研究開発マネジメントノート

研究開発とそのマネジメントについてのいろいろ

衛生要因

ノート11改訂版:研究組織運営におけるリーダーの役割

1、研究開発テーマ設定とテーマ設定における注意点→ノート1~6
2、研究の進め方についての検討課題
2.1
、研究を行なう人の問題
→ノート7~8
2.2
、研究組織の問題→ノート9~10

2.3
、研究組織営におけるリーダーの役割
ノート10
では、望ましい研究組織の特性とその運営について考えました。そうした運営を行なう上で、研究リーダーの果たす役割は大きいと考えられます。もちろん、そんなことよりもまずは責任者として組織を率いて与えられた課題を解決することがリーダーに求められる、という考え方もあるかもしれません。しかし、与えられた課題をこなしているだけでよいのか、組織の能力を発揮させるために具体的にどんな点に注意して運営すればよいのか、といったことも考えておく必要があるのではないでしょうか。そこでここでは、研究のリーダー、特に第一線に近い研究リーダーは組織運営にどう関わり、何を、どのようにしなければならないのかといった観点から、その役割を考えてみたいと思います。

研究開発リーダー役割の特徴
まず、「未知のことへの挑戦」といった創造性の発揮が求められる研究開発のリーダーと、一般的なリーダーとの違いついて考えてみましょう。開本はリーダーシップに関する諸研究をレビューしたうえで、研究グループを指揮する立場にあるリーダーのリーダーシップ行動について、以下のように述べています。「研究開発部門では、他の部門よりも管理職の技術的スキルの重要性が高い。つまり、研究開発技術者に対するリーダーシップを発揮するには、リーダー自身が技術的知識を持っており、フォロワーの仕事の内容を理解し、必要なアドバイスや情報を与えることが必要である。その際、ゲートキーパーの研究でも指摘されているが、単に情報を提供するのではなく、リーダーなりに必要な情報を加工した後、必要な情報をフォロワーに提供していくことが求められている。一方、人間関係スキルや管理スキルは、相対的に重要性が低い。(中略)研究開発のように不確実性の高い状況のもとでは、細かなスケジューリングやプランニングの有効性は低く、企業全体の方向性と両立する範囲での自律性を与える管理スタイルが求められる。また、研究開発技術者は、基本的に仕事そのものによって動機づけられる存在であるため、人間関係によって直接、成果が影響を受けることは少ないと考えられる。(中略)したがって、仕事を通じてモチベーションを引き出す、テクニカルスキルに基づくリーダーシップが、より重要となる。」[文献1、p.97-98]。このようなテクニカルスキルに基づくリーダーシップの重要性についての指摘は、一般の人材マネジメントとは異なる研究マネジメントならではの特徴と考えられますが、だからといって人間関係や管理のスキルが重要でない、ということにはなりません。特にHerzbergの言う「衛生要因」に分類される欲求、すなわち、それが満たされても動機付けにはならないが、満たされないと不満になるような欲求についてはそれを満たすことが大前提であり、その上で研究者に特徴的とされる「仕事そのもの」による動機付けを考えていく必要があるでしょう。(本ブログ参考記事:研究者の活性化(ノート7)研究の種類による評価指標やインセンティブ技術者にとっての内発的モチベーションの重要性

研究開発リーダーとして注意すべき点
研究リーダーがマネジメントを行う上での注意点としては、研究リーダーの役割と適性と、研究員のそれとの違いをまず挙げたいと思います。多くの場合、研究リーダーになるのは、研究員として何らかの業績を挙げた人である可能性が高いと思いますが、そうした一種の成功体験がリーダーとしての行動の問題点にならないように注意すべきでしょう。すべての「強み」は「弱み」になりうること、隠れていた弱みの存在、成功による傲慢、不運の処理などがリーダーのつまずく原因になるという指摘があります[文献2、本ブログ「リーダーがつまずく原因」]。リーダーというと、どうしても組織を率いることが主な役割と思いがちですが、例えばSASJim Goodnightが述べている「マネジャーは社員の『部下』となり、それぞれが高いモチベーションで働き、能力を発揮するよう努める」[文献3、本ブログ「働きがいのある会社とは」]、という考え方も状況に応じて必要と考えられます。

研究グループにおける多様性の確保
研究グループ内をどのようにコントロールするかについては、まずは多様性の確保を挙げたいと思います。多様性の重要性はノート10でも述べましたが、丹羽は、「異端児といわれる優れた技術者」について、その個人がイノベーションにおいて大きな役割を果たすとしても、『それを認めて採用する能力と決断力のあるマネージャーの存在が企業イノベーションの隠れた、いや、むしろ実質的な立役者』と述べています[文献4、p.31-32]。もちろん、どのような人材を部下に選ぶかはリーダーの自由にはならないかもしれませんが、研究グループ内での考え方の多様性、すなわち様々な発想を大切にし、異なる意見を受け入れる組織風土を作ることは可能ではないでしょうか。言い換えれば、多様な個性を認め、多様な人材の能力をひきだすことがリーダーの役割のひとつであると言えるように思います。

コミュニケーションの活性化
多様な意見を真に役立つものにするためには、コミュニケーションの活性化が必要でしょう。グループ内のコミュニケーションはもとより重要ですが、リーダーはグループ外とのコミュニケーションにおいて、ゲートキーパーの役割を担う必要があると言われています。ゲートキーパーは、情報をさまざまな情報源から収集し、それを最もうまく活用できるか、あるいはそれに最も大きな興味を持っている適切な人材に受け渡す役割を持つ[文献5、p.386]、とされますが、より具体的には、情報収集、グループ内部に理解される言語への翻訳、グループ内への伝達、という業務を担う[文献6、p.69]とされます。加えて、若い技術者にアドバイスを与える先輩の役割、研究開発活動への評価、市場調査などの役割も指摘されています [文献1、p.93]。グループ外からの情報に関しては、生の情報をそのままグループ内に流してもその意味するところが十分に伝わるとは限らないため、その情報の意義、解釈や付随する情報もあわせて伝えることが必要なのでしょう。技術のエキスパートとして、リーダーのコメントをつけることにより情報の価値を高めることができると言ってもよいでしょう。ただし、情報に加工を加えることがゲートキーパーの役割とは言っても、外部からの情報を一人占めしたり、制限したりするような行動は慎むべきと考えます。

グループ外との連携、調整
情報のゲートキーパーだけでなく、リーダーには外部との折衝や調整の役割もあります。特に、オープンイノベーションなど、様々な部署との連携や協力が求められる考え方の下では、自部署だけでイノベーションを完成させようとすることにはこだわらない方がよい場合も考えられます。Govindarajanらは、特に大企業において、収益源となる既存事業の「パフォーマンス・エンジン」とイノベーションチームの協力こそがイノベーションの原動力となりうる、という立場から、「イノベーション・リーダーは『パフォーマンス・エンジン』と相互に尊重し合う関係を築く努力をすべきである[文献7、p.52]」と述べ、「イノベーション・リーダーは自分たちが既存の体制と闘う反逆児だと思いこむ場合が多い。だが、官僚的な怪物に一人で立ち向かっても勝ち目はほとんどない[文献7、p.52]」と述べている点は心に留めておくべきだと思います。一方、「優れたボスは、“人間の盾”となることに誇りを感じ、社内外からのプレッシャーをみずから吸収するか、はねのける。そしておもしろみのない瑣事をみずから引き受けて、部下を働きにくくするような愚か者や余計な口出しと戦うのである。[文献8、(ただし、あらゆる場合に戦うべきだとはしていませんので、詳細は本ブログ「部下を守る?組織を守る?技術を守る?」を参照ください]」、という考え方のように、場合によってグループを守る行動も取れる必要があると思われます。

育成・指導
部下の育成・指導もリーダーの重要な役割でしょう。研究部隊の特徴として、技術的基盤の確保のための部下の育成は必須の業務と言えると思います。ただ、技術的な専門性に関しては、ある程度の時間をかければ日々の業務を通じて育成していくことはそれほど困難ではないでしょう(部下の学習に適した環境を作ることはもちろん重要ですが)。一方、マネジャーの育成については、様々な議論があり、McCallはリーダーの育成に関して、能力で選抜することの問題点を指摘し、経験から学ぶこと、経験によるリーダーシップ育成の重要性を述べています[文献2]Christensenも破壊的イノベーションの成功のためにはMcCallの方法が有効であると述べていますので[文献9、p.218]、効果的な経験を積ませることの重要性は認識しておく必要がありそうです。ただ、この時、リーダーがプレイングマネジャーとして実務にも関与する場合には、育成指導上の利点(やってみせること等)と、欠点(部下の経験のチャンスを奪うこと等)のバランスを考える必要があるように思います。

ロールモデル
部下と上司の関係でいえば、ロールモデルもリーダーの役割のひとつといえるのではないでしょうか。McCallは成長過程にあるマネジャーに対する上司の影響について最も重要なこととして、「ロールモデルとしての上司の行動とその行動結果を観察することで、組織が何を真に評価しているかについて学ぶ」[文献2、p.116]ことを挙げています。実際、グループメンバーにとって、経営トップがどのようなマネジメントのやり方を高く評価しているかを知る機会はそれほど多くないと思われますので、リーダーのどのようなやり方が効果的で、それが社内でどのように評価されるかを実例として示すことは重要だと思われます。その意味で、リーダーのマネジメントに対する考え方をグループのメンバーに説明しておくことは、将来のマネジャーを育成する上で非常に有益でしょう。

イノベーションリーダーの適性
最後に、イノベーションリーダーが持つべき能力に関するひとつの考え方をご紹介しておきたいと思います。Christensenらは、イノベータに特徴的な行動パターンを抽出しています[文献10、詳細は本ブログ「イノベーションのDNAをご参照下さい]。それは、1)関連づけ思考、2)質問力、3)観察力、4)ネットワーク力、5)実験力、であり、なかでも関連づけ思考が重要で、「誰でも行動を変えることで、創造的な影響力をますます発揮できる」[文献10、p.4]と述べています。研究開発業務において、どのような考え方をすべきか、どのような考え方ができるように育成指導すべきかを考える上で参考になるかもしれません。

以上、組織運営におけるリーダーの役割について考えてみました。研究開発のマネジメントといっても、トップの役割と第一線に近い研究グループのマネジャーの役割は自ずと異なっているでしょう。研究開発は全社的な活動であるため、トップマネジメントの重要性がよく指摘されますが、実務的には、研究グループのマネジメントの重要性もしっかり認識しておくことが必要と考えます。

考察:研究ミドルマネジャーへの注目?
研究開発、イノベーションを成功させるにはどうしたらよいか、この問いへのアプローチは近年かなり具体的になってきたように思います。以前は、研究者はどうすべきか、あるいは経営者はどうすべきか、という議論が多かったと思われるのに対して、イノベーション成功のためには、研究者の努力だけでも、あるいは経営者の戦略だけでも不足であることが認識され、イノベーションの進め方についてより具体的な提案がなされるようになるに従い、ミドルマネジャーの重要性への認識が高まっているように思います(個人的な感覚的意見で恐縮ですが)。もちろん、誰の役割がイノベーションの成功にとって重要なのかは、扱う対象によっても、状況によっても変わるでしょうが、トップから中間管理職を経て第一線に至るまで、すべての階層でそれぞれの役割に応じた努力と協力が求められるようになってきているような気がします。

ただし、研究ミドルマネジャー(リーダー)がどう動くべきかの方法論は、未確立と言わざるを得ないと思います。何をもって研究リーダーを評価すべきかの指標も未確立で、結局のところ、どんなプロジェクトが成功した(あるいは失敗した)のかに基づいて、その時のやり方が良かったのか、悪かったのかを評価することしかできないのが現状のようです。もちろん、今後この分野の知見は増えていくでしょうが、その時にも、研究者がどういう成果を挙げたのか、経営者がどういう戦略に基づいてどう判断したのかだけでなく、ミドルマネジャーがどう動き、どういう組織体制や組織運営が成功をもたらしたのか、という視点も併せて考察していくことが重要になるのではないかと思います。


文献1:開本浩矢、「研究開発の組織行動」、中央経済社、2006.
文献2:McCall, Jr. M.W.1998、モーガン・マッコール著、リクルートワークス研究所訳、「ハイ・フライヤー」、プレジデント社、2002.
文献3:James Goodnight(ジェームス・グッドナイト)、「クリエイティビティを引き出す」、Diamond Harvard Business ReviewSep., 2006, p.3.
文献4:丹羽清、「イノベーション実践論」、東京大学出版会、2010.
文献5:Tidd, J., Bessant, J., Pavitt, K., 2001、ジョー・ティッド、ジョン・ベサント、キース・バビット著、後藤晃、鈴木潤監訳、「イノベーションの経営学」、NTT出版、2004.
文献6:三崎秀央、「研究開発従事者のマネジメント」、中央経済社、2004.
文献7:Vijay Govindarajan, Chris Trimble, 2010、ビジャイ・ゴビンダラジャン、クリス・トリンブル著、吉田利子訳、「イノベーションを実行する 挑戦的アイデアを実現するマネジメント」、NTT出版、2012.
文献8:Robert I. Sutton、ロバート I サットン著、スコフィールド素子訳、「社内外のじゃま者と戦う 部下を守る『盾』となれるか」、Diamond Harvard Business Review, 2011, 2月号、p.86.
文献9:Christensen, C.M, Raynor, M.E, 2003、クレイトン・クリステンセン、マイケル・レイナー著、桜井祐子訳、「イノベーションへの解」、翔泳社、2003.
文献10:Dyer, J., Gregersen, H., Christensen, C. M.2011、クレイトン・クリステンセン、ジェフリー・ダイアー、ハル・グレガーセン著、櫻井祐子訳、「イノベーションのDNA 破壊的イノベータの5つのスキル」、翔泳社、2012.

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ノート7改訂版:研究者の活性化

1、研究開発テーマ設定とテーマ設定における注意点→ノート1~6

2、研究の進め方についての検討課題
ここからは具体的な研究の進め方を検討したいと思います。研究の分野やタイプによって研究の進め方は異なるのが普通ですが、多くの場合に共通する注意点や知っておくべき知識はあるでしょう。研究にまつわる人の問題、組織の問題、運営管理の問題などは、いずれも経営学上の大問題でしょうが、研究グループのマネージャーとして研究者を率いて研究を行なう立場と、経営者の立場とではその重要性は若干異なると思われます。以下では、研究グループのマネージャーとして、与えられた資源を有効に使い、どのようにマネジメントを行なうべきかという視点から、重要と考えられる課題についてまとめてみたいと思います。

2.1
、研究を行なう人の問題
まず研究を行なう人々をどのようにマネジメントしていくかについて考えます。研究者個人のマネジメントと研究者集団のマネジメントの2つの側面を検討する必要がありますが、野中らも指摘するとおり、「厳密にいえば、知識を創造するのは個人だけである。組織は個人を抜きにして知識を創り出すことはできない。組織の役割は創造性豊かな個人を助け、知識創造のためのより良い条件を作り出すことである」[文献1、p.87]と考えられますので、ここでは、まず研究者個人に焦点を当てて考え、研究者の集団としてのマネジメントは後ほど、組織運営に関する話題を取り上げる際に考えてみたいと思います。

①研究者の活性化
研究成果を高めることを研究マネジメントのひとつの目標とする場合、個々の研究者を活性化し、持っている力を十分に発揮させることは重要です。もちろん、それだけで研究成果が上がるわけではないですが、外的環境(研究組織、マネジメント体制、資源など)が同じ条件であれば、研究者が活性化されている方が成果が期待できるはずです。

従業員からより多くの成果を引き出す方法として、古くは伝統的管理論、すなわち従業員を命令を受けて作業を行なう機械のようにみなす考え方(機能人仮説)や、経済的刺激によって意欲が高まるという考え方(経済人仮説)に基づく方法が効果的という考え方がありました。しかし、その後の人間関係論の発展とともに、従業員の人間性が重視され、動機付け要因が注目されるようになります。実務的には、その後提唱されたコンティンジェンシー理論に基づいて、状況に応じた管理をすべきであるという考え方が最も受け入れやすいように思いますが、現在に至ってもまだ伝統的管理論に基づいたマネジメントを信奉する人がかなりいるのではないでしょうか。

現代の多くの研究課題は、結果の予測が困難な不確実な課題であり、臨機応変の対応が迫られることを考えると、伝統的管理論に基づくマネジメントでは限界があるように思われます。そこで、ここでは、研究者の活性化、モチベーションに関わる基本的な事項を、三崎[文献2]、開本[文献3]の著作に基づいて概括してみたいと思います。

人間がどんな欲求に基づいて行動するのかについては、Maslowの欲求階層理論が有名です。これは、「人間の欲求は生理的欲求、安全欲求、所属と愛の欲求、承認の欲求、自己実現欲求の5段階の階層をなし」、「人間は原則的に、まず低次の基本的欲求によって動機付けられ、低次欲求がある程度満たされると、より高次の欲求によって動機付けられるようになり、その際、低次の欲求は人を動機付ける欲求としては機能しない」「ただし、最上位の自己実現欲求は際限なく追い求められる」というもので、非常に理解、納得しやすく実践的にも有用なモデルです。このような欲求についての考え方はその後さらに発展し、例えば、McGregorは、上記の低次の欲求を強く持つ組織成員のモデルをX理論、高次欲求を強く持つ組織成員のモデルをY理論とし、Y理論に基づいた管理の重要性を指摘しています。また、Herzbergは高次な欲求を刺激するものを動機付け要因(motivators)、低次な欲求を刺激するものを衛生要因(hygienic factors)とし、衛生要因を改善しても不満がなくなるだけで動機付けることはできないとしています。さらに、Deciは、給与や人間関係など人を動機付ける要因が個人の外部にある場合の「外発的動機づけ」よりも、自らの有能さの確認や自己決定などに関わる「内発的動機づけ」が重要と述べています[主に文献2、p.111-114]

上記の動機づけに関する考え方は欲求説(need theory)と呼ばれますが、これに対して、モチベーションが生じる心理的メカニズムに着目した過程説(process theory)と呼ばれる考え方があります。これはLawlerの期待理論に代表されるもので、「人の行動は、その行動が報酬につながる期待と報酬の魅力度によって規定される」というものです。ここでは欲求と密接に結びついた報酬の魅力度(誘意性Valence)に加えて、それが得られる期待も考慮に入れているわけですが、この期待については、努力が業績に結びつく期待(EP期待)と業績が報酬に結びつく期待(PO期待)に分けて考えることができるとされています。Lawlerは、これらの積としてモチベーションをモデル化しており、単純な積の形に表現するのはやや乱暴なモデルだと思われるものの、例えば、成果から得られる報酬が期待でき、それが魅力的であっても、成果が得られる可能性が低ければモチベーションがあがらないだろう、という心理的側面をうまく表現できているように思います。ただし、研究者のモチベーションに関しては、成果が得られる期待(EP期待)が高すぎても(つまり、課題が簡単すぎても)モチベーションは上がらないという考え方(Atkinsonの達成動機理論)のように達成感が重要な因子として作用するという考え方もあるようです[主に文献3、p.39-41]。(なお、達成動機の研究にはMcClellandも多方面からアプローチしています[文献4、p.154]。)

さらにエンパワーメントという考え方があります。これは開本によれば、「高いエネルギーに関わる心的活力」「モチベーションが短期的な、瞬間的な概念であるのに対し、エンパワーメントは、より長期的なスパンでとらえるべき概念」[文献3p.57,59]とのことです。欲求や期待以外に人間の行動に影響を与える因子、特に周囲の状況や感情的な側面、モチベーションの維持に影響を与える因子も考慮の対象になっている点が特徴のように思われます。エンパワーメントに影響する項目としては、個人の目標の集団にとっての意味、集団にとって必要な人材であることの認識、自分が有能であるという認識、自信、影響力、自己の適性や嗜好との合致、無力感、情報へのアクセス、行動に際しての自律性、権限委譲、自己決定、仕事自体の組織や社会への貢献、上司の能力と態度、メンター、支援、周囲の反応、チームとしての能力、成長機会、などが挙げられています[文献3p.57-75171]

このように、人の動機については様々な要因が影響することが示されており、上記以外にも、Lockeの目標設定理論、Snyderの希望の心理学、Csikszentmihalyiのフロー経験、Seligmanのポジティブ心理学なども重要な考え方と言えると思います[文献4]。ただし、すべてを統一的に理解でき、かつ実践の役にも立つような包括的な理論は未確立のようですので、結局のところ、人を思い通りに動機づけ活性化する簡便な方法はない、と考えるべきだと思われます。

そんな中で、金井は、やる気を生み、育てる要因を次の4つの系統に整理しています[文献4、p.22]。
1、緊張感・危機感・欠乏・心配・不安がやる気を起こす(ズレ・緊張系)
2、夢・希望・目標を持つことで、やる気が起こる(希望・元気印系)
3、その人それぞれの考えで、やる気が起こる(持論(自論)系)
4、コミューナルな関係性、共感がやる気を起こす(関係系)
そして、それぞれの系統の役割として、やらなければという緊張感(ズレ・緊張系)で、やる気が起こりアクションを開始→希望や期待、ビジョン(希望・元気印系)を持ってアクションを持続→ただし、やる気にはアップダウンがあり、それを自己調節するのに必要なのが持論(自論)、という流れを示しています。さらに、こうしたやる気を支えるための土台(心身の健康状態、プライベートの充実など)も必要であって、加えて、他者から受ける影響(関係系)によってやる気が影響を受けることも指摘しています。この考え方は単なる動機づけだけではなく、やる気の持続や調節への影響も考慮されている点で、様々な動機づけ理論を状況に応じて使う上で参考になる考え方だと思います。

以上、研究者の活性化に関わる因子について、おおまかにまとめました。動機づけややる気の研究には多くの蓄積があり、実用的には、それらからの重要な示唆を認識した上で、状況に応じて使いこなしていくことが求められる、ということでしょう。
―――

考察:研究者の活性化における注意点
不確実な課題に挑戦し、予想外の発見に至るために決められた課題を逸脱しなければならないこともある研究開発活動において、以上のモチベーション理論に基づいて「研究者はこうマネジメントすべきだ」という実務的な回答を得ることは不可能のように思われます。しかし、少なくとも以下の点には留意するべきでしょう。
・欲求には低次のものと高次のものがあり、低次の欲求は満たされることによって動機付けの力を失うことがあるが、高次の欲求は動機付けの力を失いにくいと考えられる。
・欲求には、それが充足されないと不満を感じる種類のもの(衛生要因)と、動機付け要因となりうるものがある。
このことに加え、結果が予想しにくく努力が報われない可能性のある研究開発活動の特徴を考慮すると、強い動機づけが継続的に確保されるようなマネジメントが効果的なのではないかと考えられます。すなわち、衛生要因となりうる待遇などの外的要因は確保した上で、低次の欲求を刺激することよりも、高次の欲求しかも内発的な動機に焦点をあてたマネジメントを行なう必要があるということになるのでしょう。さらに、研究者の個性、考え方や欲求、取り組むべき課題の多様性を考えると、特定の動機づけの考え方にあまり固執せずに柔軟なマネジメントを行う必要があると思われます。加えて、これからの時代には、個人の活性化を主対象とした上記のようなモチベーションの議論だけでなく、コラボレーションを推進するために、個人の意欲を維持しながら組織としての能力を最大限発揮するような活性化の方法を考えていかなければならないかもしれません。

このノートの改訂版「はじめに」では、研究マネジメントにおいて最も重視すべきこととして「研究開発やイノベーションに携わる人が継続的に意欲を持ちつづけられること」をあげました。そのための基礎として、動機づけ、モチベーションの知識はひとつの拠りどころとなると思います。どんな場合にでも役立つ人材活性化の方法のようなものはないかもしれませんが、モチベーションに影響する様々な因子を理解した上で、研究者のモチベーションの状態を見ながら(例えば、本ブログ別稿「モチベーション管理る?」に書いた試案のような方法はどうでしょうか)、臨機応変かつ総合的に活性化のためのマネジメントを行なっていくことが求められるように思います。


文献1:Nonaka, I., Takeuchi, H., 1995、野中郁次郎著、竹内弘高著、梅本勝博訳、「知識創造企業」、東洋経済新報社、1996.
文献2:三崎秀央、「研究開発従事者のマネジメント」、中央経済社、2004.
文献3:開本浩矢、「研究開発の組織行動」、中央経済社、2006.
文献4:金井壽宏、「危機の時代の[やる気]学」、ソフトバンククリエイティブ、2009.
 →文献4については本ブログ別稿「モチベーション再考」で少し詳しく取り上げています。

参考リンク

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研究者と金銭的報奨再考:処遇をどうすべきか

少し前に、研究者に対する金銭的報奨について考えてみました(こちら)。そこでは業績に対する金銭的報奨のあり方について述べましたが、金銭的報奨は他の報奨やインセンティブと結びついていることが多いため、それだけでモチベーションをコントロールできるとは限りません。そこで、ここでは金銭的報奨を活用するにあたって注意すべき点について考えてみたいと思います。

 

金銭的報奨を制度化し、活用するにあたって考えておくべき最も重要な点は、昇進(ポスト、職務)、資格とそれに伴う給与との関係でしょう。一般には、ポスト、役職と給与とは深く関係していますので、給与によって報奨を与えようとすると、同時にポストや役職を与えることになってしまう場合があります。しかし、「名選手かならずしも名監督ならず」という例えで広く認識されているとおり、実務適性とマネジメント適性は必ずしも一致しません。従って、成果への報奨としてポスト(そのポストに付随する高い給与)を与えることはあまり得策ではないはずです。

 

こうした問題に対し、職能と資格を分けて、資格によって給与を決め、資格とは別の基準でマネージャーなどの職能を決める人事体系をとる企業も多いようです。また、専門職制度により、マネージャー職務につかなくとも高い処遇を受けられるキャリアパスを設けることもよく行なわれています。しかし、実態としては、こうした制度があっても資格と職能が同じような基準で決められるようになってしまったり、暗黙のうちに専門職の地位が低く評価されるようになってしまったりで、その制度がモチベーションの向上に役立っていない場合も多いのではないでしょうか。結局のところ、成果を挙げればそれが評価され、その評価の結果としてマネージャーに昇進する、というキャリアパスになってしまい、マネージャー適性が成果を挙げられたかどうかで判断されてしまうことが多いように思います。

 

このような成果にもとづくマネージャー選抜は誤った方法であるという意見 [文献1]についてはノート11で紹介しました。それに加えて、研究者にとっては成果に対して昇進という報奨を与えることによってモチベーションやパフォーマンスが下がってしまう場合があることに注意が必要でしょう。

 

研究者がマネージャーへの昇進を望まない場合があることは、私の経験からもうなずけるところですし、様々な調査結果でも示されているようです。例えば、1996年の慶応義塾大学産業研究所による民間企業に働く研究者や技術者のアンケート調査では、研究管理職よりも高度研究専門職に就任したいという希望は多いとのことですし[文献2p.163]1988年~1990年に実施された日本生産性本部による技術者を対象とした調査でも、調査対象の64.7%が将来も研究開発の第一線で仕事を続けたいと回答し、研究開発管理者として仕事をしたいという回答(21.1%)を大きく上回っています[文献2p.244]

 

このように管理者への昇進を望まない理由としては、研究者のモチベーションに影響する因子に様々なものがあるためと考えられます。研究者のモチベーションに影響する因子を大きく分類すると、①研究自体に関する因子(テーマへの興味、知的好奇心、企業や社会への貢献の可能性、自らの能力開発への寄与、達成感、テーマに関する周囲の期待など)、②研究環境に関わる因子(自律性、自由度、予算、研究に集中できる度合い、給与外の待遇、人間関係、組織風土、自らの権限の範囲、身分保障、成果を挙げることへの周囲の期待、周囲のサポートなど)、③研究成果に基づく評価(金銭的報奨、給与、昇進昇格、社内での評価、名誉、学会やユーザーからの評価など)、のようになると思います。もちろんお金を貰って嫌がる人はいないと思いますし、職位が個人の成長を促すという側面もあると思いますが、研究者のインセンティブを考える場合には上記のような因子を考慮することが必要でしょう。

 

要するに注意すべきは、成果に対して給与を上げることを目的として研究者を安易に研究マネージャーに昇進させてはいけない、ということではないでしょうか。成果という過去の業績に対しては、金銭や名誉のみで報いる制度とし、マネージャーというポストを与えることは業績に報いるものではなく、あくまでマネージャーとしての将来の成果に期待して選考し、その給与は役職とは切り離して考えるべきではないか、ということです。

 

研究者は金銭的報酬だけで意欲を保っているわけではありません。しかし、金銭的報酬は衛生要因として作用しますし、現在の多くの評価制度では、評価されているかどうかが最もわかりやすい形で現れますのでその影響は大きく、重要視すべきであると考えられます。しかし、過去の成果に対する金銭的評価と、ある職位で成果を生み出すことへの期待とを混同してはいけない、ということは重要なポイントだと思います。マネージャーに対して与えられる報酬は、あくまで「期待料」であるべきであって、成果に対する報奨としてはいけないと思うのですが、いかがでしょうか。

 

 

文献1McCall, Jr. M.W.1998、モーガン・マッコール著、リクルートワークス研究所訳、「ハイ・フライヤー」、プレジデント社、2002.

文献2:福谷正信、「研究開発技術者の人事管理」、中央経済社、2007.

 

研究者と金銭的報奨

仕事で何らかの成果を挙げることができた場合、その成果が正当に評価され、見返りに何らかの報奨が与えられるべきだ、というのは多くの人が認めるところでしょう。成果に対して報奨が貰えて困る人はいないでしょうし、もし報奨を受け取りたくないならば返すなり、仲間で使ってしまうなりなんとかできます。

 

このような報奨を制度化して、「もし○○○の成果が得られれば、□□□の報奨を与える」ということが約束されれば、それがインセンティブとなってモチベーションが上がるだろう、ということは一般的には言えると思います。「成果主義」というのは大雑把にはこうした原理に基づくものでしょうから誤りではないはずなのですが、最近は成果主義に否定的な意見もよく耳にしますし、少なくとも単純な「成果主義」のやりかたでは利点よりも欠点の方が多いように私も思います。おそらく、難しい点は成果を正しく評価すること(負の成果、すなわち失敗も含めて)、および評価された成果に対してどの程度の報奨(負の報奨、すなわち罰も含めて)を与えれば組織全体として効果が最も大きくなるかを予測して報奨を決めるところではないでしょうか。そのシステムがうまくできていないと、「成果を挙げたのに評価してもらえない」「評価はされてもそれに見合った報奨がもらえない」「たいした成果でもないのに高い評価、報奨を受けている人がいる」などの不満が出てきたり、成果が出やすく評価されやすい課題を選んで実行しようとし、本当に必要な仕事、チャレンジングな仕事が敬遠されたり、ということが起きてしまうのだと思います。

 

特に、研究開発の場面では、こうした難しさは一層顕著になると思われます。成果を評価して、それに基づいた報奨として翌年の給与を決めようとしても、取り組む課題の不確実性のために研究の中途段階での成果判断が正しいという保証はありませんし、そもそも成果が出るまでに時間を要する課題もあるのでなかなか好ましい報奨システムをつくりあげることはできないのではないでしょうか。加えて、研究者は金銭的報奨のような外発的動機づけよりも、自己決定や自らの有能さの確認といった内発的動機づけの方を重要視する、という意見がありますし(「ノート7」参照)、外的報奨が内発的動機づけを低下させる(「研究の管理と評価再考」参照)、課題が簡単すぎてもモチベーションが上がらないとする達成動機理論(「ノート7」参照)、といったややこしい指摘もあります。

 

こうした問題に対処するため、自分が納得した目標を設定し、目標に対する達成度で成果を評価しようとする考え方もありますが、この方法でも非常に頻繁に目標の見直しを行なわない限り不確実性に対応することは不可能でしょう。また、目標の設定に恣意性があるので挑戦的な目標設定が行われにくくなる可能性もあると思われ、こうした方法も研究開発分野を対象とした評価、管理システムとしては問題があると考えます。

 

では、金銭的な報奨が不要なのか、というとそれもまた違うでしょう。おそらく、研究者にとって、金銭的報奨はHerzbergの言う「衛生要因」すなわち、それを改善しても不満がなくなるだけで、動機づけにはならない要因(「ノート7」参照)としての作用が強いのではないかと思います。つまり、研究者に不満を与えることのないような金銭的報奨授与システムは必要であるが、モチベーションを上げる効果は期待してはいけない、ということになるのではないでしょうか。

 

そうすると、必要とされる報奨システムとはどのようなものになるのでしょうか。以下は私案になりますが、成果の程度によってどのような報奨が与えられるべきかについて考えてみました。

 

まず、報奨は成果にどの程度依存したものとすべきでしょうか。これについてはDavilaによる興味深い調査結果がありますのでご紹介しておきます[文献1p.286]Davilaは医療機器メーカーの製品開発部門のマネージャーを対象に給与に占める変動給(業績給)の割合と得られた業績の印象との関係を調べ、変動給の割合が多すぎても少なすぎても業績は低下し、変動給の割合には最適値があるとしています(彼の調査では、15%程度が最適になっていますが、この値は業界やプロジェクトの種類、人のタイプなどによって変わるので、この値そのものは重要でないと述べています)。特に変動給の割合が大きすぎる場合に業績の低下が大きく、彼は「適度なインセンティブはプラスに働くが、過剰になると業績の低下を招く」と結論づけています。

 

業績給の割合が高いということは、収入が業績に影響される度合いが大きい、ということになりますので、インセンティブの大きさとほぼ同じと考えられると思います。このようにインセンティブが大きい場合には、おそらく業績が挙がっている場合には問題はないのでしょうが、業績が低かった場合には給与が減ってしまうことになるためモチベーションを下げる可能性があると考えられます。おそらく不確実性の高い研究への意欲も低下してしまうでしょう。しかし逆に、研究が成功した場合の報奨はもっと高くあるべきとの考えも無視できないと思われます。近年話題になることが多い、発明の成果に対して高額の報奨金を求める裁判などもそうした考え方の現れと見ることができるでしょう。そうすると、研究が大きな成果を挙げた場合には報奨は大きく、しかし、リスクをとりやすくするために成果が挙がらなかった場合の報奨減額の程度は小さくするというシステムがよいのではないかと思われます。

 

もちろん、このような制度としたところで、成果の評価方法に関する問題は残ります。そこで、いっそ、成果の細かな評価はあきらめてしまえばよいのではないでしょうか。つまり、小さな成果についてはその細かな優劣を評価することはやめにして、非常に大きな成果の場合のみ大きな評価をすることにするわけです。一般に非常に大きな成果というものは、誰が見ても異論が少ないものだと思いますので、こうした成果に対して大きな報奨が与えられることには異論が出にくいのではないでしょうか。

 

ただし、大きな成果に対する大きな報奨は非常に目立ちますので、社内の他部署にも納得してもらえるような評価体系とするために、研究者の平均的な報酬は他部署と合わせるべきであると思います。大きな成果に対する大きな報奨に加えて、成果があがらない場合に報酬の減額が少なくなるとすると、平均的な成果に対する報酬は、全社員平均よりは少なくなることになります。一般に研究員には自律的な環境が与えられることが多いですし、例えば成果の社外発表や学会での交流によって、社会的な活躍の機会や社会的評価を受けるチャンスが与えられていることを考慮すると、これは給与外の報酬とも考えられますので、給与面での多少の減額は研究者も納得できるのではないかと思います。また、大きな成果を挙げた研究に対する報奨は、特許実施補償などの名目で行なうことも考えられるでしょう(ただし、特許に基づく報奨は、開発成功から特許の権利化、収益化までに時間がかかるため、タイムリーな報奨が行なえないという欠点がありますし、特許にならないが重要な研究というものが存在することもあります)。

 

このような評価体系をイメージにまとめると以下の図のようになります。

 

 報奨イメージ500

 

もちろん、このような評価体系は研究開発の対象、不確実性の程度、目指す目標、業種などによっても変わってきますので、このようなシステムが最善であると言うつもりはありません。また、こういうイメージを決めたところで、成果の評価の難しさが軽減されるわけではなく、モチベーションの向上につなげるためには他のマネジメント手法との組み合わせなどのいろいろな手段をとる必要があると思われます。ただ、研究の成果を単純な評価にあてはめて、その評価結果に比例するような単純な報酬の決め方では、おそらく研究者のモチベーション向上にはつながらないように思いますので、このような案もあるのではないかと考えてみました。研究者の評価とインセンティブを考えるヒントにでもなれば幸いです。

 

 

文献1Davila, T., Epstein, M.J., Shelton, R., 2006、トニー・ダビラ、マーク・J・エプスタイン、ロバート・シェルトン著、スカイライトコンサルティング訳、「イノベーションマネジメント」、英治出版、2007.


参考リンク<2012.8.5追加>
 

ノート7:研究者の活性化

ノート6までで、研究テーマの設定に関する議論を一区切りとし、具体的な研究の進め方を検討してみたいと思います。もちろん、研究開発の分野やタイプによっても進め方は違ってくるはずですが、なるべく汎用的かつ実用的な観点から注意すべき点を中心にまとめてみたいと思います。

 

研究の進め方についての検討課題

研究の進め方に関する主な検討課題としては次のようなものがあるでしょう。

・人

・組織

・運営管理

・研究投資

・外部連携

 

これらはいずれも経営学上の大問題でしょうが、研究グループのマネージャーとして研究者を率いて研究を行なう立場からの重要性と、経営者にとっての重要性は若干異なると思われます。ここでは、研究グループのマネージャーとして、与えられた資源を有効に使い、どのようにマネジメントを行なうべきかという視点から、実際に手を打てる内容を中心にできるだけ実践的に考えてみたいと思います。

 

人の問題

研究を行なう人々をどのようにマネジメントしていくかについては、研究者個人のマネジメントと研究者集団のマネジメントに分けられるでしょう。野中らも指摘するとおり、「厳密にいえば、知識を創造するのは個人だけである。組織は個人を抜きにして知識を創り出すことはできない。組織の役割は創造性豊かな個人を助け、知識創造のためのより良い条件を作り出すことである」[文献1p.87]と考えられますので、ここでは、まず研究者個人に焦点を当てて考え、研究者の集団としてのマネジメントは後ほど、組織運営に関する話題を取り上げる際に考えてみたいと思います。

 

研究者の活性化

研究成果を高めることを研究マネジメントのひとつの目標とする場合、個々の研究者を活性化し、持っている力を十分に発揮させることは重要でしょう。もちろん、それだけで研究成果が上がるわけではないですが、研究を行なう外的環境(研究組織、マネジメント体制、資源など)が同じ条件であれば、研究者が活性化されている方が成果が期待できると言ってしまってよいのではないでしょうか。

 

一般に従業員からより多くの成果を引き出す方法として、古くは伝統的管理論、すなわち従業員を命令を受けて作業を行なう機械のようにみなす考え方(機能人仮説)や、経済的刺激によって意欲が高まるという考え方(経済人仮説)に基づく方法が効果的という考え方がありましたが、その後の人間関係論の発展とともに、従業員の人間性が重視され動機付け要因が注目されてくることになります。その後提唱されたコンティンジェンシー理論に基づいて、状況に応じた管理をすべきである、という考え方が実務的には最も受け入れやすいように思いますが、現在に至ってもまだ伝統的な考え方に基づいたマネジメントを信奉する人が実際には多いような気もします。

 

研究マネジメントの分野でも、上記のようないろいろなタイプのマネジメントの可能性があるわけですが、とりわけ予測が困難な不確実な課題に挑戦し、臨機応変の対応が迫られる現代の多くの研究課題の解決のためには、伝統的管理論に基づくマネジメントでは限界があるように思われます。そこで、ここでは、研究者の活性化、モチベーションに関わる側面について、まず、三崎[文献2]、開本[文献3]の著作に基づいて基本的な事項を概括してみたいと思います。

 

まず、人間がどんな欲求に基づいて行動するのかについては、Maslowの欲求階層理論が有名です。これは、「人間の欲求は生理的欲求、安全欲求、所属と愛の欲求、承認の欲求、自己実現欲求の5段階の階層をなし」、「人間は原則的に、まず低次の基本的欲求によって動機付けられ、低次欲求がある程度満たされると、より高次の欲求によって動機付けられるようになり、その際、低次の欲求は人を動機付ける欲求としては機能しない」「ただし、最上位の自己実現欲求は際限なく追い求められる」というもので、非常に理解、納得しやすいモデルです。しかし、いろいろな状況における欲求をこの理論だけで説明するにはやや無理があるようで、このモデルの発展も図られています。例えば、McGregorは、上記の低次の欲求を強く持つ組織成員のモデルをX理論、高次欲求を強く持つ組織成員のモデルをY理論とし、Y理論に基づいた管理の重要性を指摘しています。また、Herzbergは高次な欲求を刺激するものを動機付け要因(motivators)、低次な欲求を刺激するものを衛生要因(hygienic factors)とし、衛生要因を改善しても不満がなくなるだけで動機付けることはできないとしています。さらに、Deciは、給与や人間関係など人を動機付ける要因が個人の外部にある場合の「外発的動機づけ」よりも、自らの有能さの確認や自己決定などに関わる「内発的動機づけ」が重要と述べています[主に文献2p.111-114]

 

以上の理論から、ただちに「研究者はこうマネジメントすべきだ」という実務的な回答を得ることは不可能のように思われます。しかし、少なくとも以下の点には留意すべきと考えられます。

・欲求には低次のものと高次のものがあり、低次の欲求は満たされることによって動機付けの力を失うことがあるが、高次の欲求は動機付けの力を失いにくいと考えられる。

・欲求には、それが充足されないと不満を感じる種類のもの(衛生要因)と、動機付け要因となりうるものがある。

このことに、結果が予想しにくく努力が報われない可能性のある研究開発活動の特徴を考慮すると、強い動機づけが継続的に確保されるようなマネジメントが効果的なのではないかと考えられます。すなわち、衛生要因となりうる待遇などの外的要因は確保した上で、低次の欲求を刺激することよりも、高次の欲求しかも内発的な動機に焦点をあてたマネジメントを行なう必要があるということになるのでしょう。

 

上記の動機づけに関する考え方は欲求説(need theory)と呼ばれますが、モチベーションが生じる心理的メカニズムに着目した過程説(process theory)と呼ばれる考え方があります。これはLawlerの期待理論に代表されるもので、「人の行動は、その行動が報酬につながる期待と報酬の魅力度によって規定される」というものです。要するに欲求と密接に結びついた報酬の魅力度(誘意性Valence)に加えて、それが得られる期待も考慮に入れているわけです。ここで、期待については、努力が業績に結びつく期待(EP期待)と業績が報酬に結びつく期待(PO期待)に分けて考えることができるとされています。Lawlerは、これらの積としてモチベーションをモデル化しているようですが、単純な積の形に表現するのはやや乱暴なモデルに思われるものの、例えば、成果から得られる報酬が期待でき、それが魅力的であっても、成果が得られる可能性が低ければモチベーションがあがらないだろう、という心理的側面をうまく表現できているように思います。ただ、研究者のモチベーションに関しては、成果が得られる期待(EP期待)が高すぎても(つまり、課題が簡単すぎても)モチベーションは上がらないという考え方(Atkinsonの達成動機理論)のように達成感が重要な因子として作用するという考え方もあるようです[主に文献3p.39-41]

 

さらにエンパワーメントという考え方があります。これは開本によれば、「高いエネルギーに関わる心的活力」「モチベーションが短期的な、瞬間的な概念であるのに対し、エンパワーメントは、より長期的なスパンでとらえるべき概念」[文献3p.57,59]とのことですが、欲求や期待以外に人間の行動に影響を与える因子、欲求や期待が具体的な行動に結びつく過程や、期待形成に影響を与える因子が考察の対象に加えられているように思います。欲求や期待には個人の価値観や論理的な判断が考慮されているわけですが、実際には環境や感情がそうした判断に影響を与えることもあるでしょう。時には「理屈では理解しているが、やる気がでない」とか「同じ程度の欲求や期待を持っていたとしても、状況によって起こす行動に違いがある」ということもあると思います。そうした作用について、欲求説、過程説を補うものとしてエンパワーメントを捉えることもできるように思います。具体的にエンパワーメントに影響する項目としては、個人の目標の集団にとっての意味、集団にとって必要な人材であることの認識、自分が有能であるという認識、自信、影響力、自己の適性や嗜好との合致、無力感、情報へのアクセス、行動に際しての自律性、権限委譲、自己決定、仕事自体の組織や社会への貢献、上司の能力と態度、メンター、支援、周囲の反応、チームとしての能力、成長機会、などが挙げられており[文献3p.57-75171]、これらの因子にも注意を払う必要があるように思われます。

 

以上、研究者の活性化に関わる因子についてのおおまかなまとめを試みましたが、多くの研究のある課題に対し強引すぎる要約をしてしまった気もします。しかし、理論はどうあれ、経験的に研究者の活性化は不可欠のものではないかと思います。不確実な課題に挑戦し、予想外の発見に至るために決められた課題を逸脱しなければならないような状況に置かれることもある研究開発活動において、上記のような因子を認識しておく意義は大きいのではないでしょうか。

 

 

文献1Nonaka, I., Takeuchi, H., 1995、梅本勝博訳、「知識創造企業」、東洋経済新報社、1996.

文献2:三崎秀央、「研究開発従事者のマネジメント」、中央経済社、2004.

文献3:開本浩矢、「研究開発の組織行動」、中央経済社、2006.


参考リンク 

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