研究開発マネジメントノート

研究開発とそのマネジメントについてのいろいろ

野中郁次郎

イノベーションに関わる人々(「イノベーターはどこにいる?」豊田義博著より)

イノベーションを起こす人はどんな人か。どのようにして起こすのか。イノベーターと呼ばれる人材がイノベーションをリードする場合が多いのは確かでしょうが、具体的にはどんな人なのか、どのようにしてイノベーションを進めるのか、といったことはそれほどわかっていないと思います。よく取り上げられる起業家的なイノベーター(例えばスティブ・ジョブズ氏など)が理解できれば、イノベーターがわかったことになるのでしょうか。その人たちのやり方は、一般の企業における研究開発にもそのまま役立つのでしょうか。

そうした疑問に答えるためには、様々なイノベーション事例を調べてみることが必要でしょう。今回は、リクルートワークス研究所によるレポート「イノベーターはどこにいる? Works誌連載『成功の本質』再分析による才能開花メカニズムの探究」(豊田義博、萩野進介、坂口祐子、長瀬宏美)[文献1]に基づいて、イノベーションに関わる人の問題について考えてみたいと思います。

このレポートでは、リクルートワークス研究所のWorks誌に掲載された野中郁次郎氏と勝見明氏による70を超えるイノベーション事例の記事から、「企業が主体となっている新事業・商品・サービス開発案件」を26例選び出して行った解析結果がまとめられています(この連載記事のいくつかは、本にもまとめられていて、このブログでも以前に「イノベーションの知恵」をとりあげました)。もちろん、ここで取り上げられた事例が世の中のイノベーションを偏りなく代表しているとは限りませんが、ある程度幅広いサンプルに基づいた解析は貴重と言えるでしょう。

このレポートの特徴は、イノベーションに関わる人々に焦点を当てていることだと思います。イノベーションのリーダーに関する分析は他の例もありますが(例えば「イノベーションのDNA」など)、イノベーションを主導するイノベーターの周囲にいてイノベーションに関わった人の役割まで分析の対象にしているところは本レポートの大きな特徴と言ってよいと思います。著者は、「実は、イノベーションには、いくつかのタイプがあり、それぞれで求められるイノベーターのスタイルが異なっているのではないだろうか。改めてイノベーションそのものを類型化し、そのうえで、イノベーターに求められる要素、才能開花メカニズムを整理する必要があるのではないだろうか。・・・プロジェクトメンバー以外の登場人物に、もっとフォーカスしてもいい。・・・イノベーターが引き起こしたイノベーションストーリー、彼らがイノベーションを起こすまでのキャリアストーリーに着目する・・・その調査分析結果をまとめたのが、本書である[p.3]」と述べています。イノベーターだけでなく、その周囲にいる人物にも注目することは、組織的なイノベーションの進め方を考える上で実務家にとってもきわめて意義のあることだと思いますので、以下、著者らの分析結果について考察してみたいと思います。

イノベーションストーリーのタイプ分類
・26件を何に主導されているかという視点で分類すると、「コンセプト主導型(新たな価値を創出しこれまでにない領域の市場開拓を実現)」15件、「ニーズ主導型(世の中の変化により社会的需要が高まった領域に対応)」7件、「技術主導型(技術革新がイノベーションの中核になる)」4件[p.4]、となる
・「イノベーションストーリーのタイプ分類においては、技術主導型、ニーズ主導型、コンセプト主導型それぞれで物語の構造が違うのではないか、という仮説を当初は持っていた。・・・しかし、技術主導型、ニーズ主導型、コンセプト主導型という区分けでは、大きな差異は見いだせなかった。[p.5]」
・イノベーションストーリーを分ける2つの軸[p.5]:以下の2つの軸で分類すると、イノベーションのストーリーに大きな差があることが見えてくる。
1、公式か非公式か:「そのイノベーションが、トップマネジメントなどから『ミッション付託』された公式的なプロジェクトから生まれたものなのか、いわゆる『闇研究』のような非公式な取り組みから生まれたものなのか」
2、個人主導か組織創発か:「主人公が中核的なポジションを占め、全体をドライブし、周囲が支えている『個人主導』なのか、主人公がプロジェクトリーダーのポジションにいながらも、プロジェクトメンバーそれぞれが連携したり相互乗り入れをしたりしてイノベーションを形にしていく『組織創発』なのか」

ストーリーを構成する8人の登場人物
A
、主人公:イノベーティブな商品・サービスを生み出す中心人物。
B
、師:主人公のスタンス、マインド、知識・技術に多大な影響を及ぼす。
C
、預言者:主人公の能力・資質・可能性を察知し、会社の未来につながる新たな市場創造の使命を主人公に託す。直属上司、上司の上司が該当する。
D
、庇護者:イノベーションの芽は、社内調整などのプロセスにおいて、幾度となく潰されそうになる。そうしたときに、主人公を守る存在。担当役員や部門長が該当する。
E
、官僚:自社のこれまでの実績や当面の業績、既存のシステム、知識・技術の維持を重視し、新たな試みを批判する。
F
、君主:過去の因襲や業界の常識をくつがえすような大胆な意思決定を行い、イノベーションの道を拓く。経営者、役員が該当する。
G
、同志:主人公のパートナー、部下。
H
、寄贈者:イノベーションにつながる新たな知提供や人材紹介をしてくれる。

イノベーションストーリーの3つの型とその特徴(上記の2つの軸による分類)
1、X:ミッション付託(公式)かつ組織創発、「組織的知識創造型」(13例)
・「ストーリーの発端は、君主(トップマネジメント)による新たなビジョンの提示から始まる。・・・企業が社会に提供していく新たな価値の方向性が緩やかに提示され、その中核を任された主人公(ミドル)とその同志であるプロジェクトメンバーが組織化される。それぞれの専門性をベースに集まりながらも、視界を1つにし、連携し、ある時には自身の持ち場以外のことにもどんどん“口出し”しながら、チームが一体となってプロジェクトが進んでいく。・・・これは野中氏の名著『知識創造企業』で、日本企業成功の最大要因と謳われた組織的知識創造そのものである。[p.7-8]」(事例:マツダロードスター)
・本業との関連が密接で、必要欠くべからざるイノベーションと認識され、リソースが大きい。[p.10
・イノベーター:「強いメンバーシップ意識を持ち、経営の型を身に付けた人材」[p.33
・カギとなる人物は、「自社ならびに従業員を深く理解する人徳ある君主」[p.33
2、Y:闇研究(非公式)かつ個人主導、「ハイパーイノベーター型」(4例)
・「強い信念を持った主人公が、極めて大きな存在を占めている。何らかのきっかけによって、自身がなすべきこと、成し遂げたいことを見出した主人公が、それを組織のなかで公式化しようと働きかけると同時に、同志を自らリクルートしていく。・・・上司、部門長のなかに庇護者が隠れているケースが多い。・・・寄贈者が現れることで、プロジェクトが前に進む、という点にも特徴がある。・・・このタイプの主人公は、突出した個性的な才能を持っている。[p.8]」(事例:ヤマト運輸まごころ宅急便、富士通プラズマディスプレイ)
・「本業と関連が薄い、あるいは関連が公式に認められていないがゆえに、イノベーションを推進する必要性をトップが感じていない。そのため、研究開発の初期段階では、闇研究、闇開発としてスタートせざるを得ません。[p.10]」
・イノベーター:「社会問題や特定テーマへの強い信念を持ち、傑出した個性を持った人材」[p.33
・カギとなる人物は、「官僚の圧力に屈せず、ヒト・モノ・カネを動かして主人公を支援する庇護者」[p.33
3、Z型:ミッション付託(公式)かつ個人主導、「ヒーロー誕生物語型」(9例)
・「主人公は、初期の仕事における刷り込みや失敗などから、仕事に望む基本姿勢、イノベーションにつながる知識・技術を学ぶ。他者の成功・失敗から学ぶことも多い。・・・後に、異動などにより、イノベーションを起こす舞台へと誘われる。そして、・・・自身が担うことになるイノベーションのビジョンを託される。・・・庇護者が前面に出ることでストーリーは前へと進み、混迷した状況を打開する君主の大胆かつ新しい意思決定により、道が拓けていく。」(事例:キリンフリー、ヤマハ光るギター、JR東日本エキュート、三菱自動車アイ・ミーブ、サントリー伊右衛門)
・「本業に関連するものの、そのレベルは組織型に比べると低いので、割けるリソースも組織型に比べると小さい。ただ、初めにトップのお墨付きを得ているため、闇研究の必要はありません[p.11]」
・イノベーター:「師から学び、高度なメタ学習力を持ち、常識に挑戦できる人材」[p.33
・カギとなる人物は、「主人公にふさわしい人物を見つける目利き能力を持った預言者、官僚の圧力から主人公を守る庇護者、錦の御旗を掲げ道を拓く君主」[p.33
(4)、闇研究(非公式)かつ組織創発は今回調査での事例なし。
・野中氏による分析では、「アメリカ企業の3Mやグーグルが目指すイノベーションはここに該当するでしょう。どちらも勤務時間の一定割合を自分の好きな活動や研究に使っていいという社内ルールがあり、現にそうやって生まれたイノベーションがたくさんあります。[p.10]」

それぞれの型に応じたイノベーション創発のための方法、課題
1、X型(組織的知識創造型):「これまで日本企業のなかで数多く生み出されてきた得意技だ。今後も、このタイプのイノベーションを継続させていくことが肝要である。しかし、多くの企業において、その前提となる『多くの従業員が強いメンバーシップ意識を持ち、自社の企業経営の型を身に付けている』という状態には、綻びが見られる。[p.31]」
2、Y型(ハイパーイノベーター型)のための処方箋:「傑出した個性の持ち主を潰さない、キャリアコースを多様化させる」[p.33
3、Z型(ヒーロー誕生物語型)のための処方箋:「目利き能力を持った預言者の発掘と要所への配置、トップマネジメントへの『庇護者』『君主』教育」[p.33
―――

私のような実務者にとって、このレポートの特に興味深いところは、それぞれのイノベーションのストーリーにおいて、イノベーターの特徴と、イノベーターの周囲の登場人物の役割が整理されている点です。イノベーションにイノベーターが必要だというのは当たり前のことでしょうが、イノベーターを発掘し、伸ばし、支援するのは周りの人や組織の仕事でしょう。それをどのように行えばよいか、著者らの分析は実務家にもヒントを与えてくれるように思いました。どのタイプのイノベーションにどのタイプの登場人物が出てくるのかは、著者も分析していますが、著者らの分析を定量的に整理すると以下のようになります[p.7の図表3を整理]。下の図は、XYZそれぞれのタイプのイノベーションのうち、師、預言書、庇護者、官僚、君主、寄贈者が現れる割合です(主人公と同志はすべての事例に現れますので除外しました)。

イノベーターはどこにいる図
X
型(組織的知識創造型)では、全12件(文献の図表3は図表1より1件減っています)のうち、10件の事例(83%)に君主が登場し、その他の登場人物は現れる頻度が低めです。これに対し、Y型(ハイパーイノベーター型)では君主はあまり登場せず、イノベーションを邪魔する官僚と、庇護者、寄贈者が顕著です。Z型(ヒーロー誕生物語型)では、やはり邪魔者の官僚が登場しますが、君主、庇護者、預言者、師の登場比率が高くなっています。

イノベーションタイプが個人主導(YZ)か組織創発(X)かで違いを見ると、個人主導の場合、官僚と庇護者が多く出願する点が顕著です。おそらくは、組織創発のケースでは、君主が指示し、豊富なリソースが確保されているため、反対者(官僚)が現れにくく、庇護者も必要としないのに対し、個人主導の場合には、官僚が現れやすいため、庇護者が必要になる、と考えることができると思います。イノベーションタイプが公式(ミッション付託XZ)か非公式(闇研究Y)かでの違いを見ると、寄贈者の違いが顕著です。寄贈者は、「新たな知提供や人材紹介」の役割を担っていますが、これは非公式(闇研究)型イノベーションプロセスにおける異質なもの、意外なものとの出会いの重要性を象徴しているのかもしれません。イノベーション組織は、「多様性」が重要と言われることが多いですが、この「多様性」は、おそらく、このような闇研究から発生したイノベーションに特に効果的と言えるのかもしれません。

このような傾向を参考にすると、イノベーションのためには、どのような点に注意すべきかについて次のような示唆が得られると思います。
・個人主導のイノベーションでは官僚が出てきやすい。官僚がいなければおそらく庇護者はいなくても大丈夫なので、官僚的な行動を抑える仕組み、組織風土ができれば、おそらくイノベーション成功の確率は上がるのではないか。
・個人主導の公式プロセス(Z型)では、師や預言者の役割が重要なように思われる。個人主導の公式プロセスは、リスクが高い、規模が小さい、本業から遠いなどの理由で組織主導の公式プロセスが採用しにくい場合に適したプロセスだと考えると、こうしたイノベーションを活性化したいならば、失敗を容認してイノベーター候補を育て(師)、候補者を見いだして使命を託せるマインドを持った人(預言者)を増やし、イノベーターを育てるような組織風土を作るとよいかもしれない。
・イノベーション組織には多様性が必要とよく言われるが、すべてのプロジェクトで多様性を確保することはリソース面、運営面から難しいかもしれない。多様性の資源は、非公式プロセスに積極的に振り向けるようにするとよいのではないか。

本論文で著者が提起した問題は、イノベーションを考える際には実行する人の観点も重要である、ということなのかもしれません。こうした視点は従来のイノベーションの整理の仕方とは異なるかもしれませんが、実務家にとっては重要な示唆を与えてくれるのではないでしょうか。組織的知識創造の考え方が日本企業の分析から導かれたように、日本企業のイノベーションの進め方を考える上でも興味深い考え方、分析なのではないか、とも感じましたがいかがでしょうか。


文献1:豊田義博、萩野進介、坂口祐子、長瀬宏美(「成功の本質」再分析プロジェクト)、「イノベーターはどこにいる? Works誌連載『成功の本質』再分析による才能開花メカニズムの探究」、Works Report 2014、リクルートワークス研究所
http://www.works-i.com/pdf/140603_inv.pdf

参考リンク<2015.2.8追加>




「ビジネスモデルイノベーション」(野中郁次郎、徳岡晃一郎編著)より

イノベーション実現のためには、ビジネスモデルを考慮する必要があることについては、本ブログでも何回か取り上げました(2012.1.92013.3.17)。ただ、ビジネスモデルについては、新しい事業の仕組みづくりや儲けのからくり構築、といった観点から議論される場合が多いようにも思います。今回は、野中郁次郎、徳岡晃一郎編著「ビジネスモデルイノベーション」[文献1]に基づいて、やや広い観点からビジネスモデルについて考えてみたいと思います。

編著者らは、「暗黙知をベースにして創造される高質な知を単にモノづくりに終わらせることなく、新たなやり方で価値に変える経営モデルに衣替えしないといけない。すなわち、それが本書の主題であるビジネスモデル・イノベーション(BMI)だ。・・・共通善をベースにしたビジョンをもとに、組織的知識創造の枠組みを築き、既存の産業の固定観念や企業内のしがらみを取り払ったうえで、世界の再創造のためのビジネスモデルに作り替える組織能力を構築しなくてはならないのである。それが知識ベースのビジネスモデルの変革であり、われわれが提唱する『事業創生モデル』である。[p.4]」としています。そして、「事業創生モデルをさまざまな角度から明確にするべく、編集する形でまとめた[p.5]」ものが本書、とのことです。以下、各章の内容の興味深い点をまとめてみたいと思います。

序章:賢慮の戦略論への転換(野中郁次郎)

・「2008年のリーマンショック以降、ビジネスを貫く戦略観は急速に変わりつつある。大きな変化は2つある。第一は、共通善への思いだ。・・・第二は主観を排除した論理思考偏重の破綻だ。[p.17-18]」

・「これまで二律背反してきた収益性と社会性に関するわれわれの暗黙の了解を覆し、両者の二律創生を共通感覚として組み込んだ新しい次元の競争で、われわれは世界の発展、未来の創造をめざすべきなのだ。その中核にあって高次元のバランスを図るのが賢慮である。・・・賢慮の戦略を具現化することはすなわち、本質的に真善美を追求する『知』を『価値』に変えるダイナミックプロセスを実践することであり、そのビジネスモデルがわれわれの提唱する知識創造理論を組み込んだ『事業創生モデル』(Business Creating Model)なのである。[p.20]」

第1章:事業創生モデルの提言――知を価値に変える(野中郁次郎・徳岡晃一郎)

・ビジネスモデルを革新していくために新たに重要となる知的姿勢は、1)未来探索(未来を探り当てていく仮説思考や漸進的・実験的な態度が重要になる)、2)試行錯誤、3)共創(多くの関係者とのコラボレーションで進める)。[p.35-37

・実践知プロセスとは、1)自分なりの将来の仮説の下での自分のビジョンを創出する、2)そのビジョンをめざして、当面の目標を仮説的に設定する、3)その実現へと現場主義の強みを活かしてまず行動する、4)実践から学び、次なる目標をより正しい方向で設定する、5)ビジョンやビッグピクチャーを意識し、そこに意識的に近づくための漸進的なアブダクティブな知的意図を忘れない、6)このような作法を通じて毎日の業務を振り返り、こなしていくことで、本質が見え目の前に徐々に未来が像を結び始める、7)より鮮明になってきたビジョンに目がけ、次の実行目標は、よりクリアな方向感を持って設定することが可能になる、8)ビジョンと実践の往還運動から導かれる高い志と透徹したリアリズムのプロセスによって、仮説検証を行ない、より高質な目標設定につなげていく。[p.38-39

・事業創生モデルのフレームワーク(オスターワルダーらのモデルを知識創造の視点で発展させたもの):4層構造からなる。第1層は存在次元(ビジョン)、第2層は事業次元(共通善に根差した『価値命題』、知を創造する『場』、賢慮を生み出す『実践知リーダー』)、第3層は収益次元(コスト構造、市場価値、利潤)、第4層は社会次元(より成熟した社会の創造への貢献)。[p.45-54

・「ムーンショットという言葉がある。月に向かって打つような大胆なプランのことをいう。世の中を変えるような夢を持ち、それを達成する大きなビジョンを描き、ビジネスプランに落とし込んで実験しながら、夢に近づいていくのが事業創生モデルなのである[p.58]」

・事業創生モデルを起動させる3つのカギ:1)価値命題の刷新、2)関係性の刷新、3)実践知プロセスの高速回転。[p.59

第2章:ビジネスモデル・イノベーション競争――ビジネスモデルの多様な展開事例(根来達之・浜屋敏)

・オスターワルダー=ピニュールの「ビジネスモデル・キャンバス」が利用可能。核心は価値命題。[p.88

第3章:日産のグローバル・ビジネスモデル・イノベーション――対談、カルロス・ゴーン×野中郁次郎

・BMIを成功させるための土台は「ビジョン」(個々人が働き方を決めるための大きなピクチャー)[p.128

・「共通善のための行いは、必ずリターンを生む・・・重要なことは『将来の共通善』を探究すること」[p.134

・日産の危機管理:1)アセス(状況評価)、2)プラン(何をすべきか)、3)エンパワー(権限委譲)、4)トップの覚悟とコミットメント、5)ラーン(学ぶこと)[p.143-146

第4章:政府レベルのビジネスモデル・イノベーション――知識創造国家をめざすシンガポール政府の挑戦(大屋智浩)

・「シンガポールでは2000年頃から急速に知識創造型経済への転換を進めており、持続的な世界のイノベーションセンターの一角となるべく政策を打ち出している。」「ビジネスモデル・イノベーション(BMI)をまさに国家レベルで進めている」「土地も天然資源も限られたシンガポールにとって、自らを常に世界中から魅力あるイノベーション創出の『場』として、プロデュースし、内外の人材・企業から『場』として利用されていくことが、シンガポールの発展にとって不可欠である。」「シンガポール政府は、まさにそのプロデューサーとしての役割を発揮している。」[p.149-151

・シンガポールではITコンテンツ開発、水資源開発、バイオメディカル・サイエンスを成長の柱と位置づけ、集中的な投資を進めている。[p.154

・知の交流拠点を作ること、次世代育成、海外からの人材引き抜き、などをはじめとして、「研究者の嗜好に合致するような政策が総合的に展開され」「さまざまな政策が連携して、知識創造型経済を創り出すために相乗効果が出るように運営がなされている[p.162]。

・行政の仕組みとしても、柔軟な予算編成、上下の情報の流れをスムーズにする、省庁間の摩擦や組織の壁をなくす、優秀な官僚を育て集める、プラグマティズム(実用主義)、メリトクラシー(能力主義)、インテグリティー(反腐敗、高潔)という風土を定着させるなどの環境が整えられている。[p.163-178

第5章:社会インフラ事業モデルの構造と戦略展開――ナレッジエンジニアリングの視点(旭岡叡峻)

・「情報ネットワーク技術の進展、ソフトやサービス技術の進化、また各種機能材、センサー、ナノテクノロジー、バイオテクノロジーなどの新技術のブレークスルーによって、数年前からそれらの新しい技術を応用した社会インフラ整備事業(メガソーラー開発、環境循環都市)、未来産業の集積を意図した未来都市開発事業(研究都市、デザイン都市)、先進国のスマートシティ開発、持続可能な社会づくりのための都市システムの再構築など、新たな『社会インフラ事業』が展開され始めている。[p.183]」

・「社会インフラ事業の経営には、社会課題を解決するための的確な判断とめざすべき社会条件を形成する合意形成プロセスが不可欠であり、さまざまな試行錯誤と実践を通じて生まれる実践知の方法論が重視されなければならない。[p.212]」

第6章:ビジネスモデルとデザイン思考――ビジネスモデル・イノベーションの実践知(紺野登)

・「ビジネスモデル・イノベーション(BMI)の本質は、顧客や現場の視点で関連する要素をいったん破壊し、新たな関係性を生み出す『知識のデザイン』である。[p.215]」

・「顧客の現場観察や社会トレンドなどから顧客価値を洞察し、それに沿ってできるだけ数多くのプロトタイプを創り出し(プロトタイピング)、試行錯誤を通じて事業を具現化する。その後も、変化の余地を残しながら、試行錯誤を続けていかなければならない。これがデザインアプローチ、デザイン思考(design thinking)の基本である。論理分析的に最初に計画を立てるアプローチやPDCAとは異なる視点である。[p.229]」

・「具体的には、まず顧客の現場から顧客価値を感知する(エスノグラフィーデザイン)、事業を取り巻く変化要因を(非決定論的に)認識する(シナリオ・ベースド・デザイン)、次に、顧客価値を提供するための資産・能力の関係性を生み出す(ビジネスモデル、パタンランゲージによるデザイン)といったツールを用いながらデザインアプローチをとるのが望ましい。[p.229-130]」

第7章:ビジネスモデル・イノベーションを阻む「しがらみ」からの脱却――ハードルを越える実践アプローチ(木村雄治)

・「しがらみとは、利益を生まずに負債化した関係性と定義できる。[p.255]」これは、BMIが失敗する大きな原因のひとつとして明らかになった。「企業経営において問題となる『しがらみ』に共通して言えることは、1)その関係性自体が不採算である一方で、2)その関係性がなければ現状の事業が成立しなくなるリスクがあり(または、そう思われており)、さらに3)永く過去から継続してしまっていて、半ば社内常識化している、という特徴である。[p.256]」

・しがらみにとらわれている理由は、「その企業が『自らの創造する価値を見失っているから』であろう。[p.259]」

・「つまり、企業が自らの本来的な価値よりも、諸々の関係性に依存するようになることで、徐々にしがらみにとらわれ、さらに自らの経済的価値を棄損してしまうというネガティブスパイラルに陥っていくのである。しがらみに陥らないためには、自社の企業ビジョンと価値命題を明確にして、さらに強い信念でそれを推進する勇気を持つことである。[p.261]」

第8章:事業創生モデルを推進するイノベーターシップ――知を価値に変える新たなリーダーシップ(徳岡晃一郎)

・「ビジネスモデルを創造していくリーダーには、金儲け以上のことが求められる。それは共通善を視野に実践知のプロセスを執拗に回し、困難を乗り越え、社員やパートナーを奮い立たせ、顧客、社会、世界を明るくしていく能力だ。そのようなリーダーたちの持つ最も重要な資質が実践知(practical wisdom)である。[p.279]」「その能力には6つの要素があるとされる。1)『善い』目的をつくる能力、2)場をタイムリーにつくる能力、3)ありのままの現実を直観する能力、4)直観の本質を概念に変換する能力、5)概念を実現する能力、6)実践知を組織化する能力。[p.280-281]」

・「事業創生モデルを引っ張り、社会を変えるために知を創造し価値に転換していくコアになる活動を野中郁次郎教授と筆者は『イノベーターシップ(innovatorship)』と名付けている。[p.287]」その条件は、「一見矛盾する共通善を希求する高い志とビジネス嗅覚の二律共存、同時追求」、それを支える原動力は、「強烈な原体験と自分でもできそうだという達成イメージからくる自信」であり、「自らのコンセプトを明確にし、発信力を鍛え、影響力を行使していくスキルが重要」、「集団としてのやり抜く実行力を醸成するイノベーターシップの源泉は、人の気持ちを察する人間理解と感謝の念に根差した人間力である。場の形成の根幹には信頼関係が必要だからだ。」[p.287-294

・「成果主義を象徴する仕組みとしてのMBOを超えて、事業創生モデルの時代の人事制度のあり方としてまとめたのがMBB(Management by Belief、思いのマネジメント)[p.303]」

終章:賢慮のビジネスモデル・イノベーションへ向けて――統合型事業創生モデル(野中郁次郎・徳岡晃一郎)

・「事業創生モデルにはさらなる発展段階がある。それは、世界の諸課題へと視線を跳ばし、より良く共通善を達成していくために、個別ビジネスモデルを統合し、世界を巻き込むダイナミズムの中核になることだ。われわれ人類が乗り越えなければならない地球規模の課題へ挑戦するための知の結集である。それを『統合型事業創生モデル』(iBCM: integrated Business Creating Model)として提示してみたい。

・「今の日本の企業は、事業モデルの再創造が決定的に不足しているが、それはひとえに事業創生モデルを担う人材の不足にある。そういう人材を学校教育の段階から育ててこないばかりでなく、組織人になってからはモノのように酷使し、知の創造の主体とはとてもいえない扱いをしてきたつけが回ってきたものだ。知を創造する探究心や好奇心にあふれる姿勢、豊かな暗黙知を蓄える原体験や知的経験、そこからスパイラルアップする問題意識の深さなど、知の創造にとって不可欠なすべての要素において貧困な社員を作り上げてしまった。知的貧困化の悪循環に入り込んでしまっているのだ。スリム化でますます人材が減り、かつ雇用が流動化する中で、ストレッチターゲットに対しての意味づけ能力を欠いた管理職が成果主義のツールを振り回し、社員に対して目標を垂れ流している。知を創造するために不可欠なシャドーワークや部門間の連携の余地を、単年度利益をひねり出すための効率化により、絞り込んでしまい、仕事から面白みを削ぎ、知を創造する体力と気力を奪ってきてしまった。[p.344-345]」

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以上が私なりのまとめですが、本書は、副題にあるとおり、「戦略論」が主題であることには少し注意が必要だと思います。本書では、どうしたら儲かる(うまくいく)ビジネスモデルが作れるか、というようなハウツーはあまり述べられていませんし、例えば「共通善」についてもそれを重視すれば競合に勝てるとも言っていません(共通善の有効性の証明がなされているわけでもなく、例えばシンガポールの事例では共通善の位置づけは不明です)。従って、本書では多様なビジネスモデルの特性が示され、著者らの考える「あるべき姿」が提示されていると考えるべきでしょう。

しかも本書の指摘は、かなりトップレベルのマネジメント層を念頭に置いたものであるように思います。そのため、第一線の研究マネジャーにとっては、具体性に欠け、納得しにくく物足りない点もあるように思います。しかし、これからのイノベーションにおいて個別の技術ではなくビジネスモデルを考慮しなければならないこと、ビジネスモデルの考え方にはある程度のハウツーや知見が蓄積されつつあること、短絡的な成果主義よりは共通善や賢慮といった概念がこれからより重要になってくるだろうこと、などの著者らの洞察は時代の流れとしてすべての技術者やマネジャーがよく認識しておくべきことのように思いますがいかがでしょうか。


文献1:野中郁次郎、徳岡晃一郎編著、「ビジネスモデルイノベーション 知を価値に転換する賢慮の戦略論」、東洋経済新報社、2012.

参考リンク<2013.7.21追加>


 

 

「知識創造経営のプリンシプル」(野中郁次郎、紺野登著)より

野中氏らによる「知識創造」の考え方については、本ブログでも何回か取り上げてきましたが、非常に重要な示唆が多いと感じられる半面、難解な概念が多く、活用が難しいという印象も持っていました。そんな中、新たに発表された「知識創造経営のプリンシプル」(野中郁次郎、紺野登著)[文献1]は、「知識創造経営のための『ワーキングガイド』」として「実践的に理解するために、関連する諸々の断片的な概念をある程度まとめておきたい、そして体系的に総括・綜合しておきたい」、「21世紀の社会経済という文脈に、知識創造経営を再度置き直してみる」という2点を狙いとして書かれた本ということであり[p.v-vi]、期待を持って読みました。本稿では、その内容について、知識創造理論を使う立場からのまとめを試み、私なりの理解を述べさせていただきたいと思います。なお、本書の広範な内容のすべてをご紹介できていない点はご容赦ください。

知識創造経営の位置づけと意義

まず、著者らは、「知識社会化した資本主義社会において経済的価値を生むにはどうするか」[p.1]というドラッカーの問いから始め、近年の社会の変化を考察した上で、「21世紀の新たな社会経済状況の中で従来の戦略論や組織論には行き詰まり感がある。これに対する、知識社会経済における経営の考え方が知識創造経営であるといえる。[序章、p.26]」、「世界が新たな資本主義に向けて暗中模索を始めている。こうした中で、求められるのはいわば『人間中心の精神・価値観』に基づいた経済や経営のあり方である。それは賢慮(共通善実践のための智慧)に基づく資本主義(prudence-based capitalism、プルーデントキャピタリズム:より一般的にはワイズキャピタリズム)ではないかと考えている。それは人間中心の、実践的賢さを重視する経営だ。[p.vi-vii]」、「知識創造経営は、脱工業社会あるいは知識社会の経済に対応した、①個の知識と能力、②個と個の交わる『場』を『基本単位』とする経営モデルである」[p.44]と述べています。さらに、イノベーションとの関係について、「経済価値の多くは、ノウハウ、特許、著作権、ブランド、さらには背後にある開発力やイノベーション(新たな知識創造)力によって生み出される。我々はこれらの知を『知識資産』と呼ぶ。知識創造経営は知識資産によって価値を生み出す経営である。[p.64]」、「イノベーションとはこれまでになかった関係性によって知識資産を生み出し、組み合わせ、事業価値に変換することである。知識資産の価値を高めるために企業が行うべきことは、高質な知識創造プロセスの構築である。[p.67]」と述べていて、知識が生まれる現象への理解だけでなく、知識創造に基づく経営手法の構築も視野に入れた議論が展開されています。

実践のための基本則(プリンシプル)

その上で、著者らは、実践において大事になると思われる要素として10項目を挙げ、さらにその共通項を以下の3つにまとめています。[p.viii-ix

・共同体あるいはエコシステムにおける企業や顧客、パートナーなどの関係性を基盤とすること

・その起点としての「場」、すなわち間身体性あるいは相互主観性

・目的を追究して意味や価値を形成していこうとする意識に基づく生命論的な人間力

これだとややわかりにくいと思うのですが、要するに、周囲との関係を考慮すること、人が集まることで互いの知識を体感し深く理解すること、人間にとって重要な目的を意識すべき、ということと個人的には理解しました。おそらく上記の点を大切にすることで、知識の出会いによる知識創造の可能性を高め、周囲を動かし、実践につなげやすくできる、ということではないでしょうか。以下、10のプリンシプルのそれぞれをまとめます。

1、場(あるいは間身体性)に基づく経営

「場は『共有された動的な文脈あるいは意味空間』と定義される[p.27]」ということですが、「知識創造経営の起点となるのは、場における認識、経験、知識の獲得である。場は我々の経験の起点であり、身体性(embodiment)に基づくものである。[p.47]」という表現の方がわかりやすいかもしれません。間身体性の意味はややわかりにくいですが、「たとえば、相手をコントロールしようとしたり、命令に従わせようとしたりしても、人や組織は動かない。共通の考えを持ったり、経験をしたり、一体感を感じることで初めて内発的に人は動き始める。こういったときの根底にあるのが、相互主観性(間主観性ともいう)である。[p.29]」であって、「メルロー=ポンティは、相互主観性の本質は身体感覚に基づいて相互に浸透することで生まれる関係性、つまり間身体性(inter-corporeality)だと解釈した。[p.29]」、さらに、「身体的な認知活動とは、すなわち個々人が社会的に、他者との交わりを通じて暗黙知を獲得するプロセスである[p.48]」という説明からなんとなく理解できるように思います。著者は、実際にどの程度の他者との交わりが必要なのか(例えば、バーチャルな交流でよいのか)についてははっきりと述べていないように思いますが、ミラーニューロン(「他者の行動を見て、まるでわが事のように感じる共感能力(empathy)を司っているとされる[p.49]」)の重要性を指摘していることを考えると、直接会って交流することを重視しているように思われます。

2、実践的方法論に基づく経営

著者らは、知識創造経営の方法論として、「論理分析的アプローチとは異なる、実践主義的な思考の重要性を指摘したい[p.51]」と述べています。「いわゆる『複雑な問題解決』に対しては、分析と意思決定科学だけでなく、洞察や判断など、直観や人間知の動員が求められる。[p.52]」、「専門家が分析すれば問題が解ける、という時代は終わりつつある。(中略)今求められるのは、現場視点を持ったクリエイティブで発見的な分析だ[p.51-52]」、と述べ、ミンツバーグの「創発戦略」、デザイン思考における(ラピッド)プロトタイピング、アジャイルスクラムなどの実践的思考の例を挙げています[p.53]。「仮説的に知の創造と適用をインタラクティブにかつ段階的に進めていくやり方[p.54]」ともいえるでしょう。

3、知識創造理論に基づく組織プロセス

「市場は単に企業の外的環境として捉えられるのではない。(中略)企業は市場という生態系の一部として存在するという考えがますます重視されるのが知識社会経済、そして知識創造経営である。[p.70]」「組織的知識創造とは、組織が個人・集団・組織全体の各レベルで、企業の環境から知りうる以上の知識を、新たに創造(生産)すること[p.77]」。「知識創造のプロセスは暗黙知と形式知の相互変換[p.77]」。暗黙知と形式知の相互作用は、共同化(暗黙知から新たに暗黙知を得る)、表出化(暗黙知から形式知を得る)、結合化(形式知から形式知を得る)、内面化(形式知から暗黙知を得る)という4つのプロセス(SECIプロセス)で表わすことができる[p.77]。さらに、「直接経験を通じて環境における現場での現実に共感し(=共同化)、気づきの本質をコンセプトに凝縮し(=表出化)、コンセプトを関係づけて体系化し(=連結化)、技術、商品、ソフト、サービス、経験に価値化し、知を血肉化する(=内面化)、さらに、組織・市場・環境の新たな知を触発し、再び共同化につなげる[p.79]」、という具体例を示しているのはわかりやすいと思います。


4、戦略の物語的アプローチ

「伝統的に行われてきた戦略策定では、客観的な事業環境分析に基づいて課題を抽出し、指針を提示・指示する。しかし、(中略)現実の組織の現場では、行動すべき人々の気持ちがこれに参加しないので動かない。戦略と実践の間には大きな隔たりがある。[p.96]」、「人間は社会で協力関係を維持するとともに、他者との利害を調整しなければならない。(中略)共有される目的が共通善[p.99]」、と述べ、「知識創造経営の従来の経営との大きな違いは、(中略)共通善の追求といった目的を問う点である。[p.102]」としています。そして、「戦略やその計画を文書で配布しても、それは形式知にしかすぎない。戦略が組織を前進させる『知力』となるには、暗黙知つまり身体のレベルで共有理解されなければならない。そのために、暗黙知を大きく失わずに知を伝達できる形態としての物語に注目する。[p.107]」ということです。

5、実践的三段論法による実践的戦略思考

戦略の実践において有効な思考が実践知とされます。「意志決定ツリーに基づいて、相対的な数値の大きさや確率で方向を決める、という単純な比較が難しい、社会的価値判断や経営者や企業としての独自の価値判断が求められる複雑な問題に対処するのが実践知である。それは共通善に向けた価値基準を持って、個別のそのつどの文脈の只中で、なすべき実践(プラクティス)のための最善の判断ができる智慧であるといえる。[p.123]」。そうした実践知(フロネシス)の方法論として、実践的三段論法があり、「実践的三段論法では、目的があり、そのための手段があったときに、実行をすべきか、という判断を行なうという我々の日常的思考を表わしている。(中略)このように、実践的三段論法は必ず実行・実践を伴う。[p.129]」、「我々はすべては仮説であるという態度を持たなければならない。法則、理論などもすべて仮説であり、『知識は半分しか真でない』。(中略)我々はこうした仮説を用いながら、実践的な推論と判断をしていくのである。[p.131]」、と述べられています。

6、リーダーシップにおける賢慮のサイクル

「賢慮とは、個別具体の場において、その状況の本質を把握しつつ、同時に全体の善のために最良の行為を選び実践できるためのリーダーの智慧[p.148]」。それは6つの実践の行動サイクルすなわち、1)「善い」目的を作る、2)場をタイムリーに作る、3)ありのままの現実を直観する、4)直観の本質を概念に変換する、5)概念を実現する、6)実践知を組織化する、で示すことができ、「トップや特定のエリートに実践知が埋もれているままではいけない。彼らの実践知を、実践の中で伝承・育成し、組織的に自律分散型フロネシスを練磨することが必要だ。それを『集賢知』と呼ぶ。[p.149-161]」、とされます。

7、非ヒエラルキーの組織、ワークプレイスのデザイン

「知識創造経営においては、ヒエラルキー(階層的組織構造=一極集中あるいは官僚制、ビューロクラシー)に基づかない自己創出的組織と、それに適応した『ソーシャルリーダーシップ』(社会的関係性を創出するリーダーシップ)からなるオートノミー(自律的組織構造=自律的で分散的)の形態が望ましいと考えられる。なぜなら、我々は組織の成員を、指示命令に従って情報処理業務を行うホワイトカラーのモデルではなく、個が自律的に場を形成して知識創造するナレッジワーカーのモデルを通じてみるからである。[p.178]」、「基本となるのは、特定の業務のためや顧客価値を生む深い知識資産を、サイロ化を避けつつ、柔軟に活用できるようにする構造の創出にある。[p.195]」、「今後の組織設計においては、『場』における実践(プラクティス)についての理解とコンセプトがカギを握る。それは現場がどのような実践を行うかのモデル、仕事の仕方(ワークウェイ)などに基づくものである。[p.198]」、ということです。

8、顧客価値と知識資産の関係性としてのビジネスモデル

「ビジネスモデルとは、顧客にとっての価値を提供し、利益の流れを生み出すための内外の資産や能力の関係性を表わすロジック[p.214]」。「モノではなく、知の流れで経済的価値が生まれる[p.214]」。「コトが価値を持つ時代になると、ただモノを売っていただけでは利益が生まれなくなる。[p.222]」、「ビジネスモデル・イノベーションの課題は、知(知識資産)を利潤の流れに変換することである。顧客価値の実現のためには、さまざまな資源(知識資産)とパートナーとの関係性など、ユニークな関係性の創出が求められる。それは分析的作業からは出てこない。[p.218]」、「試行錯誤、反復的修正、プロトタイピングによるフィードバックが不可欠である。我々は論理分析的にビジネスモデルを構築しようとせずに、現場での具体的洞察や創造性の発揮を通じてビジネスモデルをデザインしなければならない。[p.219]

9、市場知と技術を融合する方法論としての知識デザイン

「技術は重要だが、科学的技術知に市場・顧客の知、組織の知を組み合わせなければイノベーションにはならない。[p.239]」、「イノベーションとは、革新的な技術あるいは革新的な方法による技術の活用と、提供者のシステム、ユーザーの利用や消費の形態(行為や行動)の革新を通じて、顧客の問題の解決や新たな創造的な社会的関係性を創出することである。イノベーションの実現のためには、顧客の現場からの洞察や顧客との協調・協働が基礎となるだろう。そこで、デザインアプローチの重要性が最近指摘されている[p.243]」、「デザイン思考が志向するのは、『コモディティ+付加価値』(モノの価値)とは異なる、『人間的価値』(本質的コトの価値)の追求である。[p.245]」、「デザインは、『エンジニアリング』に象徴される論理的・分析的・効率的な理性的思考とは異なる、直観的・統合的・創造的な身体的・感覚的思考を代表している。デザインは人間の視覚的な能力と形態創造の能力(形にする力)を背景に持った『知的な方法論』である。[p.249]」、「知識デザインの基本的な作用は、従来からあった社会や技術の関係性をいったん脱構築し、顧客あるいは人間の視点から再構成して、価値や便益をもたらすことである。知識デザインはイノベーションのための『新結合』を支え、深めるものだ[p.249]」、「知識のデザインとは、現場から顧客の状況を把握し、仮説を設定してコンセプトに綜合し、プロトタイピングと実践を繰り返しながら顧客の問題を解決する行為[p.254]」。

10、人間中心の市場空間としての都市

「人々のアイデアや知識の交わる『場』がグローバル経済の要となる。それはすなわち『都市』である。[p.291]」、「今後は、国家を1つのユニットと捉える呪縛から解き放たれ、地域コミュニティや、国家を超えたコミュニティにおいて、共通善の実現のために共同体の境界の内外の構成員が、内発的な動機づけの下、『知』を結集してイノベーションを起こすという発想が未来を拓くだろう[p.321]」。「岩井克人氏は、(中略)経営者や従業員の知こそ最も獲得しがたい資産であり、それらを育てる企業文化などの重要性を示唆している[p.322]」。

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以上が私なりのまとめです。知識創造理論については、従来発表されてきた概念の本質的な部分のみが抽出され、体系的に整理されているように思いますので、かなり理解しやすくなっているのではないでしょうか。本書では、知識創造理論についての考え方の他にも、従来の経営理論や哲学、最新の考え方や試みについても評価が加えられており、そうした点も大いに参考になりますので、知識を実践的に用いるためのワークブックとしての価値は非常に高いと思います。

私にとって従来、知識創造理論が使いにくく思われていた理由は次の2点でした。

・知識創造理論は非常に正しそうに思われるけれども、本当に有効な理論だという証拠はあるのか。

・知識創造理論では、知識創造が行われるプロセスやいかに知識創造を行うかについては述べられているが、何に取り組めばよいのか(具体的に言えば、何を研究テーマとすればよいのか)がはっきりしない。

もちろん私もこのような問題について明確な回答を得ることは不可能だと思っていますので、回答が示されないこと自体には何の不満もありませんでした(かえって、こんな複雑な問題に明示的な回答がある方が胡散臭い)。しかし、上記の疑問に対して何らかのヒントはないものか、という願いを持っていたことも事実です。これに対して本書では、現在の社会経済状況に対して今までの経営理論が効果的に機能していないこと、それに比較して知識創造理論には可能性があることが述べられ、理論の有効性を受け入れやすくなったと思います。また、何に取り組むべきか、という課題に対しては、「共通善」を基礎にすべきという基準が示された点が意義深いと思います。もちろん、共通善という考え方からただちに明日の研究テーマを導くことははっきり言って不可能ですが、例えば研究テーマを分析的に考えだすのではなく、例えば組織的知識創造プロセス(SECIモデルなど)を使って研究テーマを発想し、それを共通善という篩にかけて有望なテーマを選び出す、という創発プロセス(当然、研究テーマが知識創造プロセスの過程で変わってしまってもかまわない)を利用したテーマ設定の方法も可能ではないか、と思い至った点、有意義だったと思います。本書によって、知識創造理論は間違いなく使いやすくなったと思いますがいかがでしょうか。



文献1:野中郁次郎、紺野登、「知識創造経営のプリンシプル 賢慮資本主義の実践論」、東洋経済新報社、2012.



本ブログ参考記事

「流れを経営する」を読む2012.3.25

フロネシス(賢慮)と研究開発2012.1.29

「イノベーションの知恵」(野中郁次郎、勝見明著)感想2011.3.21

創造性を引き出すしくみ2010.10.24

参考リンク<2013.1.14追加>



 


 


 

アジャイル、スクラム、研究開発

ソフトウェア開発の分野に「アジャイル」という手法があります。複雑性の高いソフト開発において、使い物になる製品をいかにうまく生み出すか、という視点から編み出された手法とのことですが、複雑性、不確実性を克服しようとする考え方は、研究開発の進め方とも大いに関わる内容を含んでいるのではないかと思われます。そこで、今回は研究開発マネジメントの視点から、「アジャイル」を考えてみたいと思います。

「アジャイル(agile)」とは、辞書には「機敏な」というような意味が出ていますが、ソフト開発においては適応的開発手法として、計画重視の開発手法の対極に位置づけられ[文献1]、その考え方は以下の「アジャイルソフトウェア開発宣言」にまとめられています。すなわち、「プロセスやツールよりも個人との対話を、包括的なドキュメントよりも動くソフトウェアを、契約交渉よりも顧客との協調を、計画に従うことよりも変化への対応を、価値とする。」という内容です[文献2、p.291]。なお、アジャイル開発手法のひとつである「スクラム」は、ラグビーのスクラムが語源で、野中郁次郎氏らの論文[文献3]からヒントを得たものとされています。

まずは、アジャイル開発の特徴を、アジャイルソフトウェア開発の12の原則[文献2、p.292]に従って見てみましょう。

1、顧客満足を最優先し、価値のあるソフトウェアを早く継続的に提供します。

2、要求の変更はたとえ開発の後期であっても歓迎します。変化を味方につけることによって、お客様の競争力を引き上げます。

3、動くソフトウェアを、2-3週間から2-3ヶ月というできるだけ短い時間間隔でリリースします。

4、ビジネス側の人と開発者は、プロジェクトを通して日々一緒に働かなければなりません。

5、意欲に満ちた人々を集めてプロジェクトを構成します。環境と支援を与え仕事が無事終わるまで彼らを信頼します。

6、情報を伝える最も効率的で効果的な方法はフェイス・トゥ・フェイスで話をすることです。

7、動くソフトウェアこそが進捗の最も重要な尺度です。

8、アジャイル・プロセスは持続可能な開発を促進します。一定のペースを継続的に維持できるようにしなければなりません。

9、技術的卓越性と優れた設計に対する不断の注意が機敏さを高めます。

10、シンプルさ(ムダなく作れる量を最大限にすること)が本質です。

11、最良のアーキテクチャ・要求・設計は、自己組織的なチームから生み出されます。

12、チームがもっと効率を高めることができるかを定期的に振り返り、それに基づいて自分たちのやり方を最適に調整します。

この考え方の特徴は以下のようになると思われます。

・プロジェクト開始時に、実施すべきことをすべて計画することは不可能(複雑、不確実)。変更を受け入れることが顧客に価値のあるものを提供することにつながる。

・投入できる資源は限られており、その中で最も良いものを提供することに価値がある。

・やることとやらないことをはっきりさせておく。変更は受け入れるが、そのトレードオフも明確にする。

・問題を小さくシンプルにし、短い間隔で(優先度の高いものから部分的に)完成された製品(テスト済みの動くソフト)を提供することを繰り返して、全体を完成していく。この短い間隔の作業単位をイテレーション、スプリント、と呼ぶ。

・顧客とのコンタクトを密にし、部分的な完成品に対する顧客のフィードバックを歓迎し、計画変更は次の

作業単位の内容に取り入れる。

・作業の進捗と、作業のスピードは可視化され、顧客および作業チームに公開される。

・作業チームは、分業を前提とした狭い専門分野を担当するメンバーからなるのではなく、状況に応じて必要な作業をフレキシブルに分担したり手伝ったりできる構成にする。

・作業チームは、コミュニケーションを重視して、比較的少人数のメンバーで構成し、なるべく同じ仕事場、垣根のない仕事場で作業するようにする。

・作業内容はチームが決定し、作業単位毎の納入製品にもチームが責任を持つ。作業単位における作業内容には外部の者は口出しできない。すなわち、自己組織的なチームで作業を行なう。

具体的な進め方は、例えば「スクラム」では次のようになります[文献4]。

・チームは5~9人。

・スクラムマスターがプロジェクトの実施に責任を持つ。

・作業単位(スプリント)は30日。

・スプリントの開始時に1日かけて、プロジェクト要件と優先順位がつけられた「プロダクトバックログ」の説明と理解を行ない、スプリントで行なわれる作業を決めた「スプリントバックログ」を作成する。

・以後、毎日15分間の「日次スクラム」が全員参加で行なわれ、進捗と予定が報告され、調整が行なわれる。進捗状況は残作業量を可視化した「バーンダウンチャート」で行なわれる。

・各スプリントの終わりに、「スプリントレビューミーティング」が開催され、開発完了した成果物が発表され、顧客からのフィードバックを受ける。

・スプリント終了時にはチームで「スプリントレトロスペクティブミーティング」が行なわれ、前回のスプリントの反省と、次回への改善を議論する。

具体的な進め方はアジャイルの手法それぞれによって多少の違いがあるようですが、状況の変化を前提としてなるべくよい成果を得ようとすること、そのために顧客との連携を密にすること(頻度を多く、状況を可視化して真実を伝える)、内部の意思疎通が十分にとれた自己組織的なチームで作業にあたることが特徴と言えるでしょう。一般に、「プロセス運用の基盤となるメカニズムが広く知られている場合は、定義済みの(理論的な)モデリング手法を採用するのが一般的である。プロセスがその定義済みの手法にとって複雑すぎる場合は、経験的な手法を選択するのが適切である(Ogunnaike, Ray)」[文献4、p.3]と言われており、アジャイルの手法は、こうした経験的プロセス制御方法の実践法だと言えると思います。

研究開発においても、不確実性の克服は重要課題です。研究開始前には、すべてのことが明らかになっているわけではなく、結果や状況の変化によって研究計画は変更を強いられます。従って、アジャイル開発のような、変更に対して適応可能な手法は示唆に富むものと言えるでしょう。特に次の点は重要ではないでしょうか。

・最初からすべてを計画しようとせず、優先順位の高いものから取り組む。

・顧客(利害関係者)との連携と、合意形成。

・タスクを小さく分解する。

・頻繁な現状把握と可視化を行なう。

・計画の見直しを行なう。

・自己組織的なチーム(作業をチームが決める、自律性を持つ)により作業を進め、部外者はチームを信頼して邪魔をしない。

・そのかわり、コミュニケーションと報告(成果の提出も含めて)は頻繁に行ない、ありのままを報告することで利害関係者との信頼関係を構築し、計画修正の機会を持つ。

もちろんソフト開発とは異なり、作業単位を短い期間で区切り、その期間の終わりには完成された製品を作り上げることは、一般の研究開発のタイムスケジュールとは合わない場合があるかもしれません。しかし、研究課題をなるべく小さいタスクにブレークダウンし、重要なタスクから実施して、なるべく早い時期に製品に近い形の試作品を製造してみることは有効な場合が多いのではないでしょうか。研究開発におけるプロトタイピングの有効性はIDEOi.schoolでも強調されていますし(拙稿「東大式 世界を変えるイノベーションのつくりかた」参照)、多くの工程を含む研究開発では、ともかく最終製品まで作ってみることが非常に重要であることは私自身の経験に照らしてもそう思います。

アジャイル開発も、その他の研究開発も、複雑性や不確実性をマネジメントして成果を挙げようとする狙いは同じでしょう。有効な手法も、上記のように共通するものが多いと思われます。もちろん、異なる点はあるでしょうが、ソフト開発の分野でアジャイル開発の手法がそれなりに効果を挙げていることも事実のようです(もちろん、計画的なプロジェクト管理が必要ないというわけではなく、アジャイルの問題点の指摘や批判もありますが)。野中氏の知識創造理論から生まれた手法であるならなおのこと、複雑性、不確実性のマネジメント手法として、アジャイルから得られる示唆を真剣に考えてみてもよいように思います。



文献1:ウィキペディア、「アジャイルソフトウェア開発」、(2012.5.27確認)

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%82%B8%E3%83%A3%E3%82%A4%E3%83%AB%E3%82%BD%E3%83%95%E3%83%88%E3%82%A6%E3%82%A7%E3%82%A2%E9%96%8B%E7%99%BA

文献2:Jonathan Rasmusson著(2010)、西村直人、角谷信太郎監訳、近藤修平、角掛拓未訳、「アジャイルサムライ――達人開発者への道」、オーム社、2011.

文献3:野中郁次郎、竹内弘高、"The New Product Development Game"Harvard Business Review 19861-2.

文献4:Ken Schwaber著(2004)、テクノロジックアート訳、長瀬嘉秀監修、「スクラム入門 アジャイルプロジェクトマネジメント」、日経BPソフトプレス、2004.

参考リンク<2012.7.8>



 


 

「流れを経営する」を読む

野中郁次郎、遠山亮子、平田透著、「流れを経営する」[文献1]を読みました。野中氏の知識創造理論に関連した話題については今までにも何度か取り上げていますが(創造性を引き出すしくみ、「イノベーションの知恵」感想フロネシスと研究開発)、多くの示唆に富むものの、難解で使いにくいというのが実感でした。しかし、その知識創造理論の集大成とも呼べる本書では、理論を構成する様々な概念が整理され、関連づけられてまとめられていて、今まで感じていたわかりにくさがかなり解消された気がします。知識創造理論について考えるなら、そしてその理論を使ってみたいなら、まず参照すべき一冊と言えるでしょう。

さて、本書は当初、2008年に英語で出版された同じ著者による「Managing Flow - A Process Theory of the Knowledge-Based Firm」の日本語版として着想されたもの、とのことですが、単なる翻訳ではなくかなり異なった内容になっている[文献1、p.ix]とのことです。本書の英語題名は「Managing Flow - The Dynamic Theory of the Knowledge-Based Firm」と、原著とは少し変わっており、本書の方が発展した内容となっていると考えてよいと思います。なお、本書では「持続的イノベーション企業の動態理論」という副題がついていますが、Christensenが「イノベーションのジレンマ」[文献2]で提示した「持続的イノベーション」の概念とは関係がないと思われます(持続的成長を可能にするイノベーション企業、といった意味かと思われます)。

本書の構成は次のとおりです。第1章が知識の定義と特性、第2章が暗黙知と形式知の相互変換により知識が創造されるプロセス、第3章が組織において知識が創造されるプロセスについてのモデル、第4章が知識創造を促進するために必要なリーダーシップ、第5~9章が日本企業の具体的な事例に基づく知識創造理論についての解説、終章が総括と提言[文献1、p.viii]、となっています。本稿では事例以外の部分(1~4章、終章)を中心に重要な知識創造理論の考え方をまとめてみたいと思います。

第1章:知識について

知識の定義は「個人の信念が真実へと正当化されるダイナミックな社会的プロセス」[文献1、p.7]とされます。これは「知識の重要な特性はその絶対的『真実性』よりむしろ対話と実践を通して『信念を正当化する』点にあるとの考えに基づく」とされています。そして、知識に関する重要なポイントとして、次の点を挙げています。

・主観性:排除不可能であるから主観を排除しないのではなく、むしろ価値観や信念などの主観的要因を積極的に組み入れる。客観を無視することではない。[文献1、p.8-12

・関係性:「世界は相互に関係するプロセスや出来事の連なりからなる有機的な網であり、すべては関係性の中にあると見る」プロセス哲学の視点に基づく。「世界は『モノ(thing/substance)』ではなく、生成消滅する『コト』すなわち『出来事(event)』によって構成される」のであって、知識を物体のように固定されたものとして扱うべきではない。「変化する態様を『動詞』、一定の形に固定された場合を『名詞』と表現するならば、動詞的知識を製品として名詞化し、さらにユーザーにより名詞が動詞化されるという『名詞(モノ)-動詞(コト)』の相互変換プロセスとなる。「人は常に未来の自分へと『成る(becoming)』状態にあり、現在の自分としての『ある(being)』状態は『成る』の一側面にすぎない」。「知識創造のプロセスとは、知識ビジョンなどの『どう成りたいか』という目的に動かされた成員が、互いに作用しながら自身の限界を超えて知識を創造することにより将来のビジョンを実現させるプロセス」。[文献1、p.12-16

・審美性、美学:「知識は人の信念から創造されるが、信念が知識となるには真実として正当化されなければならない」。「真は美によって価値あるものと見なされる」。「審美的な感性は、創造された知識についての判断をするために必要なだけでなく、どのような知識を創造すべきかを判断するためにも必要である。われわれは、自分の価値観や信念に基づいて知識を創造する。」[文献1、p.17-18

・実践:「知識ベースの経営論は、企業が置かれた個別具体の状況の中での実践から出発し、そうした実践の中から知識を創造するプロセスと、知識を創造する能力が形成されるプロセスを説明するための理論とフレームワークを確立しようとするものである。」[文献1、p.20

以上をまとめるならば、知識は「個人の主観的な思い・信念や価値観が、社会や環境との相互作用を通じて正当化され客観的な『真実』になるプロセス」[文献1、p.20]ということになるでしょう。

第2章:知識創造の理論

・「暗黙知とは、特定の状況に関する個人的・経験的な知識であり、具体的な形に表現して他人に伝えることが難しい」「と同時に、新たな経験を積み重ねることによって常に変化していく知」。「形式知とは明示的な知であり、言葉や文章や絵や数値などにより表現が可能で、他人にもわかりやすいような形式的・論理的言語によって伝達可能な知識」。「ダイナミックに動いている『動詞的』な暗黙知があり、それを具体的な形として『名詞化』(固定化)したのが形式知。[文献1、p.24

SECI(セキ)モデル:SECIモデルについては別稿でも簡単に紹介しましたが、著者の言葉でまとめておきます。[文献1、p.28-42

「暗黙知と形式知の継続的な相互変換は、『共同化』『表出化』『連結化』『内面化』という四つの変換モードからなる知識創造モデルによって表わされる。

共同化(Socialization):身体・五感を駆使、直接経験を通じた暗黙知の獲得、共有、創出(共有)。自然環境との相互作用や他人と共通の時間・空間を過ごす体験を通じ、個人の暗黙知が複数人の間で共有され、さらに異質な暗黙知が相互作用する中から新たな暗黙知が創発されていく。

表出化(Externalization):対話・思索・喩えによる概念・図像の創造(概念化)。表出化は個人知である暗黙知を形式知にすることにより、集団の知として発展させていく。

連結化(Combination):形式知の組み合わせによる情報活用と知識の体系化(分析・モデル化)。表出化によって集団の知になった言語や概念が具現化されるためには、概念と概念を関係づけてモデル化したり、概念を操作化・細分化するなどして、組織レベルの形式知に体系化する。

内面化(Internalization):形式知を行動を通じて具現化、新たな暗黙知として理解、体得(実践)。共有化された知識は、再度個人に取り込まれ、暗黙知化されて、もともと持っていた知識と結びついて新たな知となり、その個人の中に蓄積されていく。

スパイラル:知識創造の過程は、SECIプロセスの中で増幅され、拡大発展していくスパイラル。

第3章:プロセスモデルの構成要素

知識創造を行なっている企業の動態モデルは、SECIに方向性を与え、SECIを回す力の源泉となる「知識ビジョン」と「駆動目標」、「対話」と「実践」で表わされたSECIプロセス、現実にSECIプロセスが行なわれる実存空間としての「場」、SECIプロセスのインプットでありアウトプットである「知識資産」、そして場の重層的な集積であり、場の境界を規定する制度を含む知の生態系としての「環境」の7つの構成概念で表わされる。

・知識ビジョン:企業は何を「真・善・美」とするかについての一貫した価値基準を持たねばならない。知識ビジョンはこうした価値基準をもたらす。知識ビジョンは、組織の構成員の知的情熱を触発する。人はそれが自分を利するからというよりも、自分の仕事に社会的な意味を見出すときに強く動機づけられる。企業間の「競争に勝つ」という相対価値は、勝った時点で消える可能性があるが、「われわれは何のために存在するのか」という存在論から始まる知識ビジョンは、決して完全には達成されないかもしれない理想へと組織を向かわせる。何のために真・善・美を追究するのかという理想主義と同時に、それを実際に達成するための実践的なプラグマティズムが必要。[文献1、p.44-50

・駆動目標:組織がどのような価値を提供するか、あるいはどのように提供するかについての具体的かつ挑戦的な概念、数値目標、行動規範などが、知識創造プロセスに駆動力を与える駆動目標となる。駆動目標は矛盾をつくり出すことにより、矛盾に直面した組織成員が持てる知を総動員し、深く考え抜いて本質を追求し、矛盾を綜合して一段レベルの高い知識を創造する(困難や矛盾のあるところにこそ新たな発想の機会がある)。[文献1、p.50-52

・対話:対立を乗り越え、それまで存在しない新たな解にたどり着くには、本質追求の実存的質問により、自分とは異なる視点の存在を理解・受容し、それらの視点を自己の視点と綜合するための対話が不可欠。[文献1、p.53-57

・実践:「実践」とは、個人的で一次的な単純な行為である「動作」とは分けて考えられるべきもの。世界との関係性を踏まえたうえで、自己がいかに「ある」あるいは「成る」べきかを考えたうえでの行為が実践。行動する中でその行動と結果の本質的な意味を深く考え、そこからの反省を踏まえて行動を修正していくことが必要。[文献1、p.57-59

・場:対話と実践という人間の相互作用により、知識を継続的に創造していくためには、そうした相互作用が起こるための心理的・物理的・仮想的空間が必要であり、そうした空間を「場」と呼ぶ。そこでは、参加者の間で自他の感性、感覚、感情が共有される相互主観が生成し、個人は自己の思惑や利害などの自己中心的な考えから開放され、全人的に互いに向き合い受け容れあう。場は動的文脈であり、常に動いている。「よい場」の条件は以下の通り。

1)独自の意図、目的、方向性、使命などを持った自己組織化(=自律性が必要)された場所でなければならない。

2)参加するメンバーの間に目的や文脈、感情や価値観を共有しているという感覚が生成されている必要がある。

3)異質な知を持つ参加者が必要。

4)浸透性のある境界が必要。文脈共有には一定の境界設定が必要だが、必要に応じて境界を開いて新しい文脈を取り入れ、あるいは必要に応じて境界を閉じて中の文脈を守る、というのが「浸透性のある境界」の考え方。

5)参加者のコミットメントが必要。場において生成する「コト」に「自分のこととして」かかわることによって知識は形成される。こうしたコミットメントを得るためには、信頼、愛、安心感、共有された見方や積極的な共感などが必要。知識創造には内因的モチベーションが必要(外因的要因には暗黙知の表出化を推奨する効果は期待できない)。内因的モチベーションが有効に機能するには、仕事において創造性を要求されること、内容が広範囲で複雑で幅広い知識が必要とされること、暗黙知の移転と創造が不可欠であることのいずれかが含まれなければならない。

場は動詞的であるが、場と場同士の関係性が固定化することによって作られた組織構造は名詞的である。[文献1、p.59-79

・知識資産:特許やライセンス、データベース、文書、スキル、社会関係資本、ブランド、デザイン、組織構造や業務、文化などが含まれる。ルーティン知識資産(実践の中に埋め込まれて組織に共有・伝承されている暗黙知であって、業務ノウハウ、組織ルーティン、組織文化などが含まれる)の中でも「型」(状況の文脈を読み、統合し、判断し、行為につなげるために、個人や組織が持っている思考・行動様式のエッセンス)が重要で、「守・破・離」の三段階を経て学びとられる。「守」は指導者の言葉を守り指導者の技能や価値観を自分のものとする段階、「破」は自分なりの工夫を試す段階、「離」は試した方法を自分なりに発展させる段階である。[文献1、p.79-88

・環境(知の生態系):知は組織の内部だけでなく、組織をとりまくさまざまな存在の中に埋め込まれている。知の生態系とは、さまざまな場所に多様な形で存在する知識が、相互に有機的な関係を構成している状態をいい、組織が環境との相互作用の中で創造した知はまた環境を規定し、変えていく。[文献1、p.88-94

第4章:知識ベース企業のリーダーシップ[文献1、p.95-123

知識ベース企業において、リーダーは知識ビジョンを設定し、場を創設・結合・活性化し、SECIプロセスを促進し方向づけ、知識資産の開発と再定義を行う。リーダーシップの役割はまず、使命やビジョンを設定し、それを理解し一貫性を持たせることである。組織で創造される知識の質は、究極的には「何を真・善・美としたいか」というリーダーと、個々の組織成員の志の高さに依存する。リーダーに必要な能力として提案されているのがフロネシス。フロネシスとは、賢慮ないしは実践的知恵と訳される知的美徳というべきものと考えられ、企業におけるフロネシスとは、個別具体の状況でその企業の主観(価値観)に基づき、市場(顧客)が「良い」とする社会的価値を理解し、実現する能力であって、SECIプロセスの実践の練磨のなかで獲得されていく高度の実践知であると考えられる。具体的には以下の6つの能力からなる。

・善悪の判断基準を持つ能力:理想を抱くと同時に現実を見据える能力

・場をタイムリーに創発させる能力

・個別の本質を洞察する能力

・本質を表現する能力

・本質を共通善に向かって実現する政治力

・賢慮を育成する能力

(上記の点については後に発表された論文と大きな違いはありませんので、詳細はそれを取り上げた拙稿をご参照ください。)

終章:マネジメントの卓越性を求めて

著者が語る本書の目的は、「企業がどのように知識を組織的に創造し新しい価値を作り続けていくか、すなわち、企業のイノベーション生成のプロセスを明らかにすること」[文献1、p.385]であり、「知識ベース企業のプロセスモデルは、ビジョンの実現に向かって言語(対話)と行為(実践)の練磨を通じて、イノベーションを起こし続ける運動モデル」であって、「その動態理論を一語で表わすならば、『実践知経営(Phronetic Management)』である、とのことです[文献1、p.387]。しかし、「企業の状況が異なれば、おのずと方法論も異なる」ため、「現在の段階では『これを行えば確実に知識創造が可能である』という定型的で一般的な確立された方法はない」とされます。ただし、分析において明らかになった実践方法として以下の提示がなされており、実践を行なう者にとっての指針になると思われます。

・アクチュアリティを見て直観する

・実践的推論(「~すべし」「~が望ましい」)を磨く

・より大きな関係性で世界を捉える(それまでの視点を超える関係性で世界を把握する)

・生き生きとした場を構築する(間身体的な体験すなわち「共にいること」も重要)

・異文化超越によるグローバルな場の構築(無意識の前提を揺るがすことはイノベーションの好機)

・「型」により賢慮を育成する(保守的な暗黙知を自己革新するためには「破・離」が重要)

・知識を価値に変換するために、知識創造型ビジネスモデルが必要

以上が私なりのまとめです。野中氏の知識創造理論では、哲学的な背景に基づく様々な概念、用語が用いられており、それが複雑でわかりにくく感じられる原因のひとつではないかと思いますが、本書のような形でこうした概念が体系化され、あらためて定義、説明しなおされることによって、その意味が理解しやすくなり、概念の持つ意味の広がりも受け入れやすくなるように思います。知識創造理論は、いわゆるナレッジ・マネジメントとして捉えられることが多いと思いますが、本書でも「問題はまず、知識というものの特性や本質が、いまだ十分に理解されていないところにある。たとえば『ナレッジ・マネジメント』という言葉は、ビジネスの実践の世界においては主にITに対する重点的投資によって企業運営を効率化することと受け取られた。知識を情報と同列視し、ナレッジ・マネジメントとは、単に情報を効率的に蓄積・伝達・使用することであるとの誤解に基づいてIT投資を進めたものの、結局期待した成果をあげることができなかった企業も多かった。知識の本質的な性質を理解しないままでは、その共有や活用を進めても効果をあげることはできない。」[文献1、p.4]とされるように、知識創造理論はハウツー的な枠組みではなく、知識に基づくイノベーションの本質を追求するものであると理解すべきであると思われます。もちろんこの理論による個別の指摘の中には実証による裏付けに乏しい考え方もあると思われますが、理論の全体観を理解することによって、個別の指摘が納得しやすくなり、使いやすくなっているのではないでしょうか。知識創造理論の考え方を参考にした実践に基づいて、自分自身の暗黙知を高度化し、形式知としての理論の高度化を図る、というのが実践する者の務めなのかもしれないと思います。

 


文献1:野中郁次郎、遠山亮子、平田透、「流れを経営する――持続的イノベーション企業の動態理論」、東洋経済新報社、2010.

文献2:Christensen, C.M, 1997、クレイトン・クリステンセン著、伊豆原弓訳、「イノベーションのジレンマ」、翔泳社、2000.

参考リンク<2012.7.8追加>

 


 


 

フロネシス(賢慮)と研究開発

暗黙知、形式知の変換による知識創造理論を提唱した野中郁次郎氏、竹内弘高氏が最近取り上げているフロネシス(賢慮)という考え方について、両著者による論文「賢慮のリーダー」[文献1]に基づいて考えてみたいと思います。

この論文において著者らが目標としているのは、「企業が社会と衝突するのではなく、共生するために、どうすればリーダーが体系的な決定を下せるようになるのか」を探ることです。そして、その研究の結果、「形式知と暗黙知の概念を使うだけでは十分に説明できない」、「CEOは『実践知』という、忘れ去られることが多い第三の知識も利用しなければならない」という結論に至ったとしています。ここで、実践知とは、「経験から得られる暗黙知で、価値観や道徳についての思慮分別を持つことにより、現実の具体的な文脈や状況において最善の判断を下し、行動することを可能にする」もの、言い換えれば「実践知は、倫理的に健全な判断を可能にする経験的知識」であって、その実践知の起源が、アリストテレスが分類した三つの知識の一つ、フロネシス(賢慮とも訳される)という概念にある、と述べています。

つまり、知識を用いて何かを成し遂げようとする場合でもまずは正しく判断することが重要で、実践知はそれを可能にするものということでしょう。そして、こうした能力は特にリーダーに求められているというのが著者らの主張と考えられます。ということは、実践知とは、知識というより、能力や信念、思考や行動のパターンといったものに近く、しかし、学んだり育成したりすることができるという意味では知識とも言える、ということになると思います。著者らは、この実践知においては「共通善」が重要な役割を担うとしており、「未来の創造とは、企業の境界を超える、共通善の追求でなければならない」、「意思決定が自社だけでなく社会にも有益かどうか」、「企業は、経済価値と共に社会価値を創出しなければ、長く生き残れない」、「いかなる企業も、顧客に価値を提供し、ライバルが創造できない未来を創造し、共通善を維持することができなければ、長く生き残れないだろう」と述べています。つまり、知識創造を含めた企業活動の全体を統括するのが共通善に支えられた実践知である、と言っているように思います。

著者らは、その実践知を持つ賢慮のリーダーには次の6つの能力が必要であるとしています。

1、善を判断できる:著者らは「賢慮のリーダーは、何が善かという道徳的認識力を発揮し、どんな状況にあってもそれに基づいて行動する」「経営者は、利益や競争優位性のためではなく、共通善のために判断を下さなければならない」とし、基盤となる価値観を持つことが必要としています。そして、善いことの判断力を養う方法として次の4つを挙げています。すなわち、1)経験(特に逆境や失敗の経験)、2)日常の経験から得られた原則を書き留め、共有する、3)卓越性の追求、4)判断力は一般教養に精通することで養うことができる、です。

2、本質を把握できる:「賢慮のリーダーは判断を下す前に、状況の背後にある物事を素早く察知し、将来の展望や結果に対するビジョンを生き生きと示し、そのビジョンを実現するのに必要な行動を決定する。実践知によって、本質を見極め、人々、物事、出来事の性質や意義を直観的に理解する」とされます。そのためには、「細部への目配りと粘り強さが必要」で「細部から普遍的な真実を把握することも重要」「主観的な直観と客観的な知識との間のたえざる相互作用が必要」であり、問題の本質を把握する能力を養うため次の3つの行為を習慣化しなければならないとしています。それは、1)問題や状況の根本が何なのかを徹底的に問う、2)「木」と「森」を同時に見る、3)仮説を立てて検証する、です。

3、場をつくる:「賢慮のリーダーは、経営幹部や社員が互いに学び合う機会をたえず創出する」「フォーマルおよびインフォーマルな場(共有された文脈)をたえず創出する」。

4、本質を伝える:「賢慮のリーダーは、だれにでもわかる方法でコミュニケーションできなければならない」「ストーリーやメタファー(隠喩)など、比喩的な表現を使う必要がある」「それによって、ベースとなる文脈や体験の異なる人々同士でも、物事を直観的に把握できるようになる」。当然ですが、「レトリック(言語表現の技術)も大切」とのことです。

5、政治力を行使する:「賢慮のリーダーは人々を結束させ、行動に駆り立てなければならない」「人材を動員するためには、経営幹部は状況に応じたすべての手段を-マキャベリ的な権謀術数さえも-利用しなければならない」。さらに、「人間はもともと論理的であると同時に感情的でもある」などの「人間性のあらゆる矛盾を理解し、状況に応じてそれらを統合しようとする」「優れた知性とは二つの対立する概念を同時に抱きながら、その機能を十分に発揮できる能力(フィッツジェラルド)」という点も指摘しています。

6、実践知を育む:「実践知は組織内にできる限り分散させなければならないし、あらゆる層の社員が訓練によって使えるようにならなければならない」「自立分散型リーダーシップの育成は、賢慮のリーダーの最大の責務の一つ」。ソフトウェア開発で採用されているスクラムアプローチも構造的な選択肢の一つであり、また、手本となる人物から実践知を学ぶこと、メンターによる指導、徒弟制も有効であるとしています。

このようなリーダー像をまとめて、著者らは、「CEOは理想主義的な実用主義者(アイデアリスティック・プラグマティスト)にならなければならない」と述べています。「理想主義者でなければ、新しい未来は作れない」が、それと同時に、「現実を直視し、状況の本質をつかみ、それがもっと大きな文脈とどう関わるのかを思い巡らして、共通善を実現するために何をしなければならないかをその時その場ですぐに判断する」ことが求められる、としています。

リーダーに要求されるこのような能力の内容については、特に目新しいものではない、という意見もあるでしょう。しかし、最近の経営環境の変化を受けて、これからの時代のリーダーに必要な能力として、上記の点をことさら強調している点は重要であると思います。著者らは、こうした能力を持つ経営幹部の事例を挙げているのみですが、企業経営の困難度が増している現在において、こうした能力の欠如が原因で経営が失敗したと思われる例を探すことはそれほど難しくないように思います。例えば、次のような問いを考えてみると、上記の能力のどれが欠けても企業の永続には問題があるだろうことは容易に理解できるのではないでしょうか(それぞれ上記1~6に対応しています)。

1、不祥事を起こしたり社会の信頼を失ったりした企業に「共通善」の認識があったか

2、本質を軽視して目先の利益や指標にとらわれて失敗していないか

3、知識創造の基盤となる相互交流の制度(場)を整備、維持しているか

4、経営層の考え方が社員に浸透しているか

5、相反する目標を認識した上で、社員の行動を束ねられているか

6、知識、能力の育成はできているか

研究開発のリーダーについても同様のことが言えると思います。上記の考え方を研究の場面に適用すると以下のような示唆が得られるでしょう。

1、共通善に反する研究は、仮に研究自体がうまくいったとしても社会との関わりにおいて問題を起こす可能性がある。

2、本質(たとえば、Christensenの指摘する「片づけるべき用事」、エスノグラフィーでとらえようとする真のニーズなど)を考慮した研究が重要。本質を忘れた改良はオーバースペック製品や、使われない製品を生む。

3、知識創造の場を整備し維持する必要がある。

4、企業戦略の方向を理解して研究の方向を決定できているか。

5、社内の協力体制はできているか。矛盾するような目標に対して安易に妥協していないか。

6、技術やノウハウ、技術的優位性、よき伝統の継承はできているか。

こうしてみると、当たり前の指摘とはいいながら、重要なチェックポイントを示しているように思います。特に、科学技術への信頼が失われ、研究の不確実性が高まるなかで、新興国からの技術的な追い上げを受けている研究環境にあっては、研究開発にこそこうしたフロネシスにもとづく実践知が求められていると言えるのではないでしょうか。確かに著者らの主張は技術者の感覚からすれば実証性が不足していてそのまま受け入れにくいと思われるところもあり、観念的な概念はわかりにくい点もあるのは事実ですが、貴重なヒントを与えてくれていることは確かだと思います。

著者らは、「『断絶』が繰り返される時代にあって、組織を賢く統率する能力は消え失せたに等しい」「多くの経営者が、新しい技術、人口動態の変化、消費動向などに対応できるように自社を素早く改革するのは難しいと感じている」「人々は産業界に価値観や道徳が明らかに欠けていることに腹を立てている。ビジネス・スクールや企業、CEOの経営者育成法にはどこか誤りがある」という問題意識に基づいているようですが、これはそのまま科学の世界、研究開発の世界にも言えることなのではないでしょうか。何を読み取るかは我々次第なのでしょう。


文献1:野中郁次郎、竹内弘高、「『実践知』を身につけよ 賢慮のリーダー」、Diamond Harvard Business Review20119月号、p.10.

参考リンク<2012.7.8追加>

 

「イノベーションの知恵」(野中郁次郎、勝見明著)感想

本書では様々なイノベーションの事例を取り上げ、野中教授の知識創造理論をベースにその成功の要因が解説されています。さらに、それぞれの事例におけるリーダーの考え方と行動について詳しく述べられている点は、イノベーションにおけるリーダーシップについての示唆も多く含んでいると言えるでしょう。取り上げられた事例はいずれも従来の考え方や方法の革新が成し遂げられたもので、イノベーションによって世の中を変えることができる人間の能力とその成果を再認識できたことは、(特に震災の記憶が生々しいこの時期、)力づけられる気がしました。

 

取り上げられているのは、以下の9事例です。

ケース1、旭川市旭山動物園:動物の行動展示によって人気を得た有名な事例。

ケース2、京都市立堀川高校:自ら学ぶ教育を実現して大学受験と生きる力の教育を達成。

ケース3、JR東日本エキュート:これも有名ですが、駅構内のあり方を改革したエキナカの創造。

ケース4、トヨタiQ:「カイゼン」を超えた発想による小型車の開発。

ケース5、アサザプロジェクト:霞ヶ浦の自然を再生させるプロジェクト。

ケース6、社会福祉法人むそう:知的障害者の能力を地域再生に生かす福祉ビジネス。

ケース7、再春館製薬所:大部屋経営を通じて「監視」から「共創」を達成。

ケース8、いろどり:料理に添えるつまものをビジネスとして創造。

ケース9、銀座みつばちプロジェクト:都心で養蜂し、都市のあり方を変えた事例。

 

いずれも研究開発や技術が主役ではありません。しかし、技術があっても、それを成果に結び付けるための多くの技術以外の努力が必要であるというのは多くの方の認識が一致するところでしょう。技術的イノベーションを考える上でもこのような事例から学べることは多いのではないでしょうか。

 

野中教授はこの事例から、イノベーションを生むための方法、リーダーの行動として、次のような概念を示しています。

・「理論的三段論法」ではなく「実践的三段論法」(ケース1、2)

・「モノ的発想」から「コト的発想」への転換(ケース3、4)

・「考えて動く」ではなく「動きながら考え抜く」(ケース5、6)

・「名詞」ベースではなく「動詞ベース」で発想する(ケース7)

・「見えない文脈」を見抜く(ケース8)

・偶然を必然化する(ケース9)

そして、まとめとして

・リーダーにとって大切なのは「場のマネジメント」

・知を創発する場の条件は「チームの自己組織化」、「身体性の共有」による「相互主観性」

・リーダーとチームを支えるのは「共通善」

・経営は「サイエンス」ではなく「アート」

と述べています。

 

とまとめてみたものの、はっきり言ってこれらの概念は私には非常にわかりにくいものでした。もちろん、事例の解説を読めばなんとなくわかったような気にはなるのですが、例えばその概念を自分で使おうと思った時、あるいは、野中教授の知識創造理論を知らない人に伝えてその人を動かすことに使えるかというと、非常に心もとない感じがしてしまいます。

 

恐らくその原因のひとつは、「概念」の種類が多すぎることのような気がします。特に技術系の人は、新しい理論や概念に触れると、それが本当に正しいのか、どんな場合にでも正しいのか、なぜ正しいのか、何を根拠に正しいと言えるのか、などのことを考える習慣がついている人が多いので、一度に多くの概念に触れると混乱をもたらすことになるように思います。さらに、多くの概念があると、実際の場面においてどの考え方を使えばよいのかがはっきりせず、「使いにくい」という印象になってしまい、使いにくい概念をわざわざ受け入れる必要はない、と思ってしまうこともあると思います。

 

しかし、事例に基づいてよく考えてみれば、これらの概念には重要な示唆が多く含まれていると言えると思います。そこで、野中教授の概念を使う立場から私なりにわかりやすく言い換えてみようと思います。

・「実践的三段論法」とは、「目指すべき目的がある」「目的を実現するにはこんな手段がある」「ならば、実現に向けて行動を起こすべきである」と結論を導き出し、行動を起こすこと[文献1p.32]。さらにこのプロセスには「仮説→検証→修正」の反復が含まれており、経験から仮説を立てる段階ではアブダクションが活用されます[文献1p.73-74]。このように考えれば理解しやすいと思います。

・「モノ的発想」から「コト的発想」への転換については、まず「モノ」と「コト」の理解が必要でしょう。モノはsubstance、コトはevent[文献1p.82]、「モノはそこに人間がかかわろうとかかわるまいと存在するのに対し、コトはそこにかかわる人間との関係性のなかで成立し、人間の経験として生成される」 [文献1p.99]、だそうです。「モノ的発想」から「コト的発想」へということは、物を提供してそれをどう使うかは物の受け取り手に任せるということではなく、その物が受け取り手にどのような経験を与えるか、ということまで考える、ということではないかと思います。単なる物ではなく、その作用や、人がどんな作用を求めているかの着目しようとする人間中心のイノベーションなどと近い考え方だと思います。

・「考えて動く」ではなく「動きながら考え抜く」というのは比較的理解しやすいですが、最初に考えを立ててそれを実行し、改善点があればフィードバックする、という方法ではなく、動いて得られた経験を直ちに発想につなげる、という意味で従来よりもダイナミックなアプローチ重視している、ということと考えられます。

・「名詞」ベースではなく「動詞」ベース、というのは固定的な考え方(名詞ベース)ではなく、何かになる(become)とか変化するとかの流動的な考え方を重視すべき、ということであると思われます。「モノ」から「コト」へという考え方と本質的な違いはないように思います。

・「見えない文脈」を見抜く、については「一見、関係ないモノがジグソーパズルのように結び付くと、これまでなかった新しいコトが生まれ、変革がもたらされる」[文献1p.222]とのことですので、違うものを結びつける力だと言ってよいでしょう。そのきっかけにセレンディピティーが存在する場合もあり、イノベーションの原動力になりうることは経験的にも明らかだと思いますが、そのきっかけには「強い好奇心」と「強い目的意識」があるとされています[文献1p.239]

・偶然を必然化、については偶然により生まれたチャンスを大切にする、という意味ではないかと思います。偶然というのは誰にでも訪れるものではありませんので、偶然の力を活用すると他者との差別化が容易に行なえます。これは「真のセレンディピティー」(ノート6で取り上げました)に近い考え方のように思われます。

・場のマネジマントとは、組織や環境や人や知識を別個にマネジメントするのではなく、新たなイノベーションが起こるようそれらを総合的にマネジメントすること、という風に受け取りました。野中教授は「場は、人々が目的を共有し、価値観や感情を共鳴させ、互いに知を共振させ、信頼、愛、安心感などの社会関係資本を共有し合う時空間」[文献1p.51]としていますが、こうした場を作るためには総合的なマネジメントが必要なのだと思います。

・自己組織化とは、リーダーが引っ張るとか、管理者がこまかい調整を行なう、という方法ではなく、組織が自主的に全体として最適な行動をとれるように動き、個を超えた大きな主観(相互主観性)を確立するということのようです。そのためには「身体性の共有」つまり、「相手と身体的に時空間を共有し、触れ合うことによって、相手の視点に立ち、相手の経験を自分のなかで持つことができるようになる」[文献1p.287]ことが必要ということのようです。

・「共通善」とは「『世のため人のため』『よきことをする』という根源的な思い」[文献1p.5]ということです。このような思いが人を動かす大きな力を持つことについては疑う余地はないでしょう。

 

野中教授の考え方をこのように言い換えてしまうこと自体、私の理解不十分の可能性に加えて、野中教授の暗黙知を不十分な形の形式知として表出化してしまうという危険がありますので、適切なことではないかもしれません。また、野中教授が様々な概念を提示されていることも、暗黙知を単純な形で形式知化させないためなのかもしれないとも思います。しかし、このようなわかりやすい言い換えを行なわなければ野中教授の概念はそれを使う立場から眺めている私にとってはただのモノにしかすぎず、こうした考察によって初めてコトになりうるのではないか、とも思います。そんなわけで、あえてトライしてみました。野中教授の理論は受け取る側の知識が多いほど、深い内容を受け取れるようにも思いますので、さらにどのような解釈ができるかは私自身の今後の課題とも言えるかもしれません。

 

なお、本書には上述の概念の他にも多くの有用な示唆や興味深い概念が語られています(ここでは限られた点しか取り上げられず申し訳ありません。詳しくはぜひ本書をご参照下さい。)。しかし、それらの概念を単なる羅列ではなく、重要性を正しく判断して系統的に整理することは少なくとも私には困難だったので上記の点に絞らせていただきました。本書で述べられているように経営がサイエンスではなくアートである、という考え方に立てば、そうした概念の整理は必要ではないのかもしれませんが、アートであったとしてもその質を高めていくことは有益なことでしょう。本書では経営をサイエンスと位置付けるアメリカ流の考え方はあまり評価されていないようですが、私はアメリカ流の考え方であっても役に立つものもあると思っています(アメリカ流とひとまとめにしてしまう必要もないようにも思いますが)。本書で示された概念も含めてあらゆる考え方を総合していくことが経営の質の向上に役立つのではないかと思いますがいかがでしょうか。

 

 

文献1:野中郁次郎、勝見明著、「イノベーションの知恵」、日経BP社、2010.

http://www.amazon.co.jp/%E3%82%A4%E3%83%8E%E3%83%99%E3%83%BC%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%83%B3%E3%81%AE%E7%9F%A5%E6%81%B5-%E9%87%8E%E4%B8%AD-%E9%83%81%E6%AC%A1%E9%83%8E/dp/4822248291/ref=sr_1_1?s=books&ie=UTF8&qid=1300717571&sr=1-1


参考リンク<2011.8.14追加>
 

創造性を引き出すしくみ

研究開発には様々な段階があり、何もないところから何かを生み出すことが必要な段階もあれば、それを育てて製品化し収益を挙げるようにする過程での様々な問題解決が求められる段階もあると思います(大雑把すぎる区分ですが)。しかし、どちらの場合にも従来にないことを生み出していくこと、すなわち「創造性」が必要とされるというのは一般的に認識されていることでしょう。

 

どうしたらそのような「創造性」をひきだすことができるかについては、様々な提案がなされています。そうした提案について、個人の関わり方の観点から大きくわけると、

・個人レベルでの創造性発揮(発想法など)

・集団レベルでの創造性発揮(他人の知識との接触や交流、相互刺激による発想など)

となると思います。このうち、マネジメントに強く関係しているのが、後者でしょう。

 

集団レベルでの創造性発揮については、ブレーンストーミングやKJ法による集団でのアイデア抽出技法がまず思い起こされるでしょうが、マネジメントの観点からは野中らによる組織的知識創造が重要と思われます。これは、以下の4つの知識変換プロセスを繰り返すことによって組織的知識創造が進むとされているものです(SECIモデル)[文献1p.90-109]。(一部は、ノート14でも述べました)

1、共同化:個人の暗黙知からグループの暗黙知を創造する

2、表出化:暗黙知から形式知を創造する

3、連結化:個別の形式知から体系的な形式知を創造する

4、内面化:形式知から暗黙知を創造する

 

そして、この知識創造プロセスを促進するために、以下の役割を持つ人々で構成される「ナレッジ・クリエイティング・クルー」の設置が提案されています[文献1p.227-238]

・ナレッジ・プラクティショナー:暗黙知と形式知の両方を蓄積し創造する。ナレッジ・オペレーター(経験に基づいて体系化された技能の形で豊かな暗黙知を蓄積・創造する。ほとんどは第一線社員やラインマネジャー。)とナレッジ・スペシャリスト(伝達可能で量的なデータの形できちんと構造化された形式知を扱う。)からなる。

・ナレッジ・エンジニア:暗黙知を形式知に、形式知を暗黙知に変換し、上記4つの知識変換プロセスを促進する。一般に、ミドルマネジャーとして、トップと第一線をつなぐ。

・ナレッジ・オフィサー:企業全体レベルでの組織的知識創造プロセスのマネジメントを行なう。一般にはトップマネジャーで、会社の知識創造活動に方向性を与える。

 

このような集団の創造性を引き出すしくみは、知識創造の原理に基づいた方法として概念的には理解できるものの、実務的な立場からすると具体的にどうすればよいのかがわかりにくいように思われます。恐らくは、何らかの目標をもったプロジェクトを進めるためにそれなりの組織体制を構築する場合には有効だと言えるのでしょうが、萌芽段階の研究にとっては必要とされる組織が大きすぎるようにも思いますし、この方法が研究開発におけるあらゆる場面で有効なのかどうか、創発的戦略(ノート12)にもこの方法で対応できるのかどうかはよくわかりません。また、研究グループを率いるミドルマネジャーだけの力では実行しにくいと思われることも難しい点だと思います。

 

しかし、この理論を以下のように非常に単純化した形で捉えると、応用が開けてくるように思います。

・個人が持つ知識は、他の知識と出会うことによって、新たな知識を生み出す(=創造の)可能性がある

・組織的知識創造には、個人の知識と別の個人(あるいは組織)の知識が出会うことが効果的

・個人の暗黙知はそのままでは他の暗黙知と交流することが困難なので、形式知化する必要がある

・知識の出会いによって創造された新たな知識には、正しいものも正しくないものもあり、断片的でまとまりのないものだったりするので評価、整理を行なう必要がある(集団による多様なチェックを経て評価、整理し、体系的な形式知を創造することが必要)

・正しいことが確認され、まとめられた新たな知識は個人の頭のなかに蓄えられ、次の発想の原点となる

 

このように考えると、創造のためにまず重要なのは知識の出会いであると言えるのではないでしょうか。こうした知識の出会いを作ることが集団による創造性発揮の基本ではないかと思われます。しかし、知識の出会いの場を広げていくことは実際にはそう易しいことではありません。これは、情報の交流は同類性の高い人々の間では活発になるが、同類性の高い人々は同じような情報しか持っていないことが多く、イノベーションに役立つ異類的な情報を入手するのには困難が伴う[文献2p.334]ことがその理由ではないでしょうか。情報の交流を活発化させるため、例えば、アイデア提案制度や、失敗事例の収集、知識のデータベース化など、個人の暗黙知や経験を表出化して集団で活用できるようにしようとする試みはいろいろとなされているようですが、ノート14にも述べたとおり、こうした試みは必ずしもうまくいっていないのが現実のようです。

 

従って、情報の交流による創造性の発揮を期待するならば、情報交流を促進するための仕組みとともにその仕組みを活性化する努力が必要になるのではないかと思われます。野中らが述べている組織的知識創造の仕組みの中では、ある目的のためにチームが編成されたり、チーム同士の協力が奨励されたりすることが効果的に作用していると言えるでしょう。これは単なる仕組みだけでなくその中に仕組みを活性化させる要因(例えば、特定の目的を達成するためにいろいろな人が協力しようとする共通認識やそれを推進するマネジャーの存在)があったのではないかと思われます。これに対し、そのような目的が希薄である(例えばテーマ探索、アイデア出し段階など)場合には、情報の交流には特別な努力が必要なのではないでしょうか。つまり、知識やアイデアを表出化し、形式知として情報交換できるようにする体制を作るとともに、例えば組織のゲートキーパーを結びつけるような制度や、情報交流の媒介をする担当者を置くことなどの施策を設けて情報交流の努力を行ない、その仕組みを活性化することが必要と考えます。

 

創造性を引き出すことを狙った仕組みを作ることは、例えて言えば、コーヒーに砂糖を入れるようなものではないでしょうか。砂糖を入れただけではいくら待ってもコーヒーはほとんど甘くなりません。誰かがかき混ぜるという努力を行なわなければ目的は果たせないでしょう。もし、水と油の混合によって発生するイノベーションに期待するなら、かき混ぜる努力は継続的に行なう必要があるはずです。

 

多角的な経営を行なっている企業の中には、それぞれの専門分野の知識を融合して、相乗効果(シナジー)を期待することもあると思いますし、「総合力」という名目で多面的な能力をアピールし、その成果を期待することもあると思います。しかし、丹羽の指摘のように、総合力の発揮によって成果を得ることはかなり難しい、というのが現実のようです[文献3p.94]。おそらく原理的には、異なる知識の出会いによる新たなイノベーションの創出に期待することは間違っていないと思いますが、マネジメントの方法にはまだまだ工夫が必要ということではないでしょうか。創造性を引き出す仕組みづくりとともに、その仕組みを活性化し、創造性を発揮させる努力を継続することが求められているのだと思います。

 

 

文献1Nonaka, I., Takeuchi, H., 1995、野中郁次郎、竹内弘高著、梅本勝博訳、「知識創造企業」、東洋経済新報社、1996.

文献2Rogers, E.M., 2003、エベレット・ロジャーズ著、三藤利雄訳、「イノベーションの普及」、翔泳社、2007.

文献3:丹羽清、「イノベーション実践論」、東京大学出版会、2010.

 

関連記事:「『イノベーションの知恵』(野中郁次郎、勝見明著)感想」<2011.8.14リンク追加> 

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