研究開発マネジメントノート

研究開発とそのマネジメントについてのいろいろ

評価

「はじめる戦略」(ゴビンダラジャン、トリンブル著)に学ぶイノベーションの進め方

イノベーションを興す方法は、スタートアップ企業と、すでに何らかの事業を行っている既存企業とでは区別して考えなければならない、という指摘は近年多くなってきていると思います。しかし、どう違うか、という具体論になると、既存企業ではイノベーションは困難であるという考え方から、既存企業こそ保有するポテンシャルを有効に活用してイノベーションを興す可能性があるという考え方まで様々のように思われます。

本ブログでも以前に、ゴビンダラジャン、トリンブル著「イノベーションを実行する」に基づいて、既存企業においてイノベーションをうまく進める方法を考えました。今回は、同じ著者による「はじめる戦略 ビジネスで『新しいこと』をするために知っておくべきことのすべて」[文献1]を取り上げます。その主題は、前著「イノベーションを実行する」と同じですが、本書ではイノベーションを実行する過程が「寓話」という形で語られていて、前著の理解を補完し、異なる気づきも得られるように思われるところが興味深く感じました。

寓話は、動物が経営する農場の経営を改善するために、イノベーションに取り組む、という物語です。ストーリーの詳細は本書を読んでいただくとして、以下では、最低限の物語の内容と、その過程で起こることから得られる示唆や著者の指摘のうちで重要と思われる点をまとめます。

物語とポイント
第1章、小さい規模で闘う方法:規模の小さな動物ファームは、規模の拡大と機械化により経費を抑えるライバル(人間が経営するファーム)の影響で苦境に立たされている。「『効率性の追求』だけでは解決策にならない」、「創造力があって、勇気があって、ファームを新しい方向に導いていけるリーダーが」必要。
第2章、「カギ」となる存在を口説く:リーダーが交代する。後継者と目されていた、「より速く、より安定的に、より効率よく」をモットーとする従来のナンバー2にはCOOのポジションがオファーされる。
第3章、「時代の変化」に対応する:動物によるファーム経営を世界に先駆けて立ち上げた創業者の時代に比べて、ライバルの効率化が進んでいる。
第4章、あなたなら、どう改善する?:ファームのあらゆる生産物の価格が下がっている。マネジャーたちの提案は、効率化。
第5章、「まったく新しいこと」をはじめる:コストダウンはできているが、価格低下の方が大きい。新しい経営者は新しいビジネスのアイデアを募る。効率化を提案したマネジャーは新ビジネスに反対しており、プレッシャーを感じている。
第6章、すべては「ひらめき」からはじまる:様々な新ビジネスのアイデアが提案される。「一般に、アイデアを実際に製品や商売にすることよりも、アイデアコンテストへの参加にエネルギーを注ぐビジネスマンの方が多い。」
第7章、「決める」ことは簡単。ではその「次」は?:評価されたのは、投資額が少なく、限られたファームの資金で実現できる、高級ウールビジネス。ただし、リスクがあるとの指摘あり。「一番のリスクは何もしないこと」。「どんなに偉大なイノベーションも、アイデアはそのはじまりにすぎないのだ」。
第8章、「未知の仕事」を前に進める:新ビジネスに新マネジャーを選ぶ。「新ビジネスは前途有望だ。・・・将来的にはファームを支えてくれるようになるかもしれない。しかし、いまやっている仕事をおろそかにはできない。稼働中のビジネスのコスト削減はこれからも続けていく。」
第9章、なぜ「協力」が得られないのか?:「給与の差はトラブルのもと」。「『いまの仕事』という障壁」。「ビジネスを軌道に乗せるために、どこまでルールを破るつもりなのだ?」。
第10章、ゼロからチームをつくる:協力しないのは、「怠けているのでも、変化に抵抗を感じているのでもない。自分に課せられた仕事に真面目に取り組んでいるだけなのだ」。「彼らはみな、いま稼働しているビジネスの業績にもとづいて評価され、給料が支払われ、昇進する」。ビジネス書のどの著者も必ず、「新規ビジネスを立ち上げるときは、それに専念するチームをつくり、経営者はそのチームの『スポンサー』としてふるまう必要があると強調している」。「独創的なアイデアを前に進めるためには、『一人のリーダーに任せておけばいい』という態度では話にならない。」
第11章、「いまの仕事」と「これからの仕事」を同時に動かす:新しい「ビジネスを成長させるためには、ある程度の自由と時間を与えることが重要」。「新しい事業には新しい指揮系統をつくる」。新ビジネスチームは特別扱いされているという反感も。
第12章、必要なリソースを巻き込んでいく:新ビジネスのチームは、既存ビジネスから資源の協力を得られない。新チームは「ファームの他部門から独立した状態では機能しない」。「共有できるものを探す」。
第13章、「予見できなかった問題」に対応する:「共通点を意識」し互いに理解しあうことが効果的。予想外にうまくいくことも、うまくいかない(動き出してから見えてくる)問題もある。追加コストが発生することも。
第14章、これまでの「常識」を疑う:「誰もが『未経験』では乗り切れない」。「新規ビジネスの専任チームをつくるということは、ゼロから違う会社を新たに築くようなもの・・・チームに適したメンバーを巻き込んで、成功につながる状態をつくってやることしかできない」。「新しいことをはじめると必ず対立が起こる」。
第15章、急成長に追いつけない:「報酬は真の『解決策』にはならない」。「衝突が起きるのは避けられない。でも、・・・専任チームと既存部門とのあいだで、健全な協力体制を育むことが不可欠」、それが経営陣の役割。
第16章、「利益」より「学び」を優先する:「プランとの『差』を確認する」。「新規ビジネスは『実験』である」。「実験をするときは、秩序をもって行い、それを通じて学ぶことをいちばんに考えれば、的確な決断が下せるようになり、それに伴い利益もついてくる」。「実験からどうやって学べばいいのか、・・・1つ、まずは仮説を立てよ、2つ、何が起こるか予測せよ、3つ、結果を測定せよ、4つ、仮説と実際の結果を比較し、そこからわかったことを分析せよ」。
第17章、「小さな実験」を実行する:新ビジネスは「これまで使ってきたプラン作成の雛型は使えない」。「あらゆる結果を『動向』として書きだす・・・それを見れば、新たな兆候や学ぶべき教訓がすぐにわかる」。「大きな実験の中には小さな実験がいくつかある・・・その実験を通じて、活動の是非がわかる証拠を集める」。
第18章、「予測できること」と「予測できないこと」を分ける:「新規事業の評価は2つに分ける」。「十分に予測できる部分であれば、結果を出す責任を負わせればよい」。未知のことについては、「どの程度プランに忠実に実験を行っているかを確認」する。
第19章、成功を維持する唯一の方法:「成功を維持していくには、新しいことをやっていくしかない」ことを経営者が納得させる。

イノベーションを実現するための心得p.188
・はじめるにあたって:「どんな偉大なイノベーションでも、アイデアは単なるはじまりにすぎない。」「画期的なアイデアを実現するにあたり、1人のリーダーに任せきりにするのはとんでもない間違いである。」
・チームづくり:
1、「既存の枠に収まらないことを行うときは、どんなかつどうでも専任チームをつくる。」
2、「専任チームは、ゼロからまったく違う会社を新しく立ち上げるつもりでつくる。」
3、「専任チームとほかの部署とのあいだで対立が生じるのは避けられない。それでも、健全な協力関係を育まないといけない。」
・プランづくりと進捗評価:
4、「学ぶことを第一とし、プランに忠実に実験を行いながら学ぶ。そうすれば、よりよい決断が下せるようになり、利益が出る日も早まる。」
5、「大きな支出項目ごとに、検証する材料を集める。」
6、「新規ビジネスのリーダーを評価するときは、プランという秩序に従って“実験”を行っているかを評価する。」
・上記1~6の項目は、「イノベーションを実行する」の6つの章に準じている。
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寓話から何を学ぶかは人それぞれでしょう。著者にとって都合のよい作り話という解釈も可能ですし、論理的に構成されたものでもないため、その価値に疑問を持たれることもあると思います。しかし、本書の寓話は、著者が調査したイノベーションの事例を凝縮したものと考えれば、ケーススタディよりも示唆的な面もあるかもしれません。例えば、人間の本音の部分はインタビューではなかなか明らかにすることが難しいかもしれませんし、成功事例や失敗事例の調査には後付けの解釈がつきまとうことがよくあります。イノベーションの方法論については、成功事例の分析がよく行われますが、成功事例では語られることの少ない裏話にもスポットを当てることが可能な寓話には、従来の事例調査を補うという価値もあるように思います。

本書の寓話のエピソードは、前著「イノベーションを実行する」にほぼ基づいたものになっています。従って、本書の寓話からは示唆される著者の意図や、著者の考え方、イノベーション実践における具体的な対応策などは、前著と合わせて読めば理解が深まるでしょう。また、前著で著者が強調したかったことも寓話から推察できるのではないかと思います。

私が特に重要だと思う指摘は、上記「イノベーションを実現するための心得」に加えて次の点です。
・既存企業にとっては、既存事業の能力を活用したイノベーションが重要であり、その可能性は決して小さくない。
・イノベーションの過程では寓話で挙げられたことをはじめとして様々なことが起こる。
・イノベーションチームと既存部署の間で必然的に起こる対立をマネジメントする必要がある。対立の原因には、感情的な要因も含まれる。寓話では、ケーススタディでは見えにくい様々な関係者の「感情」が表現されており、このような対立が起こり得ることを覚悟し、他の予想外の出来事への対策とともに感情面での対策をとることはイノベーションの成功にとって意味のあることと考えられる。なお、この「感情」に関わるエピソードについては、私の個人的実務経験に照らしてもいいところを突いていると思います。ちなみに、イノベーションの過程で対立が起こることは、豊田義博らによるレポート「イノベーターはどこにいる?」でも、イノベーションストーリーにおいてイノベーションに反対する「官僚」が現れることが指摘されています。
・イノベーションの具体的進め方のうち、実験による学びを重視する考え方の有効性については、今後の課題のように思います(著者による一つの仮説と考えるべき内容と思われます)。ただし、未知の課題に挑戦する場合のやり方として、さまざまな思いつきを散発的に試行錯誤するのではなく、「実験」結果から(失敗に終わった結果からも)学ぶことが重要なこと、学ぶためには系統的に計画して評価することが必要である、という著者の考え方は、実務的にも有効と考えます(ただ、実際には、思いつきによる試行錯誤にのみ頼る、系統的に学ぼうとしないアプローチは未だによく行われているように思いますが)。

イノベーションのストーリーについて、このような寓話を書けるようになったこと自体、イノベーションのプロセスがかなりわかってきたことの証左かもしれません。イノベーションの研究自体にとっても有意義で面白く、かつ実用的なアプローチかもしれないと思いますが、いかがでしょうか。


文献1:Vijay Govindarajan, Chris Trimble, 2013、ビジャイ・ゴビンダラジャン、クリス・トリンブル著、花塚恵訳、「世界トップ3の経営思想家による 始める戦略 ビジネスで『新しいこと』をするために知っておくべきことのすべて」、大和書房、2014.
原著表題:How Stella Saved the Farm

参考リンク<2015.2.8追加>



ノート12改訂版:研究プロジェクトの運営管理

1、研究開発テーマ設定とテーマ設定における注意点→ノート1~6
2、研究の進め方についての検討課題
2.1
、研究を行なう人の問題
→ノート7~8
2.2
、研究組織の問題→ノート9~10
2.3
、研究組織営におけるリーダーの役割→ノート11

2.4
、研究プロジェクトの運営管理
ここまでは、研究組織および組織を構成する人の力を引き出すためにどんな点に注意すべきかを中心に考えてきましたが、今回は具体的に研究プロジェクトをどう進めるかを考えてみます。

工事プロジェクトなどのいわゆる工程管理に比較して、研究プロジェクトの運営管理は従来あまり重要視されてこなかったように思います。例えば今野は1993年出版の本で、研究開発管理は、計画の作成→事前評価→実行と中間レビュー→最終評価、という流れをとり、この中で最も大切なステップが研究テーマの事前評価だとしていて[文献1、p.86,93,97]、実行過程での途中評価については、目標成果の達成度、周辺技術情勢との対比、研究内容や資源配分などの変更、遂行上の問題点等を検討する必要があると述べるにとどまり、実行過程の意義や、研究をいかに進めるべきかについては、あまり言及がありません。ところが、最近は研究の実行段階の進め方が注目されるようになり、具体的な提案もいくつか現れているようです。おそらくその背景には、研究活動をとりまく環境が変わってきたこと、すなわち、変化が速く、大きく、複雑になり、アイデアの事前検討をしっかり行うだけでは、研究を事業として成功させることが困難になりつつあることが認識されるようになってきたことがあると考えられます。

例えば、Collinsらは、卓越した企業の特徴を調査した結果、「大きく成功している企業は、綿密で複雑な戦略を立てて、最善の動きをとる」という神話が崩れたと述べ、それよりも、「大量のものを試し、うまくいったものを残す」という方針の方が重要である、と述べています[文献2、p.14]。また、Christensenは「成功する事業と失敗する事業の最大の違いは、一般に、当初の計画の正確さではない」[文献3、p.216]、「過去に成功したすべての新事業の90%以上で、創業者が意図的に追求した戦略が、最終的に企業の成功を導いた戦略と同じではなかったという研究報告がある。起業家が最初から正しい戦略を持っていることはめったにない。」と述べ[文献4、p.268]、さらにAnthonyらは「最初の戦略は必ず間違っている」[文献5、p.373]と述べています。ChristensenAnthonyらは破壊的イノベーションを念頭にこのように述べていると考えられますが、最初の計画が正しくないなら、どうしたらよいかということについて「不確実性が極めて高い環境におけるイノベーターは『創発的戦略』に従うべきことを示唆している。正しい戦略を知っているかのように意図的に行動するのではなく、正しい戦略が市場から『わき出る』、つまり創発するようなアプローチを採用すべきということだ。」[文献5、p.236]と述べています。これらの指摘は、少なくともある種の研究においては、戦略を練り、計画を立ててそれに沿って実行する、というアプローチが有効とは限らない、ということを示していると考えられます。

では、具体的にどのように研究を進めるべきなのでしょうか。まず、従来の方法について考えてみましょう。プロジェクトマネジメントの手法は、その研究が、明確な要求、達成可能な目標を持ち、計画や業務の分担が可能で、数値による管理ができる、といった課題である場合には有効と考えられます。反面、探索性の高い研究開発や暗黙知の扱いには向かないように思われます。また、プロジェクトチームのように時限的に人が集まって活動する場合には、担当者の業務経験を狭くする、コミュニケーションを阻害する、仕事の継続性が失われることで仕事からの学習を阻害する、技術を蓄積しようとするモチベーションを阻害する、組織全体としても技術蓄積を大切なものとして考える意識を希薄化するなどの問題点が指摘されています[文献6、p.68-69]。「研究から開発に至る活動をいくつかの『ステージ』に区切り、ステージの間に『ゲート』(関所)を設けて研究テーマをふるいにかけて、有望なテーマを絞り込んでいく」[文献6、p.85]ステージゲート法については、1)プロジェクトの中止がしやすい、2)研究者にとってやるべきことが明確になり収益意識が高まる、3)研究テーマとプロセスの見える化により研究部門と事業部門のつながりが強化される、4)製品化目前になってプロジェクトを中止するようなケースが減る、というメリットがあるとされていますが [文献6、p.94-95]、「ステージゲートは、テーマを『育てる』という側面よりも、想定通りに育たなかったテーマを『切る』という側面に比重がおかれている」、時間を要する夢のあるテーマが排除される、その結果研究の視野が狭くなる、ゲートでの審査で真実が報告されなくなる、失敗からの学習の機会が減る、責任の所在があいまいになる、などの問題点があるとされています[文献6、p.98-106]。いずれも、不確実性が高く創発的な戦略が求められる課題を扱う場合には向いていない方法のように思われます。

これに対して、Anthonyらは「創発的戦略」は次の3つのステップに従えばうまく進められると述べています。すなわち、1、重要な不確実性の領域を識別する、2、効率的な実験を行なう、3、実験の結果に基づき、調整と方向性の転換を行なう、です[文献5、p.233-、第7]。これだけみれば至極当然のことを言っているようですが、具体的な進め方については示唆に富む指摘が多く含まれているので、以下にまとめてみましょう。

不確実性の重要度の識別に関しては、「ほとんどのインプットが確実でないときに予測の正確性に関して厳密な議論を行なうことは、はっきりいって時間の浪費でしかない」「数字を作り出す作業にはあまり意味はない」[文献5、p.237]「多くの企業が、機会の正味現在価値やプロジェクトの総収益などの厳密な定量的基準を用いて意思決定を行なってしまう。まだ存在していない市場を評価したり分析したりするのは困難だ。数字だけにこだわった意思決定を行なってしまうと、最初は小さく始まる爆発的な成長機会を見失ってしまうことはほぼ確実だ。」[文献5、p.261]などの指摘があります。効率的な実験に関しては、「投資を控えて多くを学ぶ」[文献5、p.254]、「過剰な投資は害になり得る。チームが間違った方向に全速力で走ることになる可能性がある」[文献5、p.324]、プロジェクトは小さく始め、「検討するプロジェクトの数を増やすことで、イノベーション・プロセスの全体的スピードを向上させることができる」[文献5、p.261](つまり、個々の段階のスピードを上げることが重要なのではない)、などの指摘があります。調整と方向転換に関しては、「戦略の方向転換を行なうのは心情的にはつらいものだ。ある方向性を目指して時間とエネルギーを費やしてきたマネージャーは、明らかな問題点の証拠があるにもかかわらず、その道に固執してしまいがち」「成功のためには謙虚さ(最善を尽くしたにもかかわらず最初のアプローチは間違っていたと認めること)と自信(失望させる結果が出ても途中であきらめないこと)をうまく混ぜ合わせることが必要」「単に実験を行なうことだけでなく、実験をやめることも必要」、「棚上げ(明確な将来性がない場合、条件が変わってアプローチが有望に思えるようになるまで他のプロジェクトを追求する)を検討すべき」[文献5、p.257]、「多くの企業がイノベーションの測定のために使用している評価指標が、実際には企業を誤った方向に導く可能性が高い。」「企業は測定における3つの罠に注意すべきだ。評価指標の数が少なすぎること、低リスク(そして得られる効果も小さい)活動を重視してしまう評価指標を採用すること、アウトプットよりもインプットを優先してしまうこと」[文献5、p.334]「万能の評価指標というものはまず存在しない」[文献5、p.346]と述べています。

このような、研究の計画や固定的な目標設定、スピード重視の考え方、評価制度の問題については、他にも類似の指摘が多くあります。例えば、開本によれば、Leavittは「今日の経営者は、より創造的で、ビジョンの策定者として行動すべきであり、量的な経営指標ばかりに捕われてしまうことに警鐘を鳴らしている」[文献7、p.84]と述べています。スピード重視の考え方に対しては、Leonardは「スピードは学習を妨げる」「いまや情報伝達の速度は、人間の自然な学習のペースを上回っている」[文献8、p.299-300]と述べ、新たなイノベーションについていくために消耗する心のエネルギーを補給するために変化の速度を制御する必要がある[文献9、p.159]とも述べています。研究の評価に関しては、丹羽は、事前評価の本来の目的は「テーマの決定」、中間評価の本来の目的はプロジェクトの継続、修正、中止判断、事後評価の本来の目的は成果の確認と反省を次のプロジェクトに活かすこと、とした上で、こうした評価が本来の目的を忘れて形式的に実施される危険性をはらむ、と述べています。さらに、「評価を強調しすぎると、良い評価結果を受けやすい2番手研究開発テーマが多くなる危険性が高くなる」ため、「革新的テーマと改善型(2番手)テーマには、別の評価法の構築が必要」と述べています [文献10、p.185-187] Tiddらも、様々な経営評価手法に基づいた分析の結果、「すべての状況に適合する事前評価に利用可能な単純なアプローチは存在していない」「イノベーションには、さまざまな成果とさまざまな段階があり、それぞれ異なる評価手法が必要」「評価に用いる変数の多くは、公式に入れることができるような信頼性のある一連の数字に集約することはできず、専門性の高い判断に依拠する」[文献11、p.176-177]と述べています。

こうした問題点の指摘に対して、最近、具体的な取り組みの方法が提案されてきています。例えばGovindarajanらは、「規律ある実験」として、実験を行いそこから学ぶことを重視した進め方を提案し、事前の計画は、実験結果の解釈の目安、仮説と位置づけています。具体的には、「実験開始前に、何をしようとしているのか、何を期待しているのか、その理由は何かを書き出しておく。そして起こると考えたことと実際に起こったことの違いを分析して、教訓を引き出す。それから学習に基づいて、プランを練り直す。[文献12、p.176]」という科学的手法を採用すべき、としており、「大規模な実験を開始する前に、もっと小型の実験でも同じ情報が得られるのではないかと問いかけたほうがいい。[文献12、p.186]」、「イノベーション・イニシアチブの評価の場合、・・・黒白がはっきりしていない。目を向けるべきは結果ではなくて、趨勢(トレンド)なのだ。[文献12、p.189]」、「当初の予想はほとんどの場合、間違っている。さらに、学習プロセスは予想改善のプロセスである。したがって予想が変更不能であれば、学習は不可能になる。」ただし、「予想の見直しは厳密な学習プロセスを経てのみ、行われるべきだ。学習された結果に対する関係者たちの同意が必要」[文献12、p.191]、「イノベーション・リーダーに説明責任を求めることは、いくつかの悪影響を及ぼす。」予想を低めに設定する、努力を放棄してあっさりあきらめる、情報を隠す、プランどおりに運ぼうとして、不必要なリスクを冒す、等が考えられる。数値ではなく、「学習し適応する能力で評価」すべき。[文献12、p.191-193]、といった指摘をしています。また、Riesは、リーン・スタートアップという手法を提案しており、「計画というのは長期にわたり安定した運用実績があってはじめて効果を発揮するツールである[文献13、p.10]」ため計画には頼るべきでなく、「まず、何が起きるかを予測する仮説を組みたてる。次に、予測と実測とを比較する。科学的実験が理論に基づくように、スタートアップの実験はビジョンに基づいて進める。ビジョンを中心に持続可能な事業を構築する方法を明らかにすることが実験の目標である。[文献13、p.81]」、「要となる仮説の段階をクリアしたら、最初のステップである構築フェーズに入り、できるだけ早く実用最小限の製品(minimum viable product)を作る。」[文献13、p.107]。「従来の製品開発は長い時間をかけてじっくりと開発し、完璧な製品をめざすが、MVPは目的が学びのプロセスを始めることであってそれを終えることではない。プロトタイプやコンセプト検証と違い、MVPは製品デザインや技術的な問題を解決するためのものではない。基礎となる事業仮説を検証するためのものなのだ。[文献13、p.128]」、というような提案をしています。

もちろん、こうした考え方に対し計画を重視する立場として、「イノベーションで多くの成果を継続的に得るためには、評価とインセンティブが必要である」とし、「イノベーションの実践は、製造管理や財務管理などと同様、原理原則に則したマネジメント活動として学ぶことができる」という考え方もあります(代表例として[文献14、p.17-25]から引用しました)。また、イノベーションが差別化を作り出すかどうかや、市場カテゴリー(成長市場か、成熟市場か、衰退市場か)、提供される製品やサービスの種類(コンサルティング要素が大きい個別ソリューションか、標準化された大量販売ビジネスか)によりイノベーションの進め方と管理の方法を細かく変えるべきである[文献15]、という考え方もあります。

要するに重要なことは、研究プロジェクトの内容によって、進め方を変えるべきだということでしょう。詳細な計画と進捗管理が効果的な場合もあるでしょうし、創発的戦略が必要な場合もあるでしょう。様々な手法の特徴が明らかになってきていますので、課題に応じたフレキシブルな対応が求められるということだと思います。

考察:実行段階で注意すべきポイントは何か?
研究の実行に関する近年の考え方を見ると、そのポイントとなっているのは「不確実性にどう対応するか」ということのように思われます。ただし、現実には、「不確実性が高い」ことが「悪」であるかのように考え、不確実性が高いこと自体を嫌う考え方はまだまだ存在していると思いますので、まず我々自身が現実世界の不確実性を受け入れる必要があることは言うまでもありません。その上で、その研究がどの程度不確実なものかを基準に、進め方を考えればよいのではないかと思われます。

不確実性の高い課題に対応するための基本的な考え方は以下の2点に集約できるように思います。
・当初の想定が外れるかもしれない前提で対策を準備する:計画どおりにならなかった場合の次の手(プランB)を準備する、多くのことを試す、低コストで試行する、環境変化がありうることを想定しておく
・成功確率を上げる:試行した結果から学習してその結果を対策に反映させる、戦略をフレキシブルに見直す、学ぶことを狙いとする実験を行う、よりうまい試行錯誤を行う
このような考え方は、従来の「管理」という考え方とは相容れないかもしれません。フレキシブルな対応をするということは、混乱の原因にもなり得ますので、譲れない基本方針を示す長期的なビジョンのようなものも明確にする必要があるかもしれません。そうした前提の下で、従来の「計画」や「管理」に対する考え方を改めることこそが研究をうまく進めるためにまず必要なことのように思います。


文献1:今野浩一郎、「研究開発マネジメント入門」、日本経済新聞出版社、1993.
文献2:Collins, J.C., Porras, J.I., 1994、ジェームズ・C・コリンズ、ジェリー・I・ポラス著、山岡洋一訳、「ビジョナリーカンパニー」、日経BP出版センター、1995.
文献3:Christensen, C.M, 1997、クレイトン・クリステンセン著、伊豆原弓訳、「イノベーションのジレンマ」、翔泳社、2000.
文献4:Christensen, C.M, Raynor, M.E, 2003、クレイトン・クリステンセン、マイケル・レイナー著、桜井祐子訳、「イノベーションへの解」、翔泳社、2003.
文献5:Anthony, S.D., Johnson, M.W., Sinfield, J.V., Altman, E.J., 2008、スコット・アンソニー、マーク・ジョンソン、ジョセフ・シンフィールド、エリザベス・アルトマン著、栗原潔訳、「イノベーションへの解実践編」、翔泳社、2008.
文献6:伊丹敬之、東京理科大学MOT研究会編著、「技術経営の常識のウソ」、日本経済新聞社出版社、2010.
文献7:開本浩矢、「研究開発の組織行動」、中央経済社、2006.
文献8:Leonard, D., Swap, W., 2005、池村千秋訳、「『経験知』を伝える技術」、ランダムハウス講談社、2005.
文献9:Leonard-Barton, D., 1995、阿部孝太郎、田畑暁生訳、「知識の源泉」、ダイヤモンド社、2001.
文献10:丹羽清、「技術経営論」、東京大学出版会、2006.
文献11:Tidd, J., Bessant, J., Pavitt, K., 2001、ジョー・ティッド、ジョン・ベサント、キース・バビット著、後藤晃、鈴木潤監訳、「イノベーションの経営学」、NTT出版、2004.
文献12:Vijay Govindarajan, Chris Trimble, 2010、ビジャイ・ゴビンダラジャン、クリス・トリンブル著、吉田利子訳、「イノベーションを実行する 挑戦的アイデアを実現するマネジメント」、NTT出版、2012.
文献13:Eric Ries, 2011、エリック・リース著、井口耕二訳、「リーン・スタートアップムダのない起業プロセスでイノベーションを生みだす」、日経BP社、2012.
文献14:Davila, T., Epstein, M.J., Shelton, R., 2006、スカイライトコンサルティング訳、「イノベーションマネジメント」、英治出版、2007.
文献15:Moore, G.A., 2005、ジェフリー・ムーア著、栗原潔訳、「ライフサイクルイノベーション」、翔泳社、2006.


参考リンク

ノート目次へのリンク



ノート8改訂版:研究者の適性と最適配置

1、研究開発テーマ設定とテーマ設定における注意点→ノート1~6
2、研究の進め方についての検討課題
2.1
、研究を行なう人の問題
①研究者の活性化
ノート7

②研究者の適性と最適配置
人の問題といっても、第一線で研究を行なう研究グループのリーダーにとっては、人的資源はそれほど自由になるものではありません。ある程度まで与えられた資源の中でよりよい成果をあげることが求められます。そうした制約の中では、ノート7で述べた研究者の活性化が最も有効だと思いますが、どういう仕事を誰に任せるか、すなわちある業務に適性のある研究者にその業務を担当させることによって成果をあげやすくすることも重要です。研究者の適性と最適配置は、チームを編成する場合にも考慮すべきことと考えられますので、この問題を検討してみます。

まず、研究者個人の特質、適性について考えたいと思います。ただし、「適性」を、単に研究成果を挙げるかどうかという総合的な研究能力の観点で評価することは、少なくとも企業においてはあまり効果的とは思われません。というのは、実際の研究業務には性格の異なる様々な業務が含まれますし、多くの場合業務は組織として遂行していますので、成果が個人の能力や適性を正しく評価しているとは限らないからです。また、「成果」という一面的な評価尺度による評価では、研究者の評価が画一化してしまう危険もあり、研究にとって必要とされる多様性の維持を阻害しかねないという問題もあります。研究における多様性の重要さについては、例えば、野中は組織的知識創造を促進する要件として、組織の意図、自律性、ゆらぎと創造的なカオス、冗長性(当面必要としない仕事上の情報を重複共有すること)、最小有効多様性(複雑多様な環境に対応するためには、組織は同程度の多様性を内部に持っている必要があることを指す)を挙げています[文献1、p.118-123] [文献2、p.77]。また、Leonardは創造的摩擦の重要性を指摘しています[文献3、p.93]。さらに、Belbinの<アポロ計画>のチームに関する研究では、高い能力を持った同質の人材からなるチームは、平均的な能力の異質な人材からなるチームよりも、一貫して低い成果しか出せなかった、との調査結果[文献4、p.395による]もあり、複雑系の研究者であるPageも、「認識的多様性が集団の出来を向上させるという結論に達せざるを得ない[文献8、p.412]」と述べているように、多様性の重要性は多く指摘されることのようです。

加えて現実的には、何でもできる能力の高い人材ばかりで研究グループを編成することは困難といわざるをえません。従って、いわゆる「能力」よりも、どのような仕事に向いているか、どのような仕事が性に合っているかに基づいて職務配置を考え、適性のある職務に従事させることで研究者のモチベーションを高く維持し、成果を得やすくすることも考える必要があるはずです。多様な研究者をその適性に応じて使いこなすことこそ、研究のミドルマネジャーに求められていることだと思います。

では、どんな点に着目して研究者の個性を測ればよいのでしょうか。Leonardは問題解決におけるパーソナルな違いを生み出す三つのソースとして、専門性、認知スタイルの選好、ツールや方法論の選好を挙げています[文献3p.89]。認知スタイルの選好については、事実や歴史や経験を好む「知覚」的な志向と、メタファーや比喩や推論を好む「直観」的な志向の存在、また、判断型(選択肢を広げないで決定しようとする)と、認知型(より多くの選択肢やデータを探し、その間問題が曖昧であることを受け入れる)の存在、選択肢を増やすタイプの「発見する人」と、選択肢を減らそうとする「論破する人」の存在、正しいことを行なうことに気を使う「ヒッピー」と、ものごとを正しく行なうことに気を使う「オタク」の存在を指摘しており、さらに具体的に用いる道具やアプローチにも好みがあると述べています[文献3、p.99]。また、丹羽は研究開発を行なう人間には、計画は不得意だが実施は得意(キャッチアップ時代に求められる)、計画も実施も両方得意(過渡期に求められる)、計画は得意だが実施は不得意(フロントランナーに求められる)の3つのタイプがあると述べています[文献5、p.195]

このような選好やパーソナリティーの類型化、タイプ分けについては、診断テストのような手段で決定することが可能といわれています。しかしその結果を明示してしまうことには、その人に対して先入観をいだいたり、反対する人を排除するために使われたりする危険があることも指摘され、こうした多様性について容認することこそが重要なのであって、実務的には性格テストを実施しなくとも、空間の使い方(機能的に整理された部屋、子供のように散らかった部屋など)を見れば認知スタイルの選好がかなりわかる、という意見もあります[文献3、p.115]。では、これらの選好がわかったとしてどのように仕事の分担と結びつければよいのでしょうか。そこで、上記の類型を参考に、ノート5において挙げた研究部隊に求められる仕事の分類に合わせて、認知スタイルの選好によってもたらされる行動のパターンを考えてみました。

ノート5では、業務に求められる要素を2つの次元を用いて分類しました。ここでは、その次元のどちらに興味があるかという選好が行動に現われるとどのような類型が可能かについて考えてみます。
研究者類型

その結果を上図に示しますが、上記の次元で分類された4つの行動類型は、いずれも日頃の仕事の進め方を観察したり、今の趣味や子供の頃の趣味(その選好が今も継続していれば)を聞いたりすることで情報を得ることが可能と思われますので、個人的選好と仕事とのマッチングを図る上でのヒントを与えてくれるのではないでしょうか。

もちろん、業務分担を考えるにあたっては、個人的選好のみで判断することには問題があるでしょう。特に、その人にとって新しい経験を積ませることで成長を促す場合、経験から学ぶことを身につけさせたい場合などは、あえて選好と異なる業務を担当させる必要があるかもしれません。しかし、そうした場合にも、なぜその業務を担当させるのかをその人に納得させるために、選好と業務分担の判断についてきちんとコメントしておくことは重要ではないでしょうか。こうしたことが、自分の仕事の意味についての理解を深め、成長機会を感じることによりエンパワーメントにつながり、活性化にもつながるのではないかと考えます。

こうした適性の考え方に対し、Kelleyはイノベーションに必要な種々のキャラクターを考察し、それらは性格やタイプとは異なる「役割」と認識すべきであって、そうした役割は演じることができる、と述べています[文献6、p.19]。自らの適性と業務に必要な役割を考慮した上で、選好や適性をも固定的なものとは考えずに積極的にコントロールすることも必要なのかもしれません。

なお、上記の議論は研究メンバーをどのように選ぶかという問題に関しても適用可能と思われますが、メンバーを選ぶ際には「目的に合った人を選ぶ」のではなく「人を選んでから目的を考える」つまり、目的の変化にも十分対応可能な適切な人材を揃えることの方が必要である、という指摘[文献7、p.65]もあります。Collinsは「適切な人材」とは専門知識、学歴、業務経験よりも性格と基礎的能力によって決まる、と述べていますが、この考え方は目的にマッチした人材を集めようとするあまり、性格などの人間的な側面を軽視することに警鐘を鳴らしているのだと思います。「適切な人材」を選ぶことで人を管理する負荷が軽減されることはこの考え方の重要な点だと思いますので、長期的視点から人を採用する場合にはこうした点にも注意が必要でしょう。

以上、研究者の適性と最適配置の問題について考えてみました。適性について安易に決め付けることはもちろん好ましくないことですが、適性と業務のマッチングができれば、与えられた人的資源の効率的な活用という意味での大きな効果が期待できると思われます。研究のミドルマネジャーにとっては重要な検討課題と言えるのではないでしょうか。

考察:研究への適性
上記では、研究者がどんな研究活動に適性があるか、という観点から考えました。しかし、その前に、どういう人が研究者に向いているのか、ということも考える必要があるかもしれません。企業における研究者の場合には、学問的な最高レベルを目指すわけではありませんので、専門性を支えるある程度の能力は必要だとしても、いわゆる勉強における「頭の良さ」「成績優秀」ということはそれほどこだわる必要はないような気がします。逆に「頭が良い」からといってどんな研究にも適性があるとはいえない、というのが私の印象です。特定の研究には適性があっても、別の種類の研究には向いていない、ということもあるでしょうし、「研究」には適性がなくても、研究活動をしない「技術者」や「研究マネジャー」には向いている場合もありうると思います。企業の場合、技術者の育成の段階で研究の経験をさせることは無駄なことではありませんので、やらせてみて適性を判断する、というのが現実的だと思いますが、その際の適性判断のポイントとしては以下のような項目があると思います。

・不確実性に耐えられること:研究者は不安に耐える必要があり、技術者は不満に耐える必要があるということはよく言われますが、不確実なことにフラストレーションを強く感じる性格の場合には研究者に向いていないかもしれません(本ブログ「研究開発とフラストレーション」)。
・他者と協力できること、うまくコミュニケーションできること:技術自体や、技術をビジネスにつなげる方法が、複雑化、高度化していますので、これからの研究は、一人の能力や努力だけで成功を掴むことは困難になると予想されます。従って、他者との協力やコミュニケーションが苦手な人は、少なくとも企業の研究者には向いていないかもしれません。例えば競争心の強い人には、その競争心が協働の妨げにならないように育成する必要があるように思います(本ブログ「競争心と研究開発」)。
・失敗から学べること(本ブログ「知的な失敗」)
・自律的であること(本ブログ「研究者の主体性」)
・新しいことへの意欲:少なくともひとつの分野での深い知識と、様々な分野への理解を併せ持つ「T型人間」が望ましいという考え方があります[例えば文献6、p.85]

実際には、最初に述べた適性も含めて、これらは教育や経験によって培っていける部分もありますし、チームとして個人の欠点を補うことも可能だと思われます。ミドルマネジャーには、日々の研究を実施しながら研究者を育成していくことも求められますが、「適性」を意識した人材の最適配置とともに、よりよい組織運営や、研究者をどの方向に育成するかを考える場合にも、「適性」についての理解は有用なヒントを与えてくれるのではないかと思います。


文献1:Nonaka, I., Takeuchi, H., 1995、梅本勝博訳、「知識創造企業」、東洋経済新報社、1996.

文献2:三崎秀央、「研究開発従事者のマネジメント」、中央経済社、2004.

文献3:Leonard-Barton, D., 1995、阿部孝太郎、田畑暁生訳、「知識の源泉」、ダイヤモンド社、2001.

文献4:Tidd, J., Bessant, J., Pavitt, K., 2001、後藤晃、鈴木潤監訳、「イノベーションの経営学」、NTT出版、2004.

文献5:丹羽清、「技術経営論」、東京大学出版会、2006.

文献6:Kelly, T., Littman, J., 2005、鈴木主税訳、「イノベーションの達人!」、早川書房、2006.

文献7:Collins, J., 2001、山岡洋一訳、「ビジョナリーカンパニー②飛躍の法則」、日経BP社、2001.

文献8:Scott E. Page, 2007、スコット・ペイジ著、水谷淳訳、「『多様な意見』はなぜ正しいのか 衆愚が集合知に変わるとき」、日経BP社、2009

参考リンク

ノート目次へのリンク



「イノベーションを実行する」(ゴビンダラジャン、トリンブル著)より

イノベーションを成功させるためには、アイデアだけではなくそのアイデアをどのように事業化するかも重要です。しかし、事業化段階において、どんな点に注意してどのように実行すればよいのかについてはそれほど明確ではありません。今回は、事業化に向けてのイノベーションの実行段階に焦点を当て、どのようにすれば障害を乗り越えられるかを述べた、ゴビンダラジャン、トリンブル著、「イノベーションを実行する」[文献1]の内容をまとめておきたいと思います。

本書の原題は「The Other Side of Innovation, Solving the Execution Challenge」です。著者らは、「確かにアイデアなしではイノベーションは始まらないが、『ビッグアイデア探し』の重要性はあまりにも強調されすぎている。だからわたしたちは・・・イノベーションの向こう側、つまり『実行』を取り上げることにした。[p.284]」と述べています。原題にあるthe other sideは、もう一つの側面(向こう側)、すなわち「アイデア」とは異なる側面=「実行」の側面、でありこれが主題ということでしょう。

本書のもう一つの特徴は、著者らが、いわゆる起業家ではなく大企業におけるイノベーションを想定している点です。著者は、「現実問題としては、多くのイノベーションはゼロからの起業家の手には届かないところにある。しっかりと確立した大企業にしか、取り組めないのだ・・・。わたしたちは、大企業こそ、人類が直面している・・・最大の、そして複雑な問題解決に最も貢献できると考えている。[p.295]」と述べています。これは、Christensenがイノベーションのジレンマで指摘した「実績ある企業の成功のかぎとなる意思決定プロセスと資源配分プロセスこそが、・・・破壊的イノベーションに直面したときに優良企業がつまずき、失敗する理由である[文献2、p.139-140]」、「初期の破壊的技術によって生じるチャンスが動機づけになるほど小規模な組織に、プロジェクトを任せる方法を選ぶべきである[文献2、p.192-193]という考え方に逆らうもののように思われます。しかし、著者らは、破壊的であるかどうかにかかわらず大企業にイノベーション実行上の問題点があるなら、その問題点が取り除かれれば小規模な組織でなくてもイノベーションが可能になる、と主張しているようにも思われます。以下、本書の内容をまとめます。

はじめに:イノベーションを実行する
・「イノベーションのほんとうの課題はアイデアの先にある。そこには――創意から影響力をもつ現実への――長く厳しい道程がある。[p.51]」
・「『パフォーマンス・エンジン』は強力で有能だ。生産性と効率を実現し、成長に導く力があるし、ある程度のイノベーションの能力もある。継続的な改善のプロセスや過去と類似商品の開発イニシアチブには取り組むことができる[p.51]」。ここで「パフォーマンス・エンジン」とは、「成長し成熟していく企業は毎四半期に安定した利益を上げるというプレッシャーによってかたちづくられ、型にはめられる。組織は不可避的に、わたしたちが『パフォーマンス・エンジン』と呼ぶものに進化する[p.30]」、というものです。
・(パフォーマンス・エンジンの能力を)「超えた部分では、イノベーションと継続事業のあいだには基本的な矛盾があり、『パフォーマンス・エンジン』だけではイノベーションは不可能になる。[p.51]」
・「イノベーション・リーダーは自分たちが既存の体制と闘う反逆児だと思いこむ場合が多い。だが、官僚的な怪物に一人で立ち向かっても勝ち目はほとんどない[p.52]」
・「本書の基本的な処方箋:どのイノベーション・イニシアチブ(取り組み)にもそれ専用のモデルで編成されたチームと、綿密な学習プロセスを通じてのみ修正される計画が必要である。[p.52]」
・『パフォーマンス・エンジン』との緊張は避けられないにしても、イノベーション・リーダーは『パフォーマンス・エンジン』と相互に尊重し合う関係を築く努力をすべきである[p.52]」

第1部:チームづくり
第1章、分業
:専任チーム(フルタイムでイノベーション・イニシアチブの実行に専念する)と共通スタッフ(「パフォーマンス・エンジン」の一部で、パートタイムで一部のイノベーション・イニシアチブの実行や支援にあたる)のあいだで、イノベーション・イニシアチブ実行の責任をどう分担するかを決める。
・「業務上の関係から生じる限界は、個人のスキルの組み合わせから生じる限界よりもずっと厳しい[p.70]」。「問題は、『パフォーマンス・エンジン』が継続事業をうまく維持したうえで、何ができるかということだ。・・・『パフォーマンス・エンジン』内部の作業編成がイノベーション・イニシアチブのある部分の必要性と矛盾するなら、その部分は専任チームに任せなければならない[p.61]」。「イノベーション・イニシアチブを支援する『パフォーマンス・エンジン』が取り組む仕事は、継続事業と並行して流れるものでなければならない・・・。それならイノベーション・イニシアチブの支援が追加されても、『パフォーマンス・エンジン』を流れる仕事の量が変化するだけですむ。[p.72]」
・「パフォーマンス・エンジン」の作業編成がイノベーション・イニシアチブの要求に適合するかどうかは、作業編成の3つの基本的側面(深さ、パワーバランス、作業リズム)から判断する。深さとは、例えば同じ部品を担当するなどの場合に密接に協力するなど、業務上の関係の深さのこと。パワーバランスとは、例えば権威や主導権を持つなどのこと。作業リズムは、開発期間、予算規模などのこと。[p.62-88

第2章、専任チームの人材集め:誰を専任チームに入れるか、またその役割と責任を決める。
・専任チームを結成するときのアドバイス:1)必要なスキルを明確にする、2)可能な限り最高の人材を採用する、3)専任チームの組織モデルを仕事の内容に合致させる。[p.93
・よくある7つの間違い
第1の罠、インサイダー重視のバイアス:プライド、なじみ、気楽さ、便利さ、報酬規定、社内の人間にチャンスを与えたいという思いなどから内部の人間をチームに入れたくなるが、スキル不足のリスク、組織の記憶に妨げられて失敗するリスクがある。組織の記憶とは、いわゆる、古いやり方、慣れ親しんだやり方、習慣やバイアス、行動パターン、思考パターンなど。「専任チームには内部の人間と外部の人間の両方が必要だし、『パフォーマンス・エンジン』との健全な共同事業が必要[p.103]」。ゼロベースの組織デザイン(専任チーム独特の役割と結びつくもの)が必要。[p.95-106
第2の罠、役割や責任について、それまでの規定を援用する:これを防ぐには、新しい肩書、過去の知識を一掃する業務分担、専用スペースなどが効果的。[p.106-108
第3の罠、パフォーマンス・エンジンのパワーセンターの支配を再強化する:力を持っている部署の影響力を変化させるために、外に見える形式的な手段などを用いるとよい。[p.108-109
第4の罠、それまでどおりの数値目標で業績評価を行う:「パフォーマンス・エンジンではとても意義のある数値目標でも、専任チームにも同じように意義があるという場合はごく少ない[p.109-110]」。
第5の罠、異なる社風の創造に失敗する:「イノベーション・リーダーは新たな価値観を表現する新しいストーリーを創造し、広めたほうがいい。」「専任チームは自分たちだけにイノベーションの気風があると主張してはいけない。」[p.111
第6の罠、できあがったプロセスを使う:「専任チームがパフォーマンス・エンジンをコピーすべきだという状況はありえない。[p.112]」
第7の罠、同質化圧力に負ける:「あらゆる手段で効率を最大化しようとするサポート機能のリーダーがいると、専任チームは組織の記憶を克服することがほぼ不可能になるだろう。こういう面では自分たちを例外扱いしてもらいたい、と強く主張しなくてはいけない。[p.112-113]」

第3章、共同事業のマネジメント:求められるものを明確にし、必ず起こる対立を調整する。
第1の課題、稀少なリソースの取り合い:リソース配分は、1つのプラン、1つのプロセスを通じて行う、共通スタッフに十分な支払いをする、配分されたリソースに支払いをする、パフォーマンス・エンジンの業績評価を、不確実なイノベーション・イニシアチブとできる限り切り離す、事前に緊急事態に備えて対策を考えておくことなどで回避できる。
第2の課題、共通スタッフの関心の分裂:「専任チームにとってはイノベーション・イニシアチブがすべてだが、共通スタップにとってはたくさんのことのなかの一つにすぎない。[p.142]」「イノベーション・イニシアチブがパフォーマンス・エンジンの立場や生き残りを脅かすと感じる理由があれば、共通スタッフのエネルギーを向けてもらうのは非常に困難だろう。・・・いままでのアセットを弱体化させるか、継続中のオペレーションを食い荒らすのではないか、とパフォーマンス・エンジンが不安を感じているときには、とりわけ難しい[p.144]。」こうした場合には上級エグゼクティブの積極的な関与が重要。
第3の課題、パートナーの不調和:「パフォーマンス・エンジンと共通スタッフが専任チームに不満を抱くのにはさまざまな理由がある。要するに、『あなたがたはわれわれとは違うから、われわれに優越感を抱いているように見えるから、もっと楽しそうだから、あなたがたにばかり日が当たるから、特別待遇をされているから、何より、われわれの縄張りに侵入しているから、気に入らない』というわけだ。[p.149]」これに対しては、責任分担の明確化、共通の価値観の強化、共通スタップの積極的協力が欠かせない役割はインサイダーのメンバーに任せる、専任チームを共通スタップの重要メンバーの近くに置く、協力できることの重要性を強調する、などが役に立つ。[p.149-150

第2部、規律ある実験
第4章、実験の整理と形式化:
実験から学習するための基本原則
・「わたしたちの目的にとっての学習とは、憶測に基づく予想を信頼できる予測に変えていくプロセス[p.171]」
・実験の形式化:「実験開始前に、何をしようとしているのか、何を期待しているのか、その理由は何かを書き出しておく。そして起こると考えたことと実際に起こったことの違いを分析して、教訓を引き出す。それから学習に基づいて、プランを練り直す。[p.176]」という科学的手法を採用すべき。
・実験指針の10原則
原則1、プランニングへの重点投資:不確実性が増すほどプランニングの価値は減少すると考えがちだが、「予測の価値は正確性にあるのではなく、その後の結果の解釈の目安になれるかどうかにある。[p.181-182]。」
原則2、一から作り上げるプランとスコアカード:「イノベーション・イニシアチブは過去からの意図的な決別だ。標準的なプランニング・プロセスやコスト項目、業績評価の数値指標が当てはまることはめったにない。」[p.182-183
原則3、データと想定の議論:「大胆なイノベーション・イニシアチブは・・・10%がデータで90%は未知の世界かもしれない。このような状況でデータの話しかできないなら、大事なことの10%しか語れない。それよりも未知のことに目を向けて、予測のもとになっている想定の具体的な輪郭を明らかにして話し合う方がずっとうまくいくだろう[p.184]」
原則4、仮説を明確にし、文書化する:「土台となる仮説をきちんと明確な文書にしておかなくてはいけない。この原則を守っていないと、・・・何が起こったのか、それはなぜなのかについての説明をでっちあげてしまうかもしれない。・・・バイアスと政治的駆け引きが学習を排除してしまう。[p.185-186]」
原則5、わずかなコストで多くを学習する:「大規模な実験を開始する前に、もっと小型の実験でも同じ情報が得られるのではないかと問いかけたほうがいい。[p.186]」
原則6、結果の検討は別の会議で:「イノベーションの検討と継続事業の検討を同じ会議で行うのは難しい。検討すべき内容がまるで違っているからだ。[p.187-188]」
原則7、プランを頻繁に見直す:「頻繁に見直すことが重要なのは、学習のペースはプランを見直して改訂するペースに制約されるから[p.189]」
原則8、趨勢を分析する:「イノベーション・イニシアチブの評価の場合、・・・黒白がはっきりしていない。目を向けるべきは結果ではなくて、趨勢(トレンド)なのだ。[p.189]」
原則9、予想の正式な見直し:イノベーションの場合、「当初の予想はほとんどの場合、間違っている。さらに、学習プロセスは予想改善のプロセスである。したがって予想が変更不能であれば、学習は不可能になる。」ただし、「予想の見直しは厳密な学習プロセスを経てのみ、行われるべきだ。学習された結果に対する関係者たちの同意が必要」[p.191
原則10、イノベーション・リーダーの評価は主観的に:「イノベーション・リーダーに説明責任を求めることは、いくつかの悪影響を及ぼす。」予想を低めに設定する、努力を放棄してあっさりあきらめる、情報を隠す、プランどおりに運ぼうとして、不必要なリスクを冒す、等が考えられる。数値ではなく、「学習し適応する能力で評価」すべき。[p.191-193

第5章、仮説のブレークダウン:
・「イノベーションの土台となる仮説は、行動と結果、その後の結果の因果関係に関する想定からできあがっている[p.231]」。「因果関係のマップを作ったら、それぞれのつながりを検討しよう。それぞれの想定はどこまで不確実か?想定が違っていた場合、どんな結果になるか?最も重要な未知数は何であるかを明らかにして、スピーディーに低コストでその未知数をつきとめる方法を見つけること[p.232]」

第6章、真実を見つける:「結果を解釈する際には、分析的で客観的な解釈ではなく、心地よくて都合がよい解釈に向けて組織から無数の圧力がかかる。これらの圧力を理解し、克服しなくてはならない。[p.167]」
・判断に影響する7つのバイアス
バイアス1、予測の過信:「失敗は予測の間違いではなく実行の欠陥にあると説明したがる傾向は、イノベーションにとって普遍的な、そして最も危険な敵であるとわたしたちは考えている[p.238]。」GEのような「強烈な業績重視の社風がプラスに働くのは、信頼できる予測が可能な環境だけである。・・・パフォーマンス・エンジンでは予測は正しいとみなされる。イノベーションでは予測は間違っているとみなさなくてはならない。[p.240]」「わたしたちは長年、計画に対する責任を厳しく問うことがイノベーションを妨げると繰り返してきた。[p.241]」「因果関係をたどっていくと、前例がはっきりせず、予測が信頼できないところにぶつかるだろう。そうなれば、結果責任はもうリーズナブルでも効果的でもない。責任のモードを結果から学習へと変える必要がある。リーダーは結果に基づいて評価されるのではなく、厳密な学習プロセスに従ったかどうかで評価されなければならない[p.249]」「イノベーション・イニシアチブは・・・会社の賭けであり、リーダーの第一の仕事は制御実験を行うことである[p.258-259]」。
バイアス2、エゴ・バイアス:「人は実験に成功したときには計画して実行した行動のおかげだと考え、失敗すると外部の影響のせいと考える傾向がある[p.261]
バイアス3、新近性バイアス:「実験の結論を出すときには直前の出来事に注目してしまい、実験の最初から終わりまでの出来事をトータルに検討するのを怠るという過ちを犯す傾向がある。[p.262]
バイアス4、慣れのバイアス:「慣れ親しんだ説明に流れる[p.262]
バイアス5、サイズのバイアス:「大きな結果は大きな行動によって生まれると頭から思いこむ[p.262]

バイアス6、単純性バイアス:「いちばんよくある――そして危険でもある――拙速な評価方法は、単純にパフォーマンス・エンジンの数値指標と基準をイノベーション・イニシアチブに適用することだろう[p.263]
バイアス7、政治的バイアス:社内の競争に基づくバイアス。

結論:前進、そして上昇
・「監督役のエグゼクティブの責任は、四つに分類できる。まずイノベーション・イニシアチブに良いスタートを切らせること、パフォーマンス・エンジンとの関係を監視すること、厳密な学習プロセスを進行させること、そしてイノベーション・イニシアチブの幕引きをすることだ。[p.269]
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本書の第一の意義は、既存事業を持つ企業が、事業化に向けてイノベーションを実行しようとする際に、社内の資源を有効に活用する上での障害と、その障害を乗り越えるためにはどうしたらよいかがまとめられていることでしょう。既存事業を営む企業が、破壊的イノベーションに対してうまく対応できないこと、自ら破壊的イノベーションに乗り出し難いことは、Christensenの指摘のとおりだと思いますが、本書の著者らにより、具体的に既存企業の何がイノベーションの障害になりうるかが明らかにされたことにより、その障害への対応が取れる可能性が示されたのではないでしょうか。もちろん、既存企業の社風や社内力学に基づく障害を克服することは容易ではないでしょうが、うまく実行さえできれば、既存企業の強みを生かしたイノベーションを生み出す可能性が示唆されていると思います。既存企業の強みと弱み(障害)を認識することで、イノベーションの特性に合わせて様々な実行上の選択肢を検討することができるようになると思います。

著者らの述べているイノベーションの障害とその回避策については、私の個人的経験に照らしても理解しやすいものです。もちろん、イノベーションを進める上での困難は、これだけにとどまりませんし、その回避策も著者らの提示した方法以外のやり方もありうるでしょう。イノベーションの内容や、その企業の状況に応じて、変えていく必要がある場合もあるでしょう。例えば、著者らはイノベーションにおける上級経営陣の積極的な支援を重要視していますが、そうした支援が得られない場合には、どうしたらよいのか、という疑問もわいてくるわけですが、そのような疑問に対しては、そうした障害を生み出すメカニズムについての著者らの示唆に基づいて、個別に対応を考えることが可能だと思います。それは我々に与えられた課題なのでしょう。

イノベーション成功の方法を探ることは本ブログの主題でもあります。そのためにどのような実行の方法をすべきかについては様々に考えてきましたが、その視点は研究グループをどう運営するか、という点にやや偏っていたかもしれません。著者らの指摘するような、イノベーションを達成する手段としての社内連携についても、しっかりと考慮する必要があることを認識させられた点、その内容に加えて有意義だったと思います。

文献1:Vijay Govindarajan, Chris Trimble, 2010、ビジャイ・ゴビンダラジャン、クリス・トリンブル著、吉田利子訳、「イノベーションを実行する 挑戦的アイデアを実現するマネジメント」、NTT出版、2012.
文献2:Christensen, C.M, 1997、クレイトン・クリステンセン著、伊豆原弓訳、「イノベーションへのジレンマ」、翔泳社、2000.

参考リンク<2014.1.26追加>


数値目標の功罪

「測定できないものは管理できない」という言葉があります。だから、物事はなるべく数値化して、数値目標により管理することが望ましい、という考え方の根拠としてよく目にするように思いますが、やや乱暴な使われ方をしている場合もあるのではないでしょうか。そこで今回は数値目標の効果について考えてみたいと思います。

あることの状態や結果を測定し、評価することは、ほとんどの場合有意義なことと言えるでしょう。得られた測定結果に基づいて、何らかの決断を行ったり、フィードバックしたりすることはビジネスの世界では必要なことです。しかし、その評価を数値に頼ることには問題があるという指摘もあります。まず、評価尺度や基準(目標)として数値を利用する場合の利点と問題点についてまとめてみたいと思います。

数値を評価尺度や目標として使う場合の利点には以下のようなものがあるでしょう。

・わかりやすい。

・違いが定量的に評価できる(条件による差や経時的な差の識別、目標との差の認識)。

・客観的な(評価に恣意性が入りにくい)印象がある→納得しやすい。

一方、問題点(注意点)には以下のようなものがあります。

・数値で表現しにくい要因がある。

・信頼性のある数字を求めるためには労力がかかることがある。

・バラツキが無視されることがある。

・測定、数値化の前提があることが忘れられる場合がある。

・無批判にルール化されやすい。

・数値化された要因のみが過度に注目され、他の要因が軽視されることがある。

・不確実な要因を考慮しにくい。

つまり、利点はわかりやすく信頼感がある点であり、問題点は、数値化されていないことや数値に現れにくいことへの注意がおろそかになる点であると考えられます。なぜ、数値化するとわかりやすくなるかと言えば、数値化の段階で現象を単純化しているためではないでしょうか。実際には複雑な現象であるにもかかわらずその一面のみを取り上げることで、その他の複雑な要因を無視する結果「わかりやすく」なると言ってもよいと思います。

もちろん、「わかりやすい」ことは必ずしも悪いことではありません。目標として数値を掲げれば、現状もはっきり認識できますし、目標に向かっての達成度も明確になり、努力を評価することもしやすくなるでしょう。これは管理する側にとっての利点でもあると同時に、管理される側にとっても努力の励みになったり、公平感を持ちやすいという利点もあるでしょう。また、部外者の理解も得やすくなるので、他者の説得や、他者からの協力を得る場面でも力を発揮するでしょう。しかし、その数値が本質を表現できていないとすれば、本質的な成功に結び付かない場合もあるはずです。

確かに、数値化に向いている業務はあるでしょう。また、数字があまりにも軽視されていることを問題視しなければならない場合もあるでしょう。無理にでも単純化することが問題の解決につながる場合もあるかもしれません。しかし、数値を使いたいなら、数値化することによる危険性も常に念頭に置き、安易な判断に流れていないかは自省しなければならないと思います。その数値が事態の本質を表わしているのか、数値化の段階で目をつぶった要因は本当に無視してよかったのかを吟味することは当然として、数値化によって新たな問題が発生しないかどうかに注意することは不可欠なのではないでしょうか。

研究開発の場合、評価尺度も、その効果的な測定手法も不明確なことが多く、数値化することが困難な場合が多いと思われます。このような数値化しにくい、あるいは測定しにくい業務を数値化しようとすると、どうしてもある種の仮定を置き、別の数値から目的の数値を導くことが必要になります。そうすると、その処理の過程に恣意性が入ってくることは避けられません。その結果、「我々が犯してきた失敗の背後にはいつも一見素晴らしく見えるスプレッドシートがある」(インテュイットの創立者スコット・クックによる)[文献1、p.237]という結果になりがちです。不確実性の高い業務において数字で評価することの困難さについてはノート12でも紹介しましたが、その数字が信頼に足るものでない可能性があると同時に、その数字を作るためにいわゆる「数字いじり」の努力を要する場合があることも問題でしょう。研究の着想段階から仮定が多く、恣意性の高い数字で計画をしている場合、その後の評価にも恣意的な要因が入ることになりますので、数字上は成功しても、実態はうまくいかないということが起こり得ます。数字で管理しようとするために、そんなあてにならない数字を作る努力をしなければならないとすれば、その努力を研究の遂行に向けることの方が余程効果がある可能性もあるのではないでしょうか。

また、前提が変わった場合の対応にも注意が必要です。前提が変わっているのに目標に反映させず、目標が現実的でなくなってしまうこともあり、ひどい場合には、前提を無視して目標に固執したり、場当たり的に変更したりする場合もあります。数値化された目標は安易にいじりやすくなってしまうとも言えるかもしれません。

加えて、人事評価が数値によって行なわれる場合には、数値化のリスクがさらに高まると思います。実務担当者は、評価対象の数字が本質から離れている場合にはそのことに気づいていることが多いものです。そんな数字を目標に掲げても、目標達成の意欲が上がることはあまり期待できないでしょう。さらに、人事評価をよくしようとして、その数値自体をコントロールしてしまうことも起こり得ます。その数値が業務の成果に正しく結び付けられていればよいのですが、複雑な業務の場合、管理されている数字を達成するために、管理されていないけれどもそれなりに重要な数字や、数値化できずに管理されていない要因を犠牲にすることも起こり得ます。それを防ぐためにはさらに管理の数字を増やす必要が生まれ、そうとするとその数字はさらに信用のできないものになったり、管理すべき数字が多くなりすぎて、数値化の利点である「わかりやすさ」が失われてしまう、といったことも起こります。

では、管理する側としてはどのようにすればよいのでしょうか。「測定できないものは管理できない」という言葉は、ドラッカーが言ったとされることもあるようですが、実際にはその裏付けはないようです[注]。ドラッカーは「測定可能と測定不可能なものとのバランスがマネジメント上の中心的で絶えず起こる問題だ」とし、「ビジネスでは、測定することが出来ない結果が重要」ということを言っているようで[文献2]、「データ化できるものだけでなく、データ化できないものを考えなければならない。データ化できないものについての配慮を忘れたデータ化は、組織を間違った方向へと導く。結果として間違った情報を伝える。しかもデータ化に成功するほど、それらデータ化したものにとらわれる。」[文献3]とも言っているようです。そもそも、「測定できないものは管理できない」には、何かを測定すべきであるとか、管理すべきであるという意味は含まれていません。測定できないけれども管理すべきであるものもあるでしょうし、管理のために測定できる数字を持ちださなければならないということも意味しないでしょう。そもそも管理の必要のないものについては無理に測定する必要もないはずです。

数字によって表わされる測定結果は、例えて言えば「影」のようなものではないでしょうか。物事の本質がよく見えない時には、その一面の情報である「影」から本質を推測するしかないかもしれませんが、数字はあくまでも「影」であって本質とは限らないことに注意が必要なのでしょう。もちろん、本質をなるべくよく表わす「影」を測定する努力は必要ですが、あくまで数字は「影」であることを忘れずに数値化することの利点と欠点をよく考えてマネジメントする必要があるのだと思います。


文献1:Anthony, S.D., Johnson, M.W., Sinfield, J.V., Altman, E.J., 2008、スコット・アンソニー、マーク・ジョンソン、ジョセフ・シンフィールド、エリザベス・アルトマン著、栗原潔訳、「イノベーションへの解実践編」、翔泳社、2008.

文献2:イグッチーさんのブログ(イグッチーの経営革新ブログ)より、「毎日のドラッカー 9月26日」、2010.9.30

http://ameblo.jp/iguchii1220/entry-10663135420.html

文献3:無者小路芥郎さんのブログ(塵と芥の思索室)より、「実践するドラッカー チーム編 その3」、2011.4.26.

http://plaza.rakuten.co.jp/yamaaki1015/diary/201104260000/


[注]「測定できないものは管理できない」という言葉は、Davila, T., Epstein, M.J., Shelton, R., 2006、トニー・ダビラ、マーク・J・エプスタイン、ロバート・シェルトン著、スカイライトコンサルティング訳、「イノベーションマネジメント」、英治出版、2007.p.17に、「『測定できないものは管理できない』という有名な言葉がある。」という形で書かれています。また、DeMarco “Controlling Software Projects: Management, Measurement, and Estimation”, 1982には「計測できないものは制御できない」という一文があるそうです。

参考リンク<2012.8.5追加>

 

 

研究者と金銭的報奨

仕事で何らかの成果を挙げることができた場合、その成果が正当に評価され、見返りに何らかの報奨が与えられるべきだ、というのは多くの人が認めるところでしょう。成果に対して報奨が貰えて困る人はいないでしょうし、もし報奨を受け取りたくないならば返すなり、仲間で使ってしまうなりなんとかできます。

 

このような報奨を制度化して、「もし○○○の成果が得られれば、□□□の報奨を与える」ということが約束されれば、それがインセンティブとなってモチベーションが上がるだろう、ということは一般的には言えると思います。「成果主義」というのは大雑把にはこうした原理に基づくものでしょうから誤りではないはずなのですが、最近は成果主義に否定的な意見もよく耳にしますし、少なくとも単純な「成果主義」のやりかたでは利点よりも欠点の方が多いように私も思います。おそらく、難しい点は成果を正しく評価すること(負の成果、すなわち失敗も含めて)、および評価された成果に対してどの程度の報奨(負の報奨、すなわち罰も含めて)を与えれば組織全体として効果が最も大きくなるかを予測して報奨を決めるところではないでしょうか。そのシステムがうまくできていないと、「成果を挙げたのに評価してもらえない」「評価はされてもそれに見合った報奨がもらえない」「たいした成果でもないのに高い評価、報奨を受けている人がいる」などの不満が出てきたり、成果が出やすく評価されやすい課題を選んで実行しようとし、本当に必要な仕事、チャレンジングな仕事が敬遠されたり、ということが起きてしまうのだと思います。

 

特に、研究開発の場面では、こうした難しさは一層顕著になると思われます。成果を評価して、それに基づいた報奨として翌年の給与を決めようとしても、取り組む課題の不確実性のために研究の中途段階での成果判断が正しいという保証はありませんし、そもそも成果が出るまでに時間を要する課題もあるのでなかなか好ましい報奨システムをつくりあげることはできないのではないでしょうか。加えて、研究者は金銭的報奨のような外発的動機づけよりも、自己決定や自らの有能さの確認といった内発的動機づけの方を重要視する、という意見がありますし(「ノート7」参照)、外的報奨が内発的動機づけを低下させる(「研究の管理と評価再考」参照)、課題が簡単すぎてもモチベーションが上がらないとする達成動機理論(「ノート7」参照)、といったややこしい指摘もあります。

 

こうした問題に対処するため、自分が納得した目標を設定し、目標に対する達成度で成果を評価しようとする考え方もありますが、この方法でも非常に頻繁に目標の見直しを行なわない限り不確実性に対応することは不可能でしょう。また、目標の設定に恣意性があるので挑戦的な目標設定が行われにくくなる可能性もあると思われ、こうした方法も研究開発分野を対象とした評価、管理システムとしては問題があると考えます。

 

では、金銭的な報奨が不要なのか、というとそれもまた違うでしょう。おそらく、研究者にとって、金銭的報奨はHerzbergの言う「衛生要因」すなわち、それを改善しても不満がなくなるだけで、動機づけにはならない要因(「ノート7」参照)としての作用が強いのではないかと思います。つまり、研究者に不満を与えることのないような金銭的報奨授与システムは必要であるが、モチベーションを上げる効果は期待してはいけない、ということになるのではないでしょうか。

 

そうすると、必要とされる報奨システムとはどのようなものになるのでしょうか。以下は私案になりますが、成果の程度によってどのような報奨が与えられるべきかについて考えてみました。

 

まず、報奨は成果にどの程度依存したものとすべきでしょうか。これについてはDavilaによる興味深い調査結果がありますのでご紹介しておきます[文献1p.286]Davilaは医療機器メーカーの製品開発部門のマネージャーを対象に給与に占める変動給(業績給)の割合と得られた業績の印象との関係を調べ、変動給の割合が多すぎても少なすぎても業績は低下し、変動給の割合には最適値があるとしています(彼の調査では、15%程度が最適になっていますが、この値は業界やプロジェクトの種類、人のタイプなどによって変わるので、この値そのものは重要でないと述べています)。特に変動給の割合が大きすぎる場合に業績の低下が大きく、彼は「適度なインセンティブはプラスに働くが、過剰になると業績の低下を招く」と結論づけています。

 

業績給の割合が高いということは、収入が業績に影響される度合いが大きい、ということになりますので、インセンティブの大きさとほぼ同じと考えられると思います。このようにインセンティブが大きい場合には、おそらく業績が挙がっている場合には問題はないのでしょうが、業績が低かった場合には給与が減ってしまうことになるためモチベーションを下げる可能性があると考えられます。おそらく不確実性の高い研究への意欲も低下してしまうでしょう。しかし逆に、研究が成功した場合の報奨はもっと高くあるべきとの考えも無視できないと思われます。近年話題になることが多い、発明の成果に対して高額の報奨金を求める裁判などもそうした考え方の現れと見ることができるでしょう。そうすると、研究が大きな成果を挙げた場合には報奨は大きく、しかし、リスクをとりやすくするために成果が挙がらなかった場合の報奨減額の程度は小さくするというシステムがよいのではないかと思われます。

 

もちろん、このような制度としたところで、成果の評価方法に関する問題は残ります。そこで、いっそ、成果の細かな評価はあきらめてしまえばよいのではないでしょうか。つまり、小さな成果についてはその細かな優劣を評価することはやめにして、非常に大きな成果の場合のみ大きな評価をすることにするわけです。一般に非常に大きな成果というものは、誰が見ても異論が少ないものだと思いますので、こうした成果に対して大きな報奨が与えられることには異論が出にくいのではないでしょうか。

 

ただし、大きな成果に対する大きな報奨は非常に目立ちますので、社内の他部署にも納得してもらえるような評価体系とするために、研究者の平均的な報酬は他部署と合わせるべきであると思います。大きな成果に対する大きな報奨に加えて、成果があがらない場合に報酬の減額が少なくなるとすると、平均的な成果に対する報酬は、全社員平均よりは少なくなることになります。一般に研究員には自律的な環境が与えられることが多いですし、例えば成果の社外発表や学会での交流によって、社会的な活躍の機会や社会的評価を受けるチャンスが与えられていることを考慮すると、これは給与外の報酬とも考えられますので、給与面での多少の減額は研究者も納得できるのではないかと思います。また、大きな成果を挙げた研究に対する報奨は、特許実施補償などの名目で行なうことも考えられるでしょう(ただし、特許に基づく報奨は、開発成功から特許の権利化、収益化までに時間がかかるため、タイムリーな報奨が行なえないという欠点がありますし、特許にならないが重要な研究というものが存在することもあります)。

 

このような評価体系をイメージにまとめると以下の図のようになります。

 

 報奨イメージ500

 

もちろん、このような評価体系は研究開発の対象、不確実性の程度、目指す目標、業種などによっても変わってきますので、このようなシステムが最善であると言うつもりはありません。また、こういうイメージを決めたところで、成果の評価の難しさが軽減されるわけではなく、モチベーションの向上につなげるためには他のマネジメント手法との組み合わせなどのいろいろな手段をとる必要があると思われます。ただ、研究の成果を単純な評価にあてはめて、その評価結果に比例するような単純な報酬の決め方では、おそらく研究者のモチベーション向上にはつながらないように思いますので、このような案もあるのではないかと考えてみました。研究者の評価とインセンティブを考えるヒントにでもなれば幸いです。

 

 

文献1Davila, T., Epstein, M.J., Shelton, R., 2006、トニー・ダビラ、マーク・J・エプスタイン、ロバート・シェルトン著、スカイライトコンサルティング訳、「イノベーションマネジメント」、英治出版、2007.


参考リンク<2012.8.5追加>
 

研究の管理と評価再考

ノート12で研究の運営管理について述べましたが、そこでは研究の運営管理は定型的に考えず、創造的に取り組む必要がある、ということを結論のような形にしました。これは、私が読んだ文献の範囲では、独創性の高い研究分野では研究を細かく管理することは好ましくない、という意見に納得させられる点が多く、また、研究の管理、評価のために提案されている手法が私の実務経験に照らしてあまり有効とは思えなかったためです。しかし、もし、有効な研究の管理、評価手法が存在するなら、あるいは、そうした手法を開発することができるなら、それは非常に大きな価値をもつだろうと期待していることも事実です。

 

そこで、私が接した意見の中で、効果的な研究管理手法の確立に最も近づいているように思われたDavilaらの考え方をまとめておきたいと思います[文献1p.257-292]Davilaらは適切な目標と、評価、インセンティブによってイノベーションから多くの成果が得られるとしています。特に重要だと思われる点は、イノベーションの種類をインクリメンタル・イノベーション(既存の製品やビジネス・プロセスに小さな改善を加えるイノベーション)と、ラディカル・イノベーション(新しい商品やサービスをまったく新しい方法で提供するイノベーション)[文献1p.73]に区別し、それぞれに適した管理の方法を提案している点でしょう。イノベーションによって管理のしかたを変えるべきであることは多くの人が述べていることですが、イノベーションを細かく分類することは実用的とは思えません。その点、2種類ならなんとかなりそうに思いますし、本質的な指摘も多いように思いました。また、「評価指標やインセンティブがないと、組織の抵抗勢力が自由にイノベーションや組織の変革を阻害できてしまう」とも述べている点も興味深く感じられます。

 

Davilaらは、上記の2種のイノベーションについて、望ましい目標設定の方法が次のように異なると述べています。

インクリメンタル・イノベーション

・具体的

・定量的(スケジュール、製品パフォーマンスなどを目標とすべき)

・現実的(明らかに達成できる目標を設定すべき。ハードルが高すぎるとモチベーションが低下し、目標を無視するか過剰投資してまで達成しようとする問題が発生する。)

・予算やコストが一定の範囲に収まるようにするなどの、損失回避型目標を厳しく設定する(これは、プロジェクト立て直しのゆとりが少ないからとしています。)

ラディカル・イノベーション

・大まか(マネージャーたちが柔軟に動ける大まかな目標になっていないと試行錯誤、新しいアイデアの受容といった自由度の高い動きができない。大まかな目標の方がチーム内外での建設的な議論が活発になる。)

・定性的(定量的目標に偏るとイノベーション事業の範囲が狭まり、必要な実験の機会も奪われる。)

・期待しやすい目標よりやや高めを目指すストレッチ目標を設定すべき(成功へのやる気を起こさせる、心に何か訴えるものが必要。高めの目標の方が、人が議論や探索、実験、アイデアの交流促進が進む。)

・成功追求型目標とすべき(つまり、何を成功とするかは目標で決まるということ。これはラディカル・イノベーションは不確実性が高く、成功した時のリターンが多いからとしています。)

 

そして、その目標と実績を比較評価し、適切なインセンティブを与えるべきであるとしています。実績評価について注意すべき点としては以下のポイントを挙げています。

・主観的評価と客観的評価の使い分け:客観的評価のみでは、コントロール不可能な要因(自分たちの成功や失敗の結果とは言い切れない要因、例えば景気動向など)が増えて、結果が歪められる可能性があるので、主観的評価で補足が必要。ただし、評価者に公正な評価を下そうとする意欲があることが前提であり、評価者の判断能力が評価を左右するため、主観的評価は最良の方法にも最悪の方法にもなりうる、客観評価はそこそこの方法と言える。

・相対的評価と絶対的評価:社内外の他プロジェクトとの相対比較による評価は、破壊的競争(協力の欠如)を引き起こす可能性がある。

 

インセンティブについては以下のポイントを指摘しています。

インクリメンタル・イノベーション

・あらかじめインセンティブの内容を決めておき実績評価の結果を報奨につなげる制度化された報奨システムとし、目標と実績の比較から評価を算出することが効果的。

・特に、「短期間で結果が現れる」「組織全体に与える影響が少ない」「評価が簡単」「期待成果が記述しやすい」場合は、数式ベースの実績評価指標に基づいた現金支給式のインセンティブシステムが有効。

ラディカル・イノベーション

・プロジェクトの成果が出た後に功績を認定して報奨を与えるのが効果的。目標が明確でなく途中で頻繁に変わるため、功績を評価した方がよい。

・長期報酬と主観的評価を軸にしたインセンティブシステムにすべき。功績に対する周りからの評価が大きな意味をもつ。プロジェクトが成功しなくても、リスクテイク行動が報われたと思えることが必要。成功したときはプロジェクトが生んだ価値の応分の対価を受け取ったと実感できることが必要。

・ラディカル・イノベーションには内発的動機づけが重要とされるが、外的報奨が内発的動機づけを低下させることは1950年代に明らかにされている。目標を達成したら金銭的報奨を与えると約束しても、創造的活動にはあまり意味がない。それで仕事そのものが面白くなるわけではないし、場合によっては、エサで釣っているというネガティブな印象を生むこともある。

両方のイノベーションに関係して注意すべき点

・チームと個人の評価のバランスをとることが必要。例えば、数式ベースのチームインセンティブを設定し、個人の実績評価やインセンティブで補うのが一般的。

・間違った行動に報奨を与えてしまうことがしばしばある。金銭的報奨の力が強いと組織の目的に反した危険な力を活性化してしまう。業績給ばかりでは、マネージャーがリスクを避けるようになり、インクリメンタルな研究ばかりになる。

・スケジュール達成を目的とするプランニングと報奨は、実行ベースを加速する手段としては有効でない、という意見もある。

・失敗した際に経済的、社会的制裁が加えられることが予想されると、リスクをとることが敬遠される恐れがある。

 

Davilaらの著書においては、こうした評価やインセンティブ設定の具体的な方法についても述べられているのですが、残念ながらその方法は実用的には十分なものではないように思います。しかし、上記の指摘は、イノベーションの性格から考えてももっともな意見が多いと言えるのではないでしょうか。研究の管理、評価、インセンティブの問題は難しい問題ではありますが、研究開発活動の特性を多面的に考えていくことによって、少しずつ理想の方法に近付けるのではないかと思います。

 

 

文献1Davila, T., Epstein, M.J., Shelton, R., 2006、スカイライトコンサルティング訳、「イノベーションマネジメント」、英治出版、2007.


参考リンク
 

ノート12:研究プロジェクトの運営管理

研究の進め方について、これまでに研究者の活性化研究者の適性組織構造組織の特性リーダーの役割について考えてきました。これらはプロジェクトを実施するための基盤として重要なポイントと言えるでしょうが、研究開発の第一線にいる者にとっては目の前の研究プロジェクトをどのように運営、管理するかが大きな課題となります。そこで、今回はプロジェクトの運営管理の問題について考えてみたいと思います。

 

研究プロジェクトの運営管理

プロジェクトの運営というと、工事プロジェクトなどの工程管理がまず頭に浮かぶかもしれません。これに対して、研究プロジェクトの運営管理についてはあまり取り上げられることがないように思います。研究マネジメントの議論においてもあまり重視しない考え方があるようで、例えば今野によれば、研究開発管理は、計画の作成→事前評価→実行と中間レビュー→最終評価、という流れをとり、この中で最も大切なステップが研究テーマの事前評価だとしており[文献1p.86,93,97]、実行過程での途中評価については、目標成果の達成度、周辺技術情勢との対比、研究内容や資源配分などの変更、遂行上の問題点等を検討する必要があると述べるにとどまり、実行過程の意義や、研究をいかに行なうべきかということについてはあまり重要視されてこなかったように思われます。

 

一方、Collinsらは、卓越した企業の特徴を調査した結果、「大きく成功している企業は、綿密で複雑な戦略を立てて、最善の動きをとる」という神話が崩れたと述べ、それよりも、「大量のものを試し、うまくいったものを残す」という方針の方が重要である、と述べています[文献2p.14]。また、Christensenは「成功する事業と失敗する事業の最大の違いは、一般に、当初の計画の正確さではない」[文献3p.216]、「過去に成功したすべての新事業の90%以上で、創業者が意図的に追求した戦略が、最終的に企業の成功を導いた戦略と同じではなかったという研究報告がある。起業家が最初から正しい戦略を持っていることはめったにない。」と述べ[文献4p.268]、さらにAnthonyらは「最初の戦略は必ず間違っている」[文献5p.373]と述べています。ChristensenAnthonyらは破壊的イノベーションを念頭にこのように述べていると考えられますが、最初の計画が正しくないなら、どうしたらよいかということについて「不確実性が極めて高い環境におけるイノベーターは『創発的戦略』に従うべきことを示唆している。正しい戦略を知っているかのように意図的に行動するのではなく、正しい戦略が市場から『わき出る』、つまり創発するようなアプローチを採用すべきということだ。」[文献5p.236]と述べています。これらの指摘は、少なくともある種の研究においては、戦略を練り、計画を立ててそれに沿って実行する、というアプローチが有効とは限らない、ということを示していると考えられます。すなわち、研究の性質によっては、計画や戦略段階をどう立てるかよりも、いかに実行するかの方が重要となる場合もある、ということになるのでしょう。結局のところ、研究担当者は自らの研究が比較的予定の立てやすい研究(例えば持続的技術)なのか、あるいは、不確実性が高く戦略を立てにくい研究(例えば破壊的技術)なのかを考慮に入れた上で、実際の研究の進め方を決めなければいけない、ということと考えられます。

 

このように書くと、不確実性の高い研究では計画や目標が無意味なことのように思えてしまうかもしれませんが、そういうことではないと思います。計画や目標を設定すること自体はプロジェクトをうまく進める上で効果的なことには疑いの余地はないと思いますが、臨機応変の計画変更が可能なような進め方にすべきということなのでしょう。例えば、変える必要のないビジョンのような目標(たとえば、人類社会に貢献する、とか人の幸福を実現するとかでもよいと思います)は持つべきだし、それ以外の目標は場合によって変えてもかまわないとし、間違っても無駄な目標に縛られることのないように十分注意すべき、ということなのではないでしょうか。

 

そうは言っても、計画や目標を変える、ということは取り扱う内容の幅を増やす、ということに他ならないですから、実行の上での困難さは増してしまうと思われます。上記の「創発的戦略」について、Anthonyらは次の3つのステップに従えばうまく進められると述べています。すなわち、1、重要な不確実性の領域を識別する、2、効率的な実験を行なう、3、実験の結果に基づき、調整と方向性の転換を行なう、です[文献5p.233-、第7]。これだけみれば至極当然のことを言っているようですが、具体的な進め方については示唆に富む指摘が多く含まれているので、以下にまとめてみましょう。

 

不確実性の重要度の識別に関しては、「ほとんどのインプットが確実でないときに予測の正確性に関して厳密な議論を行なうことは、はっきりいって時間の浪費でしかない」「数字を作り出す作業にはあまり意味はない」[文献5p.237]「多くの企業が、機会の正味現在価値やプロジェクトの総収益などの厳密な定量的基準を用いて意思決定を行なってしまう。まだ存在していない市場を評価したり分析したりするのは困難だ。数字だけにこだわった意思決定を行なってしまうと、最初は小さく始まる爆発的な成長機会を見失ってしまうことはほぼ確実だ。」[文献5p.261]などの指摘があります。効率的な実験に関しては、「投資を控えて多くを学ぶ」[文献5p.254]、「過剰な投資は害になり得る。チームが間違った方向に全速力で走ることになる可能性がある」[文献5p.324]、プロジェクトは小さく始め、「検討するプロジェクトの数を増やすことで、イノベーション・プロセスの全体的スピードを向上させることができる」[文献5p.261](つまり、個々の段階のスピードを上げることが重要なのではない)、などの指摘があります。調整と方向転換に関しては、「戦略の方向転換を行なうのは心情的にはつらいものだ。ある方向性を目指して時間とエネルギーを費やしてきたマネージャーは、明らかな問題点の証拠があるにもかかわらず、その道に固執してしまいがち」「成功のためには謙虚さ(最善を尽くしたにもかかわらず最初のアプローチは間違っていたと認めること)と自信(失望させる結果が出ても途中であきらめないこと)をうまく混ぜ合わせることが必要」「単に実験を行なうことだけでなく、実験をやめることも必要」、「棚上げ(明確な将来性がない場合、条件が変わってアプローチが有望に思えるようになるまで他のプロジェクトを追求する)を検討すべき」[文献5p.257]、「多くの企業がイノベーションの測定のために使用している評価指標が、実際には企業を誤った方向に導く可能性が高い。」「企業は測定における3つの罠に注意すべきだ。評価指標の数が少なすぎること、低リスク(そして得られる効果も小さい)活動を重視してしまう評価指標を採用すること、アウトプットよりもインプットを優先してしまうこと」[文献5p.334]「万能の評価指標というものはまず存在しない」[文献5p.346]と述べています。

 

このように、研究の計画や固定的な目標設定、スピード重視の考え方、評価制度の問題については、創発的戦略を目指す場合以外にも類似の指摘が多くあります。その中から興味あるものを以下にまとめてみたいと思います。開本によれば、Leavittは「今日の経営者は、より創造的で、ビジョンの策定者として行動すべきであり、量的な経営指標ばかりに捕われてしまうことに警鐘を鳴らしている」[文献6p.84]と述べています。スピード重視の考え方に対しては、Leonardは「スピードは学習を妨げる」「いまや情報伝達の速度は、人間の自然な学習のペースを上回っている」[文献7p.299-300]と述べ、新たなイノベーションについていくために消耗する心のエネルギーを補給するために変化の速度を制御する必要がある[文献8p.159]とも述べています。研究の評価に関しては、丹羽は、事前評価の本来の目的は「テーマの決定」、中間評価の本来の目的はプロジェクトの継続、修正、中止判断、事後評価の本来の目的は成果の確認と反省を次のプロジェクトに活かすこと、とした上で、こうした評価が本来の目的を忘れて形式的に実施される危険性をはらむ、と述べています。さらに、「評価を強調しすぎると、良い評価結果を受けやすい2番手研究開発テーマが多くなる危険性が高くなる」ため、「革新的テーマと改善型(2番手)テーマには、別の評価法の構築が必要」と述べています [文献9p.185-187] Tiddらも、様々な経営評価手法に基づいた分析の結果、「すべての状況に適合する事前評価に利用可能な単純なアプローチは存在していない」「イノベーションには、さまざまな成果とさまざまな段階があり、それぞれ異なる評価手法が必要」「評価に用いる変数の多くは、公式に入れることができるような信頼性のある一連の数字に集約することはできず、専門性の高い判断に依拠する」[文献10p.176-177]と述べています。

 

もちろん、こうした考え方に対し、「イノベーションで多くの成果を継続的に得るためには、評価とインセンティブが必要である」とし、「イノベーションの実践は、製造管理や財務管理などと同様、原理原則に則したマネジメント活動として学ぶことができる」という考え方もあります(代表例として[文献11p.17-25]から引用しました)。また、イノベーションが差別化を作り出すかどうかや、市場カテゴリー(成長市場か、成熟市場か、衰退市場か)、提供される製品やサービスの種類(コンサルティング要素が大きい個別ソリューションか、標準化された大量販売ビジネスか)によりイノベーションの進め方と管理の方法を細かく変えるべきである[文献12]、という考え方もあります。これらは、イノベーションを管理できるものとしてとらえようとしていると考えられますが、そのような場合でも、画一的な方法では管理できないということは一般に認められていることのようです。イノベーションの管理の問題点を指摘する論者であっても、管理ができないとか管理が不要であるとかと言っているわけではないので、究極的には、双方の意見は同じ点を目指しているようにも思われます。

 

結局のところこれまで述べてきた様々な考え方は、研究プロジェクトの運営管理は、定型的に考えてはいけない、ということを示唆しているのではないかと思われます。しかし、だからといって出会う場面ごとにその都度運営方法を考えるべき、というわけではないでしょう。すでに、運営管理におけるいくつかの「罠」、すなわち、こういう運営管理は望ましくない、ということは明確になってきているようですので、それらを考慮しながら研究の運営自体に創造的に取り組むことが必要であるということではないでしょうか。もし、研究における運営管理上の確固とした目標を設定したいとすれば、細かな目標ではなく、状況によって変わることのないビジョンのようなものを目標とすべきなのかもしれません。

 

 

文献1:今野浩一郎、「研究開発マネジメント入門」、日本経済新聞出版社、1993.

文献2Collins, J.C., Porras, J.I., 1994、山岡洋一訳、「ビジョナリーカンパニー」、日経BP出版センター、1995.

文献3Christensen, C.M, 1997、伊豆原弓訳、「イノベーションのジレンマ」、翔泳社、2000.

文献4Christensen, C.M, Raynor, M.E, 2003、桜井祐子訳、「イノベーションへの解」、翔泳社、2003.

文献5Anthony, S.D., Johnson, M.W., Sinfield, J.V., Altman, E.J., 2008、栗原潔訳、「イノベーションへの解実践編」、翔泳社、2008.

文献6:開本浩矢、「研究開発の組織行動」、中央経済社、2006.

文献7Leonard, D., Swap, W., 2005、池村千秋訳、「『経験知』を伝える技術」、ランダムハウス講談社、2005.

文献8Leonard-Barton, D., 1995、阿部孝太郎、田畑暁生訳、「知識の源泉」、ダイヤモンド社、2001.

文献9:丹羽清、「技術経営論」、東京大学出版会、2006.

文献10Tidd, J., Bessant, J., Pavitt, K., 2001、後藤晃、鈴木潤監訳、「イノベーションの経営学」、NTT出版、2004.

文献11Davila, T., Epstein, M.J., Shelton, R., 2006、スカイライトコンサルティング訳、「イノベーションマネジメント」、英治出版、2007.

文献12Moore, G.A., 2005、栗原潔訳、「ライフサイクルイノベーション」、翔泳社、2006.


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