研究開発マネジメントノート

研究開発とそのマネジメントについてのいろいろ

「ビジョナリーカンパニー4」(コリンズ、ハンセン著)より

Collinsらによるビジョナリーカンパニーシリーズといえば、世界的に著名なベストセラーですが、今回はその最新刊(2012年邦訳刊行)の「ビジョナリーカンパニー4 自分の意思で偉大になる」(コリンズ、ハンセン著)[文献1]を取り上げたいと思います。著者らはこのシリーズで、「永続する偉大な企業を構築するという問題[p.317]」をテーマとして継続して取り上げていますが、本書では、「不確実な時代に突入しても躍進する企業が存在するのはなぜか。不確実な時代どころか、カオス(混沌・無秩序)の時代に直面しても成長し続ける企業が存在するのはなぜか。[p.19]」という疑問がテーマとしてとりあげられ、似たような環境にありながら、躍進した企業と躍進できなかった企業を分析することにより、上記の疑問に答えようとしています。

本書の特徴は不確実性や運などが考慮されていることでしょう。これらをどう扱うかは研究マネジメントにとって不可避的に重要ですし、加えて、「技術そのものが偉大な企業への飛躍や企業の没落の主因になることはない」[文献2、p.253]という著者の見解が、今回の研究によって変化するのかどうかも興味のある点でした。

本書で取り上げられている勝者は、次の3つの条件に当てはまる企業であり、著者らは、これらの企業が、業界の株価指数を少なくとも10倍以上上回る株価パフォーマンスを挙げたことに基づいて「10X(十倍)型企業(10X company)」と呼んでいます。その3つの条件とは、「(1)経営基盤が脆弱な状況でスタートした、(2)不安定な環境下で目覚ましい成長を遂げ、偉大な企業になった、(3)不安定な環境を特徴づけるのは、制御不能で猛スピード、しかも破壊的な威力を持って押し寄せる嵐[p.20]」です。そして、その企業をリードする人物を「10X型リーダー(10Xer、テンエクサー)」と呼んで、躍進できなかった企業(比較対象企業)との比較により浮かび上がった、10X型企業やリーダーの特徴が述べられています。以下、本書の内容に沿って、特に研究開発に関連しそうなところを中心に著者の主張をまとめたいと思います。

10X型リーダー[第2章]

・「生真面目で洞察力に優れる10X型リーダーは、不平を言わずに『不可抗力に必ず直面する』『正確に先行きを予測できない』『何事も確実ではない』という現実を受け入れる。しかしながら、運や混乱など外部要因によって成否が決まるという考えははなから否定する。[p.79]」

・以下の主要行動パターンを備えている。[p.79-80

1)狂信的規律(fanatic discipline):価値観、目標、評価基準、方法をはじめ、徹底した「行動の一貫性」を示す。この規律は、組織の統制や権力への追従、官僚的規制の順守とは異なり、精神的な独立性を求められる。

2)実証的創造力(empirical creativity):他人や社会通念、権威筋、職場の同僚ではなく、科学的に実証できる根拠を頼りにする。観察、実験を重ね具体的事実と向き合う。実証的なデータ分析をバネにして断固たる行動に出る。

3)建設的パラノイア(productive paranoia):最悪の状況を想定して日ごろから準備を怠らず、有事対応策を練り、衝撃緩和の仕組みをつくり、安全余裕率を高める。

・上記1)~3)を活性化させるのが、やる気を起こす原動力「レベルファイブ(第5水準)野心」。エゴを自己利益の拡大ではなく大義などの大目標達成に振り向ける。

20マイル行進[第3章][p.98-100,p.126-129

「10X型企業は、われわれが『20マイル行進』と呼ぶモデルを体現している。長期にわたって並外れた一貫性を保ちながら、工程表に従って着々と進むのだ。[p.93]」。これが狂信的規律の重要ポイント。(何があっても1日20マイル進む、というイメージ)

・良い20マイル行進の特徴は、1)明確な工程表(超えなければならない最低限のハードルを明示)、2)自制心(魅力的なチャンスや有利な状況が訪れたときにも行進の上限を定める)、3)企業ごとの独自仕様、4)自力達成型(他力本願、運まかせではない)、5)ゴールディロックス時間(無理がかからないほどゆっくり進むが、厳しさを伴うほど速く進む)、6)企業が自らに課す規律(自主的に考える)、7)並はずれた一貫性

・20マイル行進は自信を生み出す。20マイル行進を怠ると、無防備な状態で大混乱の状況に放り込まれかねない。

・成長の極大化追求と10X型成功は逆相関。10X型企業はいたずらに成長を追い求めない。

銃撃に続いて大砲発射[第4章][p.177-180

実証的創造力を支える考え方。

・「銃弾は『低コスト』『低リスク』『低ディストラクション(気の散ること)』の3条件を満たす実証的テスト(実験)。」「実証的な有効性を確認したうえで大砲を発射し、そこに経営資源を集中させる。このように大きな賭けに出ることで大きな成果を狙う。」

・「10X型企業は標的に命中しない銃弾を大量に撃つ。どの銃弾が命中するのか、命中した銃弾のうちどれが成功するのか、事前に分からないから」

・銃撃により命中精度を調整して大砲を放つ。大砲を放たなければ平凡な結果しか出せない。

・規律が創造力を阻害してはならないし、創造力が規律を阻害してもならない。創造力と規律を融合すると、並外れた一貫性を持ってイノベーションを展開できる。

イノベーションについて

・10X型企業は比較対象企業よりもイノベーション志向であるとは限らない。

・どんな環境下でも、脱落せずに競争し続けるために最低限達成しなければならない「イノベーションの閾値」がある。いったん閾値を超えれば、それ以上のイノベーションにこだわってもあまり意味がない。

・10X型リーダーが変化や出来事を予測できるわけではない。10X型リーダーは予言者ではなく、実証主義者。

死線を避けるリーダーシップ[第5章][p.216-220

建設的パラノイアを支える。

・前もって突発的出来事と悪運に備えるために、十分な手元資金を積み上げ「バッファー」を用意する。

・リスクを抑える。リスクには「死線リスク(企業をつぶすほど)」「非対称リスク(潜在的損失が潜在的利益よりも大きいリスク)」「制御不能リスク(自力で管理・抑制できない不可抗力)」がある。

・危機を察知すると直ちにズームアウトし、危機がやってくるスピード、計画変更の必要性を自問、続いてズームインし、目標達成を目指して全エネルギーを注ぎ込む。

・10X型リーダーは、状況悪化を常に心配する建設的パラノイア。一攫千金を狙って大きなリスクを取ろうとする起業家とはまったく異なる。

・10X型リーダーはスピードに特別な思い入れを持っていない。変化や脅威を早期に認識し、リスク許容度が変わるまでにどのぐらい時間があるか、に基づいて限られた時間内で用心深く厳格な判断を下す[p.199-200]。そうすることで性急に決断する場合よりも良い結果を出せる。

具体的で整然とした一貫レシピ[第6章][p.258-261

10X型企業は、狂信的規律で永続性のある実践法、業務改善法を守り容易には変更しない。著者らはこれを「SMaC(具体的でありSpecific、整然としてMethodicaland一貫しているConsistentの頭文字から)」と呼び、「確かなSMaCレシピは、戦略上の概念を現実の世界へ適用するための業務手順」であり、「SMaC実践法は何十年にもわたって有効であり、広範な状況下で適用できる[p.226]」「着実な成功を可能にする基盤になる[p.258]」としています。

・レシピ内容は明確・具体的。「何をやるべきか」「何をやってはならないのか」について明示しており、会社全体が業務改善に取り組めるように作られている。

・比較対象企業の多くも全盛期には確かなレシピを持っているものの、創造力を働かせて一貫してレシピを厳守する規律を欠く。荒々しい環境下に放り込まれると、しばしば衝動的に反応してレシピから外れる。10X型企業はレシピをたまにしか変更しない。

・レシピは一部材料だけを変更して残りはそのままにしておく形で修正できる。劇的に変化しながらも並はずれた一貫性を維持する。変更する正攻法は、実証的創造力(銃撃に続いて大砲発射)を働かせること、建設的パラノイア(ズームアウトに続くズームインを行なう)になること。

運の利益率[第7章]

・良い悪いにかかわらず、運は必ず訪れるが、10X型企業が比較対象企業よりも幸運に恵まれているわけではなく、同じように不運にも襲われている。1回だけの突出した「運スパイク」では10X型成功のすべてを説明できない。

・「10X型成功者は自分の運を最大限に生かす[p.289]」。つまりROL(リターン・オン・ラック、運の利益率)が高い。一方、比較対象企業ではROLが低い。「幸運不足で失敗したのではなく、やるべきことをきちんと遂行できずに失敗した[294]」。10X型リーダーのなかには、不運なのに、それを(教訓として)生かして高リターンを得たものがいる。

・運の非対称性:一度だけ途方もない幸運に恵まれたとしても、それだけで偉大な企業を築けるわけではない。しかし、一度だけ途方もない不運に遭遇し、死線へたたきつけられたら偉大な企業を目指す旅は終わる。[p.303

・本書で示された、リーダーシップ概念はすべて高いROL達成に直結する。

以上が、著者らの考え方のポイントですが、企業が置かれた経営環境も考慮した上での結論は、「偉大さを決定づけるのは環境ではなく、何にもまして自分自身の意志と規律である。[p.316]」、「企業が真に偉大になるかどうか決定づけるカギは人間の手の中にある。[p.317]」です。そして著者は、「(われわれには)自分の意志で偉大になる自由がある。[p.318]」という、本書の表題で本書を締めくくっています。

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以上のように、本書は経営全般についての示唆を与えてくれるものですが、今回は、不確実性や運の問題にも取り組んでおり、研究開発マネジメントの立場からも極めて示唆に富むものと言えるでしょう。以下、特に研究開発の視点から興味深く思われた点を書いておきたいと思います。

不確実性の取り扱いについて

研究開発は分野にもよりますが、ある程度の技術蓄積が求められるため、長期的な視野に立ったマネジメントが必要になると考えられます。従って、本書で示された長期にわたる運、不運を乗り越えた成功を目指すことは、特に研究にとって意義深いことなのではないでしょうか。本書に示された個別の指摘については、似たようなことがすでに指摘されていたりもしますが、10X企業において実際にその役割が確認された意味は大きいですし、独特な考え方も示されているように思いました。例えば、20マイル行進で述べられている、好調な時に進捗を自制する必要があるという考え方は興味深いと思います。銃撃に続いて大砲発射というやり方は比較的当たり前のように思われますが、飛躍のためにはその両者が必要なことは認識を新たにすべきでしょうし、人によってどちらかの視点が抜けていたり、志向が偏ってしまったりすることもあるかもしれませんので、このような整理は使えるのではないかと思いました。また、スピードが速ければよいとは限らないことを、リスク許容度の変化速度と関連づける視点も興味深いと思います。運の取り扱いについては、ROLの最大化、死線リスクの抑止が特に重要ではないかと思います。不確実性の取り扱いについて事前準備が有効であることはわかっていても、研究開発ではすべての準備をすることが不可能なため、ともすると準備を怠りがちになることがありますので、そういう視点も忘れてはいけないと思います。いずれにしろ、具体的なマネジメントの取り組み方については、使える指摘が多いと感じました。

イノベーションの役割について

企業の長期的な成功にとって、イノベーションが決定的な要因ではないことは、以前から著者が指摘していますが、本書によって、その理解が深められたと思います。まず、成功に必要な最低限のイノベーションレベル(閾値)があることが示され、イノベーションは不要である、という考え方ではないことが明確になりました。また、閾値以上のイノベーションにこだわる必要がない、というのはChristensenによるイノベーションのジレンマの指摘とも重なるところがあります。結局のところ、イノベーション自体ではなく、イノベーションをどう使うかが成功の決定的な要因、と考えれば偉大な企業におけるイノベーションの役割がはっきりするのではないでしょうか。

以前、著者の手法に対するRosenzweigの批判と、ビジョナリーカンパニー3における著者の反論を取り上げたことがありますが、著者の主張は完璧な理論、論証とは言えなくても、著者の手法を前提として理解すれば、実用的に十分に重要な示唆が得られると思います。さらに、実用的な意義もさることながら、不確実性の取り扱いと不確実性を伴う環境の企業業績への影響についての考え方が示され、イノベーションの本質の理解がさらに深まったという点で本書の意義は大きいと思います。



文献1:Collins, J., Hansen, M. T., 2011、ジム・コリンズ、モートン・T・ハンセン著、牧野洋訳、「ビジョナリーカンパニー4 自分の意志で偉大になる」、日経BP社、2012.

原著:Jim Collins, Morten T. Hansen, “Great by Choice: Uncertainty, Chaos, and Luck--Why Some Thrive Despite Them All”, HarperBusiness, 2011.

文献2:Collins, J., 2001、山岡洋一訳、「ビジョナリーカンパニー2 飛躍の法則」、日経BP社、2001.



(参考)

Jim Collinswebページ

http://www.jimcollins.com/

Morten T. Hansenwebページ

http://www.mortenhansen.com/

牧野洋、「コリンズとドラッカー 2人を取材した唯一の日本人が語るその思想と人物」、日経ビジネスオンライン、2012.8.24

http://business.nikkeibp.co.jp/article/opinion/20120822/235899/?mlp


参考リンク<2013.7.21追加>

 


 


 

成功体験の意味

成功体験は仕事を進める上で役に立つとよく言われます。その一方で、成功体験は新しいことに挑戦する際の障害になることもよく指摘されます。今回は成功体験の持つ意味とその扱い方について考えてみたいと思います。

成功体験の作用

まず、成功体験によってもたらされる作用を、好ましい効果と、起こり得る弊害や問題点に分けてまとめてみましょう。

・心理的側面

よい効果:成功を体験すること、難関を克服することによって自分の能力に自信が持てるようになる。

問題点:自分の能力を過信し、傲慢になったりアドバイスや現実を受け入れにくくなったりする。

・経験から得られる知識の側面

 よい効果:うまくいく(いった)やり方を学習でき、その経験や知識を次の機会に生かすことができる。

 問題点:経験から得た知識ややり方が、別の機会にも適用できると思いこんでしまう。

つまり、成功体験から得られる心理的効果と、経験や知識(ハウツー)のそれぞれに良い面と悪い面があるため、何かを行おうとする時に過去の成功体験が役に立ったり、逆効果を生んだりすることになるのだと思われます。

成功体験が生むよい効果があることについては、疑問の余地はないと思いますが、成功体験から生まれる傲慢は、リーダーがつまずく原因や、企業衰退の原因となることが指摘されています。また、成功体験がイノベーションを進める上での障害となることは、経験から得られた知識ややり方が別の場面で生かせるとは限らないことに基づくものと考えられます。実際、過去のやり方にしがみついて新しい考えを取り入れることが遅れたり、成功した経験だけを頼りに過去のやり方が将来にわたって正しいと思いこんでしまうことはよくあることではないでしょうか。そのため、成功体験の弊害が懸念される状況では、成功体験を捨てるべきであるということがよく言われるのでしょう。

このように考えると、成功体験の本質的作用は、その体験自体にではなく、そこから何を得て、何を次の機会に生かそうとするか、ということの中にあると考えられます。すなわち、心理的側面におけるよい作用について言えば、自らの能力や可能性に自信を持てるようになることであり、知識の側面については、役に立つやり方を身につけるということになるでしょう。しかし、これらの作用を得るために成功体験が必須である、ということにはならないはずです。自信を持つことは、自分が何かを達成できそうだという感覚を持つことにつながりますが、より広い意味では幸福感を身につけること、とも考えられます。知識の面では、成功体験からだろうと失敗体験からだろうと、経験から正しく教訓を学びとることができればよいはずです。すなわち、成功体験が持つよい作用は、必ずしも成功体験からもたらされる必要はなく、マネジメントによって同じ効果を引き出し、コントロールできる可能性もあるといえるのではないでしょうか。

成功体験の悪い面を防ぐことに関してはどうでしょうか。成功体験に悪い作用があるならば、その影響が出ないように、マネジメントによるコントロールを行なうことは必須でしょう。心理面では、成功者が傲慢にならないように、また、他人のアドバイスを受け入れられるようにコントロールすることが重要になるでしょう。一般に、成功した人物に対して批判やアドバイスをすることは、その成功自体の評価を貶めるように受け取られることが多いため、抵抗感があって難しいことかもしれませんが、であればこそマネジメントが必要でしょう。知識面については、成功という結果が注目されることで、そのプロセスや成功要因についての分析が不十分になる可能性があります。人は、失敗したことについてはその原因をあれこれ悩んだり考えたりすることが多いものですが、成功したことに関しては、結果よければすべてよし、ということで成功の原因をきちんと振り返らない傾向があるのではないでしょうか。本質的な成功の要因は他の人の能力や頑張りにあるかもしれません。自分ではコントロールできない環境要因、極端な場合には運により成功することもあるでしょう。成功によって自らの能力に自信を持つことはよいことだとしても、成功の原因を間違えて認識することは、間違ったやり方を学習してしまうことになりますので、何よりも、成功の原因を正しく理解した上で、同じやり方が次の課題にも有効かどうかを慎重に判断する必要があるはずです。もし、成功によって得た自信(過信)によって、異なる状況に対する情報収集や現状認識が疎かになったり、判断に歪みが生じたりするようなことがあれば、次回の成功は期待薄でしょう。マネジメント上のアドバイスとして「成功体験を捨てよ」という指摘がよくなされるのは、このような成功体験の危うさを懸念したものと考えられますが、成功体験の何を捨てなければならないかを判断し、よい面を次回に生かすためにはやはりマネジメントによるコントロール、仕組みの整備が必要ではないかと思います。

成功体験を生かすには

では、具体的なマネジメントはどのようになるでしょうか。要するに、上記のような成功体験の弊害を防げればよいわけですが、ひとつのアプローチは、同じような好ましい心理的効果を発揮するが、副作用のある成功体験重視とは異なるマネジメントを行なうことが考えられます。成功体験などなくても高い意欲が維持されるようなマネジメントができればよいと考えれば、成功体験という外部からの報酬に頼ることなく、内発的な意欲を刺激するような方法があるでしょう。この時、組織として、心理的なサポート、育成やコーチングを与えることも重要だと思われます。もう一つのアプローチとしては、成功体験が得られた場合にその体験がもたらす弊害を緩和するようなマネジメントがあり得るでしょう。まずは個人に対して、成功体験によって傲慢になったり、判断を誤ることがないように自覚を促すことが必要でしょうが、組織運営上のしくみで対応することもできると思います。例えば、成功したこと自体の過大な評価を控え、そのプロセスにおいて得られる、努力が報われる快感や、成功に至る挑戦ができたことの方を重視することで、傲慢な考え方に陥りにくくすることが考えられます。さらに、成功要因をしっかりと分析することも必要でしょう。個人の能力だけではなく、その能力が発揮できた環境(運も含めて)の影響をしっかりと認識することで、成功体験の適用限界を認識できるようになるかもしれません。また、成功者に対して、さらに高い目標や、違う分野の目標を与えることで、成功によって学習した(と錯覚した)やり方が別の状況では役に立つとは限らないという体験を促すこともできるでしょう。もちろん、この場合にもマネジメントによるサポートとフォローは必須でしょうし、成功体験による意欲向上の程度や、傲慢になるかどうかの傾向には個人差があることを考慮に入れたマネジメントとすることも必要でしょう。

個人的な感覚で恐縮ですが、成功体験の重要性を説く人には、成功体験が次の成功に結び付いた経験をお持ちの方が多いような気がします。しかし、その経験どおりにいつも成功が得られるとは限らないことは明らかです。成功事例から学べることが多いのも事実ですが、成功体験があってもなくても成功の本質を理解してマネジメントすれば成功の確率は上がるでしょうし、成功体験のマネジメントに失敗すれば足をすくわれて失敗することもある、ということではないでしょうか。成功、失敗を問わず高い意欲を持てるようにし、経験から正しく学び正しく判断できるようなマネジメントを行なうべきであるということが、成功体験の効果をめぐる見解の違いから導かれる本質的な教訓なのではないかと思います。


 

意思決定の罠(モーブッサン著「まさか!?」より)

人は誰しも「正しい判断、正しい意思決定」をしたい、と思っているでしょう。しかしそれが容易ではないことも確かです。研究開発における意思決定については以前にも書きましたが(イノベーションとあいまいな意思決定(判断の根拠は何か?、ヒューリスティクスの活用?))、今回は、意思決定において起こりやすい「間違い」に焦点を当てて考えてみたいと思います。

マイケル・モーブッサン著「まさか!? 自信がある人ほど陥る意思決定の8つの罠」[文献1]には、つい見過ごしてしまいがちな意思決定の危うさの例が述べられています。原題は「Think twice, harnessing the power of counterintuition」なので、「考えなおせ。直観に反する力を利用する」というところでしょうか。以下、本書の構成に沿って、意思決定上陥りやすい問題点について考えてみたいと思います(各章の要約はp.17-18による)。

第1章、自分だけはうまくいく?:人は他人の経験に目を向けず、個々の問題をそれぞれ独自の事象として考える傾向がある。

・「客観的な視点よりも、主観的な視点を優先させてしまう」[p.26]。これは、「自分は優秀であるとする幻想」、自分の未来は他人よりも明るいと考える「楽観主義の幻想」、本当はコントロールできないことをコントロールできるように考える「コントロールの幻想」による[p.27-29]。さらに、「自分の状況は特殊であると考える傾向、自分の考えに固執する傾向がある」[p.43]といいます。

第2章、他の選択肢が見えなくなる:代替案を用意しておくべき時に、私たちの心は選択肢を減らそうとする。

・係留(アンカリング)と調整のヒューリスティック(カーネマンによる)とは、「人が直感的に意思決定する際に、無意識に示唆された参照点を出発点とし、それに調整を加えて何らかの推定に至るプロセス」であり、「アンカリングは意思決定に影響する、印象に残っている特定の特徴や情報の断片」のこと[p.75]。

・「人は起こり得る可能性のある事柄を十分には考慮しない」、「トンネルビジョン(視野が狭くなること)になってしまう」[p.48]。「私たちは、可能性を考えるにあたってあらゆる知識を活用」し、「それぞれを自分の思考モデルに当てはめる」。「自分が導き出した一連の仮説から推論し、相互に矛盾しない選択肢だけを考慮の対象とする」。「思考モデルとは、外の世界の現実を自分の内側に描写したもので」、「細部よりもその情報がすばやく自分に到達することを重視した、不完全な描写」であって、「いったん思考モデルが形成されてしまえば、厄介な意思決定のプロセスはもう使わなくなる。」(ジョンソン-レアードによる)[p.48-59

・「アンカーに基づいて考えはじめ」、「いったん自分が妥当だと思う回答や許容範囲内の回答にたどり着いた時点で、調整をやめてしまう。」[p.51

・典型的ヒューリスティックとは、「外見の特徴など典型的と思われるものを基準に意思決定する」こと[p.75]。例えば、見かけで判断するなど。

・利用可能性ヒューリスティックとは、「思い浮かべやすい、想起しやすいものを基準に意思決定する」こと[p.75]。例えば、直近の経験や記憶に影響されるなど。

・「私たちは、無意識に物事にパターンを見出そうとする。」「ありもしないパターンを無理に見つけだそうとしてしまう」[p.56-57]。

・「認知的不協和とは、内に対しても外に対しても矛盾しない状態でありたいという人間の持って生まれた性質から来ている。」「この不快感を軽減させようと、自身の行動を正当化する。」[p.57-58

・「確証バイアスとは、個人が自分の都合のよいように、それに反する考え方や不利な証拠を除外する時に起こる。」「一貫性があると、人は問題を考えることを止めることができ、(中略)自分の行動を変えなくて済む」[p.61]。

・「一つのことに注意を払うということは、他の事柄に注意を払えないことであり、無分別な行動を引き起こす理由となる。」[p.63

・「ストレス反応があると短期的に得になることを追求できるが、長期的に何がいいのかを考えられない」(サポルスキーによる)[p.66]。

・「インセンティブによって、他の選択肢や可能性を考えられなくなってしまう」[p.67]。

第3章、専門家の意見は鵜呑みにするな:専門家は非常に狭い分野についてよく知っていて、自分たちの主張や予測を正当化するのが得意だが、現在ではコンピュータや集団の知恵により問題を効率的に解決できるようになっている。

・「ある程度法則に基づいて結果が限られた範囲に分布する」ような場合には「コンピュータのデータを使えばよい。」「確率によって、結果は幅広く取り得るものなら(中略)専門家よりも集合知の方が優位」。「専門家の機能が十分に果たされる領域は、法則に基づいていて、取り得る結果が広い範囲にわたるような問題」[p.83-85]。要するに専門家が常によい予測ができるとは限らないということでしょう。

・集合知により、群衆が当たる予測をするためには、多様性、情報の集約、インセンティブによる必要な人の参加が重要。「多様性があると、集団の間違いを減少させる。」[p.93

第4章、あなたも周りの状況に影響されている:私たちの意思決定は周囲の状況に大きく影響されている。

・「人間は周囲の答えに影響されてしまう」。周りに屈してしまう人の特徴は、判断力の屈折(自分が間違っていて、周りが正しいと決め込んでしまう)、行動の屈折(多数に迎合するために、自らの知識を抑え込んでしまう)、知覚の屈折(多数の意見によって、自分の視点が覆されてしまっていることに気がついていない)。(アッシュによる)[p.107-108

・プライミング効果とは、「論理的な意味においてまったく無関係に見えるようなものでも、私たちの知覚を通して入ってくる情報は関連づけられ、意思決定に影響する」こと(例えば、ドイツ音楽がかかっている売り場ではドイツワインの売り上げが上がるなど)。「プライミングが機能するためには、プライミング対象と、そこにいる人の目的がつながっていなければならない」[p.115-117

・「自分は最良の選択肢を自分で選んでいると思っているが、実際は選択肢がどう設定されるかに大きく影響されている。実際はほとんどの人が単に選択肢をデフォルトのままにしている」[p.118

・「多くの決断において、私たちが思う以上に感情が重要な役割を演じている(ザイアンスによる)[p.120]。「ある結果が強く感情的な意味を持たない時、人は確率に重きを置きすぎる傾向がある」「対照的に、結果が鮮烈である場合は、確率に対してはほとんど注意は払われず、結果に対してのみ注目が集まる。」[p.121

・「人は多くの場合、ある人の行動はその人の性質がもたらしたものだと考えてしまい、状況の影響力を考慮しない」(「根本的な帰属の誤り」)[p.123]。

・「規則に従うということで自分の行動を正当化する」「人は長い期間特定の配役を演じるように言われると、配役から抜け出せないような役者となってしまうリスクがある。」[p.124

・惰性、あるいは変化への抵抗によって、人は古い問題に対して新しい視点でみようとしなくなる。[p.125

第5章、“木を見て森を見ず”に陥らない:ミクロの行動を集めることで、マクロの行動を理解しようとすると失敗する。

・「複雑適応系では、部分を研究することでは全体を理解することなどできない」「本当はそこに因果関係がないにもかかわらず、因果関係を知りたいと思う気持ちだけで物事を見ると、因果関係を説明できないシステムを目の前にした時、とんでもないことが起こる。」[p.139]「複雑で高度にインタラクティブなシステムを前にして、人間の判断のプロセスや、直感そのものに頼ると意思決定を誤ってしまう(フォレスターによる)」[p.150

第6章、正解は、時と場合による:状況を把握せずに、システムの特徴(属性)をもとに因果関係を予測することには要注意。

・「人はよく一つの状況から得た教訓や経験を、異なる状況にも当てはめようとする。しかし、ある状況にあてはまる判断は、たいていの場合別の状況ではまったく当てはまらない」[p.158]。「『成功の鍵』や『勝利の方程式』などの言葉を目にしても鵜呑みにせず、それが果たして本質を突いているかどうか、まず検討すべき」[p.161

・相関関係と因果関係の違い:XYを引き起こすという主張をするためには、次の3条件が必要。Yの前にXが起こること、XYはそれぞれ2つ以上の側面がありXYは関数の関係でなければならない、XYの両方を引き起こす要因Zがあってはいけない[p.169]。

・「多面的な状況では『最善』のやり方がない」[p.174

・「私たちの大半は、一つの成功したやり方をその次の状況に適用することによって、また成功すると思いたい。」「しかし、多くの場合ではそうはいかない。なぜならば、状況を考慮せずに属性や性質だけで意思決定してしまうから。」「多くの場合の正解は『状況による』なのだ。」[p.176

第7章、突然、襲ってくる大規模な変化の危険性:相転移(フェーズの変化)が起こる時には因果関係を見出すことが難しいので、最終的な結果を予測することはほぼ不可能。

・突然襲ってくる大規模な変化としては、システムの変化を促進する正のフィードバック[p.180]による発散現象や、相転移[p.182]などのような現象が挙げられる。これらにはクリティカルポイントがあるが、その予測は非常に難しい[p.200]。

第8章、運と実力を見極める:運と実力の役割、「平均回帰」を考慮する必要がある。

・平均回帰性とは、「平均を逸脱する結果の後には、平均により近い結果がでる、というもの」[p.206]。「結果には、不変の実力による部分と、一次的な運による部分がある。ある期間での極端な結果は非常に幸運、もしくは不運であった結果であり、時間とともに運の影響が強くなくなってくることで、結果も極端ではなくなる傾向を見せる」[p.214

・ハロー効果とは「一般的な印象に基づいて特定のことを結論づけてしまうような人間の傾向のこと」[p.216]。

・「人は小さなサンプル・サイズから根拠のない結論を推測する傾向がある(カーネマン、トベルスキーによる)」[p.222

上記のような事例のそれぞれについて、著者は各章の終りに対策を述べていますが、全体のまとめとして、次の点をアドバイスしています[p.231-242]。ただし、「すべての意思決定に対して本書で述べた思考のプロセスを当てはめる必要はない。」「たいていの場合は何をしたらよいのかは明らかであることが多い。本書の価値は、その意思決定の影響が大きい場合や、自分にとって自然な意思決定プロセスが、最適とは言えない選択につながる時に発揮される。」とのことです。

・注意力を高める:意思決定の過ちはたくさんの人に共通に起こる。

・他人の立場に身を置いて考える

・運と実力の役割を理解すること

・フィードバックを得ること

・チェックリストを作成する

・決断する前にはよく検討しよう

・どんなに気をつけても、予測できないことがあることを知る

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本書に述べられた意思決定における罠を考えてみると、次のような要素があるのではないかと思います。

1、無意識の思考特性に依存するもの(プライミング、係留と調整のヒューリスティックなど)

2、現象や事実に対する知識や認識不足、認識の誤り(平均への回帰の軽視、ハロー効果、状況の軽視、相関関係と因果関係の混同など)

3、対象自体の予測不可能性(複雑系の現象、創発、発散現象やその原因と発生タイミングの予測、確率的な現象など)

中にはこれらが複合しているものもあると思いますが、それぞれの要素については対応の心構えが違うように思います。1、に対しては、人間がそういう思考をしやすいことを認識し、そうした兆候が見られたら考えを修正していくことが重要でしょう。2、については、論理的な思考方法を学ぶことで、正しい判断に近づく可能性があります。3、については人が予測できない課題があることを認識し、そうした場面に遭遇した時の悪影響を極力軽減するような準備が必要、ということではないでしょうか。ただし、このような点に注意し、様々な可能性を考えておくことには労力がかかりますので、これをどこまで実践するかは、その努力と意思決定の誤りによるリスクのバランスを考慮しなければなりません。研究開発のように不確実な課題に挑む場合には、十分な検討を行なうことができずに先に進まなければならない場合もありますし、時間的制約のためにあいまいな意思決定をしなければならないこともあると思います。なるべく正しい判断ができるよう心がけることはもちろん重要ですが、正しいという保証のない意思決定をする時こそ、そこにどんな罠がひそんでいるかを知っておくことは重要と考えます。


文献1:Mauboussin, Michael J, 2009、マイケル・J・モーブッサン著、関谷英里子訳、「まさか!? 自信がある人ほど陥る意思決定の8つの罠」、ダイヤモンド社、2010.


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参考リンク


 

 

 

ビジネス書の間違い?-『なぜビジネス書は間違うのか』

一橋ビジネスレビューの2010年夏号(vol.58No.1目次はこちら)に推薦文が出ていたので、以下の本に目を通してみました。

 

P. Rosenzweig(ローゼンツワイグ)、2007、桃井緑美子訳、「なぜビジネス書は間違うのか」、2008、日経BP社:[文献1]

 

原著の書名は「The Halo Effect」です。邦題はやや際物のような感じですが、内容は極めて示唆に富むものでした。ちなみに、邦訳副題は「ハロー効果という妄想」となっています。

 

まず、「Halo Effect(ハロー効果)」とはどのようなものなのかについて確認しておきましょう[文献1p.91-94]。著者は、ハロー効果とは「認知的不協和(訳注:個人に与えられた情報に矛盾があるとき生じる不快感)を解消するために、一貫したイメージをつくり上げて維持しようとする心理的傾向」としています。この効果は、1920年にアメリカの心理学者ソーンダイクが報告したもので、陸軍での兵士の評価において、「優秀」と思われている兵士はほぼすべての項目で評価が高かったのに対し、そう思われていない兵士はどの項目も標準以下だった、という調査結果から、後光(ハロー)が射している様子になぞらえたものとのことです。

 

よりわかりやすい例としては、2001911日の同時多発テロ直後、ブッシュ大統領の総合的な支持率が急上昇した際に、ブッシュの経済政策への支持率までもが上昇した現象が挙げられています。さらに、見たところ客観的な情報に基づき、他のもっと曖昧な特徴をそこから判断しようとする傾向もみられるとし、ブランド構築による好感度向上や、人事採用の際に出身校や成績を前もって知っていると面接態度や質問への受け答えの評価が影響されることも例として挙げた上で、ハロー効果の一側面として「信用できると思われる手がかりをもとに、それ以外の面も評価してしまう人間の自然な傾向」を挙げています。

 

ビジネス分野でのハロー効果としては、例えば、会社の業績がよければ、具体的には評価しにくいモチベーション、リーダーシップ、企業文化、顧客志向、従業員の質などもよく評価されやすい、という形で現れることがあり、「結果がよかったと知っていると、結果を出すまでのプロセスにもよい評価を与える」ことになる、と述べています[文献1p.95-109]

 

こうした傾向からRosenzweigは、企業調査によって科学的に意味のある結論を得たいならば、上記のハロー効果を避けることが必要、と主張しています。そして、ハロー効果への配慮が不十分なビジネス書として、ピータースとウォーターマンの「エクセレント・カンパニー」、コリンズとポラスの「ビジョナリー・カンパニー」、コリンズの「ビジョナリー・カンパニー2」、ジョイス、ノーリア、ロバーソンによる「ビジネスを成功に導く『4+2』の公式」を挙げています。これらは、いずれも詳細な調査に基づいて、企業の成功の秘密を解き明かしたとされるビジネス書ですが、Rosenzweigは、これらの本で考察に用いられた材料は、新聞雑誌の記事やビジネススクールのケーススタディ、過去を振り返るインタビューであるために、それらのデータはハロー効果にまみれていて [文献1p.199]、そこから得られた結論としての企業成功の秘訣は科学的な意味を持たないとしています。すなわち、これらの本で述べられた業績向上に結び付くとされる特徴は、好業績を説明できるものではなく、多くの人がハロー効果によって業績のよい企業はそのような特徴を持っていると思っているだけ、ということになるわけです。

 

私自身、ノートでいくつか引用したように、「ビジョナリー・カンパニー」「ビジョナリー・カンパニー2」を読んで、その内容にはそれなりに実証的根拠があるものと思ってしまいましたので、こうした指摘に接すると自らの洞察不足を痛感します。もちろん、私もこの本の指摘どおりに実行すれば企業経営が必ずうまくいく、とまでは思えませんでしたが、特定の個人がマネジメントの思想や自らの経験に基づく信念を述べた意見よりは、多くの企業についての多くの意見を集めることにより導かれる意見の方が信頼性が高いのではないか、という気がしたのも事実です。しかし、ハロー効果を考慮するとRosenzweigの主張に屈せざるをえないという気がします。

 

恐らく、私が「ビジョナリー・カンパニー」を信用してしまった原因は、ハロー効果に対する認識の甘さとともに、新聞記事やインタビューといったデータの信頼性の低さを認識できていなかったこともあると思われます。技術者として、常に「本当にそうか?」「なぜそうなのか?」と問うことを心掛けてきたにもかかわらず、専門外の分野ではあっさり「本当にそうか?」という問いが甘くなってしまったというわけです(専門分野であれば、新聞記事を鵜呑みにするようなことはない(はずな)のですが...)。

 

ただし、科学的な判断としてRosenzweigの主張が正しいとしても、だからといって「ビジョナリー・カンパニー」の内容が意味をもたないことにはならない、とも思います。Rosenzweig自身も、こうした本にも「ストーリー」としての意味があり、「企業マネジャーはノウハウを求めてこうした類の本を読みつづけ、新しいヒントを得ようとする。それはやむをえないことだし、その姿勢は健全でもある」と述べています[文献1p.264]。要するに、「ビジョナリー・カンパニー」が主張する、「企業の永続や飛躍に必要な要因が解明できた」、という結論が誤りなだけであって、個々の要因の有効性までもが否定されたわけではないわけですから、同書で成功要因とされた内容については個別に有効性を判断して必要に応じて活用すればよい、ということになるのではないでしょうか。

 

実際のところ、科学技術の分野でも、真理の証明だけを目的としているわけではありません。学問分野全体として真理を追究することが大前提としても、個々の研究者はほとんどの場合、自らの能力の範囲で過去の知見よりも少しでもよいから進歩した発見なり理論なりを発表します。そして、それをヒントに別の研究者がさらにその技術を検証、発展させたり、それに反論することで真実を明確にしたり、という相互作用を繰り返しながら学問全体が発展していきます。それぞれのアプローチは様々であって、中には貧弱なデータをもとに大胆な仮説を発表する人もいますが、こうした仮説は後につづく研究者たちによって評価され、誤った説は淘汰されていく結果、真実に近づいていくことになります。また、その検証の過程で新たな発見が生まれることもあります。さらに現実的には、科学的に正しいと証明するためにはかなりの時間と労力が必要となることが多いので、立証を待ってはいられない場合もあり、その場合には乏しいデータに基づいて判断を下さなければならないこともあります。その際の判断根拠、作業仮説として、間違っているかもしれない仮説であっても存在意義はあるはずです。

 

つまり、こうした仮説を提供する本として「ビジョナリー・カンパニー」を読めばよいのではないでしょうか。私もこの本を読んだ時、説得力のある内容だと感じるとともに、この主張が正しいかどうかは後世の検証によってはっきりわかるだろう、とも感じました。Rosenzweigは実はこの本でその検証もしていて、エクセレント・カンパニーやビジョナリー・カンパニーで優良企業とされた企業がその後の業績があまり芳しくないことも述べています[文献1p. 146-149158-161]。ビジョナリー・カンパニーはいよいよ旗色が悪い状況ですが、それでも、仮説や判断材料を提供したという価値は持っていたと言えるでしょう。また、原因をはっきり断定することはできなくても、ビジョナリー・カンパニーで取り上げられた企業は、一時期大きく成長したという事実は残りますので、ハロー効果にまみれているとはいえ、成長の要因として述べられたことは悪い方向には作用していないだろうという推理もできると思います。好業績と特定の要因を結びつけたことが誤りであったとしても、単に望ましいマネジメントの方法を知りたい、という目的にとっては意味のある指摘も含まれているかもしれません。

 

最終的にはRosenzweigは「どうすれば成功するのかという疑問の答えは簡単だ。これさえすれば成功するものなどない」「企業の成功には運が大きな働きをすることを認めよう」[文献1p.244-245]と述べています。最近の別の著者による記事でも、「好業績企業の7割が実力ではなく運である」という結果が発表されています[文献2]。その記事では、Rosenzweigと同様にエクセレント・カンパニーやビジョナリー・カンパニーのような成功事例研究の問題点を指摘し、それらの研究から導かれるアドバイスの有用さは、寓話と同程度のものであって、「成功事例研究も、ハウツーを教えるマニュアルとしてではなく、インスピレーションを得る源、そして内省を促すものとして受け止めるべきである。そしてその価値は、文章を読むことにあるのではなく、行間を読み取ることにある。」としています(でも、運によって成功したとは言い切れない残りの3割に何か成功の秘密があるならそれを知りたいとは思いますが)。結局のところ、「本当にそうか?」と慎重に判断し、「なぜそうなのか?」を考えた上で納得できるものがあれば、その範囲で参考にする、という姿勢が重要なのでしょう。私自身にとっては、企業の業績を高める秘訣よりも、いかに研究マネジメントを行なうか、の参考にすることの方が重要ですので、この本で指摘されている問題点を認識した上で、利用できるところを利用すればよいのではないか、などと思っています。いずれにしてもためになる本でした。

 

 

文献1P. Rosenzweig(ローゼンツワイグ)、2007、桃井緑美子訳、「なぜビジネス書は間違うのか」、2008、日経BP
なぜビジネス書は間違うのか ハロー効果という妄想

文献2M.E. Raynor, M. Ahmed, A.D. Henderson, Diamond Harvard Business Review, (2009), No.8, p.12.

英語版要約はこちら
 上記による元になった記事(英語)はこちら

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