研究開発マネジメントノート

研究開発とそのマネジメントについてのいろいろ

雇用

「オートメーション・バカ」(ニコラス・カー著)より

技術の発達が人の仕事を奪う、という議論が最近よく話題になります(例えば、本ブログでも「コンピュータが仕事を奪う(新井紀子著)」、「機械との競(ブリニョルフソン、マカフィー著)」をとりあげました)。人の仕事を楽にすることは技術開発の大きな目的のひとつですので、機械が人の仕事を代替し、それによって人が仕事を失うことは、当然起こりうることでしょう。しかし、長期的に見れば技術の発展は新しい仕事を生み出すのだから、一時的な失業増加はそれほど大きな問題ではない、という意見もあります。

もちろん、こうした未来予測で確定的な答えを得ることは困難ですが、未来を考える上で、技術の発展が人間にどのような影響を及ぼすかを知ることは重要でしょう。ニコラス・カー著「オートメーション・バカ」[文献1]では、この問題が議論されており、著者は、「本書はオートメーションについての本である。かつてわれわが自分でしていたことをやらせるために、コンピュータやソフトウェアを使うことについての本である。オートメーションのテクノロジーや経済学、ロボットやサイボーグやガジェットの未来のことも話には入ってくるが、そうしたことについての本ではない。オートメーションが人間にもたらす影響についての本なのである。・・・オートメーションは必ず、隠された深い影響を与えるものだ。・・・すべてがよい方向に働くわけではない。[p.10]」と述べています。単なる雇用の問題を超えて示唆に富んだ多くの事実、考え方が述べられていると思いましたので、今回はその中から興味深く感じた点をまとめたいと思います。

オートメーションの意味するもの
・「コンピュータの能力を測るに際し、経済学者や心理学者は長年、知に関する二つの基本的分類に依拠してきた。暗黙知と形式知である。暗黙知はしばしば手続き的知識とも呼ばれ、考えることなしにわれわれが行なうすべての事柄を指している。・・・コンピュータは形式知に基づくスキルは複製できるけれど、暗黙知から来るスキルとなると得意ではないものだとわれわれは思いこんでいる。」しかし、「グーグルカーは、人間とコンピュータとの境界線をリセットする。・・・思っているほどわれわれは特別な存在ではないのだ。暗黙知と形式知の区分は、心理学の領域ではいまなお重要であるけれど、オートメーションについての議論においては、妥当性の多くを失っている。・・・コンピュータの超人的速度が意味することは、われわれが暗黙知をもって行なう複雑なタスクの多くを、彼らは形式知を使って遂行できるだろうということだ。・・・コンピュータ独特のこの力は、場合によっては、われわれが暗黙知によるスキルだと考えているものを、われわれ自身よりも上手く遂行することを可能とする。[p.19-22]」
・「どんな活動が自分を満足させ、どんな活動が不満をもたらすかを、われわれはまるでわかっていない・・・心理学者はこれに『欲求ミス(ミスウォンティング)』という詩的な名前をつけている。好まないものを欲し、欲していないものを好む傾向がわれわれにはある。・・・・仕事には、『人が関与し、集中してわれを忘れるよう催促する』ゴールと難題が、『ビルトイン』されている・・・。だが、われわれをあざむく精神は、われわれにそのようには思わせない。機会さえあればわれわれは、労働の過酷さから自身を解放しようとする。[p.27-29]」
・「オートメーションは悪いものだということではない。オートメーションと、その先駆者である機械化は、何世紀にもわたって前進してきたのであり、その結果われわれの状況は、全般的に大きく改善されてきた。オートメーションは賢く使えば、われわれを骨の折れる労働から解放し、もっとやりがいと充足感のある試みへと駆り立ててくれる。問題は、オートメーションについて合理的に考えたり、その意味を理解したりするのが難しいということだ。[p.30]」

オートメーションと雇用
・「世界的に製造業の雇用者数はここ数年減少しつづけている。・・・その一方、製造業全体の生産量は急増している。経済成長が新たな製造業の職を創出するより速く、機械が工場労働者に取って代わりつつあるのだ。・・・資本家にとってみれば労働は問題であり、この問題を解決してくれるのが進歩なのだ。テクノロジーが雇用を消し去るのではという恐怖は、非合理的なものであるどころか、『きわめて長期的には』実現する運命にあるのだと、高名な経済史家ロバート・スキデルスキーは主張する。[p.47-48]」

高度専門職へのオートメーション拡大と人への影響
・オートパイロット:エアバスA320のモニターに覆われた操縦室は、パイロットからは「グラスコクピット」と呼ばれた[p.70]。「『オートメーションが高度になるにつれ、パイロットの役割は、オートメーションの監視者または監督者へとシフトしている』。・・・コンピュータ・オートメーションに過度に依存すると、パイロットの専門技術が浸食され、反応が鈍り、注意力が減じる可能性があり、・・・『乗務員のスキル棄却』を招きうる・・・。[p.73-75]」「精神運動的スキルがさびついたため、操縦に戻ることを要求される、まれな、しかし重大な機会において、パイロットが身動きを取れなくなるケースが出てきたのだ。[p.79]」「グラスコクピットは、ガラスの檻(グラス・ケイジ)にもなりうる。[p.86]」(注:Glass Cageは原著表題)
・医師による電子医療記録の利用でもスキル棄却などの様々な問題が指摘されている[p.124-149]。また、トレーダー、弁護士、経営者、システム技術者などのエリート専門職の仕事へのコンピュータの侵入も進んでいる[p.150-153]。GPSの利用によりナヴィゲーション・スキルが失われてきているという(ナヴィゲーションに関わる脳内の細胞は、出来事や経験の記憶の形成にも関わっているらしい)[p.164-179]。コンピュータで作業するデザイナーでは、初期段階のデザインに固執する傾向(早期固定)などの問題が指摘されている[p.179-191]。

オートメーションと人
・「われわれのほとんどは・・・オートメーションをよいものだと考えている。・・・行動や思考のあり方を変えるものではないと思っている。だがそれは誤謬だ。オートメーションの研究者が『代替神話』と呼ぶものの表われである。労働節約の装置は、ある仕事のなかから、切り離し可能な限られた部分だけを代替するのではない。それに参加する人々の役割、姿勢、スキルを含めた、仕事全体の性格を変えるのだ。[p.90]」
・「コンピュータの助けを借りてタスクに取り組む者は、『オートメーション過信』と『オートメーション・バイアス』という、2つの認知的不調に陥りがちである。・・・オートメーション過信は、コンピュータがわれわれを偽りの安心感へと誘いこむことで生じる。機械は不具合なく動くだろう、難題にもすべて対処してくれるだろうと信じこむと、われわれの注意力はさまよいはじめる。[p.91]」「オートメーション・バイアスは、・・・モニターに流れる情報に過度の重みを置いた場合に忍び寄る。その情報が間違っているとき、あるいはミスリーディングであるときも、それを信じこんでしまうのだ。[p.93]」
・「1970年代以来、認知心理学者は、生成効果と呼ばれる現象を記録している。・・・書かれたものを読んでいるだけのときよりも、積極的に心に呼びだしているとき――生成しているとき――のほうが、単語をはるかによく記憶するというものだ。・・・ソフトウェアによって仕事への没入度が下がっているとき、およびとりわけ、観察者やモニターといった受動的役割へと押しやられているとき、われわれは、生成効果の支えである深層認知処理活動を止めている。その結果、ノウハウへとつながる類の、現実世界の豊かな知識を獲得する能力が阻まれる。〔p.97-100〕」
・ヤーキーズ・ドッドソンの法則:「刺激のレヴェルが非常に低いとき、人は注意も向かず意欲も起こらず不活発なままで、パフォーマンスもほぼゼロのままである。刺激の程度が上昇すると、それにつれてパフォーマンスも向上し、・・・やがて頂点に達する。すると、刺激が強まりつづけているにもかかわらずパフォーマンスは低下しはじめ・・・る。刺激が最高度に達したとき、人はストレスのせいで実質上麻痺してしまっており、パフォーマンスは再びゼロになる。・・・学習とパフォーマンスの質が最も上がるのはヤーキーズ・ドッドソン曲線の頂点にあるとき、すなわち、難題に直面してはいるけれども圧倒されていないときである。[p.118-119]」
・「最初の人工知能戦略は惨敗に終わった。われわれの脳内で動作しているものが何であれ、それをコンピュータ内部で動作する計算に還元することはできなかったのである。今日のコンピュータ科学者たちは、人工知能に対して非常に異なるアプローチを取っている。・・・目標はもはや、人間の思考の過程を複製することではなく・・・思考の結果を複製することとなっている。・・・精神が生み出す特定のもの・・・に注目し、精神を持たないコンピュータが、同じ結果に到達するようプログラムしている。[p.155]」
・「もしわれわれが不注意であれば、知的労働のオートメーション化は・・・文化そのものの土台のひとつを浸食してしまうだろう――つまり、世界を理解したいというわれわれの欲望を、である。予測アルゴリズムは、相関関係の発見に神のごとく長けているかもしれないが、特色や現象の裏にある原因にはまったく無関心だ。しかし、因果を見出すこと――物事がなぜ、どうやってそのように動いているのかを、細心に解きほぐしていくこと――こそが、人間の理解の範囲を押し広げ、究極的に、知に対するわれわれの探究に意味をもたらすのである。[p.160-161]」
・「われわれは知的労働を、あたかも肉体労働とは違うもの・・・として語りがちであるが・・・どんな労働も知的労働なのだ。・・・現代の心理学と神経科学において、最も興味深く、最も教えてくれるところの多い研究分野のひとつに、『身体化された認知』と呼ばれるものがある。・・・脳と身体は同じ物質からできているだけでなく、その働きもまた、われわれが思っているよりもはるかに緊密にからみ合っているのだ。[p.192-194]」

人間のためのオートメーション
・「機械はその製造者同様、誤る可能性を持っている。[p.199]」「オートメーション・テクノロジーが複雑化」するにつれ、「システムは、科学者が言うところの『カスケード故障』を起こしやすくなる。ある一部分の小さな不調が、広範ににわたるカタストロフィックな故障の連鎖を引き起こす現象のことだ。[p.200-201]」
・「最終的に人間は単なるモニター、スクリーンを受動的に監視するだけの存在になる。しかしその仕事は、精神がふらふらさまようことで悪名高いわれわれ人間が、とりわけ不得意としているものだ。[p.203]」
・「人間の心身に対してコンピュータなどの機械が与える影響についての懸念は、最大限の効率と速度、正確性を達成しようとする――または単純に、できるかぎり多くの利益を上げようとする――欲望によって、いつも打ち負かされてきた。・・・テクノロジーの進歩は『利益を求める動機と結びついており、したがって、人間をほとんど考慮しない』〔p.205〕」
・「ヒューマンファクターの専門家たちはずっと前から、テクノロジー第一主義のアプローチから離れ、『人間中心的オートメーション』を取るようデザイナーたちにうながしている。人間中心のデザイン・・・の目的は、コンピュータの速度と正確さを利用するだけでなく、労働者が・・・関与的で、能動的で、注意力を持っていられるよう、役割と責任を分担させることである。・・・人間中心的アプローチの最も興味深い応用例のひとつが、『アダプティヴ・オートメーション』である。・・・アダプティヴ・オートメーションは、コンピュータの分析能力を人間的用途に回すことで、オペレータのパフォーマンスをヤーキーズ・ドッドソン曲線のピークに保ち、認知的負荷の過剰も過少も防ぐことができる。[p.211-213]
・「テクノロジー中心的オートメーションの悪影響について、エンジニアとプログラマーだけが責任を負わされるべきではない。・・・彼らは・・・雇い主やクライアントの要求に応えているのである。・・・結局のところ、彼らがオートメーションに投資する主たる理由は、労働コストを下げ、オペレーションを合理化することなのだから。[p.225]

オートメーションの将来とわれわれの対応
・「複雑な人間の活動をオートメーション化するには、道徳的選択をオートメーション化することが不可欠[p.239]」
・「いかなる大企業も、このまま上手くやっていきたいのなら、オートメーション化し、それからさらにオートメーション化する以外、ほぼ選択の余地はない。[p.253]」
・「ロボット自動車やロボット兵士のプログラミングが提起した倫理的難題――ソフトウェアを制御するのは誰か? 何が最適であるかを決めるのは誰か? 誰の意図や利害がコードに反映されるのか?――は、生活をオートメーション化するアプリケーションの開発にも同様に関連してくる。プログラムがわれわれへの影響力を増せば・・・遠隔操作のような様相が呈されることになる。[p.261-262]」「社会を幸福にしようとするコンピュータ企業の重要な貢献は歓迎されるべきであるが、それらの企業の利害を、われわれ自身の利害と混同してはならない[p.266]」「計り知れないテクノロジーが目に見えないテクノロジーになったとき、われわれは不安を抱くのが賢明だろう。そのとき、テクノロジーの前提や意図は、われわれの欲望や行動に浸透してしまっている。ソフトウェアに助けられているのか、制御されているのか、もはやわからない。[p.268]」
・「道具によって新たな能力の開発が可能となるたびに、世界はいままでと違うもっと興味深い場所、さらに多くの機会のある場となる。自然の可能性に、文化の可能性がつけ加わる。[p.277-278]」しかし、「すべてのツールがそれほど親和的なわけではない。・・・デジタル・オートメーション・テクノロジーは、われわれを世界に招き入れ、知覚と可能性の幅を広げる新たな能力の開発をうながすのではなく、むしろ逆の影響を及ぼすことも多い。[p.179-180]」
・「オートメーションが引き起こす、または悪化させる社会的・経済的問題は、ソフトウェアをさらに投入すれば解決するというものではない。・・・未来の社会の幸福を確かなものにするには、オートメーションに制限をかけねばなるまい。進歩観を改め、テクノロジーの前進にではなく、社会と個人の繁栄に重きを置かねばなるまい。これまでは考えることすらできないと、少なくともビジネス界においては見なされてきた考えをも、受け入れねばならないかもしれない――機械よりも人間を優先することを、である。[p.291]」
・「われわれはラッダイトを、後進性を象徴するカリカチュアにしてしまった。新しいツールを拒んで古いツールを好む者は、ノスタルジアからそうしている、つまり合理性ではなく感傷から選択を行なっているのだとわれわれは思いこんでいる。だが真に感傷的な誤謬とは、新しいものは古い者よりも、われわれの目的や意図につねにかなうものだとする考えだ。それは、うぶでだまされやすい子どもの考えである。あるツールがほかのツールよりすぐれたものである理由は、新しさとは何ら関係がない。重要なのは、それがいかにわれわれを拡張または縮小するか、自然や文化やわれわれ相互についての経験をいかに形成するかなのだ。[p.295]」
・「オートメーションは目的を手段から切り離す。欲しいものがたやすく手に入るようにしてくれるが、知の労働からわれわれを遠ざける。・・・生産の手段ではなく経験の道具としてツールを取り戻すことで、われわれは自由を享受できるだろう。その自由とは、親和的なテクノロジーが世界をいっそう完全に開いてくれるとき、われわれに与えてくれる自由である。[p.296-297]」
―――

人の作業を機械に行なわせることは、省力化による人件費削減、能力向上、効率化、品質や利便性向上、人為的ミスの削減や労働環境の向上など、様々なメリットを生むものとして、研究開発における重要な検討項目のひとつになっています。そこから生まれる経済的利益は、企業の成長の源として期待され、また、研究開発への投資を正当化する論理の裏付けとなることも多いでしょう。しかし、省力化による雇用減少、雇用構造の変化が社会的な問題となることが指摘され始めています。加えて本書で指摘されているようにオートメーション化自体が人間の能力や社会に悪影響を与えるとすれば、こうした影響をも考慮することは技術者にとっての義務であると言えるでしょう。

本書の示唆の中で、技術開発の視点から特に重要と感じたのは以下の点です。

・人間の特性についての理解が求められていること:特にコンピュータと関わりの深い人間の脳の活動に対する理解を深める必要があるように思います。科学的根拠に基づく、人間の精神活動の捉え直しがマネジメントを考える上で必要とされているように思います。
・結果を求めることはよいことなのか:結果を出すだけならもはやコンピュータの能力は人間の能力を上回りつつあるようです。しかし、因果関係(相関関係ではなく)を発想する能力は人のほうが上回るとすれば、そして、結果をコンピュータに求めることが人の能力の発達を阻害するのであれば、結果を求めることはほどほどにしておくべきなのではないかとも思います。このことは機械が関与しない効率化にも言えるのかもしれません。人間が深く考えなくてすむような作業のマニュアル化、効率化は能力の発達を阻害する可能性があるでしょう。その結果として、新しい発想が出にくくなっているとすれば、効率化を求めるプロセス自体が、人をうまく使いこなすことを阻害しているともいえるような気がします。

とはいえ、経済的なメリットを追求する企業においては無論のこと、近年では公的研究機関でも同じような発想が求められていることを考えると、オートメーション化を批判的に捉えることはそれほどたやすいことではないように思われます。本書の著者も、オートメーション化が抱える問題の将来については悲観的なように感じました。もちろん簡単なことではないでしょうが、効率化から利益を生む発想ではなく、人間に新しい世界を与えるような技術開発、新たな因果関係を見出しそれを発展させる技術開発を目指すべきなのかもしれません。そのために、人間の特性をよく理解し、それに基づいた仕事のやり方を実践していくことが、これからのマネジメントに求められることなのではないかと思います。


文献1:Nicholas Carr, 2014、ニコラス・G・カー著、篠儀直子訳、「オートメーション・バカ 先端技術がわたしたちにしていること」、青土社、2015.
原著表題:The Glass Cage: Automation and Us

参考リンク



「資本家のジレンマ」(クリステンセン、ビーバー著)より

既存企業は革新的なイノベーションが苦手、ということはChristensenの「イノベーションのジレンマ」での指摘で広く知られるようになったと言っていいでしょう。一方、近年では企業が利益を上げてもそれが雇用に結びつかない傾向も指摘されています(例えば、アメリカ企業の例が「機械との競争」(ブリニョルフソン、マカフィー著)で述べられています)。既存企業はイノベーションが苦手なせいで雇用を生みだすことができていないのか、それとも、イノベーションへの投資自体を渋るようになっているのかは興味のあるところです。

クリステンセン、ビーバーによる論文、「資本家のジレンマ なぜイノベーションへの投資を過小評価してしまうのか」[文献1]では、なぜ既存企業はイノベーションへの投資を渋る傾向があるのか、という問題が取り上げられています。述べられている内容はひとつの仮説と理解すべきものでしょうが、研究者にとっても投資を得やすくするために知っておいて損のないことが書かれている気がしましたので、以下にその内容をまとめておきたいと思います。

状況認識
・「2008年に景気が後退して以降、世界経済の回復の足取りは鈍い。」
・「金利が歴史的な低水準にあるにもかかわらず、企業が多額のキャッシュを溜め込み、成長に寄与しそうなイノベーションへの投資を怠る、という現象も見受けられる。」
・「幸いにも筆者たちは、経営者やマネジャーがなぜ、リスクを伴いそうなイノベーションの追求に尻込みし、手をこまねいているのか、その理由を探り当てることができた。」
・「問題の革新は、イノベーションの種類ごとに経済(そして企業)に及ぼす影響が大きく異なるにもかかわらず、投資可否を評価するに当たっては、共通の、しかも欠点のある尺度を用いている点にある。より具体的には、金融市場と個別企業は、雇用を創造するイノベーションよりも、雇用減につながるイノベーションに高評価を与える評価尺度を使っているのである。なぜこの種の尺度に頼るのかといえば、資本は『稀少な資源』(経済学者ジョージ・ギルダーによる表現)であるから何としてでも温存すべきだ、という時代遅れの前提を置いているからである。」

イノベーションの3形態(成長に及ぼす作用の違いによる分類)
・業績向上型イノベーション:「よりよい新製品を創造して旧来の製品を駆逐する。新製品を購入する顧客は一般に旧来製品の購入を止めるため、この種のイノベーションが引き起こすのは代替であり、通常は新規雇用の創出効果は小さい」。クリステンセンらは、「業績向上型イノベーションを持続的イノベーションとして扱い、高業績を保つ既存企業は皆、持続的イノベーションを安定的に繰り返すことに重点を置いたリソース配分を行う、と指摘している」。
・効率向上型イノベーション:「市場に定着して久しい成熟製品を低価格で製造し、従来と同じ顧客層に販売するうえで寄与する。いわゆるローエンド型破壊は効率向上型イノベーションの一種であり、新しいビジネスモデルの創造を伴う。・・・効率向上型イノベーションは2つの重要な役割を果たす。第一の役割である生産性向上は、競争力の維持に不可欠だが、雇用減少という痛みを伴う副作用がある。第二の役割として、資本をより生産的な用途に振り向けることを可能にする。」
・市場開拓型イノベーション:「複雑な製品や高コストの製品を大胆に革新し、新しい顧客層や市場を開拓する。・・・『専門技能を持った顧客や資金力のある顧客しか購入できない製品やサービスに関しては、市場開拓機会があると考えてまず間違いない』と述べてかまわないだろう。市場開拓型イノベーションには2つの重要な要素がある。一つは、生産量の拡大に伴って単位当たりのコストの低減を可能にする技術である。もう一つは、非顧客層(従来製品に手の届かなかった層など)を取り込むための新しいビジネスモデルである。効率向上型イノベーションに、非顧客層を取り込むよう適切な方向付けを行うと、市場開拓型イノベーションへと変質する、と考えればよい。・・・市場開拓型イノベーションを実践する企業は一般に、社内に新たな雇用を生み出す。・・・コストの低減を可能にする技術と、顧客層をとことん広げて新しい顧客に奉仕しようという野心。この2つが結びつくと革命的な作用が起きる可能性がある。・・・市場拡大型イノベーションには成長資金が欠かせず、時には巨額が必要となるが、多数の雇用創出という意図せざる好ましい副産物がある。」

なぜ企業は、雇用創造に寄与する市場開拓型イノベーションではなく、雇用削減につながる効率向上型イノベーションを、主な投資対象とするのか
・「稀少な資源の管理には細心の注意を払うべきだが、資本はもはや稀少ではない。・・・資本はあふれ返っているのだ」。にもかかわらず、「資本家は資本の効率を崇め奉るよう教育されているため、収益性を絶対値ではなく、RONA(純資産利益率)、ROIC(投下資本利益率)、IRR(内部収益率)などの比率で測るようになった。・・・RONAROICを向上させるには、当然ながら分子の利益を増やせばよかった。しかし、それが難しそうだったら、アウトソーシングの増加や資産の圧縮などによって分母を小さくすることに重点を置けばよい。・・・同様にIRRを押し上げるには、増益を通して分子を大きくするか、収益が実現するまでの期間を短縮して分母を小さくすればよい。投資回収期間の短いプロジェクトだけに案件を絞れば、IRRは向上するのである。これらの事情により、市場開拓型イノベーションの投資妙味が小さくなっている。一般に、効率向上型の投資回収期間が1~2年であるのに対して、市場開拓型では5年ないし10年を要する。・・・RONAROICIRRなどを基に投資案件を評価すると、どこからどう見ても、効率向上型のほうが常に魅力的に映るのだ」。「こうして、効率向上型イノベーションが最優先の選択肢、何もしないのが次善の策となり、成長や雇用創出に有効なイノベーションへの投資は、3番手に甘んじている。」
・「高収益と高成長が見込まれる新興市場での事業機会にリソースが回らず、既存顧客に重点を置いた予測可能性の高い投資案件が好まれる・・・。この状況は、たとえ競争が熾烈であっても、既存市場で少しでも市場シェアの獲得を目指すほうが容易に見える、という逆説を引き起こす。
・「こうして資本家のジレンマが生じる。つまり、投資判断ツールに従うなら、大多数の投資家にとっては長期的な繁栄につながる行いはすべきではないことになるのだ。資本収益率の最大化を目指していながら、狙いとは逆の結果を生んでしまう。」
・「もはや資本を節約すべきではない。資本は潤沢でコストも低いのだから、退蔵せずに活用すべきである。企業のリソース配分プロセスは、経済と資本市場の新たな現実を反映していない可能性が高い。ハードル・レート(必要とされる最低限の利回り)は絶対的なものではなく、資本コストの変化に合わせて変えればよいし、変えるべきである。」

探究に値する4つの解決策の提案
・「この問題に簡単な解があるかというとそうではない。探究に値する4つの解決策」は次のとおり。
1、資本の目的を修正する:「今日では資本のほとんどは『放浪者タイプ(migratory)』である。・・・何かに投下された後、できるだけ多くの追加資本を手にしてそこから脱出したいと願う。これとは別に、リスクを嫌う『臆病者タイプ(timid)』の資本もある。・・・失敗しそうな案件に投資するよりは温存しておいたほうがよい、というわけである。さらには、いったん企業に投じられたなら、いつまでもそこに留まっていたい、『冒険者タイプ(enterprise)』の資本もある。資本家のジレンマを解消するには、必然的に放浪者タイプと臆病者タイプの資本を『説得』して、冒険者タイプへと転換してもらうことになる。」
2、ビジネス・スクール改革:「資本家のジレンマを生み出した原因のかなりの部分は、HBSを含む一流ビジネス・スクールにある。・・・よく言えば表層的、悪く言えば有害な成功指標を開発してきた。大半のビジネス・スクールでは、ファイナンスを独立科目として教えている。戦略論も同様である。戦略はあたかも、資金調達や財務管理などとは無関係に立案、実行できるかのように扱われているのだ。ところが現実には、ファイナンスの論理をかざせばいつでも戦略上の至上命題を打ち破り、戦略を葬り去ることができる。これを防ぐには、企業の投資判断に対して各分野が最大限の貢献を果たすよう、手法やモデルを開発するほかない。・・・ビジネス・スクールでは、リソース配分プロセスの機微をまったく取り上げない例も多い。・・・成長可能性の高い長期投資の機会をうかがわせる状況は、どう見分ければよいのだろう。新規市場を対象とした投資案件を評価するには、将来キャッシュフローの予測の代わりに何を用いればよいのか。未開拓の顧客層の業務を支援するために、イノベーション機会を見つけて推進するには、どういった方法があるのか。IRRNPV(正味現在価値)など従来からの評価指標は、どのような場合に最も適し、どのような場合にやっかいを引き起こすのか・・・。企業の各職能は互いに依存関係にあるため、ビジネス・スクールの講義にもそれを反映させるべきである。」
3、戦略とリソース配分のベクトルをそろえる:例えば、「事業機会の評価にはリスク調整後の資本コストを用いる」とか、「R&D支出をガラス張りにする」、「イノベーション案件とそれによる事業成長見通しを分析するために、リーダー向けの社内ツールを用意すること」など。
4、マネジメントの自由度を高める:「出発点としては、表計算ソフトを、戦略上の意思決定を下すための有用なツールとして活かしながらも、意思決定を肩代わりさせるのは避けるのがよいだろう。・・・問題は、これら指標をどう理解、応用するかである。ピーター・ドラッカーやセオドア・レビットはかつて何十年にもわたり、『事業領域を製品や標準産業分類によって分けるのをやめ、事業の核心は顧客の創造にあることを思い起こすように』と説き続けたが、私たちは当時と比べてむしろ退化してしまった。」
―――


研究開発に限らず、投資判断は何らかの根拠に基づいて行われるのが普通でしょう。投資がどのように決定されるかはそれぞれの企業によって異なるでしょうが、多くの投資案件を抱えてその優先順位づけをしなければならない場合には、将来の収益見通しや投資とのバランスが数値化されて考慮されることが多いのではないでしょうか。しかし、判断の根拠としてその数値を採用することの妥当性はあまり問われることはないと思います(それを決定するのは経営者の仕事かもしれませんが)。資本コストが下がっている近年の状況においては、従来の評価のための数値が適正なものではない、という著者らの主張は、なるほどもっともだと思います。

適正でない数値なら改めればよい、はずなのですが、そう簡単ではないようです。人間には現状維持バイアスや損失回避バイアスがありますし、数値の持つ分かりやすさは、恣意的な判断を防ぐ歯止めとしても重要でしょう。ただし、経営判断を「省力化」するための手段として数値が使われているのだとすれば、まずはその点を反省しなければならないと思います。

著者らも述べているように、「資本家のジレンマ」を解決するための簡単な方法はまだないようです。研究開発の実務家の立場からは、まずは、投資に積極的になれない要因をよく理解し、その中で、なるべく投資してもらいやすい環境を作ることが重要だと思います。本論文から得られる示唆を、投資を受ける研究実務家の立場から整理すると以下のようになると思います。
資本家のジレンマの問題点
・リスクのある不確実なプロジェクトへの投資に消極的になってしまう。
・短期的な結果を重視しすぎる。
・評価軸が画一化され、ポートフォリオの発想が失われる。
このように理解すると、以下の対応策が思いつきます。これは投資家のジレンマを解決する方法とは言えませんが、投資家のジレンマがあることを前提として、少しでも事態を改善することにはつながるのではないでしょうか。
・うまくいかないリスクおよび、うまくいく可能性をなるべく定量化し、さらに、リスクを減らすことを考える。少なくとも、リスクを考慮対象とすることは必要でしょう。リスクの低減に寄与する研究開発の意義を強調することもよいかもしれません。
・リスクとして、何もしないことにで発生するリスクも評価する。
・なるべく小さい投資で多くのことを学ぶ(リスクおよびリターンの予測の精度を上げる)計画とする。進捗評価による計画見直しを前提として、その頻度を上げてもよいかもしれません。
・段階的投資、リアルオプション(「世界の経営学者はいま何を考えているのか」りあ記事で紹介しました(第12章))の考え方に基づく計画とする。
・研究プロジェクトのポートフォリオを考える。短期か長期か、リスクの高さ、リターンの大きさ、投資の大きさなど、さまざまな因子でプロジェクトを評価し、ポートフォリオに基づいた投資を行う。

こう考えると、研究開発行為によって情報を得て、リスクやリターンの予測の精度を上げること自体が、投資の獲得に寄与するのではないかと思えます。投資をした結果として設備が残るならまだ理解されやすいかもしれませんが、研究への投資から得られるのは情報という無形の資産が主だとなると、資本の無駄遣いという印象を与えてしまうかもしれません。それが原因でいよいよ投資意欲を殺いでしまう可能性もあると思います。投資に見合う無形資産を蓄積すること、その資産をうまく活用し経営者の先入観を変えさせることが、研究に対する投資の獲得に有効だと思うのですが、いかがでしょうか。


文献1:Clayton M. Christensen, Derek van Bever、クレイトン・M・クリステンセン、デレク・バン・ビーバー著、有賀裕子訳、「資本家のジレンマ なぜイノベーションへの投資を過小評価してしまうのか」、Diamond Harvard Business Review, December 2014, p.24.
原著:The Capitalist’s Dilemma, Harvard Business Review, June 2014.

参考リンク



「機械との競争」(ブリニョルフソン、マカフィー著)感想

技術は、人間社会にどのような影響を及ぼすのか。技術者としては、技術の進歩は社会や経済の発展を促し人間の幸福に貢献するもの、と思いたいところですが、本当にそうなのかはよく考える必要があるのではないでしょうか。ブリニョルフソン、マカフィー著「機械との競争」[文献1]では、技術の進歩による仕事の喪失の問題が検討されています。自動化や省力化による合理化は、企業収益の向上を図る上で重要な研究テーマのひとつですが、とりもなおさずそれは人間の仕事を奪うことにつながりますので、今回は著者らの見解について考えてみたいと思います。

アメリカの雇用情勢
著者らは、アメリカの統計に基づいて、「過去10年間の労働年齢世帯の収入に注目すると、・・・世帯所得の中央値が10年ベースで減少した[p.68]」と述べ、さらに「雇用の数すなわち求人数も低迷して・・・この10年間は、大恐慌以来初めて、雇用の創出がほぼゼロを記録した[p.71]」と述べています。一方、「過去10年間のアメリカの労働生産性は、・・・平均して年2.5%と、1960年代以降最高の数字を達成[p.64]」し、「同時期の国民一人当たりのGDPは堅調に増えている[p.68]」ことを紹介し、「経済史をひもとくと、企業が成長し、利益を生み、機械や設備を購入するときには、労働者も雇うものと決まっている。だがアメリカ企業は大不況が終わっても雇用を再開しなかった[p.11]」として、失業が問題になっていることを指摘しています。(本書では、2007~9年の景気後退を大不況(Great Recession)と呼んでいます。)

失業の原因
こうした失業の原因については、
・景気循環説:「景気の回復が不十分で新規雇用にいたらないだけ[p.12]」
・停滞説:「イノベーションを生み出す能力や生産性を高める能力の長期的な低迷[p.13]」、「アメリカが停滞したわけではないが、インドや中国など他国が追いついてきた[p.16]」
・『雇用の喪失』説:「技術の進歩が滞っているのではなく、速すぎる[p.16]」、「最も重要な生産要素としての人間の役割は減っていく運命にある[p.17]」、「この重大な変化をもたらしたのは、コンピュータである[p.17]」
という説明があると述べています。そして、著者らは、この「雇用の喪失」説こそが失業の原因であり、「多くの労働者がテクノロジーとの競争に負けている[p.20-21]」と主張、その背景は、ムーアの法則に示されるような技術の指数関数的な発達と、そうした指数関数的な成長は、その初期には兆候がつかみにくいものだ、ということを指摘しています。

テクノロジー失業の影響
以下の3通りの勝ち組と負け組が発生するとしています。
・スキルの高い労働者対スキルの低い労働者:「高いスキルを持つ労働者に対する相対的な需要が高まる一方で、スキルの低い労働者に対する需要は減少し、場合によっては途絶える[p.79]」
・スーパースター対ふつうの人:「デジタル技術は市場の規模を大きく拡大すると同時に、情報財のみならずビジネスプロセスの複製も容易にした。その結果、たった一人の人間の才能や知見や意思決定が、一国の市場を支配することも可能になっている。いや、それどころではない。グローバル市場を支配することもありうる。・・・圧倒的な利益を手にするのは各分野のスーパースター企業[p.85]」
・資本家対労働者:「テクノロジーが生産プロセスにおける人的労働の相対的位置づけを押し下げるとすれば、生産されたモノとサービスから得られる収入について、資本財の所有者はより多くを手にすることが可能になる。・・・大不況の終結以来、設備およびソフトウェアへの投資は26%の大幅増を記録している一方で、賃金はおおむね横這いとなっている。しかも最近のデータを見ると、GDPに占める資本家の利益の割合が増えてきた[p.90-91]」
ただし、この「3つのトレンドは、今後加速するだけでなく、変化すると考えられる。・・・スキルと賃金の関係が、最近になってU字曲線を描き始めたという。つまり、ここ10年間、需要が最も落ち込んでいるのは、スキル分布の中間層なのである。最もスキルの高い労働者が高い報酬を得る一方で、意外なことに、最もスキルの低い労働者は、中間的なスキルの労働者ほど需要減に悩まされていない。・・・体の動きと知覚とをうまく組み合わせる必要のある肉体労働は、基本的な情報処理よりはるかに自動化しにくいことが過去25年間に判明している。この現象は『モラベックのパラドックス』として知られる。[p.99-100]」とも述べています。

では、どうしたらよいのか
・「コンピュータが今後も引き続き進化することを考えれば、この競争に勝つことはまず不可能であろう。だが、コンピュータを敵に回すのではなく味方につけ、コンピュータとともに競争していくすべを学ぶことは可能である。[p.25]」
・例えば、1997年にコンピュータがチェスの世界チャンピオンを破ったことが話題になったが、現在世界最強のプレーヤーは2人のアマチュアプレーヤーと3台のコンピュータで編成されたチームである。[p.109-110
・「進歩し続けるテクノロジーと人間のスキルを存分に活用できるような新しい組織構造、プロセス、ビジネスモデルを開発していかなければならない[p.112]」。例えば、マイクロマルチナショナル企業(10人程度の従業員で全世界を相手に製品を売る企業)なども可能性がある[p.116](ハル・バリアンによる)。ハイパースペシャリゼーション(マイクロマーケットのマイクロエキスパート、トップエキスパート)かもしれない(トーマス・マローンによる)[p.121]。
・教育も、変革が必要。「ジョン・マエダは、イノベーション力を高めるためには、これからはSTEM(科学、技術、工学、数学)ではなくSTEAM(+アート)だと言った[p.127]」。「ソフトなスキルの中でも、リーダーシップ、チーム作り、創造性などの重要性は高まる一方である。これらは機械による自動化が最もむずかしく、しかも起業家精神にあふれたダイナミックな経済では最も重要の高いスキルだ。大学を出たら毎日上司にやることを指示されるような従来型の仕事に就こうなどと考えていると、いつの間にか機械との競争に巻き込まれていることに気づくだろう。上司のことこまかな指示に忠実に従うことにかけては、機械の方がはるかに得意であることを、ゆめ忘れてはいけない[p.127]。
・所得の再配分については、「不平等の物質的なコストは改善されるだろうし、それ自体は悪いことではないけれども、経済が直面している問題の根本原因はすこしも解決されない。再配分すれば失業者の生産性が上向くわけではないのだ。それに仕事というものには、得られるお金以上の価値がある。またどんな人も、何かしら世の中の役に立つ仕事がしたいと考えており、そうした心理的価値も重要である。自分から休暇をとるのと失業して暇なのとがまったくちがうことは、改めて言うまでもあるまい。[p.129-130]」
・著者はコンピュータとネットワークが、蒸気機関、電気に次ぐ第3の産業革命を導くとしています。「過去の2回の革命と同じく、今回の革命も完全に終わるまでには数十年を要するだろう。・・・混乱や歪みは起きるだろうし、それを乗り越えるのはたしかに容易ではあるまい。だが、変化の大半はよいものであり、人類も世界もデジタルフロンティアでゆたかになると私たちは確信している[p.154-155]」、と述べ、楽観的な見通しで本書を締めくくっています。
―――

本書の解説者である小峰隆夫氏は全体を次のようにまとめています。「コンピュータの発展は、『人間しかできない』という仕事をどんどん狭めつつある。しかし、『時間』という要素を無視すれば、このことは一方では、人間にしかできない仕事の価値を高め、他方では、単純な労働の需要を増やす。前者の仕事をする人は高所得を得て、それを使うから、経済は拡大し、それによって新たな雇用が生まれる。こうして、労働の形態と構成は変化するが、雇用の総量が減ることはない。これは従来型の主張そのものである。しかし、コンピュータが人間の労働力を置き換えるスピードがあまりにも速すぎると、こうした調整メカニズムが作用する余裕がないため、現実に機械によって雇用が奪われてしまう。これは可能性の話ではなく、リーマンショック後の大不況からの回復局面で、投資が増えている割には一向に雇用が増えない原因である。これが本書の主張である。[p.168]」

機械が人間の仕事を奪いつつあることは多くの人が感じていることではないかと思います。様々な企業が省力化に熱意を持って取り組んでいることを考えると、その成果として人間の仕事が減っていくことはごく自然の成り行きとして理解できます。本書の意義は、その原因とメカニズムを上記のようにまとめ、こうした視点があまり理解されていないことに警告を発していることでしょう。もちろん、様々な現象の真の原因をつきとめることはそう易しいことではありません。景気循環説や停滞説の方が真実に近いと考える人も多いかもしれませんが、ひとつの考え方としてまずは著者の意見が真実かもしれないと認識して、その影響を考えてみることが重要なのではないかと思われます。

その際、以下のような点が考える材料になるのではないでしょうか。
・技術は今後も指数関数的に発達するのか。なぜそうなるのか。
・これに対して、仕事の需要はどのように伸びていくのか。限界効用が逓減していくとすれば、仕事の需要は、少なくとも指数関数的には伸びないのではないか?。
・さらに、人間の欲求は無限に広がっていくものなのか?。イノベーションのジレンマなどで指摘されるとおり、技術分野を限定すると、技術の進歩が需要をこえてしまう現象が見られるが、それが人間生活のほとんどの分野で起きてしまうことはないのか?。
・機械によって人間の仕事を置き換える場合にも、新しい仕事を創造する場合にも、追加的な資源やエネルギーが要求されることがある。そうした制約は仕事の形態にどう影響するのか?。
こうしたことが明らかになれば、機械によって本当に仕事が奪われるのか、それは一時的なもので、いずれ新たな仕事が生まれて、失業が解消していくことになるのかが予想しやすくなってくると思います。

過去の産業革命のように、新たな仕事が生まれて失業が解消すればすばらしいことですが、そうならずに人間の仕事の機械への置き換えがさらに進み、仕事の需要が回復しない場合には、どうなるのでしょうか。
・仕事の需要が伸びない場合、余剰の労働力はどうなるのか。失業という形ではなく、休暇増(例えば週休3日?)やワークシェアリングのような制度が進んでいくのか?。
・仕事に代わる活動として、ボランティアや営利目的でない活動、趣味や遊びといった活動が増えていくのか?。
希望的な見通しを述べた著者には申し訳ありませんが、このような場合もありうるように思われます。

そんな将来のために、技術者としては、どのような研究開発の方向性を想定しておくべきでしょうか。
・著者の提案する、機械と人間の協力の方向は、重要な指摘だと思います。そのためには、もっと人間の特性や、人間が本当に求めていることへの理解を深めることが重要になってくると思います。
・また、利益、効率や生産性の向上だけでなく、人間生活の質の向上、精神的な豊かさの追求、「遊び」の充実など、機械によって代替しにくい活動を開発していく必要があるのかもしれません。
そんな感想を持ちました。

著者も将来に対する提言を行なっていますが、それが本当に効果を発揮するかどうかは、失業の原因を探る以上の大問題ではないかと思います。本書は問題提起の書であるとすれば、本当に重要なのは、そうした提言よりも、著者が提示した将来の仕事のありかたを考える材料ではないでしょうか。仕事というものは、本来、誰かの何らかの欲望をかなえることで対価(非金銭的対価も含めて)を得る活動であると考えると、技術の発達がきっかけとなって、仕事のあり方そのものも問われるようになるのではないか、という気がしました。技術の社会への影響を考える上で、決して軽んじてはいけない視点だと思います。


文献1:Erik Brynjolfsson, Andrew McAfee, 2011、エリック・ブリニョルフソン、アンドリュー・マカフィー著、村井章子訳、「機械との競争」、日経BP社、2013.
原題:Race Against The Machine: How the Digital Revolution is Accelerating Innovation, Driving Productivity, and Irreversibly Transforming Employment and the Economy
(参考)著書webページ
http://raceagainstthemachine.com/
(著者)TEDトーク
http://www.ted.com/talks/lang/ja/erik_brynjolfsson_the_key_to_growth_race_em_with_em_the_machines.html

参考リンク<2014.3.23追加>


「GEグローバル・イノベーション・バロメーター」世界調査2012より

2011年にひきつづき、今年も「GEグローバル・イノベーション・バロメーター」という調査結果が発表されました[文献1-4]。この調査は、「21世紀に求められるイノベーションの創造・推進に関して、自国および他国のイノベーションに対する認識や、イノベーションを推進するために必要な要素などについて、世界的・国別的な意識を明らかにすることを目的に、GEStrategyOne社に委託して行なったものです。(2011年発表の結果についての本ブログ記事はこちら

調査は、2011年1015日から20111115日にかけて、世界22カ国の2800人の経営幹部(米国300人、ブラジル200人、カナダ100人、メキシコ100人、中国200人、インド200人、シンガポール100人、オーストラリア100人、韓国100人、日本100人、ドイツ100人、スウェーデン100人、英国100人、フランス100人、ポーランド100人、ロシア200人、イスラエル100人、トルコ100人、サウジアラビア100人、UAE100人、アルジェリア100人、南アフリカ100人)に対し、電話による聞き取り調査で行なわれています。ちなみに、昨年の調査では、12ヶ国、1000人への調査でしたので、規模が拡大しています。今年新たに加わった国は、カナダ、メキシコ、シンガポール、英国、フランス、ポーランド、ロシア、トルコ、アルジェリア、南アフリカであり、調査対象の偏りはかなり改善されたと言ってよいと思われます。

GE(アメリカ)による調査結果のまとめは以下の通りです。

9割の経営幹部が、経済危機がイノベーション能力に悪影響を及ぼしたと認識。

・イノベーションは、経済発展、雇用、生活水準向上の主要な原動力になる。

・イノベーション環境がよいと感じている国ほど経済は好調。

21世紀の新たなイノベーションモデルが確認された。

・アメリカ、日本、ドイツ、中国がイノベーティブな国と認識されている。

これに対し、GE日本のまとめは以下のとおりです。

・世界のイノベーションランキング、日本は2年連続第3位

・イノベーションに対しては悲観的な国、日本-日本の自己評価にギャップあり

・イノベーションに必要な要素は「パートナーシップ」と86%の経営幹部が回答

・日本企業がイノベーションに求める2大要素:創造力ある人材、パートナーシップ

・世界と比べて日本は大企業志向:協働相手に大企業を求める企業が3割

・今後のイノベーションに期待する業界:エネルギー、ヘルスケア、通信

21世紀のイノベーションの方向性:従来とは異なるオープン・イノベーション

以上の結果のうち、イノベーションの重要性についての指摘は昨年の結果と大きな違いはないように思いますが、今年はパートナーシップ、オープンイノベーションという方向性がより明確に示されています。さらに、イノベーションの方向性について、74%の回答者がローカリゼーションの重要性を指摘しているとされる点も、興味深いと言えるでしょう。もちろん、こうしたアンケートの結果は、世間で流行している考え方の追認であったり、GEの戦略や思想の影響を受けたものになったりする可能性があることは認識しておかなければなりませんが、世界の経営者がイノベーションをどうとらえているかについての示唆を与えてくれる意義は大きいと思います。

今回の調査で私にとって興味深かったのが日本の回答の特殊性です。まず、イノベーションの分野で最も評価されている国についての、世界の評価のランキングを見てみましょう(GE日本発表資料による。トップ3を挙げた回答結果の集計)。1位:アメリカ(65%)、2位:ドイツ(48%)、3位:日本(45%)、4位:中国(38%)、5位:韓国(13%)、6位:インド(12%)、7位:イギリス(9%)、8位:フランス(7%)、9位:スウェーデン(5%)、10位:ブラジル(4%)、イスラエル(4%)、となっています。順位と、支持率には昨年と大きな違いはありません。ところが、日本からの回答結果だけを集計すると、この数値が大きく変わるところがあります。日本の回答結果では、アメリカ(83%)、ドイツ(40%)、日本(28%)、中国(19%)、韓国(22%)、インド(16%)となっており、世界の評価結果にくらべて、アメリカ(+18%)と韓国(+9%)は高く、日本(-17%)と中国(-19%)が低い、という結果になっています。つまり、日本は世界では高く評価されているにもかかわらず、日本は自らの地位をそれほどには評価していない、ということになります。

さらに、いくつかの点で、日本の考え方が他の国と極端に異なっている点が示されています。評価の上位6ヶ国について、以下の調査項目の順位(全22ヶ国中)を見てみます。

自国のイノベーション環境に満足している順位:アメリカ12位、ドイツ15位、日本22位、中国5位、韓国9位、インド10

イノベーティブな市場として他国からよい評判を得ていると思う度合い:アメリカ6位、ドイツ2位、日本18位、中国17位、韓国16位、インド4

イノベーションが生活改善に寄与すると考える(イノベーション楽天主義)順位:アメリカ13位、ドイツ16位、日本22位、中国20位、韓国21位、インド17

中堅・小企業、個人のイノベーション能力への期待:アメリカ4位、ドイツ19位、日本21位、中国22位、韓国17位、インド12

イノベーションの現地化(ローカリゼーション)の必要性:アメリカ17位、ドイツ10位、日本22位、中国8位、韓国3位、インド9

それぞれの国のイノベーションやビジネスに対する考え方が現れているようでなかなか興味深いですが、日本についてみると、かなり極端な位置にある項目が多いことがわかります。大雑把にまとめてしまうなら、イノベーションの分野で世界からは高く評価(3位)されているにもかかわらず、自国に対する評価は低く、自国のイノベーション環境には不満で、イノベーションは生活改善には役に立たないと考えているということになります。特に、イノベーションが雇用市場に寄与すると考える割合が日本では27%と、世界平均の81%と比較して極端に低く、日本でビジネスを拡大することそのものが疑問視されているような結果になっています。イノベーションの方法については、「過去に行なわれたやり方とは完全に異なるやり方で行なわれる」という回答が世界で80%、日本でも64%あるにもかかわらず、日本は大企業志向(中小、個人、ベンチャーなどに期待しない)で、現地化にも積極的でない、つまり、自ら新しいイノベーションの方法を採用しようとしていない、という風にも見えます。

その背景を私の独断で推測させていただくなら、日本経済の低迷により従来のやり方に自信を失い、どうしていいかわからない状態にある、ということになるのではないでしょうか。日本の技術力はまだまだ高いレベルにあると思いたくても、技術の基盤はアメリカに支配され、韓国には抜かれつつある現状(だから、アメリカと韓国を高く評価)を見ると技術に頼るやり方でうまくいくとは思えず、加えて、日本のビジネス環境、イノベーション環境も厳しく、魅力的な市場でもないため、このままでは、現在の地位を確保することは難しいのではないか(自国を低く評価)、しかし、今までそれなりにうまくいってきた大企業中心のイノベーションのやり方を捨てる勇気もない、という感じになっているように思います。

しかし、日本に対する世界の評価はまだかなり高いのです。従来のやり方が通用しなくなっていることで自信を失っている気持ちはわからなくもないですが、何もせずにこのまま評価下落を受け入れてしまうのか、少なくとも今受けている高い評価を利用して何か新しい方向を見出そうとすべきなのかは考えてみる必要があるはずです。もちろん、現在の自分たちの能力を正しく評価し、改めるべきところをきちんと認識することは非常に重要ですが、必要以上に自らの能力を卑下する必要はないでしょう。このアンケートに回答した経営層の皆さんは自信を失っているのかもしれませんが、この調査結果は見ようによっては希望を与えてくれるようにも思います。

確かに日本のイノベーションに対する考え方や環境は特殊なのかもしれません。しかし、日本の考え方が世界の考え方から離れていること自体が即問題とは言えないはずです。多数意見から離れていることは自らを見直すよい機会にはなりますが、自分たちを多数意見に合わせるべきだということにはならないでしょう。GEも、「万能なアプローチはない(No One-Size-Fits-All Approach)」と結論づけているように、日本には日本にあった方法があるかもしれません。真に重要なことは、日本の何がよくて世界第3位の評価を受け、何が悪くて1位2位にはなれず、現在自信を失っているのかをもう一度考え直してみることではないでしょうか。確かにパートナーシップは重要な考え方かもしれませんが、それを安直に受け入れれば成功が保証されるわけでもないはずです。それよりも、日本企業の成功と不調の本質についてきちんと理解した上で、世界の経営者がパートナーシップに抵抗感を持たなくなっている傾向を上手く利用して、過去の蓄積を生かした有利な立場を獲得すべきなのではないでしょうか。どうしたらよいのか、簡単に答えの出せる問題でないことはわかっているつもりですが、日本の経営者の皆さんも悲観ばかりしていないで、ぜひ希望を示していただきたいと思います。



文献1GE日本のWebサイト、プレスリリースより、「GE、イノベーションに関する世界意識調査 『日本の21世紀型ビジネスモデルは新しいコラボレーション志向』」、2012.1.26

http://www.genewscenter.com/content/detailEmail.aspx?NewsAreaID=2&ReleaseID=13826&AddPreview=False

文献2GEWebサイトより、「GE Global Innovation Barometer」<2013.3.9現在以下のサイトでは2013年調査結果が表示されます>

http://www.ge.com/innovationbarometer/

文献3GEWebサイトより、「GE “GLOBAL INNOVATION BAROMETER” EXAMINES STATE OF BUSINESS INNOVATION IN A VOLATILE GLOBAL ECONOMY」、2012.1.18

http://www.genewscenter.com/Press-Releases/GE-GLOBAL-INNOVATION-BAROMETER-EXAMINES-STATE-OF-BUSINESS-INNOVATION-IN-A-VOLATILE-GLOBAL-ECONOMY-35cf.aspx

文献4GEWebサイトより、GE Report、「Innovation and Growth “Inextricably Linked,” GE’s New Global Innovation Barometer Finds」、2012.1.17

http://www.gereports.com/innovation-and-growth-inextricably-linked/ 


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