研究開発マネジメントノート

研究開発とそのマネジメントについてのいろいろ

計画

ノート12改訂版:研究プロジェクトの運営管理

1、研究開発テーマ設定とテーマ設定における注意点→ノート1~6
2、研究の進め方についての検討課題
2.1
、研究を行なう人の問題
→ノート7~8
2.2
、研究組織の問題→ノート9~10
2.3
、研究組織営におけるリーダーの役割→ノート11

2.4
、研究プロジェクトの運営管理
ここまでは、研究組織および組織を構成する人の力を引き出すためにどんな点に注意すべきかを中心に考えてきましたが、今回は具体的に研究プロジェクトをどう進めるかを考えてみます。

工事プロジェクトなどのいわゆる工程管理に比較して、研究プロジェクトの運営管理は従来あまり重要視されてこなかったように思います。例えば今野は1993年出版の本で、研究開発管理は、計画の作成→事前評価→実行と中間レビュー→最終評価、という流れをとり、この中で最も大切なステップが研究テーマの事前評価だとしていて[文献1、p.86,93,97]、実行過程での途中評価については、目標成果の達成度、周辺技術情勢との対比、研究内容や資源配分などの変更、遂行上の問題点等を検討する必要があると述べるにとどまり、実行過程の意義や、研究をいかに進めるべきかについては、あまり言及がありません。ところが、最近は研究の実行段階の進め方が注目されるようになり、具体的な提案もいくつか現れているようです。おそらくその背景には、研究活動をとりまく環境が変わってきたこと、すなわち、変化が速く、大きく、複雑になり、アイデアの事前検討をしっかり行うだけでは、研究を事業として成功させることが困難になりつつあることが認識されるようになってきたことがあると考えられます。

例えば、Collinsらは、卓越した企業の特徴を調査した結果、「大きく成功している企業は、綿密で複雑な戦略を立てて、最善の動きをとる」という神話が崩れたと述べ、それよりも、「大量のものを試し、うまくいったものを残す」という方針の方が重要である、と述べています[文献2、p.14]。また、Christensenは「成功する事業と失敗する事業の最大の違いは、一般に、当初の計画の正確さではない」[文献3、p.216]、「過去に成功したすべての新事業の90%以上で、創業者が意図的に追求した戦略が、最終的に企業の成功を導いた戦略と同じではなかったという研究報告がある。起業家が最初から正しい戦略を持っていることはめったにない。」と述べ[文献4、p.268]、さらにAnthonyらは「最初の戦略は必ず間違っている」[文献5、p.373]と述べています。ChristensenAnthonyらは破壊的イノベーションを念頭にこのように述べていると考えられますが、最初の計画が正しくないなら、どうしたらよいかということについて「不確実性が極めて高い環境におけるイノベーターは『創発的戦略』に従うべきことを示唆している。正しい戦略を知っているかのように意図的に行動するのではなく、正しい戦略が市場から『わき出る』、つまり創発するようなアプローチを採用すべきということだ。」[文献5、p.236]と述べています。これらの指摘は、少なくともある種の研究においては、戦略を練り、計画を立ててそれに沿って実行する、というアプローチが有効とは限らない、ということを示していると考えられます。

では、具体的にどのように研究を進めるべきなのでしょうか。まず、従来の方法について考えてみましょう。プロジェクトマネジメントの手法は、その研究が、明確な要求、達成可能な目標を持ち、計画や業務の分担が可能で、数値による管理ができる、といった課題である場合には有効と考えられます。反面、探索性の高い研究開発や暗黙知の扱いには向かないように思われます。また、プロジェクトチームのように時限的に人が集まって活動する場合には、担当者の業務経験を狭くする、コミュニケーションを阻害する、仕事の継続性が失われることで仕事からの学習を阻害する、技術を蓄積しようとするモチベーションを阻害する、組織全体としても技術蓄積を大切なものとして考える意識を希薄化するなどの問題点が指摘されています[文献6、p.68-69]。「研究から開発に至る活動をいくつかの『ステージ』に区切り、ステージの間に『ゲート』(関所)を設けて研究テーマをふるいにかけて、有望なテーマを絞り込んでいく」[文献6、p.85]ステージゲート法については、1)プロジェクトの中止がしやすい、2)研究者にとってやるべきことが明確になり収益意識が高まる、3)研究テーマとプロセスの見える化により研究部門と事業部門のつながりが強化される、4)製品化目前になってプロジェクトを中止するようなケースが減る、というメリットがあるとされていますが [文献6、p.94-95]、「ステージゲートは、テーマを『育てる』という側面よりも、想定通りに育たなかったテーマを『切る』という側面に比重がおかれている」、時間を要する夢のあるテーマが排除される、その結果研究の視野が狭くなる、ゲートでの審査で真実が報告されなくなる、失敗からの学習の機会が減る、責任の所在があいまいになる、などの問題点があるとされています[文献6、p.98-106]。いずれも、不確実性が高く創発的な戦略が求められる課題を扱う場合には向いていない方法のように思われます。

これに対して、Anthonyらは「創発的戦略」は次の3つのステップに従えばうまく進められると述べています。すなわち、1、重要な不確実性の領域を識別する、2、効率的な実験を行なう、3、実験の結果に基づき、調整と方向性の転換を行なう、です[文献5、p.233-、第7]。これだけみれば至極当然のことを言っているようですが、具体的な進め方については示唆に富む指摘が多く含まれているので、以下にまとめてみましょう。

不確実性の重要度の識別に関しては、「ほとんどのインプットが確実でないときに予測の正確性に関して厳密な議論を行なうことは、はっきりいって時間の浪費でしかない」「数字を作り出す作業にはあまり意味はない」[文献5、p.237]「多くの企業が、機会の正味現在価値やプロジェクトの総収益などの厳密な定量的基準を用いて意思決定を行なってしまう。まだ存在していない市場を評価したり分析したりするのは困難だ。数字だけにこだわった意思決定を行なってしまうと、最初は小さく始まる爆発的な成長機会を見失ってしまうことはほぼ確実だ。」[文献5、p.261]などの指摘があります。効率的な実験に関しては、「投資を控えて多くを学ぶ」[文献5、p.254]、「過剰な投資は害になり得る。チームが間違った方向に全速力で走ることになる可能性がある」[文献5、p.324]、プロジェクトは小さく始め、「検討するプロジェクトの数を増やすことで、イノベーション・プロセスの全体的スピードを向上させることができる」[文献5、p.261](つまり、個々の段階のスピードを上げることが重要なのではない)、などの指摘があります。調整と方向転換に関しては、「戦略の方向転換を行なうのは心情的にはつらいものだ。ある方向性を目指して時間とエネルギーを費やしてきたマネージャーは、明らかな問題点の証拠があるにもかかわらず、その道に固執してしまいがち」「成功のためには謙虚さ(最善を尽くしたにもかかわらず最初のアプローチは間違っていたと認めること)と自信(失望させる結果が出ても途中であきらめないこと)をうまく混ぜ合わせることが必要」「単に実験を行なうことだけでなく、実験をやめることも必要」、「棚上げ(明確な将来性がない場合、条件が変わってアプローチが有望に思えるようになるまで他のプロジェクトを追求する)を検討すべき」[文献5、p.257]、「多くの企業がイノベーションの測定のために使用している評価指標が、実際には企業を誤った方向に導く可能性が高い。」「企業は測定における3つの罠に注意すべきだ。評価指標の数が少なすぎること、低リスク(そして得られる効果も小さい)活動を重視してしまう評価指標を採用すること、アウトプットよりもインプットを優先してしまうこと」[文献5、p.334]「万能の評価指標というものはまず存在しない」[文献5、p.346]と述べています。

このような、研究の計画や固定的な目標設定、スピード重視の考え方、評価制度の問題については、他にも類似の指摘が多くあります。例えば、開本によれば、Leavittは「今日の経営者は、より創造的で、ビジョンの策定者として行動すべきであり、量的な経営指標ばかりに捕われてしまうことに警鐘を鳴らしている」[文献7、p.84]と述べています。スピード重視の考え方に対しては、Leonardは「スピードは学習を妨げる」「いまや情報伝達の速度は、人間の自然な学習のペースを上回っている」[文献8、p.299-300]と述べ、新たなイノベーションについていくために消耗する心のエネルギーを補給するために変化の速度を制御する必要がある[文献9、p.159]とも述べています。研究の評価に関しては、丹羽は、事前評価の本来の目的は「テーマの決定」、中間評価の本来の目的はプロジェクトの継続、修正、中止判断、事後評価の本来の目的は成果の確認と反省を次のプロジェクトに活かすこと、とした上で、こうした評価が本来の目的を忘れて形式的に実施される危険性をはらむ、と述べています。さらに、「評価を強調しすぎると、良い評価結果を受けやすい2番手研究開発テーマが多くなる危険性が高くなる」ため、「革新的テーマと改善型(2番手)テーマには、別の評価法の構築が必要」と述べています [文献10、p.185-187] Tiddらも、様々な経営評価手法に基づいた分析の結果、「すべての状況に適合する事前評価に利用可能な単純なアプローチは存在していない」「イノベーションには、さまざまな成果とさまざまな段階があり、それぞれ異なる評価手法が必要」「評価に用いる変数の多くは、公式に入れることができるような信頼性のある一連の数字に集約することはできず、専門性の高い判断に依拠する」[文献11、p.176-177]と述べています。

こうした問題点の指摘に対して、最近、具体的な取り組みの方法が提案されてきています。例えばGovindarajanらは、「規律ある実験」として、実験を行いそこから学ぶことを重視した進め方を提案し、事前の計画は、実験結果の解釈の目安、仮説と位置づけています。具体的には、「実験開始前に、何をしようとしているのか、何を期待しているのか、その理由は何かを書き出しておく。そして起こると考えたことと実際に起こったことの違いを分析して、教訓を引き出す。それから学習に基づいて、プランを練り直す。[文献12、p.176]」という科学的手法を採用すべき、としており、「大規模な実験を開始する前に、もっと小型の実験でも同じ情報が得られるのではないかと問いかけたほうがいい。[文献12、p.186]」、「イノベーション・イニシアチブの評価の場合、・・・黒白がはっきりしていない。目を向けるべきは結果ではなくて、趨勢(トレンド)なのだ。[文献12、p.189]」、「当初の予想はほとんどの場合、間違っている。さらに、学習プロセスは予想改善のプロセスである。したがって予想が変更不能であれば、学習は不可能になる。」ただし、「予想の見直しは厳密な学習プロセスを経てのみ、行われるべきだ。学習された結果に対する関係者たちの同意が必要」[文献12、p.191]、「イノベーション・リーダーに説明責任を求めることは、いくつかの悪影響を及ぼす。」予想を低めに設定する、努力を放棄してあっさりあきらめる、情報を隠す、プランどおりに運ぼうとして、不必要なリスクを冒す、等が考えられる。数値ではなく、「学習し適応する能力で評価」すべき。[文献12、p.191-193]、といった指摘をしています。また、Riesは、リーン・スタートアップという手法を提案しており、「計画というのは長期にわたり安定した運用実績があってはじめて効果を発揮するツールである[文献13、p.10]」ため計画には頼るべきでなく、「まず、何が起きるかを予測する仮説を組みたてる。次に、予測と実測とを比較する。科学的実験が理論に基づくように、スタートアップの実験はビジョンに基づいて進める。ビジョンを中心に持続可能な事業を構築する方法を明らかにすることが実験の目標である。[文献13、p.81]」、「要となる仮説の段階をクリアしたら、最初のステップである構築フェーズに入り、できるだけ早く実用最小限の製品(minimum viable product)を作る。」[文献13、p.107]。「従来の製品開発は長い時間をかけてじっくりと開発し、完璧な製品をめざすが、MVPは目的が学びのプロセスを始めることであってそれを終えることではない。プロトタイプやコンセプト検証と違い、MVPは製品デザインや技術的な問題を解決するためのものではない。基礎となる事業仮説を検証するためのものなのだ。[文献13、p.128]」、というような提案をしています。

もちろん、こうした考え方に対し計画を重視する立場として、「イノベーションで多くの成果を継続的に得るためには、評価とインセンティブが必要である」とし、「イノベーションの実践は、製造管理や財務管理などと同様、原理原則に則したマネジメント活動として学ぶことができる」という考え方もあります(代表例として[文献14、p.17-25]から引用しました)。また、イノベーションが差別化を作り出すかどうかや、市場カテゴリー(成長市場か、成熟市場か、衰退市場か)、提供される製品やサービスの種類(コンサルティング要素が大きい個別ソリューションか、標準化された大量販売ビジネスか)によりイノベーションの進め方と管理の方法を細かく変えるべきである[文献15]、という考え方もあります。

要するに重要なことは、研究プロジェクトの内容によって、進め方を変えるべきだということでしょう。詳細な計画と進捗管理が効果的な場合もあるでしょうし、創発的戦略が必要な場合もあるでしょう。様々な手法の特徴が明らかになってきていますので、課題に応じたフレキシブルな対応が求められるということだと思います。

考察:実行段階で注意すべきポイントは何か?
研究の実行に関する近年の考え方を見ると、そのポイントとなっているのは「不確実性にどう対応するか」ということのように思われます。ただし、現実には、「不確実性が高い」ことが「悪」であるかのように考え、不確実性が高いこと自体を嫌う考え方はまだまだ存在していると思いますので、まず我々自身が現実世界の不確実性を受け入れる必要があることは言うまでもありません。その上で、その研究がどの程度不確実なものかを基準に、進め方を考えればよいのではないかと思われます。

不確実性の高い課題に対応するための基本的な考え方は以下の2点に集約できるように思います。
・当初の想定が外れるかもしれない前提で対策を準備する:計画どおりにならなかった場合の次の手(プランB)を準備する、多くのことを試す、低コストで試行する、環境変化がありうることを想定しておく
・成功確率を上げる:試行した結果から学習してその結果を対策に反映させる、戦略をフレキシブルに見直す、学ぶことを狙いとする実験を行う、よりうまい試行錯誤を行う
このような考え方は、従来の「管理」という考え方とは相容れないかもしれません。フレキシブルな対応をするということは、混乱の原因にもなり得ますので、譲れない基本方針を示す長期的なビジョンのようなものも明確にする必要があるかもしれません。そうした前提の下で、従来の「計画」や「管理」に対する考え方を改めることこそが研究をうまく進めるためにまず必要なことのように思います。


文献1:今野浩一郎、「研究開発マネジメント入門」、日本経済新聞出版社、1993.
文献2:Collins, J.C., Porras, J.I., 1994、ジェームズ・C・コリンズ、ジェリー・I・ポラス著、山岡洋一訳、「ビジョナリーカンパニー」、日経BP出版センター、1995.
文献3:Christensen, C.M, 1997、クレイトン・クリステンセン著、伊豆原弓訳、「イノベーションのジレンマ」、翔泳社、2000.
文献4:Christensen, C.M, Raynor, M.E, 2003、クレイトン・クリステンセン、マイケル・レイナー著、桜井祐子訳、「イノベーションへの解」、翔泳社、2003.
文献5:Anthony, S.D., Johnson, M.W., Sinfield, J.V., Altman, E.J., 2008、スコット・アンソニー、マーク・ジョンソン、ジョセフ・シンフィールド、エリザベス・アルトマン著、栗原潔訳、「イノベーションへの解実践編」、翔泳社、2008.
文献6:伊丹敬之、東京理科大学MOT研究会編著、「技術経営の常識のウソ」、日本経済新聞社出版社、2010.
文献7:開本浩矢、「研究開発の組織行動」、中央経済社、2006.
文献8:Leonard, D., Swap, W., 2005、池村千秋訳、「『経験知』を伝える技術」、ランダムハウス講談社、2005.
文献9:Leonard-Barton, D., 1995、阿部孝太郎、田畑暁生訳、「知識の源泉」、ダイヤモンド社、2001.
文献10:丹羽清、「技術経営論」、東京大学出版会、2006.
文献11:Tidd, J., Bessant, J., Pavitt, K., 2001、ジョー・ティッド、ジョン・ベサント、キース・バビット著、後藤晃、鈴木潤監訳、「イノベーションの経営学」、NTT出版、2004.
文献12:Vijay Govindarajan, Chris Trimble, 2010、ビジャイ・ゴビンダラジャン、クリス・トリンブル著、吉田利子訳、「イノベーションを実行する 挑戦的アイデアを実現するマネジメント」、NTT出版、2012.
文献13:Eric Ries, 2011、エリック・リース著、井口耕二訳、「リーン・スタートアップムダのない起業プロセスでイノベーションを生みだす」、日経BP社、2012.
文献14:Davila, T., Epstein, M.J., Shelton, R., 2006、スカイライトコンサルティング訳、「イノベーションマネジメント」、英治出版、2007.
文献15:Moore, G.A., 2005、ジェフリー・ムーア著、栗原潔訳、「ライフサイクルイノベーション」、翔泳社、2006.


参考リンク

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不確実な状況に対処する方法(ケイ著「想定外」より)

研究開発は不確実なものであること、従って、不確実性の存在を前提としたマネジメントが求められることについては本ブログでもたびたび取り上げてきました(ノート2試行錯誤のプロ、など)。しかし、明確な目標を設定し、その目標を達成するための方法を熟考して周到な計画を立て、計画どおり実行して当初の目標を達成しようとするマネジメントはいまだに人気があるように思います。

ジョン・ケイ著「想定外 なぜ物事は思わぬところでうまくいくのか」[文献1]では、目標が当初の目論見どおりの方法で達成されるとは限らないこと、目標の設定によっては破滅的な結果に至る場合もあることなど、一般に「合理的」と言われるアプローチの問題点が指摘され、回り道的なアプローチの重要性が述べられています。ちなみに、本書の原題は、「Obliquity, Why Our Goals Are Best Achieved Indirectly」であり、「想定外」とはややニュアンスが異なるように思いますが、Obliquity(回り道)についての厳密な議論をすることが目的ではないでしょうから、本書の主題は「簡単には思いつかない方法、試行錯誤的方法、そこからの学習を活かす方法」と考えておけばよいのではないかと思います。以下、3つの部分に分かれた本書の構成に従い、内容をまとめます。

第1部:回り道の世界

第1部では「回り道」の役割について述べられています。
第2章、幸福:なぜ、幸福を追求しない人のほうが幸福になるのか?(原著では、Happiness(米版はFulfillment - How the Happiest People Do Not Pursue Happinessなので少しニュアンスが違うと思います)
・「幸福は幸福の追求によっては達成されない。[原著p.12]、」「幸福とは、そこにあることに気づく類のものであり、どこかへ探しに行くものではない。[p.41]」。
第3章、利益追求のパラドクス:なぜ、利益を追求しない会社のほうが利益をあげるのか?The Profit Seeking Paradox - How the Most Profitable Companies Are Not the Most Profit Oriented
・「最も利益の出るビジネスは、最も利益を求めたわけではない[原著p.12]」。例えばICIでは「『社会的責任を持って化学を製品に取り入れる』という、回り道的なミッションのほうが、(「市場牽引」「世界最高のコスト体質」を目指す)新しい直接的なミッション以上に株主価値を創造していた[p.45]」。
第4章、ビジネスは芸術である:なぜ、お金を追求しない人のほうがお金持ちになるのか?The Art of the Deal - How the Wealthiest People Are Not the Most Materialistic
・「最も豊かな人は、富の追求を最も重要と考える人ではない[原著p.12]」。「ビジネスを成功へ導く動機は仕事に対する情熱であり、金銭に対する執着とはまったく別のものである[p.76]」。「金銭はステータスを表わすもの、賢明に働いてきた証明、あるいは権力やビジネスに対する情熱の副産物に過ぎない[p.77]」

・「利益を追うだけの企業文化では、従業員が経営方針に必ず従うとは限らないし、業績が悪化した場合には社会の共感が得られないのだ。[p.76]」。「富の獲得も幸福の実現と同じように、回り道をたどるものであり、極端に直接的なアプローチに走れば、その行き着く先は破産裁判所、もしくは刑事裁判所ということになる[p.78]」として、利益追求が破滅的な結果を招いたとされる例をあげています。
第5章、目的、目標、行動:なぜ、目的より先に手段がわかることがあるのか?Objectives, Goals and Actions – How the Means Help Us Discover the End
・「目標は多面性を持ち、ひと言では言い表せない。そして、目的、目標、行動は相互に関係しながら変化する。さらに、第三者や外部組織との接触により、世界は思いもかけない影響を蒙る。複雑過ぎて正確な分析も計測も不可能であり、問題が起きても、この不確実な世界ではその内容も完全には把握できない。したがってビジネスの環境において・・・、目的を明確に定義し、分析し、それを目標に置き換え、さらに具体的な行動に分解したうえで意思決定をするなど土台無理な話である。・・・正確な把握が不可能なこの世界で高い次元の目的を実現したければ、互いに矛盾し、同じ基準で測れない要素のバランスを図り続けるしかないのだ。それは、まさに回り道的なやり方である。[p.88-89]」
第6章、回り道のユビキタス:なぜ、生活のあらゆる面に回り道があるのか?The Ubiquity of Obliquity – How Obliquity is relevant to Many Aspects of Our Lives
・回り道的なやり方が有効な例をあげ、「回り道による解決は、一見問題を複雑にするが、結果としては単純化することになる[p.98]」。「答えが突然姿を現すという恩恵に浴せるのは、長い間、回り道をたどりながら考え続けた人間だけだろう[p.105]」、と述べています。

第2部、回り道の必要性:なぜ問題が直接的に解決できないことがよく起きるのか?
第2部では、多くの問題において、直接的アプローチが現実的でないことが述べられています。
第7章、「ごちゃまぜ検討」:なぜ、回り道のアプローチが成功するのか?Muddling Through – Why Oblique Approaches Succeed、注)Muddling Throughは「計画もなくなんとか切り抜ける」という意味ではないかと思います。本文中でリンドブロムが引用されていますので、インクリメンタリズム(漸増主義)に関係する考え方とすると「ごちゃまぜ検討」という言葉はそのように理解したほうがよいと思います。)
・「計画としても、ガイドラインとしても、根本から考えるやり方が『最良』ではある。しかし、このやり方は複雑な課題を解決する場合には使いものにならない。当事者は限られた範囲内での比較をくり返すしかないのである(リンドブロム)[p.109]」。これは「『回り道』と言ったほうが適切かと思う。回り道は、検証と発見のプロセスであり、その過程における失敗や成功、知識の獲得により、目標や目的、そして行動が再評価されていくことになる[p.114]」。「目的が単純明快で方針と実行計画が簡単に区別できる、他者の影響は限られ、予想が可能、オプションやリスクを特定する能力がある、課題の内容が理解できる、そして、理論化に自信を持っている。こんな場合なら直接的なアプローチが有効だろう[p.120]」。
第8章、多元論:なぜ、一つの問題に複数の回答が存在するのか?Pluralism – Why There Is Usually More Than One Answer to a Problem
・バーリンは「社会的、政治的な目標は多元的であり、どの目標も相容れず、同じ次元では測れないとした。・・・こうしたバーリンの考え方は、多元論であり、その骨子は『一つの問題に対し、複数の答えがあるという概念』に基づいている。・・・多元論は、その性格からして回り道を取らざるを得ず、その反対の一元論は直線的に進むことになる。[p.134-135]」
第9章、相互作用:なぜ、行動の成果がやり方に左右されるのか?Interaction – Why the Outcome of What We Do Depends on How We Do It
・「日常の課題では目的が曖昧であり、当事者が置かれる状況も複雑である。問題の把握が完璧になることはないし、環境の変化もとらえにくい。さらに重要なのは、当事者が動いた結果が問題の本質まで変えてしまうということだ。[p.152]」
・設定した目標が、必要なデータをねじ曲げてしまうことがある(グッドハートの法則)[p.152]。
第10章、複雑性:なぜ、直接的なやり方が複雑すぎるのか?Complexity – How the World Is Too Complex for Directness to be Direct
・「我々はその構造を不完全にしか理解できない複雑系を扱う。[原著p.13]」
・フランクリンの言い訳:「一度決めた内容がどんなものであれ、そこにそれなりの理由を後付けすることができる[p.163]」。正確な値を出すのが難しく可能な限りの推定値を出す場合、それは上層部の聞きたい数値に向けてゆがめられることがある。
第11章、不完全性:なぜ、われわれは問題の本質がわからないのか?Incompleteness – How We Rarely Know Enough About the Nature of Our Problems
・「将来、何が大切になるか。それはわれわれの知識の届く範囲の外にあり、未来にしか存在し得ない。直接的なアプローチは未来を予想する力を必要とするものであり、それはわれわれが保持する能力を超えたものである[p.187]」
12章、抽象化:なぜ抽象化は完璧にできないのか?Abstraction – Why Models are Imperfect Description of Reality
・「抽象化とは、説明の難しい複雑な問題を解決できそうな単純なものに置き換えるプロセスのことである。ただし、どの程度の単純化がよいかを決めるには、適切な判断力と経験を要する。われわれが行う抽象化には特殊なものが多いが、通常はどうしても当人の主観が反映されたものにならざるを得ない[p.188]」

第3部、回り道とつきあう:複雑な世界で問題を解決する方法
第3部では、問題解決と意思決定への回り道的アプローチについて述べられます。
第13章、歴史の揺らめく光:なぜ、結果から誤った意図を推測してしまうのか?The Flickering Lamp of History – How We Mistakenly Infer Design rom Outcome
・「ビジネスチャンスは偶然の産物なのだ。しかし、われわれはそこに経営者の強靭な意志や周到な計画の存在を考えたがる。つまり、回り道をたどっていたのに、直進路を進んで来たという理解をしたがる[p.205-206]」。「原因から結果に至る過程がわからない、あるいは理解できないという場合、結果と仮定の関係に誤った推測が入り込みやすい[p.211]」。「課題への対応は常にどちらか一方ということではなく、直接的なやり方から回り道なやり方に至るまで、・・・意思決定にもバラエティがある。[p.213]」
第14章、ストックデールの逆説:なぜ、われわれの選択肢は思ったより少ないのか?The Stockdale Paradox – How We Have Less Freedom of Choice Than We Think
・目的の曖昧さや環境の複雑さを知り、第三者の反応は予測が難しい状況では、「限られた範囲の選択肢しか持ち得ない[p.225]」
第15章、ハリネズミとキツネ:なぜ、優れた意思決定者は知識の限界を悟れるのか?The Hedgehog and The Fox – How Good Decision Makers Recognize the Limit of Their Knowledge
・「人間は大事を深く知るハリネズミか、小事を多く知るキツネかに大別できる。ハリネズミはゆっくりと直接的に動き、キツネは素早く、そして回り道的に動く。・・・(テトロックによれば)判断の正確さではキツネに軍配があがるが、大衆の人気はハリネズミに集まる。[230-231]」
第16章、盲目の時計職人:なぜ、環境に適応することが知能を超えた行為なのか?The Blind Watchmaker – How Adaptation Is Smarter Than We Are
・「意図のない進化、すなわちリチャード・ドーキンス・・・の言葉を借りれば『盲目の時計職人』が、人類の理解を超えた複雑なものを創りだすことができる[p.238]」。
・「ビジネスや政治、あるいは個人の生活においても、直接的には解決できない問題が存在する。目的は常に唯一ということはなく多様であり、同じ次元では比較できない目的や矛盾する目的が共存している。行動の結果は自然現象であれ、人為的なものであれ、相手の反応次第であり、予測もできない。われわれを取り巻くシステムは、複雑過ぎて人間の理解の範囲を超えているのだ。さらに、そうした問題、そしてその将来について必要な情報を手に入れることも不可能である。そんな環境下で満足のいく対応をするには、単に行動するしかない。『計画を実行する』では無理だろう。ベストな結果とは回り道によって得られるものであり、結局は同じことの繰り返しや環境への適応、つまり、実験と発見の連続するプロセスの帰結である[p.244]」。
第17章、ベッカムのようにボールを曲げろ!:なぜわれわれは語るより多くを知っているのか?Bend It Like Beckham – How We Know More Than We Can Tell
・「われわれは語る以上に知っている(ポランニー)。本能も直感も・・・研ぎ澄まされた技術と言うしかない[p.255]」。
第18章、デザインのない秩序:なぜ、目的を把握せずに複雑な結果が出せるのか?Order Without Design – How complex Outcomes Are Achieved Without Knowledge of an Overall Purpose
・「社会組織は環境適合のくり返しにより発生するもので、明確な精神の産物ではない[p.262]」

・「ビジネスは常に社会のニーズに応える必要があり、その前提において、短期的には遵法性、長期的には存在の継続が必要なのだ。つまり、利益の追求のみが企業の目的にはなり得ない[p.264]」
第19章、「いいだろう。自己矛盾をしようではないか」:なぜ、考えが不変であることより正しいことのほうが重要なのか?Very Well Then, I Contradict Myself – How It Is More Important To Be Right Than To Be Consistent
・「合理性の証明としての判断の不変性は、われわれが暮らすこの世界より、はるかに確実性のある世界の産物であるはずだ。・・・不確実な環境下では、常に一定なものなど結局は想像の産物[p.277]」。
第20章、大量破壊兵器はあったのか:なぜ、偽の合理性がすぐれた意思決定と混同されるのか?(Dodgy Dossiers – How Spurious Rationality Is Often Confused With Good Decision Making
・「合理性についての誤った理解があるために、優れた知見や技術が見過ごされ、われわれの日常は非合理性と誤った意思決定で埋まっているように思える[p.289]」

結論
第21章、回り道の実践:回り道的な意思決定のアドバンテージ

・「大概のケースにおいて、われわれは回り道的なやり方で問題を解決している。試行錯誤をくり返し、その都度学んだことを吸収して先に進む。・・・選択肢は限られ、関連情報は少ないどころか、どこで得られるかの指針もない。・・・世の中は、当然のことながら一定の変化をせず、最善とされた意思決定がそのままよい結果につながるとは限らないのだ。よい結果を招いた原因が、優れた決断や有能な意思決定者の存在を示唆するものでもない。最善の解決策が前もって存在するという考えには、大きな誤解があると言ってよいだろう。」[p.295
・「問題を解決する能力は、高い次元の目的について、さまざまな角度から何度も考えてみるところにある[p.296]」。「とにかく何かに手をつけてみることだ。目的や目標に関わる小さな課題を選んでみればよい。『取りかかる前に計画を作る』という言葉は順当に聞こえるが、そんなことはまずできないだろう。目的が定義されてはいないし、問題の内容も変化する。事態は複雑極まりないし、情報も不十分というのが実情ではないだろうか。[p.300]」。「回り道的なアプローチには、単純な事例一つではなく、複数のモデルや事象が判断の道具として活用されている。世界を単一モデルや事象に当てはめてしまい、実在する不確実性や複雑さが見落とされることなどはあってはならない。[p.301]」。「われわれの判断力は、訓練によって向上する[p.303]」。「高い次元の目的が明確で、実現に必要なシステムについても熟知しているなら、直接的なやり方で課題に取り組むとよいだろう。しかし、目的が明確なことはまずないし、それに関わる要因の相関性は予知しがたく、状況は複雑という場合が多いはずだ。さらに、問題が正確に把握されているとは限らず、環境の変化も読めないというのが実情ではないだろうか。そこで、回り道的なやり方が必要になるのである。[p.304]」
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著者が指摘する、不確実な状況における回り道的、試行錯誤的アプローチの重要性については、研究者は比較的こうしたアプローチに慣れていると思います。直接的なアプローチの問題点を感じている人も多いと思いますが、不確実なプロセスを深く理解することで、確実なプロセスつまり直接的アプローチが有効な状態にもっていきたいという願望も同時に持っているかもしれません。そうした願望を持つこと自体には問題はないと思いますが、直接的なアプローチを理想的なものとしてあらゆる場合に適用しようとすることには危険が伴う、ということはよく認識しておかなければならないでしょう。一元論的な世界観の危うさについての著者の指摘は重要だと思います。

とは言うものの、本書の議論は事例中心で、異なる解釈の余地もあるように思います。著者が自分の考えに合う事例を恣意的に列挙しているという反論もありうるでしょう。議論にもやや乱暴なところもあり、直ちにそのまま受け入れにくいという印象を持つ方もいると思います。しかし、確実でないからという理由だけで否定してしまうには、あまりに重要な指摘が含まれているように思いますがいかがでしょうか。実務的にも、どんな場合、どんな課題に対して直接的または回り道的アプローチが有効なのか、何を目的、目標にすべきか、などが提示されていて、よりよいマネジメントや意思決定を実現する上で参考になると思います。研究開発には試行錯誤的、回り道的アプローチが重要だと考えるなら、直接的なアプローチを重視する人に対しては、その問題点をきちんと指摘して納得してもらう必要があります。そうした議論の第一歩として、今後こうした議論が広まり、深まっていくことを期待したいと思います。


文献1:John Kay, 2010、青木高夫訳、「想定外 なぜ物事は思わぬところでうまくいくのか」、ディスカヴァー・トゥエンティワン、2012.
原著表題:Obliquity, Why Our Goals Are Best Achieved Indirectly

参考リンク<2014.2.23追加>



試行錯誤のプロ

研究開発は未知のことへの挑戦です。従って、思ったとおりにことが運ぶとは限りません。そんな時、試行錯誤が必要になることがあります。

試行錯誤とは、一般には、試みてみて、その結果に応じて対応を変化させ、最終的に目的達成を目指すプロセスであると理解されていると思います。研究の世界では、試行錯誤というと、行き当たりばったりとか、下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる、というようなあまり好意的でない印象を持たれることもありますが、実用的には成果を挙げる場合が多いことも事実でしょう。特に、最近ではロールプレイングゲームなどで試行錯誤に慣れ親しんだ世代が増えてきていることもあってか、手法として抵抗感が少なくなってきているようにも感じます。もちろん、正解があるかどうかもわからない研究の問題解決に試行錯誤を使うことと、ゲームのように設計者が決めた正解を試行錯誤を通じて見出していくこととは意味が異なりますが、今回は研究開発における試行錯誤について考えてみたいと思います。

試行錯誤の意義

試行錯誤というと、間違ってもいいからとにかく試行してみて対応する、という印象を持たれることが多いように思います。しかし、試行そのものは研究の本質です(試行しなくてもうまくいくとわかっていることは研究の対象にはなりません)。そして、その結果、うまくいくこともあればいかないこともある、というのも研究の本質でしょう。とすると、

1、試行を計画する

2、試行する

3、結果を得てフィードバックする

というステップは、最初に「間違ってもいいから、」と思っていてもいなくても同じことになるのではないでしょうか。事前に入念な計画をたてて試行しても失敗することもあるわけで、どう試行するかは、与えられた課題と試行の容易さ、効果に応じて決められるべきものでしょう。とすると、試行の計画自体が合理的であれば、周到な計画だろうと試行錯誤アプローチだろうと上記1~3の実態に違いはなく、試行錯誤(試行とフィードバックを組み合わせるアプローチ)こそが研究活動の実態であると言ってもよいように思います。以下、試行(錯誤)に関わる各段階について考えてみたいと思います。

1、試行計画段階:試行による問題解決に適した課題と条件の決定、注意

研究の本質に試行が深く関わっているとしても、試行主体の問題解決に適した課題とそうでない課題があるでしょう。基本的には、理論や経験による予測がしにくい課題は、試行で解決することが合理的ということになるでしょうが、無限に広い範囲の条件で試行を行なうことは困難ですから、試行の計画の段階で、なるべく条件を絞り込むことが必要になります。具体的には、ある条件を一定にコントロールしたり、ある条件は無視したり、あるいは現実の状態をモデル化して重要と思われる項目についてだけ試行することなどが必要で、こうしたことができる場合に試行が有効と言えると思います。もちろん、事前の予測が困難な場合には、計画自体も試行の結果を見ながら決定することも有効でしょう。ただし、特に人の意思が関わる問題については、試行することが状況に変化をもたらし、目標自体やあるべき解決策が変わってしまうこともあり得ますので、注意が必要です。

2、試行の段階

試行段階では、求める結果が確実に得られるような実験を設計する必要があります。試行によって得られるデータ自体がお粗末では、そこから導かれる結果も使えないものになってしまいますので、どんな方法でどんなデータをとるか、実験のテクニックも重要です。実験室での実験、現場試験、シミュレーション、データ採取方法などを、得られるデータの信頼性も考慮して決める必要があり、研究部隊の実力が試されることになると思われます。

3、結果とフィードバック

まず、試行した結果から何を学びとるか、ということが重要です。具体的には以下の点に注意する必要があるでしょう。

・試行の結果を正しく評価する:得られた結果には間違いがないのか、いつもそうなるのかも含めて、期待どおりの(あるいは予想外の)結果が得られたかどうかをまず判断する必要があります。場合によっては、統計的、確率論的な議論が必要になるでしょう。

・試行したことと結果の因果関係を検討する:確率的な事象、複雑系の関与する事象の場合、試行結果が何回か同じになっても、その次もまた同じ結果になる保証はありません。因果関係を検討し、そのメカニズム、すなわち、なぜそうなるのかが推定できれば、試行したことが結果を生んだことについてのサポートになります。

・結果を参考に次の試行条件を決める。仮説を修正する、新たな仮説を提案する。

・目的外の結果も重視する:試行錯誤は目的とする課題の解決のために行なうものであったとしても、試行の結果、それ以外の答えや、発展のヒントが得られることがあります。思ってもみなかった発見(真のセレンディピティ)が得られる場合もありますし、試行の結果から導かれる仮説を利用すると、当初考えていなかったアイデアに気付く場合があります。これらも試行から学べることといってよいでしょう。

試行錯誤を行ないやすい研究環境

このように、試行錯誤、試行することは研究開発において重要な役割を担いますが、試行錯誤を行ないやすい研究環境というものもあるでしょう。試行錯誤を促進するためには、次のポイントが重要と考えます。

・試行を問題解決のアプローチのひとつとして評価し、価値を認めること:理論的検討も重要ですが、試行の価値を認め、選択肢として考慮し、試行が効率的な場合には、積極的に試行することを促す。

・失敗を容認すること:試行に伴う失敗は責めない。

・試行しやすい環境をつくる:試行のための精神的障害を小さくする。

・試行のアイデアをいくつか用意する:ひとつ失敗しても次の手がある状態にする。

・過去の成功体験に縛られないようにする:試行の方法は、過去に成功した方法ばかりではない。

また、試行の結果から多くを学ぶためには次の点が重要でしょう。

・結果を記録し、将来の試行に生かす:目的とする結果の実現だけを目指す場合、うまくいかない結果は捨てられてしまいやすいものです。再度の失敗を避けるためにも、また、新たなアイデアを得るためにも記録は有意義です。

・計画の管理に余裕をもたせる(計画変更や逸脱を許容する):余裕がないと、目的外の結果が捨てられてしまいがちです。

試行に基づくアプローチは、コスト負担が大きくなる場合もあり、必ずしも容易な方法ではありません。しかし、試行を行ない、そこから有意義な結論やアイデアを引き出すことには研究部隊の力が反映されます。具体的には、試行をうまく計画して効果的に行ない、目的達成の役に立つデータをうまくとり、その結果を正しく評価しうまく活用することが求められる時、それが試行錯誤のプロとしての研究部隊の出番なのではないでしょうか。


 

ノート12:研究プロジェクトの運営管理

研究の進め方について、これまでに研究者の活性化研究者の適性組織構造組織の特性リーダーの役割について考えてきました。これらはプロジェクトを実施するための基盤として重要なポイントと言えるでしょうが、研究開発の第一線にいる者にとっては目の前の研究プロジェクトをどのように運営、管理するかが大きな課題となります。そこで、今回はプロジェクトの運営管理の問題について考えてみたいと思います。

 

研究プロジェクトの運営管理

プロジェクトの運営というと、工事プロジェクトなどの工程管理がまず頭に浮かぶかもしれません。これに対して、研究プロジェクトの運営管理についてはあまり取り上げられることがないように思います。研究マネジメントの議論においてもあまり重視しない考え方があるようで、例えば今野によれば、研究開発管理は、計画の作成→事前評価→実行と中間レビュー→最終評価、という流れをとり、この中で最も大切なステップが研究テーマの事前評価だとしており[文献1p.86,93,97]、実行過程での途中評価については、目標成果の達成度、周辺技術情勢との対比、研究内容や資源配分などの変更、遂行上の問題点等を検討する必要があると述べるにとどまり、実行過程の意義や、研究をいかに行なうべきかということについてはあまり重要視されてこなかったように思われます。

 

一方、Collinsらは、卓越した企業の特徴を調査した結果、「大きく成功している企業は、綿密で複雑な戦略を立てて、最善の動きをとる」という神話が崩れたと述べ、それよりも、「大量のものを試し、うまくいったものを残す」という方針の方が重要である、と述べています[文献2p.14]。また、Christensenは「成功する事業と失敗する事業の最大の違いは、一般に、当初の計画の正確さではない」[文献3p.216]、「過去に成功したすべての新事業の90%以上で、創業者が意図的に追求した戦略が、最終的に企業の成功を導いた戦略と同じではなかったという研究報告がある。起業家が最初から正しい戦略を持っていることはめったにない。」と述べ[文献4p.268]、さらにAnthonyらは「最初の戦略は必ず間違っている」[文献5p.373]と述べています。ChristensenAnthonyらは破壊的イノベーションを念頭にこのように述べていると考えられますが、最初の計画が正しくないなら、どうしたらよいかということについて「不確実性が極めて高い環境におけるイノベーターは『創発的戦略』に従うべきことを示唆している。正しい戦略を知っているかのように意図的に行動するのではなく、正しい戦略が市場から『わき出る』、つまり創発するようなアプローチを採用すべきということだ。」[文献5p.236]と述べています。これらの指摘は、少なくともある種の研究においては、戦略を練り、計画を立ててそれに沿って実行する、というアプローチが有効とは限らない、ということを示していると考えられます。すなわち、研究の性質によっては、計画や戦略段階をどう立てるかよりも、いかに実行するかの方が重要となる場合もある、ということになるのでしょう。結局のところ、研究担当者は自らの研究が比較的予定の立てやすい研究(例えば持続的技術)なのか、あるいは、不確実性が高く戦略を立てにくい研究(例えば破壊的技術)なのかを考慮に入れた上で、実際の研究の進め方を決めなければいけない、ということと考えられます。

 

このように書くと、不確実性の高い研究では計画や目標が無意味なことのように思えてしまうかもしれませんが、そういうことではないと思います。計画や目標を設定すること自体はプロジェクトをうまく進める上で効果的なことには疑いの余地はないと思いますが、臨機応変の計画変更が可能なような進め方にすべきということなのでしょう。例えば、変える必要のないビジョンのような目標(たとえば、人類社会に貢献する、とか人の幸福を実現するとかでもよいと思います)は持つべきだし、それ以外の目標は場合によって変えてもかまわないとし、間違っても無駄な目標に縛られることのないように十分注意すべき、ということなのではないでしょうか。

 

そうは言っても、計画や目標を変える、ということは取り扱う内容の幅を増やす、ということに他ならないですから、実行の上での困難さは増してしまうと思われます。上記の「創発的戦略」について、Anthonyらは次の3つのステップに従えばうまく進められると述べています。すなわち、1、重要な不確実性の領域を識別する、2、効率的な実験を行なう、3、実験の結果に基づき、調整と方向性の転換を行なう、です[文献5p.233-、第7]。これだけみれば至極当然のことを言っているようですが、具体的な進め方については示唆に富む指摘が多く含まれているので、以下にまとめてみましょう。

 

不確実性の重要度の識別に関しては、「ほとんどのインプットが確実でないときに予測の正確性に関して厳密な議論を行なうことは、はっきりいって時間の浪費でしかない」「数字を作り出す作業にはあまり意味はない」[文献5p.237]「多くの企業が、機会の正味現在価値やプロジェクトの総収益などの厳密な定量的基準を用いて意思決定を行なってしまう。まだ存在していない市場を評価したり分析したりするのは困難だ。数字だけにこだわった意思決定を行なってしまうと、最初は小さく始まる爆発的な成長機会を見失ってしまうことはほぼ確実だ。」[文献5p.261]などの指摘があります。効率的な実験に関しては、「投資を控えて多くを学ぶ」[文献5p.254]、「過剰な投資は害になり得る。チームが間違った方向に全速力で走ることになる可能性がある」[文献5p.324]、プロジェクトは小さく始め、「検討するプロジェクトの数を増やすことで、イノベーション・プロセスの全体的スピードを向上させることができる」[文献5p.261](つまり、個々の段階のスピードを上げることが重要なのではない)、などの指摘があります。調整と方向転換に関しては、「戦略の方向転換を行なうのは心情的にはつらいものだ。ある方向性を目指して時間とエネルギーを費やしてきたマネージャーは、明らかな問題点の証拠があるにもかかわらず、その道に固執してしまいがち」「成功のためには謙虚さ(最善を尽くしたにもかかわらず最初のアプローチは間違っていたと認めること)と自信(失望させる結果が出ても途中であきらめないこと)をうまく混ぜ合わせることが必要」「単に実験を行なうことだけでなく、実験をやめることも必要」、「棚上げ(明確な将来性がない場合、条件が変わってアプローチが有望に思えるようになるまで他のプロジェクトを追求する)を検討すべき」[文献5p.257]、「多くの企業がイノベーションの測定のために使用している評価指標が、実際には企業を誤った方向に導く可能性が高い。」「企業は測定における3つの罠に注意すべきだ。評価指標の数が少なすぎること、低リスク(そして得られる効果も小さい)活動を重視してしまう評価指標を採用すること、アウトプットよりもインプットを優先してしまうこと」[文献5p.334]「万能の評価指標というものはまず存在しない」[文献5p.346]と述べています。

 

このように、研究の計画や固定的な目標設定、スピード重視の考え方、評価制度の問題については、創発的戦略を目指す場合以外にも類似の指摘が多くあります。その中から興味あるものを以下にまとめてみたいと思います。開本によれば、Leavittは「今日の経営者は、より創造的で、ビジョンの策定者として行動すべきであり、量的な経営指標ばかりに捕われてしまうことに警鐘を鳴らしている」[文献6p.84]と述べています。スピード重視の考え方に対しては、Leonardは「スピードは学習を妨げる」「いまや情報伝達の速度は、人間の自然な学習のペースを上回っている」[文献7p.299-300]と述べ、新たなイノベーションについていくために消耗する心のエネルギーを補給するために変化の速度を制御する必要がある[文献8p.159]とも述べています。研究の評価に関しては、丹羽は、事前評価の本来の目的は「テーマの決定」、中間評価の本来の目的はプロジェクトの継続、修正、中止判断、事後評価の本来の目的は成果の確認と反省を次のプロジェクトに活かすこと、とした上で、こうした評価が本来の目的を忘れて形式的に実施される危険性をはらむ、と述べています。さらに、「評価を強調しすぎると、良い評価結果を受けやすい2番手研究開発テーマが多くなる危険性が高くなる」ため、「革新的テーマと改善型(2番手)テーマには、別の評価法の構築が必要」と述べています [文献9p.185-187] Tiddらも、様々な経営評価手法に基づいた分析の結果、「すべての状況に適合する事前評価に利用可能な単純なアプローチは存在していない」「イノベーションには、さまざまな成果とさまざまな段階があり、それぞれ異なる評価手法が必要」「評価に用いる変数の多くは、公式に入れることができるような信頼性のある一連の数字に集約することはできず、専門性の高い判断に依拠する」[文献10p.176-177]と述べています。

 

もちろん、こうした考え方に対し、「イノベーションで多くの成果を継続的に得るためには、評価とインセンティブが必要である」とし、「イノベーションの実践は、製造管理や財務管理などと同様、原理原則に則したマネジメント活動として学ぶことができる」という考え方もあります(代表例として[文献11p.17-25]から引用しました)。また、イノベーションが差別化を作り出すかどうかや、市場カテゴリー(成長市場か、成熟市場か、衰退市場か)、提供される製品やサービスの種類(コンサルティング要素が大きい個別ソリューションか、標準化された大量販売ビジネスか)によりイノベーションの進め方と管理の方法を細かく変えるべきである[文献12]、という考え方もあります。これらは、イノベーションを管理できるものとしてとらえようとしていると考えられますが、そのような場合でも、画一的な方法では管理できないということは一般に認められていることのようです。イノベーションの管理の問題点を指摘する論者であっても、管理ができないとか管理が不要であるとかと言っているわけではないので、究極的には、双方の意見は同じ点を目指しているようにも思われます。

 

結局のところこれまで述べてきた様々な考え方は、研究プロジェクトの運営管理は、定型的に考えてはいけない、ということを示唆しているのではないかと思われます。しかし、だからといって出会う場面ごとにその都度運営方法を考えるべき、というわけではないでしょう。すでに、運営管理におけるいくつかの「罠」、すなわち、こういう運営管理は望ましくない、ということは明確になってきているようですので、それらを考慮しながら研究の運営自体に創造的に取り組むことが必要であるということではないでしょうか。もし、研究における運営管理上の確固とした目標を設定したいとすれば、細かな目標ではなく、状況によって変わることのないビジョンのようなものを目標とすべきなのかもしれません。

 

 

文献1:今野浩一郎、「研究開発マネジメント入門」、日本経済新聞出版社、1993.

文献2Collins, J.C., Porras, J.I., 1994、山岡洋一訳、「ビジョナリーカンパニー」、日経BP出版センター、1995.

文献3Christensen, C.M, 1997、伊豆原弓訳、「イノベーションのジレンマ」、翔泳社、2000.

文献4Christensen, C.M, Raynor, M.E, 2003、桜井祐子訳、「イノベーションへの解」、翔泳社、2003.

文献5Anthony, S.D., Johnson, M.W., Sinfield, J.V., Altman, E.J., 2008、栗原潔訳、「イノベーションへの解実践編」、翔泳社、2008.

文献6:開本浩矢、「研究開発の組織行動」、中央経済社、2006.

文献7Leonard, D., Swap, W., 2005、池村千秋訳、「『経験知』を伝える技術」、ランダムハウス講談社、2005.

文献8Leonard-Barton, D., 1995、阿部孝太郎、田畑暁生訳、「知識の源泉」、ダイヤモンド社、2001.

文献9:丹羽清、「技術経営論」、東京大学出版会、2006.

文献10Tidd, J., Bessant, J., Pavitt, K., 2001、後藤晃、鈴木潤監訳、「イノベーションの経営学」、NTT出版、2004.

文献11Davila, T., Epstein, M.J., Shelton, R., 2006、スカイライトコンサルティング訳、「イノベーションマネジメント」、英治出版、2007.

文献12Moore, G.A., 2005、栗原潔訳、「ライフサイクルイノベーション」、翔泳社、2006.


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