研究開発マネジメントノート

研究開発とそのマネジメントについてのいろいろ

複雑系

ノート改訂版・補遺:これだけは知っておきたい研究マネジメント知識

2013年3月に始めた「ノート:研究マネジャー基礎知識」の改訂も、全14回分の改訂を終えました。「ノート」の記事は、研究マネジメントに関する基本的な知識をまとめたいという意図で書いてきましたが、実践の際に常に意識すべき内容としては全14回の内容では多すぎるのではないか、とも感じます。そこで、今回は、研究マネジメントの実践において特に重要だと思うこと、知っておいて折に触れてチェックすべきこと、知らないと大きな判断ミスを冒す可能性があると思われることを選んでまとめることにしました。もちろん、選んだ内容には個人的な見解が入っていますので、ひとつの意見として見ていただければ幸いです。ご参考までに関連する本ブログの記事へのリンクを入れていますので、詳しい内容はリンク先をご参照願います。

研究は不確実なもの
結果が予測できれば研究は不要です。つまり研究しなければならないのは結果がわからないからであって、わからないことに挑んでいるわけですから成功するかどうかは不確実です。思ったとおりに、あるいは計画のとおりに研究が進むとは限りません。予想外の障害が現れた時には、想定したシナリオにこだわって単に努力を積み重ねるのではなく、異なる発想が必要になるかもしれないことも考えてみる価値があるでしょう。一方、思っていた以上にうまくいくことや、当初の狙いとは違っていても面白い結果に行きあたるかもしれません(セレンディピティ)。そうしたチャンスも見逃さないようにしたいものです。

人間の思考・予測には限界がある
物事の原因や未来に起こるだろうことについてよく考えることは重要です。しかし、よく考えたからといって真実がわかる、あるいは未来予測ができるとは限りません。人間の無意識の思考特性によって判断を誤ることもありますし、知識や認識の不足に気づかないこともあります。また、原理的に予測ができない対象もあり得ます(例えば複雑系の現象にはそういう例があることが知られています)。不確実性とともに思考の限界も認識しておく必要があるでしょう。

競争相手の存在
よいアイデアを思いつくと、それは自分たちしか知らないことだと思ってしまうことがあります。しかし、たいていの場合、どこかで誰かが似たようなことを考えているものです。少なくともそういう競争相手がいる可能性があることは忘れてはいけないと思います。研究を進めるにあたっても、自分たちの望むシナリオだけでなく、競争相手がどう考え、どう動くかも考慮すべきでしょう。

しかし、成功しやすいイノベーションはあるらしい
研究やイノベーションは不確実であるとはいっても、成功しやすいイノベーションのパターンはあるようです。なかでも大きな成功をもたらしやすいという意味で重要なのはChristensenの「破壊的イノベーション」の考え方ではないかと思われます。(もちろん、破壊的イノベーションだけが成功するということではありません)

アイデアや技術だけでは不十分
優れたアイデア(研究テーマ、課題)や、優れた技術だけではイノベーションの成功は保証されないのが普通です。どう実行するか、どう収益をあげるしくみ(ビジネスモデル)を構築するか、どう関係者を取り込み、社内外の協力関係(エコシステム)を構築するか、どうやって顧客に受け入れてもらうのか(普及)なども成功のための重要な要因になります。

ニーズは簡単にはわからない
研究テーマを考える際や、アイデアの源として、どんなニーズがあるかを知ることは重要です。しかし、真のニーズを知ることはそれほど容易ではありません。顧客(消費者)の要求と真のニーズは必ずしも一致しないことは認識しておくべきでしょう。真のニーズを知るためには、行動観察(エスノグラフィー)や、Christensenによる「片づけるべき用事」の考え方は重要と思われます。

形式知と暗黙知
は違う
知識には、形式知(形式的・論理的言語によって伝達できる知識)と暗黙知(特定状況における個人的な知識で、形式化したり他人に伝えたりするのが難しい知識)があると言われています。新たな知識は、異なる知識の出会いから生まれることが多いとされていますが、形式知だけでなく暗黙知の重要性も忘れてはならないと思います。

研究者(イノベーションを推進する人)のやる気を引き出すには
人(特に研究者)はお金や地位だけでは動かない(場合が多い)と言われます。Herzbergは高次な欲求を刺激するものを動機付け要因(motivators)、低次な欲求を刺激するものを衛生要因(hygienic factors)とし、衛生要因を改善しても不満がなくなるだけで動機付けることはできないとしています(お金は衛生要因)。Maslowの欲求階層理論では、人間の欲求は低次なものから、生理的欲求、安全欲求、所属と愛の欲求、承認の欲求、自己実現欲求の5段階の階層をなし、人間は低次欲求がある程度満たされると、より高次の欲求によって動機付けられるようになり、その際、低次の欲求は人を動機付ける欲求としては機能しない、とされます。また、Deciは、給与や人間関係など人を動機付ける要因が個人の外部にある場合の「外発的動機づけ」よりも、自らの有能さの確認や自己決定などに関わる「内発的動機づけ」が重要と述べています。

研究組織の望ましい特性
研究組織の望ましい特性としては、自律性、目的・感情・価値観の共有、多様性、閉鎖的になりすぎずメンバーが目標達成に積極的に関わること、他の組織との協働、があげられることが多いようです。どんな研究組織の構造であっても、こうした特性を持つように運営することが必要でしょう。

研究リーダーの役割
研究リーダーには、多様性の確保、コミュニケーションの活性化、組織外部との連携調整、部下の育成指導、ロールモデルという役割が求められるようです。働きがいのある会社ランキング常連のSASCEOJim Goodnightによれば「マネジャーは社員の『部下』となり、それぞれが高いモチベーションで働き、能力を発揮するよう努める」ことが望ましいとされているようですが、それもひとつの考え方かもしれません。

研究の進め方はそれぞれ
一口に研究、イノベーションとはいっても、内容は様々です。技術分野も違えば、企業におけるイノベーションの意味も、顧客にとっての意味も様々ですし、イノベーションの段階(例えば、技術的検討段階、製品化段階、市場投入、改善など)も様々でしょう。当然その進め方も異なるはずで、結局、どんな場合にも適用可能な成功の処方箋のようなハウツーは存在しないのではないか、と思われます。従って、本稿に述べたような注意点を常に考慮しつつ、状況に応じたマネジメントを工夫していくことがマネジャーには求められているのでしょう。ただ、最も重要なマネジメント上のポイントは何か、と問われたら、私は、イノベーションに携わる人の「意欲の管理」だと答えたいと思っています。

以上が、現在私が考えている「これだけは知っておきたい研究マネジメント知識」です。何らかのヒントになれば幸いです。


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ノート2改訂版:研究の不確実性をどう考えるか

1、研究開発テーマ設定とテーマ設定における注意点

1.1研究活動における基本的な注意点

1)研究の必要性ノート1

2)研究の不確実性:すべての研究が克服しなければならない課題

研究を考える上で認識しておくべき基本的事項の2点目として、研究の不確実性を挙げたいと思います。

そもそも、人間がある目的を達成しようとして行動する場合、何らかの未来予測に基づいて行動することがほとんどでしょう。その予測の裏付けとなるのは、単なる勘のこともあるでしょうし、過去の経験や、他人の意見、多くの経験を体系化したり原理から導かれたりした理論のこともあるでしょうが、どんな場合も何らかの根拠に基づいて行為の結果を予測し、その予測に基づいて行動しているはずです。

このような行動とその結果の問題を扱うのに、意思決定理論では、次のような分類がなされるそうです。[文献1、p.17(文献2、p.255]

・確定性:ある行動について必ずある一定の結果が生じることが分かっている場合

・不確定性:ある行動について起こりうる結果が1つでない場合で、さらに2つのケースに分かれる。

 ①リスク:起こりうる結果の確率が分かっている場合。

 ②不確実性:起こりうる結果の確率が分からない場合。

このリスクと不確実性の区別はフランク・ナイトがその重要性を強調している考え方で、「リスクにおいては母集団における事象の分布が(事前確率の計算あるいは過去の経験で)わかっているのに対して、不確実性の場合にはわからない・・・。その理由は一般的には、扱う状況が高度にユニークであるため、母集団がわからないからである」とのことです[文献3、p.233(文献4、p.107)]。

企業活動について考えてみると、例えば工場での定常的な製品生産などは通常上記の確定性の場合に該当するでしょう。また、事故などの非定常な場合でも、過去の実績や情報、理論の蓄積があればその確率はある程度予測できますので上記のリスクの場合に該当する場合が多いと考えられます。これに対し、「イノベーションとは、従来とは違う新しく価値ある事業やサービスを起こすこと」(ノート1Druckerによる)ですから、イノベーションはユニークで、過去の情報や理論が十分であるとは限りません。従って、イノベーションを目指す研究開発活動は上記の「不確実性」の分野で扱うべき課題となるでしょう。

そうなると、研究開発を考える際には、まず、研究開発が「不確実」なもの、つまり期待どおりの結果が得られる確率がわからないものである、ということを認識することが重要ということになります。もちろん、不確実だからと言って目標や計画、管理の意味がないというわけではありません。マネジメントのやり方によって成功の確率は上がるはずです。しかし、どうやってもうまく行かない可能性もあることを理解し、その時にどのような「次の手」を打てるかを考えておくことが必要になるといってよいでしょう。

このような不確実性のマネジメントを考える場合、不確実性をもたらす要因を次の2種類に分けることが有効なように思います。すなわち、

1)期待している内容、目標についての不確実性

2)目標達成のために採用した手段に伴う不確実性

の2種類です。

例で考えてみましょう。「4、5、6と並んだ数字の後には何がくると期待されるか?」という問いに対して、最も素直には「7」と予想できると思います。しかし、この「4、5、6」が、普通のサイコロを振ってたまたま出た目の順番であった場合、「7」はありえません。サイコロなら「7」が出ないことに疑問の余地はありませんが、サイコロの仕組みや構造を知らない場合、すなわち起こりうる結果の確率がわからない(上述の「不確実性」に該当)場合には「7」を期待してしまうかもしれません。もし「7」を出したいなら、サイコロを振る回数を増やしたり、振り方や重さを変えたりする手段ではダメで、例えば普通のサイコロではなく12面体のサイコロを持ってくるというような手段が必要となります。あるいは、普通の6面体サイコロしか手段として使えない状況であれば、「7」を期待してはいけないわけで、目標を変更する必要があることになります。

意思決定においては、期待通りの結果が得られるかどうかを知ることができればよいので1)と2)をひとくくりにした確率を議論すれば問題はないかもしれません。しかし、イノベーションのように、起こりうる結果の確率がわからない「不確実」な課題に取り組み、なんとかして期待通りの結果を得たいという場合には、目標設定に基づく問題(「7」を期待してよいかという問題)と、手段や方法に基づく問題(「7」を出すにはどうしたらよいかと言う問題)に分けて考えた方がよいのではないかと思われます。例えば、研究開発を進めていて期待通りの成果が得られない場合、やり方が悪い(ということは、やり方を変えればうまくいく可能性がある)のか、そもそも目標が悪い(どういうやり方をしても不可能(原理的に成功確率がゼロだったり、与えられた資源の中での成功確率がゼロ))のかを理解できれば、それぞれの問題に応じた対応が可能になるのではないでしょうか。

往々にして、ある目標の実現を目指した研究開発においては、手段や方法の検討に主眼がおかれがちです。手段や方法の検討というのは、サイコロを何回も振ってみることに似て、目に見える努力が要求され、努力をしているのだという報告もできます。また、お金や人といった資源を投入することによって試行の回数やパターンを増やすことができます。しかし、そもそもの目標設定が誤っていると、こうした努力は実を結びません。科学は多くの夢の実現に寄与してきましたが、錬金術、永久機関、タイムマシンなど、実現できないことが証明された夢もまた存在します。さらに近年では、複雑系における現象のように、本質的に予測が不可能(あるいは限定的)だったり、現象を要素に還元して理解しえない場合もあることが明らかになっています(本ブログ「複雑系経営(?)の効果」「複雑系の可能性」)。自分たちが狙っているイノベーションの目標が、このような達成不可能な目標や制御不可能な目標になってしまっているかもしれないことには常に注意が必要でしょう。

もう一つ、目標設定の問題と手段や方法の問題を分けることによってわかりやすくなることがあります。それは、研究によって予想外の結果が得られた場合です。予想外ということは、期待通りの結果を得ようとする立場から見ると失敗になってしまうわけですが、セレンディピティーと呼ばれる能力(偶然に幸運な予想外の発見をする能力[文献5、p.198])によってなされた発見が科学技術における大きな進歩をもたらした例は数多くあります[文献5] [文献6]。このような予想外の結果も成果として生かしたいなら、当初の目標設定を見直す必要がでてきます。当初の目標に縛られて大きなチャンスを失わないためにも、目標自体の不確実性を認識し、目標を変更することで成功を掴むアプローチも考えてみることが必要でしょう。不確実な研究開発においては、このような目標見直しの余地を持つことは、メカニズムの解明や手段の改良で成功確率を高めようと努力することに劣らず重要なことと考えられます。

具体的な不確実性のマネジメントとしてはどのような方法が考えられるでしょうか。Christensenらは「将来を予見することが難しく、何が正しい戦略かはっきりしないような状況では創発的プロセス主導で戦略を策定することが望ましい」[文献7、p.260]と述べています。創発的戦略についてはノート12で議論しますが、ChristensenAnthonyらは、「不確実性が極めて高い環境におけるイノベーターは『創発的戦略』に従うべきことを示唆している。正しい戦略を知っているかのように意図的に行動するのではなく、正しい戦略が市場から『わき出る』、つまり創発するようなアプローチを採用すべきということだ。」[文献8、p.236]と述べています。

一瞬先は闇、ではないですが、そもそも100%の確率で未来を予測することは不可能なはずです。行動そのものが何らかの未来予測に基づいて行なわれる以上、企業活動においても期待通りの成果が得られる確率は0100%まで、いろいろな場合が存在することになります。もちろん、一見単純そうに見える事務的作業や工場の操業などはほとんど100%に近い確率で予測が当たるでしょう。これに対して、研究開発は、予測に適用できる理論や情報が限られているため、予測が当たる確率が低くなります。しかし、どちらの場合も程度の差こそあれ予測が100%当たることはありえません。そんな不確実なことは行なうべきではない、という考え方もあるとは思いますが、そういう不確実な場合こそ技術の重要性は増すのではないでしょうか。Rogersは「技術とは、こうあって欲しいと思う成果の達成に関わる因果関係に不確実性が内在するとき、これを減じる手段的な活動のための綿密な計画のことである」と述べています[文献9、p.17]。イノベーションという新しいことへの挑戦には不確実性が存在するため、成功の確率は事前には予測できず、場合によっては全くうまくいかなかったり当初の狙いとは異なる有益な結果が得られたりする場合があります。そのことへの注意をおろそかにすると、成果が得られない目標に向かって延々と無駄な努力を重ねる、という事態にもなりかねません。研究開発、イノベーションを考える上でこのような不確実性の影響は常に念頭におく必要があるでしょう。

考察:不確実性の高い研究の計画、管理について

様々な業務において、目標を立て、計画的に目標達成に向けた努力を行ない、進捗を管理するというマネジメント方法は有効な場合が多いでしょう。しかし、不確実性を考慮すると、そうした業務の進め方が好ましいのかどうかという疑問が湧いてきてしまいます。考えてみれば、そもそも明確な目標を設定して、その達成を管理する、というマネジメントは、不確実性の低い業務に対して有効な方法だったと言えるのではないでしょうか。研究開発においても、技術の導入や、最適化、技術改良(漸進的、インクリメンタル、持続的イノベーション)など、比較的不確実性が低い課題については目標を定め計画を立ててマネジメントする方法が効果的と考えられます。しかし、その方法を不確実性の高いイノベーションに適用して効果があがるかどうかは慎重な見極めが必要でしょう。少なくとも、細かな計画や管理は向かないのではないかと考えられますし、実際、発見を支援するマネジメントとしてはゆるやかな管理が効果的であるという報告があります[文献10、p.52](本ブログ「技術経営の実践的研究」(丹羽清編)より)。

今後は、研究課題の複雑化に伴い、不確実性の高い課題のマネジメントがますます求められるようになるでしょう。一方、不確実性の低い課題にも同時に対応することが求められるかもしれません。そのような場合には例えば、研究における目標や計画の設定にあたって、まず不確実性の程度を予測し、それに応じて、不確実性が高い課題であれば、大まかな目標と、柔軟に変更可能な計画を立て、不確実性が低い課題に対しては通常のプロジェクト管理のような計画を立てる方法が考えられるでしょう。ただし、その不確実性の予測を行ない、大まかな計画の進捗を管理し、必要に応じて軌道修正するという作業を誰がどのように行なうのか、という点が大きな問題になります。ひょっとすると意思決定のための組織構造のあり方自体も問われるようになるかもしれません。今までのように、管理者が目標を設定し、下からあがってくるデータを管理者、経営者が判断する、という方法が最適なのかどうかは考え直してみる必要があるように思われます。個人的には不確実性のマネジメントは、多様性(様々な考え方による評価と協力、知的相互作用)、自律性(現象に最も精通している人の判断を尊重して任せる)、リスク分散(最初から過大な投資をしない、協力による負荷軽減)、柔軟性(臨機応変の戦略変更)といった点が鍵になると思っていますので、このような観点を考慮して、研究開発マネジメント自体も創造的に行なっていくことが求められていくのではないでしょうか。



文献1:宮川公男、「意思決定の経済学」丸善、1968.

文献2:丹羽清、「技術経営論」、東京大学出版会、2006.

文献3:Knight, F.H., 1921, “Risk, Uncertainty, and Profit”.

文献4:池田信夫、「イノベーションとは何か」、東洋経済新報社、2011.

文献5:Roberts R.M., 1989、R・M・ロバーツ著、安藤喬志訳、「セレンディピティー」、化学同人、1993.

文献6:Shapiro, G., 1986、G・シャピロ著、新関暢一訳、「創造的発見と偶然」、東京化学同人、1993.

文献7:Christensen, C.M, Raynor, M.E, 2003、クレイトン・クリステンセン、マイケル・レイナー著、桜井祐子訳、「イノベーションへの解」、翔泳社、2003.

文献8:Anthony, S.D., Johnson, M.W., Sinfield, J.V., Altman, E.J., 2008、スコット・アンソニー、マーク・ジョンソン、ジョセフ・シンフィールド、エリザベス・アルトマン著、栗原潔訳、「イノベーションへの解実践編」、翔泳社、2008.

文献9:Rogers, E.M., 2003、エベレット・ロジャーズ著、三藤利雄訳、「イノベーションの普及」、翔泳社、2007.

文献10:丹羽清編、石黒周、板谷和彦、白肌邦生、清野武寿、手塚貞治著、「技術経営の実践的研究 イノベーション実現への突破口」、東京大学出版会、2013.

参考リンク

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意思決定の罠(モーブッサン著「まさか!?」より)

人は誰しも「正しい判断、正しい意思決定」をしたい、と思っているでしょう。しかしそれが容易ではないことも確かです。研究開発における意思決定については以前にも書きましたが(イノベーションとあいまいな意思決定(判断の根拠は何か?、ヒューリスティクスの活用?))、今回は、意思決定において起こりやすい「間違い」に焦点を当てて考えてみたいと思います。

マイケル・モーブッサン著「まさか!? 自信がある人ほど陥る意思決定の8つの罠」[文献1]には、つい見過ごしてしまいがちな意思決定の危うさの例が述べられています。原題は「Think twice, harnessing the power of counterintuition」なので、「考えなおせ。直観に反する力を利用する」というところでしょうか。以下、本書の構成に沿って、意思決定上陥りやすい問題点について考えてみたいと思います(各章の要約はp.17-18による)。

第1章、自分だけはうまくいく?:人は他人の経験に目を向けず、個々の問題をそれぞれ独自の事象として考える傾向がある。

・「客観的な視点よりも、主観的な視点を優先させてしまう」[p.26]。これは、「自分は優秀であるとする幻想」、自分の未来は他人よりも明るいと考える「楽観主義の幻想」、本当はコントロールできないことをコントロールできるように考える「コントロールの幻想」による[p.27-29]。さらに、「自分の状況は特殊であると考える傾向、自分の考えに固執する傾向がある」[p.43]といいます。

第2章、他の選択肢が見えなくなる:代替案を用意しておくべき時に、私たちの心は選択肢を減らそうとする。

・係留(アンカリング)と調整のヒューリスティック(カーネマンによる)とは、「人が直感的に意思決定する際に、無意識に示唆された参照点を出発点とし、それに調整を加えて何らかの推定に至るプロセス」であり、「アンカリングは意思決定に影響する、印象に残っている特定の特徴や情報の断片」のこと[p.75]。

・「人は起こり得る可能性のある事柄を十分には考慮しない」、「トンネルビジョン(視野が狭くなること)になってしまう」[p.48]。「私たちは、可能性を考えるにあたってあらゆる知識を活用」し、「それぞれを自分の思考モデルに当てはめる」。「自分が導き出した一連の仮説から推論し、相互に矛盾しない選択肢だけを考慮の対象とする」。「思考モデルとは、外の世界の現実を自分の内側に描写したもので」、「細部よりもその情報がすばやく自分に到達することを重視した、不完全な描写」であって、「いったん思考モデルが形成されてしまえば、厄介な意思決定のプロセスはもう使わなくなる。」(ジョンソン-レアードによる)[p.48-59

・「アンカーに基づいて考えはじめ」、「いったん自分が妥当だと思う回答や許容範囲内の回答にたどり着いた時点で、調整をやめてしまう。」[p.51

・典型的ヒューリスティックとは、「外見の特徴など典型的と思われるものを基準に意思決定する」こと[p.75]。例えば、見かけで判断するなど。

・利用可能性ヒューリスティックとは、「思い浮かべやすい、想起しやすいものを基準に意思決定する」こと[p.75]。例えば、直近の経験や記憶に影響されるなど。

・「私たちは、無意識に物事にパターンを見出そうとする。」「ありもしないパターンを無理に見つけだそうとしてしまう」[p.56-57]。

・「認知的不協和とは、内に対しても外に対しても矛盾しない状態でありたいという人間の持って生まれた性質から来ている。」「この不快感を軽減させようと、自身の行動を正当化する。」[p.57-58

・「確証バイアスとは、個人が自分の都合のよいように、それに反する考え方や不利な証拠を除外する時に起こる。」「一貫性があると、人は問題を考えることを止めることができ、(中略)自分の行動を変えなくて済む」[p.61]。

・「一つのことに注意を払うということは、他の事柄に注意を払えないことであり、無分別な行動を引き起こす理由となる。」[p.63

・「ストレス反応があると短期的に得になることを追求できるが、長期的に何がいいのかを考えられない」(サポルスキーによる)[p.66]。

・「インセンティブによって、他の選択肢や可能性を考えられなくなってしまう」[p.67]。

第3章、専門家の意見は鵜呑みにするな:専門家は非常に狭い分野についてよく知っていて、自分たちの主張や予測を正当化するのが得意だが、現在ではコンピュータや集団の知恵により問題を効率的に解決できるようになっている。

・「ある程度法則に基づいて結果が限られた範囲に分布する」ような場合には「コンピュータのデータを使えばよい。」「確率によって、結果は幅広く取り得るものなら(中略)専門家よりも集合知の方が優位」。「専門家の機能が十分に果たされる領域は、法則に基づいていて、取り得る結果が広い範囲にわたるような問題」[p.83-85]。要するに専門家が常によい予測ができるとは限らないということでしょう。

・集合知により、群衆が当たる予測をするためには、多様性、情報の集約、インセンティブによる必要な人の参加が重要。「多様性があると、集団の間違いを減少させる。」[p.93

第4章、あなたも周りの状況に影響されている:私たちの意思決定は周囲の状況に大きく影響されている。

・「人間は周囲の答えに影響されてしまう」。周りに屈してしまう人の特徴は、判断力の屈折(自分が間違っていて、周りが正しいと決め込んでしまう)、行動の屈折(多数に迎合するために、自らの知識を抑え込んでしまう)、知覚の屈折(多数の意見によって、自分の視点が覆されてしまっていることに気がついていない)。(アッシュによる)[p.107-108

・プライミング効果とは、「論理的な意味においてまったく無関係に見えるようなものでも、私たちの知覚を通して入ってくる情報は関連づけられ、意思決定に影響する」こと(例えば、ドイツ音楽がかかっている売り場ではドイツワインの売り上げが上がるなど)。「プライミングが機能するためには、プライミング対象と、そこにいる人の目的がつながっていなければならない」[p.115-117

・「自分は最良の選択肢を自分で選んでいると思っているが、実際は選択肢がどう設定されるかに大きく影響されている。実際はほとんどの人が単に選択肢をデフォルトのままにしている」[p.118

・「多くの決断において、私たちが思う以上に感情が重要な役割を演じている(ザイアンスによる)[p.120]。「ある結果が強く感情的な意味を持たない時、人は確率に重きを置きすぎる傾向がある」「対照的に、結果が鮮烈である場合は、確率に対してはほとんど注意は払われず、結果に対してのみ注目が集まる。」[p.121

・「人は多くの場合、ある人の行動はその人の性質がもたらしたものだと考えてしまい、状況の影響力を考慮しない」(「根本的な帰属の誤り」)[p.123]。

・「規則に従うということで自分の行動を正当化する」「人は長い期間特定の配役を演じるように言われると、配役から抜け出せないような役者となってしまうリスクがある。」[p.124

・惰性、あるいは変化への抵抗によって、人は古い問題に対して新しい視点でみようとしなくなる。[p.125

第5章、“木を見て森を見ず”に陥らない:ミクロの行動を集めることで、マクロの行動を理解しようとすると失敗する。

・「複雑適応系では、部分を研究することでは全体を理解することなどできない」「本当はそこに因果関係がないにもかかわらず、因果関係を知りたいと思う気持ちだけで物事を見ると、因果関係を説明できないシステムを目の前にした時、とんでもないことが起こる。」[p.139]「複雑で高度にインタラクティブなシステムを前にして、人間の判断のプロセスや、直感そのものに頼ると意思決定を誤ってしまう(フォレスターによる)」[p.150

第6章、正解は、時と場合による:状況を把握せずに、システムの特徴(属性)をもとに因果関係を予測することには要注意。

・「人はよく一つの状況から得た教訓や経験を、異なる状況にも当てはめようとする。しかし、ある状況にあてはまる判断は、たいていの場合別の状況ではまったく当てはまらない」[p.158]。「『成功の鍵』や『勝利の方程式』などの言葉を目にしても鵜呑みにせず、それが果たして本質を突いているかどうか、まず検討すべき」[p.161

・相関関係と因果関係の違い:XYを引き起こすという主張をするためには、次の3条件が必要。Yの前にXが起こること、XYはそれぞれ2つ以上の側面がありXYは関数の関係でなければならない、XYの両方を引き起こす要因Zがあってはいけない[p.169]。

・「多面的な状況では『最善』のやり方がない」[p.174

・「私たちの大半は、一つの成功したやり方をその次の状況に適用することによって、また成功すると思いたい。」「しかし、多くの場合ではそうはいかない。なぜならば、状況を考慮せずに属性や性質だけで意思決定してしまうから。」「多くの場合の正解は『状況による』なのだ。」[p.176

第7章、突然、襲ってくる大規模な変化の危険性:相転移(フェーズの変化)が起こる時には因果関係を見出すことが難しいので、最終的な結果を予測することはほぼ不可能。

・突然襲ってくる大規模な変化としては、システムの変化を促進する正のフィードバック[p.180]による発散現象や、相転移[p.182]などのような現象が挙げられる。これらにはクリティカルポイントがあるが、その予測は非常に難しい[p.200]。

第8章、運と実力を見極める:運と実力の役割、「平均回帰」を考慮する必要がある。

・平均回帰性とは、「平均を逸脱する結果の後には、平均により近い結果がでる、というもの」[p.206]。「結果には、不変の実力による部分と、一次的な運による部分がある。ある期間での極端な結果は非常に幸運、もしくは不運であった結果であり、時間とともに運の影響が強くなくなってくることで、結果も極端ではなくなる傾向を見せる」[p.214

・ハロー効果とは「一般的な印象に基づいて特定のことを結論づけてしまうような人間の傾向のこと」[p.216]。

・「人は小さなサンプル・サイズから根拠のない結論を推測する傾向がある(カーネマン、トベルスキーによる)」[p.222

上記のような事例のそれぞれについて、著者は各章の終りに対策を述べていますが、全体のまとめとして、次の点をアドバイスしています[p.231-242]。ただし、「すべての意思決定に対して本書で述べた思考のプロセスを当てはめる必要はない。」「たいていの場合は何をしたらよいのかは明らかであることが多い。本書の価値は、その意思決定の影響が大きい場合や、自分にとって自然な意思決定プロセスが、最適とは言えない選択につながる時に発揮される。」とのことです。

・注意力を高める:意思決定の過ちはたくさんの人に共通に起こる。

・他人の立場に身を置いて考える

・運と実力の役割を理解すること

・フィードバックを得ること

・チェックリストを作成する

・決断する前にはよく検討しよう

・どんなに気をつけても、予測できないことがあることを知る

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本書に述べられた意思決定における罠を考えてみると、次のような要素があるのではないかと思います。

1、無意識の思考特性に依存するもの(プライミング、係留と調整のヒューリスティックなど)

2、現象や事実に対する知識や認識不足、認識の誤り(平均への回帰の軽視、ハロー効果、状況の軽視、相関関係と因果関係の混同など)

3、対象自体の予測不可能性(複雑系の現象、創発、発散現象やその原因と発生タイミングの予測、確率的な現象など)

中にはこれらが複合しているものもあると思いますが、それぞれの要素については対応の心構えが違うように思います。1、に対しては、人間がそういう思考をしやすいことを認識し、そうした兆候が見られたら考えを修正していくことが重要でしょう。2、については、論理的な思考方法を学ぶことで、正しい判断に近づく可能性があります。3、については人が予測できない課題があることを認識し、そうした場面に遭遇した時の悪影響を極力軽減するような準備が必要、ということではないでしょうか。ただし、このような点に注意し、様々な可能性を考えておくことには労力がかかりますので、これをどこまで実践するかは、その努力と意思決定の誤りによるリスクのバランスを考慮しなければなりません。研究開発のように不確実な課題に挑む場合には、十分な検討を行なうことができずに先に進まなければならない場合もありますし、時間的制約のためにあいまいな意思決定をしなければならないこともあると思います。なるべく正しい判断ができるよう心がけることはもちろん重要ですが、正しいという保証のない意思決定をする時こそ、そこにどんな罠がひそんでいるかを知っておくことは重要と考えます。


文献1:Mauboussin, Michael J, 2009、マイケル・J・モーブッサン著、関谷英里子訳、「まさか!? 自信がある人ほど陥る意思決定の8つの罠」、ダイヤモンド社、2010.


本ブログ関連記事

複雑系経営(?)の効果2012.5.6

複雑系の可能性(ニール・ジョンソン著「複雑で単純な世界」より)2012.6.10

いかに判断、予測するか(ダンカン・ワッツ著「偶然の科学」より)(2012.7.29

参考リンク


 

 

 

いかに判断、予測するか(ダンカン・ワッツ著「偶然の科学」より)

判断すること、予測することは、研究開発のあらゆる場面で求められます。研究開発部隊に求められるのは技術的な判断であることが多いでしょうが、研究開発をビジネスとして成功させるためには、経営や人間の行動に関する分野での判断や予測も求められ、その結果が研究の成功を左右する場合もあるはずです。

ダンカン・ワッツ著「偶然の科学」[文献1]では、社会科学の分野で下される判断や推論、予測について述べられています。人間が関与する判断は、科学的な判断に比べて困難なこと、我々が常識的に行なう判断が誤っている場合が多いこと、正しい判断が難しいのは、判断する人間の問題とともに、その事象にもっともらしい原因を求めること自体が不可能な場合があることなどが、事例とともに解説されていて、なかなか有意義な指摘が多いと思いました。この「偶然の科学」という題は、成功や失敗の原因として偶然の要素が大きく、特定の原因を想定すること自体が間違っている場合がある(例えばアップルの成功やソニーのベータやMDでの失敗など)という著者の考え方に基づいたものと思われますが、実際に述べられた内容はもっと広く、どうして人間は偶然と判断すべきことを必然と考えてしまうのか、そのような判断の問題点と、それにどう対処したらよいのかも含まれています。ちなみに原著の表題は、「Everything Is Obvious* *Once You Know the Answer: How Common Sense Fails Us」ですから、「すべては明白――答えを知ってしまえば:いかに常識が役に立たないか」という感じでしょうか。以下にその要点をまとめてみます。

実社会を常識によって解釈する場合の問題点

本書の第一部では、実社会を常識によって解釈する場合の推論の問題点について述べられています。

・個人の行動についての問題:「人の行動を考えるとき、自分の知っているインセンティブや動機や信念といった要因に注目する。」しかし、「これは氷山のほんの一角しかとらえていない。」[p.31]。「われわれの行動にきわめて現実的、具体的な影響を与えるにもかかわらず、もっぱらわれわれの意識しないところで働く関係要因は実に数多くある。心理学者はこうした効果をたいへん多く確認しているので――事前刺激、フレーミング、アンカリング、可用性、動機づけられた推論、損失回避など――それらのすべてがどう組み合わさっているのかはとらえがたい[p.48]」。すなわち、個人の行動の原因を推定すること自体が困難であり、与えられた条件から行動の結果を予測することも困難、ということになります。

・集団の行動についての問題:「人は互いに感化する生き物」、「個々の要素に分解するだけでは理解できなくなるという意味で、『創発的』な集団行動を生む。」[文献1、p.32]。これはミクロ-マクロ問題(ミクロの分析からマクロの状態を推定することができない)に通じる。「社会的影響を人間の意思決定にもちこむと、不均衡性だけでなく予測不可能性も増す」「個人が他人の行動から影響を受けるとき、似たような集団であってもやがて大きく異なる行動をとりうる。」「ある集団内の個人を知り尽くしていても――つまり好き嫌い、経験、傾向、信念、希望、夢を知り尽くしていても――集団の行動をたいして予測することはできない[p.87-90]」。つまり、集団の行動には本来的に予測できないランダムな性格を持つということでしょう。さらに、少数の重要な人物や有力者が変化をもたらすという考え方について「重要な条件はひと握りの影響力の強い個人とはまったく関係がない。むしろ、必要数の影響されやすい人々が存在し、この人々がほかの影響されやすい人に影響を与えるかどうかにかかっている[p.109]」ことがネットワークの研究から実証されており、インフルエンサーやスーパースプレッダーのような存在は確認できていないとのことです。その結果、きちんとした因果関係の説明ができず、「Xが成功したのは、XがXという特質を持っていたからだ[p.69]」というような循環論法に陥りがちであるといいます。

・歴史から学んでいないこと:「事が起こったあとになって『はじめからわかっていたのに』と思う傾向(あと知恵バイアス)[p.125]」がある。「説明しようとする出来事は興味を引かれるものに限られる。」[p.33]「われわれは実際に起こった事柄を必然としてとらえる傾向がある(遅い決定論)[p.125]。これは、「起こらなかった事柄に対してわれわれがしかるべき注意を払わない[p.126]」というサンプリングバイアスに通じる。「遅い決定論とサンプリングバイアスはともに、『前後即因果の誤謬』(連続して起こることから因果関係を推論してしまう)と呼ばれる欠点をもたらす。[p.132]」

このように、人間は社会のできごとについて因果関係を求めようとするものの、その因果関係の根拠は確実なものではなく、上記のような誤りに満ちているわけで、その結果、例えば、偶然でしかないことに必然を感じてしまうことが人間の問題点だというわけです。もちろん、日々の用事に取り組む際に常識を用いることは問題を引き起こさないかもしれませんが、「こうした誤りが重要な影響を及ぼすようになるのは、政府の政策や企業の戦略やマーケティングキャンペーンの土台となる計画を、常識に基づいて立てるときである。」[p.175-176]ということになってしまいます。ではどうすればよいのか。著者は常識の問題点をクリアする「反常識」の利用を提案し、第2部でその内容を解説しています。

反常識の活用

まず、著者は、何が予測できるのかについて次のように述べています。「いくらか単純化して言うと、複雑な社会システムで起こる出来事には、なんらかの安定した過去のパターンに一致するものと、そうでないものの二種類があり、信頼性のある予測を立てられるのは前者だけである。しかし、過去の動きについてのじゅうぶんなデータを集められれば、確率の予測はそれなりにできるし、それは多くの目的に役立てられる。」[p.179-180]「複雑なシステムでは、何が起こるかを正確に予測することには厳しい限界がある。だがその半面、できることの限界近くまではわりあい簡単な方法でたどり着けるように思える。」[p.188]

そして、「計画という思想全体を考え直し、(多様な)未来の予想にさほど重きを置かず、現在への対応にもっと重きを置く[p.205]」方法が効果的とし、これを測定-対応アプローチと呼んでいます。ミンツバーグは「従来の戦略計画では、計画者はどうしても未来の予測を立てなければならず、誤りを犯しやすくなるという問題を熟考し、計画者は長期的な戦略動向を予測することよりも、現場の変化に対応することを優先すべきだとすすめた」[p.207](創発的戦略)、とのことですが、基本的な考え方は同じでしょう。ただし、著者によれば、「『予測とコントロール』から『測定と対応』への変化は、テクノロジーにかかわるのではなく心理にもかかわっている。未来を予測する自分たちの能力はあてにならないと認めてはじめて、われわれは未来を見出す方法を受け入れられる。」[p.216]ということですので、まずは自らの能力の限界を受け入れる必要があるのでしょう。さらに、著者は測定だけでなく実験することの重要性も指摘し[p.217]、「常識にあまり頼らず、測定可能なものにもっと頼らなければならないと覚えておくことならできる[p.234]」とし、ZARAの戦略、すなわち売れる衣料品を予測するのではなく、実際に何が売れたかを測定した結果に基づいて、柔軟かつ迅速に生産する方法を例として挙げています。

さらに、著者は、複雑なシステムで発生する、因果関係の明確でない、偶然に支配されるような現象の扱い方について、政治哲学者ロールズの主張「公正な社会とはこうした偶然の不利な効果が最小化される社会[p.261]」を紹介し、偶然の結果に基づく過大な報酬や、処罰の問題にも触れています。これらの問題も、単なる常識に基づく判断ではなく、因果関係をきちんと理解すること(因果関係の有無も含めて)によって社会全体の考え方が変わる可能性もあると思います。著者は社会科学にこのようは役割を果たさせるために、科学的なアプローチの重要性を指摘し、ネット技術が社会科学における仮説検証の能力を高めることにつながるのではないかと予測しているようです。実験による検証という、技術系では当然の手法がネットの活用により社会科学でも可能になるとすれば、社会やマネジメントに対する我々の理解も大きく進歩するのではないでしょうか。

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技術者としては、仮説をきちんと検証すること、正しい推論を行なうことは基本です。しかし、技術者とて人間ですから、人間の持つ心理バイアスの影響も受けてしまいます。また、複雑系においては、効果的な推論が行なえない場合があることもよく指摘されます。本書の指摘を通じて、判断や推論、予測に関する注意点を再認識させられたことは重要でした。ただ、本書で偶然とされた事象については、必然と考えることはできないとしても、100%偶然と考えてよいのかどうかには疑問があります。また、発生した事象からは、仮説やアイデアを得ることもできると思います。著者もそうした可能性は否定していないと思いますので、それを理解した上でこの考え方を利用すればよいのでしょう。研究開発にとっては、測定-対応戦略は非常に理解しやすく、経験的にも有効で効果的なアプローチだと思いますが、そのようなアプローチを嫌うマネジャーがいることも事実です。本書で述べられたことが、ネットという新たな環境で立証され、多くの人の認識になることを期待したいと思います。



文献1:Duncan J. Watts, 2011、ダンカン・ワッツ著、青木創訳、「偶然の科学」、早川書房、2012.

原著HPhttp://everythingisobvious.com/


参考リンク<2012.9.2追加>



 


 

複雑系の可能性(ニール・ジョンソン著「複雑で単純な世界」より)

世の中で起こる複雑な現象をうまく取り扱うためには、まずは現象の複雑性を受け入れ、複雑性を前提とした判断を行なうことが重要だと思われます(拙稿「複雑系経営(?)の効果」)。しかし、複雑な現象の原因やその挙動が十分に理解できれば、複雑性を積極的に利用することも可能かもしれません。本稿では、ニール・ジョンソン著「複雑で単純な世界」[文献1]に基づいて、複雑系の特徴、本質、予測と制御などの問題について考えてみたいと思います。

本書は複雑性に関する一般向けの解説書ですが、著者は複雑系に関する現役の研究者であり、書かれている内容には現在進行形の研究成果も含まれています。そのため、結論がはっきりしないように感じられるところもありますが、反面、今後の発展への期待が強調されているところが特徴ともいえるでしょう。まずは、本書の要点を簡単にまとめてみたいと思います。

複雑性とは何か、複雑性の条件

著者によれば、「残念ながら複雑性は簡単に定義できるようなものではない」、「科学者たちのあいだですら、複雑性をどう定義するかに特段の決まりがあるわけではない」とのことです[文献1、p.18]。その代わり、複雑性の研究者たちの多くが認める以下の8つの条件を挙げ、複雑系と見なせるためにはこのすべて、ないしは大半を満たしていなければならないと述べています[文献1、p.33]。

1、その系に、相互作用をしている多数の要素が含まれている。

2、系の構成要素が記憶、すなわち「フィードバック」の影響を受けている。

3、系を構成する要素が過去の結果にもとづいて戦略を変更できる。

4、一般には、その系が周囲の影響を受ける「開いた」系である。

5、「生きている」ように見える系である(著しい進化、複雑な進化をすることも多い)。

6、創発現象が見られる。その創発現象は概して予想外のもので、極端なものになる場合がある。

7、創発現象が、全体を制御する中心的な存在なして生じる。系それ自体で複雑な進化をする。

8、秩序ある挙動と無秩序は挙動の複雑な組み合わせを示す。

つまり、複雑系とはわけのわからない系ではないということでしょう。偶然が支配するランダムな系とも異なり、予想外ではあるが何らかの秩序が制御なしに創発されることがある系(上記5~7)であって、そうした現象を生む前提にはある特徴(上記1~4)がある、というわけです。しかし、結果の予測は困難である場合が多く、少なくとも、ものごとを細かく分解して理解するような還元主義的アプローチが役に立たない、という面もあります。著者も、「複雑系科学の焦点は、何かをばらばらにしてその構成要素を明らかにすることではなく、比較的単純な要素の集団からどのような新奇な現象が生じるかにあてられている」「要素の集団の挙動を理解するのには、構成要素についての完璧な知識は必要ない」[文献1、p.39]と述べており、従来の科学や、合理的な考え方とのアプローチの違いは重要なポイントであると思います。

複雑な現象から生まれる秩序と、そのような秩序を生む条件の例

本書では、複雑でありながら秩序が生まれる以下の例が解説されています。

・秩序ポケット[文献1、第2章]:複雑系がなんの制約も受けずに、秩序ある状態(秩序ポケット)と無秩序な状態の間を行き来できる(例えば、交通渋滞、株の暴落など)。これにはフィードバックが影響する。また、外的条件のせいで構成要素の配置に偏りが生じる(フラストレーション)こともある。

・カオスとフラクタル[文献1、第3章]:一定の規則のもとに整理、理解できる複雑な現象が存在する(カオスやフラクタル)。(注:というのは、私なりの著者の意図の理解です。複雑性を予測、制御する可能性という視点から、カオスやフラクタルを定性的に解説している、という印象を受けました。)

・群衆の行動を予測する[文献1、第4章]:意思決定を行なう要素からなる集団が何らかの限られた資源をめぐって競争を繰り広げるとき、人間の集団はランダムな行動から離れて両極端の判断をする2つの集団に分かれる。また、多数の構成要素間の競争がある場合には、複雑系の挙動が予測可能になる場合(予測可能ポケット)があり、調整タイミングさえ考慮すれば、構成要素の一部を調整するだけで全体の制御が可能になるという。

・ネットワーク[文献1、第5章]:構成要素間の局所的な相互作用を考慮することで、ネットワークの影響を考慮できる。ネットワークは他の場所からもたらされる情報によるフィードバックのひとつともなり、系全体の挙動に影響する。

複雑性が関係する様々な問題についての予測の例

本書の第6章以降で挙げられている複雑系の例のうち、以下のものが興味深いと思いました。

・異なる株式市場でも値動きのランダムさの度合いは同程度。

・市場の暴落の際には無秩序状態から秩序が出現する傾向が見られる

・交通渋滞緩和のための道路ネットワークの考え方(組織内情報ネットワークにも応用できる)

・理想のパートナー選び、どんな要因が影響するか

・戦争やテロの類似性(犠牲者数と戦争頻度に相関がある)

・感染症の伝搬ネットワーク

以上、著者が主張したいことは、複雑系だからといって予測はお手上げというわけではなく、複雑系の特徴として無秩序状態から現れてくる秩序にはパターンがあり、少なくともその一部は予測、制御可能な場合があるということだと思われます。もちろん、複雑系を形成するための要因や、秩序ポケットの発生メカニズム、秩序のパターン、予測および制御の方法などは現在も研究中のようですので、ただちに実用の役に立つようなものではないかもしれません。しかし、まずは、自らの扱っている系が、複雑系の特徴を満たしているなら(最初に挙げた8つの条件の1~4、さらに、限られた資源をめぐる競争がある場合)、予測や制御の方法を考えてみる価値がある、ということではないでしょうか。

複雑性というと、とかくよくわからないものと考えてしまいがちで、マネジメントの場合には「不確実性」と関連づけられることが多いように思います。しかし、そういう理解は不正確なのかもしれません。複雑性においては「相互作用している多数の要素」と「フィードバック」が重要な役割を担うとされていますが、マネジメントにおける不確実性の根源はこうした要因とは関係の薄いものも存在します(例えば、単純な科学的知識の不足など)。本書の議論でも、不確実なできごとをすべて複雑系の考え方で予測できる、とは言っていないわけで、複雑系への理解が深まるに従い、不確実と複雑の区別をきちんとすることが求められるようになるような気がします。

一方、研究開発を行なう観点からは、次の点を検討する価値があると感じました。

・複雑性を示す要因を解析し、無秩序状態をうまく扱えるようにするか、あるいは秩序ポケットをうまく予測し制御できるようにする。特に複雑な系の理解のためには、系をうまくモデル化し、定量的に表現することが重要なように思われます。ただし、実際の系の中には、複雑性を持たない因子もあるかもしれませんので、その評価をきちんと行なうことによって、複雑系の特徴をより明確にできる可能性もあるでしょう。また、複雑系として理解できる現象であっても、その裏付けとして何らかの理論化が可能かどうかも考えてみる価値があると思います。

・複雑系からの脱却、複雑性の軽減を図る可能性を検討する。例えば、複雑性に影響を与える因子として、限られた資源をめぐる競争がよく登場しますが、この競争状態は研究開発によって取り除くことが可能かもしれません。技術やビジネスモデルによって競争を回避することができれば、複雑性の低減によって成功の確率を高めることができるように思います。

著者は「複雑性科学はあらゆる科学の根底をなす科学」[文献1、p.314]と言っています。確かに、多くの現象に複雑性が関係してくる可能性はあるでしょう。また、いろいろな分野の現象が、複雑性の観点からは似たような現象として関連づけられることも指摘されているようです(例えば、ネットワークにおける渋滞、菌類のネットワーク、癌への血管新生など)。科学技術の分野でも従来の要素還元的アプローチの限界が指摘され、ビジネスの世界でも複雑性の高い人間の行動が重視され、不確実な現象の効率的な取り扱いが要求される状況では、複雑系の本質と可能性を正しく理解し、マネジメントに反映させていく努力が必要なのではないかと思います。


文献1:Neil Johnson, 2007、ニール・ジョンソン著、阪本芳久訳、「複雑で単純な世界 不確実なできごとを複雑系で予測する」、インターシフト、2011.

原著表題は「Simply Complexity, A Clear Guide to Complexity Theory」です。

参考リンク<2012.9.2追加> 


 

 

複雑系経営(?)の効果

「複雑系」という概念自体はそれほど目新しいものではありませんが、マネジメントの分野でも時々「複雑系」の考え方が議論されることがあるようです。残念ながら「複雑系経営(マネジメント)」といえるほどの確立された分野が構築されるまでには至っていないようですが、「複雑系」は、科学分野だけでなく社会問題を扱う上でも重要な考え方だといえるのではないでしょうか。今回は、複雑系経営を取り上げたサルガト、マグレイスによる記事[文献1]の内容をまとめておきたいと思います。

「複雑系」とは、ウィキペディアによれば、「相互に関連する複数の要因が合わさって全体としてなんらかの性質(あるいはそういった性質から導かれる振る舞い)を見せる系であって、しかしその全体としての挙動は個々の要因や部分からは明らかでないようなものをいう」とのことで、「これらは狭い範囲かつ短期の予測は経験的要素から不可能ではないが、その予測の裏付けをより基本的な法則に還元して理解する(還元主義)のは困難である。系の持つ複雑性には非組織的複雑性と組織的複雑性の二つの種類がある。これらの区別は本質的に、要因の多さに起因するものを「組織化されていない」(disorganized) といい、対象とする系が(場合によってはきわめて限定的な要因しか持たないかもしれないが)創発性を示すことを「組織化された」(organized) と言っているものである。」とのことです[文献2]。ちなみに、「創発」とは、「部分の性質の単純な総和にとどまらない性質が、全体として現れることである。」[文献3]とされています。

マネジメントが上記のような「複雑系」の性格を持つものであることは、言われてみれば当たり前のような気もするのですが、実際にはそうした認識を忘れやすいことも事実ではないでしょうか。文献1では、「複雑系」の観点から見たマネジメント上の注意点として以下のような内容が述べられています(原著題名は「Learning To Live with Complexity」なので実践的な面がより強調されているように思います)。

著者は、「現在の企業経営は、30年前のそれとは根本的に異なっている。その最大の違いは、対応すべき複雑性のレベルにある。」としており、IT革命に起因し「かつては個々に独立していたシステムがいまや相互に関連・依存して」いると述べています。そして、まずは「複雑(Complex)であること」と「入り組んで(Complicated)いること」の違いを認識すべきであると指摘しています。すなわち、入り組んだシステムでは動いている部分が多くてもシステムの振る舞いは正確に予測できるのに対し、複雑系は、1)多元性(相互作用を起こす可能性がある要素の数)、2)相互依存性(要素がどれくらい関連しているか)、3)多様性(要素の種類がどれくらい幅があるか)が高いため、最初の状態が同じでも、システム内の各要素の相互作用に応じて結果が異なる可能性があるため、両者は同じようには理解できないといいます。

こうした複雑系のシステムにおいてよく直面する問題として、著者らは、次の点を挙げています。

1、予期せぬ結果を生む。そうなりそうな状況は以下のとおり。

・だれにもそのような意図がないにもかかわらず、事象間で相互作用が起こる。

・単一の事象ではなく、個々の要素が結びついたことで予期せぬ出来事が招かれる。(要素の一部に気付くことができても組み合わせや全体に及ぼす影響が予測できない)

・なぜそうしたかの理由が時代遅れになっているにもかかわらず、当時の方針や手順がそのまま存続している。

2、状況把握の難しさ

・一人の意思決定者が複雑系全体を把握するのは、不可能ではないにしても、大変難しい。

・他人の行動や自分自身の行動の影響を理解するにも、我々には認知限界というものがある。(大半のビジネスリーダーが、研究が示す以上の情報を入手して理解できると考えている。また、何か一つに集中すると、それ以外が見えなくなることもわかっている。)

・めったに起こらない珍事は、繰り返し起こる頻度が少ないため、システムにどのような影響が及ぶのかを学習できない。

そして、複雑性に対応する方法として次の点を指摘しています。

1、予測手法の改善

・特定の予測ツールを捨てる:現象の観察結果は他の現象の影響を被ることはないという考え方は問題。また、多くの分析ツールで用いられている、平均値や中央値から全体を推定できるという仮説も問題。

・システムの振る舞いをシミュレーションする:その複雑系に関する知見や各構成要素の相互作用について教えてくれるモデルを探す。

・データを過去、現在、将来に分けて、過去の知識に頼り過ぎた予測をしないようにする。

2、リスク・マネジメントを改善する

・正確な予測の必要性を制限あるいは排除する。ユーザーに決定権を与えて推測の必要性を少なくする方法もある。

・分離と冗長性を用いる。システムのどこかに不具合が生じた場合に、その構成要素を切り離す(分離)、他の要素が代替し合うように設計する(冗長性)。

・物語やホワット・イフ分析を利用する。あまりなさそうだが無視できない可能性や予期せぬ因果関係をデータの制約を受けない物語で考え、ホワット・イフ分析で反事実的な条件を問う。

・多面的検討を試みる。さまざまな方法を使い、さまざまな前提条件を設定し、さまざまなデータを集め、あるいは一つのデータをさまざまな角度から眺めて、問題に取り組む。

3、賢いトレードオフをつくる

・リアルオプションの手法を用いる。後に追加投資する権利を与えたうえで、比較的小規模な投資を行う。

・思考の多様性を確保する。変化や偏りに対応できる多種多様な人材を社内に確保しておく。

以上が概要です。はっきり申し上げて、簡単に使えて効果を挙げるような手法が提示されているわけではなく、複雑性への対応の困難さがより明らかになってしまうような内容かもしれません。しかし、現代の経営課題そのものの複雑性が高まっているとするならば、まずは複雑性のもたらす影響を認識した上で、それへの対応を試みることが必要だと考えます。少なくとも、複雑性の影響を軽視した従来の方法に固執することによる失敗は避けなければならないのではないでしょうか。とするなら、結局は、複雑系の現象は基本的に予測できないものであると認識し、その前提で行動し、結果にもとづいて行動を修正していくアプローチが好ましいことになるのでしょう。その中で、少しでも確度の高い予測モデルを作るために、また、問題点を早期に発見して対応するために、上記の対応方法が生きてくるように思われます。未来を見通す計画を立てて実行することよりも、仮説に基づいて実行し、俊敏に行動を変えていくやり方が研究マネジメントの多くの場面で有効なのではないかということは、今までもたびたび述べてきましたが、「複雑系」の観点からも同じ対応が求められている、ということになるのだと思います。

ただ、上記のような複雑系への対応そのものは研究開発を行なっている人にとってはそれほど違和感がないようにも思います。研究開発が本来的に持っている「不確実性」の原因が複雑系であることはよくあることですので、上記の注意点、手法は、研究の実務やマネジメントにそのまま適用可能であると言ってもよいでしょう。注意すべきなのは、複雑系に属する課題を、安易な還元主義で処理しようとしないこと、還元主義の立場で効果があるマネジメント手法を複雑系に安易に適用しようとしないことだと思われます。ひょっとすると、研究活動が経営層に理解してもらえない原因にも、こうした「複雑性」に関する認識の違いがあるのかもしれません。

さらに研究開発活動に対する重要な示唆として、「複雑系」の概念により、研究開発が抱える「不確実性」についての理解が深まる点が挙げられるのではないでしょうか。研究開発は本質的に不確実なもの、として理解されることが多いですが、その「不確実性」の原因のひとつが「複雑系」であると認識することによって、不確実性のコントロールがしやすくなる可能性があると思います。さらに、環境変化を単に「世の中の流れ、変化」による所与のものと考えるのではなく、「世の中の複雑性の高まりによる変化」ととらえることによって、時代の変化の本質をよりよく捉えることができるようになるのではないでしょうか。「複雑系」については、その知見から直ちに実践に結び付く手法を導くことは現状では難しそうですが、研究開発マネジメントにおける一つの重要な要因として認識し、その発展に注目しておく価値は高いのではないかと思います。


文献1:Gökçe Sargut, Rita Gunther McGrath、ギョクセ・サルガト、リタ・ギュンター・マグレイス著、編集部訳、「ビジネスリーダーの新しい経営学 [入門]複雑系のマネジメント」、Diamond Harvard Business Review, 2012, 1月号、p.118.

原著:Harvard Business Review, Sep., 2011.

文献2:ウィキペディア「複雑系」(2012.5.6確認)

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A4%87%E9%9B%91%E7%B3%BB

文献3:ウィキペディア「創発」(2012.5.6確認)

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%89%B5%E7%99%BA



 


参考リンク<2012.7.8追加> 

 

「理性の限界」「知性の限界」

高橋昌一郎著、「理性の限界」[文献1]、「知性の限界」[文献2]の感想と考えたことを書いておきたいと思います。

科学を仕事にしている科学者や技術者であっても、科学哲学についてしっかりとした知識を持っている人はそれほど多くないでしょう。かく言う私もほとんど知識がありませんでした。哲学的なことは知らなくても日々の仕事はこなせますし、専門分野の仕事で忙しいなか、哲学からはどうしても遠ざかってしまいます。しかし、科学と社会の関わり方の見直しが迫られ、科学者や技術者の考え方に疑問が呈せられている昨今の状況では、科学の本質や科学的思考そのものについての先人の考え方を知り、自分なりの考えも持っておくことが必要なのではないでしょうか。企業活動の面からも、技術的に優れたものが市場にすんなりとは受け入れられないという現実は、技術者も科学技術の世界に閉じこもっているだけではいけない時代になっていることの現れかもしれないと考えると、実学の面でも科学哲学を知ることの意義は大きくなってきているように思います。

例えば、次のような疑問にはどう答えるべきなのでしょうか。

・合理的な意思決定はどのようになされるべきか

・「正しい」判断とは何か

・科学的な判断は「正しい」のか、どこまで「正しい」と言えるのか

・「正しい」とする根拠は人によって異なるのではないか(特に、科学技術者の世界と一般社会との差)

・技術者は何を判断のよりどころとすべきなのか

いずれも明快な答えはないかもしれません。しかし、現状でどこまでわかっているのかを知っておくことは重要でしょう。ノート2で不確実性について考えた時に、実現不可能な目標を設定してしまうことの危険性を指摘しましたが、科学や科学的思考に限界があるならその限界は知っておくべきだと思います。

今回取り上げた2冊の本は、哲学と論理学の入門書と言えると思いますが、近代科学の影響を受けた現代の哲学や科学そのもの、科学的思考についての様々な考え方とその限界がわかりやすく解説されています。その中から特に興味深く感じられた点を以下にまとめてみます(すべての内容には触れていない点および、かなり強引に要約している点はご容赦ください)。

「理性の限界」では3つの「限界」が解説されています。以下の点が特に重要と感じました。

第1章:選択の限界

・アロウの不可能性定理:2つの個人選好の条件と4つの社会条件で定義される完全民主主義モデルにおいては、その条件すべてを満足する社会的決定方式は存在しない[文献1p.67-72]

・さらにゲーム理論、ナッシュ均衡についても述べられています。

第2章:科学の限界

・ハイゼンベルクの不確定性原理:ミクロの世界では「粒子の位置と運動量をhという数値(プランク定数)よりも高い精度で測定できない」[文献1p.138]

・ある時点で宇宙のすべての原子の位置と速度を認識する「ラプラスの悪魔」は原理的に存在しない[文献1p.141]

・ポパーの進化論的科学論:「環境に適応できない生物が自然淘汰されるのと同じように、『古い』科学理論も観測や実験データによって排除されていく」[文献1p.166]

・クーンのパラダイム論:「科学者集団が共有する『科学的認識』を総称して『パラダイム』と呼び、「古い科学理論が新しい科学理論へ移行するのは、通常科学においては、それが、より多くのパズルを発見し解決するために便利な『道具』であると科学者集団が『合意』した場合にすぎない」、つまり、新たな科学理論が真理に接近するとは限らない[文献1p.168-172]

・ファイヤアーベントの方法論的虚無主義:「単に科学理論ばかりでなく、あらゆる知識について、優劣を論じるような合理的基準が存在しない」、つまり選択の基準は『何でもかまわない』[文献1p.176-177]

第3章:知識の限界

・ゲーデルの不完全性定理:「数学の世界には、公理系では『汲みつくせない』真理が存在する」[文献1p.219]。「ゲーデルは、一般の数学システムSに対して、真であるにもかかわらず、そのシステムでは証明できないゲーデル命題GSの内部に構成する方法を示した」[文献1p.226]。「論理学から全数学を導出できない」[文献2p.54]

「知性の限界」も3つの章からなります。

第1章:言語の限界

・サピア・ウォーフの仮説:「思考は言語に依存する」[文献2p.74]

・ハンソンの観察の理論負荷性:「『観察』は、常に一定の『理論』を背負っている」[文献2p.93]

・クワインの理論の決定不全性:「観察可能なすべてのデータが与えられたとしても、そのデータと合致する理論は、一意的に定まらない」[文献2p.95]

第2章:予測の限界

・ポパーの反証主義:「理論は、決して経験的に実証されない(帰納法によって理論を導くことの否定)」「『反証』される危険性のある予測こそが『科学的』な仮説」「反証可能でなければ科学でない」「反証主義は、『科学がどのように実行されるべきか』を示すものであって、『科学がどのように実行されているか』を示すものではない」[文献2p.133-139]

・複雑系、バタフライ効果:初期値に対する鋭敏な経路依存性をもつ系がある。「複雑系においては、ある特定の原因を与えたとき、それがどのような結果を導くのか、少なくとも従来の考え方では、まったく予測不可能」[文献2p.173]。これまでの科学は、系を構成する要素の法則を明らかにして、それらを足し合わせれば系全体の動きを予測できるとする『要素還元主義』に基づいていたが、複雑系では予測不可能な運動が内部に発生するため、系全体の動きを予測できない[文献2p.184-185]

第3章:思考の限界

・人間原理(宇宙が存在する理由)、神の存在証明などについて。ファイヤアーベントの主張は「既成の方法論に拘らない」こと[文献2p.218]

こうしてみると、科学や技術の本質に関する問題は、すでにあらかた考察されているように思われます。そして、その結果、「XXができない」とか、「XXとは限らない」というような結論が多いことは興味深いと思いました。経済学者のセンによれば、「理性の限界を認識せずに既存の合理性ばかりを追い求めている人を『合理的な愚か者』と呼ぶ」[文献1p.260]、とのことですが、理性の限界を知ることは、「正しい」判断ができるようになることよりも、「誤らない」ことができるようになる、ということなのかもしれません。大胆に敷衍してしまえば、「正しい」と結論づけることや、正しいという理由で他者を理論的に説得することは容易なことではないのだから、「正しい」という考えにとらわれすぎないこと、理論的な根拠に頼り過ぎないことが実践面では重要なのかもしれないと思いました。

加えて、科学者が日ごろ自明のことと考えていることも、見方を変えれば、あるいは突き詰めて考えれば危うさを孕んでいる、ということも示唆されると思います。科学者が「正しい」と考えることも、所詮は「反証されていないだけ」かもしれず、また、そのような科学者の「正しい」という認識が、科学に携わっていない人を含む社会の認識と一致するとは限らないとも言えるのではないでしょうか。技術者にはデータの解釈においても、誰かとの議論においても自分の考える「正しさ」にこだわりすぎない柔軟性が求められているのかもしれません。

では、我々は何をよりどころに意思決定をすればよいのでしょうか。おそらく、理論的に正しいと思われる考えをつきつめていけばよい、ということではないと思います。最も現実的な答えは、正しいことではなく、間違ってはいないと思われることをデータで示すことではないでしょうか。徹底的に考えて計画を立てたとしても、それが正しく、うまくいくという保証はありません。そんな計画よりも、仮説を検証しながら進むという方法が現実的でしょう。結果よければすべてよし、です。もちろん、既存の論理で片がつく問題もあるでしょうが、企業の研究においては、最終的には何らかの物やサービスを提供することによって実証してみせることが必須になります。理論は研究のプロセスにおいて、効率を上げ、選択肢を広げ、高い目標の設定に寄与する役割を担うものと理解することもできるのではないでしょうか。

さらに他者を説得する場合に、科学に関する認識が人によって違うことを知っておくことは重要でしょう。製品を消費者に受け入れてもらいたい場合や、自説を受け入れてもらいたい場合に、自説の「正しさ」で説得しようとしても効果がないかもしれません。科学的データや理論に対する相手の理解のしかたを知っておけば、「正しさ」を主張するより、「間違っていない」ことをデータで示すアプローチの方がよいという可能性もあるでしょう。そういう意味で、より間違いのなさそうな仮説をデータから拾い出し、主張するというのが「現場主義」の本質という気もします。

深淵な科学哲学に触れた結果が現場主義では結論として情けないような気もしますが、ファイヤアーベントによれば、「あらゆる知識について、優劣を論じるような合理的基準が存在しない」そうですから、最初から無理して自分の理解を超える結論を受け入れる必要もないでしょう。加えて言えば、ファイヤアーベントの「何でもよい」という考え方は実務的にはかなり示唆に富んだ指摘ではないかと思われます。「何でもよい」を受け入れなければ、様々な考え方との相互理解はできないかもしれませんし、権威主義を離れた「何でもよい」という考え方から新たな発想が生まれてくるかもしれません。その時に、データという拠りどころを求めていくのが技術者の仕事かもしれない、とも思いました。

様々な考え方に触れることは、なるべく間違いのない(予想が当たる)推論をするためには重要でしょう。発想の源としても、論理的な考え方の実例としても、思考の訓練としても論理学や哲学の知識は有用なことは言うまでもありません。それに加えて、科学哲学が予想以上に「使えそう」と思わせてくれたことは貴重だったと思います。



文献1:高橋昌一郎、「理性の限界」、講談社、2008.

文献2:高橋昌一郎、「知性の限界」、講談社、2010.

参考リンク<2012.2.19追加>


 

 

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