することが可能になる。」[p.137-141
・リーダーボード:「リーダーボードは、・・・ユーザーに自分が進歩していることを知らせる。・・・適切な状況であれば、リーダーボードは強力な動機づけとなり得る。・・・その一方で、リーダーボードはモチベーションをことごとく殺いでしまう恐れがある。・・・ビジネス環境でリーダーボードだけを導入すると、業績の強化よりも後退につながることが多いとする調査結果もいくつかある。」[p.141-142

ゲームをデザインする6つのステップ
1、ビジネス目標を定義する:ゲーミフィケーションを使う理由
2、対象とする行動を具体的に考える:プレーヤーに何をやってもらいたいか、それをどう測定するか
3、プレーヤーを細かく設定する:「ユーザーは皆が皆、同じでない」。「ゲームやゲーミフィケーションの仕組みは、通常プレーヤーに様々な選択肢を提供するので、ひとつのセグメントだけに絞らなくてもよい」。[p.164-166
4、アクティビティサイクルを作る:エンゲージメントループ(プレーヤーが何をするか、なぜそれをするのか、それに応じた仕組みづくりでは何をすべきか)、進捗ステップ(プレーヤーが進んでいく道のり)を考える。進捗ステップでは、「初めのステップは非常にシンプルかつ誘導的にしておき、プレーヤーをゲームに招き入れる」(オンボーディング)。一休みとチャレンジを組み合わせることで、熟達しているという満足感と、達成感をもたらす。[p.171-172
5、楽しさを忘れない!:「誰もが同じ種類の楽しさを求めている、あるいは、参加者の好みは変わらないなどと思い込んではいけない。」、「その仕組みが楽しいかどうかを見分ける最善の方法は、厳格なデザインプロセスを通じて開発、試験、改良していくことである。」[p.175-178
6、適切なツールを活用する

失敗やリスクを避ける
・ポインティフィケーションの罠:「どのようなビジネスプロセスでもゲーミフィケーションになり、ただポイントを加えるだけで改善され、ユーザーはポイント集めが好きだからモチベーションを持つ、という浅薄な前提に基づいている場合に[p.190]」ゲーミフィケーションの可能性が台なしになる。「報酬そのものがモチベーションの根本になっている限り、外発的動機づけだ。・・・報酬を本質的に楽しい経験に置き換える方法を常に探したほうがよい。[p.191]」
・法的リスク:プライバシー、知的財産権、仮想資産の財産権、懸賞とギャンブル規制、不正行為、広告規制、労働者保護、報酬を伴う投稿、仮想通貨規制、搾取の仕組みとなる危険性(エクスプロイテーション)、ユーザーによる予期せぬ行動、などに注意が必要。

ゲーミフィケーションの将来
・「よく考え抜かれたデザインを用いる限り、ゲーミフィケーションは効果があり、現代のビジネスパーソンのツールキットのひとつと見なされるようになるだろう。・・・少なくとも、ゲーミフィケーションによって、ビジネスはもっと楽しいものになる。」[p.228-229
―――

楽しく仕事をしたいと思うなら、「楽しい活動」の本質を理解してその要素を仕事に適用してはどうか、というのが著者らのゲーミフィケーションの考え方の根本だと思います。楽しい活動自体は太古の昔から人間が行ってきたはずですが、最近こうした視点が注目されているのは、外発的動機づけだけでは期待どおりの成果が得られにくくなり、より強力な動機づけとして内発的な(楽しい)方法が求められている事情と、コンピューターを用いたゲームの流行により、多種多様な楽しさが提案され、設計されて試されるようになってきたという技術的な背景があるように思います。モチベーションについては別稿でも簡単なまとめを試みましたが、従来は、「遊び」をするモチベーションについてはあまり考察されていなかったかもしれません。しかし、ゲームをすることによって人間の脳内で「喜びに関係する脳内物質ドーパミンが活性化される[p.61]」ということが起きているなら、仕事に関する動機づけでも似たようなメカニズムが作用していることも考えられます。ゲームの魅力の分析によってモチベーションについての理解が深まるのではないか、と思います。

加えて、ゲーミフィケーションは、内発的動機づけを可能にする具体的な手法についての示唆を与えてくれる点も興味深いと思います。もちろん、監訳者も述べているように「『ゲーミフィケーション』はまだ始まったばかりであり、理論体系はこれから補強されていくだろう」[p.11]という状況ですので、汎用的な手法の確立にはまだ時間が必要でしょうが、現在までの知見だけでも、例えばやみくもにポイントシステムを導入するといった手法の危うさが示唆されるなど、実践的にも意味のある考え方だと思います。

研究開発では、内発的動機づけが重要であり、自律性を重視したマネジメントが求められていると言われます。この点で、ゲーミフィケーション手法は、研究開発に向いた手法と言えるかもしれません。実際、本ブログでも取り上げた「シチズンサイエンス」では、ゲームの手法が取り入れられ、効果を挙げていることを考えると、研究マネジメントにとってゲーミフィケーションの考え方は無視できないと思います。そもそも、研究という仕事は、本来的にゲームと似たような楽しさを内包している仕事なのではないでしょうか。研究開発において、外発的動機づけが重要なのか、それともゲーミフィケーションが示唆するような内発的動機づけが重要なのか、という点は議論があるところでしょうが、「楽しさ」という視点も含めたモチベーションの理解によって、研究開発マネジメントについての理解も深まるでしょう。企業における研究開発業務にゲーミフィケーションが適用できるかどうかは、今後の検討課題だと思います。しかし、本来的に楽しい要素を含む研究開発に、成果主義のような管理を持ちこむことが望ましいことなのか、目的志向や計画重視、細かな指示により自律性を損なうようなことをしていないかは、ゲーミフィケーションの考え方を参考にふり返ってみる必要があるように思います。研究者に「あなたの研究の楽しいところはどこですか?」と聞いたらどんな答えが返ってくるでしょうか。


文献1:Kevin Werbach, Dan Hunter, 2012、ケビン・ワーバック、ダン・ハンター著、三ツ橋新監訳、渡部典子訳、「ウォートン・スクール ゲーミフィケーション集中講義」、阪急コミュニケーションズ、2013.
原著表題:For the Win: How Game Thinking Can Revolutionize Your Business

参考リンク<2015.3.8追加>




ノート10改訂版:研究組織の望ましい特性と運営

1、研究開発テーマ設定とテーマ設定における注意点→ノート1~6
2、研究の進め方についての検討課題
2.1
、研究を行なう人の問題
→ノート7~8
2.2
、研究組織の問題
①研究組織の構造→ノート9

②研究組織の望ましい特性と運営
ノート
では、研究組織の構造について、人や組織同士がどうつながっているかの観点から主に考えてみましたが、研究活動にとって望ましい組織形態というものを特定することはなかなか難しいようです。その理由はおそらく研究活動の特性によるものなのでしょう。もし研究組織の構成員が、業務を分担する部品のような存在であれば、その活動を管理できるような構造を考えればよいのでしょうが、事前に業務の内容や分担がはっきりとは決められず、臨機応変の対応や当初の計画にない創発的な対応が求められる研究活動は、計画的な分業や管理に向いているとは言えないように思います。すなわち、組織構造の形態的な面を検討するだけでは不十分で、組織にどのような人を集め、その組織をどのように運営して望ましい特性を発揮するようにするかも考慮しなければならないと言えるでしょう。

では、研究組織にはどのような機能・特性が求められるのでしょうか。ノート5で検討した研究部門に求められる活動のなかでも、最も重要なものは創造性の発揮、すなわち、答えが未知の課題に取り組み、課題解決の方法を創造することでしょう。加えて、単に成果を得るだけでなく、その成果が上位の組織(会社や社会)の方向性に合っていることや、研究成果の実現のために他の組織と協働することも求められるはずです。以下、このような要求に応えられる組織のあり方を考えてみたいと思います。

創造性を発揮できる組織
例えば野中郁次郎氏は「場」というコンセプトを提示しています。その考え方は次のようなものです。
対話と実践という人間の相互作用により、知識を継続的に創造していくためには、そうした相互作用が起こるための心理的・物理的・仮想的空間が必要であり、そうした空間を「場」と呼ぶ。そこでは、参加者の間で自他の感性、感覚、感情が共有される相互主観が生成し、個人は自己の思惑や利害などの自己中心的な考えから開放され、全人的に互いに向き合い受け容れあう。場は動的文脈であり、常に動いている。「よい場」の条件は、1)独自の意図、目的、方向性、使命などを持った自己組織化(=自律性が必要)された場所でなければならない、2)参加するメンバーの間に目的や文脈、感情や価値観を共有しているという感覚が生成されている必要がある、3)異質な知を持つ参加者が必要、4)浸透性のある境界が必要。文脈共有には一定の境界設定が必要だが、必要に応じて境界を開いて新しい文脈を取り入れ、あるいは必要に応じて境界を閉じて中の文脈を守る、というのが「浸透性のある境界」の考え方、5)参加者のコミットメントが必要。場において生成する「コト」に「自分のこととして」かかわることによって知識は形成される。こうしたコミットメントを得るためには、信頼、愛、安心感、共有された見方や積極的な共感などが必要。知識創造には内因的モチベーションが必要(外因的要因には暗黙知の表出化を推奨する効果は期待できない)。内因的モチベーションが有効に機能するには、仕事において創造性を要求されること、内容が広範囲で複雑で幅広い知識が必要とされること、暗黙知の移転と創造が不可欠であることのいずれかが含まれなければならない[文献1、p.59-79]。
もちろん、創造的な組織の特徴はこれに限られるものではなく、例えば、Tiddらは、イノベーティブな組織に関する先行研究に基づき、組織構造以外に、ビジョンの共有、リーダーシップ、イノベーションへの意欲、鍵となる個人、効果的なチームワーク、個人の能力向上の継続と拡充、豊富なコミュニケーション、イノベーションへの幅広い参画、顧客指向、創造性ある社風、学習する組織、といった要素が重要と認識されていると述べています[文献2、p.371]。いずれにしても、組織構造のみならず、こうした特性を考慮することも重要、ということでしょう。ここでは、野中氏の挙げた要素をもう少し深く考えてみることにします。

自律性
野中氏は「組織のメンバーには、事情が許すかぎり、個人のレベルで自由な行動を認めるようにすべきである。」と言い、そうすることによって、組織は思いがけない機会を取り込むチャンスを増やし、個人が新しい知識を創造するために自分を動機づけることが容易になる、と述べています[文献3、p.112]。このような自律性の重要性についての主張は、研究開発の成功例において、その組織が自律(自立)的であった例が多いと感じられることからも信頼に足るものと思われますが、トップダウンの組織では部下の自律性を許容することと、部下にトップダウンの命令を実行させることは相容れない可能性があるでしょう。このような状態で自律的であるためには、トップと部下の間での信頼を築くことが必須のように思います。例えば、ホンダでは、「自立(自律)、平等、信頼」が「人間尊重の哲学」として重視されている[文献4]そうです。また、KimMauborgneは「公正なプロセス」の重要性を指摘しています。公正なプロセスの要素は、関与、説明、明快な期待内容、という3つの要素で構成され、このプロセスをとることによって、自分の意見が重んじられているという信頼と関与が生まれ、自発的な協力が発生することによって、期待を超える水準の献身が期待できるということですが[文献5、p.226]、これは同時に自律性の高い組織の特徴とも言えるのではないでしょうか。このような考え方を明示することによって、自律と放縦の区別が可能になり、周囲からの信頼を得やすくなるのではないかと思われます。

目的・感情・価値観の共有
組織にとって、基本理念、ビジョンを持つことの有効性は、CollinsPorrasの指摘する通りと考えられますが[文献6]、特に研究活動においては守るべき基本理念、ビジョンを持つことによって、目的・感情・価値観の共有が実現され、これによって、メンバー相互の意思疎通が効果的になり、また、細かな管理をしなくても行動の方向性が統一されやすくなることが創造性の発揮によい影響を及ぼすと考えられます。不確実、予想外のことを取り扱う研究活動においては定型的な対応が困難な場合が多いので、守るべき基本理念がないと一貫した組織的な対応がとりにくくなったり、モチベーションが低下したりする場合もあるのではないでしょうか。さらに、Collinsは組織飛躍のためには、単純明快な概念(針鼠の概念)すなわち、世界一になれる部分、情熱をもって取り組めるもの、経済的原動力になるものの重なる部分を理解し、この概念を確立することが必要と述べていますが[文献7、p.130]、この考え方は研究開発活動の具体的な進め方を考える上で重要な示唆を与えるものと思われます。

多様性
野中氏らは、組織的知識創造を促進する要件として、組織の意図、自律性、ゆらぎと創造的なカオス、冗長性(当面必要としない仕事上の情報を重複共有すること)、最小有効多様性(複雑多様な環境に対応するためには、組織は同程度の多様性を内部に持っている必要があることを指す)を挙げています[文献3、p.118-123] [文献8、p.77]。また最近では、多様性によって問題解決や予測がうまく行えるようになりうることが、複雑系の研究者によって指摘されています[文献9]。ただし、「多様性を追求する際には、多様性と能力のバランスを取ることを忘れてはいけない。・・・能力は多様性と同じく重要だ[文献9、p.444]」、という指摘はよくわきまえておく必要があるでしょう。多くの研究組織は類似する技術分野の人から構成され、先輩から後輩への技術伝承が専門性の育成に重要とされることも多いため、発想の画一化による創造性の低下が懸念されるとはいっても、例えば、多様性を確保する目的で人事ローテーションを行なって個人に様々な経験をさせることは専門性育成の阻害につながる可能性もあります。専門性の充実と多様性の確保のバランスをとるためには、おそらく個人に様々な経験を積ませることよりも、様々な人材をひとつの組織に集めることで組織としての多様性を確保する方が効果的と思われます(もちろん、度が過ぎなければ個人にとって専門性の異なる経験は非常に重要ですが)。

浸透性のある境界、参加者のコミットメント
これらは、組織が閉鎖的になりすぎてはいけないこと、メンバーが目標達成に積極的に関わる組織にすべきであることを示唆していると思いますが、いずれもコミュニケーションに深く関係していると思います。組織に多様なメンバーを集めることができたとして、多様性を有効に活用するためには、コミュニケーションを活性化する必要がありますし、コミュニケーション不足でメンバーに適切な情報が与えられなければ業務への積極的な関与も期待できないでしょう。コミュニケーションのための仕組み(例えば頻繁なミーティングなど)と、異なる意見を受け入れる組織風土がなければ多様性の維持活用は不可能と思われます。組織内でのコミュニケーションに加え、組織外部とのコミュニケーションも重要です。ただし、基礎研究的な性格を持つプロジェクトについては外部とのコミュニケーションと研究成果の間に正の相関があるが、開発研究や技術サービスを行なう組織では負の関係があることを示す研究もあるようです[文献8、p.70]。野中氏も指摘するように、実際には必要に応じて境界を開けたり閉めたりするコントロールが必要とされるのでしょう。また、外部との結び付きの強さに関しては、Rogersはグラノベッターにより提唱された「弱い絆」の重要性を指摘しています[文献10、p.303]。これは重要な新しい情報は親密な関係の人よりも、それほど親しくない関係の人からもたらされるというもので、親しくない人との接触機会は少なくても、得られる情報は親密な人からの情報に比べて新しいことが多いことに基づいていると理解できます。誰とコミュニケーションすべきかについての重要な示唆を与えてくれる考え方だと思います。

組織の方向性・協働
組織の活動やアウトプットを、より上位の組織(会社全体)の方向性に合わせること、他の組織と協働することのためには、他の組織との間での目的・感情・価値観の共有、異なる意見を受け入れる組織風土、信頼関係、コミュニケーションなどが重要になるでしょう。イノベーションを担当するチームと社内既存組織とが協働してイノベーションをうまく進めるために、どのようなチームを作り、どのようにマネジメントを行うべきかについてはGovindarajanらによる提案[文献11]がありますが、基本的な考え方は上記のものと同様であるように思われます。

考察:なぜこういう考え方が必要とされるのか
以上、組織の特性と運営について、特に重要と思われる指摘をまとめてみました。研究グループのリーダーにとっては組織の形態は与えられているもので変更はできないことがほとんどでしょうから、その環境において最大の成果を挙げるために、組織の特性を理解し効果的に運営を行なう努力は重要であると考えられます。しかし、現実には、このような考え方は企業内部では一般的ではないかもしれません。研究開発や知識創造に関わりの少ない部署では、別のマネジメント思想があり得ますし、コミュニケーションや社内連携をしなくても仕事ができる部署はそうした必要性を認識していないかもしれません。また、多様性や冗長性は、ムダを排する効率優先の思想とは相容れない可能性もあります。

しかし、以下のような社会の変化を考慮すると、イノベーションの達成のためには、本稿に述べたような組織の運営を行なうことで、メンバーおよび組織の能力の発揮を狙うことは必要なことなのではないでしょうか。
・個々の技術が専門化して、個人の理解には限界があること
・技術が複雑化し、様々な要因がからみあって、未来の予測が困難になっていること
・技術の交流が活発化し、一旦確立した競争優位の維持が難しくなっていること
・技術的優位だけでは成功を得にくくなり、ビジネスモデルのイノベーションが求められること

要するに、これからの時代、イノベーションは天才的な一個人の活躍や、個人および研究部隊の努力だけでは実現しにくくなり、組織内外での協力、協働が不可欠になってきているのではないかと思います。しかし、個人や組織の高度な専門性がなければ、協力だけでは大きなイノベーションは期待できないでしょう。高度な専門性を確保しつつ、ここに述べたような点に注意して好ましい組織運営を行うことは、組織の構造によらず、イノベーション実現のために必要なことなのではないでしょうか。


文献1:野中郁次郎、遠山亮子、平田透、「流れを経営する――持続的イノベーション企業の動態理論」、東洋経済新報社、2010.
文献2:Tidd, J., Bessant, J., Pavitt, K., 2001、ジョー・ティッド、ジョン・ベサント、キース・バビット著、後藤晃、鈴木潤監訳、「イノベーションの経営学」、NTT出版、2004.
文献3:Nonaka, I., Takeuchi, H., 1995、野中郁次郎、竹内弘高著、梅本勝博訳、「知識創造企業」、東洋経済新報社、1996.
文献4:小林三郎、「ホンダイノベーション魂 第16回 自律、信頼、平等」、日経ものづくり、2011年7月号、p.103
文献5:Kim, W.C., Mauborgne, R., 2005W・チャン・キム、レネ・モボルニュ著有賀裕子訳、「ブルー・オーシャン戦略」、ランダムハウス講談社、2005.
文献6:Collins, J.C., Porras, J.I., 1994、ジェームズ・C・コリンズ、ジェリー・I・ポラス著、山岡洋一訳、「ビジョナリーカンパニー」、日経BP出版センター、1995.
文献7:Collins, J., 2001、ジェームズ・C・コリンズ著、山岡洋一訳、「ビジョナリーカンパニー②飛躍の法則」、日経BP社、2001.
文献8:三崎秀央、「研究開発従事者のマネジメント」、中央経済社、2004.
文献9:Scott E. Page, 2007、スコット・ペイジ著、水谷淳訳、「『多様な意見』はなぜ正しいのか 衆愚が集合知に変わるとき」、日経BP社、2009
文献10:Rogers, E.M., 2003、エベレット・ロジャーズ著、三藤利雄訳、「イノベーションの普及」、翔泳社、2007.
文献11:Vijay Govindarajan, Chris Trimble, 2010、ビジャイ・ゴビンダラジャン、クリス・トリンブル著、吉田利子訳、「イノベーションを実行する 挑戦的アイデアを実現するマネジメント」、NTT出版、2012.


参考リンク

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正しい現場主義と研究開発

「現場主義」は、マネジメントにおいて重要なこととしてよく語られます。具体的には、三現主義すなわち、「現場で現物を手にとって現実を知ること」(ホンダの定義[文献1、p.33])あるいはもっと簡単に現場、現物、現実(現認、現状を知るとも言われます)、また、マネジャーや経営幹部が現場に出向いて現場の問題点を解決したり課題やニーズを把握したりすることを指しているようです。こうした現場主義の効果を指摘する人は多いですし、私もそれに疑問を持っているわけではないのですが、単にマネジャーが現場に行くだけで効果が現れるわけではないはずですし、「悪しき現場主義」というものがある、と指摘する人もいるようです。

そこで、なぜ「現場主義」が有効なのか、望ましい「現場主義」とはどのようなものなのかを考えてみたいと思います。まず、「現場主義」には次の2つの側面があることを確認しておきましょう。

1)現場にいる人たちに対して現実を知るよう促す側面

2)マネジャー、経営層が現場に行くことで、現実を知ろうとする側面

どちらの場合も、現場で現実の現象、市場、顧客に触れることで、事態の本質を掴み、問題解決や課題の発見がしやすくなることが「現場主義」の効果と言えるでしょう。上記1)の場合は、この効果が明白だと思いますが、2)のマネジャーにとっての「現場主義」が有効に作用する理由は、もう少し複雑で、以下のような効果も加わってくると思われます。

・マネジャーが与えた方針、目標、戦略がうまく機能しているかをマネジャー自身が検証し、それらの見直しを行うきっかけになる。(報告されるデータではうまくいっているように見えても、何か問題が発生している場合には、現場の人の様子に何らかの異変が感じられたりするものです。)

・マネジャーが、現場の人々とは違った新しい視点、俯瞰的な視点を提供できる。

・マネジャー自身の持つノウハウや、その分野、異分野で培った経験を生かすことができる。

・現場の権限を超える解決策を提示することができる。

・現場とのコミュニケーション促進、一体感醸成、現場のモチベーション向上に寄与する。

このようなメカニズムを考えてみると、現場主義を実践する場合の注意点も浮かびあがってくるように思います。上記1)の現場に対する働きかけにおいては、以下の点が挙げられるでしょう。

・経験主義に陥り、理論やデータの軽視、育成指導における実践偏重に陥っていないか。

また、2)のマネジャーが現場に行くことに関しては次の点に注意が必要と思われます。

・現場に行くだけで安心、自己満足していないか。現場から得た情報を自身の反省に役立てたり、現場の問題解決に寄与できているか。

・特に経営幹部が現場を訪問する場合、受け入れ側のお膳立てによって、受け入れ側が見せたいもの、見せてもよいと思っているもの(真実とは限らない)しか見られない場合がある。

・幹部を受け入れるお膳立てに必要以上に労力を使っていないか。

・マネジャーの視点や指示が、自らの経験や古い知識にとらわれたものになっていないか。

・マネジャーが助言、指示することで、現場の考える意欲、観察する意欲、自律性を阻害していないか。

・マネジャーがあまり細かな指示を与えると、現場の人が自分たちは信頼されていない(任されていない)と感じることがある。

・マネジャーの助言や指示が、現場の人でもできるレベルなのではないか。もし現場がそれをできていないのなら、できていない理由を見つける必要がある。

・現場で接したことは、たまたまその時だけのことである可能性がある。その時だけの経験にとらわれていないか。

・現場で接したことが、なぜそのようなことになっているか、本質を探る努力をしているか。

・現場で接した物理的現象、モノ、データだけにとらわれていないか。現場の「人」や「人の行動」もきちんと見ているか。

・マネジャーが見ているのに何の指摘もしない場合、その状態を承認したと受け取られることがある。

もちろん、マネジャーが現場に行くことの効果と注意点は、業種や現場の形態、規模などによって異なるでしょう。しかし、上述の点を考えると、マネジャーが現場に行ってただ現状を見るだけの現場主義では効果が上がらないだろうことは容易に想像できるのではないでしょうか。マネジャーが現場に行けるチャンスは限られているわけですから、そこで効果を挙げるためには上記の期待効果と注意点をよく認識する必要があると思います。

さて、研究開発における「現場主義」を考えてみましょう。現場で、現物にあたり、現実を知り本質を理解することの重要性は研究現場でもそれ以外の現場でも変わらないでしょう。ただ、研究現場の場合、マネジャーが注意しなければならないこととして、次の点が挙げられるように思います。

・研究開発における現実の対象は、多様性が高く、非定常的で繰り返して行なわれることが少ないため、たまたまマネジャーが現場を訪問した際に得た情報が本質なのかどうかわからない。

・課題の専門性が高く、その進歩も早い場合には、現場に対するマネジャーの指示が適切でない(素人判断、時代遅れ)である場合がある。

・マネジャーが現場に立ち会うチャンスが限られるため、現場での観察による「発見」のチャンスは多くない(現場での観察が重要な場合、第一線研究者の意識向上の方が効果的)。

・マネジャーが「発見」において能力を発揮しやすい場面は、課題を絞った問題解決や、報告されるデータとマネジャーの持つ知識や経験との融合、新たな視点に基づくデータの解釈によるような場合となる。

・報告される情報が直接観察できるものではなく「データ」の形で示されることが多い点にも注意が必要。データというのは多くの場合、調べる対象の現象の一面を観測し、何らかの加工を経て得られるので、報告されたデータには、生の情報以外に、データ加工に用いられる「思想」が含まれる。さらにデータをとるための実験計画、条件の選び方、用いる手法にも担当者の「思想」が入るので、現実を観察しているとはいっても、その結果は、担当者のフィルターを通して見た結果である可能性を認識しておく必要がある。(ちなみに、このようなデータの解釈にあたっては、極力「生」のデータを大切にし、そこから示唆される推論について、他のデータや理論に照らして妥当性を判断することで、研究者の思いこみや見落としを排し、より本質に迫りやすくなると考えます。)

もちろん課題や状況にもよりますが、このような状況を考えると、研究における現場主義の場合、他の分野に比べてさらに注意が必要なのではないかと思います。思うに、第一線の研究者に現場主義の大切さを認識させること(そうすればマネジャーが口出ししなくともよくなるかもしれません)、そして、研究者のモチベーションを高めること、マネジャーとして自らの方針、目標、戦略がうまく機能しているかどうかの「感覚」を掴むことなどが、まずは重要でしょう。研究の内容に部外者や上司の立場から関与するとすれば、現場から得られる知見や情報にマネジャーが何を付加できるか、違った視点、違ったノウハウ、他部署との連携も含めて、個々の研究者の能力を補完するような役割として何ができるかをよく考える必要があるでしょう。Collinsはその著書「ビジョナリーカンパニー」で、「時を告げるのではなく、時計をつくる」[文献2、p.35] べきであると指摘しています。現場主義はアイデアの源泉であり、本質を知る近道であることは間違いないように思いますが、マネジャーとして時を告げようとする(解決策を提示しようとする)ことがよいことなのか、ひょっとしたら「現場主義」という言葉が創造性のないマネジメントの隠れ蓑になっているのではないか、などとも思います。自戒も込めて注意したいところです。

 

文献1:野中郁次郎、遠山亮子、平田透、「流れを経営する――持続的イノベーション企業の動態理論」、東洋経済新報社、2010.

文献2:Collins, J.C., Porras, J.I., 1994、ジェームズ・C・コリンズ、ジェリー・I・ポラス著、山岡洋一訳、「ビジョナリーカンパニー」、日経BP出版センター、1995.

モチベーションは管理できる?

モチベーションが高ければ成果があがるはず、ということは大多数の人の認めるところだろうと思います。モチベーションの基本的な考え方はノート7で整理しましたが、大雑把には「やる気」、「努力に結びつくもの」(Lawler IIIの指摘[文献1p.33]として理解できると思われます。したがって、モチベーションを高め、適切な方向に活用すればよい成果が期待できると考えてよいでしょう。

 

モチベーションを高める方法については様々な提案があります。人の意欲が何によって高まったり落ちたりするのかを明らかにして、その知見に基づいてモチベーションが上がるような手をうてばよい、という考え方は理解しやすいものですが、実務的な立場からすると、まず、今自分たちの組織や仲間、部下のモチベーションが高いのか、低いのかを知りたい、そのための簡単は方法はないのかと思うことがよくあります(もちろん、極端な場合はすぐわかりますが)。

 

もし、現状のモチベーションのレベルがわかれば、あとどのぐらいモチベーションを上げる余地があるのかがわかるでしょう。また、モチベーションを上げようとして何らかの手を打ったときに、その結果として実際にモチベーションが上がったのかどうかを知ることができれば、どういう手が効果的なのかが検証できるでしょう。そういうデータがなければ結局、「上がると信じて」手を打つしかない、となってしまいがちなのではないでしょうか。つまり、モチベーションのレベルやその変化が観測できれば、その結果に基づいてフィードバックや計画修正をしてモチベーションの維持管理を行なうことができるのではないかと思われます。しかし、実際のところ、モチベーションはどのように測定すればよいかはなかなかわかりにくいと思うのです。

 

もちろん、モチベーションを測定しようとする試みは多く、例えばインターネットで「モチベーション 測定」

と検索すると、多くの調査会社やコンサルタントが測定を請け負っていることがわかります。しかし、その多くは従業員へのアンケートをベースにしたもののようで、頻度の高い測定や日常の管理には向いているとは言えないと思います。また、「個人にとってモチベーションは精神的、内面的なものである。つまり、モチベーションは、外部から直接観察することはできないし、そのコントロールも難しい」[文献1p.33-34]とする考え方もありますので、はたして、そういう測定でよいのかもよくわかりません。

 

しかし、研究マネージャーとしてはグループや研究員のモチベーションを知りたいわけで、今回は困難を承知の上で、モチベーションのレベルを認識するためのヒントがないものかについて考えてみたいと思います。

 

モチベーションに影響する因子を大きく分けると、主に論理的な判断によるものと、感情や気分など必ずしも論理的ではない判断によるものに分けられるのではないでしょうか。例えば期待理論におけるEP期待(努力が業績に結び付く期待)、PO期待(業績が報酬に結び付く期待)は、こうしたらこうなるだろうというある程度の推論に基づいていると考えられます。これに対して、達成動機理論のように不確実性の高い課題にこそかえって意欲を感じるというのは、論理的でない、感情の要素が入っていると考えられるのではないでしょうか。さらに、エンパワーメント(心的活力)として理解されているような要因にも感情の要素が大きく影響すると思われます。例えば、開本が採用しているエンパワーメントの構成概念[文献1p.74]としては、意味(組織目標の自己の信念や価値観との一致)、有能感(自分の能力に対してもっている認知)、自己決定(職務に対する自律性)、インパクト(仕事の組織や社会への貢献)などがありますが、これらも論理的でない要因を多く含むでしょう。

 

管理を行なう立場からすると、上記の論理的な要因に関しては「ああすれば、こうなる」という予測がある程度できると思います。また、論理を重んじる傾向のある研究者に対しては、説明によって納得が得られやすいとも思われます。また、ベンチマーキングなどで社外の状況と比較することで納得感を得ることも可能かもしれません(例えば、報酬の水準など)。つまりこれらは管理し易い要因と言えるでしょう。しかし、感情的な影響を受けやすいモチベーション要因は、個人の選好や価値観に左右されるために、行なったアクションが実際どの程度モチベーションの向上につながるかを推定することが難しいと思われます。従って、こうした感情的な要因に影響されるモチベーションを測定することこそが大きな意味のあることと思われます。そこで以下では、理屈で制御することの困難なエンパワーメントに絞ってその測定と制御について考えてみます。

 

開本は、エンパワーメントを心理的エンパワーメントと状況的エンパワーメントに分類しています[文献1p.157-160]。心理的エンパワーメントとしては、次の3つの要素を指摘しています。

・有能感(自分の能力を信じ、やればできるという意味での自信のある心理的状態)

・自律性(自分自身の行動を自分自身で決定できる状況にある場合に増大する感情)

・心理的無力感(がんばろうと努力しているにも拘らずうまく結果が出せなかったり、成果を出したのに周りから評価されなかったりした場合に増大する感情)

また、状況的エンパワーメントは、次の4要素が挙げられています。

・成長機会(仕事をこなすことで自分を高めていける、能力を発揮できるような環境かどうか)

・権限委譲(自分自身の仕事に関する意志決定が職場の状況としてできるか)

・支援(協力してくれる上司やその他の人たちがいる場合に増大する)

・状況的無力感(自分にとって不利な職場かどうか、苦手な仕事や、周りから好ましい反応がなかった場合に増大する)

 

このような要素によってモチベーションが影響を受けるとするとき、どのような態度、症状が見られると予想されるでしょうか。特に研究開発の場面において、以下のような態度、症状が周囲から観察可能と思われます。

有能感に基づくモチベーションが高い:困難な課題への積極的な挑戦

自律性に基づくモチベーションが高い:必要なことは言われなくても自主的に実施する

心理的無力感によってモチベーションが下がっている:やっても無駄という感情がおこる、言われたことしかしない

成長機会に基づくモチベーションが高い:仕事を成果だけでなく自らの成長にも生かそうとする

権限委譲に基づくモチベーションが高い:担当者が自ら判断を行なうべき問題と上司に相談すべき問題の区別をしっかりと行なえる

支援に基づくモチベーションが高い:必要な場合に支援を求める、あるいは他人に支援を与える活動を積極的に行なっている

状況的無力感によってモチベーションが下がっている:職場や仕事に対する不平を述べる、職場内の交流を避ける(他人に反応しない、無関心)

さらに、有能感を裏付け、無力感を与えない状況を形成する傾向として、仲間の成果を正しく認めて評価する雰囲気も重要だと思います。

 

つまり、ここで挙げたような職場の状態、雰囲気に着目すれば、現在のモチベーションの状態がある程度推測できるのではないかと思います。また、ある症状が観察された時に、これら因子のどこに問題があってそういう症状が現れているのかを推定できるのではないでしょうか。

 

もう一点重要なこととして、このような症状が見られたときに、それを直接注意しても本質的な解決にはならないだろう、ということが言えると思います。例えば、困難な課題に積極的に挑戦しなくなっていると思われるときに、「積極的に挑戦しろ!」と命令しても、それを素直に受け入れてその通りに実行してくれるとは限らないと思います。それよりも、そうした症状をもたらしている原因、この例で言えば、「有能感」が不足していることを認識して、有能感を刺激するようなこと、有能感が高まると考えられるようなことを実施するべきなのではないでしょうか。

 

もし、このようなモチベーションの要因について定量的な測定ができるようになれば、実務的には非常に役に立つと思われます。しかし、実際には上記のような定性的な把握が限界なのかもしれません。モチベーションについてはすでに多くの研究があるなかで、今回は例として開本の考え方に基づいて上記のような判断の方法を考えてみたわけですが、今回の試み以上のもっとよいやり方があるような気もします。モチベーションの状態を把握して制御することができるような理論の確立に期待するとともに、実務的な観点からのモチベーション管理についてはもう少し勉強したり考えたりしてみたいと思っています。

 

 

文献1:開本浩矢、「研究開発の組織行動」、中央経済社、2006.

 

 

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