研究開発マネジメントノート

研究開発とそのマネジメントについてのいろいろ

試行錯誤

「ザ・ファーストマイル」(アンソニー著)より

イノベーションはアイデアだけで成功できるものではありません。もちろんアイデアは必要ですが、そのアイデアをビジネスに育てる「イノベーション実行」の過程も重要であることは、本ブログでもたびたび取り上げてきました(例えば、ノート1ノート12「イノベーションを実行する」など、どちらかというと「実行」の方が重要であるというのが最近の考え方のように思われます)。今回は、その実行の方法論に焦点をあてた、アンソニー(イノサイト社のマネージング・パートナー)著、「ザ・ファーストマイル」[文献1]をとりあげて、その内容のポイントをまとめてみたいと思います。

第1章、ファーストマイルに潜む問題
・「『ファーストマイル』という言葉は、1990年代に電気通信業界で使われていた用語『ラストマイル』にヒントを得たものだ。[p.13]」
・「これまで私がイノベーターや起業家と接した経験から言えば、・・・イノベーションを起こすときに大切なのは、アイデアそのものではなく、アイデアをビジネスに結び付けるために試行錯誤を繰り返すことなのだ。・・・問題は、そのアイデアを市場で花咲かせるまでの過程のはじめの一歩、つまりファーストマイルで致命的な失敗を犯すことにある。・・・つまり、ファーストマイルは・・・真っ先に問題を解決しなければならない場所あるいは時期を指している。[p.12-13]」
・「本書では、何らかの価値、特に、従来とは異なる方法で価値を生み出すことを『イノベーション』と呼ぶ。・・・世の中にある大きな誤解の一つとして、イノベーションというものは、少数の選ばれた人間が起こすものだという認識がある。・・・しかし・・・限られた人間だけがイノベーションを起こせるのではない。誰にでも起こせるのだ。[p.9-10]」
・「過去数十年の研究によって、イノベーションに対する世界の考え方が変わりつつある。・・・これまでは暗闇のなかで手さぐりによって探していたものが、徐々に輪郭を現し、運まかせではないものになりつつある。[p.18]」
・「本書の想定読者は、新規事業開発に責任を持っている人や、この激動の時代に組織を前に進める力を身に付けたいと考えている人たちだ。さらに、不確かな環境において物事を判断しなければならない人・・・が対象になる。つまり、アイデアを持っていて、そのアイデアを実現させたいと考えている人たちが想定読者だ。・・・この先の道には多くの落とし穴や障害物が待ち受けている。イノサイトの活動を通じて、私たちは(痛い思いをして)それらを目の当たりにしてきた。これからそれを見ていこう。[p.23]」

第1部、ファーストマイルで使うツールキット
・「ファーストマイルで使うツールキットは、・・・4つのプロセスに沿って使われ、その目的は『戦略上の主要仮説』をコントロールすることだ。1)アイデアを書き下ろして、気づいていなかった前提を表面化させる(Document)。2)そのアイデアをいろいろな角度から評価する(Evaluate)。3)戦略に影響を与える不確実性に焦点を当てる(Focus)。4)テストを繰り返し、速やかに軌道修正をする(Test)。ファーストマイルでは紆余曲折が予想されるが、そのようなときには、この4つの頭文字DEFTで表わされるプロセスを適宜実行することにより、難局を乗り越えていかねばならない。[p.26]」
第2章、アイデアを書き下ろす
・ファーストマイルにおける3つの要件:1)市場/顧客が求めているものがはっきりと見えている(「需要はあるか?」という問いにイエスと答えられる)、2)その需要に応える方法が明確になっている(「提供できるか?」という問いにイエスと答えられる)、3)その方法は、価値を創り出すものである(「取り組むべきか?」という問いにイエスと答えられる)[p.28-29
・イノベーションに関する27の質問:ターゲット顧客について(顧客は誰か?、片づけるべき用事は?、何によってわかるのか?)、重要な利害関係者について(購入決定にかかわる者がほかにいるか?、彼らの『片づけるべき用事』は?、彼らが支持する理由は?)、アイデアについて(本質は何か?、問題がどう解決されるか?、他の方法と異なる点は?、こちらが優れている点は?、顧客の目にどう映り、顧客はどう感じるか?)、経済基盤(現実的想定売上は?、費用はいくらか?)、必要な社会基盤は?、必要な設備投資は?)、事業化の道筋(最初の足掛かり市場は?、どのようにして市場を拡大していくか?、最も懸念される競合商品をどのようにして打ち負かすか?また、競争相手がこちらの存在を気にしないようにするには、どうすればよいか?)、企業運営(重要な活動項目は何か?、誰が何を担当するか?、自分は何をするか?、どのようなパートナーが必要か?、獲得すべきものは何か?)、チーム(参加するのは誰か?、この仕事に適していると考えられる過去の実績は何か?)、資金調達(必要な資金はどれほどか?、利益計上までに必要な期間は?)[p.30-33
・「これらの質問の答えを書き下ろすことの意味は、今まで『自分が知っていると思っていた』ことを、『現実に知っている』状態に変換することにあるからだ。また、仮定した条件を明確に書き下ろしておくことは、将来その仮定に変更が生じたときに、計画の修正を忘れずに行なうようにする効果をもたらす。[p.33]」、「アイデアについてしっかりと書き下ろすこと・・・によって、重要な仮定が浮き彫りにされる。アイデアをいろいろな角度から見ることが大切。特に、市場拡大の可能性やアイデアが創り出す価値に着目すること。資料作成のために多くの時間を費やさないこと。途中でアイデアに修正が加えられるのはよくあることだ。[p.46]」
・アイデアを書き下ろすときの4つの注意事項:間違いその1、アイデアとビジネスを区別できていない、間違いその2、初めか終わりの一方だけに注力する(初めと終わりの両方のイメージが重要)、間違いその3、一部の関係者の視点だけで物事を見る、間違いその4、理解は得たが、共感を得ていない。[p.40-44

第3章、評価
・「評価の目的は、アイデアを前に進めるか否かの決断を下すことではなく、アイデアに潜んでいる仮説を明らかにすることである。[p.47]」、「この時点では、目標達成に腐心するよりも前提の妥当性を確認することがはるかに大切なのだ。[p.48]」
・まず、イノベーションによって達成したい目標(「何を」と「どのように」)を明らかにする[p.47-48]。
・評価のための3つの作業:(1)パターンに基づく定性分析を行ない、戦略上の主要仮説を明らかにする(過去に成功したイノベーションのパターンと比較しながら、不確実性を含むイノベーションの戦略を考える)。[p.51-53、付録A]、(2)財務分析を行ない、ビジネスモデルと企業運営上の不確実性を明らかにする(アイデアの「4つのP(顧客の数Population、価格Price、購入の頻度Purchase、開拓しなければならない市場の大きさPenetration)」を計算する、2変数の「感度分析」を行なう、逆損益計算書(想定される利益または収入からその前提を分析して理解する)を作る、シミュレーションする)[p.53-66]、(3)ロールプレイを行ない、アイデアの弱点を発見する。[p.66-67

第4章、フォーカス
・「ファーストマイルの時期を素早く通り過ぎるために大切なことは、戦略上の主要仮説を明らかにすることだ。[p.69]」
・仮説を優先順位づけするには、確信の度合い[p.72-80]と、その想定が間違っていた場合の影響の大きさ[p.80-84]で判断する。影響の大きさについては、事業を根底から覆しかねない仮説(ディールキラー)と、これから先に選択する戦略に影響を与える仮説(パス・ディペンデンシー)に注意が必要。
・「各種の学術研究によれば、人間は往々にして、将来起こりそうな出来事やリスクについて、正しく評価できないことが明らかになっている。・・・DEFTのプロセスを進めるときに忘れてならないのは、事実と仮説(ときには願望)を冷静に区別することだ。[p.72-73]」

第5章、テストし学び、軌道修正
・テストの計画と実行を成功裏に終わらせるための6つの重要項目:1、少人数のチームにする(俊敏に動ける、「必要十分(グッドイナフ)」な機能を目指す)、2、テストを慎重に計画する(実験を進める上での仮説(Hypothesis)、実験の目的(Objectives)、予測される実験結果(Predictions)、実験をどのように行なうか(Execution)をまとめたHOPE実験テンプレートが役に立つ)、3、市場から学ぶ姿勢、4、高い柔軟性(「テストが複雑になるほど、予期せぬ事態が発生する可能性が高くなる。・・・ファーストマイルの段階では、素早く軌道修正を行なう体制が不可欠だ」、低コストの外部リソース活用も有効)、5、予期せぬ結果を生かす(「実験の最終目的は何かを立証することではなく、市場から学ぶことである」、「異常値のなかには、ときとして興味深い事実が隠されている」、予期せぬ結果を生かすには、実験結果を部外者に評価してもらう(先入観を排除する)ことが有効、自分の主体的な意志で実験を行なっている場合には、予期せぬ事態が発生した場合に、その本質を理解する可能性が高い)、6、学んだ結果に基づいて行動する(「イノベーターが最初に考えていた計画と本来的に正しい計画の間には大きな隔たりがあることが、各種の研究によって明らかになっている」、行動の選択肢は、加速、慎重に継続、ピボット(方向転換)、中止)。[p.88-108

第6章、実験マニュアル
・不確実な領域における信頼性を、少ないリソースで効果的に高める働きをするツール(イノサイトの実験マニュアル)[p.113-145]:1、机上検討を行なう、2、思考実験を行なう(マクドナルドがシュリンプサラダをメニューに加えるかどうかを検討する際に、シュリンプの供給能力を調査した事例にちなんで名づけられた「シュリンプ・ストレステスト」など)、3、概算4Pモデルを作る、4、電話をかける(自分の専門分野であれば、人は積極的に話をしてくれることが多い)、5、購買状況のロールプレイを行なう、6、マクガイバー・プロトタイプを作る(手近なもので作ったプロトタイプ、TVドラマの題名にちなむ)、7、見込み顧客と話をする、8、逆損益計算書を作る、9、目的を限定した実証試験を行なう、10、詳しい財務モデルを作る、11、購入経験のプロトタイプを作る、12、ビジネスモデルのプロトタイプを作る、13、小規模の利用テストを行なう、14、パイロット運用を行なう。
・「『風洞』――重要な未知の要素について効率よく学ぶ方法――がある[p.147]」。「風洞」というのは、ライト兄弟が飛行機の開発をするにあたって、風洞を作り実験を行なったことにちなむ。[p.112

第2部、ファーストマイルの課題を克服する
第7章、ファーストマイルの4つの課題を克服する
課題1、道を間違える:「イノベーターが道を間違える最大の理由は、みせかけのホワイトスペース(空白地帯)に魅了されてしまうことだ。[p.154]」、「まず自問してみるべきだ。これまで誰も実行しなかったのはなぜだろう?[p.158]」
課題2、燃料切れ:「イノベーターが警戒すべき強力な敵の一つは、人の(それが個人であれグループである)意思決定能力を低下させるようなバイアスの作用である[p.159,231-235]」、「ファーストマイルにおいて特に致命的となり得る障害は、心理学者が言うところの計画錯誤によって引き起こされる[p.159]」、

計画錯誤とは、「タスクの日程とコストを予測する際に、組織の内部の人間は不正確な予測をしがちである[p.231]」ということ。「計画錯誤が原因でイノベーションのファーストマイルで燃料切れとなり、目的地に到達できないというケースがよくある。[p.159]」、「スタートアップビジネスに対して私はいつも、『必ず予定より長くかかり、必ず予定より多くの資金が必要となる』と考えている。[p.161]」
課題3、ドライバーの選定を間違える:「イノベーションを起こすということはきわめて人間的な営みであるため、その車を運転するための才能を持っていることがきわめて重要だ。理想とされるドライバーに求められる資質が2つある。一つはターゲット市場に共感できること。二つめは関連分野での経験を有しており、イノベーションのファーストマイルに対処できることだ。[p.164-165]」、「理想的なチームとは、選りすぐった社内の人間とひと握りの外部の人間を注意深くバランスさせたものである。[p.172]」
課題4、スピンしてコントロールを失う:「『スタートアップ・ゲノム』リポートによれば、新しい企業が失敗する最大の理由は規模の拡大を急ぎすぎたことだという。要するに、実現性のあるビジネスモデルを構築する前に規模の拡大を図ったために、プロジェクトが崩壊してしまったのだ。イノベーションのファーストマイルでスピードを出しすぎると、スピンしてコントロールを失い、クラッシュすることになる。[p.173]」、「顧客による熱烈な共感が得られないかぎりビジネスの規模拡大は望めない。[p.176]」

第8章、戦略的な実験を支える体制
・「企業のなかでイノベーションを起こそうとするときにまず苦労するのは、基幹システムが、明日のビジネスモデルではなく、今日のビジネスモデルを支援するために最適化されていることだ。これらのシステムは、企業にとって抗体のような役割を果たしており、戦略的な実験を破壊させるように作用する。[p.183]」
・「イノベーションの霧」を突き抜ける意思決定システム:「不確実性に立ち向かうチームを縛るようないかなる力も働いてはならない、と言いたくなるかもしれない。・・・しかし・・・往々にして、アイデアは試行錯誤の結果として生み出される。チームを縛る力が働かないと、必要以上に長く活動するという誤った戦略をとるおそれがある。チームを縛る力が弱いと、人材を最も有望なアイデアに再配置したり、アイデア同士を合体させたりする機会を企業が失うことにもなりかねない。ファーストマイルでアイデアをうまく育てていくためには、それなりの規律が必要だ。しかしこの規律は、失敗の可能性を極力排除するという、コアビジネスにかかわる規律とは一線を画するものである。[p.187]」、「実験を奨励する体制が必ずしも失敗を最小化する体制より優れているわけではない。現実問題として、企業は両方の考え方を並行して持たなければならない。失敗の可能性を最小化する体制はコアビジネスにおけるリソース効率を最大化し、実験を奨励する体制は新規事業についての学習事項を最大化するのだ。[p.190]」
・南カリフォルニア大学の「ジェラルド・テリス教授は、報酬体系は『非対称』でなければならないと言う。イノベーションを成功させるために強いインセンティブが必要だが、逆に、失敗に対するペナルティは寛容でなければならないということだ。[p.193]」
・「私は・・・失敗したプロジェクトのことをゾンビプロジェクトと呼んでいる。完全に死んでいない身体で、少ない可能性を求めてあちこち歩き回っているからだ。[p.194]」、「イノベーションを、ただ単に創造するだけの行為と考えている人が多いが、創造するために破壊しなければならないものもある。ゾンビプロジェクトを中止し、そこから教訓を学び、その教訓を最大限に生かすことは、イノベーションを成功させるために欠かせないプロセスだ。[p.199]」
・「過去60年の間、『ブレークスルー思考』の起源について多くの学者が研究を行なってきた。それらの研究成果のなかで一つ共通していることがある。ブレークスルー、すなわち魔法は交差点――異なる背景、異なる考え方同士が衝突する場所――で起きるということだ。ブレークスルーを起こすために企業は三種類の相手との連携を促す体制を構築しなければならない。その相手とは、外部専門家、顧客、幅広い層の社員だ。[p.199]」

第9章、ファーストマイルでのリーダーシップ
・「ファーストマイルで指導力を発揮するためには、きわめて不明瞭な、そしてときには矛盾する問題(パラドックス)をうまく処理する能力が求められる。カオスを追求する、人脈を多様化する、仕事に関係のないスキルを身に付けることにより、リーダーは前項の問題に対処する能力を高めることができる。[p.219]」
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本書を読んでまず感じることは、イノベーションの成功確率を上げるための方法論がかなり明確になってきた、ということです。以下は私見になりますが、その背景には、イノベーションに関する経営学上の知見の蓄積、進歩があるように思います。イノベーションは不確実なものであり、アイデアだけでは成功にたどりつけないこと、事前に入念な戦略や計画を立ててそれを実行するというアプローチは、革新的なイノベーションを起こすためには必ずしも適していないこと(既存事業の効率化や、改善改良による持続的イノベーションには有効であったとしても)、人間の判断にはバイアスが入り込む余地があるため完全に合理的な判断は不可能であること、などの知見は、いずれもイノベーションの実行段階への着目を促し、実験からいかに学ぶかを重視した方法論が提案されるようになったのではないでしょうか。本書は、そうしたアプローチの現時点での集大成と見ることもできるでしょう。本書に述べられた方法論は、個別に見ると当たり前と思われるようなものもあると思いますが、何が取り上げられていないか、すなわちイノベーションに適さない経営ノウハウ、方法論が排除されていることにも意味があると思います。イノベーションの方法論は今後もさらに進歩していくでしょう。しかし、ここまでやり方がわかったなら、あとは大胆に[p.223]挑戦することこそが求められているのかもしれません。


文献1:Scott D. Anthony, 2014、スコット・D・アンソニー著、川又政治訳、津嶋辰郎、津田真吾、山田竜也監修、「ザ・ファーストマイル」、翔泳社、2014.
原著表題:”The First Mile: A Launch Manual for Getting Great Ideas into the Market”

参考リンク



不確実な状況に対処する方法(ケイ著「想定外」より)

研究開発は不確実なものであること、従って、不確実性の存在を前提としたマネジメントが求められることについては本ブログでもたびたび取り上げてきました(ノート2試行錯誤のプロ、など)。しかし、明確な目標を設定し、その目標を達成するための方法を熟考して周到な計画を立て、計画どおり実行して当初の目標を達成しようとするマネジメントはいまだに人気があるように思います。

ジョン・ケイ著「想定外 なぜ物事は思わぬところでうまくいくのか」[文献1]では、目標が当初の目論見どおりの方法で達成されるとは限らないこと、目標の設定によっては破滅的な結果に至る場合もあることなど、一般に「合理的」と言われるアプローチの問題点が指摘され、回り道的なアプローチの重要性が述べられています。ちなみに、本書の原題は、「Obliquity, Why Our Goals Are Best Achieved Indirectly」であり、「想定外」とはややニュアンスが異なるように思いますが、Obliquity(回り道)についての厳密な議論をすることが目的ではないでしょうから、本書の主題は「簡単には思いつかない方法、試行錯誤的方法、そこからの学習を活かす方法」と考えておけばよいのではないかと思います。以下、3つの部分に分かれた本書の構成に従い、内容をまとめます。

第1部:回り道の世界

第1部では「回り道」の役割について述べられています。
第2章、幸福:なぜ、幸福を追求しない人のほうが幸福になるのか?(原著では、Happiness(米版はFulfillment - How the Happiest People Do Not Pursue Happinessなので少しニュアンスが違うと思います)
・「幸福は幸福の追求によっては達成されない。[原著p.12]、」「幸福とは、そこにあることに気づく類のものであり、どこかへ探しに行くものではない。[p.41]」。
第3章、利益追求のパラドクス:なぜ、利益を追求しない会社のほうが利益をあげるのか?The Profit Seeking Paradox - How the Most Profitable Companies Are Not the Most Profit Oriented
・「最も利益の出るビジネスは、最も利益を求めたわけではない[原著p.12]」。例えばICIでは「『社会的責任を持って化学を製品に取り入れる』という、回り道的なミッションのほうが、(「市場牽引」「世界最高のコスト体質」を目指す)新しい直接的なミッション以上に株主価値を創造していた[p.45]」。
第4章、ビジネスは芸術である:なぜ、お金を追求しない人のほうがお金持ちになるのか?The Art of the Deal - How the Wealthiest People Are Not the Most Materialistic
・「最も豊かな人は、富の追求を最も重要と考える人ではない[原著p.12]」。「ビジネスを成功へ導く動機は仕事に対する情熱であり、金銭に対する執着とはまったく別のものである[p.76]」。「金銭はステータスを表わすもの、賢明に働いてきた証明、あるいは権力やビジネスに対する情熱の副産物に過ぎない[p.77]」

・「利益を追うだけの企業文化では、従業員が経営方針に必ず従うとは限らないし、業績が悪化した場合には社会の共感が得られないのだ。[p.76]」。「富の獲得も幸福の実現と同じように、回り道をたどるものであり、極端に直接的なアプローチに走れば、その行き着く先は破産裁判所、もしくは刑事裁判所ということになる[p.78]」として、利益追求が破滅的な結果を招いたとされる例をあげています。
第5章、目的、目標、行動:なぜ、目的より先に手段がわかることがあるのか?Objectives, Goals and Actions – How the Means Help Us Discover the End
・「目標は多面性を持ち、ひと言では言い表せない。そして、目的、目標、行動は相互に関係しながら変化する。さらに、第三者や外部組織との接触により、世界は思いもかけない影響を蒙る。複雑過ぎて正確な分析も計測も不可能であり、問題が起きても、この不確実な世界ではその内容も完全には把握できない。したがってビジネスの環境において・・・、目的を明確に定義し、分析し、それを目標に置き換え、さらに具体的な行動に分解したうえで意思決定をするなど土台無理な話である。・・・正確な把握が不可能なこの世界で高い次元の目的を実現したければ、互いに矛盾し、同じ基準で測れない要素のバランスを図り続けるしかないのだ。それは、まさに回り道的なやり方である。[p.88-89]」
第6章、回り道のユビキタス:なぜ、生活のあらゆる面に回り道があるのか?The Ubiquity of Obliquity – How Obliquity is relevant to Many Aspects of Our Lives
・回り道的なやり方が有効な例をあげ、「回り道による解決は、一見問題を複雑にするが、結果としては単純化することになる[p.98]」。「答えが突然姿を現すという恩恵に浴せるのは、長い間、回り道をたどりながら考え続けた人間だけだろう[p.105]」、と述べています。

第2部、回り道の必要性:なぜ問題が直接的に解決できないことがよく起きるのか?
第2部では、多くの問題において、直接的アプローチが現実的でないことが述べられています。
第7章、「ごちゃまぜ検討」:なぜ、回り道のアプローチが成功するのか?Muddling Through – Why Oblique Approaches Succeed、注)Muddling Throughは「計画もなくなんとか切り抜ける」という意味ではないかと思います。本文中でリンドブロムが引用されていますので、インクリメンタリズム(漸増主義)に関係する考え方とすると「ごちゃまぜ検討」という言葉はそのように理解したほうがよいと思います。)
・「計画としても、ガイドラインとしても、根本から考えるやり方が『最良』ではある。しかし、このやり方は複雑な課題を解決する場合には使いものにならない。当事者は限られた範囲内での比較をくり返すしかないのである(リンドブロム)[p.109]」。これは「『回り道』と言ったほうが適切かと思う。回り道は、検証と発見のプロセスであり、その過程における失敗や成功、知識の獲得により、目標や目的、そして行動が再評価されていくことになる[p.114]」。「目的が単純明快で方針と実行計画が簡単に区別できる、他者の影響は限られ、予想が可能、オプションやリスクを特定する能力がある、課題の内容が理解できる、そして、理論化に自信を持っている。こんな場合なら直接的なアプローチが有効だろう[p.120]」。
第8章、多元論:なぜ、一つの問題に複数の回答が存在するのか?Pluralism – Why There Is Usually More Than One Answer to a Problem
・バーリンは「社会的、政治的な目標は多元的であり、どの目標も相容れず、同じ次元では測れないとした。・・・こうしたバーリンの考え方は、多元論であり、その骨子は『一つの問題に対し、複数の答えがあるという概念』に基づいている。・・・多元論は、その性格からして回り道を取らざるを得ず、その反対の一元論は直線的に進むことになる。[p.134-135]」
第9章、相互作用:なぜ、行動の成果がやり方に左右されるのか?Interaction – Why the Outcome of What We Do Depends on How We Do It
・「日常の課題では目的が曖昧であり、当事者が置かれる状況も複雑である。問題の把握が完璧になることはないし、環境の変化もとらえにくい。さらに重要なのは、当事者が動いた結果が問題の本質まで変えてしまうということだ。[p.152]」
・設定した目標が、必要なデータをねじ曲げてしまうことがある(グッドハートの法則)[p.152]。
第10章、複雑性:なぜ、直接的なやり方が複雑すぎるのか?Complexity – How the World Is Too Complex for Directness to be Direct
・「我々はその構造を不完全にしか理解できない複雑系を扱う。[原著p.13]」
・フランクリンの言い訳:「一度決めた内容がどんなものであれ、そこにそれなりの理由を後付けすることができる[p.163]」。正確な値を出すのが難しく可能な限りの推定値を出す場合、それは上層部の聞きたい数値に向けてゆがめられることがある。
第11章、不完全性:なぜ、われわれは問題の本質がわからないのか?Incompleteness – How We Rarely Know Enough About the Nature of Our Problems
・「将来、何が大切になるか。それはわれわれの知識の届く範囲の外にあり、未来にしか存在し得ない。直接的なアプローチは未来を予想する力を必要とするものであり、それはわれわれが保持する能力を超えたものである[p.187]」
12章、抽象化:なぜ抽象化は完璧にできないのか?Abstraction – Why Models are Imperfect Description of Reality
・「抽象化とは、説明の難しい複雑な問題を解決できそうな単純なものに置き換えるプロセスのことである。ただし、どの程度の単純化がよいかを決めるには、適切な判断力と経験を要する。われわれが行う抽象化には特殊なものが多いが、通常はどうしても当人の主観が反映されたものにならざるを得ない[p.188]」

第3部、回り道とつきあう:複雑な世界で問題を解決する方法
第3部では、問題解決と意思決定への回り道的アプローチについて述べられます。
第13章、歴史の揺らめく光:なぜ、結果から誤った意図を推測してしまうのか?The Flickering Lamp of History – How We Mistakenly Infer Design rom Outcome
・「ビジネスチャンスは偶然の産物なのだ。しかし、われわれはそこに経営者の強靭な意志や周到な計画の存在を考えたがる。つまり、回り道をたどっていたのに、直進路を進んで来たという理解をしたがる[p.205-206]」。「原因から結果に至る過程がわからない、あるいは理解できないという場合、結果と仮定の関係に誤った推測が入り込みやすい[p.211]」。「課題への対応は常にどちらか一方ということではなく、直接的なやり方から回り道なやり方に至るまで、・・・意思決定にもバラエティがある。[p.213]」
第14章、ストックデールの逆説:なぜ、われわれの選択肢は思ったより少ないのか?The Stockdale Paradox – How We Have Less Freedom of Choice Than We Think
・目的の曖昧さや環境の複雑さを知り、第三者の反応は予測が難しい状況では、「限られた範囲の選択肢しか持ち得ない[p.225]」
第15章、ハリネズミとキツネ:なぜ、優れた意思決定者は知識の限界を悟れるのか?The Hedgehog and The Fox – How Good Decision Makers Recognize the Limit of Their Knowledge
・「人間は大事を深く知るハリネズミか、小事を多く知るキツネかに大別できる。ハリネズミはゆっくりと直接的に動き、キツネは素早く、そして回り道的に動く。・・・(テトロックによれば)判断の正確さではキツネに軍配があがるが、大衆の人気はハリネズミに集まる。[230-231]」
第16章、盲目の時計職人:なぜ、環境に適応することが知能を超えた行為なのか?The Blind Watchmaker – How Adaptation Is Smarter Than We Are
・「意図のない進化、すなわちリチャード・ドーキンス・・・の言葉を借りれば『盲目の時計職人』が、人類の理解を超えた複雑なものを創りだすことができる[p.238]」。
・「ビジネスや政治、あるいは個人の生活においても、直接的には解決できない問題が存在する。目的は常に唯一ということはなく多様であり、同じ次元では比較できない目的や矛盾する目的が共存している。行動の結果は自然現象であれ、人為的なものであれ、相手の反応次第であり、予測もできない。われわれを取り巻くシステムは、複雑過ぎて人間の理解の範囲を超えているのだ。さらに、そうした問題、そしてその将来について必要な情報を手に入れることも不可能である。そんな環境下で満足のいく対応をするには、単に行動するしかない。『計画を実行する』では無理だろう。ベストな結果とは回り道によって得られるものであり、結局は同じことの繰り返しや環境への適応、つまり、実験と発見の連続するプロセスの帰結である[p.244]」。
第17章、ベッカムのようにボールを曲げろ!:なぜわれわれは語るより多くを知っているのか?Bend It Like Beckham – How We Know More Than We Can Tell
・「われわれは語る以上に知っている(ポランニー)。本能も直感も・・・研ぎ澄まされた技術と言うしかない[p.255]」。
第18章、デザインのない秩序:なぜ、目的を把握せずに複雑な結果が出せるのか?Order Without Design – How complex Outcomes Are Achieved Without Knowledge of an Overall Purpose
・「社会組織は環境適合のくり返しにより発生するもので、明確な精神の産物ではない[p.262]」

・「ビジネスは常に社会のニーズに応える必要があり、その前提において、短期的には遵法性、長期的には存在の継続が必要なのだ。つまり、利益の追求のみが企業の目的にはなり得ない[p.264]」
第19章、「いいだろう。自己矛盾をしようではないか」:なぜ、考えが不変であることより正しいことのほうが重要なのか?Very Well Then, I Contradict Myself – How It Is More Important To Be Right Than To Be Consistent
・「合理性の証明としての判断の不変性は、われわれが暮らすこの世界より、はるかに確実性のある世界の産物であるはずだ。・・・不確実な環境下では、常に一定なものなど結局は想像の産物[p.277]」。
第20章、大量破壊兵器はあったのか:なぜ、偽の合理性がすぐれた意思決定と混同されるのか?(Dodgy Dossiers – How Spurious Rationality Is Often Confused With Good Decision Making
・「合理性についての誤った理解があるために、優れた知見や技術が見過ごされ、われわれの日常は非合理性と誤った意思決定で埋まっているように思える[p.289]」

結論
第21章、回り道の実践:回り道的な意思決定のアドバンテージ

・「大概のケースにおいて、われわれは回り道的なやり方で問題を解決している。試行錯誤をくり返し、その都度学んだことを吸収して先に進む。・・・選択肢は限られ、関連情報は少ないどころか、どこで得られるかの指針もない。・・・世の中は、当然のことながら一定の変化をせず、最善とされた意思決定がそのままよい結果につながるとは限らないのだ。よい結果を招いた原因が、優れた決断や有能な意思決定者の存在を示唆するものでもない。最善の解決策が前もって存在するという考えには、大きな誤解があると言ってよいだろう。」[p.295
・「問題を解決する能力は、高い次元の目的について、さまざまな角度から何度も考えてみるところにある[p.296]」。「とにかく何かに手をつけてみることだ。目的や目標に関わる小さな課題を選んでみればよい。『取りかかる前に計画を作る』という言葉は順当に聞こえるが、そんなことはまずできないだろう。目的が定義されてはいないし、問題の内容も変化する。事態は複雑極まりないし、情報も不十分というのが実情ではないだろうか。[p.300]」。「回り道的なアプローチには、単純な事例一つではなく、複数のモデルや事象が判断の道具として活用されている。世界を単一モデルや事象に当てはめてしまい、実在する不確実性や複雑さが見落とされることなどはあってはならない。[p.301]」。「われわれの判断力は、訓練によって向上する[p.303]」。「高い次元の目的が明確で、実現に必要なシステムについても熟知しているなら、直接的なやり方で課題に取り組むとよいだろう。しかし、目的が明確なことはまずないし、それに関わる要因の相関性は予知しがたく、状況は複雑という場合が多いはずだ。さらに、問題が正確に把握されているとは限らず、環境の変化も読めないというのが実情ではないだろうか。そこで、回り道的なやり方が必要になるのである。[p.304]」
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著者が指摘する、不確実な状況における回り道的、試行錯誤的アプローチの重要性については、研究者は比較的こうしたアプローチに慣れていると思います。直接的なアプローチの問題点を感じている人も多いと思いますが、不確実なプロセスを深く理解することで、確実なプロセスつまり直接的アプローチが有効な状態にもっていきたいという願望も同時に持っているかもしれません。そうした願望を持つこと自体には問題はないと思いますが、直接的なアプローチを理想的なものとしてあらゆる場合に適用しようとすることには危険が伴う、ということはよく認識しておかなければならないでしょう。一元論的な世界観の危うさについての著者の指摘は重要だと思います。

とは言うものの、本書の議論は事例中心で、異なる解釈の余地もあるように思います。著者が自分の考えに合う事例を恣意的に列挙しているという反論もありうるでしょう。議論にもやや乱暴なところもあり、直ちにそのまま受け入れにくいという印象を持つ方もいると思います。しかし、確実でないからという理由だけで否定してしまうには、あまりに重要な指摘が含まれているように思いますがいかがでしょうか。実務的にも、どんな場合、どんな課題に対して直接的または回り道的アプローチが有効なのか、何を目的、目標にすべきか、などが提示されていて、よりよいマネジメントや意思決定を実現する上で参考になると思います。研究開発には試行錯誤的、回り道的アプローチが重要だと考えるなら、直接的なアプローチを重視する人に対しては、その問題点をきちんと指摘して納得してもらう必要があります。そうした議論の第一歩として、今後こうした議論が広まり、深まっていくことを期待したいと思います。


文献1:John Kay, 2010、青木高夫訳、「想定外 なぜ物事は思わぬところでうまくいくのか」、ディスカヴァー・トゥエンティワン、2012.
原著表題:Obliquity, Why Our Goals Are Best Achieved Indirectly

参考リンク<2014.2.23追加>



天才の創造性の源泉とその活用

イノベーションにおいては、天才的な能力を持った人の存在が重要であると指摘されることがあります。たしかに、常人には見られないほどの優れた成果を挙げる人、優れた発想やビジネスセンス、リーダーシップを持つ人がいることには疑う余地はありませんし、そうした能力がイノベーション実現の鍵になる場合があることは事実でしょう。しかし、そうした高度な能力を持つ人がいなければイノベーションはできないのでしょうか。普通の人をうまくマネジメントすることでは優れた成果は期待できないのでしょうか。また、天才的な人の才能を活かすためにはどのようなマネジメントが必要なのでしょうか。

今回は、天才の創造性の源泉に関する最近の考え方をとりあげた記事[文献1-3]に基づいて、天才的な能力の活用について考えてみたいと思います。この記事では、特殊な才能を発揮する人の脳の作用に関する研究成果が紹介されていますが、特に認知的脱抑制が人間の創造性発揮に関連するとされている点は興味深く、示唆に富んでいると思いました。以下、まずはそれぞれの記事を簡単にまとめてみます。

「天才と変人-解き放たれた知性」、S・カーソン[文献1]

・「創造性に富む人に統合失調型に関わる特質が見られるだけでなく、創造性と統合失調型の組み合わせが家系の中で受け継がれる傾向がある」(プレントキー、ブロートによる、1989,97

・「統合失調型の人は、・・・要するに『変わっている』」

・著者の研究によれば「統合失調型パーソナリティーの顕在化自体が創造性を高めることはないことを示唆している。しかし、奇抜さの根底にあると思われるある種の認知的メカニズムが創造的な思考を高めるとも考えられる。」

・「認知的脱抑制とは、目前の目標や自らの生存とは直接関係しない情報を無視することができない状態を指す。私たちの脳には、精神的なフィルターが備わっていて、おかげで脳での大半の情報処理を意識せずにすんでいる。脳にはとてつもない量の信号が感覚器官を介して入ってくるので、これらすべてに注意を払っていては訳がわからなくなってしまうだろう。・・・だが、認知的フィルターがあるおかげで、このインプットされる情報のほとんどは意識に上ってこない。」

・「統合失調症の人と統合失調症患者はいずれも、こうした認知的フィルターの1つで『潜在抑制』と呼ばれるものの機能が低下していることが明らかになっている。潜在抑制の低下は、フィルターを通り抜けて意識に上る刺激の量を増やすようだ。また、これは突飛な思考や幻覚と関わりがある。」

・「ひらめきの瞬間には、認知的フィルターが一時的に弛緩しており、脳の中で棚上げされていた考えが突然前に出てきて意識に上って認識される。」

・「認知的抑制が弱まって、データを意識に上らせることが可能になり、さらに、斬新かつ独創的なやり方でそうしたデータが再処理され、再び組み合わされて創造的な発想が生まれるのだと考えられる。」

・「エキセントリックな人がみな創造的であるとは限らないのは明らかだ。過剰な情報を、圧倒されることなく処理し、頭の中で操作できる人がいるが、それを可能にしているのは、IQの高さやワーキングメモリー(作業記憶)の容量が大きいことなど、他の認知的因子である」

「創造性の起源」、D・K・シモントン[文献2]

・「20世紀後半、心理学者たちは、創造的な天才は、専門的な知識を身につけることによってのみ生まれるとする極端な後天性の立場に移っていた。・・・しかし、こうした見方ですべてを説明することはできない。第一に、天才はしばしば、他の専門家と比べて短時間で知識を習得する。・・・第二に、天才は、異例に幅広い関心や趣味を持っていたり、けた外れの多才さを発揮したりして、しばしば複数の専門領域に貢献する。・・・専門知識の習得過程を重視する理論は、様々な認知能力や人格特性の根底にある遺伝要素を過小評価している面もある。私は、最近のメタ解析において、創造性の差異の少なくとも20%は遺伝的要因によることを明らかにした。」

・「1960年に心理学者のキャンベル(Donald Campbell)が唱えた理論によれば、創造的思考は、『盲目的変異と選択的保持(blind variation and selective retention: BVSR)』と名付けたプロセスないし手続きを通して出現する。・・・BVSRのいう『盲目性』とは、最終的に役立つかどうかを考えずにともかくいろいろなアイデアを出すことだ。創造者はそのアイデアの価値を判断するため、考えつくたびにチェックするという、試行錯誤に取り組まなければならない。BVSR思考を特徴づける2つの現象は、無駄骨と後戻りだ。」

「既成概念をオフ-サヴァンに学ぶ独創のヒント」、A・W・スナイダー、S・エルウッド、R・P・チー[文献3]

・「人間の脳は思考と感覚を常にフィルターにかけて選別している。環境から受けた刺激のうち、意識に上るのはごく一部だ。・・・サヴァン症候群の人は脳の左半球の機能が障害される一方で右半球の働きがすぐれているようで、特定の限られた分野について優れた超人的能力を持つ。左脳と右脳のこのバランス関係のため、精神のフィルター効果が通常の人よりも弱くなっているのだと私たちは考えている。」

・「脳は情報を受動的に受け止めているのではない。生の体験についてどう考えるかを、過去の知識に照らして能動的に解釈している。・・・こうした思考様式は重要だ。人間が不完全な情報に基づいておよその結果を予測し、日々の行動を効率的にこなせるのは、そうした思考様式のおかげだ。・・・創造的な卓見には2つの認知スタイルが必要だと私たちは考えている。思考様式によるものと、フィルターなしに周囲の世界をありのままにとらえるスタイルの2つだ。通常は意識に上らない知覚の詳細にアクセスできるようにすれば、私たちの誰もが内に持っている天才を解き放てるかもしれない。」

・(子供の時に左側頭葉に受けたケガなどで)「後天的サヴァン症候群で自閉症患者に見られる特異な認知能力が突然出現するということは、私たちは誰もがこうした能力を潜在的に持っているのだが意識的に引き出せずにいる可能性を示している。」

・「私たちの究極の目標は、独創を邪魔する精神的な要素を回避する装置の開発だ。」

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これらの記事によれば、創造性の発揮や、天才に見られる奇矯なふるまいは、認知的脱抑制すなわち脳のフィルターを緩めることの関与により説明できる可能性があり、その作用は程度の差こそあれ、普通の人々にも影響する可能性がある、ということのようです。

仮にこうした知見が正しいとすると、創造性のマネジメントについて次のような示唆が得られるのではないかと思います。まず、天才あるいは天才的な独創性をもつ人々が「変わっている」ことを容認しなければいけないということが言えるでしょう。天才に必要な認知的脱抑制が、その副作用として変わった行動を引き起こすのであれば、変わっているという理由だけでその人を排除することは損失かもしれないことになります(もちろん、変わっている人が天才、ということではありません)。この点については文献1でも「創造的な思考の市場価値が高まる中、世の中の方が、エキセントリックな人に合わせて、彼らを受容するよう軌道修正を続けるかもしれない。」と述べています。

第二には、認知的脱抑制とそれにより入ってくる大量の情報をハンドリングできるようにトレーニングする、ないしはマネジメントすることで、個人の創造性を開発することが可能になるかもしれないことが示唆されると思います。文献1によれば、「従業員に創造性研修プログラムを定期的に受けさせている」企業も多いようですので、その研修方法に理論的な裏付けが得られれば、効率的に創造性を開発することができるかもしれません。また、IT技術の進歩が人間のワーキングメモリーの少なさを補ってくれるとしたら、創造性が発揮しやすくなるかもしれません。

第三の示唆としては、集団に対して認知的脱抑制を行なうことで、集団として創造性を発揮できるのではないかという点が挙げられると思います。例えば、ブレインストーミングによって、様々なアイデアを実現性を問わず議論の場に出させることは、集団における認知的脱抑制と言えないでしょうか。また、創発的戦略やプロトタイピングによる試行錯誤も、天才の創造力発揮プロセスの一部を担っていると言えないでしょうか。天才の創造性発揮プロセスを、普通の人々の集団に適用することによって、集団として創造的な成果を得られる可能性もあるように思います。

もちろん、創造性を発揮するプロセスの研究はまだ発展途上ですので、今回とりあげた記事もその内容を鵜呑みにすることはできないかもしれません。しかし、こうした心理学や脳科学の成果をとりいれたマネジメント手法を開発し、それをイノベーションの実現に生かすことも夢ではないかもしれない、と思います。今後の研究の発展に注目していきたいと思います。

 

文献1:Shelly Carson、S・カーソン著、編集部訳、「天才と変人 解き放たれた知性」、日経サイエンス、2013年6月号、p.32. 原題”The Unleashed Mind”, Scientific American Mind May/June 2011.

文献2:Dean Keith Simonton、D・K・シモントン著、編集部訳、「創造性の起源」、日経サイエンス、2013年6月号、p.40. 原題”The Science of Genius”, Scientific American Mind November/December 2012.

文献3:Allan W. Snyder, Sophie Ellwood, Richard P. Chi、A・W・スナイダー、S・エルウッド、R・P・チー著、編集部訳、「既成概念をオフ サヴァンに学ぶ独創のヒント」、日経サイエンス、2013年6月号、p.54. 原題”Switching on Creativity”, Scientific American Mind November/December 2012.

(参考)日経サイエンス  20136月号 特集:天才脳の秘密

http://www.nikkei-science.com/201306_030.html

日本経済新聞webページ、「天才と変人の関係 脳の「フィルター装置」が独創性を左右?」、2013.4.25

http://www.nikkei.com/article/DGXBZO54282560T20C13A4000000/

 

試行錯誤のプロ

研究開発は未知のことへの挑戦です。従って、思ったとおりにことが運ぶとは限りません。そんな時、試行錯誤が必要になることがあります。

試行錯誤とは、一般には、試みてみて、その結果に応じて対応を変化させ、最終的に目的達成を目指すプロセスであると理解されていると思います。研究の世界では、試行錯誤というと、行き当たりばったりとか、下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる、というようなあまり好意的でない印象を持たれることもありますが、実用的には成果を挙げる場合が多いことも事実でしょう。特に、最近ではロールプレイングゲームなどで試行錯誤に慣れ親しんだ世代が増えてきていることもあってか、手法として抵抗感が少なくなってきているようにも感じます。もちろん、正解があるかどうかもわからない研究の問題解決に試行錯誤を使うことと、ゲームのように設計者が決めた正解を試行錯誤を通じて見出していくこととは意味が異なりますが、今回は研究開発における試行錯誤について考えてみたいと思います。

試行錯誤の意義

試行錯誤というと、間違ってもいいからとにかく試行してみて対応する、という印象を持たれることが多いように思います。しかし、試行そのものは研究の本質です(試行しなくてもうまくいくとわかっていることは研究の対象にはなりません)。そして、その結果、うまくいくこともあればいかないこともある、というのも研究の本質でしょう。とすると、

1、試行を計画する

2、試行する

3、結果を得てフィードバックする

というステップは、最初に「間違ってもいいから、」と思っていてもいなくても同じことになるのではないでしょうか。事前に入念な計画をたてて試行しても失敗することもあるわけで、どう試行するかは、与えられた課題と試行の容易さ、効果に応じて決められるべきものでしょう。とすると、試行の計画自体が合理的であれば、周到な計画だろうと試行錯誤アプローチだろうと上記1~3の実態に違いはなく、試行錯誤(試行とフィードバックを組み合わせるアプローチ)こそが研究活動の実態であると言ってもよいように思います。以下、試行(錯誤)に関わる各段階について考えてみたいと思います。

1、試行計画段階:試行による問題解決に適した課題と条件の決定、注意

研究の本質に試行が深く関わっているとしても、試行主体の問題解決に適した課題とそうでない課題があるでしょう。基本的には、理論や経験による予測がしにくい課題は、試行で解決することが合理的ということになるでしょうが、無限に広い範囲の条件で試行を行なうことは困難ですから、試行の計画の段階で、なるべく条件を絞り込むことが必要になります。具体的には、ある条件を一定にコントロールしたり、ある条件は無視したり、あるいは現実の状態をモデル化して重要と思われる項目についてだけ試行することなどが必要で、こうしたことができる場合に試行が有効と言えると思います。もちろん、事前の予測が困難な場合には、計画自体も試行の結果を見ながら決定することも有効でしょう。ただし、特に人の意思が関わる問題については、試行することが状況に変化をもたらし、目標自体やあるべき解決策が変わってしまうこともあり得ますので、注意が必要です。

2、試行の段階

試行段階では、求める結果が確実に得られるような実験を設計する必要があります。試行によって得られるデータ自体がお粗末では、そこから導かれる結果も使えないものになってしまいますので、どんな方法でどんなデータをとるか、実験のテクニックも重要です。実験室での実験、現場試験、シミュレーション、データ採取方法などを、得られるデータの信頼性も考慮して決める必要があり、研究部隊の実力が試されることになると思われます。

3、結果とフィードバック

まず、試行した結果から何を学びとるか、ということが重要です。具体的には以下の点に注意する必要があるでしょう。

・試行の結果を正しく評価する:得られた結果には間違いがないのか、いつもそうなるのかも含めて、期待どおりの(あるいは予想外の)結果が得られたかどうかをまず判断する必要があります。場合によっては、統計的、確率論的な議論が必要になるでしょう。

・試行したことと結果の因果関係を検討する:確率的な事象、複雑系の関与する事象の場合、試行結果が何回か同じになっても、その次もまた同じ結果になる保証はありません。因果関係を検討し、そのメカニズム、すなわち、なぜそうなるのかが推定できれば、試行したことが結果を生んだことについてのサポートになります。

・結果を参考に次の試行条件を決める。仮説を修正する、新たな仮説を提案する。

・目的外の結果も重視する:試行錯誤は目的とする課題の解決のために行なうものであったとしても、試行の結果、それ以外の答えや、発展のヒントが得られることがあります。思ってもみなかった発見(真のセレンディピティ)が得られる場合もありますし、試行の結果から導かれる仮説を利用すると、当初考えていなかったアイデアに気付く場合があります。これらも試行から学べることといってよいでしょう。

試行錯誤を行ないやすい研究環境

このように、試行錯誤、試行することは研究開発において重要な役割を担いますが、試行錯誤を行ないやすい研究環境というものもあるでしょう。試行錯誤を促進するためには、次のポイントが重要と考えます。

・試行を問題解決のアプローチのひとつとして評価し、価値を認めること:理論的検討も重要ですが、試行の価値を認め、選択肢として考慮し、試行が効率的な場合には、積極的に試行することを促す。

・失敗を容認すること:試行に伴う失敗は責めない。

・試行しやすい環境をつくる:試行のための精神的障害を小さくする。

・試行のアイデアをいくつか用意する:ひとつ失敗しても次の手がある状態にする。

・過去の成功体験に縛られないようにする:試行の方法は、過去に成功した方法ばかりではない。

また、試行の結果から多くを学ぶためには次の点が重要でしょう。

・結果を記録し、将来の試行に生かす:目的とする結果の実現だけを目指す場合、うまくいかない結果は捨てられてしまいやすいものです。再度の失敗を避けるためにも、また、新たなアイデアを得るためにも記録は有意義です。

・計画の管理に余裕をもたせる(計画変更や逸脱を許容する):余裕がないと、目的外の結果が捨てられてしまいがちです。

試行に基づくアプローチは、コスト負担が大きくなる場合もあり、必ずしも容易な方法ではありません。しかし、試行を行ない、そこから有意義な結論やアイデアを引き出すことには研究部隊の力が反映されます。具体的には、試行をうまく計画して効果的に行ない、目的達成の役に立つデータをうまくとり、その結果を正しく評価しうまく活用することが求められる時、それが試行錯誤のプロとしての研究部隊の出番なのではないでしょうか。


 

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